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持続可能社会転換方策研究 プログラムセミナー講演録

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持続可能社会転換方策研究 プログラムセミナー講演録
2012
持続可能社会転換方策研究
プログラムセミナー講演録
(独)国立環境研究所
持続可能社会転換方策研究プログラム
2014 年 8 月
目次
第 1 回持続可能社会転換方策研究プログラムセミナー議事要録 ........................................................................... 1
 講師: 古川 柳蔵 准教授 (東北大学大学院環境科学研究科)
 講演タイトル: 「バックキャスティングによるライフスタイル・デザイン -持続可能なライフスタイルを求めて-」
I.
開催要領 .................................................................................................................................................... 1
II.
講演概要 .................................................................................................................................................... 1
III.
質疑・自由討議概要 .................................................................................................................................... 2
IV. 講演内容詳細 ............................................................................................................................................. 4
V.
質疑・自由討議詳細 .................................................................................................................................. 24
第 2 回持続可能社会転換方策研究プログラムセミナー議事要録 ......................................................................... 34
 講師: 藤村 コノヱ氏 (NPO 法人環境文明 21 共同代表)
 講演タイトル: 「NPO と企業・学識者の連携による 2030 年環境を主軸に据えた持続可能な社会(環境文明社会)
のロードマップ作成について」
I.
開催要領 .................................................................................................................................................. 34
II.
講演概要 .................................................................................................................................................. 34
III.
質疑・自由討議概要 .................................................................................................................................. 35
IV. 講演内容詳細 ........................................................................................................................................... 38
V.
質疑・自由討議詳細 .................................................................................................................................. 53
第 3 回持続可能社会転換方策研究プログラムセミナー議事要録 ......................................................................... 67
 講師: 石田 秀輝 教授(東北大学大学院環境科学研究科)
 講演タイトル: 「テクノロジーの新潮流を創る - ネイチャー・テクノロジー -」
I.
開催要領 .................................................................................................................................................. 67
II.
講演概要 .................................................................................................................................................. 67
III.
質疑・自由討議概要 .................................................................................................................................. 68
IV. 講演内容詳細 ........................................................................................................................................... 72
V.
質疑・自由討議詳細 .................................................................................................................................. 93
第 4 回持続可能社会転換方策研究プログラムセミナー議事要録 ....................................................................... 105
 講師: 多田 博之 特任教授(東北大学大学院環境科学研究科、Japan for Sustainability 理事長ほか)
 講演タイトル: 「持続可能なこの国の形を考える~ビジョンと指標づくり」
I.
開催要領 ................................................................................................................................................ 105
II.
講演概要 ................................................................................................................................................ 105
III.
質疑・自由討議概要 ................................................................................................................................ 107
IV. 講演内容詳細 ......................................................................................................................................... 110
V.
i
質疑・自由討議詳細 ................................................................................................................................ 133
第 1 回持続可能社会転換方策研究プログラムセミナー議事要録
I.
開催要領


日時: 2012 年 10 月 4 日(木曜日)10:00 ~ 12:00
(講演: 30~45 分 意見交換: 1 時間 15~30 分)
場所: 中会議室
講師: 古川 柳蔵 准教授 (東北大学大学院環境科学研究科)
講演タイトル:
「バックキャスティングによるライフスタイル・デザイン
-持続可能なライフスタイルを求めて-」
講演要旨:
バックキャスティングによるライフスタイル・デザインとは、避けられ
ない厳しい環境制約下において、生活者の消費行動を大きく変え、低
環境負荷を実現し、制約をポジティブに捉えなおし、心の豊かさを増
す方法を考えることである。この手法を用いて、企業あるいは国と共
同でイノベーションを試み始めた事例を紹介する。また、本手法を用いて描いたライフスタイルを分析し、生活者は利
便性、自然、楽しみ、自分成長、社会とのつながりをライフスタイルに求めているということが明らかになりつつあること
などライフスタイル研究の成果を概観する。さらに、それらを戦前の低環境負荷なライフスタイルと比較し、ライフスタイ
ルの社会受容性を高めるためのいくつかの乗り越えなければならない課題について議論する。
参加者人数: 17 名(講師除く)
II.
講演概要





環境制約を満たすライフスタイル・イノベーションを起こすためのバックキャスティング
「厳しい環境制約の下でも心豊かにくらす」新しいライフスタイル(イノベーション)を描くことが主眼で、将来予測を目的
とするものではない。
(1) 国の統計データに基づき 2030 年の環境制約を設定(厳しめに設定すればよいイノベーションのアイディアが生まれる)
(2) 環境制約に基づき社会状況の方向性を仮定(精密に描き過ぎると視野が狭まりフォーキャスティングになるので注意)
(3) 心豊かなくらしを提案(数多く考えること、制約条件をポジティブに捉えて楽しみに変えることを意識する)
 バックキャスティングの考え方
(1) 環境制約条件を設定
(2) 将来の社会状況を思い描き、そこから現在を見つめ直す
(3) このままいくと発生するであろう問題を見つける
(4) その問題(壁)を越える方法を探す
(5) 魅力のあるライフスタイルを描く
※これらをひたすら数多く繰り返す
 バックキャスティングによるライフスタイル・デザインの 10 カ条
(1) ライフスタイルは、環境問題を解決するソリューションである。
(2) ライフスタイルは、技術や施策の説明ではなく、くらし方である。
(3) 新規性の高いものをデザインする。
(4) デザインしたライフスタイルには責任を持つ。
(5) 明らかに不可能と思われる技術を多用しない。特定問題を解決するモノという表現は問題点の指摘に過ぎない。
(6) 「新しい組み合わせ」を探すことは避ける。(制約を意識できなくなりがちなので)バックキャスティングでなくなる。
(7) 自らが今の価値観で望むライフスタイルをまず描く(将来の価値観変化を想定したければ別途検討すればよい)。
(8) 魅力的なものに描く「…が楽しい。」という言葉だけの魅力にしない。
(9) 具体的に描く。
(10)自分の所属組織を背負わない。

描いたライフスタイルの社会受容性分析
ライフスタイルに含まれる「自然」「社会と一体」「楽しみ」「自分成長」の要素が社会受容性を高める、「不便性」の影響は
それほど大きくなさそうとの示唆が得られた。優先度としては「利便性」「自然」「楽しみ」の 3 要素が高い。

持続可能なライフスタイル探索の試み –昔のくらしと 2030 年のライフスタイルの構造比較戦前のライフスタイルは自然環境に依存していて持続可能だが、2030 年のライフスタイルと比較して社会受
容性が低い。
「新規性がある」
「主流になる」が現代人の志向で、
「昔には戻りたくない」という傾向がある。
「自然」
「楽しみ」
「利便」
「社会と一体」
「自分成長」
「新規性」のあるものを描くと社会受容性の高い持続可能
なライフスタイルができそう。
90 歳ヒアリングから得られる持続可能なライフスタイルのヒント

1









「昔のくらし」の「知恵(心)」を取りだして現代への応用を考える必要性あり。
自然観(自然への畏敬)
心の豊かさ(制約をポジティブに捉えて楽しさに変える: 制約下の知恵比べ)
物質循環(使い切る、マルチに使う: もったいない)
伝えるしくみ(くらしの実践の中で伝え育まれる知恵)
ライフスタイル視点から商品・サービス・テクノロジーをデザインする必要性
現在から将来への持続可能なライフスタイルを架橋するトランステクノロジーとそのロードマップの考え方
心がけでライフスタイルを変えることにより家庭のエネルギー約 30%削減(心がけだけの限界と我慢・抑圧感の鬱積)
テクノロジーでライフスタイルを変えることにより家庭のエネルギー約 50%削減(テクノロジーで対応・効率化できる部分
もあるが、テクノロジーオリエンテッドのみでは過大コストもあり得ることに注意)
ライフスタイル・イノベーションでテクノロジーをデザインすることにより家庭のエネルギーを更に削減できる可能性あり
(適切なスペック・コストのテクノロジーを使い心豊かで快適なくらしを実現)
ビジネスを通して持続可能なライフスタイルを提案し、普及につなげる
自然エネルギーをシェアする「パークレット」(エネルギーの大切さを理解しながらみんなで使うライフスタイル)
家の中で育てて保存する「インハウスファーム」(新鮮で安全な食材を味わえる家庭内菜園を持つライフスタイル)
現在実践・実証中、成功事例をつくることで普及の足掛かりとしたい
III. 質疑・自由討議概要

研究成果と現実社会のギャップの存在とその埋め方
(古川)「バックキャスティングによるライフスタイル・デザイン手法」は制約を満たしつつ心豊かに暮らせるライフスタイル・
イノベーションを起こすための手法だが、企業関係者は何かのエビデンスを基に将来あり得そうなライフスタイルを描こう
とするフォーキャスティング志向が強いのがギャップと感じている。「バックキャスティング」という表現自体にも違和感が
あるのかもしれない。90 歳ヒアリングから得られた持続可能なくらしの知恵を活かして新しいライフスタイルをつくろうとい
う表現にしたほうが理解しやすそう。この手法を繰り返し行い、そこで描いたライフスタイル・イノベーションのアイディア
をとにかく実践して成功事例をつくり、企業や行政に納得してもらうのがギャップを埋める方法と考えている。

産業構造・雇用・世界の動きをどこまで検討するか
(古川)このライフスタイル・デザイン手法はイノベーションを起こす手法なので、産業構造などの予測をするという概念
がまずない。新しいライフスタイルを検討した結果、そこから新しい産業ができるなど後付けで表現することはできるが、
産業構造や雇用の変化のありようを予測するものではない。世界のトレンドを押さえることは重要だが、避けえない環境
制約として大づかみに設定し、一人の人間の頭に入る程度にして考えることが必要だと思う。

シナリオに盛り込む要素の検討の仕方
(古川)「捨てられない利便性」を出発点の命題に与えるライフスタイル・デザインのアプローチ(フレーミングがフォーキ
ャスティング志向)は、イノベーションを生み出すには新たな問題に直面することが経験からわかった。だから、特定のテ
ーマは与えずにライフスタイル・デザインの 10 カ条は守りながら自由に描くというアプローチに変更した。特に企業だと
自社製品や短期的戦略にフォーカスしやすくて視野が狭まり、イノベーションのアイディアが生まれにくくなる。イノベー
ションを起こすためには(事業対象範囲を)特定する必要は無いが、シナリオを描くときにどこまでの産業でカバーする
かなど全体を網羅的に見るためには必要だというスタンス。

「働き方」「雇用状況」「結婚」などの個人の生活に近いライフスタイルはどの段階で検討するか
(古川)一個人のライフステージは、環境制約の設定や社会状況の方向性設定の段階では出て来ず、「心豊かなくらし
の提案」を検討する時点で、数多くのライフスタイルのバリエーションとして出て来る。数多く描けば、必ずライフステージ
のことは出て来るので、そこでカバーされる。

セグメンテーションによるライフスタイル・デザインの限界もしくは可能性について
(古川)本日紹介した手法ではセグメントは登場しない。予算があって大々的にこの手法を試行できる機会に、予めセグ
メントを設定して実施できれば、様々な世代や志向を反映したライフスタイルが描けるのではないかと考えている。ただ
し、ライフスタイル・イノベーションのアイディアの商品化を検討する段階ではセグメントの考え方が重要になり、制約を
満たしつつ各セグメントに適した異なるかたちのマーケティングを考えていくことになるのだろう。

ライフスタイル・デザインの 10 カ条のうち「新しい組み合わせを避ける」がなぜバックキャストでなくなるのか
(古川)「バックキャスティング」は「ある制約の下でどのようなライフスタイルを描くかを考えていく」手法。経験的に人は
新しい組み合わせを探す過程では制約を意識しにくくなる傾向あり。実際、環境制約を満たす良いアイディアは数多く
考える中で偶然生み出された。新しい組み合わせを探すこと自体は否定しないができるだけ避けるよう指示している。

何を持って新しいライフスタイル・イノベーションの成功とするか
(古川)そのイノベーションを実践した結果環境負荷が低減され、ある程度長期的に安定してビジネスとしてうまく回って
いる状態が成功だと考えており、定量的な利益目標などは想定していない。現在は成功事例を構築・検証する途上だ
が、2030 年までに間に合うかどうか心配。「自然エネルギーをシェアするパークレット」は現在ビジネスの立ち上げ段階
2
で、そこに新しいビジネスのアイディアを付加していく必要もあると考え、様々なアイディアを試行錯誤中。

制約条件の捉え方(条件固定的なフレーミングと条件の受け止め方の変化を許容する相対的なフレーミング)
(古川)個人では動かしようのない環境制約などの大きなトレンドは受け止め、その大きな流れの中でも、全く問題なく暮
らせるライフスタイルを描く。一方、個人として直接関わりがある雇用や経済状況悪化などのミクロな制約は、個人の働き
方の選択肢を増やすなどの対応で乗り越えることを考える。このように、制約条件の捉え方にはレイヤーが存在している
のではないか。新しいイノベーションを生み出すためには、制約条件の精緻化はほどほどにして厳しめの条件設定にし
たほうが創造的なアイディアが生まれる。

日本産業界の閉塞感の要因と固定観念の打破に必要な要素について
(古川)現在の日本企業はリスクに過敏になり過ぎ、新しいイノベーションを起こすよう余裕や勇気がないように見える。
また、横並び意識が強くてリスクを負いたがらず、成功事例の前例待機的な傾向も見られるために視野が狭まりやすく、
結果的にフォーキャスティングに陥りがちな構造になっているように思う。これは経営者世代が変わらない限り続く傾向
で、大企業ほどその呪縛が強そう。小さな会社でも、本当に先見の明があるところにライフスタイル・イノベーションビジ
ネスを実施してもらい、その状況をブレークスルーしたい。
今の日本製品はオーバースペック。多機能化、多様化が過度になって飽和状態になり、次のステップが見つけられなく
なっている。無駄なものが付いていたのではそれこそ無駄でもったいない。本当は日本に古くからあるシンプルな手法
や知恵を製品やサービスの開発に活かしていけたら突破できると思う。

1500 個のライフスタイル・デザインデータベースの今後の展望と活用方法
(古川)ライフタイル・デザイン事例は今後もまだまだ増えていくと思う。この手法は、基本的に数多く描くことで一握りの
よいアイディアを見つけ出すプロセスだが、数多く描くにはトレーニングが必要。最初はかなり苦労するが、身近なシー
ンのバリエーションで 20 個、「バックキャスティング」が「問題を見つけること」だと気付くことで 50 個、その次に「制約を
ポジティブに変える、豊かさに変える」発想に気付けば 1000 個以上のライフスタイルを描けるようになる。これは 90 歳ヒ
アリングの事例にも数多く見られる「ネガティブをポジティブに変える」発想の転換。
今は 1500 の事例を分析していくつかの傾向を見出しているが、研究として取り組むより、そこから得られた一握りのよい
アイディア(イノベーション)をピックアップしてビジネスとして実現することに注力したい。
これらの事例分析結果を国などの将来予測に活用する可能性を否定するわけではないが、本来、ライフスタイルは
個々人の自由に委ねられるものなので、あくまで一提案として見せることを念頭に置き分析結果を活用すべきと思う。

90 歳ヒアリングから得られる知恵の中でも、将来に使えそうなものと使えなさそうなものをどのように整理するか
(古川)現在のくらしは便利なモノにあふれているが、我々はその便利なモノを発明してきた代わりに、持続性を支えて
いたもの、考え方、仕組みが失われたことに気付く必要がある。「便利なモノを無くして昔に戻れ」という考え方は嫌いだ
し、世の中に受け入れられない。ある便利なものを提供した代わりに自分でつくる、育てる、手入れをする「楽しみ」が失
われていったという構造を理解し、今の世の中でその便利な工具にさらに何かを提供することにより失った知恵がまた
復活してくる仕掛けをつくればよいという考え方をする。利便性の追求は我々のくらしのあり方を持続不可能なかたちに
歪めたが、くらしの持続可能性を支えていた昔の知恵を別のかたちで適用することで、現代人にも好ましくて新しく感じ
るライフスタイルを提案できる。昔のくらしの分析は、この持続可能性を支える知恵を探すプロセス。

現世代が将来世代のことも考慮した持続可能なライフスタイルを検討するには限界があるのではないか
(古川)この手法は現世代の価値観しか反映できないので、その問題は解決できない。ただし、持続可能なライフスタイ
ルは、結局昔のくらしが包含していた「自然観」「心の豊かさ」「物質循環」「伝えるしくみ」の要素が含まれているはず。
今の手法では「自然観」や「心の豊かさ」までが(描くライフスタイルに)偶然入ってそこまでに留まるという感じで、「物質
循環」「伝えるしくみ」を踏まえたものまで描けていない。ここには大いに関心があるし挑戦したいと思っている。その意
味で、ライフスタイルは 1500 個では足りず、1 万も 2 万も描いて「物質循環」と「伝えるしくみ」を踏まえたものを提案して
いくのが最終地点と考えている。

現世代の年齢世代間ギャップは存在するか
(古川)企業で色々な職業、年齢、男女混ぜてこの手法を進めてきた中で、世代間の違いはいくつか見出されている。
バブル期を謳歌した世代は異常値を示したまま傾向が保たれる。また、90 歳の子どもの 70 代の世代は「戦争が起こっ
た、悲惨なおもいをした」のが裏目にあって、90 歳の「昔の暮らし」は全否定で、これも傾向が保たれる。20 代は若干異
常値を示すが、これは就職などの環境変化が影響して世代全体としての傾向が定まらないからで、30 代になれば安定
してくると思う。これ以外の世代では、世代間で大きな違いは見られない。年齢というよりは小さい頃の記憶とか経験とか
が反映されているような気がする。ただ、バブル世代の人がいけないわけではなく、きちんと生きる理論を持っているの
で、その人たちが望むライフスタイルもあっていいはず。ただ、制約だけは守って欲しいとしてこの手法をやってもらって
いる。また、上司・部下の関係が影響するので、その点は注意が必要。将来予測ではどうなるかは分からないが、「上司
が喜ぶことを提案しよう」とする傾向があり引きずられてしまうようだ。実はそのような点も大事で、要は(社会や企業も)人
間関係で成り立っているという点に気をつけていかないと、この手法も無駄に終わってしまうかもしれない。
3
IV. 講演内容詳細
自己紹介
 環境技術イノベーション分野が現在の専門研究分野
 社会人を対象とした大学院コースで人材養成
 修士まで東京大学にて材料の研究
 民間シンクタンクにて産業政策・イノベーション政策の
コンサルタント実務に関わった後、東大先端研でイノ
ベーション研究
本日のテーマについて
 環境負荷を下げるためのイノベーションをどのように
起こすかが主眼
 ライフスタイル・デザインはイノベーションを起こすた
めの手法であって、将来予測の方法ではない
「なぜ、環境負荷を低下させるイノベーションがなかなか
普及しないのか?」

研究者や企業関係者がフォーキャスティングという
考え方しか持っておらず、バックキャスティングとい
う未来から現在を見る考え方を持っていないことが
最も大きな問題
バックキャスティングで未来のライフスタイルをつくるこれ
までの取り組み

対象は企業(営業など職種問わず)で、イノベーショ
ンを起こしたいという人々にライフスタイル・デザイン
をやってもらう

10 社以上との協働研究をしてきた

6~7 名のメンバーでライフスタイル・デザインを実践
し、毎回 100~300 のライフスタイルを描く→その中
からよいものを選ぶ→繰り返し

結果、1500 を超えるライフスタイルに関与→そこか
ら読み取れる傾向を皆さんと共有したい
バックキャスティングの歴史

1970 年代のエネルギー予測時に使用されたのが初
出

1990 年代にナチュラルステップがバックキャスティン
グ手法を使い、サステナブルなビジネスもしくはライ
フスタイルをつくりだそうと、企業を相手にコンサル
ティングを始めた
イノベーションを起こすためのバックキャスティング

スウェーデンに行ってバックキャスティングとはどう
いうものなのかについて議論しようしたが、中身は
深く議論できず

コンセプトは「未来から現在を見つめ直して未来を
描いていく」ものであるのは皆さんご承知の通り

特に「イノベーションを起こす」という観点で試行錯
誤し出来上がったのがこの「ライフスタイル・デザイ
ン」手法
4
ライフスタイル・デザイン手法のプロセス
(1) 国などの信頼のおける機関が作成したデータに基
づき、2030 年の環境制約を設定する
(2) その環境制約に基づいた将来の社会状況の方向
性を思い描く
(3) 思い描かれた社会状況の中で、「どのように心豊か
に暮らせるか」を考え、最終的に「暮らし方(ライフス
タイル)」を提案する
難しい「社会状況」の位置づけ

あまり精密に描き過ぎると「フォーキャスト」で終わっ
てしまうという欠点あり

人間の脳の限界「グレーゾーン」が邪魔をして「制約
の下での心豊かなくらし」を適切に意識できず、ライ
フスタイルをうまく思い描けない→トレーニング(脳
の準備運動)が必要

社会状況を定めるプロセスがよい準備運動になる
(これが新しいライフスタイルを描く上で最も肝要)
バックキャスティングのプロセス
(1) 環境制約条件を設定
(2) 将来の社会状況を描きそこから現在を見つめ直す
(3) このままいくと発生するであろう問題を見つける
(4) その問題(壁)を越える方法を探す
(5) 魅力のあるライフスタイルを描く
※これらをひたすら繰り返す
プロセスの繰り返しから見えてくる「気づき」を後ほど紹介
2030 年の環境制約の設定(2030 年を 2050 年に置き換え
てもよい)

人口予測の将来数値(予測の信頼性高)がどのぐら
い減るのか、変わらないのか、増えるのかを把握す
る

地球温暖化の制約条件は厳しめに置く(2030 年に
CO2 排出量 50%削減)

エネルギーは価格 2 倍

資源価格も 2 倍(実際は 2 倍になるとの予測は出て
いないが)

水価格も 2 倍

食料は輸入が止まって価格が高騰していく

そのほかの要素(生物多様性、社会システム、交通
システム、産業)は到底予測がつかないので「不明」
とするのが通常
※グループでこれらの制約条件を決める
5
既存データ(環境制約)から導出される 2030 年の社会状
況の方向性を描く

環境制約の下の社会状況の方向性をイメージ(人
口、地球温暖化、エネルギーなどの大きなカテゴリ
毎に増える・変わらない・減るなどを記述する)
※通常約 3 時間かかる(本当はもっと時間をかけるべき)
社会状況の描き過ぎに注意する

このようなシートを何枚も何枚もつくると、扱いに困
る(予測を重視し過ぎると膨大な数できてしまった、
企業でやると通常 1 ページに収まらず、2 ページほ
どになるが、結局「これは使わなかったね」となるこ
とが多い)

イノベーション創出は一人ひとりの人間が新しいラ
イフスタイルを生み出すプロセスなので、そのような
膨大なトレンドは頭に入らない

このプロセスを 3 時間やっていると、だいたい意見
が食い違うが、正しいものを探そうとしているわけで
はないことに注意(結果が正しいか正しくないかは
関係ない)

目的はディスカッションしながら社会状況の方向性
とそのようになる理由についてイメージをつくること
にある(頭の準備体操)
「あるべき姿」を描くか、「そうありたい姿(希望)」を描くか

迷いやすい点でよく質問を受けるが、どちらでも構
わず、新しいライフスタイルを描くときには、希望で
あっても「べき」論でも構わず、自由に描いてよい

「希望」と「べき」論はぶつかり合って議論が盛り上
がる
短く大きなトレンドを共通認識として、新しいライフスタイ
ルを描くための議論をしていくのが、ベストソリューション
を生み出すポイント
描くライフスタイルのアウトプットは文章で書く

だいたい 400 字(300~500 字程度)の文章にする
(この例は 400 字を超えているが)
ライフスタイルは数えられる

ライフスタイルはこの「タイトル」で数える
複数のコンセプトをひとつのライフスタイルの中に入れな
い

全く違うライフスタイルの活動は分けて 2 個と数える

この例だと、季節に合わせて部屋のかたちを変えた
り、窓を開けたり閉めたりするという、一言でいえば
「季節に合わせたライフスタイル」を文章で表現して
いる
「いかに心豊かに暮らすか」を忘れない

これがとても難しいが、大切なポイント
※1500 個もつくっていれば、つまらない、とんでもない文
章はたくさん出てくる
6
ライフスタイルを絵(イメージ)で表現する

このイラストの中にはだいたい 50 個のライフスタイ
ルが入っている

絵の上手下手はイノベーションとはあまり関係ない
が、ライフスタイルを絵で最初に描きたいという人は
時々いる(デザイナーなど)
1~3 までは最重要点
1 について
ライフスタイルを変えて環境負荷を下げるソリューションを
探していることを忘れない(環境問題と関係ないライフス
タイルに思考を逸らさない、描いていけないのではない
が、今ここで描くべきことではない)
2 について
暮らし方を描いていることを忘れない
技術者は技術や制度の説明に終始することが多い(ポイ
ント制度をつくりました etc.を説明しているが、ライフスタイ
ルについての説明が何もない)ので、気をつける
3 について
ここがイノベーションのポイント、聞いたことがあるライフス
タイルは却下し、全く新しいものだけピックアップ(既存の
ものを組み合わせて終了ではなく苦しんで新しいものをつ
くる)
4 について
タイムマシーンなどの実現性が薄くいい加減なものはよく
ない、それが実現するまで責任を持つ
5 について
臭いを吸収する壁など、ある特定の問題を解決するもの
は問題点を指摘しているだけなので不可
6 について
これまで組み合わされていないものを組み合わせたビジ
ネスの提案がよくあるが、それはバックキャスティングで
はなくなる(陥りやすい思考で、考えていくうちに環境制約
条件と社会状況の方向性の軸からずれていってしまうの
で注意)
7 について
今の価値観が 2030 年に維持されるかという議論は避け、
まず今の価値観で未来を描き、その後に別途未来の価
値観で描き直せばよい(両方つくればよい)
※この点はライフスタイルの検討時は問題なく、商品化時
に大問題となる(市場に出す際は人が買わないと意味な
し)
8 について
小手先の表現で楽しさをつくらない
楽しいという言葉を使わなくても楽しさは伝わる
9 について
具体化のプロセスこそイノベーション
漠然としていて抽象的な表現(自然と共にくらすなど)は
多くの賛成を得られるが、具体的にどうしていくのかという
ところが抜け落ちており、実現しないことが多い
10 について
企業の方は組織を負いやすい(取り払って考えるのが大
7
切)
自社の商品のラインナップの中で考えてしまうなど、無意
識のうちに考えていることが怖い(切り替えができなくなっ
ているぐらい会社人間になっているということ)
描いたライフスタイルを分析する

電通との共同で描いた 50 個のライフスタイルをベー
スに社会への受容性を分析
受け入れられやすさを規定するのは何かを探る

ライフスタイルのかたちや特徴に起因するのか?

現在探索中で、ヒントまでは分かっているが、結論
は得られていない
アンケートで受容性を分析(インターネットアンケート)

望ましさを 3 段階で評価してもらった
最大で望ましい割合が 78%からあまり人気がない
ものまで様々
ライフスタイルをはかる物差しをつくる

評価グリッド方途と KJ 法を使い、340 の文節が出て
きたのを統合して 40 項目にまとめた
ライフスタイルのかたちをはかる

この 40 個の軸から、これまでつくってきたライフスタ
イルを他の人に評価してもらう(これはお金がかかり
そう、時間や手間がかかりそうなど)
8
2030 年のライフスタイルの構造分析結果例

ライフスタイル毎に 40 軸の評価は多様で、こんなギ
ザギザのグラフ(かたち)になる
50 個のライフスタイルへの評価の平均を取った結果

環境制約を受けながらのライフスタイルなので、手
間がかかったりお金がかかったりするが、環境的に
はよいという評価になった
ライフスタイルの社会受容性評価の方法

どういうかたちのライフスタイルが人気があるか(社
会受容性があるか)を分析するためにクラスター分
析を実施

50 個のライフスタイルを 5 つのクラスターに分けて
因子分析
9
クラスター分析・因子分析による社会受容性の考察

5 つのクラスターにおけるライフスタイルの平均を取
った社会受容性は 63.6%から 32.8%までとなり、人
気のあるクラスター順に並べた

因子分析すると、人気上位のクラスターには「自然」
や「社会と一体」「楽しみ」「自分成長」という要素が
高くなっていく

「利便性」はどこのクラスターでも登場するが、これ
だけ因子負荷の平均値が低くなるということは、そ
れほど(社会受容性)に影響はないのではないかと
いう示唆が得られる
「自然」「社会と一体」「楽しみ」「自分成長」の因子をライフ
スタイルに付け足すと、社会受容性は上がる

新しいライフスタイルを考えるときに「自然」という要
素を付け足して描き直すと、確かに受容性は上がっ
た

40 個の評価項目のうち、この 4 つの因子に敏感に
反応している

ただ、この敏感の度合いも少し違っている
「利便性」「自然」「楽しみ」の 3 要素は優先度が高い
コンジョイント分析で得られたライフスタイルに求められる
要素の優先度

「自然」という要素が高かったことが驚き

我々の社会は「利便」を追求していると言われる
が、実は「自然」を追求したり「楽しみ」も追求したり
していることが分かってきた

その他にもライフスタイルを分析しているといくつか
の傾向が見えてきていて、ワークスタイルを評価す
るとまた別の因子が出てくる

ある程度社会受容性が高いライフスタイルを描くに
は、どのような因子を入れればいいのかがおぼろげ
ながら見えてきた状態
10
持続可能なライフスタイルを考えるライフスタイル・デザイ
ンの試み

最近やっているのが 90 歳ヒアリング

90 歳というのは、戦前に 20 歳になったひとたち(今
90 歳だと大正 11 年生まれ)で、彼らはおそらく現在
で唯一、戦前の自然とともに暮らしてきた最後の人
たち

あと 5 年もしたらその知恵も全部消えてしまうので、
急いでこれを聴いて、昔の低環境負荷だけれども楽
しい心豊かなくらしというのはどのようなかたちをし
ていたのか、彼らに聞き取り調査を行って分析して
いる
90 歳ヒアリングの現状

90 歳ヒアリングは宮城からスタートし、現在で宮城
では 80 人を超えている

秋田市、金沢、九州、四国、色々な地域でやってい
て、現在は世界にも展開している
ライフスタイルは自然環境に依存する

海沿いの人は海沿いのライフスタイル、山の中の人
は山のライフスタイル、湧水があるところではまた違
ったライフスタイルを築いている
例: 湧水がある周辺のライフスタイルは、近所の人はみ
んな同じライフスタイルをしていることがわかった

自然環境に合わせてライフスタイルが最適化されて
いる状態が戦前の持続可能なくらしだった
戦前のライフスタイルの社会受容性を調査し、持続可能
なライフスタイルのかたちや骨格、ポイントを探る

同じように昔のくらしを文章化し、先程の 40 の物差
しで評価してもらった

まだ結論は出ていない
11
戦前と 2030 年のライフスタイルの構造比較

戦前のくらしは社会受容性が低いという結果になっ
た戦前のライフスタイルは人気がない

一言でいえば「昔に戻りたくない」ということだと思う
「昔には戻れない」をどう越えていくか

イノベーションとしては重大な問題で、持続可能なラ
イフスタイルを再現したとしても、それに戻りたくない
というのを提供しても意味がない、そこをどう越えて
いくかが今後の課題

新しく描いたライフスタイルの受容性が 52.5%、戦
前のライフスタイルの受容性が 29.1%、この差をど
う越えていくか
2030 年のライフスタイル・デザイン事例
内容の詳細は、あとで各自ゆっくり見て欲しい
例: 地域共有電池
地域で電池を共有し、自然エネルギーを貯めていっ
て、それを共有しながら暮らすと地域のきずなが深
まるのではないかというもの
2030 年のライフスタイルと戦前のライフスタイルの類似性
の比較例
地域共有電池のライフスタイルは、昔にも近いものがあっ
た
例 1: 結(ゆい)
近所の人たちと田植えなどを共同でやる
12
例 2: 屋根の葺き替えも共同でやる
そのためにみんなで無尽(むじん)という積み立て
をしていた
戦前のライフスタイルと 2030 年のライフスタイルの構造
比較

ライフスタイルのかたちをグラフに描いていくと、似
ているけれども違う点がある

「主流になる」「自分の性格に合う」などの軸で「昔の
くらし」のほうが低い値を示す
戦前のライフスタイルの構成因子と現在の価値観で見た
社会受容性

現在の価値観で見ると、「昔のくらし」は「主流にな
る」「新規性がある」という要素が低く出る

今の人は新しいもの好きで「古い」、「主流にならな
そうだ」というものは拒否する傾向
13
ライフスタイルに潜在的に求める要素

これまでの分析からは「自然」「楽しみ」「利便」「社
会と一体」「自分成長」「新規性」のあるものを描くと
社会受容性の高い持続可能なライフスタイルができ
るという示唆が得られた
90 歳ヒアリング

彼らの話はものすごい説得力がある

ライフスタイル探し以外にも色々な使い方がある

「昔のくらし」からはライフスタイルの骨格とともに小
さな知恵があることも学べる
戦前のくらしに見られる知恵の例 1:
自然のサインを読む
昔の人は蔵王の雪のかたちを見て種まき地蔵がでたから
種まきさといって種まきを始める
今の世の中、自然のサインを読んで行動している人はほ
とんどいないと思う
「昔のくらし」の「知恵」を取りだして現代への応用を検討

自然のサインを読んで行動するという心だけを応用
して現代版に焼き直せば、自然と共に生きるけれど
も現代風のライフスタイルが描けるかもしれない、こ
のようなかたちで 90 歳ヒアリングの結果が応用でき
る
14
戦前のくらしに見られる知恵の例 2:
山、燃料、水の共有
昔は、山、燃料、水の共有という暮らしもあった
→これを現代版に焼き直したものを宮城のまちづくりで使
っている(最後に紹介)
戦前のくらしに見られる知恵の例 3:
大事なものでつながる地域
これは秋田の例で「セギ」というもの
湧水を地域の人で共有し、家の中に水路を通して下流
までいく
上流から下流までみんな水を使うので、汚してはいけ
ない
必要な分だけ汲んで使う
→こういう水の使い方をすれば便利さを犠牲にせずに
「水は汚してはいけないね」という意識が芽生えてく
る
大事なものでつながっていくと自然と地域のきずなが深ま
っていくことになる
このようなアイディアを使って現代版に焼き直すというの
も面白いかもしれない
戦前のくらしに見られる知恵の例 4:
使いきる、マルチに使う
このあたりは環境としては王道
すみからすみまで使い切る、マルチに使う
ひとつの用途のためのものは、今の世の中にたくさん存
在するが、昔の道具はそんなのはほとんど存在しない
ほとんどがこれにも使える、これにも使える、これにも使
えるというようなマルチユースが基本
15
戦前のくらしに見られる知恵の例 5:
手入れする
丁寧に使う
長持ちさせる
戦前のくらしに見られる知恵の例 6:
もてなす
おはぎにこめられる「もてなし」の心のエピソード
ヒアリングに行った時、90 歳のおばあさんがおはぎを
出してくれた
「これ、自分でつくったの」というので、「美味しいです」
といって食べていたら、5 月ごろ台風が来て、その時そ
のおばあさんは入院していたが、病院から無理矢理出
してもらって家に帰り、あずきを台風から守ったとの話
を聴く
おはぎをつくるのにあずきを育てるところからやってい
る
普通はあずきを買ってきて家でつくるのはありうる
育てる、手を掛けるおもてなしに感動
これも何か商品に活かすことができるかもしれない
戦前のくらしに見られる知恵の例 7:
育てて保存する
これはすごい
特に東北は食品を保存している
「餓死囲い」といって必ず米を保存している
燃料も保存する
大根、漬物を 800 本
(計算してもらうとわかるが、大家族だから食べきれる
量で、朝、昼、晩と食べるとこの量になる)
16
昔のライフスタイルに組み込まれた失われつつある知恵
昔のライフスタイルには、小さな知恵、ヒントがある
すべてライフスタイルの中に組み込まれている
これらの小さな知恵、ヒントをまとめてみると「物質循環」
という特徴が一つ見えてくる
昔のくらしに組み込まれている「物質循環」の知恵の例

豆の煮汁で衣類を洗ったり髪の毛を洗ったりする

フノリも同様

クルミを使って毛糸を染めるなどの使い方をしてい
た
くらしの中でおのずと物質が循環していく
17
心の豊かさ
これも学ぶべきところが多い
「心の豊かさ」と「物質循環」が織り込まれた風景
これは干し柿(東北で有名)
干し柿を秋に吊るす時、これがバーっと黄色く広がった
のを見て、おばあさんは「これで今年の冬が越せる」と
いう安心を与えられたという
心の豊かさと物質循環の両立がこの世界観
戦前のくらしに学ぶ「楽しみの見出し方」
楽しみの見出し方を彼らはよく知っている
我々は楽しみを与えられ過ぎて見つけ出し方を多分忘れ
ている
宮城のヒアリングでは 6 個ぐらいでてきた

単純に自然を体感する

ポジティブ思考で痛みを楽しみに変える
ネガティブなものをポジティブなものにそっくりひ
っくり返す
この手法はライフスタイル・デザインとして最もい
い手法
制約をポジティブに捉え直して心の豊かさにつなげる
ライフスタイル・デザインは制約を掛けられるものだが、こ
の制約をポジティブに変えて心の豊かさに変えるのが一
番
制約を受け入れ心豊かに暮らすその手法(思考)が身に
付いてくるとライフスタイル・デザインは簡単にどんどん描
ける
18
ライフスタイル・デザインの試行と 90 歳ヒアリングから見
えてくる「持続可能なライフスタイルの骨格」
結局、骨格としてはこの 4 つがあるのではないか

自然観
自然は活かすしいなすし、ものすごい力を持ったも
のであるという、自然に対する価値観や見方がベー
スにある

心の豊かさを大事にしている
今の世の中、「節電しましょう」、「我慢しましょう」な
ど、痛めつける方法が多いが、昔のひとはつらいけ
れどいかに豊かに暮らすかを本当に考えて、それを
死守している暮らし方をしている

物質循環
これが悩み
最初に紹介したライフスタイル・デザイン手法は、新
しいライフスタイルを描くが物質循環まで考えられた
ライフスタイルは今までほとんど出ていない
村で循環するのか、もう少し広域で循環するのか、
色々パターンはあるけれども、物質まで考えると行
き詰っているのが現状(この手法の壁となっている)

伝える仕組み
持続可能性という後世に伝えていく仕組みが昔のラ
イフスタイルにはあった
今は教育というシステムで伝えていこうとしている
が、残念ながら暮らしていく知恵は伝わってない
90 歳から下が伝わってない
伝える仕組みは「背中で覚える」とか、「子どもにも
役割を与えて仕事をさせて覚えさせていく」とか、嫌
にならないかたちで伝えていく仕組みがきちんとあ
った
そのしくみが今消えてなくなっている
これをどのようにライフスタイル・デザインに入れて
いくかが大事
環境制約ロードマップからみた商品・サービスの必要条
件

将来の環境制約 B の下のライフスタイル X を描い
て、現在はこちらの環境制約 A の下のライフスタイ
ルにいる状態
そちらライフスタイル X に向かっていくにはどうした
らいいかを考えていかねばならない
これをトランステクノロジーと呼んでいる

別の研究では我々はライフスタイルを変えにくいと
いうデータが出ている
現在のライフスタイルを維持したがる
これをどう変えるかという商品が必要

変えた後の商品も必要
これはずいぶん違うものになるだろう
企業はそこまでロードマップを考えていかないと、結
局売れない商品をつくって終わりになってしまう
ライフスタイルとテクノロジーの関係について

バックキャスティング手法では、まず将来のライフス
タイルを描いて、それに必要なテクノロジーを探して
いくという方法を取る

今の世の中は、テクノロジーがあって、それをどう活
かしていくかをフォーキャストで考えていく
バックキャスティング手法を何度繰り返しても、「ライフスタ
イルはライフスタイル、テクノロジーはテクノロジーで別に
19
考えてもいいのではないですか」という人がよくいる
ライフスタイルとテクノロジーを分断して捉えることの限界
それを説明するのがここからのスライド

今のくらし
朝 6 時に起きると、目が覚めて明かりを点けて、ご
はんを炊き始め、エネルギー消費が増えていく
そしてテレビがついて、みんなが集まって来て明か
りも増える
どんどんエネルギーを使っていく
8 時になると洗濯機が回って掃除機をかけて、アイ
ロンをかけて、段々エネルギーを使わなくなって、お
昼に買い物に行く
夕方になってくると、夕飯の準備を始めて、みんなも
帰ってきて、電気が点いて、エアコンがついて、テレ
ビがついて、お風呂にはいる
エネルギー(消費量)がどんどん上がって来て、また
それを消していって、夜パソコンをやりながら寝る
このようなエネルギーの使い方をすると 1 日だいたい
10.7kWh になる

少しライフスタイルを見直すとどうなるか
例えば、朝は(エネルギーを使うのは)仕方がないと
しても、乾燥器を使わないで外に干すと少しエネル
ギーを省略できる
掃除機を使わないで箒で掃けばいい
このようにして節約していくと、最終的には 7.4kWh、約
30%簡単に節約できる
20
夜は、みんな一家団欒して 1 ヵ所に集まれば、電気
も少ないし、エアコンも少なくて済む
そして、早く寝ましょうとする
そうするだけで 30%削減できる

ライフスタイル・デザイン手法でやりたいのは、実は
このレベルではなく、もう 1 段階いきたい
テクノロジーで変わるライフスタイルの例:
自然エネルギーを最大限に活用する蓄電システム
東北大学でこういうのを実際にやっている

今の太陽光パネルは、自然エネルギーを最大限に
活用するしくみではない
発電しても、それを AC(交流)に変換して売電する
プロセスでものすごい変換ロスがある(ほとんど使
われていないという人もいる)
→太陽光パネルはどんどん乗っているが、乗ってい
るだけで、自然エネルギーは全く使われておら
ず、捨てられているだけという現状かもしれない
→電力会社に聞くと、厳密に測定できないとのこと
電力会社もどれだけロスしているのかわからない

変換ロスを有効活用する
ここで発電したら、そのまま家の中の電池に DC の
まま貯めましょうとすればそれだけで変換ロスが
20%減
→その自然エネルギーをそのまま LED 照明など DC
で使えば、それは自然エネルギーの有効活用に
なる
→太陽が陰って、電池が無くなると、初めて AC でバ
ックアップして使いましょう、買いましょうとなる
→こういう仕組みを入れると、自然エネルギーはき
ちんと使われるし、無駄もしていない
この仕組みを導入すると、さらに使用エネルギーが減って
トータルで 50%ぐらい節約できる
21
ライフスタイルが変えるテクノロジーとは?

もう一段階やりたくて、ライフスタイル・デザイン案と
してポータブル電池でエネルギーを共有する近所づ
きあいがあるライフスタイルを描いた

それに必要な電池とはどういうものかを検討中
ライフスタイルからテクノロジーを考える視点で引き出さ
れるエネルギー削減効果

A: 簡単な心掛けで 30%減らせる

B: 自然エネルギーを最大限に利用する自然観を
取り入れた技術開発をするとトータルで 50%に削減
できる

C: さらにライフスタイルを変えて電気の貸し借り、
大事に使う心を醸成するライフスタイルを提案する
商品をつくったら…こんな小さなポータブル電池が
開発されてくる
→まだ実証試験中で何%減らせるかわからないけ
れども、さらに持続可能なライフスタイルに必要な
コミュニティが復活して、心豊かに削減できるくら
しになっていくのではないか
ライフスタイルを考えないテクノロジーの弊害

ライフスタイルを考えないで技術開発をしているか
ら、家に巨大な蓄電池がドーンと 200 キロ以上する
ものが設置されていくことになってしまって、実際今
なっている

ライフスタイルを考える技術開発の違いはそのよう
な明らかな差になって出てくる
22
まだ成功ではないが、本当にまちの中に導入しようとして
いるライフスタイルと技術を紹介したい
自然エネルギーをシェアする「パークレット」

アメリカのサンフランシスコに実際パブリック・パーク
レットというのがあり、それは、まちに憩いの場を設
置するというもので、道路上につくるもの、今 23 個
設置されている

元々エネルギー共有というライフスタイルは頭の中
にあり、そこに座った時にはたと気付いて、このよう
なパークレットの中に自然エネルギーを共有させる
ようなものを地域の中に設置したら、どうなるだろう
かと考えた
自然エネルギーをシェアするパークレットの今後の展開

来年度東北大環境科学研究科の棟の向かい側に
設置される

少し南側の津波の影響をギリギリ受けなかった田子
西地区の住宅街の中にも入れて、スマートシティを
つくろうという試みをやっている

秋田市にも展開予定

東京でも複数の企業がぜひやりたいと言ってきてい
る
新しいライフスタイルを提供する場づくりが今動きつつあ
る
家の中で育てて保存する「インハウスファーム」

家の中で育てて保存するライフスタイルの商品化や
技術開発もしていて、これは保存の概念を変えるも
の

家の中で育てて、もいですぐ料理に使うということに
しておけば、冷蔵庫に大量に野菜を入れなくて済
み、冷蔵庫は小さくてよい
ライフスタイル・デザインに関する参考書籍
これまで描いてきたライフスタイルは 1500 を超えるが、そ
の中にはいいのも悪いのもあり、そのうちのよさそうなも
のを企業に提案して実現化に向けた取り組みをしている

電通と一緒にやったライフタイル・デザインは左端の
本に 22 個紹介している

ワークスタイルはコクヨと一緒にやり、中央の本に
50 個紹介している

90 歳ヒアリングのエッセンスを書いた書籍は右端
今後の展開について

バックキャスティングを用いたライフスタイル・デザイ
ン手法が、本当に成功してビジネスを使いながら普
及するまではいっていないが、ようやく見えてきてい
る段階

企業と多く共同研究をしながら増やす活動をしてい
る

学術的にはライフスタイル研究として、本当に心豊
23
かなライフスタイルとはどういうものなのか、かたち
が重要なのかどうかというあたりの研究を進めてい
る
V. 質疑・自由討議詳細
古川先生より予め当プログラムメンバーから募集していた質問への回答をいただく(以下敬称略)

研究の成果と現実社会とのギャップとして何があり、それをどのように埋めようとされているか?
古川: 企業との共同研究でこのライフスタイル・デザインを継続してやってきている。元々企業の方は、何か行き詰まり
を感じている人たちで、新しい技術はないかとか、将来を描け、と上から指令がきていて、でも、描き方がわかり
ません、というタイプの方たちがくる。そのようなバイアスがある中で、一番苦労をしているところが、「バックキャス
ティング」という意味が分かっていただけないというところで、そこが一番の問題だと感じている。
企業との共同研究でも、その時は理解しても、ちょっと経つと忘れてしまう。何かのエビデンスを基に描いていく
というのが相当摺りこまれていて、新しいイノベーションを起こそうというはずなのに、何かしら理詰めで見つけ出
そうとしている、ということだと思う。この手法は理詰めで見つけ出そうという方法ではないわけで、それをやりた
いのであれば別の方法でやってくださいという話になる。そこが大きなギャップと感じている。
(ギャップを埋めるために)今考えているのは数多くの企業と共同研究をやって、繰り返し繰り返し、企業にライ
フスタイル提案型のイノベーションを出すようにお願いしていくということ。あとは、やはり成功事例を見せないと
企業のトップがうんと言わない。だから先程のパークレットのような、1 個でも成功事例があれば、この手法でや
ったんですよと言えば企業も動いてくれるのではないかということで、成功事例を出すほうにも力を入れている。
それ以外に、(政策へのアプローチとして)自治体の人たちと一緒に、研修の中でライフスタイルを描いてもらう
というのをやっているが、自治体の皆さんも同じ。やはり、思考が「バックキャスティング」すなわち「ある制約の下
に何か考える」ということができていない。自由に発散するような、もしくは何か予兆やネタがあって、それを発展
させるということは考えられるけれども、そのギャップを彼らも越えられない。
「バックキャスティング」という言葉がまず悪いと思う(笑)。(自分で)やっていて何なのだが、何かだまされた感じ
がする。むしろ、「90 歳ヒアリング」のほうが世の中の賛同を得やすい。「90 歳ヒアリング」というか、「『昔の暮らし』
から学んで新しいライフスタイルを描きましょうとか、新しいまちづくりをしましょう」ということに対しては、ほぼみん
な大賛成で、簡単に理解できる。
今は「90 歳ヒアリング」という活動を続けながら、この手法を拡げていこうとしている。秋田市でも 90 歳のくらしを
描いて、「秋田のスマートシティという将来のまちづくりに、秋田が伝えてきた知恵とかを残しましょう」という風に
やっている。そうすると、秋田市側も、それにぶら下がっている企業も、昔の知恵を見ながら少し反省して技術を
改良していく、そういう動きになっている。そういう手段を使ってギャップを越えようとしている。

産業構造や雇用、世界の動きについてどこまで検討されているか?
古川: 既にお気づきの通り、ライフスタイル・デザイン手法はイノベーションを起こすための手法なので、産業構造とい
う概念がまずない。できあがったライフスタイルを並べたら、そこから新しい産業ができましたというのは後付けで
言うことはできる。だけれども、今の産業構造をどう変えるかとか、どうなっていくかの予測をしようとしているわけ
ではない。結果は(物質)循環まで(考慮に)入れないといけないのだが、「新しいどのような産業ができますか」
というのは後で言える話。当然、ビジネスとしてうまくいくかどうかという、雇用の話も同じ。要はそういう(将来の
産業構造の予測する)考えは無い。
ただ、私は(将来の産業構造を)楽観的に見ている。これだけこの(手法で描き出した)中にビジネスのネタがい
っぱいあり、実際に企業が水面下でそのうちのいくつかを商品化しようとしている。こういう手法でライフスタイル
を描いていけば、新しいビジネス・雇用も増えていくだろうと考えている。「今の産業、自動車産業の大ピラミッド
24
を、次の電気自動車の世界になったらどうなっちゃうんだ?」というような課題に対しては取り組んでいないが、
新しい産業があり得ると思っている。
世界の動き、世界のトレンドは大事だと思っている。
環境のイノベーション、日本発のイノベーションを世界へ売っていくという企業があるが、その売っていくプロセ
スでどういう成功事例があるかとか、そのようなイノベーション研究はやっている。
世界についてはフォローしているが、よく彼らの話を聴くと、やはりこのような(ライフスタイル・デザイン手法のよう
な話)をしている。やはり「(このようなアプローチは)日本独特ですね」という話になり、「だから、自然と共生する
ライフスタイルとその技術、商品、ビジネスを提案していくのはやはり日本の役割だよ」と言われる。
ただ、その商品や技術を使って世界に売っていくのか、世界の各地域で同じ手法を使って彼らの循環システム
を生み出していってもらうのか、どちらかだと思っている。
近い話は実はインドでも起こっている。インドも「ガンジーに戻れ」みたいなのがあって、彼らも彼ら自身このまま
ではダメだと思って、どっちへ方向転換するべきかの検討をすでにしている。我々はまだ成功事例を出してい
ないので、出してからの話ではあるが、もちろん世界へ展開していきたいと考えている。
地球温暖化関係とか、生物多様性とか、ISO とか、大きな世界のトレンド(メガトレンド)については当然踏まえる
べきで、踏まえるとしたらこの環境制約のところに入れて考える。そこで「強い制約が来る、日本企業でも海外で
太刀打ちできませんよ」と制約をつけてライフスタイルを描いていけばいいが、そこを漏らしてしまうと意味のな
いライフスタイルができてしまうので、しっかりと世界のトレンドは把握すべきだと思う。どこまで把握すればよい
かというと、この程度(スライド 5・6)のレベルでしか人間の頭に入らないと私は思うので、このレベルまでは把握
すべきだと思う。

シナリオに盛り込む要素をどのように抽出するか、また、それらの要素はどこまで詳細に分けるか?
(たとえば、産業といったときに、どこまで区分してシナリオに表わす要素として検討するかという問題です。定量
化のときと、叙述的なときとで異なると思うのですが。)
古川: これは、この手法を考え始めた時に真剣に考えていた。
ライフスタイルというのは広くて、いきなりライフスタイルを考えてくださいと言われても(言われたほうは)困る。で
はどこから考えようかという話をする時に、当初は「捨てられない利便性」というキーワードをスタートにしていた。
この環境制約を受けても何としても死守すべき利便性を見つけて、それを死守するためのライフスタイルを描く
という、若干フォーキャスティング的な思考が入っていた。その方法でやって気付いたのが、それを数多くやっ
ていると、新聞、自動車など、特定のテーマしか出てこなくなってしまうということ。誰もがこれは手放せないとい
うのが決まっていて、例えば自動車関連のライフスタイルしか議論されなくなってしまう。全く別の集団でやって
も同じで、かなり視野の狭いものになってしまった。
やはりそれは却下で、「これについて話をしましょう」という命題の与え方はこの手法ではうまく機能しないことが
分かり、今は相変わらずライフスタイルを自由に描きましょうと言って特定のテーマを与えないことにしている。
「自分のやりたいものをやってください、でも、さきほどの 10 カ条は守ってもらう」ということにしている。
特に企業だと、自社の企業の商品に関することで考え始める。それをやるとその企業の事業領域が拡がってい
かない。その商品やその周囲のことだけしか考えなくなってしまうので、全くイノベーションが起こらない。その意
味で、「とにかく自分の会社を背負わないで、広く関係ないところを描いてください」と言って、数多く撃っていく
と、結局は関係しているところもその周囲も描かれるし、ちょっと遠い周囲も描かれてくる。そうすると、今はこの
企業のコアのところをやるけれども、長期的には新しいビジネスの領域を見ながら技術開発をしていこうという環
境制約を踏まえた長期戦略が立てられる。だから、敢えて特定しない方法でこの場合はやっている。
ただ、シナリオを描くときに、どこまでの産業でカバーするかとか、その話を否定しているわけではない。イノベ
ーションを起こすためには(対象範囲を)特定する必要は無いが、全体を網羅的に見るためには必要なので、
その違いなのかと思う。
25
その後の質疑・自由討議概要
A:
色々なお話を大変面白く聞かせていただいた。
いくつも聴きたいことはあるが、バックキャスティングの方法論のところで、2 点ほど聴きたい。スライド 5 で、
社会の状況をまず考えて準備体操をしてから、色々とライフスタイルのデザインをしていくとのことだったが、そこ
に挙がっている項目が結構大づかみなものと感じた。もう少し個人のライフスタイルに近い「働き方」とか「雇用
状況がどうなる」とか、「結婚がどうなる」とか、そのような要素はこのアプローチのどこで想定するのかをまずお
聞きしたい。
2 点目、今のマーケティングは消費者をセグメンテーションして見ていくアプローチが多いが、そのようなことをあ
まり(考慮)していない印象を受けた。将来の人を想定してセグメンテーションして考えていくアプローチの限界
について、何か感じているところがあれば教えていただきたい。
古川: 一つ目について、これ(スライド 6)は社会状況なので、明確に一個人との関係は遠い。そういう意味では、 「自
分がいつごろ結婚して子どもを何人産んで」というようなライフステージは、ここで考える社会状況には入らない。
それが登場するのはもっと後で、豊かなライフスタイルを描く時になる。例えば、「夫婦二人だけの生活を描いて
みよう」という場合に(そのようなライフスタイルが)描けるし、子どもが 1 人、2 人になった時の自分がやりたいラ
イフスタイルを描くということもできる。そこでバリエーションを考えている。
(私は)企業に行って割と厳しくやるのだが、1 人 1 週間に 10 個考えなさいとして、それを 5 週連続してやって
1 人 50 個考えなさいとやる。普通は 1 人 10 個ぐらいはネタを持っている。だが、慣れていないと 2 週間目ぐら
いから 20 個目が描けなくなってくる。その(対応)戦略として、若干小手先ではあるが、みんな「家族が増えまし
た」などと考えてくる。だから、数多く描けば、必ず(ライフステージのことは)出てくる。
消費者のセグメントは、この手法では登場しない。勝手に描いていくので、かなりマニアックな人とか、独特なア
ニメ好きの人とか、最近の若い 10 代 20 代の、我々が理解しにくい考え方を持った人たちとか、独特の人はい
る。でも、結局は描いている人の価値観で描かれるので、セグメントは登場しない。
やはり、それ(セグメンテーション)は、もし予算があって大々的にライフスタイル・デザイン(手法の実践)をでき
るのであれば、そこでセグメントを最初に実施してやっていくのがいいかもしれない。そうすれば今の 10 代後半
や 20 歳ぐらいの人たちがやりたいライフスタイルをつくることができるし、今の 70 歳ぐらいの人たちがやりたい
老後のライフスタイルというのが描けるかもしれない。このような考え方が私は一番だなと思っている。というのは、
世代が違うとか、違うセグメントの人たちの気持ちというは全く分からないものだから。(この手法を)やっていて
気付くのだが、やはり 2030 年の自分の将来、今から 20 年後に自分がどうなるかということからみんな考え始め
る。そういう意味で、ライフスタイルを描く場合のセグメントはそういう(予め対象をセグメント分けしていく)やり方
があると思う。
ただ、商品化するとした場合、例えば具体的に企業がどういう家を売るのか、この家をどういう家庭に売るのかを
考える段階になると、老後の暮らしでは、この概念を高齢者用に商品化する場合にはこんな感じになる、割と若
者だけれども自然などが好きな人たちをターゲットにする場合には、また全然違うかたちになる、というように、商
品開発の時にセグメントをもう一度分析して、このコンセプトだけは守って消費活動をしてもらうというかたちを想
定することになるのではと思う。
B:
大変面白い話だった。ここまでたどり着くのにとても苦労をされたと思う。
2 点質問がある。入口と出口のところ、(スライド)9 ページの入口のデザインをするところで、6 番目の「新しい組み合
わせを探って何かを生み出すというのはバックキャストではない」と、仰ったところがよく分からなかったので、教えてい
ただきたい。
2 点目は、色々とこういう事例を研究して(実際に)導入しようとする時に、結局企業の方々は成功事例が無いとなか
26
なか(イノベーションを)生み出して(実行・商品化して)くれないということを仰っていたが、そもそも、何が成功かをど
のように考えて(企業の)皆さんを説得していくのかを聴きたい。
古川: 一つ目の「新しい組み合わせを探すことは避ける」というところだが、「バックキャスティング」というのは「まずある制約
があって、その中でどういうライフスタイルを描くかということを考えていくもの」としている。新しい組み合わせを探すと
いうプロセスは、実は制約について考えなくなってしまう場合が出てくる。制約を考えながら新しい組み合わせを考え
れば問題ないが、経験からすると、新しい組み合わせ探しをやっている人の頭には制約はない(笑)。
老人と子ども(の世話)が面倒だ、じゃあくっつけちゃえと、老人が子どもを教育する「シルバー保育園」というのをつく
りましょうというのが出てきたことがある。でも、それが実は環境制約の中ではすごくいい組み合わせで、(制約への対
応としてメリットが)一致したのは偶然だった。それ以外にも、20 個 30 個の新しい組み合わせを考えるパターンが出
ているが、環境制約を考えていない新しい組み合わせがバーっと出てきている感じだった。その中に(環境制約を)
踏まえているのが 1 個あったというところ。その意味でこの 6 番に(「新しい組み合わせを探すことは避ける」を)書い
ている。だから、「探すことは避けましょう」という言い方にはしている。
二つ目の成功の定義だが、私が考えている成功は、ある程度長期的にビジネスとしてうまく回っているというのが成
功と考えている。長期といっても、「CSR 活動の一環としてやりました」、「実証試験やりました」というのは成功ではな
い。企業が新しいビジネスを考えて、そのビジネスに対してお金を払う生活者がいて、それがしばらく続いてずっと安
定的に続いているのが成功だとしている。もちろん、その(ビジネスの実践の)結果として環境負荷は下がるという条
件はあるが、何億円以上何十億円以上儲からないと成功とか、そういうイメージは私にはない。
B:
ということは、先程の 54 ページにある「自然エネルギーをシェアするパークレット」というのは、これは、ビジネスとして
実際にやられていて、これはビジネスになっているのか。
古川: 私と何人かで新しいパークレットの企業を立ち上げようとしている。だからまだ成功事例ではないが、その企業が立ち
上がって、日本の中に 1000 個ぐらいのパークレットが建設されて、その結果、目的である「地域の絆がちゃんと深ま
って、エネルギーの大切さをみんなが理解しながら使っている」という状態になるのを、私は成功だと思っている。
ただ、それが 2030 年に間に合わないのではないかという心配もある。ロードマップを描くと、大急ぎで今年 10 個、来
年 20 個と、どんどん増やして建設していかないと、とても日本中のコミュニティ復活は無理だろうなと思う。今はまだ、
興味のある企業が手を出すというか、ぜひ設置してくださいと言っている段階。まだ効果の検証も終わっていない。だ
から、これから今年・来年度の予算でまず(パークレットを)建設し、そこを実際に使ってもらって、本当に効果がある
かというのを 2~3 年で見て、その効果が示されればようやく多分みんなが建設したいと言って来る段階になると思う。
その時に、新しいビジネスもさらに考えていかないといけない。そこに書いてある「エネルギー寄付」というのをやりた
いと思っている。これは、東京にいる宮城出身の人がパークレットに行って電気を吸い上げて(蓄電池に吸い上げて
もらって)電気を寄付する、そうすると、宮城の津波で被災したところに、何 Wh 寄付したという記録が残り、それが多
ければそこにお金をたくさん投資するという仕組み。東京でそれを使う人が増えると、宮城は潤う、地域が潤うというよ
うな、そんな仕組みを入れたいと思っている。
それと、これもエネルギー関係だが、「創エネギフト」というエネルギーギフト(もやりたい)。エネルギーと一緒に手紙を
プレゼントする、手紙というかメッセージ付きのエネルギーをプレゼントするというもの。今、電池のお歳暮とかはない
はず。電池のお歳暮というのが、(ここでは)あり得る。これは、エネルギーの概念を変えたいということ。携帯電話に
2Wh のエネルギーが入っていたとしても、「そんなの 1 円以下」と、円で換算するととても安くなってしまう。エネルギ
ーを円で換算して売買するレベルであれば、全くエネルギーへの価値観は変わらない。ところが、この創エネギフトと
して、エネルギーをメッセージ付きにすることによって、エネルギーに価値が出る。メッセージ付きエネルギーの 2Wh
は、生活者が 1,000 円払ってそのメッセージを買って(贈って)いただけるかもしれない。そのようなエネルギーの使い
方も考えたいと思う。
いずれにせよ、こういうパークレットでお金を如何に回収するかというところがポイントで、その時に今の従来型ではな
くて、これによってライフスタイルが変わるサービスを提供していきたいと思っている。パッと成功しそうな卵ができて、
27
それが普及していくイメージではなくて、1 個 1 個積み上げて完成させていくようなものかと考えている。
C:
非常にためになった。
私どもは、2050 年に日本で CO2 を 80%削減するためにはどうしたらいいかというのをバックキャストで検討していた
が、先程教えていただいた 10 カ条について、どうも真逆のことをやってきたのではないかなという感じがある。改めて
私どもも、バックキャストという手法の意味をもう少ししっかり考えたほうがいいと思った。
いくつか質問がある。一つ目は制約条件というものの考え方についてお聞きしたい。2 年前からシナリオ研究を開始
する際に、理事長より「今後起きるであろう危機、例えば食料問題とか温暖化も含め、そのような制約条件を如何に乗
り越えて 2050 年の社会をつくっていくか、その途中途中で起きるような色々なイベントなども念頭に入れてシナリオ
をつくれ」という話があった。今日のお話は、(我々が考えていた)制約条件というものとは違う解釈かもしれない。
(我々は)この制約条件をあくまでも固定のものとして考え、その中でどんな社会をつくるかというものを考えていた。
今日のお話をお聞きして、制約条件そのものを乗り越えるような、あるいは制約条件そのものが変わるようなプロセス
も入って来ていいのかなと感じるところがあった。
例えば昭和 53 年に、アメリカで非常に厳しい排ガス規制がされたが、世界中でそれはもう絶対クリアできないと言わ
れながら、日本のホンダがそれをクリアしたという事例がある。要するに制約条件を突破したということ。それは多分イ
ノベーションの一つじゃないかという話。特に環境面ではそういったことが経済的にもあり得るということだ。(それを受
けて、本日のお話の中での)制約条件の考え方について確認させていただきたい。
二番目について。ライフスタイルを企業の製品に結び付けるというのは、非常に新鮮な驚きを持ってお聞きした。(事
前に送った)質問の中で産業構造の(将来についての)質問をしたのは、日本が 2050 年に何で食べているのかと考
えるためであった。自動車産業はまだいいが、今の製造業が非常に中国、韓国に圧されて、太陽電池にしろリチウム
電池にしろ危なくなってきているという話を聞く。やはり、それは新しい発想で製品を創り出す、まさにイノベーション
を起こさなければという話になるが、どうもうまく行っていないようだ。これは私の誤解かもしれないが、携帯電話には
色々な機能をつけて、色々できるけれども結局売れていないという。それに対して、最近 i Phone5 が出てよく売れて
いるというが、あれはどっちかというと、使い方はユーザーが考えてくださいという発想で来ているのではないか。その
ような話を聞くと、やはり日本の社会そのものが固定観念に囚われてしまって、先程の 10 カ条というのは、まさにその
固定観念を打ち破る原則のように感じた。ぜひそこは私どもも取り入れていきたいと思っている。イノベーションにつ
いては、多分、日本の中でも非常に重要な方向性を出しているが、今の企業はやはり壁にぶつかっているようなとこ
ろがあるのではないかと思う。それをライフスタイルのほうから見て、逆に使う人の立場から製品をつくるということがイ
ノベーションにつながるのかと(本日のお話を聴いて)思ったが、誤解かもしれないので、そこについてご意見を伺い
たい。
三つ目は、1500 の事例を集められたということだったが、これ以上のものがさらに出てくるのか、また、事例を今後ど
うされていくのかについてお聞きしたい。その 1500 の事例は、所謂ナレッジベースみたいなものだと思うが、それを
使って何かされる予定があるかどうか、ちょっとお聞きしたい。
古川: 最初の質問、制約条件の考え方についてお答えする。通常は制約条件というと、「何か大きな力で世の中が動いて
いて、それがとても一人の人間では動かせるようなものではなくて、もうどうにもできない流れだ」というのが普通の考え
方で、それに対してどう対処しようかということになる。ただ、その流れもうねっていて、ある時期には食料問題がまず
来て、その次にエネルギー問題が来て、子どもが少なくなって日本は高齢化が進んでいく…というような流れがある。
私はおそらく(実際に)そうなるだろうなと思っているが、その大きな流れの中でも、全く問題なく暮らせるライフスタイル
を描くというのが(本日紹介したライフスタイル・デザインの)目的である。だから、そのライフスタイルを実現すれば大き
な流れは来ても問題ない、もっと言えば制約を乗り越えずに受け止めて、そこで楽しくやればいいという考え方が(制
約条件の捉え方として)一つある。それは割と大きな流れ(制約条件)の場合の話。
しかし、実際一人ひとりのライフスタイルを考えていくと、やはり「自分の仕事があって、給料があって、収入があって、
28
子どもがいて、家族が何人かいて、それを養っていく」という視点に立てば、大きなトレンドというよりも、むしろ自分の
会社がどうなるかとか、国の経済状況とかが個人としては影響してくるはず。そのように、個人として考える場合は、例
えばその企業がつぶれてしまうという制約が来るとして、それを乗り越えなくてはならないとすると、その人は別の職に
就かなければならない。(本日ご紹介した)電通との共著に、「二つの名刺」という例を書いているが、会社がつぶれ
ても食っていけるように二つぐらい手に職を持っておくというライフスタイルがあれば、その制約が来ても乗り越えられ
る。そういう意味では、個人として確かに(制約条件を)乗り越えていることになる。これは、大きな流れ(制約条件)は
受け止めているけれども、個人の問題としては(制約条件を)乗り越えているということになる。多分、(制約条件には)
問題のレイヤーがいくつか存在するのだと思う。この(スライド 4 の)問題、「邪魔する壁」のところにいくつかレイヤー
があって、レイヤーが違うので、制約の意味が 2 種類登場したりするのだと思う。
本当の新しいイノベーション、新しいライフスタイルを生み出すためには、将来の制約条件は正確さを求めて設定す
るよりも、むしろ厳しい条件を設定したほうがいいアイディアができる。例えば、エネルギー価格が 2.5 倍になりますと
いっても、(新しいアイディアの発想には)何も影響を及ぼさないのではないか。その制約下では全く新しいアイディア
も出て来ないだろうが、例えば、エネルギーを 80%削減するというと、(自分の活動に)ダメージがあるから、その時に
初めて新しいアイディアが出てくる。その意味では、厳しめに制約条件をつけたほうがいいのだが、あまりいい加減に
つけるとそれもまた問題なので、そのバランスを取ることが大切なのだと思う。
二つ目が、ライフスタイルと商品の話で、日本企業が壁にぶつかっているということだった。私がこのライフスタイル提
案型の話を色々な大企業と一緒にやってきて思うのは、彼らにリスクという言葉が入り過ぎている気がする。彼らに勇
気が無い。何か変わったことをやろうということに対して、今の企業はお金を投じることができない。彼らは「すぐ 2~3
年後に何百億円売上があるようなものしかピックアップせず、それ以外のものは捨てます」という考え方。(そのような
考え方の下では)ライフスタイルがどうのこうのは関係ないわけで、そういうトップの人たちの判断にたどり着くまでに大
体が消えていく。しかし、ボトムというかライフスタイル・デザインをやってきた人たちは、それ(新しいライフスタイルを
想定した商品やサービスの必要性)を理解している。彼らは新しいライフスタイル提案型の商品をつくりたいと思って
いるけれど、それが本当に売れるかと(上層部で)検討する時にボーンと撥ねられて、消えていく。それは、今は企業
にゆとりがなくなっているので、そういうことになっているのだろうと思う。
もう一つは、先程少し話をしたと思うが、「フォーキャスティング」的な考え方に関連している。「フォーキャスティング」と
いうよりは、何か他社を気にしているというか、横並び意識みたいなものがある。新しいライフスタイルビジネスを考え
るけれども、「それは他社はやっているのか」という質問が来る。「やっていません、初めてのことです、初めてのものを
つくったわけなので初めてです」と言うと、「じゃダメです」となる(笑)。「誰かがやっていて、売れているならいい」とい
うことらしい。ちょっと大袈裟に言ったが、基本的に、「リスクを取りたくない、新しいことをやりたくない、どこでもいいけ
れどもどこかで成功したのを、独自の技術で囲い込んで何とかしていこう」となっている。「初めてのアイディア」という
のが怖い。だから、「技術はオリジナルで自分のほうで持って」という提案は受け取る。そうすると、「その会社で持って
いる技術は何ですか」となって、「それの周辺をやりましょう」になって、先程言った「フォーキャスティング」になってし
まうという構造になる。
これはもう、経営者の世代が変わっていかないと、変わらないのだろうと私は思う。そういう意味で、(本日紹介したよう
なライフスタイル・デザインを基にした商品を)ベンチャーでも小さな会社でも、本当に先見の明があるところに出して
もらおうと思っている。私も、大企業だけではなくて中小企業にもそういう話をして実際にビジネスをやろうとしているが、
そういうかたちでブレークスルーしなければと考えている。
多機能化の話は色々なところである。要は、最近の商品はオーバースペックになっている。そもそも日本の中で暮ら
していて、モノというのは全てオーバースペックになってしまっている。だから、次にどこへ行けばいいのか分からなく
なる。「多様化」とか「多様性」みたいな言葉が流行るのは、その理由からだと言っている先生がいた。もう、飽和状態
になってしまっていて、そこを突破できなくなっている。そこで「色んなセグメントがある、色々な種類の人間がいる、そ
の人たちにマーケティングしていきましょう」となる。それで、「ソーシャルネットワークを使っていきましょう」、そんな流
29
れになる。
90 歳ヒアリングに学ぶではないが、私は本当はもっとシンプルなもの(商品やサービス)を追求している。無駄なもの
が付いていたのではそれこそ無駄でもったいない。本当は日本の古くからある手法を活かしていけたら突破できると
思うが、企業は動く気はないしゆとりもない。
それから、(三つ目の)1500 の事例については、まだ増えると思う。かなり増えると思う。
少しここで、なぜ増えるかという話をしたい。バックキャスティングでライフスタイル・デザインをする場合を想像して欲
しい。今ここにいらっしゃる皆さんに「新しいライフスタイルを描いてください」と言ったら、多分 1・2 個は挙がると思う。
アイディアマンで 10 個ぐらい出てくると思う。その後、厳しい指導をしていくと、まず壁にぶつかるのがその 10 個の
壁。その壁は、単純に先程のシーンを変える、季節を変える、家族構成を変えるということでグーンと増える。それで
20 個ぐらいは描くことができる。ただ、それだけでは 20 個までしか行かない。
この 20 個の壁を越えて 50 個描けるようになるには、ここで書いてある「バックキャスティング」が「問題探し」だと気づ
くことが必要。「バックキャスティング」とは「未来から今を見つめ直すこと」と言っているが、「将来発生するであろう問
題を見つける手探りをしている」ということになる。だから、簡単に言えば「1500 個のライフスタイル」というのは「1500
個の問題がある」ということになる。でも、世の中には 1500 個以上の問題がある。だから、その問題を見つけて、それ
をライフスタイルで解決するアイディアを考えていけば、どんどん増えていく。でも、「問題を見つける」というのは結構
トレーニングが必要で、今まで当然と思っていることが将来問題になってくるから、洞察力というか、そのあたりに気付
く力がないといけない。そこはトレーニングで克服できると信じている。それで 50 個は行く。
それで、50 個から 100 個行って、100 個以上に行くための手法が、先程紹介した「制約をポジティブに変える、豊か
さに変える」手法になる。ライフスタイルを考えるときに、「問題は見つかるけれども、ライフスタイルはつまらない、何か
我慢します、川で泳ぎます」みたいなものになってしまうことが多い。何か楽しくない、新しさがない。そこを「楽しい」と
いう言葉をつけないで楽しさを表現することができれば、そこから 1000 個を突破していく。それは、問題をポジティブ
に捉え直すことができるからだ。90 歳ヒアリングの先程の事例で、例えば(スライド)42 ページの戦前のくらしを見てい
ただくと、一番左に田んぼの話が出てくる。「昔、田んぼに行くのは裸足でした。田んぼに痛い草があったのね。『あ、
いて、いて』といいながらも、苦にもしないで歩いていたんですよね。足の裏は土からエネルギーをもらって。」とある。
これは「チクチクしているのは、痛いのではなくて、土からエネルギーをもらっている」と捉えている。「草が育つのは太
陽からエネルギーをもらって育っている」と考えている。だから、「痛い」という捉え方ではなくて、「あれはエネルギー
だから嬉しいことなんだよ」という捉え方をすると、「足の裏で田んぼの土を踏む」という行為が豊かになる。
それ以外にも有名なのが、「トイレの神様」という歌。あれは、「トイレには女神がいて、女の子がトイレを掃除するとべ
っぴんさんになれるよ」という言い伝えから来ている。あれは、トイレ掃除は昔も今も嫌なわけだが、その「嫌なのを我
慢して一生懸命やりましょう」みたいな教育をするのではなくて、「トイレには女神がいてべっぴんさんになれるよ」とい
う伝説をつくるだけで、みんな喜んで(トイレを)磨くようになる。
この「ネガティブをポジティブに変える」手法を身につけられれば、もう「バックキャスティング」なんて簡単になる。むし
ろ「制約ください、制約どんどんください」となる。それをプラスに変える方法を考えれば、全部(新しい)ライフスタイル
になる。今は私が指導して合計 1500 個ぐらい出来ているが、その手法を組み合わせていく時に、まだまだ相変わら
ず新しいものがどんどん出て来ているので、まだしばらく増えていくのだろうと思う。
今はさすがに多くなってきたので、それを使いながら出て来たライフスタイルを分析するということも進めている。それ
である程度統合化されて、こういう傾向が多いというのは出て来ている。しかし、研究としては面白いかもしれないが、
統合したのにはあまり意味がないと考えている。1500 個のうち全部が良さそうなわけではなくて、いいのはほんの一
握り。その一握りを二握りにしていくには、やはり 1000 個 2000 個にしていかなればいけないと思っている。増やして
いく中でいいものだけピックアップして、それをビジネスで実現してもらうことをひたすらやりたいと思っている。
ただし、もちろん将来予測にもそれが使えるかもしれない。描いたものをつなげていくと、ある新しいまちが描けるかも
しれないし、それに向かってみんながそういうまちをつくろうということで合意すれば、国もそういうまちづくりに向かっ
30
ていくかもしれない。
ただし、ライフスタイル・デザインの過程ですごく気をつけないといけないのは、我々が誰かのライフスタイルを決めて
いるわけではないということ。ライフスタイルは皆さんの自由なはず。本当は、どんなにエネルギーを使ってもいいは
ず。その自由なところというのは聖域で、私もタッチしないようにしている。だから、私が描くのではなくて、企業に描か
せて企業に商品化してもらう。ただし、「最低条件(先程の 10 カ条も含む)はクリアして、あとは自由にあなたたちが決
める世界ですよ」と提案している。
政策として国や国の機関が「このライフスタイルをしなさい」と見せることに対しては、私は若干抵抗がある。実はライフ
スタイルは自由なはずだから。一提案ですというのは分かる。そこを気をつければ、この 1500 の事例も今後増えてい
く事例も、有効活用できると思う。
D:
90 歳のヒアリングの中で、この先使えそうなものと使えるかどうか分からないものをどう見分けるかなどの、線引きはさ
れているのか。モノは、希少性が出てくるとその必要性が増してくるのではないかと私は思っている。昔はモノが少な
かったので大事に使い倒すという考え方があったと思う。この先、またモノ不足が起きるのであればその考え方も(将
来の検討に)使いやすいと思うが、一方で、昔に比べれば(現在は)格段にモノはいっぱいある気がする。そういう意
味では、それに関連したものはあまり将来には使われないのではと思う。色々とライフスタイル・デザインを描く時に、
こういうところからヒントを得るのだという伝え方をするということなのか、こういうものは使えるがこういうものは使えなさそ
うと考えるということなのか、どのように整理の仕方があるのか、よろしければ教えていただきたい。
古川: 例えば「こんな知恵が出ています」というのはある。今日は資料の中に入れていなかったが、もう少し深い分析が必要
になる。例えば、今仰ったように、我々は便利なものを手にしたからやらなくなったことがたくさんある。今それをやって
いないのは、その代わりに便利なものが提供されて、便利なことをやっているからだ。
どういうことかというと、我々はその便利なものを発明してきた代わりに、失われたもの、失われた考え方、失われた仕
組みがある、これに気付く必要があると私は思っている。これを、「じゃあ昔に戻りこれをやり直しましょう」という話はあ
るけれども、「便利なものは代わりにあるがそれを無くして元に戻しましょう」というのは、多分「昔に戻れ」の話になって、
私はそのような考え方は嫌い。そうではなく、ある便利なものを提供した代わりに自分でつくる、育てる、手入れをする
という楽しみが失われていったという構造を理解して、今度は今の便利な工具がある世の中で、その工具にさらに何
かを提供することによって失ったものがまた復活してくるような仕掛けをつくればいい、という考え方をするということ。
D:
何か Win-Win になるようなものがないかということか。
古川: そう。そこを探していくのが、昔の知恵の復活だと思う。知恵の復活というか、ライフスタイルがこういうかたちをしてい
たのが、利便が入ってぐにゃっと歪んだけれども、それを別のかたちでちょっと元のかたちに戻していくようなイメージ
になる。だから、今の人から見ると、新しいものを見た感じがする。そういうものが、この昔の暮らしを分析していると探
し出せて、仕組めるようになるということ。
E:
バックキャスティングという手法についてお話されていたが、地球温暖化対策でもバックキャスティングでやっている研
究があり、似ていると私も思った。ただ、決定的な違いがある。この(古川先生の)「バックキャスティング」とは自分たち
の近い将来、自分たちの将来をイメージしているのに対して、地球温暖化対策でやっている「バックキャスティング」は、
将来世代のことをイメージしているしタイムスケールも違うし、対象も違うと思う。
疑問に思ったのは、タイトルに「持続可能なライフスタイルを求めて」とあるが、例えば自分たちにとって魅力的な生き
方、ライフスタイルを生きた時に、それが将来世代まで維持できないような地球温暖化などの問題につながることをど
う考えるのか。このやり方ではそういった問題をどうやって扱うことになるのか。
古川: この手法ではその問題は解決できない。ただ、持続可能なライフスタイルというのは、結局はある程度この 4 つ(スラ
イド 43 ページの「自然観」「心の豊かさ」「物質循環」「伝えるしくみ」)は含んでいないといけないと思う。今のライフス
タイル・デザイン手法は「バックキャスティング」を使っているが、「自然観」や「心の豊かさ」までが(描くライフスタイル
31
に)偶然入ってくるという感じ。日本人が描いているから入ってくると思うのだが、「心の豊かさ」を描くまでに留まって
いる。この「物質循環」と「伝えるしくみ」、この情報を踏まえたものをどうするかというのは、本当に大問題。私もここに
は大いに関心があって、そこに挑戦したいと思っている。
イメージで、ジグソーパズルをよく例に出すのだが、(平面に置いた)ジグソーパズルのワンピースをひゅっと上に持ち
上げると、周りも引かれて上がって来て全体が歪む。このように、我々は利便性というピースを持ち上げてしまって、
持続しそうだけれども危ないという状態になっている。「じゃあ、利便性を捨てましょう」と言って(そのワンピースだけを)
ピッと押すとバラバラと崩れて元の状態には戻らない。でも、「どこをどうちょこちょこ押していくと、元通りにはいかない
がかろうじて持続しそうなものになる」という、その「どこをどうしていくのか」いうのを真剣に考えていかなければならな
いと思う。
その意味で、ライフスタイルは 1500 個では足りなくて、1 万も 2 万も描いた中で、この「物質循環」を考慮するとともに、
後世もやりたいと思いそれが「伝わっていくしくみ」を入れたものを描いていくのが、最終地点と考えている。今はその
プロセスの途中ということでお許し願いたい。
F:
本当に貴重なお話を聴かせていただいて、非常に奥が深いと思った。ライフスタイルは人から与えられるものではなく
て自分で考えるものであるというのは、改めて身に沁みてわかった。
今さっきの E さんの質問とも関係があるが、今回お話を聴いていて、どういう世代かによって描く将来の姿が違ってく
るのではないかと思った。90 歳ヒアリングで描いているものと、実際企業でバリバリやっている 30 代の方が描く将来
社会とは違うと思う。30 年後というとなかなか先が見えないところがあるかもしれないが、60 歳ぐらいの企業の経営者
が描く社会もまた違うのでは。まだ社会には出ていないけれども、これから社会の中心で主役を担ってゆく学生さん
たち、あるいは高校生とか中学生とかでもまた違うと思う。今までやってこられた中で、今の世代の中における世代間
の違いなどは見ようとしているか、あるいは見えているか。
古川: 世代間の違いはある。私もこのライフスタイル・デザインの手法を色々な人にやってきたが、企業で色々な職業、年齢、
男女、とにかく混ぜてもらってこの手法を進めてきた。その中で、バブル期を謳歌した世代だけが異常値を示すという
ことは電通の人も言っていた。「そこ(異常値)だけ削り取れれば、何か傾向が見えるのだが、そこだけ異常なので、全
体の傾向が壊されてしまう」と言っているぐらい、バブル世代の人は違うようだ。それから、70 歳の人々、90 歳の子ど
もぐらいの人々が、まず昔の暮らしは全否定する。彼らは、「戦争が起こった、悲惨なおもいをした」というのが多分裏
目にあって、「もう真似してなるものか」と躍起になって今の近代文明をつくってきたように思える。だから、未だに 90
歳の話で「昔の暮らし」なんて聞くと、もう一蹴して終わり。ただ、このような 70 代とバブル世代を除いた部分は、「割と
こういうの(昔の知恵が活かされた暮らし)はいいね」と言っていて、(世代間で)そんなに大きな違いは見られない。20
代だけ、若干異常な値を示すが、これは 20 代が多分就職したりとかで、割と不安定な状態だからだと思う。みんなあ
まり傾向が統一していなくてぶれてしまうという結果が出ている。
F:
その状態はやはり変わっていくものなのだろうか。今 20 代だった人が例えば 60 代とかになった時に。
古川: 20 代の人は多分 30 歳ぐらいになったら変わって、ある程度固まってくるのだとは思う。でも、バブル世代はずーっと
異常値を示しながら推移していくようだ(笑)。また、70 代の人も、多分 90 代(が行ってきた暮らし)を否定しながらず
っと育っているから、同じなのだろうと思う。意外と、年齢というよりは小さい頃の記憶とか経験とかが反映されているよ
うな気がする。ただ、バブル世代の人がいけないわけではない。その人たちもちゃんと生きる理論を持っているので、
そういう人たちが描いたライフスタイルもあっていいはず。ただ、制約だけは守って欲しいということでこの手法をやっ
てもらっている。このような答えでよろしいだろうか。
F:
(ライフスタイル・デザインを)やってらっしゃる時には、必ずしもそういうものを否定するわけではないということか。バ
ブル世代はダメだというのはないという理解でよいか。
古川: ええ、10 カ条だけ満たせばいいとしている。
それと、これは世代に近い話題だが、上司・部下の関係が影響するので、その点は気をつけないといけない。将来予
32
測ではどうなるかは分からないが、「上司が言うことが正しい」というか、「上司が喜ぶことを提案しよう」とする傾向があ
って、引きずられてしまう(笑)。聴きたい(描きたい)のは「上司が喜ぶこと」ではなくて、「あなたたちが喜ぶこと」なの
にそれが(発想)できなくなる状態は、同じテーブルに上司部下の関係があった時によく起こる。もう、様子が全然違う。
上司がいなくなると、ディスカッションに花が咲くけれども、(上司が)現れると普通の(アイディア)しか出て来なくなる。
なので、実はそういうところも大事で、要は(社会や企業も)人間関係で成り立っているという点に気をつけていかない
と、この手法も無駄に終わってしまうかもしれない。
F:
やはり奥が深いものだと実感した。
最後に古川先生への拍手で閉会
以上
33
第 2 回持続可能社会転換方策研究プログラムセミナー議事要録
I.
開催要領


日時: 2012 年 11 月 19 日(月曜日)10:00 ~ 12:00
(講演: 30~45 分 意見交換: 1 時間 15~30 分)
場所: 中会議室
講師: 藤村 コノヱ氏 (NPO 法人環境文明 21 共同代表)
講演タイトル:
「NPO と企業・学識者の連携による 2030 年環境を主軸に据えた
持続可能な社会(環境文明社会)のロードマップ作成について」
講演要旨:
持続可能な社会構築に向けては、研究者のみならず、企業、市民・
NPO 等の参加が不可欠であると共に、技術等の変更だけでなく、社
会の根底にある価値観や政治、経済、教育、技術等の社会システ
ム、そしてライフスタイル等の転換が不可欠である。こうした考えに基
づき、NPO 環境文明 21 では、NPO と企業・学識者か連携して、2030 年の環境を主軸に据えた社会について、基本と
なる価値観、社会的枠組み、暮らしの様子を明らかにすると共に、その実現策についても検討し取りまとめた。今回は、
その内容について紹介すると共に、NPO が企業、学識者と連携することのメリットと限界を、研究者だけの場合と比較
してみる。そして、NPO と研究者の役割を踏まえ、今後の連携の可能性について議論するきっかけを提供したい。
参加者人数: 12 名(講師除く)
II.
講演概要




 環境文明社会のロードマップ作成プロジェクトの概要
今の利便性、快適性、経済成長重視の価値観、それを支える政治・経済・技術・教育の枠組みのままでは行き詰まると考え、
環境を主軸に据えた新しい文明社会をつくる必要があるとの経緯でスタートされたプロジェクト。
 プロジェクトの目的: NPO の視点から 2030 年の環境文明社会像の具体化と実現に向けた方策を作成
具体的な暮らしを明らかにしつつそれに向けた実現策を作成
参加型政策形成プロセスのモデル化
 プロジェクトの実施期間: 2008~2011 年の 3 カ年
 資金: 三井物産環境基金の助成
 実施体制と役割
環境文明社会像と実現方策をつくるために、検討グループ(A グループ)とワーキンググループ(B グループ)に分け議論。
検討グループは専門的な知見に基づく大枠の検討ということで研究者、学識者、企業の方によって構成。
ワーキンググループは生活者の視点から具体的な暮らしの姿を明らかにするために NPO 環境文明 21 の会員が中心。
A グループでの会議を 8 回、B グループでの会議は奈良・東京で各 5 回、合同での会議は 4 回開催。
 シナリオ作成過程で生じた市民・NPO と研究者の相違点
A グループ、B グループともに環境文明 21 に近い人や会員が中心だったのであまり大きな意見の相違は見られなかった。
ただ、最初の段階では A グループの議論に対して B グループから以下のような意見が出た。
 有限性の認識: A グループ「市民の認識がない」 B グループ「認識がないわけでなく表だって言う場がなかった」
 倫理: B グループ「一言で倫理ではなく、人と人との関係という言い方のほうが市民に伝わりやすい」
 基本的な価値: A グループ「持続性を重視」 B グループ「持続性+人間性」
政治、技術、経済に関しては B グループから以下のような意見が出た。
 政治: 「単に中央集権から地方分権ではなく市民と政治を近づける、NPO がやる以上は市民参加を明確に入れる」
 技術: 「技術レベルの定義を明確化する、人や社会に役立つ技術をより重視すべき、技術者の倫理をレベルアップ
する方策が必要である、国のレベルに応じた技術の可能性を書き込む」
 経済: 「GDP に代わる指標が必要だ、規律ある市場経済を強調する、雇用の重要性を強調する」
これらの相違点は合同会議で議論をしていたが、3.11 が起こったことで最終的には事務局が取りまとめた。





34
プロジェクトの成果
環境文明社会の定義を作成: 環境文明社会とは地球環境には限りがあることを常に意識し、自然環境と社会・経済
活動の調和を図り、社会の安全・安心を確保できる範囲内で、人間性の豊かな発露と
公平・構成を志向する社会。
環境文明社会の全体像を描写: 基本認識⇒有限性、方向性⇒持続性+人間性、価値⇒共生、互助・利他、その上
に教育、経済・政治・技術があり、暮らしを支える。ただし、これは一方方向ではなく
相互作用し合い良い社会に向かう。
現文明と環境文明における価値の違い、現社会と環境文明社会の違いを明確化し市民が理解しやすいようまとめた。
環境文明社会の社会基盤、環境文明のくらしについては各項目でイラストを活用して端的にまとめたものも作成し、一
般の人にも理解しやすいようにしている。


環境文明社会の実現策については、それぞれの項目について課題と実現の方向性、それを実現するための重要施策
を議論しまとめたうえで、NPO として何ができるかを検討した。
施策はそれぞれ短期的・中期的・継続的にやることとして分類し、NPO ができることを明記して、今後の環境文明 21 の
一つの方向性にしている。
 今回の手法の特徴
○目標: 持続可能な社会における価値に重点を置き、どういう価値を持つべきかを考えた上で、それに基づいた主要な社
会基盤、ライフスタイルの転換の方向性を考察
○目標年度: 市民の想像がつくだろうと考えられる 2030 年とした
○前提: 今の政府の方針・計画自体に問題があるとして、計画そのものを見直す必要があるという認識でスタートさせた
○主要な実現手段: 価値観や制度の変換を促すために技術ではなく価値観、行動など違うアプローチを試みた
◎主催が NPO
 今回の手法のメリットと限界
【メリット】
 NPO ゆえ研究の場では議論しにくい定性的な価値観を自由に議論できた。
 技術だけでなく多面的な実現方策を人々の暮らしに近いかたちで分かりやすく作成・提供できた。
【限界】
 定量的で厳密な議論はなかなか難しい。
 経済界を説得するには定量的なものが必要であり、それがないのは入り口としては困難である。
 多様な立場の人が参加したので話し合いの内容は多岐に渡ったが、合意点を見出すのが難しい。
 理想とする社会像やそのために必要なものは出てくるが、それが実行可能なのか精査するまではいかず、メニューに留
まってしまった。





今後の展開とまとめ
今後は実現策の中で NPO が取り組むべきだと考えた部分について、環境文明 21 のできる部分を動かしていきたい。
いろいろな地域で市民講座などのかたちで働きかけると同時に、環境文明社会の考え方自体を広めていきたい。
課題としては活動資金の調達、地域との連携のきっかけづくりが挙げられる。
より具体的に地域へ広げていく場合には、研究者の持つ専門性・緻密性と市民・NPO が持つ生活者の視点・自由な発
想をつなげ、それぞれ役割分担をして進めていければと思う。
III. 質疑・自由討議概要

研究成果と現実社会のギャップの存在とその埋め方
(藤村)環境教育とは、環境保全活動を日常的にやりつつ、社会の仕組みに対して自分なりの意見を述べ、社会づくり
にも参加する市民を育てるものだと考えている。原発問題やまちづくりなどの社会的課題に関しても、関心や取り組む
意欲を持つ方はまだまだ少ない。ギャップを埋めていくには「気付いた人達をできるだけつかまえ、一緒に環境文明社
会を具体化していくしかない」と思う。長期戦にはなるがやはり教育の場から始め一緒に検討していかねばならない。

産業構造・雇用・世界の動きをどこまで検討するか
(藤村)具体的に産業構造がどうあるべきかという議論は環境文明社会シナリオ・ロードマップの検討ではできなかった。
今のままではよくない、変えなければいけないとの話は出てきた。雇用については働く意欲がある全ての人に機会を与
えることが必要で、そのための施策は検討した。これをどう具体化していくかは NPO に求められる役割だと思えるが、、
あまりに課題が大きすぎ、どこから動かしていけばいいか悩んでいる。

社会の最近の状況と環境文明社会とのギャップは縮まってきているか?
(藤村)現在と環境文明社会の比較一覧表を見ても、環境文明社会には近づいていないと思う。
エネルギー政策では、再生可能エネルギー重視の方向に進んでいると思われる。3.11(東日本大震災)が契機となり
人々の心は変わりつつあると思うが、政策的にはなかなか難しい。あの時私達は(社会が)変わると思ったが、「日本人
はそう言いつつも結局あまり変わらないのでは」という意見もあった。実際に今はあまり変わっていないように思う。

(藤村より)NPO は研究機関との連携を切望しているが、そのような連携は難しいのか?
(出席者)研究者側も変わってきている。原発事故後は世間の温暖化問題への関心が薄れつつあるが、自治体と研究
者の対話が始まりつつある。研究をやり論文を出しただけではダメで、具体的に地域へ研究成果を適用する方向性が
我々のプロジェクトでも出てきたが、現状で NPO・市民とはまだ距離がある。(自治体の)環境部局もまだ非常に弱い。
若い研究者は忙しく、まちづくり活動などへ積極的に参加する余裕がないのも問題。
コンセプトや考え方のような哲学の部分は研究者も勉強せねばならない。日本の将来ビジョンについては、環境研も含
め色々な研究機関での蓄積はできてきた。それらを世間に分かりやすく伝えるにはイラストで「見える化」など工夫が必
要。ただし、研究者は最後に論文にせねばならない。学会を自分達でつくってしまい、学術の議論もでき、行政や
NPO とも協働して一緒に取り組む場を、近い将来実現できるかもしれない。
3.11 で原発問題は多くの人々が考えることになった。その意味で 12 月 16 日の選挙は国民審判なるのではないか。研
究者は市民・NPO が提示した(脱原発の)将来像を裏から支え、定量的な部分の情報提供をしていけるのでは。それ
35
をどう解釈し世の中に活かすかの段階に研究者は入り込みにくいので、そこを(NPO と)一緒にやれる可能性はある。
(藤村)今回の環境文明社会シナリオ・ロードマップも、定量的な部分はあまり検討できなかった。定量化する場合には
細かな前提条件を設定しないと難しいのだろう。環境文明社会が実現するとどのような影響・効果が見込まれるか、裏
付けができてくると市民にも分かりやすく勧められるし説得力も出てくる。研究者がオモテ的に縛りのある中で成果を提
示するのと併せ、縛りの無い NPO・市民が検討した結果も出し、両方があると選択の幅も出てくる。NPO と研究者が一
緒にやるのは(社会に)大きなインパクトがあるのではないか。

(藤村より)原発に関しては選挙結果に国民判断の変化が表れるか疑問。関東や関西で意識差もあるのでは?
(出席者)東北から離れれば離れるほど、関心が薄れるという感じ。関東関西を問わず今年は夏の節電や原発をどうす
るか社会問題化して関心が高まったので、12 月 16 日(の選挙結果)には注目している。地球温暖化問題への関心は
全般的に薄れてはいるが、エネルギー問題という点では共通の関心事になってきている。

若年者の雇用問題と将来ビジョンの重要性について
(出席者)世界的に見ても経済が落ち込むと失業率が高くなるので、経済や景気回復はやはり根本として大切。若い人
達に夢を持たせるようなビジョンをつくり、それを具体化できるかどうかが非常に重要だと思っている。
(藤村)「働く」ことは人間の尊厳の一つで、働き方は多様であってよい。本当に働きたい意欲のある人が働く場が必要。
これまで続けて来た「グリーン経済部会」では、現在「グリーンジョブの見える化」をやってみようとしている。今は具体的
にどのようなものが「グリーンジョブ」なのか見えない。第一次産業は「グリーンジョブ」として見えやすいが、それ以外の
仕事もグリーンジョブにできるなどの面も見える化していく必要あり。「グリーンジョブ」の雇用創出効果まで NPO で検討
するのは難しいが、そこが明確になると一般市民にはインパクトある訴え方になる。

「環境文明社会」の社会を動かすモチベーションに「利他」を含めた意味・経緯について
(出席者)「自分の身に何かが起こるかどうか」はアクションへの強いモチベーション。自分の身近に降りかかってこなくて
も、(社会の)問題を(人々が)考えられる社会や環境を実現していくにはどうすればいいかと考えている。
(藤村)やはり「利他」の根底は「地球は有限」という認識。過去の「農耕・牧畜社会」では「生きていく」が主で、産業革命
以降~現在の文明は「生きていく」に加え「利益」や「物質的豊かさ」を求め、「地球の有限性」に気付きつつもそれが大
きなモチベーションにならなかった。しかし、今は「有限性」を基本的認識としておかないとどうにもならない。日本の伝
統文化には社会を持続する知恵もある。米のような解放系で利己的競争社会とは違い、日本には「限られた空間・資源
を分かち合って生きる」という「利他」の価値観があり、地球という有限の空間で生きる上でその知恵は役立つ。
(出席者)今は物質的に豊かであまり「有限」を感じにくい社会。専門家の「経済や CO2 へのキャップ」という議論に対し
て市民からは理解が難しいとの意見があったと報告されている。「有限性」を訴えようとすると、「キャップ」をかけ「モノは
有限だ」と分かるシステムをつくるべきとのメッセージを打ち出す必要があることになり、矛盾はないか。
(藤村)「キャップ」という言葉自体がまだ市民に浸透していないのだと思う。市民からは「単に『キャップを掛ける』だけで
解決するかは疑問」との意見があった。「持続性」だけでなく「人間性」を「環境文明社会」の定義に入れたのは、「有限
だからキャップを掛ける」では人は満足しないしやっていけないから。でも「キャップが掛かるが心豊かな社会がある」と
の部分を掘り出したかった。そこが伝わるようになると「有限性」や「キャップ」に対する市民の抵抗感は少なくなると思う
が、「強制的に規制をかけないと環境問題は解決しない」との意見もあった。やはり実際は難しいのだろう。
(環境文明社会検討に関与していた出席者)補足しておくと、経済学者の考えるモデル上で「『キャップ』を掛けてやれ
ばうまくいくのではないか」という発想に対し、市民としては「なかなか生活の中ではその『キャップ』を理解しにくい」との
意味でギャップがあったのではと思う。「利他」については、単にモノの有限性についてだけ議論するのではないとも思
う。研究の上で「利他」を考えていくのは難しいかもしれないが、一つのキーワードとして尊重する必要がありそう。

環境文明社会シナリオ・ロードマップ対する生産者や経営者からの反応について
(藤村)外部の生産者や経営者に直接話を持っていったことはまだない。環境文明 21 の会員(生産者・経営者)に話は
してみたが「それはいい」という感想だけで、その先は進まない。そこが説得力がなくしんどい部分。

環境文明社会シナリオ・ロードマップを今の中国に持っていくと、どのような反応がありそうか
(藤村)中国とは根底の「価値観」の部分では通じるかもしれない。(中国の)中央は環境問題に熱心だとは聞くので政
策的に活かそうとなるかもしれないが、中央と地方とのギャップは大きいのでよくわからないというのが正直なところ。
(司会)最近の中国では格差が深刻化し、「格差の解消」を名目として市民が暴動的に動き始めているそうだ。環境文明
社会が目指す「生活者が心豊かに暮らす」との理念は、今の中国では見返る余裕がなさそう。でもそれは日本でも同じ
かも。日本の貧困は途上国の貧困と別格の問題だが、環境文明社会では日本の格差をどのように考えるか。
(藤村)もちろん「格差のない社会」は大前提。現実の格差をどう埋めていくかは施策メニューとして検討してきた。これ
を如何に実現するか次第だが、メニューに留まっておりどう動かしていけばいいのか見えていない。それはジレンマ。
(司会)NPO が「コミュニティビジネス」として雇用を生み出し地域の社会企業にする動きがあるが、そのような活動の実
践は考えているか。
(藤村)「地域の寺子屋みたいなものができれば」との話は出たが、環境教育分野で雇用が生み出せるかは難しい。福
36
祉分野では行政支援もあり NPO もたくさん雇用を生み出しているが、環境 NPO はそもそも雇用を生み出す場面が少
なく、行政の資金支援の仕組みもほとんどない。「グリーンジョブの見える化」で雇用が成立する可能性はあるかも。

専門家グループ、市民グループ単独の会議や双方合同の会議を重ねる中での意見変容や、最終段階での意
見収束などはあったか?
(藤村)専門家グループでは、最初の段階で企業の方と大学研究者の間で「環境」の捉え方が大きく異なることがあった
が、その後は中庸的に話が収まった。それぞれ得意分野があるので、それで議論の結果が変わったことはあまり無かっ
た。ただし 3.11 で原発に関する考え方は変わったかも。3.11 があり「早目に(原発を)無くしていくほうがいい」との話に
なった。参加した専門家があまり原発促進の立場ではなかった事情もありそうだが。市民・専門家の合同会議の時はお
互いに強い主張は無く、専門家が市民の生活に根差した意見を聴き入れる感じで、若干遠慮していたかも。
(環境文明社会検討に関与していた出席者)やはり有識者は各々長年のキャリアを持ち、自分の意見を持っているので、
そこでは意見変容は無かったと思うが、議論がところどころ拡がって新しい見方が創発された。一方で市民は「環境文
明」の枠よりも「自分の理想像」を議論したくなるので、議論のスコープをどう決めるのか非常に難しいと感じた。有識者
が市民の意見を踏まえ抽象的な言葉でまとめようとすると市民は分からなくなり、今度は市民も分かる「手段」でまとめよ
うとすると、そこは皆さんの間で意見の違いがありまとまらない。そのような行ったり来たりが何度もあった。意見の相違と
いうよりは「まとめるレベルをどの程度にしたら理解できるか」という難しさがあったように思う。
(藤村)専門家の皆さんは議論に慣れているので、ある程度詰めて議論しても落としどころが分かっている。市民の皆さ
んはなかなかその落としどころが掴めないので、集約は難しかった。

資源危機や食料問題に関して将来的に国と国との関係でも色々な制約条件が出てくると思う。国際的な日本の
位置づけについて、環境文明社会の検討ではどのような議論があったか?
(藤村)私達はそもそも「今のままでは成り立たない」との危機感があって議論を始めた。特に食料は国際的な視点から
というよりは「温暖化問題など環境の危機から食料問題が深刻になる」と捉えており、研究者だけではなく市民も一番議
論の時間を取ったところ。「農家だけではなく全ての人が何らかのかたちで『農』に携わる仕組みが必要」「配給制度の
準備が必要かもしれない」などとまで議論が及んだ。

環境文明社会シナリオ・ロードマップは、持続可能な条件を満たすよう想定されているか。「こうしたい」という願
望だけではなく「こうなりそう」という予兆も含めて検討し、楽しく明るい方向性も見出せるようなビジョンを提示し
ていくほうがよいのでは。
(藤村)私達も「『こうしたい』を描こう」と言い続けていたが、そう言いながら現状から離れられない。やはりフォアキャステ
ィング的な要素が多く、20 年先でも夢を描くことは難しかった。しかし、単なる夢語りではなく、市民の感覚で現実を踏ま
えながらの絵にはなっていると思うし、科学的な視点とのすり合わせも途中段階で試みている。。言いっ放しでないもの
にするために、どこかで冷静な分析と感情的な思いが一緒になり「(環境文明社会は)現実性もあるし夢もあるものだ」と
描けたらと思っている。その社会の実現に向け、世の中や仕組みを動かそうとするが、動かすべき人(政治家など)への
アプローチができないのはジレンマ。すごくもどかしい。
(出席者)「環境では勝てない」という信念の政治家は多い。ただ、原発問題やエネルギー問題は環境問題でもあると思
う。今回の選挙は、政治家のその問題へのスタンスを国民が審判できる一つの大きな場。
(藤村)今は地方で自然災害が増えているようなので、それも安心・安全なくらしができる持続可能な社会と結び付け、
温暖化対策や環境文明社会の議論をして欲しい。
(出席者)いい絵は描けても、「やはり最後はお金」となってしまうと難しい。国はなかなか動かないが、前よりは環境に対
する理解も深まり、これまでと少し状況が変わって来た。ただ、大きく変わらないのをどこから変えるかは、難しそう。
(藤村)東北で行われている「環境未来都市」プロジェクトをやろうとしているのは東京の人達。地元での雇用がほとんど
ないのが問題…。もっと地元を活かしながら東京がサポートするかたちになれば。
(出席者)震災直後はそれぞれ各市にコンサルタントの方が入り込み、バイオマスなどの特定の施策しか検討・主張しな
い状態があった。もっと色々な面があるはずなのに。その意味で色のついた未来都市になってしまっているかもしれず、
住んでいる方々が望ましいまちになるかはわからないと思った。
(藤村)私達も環境未来都市のプロジェクトにもアクセスしてみたが、色のついた人達やゼネコンも県毎に入り込んでい
て、地元のことが顧みられにくい状況を見ている。何だかもったいないと思った。
(出席者)そこはうちの関係者も変えたいとの思いはある。どこまで国の「環境未来都市」を活かすかに掛かっている。

(藤村より)持続可能社会 PG で検討している未来像はどんなかたちでどこに出していこうとしているのか?
(出席者)やはり、自治体を始めとして行政で活用してもらうのが基本。もちろん国民の支持も必要。
(出席者)「ライフスタイル(研究)」のシナリオは、やはり一般の方々に分かりやすく伝えていきたいが、なかなか難しくま
だできていない。今日の話で出てきた「シナリオの見える化」、絵や絵本のような簡単な文章にするなどの工夫をしない
となかなか分かってもらえないと思う。
(藤村)10 年ぐらい前、「未来都市○○」というプロジェクトの成果をプロに漫画化してもらい、ナレーションをつけ CD にし
37
たが、それも拡げようと思わなければ拡がらなかった。やはり、ニーズが無ければ伝わらないので「見える化」だけでも多
分ダメ。地方は首長さん次第。飯田市などの「環境モデル都市」には優秀な自治体職員がいるが、基本的に首長さん
が動かないと動かない。そこをどうつなげていくか NPO も難しいと思っている。
(出席者)温暖化の適応策も、まだ市民の皆さんに分かってもらう前の段階。まず自治体がやるべきとなっているが、(担
当部署は)強くバリアを張っている。やはり「国が決めたことをやる」のが仕事でありそれを越えたことはできないし、色々
なデータを持っているが出せない状態。環境部局は調整部局なはずだが、本当に調整できる権力はない。いわゆる
「縦割り」の世界でうまくいっていない。研究サイドからどこまで理詰めで突破できるかという感じ。
(藤村)結局環境教育も同じ。活動を拡げようと思っても縦割りや仕組みが全て壁になっていると感じる。
(出席者)環境単体の議論で行くのは厳しいと思う。環境文明社会の姿には環境以外の雇用や絆のことなども描かれて
いるので、環境部局よりは、やはり首長の裁量や自治体総合計画にどのように取り入れてもらうかが狙い目では。

国立環境研究所の研究としては、どうしても「環境」については深く検討できるが「経済」「社会」の部分は深く踏
み込めていない。藤村さんの活動で、そのようなリンクを拡げるために社会福祉や教育活動の NPO などと協働
しながら環境への配慮も含めてもらうようにしている面はあるのか。
(藤村)今の時点ではまだそのような活動はないが、本当に必要だと思う。少なくとも、教育とはすぐ連携して「広めてい
きましょう」とできるかもしれないが、福祉の分野までは連携が取れていない…。
(出席者)研究者としてではなく、日常生活をしていく一般市民としてこの問題を考えると「これは環境ではなくて教育か
らやらなくては」との考えに行き着いてしまう。それを研究として論文を書く能力は無く…悶々としたものを感じる。
(藤村)「環境教育」は軽く見られているところがあり、非常に残念。「環境教育」=「自然体験」「リサイクル」と捉えられが
ちだが、私は最初から「環境教育」=「持続可能な社会をつくるための教育」=「自分の生活も見直しながら、社会的課
題にも社会人として関わり続けること」と考えてきた。「環境教育」の発信の仕方も、今まで大きく間違っていたのでは。ど
ういうわけか環境省が「環境教育」と「持続可能な社会のための教育(ESD)」を使い分けている。全く同じなのに。そこも
縦割りの弊害なのだろう。「教育」は基盤になるが時間が掛かる。子どもから教育していくのは特に。しかし、それが基盤
であることは確かだと思う。
(出席者)「教育」とは、「価値観の多様化」や「自分の主張をきちんと持って人に話せる能力を高める」などを全部含め
た上での「教育」だと思うので、そのような活動をしている方とうまく協働できたらいいと思っている。
(藤村)スライドで「環境文明社会の全体像」を紹介しているが、最初は「教育」も「経済」「政治」「技術」と一緒に横に並
べていたが、議論の最後に「やはり『教育』はベース」ということで下(の基礎寄りの部分)に持ってきた経緯がある。

実際に東北で環境文明社会を支える人財を育てる活動をされているそうだが、「手ごたえ」は感じるか。
(藤村)講座などをする時にはいつも「講座オタクには絶対にならないでください、ここで学んだことはすぐに活かしてく
ださい」と言っている。知識習得は半分ぐらいで、あとは具体的にどのように地域活動や社会的企業にしていくかを議論
してきたので、だいぶんそのような芽は出てきた。ただし、現地の人は生きることに精いっぱいで、今のままでは頓挫す
る可能性もあり、さらに情報提供などのサポートをしていかねば地域活動として動いていくのは難しいかもしれない。
色々とデータなどが無くて困る時には先生方に知恵を借りているが、継続的にそのような活動は続けていきたい。

環境教育とリスク観を育むリスク教育の関係について
(出席者)「リスクをどこまで許容するか」は子どもの頃から自然などに触れながら養っていくべきもの。今は「リスクフリー
にせねば」など極端な人もいる。温暖化研究では「リスク」というキーワードがよく出てくるが、そのコンセプトが共有され
ていない。持続可能な社会にも「リスク」は入って来ざるを得ない。その時に人々が「リスク」をどう考えるかは重要になる。
その意味では(リスク教育は)将来的に環境教育の一つに入ってくるのでは。各自が「リスク」にどう向き合うか、「津波て
んでんこ」のように各自が判断して行動せざるを得ない社会になって来ているとは思う。
(藤村)確かに「リスク教育」は日本ではあまりやられていない。現に今は「危ないものには近づくな」という教育しかして
いない。それは「教育」の場面にも経済的な価値が入り込み、結局「いいこと」しか言わないようになっているからでは。よ
く企業が「環境教育」の名の下に教育現場へ出掛けていくが、PR しているつもりはなくてもいいことしか知らせていない
ように思う。私達は「企業は直接学校に行かず、必ず NPO と一緒に行って欲しい」とよくお願いする。それはリスクも含
めた公平な情報を提供する意味もあるし、学校での環境教育は NPO の活動の場でもあるから。イギリスでは「倫理教育
規定」があり、企業が直接学校教育の現場に入ることを制限している。日本では企業も受け入れる学校もそのような倫
理的感覚が無い。製品等のいい面だけが伝えられてしまい「リスク」への適切な感覚から遠のいていってしまう。原発問
題に対して「正しく怖がる市民を増やそう」との言葉があるが、まさに環境教育はそのような市民を育てることなのだと思
う。やはり「事実の部分でのコミュニケーションも重要だ」とのことで、今回のプロジェクトの技術シナリオの中に入れた経
緯もある。
(藤村より)最後にぜひ一緒に活動をしましょうとお願いしたい。真剣に楽しく将来を描こうとしている NPO と真面目に
定量的に検討している研究者が一緒になれば、解決策や突っ込む先もよく見えてくると思う。ぜひ宜しくお願いしたい。
IV. 講演内容詳細
38
2030 年環境を主軸に据えた持続可能な社会(環境文明
社会)のロードマップ作成について
 環境文明 21 がやってきたこれまでの成果を発表させ
ていただくが、あくまで NPO の立場で発表させていた
だく
環境文明 21 について

ちょうど 20 年前に環境問題は文明の問題だというこ
とで、価値観の転換、制度の転換、良い技術のサポ
ートのために活動を始めた団体

最初から環境倫理・制度、企業の社会的役割の大
切さから企業との連携をとってきた
1.プロジェクトの概要

今の利便性、快適性、経済成長重視の価値観、そ
れを支える政治・経済・技術・教育の枠組みではこ
のままではどうもいきそうにない、環境を主軸に据
えた新しい文明社会をつくる必要があるだろうという
ことでスタートされたプロジェクト

環境文明社会は環境を主軸に据えた持続可能な社
会というとらえ方で最終的にこの名前になった
① プロジェクトの目的

2030 年の環境文明社会の社会像の具体化と実現
に向けた方策を NPO なりに作ってみようということ

社会像のみならず具体的な暮らしを明らかにしつつ
それに向けた実現策を作っていこうということ

参加型政策形成プロセスも市民、学識者、企業の
方と一緒にやる政策形成のプロセスの一つのモデ
ルとなるのではないかということもあった
② プロジェクトの実施期間

2008 年から 2011 年の 3 カ年
③ 資金

三井物産の環境基金からの助成
39
2.プロジェクトの背景

今までの活動がどのようにつながったかを示したも
の
3.実施体制と役割

環境文明社会像と実現方策をつくるということで、検
討グループ(A グループ)とワーキンググループ(B
グループ)に分けた

検討グループは知見に基づく大枠の検討ということ
で研究者、学識者、企業の方に入ってもらった

ワーキンググループは生活者の視点から具体的な
暮らしの姿を明らかにするために当会の会員、東京
15 人、大阪 15 人が中心になった
4.実際の進め方(A グループ)

検討グループは 3 年間で単独 8 回、B グループとの
合同会議 4 回

3 カ年でもう少し回数を行う予定だったが、3.11(東
日本大震災)が起こったことで後半はなかなか会議
が持てなかった

A グループでは持続可能な社会のイメージなどを明
らかにすること、持続可能な社会の必要性の整理
からスタートした

社会像・価値観の検討には時間をかけた

社会像などが決まった後、社会を成すシステム(政
治・経済・技術・教育)についてもどうあるべきかの
検討を行った

その間、B グループから上がってきたことに関する
意見交換や整合性を取りながら最終的な望ましい
社会像と実現の方策を検討していった
40
4.実際の進め方(B グループ)

A グループで意見が出た 1 年目の後半に検討を開
始した

A グループが示したことに対してどのような意見が
あるかの議論にに時間を費やした

A グループが考えていることに対して意見が色々と
出たので、そのことを踏まえながら具体的な暮らし、
その実現方策を検討した

途中、A グループとの整合性や社会の動きとの適合
性、世界的な動きとの適合性を確認するために、
UNEP の世界の環境見通しのシナリオなどの説明を
受けながら一般性があるかという議論をした

合間、合間で照らし合わせをしたが、最終的にも
2030 年の予測基礎データと検討内容とを比較しな
がら見直しを行った

当初は東京と地方都市ということで東京と関西とで
検討を行った

東京は都市の暮らし、奈良は地方都市の暮らしとい
うことでやろうとしたが、1 年目の議論が終わった時
に意見の差異がほとんどなく、2 年目からは同じ項
目については議論をすることになった
5.シナリオ作成過程で生じた市民・NPO と研究者の相違
点

A グループも環境文明 21 に近い人が多く、B グル
ープも会員が中心だったのであまり大きな意見の相
違は見られなかった

ただ、最初の段階では A グループの議論に対して B
グループから以下のような意見が出た

有限性の認識:
A グループ「市民の認識がない」
B グループ「市民の認識がなかったわけではないが
表だってそれを言う場がなかったのではないか」

倫理:
B グループ「一言で倫理ではなく、人と人との関係と
いう言い方のほうが市民に伝わりやすい」

基本的な価値:
A グループ「持続性を重視」
B グループ「持続性だけでなく人間性がなければ持
続可能な社会とはいわない」

政治、技術、経済に関しても B グループから以下の
ような意見が出た

政治:
「単に中央集権から地方分権ではなく市民と政治を
近づける、NPO がやる以上は市民参加を明確に入
れる」

技術:
「技術レベルの定義は分かりづらいので定義の明
確化をする、人や社会に役立つ技術をより重視す
べき、技術者の倫理をレベルアップする方策が必要
である、国のレベルに応じた技術の可能性を書き込
む」

経済:
「GDP に代わる指標が必要だ、規律ある市場経済を
強調する、雇用の重要性を強調する」
41
相違点をどうまとめたか

4 回の合同会合では全員参加ができなかったため、
B グループの 3、4 人が A グループの会議に参加す
るという形で行った

基本的な認識に違いはなく、議論というよりもお互
いが作用して成果のレベルアップにつながった

社会システムの各項目に対してもそれほど大きな
差はなかったが、経済に関しては A グループではキ
ャップをかければ解決するという議論が主流だった
が、B グループにはそれが実感としてわかず、どう
具体的に示していけばいいかというところで悩んだ

3.11 以降はまとめの時期だったのだが、現実的に
会議開催ができない部分があり、最終的には事務
局が取りまとめた
6.成果…環境文明社会の定義

報告書に詳細を記載しているが、ここでは市民の方
にも分かりやすくまとめたものをもとに紹介する

環境文明社会とは地球環境には限りがあることを
常に意識し、自然環境と社会・経済活動の調和を図
り、社会の安全・安心を確保できる範囲内で、人間
性の豊かな発露と公平・構成を志向する社会、とい
う定義を作った
6.成果…環境文明社会の全体像

基本的な認識としては有限性

方向性としては持続性プラス人間性

価値としては共生、互助・利他 等

その上に教育があり、経済・政治・技術があって、暮
らしを支える

ただし、これは一方方向ではなくお互いに相互作用
しながら良い社会に変わっていくことが理想というこ
とになった
42
文明における価値の違い

環境を主軸にした環境文明社会になった時に今の
社会と何が違うのかを明確にしないと一般に通じな
いということで議論に時間をかけた

農耕・牧畜文明などは環境文明社会を際立たせる
ためにつけたネーミング、時期となっている

自然観、人と自然の関係、人と人との関係、主要な
エネルギー源、社会を動かすモチベーションについ
ての議論をした
6.成果…環境文明社会の社会基盤

これらの図は報告書では一般の人はなかなか見て
くれないので端的にまとめたもの
基本となる価値

短期的な経済成長というところから持続性をもてる
社会にする
人と人との関係

競争や出世ではなく、絆、人とのつながりやお互い
様という日本古来の良い部分を尊重するような関係
が望ましい
43
主要なエネルギー源

将来世代にツケを残すようなものではない、地域の
資源を生かしたエネルギー源を最大限に活かす
社会を動かすモチベーション

物質的な豊かさから心の豊かさに向けて協調でき
るといい
教育

画一的な教育ではなく、対話を活かしお互いを認め
られるような教育にしたらどうか
44
政治

現在の政治から地方分権ではなく地方主権に

市民化参加できる政治に変える
経済

大量生産から環境負荷に踏み込んだ経済に変えて
いく
技術

技術のための技術でなく人や社会が幸せになれる
技術を探求していく


今までが A グループで社会システム・価値観という
ところで議論をした部分
45
6.成果…環境文明社会のくらし

これ以降は東京と奈良の市民の方々と議論をした
部分
食べる

議論の中で食、食べるというのが盛り上がり、議論
の時間としても一番多かった部分

現状の農業からみんなが何らかの形で農業にかか
わるような社会にしなければならない
住む

つくばに来て本当に自動車社会だと驚いたが、そう
ではなく、人とのかかわり、自然とのかかわり、地域
の資源・文化を大切にして、とにかく住み続けたいと
思える地域づくり
働く

非常に厳しい状況にあるが、働く意欲のある人すべ
てに働く機会と場が提供される社会でなければなら
ない
46
子育て

みんなで子供を育てるような社会

子供を産んで育てたいと思える社会に周囲の人た
ちも含めてしていくことが大事
移動する

図参照
消費

図参照
47
社会参加

特に NPO なのでこういったところを入れるといいと
いうことで書いてある

自立した市民ということで、権利と義務、自由と責任
を自覚して政治的なところにももっと関わっていける
ような市民が増えなければならない

実はプロジェクトを動かす時にも会員以外にも集ま
ってもらおうとしたが、一般の人が定期的に集まるこ
とは難しく、またそれを好まないということ自体が問
題であるとして、社会参加の形としてこういうものを
つくる時にもっと関わってもらえる社会になるといい
楽しむ

キツキツなことだけでなく世の中には楽しむこともな
ければならないということから、一人で楽しむところ
から和気あいあいと楽しめる社会になるといい
6.成果…環境文明社会の実現策

それぞれについて課題と実現の方向性、それを実
現するための重要施策を議論したうえで、NPO とし
て何ができるかということを検討した

ここに挙げているのはメニューなので、誰がやると
いう話に具体的になると思うが、行政が何をやる、
政治家が何をやるというところまでは NPO が言って
も仕方がないだろうということで、この中から NPO が
やれるのはどこなのかを検討した

それぞれ短期的・中期的・継続的にやることというよ
うにし、NPO ができることについては明記をして、今
後の我々の一つの方向性にしようということでやっ
ている
政治

スライド参照
48
経済

スライド参照
技術

スライド参照
移動

スライド参照
49
消費

スライド参照
社会参加

スライド参照
楽しむ

スライド参照
50
現在と環境文明社会の違い

何が違うのかも今説明したものに基づき、現在と環
境文明社会になった時の違いを明確にして表にしな
がら、市民の皆さんに説明する時には活用するよう
にしている

スライド参照
現在と環境文明の違い

スライド参照
7.今回の手法の特徴

日本低炭素社会シナリオ開発と比較をしてみた
○目標

会の性格上からも価値観の転換、制度の変更に重
きを置いているので、持続可能な社会における価値
に重点を置いた

どういう価値を持つべきかを大前提として考えた上
で、それに基づいた主要な社会基盤やライフスタイ
ルの転換がどういう方向に行くのかを考えたのが一
つの特徴
○目標年度

参加メンバーは 2050 年まで生きてなさそうだが子や
孫の世代までなら想像つきそうとのことで 2030 年と
した
○前提

先生方の研究においては今の政府の方針・計画を
前提にせざるをえない部分があるが、我々はそもそ
もそういうもの自体に問題があるとして、計画そのも
のを見直す必要があるという認識でスタートさせた
○主要な実現手段

価値観や制度の変換を促すために技術ではなく価
値観、行動など違うアプローチを試みた
◎主催が NPO

主体がそれほど厳格性を求められない NPO だった
こともよかったと思っている
51

だから 70%削減などの数値目標もほとんど置かず
にやってきたが、課題となる部分でもあると思う
7.今回の手法の特徴(低炭素社会 G との比較)

スライド参照
8.今回の手法のメリットと限界
【メリット】

NPO という自由に発言できる立場にいるので、研究
の場では議論のしにくい定性的な価値観といったも
のを自由に議論できた

技術だけでなく多面的な実現方策を人々の暮らしに
近い形で分かりやすく提供できた
8.今回の手法のメリットと限界
【限界】

定量的なところ、厳密な議論はなかなか難しい

市民に話をするのは我々のやり方がいいが、経済
界を説得するには、定量的なものが大きな力を持つ
のを経験上感じており、それがないのは入り口とし
ては困難である。

企業、研究者、大学教授、NPO、NPO の会員、全く
の素人など様々な人が参加したので話し合いの内
容は多岐に渡ったが、それぞれが意見を述べて終
わるということがあったように思う

B グループの議論では、たびたび議論がそれてしま
い、それを修正しながらの話し合いとなった

また、理想とする社会像やそのために必要なものは
出てくるが、それが可能なのか精査するところまで
はいかず、メニューになってしまった

二つの施策の比較によるものなら優先順位を決め
る議論もできたと思う
52
9.今後の展開予定

プロジェクトが 3 カ年計画で終わった後は成果物を
もって自治体に働きかけることを予定していたが、
3.11 が起こり、また活動したくても活動資金が集まら
ず、メニューの段階で止まっている

今後は、実現策の中で NPO が取り組むべきだと考
えて挙げた部分について、我々としてできるところは
どこかを選択し動かしていきたいと思っている

環境文明社会を広げるということは現時点でできて
いないが、、東北の復興支援で仙台と陸前高田で
地元キーパーソンを育成する市民講座をやっている

そこで環境文明社会のようなことを話しながら、この
地域は復興でなく再生するという意味で、新しい考
え方のもとでみんなでまちづくりの絵を描いてみよう
ということは始めている

これからはそういう形でいろいろな地域でやってみ
たいと同時に、考え方自体を広めていきたいと思っ
ている

その時の課題としては活動資金の調達、地域との
連携のきっかけづくりがある

会員は全国にいるが、一人二人では動きを大きくす
るのは難しく、行政と連携を取りながら地域の方を
巻き込みながらやっていくきっかけづくりに苦労して
いる
10.まとめとして

市民なり NPO なりにやってみようと始めたが、足り
ないところも自覚したし、それでもやらなければなら
ないということも感じた

より具体的な地域に広げていく時には、先生方に
NPO にできない部分をサポートしていただきなが
ら、それぞれ役割分担をして進めていければと思う

一昨日に N 先生とお会いすることがあったが、その
時にぜひ滋賀県の事例を紹介してくれと言われた

滋賀県の事例は我々がこのプロジェクトをやってい
る最中も意見交換をした

琵琶湖研究所と京大の先生方が滋賀県の地域で
何回も市民とのワークショップをやりながら、定量的
な部分も担保しながらやっており、具体的なまちづく
りの方策も出ていて、一つのモデルだと思う

あのような事例がもっと日本のいろんなところでやら
れるようになると、NPO もうれしいし、先生方の研究
材料ともなるし、何よりも地域の方々が自分たちの
まちづくりにかかわって、それが実現する道筋にも
かかわっていけるとなれば本当の意味でも持続可
能な社会に近づくのではないかと思う

こういう場をいただいたことをきっかけに先生方との
連携が生まれるとうれしい
V. 質疑・自由討議詳細
藤村先生より予め当プログラムメンバーから募集していた質問への回答をいただく
また、藤村先生より 1 対 1 のような質疑ではなく、多対多の話になるようにしたいとの希望があった(以下敬称略)

研究の成果と現実社会とのギャップとして何があり、それをどのように埋めようとされているか?
藤村: (質問の意味はこの成果を)社会にどう展開、具体化していくかということだと思う。
53
私自身、ずっと環境教育をやってきていて、環境教育というのは、色々な自然活動だとか環境保全活動を日常的に
やりつつも、社会の仕組みにぶつかった時にはちゃんと自分なりの意見を述べて、こういうこと(環境文明社会づくり
のような活動)にも参加していけるような市民を育てるのが私の考えている環境教育である。そういう意味からすれば、
この前の原発のこと(福島第一原発事故や今後の原発稼働・建設に関する論議など)に関しても、きちんと意見を述
べられるような人が増えるといいと思う。まちづくりに関しても自分から参加して意見を述べながら関わることができる
人が増えてくるといい。自分の言った意見が反映されれば、その後もずっと活動が続いていくというのはもう分かりき
っているので、そういう人が増えればいいと思いずっと(活動を)続けてきた。
いかんせん、やはりこのような社会的な課題に大いに関心を持つ方というのは、まだまだ少ない。特に田舎のほうに
行くと「行政がやってくれるだろう」という思いがまだとても強いようだし、今回東北に行っても、行政への文句は出て
来るが「じゃあ自分達がそこをフォローしよう」とはなかなか出て来ない。NPO の方はそこに気付いてそこをやろうと盛
んに言うが、まだまだ社会的課題に自らも参加し一緒に取り組んでいこうという市民が少ないと感じている。
だから、どうやってギャップを埋めていくかというと、「気付いた人達をできるだけつかまえて、一緒にこういうこと(環境
文明社会づくり活動)を具体化していくしかないだろう」と思う。その一方で、長期戦にはなるが、やはり教育の場で、
実際の現場で困った課題をどうやって解決していくかなどについての検討も一緒にやっていかねばならないと思って
いる。そこが、なかなか難しいところ。

産業構造や雇用、世界の動きについてどこまで検討されているか?
藤村: 具体的に産業構造がどうあるべきかという議論はここ(環境文明社会シナリオ・ロードマップの検討)ではしなかった。
ただ、産業構造は今のままではよくない、変えなければいけないというのは出てきた。具体的にどう変えようというとこ
ろまでは議論できなかった。
雇用については先程申し上げたように、働く意欲があるすべての人に機会を与えることが必要だし、そのための施策
も一応考えたつもり。どこまで踏み込んだかと言われるとなかなか難しいが、一応は検討したというところ。
(施策の)検討はした、メニューは出した、これを具体的にどう動かしていくかというのは、多分私達 NPO に求められ
る役割だと思っているが、あまりにも課題が大きすぎて、どこからつついていけばいいのかと悩んでいるところ。
その後の質疑・自由討議概要
A:
社会の最近の状況と環境文明社会とのギャップは縮まってきているか?それともまだまだ全然という感じなのか、何
かお考えがあれば教えていただきたい。
藤村: 個人的な感想になるが、なかなか縮まっているとは言い難いと思う。
まずスライド 41~42 の(現在と環境文明社会の比較)一覧表のところの話になるか。現在と環境文明社会になったら
(どのようになっているか)を、上から皆さんが一つずつ見ながら評価していただければと思うが、なかなか(環境文明
社会の記載がある)右(のような社会)には近づいていないと思う。エネルギーのところでは、再生可能エネルギーに
(していく)という方向に行っていると思うし、あるいは 3.11(東日本大震災)があったので、若干、人々の心のありよう
は変わりつつあるかとは思うが、政策的にはなかなか難しいと思っている。
まさに、あの 3.11 があった時に、私達はすごくショックを受けるとともに、「この時こそ、今こそ環境文明社会に変わる
いいチャンスだ」と本当に思った。被災地の方には申し訳ないのだが。「今こそこれ(環境文明社会へ向かう施策)を
やらなかったら、いつやるの?」というぐらいの思いでいた。これ(環境文明社会づくりの取り組み)は 9 月が完了時期
だったが、実は(環境文明社会を表現した)イラストを T 先生に「とにかく早く、今出さないとみんなにアピールする力
がないから、とにかく早く描いてください」とお願いして描いていただいた(笑)。それぐらい 3.11 というのは、社会が変
わる一つの大きなきっかけだったと思う。あの時私達は(社会が)変わると思っていたが、この中(取り組み)に加わっ
ていただいている先生の中には、「いやあ、日本人はそう言いながらも変わらないから、また、結局そんなには変わら
ないのでは」というご意見もあった。実際今どうかというと、あまり変わっていないと私自身は思っている。
54
藤村: 逆に私からも質問をしたい。
先程も申し上げたが、(ここに参加されている)先生方も、色々なかたちで持続可能な社会構築に向けて研究されて
いると思う。私達(NPO)としては、(研究や取り組みを)一緒にやれるところも結構ありそうだと思うので、ぜひ一緒に
やらせてほしいと思うのだが、それはやはりなかなか難しいことなのだろうか。
私が思う研究者の役割というのは、やはり研究が世の中で活かされることが本来の研究(の役割)だと思っている。で
も、それは色々な意味で制約があって、地元というか、世の中で動くことには制約が多分あると思う。一方、私達
(NPO)は全然制約がない。でも、NPO は研究という部分に関しては色々と能力の足りなさというか、力が足りない部
分がある。(研究者と NPO が)一緒に(活動)できると、もっともっと世の中の変わり方が早まるのではないかと、いつも
すごく期待しているのだが、なかなか連携が難しいという状況。
N 先生のように、地元にいて、地元の京都や滋賀で行政にも力を発揮できて、かつ、そこにいる学生さんもうまく使っ
て(持続可能な社会のビジョンづくりなどの)活動をしている例は珍しいのかもしれないが、あのような活動がもっともっ
と起きるといいと、大いに期待を持っている。でも、それはやはり難しいのだろうか。
B:
研究のほうも変わってきていると思う。例えば、(地球温暖化問題の)適応策(の研究)を研究所でやっているが、原発
(事故)の後は世間の温暖化問題への関心が薄れつつある。さっき、「(社会が)変わるかどうか」という話があったが、
一見、変わるかというところに行ったけれどまた元に戻りつつある。そこで研究者のほうが「自分達のやってきた(研究)
成果を自治体に使ってもらえないか」と言い始め、自治体と研究者の対話が始まりつつある。うちのセンターでも、「研
究の実装」というキーワードで取り組んでいる。低炭素社会を本当に実現していこうとすると、研究をやって論文を出し
ただけではダメで、やはり具体的に地域に適用していきたいという(取り組みの)方向性が出てきている。
一つは F さんのグループでやっているマレーシアのプロジェクトがある。日本の低炭素社会研究を途上国でぜひ活
かしていきたいということでやっている。もちろん、(日本と途上国は)状況は違うけれども、その状況(の違い)も考え
ながら、色々なステークホルダーと議論しながら進めていっている。(その成果は)今度の COP18 で発表する予定。
Iskandar 地方の Blue Print(地域総合計画)を一緒に提案するということだ。
あとは(もう一人の)F さんのグループで、今は(福島県)新地町や(宮城県)東松島市に入り込んで、内閣官房の環境
未来都市プログラム(の取り組み)をやっている。これはちょっと上から目線(の取り組み)ではあるが、これはやはり地
元に研究成果を活かしたいということでやっている。
そこでもう一歩進めていきたいところだが、(現状では)藤村さんの NPO だとか市民とはもうちょっと距離がある。でも、
だいぶん研究者も研究成果を社会に活かしていきたいという方向に動きつつある。だいぶん、(研究者と市民の)距
離は縮まってきているのではないか。
「実現」となると、まさに N 先生が仰ったような滋賀「県」という自治体の人と(一緒に)やっている例がある。つい先週、
自治体の方も研究のグループに入っている(組織の)シンポジウムに出てきたが、やはりまだ(自治体の)環境部局は
非常に弱い。特に「温暖化の影響」というと「豪雨で洪水」みたいに、「防災」の担当部署が対応する(ことが多いみた
いだ)。その(防災部署の)担当者にとってみれば、「(対策は)国の決めたことをしっかりやっていいればいい」みたい
な話があって、(動こうとしても)動けないことがあったり、「何で私達がやるの?」となったりすることもあるけれども、そ
こから議論が始まって、やっと対話ができつつあるという感じ。
研究者もだいぶん視野が変わってきたようなので、藤村さんが仰ったようなことはできるのではないかというのが私の
感触だ。僕らの代は「やろうやろう」となるが、若い人達は忙しいから、なかなか時間を取ってそのような話し合いをし
たりとか、面白いなと(思って積極的に)参加するという人がいない。うちの A さんのような(積極的にこのような活動に
参加する)人はいるが、「こんな忙しいのに、そんなことできるか」という思いを持っている人もいて、それはそれで仕方
ない話(かもしれない)。上層部の指示で研究や所の業務を優先せざるを得ないところもあるだろうから。
ただ、研究者のほうもだいぶん変わりつつあるし、コンセプトとか考え方とか哲学のようなところは、僕らもちょっと勉強
しなければならないと思う。よく言われるのは「持続可能な社会って何ですか?」と聞かれた時に、(研究者)一人ひと
りがきちんと答えを持って然るべきだが、ついつい「何とか委員会の何とか」と(いう定義を)言ってしまうことがある。ま
55
さにそういう(哲学の)ところが研究レベルでも大事になってきている。
また、2030 年とか 2050 年の日本のビジョンというものが(一般社会から)求められているので、うちも含めて色々なと
ころ(研究機関など)がそのような問いに答えを出す時期に来ているのかと思う。ただ、(そのような課題への取り組み
を)やりだすと非常に難しかった。とは言え、何年か前に「超長期ビジョン」の検討をしたり、(所の)特別研究で(検討
を)やったりして色々な蓄積はできてきた。それらをもう少し一般の方にも分かるようにするとなると、やはり文章だけで
難しいキーワードを使って(説明して)いくよりは、先程の(ビジョンをイラストで表現する)「見える化」のように T 先生の
絵みたいなものができないかと前から少しずつ考えている。「一般の方に伝える」とか「ビジョンをつくる」ということにな
ると、やはり対話を通じてやっていかねばならない。ただ、研究者はやはり最後に論文にしなければという面がある。
そこはもう、逆に学会なりを自分達でつくってしまい、その中で学術の議論もでき、行政の人も NPO の人も入ってもら
って一緒にやっていく場をつくるというのを、近い将来できるのではないかと感じている。
「3.11 で、非常に大きく(社会全体の)価値観が変わるのではないか、でも時間が経つと日本人は(それを)忘れがち
になってしまう」という話があった。でも、原発の問題は、多くの人達が考える(ようになった)ことだと思う。そういう意味
では、多分、12 月 16 日の選挙は一つの国民審判なるのではという気がしている。
藤村さんのグループは市民を巻き込んで(脱原発の)将来像をつくって来ているので、研究者はそれを裏から支える
というか、「実際に CO2 がどのぐらい下げられる(削減できる)か」、「本当に原発が無くなったらどのようなことが起こる
のか」などの色々な情報を提供していけるのではと思う。僕らは(情報を)出して終わりということではないが、具体的
にどう解釈して世の中に活かしていけるのかという部分に関しては、僕ら(研究者)は入り込めない部分もあるので、そ
ういうところを(NPO と)一緒にやっていく可能性があるかなという感じ。
藤村: (一緒にやっていく可能性は)あると思う。まさに、今回のこれ(環境文明社会シナリオ・ロードマップ)も、私達は定量
的な部分まで(の検討)はなかなかできなかったし、定量化しようと思うと、多分、「この地域で」という話(前提条件など)
を設定しないと難しいのだろうと思った。ただ、平均的な都市の暮らしというのは多分この(ビジョンの)ようになるだろう
と思っている。なので、私達が示したもの(社会の姿)だとどのぐらい低炭素になるのか、ならないのか、例えば、この
施策とこの施策だったらどっちがどうなのだろうとか、そのような裏付けができてくると、市民の皆さんにも「いいよね、し
かもこう(環境にもよい)なんだよ」というように勧められて説得力も出てくるので、とても期待しているところ。
また、先程も「原発に関してはなかなかこちらの組織として方向性を出すのは難しい」ということをおっしゃっていたが、
同じように(日本の)低炭素社会(ビジョンと方策)を考える時でも同じ縛りがあっただろうと思う。なので、先生方には
オモテ的には縛りのある中で成果を提示していただくのと併せて、縛りの無い我々(NPO・市民)のようなところが検
討した結果も出して、両方があると選択の幅も出てくるのではないかと思う。
原発に関しては、それこそ D 先生にも「本当に倍になるなんてありえないですよね」ということで、公平なデータを出し
ていただいたことがあった。先生方はなかなか主張することは難しいにしても、私達にしてみれば、「この場合はこう」
「この場合はこう」というデータさえあれば、我々はきちんと(そのデータを)解釈して、「決して倍になるというわけでは
ないのですよ」というように伝えていける。そのような面では、我々(NPO)のような自由な立場と一緒に、このようなこと
(将来検討の取り組みなど)を一緒にやっていくのはとても(社会に)インパクトがあるのではないかと思う。
藤村: 原発に関しては、先程「投票(選挙)」のことを B 先生がお話しされていたが、果たしてこれはどうなるかと私はとても
疑問に思っている。先程も言ったように、社会的な課題意識を持っている市民がまだまだ少ないという実感を持って
いるので。また、(今年の)夏に大分県で、150 人くらいの本当に環境に関心のある方々の前でお話をさせていただく
機会があったが、そこで「この中の皆さんでパブリックコメントにご意見を出された方はいますか?」と質問したら、一
人もいなかった。地域差というのもあると思う。関東では結構選挙にそれ(原発問題)が影響するかもしれない、真剣
に考えて投票するかもしれないけれど、(関東以外の)地方に行った時には(原発問題に関して)あまり深刻さが無く
投票をするかもしれないと思うことはある。
B:
56
多分、東北から距離が離れれば離れるほど、関心が薄れるという感じがする。去年もそうだと私は思った。最近は夏
の節電はオールジャパンでやらなければならない状況になってきているが、その原因はやはり原発(問題である)とい
う観点は、かなり一般の人にも浸透してきている。去年、関西の人たちは「私は知らんよ」みたいな感じだったが、今年
はやはり夏の節電や原発をどうするかという話はかなり社会問題化して関心が高まっている。そういう意味では、全国
で「原発」はひとつの大きな関心事になっているので、12 月 16 日(の選挙結果)には注目している。(一般の人の地
球温暖化問題への)関心は全般的に薄れてはいるが、エネルギー問題という点では共通の関心事になってきている
気がする。それがいいかどうかというのは、多分後で歴史的に評価される話だと思うが。
B:
雇用の問題や経済の問題というのも、最近若い人たちに職がないというので非常に問題になっている。やはり、世界
的に見ても経済が落ち込んでしまうと失業率が高くなるので、根本的なところは、やはり若い人が仕事をすることがで
き、心豊かな生活を送ることができる社会を我々がつくっていかなければならないけれども、なぜか逆の方向に(世の
中が)なってきているかも。産業の話でも、大手電機メーカーなどが 2000 人の(希望)退職者を募るという話があるよう
に、日本全体が沈没しかけている中で、雇用を増やそうと思ってもなかなかできない。ニュースでも報じているが、経
済や景気回復というのはやはり根本として重要だと思う。その上にみんな載っているという感じ。
そこで僕らに何ができるかという話になると、若い人達に夢を持たせるようなビジョンをつくって、それを具体化できるか
どうかが非常に重要だと思っている。
藤村: 先程言ったように、私達も「働く」というのは人間としての尊厳の一つでもあるし、働き方は多様であってよく、本当に働
きたい意欲のある人が働く色々な場が必要だと思っている。今回の取り組みとは別に、ずっと「グリーン経済部会」とい
う会議を続けていて、「働き方」の検討をしている。今は「グリーンジョブの見える化」をやってみようという話がある。み
んな「グリーン雇用」などと盛んに言うが、具体的にどのようなものが「グリーン雇用」「グリーンジョブ」なのか見えない。
農業などの第一次産業は「グリーンジョブ」として見えやすい部分だが、それだけではなく「今ある雇用もこうすることで
『グリーンジョブ』になるよね」というものもあるだろう。そのようなところも見える化していく必要がある。
次にもっと進んで、「例えばこのような『グリーンジョブ』があるとして、そこでいったいどれくらいの雇用が発生するのか」
というところまでは、私達で検討するのは難しい。そのあたりが明確になり、「こういうグリーンジョブがあって、これくら
いの雇用ができます」と言えると、一般の方にはインパクトのある訴え方になると思う。
確かに経産省や環境省などが「これくらいの(グリーン)雇用があります」と言っているが、あれだけでは雲をつかむよ
うな話で、具体的にどのような仕事があるのか分からない。どこかで(データなどを)示しているのかと思って探したが、
どうも(詳しくは)示していないようだ。そこを示しながら、(施策などの)可能性を探していく必要があると思う。
C:
このスライド(41 ページ)で、社会を動かすモチベーションという項目の右側の(環境文明社会を表現している)欄に
「絆」「互助・利他」というのがあるが、この「利他」というのは、この中にどのような意味を込めたのか、お聴きしたい。
というのは、人が何かを目的として動く時の関心事項として「自分の身に何かが起こるかどうか」というように、身近に
感じるかどうかがアクションへの強いモチベーションになると思う。先程のお話の流れの中で、関西の人は以前は(節
電や原発に)無関心だったけれど、節電の制約が出て来て非常に関心が高くなったという話があった。やはり、身や
肩に降りかかってこなくても、(社会の)問題を(人々が)考えられるような社会や環境を実現していくにはどうしていっ
たらいいものかと僕もよく考えている。「利他」のところでどのような議論をされたのか、お聴きしたい。
藤村: やはりその(「利他」の)根底は「地球は有限だ」ということに基づいていると思う。過去の社会と比較をした表が(スライ
ド 12 ページに)あるが、まさに「自然従属文明」というか、「農耕・牧畜」の頃は「とにかく生きていく」が主で「有限性」を
考えなくてもよかった。とにかく「自分が生きていく」ことが一番のモチベーションであっただろう。産業文明、産業革命
以降から現在までの文明は、「生きていく」に加えて「利益」や「物質的豊かさ」を求めている。(現在の産業文明は)
「地球の有限性」に気付きつつも、(その有限性が社会を動かす)大きなモチベーションにならなかった。ところが、今
は「地球の有限性」を基本的な認識としておかないことにはどうにもならない。そうなると、やはり「『自分のことだけ考え
ればいい』ではとても(社会が)成り立たないね、お互い様だね」というように、「限られたパイをどう分配するか」ではな
57
いが、「限られた空間の中で一緒に生きようと思えばそういうこと(利他)が必要だね」という話になった。
そこで私達の中で議論になったのが、日本の伝統文化の中には社会を持続する知恵もあるということだった。この研
究(環境文明社会ビジョン・施策づくり)の前に持続性の知恵の研究をしていたが、その中でも、欧米、特にアメリカの
ような開放系社会の中で「自分さえよければいい」という競争社会とは違って、日本にはやはり「限られた空間・限られ
た資源の中で、お互い様だといって(空間や資源を分かち合って)やってきた」という価値観があったことを見出して
いる。おそらく、それは日本が島国だったからかもしれない。規模は大きくなるが、地球という限られた空間の中で生
きていく上では、(その日本の「利他」の知恵は)絶対に役に立つ知恵だと思う。それで、「利他」や「他人を思いやる」
という知恵は、やはりこの地球環境時代を生きていく上では、絶対必要ではないかという話で、「有限性」からその議
論が出てきたということになる。
C:
ということは、議論をさらに進めていくと、「『有限性』を感じるようなメッセージ(の発信)が研究者を含めて社会全体と
して足りていない」という認識に基づいているのか。
そうすると、先程のお話のスライド 9 のところで、専門家の意見として「経済について、キャップをかけることで殆ど解決
する」と出てきたが、それに対して市民の側は「なかなか実感がわかない」という意見があったという部分が、(対立し
ていて)面白いなと思った。これは「経済」について書いているものだが、「色々なモノが有限だ」という中で、今の僕ら
は物質的に豊かであまり「有限だ」と感じられない社会に住んでいる。もう少し「キャップ」や「制約」をかけて「モノは有
限だ」と分かるようなシステムをつくっていく必要があるとのメッセージを打ち出していくと、市民の人は分かりやすいと
いうことになってしまうが…。
藤村: 多分、ここで「分かりづらい」と書かれているのは、「キャップ」という言葉自体が、まだまだ市民の間に行きわたってい
ないということだと思う。この意見を出された方は、割と古い(環境文明 21 の)会員さんで、地球の有限性が限界に来
ているということも、経済の行き詰まりもよく理解なさってはいるが、それが「単に『CO2 にキャップを掛ける』ことだけで
(経済の問題も地球温暖化問題も)解決することになるかは、なかなか理解し難い」というご意見だった。かつ、この方
は地方で事業をやられている方なので、「地域の疲弊した経済状況を考えた時に、単に『キャップを掛ける』ということ
だけでは市民はなかなか納得できない」というご意見なのだろう。「このままじゃいけない」というのは多くの方が認識し
ているけれど、「『地球の有限性』と言われればそう(このままじゃいけない)だけど…」という方がまだまだ多いというの
が事実だと思う。
ただ、「有限性」というメッセージをもっともっと出していかなければならないとは思っている。「持続性」だけではなくて
「人間性」というのも今回の(環境文明社会の)定義に入れたというのは、やはり有限だから「キャップを掛けます」
「規制を掛けます」だけでは人は満足しないしやっていけない、でも、そこに何か違う「有限だけども、キャップが掛か
るけれども心豊かな社会が(検討)できるよね」という部分を掘り出したかったからだ。そこが訴えられるようになると、
「有限性」や「キャップを掛ける」ことに対する抵抗感は少なくなっていく気がする。
それでも、最初の議論の頃には「民主主義が前提になるんだろうけど…」とか「地方分権や市民の参加という理念は
すごくいいけれど、しばらくの間は強制的なリーダーがいて規制をかけないと環境問題は解決しないかもしれない」と
いう意見が出てきたのも事実。やはり、実際はなかなか難しいところなのだろうと実感している。
D:
私もこの議論に参加していたので若干補足しておくと、「キャップを掛ける」というのは、経済学者の考えているモデル
上で「キャップを掛けてやればうまくいくのではないか」という発想だが、それに対して、一般の市民の意見としては
「『社会全体でキャップを掛ける』と言われても、なかなか生活の中でその『キャップ』というものは理解できない」という
意味での、対立というかギャップがあったのではないかと理解している。
一方、「利他」について、単にモノの有限性のところについてだけ議論するのではない気もする。最近、「社会は変え
られるか」もしくは「社会をどう変えるか」というタイトルの本を読んだが、その中に「本当の民主主義というのは『利他』
が根底にないと、これから先(の社会)はうまくいかないのではないか」という意見が論じられていた。そういう意味で、
どこまで他に施しをするか、他を配慮するかという「利他」を考えていくのは、難しいところもあるかもしれないけれども、
一つのキーワードとして尊重はしていく必要があると感じている。
58
D:
(上記補足の続きで)2 点質問がある。
環境文明社会シナリオやロードマップについて、生産者や経営者からどのような反応があったのかお聴きしたい。
二つ目は、このような(環境文明社会の)考え方を今の中国に持っていったら、どのような反応が返ってきそうかもし検
討されていたら教えていただきたい。
藤村: 生産者や経営者に直接(この環境文明社会のシナリオやロードマップを)持っていったことはまだない。ただ、(環境
文明 21 の会員)メンバーの中にそのような仕事をしている方はいるので、お話はしてみたが「まぁ、いいわなぁ」とだけ
で、そこまで(笑)。やはりその先は進まない。そこが、なかなか説得力がなく、しんどい部分かもしれない。
それから、中国に持っていった場合はどうなるかという話。中国ではないが、IGES((財)地球環境戦略研究機関)の
人達に意見を聞いたことがある。「総論としてはとても賛成だが、具体的なところにいくと、それ(環境文明社会の実現
に関して)は色々問題がありますね」という感じ。今の中国にこれを持っていったらというのは、とても難しい質問だが
…、まったく今の日本と違う社会形態を持っている国なので…。「価値観」の部分ではもしかしたら通じるところがある
のかもしれないとは思う。持っていき方にもよると思うが。共産党の中央にいる人達と、地方にいる人達でもまた考え
方が違うだろうと思うし。根っこのところでは通じる部分があるかと思う。それに、(中国の)中央の人達は今すごく環境
問題には熱心だという話は聞いているので、政策的に活かせる部分があれば活かそうとなるかもしれない。でも、(中
国の)中央と地方とのギャップはすごく大きいと思うので、中間で動かす人たちの力が一番問題だと考えると、どんな
にトップが「これはいいね」と言っても下までは行かないだろうし…、下は「それどころじゃない」というところもやはりあ
るかと思う。なので、よくわからないというのが正直なところ。
ただ、それぞれが大切にしている価値の部分では、あれだけ長く続いたのが中国の社会なので、持続性の知恵の部
分では、もしかしたら一致するところがあるかもしれないと思う。ただし、先程言ったように閉鎖系の日本と、あれだけ
大きな国土を持つ中国では、なかなか調和や協調は難しいかもしれないと思いはある。
司会: それについて、最近 NHK の番組で中国では格差が大きな問題になっていて、地方政府に対して住民がデモや暴
動を起こして無理矢理に開発中止や環境に配慮しろなどの要求を通す、強制的に地方政府の幹部を従わせるなど
のような状況があると報じていた。(中国では)今、「格差の解消」を名目として市民が動き始めているようだが、そこで
環境文明社会について対話できそうかと考えると、なかなか(難しそう)…。環境文明社会が目指している「生活者が
心豊かに暮らす」という部分は、今の中国社会では見返る余裕がないようにも感じる。
でも、それは日本でも同じかもしれない。日本の貧困は途上国の貧困とは別格の問題だと思うが、環境文明社会の
ビジョンの中で、日本の格差をどのように考えているのか、お話を伺ってみたいと思った。
藤村: もちろん、「格差のない社会」というのは大前提だ。私達(の環境文明社会シナリオ)は「こういう社会にしたいね」とい
う思いがすごく強く出たシナリオなので、もちろん格差があってはいけないというのは大前提。「こういう社会にしたい」、
でも、今はすごく格差が生まれていて、労働の面でも格差がある。そこをどう埋めていったらいいのかというのは、(環
境文明社会シナリオの施策)メニューとして出てきた。これを如何に実現していくか次第だろうと思う。
ただ、先程もお話ししたようにメニューに留まっていて、これらをどう動かしていったらいいのか、どこからすればいい
のか、どこをつつけば大きく動くのか、がまだ見えていない。それはジレンマとして持っている。
司会: それについて私からもう 1 点お聴きしたい。
今、NPO・NGO が「コミュニティビジネス」というかたちで雇用を生み出し、地域の社会企業にしていこうという動きが
あるが、そのような活動を環境文明 21 がやってみよう、これならできそうと考えているところがあればお聴きしたい。
藤村: 「地域の寺子屋みたいなものができるといいね」という話は出ていた。
ただ、「雇用」となるとお給料を払わなければならないので、そこが果たして雇用になる程のものが生み出せるかは、
環境教育の分野では難しいと思う。NPO でも、福祉の分野ではたくさん雇用を生み出しているし、行政の支援もある
ので、お金も流れてそこでまた雇用が生まれていると思う。でも、私達のような環境の NPO は、そもそも雇用を生み
出す場面が少ないし、そこにお金が流れてくるような行政の仕組みもほとんどない。先程言った、「グリーンジョブの見
59
える化」で、もしかしたら NPO としても雇用が成り立っていく可能性はあるかもしれない。これからという気がする。
B:
私ばかりで申し訳ないが、また二つ質問がある。
一つは、今回とられた方法論について。グループ単独で 8 回、合同で 4 回と会議を重ねられているが、そのうちに新
しい意見が出てくるだろうし、意見を変える方も出てくるのではないかと思う。最後のまとめの段階で、意見の収束など
の特徴が見られたのかどうか、関心がある。N 先生はずっと主張をされていて、それになびく方も段々出てくるとか、
そのような意見変容があったのかどうか。方法論としてはその部分が面白いところだと思う。
最初のほうに説明があった A(研究者・専門家)グループと B(市民)グループの(議論の)対比は、うち(の研究)でも
出来るかなと思った。うち(の研究)では、将来の日本社会、特に産業を中心に検討するグループと、ライフスタイルを
検討するグループがあって、今の段階ではあまりリンケージがないが、そちら(環境文明社会の検討)では同じような
フレームでやられているので、非常に参考になった。
(二つ目は)企業の方たちと話をしていると、「30 年後 50 年後に日本の社会は今の状況のままでずっと行けるかとい
えば、外圧がある(のでこのままの状況は続かない)のではないか」という話が出てくる。
一つは資源の危機。石油が 40 年で無くなると言われながら、いつまでもあと 40 年という議論がされてきたり、新しい
シェールガスが見つかったりということはあるが、資源の無い日本にとっては、やはり近い将来に石油やガスはそんな
に簡単に手に入らなくなると思う。それはやはり制約条件になってくる。
食料問題も、ある有名な東大の先生は「2050 年でも日本は経済力があるので(食料を)世界から買ってこられる、全
然食料問題なんて無いんだ」と仰る。でも、何年か前に各国が食料の輸出を止める政策をとった。そのように、他国と
の関係で食料問題は日本でも発生するのではないか。国と国との関係で、タイで洪水が起こればサプライチェーンの
関係で日本に影響するし、オーストラリアで旱魃が起これば小麦が取れなくなって、結局小麦が値上がりするとか…。
日本の 30 年、50 年先を考えると、結構色々な問題、制約条件が出てくると思う。やはり、それら(の問題)を解決した
上で持続可能な社会があると思うと、何ができるかと考えてしまう。
それで、国際的な日本の位置づけについては、(環境文明社会検討の)議論の中では出てきたのかどうか、お聴きし
たい。会議をやりながら、データを色々と調べながら進められたとのことだが、そのあたりはどうか。
実をいうと、うちの理事長がこの持続可能社会研究プログラムをやる前に「将来シナリオを何本か描く中で、一つ危機
シナリオを想定しておく必要があるのではないか」という話をされた。それは、やはりこのような危機を乗り越えないと
持続可能な社会にいけないという一つの示唆だと思う。日本だけの問題として考えるのも重要だけれども、国際的な
中での日本を考えるとまた色々な制約条件が出てくるという話があったが、(環境文明社会の検討の)過去 3 年では
そのような話は出てきただろうか。
藤村: まず最初の「意見の集約や変容のところはどうだったか」という話。
A グループのメンバーには、N 先生とか、企業の方だとか、助成元の研究所の方にも入ってもらった。経済的なところ
がちょっと弱いねということで。
最初の段階で、企業の方と N 先生の間で「環境」の捉え方が随分違うことがあった。また、「自然環境をどこまで捉え
るか」とか、「人間環境と自然環境をどこまでここで議論するか」などというところで結構激論があった。まあ、そのあた
りは N 先生が「ほう、ほう、ほう」などと言いながら話を聴いていつものような感じで収められたような感じがあった。そ
の後は中庸的な感じで話が収まったかというところ。
A グループの検討会議ですごく意見が分かれたところというのはあまり無かったかもしれない。技術に強い方、経済
に強い方、うちの所長は政治に強い、など、それぞれの得意分野がある方だったので、それで議論の結果が変わっ
ていったというのはあまり無かった気がする。
ただ、3.11 があったので、原発に関する考え方は変わったかもしれない。最初の段階で、原発については割とゆっく
り目に考えていた。「2030 年ぐらいまでにはできるだけ(原発が)無くなる」ような感じだったのが、やはり 3.11 があっ
て、「エネルギーの色々な問題が出てくるだろうから、もうちょっと早目に(原発を)無くしていったほうがいいのではな
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いか」という話になった。D 先生は初めから「原発はいけません」というご意見だったし、企業(三井物産)の方も「表立
ってはそんなこと(脱原発)は言えませんが…」ということだったが、個人的にはあまり原発を促進する立場ではなかっ
た。なので、「できるだけ早めに脱原発」という考えはあったが、明確に「脱原発」とは言っておらず、「代替のエネルギ
ー源として(原発を)使うが、できるだけ早めに(再生可能エネルギーに)切り替えていく、その間は天然ガスを使うん
ですかね」という話になっていたと思う。
市民(B グループ)と研究者(A グループ)の間、合同会議の時は、お互いにそんなに強い主張は無かったというか、
研究者の A グループの皆さんのほうが、市民の生活に根差した意見を聴いてそれを組み込んでくださる感じだった。
若干遠慮されていたかもしれない。(B グループには)主婦の方もいたりしたので、生活レベルの細かいことを研究者
の皆さんは分かるわけではないから、「ほうほう、それはそうですね」と受け入れていただいた感じかと思う。
それから、資源や食料の話があったが、私達はそもそも危機から(議論を)出発し、「今のままでは成り立たない」とい
う危機感がまずあっての「環境文明社会に変えていこう」という議論をしてきた。
特に食料のあたりは「かなり厳しい状況になるだろう」という予測はしていた。それは「(外国から)買ってくればどうのこ
うの」という話ではなく、温暖化の危機の話からその議論が出てきた。やはり、「環境の危機から食料問題が深刻にな
るだろう」と捉えていたので、「食べる」という部分は研究者の皆さんだけではなく、市民の皆さんも一番議論の時間を
取ったところだった。「とにかく、みんなが何らかのかたちで『農』に携わる仕組みが絶対に必要だ」とか、「配給制度の
準備をしたほうがいい」とまで言った人もいて、他の人は最初「え~っ」という反応だったが、「実際、もしかしたらその
ような制度の必要性は出てくるかもしれないね」という話にもなった。ということで、食料の話は、国際的にどうこうという
話というよりは、温暖化の危機というところからかなり突っ込んで議論した。
ご存知の通り、N 先生も「農業はすごく重要だ」と仰っているし、(環境文明 21 の)メンバーの中でも食料や農業にす
ごく関心を持っている方も多かったので、やはり農業を何とか(社会の)大きな議論に持っていきたいという話は色々
出ていた。いずれにしても「農家の人が農業をやる」という話ではなくて、「全ての人が何らかのかたちで農業に関わ
る仕組みにしていく農業社会」ということが、一番議論になった。
国際的な面で資源危機の話が大きく出たかというところでは、どうでしたかね D さん。あまり出なかった気はするが。
D:
あまり無かったと思う。どちらかいえば前提が「生活」だったので「世界の中の日本」という議論はほとんど無かった。
藤村: 実は E さんも最初の 1 年目、スウェーデンに行く前は参加してくださっていた。何か補足があれば。
E:
最初の意見変容の部分について。
やはり A グループは有識者ということで、それぞれ長年のキャリアを持って、自分の意見を持っているので、そこの部
分では意見変容は無かったと思う。ただ、議論がところどころ拡がったことがあった。例えば、12 枚目のスライドに出
てくる「過去の文明との比較」は最初の論点になったところで、色々な新しい見方が創発されたような気がする。
一方で、B グループの一般の方々は、どちらかといえば「環境文明」と枠よりも、もっと「自分の理想像」を議論したくな
るので、議論のスコープをどう決めるのか、非常に難しいなと感じた。
有識者の方が、それらの(一般の方の)意見を踏まえて抽象的な言葉でまとめようとすると、一般の方は分からなくな
る、それで今度は手段でまとめようとすると、手段については結構皆さんの間で意見の違いがあって、手段でまとめよ
うとするとまとまらないとなる。それで、抽象論で目標のようなところで議論すると、一般の方がわからない、そのような
行ったり来たりが何度も行われた感じがあった。なので、意見の相違というよりは、「まとめるレベルをどの程度にした
ら理解できるか」という難しさがあったような気がする。
藤村: 専門家の皆さんは、最初はこの区分にしても結構厳密なところを求めたりしていたのだが、そこまで追求することがこ
の(環境文明社会)プロジェクトの本筋ではないということになった。専門家の皆さんは議論に慣れていらっしゃるので、
ある程度うんと詰めて議論しても、その後はこのあたりが落としどころと分かっている部分がある。市民の皆さんはなか
なかその落としどころが掴めないので、集約は確かに難しかったと思う。
A:
環境文明社会の(シナリオ・ロードマップの)出来上がりとして、持続可能な条件を満たすよう想定されているか。「次
61
世代の満足をきちんと満たせるように資源を残すという状態を、2030 年に達成する」というお題で考えているのか。
藤村: もちろん、「今の危機的な状況からより良い社会に」ということでつくっている。
A:
私自身、「持続可能社会のシナリオを描くように」と宿題を与えられていて、その仕事をやっているのだが、その時に
現状に対してどのようなものを描けばいいのか、どのぐらいのものを描けばいいのか、悩ましいと思っている。
もう少し「こうしたい」だけではなくて「こうなりそうだな」というのも近くに置いて考えたほうがいいと思うところがある。そう
すると、(現状の延長だけになり)「甘い」と怒られたりもするが、研究と NPO との使い分けみたいな部分もあるのでは
ないかと思う。私はそのあたりも縮まって来ていると思うし、現況も「このまま成長を続けられないよな」となってきている。
その時にどのような楽しげな方向性を出せるかが大事だと思っていて、あまりドラスティックなものを出すだけではなく
「このようになっていく色々な兆しが見えて来ていて、こっちの方向にいければちゃんと(持続可能な社会に)行けるよ
ね」と見えるようにしたほうがいいのではないかと思う。そのあたりは、「北風と太陽」の物語でいえば、「北風」的なアプ
ローチだったのが、もう少し「太陽」っぽいようなアプローチになっていくのかと思っている。僕は去年からこの(持続可
能社会シナリオ検討)作業を始めてこのように思っているのだが、藤村さんはどう思われるか。
藤村: 私達もバックキャスティングというか「『こうしたいよね』ということを描こう」とずっと言い続けていたが、「こうしたいよね」
と言いながら、実は現状から離れることはできないでいる。だから「こうしたいよね」と言いながら、やはりフォアキャステ
ィング的な要素が多くて、20 年先でも、なかなか夢を描くことは難しいのだなと思った。だから、一見夢のようにあるが、
「実は、あるところに行ったらこれはもうできてますよ」という話も結構あったりする。単なる夢語りではなくて、市民の感
覚で現実を踏まえながらの絵にはなっているかと思う。
我々はまさに、そこを先生方と一緒にできると嬉しいと思っている。「私達はこうしたいよね、今ここはまずいからこう変
わって欲しいよね」というのを太陽と北風の話に例えるなら、そこ(私達の意見)を太陽とするならば、データ的なところ
を(北風にして)「それは無理だよ、現状の世界からするとこうじゃないの」と北風を吹かせていただくと、丁度納得の
いくものができるかなと思っている。
最初は、環境文明 21 が描いた環境文明社会の姿を出し、先生方や色々な方が色々なところで将来の姿を描ければ
いいなと思ってスタートしてはいる。、でも、言いっ放しやりっ放しでないものにするためには、どこかで北風型と太陽
型が一緒になって、「(環境文明社会は)現実性もあるし夢もあるものだよ」と描けるといいなと思っている。やはり、北
風だけでは人は動かないので。でも、それをちゃんと知ってもらうことも一方で必要だろうなと思っている。
藤村: もう一つ、これ(環境文明社会シナリオ・ロードマップ)を実際にどう展開していくかという時、政治という言い方はおか
しいが、私達が描いたくらしや社会システムの実現に向けて、何か仕組みを変えよう、世の中を動かそうとするが、動
かすべき人へのアプローチがなかなかできないのはジレンマ。本来は市民が動かすべきと言われればそうだが。
例えば今回の「緑の風」だったか、新しい政党が立ち上がって、あれは(ヨーロッパの環境重視政党の)「緑の党」と一
緒なのかどうか分からないが、そのような(環境重視の)政策を模索する人達にも(環境文明社会シナリオ・ロードマッ
プの)話をした。「ぜひこういうこと(環境文明社会)を政党として公約の中にも掲げて欲しい」とお願いして「結構似て
いるところはありますね」という話はあったが、「じゃあ、そうしましょう(公約に掲げましょう)」というところまでは行かない。
「やはり、選挙に通るためには…」という話があるので、「なかなかそこまでは行きません」となってしまった。やはり、世
の中を実際に動かす仕組みをつくる人へのアプローチが何かできないかと思っている。
先程、B 先生が「日本の国としての将来像がぜひ欲しい」と仰っていたが、私達も最初にこれ(環境文明社会シナリ
オ・ロードマップ)をつくろうと思ったのは、「本来ならば政治がつくるべきものが何もない、だから私達は私達でちゃん
とつくろう」というのが出発点にあった。3.11 以降も、政治家の方々から「何か NPO からも提案を出して欲しい」と言わ
れたので、「こういうの(環境文明社会シナリオ・ロードマップ)がありますよ、使ってくださいよ」と言ったにもかかわらず、
全然使わない。そこはすごくもどかしい。国環研の先生方はそのような方とつながりがあるのか分からないが、モデル
をもっと社会的にアピールできる人達に訴えていきたいと思う。
B:
62
政治家の先生方は、「やはり環境では勝てない」という信念の方が多いし…。ただ、原発の問題やエネルギーの問題
は、環境の問題でもあると思う。逆に言うと今回の選挙は、政治家はそのような問題をどう考えているかを、国民が審
判できる、一つの大きな場、言わば国民投票と同じような感じがする。
藤村: それと、今は地方で自然災害が増えているようなので、そういうことも含めて、安心・安全なくらしができる社会と結び
付けて、温暖化の話や環境文明社会の話をしていって欲しいと思う。これらの全部は言う必要はないと思うが、この一
部でも言ってくれればいいなと思っている。そのようなつなぎ方をする人は、まだいないような気がする。
B:
「環境未来都市」のプロジェクトには「環境(の施策)」が入っていて、うちの何人かが(現地に)入りこんでいる。でも、
いい絵は描けても、「やはり最後はお金」となってしまうとなかなか…。国のほう、国交省などはなかなか動かない。た
だ、前よりは環境に対する理解も深まっているし、意外と(温暖化問題への)適応策は、国交省にとっては事業拡大に
なるかもしれないので、内心ほくそ笑んでいるという話もある。そういう意味では、これまでとは少し状況が変わって来
ていると思うが。変わらないのをどこから変えるかというのは、ちょっと難しそうだ。
藤村: 「環境未来都市」も東北でいくつか(プロジェクトが)あるが、実際あれをやろうとしているのは東京の人達。地元での
雇用はほとんどないし、そこが(問題)…。もっと地元を活かしながら東京がサポートするかたちになればいいと思う。
B:
あれは私もびっくりした。東松島に F さんと一緒に行った時には、(現地に既に)検討チームができていた。もちろん
市の方も入ってらっしゃるけれども。震災直後はそれぞれ各市に○○研究所の方が入り込んでいて、その研究所の方
はバイオマスしか検討・主張しない状態。もっと色々な面があるはずなのに。だから、今の「環境未来都市」というのは、
色のついた未来都市になってしまっているかもしれなくて、一般の、住んでいる方々が望ましいまちになるかどうかは
わからないと思った。実際に入ってみると、意外だった。
藤村: 私達も、実際に(環境文明社会づくり)を(東北の被災地で)やろうという思いがあって(現地に)行って、環境未来都
市のプロジェクトにもアクセスしてみたが、もう、まさに色のついた人たちが県毎にちゃんと入り込んでいて、ゼネコンさ
んも県毎に入り込んでいて、「地元(の方)は?」と聞くとほとんど何も無くて、単発的なところしかやられていない、とい
う状況を見ている。何だかもったいないなと思った。
B:
そのあたりはうちの F さんが変えたいという思いではいるが…。どこまで国の「環境未来都市」というものを活かせるか
ということだと思う。
藤村: 逆に、今先生方が検討されている未来像は、どんなかたちでどこに出していこうと思われているか、お聴きしたい。
A:
やはり自治体を始めとして行政へ、が基本的なところ。もちろん国民の支持が無ければというところでもある(笑)。
B:
「ライフスタイル(研究)」のシナリオは、やはり一般の方々に分かりやすく伝えていきたいとずっと考えてはいるが、な
かなか難しい。まだできていない。そのあたりでは、今日の話で出てきた「シナリオの見える化」、それは絵であったり、
文章でも絵本のような簡単な文章だったり、そのような工夫をしないとなかなか分かってもらえないと思う。
藤村: 10 年ぐらい前に、国交省、あの時はまだ建設省だったか、「未来都市○○」というプロジェクトで、同じようなこと(今回の
環境文明社会シナリオ・ロードマップ検討)をやったのだが、そこではプロが描いた漫画に私がナレーションをつけて、
CD か何かにして作ったことがあった。でも、それにしても拡げようと思わなければ拡がらなかった。やはり、ニーズが
無ければ伝わらないという状況があるので、「見える化」だけでも多分ダメだと思う。その後、熱心な方がいないと…。
地方は首長さん次第だと思う。どんなに担当の方が熱心でも(首長さんが熱心でないとダメ)。飯田市みたいなところ
は有能な行政マンがいて、「環境モデル都市」などの取り組みをしている。「環境モデル都市」と言われるところには、
優秀な自治体の職員の方がいるので…。そういうところはいいと思うが、基本的には首長さんが動かないと、なかなか
動かないと思う。そこをどうつなげていくかは、私達もなかなか難しいと思うところ。
B:
温暖化の適応策も、まだ市民の皆さんに分かっていただく前の段階で、まず自治体が、となっているが、すごくバリア
を張っている(笑)。「将来の洪水の防御を考える」というのは適応策なのだが、今は、やはり「国が決めたことをやる」
のが仕事であって、それを越えたことはできない、また、色々なデータを持っているが出せない状態。
環境部局は調整部局ではあるが、本当に調整できる権力があるかといえばそうではない。だから県などが本当に適
応策を講じようと思っても担当部局がそっぽを向いている、というのは言い過ぎだが、いわゆる「縦割り」の世界になっ
63
ている。このあたり、研究サイドからどこまで理詰めで突破できるかという感じで、今、行政と一緒にやってはいる。
藤村: 先程も言ったが、結局環境教育も同じで、このような活動を拡げようと思っても、どういうわけか色々な縦割りだったり、
仕組みが全て壁になっていたりすると感じる。そこをやはり NPO が打破しなければいけないとは思うが…。
A:
持続可能社会の議論をしていて、環境単体の議論で行くのは厳しいなと思うが、(環妙文明社会シナリオ・ロードマッ
プでは)かなり環境以外のことも描かれている。雇用の話も、絆の話なども描かれている。なので、環境部局にお願い
するという話ではなくて、やはり首長の裁量や自治体の総合計画などが近い話になってくると思うので、そこにどのよう
に取り入れていただくかというのが狙い目かなと思う。
藤村: そうだと思う。私達も、環境を狭く捉えないでということでずっとやってきたので。
G:
それに関連して、質問がある。
私達も持続可能性の指標づくりをする時に、環境・社会・経済というトリプルボトムラインを使っているが、国立環境研
究所として研究していると、どうしてもその中の「環境」については深く検討できるけれども、残りの二つの部分は細か
く検討できない。おそらく、環境政策が経済発展や格差の解消に役立つということがうまく示されれば、それが市民に
も受け入れられやすくなると思うが、国立環境研究所という場所にいると、なかなかそこまで踏み込めない。
(藤村さんが)NPO 活動をされている中で、そのようなリンクを拡げるために社会福祉活動をされている NPO とか、
教育活動をされている NPO の方々などと協働しながら、環境の部分も含めてもらうようにしている面はあるのか。
藤村: 今の時点ではまだそのような活動はない。でも、それは本当に必要だと思う。少なくとも、教育とは割とすぐ連携して
「広めていきましょう」とできるかもしれないとは思う。なかなか福祉の分野まではまだ行っていないのは事実…。
G:
教育というと、幼稚園とか、絵本とか、そのような面で(藤村さんは)活動されていると聞いたことがある。
自分が研究者としてではなく、日常生活をしていく一般市民としてこの問題を考えていると、「これは環境ではなくて
教育からやらなくてはダメだ」という考えに行き着いてしまうが、それを研究として論文を書く能力は無くて(笑)…とい
う何か悶々としたものを感じる。
藤村: 我田引水になってしまうかもしれないが、環境をやっている方でも、「環境教育」は軽く見られているところがあるので、
私自身はすごく(残念に)思っている(笑)。多分、「環境教育」は「自然体験をしましょう」とか「リサイクルをしましょう」と
いうところから入ってきた部分が大きいので、「環境教育」というと「ああ、その部分なのね」と思われる方が多いのでは
ないかと思う。でも、私は最初から「環境教育」というのはまさに「持続可能な社会をつくるための教育」という視点で、
「自分の生活も変えながら、社会的課題に対して社会人としてどう関わっていくか」を考え行動するところまでが「環境
教育」だと思っている。なので、「環境教育」の発信の仕方も、今まで大きく間違っていたのではないかと思う。ぜひ、
先生方も「環境教育とはそんな(狭い)ものではなく、持続可能な社会を支える一つの基盤なんだよ」と言っていただ
けるといいなと思っている。
一方で、ESD という「持続可能な社会のための教育」というものがある。これが、どういうわけか環境省が「環境教育」
と「ESD」を使い分けてしまっている。活動をしている私達からすれば(二つは)全く同じなのにもかかわらず、使い分
けているところがある。そこも、縦割りの弊害なのだろうと思う。だから、「ESD」でも「環境教育」でもいいけれど、要は
「教育」が基盤にあり、そこから変えねばならないということは、ぜひ頭の中にいつも置いていただきたい。
ただ、「教育」は時間が掛かる。子どもから教育していくのは特に。だから、「大人はどうしていこう」とか、「学生はどうし
よう」とか、そのような視点で先生方にやっていただけることはたくさんあると思っている。
G:
補足させていただくと、私の考えている「教育」というのは、「環境教育」だけではなくて、T 先生の漫画にも登場してい
るが、「価値観の多様化」とか「自分の主張をきちんと持って人に話せる能力を高める」とか、「単にテストで 100 点取
るだけが頭の能力ではない」など、そのようなことを全部含めた上での「教育」なのだと思う。なので、そのような活動を
やってらっしゃる方とうまく協働できたらいいと思っている。
藤村: スライド 11 ページで(構造)図で「環境文明社会の全体像」を紹介しているが、最初は「教育」も「経済」「政治」「技術」
と一緒に横に並べていた。だけれども、議論の最後に「やはり『教育』はベースだね」ということで下(の基礎寄りの部
64
分)に持ってきたという経緯がある。
司会: 「教育」という面で、実際に仙台や陸前高田でそのような(環境文明社会を支える)人財を育てるような活動をされてい
るということだったが、そこで若い人たちが活発に参加されているなど、「手ごたえ」のようなものは感じるか。
藤村: 若い人たちだけではないけれども。
私が色々なところで講座なり学習会なりをする時にいつも言うのは、とにかく、「講座オタクにはならないでください」と
いうこと。やはり、このような方は多い。先生方も、色々な講座などに呼ばれていくと思うが(このような方は多くないだ
ろうか)。「講座オタクには、絶対にならないでください、ここで学んだことはすぐに活かすという視点でここに来てくだ
さい」ということを強く言った。知識の習得は半分ぐらいで、あとは具体的にどのように地域の活動を展開していくのか、
どのようにして社会的な企業にしていくかという議論を半分以上やってきたので、だいぶんそのような芽は出てきた。
その場には経営の専門家にも来ていただくとか、再生可能エネルギーで何か地域活動をやりたいという方も多かった
ので、飯田市の「おひさまファンド」の方に来てもらって、どうやって市民ファンドを立ち上げて運営していくかのお話
などもしていただいた。実際に、それ(講座)だけでは足りなかったので聴きに行ったという(受講生の)方もいるようだ。
だいぶん、活動の芽は出て来たかなというところ。(講座を)6 回やって、やっとそこまで。ただ、それだけでは頓挫す
る可能性もあるので、さらにそこは常につついていきながら、いい情報があれば提供していくなどのサポートをしてい
かないと、地域の活動として動いていくのは難しいかもしれないとは思っている。
司会: そのようなサポートを藤村さんの NPO としても継続的にしていきたいということだと理解してよいか。
藤村: はい。その時に色々とデータとかが無くて困るとかいう時には、先生方にお知恵をお借りしているところなのだが、継
続的にそのような活動は続けていきたいと思っている。
B:
環境教育というところでもう 1 点お聴きしたい。
日本人のリスク観というか、「リスクゼロ」とか、「リスクがどこまで許容されるか」とかは、子どもの頃からそのようなものに
触れながら、自然などに触れながら養っていかねばならないと思っている。今の大人は、「リスクフリーにしなければい
けない」とか、極端な人がいることがある。よく自動車の事故で死亡する確率などが比較になるし、温暖化のリスクの
話題などもあり、うちの温暖化研究では「リスク」というキーワードがよく出てくるが、そのコンセプトが共有されていない。
温暖化研究では「気候変動リスク」として真正面から捉えて研究していこうとしているが、持続可能な社会にもやはり
「リスク」は入って来ざるを得ない部分がある。その時に人々が「リスク」をどう考えるかは重要になると思う。その意味
では(リスク教育は)理科教育の一環になるのか、将来的には環境教育の一つに入ってくるのでは。
環境省的には、いわゆる「化学物質のリスク」などと非常に狭い捉え方をしているが、やはり「リスク」にどう向き合うかと
いうのは、「お上にまかせておいてはダメだ」、まさに「津波てんでんこ」で「津波が来たら自分で逃げろ」みたいなとこ
ろもあるかもしれない。それがいいかどうかはちょっと分からないが、お上に頼れない時はどうするか、暑い時はどうす
るか、誰かに聞かないと分からないのではなくて、自分で考えて行動しなくてはならないような、ちょっと申し訳ない世
界になって来ているとは思う。そのあたりはどうか。
藤村: 確かに、「リスク教育」というのは日本ではあまりやられていないと思う。現に、今では「川に近づいてはいけません」と
いうことになっているし、「危ないものには近づかないでね」という教育しかしていない。多分、学校教育の中でも「リス
ク」について学ぶことはあまりないのではと思う。それはどういうことかと考えると、「教育」の場面にもすごく経済的な価
値が入り込んでいて、結局「いいこと」しか言わないようになっているところがあると思う。
今回の趣旨からは外れるかもしれないが、教育現場に、よく企業の方が「環境教育」という名の下に出掛けていく。例
えば、ある企業だと「食品の使い方」ということで行ったりとか、電力会社の方も「省エネ」ということで色々と指導に行
ったりと、直接教育現場に行くことが多い。そうすると、そこでは PR しているつもりはなくても、いいところしか知らせな
いのだと思う。本来はリスクもあることを知らせなければならないのに。
例えば、携帯などでも「こういうよいところもあるけれど、こういうリスクもありますよ」という部分がある。インターネットにし
65
ても同じ。本来はそのようなところを教育で言わなければならないのに、学校の先生は時間も無いし、ノウハウもない
のでということで、そのような教育は外の企業の人間が行ってやることが多い。そうすると、「リスク」よりも「メリット」のほ
うだけを強調するという面がすごくあると思う。かつ、自然体験的なところでは「リスク」はあるけれど、「近寄ってはいけ
ません」という状況が多くあるので、やはり「リスク教育」は不足しているように思っている。
「技術」などに関しても、「企業の方は直接学校に行って教育しないでください、必ず NPO と一緒に行ってください」
と私達はよくお願いする(笑)。何故かというと、きちんとした公平な情報を提供する意味もあるし、学校で環境教育を
やるのは NPO にとって活動の場でもあるので、企業がタダで行くとその場が無くなってしまうという事情もある(笑)。
実際に、イギリスでは「倫理教育規定」のようなものがあって、「企業は直接学校に行って教育してはならない、必ず地
元の NPO などと一緒になってやるように」との定めがある。日本では、やはり企業のほうも、受け入れる学校のほうも、
そのような倫理的な感覚が全く無いので、どんどん企業が直接学校に行ってしまう。そうすると、いいところだけが伝
えられてしまって、「リスク」への感性のようなものから遠のいていってしまう気がしている。
原発の話をする時に、寺田寅彦さんの「正しく怖がる市民を増やそう」という言葉がよく引用され、私も会報で書かせ
ていただいたが、まさに環境教育はそのような市民を育てることなのだと思う。そのためには、やはりいいところだけで
はなく「リスク」という面もどんどん伝えていかねばならない。そうは言えるが、なかなか充分でない部分はある。
B:
アメリカに行ってびっくりしたのが、10 のマイナス 6 乗の単位まで数値で基準を決めて、リスクをここまで許容するとい
う話が、ある意味教育にも入り込んでいる。そのような違いはあるかもしれない。
藤村: ヨーロッパに行った時も、どこに行っても皆さんがすごく化学物質のことを言うので、日本はここまではないなと思った。
E さんはこの(環境文明社会検討)プロジェクトのメンバーに入ってくれたが、やはり「技術の部分でのコミュニケーショ
ンも重要だ」とのことだったので、シナリオの技術の中にこの(コミュニケーションという)方向性を入れた経緯もある。
藤村: 最後に、ぜひ一緒にこのような活動をやりましょうとお願いしたい(笑)。
D 先生は、そのようなことも思ってくださって、このような場を用意してくださったと思うので。
私達のような、いい加減とは言わないが、真剣だけれども楽しく将来を描こうとしている NPO と、真面目に北風を吹か
せている先生方と一緒になると、もっと大きなパワーになると思うし、解決策や突っ込んでいく先ももっとよく見えるよう
になると思う。ぜひ、一緒にやれることがあるなら一緒にやっていきたいなと思うので、よろしくお願いしたい。
最後に藤村先生への拍手で閉会
以上
66
第 3 回持続可能社会転換方策研究プログラムセミナー議事要録
I.
開催要領


日時: 2012 年 12 月 12 日(水曜日)14:00 ~ 16:00
(講演: 30~45 分 意見交換: 1 時間 15~30 分)
場所: 第 2 会議室
講師: 石田 秀輝 教授(東北大学大学院環境科学研究科)
講演タイトル:
「テクノロジーの新潮流を創る - ネイチャー・テクノロジー -」
講演要旨:
東日本大震災を通して、限られたエネルギーや資源で心豊かに暮
らすとはどういうことなのか私たちはいま真剣に考え、それを行政や
企業活動の中に活かして行かねばなりません。では豊かであることと
地球環境制約は両立するのでしょうか? 環境と経済は本当に両立で
きるものなのでしょうか? 答えはイエスです、ただ、そのためには従
来の思考回路即ち、現状を基盤とした足し算や引き算の思考(フォアキャスティング思考)から足場そのものを変えて考
える(バックキャスト思考)が求められます。この手法を使って必要なテクノロジーのかたちを明らかにし、その要素を完
璧な循環を最も小さなエネルギーで駆動する自然から学びテクノロジーとしてリ・デザインする、そんなテクノロジー創
出システムをネイチャー・テクノロジーと呼ぶことにしました。厳しい地球環境制約の中で我慢することなく心豊かに暮
らすとはどういう事なのか、そしてそれに必要なテクノロジーとはどのようなものなのか考えてみたいと思っています。
参加者人数: 9 名(講師除く)
II.
講演概要




テクノロジー(企業・行政・デザイン)の役割 = 人を豊かにすること
日本の 1 人当たり GDP は増えたが幸福や生活への満足度は下がった → 生活者のニーズ満足は達成できていない
日本の閉塞感の根源: 「今の(物質的豊かさの追求の)ままではダメなのに、誰もが霧中で向かう方向が分からない」
「人間の欲の一方的な発散」を止め、『地球環境』の制約が掛かった中で、如何に豊かになるか」を考えねばならない

「制約下の豊かさ」の視点から見る「地球環境問題」に関わる 7 つのリスク
「資源の枯渇」 「エネルギーの枯渇」 「生物多様性の劣化」 「水の分配」 「食料の分配」 「急激に増える人口」 「温
暖化に代表される気候変動」


「心豊かな暮らしを担保しながら人間活動の肥大化を停止・縮小する」 = 「持続可能な社会をつくる」
持続可能な社会(あたらしいものつくり・くらしかた)を構成する二つの要素

地球のことを考えたものづくり・くらしかた(循環型社会をつくる)

ひとのことを考えたものづくり・くらしかた(人間の欲を満足する)
両立が不可欠だが現状では循環型社会ばかりがクローズアップされているのが問題



過去には戻れない: 「生活価値の不可逆性」
「江戸時代は循環型社会だったので江戸時代に戻ればいいでしょう」とはならない
「欲」の構造: 人間は一度得た快適性・利便性を容易に放棄できず、放棄しようとすると心が痛む、悲しくなる


エコ・ジレンマ: 「エコ・テクノロジー」 × 「高い環境意識」 = 「環境劣化の加速」
日本のテクノロジーや意識は「エコ」全盛で水準も高いのに、エコ商材が消費の免罪符となり、環境劣化は止まらず逆
に加速(人間の欲は常に拡散することを考慮していないからエコ・テクノロジーの効果より過大な環境負荷が発生)



「ライフスタイルに責任を持つ」テクノロジー
売りっ放しではなく「テクノロジーがどのようなライフスタイルを創るのか」を考えて製品をつくる・売る
現状のエコ・テクノロジーのほかに必要とされるもうひとつの淘汰: 「ライフスタイルの淘汰」


フォアキャスト思考が招く「手放せない利便性」と「ライフスタイル変革の必要性」の堂々巡り
「将来環境制約が掛かっても自動車は手放せず使用頻度を下げる」思考
→今日を原点にして明日や将来を考える「フォアキャスト」なのでライフスタイルを変えることはできない(将来需要の増
分を新エネや省エネ・省資源テクノロジーで縮減しようとしているが実質は抑止不可能(エコ・ジレンマ))


発散型の「フォアキャスト」思考回路を収束型の「バックキャスト」思考回路へ
フォアキャスト: 「人間の今日の欲」を基盤にして「豊かな暮らし」「地球環境問題」というふたつのサミットができる
「豊かな暮らし」の頂点にいる人: 「おれが稼いだ金を何に使おうが関係ない、他人のことなんて関係ない」
「地球環境問題」の頂点にいる人: 「人間よりメダカのほうが大事に決まっている」と平気で言える
現在のエコ商材はこの二つのサミットが一部重なったところにだけしか存在できない(部分最適 → エコ・ジレンマ)
バックキャスト: 「厳しい環境制約『有限な地球環境(良質なタガ)』の中でどうすれば豊かに暮らせるか?」を考える





67
→ふたつのサミットはひとつに重なる(全体最適)




「フォアキャスト」思考が行き詰まる構造(フォアキャストの欠点): ふたつのサミットを同時に考えることはできない

質問の答えを考える時に「豊かさ」を考えず「環境」しか考えない(「環境」を考えると「豊かさ」は制約になる)

逆に「豊かさ」を考えると「環境」を忘れてしまう(「豊かさ」を考えると「環境」は制約になってしまう」
今のテクノロジーは何かと何かを置き換えて「軽くする」「早くする」という概念しかない = 効率化(→ 雇用を奪う)
雇用を生み出すには革新(イノベーション)が必要で、バックキャストという概念を使う
例: ウォークマン(「音楽を外に持ち出して聴く」ライフスタイルを売ったのであって、機械は後についてきた)
自然の中に「バックキャスト」のテクノロジーを探しにいく: ネイチャー・テクノロジーの創出システム
① 2030 年の制約因子の中で心豊かに暮らせる生活シーンを考え、絵にする(ここでバックキャスト思考をする)
② 絵から必要なテクノロジーを抽出し、それを自然の中に探しに行く
③ それを「サステナブル」というフィルターを通してリ・デザインする
厳しい環境制約の中で生活価値の不可逆性・欲を認め、両方を認めた時にどのようなライフスタイルが見えるか


人々の潜在意識と 90 歳ヒアリング分析から得られた価値観構造からつくり出す未来の価値観
潜在意識調査の「楽しみ」「社会と一体」「清潔感」「自分成長」「自然」「利便性」 × 90 歳ヒアリングの価値観構造
→「自然との関わり」 「暮らしのかたち」 「自然に活かされ、自然を活かし、自然を往なすことを楽しむ」
「人との関わり」 「仕事のかたち」 「生と死への関わり」


ライフスタイルオリエンテッド・テクノロジー
「社会と一体になりたい(コミュニティ希求)」潜在意識 × 昔の「味噌・醤油を隣に借りに行く(コミュニティ行為)」行動
※味噌や醤油が「無くなった」からお隣に借りに行くのではなく、それらを「コミュニケーション媒体」として使っていた
→焚火の周りに人が集まるようにテクノロジーを中心として人が集まる(コミュニティが形成される)ライフスタイルを描く
例: 持ち運び・貸し借りができる容量 1kW の電池 / 車の要らない街に必要な移動媒体など



マーケティングがはまりやすい「多様性」の罠(「ニーズが分からない」)から抜け出す道
多くの人々が五里霧中・刹那的な薄っぺらな欲が多い → アンケートをいくら集めても「多様性」しか出て来ない
自然や楽しみを満足するライフスタイルを自らつくり、それに必要なサービスや商品を提案し消費者に問うことが必要


なぜ持続可能な社会に必要なテクノロジーの種を自然の中に探しに行くか?
現在、地球で唯一持続可能な社会を持つのは「自然」しかなく、完璧な循環を最も小さなエネルギーで駆動している
→その自然からメカニズムやシステム、あるいは淘汰という社会性まで学ぶことができるのではないか?



物欲を煽るテクノロジー(欧米の産業革命)と精神欲を煽るテクノロジー(日本の勤勉革命)
我々が今使っているテクノロジーは、イギリスの 18 世紀以降の産業革命(自然と決別し物欲を煽る)テクノロジー
江戸時代の日本に普遍的だった「粋」という概念は、自然観を捨てずに「遊び」や「エンターテイメント」という「精神欲を
煽る」独特のテクノロジーを生んだ(例: 「用の美」 「ものを大事にする」 「丁寧につくる」 「壊れたら修理する」)


「粋」の概念で考えたライフスタイルからテクノロジーを具体的にデザインする
小さな小さな風力発電機で充電した分だけゲームができるライフスタイル
この発電機が生み出すエネルギーは小さなものだが、子どもも大人も「エネルギーの価値」についての知恵を授かる
このようなアプローチに必要な風力発電機は 1 日 20 時間以上常に回り、ちょっとした微風でも回る
→自然の中にその種を探しに行く: トンボ(昆虫で最も低速滑空、ギザギザの翅に 1m/s 以下の低風力でも浮力を生
むメカニズムが体現されている)


自然を活かすテクノロジーの数々
水の要らないお風呂 / 電気の要らないエアコン / 一度建てれば洗わなくてよい建物の外壁 /
家庭農場(壁、家具など家の中を農場にしてしまう) / 夏の熱、冬の熱を土を利用して蓄えて使うシステム
 これからの研究課題
 ライフスタイルからテクノロジーやニーズを生み出す
 ニーズと自然というシーズをマッチングさせる
まだ研究が足りないので、多くの人とネットワークを組みつつ、地球環境を考えた新たなライフスタイルの概念をつくりたい
III. 質疑・自由討議概要

68
「暖房便座を使わずにカバーをつければいい」とライフスタイルが変わること
は、「不便を受け入れ過剰にエネルギーを使わないのでいい」となるのか?
(石田)いいと思うがそれは「置き換え」だ。そこに「成長」のファクターが入らねば
ならない。人の価値観は図のような構造になると考えている。この「制約」には「自
己制約」「他者制約」「自然制約」がある。制約があってもそれによって成長でき
る。その(成長の)概念があれば(社会に)受け入れられる。ところが「暖房便座を
何かに置き換える」のは「成長」のファクターが低く、誰もがやりたいとはならない。
成長
利便性
制約
安全・安心
・・・
環境制約
自然
(美しさ・
文化的な
価値観)
「自然」や「田舎暮らし」が好きな人は「自然が美しい」と「自然制約」の価値観を持ち自然の「成長」を楽しむ。他に「子
孫の成長」や「部下の成長」など色々ある。置き換えはダメ。価値なし。

我々が自然に憧れるのは原体験を持つからでは。子どもの原体験が乏しい現状を見ると危機感も感じるが、人
間は本質的にその憧れを持つので原体験が無くても大丈夫との期待も持てた。
(石田)細胞 60 兆個からなる人間は進化に約 4 万年掛かり、その原体験は保持していて基本的自然観は持っているは
ず。利便性を基盤にした制約の上に「成長」が得られるライフスタイルを考えれば、都市でも受容されるのでは。
(出席者)日本の自然共生的な考え方では成立しそうだが、欧米の自然征服的な考え方でも成り立つものなのか?
(石田)結論は成り立つがアプローチは成立しない。「地上にモノがあり天に神がいる」一神教と「神もものも地上にある」
日本の世界は入口が違う。でも日本的思考に基づくテクノロジーで、ライフスタイルとして素敵と思うものは欧米・日本で
共通。最近欧米から環境分野で驚異的な技術は出ておらず、つくったのはルールだけ。今も「エコ」技術分野で強いの
は日本。日本の「エコのかたち」を早く変え、テクノロジーがエシックス(倫理)を持つよう突き詰めていいのでは。

地球レベルと日本レベルの持続可能性指標を比較すると、かなり違う指標が選ばれている。日本的「コミュニテ
ィ」の話は当てはまれば理想的だが、海外では現実的ではない気もする。
(石田)欧米には「テクノロジーが倫理を持つ」概念が無く、その議論は空回りばかり。でもコミュニティや倫理から生まれ
たテクノロジーは欧米にも受容され、結果として低環境負荷でコミュニティを生み出したりする。考え方を売るのではなく、
結果としてのモノやテクノロジーを売るとその後に付随するライフスタイルが受容されるのはいくつか実証済み。指標と
なると少し切り口は違ってきそうだが。
(出席者)技術が同じところに行き着くということか。日本人と欧米人が求める商品ポリシーは何か違う気がするが。
(石田)欧米を当てにする必要はもうないのでは?現テクノロジーは世界で 1 日 20 ドル以上収入がある 2 割の人しか
使っておらず、残り 8 割には浸透していない。でも倫理に基づくテクノロジーは低環境負荷・低コストにできる。1 日 1 ド
ル以下の収入で最貧の 2 割は諦めても、残り 6 割はビジネス対象になり市場は 4 倍に増加。既に「先進国」の概念が
崩れ始めたのだから、最も環境負荷が発生しながらレイバー(労働)コストが低いアジアを徹底的に向くべきでは。
経産省は将来も現テクノロジーが「薄くなる」「軽くなる」「速くなる」しか描かないが、テクノロジーの価値観は変わるもの。
「フォアキャスト」でその価値観は不変と思い込むと何も見えない。「バックキャスト」はアプローチとして面白い。

家庭エネルギー自給の話題で「外からエネルギーを買うほうが安い」場合があると思ったが、今のお話は技術と
してコスト面でも勝てる、環境も経済も Win-Win になるものを目指しているとの理解でよいか。
(石田)そう。利益率は高くないがトータルの投資は少なくなる。「バイオミメティクス(自然模倣技術)」も、国際的に利益
や雇用創出の面で注目され始め、従来に無い「テクノロジーの価値観」が期待されている。そこにもう一歩「環境」と「ライ
フスタイル」の概念を植え付けようとしている。

「フォアキャスト」はなりゆきまかせでいいが、「バックキャスト」は目標を決めねばならない。皆が自分の進みた
い方向が分からない中で、2030 年をこうしよう、目指そうとの合意を取るのは非常に困難ではないか。
(石田)「バックキャスト」は時間軸を持たず、ディレクション(方向付け)機能のみ。年目標を置くのは分かりやすさのため。
「環境制約の中で豊かに暮らすとは何か」と考え「バックキャスト」でライフスタイルをつくるが、具体化するには「フォアキ
ャスト」で戦略をつくる必要がある。その時に越えるべきハードル(Key Factor for Success(KFS))が出て来るが、いつ
発生するかは「フォアキャスト」でしか見えず、そこで時間軸をつくる。最初に目標や合意がある必要性は無い。現ビジ
ネスが利益を出しており、そこしか見えず抜けきれないのも分かるが、従来技術を使う限り利益率は下がり続け、早晩ダ
メになるのも分かっている。大量生産ではない方向にもう 1 本線路を引けば乗り換え可能。だから「新技術・ライフスタイ
ル創出は我々が支援するから長期的な経営戦略としてつくろう」とプロジェクトを起こす。

(スライド 26 で)「地球環境問題」と「豊かな暮らし」のふたつの山が同時並立した図があるが、それらが同時に
並立している社会や人々の欲望が将来どのようなレベルに達しているか、今の時代から想像がつくものなの
か?
(石田)(想像が)つくのでは?農家のお年寄りは一生働き平均年収 100 万円だが、ニコニコして幸せそうで寿命も長い。
僕達はいつも同じ物差しでものを見ていない。僕達が考える「バックキャスト」とは「色々な物差しを持つ」ということ。
「1.6t の車に 60kg の人を載せて走るのはおかしくないか?」このような疑問を持つ眼差しをつくることが必要。サラリー
マンの視点で 2 次・3 次産業しか見ず、お金の物差しだけで測ると、「環境が劣化する」「暮らせない」「雇用が無くなる」
となる。でも 1 次産業を「定年無し」「少子高齢化でもみんなニコニコしている、何が悪い?」という物差しで見ることもで
きる。そのフレキシビリティ(柔軟性)が要る。それは「バックキャスト」でないと見えない。
(出席者)都心の人と比べれば低収入の農家だが笑顔で幸せなお年寄りがいる、そのような価値観はひとつある。でも、
私が農家になりたいかというとなりたくない。そのような別の価値観もあるはずでは?
(石田)2030 年の 2 次・3 次産業に、今の 1 次産業と同じ「農家(の暮らしのあり様)が幸せ」との概念が組み込まれて
も、「成長」のキーワードがあれば社会に受け入れられるのでは、という考え方もひとつあると言いたい。
(出席者)「生活価値の不可逆性」は納得できる。「昔に戻ればいい」との極論は好ましくない。今は便利な機械に囲ま
れ利便性を享受してしまっている。それが無い時代に私は戻れないし、そう思う人は少なくないのでは。今何時間でも
ゲームをする子が 1 時間しか出来なくなれば、欲求に大きな制約を掛けることになるのでは。
(石田)「生活価値の不可逆性」はあるが、その「不可逆」な価値観にも違いがある。ゲームが「不可逆性」の中で絶対的
69
優位性を持つほどホリック(中毒)ならゲームをやればいい。今は何でも好き放題で結局自分が「成長」できない。「エネ
ルギーはこれだけ使っていい、ゲームをやるならトコトンやれ、その代わり他は少し削る、納得しなさい」と言えば、この子
は納得し「成長」するのでは。そのような多様性を認めないといつまでも発散型のまま。「エネルギーを使わない」ことを
自分で探して判断し行動できることは「成長」だ。そのフレキシビリティを与えればよい。
(出席者)それは勉強できる意味ではなく、「生きる」上で「頭のいい」人でないと出来ないことだと思う(笑)。
(石田)震災直後、漁山村の避難所はとても明るかったが、サラリーマンがいる避難所は暗かった(笑)。「算数ができる」
「頭の良さ」ではサラリーマンのほうがいいが、「自然との付き合い方」では漁山村の人のほうがいい。そのメリハリだと思
う。僕らの時代はお年寄りが先生で、「生きる」「人と付き合う」ための暮らしの道徳、教養、文化を教えてくれた。
(出席者)「生きる」ための「頭の良さ」の価値観が浸透せねば、ジレンマから抜け出せないのでは。それを乗り越えるに
は、個人が学習して変化すべきか、テクノロジーが牽引するか、どのようなものが強い(影響力を持つ)のだろうか。
(石田)日本国首相が「(電力供給量)70%で暮らそう!我々はやれるはずだ。」というのが最高だが、きっとやらないだ
ろう。前例踏襲主義だからジレンマから抜け出せない。でもテクノロジーはきっと牽引可能。本日の話ではテクノロジー
がライフスタイルを生み出すのだから、強制しているわけではなく、その結果が素敵だと思えば伝染する。一方、教育や
社会基盤の中で、個々人が学習し持続可能なライフスタイルを体得するのを促したいとも思うが、その方法が見つから
ない。極端なオタクは多いのに。その間をつなぐ「少しぐらい我慢せずとも OK、でもここは我慢して『成長』に変えよう」
と、人々が納得できる生き方を発信する人が少ない。僕は来年からその実践をしたい。田舎暮らし経験もなしに偉そうに
話しているが、実践の結果「何が辛くて何が楽しいか」発信するのも自分の仕事だと思う。

この先利益が上がらない従来技術を否定せずに、もう一本道をつくる支援をされているそうだが、それが大きく
拡がるためにどんな仕組みが必要か。色々な可能性がある中でどのように選択や意思決定をすべきか。
(石田)仕組みは考えていない。これはイノベーションのアプローチで、論理的・戦略的に構成するのは困難。イノベー
ション(の引き金)かと思うのは、経営者が我々と直接話しに来ることが大きな変化かも。話す際は中長期的経営戦略の
話から入るが、そこに(低コスト・低環境負荷のライフスタイルを生み出すテクノロジーの)価値観を埋め込む。その段階
でやっと社員に落ち、「バックキャスト」でライフスタイルを創出し商材開発につながる。どこで花開くか分からないが、こ
の方法はトップダウン以外はダメ。ボトムアップではほぼ途中で潰される。まだどれもうまくいくか不明だが、かたちには
なりつつある。利益が出ていて危機感が無い会社はやはり遅いが、変な危機感は与えず、待つしかない。
(出席者)先生が企業側にアプローチをされてきたのか、それとも企業側が先生にアプローチされてきたのか?
(石田)企業のほうから、すごい野心を持っていらしている。去年の後半ぐらいから霞が関(中央官庁)もうちに話を聴き
に来て、事前研究の予算がいっぱい付き始めた。それはひとつの変化の予兆かも。皆、手が無くなっているのだ。

1 日のエネルギー消費量の推移と削減(スライド 41~43)で、「充電池を持ち歩くと(電力需要を)50%削減可能」
とあるが、詳しく見ると冷蔵庫(の需要)が無くなっている。その場合のライフスタイルはどのようなものか?
(石田)冷蔵庫の電力は午後 2 時までほぼ電池が賄っている。このグラフは実測している一軒家の系統電力使用量。
「1kW 電池で電球くらいしか賄えないだろう」と実験し始めたが、配電盤が差し込み可能な部分はどんどん増え電池で
賄えるようになり、安全上差し込めない部分だけ系統から買う。だからグラフはトータルで見て欲しい。午後 3 時を過ぎる
と太陽光パネルは発電しないので、以降は系統から買う。我が家にも近くこれがつく。現在は月に約 7,000 円、
200kWh の電力消費だが、このシステムが入れば 100kWh を切ると思う。エコキュートは役立たずなので太陽熱温水
器に替える。お金の面では効果があるのにエネルギーは 1 日 10kWh 中 3~4kWh は喰う。これは悲しかった(笑)。
(出席者)やはり研究していても実践して見せねば人は理解してくれない。実践してメリットを伝えていかねばと思う。
(石田)それはいいこと。僕は自宅や別荘で実験している。「2030 年も家の中で快適に過ごしたいが、エアコンはどんな
に『エコ』になっても電気を使うから、床や壁や天井が無電源で温度や湿度を感知し制御できたらいい」と考え実践した。
白アリの巣の構造を真似て床を土にしたら、全く我慢せずエネルギー消費が 25%減。奄美諸島の別荘には風を制御
する無双格子(むそうごうし)をつくり、5.5m 高の天井からファンで風に圧力を掛けて速度を上げ、体感温度が下がる工
夫もした。エコキュートを太陽熱(温水器)にし、1kW 蓄電池もつける予定。結果は乞うご期待。やはり実践は楽しい。

従来テクノロジーが全てネイチャー・テクノロジーに変わるのは困難では。今はテクノロジーで活用可能な資源や
エネルギーの量を増やして人類は生存している。江戸時代とトンボやカタツムリの事例とは距離を感じるが。
(石田)全く仰る通り。全てがネイチャー・テクノロジーになることは無い。ただ、従来テクノロジーとネイチャー・テクノロジ
ーの間に「トランステクノロジー」があるのでは。ライフスタイルは「バックキャスト」でつくるが、必要なテクノロジーは従来
テクノロジーでつくり、「置き換え」ではない「豊か」の価値観をつくる。人間は「豊かである」価値観があれば満足し、価
値観を変えれば暮らし自体が変わる。その一部がネイチャー・テクノロジーに置き換わればいい。「トランス」のテクノロジ
ーが(持続可能社会への)近道かも。今の企業が持つテクノロジーで充分に出来る。
江戸時代の人口 3,000 万人が内需だけで暮らせるようになったのは、テクノロジーやライフスタイルに「勤勉革命」が起
きたから。牛や馬を減らしてまで人間が働く。イギリスの「産業革命」が「資本集約」だったのに比べ、日本は「労働集約」
だった。その時に「働くことが美徳」の概念が生まれた。それを日本の現人口に当てはめるのは現実的でないが、今の
テクノロジーやライフスタイルが過大環境負荷型へ寄り過ぎているのを少し戻すだけでも、圧倒的に変わるのでは。

ライフスタイルには「生活の時間の使い方」が深く関係する。従来技術は「時間を節約して自由時間を増やす」だ
が、「バックキャスト」は「生活に掛かる時間が増えても楽しみや成長になればいい」と考えると理解してよいか?
(石田)いや、もう 1 個仕掛けが要る。巷でよくいう「ワークライフバランス」は欧米型の思考で、「ワーク」と「ライフ」が別に
70
なっている。循環を小さくしていくと「ワーク」と「ライフ」がかなりオーバーラップする。この典型が 1 次産業。その概念を
2 次・3 次産業に入れる議論は避けて通れなくなる。小さな循環が集まってしか大きな循環は出来ない。エネルギーも
資源も(制約が)厳しくなれば循環は小さくならざるを得ず、そこでの「ワーク」の価値観は従来とは全く違うだろう。「ライ
フ」の時間が増え「ワーク」と「ライフ」がオーバーラップした時に違う「豊かさ」が見えてくる、そこが大事。今はライフスタ
イルが「ワーク」を育てていない。ライフスタイルは「趣味の世界」で「ワーク」と関係ないと思うのは大きな間違い。やはり
両者はオーバーラップして、「ライフ」で培われた品位や価値が「ワーク」で展開されることが重要。
(出席者)「成長」を様々な視点で考え行動や技術開発をすれば閉塞感を打破できそうなのに、特にこの 20 年近くそれ
ができないのは、どのような理由、背景があるとお考えか。
(石田)それは「前例踏襲主義」以外に無いからでは。見方を変えれば素敵なことをしているのに、従来の見方では「価
値が無い」となってしまう。でも「自分達で稲刈りさせてほしい」との新しい価値観が出ているし、他にも予兆は確実に動
いている。本来は行政や企業がそれに先行すべきなのに追ってもいない。なぜそれには盲目(めくら)なのか全く分から
ない。「成長」することを否定はしないが、「成長する手法」が従来と同じではダメ。でも皆同じ物差しでしか見ない。
(出席者)特に政治家やビジョンをつくる人達がそこを敏感に感じ取りメッセージを発すべきなのに、未だに後ろ向き。
(石田)後ろ向きというよりは「御用聞き」だからでは。アメリカや財界の御用聞きをやっている以上は、現状のマーケティ
ングと同じく、薄いペラペラなものを聞いているのと同じだから分からないのだと思う。




地球環境問題には「生物多様性劣化」のように普段の生活とは関係ない世界で生じている問題があり、人々の
関心も向かず企業も投資しようとしない。誰が技術を開発したり投資してくれるかと危機感を持っている。
(石田)「生物多様性」は世界全体で 30%劣化しているとも言われるのに危機感が無いのは非常事態。それは「どんなリ
スクを起こすか」の視点や「生態系サービス」の概念が希薄だから。「我々が生態系サービスを受けられないと、どのよう
な被害や制約を受けるか」を話す人がいない。それはボトムアップ面で重要問題。トップダウン面では、とにかく(スライド
8 の)7 つのリスクに負荷を掛けないようにする、それがライフスタイルを変更するところから生まれねばならない。その両
面からいくべき。ライフスタイルを「バックキャスト」で変えるのは、あらゆる部門に大きな影響を与えていくこと。それは人
間の欲を満足させつつ環境負荷低減を両立する。「健全な危機感」の視点では「(様々な環境問題に対する)重み係数」
が違うことに注意が必要。「温暖化」も最近トーンダウンし、エネルギーに議論が終始しているのが怖い。
(出席者)「ある地域が絶滅した時に、『困る』との意識と『残念だ、淋しい』との感情意識があり、これは分けて考える必
要がある」と説明した方がいる。「困る」のは「利便性を失う」ことだから、「生態系サービスの消失でリスクが生じる」と説明
すれば市場価値を生み出すかもしれない。でも「淋しい」「残念だ」との感情は直接市場価値に結び付かない。感情的
な考え方をする人にどのように(危機感を)共有してもらうか苦労している。下手をすると「宗教」になってしまうし。
(石田)「宗教」と本人が言わなければ、周りが勝手に思う分にはいいのでは。そこまでのめり込まないと伝わらないだろ
う。「地球環境を考える」ことは「宗教」では。「環境」は学問として体系化できない。私も経済学と社会学と哲学と工学な
どを全部並べ仕事をしている。結局は人間と環境の関わりでしか「地球環境問題」でありえず、諸般の学問をどのように
「環境」の切り口で考えるか、自分で追うことになる。色々な批判を浴びた時にきちんと他人を納得させられればいいの
では。だからたくさんご意見をいただきたい。自分の理論武装が必要になるから。今は「現実感」を持たないのが弱いの
で、早く自分の別荘に行き麦わら帽子をかぶって働きたい(笑)。
メールで事前に送っていたこちらからの質疑希望事項について
研究の成果と現実社会とのギャップとして何があり、それをどのように埋めようとされているか?
産業構造や雇用、世界の動きについてどこまで検討されているか?
どのようにして産業界の方々を巻き込んだ研究をされているのか?
(石田)世界のことを考えてイノベーションは起こせない。イノベーションになるかは賭け。世界の動向は「劣化する地球
環境で人間が生存できるかどうか」との話に尽きる。人間がいなくても地球はあと 50 億年存続し、生物多様性はより幸
せな方向にいく。人類は生まれてまだ 20 万年。子孫を残せなければ地球史上で一瞬の種になる。恥ずかしくないか?
次世代に残せるものが何も無い。化石燃料をまだ喰って何を残す?人間として正しい責任感を持つべきなのが世界の
事情。「人類持続のために何をすべきか」と考えると「次世代に笑顔を贈る」しかなく、僕達が笑顔でないとダメ。「厳しい
環境制約の中でどうやってワクワクして生きていけるか」を考えざるを得ない。
 本日のバイオミメティクスの話は、科学を使い生物の手法を分析し、真似てものをつくるプロセス。でも「自然は
何故自ずとそれをつくれたか」という不思議の方がワクワクする。科学にはその価値観が無い。その切り口があ
ってほしい。
(石田)それは大事で、本日の話よりも上位の概念。僕は「置き換えではダメ」と言いつつやはり「置き換え」をしている。
従来の「置き換え」とは全く違うが。自然の中に身を置きその不思議さを考え耽る楽しみと「即物的な豊かさ」との関係を
考える点が、今日の話に欠けているかも。もう少し醸成したい。
(出席者)我々は「自然から知識を得る」ノウハウを持っておらず、真似は出来るが、自然は全く別のテクノロジーで動い
ている場合もありそう。それを考えることが「文化」として根付いていくとすごく違う世界になりそう。
(石田)仰る通り。科学は 250 年の歴史しかない。生物は 38 億年の淘汰を繰り返し、駆動力は太陽の熱と光だけ。普遍
的な元素を使い完璧なものをつくりながら、組成はバラついている。そこに現テクノロジーはほとんど近づけていない。
でも過去のテクノロジーは全て地上のものを使い自然を模倣してつくっている。「倫理」も含めて過去と現在のテクノロジ
ーのギャップを考え、それが手放せない不可逆性の『豊かさ』とどんな関わりにあるか、より深く考える必要がある。
71
IV. 講演内容詳細
本日の主題
 「ものづくりとくらし方」というテクノロジーの本質につ
いてお話ししたい
自己紹介

企業に 25 年勤め技術戦略と環境戦略(環境と経済
の両立)に取り組んできた
⇔ 実態は自己矛盾のかたまり、矛盾だけが深まる

「企業はその時期その時期で世の中の一歩先を行
っていればよい」という考え方の下、勤めていた企
業は日本を代表する環境先進企業と呼ばれる企業
だったが、自身の中では自己矛盾のかたまりだった
日本のものづくりへの危機感

このままでは日本のものづくりはダメになる、資源も
エネルギーもない日本がこれから進むための新しい
テクノロジーの概念を絶対つくるべき

50 歳で企業を辞め東北大学へ移り、今年で 9 年
「環境と経済の両立」という問いへの答えは出たか?

答えは未だに出ていないが、どの答案を埋めたらい
いかは明確になってきた、本日はそれをお話しした
い
テクノロジー(企業・行政・デザイン)の役割は何か?

その役割は間違いなく「人を豊かにすること」が本質
的な目的
72
現実にテクノロジーを享受している生活者は「豊か」か?

このグラフは総務省のデータ

1980 年代から日本の生活者は「物質的な豊かさ」よ
りも「精神的な豊かさ」を求めるようになっている
企業や行政は生活者の精神的な豊かさへの希求をサポ
ートできているか?

一人当たりの GDP は上がりながらも幸福や生活へ
の満足度は下がっている
→生活者のニーズ満足は達成できていないのが現
実
日本を覆う閉塞感

東日本大震災を受け、政治にも、学生にも、企業に
もものすごい閉塞感が漂っている
豊かさと時間を軸に取って見た日本の姿

世界から見れば日本は間違いなく豊かさの頂点に
いる

なぜ日本に閉塞感が漂っているのか?
今までの豊かさとこれからの豊かさ

今までの「豊かさ」=「物質的な豊かさ」だった

さらなる豊かさを求めて生きていこうとする時、今ま
での延長線上に豊かさはあるのか?
→誰もが「それはない」という
今までのように湯水のごとくエネルギーや資源を
使って今まで通りさらに豊かさを得られるとは誰
も思っていない
→ではどこに向かったらいいのか?
誰もがまだ霧の中にいて向かう方向が分からな
い
→閉塞感の根源
73
我々はどのような豊かさを求めるのか?そのために何を
すべきか?

「豊かさ」の閉塞感をつくっているのは間違いなく「人
間の欲の一方的な発散」
→その欲の発散を止めなければいけない

「人間の欲の発散」には間違いなく「地球環境」とい
う制約が掛かってくる
→「地球環境」の制約が掛かった中で、如何に豊か
になるか」が、我々が考えるべき根本的な問い
「制約下の豊かさ」の視点から「地球環境問題」をどのよ
うに位置付けるか?

社会科学系の問題における 7 つのリスク
 資源の枯渇
 エネルギーの枯渇
 生物多様性の劣化
 水の分配
 食料の分配
 急激に増える人口
 温暖化に代表される気候変動

これらのリスクが 2030 年頃には厳しい状態になりそ
う
今のまま何もしなければ自らの手で文明崩壊の引
き金を引くことになる

本来、50 年前、100 年前はリスクではなかったもの
をリスクにしたのが「地球環境問題」ではないか
→その原因は「人間活動の肥大化」
74
「人間活動の肥大化」を如何に停止・縮小するか?

単純に「停止・縮小する」だけなら企業の存在価値
は無い、これは「全て廃棄」の理論(?)になってしま
う

「『心豊かに暮らす』ことを担保しながら『停止・縮小
する』ことができるのか」という問いに対して解を出
せるかどうか(環境問題を考える上で非常に重要な
切り口)
「心豊かな暮らしを担保しながら人間活動の肥大化を停
止・縮小する」=「持続可能な社会をつくる」

持続可能な社会はシンプルな構造を持つ
持続可能な社会(あたらしいものつくり・くらしかた)
を構成する二つの要素
 地球のことを考えたものづくり・くらしかた(循環型社
会をつくる)
 ひとのことを考えたものづくり・くらしかた(人間の欲
を満足する)
この両方が同時に成立しないと持続可能な社会は
できないのでは?でも、現状の環境問題や持続可
能社会の議論では循環型社会の視点ばかりがクロ
ーズアップされ、「人間の欲望を満たす」側の視点が
無い

企業やテクノロジーの役割: 「人間の欲を満足させ
ながら循環型社会をつくる」ことではないか?
「欲」の構造の根本には「生活価値の不可逆性」が
ある

古い携帯を 12,000 個集めれば…
400g の金、2.7kg の銀、98kg の銅が取れる
NIMS(物質・材料研究機構)のデータから見ると、
2030 年にこれらの資源の供給は極めて難しい
でも「15 年前は携帯を持っていなかったのだから、
使うのをやめられるでしょう?」とはならない
過去には戻れない

「江戸時代は循環型社会だった」「一日掛かった」
でも江戸時代に戻ればいいとはならない
縄文時代に戻れれば環境問題なんて起こらない

「戻れない」が「生活価値の不可逆性」の「欲」の構
造

人間は一度得た快適性・利便性を容易に放棄でき
ない、放棄しようとすると心が痛む、悲しくなる
75
欲の構造を理解しながら「生活価値の不可逆性」を肯定
し「循環型社会」構築も両立させねばならない

この二つを同時に肯定する以外に「持続可能社会」
の実現は無いのではないか
現実の世界で企業は環境配慮を一生懸命やっているが
…現実の世界では問題が起こっている
エコ・ジレンマ

昨年の自著で初めて問題提起した言葉
「努力すればするほど地球環境は劣化しているので
はないか?」
76
日本のテクノロジーや意識は「エコ」全盛だが…環境劣化
は止まらない

テクノロジーの水準も中途半端ではない
とてつもないエコ・テクノロジーをつくっている
例: 家庭の消費エネルギーの 5 割は電気
その電気の 40%がエアコンと冷蔵庫に使われてい
る
エアコンのエネルギー消費は 15 年間で 6 割に
冷蔵庫のエネルギー消費はこの 15 年間で 2 割に

高い環境意識
日本人の 89%、約 9 割が地球環境に対して非常に
高い意識を持っている
「エコ・テクノロジー」と「高い環境意識」を掛け合わせれ
ば、環境劣化は止まるか?

残念ながら、家庭のエネルギー消費はどんどん右
肩上がりで増えて来ている(幾分頭打ちにはなった
が…)
「エコ・テクノロジー」×「高い環境意識」=「環境劣化の加
速」(エコ・ジレンマ)

エコ・テクノロジーは間違いなく市場に投入され、そ
れを使う人達の環境意識も極めて高いレベルにあ
るので、それを掛け合わせると本来は環境劣化が
止まるはずなのに、逆に加速される=「エコ・ジレン
マ」
調査から見えてきたエコ・ジレンマの構造

「エコ商材」が「消費の免罪符」になっている?

人間の欲は常に拡散する
エコになれば「エアコンをもう一台買おうかな」
「エコなんだからテレビをもう少し大きくしようか」
「エコカーを買ったのだから、週末にみんなでちょ
っと
遠乗りしようか」
→エコ・テクノロジーが貢献するより、はるかに大き
な環境負荷を生み出している
ライフスタイルに責任を持つテクノロジーであらねばなら
ない

売りっ放しではなく「テクノロジーがどのようなライフ
スタイルを創るのか」を考えて製品をつくる・売る
→「ライフスタイルに責任を持つ」テクノロジーを市
場に
投入しなければならない
77
エコ・ジレンマの実例(2012 年 10 月 12 日の日経新聞記
事)

環境省がエコポイントで期待した CO2 削減量 273 万
t に対し、現実にはその 1/13 しか削減できなかった
著作権法上の理由で非表示
エコ・テクノロジーの経過とエコ・ジレンマの顕在化

エコ・テクノロジーは悪か?→そうではない

エコ・テクノロジーは淘汰の一つのかたち
湯水のごとくエネルギーや資源を使うテクノロジー
の恩恵にあずかって、利便性を享受してきた
→「そんなことをしていたら酷いことになる」というこ
とで「エコ・テクノロジー」が出て来た
→エコ・テクノロジーは大量に市場に投入され、人々
の環境意識を変えたが…
何かと何かを置き換えるテクノロジーでは環境劣化低減
に貢献できない

エコ・テクノロジーは人の心は変えたが、環境劣化
は食い止められていない
必要とされるもうひとつの淘汰: 「ライフスタイルの淘汰」

「ライフスタイルを変えていく」淘汰を起こさなければ
どうしようもない
78
我々はライフスタイルを変えられるのか?

実はそう簡単ではない
ライフスタイルハザードマップ調査結果から見える「優先
される利便性」の特質

「あなたにとって手放せない利便性は何ですか?」
と 1000 人に聞き取り
→「車」と答えた方が約 6 割

さらに「これから環境制約が非常に厳しくなる、今大
事だと思っているものも手放さねばならない、それで
も最後まで手放せないものは何ですか?」と問うた
→やはり「車」と答えた方が 50%ぐらい(使用頻度が
下がる)

現在と環境制約下の優先性分布は統計的には全く
同じ分布
→我々の思考回路はフォアキャストで「今日を原点
にして明日や将来を考える」のだが、そのような
思考では「ライフスタイルを変えることはできない」
経済産業省の 2025 年テクノロジーロードマップ

現在から 2030 年までエネルギー・資源の需要は増
え続けるが、こんな量は供給できない

そこを新エネや省エネ・省資源のテクノロジーで削
減して実質の消費を抑えられる?
→抑えられない
フォアキャストの思考回路のライフスタイルだけ
を煽るのであれば間違いなく無理(エコ・ジレンマ
の構造)
79
発散型のフォアキャスト思考回路を収束型のバックキャ
スト思考回路へ

「我々にはひとつの地球しかない、そのひとつの地
球から見た時に我々は何をすべきか?」という概念
で戦略をつくらねばならない

バックキャストについては古川先生が紹介した
フォアキャストとバックキャストの概念比較図

フォアキャスト
今日を原点にして明日を考えるので「人間の今日の
欲」を原点にしてふたつのサミットができる
「豊かな暮らし」の頂点にいる人:
「おれが稼いだ金を何に使おうが関係ないでしょ、
他人のことなんて関係ないでしょ」
「地球環境問題」の頂点にいる人:
「人間よりメダカのほうが大事だ」と平気で言える
現在のエコ商材はこの二つのサミットが重なったと
ころにだけしか存在できない(部分最適)
→「部分最適」だから「エコ・ジレンマ」が起こる
→どうやって「部分最適」を「全体最適」にするか?

80
バックキャスト
「2030 年の厳しい環境制約『有限な地球環境(良質
なタガ)』の中でどうやって豊かに暮らせるのでしょ
う?」を考えるので、山はひとつになる(全体最適)
全体最適型の思考回路でものを考えねばならない
2030 年の日本のお風呂を考える

2030 年の日本の世帯数は今より 100 万世帯少ない
4,900 万世帯、お風呂に 1 回入るのに浴槽 300L の
水を 20℃から 40℃に温める
→2030 年はこの量の水もエネルギーも供給不可能

「2030 年にどうやってお風呂に入るか?」と聞かれ
たらどう答える?(出席者へ質問)
→大体は典型的なフォアキャストの思考が出て来る
お風呂屋さん(銭湯)に行く / 入浴回数を減らす
/
シャワーにする
→楽しいか?心豊かか?

なぜこのような思考になってしまうのか?
→二つの理由がある(先程のフォアキャストふたつ
のサミットを思い出して欲しい)
 質問の問いを考える時に「豊かさ」を考えず「環
境」ということしか考えない(「環境」を考えると
「豊かさ」は制約になる)
 逆に「豊かさ」を考えると「環境」を忘れてしまう
(「豊かさを考えると「環境」は制約になってしま
う」
→ふたつのサミットを同時に考えられない(フォアキ
ャストの欠点)
→「バックキャスト」という思考が必要

フォアキャストからバックキャストへ
「毎日お風呂は入ればよい、でも、水の要らないお
風呂に入る」という発想
「2030 年に制約はある、でも、その制約の中で心豊
かに暮らす」と考えればよい
自然の中にバックキャストのテクノロジーを探しに行く(ネ
イチャー・テクノロジーの創出)

動物や虫たちはどうやってお風呂に入っているか?
色々なソリューションが考えられるが、時間の制約
があるので本日は結論だけ紹介したい

泡のお風呂
70℃ぐらいの泡をお風呂に入れて身体を温める
泡がはじける時超音波が出て汚れが取れる
取れた汚れは泡の表面張力で泡に付いて身体には
戻らない
水は 3L しか使わない
→3L しか使わないなら毎日お風呂に入ってもよい
浴槽も小さく、軽くて済む(今日はベッドの横で、明
日はベランダでお風呂に入ることが可能)

環境制約のおかげで今よりもっと心豊かなライフス
タイルができる

車いすのまま入れるお風呂
6L の水でよい
今は介護の現場でリフトを使って吊り下げ大がかり
にしているが、入れられる本人には屈辱的な時間
そのような恥ずかしい思いをする時間を無くしたい
(母の体験・感想を思ってつくった)
81
「テクノロジーがライフスタイルに責任を持つ」新しい概念
をつくらねばならない

今のテクノロジーは何かと何かの置き換えでしかな
い
1970 年前半からそのようなテクノロジーしかない(i
Phone などを除く)
ほとんどのものが何かと何かを置き換えて「軽くす
る」、「早くする」という概念しかない=効率化

効率化の追求→雇用を奪う
やってはいけないことではないが、効率化を使って
雇用を生み出すのはおかしな話、あり得ない

雇用を生み出すには革新(イノベーション)が必要
バックキャストという概念を使う
バックキャストで生み出すライフスタイルテクノロジーのイ
メージ=「ウォークマン」

ウォークマンは 1970 年代に市場に投入され、その
後 40 年間ブランドを維持し、SONY のブランドを牽
引してきた
SONY はウォークマンという機械を売らなかった
「音楽を外に持ち出して聴く」ライフスタイルを売った
のであって、ウォークマンの機械はその後について
きた

今求められているのは「環境」をベースとした「くらし
方」と「テクノロジー」のセット、あるいは「サービス」
のセットを市場に投入することが求められている
ネイチャー・テクノロジーの創出システム
まだできていないがこのような一連のシステムを考えてい
る

2030 年の制約因子の中で心豊かに暮らせる生活シ
ーンを考え、絵にする

絵から必要なテクノロジーを抽出し、それを自然の
中に探しに行く

それを「サステナブル」というフィルターを通してリ・
デザインする
82
一番最初の 2030 年の生活シーンを考える部分が「バック
キャスト」

第 1 回で古川先生が話した手法論の部分

2030 年の厳しい環境制約の中で生活価値の不可
逆性・欲を認め、両方を認めた時にどのようなライフ
スタイルが見えるか
83
バックキャスティングで考えた 2030 年のライフスタイルの
社会受容性を見る

この社会受容性をさらにクラスター分析して潜在意
識調査を行う
人は潜在的に「利便性」と同じくらい「楽しみ」や「自然」を
強く求めている

コンジョイント分析でさらに定量化した結果
→興味深いことに我々は利便性と同じくらいの強度
で「楽しみ」や「自然」を求めている
→このような概念を持ったライフスタイルをつくる、そ
してそれに必要なテクノロジーを組み込むことが
求められている
84
人々は今の「楽しみ」とは異質の「楽しみ」を求めている

今はインターネットやゲームなど色々な「楽しみ」が
あるのに、なぜこんなに「楽しみ」を潜在意識として
強く求めているのか?
→インターネットやゲームとは異質の「楽しみ」を求
めている
→答えはまだ見えていないが、「楽しみ」の構造はお
ぼろげながら見えて来た(それを分析するために
90 歳ヒアリングを行っている)

90 歳ヒアリングは現在海外の方も含めて 150 人を
越えるヒアリングをして価値観を蓄積している
90 歳ヒアリングの価値観構造と人々の潜在意識から未
来の価値観

潜在意識調査で出て来た「楽しみ」「社会と一体」
「清潔感」「自分成長」「自然」「利便性」と 90 歳ヒアリ
ングに見られる価値観の構造を合わせて見てみる
と、おぼろげながら未来の価値観が見えて来た
→それをもう少し突き詰めていけばよい
このような概念を使ってものをつくれば、実際に環境負荷
は下がるのか?

第 1 回で古川先生がこのような絵を見せたかと思う
震災復興の意味もこめてバックキャストで絵を描い
た

社会と一体になりたいと潜在意識は 14%の強度で
持っている
昔はそのようなコミュニティ・コミュニケーションをつく
るために、「味噌や醤油をお隣に借りに行く」という
行為を持っていた
味噌や醤油が「無くなった」からお隣に借りに行くの
ではなく、味噌や醤油を「コミュニケーション媒体」と
して使っていた
→では、昔と同じように味噌や醤油を借りに行く
か?
→これはない

焚火のまわりに人が集まるように、テクノロジーを中
心として人が集まるライフスタイルを描く
我々はこのテクノロジーを電池にした
電池のまわりに人が集まる
「今日はうちにたくさんお客が集まるから電気貸して
よ」
「しばらく旅に出るから、うちの電気使っていいよ」
そのような貸し借りができる電池やエネルギーがあ
れば、コミュニティは成立するのではないか
85
貸し借り可能な電池が家の中で活きるシステムとは?

せいぜい 1kW の、ポータブルで持ち運びできる電池
(これ以上は無理)

屋根には色々な発電機があってよいが、現実的に
は太陽光パネルを使っている
普通の屋根についているパネルの 1/5 の出力 800W

「貯めながら使う」が大事
足りなくなったら東北電力から買えばよい
このシステムを実際に使ってもらうと何が起こるか?

第 1 回に古川先生が話した

普通の家庭で使っているエネルギー10kWh
→このようなシステムを使うと最終的にこれが半分
になってしまう
たった 1kW の電池が家庭の電気エネルギーを
半分にする

これを何かと何かを置き換えるテクノロジー(今のハ
ウスメーカーでやっている)でやろうとすると…
「1 日 10kWh の電気を使うのだから 10kWh の電池
が要る、予備を入れると 15kWh だよね」と巨大な電
池を置こうとしてしまう
※それをやってしまうと、もっと発散してしまう
「自然エネルギーを使っているから」とどんどん使
用量が増えてしまう
86


ライフスタイルオリエンテッドで考えるテクノロジーを
使えば、現実的に家庭の消費電力が 5.2kWh まで落
ちる
東北大ではこの概念で考える 20 近いプロジェクトが
動いている
車の要らない街に必要な移動媒体とは?
 自動車メーカーは「車がいらない街の移動媒体」を
懸命に考えている
来年 3 月ごろには試作品ができる予定
震災の後すぐに描いた未来のライフスタイル
 震災前からの蓄積を活かして、どんな街をつくれる
かを描いた(震災直後はみんな暗かったので)
87

このポエティックな絵の中にも、実は 50 個を超える
全く新しいテクノロジーが隠れている(このような入
口のドアの開け方も必要ではないか)
マーケティングがはまりやすい「多様性」に意味はある
か?
 今、色々な企業がマーケティングで頭を抱えている
「ニーズが分からない」
うちにも多くの企業が相談に来る
 先月にある企業が 30,000 人アンケートをやった結果
が
「今の人々は多様性を求めている」
→一目見て「これは間違いだ」と思った
 今「人に聞く」「多数の人に聞きまくる」のは意味が
無い
人々は霧中にいて「どこへ行けばいいか分からな
い」
「今、これが欲しい」と言っても、それはたった 10 秒
前にインターネットで見て欲しいと思ったものかもし
れない、何カ月も何年もじーっと考えて欲しいと思っ
たものではない、あるいはお隣さんが持っているか
ら私も欲しいという薄っぺらな欲が多い
→アンケートをいくら集めても「多様性」しか出て来
ない
 先程見せた 1000 人の潜在意識調査では「楽しみ」
「自然」を強く求めている
「多様性」ではなく極めて単純なものを人々は求め
ていることに気がつかねばならない
企業・サービスに求められているもの
 ライフスタイルを自らつくり、「このライフスタイルに
必要なサービスや商品はこのようなものですよ、如
何ですか?」とニーズに聴くことが必要(今はこのよ
うになっていないのが非常に大きな問題)
88
持続可能な社会に必要なテクノロジーの種を自然の中に
探しに行く

1992 年のリオサミット以来、持続可能な社会をつく
ろうと先進国は一生懸命になって取り組んできた、
本当に怠けていないと思う
ところが、一生懸命やればやるほど現実には理想
から乖離していく
なぜ自然の中から探すのか?

今、地球の中で唯一持続可能な社会を持っている
のは「自然」しかない
自然は完璧な循環を最も小さなエネルギーで駆動
している
→その自然からメカニズムやシステム、あるいは淘
汰という社会性まで学ぶことができるのではない
か?

我々が今使っているテクノロジーは、みんなイギリス
の 18 世紀以降の産業革命がもたらしたテクノロジー
なぜイギリスの産業革命が成功したのか?
→それは自然と決別したから
→自然と決別しない産業革命とは何か?
自然と決別しない産業革命を歴史上唯一成功させたの
は江戸時代の日本

「粋」という概念
「遊び」や「エンターテイメント」という「精神欲を煽る」
テクノロジーを生み出した

イギリスの産業革命は「物欲を煽る」テクノロジーを
生み出した
89
自然観を捨てないテクノロジー

「粋」の概念をテクノロジーに移し替えたい
物欲ではなく精神欲を煽るテクノロジーを見出すこと
ができるのではないか

現実的に日本では成功した
柳宗悦「用の美」
自然観を捨てない概念から生み出された日本独特
のテクノロジー
「ものを大事にする」 「丁寧につくる」 「壊れたら修
理する」
→現実に今も世界のトップを維持している日本の産
業構造を支えている

この部分のロジックをもっとしっかり学ぶ必要がある
のではないか

種が見つかったらそれをテクノロジーとして具体的
にデザインする
このようにして考えたテクノロジーの具体化の例
(浪花節のように聞いて欲しい)
小さな小さな風の発電機

出だしの部分は震災があって少し書き直した
実際に読み上げ

これは「何かと何かの置き換え」ではない

この発電機が生み出すエネルギーは小さなものだ
が、それがこの子どもに「エネルギーとはどういうも
のか」を教える、「エネルギーの価値」も分かるよう
になる
→子どもだけでなく、それに関わる親にも家庭で使
うエネルギーやほかの色々なところで使うエネル
ギーについての知恵を授かることになる
90
このアプローチに必要な風力発電機はどのようなもの
か?

庭先でチリチリと鳴る風鈴のような小さな風力発電
機
子どもがお母さんに「ゲームやってもいい?」と聞く
と「ゲームやってもいいけど自分でつくった電気でや
ってね」と返す
→この子どもにとって大事な風力発電機は 24 時間
のうち 20 時間以上常に回っていなければならな
い、いつも止まっていて風が吹いた時だけ回るよ
うな風力発電機ではない
→1 日のうち 20 時間以上、ちょっとした微風でも回
ってくれないと困る
→このような要素が出てきたら、自然の中にそれを
探しに行く
自然の中に見つけた小さな発電機の種

トンボ
昆虫の中で最も低速で滑空する
→トンボが飛ぶメカニズムを理解すればよい
トンボのテクノロジーのすごさ

横軸に風速、縦軸に効率を取ってグラフ化する
世界で最も効率が良い小型風力発電機でさえ、風
速が 3m/s 以下になると 10%の効率が出るか出な
いか
→ターゲットの「風速 1m/s 以下の世界」では動かな
い

下のグラフはレイノルズ数(空気の粘性と考えてよ
い)を横軸に取ったもの
今まで研究されている風力発電機や飛行機は全部
高いレイノルズ数(さらさらした空気の世界)で動い
たり飛んだりしている
トンボはもっと粘っこい空気の中を飛んでいる(トン
ボにとって空気は水あめみたいなもの)
→そのような水あめのようなところで回ってくれる風
力発電機をつくろうとしている
→人間の世界にはないので、トンボがなぜ飛んでい
るのかを探る
91
トンボはなぜ飛ぶのかを研究する

トンボの翅はギザギザしている
ギザギザしているほうが浮力が出る
デコボコのところで小さな渦ができ、ボールベアリン
グの働きをしてベルトコンベアのように空気を後ろに
持っていき、浮力を生む

流線形では低い風力で浮力が出ない
流線形の羽では真ん中ぐらいで空気が剥離してし
まい浮力が出ない
トンボのテクノロジーを活かした風力発電機

東京都内のあるビルで実際に回っている
直径 40cm ぐらい


92
風速 20cm/s で回り始める
人間は感じない、ティッシュペーパーをかざしてもほ
とんど動かない)
風速 80cm/s でもきちんと発電する
風速 1m/s 以下でも 20%近い効率を出す
自然を活かすテクノロジーの数々

水の要らないお風呂

電気の要らないエアコン

一度建てれば洗わなくてよい建物の外壁

家庭農場(家の中を農場にしてしまう)
壁からレタス、引き出しからキャベツ、納戸に行けば
バジルが生えている
一番小さな循環を世帯・家の中でも可能にする

夏の熱、冬の熱を土を利用して蓄えて使うような概
念も出て来ている
これからの研究課題

ライフスタイルからテクノロジーやニーズを生み出す

ニーズと自然というシーズをマッチングさせる
まだまだ研究が足りない
→今年の 7 月に新学術領域研究課題「生物規範工学」と
して採択された
→これから 5 年間、多くの研究者とネットワークを組みな
がらこの研究を仕上げていきたい
→ネイチャー・テクノロジーの概念、地球環境を考えた新
たなライフスタイルの概念をつくっていきたい
V. 質疑・自由討議詳細
石田: 私も勉強したいので、皆さんのご専門、生活者の立場、どんな立場からでもご意見、ご批判何でもいただきたい。
A:
「暖房便座を使わなくともカバーをつければいいな」と思って、(暖房機能を)使わないように(ライフスタイルが)変わっ
たのだが、それは不便を受け入れたことになるのだろうか?
93
石田: 「不便を受け入れる」とはどういうことか?
A:
「エネルギーを使わなくても済んでいる」という意味では「過剰にエネルギーを使わないのでいい」となるかなと…。
石田: いいと思う。ただ、大事なのはそれは「置き換え」だということ。そこに成長というファクターが入らねばならない。
(黒板に描きながら)僕もまだよくまとまっていないが、このような構造に
なるのではないかと考えている。マクロ的に見ると、環境制約を基礎と
して下から 3 番目ぐらいに安全・安心が来る。その上に自然が来る。こ
成長
自然
れは美しさや文化的な価値観としての自然。そして利便性、制約が来
て、その上に成長が来る。この「制約」には「自己制約」「他者制約」
「自然制約」がある。この「自然」の中には「美」や「文化」がある。僕た
ちの「豊かさ」の価値観は、おそらくこのようなもので構成されている。
だから、ちょっとした制約があっても、その制約があることによって成長
利便性
制約
(美しさ・
文化的な
価値観)
安全・安心
・・・
環境制約
できる。その(成長の)概念があれば、それは(社会に)受け入れられ
る。ところが、今の「暖房便座を何かに置き換える」考え方は、「成長」のファクターがすごく低い。「成長」のファクター
をどこかに入れてあげないと楽しくない。テレビゲームが何となくあるところ(年齢)から受け入れられなくなる人がいっ
ぱいいる。面白くなくなってくる。それは、この「成長」が少ないからだと思う。
例えば、「自然」とか「田舎暮らし」が好きな人達は、ひとつは「自然が美しい」という価値観を持っていて、もうひとつは
ここの「自然制約」の価値観を持っている。太陽が照らないと成長していけない場合、太陽が照らない分をどうやるか、
水を掛けてやるか、栄養を掛けてやろうか、そのような制約を受けながら、考えながら、そのものが成長していくことを
楽しむ。この「成長」は、例えば「自分の孫の成長」だとか「自然の成長」だとか、色々なものがある。このような構造を
おそらく持っているのではないか。これは本邦初公開だが(笑)。
今の便座の話も悪くはないが、そこへもうひと工夫、「成長」のファクターを入れてやれば、全く違う価値観が生まれる
のではないか。90 歳のヒアリングや色々な調査から、これは間違ってはいないだろうと思い掛かっている。
A:
その「成長」のコンセプトには「自分が成長する、色々な能力を身につける」というのも入っているのか?
石田: 「自分が成長する」「孫が成長する」「部下が成長する」「自然を育てる」、全部入る。この図と 90 歳ヒアリングの 70 の
キーワードを見ると、ほとんど一致するのがお分かりいただけると思う。置き換えると大体ダメ。価値はない。
司会: 先生のお話を聴いていて期待も持てたが、「これから大丈夫かな」という不安も実は感じた。我々が自然に憧れるの
は、原体験を持っているからで、それを持っていないと「(自然への)憧れ」は出て来ないのではないか。そう考えると、
今、転換をしないと間に合わない、手遅れになってしまうのではという危機感を感じる。でも人間は本質的にそのよう
な憧れを持つので、例え小さな頃に(自然の中で)遊ばなくても、原体験が無くても大丈夫という期待もある。
石田: 60 兆個の細胞がある人間は、進化するのに、ものすごく時間が掛かる。正確なデータがあるわけではないが、大体
60 兆個あると進化するのに 4 万年ぐらい掛かる。僕も含めて皆さんには 4 万年の原体験の記憶が残っていることに
なる。その記憶はやはり「自然」しかない。だから「自然観」を無理矢理押しつけなくても、皆持っているだろうと思う。
それから、毎年 1,000 人ぐらいの子ども達に対して「粋(いき)」の概念の(意識)調査をしているが、日本人は間違い
なくこの概念を持っている。そこから考えれば、基本的な自然観は持っている。このような(豊かさの)構造を持ってい
れば、何も「自然」だけではなくても「成長」という概念を入れてあげればいい。
「新しいライフスタイル」というと、みんな「田舎に帰る」「農業をやる」とか、そんな方法しか思いつかない。それは分か
りやすい。では、霞が関、東京のドブネズミ色のコンクリートの箱の中にいて、そのようなところへ行けない人はもう無
理なのかといえば、そうではない。この(成長の)ファクターから考えると、利便性をベースにした制約の上に成立しつ
つ「成長」が得られるライフスタイルを考えれば、いける(受け入れられる)のではないかと思う。このようなかたちをこれ
からつくってやろうと考えている。(人々は)本来的には「自然を受け入れる」という概念を持っていて、そこは問題な
いけれども、それが排除されてもきっと他の可能性はあると思っている。
94
司会: それは日本人的な考え方では成り立つかもしれないが、いわゆる欧米主義的な考え方、「自然は共生するものでは
なく征服するものである」という考え方でも成り立つものなのか?
石田: 結論としては成り立つ。でも、アプローチとしては成り立たない。それは今までずっと海外で色々な講演や議論をして
きてよく分かった。やはり「地上にモノがあって天に神がいて」という一神教の世界と、「神もものも地上にある」という
我々(日本人)の世界は、全く入口のドアが違う。でも、そこ(日本人的な考え方)から生まれたテクノロジーで、ライフ
スタイルにとって素敵だと感じるものは(欧米でも日本でも)共通している。ひょっとしたら、環境のことを考えた新しい
暮らし方のかたちから生まれるテクノロジーは、日本人にしかつくれないかもしれない。よくよく考えると、この 15 年で
欧米から環境に関して驚くようなテクノロジーができたかというと、何も無い。彼らがつくっているのはルールでしかな
い。今でも「エコ」に関して現実的に圧倒的に強いのは日本のテクノロジー。今の日本の「エコのかたち」をとっとと変
えていくのが、我々の使命ではないかと最近は思う。言い過ぎかもしれないが、きっと大きくは間違っていない。テクノ
ロジーがエシックス(倫理)を持つことをトコトン突き詰めてもいいのではないか。
B:
今のお話に関連して、このお話が海外でどれぐらい受け入れられるのかについてお聴きしたい。私達は持続可能な
発展の指標を研究しているが、地球レベルの持続可能性指標を考える場合と、日本の持続可能性指標を考える場
合では、かなり違う指標群が選ばれている。例えば、「隣の家に味噌や醤油を借りに行くようなコミュニティ」は日本で
は想定しやすい。でも海外だと、裕福でお金持ちの人達ばかりのエリアに住んでいると、あまり隣の人達と貸し借りを
するようなコミュニケーションが取れなかったり、スラム街はスラム街で危ないなどの理由でコミュニティが成り立たない
などの状況がある。今日の(お話の中に出て来た)「コミュニティ」は他国では通用しないのではないか。当てはまれば
理想的だけれども、現実的ではないのではないかという気がしている。
石田: 僕のアプローチはテクノロジーの切り口しかないので、その全てにお答えできるわけではないが、「テクノロジーがエ
シックスを持つ」概念は、欧米には無い。そこの議論は(欧米で)いくらやっても全然空回りばかり。ところが、そこ(コミ
ュニティやエシックス)から生まれたテクノロジーの話をすると、それは(欧米の人にも)受け入れられる。現実にドアの
開け方は違っても、結果としてのテクノロジーは低環境負荷でコミュニティを生み出したりする。それは日本のコミュニ
ティ(が辿る道筋)とは違うが、欧米で仲間同士とか教会を中心としたコミュニティなどへ(日本的な考え方から生まれ
たテクノロジーを)持って行き、これを何とか使おうと言うことはできると思う。基本的な考え方を売るのではなく、(そこ
から)できたモノやテクノロジーを売ると、その後に付いてくるライフスタイルは受け入れられる、という事例はいくつか
実証している。ただ、指標となるとちょっと切り口は違ってきそうだが。
2005 年にロイヤルアカデミーで講演をした時、モノを投げられそうなくらい不評だった(笑)。「呼んでおいてそれはな
いだろう」というくらい本当にひどくて、しばらくは海外で話すのをやめた時期もあった(笑)。でも何を思ったのか、一
昨年のロイヤルアカデミーの木曜講話で呼ばれた時には、話し方を変えたのは事実だがスタンディングオベーション
だった(笑)。だから彼らも変わっているし、入口のエシックスを除いた概念は結果としては受け入れられると思う。
B:
技術が最終的には同じところに行き着くのかなと思う。日本のテクノロジーがよくガラパゴス化していると言われている
が、日本人が求めているタイプの利便性と、欧米人が求めている商品のポリシーとは何か違う気がするが。
石田: 僕は、欧米を当てにする必要はもうないだろうと思っている。例えば、我々が今持っているテクノロジーは、(地球全体
の)人口で言えば 20%の人達にしか使われていない。一日 20 ドル以上の収入がある人は(世界に)2 割いて、その
2 割のところにしか我々のテクノロジーは行き渡っていない。残り 8 割には行っていない。ところが、このような(エシッ
クスに基づいた)テクノロジーは環境負荷も低くてコストも安くできる。そうすると、1 日 1 ドル以下の収入しかない非常
に貧しい 2 割の人々(への普及)は諦めるとしても、その間の 6 割の人達は我々のビジネス対象になる。だから、ビジ
ネスの対象が一挙に 4 倍に増える。その時に「いつまで欧米を向いているのか?そうじゃないのでは?」と思う。既に
「欧米」や日本を含めた「先進国」という概念が崩れかかっているのだから、今こそターゲットにすべきは、最も環境負
荷が発生しながらレイバー(労働)コストが低いアジア、そこを徹底的に向くべきではないかと思う。
ちょっと過激なので、話八分ぐらいに聴いておいて欲しいが、でも、それぐらい思わないと(笑)。「いつまで欧米です
95
か?」と思う。基軸通貨も歪んで来ているし、「フォアキャスト」で従来の延長上に今のお金などの価値観が本当にあ
るのか?無いのではと思う。僕はテクノロジーのことしか分からないがその一番典型的な例は、経産省がつくるテクノ
ロジーの概念。20 年経っても 30 年経っても価値観が変わらない。だから 2100 年とか 2050 年の絵を描くと、みんな
今のテクノロジーが「薄くなる」「軽くなる」「速くなる」という絵しか描かない。でもテクノロジーの価値観は変わるもの。
よく「農家で稲刈りをする時に 10 年前はどうしていたのか」と聞くと、「お金を出して稲刈りをする人を雇っていた」とい
う。ところが今は「誰か稲刈りして」というと、東京からお金を払って稲刈りをさせてもらいに来る。価値観はどんどん変
わる。テクノロジーの価値観だって変わる。テクノロジーの価値観は変わらないと思ってしまうと、何も見えない。それ
が「フォアキャスト」だ。だから「バックキャスト」でものを見るのは、アプローチとしてすごく面白いと思う。
A:
途中でコストの話が出たので、それに関連してお聴きしたい。家庭のエネルギーをできるだけ自給するという話に対
し、「外からエネルギーを買ったほうが安くなる」ということが起きるのではと思ったが、技術として安くコスト面でも勝て
るものを目指しているとのことだった。環境も経済も Win-Win を目指しているという理解でよいか。経産省などが考え
ると「安くて儲からないからダメ」になってしまうと思うが、そうではない方向を目指しているという理解でよいか。
石田: 利益率は高くない。でも、トータルの投資は少なくなる。市場を 4 倍にする。そのような感じで考えている。
この「バイオミメティック」という自然模倣のところだけでも ISO(国際標準規格)に二つ(入れた?)。アメリカのファイナ
ンシャルレポート(財務報告書)では、話半分にしても、15 年以内に 3,000 億 US ドル、160 万人の雇用と書かれて
いる。この計算の根拠はすごくいい加減だが、まあ、期待はされているのだろう。今は従来型に無い「テクノロジーの
価値観」が期待されている。そこに僕達はもう一歩「環境」と「ライフスタイル」という概念を植え付けようとしている。
C:
私は数年前までマーケティングリサーチの会社にいたので、それに関連してお聴きしたい。マーケティングリサーチ
会社では毎年「化粧品」なら「化粧品」、「ビール」なら「ビール」というように、同じものをずっとマーケティングし続ける
のだが、担当者に聴くと、先程(石田先生が)仰っていたように「漸進的な進歩はもうそんなに無くて、何人に聴いても
特に新しいものも出て来ない。A が A’になっても仕方がなくて、A から B に移る考え方は普通の人に聴いても出て来
ない。」という。このような世の中を前提とした上でお聴きしたいことがある。
「フォアキャスト」ではそのうちに何となく決める、なりゆきまかせで進んでいけばいいのだろうが、「バックキャスト」にな
ると、ある程度「ここを目標にしよう」と決めなくてはいけないと思う。みんなが自分の進みたい方向が分からない中で、
その最終点、2030 年をこうしよう、そこを目指そうとの合意をどうやって取るかが非常に難しいでのはないか。
石田: 「バックキャスト」は、実は時間軸を持っていない。僕が 2030 年と言うのは分かりやすくしているだけで、2040 年だっ
て全然構わない。「このような環境制約の中で豊かに暮らすとは何か」と考えてもらい、それに向かう。「バックキャスト」
でライフスタイルをつくっておき、そこに向かう時には「フォアキャスト」だ。つくるべきビジネスシステムがあるとしても、
それを具体的なかたちにするためには「フォアキャスト」で戦略をつくっていかねばならない。「フォアキャスト」で戦略
をつくる時、越えねばならないハードルがいくつも出てくる。そのハードルを Key Factor for Success(KFS)というが、
その KFS を越える。その KFS がいつ頃のことになるかは「フォアキャスト」でしか見えない。「バックキャスト」はディレ
クション(方向付け)機能しか持っていなくて、「フォアキャスト」で時間軸をつくっていく、そのような概念だと思う。
C:
一番最初に特に合意がある必要性、「この時点でここを目指そう」という目標は無くともよいということか。
石田: その通り。全然(要らない)。「2030 年にエネルギーがどうなる、資源がどうなる」などは、大体の大きなことは分かって
いる。「我が社はこのような時に社会をどう捉えるべきか」は「我が社」が考えること。ここが面白いところ。「このような制
約があった時に、我が社はこれをどのように社会状況として捉え直すか」、その時点で会社にとっての自分なりの環境
制約をつくり出すことになる。その制約の中で「豊かである」ことを考えると、「我が社に必要なライフスタイル」の側面
が見えてくる。そこから商材にスッと落ちるわけではないが、「そのようなライフスタイルをつくる方向に向かうためには
何をしたらいいのか?」を考えていくと、先程のように「車が要らない街に必要な車とは何か?」などの概念がどんどん
出てくる。だからといって今のビジネスと置き換えるわけにはいかない。「今のビジネスが利益を出しているならそれで
96
いい」といつも言っているが、今の大量生産型技術を使っている限り利益率はどんどん下がる。
例えば、トヨタのカローラの利益率は今はもう 0.○%で、安いカローラだと 1 台売って(利益が)15,000 円にしかならな
い。報われない。それでも大量生産というところから抜け切れない。だが、これが早晩ダメになるのは分かっていること。
だったらこれ(従来の大量生産型技術)を否定せねばならないと僕は思う。そっち(大量生産ではない方向)にもう 1
本線路を引いて欲しい、そうすれば乗り換えられる。「2030 年の社会をどのように見て、そのために必要なテクノロジ
ーは何なのか」という切り口でテクノロジーをつくっていく、線路を敷くというアプローチの構造をつくっている。今利益
を出しているものを否定はしない。でも、早晩ダメになるのはみんな分かっている。特にサラリーマン社長だと、長くて
(任期は)2 期、4 年しかない。4 年で代わると分かっていて四半期報告をやっている社長にとって、このような線路を
敷くのは無理。これ(今の利益を上げている技術)しか見えない。だから、「こちら側(新しい技術・ライフスタイル)は
我々がサポートしてあげるから、(長期的な)経営戦略としてつくりましょう」というプロジェクトを起こす。
司会: 如何にして柔軟で生き残っていけるような研究戦略を立てられるかというのも同じかもしれない(笑)。
D:
(スライド 26 で)「地球環境問題」と「豊かな暮らし」のふたつの山が同時に並立した図があるが、それらが同時に並立
している社会や人々の欲望が、将来どのようなレベルに達しているか、今の時代から想像がつくものなのか?
石田: (想像が)つくのでは?田舎暮らしの農家のおじいちゃんおばあちゃんは定年も無く一生働いて平均年収は約 100
万円。それで悲しそうな顔をしているか?ニコニコしてきゃっきゃ言っているので、寿命も長い。極端な例だが。
僕達は、いつも同じ物差しでものを見ていない。例えば、お金という物差しで色々なものを測っていない。
先程の車の例で言えば、「エコカー」の物差しが「燃費 30km/L」しかなかったら、僕はおかしいと思う。ハイブリッドカ
ーは、30km/L は(これまでのエンジン技術では)誰もが到達できないと思ったから、レシプロ(ピストン)エンジンとモ
ーターを付けて(動力機関が)ふたつ付いてできた。ところが、D 社の車のような 30km/L 走るエコカーが出て来た。
そうすると、ハイブリッドカーの戦略は全部崩れる。それは、物差しが 1 個だけだから。
僕達が考える「バックキャスト」とは「色々な物差しを持つ」ということ。色々な物差しで車を見たら、「1.6t の車に 60kg
の人を載せて走ることのほうがおかしい」と思わないだろうか?1.6t の装置を使って 60kg の人を運ぶのはおかしくな
いか?こんなバカなことはないだろう。あるいは、1.6t の車のうちの 400kg が安全装置で占められる。これは一生ほと
んど使わない。それが正義なのだろうか?それに疑問を持つ眼差しをつくっていくことが必要。我々がサラリーマンの
世界にいて 2 次産業や 3 次産業しか見ず、お金の物差しだけで測っていると「環境が劣化する」「暮らせない」「雇用
が無くなる」となる。でも 1 次産業を「定年が無い」「少子高齢化でもみんなニコニコしている、何が悪い?」という物差
しで見ることもできる。そのフレキシビリティ(柔軟性)が要ると思う。それは「バックキャスト」でしか見えない。
D:
ピンと来ない点があるのだが。都心と比べれば低収入の農家だが笑顔で幸せなおじいちゃんおばあちゃんがいる、
その価値観はひとつある。でも私が農家になりたいかというとなりたくない。そのような別の価値観もあるはずでは?
石田: 僕が言いたいのは、2 次産業や 3 次産業にも、そのような「農家(の暮らしのあり様)が幸せ」とする概念もあっていい
のではないかということ。2030 年の 2 次・3 次産業に、今の 1 次産業のカテゴリと同じ概念が組み込まれても、「成長」
のキーワードがあればいける(社会に受け入れられる)のではないか、という考え方もひとつあると言いたい。
D:
最初のほうに説明があった「生活価値の不可逆性」というのはとても納得できる。環境のことを非常に強く大切に思う
人で「江戸時代に戻ればいい」などと言う方がいるが、そのような極論は私は嫌い。「そんなことを言うから誰もあなた
の話を聴かなくなるのだ」と思う。今はすごく便利な機械に囲まれていて、「誰とでも電話できる」「いつでも連絡が取れ
る」とか、私達は利便性を享受してしまっている。そこからそれが無い時代に戻れるかといえば、少なくとも私は絶対に
戻れない。そのような人は少なからずいるとも思う。
ここ(スライド 11)に描かれた少年が仮にゲーム好きだとして、今は家のどこにでもあるコンセントにつなげばゲーム機
はいつでも充電でき、親が許せば好きなだけゲームをできる。一方で、先生が最後の方(スライド 54)に提示された
「小さな風車で少ししか発電できないが 1 時間はゲームができる」ライフスタイルをその子は受容するだろうか?
石田: それはわからない。そうはならないこともあるとする。
97
D:
(今ゲームを楽しむ時間が)ゼロのところからちょっとでも(ゲームが)できるようになるという場合なら、(そのようなライ
フスタイルは)受け入れられると私は思う。それは、欲望が膨らんでその子の中で満たされた状態になるから。でも、今
10 時間でも 15 時間でもゲームをやり続けることができる子が、1 時間しかゲームができないとなったら、それはやはり
その子の持っている欲求に大きな制約を掛けることになるのではないか。
石田: 言いたいことは分かる(笑)。「生活価値の不可逆性」はあるが、その「不可逆」の価値観にも違いがあるだろう。
例えば、ゲームというものが「不可逆性」の中で絶対的な優位性を持っていて、「どうしてもゲームをしないと自殺して
しまう」というくらいにホリック(中毒)だったら、それはゲームをやればいいのではないかと僕は思う。そのような多様性
は認めてあげればいいのではないか?(ゲームをやりたければ)やればいいのだけれども、「あなたがゲームをする
分だけ、もっと違うことを考えなければいけないよ」ということになれば、その子は「成長」するのではないか。今はこれ
もあれも好き放題やっていて、結局自分が「成長」できない。ある枠の中で、「エネルギーはこれだけ使っていいよ、ゲ
ームをやるならトコトンやりなさい。その代わりここの(他にエネルギーが必要な)部分はちょっと削るよ、納得しなさい」
と言えば、きっとこの子は納得するのでは。そのような多様性を認めてあげないといつまで経っても発散型のまま。何
かあれば原子力(発電)を替わりのものに置き換えなくてはいけないことになってしまう。
僕は「原子力(発電)が無くなった分、(電力供給量が)今の 7 割でいい、それで暮らしてみましょう」と言っている。丁
度 1980 年代、バブルの全盛の頃が丁度今の(電力供給量)7 割の頃。「その頃のエネルギーで暮らしてみましょう」
と言うが、全部を我慢するわけではない。「自分がやりたいことはやればいい、でも、そうではない部分はちょっとぐら
い減らす努力をしてみよう、これはゲームですよ」というのが「バックキャスト」だ。
震災直後、避難所でなかなか電気が復旧しない時に、子ども達が電気を消さなくて、親は怒って(子どもを)カーンと
ぶち殴る、子どもは泣き叫ぶ、みたいな状態で大変だった。それは、「フォアキャスト」で「電気をパチパチ消しなさい」
と言っていたから。それは「フォアキャスト」なのだ。だから楽しくない。それを楽しくするために、「バックキャスト」でそ
の(「成長」という)ファクターを入れてあげると、たった一言のフレーズでエネルギー消費量は 15%ぐらいポーンと下
がる。それは何かというと、「この電気、この明かりは要るのかな?」と聞くだけ。そうすると子ども達は「この明かりは要
らない」「ここはもっと明るいほうがいい」と、蜘蛛の子を散らしたようにパーっと走って行く(電気を消したり点けたりす
る)。そのような概念を入れれば楽しい。「エネルギーを使わない」ことを自分で探して「(電気を)消す」「必要なところ
には(電気を)点ける」だとかを自分で判断できる。それは「成長」なのだ。そのようなフレキシビリティを与えてやれば
よい。だからゲームを全部否定して、あれもダメこれもダメではなくて、「どうしても優先順位があってゲームをやりたい
ならやってもいいよ、でもあなたのもの(使うエネルギー)は減らす工夫をしなさい」ということだと思う。
D:
先生の仰ることはとてもよく分かるが、それはとても頭のいい人でないと出来ないことではないかと私は思う。勉強がで
きると言う意味ではなく、生きる上で頭のいい人でないと出来ないことだと思う(笑)。
石田: それも震災の時に思ったが…。漁山村の人達がいる避難所はめちゃめちゃ明るかったがサラリーマンがいる避難所
は暗かった(笑)。漁山村の人達とサラリーマンとどちらが「頭がいいか」というと、「算数ができる」などの「頭の良さ」で
は絶対にサラリーマンのほうがいいが、自然との付き合い方の「頭の良さ」でいえば、漁山村の人達のほうが頭がいい。
そこのメリハリだと思う。自然との付き合い方の「頭の良さ」は、僕ら(の世代の日本人では)そんなに(能力の)差が無
い。おじいちゃん、おばあちゃんが僕らの先生で、暮らしの道徳を教えてくれた。今の時代は知らないが、僕の時代
は両親は働いていて何も教えてくれない。お年寄りが僕達に色々な文化や教養を教えてくれた。それはやはり「生き
る」ため、「人と付き合う」ための文化や道徳だった。そこには「頭の良さ」はあまり関係ないのでは?みんな「頭の良さ」
を「何点取った」の物差しで測って、その結果「おまえは東大に行った、おまえは行けなかった」とか言うが、それ(学
校の勉強ができる頭の良さ)とこれ(生きる上での頭の良さ)は別な気がする。違うだろうか?
D:
その「生きる」ための「頭の良さ」というか価値観のようなものを浸透させる、そのように思う人を増やないと、どうしても
先程のふたつの山がある状況から抜け出せないのではないかと私は思う。
石田: それは僕も賛成。
D:
98
それを(ひとつの山に)重ね合わせるためにできることは、個々人が学習して個々が変化することなのか、このようなテ
クノロジーがある程度引っ張ってくれる部分があるのか、どのようなものが強い(影響力を持つ)のだろうか。
石田: 一番いいのは日本国首相が「この(電力供給量)70%で暮らしていくぞ、みんなやるぞ!」と言ってやるのが最高だろ
う。「この国の人であればやれるはずだ」というのが最高だと思う。でも、きっとやらないだろう。みんな、前例踏襲主義
しかない。経団連なども(同じ)。前例踏襲主義をやるからこうなってしまう(ふたつの山のジレンマから抜け出せない)。
だからきっとやらないだろう。でもテクノロジーはきっと牽引できる。(本日お話しした考え方をすると)テクノロジーがラ
イフスタイルを生み出すのだから、ライフスタイルを云々と強制するわけではない。このテクノロジーを使うとライフスタ
イルは変わる。「そっち(新しいテクノロジーで生み出されたライフスタイル)のほうが素敵だ」と思えばそれは伝染する
だろう。それは一個の手柄になる。
もうひとつは教育や社会基盤の中で、今あなたが仰ったような(個々人が学習して持続可能なライフスタイルを体得
することを促すような)展開はしたいと思っている。したいと思うけれども、見つからない。「我慢してでも自然の中で暮
らすんだ」「トイレもボッチャン(水洗ではなく汲み取り式トイレ)がいいんだ」とか、極端なオタクばかりは山ほどいるが
…。その間をつなぐような「少しぐらい我慢しなくてもいいんじゃない?でも、これだけは我慢してそれは『成長』に変
えようね」と言ってくれるような、大多数の人が納得できる生きざまを発信する人達が非常に少ない。僕は、今はどちら
かというとテクノロジーに傾いているかもしれない。来年からそのような暮らし方をしようかと思っているが。
D:
来年からか(笑)。
石田: 来年というかもう 1 年後。私だって田舎暮らしをしたこともないのに偉そうなことばかり言っている(笑)。その状態に身
を置いた時「何が辛くて何が楽しいか」を発信するのも、自分の仕事と思いだしている。いい質問をいただき感謝。
E:
今、ライフスタイルがどう変わるかをお話しされていたので、それに関連してお聴きしたい。
テクノロジーでライフスタイルを変える時に、この先そんなに利益が上がらないこれまでの技術を否定するのではなく、
もう一本道をつくるとのだった。やはり、「今までとは違うライフスタイルをつくるテクノロジーが出て来るためにどういうこ
とが必要なのか」と考える人達が必要なのだろう。先生はその違う道をつくるための支援をしているとのことだが、それ
が大きく拡がるために何が必要と思われるか。それが拡がるために、何を、何処を押せば拡がるか、そのようなテクノ
ロジーがどのように生み出されていくのか(お聴きしたい)。色々な可能性がある中でどのように選ぶか、意思決定の
際に(何が必要か)。賛同を得られないと広まらない。どのような仕組みが必要とされるのだろうか。
石田: 仕組みというのはあまり考えていない。これは全くのイノベーションのアプローチなので。イノベーションへのアプロー
チが論理的に構成するのは結構難しいと思う。どこで(イノベーションの普及が)爆発するか分からないので。
ただ、今「ひょっとしたらイノベーション(の引き金)になるかな」と思うのは、やはり会社の経営者が我々と直接プロジェ
クトの話をしに来ること。その話をしないと僕は(その会社から仕事を)受けない。会社の社長か会長が、直接僕のとこ
ろに来て話をして、「じゃあやりましょう」という話をしないと受けない。今それが 20 社近くになっている。それが大きな
変化ではないか。技術の担当者が来て本人が納得しても、会社を動かさないと意味がない。
例えば、ある企業の会長が僕のところへ来て、5 時間ぐらいの議論を 3~4 回やり、それでお互いの腹に落ち、「じゃ
あ、やろう」となる。すると、2025 年や 2030 年までの経営戦略の話から入ることになる。その戦略の中にこのような(低
コスト・低環境負荷のライフスタイルを生み出すテクノロジーの)価値観を埋め込んでいく。その段階でやっと下(社員)
に落ちる。そうすると、戦略の部分は CSR 経営戦略の部門でやる、テクノロジー部分は開発部隊がやり「バックキャス
ト」でライフスタイルをつくる、その時に我が社に必要なものを考える、というようなアプローチの仕方を僕はしている。
だから、どこでそれが花開くかは僕にも分からない。ただ、この方法はトップダウン以外はダメだということが大事。ボト
ムアップでやってもほとんど途中で潰されてしまう。一番気をつけているのはそこ。
でも、まだどれもうまくいくかどうかは分からない。ただ、ある会社ではもう試作(製品)が来年の 3 月には出来上がるの
で、それを思えば、かたちにはなりつつあるという感じ。1 年ちょっとでそこまで行っている。一方、4 年ぐらい一緒にや
っているある会社では、今は(当時の)社長が会長にまでなっているが、なかなか下が変わっていかない。利益がい
っぱい出ていて危機感があまり無いところはやはり遅い(笑)。そこを僕が変な危機感を与えることはしない。待つしか
ない。申し訳ない。何か戦略的にイノベーションを起こせる方法は無い。
99
E:
先生が企業側にアプローチをされてきたのか、それとも企業側が先生にアプローチされてきたのか?
石田: 大体企業のほうから、いっぱいいらっしゃっている。すごい野心を持って。
大きな変化は、やはり去年の後半ぐらいから霞が関(中央官庁)がそのような話を聴きに来て、事前研究の予算がい
っぱい付き始めた。話を聴いて私抜きでやっているものもあるが。調査研究の予算が結構付き始めているから、それ
はひとつの予兆かも。皆やること、手が無くなっているのだ。それは変化かもしれない。新学術領域(の研究公募)も
同じで、去年は落とされたのに今年は通った。やはり何かの変化があるのかも。去年、(選考委員から)「おかしい」と
言われたことを今年はもっと強調して訴えたのに、それでも通ったので、やはり何か変わっているのだろう。
F:
細かい点だが、このかわいらしい絵で描かれた(1 日のエネルギー消費量の推移と削減の部分、スライド 41~43)部
分を少し詳しくお伺いしたい。このライフスタイルでは、「充電池を持ち歩くと(電力需要量を)50%削減できる」と書い
てあるが、1 日の流れの中で何が減っているのだろうと見てみると、冷蔵庫(の電力需要)が無くなっている。その場合
のライフスタイルは、具体的にどのような感じになっているのだろうか?
石田: 冷蔵庫のエネルギーは、午前中~午後 2 時くらいまではかなりの電力消費を電池が賄っている。ここに描かれている
のは、系統電力(大手電力会社が発電し送電をネットワーク化して消費者に届けている電力)の使用量。ここに描か
れていない部分は、全部電池がカバーしてくれている。要するに、系統から買っている電力だけを描いている。
F:
ここで描かれているのは、外から買っている電力だけで、電池で賄えない部分を表しているということでよいか。
石田: そう。これは実測している 1 軒の家(のグラフ)なのだが、最初は「1kW の電池で電球ぐらいしかできない(賄えない)
だろう」と思ってやっていた。それが、「照明以外にも余裕じゃん」と段々増やしていった。配電盤をどんどんつないで、
「ここは危なくて無理だな」というところは配電盤を差し込んでいない。その差し込んでないところは常に系統から買っ
ている。だから、(グラフは)トータル、マスで見たほうがいいかも。夕方、午後 3 時を過ぎるともう(太陽光発電パネル
は)発電しなくなるので、3 時を過ぎると大体系統から(電力を)買うことになる。我が家にも、もうすぐこれがつく。
司会: ちなみに、石田先生のお宅の電力使用量は月にいくらくらいか?(笑)。
石田: 今は多い。月に 7,000 円、200kWh ちょっと。(このシステムが入れば)今度はおそらく 100kWh を切ると思う。水も、
エコキュートは全く役に立たないことが分かったので、太陽熱温水器に替える。それも結構いく(消費量を削減できる)
かも。エコキュートは全然ダメ。お金で考えると効果があるが、エネルギーで考えると 1 日 10kWh 使ううちの 3~
4kWh は(エコキュートが)使う。これはダメ。最初はエコキュートを使って嬉しかったのに、この結果は悲しかった(笑)。
司会: やはり、研究をしていても実践して見せていかなければならないのではないかと思う。
石田: 暮らしもそう。先程宣言してしまったが(笑)。
司会: うちの所では年に 1 回一般公開があるのだが、それに向けて研究室のそれぞれの家庭がどれぐらい電気を使ってい
るのかを示そうという話もある(笑)。単に言っているだけでは、なかなか他の人は「なるほど」と理解してくれない。やは
り実践してみていいところをどんどん伝えなければと思う。環を拡げる意味では、言うだけでは難しいと思う。
石田: それはいいことだ。僕は結構やっている。「2030 年も家の中で快適に過ごしたい、でもエアコンはどんなに『エコ』に
なっても電気を使ってしまう。では、床や壁や天井が、無電源で温度や湿度を感知し制御してくれたらいい」という概
念で実践してみた。サバンナ地帯の白アリの巣の構造を使って、家の床を全部土にしたら、全く我慢をしないで生活
のエネルギー消費が 25%減った。こんなことが起こる。
僕は奄美諸島の沖永良部島に小さなジャングルを持っていて、そこに別荘がある。そこはやはり暑いが、別荘もエア
コン無し。計算上高くし過ぎたが天井の高さが 5.5m。山の風、海の風が来るが、この風を制御する手動の無双格子
(むそうごうし:内側の格子をスライドさせて光や風などを調整する仕組み)があり、幅が自由にコントロールでき、風を
何処の部屋にも自由に運べる。上から小さなファンをゆっくり回して風に圧力を掛けると(室内の風の)速度が上がり、
体感温度がすごく下がる。こういうのもいいだろう。最近はこれが島の人達にもブームになっていた。ただ、普通の高
さ 2.5m の天井にこれを付けてもあまり意味はないが(笑)。この家が今の僕の実験住宅になっている。ここにエコキュ
ートを付けていて、(電力を)4kWh ぐらい使う。せっかく奄美にいるのでこれを太陽熱(温水器)に、電気は先程の
100
1kW(の蓄電池)にしようとしている。さて、何が起こるかは来年乞うご期待(笑)。
司会: ぜひ来年、ある程度データが集まってから、またぜひ(笑)。
石田: やはり、このようなことはやっていて楽しい(笑)。これを理由に時々島にも行ける(笑)。
G:
最後のほうのトンボやカタツムリの例などをアグリゲート(総合)したものは面白くて大変参考になるが、今ある全ての
テクノロジーがネイチャー・テクノロジーに変わっていくかというと、なかなかそれは難しいのではないか思う(笑)。
石田: それはない(と僕も思う)(笑)。
G:
「江戸時代の生活には戻れない」のは分かる。「豊かな生活に慣れてしまってたから戻れない」ことはひとつ理由とし
てあるが、「江戸時代の生活をすると今の人口を賄えない」という理由もある。結局今はテクノロジーを使ってキャパシ
ティ(活用できる資源やエネルギーの量)を増やして人類は生存していることを否定できないと思う。今、世界中のあら
ゆるテクノロジーをネイチャー・テクノロジーに変えていけば、江戸時代のようなサステナブルな世界になるかというと、
トンボやカタツムリの個々のトピック的な部分とは距離を感じてしまう。そこはどのように考えているのか。
石田: 全く仰る通り。先程の「土の家」はいけるだろうが、あらゆるものがネイチャー・テクノロジーになるなんてことは無い。
ただ、その間に「トランステクノロジー」という概念があると僕は思う。従来のテクノロジーとネイチャー・テクノロジーの
間に「トランステクノロジー」という概念を入れてやり、ライフスタイルは「バックキャスト」でつくるが、そこに必要なテクノ
ロジーは現代にある(従来型)テクノロジーでつくってやる。要するに、「置き換えではない」ということ。そこで、このよう
な(本日紹介したような)「豊か」の価値観をつくってやる。人間というのは、「豊かである」という価値観があれば、すご
く満足するもの。「利便性」だけを「豊かさ」とすることに、もう嫌気が差しているのは明明白白。そのような価値観を変
えてやることで暮らしそのものが変わっていく。その一部がネイチャー・テクノロジーに置き換わっていけば、それでい
いことではないかと思っている。実を言うと、その「トランス」のテクノロジーが、(持続可能社会への)一番の近道なの
かもしれない。それは僕達が関与することではなくて、まさに先程の 1kW の電池のように、ライフスタイルさえつくれ
ば今のテクノロジーで充分にできる。今の企業でもできること。まずはそこかなという気がする。
江戸時代、3 代将軍(徳川)家光が鎖国令を出したのが 1632 年だから、3,000 万人の人が内需だけで暮らせる、食
えるようになったのは 1800 年頃。それだけ掛かって(テクノロジーやライフスタイルに)革命を起こしている。これは
「勤勉革命」と言われているが、牛や馬を減らしてまで人間が働く。イギリスの「産業革命」が「資本集約」だったのに比
べ、日本の場合は「労働集約」だった。その時に「たくさん働くことが美徳だ」という概念が生まれてきた。それが、今
(日本の人口)1 億 2,000 万人を超えてどうなるかというと、大変な話だ。ただ、あまりにも(今のテクノロジーやライフス
タイルが過大環境負荷型へ)極端に寄り過ぎているところはちょっと戻すだけでも、圧倒的に変わると思っている。
A:
ライフスタイルには「利便性」だけでなく「生活の時間の使い方」が深く関係していると思う。従来の技術では「時間を
節約し自由時間を増やそう」としていると思うが、本日のバックキャスト的な考え方では、「生活に掛かる時間がある程
度増えていっても楽しめればいい、それが成長につながればいい」という考え方をしていると理解してよいか?
石田: いや、もう 1 個仕掛けが要る。今、「ワークライフバランス」と巷でよく言っているが、あの思考回路は欧米型の思考で
「ワーク」と「ライフ」が別になっている。これからビジネスの仕方も色々と変わっていくと思うが、循環を小さくしていくと
「ワーク」と「ライフ」がある部分オーバーラップする(重なり合う)。この典型が 1 次産業。1 次産業では「ワーク」と「ライ
フ」がかなりオーバーラップしている。その概念を 2 次・3 次産業に入れると一体何が見えてくるかと議論をする。これ
は避けて通れない。ところが、今の「ワークライフバランス」の議論はみんな欧米型の思考をそのまま受け入れている
ので、僕には理解できない点がいくつもある。大きな循環は最初から出来なくて、小さな循環が集まってしか大きな循
環が出来ないだろう。エネルギーも資源も(制約が)厳しくなればどうせ循環が小さくならなくてはダメで、その小さな
循環の中での「ワーク」の価値観は従来とは全く違う別ものだろう。その「ライフ」の時間が増え、「ワーク」と「ライフ」が
オーバーラップしてくることをセットで考えた時に、違う「豊かさ」が見えてくる、そこが大事だと思っている。
A:
そのオーバーラップのところに、ポテンシャル(潜在可能性)がありそうだなと僕も思う。
101
石田: そうでないと、ダメなのでは。今はライフスタイルが「ワーク」を育てていない。ライフスタイルは「趣味の世界」で、「ワー
ク」と関係ないと思っている。それは大きな間違いで、やはり「ワーク」と「ライフ」はオーバーラップし、「ライフ」の中で
培われた品位や価値が「ワーク」の中で展開されるのが大事だ。だからモデルとすべきは 1 次産業かもしれない。
司会: 冒頭で先生は「今(社会には)すごく閉塞感がある」と仰っていたが、今のお話を聴いていると、「成長」ということをみ
んな色々な面で考えて行動なり技術開発なりをしていけば、もっと違う意味でその閉塞感を打破できるのではないか
と思う。それが特にこの 20 年近くなかなかできないのは、どのような理由、背景があるとお考えか。
石田: それはもう、「前例踏襲主義」という同じ路線を行っていて、同じ物差しで測っていて、それ以外に無いからではない
か。だから、ちょっと見方を変えればとても素敵なことをしているのに、従来の見方でいくと「価値の無いことをやってい
る」という話になってしまう。でも、その中で、先程のように「自分達で稲刈りさせてください」という新しい価値観が生ま
れたり、どんどん予兆が出て来ている。「みんなモノを買わなくなる」「車に乗らなくなる」「みんな自転車が好き」「自然
が好き」、そのような方向に予兆は確実に動いているのに、行政も企業もそれを追っていない。本来は(行政や企業
が)先行しなければならないのに、追ってもいない。フリーマーケットに若い人達がいっぱいいるのは、全く従来とは違
う動きなのに、なぜそれには盲目(めくら)なのか、僕には全く分からない。そういうことではないか。
司会: まさに今選挙で「経済成長率をこれだけ高めます」との議論があるが、「違うのではないか」とすごく違和感を持つ。
石田: 「成長」を否定するわけではないが、「成長する手法」が従来と同じ手法を取っているのはダメだろう。なぜこれが皆さ
んには見えないのか、僕には分からない。世の中は確実に動いているのに、(政治や企業は)何も動かない。国環研
は違うかもしれないが(笑)。研究テーマというものもどんどん変わる。大学では変わらなければいけない。うち(東北大
学環境科学研究科)は文系も理系も一緒の学科なので、その意味では変わりやすいが、その中でも頑として、相変わ
らず(研究テーマやスタイルを)変えない先生もいらっしゃる。やはり学生達が「なんで今さらこんなことをしなくてはな
らないのか」と聞きに来る。学生はもう変わっている。僕はいつも「勉強というのは何をやってもいいのだ」と答える(笑)。
何故見えないか本当に分からない。企業も見ていないし。みんな同じ物差しでしか見ない。
司会: 政治家やビジョンをつくる人がそこを敏感に感じ取り、きちんとしたメッセージを発すべきなのに、未だに後ろ向き。
石田: 後ろ向きというよりは「御用聞き」だからでは。アメリカの御用聞きであり、財界の御用聞きであり…、それを続けている
以上は、今のマーケティングと同じく、薄いペラペラなものを聞いているのと同じだから分からないのだと思う。
B:
今日のお話の範囲外かもしれないが。今日のお話は「テクノロジーは人を豊かにする」という話で、人の生活に関わる
部分の話だと思うが、地球環境問題には、例えば「生物多様性の劣化」や「砂漠化」などの問題のように、普段の私達
の生活とは全然関係ない世界で生じている問題がある。そのような問題については人々の関心も向かないし、企業も
投資しようとしない。このような環境問題に対し、誰がテクノロジーを開発してくれるのだろうか、あるいは投資してくれ
るのだろうと、個人的には危機感を持っている。そのような問題については、何かお考えのところがあるか。
石田: いや、僕はこう思っている。「生物多様性劣化の問題」も、ビッグバン状態になっている。去年のワールドウォッチ(報
告書)を見ても、「熱帯地域でこの 40 年間で 60%劣化している」と報じている。世界全体で見ても 30%劣化している
とのことだ。そんなところに危機感を持たないというのは、非常事態だと思う。それは「リスク」として「どんなリスクを起こ
すのか」という見方が無いから。「生態系サービス」という概念がものすごく希薄。「生態系が劣化することで我々がそ
のサービスを受けられないことが、金銭的な被害だとか健康被害とか、そこでどのような制約を受けるのか」をきちんと
お話する人があまりいないだろう。それはボトムアップという意味で非常に重要な問題だと僕は思っている。それから、
トップダウンという意味でいくと、とにかくライフスタイルを変えて生物多様性にも負荷を掛けない、資源・エネルギーで
も先程の(スライド 8 の)7 つのリスクに負荷を掛けないようにする、そのことがライフスタイルを変更するところから生ま
れなければならない。僕はその両面でいかなければならないと思っている。
だから、ライフスタイルを「バックキャスト」で変えていくというのは、あらゆる部門に大きな影響を与えていくこと。それ
は人間の欲を満足させながら環境負荷を下げていくことを両立するわけなので、これは生物多様性を含めてあらゆる
ところに影響すると思う。それはひとつやらなければならない。もうひとつ、「健全な危機感」というところでは、極めて
102
「(様々な地球環境問題に対する)重み係数」が違うことに注意が必要だ。最近怖いのは、その「健全な危機感」という
ところから見れば、「温暖化」の話も最近トーンダウンしてしまっているように僕には感じる。エネルギーのことばかり言
っている。資源の話もトーンダウンしている。そのあたりを誰がやるのだろうか?(笑)
B:
今のお話とぴったりマッチすると思うが、別の方がすごく分かりやすい言い方をしている。「ある地域が絶滅した時に、
『困る』という観点の意識と『残念だ、淋しい』という感情意識がある、これは分けて考える必要がある」と言っていた。
「困る」というのは「利便性を失う」ことだから、今仰ったような「生態系サービスが失われるとこのようなリスクが生じる」と
いう説明をすると、それは市場価値を生み出すかもしれない。でも、それが「淋しい」「残念だ」とかいう感情的なものは、
なかなか直接的に市場価値に結び付かない。私達も、そのような(感情的な)考え方をする人達にどのように(危機感
を)共有してもらうかですごく苦労している。下手をすると「宗教」になってしまうし。押しつけたくもないし。
石田: いや、「宗教」はやはり要ると思う。「宗教」でいいのでは(笑)?僕は最近「教祖様」と言われることがある(笑)。やはり
究極的には「宗教」だと思う。「宗教」と本人が言わなければ、周囲が勝手に思ってくれる分にはいい。「私は(宗教と)
言った覚えはない」と言えばいい(笑)。そこまでのめり込まないと伝わらないだろう。教祖様になってほしい(笑)。
A:
押しつけなければ、「宗教」であってもいいのではないかと僕も思う(笑)。
石田: 僕は「地球環境を考える」ことは「宗教」だと思う(笑)。学問として体系化できないものだから。私なんかも、経済学と社
会学と哲学と工学と全部横に並べて仕事をしている。「どこの学会が専門ですか」と聞かれたら、最近は「呼ばれた学
会にしか行きません」と答えている(笑)。そうなってしまう。「環境」とはきっとそういうものなのではないか。その中から
自分がやりやすい「温暖化」の一部分だけを抽出して学問にする人もいるけれども。僕は、結局は人間と環境の関わ
りでしか「地球環境問題」でありえないと思っているので、そう思うとやはり横断的にバーっといかなければならない。
社会科学をどのように「環境」という切り口で考えるのか、「倫理」をどう考えるのか、「工学」をどう考えるのか、それを自
分で追っていくことになる。それは「宗教」だろう。僕はそれぐらいのことを言って、色々な批判を浴びた時に、きちんと
その人を納得させられればそれでいいのではないかと思っている。だから、今日みたいにいっぱい色々なことを言っ
て欲しい。そうすれば、自分が理論武装しなくてはいけなくなるから。今一番弱いのは、「現実感」を持っていないのが
一番弱い。なので、早くここの(自分の別荘がある)島に行って、麦わら帽子をかぶって働いてみたい(笑)。そう思っ
ている。いや、絶対に「教祖様」になって欲しい。「何が悪い」と平気で居直らなければいけない。
僕は、U さんが最初の所長を務められた、京都にある日本国際文化研究センター(日文研)で、東北大学に勤めな
がらそこで 6 年研究員をやっているが、あそこは宗教家しか、気違いばかりしかいない(笑)。Y 氏とか、今は静岡県
知事の K 氏とか、とにかく異常な一角を持つ人がいるが、あれはあれで立派だと思っている(笑)。
A:
確か、最初に定型の質問があったのではなかったか?
司会: 忘れていた(笑)。メールで事前にこちらからの質疑希望事項をお送りしていたが、それについてお聞きしたい。

研究の成果と現実社会とのギャップとして何があり、それをどのように埋めようとされているか?

産業構造や雇用、世界の動きについてどこまで検討されているか?

どのようにして産業界の方々を巻き込んだ研究をされているのか?
石田: 世界のことを考えてイノベーションなんか起こせない。イノベーションになるかどうかは賭け。
ただ、世界の動向を見て、それが「地球環境問題(の解決)」に向いているからやろうというだけ。「本当に劣化してい
る地球環境で人間が生存できるかどうか」という話に尽きるのではないか?人間がいなくても地球はあと 50 億年ある
(存続する)わけだし、(人間がいなくなれば)生物多様性はより幸せな方向にいくわけだから。そんなことを思ったら、
我々人類は生まれてまだ 20 万年、ホモ・サピエンスとして続いてまだ 20 万年。これで我々が本当に生命を、子孫を
残さなかったら、地球史上で本当に一瞬の種になる。地球史 46 億年を 1 年に置き換えたら、20 万年前は 12 月 31
日 23 時 42 分。恐竜だって 12 日間生きている。それに対して恥ずかしいと思わないか?もっと悔しいのは、今でさ
え僕達は次の世代に残せるものが何も無い。シェールガス、シェールオイルだとか、そんなものまで喰っていったら、
何を残すのだ?人間としての正しい責任感を持たねばならないというのが、世界の事情だと僕は思っている。「それ
103
(人類を持続させる)をベースとしたら我々は何をせねばならないのか」と考えたら、「次の世代の人達に笑顔を贈る」
ことしかないじゃないかと思う。笑顔を贈るためには、僕達が笑顔でないとダメ。「厳しい環境制約の中でどうやってワ
クワクドキドキして生きていけるのか」と考えざるを得ない。それが環境に対する僕達の「正義」だと思う。
「国環研の人達が考える『環境』への正義とは一体どのようなものか?」と N さん(国環研元理事)に聞いたことがある
が、「えっ、何でそんなこと考えるの?」と言われた(笑)。それはそれでいいのだけれども、本当に(環境への正義)を
共通理念としてみんなが持って、その理念の上に「温暖化をどう考えるか」、「生物多様性をどうするか」を考える議論
ができるようになったら、本当に幸せだなと思う。COP 会議にもちゃんと結論が出るのではないかと思う。
C:
お話を聴いていて、根本的に足りない点があると思った。それは「人間を豊かにする意味でものをつくる」というところ
だが、それはやはり科学を使って生物の手法を分析し「どうやったらそれと同じことができるか」と考え、それと同じもの
をつくるというプロセスだ。それ以外のプロセスが欲しいと思ったのだが。もう少し簡単に言うと、トンボの話をされた時
に「トンボはどうしてあんなに低速で飛べるのか」と考え、「翅を見たら構造がギザギザだ、ではそれを真似して風車を
つくろう」という考え方をされている。僕が足りないと思ったのは「トンボは何故ギザギザの翅を自分でつくれたのか」と
いう、その不思議の方がワクワクすると思う。でも今の科学はその価値観が無い。「それを考えていたら何も出来ない
じゃないか」と思われるかもしれないが、「本当に豊かにものをつくろう」と思ったら、「本当は何故それを知っていたか」
と考える必要があると思う。それは科学ではないかもしれないが、その切り口があってもいい。日本人だからではない
が、本当にワクワクした印象を(将来世代に)残したいという気持ちがある。単なる感想だが。
石田: それは大事なことだ。U 先生にも同じことを言われた。「それを考えれば、発電機をつくらなくたって幸せだよ(笑)」と
言われた。それは、おそらく(本日の話よりも)もっと上位の概念だと思う。
僕は先程「何かと何かを置き換えてはいけない」と言いながら、やはり「置き換え」をやっている。ライフスタイルから行
っている(発想している)ので、従来の「置き換え」とは全く違うが。でも、もう少し上位の概念からいくと、「トンボの翅で
風力発電機がつくれるといいな、トンボは何故そんな翅を持っているのだろう?」などと考えるだけで時間が過ぎて幸
せになるうち、涼しくなる(笑)。「それが学問だよ」と U 先生に言われた。そこはもう少し醸成してみたい。心には残っ
ているのだけれども。確かに「風の音を聴き、虫の音を聴き…とすると幸せになるよね(笑)」という部分と、「即物的な
豊かさとはどういう概念なのかと考える部分が、今日のお話には欠けているかもしれない。
C:
「自然から知識を得る」という時に、そのノウハウを我々は実は持っていないのではないかと思う。単に「そう見えた、測
定できたから」という側面だけで見ると、真似は出来たが自然は全然別のテクノロジーで動いている場合もあるのでは。
見えないかもしれないが、自然を本当に駆動させている何らかの力をテクノロジーのバックグラウンドに持つべきでは。
「科学は諸刃の剣である」の話のように、一歩使い方を間違えると酷いことになるのは、実は人間が見えているものを
真似しているだけだからでは。「自然とは本来そのような危険性を持たず、違う原理で駆動しているかもしれない」と思
うことが積み重なり、「文化」として根付くと全く違う世界になりそうと思う。
石田: 仰る通りだ。科学は 250 年の歴史しかない。虫達は 38 億年の淘汰を繰り返していて、駆動力は基本的に太陽だけ。
太陽の熱と光だけで駆動している。普遍的に存在しているカルシウム、カーボン、SHOPN と書いて「ショパン」と呼ば
れる硫黄、水素、酸素、リン、窒素、これらだけを使い完璧なものをつくりだしていながら組成はバラついている。これ
には僕達は全く近づけていない。今、やっとそれが高度な分析機を使って見えるようになり、少し近づいたぐらい。で
も振り返れば、江戸時代やダ・ヴィンチの時代までのテクノロジーは、全て地上のものを使い自然を模倣してつくって
いる。「倫理」も含めその(時代のテクノロジーと現在のテクノロジーの)ギャップを考える必要があり、さらにそれが手放
せない不可逆性の『豊かさ』とどのような関わりにあるのか、もっと深く考える必要がある。すごくいい視点だ。
最後に石田先生への拍手で閉会
以上
104
第 4 回持続可能社会転換方策研究プログラムセミナー議事要録
I.
開催要領


日時: 2012 年 12 月 17 日(月曜日)14:00 ~ 16:00
(講演: 30~45 分 意見交換: 1 時間 15~30 分)
場所: 中会議室
講師: 多田 博之 特任教授(東北大学大学院環境科学研究科、
Japan for Sustainability 理事長ほか)
講演タイトル:
「持続可能なこの国の形を考える~ビジョンと指標づくり」
講演要旨:
環境や持続可能性に関して、日本は個別の局地戦は得意だが、全
体を俯瞰する大きなグランドデザインをする力が希薄であり、JFS とい
う NGO の立場から危機感を抱いている。日本は持続可能な国に近づ
いているのか遠ざかっているのか、それすら分からない中で、市民目
線で、この国の持続可能なビジョンを描き、持続可能性指標を作成した。ビジョンと指標とがセットになり、日本の環境
政策に一石を投じることを目指すものである。それがある一定の成果を残せたのか、また併せて海外、とくに欧州の持
続可能性戦略構築の一端にも言及し、彼我の違いに関しても議論ができればと考える。
参加者人数: 15 名(講師除く)
II.
講演概要


Japan for sustainability(JFS)の紹介
JFS は「コミュニケーションを原動力として、コミュニケーションの力で社会変動を起こす」ために設立
双方向コミュニケーションのために、日本から国際社会への持続可能性の情報発信質量を高める(約 300 人のボランテ
ィアにも支えられて Web やメールマガジンでバイリンガルな情報発信を行っている)
日本の知恵・学びの発信 → 海外の様々な主体 / 海外からのフィードバック → 日本の取り組みの促進
JFS が志向するコミュニケーションの特性とメカニズム
はじめに情報開示ありき = 出発点 / コンテンツで語るかコンテクストで語るか / レスポンスがあるかどうか /
双方向性 / 対話のスパイラルアップ
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
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JFS 持続可能性指標
「日本は持続可能な国か?持続不可能な国か?」の問いから「持続可能社会ビジョン・指標策定プロジェクト」開始

持続可能な社会とは、そもそも何なのか?「日本のあるべき姿」が明瞭に見えない

活動が個別の局地戦で総合戦略が希薄 日本は持続可能な社会に近づいているのか遠ざかっているのか
→ プロジェクトメンバーが勉強会を重ね、市民目線で「ビジョン・指標」をかたちにした
「あるべき(持続可能な)社会の姿」(ビジョン)と「現実社会の姿」とのギャップを測り、それを測るための「指標」をつくる
あるべき社会像: 社会コミュニケーション上の羅針盤(コンパス)
「持続可能性」の定義: 現在は 100 以上の定義あり
1987 年ブルントラント委員会の定義(「将来世代への責任」が基本的な思想)が始めと言われるが、実は各地の先住民
の思想に既に「持続可能性」の思想は織り込まれている
JFS の持続可能性の定義に関する要件・フレーム
「人類が他の生命も含めた多様性を尊重しながら、地球環境の容量の中で、いのち、自然、くらし、文化を次の世代に
受け渡し、よりよい社会の建設に意志を持ってつながり、地域間・世代間を越え最大多数の最大幸福を希求する」
→ 「環境」「経済」「社会」「個人」の 4 つのフレームと「多様性」「容量/資源」「時間的公平性」「空間的公平性」「意志と
つながり」の 5 要素が「持続可能性」の骨格(フレームワークアプローチ・全体システム志向)
JFS 持続可能性ビジョン・指標のフレームワーク

価値概念と 4 つの軸との関係性を描く(トップダウンアプローチ)

200 個ぐらいのデータを収集し 4 つの軸にスクリーニング(ボトムアップアプローチ)
→統合して指標体系群・データベースを構築
JFS の指標の考え方と選別基準

モノサシ・「あるべき姿」と「現状」のギャップを測定し定量化するためのツール・データの中から意志を持って選び
出すもの

厳密性・網羅性・学術的価値よりも代表性、象徴性・理解可能性(わかりやすさ)を重視して指標を選別
(持続可能性の観点 / 代表性・重要性 / 連関性 / 実現可能性 / 象徴性 / 理解可能性・容易性 / 比較
可能性 / プロセス志向 / マルチステークホルダー視点 / 公平性)
→ ヘッドライン指標

ビジョンと指標はセット(ビジョンを出さずに指標だけをつくって何を測る?)
105

Sustainability Compass(環境: Nature / 経済: Economy / 社会: Society / 個人: Well-being)

JFS 持続可能性指標への反響
海外から大きな反響があり、日本の行政を動かすトリガーにもなったが…
世界は Quality of life 重視の指標、日本は環境重視の指標という特徴・ギャップあり





JFS 持続可能性指標の試算結果(1990 年と 2005 年の比較)
環境: 16.4p → 24.0p(「水・土・空気」「環境教育・システム」が向上、「温暖化」「資源循環・廃棄物」は破滅的状況)
経済: 37.6p → 18.2p(「財政」が大幅急落、「資源生産性」「エネルギー」は低いまま)
社会: 43.4p → 35.4p(「お金の流れ」「ジェンダー・マイノリティ」が微改善も低いレベル、「伝統・文化」が大幅悪化)
個人: 67.6p → 56.4p(「心身の健康」が大幅悪化、「生活満足」「学力・教育」は比較的高いも、「生活格差」は拡大)
※自殺率は「結果指標」であることに注意、本来は「なぜ自殺に至ったか?」を測るプロセス指標を導入すべきか?
最近危惧されているポイント: 温暖化・異常気象、債務残高過大、青少年犯罪比率高率、学力低下

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
106
JFS 指標プロジェクトから見える課題
代替指標を入れ替えた時の信頼性の担保(感度分析の必要性)
Aggregation(統合化)と Weighting(重みづけ)
ビジョンと指標との緊密な相関性の確保(これが確保されて初めて意義がある)
各指標のタテ・ヨコの相関関係 → JFS 曼荼羅
タテ: サブ指標の設定(ヘッドライン指標の信頼性担保)
→ サブ指標候補の要素がどのような位置づけ・関係性を持つのかマッピング
ヨコ: 環境・経済・社会・個人の相関解析(トレード・オフの関係の扱い検討も含む)
→ 平行つながり、逆つながり、直接的つながり、間接的つながり
世界各国の持続可能性指標事例
サブ指標を含めると 50~100 個などかなり指標数が多くなるが、主要指標は 20~30 個ぐらい
進捗を確認し政策を修正・支援するため、市民参加による指標策定(やはり参加せねば社会は変わらない)など、様々
な目的で指標がつくられており、特にヨーロッパでは取り組みが先行(イギリス、ドイツ、スウェーデンなど)
ブータン: GNH(Gross National Happiness) 近く改訂予定で、JFS も参画
Beyond GDP Conference(EU 議会と NGO の共催)

GDP に代わる真の豊かさ、発展のあり方、新たな価値と指標とを模索し、議論するための会議

Beyond GDP = Quality of Life(特に Wellbeing が重要)

Objective / Subjective 両面のアプローチが必要

マクロと個人と両方に焦点を当てるべき
マクロ指標 ← QOL / エコシステムの把握 ← エコロジカルフットプリント+マクロ環境会計

政策決定にどのようにして Sustainability 指標を組み込むか → マスメディアの活用

エコロジカルフットプリントの分かりやすさ(人目を引き付けやすいが信頼性は要るのでサブ指標で補完が必要)
→ 今後に向けた 5 つの行動計画(環境指標・社会指標による GDP の補完 / 政策決定のためのリアルタイムな情報
提供 / 所得分配と不平等に関するより正確な報告 / 既存の持続可能性指標に基づく持続可能性スコアボード
開発 / 国民経済計算の環境・社会問題への拡張)
EU はコンスタントに Sustainability を国際会議等の主要議題として提起し、戦略的にグランドデザインや仕組みづく
りに取り組んでリーダーシップを取っている
QOL や豊かさの指標開発と重視点の移行:
物質 → 非物質 / 客観指標 → 主観指標 / フロー → ストック / 現在の Wellbeing → 将来の Wellbeing
OECD グリーン成長戦略:
環境・資源生産性、自然資産ベース、環境面における QOL、経済的機会と政策的対応のための指標開発
世界の動きと日本の状況比較まとめ

新しい価値の胎動 Happiness、Wellbeing の訴求に拍車がかかる

コンテンツよりコンテクスト、プロセスの重視へ プロセスをオープンにして参加を求めるフレームワーク

EU 中長期戦略・シナリオの台頭と日本の後退 彼我の差は大きく、国策無き日本は環境・CSR 後進国に?
持続可能性指標 所感: 有効性と限界
Sustainability に関して「完璧な指標体系群」はあり得ない
指標は極めて恣意性の高いもの(目的やゴールに従ってつくるもの)、それゆえにうまく活用すれば政策誘導に有効
指標は測定結果に加え、策定のプロセスが極めて重要
体系性を持った指標は社会を視るコンパスになり得る
ビジョンと指標はセット: まず何を目指すかありき
指標を扱うとそもそもの原点にまた戻ってくる「Sustainability とは一体何か?」 → 哲学的な掘り下げが不可欠
III. 質疑・自由討議概要

研究成果と現実社会のギャップの存在とその埋め方
(多田)「持続可能性」や「指標」がまだ一般社会の言葉として馴染んでおらず、ギャップは非常に大きく感じる。我々は
「コミュニケーション」を大事にして、既に関わっているメンバーだけでなく新しく関心を持った人々にもオープンにして勉
強会を開催するなど、地道なことしかできてないが。コミュニケーションでギャップを埋めようとしている。

産業構造・雇用・世界の動きをどこまで検討するか
(多田)先程紹介したような Beyond GDP Conference などの会議体に直接足を運ぶようにしている。国際会議に自ら
足を運び、JFS の指標をリーフレットとして配布したら、外国の参加者から話しかけられ、「NGO が国のビジョンをつくっ
ている」点が非常に驚かれるなど対話が生まれた。その後 JFS のニュースレター配信を希望されたりする人も増え、多
くのフィードバックもあった。国際会議で何がどのようなプロセスを経て決まっていくか、常にベンチマークしている。

JFS の持続可能性指標評価結果について、どのような主体からどのようなフィードバックがあったか?また、そ
れらのフィードバックはその後の取り組みにどのように活かされたか、あるいは活かす可能性があるのか?
(多田)「単純な情報発信に終わらずに『指標』や『ビジョン』策定に取り組むことは歓迎」との評価があった。アジア各国
などから「JFS のような取り組みを自国でもやりたいのでサポートして欲しい」との話もあり、アドバイスもした。ブータン政
府からは「GNH 指標改訂作業のメンバーに入って欲しい」という話が来て、E が参画している。この例も、逆に日本にフ
ィードバックを掛け、ブータンの指標を日本でも使おうと提案したり、ニュースレターで発信・共有したりしている。

数値化された指標の結果は、指標づくりに関わった JFS スタッフが持つ印象と一致しているのか。また、関わっ
ていない一般市民が持つ印象と感覚的に一致しているのか。そのような確認作業などはされているのか。
(多田)基本的にはつくったメンバーの主観が色濃く出た指標になっている。それを一般の方とも共有するために、指標
策定直後に東京と大阪で勉強会を開催し、専門家からコメントもいただいた。感度分析や代替指標に入れ替えた時の
信頼性担保の必要性や、トップダウンでホリスティックに指標をつくる概念への評価などのコメントが記憶にある。

JFS ではコミュニケーションを強く意識して指標を使われているが、「社会を動かすためにさらに新しい戦略を練
っている」などの展望があれば、教えていただきたい。
(多田)JFS のニュースレターや Web を見る方はかなり環境オタク(笑)で、「Sustainability なんてちんぷんかんぷん」
な方とのギャップは、やはり依然として大きい。Beyond GDP のように、政治や Policy maker に対しどのように働きか
けるかは日本でも非常に重要。JFS から環境省や経産省の委員会などに出席の際は、(JFS 指標の)アップデート版を
渡し、ささやかなロビイングをしている。環境省には、日本の持続可能性は「環境だけ」から脱せてないと指摘。内閣府
などが主導して Sustainability に関する検討会をつくり、パブコメ募集などのかたちで広められないかと訴えかけてい
る。

我々の低炭素社会ビジョンに対し「Never seen before(これまでに見たことが無い)」とよく言われる。「見たことも
ないものを描く」ことは、人間は出来ないのでは。紹介された指標やビジョンなどを全て組み合わせても、持続可
能な社会は描けるか分からないのでは。
(多田)「Never seen before、見たことも無いものはつくれない」は僕には奇異な感じ。今生み出されつつあるもの、身
近にあるものは、昔は見たことが無くても、それを夢見れば実現するものは結構あるのでは。ビジョンや指標には「見た
ことも無い」部分もあるが、必ずしも「見たことが無いから生まれて来ない」とは僕はあまり思わない。

先生のお話は Optimistic(楽観的)だと感じる。私は pessimistic(悲観的)なので、将来も持続可能性に興味を持
つ方・持たない方の間のギャップは埋まらないのではと感じる。JFS の活動でギャップは縮め得るだろうか。
(多田)Optimistic と Pessimistic の間で僕も揺れている。時に楽観的、時に非常に悲観的になることもある。現実の
社会とあるべき姿を重ねたいが、その距離は容易には縮まらないだろう。2050 年にターゲットに設定したのでは間に合
わない、2030 年にしないとダメかもしれないとの危機感もある。目標と現実のギャップを埋める手立ては、このような持
続可能性に関する考えが世の中にあるのだとロビイングを含めて少しでも伝えていくしかやりようがないと思っている。

持続可能性に関連して宗教・文化をどのように考えていくべきか。JFS の指標は「共通の価値観や文化的背景
を持つ」を前提とした指標に見えるので、キリスト教的価値観・文化を統一的基盤に持つ西欧には適していると
思う。日本では仏教・神道ほかの価値観が混沌としているので、日本には当てはまりにくいのでは。
(多田)宗教的・文化的価値観は大事なポイント。日本には欧米のようなキリスト教的基盤がなく、共通基盤となる価値観
は宗教に関して持ち得ないだろうとの気はする。ただ、日本は宗教家や哲学者が持続可能性に関してほとんど発言し
ないので、もう少し発言して欲しい。それを足掛かりに、持続可能社会の価値観を共通基盤としてつくる必要がある。

JFS のメールマガジンをずっと読んでおり、コミュニケーションを原動力にする JFS の意志を強く感じる。メルマガ
(のコンテンツ)をつくる際、どこに気を付けているか。コミュニケーションのどのポイントに特に注意しているか。
(多田)その点はメルマガ立ち上げ前に E と 2~3 年議論した。まず意識したのは「世界に対し日本のことがあまりに知
られていない現状」。環境・Sustainability 先進国は西欧諸国が多く話題になり、日本があまり取り上げられない。学術
界では個別に海外に発表はされているだろうが、やはり狭い分野での発信。「日本は環境や Sustainability に関しこ
のように取り組んでいる」との個別事例を、具体的に分かりやすく海外に伝えようと最初に確認した。
107
また、Optimistic や Pessimistic の視点もかなり E と議論した。E は発信を「希望の泉」にするとの強い信念を持つの
で、日本の悪い事例はあまり発信していない。原発事故に関しては別だが。日本の閉塞感を海外に伝えても意味が無
いので、なるべく Positive な情報を拾って分かりやすく伝えることを基本にしている。
月に 30 本英訳し発信するいとなみを約 11 年続け、最初の 1~2 年はフィードバックが全然無かったが、3~4 年経ち
配信が 1 万件を超えてからかなり増え始めた。「JFS の取り組みに勇気づけられた」「自分の国でもやりたい」などの意
見がかなり増えた。だから、「コミュニケーションを原動力にする」取り組みが、最近になってようやく花開いてきた感じ。

「ビジョンと指標はセット」との意見に共感。この「ビジョン」とはどのようなレベルを指しているか。4 つ(環境、経
済、社会、個人)のカテゴリーの下にどのような項目が入るか、20 のヘッドライン指標にまとまる直前の部分が
「ビジョン」に相当すると理解してよいか。
(多田)その理解で OK。「それぞれの重要概念によるモデル化」として 4 カテゴリーに関しキーワードを挙げている。
(出席者)そこで続けて質問だが、ビジョンも恣意性が強いものになるのか。恣意性に任せて適当に描いてしまう場合も
あれば、日本の標準はこのようなものがターゲットになると想像しながら描く場合と、両方あるのでは。
(多田)我々が検討した「ビジョン」は、おこがましい言い方だが「普遍性」がある、ある程度歳月が経っても古くならずに
使い続けられるものをなるべく書いたつもり。だから、指標ほど恣意的には書いておらず、一般の人にもある程度分かり、
かつ「普遍性」を持ち、英語にして海外に出してもきちんと読んでもらえるものにして書いたつもり。
(出席者)地域の持続可能性指標を外部の方と一緒に研究しており、JFS 指標のようなサブカテゴリーを検討している
が、指標体系により違いや幅があり、どのぐらい変えていいか不安に思う。具体的に意見をいただければありがたい。
(多田)地域指標は我々も面白いと思っている。国の指標はかなり(地域から)距離あり。Sustainable Seattle や
Sustainable Pittsburg、札幌市の「幸せ指標」、(東京都)荒川区の「Gross ARAKAWA Happiness」の例もある。あ
れぐらいのほうが距離感が短くて身近感があるので、本当は地域指標のほうが市民は参加しやすいと思う。
(出席者)自治体の総合計画とこのような指標が一致すると、色々な場面に使えるので、そこをターゲットにしたい。また、
日本の中でも各地域で比較ができるとよい。こちらもあまり人手が無いので、お知恵をいただきたい(笑)。
(多田)逆にこちらからお聴きしたい。日本の地域指標は環境からかなりはみ出た部分の検討がなされているが、国環
研だから「環境をベースに検討せねばならない」ような、しがらみはあるか(笑)?そんなに心配しなくても大丈夫か?
(出席者)私はあまり気にしない。むしろ「環境」以外のメジャーなビジョン・指標に乗っかり、「環境」も同時に考慮しても
らうようにせねば置いていかれる気がする。「環境」だけにこだわるよりも、社会全般の中にどう位置づけるかの視点で取
り組むのがよいと思う。「低炭素まちづくり」に関わった際も、環境一辺倒にならないようにするのが大事だと思った。
(出席者)少し補足する。指標研究でも「環境」以外に「経済」「社会」を見ようとしたし、並列して進むライフスタイルのプ
ロジェクトでもこの 1 年「環境」は全くやっていない(笑)。ただ「環境研としての強み」を考えると、そこでも成果を出すこと
を期待されていると思う。だからやはりいつかは「環境」に戻る必要がある、そのように揺れながらやっている(笑)。
(多田)「揺れながら」に納得(笑)。地域指標を研究して、最終的なゴールはどのようなところに置かれているか?
(出席者)地域の環境政策の話では、基本的には「地域の持続可能性を誰がマネージメント、メンテナンスしていくか」を
議論する。指標を使うのは、やはり当面は基礎自治体と考えるのが現実的では。そのような人達が使える指標として提
案していくべきではないかとの議論をしている。

「活動が個別の局地戦で総合戦略が希薄」に共感。何らかの政策を取ろうとしても、行政機構も考え方もプロセ
スも全部縦割り。政策が「環境」だけでなく「経済」と「社会」に対しどのようなインパクトを及ぼすか、総合的影響
評価が重要。世界を見ても、単に指標の箇条書だけで複数指標間の関連性の議論があまり無いように思うが、
JFS ではどのように考えているか。
(多田)それは確かに難しい。指標のつながり方によって片方が悪化するトレードオフの問題もある。そこを超克する仕
掛けは残念ながらあまりできていない。タテとヨコ、全体での連関性、色々なつながりはそこかしこで出てくる。ある指標
をベースとして環境政策を立てた場合、「経済」や「社会」にどのような影響を与えるかは非常に重要だが、今の僕らの
指標のつくり方では解が無い。逆にアイディアがあれば教えて欲しい。国環研ではどのように検討されているのか。
(出席者)「持続可能」以前に「環境か経済か」の不毛な議論がいつでもある。これを超克するには、言い古されているが
「環境と経済の両立」しかなく、「持続可能な発展」の一部の議論だと思うが、なかなかうまく乗り越えられない(笑)。
(多田)「環境か経済か」との設問自体がやはり間違っていると思う。仰る通り「環境も経済も」なのだ。or ではなくて and
だが、そこさえまだ理解してもらえていないと思う。
(出席者)その議論に「社会」「個人」「幸せ」を嚙ませることで、「納得感」が出てくるのではと思う。私も悩み中(笑)。
(多田)その状況はよく分かる(笑)。悩みを共有して何か知恵が出たらいい(笑)。

「指標は測定結果に加え、策定プロセスがきわめて重要」との話が出たが、シナリオづくりも、シナリオの中身よ
り策定プロセスのほうが重要だと言われる。JFS 指標のバージョンアップや改訂を定期的にされているのか。
(多田)指標改訂は足の長いプロジェクトでやっている。2007 年に発表して以降 5 年間は「サブ指標」を設定しようとし
ている。これはまだオープンにしていないし、整理もし切れていない。20 個のヘッドライン指標だけではどうしても限界
があるので、次回の発表までにそれを支えるサブ指標を 100 個付加したいと思っている。プレスリリースするかどうかは
未定だが、2015 年を次のターゲットイヤーとして、1990 年と 2005 年と 2015 年の間でどれだけギャップ・差があるかを
測定する予定。その後の改訂版は、水面上には出ていないが水面下では動きを掛けているところ。

JFS の持続可能性の定義、「地域間・世代間を越えて最大多数の最大幸福を希求する」を経済モデルで実現し
108
ようとすると、「全部合計してそれが最大化するよう配分・投資の遣り取りをする」ことになるが、そのやり方では
「格差」がより拡がってしまうと思うようになった。「最大多数の最大幸福」に隠れたメッセージが何かあれば。
(多田)「最大多数の最大幸福」は、やはり結構議論があったところだ。ご指摘のような問題点が多々あると思う。やはりこ
れを追求していくと、全体を上げるために個別のものがバラバラになってしまうことは起こり得ると私も思う。ここは、また
内々でのバトルで次の改訂の時にも書き換えるかもしれない(笑)。

JFS 設立当初の「コミュニケーションを原動力にして」(という点)から振り返ると、やはり色々なことがコミュニケー
ションで変わったし、コミュニケーションの方法も変わってきたと思う。より今にマッチしたコミュニケーションはど
のようなものか。「指標」は、今のマルチメディアの世界で分かりやすく、心に落ちやすい手法なのか。
(多田)大変大事な質問。最後のスライドに「有効性と限界」と書いたが、「指標」というツールを使い、それをコミュニケー
ションのドライビングフォースにする取り組みは、やはりある限られたパイしか変えることが出来ないと強く思う。E は最近
「幸せ経済研究所」を立ち上げ、主観的な「幸せ」などをどのようにすれば訴求できるのかについて、「指標」を抜きにし
て検討している。気をつけないと「宗教」になってしまうが(笑)。

「コンテンツで語るかコンテクストで語るか」とあったが、JFS の指標ではどちらで語ろうとされているのか?
(多田)やはり鋭い質問。我々はやはり「コンテンツ」よりはどちらかというと「コンテクスト」、「結果」よりは「プロセス」を重
視して今まで指標づくりをしてきた。多分今後も同様のかたちでやっていくのではないかと思っている。

所内有志参加の勉強会で「地域の持続可能性を考える」をテーマとし、話題提供や対話をする予定。人を巻き込
む企画やイベントを想定すると、JFS のような持続可能性指標を地域でつくるのはあり得るが、「地域の持続可
能性を考える際に何をフック(きっかけ)として話を始めればよいか」と悩む。今は原発や食の話題から入るのが
分かりやすいが、それを「持続可能性」の観点から広く見渡して考える時に大切になるポイントはあるか。
(多田)それは確かに難しい。
(出席者)「(持続可能性を)身近なところから考えていく」取っ掛かりは必要。持続可能性について地域、日本、世界へ
と視点を拡げる際、どのように自分の生活に引きつけつつ世界への影響を考えていくか、よい方法がないかと悩む。
(多田)いい質問。札幌や荒川区、京都などで地域単位の「幸せ指標」が日本で 20 数件出来ているので、それらをベン
チマークして紹介してみては。海外事例も面白い。Sustainable Seattle は市民が手づくりした点が面白く、Alan
AtKisson という優秀なファシリテーターがいて初めてかたちになった。ファシリテーターを置くのはポイントかも。また、
川のサケ遡上数を指標の一つにしたが、これは可視的で「見える化」でき、子どもでも見られる。福岡でも「メダカ生息数」
を指標とした例もある。身近に感じるために日々の生活の中で「見える」指標を選ぶのもアリでは。他地域のベンチマー
クと、見える化可能な指標を選ぶことはアリかと思う。ただ、「フック」とはずれるかもしれないが。
(出席者)「フック」に関して、日本は「プロセスに市民が参加する」意識があまり向上していないので、そこも悩み。内閣
府でもマルチステークホルダープロセスを進める会合を企画し、Web も立ち上げているが大きな動きになっていない。
(多田)申し訳ない、それは知らなかった。
(出席者)悩みはまさにそこ。本当に必要で大切なことを考えようとの動きがあちこちで立ち上がっているのに、それがう
まくネットワークしてきちんと機能しておらず、もどかしさを感じる。やはり、指標づくりは自分達が参加してそこに責任を
持ってこそ改善に向けた行動が生まれると思う。色々考えながら所の一般公開の企画を考えたりしている。
(出席者)私は有志勉強会の次回企画を仕掛けた張本人なので少し補足。地域指標を策定する際、リージョナルにな
ればなるほど市民目線になり住民参加型になりやすいが、一方で現世代重視になりがち。将来世代や世代間不公平
に目が行かず、自分達の居住環境重視になる印象。ドイツのような国でやれば、市民も現世代重視にならずに将来世
代を考えて意思決定ができるのか。日本では難しい印象があるが。
(多田)地域になればなるほど先の世代の視点が入らないのは、逆にどのような理由でそうなるのだろうか?
(出席者)私の印象だと、小さいコミュニティの中で意思決定する場合、自分の居住環境=「環境」になって、現世代の
快適性を優先してしまうように思う。国やグローバルの単位では将来世代を考える議論が出るが、自治体の担当者と話
すと現世代住民重視の話になりがち。豊島区の例でも、如何に楽しいお祭りをやり、その中に「環境」を考える仕掛けを
隠し込むか苦労しているそうだ。それは直観的にも正しいと思う。空間スケールが小さくなるほど、市民目線になると同
時に現世代重視になっているように見えてしまう。
(多田)どうだろうか。地域指標の策定プロセスの事例をベンチマークしていると、市民参加で手づくりでやる、場所も区
の会議室を借りて土日に集まるなどの際に、子どもを連れて来るケースもあると聞く。そこでやはり「子ども達のために何
をせねばならないか」との議論が出たり、アイディアも自然に出るのではとも思うが、そうでもないのか?
(出席者)「『地域コミュニティを盛り上げていこう』のノリの中に、Sustainable になる仕組みを盛り込まないと、地域住民
が自ら将来世代を考えるように動かない」と聞いた。環境省では「低炭素は大事」となるが、自治体では「低炭素はやら
されている感」があり、それよりは「地域活性化」や「地域住民からのクレーム対応」で手一杯など、市民目線になるほど、
将来に目が行かなくなると思った。実際に(NGO で)活動されている先生の目線ではどうか。
(多田)申し訳ない、あまりそのように考えたことはない。今お話を伺ってそうなのかとも思うが…、どうなのだろう。

「今の日本には閉塞感がある」と仰ったが、必ず色々な場面で出る話だと思う。持続可能な社会になれば、閉塞
感は無くなるのだろうか?指標の値が改善された世の中になれば、人々の閉塞感は改善されるのだろうか?
(多田)難しい質問。一概にそうは言えないかも。「環境」以外に「経済」「個人」の指標も入れたが、「自殺者」のような指
標が改善する状況は、社会が少なくとも現状よりはマシで「閉塞感」が無くなるとの仮定に基づき進めてはいる。
109

(多田)現在は Quality of life が盛んに話題提起され、ヨーロッパに限らずアジアにもその考え方が入っている。
そもそも「Quality of life とは何か」が気になる。Quality of life はライフスタイルとは少し違うものだと思うが、
「Quality of life = 持続可能性」と言い切る人もいる。国環研ではどうか。色々なプロジェクトを回したり、シナリ
オ策定や地域の指標検討に関わる中で、生活の質は本当に「=持続可能性」と言ってしまってよいだろうか。
(出席者)当方の研究プログラムでは、トリプルボトムラインだけでは QOL が抜け落ちてしまうので、4 つのコンパス(環
境、経済、社会、個人)を基本の方向性に置いていこうとしている。そうしないと QOL は入って来ないと私は理解。
(多田)(JFS の考え方を参考にしていただき)ありがたい。
(出席者)今は満足や Happiness も含め QOL が現世代の議論ばかりなので、「持続可能性」には関係するが「=持続
可能性」にはならないと思う。時間軸を置き「将来の QOL を考える」と「=持続可能性」になるのでは。
(出席者)私は QOL は「持続可能性」に少しも関係していないと思う(笑)。「将来世代の QOL」を考えたとしても、「現世
代から見た『将来世代の QOL』」でしかない。もちろん(QOL が)上がればそれに越したことはないが、前提となる
「Quality とは何か」の価値観が発言者により全然違うことが多い。結局ドライビングフォースは個人で、それが客観的に
評価可能かなどの議論に終始。アジア低炭素社会の議論でもあまり QOL の話題が出ない。「日本のような生活をすれ
ばよい」との程度で、生活水準の大きな変化はないことが前提とされ、Life の質は将来も変わらないとなる。Quality を
何に置くかにもよるが、「QOL の上昇下降」と「持続可能性」の話は別ライン。
(出席者)以前うちのプロジェクトで議論した際、「持続可能な発展」という概念が元々あり、その「発展」の部分を「個人」
の観点に照らし合わせると Happiness や QOL になるとの話をした。「環境」のことをやっていると「持続可能な発展」の
「発展」の部分を切り、「持続可能性」だけに正面切って向き合う話ばかりになり、「我慢する」話の Weight が大きくなっ
て QOL は別の話になってしまう。元々西欧では「持続可能な発展指標」と呼んでいたが、ある時点からフレーズが長過
ぎるから「持続可能指標」に置換したと教わった。だから、「持続可能性指標」は「『持続可能』だけでなく『持続可能な発
展』や『持続可能な幸福』の観点を入れた指標」と考えれば QOL も入ると思う。僕はそれで整理・納得できている。
(出席者)やはり「持続可能」と「持続可能な発展」は注意して使い分けている。また「環境」面の「持続可能性」と「社会」
面の「持続可能性」はやはり少し違うと思う。QOL は「持続可能性」の観点で見ると「社会」的かつ「格差」の問題に関わ
ってくると思う。生活が二極化する社会はやはり長く続かないのでは。QOL の Average よりは、その中身がどうなってい
るかに懸念を抱くので、QOL を「持続可能性」の対象として考えていいと思う。「持続可能性」をどこまで対象とするかに
よって議論が噛み合わないこともあるので、そこを明確にするとスムーズになりそう。
(出席者)「持続可能性」と「持続可能な発展」は注意して分けて考えるとはどのようなことか。もう少し詳しく聴きたい。
(出席者)「持続可能性」は「あるものが続いていく、『発展』していてもいなくても持続可能であればよい」との考え方。
IV. 講演内容詳細
110

国環研で既にしっかりとした研究報告書を出されて
いるのを拝見した、今日はインタラクティブにディスカ
ッションしたり、こちらからも色々と質問させていただ
きたい

司馬遼太郎のエッセイ「この国の形を考える」になぞ
らえて本日のタイトルとした

昨日は衆院選挙で、まさにこの国のかたちを変える
機会となった
「投票率は指標に使えそうだ」などと、つい指標の観
点で見てしまい、「指標フェチ」と言われることもある
が(笑)、気にせず続けていきたい
JFS の紹介
今から 11 年前に E 女史と私が共同代表となりつくった
NGO

設立のミッション
「コミュニケーションを原動力として、コミュニケーショ
ンの力で社会変動を起こそう」
「双方向のコミュニケーション」のために、日本から
国際社会へ、持続可能性の情報発信の質量を高め
る

活動内容
「コミュニケーションで変わる」

企業、政府、自治体、NGO、研究所の取り組みを
JFS が並列のプラットフォームに並べ、日本語と英
語のバイリンガルで国際機関や海外企業、政府へ
向けて情報発信して日本の知恵や学びを海外に届
ける
→ 国際社会の環境への取り組みを加速させること
を狙う

だが、本当に狙っているのは…
海外からのフィードバックに学ぶことで日本の環境
への取り組みを accelerate すること

10 年以上活動を続けていると、海外から色々なフィ
ードバックが来るようになり、企業、自治体などとつ
なぐ仕事をさせていただいている

国環研のリサーチペーパーでも JFS の活動を取り
上げ「日本有数の NGO」などと書かれていて非常に
光栄だが(笑)、そんなに大した NGO ではない

スタッフは E と私以外に 4~5 人のコアメンバー
※このようなコミュニケーションのプラットフォームを
4~5 人で回すのは不可能なので、約 300 人の
ボランティアにお手伝いいただいている(女性も
多い)

ボランティアの皆さんが日本の持続可能性に関する
情報を拾ってきて、プレスリリース的な文章に整えて
発信(英訳チームもあり、チーム制で助け合いなが
ら活動)
→ 更に海外からのフィードバックを日本の様々な
主体に届ける
※JFS はこの仕組みをデザインしたということになる
111
コミュニケーションの特性

はじめに情報開示ありき = 出発点

コンテンツ(中身)で語るかコンテクスト(文脈)で語
るか(どちらで語るかで語り口は変わってくる)

レスポンスがあるかどうか

双方向性

対話のスパイラルアップ(
これらのメカニズムが我らの NGO 組織に埋め込まれてい
ると考えてほしい
ある日アジアの若い人から届いた疑問

5~6 年前、「今の日本は持続可能な国ですか?そ
れとも持続不能な国ですか?」という趣旨の質問が
届いた
→色々な人が協力し合い答えを返信しようしたが、
あまりに根源的・本質的な質問だったので答えら
れず
→では誰かに相談しようと色々な方に聴いて回った
が、どなたからもきちんとした答えは得られず

この質問をきっかけに活動の基本的内容へ「『日本
の持続可能な社会のビジョン、指標』を策定する」を
付加
活動の基本的内容

Web での情報発信

メルマガを世界のオピニオンリーダーなど約 2 万人
へ定期的に配信、現在 191 カ国に配信中(発足 11
年でグローバルな情報のネットワークはできた)
※1 カ国だけ情報が配信できない国がある
→アフリカや北朝鮮などが思い浮かびやすいが、実
はヨーロッパのサンマリノという小さな国
→ボランティアに「この国に友達がいる人を連れて
来て」と頼まれるが国の存在を知らない人も多い
(笑)

海外からのフィードバックを日本の各主体につなげ
て「対話の促進」により社会変動を起こす

4 のプロジェクトの運営(運営リーダーは多田)
→現在、私は東北(仙台)にいるので勉強会も開き
にくくなったが、特に関心ある 7~8 人が集まり、あ
ーだこーだ言いつつ(ビジョン・指標)フレームをつ
くってきた
→アカデミカルな観点から見ると抜け落ちている
点、非常に乱暴な作業も入っており、一部専門家
の助けも借りたが、一般市民のレベル、市民目線
でこのような「ビジョン・指標」をかたちにしたのは
誇り

各種プロジェクトの運営、場のデザイン
112
詳しくは Web に掲載しているので関心があれば見て欲し
い
「ビジョン・指標プロジェクト」における課題認識

持続可能な社会とはそもそも何なのか?「日本のあ
るべき姿」が明瞭に見えない
 今回の選挙では特にこの「日本のあるべき姿
が見えない」ことを強く感じた
各政党が原発や TPP、消費税の各論で論戦し
たり、「アジェンダ○○」などと出したりしている
が、「日本をどのような国にしたいのか」のビジ
ョンが僕の目から見てもひとつとして見られな
かった
※これは私的な感想、違う意見があれば後で聴き
たい

活動が個別の局地戦になってしまっていてグランド
デザインが希薄になっているのではないか、だから
先程のような「日本は持続可能な社会に近づいてい
るのか、遠ざかっているのか」の質問に答えられな
い、誰も答えを持っていない
あるべき「持続可能な社会」と「現実社会」のギャップを測
る

JFS では現在の姿を「持続可能」ではないと仮定し、
まず「現実の姿」をきちんと描いてから将来ビジョン
をつくった

ビジョンと現実には差がある
→そのギャップを測定するために「指標」が必要
→指標づくり

「あるべき社会像を持つ」
社会コミュニケーション上の羅針盤(コンパス)にな
る
世の中を見るコンパスを持つことにもなる
113
そもそも「持続可能性」とは何か?

一番有名なのは 1987 年ブルントラント委員会の「我
ら共通の未来」で定義したもの
「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、
今日の世代のニーズを満たすような開発」
初めて「将来世代に対する責任」の視点を入れたと
巷では言われている
「持続可能性」は実は古くからあった定義

いつも素晴らしいと思い崇拝している古の言葉

「あなたがある意思決定をする時には、つねに 7 世
代先の人たちのことを考えてから決定をしなさい。」
(アメリカ・ネイティブインディアンの考え方)
1 世代 50 年としても、350 年先のビジョンをしっかり
持っておきなさいということ
「目の前に生えている大きな木を伐ってボートをつく
りたい、でもその木を伐ってしまうと 7 世代先の人々
にとって良いことだろうか」と考えて意思決定する

「地球は過去の世代からの授かり物ではなく、将来
世代からの預かり物。」
あまりに有名なフレーズ、アボリジニやアイヌなどの
先住民族に共通する思想
これらの言葉があったにもかかわらず、植民地支配や先
住民族の弾圧で姿を消してしまった
今更欧米人が「持続可能性」を定義したからといって「初
めて」というのはおこがましいのではないか
持続可能性の様々な定義

色々な自治体や NGO、産業界などが持続可能性の
定義をしている
→100 以上のサステナビリティの定義がある
※ハート女史の定義収集サイトがある
→環境を中心とした定義から様々に派生して、現在
は「トリプルボトムライン」の概念が台頭している
114
JFS の「持続可能性」の定義

5 つの要件(スライドの赤字強調部分)で定義づけた

非常に長いが(笑)、この 5 つの要素が重要なので、
それらを統合してひとつのフレーズとして定義づけし
た
持続可能な日本の定義フレーム

個人(意志とつながり)
選挙の投票率はここを見る有力な指標
どこの党に投票するかは自由だが、足を運んで投
票しなければ持続可能ではないと私は思う

社会

経済

環境(ベースに来る)
全体に「多様性」「容量/資源」「時間的公平性」「空間的公
平性」が関わり、「意志とつながり」を加えた 5 つの要素が
持続可能性の骨格になっている
持続可能な日本のあるべき姿を描く
① 持続可能性の定義
大体 3 年ぐらい掛けて取り組み、5 つの要件を提示
気を付けないとユートピアや理想郷を描いた単なる
スケッチに終わってしまうので注意
例: 「老若男女誰でも笑顔あふれる国」は素晴らし
いことだが、持続可能性の本質とはなかなか
交わらないのではないか
② 持続可能性の要素
環境、経済、社会、個人
③ 日本社会の特質、特性への考察
④ フレームワークアプローチ
システム志向で社会像をつくる
115
どのような要素を柱にしてビジョンを描くか

環境
やはりまず必要なのは「風土」
里山、鎮守の森、疎水などは日本特有の概念

経済
TPP やグローバリゼーションが非常に大きな問題に
なっているが、やはり自律分散型自給経済が必要
になってくるのではないか

社会
スライド参照

個人
生活の質(Quality of life: QOL)
石田先生や古川先生は「ライフスタイル」と表現した
と思うが「ライフスタイル」と「生活の質」は重なってく
る
以下スライド参照
これまで紹介してきたことは全文を日本語、英語で公開し
ているので、ご関心がある方はぜひご覧いただきたい
2005 年にプレスセンターで発表した際は、国内でも 6 紙
が記事にしてくれ、海外からもかなり大きな反響があった
持続可能性指標に関する日本の行政の動き

2007 年以降矢継ぎ早に 2050 年を目標とした「持続
可能性」に関する取り組み(スライド参照)が発表さ
れ始めた
これらの取り組みに関係している何人かの知り合い
から「JFS の指標がひとつのドライバーやトリガー
(引き金)になった」との話を聞き、嬉しかった

116
ただし、これらの取り組みは全て Environmentally
Sustainability が基軸になったもので、そのほかの視
点があまりない

世界の潮流は QOL へ向かっているので、日本の動
きとの乖離をどう埋めるかは課題

「環境省第 3 次基本計画指標活用に関する検討委
員会」の委員を務めており、ここで指標の検討は行
っているが、動きがあまりない?
ここでの指標は環境省で策定した環境基本計画が
きちんと進捗しているのかのレビュー指標
≠ 「持続可能性指標」

個人的イメージだが、日本という国単位で持続可能
性指標がきちんと策定されていないのが現状で
は?
5 つの持続可能性要件と 4 つのカテゴリーのマトリックス

マトリックスをつくるのはフレームワーク志向に適す

皆で議論しながら埋めていった
→いくつかの大学ではこのチャートを授業で活用し
ていただいている(セルを空白にして学生独自の
視点で埋めていくなど)、それも非常に嬉しい
フレームワークの基本構造

4×5 の 20 個のフレームワークで日本固有の事情を
考慮して持続可能性ビジョンを描き出した

価値概念と 4 つの軸との関係性を描き出す(トップダ
ウンアプローチ)

200~250 個ぐらいの持続可能性に関するデータを
集めて環境・経済・社会・個人のカテゴリーにスクリ
ーニング(ボトムアップアプローチ)

トップダウン、ボトムアップの両アプローチを統合し
て指標体系をつくった
117
JFS 指標・データベースのモデル

人間圏を中心にして自然圏へと拡がる構造(スライ
ド参照)

持続不可能な現状
=人間圏と自然圏のインターフェイスの設計を間違
えてしまったからではないか?
=経済的に言えば「外部不経済」:
環境や自然の価値を経済にうまく埋め込むこと
ができなかったために環境問題は起きたのでは
ないか
Sustainability に関するデータ収集の難しさ

この作業は本当に大変(ボランティアの方が悪戦苦
闘、日本行政の縦割り構造も垣間見える)

環境省、経産省、国交省、農水省 etc. 色々なとこ
ろからデータを集めてきて 250 個
→20 個のサブカテゴリーのどこに当てはまるかを時
間をかけて議論
指標とは何か
スライド参照

118
国単位で持続可能性指標を持つ国は 30 数カ国だ
が、意外とビジョンと指標がセットになっている国は
少ない
→ビジョンを出さずに指標だけ出して何を測るつもり
なのか?不思議でならない
指標の選別基準
スライド参照

我々は「コミュニケーション」を母体にしている NGO
なので、厳密性・網羅性・学術的な価値よりも象徴
性・理解可能性に重きを置いている
20 の指標(コンパス)の一覧

「コンパス」と表現した理由
環境(Nature)、経済(Economy)、社会(Society)、
個人(Well-being)の頭文字を取ると東西南北の方
位となる
→ 「Sustainability Compass」と呼んでいる
※Well-being は「福祉」「安寧」という日本語訳があ
るが、あまりピンと来ないので、ここでは「個人」と
した

Sustainability Compass
スウェーデンの環境コンサルタント Alan AtKisson が
使っているもので、必ずクレジットをつけると約束し
使用
彼は Sustainable Seattle などの多数の持続可能性
指標プロジェクトに関わっている
JFS 持続可能性指標の測定結果(1990 年と 2005 年の比
較)

点数化し 5 段階で評価・色分け

仮説的に測定したものなので僕らはこの結果を「試
算」と呼んでいる
119
「環境」の試算結果

環境劣化は全世界的に明らかなので、「ポイントが
上昇しているのは不可思議だ」と随分言われた

「水・土・空気」の健康さ・安全性がここ 15 年で向上
環境教育や環境問題への関心などリテラシー面も
測定しており、それらが向上していた

「温暖化」や「資源循環・廃棄物」の面では破滅的な
状況が続いている

一人当たり温室効果ガス排出量は、現在原発事故
などでエネルギー政策もめちゃくちゃになってしまっ
ているので、今でも 0 点とせざるを得ない
「経済」の試算結果

一番影響が出ているのが「財政」
JFS では「国の債務」を重視
1,000 兆円の借金のほとんどは国債で日本人が購
入
グローバル経済の専門家や一部の経済学者などは
「国債は対外債務ではないから全然問題ない、借金
の規模だけを問題にするな」という人もいるが、その
意見にはくみしていない
債務過大は将来世代に対するインパクトはあまりに
も大きいので、やはり厳しく評価せざるを得ない
120

一般政府の債務残高(対 GDP 比)
EU では対 GDP 比の債務残高を 60%以下に抑えな
いと加盟を認めない(今の日本の債務残高は EU に
加盟できないレベル)

世代間公正の面からは非常に厳しい方向へ向かっ
ている
「社会」の試算結果
スライド参照

お金の流れ
日本では Green Economy もほとんど浸透しておら
ず、SRI(Social Responsibility Investment)・エコファ
ンドなどの投資も普及していないため

「ジェンダー・マイノリティー」は「国会の議席数に占
める女性の割合」を指標の一つにしている
1990 年→2005 年には改善してきているものの、依
然低いレベル

女性の社会進出は重要な観点と捉えている
「株式市場一部上場会社の女性役員の割合」も指
標に加えている
121
「個人の豊かさ・生活の質」の試算結果

「環境」や「経済」の分野と比べればまだ悪化は深刻
ではないが、「心身の健康」が大幅に悪化

「心身の健康」で指標としたのは「自殺死亡率」
指標を検討していると往々にして自虐的になる傾向
があり、どうしても暗い指標を選んでしまうのかもし
れないが、日本の自殺率は突出して高い

日本の自殺率は OECD 諸国の中でもロシアや韓国
に並ぶ高率で、年間 3 万 2,000 人が自殺で死亡
※東日本大震災での死者・行方不明者が約 2 万
人、9.11 テロでも死者約 3,000 人

「日本は内なる戦争をしている」(五木寛之氏の言
葉)

年間 3 万人の死亡は 10 年で 30 万人、地方都市が
消失する程のインパクト、この指標は入れざるを得
ない



122
今年は幸い自殺死亡率が 3 万人を切るかもしれな
い
「自殺率」は「結果指標」であることに注意が必要
「なぜ自殺に至ったのか?」を測る必要あり
職場、セクハラ、借金、生活格差(ジニ係数)などの
問題を測るプロセス指標を入れたほうがいい
でもジニ係数を掲げるよりは「自殺死亡率」のほうが
圧倒的に分かりやすいのでヘッドライン指標として
選んだ
指標の整理
スライド参照

一番右側の列は OECD の分類との対応関係を記載
最近の危惧
スライド参照

学力に関して
PISA の結果では日本は応用力が特に悪化している
と言われる
※ PISA ( Programme for International Student
Assessment): OECD が 2~3 年に 1 回実施して
いる国際的な生徒の学習到達度調査
山中伸也教授が iPS 細胞研究においてノーベル賞
を受賞したので、日本の学力も捨てたものではない
と思うが、中学生や高校生のレベルで学力は低下し
ていると言われる
JFS の持続可能性指標プロジェクトから見える課題
課題はまだまだたくさんある

Aggregation(統合化)と Weighting(重みづけ)につい
て
JFS の指標は敢えて重みづけしておらず、環境・経
済・社会・個人の 4 領域に関して統合しているが全
体の統合はしていない
※統合したバージョンの試算結果(単純に重みづけ
をせずに平均を取った)では、1990 年に比べ 2005
年の持続可能性は 19%ダウン(ひとつの仮説)

ビジョンと指標は緊密な相関性を持って初めて意義
を持つもの

各指標のタテ・ヨコの関係
タテ: サブ指標の設定(20 個のヘッドライン指標各
個ごとに 5 つ、計 100 個のサブ指標を設定してヘッ
ドライン指標の信頼性担保を目指す)
ヨコ: 環境・経済・社会・個人の領域の相関解析の
ほかに、トレード・オフの関係の扱いを検討していく
123
サブ指標策定への道: 事例 1「生物多様性・森林」
スライド参照

どのようなかたちで行われていて、どのようなつな
がりで構成されているかをマッピング
→この中からサブ指標を選ぶ
サブ指標策定への道: 事例 2「心身の健康」

自殺率は分かりやすいが、心身の健康にはそれ以
外の要素もたくさん関連しているので、プロセス指
標をサブ指標に拾っていくのがよいのではないか
指標・カテゴリー間のつながりの考察

逆つながりは一番厄介
分かりやすい例はバイオエタノール(トウモロコシ由
来)の導入
→燃料と食料の競合
指標のポイントは CO2 排出削減の観点からは向
上するが、食料問題の観点からは低下する
「人の食料を車に喰わすのか」(Lester Brown 氏)
124
ヘッドライン指標間の相関関係

曼荼羅みたいに見えるので「JFS 曼荼羅」と呼んで
いる

つながりやサブ指標のまとめ方をもう少し精緻化し
ていきたい
様々な持続可能性指標のベンチマークを行っている
世界各国の指標事例

サブ指標を含めると 50~100 個などかなり指標数が
多くなるが、主要指標は 20~30 個ぐらい

日本語、英語のものはカバーできるが、ドイツ語、フ
ランス語、スペイン語は内容把握が困難
→NIES 特別研究の報告書「中長期を対象とした持
続可能な社会シナリオの構築に関する研究」が大
変参考になった
125
「指標で何をするか?」は非常に大事

「指標は非常に恣意的なもの」
JFS は指標を「社会変動のツール」として使おうとし
て指標プロジェクトを起こした
U. K. の持続可能性指標

指標の目的も明確化されており Web も見やすく分か
りやすかった
ドイツの持続可能性指標

市民参加によって指標を選定しているのが特徴的
福島第一原発事故発生後、すぐに専門家委員会と
宗教家・学者・NGO からなる委員会を設置し、ドイツ
のエネルギー政策に関する意見を聴取
→専門家委員会の意見よりも宗教家・学者・NGO で
構成される委員会の意見・提案をベースとして
「原発廃止」を決めた

ドイツの市民参加は JFS 指標の「つながりと参加」
の観点で非常に優れたモデル
やはり「参加」しなければ社会は変わらない
日本の選挙投票率の低さはビジョン・指標づくりに
取り組んでいる一人として残念でならない

国際的責任
「何を持続可能にするか(ターゲットアイテム)」と「誰
の持続可能性か」をきちんと定める必要あり
ドイツは「国内だけの持続可能性を追求するのでは
ない」と明示
スウェーデンの持続可能性指標

指標数は経年で増減したりもしているが、基本的に
政策を支えるための指標

126
特徴的な指標がたくさん入っている
例: 高校への未進学率(社会人になったあとでも
再教育が必要になるので効率性の観点から測
定)
ブータンの持続可能性指標

GNH(Gross National Happiness)は麗澤大学の O 先
生が造詣が深かった

近くこの指標を改訂する予定があり、世界中から識
者を招いて再検討中(JFS のパートナーである E も
委員会のメンバーとして参画)
→ 面白い情報があればまた皆さんと共有したい
Beyond GDP Conference (2007 年)

これはとてもエポックメイキングな会議体
主催に WWF やローマクラブなどが入っている

日本ではなかなか考えられない会議デザイン
日本で NGO と国会が組んで会議を開くことはあり得
ないが、ヨーロッパでは NGO が政府機関を焚きつけ
てこのような会議を当然のように開催する

JFS から僕と K が出席したほか、E 社から 2 名が参
加し計 4 名参加
Beyond GDP Conference の意味

GDP に代わる真の豊かさについて議論し尽くすため
の会議
127
GDP 批判の経緯

GDP 指標を考案した Kuznets 本人が「GDP は本来
Measurement of Production であって万能指標では
ない」と言っている

1995 年にも「Taking Nature into Account(自然をき
ちんと勘定科目に入れよう)」がテーマの会議開催
10 年ほどのスパンで継続している会議
会議の主な論点
スライド参照
スライド参照
128
スライド参照
スライド参照
スライド参照
129
スライド参照
スライド参照
EU 持続可能性戦略のマイルストーン
スライド参照

EU の取り組みが全て良いとは言わないが、グランド
デザインやつくりざまはやはり日本より一歩先んじ
ているのではないか
130
会議におけるその他のコメントなど
スライド参照

環境経営学会では「幸せ」を研究する部会ができて
おり、私も参加している
持続可能性指標にその後の象徴的な動向
スライド参照

“We must change the way we measure growth.(我々
は成長や発展の測り方を変えねばならない”
(Sarkozy 氏)
日本の安部首相はこのようなことは言わない?興
味・関心は全く別の方向を向いていそう
スティグリッツ委員会の報告
スライド参照
131
Beyond GDP のその後の動向
スライド参照
OECD のグリーン成長指標
スライド参照
スライド参照
132
まとめ

コンテンツよりコンテクスト、プロセスの参加・透明性
確保のデザインについては、やはり EU は上手い
持続可能性指標に関する所感: 有効性と
スライド参照

「完璧な指標体系群」はあり得ず、それぞれがそれ
ぞれの目的やゴールに従って指標がつくられるもの

指標策定のプロセスに誰がどのようなかたちで参加
するかも非常に大事
JFS の指標は市民が参加して市民がつくった指標、
Beyond GDP のように NGO と議会が一緒につくった
というプロセスも面白い
V. 質疑・自由討議詳細
初めに予め当プログラムメンバーから募集していた質問への回答をいただく(以下敬称略)

研究の成果と現実社会とのギャップとして何があり、それをどのように埋めようとされているか?
司会: これは、すでに JFS の持続可能性指標を提示したこと自体が答えになっているかもしれないが。
多田: 本日の話は主に学生や若い世代、社会人の環境講座などで話している内容だが、「持続可能性」や「指標」という表
現がまだ一般社会の言葉として馴染んでいない。そのギャップは非常に大きく感じる。そのギャップをどのように埋め
ようとしているかといえば、我々は「コミュニケーション」を非常に大事にしている。ネット上での提示だけではなかなか
気づきが生まれにくいので、既に関わっているメンバーだけでなく新しく関心を持った人々にもオープンにして勉強
会を開催している。そこでまた新しい市民の方々が「指標とはこのようなものなのですね」と関心を抱いていただくみた
いに、非常に地道なことしかできていないが、コミュニケーションでギャップを埋めようとしている。

産業構造や雇用、世界の動きについてどこまで検討されているか?
多田: Beyond GDP Conference などの国際的な会議体に直接足を運ぶようにしている。NGO なので旅費の捻出が結構
大変だが(笑)。(共同代表の)E と喧嘩しながら(笑)、「絶対大事な会議なので行ったほうがいい」と参加したが、国際
会議に自ら足を運ぶだけでなく JFS の指標をリーフレットに編集し配布した。外国の参加者から「日本にはビジョンと
指標がないと思っていたが、あるのか。あなたの国は NGO が国のビジョンをつくっているのか。」と話しかけられ、対
話が生まれた。「NGO が国のビジョンをつくっている」点が非常に驚かれた(笑)。その後 JFS のニュースレター配信
を希望する人が増えて来て、多くのフィードバックもあった。これは次の質問にも関連する動きだ。
133
OECD や World Bank の指標には何かと批判もあるが、このような機関の動きは非常に重要。JFS から参加できな
かったが、昨今の Rio+20 や国際会議で何がどのようなプロセスを経て決まっていくか、常にベンチマークしている。

JFS の持続可能性指標評価結果について、どのような主体からどのようなフィードバックがあったか?また、そ
れらのフィードバックはその後の取り組みにどのように活かされたか、あるいは活かす可能性があるのか?
多田: JFS の理事の一人、Lester Brown はこのプロジェクトに関してすぐに返信をくれた。「今まで単純に情報発信をして
いたが、このような『指標』や『ビジョン』に取り組むことは非常にいいことだ。」と評価してくれた。
アジアからは、マレーシア、シンガポール、台湾などから「ぜひ JFS の指標づくりのような取り組みを自分の国でもやっ
てみたいので、サポートしてくれないか?」との話もあった。メールで何回か「プロセスが大事」「ホリスティックな指標体
系づくりをこのようにデザインしたらいいのでは」など、アドバイスさせてもらったことがある。そのような遣り取りの中で一
番大きかったのが、先程紹介したブータンの例。ブータン政府から「JFS の指標は非常に面白い。ブータンの GNH
指標改訂作業のメンバーに入って欲しい」という話が来て、E が参画している。この例も、逆に日本にフィードバックを
掛け、ブータンの指標を日本でも使えないかと提案したり、ニュースレターで発信・共有したりしている。
その後の質疑・自由討議
A:
非常に面白いお話だった。
私はある学会で持続可能性指標を検討している方の発表を聴き、しかもその人に質問をせねばならない立場で、とて
も質問しづらかった点がある。その人が何のためにその指標をつくったのか、色々な変数を使って順位づけしたりして
いるのか、その人の強い意思が全く感じられずに質問に困った。その指標が持つ意味は一体何なのか分からなくて
非常に困った。このような指標研究は恣意的な非常に強い意思を持って検討するべきではないかと思っていたので、
今日のお話は非常に強い意思が感じられ、ストンと納得でき、とても説得力のある指標だと強く感じた。
多田: そのコメントに感謝。
A:
その上で質問したい。このような指標で数値化して評価する時、その結果は指標づくりに関わった JFS のメンバーの
皆さんが持っている印象と一致しているのか。また、指標づくりに関わっていない一般市民の皆さんが持つ印象と感
覚的に一致しているのか。そのような確認作業などはされているのか。
二点目は、最後のスライド(68 ページ)の 4 点目「体系性を持った指標は社会を見るコンパスになり得る」との点は、
(一点目の質問で触れた)市民の感覚と一致すれば私も強く同意。JFS ではコミュニケーションを強く意識し指標を使
われているそうだが、「社会を動かすためにさらに新しい戦略を練っている」など展望があれば教えていただきたい。
多田: とても素晴らしい質問だが、答えるのがまた難しい(笑)。
最初の質問で「指標をつくった者の印象と一般市民の印象をどのように較正されているか」について。基本的にはつ
くったメンバーの主観がかなり色濃く出た指標にはなっていると思う。それを一般の方にも分かってもらうための努力
としては、(指標を)つくった直後に東京と大阪で勉強会を開催した。東京で会を 3 回開催するうち、ゲストに今は亡く
なられてしまった O 先生、以前こちら(国環研)にいらした M 先生、千葉大の K 先生に来ていただいて「JFS の指標
はどうなのか」についてコメントをいただいた。そこに一般の方々にも来ていただき、(先生方の)コメントと JFS との質
疑応答の遣り取りを聴いていただいて、(指標や持続可能性の)意義を分かっていただく努力は一応した。特に K 先
生からいただいたコメントでは、「代表性や理解可能性に重きを置いているのは構わないが、やはり(スライド 39 で挙
げた)感度分析や代替指標に入れ替えた時の信頼性が無いと、専門家の目から見れば使い物にならないので、そこ
は気を付けたほうがいい。」と言われた。O 先生は、やはりご自分で HSM(Human Satisfaction Measurement)と
いう指標を持たれているので、それと JFS 指標との違いについてコメントされた。「HSM 指標には、(JFS 指標のよう
に)持続可能性を定義してそこからトップダウンでホリスティックに指標をつくっていく概念が無いので、そこは素直に
素晴らしいと感じた。」とコメントしてくださったのが記憶に残っている。
二つ目のご質問はどのような意図があるのか、もう一度お聴きしたいのだが。
A:
134
指標ができ、試算すると「ここが弱い」などと出ると思う。弱いところだらけかもしれないが(笑)。その結果から理想的な
将来を目指す時、JFS としてどのような戦略でそこへ向かうか、さらに一歩進んだ活動をしようとしているのか。
多田: やはり難しいのだが、JFS のニュースレターを取ったり Web を見てくださる方は、かなり環境オタクではある(笑)。そ
の方々と「Sustainability なんてちんぷんかんぷん」という方々とのギャップは、やはり依然としてものすごく大きい。
そこを一致させるのはなかなか難しいとは思うが、一つ取り組んでいることがある。E も僕も政治家になるつもりはない
が、先程紹介した Beyond GDP のように、政治や Policy maker(政策決定者)に対してどのように働きかけるかは日
本でも非常に重要。幸い、E や僕が環境省さんや経産省さんの委員会などにいくつも入っているので、そのような場
所で委員の方に(JFS 指標の)アップデート版をお渡しし、「このような指標を今後検討していくべきでは」などと、ささ
やかなロビイング(各種団体・企業・個人などが公共的利益などの擁護・増進を目的として議員・政府当局者に接触し、
政策形成に影響を及ぼそうとする活動)をしている。環境省さんに対しては、日本の「持続可能性」はまだ「環境だけ」
から抜け出し切れていないところがあると指摘した。「環境省さんとしても難しいだろうが、内閣府などが事務局になり
Sustainability に関する検討会をつくるべきではないか、それに対してパブリックコメントを求めるなどのかたちで広
めていけないか?」と訴えかけはしている。今はそれぐらいで、ささやかなことしか出来ていないが。
B:
非常に面白いお話だった。3 点お伺いさせていただきたい。
自虐的に近い話になってしまうが、我々も低炭素社会のビジョンをつくっている。スライドでご紹介いただいた 2050
年低炭素社会ビジョンをつくり、「2050 年、低炭素社会にしよう、持続可能な社会にしよう」と提示しているが、色々な
方に(このビジョンについて)お話を聴くと“Never seen before(これまでに見たことが無い)”と言われる。国内だとあ
まりそのように言う方はいないが、海外だとやはり“Never seen before”。私個人としては、「見たこともないことをどうや
って描くのだ」という疑問が大きくなっている。「見たこともないものを描きなさい」というのは、人間は出来ないのでは
ないかとの印象がある。例えば、アフリカ奥地の部族に「プリウスを描いてください」という宿題を課すようなものではな
いか 。 一切見たこ と もな いのに「プ リ ウ スと は 何やねん ? 」と いうと こ ろか ら始ま ると い うか …。そ の意味で 、
Sustainable というビジョンは重要だと重々理解はしているが、本日ご紹介いただいた指標やビジョンなどを全て組
み合わせても、果たして持続可能な社会は描けるのか分からないというのが私個人の意見だ。
二点目は、私個人のバイアスが掛かっているが、(多田先生の)お話を伺っていると非常に Optimistic(楽観的)だと
感じられるところがある。A さんの質問でも出たが、持続可能性に興味を持つ方と持たない方の間にギャップがある、
今回の(衆院)選挙の投票率が 6 割ぐらいとの状況もある意味ギャップだが、そのギャップは 2050 年、2100 年だろう
が埋まらないのではと思っている。私はかなり pessimistic(悲観的)なので。意識がある人はあるが、意識の無い人
には一切意識は無い、持続可能社会を目指す人はごく少数で、大部分の人はそれを目指さないままに将来もいくだ
ろうと個人的には思う。JFS の活動や先生ご自身の活動でギャップは縮め得るものなのか、ご意見をお伺いしたい。
三点目は、宗教的な価値観は果たしてここ(持続可能性)にどのように絡んでくるのかお聴きしたい。アメリカにしろ
EU にしろ、良くも悪くもキリスト教的な価値観を統一的に持っているが、日本は何となく仏教か、神道かみたいなとこ
ろはあるにしても、単一の宗教である程度合意した文化的な価値観は持ち得ないと思っている。今日の持続可能性
の話は「みんな共通の価値観や文化的バックグラウンドを持っている」ことを前提とした指標に見えてしまう(本来は低
炭素の話でも同様だが)。それがあってこそ「自殺が悪い」「環境によくない」などと言えるのでは。日本ではその状況
は当てはまりにくいのでは。日本に適用し得る持続可能性指標を考えるには、ある意味宗教に足を突っ込まなくては
ならないのかと思う。これは多田先生のお話だけではなく、所内の持続可能性に関する議論に参加するたびに思うこ
と。先生は今後(持続可能性に関連して)どのように宗教や文化の面も考えていくべきとお考えか。人との会話の中で、
政治と宗教の話はタブー、アメリカで言えば野球の話はタブーなどとよく言われるが、そのタブーを残したままで何ら
かの対応を考えていかざるを得ないのか。本日のお話とは関わりない部分かもしれないが…。
多田: どれも大変難しい質問(笑)。なかなか答えるのが難しい質問なので、どのように答えようか(笑)。
最初の“Never seen before、見たことも無いものはつくれない”とは、僕にとってはちょっと奇異な感じがする。今生み
出されてきているもの、身の回りにあるもの、携帯電話にしても、見たことの無いものでもそれを夢見れば実現していく
135
ものは結構あるのではないか。ビジョンや指標、特にビジョンには「見たことも無い」部分もあるが、それは必ずしも「見
たことが無いから生まれて来ない」とは僕自身はあまり思わない。そのようにしか今は答えられない。
二番目の質問について、Optimistic と Pessimistic の間で僕も揺れている。時に楽観的だったり、時に非常に悲観
的になることもある。それはまさにあなたが仰るように、現実の社会とあるべき姿とのお団子を二つ重ねたいが、その
距離が縮まるかといえば、容易には縮まらないだろうとの気は確かにしている。そこに関して、僕らが危機感を抱いて
いるのは、2050 年にターゲット設定したのでは間に合わないかもしれないということ。そこに非常に危機意識を持っ
ていて、実はターゲットイヤーを 2030 年にしないとダメかもという話はあった。前回石田先生がお話をしていると思う
が、彼や Y 先生は「2050 年では間に合わない、2030 年ぐらいには文明崩壊の引き金が引かれてしまうので、今から
やっていかないと間に合わない。」と言う。僕はそこに危機感は持っているが…。お団子二つの間がどうやったら埋ま
るかに関しては、石田先生であれば「技術がライフスタイルに対して責任を持つようにしなくてはいけない」と言うが、
僕自身は目標と現実のギャップを埋める手立ては、このような持続可能性に関する考えが世の中にあるのだと少しで
も伝えていく、ロビイングを含めて伝えていくしかやりようがないかなと思っている。
最後の宗教的価値観や文化的価値観は、非常に大事なポイントだと思う。日本の場合には、先程仰ったように欧米
のキリスト教的な基盤があるわけではない。僕は「やおよろずに神宿る」みたいなアニミズム(精霊崇拝)的なバックグ
ラウンドを個人的に持っている。個人的な話になってしまうが(笑)。日本の共通の基盤となる価値観は宗教に関して
は持ち得ないだろうと気は僕もしている。ただ、日本の場合、宗教家や哲学者がこのような持続可能性に関して発言
する機会がほとんど無いと思う。そのような方々が持続可能性に関してきちんと発言しているのをあまり聞いたことが
無い。日本はキリスト教のような共通基盤は持ち得ないとしても、少なくとも仏教なり神道なりの世界の人が、このよう
な持続可能性について、少なくとも発言はして欲しい。それをひとつ足掛かりとして、持続可能な社会に関する価値
観を共通基盤としてつくっていく必要があると思っている。あまりお答えにならなかったかもしれないが。
C:
実は、僕は E さんと名刺交換をして、ずっと JFS のメールマガジンを読んでいる。持続可能性とはすこしずれる話題
かもしれないが、あのメルマガを読んでいて、JFS の基本的なモチベーション、そもそもコミュニケーションを原動力に
するというところは、市民の方にとても分かりやすく語りかけていると強く感じ、いつも勉強させていただいている。この
「コミュニケーション」がとても重要だというのは分かるが、多田先生や E さんはこのメルマガ(のコンテンツ)をつくる際、
どのようなコミュニケーションを取っているのか、あるいはどこに気を付けているかお聴きしたい。特に、コミュニケーシ
ョンを原動力とすることを意識した時、何かを初めに意識してこのメルマガをつくろう、立ち上げようとされたのか。コミ
ュニケーションのどのポイントに特に注意されているのか、もしお考えがあれば教えていただきたい。
多田: メルマガは、つくる前に E と 2~3 年ぐらい議論した中で、ご指摘のような話題についても議論した。単純かもしれな
いが、一番最初に意識したのは、まずやはり「世界に対して日本のことがあまりにも知られていない現状」だった。環
境や Sustainability に興味を持っている人の話を聴いても、環境先進国や Sustainability 先進国はデンマークで
あったり、スウェーデンだったり、ドイツだったり、誰一人として日本の名前を挙げてくれる人はいなかった。その意味
で、個別には論文が英語で書かれ海外で発表されたりはしているのだろうが、それはやはりアカデミックな狭い限られ
た分野での発信になってしまっていると思う。もっと「日本は環境や Sustainability に関してこれだけのことをやって
いる」という個別の事例を、具体的に分かりやすく海外に伝えていこうと最初に確認して話をしたところではある。先程
自虐的になる、Optimistic になる、Pessimistic になるとかの話になったが、それはある種の色付けではないかと思
う。ここに関しても随分 E と議論した。E の強い信念、彼女は「希望の泉」という言い方をするが、日本の取り組みの中
で悪い事例は JFS からあまり発信していない。原発事故に関しては別だが、個別に「どこかで事故が起きた」だとか
はあまり発信していない。むしろ Positive に「このような前進があった」みたいなことを、地道ではあるが月に 30 本英
訳して発信するいとなみを、もう 11 年ぐらい続けて来ている。世の中暗い話題が多いが、そのような日本の閉塞感を
海外に伝えてもあまり意味が無いので、なるべく Positive な情報を拾ってきて分かりやすく伝えるところを一番の基本
にはしている。フィードバックも、実は最初の 1~2 年は全然無かったが、やはり 3~4 年経ち、メールマガジンが 1 万
136
件を超えるぐらいになってからフィードバックがかなり増え始めた。やはり、「日本でそのような取り組みがなされている
ことに勇気づけられた」「自分の国もそのようなシステムをやってみたい」などの意見がかなり増えて来ている。「コミュ
ニケーションを原動力にする」と言ってやってきたことは、やはり十年一日で、ようやく最近になって少しずつ花が開い
てきたのかなという感じはする。これもお答えになったか分からないが、そのようなかたちでやってきている。
D:
最後の(スライド 68)「ビジョンと指標はセット」いうところにより共感するが、この中で「ビジョン」というのはどのようなレ
ベルのところを指しているのかお聴きしたい。個人的には、4 つ(環境、経済、社会、個人)のカテゴリーの下にどのよ
うな項目が入ってくるかがかなり「ビジョン」に近いものを表すのではないかと思っている。「それぞれの重要概念をモ
デル化する」というページ(スライド 17)があるが、20 の指標一覧のヘッドライン指標にまとまる直前の部分がある種
「ビジョン」に相当するのかと思ったのだが、そのように理解してよいか。
多田: その理解で合っている。「それぞれの重要概念によるモデル化」として、環境、経済、社会、個人についてキーワード
を挙げているところ。これは、A4 用紙 3~4 枚ぐらいの文章に書き下したものが Web に載っている。
D:
プリントアウトしたものを読ませていただいている。
多田: そう、その中に出て来る。
D:
そこで続けて質問だが、ビジョンも恣意性が強いものになるのだろうか。ビジョンも恣意性の強いものなので適当に描
いてしまう場合もあれば、日本の標準はこのようなものがターゲットになると想像しながら描く場合と、両方あるのではと
思うのだが。共通性が強いものではなく描いていくことは割とあり得るかと思うが。そのような理解でよいか。
多田: 「ビジョン」に関してはおこがましい言い方だが「普遍性」がある、ある程度歳月が経っても古くならずに使っていける
文言をなるべく書いたつもり。だから指標ほど恣意的には書いておらず、一般の人にもある程度分かり、かつ「普遍性」
を持ち、英語にして海外に出してもきちんと読んでもらえるように書いたつもり。お答えになったか分からないが。
D:
今、環境省の予算で、地域の持続可能性指標の検討を芝浦工大の N 先生を代表にして(この場にいる)E さん、千
葉大の K 先生と一緒に研究している。このスライド 40 ページのようなサブカテゴリーの検討をしようとしているが、未
だに指標体系によってある程度違いや幅があるので、どのぐらい変えていいのか不安に思いながら検討している。ま
た、具体的にご意見をいただければありがたい。
多田: こちらこそ感謝で、これからもよろしくお願いしたい。
地域指標は我々も面白いと思っている。国の指標というとかなり(地域から)距離がある。先程、Sustainable Seattle
の例を出したが、他にも Sustainable Pittsburg とか、日本だと先日 E がメルマガに書いていた札幌市の「幸せ指
標」だとか、(東京都)荒川区の Gross ARAKAWA Happiness みたいなものがある。あれぐらいの距離感のほうが自
分の身近感というか、距離感が短くて済むので、本当は地域でやる指標のほうが市民は参加しやすいという気はする。
D:
自治体の総合計画に書いてあることと、このような指標が一致すると、色々な場面に使えるなと思い、そこをターゲット
にしたいと考えている。また日本の中でも各地域で比較ができるとよいとも思う。こちらもあまり人手が無いので、お知
恵をいただきたいと思っている(笑)。
多田: 逆にこちらからお聴きしたい。札幌の「幸せ指標」など、「環境」からかなりはみ出た部分の指標が今出来つつあるが、
国環研だから「『環境』をベースにやらなければならない」のような、変なしがらみはあるのか(笑)?そこはそんなに心
配しなくても大丈夫だろうか?
D:
私は気にしないでやるようにしている。むしろ、そのようなメジャーなものに乗っかって、「環境」も同時に考慮してもら
うようにしていかないと、置いていかれてしまうという気がしているので。「環境」だけにこだわるよりも、社会全般の中に
どのように位置づけるかという視点で取り組んでいったほうがよいと思う。特にこれまで「低炭素まちづくり」に関わって
きた際に、「CO2 だけ言っていても始まらないよ」という感じがすごくした。「ちょっと CO2 が少なければこっちのほうが
いい」というような議論でもそうならないので、そう(環境一辺倒に)ならないようにするのが一番大事だと思ったので、
地域の持続可能性指標の取り組みをしている。個人的な動きだが(笑)。
多田: なるほど(笑)。
137
F:
もう少し補足すると、指標研究自でも「環境」だけでなく「経済」「社会」を見ようとしたし、並列して進んでいるライフスタ
イルのプロジェクト(PJ2)でも、この 1 年間「環境」のことは全くやっていないぐらい(笑)。「環境」以外にもかなり意識
を向けている。ただ、最後に「環境研としての強み」を考えた場合、そこにもある程度成果を出すことを社会から期待さ
れていると思うので、やはりいつかは「環境」に戻ってくる必要がある、そのように揺れながらやっている(笑)。
多田: 揺れながら(笑)。なるほど…。そこはやはり微妙なところだと私も思う(笑)。
地域の指標を研究して、最終的なゴールというのはどのようなところに置かれているのか?
F:
地域の環境政策の話の中では、基本的には「そもそも地域の持続可能性を誰がメンテナンスしていくのか、見ていく
のか」を議論する。「誰がマネージメントしていくのか」と問うた場合に、やはり指標を使う人は当面は基礎自治体であ
ると考えていくのが現実的では。そのような人達が使える指標として提案していくべきではとの議論をしている。
G:
興味深いお話をいただきありがたい。
私は F さんと共に持続可能性指標の研究をしているが、私が一番共感したのは、最初のほう(スライド 8)で「活動が
個別の局地戦で、総合戦略が希薄」という部分だった。実際、何らかの政策を取ろうとした時には、やはり「環境」政策
は「環境」政策だし、「経済」政策は「経済」政策だし、行政も縦割りだし、考え方もプロセスも全部縦割りになってしま
っている。目指すべきは、やはりある政策を取った時に、やはり「環境」だけでなくて「経済」と「社会」に対してどのよう
なインパクトを及ぼすのか、プラスに働くのかマイナスに働くのか、トリプルボトムラインのうち二つか三つかに対する総
合的な影響評価が重要ではないかと思う。その相互連関性は、JFS ではどのように考えていらっしゃるのか。色々な
国の指標をレビューした時に、どの国も単純に指標がバーっと箇条書きになっているだけで、複数の指標と指標の間
の関連性が議論されていることがあまり無かったように思う。
多田: それは確かに難しいことだ。指標のつながり方によって、片方が悪化するようなトレードオフの問題もあるし、つながり
方の問題もあるし、難しいことではある。そこは、何とも今は…、JFS の指標としてそこのご指摘いただいた部分を超克
するような仕掛けができているかというと、残念ながらあまりできていない。ただ、危惧は常にしている。タテとヨコの連
関性もあれば、全体での連関性もあれば、色々なつながりはそこかしこで顔を出してくる。うまく言えないが、ある指標
をベースとして環境政策を立てた時に、それが「経済」や「社会」にどのような影響を与えるのかというところは非常に
重要だと思うが、今の僕らの指標のつくり方では、それに対する解が無いと正直思う。どのように検討したらよいか、逆
にアイディアがあれば教えていただきたい。国環研ではそこをどのように検討されているのか。
F:
「持続可能」以前に、巷に「環境か経済か」の不毛な議論がいつでもある。この議論を乗り越えるには、言い古されて
いるが「環境と経済の両立」しかないと思うのだが。これは「持続可能な発展」の一部の議論なのだという感じはしてい
るが、なかなかうまく乗り越えられない(笑)。
多田: 「環境か経済か」という設問自体がやはり間違っていると私は思う。仰る通り「環境も経済も」なのだ。or ではなくて
and なのだと思う。だけど、そこさえまだ理解してもらえていないとは思っている。
F:
そこの議論に「社会」とか「個人」とか「幸せ」をひとつ嚙ませることで、「納得感」のようなものが出てくるのではないかと
思っているが…。私も今悩んでいるところだ(笑)。
多田: その状況はよく分かる(笑)。悩みを共有して何か知恵が出たらいい(笑)。
H:
2 点質問がある。
一点目は、この最後のスライド(68 ページ)にある「指標は測定結果に加え、策定のプロセスがきわめて重要」というと
ころだが、シナリオづくりも、出てきたシナリオよりも策定プロセスのほうが重要だと言われる。その中で、今回提案され
ている指標のバージョンアップというか、「『完璧な指標体系群』はあり得ない」にしても、それに近づけるような改訂が
定期的にされているのかどうか、お聴きしたい。
二点目は、JFS の持続可能性の定義(スライド 14)の中で「地域間・世代間を越えて最大多数の最大幸福を希求す
ること」と書かれているが、これをパッと読んだ時に「最大多数の最大幸福」を経済モデルで実現しようとすると、「全部
138
とにかく合計して、それが最大になるように、配分なり、投資の遣り取りをする」ことにモデル上ではなっていく。でも、
最近はそのようなやり方をしていくと「格差」はやはりどんどん大きく拡がっていってしまうと思うようになった。もちろん、
本日の指標群の中にも「格差」が取り上げられてはいるが。実は「最大多数の最大幸福を希求すること」というのは、
今はどちらかというと「格差」を拡大させる方向にあるではないかと考えるようになった。この「最大多数の最大幸福を
希求する」の裏に隠れているメッセージが何かあれば、教えていただきたい。
多田: 最初の質問の指標改訂に関しては、これは足の長いプロジェクトでやっていて、2007 年に発表して以降 5 年間今ま
でやってきているのは、「サブ指標」を設定しようとしている。これはまだオープンにしていないし、整理もし切れていな
い。先程お話したように、20 個のヘッドライン指標だけではどうしてもやはり限界があるので、それを支えるサブ指標
を 100 個付け加えたいと思っている。次回の発表までに。プレスリリースするかどうかは分からないが。一応そのような
ことは考えている。それと、今 2012 年、もうすぐ 2013 年になるが、一応 2015 年を次のターゲットイヤーにしていて、
1990 年と 2005 年と 2015 年の間でどれだけギャップ・差があるかを測定しようと思っている。だから、その後の改訂
版というのは、水面の上には出ていないが水面下ではその動きを掛けているところ。
二点目の「最大多数の最大幸福」は、やはり結構議論があったところだ。ご指摘いただいたような問題点が多々あると
思う。やはり、これを追い求めていくと、全体を上げようとするために個別のものがバラバラになってしまうことは起こり
得るとの認識は私も持っている。ここは、内々でのバトルで次回改訂の際もしかしたら書き換えるかも(笑)。
F:
2 点お聴きしたい。
JFS は設立してから大分経っているが、当初の「コミュニケーションを原動力にして」(という点)から振り返って見て、
やはり色々なことがコミュニケーションで変わってきている、コミュニケーションのやり方も変わってきていると思う。より
今にマッチしたかたちのコミュニケーションはどのようなものなのか、感じているところを教えていただきたい。例えば
「指標」というものも、ある意味今のマルチメディアの世界の中で分かりやすいツールというか、心に落ちやすい手法
なのかという意味で、何か感じられているところがあれば。
もう一点が、最初のほうのスライド(5 ページ)で「コンテンツで語るかコンテクストで語るか」と書いてあるが、JFS の指
標を使った場合、どちらで語ろうとされているのか?教えていただければありがたい。
多田: 二つとも大変大事なご質問だと思う。
最後のチャート(スライド 68)には「有効性と限界」と書いたが、「指標」というツールを使い、それをコミュニケーション
のドライビングフォースにしていこうというのは、やはりある限られたパイしか変えることは出来ないと強く思っている。ご
存知かもしれないが、E のほうは、最近「幸せ経済研究所」を立ち上げた。私はそちらにはあまりタッチしていないが。
そこでは主観的な「幸せ」などをどのようにすれば訴求できるのかについて、「指標」を抜きにして検討している。もう少
し、「指標」という言葉を使わないで「幸せとは何か」を検討している。気をつけないと「宗教」になってしまうが(笑)。そ
のようなものを訴求する動きを僕のパートナーは掛けている。「指標」というのは、やはり限られたパイの中でしか通用
はしないのだろうと、ある種の限界性は感じている。
二つ目は、やはり鋭いご質問だと思う。「指標」と言った時に、我々はやはり「コンテンツ」よりはどちらかというと「コンテ
クスト」、「結果」よりは「プロセス」を重視して今まで指標づくりをしてきた。多分今後も同様のかたちでやっていくので
はないかと思っている。大変貴重なご質問をいただいてありがたい。
司会: 私自身は、所内で「社会コミュニケーション勉強会」という有志の勉強会に参加している。そこで、次回は「地域の持
続可能性を考える」をテーマとして、実際に今東京都の豊島区で NGO 活動をしている方のお話を伺う予定。その方
は地域の持続性を追求していく時に必要な企画や、人を巻き込んでいく何かしらのイベントを立ち上げていきたいと
いうことで、活動されている。その時に、JFS の持続可能性指標のようなものを地域でつくるのはあり得るだろうと思っ
てお話を伺っていた。ただ、(持続可能性の範囲は)地域に限定してはダメだとの前提は置いておいたとしても、実は
「地域の持続可能性を考えていく時に何をフック(きっかけ)として話を立ち上げていったらいいのか」、そこでハタと
139
立ち止まって考え込んでしまう。「では実際、どこから話を始めていけばよいのだろうか」と考えてしまう。今はやはり、
原発問題や食の話題から入っていくのが分かりやすいと思うが、それを「持続可能性」の観点から広く見渡していく時
に大切になってくるポイントというのは、何かあるのか。
多田: それは確かに難しい。何だろうか…。
司会: 「(持続可能性を)身近なところから考えていく」という取っ掛かりは何か必要だと思う。でも、持続可能性を地域、日本、
世界へと視点を拡げていく時に、自分の生活に引きつけながらも世界への影響を考えながらどのように捉えていくか、
よい方法が何かないかと悩んでいる。参加者の皆さんでも何かよいアイディアがあればお聴きしたい。
多田: いい質問だと思う。
一つ思うのは、僕が先程言ったように、札幌や荒川区、京都などでも検討されている地域単位の「幸せ指標」が日本
で 20 数個ぐらい出来てきているので、それらをベンチマークしてみてはどうか。「自分達のまちを持続可能にしたい
が、例えば、このまちではこのような持続可能性指標を選んで取り組んでいる」のように、外の世界で起きていることを
紹介してみては。1 個ぐらい、Sustainable Seattle のような海外の事例も持ってきたらいいと思う。ただ、それがフッ
クになるかと言われるとちょっと(違うか)…。
Sustainable Seattle で面白いと僕が思うのは、市民が手づくりでつくっている点。先程ご紹介した Alan AtKisson
のような優秀なファシリテーターがいて、初めてかたちになった。そのようなファシリテーターを置くということは一つポ
イントかも。またもう一つ Sustainable Seattle で面白いのは、川があってそこに遡上してくるサケの遡上数を持続可
能性指標の一つにしている。これは非常に可視的で「見える化」できる。子どもでも見ることができる。確か、福岡など
でもそれを参考にして「川に生息するメダカの数」を指標にしている地域もある。身近に感じられるためには、その指
標が「見える」、生活の中で日々きちんと「見える」ようなものを選んでいくのもひとつアリかなと思う。他の地域をベン
チマークすることと、見える化させる指標を選んでいくことはアリかなと思う。
ただ、今仰ったような「フック」というか「きっかけづくり」の話とはずれるかもしれないが。
司会: なるほど…。その「フック」に関してもう一点お聴きしたい。日本では多田先生が仰っていたような「プロセスに市民が
参加すること」自体への意識がなかなか向上していない状況があると思う。そこにも悩みは抱えている。確か、内閣府
でもマルチステークホルダープロセスを進めていくための会合を企画して、Web サイトも立ち上げているが…。
多田: 申し訳ない、それは知らなかった。
司会: 悩みはまさにそこ。本当に必要こと、大切なことを考えようという動きがあちこちで点々バラバラと立ち上がっているの
に、それがうまくネットワークしてきちんと機能していない。そこに何だかすごくもどかしさを感じてしまう。
やはり、指標づくりは自分達が参加してそこに責任を持ってこそ、改善に向けた行動が生まれると思う。そこを何とか
いいアイディアがないかと、色々考えながら所の一般公開の企画を考えたりしている。
I:
私は、今の社会コミュニケーション勉強会の次回企画を仕掛けた張本人なので、少しお話ししたい(笑)。
地域の指標をつくる際に、リージョナル(地域的)になればなるほど市民目線になって住民参加型になりやすいのは
いいが、一方で現世代重視になってしまいがちだと思う。将来世代の目線が無く、世代間不公平に目が行かなくなっ
て自分達の居住環境重視になっているような印象を私は持っている。市民参加型でやった時に、どうしても現世代重
視になってしまうと私は思っている。リージョナルになればなるほどそうなりやすい印象を持っているが、そのあたりは
どのようにお考えか。市民参加は素晴らしいと仰っていたが…。
多田: それはどうなのだろう…。
I:
例えば、ドイツの事例などで市民参加は素晴らしいと仰っていたが、ドイツのような国でやれば、市民参加で(指標づく
りを)しても現世代重視にならずに、きちんと将来世代のことを考えて意思決定ができるものなのか。日本ではちょっと
それは難しいのではないかという印象があるが。
多田: それはどうだろうか。地域になればなるほど先の世代のことが入って来ないというのは、逆にどのような理由でそうなっ
てしまうのだろうか?
I:
140
私の印象だと、やはり地域住民重視になって、少ない人数で意思決定をする、小さいコミュニティの中で意思決定して
いくようになると、例えば自分達の居住環境=「環境」になってしまい、実は自分達の居住環境の快適性を優先してし
まうことがあると思うのだが。ところが、国とかグローバルの単位の話になると、将来世代のことを考える議論が出てくる。
それが、小さいスケール、自治体の担当者と話すと、あまり将来世代の話は出て来ずに現住民重視の話になりがち。
先程の豊島区の例にしても、NPO で活躍している方がまさに私の知り合いで、私が企画を持ちかけた本人なのだが、
その人の話を聴いても、やはり「環境」に対してすごく熱心だけれども、住民を巻き込むと「将来の話をしてはダメ」み
たいな感じ。如何にして楽しいお祭りをやって、その中に「環境」のことを考えさせる仕掛けを如何に見えないように隠
し込むか苦労しているとのことだった。それは直観的にも正しいと思う。やはり空間的スケールが小さくなればなるほど、
市民目線になるのと同時に現世代重視になっているように私には見えてしまう。
多田: どうだろうか…。僕自身はあまり地域指標の策定プロセスに関わった経験はないが、事例をベンチマークはしている。
お話を聴くと、市民参加の時に手づくりでみんなやる、場所も区の会議室を借りて土日に集まったりする。その時に、
結構子どもさんを連れて来るケースもあると聞く。子どもさんは会合の場のまわりにいるので、やはり「子ども達のため
に何をせねばならないのか」との議論が出たり、アイディアも自然に出るのではと思うが、そうでもないのか?
I:
「『将来の話をするよりも、もっともっと地域コミュニティを盛り上げていきましょう』みたいなノリの中に、Sustainable に
なるような仕組みを盛り込んでいかないと、地域住民が自分達から将来世代のことを考えるように動かない」と豊島区
の活動をしている方に聞いたのだが…。確かに、環境省の人と話している時と、自治体の人と話している時とでは同
じような印象を受けることが私もある。環境省の人との話だとやはり「低炭素は大事だ」となるが、自治体の人と話すと
「低炭素はやらされている感」があって、それよりは「地域活性化」のほうに目が行っていたり、実際には「地域住民か
ら苦情が来ないように」で手いっぱいだったり、そのような経緯はこれまでも結構見たことがあるので。そうなると、市民
目線になればなるほど、将来のことに目が行かなくなるのかなと…。そんな気がしていた。それは私の個人的な感想
だが(笑)。実際に(NGO などで)活動されている方の目線ではどうなのだろうと…。如何なものか。
多田: 申し訳ない、あまりそのように考えたことはないので…。お話を伺って、そうなのかとも思うが…、どうなのだろう。
A:
「今の日本には閉塞感がある、閉塞感を感じる人が多い」と仰っていたが、それは必ず色々な場面で出る話。持続可
能な社会になれば閉塞感は無くなるのだろうか?(「持続可能」=「閉塞感無し」と)同じ意味になるのだろうか?
多田: 持続可能な社会になったら閉塞感は無くなるか(笑)、これも難しい質問だ…。
A:
例えば、これらの指標の値がすごく改善されるような世の中になったら、人々はもう閉塞感は何も感じない、何も感じ
ないまでは言い過ぎかもしれないが、かなり改善されているものなのか?
多田: 少なくとも、今の状態よりは改善された状態になっていると言うことはできると思う。
A:
よく言われるように、JFS の Sustainable な社会の定義として挙げられているものは、ふむふむと納得させられるもの
ではあるが、このような社会になれば、少なくとも日本の人々には閉塞感は無くなっていく社会なのだろうか。
多田: 難しいご質問だ。一概にそうとは言えないかもしれない。例えば、「環境」だけでなく「経済」や「個人」という指標も入
れている、先程の「自殺者」の話もあるが、そのような指標が改善されるということは、社会が少なくとも今の状態よりは
マシになっているのではないかという仮定の下に進めてはいる。だから「閉塞感」という言葉で言えば、少なくともこの
指標が改善されれば、今よりは「閉塞感」が無くなっているのではないかと思うが。
多田: 僕が今気になっているのは、Quality of life が今盛んに言われていて、海外、ヨーロッパの指標に限らずアジアの指
標にもその考え方が入って来ていること。そもそも「Quality of life とは何なのか」というところが気になっている。
Quality of life はライフスタイルとは少し違うものなのではと思うが、「Quality of life = 持続可能性」と言い切る人
も中にはいる。そこは国環研さんではどうなのか。色々なプロジェクトを回したり、シナリオを書かれたり、地域の指標
検討に関わられている中で、生活の質みたいなものは本当に「=持続可能性」と言ってしまってよいものだろうか。
D:
当方の持続可能社会転換方策研究プログラムでは、僕はシナリオ策定云々をやっている。そこでは、トリプルボトムラ
インだけではやはり QOL の視点が抜けてしまうというか、あまり入ってこなくなってしまうので、それで 4 つのコンパス
141
(環境、経済、社会、個人)の考え方はいいなと思って、基本の方向性に置いて考えていこうと思っている。だから、4
つの方向性の中に QOL が入ってくる、4 つにしないと QOL は入って来ないだろうなというのが私の理解。
多田: (JFS の考え方を参考にしていただいて)ありがたい。
F:
私の考えだと、Quality of life、満足や Happiness も含めて、それ自身が多くの場合、現世代の議論ばかりをしてい
るので、今提起された議論だと「= 持続可能性」にはならないような感じがする。「持続可能性」には関係するけれど
も、やはり「= 持続可能性」とは言わないというのが私の考え。もう少し、時間軸を置いて「将来の Quality of life を
考える」という話になってくると「=持続可能性」の議論になってくると考えている。
B:
私は Quality of life は「持続可能性」に少しも関係していないと思っている(笑)。色々と考え方は違うということで聞
いて欲しい。今、E さんが言ったような「現世代」という話は確かにそうだが、「将来世代の Quality of life」を考えたと
しても、それは「現世代から見た『将来世代の Quality of life』」でしかない。別に、それが持続可能であるかどうかは、
本筋では全く関係ないと思う。もちろん、(QOL が)上がれば上がったで、それに越したことはないが。でも、元々の前
提となっている「Quality とは何だろう」というところが、発言者によって全然違う。Quality of life の話は、色々なとこ
ろで聞いてきた感じでは、全員が全員、それぞれの「個の価値観に基づいた Quality を最大にするための Life とは
このようなものだ」という発言をしている。結局ドライビングフォースは個人、自分自身であって、それが客観的に評価
できるか、客観性を持っているかという議論に終始している。そんなに、100 も 200 も数が出て来るわけではないが。
特に、低炭素社会のシナリオをつくっていると、その中であまり Quality of life の話題が出て来ていない。今、アジア
の各国で「低炭素社会」の研究をさせていただいているが、その中でもあまり Quality of life の話は出て来ない。結
局、「日本人のような生活をすればよい」という程度のものが割合多い。ある程度、生活水準はあまり変わらないとの前
提があるので、Life そのものの質は将来もあまり変わらないだろうとなる。Quality を何に置くかでも変わってくるが、
質という観点では、あまり変わらないというのが前提条件なっている。「Quality of life が上がった、下がった」の話と
「持続可能性」の話は別ライ ンになってし まっているというのが私個人の印象。だか ら、「Quality of life =
Sustainability」になるかという話はあまり関係ないのではないかと思う。あくまで私個人の印象だが。
D:
そこは前に F さんと議論した。「持続可能な発展」という概念が元々あり、その「発展」の部分が「個人」の観点に照ら
し合わせると Happiness とか QOL になると思う。「環境」のことをやっていると、「持続可能な発展」の「発展」の部分
を切ってしまって「持続可能性」ばかりに正面切って向き合う話ばかりをしてしまい、「我慢する」話の Weight が大きく
なってしまって QOL は別の話になってしまうと思う。昔、ヨーロッパでは「持続可能な発展指標」と呼んでいたものが、
あるところからフレーズが長過ぎるから「持続可能指標」に置き換えたのだという話を F さんから教えてもらった。違うか
もしれないが(笑)、そのようなニュアンスで聞いて、そうなのかと思った。だから、「持続可能性指標」は「『持続可能』
だけではなくて『持続可能な発展』とか『持続可能な幸福』の観点を入れた指標である」と言えば、QOL も間違いなく
入ってくると思う。僕は僕で、それでよく整理できて、納得できている。
F:
やはり「持続可能」と「持続可能な発展」は注意して使い分けるようにしている。それは D さんとも議論したところ。また、
「環境」面の「持続可能性」と「社会」面の「持続可能性」はやはり少し違うと思っている。私は Quality of life 自体が
「持続可能性」に関わる視点で見た時、若干「社会」的な問題、かつ「格差」の問題に関わってくる気がする。生活が
二極化してしまう社会は、やはり長く続かないのではないかと考える。それが根底にあるので、Quality of life の
Average よりは、その中身がどうなっているかのほうに非常に注目というか懸念を抱いているので、Quality of life を
「持続可能性」の観点に入れて考えていいのではと思う。いずれにせよ、言葉の「持続可能性」にどこまで入れるかに
よっても議論がなかなか噛み合わなかったりするので、そこを明確にすると議論がスムーズに進んでいくと思う。
C:
「持続可能性」と「持続可能な発展」は分けて注意して考えるとはどのようなことか。もう少し詳しくお聴きしたい。ちょっ
と僕の中で整理できなかったので。
E:
「持続可能性」とは「あるものが続いていく」のが基本。それが「発展していてもいなくても持続可能であればよい」とい
うのが「持続可能性」になる。
142
最後に多田先生への拍手で閉会
以上
143
持続可能社会転換方策研究プログラムセミナー講演録 2012
(独)国立環境研究所
持続可能社会転換方策研究プログラム
平成 26(2014)年
8月
31 日
発行
編著
(独)国立環境研究所
社会環境システム研究センター
岩渕裕子 増井利彦 亀山康子 松橋啓介
〒305-8506 茨城県つくば市小野川 16-2
この冊子に掲載されている著作物の一切の無断転載を禁止致します。
裏表紙
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