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TOBUNKENNEWS no.17

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TOBUNKENNEWS no.17
TOBUNKENNEWS
独立行政法人文化財研究所 東京文化財研究所
no.17
2004
National Research Institute for Cultural Properties, Tokyo
〒110-8713
東京都台東区上野公園 13-43
http://www.tobunken.go.jp
東京文化財研究所鈴木規夫新所長・ご挨拶
渡邊明義前所長退任に伴い、平成 16 年4月1日付けで所長
に就任しました。渡邊前所長は、主な事柄だけでも、現在の研
究所新館建設、独立行政法人化対応、組織の改編、アフガニス
タン等の西アジアの文化財保存支援等の国際対応の推進など、
研究所の基盤の整備に尽力され大きな業績を残されました。後
を受けた私としては、先ずはこの基盤の上に立って、研究所の
さらなる発展を目指していきたいと考えています。
ところで、私がこれまで永年勤務していた文化庁文化財部の
仕事は、少々堅くいえば、
「わが国の歴史や文化を正しく理解す
るために欠くことのできないものであり、将来の文化の向上発
展の基礎となる国民的財産である文化財の適切な保存と活用を
図るために必要な措置を講ずること」にあります。
一方、当研究所の業務は、このような文化財行政の課題に直
接に関わる広範な調査・研究の実施にあり、いわば、文化財行政の大きな一翼を荷っているといえます。
それだけに両者の連繫が文化財の保存活用にとって重要な鍵といえます。組織レベルの話は別として、私
自身のことでいえば、当研究所には若い時分からしばしば出入りし、所員との交流の中で、様々な知識や
助言を得、大変仕事に役立った経験があります。そのようなわけで、研究所に入るに当たっては、その活
動について、かなり知っていたつもりですが、やはり外から見ていた研究所とは違って、思っていた以上
に多様な調査・研究や多くの事業を抱えて日夜努力している所員の実態に触れ、改めて今後の責任の重さ
を感じております。当研究所に期待されている課題は多々ありますが、その円滑なる解決へ向かって、所
員一同と共に協力して努めて参りたいと存じますので、今後益々の御支援をお願いする次第です。
(所長・鈴木規夫)
尾形光琳筆「紅白梅図屏風」の新知見―調査速報とシンポジウム―
尾形光琳筆「紅白梅図屏風」
(MOA 美術館蔵)は、ひとり光琳のみならず琳派の代表作として知られて
います。しかし、とくに水流部分の技法については、銀箔燻蒸説と銀箔上群青剥落説など、従来からさま
ざまに推測され、科学的な成分分析が待ち望まれていました。
当研究所では現在、「画像形成技術の開発に関する研究」
(情報調整室)や「非破壊調査法の調査研究」
(保存科学部)等のプロジェクトを実施しているところですが、平成 15 年度、MOA 美術館からの依頼
を受け、いくつかの手法を用いて上記作品の調査を行いました。その結果、水流部分に銀箔のみならず鉱
物系顔料の存在も認められないことがわかりました。また各部に有機色料の使用が認められましたが、同
1
時に、金色の背景部分に金箔の存在が認められな
いことが判明しました。このことは、水流部分に
銀箔が存在しないこと以上に、衝撃的な結果とな
りました。
この結果の重要性に鑑み当研究所は、MOA 美
術館および美術史学会との共催により、去る 2 月
14 日(土)、MOA 美術館能楽堂にて『尾形光琳
筆「紅白梅図屏風」の新知見―調査速報とシンポ
ジウム―』を開催しました。細かな分析は未だ尽
討論の様子
くされていない段階ではありましたが、これによって基本的な情報の共有化を図りました。
当日はまず、内田篤呉氏(MOA 美術館学芸部)による従来説の整理と光琳史料に登場する「ナマリ
銀ノサビ」や「金ノ色付」という技法についての発表があり、続いて三浦定俊(協力調整官)が軟 X 線
透過画像の撮影による分析結果を、早川泰弘(保存科学部)が蛍光 X 線による顔料分析結果を、城野誠
治(情報調整室)が光学理論を応用した撮影と各種画像の比較による分析結果を報告し、その後、井手
誠之輔と綿田稔(ともに情報調整室)の司会で討論が行われました。討論では従来の常識的理解を大き
く覆す報告にとまどいを見せる参加者もありましたが、今回の調査による科学的データを率直に受け止
め、今後は従来の研究によって形成された光琳像をさまざまな方向から見直す必要があるとする意見が
聞かれました。また、会場の外には今回の調査に関わる各種画像がパネル展示され、シンポジウムの前
後にはその画像を仔細に観察し、熱心に議論する研究者らの姿が見られました。
シンポジウムには美術史学会以外からの参加者も多く、また新聞各紙でも大きく報道されるなど、一
般の関心も非常に高いため、今年度、調査結果をまとめた報告書を情報調整室が中心となって作成する
ことにしています。
(情報調整室・綿田 稔)
を相対化しようと試みました。両氏が身をおく美
「日本における外来美術の受容に
関する調査・研究」のふたつの研究会
術史の語りの言説空間を垣間見ることができる
よう、それぞれ母国語でご発表いただきました。
美術部では平成 13 年度から 5 年計画で上記研
洪善杓氏は 2004 年1月 20 日に当所において
究を進めています。この問題については従来から
「江戸時代における朝鮮画の接触と求得の意図
多くの研究がなされて来ていますが、それらを再
―朝鮮通信使を中心に」と題して発表されまし
検討し、中心から周縁へ影響が伝播するといった
た。洪氏は、江戸時代に日本を訪れた通信使たち
影響論や、作品の様式比較の偏重に陥らないよう
が書き残しているように、日本では通信使のかく
注意しつつ、個々の作品が、新たに出合ったもの
書画が熱望されたことを述べ、この時代に日本に
をどのように受け止めて成り立ったのか、新たな
もたらされた朝鮮画には通信使たちが日本滞在
ものはどこからどのようにして来たのか、それは
中に描いた「即席品」、通信使が日本の高官への
生みだされたところにおいてはどのような位置
土産として持参した「齋去品」、通信使とは別に
づけをされていたのかなどを丁寧に検証してい
貿易によってもたらされた「求貿品」の三種類が
こうというのがこのたびの課題です。こうした意
あることを指摘して、一括りに「朝鮮画」とされ
識のもとに平成 15 年度は、洪善杓氏(韓国美術
がちな作品群の生み出される状況および日本に
研究所所長、梨花女子大学校教授)および石守謙
もたらされる経緯の相違に注目することの重要
氏(国立故宮博物院副院長)を招へいしてご発表
性を示されました。また、文献資料をもとに江戸
いただき、日本における美術史学の既成の枠組み
時代の人々が朝鮮の絵画を熱烈に求めた意図を
2
分析され、一般庶民は「災消福来」を期待したの
たと指摘されました。また、『図絵宝鑑』が「雲
に対し、池大雅などの文人は書物を通じてのみ知
山図」を描いた画家たちの系譜に注目し、この系
っている中国書画家の筆さばきを朝鮮絵画を通
譜のなかで玉澗について詳述していることがそ
じて知ろうとする一方で、「朝鮮風」といったこ
の後の作家たちに与えた影響について述べ、さら
とばを用いていることからわかるように朝鮮画
に、雪舟が『図絵宝鑑』のテキストを知っていた
の特徴を認めていたことを指摘されました。「16
ことが、彼の「雲山図」の系譜に対する高い評価
―19 世紀朝鮮絵画」というように時代、地域、
や、雪舟の水墨画観、絵画史観、自らを絵画史の
ジャンルを限定することによって一群の造形物
中に位置づけ美術的系譜をつくるという姿勢に
を一元化して扱う傾向を厳しく諌める内容でした。
まで及んでいることを指摘されました。
いずれのご発表も日本における美術史の語り
の枠組みが多様な選択肢のなかの一つであった
ことを認識するのに十分な説得力を持ち、これか
らの調査研究への示唆に富むものでした。
発表中の洪善杓氏(右)
石守謙氏は 2 月 17 日、やはり当所において「テ
キスト対イメージ―夏文彦『図絵宝鑑』と 14・
15 世紀における中国絵画に対する日本の反応に
質問に答える石守謙氏(中央)
関する諸問題」と題して発表されました。石氏は
従来の美術史学が西洋美術史の方法論に追従し、
(情報調整室・山梨絵美子)
実際の作品すなわちイメージと、それについて叙
平成 15 年度
文化財保存修復研究協議会
述した書物すなわちテキストを等価に扱って来
なかったが、テキストがイメージの解釈を導くと
いうことも無視できず、特に 13 世紀以来の中国
文化財保存修復研究協議会では、保存調査手法
の出版文化の発達を考慮すれば、実作品よりもテ
や修復技術など保存と修復に係わるテーマにつ
キスト(書物)の方が広範に人々の手に届き、書
いて、外部に広く知っていただくために発表およ
画にたずさわる者、あるいは興味を持つ者を刺激
び討論の場を設けています。毎年、保存科学部、
し活力を与えたことは容易に想像できる、として
修復技術部、国際文化財保存修復協力センターが
1366 年に出版され、日本にはおそくとも 15 世紀
交替で担当していますが、平成 15 年度は保存科
初頭にはわたっていた夏文彦著『図絵宝鑑』の歴
学部が担当し、「古墳や洞窟内の水分の影響と保
史的意義を再考することの重要性を述べられま
存対策」をテーマに、2004 年 1 月 23 日、東京文
した。『図絵宝鑑』は系統だった編集がなされて
化財研究所セミナー室にて開催しました(参加者
いないことや、先行文献の無責任な引用ゆえに研
80 名)。
究者に批判されているが、李唐を南宋画院中最高
古墳や洞窟は、砂漠地帯など特別な乾燥地域に
の画家としその最重要な後継者に夏珪の名を挙
ある場合を除いては、基本的に高湿度下にあり、
げた初めての文献であり、『図絵宝鑑』の読者た
地下水や雨水の流入等、水分の影響が極めて大き
ちにこうした共通認識を持たせる役割を果たし
い状況にあります。したがって、それらの劣化原
3
因・過程を解明し、適切な保存・修復を行うため
カビ発生の原因はまだ明らかにはなっていま
には、水分の影響とその制御方法についての調
せんが、その前に行われた空調工事や近年の地球
査・研究・考察を行うことが不可欠です。本研究
温暖化の影響も疑われているとのことでした。フ
協議会では、長年ラスコー洞窟内の保存に携わっ
ォン・ド・ゴーム洞窟など周辺の洞窟を訪れた他、
てこられたフランス歴史記念物研究所のジャッ
パリでは文化情報省や歴史記念物研究所を訪問
ク・ブルネ氏、韓国武寧王陵での保存対策に係わ
し、保存対策について広く情報交換をすることが
ってこられた大韓民国公州大学の徐萬哲教授に
できました。
それぞれ調査・研究について話をいただきました。
また、保存科学部の石崎は「高松塚古墳周囲の
水分環境と石室壁面の水分量」のテーマで高松塚
古墳での調査に関して報告を行い、桂川町教育委
員会の長谷川清之氏は「王塚古墳の環境と保存の
取り組み」というテーマで古墳の保存の難しさに
ついて報告なさいました。講演後の質疑応答で
は、ラスコー洞窟でのカビの発生と対処方法な
ど、具体的な質問が多く出され活発な討論が行わ
れました。
洞窟入室前の打合せ(奥の三角屋根は管理小屋)
(協力調整官・三浦定俊)
中国壁画研究会の開催
2004 年 3 月 17 日、美術部は中国壁画研究会を
開催し、美術部の中野照男と韓国国立中央博物館
東洋部学芸研究官閔丙勲氏が発表を行いました。
中野照男は「東京文化財研究所における近年の
中央アジア美術研究」というテーマで、研究プロ
ジェクト「中国壁画の研究」の概要と今後の展望
フランス歴史記念物研究所のジャック・ブルネ氏
について、「敦煌莫高窟壁画の保存修復研究」、
(保存科学部・石崎武志)
アフガニスタン・バーミヤーン石窟の保存事業な
どとの関連にもふれながら、お話しいたしました。
ラスコー洞窟壁画保存状況の調査
一方、閔丙勲氏は韓国国立中央博物館で西域美
2002 年に高松塚古墳の壁面に黒いカビが発見
されましたが、フランスのラスコー洞窟でも同じ
ようなカビの被害が出ていることが、昨年 3 月に
報道されました。ラスコー洞窟は 1963 年から一
般公開を行っていませんが、それでも 2001 年の
夏頃から床や壁面などにカビが発生し、委員会を
作ってその対策に当たっています。フランスでど
のような対策をとっているか意見交換を行うた
めに、文化庁の湯山賢一、小林達朗両氏と当研究
所の渡邊明義、石崎武志及び筆者の 5 人が 2004
研究発表をしている閔丙勲氏
年 2 月 29 日から 3 月 7 日の日程で訪仏しました。
4
術展(2003 年 12 月 16 日~2004 年 2 月 1 日)を
調査が着手され、事業は順調なスタートを
企画なさったこともあり、「韓国における中央ア
切りました。
ジア考古美術の研究現況」というテーマで、韓国
が所有する大谷探検隊のコレクションの現況、そ
して学際的な共同研究を主体とする韓国の西域
研究の動向などについてお話いただきました。
今後も、こうした企画を続けていきたいと考え
ています。
(美術部・勝木言一郎)
陝西省唐代陵墓石彫像保護修理事業
中国では、古代以来皇帝や貴族の陵墓を建設す
協議書交換
ると、その東西南北四方に瑞獣、瑞鳥、文官、武
(国際文化財保存修復協力センター・岡田
官などの石彫像を安置し、陵墓を守護させること
が行われました。それらは主に上質の石灰岩によ
健)
龍門石窟研究院韓玉玲副院長他の来訪
って作られましたが、長年露天に置かれていたた
め風化が進行し、危険な状態のものも見られま
中国龍門石窟研究院に対する石窟保護のため
す。財団法人文化財保護・芸術研究助成財団(旧
の各種協力事業と共同研究も、すでに 4 年目に入
文化財保護振興財団)は、日本の篤志家からの資
りました。両者の関係を一層強固なものとし、事
金提供の申し出を受け、平成 16 年度から 4 年間
業の円滑な推進をはかるため、2004 年 2 月 29 日
の計画で、陝西省文物局と契約を結び、陝西省西
から 3 月 8 日の日程で韓玉玲副院長を招へいしま
安市近郊に所在する唐代陵墓について、石彫像の
した。滞在中は、当研究所各部門との交流を進め
保護修理事業を行うことになりました。2004 年 1
るとともに、外務省、東京藝術大学、文化財保護
月 9 日には陝西省文物局において両者による協
振興財団等を訪問し、今後の活動について意見を
議書の交換が行われました。当研究所は、事業に
交換しました。さらに法隆寺をはじめとする世界
関して同財団へのアドバイスを行うとともに、西
遺産を視察したほか、4 月からの長期研修に備え
安文物保護修復センターとパートナーを組み、学
国際協力機構(JICA)の大阪センターで日本語
術調査、修復材料等についての研究、陵墓地区保
を研修中の 2 人の同研究院研究員を訪ね、研修施
護のためのマスタープラン作成などを共同で実
設等を見学しました。
また、3 月 11 日から 24 日の日程で同研究院高
施していくことになり、同じく 1 月 9 日に同セン
東亮氏と侯玉珂氏、それに修復材料の専門家であ
ターと協議書を交換しました。3 月下旬、考古
JICA 研修センターを視察する韓玉玲副院長
乾陵の前に立つ天馬
5
る北京大学胡東波助教授を招へいし、石造文化財
た。録音の成果はいずれまとめて報告する予定で
の風化の定量・定性評価についての研究、修復材
すが、今後も、上演されにくい曲目を中心に収録
料についての研究、文化財の画像データ管理につ
を続け、演奏者の意識を高める一助にしていきた
いての研究等を行いました。
いと考えています。
(国際文化財保存修復協力センター・岡田 健)
(芸能部・高桑いづみ)
喜多六平太師の謡録音
―芸能部の収録事業をめぐって―
伝統芸能の画像・音声・
映像資料のデジタル化
2001 年に能が、2003 年に文楽があいついでユ
芸能部が収録・収集してきたオープンリールテ
ネスコの「人類の口承及び無形遺産の傑作」に宣
ープの記録は相当数に上ります。その中には、昭
言され、いわゆる世界無形遺産に選ばれたことは
和 41 年から約 10 年間にわたって行われた東大寺
記憶に新しいところです。その影響で興味を持っ
修二会(お水取り)の現地録音を初めとして、東
て接する人が多少なりとも増加し、演じる側の意
京文化財研究所のみが所蔵する貴重なものも数
識も以前に増して伝承や普及、芸の向上へ向けら
多く含まれています。録音テープは、その性質上
れるようになってきました。ところが、人気のあ
極めて経年変化しやすいものです。資料としての
る演目やわかりやすい入門的な演目は上演回数
重要度からも、そうした記録は、できるだけ早急
が多くなりましたが、時代的背景がわかりにく
に、より安定した媒体に変換しておかなければな
い、またじっくり鑑賞しなければ良さが伝わらな
りません。
い演目は敬遠されがちになっているのも事実で
現在、芸能部のデジタル化事業はオープンリー
す。生身の人間が伝える以上、芸能は人々の嗜好
ルを中心に行われています。CD にして約 750 枚、
や時代の要請とともに変質していくものですが、
ようやく全体の 3 分の 1 程に達したところです。
能ならば 600 年、歌舞伎ならば 400 年の間愛好
デジタル化に際しては、インデックス付与も併せ
され、洗練を重ねてきた演目が上演されなくな
て進行中です。これは研究材として活用する上で
り、伝承が途絶えてしまう危惧がないとは言えま
も、一般の利用に供する上でも、有用なものだか
せん。
らです。ただし、適切なインデックス付与には、
高度に専門的な知識が要求されます。全 CD に完備
芸能部では、以前から研究所内の実演記録室に
実演者を招き上演機会の少ない曲目を中心に演
するまでには、さらなる時間が必要となるでしょう。
奏の収録を行ってきました。
2001 年は金春流シ
テ方の金春晃実師を
招いて、宗家系とは謡
い方の異なる金春流
の謡を収録し、2002
年は観世流シテ方の
橋岡久馬師に、明治以
降ほとんど上演され
ていなかった独吟「東
国下リ」を謡っていた
芸能部所蔵のオー
だいています。
プンテープ(上)
とデジタル化した
第3回となる今回は喜多流シテ方の喜多六平
CD(下)
太師を招き、師独特の喜多流の謡を録音しまし
(芸能部・飯島
6
満)
近代の文化遺産の
保存修復に関する研究会
国立鉄道博物館における鉄道車両の修復について
(イギリス国立鉄道博物館レジストラー・ヘレン・
アシュビィ)
第 14 回近代の文化遺産の保存修復に関する研
平成 16 年度は、ダム・発電所など大型構築物
究会は、2004 年 2 月 10 日にイギリスのヨークに
の保存修復に関する研究会を開催予定です。
ある国立鉄道博物館からスコット館長他1名を
(修復技術部・川野邊 渉)
お招きして行われました。また、国立博物館と長
い交流の歴史を持ち、我が国における代表的な鉄
フランスの文化財保護制度
に関する現地調査及び研究会開催
道博物館である交通博物館の菅館長からは、両館
の交流史とそれぞれの国において果たしてきた
国際文化財保存修復協力センターが行ってい
役割についてお話しいただきました。
国立鉄道博物館は、ロンドンの国立科学博物館
るプロジェクト「ヨーロッパ諸国の文化財保護制
を中心とした科学博物館群を形成しています。世
度と活用事例」のための第 2 回フランス現地調査
界的にも非常に長い歴史を持ち、もっとも充実し
及び国内での研究会開催の報告です。
た鉄道博物館として知られています。単に博物館
現地調査は 2004 年 1 月 17 日から 29 日の日程
としての働きだけでなく、イギリス国内に所在す
で、リヨン、エクスアンプロバンス、マルセーユ、
る様々な鉄道文化財を保存するために、ボランテ
ボルドー、サンテミリオン、リール、ノルマンデ
ィアの活用や地元鉄道ファンとの協力体制の構
ィーの各市町村において行いました。2003 年 9
築、地元企業や協力企業との共同作業による鉄道
月の前回調査は国の施策が主でしたが、今回はそ
文化財の保存と活用など、たいへん活発な働きを
の地方における運用の実際、そして地方都市独自
しています。また博物館内においても、通常の展
の取り組みについて情報収集を行いました。
示のみならず、修復現場の公開やボランティアの
フランスには、歴史的建造物の周囲 500 メート
展示・研究への参加、さらに様々な教育課程を準
ル半径内の建築を規制する制度があり、またその
備し、その課程で育った研究者が職員として活躍
ための建築家が地方には配置され、なかなか手が
できる場も準備しており、小中学生だけでなく、
及ばない都市景観にまで保護施策が行き届いて
大学生や院生にも研究活動の場や材料を提供し、
いる事例としてよく知られています。しかし地方
同時にそれを博物館の充実や地域の鉄道文化財
分権と基準の透明化のため、フランス文化省は今
の保存に役立てています。さらには、このような
まさにその制度の見直しを進めています。今回の
試みの効果を常に検証し、改良を加えています。
調査では既存の制度における問題点、制度見直し
このように、国立鉄道博物館は、鉄道文化財の
の進行状況について、現場担当者からの声を聞く
保存と活用に関してあらゆる場面で国内の中心
ことに努め、多くの情報を得ることができました。
となるばかりか、世界の鉄道文化財の保護の模範
また研究会は、日仏専門家の意見交換のため
たらんとしていますが、その活動の柔軟さと広汎
さは、我が国における近代の文化遺産の保存と活
用について考える上で非常に重要な教訓を含ん
でいると思われます。現在は、分館に加えて本館
より大きな新館を建設中です。
講演題目は次の通りです。
英国鉄道博物館と日本(交通博物館館長・菅 建彦)
国立鉄道博物館が鉄道文化財保存に果たした役割
(イギリス国立鉄道博物館館長・アンドリュー・
ジョン・スコット)
フランスの文化財保護制度に関する研究会
7
に、2004 年3月 15 日「フランス文化財保護の現
月 20、21 日(会場:福井県立歴史博物館、共催:
在」と題して、研究所にて開催しました。来日さ
福井県博物館協議会、参加者 40 名)と 2 月 4 日、
れたのは、フランス文化コミュニケーション省の
5 日(会場:鹿児島県歴史資料センター黎明館、
アンヌ=マリー・クザン氏、ジャン=イヴ・ルコ
共催:鹿児島県博物館協会、参加者 50 名)の 2
ール氏および国有モニュメント・センターのアン
回にわたり開催しました。
ドレ・カナス氏の3名で、不動産文化財の保護制
プログラムは以下の通りで、参加者が全般的な
度である保全地区(SS)や建築的・都市的・景観
知識を得られるように、毎回ほぼ共通した内容で
的文化財保護区域(ZPPAUP)の制度の現状、国
講習しています。1.保存環境概論と環境調査、
有モニュメント・センターによる文化財の管理・
2.温湿度制御と管理、3.空気環境の制御と管理、
利用、出版などの普及事業についてお話しいただ
4.照明の制御と管理、5.これからの生物被害防除法
きました。フランスの最近の変化は日本にあまり
地域研修実施についてご希望の地域団体があ
紹介されていないため、会場収容人数ぎりぎりの
りましたら、担当の保存科学部石崎・佐野までぜ
40 名を超える方が参加し、熱心な質疑応答が行
ひお問い合わせ下さい。
われました。
(国際文化財保存修復協力センター・稲葉信子)
在外日本古美術品保存
修復協力事業の修復確認調査
在外日本古美術品保存修復協力事業は、海外の
美術館・博物館から毎年 5 月に対象作品を輸入
し、運営委員会を経て、関西及び関東の修理アト
リエで修復を行う事業です。この事業では海外の
保管担当者を招へいして、修復途中の作品を調査
福井県立歴史博物館での研修の様子
する中間視察も行います。中間視察では、作品の
(保存科学部・石崎武志)
修復方法を決定するほか、先方の美術館での展示
を考慮して、装潢用の布や軸といった付属品につ
第 15 回国際文化財保存修復研究会
「日干し煉瓦の保存」
いても選択します。
さらに、平成 15 年度からは事業の進捗状況を
把握するために、修復確認調査を行うようになり
2004 年 1 月 30 日に、90 名の参加者を得て、
ました。この調査は、事業修了間際の3月中旬に
第 15 回国際文化財保存修復研究会「日干し煉瓦
奈良・京都・焼津・東京の修復アトリエを訪れ、
の保存」を開催しました。これは、第 14 回研究
事業が正しく進行しているかどうか、期限内に事
会「イラク文化遺産保存の地平線」の際に、日干
業を修了できるかといった確認を行います。今年
し煉瓦の保存に関する情報が強く求められてい
度は、絵画・工芸ともに順調な状況で修復が進み、
たことを受ける形で設定されたテーマです。会で
修復確認調査を修了しました。
は、まず日干し煉瓦の保存に関するこれまでの世
界の状況について発表があり、次に実例として、
(修復技術部・加藤 寛)
エジプトの遺跡における日干し煉瓦保存への取
資料保存地域研修の開催
り組みについて、そして最後に科学的な分析を踏
まえた、保存対策について具体的な提言の発表が
保存科学部では、各地域の博物館協議会や教育
ありました。また、当初のプログラムにはありま
委員会と共催し、講師が地方へ出張して行う資料
せんでしたが、会の直前の 2003 年 12 月にイラ
保存地域研修を行っています。今回は 2004 年 1
8
ンで起きた地震に伴い大きな被害が出た、バム遺
マ、コロンビア、メキシコ、フィリピンの専門家
跡の被害状況に関する報告も、急遽行われまし
が、世界遺産都市・歴史地区における多面にわた
た。その後の総合討議では、技術的な問題ばかり
る維持管理と住民の貢献について、事例紹介を行
でなく、文化財保存の理念に関わる部分まで踏み
いました。発表の後には、参加したパナマ大学の
込んだ、活発な議論が行われました。
教官や学生、保存事務所が経営する訓練専門学校
の学生なども交えての、熱心な質疑応答がありま
した。
(国際文化財保存修復協力センター・岡田
健)
ベトナム・ミソン遺跡調査
国際文化財保存修復協力センターでは、文化財
の保存修復に関する国際共同研究の一環として、
2004 年3月4日から 10 日にベトナムでの現地調
査を行いました。ミソン遺跡はベトナム中部に所
発表風景
在し、2 世紀から 17 世紀にかけて繁栄したチャ
(国際文化財保存修復協力センター・朽津信明)
ンパ王国の聖地で、現在残っている遺構は 8 世紀
から 13 世紀のものが中心です。遺構の一部には
パナマで第 2 回目の国際セミナーを開催
ラテライトも見られますがほとんどが焼成レン
パナマ共和国の首都パナマシティの旧市街地
ガで、精巧な彫刻が施されているものもありま
であるカスコ・アンティグオ地区の保存に携わる
す。1999 年にユネスコの世界文化遺産にも登録
人材を育成し、地区住民を含むパナマ市民の都市
された重要な遺跡ですが、地衣類などの付着、不
保存に関する意識を高め、同時に通常交流の少な
同沈下、ベトナム戦争当時の爆撃による破壊など
いアジアと中南米との情報交換をはかることを
が見られました。また、ハノイの文化情報省にお
目的とし、昨年度に続き、カスコ・アンティグオ
いてはダン・バン・バイ文化情報省国家文化遺産
保存事務所と共同で、2004 年 2 月 17 日から 19
局長らと協議を行うとともに、ミソン遺跡を管轄
日の日程でパナマ大学を会場としてセミナーを開催
するクアンナム省遺産記念物保存センターのフ
しました。
ァン・タン・バオセンター長らと協議を行って、
ミソン遺跡を含むベトナムの遺跡について理解
を深めました。
江面嗣人氏(文化庁)と参加者の質疑応答
今回は「世界遺産都市と歴史地区の保存と活性
化―公的計画と民間のイニシアチブ、特に維持管
ベトナム・ミソン遺跡群(C グループ)
理を中心にして―」というテーマで、日本、パナ
(国際文化財保存修復協力センター・二神葉子)
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第 26 回文化財の保存に関する
国際研究集会報告書刊行
メチル全廃スケジュールに変更はありません。
このたび総合的有害生物管理(IPM)普及のた
めの副教材ビデオ「文化財生物被害防止ガイド」
2002 年 12 月 4~6 日、東京国立博物館平成館
(VHS 計 2 巻、各巻約 30 分、制作協力 NHK エ
大講堂で開催された上記国際研究集会の報告書
デュケーショナル)を作成しました。
が今年3月に刊行されました。
「モノの年輪」
「モ
「文化財生物被害防止ハンドブック」をテキス
ノの旅行記」
「モノと人の力学」の 3 セッション
トに、第1巻「害虫対策の進め方」(講義
から構成された 3 日間の研究集会を踏まえて 3 章
IPM の進め方;被害歴の調査、
について、実演
で構成され、それぞれの研究発表をもとにした論
IPM
文と討議記録を収録しています。
衛生管理と遮断、害虫等の発見)
、第 2 巻「対処
この研究集会では、1990 年代から盛んになった
法の実際」(講義
処置法概説、代替燻蒸剤・蒸
散性防虫剤、実演
低酸素濃度処理、二酸化炭素
美術史学の歴史の検証によって、「美術」という
名称およびそれを支える価値観が明治以降に生
処理、低温処理)の構成です。各都道府県教育委
まれたものであることが明らかになったことか
員会には無償配布予定ですが、一般向けにも市販
の予定です(クバプロ)。
ら、美術品とされるモノに限らず考古学、建築学、
『文化財害虫事典』は第 2 版となりましたが、
芸能史などの対象を含むモノの価値がどのよう
改定した資料編のみ、別冊 1,000 円で頒布してい
に生み出されるのかを探ろうと試みました。
ます(クバプロ)。
このテーマは「モ
ノ・宝物・美術品・文
化財の移動に関する
研究―価値観の変容
と社会―」という課題
のもとに平成 14 年度
から 4 年間の計画で、
文部科学省の科学研
究費補助金による助
成を受けさらに深め
IPM ビデオ制作現場
第26回文化財の保存に関す
ているところでもあ
る国際研究集会「うごく
ります。
モノ―時間・空間・コンテ
クスト―」報告書
(保存科学部・佐野千絵)
東京美術商協同組合から寄付金を受入れ
この研究は端緒についたばかりですが、この報
東京美術商協同組合から、東京文化財研究所が
告書からこれからの展開のための手がかりを多
行っている文化財に関する調査・研究等の成果の
数引き出すことができると確信しております。な
公表にかかる出版事業に役立てて欲しいとの趣
お、本報告書の日本文のみを収録した『うごく
旨で寄付金のお申し出がありました。
モノ―美術品の価値形成とは?』が、2004年3月
東京美術商協同組合からは、平成 13 年秋より
に平凡社より刊行されています。
毎年春と秋にご寄付をいただいており、今回で6
(情報調整室・山梨絵美子)
回目となります。先般、港区新橋の東京美術商協
同組合において、鈴木規夫所長が吉田清顧問(前
IPM 普及のために―ビデオ教材の制作
理事長)立会いの上、浅木正勝理事長より 100 万
2003 年 3 月末のニュースで臭化メチル全廃先
円のご寄付を受領いたしました。その後東京美術
送りとの誤報が流れ、博物館等の保存現場でいく
商協同組合役員の皆様と文化財保存・修復並びに
らか混乱があった様子ですが、2004 年末の臭化
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美術品等の展覧会に関する文化事業について懇
談しました。
当研究所の事業にご理解を賜りご寄付をいた
だいたことは、当研究所にとって大変有難いこと
であり、東京美術商協同組合のご厚情に報います
よう、研究所の出版事業に役立てたいと思ってお
ります。
吉田顧問立会いの上、浅木理事長から寄付を受ける鈴木所長
(管理部・池田広美)
東京文化財研究所人事異動
平成 16 年 3 月 30 日付け
転出
九州大学教授
井手誠之輔(情報調整室長)
平成 16 年 3 月 31 日付け
転出
筑波大学教授
辞職
斎藤 英俊(国際文化財保存修復協力センター長)
渡邊 明義(理事長(所長))
西浦 忠輝(保存科学部長)
児玉 竜一(芸能部演劇研究室研究員)
川栁 成巳(管理部管理課課長補佐)
4 月 1 日付け東京医科歯科大学総務部人事課課長補佐に採用
篠原 和宏(管理部管理課経理係長)
4 月 1 日付け東京医科歯科大学経理部主計課監査掛長に採用
平成 16 年 4 月 1 日付け
採用
理事(所長)
鈴木 規夫(文化庁文化財鑑査官)
管理部管理課課長補佐
池田
管理部管理課経理係長
菊地 昌弘(東京医科歯科大学経理部主計課監査掛監査主任)
広美(東京医科歯科大学経理部主計課専門職員)
新規採用 情報調整室研究員
皿井
舞
昇任
保存科学部長
石﨑 武志(保存科学部物理研究室長)
修復技術部長
加藤
寛(修復技術部伝統技術研究室長)
保存科学部化学研究室長 早川 泰弘(保存科学部主任研究官)
国際文化財保存修復協力センター地域環境研究室長
山内 和也(国際文化財保存修復協力センター主任研究官)
美術部主任研究官
配置換
津田 徹英(美術部広領域研究室研究員)
国際文化財保存修復協力センター長
青木 繁夫(修復技術部長)
情報調整室長
山梨絵美子(美術部広領域研究室長)
事務取扱 芸能部長
鈴木
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規夫(所長)
事務取扱 美術部広領域研究室長
中野 照男(美術部長)
保存科学部物理研究室長
石﨑 武志(保存科学部長)
修復技術部伝統技術研究室長 加藤
寛(修復技術部長)
平成 16 年 4 月 16 日付け
新規採用 芸能部主任研究官
飯島
満
平成 16 年 6 月 1 日付け
新規採用 保存科学部物理研究室研究員 犬塚 将英
(管理部・若月雄二)
外国人来訪者
来
訪
者
所
属
年月日
アフメド・サイエド・アフメド・シュエイブ
エジプト国古物最高評議会遺物
エジプト国古物最高評議会
16. 1.26
保存修復中央本部本部長
白適銘専任助理教授、
台湾南華大学美學與藝術管理研究所 16. 2. 5
修士課程学生等 21 名
カンボジア王立芸術大学卒業生
カンボジア王立芸術大学
16. 2. 5
5名
文化遺産庁次官他 2 名、
イラン文化遺産庁
16. 2.24
通訳 1 名
ウィリアム・ソーセル館長兼最高
カナダ王立オンタリオ博物館
16. 3.23
経営責任者
目
的
施設見学・研究協議
施設見学
施設見学
文化財保護に関する
意見交換
施設見学・表敬訪問
(管理部・渡邉仁之)
黒田記念館
公開カレンダー
2004
7
日
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月 火 水 木 金
土
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日
月
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水
木
金
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公開日:
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午後 1 時~4 時 、入館料:無料
木曜・土曜、
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7 月 20 日~8 月中は、夏期休暇の
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ため休館となります。
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デジタル画像体験「黒田清輝の目
―風景・からだ・顔」同時公開中
TOBUNKENNEWS No.17
2004 年 6 月 30 日
発行:独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所
編集:協力調整官―情報調整室・中村明子
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