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動物園来園者を対象とする科学的観察の支援

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動物園来園者を対象とする科学的観察の支援
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
動物園来園者を対象とする科学的観察の支援:
タブレットを利用した観察行動に関する質的検討
Supporting zoo visitors’ scientific observations :
A qualitative analysis of observation behaviors using tablets
○ 田中維 1,江草遼平 1, 2,楠房子 3,山口悦司 1,稲垣成哲 1,野上智行 1
奥山英登 4,木下友美 4,坂東元 4
TANAKA Yui1, EGUSA Ryohei1, 2, KUSUNOKI Fusako3, YAMAGUCHI Etsuji1, INAGAKI Shigenori1,
NOGAMI Tomoyuki1, OKUYAMA Hideto4, KINOSHITA Tomomi4, BANDO Gen4
1
神戸大学,2( 独 ) 日本学術振興会特別研究員 DC,3 多摩美術大学,4 旭川市旭山動物園
1
Kobe University, 2Research Fellow of Japan Society for the Promotion of Science,
3
Tama Art University, 4Asahikawa City Asahiyama Zoo [ 要約 ] 筆者らは,動物園において,
「形態と機能を関連づける」観察支援を行う目的で,タブレッ
ト教材を開発し,その有効性を明らかにするために,ワークショップを実施した.ワークショッ
プでは,タブレット教材を用いて,アザラシの後ろ足の形態と機能,前足の形態と機能,鼻の形
態と機能について,子どもに予想と観察をさせた.本稿では,子ども 16 名の言語的・非言語的
行動を分析し,タブレット教材の利用を伴う,形態または機能に関する観察行動の有無を明らか
にした.その結果,後ろ足の観察では 12 名,前足の観察では 13 名,鼻の観察では 14 名の子どもに,
タブレット教材を利用しながら,形態または機能を観察したと解釈できる行動が確認された.
[キーワード ] 動物園,科学的観察,形態と機能,タブレット
1.問題の所在
動物園で,人々は動物の観察を通じて,科
学の学習を行うことができる (Bell, Lewenstein,
Shouse & Feder, 2009).しかし,多くの動物園
来園者は,余暇のために動物園へ来園し,教育
的支援がなければ,科学の学習につながるよう
な,学問領域と結び付けられた観察をしない傾
向にある (Patrick & Tunnicliffe, 2013).子どもの
観察について,Eberbach and Crowley (2009) は,
学問的な知識を身につけた観察を行う前段階の
一つに「形態と機能を関連づける」観察を挙げ
ている.
そこで,筆者らは,動物園来園者の「形態
と機能を関連づける」観察を支援する目的で,
旭山動物園のアザラシ展示を事例に,紙芝居を
含むタブレット教材を開発した.さらに,その
有効性を明らかにするために,動物園でワーク
ショップを実施した (Tanaka et al., 2016).本稿
の目的は,開発したタブレット教材の有効性を
明らかにすることである.評価に際しては,タ
ブレット教材の利用に伴った,形態または機能
に関する観察行動の有無を分析する.
2.方法
1) タブレット教材
タブレット教材は,アニメーションを用いて,
観察の視点を提供する.タブレット教材では,
― 59 ―
まず,
「予想ページ」が画面に表示される ( 図 1).
このページでは,それぞれの選択肢が描かれて
いる.各選択肢には「動きを見る」「これかな」
ボタンがある.「動きを見る」ボタンを押すと,
選択肢のアニメーションが再生され,動物の動
きを確認することができる ( 図 2).「これかな」
ボタンを押すと,選択肢に「これかな」という
アイコンが上部に現れ,「観察ページ」に進む
ボタンが現れる.
観察ページも,予想ページと同様に,選択肢
が表示されている ( 図 3).予想ページで選択し
た選択肢の上に「これかな」というアイコンが
ついている.各選択肢には,「動きをみる」「こ
れだ」ボタンがある.「動きを見る」ボタンを
押すと,選択肢のアニメーションが再生され,
動物の動きを確認することができる.また,
「こ
れだ」ボタンを押すと,選択肢に「これだ」と
いうアイコンが上部に現れ,次の観察の予想
ページに進むボタンが現れる.
2) ワークショップ
実施時期は 2015 年 12 月 24 日から 12 月 26
日の 3 日間であった.本ワークショップでは,
タブレット教材を用いて,参加者に (a) 後ろ足
の形態と機能 ( 以下,後ろ足 ),(b) 前足の形態
と機能 ( 以下,前足 ),(c) 鼻の形態と機能 ( 以下,
鼻 ) を観察させた.それぞれについて,以下の
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
択肢を吟味した.最後に,紙芝居を用いなが
ら,参加者に観察したことを話し合わせた ( 以
下,観察後 ).
3) 参加者
ワークショップの参加者は,大人 22 名,
子ども 16 名であった.子どもの平均年齢は
7.0 歳(SD =2.0) であった.分析対象は子ど
も 16 名であった.
4) 分析
ワークショップ中,各家族の言語的・非言
語的行動をビデオカメラと IC レコーダーで
記録した.後ろ足,前足,鼻の観察それぞれ
について,子どもが形態を観察したと解釈で
きる行動の有無と,機能を観察したと解釈で
きる行動の有無を同定した.また,後ろ足,
前足,鼻のそれぞれについて,観察行動の代
表的なエピソードを作成した.
なお,以下の行動が確認できた場合に,形
態もしくは機能を観察したと同定した.子ど
もが,観察前にタブレット教材を利用しなが
ら予想を吟味し,観察中もしくは観察後に,
直接的あるいは間接的に,形態もしくは機能
に関する発言をした場合である.
図 1 予想ページ
図 2 選択肢のアニメーション
図 3 観察ページ
通り進行した.まず,紙芝居で形態と機能に
関する問題とその選択肢を出題し,タブレッ
ト教材で参加者にアザラシの形態と機能を予
想させた ( 以下,観察前 ).その際に,参加
者はそれぞれの選択肢のアニメーションを再
生して,予想を行った.次に,参加者にアザ
ラシを観察させた ( 以下,観察中 ).観察中,
参加者はタブレット教材を利用しながら,選
― 60 ―
3. 結果 ・ 考察
1) 形態もしくは機能を観察したと解釈できる
行動の有無
表 1 はワークショップにおいて,後ろ足,
前足,鼻の形態と機能について観察したと解
釈できる行動の有無である.後ろ足の観察で
は,4 名が形態のみ,3 名が機能のみ,5 名が
形態と機能の両方を観察している行動が確認
された.次に,前足の観察では,1 名が機能
のみ,12 名が形態と機能の両方を観察してい
る行動が確認された.最後に,鼻の観察では,
6 名が形態のみ,1 名が機能のみ,7 名が形態
と機能を観察していることが確認された.
2)観察したと解釈できる行動のエピソード
① G9 による,後ろ足のエピソード
表 2 は 7 歳の女子 (G9) による後ろ足の観
察行動に関するエピソードである.観察前に,
G9 はアニメーションを見ながら (01G9n),予
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
表 1 観察したと解釈できる行動の有無
後ろ足
参加者
形態
B1
◯
G2
◯
B3
◯
G4
前足
機能
形態
鼻
機能
形態
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
B5
-
-
◯
◯
◯
B6
◯
◯
◯
◯
G7
◯
G8
G9
◯
B10
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
◯
B14
◯
B16
◯
◯
◯
◯
B15
◯
◯
◯
B13
◯
◯
B11
G12
機能
◯
Note. ◯:観察したと解釈できる行動有り,−:データ不備,B:男子,G:女子,B1・G2・B3・G4・B5・B6・G7・
G8・G9・B10・B11・G12・B13・B14・B15・B16:16 名の子ども
想を立てる.また,後ろ足の予想について,
G9 の 母 親 (G9M) が「 な ん で そ う お も っ た
の?」(07G9Mv) と質問しても,G9 は「わか
んない」(08G9v) と答える.次に,観察中で
は,G9 は,アザラシを観察してすぐに,
「あー,
やっぱり今,ひれで泳いでいた」(13G9v) と
発言する.
「やっぱり」という発言から,G9 は予想時
にアザラシの後ろ足について,なんらかの考
えを持っていたと解釈でき,G9 はタブレッ
ト教材を通じて観察の視点を得ていたと考え
られる.さらに,後ろ足の形態と機能に関す
る発言をしたことから,G9 は形態と機能を
観察したと言える.
② B13 による,前足のエピソード
表 3 は 6 歳の男子 (B13) による前足の観察
― 61 ―
行動に関するエピソードである.観察前に
B13 の母親 (B13M) は,B13 と一緒にアニメー
ションを見ながら (01B13n),「爪,あった?
なかった?」(02B13Mv) と問いかける.B13
は「あったけど」(03B12v) と返事をする.し
かし,その後,B13M が再度,
「爪はあると思っ
たの?ないと思ったの?」(09B13Mv) と質問
すると,B13 は「ないない.だって,前はな
いもん」(10B13v) と返答し,前足の形態であ
る爪の有無について述べている.
観察はじめに,B13 は「ふわー,こわい.
こわい」(12B13v) と,単にアザラシの印象
を述べていることから,まだ前足に注目でき
ていないと解釈できる.しかし,B13 は,タ
ブレットで選択肢を確認し (16B13n),「これ,
動きを見るって確認していい?」(17B13v) と
言って,アニメーションを見ながら,前足の
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
表 2 G9 による後ろ足の観察エピソード
言語的行動
(観察前)
非言語的行動
01G9n:アニメーションを見る.
02G9Mv:そこでとっても遠いもんね.お口が遠いの
に . ママも一番だと思う.
03G9v:しーちゃんも.
04G9Mv:パパみた?ママと G9 見たんだもんね.
05G9n:アニメーションを見る.
06G9v:やだな,ちがうと思う.
( 中略 )
07G9Mv:なんでそうおもったの?
08G9v:わかんない.
09G9Fv:どうしてですか?
10G9Mv:さっき,足のひれみたの?だから?指になっ
てたの?ひれになってた?
11G9v:ひれ.
(観察中)
12G9n:アザラシを見る.
13G9v:あー,やっぱり今,ひれで泳いでいた.
14G9Mv:ほんと?
15G9v:ほら.ほらね.ちょっとずつ使っていた.やっ
ぱりこれだ.本当にこれだーと思ったの.
16G9n:観察ページを見る.
17G9Mv:あ,G9,よくみて.
18G9n:アザラシを見る.
19G9v:あ,使った.
Note. トランスクリプトに付した数字:通し番号,G9:7 歳の女子,G9M:G9 の母親,G9F:G9 の父親,v:言語的行動,
n:非言語的行動
形態と機能を確認している.さらに,B13 は
アザラシを観察して,「つめ,ない,あるけ
ど」(30B13v) と発言し,B13 はアザラシの前
足の形態について観察し,予想時と異なる考
えを得ていると解釈できる.また,B13 は,
「が
りがりして歩くかな?」(33B13v) と発言した
後に,アザラシを観察して,「歩いてる.こ
れか」(37B13v) のように,機能について発言
している.
このように B13 はタブレット教材を通じて
観察の視点を得て,前足の形態と機能に関す
る発言をしたことから,B13 は形態と機能を
観察したと言える.
行動に関するエピソードである.観察前に,
G12 はアニメーションを見ながら,「水の中
では鼻は閉じてて,上に来る時に」(08G12v)
や「 開 い て い る か ら, こ っ ち だ と 思 っ た 」
(10G12v) など,形態から予想の選択肢を選ぶ.
G12 は水上から鼻を観察し,「あ,やっぱ
り開いている」(13G12v) と,形態について発
言し,「息継ぎをしているって感じではない」
(15G12v) と発言していることから,鼻の機能
を観察しようとしていると解釈できる.観察
終盤には,「くじらと違ったね」(16G12Mv)
という母親の発言に対して,G12 は,「くじ
らと同じわけないでしょ」(17G12v) と返事を
する.この「くじら」という発言は,鼻の機
能の選択肢として説明された「くじらのよう
に鼻から水を出す」ということを示していて,
③ G12 による,鼻のエピソード
表 4 は 11 歳の女子 (G12) による鼻の観察
― 62 ―
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
表 3 B13 による前足の観察エピソード
言語的行動
(観察前)
非言語的行動
01B13n:アニメーションを見る.
02B13Mv:爪,あった?なかった?
03B13v:あったけど.
( 中略 )
04Sv: 何番選んだの?一番?
05B13n:うなづく.
06Sv:なんで一番だと思ったの?
07B13v:ひれがないと歩けないから.
08Sv:なるほど,ひれがないと歩けないから一番だと
思ったの.
09B13Mv:つめはあると思ったの?ないと思ったの?
10B13v:ないない.だって,前はないもん.
(観察中)
11B13n:アザラシを見る.
12B13v:ふわー,こわい.こわい .
13Sv:どうやって食べてる?
14B13v:お魚で集まってる.
15Sv:あ,あっち.魚食べるよ.
16B13n:観察ページを見る.
17B13v:これ,動きを見るって確認していい?
18B13n:アニメーションを見る.
19B13v:ごむごむごむごむ.がぶっ.がぶっ.
20Sv:こうやって食べてる?
21Sn: 食べるまねをする.
22B13v:いやー,来る来る来る来る.
23B13n:アザラシを見る.
24Sv:どうやってるかな?歩く時はどうなってる?
25B13v:これ .
26B13n:タブレットを指差す.
27Sv:動きを見てみようか.
28Sv:手で体を支えてる?どうかな?つめあるかな?よ
く見てみたら,どう?
30B13v:つめ,ない,あるけど,
31Sv:あるけど .
29B13n:アザラシを見る.
30B13n:タブレットを操作する.
32B13n:アザラシを見る.
33B13v:でも,がりがりして歩くかな?
34Sv:動きをみてみよっか.
35B13n:アニメーションを見る.
36Sv:どう ? どう ? こんな風にして歩いてる?
37B13v:歩いてる.これか .
38B13n:タブレットを操作する.
Note. トランスクリプトに付した数字:通し番号,B13:6 歳の男子,B13M:B13 の母親,S:スタッフ,v:言語的行動,
n:非言語的行動
― 63 ―
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
表 4 G12 による鼻の観察エピソード
言語的行動
(観察前)
01G12Mv:水の中ではどうかな?
非言語的行動
02G12n:アニメーションを見る.
03G12v:おかしい .
04G12Mv:4 番は? 4 番みた?
05G12v:4 番は絶対おかしい.2 と 4 番絶対
06G12Mv:1 か 3 かと思う?
07G12Mv:水の中で鼻はどうなっているか考えたらい
いんじゃない?
08G12v:水の中では鼻は閉じてて,上に来る時に,
09G12Mv:じゃあ,1番は水の中でどうなってる?
10G12v:開いてるから,こっちだと思った.
(観察中)
11G12n:アザラシを見る.
12G12Mv:どう鼻の様子は?
13G12v:あ,やっぱり開いている.
14G12Mv:ずっと開いているわけじゃないんだね.閉
じたり開いたりしているね.
15G12v:息継ぎをしているって感じではない.
(中略)
16G12Mv:くじらと違ったね.
17G12v:くじらと同じわけないでしょ.
Note. トランスクリプトに付した数字:通し番号,G12:11 歳の女子,G12M:G12 の母親,v:言語的行動,n:非
言語的行動
G12 は鼻の機能に関する観察を行っていると
解釈できる.
このように G12 はタブレット教材を通じて
観察の視点を得て,鼻の形態と機能に関する
発言をしたことから,G12 は形態と機能を観
察したと言える.
の助成を受けたものである.
4.結論
本稿における観察行動の質的検討から,ほ
とんどの子どもがタブレット教材を利用し
て,アザラシの後ろ足,前足,鼻について,
形態もしくは機能を観察していたことが明ら
かになった.タブレット教材が形態と機能に
関する子どもの観察を促進することができた
ことから,タブレット教材は概ね有効であっ
たと示唆された.
附記
本研究は JSPS 科研費 24240100,15K12382
― 64 ―
引用文献
Bell, P., Lewenstein, B., Shouse, A. W., & Feder,
M. A. (Eds.): Learning science in informal
environments: People, place, and pursuit.
Washington, DC: National Academies Press,
2009.
Eberbach, C., & Crowley, K.: From everyday
to scientific observation: How children learn
to observe the biologist's world, Review of
Educational Reserch , 79(1), 39-68, 2009.
Patrick, P. G., & Tunnicliffe, S. D.: Zoo Talk.
Netherlands: Springer, 2013.
Tanaka, Y., Egusa, R., Yamaguchi, E., Inagaki,
S., Kusunoki, F., Okuyama, H., & Nogami, T.:
Supporting zoo visitors’ scientific observations
with a mobile guide. In S. Zvacek, J. Uhomoibhi,
G. Costagliola, & B. M. McLaren(Eds.),
Proceedings of the 8th International Conference
on Computer Supported Education (CSEDU2016),
Vol. 2 (pp.353-358). Rome, 2016.
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