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菊地 良太 さん

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菊地 良太 さん
最優秀賞
『若者と労働』
濱口桂一郎著
商経学部 商学科
四年 菊地 良太
2015 年、労働の入口にある変化が生じた。経団連の働きかけにより、加盟企業による 2016
年卒の大学生の選考開始が、従来の 4 月から 8 月へ後ろ倒しになったのだ。それにより、例年
のスケジュールと異なることによる混乱が、就活生側・企業側ともに起きてしまった。その苦
労に加え、コミュニケーション能力などいわゆる「人間力」を試される就活に、学生側の心は
すり減らされてしまった。こうして就活生がようやく手に入れた内定の先には明るい未来が待
っているかというと必ずしもそうでなく、その先には法外な労働を強制するいわゆるブラック
企業の存在も、日本の若者の未来に影を落としている。
こうした若者と労働の間にある問題については、様々な議論がなされている。しかし、いく
つもの問題が複雑に絡み合っており、その一つ一つを正しく理解することは難しくなっている
のが現状である。そこで、雇用の入口に焦点を当て、若者雇用問題を冷静に分析し、さらにい
ま起きている問題を解消するべく処方箋を提示しているのが本書である。
いま起きている問題を正しく見極めるには、日本の雇用の特徴や仕組みを知る必要がある。
まず本書では、日本の雇用の特徴を知るために、
「ジョブ型」社会と「メンバーシップ型」社会
というふたつのキーワードを用いて、企業側が人と仕事をどう結び付けているのかを説明して
いる。一つ目の「ジョブ型」社会での結び付け方は、欧米諸国でみられる方法で、あらかじめ
やることの決まっている仕事に対して人をはりつける方法だ。対する「メンバーシップ型」社
会は、まず人を先に決めておいて、そこに仕事を当てはめるというもので、これは日本でみら
れる方法である。この違いによって、採用基準や賃金までも変わってきてしまう。欧米諸国の
「ジョブ型」社会では、単純にその仕事が出来れば採用となり、賃金もその仕事内容に対して
支払われる。一方、日本の「メンバーシップ型」社会では、具体的な仕事内容が初めから決ま
っているわけではなく、想定される仕事をこなすポテンシャルや、人間力という定義が曖昧な
もので採用基準が設けられ、賃金は仕事内容ではなく人に対して支払われる。そしてこの採用
基準の違いが、日米それぞれの就職活動の特徴をつくり出している。
日本の就職活動では、就活生側が最初からその仕事についてのスキルや経験を身につけてい
る必要はない。入社後に、研修などを通して、その仕事が出来るようになることが期待されて
おり、だからこそ選考の際に就活生のポテンシャルが試されるのが日本の就職活動の特徴であ
る。一方、欧米諸国の就職活動では、就活生にも最初からスキルや経験が求められている。し
かし、若い就活生にスキルや経験は少なく、労働市場ではスキルも経験も豊富な中高年に職を
奪われてしまうという。こうして比較すると、最初から多くを求められる欧米諸国の就職活動
の方が厳しいようにも見える。日本では、はっきり言えば全く使えない素人を企業が迎え入れ
てくれて、それを教育してくれるのだから、日本の採用基準による恩恵も無視できない。しか
し、日本での就職活動が楽かといえばそうでもない。どちらが厳しいかという議論はさておき、
それぞれの特徴を把握することで初めてその先で起きている問題を捉えることが出来る。その
先で起きている日本の問題とは、人に仕事をはりつける「メンバーシップ型」社会ゆえに起き
ている、仕事の内容や時間、場所などの無限定的な働き方が、就活(職に就くため活動)では
なく、実際には会社に入るための活動である「入社」活動となってしまっていることだ。それ
により、想定される仕事をこなすポテンシャルや人間力が求められてしまい、日本の就職活動
を困難にし、入社後は無限定的な働き方による、仕事とのミスマッチが起こってしまう。それ
に加え、正社員枠の減少による競争の激化や、いつ契約を切られるか分からない非正規雇用者
の増加など、若者と労働の間に歪みが露わになってきた。
こうした若者雇用問題への処方箋として、本書は、
「ジョブ型正社員」の推進を提示している。
「ジョブ型正社員」とは、仕事の内容や場所、時間などが限定されている無期雇用契約の労働
者のことで、欧米諸国の「ジョブ型」社会での労働者そのものである。これが、現在不本意な
形で非正規労働者として働いている人たちへの受け皿になる。これを徐々に拡大発展させてい
くというシナリオである。
そして、さらに日本が「ジョブ型」社会へ近づくためには、企業と教育機関の連携も必要だ
という。高校や大学などの教育機関に在籍しながらも、現場で働く経験もしていく職業体験を
することで、
「ジョブ型」社会に近づくことが出来る。しかし、今の教育機関が行っている職業
体験は、短期的なもので、それにより実際にスキルを身につけることは難しい。今の日本が参
考にすべき例として、ドイツで行われているデュアルシステムというものがある。欧米諸国の
中でも若者雇用問題のあまりないドイツのこのシステムでは、学校での教育と企業での労働体
験の両者が同じくらいの分量で組み合わさっているという。例えば、高校の 3 年間で、週 5 日
のうち、3 日は学校で学び、2 日は企業での職業体験をするという形もある。しかしやはり、こ
のシステムをそのまま日本に当てはめるのは難しく、日本版デュアルシステムとして、いかに
組み込んでいくかが今後の課題となる。いま起きている若者と労働の間にある歪みを一気に解
決する特効薬を見つけることは難しい。しかし、本書のように冷静に問題を分析し、他国の事
例などを踏まえたうえで、若者と労働との新しい関係性を結ぶための議論は続けていくべきで
ある。
人は生きていくために働かなければならない。その手段として、企業に雇われ、賃金を得る
という方法が一般的である。しかし当然のことながら、社会で雇い雇われる人間がいれば、問
題が起きることは避けられない。しかし、改善に向けて出来ることは必ずあると本書は教えて
くれる。働くことと無関係ではいられない人たちへ、労働に関する様々な議論に翻弄されずに
生きていく第一歩として、本書を読むことを勧めたい。
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