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輸入農産加工食品中の残留農薬実量調査
輸入農産加工食品中の残留農薬実態調査 -香辛料及び小麦加工食品についてSurvey of Pesticide Residues in Imported Processed Foods -Spices and Wheat Products- 橋本 諭 佐藤 正幸 武内 伸治 高橋 哲夫 Satoshi Hashimoto, Masayuki Sato, Shinji Takeuchi and Tetsuo Takahashi 近年、日本人の噂好性は多様化し、様々な輸入加工食品 の残留農薬実態を把握することは重要である。農薬の残留 が家庭の食卓にのぼるようになった。加工食品の輸入は今 基準値は国によって異なり、また、その使用実態も不明な 後ますます増加することが予測される。したがって、輸入 場合が多い。調理加工後も農薬が残存する報告例1∼2)もあ 加工食品についての安全性の確保は食品衛生上急務といえ ることから、加工食品についてもその残留農薬には充分留 る。特に、農産物を原材料としている農産加工食品では、そ 意する必要がある。筆者らは1990年度より輸入農産物につ 表1 輸入香辛料中の残留農薬調査結果(有機塩素系農薬) 表2 輸入香辛料中の残留農薬調査結果(有機リン系農薬) 表3 輸入小麦加工食品中の残留農薬調査結果(有機リン系農薬) いて残留農薬調査を行ってきたが、こうした背景をふまえ からのBHCやDDTの検出例はすでに報告6∼8)されており、 1996年度より各種農産加工食品についても調査を開始した。 今回は1996年度に行った香辛料、小麦加工食品の調査結果 中には1 ppmを超えた濃度のBHCやDDTの検出例もある。 現在、 BHCやDDTはその使用や製造を禁止している国が について報告する。 多いが、環境中で難分解性9)のため、使用禁止後も長期間 調査対象農薬は以下のとおりである。香辛料は8種類の 有機塩素系農薬(BHC, DDT,アルドリン,エンドリン, 残留し、作物へ移行10)することが知られている。今回の調 ケルセン,ディルドリン,ヘプタクロル,ヘプタクロルエ 査でも、クミンシーズ1検体から1ppmを超えた比較的高 濃度のBHC,DDTが検出されていることから、生産地では ポキサイド)と13種類の有機リン系農薬(エチオン,クロ 現在もこれらの農薬が使用されている可能性も考えられる。 ルピリホス,クロルピリホスメチル,ジクロルボス,ダイ 香辛料中の有機リン系農薬の残留調査結果を表2に示した。 アジノン,トルクロホスメチル,パラチオン,パラチオン クミンシーズからクロルピリホスが0.02ppm、レッドペッ メチル,ピリミホスメチル,フェニトロチオン,ホスメッ ト,マラチオン,メチダチオン)を対象とした。また、小 パーからはパラチオンが0. 04ppm、エチオンが0. 07ppm検 出された。パラチオンは毒性が強いため日本では特定毒物 麦加工食品は上記有機リン系農薬のうち、ジクロルボスを に指定され、作物への使用が禁止されているが、輸入農産 除く12種類の有機リン系農薬を対象とした。小麦加工食品 物からの検出例11∼13)がすでに報告されている。今回の調査 の場合、後述する酵素処理過程において試料を30℃で一時 でも、低いレベルながらパラチオンが検出されたことから、 間インキュベートするため、揮発性の高い農薬の大幅な回 今後も調査対象農薬として取り上げる必要がある。現在、 収率の低下が予想される。このためジクロルボスは調査対 食品衛生法によるエチオンの残留基準は設定されていない。 象から除いた。有機塩素系農薬及び有機リン系農薬の分析 しかし、エチオンはクロルピリホスとともに輸入農産物で は佐藤ら3)の方法を以下の様に一部変更して行った。ゲル の検出頻度の高い農薬13)であることから、残留基準の早期 浸透クロマトグラフィーの溶出溶媒として使用していたジ 設定が望まれる。 クロロメタンは、その安全性が問題とされていることから、 小麦加工食品はビスケットやクラッカー等6検体及びマ 溶出液をジクロロメタン-シクロヘキサン(1 : 1,V/V) カロニ、スパゲッティ等4検体を札幌市内の百貨店から購 から酢酸エチルーシクロヘキサン(1 : 1, V/V)に変更 入し試験に供した。 した。溶出液はHPLC用ポンプで送液することで操作の迅 小麦加工食品中の有機リン系農薬の残留調査結果を表3 速化と再現性の向上を図った。また、フロリジルカラムク に示した。小麦加工食品ではピリミホスメチルが10検体中 ロマトグラフィーにおけるフロリジルおよび溶出液の量は 6検体と高い検出率を示し、その検出量は0.005ppm∼ 1/10にスケールダウンし処理時間を短縮した。なお、香辛 0.15ppmの範囲であった。また、 1検体からはマラチオン 料は夾雑物が多いため、フロリジル量はスケールダウンせ ずに佐藤ら3)の方法どおりに行った。小麦加工食品は抽出 が0.02ppm検出されている。ピリミホスメチル、マラチオ ンはともにポストハーベスト処理や倉庫の害虫駆除によく 操作の前に長南4)らの方法でプロテアーゼ処理を行った。 用いられる農薬であり、原材料となる小麦粉から検出され 有機塩素系農薬の検出はECD(e3Ni)付GC-14B装置(島津製 ることが比較的多い。調理加工後も残存する場合があるの 作所製)、有機リン系農薬の検出はFPD付GC-14B装置(島 で卜2)、加工食品からの検出例14∼16)も報告されている。永 津製作所製)を用いて行った。検出された農薬の確認は、 山ら16)は、生産加工地域により検出される農薬の種類に差 QP5000型GC-MS装置(島津製作所製)を用いた。それぞ が認められ、ヨーロッパ産の穀物加工食品からはピリミホ れのガスクロマトグラフィーの条件は佐藤ら5)に準じた。 スメチルの検出事例が多く、アメリカ産の穀物加工食品か 香辛料は札幌市内の百貨店から購入した10検体を試験に らはクロルピリホスメチル,マラチオンの検出事例が多い 供した。いずれもアメリカ産の製品であったが、原材料は と報告している。今回の調査でも、ヨーロッパ産の小麦加 主に熱帯・亜熱帯地方で栽培されていることから、原材料 工食品からピリミホスメチルが高頻度で検出されており、 あるいは加工品をそれらの生産地から輸入している可能性 永山ら16)の報告と同様の傾向を示した。 もある。 マラチオンは、食品衛生法による残留基準が小麦および 香辛料中の有機塩素系農薬の残留調査結果を表1に示し 小麦粉について、それぞれ、 5.0ppm以下、 1.2ppm以下に た。10検体中7検体からBHCまたはDDTが検出された。特 設定されている。一方、ピリミホスメチルは小麦について に、クミンシーズからはBHC(α-, β- , γ- , δ-BHC の総和)が1. 2ppm、 DDT (p,p′-DDT, o,p′-DDT, p,p'- 残留基準が1. 0ppm以下に設定されている。今回農薬が検 出された7検体はいずれもこの値を下回っており食品衛生 DDD、 p,p'-DDEの総和)が1.7ppm検出された。香辛料 上問題はないものと思われる。 今回の加工食品の調査では、香辛料から10検体中7検体、 小麦加工食品からも10検体中7検体と高頻度で農薬が検出 された。これまで香辛料中の残留農薬については、一般の 農産物に比べそれほど関心が払われてこなかったが、市販 製品にはBHCやDDTが広範に残留していることが明らか となった。香辛料については食品衛生法上農薬の残留基準 は設定されていないが、検出された農薬の一日摂取許容量 は、エチオンが0.002mg/kg体重/日17)、クロルピリホス 0. 01mg/kg体重/日、パラチオン0. 005mg/kg体重/日、 BHC 0.0125mg/kg体重/日、 DDT0. 005mg/kg体重/日18)であり、 各香辛料の使用量を考えると、それらの摂取量は一日摂取 5)佐藤正幸他:道衛研所報, 42, 14 (1992) 6 ) James H.Sullivan:J.Agric.Food Chem., 28 (5), 1031 (1980 7 ) Kaphalia B.S.et al.:J.Assoc.Off.Anal.Chem., 73 (4) , 509 (1990 8)加藤陽康他:第33回全国衛生化学技術評議会年会 講演集, (1996), p.64 9)須藤隆一編:環境浄化のための微生物学,講談社, 東京, (1983), p.96 10)金澤 純:農薬の環境科学,合同出版,東京, (1992), p.76 許容量よりはるかに低いものと推測される。しかし、クミ 11)菊池憲夫他:岩手衛研年報, 34, 50 (1991) ンシーズのように比較的高濃度の残留農薬が認められた検 12)佐藤正幸他:道衛研所報, 46, 62 (1996) 体もあることから、BHCやDDT以外の農薬も含めて、香辛 13)厚生省生活衛生局食品化学課編:食品中の残留農薬, 料中の残留農薬実態を更に詳しく調査する必要があると思 われる。 日本食品衛生協会,東京, (1996), p.31 14)菊池正行他:仙台市衛研所報, 20, 222 (1990) 15)仲本典正他:広島衛研所報, 39, 31 (1992) 文 献 1)堀 義宏他:食衛誌, 33(2), 144 (1992) 2)伊東正則:食品衛生研究, 46(5), 25 (1996) 3)佐藤正幸他:道衛研所報, 44, 62 (1994) 4)長南隆夫:道衛研所報, 41, 5 (1991) 16)永山敏廣他:食衛誌, 37(6), 411 (1996) 17)厚生省生活衛生局食品化学課編:国際残留農薬基準, 日本食品衛生協会,東京, (1996), p.61 18)食衛誌, 38 (1), J-81 (1997)