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多岐亡羊Ⅱ - 同志社大学
多岐亡羊Ⅱ Vol.6 2002 年度西澤ゼミ・学生論文集 Nishizawa Seminar Since 1997 発行:同志社大学法学部・政治学科 西澤由隆研究室 2003 年 3 月 20 日 はしがき 中国の学者・楊子(ようし)が、分かれ道が多くて、逃げた 羊を見つけることができなかったことを深く悲しんだ。 「分かれ 道が多いために羊を逃してしまったのと同じように、学問の道 もあまりに多方面にわたっているために、真理を見失ってしま うことを悲しんだのだ」と、後にその弟子の1人・心都子(し んとし)が説明したそうだ。 現代日本が抱える政治的な問題や日本あるいは外国の有権者 の投票行動・価値観について、多くの立場の研究に触れ、また、 興味を持った具体的な疑問点について、各自が独自な視点で分 析を行ったわけだが、それには1年はあまりにも短かった。お かげて、政治のメカニズムが理解できたというより、むしろよ けいに分からなくなったというのが正直なところだろう。まさ しく、 「多岐亡羊」である。 さて、第 5 期生と第 6 期生による今年の西澤ゼミは、これま でと違ってたいへん「にぎやか」なゼミであった。そもそも、 登録者数が、ここ数年の平均登録者数(1 名)の 10 倍以上にふ くれあがったことがあるが、それ以上にメンバーの一人ひとり が実に熱心な勉強家であったことが、 「にぎやかさ」の原動力で あった。 真に勉強家の集まりであることの「実証データ」は多い。ま ず、毎週のゼミでの熱心な議論。「学生の発言がない」との巷 (ちまた)での「悩み」などこのゼミではまったく無縁であっ た。ゼミの最後に私がコメントしようとする時には、メンバー の誰かがその多くについてすでに指摘していることがしばしば であった。また、人数が多くて学期中の授業回数では全員に十 分な報告の機会があたらないことから、夏休みが終るのを待た 1 ずに秋学期が始まった。そして、なにより、その夏休みの間、 ほぼ毎週、自主ゼミが開かれていた。これには、私も脱帽だっ た。ここに集まった論文は、そのような努力の結晶である。 学部生は学部生なりのオリジナリティーがたいせつであるこ とを私は常に強調してきたが、その伝統はしっかりと守られて いる。ここに掲載されたそれぞれの論文のページをめくる時、 その筆者の顔がわたしの脳裏に鮮明に浮かび上がってくる。さ らに、今年の文集は、統計手法の応用という点でも、今まで以 上にレベルが高くなったと思っている。けっして、お世辞で書 くわけではない。 諸般の事情で最終的には論文を提出しなかった諸君もあった。 正直なところ残念ではあるが、その「主体性」を尊重するのも 西澤ゼミの伝統である。ここに「登場」していなくても、熱い 議論をつうじて築いた友情は、彼らを含めて全員の生涯の宝と なることと信じている。 さて、その間、TA として手伝ってくれた伊藤慎弐君に感謝 したい。毎回のプロジェクターの準備などの「後方支援(ロジ スティック) 」ばかりか、論文の内容など実質的な点についてま で、よきアドバイザーであった。 また、今はアメリカやイギリスでトレーニングを続けている 水口健さん・園田裕香さん・松林哲也さん・川勝健司さんも、 一時帰国の合間や、また、渡航前の忙しい時間をさいてゼミに 参加してくださった。また、卒業生の冨名腰隆さんにはゼミ合 宿で現役新聞記者の「裏話」を聞かせていただいた。いずれも、 ゼミの諸君におおいに刺激となった。みなさんのご協力に感謝 し、また、今後のご活躍を期待したい。 大学で学ぶことの究極的な目的は、 「真理とは何か(あるいは 人間とはどういう生き物なのか) 」という問いに対する答えを見 いだすことだと思っている。ただ、学生時代の 4 年間でその問 いに答えを得ることのできる人は少ないだろう。つまり、社会 に出ても、 この問いに対して自問し続けることになる。 大学は、 その「最初の一歩」にすぎない。 「真理を問う」ことのおもしろ 2 さを体験した(と、私は信じているが)在学生諸君や進学を予 定している石戸勝晃君には、残る時間を大切にして、今年以上 に勉学に励んでほしい。卒業する高田康夫君についても、この ゼミで身につけた(と、私は信じているが)実証的な分析視角 と物事を批判的に見る態度を、ぜひ実社会で活かしてほしい。 真理を見極める道具として。 西澤由隆 2003 年 1 月 20 日 光塩館にて 3 目次 はしがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西澤由隆 1 3 回生論文 1.有権者はなぜ自分の政治知識を思い違いするのか?・・・・・秋田絵美 5 2.政界再編と政党システム・・・・・・・・・・・・・・・・・島屋貴典 16 3.政党支持・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鈴木いずみ 30 4.景気状況認識と政府支持・・・・・・・・・・・・・・・・・高田 裕 38 5.なぜ日本人は政治的有力感が低いのか・・・・・・・・・・・立花育美 55 6.社会的属性と保革自己イメージの関係・・・・・・・・・・・中野琢己 66 7.なぜ EU 諸国で右派回帰が起こっているのか・・・・・・・・林 昇平 77 8.党派性の日米比較・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三村憲弘 88 9.なぜ投票するのか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・矢野順子 101 4 回生論文 10.なぜ国際危機は再発するのか?・・・・・・・・・・・・・・石戸勝晃 113 11.人間関係とコミュニケーション・・・・・・・・・・・・・・高田康夫 128 12.両親の政党支持の子への影響・・・・・・・・・・・・・・・中川えりか 141 執筆者紹介・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・154 編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高田康夫 4 157 1 有権者はなぜ自分の 政治知識を思い違いす るのか? ―政治を知っているのに難しい?― 秋田 絵美 1.はじめに 世の中ではしばしば、 「政治は難しい」と言う声を耳にする。し かし、本当に政治は難しいものか。実際に政治について、有権者 はよく知らないのだろうか。私たちはある程度政治について知る 機会はあるだろう。現代は情報化社会である。私たちは簡単に情 報を手に入れることが出来る。そして、その情報から政治や世の 中について判断を下すことが出来る。情報統制がかけられていて、 私たちに十分な情報が届いていないわけではない。 そこで実際のデータから有権者が政治について解っているか、 いないかを見てみた。そこで有権者に政治知識の有無と、政治を 難しいと思うのには関係が無いことが分かった。下のクロス表は 「政治知識問題の正誤」と「政治について難易度のイメージ(政 治イメージ) 」を見たものである。1 有権者の「政治知識」と「政 治の難易度のイメージ」には大きな相関が見られない。政治知識 問題不正解者の中で、政治を難しいと思う有権者は 80.5%、正解 5 者の中で政治を難しいと思っているのは 70.0%。それほど大差が 無い。このクロス表からも分かるように、有権者は政治知識があ っても政治を難しいと思っている。このように「難しい・簡単」 という政治イメージと政治知識の有無とはそれ程関係が無いとい うことが分かった。 表1 政治知識と政治イメージ 政治イメージ 難 易 問 ×(不正解) 80.5 11.9 7.6 題 ○(正解) 70.0 15.4 14.6 計 76.0 13.4 10.6 (N) (937) 危険率=0.000 (165) カイ2乗=20.809 (131) N=1233 出所=JEDS96 では、どうしてこのような勘違い・思い違いが起こるのか。こ れが本稿の論題である。政治知識がある有権者の中には、政治知 識があるにもかかわらず、政治について難しいというイメージを 持つ人がいる。これは一体どうしてなのか。どのような理由から、 彼らは自らの政治知識に対して思い違いをしてしまうのか。特に 本稿では「社会的属性の影響」をみていこうと考えている。 先に仮説に触れておくと、私はこの原因を「社会的劣等感」で あると考えている。社会的属性の違いから社会的に劣等感を感じ ている人は、社会的に、そして政治的に自分に対して自信を持つ ことが出来なくなってしまうのではないか。要するに、社会的劣 等感が心の中で「難しい」というイメージや思い込みにつながっ てしまう。私が本稿でこのような主張をしたい。 ここで仮説への二つの疑問点に対して留意しておきたい。それ らは、1)政治を分かっているがゆえに難しいと思う、2)社会 的地位が低くても有権者は劣等感を持たない―というものである。 1)の解っているがゆえに難しい、ということも考えられる。し 6 かし、社会的属性は私たちが生きていく中で、生活の根本、アイ デンティティの基礎として大きな影響を与えていると考える。そ こで社会的属性の影響はある程度大きなものと思い、このまま仮 説を進めていこうと思う。2)については人間の欲求のあり方か ら考察する。ここではマズローの欲求階層説から疑問点の解消を おこなう。ゴーブルの著書によると、マズローの欲求階層説では 低次の欲求を満たした人間はより高次の欲求を求めていくという。 食欲などの人間の本能に対する生理的欲求を満たした人間は、よ り良く生きるためにそれより高次の(生命の存続には直接関係無 いがより良く生きるために人間が持つようになる)欲求に対して 欲求を持つようになるという。このマズローの階層欲求説から、 現代の日本社会に当てはめて考えてみる。生理的欲求が満たされ た文明社会の日本では、より高次の欲求として人々は学歴や年収 に対して欲求を持つようになると思われる。そして、その学歴や 年収が高くないと、程度の差こそあれ、劣等感を抱くようになる と私は考えている。以上のような疑問点に対する考察から、やは り私は劣等感の仮説を支持していきたい。 本稿は以下のように論を進める。2節―先行研究、3節―仮説、 4節―分析、5節―まとめ、そして最後に、資料として注釈、参 考文献を付けておく。 1. 先行研究 本稿では、政治知識と政治イメージ(難しい⇔易しい)のズレ について考える。ここでは実際の知識からどのように有権者が思 い違いをしていくのかを考えることになる。どのような特性を持 った有権者が実際の知識から思い違いを起こすのかということを 考えていく。ここではいくつかの先行研究について触れて、そこ から本稿での研究の意義について述べたい。先行研究として、こ の2節では文献から二つことに言及しておきたい。 「イメージとは 何か」と、 「イメージの持ち方に個人差が出る要因」についてであ る。波平によると、人間の認識はその人間の物の見方によって決 まる、という(波平, 1992, p.33―43) 。つまり、イメージや思い込 みはその人がどう感じるかによって決まるという。 ではイメージや思い込みの感じ方に、個人差はないのか。上の 波平の言葉を解釈してみると次のようなことが言える。個人個人 7 で物事に対して感じ方が違うと、個人個人で持つイメージや思い 込みに差が出てくるということになる。ドゥニの著書によると、 ベッツ−シーアンはイメージにかなりの個人差があることを確認 している。2 このイメージの持ち方の差はどこからでてくるのか。 本稿の論題の核心に近い先行研究を見てみよう。 ここでもう一度、本稿の論題について思い出してみたい。本稿 では劣等感によって政治へのイメージが異なってくるということ を研究する。そういうわけでここでは、このような「イメージの 持ち方に個人差が出る要因」についての先行研究を二つ紹介した い。 先行研究によると、1)対象に対する好意がない、2)内向的 でない、とイメージの感じ方に現実との差にズレが出やすいとい う。ドゥニの著書によると、ディベスタはそのイメージ能力の差 は、対象に対する「好ましさ」がこの個人差を決定している、と いう。ドゥニはまた、内向的な人のほうがイメージと現実のズレ が少ない、と述べている。この内向性・外向性の影響を調べるた め、いくつか研究がされている。しかし研究によって結果がまち まちで、すべてにおいて影響が実証されているとは言えないらし い(Denis, 1989, p. 75-78, p. 238-240)。 現実 現実とイメージのズレ 1)対象に対する好意の無さ 2)内向性の無さ 図1 現実とイメージのズレが起こるメカニズム(先行研究) 私は社会的劣等感がイメージを持つときに影響を与えると考え ている。先行研究では心理学研究として以上のような研究がされ ていた。では政治イメージにはどのような要因が働いているのか を私は本稿で考えていきたい。この要因として私は社会的劣等感 から思い違いが起きると考えている。劣等感が要因となって、頭 の中には政治知識があるのに、政治を難しいと思うようになると 考えていく。 2. 仮説 社会的劣等感を感じていると、自分の判断に自信が持てなくな 8 り、思い違いを起こす。これが私の考えた仮説モデルである。こ れを図2にしてみる。普通に考えると、政治知識があれば政治イ メージは簡単だと思うはずである。しかし表1のデータ分析から もそうはならなかった。そのため、下の図 2 で上の段に×をつけ て表しておく。有権者は政治知識があっても難しいと思うのであ る。そこで図2の下の段のような仮説モデルを導くことが出来る。 有権者は政治知識があっても、なんらかの影響を受けて、政治を 難しいと思うようになる。その要因、この図では□で表されてい るもの、を社会的属性から生じる劣等感と仮説では考えてく。有 権者は政治知識があっても、劣等感を持っているために自分の政 治理解力を信じられなくなってしまう。そのため、実際の政治知 識とは違った政治イメージを持つようになるのではないか。 × ○ 政治知識 政治知識 有 = 有 + 政治イメージ □ = 易しい 政治イメージ 難しい 劣等感 (社会的属性からもつ) ex.学歴・年収の低さ 図2 仮説モデル図 社会的劣等感として、本稿では「学歴」と「年収」を考える。 この二つを考えたのは一般的に、学歴と年収に対して、人々の見 る目に社会的な偏見が大きいと考えるからである。 「学歴」が低い人は政治知識があったとしても、自分はまだ知 らないことがたくさんあると思いがちである。だから、たとえ同 じ量の知識を持つ人たちがいたとしても、学歴が低い人は劣等感 を感じる。学歴が低い人は自分が持っていないものに対して憧れ を持つようになる。そして学歴が高い人に対して劣等感を感じが ちである。このように学歴が低い人は、学歴に対してなにがしか 権威的なものを感じているであろう。その為、学歴が低い人は学 歴が低い自分の政治理解力も同じように低いと考える。このよう 9 に、自分の能力や知識を信じられなくなってしまう。つまり結果 的に自分の政治理解力を過小評価してしまうことになりがちであ る。そのため、政治について解っていたとしても、政治に対して 難しいというイメージを持ってしまうのではないか。 (学歴の低さへの) 学歴の低さ → 劣等感 (政治知識に対して) → 思い違い 図3 学歴への劣等感の仮説モデル図 「年収」についても同じことが言えると私は考えている。年収 が低い人も同様に年収が低いということで劣等感を持つ。そして 年収が高い人に対して自分とは違うという尊敬の目で見がちであ る。そのため、年収が低いことと自分の理解能力を同一視してし まう。つまり、人は「年収」によって自分の「社会的地位」を決 めているのではないか。自分の社会的地位を低く思うことから、 自分の判断能力が信じられなくなってしまう。そして、政治知識 があっても、政治なんて難しくて自分の理解を超えている、と思 う人が多くなりがちになる。では次の節で、実際に私の仮説が正 しいかどうかを実証していきたいと思う。 年収の少なさ (年収の少なさへの) (政治知識に対して) → 劣等感 → 勘違い 図4 年収への劣等感の仮説モデル図 3. 分析 4−1.分析 この節では実際 1996 年に行われた衆議院選挙のデータ JEDS96 を使って分析をする。3 対象は政治知識問の正解者のみとする。そ してその政治知識問正解者の政治イメージを学歴・年収別にみて いく。 ○「学歴」と政治知識問正解者の「政治的イメージ」4 「学歴」において仮説は実証されたといえる。下のクロス表を 見て欲しい。クロス表で、全体的に難しいと言う人が多い。その 10 中で、左上と右下の%は高く、左下と右上の%は低い。学歴が上 がっていくにつれて、 「政治イメージ」を難しいと思う人の割合が 少なくなっている。「小学校程度」では難しいと答えている人が 80%だが、高校、大学と上がっていくにつれて全体的にその割合 は減少している。逆に学歴が高くなるにつれて、政治を簡単だと 答える人が多くなっている。小学校や中学校で簡単だった人は 10%程である。しかし大学や大学院に上がると、その割合は 30% 程にもなっている。それ程強いとは言いにくいかもしれないが、 仮説は実証されたといえる。危険率も 0.000 と低いことから、こ の分析は信頼できると私は確信している。 表2 学歴と政治イメージ 政治イメージ 難 小学校程度 多 80.0 易 10.0 10.0 少 教 中学校程度 83.0 11.4 5.7 育 高校程度 71.7 14.2 14.2 程 短大専門学校 71.9 16.9 11.2 度 大学程度 57.7 18.5 23.8 大学院程度 37.5 少 69.9 計 (N) 危険率=0.000 (385) 25.0 15.2 (84) 37.5 多 14.9 (82) カイ 2 乗=24.988 N=551(対象:政治知識問正解者) 出所=JEDS96 ○「年収」と政治知識問正解者の「政治的イメージ」5 「年収」においても仮説はある程度実証されたといえる。年収 が低い人のほうが、政治を難しいと思う人が多い。太文字「多」 「少」 で示してあるように、年収が上がるにつれて政治を難しいと思う 人が少なくなっている。年収 200 万円未満では 71.4%の人が難し いと答えているが、年収が上がるにつれてその割合は次第に減少 している。一方、年収が高くなるにつれて、政治を簡単だと思う 人が多くなってきている。年収が上がるにつれて、10%台の人し か簡単と思っていなかったが、最後には 30%台にまで上がってい る。よって、クロス表を見る限り、仮説は証明されたといえる。 11 しかし、危険率が 0.334 ということで、このデータに信頼性が 高いとはいえない。危険率が高いことから、仮説を証明できてい るかについては判断出来ない。しかし、下のクロス表からこの分 析ではある程度仮説の社会的劣等感の影響が読み取れる。このよ うに私は確信している。 表3 年収と政治イメージ 政治イメージ 難 200 万円未満 易 多 71.4 14.3 14.3 少 年 200-400 万円未満 66.0 20.8 13.2 400-600 万円未満 75.2 12.9 11.9 600-800 万円未満 69.3 14.8 15.9 73.5 13.3 13.3 1000-1200 万円未満 76.3 13.2 10.5 1200-1400 万円未満 50.0 18.8 31.3 収 800-1000 万円未満 1400 万円以上 少 55.9 11.8 32.4 多 計 70.0 14.5 15.4 (N) (304) (63) (67) 危険率=0.334 カイ 2 乗=15.671 N=434(対象:政治知識問正解者) 出所=JEDS96 4−2.分析の まとめ 分析から次の結果が明らかになった。 ・「学歴」による劣等感は仮説を証明している。 ・ 「年収」による劣等感は仮説を実証しているとはいいがたい。デ ータの危険率が高いため、信頼性が高いとはいいにくい。 4. まとめ 「学歴に社会的劣等感を感じている有権者は、政治を難しいと 思い込んでしまう。そのため、政治に対する知識があっても、自 分の理解力が信じられなくなってしまう」という仮説が実証され た。 「年収」に対しては、データの信頼性が低いので、仮説が証明 されたとはいえない。 以上の結果から私たちが考えていくべきことは、社会的属性の 違いから生まれる劣等感を人々に感じさせないことである。この 12 ように私は考察している。社会的属性に劣等感を持っていると考 えられる人々において、劣等感を感じさせないようにしていくこ とが大切である。具体的には教育や社会的な思想啓蒙を通しての 実践が望ましい、と私は考えている。必要以上に政治を難しいと 思っていると、政治離れにつながることも考えられる。 他の政治的イメージに影響を与える要因の中で、本稿がこだわ った「学歴」の影響はどのくらい強い要因になっているのだろう か。政治的イメージに影響を与える要因としては様々な要因があ ると考えられる。その中で他に強い要因はないのだろうか。本稿 では、他の要因との比較を計る回帰分析を行わなかった。私が適 切と考える要因が質問紙に無かったというのがその理由である。 先行研究で見られた要因などにしても、比較を行いたかった。し かし、残念ながら質問肢に無いため、今回は断念する。次回の課 題として、それらの関連性の検討を考えていきたい。 注 (1) データは JEDS96 を使用。データは JEDS96 を使用。 JEDS96 とは衆議院選挙に関する世論調査(1996 年総選挙前 後調査)である。企画:選挙とデモクラシー研究会、実施: 財団法人中央調査社。このデータは同志社大学法学部西澤良 隆教授より提供を受けた。なお、本文での分析データはすべ てこの JEDS96を使用する。 政治知識問 1996 年当時、住民投票が行われた場所を答え る問題があったので、その地名 2 つのうち、正解の地名が答 えられている人を政治知識問の正解者とする。「Q17.ところ で、最近日本で住民投票が行われたところがありましたが、 あなたはご存知ですか。A.知っている or 知らない。 (知っ ていると答えた人は)それはどこの自治体かご存知ですか。 他にはどうでしょうか(O.M—M.A)。正解−沖縄県・巻町 (新潟県でも○)。DK・NA は欠損値とする。 政治イメージ「難しい」・「どちらともいえない」・「難しく ない」の 3 尺度に加工。Q20SQ2「政治とか政府とかは、あ まりに複雑なので、自分には何をやっているのかよく理解で きないことがある。」あなたのお気持ちをこの中からお答え ください。A→ア)賛成 イ)どちらかといえば賛成 ウ) 」 どちらともいえない エ)どちらかといえば反対 オ)反対 カ)分からない キ)答えない。ア)イ)を「難しい」 、ウ) 「どちらともいえない」、エ)オ)を「難しくない」とした。 13 DK・NA は欠損値とする。 (2) ベッツ(1905)は心的イメージの能力差を図るための質問 紙を作った。ここでイメージ能力とは、現実と想像によるイ メージとのズレを克服する能力のことをいう。つまりイメー ジ能力が高いというのは現実とイメージにズレが少ない、勘 違いが少ないことを意味する。そして、シーアン(1967)は ベッツの方法で測定したイメージ能力からイメージ能力か なりの個人差があることを証明した。ベッツが考案した QMI (心的イメージに関する質問紙)では視覚・聴覚・皮膚感」 覚・運動感覚・味覚・嗅覚および有機感覚からなる感覚の七 つの様相に関する、150 の言語刺激が喚起する表象の鮮明度 を、被験者に 7 段階に評定させるものであった。被験者に想 起させ、評価させたものから主なものを挙げるなら、水平線 に沈む太陽のイメージ、機関車の汽笛、ピンで刺すこと、階 段を駆け上がる動作、オレンジの味、皮革の臭い、空腹感な どがある。これらの想起ひとつひとつには評点がつけられた。 評価の尺度の両極は、一方が本物の知覚と同程度にかつ鮮明 で完璧に明瞭なイメージで、他方が、イメージ無しであった。 シーアンはこのベッツの 150 の項目を因子分析し、各感覚様 相に対して簡略版を作って、イメージ能力に個人差があるこ とを証明した。以上はドゥニの著書から得られた情報である。 (3) 政治知識問の正解者本稿での分析対象は、政治知識問正解 者だけに限定する。当時住民投票が行われた場所を答える問 題があったので、その地名 2 つのうち、正解の地名が答えら れている人を政治知識問の正解者とする。質問肢の加工の仕 方は注釈①と同じ。 (4) 教育程度は最終学歴を次の6つの尺度に加工。本論分では 社会的劣等感について考えたいので、世間からどう見られて いるかを考えて選択肢加工した。小学校程度―小学校・尋常 小学校、中学校程度―中学校・高等小学校、高校―高校・旧 制中学校・女学校、短大・専門学校―専門学校・職業訓練学 校・短大・高専・旧制高専・旧制専門学校・予科、大学程度 ―大学・旧制高校、大学院程度―大学院・旧制大学。DK と NA は欠損値とした。戦前・戦後で教育年数が同じではない かもしれない。しかし、劣等感の違いを見るためにこのよう に加工した。 政治イメージ加工の仕方は注釈(1)と同じ。その為、 詳しくは注釈①を参照のこと。 (5) 年収は次の 8 つの尺度に加工。200 万円未満、200 万円以 上-400 万円未満、400 万円以上-600 万円未満、600 万円以上 -800 万円未満、800 万円以上-1000 万円未満、1000 万円以上 -1200 万円未満、1200 万円以上-1400 万円未満、1400 万円以 上。DK・NA は欠損値とする。 政治イメージ加工の仕方は注釈(1) 、そして(4)の「学 歴」の場合と同様である。その為、詳しくは注釈(1)を参 14 照のこと。 参考文献 Denis, Michel, 1979, 『イメージの心理学』, 寺内礼監訳・大久保 政憲・富田正二・兵藤宗吉・三上典生訳, 頸草書房, 1989, p. 75-78, p. 238-240。 Feldman, Ofer,『人間心理と政治―政治心理学入門―』, 早稲田大 学出版部, 1989, p. 194-195。 Goble, Frank, 1970『マズローの心理学』, 小口忠彦訳, 産業能率大 学出版部, 1972, p.59-84。 栗田宣義(編)『 , 政治心理学リニューアル』学文社, 1994, p. 92-100。 波平博人,『感知力』, プレジデント社, 1992, p.33-43。 Norusis, Maria, 『SPSS による統計学入門』山本嘉一郎・森際孝 司・藤本和子訳, 東洋経済新報社, 1994 15 政界再編と政党 システム ∼1党優位体制の再生か変容か∼ 島矢 貴典 0、はじめに 90年代の政治改革・政界再編は日本の政党システムにどの ような影響を与えたのか。この問いに答えようとするのが本稿 の目的である。 日本の政党システムはサルトーリの分類によれば1党優位体 制と形容されてきた。1党優位体制とは公正な選挙や政党活動 が行なわれているにも関わらず1つの政党が長期にわたって与 党として政権を保持している政党システムである(サルトーリ 1975, P. 327-337)。戦後日本はまさにそのような表現が適当す る自民党1党優位体制の政党システムであった。 安定した政党システムであった1党優位体制が90年代の政 治改革・政界再編によって崩壊した。これは選挙政治改革、政 党の離合集散としての政界再編が行なわれたためである。この 一連の変化によって1党優位体制は再生したのか変容したのか。 また改革論者たちが目指した「2大政党制」は実現したのか。 本稿は90年代日本政治のキーワードの1つでもあった「デ ュベルジェの法則」に照らして分析する。デュベルジェの法則 とは「比例代表制は多数の独立した厳格な政党組織を、2回投 票制は多数の独立した柔軟な政党組織を、また小選挙区相対多 数代表制は2大政党制をそれぞれ導く傾向がある。」というもの である(品田 2000, P. 564) 。90年代の日本において「デュベ ルジェの法則」という言説は強力な影響力を持ち、その有効性 は信じられてきた。また選挙制度改革論者たちの議論の裏づけ 16 にはデュベルジェの法則が存在していた。このことからデュベ ルジェの法則が選挙制度改革前後においてその有効性を議論す ることは日本の政党システムの変容を考察する上で意義がある。 私はデュベルジェの法則が適応され日本の政党システムは2 大政党制に向かっているのではないかと考える。そのことを実 証するため本稿の議論は次のように行なう。まず前提となる9 0年代の日本政治について、特に政治改革・政界再編について 論述する。そして選挙制度と政党システムについて先行研究を 論述する。そしてデュベルジェの法則に沿って仮説の検証をお こなっていく。 1、政治改革・政界再編概説 88年のリクルート事件に始まる一連の政治スキャンダル、 89年参議院選挙の自民党の過半数割れは安定した日本の政治 システムに大きな変化を巻き起こした。その流れの中で争点と して登場してきたのが「政治改革」であった。1「政治改革」と いう争点は90年代の日本政治の動向を規定するものになって いった。そしてその政治改革は選挙制度改革と同一視されるよ うになっていった。政治改革をめぐる議論においては初期の段 階から自民党若手を中心に小選挙区制度の採用が模索されてい った。2また金権政治などの政治的問題の根本は中選挙区制度で あるといった議論も巻き起こることとなった。 93年に政権交代が行なわれ、自民党長期政権が崩壊した。 それは宮澤内閣が選挙制度改革法案の成立を見送る判断や、宮 澤自身の報道番組での発言などが原因で内閣不信任案が可決し たことによる総選挙の結果であった。それによる93年の総選 挙で自民党の議席は過半数を下回り、非自民の細川連立政権が 誕生した。自民党敗北の要因としては羽田孜・小沢一郎グルー プ、武村正義グループの離党による分裂や「新党」に国民の多 くの支持が集まったことが考えられる。そしてこの細川政権は 第1の目標に政治改革を挙げた。3細川内閣は選挙制度改革とし ていままでの中選挙区から小選挙区比例代表並立制を採用する ことになった。そしてこの改革案は当時の野党第1党自民党と の合意により成立することとなった。これにより一連の政治改 革の動きは終結していった。そして政治家の行動は新しい選挙 制度を見越しての政界再編に移っていった。 17 90年代の政界再編は有権者の政策志向や政党支持の変化によ って始まったのではなく、自民党の分裂を契機として国会議員の 離合集散によって始まった(大嶽 1999, P. 42)。そしてそれは主 に野党勢力の結集と言う形で繰り広げられた。細川内閣を組織し た政党は自社さ政権を構成した社会党、さきがけを除いて新進党 に統合された。これには小選挙区は大政党に有利であると考えら れ小政党に対して生き残りのための統合圧力が働いたと考えられ る。 96年に新制度による総選挙が行なわれた。この総選挙によっ て自民党は過半数にはおよばなかったものの第1党の地位は守っ た。そして野党の新進党は政権交代を達成することはできなかっ た。前年の参議院選挙における躍進から考えるとそれは明らかに 敗北であった。その後新進党は小沢一郎に対する批判、羽田孜の 離党など先行き不透明感から一部議員の自民党への入党によって 総選挙の1年後の97年12月に解党した。 新進党の解党により野党は更なる再編が巻き起こった。新進党 は小沢の「自由党」 、鹿野グループの「国民の声」など6会派に分 裂した。そして旧新進党の各グループは小沢グループ、旧公明党 グループを除いて98年1月に院内会派「民主友愛太陽国民連合 (民友連)」を結成した。そしてこの院内会派は4月には新党とし て民主党を結党した。そして民主党は野党第1党として7月の参 議院選挙に臨むこととなった。 98年参議院選挙によって橋本政権は崩壊した。事前の世論調 査では橋本率いる自民党の優勢が伝えられた。しかし結果は意外 なものであった。改選議席では自民党は61から47に減らし、 民主党は18から27に増加した。この結果、橋本首相は引責辞 任した。選挙後開かれた国会では自民党は野党の反発を受けその 国会運営は難航した。このことから自民党は野党勢力の切り崩し にかかった。そして、その年の冬に自由党が自民党と連立し、ま たその後公明党も連立に加わることとなった。野党が連立政権参 加で与党になることは次の総選挙での選挙協力を期待したためで ある(カーティス 2001, P. 218-220)。 90年代にめまぐるしく変動した政党システムは現在、一応の 安定期に入っている。民主党は国政選挙では自民党に勝利するこ とはできていないが着実に議席を伸ばしてきているのも事実であ る。このように90年代の変化において政権交代な野党の誕生は 18 1つの目標であった。そしてそれは2大政党制でのモデルであっ た。 2、選挙制度と政党システム 90年代日本において選挙制度は政党システムを強く規定する と考えられてきた。 「選挙制度を変えれば政党システムは2大政党 制に向かうと」と多くの人々は思っていた(カーティス 2001, P. 136)。これは「2大政党制=単独政権=政治的安定」、「多党制= 連合政権=不安定」という図式のもと、安定性を基準に2大政党 制の多党制に対する優越性を主張する議論であった。しかしこれ は正しいことであろうか。政党システムを規定するのは選挙制度 だけなのだろうか。古くから政党研究においてこのことは研究さ れてきた。 90年代の政治改革、政界再編は「デュベルジェの法則」という 言説が行動を規定していたといって過言ではない。この法則の中で も特に「小選挙区制は2大政党制を招く」は強調されていた。そし てこの点は90年代の変化の真っ只中にいた政治家に特に意識さ れていた(石井一衆議院議員とのインタビューによる)。 品田によるとデュベルジェの法則は1946年にはじめて社会 科学上の法則として発表された後、何回かの修正を経て今日に至 っている(品田 2000, P.563)。選挙制度と政党システムとの関係 についての古典的なモデルでは密接に関係していると考えられて いた。代表的な論者はデュベルジェが挙げられる。品田によると デュベルジェの議論は突如発見されたようなものではなく、今世 紀前半の古典的な政党論や代表理論の集大成であり、漠然と世の 中の常識と考えられていたことをうまく理論化したものだといえ る(品田 2000, P. 556)。品田が指摘しているように、デュベルジェ やヘルメンスは小選挙区相対多数代表制の熱心な提唱者であり、 デュベルジェの法則をめぐる論争は学問的な関心のみならず、ど のような選挙制度を採用するべきかという実際的な関心にも基づ いたものであった(品田 2000, P. 555)。 岩崎によるとデュベルジェの法則についてはかなりの批判が起 こった(岩崎 1999, P. 82-84)。具体的には品田が論じているよう に、S・ロッカンは、選挙制度は単独で政党システムに影響を与え るのではなく、歴史的諸条件を考慮すべきであるとした。またレ イズは小選挙区制の場合においても、少なくとも3つの政党の存 19 在が可能であると指摘した。このようにデュベルジェの批判者た ちに共通していることはヨーロッパにおいて政党システムが比例 代表制に先行していること、比例代表制においては決して極端な 多党化や不安定な政党システムが起こることはないという意見で あった。それは選挙制度が全ての国でいつでも政党の数を決める わけではないということでもあり、ある種の選挙制度が何らかの 効果を政党制に対して発揮する可能性は認める場合が多い(品田 2000, P. 559-560)。品田によると現在は多くの数量的データなど によって比較研究がなされている。ここに位置するのがサルトー リやライカーなどの議論である(品田 2000, P. 568-585)。 選挙制度と政党システムの関連性についてはデュベルジェの議 論が一連の出発点である。現在に至るまで多くはデュベルジェの議 論の発展、批判であったといっても過言ではない。 3、仮説の提示および作業定義 「日本は90年代の改革により2大政党制にむかっている。」以 上が本稿の仮説である。1章で記述したように93年の政治改革に よって中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変革した。以下で は議論を進めるために小選挙区制への投票行動についてのみに限 る。4割にも及ぶ比例代表制を除外しての分析はその精密さにかけ ることは十分に承知である。しかし有権者の意識において小選挙区 制導入に対するインパクトは大きいものであり、当時の議論の的も 小選挙区制導入に向けられたものである。そのため小選挙区制にお いてどのような変化が起こったのか、またそれは2大政党制に向か う行動であるということを分析することは十分に意義のあること である。このことが実証されるならば日本においてもデュベルジェ の法則の有効性が証明される。またこのことによって選挙制度変革 後の政党システムの変化を分析することが可能である。 ここで仮説の実証として使用する概念はデュベルジェの法則で ある。デュベルジェの法則の「小選挙区制は2大政党制を招く」 を証明するために機械的効果と心理的効果にデュベルジェの法則 を細分化する(岩崎 1999, P. 89、 品田 2000, P586-587)。以下 ①機械的効果、②心理的効果の各説明は品田の議論による(品田 2000, P. 586-593)。 機械的効果 品田によると機械的要因による効果というのは選挙制度が選挙 20 過程での様々な事柄を規定しているルールとして選挙結果に影響 を与えるという技術的、制度工学的な側面に注目したものである。 機械的効果は政党間の力関係や政党の数に直接的かつ全体に影響 を与えるものである。機械的効果を考えるときには、政治家の活 動や有権者の投票行動は所与とみなし、選挙制度の違いによって 政党システムを説明しようとするものでもある(品田 2000, P. 588-591)。 心理的効果 品田によると多くの有権者や政治家が選挙制度の特質を考慮し て行動し、その行動が政党システムに影響していると考えられ、 これが心理的効果である。またこの心理的効果を次の2つに細分 化する。②有権者に対する心理的効果、③政治家に対する心理的 効果である(品田 2000, P. 591-595)。 ②有権者に対する心理的効果 品田によると有権者に対する心理的効果では有権者は戦略的投 票行動をとると考える(品田 2000, P. 591)。有権者は自分の支持 する候補者が当選の見込みがないとすれば、当選可能性の高い候 補者に投票すると考えられる。戦略的な投票行動は死票が多数出 る選挙制度において多くなる。小選挙区制においては弱小政党の 候補者は小選挙区での当選は困難である。このため長期にわたっ て戦略投票が構造化しれば、次第に大政党中心の政党システムに 収斂していくと考えられる。この効果は特に小選挙区制において 顕著である。そのため小選挙区制においては大政党中心の政党シ ステム、2大政党制になると考えられる。 ③政治家に対する心理的効果 品田によると政治家に対する心理的効果では政治家は合理的と 考える(品田 2000, P. 593)。政治家が考えるのは次の選挙での当選 と政治的影響力の大きさである。90年代の日本政治についてい えば小選挙区制導入にむけて新しい選挙制度での選挙ではその戦 略も変えざるを得ない。中選挙区では複数の候補者が当選したが、 小選挙区制では当選者は1人である。このことは政治家にとって かなりの圧力となっていると考えられる。政界再編において野党 が集合を繰り返したこと、また96年総選挙後に93年に自民党 離党者が相次いで復党したことなど大政党のほうが選挙での再選 が有利に働くと意識した行動であった。このように心理的効果と しては有権者より政治家のほうが敏感である。 21 4、分析 ここでは機械的効果、有権者の心理的効果、政治家の心理的効果 をそれぞれ数量データや政治家へのインタビューをもとに分析し ていく。 ①機械的効果 選挙制度は有権者の投票を議会での議席に「翻訳」する機能を 持つ。小選挙区では過大代表で大政党に有利であり、政党システ ムは2大政党に収斂していく。そのことを実証するために中選挙 区でおこなわれた93年総選挙と新選挙制度で行なわれた96年 総選挙の議席率と得票率の分析をおこなう。分析結果は下の図の 通りである。ここでは93年中選挙区制下での選挙では比較的得 票率と議席率が比例しているといってよい。しかし96年の選挙 においてはその傾きは大政党有利になっている。これは小選挙区 制の特質である大政党、特に第1党に有利であると言うことが機 械的効果の面から証明されたと言える。 図1、93年総選挙における得票率と議席率の関係 議席率 93年総選挙 50 40 30 20 10 0 系列1 0 10 20 得票率 30 40 図2、96年総選挙における小選挙区の得票率と議席率の関係 96年総選挙小選挙区 議席率 60 40 系列1 20 0 0 10 20 30 得票率 22 40 50 具体的に自民党と共産党の議席率から得票率の増減を比較する。 これは自民党と共産党が大政党と少数政党であるということ、また 93年総選挙、96年総選挙において選挙を同一政党名で戦ってい るためである。表1、表2をみる。中選挙区制において自民党は7% の増加、共産党は4.8%の減少である。小選挙区において自民党 は17.7%の増加、共産党は11.9%の減少である。この数字 を見てわかることは中選挙制度、小選挙区制ともに大政党に有利で あるが、特に小選挙区はこのことが顕著である。 このように93年と96年の制度改革前後のデータからは小選 挙区制の機械的効果が働いていることが理解できる。 表1、93年総選挙の各党得票率と議席率 自民 社会 新生 公明 日新 共産 得票率 36.6 15.4 10.1 8.1 8.0 7.7 3.5 2.6 0.7 7.1 議席率 43.6 13.7 10.8 10.0 6.8 2.9 2.9 2.5 0.8 6.0 増減 +7.0 -1.7 +0.7 +1.9 -1.2 -4.8 民社 -0.6 さき -0.1 社民 0.1 無所属 -1.1 読売新聞93年7月19日より作成 表2、96年総選挙(小選挙区のみ)の各党得票率と議席率 自民 新進 民主 社民 さき 得票率 38.6 28.0 10.6 2.2 1.3 12.6 0.3 1.2 0.7 4.6 議席率 56.3 32.0 5.7 1.3 0.7 0.7 0.3 0.0 0.0 3.0 +17.7 +4.0 増減 -4.9 -0.9 -0.6 共産 -11.9 民改 0.0 自連 -1.2 新社 -0.7 無所属 -1.6 読売新聞96年10月21日より作成 ②有権者に対する心理的効果 有権者は戦略的投票を行なうのか。小選挙区制は大政党に有利 であること、当選者は1人であることは選挙前のマスコミ報道で も報道されていた。そのような状況で有権者は自らの1票を有効 に使うために勝ち馬候補に乗るのだろうか。そのことをJEDS96 のデータを使用して分析する。4もしデータから有権者が戦略投票 を行なっていることが実証されると有権者の心理的効果は実証さ れたこととなる。 有権者が戦略的投票を行なっているならば選挙前後では支持す 23 る候補者が異なる場合が出てくる。以下は小選挙区の予定投票候 補者の所属政党と投票候補者の所属政党のクロス表である。クロ ス表は縦軸が予定投票候補者所属政党で、横軸が投票候補者所属 政党である。 表3、有権者の投票行動の一致率についてのクロス表 投票候補者所属政党 自民 新進 民主 社民 共産 自民 92.1 新進 6.1 1.2 0.6 0.0 0.0 100(294) 4.5 92.1 2.1 1.3 0.0 0.0 100(153) 民主 4.8 3.2 88.8 1.6 0.0 1.6 100(62) 社民 4.4 0.0 0.0 95.6 0.0 0.0 100(23) 共産 10.0 0.0 0.0 0.0 90.0 0.0 100(4) さき 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 100.0 100(4) %、N=541、( さき 合計 )は政党別の数、危険率0.00 以上の結果を見れば多くの有権者が選挙前後の投票行動には一 貫性が見られる。一致率は最低の民主党でも88.8%であった。 一貫性は大政党だけでなく小政党にも言えることである。特にさ きがけは100%、共産党は90%である。このクロス表からは有 権者が投票前に自らの1票が死票になるのを恐れて、当選見込み のより高い候補者に投票しているのではないかという仮説は実証 されなかった。 日本の有権者は戦略投票を好まないのか。そこで勝つ見込みのな い候補者への投票については無駄か、と小選挙区での投票について のクロス表を用いて考えてみる。有権者が戦略投票を好むのであれ ば勝つ見込みの無い候補者への投票は無駄と考える有権者が多い はずである。その上、各政党別で比較しても小選挙区の特質から小 政党投票有権者ほど戦略投票容認の数値が高くなるはずである。ク ロス表の縦軸は投票候補者所属政党、横軸は勝つ見込みのない候補 者への投票は無駄かである。 24 表4、戦略投票についての賛否と投票候補者政党についてのクロス表 勝つ候補者への投票は無駄か 賛成 やや賛成 どちらとも やや反対 反対 合計 自民 6.0 3.6 14.3 19.2 56.1 100(411) 新進 4.0 6.3 17.0 19.4 53.3 100(252) 民主 4.7 3.1 16.4 17.5 58.3 100(126) 社会 7.3 5.5 9.1 12.7 65.4 100(55) 共産 8.3 0.0 33.4 8.3 50.0 100(12) さき 15.4 7.7 0.0 15.4 61.5 100(13) %、N=869、()は政党別の数 危険率=0.002 クロス表の結果から有権者は戦略投票を好むと言う仮説は実証 されなかった。また少数政党でも戦略投票容認の数値は高くなかっ た。これは「反対」が各政党とも5割を超えていることからわかる。 特に少数政党のさきがけは61.5%が「反対」である。小選挙区 において不利な立場にある少数政党もすべて「反対」が多数派であ る。このように日本において有権者は戦略投票を好まないと言える。 以上のような分析からも日本において合理的選択にもとづく投 票行動は確認することができなかった。それは有権者自身が各政党 の政策の違い、どの候補者が当選するかについての情報が乏しいこ とが考えられる。「デュベルジェの法則」の有権者の心理的効果が 認められるには有権者は選挙政治において過不足なく情報を得て いることが情報になる。しかし現実にはそのような状況は起こりえ ない。そのことが「デュベルジェの法則」の有権者の心理的効果が 支持されない理由である。 ③政治家に対する心理的効果 政治家は2大政党制に政党システムが収斂していくと考え行動 したのか。このことを実証するために90年代に衆議院議員とし て政治改革・政界再編の真っ只中にいた2人の政治家にインタビ ューを試みた。5 その2人とは民主党所属の石井一と自民党所属の伊吹文明であ る。この2人にインタビューを試みたのは次の理由からである。ま ず石井は政治改革の流れの中で93年に小沢一郎などと行動を共 にし自民党を離党した。そして新進党などを経て現在民主党の副代 表を努めている。90年代の日本政治の流れは政治家たち、特に小 25 沢たちのグループが中心であった。そのためこの政治家たちの中に 位置した石井へのインタビューは意義のあることである。2人目は 伊吹文明である。伊吹は政治改革については93年に自民党で組織 された政治改革推進本部の事務局次長を務めている。伊吹は小沢た ち自民党離党グループたちの行動には一線を画している。90年代 の政界再編は極論を言えば自民党に残ったグループと離党したグ ループとの抗争であったといっても過言ではない。そのためこの2 人を選択したことは90年代の政治改革・政界再編を政治家の側か ら理解するためには必要なことである。 石井は今後日本の政党システムは2大政党制に向かうと断言し ている。それは小選挙区制の導入が要因である。そのため民主党 がその一翼を担うことになるであろうと発言している。また選挙 においては政権交代を目指すために野党が結集する必要があると 述べている。これは機械的効果でも明らかなように小選挙区制で は議席率は大政党、特に第1党に優先的に配分されるからである。 このように石井は明確に小選挙区制導入によって2大政党制が実 現されると考え行動していることがわかる。 逆に伊吹は2大政党制に向かうべきだと考えるが現実は難しい であろうと考えている。それは「政党」が西欧のように社会に根 付いていないこと、理念による政党の集合ではないことを挙げて いる。また選挙制度を変えたぐらいで政党システムが劇的に変化 するはずはないと発言している。小選挙区制を導入が2大政党制 を招くと考える理論は「白地のキャンバス」に描くようなことで あり、現実は理論通りには運ばないと発言した。選挙制度が変わ ったことに対する選挙戦略として伊吹は変化が余りないとしてい る。それは京都という共産党が強力な地盤を有している特性を強 調している。そのため選挙において民主党を特に意識するよりは 共産党を意識するとしている。特に伊吹は選挙において政党中心 ではなくやはり人物中心であると考えている。それは伊吹の「私 に投票してくれる有権者は共産党支持者も多い。また自民党支持 者といっても私に投票してくれるとは限らない。 」という発言から も理解できる。 93年に自民党に残った政治家、離党した政治家からは全く正 反対の意見が返ってきた。石井氏は選挙制度変化に伴う変化につ いて強く意識したのに対して伊吹氏にはそれは余り感じられなか った。これは自民党を離党し政治改革・政界再編の真っ只中に身 26 をおいた政治家と、一歩引いて90年代の日本政治をみている政 治家の姿が浮かびあがってきた。 このことが意味することは政治家の心理的効果は全国一律的な ことではなく、各選挙区の事情が複雑に絡んでいることがわかる。 このためデュベルジェの法則のように選挙制度が変化したからと 言ってすぐに政治家たちがその新制度にもとづいて行動するとは 限らないことが実証された。 5、結論 作業定義で細分化したうち機械的効果は支持された。しかし心理 的効果の2つは支持されるに十分な結果が得られなかった。 以上の結果から「日本は90年代の改革により2大政党制に向 かっている。 」と言う本稿の仮説は棄却された。90年代の改革は 「2大政党制」の実現を目指しておこなわれた。しかし以上の結 果から現時点において日本は「2大政党制」になっていないと言 える。これは1党優位体制の再生と言わざるを得ない。しかしそ れは55年体制下での優位体制ではない。イデオロギー対立、国 内外の環境変化など様々な要因が作用し、不安定な1党優位体制 であると言える(佐藤 1997, P. 70)。 その不安定さから 「2大政党制」はその実現過程にいるとする見方もある(北岡 2000, P. 127-129、) 。これは有権者の投票行動の変化で劇的な選挙 結果が招かれると言う理由からである。また「2.5政党制」の 実現とする意見もある(曽根 1997, P. 208-209)。鹿毛利枝子は政 党に「重複立候補」を行なうオプションを与えたことは、小選挙 区部分においても、 「2大政党制」への圧力が弱められる可能性を 生んだとてし、制度認識のズレが存在したことに注目している(鹿 毛 1997, P. 314)。このように実に様々な議論が展開されている。 しかし結論はまだでていない。それは選挙制度が変化してまだ2 回の選挙しか行なわれていないことが決定的な原因である。 制度が有権者にどのように認識されていくのかについては今後 とも注目していかなくてはならない。また本稿で分析対象から省 いた比例代表制の分析も今後の課題である。今後とも選挙制度と 政党システムの関連について様々な議論がされていくと考えられ る。それは選挙制度変革自体、世界的に珍しい出来事であり、制 度変革が政党制に与える影響を同時代的に分析できることは有意 義なことである。今後日本の政党システムがどのように変化して 27 いくのかについては様々な角度から継続して研究されるべきであ る。そしてこれらの議論を踏まえた上で我が国の政党システムの あり方について国民的議論を喚起する必要があるのではないだろ うか。 1 89年参議院選挙後、自民党は党内に後藤田正晴を委員長とする総 裁直属の政治改革委員会を設置した。この委員会では武村正義など 多くの若手議員が参加し、報告文案を練っていった。これは政治改 革における若手の情熱を生むこととなった(佐々木 1999, P 34-36) 。 2武村正義たちのグループは「政治改革への提言」を公表し、比例代表 制を加味した小選挙区制の導入など大掛かりな制度改革を求める動 きをおこしていた(佐々木 1999, P 34) 。 3細川は就任記者会見の場で政治改革関連法案(選挙制度改革)の年内 成立を宣言した。また年内に成立しなかった場合は政治責任をとる と明言した(読売新聞93年8月11日付け) 。政治改革を内閣の第 1目標としたことは社会党委員長の山花貞夫を政治改革担当大臣と して任命したことからもわかる。 4JEDS96というデータはゼミ担当の同志社大学法学部西澤由隆 教授より提供をうけた。 5インタビューは以下の通りに行なった。 伊吹文明氏(衆議院議員・自民党)京都事務所にて 2002年9 月15日 石井一氏 (衆議院議員・民主党)神戸事務所にて 2002年9 月21日 参考・引用文献 岩崎正洋 1999『政党システムの理論』 東海大学出版会。 大嶽秀夫 1999『日本政治の対立軸』 中央公論新社。 大嶽秀夫編 1997『政界再編の研究』 有斐閣。 加藤淳子、マイケル・レイヴァー 1998「政権形成の理論と9 6年日本の総選挙」 『レヴァイアサン』22号、88−105。 ジェラルド・カーティス 2001『永田町政治の興亡』 新潮社。 鹿毛利枝子 1997「制度認識と政党システム再編」大嶽編『政 党再編の研究』 有斐閣 所収。 北岡伸一 2000『 「普通の国」へ』 中央公論新社。 佐々木毅編 1999『政治改革1800日の真実』 講談社。 佐藤誠三郎 1997「選挙制度改革論者は敗北した」 『諸君』19 97年1月号 ジョバンニ・サルトーリ 1975 『現代政党学』普及版 早稲 田大学出版会。 阪野智一、ピーター・メイ 1998 「日本における政界再編の方 28 向」『レヴァイアサン』22号 12−33。 品田裕 2000「選挙制度が政党制に与える影響についての一考 察」 『神戸法学雑誌』49巻3号。 曽根泰教1997「政界再編と政党政治システム」蒲島他編『日本 政治は蘇るか』NHK出版所収。 読売新聞(縮刷版) 29 政党支持 「定年退職」が与える影響 鈴木いずみ 1、はじめに 超高齢社会が到来しつつある現在、日本の投票行動を分析する上で 高齢者は注目すべき存在である。しかし高齢者の投票行動分析は少な い。その原因として「人は年をとればとるほど保守化する」という加 齢保守化説が自明のことと捉えられていたためではないか、と私は考 える。高齢者の行動を分析しても特別な投票行動は見出せないという 風潮があったのではないか。 一連の分析をする前に、この「加齢保守化説」に強い疑問を私は抱 いた。勤め人と自営業者を比較した場合、勤め人特有の「定年退職」 (以下、単に「退職」とする)という出来事が政党支持に影響を与え るのではないか。つまり 60 代という退職年代は自民党支持が減少す るのではないかと私は考えた。そこで、まずはじめに「勤め人の各年 代別政党支持」と「自営業者の各年代の政党支持」の様子を分析した。 その結果、勤め人の場合は 50 代までは年齢とともに自民党支持が上 昇する傾向が表れたが、 退職したと予想される 60 代に一気に減少し、 70 代では再び自民党支持が上がるというものであった。一方、自営業 者の場合は年齢と比例して自民党支持が上昇する傾向が表れた。 この結果を踏まえて本稿の研究課題が発生する。本稿では「なぜ退 職後の 60 代は非自民党支持が増加するのだろうか」という課題を解 明していくことにする。 以下、次節では前提研究として「勤め人の各年代別政党支持」と「自 営業者の各年代別政党支持」の様子を分析する。3 節においては仮説 を提示し、4 節では仮説の検証をおこなう。そして 5 節では全体のま 30 とめ、と議論を進めていくことにする。 2、前提研究(問題発見) 「加齢保守化説」とは、10 年たつと 10 年分保守化するという説で、 つまり年をとれば自動的に保守化するという説だと三宅はいう(三宅 1989) 。この説によると、若いときは革新的だが年をとるにつれて保守 化し、多くの高齢者は自民党を支持するという。 しかし、この「加齢保守化説」に強い疑問を私は抱く。勤め人の場 合は、特有の「退職」という出来事が自民党支持に大きな影響を与え るのではないかと考えるからである。なぜこのように考えるかは次節 の仮説で詳しく説明することにする。 以上のことを検証するために「勤め人の各年代別政党支持」と「自営 業者の各年代の政党支持」の分析を行った。この分析では支持政党を 「自民党」と「非自民党」の二つに分けた。ここでは自民党支持が年 代とともに増加するという加齢保守化説を実証することが目的である ので、保守を代表しない政党や野党、そして支持政党なしの場合は非 自民党として分類した。従来の研究では、自民党は保守的イデオロギ ーを見るための指標になっていることから、この慣習に従うことにす る。 図1 勤め人の政党支持 図2 自営業者の政党支持 自民党支持 70 代 代 以 上 代 自民党支持 非自民党支持 60 代 代 代 50 40 30 20 6 70 0代 代 以 上 50 代 40 代 100 80 60 40 20 0 30 代 20 代 100 80 60 40 20 0 非自民党支持 なお、本稿で使用するデータ・JEDS2000 には「以前は勤め人であ 31 ったが、現在は退職者(以後「退職者」とする) 」ということを識別す る質問項目がなかったため、60 代以上で無職の人をすべて「退職者」 とした。(1)もちろん「無職の 60 代以上」の中には、もともと無職で「退 職」を経験しない者などを含むが、その数は少ないと予想されるので、 分析結果に実質的な影響は与えないであろう。また、本稿では退職年 齢を 60 歳とした。なぜならば、多くの企業の場合 60 歳、公務員の場 合も 60 歳が退職年齢となっているからである。そして本稿では女性を 研究対象外とする。男性と同様な「勤め人生活」を体験した中高年女 性は少ないと考えられるからである。 分析結果は図 1・図 2 のようになった。これらの図から、自営業者の 場合、年齢が上がるにつれて自民党支持が上昇していることから加齢 保守化説が当てはまることがわかる。一方、勤め人の場合は加齢保守 化説が全体として当てはまるが、60 代を境として大きな「逸脱」が見 られる。ここで注目すべきことは、退職したと予想される 60 代が一気 に非自民党支持を増加していることである。このことは前述したよう に「退職」という出来事が、何らかの政治的態度に影響したものなの だろうか。以下「なぜ退職した 60 代は非自民党支持が増加するのだろ うか」という課題を解明していくことにする。 3、仮説 本稿では 「なぜ退職した60 代は非自民党支持が増加するのだろうか」 という課題に対して以下の仮説を提示する。 「退職した 60 代は、勤務活動から離れることにより『自己回帰』意識 がうまれやすく、このことが政党支持に影響するのではないか」 退職した 60 代は、勤め人と比べ、自分を見つめなおす機会が増える のではないかと私は考える。 「勤め人」は働いているため自分を見つめ なおす機会や時間が比較的少ないが、 「退職した 60 代」は退職したこ とにより、急激に自分の自由な時間が増え、自分を見つめなおす機会 や時間が増えるのではないか。そして、この「自己回帰」する機会や 時間の増大が、自民党支持減少に影響を与えるのではないかと私は考 える。 32 図3 仮説のモデル概念図 退職者の 60 代場合 退職 「自己回帰」意識が 自民党支持減少に影響 生まれる 4、仮説の検証 (1)作業定義 仮説で述べた「自己回帰」意識を分析するために、本稿では具体的 争点として「重要政策(福祉) 」について取り上げることにする。なぜ 「福祉」を取り上げるかというと「自己回帰」意識がうまれると、自 己に関する様々な問題を見直すと予想するが、そのなかでも「福祉」 は多くの人に共通するからである。例えば、自らに迫ってくる介護・ 医療問題や年金などの福祉サービスに接触する機会は多くの人に共通 する。 つまり、なぜ退職した 60 代の自民党支持減少が起きたかというと 「自己回帰」意識がうまれ、福祉に関心をもつことによって福祉の充 実を訴えるなど現状打破の気持ちが増し、革新的になったためではな いかと私は考える。 以上の議論を確認するために回帰分析をおこなう。従属変数を「政 党支持」とし、独立変数には「福祉対策」 「景気対策」 「ニュース番組」 「収入」 「居住年数」 「居住形態」を投入した。そしてインターアクシ ョンタームとして「退職者 60 代×福祉対策」 「退職者 60 代×景気対策」 も投入した。以下、順に独立変数の作業定義を確認していく。 インターアクションターム「退職者 60 代×福祉対策」とは退職者 60 代が重要政策として「福祉対策」を挙げた場合の支持政党への影響 を見ることができる変数である。この変数は仮説を実証するためのも のであり、非自民党支持へ影響を与えていれば仮説は支持されたこと になる。 「福祉対策」とは、退職者 60 代以上と勤め人 59 歳までの勤め人全体 が「重要政策」として「福祉対策」を挙げた場合の支持政党への影響 をみる変数である。退職者 60 代に限定せず、 「福祉対策」を挙げた場 33 合の支持政党への影響を主要効果として確認するものである。 インターアクションターム「退職者 60 代×景気対策」とは退職者 60 代が重要政策として「景気対策」を挙げた場合の支持政党への影響を 見ることができる変数である。 「福祉対策」に対置するものとして「景 気対策」を利用した。 「景気対策」とは、退職者 60 代以上と勤め人 59 歳までの勤め人全体 が「重要政策」として「景気対策」を挙げた場合の支持政党への影響 をみる変数である。退職者 60 代に限定せず、 「景気対策」を挙げた場 合の支持政党への影響を主要効果として確認するものである。 なぜ「ニュース番組」を従属変数に投入したかというと、保守的な 番組を見ると自民党を支持し、革新的な番組をみると非自民党を支持 する傾向があるのではないかと考えたからである。この場合の「保守 的番組」 「革新的番組」という分類は、保革イデオロギーとニュース番 組をクロス表分析し、どのようなイデオロギーをもった者が、どのよ うなニュース番組を見る傾向があるのかを分析した結果を利用した。 本来は各ニュース番組の内容分析をするべきところだが、そのことは 不可能なので便宜的にこのような扱いをした。したがって、各ニュー ス番組の内容を調査し「保守的番組」 「革新的番組」と分類したのでは ない。 「収入」に関しては、高い人は現状に満足し、自民党支持をする傾向 があると考え、低い人ほど収入を上げるために現状の政治に不満を表 し、革新化をし、非自民党支持になるのではないかと考えたからであ る。 「居住年数」は、長い人ほど土地になじみ、保守化するのではない かとかんがえたからである。短い人は土地になじみがなく、様々な地 域政治に疑問や関心を抱き革新化するのではないか。 「居住形態」については、持ち家がある場合は現状に不満を抱かず、 保守化し、賃貸マンションや借家など持ち家がない場合は現状に不満 を抱き革新化するのではないか。 なお、各変数は次のようにコード化されている。 表3 回帰分析の点数尺度 34 政党支持 ・自民党支持 居住年数 1点 4点 ・生まれてからずっと ・非自民党支持 0 点 福祉対策 ・15 年以上 3点 ・10 年以上 15 年未満 2点 ・ 「重要政策」として挙げた 1点 ・3 年以上 10 年未満 ・ 「重要政策」として挙げなかった 0点 ・3年未満 景気対策 1点 0点 年収 ・ 「重要政策」として挙げた 1点 ・800 万以上 4点 ・ 「重要政策」として挙げなかった 0点 ・600∼800 万未満 3点 ・400∼600 万未満 ニュース番組 2点 ・きょうの出来事 5点 ・200∼400 万未満 1点 ・NHKニュース 4点 ・200 万未満 0点 ・ニュースステーション 3点 居住形態 ・ワールドビジネスサテライト 2点 ・持ち家 1点 ・ニュース 23 1点 ・持ち家でない 0点 ・ニュース JAPAN 0点 退職者 60 代×福祉対策 ・退職者 60 代で「重要政策」として「福祉対策」を挙げた 1点 ・その他の回答者 0点 退職者 60 代×景気対策 ・退職者 60 代で「重要政策」として「景気対策」を挙げた 1点 ・その他の回答者 0点 (2)分析結果 回帰分析の結果は表 4 の通りになった。なお、回帰分析に投入した 変数のうち「居住形態」と「収入」は危険率が高かったため最終的なモ デルからは除外した。 仮説を表す「退職者 60 代×福祉対策」の変数は、非標準化係数がマ イナスを表しており、これは非自民党支持を意味している。つまり、 退職者 60 代が「重要政策」として「福祉対策」を挙げた場合、非自民 党を支持するということになる。この変数は危険率が 7.4%(0.074) と、一般に統計学で用いられる 5%水準検定よりは高いが、サンプル数 の制約があるので、 「消極的ながら仮説が実証された」といえるといっ てよいのではないだろうか。 35 一方、退職者 60 代に限らず全体を分析している「福祉対策」の変数 は非標準化係数がプラスを表しているが、危険率が 0.946 と非常に高 く、 「福祉対策」と「自民党支持」の関連性は低いといえる。 以上のことから、退職者 60 代が「重要政策」として「福祉対策」を 挙げた場合、独自に支持政党に影響を与えていること、しかも非自民 党支持の方向に影響を与えていることがわかった。 支持政党を説明する諸要因 表4 非標準化係数 標準誤差 危険率 ニュース番組 0.03737 0.081 0.072 居住年数 0.03157 0.018 0.078 福祉対策 0.00415 0.061 0.946 景気対策 -0.03571 0.061 0.562 退職者 60×福祉対策 -0.231 0.129 0.074 退職者 60×景気対策 0.215 0.170 0.206 調整済決定係数 R2=0.011 N=475 5,まとめ 以上の検証から「退職した 60 代」は「重要政策」として「福祉対策」 を挙げることが、わずかではあるが非自民党支持に影響を与えている ことを確認できた。仮説で述べたように、退職をして「自己回帰」意 識がうまれたことにより「重要政策」として「福祉対策」を挙げる結 果になったといえる。 本稿では「退職後の 60 代」に焦点を当て議論を進めてきたが、高齢 者の投票行動には加齢保守化説が当てはまらない年代があることが分 かった。超高齢社会になる将来、高齢者の投票行動を分析することは 重要なことになるであろう。 注 (1)この JEDS2000 というデータはゼミ担当である同志社大学西澤教授 より提供を受けた 参考文献 ・三宅一郎 1980 『投票行動』 東京大学出版会,162-163 ・三宅一郎 1985 『政党支持の分析』 創文社 36 ・綿貫穣治 三宅一郎 猪口孝 蒲島郁夫 1986 『日本人の選挙行動』 東大出 版会 ・マリア・ノルシス 1994 『SPSS による統計学入門』 東洋経済新報社 37 景気状態認識と 政府支持 経済における業績評価の役割 高田裕 1.はじめに 本論文では、有権者の景気状態認識が政府への支持態度に与えるメ カニズムを明らかにする。 分析では景気状態認識を「国の景気状態 (マクロの景気) 」 ・ 「個人の景気状態(ミクロの景気) 」の認識の2つ に分ける。そのそれぞれの認識がどのような関係を持って政府支持態 度に影響を与えるかを明らかにする。また分析には業績評価の概念を 用いる。 業績評価については2節で説明する。 この研究の意義は、経済と政治という異なる分野をつなげる試みに ある。現在、平成景気崩壊の後遺症により経済問題はますます深刻化 してきている。1998年のNHK放送文化研究所の調査では全体の48% の人が「経済問題」を政治の最重要課題と考えており、さらに年を追 うごとに経済問題を政治課題と考えている人が増えている(NHK放 送文化研究所編 2000, p. 73-75) 。これらから、経済と政治がより密 接に関連してきていると推測できる。そのような状況の中で政治と経 済の関係を明らかにすることは政治の現状を把握する点において、 重 要なことと考える。 加えて本論文では、 「国の景気状態認識」 ・ 「個人の景気状態認識」 の認識相互の関係を考慮し、政府支持へどのように影響するかを考え る。多くの先行研究では、それぞれの認識のうちどちらか一方の影響 しか、実証的に確認できてない。そこで認識相互の関係を考慮した新 たな仮説を実証しようとする試みである点にも、意義があると考える。 議論は以下のように進める。まず2節で先行研究について概説する。 38 3節で仮説を提示し、4節で分析を行う。さらに4節は、クロス表分析 と回帰分析の2つに分ける。最後に5節で結論を述べる。 2.先行研究 2節では、まず分析で用いる業績評価モデルについて説明する。そ の後、経済業績評価を用いた先行研究の流れについて紹介したい。 2-1.業績評価モ 業績評価モデルの内容の説明として、平野の説明が端的でデル わかりやすい。 「業績評価とは、広義における政府のパフォーマンスに対する有権者 の評価を指すものである。 選挙においてこうした業績評価に基づき投票 すること、 すなわち政府のパフォーマンスを高く評価すれば政権党に投 票し、評価しなければ野党に投票するというのが、いわゆる「業績投票」 の基本的なモデルである。 (平野 1993, p. 147) 」 本論文は、投票という行動ではなく、政府支持という態度に業績評 価を用いる。なぜなら、投票はより複雑な要因が絡み合うので、支持 という態度のほうが業績評価を反映しやすいと考えたからである。 次に業績評価のメカニズムの背景となる理論として、ダウンズのモ デルを紹介する。 ダウンズのモデルは、期待効用による基礎的な理 論である(A・ダウンズ 1957, p. 37-52) 。それは、 E(Ui)/E(Ua) ・aは政権党であり、iはその個人が理想とする政府 である。 ・Uは1選任期間に有権者が実際に得る効用所得であ る。 ・Uaはその期間において政権党から与えられる効用 所得である。 ・Uiはもし理想の政府がその期間に政権を担当して いたとすれば、その政府により与えられたと思われ る効用所得である。 ・Eはその期待値である。 という式で表される。 この値が1よりも大きい時、政府の業績は不十 分でありその有権者は政権党を支持しなくなる。 逆に1よりも小さい時 は、政府の業績に満足し政権党を支持する。このような理論の上に業 績評価による行動(態度)が決定されていると想定する。 39 また本論文は景気と政治の関係を明らかにすることが目的であるの で、業績評価モデルのなかでも経済認識に限定して分析を行う。以後、 この業績評価モデルを経済業績評価モデルと呼ぶ。そして経済の業績 投票の前提として、西澤は次のように述べている。経済業績投票が起 こる前提は、 「現政権が経済状況に対して少なからず責任を負っている という認識を有権者が持っていることが前提(西澤 1999, p. 1) 」であ る。その前提を考慮にいれた上で、3節で提示する仮説を構築した。 2-2.先行研究の 流れ 経済業績評価モデルの分野には数多くの先行研究が存在する。 それらは一般に大きく2つに分類される。1つ目は集計データを用いて マクロに分析する研究である。2つ目はサ−ベイデータを用いてミク ロに分析する研究である。サーベイデータは主観的なデータであり、 その分析は有権者の心理構造を明らかにしやすいという特性がある。 そこで本論文は有権者の態度決定のメカニズム、つまり心理構造を明 らかにすることが目的であるのでサ−ベイデータによる分析を行う。 本論文の分析は後者であるので、サーベイデータによる分析の説明 をしたい。一般的に、その分析はさらに「個人の景気状態に基づく Pocketbook投票」と「国の景気状態に基づくSociotropic投票」を扱う 分析に分けられる。それは図1のモデルで表される。Pocketbook投票 は①の矢印の業績評価で、 「個人の景気状態認識」つまり自分の(経済 的な)生活状態の認識が良いならば現政府に投票し、逆に悪ければ現 政府に投票しない投票行動である。Sociotropic投票は②の矢印の業績 評価で、 「国全体の景気状態」が良いと認識すれば現政府に投票し、逆 に悪ければ現政府に投票しない投票行動である。 私の知る限り、従来の研究は「有権者の投票行動がPocketbook投票 とSociotropic投票のどちらか」という研究である。 例えば、平野は 1992年の参議院選挙調査より有権者の投票はPocketbook投票であり Sociotropic投票でないと分析した(平野 1993) 。猪口は自民党投票に 経済状況の中で「暮し向き向上感覚」が最もよく効いていると分析し た(猪口 1986, p. 203-235)。 猪口の場合もPocketbook投票を意味する 結果と判断する。また小林によると「キンダーとキーウィーは1972・ 76年の米国大統領選挙に対する調査でSociotropic投票がみられるこ とを実証した」とされる(小林 2000, p. 123-139) 。しかし本当に有 権者はPocketbook投票とSociotropic投票のどちらか一方しか行って 40 ないのだろうか。そこで本論文では、Pocketbook投票とSociotropic 投票のどちらも考慮に入れた分析を試みる(仮説の説明は3節) 。 図1 一般的な経済業績評価モデル 国の景気 国の景気状態認識 (客観的事実) 政府の経済政策 (主観的事実) ② 経済の業績評価 ① 個人の景気 個人の景気状態認識 (客観的事実) (主観的事実) 因果関係のベクトル 3.仮説 3節では、本論文で分析に用いる「経済仮説」を提示したい。以後、 経済仮説は分析に用いるこの仮説を指す。経済仮説は、有権者が「国 の景気状態認識」と「個人の景気状態認識」のどちらも考慮に入れて (無意識の場合も含める) 、政府に対する態度決定を行うという仮説で ある。つまり従来の研究のように「Pocketbook投票」か「Sociotropic 投票」かという二分法ではない。 経済仮説の内容は、 「国の景気状態を悪い(もしくは国の経済政策が 望ましくない)と認識し、なおかつ個人の景気状態を悪いと認識する 有権者は、国の景気状態が悪いことに便乗して政府業績に不満をあら わす」というものである。一般に経済政策が直接、影響を与えるのは 国の景気である。 「国の景気状態は政府の責任によっている」と有権者 は認識する。それに対して、個人の景気状態は基本的に個人的な理由 によるものである。例えば、 「自らの事業に失敗する」や「能力がない ために解雇される」などである。もちろん国の景気状態の悪化や社会 政策の有無によって、個人の景気が左右されることも多い。しかし個 人的な理由による場合と国の政策が理由の場合をはっきりと区別する ことはできない。したがって個人の景気状態が悪化しても、国の景気 が悪くないなら現政府に責任を感じられないので、有権者は生活の悪 化を政府業績の理由にすることはできない(西澤の前提に従う) 。逆に 41 国全体の景気状態が悪化しているならば、それに便乗することにより 政府業績を理由に自らの景気状態の悪化を認識する。つまり端的にい えば、 「国の景気状態を悪いと認識している有権者だけがPocketbook 投票を行うというのではないか」というのが経済仮説である。その経 済仮説による経済業績投票をまとめたものが図2である。 経済仮説における経済業績評価モデルは図3のようになる。 「国の景 気」と「個人の景気」の因果関係及び、 「政府の経済政策」と「個人の 景気」の因果関係が現実にはわからない。そのため国の景気状態認識 が経済業績評価の中心になるが、その場合の評価レベルは個人の景気 状態認識に従うということである。分析では、経済仮説を用いて経済 業績評価が政府に対する支持態度に影響を与えるという命題を実証す る。 図2 経済仮説による業績投票 (国の景気状態認識) (個人の景気状態認識) (経済業績投票) (評価レベル) 良い 良い 行われない 悪い 悪い 良い 行われる 悪い 政府業績満足 政府業績不満 意思決定の順序 値の変化 42 図3 経済仮説による経済業績評価モデル 国の景気 国の景気状態認識 (客観的事実) (主観的事実) 政府の経済政策 経済の業績評価 個人の景気 個人の景気状態認識 (客観的事実) (主観的事実) 因果関係が不明 因果関係のベクトル 4.分析 分析には、経済業績評価モデルが確認しやすいと考えて1996年衆議 院選挙に関する世論調査(JEDS96)を用いる。 1996年の日本経済 は戦後第12回目の景気循環の拡張期に位置し、経済状況は活発化の状 態である。しかし平成景気崩壊の後遺症のため、調査では「景気の回 復」を第一の争点に考える人が全体の42%を占めている。 JEDS96 で何が争点になったかは、表1に表した。またNHK放送文化研究所の 調査によると、1996年は「経済問題」を政治課題の中心と考える人が 急激に増えている時期である(NHK放送文化研究所編 2000, p. 73-75) 。つまり1996年は経済問題を中心に考える人が多いと想定され るので、経済の業績評価モデルが適用できるとしたら確認しやすいと 考えた。 表1 重要な争点とその人数比率 争点内容 比率(%) 景気の回復 42.4 社会福祉 16.4 税制改革 14.7 行政改革 7.9 政治倫理の問題 3.6 等 N=1,411 (出所:JEDS96) 43 4-1.クロス表 分析 (1)作業定義 まず独立変数となる経済仮説による経済業績評価を表す「 〈経済〉状 態」という変数をつくった。その時、個人の景気状態認識を表す変数 として「生活満足度」を用い、国の景気状態認識を表す変数として「マ クロ景気認知」を用いる。 「生活満足度」は現在の自分の生活にどの程 度、満足しているかを表す変数である。自分の生活の状況を聞いてい るので、個人の景気状態認識を反映していると考えた。 「マクロ景気認 知」は、現在の日本の景気がどのような状態にあるかということを表 す変数である。国全体の景気状態がどのような状態かと聞いているの で、国の景気状態認識を反映すると考えた。 その上で「生活満足度」と「マクロ景気認知」の変数を加工して、 「 〈経 済〉状態」という変数を作成する。 「 〈経済〉状態」は、 「生活満足度」 と「マクロ景気認知」のどちらも悪いと回答している場合を「悪い」と する変数である。逆に「 〈経済〉状態」が「良い」となるのは、 「生活満 足度」と「マクロ景気認知」のうち、少なくともどちらか一方を「良い」 もしくは「どちらでもない」と回答した場合である。 従属変数となる政府への支持態度には、 「自民党評価」を用いる。当 時の政権党である自民党への評価は、政府に対する支持態度を表すと考 えた。 もちろん政府の支持態度と自民党への感情は一見、異なるもの である。しかし政権党である自民党の決定が政府の決定に少なからず影 響を与えていたのは確かであり、世論もそれを承知しているはずである。 そこで本論文の目的とは少し離れるが、 「自民党評価」を用いることに した。また小林は「業績評価と投票行動の関連は、政党支持でコントロ ールすると効果が薄れる」と主張する(小林 1991) 。そのことを考慮 すると、回帰分析には従属変数に政党支持を持ってくるほうがよい。本 論文では、クロス表分析と同時に回帰分析を行うため、回帰分析とクロ ス表分析の従属変数を同じにする意味でも「自民党評価」を用いるのが よいと考えた。 従属変数となる「自民党評価」は、自民党への好き嫌いの感情を評価 したものである。 「政府への支持が悪化している場合には政権党であ る自民党の評価も悪くなっており、逆に政府への支持がよい場合には自 民党の評価は良くなっているのではないか」ということを推測する。 (2)分析結果 44 作業定義で作成した変数によるクロス表は、表2である。 表2 自民党評価と〈経済〉状態のクロス表 <経済>状態 自民党評価 良い 悪い 合計 良い(%) 78.7 21.3 100 悪い(%) 65.7 34.3 100 カイ自乗検定による危険率=0.00 N=738 表2より経済仮説を表す〈経済〉状態が良い人は、自民党を好意的に 評価する人が相対的に多い。それに対して〈経済〉状態が悪い人は、自 民党を悪く評価する人が相対的に多い。それらは経済仮説を支持する結 果である。しかしそれほど顕著にその傾向があらわれているわけではな い。つまり 〈経済〉状態は自民党評価に少なからず影響を与えているが、 自民党評価の決定的な規定因とはなりえてないと考える。そこで次に、 経済仮説による経済業績評価が本当に政府支持態度に影響を与えてい るかについて、回帰分析で検証してみたい。 4-2.回帰分析 (1)作業定義 回帰分析の従属変数として、 「自民党への感情温度」を用いる。 「自 民党への感情温度」は、自民党へ対する感情を温度として表したもの である。 「自民党への感情温度」は、クロス表分析で従属変数とした「自 民党評価」の代わりとして、同意義的な変数である。なぜ「自民党へ の感情温度」を使うかは、 「自民党評価」は順序尺度であり連続的な変 数(量的なデータ)とはなり得ないと考えたからである。回帰分析の 場合、従属変数は特に量的な変数が望ましい。 次に独立変数として経済業績評価の変数以外に、自民党への感情に 影響を与えそうな以下の変数を用いる。それは、 「党首(橋本)のイメ ージ」 ・ 「保革イデオロギー」 ・ 「自民党支持態度」と、加えて有権者の 属性である「性別」 ・ 「年齢」である。 「党首のイメージ」は「党首は党 の顔であり、党への感情を左右するのではないか」という点で独立変 数に加える。 「保革イデオロギー」は「データから自民党に対して保守 的なイメージを持つ有権者が多いので(表3参照) 、保革イデオロギー 45 は自民党への感情に影響を与えているのではないか」という点で独立 変数に加える。 「自民党への支持態度」は「自民党を支持している有権 者は自民党に好意的な感情を持つであろうし、逆に支持していない有 権者は悪い感情を持つであろう」という点で独立変数に加える。次に 属性について考える。 「性別」は「一般的に、女性のほうが女性差別の 問題などで不公平を感じることが多く、革新的といわれること」を考 慮する。 「年齢」は「一般的に、人は加齢により保守化するといわれる こと」を考慮する。 表3 各政党の保革イメージ(有権者の平均値) 政党名 保革イメージの平均値 自民党 7.60 新進党 5.91 民主党 5.22 社民党 4.69 共産党 2.44 革新的―保守的を0−10で表す (出所:JEDS96) 経済仮説を実証するための変数には、 「 《経済》状態」を用いる。そ の変数は「マクロ景気認知」を悪いと回答している人の場合、 「生活満 足度」が「 《経済》状態」の値となる。逆に「マクロ景気認知」を良い と回答している人の場合、0が「 《経済》状態」の値となるようにした。 つまり国の景気状態を悪いと認識している人はPocketbook投票的な 経済業績評価により支持態度を決定して、逆に国の景気状態を良いと 認識している人の場合には経済業績評価による支持態度への影響がな いことを表す変数である。 「 《経済》状態」の変数作成方法は以下の通りである。まず「マクロ 景気認知」を2点尺度で良い・悪いに変える。その時、 「どちらでもな い」は「良い」にいれ、 「わからない・答えない」は欠損値とする。そ して良いを0とし、悪いを1とする。そこで「マクロ景気認知」と「生 46 活満足度(5点尺度) 」を掛け合わせる。すると「マクロ景気認知」を 良いと回答する場合は0になり、悪いと回答する場合は「生活満足度」 が値となる。 また、分析には「 《経済》状態」だけでなく、 「マクロ景気認知」 ・ 「生活満足度」を独立変数に加えて、効果の程度を比べる必要が ある。なぜなら本論文の仮説を受容するためには、国と個人のど ちらか一方だけの経済評価より「 《経済》状態」が強く影響してい ることが必要である。そのため、その3変数は同時に考慮しなくて はならない。しかしながらその3変数を同時に独立変数として加え て推計した結果、それぞれの変数の危険率が高くなる問題が生じ た。それは、多重共線性という回帰分析そのものの仮定を無視し た結果と判断する。 つまりテクニカルな意味で、3変数を同時に 分析することはできなかった。そのことは、分析に不十分な点が あることを示す。したがって本論文の問題点として、考慮してほ しい。 表4 各変数の定義域 内容 定義域 [従属変数] 温かい―冷たい 自民党感情温度 100−0 [独立変数] 《経済》状態 悪い―良い 5−0 党首のイメージ 好き―嫌い 10−0 保守的―革新的 10−0 熱心な支持 3 保革イデオロギー 自民党支持態度 あまり熱心でない支持 2 支持しない 1 女性 1 男性 0 − − 〈属性〉 性別 年齢 (注) 《経済》状態・自民党支持態度は「順序尺度」であり、 性別は「名義尺度」である。 47 (2)分析結果 自民党への感情温度についての回帰分析の結果は表5である。 表5より《経済》状態の危険率は0.00と低く、統計的に意味のあ る結果と判断する。そして係数の符号はマイナスであり、 「 《経済》 状態」が1.32尺度悪くなるほど自民党への感情温度は1度悪くなる。 つまり経済仮説による経済業績評価モデルが政府支持に対して有 用なモデルである可能性が高いと考える。したがって経済仮説は 支持されていると判断する。またそれ以外の変数でも「自民党へ の感情」に影響を与えていると判断する。したがってそれぞれの 理論が成り立っていると考える。 表5 自民党への感情についての回帰分析の結果(ⅰ) 係数1 t値 −1.32 −2.89 0.00 党首(橋本)の評価 2.53 7.06 0.00 保革イデオロギー 1.77 5.13 0.00 自民党支持態度 10.54 8.36 0.00 性別 −4.31 −3.00 0.00 年齢 0.11 2.06 0.04 (定数項) 14.41 3.98 0.00 《経済》状態 危険率 (少数第3位四捨五入) 決定係数=0.45(調整済み決定係数=0.44) N=610 (3)補足の分析 「 《経済》状態」と「マクロ景気認知」 ・ 「生活満足度」の影響の効果 を比べることができなかったので、分析の補足を行う。その分析とは、 従来の研究で一般的な「Pocketbook投票」か「Sociotropic投票」かの 検討である。そのため、 「マクロ景気認知」 「生活満足度」を「 《経済》 状態」の代わりに独立変数として加える。 「マクロ景気認知」 ・ 「生活満 足度」の定義域は表6である。ただこのこの分析により、 「経済仮説に よる経済評価」と「従来の一方のみの経済評価」のどちらを受容すべ きかということはわからない。しかしこの分析で、経済仮説による経 済評価が成り立っているもとでの条件の分析ができる。その条件とは 48 次段落で説明する。 経済仮説が成り立っているならば、Sociotropic投票的な投票行動が 起こっていることを推測する。なぜなら国の景気状態を悪いと認識し ている人だけが経済の業績評価に従って態度を決定するからである。 つまり国の景気状態を良いと感じている人しかPocketbook投票を行 ってないので、行動そのものは国の景気状態に大きく依存している。 その結果、Pocketbook投票かSociotropic投票のどちらかとなると Sociotropic投票が起こっていると考えた。分析結果は表7である。た だし経済仮説が成り立っている状態では、厳密な意味でのSociotropic 投票でないので、以後それをSin-Sociotropic投票と述べる。 表6 「マクロ景気認知」・「生活満足度」の定義域 内容 定義域 マクロ景気認知 悪い−良い 5−1 生活満足度 不満−満足 5−1 (注)マクロ景気認知・生活満足度は共に「順序尺度」である。 表7 自民党への感情についての回帰分析(ⅱ) 係数 t値 危険率 マクロ景気認知 −2.73 −3.06 0.00 生活満足度 −0.21 −0.28 0.78 党首(橋本)の評価 2.56 7.12 0.00 保革イデオロギー 1.75 5.07 0.00 自民党支持態度 10.60 8.40 0.00 性別 −4.08 −2.82 0.01 年齢 0.12 2.10 0.04 (定数項) 22.27 4.15 0.00 (少数第3位四捨五入) 決定係数=0.45(調整済み決定係数=0.44) N=610 「マクロ景気認知」と「生活満足度」の危険率は順に0.00と0.78で 49 あり、 「マクロ景気認知」は統計的に有意であると判断する。 「生活満 足度」は自民党への感情に直接、影響を与えているとはいえない。そ して「マクロ景気認知」と「生活満足度」の係数の符号は予想通り、 共にマイナスである。つまり(2)の分析と表7から、Sin-Sociotropic 投票が起こっているという可能性が高いという結果が得られる。これ も経済仮説を支持するものである。また他の変数も3節(2)の分析同 様、 「自民党への感情」に影響を与えていると判断する。 5.結論 以上、1996年に実施された全国規模の世論調査によって分析を行っ た。クロス表分析・回帰分析を通じて、わかったことは以下の通りで ある。 ・ 1996年において、経済業績評価は政府支持に対する少な くとも1つの規定因である(回帰分析) 。 しかし政府支 持に対して決定的な規定因とはなりえてない(クロス表 分析) 。 ・ 1996年において、国の景気状態を悪いと認識した有権者 は、個人の景気状態に応じて政府支持を決定する傾向が ある。逆に国の景気状態を良いと認識した有権者は、経 済業績評価により政府支持を決定する傾向が低い。 (経 済仮説の受容) これらのことが1996年だけの特別の傾向でないなら、日本経済の動 向によって有権者が創造する政治環境は大きく変わることがわかる。 そして平成景気崩壊の後遺症から好況感のない景気循環を依然として 繰り返していれば、国の景気状態認識は悪化の一途をたどることにな る。そうなると、経済状況が与える政治への影響が強くなるだろう。 また本論文は、分析上のテクニカルな問題から経済仮説を受容するに は不十分な結果しか得られなかった。その問題を解消できる分析により 経済仮説を検証してくことは、今後の研究課題である。 さらに一部の先行研究では、有権者の投票行動をPocketbook投票で ありSociotropic投票ではないと実証している事実がある。それらの研 究の結果は、本論文の結論と異なるものである(本論文では Sin-Sociotropic投票になる可能性を示した) 。つまり本論文の仮説によ る経済業績評価モデルがあてはまらないことになる。したがって、そ 50 れらを説明できる、より一般的な経済業績評価モデルを構築すること も今後の課題としたい。 注 (1)景気とは「経済活動の活発さ」と広義の定義を用いる。 (2)本論文では業績評価を政府に対する評価だけに限定する。一般 に業績評価は、政府だけでなく企業等にも用いる。 (3)日本は一党優位体制であったので期待効用政党間差異ではなく、 理想政府に対する実績評価を用いた。 (4)本論文の例示の他に、 「教育程度の高い人はSociotropic投票を行 い、低い人はPocketbook投票を行う」というような有権者の属 性を分類して分析した先行研究もある。それらの研究も、 Pocketbook投票かSociotropic投票かの二分法であることにはか わりないので特に例示はしなかった。 (5)本論文における、 「個人の景気」に対応すると考えた。 (6)猪口は、一方で生活満足者がすべて政府支持者でないことも強 調している。 (7)JEDS96は同志社大学法学部西澤由隆教授より提供をうけた。 (8)いわゆる、 「好況感のない好況」であったと推測する。有権者の 行動に影響するのは、主観的事実である景況感と考える。 (9)質問は以下の通りである。Q現在の日本は、国全体として、いろ いろな問題や課題をかかえています。この中で、選挙後の新し い政府に特に力をいれてほしいものがありますか。いくつでも あげてください。SQ今、あげていただいた問題や課題の中であ なたにとって、特に大切なものを1つあげるとしたらどれですか。 1.景気の回復 2.政治倫理の確立 3.税制改革 4.社会福祉 5. 防衛問題 6.貿易摩擦 7.行政改革 8.財政赤字の対策 9.科学 技術の研究開発 10.市民参加 11.居住環境の整備 12.教育・ 落ちこぼれ問題 13.地方分権 14.対外援助 15.地球の環境問 題 16.女性の社会的地位 17.その他 18.特にない 19.わか らない。 表1はSQから作成した。 (10)本論文では「 〈経済〉状態」と「 《経済》状態」を違う変数とし て用いるので、括弧を用いて区別する。 (11)質問は以下の通りである。現在のお宅のくらしむきにどの程度 51 満足していますか。 1.十分満足している 2.まあ満足してい る 3.満足でも不満でもない 4.少し不満である 5.たいへん 不満である 6.わからない 7.答えない (12)質問は以下の通りである。今の日本の景気はどんな状態だと思 いますか。この中ではどれですか。 1.非常によい 2.ややよ い 3.よくも悪くもない 4.やや悪い 5.非常に悪い 6.わか らない 7.答えない (13)作成方法は以下に示す。まず「生活満足度」と「マクロ景気認 知」を5点尺度から2点尺度(良い・悪い)に変える。その時、 「どちらでもない」は「良い」にいれ、 「わからない・答えな い」は欠損値とする。その上で「生活満足度」と「マクロ景 気認知」を掛け合わせて作成する。良いを0とし悪いを1とす ると、共に悪い時だけしか1にならずそれ以外は0である。 (14)質問は以下の通りである。政党についてご意見をお聞かせくだ さい。順に政党の名前を言いますから、それぞれの政党の好 き嫌いを0点から10点までの点数でお答えください「たいへん 嫌い」を0点、 「たいへん好き」を10点とします。聞いたこと のない政党や、好き嫌いの答えられない政党の場合は、その ようにおっしゃってください。では、自民党はどうですか。 (15)当時の内閣は連立内閣であり、厳密には「政権党=自民党」で はない。しかし本論文では便宜上、政権の中心である自民党 を政権党として扱う。 (16) 「自民党評価」は10段階で示された評価を「良い・悪い」の2点 尺度にした。その際1から4点を「悪い」として6から10点を「良 い」にした。その際、中間の5点は欠損値とした。また「聞い たことのない・わからない・答えない」は欠損値とする。 (17)質問は以下の通りである。それでは、その政党へのあなたの気 持ちを温度にたとえて、最も温かい場合を100度、最も冷たい 場合を0度、温かくも冷たくのない中立の場合を50度とする と、あなたの気持ちは何度でしょうか。ここでは自民党の場 合である。 (18)従属変数が質的データの場合、特殊な分析を行わなければなら ない(プロビット分析等) 。本論文ではその分析方法は用いず、 線形の関係を仮定して推計した。 52 (19)質問は以下の通りである。同じように政治家についてご意見を お聞かせください。橋本龍太郎さんはいかがですか。 1.○点 2.聞いたことがない 3.わからない 4.答えない また「聞いたことがない・わからない・答えない」は、欠損 値とした。 (20)質問は以下の通りである。政治的立場を表すのに保守的とか革 新的とかいう言葉が使われます。0が革新的、10が保守的だと すると、あなたの政治的立場は、どこにあたりますか。数字 でお答えください。また「わからない・答えない」は欠損値 とする。 (21)この変数の作成方法は以下に示す。作成には2つの変数を使っ た。 「Q1選 挙のことは別にして、ふだんあなたは何党を支持 していますか。Q2あなたは支持する政党の熱心な支持者です か。それとも、あまり熱心な支持者ではありませんか。1.熱心 な支持者 2.あまり熱心ではない支持者 3.わからない 4. 答えない」である。Q1で自民党と答えた人の内、Q2で1と答 えた人を「熱心な支持」 、2と答えた人を「あまり熱心でない 支持」とした。そしてQ1で自民党と答えない人を「支持しな い」とした。さらに「わからない」 ・ 「答えない」は、欠損値 とした。 (22)三宅は『投票行動』のなかで「加齢による保守化」について説 明している(三宅 1989, p.162-164) 。 (23)質問は以下の通りである。同じように考えていただくとすると、 自民党の政治的立場はどこにあたりますか。ただしこの質問 は、注17の質問をうけている。 (24) 「 《経済》状態」は「マクロ景気認知」と「生活満足度」から加 工したものであるので、多重共線性の問題が起こる可能性が 高いと考える。 (25)独立変数間の係数比較を可能にする標準化係数は、本論文では 用いない。なぜなら本論文では独立変数間の影響の度合いを 見ることを目的としていない。また経済業績評価による政権 党支持態度への影響は、その時点での経済問題の重要性によ って異なるものと考える。例えば96年当時と現在ではまた重 要性が変わっており係数は大きく変化しているであろう。そ 53 ういう理由により、この論文では係数値の大きさの検討は行 わない。 (26)回帰分析のうち、中心の分析と補足の分析のどちらでも、経済 評価は規定因となっていた。したがって政府支持に対して、 少なくとも経済要因は存在しているといえる。 (27)分析上の問題(3変数の効果の比較を行ってない)から、消極 的な受容にならざるを得ないことを断っておく。ただ統計上、 棄却されないと判断したため、経済仮説を消極的ながら受容 した。 (28)本論文は、1996年における静学分析である。時系列で分析を行 ってない以上、他の時期における経済業績投票の存在は推測 に成らざるを得ない。 参考文献 A・ダウンズ 1957『民主主義の経済理論』 吉田精司訳 成文堂1980。 猪口孝 1986「経済状況と政策課題」綿貫譲治他『日本人の選挙行動』 東京大学出版会。 小林良彰 1991『現代日本の選挙』東京大学出版会。 小林良彰 2000『選挙・投票行動』東京大学出版会。 NHK放送文化研究所編 2000『現代日本人の意識構造 第5版』日本 放送出版協会。 西澤由隆 1999「五五年体制下の内閣支持率と経済政策に対する評 価」 『同志社 法学』265号 p.1-31。 三宅一郎 1989『投票行動』東京大学出版会。 森一夫 1997『日本の景気サイクル』東洋経済新報社。 平野浩 1993「日本の投票行動における業績評価の役割」 『レヴァイ アサン』 p.147-167。 54 5 なぜ日本人は政治的 有力感が低いのか 立花 育美 1.はじめに 紛争や核の脅威が絶えない今日、民主主義諸国はその質が問われて いる。独立して間もない発展途上国や旧共産主義国には、名ばかりの 「民主主義」を掲げ、独裁政治を行っている国もある。はたや、欧米 や日本のような成熟した民主主義国は、本当に民主的だと言えるのだ ろうか。 各国の民主化の程度を測る指標のひとつに、政治的有力感(政治的 有効性感覚とも言う)が挙げられる。政治的有力感とは、 「政府の行な いに対し、自分は影響力を及ぼすことができる」と信じている、有権 者の感覚を指す。政治的有力感を強く自覚する者は、より積極的な政 治参加を通じて、自分の意見を政策に反映させようと試みるだろう。 もし自分とかけ離れたところで政府の決定が行われていると感じるな らば、その有権者が政治参加の意義を見出す可能性は低い。このよう に考えると、政治的有力感は、政治参加の主体性を裏付ける要素であ り、当然ながら、実際の政治システムの運営にも影響を与えていると 推測できる。1 健全な民主主義国には、このような有力感を持つ者が 多いに違いない。ところが、現在の日本では有権者の 70%以上が「自 分には政府のすることに左右する力はない」と感じている(表 1) 。な ぜ民主主義が成熟しているはずの日本において、多くの有権者は政治 的有力感を持たないのだろうか。この問いにはさまざまな要因が考え られるが、本稿では次のような命題を設定した。 55 わから ない・ 無 回答 5.3% そう は思わな い 9.3% あま り そう は思 わな い 13.5% そう 思う 43.6% ま あそう 思う 28.4% 表1 『 自分自身には政府のする こ と に対し て 、 それを 左右する 力 はな い』 について ど う 思いま すか。 (出所:JEDS2000, N=1533) 「社会に出てから政治的関心が高まり、有権者は政治的有力感を抱 きやすくなる。しかし、学校や家庭で政治議論が活発に行われないた め、青年期から政治を身近に感じることができない。このことが、有 権者全体の政治的有力感を下げている。 」 政治的有力感の停滞原因を探ることは、無党派層の増加や投票率の 低下など、今日の政治離れ、ひいては日本の民主主義を見つめなおす うえで、重要な課題であろう。これから、その検証過程を提示する。 2.先行研究 2-1.日本におけ 有権者の政治参加への主体性を表す政治的有力感は、実際の参 る政治的有 加態度にどの程度影響を与えているのだろうか。合理性の論理に 力感の影響 当てはめて政治参加を説明すると、 「自分が行動を起こすことで政 府の決定に影響を与えられる」と信じているからこそ、政治に参加す ると考えられる。しかし、投票参加に関しては、現代の日本では政治 的有力感が行動を決定付ける要因にはなっていないと、これまでの先 行研究では述べられている(三宅 1990) 。 この報告を受けて、三宅・西澤は、1983 年と 1993 年の衆議院総選 挙の際に取られた全国世論調査データを用いて、投票行動を促す諸要 因を検討した。2 彼らによれば、政治的有力感は、投票行動に影響を 及ぼす要因として、 統計的に有意な結果を示さなかった。 この原因に、 三宅・西澤は、自民党の長期的支配による有権者の意識と質問内容の ズレを挙げている。つまり、これまで自民党が政権を独占してきたた め、有権者にとっての国政選挙とは、内閣のメンバーを選ぶことより 56 「自分の住んでいる選挙区の代表を選出できるかどうか」という関心 に絞られている。しかし、これまでの研究における政治的有力感の質 問内容は、国の政府に対する影響度を測るものであって、地方政府に 対するものではない。 それでは、7割以上の有権者が政治的有力感を持たないにもかかわ らず、なぜ彼らは投票所に足を運ぶのだろうか。この問いに、政治的 義務感で説明しようとした W.ライカーと P.オーデシュックの理論が、 三宅・西澤によって紹介されている。ライカーとオーデシュックは、 「選挙結果に直接影響を及ぼすことはないとしても、民主主義の基本 である選挙に参加することで満足感を覚える。政治的義務感の十分高 い人にとっては、この満足感が投票の心理的コストを上回るので、投 票に行くことはけっして非合理的とはいえない」と述べている(綿貫・ 三宅 1997) 。 2-2.青年の関心 三宅は、青年の関心領域をタイプ別に分け、これらと政治的有 領域と政治 力感の強弱の違いを比較した。3 彼は、関心領域が「公共集中型」 的有力感 の青年は、政治的有力感を持つ者と持たない者にほぼ等しく分か れるのに対し、関心領域が「私集中型」の青年は、政治的有力感が低 いと述べている。 2-3.国際比較に 5カ国の政治文化を研究した G.A.アーモンドと S.ヴァーバは、 よる政治的 家庭や学校における参加程度と、政治的有力感との関係に注目し 有力感の研 ている。彼らは、教育程度によって家庭での参加程度や政治的有 究 力感が異なることから、それぞれの教育集団ごとに、双方の関係 を比較した。それによると、教育レベルの低い集団では、家庭での参 加程度と有力感との関係は顕著に見られるが、教育水準の高い者では、 明白な関係は見られなかった。この原因は、高等教育を受けた者は、 政治的有力感をもたらす様々な圧力に影響を受けるため、家庭内での 参加程度は、限定的な効果にとどまる、と説明されている。 また、学校内での参加については、インフォーマルなタイプ(決定 に対する抗議)と、フォーマルなタイプ(教室での討論への参加)に 分けて、これらの相違を求めた。彼らの考察によると、両者とも積極 的な参加を行う者ほど、政治的有力感が高く、特に決定への抗議は政 治的有力感と強い相関を持つ。しかし、討論の参加については、 「参加 57 の機会があったにもかかわらず参加しなかった」と答えた者は、 「参加 の機会を持てなかった」と回答した者より、政治的有力感が低いこと が確認された。 3.仮説の設定背景とメカニズムの説明 今回、三宅・西澤の報告を受けて、投票行動に起因する影響を検討 したところ、分析に用いた指標が「中央政府」に対する有力感を測定 したものであるため、有意な結果を得られなかった。したがって、自 民党の長期支配が、有権者の中央離れをもたらしているという三宅・ 西澤の指摘は、本稿の研究課題に対しても有力な原因だと推論できる。 また、アーモンドとヴァーバが着目したように、成長過程における決 定への参加程度も、政治的有力感の有無に影響を及ぼしていると考え られる。 しかし、政権システムという制度的要因の前に、そもそも「国民の 政治知識や政治的関心を養う教育が十分に行われていない」という基 本的な問題が起因しているのではないだろうか。本稿では、仮説とし て以下のメカニズムを設定した。 加齢による社会化 政治的関心 政治的有力感の形成 妨 害 青年期の政治議論の欠如 (政治を身近に感じられない) まず、政治的有力感が形成される流れを追ってみると、2つの段階 を経ることになる。人々(ここでは有権者)は一般的に、年をとるご とに就労や生活形態の変化(結婚・出産など)によって社会化が促進 される。このことは意識の社会化を生み、身のまわりの地域や政治に 対する関心が高まる。例えば、会社勤めの有権者は、年金の支給制度 や雇用に対する不安から、政治に関心を抱くのかもしれない。政治に ついてより強い関心をもつようになれば、積極的な政治参加を通じて、 政治に対する有力感を抱きやすくなるという理論である。 次に、以上の前提を踏まえて、政治的有力感の形成を妨げる原因メ カニズムを説明する。加齢による社会化でいくら政治的関心が養われ ても、自我が芽生える重要な時期に、学校や家庭といった身近な教育 環境で、 政治について議論する機会を、 多くの人々は持つことがない。 58 そのため、参政権を獲得する前から政治に関心を抱いたり、政治を身 近な存在として認識するのは困難だろう。このことが、政治的有力感 の停滞を招いている、一つの誘因だと私は考える。 以上の仮説を、次節以降で実証的に検討していく。 4.仮説の検証 本稿で用いたデータは、2000 年に行われた「日本人の民主主義観と 社会資本」に関する世論調査の結果である。4推定には、クロス表分析 を用いた。 4-1.変数の検討 政治的有力感の形成を促すリソースとして、ここでは、年齢・ (形成メカニ 配偶者の有無・配偶者との政治に関する話題性・政治的関心の4 ズム) つの変数を検討した。 年齢――年齢と政治的関心との関係は、すでに先行研究で報告されて いる。蒲島は、政治的関心は男性の場合、40 代まで年齢と共に上昇す るが、それ以後はゆるやかに低下し、女性の場合、50 代までほぼ同じ レベルに留まるが、60 歳を越えると急激に低下すると指摘している (蒲島 1988) 。今回は、蒲島のように性別ごとの分析は行わないが、 もし蒲島と同じような結果が得られれば、40∼60 歳を境に、政治的有 力感も低下する可能性が推測される。ただし、これはあくまで仮説が 正しい(政治的関心と政治的有力感に相関がある)場合である。 配偶者の有無・配偶者との政治に関する話題性――社会化のひとつと して、結婚による生活形態の変化が挙げられる。家族が増えれば、住 宅問題や子供の教育問題などに対する関心が高まり、政治への関心も 増加する可能性が考えられる。配偶者をもつ者は、 「配偶者の方と政治 について話題になりますか」という質問に対し、 「ずいぶん話題になっ た」 、 「ある程度話題になった」 、 「話題にならない」 、 「わからない」の 4つのうち、該当するものを答えてもらった。 政治的関心――「年齢」と「配偶者の有無・配偶者との政治に関する 話題性」を独立変数とし、それぞれとの関係を検証する。政治的関心 は「関心がある」 、 「関心がない」 、 「わからない」の3択から選んでも らった。 政治的有力感(従属変数)――政治的有力感の測定には「 『自分自身に は政府のすることに対して、それを左右する力はない』についてどう 59 思いますか」という質問を用い、 「そう思う」 、 「まあそう思う」 、 「あま りそうは思わない」 、 「そうは思わない」 「わからない」の5つの選択肢 から回答してもらった。 4-2.分析結果と 検証 クロス表の分析結果は、次のとおりである。 「わからない」と無 回答は、分析の対象から除外した。 表 2 年齢と政治的関心 年齢カテゴリー 政治的 関心 20 代 30 代 40 代 50 代 60 代 70 代 80 代∼ 関心あり 32.3 42.4 56.3 65.4 63.0 61.0 57.9 関心なし 67.7 57.6 43.7 34.6 37.0 39.0 42.1 計(%) 100 100 100 100 100 100 100 N (164) (205) (286) (353) (308) (187) (38) *カイ 2 乗値=74.147, 危険率=0.000 20 代は3割ほどの有権者しか政治的関心を持たないが、年を経るご とに政治的関心を抱く者は増え、50 代では6割半の人々が政治につい て何かしらの関心を寄せている。いっぽう、50 代以後はゆるやかに低 下する傾向が見られる。蒲島の分析によると、男性では 40 代、女性 では 60 代を境に政治的関心が下がると確認されているので、40 代と 60 代の中間層にあたる 50 代を越えると、男女の政治的関心が低下す る表2の結果は、蒲島の指摘が有意であることを示している。 表 3 配偶者の有無と政治的関心 配偶者の有無 政治的関心 あ り な し あ り 58.2 48.3 な し 41.8 51.7 計(%) 100 100 N (1195) (344) *カイ 2 乗値=10.629, 危険率=0.001 60 表 4 配偶者との政治に関する話題性と政治的関心 配偶者との政治的話題性 政治的 関心 ずいぶん ある程度 話題に なった なった ならない あ り 81.7 71.8 42.4 な し 18.3 28.2 57.6 計 ( % ) 100 100 100 N (71) (560) (753) *カイ 2 乗値=132.619, 危険率=0.000 2つの表を検討すると、配偶者の存在が政治的関心に影響を与えている ことが分かる。表3では、配偶者を持つ者の6割近くが政治的関心を抱 いているのに対し、配偶者を持たない者は、政治的関心を持つ者と持た ない者にほぼ等しく分類されている。表4では、配偶者を持つ人々の中 でも、政治について話題になる者は、 「ずいぶんなった」と「ある程度 なった」を合わせると7∼8割が政治的関心を抱いているが、話題にな らない者は 57.6%と 6 割近くが政治的関心を持っていない。 表5 政治的関心と政治的有力感 政治的有力感 政治的関心 少しは あまり ある ない ある ない 計(%) N あ り 11.0 16.0 32.3 40.8 100 (840) な し 8.3 12.3 26.3 53.0 100 (624) *カイ 2 乗値=21.645, 危険率=0.000 この表からは、政治的関心をもつ者のほうがもたない者より、政治 的有力感を抱く傾向に若干寄っていることが確認できる。したがって、 政治的関心は政治的有力感を形成する決定的な要因ではないにせよ、 わずかに影響を及ぼしていると言える。しかしながら、政治的関心を 抱く者・抱かない者ともに、7∼8割が政治的有力感が「ない」 、また は「あまりない」と答えている。この結果の原因は、 「どのくらい政治 的関心をもっているか」という関心の程度を測る選択肢がないため、 61 「関心があるかないか」の2択に限られた変数を用いたことだと推測 される。 4-3.変数の検討 政治的有力感の形成を妨げる仮説を検証するため、ここでは、 (妨害メカニ 学校での政治議論・家庭での政治議論に関する2つの変数を検討 ズム) した。 学校での政治議論――学校教育で政治に関する議論が行われたかどう かを問う質問文は「中学校や高校の社会科の時間に、身近な政治問題 について教室で議論した覚えはありますか」であり、 「はい」または「い いえ」で回答を得た。 家庭での政治議論――学校でのそれと同様に、 「中学生や高校生の時、 身近な政治問題について家族と議論した覚えはありますか」という質 問に対し、 「はい」 、 「いいえ」の2択から返答してもらった。 政治的有力感(従属変数)――政治的有力感の形成メカニズムを検証 した際と同じ質問と回答肢である。 4-4.分析結果と 検証 「政治が有権者にとって身近な存在かどうか」という意識を測 る指標がないため、学校・家庭それぞれの環境における政治議論 の有無と、政治的有力感との 2 者間で、クロス表分析を行なった。な お、 「わからない」および無回答は、分析の対象から除いた。 表 6 学校での政治議論と政治的有力感 政治的有力感 学校での政治議 論 あ な っ か 少しは あまり ある ない ある っ ない 計(%) N た 12.9 19.9 33.9 33.3 100 (186) た 9.0 13.4 29.7 47.9 100 (1262) *カイ 2 乗値=15.922, 危険率=0.001 62 表 7 家庭での政治議論と政治的有力感 政治的有力感 家庭での政治議 論 あ な っ か 少しは あまり ある ない ある っ ない 計(%) N た 12.8 14.2 35.0 38.1 100 (226) た 8.9 14.0 29.5 47.6 100 (1241) *カイ 2 乗値=8.855, 危険率=0.031 表6と7を比較すると、大きな違いは見られない。両者とも次の2 点が指摘できる。ひとつは、学校や家庭で政治議論を行なった者とそ うでない者とのあいだに、5∼7倍近い差が存在することである。表 6の総数は 1448 人、表7は 1467 人であり、それぞれの場で議論しな かった者をこれらで割ると、学校では約 87%、家庭では約 85%の回答 者が、政治議論の機会を持たなかったことになる。二つ目は、政治に ついて議論を行なった者は、行なわなかった者より、わずかに政治的 有力感が強い方向に傾いていることである。しかし、学校・家庭とも に、政治議論をした者のうち、27∼34%程度しか政治的有力感を抱い ておらず、残りの人々は政治的有力感を自覚していない。 5.結論 以上、2000 年に行なわれた全国世論調査のデータをもとに、政治的 有力感の形成メカニズムと、それを妨げている原因メカニズムについ て検討を行なった。分析の結果、形成メカニズムの検証からは、加齢 による社会化と政治的関心には相関があるが、政治的関心と政治的有 力感とは相関がないことが解明された。これにより、政治的有力感が 形成されるには、社会化や政治的関心以外のさまざまな要素が起因し ていると考えられる。 いっぽう、原因メカニズムの検証からは、青年期に学校や家庭で政 治議論を行なった者は、行なわなかった者より、政治的有力感を抱く 傾向が若干確認された。したがって、仮説は実証されたと言えよう。 しかし、政治について議論経験のある者・ない者ともに、67∼77%が 政治的有力感をもたない点も、同時に明らかとなった。つまり、成長 過程における政治議論の欠如ではない、他の原因が存在していると考 えられる。そのひとつとして、三宅・西澤が指摘したように、自民党 63 による長期的支配が有力な原因だと私は推測する。 今回の分析によって、自己認識を始める中学・高校時代に、大半の 者が学校や家庭で政治について話し合う場を持たないという事実は、 政治参加に対する有権者の認識に影響を与えていることが解明された。 政治離れが進んでいる今日、とりわけ学校の授業で政治に関する議論 を行わないことは、 「教育による主体的な有権者の育成」 という効果を、 政府や学校側が重要視していないことが伺える。この原因のひとつに、 「学校教育で政治議論はタブーだ」という概念が存在していると私は 考える。戦後の教育は「だれでも同じレベルの教育を受けられる」平 等主義を取り入れ、宗教や政治思想に関する教育は否定されてきた。 しかし、学校で政治知識を教わったり、政治問題について意見をもつ 練習をしなければ、国民の政治的関心は養われるはずはなく、家庭で も政治議論が行なわれないのは当然である。蒲島の研究によれば、日 本の政治参加は教育程度と関係がないと報告されている(蒲島 1988) 。 この原因のひとつに、 「どの教育レベルでも政治議論がなされていな い」という現状が、起因しているのではないだろうか。 注 (1) その理由づけは、次のとおりである。 「もし政策決定者が一般人は 参加できると信ずるとすれば、彼らは、このような信念が存在し ないときとは全く異なった行動の仕方をするであろう。たとえ個 人がこのような信念にしたがって行動しなくとも、政策決定者は、 彼らにはそれができるのだと仮定して行動するかもしれず、 (中 略)参加の神話が存在しない時よりはもっと市民に応答するであ ろう(G.A.アーモンド&S.ヴァーバ 1974) 。 」 (2) このデータは、三宅・西澤によれば、JES グループによって収集 されたものである。データ内容の詳細は、綿貫・三宅 1997 を参 照。 (3) 三宅は、関心のタイプを次の 4 つに分けている。 「公共・私両域に わたり広く関心をもつ人(広領域型)」 、 「公共領域の事項にのみ広 く関心をもつ人(公共集中型)」 、 「私的領域の事項にのみ広く関心 をもつ人(私集中型)」 、 「公共・私を問わず、関心をもつ項目の少 ない人(狭小型)」である(三宅 1990) 。 64 (4) このデータは JEDS2000 であり、聴講ゼミの担当者(西澤由隆・同 志社大学法学部教授)から提供をうけた。 参考文献 G.A.アーモンド&S.ヴァーバ 1974 『現代市民の政治文化』 勁草 書房。 蒲島郁夫 1988『政治参加』東京大学出版会。 三宅一郎 1990『政治参加と投票行動』ミネルヴァ書房。 綿貫譲治・三宅一郎 1997『環境変動と態度変容』木鐸社。 マリア・ノルシス 『SPSS による統計学入門』 山本・森際・藤本訳 東洋経済新報社 1994。 2 3 65 社会的属性と保革 自己イメージの関係 ―「公平−不公平」の視点からの分析― 中野 琢巳 1.はじめに なぜ有権者の保革自己イメージには差が生じるのであろうか。言い 換えれば、どのような人がどのような理由で自己を「保守的」であると か「革新的」であると認識するのだろうか。 「どのような人が」ということに関して蒲島・竹中は社会的属性と 保革自己イメージとの関係を実証している(蒲島・竹中 1996, p.220-221) 。蒲島・竹中によれば保革自己イメージに影響を与える社 会的属性は職業や年齢であり、性別や学歴によって、保守か革新かと いう違いは生じない。具体的には職業では勤め人と学生が革新的であ り、農林漁業や自営業と思われる人は保守的である。また年齢では 30 代・40 代は革新的であり、他の年齢層は概して保守的であると蒲島・ 竹中は述べている。 しかしこうした社会的属性を持つ人たちが「どのような理由」によ って保守的であるのか、また革新的であるのかということを解明するよ うな研究はなされてこなかった。その理由は年齢・職業などの社会的属 性の種類ごとに保革自己イメージを決定する要因が違い、そしてその要 因もそれぞれ多岐にわたるものであると考えられて来たからではない かと私は考える。その場合の分析は複雑なものにならざるをえないであ ろう。それでは各社会的属性における保革自己イメージを、共通する概 念によって説明することは出来ないだろうか。このことこそこれまでの 研究に欠けていた視点であると私は考える。そこで本稿では属性間で生 66 じる保革自己イメージの差を「公平−不公平」を軸とする公平感に注目 して説明することを試みる。 ではなぜ公平感なのか。それは「公平−不公平」の問題は政治を考 える上で極めて重要なものであると私は考えるからである。税制改革 や介護保険、選挙制度改革など制度の創設や改革が叫ばれるとき必ず 問題となるのは「公平−不公平」の問題である(海野 2000, p.26-27) 。 捉え、 「保守」は現体制に対し現状維持を望むこと、それに対して「革 新」は現体制に対し特に現在は構造改革が叫ばれる状況であり、 「公平 −不公平」の問題は政治を考える上で避けてとおることが出来ないも のである。こうした状況下では有権者の「公平−不公平」認知が保革 自己イメージにも大きな影響を与えているのではないだろうか。 そして本稿の意義も「保守」 「革新」という一見分かりにくい概念を 政治上だけでなく日常にもあふれている「公平−不公平」というより身 近な概念で説明することにある。そうすることで有権者の保革自己イメ ージの生成メカニズムを単に社会的属性の違いで説明するよりも身近 に捉えることができるだろう。 以下次のように議論を進める。2節で公平感と保革自己イメージつ いての詳しい説明を行なった後、蒲島・竹中の研究結果が現在どのよ うになっているか確認する。3節で社会的属性ごとの仮説を提示し、 4節でクロス表を用いた分析により仮説を検証する。1 そして5節で 本稿において明らかになったことを踏まえて考察を論じる。 2.保革自己イメージと公平感 2-1.保革自己イメ ージと公平感 の定義 本項では保革自己イメージと公平感を定義した上 で両者の関係について論じる。 まず保革自己イメージとはどのようなものだろうか。有権者の保革 自己イメージはその有権者の持つ保革イデオロギーに基づくものであ る。ここでイデオロギーとは「何よりもまず、ある価値をもとにした、 さまざまな観念や意見、態度、信念、思想などの体系・複合体」であ る。 (蒲島・竹中 1996, p.12)そして「保守−革新」という価値をも とにしたイデオロギーが保革イデオロギーである。この保革イデオロ ギーをもとに有権者が「保守−革新」軸上に自己を位置付けるのが保 革自己イメージである。 では「保守」 「革新」とは何だろうか。この意味の捉え方には個人差 67 が生じる。例えば自分を「革新的だ」と称する人は反自民であること によってそう言っているのかもしれないし、社会主義者であることに よってそう言っているのかもしれない。そうすると有権者全体が一次 元尺度上に乗りうるという保証がなく、保革自己イメージも意味をな さなくなるのではないかという問題が起きる。しかし三宅一郎は、社 会調査の場合には「保守」 「革新」は政治シンボルとなっているので、 被調査者の方で了解して、調査者の意図に合わせてくれると仮定する ことでこの問題を解決できると述べている(三宅 1989, p.153) 。そこ で本稿では「保守」 「革新」を政治シンボルとして現状打破を望むこと であると定義する。2 次に公平感はどのようなものであろうか。人が「公平」 「不公平」と いうことを感じる時、その対象になっているものは「当該社会におけ る社会的資源の配分状況である(海野 2000, p.12) 。 」3 そしてその認 知した社会における資源の配分状況を、自らが「こうあるべきだ」と 思っている配分と比較した時に「公平−不公平」が生じると海野勝は 論じている。例として介護保険制度を考える。同じサービスを受ける のにはどの地域も同じ経済的負担を要求されるべきだと思っている人 が、他地域よりも高額の経済的負担を要求された場合不公平が生じる。 一方同じサービスを受けるには地域の情勢に見合った経済的負担を要 求されるべきだと思っている人は、地域間の格差に対して公平だと考 えるだろう。このように公平感とは社会の資源配分状況に対する個人 の評価基準なのである。 それでは公平感と保革自己イメージにはどのような関係があるのだ ろうか。人が現体制の維持を望む時、また変革を求める時、いずれに しても社会における資源の配分に対する評価はその動機として重要な 要素となりえるのではないだろうか。このことを海野は次のように述 べている。 「人々が資源配分の状況に満足し、その仕組を公平なものと 考えるなら、 その政治は正当性を取得しているといえるだろう。 逆に、 資源配分の現状に不満を持ち、その仕組が不公平なものと考えられた とき、政治は正当性を持たない。その時、人々の採りうる選択肢の一 つは、資源配分に影響力をもつ人々(政治家)を交替させることによ って資源配分の現状を変えることである(海野 2000, p.4) 。 」よって 世の中を公平と評価している人は保守的であり、一方不公平と評価し ている人は革新的であるという傾向が認められるのではないだろうか。 68 次項では仮説を立てる前提として第1節で紹介した蒲島・竹中の社 会的属性と保革自己イメージの関係が現在ではどのようになっている かを JEDS2000 のデータによって検証する。 2-2.社会的属性と 本項では社会的属性と保革自己イメージの関係を、各属性の平均値 保革自己イメ の分析により確かめることにする。4 表1は性別・年齢・学歴・職業の ージの現状 それぞれについて各属性間の保革自己イメージの平均値について差を とったものである。5 0 を革新的、10 を保守的とした 10 点満点の尺 度である。6 従って値が正であれば左側の属性の方が右側の属性より も保守的であることを示し、値が負であれば左側の属性の方が右側の 属性よりも革新的であることを示している。 表1 保革自己イメージの平均値の差 (性別) 平均値の差 T検定による危険率 男−女 (年齢) 0.05 0.563 Bonferroniの 平均値の差 検定による危険率 20代−30代 20代−40代 20代−50代 20代−60代 20代−70才以上 -0.25 -0.32 -0.56 -0.75 -1.01 1.000 0.960 0.012 0.000 0.000 30代−40代 30代−50代 30代−60代 30代−70才以上 -0.07 -0.31 -0.50 -0.76 1.000 0.647 0.025 0.000 (学歴) Bonferroniの 平均値の差 検定による危険率 40代−50代 40代−60代 40代−70才以上 -0.24 -0.43 -0.69 1.000 0.052 0.000 50代−60代 50代−70才以上 -0.19 -0.45 1.000 0.045 60代−70才以上 -0.26 1.000 Bonferroniの 平均値の差 検定による危険率 義−中 義−高 中−高 (職業) 0.40 0.64 0.24 0.001 0.000 0.093 義 : 義務教育 中 : 中等教育 高 : 高等教育 Bonferroniの 平均値の差 検定による危険率 勤−自 勤−主 勤−無 自−主 自−無 主−無 -0.33 -0.14 -0.37 0.19 -0.04 -0.23 0.036 1.000 0.034 1.000 1.000 0.849 69 勤 : 勤め人 自 : 自営・家族従業 主 : 主婦 無 : 無職 性別で見ると平均値の差も小さくT検定による危険率も 0.563 と高 いので、性別が保革自己イメージに与える影響はない。 年齢で見ると若い層ほど革新的で、年齢が上がるにつれて保守的に なっている。どの年代でもその年代と近い年代との差は危険率が高く、 統計的に有意ではないが、年齢が離れるにつれて危険率が極めて低く なりその差は有効である。よって年齢は保革自己イメージとの関係が 認められる。 学歴では高等教育が最も革新的で学歴が低くなるに従って保守的に なっている。中等教育と高等教育の間の差に関して危険率が 0.093 と 高く差は有効ではない。しかし、義務教育との差はどちらも有効であ り、学歴が高い高等教育との差の方が大きい。よって義務教育を基準 にして考えると学歴が高いほど革新的であると言えるだろう。 職業では勤め人と自営・家族従業、勤め人と無職の間で平均値の差 が大きく、また危険率もそれぞれ 0.036、0.034 と小さいので有効であ るが、他の職業間には有効な差が認められない。よって勤め人の方が 自営・家族従業よりも革新的であることを示している。 以上より JEDS2000 のデータで確認できる社会的属性間の保革自 己イメージの違いは以下の通りである。 ・ 性別は保革自己イメージに影響を与えていない。 ・ 年齢では低年齢であるほど革新的である。 ・ 学歴では義務教育を比較の対象とした場合、高学歴であるほど革 新的である。 ・ 職業では勤め人が自営・家族従業と無職よりも革新的である。 次節では本項で属性間の保革自己イメージの差が明らかになった年 齢・学歴・職業について、その理由を公平感によって説明する仮説を 提示する。 3.仮説の提示 本節では前節で属性間の保革自己イメージに差が認められた年齢・ 学歴・職業(勤め人と自営・家族従業、勤め人と無職)についてその理 由を公平感で説明する仮説を立てる。 仮説を立てる前にそれらの属性間における保革自己イメージの差に 共通するであろう命題を提示する。 70 「保守的である属性と革新的である属性の差は不公平に直面した後 の処理の仕方で説明できる。革新的である属性では不公平に直面したた めに革新的になったが保守的である属性は不公平に直面しても革新的 にはならない。その違いが保革自己イメージの差となって現れている。 」 これを説明する社会的属性ごとの仮説は以下の通りである。 (年齢) 「年齢が低いほど社会化されていないため、不公平に直面した時そ れを受け入れることができないので革新的である。年齢が上がるにつれ て社会化されるため保守的になっていく。 」 ここで社会化とは個人が所属する集団の成員として必要な規範・価 値意識・行動様式を身につけることである。社会化の度合いには個人差 があるだろうが、その集団に属している期間が長ければ長いほど社会化 の度合いは強固なものになると考えられる。そうすると年齢が若いほど 社会人として世の中の配分体系に組み込まれてからの期間が短いので、 社会の配分についての規範や価値意識が身についていないと考えられ る。そのため資源配分について自己中心的な考え方をしがちになり、不 公平に直面した時に社会の規範や価値意識によって自己を抑制できな いので革新的になるのではないだろうか。 (学歴) 「学歴が高いほど自尊心を持つため不公平を感じると革新的になり やすい。 」 こう考える理由は以下の通りである。学歴が高い人は学歴が高いか ら有利な配分を受けることができるはずだと考えている。そのため不公 平に直面すると世の中の配分が不当なものだと考えて体制の転換を求 めるため革新的になる。逆に学歴が低い人ほど社会の配分に対しては学 歴が低いから仕方がないというあきらめの気持ちから、不公平を感じて も革新的にはならないのではないだろうか。 (職業) 「勤め人の所得の配分は自分の仕事の成果が直接反映されるわけで はなく経営者による評価によって決定される。そのため不公平に直面 するとその配分原理を採用している現体制を転換しようとする傾向が あると考えられるので革新的である。 」 自営・家族従業は仕事の成果が即配分となって現れるかわりにその 配分はすべて自己責任であると考えられる。そのため不公平に直面して もその配分を受け入れるしかないので革新的にはならないであろう。 71 また無職はデータを見る限りでは 86.6%の人が 60 歳以上であり、 会社を定年退職した人かもしくは自営業を引退した人であると考えら れる。そのため不公平に直面したとしても社会化されているため革新 的にはならないだろう。 次節では公平感と保革自己イメージのクロス表を分析することによ り本節で立てた社会的属性ごとの仮説を検証することにする。 4.社会的属性ごとのクロス表分析 4-1.作業定義 公平感を独立変数とし、保革自己イメージを従属変数として社会的 属性ごとにクロス表を作り、仮説を検証する。 公平感については「一般的に言って、今の世の中は公平だと思いま すか。完全に公平な社会を 10 点とし、極端に不公平な社会を 0 点と して、公平の度合いを点数にしてお答えください。 」という質問を用い た。0∼4 点を不公平、5 点を中間、6∼10 点を公平と3点尺度にまと めた。保革自己イメージについても2節2項の分析で用いた 0 を革新 的、10 を保守的とする 11 点尺度のものを公平感と同様にして 3 点尺 度にまとめた。 社会的属性については第 2 節 2 項の分析に用いた尺度をそのまま用 いる。 4-2.分析結果 クロス表を見るにあたって、キーポイントとなるのは次の点である。 ① 不公平の層の保守的な割合と革新的な割合を比較した場合 に革新的な割合の方が高く、同時に、 ② 公平の層で両者を比較した場合に保守的な割合の方が高い。 このことを確認できれば不公平感によって革新的な人が多くなり、 逆に公平感によって保守的な人が多くなっていると言えるだろう。 従って分析の結果が仮説を支持するのは以下の条件を満たす時であ る。年齢では若い世代ほど上の①の傾向が強く、②の傾向が弱い。学 歴では第一に義務教育と比べた場合に中等教育・高等教育において① の傾向が強く、②の傾向が弱い。第二にこの傾向が高等教育において より顕著に現れている。職業では勤め人において自営・家族従業と無 職よりも①の傾向が強く、②の傾向が弱い。 表 2 を見ると、①・②が同時に成り立っているのは 20 代・30 代で あり、他の年代では②しか成立していないように見える。確かに 40 72 代より上の年代では不公平の層における革新の割合は保守の割合より 高くないが、公平の層と比較すると、相対的に不公平の層で革新的が 多くなっているので①の傾向も確認できたと言えるだろう。①の傾向 に注目すると、不公平の層の革新的と保守的の割合の差は 40 代と 50 代の間を除けば年齢が低いほど大きく①の傾向が強い。7 また②の傾 向に注目すると、公平の層の保守的と革新的の割合の差は年齢が高く なるほど大きくなっているので②の傾向が強くなっていると言えるだ ろう。8 さらにどの年代においてもカイ2乗検定による危険率が 5%水 準で公平感と保革自己イメージの関係が認められる。従って仮説を支 持していると言えるだろう。 表2 年齢別のクロス表 20代 公平感 30代 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 公平感 40代 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 公平感 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 25.7 59.5 14.9 100.0 不公平(%) 27.7 47.9 24.5 100.0 不公平(%) 21.6 54.1 24.3 100.0 15.9 63.6 20.5 100.0 中間(%) 12.3 63.1 24.6 100.0 中間(%) 15.7 66.3 18.0 100.0 35.5 22.6 41.9 100.0 公平(%) 20.0 37.1 42.9 100.0 公平(%) 10.9 42.2 46.9 100.0 24.8 53.0 22.1 100.0 合計(%) 21.1 51.0 27.8 100.0 合計(%) 17.0 55.3 27.7 100.0 カイ2乗検定による危険率=0.002 カイ2乗検定による危険率=0.025 カイ2乗検定による危険率=0.001 N=149 N=194 N=264 不公平(%) 中間(%) 公平(%) 合計(%) 50代 公平感 60代 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 公平感 70歳以上 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 公平感 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 20.2 58.1 21.8 100.0 不公平(%) 22.2 50.0 27.8 100.0 不公平(%) 16.7 44.4 38.9 100.0 12.4 48.4 39.2 100.0 中間(%) 9.4 54.7 35.9 100.0 中間(%) 7.8 48.0 44.1 100.0 10.6 37.9 51.5 100.0 公平(%) 8.3 23.3 68.3 100.0 公平(%) 11.8 14.7 73.5 100.0 14.9 49.9 35.3 100.0 合計(%) 13.3 46.4 40.3 100.0 合計(%) 11.1 41.1 47.9 100.0 カイ2乗検定による危険率=0.001 カイ2乗検定による危険率=0.000 カイ2乗検定による危険率=0.004 N=343 N=278 N=190 不公平(%) 中間(%) 公平(%) 合計(%) 表 3 を見ると、 ①・②が同時に成り立っているのは高等教育だけで、 義務教育と中等教育では②しか成り立っていないように見える。しか し、この場合にも年齢別の分析と同様に不公平の層を公平の層と比較 すると、相対的に見て①の傾向を確認できる。そして義務教育との比 較において、中等教育・高等教育は共に①の傾向が強く、②の傾向が 弱い。また中等教育と高等教育を比較すると高等教育の方が①の傾向 が強く、②の傾向が弱い。従って義務教育を基準とした時に高学歴で 73 あるほど不公平感によって革新的が多くなることが確認できたと言え るだろう。さらにどの学歴においてもカイ2乗検定による危険率が極 めて低いことから公平感と保革自己イメージの関係が認められ、仮説 を支持している。 表3 学歴別のクロス表 中等教育 義務教育 公平感 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 不公平(%) 18.5 中間(%) 4.3 公平(%) 8.9 合計(%) 10.2 55.6 25.9 100.0 56.1 39.6 100.0 21.4 69.6 100.0 49.5 40.3 100.0 カイ2乗検定による危険率=0.000 N=303 公平感 高等教育 保革自己イメージ 合計 公平感 58.5 23.2 100.0 57.0 30.9 100.0 36.6 54.5 100.0 53.9 32.0 100.0 カイ2乗検定による危険率=0.000 N=737 不公平(%) 中間(%) 公平(%) 合計(%) 革新的 中間 保守的 不公平(%) 18.3 中間(%) 12.1 公平(%) 9.0 合計(%) 14.0 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 33.1 41.5 25.4 100.0 18.4 49.1 32.5 100.0 23.2 30.5 46.3 100.0 25.6 41.0 33.3 100.0 カイ2乗検定による危険率=0.002 N=351 表 4 を見ると、①・②が同時に成立しているのは勤め人だけである が、自営・家族従業と無職も、年齢別・職業別の分析と同様にして① の傾向が認められるので①・②が同時に成り立っていると言えるだろ う。そして勤め人は自営・家族従業と比べて①の傾向が強く、②の傾 向が弱い。従って勤め人は自営・家族従業と無職よりも不公平感によ って革新的が多いと言えるだろう。さらにどの職業でもカイ2乗検定 による危険率は極めて低いので公平感と保革自己イメージの関係が認 められる。よって仮説を支持していると言えるだろう。 表4 職業別のクロス表 自営・家族従業 勤め人 公平感 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 公平感 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 無職 合計 公平感 保革自己イメージ 革新的 中間 保守的 合計 25.0 53.2 21.8 100.0 不公平(%) 24.3 45.9 29.7 100.0 不公平(%) 27.4 45.2 27.4 100.0 14.6 54.3 31.1 100.0 中間(%) 10.9 54.3 34.9 100.0 中間(%) 6.7 52.4 41.0 100.0 18.0 32.3 49.6 100.0 公平(%) 9.2 21.5 69.2 100.0 公平(%) 7.9 28.9 63.2 100.0 19.7 49.0 31.3 100.0 合計(%) 15.4 44.3 40.3 100.0 合計(%) 13.9 45.8 40.3 100.0 カイ2乗検定による危険率=0.000 カイ2乗検定による危険率=0.000 カイ2乗検定による危険率=0.000 N=600 N=305 N=216 不公平(%) 中間(%) 公平(%) 合計(%) 74 以上のクロス表分析から社会的属性間の保革自己イメージの違いを 公平感で説明できることが明らかになった。以下にまとめると、 (1) 若い年代ほど不公平感によって革新的である。年齢が上がる につれて公平感によって保守的になる。 (2) 義務教育を基準として、学歴が上がるほど不公平感によって 革新的になる。 (3) 勤め人は不公平感から自営・家族従業と無職よりも革新的で ある。 次節では本節で明らかになったことを踏まえて考察を論じる。 5.考察 本稿の目的は保革自己イメージの社会的属性による差を公平感によ って説明することであった。前節のクロス表分析の結果、社会的属性ご とに生じる保革自己イメージの差を公平感で説明できることが分かっ た。本稿では公平感というより身近な一つの変数に注目したことで各社 会的属性について細かな洞察をすることができたのではないだろうか。 しかし本稿の分析は保革自己イメージの社会的属性による差に影響 を与えるであろう他の変数を考慮していないものである。保革自己イメ ージの社会的属性による差を説明するのはもちろん公平感だけではな いだろう。もしかすると他の変数との関係の中では公平感は保革自己イ メージを説明する変数として重要なものではないかもしれない。そうす るとやはり他の変数との関係を考慮に入れた時に公平感が保革自己イ メージを説明する変数として有効であるかを確かめる必要があるだろ う。このことは今後の課題としたい。 注 (1) 本論文の分析には、JEDS2000 というサーベイデータを用いた。 このデータはゼミ担当である同志社大学西澤教授より提供を受け た。 (2) 「保守−革新」を「自民−反自民」と捉えるにしても「右−左」 と捉えるにしても共通する感覚は「現状維持−現状打破」という ことであろう。 (3) 社会的資源とは「個人にとって欲求充足の源泉」となる物財・関 係材・ 文化財などの総称である(海野 2000, p.1) 。 75 (4) 第 1 節で紹介した蒲島・竹中の研究は 1991 年明るい選挙推進協会 調 査のデータを林数量化理論第Ⅰ類により分析している(蒲 島・竹中 1996, p.217) 。従って本論文での分析方法とは違う。 (5) 年齢は 20 代・30 代・40 代・50 代・60 代・70 歳以上の6つにま とめている。 学歴は蒲島・竹中の定義に従い、義務教育・中等教育・高等教育 の3つに分類した。この場合の中等教育とは高卒レベルを指す(蒲 島・竹中 1996, p.212) 。戦後教育については「小学校」 「中学校」 を義務教育、 「高校」 ・ 「専門学校・職業訓練校」を中等教育、 「短 大・高専」 「大学」 「大学院」を高等教育とした。戦前・戦中教育 については「小学校・尋常小学校」 「高等小学校」を義務教育、 「旧 制中学・女学校」を中等教育、 「旧制高専」 「旧制高校」 「旧制専門 学校・予科」 「旧制大学」を高等教育とした。 職業については蒲島・竹中の定義に従い「自営業」と「家族従業」 を1つにまとめ、 「自営・家族従業」とした。 「学生」 (N=14)と いう選択肢もあったがサンプルが少なすぎるため分析からは抜く。 また「その他」も除外した。 (6) 「政治的立場を表すのに保守的や革新的などという言葉が使われ ます。0が革新的、10 が保守的だとすると、あなたの政治的立場 は、どこにあたりますか。 」という質問を用いた。 (7) この場合の差は「革新的の割合−保守的の割合」をとっている。 この時値が負になるケースがあるが絶対値の議論ではないので正 >負の大小関係である。 (8) この場合の差は「保守的の割合−革新的の割合」をとっている。 学歴別・職業別の分析でも年齢別の分析と同様にして、不公平の 層では注(7)の方法で、また公平の層では注(8)の方法で両者の割合 の差をとり、その差を属性間で比較して議論を展開している。 引用文献 蒲島郁夫・竹中佳彦 1996 『現代日本人のイデオロギー』東京大学出 版会。 三宅一郎 1989 『投票行動』東京大学出版会。 海野道郎編 2000 『公平感と政治意識』東京大学出版会。 76 なぜ EU 諸国で 右派回帰が 起こっているのか ∼福祉行政は限界か∼ 同志社大学 法学部政治学科 林 昇平 1. はじめに 2. なぜ右派回帰か 3. 先行研究 4. 仮説 5. 作業定義 6. 分析 7. 考察 77 78 1. はじめに ∼研究の背景∼ 過去5年フランスの内閣を率いてきた社会党が 2002 年 6 月の総選挙で 大敗した。最も左派らしいとされてきた同党の敗北によって欧州各国で相 次ぐ右派回帰の流れがかなり明確なものとなった。欧州の主流派とされた 社会民主主義勢力はなぜ次々と政治の表舞台からはじきだされるのか。フ ランス総選挙での保守・中道連合の大勝は、欧州政治の新しい潮流を予 感させる。 もはや“かつての主流派”となった欧州社会民主主義勢力台頭の起源 はベルリンの壁崩壊にさかのぼる。東西対立の冷戦構造解体を受けて欧 州各国で共産党が衰退する中、社会主義政党は生き残りをかけて中道へ と大きく政策を転換した。以降、96 年にイタリアで中道左派連合「オリーブ の木」が政権に就き、翌 97 年のイギリス総選挙ではブレア労働党党首が資 本主義と社会主義の融合「第 3 の道」を掲げて勝利。続く 98 年はドイツに シュレーダー左派連立政権が発足した。政策転換が選挙戦勝利の主要因 であるとは必ずしも言えないものの、社会民主主義勢力はEU加盟 15 カ国 中 12 ヶ国で政権を担当する欧州の主流派にのぼりつめた。 しかし、99 年の欧州議会選挙における中道左派敗北以降、右派回帰へ の流れがヨーロッパ全土を覆いつつある。2000 年、オーストリアでハイダー の極右政党が政権入りを果たしたのを皮切りに、翌年、イタリアではベルル スコーニ率いる中道右派連合「自由の家」が、デンマークでは 9 年ぶりに右 派政権が誕生した。02 年に入ってからもそうした流れは衰えるどころかさら に勢いを増し、ポルトガル、オランダと次々に右派政権が成立した。そして 本格的な左派退潮のムードに世界中の注目が集まる中、同年 6 月、フラン スでヨーロッパを代表する社会民主党がついにその政権の座から退くこと となった。9 月末に行われたドイツ総選挙ではシュレーダー社会民主党が 緑の党との連立をもってかろうじて政権を維持したが、米の対イラク攻撃を 争点とした論争で選挙前の不利な形勢を持ち直した末の辛勝であることは 言うまでもない。2002 年 12 月現在、右派政権は加盟 15 ヵ国中9カ国を占 める。 90 年代末期から顕著に現れ始めた欧州各国における右派回帰への 動き、中道右派政党の得票率増加は、なぜ共通してこの時期、この地域に 起こっているのか。本稿では、研究対象を EU の 15 加盟国(2002 年 12 月 現在)とし、73 年オイルショック以降現在に至るまでの社会情勢の変化をマ 79 クロ的数値で捉えつつ、右派・中道右派政党の得票率増加との相関を検 証していく。 2. なぜ右派回帰か 欧州を取り巻く 近年、同時多発的に発生した欧州における中道右派政権の乱立には、 歴史的トレンド 当該地域に共通した社会経済的要因が強く働いていると考えられないだろ うか。政治・経済・文化のあらゆる面で歴史環境を共有した諸国家が、一定 の共通した状況に直面するであろうことは想像に難くない。その意味で、 近年の欧州を取り巻く歴史的トレンドは EU 加盟各国における右派回帰の 要因として注目に値する。 日本経済新聞(2002 年 6 月 18 日朝刊)は、仏総選挙での社会党大敗を うけて、欧州右派回帰の背景にここ数年の 3 つの変化を挙げている。まず、 「ユーロ導入」である。通貨統合とはすなわち「国境なき市場の総仕上げ」 であり、そうした市場競争の流れや共通の自由化プログラムは、管理と保 護を掲げる左派の政策に即さない。グローバル化する経済は「国民の現実 志向に拍車をかけ」、急速な左派離れを引き起こす要因となる。第二に、 「移民問題」も労働市場に与えるその大きな影響から左派離れの要因とし て挙げられる。現加盟国には年間数百万人が移民として流れ込み、大きな 社会問題となっている。かつて「失業懸念」が雇用重視の左派を政権に押 し上げたように、「移民不安」が右派への追い風となり、弱者に優しい左派 を下野へと追いやる。 福祉行政の 限界 本稿では上記に続く第三の要因、「福祉行政の限界」に言及する。福祉 政策の行き詰まりは中道右派政党の得票率増加と大きな関連があるので はないか。左派の唱える高福祉高負担の限界、またはそれに対する有権 者のアンチテーゼは、一連の右傾化に小さからぬ影響を与えていると考え られている。ここではその真偽、効果を検証したい。 第二次世界大戦後、先進諸国では各種給付やサービスを通じて国民に 基本的な所得・医療・教育などを保障する福祉国家体制が成立した。特に 欧州諸国は北欧の国々をはじめとして福祉先進国と称され、国によってか なりの個性があるものの高度経済成長期を経て確立した福祉国家体制を 築いていった。ところが 1973 年の石油危機以降、世界的な経済停滞期に 入り、税収減による国家財源の緊迫化とともに、福祉国家の様相はにわか に一変し後退を始める。福祉国家は一転して批判され「福祉国家の危機」 80 とまで言われるようになった(武川, 1999)。 冷戦以後、再度台頭を見せた欧州左派の「包容社会」は高齢者や失業 者など弱者を排除せず、国民生活を向上させる。だが高齢化と高失業率 を抱え、負担は将来も重くなりこそすれ軽くはならない。EU 統合の深化とと もに経済のグローバル化等、様々な周辺環境が変化を遂げる現在、欧州 の左派は軌道修正を余儀なくされている。政策面で右派との違いはぼや け、左派は急速にその存在感を失った。「経済のダイナミズムを高め、負担 を減らそう」という右派の主張に EU の有権者は確実に傾いているのではな いか。本論では“福祉行政の限界と右派回帰の関連性”を検証していく。 3. 先行研究 本研究はあくまで“福祉行政の限界と右派回帰の関連性”の検証であり 「福祉行政支持の規定要因」、つまり、有権者が福祉国家への支持・不支 持を決定する指標は前提として用いる。以下に仮説モデルの構築や変数 の採用に参考とした先行研究を紹介する。上村は『福祉国家は今なお支 持されているのか』(参考文献3に収録)において、1996年の ISSP データを 用い「有権者の福祉国家支持の規定要因」を検証している。上村が立てた 仮説および使用した変数は次のとおりである。 ① すでに多額の社会保障支出を行っている国では、さらに支出を増や すことが難しいので、福祉国家支持率が低くなるのではないか。 ② 経済状況の芳しくない国では、負担増に対する抵抗が大きく、福祉 国家支持率が低くなるのではないか。 仮説の①は社会保障支出の割合の高い国家ほど福祉国家支持率が低 いことを、仮説の②は失業率の高い国家ほど福祉国家支持率が低いこ とを示す。分析の結果、②の仮説、失業率のみ“有権者の福祉国家支 持の規定要因”として支持されたとの結論を上村は得ている。 分析単位: 国家 (アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュー ジーランド、日本、ドイツ、フランス、イタリア、アイルランド、スウェー デン、ノルウェー) 従属変数: 「福祉国家に対する支持を表す指標」 “増税しても社会 支出を増やすべきだ” とする有権者の割合(%) 81 (ISSP, 1996) 独立変数①: 「国民負担の大きさを表す指標」 GDP に占める社会 保障支出の割合 (ILO, 1997) 独立変数②: 「経済状況の良し悪しを表す指標」 失業率 (OECD, 1996) 「GDP に占める社会保障支出の割合」は高福祉高負担の限界と右派 回帰の関連を検証する変数になりうる。社会保障支出の割合とは国民の負 担を表す端的な指標であり、左派、社会民主主義勢力と右派の政策間で 一定の差が生じると考えられる。 使用された変数は本稿に有意義なものといえるが、分析過程自体に は若干問題がある。 以下の点を補完した上で仮説の参考とした。 まず、 単年度分析は有権者の志向性が一時的な争点に左右されてしまう可能 性が伴うためふさわしくない。分析単位は国家ではなく年度とし、時 系列、あるいは多年度にわたる分析を行うべきではないか。第二に、 独立変数の従属変数に対する時間的先行性が確保されていない。有権 者の意思形成(従属変数)の判断材料としてマクロデータ(独立変数) は時間的に先行すべきである。 4. 仮説 本稿の仮説を提示する。 ① GDP に占める社会保障支出の割合が先回選挙時よりも上昇すると右 派・中道右派政党の得票率は先回選挙を上回るのではないか 社会保障支出の割合の上昇は、有権者の負担増を意味する。有権者 はそれを何らかの形で認識し、それに対する抵抗として右派・中道右 派(非左派)政党へ投票すると考えられないだろうか。 ② 冷戦終結以降は冷戦期よりも①の関連がより強く見られるの ではないか タイムリーな政治現象としての右派回帰を検証するため、冷戦終結 以降のケースは現在にわたる新たな世界秩序の影響下のものと捉える 必要がある。冷戦終結後、福祉行政の行き詰まりはより深刻なものと なった。福祉国家の危機と称されるのはオイルショック以降すでにそ うだが、世界的な経済の停滞に加えグローバル化が進展し、左派の唱 82 える自国経済の保護政策は急速にその意味を失った。冷戦終結以降、 時代に即さない福祉政策に対する有権者の反発はさらに大きくなった のではないか。 5. 仮説の検証方法 仮説妥当性の検証にあたり、下の仮説検証モデル図に従って単純回帰 分析を行う。 仮説検証モデル図 冷戦終結前・後 GDP に占める 右派・中道右派政党 社会保障支出の割合 の得票率 仮説検討の 手続き 各変数の作業定義は次節にゆずり、ここでは仮説検討の手続きを整理 する。 1. まず、分析対象としてオイルショック以降、現在までを取り扱う。使用 するアグリゲートデータは 1973 年から 2000 年まで(2001、2002 年の マクロデータは入手できなかった)のものとする。 2. 次に、EU 加盟 15 カ国の総選挙における「右派・中道右派政党の得 票率の推移」を従属変数とし、「GDP に占める社会保障支出費の割 合の推移」を独立変数とした上で仮説検証モデル図を作成する(上 図)。仮説の概念上、「オイルショック以降∼冷戦期」・「冷戦終結後」 に全体を分類する。「冷戦期」・「冷戦終結後」は 1973∼1989 年と 1990∼2000 年で分割した。 3. 仮説の検証にあたり 2 変数間の単純回帰分析を行う。時代区分はコ ントロール変数。 6. 作業定義 仮説検証モデルを構成する変数の作業定義を行う。 分析単位: EU 加盟国国民議会総選挙開催年次 83 国家間の分類による 2 変数間における統制は行わない。各国家のデー タは全て平等に扱う。総選挙開催年次は web:Parties and Elections in Europe に全て依拠する。 従属変数: 国右派・中道右派政党の得票率推移 各国右派・中道右派政党の全てを対象とし、該当総選挙における先回 選挙からの得票率の伸び率を使用した。各政党の伸び率を個々に扱うの ではなく、一国家内の全右派政党の得票率総計から伸び率を算出する。 右派・中道右派政党の定義およびその得票率は web: Elections Around The World(政党定義)と Parties and Elections in Europe(得票率)に全て依 拠する。 独立変数: 各国 GDP に占める社会保障支出の割合(%)の推移 独立変数の時間的先行性を確保するため、先回選挙時の数値から該当 選挙の前年までの数値で支出割合の推移を算出した。投票の判断材料と なる情報は選挙以前に限られるからである。データは 1998 年まで IMF Government Financial Statistics (social security contributions % of GDP)を、 1999 年 2000 年データは EUROSATAT yearbook 2002 (social security contributions as a % of GDP)を使用した。 コントロール変数: 冷戦終結前・後 本稿は“福祉行政の行き詰まり”と“右派回帰”の相関を検証するもので あり、福祉国家が先進国で順調に発達したとされる 70 年代以前は対象とし ない。先にも示したように福祉国家の危機が言われるのは 1973 年第一次 オイルショック以降である。冷戦終結前・後は 1973∼1989 年と 1990∼2000 年で分割した。ソ連邦消滅は 1991 年を待つが、事実上の冷戦終結は 1989 年ベルリンの壁崩壊であると解釈した。 7. 分析・仮説の検証 仮説①の検証:「社会保障支出の割合」が増加すると「右派政党の得 票率」は増加する。 表 0 全ての加盟国 (コントロール変数なし) (SSC=社会保障支出の割合) 84 右派・中道右派政党の得票率の推移への効果 説明変数 非標準化係数 標準誤差 標準化係数 t-値 危険率 0.27 0.21 2.05 0.04 SSC % of GDP の 推移 0.53 N:99 調整済み決定係数:0.03 仮説は支持されたとは言えない。予測した関係が実証されれば両変数 は正の相関を示すはずである。検証の結果、表 0(時代区分による統制な し)は両者の正の相関を示し、危険率からも検証の結果が偶然でない確率 が高いことが言える。しかし、仮説の全ケースに対する説明力は著しく低い。 したがって、この分析結果によって仮説が支持されたとは言い切れない。 仮説②の検証:「冷戦終結後」の方が「冷戦終結前」よりも①の関 係が強く見られる。 表 1-1 全ての加盟国 (冷戦終結前) 右派・中道右派政党の得票率の推移への効果 説明変数 非標準化係数 標準誤差 標準化係数 t-値 危険率 -0.22 0.78 -0.04 -0.29 0.78 SSC % of GDP の 推移 N:60 調整済み決定係数:0.00 表 1-2 全ての加盟国 (冷戦終結後) 右派・中道右派政党の得票率の推移への効果 説明変数 非標準化係数 標準誤差 標準化係数 t-値 危険率 0.65 0.24 0.41 2.75 0.00 SSC % of GDP の 推移 N:39 調整済み決定係数:0.18 仮説は部分的に支持されたと言える。予測した関係が実証されれば、 85 冷戦終結後の方が高い規定力を示すはずである。冷戦終結前の分析にお ける危険率が非常に高く、説明力が極端に低いため、比較分析として正 確な結果が得られたとは言えない。しかし、冷戦終結後仮説①の関係が 見られ、他と比較して高い説明力が示された。 8 考察 本稿では、近年、顕著に見られる欧州右派回帰の動きとその主要な要 因の一つといわれる福祉行政の危機に注目し、両者の関係をマクロデー タによって統計的に検証することを試みた。全体の傾向として仮説の① と②が全面的に支持されたとは言えないが、福祉行政の行き詰まりが深 刻化した冷戦後において「社会保障支出の割合」と「右派政党の得票率」 の間に正の相関が見られたという事実は大きい。 右傾化という現象が民主主義、国際社会にもたらすものの善悪は別に して、福祉国家という統治体制が何らかの変革を迫られれていることは 明らかである。私たちはこの一連の現象をただヨーロッパの出来事とし て看過してはならない。世界が変わろうとしていること、政治が変わら なければならないことを認識すべきである。 今回の研究を進める上で大きな障害となったのは、まず最新のマクロデ ータをそろえられなかったことにある。社会保障支出等の財政データは一 般的に 1∼2 年遅れて公表されるのが常であり、最新のトピックを扱うこの 研究においてそれらを分析に取り込めなかったのは大きなマイナス点であ ろう。また、日経新聞が提示した右派回帰三要因の他二つに比較して今回 の独立変数を捉えることができなかったことも残念である。移民等のデータ は加盟国間でデータ測定の基準にずれがあり、統計的に利用することは 困難であった。加えてユーロ導入といった要因も数量化することの難しい 指標であった。こういった数量化が困難なデータや指標もって仮説をを違 った角度から捉えなおすためにはマクロデータとサーベイデータとの併用 が有意義だろう。以上の点を踏まえ、仮説検証方法を改良した上で改めて この研究を続けていきたい。 参考文献 デボラ・ミッチェル 1991 『福祉国家の国際比較研究――LIS10ヶ国の税・ 社会保障移転システム』 埋橋孝文 - 訳 1999 啓文社。 86 高橋進 2000 「ヨーロッパ新潮流―21 世紀をめざす中道左派政権」 『神 奈川大学評論ブックレット』 6 号 御茶の水書房。 武川正吾 1999 『社会政策の中の現代―福祉国家と福祉社会』 東京大 学出版会。 上村泰裕 2000 「福祉国家は今なお支持されているか」 佐藤博樹他-編 『社会調査の公開データ―二次分析への招待』 東京大学出版会。 山口定-編 1998 『ヨーロッパ新右翼』 朝日新聞社。 使用データ 政党得票率:Parties and Elections in Europe (http://www.parties-and-elections.de) 右派政党定義:Elections Around The World (http://www.electionworld.org/) 社会保障支出費:IMF Government Financial Statistics (social security contributions % of GDP) (http://www.worldbank.org/research/growth/GDNdata.htm) 87 党派性の日米比較 ∼政党支持態度と政党帰属意識∼ 13003227 三村憲弘 1 はじめに 本稿の目的は、政党支持態度と政党帰属意識を比較分析すること によって、日米の党派性の特徴を実証的に明らかにすることである。 政党支持態度は日本における党派性の特徴を明らかにしてくれ る重要な概念であり、政党帰属意識は米国における同様の概念であ る。両者は、一般的に党派性の指標として用いられてきたし、投票 行動を説明する上でなくてはならない政治的態度要因である。 しかし、政党帰属意識が心理的一体感を伴った態度であるという 点において意味が比較的明瞭であるのに対して、政党支持態度が何 を意味しているのかということは必ずしも明らかではない。本稿で は、曖昧な概念である政党支持態度がいったいどのような態度なの かということを明らかにしたい。結論を先に言うと、政党支持態度 は心理的一体感を伴わない態度であり、また、政党に対する距離感 を伴ったシニカルな態度なのではないかと私は考えている。 本稿で日米の党派性を比較分析する意義を 2 点強調しておきたい。 第 1 に、政党支持態度と政党帰属意識の質の違いを分析した研究 がほとんど見当たらないということである。しかしながら、質の違 いは、政党支持態度と政党帰属意識の比較可能性、米国生まれの政 党帰属意識論の日本における適合性という点において非常に重要 な問題である。 第 2 に、両国を比較することによって、変数間の影響力の解釈が 容易になるということである。1国の分析からだけではどの要因の 影響力が強いかといった議論を満足に行うことはできない。なぜな ら、各要因の概念定義と作業定義によって影響力の強さの推定値が 変化してしまうからである。 次節以下、次のようにして議論を進めていく。まず、第 2 節では 88 政党帰属意識と政党支持態度の理論的検討を行う。次に、第 3 節で はその理論的枠組みに沿って仮説を提示する。そして、仮説を検証 するために、第 4 節で変数を定義し、第 5 節で分析を行う。分析に 用いるデータは JEDS96、NES96 である。1 2 政党帰属意識と政党支持態度の理論的検討 2.1 政党帰属意識 と政党支持態度 政党帰属意識と政党支持態度は、どちらも社会心理学における 「態度」または「社会的態度」の一形態であり、心理学的態度 の理論的前提 理論に基づいている(田中 1997, p. 103)。クレ ッチらによると、態度は「特定の対象に対する正または負の評価、 感情、および好意的―非好意的な行動傾向からなる持続的なシステ ム」として定義される(山口 1998, p. 44)。この定義によると、態 度とは正負の方向性をもった「評価」、 「感情」 、 「行動傾向」の 3 つ の成分からなるシステムである。 では、このような態度理論に基づいた政党帰属意識と政党支持態 度はどのようにして測定されるのだろうか。表 1 がそれぞれの質問 文である。 表1:政党帰属意識と政党支持態度の質問文 NES96: Q. Generally speaking, do you usually think of yourself as a Republican, a Democrat, an independent, or what? SQ1.(党派性を答えた場合)Would you call yourself a strong (Republican/ Democrat) or a not very strong (Republican/Democrat)? SQ2.(党派性を答えなかった場合)Do you think of yourself as closer to the Republican or Democratic Party? JEDS96: Q. 選挙のことは別にして、ふだんあなたは何党を支持していますか。 SQ1.(党派性を答えた場合)あなたは支持する政党の熱心な支持者ですか、それとも あまり熱心な支持者ではありませんか。 SQ2.(党派性を答えなかった場合)支持するというほどでなくても、ふだん好ましいと 思っている政党がありますか。どの政党ですか。 両者の質問文の構造は非常によく似ている。その構造は、まず、 帰属政党・「支持」する政党の有無を聞き、そのような政党を答え た場合には帰属意識・支持態度の強さを、政党を答えなかった場合 89 には最も弱い帰属意識・支持態度を聞くというものである。2 しかし、構造は同じでありながらも、測定内容は大きく異なる。 その違いは、米国では「Republican」・「Democrat」といった帰属 政党を聞いているのに対して、日本では「支持」を聞いているとい う点である。 2.2 政党帰属意識 このように政党帰属意識と政党支持態度は測定内容が大きく異 と政党支持 なっている。それでは、この違いはどのようなものなのであろう 態度の相違 か。 「Republican」 ・ 「Democrat」といった概念で表される政党帰属 意識は、政党に対する心理的一体感を伴った態度である。西澤に よると、それは、アメリカ人が持つ宗教・人種・民族に対する帰 属意識と同じような、グループに対する感情的な傾向性である(西 澤 1998, p. 6)。つまり、政党帰属意識は心理的一体感を伴った「感 情」が主要な特徴であるような態度である。 しかし、日本にはそのような概念は存在しない。概念が存在し ない以上、日本には政党帰属意識は存在しないのではないかと私 は考える。この点に関して、西澤は次のように述べている。 「日本 人が「私が仏教徒である」 (あるいはより一般的には「日本人であ る」)と、自分自身のグループ意識を認識するのと同じように、政 党に対する帰属意識を持つであろうか」と。私も同意見である。 一方の政党支持態度であるが、日本には政党帰属意識は存在し ないのだから、心理的一体感を伴わない態度なのではないだろう か。 この点を間接的に示唆してくれる研究がある。政党支持態度が、 政党帰属意識とは異なり、不安定であるということを実証した研 究である。もし、政党支持態度が政党に心理的一体感を抱いてい るような態度ならば、それは安定していると考えられる。しかし ながら、これらの研究は安定していないことを実証しているので ある。例えば、三宅は 1983 年に行なわれた JES 調査の 3 波のパ ネル・データを用いて、日本の政党支持が米国の政党帰属と比較 して不安定であることを明らかにしているし、蒲島・石生は JES Ⅱ調査の 1993 年の部分である 3 波のパネル・データを用いて、 1983 年よりもさらに不安定になったことを明らかにしている(三 宅 1986, p. 78-79, 蒲島・石生 1998, p. 45)。 また、政党支持態度のもう 1 つの意味を間接的に示唆してくれ 90 る研究がある。政党イメージの分析である。この研究は、政党支 持態度が政党に対する距離感を伴ったシニカルな態度であること を示唆している。三宅は JABISS 調査、JES 調査、JESⅡ調査な どの「○○党はどういう政党でしょうか。お感じになっているこ とをお聞かせ下さい。」という自由回答方式の質問文の回答を分析 し、政党イメージにはマイナス・イメージが多く、政党はシニカ ルな目で観察されていると述べている(三宅 1989, p. 120-123, 三 宅 1995, p. 73-81)。このことは、日本人は一般的に、政党支持の 方向・有無に関係なく、政党にシニカルであることを示している。 この点から、政党支持態度もそのような態度だと考えることがで きる。つまり、政党支持態度は、政党に対する距離感を伴ったシ ニカルな態度をもちながらも、ある政党に何らかの評価をもって いるような態度なのである。よって、政党支持態度は距離感を伴 った「評価」が主要な特徴であるような態度である。3 2.3 政党帰属意識 上記に述べたように、政党支持態度は政党帰属意識とは全く異 と政党支持態 なった概念であるのだが、投票行動を説明する上では共通点も多 度の類似性 い。3 点指摘しておく。第 1 に、政党支持の投票行動規定力は群を 抜いているということである(三宅 1989, p. 124)。第 2 に、その他 の投票規定要因(争点や候補者に対する評価)に影響を及ぼすこ とである(三宅・西澤 1992)。第 3 に、日本の政党支持態度は、ア メリカの政党帰属意識に比べて安定性は低いが、日本のその他の 政治的態度と比べると安定性が高いということである(三宅 1989, p. 126)。 政党帰属意識と政党支持態度は異なった概念でありながら、投 票行動を説明する上では共通点が多いのである。このパズルを、 西澤は「潜在的な党派性を測定する窓口は異なっていても、いず れもどこかで共通したものを測定していると考える」ことで説明 している(西澤 1998, p. 12)。 私はこの点をふまえて次のように考える。政党支持態度と政党帰 属意識は両者とも日米両国の党派性の共通する部分を測定してい る。投票行動を説明する上での類似性はこのことを示している。だ から、先に述べた両者の質の違いは、両国の党派性の質が異なるこ とを示しているのである。 91 3 仮説の提示 3.1 分析の枠 前節の理論的検討を踏まえて、日米の党派性を比較分析する ための枠組みを提示しておこう。図 1 がそのモデル図である。 組み 図1:党派性のメカニズム 長期的な感情的要素 短期的な感情的要素 政党支持・帰属 認知的要素 まず、党派性は感情的要素と認知的要素に影響を受けていると考 える。この影響が図の矢印①、②、③である。第 1 の要素は、長期 的な感情的要素である。これは、政党帰属意識を特徴付ける心理的 一体感を伴った「感情」である。第 2 の要素は、短期的な感情的要 素である。これは、長期的感情的要素とは別のもっと短期的に形成 される「感情」である。第 3 の要素は、認知的要素である。これは 政党をどのようなものとしてみるかといった「評価」的な認識であ る。 また、長期的な感情的要素が間接的に党派性に影響を与えている と考える。この影響が図の矢印⑤→②と矢印④→③、④→⑥→②で ある。前者は、長期的な感情的要素が短期的な感情的要素に影響を 与え、間接的に党派性に影響を与えるということである。心理的一 体感をもっている政党に対しては、短期的に不満があったとしても 短期的な感情的要素はそれほど悪くはならないであろう。このよう なメカニズムを通して党派性に影響を与えていると考えるのであ る。後者は、長期的な感情的要素が認知的要素に影響を与え、間接 的に党派性に影響を与えるということである。心理的一体感をもっ ている政党に対しては、ひいきめの評価を与えるだろう。このよう なメカニズムを通して党派性に影響を与えていると考えるのであ る。 92 3.2 仮説 以上の議論から導き出される本稿の命題は次のようなもので ある。「米国の政党帰属意識は長期的な感情的要素の影響力が強い 態度、つまり、心理的一体感を伴った態度である。それに対して、 日本の政党支持態度は認知的要素の影響力が強い態度である。また、 その強い影響を与えている認知的要素は感情的要素に影響を与え たり受けたりしないようなシニカルなものである。つまり、政党支 持態度は政党に対する距離感を伴ったシニカルな態度である。」 この命題を検証するために次の 2 つの仮説を提示する。長期感 情仮説と認知仮説である。 長期感情仮説 日本に比べて米国の方が長期的な感情的要素の党派性に与える 影響力が強いという仮説である。米国の政党帰属意識が心理的一体 感を伴った態度であるのに対して、日本の政党支持態度は心理的一 体感を伴わない態度であると考えるからである。 この影響力は、直接的なものと間接的なものがある。直接的なも のは矢印①であり、間接的なものは矢印⑤→②と矢印④→③、④→ ⑥→②である。このすべての影響力が日本よりも米国の方が強いと いう仮説である。 認知仮説 認知的要素が直接的に党派性に与える影響力は米国に比べて日 本の方が強く、認知的要素が短期的な感情的要素を通して間接的に 与える影響力や認知的要素が長期的な感情的要素から受ける影響 力は日本に比べて米国のほうが強いという仮説である。米国の政党 帰属意識は長期的な感情的要素の影響力が強いので、認知的要素の 党派性に与える影響は長期的感情的要素の影響といっていいもの であり、認知的要素そのものの影響力は弱いと考えるからである。 それに対して、日本の政党支持態度は政党に対する距離感を伴った シニカルなものなので、認知的要素そのものが直接的に党派性に与 える影響力が強く、また、その強い影響力を与えている認知的要素 が短期的な感情的要素に影響を与えたり、長期的な感情的要素の影 響を受けたりするのは弱いと考えるからである。つまり、矢印③の 影響力は日本の方が米国より強いのに対して、矢印⑥→②、④は米 国の方が日本よりも影響力が強いという仮説である。 4 変数の定義 4.1 感情的要素 具体的な分析にはいる前に、感情的要素をどのような指標を用い 93 の指標 て測定すればいいのかを検討しておかなければならない。本稿で は、長期的な感情的要素には身近な政党を、短期的な感情的要素 には政党感情温度計を指標として用いるのであるが、その根拠を 以下に述べる。 長期的な感情的要素に身近な政党を用いる根拠は 2 つある。 第 1 に、身近な政党が心理的一体感を伴った政党帰属意識に近 い指標であるからである。西澤によると、バーンズらの実験的な 比較研究の結果は、「closeness」を用いた指標が「support」を用 いた指標よりも政党帰属意識により近いというものであった(西澤 1998, p. 7)。本稿の分析では、従属変数に日本では支持、米国では 帰属を用いるのであるが、表 1 でみたように、両者は厳密にはワ ーディングが異なる。だから、心理的一体感を伴った政党帰属意 識に近いと考えられ、両国で共通のワーディングである指標を用 いるメリットは非常に大きいだろう。 第 2 に、指標の性質上、身近な政党は政党感情温度計に比べ鈍 感な尺度だからである。三宅・西澤によると、政治的態度の指標 には「選択」型の指標と「好意度の差」型の指標の 2 種類がある(三 宅・西澤 1992, p. 69)。「選択」型の指標は複数の選択肢から 1 つ を選択することを強要した結果を用いた尺度であり、「好意度の 差」型の指標は感情温度計を用いた尺度である。両者の性質の違 いは、前者が敏感な尺度であるのに対して、後者が鈍感な尺度で あるということである。この違いを三宅は次のように説明してい る。 「好意度の差」型の指標において、好き嫌いの度合いは連続尺 度上を自由に移動し、その移動は尺度値としてすべて記録される。 この意味で敏感な尺度である。それに対して、 「選択」型の指標は 「閾値」を持つ。「閾値」は態度空間の囲いのようなものであり、 その囲いの中は自由に移動できるが、その移動は尺度値として記 録されない。この意味で鈍感な尺度である(三宅 1985, p. 111)。 「好 意度の差」型の指標の敏感な動きは、例えば、三宅の JESⅡのパ ネル・データを用いた分析などで明らかになっている(三宅 1997, 第 3 章)。 短期的な感情的要素に政党感情温度計を用いる根拠は、第 1 に、 この指標が感情を表す指標であり、第 2 に、先に述べたように、 この指標が敏感な尺度だからである。 なお、政党感情温度計と身近な政党には、このような指標の性 質の違いがあるので、分析の結果の解釈には注意が必要である。 94 三宅・西澤は「選択」型の指標が「好意度の差」型の指標よりも 「選択」型の指標と強い相関をもつことを実証している(三宅・西 澤 1992)。本稿の従属変数である政党支持・帰属は「選択」型の 指標であるので、指標の性質上、長期的な感情的要素(身近な政 党)の方が短期的な感情的要素(政党感情温度)よりも強い相関 を示すことになる。だから、1 国の分析だけでは、どちらの要因の 影響力が強いのかといった議論はできない。本稿のような比較分 析を行う必要がでてくるのである。 4.2 作業定義 具体的な作業定義は以下の通りである。 政党支持・帰属(7 点尺度) 日本は、自民党支持者を+1、自民党以外の政党支持者を−1、 支持無しと不明を 0 とコーディングしたものに、支持強度の「強 い」「弱い」「最も弱い」の 3 段階でウェイト付けしたものを用い る。米国も同様にして民主党帰属者がプラス、共和党帰属者がマ イナスになるようにしたものを用いる。 短期的な感情的要素(200 点尺度) 日本は、感情温度計による自民党への好意度から、自民党以外 の政党への好意度の中で最も評価が高かったものを引いたものを、 米国も同様に、感情温度計による民主党への好意度から、共和党 への好意度を引いたものを用いる。4 長期的な感情的要素(9 点尺度) 日米両国とも身近な政党を聞いた質問の回答を政党支持・帰属 と同じようにしてコーディングしたものを用いる。5 ここで注意しなければいけないのが、身近な政党を聞いた質問 文と政党支持・政党帰属を聞いた質問文の形式の相違である。身 近な政党を聞いた質問文は、初めにそのような政党の有無を聞き、 あると答えた場合にのみその政党名を聞く。それに対して、政党 支持・政党帰属を聞いた質問文は、表 1 で見たように、政党の有 無とその政党名は 1 つの質問文で聞いている。三宅によると、前 者の質問文は後者に比べ支持無しを増やす(三宅 1998, p. 203)。だ から、長期的な感情的要素の政党支持・政党帰属に与える影響力 は実際よりも弱い結果がでるであろう。係数の推定値はこの点を 差し引いて考えなければならない。とはいえ、本稿は、1国の中 での相対的な影響力を厳密に推定するよりも、2 国間で比較するこ とに主眼を置いているので、この点は考慮しない。 認知的要素(日本:30 点尺度、米国:24 点尺度) 95 日本は評価的な政党イメージを聞いた質問文で自民党を挙げた 場合+1 点、自民党以外の政党を挙げた場合−1 点とし、批判的な 政党イメージを聞いた質問文で自民党を挙げた場合−1 点、自民党 以外の政党を挙げた場合+1 点とし、その和をとったものである。 米国は評価的な政党イメージしかないのであるが、同様の方法で コーディングしたものである。6 5 分析 では、長期感情仮説と認知仮説を検証するために行った分析の 結果を見ていこう。結果を図 2・3 に示した。 図 2:政党支持態度のパス=ダイアグラム(日本) 長期的な感情的要素 ①.47(20.85, .00) 短期的な感情的要素 ②-.04(-1.75, .08) 政党支持態度 ③.34(15.06, .00) 認知的要素 調整済み決定係数:矢印①②③ .45 矢印④ .13 矢印⑤⑥ .00 N=1244 図 3:政党帰属意識のパス=ダイアグラム(米国) 長期的な感情的要素 ①.60(22.23, .00) 短期的な感情的要素 ②.27(9.51, .00) 政党帰属意識 ③.09(3.82, .00) 認知的要素 調整済み決定係数:矢印①②③ .76 N=740、 矢印④ .29 矢印⑤⑥ .59 N=746 96 この図は、日米それぞれにおいて行った 3 つの回帰分析の推定 結果を 1 つのパス=ダイアグラムに整理したものである。3 つの回 帰分析というのは、1)矢印①、②、③の影響力を推定するための、 従属変数を政党支持・帰属、独立変数を長期的な感情的要素、短 期的な感情的要素、認知的要素とする重回帰分析、2)矢印④の影響 力を推定するための、従属変数を認知的要素、独立変数を長期的 な感情的要素とする単回帰分析、3)矢印⑤、⑥の影響力を推定する ための、従属変数を短期的な感情的要素、独立変数を長期的な感 情的要素、認知的要素とする重回帰分析である。図の矢印番号に 続く数値がβ係数の推定値で、括弧の 2 つの値は前者が t 値で、後 者が危険率である。なお、図の矢印において、一方の国の矢印が 太い場合、他方の国よりも影響力が強いことを表す。 5.1 長期感情仮説 の検証 まず、長期感情仮説を検証する。この仮説は、長期的な感情的要 素の影響力が、直接的にも、間接的にも、米国の方が日本より強 いというものであった。 まず、直接的に党派性に与える影響力であるが、矢印①をみる と、日本よりも米国の方が強いことがわかる。日本ではβ係数が.47 であるのに対して、米国では.60 である。β係数は相対的な影響力 の大きさしか比較できないのだが、矢印①、②、③の党派性を説 明する割合を示す決定係数の値が日本で.45、米国で.76 であるこ とと合わせてみると、影響力は日本よりも米国の方が強いといえ る。直接的な影響力において、長期感情仮説を支持する結果であ る。次に、間接的に党派性に与える影響力である。この影響力は、 矢印⑤→②、④→⑥→②、④→③であり、日本よりも米国の方が 強いことがわかる。矢印⑤→②をみると、日本では危険率が矢印 ⑤で.86、矢印②で.08 なので、統計的に有意ではないのに対して、 米国ではどちらも有意である。また、矢印⑥→②をみると、日本 では、危険率が矢印⑥で.10、矢印②で.08 なので、統計的に有意 ではないのに対して、米国ではどちらも有意である。よって、日 本における間接的な影響力は矢印④→③だけなので.36×.34=.12 である。また、米国における影響力は.57×.27+.54×.30×.27+.54 ×.09=.26 である。間接的な影響力において、長期感情仮説を支 持する結果である。 最後に、直接的な影響力と間接的な影響力を合計した総合的 な影響力をみてみると、米国の方が日本より強い。日本において 97 は.47+.12=.59 であり、米国においては.60+.26=.86 である。総 合的な影響力において、長期感情仮説を支持する結果である。 5.2 認知仮説の 検証 次に認知仮説を検証する。この仮説は認知的要素が直接的に党派 性に与える影響力は米国に比べて日本の方が強く、認知的要素が 短期的な感情的要素を通して間接的に与える影響力や認知的要素 が長期的な感情的要素から受ける影響力は日本に比べて米国の方 が強いという仮説であった。 まず、認知的要素が直接的に党派性に与える影響力であるが、 矢印③をみると、日本の方が米国より強いことがわかる。日本で はβ係数が.34 であるのに対して、米国では.09 である。ただ、こ の影響力の値には長期的な感情的要素の影響力が含まれている。 つまり、先に見た④→③の影響力である。その影響力を差し引く と、日本では.34−.12=.22、米国では.09−.05=.04 である。差し 引いても日本の方が米国よりも影響力が強い。直接的な影響力に おいて、認知仮説を支持する結果である。 次に、短期的な感情的要素を通して間接的に与える影響力であ るが、これに関しても長期的な感情的要素の影響力を差し引かな ければならない。つまり、矢印⑥→②の影響力から矢印④→⑥→ ②の影響力を差し引かなければならない。すると、先に見たよう に、日本では統計的に有意でないのに対して、米国は.30×.27−.54 ×.30×.27=.04 である。米国の方が日本より強いことがわかる。 間接的な影響力において、認知仮説を支持する結果である。 最後に、認知的要素が長期的な感情的要素から受ける影響力で あるが、矢印④をみると、日本よりも米国の方が強いことがわか る。日本ではβ係数が.36 であるのに対して、米国では.54 である。 先に述べたように、β係数は相対的な影響力の大きさしか比較で きないので、決定係数の値をみると、日本で.13、米国で.29 であ る。このことと合わせてみると、影響力は日本よりも米国の方が 強いといえる。認知的要素が長期的な感情的要素から受ける影響 力において、認知仮説を支持する結果である。 6 おわりに 以上の分析で、私が提示した長期感情仮説と認知仮説をデータ で裏付けることができた。つまり、米国の政党帰属意識が心理的 一体感を伴った態度であるのに対して、日本の政党支持態度は心 98 理的一体感を伴わない態度であり、また、政党に対する距離感を 伴ったシニカルな態度であるということが明らかになったのであ る。 政党支持態度が政党帰属意識とは異なった態度であり、日米の党 派性の質に違いがあるということは、政党帰属意識の理論とは質の 異なった政党支持態度の理論が必要であることを示唆しているの ではないだろうか。米国においては、政党帰属意識をコアとしたミ シガン・モデルが一つのパラダイムとしてある。では、日本におい ては、政党支持態度をコアとしたどのようなモデルが妥当なのであ ろうか。理論的な検討が必要なのではないだろうか。 注 (1)このデータは、同志社大学西澤由隆教授の指導のもと使用することができた。 (2)西澤によると、このような質問文の構造はブランチングと呼ばれ、 初めからカテゴリーを用意して、その中から1つを選ばせるより も安定的な回答が得られる方法である(西澤 1998, p. 6)。 (3)この点に関して、政党支持態度は投票意図・投票したことを意味 しているのではないかという議論がある。政党支持と投票行動の 独立性の問題である。三宅は、政党支持と投票行動は独立として よいと述べている。その根拠として、1989 年の参議院選挙で自 民支持者の多くが社会党に投票したこと、1983 年の JES 調査の パネル・データで政党支持は安定しているが投票意図は不安定と いう人がその逆よりも多いことなどを挙げている(三宅 1989, p.123)。それに対して、西澤は政党支持態度が投票意図・投票し たことと理解している人がかなりあると述べている。その根拠と して、1995・1996 年の国政選挙前後で支持無しが減ることを挙 げている(西澤 1998, p.7)。この点は政党支持概念を理解する上 で非常に重要であるが、本稿では検討できなかった。 (4)「わからない」 ・回答拒否は中立の評価であるとして50点を与えた。 5 ( )日本の場合、「最も弱い」身近な政党を聞く質問文が多重回答方 式なので、そこで二つ以上答えた人は身近な政党なしとした。 (6)なお、日本は抽象的な政党イメージを聞いたものであるのに対し て、米国は具体的な政党の政策イメージを聞いたものなので、解 釈のときに注意がいる。 参考文献 蒲島郁夫・石生義人 1998「政党支持の安定性」 『レヴァイアサン』 22 号, 34-55。 三宅一郎 1985『政党支持の分析』創文社。 三宅一郎 1986「政党支持と政治的イメージ」綿貫譲治・三宅一郎・ 猪口孝・蒲島郁夫『日本人の選挙行動』東大出版会 所収。 99 三宅一郎 1989『投票行動』東大出版会。 三宅一郎 1995『日本の政治と選挙』東大出版会。 三宅一郎 1997「新党の出現と候補者評価」綿貫譲治・三宅一郎『環 境変動と態度変容』木鐸社 所収。 三宅一郎 1998『政党支持の構造』木鐸社。 三宅一郎・西澤由隆 1992「日本の投票行動モデルにおける政党評 価要因」『選挙研究』7 号, 63-79。 西澤由隆 1998「選挙研究における「政党支持」の現状と課題」 『選 挙研究』13 号, 5-16。 田中愛治 1997「政党支持なし層の意識構造」『レヴァイアサン』 20 号, 101-129。 山口勧 1998「態度の変容」末永俊郎・安藤清志編『現代社会心理 学』東大出版会 所収。 100 なぜ投票するのか? 無党派層の投票参加を決定する要因 矢野 順子 1 はじめに 現在の日本の選挙では、特定の政党を支持しない無党派層の動 向が注目を集めている。1堤によると、朝日新聞の調査では政党支 持を持たない有権者の割合は 1970 年代から増加し始め、1990 年 代を通して急増し、1994∼1995 年には有権者のおよそ半数に達す るまでに至っている(堤 2001 ,p. 1-2)。そして現在でも無党派層 の減少傾向は見られない。 無党派層の増加に伴い、彼らの投票行動に関する研究の重要性 は増している。研究の中で無党派層の中には積極的に政治に参加 していこうとする人々がいることが明らかになってきた。無党派 層=政治に参加しない人々、という概念は一概にあてはまらない。 一方で、政党支持の有無は依然として投票参加に強い影響を与 えていることも指摘されている。支持政党を持つ有権者にとって 投票を行うことのメリットはわかりやすい。つまり彼らは支持政 党を当選させ心理的・実際的な利益を得ているのである。では支 持する政党を持っていない無党派層は何のために投票を行うのだ ろうか。無党派層の投票参加を促しているものは何なのか、これ が今回の研究の発端となる疑問である。 本稿では無党派層独自の投票参加の決定要因を探るために分析 を進めていく。具体的には無党派層の投票参加の決定には「政治 参加への欲求」が大きな影響を与えているのではないかと私は考 える。支持政党を持たないため政治参加への機会が少ない無党派 層には、 「政治参加への欲求」を満たすための投票参加が多く見ら れるのではないか。従って支持政党を持つ人々よりも「政治参加 への欲求」が投票参加の決定に与える影響が大きいのではないか、 101 と考えた。 「政治参加への欲求」を満たすために投票を行うことは ある程度当然のことではあるが、それが無党派層の投票参加決定 要因の中で特に大きな影響があることを示したい。 無党派層の独自の投票参加の決定要因が「政治参加への欲求」 であることが実証されれば、無党派層の増加は積極的理由で投票 参加を行う有権者の増加という肯定的な面を持つことになる。義 務感や周囲の依頼という受動的理由でなく、自らの「政治参加へ の欲求」に基づく積極的な権利の行使としての投票参加を行って いるといえるからだ。無党派層の増加に積極的な意味を付与する ことこそ、本稿の研究の意義である。以下、先行研究・仮説・分 析の順で考察を進める。 2 先行研究 2-1 先行研究に 無党派層はそれぞれの研究者によって多様な方法で分類が行わ よる無党派 れ、その度に彼らが複数の特徴を持つグループの集合であること 層の類型 が指摘されてきた。ここでは先行研究の中で、無党派がどのよう に扱われてきたかを見ていきたい。 先行研究の中でも田中が行った積極的無党派の研究は、無党派 を対象にした後の政治行動研究に大きな影響を与えた(田中 1997, p. 101-129)。田中はそれまでの無党派層は政党支持の残余カテゴ リーとして測定されてきたとし、新たな調査方法を用いることで 第一義的に無党派層を抽出することに成功した。2田中は無党派意 識と各政党への帰属意識は互いに別の次元を構成しているという ワイズバーグの政党帰属の三次元モデルを日本に適用し、日本で もこのモデルが有効であることを示している。3ここで提案された 調査方法は JEDS1996 にとりいれられている。 その後も様々な研究者が無党派層の独自の類型化を試みてきた。 三宅は支持強度、不支持強度、支持関心尺度という3つの尺度を 作り、それぞれのグループの社会的属性・政治意識・投票行動で の特徴を比較している(三宅 1994, p. 7-15)。また三宅はここで無 党派層の中には多様な性格を持つグループが存在するために、作 業定義によってそれぞれの性格が大きく異なることを指摘してい る。堤・小林は政治的な関心と政党・政治への批判度によって、 「退 出型」 ・「内部批判型」・ 「満足委任型」・ 「システム支持型」の 4 つ に無党派を分類した(堤・小林 2000, p. 14-19)。また堤らはこの類 型に従って政党支持・投票参加・投票方向について無党派層内の 102 各グループの特徴を明らかにした。続いて堤が個人で発表した論 文では、無党派の全体を網羅するためにより細かい類型化がなさ れている(堤 2001, p. 1-36)。ここで堤は支持・不支持の対象となる 政党に対する認知から、無党派を異なる特徴を持つ 6 つのグルー プに類型化し、同様に政党支持・投票参加・投票方向についての 検討を行った。本庄・鬼塚は政治意識の違いによって無党派層を 「保守型無党派」・「市民派型無党派」・「脱政治的無党派」の3つ に類型化し、各グループの比較を行っている(本庄・鬼塚 2001, p. 39-54)。 以上のように先行研究では様々な類型化によって、無党派層の中 に多様な性格を有するグループが複数存在することが説明されて きた。しかし政党支持や投票方向に関する研究は多く行われてい る一方、無党派層がなぜ投票を行うのかという投票参加の決定要 因については、一部の例外を除いて研究が行われてこなかった。 だが無党派層の類型化や投票行動の研究を行うならば、まずその 前段階である投票参加のメカニズムの解明が必要である。次節で は無党派層の投票参加の決定要因を分析している数少ない研究で ある堤・小林の研究を見ていく。 2-2 先行研究によ 堤らは無党派層の投票参加決定要因についての研究を行ってい る無党派層の る(堤・小林 2001, p. 28)。この中で堤らは無党派層を投票に向かわ 投票参加決定 せる要因として、長期的なものと短期的なものをあげている。長 要因 期的要因としては「政治への関心」・「政治への批判度」が、短期 的要因として「選挙時の政策争点」 ・ 「内閣業績評価」 ・ 「地域・職場・ 加入団体のメンバーといった周囲の人からの投票依頼」がある。 堤らはこれらの変数を独立変数に用い、従属変数に投票参加を投 入して回帰分析を行った。その結果として、支持ありの人は「投 票義務感」からの影響が非常に強いのに対し、無党派では「重要 な政策の有無」という短期的な争点からの影響が強く見られたと 述べられている。また有意水準は低いながらも、無党派には「投 票参加」と「内閣業績評価」との間の関連がみられたことも結果 としてあげられている。 本稿では堤・小林の研究を参考にして回帰分析を行う。ただしこ こでは無党派層の投票参加を決定する要因として、 「政治参加への 欲求」をあげて説明を行う。 103 3 仮説 「無党派層は政治参加の機会が少ないため、政治参加への欲求 を満たす手段として投票に参加する。」 これが本稿で検証する仮説である。 3-1 政治参加の 欲求 無党派の投票参加決定要因として「政治参加への欲求」を用いた のには二つの理由がある。一点目としては政党にかかわりを持た ない無党派の人々には、政治に参加する機会が少ないと考えたこ とがあげられる。さらに二点目としては、無党派層の中に積極的 に政治に関わっていこうとする人々が存在する点がある。政党を 支持しない人々が政治に興味のない政治無関心層であるとは一概 には言い切れないことは前述の先行研究の中でも指摘されている。 以上の二点から、政治に参加したいという欲求を強く持ってい るが、支持ありの人に比べて政治に参加する機会を得ることが少 ない無党派層が、その欲求を満たすための手段として投票に参加 するという仮説をたてた。 3-2 政治参加へ の機会 ここで仮説の前提となる無党派層の政治参加への機会の少なさ を示す。具体的には政治参加欲求ごとに実際の政治参加の状況を 表す変数の平均値を求め、さらに無党派層と支持政党を持つ人々 の間での比較を行う。 変数の定義は次のとおりである。 「政治参加」には選挙運動の手 伝い、議員との接触、国・地域の問題で役所に相談を行う、請願 書への署名、デモや集会への参加、住民投票、ボランティア活動 への参加が含まれている。これらの活動を今後やってみたいと答 えた回数が多い人ほど点数が高くなるようにして、 「政治参加への 「政治参加へ 欲求」という指標を作った。4「実際の政治参加」は、 の欲求」と同じ項目について「これらの活動をしたことがあるか」 という質問をして、参加したものが多い人ほど点数が高くなるよ 「実際の うに変数を定義した。5ただし有効な変数の確保のために、 政治参加」には「投票への参加」も含めた。 104 表1 実際の政治参加の平均値 政治参加欲求 弱い やや弱い 中間 やや強い 強い 全体 実際の政治参加 無党派層 支持あり 平均値 % n 平均値 % 2.47 46.1 202 2.87 45.5 3.56 17.8 78 4.06 16.1 3.65 25.3 111 4.09 19.5 5.23 9.1 40 5.48 12.7 5.29 1.6 7 9.15 6.3 3.26 100.0 438 4.02 100.0 n 187 66 80 52 26 411 表は無党派層と支持ありの人々の実際の政治参加の状況の比較 である。この表で注目すべきことは3点ある。まず一つ目には無 党派層の中にも「政治参加への欲求」を持つ人々が存在する点で ある。政治参加への欲求を強く持つ人々の割合は、支持ありに比 べて若干低いが、無党派層=政治に参加したくない層であるとは言 えないことが分かる。 つづいて二つ目として無党派層・支持あり共に「政治参加への 欲求」の強さと「実際の政治参加」には関係が見られたことがあ げられる。政治参加への欲求を強く持つ人々は、その欲求を満た すために積極的に政治に参加していることが分かる。 三つ目として無党派層と支持ありの実際の政治参加状況の差を 見ることができる。支持あり・無党派全体の平均値の比較と「政 治参加への欲求」の強さごとの平均値の比較のどちらとも、支持 ありの値の方が大きい。つまり政治参加欲求が同じレベルであっ ても、支持ありの方が実際の政治参加を多く行っている。ここで の分析では政治参加に投票参加も含めたが、投票参加の機会は無 党派・支持ありともに同程度与えられるので、実際の政治参加状 況の差は投票参加以外の政治参加の機会の差であるといえる。つ まり政治参加に対して同程度の欲求を持っていたとしても、支持 ありの方が投票以外の政治参加の機会を得やすいため、このよう な差が生じたと私は考える。よって、支持ありに比べて無党派層 には投票参加以外の実際の政治参加の機会が少ない、という仮説 の前提となる関係が平均値の比較より明らかになったと考える。 105 3-3 仮説の説明 モデル図 政治参加 投票参加 政治参加 政治参加への欲求 投票参加 政治参加への欲求 <支持あり> <無党派層> 矢印は政治参加の欲求を満たせる機会 これまでの結果をふまえて、ここでモデル図に沿って仮説に補 足的な説明を行う。まず支持ありの人々は無党派に比べて投票以 外にも政治参加の機会が多い。つまり支持ありの人々の政治参加 の欲求は、投票参加以外でもかなえられることが多い。よって投 票参加を決定する要因として「政治参加への欲求」が与える影響 は少ない。 一方、無党派層は支持ありに比べて投票参加以外の政治参加の 機会は少ない。つまり無党派層の政治参加の欲求は投票参加以外 でかなえられることが少ない。よって投票参加を決定する要因と して、 「政治参加への欲求」が与える影響が大きい。次節でこの仮 説の検証を行う。 4 分析 はじめに「政治参加への欲求」が無党派層の投票参加にどれほ どの影響を与えているかを回帰分析によって検証し、さらに支持 政党を持つ人々と無党派層では「政治参加への欲求」が与える影 響がどのように異なるのかを比較する。 4-1 回帰分析に 用いる変数 の検討 まず分析に用いる変数の検討を行う。この分析は無党派層のみ を対象としており、いずれの変数も無党派層のみを有効とする。 回帰分析の従属変数には「投票参加」を置き、独立変数に「政 治参加への欲求」・「投票義務感」・「政治への関心」・「政治への信 頼感」 ・ 「内閣支持」 ・ 「周囲からの依頼」 ・ 「重要な政策の有無」 ・ 「政 治への有効性感覚」・「政治の理解度」・「政治に反対する意欲」の 106 10 個の変数を置いた。6この変数のうち、「投票義務感」・ 「政治へ の関心」 ・ 「政治への信頼感」 ・ 「内閣支持」 ・ 「周囲からの投票依頼」 ・ 「重要な政策の有無」の6個は、堤・小林が無党派層の政治参加を 決定づける要因として分析を行った変数でもあり、この分析にも 投入することにした変数である。(堤・小林 2000, p. 9)。以下にそ の変数と投票参加の関係について述べる。 「投票義務感」は無党派に限らず有権者全体の投票参加に大き な影響を与える要因である。投票義務感の強い人はその義務を果 たすために投票に参加するだろう。また日ごろから「政治への関 心」が高い人は、選挙自体にも高い関心を持ち、選挙で自分の意 見を表明したいと考えるだろう。政治を信頼している人は、政治 や選挙に対し比較的好意的なイメージを持つので、投票参加しや すいのではないか。内閣を支持する人は現在の内閣の継続を願っ て投票を行うと考えられる。また周囲から投票の依頼がある場合 には投票に参加してその依頼に応えようとするだろう。自分にと って重要な政策が数多くあるならば、自分にとって都合のいい政 策をとる候補者・政党の当選を願って投票に参加すると考えられ る。 加えて無党派層の特徴の中から、投票参加に影響を及ぼすと考 えられる「政治への有効性感覚」・「政治の理解度」・「政治に反対 する意欲」という 3 点を従属変数に含めた。7政治への有効性感覚 が高い人は、自分の力が政治に反映されると感じているために、 その力を行使すべく投票参加を行うのではないかと考えられる。 また政治を理解できている人ほど、政治を身近に感じ、積極的に 関与していこうとして投票参加を行うだろう。そして反対活動に 意欲を持つ人は、自分の意見に従い積極的に行動する政治参加意 欲の高い人であり、投票にも積極的に参加するのではないかと考 えた。 4-2 回帰分析 表 2 の左のコラムを見ていただきたい。これがここでの回帰分析 の結果である。この分析からは無党派層の投票参加に最も影響を 与えるものは「投票への義務感」であるという結果が得られた。 その次に大きな影響が見られたのは「政治への関心」であった。 さらに「政治参加への欲求」は危険率も低く「義務感」・「政治へ の関心」に次いで、大きな影響を与えていることが明らかになっ た。このことから「政治参加への欲求」が、無党派の政治参加を 107 決定する要因として、意味のある指標であるということができる。 表 2 無党派層と支持ありの投票参加決定要因の比較 政治への有効性感覚 政治理解 政治に反対する意欲 義務感 政治参加への欲求 政治への関心 政治への信頼感 内閣支持 周囲からの依頼 重要な政策の有無 調整済みR2乗値 n 無党派 標準化係数 危険率 -0.031 0.566 -0.045 0.393 -0.102 0.069 0.224 0.000 0.120 0.029 0.164 0.002 0.097 0.071 0.049 0.368 0.109 0.033 -0.034 0.507 0.125 345 支持あり 標準化係数 危険率 0.063 0.276 0.087 0.141 -0.072 0.218 0.204 0.000 -0.033 0.581 0.040 0.483 0.016 0.783 -0.006 0.912 0.060 0.264 0.077 0.177 0.039 343 しかし無党派層の投票参加の決定に関係が認められたこれらの 変数が、果たして無党派層独自のものであるかどうかには疑問が 残る。つまりこれらの変数が支持政党を持つ人々の投票参加の決 定要因には影響を与えていないことを確かめる必要がある。そう でなければ無党派層独自の投票参加決定の要因を明らかにしたこ とにはならないからだ。そこで次に支持政党を持つ人々との比較 の分析を行った。 再び表 2 を見ていただきたい。この表は支持政党を持つ人にも、 無党派層と同じ変数を用いて回帰分析を行い、無党派層との比較 を試みたものである。支持ありでは無党派層の投票参加決定要因 としてあげた 10 個の変数のうちで、 関係が明らかであったのは 「投 票義務感」のみである。無党派層で関係が見られた「政治への関 心」 ・ 「政治参加への欲求」に関しては、危険率がきわめて大きく、 投票参加との関係は明らかではない。R2 乗の値も無党派に比べる と小さく、支持ありの投票参加の決定要因はここに挙げた変数以 外の要因によって規定されるところが大きいことが推測できる。 以上のことから無党派層の投票参加決定要因としては「投票義 務感」・「政治への関心」・「政治参加への欲求」との間に関係が見 108 られたが、そのうち「政治への関心」と「政治参加への欲求」に ついては、無党派層独自の投票参加決定要因であることが明らか になった。 5 結論 無党派の投票参加の決定要因が「政治参加への欲求」によるも のであることを示し、無党派層の投票は積極的理由によって行わ れているものであることを示すことが本稿の目的であった。以下、 分析によって得た結果を述べる。 (1)無党派層の中には政治参加への強い欲求を持つ人々もいる が、支持ありに比べて無党派層には実際の政治参加の機会 が少ない。 (2)無党派層の投票参加には「政治参加への欲求」 ・「投票への 義務感」・「政治への関心」が大きな影響を与えている。 (3)一方で支持政党を持つ人々は「政治参加への欲求」・「政治 への関心」によって投票参加を行うことはあまりなく、 むしろ他の要因によって投票参加が規定されている。 以上より、 「政治参加への欲求」を満たす手段として、投票参加 を行う無党派層の存在が明らかになった。また「政治参加への欲 求」は無党派層独自の投票行動の決定要因であるという結果が得 られた。 このことから無党派層の投票参加は「投票への義務感」という 消極的な理由とともに、 「政治参加への欲求」を満たす、という積 極的な意味をあわせ持っていると考えられる。無党派層がこのよ うな積極的な要因に基づいて投票参加をしていることが確認でき たことは、現在も依然として増加している彼らの存在に積極的な 意味を与えることになろう。 最後に今後の課題を挙げたい。今回の分析では無党派層の投票参 加を決定する大きな要因として、 「政治参加への欲求」があること が確認できた。そこで次に「政治参加への欲求」とは果たしてど のような状況で高まるのかを考える必要がある。 「政治参加への欲 求」が無党派層の投票参加に大きな影響を与える要因であるなら ば、その欲求を高めることは無党派層の投票参加率の向上に大き く貢献するはずである。今後はこの点についての研究を行ってい きたいと考えている。 109 注 (1) 無党派」と「支持なし」という言葉の違いに関して、三宅は 「支持なし」をより広い概念とし、その中の積極的なグルー プを「無党派」として、二分して扱っている。 (三宅 1994, p. 7)本稿では特に両者を区別せずに用いるが、三宅が指摘する ように、 「無党派」の方がやや積極的なイメージを持って使わ れることが多い。 (2) 田中式の調査方法とは「政党支持を持たない者」から定義し ていく方法である。第一段階として「どの政党も特に支持し たくないという気持ちがあると思いますか」という質問に対 し、 「どの政党も支持したくないという気持ちがある」と答え た回答者と、 「どれかの政党を支持しても良いのだが、今は支 持する政党がない」と回答した者を、 「政党支持なし」層と定 義している。さらに第二段階として二つの「政党支持なし」 に対して支持なしの意識の明確度を測定している。 (3) 田中によるとワイズバーグの政党帰属意識の三次元性の仮説 とは、民主党への帰属意識、共和党への政党帰属意識と無党 派意識が、互いに別の次元を構成しているという仮説である。 (4) 具体的には「これらの活動について、これからもやっていく、 または機会があればやってみたいと考える人も、できれば関 わりたくないと考える人もありますが、あなたはどうお考え ですか。」という質問に対して、各項目について「やっていく・ やってみたい」と答えた人に 2 点、 「どちらでもない」と答え た人に 1 点、 「関わりたくない」と答えた人に 0 点を与え、0 点から 14 点までの 15 点の尺度に分類した。さらにこの 15 点 尺度を 5 点尺度に分類しなおしたものを政治参加拡大尺度と して用いている。 (5) 具体的には「この中にあるようなことをこれまでに1度でも したことがあるか。 」という質問に対して、各項目について「何 度かある」と答えた人に 2 点、「1 から 2 回ある」と答えた人 に 1 点、 「1 度もない」と答えた人に 0 点を与え、0 点から 16 点までの 17 点尺度を用いた。 (6) 「投票義務感」は「投票に行くことは有権者の義務である」 という質問に対して「賛成」から「反対」までの 5 点尺度に、 それぞれ 4,3,2,1,0 点を与えた 5 点尺度を用いた。 110 「政治への関心」は「選挙後、どの政党が政権を担当する か関心があった」 「どの政党が勢力を伸ばすか、あるいは衰え るか、選挙の結果に関心があった」のそれぞれについて「言 及あり」に 1 点、 「言及なし」に 0 点を与え、それらの合計の 3 点尺度を用いた。 「政治への信頼感」は三つの変数から定義した。 「政党や政 治家は国民生活をなおざりにしていると思うか」という質問 に対し「全くその通り」「大体その通り」「そうは思わない」 と答えた人々にそれぞれ 0,1,2 点を与えた。さらに「国の政治 をどれくらい信頼できるか」 「区市町村の政治はどのくらい信 頼できるか」という質問に対し「いつも信頼できる」から「全 く信頼できない」までの 4 点尺度にそれぞれ 3,2,1,0 点を与え、 この3つの変数の合計を用いた。 「内閣支持」は JEDS1996 時の橋本内閣への評価を問う 5 点尺度を用いた。 「周囲からの依頼」は、知り合いや家族・親戚などからの投 票依頼、働きかけがあったかを問う質問に、 「あった」と答え た人に 1 点、「なかった」と答えた人に 0 点を与えた 2 点尺度 を用いた。 「重要な政策の有無」は「選挙後の新しい政府に特に力を 入れてほしいものがあるか」にあげた問題の数を用いた。変 数は 0 から 16 までの 17 点に分散している。 (7) 「政治への有効性感覚」は「自分には政府のすることに対し て、それを左右する力はない」という意見に対して「賛成」 から「反対」までの 5 点尺度に、それぞれ 0,1,2,3,4 点を与え た 5 点尺度を用いた。 「政治の理解度」は「政治とか政府とかは、あまりに複雑な ので、自分には何をやっているのかよく理解できないことが ある」という意見に対して「賛成」から「反対」までの 5 点 尺度に、それぞれ 0,1,2,3,4 点を与えた 5 点尺度を用いた。 「政治に反対する意欲」は「自分から見て非常に危険な法案 が国会に提出された場合国会だけに審議を任さずに自分でも 反対運動をして効果をあげることができる」という意見に対 して「賛成」から「反対」までの 5 点尺度に、それぞれ 4,3,2,1,0 点を与えた 5 点尺度を用いた。 111 引用・参考文献 三宅一郎 1994 「三つの「支持なし」:その定義と性格の相違につい て」 『Int’lecowk』 1994 年,54 号,7-15。 田中愛治 1997 「「政党支持なし」層の意識構造−政党支持概念再検 討の試論―」 『レヴァイアサン』 1997 年 4 月号,20 号,101-129。 田中愛治 1992 「「政党支持なし」層の意識構造と政治不信」 『選挙 研究』 1992 年 4 月,NO.7,80-99。 小林良彰・堤英敬 2000 「無党派層の政治意識と投票行動」『選挙』 2000 年 8,9,10 月号,53 号。 堤英敬 「無党派層の認知的類型―異なるタイプの無党派層の政治意 識 と 投 票 行 動 ― 」 『 香 川 法 学 』 2001 年 3 月 ,20(3,4) 号 , 227-262。 本庄美佳・鬼塚尚子 「無党派層の政治意識と政治参加―地方政治に おける無党派層の新たな役割―」 『都市問題』 2001 年 10 月,92(10)号,39-54。 112 なぜ国際危機 は再発するのか? 石戸 勝晃 はじめに どうすれば平和は実現されるのか? この問いに対して, つの回答を示そうというのが本論文の目的である. ひと 回答するには まず平和とはどのような状態のことをさすのかを明らかにしなく てはならない. ここでは Galtung の定義を採用することとする. 彼は平和を暴力という観点から定義している. とは 2 つの状態に分けられる. 彼によると平和 消極的平和と積極的平和である. 消極的平和というのは個人的暴力のない状態であり, とは構造的暴力が存在しない状態である (Galtung 彼によると, 暴力が存在する場合とは, が行使された結果, のが, 彼が現実に肉体的, 積極的平和 1991, p.44). 「ある人に対して影響力 精神的に実現しえたも 彼の持つ潜在的実現可能性を下回った場合」のことをさす (Galtung 1991, p5). 個人的暴力・構造的暴力に関しては, 主体‐客体関係があきらかな暴力を個人的暴力とし, 欠く暴力を構造的暴力と定義している(Galtung この関係が 1991, p15). さらに彼は構造的暴力が存在する状態を社会的不正義と呼んでい る. Galtung の定義に従うならば, 戦火の中にある人々にとって重 要なのは消極的平和である. なぜなら彼らの生存を危機にさらし ている戦争は,主体‐客体関係が明確なものだからである. 構造 的暴力を排除することの重要性を認めながらも,現実の問題として 113 消極的平和ですら享受できていない人々の存在に鑑み, いかにす れば消極的平和の実現ができるかが本稿のテーマとなる.1 本稿では消極的平和を阻害するものとして, 考察を行う. 厳密に言えば, 国際危機について 国際危機そのものは消極的平和を なんら阻害するものではない(そこでは主体−客体関係が存在して いるものの, 具体的な損害が存在するわけではないからである). しかし戦争や紛争の勃発には, の緊張関係が存在している. その前段階として関係アクター間 消極的平和を阻害するような戦争や 紛争は何の前触れもなく突然勃発するものではない(Brecher and Wilkenfeld 1997). そうすると国際危機の時点で緊張のエスカレ ートを抑制できれば, きるということになる. きれば, 図1 軍事行為に至る前に対立を抑えることがで すなわち国際危機の段階で対立を解消で 消極的平和の実現が可能となるのである. 国際危機 戦争/紛争 国際危機の段階での対応の必要性 本稿の目的が消極的平和の実現であることに鑑みれば, 国際危 機を発生させる要因についての研究を行うことが望ましい. し国際危機とはその性質上, しか 発生しなかった場合および発生した がカウントされなかった場合などが存在するため統計的アプロー チでは説明力に限界がある. そこでここでは国際危機の発生その ものを扱うのではなく, その再発および収束についての議論を行 うことにする. 題となる. そうすることで統計的アプローチが応用可能な問 2 国際危機の発生ではなく再発・収束を扱うことで, 研究意義が なくなるわけではない. なぜなら過去のデータによると国際危機 の約半数が再発しているからである.3 これは約半数の危機で緊 張の緩和ないし対立の解消がされなかったことを意味する. 少な くとも国際危機の関係アクターは紛争段階へ移る蓋然性が高い状 態にあるのである. 言い換えれば, ている状態にあるのである. 消極的平和が危険にさらされ ここに国際危機の再発および収束に ついての考察を行うことの意義がある. 114 以下, 国際危機についての先行研究, 仮説, データ, 分析, 結論の順で議論を展開する. 1. 先行研究 国際危機については多くの研究がなされてきた. 鈴木によると, そ の 代 表 的 な も の に , Snyder(1977), Allison(1971), Bueno de Mesquita(1981), Hermann(1972), Holsti(1972)などの研究がある. 彼らの研究アプローチは大きく2つに分けることができる. ひと つは合理的選択アプローチであり, いまひとつが心理学的アプロ ーチである. それぞれに長所・短所を内包しており, どちらのほう が優れたアプローチであるかはにわかには断定できない. おそら く両アプローチは相互に補完する関係なのである. 実際, Morrow(1989), Powell(1990), Fearon(1995)らは両者の長所を生 かす不完全情報動学モデルを構築している. 合理的選択アプローチ, 心理学的アプローチおよび不完全情報 動学モデルの問題点を挙げるならば, 国際危機を後付的にしか分 析することができないということである. これにはモデル自体に 国際危機を引き起こす要因が組み込まれていないことに, 問題の 所在を問うことができる. そのためこれらのモデルは国際危機の 本質を説明するためのものではなく, 危機管理に重点を置いたモ デルだといえる. これらのモデルは, 国際危機がどのようエスカレ ートまたは収束するのかを教えてはくれるが, なぜ国際危機が発 生するのかは教えてくれない. そこで本稿では国際危機がなぜ発生するのかという問いに答え ることを主眼に置く. ただし実際の分析では, なぜ国際危機が再 発するのかを実証することになる.4 2. 仮説の提示および仮説のメカニズム 2.1 仮説 国際危機を再発させる要因は, とに分けられる. 大きく内生的要因と外生的要因 そこで内生的要因のひとつとして「民族関係」 (危機において民族の分離独立要求があること)を, 外生的要因と して「危機の勝敗関係」を考える. 「民族関係」を取り上げた理由は, 民族の分離独立に絡む危機では表面的な解決は十分な効果を持ち えないということを実証したいからであり, 取り上げた理由は, 「危機の勝敗関係」を 危機の勝敗が明確でないことが危機の再発に 115 及ぼす影響力が大きいということを実証したいと考えたからであ る. 分析では内生的要因と外生的要因に関するその他の要因も取 り上げる.5 内生的要因とは国際危機そのものに内在する要因である(一次 的要因). や, たとえば危機の主要アクターが民族であるということ 危機が生じたときに問われていた価値が領土的なものである といったものである. 一方外生的要因とは国際危機の枠組みから 生じた要因である.(副次的要因). たとえば危機の終結の仕方が 公的であるということや, その結果にどれだけの関係アクターが 満足しているかといったものである. ここで以下のような仮説を提示する. 仮説1: 国際危機に分離独立を求める民族が関係する場合, 危 機は再発しやすい(民族の分離独立と民族関係とを同義で用いる.) 仮説2: 国際危機の収束時点で勝敗が曖昧であった場合, 危機 は再発しやすい. 2.2 第 1 の仮説は, 仮説のメカ ニズム 民族危機であるという属性が危機を再発させる 方向の影響を与えるというものである. 小平によれば, もともとエスニックなアイデンティティは理屈 や利害打算を超えた情念であり, や自尊心そのものにほかならない. 図2 C 現状 C 外部からのエスニックアイデ 図3 <民族危機> D 人間のもっとも根源的な自己愛 <国家間危機> 要求 認める 現状 抑圧 諦める 要求 認める 妥協 抵抗=紛争 対抗 諦める 妥協 紛争 ンティティに対する脅威や攻撃は対立感情を引き起こし, 攻撃を 出現させる. この対立感情にもとづいた攻撃メカニズムは, 対立 沈静メカニズムによって抑止されないかぎり(または抑止されるま で)熱狂的にエスカレートする傾向をもつ(小平 1999, p.11). 小平の理論によると, 分離独立を要求する民族はエスニックア 116 イデンティティを抱いていることは明らかである. そうするとエ スニックアイデンティティは理屈や利害打算を超えた情念である ため, 非合理な要求・挑戦を行う可能性が高く, 妥協が成立しに くいということになる. さらに一度発生した攻撃メカニズムは彼 らの要求が実現されるまでは沈静する可能性が低いため, レートする傾向を持つだろう. エスカ すなわち要求が実現されないうち は何度も危機を引き起こす可能性が高いのである. ここで民族関係を含まない国家間危機との比較をし, エスニッ ク危機が国家間の危機に比べて再発性の高いものであることを示 す. この説明にはゲームツリーを用い, 危機の発展段階の相違を 明らかにする.6 エスニック危機と国家間危機の構造は単純化すれば図 3, 4の ようになる(四角は危機を, C はチャレンジャーを, D はディフ ェンダーを表す). 両者の基本構造で異なっているのは, 選択肢 としての妥協が存在するか否かである. 民族危機を表すものが図 3 であるが, ここには国家間危機の図では表記されている「妥協」 が表記されていない. これは民族危機に妥協が成立しにくいとい う小平の議論を受けたものである. さらに民族は非合理的に動く との小平の理論から一度要求を取り下げたとしても再度要求しや すいとの想像ができる. もちろん民族危機にも妥協は存在するし, ゲームツリーのどちらに動くかはアクターを取り巻くさまざまな 状況に影響されるので, 断定することはできないが, 少なくとも 選択肢の点で民族危機のほうが再発しやすいことを示している. 第 2 の仮説は危機の終結時点において, 勝敗が明確でなけれ ば危機は再発するというものである. すなわち危機の勝敗が曖昧 ・ ・ ・ であれば, 関係アクターは少なくとも負けてはいないので, 再度 同じ危機を引き起こす可能性が高くなる. アクターであると仮定すると, ことは, なぜなら国家を合理的 前回の危機で負けていないという 同じ条件であれば意思決定者は次回の危機でも負けるこ とはないと考えるだろうからである. が事前にわかっている状況で, 在している場合, つまり負けないということ かつ関係アクター間に係争点が存 国家は再度同じ危機を引き起こす可能性が高い と考えられるのである. 117 3. データ 本 稿 で 扱 う デ ー タ は ICB( International Crisis Behavior Project)データセットである. ICB データは国際危機を網羅的に 集めたデータセットのひとつであるが, このデータは Michael Brecher と Jonathan Wilkenfeld 主導で行われた国際危機につい てのプロジェクトである ICB プロジェクトにおいて作成された. このデータセットは 2 つのパートから成っている. ひとつは外交 危機(foreign policy crisis)であり, もうひとつは国際危機 (international crisis)である. それぞれアクターレベル, シス テムレベルのデータセットに対応している. ここで国際危機についての厳密な定義が必要となる. 国際危機という言葉を多用してきたが, これまで 必ずしもそれが意味する ところを明確にはしてこなかった. そこで Brecher と Wilkenfeld がどのように国際危機という言葉を定義しているかを概観する. 彼らによると国際危機という概念は国際関係論においても明確 な使いわけがされてこなかった(Brecher and Wilkenfeld 1997, p.41). 明確な使い分けを保証するために, 彼らは主として New York Times と Keesing’s Contemporary Archives によってデータ を収集し, それらを世界各地の専門家に送り, 慎重な相談を経て データのコーディングを行った.7 そして危機を外交危機と国際 危機とに分類した. 彼らによると外交危機とは個々の国家の危機である. それらは 国家の内外環境に起因する 3 つの必要十分条件を満たした状況で ある. これら 3 つの条件は関係国家アクターの最高意思決定者に よって知覚される. 第 1 は 1 つ以上の基本的価値に対する脅威, 第 2 は価値に対する脅威への対応が限られた時間に行われなけれ ばならないとの認識, 第 3 は軍事的交戦状態に巻き込まれる可能 性が高いことである(Brecher and Wilkenfeld 1997, p.3).8 一方国際危機は 2 つの必要十分条件によって規定される. 第 1 は軍事的交戦状態になる高い蓋然性を伴った 2 つ以上の国家間の 破壊的相互作用形態の形態における変化と(もしくは)激しさにお ける増加である. 第 2 はアクター間の関係の不安定化と国際シス テムの構造に対する挑戦である. 以降 Brecher と Wilkenfeld の定義した外交危機および国際危機 を, 特別に定義されない国際危機と区別するため, 「外交危機」 118 「国際危機」と表記する. 4. 分析 4.1 使用データ 分析にあたっては ICB データセットのシステムレベルデータを 用いる. アクターレベルデータを用いない理由は, 研究の目的が 主観的危機ではなく客観的危機だからである. アクターレベルだ と危機の認定はアクターの認知によって決定されるので, この点 で本稿の研究意図と異なる. 一方システムレベルデータであれば, アクターの知覚に関係なく, 事実として生じた危機を対象とする ため本稿の趣旨に合致する. 4.2 モデル 図4 民族関係 「国際危機」の再発 危機の勝敗が曖昧 モデル図が示すとおり, 民族関係が存在することと危機の勝敗 が曖昧であることが, 「国際危機」の再発要因となっていること を示すことが主たる分析目的である. しかしこれだけでは「国際 危機」の再発・収束を説明するのには不十分である. そこで分析 枠組みとして説明変数に内生的要因と外生的要因とを設定する. 内生的要因の代表は民族関係であり, 勝敗関係である. 外生的要因の代表は危機の 内生的要因の中には民族関係のほかに①争点, ②「国際危機」発生の発端, ③問われている価値を考える. 外生 的要因のなかには危機の勝敗関係のほかに①危機への対応, 機の結果の形式, ②危 ③結果に対する満足の程度を取り上げる. 分析では被説明変数に「国際危機」の再発・収束, 説明変数に 内生的要因と外生的要因を構成する先に挙げた変数を投入し, 線回帰分析を行う.9 を行う. その際内生的要因, 直 外生的要因ごとに分析 それぞれのモデルの当てはまり具合を確かめるためであ る. 扱うケースは ICB データのシステムレベルデータに含まれるす べての危機である. 119 4.3 各変数の作業 定義10 仮説モデルを構成する各変数について作業定義を行う. 「国際危機」の再発・収束変数(従属変数):ICB system data variable 47 escalation or reduction of tension. この変数は危 機の結果が敵対アクター間の緊張レベルに与えた影響を示してい る. 本稿ではこの変数を「国際危機」の再発・収束変数と呼んでい る. 尺度は 2 点からなっており, それぞれエスカレーション(再 発)とリダクション(収束)である. エスカレーションでは危機 が終結後 5 年以内に再発したことを示し, リダクションでは危機 終結後 5 年以内には再発しなかったことを示している. コーディ ングについては「収束」を 0, 「再発」を 1 とする. 争点変数(内生的要因) :ICB system data variable51 issues. この変数は危機のアクターにとっての主要な争点にそってコーデ ィ ン グ さ れ て お り , military-security」, ま た 「 one issue other than 「two issues other than military-security」, 「 military-security issue alone 」 , 「 two issues, including military-security 」, 「three or more issues」という尺度からなっ ている. これらの尺度は名義尺度なので, ダミー変数として値の 再割り当てを行う. その際「three or more issues」をレファレンス カテゴゴリーとする. 民 族 関 係 変 数 ( 内 生 的 要 因 ): ICB System-Level Dataset variable63 ethnic related crisis. この変数は当該危機に民族の 分離独立要求が存在したかしなかったかを示す変数である. 尺度 には「secessionist conflict」, 「irredentist conflict」, 「non-ethnic conflict 」 に よ っ て 構 成 さ れ て い る . 分 析 で は 「 secessionist conflict」と「irredentist conflict」を 1 つにまとめ, 「分離独立」とし, 「non-ethnic conflict」を 0, 「分離独立」を 1 とする. 危機の発端変数(内生的要因):ICB System-Level Dataset variable1 break point( trigger) to international crisis. 「国際危 機」の発端とは意思決定者に基本的価値に対する脅威, 限られた時間的プレッシャー, 対応への 軍事的交戦状態に巻き込まれる高 まった可能性を知覚させる出来事, 行動, 状況的変化のことであ る. この変数は「verbal act」, 「political act」, 「economic act」, 「external change」, 「other non-violent act」, 「internal verbal or physical challenge to regime or elite」 , 「indirect violent act」, 「violent act」からなる.これらの尺度は名義尺度なので, 各尺度を 120 ダミー変数として値の再割り当てを行う. その際「violent act」 をレファレンスカテゴリーとする. 「verbal act」に多重共線性が生 じるため, 分析からはずす. 問われている価値変数(内生的要因): ICB System-Level Dataset variable 6 gravity of value threat. この変数は当該「国際 危機」で問われている価値がどのような種のものであるかを分類し ており, また「economic threat」, 「limited military damage」, 「political threat」, 「territorial threat」, 「threat to influence」, 「threat of grave damage」, 「threat to existence」, 「other」からな る. この変数も名義尺度であるので, ダミー変数として値の再割 り当てを行う. レ フ ァ レ ン ス カ テ ゴ リ ー に は 「 threat to existence」をあてる(「other」は欠損値として扱う). 危機への対応変数(外生的要因) : ICB System-Level Dataset variable7 crisis management technique. この変数は危機に対 してどのような対応が主としてとられたかを示している. この変 数は「negotiation」, 「adjudication」, 「multiple not including violence 」 , 「 non-military pressure 」 , 「 multiple including violence」, 「violence」からなる. この変数も名義尺度であるので, ダミー変数として値の再割り当てを行う. レファレンスカテゴリ ー に は 「 violence 」 を あ て る . 「 adjudication 」 お よ び 「 multiple including violence」に多重共線性が生じるため分析からはずした. 危機の勝敗関係変数(外生的要因) :ICB System-Level Dataset variable44 content of outcome. この変数は危機の勝敗が明確か曖 昧かを示す変数である. 明確とはすべてのアクターが勝利か敗北 かに分類できる状況を示し, 曖昧とは少なくとも1つのアクター が行き詰まり状態にあることを示す. 具体的には基本的な目的が なんら達成されなかったり, 状況に変化がなかったり, 妥協であ ったりである. この変数は「definitive outcome」と「ambiguous outcome」によって構成されているので, 「definitive outcome」 を 0, 「ambiguous outcome」を 1 とコーディングする. 結果の形式変数(外生的要因): variable45 form of outcome. ICB System-Level Dataset この変数は危機の終結点での危機 の結果の形式を示す変数である. この変数は「formal agreement」, 「semi-formal agreement」, 「tacit understanding」, 「unilateral act」, 「imposed agreement」, 「other」, 「crisis faded」からなる. 121 この変数は名義尺度で構成されているので, の再割り当てを行う. ダミー変数として値 レファレンスカテゴリーには「imposed agreement」をあてる(「other」と「crisis faded」は欠損値とし て扱う). 結果に対する満足度変数(外生的要因): ICB System-Level Dataset variable46 extent of satisfaction about outcome. この 変数は危機にかかわったアクターが危機の終結時点でその結果に 対して持っている満足度を示している. 順序尺度であるので, 「all satisfied」, 「mostly satisfied」, 「equally mixed」, 「mostly dissatisfied」,「all dissatisfied」の順で 0 から 5 の数値を当てた. 「single actor case」と「no adversarial actor」を欠損値として処 理した. 4.4 分析結果11 仮説が支持されたかを仮説 1, 仮説 2 の順に検討する. そのあ とにその他の変数の「国際危機」の再発に与える影響を確認し, 最 後に両モデルの当てはまり具合を比較する. 仮説1が支持されたかどうかは表1の民族関係変数の非標準化 係数の値をみることによってわかる. っているので, ここではマイナスの値をと 民族危機のほうが国家間危機よりも再発しやすい とした仮説 1 とは逆の結果が表れていることがわかる. つまり仮 説1は支持されず, 逆に民族危機のほうが再発しにくいというこ とが明らかになった. 仮説 1 が支持されなかった理由は 3 通り考 えられる. 第 1 は小平の議論が正しくなかったというものである. すなわち民族は彼の言うほどには非合理的ではないということで ある. 第 2 は仮説のメカニズムで用いたゲームツリーで, 期待利 得の配分およびそれに基づく各アクターが採りうる選択肢の確率 を考慮に入れなかったというメカニズムの不備である. これによ り正しいメカニズムから得られる予測とは逆の予測が導出された 可能性がある. 第 3 は仮説 1 において分離独立後を想定していな かったことにある. 民族の分離独立後に起こる危機は民族危機と カウントされない. 独立後は国家間の危機となるため, 同じ関係 アクター間の危機であったとしても, それはデータ上民族危機に はならない. すなわち仮説 1 において分離独立後を想定していな かったことに問題があった可能性がある. 一方仮説 2 が支持されたかどうかは表2の危機の勝敗関係変数 の非標準化係数の値をみることによってわかる. ここではプラス の値をとっているので, 危機の勝敗が曖昧であると危機は再発し 122 やすいとした仮説2にそった結果が出ていることがわかる. また その他の外生的要因との比較を行うと, 危機の勝敗関係変数の標 準化係数がとりわけ高い値をとっていることから, 外生的要因の 中でも危機勝敗関係は危機の再発に大きな影響力を持っていると いえる. その他の変数の影響を内生的要因からみていくと, 「 military-security issue alone 」 , 「 two issues including military-security」, damage」以外では非標準 「threat of grave 化係数ですべてマイナスの値をとっていることがわかる. スの値をとっているということは, 比較をすると, マイナ レファレンスカテゴリーとの それらの項目は「国際危機」再発させにくいこと示 している. 逆にプラスの値をとっている上記の 3 つについてはレ ファレンスカテゴリーと比較すると再発させやすいということを 示している. 123 表1 「国際危機」の再発・収束に及ぼす内生的要因の影響力 非標準化係数 標準化係数 危険率 one issue other than military-0.017 -0.011 0.897 security two issues other than 争 -0.075 -0.025 0.679 military-security 点 military-security issue alone 0.060 0.060 0.616 two issues including military0.052 0.049 0.659 security 民 族 ethnic related -0.080 -0.074 0.168 関 係 political act -0.035 -0.029 0.600 economic act 0.435 0.121 0.027 危 external change -0.013 -0.006 0.913 機 other non-violent -0.093 -0.024 0.623 の internal verbal or physical 発 -0.220 -0.119 0.029 challenge to regime or elite 端 non-violent military act -0.092 -0.066 0.208 indirect violent act 0.089 0.040 0.450 economic thereat -0.465 -0.151 0.010 問 limited military damage -0.087 -0.040 0.495 るわ political threat -0.182 -0.159 0.043 価れ territorial threat -0.191 -0.180 0.024 値て threat to influence -0.274 -0.167 0.013 い threat of grave damage 0.043 0.027 0.676 (定数) 1.627 0.000 従属変数:「国際危機」の再発・収束 調整済みR2 :0.052 N= 426 次に外生的要因の影響をみると, 非標準化係数において危機 への対応変数ですべての項目がマイナスの値をとっている. ここ からそれらの項目はレファレンスカテゴリーと比較して「国際危 機」を再発させる影響力は小さいということがわかる. 結果の形 式変数の非標準化係数においては, 「unilateral act」を除くすべて の項目でプラスの値をとっている. ここからそれらの項目はレフ ァレンスカテゴリーと比較して「国際危機」を再発させやすいとい うことがわかる. また結果に対する満足度変数では非標準化係数 がプラスの値をとっていることから, 関係アクターの満足度が下 がるにつれ「国際危機」は再発しやすいということがわかる. 内生的要因と外生的要因の比較を行えば, モデルの当てはまり を示す調整済み R2 の値が外生的要因のほうが高い. よって「国際 危機」の再発・収束に関しては外生的要因のほうが説明力が高いと 124 いえる.12 表2: 「国際危機」の再発・収束に及ぼす外生的要因の影響力 危 対機 応へ の 結 形 果 式 の negotiation mediation multiple not including violence non-violent military multiple including violence fromal agreement semi-formal agreement tacit understanding unilateral act 非標準化係数 -0.016 -0.321 -0.177 -0.111 -0.098 0.221 0.209 -0.145 0.361 標準化係数 -0.009 -0.105 -0.119 -0.072 -0.096 0.207 0.155 -0.057 0.357 危険率 0.900 0.124 0.108 0.337 0.243 0.089 0.131 0.475 0.003 0.038 0.095 0.160 0 .2 58 1.035 0.25 7 0.00 0 0.000 結果に対する満足 extent of outcome 度 危機の勝敗関係 con ten t of ou tcome (定数) 従属変数: 「国際危機の再発」 調整済みR2: 0.110 N=233 5. 結論および展望 本稿の分析結果から言えることは, ①民族関係の存在によって 「国際危機」が再発しやすいということはなく, 発しにくいということ, 逆に民族危機は再 ②「国際危機」の終結時点での勝敗が明確 であれば再発する可能性は低くなるということ, ③内生的要因モ デルに比して外生的要因モデルは「国際危機」の再発に強い影響を 与える可能性が高いということである. 以上の分析結果は, 民族関係が存在することで「国際危機」は 再発するとした仮説1を棄却し, 危機の収束時点での勝敗が曖昧 であれば「国際危機」は再発するとした仮説 2 を支持する. ここから消極的平和の実現を阻害する要因としての国際危機を 減少させるには, 危機の勝敗を明確にすることが重要であるとい うことがわかる. 消極的平和が実現されたあとに問題となるのは構造的暴力であ る. とくに 危機の勝敗を明確にすることによって得られる危機 の減少は, アクター間のパワー関係の固定化から得られたもので あるかもしれないので構造的暴力の温床となりやすい. なぜなら そうした場合の危機の減少は対立の解消によってもたらされたも のではなく, からである。 危機を起こしても勝ち目がないと見越しての結果だ よって次なる課題は構造的暴力の排除となる. また分析面に関しては, 本稿では存在するケースすべてを分析 125 対象としたが, 1910 年から 1994 年という期間を一まとめにして 分析したため, 国際システムや年代の影響を考慮に入れていない. 国際システムの変化は危機や紛争などは大きな影響を与えるであ ろうし, 年代によって特徴があるであろう. 国際システムや年代 による時間分類をして分析をすることも新たな課題である. 1 消極的平和が実現されてから積極的平和が実現されるという考 え方は, 単線的発展論的な考え方である. このような考え方は問 題であるとする見解もあるが, 少なくとも個人的暴力を戦争や紛 争に限定すれば, そうした中で構造的暴力を排除することを第一 義的価値にすえることはありえないだろう. そのため筆者はこう した観点から, 単線的発展論は当を得た考え方であると考える. 2 国際危機を分析するにあたって, 演繹法的統計的アプローチ を採用する. 国際危機を未然に防ぐためには, 国際危機がなぜ発生するのか という問いに答える必要がある. すなわち国際危機の本質(国際危 機発生の構成要件)を解明する必要がある. それではいかにすれ ば国際危機の本質を解明できるのであろうか? それには2通りの方法がある. 第1は1つ1つの国際危機を丹 念に調べ上げ, それらの共通する特徴を抽出する方法である(帰納 法). 第2の方法はある特定の要因に注目し, その要因によって国 際危機の発生を説明しようというものである(演繹法). 2つのアプローチのうち, 第2の方法である演繹法を採用する. 特定の国際危機を選択して分析することは, 分析自身および結果 にバイアスがかかることを意味する. 国際危機に関する包括的 データが存在する以上, すべてを対象とすることがそうしたバイ アスを避ける方法である. 演繹法になじむ研究手法にはゲーム論 的手法や統計的手法があるが, ここでは国際危機の構成要因を知 ることが主たる目的となるので, 統計的手法を用いる. 3 ICB データによる. 4 また国際危機を未然に防ぐという観点からは, 予防外交や信頼 醸成なども国際危機研究の領域に加えることができる. NATO のロ シア軍との共同軍事演習や OSCE の信頼醸成外交などがそれらの ひとつに挙げられるが, 現段階で体系だった理論として提示され ているとは思えないので, 先行研究には含めない. 5 内生的要因と外生的要因のほかにも「国際危機」の再発・収束に 影響を与える要因としては, 国際システムなどがあるが, ここで は内生的要因と外生的 要因 のみに焦点を当てたいので割愛する. 6 ゲームツリーは本来, 期待利得や確率を必要とするが, すべて の危機に対応できる具体的数値を当てはめることは不可能である と考えたのでここでは割愛する. 7 Brecher と Wilkenfeld によると国際危機と認定するのに当たっ 126 て, 3つの基準を満たすこと必要とされる. 第 1 は危機の主体が 主権国家であり, 国際体系の一員であること, 第 2 は意思決定者 が外交危機の要件である3つの要件を知覚しているという証拠が あること, すなわち基本的価値に対する危機, 対応するまでの時 間が限られていること, 軍事的敵対に発展する可能性が高いこと である, 第 3 は敵対者が主権国家もしくは敵対的連合であること が明確であることである. 8 彼らの定義は Hermann の定義を基礎にしている(Brecher and Wilkenfeld, 1997 p.3). 9従属変数が 2 点尺度であるので, 本来であればプロビット分析を 行うべきであるが, 現段階では筆者に十分な知識がないため直線 回帰分析にとどめる. 10 各変数についての詳細は ICB の HP を参照のこと. http://web.missouri.edu/~polsjjh/ICB/ 11分析結果の表に関しては, 全危機を考慮しているので危険率は 必要ではないが, 「国際危機」の性質上カウントされていないも のの存在や潜在的危機状況にある可能性も否定できないので, 参 考までに記載した. ただし本稿では危険率は考慮しない. 12 内生的要因, 外生的要因に関連する変数の投入の仕方によって, この結果は異なってくる. 参考文献 Brecher, Michael and Wilkenfeld, Jonathan. A study of crisis. Ann Arbor, The university of Michigan press, 1997. 小平 修 鈴木 基史 『エスニシティと政治』, 『国際関係』, ミネルヴァ書房, 東京大学出版会, 1999. 2000. ヨハン・ガルトゥング著, 高柳先男, 塩屋保, 酒井由美子訳,『構 造的暴力と平和』, 中央大学出版部, 1991. 127 人間関係と コミュニケーション ―コミュニケーション・ジレンマを克服する人間関係― 高田康夫 1.はじめに 私は昨年のディスクール論文、「組織加入−政治参加メカニズ ムの検証」において、社会関係資本(social capital)の議論を参考に、 組織加入が政治参加をもたらすメカニズムが 2 つ存在することを 示した。1そして水平的人間関係の組織においては政治議論が活発 になり、それが政治参加へとつながっているという結論に達した (高田 2002)。しかし、次の 2 つの問題点が残されたままであった。 ①水平的人間関係と垂直的人間関係をどのように分けるべきか。 「人間関係を客観的に判断できる指標」 はあるのか(高田 2002, p. 217)。 ②パットナムは水平組織の方が垂直組織よりもコミュニケーショ ンが活発になるというが、どういったときに活発になるのか。 日常会話の時でも水平組織の方が活発なのか、それとも何か特 別な状況の時に活発になるのか。 本論文は、この 2 つの問題に対して次の答えを出すことを目的と する。 ①人間関係において、6 種類の社会的勢力(social power)ごとの均 衡・不均衡を測定することにより、人間関係の水平・垂直を客観 的に測定することができる。 ②コミュニケーション・ジレンマを克服できるかどうかが、コミュ ニケーションが活発になるかならないかの差である。6 種類の社 会的勢力ごとに、その水平・垂直がコミュニケーション量に与え 128 る影響は異なる。 この 2 つの答えを出すことでパットナムの社会関係資本のメカ ニズムを検証することにもなる。パットナムは、社会関係資本を 蓄積するためには水平的なネットワークが重要であると指摘して いる。その理由として 4 つの仮説を挙げており、その 1 つに、水 平的ネットワークは「コミュニケーションを促進し、諸個人の信 頼性に関する情報の流れをよくする」というコミュニケーション についての仮説がある(パットナム 2001, p. 216)。2しかし、水平 的ネットワークではどのようにコミュニケーションが活性化され るのかということは述べられていない。 このパットナムの仮説のメカニズムを考えるためにはコミュニ ケーション・ジレンマという概念が必要だと考える。人間関係に おいて、コミュニケーションを促進しようとしても簡単にはコミ ュニケーションは活性化されない。なぜなら、コミュニケーショ ンをとること自体がジレンマとなっていることが多いからである。 3パットナムの言う「水平的ネットワークにおけるコミュニケーシ ョンの活性化」とは、水平的人間関係においてはコミュニケーシ ョン・ジレンマを克服できるということではないかと私は考える。 以下、次のように議論を進める。2 節では、コミュニケーション・ ジレンマについての先行研究に言及し、本論文の着目点を述べる。 3 節では、社会的勢力とその種類を考察し、社会的勢力により人間 関係の水平・垂直を定義する。4 節では、どのような人間関係がコ ミュニケーションに影響を与えるかを考え、人間関係とコミュニ ケーションについての仮説を立てる。5 節では、仮説を検証するた めに私が行ったコミュニケーション・ジレンマ実験を紹介する。6 節では、分析に用いる変数を検討し、7 節で実験結果の分析をする。 最後に 8 節では本論文で明らかになった結論を述べる。 2.コミュニケーション・ジレンマ Bonacich 他は、コミュニケーション・ジレンマの定義として、 「知 識を他の人に伝えるより貯め込むことの方が、個人にとっては合 理的であっても、グループ全体としては、その選択が目的達成の 妨げになったり、全体に悪影響を及ぼすこと」と述べている (Bonacich 他 1992, p. 227)。本論文でもこの Bonacich 他の定義を 129 採用する。具体的には次のような場面が想定される。ある分野の 専門学者A,Bがいて、互いに業績を競っている。Aはノーベル 賞にも値するような重大な発見をしたが、それをまとめ上げる作 業は一人では難しい。B と共同で作業すればできるかも知れないが、 B に業績の半分をもっていかれることになる。そこで A は一人で その作業をすることにしたが、途中で力尽きてその世紀の発見が 公表されないまま亡くなってしまう。このようにコミュニケーシ ョン・ジレンマが集団内に存在すると、その集団で本当に必要な情 報がやり取りされず、その集団の効率性や生産性を損なうのであ る。 このようなコミュニケーション・ジレンマの状況において相手 とコミュニケーションを取るか取らないかは、その人間関係によ って決まると私は考える4。上の例で言えば、A と B の人間関係に よって、発見したことの情報を二人で共有するか、一人で溜め込 むかが決まってくると私は考える。人間関係といっても様々な定 義があるが、私は人間関係の水平・垂直がコミュニケーションに影 響を与えると考えている。次節では、社会的勢力に着目し人間関 係の定義を行う。 3.社会的勢力(social power)とその基盤 本論文では、相手に対して保持する社会的勢力の均衡・不均衡に よって、人間関係の水平・垂直を定義する。今井は、多くの研究者 による社会的勢力の定義の最大公約数として、「自分(影響者)の望 むように他者(被影響者)の意見・態度・行動を変化させることので きる能力」であると述べている(今井 1987, p. 164)。お互いに相手 に対して保持している社会的勢力が不均衡であれば、どちらかの 影響力がもう一人を支配することとなり、そのような人間関係は 垂直的であると私は考える。また、お互いに相手に対して保持し ている社会的勢力の均衡がとれていれば、そのような人間関係は 水平的であると私は考える。 しかし、多くの人間関係では一概に水平・垂直を分けることがで きない。それは、1 つの人間関係であっても社会的勢力の基盤ごと 5 「この分野では水平だが、 に水平・垂直の度合いが違うためである。 その分野では垂直だ」という人間関係は多く、人間関係の水平・垂 130 直を細かく分析するためには、各社会的勢力ごとの分析が欠かせ ない。 本論文では、(フレンチ他 1959)と(今井 1996)を参考に社会的勢 力を6種類に分類する。以下にその内容を述べる。 ① 参照勢力 影響者に対する被影響者の同一視にその基礎を置いている(フレ ンチ他 1959, p. 741)。 「特定の人に同一視すると、自分の態度や行 動を決定する際に、その対象人物の態度や行動を参照するように なる」という一種の模倣行動である(今井 1996, p. 97-98)。 ② 専門勢力 「いろいろな領域において、人よりも豊富な専門的知識や技術 を身につけていることから生じる」勢力である(今井 1996, p. 82)。 「たばこは体に悪い」と友人に言われてもやめないが医者に言わ れればやめる、などは専門勢力の影響である。 ③ 正当勢力 社会的に認められた規範に基づいて影響を与えるものである。 社会的に認められた規範とは、「年上の方が偉い」「親は子供より偉 い」などである。社会的規範において上位にいる者は下位の者に影 響を与えることができる。 ④ 罰勢力 罰を用いて人の行動や考え方を変化させるものである。 「言うこ とを聞かなければ殴るぞ」と言って自分の思うように相手に行動さ せる、などは罰勢力を用いた影響力である。 ⑤ 魅力勢力 「被影響者が影響者との対人関係を維持していきたいと願うこ とに基づく」勢力である(今井 1986, p. 37)。影響者が被影響者に 好意をもたれていればいるほど、影響力は強くなる。相手から好 かれたいために相手の望むように行動する、などは魅力勢力の垂 直度によるものである。 ⑥ 賞勢力 「報酬を与える能力に基礎をおく勢力」である(フレンチ他 1959)。「食事をおごる条件で買い物に付き合ってもらう」などが 賞勢力を用いた働きかけの例である。 131 4.人間関係とコミュニケーションの仮説 それではコミュニケーション・ジレンマの状況において、各社会 的勢力の垂直度ごとにどのようにコミュニケーションに影響を与 えているだろうか。参照勢力の垂直度は、一種の模倣行動なので、 コミュニケーションをとるかとらないかには影響を与えないと考 えられる。専門勢力・正当勢力・罰勢力の垂直度は、パットナムの 研究にもあるように、自己防衛的な情報の出し惜しみにつながる (パットナム 2001, p. 217)。そのためコミュニケーション量も少な くなると考えられる。つまり、人間関係が水平的であるほうが情 報交換の量が多くなるということができる。他方、賞勢力の垂直 度は、相手からの見返りを求めて進んで情報を提供することにな るだろう。魅力勢力の垂直度は、相手に好かれたいという希望か ら自分の情報を出すことにつながり、コミュニケーション量が増 えることが予想される。つまり、先の 3 つとは違って、この 2 つ については、人間関係が垂直であるほど、情報量が増えることが 予想される。これらの仮説を図示したものが図 2 である。 図2.コミュニケーション・ジレンマ状況における各社会勢力とコミュニケーション量の仮説 専門勢力・正当勢力・罰勢力 少ない 情報量 多い 少ない 水平 水平 正当勢力 専門勢力 罰勢力 魅力勢力 賞勢力 垂直 垂直 魅力勢力・賞勢力 情報量 多い この仮説をコミュニケーション・ジレンマ実験によって検証す る。世論調査データでは、社会的勢力を詳しく聞く質問がなく、 またコミュニケーション量も測ることができないためである。そ こで、本稿では実験による実証を試みた。次節では、実験の内容 について説明する。 5.実験の概要 「大学生の政治知識を測るためのクイズ」と称して、大学内に いる 2 人組の大学生・大学院生に声をかけ、実験への協力を依頼 132 した6。協力を依頼する際には、実験の本当の趣旨(人間関係におけ るコミュニケーション)ではなく、大学生の政治知識についてのク イズであると説明した。 実験では2つの部屋を用意し(実験室Ⅰ、Ⅱとする)、まず2人一 緒に以下のようにクイズの説明をした(被験者をA,Bとする)。 「クイズはクイズ①選挙関係 5 問、クイズ②地方自治関係 5 問と 2 種類あ り、全部で 10 問出します。1 問 10 点の 100 点満点です。6 問は誰でもで きる簡単な問題です。クイズの問題はカセットテープで流しますので、そ れに口頭で答えてください。問題を読み終わってから次の問題を読み始め るまでの間は 10 秒です。その間に答えてください。問題を読み終えてか ら回答までの時間も測るので、思いついたら出来るだけ早く答えてくださ い。カセットテープは、クイズ①、②とも1つずつしかないので、一人ず つ受けてもらって時間を取らすのも悪いので、Aさんには先にクイズ①を 受けてもらい、そのあとにクイズ②を受けてもらいます。Bさんには、ク イズ②を先に受けてもらい、クイズ①をあとで受けてもらいます」 まず、被験者Aにはクイズ①を実験室Ⅰで、被験者Bにはクイ ズ②を実験室Ⅱで受けてもらい、その後に被験者Aにはクイズ② を実験室Ⅱで、被験者Bにはクイズ①を実験室Ⅰで受けてもらう、 という状況を設定した。そして各被験者が最初のクイズを受け終 わった後に、クイズを流していたカセットデッキの電池がなくな ったと言って、実験室Ⅰに 3 分間 2 人きりにするという状況を作 った。 2 人のコミュニケーションは、2 人きりの 3 分間の密室状況で測 る。2 人の被験者が、自分の最初に受けたクイズの問題や難易度の 情報を交換するかどうかを見るのである。自分が先に受けたクイ ズは、次に相手が受けるクイズなので、クイズに関する情報交換 は 2 人それぞれの成績や全体の成績に大きな影響を与える。実験 室にはテープレコーダーを設置し、2 人きりの密室におけるコミュ ニケーションの内容を録音した7。 実験は、コミュニケーション・ジレンマの有無によって統制され ている。コミュニケーション・ジレンマの状況は、クイズに参加し た報酬によって作られている。コミュニケーション・ジレンマあり 133 の実験群には次のような報酬の説明をした。 「実験に参加していただいた報酬は、この問題の点数によって決められま す。 ①2 人のうち点数の高い方にボーナス 200 円を差し上げます。 ②2 人の合計点が 150 点以上ですと、2 人共にボ−ナス 300 円を差し上げ ます。 ③2 人の合計点が 100 点に満たない場合は、点数の高い方の 200 円も取り 消され、2 人の報酬は、お菓子とジュースだけです」 コミュニケーション・ジレンマなしの場合は、「実験に参加してい ただいた報酬は、お一人様 100 円と、待合室のお菓子とジュース です」と述べるだけで、 「あり」の場合のような得点に関する条件 を設けなかった。 コミュニケーション・ジレンマのある状況では、報酬の条件②と ③により、情報を交換する動機が生まれるが、条件①により、個 人的な報酬と 2 人の報酬との間でジレンマが起こる。つまり、相 手にクイズの問題の情報を提供することで 2 人全体の成績はよく なるが、個人的な報酬をかけた相手との競争においては不利にな ってしまう。そこでクイズに関する情報を出すか出さないかのジ レンマとなるのである。コミュニケーション・ジレンマのない状況 では、情報を溜め込もうという動機も、お互いに情報を交換しよ うという動機も生まれない。このように報酬条件を変えることに よってコミュニケーション・ジレンマの有無を統制することがで きた。 実験の最後に、2 人の被験者がお互いに保持している社会的勢力 を測る尺度や他の統制変数を測る尺度を調べるためのアンケート に答えてもらった。 6.各変数の検討 ここでは、独立変数および従属変数の作業定義を紹介する。 ・独立変数の検討 友人同士の人間関係の垂直度 0∼24 点尺度×6 6 種類の社会的勢力それぞれの水平・垂直度を測定するため、今 134 井の社会勢力認知尺度第Ⅳ版を用いる(心理尺度ファイル 1994, p343-349)。この尺度は、勢力ごとに 4 つずつの質問があり、代表 的なものは次の質問である。 ●下線部に同席している友達の名前を想定して、以下 24 の質問に答え、選択肢の番号に 丸をつけて下さい。選択肢は 1(全くそう思わない)から 7(大変そう思う)までです。 (参照勢力) __は私の理想像に似ている。 (専門勢力) ものごとを決定する際に、__の判断に頼っていれば間違いない。 (正当勢力) 私が__の望むように行動するのは、社会的に見て当然のことである。 (罰勢力) 私が何かをしているとき、__が私に妨害することがある。 (魅力勢力) 私は、__が好きである。 (賞勢力) __は、私のために、いろいろ力になってくれる。 手順としては、まずそれぞれの自分に対する相手の各社会的勢力 を測る(4∼28 点尺度)。次に、2 人の社会的勢力の差をとり、絶 対値であらわす(0∼24 点尺度)。0 点に近ければ近いほどより水平 的な関係であり、24 点に近ければ近いほどより垂直的な関係であ る。 ・従属変数の検討 クイズ問題に関するコミュニケーション量 0∼5 点尺度 クイズに関するコミュニケーションを次のように点数化した。 5 問未満のクイズ数の問題とその答えに関するコミュニケーショ ン:1 点 5 問以上のクイズ数の問題とその答えに関するコミュニケーショ ン:2 点 全般的な問題の難易度のコミュニケーション :+1 点 問題形式についてのコミュニケーション8 :+1 点 ・統制変数の検討 友人関係の親密度 0∼82 点の尺度 人間関係の水平・垂直よりも、人間関係が親密かどうかという ことの方が情報交換に影響を与えるということも考えられる。そ こで、友人関係の親密度を測るために、和田・広岡・林の友人関係 行動チェックリストを用いる(心理尺度ファイル 1994, p395-399)。 これは 0∼41 点の尺度であるが、2人ともにお互いの親密度を聞 135 くので、2人の点数を足し合わせ、0∼82 点の尺度にする。点数が 高いほど親密な関係であり、会話量が増えるのではないかと予測 される。 被験者のクイズの出来・不出来 0∼4 点尺度 被験者のクイズの出来・不出来が情報交換に影響するというこ とも考えられる。自分の成績がよいと思っている人は、もう一人に 負けないように情報を提供しないが,自分の成績が悪いと思ってい る人は、条件②の報酬を得ようとして情報を提供する可能性がある。 アンケートに、 「前半のクイズが終わった時点で、あなたとパー トナーではどちらのほうの点数が高いと思いましたか」という質 問を作り、 「あなた」「同じくらい」「パートナー」という 3 つの選 択肢から答えを選んでもらった。 点数化の仕方は以下のとおりである。 A B あなた 同じ パートナー あなた 0 1 2 同じ 1 2 3 パートナー 2 3 4 「あなた」を選ぶと 0 点、「同じ」を選ぶと 1 点、「パートナー」を選 ぶと 2 点をつけ、2 人の合計を足した。各組み合わせの点数は上の 表のようになった。点数が高ければ高いほど、コミュニケーショ ン量が多くなると予測される。 7.分析とその結果 仮説を検証するため、コミュニケーション・ジレンマのある実験 群とコミュニケーション・ジレンマのない統制群に分けて、前節で 検討した変数を用いて重回帰分析を行った。従属変数はクイズに 関するコミュニケーション量である。 コミュニケーション・ジレンマのある場合の実験の結果が表 1 で ある。仮説どおりであれば、専門勢力・正当勢力・罰勢力の垂直度 では、非標準化係数がマイナスになっていることが予想される。 また、魅力勢力・賞勢力の垂直度では、非標準化係数がプラスの値 をとることが予想される。表 1 を見ると、専門勢力・正当勢力・罰 勢力では非標準化係数が負の値をとっている。罰勢力の危険率は 0.089 であり統計的な判断が難しいが、私は仮説を支持していると 136 表1.コミュニケーション・ジレンマのある状況での会話量を説明する諸要因 非標準化係数 水 参照勢力 平 専門勢力 ・ 正当勢力 垂 罰勢力 直 魅力勢力 度 賞勢力 仲のよさ 出来・不出来 (定数項) 標準誤差 危険率 0.17 0.13 -0.20 0.09 -0.08 0.08 -0.10 0.05 0.30 0.14 -0.41 0.16 0.00 0.02 0.60 0.37 1.36 1.36 N=18 調整済みR2乗=0.343 0.214 0.046 0.377 0.089 0.063 0.031 0.829 0.142 0.343 表2.コミュニケーション・ジレンマのない状況での会話量を説明する諸要因 非標準化係数 水 参照勢力 平 専門勢力 ・ 正当勢力 垂 罰勢力 直 魅力勢力 度 賞勢力 仲のよさ 出来・不出来 (定数項) 標準誤差 危険率 0.16 0.09 0.06 0.06 0.03 0.07 0.02 0.04 -0.16 0.12 0.07 0.09 -0.01 0.02 -0.23 0.38 1.90 1.05 N=18 調整済みR2乗=0.025 0.109 0.385 0.735 0.675 0.208 0.472 0.628 0.554 0.103 考える。専門勢力の危険率は 0.046 と低く、これは予想通りであ り、仮説を支持している。しかし正当勢力の危険率は高く、仮説 を支持しているとは言えない。正当勢力の垂直関係は、主に社会 的地位の上下などによるものであるため、学生同士の友人関係で は、正当勢力の水平・垂直は測定することができないのではないだ ろうか。 魅力勢力の垂直度では、非標準化係数が 0.30 であり、危険率は 0.063 である。危険率が多少高いが、この結果は仮説を支持してい ると私は考える。賞勢力は、非標準化係数が-0.41、危険率が 0.031 と予想とはまったく逆の結果である。つまり、賞勢力が水平的で あればあるほど、コミュニケーション量が増えていることがわか る。これは、相手への見返りを求めたり与えたりする利害関係の ある人間関係よりも、利害関係のない人間関係の方が、集団とし ての利益を追求できるということだろう。この点は仮説を訂正し 137 なければならない。 コミュニケーション・ジレンマのない場合の実験結果が表 2 であ る。コミュニケーション・ジレンマのある場合と比べ、各変数の影 響は見られない。このことは、社会的勢力の水平・垂直がコミュニ ケーションに影響を与えるのは、コミュニケーション・ジレンマの 状況の時であることを示している。 分析の問題点として、ケース数がどちらも 18 しかないため従属 変数の会話量の分散に片寄りがあり、結果が不安定なことが挙げ られる。そのため、今回の分析だけでは仮説が実証できたとは断 言できない。今後もこのようなコミュニケーション・ジレンマと人 間関係の実験をしていく必要がある。 8.結論 本論文ではコミュニケーション・ジレンマを克服する人間関係 があるという仮説を立て、実験によりその仮説を検証した。その 結果次のことが分かった。 ・人間関係においてお互いの専門勢力・罰勢力・賞勢力が水平的 であればあるほど、コミュニケーション・ジレンマを克服しやす い。 ・逆に、お互いの魅力勢力は垂直的であればあるほどコミュニケ ーション・ジレンマを克服しやすい。 ・正当勢力の水平・垂直がコミュニケーションに与える影響は確 認できなかったが、それは学生同士の友人を被験者として選んだ ためだと推測される。 これらの結果から、1 節で述べた本論文の目的の①②は、ほぼ達 成されたのではないかと考える。社会的勢力の種類によってコミ ュニケーションに異なる影響を与えることが分かったことから、 今後人間関係を測定する指標として社会的勢力の尺度を使うこと の重要性を主張したい。 また、研究の結果からパットナムの言う「水平的人間関係」と は、専門勢力・罰勢力・賞勢力における水平的人間関係であるこ とが推測される(正当勢力も入る可能性がある)。これらの勢力が 水平的であれば、コミュニケーション・ジレンマ状況においてコ ミュニケーションが活性化され、相互信頼を深め、互いに協力し 138 やすくなるのであろう。これが、社会関係資本が政治や経済のパ フォーマンスを高めるメカニズムの一部であると私は考える。 最後に、この実験が政治学的にどのような意味があるかという ことについて自分の考えを述べたい。 コミュニケーション・ジレンマに陥るアクターは人間同士だけ ではないと私は考える。アクターは行政の各部署であったり、政 党内部の派閥であったり、国家であったりするかもしれない。例 えば、自民党の派閥をアクターとするコミュニケーション・ジレン マの状況が起きたとする。各派閥が自分たちの利益のために情報 を独占し、他の派閥と情報を共有しようという意図をもたなけれ ば、それは日本社会全体の損失となってしまうのである。 実験の結果を踏まえれば、アクターが人間でなく派閥や国家で あっても、そのアクター同士の関係が、コミュニケーション・ジレ ンマをどう克服するかということの重要な要因であると私は考え る。その時、アクターの関係を 6 種類の社会的勢力に当てはめて 考えることも可能なのではないだろうか。今後、各分野でコミュ ニケーション・ジレンマの研究が出てくることを期待する。 1 2 3 4 社会関係資本(social capital)とは、人々の関係が変化すること によりもたらされ、生産的行為を促進する機能を持つものである。 社会関係資本が存在する集団内では社会的信頼が生み出され、 様々な情報の流れがスムーズになり、集団内での規範の促進と規 範を破った者に対する制裁を効果的に行う。社会関係資本が蓄積 されることで、集合行為のジレンマを解決し、政治・経済のパフ ォーマンスが高まる。詳しくは、(Coleman 1988)と(パットナム 2001)を参照せよ。 パットナムは、水平的ネットワークが重要である理由として他に 「相互連関性の増大」、「互酬性の強靭な規範の推進」、「将来への 協力の道筋」を挙げている。 Kalman 他は、「コミュニケーションは、個人の行動を調整する ただ有用なメカニズムではなく、それ自体が集団行為である」と 述べ、「集団内の人々の情報の共有が集団の利益としては必要だ が、各個人は情報を出し控えることに自分の利益があるときは、 いつでも集団内にコミュニケーション・ジレンマが存在する」と 述べている (Kalman 他 2002, p. 128)。 コミュニケーション・ジレンマ状況での各成員の対処の仕方を研 究したものに(Kalman 他 2002)と(Bonacich 他 1992)がある。 Kalman 他は各成員個人の動機に、また Bonacich 他は集団のネ ットワーク構造に着目している。 139 5 6 7 8 今井は、 「ある特定の他者の意見や行動を変化させることができ るのは、1 つには影響者に何らかの資源もしくは資質が備わって いるためである」と述べ、その資質や資源のことを「社会的勢力 基盤」と呼んでいる(今井 1987, p. 164)。 コミュニケーション・ジレンマの実験としては、2 人組みではな くもっと多くの成員からなるグループを対象とするべきだが、実 験の日数や費用、被験者の集めにくさなどの理由で今回は断念し た。ただ、グループ内のコミュニケーションにおいても、1 対 1 の人間関係が基本であると私は考えるため、今回の実験も意味の あるものだと確信している。 被験者の会話を本人の承諾を得ないまま録音することになるの で、実験趣旨の説明後に、録音した会話を使用するために被験者 に許可を頂いた。データは許可を頂いたものだけを使い、得られ なかったものは被験者にテープを返した。 クイズ①、クイズ②共に三択問題がある。「3 択問題があった」 というコミュニケーションをしていれば、1 点を与えている。 参考文献 ・今井芳昭 1986, 「親子関係における社会的勢力の基盤」 社会心 理学研究 1, 35-41 頁 ・今井芳昭 1987, 「影響者が保持する社会的勢力の認知と被影響 の認知・影響者の満足度との関係」 実験社会心理学研究 26, 163-173 頁 ・今井芳昭 1996, 『影響力を解剖する 依頼と説得の心理学』 福 村出版 ・J.R.P.フレンチ Jr.; B.レイヴン 1959, 「社会的勢力の基盤」 (三隅二不二、佐々木薫 訳編 1959, 『グループ・ダイナミ ックスⅡ』 第 32 章) ・堀洋三; 山本真理子; 松井豊(編) 1994, 『心理尺度ファイル: 人間と社会を測る』 垣内出版 ・高田康夫 2002, 「組織加入−政治参加メカニズムの検証」(同志 社法学会 2002 年 『法と政治のディスクール』205-218 頁) ・ロバート・D・パットナム; 河田潤一(訳) 2001, 『哲学する民主 主義 伝統と改革の市民的構造』 NTT 出版 ・James S. Coleman 1988, ‘Social Capital in the Creation of Human Capital’ “American Journal of Sociology” 94 ・Michael E. Kalman; Peter Monge; Janet Fulk; Rebecca Heino 2002, ‘Motivations to Resolve Communication Dilemmas in Database-Mediated Collaboration’ “Communication Research” April 2002 ・Phillip Bonacich; Sherry Schneider 1992, ‘Communication Networks and Collective Action’ (Wim B.G. Liebrand; David M. Messick; Henk A.M. Wilke (Ed) 1992, “Social Dilemmas/Theoretical issues and research findings” Pergamon Press, Chapter14) 140 両親の政党支持 の子への影響 オーストラリアの有権者の特殊事情から 中川えりか 1. はじめに 人はどのような理由で政党支持を持つようになるのだろうか。自 分の社会的地位から、その立場を守る、あるいはその地位の人々 に利益を与えてくれる政党を支持する人もいるだろう。自分の居 住地域により、その地域でより支持されている政党を選ぶ人もい るだろう。自分の両親が支持する政党を選ぶ人もいる。また、日 本ではあまりないが、海外では自分の宗教によって政党支持を決 定することも多い。現実的には人々は一つの理由だけで政党支持 を決定しているわけではない。様々な要素を全て加味した上で、 支持政党が決定される。それらの要素の中には、階級、教育、人 種、居住区域、性別などがあり、その一つに世代も含まれる。こ こで言う世代とは、両親と子の関係を表す。ジェンシュは大多数 の投票者は自分たちの両親と同じような政治的選好を持つ傾向が あるとしている。また、労働党支持者の家庭では、おそらく次の 世代の子供たちの間に労働党投票者を生み出すであろうし、また、 自由党支持者の両親も多分、自分たちの政治的選好を子供達に伝 えるであろうと述べている (ジェンシュ 1985, p. 219) 。 常識的に考えれば、両親の政治的嗜好は子に影響を及ぼしそう だが、実際にそれを統計的に調べることはできないだろうか。そ れを行うことが本稿の目的である。本稿では、両親の政党支持が、 この政党支持に影響を与えているということを実証したい。その 141 方法として、オーストラリアのローカル(オーストラリア生まれ) の親子と、移民の親とオーストラリア生まれの子を比べることに する。ローカルの親子の間では、両親の政党支持が子に伝えられ ると考えられる。しかし移民の親からは子に政党支持の影響が無 いと仮定する。この仮定の根拠は2章で述べる。この場合におい て、政党支持の親子間の影響のあるグループと無いグループでの 比較が可能となる。もしローカルの親子の方が親子間で政党支持 の一致する割合が高ければ、両親の政党支持の子への影響が存在 すると証明できたことになると考える。さてここで、移民の両親 に政党支持がないなら、なぜ移民の親子の政党支持の一致の有無 が調べられるのかを疑問に思う人もいるだろう。これを検証でき る理由については2章の最後で述べることとする。以下、オース トラリアが移民社会となる背景、仮説、分析の順に論を進める。 この分析手法は完全に私のオリジナルである為、私の調べた限り では先行研究は存在しない。 2. オーストラリアが移民社会となる背景 ここではオーストラリアが移民社会となった背景について述べ たい。この社会的背景を理解することにより、なぜ移民の親から 子への政党支持が殆どないかを説明する手助けとする。先に結論 を述べると、私が調査対象とする 1984 年当時の非英語圏からの移 民は、政治知識が殆ど無く、政治にあまり関心が無かったとされ ている。そのため子に与え得る政党支持が無いと仮定できるので ある。以下は関根政美著『マルチカルチュラル・オーストラリア』 (1991)をまとめたものである。社会的背景を知ることで、私の調 査目的に適した移民の存在する理由が理解できると思う。 2−1.前白豪主義 (1788 年・白人入植期−1851・ゴールドラッシュ開始前後まで) 政策時代 英国、アイルランド系白人達のオーストラリア入植 が始まったのは 1788 年である。当初英国植民地省は 1820 年頃ま ではオーストラリアを一般植民地としてよりは、流刑囚の送り先 として位置づけていた。初期入植者の奉公人として有色人種が、 また流刑囚人としてインド人が労働力として移住してきたとされ 142 ている。しかし 19 世紀前半の英国本国における奴隷制反対運動に より、有色人労働者の数は非常に少ない。有色人労働力の利用が 本格的になったのは、1830 年代の後半に羊毛の輸出が本格化して からである。囚人流刑が中止され、一方で拡大する放羊産業を前 に労働力不足が深刻になった為に、低賃金労働者としての有色人 労働者利用が求められた。しかし白人移民の雇用の問題や、人種 的同質性の維持、有色人労働者がヨーロッパ式の労働に不慣れだ ったなどの理由から、有色人労働者導入は失敗している。1848 年 からは中国人が移住してくるようになる。始めは低賃金で辛い牧 場、農場労働に従事していたが、1851 年にゴールドラッシュが始 まると、そちらに参加する者が増えていった。 2−2.白豪主義 政策の時代 a) ゴールドラッシュ時代(1850−1860 年代) 1851 年にゴールドラッシュが生じ、1854 年頃から中国人が金 鉱堀りとして大量に入植した。これ以前の全有色人労働者は 3− 4,000 名ほどであったのが、ゴールドラッシュのニュースが中国 で流されると大量に中国人が押し寄せ、1860 年にはオーストラリ アの中国人人口が 4 万人弱にもなっている。このような急激な中 国人の到来は経済、文化、社会的理由から特に白人金鉱夫との対 立を招き、中国人移住制限へとつながっていく。だがこれはゴー ルドラッシュが下火になると、制限法の撤廃がなされるようにな る。 b)中国人移住制限と白豪主義政策の形成(1870−1880 年代) オーストラリアにおける中国人移住制限の運動はこの時期再び 活発になる。その理由はゴールドラッシュの再来、帰国しなかっ た中国人の低賃金労働者化(白人の雇用を脅かす)、伝染病発生と 中国人の因果関係の問題などである。この時期、中国人以外にも インド人、日本人、南太平洋諸島人そして中近東からの人々も低 賃金労働力としてオーストラリアに住んでいたが、それらの人々 は排斥されることは無かった。 c)白豪主義政策の有色人移民全体への拡大・適用(1890 年代) 1888−1889 年にかけて完成した中国人制限の統一的実施とそれ 143 を支えた白豪主義を受けて、移住制限が他の有色人種にも適応さ れる時代であった。しかし、有色人種による低賃金労働力におい て政治、経済的利害があった為に統一した政策とはならなかった。 d)連邦白豪主義政策の発展(1901−1940 年代) 1901 年に開かれた最初の連邦議会において連邦移住制限法が成 立し、その後の州の差別法の制定により差別が強化された。人種 的、文化的に有色人種は異質とみなされ、文化、社会発展の度合 いも低いと考えられていた。英語系の人々と有色人種が一つの社 会で共存する、あるいは同化することは困難であり、英語系の人々 の文化、社会的レベルを低下させるという認識があった。 2−3.白豪主義政 策の終焉と a)大量移民導入期と同化主義時代(1950−1960 年代) 1943 年頃から大量移民計画が議論され始め、1947 年に実施に 多文化主義 踏み切られる。その原因は以下のようなものである。まず、第二 次世界大戦の経験より、大陸防衛と内陸開発の為の人口増加策と して。次に戦後の経済復興の基礎となる工業化のために必要な労 働力の供給策として。またオーストラリア経済の拡大と自立化の ため。さらに人道主義的な立場より、争いによって祖国を失った り国を追われて行き場を無くしたりした難民庇護の為。最後に文 化的発展を目的として、大量移民政策が行われた。 初めは英語系の移民が中心であったが、1950 年代の後期から 1960 年代にかけて南ヨーロッパの移民の受け入れが急増する。大 量移民政策において、移民はオーストラリア社会への同化を強要 され、定着して永住することを求められた。 b)白豪主義政策の終焉(1960 年代中期−1970 年代前期) 、 さらに移民供給地は多様化していき、やがて中近東の人々やアジ ア人も移民の対象となっていった。1972 年に政権の座についたウ ィットラムは、政治、経済、文化など社会の多方面に渡って改革 を行った。その中には移民政策も含まれていた。1973 年には「移 民法」及び「オーストラリア市民権法」の改正を行い、1975 年に は「人種差別禁止法」を制定した。この事により、連邦全体に適 用し得る人種差別禁止法が実施された。これで、オーストラリア 144 社会における長い白豪主義政策の終焉となるのである。 c)マルチカルチャリズムの時代(1970 年代中期−現在) 1970 年代中期より経済環境が悪化した為、移民政策には大きな 変化が現れる。経済低成長のために大量の移民労働力の調達が以 前ほどは必要でなくなった。大陸防衛と経済成長を目的とした移 民政策は終結し、移民数は制限された。1976 年からのフレーザー 政権も移民政策には慎重であった。ただ白豪主義政策は取れなか ったので、移民の家族呼び寄せや難民救済の政策を堅持した。特 に 1978 年に始まった大量のインドシナ難民の受け入れは東南アジ ア地域の政治的安定にとっても重要であったため、難民が有色人 であっても受け入れを避けることができなかった。その結果、移 民、難民の出身国の多様化はさらに広がった。1980 年代の初頭に 到着した移民のうち、アジア系の移住者の占める割合は 3,4 割に も達した。1983 年のホーク政権の移民政策は、年毎に景気の回復 にあわせて移民数を増加させるものであった。近年の移民政策は その時々の経済状況に大きく左右されているが、労働力や資本家 を中心とした移民に比べ、家族呼び寄せや難民を中心とした受け 入れに傾いている。オーストラリアにおいて戦後始まった大量移 民そのものはまだ続行されており、今後も移民、難民を中心に人 口構成がさらに多様化していくと考えられる。 以上、オーストラリアが移民社会となる背景を述べた。初めは白 豪主義に基づき制限されていた移民の受け入れが、19 世紀半ばの 大量移民計画によって拡大され、それと同時に移民供給国が多様 化していった。それに伴い非英語圏からの移民や難民が増加し、 オーストラリアがマルチカルチャリズム化していったのである。 2−4.移民社会 次にオーストラリアの人口動態について注目する。図1−1よ オーストラリア り、1986 年ではオーストラリアの人口の 21.3%が移民及び難民 の人種、エスニ ということになる。図1−2の海外出身者の内訳より、英国、ア ック集団 イルランド、アメリカ合衆国、ニュージーランドなどの英語圏か ら移住してきた人々は外国生まれの約半分と言える。逆に言うと、 全移民人口の約半分は非英語圏の国(図で塗りつぶした国)からの 145 人が占めていると言えるのである。移民、難民供給国は世界中に 広がり、100 カ国以上に渡っている(関根 1991, p. 21)。これらの 移民が、なぜ政党支持を持たないかについての理由を、移民の特 質から見てみる。 図1−1 オーストラリアの出生地別人口 海外出身者 21% 海外出身者 オーストラリア オーストラリ ア 79% 図1−2 146 海外出身者の内訳 オランダ 4% ヴェトナム 3% ドイツ ニュージーランド 4% 7% イタリア 10% 英国・アイルランド エジプト 43% 1% 中国 1% 南アフリカ 1% ギリシャ アメリカ合衆国 5% ソ連 1% 2% ユーゴスラビア 6% マレーシア マルタ 2% 2% レバノン インド ポーランド 2% 2% 3% 出所:DIEA (1987) まず教育問題について取り上げたい。同じ移民でも英語系の移 民はオーストラリアで順応しやすいと考えられるが、非英語系の 移民には言葉の壁が大きく立ちはだかる。関根は以下のように述 べている。 南ヨーロッパ系移民、さらには中近東、東南アジアなど第三世 界からの難民は教育レベルも低く言語的にも文化的にも大きく異 なるので、適応や同化は難しいとされている。特に難民は、長年 の戦争や強制労働によって十分な教育を受けていないことが多い 上に、たとえ(自国で)十分な教育を受けた人でも長い避難生活、 難民キャンプでの生活で大きなハンディを背負うことになり、問 題は深刻である(関根 1991, p. 45)。 オーストラリアに移民してきて教育を受けられれば良いが、多 くの場合は自分の身の安全確保のため、あるいは職を求めて移住 してきていると思われる。その場合、社会に出てもなかなか英語 は上達せず、社会のことも分からないままとなることが十分予想 される。 関根の指摘する問題のもう一つが労働である。非英語系の人々 147 は、英語が不得意な場合が多いので不熟練で単純作業の多い製造 業、建築労働に集中しやすい。その結果、(中略)現場下請け労働 に非英語系の移民、難民が集中する(関根 1991, p.49)。そこでは おそらく英語が殆ど話されない環境となっているだろう。私自身 の留学経験から言うと、特に英語を苦手とする人々は同じ人種同 士でまとまる傾向が強い。これにより家庭でも職場でも英語を使 わない生活となり、いつまでも語学、社会的知識の会得は難しい。 以上のことから、移民は子に影響を与え得る政党支持を持つ機 会が少ないと仮定できる。次に、なぜ政党支持を殆ど持たない移 民の両親と、その子の政党支持の一致、不一致を調べることがで きるのかについて説明する。 2−5.強制 投票制 オーストラリアの選挙制度では強制投票制を導入している。全 ての有権者は好むと好まざるとに関わらず選挙で投票しなければ ならない。正当な理由無く投票を棄権する者には罰金が課される のである。政治や選挙に関心の無い移民でも、投票する上で一応 は政党支持を持つことになると言える。もちろん無党派で通すこ ともできるだろうが、今回使用するデータを調べたところ、政党 支持を問う質問で殆どの移民の両親が何らかの政党を答えている。 ただ、政治に殆ど関心が無いとされている移民において、強制投 票制により便宜的に政党支持を持っているだけであり、子に影響 を及ぼすほどの強い支持ではないと考えられる。よって、比較の 対象として移民の持つ政党支持を親子間で比べられるが、影響は 無いと考えてよいだろう。 この様に、移民とローカルを比べて親子間の政党支持の影響を 調べる点で、私のオリジナルな視点があると言える。 3. 仮説 「両親の政党支持は子に影響する。よってローカルの親子は支持 政党の一致率が高く、子に影響を与え得る支持政党を持たない移 民の親と、現地生まれの子では一致率が低い。」これが本稿で検証 する仮説である。 3−1.ローカル a)移民の親 148 と移民のそれ ぞれの立場 先ほども述べたが、本稿では 1984 年に有権者であった非英語 圏からの移民を調査対象とする。本稿第 2 節のオーストラリアが 移民社会となる背景で述べたように、移民には様々なハンディが ある。非英語圏からの移民はまず言葉の壁によりオーストラリア の社会情勢及び政治を理解することが困難である。そのためオー ストラリアで子に伝える政党支持を確立しているとは考えがた い。また、移民の中には本国から政治的理由で移民してきた人が 大勢おり、そういった人は政治にはあまり関心を示さないと言わ れている。カランによると、移民はオーストラリアの政治に関心 を向けるよりも前に、雇用、住宅、および英語技能をうまく身に つけることに多くの時間を費やさなければならなかった。一般に、 移民はオーストラリアあるいは本国の政治に殆ど興味も持って いないことが明らかにされ[ている](カラン 1994, p. 134)。 b)オーストラリア生まれの子 ローカルの両親の子も、移民の両親の子も、オーストラリアの政 治知識においてさほど違いは無いと考えられる。両者共に同じ教 育をオーストラリアの現地校で受け、もちろん英語にも不自由し ない。育ちも同じオーストラリアであるため、文化的にも同じ背 景を持つことになる。 c)ローカル(オーストラリア生まれ)の両親 オーストラリア生まれの子と同様、オーストラリアの教育を受け、 オーストラリアの文化的バックグラウンドのもとで育ち、政治的 知識もあると考えられる。 3−2.政党支持 仮説の上では、オーストラリア生まれの両親からオーストラリア の影響 生まれの子への政党支持の影響はある。一方移民の両親からオー ストラリア生まれの子への政党支持の影響は殆ど無い。影響があ るということは、両親と子で政党支持が一致するという点で判断 する。よって、親子の政党支持を調べ、親と子で一致していれば 影響があると考えられる。もちろん、親からの影響無しに、偶然 支持政党が一致するということもあるだろう。しかし偶然はどち らのグループにも起こりえる。その上でオーストラリア生まれの 149 親子の方がより一致率が高ければ、両親からの影響は存在すると 考えて良いだろう。 図2 仮説のモデル図 4. 分析 両者の間で政党支持の一致する割合をクロス票で検証する。表に おけるデータの分散は、仮説が支持されれば以下の表−1のよう になることが期待される。 表−1 親の属性 政党支持 ローカル 移民 一致 多 少 不一致 少 多 親がローカルの場合に子の政党支持に影響を与えるため、一致す るケースが多い。一方、移民の親の場合は政党支持の影響が殆ど ないため、不一致となるケースが多いと予想される。 4−1.作業定義 データは Australian Election Study の 1984 年のサンプルを使 150 用した。古いデータを使用することには意味がある。それは年代 ごとの移民の質の違いによる。これは近年に近づくにつれ、より 政治的知識のある移民が増えてくる為である。理由としては、政 府の政策により教育が充実してきたため、あるいは本国の政治的 な理由(内乱情勢など)ではない理由で移民してきたため、などが 挙げられる。その場合、政治知識に欠ける移民ではなくなり、私 の研究の目的から外れる為である。1984 年のデータであれば、白 豪主義は終焉を迎え、移民供給国が拡大されていた時期であるた め、移民が私の期待する性質をもっている(子に伝えるべき政党支 持や、支持態度がない)と考えられるからである。 次に変数について説明する。従属変数は政党支持である1。両親 (父母)と子の政党支持が全て同じなら0、片親と子が一致するな ら1、両親ともと子が一致していない場合は2とした。次に独立 変数であるが、親の出身地である2。本来ならばローカルの両親と 移民の両親の二通りの方が図の見やすさの点で望ましいが、両親 がローカルと移民両方である場合を区別したために三通りとなっ た。両親ともローカルなら0、片方の親がローカル、あるいは移 民の場合は1、両親とも移民の場合は2としている。 4−2.仮説の検証 私の仮説が正しければ、ローカルの親子は政党支持の一致率が 高く、従って表−1 の左上に多く集まり、移民の親子では一致率が 低い為、表−1 の右下に多く集まるはずである。しかし残念ながら 期待したような結果が出なかった。ローカルも移民も共に一致す る率が高い。右下がりの分布は認められなかった。 表−2 クロス票分析 親 政党支持の一致率 ローカル 半々 移民の親 両方一致 65.7 59.0 80.6 片方一致 11.6 22.4 6.5 一致しない 22.7 18.7 12.9 計(%) 100.0 100.0 100.0 N 796.0 134.0 31.0 151 5. おわりに 仮説が分析結果として実証されなかったことは非常に残念であ る。原因としては、これでもデータが近年に近すぎ、すでに移民 の多くの人が政治知識を有しているかもしれない点があげられる。 ただ、1984 年のデータが入手可能な一番古いデータである為、こ の提案が正しければ、私の仮説を証明する方法がなくなると考え られる。また別の要因としては、移民の両親が政治について理解 していない為に、子供の支持政党に影響を受けるという逆向きの 矢印の作用があり、移民の親子も政党支持の一致率が高くなって いるという可能性があるかもしれない。これは興味深い推論だと 思うのだが、その論を証明することは非常に困難であると考えら れる。今のところは実証方法に考えが及ばないが、いずれ思いつ くことがあれば実証したいと思う。 注 (1)質問項目は以下の通りである。 Q12. Generally speaking, do you usually think of yourself as Liberal, National or what? Q79. Did your father have any particular preference for one of the political parties when you we young, say about 16 years old? And how about your mother?(sic) (2)質問項目は以下の通りである。 Q75. Where were you born? And where were your mother and father born?(sic) 参考文献 ディーン・ジェンシュ 1985『オーストラリア政治入門』慶應通 信。 152 デビッド・ソロモン 1982『現代オーストラリアの政治』敬文堂。 関根政美 1991『マルチカルチュラル・オーストラリア』成文堂。 ヴィクター・J・カラン 鷹通信。 153 1994『オーストラリア社会問題入門』慶 執筆者紹介(五十音順) 3 回生 秋田 絵美 西澤ゼミでいろいろなことを学ぶことが出来ました。進歩は遅いな がらも、無知な私なりにかなり勉強になることが多かったです。この一 年はこれから生きていく中で、大変身になっていくだろうと感じずには いられない一年でした。良かったです。ありがとうございました。 加藤晃英 大学の3年目が終わる…。 気づくと論文を掲載していない論文集に 自己紹介文を投稿し ている。そういえばあの時の意気込みは一体どうしたんだ!?などと振り返ってみても どうしたものやら。そう思いつ つも人それぞれの結果でよいのだ、などと自己完結しつ つ。…うーん 甘いなぁ。こんな僕は西澤ゼミにふさわしくないかなぁ。否!今後も是非 是非ご指導ご鞭撻の程、どうぞよろしくお願いいたします。 平成15年・初春月 島矢貴典 西澤ゼミに参加して本当に大変な1年だった。ゼミ発表やパワーポイントでの報告の前 日はほとんど徹夜だった。でも、今になって思えば本当にいい経験だった。西澤ゼミに 参加して本当に良かった。西澤ゼミは同志社で一番のゼミだと自信をもって言える。 鈴木いずみ この論文作成にあたって、ゼミ仲間の友情が深まったと確信しています。 西澤ゼミで過ごせたこの一年は、今後の人生にかけがいのないものとなりました。 みんな、ありがとう!!そして、先生と貴重な先輩、本当にお世話になりました。 高田裕 経済学部からゼミに聴講させてもらっている高田です。この一年間、先生・先輩方をは じめゼミのみんなには、たいへんお世話になりました。ほんとうにありがとうございま した。本年の抱負は”時代の転換点に高田あり”といわれる男になるです。これからも よろしくお願いします。 154 立花育美 個人プレーだと思っていた研究作業が、実はチームプレーなんだと気づいたのは、多く の人に迷惑をかけた後でした。今回の執筆を通して、自分の価値観を広げることができ たのは、結果以上の大きな収穫です。いつも低空飛行の私を叱り、励まし、助けてくれ たゼミ生のみんなと西澤先生、どうもありがとうございました。 中野 琢巳(なかのたくみ) 3年ゼミを振り返ってみてやはり最後のパワーポイントを使っての発表が自分としては 納得いかないですね。まったく聞き手とのアイコンタクトが出来なかった。これは次年 度への課題です。 またテーマを決める段階ですでに壁にぶち当たっていた私が結果的に一つの論文を書 き上げることが出来たのは、先生や高田さん、石戸さん、松林さん、他のゼミ生のアド バイスあってのことです。一人ではどうにもならなかったと思います。ご指導ありがと うございました。 林 昇平 西澤先生はじめ、この論文の過程において様々な形で支えてくださったゼミの皆様に、 まずお礼を申し上げます。完成した原稿を読み返せば、努力の成果というよりは受け止 めなければならない事実といった感じですが、自分自身、選んだテーマに興味を持って 取り組めたことに満足しています。次号多岐亡羊はもっと期待してください。 三村憲弘 興味をもったものにとことんこだわってみること。その結果がこの論文です。ちょっ とマニアックになってしまいましたが。今後は、より大きな枠組みの中でより深くもの ごとを考えることができるよう努力したいと思っています。御指導を頂いた西澤先生、 コメントを下さったゼミ生の皆様に心から感謝します。 矢野順子 去年から引き続き西澤ゼミで大変な時間を過ごしましたが、本当に力のついた一年で した。とはいえ、論文の執筆中やゼミの時間には何度も自分の力不足を痛感したのも事 実です。なので来年度はもっと西澤ゼミの深みにはまってその魅力を吸収したいと思い ます。西澤先生・ゼミ生の皆さん一年間ありがとうございました。 155 窪田宣仁(くぼたよしひと) 4 回生 石戸 勝晃 1980 年 1 月 28 日 No pain, no gain. まさしく西澤ゼミで実感したことでした. 多くの苦難を乗り越え, 成長したと思います.最後になりましたが, 先生をはじめよきゼミ生と出会え, 素晴ら しい学生生活を送ることができました. ありがとうございました. 高田康夫 今年の論文は、 本当に多くの人に助けていただきました。 特に夏休み中にもかかわらず、 実験を手伝ってくれたゼミ生の皆さん、本当に感謝しています。ありがとう。あの苦し い実験を乗り越えられたのもすべて皆さんのおかげです。すばらしい人々に出会えてよ かった。 中川えりか こんにちは。 一年半オーストラリアに留学していた中川です。 せっかく海外にいたので、 オーストラリアの投票行動で面白い論文が書ければいいな、と思って今回のゼミ論のテ ーマを決めました。データの取得には非常に苦労し、先生やゼミの友人にお世話になり ました。どうもありがとうございました!!感謝しています。 156 編集後記 西澤ゼミに入ってよかった事は多くの仲間に出会えたことだと思 います。3 回生の最初にゼミの登録者が一人という状況を知ったとき には、これからの大学生活どうなるのだろうと不安でいっぱいでした が、蓋を開けてみれば、たくさんの仲間に出会うことができました。 先輩がいたからこそ研究することの楽しさを知り、同回生がいたから こそこれからの進路を語り合うことができ、後輩がいたからこそ今年 の論文をやり遂げることができました。みんなかけがえのない仲間で す。 この論文集は、そんな仲間とともに作り上げた最高傑作であると思 います。私には論文のレベルを評価できるだけの実力はありませんが、 「ああでもない、こうでもない」と真剣に研究に取り組むみんなの姿 勢を見ていると、 今の時点での最高傑作だろうと思います。 各自には、 反省点がいくつもあると思いますが、それは来年度にもっとすばらし い論文集を作っていくための種であると思います。私自身、これから も精進していくつもりであります。 最後になりましたが、西澤先生、本当にありがとうございました。 西澤先生に出会えたおかげで、私自身、これから何をしていくべきな のか、していきたいのかを自覚できました。もうすぐ私も社会に出て、 これまで教わってきたこと、考えてきたことをこの社会や人々に還元 する立場です。 「こんな仕事をしているんだ」と、先生に胸を張って 言えるように努力していきます。某先輩同様、みんなでお酒を飲みな がら語り合う日を楽しみにしています。 同志社大学法学部政治学科 4 回生 高田康夫 157 多岐亡羊 Vol.6 2003 年 3 月 20 日 2002 年度西澤ゼミ学生論文集 初版 [検閲廃止] 著 者 2002 年度 西澤ゼミ 発行者 西澤由隆 発行所 同志社大学法学部・政治学科 西澤由隆研究室 〒602-8580 京都市上京区今出川通烏丸東入 同大構内 Tel:075-251-3597 E-mail:[email protected] HP:hppt://www1.doshisha.ac.jp/~ynishiza/index.html 製本所 Copyright © 2003 Nishizawa Seminar Printed in Japan