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世界を解く

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世界を解く
連
載
企
画
世界を解く
﹁
愛
で
る
﹂
18
第
十
一
回
テ
ー
マ
学ぶ、働く、遊ぶ…。
人間は日々、さまざまな行為を営んでいます。どれも一見、ごく当たり前のこと。
国境も地域も、民族も歴史も、時間も空間も超えて、
普遍的に存在しているこれらの行為は、その普遍性ゆえに見過ごされてしまいがちです。
しかし、例えば「学ぶ」という行為の本質を深く掘り下げ、
さまざまな角度から「学ぶこと」の意味を問うたとき、
そこには驚くほど豊かな世界が現れてきます。
学ぶことの社会的意味とは、その歴史的経緯が伝える価値観の変遷とは、
学びの経済効果と社会システムとの関係とは、等々。
ごく当たり前の行為は、その相貌を一変し、生きるという営為の本質に迫る、
あるいは社会と人間のあり方の原点を理解する、貴重な手がかりとなるのです。
本特集企画は、こうしたキーワードにスポットをあて、そこから浮かびでる多様で豊かな世界を、
それが示唆する多くの問題点をありのままに考えていきます。
第11回のテーマは、
「愛でる」
。
異なる専門領域、視点をもつ研究者たちに、
それぞれの立場から「愛でる」という言葉が連想させる今日的諸問題を語っていただきました。
e
s
s
a
y
言語社会研究科教授 ●糟谷啓介
「めでる めでたい おめでたい」
何にせよ「愛でる」対象をもっているのは、たいへん「めでたい」
かしよく考えてみれば、何のことはない、この姫君はただの「虫フ
ことである。しかし、物事には限度というものがあって、度が過ぎる
ェチ」にすぎないような気もしないではない。けれども、
「フェチ」
と奇人変人あつかいされることもある。一言で言えば、
「おめでたい」
だといって軽んじてはいけない。マルクスが喝破したように、資本
人間にみられかねない。
主義社会だって商品の物神崇拝、つまり「商品フェチ」によって支
平安時代の短編小説集『堤中納言物語』に収められた「虫愛づる姫
えられているのである。それまでは平凡なものにしか見えなかった
君」は、そのあたりの事情をみごとに描いてくれる。虫といってもこ
物体が、ある日突然不思議な形而上学的神秘にあふれた何物かとし
の姫君が好きなのは蝶のたぐいではない。なんと毛虫がことのほかお
て眼に映じてくる。かくして他の人が見れば何の意味もないところ
気に入りなのである。家来たちに採らせた毛虫を籠に集めて、年がら
に差異を見出し、欲しいものを手に入れなければ日も夜も明けぬよ
年中その姿を眺めて飽きない様子。周りの者は気味悪がって、姫とも
うになる。その点では姫君の虫も資本
あろうものが毛虫を眺めて喜んでいるのはいかがなものか、世間のお
主義社会の商品も何ら変わりはない。
姫様のようにせめて蝶を集めてはいかがか、などと進言しようものな
いやそれどころか、「○を愛でる心」
ら、
「毛虫が育ってあのような蝶になるのです。あなたがたは見かけ
などというのは、つきつめれば「○フ
にだまされてはいけません。わたしは物事の本質を追究したいのです」
ェチ」に行き着くのではあるまいか。
などと反論されてしまう。そして最近では毛虫だけではものたらず、
玩物喪志、呪物信仰、蓼食う虫も好き
かたつむりやカマキリにまで触手を伸ばしている。あげくのはてに、
好き、あばたもえくぼ。すべての愛は
言い寄ってきた男性からは「あなたの眉毛は毛虫のように美しい」な
フェチに通ず。いやたしかに「めでた
どと言われる始末。こうなるともう何が何だかわからない。
い」こと、いやはや「おめでたい」こ
なるほど、この姫君の「愛で方」はいかにも堂に入っている。し
とである。
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