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実効為替レートで見た円の水準
時評 「実質の罠」 ~実効為替レートで見た円の水準~ 第一生命経済研究所 「実質:real」という言葉には、「本当のこと」 代表取締役副社長 長谷川 公敏 為替の取引は現実の価格で行われている。企 や「真実」という意味合いが感じられる。逆に 業収益に直結する為替レートも、現実の取引価 「名目:nominal」という言葉には、「見せかけ 格である名目為替レートで経営計画が立てられ のこと」や「嘘っぽい」という響きがある。だ ており、海外旅行のときの買い物も名目(実際) が、GDPなどの経済実態を説明するときに、 の為替レートで行う。つまり、為替市場や為替 「現実の数字を名目」といい、「机上で加工した 取引には「実質為替レート」という概念はない 数字を実質」と呼ぶのは、なぜなのだろうか。 といえるだろう。 現実の経済では物価上昇が当たり前なので、 ところで、円が安いことによるデメリットは、 インフレによる経済のかさ上げを調整し真の実 輸入物価を通じて物価が上昇しやすいことであ 力を明らかにするために、現実の数字を物価で り、逆にメリットは輸出を促進することだ。し 調整した「実質」という概念が考えられた。例 たがって、デフレで輸出頼りの日本経済には、 えばオイルショックのときのように物価の上昇 ぜひとも円安が必要だ。 が激しければ、消費者は収入の増え方や物価の こうした中で、現実の実効為替レートである 上がり方を見て「実質」の意味を実感するので 「名目実効円レート」がかなりの円高水準にあ はないか。 るにもかかわらず、日銀が机上の数値である「実 昨年夏ごろまで盛んに言われた「実質実効円 レート」にも、「実質」という言葉には「真実」 という響きがある。日本銀行に「実質で 1985 質実効円レート」を持ち出し、プラザ合意以来 の円安を懸念するのは、極めて不可解だ。 一方、米国FRBのバーナンキ議長は、「名目 年のプラザ合意以来の円安水準」といわれれば、 実効ドルレート」が歴史的なドル安水準である 誰でも円の水準はかなり低いと思うに違いない。 にもかかわらず、先日の議会証言で「ドル安容 しかし、当時の「名目実効円レート」は「プラ 認」と受取られる発言をし、更に追加利下げも ザ合意のときの2倍の円高水準」であり、両者 示唆した(資料3)。 の水準は大きく食い違っている(資料1、2) 。 米国は経常収支の赤字をファイナンスできれ この違いは日本と貿易相手国とのインフレ率 ば、輸出を増やすためにはドル安が好都合だ。 の差によるものだ。したがって、日本経済のデ また、通貨安のデメリットである輸入物価の上 フレが続いていることを示すために、「実質実 昇は、原油などの輸入品がドル建てである限り 効円レート」と「名目実効円レート」を比較す 影響が小さい。バーナンキ議長発言はドルの信 るのであれば、「実質」を使う意味がある。この 認を揺るがすとの批判はあるが、内需の先行き ように正しく「実質」を使えば、金融政策の処 が懸念される米国にとって、国益に繋がるもの 方箋は、デフレ脱却のための金融緩和になる。 として評価できるだろう。 だが日銀は、円が過度に低水準にある証左と 日本銀行法 第1章 第2条には「日本銀行は、 して「実質」を使った。過度の円安であれば是 通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価 正しなければならず、そのためには貿易相手国 の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発 との金利差を縮小する必要がある。したがって 展に資することをもって、その理念とする。」と 金融政策の処方箋は、円を高くするための利上 書かれている。繰り返すが、デフレで内需不振 げということになる。 が続いている日本経済の健全な発展に必要なの 第一生命経済研レポート 2008.4 は、昨年夏も今も円高ではなく円安を誘導する ある」という見解なのだろうか。 金融政策ではないか。とすると、机上の「歴史 近年、「デフレ下のGDPは、かさ上げされた 的な円安」という日銀の主張は、利上げを正当 実質値よりも名目値が実感に近い」との認識が、 化するための口実だと受取られても仕方がない ようやく定着した。為替でも「実質」の罠には だろう。それとも、日銀は今でも「実質実効円 気をつけなければならない。 レート」を持ち出して、「円は歴史的な安値圏に 資料1 実質実効円レート 180 1973年3月=100 1995年4月 165.5 170 円 高 160 150 1999年12月 148.1 1987年12月 140.2 140 2003年11月 124.1 2008年2月 (直近) 99.5 130 120 110 2008年 2007年 2006年 2005年 2004年 2003年 2002年 2001年 2000年 1999年 1998年 1997年 1996年 1995年 1994年 2007年7月 90.9 1993年 1992年 1991年 1990年 1989年 1988年 1985年 80 1987年 90 1986年 円 安 1998年8月 110.1 1985年9月 プラザ合意 1990年4月 106.3 1985年2月 89.8 100 (出所)日本銀行「外国為替相場」 、月中平均 資料2 名目実効円レート 400 1973年3月=100 1999年12月 2005年1月 356.3 340.7 1995年4月 360.4 円 高 350 2008年2月 (直近) 301.9 300 1988年11月 243.1 250 2002年1月 294.2 200 1990年4月 191.1 150 1985年9月 プラザ合意 100 2008年 2007年 2006年 2005年 2004年 2003年 2002年 2001年 2000年 1999年 1998年 1997年 1996年 1995年 1994年 1993年 1992年 1991年 1990年 1989年 1988年 1985年 1987年 1985年2月 133.6 50 1986年 円 安 2007年7月 272.0 1997年4月 253.8 (出所)日本銀行「外国為替相場」 、月中平均 名目実効ドルレート 1973年3月=100 1985年3月 143.91 1985年9月 プラザ合意 140 ド ル 高 130 120 2002年2月 111.99 110 100 2008年2月 (直近) 72.57 1998年8月 102.65 1989年6 月 2005年11月 86.41 90 2008年 2007年 2004年 2003年 2002年 2001年 2000年 1999年 2004年12月 80.10 1998年 1997年 1994年 1993年 1992年 1991年 1990年 1989年 1988年 1987年 1986年 1996年 1995年4月 80.34 70 1995年 80 1985年 ド ル 安 1988年5月 88.34 2006年 150 2005年 資料3 (出所)FRB、月中平均 第一生命経済研レポート 2008.4