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第22章 主要産業の動向と AFTA および FTA の影響

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第22章 主要産業の動向と AFTA および FTA の影響
第22章 主要産業の動向と AFTA および FTA の影響
1.主要産業の変遷
実質 GDP に占める産業の構成比を、1995 年と 2010 年とで比較した場合、製造業が大幅
に伸長する一方で(+8.2%ポイント)、卸売・小売業(-4.3%ポイント)、建設業(-4.0%ポ
イント)、金融業(-3.2%ポイント)が低下していることが窺える。
産業構造の変化をもたらしたのは、1997 年のアジア通貨危機とこれに伴う景気の悪化で
ある。最も影響を受けた金融業では、同期間に構成比は 4.3%ポイント(7.1%→2.8%)も
低下した。ただし、その後は金融機関の不良債権処理が進んだことや堅調な経済成長を背
景に、徐々に比率は上昇している(2010 年:3.9%)。一方、建設業は 1995 年(構成比 6.2%)
から 2000 年(同 2.5%)に低下した以降は、ほぼ横ばいで推移している。
製造業においては、2008 年秋のリーマン・ショックの影響が 2009 年初頭に大きく表れ
たため、2009 年には一時的に構成比が低下したが、経済全体に占めるウェイトはほぼ一貫
して上昇し、2010 年には過去最高となる 40.8%を記録した。
図表 22-1 実質 GDP に占める産業の構成比
実質GDP
合計
95
2,942
実額(10億バーツ)
00
05
3,008
3,858
10
4,596
95
(100.0%)
00
(100.0%)
(構成比)
05
(100.0%)
10
(100.0%)
(差分)
(+0.0%)
(-1.1%)
第一次産業
277
310
348
382
(9.4%)
(10.3%)
(9.0%)
(8.3%)
農林業
226
259
289
313
(7.7%)
(8.6%)
(7.5%)
(6.8%)
(-0.9%)
51
51
59
69
(1.7%)
(1.7%)
(1.5%)
(1.5%)
(-0.2%)
1,266
1,334
1,811
2,240
(43.0%)
(44.4%)
(46.9%)
(48.7%)
(+5.7%)
45
64
88
101
(1.5%)
(2.1%)
(2.3%)
(2.2%)
(+0.7%)
製造業
958
1,096
1,500
1,873
(32.6%)
(36.4%)
(38.9%)
(40.8%)
(+8.2%)
公益業
79
98
129
164
(2.7%)
(3.2%)
(3.3%)
(3.6%)
(+0.9%)
漁業
第二次産業
鉱業
184
76
94
102
(6.2%)
(2.5%)
(2.4%)
(2.2%)
(-4.0%)
1,399
1,364
1,699
1,974
(47.6%)
(45.3%)
(44.0%)
(43.0%)
(-4.6%)
卸売・小売
517
475
542
611
(17.6%)
(15.8%)
(14.0%)
(13.3%)
(-4.3%)
ホテル・レストラン
105
113
136
174
(3.6%)
(3.8%)
(3.5%)
(3.8%)
(+0.2%)
輸送・通信
239
290
384
430
(8.1%)
(9.7%)
(10.0%)
(9.4%)
(+1.2%)
金融
210
84
136
180
(7.1%)
(2.8%)
(3.5%)
(3.9%)
(-3.2%)
不動産
110
120
151
177
(3.7%)
(4.0%)
(3.9%)
(3.9%)
(+0.1%)
行政・防衛
77
95
116
127
(2.6%)
(3.2%)
(3.0%)
(2.8%)
(+0.1%)
教育
66
84
96
118
(2.2%)
(2.8%)
(2.5%)
(2.6%)
(+0.3%)
医療・福祉
31
41
49
57
(1.0%)
(1.4%)
(1.3%)
(1.2%)
(+0.2%)
その他
44
61
89
100
(1.5%)
(2.0%)
(2.3%)
(2.2%)
(+0.7%)
建設業
第三次産業
(出所)NESDB より作成
経済を牽引する製造業であるが、図表 22-2 でその内訳をみると、①HDD に代表される
「コンピューター機器類」、②「自動車」の比率が高まっていることが分かる。「コンピュ
ーター機器類」の構成比は、1998 年から 2004 年まで 2%前後で推移していたが、2005 年
以降に急速に上昇し、2009 年には 4.9%まで上昇している。また、「自動車」の構成比は、
164
アジア通貨危機の影響で 1998 年にはそれまでの 2.5%前後から 0.8%にまで低下したが、
その後は自動車生産台数の増加を背景に 2008 年には 4.8%にまで上昇した。2009 年には、
前年秋のリーマン・ショックの影響で 1∼3 月期に完成車メーカーが大幅減産を行ったため
構成比は前年比 1.1%ポイント低下したが、2010 年の生産台数及び国内販売台数は過去最
高水準を記録していることから、構成比も大幅に上昇していると推察される(製造業を構
成する産業の GDP は、2011 年 2 月時点ではまだ公表されていない)
。
なお、冷蔵庫や洗濯機等の白物家電が含まれる「電気機器・家電」の構成比は経済全体
の 1%未満に留まっており、2000 年以降はほとんど変化がない。
図表 22-2 実質 GDP に占める主な製造業(小分類)の構成比
6%
コンピューター機器類
自動車
5%
通信・映像機器
機械
4%
電気機器・家電
3%
2%
1%
0%
93
94
95
96
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
(暦年)
(出所)NESDB より作成
2.コンピューター機器(HDD)産業
(1) タイのハードディスク(HDD)生産メーカー
「コンピューター機器類」を構成する内訳は不明だが、通関統計の輸出(HS コード 8471:
PC 等の IT 機器類)の 9 割超が HDD 関連製品であることや、コンピューター機器に対す
るタイ国内の需要規模を勘案すると、
「コンピューター機器類」の主役は、輸出向けの HDD
関連セクターであると考えられる。
2009 年の世界の HDD 生産シェアからは、大手生産メーカーが 5 社あることが窺える。
大手メーカーのタイへの進出については、シェア 1 位の Seagate Technology
(以下、Seagate
165
とする)が 1983 年に、2 位の Western Digital が 2001 年に、3 位の日立グローバルストレ
ージテクノロジー(以下、日立 GST、とする)が 2003 年に、4 位の東芝ストレージデバイ
ス(以下、東芝 SD、とする)が 2008 年に富士通タイランドより買収してそれぞれ進出し、
現在、大手メーカー4 社が事業を営んでいる。
図表 22-3 HDD メーカーの世界シェア
その他
1%
サムスン
9%
Seagate
31%
東芝SD
13%
生産シェア
2009年
日立GST
16%
Western
Digital
30%
(出所)SMBC 資料より作成
図表 22-4 タイのハードディスク生産メーカーと生産能力
進出年
総生産能力
(100万ユニット)
Seagate Technology (Thailand)
1983
66
Western Digital (Thailand)
2001
60
日立グローバルストレージテクノロジー(タイランド)
2003
60
東芝ストレージデバイス・タイ
1988
69.86
会社名
合計
(注)
255.86
東芝ストレージデバイス・タイは、富士通(タイランド)から買収により変更
(出所)SMBC 資料より作成
166
これら 4 社によるタイでの HDD の設備投資動向をみると、生産量が劇的に増えた 2005
年の前年(2004 年)に、Seagate や日立 GST、Western Digital が投資計画を発表してい
ることが分かる。その後も Western Digital が 2005 年と 2008 年に、Seagate が 2007 年に
それぞれ 150 億バーツ前後の設備計画をタイ国政府より認可されている。これらの設備投
資により、
タイの HDD 生産量は 2003 年の 5,000 万ユニット超から 2009 年には 2 億 5,000
万ユニット超と約 5 倍増えている。
図表 22-5 タイのハードディスクドライブ生産量
(出所)日本アセアンセンター「タイにおける電気電子産業の概要および現況」セミナー資料より抜粋
図表 22-6 コンピューター機器類の実質 GDP 構成比と主要 HDD メーカーの設備投資動向
Seagate:150億THB
日立GST: 155億THB
東芝SD:102億THB
6%
Western Digital:152億THB
5%
Western Digital:143億THB
Seagate:187億THB
4%
?
Seagate:216億THB
日立GST: 80億THB
Western Digital:40億THB
3%
Seagate:34億THB
2%
1%
0%
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
(暦年)
(出所)NESDB、通商弘報より作成
167
(2) 政府の後押しもあって発展したタイの HDD 産業
タイで HDD 産業が発達した背景には、低コスト、高い労働の質、空港等のインフラの充
実があるが、この他に政府が HDD 産業を育成しようとする姿勢が大きかった。
BOI は 2000
年 8 月から運用された投資奨励策において、奨励業種や各奨励ゾーンにおける特典の見直
し等を行って、7 分野 129 業種を投資奨励業種として指定したが、HDD および HDD 部品
の製造については特別重要対象業種に指定されている。この結果、HDD 生産メーカーは、
投資地域に関係なく 8 年間の法人所得税の免除(免除額の上限なし)や機械輸入税の免除
等の恩典を享受できるようになった。
また、政府は持続的発展のための投資奨励策として、HDD をはじめとしたハイテク産業
に対して、2012 年 12 月末までに申請を行えば、バンコクを除く全ての地域の事業を対象
に、①法人所得税免除期間終了後さらに 5 年間の 50%減税、②輸送、光熱費の 2 倍を 10
年間控除、③通常の資本償却に加えてインフラの設置、建設費の 25%を純利益から 10 年間
控除等の恩典を付与している。
(3) HDD 市場での主役の交代
国を挙げての支援の効果もあり、タイは HDD の主要輸出国になり、2009 年には世界の
HDD 輸出全体の 4 割超を占めている。
図表 22-7 タイ製 HDD の世界市場におけるシェア
100%
90%
80%
70%
68.5%
60%
80.2%
65.2%
54.3%
56.2%
45.7%
43.8%
08
09
60.2%
75.8%
50%
40%
30%
20%
31.5%
10%
19.8%
34.8%
39.8%
24.2%
0%
03
04
05
06
タイ
(注)
07
その他
2009 年の輸出シェアは速報値ベース
(出所)SMBC 資料より作成
168
(暦年)
以前はシンガポールが HDD の主要輸出国だったが、米ドル建てでみた同国の輸出額は
2003 年を境に減少に転じており、2007 年にはタイの輸出額がシンガポールを初めて上回っ
た。さらに 2009 年 8 月には、Seagate がシンガポールからの HDD 事業の撤退を表明して
おり、今後は一層、タイの存在感が高まると予想される。
図表 22-8 HDD 輸出入統計(上図:シンガポール、下図:タイ)
(10億米ドル)
14
輸出
輸入
収支
12
シンガポール
10
8
6
4
2
0
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
-2
(暦年)
(10億米ドル)
14
輸出
輸入
収支
12
タイ
10
8
6
4
2
0
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
-2
(暦年)
(注)
シンガポールは貿易統計の「Disk Drive」
、タイは HS コード「8471」を採用している
(出所)Yearbook of Statistics Singapore、The Custom Department (Thailand)より作成
169
シンガポールに代わって主要輸出国になったタイではあるが、HDD 製品の多くは、中国
(香港含む)に輸出されている。2002 年には中国向け輸出は HDD 全体の 11%だったが、
2010 年には過去最高となる 46%にまで比率が高まっている。HDD が主に使われる PC の
アセンブラーは台湾メーカーが主だが、協力工場のほとんどが中国にあることが背景にあ
ると考えられる。
図表 22-9 中国向け輸出が伸びている HDD 製品
50%
45%
40%
35%
30%
25%
20%
15%
10%
5%
0%
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
(暦年)
(出所)The Custom Department より作成
3.自動車産業
(1) タイの自動車生産メーカー
タイ自動車研究所の 2010 年 7 月調査によると、タイの自動車産業には、完成車メーカー
12 社、
1 次部品供給メーカー(Tier1)が 635 社、2 次および 3 次部品供給メーカー(Tier2&3)
が 1,700 社存在している(図表 22-10)。完成車メーカーは全て外資との合弁ではあるが、
Tier1 サプライヤーではタイ資本が過半を占める企業の割合が 53%で、Tier2&3 サプライ
ヤーの多くが地場資本である。
2009 年のタイの自動車生産台数は 96.8 万台と世界第 14 位、販売台数は 61.4 万台と同
13 位である(図表 22-11)
。これらの規模は必ずしも大きいわけではないが、東南アジア諸
国の中では最も生産台数や販売台数が多く、東南アジア域内やオセアニア、中東への輸出
拠点として近年成長を続けている。
170
図表 22-10 タイの自動車産業の構成
【組立業者】
(自動車12社、二輪車6社、労働者10万人)
合弁(外国企業)
納品
大企業
【Tier 1 サプライヤー】
(合計635社、労働者25万人)
発注
外資
タイ企業
タイ企業
構成比:47%
構成比:30%
構成比:23%
タイ資本比率
(50%以下)
タイ資本比率
(50%超∼100%未満)
タイ資本比率
(100%)
納品
【Tier 2&3 サプライヤー】
(合計1,700社、労働者17.5万人)
発注
中小企業
地場サプライヤー
(出所)日本アセアンセンター「タイの自動車産業」セミナー資料(2010 年 9 月)を参考に作成
図表 22-11 2009 年世界の自動車製造・販売ランキング
中国
日本
米国
ドイツ
韓国
ブラジル
インド
スペイン
フランス
メキシコ
カナダ
英国
チェコ
タイ
ポーランド
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
製造
台数
13,790,994
7,934,516
5,711,823
5,209,857
3,512,926
3,182,617
2,632,694
2,170,078
2,049,762
1,557,290
1,489,651
1,090,139
974,569
968,305
879,186
順位
2
3
1
4
11
5
8
10
6
12
9
7
15
13
14
販売
台数
9,380,502
5,082,235
13,493,165
3,425,039
1,154,483
2,820,350
1,980,166
1,362,543
2,573,715
1,025,520
1,673,522
2,483,179
254,312
614,078
401,388
(出所)日本自動車工業会より作成
171
(2) 生産台数・販売台数の推移と実質 GDP への影響
自動車産業の実質 GDP に占める比率は、タイの自動車生産台数とほぼ比例して推移して
いる。アジア通貨危機の影響を受けた 1998 年の 14.3 万台をボトムに、生産台数は 2008 年
の 139.1 万台まで増加を続けた。2009 年にはリーマン・ショックの影響で完成車メーカー
が 1∼3 月期に大幅減産に踏み切ったため、生産台数は 99.9 万台に減少した。しかし、タ
イの主要輸出先が ASEAN 諸国やオセアニア、中東と比較的景気悪化の影響を受けなかっ
た地域だったことや、国内需要が同年 1∼3 月期をボトムに回復した流れを受け、翌 2010
年の生産台数は過去最高となる 164.5 万台にまで増加した(図表 22-12)
。
図表 22-12 自動車産業の実質 GDP 構成比と自動車生産台数の推移
(万台)
180
(構成比)
6%
実質GDPに占める自動車の構成比(左軸)
160
生産台数(右軸)
140
5%
120
4%
100
3%
80
60
2%
40
1%
20
0%
0
93
94
95
96
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
(暦年)
(出所)NESDB、The Thai Automotive Industry Association より作成
(3) 高い輸出比率
タイの自動車産業の特徴の 1 つに、輸出比率が高いことが挙げられる。輸出台数は 1995
年から 2008 年まで、アジア通貨危機時を含め、前年水準を上回り続けていた。2009 年に
は全体の生産台数が落ち込んだこともあり、前年比 3 割減となったが、2010 年には 89.6
万台と過去最高の輸出台数を記録している(図表 22-13)
。
2010 年時点、生産台数に対する輸出台数の比率は 54.5%。2007 年以降はほぼ同水準で
推移している。アジア地域の他の自動車生産国と比較すると、タイの輸出比率が高いこと
が窺える。国によっては輸出台数の統計がないため、近似的に生産台数が国内販売台数の
何倍かで測ってみると、タイ(2.27 倍)は韓国(3.31 倍)には及ばないものの、日本(2.28
倍)とほぼ同水準で、アジアの主要輸出国になっていることが分かる(図表 22-14)
。
172
図表 22-13 自動車生産台数と輸出台数の推移
(万台)
180
60%
160
50%
140
120
40%
100
30%
80
60
20%
40
10%
20
0
0%
95
96
97
98
99
00
輸出台数(左軸)
01
02
03
04
05
06
除く輸出台数(左軸)
07
08
09
10
(暦年)
輸出比率(右軸)
(出所)The Thai Automotive Industry Association より作成
図表 22-14 アジアの主要自動車生産国の輸出比率比較(2008 年)
生産台数(万台)
10,000
国内需要を上回る生産量
(≒輸出国)
日本
1,000
中国
生産台数/国内販売台数
韓国
インド
タイ
100
インドネシア
マレーシア
韓国
3.31
日本
2.28
タイ
2.27
インド
1.18
中国
0.99
インドネシア
0.99
マレーシア
0.97
オーストラリア
0.33
オーストラリア
生産量以上に強い国内需要
(≒輸入国)
10
10
100
1,000
10,000
国内販売台数(万台)
(出所)日本自動車工業会資料より作成
173
アジア主要国の中でも、タイは日本並みに輸出比率が高いが、日本の水準に達したのは
比較的最近のことである。既出の生産台数を国内販売台数で除した比率でみると、タイは
1990 年代後半では 1 を若干下回り(生産台数よりも国内販売台数の方が多い≒輸出台数よ
りも輸入台数の方が多い)
、インドネシアと同じであったが、1999 年以降を境に上昇してい
る(図表 22-15)。
図表 22-15 輸出比率の推移
生産台数/国内販売台数(倍)
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
65
70
75
日本
80
韓国
85
90
タイ
95
インドネシア
00
05
マレーシア
10
(暦年)
(出所)各種資料より作成
(4) 所得の増加に伴い今後期待される国内需要
自動車生産台数の内訳をみると、2010 年は全体の 3 分の 2 がトラック・バス(ピックア
ップトラック含む)
、3 分の 1 が乗用車である(図表 22-16)
。10 年前の 2000 年と比較する
と、10%ポイントがトラック・バスから乗用車にシフトし、中でも排気量が 1500cc 以下の
小型乗用車のウェイトが上昇している。これは 2009 年以降、日産の「MARCH」、マツダ
の「Mazda2(日本名:マツダデミオ)」等の生産が開始されたことによる。
今後、タイの所得水準が上昇することで、乗用車の国内需要が高まることも期待される。
過去の例からみると、日本、韓国、マレーシア等では、1 人あたり所得が年間 5,000 ドルに
近付くと、急速に乗用車の普及率(乗用車登録台数÷人口)が高まっている(図表 22-17)
。
2010 年のタイの 1 人あたり所得は 4,735 ドルに達しており、また、既にタイの国内自動車
販売の内、乗用車の占める割合は 2007 年の 27%から 2010 年には 43%にまで上昇してい
る。足下は乗用車の普及が加速する段階に近付いていると推察される。
174
図表 22-16 自動車生産台数の内訳
2000
2010
(変化幅)
23.9%
33.7%
(+9.8%)
<1200 cc.
0.0%
3.6%
(+3.6%)
1201-1500 cc.
7.1%
15.9%
(+8.8%)
1501-1800 cc.
11.0%
8.1%
(-2.9%)
1801-2000 cc.
1.6%
3.1%
(+1.5%)
2001-2400 cc.
3.6%
2.5%
(-1.1%)
2401-3000 cc.
0.5%
0.2%
(-0.3%)
> 3001 cc.
0.0%
0.2%
(+0.2%)
76.1%
66.3%
(-9.8%)
100.0%
100.0%
乗用車
トラック・バス
合計
(出所)The Thai Automotive Industry Association より作成
図表 22-17 所得水準と乗用車普及率
1人 あた り所得 :
5,000ド ルライ ン
(乗用車普及率)
25%
日本
タイ
韓国
20%
マレーシア
フィリピン
インドネシア
中国
15%
10%
5%
0%
100
1,000
10,000
100,000
1人あたり所得(米ドル)
(出所)IMF、各種資料より作成
175
(5) 新型自動車(エコカー等)の奨励策と完成車メーカーの動き
タイ自動車研究所の資料によると、2010 年時点のタイの自動車生産能力は年産 208 万台
である。実績が 164.5 万台であるから、台数ベースの稼働率はほぼ 8 割の水準にある。生
産能力が最も高いのがトヨタの年産 65 万台、次いで Ford・マツダの同 25 万台、ホンダの
24 万台が続く。また、最近の投資プロジェクトの申請状況から、トヨタ(同 10 万台)や
Ford・マツダ(同 15 万台)に加え、三菱自動車が同 20 万台、スズキが同 13.8 万台の生産
を増やすことが予想されている。2014 年には年産 266.7 万台と、生産能力は 2010 年比で 3
割弱増えると見込まれる(図表 22-18)
。
図表 22-18 主要各社の生産能力予測
単位:1,000台
最近の投資
プロジェクト
2010年
2014年
予測
Toyota
650
100
750
Ford & Mazda
250
150
400
Mitsubishi
200
200
400
Honda
240
-
240
Nissan
220
-
220
Isuzu
220
-
220
GM
160
-
160
Suzuki
0
138
138
Others
139
-
139
2,079
588
2,667
Total
(出所)日本アセアンセンター「タイの自動車産業」セミナー資料(2010 年 9 月)より抜粋
完成車メーカー各社が生産能力を拡大させようとする背景には、自動車産業を取り巻く
環境が好転していることもあるが、BOI が 2009 年 6 月に「新型自動車」の奨励策を打ち出
したことも一因となっている。
「新型自動車」とは、タイにとって新しいモデルの車の製造
であり、BOI が承認するハイテク技術(ハイブリッド・ドライブ等)を導入するものであ
る。具体的な恩典としては、①投資地域に拘らず、機械輸入税を免除、②法人所得税の免
除(土地代と運転資金を除く投資額が少なくとも 100 億バーツのプロジェクトの場合は 5
年間、150 億バーツ以上のプロジェクトの場合は 6 年間。ただし、免除額は土地代と運転資
金を除く投資額を上回らないものとする)、である。
また、政府は消費者に対しても、エコカーの取得に係る物品税を 17%と、通常の小型乗
用車(30%)より低く設定し、普及に努めている。
これらの政策変更を受け、完成車メーカーは 2009 年以降、エコカー生産に向けて工場の
建設や製造を開始している(図表 22-19)。トヨタは 2009 年に中型セダン「カムリ」
、また
2010 年には「プリウス」とハイブリッドカーの生産を開始した。三菱自動車は、2010 年に
176
タイで生産するエコカーを日本へ輸出することを発表し、また同年 12 月には小型車の新工
場を着工した。日産自動車は、2009 年に主力車「マーチ」をタイに全面生産移管し、2010
年にはタイ初のエコカーとして「マーチ」を販売。同年中に日本向け輸出も開始した。ま
た、スズキは、2009 年にエコカーのための工場をラヨン県に着工し、2012 年の稼働を予定
している。
図表 22-19 タイの日系自動車メーカーの近年の動き
トヨタ自動車
2003年:
タイに研究開発拠点を設置(海外では欧米に次ぐ3番目)
2006年:
アジア統括会社をタイに設立、アジア7ヵ国の開発・製造の支援機能をタイに集約
2007年:
タイ第3工場を稼動
2008年4月: 「エコカー」事業にBOI認可取得(生産能力10万台、投資額46.4億バーツ)
2009年:
中型セダン「カムリ」のハイブリッドカーをタイで生産開始
2010年12月: ハイブリッド車「プリウス」をタイで生産開始、タイ国内販売の他アセアン諸国へ輸出
2010年12月: タイ第3工場の生産能力を12万台/年→22万台/年へ増強を発表(投資額80億バーツ)
いすゞ自動車
ホンダ
2003年:
タイにピックアップトラックの研究開発センターを設置
2010年3月
ピックアップトラックの開発機能を日本からタイへ移管
2007年10月: 「エコカー」事業にBOI認可取得(初のBOI「エコカー」承認事業、投資額67億バーツ)
2008年:
タイ第2工場稼働、生産能力12万台/年→24万台/年へ増強
2009年11月: タイに研究開発拠点を設置(海外では米欧中に次ぐ4番目)
三菱自動車
2008年:
ピックアップトラックをベースとした新型SUVを生産開始
2008年4月: 「エコカー」事業にBOI認可取得(生産能力10.7万台、投資額47.1億バーツ)
2010年6月: タイで生産する「エコカー」を日本へ輸出することを発表
2010年12月: 小型車の新工場を着工(生産能力15万台、投資額100億バーツ、2012年初稼働)
日産自動車
2007年:
タイからピックアップトラックの輸出を開始
2007年12月: 「エコカー」事業にBOI認可取得(生産能力12万台、投資額55.5億バーツ)
2009年1月: 主力車「マーチ」をエコカー計画の下タイに全面生産移管
2010年3月: タイ初のエコカー「マーチ」を販売開始
2010年7月: エコカー「マーチ」の日本向け輸出開始
マツダ
2009年11月: 小型車「マツダ2」(日本名:デミオ)を販売開始
2010年3月: 「マツダ2」ベースの小型セダンを販売開始
2010年8月: 米フォードとの合弁会社オートアライアンス・タイランドにて次世代小型ピックアップ
生産ラインに3億5千万ドル(約110億バーツ)の投資を発表
スズキ
2007年12月: 「エコカー」事業にBOI認可取得(生産能力13万8千台、投資額95億バーツ)
2009年11月: 「エコカー」工場をラヨーン県に着工(2012年3月稼働予定)
(出所)SMBC 資料より抜粋
177
図表 22-20 主要自動車メーカーの組立・生産拠点の概要(2010 年 12 月末時点)
出資メーカー
現地メーカー
所在地
設立
工場名
従業員数
(人、注3)
Samrong工場
トヨタ
Toyota Motor Thailand Co., Ltd. (TMT)
Samutprakarn 62年10月 Gateway工場
12,651
Ban Pho工場
日産
ホンダ
Nissan Motor (Thailand) Co., Ltd.
Samutprakarn 73年11月
Siam Motors & Nissan Co., Ltd. (SMN)*注1
Samutprakarn 62年8月
Honda Automobile (Thailand) Co., Ltd.
Bangkok
1,731
N.A.
96年3月 第一工場/アユタヤ
約4,200
08年10月 第二工場/アユタヤ
N.A.
87年1月 第一工場/チョンブリ
三菱自動車 Mitsubishi Motors (Thailand) Co., Ltd. (MMTH) Pathumthani
いすゞ
Isuzu Motors Co., (Thailand) Ltd.
N.A.
12年3月 第三工場/チョンブリ
約3,000
Samrong工場
Gateway工場
3,099
Samutprakarn 66年4月
マツダ/Ford Auto Alliance (Thailand) Co., Ltd.
Rayong
約4,000
第二工場/チョンブリ
95年11月
第一工場
4,300
新乗用車工場*注2
GM
GM Thailand, Ltd.
Rayong
N.A.
N.A.
N.A.
(注 1)Siam Motors & Nissan は 2010 年度に Nissan Motor に統合
(注 2)オートアライアンスの新乗用車工場は 2009 年 7 月に完成
(注 3)従業員数は 2010 年 3 月末時点
(出所)各社ホームページ、日本自動車工業会、FOURIN 社より作成
(6) 自動車部品の輸出入統計からみた自動車産業の集積
完成車メーカーの生産能力の拡大が続く一方で、タイ国内の部品メーカーの成長も続い
ている。2001 年から 2008 年までの自動車部品の輸出入統計をみると、タイでは自動車部
品の現地調達が進んでいることが窺える。
生産台数が増えていたため、輸出・輸入ともに増加する傾向にあったが、輸入について
は 2001 年から 2005 年までの伸び率は輸出を下回っており、また 2006 年と 2007 年ではマ
イナスを記録した。この背景には、自動車メーカーの部品調達が、輸入品から現地生産品
に切り替えられてきたことがあると推察される。輸入における日本の比率は、2001 年の
60.4%から 2008 年には 62.9%と若干上昇しているが、それほど大きな変化ではない。
一方、輸出においては、インドネシアやインド向けの輸出が増えたことや輸出対象国が
拡大したことで、2001 年に輸入超だった収支は 2007 年に輸出超に転換した。輸出に占め
る日本の比率は 2001 年の 28.5%から 2008 年には 17.5%に低下している。
2008 年までは順調にタイ国内の自動車部品産業が成長してきたものの、2009 年から
2010 年にかけて、再び収支は悪化している。ただし、これは現地企業の競争力が低下した
のではなく、2009 年から始まったタイでの新型自動車奨励策の一環で、付加価値の高い自
動車部品を日本から調達しなければならなかったことが背景にあると考えられる。日本か
らの輸入比率は 2010 年には 65.3%に上昇している。
178
図表 22-21 自動車部品の輸出入の推移
(10億バーツ)
輸出
輸入
輸出-輸入
150
100
50
0
01
02
03
04
05
06
07
-50
08
09
10
(暦年)
(出所)The Customs Department より作成
ひとくちメモ (20):
自動車産業の集積(日系企業に係る最近の傾向)
タイ自動車研究所の資料によると、現在、タイでは完成車メーカー12 社、第 1 次部品供給メーカー635
社、第 2 次および第 3 次部品供給メーカー1,700 社が存在している。既に 1960 年代にタイに進出した日系
の完成車メーカーに比べ、部品メーカーが本格的に進出したのは 1990 年代半ばと遅かったが、足下は既に
第 1∼3 次部品供給社の進出は一巡したといえる。
ところが、JETRO バンコク事務所やバンコク日本商工会には、2010 年後半から自動車関連企業を中心に、
タイ進出に関する問い合わせが増えているとのことである。ただし、この場合の自動車関連企業といって
も、自動車部品というよりは、包装資材メーカー等のように第 4 次サプライヤーの傾向が高いようである。
日本国内の自動車販売台数が頭打ちとなっている一方で、タイでは輸出・国内向けともに生産台数が増
えている。また、地場サプライヤーの技術力・品質力も向上している。日系の自動車部品企業としても、
このまま日本で生産を続けてタイに輸出しようとしても、品質の差が縮まる中で依然と残るコスト格差を
打破する方策をみつけることは難しい。実際、日系の大手完成車メーカーの中には、部品の調達について
は日本で取引のあった会社の方が安心感はあるものの、地場サプライヤーが生産ラインの設計や調達部材
の仕様・管理について、完成車メーカーの求める基準をクリアするようであれば、取引先を地場サプライ
ヤーに変更することは全く問題ない、とする意見を述べていた。
一巡したと思われた日系自動車関連企業のタイへの進出であるが、当面はさらに集積が進むものと予想
される。
179
4.FTA の進捗状況と産業へのインパクト
図表 22-22 は、タイの各国との FTA 交渉の進捗状況をまとめたものである。
ASEAN 自由貿易協定では、2010 年 1 月よりほぼ全ての関税が撤廃されている。
2010 年、
タイの ASEAN への輸出は同国全体の 22.7%、輸入は同 16.6%である。構成比の点では、
2009 年(輸出:21.3%、輸入:18.5%)から大きな変化はなく、ASEAN 自由貿易協定の
メリット・デメリットを比率から判断することは難しい。同協定では、自動車や同部品に
ついてインパクトが大きいとの見方があるが、タイの自動車関連の貿易相手国が従前に比
べて拡大しているため、輸出入額の構成比でみると、2000 年代初頭に比べて ASEAN域内
の比率は低下している。
図表 22-22 FTA 交渉の進捗状況
2010年における関税撤廃等
重要な市場の自由化
ASEAN
(AFTA)
1993年に共通効果特恵関税を発効
1,641品目について関税を撤廃
99.9%が0%関税に
自動車・部品、鉄・鉄製品、機械、
電気機器、プラスチック、冷凍魚
ア
セ
ア
ン
ベ
中国
(ACFTA)
2,486品目について関税を撤廃
90.9%が0%関税に
プラスチック、鉄製品、薬品、綿・布、
アルミニウム、紙、木材、家具
韓国
(AKFTA)
1,893品目について関税を撤廃
89.2%が0%関税に
プラスチック製品、機械、電気機器、
ゴム製品、紙
ス
インド
(AIFTA)
2010年1月開始
関税撤廃時期は検討中
関税撤廃対象の7,255品目を以下4つに分類
(1)ノーマルトラック: 6,274品目
(2)センシティブトラック: 956品目
(3)高度センシティブトラック:
(4)除外リスト: 1,045品目
オーストラリア
(TAFTA)
2005年に発効
1,692品目について関税を撤廃
93.6%が0%関税に
銅、自動車・部品、プラスチック
インド
(TIFTA)
アーリーハーベスト:2004年9月開始
2006年9月に82品目が0%関税に
(進展なし)
果物、魚介類の缶詰、自動車部品、
宝石・宝飾品。冷蔵庫
ニュージーランド
(TNZCEP)
2005年に発効
1,524品目について関税を撤廃
89.9%が0%関税に
プラスチック製品、紙・紙製品
日本
(JTEPA)
2007年に発効
568品目について関税を撤廃
62.9%が0%関税に
機械、電気機器、化学品、
セラミック、ガラス
ペルー
2003年に枠組み協定を締結
2009年11月:アーリーハーベスト
第2議定書に署名済み
バーレーン
2002年12月:枠組み協定を締結
(交渉中断中)
米国
2004年6月:交渉開始
2006年9月のクーデター以降は一時中断
ー
対象国
ー
二
国
間
ベ
ス
(出所)タイ工業省及び各種資料より作成
180
自動車産業に関して言えば、日・タイ経済連携協定(JTEPA)の活用動向が注目されよ
う。2007 年 11 月に発効された同協定では、自動車部品について 2011 年から関税が撤廃さ
れる(ただし、エンジン、エンジン部品等の 5 品目については 2013 年から撤廃予定)。
タイの自動車産業では、エコカーを中心とした新型自動車の奨励策の影響で、今後も各
完成車メーカーがハイブリッド車等のエコカーの生産能力を拡大すると予想される。2009
∼2010 年の自動車部品の貿易収支悪化の主因が、日本からの輸入の増加であったことを考
えると、足下はまだタイの部品メーカーでは供給できない部品が数多くあると思われる。
JTEPA の活用で完成車メーカーの部品調達コストが下がり、
最終価格が引き下げられれば、
一層、タイの自動車産業の競争力が高まるものと見込まれよう。
図表 22-23 タイの FTA 進捗状況
<二国間協定>
<ASEANとしての協定>
FTA枠組み協定
一部品目除き2010年
関税撤廃済み
2005年FTA発効
2015年までに
関税撤廃予定
中国
オーストラリア
2003年枠組協定締結
タイでは2010年発効
FTA交渉中
EH実施中
インド
インド
2007年EPA発効
EPA発効(2008年∼)
タイは2009年
フィリピン
インドネシア
タイ
2010年1月1日付けで関税撤廃
日本
日本
2006年枠組協定署名
タイ・韓国は2010年
関税削減開始
FTA交渉中断中
米国
シンガポール
2002年枠組協定締結
交渉中断中
マレーシア
ブルネイ
韓国
<AFTA(ASEAN自由貿易地域)>
バーレーン
オーストラリア
2003年枠組協定締結
2009年EH第2議定書
署名済み
ペルー
カンボジア
ラオス
ミャンマー
ベトナム
ニュージーランド
FTA交渉中断中
個別国との間で
交渉開始予定
2015年までに関税撤廃予定
2005年EPA発効
EU
ニュージーランド
EFTA
2010年FTA発効
FTA交渉中断中
(注)ASEAN としての協定にはこの他、BIMSTEC(ベンガル湾多分野技術協力イニシアティブ)がある。
(出所)JETRO、JCCB 資料より作成
181
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