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生活診断のポイントとその方法
連 載 -第 2 回- 高血圧患者の生活指導 生活診断のポイントとその方法 上島弘嗣* る要因は,血圧上昇の要因としては,食塩摂取量, ●はじめに 肥満,アルコールである(図 1)1).一方,低下と関連 高血圧の定義が,時代とともに血圧水準の低い する要因は,カリウムの摂取,最大酸素摂取量の 3) ほうに切り下げられてきた.それは,血圧の循環 50%程度の軽い有酸素運動である .そのほかに, 器疾患に与える影響が血圧の低い水準のところ カルシウムは食事から十分にとることがすすめ も重要であるとの認識が高まったことと,生活習 られている.ストレスは血圧の即時的な上昇因子 慣の改善によって血圧の低下を図る必要性を広 であるが,慢性の脱ストレス・リラックス療法が めるためでもある.高血圧が発見されれば,原則 血圧低下にどれだけの効果があるかはよく知ら 的には生活習慣の改善を図りつつ血圧測定をく れていない 3). り返し,十分な降圧が得られなければ,また,ほか の循環器疾患発症の危険因子があれば薬物治療 1) を開始する. 食塩の摂取量とカリウムの摂取量を推定し,食 そこで,高血圧患者を診た場合,まず最初にお 食塩とカリウムの摂取量の推定 生活の改善に結びつけるには,24 時間の蓄尿によ こなうことは,どのような生活習慣と関連する要 り推定する方法がとられる.24 時間蓄尿というと, 因がその患者の血圧上昇とかかわっているかを 大変に負荷がかかるように思われるが,実際にや 診断し,生活習慣の改善によって,血圧がどの程 ってみるとそうでもない.しかし,実際に第一線 度低下するかを推定することである.ここでは, の医療のなかで測定されることはほとんどない その手順について,われわれが厚生省の長期慢性 と思われる. 疾患総合研究「循環器病班」「生活習慣病班」の なかで開発 1 1)2) をしてきたものを参考に述べる. 高血圧と 4 つの生活習慣の診断ポイント 生活習慣と関連して血圧の上昇・低下に関連す 日本人の平均的な 1 日あたりの食塩摂取量は, インターソルト研究における 24 時間尿中の Na 排 泄量から推定すると,12~13g 程度である 4).これ は,国民栄養調査における食生活調査から推定し た国民 1 人当りの食塩摂取量とほぼ一致する値 * UE S H I M A Hirotsugu/滋賀医科大学福祉保健医学講座 血圧 Vol.5 no.4 1998 連 載―第 2 回―高血圧患者の生活指導 である.カリウムの排泄量は 50mEq であり 4),摂取 の半分の量に減らすことを目標とする.インター 量は糞便から失われる量を見積もると 70mEq 程 ソルト研究では,欧米のカリウム摂取の多い集団 度である. では,70~80mEq の排泄量があった.したがって, 精度の高い食生活調査を実施すれば,食塩とカ カリウムの摂取量は日本人は平均的には多くな リウムの摂取量を蓄尿の成績に近い値を推定す く,食事からの摂取がすすめられる.カリウム摂 ることができるが,日常の診療のなかでは,精度 取は野菜や果物から,現在の摂取量の 1.5~2 倍 の高い食生活調査は蓄尿よりも困難である.簡易 程度を目標としてよい. な問診では,食塩の摂取量を推定することは困難 である. 2) そこで,実際には特別に食塩に気をつけていて, 肥満度の計算 肥満度の指標は種々あるが,単純に計算でき, 減塩を実行していると思われる患者さん以外は, かつ世界的に比較できる指標は体重(kg)を身長 減塩指導の対象と考え,指導することになる.実 (m) の 2 乗 で 除 し た も の kg/m2,Body Mass 際,そのように判断しても支障はない.カリウム Index(BMI)である.これでは男女とも現在の国民 の摂取は,一般の人には高血圧の生活療法として の平均は 22~23 程度である.ちなみに欧米の平 は知られておらず,腎不全のある患者は別として, 均は 25 程度である. 全員にその摂取の奨励をおこなう. 食塩の摂取量を現在の 12~13g から 6~7g 程度 血圧 Vol.5 no.4 1998 日本肥満学会では 26.4 以上を肥満としている. 高血圧の是正の観点からは,一応,標準的は体重, 肥満度を基準とすれば,22~23 を目標とし,それ 飲酒量を問い,1 日当たりの平均アルコール摂取 以上であれば,患者の状況を判断しながら,標準 量を算出する.純アルコールにして約 30ml が節 的な肥満度まで体重を調節するように指導する 酒の到達目標である.これは,ビールなら大瓶 1 ことになる.国民の標準的な肥満度が標準体重か 本,日本酒なら 1 合,ウイスキーならダブル 1 杯, という点には議論がある.実際に,肥満度からみ 焼酎なら 0.5 合,ワインならグラス 2 杯の量であ た生命予後の最もよいところは,国民平均よりも る(図 2). 少し肥満気味のところにある.しかし,高血圧,高 1 週間の飲酒記録より平均量を算出してもよい コレステロール血症,耐糖能異常の是正の観点に し,それぞれのアルコール飲料の過去 1 週間の平 たてば,国民の平均を基準としても差し支えない. 均的な飲酒量を思い出して 1 日量として答えて BMI が 25,身長 170cm ある人が当面の体重減量 の目標として BMI23 にしようとすると, 2 (25-23)(kg/m )×1.7(m)×1.7(m)=5.8kg もらい,ビールの本数ないし日本酒の合数に換算 するとわかりやすい.現在の飲酒量(ビールまた は日本酒換算)-1=節酒の目標量である. すなわち,約 6kg 減量が必要となる.170cm 前後の 身長であると,1BMI の変化には 3kg の体重の変化 4) が目安量となる. 最大酸素摂取量の 50%のリズミカルな運動は, にこにこペースの運動 その人にとっての早歩きである.したがって,70 3) 飲酒量の判定 歳の男性と 50 歳の男性の早歩きの速度は違う. 多量の飲酒により高血圧をきたしている人が その人にとっての早歩きができれば,毎日少なく いる.したがって,血圧が高くアルコール摂取量 とも 2 日に 1 回は 30 分程度早歩きをする.特別に が多い人では,節酒が目標となる. 定期的な運動をしていない人は,すべての人が早 アルコール飲料の種類を問わずアルコールそ のものに昇圧作用がある.したがって,平均的な 歩きの対象となる. 若い人で,野球やテニスなどの激しい運動をし 血圧 Vol.5 no.4 1998 連 載―第 2 回―高血圧患者の生活指導 ている人でも,早歩き程度の運動がなされていな 以上が,生活習慣の改善による平均的な血圧低 ければ,その程度の運動をすすめることになる. 下の期待値である.これを目標に高血圧患者さん 早歩きは一般に安全である.ジョギングは最大酸 やその予備軍の人を支援することになる. 素摂取量の 50%を超える激しい運動になり,血圧 低下のためのリズミカルな運動としてはすすめ られない.もちろん体重減量には,身体的な問題 ●おわりに 正常の範囲であっても,血圧が上昇してきた人, がなければ本人の意志により実行するには差し 高血圧の範囲に入ってきた人に生活習慣の現状 支えない. を把握し,改善点を診断する.その改善点を明ら したがって, かにして,どの程度その患者さんが生活習慣を改 「早歩きを 30 分程度,週 3 日以上実行していま 善することによって,血圧の低下を図れるかを示 すか」と問い,実施していなければ,すべての人に もちろん,高血圧で薬物治療を受けている患者 勧める. 2 した. さんでも同様である.生活習慣が改善されても血 生活習慣の改善による 血圧低下の推定 圧が低下しないときは,薬物による適切な治療が 血圧を低下させる観点からの生活習慣の現状 を把握したのち,その患者さんの生活習慣が改善 されれば,血圧がどの程度低下するかの期待値を 必要である. 生活習慣の是正は,習慣化するまで継続して支 援することを忘れてはならない. 算出する.このことによって,患者さんに目標と なる血圧低下の平均的な期待値を示すことがで きるので,生活習慣改善の励みとなり,動機づけ が容易となる. 収縮期血圧の低下の期待値は,以下のようにし て推計する. 1) 現在の 1 日 12g の食塩摂取量を 1/2 に減 らす 3mmHg 低下 カ リ ウ ム の 摂 取 量 を 倍 に 増 や す (40mEq 増加) 3mmHg 低下 2) BMI1 の低下(体重約 3kg の減量)2mmHg 低下 3) ビール大瓶 1 本,あるいは日本酒 1 合相当 の節酒 5mmHg 低下 4) 早歩き 1 日 30 分 10mmHg 低下 拡張期血圧の低下は,上記の 1/2 程度を期待で きる. 血圧 Vol.5 no.4 1998 文 献 1) 上島弘嗣,岡山明:血圧はこうして下げる-これ ならできる 4 つの妙薬-.健康体力づくり財団企 画・監修,保健同人社,東京,1995 2) 厚生省長期慢性疾患総合研究事業平成 8 年度報 告書「循環器疾患ハイリスク集団への生活習慣 改善によるリスク低下のための介入研究班」(班 長上島弘嗣),1997 3) The Sixth Report of the Joint National Committee on Prevention, Detection, Evaluation, and Treatment of High Blood Pressure. NIH, NHLBI, NHBPEP, NIH Pub. No. 98-4080, 1997 4) INTERSALT Cooperative Research Group. INTERSALT : an international study of electrolyte excretion and blood pressure. Results for 24 hour urinary sodium and potassium excretion. Br Med J 297 : 319, 1988