Comments
Description
Transcript
2006 年 5 月号
2006 年 5 月号 欧州経済・金融市場の概況 <ユーロ圏経済> ■ 景気動向 ・06 年 1−3 月期の成長率は改善。4 月に入ってからも景況感の 改善が続いており、在庫循環の観点からも景気調整圧力は認め られず ・06 年前半は輸出を中心に景気の改善が続く見込み。但し、同 後半には輸出が減速する可能性 ・07 年を展望すると、年初からドイツで付加価値税率(VAT) が引き上げられるため、ドイツを中心に消費が弱まる懸念。 そもそもユーロ圏では、内需は最悪期を脱したものの、雇用・ 企業債務・設備ストックの「三つの過剰」は完全には払拭さ れておらず、引き続き内需の抑制圧力が尾を引く見込み ■ 物価動向 ・06 年 4 月の消費者物価上昇率は前年比+2.4%。ECB(欧州 中央銀行)が物価安定の目安とするインフレ参照値(+2%)を 上回る状況が継続 ・今後については、前年比でみた原油・エネルギー価格の上昇率 が落ち着きを取り戻すと想定され、賃金の抑制も続く見込みで あることなどから、インフレ率は徐々に鈍化するというのが基 本シナリオ ■ 金融政策 ・5 月 4 日のECB理事会は、2 ヵ月連続の金利据え置き。但し、 理事会後の記者会見では、トリシェ総裁は 6 月の利上げ実施を 強く示唆 2006 年 5 月 30 日発行 ※当レポートは情報提供のみを目的として作成されたもので、商品の勧誘を目的としたものではありません。 みずほ欧州経済情報 2006/5/30 Mizuho Research Institute 1.ユーロ圏:全体観 06 年 1−3 月期の成長率は 改善 ユーロ圏の実質GDP成長率は、2005 年 10∼12 月期の前期比+0.3%から、 2006 年 1∼3 月期は同+0.6%に改善した(図 1)。これを年率換算すると約 +2.4%であり、ユーロ圏の潜在成長率(約+2%)を上回ったことになる。 なお、速報につき 1∼3 月期の成長率の需要項目別内訳は未公表だが、関連 指標によると輸出が伸びた一方で、消費の停滞は続いていた模様である。 4 月以降も景況感は上向く 4 月以降も、ユーロ圏では景気の改善が続いている。景気動向をタイムリ ーに表す指標として注目される合成PMI(製造業+サービス業)は、3 月 58.5→4 月 58.7 と更に改善し、景気拡張・収縮の分かれ目となる 50 を上回 り続けている。 合成PMIと実質GDP成長率は概ね連動する関係にあることからすると、 4 月のPMIによって、4∼6 月期の成長率も 1∼3 月期のように高くなる可能 性が出てきたといえよう(図 2)。 在庫循環の観点からも、景 在庫循環の観点からも、景気の調整圧力は認められない。PMIのうち製造 気の調整圧力は認められず 業の「新規受注」系列は、3 月 58.9→4 月 59.5 となり、11 ヵ月連続で 50 を 超えて 拡張 を示した。これに対し、同「完成品在庫」系列は 3 月 47.4→4 月 47.8 となり、13 ヵ月連続で 50 を下回って 収縮 を示した。これらの結 果、両者の差による「受注−在庫」バランスは受注の超過幅が拡大しており (受注>在庫)、相対的に在庫が不足していることを表している(図 3)。 こうした在庫循環の状況を反映して、鉱工業生産には上向きのモメンタム が生じていると考えられる。鉱工業生産の趨勢的な伸び(直近 3 ヵ月とその前 の 3 ヵ月比)については、今後もプラスの推移を続けると予想される。 06 年前半は輸出を中心に 景気の改善が続く見込み みずほ総合研究所では、06 年の半ば頃までは、ユーロ圏の景気は輸出を中 心に改善を続けると見込んでいる。そして 06 年の半ば以降は、米国で連続利 上げの効果が表面化するなどして世界経済が減速し、今年初からユーロ高に 転じている為替要因も時間差を経て作用し始めるという想定の下、ユーロ圏 の輸出は若干伸び悩む可能性がある。代わりに、ユーロ圏の 3 割強を占める 最大国のドイツでは、付加価値税率の引き上げ(07 年 1 月)を控えて年末に駆 け込み消費が盛り上がり、ユーロ圏の成長を支える公算である。これらの結 果、06 年を通じたユーロ圏の成長率は、+2.0%程度になると予測している。 図 1 ユーロ圏の実質GDP成長率 1.0 図2 ユーロ圏の合成PMIと成長率 1.0 (前期比、%) 0.8 0.5 0.6 0.4 0.0 ▲ 0.5 05 民間消費 投資 在庫投資 06 政府消費 外需 GDP (前期比、%) (PMI) 60 ↑ 06/4のみ 58 拡 張 56 0.2 54 景 52 気 0.0 50 ▲ 0.2 48 収 縮 02 03 04 05 06 実質GDP成長率(左軸) ↓ 合成PMI(右軸) 図 3 ユーロ圏の受注在庫バランスと鉱工業生産 (3month on 3month、%) (受注−在庫) 2 受注>在庫 12 ↑ 1 6 0 0 ↓ 受注<在庫 ▲1 03 04 05 ▲6 06 ユーロ圏鉱工業生産(左軸) PMI受注-PMI在庫(右軸) 1 みずほ欧州経済情報 2006/5/30 Mizuho Research Institute 07 年を展望すると、前年後半からの輸出減速の地合いが続く中で、年初に はドイツの消費が反動的に弱まる懸念がある。そもそもユーロ圏では、雇 用・企業債務・設備ストックの「三つの過剰」に関して、今だに調整の途上 にある。いち早く調整にメドをつけた日本経済に比べると、ユーロ圏の調整 には出遅れの感がある。従って、投資・消費は最悪期を脱したとみられるも のの、内需回復のペースは緩慢なものに留まるだろう。以上より、07 年の成 長率は+1.7%程度に鈍化すると予測している。 みずほ総合研究所では、四半期の経済見通しを 5/23 に改訂・公表した。ユ ーロ圏経済の見通しについては、本稿末尾の予測総括表も参照されたい。 2.ユーロ圏:外需関連 輸出は年初から持ち直し ユーロ圏の輸出金額の趨勢的な伸び(直近 3 ヵ月とその前の 3 ヵ月比)は、 05 年末にかけて停滞したものの、06 年に入ると持ち直しの動きがみられてい る(図 4)。こうしたことから、前頁で述べたように、1∼3 月期の外需は改善 していたと考えられる。 輸出受注および輸出環境は 今のところ良好 今後についても、製造業の新規輸出受注PMIは 4 月まで上昇が続いてい ることなどから、当面は輸出金額の伸びも持続すると予想される(図 4 参 照)。 特に 06 年の前半は、①米国等を中心に世界経済は引き続き堅調に推移し、 ②昨年末までのユーロ安の効果も時間差を経て持続すると見込まれることな どから、輸出にとっては追い風が吹くと考えられる。 しかし、06 年後半以降は 輸出が若干減速する懸念 しかし、今年の後半からは、輸出の伸びが米国向けを中心に若干鈍化する 可能性がある。その頃になると、①´米国での連続利上げの影響が表れて、 米国景気が減速すると想定されるからだ。また、②´ユーロ相場は今年初か らはユーロ高に転じており、時間差を経て徐々に輸出を抑制する方向に転じ ると思われる (図 5)。米国向け輸出は、新規EU加盟国向けの輸出と並んで 最近の輸出全体を支えていたが(図 6)、上記の影響を特に蒙ると懸念され る。 3.ユーロ圏:内需関連 明るさが広がり始めた設備 投資 ユーロ圏の投資(固定資本形成)は、05 年 10∼12 月期に前期比+0.3%だ った。この結果、05 年を通算すると前年比+2.5%(稼動日数調整後)とな り、伸び率は過去 5 年で最大となった。 今後を展望すると、ユーロ圏製造業による 06 年の設備投資計画(05 年 10 図 4 ユーロ圏の輸出受注と輸出金額 (%,3month on 3month) 8 6 4 2 0 ▲2 ▲4 ↑ 受注増 受注減 ↓ 03 04 05 06 ユーロ圏輸出金額(左軸) 新規輸出受注PMI(右軸) 2 66 62 58 54 50 46 42 図 5 ユーロ相場(5/26 迄) (ドル/ユーロ) 1.35 図 6 ユーロ圏の輸出金額(地域別寄与度) 1.30 (99/1-3=100) 120 ↑ ユーロ高 115 1.25 110 1.20 105 2 (%pt, 3month on 3month) 1 0 1.15 100 2005/1/3 2006/1/3 ユーロドル(左軸) 名目実効レート(右軸) ▲1 05/1 4 新規EU国 英国 7 10 米国 アジア みずほ欧州経済情報 2006/5/30 Mizuho Research Institute ∼11 月調査、数量ベース)は、前年比で+5%となっている。この設備投資 計画は、サービス業も含む投資全体の先行指標としては、まずまずのパフォ ーマンスを残している(図 7)。従って、06 年のユーロ圏全体の投資も、前 年比+5%程度の伸びを示す可能性がある。 しかし、設備稼働率はよう しかしながら、ユーロ圏製造業の設備稼働率はようやく過去の平均に復し やく過去の平均に復した程 た程度にすぎない(図表 8)。ユーロ圏では、02 年以降の設備稼働率は横ば 度で、企業債務の圧縮も遅 い圏内での推移に終始し、今年の 4 月時点では 82.4%となっている(図表 れていることから、設備投 8)。これは、稼働率の調査が開始された 85 年以降の平均(82.1%)と凡そ 資の大幅な伸びは期待薄 等しいレベルである。この程度の稼働率からすると、企業にとっては設備ス トックの不足感はさほど強くないことが窺われる。 企業の債務残高に目を移しても、ユーロ圏では圧縮が遅れている(図 9)。 非金融法人部門の債務残高(借入残高+債券発行残高)は、増加率こそ鈍化 したが、足下までは前年比でプラスの推移が続いている。 ここで、06 年の製造業設備投資計画を改めて振り返ると、設備投資を増や す要因としては、需要要因(=需要の拡大)を挙げる企業が最も多かった。 従って、輸出等の需要拡大が見込まれる 06 年の前半を中心に、設備投資の伸 びも高まることが予想される。 しかし、06 年後半以降を展望すると、輸出絡みの需要の鈍化が見込まれる なかで、企業の設備ストックや債務の過剰感は払拭しきれていないことから、 設備投資の伸びは次第に鈍化するとのシナリオが考えられる。 消費は停滞が続く 内需のもう一つの柱である消費は、昨年 10∼12 月期に前期比+0.1%に留 まり、辛うじてプラスの伸びを維持する程度だった。消費は昨年半ば頃に伸 び率を一時的に高めていたものの、年末にかけては再び停滞する形となって いた(前傾図1参照)。 今年に入ってからも、1∼3 月期のユーロ圏小売数量は前期比+0.1%に留 まっており、消費は引き続き停滞していることが窺われる。 雇用情勢は底入れしたもの ユーロ圏で消費の停滞が続いている背景には、依然として企業の雇用過剰 の、依然として過剰雇用の 感が根強いため、家計にとっても雇用・所得の改善が遅れているという事情 調整圧力が尾を引く がある。 確かに、ユーロ圏の失業率は 04 年 9 月の 8.9%をピークとして徐々に低下 しており、今年 3 月には 8.1%と約 4 年ぶりの水準になるなど、雇用情勢は 最悪期を脱した模様である。 図7 10 ユーロ圏の設備投資計画と実績 (前年比、%) 図 8 製造業の設備稼働率 110 105 5 図9 ユーロ圏:実稼働率、% 日本:2000年=100 95 過去平均 (85年∼) 90 ▲5 15 5 0 ▲5 85 92 94 96 98 00 02 04 06 ユーロ圏の実質固定資本形成 ユーロ圏製造業の設備投資計画 (当該年の前年の10-11月調査) (前年比、%) 10 100 0 20 非金融法人部門の債務残高 ▲ 10 80 99 00 01 02 03 04 05 06 ユーロ圏 日本 99 00 01 02 03 04 05 ユーロ圏 日本 3 みずほ欧州経済情報 2006/5/30 Mizuho Research Institute しかし、ユーロ圏の雇用者数については、失業率が低下しているにもかか わらず、緩慢な伸びに留まっている。寧ろ、昨年 7∼9 月期の前年比+0.9% に対し、10∼12 月期は同+0.7%と小幅に鈍化していた(図 10)。 雇用者数が伸び悩む背景では、ユーロ圏企業による大型リストラが断続的 に続いている。欧州変革観測センター(www.emcc.eurofound.eu.int)が主 要企業のリストラ計画(公表ベース)を集計したところ、5 月は 19 日までに 3.5 万人にのぼり、2 月の 4.4 万人以来の高水準となっている(図 11)。5 月 の場合、ドイツテレコムが 3.2 万人の人員削減計画を発表したことが大きく 響いている。 以上のように、消費や設備投資などの内需は最悪期を脱したものの、企業 にとっては設備ストック・債務・雇用の「三つの過剰」は完全に払拭しきれ ておらず、調整圧力が尾を引いていると考えられる。それ故に、内需が持続 的に伸びを高めていくまでには、なお暫くの時間を要すると予測されるので ある。 4.ユーロ圏:物価動向 4 月の消費者物価は前年比 ユーロ圏の消費者物価上昇率は、3 月の前年比+2.2%から 4 月は同+ +2.4% 2.4%となった。上昇率は 3 ヵ月ぶりに高まり、かつECB(欧州中央銀行) が物価安定の目安とする「前年比+2%未満かつ 2%近傍」というインフレ参 照値を上回る状況が続いている(図 12)。 4 月の消費者物価上昇率に対する項目別の寄与度をみると、エネルギー価 格の寄与度が前月より 0.1%ポイントほど高まったことに加え、エネルギー 以外の寄与度も 0.1%ポイント強高まっていた。 06 年のインフレ率は徐々 今後を展望すると、エネルギー価格を中心に消費者物価上昇率は徐々に鈍 に鈍化へ 化することが見込まれる。 .. 確かに、エネルギー価格のベースとなる原油相場に関しては、相場水準の 高止まりが懸念される。代表的指標のWTI期近物は、4 月半ば∼5 月上旬に かけて 1 バレル=70 ドルの大台を初めて上回り、直近でも同 70 ドル弱にあ る。 ... しかし、原油相場の水準を前年比でみれば、寧ろ鈍化する可能性がある。 実際に、4 月のWTI期近物相場は前年比+30%台であり、年初の同+50% 台に比べると明らかに鈍化している(図 13)。これは、前年の原油相場が既 に高水準だったため、これとの対比になる前年比上昇率は低めに表れやすく 図 10 10 ユーロ圏の失業率と雇用者数 (%) (前年比、%) 3 図 11 ユーロ圏で公表された雇用削減計画 5 (万人) 5/19迄 4 9 2 8 1 7 0 00 01 02 03 04 05 失業率(左軸) 雇用者数(右軸) 4 06 図 12 ユーロ圏の消費者物価上昇率 (%、%ポイント) 3.0 消費者物価上昇率 2.5 3 2.0 2 1.5 1 1.0 0 エネルギー以外の寄与度 0.5 05/1 06/1 エネルギー価格の寄与度 0.0 05/4 05/10 06/4 みずほ欧州経済情報 2006/5/30 Mizuho Research Institute .. なるからだ。今後についても、原油相場水準の高止まりは見込まれるものの、 ... 原油相場の上昇率については落ち着きを取り戻すと考えられる。 ECBが懸念する賃金面からのインフレ圧力についても、前頁で述べたよ うにリストラ圧力が尾を引く中では、賃金の伸びは緩やかなものに留まるだ ろう。欧州の賃金交渉に影響力を有するドイツ金属労組(i Gメタル)は、 3.0%の賃上げ率で経営側と妥結した(4/22、図 14)。経済情勢が現在より も厳しかった前回(04 年)の+2.4∼2.7%という妥結結果に比べると、賃上 げ率の上積みは合理的な範囲に留まったと評価できよう。 ECB月報(4 月号)の分析でも、ユーロ圏では労働コストが高まる兆候は 見当たらないとされていた。特に、国際競争の厳しい製造業では、2000 年か ら直近にかけては賃金上昇率の鈍化が指摘されていた。また、流通業や金融 業などの一部サービス業では、05 年以降に賃金上昇率が底打ちする動きがみ られたものの、これら業種では生産性の改善によって単位労働コスト(賃金÷ 生産性)が抑制されているとの結論だった。つまり、賃上げ率が高まっても、 生産性の改善によって物価への波及は食い止められているというのである。 06・07 年度の消費者物価 は前年比+2.3%の予測 以上を踏まえて、みずほ総合研究所では、06 年平均の消費者物価上昇率は 前年比+2.3%程度に収まると予測している(本稿末尾の予測総括表を参照)。 07 年についても、エネルギー価格の上昇率一服と、緩やかな賃金上昇とい う傾向が見込まれる。しかし、ドイツでは消費税に相当する付加価値税(VA T)の税率が 07/1 から引き上げられ、現行の 16%から 19%になる。これによ ってユーロ圏全体の消費者物価上昇率も約 0.4%ポイント押し上げられると 試算される。こうした特殊要因も考慮に入れて、当総研では 07 年の消費者物 価上昇率は前年比+2.3%程度を維持すると予測している。 5.ユーロ圏:金融政策 3 月に利上げしたECBは、 5/4 に開かれたECBの定例理事会では、政策金利を 2.50%のまま据え置 4・5 月に連続の据え置き く決定が下された(図 15)。ECBは、3 月に 0.25%の利上げを実施してい たが、4 月の理事会で金利据え置きを決定した直後に、5 月についても様子見 をするとの示唆を行っていた。このため、今回の据え置きは大方の予想通り の結果であった。 寧ろ、今回の理事会の決定以上に注目を集めたのは、その直後に開かれた 図 14 図 13 WTI期近物 70 60 50 40 ($/バレル、前年比・%) 5 労働コスト指標 妥結結果 (06/4/22) (前年比、%) 4 図 15 3.0 ECBの政策金利 (%) 2.5 2.0 3 1.5 30 20 10 0 2 1.0 1 0.5 03 05/1 WTI期近物 06/1 同 前年比 04 05 06 iGメタル妥結結果 ユーロ圏の時間当り雇用コスト 0.0 05/5 05/11 06/5 5 みずほ欧州経済情報 2006/5/30 Mizuho Research Institute トリシェ総裁の定例記者会見だった。景気改善を示唆する指標が相次ぎ、イ ンフレ率もECB参照値を上回り続けていることなどから、追加利上げに関 する何らかのコメントがなされるのではないかと見込まれていた。 トリシェ総裁は 6 月の利上 げを強く示唆 果たして、注目のトリシェ総裁会見は、次回(6 月)の理事会における追 加利上げを示唆する内容となった。 会見冒頭の総裁声明では、「中期的な物価安定に対するリスクが表面化し ないように、我々は強い警戒(vigilance)をする」と述べられた。 (vigilance) 警戒 という表現は、近い将来の利上げを示唆する時にトリシェ総 裁が用いるキーワードとして解釈されている。例えば、今回の利上げ局面で は、昨年 12 月と今年 3 月に利上げが実施されているが、これらに先立つ 1 ヵ 月前(すなわち昨年 11 月と今年 2 月)の定例会見でも、トリシェ総裁は 戒 というキーワードが使っていた。今回の定例会見では、「 警戒 警 とい う単語を使うのは 3 回目だ」という主旨の発言もあり、次回の理事会におい て 3 度目の利上げに踏み切る意向を強くにじませていた。 また、トリシェ総裁は記者の質問に答えて、「(ユーロ圏の成長が+2%の 潜在成長率近傍になるという)ECBの見通しシナリオが確認されれば、金 融緩和の更なる巻き戻しは正当化されるだろう」とも発言していた。実際に、 本発言後(5/11)に公表された 1∼3 月期の成長率は潜在成長率を上回ってお り(本稿 1 ページ参照)、次回の理事会における利上げの可能性は高まった といえよう。 以上より、次回(6/8) のECB理事会では、0.25%程度の利上げが決定 されると予想する。その後についても、4 月のPMIによって 4∼6 月期の成 長率が再び潜在成長率近傍になる可能性が出てきたことを考慮すると(図 2 参照)、4∼6 月期GDP統計速報(8/14)での確認を経て、8/31 の理事会で は 0.25%程度の追加利上げが行われると考えられる。しかし、秋口になると 景気の減速が認められるようになり、ドイツでのVAT引き上げ前後の撹乱 も視野に入ってくることから、ECBは様子見モードに転じると想定してい る。 6.英国経済 06 年 1∼3 月期の成長率 英国では、06 年 1∼3 月期の実質GDP成長率は前期比+0.6%となり、昨 は在庫の増加に負うところ 年 10∼12 月期と同じだった(図 16)。これを年率換算すると+2.3%となり、 が大 04 年後半∼05 年初に比べるとやや持ち直しているものの、潜在成長率(+ 図 16 1.0 英国の実質GDP成長率 図 17 (前期比、%) GDP 消費 政府消費 設備投資 在庫投資 外需 輸出 輸入 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 (注)四捨五入 04 6 英国の実質GDP成長率(寄与度) 05 06 05/10-12 +0.6 +0.5 +0.2 ▲0.1 ▲0.4 +0.3 +0.6 +0.3 06/1-3 +0.6 +0.2 +0.1 +0.2 +0.4 ▲0.4 +1.3 +1.8 図 18 3.5 英国の消費者物価上昇率 (前年比、%) 3.0 2.5 2.0 1.5 インフレ目標 1.0 0.5 0.0 インフレ目標から±1%のバンド みずほ欧州経済情報 2006/5/30 Mizuho Research Institute 2.50∼2.75%程度)を下回る状況が約 1 年半にわたって続いている。 成長率に対する需要項目別寄与度は、外需が 10∼12 月期+0.3%ポイント →1∼3 月期▲0.4%ポイント、消費が同+0.5%ポイント→同+0.2%ポイン トと縮小していた。これに対し、設備投資が同▲0.1%ポイント→同+0.2% ポイントとなった他、在庫投資が同▲0.4%ポイント→同+0.4%ポイントと なっていた。すなわち、1∼3 月期の成長率が前期と同じに保たれたのは、在 庫の積み上がりに負うところが大きかったということになる(図 17)。 4 月のインフレ率は前年比 物価動向に移ると、4 月の消費者物価上昇率は前年比+2.0%となった(図 +2.0%となり、2 ヵ月ぶ 18)。前月よりも 0.2%ポイント高まり、イングランド銀行(BOE)のイ りにインフレ目標に並ぶ ンフレ目標に 2 ヵ月ぶりに並んだ(注:インフレ率が目標から±1%ポイン トのレンジを超えると、BOE総裁は大蔵大臣に対して書簡を送付し、物価 上昇の理由と対応策を説明する義務が生じる)。 原油高を反映してガスや電気料金が引き上げられたことなどが、インフレ 率の伸びを前月よりも高めることに作用していた。 BOEは 5 月に金利を据え BOEは、05 年前半の景気停滞を受けて同年 8 月に利下げを実施したが 置いたが、内部の議論は利 (4.75%→4.50%)、その後は現在に至るまで様子見を続けている。 上げ・利下げも含む三つ巴 に 5/3∼4 に開催されたBOEの金融政策委員会(MPC)では、1 人の委員 (ニッケル委員)が消費の弱さを懸念して 0.25%の利下げを主張し、別の 1 人の委員がインフレリスクを懸念して 0.25%の利上げを主張したものの、残 りの 6 人の委員は様子見を主張したため、多数決によって政策金利は 4.50% のまま据え置かれた(図 19)。 最近のMPCにおける評決パターンは、昨年 11 月以降はニッケル委員だ けが利下げを主張し、その他の全委員は据え置きを主張するというものだっ た。そして今回は、一人の委員が据え置きから利上げに転じ、意見は三分裂 するところとなった。もっとも、ハト派のニッケル委員は 5 月末で退任する ことが決まっているため、後任のブランチフラワー委員次第のことではある が、6 月以降のMPCでは利下げ派が姿を消す可能性がある。 BOEは成長率見通しを下 また、5/3∼4 のMPCで議論のベースとなったBOEの経済見通し(四半 方修正の一方、インフレ率 期毎の改訂)は、5/10 に「インフレーション・レポート」として対外公表さ 見通しは上方修正 れた。これによると、前回(2 月)の見通しに比べて成長率予測は政府部門を 中心に若干下方修正され、インフレ率予測は電気・ガス料金を中心に若干上 方修正されていた。ほとんどのMPCメンバーは、このような見通し改訂を 図 19 6.0 BOEの金融政策 (%) 5.5 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 05/5 05/11 06/5 7 みずほ欧州経済情報 2006/5/30 Mizuho Research Institute 天秤にかけて、5 月は様子見の主張をしたと考えられる。 これまでのところ、BOEが政策金利を変更する場合は、四半期毎の経済 見通し改訂にタイミングを併せて(すなわち 2・5・8・11 月の「インフレー ション・レポート」公表月に)行うという傾向が観察されている。このパタ ーンでいくと、6・7 月は再び様子見で、次の金融政策の焦点は 8 月なると思 われる。 今後の金融政策を展望すると、ハト派のニッケル委員退任を受けて、BO E内部では利下げを主張する声がトーンダウンすると言えるかもしれない。 その一方で、利上げを主張する委員は今のところ一人に留まっており、5 月 のMPC議事録や「インフレーション・レポート」をみる限りは、インフレ に対する警戒が切迫しているとの印象も受けない。インフレを強く「警戒」 するECBに比べると、BOEが利上げに至る可能性は小さいと考えられる。 結果的に、BOEの場合は金利水準の据え置きが継続すると予想する。 (シニアエコノミスト 小林公司 [email protected]) 【ユーロ圏経済の予測総括表】 (単位:%) 実質GDP 民間消費 政府消費 投資 外需(寄与度) 輸出 輸入 在庫(寄与度) 消費者物価 2005年 2006年 2007年 (実績) (予測) (予測) 1.4 2.0 1.7 1.4 1.5 1.4 1.4 1.1 1.0 2.5 5.0 4.4 ▲ 0.3 ▲ 0.0 ▲ 0.1 4.1 7.0 5.5 4.9 7.2 5.9 0.1 ▲ 0.0 ▲ 0.0 2.2 2.3 2.3 2005年 2006年 2007年 上期 下期 上期(予) 下期(予) 上期(予) 下期(予) 0.6 1.1 1.0 1.0 0.8 0.9 0.6 0.8 0.6 1.0 0.5 0.7 0.5 1.2 0.3 0.4 0.5 0.4 1.1 1.7 2.8 2.6 1.9 2.3 0.2 ▲ 0.3 0.1 0.0 ▲ 0.1 ▲ 0.0 1.0 3.9 3.4 3.0 2.5 2.9 0.6 4.7 3.3 3.0 2.8 3.0 ▲ 0.3 0.3 ▲ 0.0 ▲ 0.3 0.1 ▲ 0.0 2.0 2.3 2.4 2.1 2.3 2.3 (注)年は前年比。半期はGDPが前期比、消費者物価は前年比。網掛けは予測値。05年の成長率(1.4%)は稼働日数調整後(調整前は1.3%) (資料)Eurostat 8