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Report - 医療情報システム研究室
Virtual Reality 中村 圭佑 玉城 貴也 日和 悟 廣安 知之 2016 年 4 月 28 日 IS Report No. 2016042812 Report
Medical Information System Laboratory Abstract
近年,高性能かつ安価な HMD の登場により,VR 技術が技術的にも社会的にも注目されるようになっ
た.VR 技術を用いたシステムは,シミュレーションされた仮想空間とユーザーとをつなぎ,ユーザー
に現実感を感じさせることが目的である.ユーザーに提示する情報により現実感を持たせ,ストレス
なくシステムを利用するために,様々な技術が開発されている.その一方,現状での課題も数多く存
在している.これらの課題の解決により,さらなる VR の発展が期待できる.
キーワード: Virtual Reality
目次
第 1 章 はじめに . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
2
第 2 章 VR(Virtual Reality) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
2.1
VR にリアリティを持たせる三要素 . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
2.2
システム構成
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
2.2.1
出力システム(ディスプレイ) . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
2.2.2
入力システム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
2.2.3
シミュレーションシステム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4
第 3 章 VR を支える技術 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5
HMD(Head Mount Display) の出力システム . . . . . . . . . . . . . .
5
3.1.1
両眼視差を利用した立体視 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5
3.1.2
Foveated Rendering . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5
前庭感覚ディスプレイ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5
3.2.1
VR 酔い . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
3.2.2
大型アクチュエーター . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
3.2.3
GVS(Galvanic Vestibular Stimulation)
. . . . . . . . . . . . . . .
6
ヘッドトラッキング . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
3.1
3.2
3.3
3.3.1
ローテーショントラッキング
. . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
3.3.2
ポジショントラッキング . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
3.4
歩行計測装置
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
3.5
Time Warp . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
8
3.6
Positional Time Warp . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
9
3.6.1
Asynchronous Time Warp
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
9
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
11
4.1
テレイグジスタンス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
11
4.2
シミュレータ
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
11
4.3
モデルの可視化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
11
第 5 章 VR の課題と展望 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
12
第 4 章 VR の応用
5.1
要求スペック
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
12
5.2
視聴覚以外の感覚の統合 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
12
5.3
HMD のワイヤレス化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
12
第 6 章 まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
13
第 1 章 はじめに
近年,VR(Virtual Reality) といった言葉をテレビや SNS などで目にすることが多くなった.VR と
いう用語が使われ始めたのは 1989 年,VPL 社によって新商品展開のために用いられたのが起源とさ
れている [1].それ以前にもコンピュータグラフィックス,およびその出力装置やヒューマンインター
フェースの研究開発により,今日の VR 技術につながる技術が開発されていたが,VR という言葉を
我々の身近に感じるようなったのは Oculus VR 社の Oculus Rift や Google 社の Cardboard などと
いった(以下,HMD)の登場がきっかけである,液晶ディスプレイ,センサー類の発達により性能が向
上し,導入も容易になってきている.このような高性能または安価な HMD の発表以後,SAMSUNG
社,SCE 社,HTC 社なども本格的な VR 用 HMD 開発に乗り出すこととなった.VR という言葉が
浸透しつつある今,その応用・活用例はエンターテイメント,医療,工業,教育,防災へと産業・分
野問わず広がっており,社会的な関心が高まっている.
そこで本稿では,VR という技術の本質に迫るとともに,この VR 普及の発端となった近年の VR 技
術と応用について述べ,その課題と展望を述べる.
2
第 2 章 VR(Virtual Reality)
VR とは,コンピューターを用いて人工的な環境を作り出しあたかもそこにいるかのように感じさせ
ることである.本節では,VR リアリティを持たせる三要素とシステム構成について説明する.
2.1
VR にリアリティを持たせる三要素
VR はユーザーに対していかに自身が仮想世界にいるかのように感じさせるかが重要となる.その
ために VR において構築される仮想世界が満たすべき条件がある.最も重要な条件は以下の 3 つに示
すものである [1].
• 三次元の空間性
人間にとって自然な三次元空間が広がっていること.つまり,空間に位置するオブジェクトが
立体で視覚的に自然であり,音源の視覚的・空間的位置が一致していること.
• 実時間の相互作用性
人間が空間の中で環境との実時間の相互作用しながら自由に行動できること.つまり,物体に
対するインタラクションが正しく生じていること.
• 自己投射性
環境と人間がシームレスに入り込んだ状態であること(没入感と称されることもある).つま
り,自分の感覚と仮想世界での自分とが矛盾なく統合されて,自分がいる仮想世界を一人称と
して体験できること.
2.2
システム構成
VR には,ユーザーとコンピューターとをシームレスにつなぎ合わせる上で必要な要素が存在する.
これらをシステムとして扱うために必要な構成要素,大まかに以下のように分類される [1].以下の
3 つのシステム構成要素が円滑に組み合わさることで,
「三次元の空間性」
「実時間の相互作用」
「自己
投影性」が生じ,ユーザーは仮想世界に現実感を感じることができる.
2.2.1
出力システム(ディスプレイ)
仮想空間をユーザーに提示するためのシステムである.視覚だけでなく,聴覚,触覚などを提示す
る装置も聴覚ディスプレイ,触覚ディスプレイとしてこのカテゴリに分類される.視聴覚だけでなく
五感や体性感覚などヒトのすべての感覚器官に対する出力がこれに該当する.
2.2.2
入力システム
ユーザーの運動情報を取得し,コンピューターに入力するシステムである.インタラクティブなシ
ステムを構築するために不可欠であり,VR においては「実時間の相互作用性」に深く関わる要素で
ある.
3
2.2 システム構成
第 2 章 VR(Virtual Reality)
シミュレーションシステム
2.2.3
仮想世界そのものを構築するシステムである.シミュレーションシステムは,仮想世界内の現象を
シミュレートするだけでは不十分であり,入力システムから入力された情報をリアルタイムにシミュ
レートし,その結果を出力システムを通してフィードバックすることが求められる.
特に,VR システムを考慮する上では人間の知覚情報の大半を占める視覚・聴覚を考慮したシステム
を構築する点が重要である,また,VR 酔いを防ぐ観点から,前庭感覚,運動を入出力することがで
きるシステムを構築するという点も重要である.以下の Table. 2.1 は,近年の VR システムにおいて
用いられている技術を視覚・聴覚・前庭感覚・運動の領域について,各サブシステムごとに分類した
ものである.
領域
視覚
Table. 2.1 VR システムを構成する技術
出力システム
入力システム
シミュレーションシステム
• HMD
• ステレオカメラ
• 全天球スクリーン
• パノラマカメラ
• コンピューターグ
ラフィックス
• Time Warp
聴覚
• イヤホン • マイク
• ヘッドホン
• バイノーラル再生
• 音響シミュレーシ
ョン
前庭感覚
• 大型アクチュエー
ター
• ヘッドトラッキン
グ
• GVS
運動
• 外骨格デバイス
• モーションキャプ
チャー • データグローブ
• 歩行計測装置
4
第 3 章 VR を支える技術
Table. 2.1 の技術のうち,近年において主流であり,かつ今後の発展と普及が期待される HMD,Time
Warp,前庭感覚ディスプレイ (大型アクチュエーター,GVS),ヘッドトラッキング,歩行計測装置
について述べる.
3.1
HMD(Head Mount Display) の出力システム
HMD はゴーグルやヘルメットの形状をしており,頭部に表示装置を装着して映像をユーザーに提
示するディスプレイである.ユーザーの視界をディスプレイで覆うことで,ユーザーと現実世界との
視覚的つながりを切り離し,より高い自己投射性(没入感)を実現する.また,視野が広く,立体視
に対応した HMD は,高い三次元の空間性をもつ.
3.1.1
両眼視差を利用した立体視
ヒトが視覚で知覚する世界は三次元的な広がりを持つ空間である.したがって,よりリアルな現実
感を生み出すためには,コンピューター上で形成される仮想世界も三次元的,立体に見える必要があ
る.ヒトが物体を立体的に知覚する仕組みには様々な要素が関与するとされているが,近年の HMD
では主に両眼視差を利用する方法が取り入れられている.両眼視差は,眼が左右にあることから生じ
る奥行きの違いによる像のズレである.したがって,左右の眼にそれぞれ人工的に奥行きが異なるよ
うに生成した映像を入力することで,空間を三次元的に知覚させることが可能となる.
3.1.2
Foveated Rendering
ヒトの網膜上の視細胞のうち,明所で機能し,色情報を感受する錐体細胞は,網膜の中心部に集中
している.この網膜の中心部は中心窩とよばれ,視野のうち最も高精細であるのは中心窩に相当する
部分である [2].一方で,網膜の周辺部の錐体細胞の数は中心部に比べて少ない.したがって,視野
のうち,中心部が最も視力が高く,周辺部分になるにつれて視力が低くなる.具体的には,情報需要
能力に優れる有効視野は水平に 30 度,垂直 20 度程度であることが分かっている [3].このような性
質を利用して,HMD 使用時における描画負荷の軽減を図る技術として,Foveated Rendering とよば
れる技術が開発された.Foveated Rendering は,中心視野の描画を高解像度で行い,周辺視野の解
像度を低解像度にて行う方法である.これにより,全画面を同じ解像度で描画する場合と異なり,周
辺視野の描画を低解像度で行う分だけ描画にかかる負荷を軽減することができる [4].
3.2
前庭感覚ディスプレイ
HMD 利用時の VR 酔いの原因の 1 つは,HMD から入力される視覚情報によって本来生じるべき
加速度や傾きといった前庭感覚(平衡感覚)が生じないことで,経験と感覚の不一致が生じることで
ある.特に,仮想空間内においてユーザーの移動や回転が生じるシーンでは,
「実際には動いていない
のに動いている」という感覚が VR 酔いに影響する [5].したがって,視覚と前庭感覚の不一致を解
消するためには,視覚情報の入力と一致した適切な前庭感覚を生成する必要がある.
5
3.3 ヘッドトラッキング
3.2.1
第 3 章 VR を支える技術
VR 酔い
VR はユーザーに現実感を感じさせる技術であるため,シミュレートされた仮想空間内の現象が実
際の世界の現象と異なる場合,違和感を生じる可能性がある.この違和感により,顔面蒼白,冷汗,
眩暈,頭痛,唾液分泌の増加,胃のむかつき,吐き気,嘔吐などの様々な症状が引き起こされる [1].
VR 酔いの誘起メカニズムは感情矛盾説 (sensory conflict theory) で説明される.感情矛盾説では,複
数の感覚系の間で情報の矛盾があると動揺病が発生するとされている.特に HMD を用いる VR シス
テムの場合,視覚と前庭感覚の統合において,視野の広範囲が動く視運動刺激を与えると,逆に自分
が動くように感じる.この感覚をベクション(自己運動感)といい,ベクションが長く続くと実際に
は静止しているにも関わらず動いている,と感じるために視覚情報と前庭感覚情報との矛盾が生じ,
VR 酔いが生じるとされている [1].また,外部から入力される感覚情報だけでなく,ある感覚情報
とそれにより経験から予期される感覚情報の組み合わせの間に不一致が生じた場合も動揺病が発症す
る.その例として,HMD を用いる VR システムにおいて,頭部回転時の映像表示の遅延は実際の感
覚との不一致が生じるため,VR 酔いの原因となる.
3.2.2
大型アクチュエーター
ユーザーの身体全体または一部を装置に固定し,映像に合わせてモータ―や油圧装置などのアク
チュエーターを用いて装置を物理的に加速,回転させることでユーザーに前庭感覚を生じさせる方法
である [1].映画館やアミューズメント施設に導入されている椅子型の装置では,椅子全体が物理的
に振動,回転するものが主流となっている.このような大型な装置を用いる方法は,モータ―などを
用いるため比較的コントロールが容易である,回転などを正確に伝えられるといったメリットがある
一方で,場所をとる,設置に要するコストが高い,安全性の確保といったデメリットもある.
3.2.3
GVS(Galvanic Vestibular Stimulation)
前述の通り,VR において現実感を生み出すためには,適切な感覚入力を感覚器官に入力すればよ
い.したがって,前庭感覚を生じさせる前庭器官を直接電気刺激することで,人為的に前庭感覚をコ
ントロールすることが可能である [6].GVS は,これを利用して電気的に加速度と傾きを知覚させる
方法である.体験者の両耳の後ろに電極を装着し,電極間に直流電流を流すことで前庭器官に刺激を
与える.両耳の後ろに数 mA の電流が生じた場合,電流の向きの反対側への加速度が生じる.
GVS による前庭感覚のコントロールは前述の大型アクチュエーターを用いる場合と比べて使用する
場所を問わないといったメリットがある一方で,電流値に対する加速度と傾きの知覚量が個人によっ
て異なるため,あるきまった知覚量となるようにコントロールすることが難しい,というデメリット
がある.また,近年では GVS による前庭感覚コントロールが可能な装置がエンターテイメント目的
で開発されている [7].
3.3
ヘッドトラッキング
ヘッドトラッキングは,頭部の姿勢を取得する技術である.ヘッドトラッキングを行うこと,頭部
の傾きや位置を取得することが可能になる.これにより得られた頭部の姿勢情報から正しい映像を
出力することで,VR 酔いを軽減することが可能になる.ヘッドトラッキングの技術には大別して頭
部の回転情報を取得するローテーショントラッキング,頭部の空間上の位置を取得するポジショント
ラッキングが存在する.
6
3.4 歩行計測装置
3.3.1
第 3 章 VR を支える技術
ローテーショントラッキング
頭部の姿勢をシステムに入力するためには,頭部の回転を取得する必要がある.頭部回転をセンサ
などを用いて取得することを,ローテーショントラッキングという.ローテーショントラッキングを
用いることで,HMD の特徴の1つでもある,頭部を回転させて見た方向の映像を描画する,という
ことが可能になる.一般的な HMD では,ローテーショントラッキングにジャイロセンサを用いてい
る.ジャイロセンサは振動する物体に回転が加わった際に振動面とは垂直の方向に生じるコリオリの
力を圧電素子などで電気的に検出することで物体の回転を検出するセンサである [8].
3.3.2
ポジショントラッキング
頭部の情報には回転だけでなく,空間的な位置情報も含まれる.位置情報を取得することで,多少
頭部を動かしてもそれに追従する映像を表示することが可能となり,ベクション(3.2.1)による VR
酔いの発生を抑えることができる可能である.頭部の位置測定の手法のうち一般的なものは以下に示
す方法である.
• 加速度センサによる頭部位置推定
加速度センサを用いて取得した頭部の加速度に対して積分処理を施すことで,移動先の位置を
推定する方法である.精度は低いが,加速度センサを HMD に搭載することでそれ以外の装置
を必要とせず,かつ安価に頭部位置推定を実現することが可能である.
• マーカーとカメラを用いた頭部位置推定
HMD に搭載したマーカーを利用し,固定したカメラを用いてマーカーの位置を追跡すること
で,頭部の位置を推定する方法である.
3.4
歩行計測装置
VR における課題の一つは,歩き回りを伴うシステムの安全性の確保である.前述のポジショント
ラッキング (3.3.2) を利用することで,部屋の中で歩き回り,かつ HMD に表示される映像を移動に
同期することは可能であるが,HMD 着用時には周囲の環境を視認することができないため,転倒や
壁や障害物との衝突などの危険が伴う.これを解決するために,その場にとどまっていても歩行を行
うことを可能とする装置が開発されている.Virtuix Omni(以下,Omni)は,Virtuix 社により開
発された歩行計測装置である.Omni を利用するユーザーは滑りやすい靴底と動きを検知するための
加速度・ジャイロセンサが搭載された専用の靴を履く.次いで Omni 本体の上に立ち,柱に接続され
たハーネスを用いて腰を固定する.Omni 本体の床面部分はすり鉢状の形状をしており,ユーザーが
Omni 上で歩行を行うと,固定された腰と滑りやすい靴底の影響で体をその場に留めた状態で足を動
かすことが可能になる [9].このような歩行計測装置は,実際に足を動かして仮想空間内での移動を
行うことから,フィットネス目的での活用が期待されている.
7
第 3 章 VR を支える技術
3.5Time Warp
3.5
Time Warp
VR では,
「実時間との相互作用性」を確保するために,ユーザーの運動の結果が即座に,かつ正確
にユーザーにフィードバックされることが好ましい.しかし,頭部の運動速度が速い場合,描画開始
時に判定した頭部の姿勢(Fig. 3.1(a))と,描画完了時の頭部の姿勢が異なっている場合が存在する.
このとき,描画された映像をそのまま表示すると,描画完了時の頭部の姿勢において描画される映像
が本来見えるべき映像(Fig. 3.1(b))とは異なる (Fig. 3.1(c)).これは,前述 (3.2.1) の「経験との不
一致」を招くこととなり,VR 酔いに繋がる可能性が生じる [5].
(a) 描画開始時
(b) 描画完了時(低遅延)
(c) 描画完了時(高遅延)
Fig. 3.1 頭部回転時における遅延による表示画像への影響(自作)
Time Warp は,描画された映像を頭部の向きに対応する位置に表示することで,
(物理的に正確で
はないが)頭部の動きに対してつじつまがあっているかのようにユーザーに知覚させる手法である.
Time Warp の処理の概要ついて,Fig. 3.2 を用いて説明する.描画対象となるある静止したオブジェ
クトをユーザーが仮想空間において視認したとき,Fig. 3.1(a) の状態を描画開始時の状態として,そ
の状態からさらに右に頭部を回転させたとする.描画完了後は,描画開始時の状態よりも頭部は右に
ズレている.このとき,そのまま画像を描画すると,画像上のオブジェクトは本来存在するべき位置
よりも右側にずれて表示されることとなる.そこで,Fig. 3.2(b) のように描画された映像を本来の描
画位置よりも頭部の回転角度分だけ左側にずらして表示する.これにより,画像上のオブジェクトは
見かけ上本来存在するべき位置に描画されることとなり,頭部の動きとつじつまが合い,違和感を軽
減させられる [10].
Time Warp 処理は頭部が本当に向いている向きに対応した正確な映像を表示しているわけではな
いため,本来描画されるべき映像とは矛盾が存在する場合がある.また,GPU による描画処理が長
引いて垂直同期(ディスプレイの映像出力を行う同期信号の発生するタイミング.間隔はディスプレ
イのリフレッシュレートに依存する.
)に間に合わない場合は,描画中の映像をディスプレイに出力
することが出来無くなるため,コマ落ちが生じる.これらの問題を解決するため,最新の HMD には
Time Warp 処理を発展させた以下の2つの技術が盛り込まれている.
8
第 3 章 VR を支える技術
3.6Positional Time Warp
(a) 描画開始時
(b) 描 画 完 了 時(Time
Warp 処理適用)
Fig. 3.2 Time Warp 処理の例(自作)
3.6
Positional Time Warp
Time Warp の手法では,描画された画像をそのまま移動させて表示しているため,仮想空間にお
けるユーザーとオブジェクトの距離に関係なく一定の移動量で移動することとなる.しかし,頭部が
移動しているユーザーの視点から見たオブジェクトについて,視点とオブジェクトの距離が近いほど
相対的な移動距離は大きくなり,遠くなるほど相対的な移動距離は小さくなる.これを考慮して,描
画時に描画対象を距離ごとにレイヤーごとに切り分けて描画を行い,Time Warp 処理においてずら
して表示する際に,その移動量をレイヤーごとに調整する(ユーザーの視点から近いレイヤーは大き
く移動させ,遠いレイヤーは小さく移動させる)ことで,より現実の物理的現象に即した処理を行う
ことが可能となる.この手法は「Positional Time Warp」とよばれる [11].
3.6.1
Asynchronous Time Warp
Asynchronous(非同期) Time Warp は,ある時点でのフレームの描画が垂直同期に間に合わない場
合において,その時点より1つ前のフレームに対して Time Warp 処理を施して垂直同期のタイミン
グに映像を出力する手法である.図では,N 番目のフレームの描画が2番目の垂直同期に間に合って
いない.このとき,事前に N-1 番目のフレームに Time Warp 処理を施し,垂直同期の直前にこの映
像を表示することで,2番目の垂直同期では Time Warp 処理が施された N-1 番目のフレームが表示
される.この時出力されるフレームは,前のフレームと同じものであるが,Time Warp 処理により
違和感のないものとなる.また,その後に描画の終了した N 番目のフレームに Time Warp 処理を施
すことで,N 番目の描画遅延の影響により N+1 番目のフレームの表示が間に合わない場合にもそれ
に先回りする形で映像を描画することが可能となる [11].この Asynchronous Time Warp の機能に
より,描画負荷の高いシーンにおいてもユーザーに滑らかな映像を知覚させることができる.
グラフィックス描画性能の低いスマートフォンを HMD として動作させる場合や,描画不可の高い高
クオリティのグラフィックスを HMD で表示する場合に用いられている.
9
第 3 章 VR を支える技術
3.6Positional Time Warp
描画
(GPU)
Frame N-1
Time Warp
(GPU)
表⽰
(HMD) Frame N-2
Frame N+1
Frame N
Frame N-1
+TimeWarp
Frame N-1
Frame N
+TimeWarp
Fig. 3.3 Asynchronous Time Warp の概要(参考文献 [12] を参考に自作)
10
第 4 章 VR の応用
VR についてその概要およびいくつかの技術を述べてきたが,仮想世界に現実感を持たせる,という
手法は非常に大きな自由度を持っている.実際に,その利用は多岐にわたっており,仮想現実をシミュ
レートする他にも以下のような用途に用いられている [1].
4.1
テレイグジスタンス
遠方の現実世界を通信によってコンピューターと接続し,シミュレーションシステム上で結合する
ことで,ユーザーにあたかも遠方にテレポートしたような感覚を生じさせる.テレイグジスタンスは,
自身がその場に居合わせることなく遠隔地での体験を得たり,動作を反映させられることから,主に,
観光,不動産,医療,機械のオペレーションやガイドなどの分野での利用が期待できる.HMD を用
いたテレイグジスタンスシステムでは,ロボットに搭載されたカメラを通して得た映像を離れた地点
から HMD を通してみることで,自身のいる場所とは異なる場所にいる感覚をユーザーに感じさせる
システムである.また,データグローブ(手腕の動きを読み取る装置)を利用することで,ユーザー
の動きを遠隔地に反映させることが可能となっている.
4.2
シミュレータ
現実世界のある事象について,それを模倣した動作をするシステムを構築し,ユーザーにその事象
を実際に体験しているかのような感覚を生じさせる.特に技能習得を目的としたシミュレーターで
は,ユーザーの操作が正しくコンピューターに入力され,かつ入力に対して現実世界に近い結果を出
力が行われる必要がある.シミュレータは,安全かつ容易に技術や経験を習得できることから,教育,
医療,防災などの分野での利用が期待できる.Lexus 社が開発したドライビングシミュレータでは,
ハンドル型のコントローラからの入力に対して,仮想空間内において同社の車と同様の挙動で動作す
る.このシステムを用いることで,同じ車種の車の運転技術および車両の特性について習熟すること
が可能である [13].
4.3
モデルの可視化
現実世界の物事や現象について,目に見えない現象やスケールが大きすぎる(小さすぎる)物事を
可視化してユーザーに提示する.モデルの可視化は,抽象的なものやミクロな事物を扱うことの多い
教育,研究開発,医療などの分野での利用が期待できる.医療分野では,MRI や CT により得られた
三次元モデルを立体的に確認することができるという点で,画像診断に VR 用 HMD が用いられてい
る [14].
11
第 5 章 VR の課題と展望
5.1
要求スペック
現状の VR の課題は,よりリアルな VR システムを動作させるためのマシンの要求スペックが高い
ことである.近年の HMD を利用した VR システムを利用するためには,高性能なグラフィックボー
ドを必要とする.これらのハードの導入コストの高さが解決されれば,VR システムによるサービス・
プロダクトが普及する起爆剤となると期待される.一方で,今回紹介した Asynchronous Time Warp
や,Foveated Rendering などの描画負荷の軽減技術が統合されれば,スペックの低いマシンでも VR
酔いの生じにくい VR システムが利用できると期待できる.
5.2
視聴覚以外の感覚の統合
また,Oculus Rift や PS VR といった高性能な HMD,高性能な音響装置により VR への視聴覚の
入出力技術は成熟しつつあるが,体性感覚や運動,味覚や嗅覚などを入出力する装置に関しては依然
決定的な手法が存在しておらず,また VR への統合も十分に行われていないことも課題の1つである.
だが,今回紹介した Omni や GVS のように視聴覚以外の入出力に関しても各要素の技術の研究が進
められている.今後これらの技術が VR に統合されることが期待される.
5.3
HMD のワイヤレス化
近年普及しつつある HMD は,一般的にを用いてシミュレーションシステムに有線接続することで
各種センサー情報の入力と映像の出力がなされている.しかし,HMD 利用時のユーザーは外界から
遮断された状態であり,激しい動きをした際や体を大きく移動させるような場合,事故が生じやすい.
これらの問題を解決するためには,シミュレーションシステムと HMD との接続のワイヤレス化が必
要である.一方で,描画される映像を高速に伝送するにはより帯域が広く,かつ伝送速度の速い通信
技術が必要となるという問題も存在する.そのような通信技術の発達とともに,Foveated Rendering
などを応用した映像圧縮技術の登場が期待される.
12
第 6 章 まとめ
VR では,HMD を中心として,主に VR システムにおいて現実感を生み出す技術とストレスなく VR
システムを利用するための技術を述べた.VR システムの一部としてユーザーであるヒトを対象とし
ているため,その技術には生体の機能や特性を利用・コントロールすることで現実感を生み出すよう
なものが多い.このような技術が蓄積されてきたことで,今日の高性能な VR システムが実現した.
一方で,要求スペックの高さ,視聴覚以外の感覚の統合,HMD のワイヤレス化といった課題が存在
しているものの,これらを解決することでより現実感のある VR システムが開発されると期待される.
13
参考文献
[1] S. Tachi, M. Sato, M. Hirose, バーチャルリアリティ学, 初版第 4 刷, コロナ社, 2014.
[2] 淀川英司, 東倉洋一, 中根一成, 視聴覚の認知科学, 初版第 1 刷, コロナ社, 1994.
[3] 川人光男, 藤田一郎, 力丸裕, 行場次朗, 乾敏郎, 岩波講座 認知科学〈3〉視覚と聴覚, 初版第 1 刷,
岩波書店, 1994.
[4] Microsoft,
“Foveated3dgraphics,”
http://research.microsoft.com/pubs/176610/
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[11] Oculus, “Asynchronous time warp examined,” https://developer.oculus.com/blog/
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[12] 4Gamer, “Timewarp,” http://www.4gamer.net/games/999/G999902/20150317072/, 閲覧
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