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縞模様の伝播 -ポリクロミアから読み解く中世イタリアのストライプデザイン

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縞模様の伝播 -ポリクロミアから読み解く中世イタリアのストライプデザイン
2011 年 研究旅行 報告書
縞模様の伝播
ポリクロミアから読み解く中世イタリアのストライプデザイン
ヨーロッパ・地中海文化コース/山田ゼミ
今村滉久
0
序
縞模様ほど日常にあふれているデザインはないと言えるだろう。
自然界では、シマウマやトラ、ハチ、クマノミなどの動物の世界。また、竹の節目、木の年輪、地層
といった時の世界。さらに、木星や土星といった宇宙の世界。人の世界では、指紋からこの文字列まで
例を挙げればきりがない。そして、その縞にはこれまで多種多様の意味が与えられてきた。
※縞模様の概要については書籍〔マーク・ハンプシャー/ケース・スティーヴンソン(小竹 由加里 訳)
『Communicating with pattern ストライプ』ビー・エヌ・エヌ新社,2006 年〕を参照していただきたい。
以下に記載するのは、ポリクロミアが施された中世イタリアのキリスト教建築を巡った報告書である。
※ポリクロミア=彫刻、建築、工芸における同一平面に 2 色以上の色彩が反復する装飾法。
研究目的
「縞模様の伝播」を研究テーマにするまでの経緯として、主に 2 つ挙げることができる。
①
昨年地中海諸都市を旅した中で、イスラム教圏、
キリスト教圏どちらでもポリクロミアが施され
た宗教建築を多く目にしてきた(右写真)
。
「中世の縞=道化や罪人に貼られる異教的レッ
テル」という先入観を持っていただけに、ポリ
クロミアという意匠の伝播に対する興味が探ま
り、中世における地中海・ヨーロッパ文化の潮
流を読み解く手掛かりにしたいと考えてきた。
②
これまでに入手できたポリクロミアに関する先行研究がある(吉田香澄、2000 年、日本建築学会計
画系論文集第 533 号 他)
。しかし、主に建築学の立場から行われたポリクロミアの石材や形態に関
する事例研究が中心で、これらの資料のみでは「なぜキリスト教建築に(当時忌み嫌われていたは
ずの)縞模様が導入されたのか」という疑問に対し、満足いく解釈ができなかった。そのため、先
行研究の緻密な分析の成果を参考に、地理的・宗教的背景に焦点を当てた現地調査を行う必要があ
ると考えてきた。
以上の経緯から、
「ピサ・ロマネスク様式に特徴的なポリクロミアのあるキリスト教建築を巡り、中世
ヨーロッパにおいて異教的デザインであった縞模様が、いかに伝播し、ランドマークの機能として受容
されたのか、その実態を明らかにする」ことを研究目的とし、本学内 GP に参加し、現地調査を行った。
目的地
イタリア
※国名、州名以外の調査地名は経路図(次頁に添付)に合わせアルファベート表記にする。
サルデーニャ (Cagliari, Sassari, Bulzi, Codrongianos, Ploaghe, Borutta, Olbia)
トスカーナ (Livorno, Pisa, Lucca, Pistoia, Prato)
これら 2 つの州を研究調査の目的地に選んだのは、イタリアで現存するポリクロミアのキリスト教建
築作例が多い上位 2 地域であり、またピサによるサルデーニャ支配(11 世紀~1326 年アラゴン王国に敗
れるまで)という史的背景から「縞模様の伝播」を探るのに最適と判断したためである。
1
研究地経路図
TERGU
滞在拠点
調査地
BORUTTA
CODRONGIANOS
PLOAGHE
鉄道
バス
フェリー
研究日程
6 泊 7 日の日程で研究調査を行った(日本発着日程省略)。
1 日目
宿泊地
Cagliari
2 日目
Sassari
3 日目
Sassari
4 日目
5 日目
フェリー泊
(Olbia~
Livorno)
Pisa
6 日目
Lucca
7 日目
Bologna
行動・調査内容
・Cagliari 空港着(フランクフルト経由)
・ポリクロミアの施されたキリスト教建築調査
・本屋にて書籍・図説探索
Cagliari→Sassari
・本屋 2 店舗(共に Sassari の MONDADORI)で書籍・図説計 4 冊購入
Sassari→Terug→Sassari→Codrongianos→Ploaghe→Sassari
・工事により Sedini~Bulzi 間閉鎖のため、Bulzi から Terug に行き先変更
・ポリクロミアの施されたキリスト教建築調査
Sassari→Borutta→Sassari→Olbia
・Biblioteca Comunale di Sassari で文献コピー
・ポリクロミアの施されたキリスト教建築調査
Livorno→Pisa
・Biblioteca Comunale(Pisa)で文献コピー
・ポリクロミアの施されたキリスト教建築調査
・本屋にて書籍・図説探索
Pisa→Lucca
・Biblioteca Statale(Lucca)で文献コピー
・ポリクロミアの施されたキリスト教建築調査
・本屋にて書籍・図説探索
Lucca→Pistoia→Prato(調査終了)→Bologna
・ポリクロミアの施されたキリスト教建築調査
・本屋にて書籍・図説探索
2
調査方法
ポリクロミアの施されたキリスト教建築調査の方法として、主に 4 段階の手順で行った。
①撮影(撮影禁止の場所では断念)
②ポリクロミアの形態チェック(ポリクロミアの類型参照)
③縞の明暗計測(右写真)
④資料収集(ポリクロミア部分の構築年、改修、増築に関する文献)
研究成果
今回ポリクロミアが施された建築物を 42 件調査し結果を次頁に作表した。
補足

建築名は、現地での表示に合わせ調査地名と共にアルファベート表記にした。

ポリクロミア部分構築年代に関して、竣工後ピサ・ロマネスク様式に改修や増築を行った建物は、
その時期にポリクロミアを取り入れたものとし、開始の年代を記すが、研究対象としては中世後期
の下限である 14 世紀までにポリクロミア部分の構築が開始された建築物に限定している。

建築物内部のポリクロミアに関して、3 つの記号を用い分類した。
○=ポリクロミア確認、×=ポリクロミア未確認、?=閉鎖、補修工事、閉館時間のため内部未確認

ポリクロミアの類型に関して、先行研究(吉田、2001 年、
「立面構成による類型化」)に習って分類を
行ったが、本報告書では、ファサードの形を優先し 3 つの型とその他に分類したうえで、ポリクロ
ミアのパターンやエレメントによる分類を以下にまとめた。(まる数字は次頁の表と対応)
。
ポリクロミアの類型
型(全 42 件)
Ⅰ
切
妻
屋
一 根 14 件(㊶)
層
型
Ⅱ
陸
屋
根
全面
上層/下層/中央
1.アーチと円形窓
3.均質型
4.上層の縞模様
(オークロ)㉙
全面縞模様
④㉓㉔
⑤⑦⑯㉕㉛
5.下層の縞模様
㉜㉝㊴㊶
⑱
複数アーチと
オークロ②
1 件(②)
Ⅲ
二
層
型
22 件(⑪)
(
Ⅳ
洗
礼
堂
、そ
塔の
、
城他
壁
一部(エレメント)
5 件(㉟)
1.扉とオークロ
3.均質型
5.上層の縞模様
①
③⑪㉑㉖㉘
⑥⑰㉒㉗㊷
4.不均質型
6.下層の縞模様
⑩⑲⑳㉚
⑧⑨
2.ロンビ、ロボ
、ディスコ⑮
1.アーチ
3.均質型
⑭
㉟
2. 一部に縞
4.不均質型
㊵
⑫⑬
)
3
7.中央の縞模様
㉞㊱㊲㊳
建築名(ポリクロミア部分構築年代)
所在地
ポ
内部○
ポリクロミアの類型
①Cattedrale di Santa Maria(1258?)
Cagliari
?
Ⅲ-1
②Santa Maria di Tergu(1117)
Tergu
×
Ⅱ
③Santissima Trinità di Saccargia(1112)
Codrongianos
○
Ⅲ-3
④San Michele di Salvenero(1112?)
Ploaghe
?
Ⅰ-4
⑤Sant’Antonio di Salvenero(13 世紀)
Ploaghe
?
Ⅰ-3
⑥San Pietro di Sorres(1112?)
Borutta
○
Ⅲ-5
⑦San Michele in Borgo(1016?)
Pisa
?
Ⅲ-5
⑧San Pietro in Vinculis(11 世紀)
Pisa
?
Ⅲ-6
⑨San Paolo all'Orto(1086?)
Pisa
?
Ⅲ-6
⑩San Caterina(1250~1251)
Pisa
○
Ⅲ-4
⑪Cattedrale Santa Maria Assunta(1064)
Pisa
○
Ⅲ-3
⑫Battistero(1152)
Pisa
○
Ⅳ-4
⑬Torre(1173)
Pisa
○
Ⅳ-4
⑭Camposanto(1277)
Pisa
○
Ⅳ-1
⑮San Frediano(1076)
Pisa
×
Ⅲ-2
⑯Santa Maria della Spina(1230)
Pisa
○
Ⅰ-3
⑰San Paolo a Ripa d’Arno(1032?)
Pisa
?
Ⅲ-5
⑱Sant’Agostino(12 世紀)
Lucca
?
Ⅰ-5
⑲San Frediano(12 世紀)
Lucca
○
Ⅲ-4
⑳San Giovanni(12 世紀)
Lucca
?
Ⅲ-4
㉑Sant’Alessandro(11 世紀)
Lucca
?
Ⅲ-3
㉒San Michele in Foro(11 世紀)
Lucca
×
Ⅲ-5
㉓San Benedetto in Gottella(13 世紀)
Lucca
?
Ⅰ-4
㉔Sant’Anastasio(13 世紀)
Lucca
?
Ⅰ-4
㉕Santa Giulia(13 世紀)
Lucca
?
Ⅰ-3
㉖San Cristoforo(1200?)
Lucca
?
Ⅲ-3
㉗San Giusto(12 世紀)
Lucca
?
Ⅲ-5
㉘Cattedrale San Martino(1063?)
Lucca
×
Ⅲ-3
㉙Santa Maria dei Servi(1300?)
Lucca
○
Ⅰ-1
㉚San Pietro Somaldi(12 世紀)
Lucca
?
Ⅲ-4
㉛San Francesco(1228)
Lucca
?
Ⅰ-3
㉜San Giovanni Fuorcivitas(1119)
Pistoia
○
Ⅰ-3
㉝San Francesco(1232)
Pistoia
?
Ⅰ-3
㉞Cattedrale San Zeno(12 世紀)
Pistoia
×
Ⅲ-7
㉟San Giovanni in Corte(1226?)
Pistoia
×
Ⅳ-3
㊱San Bartolomeo in Pantano(1159)
Pistoia
?
Ⅲ-7
㊲Sant'Andrea(1166?)
Pistoia
?
Ⅲ-7
㊳San Pier Maggiore(1086)
Pistoia
?
Ⅲ-7
㊴San Paolo(12 世紀)
Pistoia
?
Ⅰ-3
㊵Castello dell’Imperatore(1194)
Prato
?
Ⅳ-2
㊶San Francesco(1281)
Prato
×
Ⅰ-3
㊷Cattedrale Santo Stefono(12 世紀)
Prato
○
Ⅲ-5
4
結(今後の課題)
今回のサルデーニャとトスカーナでの現地調査によって、ポリクロミアが施された中世イタリアの教
会建築のうち、42 件について調査することができた。調査日数、調査件数いずれも数字としては微々た
るものだが、
「縞模様の伝播」を探るうえで文字通り海を渡って 2 地域を調査できたことは、大きな成果
だと言える。
ただし、現段階では、報告書として調査を視覚的にまとめたに過ぎず、本研究の結論を論じるには至
っていない。研究目的でもある「なぜキリスト教建築に(当時忌み嫌われていたはずの)縞模様が導入
されたのか」という問いを明らかにする考察は卒業論文にまわしたい。
その考察の助けとなる最大の収穫は、日本では入手困難だった、サルデーニャにあるロマネスク様式
の教会建築に関する書籍と図説(以下 4 冊)を手に入れたことである。
①Roberto Coroneo, “ARCHITETTURA ROMANICA DALLA METÀ DEL MILLE AL PRIMO’300”,
Ilisso Edizioni, 1993
②Roberto Coroneo, “CHIESE ROMANICHE DELLA SARDEGNA Itinerari turistico-culturali”,
Edizioni AV, 2005
③Roberto Coroneo, “STORIA DELL’ARTE MEDIEVALE IN SARDEGNA Introduzione allo studio ” ,
CUEC, 2008
④Fernanda Poli, “Saccargia L’Abbazia della SS. Trinità”, Carlo Delfino editore, 2008
また、Sassari、Pisa、Lucca の 3 図書館でサルデーニャにおけるピサ・ロマネスク様式の影響を記し
た文献コピーを何度もさせてもらえたこと、Borutta の San Pietro di Sorres 教会関係者の方から快く資
料を頂けたことで、より説得力のある論文が期待できる。


参考文献
吉田香澄
『ポリクロミアの使用石材の分布と使用の様態について : 中世後期トスカーナの宗教建築におけ
るポリクロミアに関する研究 その 1』日本建築学会計画系論文集 (533), 221-227, 2000-07-30
『ポリクロミアの類型化について : 中世後期トスカーナの宗教建築におけるポリクロミアに関す
る研究 その 2』日本建築学会計画系論文集 (541), 235-242, 2001-03-30
※本報告書 3 頁「ポリクロミアの類型」における教会の図版元は 237 頁「立面構成による類型化」
。

『ピストイアにみられる濃強縞模様型ビクロミアについて : 中世後期トスカーナの宗教建築にお
けるポリクロミアに関する研究 その 3』日本建築学会計画系論文集 (586), 177-184, 2004-12-30

『サルデーニャのポリクロミアにみられるトスカーナの影響について』日本建築学会計画系論文集
(573), 171-176, 2003-11-30

Roberto Coroneo, “CHIESE ROMANICHE DELLA SARDEGNA Itinerari turistico-culturali”,
Edizioni AV, 2005

Fernanda Poli, “Saccargia L’Abbazia della SS. Trinità”, Carlo Delfino editore, 2008
報告書末尾になりますが、研究旅行奨励制度に参加し、自分のあしで研究調査を行えたことに嬉しく
思います。サポートしてくださった国際文化学部の先生方、特に報告書作成でお世話になった宮崎先生、
コーディネーター兼ゼミ担当の山田先生、大変感謝しております。ありがとうございました。
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