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川越・一番街周辺の交通環境改善に関する実験的研究
川越・一番街周辺の交通環境改善に関する実験的研究 Experimental Study on Traffic Situation of Ichibangai-street, Kawagoe 久保田 尚 1* Hisashi Kubota1 1 埼玉大学 理工学研究科 Graduate School of Science and Engineering, Saitama University Abstract Kawagoe city is well known as a historical city where a lot of old buildings are preserved. In Ichiban-gai street, which is the center of historical area, a lot of pedestrians and vehicles make a "chaos" which make the street quite dangerous and uncomfortable. To solve this problem, Kawagoe city has conducted a social experiment to introduce both pedestrianizasion and one-way street. In this study, we have conducted several researches to examine effects and side-effects of this experimental scheme. As a result of questionnaire survey and traffic survey, we have found both advantages and challenges to be solved. Key Words: Historical town, Kawagoe, Traffic congestion, Social experiment, pedestrian mall, one-way 1. 種の調査を実施することにより、一方通行化や 研究の目的と概要 川越一番街の交通環境改善に関して、ここ数 年川越市と埼玉大学の間で共同研究を続けてき た。交通調査やそれに基づく交通シミュレーシ ョン分析、住民意識調査の分析などを行い、市 歩行者天国が、歩行者などの交通環境に与えた 効果や影響について分析し、一番街およびその 周辺の道路交通のあり方を検討することを目的 とする。 本研究では、この取り組みに関連して、 の検討委員会での議論の材料としてきた。 歩行者交通調査 その結果、平成 21 年 11 月に、一番街を「平 歩行者アンケート調査 日一方通行、休日歩行者天国」とする大規模な 住民意識調査 社会実験が実施された。 また、 その前段として、 8 月および 9 月に、歩行環境向上のためのプレ 実験として、2 日ずつの歩行者天国が実施され た。 自動車渋滞調査 などを実施した。以下、各調査ごとの概要を述 べる。 本研究は、これらの取り組みと連動して、各 2. * 〒338-8570 さいたま市桜区下大久保 255 電話:048-858-3554 FAX:048-855-7833 Email:[email protected] 歩行者交通調査 歩行者天国や一方通行を実施したときの一番 街の歩行者行動を、通常時と比較するために、 −118− ビルの上から一番街を撮影したビデオ画像を分 また、この調査結果から、観光客の交通特性 析した。その結果、通常時より一方通行のほう に関していくつかの重要な知見が得られている。 が、また、一方通行より歩行者天国のほうが、 ・来訪手段は、車と公共交通(主に鉄道)が 次の傾向が顕著であった。 おおよそ半々である。 ・2 人連れや 3 人連れなどの歩行者が横に並 ・車での来訪者は、国道 16 号(西及び東方 面) 、および国道 254 号(北及び南方面)で川 んで歩く傾向がある。 ・子供連れの家族が、ベビーカーから降ろし 越に到着する車両が圧倒的に多く、中心部内で たり手を離すなど、子供を自由に歩かせる傾向 は国道 254 号(国道 16 号との交差点から松江 がある。 町を経由して市役所方面)や川越日高線(さい ・カップルは手をつないで歩く傾向がある。 たま市方面)の利用が多い。駐車位置は一番街 自動車の通行を規制することにより、歩行者 周辺に均等に分布しているが、市役所駐車場が が安心して歩ける空間が広がったことにより、 果たしている役割も大きい。 歩行者の通行の自由度が増したことが、こうし た傾向がみられる理由と考えられる。 ・ドライバーのルート選びで最も参考にされ ているのはカーナビであり、一方、看板等の案 内・誘導の評価は高くない。 3. ・車での来訪者のほとんどが渋滞に遭遇して 歩行者アンケート調査 歩行者天国および一方通行の実施日に、一番 街の歩行者を対象とするアンケート調査を実施 した。現地にブースを設置してその場で回答し ていただいたものであり、延べ 1,200 票の回答 を得た。回答者の多くは観光客であるが、川越 市民も 1 割強含まれている。 歩行者は、歩行者天国や一方通行を支持する 声が強く、特に歩行者天国については 9 割以上 おらず、駐車場までスムースに到達している。 この事実は、アンケートの自由意見からもうか がえる。 ・鉄道による来訪者は、川越駅と本川越駅の 利用者が多く、駅からは 8 割程度が徒歩で一番 街まで来ている。 ・関連施策として、パークアンドライドへの 期待度が高い。 が支持している(Fig. 1)。ただし、これらの 施策の良さを評価する一方で、周辺道路の渋滞 4. 住民意識調査 が起こらないことや居住者の利便性を確保する 住民意識調査は、社会実験の終了直前に、一 ことを実施条件に挙げる人が多く、観光客も客 番街周辺の 21 町会の、原則としてすべての住 観的に評価をしていることがうかがわれる。 宅、および一番街に近い町会内の商店を対象と して実施した。 ポスティングによる配布を行い、 郵送で回収した。期限までに回答のなかった世 帯には、計 2 回にわたる督促調査を実施した。 最終的には、 配布対象の 6134 世帯のうち、32.0% の 1965 世帯から回答を得た。 一番街の現状、特に歩行者の安全性について は、多くの住民が問題と感じている。 一方通行や歩行者天国の場合のバスへの影響 については、意見が分かれているが、「影響が 大きく許容できない」と答えている人がやや多 Fig. 1 通行止めの評価 い。しかしながら、別途行われたバス利用者ア −119− ンケートの結果(許容できる;29%、許容でき 無回答も多い。 ない;22%)とは異なっている。その理由は不 「毎日終日一方通行にする」案のほうが、 「平 明であるが、バス利用者アンケート調査の対象 日は終日一方通行、休日はこれに加え日中を歩 者には、郊外の市民が多く含まれることから、 行者天国にする」案よりも反対が多い、という 総走行時間に占める都心での渋滞時間の割合が のは、一見奇異のようであるが、アンケートの 相対的に小さいことが理由の一つかもしれない。 自由意見を読むと、その理由が見えてくる。す 周辺道路の混雑状況については、一方通行、 なわち、多くの市民が、「観光よりも市民生活 歩行者天国とも、 ほぼ同様の傾向となっており、 を重視すべき」という強い意見を持っており、 約半数が「許容できない」 「やや許容できない」 観光客の少ない平日にも市民に影響が出る終日 と答えている。実験前に行った同様の意識調査 一方通行には強い抵抗感を持つ人が少なくない より、許容できないとする比率が高くなってい と考えられるのである。休日を歩行者天国にせ る。 ず、「毎日終日一方通行にする」だけでは、市 一方通行や歩行者天国によって一番街を訪れ る観光客が増えるかどうかについては、4 割程 民の被害感だけが際立って感じられるのかもし れない。 これらの案に賛成ないし許容する条件につい 度が「増える」と答えている一方で、3,4 割は ては、 「現在のまま」も含め、 「周辺道路が耐え 「どちらとも言えない」と答えている。 実験前に予想していた状況と、実験中との比 難いほど混雑しないこと」が圧倒的に多く、将 較については、意見が大きく分かれており、 「予 来案の選択とは別の問題として、周辺道路の混 想どおりよかった」 、 「予想通り悪かった」 、 「予 雑問題が強く意識されていることがうかがわれ 想と違ってよかった」、 「予想と違って悪かった」 る。 また、歩行者天国案については「観光シーズ などの様々な意見に分かれている。 今後の一番街についての 4 つの将来案、すな ンに限定すること」、一方で、現在のままにす わち、実験を行った「平日は終日一方通行、休 る案については「ゴールデンウィークなどに限 日はこれに加え日中を歩行者天国にする」案に って歩行者天国にすること」、を条件とする人 加え、 「休日のみ日中を歩行者天国にする」案、 が多い。 「毎日終日一方通行にする」案、それに「現状 のまま」の 4 つの案についての賛否を尋ねたと 5.自動車渋滞調査 ころ、意見が大きく分かれた。4 案の中で、 「賛 成」、 「条件付き賛成」と回答した方が最も多い のが「休日のみ日中を歩行者天国にする」案で あった(ただし、実験前の調査に比べて賛成率 は低下している)。 「平日は終日一方通行、休日 はこれに加え日中を歩行者天国にする」案につ いては、「休日のみ日中を歩行者天国にする」 案よりも反対意見が多く、休日のみの対策のほ うが好まれていると考えられる。「毎日終日一 方通行にする」案ではさらに反対意見が多くな っており、休日の対策としては一方通行よりも 歩行者天国を好む人が多いと考えられる。「現 状のまま」 については賛否が拮抗しているほか、 実験による周辺道路への影響を確認するため に、実験中及び実験前に、渋滞長調査と実走行 調査を行った。 例えば、石原町交差点から市役所前交差点を 経て松江町に至る経路の走行時間をみると (Fig. 2)、非渋滞時には 5∼10 数分で行ける距離を、 最渋滞時には 30 分以上かかっていることがわ かる。最も混んだのは歩行者天国の 11 月 15 日 の 15 時ごろ、2 番目が通常日(連休中の日曜日) である 9 月 20 日の 15 時ごろ、3 番目が歩行者 天国イベント日である 9 月 27 日の 13 時ごろ、 それぞれ石原町を出発した車両であった。この 図は、グラフの傾きが大きい個所ほど渋滞して −120− 0:35:00 ■通常 8 月 30 日 ■通常 9 月 20 日 ■歩行者天国 9 月 27 日 ■歩行者天国 11 月 15 日 ■一方通行 11 月 8 日 0:30:00 ① 歩行者天国 11 月 15 日 15:03 出発 ② 通常 9 月 20 日 15:17 出発 ③ 歩行者天国 9 月 27 日 13:02 出発 ④ 歩行者天国 11 月 15 日 12:20 出発 ⑤ 歩行者天国 9 月 27 日 11:34 出発 0:25:00 ⑥ 通常 9 月 20 日 13:48 出発 ⑦ 歩行者天国 11 月 15 日 13:46 出発 ⑧ 通常 9 月 20 日 12:06 出発 0:20:00 その他の出発時刻は次の通りである。 0:15:00 ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬⑭ ⑮ ⑯ ⑰ ⑱ ⑲⑳ 0:10:00 【出発日および出発時刻】 ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ ⑯ ⑰ ⑱ ⑲ ⑳ 21 22 21 0:05:00 22 0:00:00 石原町 Fig. 2 札の辻市役所前 教会前 松江町 全タイムスペース図 ; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ; 通常 8 月 30 日 11:55 出発 歩行者天国 11 月 15 日 11:17 出発 一方通行 11 月 8 日 11:17 出発 通常 8 月 30 日 15:43 出発 通常 8 月 30 日 12:49 出発 一方通行 11 月 8 日 12:30 出発 一方通行 11 月 8 日 13:24 出発 一方通行 11 月 8 日 11:47 出発 通常 8 月 30 日 11:13 出発 通常 9 月 20 日 10:57 出発 通常 8 月 30 日 14:07 出発 通常 8 月 30 日 15:05 出発 歩行者天国 9 月 27 日 10:50 出発 通常 8 月 30 日 13:32 出発 いることを意味するが、 混雑している時間帯は、 ろの状況をみると、渋滞していたのは、日高県 石原町から札の辻に至る区間がすでに渋滞して 道を除けば、石原町から札の辻、市役所前交差 いることがわかる。 点を経て松江町に至る経路の、しかもその方向 ただ、この渋滞は、中心市街地全体で生じて のみであることが分かる。 いるわけではないことに注意が必要である。最 一方、先ほど指摘したように、車による観光 も混んでいた歩行者天国の 11 月 15 日 15 時ご 客は、ほとんど渋滞に遭遇していなかった。そ −121− の理由は、観光客車両の来街ルートによってほ 6.社会実験の総括 ぼ推測することができる。すなわち、車による 来訪者のルートを見てみると、渋滞の激しい石 原町から市役所前交差点に至る経路での来訪者 はほんのわずかにとどまっているのである。 逆にいえば、この限られた経路で渋滞に遭遇 しているのは観光客以外の市民が中心であると 考えられ、日常的に習慣的に使用している経路 をそのまま使っていることが、この経路の渋滞 の発生要因であると判断できる。したがって、 石原町等において、代替経路への案内・誘導を 行うことにより、この経路の渋滞緩和ができる 可能性があるといえよう。 この点は、交通シミュレーション分析の結果 からも裏付けられる。歩行者天国実験時と同様 の混雑状況を再現したうえで、石原町・神明町 方面から南下しようとする車両の一部を国道 254 号経由に誘導する設定のシミュレーション を実施したところ、石原町から松江町に至る経 路の渋滞緩和に大きな効果があることが確かめ られたのである(Fig. 3)。 住民意識調査に記載していただいた多くの自 由意見を読むだけでも、一番街の交通のあり方 は多くの市民にとって非常に重要な問題である ことが理解できる。また、同じ市民でも、立場 や考え方によって、「あり方」についての意見 がきわめて異なっていることも、改めて確かめ られた。 今回の研究によると、判断のポイントは、大 きく分けて以下の点にまとめられる。 ①一番街の商業・観光業 ②一番街沿道居住者等の自動車・バスの利便性 ③周辺道路の渋滞 このうち、③の周辺道路の渋滞については、 今回の実験ではある意味で最も強い反響があっ た点ではあるが、詳細な分析の結果、その要因 と対策の方向性がほぼ解明された。限定的な渋 滞発生経路を対象として、混雑時の案内・誘導 を徹底することが、当面のもっとも重要な課題 といえよう。さらにその上で、観光客の多くが 期待しているパークアンドライドの実質的な稼 働が強く望まれる。環状道路の早期整備も同様 Fig. 3 課題に対する改善案の検討(交通シミュレーション分析結果) −122− 必要であると思われる。 であるのは言うまでもない。 一方、一番街そのものについては、歩行者天 国や一方通行、とりわけ歩行者天国について、 7.まとめ 観光客をはじめとする歩行者の評価がきわめて 高い。ただその一方で、強い反対の声があるの も事実である。 反対理由のひとつめは、沿道住民や沿道施設 の自動車でのアクセスが困難になることや、バ スが迂回を強いられることなど、 ポイント②の、 自動車・バスの利便性に関する問題である。こ の問題は、当事者にとってはきわめて切実な問 題であることから、歩行者天国や一方通行の導 今回の社会実験およびそれに連動して実施し たいくつかの調査分析により、川越のような都 市型観光地における交通まちづくりの進め方や 課題が明らかになった。今後は、川越において 適切かつ合意可能な施策の模索にあたって、大 学という立場からさらなる検討を実施していく。 また、ここで得られた知見を、他の都市にも適 用することも重要な課題であろう。 入を検討する場合には、個別の事情をきちんと 理解したうえで、丁寧に対応する必要がある。 具体的には、実施の日時、アクセスルートの別 途確保、規制除外車両等についての検討が必要 であろう。 ポイント①は、おそらく、現在の川越市民に とって、また川越市の将来の方向性にとって、 最も重要な課題なのではないかと思われる。住 民意識調査に寄せられた市民の意見の多くが、 「川越はもともと観光地ではなかったはずであ り、政策の重点が観光に行きすぎていることは 問題」という指摘であった。ただ、一昨年の社 会実験前の意識調査では、今の川越を「誇りに 思っている」市民は多く、歴史的都市としての 川越の価値については、市民の間ですでに共有 されているものと思われる。市民の多くが問題 にしているのは、マナーを守らない一部の心な い観光客の行動であり、そのことが、「観光」 に傾斜することに否定的な傾向を助長している ものとみられる。観光客のマナー向上策といっ たソフト面の対策も、あわせて検討していく必 要がある。 それと同時に、一番街を通行するのは決して 観光客に限られたわけではなく、多くの市民に とっても日常的に通行する道路であることを改 めて念頭に置いたうえで、一番街の安全・安心 な通行、とりわけ弱者を含む歩行者のための環 境のあり方を、市民の立場から模索することが −123−