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特集
伝統を活かす
ローカル化を全面に、
そのアイテムとしての和紙
なか
むら
さとし
中村 聡
フリーライター
インターネットがもたらしたこと。それはグローバル化である。しか
し、果たしてそれだけなのだろうか。このことは、言葉を正す必要があ
ると考えるべきである。インターネットがもたらしたもの。それは正し
くは「グローバル化と同時にローカル化が急進する」である。
●日本の農業と和紙との関わり
海外でも高く評価されることの多い日本の伝統工芸であるが、中でも
和紙の評価は非常に高い。しかしながら、各種伝統工芸と同様に和紙の
置かれている状況は非常に厳しい。今回は、和紙を使うことで商品価値
をどうやって高めることができるのか、その例証を挙げて提案をしてみ
る。
こうぞ
みつまた
がん ぴ
和紙の材料となっているのは、主に楮、三椏、雁皮である。これに最
近ではパルプなどを混ぜて漉かれる紙も出てきている。品質は雁皮が最
高級品で、次いで三椏、楮となる。基本的には安価に仕上げるためにパ
ルプ材は使われるが、どうしても和紙風の質感に留まってしまう。
8 経営実務
13 1 月号
特集
和紙作りの作
業は、稲作りを
する一方で里山
で楮・三椏を育
て、それを晩秋
に刈り取り、冬
に紙作りを行う
ものであった。
つまり、和紙は
農家の農閑期の
生業であった。
楮を煮て柔らかくした後、黒っぽく残っている部分や表皮
を水の中で丁寧に取り除きます。和紙の白さに直結するた
め一番大切で根気が必要な作業
和紙は材料の楮などから繊維を取り出し、それを水に混ぜ、竹簀です
くい上げる。そしてそれを乾かすことで一枚の紙となる。その和紙作り
のひとつの特徴に“ネリ”というものがある。これは粘り気のあるトロ
ロアオイを材料を混ぜ込んだ水溶液に足すものである。このトロロアオ
イの粘り気が、紙の繊維をすくい上げる際、絶妙の加減で絡み合うこと
となる。
実は、この“ネリ”こそが和紙を和紙として成り立たせている大きな
ポイントと言える。しかしこのトロロアオイの粘り気をだすには水温が
低いことが条件となるため、寒い冬にしか効果を発揮しない。このこと
が和紙作りが冬の仕事である最大の要因であった。
農作業の忙しい時期には簡単に材料を育てる作業、農閑期の冬には現
金収入としての和紙作り、これが日本の農家の最も典型的な一年の風景
であった。稲作を中心とした一年の中で見事に作られたサイクルの中で、
日本の稲作の裏面を担っていたのが和紙作りであったと言って良いだろ
う。
経営実務 13 1 月号 9
●とにかく安く ∼グローバル化という虚像∼
しかしながら、そのサイクルを継承している和紙産地は現在皆無と言
って良い。少なくとも大手産地については、価格競争に巻き込まれ、
「と
にかく安く」これがキーワードとなっている。これは和紙に限らず、全
ての伝統工芸において共通している問題であり、農業の現場、それ以外
の製造業の現場でも同様に起きていると言って良いだろう。特に、バブ
ル崩壊以降は効率化至上主義・安価至上主義、つまり「とにかく安く」
の視点しかなくなってきているように感じられる。
この「とにかく安く」の全ての背景となり、一種の脅迫感をもたらし
ているのは「グローバル化」という虚像である。
「とにかく安く」という消耗戦とは、つまりはデフレである。高度成
長期の市場とは異なり、それなりに物資が溢れているこの時代、遅かれ
早かれ、商品に対しての品質、特にストーリーを持ったものへの関心が
高まるのは時間の問題であった。しかし、正しいデフレ対策が効果的に
採られなかったため、適正な市場転換ができなかった。それがこの20年
間であった。緩
やかなインフレ
基調の中で、心
を満たす高品質
でストーリーの
ある商品を購入
する。これが本
来、求められる
べき市場転換で
ほとんど数えるほどになってきた昔ながらの和紙作りを続
けている産地のひとつの吉野和紙。天日の板干しで乾かす
場所も非常に少なくなっています
10 経営実務
13 1 月号
あった。
その市場転換
特集
において重要性を帯びるようになるもの、具体的な形として出てくるも
ののひとつは、地産池消に代表される各地域の特産物だと考えられる。
情報などのグローバル化が進んだとしても絶対に解消できないもの、そ
れは「距離」だからである。つまり、効率化が進んでも残り続ける「付
加価値」を帯びている。
●ローカルでしか見出すことができないストーリー
確かに流通網やネット通販の浸透により、遠い地域の物産を得ること
ができるようになったものの、その土地に行って実際に感じた思い出は
その場に行くことなしに得ることはできない。その体験と思い出、それ
こそがグローバル化が進む中で、ずっと残り続けていくローカルの価値
である。そしてその価値は、よりローカルであるからこそ、価値として
輝くこととなる。
そこで重要なのは、そのローカル性をよりその土地ならではの情報に
ローカライズすることであり、商品の見せ方として一貫したストーリー、
イメージの連鎖を感じさせることだ。
ここで紹介したいのが、
和紙によるパッケージによ
り売り上げが大幅に上がっ
た紀州梅干を販売している
しよう き ばい
「株式会社 勝 僖梅」の事例
である。
「勝僖梅」では食
生活、
生活スタイルの変化、
価格競争のあおりを受け業
績的にはかなり厳しいもの
があった。その中で2002年、
贈答向けの高級梅干しの
「はちみつ仕立て“極”」を、
大ヒット商品となった勝喜梅 はちみつ仕立て
「極」(12包入)定価 3,150円(税込)
経営実務 13 1 月号 11
和紙でひとつひとつ包み、よりオシャレな高級品として販売することに
よって、
売り上げを大幅に伸ばすこととなった。そして今では「勝僖梅」
を代表する一番人気の商品となっている。この個包装の包装は、内部を
真空状態するため、正確には和紙風に留まっているが、消費者には「和
紙=和風=高級品」のイメージが連鎖するようになっている。和紙が和
風のイメージを作り出し、そのイメージの方向性と紀州梅干というロー
カルなブランドイメージが相乗効果をもたらすことで大きな効果を発揮
することとなった代表的な例と言える。
ローカルなブランドイメージを際立たせるために和紙を有効活用する。
その視点から今、
期待されているのが青森の「Ringo 輪紙」である。
「Ringo
輪紙」は、リンゴの皮を和紙に漉きこんだもので、ほんのりと紅色の和
紙の風合いはふんわりと柔らかく、独特の質感の魅力を持っている。そ
れ以上に何よりも、青森のイメージの連鎖を生むものとなっている。青
森と聞いて思い浮かべるのがリンゴ。リンゴは青森のキャラクターその
ものだ。
そのリンゴを
使 っ た「Ringo
輪紙」は、ラッ
ピングや商品ラ
ベルに非常に効
果的である。実
際、お客さんか
らの反響は非常
に大きいものが
あり、これから
より幅広い展開
が見込まれてい
青森特産品・手作り石鹸「青い森わんど」のパッケージで
使用されている Ringo 輪紙
12 経営実務
13 1 月号
る。
特集
例えば、青森の地酒を道の駅で販売しようとしたとする。そのとき、
その地酒のラベルが「Ringo 輪紙」であったらどうだろう。また、その
贈答品用のラッピングが「Ringo 輪紙」だったらどうだろう。少々値段
が張ったとしても、特に県外の人にとっては非常に印象に残る土産話と
なるだろう。そう、土産話。つまり、ストーリーが発生している。消費
者が購入しているのは、地酒でも「Ringo 輪紙」でもない、購入してい
るのは、その土地、ローカルでしか見出すことができないストーリーな
のである。
つまり、地元の和紙を使ったラベルやラッピングならば、簡単ローカ
ルなストーリー作りができるのと共に、効果は非常に高い。
●ローカル化を全面に、そのアイテムとしての和紙
一般にあまり認知されていないが、ほとんどの和紙は自宅のインクジ
ェットプリンタで印刷できる。和紙が印刷業界から避けられているのは、
大量印刷のオフセット印刷との相性が悪いためである。しかし、インク
ジェットプリンタは紙にインクを吹き付ける。つまりは紙の表面に墨を
のせるのとほぼ同様の原理であるため普通に印刷できる。ただ検証実験
をメーカーが行っていないため「インクジェットプリンタ対応」と表記
していないのが実情である。
ここでポイントとなるのは、和紙は小ロットで小回りの効くインクジ
ェットプリンタと相性が良いという部分である。大ロットの「とにかく
安く」ではなく、ローカルの特性を活かした小ロットの商品と相性が良
い。つまり、具体的な展開としては、地元の和紙をラベルなどに使うだ
けでその土地独自のストーリーが発生し、しかもその運用は小口で非常
に小回りが効く形になるのだ。
リーマン・ショック以降、世界経済は保護主義的なトレンドが進みつ
つある。保護主義とは詰まるところグローバル化よりもローカル化を推
経営実務 13 1 月号 13
し進める方向である。
しかしながら、否応な
しにインターネットの
力によって情報のグロ
ーバル化は促進されて
しまっている。そのた
め現状の大きなトレン
ド、日本だけでなく世
界全体を含んだトレン
ドとしては、グローバ
ル化とローカル化が両
極端な方向に急進して
いると指摘できる。
このことを難しい状
況だと後ろ向きに捉え
第5回カリグラファーズ・ギルド作品展でカリグラ
ファー吉田智子氏の作品で使用された Ringo 輪紙
るのか、前向きに捉え
るのかは、それは、ひ
とつの視点の切り替え
によって決まると言って良いだろう。一般に私たちは、こういった問題
に対し二者択一の選択をしてしまう。しかしながら考えてみて欲しい。
「グローバル化もローカル化も同時に成り立つ視点があるのではないか」
ということである。
バブル以降、
「とにかく安く」という販売スタイルが席巻してきたと
言って良いだろう。その結果が現在のデフレ不況である。そろそろ「と
にかく安く」の販売スタイルから変わってきても良いのではないか。そ
れは中国経済の不調と日本国内の内需の見直しと共に、その気運が高ま
っているのではと指摘して良いタイミングになっていると思われる。
14 経営実務
13 1 月号
特集
竹簀を使って漉きあげられる和紙。和紙作りで良く紹介されるハイライトともいえ
る作業ですが、実際の和紙作りはここにまで辿りつくまでが一番重要とする人は多
いです
その時点で重要になるのは、
「いかにローカルの魅力を出していくのか」
である。これからは、付加価値には、ローカルであることを強みとした
ストーリーを背景にしている必要がある。その例証として紀州梅干の「勝
僖梅」の成功が上げられ、「Ringo 輪紙」はこれからの重要な指標にな
ると指摘できる。和紙の高級感にプラスした形で、その土地独自の歴史
と物語を付与し、そのことで一気に「ローカル」の魅力が倍加していく。
「ローカル化」による付加価値。実は、この方向こそが、今、最も求め
られている展開であり、その地域独自の「伝統を活かす」方向であると
言って良いだろう。
プロフィール
中村聡 1970年、鹿児島県生まれ。大学卒業後、表装材を扱う株式会社岡澤に入社。伝統
工芸の職人の仕事振りを間近に目にし、伝統を伝えることの大切さを認識する。現在は「和
紙の職人 .com」(http://washi-shokunin.com/)のサイト運営を中心に、和紙や表具を中心
に伝統工芸の紹介をしている。
経営実務 13 1 月号 15
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