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湿地の保全活動による植生変化 湿地の保全活動による植生変化
湿地の保全活動による植生変化 1.動機及び目的 湧水湿地は山の緩傾斜になった部分の、絶えず水が流れる場 所に形成される特殊な環境である。そのため、湿地を好む植物も 珍しいものばかりである。私たちが調査している湿地では樹木が 進入し、湿地の乾燥化が進んでおり、いずれ湿地は消滅してしま う状態にあった。放っておくと湿生植物の絶滅を意味する。そこで、 写真1,2 湿地の状態(左:伐採前 右:伐採後) 4 年前より地域の方や行政と共に湿地の保全活動を行い、湿生 植物を保護するとともに、植生変化も調査している。 ②植生調査 植生調査はコドラート法を用いた。 2.湿地の遷移 伐採した場所(湿地全体)に、条件の 湿地の環境には変化があり、遷移と言う。形成初期は貧栄養 異なった 15 箇所を選んで1㎡の平 な環境だが、徐々に植物の遺骸が堆積して栄養分が増え、最終 方枠を設置した。(写真 3) 6 月と 9 的には乾燥化して林地へと変わる。 月の年2 回に分けて調査し、枠内の 湿地の遷移 湧水湿地 植物種、被度、群度を調べた。 初期は貧栄養の状態 食虫植物であるミミカキグサやモウセンゴケが侵入 4.結果と考察 ①湿地の植物群落 限られた場所にしか形成されない 2011 年に確認された植物種を区画ごとに表にまとめ、それらを 表操作した結果、湿地はいくつかの群落から構成されていること 中期にはサギソウ・トキソウ・ミズギボウシ 後期には1mを越すヌマガヤやアブラガヤなど の植物、ハンノキなどの木本類が出現 がわかった。(表 1) 水生植物群落 表1 群落組成表 サイコクヒメコ イボクサ群 ウホネ群落 区画No 区画No 3.実施内容 ①保全活動について ハンノキ、イヌツゲなどの木本類が茂っており日光が差し込ま ない状態だったので、木を伐採して日当たりを良くした。(写 真 1,2) この湿地は上、中、下湿地から構成されており、上 水生 サイコクヒメコウホネ 植物 イボクサ ムラサキミミカキグサ コウガイゼキショウ モウセンゴケ スイラン 5 年目(2012)植生調査(①~⑮) 水質調査 5 6 4 5・5 2・2 + 1・1 1・1 1・1 1・1 3・3 1・2 + 1・1 1・1 1・1 1・1 1・1 2・2 3・3 3・3 1・1 2・2 1・1 2・2 + カモノハシ 地が形成されている。 4 年目(2011)下湿地の伐採 植生調査(①~⑮) 2 7 15 落 10 9 アオコウガ イゼキショ 2・2 カリマタガヤ 8 13 + 2・2 2・2 2・2 + 2・2 3・3 + + 1・1 1・1 1・1 2・2 1・1 + 1・1 + 1・1 1・1 2・2 1・1 アブラガヤ 湿生 アオコウガイゼキショウ 植物 ハリイ 2・1 1・1 2・2 + 1・1 4・4 コアゼガヤツリ 3・2 3・3 3・2 + シロイヌノヒゲ キセルアザミ ミズギボウシ ヒメミクリ 1・1 2・2 3・2 + アギスミレ ヒメシロネ 2・2 4・4 1・1 2・2 + 3・3 2・2 2・2 + 2・2 2・2 2・2 1・1 2・1 1・1 4・3 1・1 2・2 1・2 1・1 2・2 2・2 2・2 2・2 + 2・2 3・3 + コケオトギリ 3・3 2・2 1・1 1・1 2・2 1・1 2・2 2・2 2・2 1・1 1 + 1・ + 3・3 3・3 3・3 3・2 3・3 1・1 3・3 1・1 + ヌマトラノオ サワヒヨドリ イグサ 14 3・3 オオミズゴケ ニガナ 11 1・1 2・3 ヌメリグサ スゲ sp 12 + + ホザキノミミカキグサ チゴザサ ハリイ群落 ウ群落 1・1 5・5 トキソウ ホタルイ 3年目(2010)下湿地の伐採 植生調査(①~⑮) 1 サギソウ 湿地内にある池からの水が中、下湿地に流れ込んで、湿 2年目(2009)上湿地の伐採 植生調査(①~⑩) 3 5・5 アブラガヤ群 コイヌノハナヒゲ群落 落 コイヌノハナヒゲ アリノトウグサ 1年目(2008)中湿地の伐採 湿生植物群落 2・2 + 1・1 1・2 1・1 1・1 1・1 + 1・1 4・4 1・1 2・2 1・1 4・4 2・2 3・3 2・2 3・3 + 3・3 1・1 2・1 1・1 2・2 1・1 + 1・1 1・1 1・1 1・1 + 大きく 6 つの群落からなり、貧栄養な環境を好むコイヌノハナヒゲ ③平均出現種数 群落と、やや富栄養な環境を好むアブラガヤ群落とアオコウガイゼキショウ 全区画の出現種数の平均を見てみると、わずかではあるが 1 群落、ハリイ群落、これらの湿生植物とは異なる水生植物のサイコクヒ 年ごとに約1 種ずつ増えており、伐採による植物の増加効果がみ メコウホネ群落とイボクサ群落に分けられる。(図 2) 中湿地から下湿地 られた。(図 4) 4 年目の 2012 年は前年と大きく変わらず、これま へ行くほどに富栄養な環境を好む植物が出現している。同じ湿地 でに出現していなかった種が 3 年間で出現したため安定期に入っ 内でも優占する植物が違うことから、水の流れや水質、泥の堆積 たか、昨年の台風による大雨で環境が大きく変わったため出現 具合などの環境条件が推察できる。 種が増えなかったと考えられる。また、絶滅危惧種の出現数を調 べてみるとサギソウ以外は大きく増加していた。(図 5) サギソウは球 根で繁殖するため急激に出現数が増えなかったと思われる。確 実に出現数が増えていることから、絶滅危惧種の保護に有効で あることがわかった。 図 2 群落植生図 ②出現した植物種数 図3のグラフから、第1~3区の出現数が減少していることがわ かる。ここは上湿地にあたる場所で、平方枠を設置した当初は湿 地状態であったが(写真 4)、その後湿地の水位が増して池のよう になった。 しかし、昨年 9 月の台風 12 号による豪雨で、大量の 土砂が流れ込んで植生に大きな影響を与えており、継続調査が 困難な状態となった。(写真 5) 2009 年ではヤノネグサやタデ類など の 3、4 種が確認されていたが、2011 年にはイボクサを除いて衰退 し、第 3 区ではサイコクヒメコウホネだけとなった。しかし、土砂の流入に よりサイコクヒメコウホネが埋もれてしまい 2012 年には何も生えてこな かった。だが、植生の回復が見られるので今後も観察を行いた い。 第 4~10 区は中湿地で、2009 年 5 月に伐採後、平方枠を設置 した。2009 年に比べ、2010 年から 2011 年にかけてほとんどの区 画で出現種が増えていることがわかる。 同様に第 11~15 区でも、2010 年に伐採後に調査を開始したと 図 4 平均出現種数 図 5 絶滅危惧種の出現数 伐採前は、木が茂って林にようになっていて、光が差し込みに くい状態だった。しかし、伐採して日射量が増加、つまり湿地を撹 乱することで遷移の進んだ湿地をリセットし、再び湿地を初期の 段階に戻すことができ、多様な植生を復活させることができた。 ④生態的特徴による分布 出現種を一年草と多年草の割合で比べてみた。(図 6) 2011 年 以降に一年草の割合が増えている。このような現象は湿地に限 らず見られるようで、例えば休耕田を耕起・草刈をした後に一年 草が増えたという報告がある。1) 今回の場合は伐採したことによ って、一年草であるシロイヌノヒゲ(写真 6)やハリイなどの埋蔵種子が一 斉に発芽したと思われる。 ころ、同じように増加傾向にある。 図 6 一年草と多年草の割合 写真 6 シロイヌノヒゲ(一年草) ⑤各群落による被度の変化 図 3 各区画の出現種数(2009 年は区画 11~15 は未設置) 各群落でどれくらい繁殖しているかを、被度の数値をパーセン トに置き換え、中央値に換算して比べてみたところ、種類によって 被度の変化が大きくなっていることが判明した。(図 7,8,9) 各群落 の代表的な種を取り上げてグラフ化した。コイヌノハナヒゲとハリイ、アオコ ウガイゼキショウの被度が伐採後に著しく増大していることがわかっ た。また、アリノトウグサやアギスミレといった低茎種も被度が増えてい た。サギソウ、キセルアザミは大きな変化は見られなかった。 写真 4,5 上湿地の様子(左:2009 年 右:2011 年 9 月) これは先ほどの仮説どおりの結果となり、伐採により一年草で あるシロイヌノヒゲの割合が増え、占有率が高くなることが証明できた。 また、日光が地表面近くまで降り注ぐようになり低茎種の被度が 増えたと考えられる。低茎種が増えることは、湿地植生の多様化 表 2 第 5 区の植生変化 を表している。しかし、中には出現数や占有率の変化のない種類 もあった。これは環境の変化や他の種が優占したことで生育を妨 げられたと考えられる。 弱 ↑ 乾 燥 耐 性 ↓ 強 図 7,8,9 各群落における被度の変化 ムラサキミミカキグサ モウセンゴケ ヒメミクリ シロイヌノヒゲ サギソウ トキソウ コウガイゼキショウ コイヌノハナヒゲ ハリイ スイラン アギスミレ ミズギボウシ ヒメシロネ キセルアザミ チゴザサ アリノトウグサ 2011 年 被度 群度 1 1 1 1 + 1 3 2 2 2 + 1 1 1 5 5 + 1 1 1 3 2 3 2 + 1 3 3 2 2 2 2 2012 年 被度 群度 出現せず 1 1 出現せず 出現せず 2 2 出現せず 出現せず 5 5 + 1 1 1 2 2 3 3 + 1 2 3 1 1 2 2 写真 7 植生調査 写真 8,9 第 5 区の変化(左:2011 年 6 月 右:2011 年 9 月) ⑥植物の草丈と被度の変化 草丈と被度の変化をグラフにした。(図 10) 被度は 2010 年と 6.今後の課題 2011 年の 6 段階指数の差。被度が大きくなっている植物のほとん 湿地の植生変化が比較的短期間でみられたので、今後も調査 どが草丈 40cm 以下の低茎種で、逆に被度が小さくなっている植 を継続して長期的なデータを得る必要がある。また、湿地は放っ 物は草丈 40cm 以上の高茎種に分かれた。このことから伐採によ ておくと遷移が進んでいくので、定期的に伐採等の管理を行う必 る撹乱で低茎種が増えることがわかった。低茎種が増えることは、 要がある。遷移を抑制して、現在の湿地を長期にわたって維持す 湿地植生の多様化を表している。湿地の初期状態は貧栄養で低 るための方法を考えなければならない。 茎種が優占するので、伐採だけでも十分に湿地の保全が有効で あることがわかった。 植生調査については、各群落の導電率などの生育環境を調べ、 水質と群落の相関を調べる必要がある。現在、各区画に水質を 調査するスペースを設けて、植生調査と併せて導電率の測定も 行っている。 大雨で湿地内の水の流れが変わってしまっているので、水路 を埋めるなどの工夫をして湿地全体に水がいきわたるようにして いきたい。 私たちが行ってきた活動を発表し、湿地の重要性と管理の意 義を訴えていきたい。そして、これからも保全活動を続け、貴重な 湿地とそこに生息する植物たちを守っていきたい。 7.謝辞 図 10 被度の増減と草丈の分布図 5.台風による大雨の影響 昨年 9 月の台風 12 号による大雨により湿地に勢いよく水が流 れたため、土が削られてはっきりとした水路ができてしまい、乾燥 化が進んでいる場所がある。特に顕著なのが第 5 区で、区画の 本研究を行うにあたり、播磨ウェットランドリサーチ代表の松本 修二氏、岡山自然保護センターの西本孝氏に指導、助言をいた だいた。ここに感謝の意を表する。 8.参考文献 1) よび耕起による植生変化の事例 日本造園学会誌 68(5), 周囲を水が流れるようになり、昨年と比べて植生が変化している。 (写真 8,9) シロイヌノヒゲやムラサキミミカキグサなどが乾燥化による影響な のか今年は確認できなかった。(表 2) 水量の変化が植生に大き な影響を与えることを西本氏らは報告している。2) 柏原一凡他 環境と植生の異なる放棄水田における草刈お 669-674(2005) 2) 西本孝他 岡山県自然保護センター湿生植物園の植生 岡 山県自然保護センター研究報告 10,35-48(2002) 3) 西本孝他 内海谷湿原自然再生活動 岡山県自然保護セン ター研究報告 第 17 号,13-39(2010)