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生体分子の自己組織化を用いた 金ナノロッド配列構造制御

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生体分子の自己組織化を用いた 金ナノロッド配列構造制御
金ナノロッド
ナノバイオ
ナノ構造制御
高感度バイオセンシング
生体分子の自己組織化を用いた
金ナノロッド配列構造制御
金ナノ粒子特有の光物性を利用した,センシング材料や光・電子・プラズ
モニック材料の開発とともに,最近では「ナノ」と「バイオ」の融合領域で
金ナノ粒子の活躍の場が飛躍的に増えています.本稿では,棒状の金ナノ粒
なかしま
子である「金ナノロッド」に,生体関連分子を修飾したナノバイオ複合材料
中島 寛
ひろし
を合成し,分子の自己組織化を使って,金ナノロッドのアレイ構造を簡単,
NTT物性科学基礎研究所
かつ自在に組み立てる手法について紹介します.
近年では,金ナノ粒子の合成技術が
の吸収ピークは,ロッド構造によって
進歩し,さまざまな形状のナノ粒子が
劇的に変化し,極端にいうとロッド長
(1)
.その中で,棒状
が長くなればなるほど,どんどん長波
ある金属ナノ粒子は,その科学的な興
の構造を持つ「金ナノロッド」は,図
長シフトし(2),最終的には近赤外領
味だけでなく,巨大な市場価値を産み
1に示すように,その構造アスペクト
域まで達することが知られています.ま
出す潜在性の高い材料として注目され
比(長軸と短軸の長さの比)に応じ
た,金ナノロッドの吸収特性は,球状
ています.金,銀,銅,白金などの金
て,局在表面プラズモン吸収波長を自
の金ナノ粒子よりも周囲の環境変化に
属ナノ粒子は,バルクの金属とは異な
在に調節することができます.通常,
敏感に応答します.例えば,溶媒の誘
り,ナノサイズ効果による個性豊かな
球状の金ナノ粒子は,520 nm付近に
電率変化,金ナノロッド表面への分子
さまざまな特長を発現します.例えば,
1つの吸収ピークを示しますが,金ナ
やイオンの付着,粒子と粒子の間の距
ナノ粒子の同じ質量当りの表面積(比
ノロッドでは長軸と短軸に由来する2
離などの要素によって,吸収スペクト
表面積)は,細かくすればするほど急
つの吸収ピークが現れます.特に長軸
ルのピーク位置や形状が大きく変化し
ナノサイズの金
ナノテクノロジの基幹材料の1つで
作製されています
激に大きくなり,粒子の直径が5nmと
1cmのナノ粒子を比べると,比表面
積の差は200万倍にも達します.ナノ
アスペクト比 4
10 nm
アスペクト比 1
粒子の特長の多くは「ナノ表面」が関
与したもので,特異な光物性や触媒機
能などの特性をもたらします.光物性
に関していえば,興味深いことに粒径
40 nm
50 nm 以下
吸収極大波長 (nm)
が数十 nm程度の球状の金ナノ粒子は,
赤色を示します.さらに小さくなると
1.0
色を示さなくなり,ナノ粒子の溶液は
0.8
黒褐色となります.溶液が色を呈する
吸
光
度
0.4
0.2
より教会のステンドグラスや江戸切子
などの色材として重用されてきました.
28
NTT技術ジャーナル 2009.6
600
632
652
704
0.6
と呼ばれるナノサイズの粒子に特有の
美しい赤色を示す金ナノ粒子は,古来
592
長軸の吸収ピーク
理由は,「局在表面プラズモン吸収」
光吸収に基づくものです.鮮やかで,
524
(任意単位)
1.2
0.0
300
短軸の吸収ピーク
400
500
600
700
波 長
800
900(nm)
図1 金ナノ粒子の形状と吸収スペクトル
特
集
(3),
(4)
ます
.
ナノバイオ複合体
金ナノ粒子の光特性は,近年,バ
金ナノロッド表面に固定化し,脂質分
クロロホルム中に分散した金ナノ
子どうしが自己集合する原理をうまく
ロッド複合体を,シリコン基板上に塗
利用して,基板上で金ナノロッドを制
布すると,図3のように1次元,ある
御性よく配列化させることに成功しま
いは2次元に配列化した金ナノロッド
(5)
イオセンシングに盛んに応用されてい
した
.金ナノロッドと脂質分子との
のアレイ構造を作製できます.構造次
ます.実際,球状の金ナノ粒子を用い
複合体は,金ナノロッドの表面が脂質
元性の違いは,溶媒の乾燥方法(ス
た妊娠検査キット,糖尿病検査キッ
分子で完全に覆われているため,生体
ピンコート乾燥法,または溶媒濃縮乾
ト,感染症の判定剤などが開発され,
適合型のナノ材料です.また両親媒性
燥法)を変えて,基板上での金ナノ
医療現場レベルで使用されています.
の脂質分子の特長を反映し,この複合
ロッドの集積密度を制御することで,
金ナノ粒子は,銀や銅と比較し,毒性
体は水にもクロロホルムなどの有機溶
最終的な構造をつくり分けることがで
がないことも生体の診断・検出に用い
剤にも分散可能です.
きます.加えて2次元構造では,シリ
られる理由の1つです.
N T T 物 性 科 学 基 礎 研 究 所 では,
脂質分子
(細胞膜を構成する分子)
「ナノ」と「バイオ」が融合した新しい
研究領域において,新規なナノバイオ
複合材料の設計・合成と,その機能探
末端チオール化脂質分子
索のアプローチから研究を進めていま
す.本稿ではその一例として,金ナノ
10 nm
ロッドと生体関連分子との複合材料を
用いた,ナノ構造制御の研究について
40 nm
紹介します.従来の球状の金ナノ粒子
自己組織化
と比べ,より付加機能の高い金ナノ
ロッドの特長と,表面に固定化した分
1次元配列
子個性の特長を併せ持つ複合材料を
合成し,それを基板上に意図的にデザ
インしてアレイ化することで,将来,超
2次元配列
5nm
図2 金ナノロッドと脂質分子との複合体とその自己組織化
高感度バイオセンシングに向けた基盤
材料を開発することを目指しています.
脂質分子の自己組織化による
金ナノロッド構造制御
(a) 1次元配列化
(b) 2次元配列化
スピンコート乾燥法
濃縮乾燥法
200 nm
2次元水平配列
50 nm
5 nm
私たちの細胞膜を構成する分子を,
脂質分子と呼びます.脂質分子の構造
Si(111)
には,水になじむ親水部と油になじむ
疎水部の両方があり,ちょうど洗剤と
似た性質を持つ両親媒性分子です.ま
5 nm
親水性シリコン
(Si-OH)基板上
50 nm
2次元垂直配列
た脂質分子は,非常に自己集合しや
すい特性を持ちます.実際の細胞膜
は,図2のように脂質分子が密に集合
し,疎水部の炭素鎖を内側に向けた二
分子膜構造を形成しています.私たち
Si(111)
疎水性シリコン
(Si-H)基板上
50 nm
45°
図3 金ナノロッド複合体の自己組織化による配列・配向構造制御
は,このような特長を持つ脂質分子を
NTT技術ジャーナル 2009.6
29
ナノバイオ
コン基板の表面組成を親水性(Si-OH
すれば,革新的なプラズモニックデバ
とができます.一方,分子鎖の長いポ
終端),または疎水性(Si-H終端)に
イスや,分光シグナルの表面増強効果
リマー材料を修飾した金ナノロッド複
変化させると,金ナノロッドが基板に
を利用した単分子検出など,新しい物
合体では,劇的にナノ粒子間の距離を
対して平行に並ぶ,あるいは垂直に立
理・化学分野の発展に貢献することが
コントロールすることができます.ここ
つという集積配向性の制御も可能で
期待できます.
では,末端がチオール化された生体適
す.これらの構造が形成するメカニズ
また私たちは,図4のように,球状
合性のポリエチレングリコール(PEG-
ムは,乾燥プロセスにおける界面での
の金ナノ粒子を同様に脂質分子で表面
SH)を用い,その分子量を変化させ
さまざまな相互作用(例えば,親水・
修飾し,基板上での自己組織化構造
ることで,金ナノロッド間の距離制御
疎水相互作用,溶媒との化学的親和
を検討しました.この場合も,金ナノ
を試みました.図5に示すように,こ
力,界面張力,分子間相互作用)が
ロッドと同じく,5nmの一定の粒子
の複合体は脂質分子の場合とは様相が
関与すると考えられます.その詳細は
間距離をもってアレイ構造を形成しま
異なり,自己組織化により基板上の広
不明ですが,ナノ粒子が配列化するた
す.その構造は,六角形状にナノ粒子
い面積にわたってネットワーク状構造
めの主たる駆動力は,脂質分子の自己
が配置する最安定なヘキサゴナル構造
を形成します.表面の修飾剤の種類に
組織化力に基づくことは間違いない事
をとります.このように,脂質分子の
よって,金ナノロッドが形成する集積
実です.私たちが開発した本手法によ
自己組織化を用いたナノ構造制御法
り,従来,基板上で操ることが非常に
は,さまざまな形状のナノ粒子に適用
困難であったナノ粒子を,再現性よく
でき,粒子の形に応じた多彩なナノア
容易にアレイ化できることを実証しま
レイ構造を形成させることができます.
した.
また特筆すべきは,1次元,2次元
配列構造において,隣接する金ナノ
21.7 nm
19.2 nm
38.4 nm
ポリマー分子の自己組織化を利用
した金ナノロッドの構造制御
ロッド間の距離が完全に5nmの等間
天然に存在する脂質分子の炭素鎖
隔にあることです.これは金ナノロッ
の長さは,主にC12∼C24であり,こ
ドの粒子間で,脂質分子が二分子膜
れらの分子を用いると,ナノ粒子間の
構造を形成する分子間距離に一致し
距離を最大で3 nm程度変化させるこ
d = 5 nm
50 nm
図4 球状の金ナノ粒子と脂質分子
複合体の自己組織化構造
ます.そのため,金ナノロッド表面に
結合する脂質分子の炭素鎖の長さを変
末端チオール化ポリエチレングリコール(PEG-SH)
えることで,ナノ粒子間の距離を簡単
CH3O−(CH2CH2O)−CH2CH2SH
に制御することができます.この事実
PEG-SH
PEG-SH(分子量: 2 000)
は,ナノ界面科学の分野では重要な知
見です.なぜなら,近距離にあるナノ
粒子どうしの間隙では,プラズモン相
2μm
互作用により,非常に電場勾配の高い
局所領域が発生します.この領域は
(%)
20
ホットサイトと呼ばれ,局所電場の大
15
きさはナノ粒子間の距離に大きく依存
します.現在では,ホットサイトを効
率的に発現させる10 nm以下の精密な
粒子間の距離制御が求められ,それを
実現するナノ構造制御法(ホットサイ
トエンジニアリング)は,重要な研究
課題となっています.この技術が確立
30
NTT技術ジャーナル 2009.6
200 nm
PEG-SH(分子量: 10 000)
分
布
頻
度
10
5
0
200 nm
0
5
10 15 20 25
ナノ粒子間距離
30(nm)
図5 金ナノロッドとPEG-SHとの複合体の自己組織化ネットワーク構造
および分子量による粒子間距離依存性
特
集
り,細胞などの生体組織内で分子1つ
100 nm
ひとつの動きや機能をとらえたりする
技術が実現し,革新的なナノバイオセ
100 nm
ンシング材料の創出に発展することを
期待しています.
■参考文献
(%)
25
20
分
布
頻
度
15
10
5
0
−90
−60
−30 0
30
角 度 θ
60
90(度)
図6 100 nmライン構造を持つシリコン基板をテンプレートに用いた
金ナノロッドと脂質分子複合体の配向制御
構造は大きく異なることが明白です.
制御のためのテンプレートとして効率
表面に修飾するポリマー材料に,分子
よく機能することが示唆されます.こ
量2 000のPEG鎖を用いた場合,金ナ
の結果は,基板による空間制御とナノ
ノロッドの平均粒子間距離は5.52 nm
粒子の自己組織化を組み合わせ,ナノ
となり,分子量10 000のPEG鎖では
粒子を所望の位置に,所望の角度で
18.66 nmになります.もっと長いポリ
配置できることを実証した例です.ナ
マー鎖を使用すれば,より大胆に金ナ
ノ微細加工を施したシリコン基板に,
ノロッドどうしを離散させることも可
自己組織化を駆使して金ナノ細線を配
能です.
線する技術のヒントになるかもしれま
シリコン微細加工基板をテンプレート
に用いた金ナノロッドの配列構造制御
金ナノロッドの配列化の他の手法と
(1) C. J. Murphy, T. K. Sau, A. M. Gole, C. J.
Orendorff, J. Gao, L. Gou, S. E. Hunyadi, and
T. Li:“Anisotropic Metal Nanoparticles:
Synthesis, Assembly, and Optical Applications,
”
J. Phys. Chem. B, Vol.109, No.29, pp.1385713870, 2005.
(2) S. Link, M. B. Mohamed, and M. A. El-Sayed:
“Simulation of the Optical Absorption Spectra
of Gold Nanorods as a Function of Their
Aspect Ratio and the Effect of the Medium
Dielectric Constant,”J. Phys. Chem. B,
Vol.103, No.16, pp.3073-3077, 1999.
(3) H. Nakashima, K. Furukawa, Y. Kashimura,
and K. Torimitsu:“Anisotropic Assembly of
Gold Nanorods Assisted by Selective Ion
Recognition of Surface-Anchored Crown Ether
Derivatives,”Chem. Commun., pp.1080-1082,
2007.
(4) D. P. Sprünken, H. Omi, K. Furukawa, H.
Nakashima, I. Sychugov, Y. Kobayashi, and K.
Torimitsu:“Influence of the Local Environment on Determining Aspect-Ratio Distributions
of Gold Nanorods in Solution Using Gans
Theory,”J. Phys. Chem. C, Vol.111, No.39,
pp.14299-14306, 2007.
(5) H. Nakashima, K. Furukawa, Y. Kashimura,
and K. Torimitsu:“Self-Assembly of Gold
Nanorods Induced by Intermolecular
Interactions of Surface-Anchored Lipids,”
Langmuir, Vol.24, No.11, pp.5654-5658, 2008.
せん.
今後の展望
私たちの現在の研究ターゲットは,
して,電子ビームリソグラフィ技術に
1分子レベルの超高感度バイオセンシ
より微細加工したシリコン基板をテン
ングへ向けた基盤技術を確立すること
プレートに利用する検討も行いました.
です.金ナノロッドアレイ基板では,
図6に示すように,100 nm周期の溝
ラマン散乱や蛍光などの分光シグナル
を描画したシリコン基板上に,金ナノ
の増強効果が期待できるため,目的物
ロッドと脂質分子との複合体を塗布す
質の分子レベルの検出が可能になると
ると,金ナノロッドは溝に沿って配置
考えています.実際,最近,金ナノロッ
します.溝と平行方向を0°と定義し
ドアレイ薄膜上で,界面から100 nm
て,金ナノロッドの配向角度分布を計
以内の領域で起こる抗原・抗体反応
測すると,ほぼ0°付近に集中してい
の分子レベルのイメージングに成功し
ることが分かります.すなわち,ナノ
ています.将来,極微量(ナノリット
スケールの溝が,金ナノロッドの配向
ル以下)の体液から病気を検出した
中島
寛
ナノ粒子は,ナノサイズの小さな物質で
すが,その材料の潜在能力はとてつもなく
巨大です.社会が抱える地球環境や医療・
治療などの難題解決に貢献するナノ粒子材
料を設計・合成し続けたいと考えています.
◆問い合わせ先
NTT物性科学基礎研究所
機能物質科学研究部
TEL 046-240-3559
FAX 046-270-2364
E-mail nakasima nttbrl.jp
NTT技術ジャーナル 2009.6
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