...

インド企業による BOP ビジネスの展開 ~日本企業

by user

on
Category: Documents
9

views

Report

Comments

Transcript

インド企業による BOP ビジネスの展開 ~日本企業
2011 年 5 月 10 日発行
インド企業による BOP ビジネスの展開
~日本企業から見た BOP ビジネスとの「違い」~
本誌に関する問い合わせ先
みずほ総合研究所㈱ 調査本部
政策調査部 塚越 由郁
電話(03)3591-1332
E-mail [email protected]
*
当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではあ
りません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その
正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更さ
れることもあります。
ポイント
<BOP ビジネスへの注目>
‹ 近年、わが国の政府や企業の間では、世界で 1 人当たり年間所得が 3,000
ドル以下の経済的貧困層を対象とした BOP 市場(潜在的市場規模:5 兆
ドル、対象人口:40 億人)への注目が高まっている。
<インド企業による BOP ビジネスの展開>
‹ BOP ビジネスについて、日本政府の研究会等では欧米企業の事例が取り
上げられることが多いものの、途上国の現地企業も BOP ビジネスを積極
的に展開している。
‹ 本稿では、インドでBOPビジネスに取り組む現地企業の最新動向につい
て、ヒアリングを基に整理している(例:小型自動車「ナノ」を開発した
タタ・グループ、マイクロファイナンスを提供するICICI銀行)。
<現地のヒアリングを通して見た BOP ビジネス>
‹ BOP ビジネスは、わが国では貧困層を対象とした特別なビジネスとの印
象が根強いが、インド企業の取り組み状況を見ると主に 3 つに分かれる。
(1)社会的課題の解決への取り組み
(2)より利益を重視した自社のビジネスの延長線上での取り組み
(3)人口の大半を占める農村部での取り組み
‹ このうち、日本では(1)社会的課題の解決への取り組みが重視される傾
向にあるものの、インドでは各社が多様な目的で BOP ビジネスに取り組
んでおり、必ずしも BOP ビジネスが特別なビジネスとは捉えられていな
い。また、対象となる顧客の所得階層は企業毎に様々である。
‹ 概して、BOPビジネスの展開に必要とされることは顧客の選定や顧客の
ニーズを満たした製品開発など、従来のビジネスに求められるものと同
様である。
‹ わが国政府は 2009 年頃より、日本企業の BOP 市場への進出を積極的に支援
する方針を掲げているものの、最も重要なことは各社が、BOP ビジネスは特
別であるというイメージに捉われ過ぎず、広い視野で BOP 市場を捉え、より
積極的に参入の可能性を検討することである。
〔政策調査部
塚越由郁〕
目次
1. BOPビジネスとは ························································································ 1
(1) BOPビジネスの概要 ·················································································· 1
(2) 日本企業などの関心が高いインドBOP市場···················································· 2
2. インドにおけるBOPビジネス········································································· 3
(1) 社会的課題解決に取り組むBOPビジネス······················································· 4
a. 農村地帯適正テクノロジー研究所 ····························································· 4
b. ドリスティ···························································································· 5
(2) より利益を重視した自社のビジネスの延長上のBOPビジネス ··························· 5
a. タタ・グループ······················································································ 6
b. ICICI銀行····························································································· 7
(3) 人口の大半を占める農村部で展開されるBOPビジネス ···································· 8
a. マヒンドラ・マヒンドラ ········································································· 8
b. ハリヤリ・キッサン・バザール ································································ 9
3. インドにおけるBOPビジネスの特徴~ヒアリングを通して~ ···························· 10
1. BOP ビジネスとは
近年、先進国の大幅な経済成長を見通すことが従来にも増して難しくなるなか、わが国で
はBOP市場への注目が高まっている 1 。以下では、BOP市場やそこでのビジネスのあり方を概
観するとともに、特に日本企業の関心が高いインドのBOP市場について見ていく。
(1) BOP ビジネスの概要
BOPとは、経済ピラミッドの底辺(Bottom of the Pyramid)の略で、主に途上国における
経済的貧困層を指し、Base of the Pyramidとも表される。BOP層に関する単一の定義は存在
しないものの、国際金融公社(IFC)と世界資源研究所(WRI) 2 が 2007 年に共同で公表し
た「次なる 40 億人(THE NEXT 4 BILLION)」においては、世界の所得階層別の人口構成
で 1 人当たり年間所得 3,000 ドル 3 以下の世帯がBOP層と位置づけられており、概してこの層
がBOP層とされる。IFCとWRIによると、調査対象となった 110 カ国 55 億 7,500 万人のうち
約7割(40 億人)がBOP層に当たり、潜在的な市場は5兆ドル規模に上る(図表 1)。欧米
では既に 2000 年頃から、BOP市場でビジネスを展開する企業が増加している。これらの国々
でBOP市場が関心を集め始めた背景には、2000 年に米国のミシガン大学のプラハラード教授
らにより、BOP層が多くを占める途上国で貧困や栄養問題、環境汚染などの社会的課題をビ
ジネスを通して解決するBOPビ
ジネスが提唱されたことがある 4 。
図表 1
日本では、政府が 2009 年 8 月
世界の所得階層別の人口構成
約
1.75億人
に「BOPビジネス政策研究会 5 」
を発足させ、BOPビジネスの支
1人あたり年間所得
20,000ドル
約14億人
(消費者市場規模)
12.5兆ドル
援策の導入を検討し始める等、日
1人あたり年間所得
3,000ドル
本企業のBOPビジネス参入を積
BOP
極的に支援する方針を掲げてい
約40億人
(潜在的な消費者市場規模)
5兆ドル
る。政府は、多くの日本企業が
BOPビジネスに参入することに
より、新たな海外市場が創出され、
わが国の経済がさらに活性化す
ることや、BOPビジネスを通し
て途上国の生活水準が向上し、一
層の市場拡大がもたらされるこ
とを期待している(BOPビジネ
(注)1.潜在的な消費者市場規模や消費者市場規模の所
得データは、2005 年時点の購買力平価で表示し
ている。ただし、所得別人口構成の境界を示す
所得データについては、2002 年時点の購買力平
価で表示している。
2.年間所得は 1 人当たり。
(資料)IFC and WRI(2007)"THE NEXT 4 BILLION"
よりみずほ総合研究所作成
1
詳細は、塚越(2010)を参照されたい。
IFC(Internatioal Finance Corporation)は世界銀行の関連団体であり、WRI(World Resources Institute)
は国際的な非営利組織で、気候変動問題や開発問題の調査に取り組む研究所である。
3 2002 年時点の購買力平価換算による。
4 C. K. Prahalad and Stuart L. Hart(2002)“The Fortune at the Bottom of the Pyramid ”による。
5 座長は勝俣宣夫
日本貿易会会長。
2
1
ス政策研究会(2010))。また、日本貿易振興機構(JETRO)が 2009 年度から、インドや
バングラデシュ等の途上国で、教育や医療の分野におけるBOP層の潜在的なニーズを把握す
ることを目的とした現地調査に乗り出している。加えて、国際協力機構(JICA)は 2010 年
度から、公募で選定した電気通信事業者や鉄鋼メーカー等の 20 社に対し、案件当たり上限
5,000 万円の業務委託契約を締結し、企業の現地における情報収集や試作品販売の活動を支援
する「協力準備調査(BOPビジネス連携促進)」を開始している。
(2) 日本企業などの関心が高いインド BOP 市場
BOP 市場はアジアやアフリカなど世界中に存在するものの、わが国では特にインドに対す
る企業等の関心が高い。2010 年 10 月に経済産業省により設立され、ウェブサイト上で情報
提供などを行っている BOP ビジネス支援センターが会員(2011 年 3 月現在)に行ったアン
ケート調査では、興味のある BOP ビジネス対象国(3 カ国までの複数回答)としてインドを
挙げる数が回答総数 1,737 件中 275 件と最も多かった(図表 2)。
図表 2
BOP ビジネス支援センター会員の興味のある対象国(上位 10 カ国)
順位
国名
会員数
1
インド
275
2
バングラデシュ
176
3
インドネシア
157
4
ベトナム
108
5
中国
76
6
カンボジア
67
7
ケニア
64
8
タイ
58
9
フィリピン
53
10
タンザニア
47
(注)会員は、1,031 名(2011 年 3 月時点)。3 カ国までの複数回答が可能で、回答総数は 1,737
件であった。
(資料)BOP ビジネス支援センター事務局「BOP ビジネス支援センターのこれまでの取組(2011
年3月)」よりみずほ総合研究所作成
インドのBOP市場に注目が集まる背景には、①豊富な人口と、②高い経済成長率があると
考えられる。概して、BOPビジネスでは低所得層であるBOP層向けに低価格で製品やサービ
スを販売するため、売上高の向上には製品を購入する消費者数が多いことがカギとなる。イ
ンドの人口は中国(約 13 億人)に次いで多く、2011 年には 12 億 1,000 万人に上る(暫定値)
6 。さらに
6
2030 年には 14 億 8,500 万人とインドが中国(14 億 6,200 万人)を抜き世界で最
Ministry of Home Affairs of India “CENSUS2011 PROVISIONAL POPULATION TOTALS”(2011 年 3
月 31 日)による。
2
大の人口を持つ国となることが予想されておりT 7 、人口増大に伴う消費者数の多さがインド
市場の特徴として挙げられる。
加えて、当該国の経済発展に伴い所得の拡大が期待されるBOP層に対して、今から自社の
ブランド名を知らしめるという点からもBOPビジネスは期待されている。2009~2010 年(見
込み)のインドの世帯年収階層別の世帯数の割合を見ると、年収 9 万ルピー(16 万円 8 )以下
の世帯が 51.5%と最大である(図表 3)。次いで、9 万 1,000~20 万ルピー(16 万 6,500~
37 万円)の世帯が 33.9%を占めている。他方、インドの実質GDP成長率は急上昇しており、
IMFによれば、2011~2016 年では年平均+8.1%の成長率が見込まれている 9 。従って、経
済成長に伴いBOP層の所得が向上した際にこれらの層を取り込むための布石としても、イン
ドのBOP市場は注目されている。
図表 3
インドの世帯年収階層別の世帯数の割合(2009-2010 年)
100万1,000
ルピー以上
20万1,000~
100万ルピー
1.8%
12.8%
9万ルピー
以下
9万1,000~
20万ルピー
51.5%
33.9%
(注)データは、2005 年時点の見込み。
(資料)経済産業省『通商白書 2010』(原データは、NATIONAL COUNCIL OF APPLIED
ECONOMIC RESEARCH “The Great Indian Market” (2005 年 8 月 9 日))より
みずほ総合研究所作成
2. インドにおける BOP ビジネス
BOPビジネスについて、わが国政府の研究会や報道などでは欧米企業の事例が度々取り上
げられているものの 10 、途上国の企業の取り組み事例については紹介されることが少ない。し
かし、途上国の現地企業もBOPビジネスを積極的に展開している。例えば、インド現地企業
UN, World Population Prospects: The 2008 Revision Population Databaseによる。
1 ルピーは 1.83 円で換算。みずほコーポレート銀行外国為替公示相場 2011 年の 3 月の月中平均レートによ
る。以下、同じ。
9 IMF “World Economic Database April 2011”による。
10 例えば、米国の大手日用品メーカーが、水道網の整備されていない途上国で汚水の不純物を取り除く製品
を販売した事例や、フランスの大手食品メーカーがバングラデシュで、地元の住民を工場に雇うだけではな
く、原料の生乳や糖蜜を地元の農家から仕入れ、販売と配達も地元の人々に委託してヨーグルトを販売して
いる事例がある。
7
8
3
のBOPビジネスは少なくとも(1)社会的課題の解決に取り組むBOPビジネス、(2)より利
益を重視した自社のビジネスの延長上のBOPビジネス、(3)人口の大半を占める農村部で展
開されるBOPビジネスに分類される。そこで以下では、インドで実施した現地企業へのヒア
リングに基づき、各分野の取り組みについてそれぞれ概説する 11 。
(1) 社会的課題解決に取り組む BOP ビジネス
わが国では、BOP ビジネスは途上国等の貧困や環境といった社会的課題の解決に資するビ
ジネスだという印象が根強い。以下では、インドで社会的課題の解決を第一の目的に掲げて
BOP ビジネスを展開している地場の組織を紹介する。
a.
農村地帯適正テクノロジー研究所
インドの学術都市として知られるプネー(マハーラーシュトラ州)に拠点を置く農村地帯
適正テクノロジー研究所(Appropriate Rural Technology Institute:ARTI)は、1996 年に
科学者や技術者により設立された NGO である。活動目的として、農村部の人々の所得を向上
させるための技術を開発し、彼らの生活の質的改善を図ることを掲げている。
研究所の所長へのヒアリングによれば、これまでに開発された製品には、煙の発生しない
調理用かまどやバイオガスプラントがある。インドでは、調理用のかまどで薪を燃やした際
に発生する煙が屋内に蔓延することで、年間 50 万人の女性と子どもが死亡している 12 。こう
した状況を踏まえARTIは、バイオマスから製造された練炭を使用することで、従来に比べ煙
の発生を 80%防ぐかまどを開発した(写真 1 左)。その他、インドの電力不足を背景に、自
宅等で食品廃棄物を活用し発電を行うことが可能なバイオガスプラントを開発し(写真 1 右)、
2006 年に英国に拠点を置くアシュデン・トラスト(The Ashden Trust)から、持続的なエネ
ルギー技術の開発に与えられる国際的な賞であるアシュデン賞(Ashden Awards)が贈られ
た。現在バイオガスプラントは、研究所の所在するマハーラーシュトラ州の都市と農村部で
約 2,000 台が使用されており、この州に滞在中、バイオガスプラントを設置している住居を
度々目にした。
写真 1
ARTI で開発された製品
(注)左はバイオマスから製造された練炭が乗った無煙かまどで、右はバイオガスプラント。
(撮影)みずほ総合研究所
本稿は、日本貿易振興機構(JETRO)主催インドBOPビジネスミッション(2011 年 4 月 3 日~11 日)に
参加した際のヒアリング情報を基に執筆している。
12 ARTIウェブサイトによる。
11
4
ARTIで開発された製品は研究所と連携している企業で販売されており、例えば、携帯用の
かまどは 825~2,900 ルピー(1,500~5,300 円)、バイオガスプラントは 1 万~2 万ルピー(1
万 8,300~3 万 6,600 円)程度で販売されている 13 。
b.
ドリスティ
インドの首都であるニューデリー(デリー首都圏 14 )に拠点を置くドリスティ(Drishtee
Development And Communication Ltd.)は、インド農村部で起業家を育て、地域の持続的
発展を促すことを目的に 2000 年に活動を開始した社会的企業 15 である。ドリスティの社長へ
のヒアリングによれば、同社は、インド国内に散在している農村をいくつかのグループに分
け、各グループ内で主に女性に対する起業支援を行っている。さらに、これらの起業家を連
携させたサプライチェーンを形成し、起業家間の製品やサービスの販売を促進する仕組みを
作っている。現在、1 万 4,000 人の起業家がこのサプライチェーンに加わっている。従来、農
村部で販売される製品には、仲介業者に高額の手数料を支払うために割高な価格が設定され
ていたが、起業家間のサプライチェーンを形成することで、起業家のみならず、農村部の最
終消費者もより低価格で製品を買うことが可能となった。
また、ドリスティは起業家の中から希望者を募り「e-kiosk」というドリスティのフランチ
ャイズ店を農村部で経営している。ここでは農村部の低所得者層向けに、銀行の口座開設・
小口融資などの金融サービスや、コンピューター・英語の講習などの教育サービスが提供さ
れている。ドリスティの運営費は、フランチャイズ店開設の際に支払われるライセンス料や、
各フランチャイズ店から毎月支払われる売上げの一部などで賄われている 16 。
(2) より利益を重視した自社のビジネスの延長上の BOP ビジネス
インド国内の有力企業も、自社のビジネスの一貫として BOP ビジネスを展開している。た
だし、そのアプローチ方法は前述の ARTI やドリスティとは異なり、より利益を重視したも
のである。以下では、企業の本業の一部として BOP ビジネスを展開している各社の事例を取
り上げる。
13
製品の価格は、大きさにより異なる。
インドは 28 州と 7 連邦直轄領からなる連邦制の国家であり、ニューデリーは連邦直轄領の 1 つであるデリ
ー首都圏に位置する。州には自治権が認められている一方、連邦直轄領には自治権は認められておらず、連
邦直轄領は大統領により任命される行政官等を通じて統治されている(自治体国際化協会編『インドの地方
自治:日印自治体間交流のための基礎知識』自治体国際化協会(2007 年))。ただし、デリー首都圏につい
ては、連邦直轄領の中でも一定程度の自治権が認められている。
15 社会的企業とは概して、事業の主な目的が社会的なものであり、その目的を利益を上げながら解決する事
業者のことをいう。即ち、社会的課題の解決に取り組むことを事業活動のミッションとする社会性と、民間
企業のように収益を上げ、継続的に事業を行う事業性の双方を兼ね備えた事業者が社会的企業にあたり、そ
の形態はNPOや営利法人など様々である。
16 Drishteeウェブサイトによる。
14
5
a.
タタ・グループ
インド最大の商業都市であるムンバイ(マハーラーシュトラ州)に拠点を置くタタ・グル
ープ(Tata group)はインド 3 大財閥 17 のひとつであり、1868 年の設立以降、インドをはじ
め、日本、中国、英国、ドイツや米国等の世界各国において、ITやエネルギー、消費財の分
野で 90 以上の会社を経営している。2009 年から 2010 年までのグループ全体の収入は、674
億ドル(5 兆 5,150 億円 18 )であった。
タタ・グループはインド国内で様々なBOPビジネスを展開している。その 1 つが、インド
最大の自動車会社であるタタ・モーターズ(Tata Motors Ltd.)が開発した低所得者層向けの
小型自動車「ナノ」である。タタ・モーターズへのヒアリングによれば、ナノは、2009 年 7
月に約 10 万ルピー(18 万 3,000 円)という世界でも類を見ない低価格で販売され国内外で
話題を集めた。ナノの開発の背景には、グループ会長であるラタン・タタ氏の「低所得者層
の人々が安全に乗れて安い車を作りたい」という強い想いがあったという。インドでは一台
のバイクに家族数人が乗り合う姿がしばしば見られるため、同氏はこうした家族に割安な乗
用車を提供することを考えた。その後、数年の開発期間を経て、車は小さくとも車内のスペ
ースは 4 人家族が乗れるほどの広さを持つうえ、助手席側のドアミラーの装着を省くこと等
によりコストを可能な限り抑えたナノが開発された。販売開始以降、ナノの販売台数は急増
しており、2010 年度には前年度比 132%増の 7 万 432 台に上った 19 。これは、タタ・モータ
ーズの 2010 年度の個人用自動車の販売総数の 24%に当たる(図表 4)。
さらに、インドで最大の IT コンサルティング会社であるタタ・コンサルタンシー・サービ
シズ(Tata Consultancy Services Ltd.)は、中小企業の IT 導入を促すため、サーバー等の
インフラ導入にかかる費用を徴収しないなど、IT 導入の費用を低価格に抑える仕組みを構築
している。同社へのヒアリングによれば、中小企業の IT 導入に貢献することで、これらの企
業の経営効率化が進み、導入企業のみならずインド経済全体の一層の発展がもたらされるこ
とが期待されている。
17
そのほかに、ビルラ・グループとリライアンス・グループがある。
1 ドルは 81.83 円で換算。みずほコーポレート銀行外国為替公示相場 2011 年の 3 月の月中平均レートによ
る。以下、同じ。
19 Tata Motors, Press Releases “Tata Motors March sales at 83,363 nos.”
(2011 年 4 月 1 日)による。なお、
ナノの販売台数は 2010 年 7 月の 9,000 台をピークに急減し、2010 年 11 月には 509 台にとどまった。報道
では、販売台数が急減した要因として、ナノの一部車両で 2009 年秋頃から発生した発火・発煙事故が指摘さ
れている。ただし販売台数は、2010 年 12 月以降は再度増加しており、2011 年 3 月は 8,707 台に達した。
18
6
図表 4
タタ・モーターズにおける自動車の種類別の販売台数の割合(2010 年度)
輸出用自動車
7%
ナノ
業務用車両
56%
個人用
自動車
37%
インディカ
シリーズ
24%
33%
インディゴ
シリーズ
29%
その他
14%
(注)インディカシリーズはハッチバック型の小型乗用車のシリーズのことで、荷室と車室が隔
てられておらず、後部に船のハッチのような跳ね上がるドアが備えられている。また、イ
ンディゴシリーズは 4 人から 6 人乗りのセダン車等のシリーズのことで、トランクが備え
られている。
(資料)Tata Motors プレスリリース資料よりみずほ総合研究所作成
b.
ICICI 銀行
タタ・グループと同様にムンバイに拠点を置く ICICI 銀行(ICICI Bank)は、インド最大
の民間金融機関であり、英国や米国、シンガポール、中国等に子会社や支店を有している。
2010 年 3 月現在の総資産は、810 億ドル(6 兆 6,280 億円)である。ICICI 銀行の土台とな
ったのは、1955 年に世界銀行とインド政府、インドの産業界により、インドで中長期のプロ
ジェクトファイナンスを行うため設立されたインド産業信用投資公社(Industrial Credit and
Investment Corporation of India Ltd.: ICICI)であった。ICICI 銀行は 1994 年に ICICI の
子会社として設立された後、2002 年に ICICI と統合し、現在では小売業者や個人を対象にし
た金融サービスや生命・損害保険の提供など、幅広い事業を手がけている。
ICICI銀行は民間金融機関としては珍しく、2001 年から低所得者層向けに融資や預金、保
険等のサービスを小口で提供するマイクロファイナンスを行っている 20 。同行へのヒアリング
によれば、具体的な貸出は、主に 10~20 人程度の女性で構成されるSelf Help Groupに対し
て行われ、グループ全員が借入金額に責任を負う仕組みとなっている。すなわち、メンバー
の中で自身の返済分を返せない人が出た場合は、残りのメンバーが返済をしなければならな
い。1 グループに対して貸し出される最高額は約 35 万ルピー(64 万円)で、最大利子率は
10%である 21 。2010 年度には 400 万世帯に貸し出され、貸出残高は約 342 億ルピー(626 億
円) 22 であった。ヒアリングでは、インドのマイクロファイナンスの市場規模は未だ小さく、
Annie Duflo “ICICI Banks the Poor in India: Demonstrates That Serving Low-Income Segments Is
Profitable” UNITED NATIONS CAPITAL DEVELOPMENT FUND(2005 年 10 月 17 日)による。
21 ICICI Bank ウェブサイト “Self Help Groups”による。
22 ICICI Bank “Annual Report FY2010”による。
20
7
発展段階にあるとのことであった。
(3) 人口の大半を占める農村部で展開される BOP ビジネス
インドでは、農村部に居住する人々を対象としたビジネスも積極的に展開されている。そ
の背景にはインドの農村人口比率が約 70%と、その他の途上国・新興国に比べて高いことが
ある。以下では、農村部の問題を解決しつつ、利益の向上を目指す BOP ビジネスを見ていく。
a.
マヒンドラ・マヒンドラ
ムンバイに拠点を置くマヒンドラ・マヒンドラ(Mahindra & Mahindra Ltd.)は、インド
の複合企業であるマヒンドラ・グループの中核企業であり、1945 年に設立された自動車会社
である。設立当初は鉄鋼貿易会社であり、1950 年代以降に業務用車両や家庭用自動車などの
自動車の製造を開始し、1960 年代以降に農業用トラクターや耕作機などの農業機器の製造を
開始している。特に農業機器部門の売上げ実績が大きく、2009 年度の税引前当期利益を見る
と(2010 年 6 月公表)、総額 285 億ルピー(522 億円)のうち農業機器部門が占める割合が
約 150 億ルピー(275 億円)と最大で、続いて自動車部門が約 134 億ルピー(245 億円)を
占めている(図表 5)。
マヒンドラ・マヒンドラは農村向けの小型・大型トラクターの販売に力を入れており、
2010 年度の農業用トラクターの売上げ台数は約 21 万 4,000 台と前年度より 22%増加した 23 。
ただし、同社の戦略計画・新ビジネス開発(Strategic Planning and New Business
Development)部門等へのヒアリングによれば販売されているトラクターは大型の場合、約
図表 5
マヒンドラ・マヒンドラの部門別の税引前当期利益(2009 年度)
その他部門
1億ルピー
0.4%
自動車部門
134億ルピー
(47.0%)
農業機器部門
150億ルピー
(52.6%)
(資料)MAHINDRA&MAHINDRA Ltd. “UNAUDITED STANDALONE FINANCIAL
RESULTS FOR THE QUARTER ENDED 30 JUNE,2010”よりみずほ総合研究所作成
Mahindra “Mahindra Tractors registers 25 percent increase in domestic sales”(2011 年 4 月 1 日)によ
る。
23
8
4,000 ドル(32 万 7,300 円)と必ずしも安くなく、大型トラクターを購入する顧客の年間収
入は約 30 万~40 万ルピー(55 万~73 万円)と推定されている。
b.
ハリヤリ・キッサン・バザール
ハリヤリ・キッサン・バザール(Hariyali Kisaan Bazaar)は、ニューデリー(デリー首
都圏)に拠点を置く DCM Shriam Conslidated Ltd.(DSCL)という総合化学メーカーの農
業ビジネス部門において運営されているビジネス・センターであり、インド国内に 292 店舗
(2010 年 3 月現在)の支店を展開している。ニューデリーから車で 4 時間ほど離れた農村部
に位置する支店での担当者へのヒアリングによれば、ハリヤリ・キッサン・バザールは農村
部に住む人々の多様なニーズを一度に解決することを目的に、農業に必要な肥料や種のほか、
食料雑貨や衣服、扇風機、洗濯機、テレビ、冷蔵庫などを販売している(写真 2)。具体的に
は、扇風機が 1,700 ルピー(3,100 円)、洗濯機が 7,000~8,000 ルピー(1 万 2,800~1 万 4,600
円)、テレビが 5,000~6,000 ルピー(9,200~1 万 1,000 円)程度で販売されている。訪問先
の支店に集められていた 20~30 名程度の農家へのヒアリングでは、彼らのほとんどがテレビ
や冷蔵庫を保有していた。
写真 2
ハリヤリ・キッサン・バザールの製品例
(注)ハリヤリ・キッサン・バザールで販売されている製品。左は調理等に使用可能な容器で、
右は洗濯機や扇風機。
(撮影)みずほ総合研究所
加えて DSCL 社は、ハリヤリ・キッサン・バザールの各店舗に農業技術指導(agronomist)
を配置し、農家に生産性向上などを目的とした農業指導を実施している。
ただし、事業が軌道に乗っているとは言い難く、2010 年度の利払い前の税引前当期利益は
8 億ルピー(15 億円)の損失であった(図表 6)。
9
図表 6
2010 年度 DSCL 社の利払い前の税引前当期利益(連結ベース)
部門・事業名
金額(億ルピー)
農業ビジネス部門
13.6
クロロビニル部門
17.5
セメント部門
3.7
合計
ハリヤリ・
キッサン・バザール
34.8
▲8.1
その他事業
▲0.5
配賦不能営業費用(注)
▲5.7
合計
20.5
(注)配賦不能営業費用とは、部門間等にまたがり発生した営業費用のうち、各部門に配分さ
れなかった費用のことを言う。
(資料)DCM SHRIRAM CONSOLIDATED LIMITED “ANNUAL REPORT 2009-2010”より
みずほ総合研究所作成
3. インドにおける BOP ビジネスの特徴~ヒアリングを通して~
インドで実際に BOP ビジネスを展開している現地(インド)企業にヒアリングを行うと、
わが国から見る場合とは違った BOP ビジネスが見られた。以下では、現地の視察を通して気
付いた 3 点について述べたい。
第一に、インドでは BOP ビジネスが自社のビジネスの延長線上に位置付けられている事例
があることである。わが国では概して、BOP ビジネスは途上国等の社会的課題を解決するた
めの特別なビジネスと捉えられる傾向が強く、実際にインドでも、ARTI やドリスティのよう
に電力不足の解決や雇用の創出に重点を置いた NGO や企業がビジネスを展開している例も
ある。他方、現地ではタタ・グループや ICICI 銀行のような有力企業が、BOP 市場を利益を
上げるためのマーケットの1つと捉え、自社のビジネスの延長線上に BOP ビジネスを位置付
けている様子も強くうかがえた。企業へのヒアリングでは、BOP ビジネスに取り組む意義と
して、BOP 層を対象とした各製品やサービスの価格は低いものの、消費者数が多いため売上
総額が大きくなることが指摘されていた。
さらに、インドでは BOP 層の所得が向上した際に自社のより高い製品の購入を促す狙いか
らも、BOP ビジネスが展開されている。例えば、マヒンドラ・マヒンドラのウェブサイトに
は、小規模農家に対して、低価格の農業用トラクターの購入が農業の生産性や所得の向上を
もたらすと同時に、生産性が高まった後に高価格の農業用トラクターを購入することで、さ
らなる生産性の向上がもたらされることが宣伝されている。
現地の視察を通して気付いた第二の点は、BOP ビジネスは日々の生活に困窮している人々
のみを対象としている訳ではないということである。わが国では、BOP ビジネスの対象とな
る BOP 層の消費支出は非常に少ないとの印象がある。しかし、マヒンドラ・マヒンドラのよ
10
うに BOP 層の多い農村部で 4,000 米ドル(32 万 7,300 円)のトラクターを販売している企
業や、ハリヤリ・キッサン・バザールのように 5,000 印ルピー(9,200 円)以上のテレビや洗
濯機を販売している企業がある。BOP ビジネスにおいても従来のビジネスと同様に、各社が
自社の経営戦略を踏まえた顧客の選定を行っている。
第三にBOP層の所得向上は、インド国内の経済発展を持続させる点からも重視されている
ことである。インドでは農業部門の雇用悪化や、農業の付加価値の伸び悩みが問題視されて
おり、インド政府は農村部の雇用確保や所得向上に積極的に取り組んでいる 24 。民主主義国で
あるインドでは、人口の大半を占める農村部の雇用確保や所得向上は、政治的な安定をはか
るために重要な問題と考えられている。こうした中、ヒアリングでは企業も農村部の生産性
の向上や、経済を支える中小規模の製造業の増加を促すため、BOPビジネスに取り組んでい
ることが度々指摘されていた。インド企業にとってBOPビジネスは、生産性の向上や雇用の
拡大等を通して、自国の経済成長を持続させる点からも関心を集めていると言えよう。
インドでは、年収 20 万印ルピー(36 万 6,000 円)以下の世帯の割合が 85%である。この
ことを踏まえれば、インドでビジネスを展開する企業が BOP 層をビジネスの対象とすること
は自然とも考えられる。インド企業の動向を見ると、BOP ビジネスは決して特別なものでは
なく、BOP ビジネスの展開に必要とされることは、顧客の選定や顧客のニーズを満たした製
品開発など、従来のビジネスに求められるものと同様である。
わが国では対象人口が 40 億人に上る BOP 市場が、今後、日本企業にとって大きな成長の
機会をもたらす市場となり得ることが期待されており、政府は日本企業の BOP ビジネス展開
に向けて様々な支援策を検討している。日本企業の BOP 進出に際して最も重要なことは、各
社が BOP ビジネスは経済的貧困層を対象とした特別なビジネスであるいうイメージに捉わ
れ過ぎず、広い視野で BOP 市場を捉え、より積極的に参入の可能性を検討することであろう。
今後、多くの日本企業で、BOP 市場への参入に向けた活発な議論がさらに展開されることを
期待したい。
[参考文献]
小林公司(2010)「インド農村における購買力・消費の実態~依然として低水準、今後の拡
大も緩慢な可能性~」『みずほリポート』
酒向浩二(2011)「インド市場に挑む日系企業 Part III~インフラ整備に注力し始めたイン
ド政府と日系企業の商機~」『みずほリポート』
塚越由郁(2010)「BOP 市場は日本企業の新たな市場となるのか」『みずほ政策インサイト』
BOP ビジネス政策研究会(2010)「BOP ビジネス政策研究会
報告書~途上国における官
民連携の新たなビジネスモデルの構築~」
IFC and WRI(2007)“THE NEXT 4 BILLION"
24
インド農村の雇用問題やインド政府の支援策については、小林(2010)や酒向(2011)を参考にしている。
11
Fly UP