...

福島大学サウンドスケープ研究室の紹介

by user

on
Category: Documents
28

views

Report

Comments

Transcript

福島大学サウンドスケープ研究室の紹介
▷▷ 情報コーナー ◁◁
会 員 コ ラ ム
福島大学サウンドスケープ研究室の紹介
永幡幸司(福島大学共生システム理工学類)
福島大学が所在する福島市は,福島第一原子力発
電所の爆発事故により放出された放射性物質によっ
て汚染されています。例えば,福島大学における原
稿執筆時(2012 年 8 月 27 日)の空間線量は,芝生を
張り替えるなど徹底的に除染された文部科学省設置
のモニタリングポストの周辺で 0.3 μSv/h 弱,通路
を挟んで隣接した,ほとんど除染が行われていない
私たちの研究室の前の草地で 0.8 μSv/h 程度です。
原発事故以前の福島市の自然放射線量が 0.05 μSv/h
程度であることをお示しすると,正に桁違いの汚染
であることがおわかりいただけるかと思います。
このような状況の中,私たちの研究室ではサウン
ドスケープ研究を続けています。サウンドスケープ
という語が意味するところについて未だに誤解され
ている方を散見しますので,この機会を利用して改
めて紹介しておきますと,「個人あるいはある社会
にどのように知覚され,理解されているのかに強調
点の置かれた音の環境(音環境)
。それゆえ,サウン
ドスケープは個人と音の環境との間の関係によって
1)
と定義される概念です。この概念は,音
決まる。
」
環境を美しく,人の福祉と健康を破壊することがな
いものへと改善したいというマリー・シェーファー
の信念の下,生み出されたものです。このような概
念を看板に掲げる私たちの研究室では,日本の(さ
らには世界の)音環境をより「よい」ものとするこ
とを究極の目標としています。
私たちの研究室で行っている,今の福島の状況を
最も反映した活動は,福島市内の音環境の変化を記
録し web 上で公開する「福島サウンドスケープ」
(http: //www. sss. fukushima-u. ac. jp/~nagahata/fsp_
311)です。象徴的な事例を紹介しましょう。原発
事故後,福島市内の公園で子供の声を聞くことはま
ずありませんでした。被ばくを避けるため,子供た
ちが外で遊ばなかったからです。公園の除染は,昨
年の夏頃から本格的に進みましたが,多くの公園で,
しばらくは子供の声が聞こえてきませんでした。春
になり,除染が成功した公園では,しだいに子供の
声が戻ってきました。でも,うまくいかなかった公
園では,未だに子供の声は聞こえてきません。カー
2)
の中で化学物質に汚染され,鳥
ソンは『沈黙の春』
が沈黙した春を描いていますが,福島で現実に起き
たことは逆でした。皆さんはこのサウンドスケープ
から何を聞き取りますか? 私が現時点で 1 つ言え
ることは,政府や福島県などは事故直後から現状の
汚染レベルは健康に直ちに影響を与えるものではな
いと繰り返してきましたが,「健康」という語を
WHO の定義に従って捉えれば,私自身を含め,福
島市で生活する人々は,既に健康上の被害を受けて
いるということです3)。
また,私たちの研究室では,新潟県中越地震の際
から被災地に入り,避難生活の支援を行うと共に,
音の問題を中心に,避難生活の生活環境の問題につ
いて検討してきました。その経験と成果の一部が今
回の震災で役に立ったことは,不幸中の幸いでし
た。
震災と直接は関わらない研究も,1 つ紹介してお
きましょう。バリアフリーな音環境の研究です。こ
の研究では,視覚障害者をはじめとする様々な立場
の方々との対話を繰り返し,心理実験等を交えなが
ら,より多くの人にとって安心で安全に移動できる
音環境はどのようなものかについて検討していま
す。静音な車の問題が象徴するように,音によるバ
リアフリーが検討される際,音環境全体を考えた議
論が少ない今,この状況を打破することが当面の目
標です。
このように私たちの研究室では,決して健康な
(音)環境とは言えない福島の地で,人の福祉と健康
を脅かすことのない音環境を作り出すことを目指し
た研究を行っています。そして,私の最近の切なる
願いは,健康な環境で研究をするということです。
参
図−1
444
モニタリングポストの周りの除染の様子(「福島
サウンドスケープ」より)
考
文
献
1 )B. Truax ed. : Handbook for acoustic ecology (A. R. C.
Publications, Burnaby, 1978), p. 126.
2 )レイチェル・カーソン(青樹簗一訳): 沈黙の春(新潮
社,東京都,1974).
3 )K. Nagahata : “What can/should soundscape community
do when we listen to the soundscapes in Fukushima?”,
the global composition: proceedings, pp. 88-96 (2012).
騒
音
制
御
Fly UP