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新しいマーケティング手法と関係資本形成 【PDF:27KB】

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新しいマーケティング手法と関係資本形成 【PDF:27KB】
ノウハウシリーズ:
「明日を創造するアートマネジメント─新しいマーケティング手法と関係資本形成」
特定非営利活動法人
舞台芸術環境フォーラム
理事長
衛 紀生
*衛 紀生(えい、きせい)1947年生まれ。舞台芸術環境フォーラム代表。
演劇評論家、地域文化オルガナイザー、神戸シアターワークス代表。90年前後より、地
域演劇、演劇の公共化、芸術文化の公共政策研究をテーマに全国各地を調査する活動を開
始。現在、10数地域の自治体文化行政のアドバイザーを務めている。主な著書に「芸術文
化行政と地域社会・レジデントシアターへのデザイン」(テアトロ社)、「21世紀のアー
ト・マネージメント・Make a Change への提言」(ダブルフェイス社)他。近日刊として、
「地域と劇場」(芸団協出版部)、「回復の時代のアート・マネージメント」他。
【劇場を経営するのか、劇団を経営するのか】
1990年を前後して「アートマネジメント」という語彙が大いにもてはやされ、急速な広
がりをみせて市民権をもったことは周知のことである。その裏には、公的資金の流入と企
業メセナの獲得という「新しいサクセスストーリー」への熱烈な願望があったことは否定
できない。
いっぽう、日本の芸術創造は、アーチストを中心とする集団に依っており、劇場・ホー
ルはその成果物の一時的なアウトレット施設でしかない。劇団と劇場は別途の発展経路を
たどって現在に至っており、それはオーケストラとコンサートホール、オペラ団とオペラ
ハウスも同様である。
したがって、「新しいサクセスストーリー」をもたらすであろう「アートマネジメント」
は、いきおい「アーチスト・マネジメント」という色彩を強く帯びて、芸術と社会とを切
り結ぶという本来の使命を置き去りにした一種のマネーゲームに逸脱してしまっているの
が、現在の日本のアートマネジメント理解である。
たとえば、劇団経営に必ずしもアートマネジメントという概念が不適応であるとは考え
ないが、アートマネジメントが提唱された欧米のコンテキストを考えれば、「アートマネ
ジメント」とは第一義的には劇場経営であり、コンサートホール経営であり、オペラハウ
ス経営である。そのことを充分に踏まえたうえで、アーチスト・マネジメントに逸脱する
ことなく日本の芸術創造団体を取り囲む環境に適合したマネジメント手法を編み出すこと
が急務である。
しかし、ここでは21世紀に出現するであろう地域の公共的なプロデューシング・シアタ
ーを視野にいれて、劇場経営としてのアートマネジメントに軸足をおいて論旨をする。
【地域劇場のミッションとは何か/ウエストヨークシャー・プレイハウスの経営理念】
公共的な地域劇場のミッションとは何か。これを考えるうえで私は、英国北部リーズ市
にある代表的な地域劇場ウエストヨークシャー・プレイハウスをモデルとして考える。
ここでは、ウエストエンドにトランスファーするような優れた芸術的成果を生み出す(現
在、ロンドンのピカデリー劇場でロングランしている『スペンド・スペンド・スペンド』
はその好例である)一方で、教師との連携によるスクール・カンパニーの日常活動、毎週
水曜日に実施される企業と提携した高齢者向けのアートプログラム、毎月行われる障害者
向けのワークショップ、中高校生を対象としたプレビュー公演、多数の市民が参加してプ
ロフェッショナルのアーチストと共演する比較的長期にわたるプログラムなど、地域社会
の隅々までに目の行き届いた事業が実施されている。
それらのプログラムが良い成果をアウトプットするために、劇場のあらゆるスペースと
人材と技術を提供することを厭わない姿勢がウエストヨークシャー・プレイハウスにはあ
る。だからこそ、この劇場には何もやっていない昼間から多くの市民が出入りしており、
カフェテリアはそれらの人々のために開放されている。
また、この劇場の経営方針を知るうえで欠かせないことがある。ウエストヨークシャー・
プレイハウスの出入口は、劇場正面のエントランスにしかない。いわゆる楽屋口はあるに
はあるが劇場の方針としてそこは封印されている。俳優も劇場スタッフも、観客や劇場に
訪れる市民とともに一つの出入口を利用する。「関係づくり」をあらゆる機会をとらえて
おこなう、というマーケティング・ポリシーがここにはある。
それらの結果として、ウエストヨークシャー・プレイハウスは、地域社会からの強い支
持を獲得している、資金調達面でも、観客開発面でも。きわめて広範な、しかも健全なギ
ブ・アンド・テイクをコミュニティとのあいだに成立させることが、地域劇場のあるべき
経営姿勢である。
【劇場の教育プログラムとソーシャル・マーケティング】
劇場の実施する教育(エディケーション)プログラムは、別の視点から見ると、人々の
生活行動パターンを変革するソーシャル・マーケティングという側面がある。
人種差別や階級社会にあっては無論のことだが、人々の生活の中で劇場という存在の生
涯価値を高める、ということも生活行動パターンに深く関わることである。
「劇場」とは芸術作品という<結果>に立ち会う場所である、という日本に一般的な考
え方は欧米の地域劇場では半分だけ正解である。「劇場」とは、<結果>のみならず<過
程>にも関わることのできる場所でなければならない。<過程>に関わるということは、
その時々で多くの人々と関わるということを意味する。<関わる>ということは、コミュ
ニケーションの蓄積が起こるということであり、コミュニケーションの蓄積とはすなわち
<コミュニティ>が生まれるということだ。
ハーバート・ハイマンとポール・シーツレーの『Some Reasons Why Information Campaigns
Fail 』によると、失敗したソーシャル・マーケティングから学んだいくつかの法則のひと
つに「ある人が新しい情報を受容する程度は、その情報が、その人がすでに持っている考
え方とどこまで相いれるかによって決まる。一般的に、人々は同意できない情報を回避す
る傾向がある」というのがある。当然といえば当然のことである。が、しかし、その失敗
した事例が、戦後50年代に多くの新聞広告とラジオのスポット広告というマス・メディア
を通して行われた事情を考え合わさなければならない。一方通行型の情報を受容して行動
する人間が稀なのはいうまでもない。フィリップ・コトラーは、「社会調査の専門家が、
人々の態度と行動を変革するうえでマス・コミュニケーションの効果には限界がある、と
結論づけていても、驚くにはあたらない」と語っている。
つまり、<過程>に参加することで双方向型のコミュニケーションを成立させ(=コミ
ュニティの生成)、各自の考え方を受容しあう機会を保障することで<新しい価値>を、
すなわち新しい生活行動パターンを創出する、という目的を明確に持っていることが教育
プログラムには肝要なのである。その結果、劇場という存在の生涯価値を高度化すること
を、劇場のプログラムは企図していなければならない。
その意味では、アートデベロップメント(エディケーションを所掌する)部門とマーケ
ティング部門は、地域劇場においては相関性の高い、もっとも隣接した部署であり、絶え
ず情報を交換しながら仕事を進めなければならない。
【マス・マーケティングからリレーションシップ・マーケティングへ/関係資本を重視す
る経営へ】
「シアター・マーケティングはすでに確立している、というのは誤解でしかない。確立
しているのは、ブロードウェイやウエストエンドにおける興行街のマーケティング手法で
あり、地域劇場のマーケティングは、今後、マス・マーケティングとは一線を画したリレ
ーションシップ・マーケティングにシフトしなければならない」。これは、ウエストヨー
クシャー・プレイハウスのマーケティング部長ケイト・サンダーソンと私とのあいだで一
致をみた考え方だ。
マス・マーケティングとは、前項でも触れたマス・メディアを活用して大量の情報を一
方通行的に流す手法である。日本の芸術創造団体、劇場・ホールのほとんどすべてがこの
方法での顧客の掘り起こしを図っている。劇場に出かけると目にし、手にする大量のチラ
シは、それ自体に意味がないわけではないが、果たしてどれだけの効果があるのだろうか。
そのことに疑問を持たない人の方が少ないのではないか。
むろん、マス的に流される情報がすべて無駄だというのではない。しかし、「観よう」
「聴きに行こう」と意志決定する際の判断材料を少し冷静に振り返ってみてほしい。大量
のチラシ等が果たして価値判断の主たる材料となっているだろうか。親しい友人や信頼で
きる関係者、熱烈なファンからの情報の方が、その判断材料とはなっていないだろうか。
リレーションシップ・マーケティングとは、「関係づくりのマーケティング」手法であ
り、「関係づくり」である以上、双方向のコミュニケーションを幾重にもかさねて一種の
コミュニティを形成することで、当事者を「固定客(Clients )」、「支持者(Supporters )」、
「支援者(Advocates )」、「協働者(Partners )」と進化させることを企図する。その
プロセスで、ボランタリーな労働力の提供を、また前述した「信頼できる情報の発信源」
として、そしてプログラム形成とファンドレイズの協働者として劇場経営に関わってもら
う。それらが「関係資本」である。関わることで大きくなる「資本」である。
これまでも劇団や劇場・ホールの経営と「関係資本」が無縁であった訳ではない。その
形成を経営戦略として意識的に行ってこなかったのだ。したがって、「関係資本」への評
価がほとんどなされていなかったというのが現実であり、評価がなされていないというこ
とは無為に「関係資本」を浪費してきたということだ。
しかし、この「関係資本」に依拠する経営は従来の手法をマイナーチェンジするだけで
はおぼつかない。その根本から仕組みを変えなければならない。そして、何よりもその組
織に属する者に、ヒューマン・マネジメントに長け、創造性をもった資質が求められる。
(この欄で紹介された「ウエストヨークシャープレイハウス」のマギーサクソンが来日し、
参加される公開シンポジウムが来年1月に開催されます。詳細はインフォメーションボード
を参照下さい。)
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