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相対的 WTP - 滋賀県立大学
第六章 WTP の新たな評価方法(相対的 WTP)の提案 本章では,R 大実験と県大実験の結果によって確認できた WTP の特徴と問題点をまと め,同問題を改善するための WTP の新たな評価方法(相対的 WTP)を提案し,その有効 性について検証する.なお,これ以降,前章まで単に WTP と呼んでいたものを「絶対的 WTP」と呼び直し,本章で提案する「相対的 WTP」と区別する. 6-1 絶対的 WTP の特徴と問題点のまとめ 先ず,前章までに確認できた絶対的 WTP の特徴と問題点についてまとめる. 本研究の実験によって明らかとなった WTP の特徴は以下の通りである. 1) 回答者の属性(男女)によって値が左右される. 2) リスクに対する確率認知によって WTP が異なる.しかし,人々の環境リスクの削減要 求としての WTP には,環境リスクに対する確率認知以外にも,様々な因子が影響を及 ぼしているものと考えられる. 3) 絶対値の大小に関わらず環境リスク間の WTP 比が安定している. 4) 各環境リスクの WTP よりも,個々人における各環境リスク削減に対する WTP を合計 した WTP 合計のほうが,統計的信頼性が高い. 本研究の実験結果によって確認できた WTP の主要な問題点は以下の通りである. 5) 各環境リスク削減に対して回答した WTP の合計は必ずしも環境リスク全体の削減に 対する WTP と一致しない. 6) 同じ属性の回答者であっても,個人によって値のばらつき(変動係数)が大きい.そ のため,平均値の信頼性が低い.あるいは,信頼性をあげるためにはサンプル(有効 回答者)数を大きく取らなければならない. 7) 値が,環境リスク削減の効果を正当に評価したものではない可能性が高い. 以上のように,絶対的 WTP は信頼性に関する不安要素をいくつも抱えている.信頼性 に不安を持つ絶対的 WTP の平均値をそのまま費用便益分析に用いることには問題がある と考えられる. 95 6-2 絶対的 WTP に替わる相対的 WTP の提案 上述したように,CVM によって聞き出した WTP をそのままの値(絶対値)として費用 便益分析に用いることには問題があると考えられる.そこで,本研究では特に上記の 6) の変動係数が大きい問題を改善するために,絶対的 WTP の特徴である WTP 比が安定して いることに着目し,WTP を相対的に扱うことを提案する.この相対的に扱う WTP のこと を本研究では「相対的 WTP」と呼ぶ. ここで,本研究で提案する相対的 WTP(RW)の定義を式(6-1)に示す. RWij = AWij (6-1) i ∑ AWij / n ここで, RW ij :被験者 j の環境リスク i に対する相対的 WTP AW ij :被験者 j の環境リスク i に対する絶対的 WTP i:環境リスクi (i = 1, 2,…, n) j:被験者 j (j = 1, 2,…, N) 式(6-1)が示す通り,本研究で提案する相対的 WTP とは,ある環境リスクの削減に対し て個人が評価した絶対的 WTP を同個人の各環境リスクの削減に対する絶対的 WTP の算術 平均で割ったものである.あるいは,相対的 WTP とは,個人が WTP によって表明する各 環境リスクの相対的な重みと言い換えることもできる. 6-2-1 R 大実験と県大実験における相対的 WTP の算出結果について ここでは,式(6-1)によって R 大実験と県大実験で求めた絶対的 WTP を相対的 WTP に 変換した結果を報告する. 6-2-1-1 R 大実験の相対的 WTP R 大実験における回答者の集計結果を相対的 WTP に換算した結果を表 6-1 と図 6-1 に示 す.同表は,環境リスク削減に対する WTP1 と 2 の有効回答者全体の相対的 WTP の算術 96 平均と標準偏差,変動係数を 7 つの環境リスク毎に示したものである.図における見方は 先に同じである. 表 6-1 相対的 WTP1 と 2 の算術平均と標準偏差,変動係数(R 大実験) (円) WTP1 (n = 52) WTP2 (n = 52) 放射線 重金属 農薬 遺伝子 操作 廃棄物 処理 非意図的 生成物質 環境 ホルモン 平均 1.41 0.89 0.96 0.53 1.24 1.05 0.92 1.00 0.94 0.66 0.95 0.67 0.94 0.98 0.74 0.84 0.66 0.74 0.99 1.26 0.76 0.93 0.80 0.88 1.44 0.83 0.94 0.53 1.26 0.99 1.02 1.00 1.13 0.65 0.81 0.70 0.95 0.90 0.81 0.85 0.78 0.79 0.86 1.33 0.75 0.91 0.79 0.89 算術 平均 標準 偏差 変動 係数 算術 平均 標準 偏差 変動 係数 ① 放射線 ② ② 廃棄物処理 ③ ④ ④ ⑤ ⑤ ③ ⑥ ⑥ 非意図的生成物質 農薬 環境ホルモン 重金属 相対的WTP1 相対的WTP2 ⑦ ⑦ 遺伝子操作 0 図 6-1 ① 0.5 1 1.5 2 2.5 相対的 WTP1 と 2 の算術平均と標準偏差(R 大実験) 相対的 WTP1 の算術平均は,放射線が一番大きく,次いで廃棄物処理,非意図的生成物 質,農薬,環境ホルモン,重金属,遺伝子操作の順となった.一番大きな放射線の算術平 均 1.33 と一番小さな遺伝子操作の算術平均 0.54 の間には約 2.5 倍の開きがある.全ての環 境リスクの算術平均と標準偏差,変動係数の平均はそれぞれ 1.00 と 0.84,0.88 であった. 相対的 WTP2 の算術平均は,放射線が一番大きく,次いで廃棄物処理,環境ホルモン, 97 非意図的生成物質,農薬,重金属,遺伝子操作の順となった.一番大きな放射線の算術平 均 1.44 と一番小さな遺伝子操作の算術平均 0.53 の間には約 2.7 倍の開きがある.全ての環 境リスクの算術平均と標準偏差,変動係数の平均はそれぞれ 1.00 と 0.85,0.89 であった. 相対的 WTP1 と 2 の算術平均を比較すると,同じ順位となったのは上位 2 つの放射線と 廃棄物処理と,下位 2 つの重金属と遺伝子操作であった.他の 3 つの環境リスクの順位は 入れ替わっていた.変動係数はほぼ等しかった.相対的 WTP1 と 2 の算術平均の違いを調 べるために t 検定を行ったところ,いずれの環境リスクにおいても 5%水準で統計的有意差 は見られなかった. 次に,相対的 WTP を絶対的 WTP と比較する.絶対的 WTP1 と 2,相対的 WTP1 と 2 の 算術平均の WTP 比を比較したものを図 6-2 に示す.ここで WTP 比とは放射線の WTP を 1 とした場合の,各リスクの WTP の相対的な値である. ① ① ① ① 放射線 ② ② ② ② 廃棄物処理 ③ ③ 非意図的生成物質 重金属 ⑥ ⑥ ④ ④ ④ ⑥ ⑤ ⑤ 環境ホルモン ⑥ ⑦ 遺伝子操作 ⑦ 農薬 図 6-2 0.4 相対的WTP1 絶対的WTP2 相対的WTP2 ④ ⑦ 0.2 絶対的WTP1 ⑤ ⑦ 0 ③ ③ ⑤ 0.6 0.8 1 1.2 絶対的 WTP と相対的 WTP の WTP 比(R 大実験) 図に示すように,絶対的 WTP1 と相対的 WTP1 を比べると,重金属と遺伝子操作,農薬 98 の順位が入れ替わっているものの,いずれの環境リスクにおいても,WTP 比に大きな違い は見られなかった. 絶対的 WTP2 と相対的 WTP2 を比べると,遺伝子操作と農薬の順位が入れ替っているも のの,WTP1 と同様に,いずれの環境リスクにおいても WTP 比に大きな違いは見られなか った.また,WTP 比で比較した場合,絶対的 WTP1 と 2 の間にもほとんど違いがなくなっ ている点が興味深い. ここで,絶対的 WTP と相対的 WTP の変動係数の平均を比較したものを表 6-2 に示す. 表 6-2 絶対的 WTP と相対的 WTP の変動係数の平均の比較(R 大実験) 絶対的 WTP 相対的 WTP WTP1 2.05 0.88 WTP2 1.72 0.89 WTP1 と 2 において,相対的 WTP の変動係数の平均はそれぞれ 0.88 と 0.89 であった. 絶対的 WTP の変動係数の平均と比較すると,それぞれ 57%と 48%減少している.このこ とは相対的 WTP のほうが絶対的 WTP よりも算術平均の統計的信頼性が高いことを意味し ている. 次に,WTP1 と 2 の間の違いを絶対的 WTP と相対的 WTP で比較する. 4-2-3 で示したように,絶対的 WTP1 と 2 の間では,順位が同じだったのは上位 2 つの 放射線と廃棄物処理のみであった.これが相対的 WTP1 と 2 の間では,重金属と遺伝子操 作の順位も同じになっている.R 大実験では,絶対的 WTP1 から 2 にかけて値を変更した 被験者が WTP2 の値を小さくしたことから,有効回答者全体の絶対的 WTP1 と 2 の間に算 術平均の違いが見られた.しかし,図 6-1 に示したように,相対的 WTP では,WTP1 と 2 の間に算術平均の違いはほとんど見られなかった. 先に述べたように,相対的 WTP1 と 2 の算術平均の間には統計的有意差が見られなかっ た.この結果を先に 4-2-3 で示した絶対的 WTP に関する結果とともに表 6-3 に示す. 99 表 6-3 絶対的と相対的 WTP における WTP1 と 2 の間の算術平均の 5%水準での統計的有 意差(R 大実験) 左:絶対的 WTP 右:相対的 WTP 放射線 放射線 重金属 農薬 遺伝子操作 廃棄物処理 非意図的生成物質 環境ホルモン 重金属 農薬 ○:有意差あり 遺伝子 廃棄物 操作 処理 ×:有意差なし 非意図的 環境 生成物質 ホルモン ○:× ×:× ○:× ×:× ×:× ×:× ×:× 絶対的 WTP1 と 2 の間には,放射線と農薬において 5%水準で統計的有意差が見られた が,相対的 WTP1 と 2 の間には,いずれの環境リスクにおいても統計的有意差がなくなっ ている. 以上のことから,相対的 WTP のほうが,絶対的 WTP よりも算術平均の統計的な信頼性 が高いことが分かる.また,相対的 WTP において,WTP1 と 2 の違いがほとんどなくなる ということは,相対的 WTP は,回答者が WTP を評価するとき削減費用の全額を負担する ことを認識しているかいないかに依存しないことを意味する. 6-2-1-2 県大実験の相対的 WTP 県大実験における回答者の集計結果を相対的 WTP に換算した結果を表 6-4 と図 6-3 に示 す.同表は,環境リスク削減に対する相対的 WTP の有効回答者全体と設定毎の算術平均 と標準偏差,変動係数を 7 つの環境リスク毎に示したものである.図 6-3 における図の見 方は先と同じである. 100 全体 (n = 147) 設定 1 (n = 47) 設定 2 (n = 47) 設定 3 (n = 53) 表 6-4 相対的 WTP の算術平均と標準偏差,変動係数(県大実験) (円) 放射線 重金属 農薬 遺伝子 操作 廃棄物 処理 非意図的 生成物質 環境 ホルモン 平均 1.60 0.99 0.97 0.60 1.22 0.76 0.87 1.00 1.13 0.76 0.81 0.63 0.91 0.74 0.70 0.81 0.71 0.77 0.83 1.06 0.75 0.97 0.80 0.84 1.42 0.94 0.94 0.57 1.39 0.75 0.99 1.00 1.19 0.89 0.71 0.63 1.08 1.06 0.86 0.92 0.84 0.95 0.76 1.10 0.78 1.41 0.87 0.96 1.56 1.12 1.06 0.59 1.17 0.69 0.80 1.00 0.90 0.70 0.80 0.65 0.93 0.44 0.52 0.71 0.58 0.62 0.75 1.10 0.80 0.64 0.64 0.73 1.79 0.92 0.92 0.61 1.10 0.83 0.83 1.00 1.24 0.68 0.89 0.63 0.69 0.58 0.68 0.77 0.69 0.74 0.97 1.02 0.62 0.70 0.82 0.79 算術 平均 標準 偏差 変動 係数 算術 平均 標準 偏差 変動 係数 算術 平均 標準 偏差 変動 係数 算術 平均 標準 偏差 変動 係数 ① 放射線 ② 廃棄物処理 ② ② 重金属 ③ ④ 農薬 ③ ④ ⑤ ① ① ① ② ③ ④ ④ ⑤ ③ ⑤ ⑤ ⑥ ⑥ ⑥ ⑥ 環境ホルモン 非意図的生成物質 全体相対的WTP 設定1相対的WTP 設定2相対的WTP ⑦ ⑦ ⑦ ⑦ 遺伝子操作 0 図 6-3 0.5 設定3相対的WTP 1 1.5 2 相対的 WTP の算術平均と標準偏差(県大実験) 101 2.5 3 上記の表と図で示した結果を整理したものを表 6-5 に示す.同表は,各環境リスク削減 に対する相対的 WTP の大きさの順位と,各環境リスクの算術平均と標準偏差,変動係数 の平均を有効回答者全体と設定毎に示している.このとき,相対的 WTP の算術平均の最 大(1 位)と最小(7 位)には()内にその値を示す.この()内の算術平均の一番大きな 環境リスクと一番小さな環境リスクの間の開きを「最大/最小」として示す.また,相対的 WTP の順位が他の設定と異なっている環境リスクを網掛けで示す. 表 6-5 全体と設定毎の相対的 WTP の結果(県大実験) 全体 設定 1 設定 2 設定 3 1 放射線 (1.60) 放射線 (1.42) 放射線 (1.56) 放射線 (1.79) 2 廃棄物処理 廃棄物処理 廃棄物処理 廃棄物処理 環境リスク の順位 3 重金属 環境ホルモン 重金属 重金属 ※最大と最小のみ() 内に算術平均を表示す る. 4 農薬 重金属 農薬 農薬 5 環境ホルモン 農薬 環境ホルモン 環境ホルモン 非意図的 生成物質 遺伝子操作 (0.60) 非意図的 生成物質 遺伝子操作 (0.57) 非意図的 生成物質 遺伝子操作 (0.59) 非意図的 生成物質 遺伝子操作 (0.61) 2.7 倍 2.5 倍 2.6 倍 2.9 倍 1.00 1.00 1.00 1.00 0.81 0.92 0.71 0.77 0.84 0.96 0.73 0.79 6 7 最大/最小 算術平均 (全環境リスクの平均) 標準偏差 (全環境リスクの平均) 変動係数 (全環境リスクの平均) 設定間で各環境リスク削減に対する相対的 WTP の順位を比較すると,設定 1 の 3 位か ら 5 位の環境ホルモンと重金属,農薬のみ順位が入れ替わっていた.また,定義式から当 然ではあるが,各環境リスク削減に対する相対的 WTP の算術平均の平均はいずれの設定 においても 1.0 であった.変動係数の平均は,設定によって多少異なっていた.同算術平 均の最大/最小の比には大きな違いは見られなかった. また,各設定間における相対的 WTP の算術平均の違いを t 検定で調べたところ,全ての 環境リスクに関して,いずれの設定間にも 5%水準で統計的有意差は見られなかった. 次に,相対的 WTP と絶対的 WTP とを比較する.先ず,有効回答者全体の絶対的と相対 的 WTP の算術平均の WTP 比を比較したものを図 6-4 に示す. 102 ① ① 放射線 ② ② 廃棄物処理 重金属 ③ 農薬 ④ 環境ホルモン ⑤ ⑤ ④ ⑥ ⑥ 非意図的生成物質 全体絶対的WTP 全体相対的WTP ⑦ ⑦ 遺伝子操作 0 図 6-4 ③ 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 有効回答者全体の絶対的 WTP と相対的 WTP の WTP 比(県大実験) 図に示すように,絶対的 WTP と相対的 WTP の環境リスクの順位はすべて同じであった. また,いずれの環境リスクにおいても,両 WTP の WTP 比の間にほとんど違いは見られな かった. 次に,各設定における絶対的 WTP と相対的 WTP の算術平均の WTP 比を比較したもの を図 6-5 に示す. 103 ② ① ① ① ① ① 放射線 ② 廃棄物処理 ② ③ ⑥ ④ ⑤ ⑥ ⑤ ⑥ 非意図的生成物質 ⑥ ⑥ ⑦ ⑤ ③ ④ ⑤ ⑤ 環境ホルモン ② ④ ③ ③ ③ 重金属 農薬 ② ① ② ④ ③ 設定1絶対的WTP 設定1相対的WTP 設定2絶対的WTP ④ ⑥ ④ 設定2相対的WTP 設定3絶対的WTP ⑤ 設定3相対的WTP ⑦ ⑦ ⑦ 遺伝子操作 ⑦ ⑦ 0 図 6-5 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 各設定の絶対的 WTP と相対的 WTP の WTP 比(県大実験) 図に示すように,絶対的 WTP と相対的 WTP の WTP 比を比較すると,設定 1 では,順 位が同じであったのは下位 2 つの非意図的生成物質と遺伝子操作のみであった.他の環境 リスクの順位は入れ替わっていた.ただし,いずれの環境リスクにおいても両 WTP 比の 間にもほとんど違いは見られなかった. 設定 2 では,順位が同じであったのは上位 3 つの放射線と廃棄物処理,重金属と,最下 位の遺伝子操作であった.他の環境リスクの順位は入れ替わっていた.ただし,いずれの 環境リスクにおいても両 WTP 比の間にもほとんど違いは見られなかった. 設定 3 では,順位が同じであったのは上位 3 つの放射線と廃棄物処理,重金属と,最下 位の遺伝子操作であった.他の環境リスクの順位は入れ替わっていた.ただし,いずれの 環境リスクにおいても両 WTP 比の間にもほとんど違いは見られなかった. ここで,有効回答者全体と各設定での絶対的 WTP と相対的 WTP の変動係数の平均を比 較したものを表 6-6 に示す. 104 表 6-6 有効回答者全体と各設定での絶対的 WTP と相対的 WTP の変動係数の平均の比較 (県大実験) 絶対的 WTP 相対的 WTP 全体 2.21 0.84 設定 1 2.16 0.96 設定 2 1.96 0.73 設定 3 2.06 0.79 有効回答者全体と設定 1,2,3 の相対的 WTP の変動係数の平均はそれぞれ 0.84 と 0.96, 0.73,0.79 であった.絶対的 WTP の変動係数の平均に比べるとそれぞれ 62%と 56%,63%, 62%減少していた.県大実験においても,R 大実験と同様に,相対的 WTP のほうが絶対的 WTP よりも算術平均の統計的信頼性が高い結果となった. また,5-2-3 で示したように,各設定間の絶対的 WTP を比較すると,順位が同じだった のは,設定 1 と 2 の間では農薬と遺伝子操作のみであり,設定 1 と 3 の間では遺伝子操作 のみ,設定 2 と 3 では環境ホルモンと農薬を除く 5 つの環境リスクであった.これに対し, 設定間の相対的 WTP を比較すると,設定 1 の 3 位から 5 位の環境ホルモンと重金属,農 薬のみ順位が入れ替わっていた. 各設定間における絶対的 WTP の算術平均を比較すると,設定 1 と 2,3 の算術平均の平 均はそれぞれ 1890 円と 4940 円,4820 円であった.これに対し,定義式から当然ではある が,相対的 WTP の各設定による算術平均の違いはなくなっている. 先に述べたように,相対的 WTP では,リスク削減効果の設定ごとの算術平均間の統計 的有意差は見られなかった.この結果を 5-2-3 で示した絶対的 WTP に関する結果とともに 表 6-7 に示す. 105 表 6-7 絶対的と相対的 WTP における各設定間の算術平均の 5%水準での統計的有意差 (県大実験) 左:絶対的 WTP 右:相対的 WTP 上段:設定 1−設定 2 中段:設定 1−設定 3 下段:設定 2−設定 3 放射線 放射線 重金属 農薬 重金属 ○:有意差あり ×:有意差なし 農薬 遺伝子 操作 廃棄物 処理 非意図的 生成物質 環境 ホルモン ○:× ○:× ×:× ×:× ×:× ×:× ○:× ○:× ×:× ○:× ×:× ×:× 遺伝子操作 ×:× ×:× ×:× 廃棄物処理 ○:× ○:× ×:× 非意図的生成物質 ○:× ○:× ×:× 環境ホルモン 表に示すように,絶対的 WTP では設定 1 と 2,設定 1 と 3 の間に一部の環境リスクに関 して見られた統計的有意差が,相対的 WTP ではまったく見られなくなった. 次に,環境リスクによる相対的 WTP の算術平均の違いを調べるために t 検定を行った結 果を絶対的 WTP の結果とあわせて表 6-8 に示す.各セル内の左に絶対的 WTP を,右に相 対的 WTP の結果をそれぞれ示す.ただし,ここでは,絶対的 WTP と相対的 WTP 両方に おいて,R 大実験と県大実験の両実験で得られた結果をあわせて算術平均の違いの検定を 行っている. 106 表 6-8 R 大実験と県大実験で得られた絶対的 WTP と相対的 WTP における各リスクの間 の算術平均の 5%水準での統計的有意差 各セル内 絶対的 WTP:相対的 WTP 放射線 重金属 農薬 遺伝子操作 廃棄物処理 非意図的生成物質 環境ホルモン 放射線 重金属 農薬 ○:○ ○:○ ○:○ ○:○ ○:○ ○:○ ×:× ○:○ ×:○ ×:× ×:× ×:○ ○:○ ×:× ×:× ○:有意差あり 遺伝子 廃棄物 操作 処理 ○:○ ○:○ ○:○ ○:○ ○:○ ×:有意差なし 非意図的 環境 生成物質 ホルモン ×:× 表 6-8 に示すように,絶対的 WTP では,7 つの環境リスク間の全ての組み合わせ 21 組 のうち,13 組において 5%水準で統計的有意差が見られた.ただし,他の全ての環境リス クの算術平均との間に統計的有意差が見られたのは,放射線のみであった. これに対して,相対的 WTP では,リスク間の全ての組み合わせ 21 組のうち,15 組にお いて 5%水準で統計的有意差が見られた.特に,放射線に加えて,廃棄物処理と遺伝子操 作についても,他の全てのリスクの算術平均との間に統計的有意差が見られるようになっ た. 前述したように,相対的 WTP の変動係数は絶対的 WTP のものより小さい.このため, 相対的 WTP において環境リスク間の算術平均の統計的有意差がより明確になったものと 考えられる.このことは,相対的 WTP を用いることで,人々のリスク削減に対する支払 意思額の環境リスクによる違いをより明確に示せる可能性があることを示唆している. 以上より,変動係数が大きく減少することから,R 大実験と同様に絶対的 WTP よりも 相対的 WTP のほうが算術平均の統計的な信頼性が高く,また,このため,人々のリスク 削減に対する支払意思額の環境リスクによる違いをより明確に示せるものと考えられる. 各設定間における相対的 WTP の算術平均の違いがほとんどなくなるということは,相 対的 WTP は被験者がリスク削減効果を認識しているか,していないかに関わらず,評価 できることを意味している. 107 6-3 各規定因子が相対的 WTP に及ぼす影響について ここでは,相対的 WTP に各規定因子が及ぼす影響の大きさを因子間で比較するために 重回帰分析を実施する. 重回帰分析では,R 大実験と県大実験の両実験において得られた個人の各環境リスク削 減に対する相対的 WTP を目的変数に,主観的年間死亡者数と性別,抵抗回答の有無,微 小なリスクの理解度,大学名を説明変数とした.なお,性別と抵抗回答の有無,微小なリ スクの理解度,大学名については数量データとする必要があるため,表 6-9 に従い数量デ ータに変換した. 表 6-9 数量データへの変換 カテゴリデータ 数量データ 男性 0 女性 1 抵抗回答者 0 非抵抗回答者 1 非理解回答者 0 理解回答者 1 R 大学 0 滋賀県立大学 1 性別 抵抗回答の有無 微小なリスクの理解度 大学名 また,主観的年間死亡者数は常用対数をとったものを使用した. なお,ここでは,R 大実験と県大実験の両実験の結果をあわせて用いるため,WTP1 と 2 の違いやリスク削減効果の設定の違いは説明変数には含めていない.また,ここでの分析 の主目的は相対的 WTP の規定因子を明らかにすることであるが,あわせて絶対的 WTP に ついても同じ説明変数で重回帰分析を実施して,両者を比較することとする.その結果を 図 6-6 に示す. 図 6-6 は,有効回答者全体における主観的年間死亡者数と性別,抵抗回答の有無,微小 なリスクの理解度,大学名それぞれが相対的WTPに及ぼす影響の大きさを標準偏回帰係数 で表したものである.図中の横棒の長さは標準偏回帰係数の大きさを表している.また, 主観的年間死亡者数の常用対数を図中ではlog10(主観的年間死亡者数)と表記している. 同図において,標準偏回帰係数は,正であれば,log10(主観的年間死亡者数)が大きけ れば大きいほど,性別では男性よりも女性が,抵抗回答では抵抗回答者よりも非抵抗回答 108 者が,微小なリスクの理解度では非理解回答者よりも理解回答者が,R大よりも滋賀県立 大学の学生がそれぞれWTPをより大きく回答することを表す.また,図中のr2は修正決定 係数のことであり,説明変数が目的変数の何%を説明できているのかを表す. 16% log10(主観的年間死亡者数) ※※ 27% 性別 11% ※※ ※※ -2% 抵抗回答の有無 微小なリスクの理解度 1% 絶対的WTP 2 r = 0.1067 2% 相対的WTP 2 r = 0.0663 0% -1% 20% 大学名 -4% -0.1 図 6-6 -0.05 0 0.05 0.1 0.15 0.2 ※※ 0.25 0.3 (%) 絶対的 WTP と相対的 WTP の各変数の WTP に及ぼす影響の大きさ(標準偏回帰係 数)※※:1%水準で統計的有意差あり 絶対的WTPでは,WTPに及ぼす影響の大きさは,標準偏回帰係数より,大学名が一番大 きく,次いでlog10(主観的年間死亡者数),性別,微小なリスク削減の理解度,抵抗回答の 有無の順であった.また,判定結果より,log10(主観的年間死亡者数)と性別,大学名に 1%水準で統計的有意差が見られた.このことは,主観的年間死亡者数が大きければ大きい ほど,また,男性よりも女性のほうが,R大学の大学院生よりも滋賀県立大学の学生のほ うが,それぞれ絶対的WTPが統計的有意に大きいことを意味している.図には示していな いが,定数項にも 1%水準で統計的有意差が見られた.このことは,環境リスク削減に関 して,被験者がその属性やリスクの種類などに関わらず,ある一定のWTPを持っている可 能性を示唆している. 一方,統計的有意差が見られなかった抵抗回答の有無と微小なリスクの理解度は,説明 変数として不適切であり,WTPの大きさは,これらの説明変数には依存しないことを意味 する.ただし,修正決定係数r2が 0.1067 ということは,すべての説明変数を用いても絶対 的WTPの値の約 11%しか説明できないことになる. 相対的WTPでは,WTPに及ぼす影響の大きさは,log10(主観的年間死亡者数)が一番大 109 きく,次いで大学名,性別,微小なリスク削減の理解度,抵抗回答の有無の順となった. また,判定結果より,log10(主観的年間死亡者数)のみ 1%水準で統計的有意差が見られ た.このことは,主観的年間死亡者数が大きければ大きいほど,相対的WTPが統計的有意 に大きいことを意味している.図には示していないが,定数項にも 1%水準で統計的有意 差が見られた. 一方,統計的有意差が見られなかった性別と抵抗回答の有無,微小なリスクの理解度, 大学名は,説明変数として不適切であり,WTPの大きさは,これらの説明変数には依存し ないことを意味する.ただし,修正決定係数r2が 0.0663 ということは,すべての説明変数 を用いても相対的WTPの値の約 7%しか説明できていないことになる. 以上のことより,絶対的 WTP の値を規定していたのは,主観的年間死亡者数と性別, 大学名であり,抵抗回答の有無や微小なリスクの理解度は WTP の値に大きな影響を及ぼ さないという結果となった.一方,相対的 WTP の値を規定していたのは主観的年間死亡 者数のみであり,性別や大学名も WTP の値に大きな影響を及ぼさないという結果となっ た.また,絶対的と相対的 WTP の両方において,定数項の統計的有意が確認できた. 抵抗回答の有無や微小なリスク削減の理解度が絶対的 WTP と相対的 WTP のいずれにも 影響を及ぼさないことは,環境リスクに関する CVM において,本実験のように,抵抗回 答を確認する質問項目や,設定された削減効果(微小なリスク)の理解を確認する質問項 目を設けても無意味である可能性を示唆している.また,相対的 WTP において性別や大 学名が WTP に影響を及ぼさないことは,WTP を相対的に扱うことで被験者の属性の違い に依存しない WTP を計測できる可能性を示唆している.さらに,絶対的 WTP と相対的 WTP の両方において,定数項に統計的有意が認められたことは,環境リスク削減に関して, 被験者が,その属性やリスクの種類などに関わらず,ある一定の WTP を持っていること を示唆している.このことは,WTP の一般的な問題とされているスコープ無反応性につう じるところがあり,興味深い. ただし,絶対的 WTP から相対的 WTP に換算しても,修正決定係数が示すように,本研 究で用いた説明変数では WTP のごく一部しか説明できず,WTP には同変数以外の因子が 大きな影響を及ぼしているようである. 110 6-4 まとめと考察 以上の相対的 WTP から得られた結果をまとめ,その結果について考察する. 相対的 WTP の算出とその有効性に関して得られた主要な結果は以下の通りである. 1) 絶対的 WTP よりも相対的 WTP のほうが統計的信頼性が高い. 絶対的 WTP を相対的 WTP に換算することによって,WTP の変動係数は R 大実験 と県大実験の両実験において大きく減少した.このことは後者の算術平均の統計的信 頼性が前者のものより高い,また,同じ程度の統計的信頼性を WTP に求めるならば, 前者より後者のほうが少ない有効回答者数でよいことを意味する. また,変動係数が減少した結果であろう,絶対的 WTP を相対的 WTP に換算するこ とによって,算術平均の各環境リスク間の統計的有意差がより明確に見られるように なった. 以上の結果より,絶対的 WTP よりも,相対的 WTP のほうが統計的信頼性が高く, 6-1 であげた 6)の個人によって WTP 値のばらつき(変動係数)が大きい問題を改善 できるものと考えられる.また,そのため,相対的 WTP を用いることで,人々のリ スク削減に対する支払意思額の環境リスクによる違いをより明確に示せるものと推察 される. 2) 相対的 WTP は被験者の属性や WTP の尋ね方,リスク削減効果の設定の違いに依存し ない. 相対的 WTP を用いることで,R 大実験で見られた絶対的 WTP1 と 2 の算術平均の 違いや,県大実験で見られた設定間における絶対的 WTP の算術平均の違いがほとん ど見られなくなった.また,WTP1 と 2,設定 1 と 2,3 の間で見られた絶対的 WTP の算術平均の大きさの順位の入れ替わりが,相対的 WTP では少なくなった.それに も関わらず,WTP 比として比較すると,絶対的 WTP と相対的 WTP の間にはほとん ど違いが見られなかった. また,重回帰分析の結果より,絶対的 WTP を規定していた性別や大学名は,相対 的 WTP に換算することによって規定因ではなくなり,主観的年間死亡者数のみが規 定因として残った. 以上の結果より,絶対的 WTP を相対的 WTP に換算することで,被験者の属性や WTP の尋ね方,リスク削減効果の設定の違いに依存しない WTP を計測できるものと 考えられる. 111 以上 2 点が,絶対的 WTP に対する相対的 WTP の有効性として確認できた点である. ただし,相対的 WTP で評価できるのは,リスク削減に対する支払意思額の環境リスク 間の相対的な重み付けであり,この相対的 WTP だけで費用便益分析を行うことはできな い.費用便益分析を実施するためには,やはり絶対的 WTP を評価しなければならない問 題が残っている. 112