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1.「平成 21 年度地震保険消費者アンケート調査」に基づいた研究 1-1

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1.「平成 21 年度地震保険消費者アンケート調査」に基づいた研究 1-1
1.
「平成 21 年度地震保険消費者アンケート調査」に基づいた研究
1-1 調査の実施概要について
「近未来課題解決事業」では平成 20 年度に「地震保険に関する消費者意識調査」を実施
した。その手法としては、NRI のインターネットリサーチサービスを利用、日本全国に在
住する一般消費者を対象としている。調査は、世帯年収別に 4 階層に分け、階層ごとに 800
人以上の回答が得られるように調査を実施、3381 人からの回答を得た。このアンケート調
査では、地震保険の購入の有無、地震保険料への割高感、被災時の対応等について意識調
査をするとともに、年齢・性別、居住地以外に、被災経験の有無、所得、金融資産の保有
状況など個人・世帯属性についても詳細は情報を得ている。当該調査では、(1)地震保険
に対する加入率は、所得に応じて増加する(低所得層ほど、加入率が低い)こと、(2)地
震保険料に対する割高感が加入の阻害要因になっていること、(3)被災時に「公的支援に
期待する」とした回答者ほど、加入率が低くなることなどが、実証研究で明らかになった。
ただし、地震災害のような低頻度・高被害タイプの災害については、消費者らが「合理
的」に選択を行っているとは必ずしも考えられない。近年、経済学では合理的な個人の仮
定を緩め、誤認、あるいは非合理性を織り込んだ人々の行動分析を理論的・実証的に行う
「行動経済学」が発展している。その知見に従えば、個人は地震災害の発生確率を過少に
評価している、あるいは地震保険による損失減少の効果を低く見積もっていることもあり
うる。また、前回の調査では、地震保険料を割高と思っている回答者が多く見受けられた
が、この割高感が、正しい費用対効果(保険料に対する給付)に基づく判断ではなく、漠
然とした認知、あるいは火災保険料など他の(地震とは性格の異なる)リスクとの比較に
拠るかもしれない。この場合、地震保険料の水準について、より正確な情報を与えること
が、同保険料に対する彼らの認知を変え、保険購入を促す可能性もある。
また、現行の地震保険が消費者のニーズに則していない面も否めない。地震保険料は、
地域(1 等地~4 等地)
、住宅の耐震性に応じて異なるものの、保険対象の範囲は画一的に
なっている。例えば、耐震性に優れた住宅であれば、地震時の倒壊リスクは低いだろう。
一方、延焼による被災のリスクが残っている。であれば、後者のリスクのみをカバーする
地震保険があっても良い。加えて、地震保険の付保範囲(保険金支払い)は最大、火災保
険の半額に限られる。住宅価値の高い、よって被災時の損失が大きい住宅保有者にとって
は、地震保険だけで住宅を再建することはできない。仮に、公的地震保険を補完する民間
の地震保険が別途あり、それで残り半分の損害をカバーできるとすれば、
(公的、民間合わ
せた)地震保険の商品価値が高まることが期待できるはずだ。
このように地震保険が普及しない一因としては、
(1)保険料の水準に対する誤った認識、
(2)現行の地震保険の商品価値の低さ(多様性の欠如)が考えられる。この仮説の妥当性
を検証することが、
「地震保険に関する消費者アンケート調査」
(平成 21 年度実施)の目的
である。同調査では、前年度の調査の回答者を再び対象とした。分析にあたって、回答者
の属性等を用いることができるからだ。(インターネットによるアンケート調査の利点は、
同じ回答者に対して繰り返し調査を行えるところにある。)
1-2 アンケート調査のデザイン
以下では、
「平成 21 年度地震保険消費者アンケート調査」の設計について説明する。前
述の通り、調査は平成 20 年度の「地震保険に関する消費者意識調査」の回答者(3381 人)
を対象とする。ただし、賃貸者については、持家を購入したときを想定してもらっている。
アンケートでは提示方法を変えた火災保険と地震保険のメニューをみせ、購入する保険
の組み合わせについて質問している。設定する火災・地震保険料は(回答者が実際に払っ
ている保険料とは必ずしも一致しないという意味で)「仮想的」であるが、前回調査で得た
属性情報に従い、居住地(1 等地~4 等地)
、居住形態(持家・賃貸)
、住居構造(旧耐震・
新耐震、木造・非木造)に応じて料率を与えている。従って、全部で 20 パターンの質問設
定となった。各パターンの分類、保険料率については表1-1に与えた通り。
表1-1:設問パターン
パターン
1 1 所有
1 木造
2
1 所有
1 木造
3
1 所有
1 木造
4
1 所有
1 木造
5
1 所有
1 木造
6
1 所有
1 木造
7
1 所有
1 木造
8
1 所有
1 木造
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
1
1
1
1
1
1
1
1
2
2
2
2
所有
所有
所有
所有
所有
所有
所有
所有
賃貸
賃貸
賃貸
賃貸
2
2
2
2
2
2
2
2
2
2
2
2
非木造
非木造
非木造
非木造
非木造
非木造
非木造
非木造
非木造
非木造
非木造
非木造
F構造
F構造以外
F構造
F構造以外
F構造
F構造以外
F構造
F構造以外
F構造
F構造以外
F構造
F構造以外
F構造
F構造以外
F構造
F構造以外
1 旧耐震
1 地域 1
分類
1111
1 旧耐震
2 地域 2
1112
1 旧耐震
3 地域 3
1113
1 旧耐震
4 地域 4
1114
2 新耐震
1 地域 1
1121
2 新耐震
2 地域 2
1122
2 新耐震
3 地域 3
1123
2 新耐震
4 地域 4
1124
地域
地域
地域
地域
地域
地域
地域
地域
地域
地域
地域
地域
1211
1212
1213
1214
1221
1222
1223
1224
2221
2222
2223
2224
1
1
1
1
2
2
2
2
2
2
2
2
旧耐震
旧耐震
旧耐震
旧耐震
新耐震
新耐震
新耐震
新耐震
新耐震
新耐震
新耐震
新耐震
1
2
3
4
1
2
3
4
1
2
3
4
1
2
3
4
1
2
3
4
1
2
3
4
火災保険料 地震保険料
民間地震保険
公的保険
保険金
保険金
火災+倒壊等 上乗せ担保 火災のみ 火災のみ
パターン 2000万円
1000万円
1000万円
1000万円 1000万円
1
20,000
10,000
35,752
3,834
2,145
30,800
10,000
35,752
5,815
3,253
2
20,000
12,700
45,404
4,869
2,724
30,800
12,700
45,404
7,385
4,131
3
20,000
18,800
67,213
7,208
4,032
30,800
18,800
67,213
10,932
6,116
4
20,000
31,300
111,902
12,000
6,713
30,800
31,300
111,902
18,200
10,182
5
20,000
9,000
16,087
3,834
2,145
30,800
9,000
16,087
5,815
3,253
6
20,000
11,430
20,431
4,869
2,724
30,800
11,430
20,431
7,385
4,131
7
20,000
16,920
30,244
7,208
4,032
30,800
16,920
30,244
10,932
6,116
8
20,000
28,170
50,354
12,000
6,713
30,800
28,170
50,354
18,200
10,182
9
20,000
5,000
16,318
3,550
2,176
10
20,000
6,500
21,213
4,615
2,829
11
20,000
10,500
34,267
7,456
4,569
12
20,000
16,900
55,153
12,000
7,354
13
20,000
4,500
7,343
3,550
2,176
14
20,000
5,850
9,545
4,615
2,829
15
20,000
9,450
15,419
7,456
4,569
16
20,000
15,210
24,818
12,000
7,354
17
20,000
4,500
7,343
3,550
2,176
18
20,000
5,850
9,545
4,615
2,829
19
20,000
9,450
15,419
7,456
4,569
20
20,000
15,210
24,818
12,000
7,354
アンケートの設問は回答者の負担を減らし、回収率を上げるよう簡便にした。火災保険、
地震保険の付保範囲はそれぞれ、二千万円、一千万円としている。最初の設問では火災保
険と現行の公的地震保険の保険料を示し、火災保険のみを購入するか、火災・地震保険を
ともに購入するか、あるいはいずれの保険も購入しないかを訊いている。続く第 2 問では、
同じデータに、民間地震保険を加えた。民間地震保険の付保範囲は一千万円、公的地震保
険に付帯させる(よって民間の地震保険だけを購入することはできない)ものとする。こ
の民間地震保険の料率は、東京海上・日動火災の資料による。ただし、保険料率は東京都
(4 等地)のみが利用可能だったため、公的地震保険料率の比率に応じて他の道府県(1 等
地~3 等地)の保険料を算出している。設問1と2の違いは民間地震保険の有無に過ぎない。
仮に回答者が「合理的」に振る舞うならば、設問1で公的地震保険を購入しないとした回
答者が、設問2で購入すると答えることはない。民間地震保険という別の選択肢に左右さ
れないことが合理的選択の前提条件(選好の独立性)だからだ。
設問3では、民間の地震保険がカバーする範囲を「地震による延焼」に限定した。公的
保険との差別化を図るためである。ただし、民間地震保険は公的保険に付帯したままとす
る。最後の設問において、公的保険の範囲も延焼に限ったケースを取り上げている。現行
の公的地震保険にこうした限定はないため、民間の保険料率を参考に仮想的に料率を算出
した。なお、倒壊リスクは加味されないため、地震保険料は新耐震と旧耐震では同じにな
る。
なお、このアンケート調査では、
「直感的」な回答を促すため、質問を後戻りしないよう
にする工夫も施している。
(さもなければ、対象者は意識して一貫性のある回答に努めるか
もしれない。
)
1-3 アンケート調査結果
アンケートは 2841 人から回答(回答率 84%)を得ている。このうち設問1で地震保険
を購入すると答えた回答者は 1322 人と全体の 47%を占めた。
(無論、仮想的な質問である
から、回答者の実際の加入率とは一致しない。)他方、火災保険のみ購入するとした回答者
が 36%、どちらも購入しないとした回答者が 18%あまりとなった。このうち、持家者(サ
ンプル 2036)について前回のアンケート調査で得た属性を用いてプロビット分析を行うと、
融資有(+)、大地震への危機感(+)、災害時の行政への期待(-)、地震保険料への割高感(-)、
所得水準(+)が有意に働いていることが確認できた。ただし、カッコ内は推計値の符号
を表す。
設問2では民間地震保険料を新たな情報として加え、改めて地震保険の加入の是非を訊
いている。火災保険料・公的保険料の料率は前問から変更はない。問1で地震保険に加入
しない(火災保険未加入も含む)とした回答者 1519 人のうち、252 人(17%)が問2で公
的保険に加入することを選択している。民間の地震保険という新たな選択肢を与えること
が彼らの選択パターンを変えたことになる。
持家保有者に限って、再びプロビット分析を行うと、第 1 段階(設問1)で加入しない
とした個人の中でも、大地震への危機感(+)、保険料への割高感(+)、所得水準(+)
などが選択の変化に有意に働くことが確認された。このうち、当初、保険料への割高感か
ら地震保険の購入を控えるとしていた回答者が、選択を覆す傾向をもつという結果は、民
間の地震保険料という新たな情報が、公的地震保険に対する認識を変えたことを伺わせる。
政府の再保険のない民間保険の料率は公的保険に比して必然的に高くなる。これを受けて、
回答者は公的保険料率が民間に比して「相対的」に割安であることを理解するようになる
ものと考えられる。賃貸人についても同様のプロビット分析を行ったが、ここで統計的に
有意になったのは、被害経験や、大地震への危機感、所得水準であった。
なお、当初(設問1で)
、公的地震保険を購入することに意欲的だった回答者(1322 人)
のうち、26%(
(341 人)が設問2で民間地震保険を購入すると答えている。保険料は高く
つくにも関わらず、地震保険加入(希望)者の間で、公的保険の付保範囲の不足分を補う
民間保険に対して潜在的なニーズがあることが示唆される。民間地震保険の範囲を延焼に
限定した(倒壊リスクを外した)設問3においても、地震保険に加入するとした者(設問
1)の 37%(478 人)が、民間保険の購入を希望する。比率が上がっているのは、設問2
よりも民間保険料が下がっていることや、耐震性のある住宅に住む個人であれば延焼リス
クのみに保険需要があることが、可能性としてある。ただし、プロビット分析からはこの
シナリオは確認できていない。
設問5では公的及び民間の地震保険を延焼に限定している。設問1で地震保険に加入し
ないとした回答者(1519 人)のうち、実に 34%が地震保険(公的のみ、あるいは民間も合
わせて)加入すると答えている。延焼に限定されるが、その分、保険料が下がることが商
品としての魅力を高めているのかもしれない。持家保有者についてプロビット分析を行う
と、住宅ローンを抱えている、および木造住宅の所有者について、有意な影響が確認され
ている。
1-4 アンケート調査の含意
アンケート調査から、保険料の提示パターンによって回答者の選択が影響されることが
認められた。公的地震保険料に漠然とした割高感があっても、民間保険料の料率を示され
ると、前者が相対的に割安に感じられることがありうる。そもそも、人々は正しいベンチ
マーク(比較対象)を持つことなく、地震保険の購入の是非を決めているといえる。であ
れば、民間保険料のような真の(政府の再保険のないときの)コストを情報提供すること
で、公的地震保険の加入促進が期待できるはずだ。また、カバー範囲にバリエーションの
ある公的・民間地震保険を加えることで、地震保険全体の商品価値が増すことも考えられ
る。実際、設問3及び4において延焼リスクに限定した(民間、公的)地震保険について、
加入を選択する回答者が多かったことは注目に値するはずだ。なお、アンケート回答者が
設問間でランダムな回答をしていたわけではない。設問1で地震保険に加入すると選択し
た回答者は大半、設問2以降、一貫して地震保険の加入を選択し続けている。
現時点でのアンケート調査の結果は暫定的である。結果に対してより精緻な計量分析を
施す必要もあるだろう。また、すでにあるプロビット分析の結果についての解釈も更に進
める余地がある。いずれにせよ、本アンケート調査は学術的、かつ政策的にも重要な含意
を有することは強調に値しよう。学術的には行動経済学の「フレーミング効果」
(問題設定
の仕方によって個人の選択パターンが変わること)を確認した研究と位置づけられる。特
に、公的地震保険の購入には直接関係のない選択肢としての民間保険の存在が、前者の加
入の是非に影響することは合理的選択の前提条件である「独立性」を覆すものである。
政策的には、地震保険の加入促進について幾つかの戦略が提示できる。その一つが民間
地震保険を公的保険のベンチマークとすることで、地震保険料率に対する人々の認識に影
響を及ぼすという方法だ。また、倒壊リスクを含む、あるいは含まない(延焼リスクのみ
の)民間保険を公的保険の補足とすることで、保険商品としてのバリエーションを増すこ
ともできるはずだ。従来の加入促進策は、地震保険料の所得控除など金銭的誘因づけに限
られてきた。個人の経済的合理性を前提にした施策といえる。しかし、地震のような低頻
度・高被害型の災害リスクについて、人々の合理的振る舞いをアプリオリに前提にするこ
とはできない。情報提供等、合理的選択を促す、あるいはその非合理性を活かして彼らの
選択に影響を及ぼす工夫があっても良いはずだ。
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