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4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の
基盤研究(B)(2):森林の潜在的生産力と撹乱体制を考慮した生態的ゾーニング手法の開発 (課題番号:14360090) 4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の生理状態と成長変異 * 4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の生理状態と成長変異 Growth and physiological properties variations of hinoki (Chamaecyparis obtuse Endl. ) trees planted in sloped stand after clear cutting. 作田耕太郎 **・玉泉幸一郎 ** Kotaro SAKUTA and Koichiro GYOKUSEN ** 九州大学大学院農学研究院 Fac. of Agric. Kyushu Univ., Fukuoka 812-8581 .* 本研究の一部は第 112 回日本林学会大会で発表した. 要旨 山地斜面上の小面積皆伐地に植栽されたヒノキ苗の植栽位置による初期成長の差異を明らかにするために, 植栽後4年間にわたる苗木の樹高と地際直径の成長,生理的因子として16ヶ月間の夜明け前と日中の木部 圧ポテンシャル(øpd, øleaf),および日中のシュートの葉面コンダクタンス(Gleaf)について継続的に測定 を行った.成長量,生理的因子の他に調査地の土壌のA層の厚さについても調査し,解析を行った.植栽直 後の苗木ではøpd, Gleafの顕著な低下が認められ,単位葉面積あたりの通水抵抗が大きく増大し,プランティ ングショックの状態に陥った.この状態からの脱却には1生育期間以上を必要とし,さらに乾燥適応のため 多くの葉を落としたことより,成長速度の回復には2生育期間以上を要した.プランティングショックから の回復期間には斜面上の位置による相違は見いだせなかった.土壌のA層の厚さは斜面上の位置や微地形に よって異なり,斜面上部や尾根部で薄く,斜面下部や平坦部分で厚い傾向にあった.A層が厚い地点の苗木 は年間を通して水分状態が良好で,成長速度も高かった.逆に,A層が薄い地点の苗木は水分状態が年間を 通して悪く,成長速度も低かった.斜面上部と下部との間に成長差が発生する理由の一つとして,斜面上で の位置による土壌の A 層の発達程度と,水分状態の差異が樹体の生理的状態に影響し,成長を規定している ことが示唆された. Summary Kotaro SAKUTA and Koichiro Gyokusen: Growth and physiological properties variations of hinoki (Chamaecyparis obtuse Endl. ) trees planted in sloped stand after clear cutting. To explain difference in the initial growth due to location of the hinoki trees which planted in mountainous district sloped stand after clear cutting, the height and diameter growth of trees were measured rear four years. In addition, as a tree physiological factor, predawn and midday xylem pressure potential (øpd, øleaf), midday leaf conductance (Gleaf) were measured through sixteen months continuously. And the thickness of the A layer of the soil was also investigated, they were analyzed together. Hinoki trees right after planted fell into the condition of ‘planting shocks’. More than 1 growth period was necessary for the breakaway from this condition. Consequently, the trees located in thickly A layer of the soil were fine water status through the year, and growth rate were high. On the other hand, located in thinly A layer of the soil were wrong water status, and low growth rate. As one of the reasons why a difference in tree growth occurs between the top and the bottom part of the sloped stand, about the development of the A layer thickness of the soil due to the position on the slope and difference in tree water status influenced the physiological condition, and it was suggested that tree growth was prescribed. 1.はじめに 伐がある.枝打ちや間伐が林地を良好に維持し,材 林業における保育作業は,木材生産を行う人工 の付加価値を高める積極的な作業であるのに対し 林において目的とする林分を成立させるために重要 て,下刈りは実行しなければ即,不成績造林地に結 な役割を有する.保育作業には,我が国の気候条件, びつく‘負の作業’と呼ばれている(藤森 , 1985). 植物種の多様性から必ず実行せざるを得ない下刈り この‘負の作業’をできるだけ軽減させる上で,造 作業と,材の付加価値を高める意味での枝打ち・間 林された苗木の初期成長様式を的確に把握すること 61 4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の生理状態と成長変異 移動による落差あるいは表面の流れよりも地下部数 cm∼数十cmの水の流れによって規定されていると して重要である. した.しかし,竹下(1964)の研究は林班単位での 植栽された苗木の初期成長に対して大きく影響を 比較的マクロなスケールで行われており,小班単位 与える現象として,まず ‘planting shock’ とよばれる のようなミクロなスケールでの林分内の苗木の成長 さまざまな生理的変化があげられる(Coutts, 1980, 差にまでは言及していない.植栽された1個体ずつ 1981; Rook, 1972; 高橋 , 1981).‘planting shock’ は, が対象となる保育作業を念頭においた,林分内での 主として苗木が土壌から掘りとられることによって 苗木の成長差を説明するには,苗木の生理状態,植 根に対する物理的な障害や乾燥などの大きな負荷が 栽地点の微地形および周囲の土壌条件などの関係性 をより詳細に調査する必要性がある. 生じることに起因する(Kramer and Kozlowski, 本研究では,山地斜面上の小面積皆伐跡地に植栽 1979).このため,植栽苗は蒸散に見合う量の吸水 されたヒノキ(Chamaecyparis obtusa Endl.)苗の初 が困難となり水分状態が急激に悪化し,成長が停止 期成長様式を明らかにするため,植栽直後より1 して活着に至らずに枯死する場合もある.‘planting 6ヶ月間にわたる成長様式と樹体の水分状態および shock’ に関しては,苗木の成長や葉の生理的特性な シュートのガス交換速度を測定し,苗木の植栽時に どに対する温度や水分などの生育環境(R o o k , 起こる単葉レベルでの生理的な‘planting shock’から 脱却する期間についての解析を行った.さらに,植 1972),植栽後の土壌養分(Bar-tal et al., 1990)の影 栽後4年間における成長様式より,苗木の個体レベ 響,あるいは植栽時の生育ステージ(Kjelgren and ルでの ‘planting shock’ からの脱却,すなわち成長速 Cleveland, 1994),運搬法(Bates and Niemiera, 1996; 度が回復するまでの期間と斜面上での植栽位置によ Harris and Bassuk, 1995),根の損傷(Coutts, 1980) る成長差について検討を行った. など生育環境や人為的な側面など様々な因子が影響 は育種目標や作業行程の立案における基礎的資料と することが報告されている.しかしながら,林地で の苗木への保育作業を考慮する場合,様々な因子が 複合的に作用する ‘planting shock’ が継続する期間, すなわち‘planting shock’の状態から抜け出す期間に ついて明確にする必要性がある. さらに我が国における林木の生産は,そのほとん どが山地において行われる.山地斜面の環境には大 きなヘテロ性が認められ,植栽された苗木の成長は 挿し木苗のような遺伝的変異が小さいものでも不均 一となる.特に斜面上部に植栽された個体と下部に 植栽された個体ではいわゆる成長量に大きな差が生 じる(丹下ら , 1989).斜面地形では,斜面に沿った 水の移動により水分環境が変化するとともに土壌中 の物質の移動が起こる(石井ら, 1982)ことから,光, 養分および水などの環境因子のうち,土壌の水分環 境とそれに付随した養分状態の差異は苗木の成長差 の発生に大きく影響すると考えられる(井上・岩川 , 1970; 佐藤・森川 , 1976; 辻田ら , 1985).斜面上へ の降水は地表面や地下を堆積,流出を繰り返しなが ら下方へ移動していく.したがって,斜面上におけ る苗木の成長差は林分内での相対的な位置関係と, 生育地点における微地形の特性と大きな関係がある と考えられる.竹下(1964)は地形の保持する林地 生産力をさまざまな面から解析し,面的な要素であ る集水面積よりも有効起伏量,すなわち上下の水分 62 2.材料と方法 2−1.試験地および供試個体 九州大学農学部附属福岡演習林第18林班は小班 内の小面積皆伐跡地に植栽されたヒノキ (Chamaecyparis obtusa Endl.)林分を試験地とした (図−1).同地の面積は 0.25ha.標高は 400 ∼ 430 m,斜面方位は北西で平均斜度は25゜である(図− 2).土壌は角閃岩を母材としており,土壌型は Bc 型(一部 Bd 型)である.特徴として,南北が谷状 となっており,さらに東西を林道で囲まれているた め周囲の林地との水分や土壌の移動の連続性が比較 的希薄な地点と言える.また,試験地の南側に隣接 する小班も同時期に皆伐が行われており,日射は東 側の斜面と林分によって朝方に若干遮られる程度で 日当たりは良好である.同地においては,1993 年まで80年生のヒノキ林が存在したが皆伐され, 同年の秋に新規にヒノキ実生苗が植栽された.植裁 密度は約3,500本/haである.1993年秋の植栽以 降3年間は年に2回の下刈りが行われ,1997年 は1回であった. 調査地の斜面上に6箇所の測定用プロット(U1, U2, M1, M2, L1 および L2)を設置した(図−2). プロットは標高を基準として中央の尾根部に3箇 所,そして尾根の北東側の比較的平坦な部分に3 箇所設置した.各プロットの個体数は 12 個体(合 計 72 個体)とし,すでに活着した個体と新規に植 基盤研究(B)(2):森林の潜在的生産力と撹乱体制を考慮した生態的ゾーニング手法の開発 (課題番号:14360090) Study Site 図− 1 調査地の位置 Fig. 1 Location of the study site. 栽された個体の成長様式の違いを明らかにする目 的から,各プロット 12 個体のうち 6 個体を対照個 体としてそのまま使用し,残りの6個体には植え 直し処理を行った(以下,再植栽個体).処理は1 994年4月15日に行い,一度掘りあげた後, 根系の長さを 20cm に調整して再び同一地点に植 栽し直した. 図−2 調査地の地形と調査プロットの位置 Fig. 2 Geographical feature of the study site, and location of survey plots. 2−2.供試個体の成長量および土壌のA層の測定 処理翌日の1994年4月16日に供試個体すべ てについて,樹高と地際直径(DGL: diameter at ground level)を測定した.試験開始時の全個体の平 均樹高は 68.5cm,DGL は 1.05cm であった.プロッ トごとの供試個体の樹高とDGLを表−1に示した. これらの測定は,以後2∼3カ月ごとに1995年 8月28日まで約16ヶ月間行い,その後は毎年3 月に測定を行っている(継続中). 処理より4年間が経過した1998年の3月中 旬には調査地の微地形測量を行い,図−2に示し 63 4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の生理状態と成長変異 表− 1 プロットごとのヒノキ苗の樹高と地際直径 Table 1 Mean height and diameter at ground level of C. obtusa trees in each plot. plot Stand age (years) Height (cm) DGL (cm) Number of trees (N) L1 L2 M1 M2 U1 U2 1 1 1 1 1 1 83.9(±11.2)a 82.0(± 7.3)a 61.0(± 9.4)b 60.0(± 7.0)b 60.1(± 9.6)b 64.1(± 8.7)b 1.080(±0.164)ab 1.156(±0.179)a 0.923(±0.166)b 0.974(±0.176)ab 1.023(±0.205)ab 1.110(±0.180)ab 12 12 12 12 12 12 The values in ( ) show standard deviations. Means with the same letter within a column are not significantly different (Height; F=19.1, p< 0.01, Post-hoc test, Tukey: DGL; F=2.9, p< 0.05, Post-hoc test, Tukey ). た地形図を作成した.微地形の測量後,対象地に 存在したヒノキ苗のうち下刈り,積雪,獣害や雑 草(主にススキ)などによって著しく成長を阻害 されている個体を除いた全個体(824 個体)につ いて,地形図上での座標および樹高そして DGL の 測定を行った.樹高,DGL の測定ののち,地形図 を利用し,検土杖によって調査地全域の A 層の厚 さを水平距離 5m 間隔で全 125 点について測定し た. 2−3.樹体の木部圧ポテンシャルおよびシュート のガス交換速度の測定 各プロットの対照個体と再植栽個体よりそれぞれ 3 個体ずつを,樹体の木部圧ポテンシャルとシュー トのガス交換速度の測定用サンプル個体として選定 した.測定項目は,夜明け前のシュートの木部圧ポ テンシャル(øpd),日中のシュートの木部圧ポテン シャル(øleaf),日中の葉面コンダクタンス(Gleaf) である.ø p d, øleaf の測定はプレッシャーチャン バー法(Sholander et al., 1965)で行い,各個体から 1 点を測定した.ø p d については早朝に任意の シュートを選定し,øleaf については Gleaf の測定に 使用したシュートの近傍のシュートを選定した. Gleaf の測定には携帯用光合成測定装置(LCA-H3, ADC, UK)を使用し,各個体から日当たりの充分な 梢端付近のシュートについて2点を測定した.Gleaf の測定は午後1時から午後4時の間に行った.さら に,単位葉面積当たりの蒸散速度(Tr)を求めるた め,測定時の各プロットにおける大気の温湿度を携 帯用温湿度計(HN-K, Chino Works, Japan)で測定し た.測定した温湿度より,式(1)と式(2)を用 いて大気の水蒸気圧,式(3)より水蒸気圧落差を 64 求め,式(4)より Tr を算出した. Es(T) = 0.61078 exp{17.269 T / (T +237.3)} (1). Ea = Es(T)・RH / 100 (2). VPD = Es(Tf) − Ea (3). Tr = Gleaf・VPD / P (4). ここで,Es(T); 気温 Tにおける飽和蒸気圧(kPa),T; 気温( !),Ea; 大気の蒸気圧,RH; 相対湿度(%), VPD; 水蒸気圧落差(kPa),Tf; 葉面温度( !),Tr; 単位葉面積あたりの蒸散速度(m3 m-2 s-1),Gleaf; 単 位葉面積あたりの葉面コンダクタンス(m3 m-2 s-1), および P; 大気圧(kPa),である.なお,本研究にお いてはTfを測定することができなかったため,Tfは T に等しく,さらに,気孔内空隙の空気は水蒸気で 飽和していると仮定して V P D の算出を行った (Landsberg, 1986).以上の方法で求めた値を用い, 以下の式(5)によって単位葉面積あたりの樹体の 通水抵抗(Rt)を算出した(Cowan, 1965; Philip, 1966; Hinckley et al., 1978). Rt = (øpd − øleaf ) / Tr (5). 測定は4月15日の処理を行う直前および2日後, 7日後そして14日後に行い,それ以降は2∼3ヶ 月に一度,1995年7月29日まで行った.なお, Gleaf の測定に使用したシュートは九州大学農学部 の実験室に持ち帰り,葉面積と葉乾重を測定して比 葉面積(SLA: specific leaf area)を求めた.加えて, 苗木の生産構造について明らかにするために,処理 23ヶ月後に対照個体と再植栽個体ともに3個体ず 基盤研究(B)(2):森林の潜在的生産力と撹乱体制を考慮した生態的ゾーニング手法の開発 (課題番号:14360090) つを掘りとり,樹高,DGL の他,葉重,葉面積およ び根の全乾重についても測定した. 3.結 果 3−1.処理後16ヶ月間の樹体の成長様式 図−3に処理後16ヶ月間の樹高の変化を示し た.1994年4月の時点で,対照個体と再植裁個 体の樹高は,ともに 70cm ほどであった.対照個体 は1生育期間中に30cm伸長して1mに達し,翌年の 8月には1.4mであった.これに対し,再植栽個体に ついては1994年の秋の時点で 10cm ほどの伸長 にとどまり,翌年の8月の時点では樹高は 90cm に 過ぎなかった.試験開始時の樹高に対する16ヶ月 後の樹高の比は,対照個体では 2.1 倍になっていた のに対し,再植栽個体においては 1.4 倍程度であっ た.図中の矢印は,測定日間での相対樹高成長速度 に対照個体と再植栽個体との間で統計的に有意な差 (p<0.05, t-test) が認められたことを示すものである. 処理1年目においては,全供試個体また各プロット においても,再植栽個体の樹高成長は対照個体より も劣っていた.処理2年目では,有意な差が認めら れなかったプロット(M2, U1, U2)もあったものの, 再植栽個体の樹高成長は完全には回復していなかっ た. 図−4に処理後16ヶ月間の DGL の変化を示し た.1994年の4月の時点で,全対照個体と全植 裁個体の DGL は,ともに 1.0cm ほどであった.対照 図−3 ヒノキ苗の樹高の変化 Fig. 3 Changes of C. obtusa seedling height after replanting. Notes: Vertical lines show the standard deviations. Arrows in figures are show the significantly different of relative height growth (p<0.05, t-test). Blank and black circles represent control and replanted trees, respectively. 65 4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の生理状態と成長変異 個体は1生育期間の間に 0.6cm 肥大して 1.6cm に達 し,翌年の8月には2.0cmを超えた.これに対して, 再植栽個体については1994年の秋の時点で 0.3cm ほどの肥大にとどまり,翌年の8月の時点で は 1.5cmに過ぎなかった.試験開始時のDGLに対す る比については,対照個体では 2.1 倍を越えている のに対し,再植栽個体においては 1.4 倍をわずかに 超える程度の肥大であった.図中の矢印は,測定日 間での相対肥大成長速度に対照個体と再植栽個体と の間で統計的に有意な差(p<0.05, t-test)が認めら れたことを示すものである.処理1年目において は,全供試個体または M2 を除く各プロットにおい ても,再植栽個体の肥大成長は対照個体よりも劣っ ていた.処理2年目では,有意な差が認められな かったプロット(L1, L2, M2, U1, U2)が多く出現 したものの全個体で計算した場合には差が認めら れ,再植栽個体の肥大成長は完全には回復していな かった. 図−5に処理後16ヶ月間のSLAの変化を示し た.SLA は 3 ∼ 8 m2 kg-1 の間で推移し,春から夏に かけて増加し,その後秋から冬にかけては低い値を 示していた.このような年変化のパターンについて は,対照個体と再植栽個体との間に差異はなかっ た.しかしながら,処理1年目については,その値 に差が認められたプロット(L1, L2, M1, U2)が多 く,全供試個体について算出した場合でも差が認め 図−4 ヒノキ苗の地際直径の変化 Fig. 4 Changes of C. obtusa seedling diameter at ground level after replanting. Notes: Vertical lines show the standard deviations. Arrows in figures are show the significantly different of relative diameter growth (p<0.05, t-test). The symbols are same as in Fig. 3 66 基盤研究(B)(2):森林の潜在的生産力と撹乱体制を考慮した生態的ゾーニング手法の開発 (課題番号:14360090) 図−5 ヒノキ苗の比葉面積の変化 Fig. 5 Changes of C. obtusa seedling specific leaf area after replanting. Notes: Vertical lines show the standard deviations. Arrows in figures are show the significantly different (p<0.05, t-test). The symbols are same as in Fig. 3 られた(p<0.05, t-test).処理2年目では,1年目の ような対照個体と再植栽個体との差は解消され,ほ ぼ同程度の値で変化した. 移した.再植栽個体の øpd は,プロット間でその低 下量が異なっていた.植栽直後では,U2において顕 著に低下し,平均値は -0.6MPa に達した.一方,低 下量の小さかった L 1 ,M 2 では対照個体よりも 3−2.処理後16ヶ月間の øpd と Rt の変化 0.1MPa 程度の低下量であった.夏場での低下量は 図−6に処理後16ヶ月間の ø p d の変化を示し U1 において顕著であり,-0.65MPa まで低下し対照 た.対照個体の øpd は試験開始時期には -0.2MPa 程 個体よりも 0.2MPa ほど低かった.この時期の L1 で 度の値であり,その後夏場には -0.3MPa 前後,そし は対照個体と大きな差は無く,-0.3MPa 程度であっ て冬には -0.4 ∼ -0.5MPa 程度まで低下していた.再 た. 植栽個体の øpd は処理直後に -0.5MPa 程度まで,そ 図−7に処理後16ヶ月間のRtの変化を示した. して夏場にも -0.5MPa 程度まで低下した.その後, 対照個体のRtは測定期間を通しての変化が少なく, 処理2年目においては,対照個体と同程度の値で推 夏に 100 × 106 MPa s m-1,冬に 300 × 106 MPa s m-1 67 4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の生理状態と成長変異 図−6 ヒノキ苗の夜明け前の木部圧ポテンシャルの変化 Fig. 6 Changes of C. obtusa seedling predawn xylem pressure potential after replanting. Notes: Vertical lines show the standard deviations. The symbols are same as in Fig. 3 まで増加した以外は,30 ∼ 60 × 106 MPa s m-1 前後 の値であった.一方,再植栽個体の Rt は øpd と同様 に処理1年目に大きく変化し,処理直後と夏に大き な値を示した.再植栽個体の平均値は処理直後では 500 × 106 MPa s m-1 に達し,全対照個体の 10 倍,夏 場では 520 × 106 MPa s m-1 と 5 倍の値を示した.プ ロットごとの再植栽個体の Rt についても,øpd が大 きく低下したプロットでは,Rtの増大も顕著であっ た.植栽直後の øpd の低下が最も大きかった U2 で は Rt の増加も最大で,その値は 1,350×106 MPa s m1 と対照個体の 30 倍の値であった.夏の増大につい ては,øpd の低下との対応は認められず,M1 で Rt は最大となり,950×106 MPa s m-1 と対照個体の 9 倍 の大きさとなった. 68 3−3.処理2年後の生産構造と4年間での相対成 長速度 表−2に対照個体と再植栽個体の処理2年後の概 要を示す.処理2年が経過した時点で,再植栽個体 の樹高は対照個体の 57.8%,DGL は 62.6%とともに 非常に小さかった(p<0.05, t-test).形状比と SLA に 統計的な有意差は検出されなかったが,再植栽個体 の形状比は対照個体よりも小さかった.再植栽個体 の葉面積は対照個体の1.65m2 に対して0.29m2 と17.6 %に過ぎなかった.また根重に対する葉重も対照個 体が2.40であるのに比較すると1.43と非常に低かっ た. 図−8に各プロットにおける全供試個体について 基盤研究(B)(2):森林の潜在的生産力と撹乱体制を考慮した生態的ゾーニング手法の開発 (課題番号:14360090) 図−7 ヒノキ苗の単位葉面積あたりの通水抵抗の変化 Fig. 7 Changes of C. obtusa seedling hydraulic resistance per unit leaf area after replanting. Notes: Vertical lines show the standard deviations. The symbols are same as in Fig. 3 表−2 処理2年後のヒノキ苗の概要 Table 2•@ Descriptions of sample trees 2years after treatment. 69 4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の生理状態と成長変異 の樹高とDGLの相対成長速度の年変化を示した.樹 高,DGL ともに1年,2年生時では再植栽個体の相 対成長速度は対照個体よりも低く,有意な差が認め られた(p<0.05, t-test).しかしながら,3年,4年 生時では相対成長速度の差は解消され,DGLではほ ぼ同じ速度を示した.さらに,樹高においては再植 栽個体は対照個体よりも高い相対成長速度を示して いた(p<0.05, t-test). 3−4.5年生時の樹高,地際直径の平面分布と各 プロットの A 層の厚さおよび対照個体のサイズ 図−9に5年生時での調査地全個体の樹高,DGL の平面分布について示した.5年生時において樹高 が350cmを超えた個体は,すべて調査地の北側の谷 部近辺にのみ認められた.逆に樹高が150cmに満た 図−9 調査林分におけるヒノキ苗の位置と5年生 時の樹高および地際直径の分布 Fig. 9 Seedling positions, height (a) and diameter at ground level (b) distribution in the study site at 5 years old. 図−8 ヒノキ苗の樹高(a),地際直径(b)の相対成 長速度の推移 Fig. 8 Changes of relative height growth rate (RhGR)(a), relative diameter growth rate (RdGR)(b) of C. obtusa seedlings. Notes: Vertical lines show the standard deviations. Means with the same letter within a figure are not significantly different (p<0.05, t-test). Blank and black squares represent control and replanted trees, respectively. 70 なかった個体は調査地南側の標高の高い尾根部に集 中していた.同様の傾向は DGL についても認めら れ,直径 7cm を超えた個体は調査地北側の谷部に, 直径3cmに満たない個体は調査地南側の尾根部に集 中していた.しかしながら,樹体サイズの中庸な個 体は特に集中して分布しているわけではなく,ま た,このような樹体サイズの水平的なばらつきは, 樹高よりも DGL で大きかった. 表−3に5年生時の各プロットの対照個体の樹 高,およびDGLを示した.試験開始時での樹高,DGL (表−1)と比較して,プロット間での成長差が発 生してきていた.平均樹高が最大となった L1 と最 小であったU1との差は100cmに達し,また平均DGL が最大となった U 2 と最小であった U 1 との差は 2.8cm となっていた.続いて,各プロット周辺 5 点 の A 層の厚さの平均値を図−10に示した.A 層の 基盤研究(B)(2):森林の潜在的生産力と撹乱体制を考慮した生態的ゾーニング手法の開発 (課題番号:14360090) 表−3 5年生時の各プロットにおける対照個体の樹高と地際直径 Table 3 Mean height and diameter at ground level in each plot of 5 years old C. obtusa control trees. 厚さはプロット間で異なり,30cm を超えたプロッ ト(U2, L1, M2)と 20cm 程度のプロット(U1, M2) とでは有意な差が認められた(p<0.05, ANOVA).さ らに,図−11には A 層の厚さに対する 5 年生時の 各プロットの対照個体の樹高と DGL の関係を示し た.樹高と DGL は A 層の厚さの増加に対して,直 線的に増加していた. した.逆に,成長の良かった U2,L1 の øpd は,季 節を問わずに他のプロットと同程度,もしくは最も 高い値を示していた.さらに,図−12に A 層の厚 さに対する季節ごとの øpd の関係について示した. 両者はいずれの季節においても正の直線で回帰され る関係にあり,A 層がより厚い地点ほど年間を通し ての樹体の水分状態は良好であった. 3−5.各プロットの対照個体の d の季節変化と 土壌の A 層との関係 各プロットにおける対照個体のøpdについて,季節 ごとの平均値を図−12に示した.成長が最も悪 かった U1 の øpd は,季節を問わず最も低い値を示 4.考 察 図−10 各プロットにおける土壌のA層の厚さ Fig. 10 Thickness of A horizon at each plots soil. Notes: Vertical lines show the standard deviation. Means with the same letters within a figure are not significantly different (F=7.8, P< 0.05, Post-hoc test, Tukey ). 図−11 土壌のA層の厚さに対する対照個体の樹 高と地際直径の関係 Fig. 11 Relationships between A horizon thickness and control tree height, diameter at ground level. 71 4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の生理状態と成長変異 図−12 各プロットの対照個体における夜明け前のシュートの木部圧ポテンシャ ルの季節変化 Fig. 12 Seasonal changes of predawn shoot xylem pressure potential in control seedlings at each plots. Notes: Vertical lines show the standard deviasion. Means with the same letters within figure are not significantly diffrent (p< 0.05, Post-hoc test, Tukey ). F=5.4(spring’94), 6.2(summer’94), 8.6(fall’94), 3.4(winter’94), 4.7(spring’95) and 23.0(summer’95), respectively. 4−1.再植栽個体の初期成長と単葉レベルでのプ ランティングショック 再植栽個体の処理直後の成長は対照個体と比較し て著しく悪かった.1生育期間が終了した時点での 樹高は対照個体では 1.5 倍だったのに対して 1.1 倍, DGL については対照個体が 1.6 倍に達したのに対し て 1.2 倍に過ぎなかった.2年目に入ってもこの差 は縮まらず,1995年の8月下旬の時点では,対 照個体の樹高,DGL がともに 2.1 倍,2.12 倍である のに対して,再植栽個体ではそれぞれ 1.3 倍,1.4 倍 に過ぎなかった(図−3 , 図−4).処理後16ヶ月 間の樹高とDGLの相対成長速度についても,成長休 止期間以外は対照個体が高い値を示し,処理2年目 72 においても統計的に有意な差が認められた(p<0.05, t-test).このような処理個体における成長量の低下 の原因としては,まず処理によって減少した根量の 回復のために,地下部への同化産物の転流量の割合 が対照個体よりも増加した可能性がある.植栽苗 は,処理の際に根系を切りそろえたため,処理直後 には Lw/Rw は対照苗よりも高かったと判断される. しかしながら,表−2に示したように処理2年後の 再植栽個体の Lw/Rw は対照個体よりも小さかった. このほかに生理的な要因として個体に発生した水分 ストレスが考えられる.再植栽個体においては,処 理直後および夏季にøpdの低下とRtの増大が発生し 基盤研究(B)(2):森林の潜在的生産力と撹乱体制を考慮した生態的ゾーニング手法の開発 (課題番号:14360090) 図−13 A層の厚さに対する対照個体の季節ごと の夜明け前の木部圧ポテンシャル Fig. 13 Relationships between A horizon thickness and seasonal predawn xylem pressure potential of control trees. ていた(図−6 , 図−7).このような樹体の水分状 態に関する因子は Gleaf と密接に関係していること (Kramer and Boyer, 1995)はよく知られており,水 分状態の悪化によるガス交換速度の低下(玉泉・須 崎 , 1990)が,再植栽個体における著しい成長の低 下をもたらした一つの要因と考えられる.しかしな がら,処理2年目においてはøpdの低下とRtの増大 は認められず,また,光合成速度と密接な関係があ る SLA(Koike, 1988)についても,対照個体と同じ 程度の値であった(図−5).したがって,処理2 年目における再植栽個体の低い相対成長速度の主な 要因は,処理1年目とは異なっていたと考えられ る.筆者らが行った6年生ヒノキによる移植実験 (作田ら , 1999)においては,移植個体の水分状態の 悪化に対する順応として,樹高成長の減少にともな う葉量増加の停止と通常の落葉期における対照個体 よりも多量の落葉が生じていた.本研究の再植栽個 体においても樹高成長は減少し(図−3),落葉量 の明らかな増加が観察されて,処理後2年目の葉量 は対照個体の 17.6%であった(表−2).したがっ て,処理2年目の再植栽個体における低い相対成長 速度には,処理1年目の水分状態の悪化に対する樹 体の順応の結果として,葉量が大きく減少していた ことに起因する苗木全体での同化量の減少があげら れる.なおかつ地上部成長よりも根系成長が優先さ れたことも要因となったと考えられる. 再植栽個体の低い相対成長速度は処理3年目およ び4年目には,樹高,DGLともに解消されていた(図 −8).しかしながら,DGL においては対照個体と 同程度の速度であり,樹高においては対照個体を上 回る速度を示したものの,大きな差では無かった. また,対照個体の相対樹高成長速度が一貫して低下 していることから,再植栽個体におけるさらなる相 対成長速度の上昇は考えにくい.したがって,処理 によって発生した初期成長量の差は年月とともに解 消されるものではないと考えられ,造林を行う際の 植栽場所の選択や作業時の植え付け法は初期成長速 度を左右する重要な因子となり,将来の林分にも永 く影響を及ぼすと考えられる. 4−2.斜面上での位置による成長量の差異 試験開始後5年が経過した時点での,各プロット の対照個体の成長量にはプロット間で大きな差が生 じていた(表−3).最も成長の劣っていた U1 は, 調査地全個体の測定においても成長の悪い個体が集 中していた地点であった.一方,成長の優れた L1, U2 は相対的に標高の低い地点および尾根から谷に 向かう間の傾斜がなだらかな場所に位置しており, 調査地全個体の測定においても成長の良い個体が比 較的多く存在する地点だった(図−9).これらの 各プロットにおける対照個体の øpd について,成長 が最も悪かった U1 では,季節を問わず最も低い値 を示した.逆に,成長の良かった U2,L1 の øpd は, 季節を問わずに他のプロットと同程度,もしくは最 も高い値を示していた(図−12).øpd は Gleaf と の間に強い関係を有し,øpd が低下すると Gleaf も 低下する(玉泉・須崎 , 1990).よって U1 における 対照個体の光合成速度は年間をとおして他のプロッ トよりも低かったと推察される.また,各プロット における対照個体の成長量の平均値は,プロット 内,および近傍における土壌のA層の厚さと直線的 な関係にあった(図−11).さらに,図−12に 示したA層の厚さに対する季節ごとのøpdの関係で は,両者はいずれの季節においても直線で回帰され る関係にあった.したがって,A 層がより厚い地点 ほど年間を通しての樹体の水分状態は良好であった ものと言える.土壌のA層の発達には,大気,降水, 植生などの外界の影響が強く影響する(相場, 1992) ほかに,微地形の影響を強く受けること(武田・金 73 4.3. 斜面上の小面積皆伐地におけるヒノキ植栽木の生理状態と成長変異 子 , 1989)より,対照個体に発生した斜面上の位置 による成長量の違いには,斜面地形特有の年間を通 しての土壌水分状態の違いが,土壌のA層の発達程 度と樹体の水分状態に差をもたらしたことが大きく 作用していると考えられる. 5.まとめ 山地斜面に植栽されたヒノキ苗における植栽後の 成長と単葉レベルでの生理機能の変化について継続 的に調査を行い,生理機能の回復には 1 生育期間が 必要であることと,単葉レベルの生理機能の回復と 個体の成長速度の回復には時間的なずれが生じてし まうことを明らかにした.しかしながら,本研究で 生理測定を行った年は福岡地方の降水量が極端に少 なかった年であった(財団法人日本気象協会福岡本 部 , 1994a; 1994b; 1994c)ため,処理による再植栽 の影響が強く,長期間にわたり発生した可能性が高 い.したがって,より穏和な気象条件であればより 短い期間で’planting shock’から抜け出せたかもしれ ないものの,気象条件以外にも植栽の熟練度のよう な人為的因子によっても初期成長は左右されると考 えられる.さらに,試験地の全個体調査と微地形測 量より,斜面上部と下部との間に成長差が発生する 理由の一つとして,斜面上での位置による土壌の A 層の発達程度と,水分状態の差異が樹体の生理的状 態に影響し,成長を規定していることが示唆され た. 6.謝辞 本研究を遂行するにあたり,調査地での全ての調 査に九州大学農学部林学科(現生物資源環境科学科 地球森林科学コース)の多くの学生諸氏に協力をい ただいた.ここに深く謝意を表する.なお,本研究 の一部は文部科学省科学研究費補助金No. 14360090 (基盤研究(B) (2),平成14−16年度,代表者: 谷口義信)によった. 引 用 文 献 相場芳憲 (1992): 森林土壌(造林学 , 川名 明ら 共著 , 200pp., 朝倉書店 , 東京). 40-52. 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