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監査実務国際化への提案
監査実務国際化への提案 秋山純一 Ⅰ.はじめに わが国の監査の国際化の必要性が叫ばれてから久しいが、幾多の努力にかかわらず、い まだに実現していない。本稿では、まず、歴史的展開を概観した上で、国際会計事務所グ ループの監査アプローチの採用により、わが国の監査業務の国際化を実現しようという試 論を示す。 Ⅱ.歴史的背景とわが国の監査の現状 わが国では、公認会計士による法定監査は、1950年の証券取引法改正により確立 した?。その後、1960 年代半ばには、ソニーなどが海外で資金調達するために、米国会 計基準(U.S.GAAP)に準拠した連結財務諸表を作成し、米国に本拠地を置く国際会計 事務所の監査を受けることになり、ここで経験を積んだ者が、その経験の一部をわが国 の監査実務に移転した。1970年年代後半から多くの日本企業が欧州の市場で資金を 調達するようになり、規制の緩やかなルクセンブルグ証券取引所などに上場しながら、 資金はロンドンから調達するという手法が使われ、そのために、日本の会計基準により 作成され、日本の監査基準により監査された財務諸表が欧州でも受入れ始められた。こ の場合でも、当初は、財務諸表注記に「日本の会計慣行に準拠して作成している」旨を 開示し、監査報告書には、「日本の会計基準に準拠して作成された財務諸表を、日本の 監査基準に準拠して監査している」旨を明記していたが、時間の経過とともに、監査報 告書から「日本の」という部分が消える場合が多くなった。これは1980年代末まで は海外で資金調達した日本の企業の経営が行詰まることもほとんどなく、アンダーライ ター、その弁護士なども「日本の」という字句の削除に抵抗がなかったものと思われる。 しかし、わが国の監査実務が国際的水準(米国、英国の水準というのが正しいかもしれ ない)に達していた訳ではない。 1990年代に入ると、バブルの崩壊に伴い、経営の行詰まる日本企業も増加し始め、 諸外国にも大きな影響を与えた山一證券の経営破綻も発生するようになった。このよう な時期に、「継続企業の前提」の成立に疑念のある場合も、財務諸表注記と監査報告書 に、それを記載することがなく、また、その他の監査手続も国際的基準と異なっている ことなどから、「日本の」という字句の復活と「日本の会計基準および監査基準は、国 際的基準または米国基準とは異なっている」旨を明記することが求められるという、い わゆる「リジェント問題」?が発生した。また、三田工業事件に見られるように、会計 監査人が公認会計士法、日本公認会計士協会(JICPA)の紀律規則に違反するなどの行 為により、虚偽の監査報告書を提出していた事件も判明した。 1 この事態に対応するために、JICPA は紀律規則を「倫理規定」と制定し直し、強制 入会制をとる会員、(会計士補を対象とする)準会員の研修を義務付け、更に、JICPA の専任職員による各監査法人、会計事務所の監査業務の品質管理のレビューに乗り出し、 「我が国企業の財務情報の信頼性回復のための対応策プロジェクトチーム」による提言 ?も行った。また、企業会計審議会は「監査基準」を改定し、リスク・アプローチを明 確にすると共に、「継続企業の前提」に重大な疑義がある場合の監査報告書での報告方 法などについても定めた。このように、財務諸表に高い信頼性を担保する会計監査の体 制は整えようとする形式的努力は行われているが、次のようなわが国の監査の現状を考 慮すると、このような施策だけで、国際的に受け入れられる監査が実現する訳ではなさ そうである。 わが国の監査の現状を概観する。先ず、上述の JICPA プロジェクトチームの調査? によれば、わが国の法定監査の時間数は、監査の先進国といわれる米国と比較すると、 1/3から1/7程度というように著しく低い水準にあるといわれている?。次に、取引記 録と会計記録の作成に深くかかわる「情報システム」を対象にする監査手続は、あまり 実施されていない?。同時に、 「情報システム」の監査に係わる監査人が、米国などでは コンピュータ・システムについての専門家であるのに対して、わが国の場合は、専門家 の利用程度と専門家の水準が米国などに匹敵する水準にあるとはいえない。 第3は、監査意見形成に際し行われる審理に、決算期の集中と監査報告書の提出期限 が法定されているために、十分な時間が取りえないという事情と、監査法人または会計 事務所内の内部監査体制が十分に整備されていない事情とが相俟って、必ずしも、十分 といえる審理が行われているとはいえない。また、審理の効率化のため、その過程、結 論を記録するためなどの便宜から、審理に当たっては、監査調書に基づき、審理資料が 作成されるが、担当社員(パートナー)が特に指摘した事項を除き、審理資料にすべて の検討結果が記載されていることは保証されていない。この事態は、わが国の場合、米 国の監査基準に準拠する監査を主体にする事務所ないし事務所の部門を除き、監査調書 の査閲(レビュー)が弱いので、事態を一層悪化させている。 第 4 はリスク・アプローチの適用の仕方である。その根幹と考えられるのは、業務引 受審査(client acceptance review)、つまり、監査業務を初めて引受けるのか、あるい は、今年度も継続して引受けるのかの検討である。米国などでは、かなり組織的にこの 問題に対処しているが、わが国では、初年度の監査業務について検討することがあって も、その範囲が狭く、組織的検討とはいえない。更に、リスクの検討の範囲が狭い。つ まり、当該企業の属する産業に伴うリスク、企業のマネジメント能力を含めたリスクを 検討するところにはいたっていない。 ところで、わが国の 4 大監査法人は 4 大国際会計事務所(ビッグ4)のメンバー・ ファーム?になっている。そして、いずれの 4 大国際会計事務所も世界的に統一適用し ようとする「監査のアプローチ」を持っており?、そのアプローチは基本的な考え方で 2 は大差がないといえる。また、国際会計士連盟の「ビジネス・リスク・マネジメント」 に関する研究報告書もビッグ4の 1 つに委嘱して作成したものであることにも注意を 要する。 Ⅲ.国際会計事務所の監査アプローチと品質管理 ビッグ4の監査とその品質アプローチは、大筋で、業務引受審査(継続業務引受審査 を含む)、監査の計画と実施(必要に応じての審理担当者との相談を含む)、監査意見の 審理、監査報告書の発行、監査品質管理レビューの実施と改善策の実施となる。米国の 場合には、これに加えて、3 年に 1 回のピア・レビューも行われる(2003 年以降は、 SEC 監督下にある組織のレビューに移行する予定)。 また、ビッグ4の 1 つである Ernst & Young International(EYI)のホームページに 掲載されている資料?に基づき、現在、米国で主流となっている監査手法である「ビジ ネス・プロセス手法」を伝統的な監査手法と対比すると次のようになる。 ビジネス・プロセス手法 伝統的な監査手法 *(ビジネス・リスクの影響を考慮した上での) *監査のリスクは財務リスク、業 財務リスクの総合的検討 務リスクを対象としている * 高いリスクのある領域に多くの資源を集中さ *歴史的観点に立つ せる *会計職能以外での監査人への * 経営者が設定している内部統制を考慮する インプットは限定されている * 効率的、統合的監査を促進する *低リスクの領域に相当な監査時 間を費やしている この「ビジネス・プロセス手法」の具体的展開を次に、図 1 に示す。ただし、ここで はこれらのアプローチを紹介するのが目的ではないので、説明は加えない。 図1 手段 事業リスクを 考慮 ビジネス・ プロセス観点 経営陣と 内部監査 監査事務所 法令,その他の 規則 コア ヴァリュー・ スコアカード 尊敬 目標を 期で定める 焦点 事象作用因 ( ドライバー) 利害関係者 の 要件 会社内外の 潜在的目標 を 産業,市場,戦略 理解 チーム 客観 性 作用因(ドライバー) 保証 会社側の満足 品質 手続の ポートフォリオ 3 上記の図は国際会計事務所の部外者に説明する目的のホームページからとっている ので、先に述べた「業務引受審査」と「監査品質管理レビュー」には触れていない。伝 統的な業務引受審査では、監査業務依頼先に著しいネガティブ・ファクターがないかど うか、監査人が狭義の監査上のリスクをコントロールできるかどうかに重点があった。 しかし、米国で 1980 年代後半から 1990 年代はじめにかけて、貯蓄貸付組合を含む金 融機関の破綻が相次ぎ、その破綻は経済政策、経営方針による場合が大半であったが、 必ずしも明確な責任があるとはいえない会計監査人の責任が厳しく問われたために、業 務引受審査に当たっても、その企業の属する産業全体の動向と共に、当該企業の経営戦 略の評価も、重要なファクターとなった。(この他に、業務引受審査に当っての重要な 情報があるが、裏付けを示すことに困難が伴い、ここに示すことができない。) 次の「監査品質管理レビュー」は、米国などでは、ピア・レビュー制度導入前から実 施されていたが、現在ではその前提として実施されている。この作業は、1)レビュー 対象事務所の品質管理体制の検討と、2)サンプルとして選んだ関与先の監査業務の検 討からなる。後者は、業務引受から監査報告書の発行までの過程を詳細に検討するレビ ューと、総括監査調書(リスク評価の要約、監査計画、監査過程での検出事項一覧表な どを含む調書のバインダーまたはファイル)と財務諸表、表示チェック・リストなどの 限定された範囲のレビューとに分かれる。レビューの結果は当該事務所長と本部の品質 管理責任者に報告され、改善勧告事項は直ちに対応策の実施が求められる。この品質管 理レビューはすべてのメンバー・ファームに義務付けられている。特に、4 大国際事務 所のうち、3 つまでが日本のメンバー・ファームに、国際事務所名ではなく、国内の名 称で監査報告書を出している会社の監査についても、品質管理レビューの対象としてい る?。 Ⅳ 監査国際化のための国際会計事務所のアプローチの採用提案 わが国でも、1999 年から JICPA による監査の「品質管理レビュー」が実施され、3 年余が経過したこと、そのレビュー結果に基づく勧告に、企業会計審議会、JICPA が 早急な対応策を講じたこと??などから、監査の品質は向上しているといわれている。し かし、わが国の監査のおかれている現状は、現時点において、本来であれば、1980 年 頃に到達しているべき水準に達したに過ぎないという見方もできる??。 監査の技術は国際的共通性が高いこと、わが国での 4 大監査法人の市場占有率が高い こと、わが国独自に国際的に受入れられる監査アプローチを開発するには時間と資金が 掛かりすぎると共に、その意義が認められないこと、監査技術は相当なスピードで常に 進歩していることなどを考慮すると、各 4 大監査法人が所属する国際グループの監査ア プローチを採用し、その監査品質管理レビューを通じて、実施を担保するのが、わが国 の監査業務の国際化の早道といえる。この際、考えなければならにことは、国際グルー プの本部の実施する監査品質管理レビューを JICPA の「品質管理レビュー」チームが 4 利用できるようにすることであり、各 4 大監査法人が習得する監査技術を、中小監査法 人や会計事務所に移転する方策である。前者に関する方法は、既に、米国で実施されて いるピアー・レビューに当たり、各事務所の「監査品質管理レビュー」を利用する方法 を参考に確立すればよい。後者についても、考えられる方法はあるが、ここでは述べな い。なお、この方法の採用には、心理的抵抗のあることは十分に承知の上であるが、絶 え間なく進展する国際的で高水準の監査の実現のためには、必要な方策と考える。 (注) (1)石田三郎編著「監査論の基礎知識」(改訂版)、東京経済情報出版、2000 年、p34 (2)リジェンド問題は、その当時の 5 大国際会計事務所のリスク管理、経営の問題ともいえる。つまり、国際的 なメンバーシップを拡大するために、メンバー・ファーム(注(6)参照)の名称を使用品限り、その監査 品質管理の対象外とすることをみとめた国際会計事務所が妥協を強いられた結果、発生した問題ともいえる。 (3)JICPAS ニュースレターNo.88(平成 12 年8月 1 日) (4)上記(3)の提言の別紙2、3、4による。 (5)JICPA などが正式な統計などを整備していないので、4大監査法人の2つの担当者からの聞き取り調査に よる。 (6)わが国では、国内の監査法人と国際会計事務所のグループとの関係を提携関係と呼んでいるが、これは正し くない。わが国の監査法人が国際会計士事務所のパートナーシップに参加し、そのグループ内での権利を得、 義務を負う。このパートナーシップの構成事務所をメンバー・ファームと呼ぶ。権利の中には、グループの 経営陣を選出する際の投票権、そのグループの名称を使用して監査報告書にサインする権利などがあり、義 務には、グループの運営費用の分担支払い、グループの監査品質管理レビューを受け入れる義務などがある。 (7)Deloitte Touch Tohmatsu ホームページ(http://www.deloitte.com)に掲載された「Deloitte Audit」、 EYI の ホ ー ム ペ ー ジ ( http://www.ey.com/global/download.nsf/International/Assurance-commitment to Quality)に掲載された 「Our Audit Approach」、KPMG のホームページ (http://www.us.kpmg.com/services) に 掲 載 さ れ て い る 「 Assurance-Overview 」、 PricewaterhouseCoopers の ホ ー ム ペ ー ジ (http://www.pwcglobal.com/extweb/)に掲載されている「Assurance-Audit」の「Delivering a World Class Audit」と「Global Risk Management Solutions」を参照、比較した。 (8)前掲の EYIのホームページから引用。和訳は筆者。 (9)4 大国際会計事務所の日本関係者からの 2002 年 6 月における聞き取り調査。2 事務所が国内監査法人の国 内監査業務についても国際品質管理レビューの対象としており、1 事務所が国内監査業務も対象とするのが 方針であるが、合併などにより一時中断されているという。残る 1 事務所は国際事務署名をサインした監査 報告書の出た監査業務だけを国際品質管理レビューの対象としている。この事務所については、グループの 本部事務所の監査業務品質管理責任者に日本の国内監査業務を対象としない理由を問い合わせたところ、自 分より上の決定であり、その理由は知らないとのことであった。 (10)JICPA 品質管理委員会「品質管理委員会年次報告」JICPA ニュースレターNo.101(平成 13 年 7 月 1 日) 、 No.115 (平成 14 年 8 月 1 日)による。 5 (11)1979 年 7 月に JICPA 監査第一委員会は公開草案第 5 号「組織的監査とは、監査理論及び監査手続の観点 からどのような内容のものであるべきか」を発表した。ここで採用された監査アプローチは、その当時、米 国での実務に近いものであり、それが採択、実施されたならば、わが国の監査の水準も著しく向上したもの と思われたが、理由を明らかにしないまま、公開草案として放置された。 (12)本稿は 2002 年 7 月 6 日に開催の日本監査研究学会東日本部会での報告の一部に、加筆、修正したものであ る。 筆者=多摩大学大学院経営情報学研究科 6