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金融危機で問われる EU の政治的求心力 ~世論

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金融危機で問われる EU の政治的求心力 ~世論
平成 21 年(2009 年)9 月 9 日
NO.2009-21
金融危機で問われる EU の政治的求心力
~世論調査にみる市民の期待と限界~
昨年秋以降のグローバル金融危機の深刻化をうけて、欧州でも金融市場の混乱と景
気の急激な悪化がスパイラル的に進んだ。西欧の国債市場では、ベンチマークである
ドイツ国債と周辺国国債との利回り格差(ソブリンスプレッド)がユーロ導入以来の
水準に広がり、一部の国のユーロ離脱リスクが喧伝されたほか(第 1 図)、中東欧諸
国でも海外への資金流出と通貨下落が加速するなど、危機が拡大・深刻化していった
(第 2 図)
。こうした金融市場の混乱は実体経済にも波及し、失業率は 10 年振りの高
水準へ上昇している。
100 年に一度とも言われる経済金融危機は、欧州が戦後進めてきたEU統合やユーロ
導入の意義を改めて問うものであった。欧州が金融危機を克服して再び統合推進に向
かうのか、それとも停滞・分裂に向かうのかは、米国一極支配から多極化に向かう世
界経済の今後を占う上でも重要である。以下では、金融危機発生後に実施されたEU
の世論調査(ユーロバロメーター)(注)を基に、今般の金融危機によって欧州一般市
民のEUに対する意識がどのように変化したのか、そしてEUに何を期待しているのか
を探ってみたい。
(注)EU の行政執行機関である欧州委員会は、1973 年以降、毎年春と秋に、加盟各国の市民に
景気認識や EU への支持、政策面での関心事項などを問う世論調査を実施している。また、
金融危機と景気後退が深刻化した本年 1~2 月には、金融危機の影響や政策対応の評価を問
う特別調査が実施された。
1
第 1 図:対独ソブリンスプレッドの推移
3.5
第 2 図:対ドル為替相場の推移
(%ポイント)
3.0
120
スペイン
ギリシャ
ポルトガル
アイルランド
オーストリア
2.5
2.0
100
ルーマニア・レイ
ポーランド・ズロチ
90
1.0
70
0.5
60
0.0
50
08/2
08/5
チェコ・コルナ
ハンガリー・フォリント
80
07/11
ブルガリア・レフ
110
1.5
07/8
(2008/6/1=100)
08/8
08/11
09/2
09/5
08/6
09/8
(資料) Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
自国通貨安
08/8
08/10
08/12
09/2
09/4
09/6
09/8
(資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
(年)
(年/月)
1. EU 市民はさらなる政策協調を望む
本年 1~2 月に実施された特別世論調査のテーマは、
「金融危機に対する EU の政策
協調」と「金融危機下でのユーロの役割」に対する EU 市民の評価であった。
まず、前者の「政策協調」に関する質問をみると、実際に行われた政策対応につい
ては、「各国単独で対応した」と「協働して対応した」との評価がほぼ拮抗したもの
の、各国が単独で対応するよりも EU レベルで政策協調した方が有効だったはずだと
の回答が 6 割強に達した(第 3 図、第 4 図)
。また、政策協調が有効な分野としては、
①経済政策における加盟国政府間の協調、②国境を跨ぐ大規模金融機関の活動や政府
の金融機関救済に対する EU の監視・監督、③世界的な金融サービス規制強化におけ
る EU の役割拡大などに対し、7 割近い市民が有効と回答している。国ごとの結果を
見ると、英国ではいずれの項目でも支持率が 5 割程度にとどまるなど、濃淡はあるも
のの、EU 全体でみれば、市民の多くが一層の政策協調を求めていることが分かる。
第 3 図:各国政府は金融危機に単独で対応し 第 4 図:各国単独の政策対応と EU レベルの政
たか、協調して対応したか?
策協調、どちらが金融危機に対して有効か?
単独で対応した
協調して対応した
17%
単独の政策対応
が有効
13%
分からない
26%
44%
政策協調が有効
分からない
39%
61%
(資料)欧州委員会「ユーロバロメーター71 」より、
三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
(資料)欧州委員会「ユーロバロメーター71 」より、
三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
2
金融危機に対する EU 各国政府の対応を振り返ると、当初は経営危機に陥った個別
金融機関の支援や国内の預金保護、住宅・自動車産業などの特定産業を対象とする対
策など、対処療法にとどまっていた。しかし、ユーロ導入などを経て経済統合が進ん
だ欧州において危機拡大を阻止するには、EU レベルでの地域横断的な対応が欠かせ
ないことが次第に明らかになった。
こうした状況をうけて、昨年 10 月 12 日に開催された EU 首脳会議(サミット)で
は、EU 各国が一定のルールの下で金融機関への資本注入や銀行間取引への保証、不
良債権処理などを行い、協力して金融市場安定化に取り組むことを約束する行動計画
が採択された。さらに、12 月の EU サミットでは、EU 及び加盟国政府が総額 2,000
億ユーロ(加盟国 GDP 比 1.5%)の包括的景気対策を実施することが合意された。ま
た、中東欧の金融危機が深刻化した本年 2 月には、EU の政策金融機関である欧州投
資銀行(EIB)、欧州復興開発銀行(EBRD)、世銀による総額 245 億ユーロの中東欧支
援が決定され、3 月の EU サミットでは、ユーロ未参加の EU 加盟国向けの緊急融資
枠が従来の 250 億ユーロから 500 億ユーロに倍増されるなど、中東欧への支援体制も
整えられた。このように、EU レベルでの政策協調の機運が高まった背景には、金融
危機対応における EU の一層の役割拡大と加盟国の政策協調を求める EU 市民の期待
と支持があったものとみられる。
もっとも、EU 財政の規模は加盟国 GDP の 1%と乏しく、EU としての政策対応に
は限界がある。上記の総額 2,000 億ユーロの景気対策のうち、EU 財政からの拠出は
300 億ユーロ(GDP 比 0.3%)にとどまり、残りの 1700 億ユーロ(同 1.2%)が各国
財政による施策に委ねられた。結果として、EU 各国から打ち出された景気対策は、
ドイツが GDP 比 3.0%、フランスが同 0.6%など、中国(同 13%)はもちろん、米国
(同 5.6%)
・日本(同 5.0%)と比較しても力不足が否めない内容であった。
2. 問い直される単一通貨ユーロの役割
1999 年 1 月に 11 カ国でスタートしたユーロは、今年 11 年目を迎え、年初のスロバ
キアの参加によって 16 カ国へ拡大した。しかし、今回のグローバル金融危機では、
ユーロを防波堤とするだけでは域内経済の安定を維持できないことが明らかとなり、
ユーロの存在意義も問い直されている。
特別世論調査の結果をみると、「金融危機に際し、旧自国通貨を維持していた方が
良かったか」との質問に対し、ユーロ参加国 16 カ国の市民の回答は賛否がほぼ拮抗
している。国別にみると、16 カ国中 12 カ国ではユーロ支持派が優勢であったが、ポ
ルトガル・スペイン・イタリア・キプロスの 4 カ国は、旧通貨への支持が 5 割を上回
った(第 5 図)。これら 4 カ国に共通するのは、ユーロ導入に伴い、独自の金融政策
と通貨切り下げによる対外不均衡の調整を放棄したことで、対外競争力の低下や経常
赤字の拡大、国内経済の過度の変動(不動産・消費ブームとその反動)などに苦しん
3
でいることだ。今回の世論調査の結果をもってユーロ離脱を結論付けるのは早計だが、
通貨統合後のマクロ経済調整の難しさや、それに伴う痛みの大きさを示唆する結果だ
といえる。
第 5 図:金融危機に際し、旧自国通貨を維持した方が良かったか?
(ユーロ参加国のみ)
60
(「賛成」-「反対」、ネット%)
40
旧自国通貨の方が良かった
20
0
-20
-40
ユーロの方が良かった
-60
スロバキア
フィンランド
スロベニア
オランダ
ルクセンブルク
ベルギー
マルタ
アイルランド
オーストリア
フランス
ドイツ
ギリシャ
ユーロ圏16カ国
キプロス
スペイン
イタリア
ポルトガル
-80
(資料)欧州委員会「ユーロバロメーター71 」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
一方、金融危機下での自国通貨急落をうけて、ユーロ未参加国のユーロ導入が前倒
しされるとの観測も一部ではあった。しかし、特別世論調査の「自国通貨よりもユー
ロの方が良かったか」との質問に対するユーロ未参加 11 カ国の市民の回答は、自国
通貨支持派が 46%とユーロ支持派の 36%を大きく上回った(第 6 図)。従来からユー
ロ懐疑派が多いチェコに加え、かつて早期のユーロ導入をめざしていたバルト 3 国の
リトアニア、ラトビアも自国通貨支持派が圧倒的に多数であった。また、過去に国民
投票でユーロ導入を否決しているデンマーク、スウェーデンでは、政府が再度の国民
投票実施を宣言するなど、ユーロ導入機運が高まっているように見えたが、国民は早
期導入には意外に慎重なようだ。
4
第 6 図:金融危機に際し、自国通貨よりもユーロを導入していた方が良かったか?
(ユーロ未参加国のみ)
40
(「賛成」-「反対」、ネット%)
ユーロの方が良かった
30
20
10
0
-10
-20
自国通貨の方が良かった
-30
英国
リトアニア
デンマーク
ブルガリア
チェコ
スウェーデン
ラトビア
エストニア
11カ国平均
ポーランド
ルーマニア
ハンガリー
-40
(資料)欧州委員会「ユーロバロメーター 71 」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
なお、
「今後ユーロ導入を急ぎたいか」との別の質問に対し、
「急ぎたい」が「遅ら
せたい+現状通りでよい」を上回ったのは、ハンガリーとルーマニアの 2 カ国のみで
あった。金融危機に伴う為替相場の大幅な変動や景気後退の影響による財政赤字の拡
大により、経済収斂条件の達成が困難になったことに加え、先行してユーロを導入し
たアイルランドや南欧諸国の経験から、ユーロ導入の利点だけでなく問題点が明らか
になったことも一因であろう。
3. EU 支持率は概ね維持されているが、一部の国で低下
金融危機に関する特別調査とは別に、年 2 回実施されている定期世論調査からは、
長期的な EU 支持率の推移をみることができる。自国の EU 加盟が良いことだと答え
た市民の割合(EU 支持率)は、金融危機が深刻化した直近 2008 年 11 月の調査でも
大きな変化は無く、引き続き 5 割を超えた(第 7 図)。EU の金融危機対応については、
欧州委員会(EU の行政執行機関)のバローゾ委員長の指導力不足が指摘されるなど
批判が多いものの、世論調査を見る限り、政治的求心力は辛うじて維持されているよ
うだ。調査を実施した欧州委員会は、金融危機の深刻化をうけて、EU に期待される
役割が従来のテロ対策や環境保護だけでなく、景気・物価対策などにも広がったと分
析している。
5
第 7 図:自国の EU 加盟は良いことか?(EU 加盟国平均)
80
(%)
良い
悪い
どちらとも言えない
分からない
70
60
50
40
30
20
10
0
74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08
(年)
(資料)欧州委員会ユーロバロメーター各回より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
ただし、各国の EU 支持率には、オランダの 80%からラトビアの 27%までばらつ
きが大きい。英国の EU 懐疑派の多さは有名だが(支持率 32%、不支持率 30%)、従
来は支持率が高かったアイルランド(2008 年春 73%→2008 年秋 67%)
・スペイン(同
65%→62%)や中東欧の新規加盟国での支持率が低下していることは(例えばマル
タ・キプロスは、2008 年春に比べ 10%ポイント以上低下)、注意してみておく必要が
ある。
4. 今後の展望
足元の欧州金融市場は、各国政府の金融安定化策や欧州中央銀行(ECB)による潤
沢な流動性供給をうけて落ち着きを取り戻しており、実体経済の悪化にも歯止めがか
かりつつある。しかしなから、景気の回復力は依然として弱く、不良債権処理の遅れ
などから金融危機が再燃するリスクも否定できない。足元の回復の芽を、より持続的
な景気拡大につなげるためには、①大幅な財政赤字と財政刺激策の出口戦略、②金融
危機の教訓を踏まえた世界的な金融規制・監督制度の強化、③金融危機によって低下
した潜在成長力の梃入れ、などの課題に EU 各国が協力して取り組んでいく必要があ
る。
6 月初旬に各国で実施された欧州議会選挙では、与党の中道右派グループが第 1 党
を維持し、欧州委員会のバローゾ委員長の再任が確実となった。10 月 2 日にはアイル
ランドでリスボン条約(欧州理事会の常任議長ポスト創設などを定めた EU の新しい
基本条約)批准の可否を問う第 2 回目の国民投票が実施される予定であり、可決され
れば、EU は来年初めから新条約の下で西バルカン諸国・トルコ・アイスランドの加
盟問題に取り組むことになる。経済的側面からみると前途多難な欧州だが、EU 統合
6
は 50 年以上の歳月をかけた壮大な政治的プロジェクトである。今回の金融危機の経
験を糧に、新たな統合の深化と拡大に向けて推進力を高めていくことが期待される。
(H21.9.9 武南
奈緒美
[email protected])
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