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4 He、 7 Li(p,α) 4 He 反応の研究
博士論文 液体金属リチウム標的を用いた 6 Li(d,α)4He、7Li(p,α)4He 反応の研究 米村 博樹 平成 20 年 目次 1 序論 1.1 低エネルギー核反応 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.2 遮蔽効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1.3 本研究の目的と意義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2 遮蔽効果 2.1 低エネルギー核反応の反応断面積と遮蔽ポテンシャル 2.2 軌道電子による遮蔽効果 . . . . . . . . . . . . . . . . 2.3 固体金属中での遮蔽効果 . . . . . . . . . . . . . . . . 2.4 液体金属中での遮蔽効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 3 3 4 7 7 9 13 21 3 低エネルギー 6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 反応 24 3.1 Li+p,d 反応の S-factor . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 24 3.2 金属中での Li+p,d 反応 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26 4 物質中での荷電粒子の阻止能 4.1 入射粒子速度が大きい場合の阻止能 (Bohr のエネルギー損失) . 4.2 入射粒子速度が小さい場合の阻止能 . . . . . . . . . . . . . . . 4.3 阻止能のエネルギー依存性の統一的理解 . . . . . . . . . . . . 4.4 半経験的な取扱い . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5 6 実験 5.1 実験セットアップ . . . . . . . . . . . 5.1.1 大強度イオンビーム照射装置 5.1.2 真空槽内のセットアップ . . . 5.1.3 測定回路系 . . . . . . . . . . 5.2 Li 標的 . . . . . . . . . . . . . . . . . 5.2.1 Li 密度の温度変化 . . . . . . 5.2.2 Li 標的の作成 . . . . . . . . . 5.3 磁石による 2 次電子の抑制 . . . . . . 5.4 測定条件 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 測定結果 6.1 測定されたスペクトル . . . . . . . . . . . . . . . . 6.2 積分範囲とバックグラウンドの除去 . . . . . . . . . 6.3 反応収量に見る Li 標的相変化の影響 . . . . . . . . 6.4 60keV、70keV での反応収量の変化 . . . . . . . . . 6.5 反応収量のエネルギー依存性 ( Thick Target Yield ) 1 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 30 30 31 31 32 . . . . . . . . . 33 33 33 35 38 40 40 41 44 46 . . . . . 47 47 53 56 59 62 6.6 固体・液体間の反応収量比 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 65 7 8 9 解析 7.1 反応収量の計算 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7.1.1 S-factor . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7.1.2 角度分布 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7.1.3 実験室系と重心系での立体角比 . . . . . . . . . 7.1.4 固体リチウムの阻止能 . . . . . . . . . . . . . . 7.2 実験値からの遮蔽ポテンシャルの導出 . . . . . . . . . 7.3 固体状態での遮蔽ポテンシャル . . . . . . . . . . . . . 7.4 反応収量の近似 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7.5 固体-液体相転移に伴うの遮蔽ポテンシャルの変化 . . . 7.6 固体状態での遮蔽ポテンシャルと阻止能 . . . . . . . . 7.7 液体状態での遮蔽ポテンシャル . . . . . . . . . . . . . 7.8 系統誤差 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7.8.1 ビームエネルギーの誤差による系統誤差 . . . . 7.8.2 S-factor の違いによる遮蔽ポテンシャルの変化 7.8.3 阻止能の不確定性による系統誤差 . . . . . . . . 7.8.4 近似による系統誤差 . . . . . . . . . . . . . . . 7.8.5 系統誤差のまとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . 考察 8.1 固体状態での遮蔽ポテンシャル . . . . 8.2 液体状態での遮蔽ポテンシャル . . . . 8.3 金属中で起こる d+d 反応に対する議論 8.4 固体・液体 Li の阻止能 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 69 69 70 70 72 74 77 77 80 86 91 98 103 103 103 104 106 109 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 110 . 110 . 111 . 112 . 113 まとめと今後の課題 117 9.1 まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 117 9.2 今後の課題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 118 2 1 1.1 序論 低エネルギー核反応 1932 年にコッククロフト-ワルトンが初めて人工的に加速された陽子 (770 keV) を用いて 7 Li(p,α)4 He 反応 [1] の測定に成功して以来、原子核反応研究は原子核物 理学研究の主要な柱の一つであり、原子核構造の理解には核反応メカニズムの理 解が不可欠である。最近では、加速器の発展に伴い、様々な粒子をより高エネル ギーまで加速可能となった。その結果、不安定核の加速が可能となり、地上には 存在しない大きな原子番号を持つ原子核の生成や、宇宙での元素合成のシナリオ が実験的にチェックされるようになってきた。 一方、keV∼100 keV 領域で起こる低エネルギー核融合反応は、初期宇宙におけ るビックバン元素合成 [2] や、その後の宇宙膨張の過程で生じた恒星内部でのエネ ルギー生成と元素合成に密接に関与する事から [3]、天体物理学方面から興味が注 がれて来た。また、核融合炉の実現に向けての研究 [4] に於いても、高温プラズマ 中での低エネルギー原子核反応の反応率を正確に見積もることが要請されている。 このような keV∼100 keV 領域での原子核反応は、反応原子核間のクーロン障壁 よりもはるかに低いエネルギー領域で生じるため、その反応断面積はガモフ因子 として知られているクーロン障壁の透過率が支配的になる [5]。クーロン障壁の透 過率は指数関数型の強いエネルギー依存性を持つため、低いエネルギーでの反応 断面積測定は非常に困難なものになる。以前は高いエネルギーでの反応断面積を 低いエネルギーまで外挿することで、反応断面積の推定が行われてきた。近年に なって衝突エネルギーが数 keV の領域までの実験が可能となり、低エネルギー領 域での反応断面積が測定されるようになった。その結果、核反応断面積は、原子核 の性質のみならず、原子核の置かれている環境にも支配されていることが明らか になってきた。その例として、標的核の束縛電子による遮蔽効果の存在が挙げら れる。実験室で行う通常の核反応実験では、標的原子核は原子、分子、あるいは 固体状態にあるので、原子核は常に電子による遮蔽効果の影響を受けている。次 節で遮蔽効果についての簡単な説明を行う。 1.2 遮蔽効果 電子による遮蔽効果の概念的な説明を図 1 に示す。図は入射核と標的核の間に 働くポテンシャル ϕ(r) を単純化して示したもので、反応を起こす 2 つの原子核間 距離が核力の範囲よりも遥かに遠いところでは、原子核間にはクーロン斥力しか 働かない。このとき、裸の原子核間のクーロンポテンシャルは無限遠にまで達し ている。図 1 の実線がこの状態に対応する。しかし、標的核が原子や分子の場合 は、その標的核の周りに電子が存在することになり、入射核はその束縛された電 子の内部に達しない限り、標的核のクーロンポテンシャルを感じない。図 1 には 3 電子の分布を単純化して、半径 RA の球殻上に一様に分布した場合を示している。 この場合、 r > RA ではクーロン斥力は全く働かず、r < RA でのクーロンポテン シャルは ϕ(r) = Z 1 Z2 e 2 Z 1 Z2 e 2 − r RA (1) と点線の様に一定値低くなることが判る。この単純化したモデルでは、遮蔽ポテ ンシャルとして Us = Z 1 Z2 e 2 RA (2) と定義することができる。この様な遮蔽効果が存在するときの反応断面積 σscreening は、裸の原子核同士での反応断面積 σbare を用いて、 σscreen (E) = σbare (E + Us ) (3) として近似的に求められる [6]。すなわち、原子中に束縛された電子の存在により、 原子核反応断面積は、裸の原子核同士の反応断面積に比べて増大する。増大率を 支配するのは、遮蔽ポテンシャル Us である。従って、裸の核反応断面積が知られ ていると、低エネルギーでの核反応率を詳細に測定することから遮蔽ポテンシャ ルが決められる。 束縛電子による遮蔽ポテンシャルを静的に取り扱った場合、断熱極限での計算 値が上限だと考えられる。断熱極限とは、入射核の速度が束縛電子の速度より十 分遅い場合の極限である。この時、束縛電子は標的核の基底状態から、入射核と 標的核が融合した融合核の基底状態へと遷移する。断熱極限での遮蔽ポテンシャ ルは最も単純に考えた場合、標的核の電子の束縛エネルギーと融合核の電子の束 縛エネルギーの差となる。しかし、これまでガス標的などを用いて実験的に求め られた様々な反応に対する遮蔽ポテンシャルは、断熱極限での計算値よりも大き な値を示している。実験によって求められた遮蔽ポテンシャルを理論的に説明し ようと、様々な研究が行われているが、今のところ成功に至っていない。 1.3 本研究の目的と意義 我々のグループは、十年以上にわたり、金属内部での核融合反応の反応率増大 の可能性を調べるため、低エネルギー d+d、あるいは、Li+d 反応を研究してき た。その結果、金属中での遮蔽ポテンシャルは、ガス標的などを用いて求められ た遮蔽ポテンシャルよりも遙かに大きな値となることが判明した。しかも、遮蔽 ポテンシャルの値が金属の種類に強く依存しており、特に Pd 中で反応が起こる場 合に非常に大きな値を示している。金属中では、束縛電子以外の伝導電子による 遮蔽効果が期待されるが、一連の研究から明らかになったことは、伝導電子によ 4 る遮蔽効果以外に大きな遮蔽効果をもたらすメカニズムが存在しているというこ とである。d+d 反応の場合、金属中での D+ イオンの流動性が大きい程、遮蔽ポ テンシャルが大きくなることが示唆されている。 このような金属中での核反応研究を背景に、本研究においては、液体金属 Li を 標的に用いて Li+p、d 反応の研究を行う。液体金属は、金属を特徴付ける伝導電 子に加えて正電荷を持つ金属イオンが自由に運動するプラズマ状態(伝導電子と 正イオンで構成されるプラズマ)とみなすことができる。従って、標的金属の固 体/液体相変化に対する核反応率の変化を調べ、正イオン流動性の遮蔽ポテンシャ ルへの影響を立証することに、本研究の主要な目的がある。このため、比較的融点 が低く (180 ℃) 液化が容易な金属 Li を標的に選び、6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 反 応測定を行った。 一方、液体金属 Li 中での電子とイオンの数密度は、∼1022 /cm3 程度となり、太 陽等の恒星芯部の密度 (∼5 × 1025 /cm3 ) には及ばないものの、地上での核融合実 験実現状態 (∼5 × 1014 /cm3 ) に比べると遙かに高密度状態である。すなわち、本 研究は、これまで全く研究がなされたことがない低温・高密度プラズマ中での低 エネルギー核反応に対する初めての研究である。従って、本研究の意義は、第一 に、液体金属を標的にした低温・高密度プラズマ中での低エネルギー核反応の初 めての研究であり、凝縮系核反応の新たな研究領域を切り開こうとする点にある。 第二に、高密度プラズマ中で、電子による遮蔽効果に加え正イオンによる遮蔽効 果を見いだし正しく評価する事は、これまで観測されている金属中での d+d 反応 の大きな遮蔽ポテンシャルに対する理解を深めることになる。第三に、天体核物 理分野で議論されている恒星内部での熱核反応に対して、高密度プラズマ中での 正イオンプラズマの役割の実験的評価を与えるものとなる。 5 Energy electron cloud bare nucleus screend nucleus projectile Us RA Radius Us : screening potential 図 1: 遮蔽効果によるクーロン障壁の減少の様子。電子雲によって遮蔽されたクー ロンポテンシャルの分だけ障壁の高さが減少している。 6 2 遮蔽効果 この章では低エネルギー核反応に於いて重要な役割を担う遮蔽効果について古 典的な説明を行う。 2.1 低エネルギー核反応の反応断面積と遮蔽ポテンシャル クーロン障壁に対して非常に低いエネルギー領域に於ける核反応の反応断面積 は次式のように表される [6, 7]。 σ(E) = S(E) exp {−2πη(E)}. E (4) E は重心系のエネルギー、S(E) は astrophysical S factor であり、η(E) は Sommerfeld parameter と呼ばれる値で、 η(E) = Z1 Z2 α μc2 2E (5) である。ここで、Z1 と Z2 はそれぞれ入射核と標的核の電荷、α は微細構造定数、 μ は換算質量、c は光速である。(4) 式の指数関数部分はクーロン障壁をトンネル 効果で突き抜ける確率を表しており、1/E の部分は、断面積が核の波束の大きさ πλ2 (λ は de Broglie 波長) に比例すること、すなわち、 2 σ ∝ λ ∝ 2 1 p ∝ 1 E (6) であることによる。これら以外の断面積に対する情報は全て S factor に含まれる。 S factor は断面積 σ(E) の実験値と (4) 式により関係しており、共鳴状態近傍を除 いては、エネルギーの変化に対して非常にゆるやかな関数であることが知られて いる。 (4) 式から分かるように、断面積の値はエネルギーが低くなるにつれて指数関数 的に減少してしまう為、低エネルギーに於ける測定は非常に困難なものとなる。図 2 に入射エネルギー Ed ≤100 keV の領域における 6 Li(d,α)4 He 反応の断面積を示 す。入射エネルギーの減少に伴い反応断面積が指数関数的に下がる様子がわかる。 また、Ed =20 keV では約 10−10 barn と非常に小さい値である。 (4) 式の透過確率の部分を P (E) として表すと、遮蔽効果が存在する場合の透過 確率 Ps (E) は遮蔽効果が無い場合の透過確率 Pb (E) と遮蔽ポテンシャル Us を用 いて、 Ps (E) = Pb (E + Us ) 7 (7) 10 10 10 cross section (barn) 10 10 10 10 10 10 10 10 10 10 10 -2 -3 6 4 Li(d, ) He -4 -5 -6 -7 -8 -9 -10 -11 -12 -13 -14 -15 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 Ed (keV) 図 2: 入射エネルギー Ed ≤100 keV の領域における 6 Li(d,α)4 He 反応の断面積 となる。従って、反応断面積は σs (E) = S(E) S(E) Ps (E) = Pb (E + Us ) σb (E + Us ) E E (8) となる。この時の反応断面積の増加率を f (E) とすると f (E) = σs (E) σb (E + Us ) σb (E) σb (E) Pb (E + Us ) Pb (E) exp{−2πη(E + Us )} = exp{−2πη(E)} Us exp{πη(E) } E (9) (10) となる。ここでは S-factor はエネルギーに依存しないとし、Us E とした。6 Li(d,α)4 He 反応の場合の Us =200 eV(実線)、Us =700 eV(点線) での増大率 f を図 3 に示す。 横軸は重心系での衝突エネルギーである。 Us =200 eV の場合、Ecm =100 keV で 増幅率は 1% 程度で影響は小さいが、Ecm ≤25 keV では 10% 以上となり反応率 8 に有意な差が表れる。また、Us =700 eV の場合は Ecm =60 keV 領域で既に 10% の増加がみられる。 10 9 8 7 6 5 6 4 Li(d, ) He f 4 3 2 1 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 Ecm (keV) 図 3: 6 Li(d,α)4 He 反応の場合の増大率 f 。実線は Us =200 eV、点線は Us =700 eV での増大率。横軸は重心系での衝突エネルギーである。 2.2 軌道電子による遮蔽効果 標的核に束縛された電子による遮蔽ポテンシャルは次の 2 つの極限値が考えら れる。第一は衝突のエネルギーが大きく、入射粒子の速度 v が Bohr 速度 v0 に対 して vv0 な場合 (瞬間近似) である。瞬間近似では束縛電子が反応初期に占めて いた標的核の軌道に固定されたまま反応が起こる。このような場合の遮蔽ポテン シャルは Us(S) = MT × 2 × Z p ZT × H Mp + MT (11) となる [8, 9]。(MT , ZT ) および (Mp , Zp ) は、それぞれ、標的核と入射核の質量と 原子番号、H は水素原子の 1s 状態の束縛エネルギーである。 他の極限は、衝突エネルギーが小さく、vv0 の場合 (断熱近似) である。この 場合は反応が起こる前に、軌道電子が標的核の束縛状態から入射核と標的核が融 合してできる融合核の束縛状態へと遷移する。この時の遮蔽ポテンシャルは 2 つ の束縛状態での束縛エネルギーの差 9 Us(A) = T − U A (12) となる。ここで T 、U A はそれぞれ標的原子の電子の束縛エネルギーおよび融合 原子の電子の束縛エネルギーである。 これまでにガス標的や LiF などの絶縁体標的を用いて, 実験的に求められた遮蔽 ポテンシャルの値と断熱近似による計算値を Takigawa 等がまとめたものを表 1[9] に示す。表の 1 行目は反応の種類、2 行目が実験によって求められた遮蔽ポテン シャル、3行目が断熱近似による計算値、4 行目が各実験で測定された最小のエネ ルギーである。D(d,p)T 反応と 3 He(d,p)4 He 反応の結果は断熱近似による計算値 と実験誤差の範囲で一致している。しかしながら、他の反応では全て実験値が計 算値を大きく上回っている。 この問題を解決するため、いくつかの理論的な考察が行われている。Shoppa 等 は原子核間の相対運動と電子雲の時間発展を連立し数値的に解くことで遮蔽効果 の評価を行った [10]。彼らは反応する2つの原子核の相対距離が十分離れた初期状 態から古典転回点に達するまでの領域に対し、原子核が電子から受ける力を積分 することで遮蔽ポテンシャルを求めている。彼らが求めた d+D 反応に対する遮 蔽ポテンシャルを図 4 に示す。図の縦軸が遮蔽ポテンシャルで、横軸が衝突エネ ルギーである。衝突エネルギーが高い領域では遮蔽ポテンシャルが小さく、衝突 エネルギーが低い領域では遮蔽ポテンシャルが大きくなっているのがわかる。彼 らの計算結果はエネルギーの高い極限では式 (11) の計算値 Us = 13.6 eV と、エ ネルギーの低い極限では式 (12) の計算値 Us = 20.4 eV と良い一致を示している。 このように、遮蔽ポテンシャルを古典領域に対して動的に計算しても断熱近似に よる計算値を越えることはない。Kimura と Takigawa 等は原子核の相対運動と電 子雲の時間発展を古典転回点を超えてトンネル領域まで追跡することで d+D 反 応の遮蔽ポテンシャルを求めている [8]。その結果を図 5 に示す。 黒丸 がトンネ ル領域までの時間発展を追跡し計算された遮蔽ポテンシャルで、中抜きの四角が Shoppa 等と同じ方法で計算された遮蔽ポテンシャルである。細い実線と細い鎖線 は、それぞれ、瞬間近似 (式 (11)) と断熱近似 (式 (12)) での計算値を表す。エネル ギーの低い領域ではトンネル領域まで取り扱った場合が古典領域のみを取り扱っ た場合に比べて遮蔽ポテンシャルが大きくなり、さらに、断熱近似による計算値 を越えることが示されている。このことから、断熱近似による計算値か必ずしも 上限でないことが示されたが、他の反応での実験値と理論値との大きな違いを説 明するにはまだ不十分である。 第 3 章でも述べるが、実験的に求められた遮蔽ポテンシャルの値にも不確定性 が存在する。実験で得られた反応断面積から遮蔽ポテンシャルを求めるためには σbare を正確に知る必要がある。低エネルギー領域の σbare は遮蔽効果の影響が無 視できる高エネルギー領域の実験値から求められた S factor を、低エネルギー領 域まで外挿することで求められる。この際、どのような関数で実験値を近似する 10 かで低エネルギー領域での振舞が変わってしまい、遮蔽ポテンシャルの値も変化 してしまう。 このように、束縛電子による遮蔽効果という一見簡単な問題でも、まだ未解決 の点がある。 Reaction D(d,p)T 3 He(d,p)4 He D(3 He,p)4 He 3 He(3 He,2p)4 He Li(p,α)3 He 7 Li(p,α)4 He 6 Li(d,α)4 He Ue [eV] Exp. 25 ± 5 [12] 134 ± 8 [13] 219 ± 7 [14] Emin [keV] Theor. 20 119 123 ± 9 [15, 16] 109 ± 9 [14] 65 5.38 10.0 432 ± 29 [17] 240 20.76 186 10.74 12.70 14.31 186 10.94 12.97 15.89 6 H(6 Li,α)3 He H(7 Li,α)4 He D(6 Li,α)4 He 10 420 ± 120 [18, 19] (averaged) 350 ± 80 [19] (averaged) Be(p,α)7 Be 18.70 430 ± 80 [20, 21] 10 1.62 5.88 5.0 7 Be(p,α) Be 346 16.70 表 1: これまでに実験によって求められた遮蔽ポテンシャル (Exp.) と断熱近似によ る計算値 (Theor.) との比較。Emin は実験での最低エネルギー (重心系)。文献 [22] の表をその後の実験結果をもとに修正したもの [9] 11 図 4: Shoppa 等が原子核の相対運動と電子雲の時間発展を数値的に解くことで求 めた d+D 反応の遮蔽ポテンシャル [10]。グラフの縦軸が遮蔽ポテンシャル、横軸 が衝突エネルギーである。 図 5: Kimura と Takigawa 等が原子核の相対運動と電子雲の時間発展を数値的に 解くことで求めた d+D 反応の遮蔽ポテンシャル [8]。点線は古典転回点までの領 域を取り扱った場合の計算値で、実線がトンネル領域まで取り扱った場合の計算 値。細い実線と鎖線は、それぞれ、瞬間近似と断熱近似での計算値である。実験 値として Greife 等の結果 [12] を共にプロットしてある。 12 2.3 固体金属中での遮蔽効果 これまで、低エネルギー原子核反応に於ける遮蔽効果の測定は、標的核がなす 気体や固体がターゲットして用いられて来たが、近年、様々な金属をターゲット ホストとし、その内部で起こる核反応に対する研究がなされ始め、ターゲットホ スト金属の種類によっては、非常に大きな遮蔽効果が観測されたという報告がな されている [23, 24, 25, 26, 27, 28, 29, 30, 31, 32, 34]。 Yuki と Kasagi 等 [23, 25] は、Ti、Fe、Pd、PdO、Au の薄片をターゲットホス トとして用い、重陽子の入射エネルギー Ed = 2.5 ∼ 10 keV の領域で d(d,p)t 反 応の遮蔽ポテンシャル Us を測定した。その後、Kasagi 等 [26] がその詳細や解析結 果を報告した。その時測定された遮蔽ポテンシャルは、Ti と Au では約 70 eV で あったが、Fe、Pd、PdO に対してはそれぞれ、Us = 200 ± 15 eV、Us = 310 ± 20 eV、Us = 600 ± 20 eV と、非常に大きな値が得られた。図 6 に Kasagi 等 [26] が 行った解析結果を示す。図中上段は Ed = 10 keV の収量で規格化された反応収量 を Ed に対してプロットしたもので、下段にはその収量を Us = 0 eV として計算さ れた収量で割った値をプロットしてある。点線は Us = 0 eV として計算された収 量で、実線と破線は遮蔽ポテンシャルが図中の値としたときの計算値である。低 エネルギー側でより大きく収量が増大しているのがわかる。 Raiola と Rolfs 等は、様々な金属、半導体、絶縁体をホスト物質として用いて d+d 反応の遮蔽ポテンシャル測定を行った [27, 28, 29]。彼らが求めた遮蔽ポテン シャルの一覧を表 2 に示す。 半導体と絶縁体では全て、遮蔽ポテンシャルが小さくなっている。金属中では物 質によって非常に大きな遮蔽ポテンシャルを示している。特に Co、Pd、Sb、Pt 中 では遮蔽ポテンシャルが 600 eV 以上と非常に大きな値を示している。Co、Pd、Sb、 Pt 中での遮蔽ポテンシャルは、それぞれ、Us = 640 ± 70 eV、Us = 800 ± 90 eV、 Us = 720 ± 70 eV、Us = 670 ± 50 eV である。一方、Kagai 等らの報告と同様に、 Au 中では Us = 280 ± 50 eV と比較的小さな値を示している。 Czerski 等 [30, 31, 32] は、C、Al、 Zr、Pd Ta をホスト物質に用いて d+d 反 応の遮蔽ポテンシャルを求め、それぞれ、Us = −20 ± 5 eV、Us = 191 ± 15 eV、 Us = 295 ± 7 eV、 Us = 296 ± 15 eV、 Us = 302 ± 13 eV という値を報告している。 Czerski 等が求めた遮蔽ポテンシャルでも絶縁体では小さく、Kasagi 等と Raiola 等 の報告と同様に Pd では大きな遮蔽ポテンシャルを示している。 以上の3つのグループによって報告された遮蔽ポテンシャルのホスト物質依存 性は、絶対値に関しては違いが見られるものの、定性的には同じような傾向を示 している。 このように金属中で反応が起こる場合は伝導電子による遮蔽効果が考えられる。 伝導電子による遮蔽効果を評価する簡単な方法として、Thomas-Fermi 近似があ る [33]。Thomas-Fermi 近似では伝導電子を自由電子として扱い、ポアソン方程式 ∇2 ϕ(r) = −4πZt eδ(r) − 4πeδn(r) 13 (13) に含まれる電子密度変化 δn(r) を平衡条件 0F = F (r) − eϕ(r) (14) から求める。ここで局所的なフェルミエネルギー F (r) は 2 h̄2 (15) (3π 2 n(r)) 3 2m であり、m は電子の質量である。また、0F は核反応を起こす原子核が存在しない 場合の一様電子密度 n0 の場合のフェルミエネルギーである。F を n0 の周りで 1 次の項までテーラー展開すると式 (14) は F (r) = F (r) − eϕ(r) 0F + dF (n(r) − n0 ) − eϕ = 0F dn0 (16) となる。式 (15) から dF /dn0 = 20F /3n0 であるから、電子密度変化 δn(r) は 3 eϕ(r) δn(r) = n(r) − n0 = n0 0 2 F (17) となる。よってポアソン方程式 (13) は ∇2 ϕ(r) = −4πZt eδ(r) − 6πn0 e2 ϕ(r) 0F (18) となる。この式から ϕ のフーリエ変換が ϕ(k) = 4πZt e k 2 + λ−2 F (19) 0F 6πn0 e2 (20) λF = と求まる。これを逆変換することで遮蔽された静電ポテンシャル ϕ(r) = Zt e r exp(− ) r λF (21) が得られる。λF は Thomas-Fermi の遮蔽距離と呼ばれる。r λF のところでは ϕ(r) Zt e Zt e − r λF (22) となる。古典的転回点が λF より十分内側にある場合はクーロン障壁が一定値減少 したとして、障壁の透過確率を評価できる。この減少分が遮蔽ポテンシャルであ り、入射粒子の電荷を Zp とすると伝導電子による遮蔽効果では Uce = Zt Zp e2 λF (23) = Z t Zp e 2 = Z t Zp e 2 6πn0 e2 0F 4me2 πh̄2 14 (24) 1 2 1 (3π 2 n0 ) 6 (25) となる。この Thomas-Fermi 遮蔽距離を用いてこれまで実験が行われている Pd 中 での d+d 反応に対する遮蔽ポテンシャルを計算してみると Uce = 61 eV (26) となる。ここで F =2.66 eV、n0 =1.97×1022 cm−3 とした [34]。Pd 中の d+d 反応の 実験値は Us = 310±20 eV(Yuki、Kasagi[26])、 Us = 296±15 eV(Czerski[31, 32])、 Us = 800 ± 70 eV(Riola、Rolfs[27, 29]) と報告されている。実験値に大きなばらつ きがあるものの、伝導電子による遮蔽効果を考慮した計算値は実験値と大きくか け離れており、金属中で反応が起こる場合はまた別の遮蔽機構が存在することが 示唆される。 遮蔽ポテンシャルのターゲットホスト金属依存性について、Kasagi 等は金属中 の重陽子密度に着目している [26]。その解析結果を図 7 に示す。横軸は金属中の重 陽子密度の逆数で、縦軸が遮蔽ポテンシャル Us となっている。この図から、重陽 子密度が小さいターゲットほど Us が小さくなっているのがわかる。この結果は、 遮蔽効果の大きさを決める要因として、重陽子の溜りにくさ、言い替えれば重陽 子の動きやすさが大きな役割をしめている可能性を示唆している。 Riola と Rolfs 等 [27, 28, 29] は金属中の伝導電子を古典粒子として取扱い、次 節で説明する Debye 遮蔽を用いて遮蔽効果の評価を行った結果、実験値と同程度 の遮蔽ポテンシャルが得られると主張している。 Czerski 等 [30, 31, 32] は伝導電子による遮蔽効果に加え、ホスト物質の正イオ ンに束縛されている電子による遮蔽効果と正イオンの結合効果 (cohesion effect) を 考慮した考察を行っている。彼らは金属の電子による遮蔽ポテンシャルを D+ に より引き起こされる分極 dielectric fuction の計算から求めている。更に D+ イオ ンの結合効果 (cohesion effect) を、金属中での D+ の有効ポテンシャル UdA と、2 つの D+ が核反応を起こすまでに接近した場合の有効ポテンシャル (UαA と近似) との差 (UαA − 2UdA ) により評価している。彼らが求めた遮蔽ポテンシャルの実験 値と理論値との比較を表 3 に示す。 Polarization が束縛電子による遮蔽効果を、 Cohesion がホスト物質中の D+ イオンの結合効果を考慮した計算値である。 Total は Polarization と Cohesion を足したものである。彼らは遮蔽ポテンシャルの絶対 値は説明できないものの、D+ の結合効果は無視できないこと、更に、ホスト物質 依存性についてはうまく説明できたと主張している。 Kato と Takigawa 等 [35] はホスト金属の格子間に吸蔵されている標的重陽子の 量子運動が与える効果を調べている。重水素の金属中格子間に束縛されている場 合の束縛エネルギーを、中性子散乱等の実験結果から予想される値 [36] と同程度 とした場合と、もっと強く、狭い領域に束縛されている場合の2つの条件で、重 陽子の量子運動が与える遮蔽ポテンシャルを計算している。束縛エネルギーには、 それぞれの場合に、0.5 eV と 20 eV を用いている。彼らの計算結果を図 8 に示す。 縦軸は反応断面積の増幅率で、横軸は標的粒子のエネルギー準位である。screen が 示す線は電子による遮蔽効果を考慮した計算値、sudden が示す線は電子による遮 15 蔽効果に加え、標的粒子の量子運動の効果を考慮した計算値、c.c. が示す線はさら にチャンネル結合の効果を考慮した計算式である。図中に示してある値が遮蔽ポ テンシャルである。金属格子間に強く、狭い領域に束縛される場合は遮蔽ポテン シャルが大きくなることが示されている。 このように、金属中での遮蔽効果に対する理論的な考察が行われてきたが、実 験から得られた遮蔽ポテンシャルの絶対値をうまく説明することはできていない。 16 図 6: Kasagi 等 [26] の PdO、Pd、Fe、Au、Ti 中における d(d,p)t 反応での proton 収量の測定結果。(a) は二つの独立した PdO の測定結果、(b) は Pd と Fe、(c) は Au と Ti の測定結果である。図の上段には Ed =10 keV の収量で規格化した収量が Ed に対してプロットしてあり、これらの収量を点線で割った値が下段に示してあ る。点線は遮蔽効果がない場合の d+d 反応収量の計算値である。実線と破線は、 図中に示した遮蔽ポテンシャルの値を考慮したときの収量の計算値である。 17 表 2: Raiola 等 [29] が実験から求めた遮蔽ポテンシャル。 18 図 7: Kasagi 等 [26] によって行われた、遮蔽ポテンシャルのターゲットホスト金属 依存性の解析結果。横軸は金属中の重陽子密度の逆数で、縦軸が遮蔽ポテンシャ ル Us となっている。破線は遮蔽ポテンシャルを重陽子密度の関数として測定点を フィットしたものである。 表 3: Czerski 等 [30] が求めた遮蔽ポテンシャルの実験値と理論値との比較。Polarization が束縛電子による遮蔽効果を、Cohesion がホスト物質中の D+ イオンの結 合効果を考慮した計算値である。 Total は Polarization と Cohesion を足したも のである。 19 図 8: Kato と Takigawa 等 [35] が標的重陽子の量子運動が与える効果を考慮して 計算した遮蔽ポテンシャル。上段が重陽子が金属格子間に束縛された場合の束縛 エネルギーを 0.5 eV としたときの計算結果。下段は束縛エネルギーを 20 eV とし た場合の計算結果。縦軸は反応断面積の増幅率で、横軸は標的粒子のエネルギー 準位である。screen が示す線は電子による遮蔽効果を考慮した計算値、sudden が 示す線は電子による遮蔽効果に加え、標的粒子の量子運動の効果を考慮した計算 値、c.c. が示す線はさらにチャンネル結合の効果を考慮した計算式である。図中に 示してある値が遮蔽ポテンシャルである。 20 2.4 液体金属中での遮蔽効果 高密度プラズマ中での核反応は非常に興味深い研究対象であるが、恒星内部の ような高温・高密度なプラズマ状態を地上で作りだし、実験を行うことは不可能で ある。地上でつくり出せる他のプラズマ状態としては、核融合炉に用いられるよ うな、磁場閉じ込めによる高温ガスプラズマがあるが密度は非常に小さい。一方、 液体金属は低温ではあるが、核融合炉に比べて非常に高密度な状態である。そこ で、液体金属の様な低温・高密度なプラズマ中での遮蔽効果を検討する。 液体状態では伝導電子に加え、正イオンも自由に動けるようになる。よって、こ の自由に動ける正イオンによる遮蔽効果が新たに加わると考えられる。正イオン による遮蔽効果を評価する簡単な方法としては、Debye の方法がある [37]。 注目する原子核が電荷 Zt を持つとすると、周りの電荷 Zion を持つ荷電粒子によ り遮蔽された静電ポテンシャル ϕ はポアソン方程式 ∇2 ϕ(r) = −4πZt eδ(r) − 4πZion eδρ(r) (27) で表される。ここで、δρ(r) は注目する原子核の存在により誘起された荷電粒子の密 度変化である。熱力学的に平衡にあるとすると、この密度変化 δρ(r) は Boltzmann 分布を用いて Zion eϕ(r) ] − n0 kB T Zion en0 ϕ(r) − kB T δρ(r) = n0 exp[− (28) となる。ここで n0 は注目する原子核が存在しない場合の荷電粒子の一様密度であ る。また、 |− Zion en0 ϕ(r) | 1 kB T (29) を仮定して指数部分を 1 次で展開している。この δρ(r) を式 (27) に代入すると、微 分方程式 −∇2 ϕ(r) + 4πn0 (Zion e)2 ϕ(r) = 4πZt eδ(r) kB T (30) が得られる。この式を フーリエ展開の手法を用いて解くと、遮蔽されたポテン シャル ϕ(r) = Zt e r exp(− ) r λD (31) が求まる。ここで λD は Debye の遮蔽距離と呼ばれるもので λD = kB T 4πn0 (Zion e)2 21 (32) と表される。入射粒子の電荷を Zp とすると、正イオンによる遮蔽効果に対する遮 蔽ポテンシャルは Uion Zt Zp e2 = λD (33) = Z t Zp e 2 4πn0 (Zion e)2 kB T (34) となる。式 34 からわかるように、Uion は粒子密度と温度に依存して変化する。図 9、図 10 に Li + H 反応に対する Uion の温度依存性と粒子密度依存性を示す。温度 依存性では粒子密度を n0 = 4.7 × 1022 cm−3 、粒子密度依存性では温度を T=500 K として計算した。 1000 1000 900 800 800 Us (eV) Us (eV) 700 600 500 600 400 400 200 300 200 200 300 400 500 600 700 800 0 900 1000 1 temperature (K) 図 9: Li + H 反応に対する Uion の温 度依存性。粒子密度を n0 = 4.7 × 1022 cm−3 として計算。 10 22 10 2 3 density (10 atoms/cm ) 図 10: Li + H 反応に対する Uion の粒 子密度依存性。温度を T=500 K として 計算。 では、実際に固体状態と液体状態でどの程度遮蔽ポテンシャルに違いが表れる だろうか。今回標的に用いた金属 Li について見積もってみる。 固体 Li 中では伝導電子による遮蔽効果と2個の束縛電子による遮蔽効果が考え られる。液体 Li 中ではこれら電子による遮蔽効果に加え、Li+ イオンによる遮蔽 効果が考えられる。このような遮蔽効果がある場合の Poisson 方程式は固体、液 体それぞれ、 −2 −∇2 ϕsol (r) + (λ−2 A + λF )ϕsol (r) = 4πZLi eδ(r) (35) −2 −2 −∇2 ϕliq (r) + (λ−2 A + λF + λD )ϕliq (r) = 4πZLi eδ(r) (36) と表される。ここで λA 、λF 、λD は、それぞれ、軌道電子による遮蔽距離、伝導電 子による遮蔽距離 (Thomas-Fermi の遮蔽距離)、Li+ イオンによる遮蔽距離 (Debye 22 の遮蔽距離) である。これらの式を フーリエ展開の手法を用いて解くと、遮蔽さ れた静電ポテンシャルは Zt e r ) exp(− r λsol Zt e r = ) exp(− r λliq ϕsol = (37) ϕliq (38) (39) となる。ここで λsol 、λliq は、それぞれ 1 −2 − 2 λsol = (λ−2 A + λF ) λliq = (λ−2 A + λ−2 F + (40) − 12 λ−2 D ) (41) である。入射粒子の電荷を Zp とすると、遮蔽ポテンシャルは −2 Usol = Zt Zp e2 λ−2 A + λF = 2 UA2 + Uce −2 −2 Uliq = Zt Zp e2 λ−2 A + λF + λD = 2 + U2 UA2 + Uce ion (42) (43) となる。このように、複数の遮蔽効果を考慮した場合の遮蔽ポテンシャルは、そ れぞれの遮蔽ポテンシャルの2乗和の平方根で表される。Li + H 反応について実 際に計算すると、 Uliq √ Usol = 1862 + 712 = 199 eV √ = 1862 + 712 + 6072 = 639 eV (44) (45) となる。ここで UA は断熱近似による計算値、Uce は電子数密度 ne = 4.70 × 1022 cm−3 の場合の計算値、Uion は Li 数密度 nLi = 4.70 × 1022 cm−3 、T=500 K での 計算値である。よって、固体状態と液体状態で約 400 eV 程度の遮蔽ポテンシャル の変化が期待される。 23 3 3.1 低エネルギー 6 Li(d,α)4He、7Li(p,α)4He 反応 Li+p,d 反応の S-factor 前述した様に、Us の決定には 裸の原子核同士が衝突する際の反応断面積 σb を 正しく知る必要がある。低エネルギー実験では、裸の原子核を標的に用いること ができないのため、 S factor の決定は難しい。これまで主に、ドイツの Rolfs の グループによって、低エネルギー 6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 反応の S-factor が求 められてきた [19][38][39]。 Engstler と Rolfs 等 [19] は重心系でのエネルギー Ecm =10∼1450 keV の範囲で LiF とガス標的 (H2 、D2 ) を用いた反応断面積測定を行っている。図 11 に測定さ れた S-factor を示す。得られた測定値のうち、遮蔽効果が無視できる Ecm ≥100 keV の領域の測定値のみを用いて Sb を求め、 6 Li(d,α)4 He : Sb (E) = 17.4 − 54.2E + 61.7E 2 − 23.9E 3 (46) 7 Li(p,α)4 He : Sb (E) = 0.0587 + 0.191E − 0.352E 2 + 0.234E 3 (47) という値を得ている。単位は MeV・barn である。図 11 に実線で示してある。この S-factor を用い、より低エネルギー領域の測定値を再現するように遮蔽ポテンシャ ルを求めている。得られた遮蔽ポテンシャルは 6 Li(d,α)4 He 反応に対して LiF 標 的を用いた場合に Us = 380 ± 250 eV、ガス標的を用いた場合に Us = 330 ± 120 eV で、7 Li(p,α)4 He 反応に対して LiF 標的を用いた場合に Us = 300 ± 280 eV、ガ ス標的を用いた場合に Us = 300 ± 160 eV である。図 11 の点線は Sb に、求めら れた Us を用いて計算される増大率 f (式 (10)) をかけたものである。これら 2 つ の反応に 6 Li(p,α)3 He 反応の結果を加えて重みつき平均をとり、Li+H 反応系での 遮蔽ポテンシャルとして、LiF 標的に対して Us = 420 ± 120 eV、ガス標的に対 しては Us = 350 ±80 eV という値を得ている。この値は断熱近似によって求めら れる Us =186 eV よりも大きな値となっている。図 11 からわかることは、100 keV 以下での Sb はある関数を仮定した外挿値でしかないことで、関数の選び方で低エ ネルギー側の Sb がより大きくなると遮蔽ポテンシャルは小さくなってしまうとい う問題点を含んでいる。 最近、 S-factor の直接測定の困難さを克服するため、トロイの木馬法と呼ばれ る間接的な測定方が検討されてきた。トロイの木馬法とは A+x→C +c (48) A+a→C +c+b (49) の二体反応の反応断面積を の quasi-free な反応を用いて間接的に求める方法である。原子核 a (トロイの木 馬) はクラスター x と b で構成されている。クラスター b への運動量移行が小さ 24 図 11: Engstler 等が測定した S-factor。グラフ中の実線は E≥100 keV の測定値を 用いて決定された S-factor。 点線は遮蔽効果を考慮した場合の S-factor。 くなるように運動学的条件を選ぶことで、クラスター b が spectator となるよう な quasi-free の条件をつくり出すことができる。トロイの木馬法では入射エネル ギーを大きくすることができるため、反応断面積がクーロン障壁による抑制を受 けない。また、高い入射エネルギーにもかかわらず、A + x 反応の相対エネルギー が非常に低い領域まで反応断面積を調べることができる。このように、トロイの 木馬法を用いることで、極めて低いエネルギー領域までの反応断面積をクーロン 障壁による抑制無しに調べることができる。しかし、トロイの木馬法では反応断 面積の絶対値を得ることはできないので、直接測定から求められた反応断面積を 用いて規格化されている。 Lattuada 等 [39] は 7 Li(d,αα)n 反応を用いて、7 Li(p,α)4 He 反応の S-factor を求 めている。7 Li ビームのエネルギーは E=19.0、 19.5、 20.0 MeV で、標的には重水 素で置換されたポリエチレンフィルム (厚さ 250 μg/cm2 ) を用いている。S-factor の絶対値は Engstler 等 [19] が直接反応を用いて測定した測定値のうち、遮蔽効果が 無視できる E=200∼400 keV のデータに対して規格化を行い求めている。Spitaleri 等 [38] は 6 Li(6 Li,αα)4 He 反応を用いて、6 Li(d,α)4 He 反応の S-factor を求めてい る。6 Li ビームのエネルギーは 6 MeV で標的には濃縮 6 Li2 O (125 μg/cm2 ) を用 いている。S-factor の絶対値は Engstler 等が直接反応を用いて測定した実験値の うち、E=600∼700 keV のデータに対して規格化することで求めている。 25 このようにして彼らが求めた S-factor は 6 Li(d,α)4 He : Sb (E) = 16.9 − 39.95E + 26.067E 2 (50) 7 Li(p,α)4 He : Sb (E) = 0.055 + 0.21E − 0.31E 2 (51) である。単位は MeV・barn である。この S-factor は図 12 に緑線で示してある。 Engstler 等 [19] が直接測定で求めた S-factor と大差ない値を示しているのがわ かる。 Kim 等 [40] は遮蔽ポテンシャルが Lindhard[41] によって提唱された遮蔽距離を 用いて計算される Us =161.6 eV となるよう Engstler 等 [19] の実験値を再解析して いる。Kim 等は partial-wave optical theorem によって求められる S-factor Sb = a + bE μc2 Z1 Z2 k exp[4α ( ) arctan( )] 2 2 2 (β + k ) h̄c k β (52) 2μc2 E h̄2 c2 (53) k= を a、b、β をパラメータとして実験値をフィットしている。ここで、μ は換算質量、 Z1 、Z2 はビーム粒子と標的核の原子番号、α は微細構造定数である。パラメータの 値を表 4 に示す。Kim 等が求めた S-factor と Engstler 等が求めた S-factor (式 (46)、 (47)) を比較したのが図 12 である。グラフ中の赤線が Kim 等が求めた S-factor で、 青線が Engstler 等が求めた S-factor である。Ecm ≤100 keV の領域では Kim 等 が求めた S-factor の方が大きくなっているのがわかる。この S-factor の違いのた め、Us ∼ 350 eV と Us ∼ 160 eV の違いが生じる。 表 4: Kim 等がフィッティングによって求めたパラーメータ このように、様々な 6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 反応の S-factor が求められている。 3.2 金属中での Li+p,d 反応 束縛電子以外の遮蔽効果を調べる目的で、近年、いくつかの実験が行われてい る。Kasagi 等は Li+d 反応が Pd、Au 内部で起きる場合の遮蔽ポテンシャルにつ 26 120 30 7 6 80 60 40 4 Li(d, ) He 25 Sb (MeV b) Sb (keV b) 4 Li(p, ) He 100 20 15 10 20 5 10 10 2 10 3 10 Ecm (keV) 10 2 10 3 Ecm (keV) 図 12: S-factor の比較。青線が Engstler 等が求めた S-factor、赤線が Kim 等が求 めた S-factor、緑線が C. Spitaleri 等と M. Lattuada 等がトロイの木馬法を用い て求めた S-factor。 いて報告している [34]。測定は入射エネルギー Ed = 30 ∼ 75 keV の範囲で行われ、 結果は Pd,Au それぞれ 1500 ± 310 eV と 60 ± 150 eV であった。その様子を図 13 に示す。この Pd の結果は、Li の軌道電子と Pd の伝導電子による遮蔽効果を単純 に見積もった Us ∼ 230 eV という値よりも、はるかに大きな値となっている。こ の結果で興味深いのは、d+d 反応に於いて遮蔽ポテンシャルが小さかった Au は Li+d 反応でも小さく、同様に P d も d+d、Li+d 両反応で大きな値を示している ことである。 J. Cruz、C. Rolfs 等 [42] は Pd 内部で反応が起こる場合の遮蔽ポテンシャルに 加え、金属 Li と Li2 WO4 絶縁物を標的に用いた場合の 7 Li(p,α)4 He 反応の遮蔽ポ テンシャルを求めている。その結果、Pd 内部で反応が起こる場合 Us = 3790 ± 330 eV、金属 Li を用いた場合に Us = 1280 ± 60 eV という大きな値を報告してい る。Li2 WO4 標的を用いた場合は Us = 185 ± 150 eV となり、断熱極限での計算 値 Us =186 eV と非常に良い一致を示している。図 14 にその様子を示す。点線は 式 51 で表される遮蔽効果がない場合の S-factor、実線は得られた遮蔽ポテンシャ ルを考慮した場合の S-factor である。彼らは伝導電子による遮蔽効果を Debye 遮 蔽を用いて評価すれば、金属中での非常に大きな遮蔽効果を説明することができ ると主張している。しかし、Debye 遮蔽は古典粒子に対して評価したもので、フェ ルミ粒子である伝導電子に対して Debye 遮蔽を用いることは無理があると考えら れる。よって、この主張は受入れ難い。 物質中での核反応率測定は、我々のグループが最初に開始してきた仕事である。 Rolfs 達の結果は金属中での大きな遮蔽ポテンシャルの存在については定性的に一 致しているものの、定量的にはまだまだ問題点がある。 27 図 13: Kasagi 等 [34] の Pd、AU 中における Li+d 反応での α 粒子収量の測定結果。 (a) は Pd の測定結果、(b) は Au に対する測定結果である。図の上段には Ed =75 keV の収量で規格化した収量が Ed に対してプロットしてあり、これらの収量を点 線で割った値が下段に示してある。点線は遮蔽効果がない場合の Li+d 反応収量の 計算値である。実線は、図中に示した遮蔽ポテンシャルの値を考慮したときの収 量の計算値である。 28 図 14: J. Cruz 等が測定した 7 Li(p,α)4 He 反応の S-factor[42]。標的は Li2 WO4 絶 縁体、金属 Li、PdLi1% 合金。点線は遮蔽効果がない場合で、実線は求められた遮 蔽ポテンシャルを考慮した場合。 29 4 物質中での荷電粒子の阻止能 核反応の反応収量から反応断面積を求めるには、標的物質のビーム粒子に対す る阻止能を正しく知る必要がある。物質中を運動する荷電粒子のエネルギー損失 に関しては、1913 年の Bohr の考察 [43, 44] 以来、100 年近くにわたり研究されて いる。本章ではこれまで為されてきた阻止能の理論的、または、半経験的な考察 について紹介する。 4.1 入射粒子速度が大きい場合の阻止能 (Bohr のエネルギー損失) まず、入射粒子の速度が大きい場合の阻止能について説明する [45, 46]。電荷 ze をもつ入射粒子の速度 V が電子の速度 ve に比べて十分大きく V ve となるよ うな条件では、電子は静止しているとみなすことができる。また、荷電粒子の質 量 Mp が電子の質量 me に比べて Mp me となる場合は入射荷電粒子は電子と の散乱において角度を変えず、ほぼ直進すると考えられる。この様な条件では入 射荷電粒子の進行方向と平行な電場成分による力は打ち消される為、電子に与え られる運動量 p は進行方向に垂直な電場成分 E⊥ によるものだけになる。衝突パ ラメータ b の位置にいる電子 1 個に与えられる運動量を計算すると p=e ∞ −∞ E⊥ dt = 2ze2 Vb (54) となる。衝突パラメータが b と b + db の間に存在する電子との散乱で入射粒子が 失う単位長さ当たりのエネルギーは電子密度 ρe を用いて、 −dE(b) = 2πρe bdb · p2 4πz 2 e4 db = ρe 2me me V 2 b (55) と表される。これを b について積分すれば単位長さ当たりの阻止能 −dE/dx が得 られ、 − dE bmax 4πz 2 e4 ρ ln = e dx me V 2 bmin (56) となる。bmax と bmin について量子学的計算を相対論的効果も考慮して行うと、 dE 2me V 2 4πz 2 e4 − ρe {ln = − ln(1 − β 2 ) − β 2 )} 2 dx me V I (57) となる。ここで I は標的物質の平均励起エネルギーで、β = V /c である。ln 以下 の項のきき方は非常に鈍いため、入射エネルギーが大きい場合の阻止能はほぼ速 度の2乗に反比例し、電子密度に比例する。 30 4.2 入射粒子速度が小さい場合の阻止能 非常に遅い荷電粒子に対する阻止能については、 Fermi - Teller による約 60 年 前の考察が最初である [47]。彼らは縮退した電子気体中を電子の最高速度 v0 より 遅い速度 V を持ち、且つ、平均電子密度 ρe が ρe > 1/a30 となるような条件での 考察を行っている。 荷電粒子と電子との個々の散乱では、電子の速度変化は V 程度である。電子ガ スは縮退している為、散乱後の電子の速度がフェルミ速度以下の場合は パウリ原 理によって散乱が禁止される。従って、散乱に寄与できる電子はフェルミ表面付 近の速度 v0 を持つ電子に限られる。このような場合、電子一個に移行するエネル ギーは電子の速度変化を V とすると、 1 W = me {(v0 + V )2 − v02 } ∼ mv0 V 2 (58) となる。運動量空間のフェルミ球の球殻付近で厚さ dp = me V 中にある単位体積 当たりの電子数は n は n= p2 dp m3e v02 V ∼ h̄3 h̄3 (59) であり、散乱後、電子が有意な角度変化をする散乱断面積は σ∼ e2 me v02 2 (60) 程度である。式 (58)、(59)、(60) を用いて阻止能の式を表すと dE m2e e4 V 1 dE 1 − =− ∼ W σnv0 ∼ dx V dt V h̄3 (61) となる。 Fermi - Teller は、更に見積りの精度をあげるため σ に対する角度積分 を行い、 − dE h̄v0 2 m2e e4 V ln { 2 } = 3 dx 3π h̄ e (62) を得ている。このように、低エネルギー極限での阻止能は荷電粒子の速度に比例 する。阻止能の密度依存性は式 (62) には陽に表れていないが、Ferrell と Ritchie が電子ガスによるイオンの遮蔽効果を考慮し、線形応答理論を用いて求めた阻止 能では、金属中の電子密度領域でほぼ ρe1/3 に比例している [48]。また、Ziegler 等 も同様にほぼ ρ1/3 に比例するとしている [49]。 e 4.3 阻止能のエネルギー依存性の統一的理解 これまで荷電粒子の速度が電子速度に比べて非常に大きい場合と同程度以下の 場合について述べてきた。低エネルギーから高エネルギー領域までの統一的な取扱 31 いは、Lindhard が行った縮退した電子ガスと荷電粒子との複雑多体系の dielectric constant の量子理論が最初である [50]。電子ガスの入射荷電粒子に対する応答を 自己無撞着的摂動的に取扱い、電子ガスの線形応答関数を具体的に表した。電荷 Z1 e の荷電粒子が速度 V で密度 ρe の電子ガス中を運動している場合、線形応答 理論による媒質の阻止能は dE 4π Z1 e2 2 ρe L(ρe , V ) = dx me V で与えられる。ここで L は、 i ∞ dk −kV 1 L= ωdω πω02 0 k −kV (k, ω) − 1 (63) (64) で与えられる。ω0 は classical plasma frequency ω02 = 4πe2 ρe /me である。Lindhard は dielectric constant (k, ω) を 2m2e ω02 f (En ) h̄2 k 2 n N 1 1 × + e k 2 + 2k · kn − 2m (ω − iδ) k 2 − 2k · kn − h̄ (k, ω) = 1 + 2me (ω h̄ − iδ) (65) として与えている。En と kn は n 番目の状態にいる電子のエネルギーと波数ベク トル、f (En ) は分布関数である。この dielectric constant を用いた式 (63) による 阻止能は、低エネルギー領域で荷電粒子の速度に比例し、高エネルギー領域では 速度の2乗に反比例する。このように、両極限での予想と一致するのみならず、中 間領域においても電子のフェルミ速度の数倍の領域で極大を示し、定性的には阻 止能のエネルギー依存性を説明する。しかし、極大値付近の阻止能を定量的に説 明するのは非常に困難である。 4.4 半経験的な取扱い Ziegler 等は広いエネルギー領域での荷電粒子に対する様々な標的物質の阻止能 を、理論的考察を基に多くの実験値をフィットすることでパラメータ化している [51, 52]。彼らは、低エネルギー領域での阻止能 Slow と 高エネルギー領域での阻 止能 Shigh を用いて中間領域を S= Slow × Shigh Slow + Shigh (66) としてつなぎ合わせる Varelas 等 [53] が用いた方法を採用している。具体的には Slow = a1 E 0.45 a2 a3 Shigh = (67) ln(1 + + a4 E) E E である。ここで E は荷電粒子のエネルギーを荷電粒子の質量で割ったものである。 これらの式を用いて実験値をフィットすることで a1 ∼ a4 の値を求めている。 32 5 5.1 実験 実験セットアップ 実験は東北大学原子核理学研究施設内にある大強度イオン照射装置を用いて行 った。 5.1.1 大強度イオンビーム照射装置 大強度イオンビーム照射装置は、1keV∼100keV の陽子・重陽子ビームを 1mA という大電流で照射することを目的に設計されている。装置の概要を図 15 に示す。 イオン源はデュオプラズマ型イオン源が採用されている。熱陰極アーク放電によっ て粒子から電子をはぎ取りガスプラズマを生成する。そのガスプラズマを磁場で 閉じ込め、プラズマ境界層から約 25kV の電圧でイオンを引出しビームを発生させ る。このイオン源は使用するガスの種類を変えることでビーム粒子を変更するこ とができる。今回は陽子、重陽子ビームを実験に用いた。 + イオン源内では D+ 、D+ 2 、D3 などの状態でイオンが生成されるので、分析電磁 石を用いて運動量分析し求めるイオンだけを選び出す。今回の実験には D+ イオ ンと H+ イオンを用いた。また、同時に水平方向のビーム軌道調整も行われる。垂 直方向のビーム軌道調整は Y ステアラーによって行われ、2つのアインツェルレ ンズでビームを収束させる。 25kV の引き出し電圧で加速されたイオンは、加速・減速電極で要求されるエネ ルギーまで加速、または減速される。また、加速・減速電極では、通常の加速感 レンズと同様の原理でビームの収束効果が得られる。 電極の主電源にはふらつき が 0.01% 以下の精度で 80 kV の電圧が供給できる電源が使用されている。イオン ビームの入射エネルギーは、イオン源とアースの電位差を合計 1000MΩ の抵抗を 介して電流値を直読することで測定される。実験中の加速エネルギーの読み値は 最大 ± 50 V の範囲で安定していた。 加速・減速電極を通った後、イオンビームは真空散乱槽 1 へ入射される。この真 空散乱槽 1 を使って、これまで実験が行われてきた。今回は液体標的を用いるた め、真空散乱槽 1 の後に、新に液体標的用の真空散乱槽 2 を増設した。真空散乱槽 1 を通過したイオンビームは、真空槽 2 の直前に設置された偏向電磁石によって鉛 直方向に 60 °曲げられる。その後、散乱真空槽入口にある 5mmφ のタングステン 製のスリットを通ってターゲットへと照射される。 33 図 15: 大強度イオンビーム照射装置 34 5.1.2 真空槽内のセットアップ 真空槽内のセットアップを図 16 に示す。真空槽まで導かれたビームは 5mmφ の スリットを通ってターゲット表面へと照射される。スリットからターゲットまで の距離は約 90mm である。入射角度は鉛直方向から 30 °である。ビームスポット サイズは約 5mmφ であった。 ターゲットの周りには 2 次電子の放出を抑えるために磁石が設置してある。磁 石にはキュリー温度が高く (780∼860 ℃)、磁気特性が安定な SmCo を用いた。磁 石の形状は 2 種類使用した。その様子を図 18 に示す。ビームスポット付近での磁 束密度はそれぞれ約 100mT と 55mT であった。この磁石の採用によって 2 次電子 の放出を抑制することができた。 荷電粒子の検出には ORTEC 社の表面障壁型 Si 半導体検出器を用いた。Si 検出 器の有感面積は 450mm2 で、空亡層厚が 300μm である。6 Li(d,α)4 He 反応測定の 場合はこの検出器を 1 個、6 Li(d,α)4 He 反応測定の場合は 2 個使用した。設置角度 はビーム後方 125 °で、ビームスポットからの距離は 40mm である。図 17 に図 16 の左側から見た場合の、検出器の様子を示す。検出器は鉛直方向から 約 50 °傾い ている。立体角は検出器を 1 個使用したときに全立体角の 1.9%、2 個使用したと きに 4.5% だった。単純に 2 倍になっていないのは、検出器一個のときに検出器前 面に 22mmφ のアパーチャが取り付けられていたため実際の有感面積が小さくなっ ていたからである。検出器の前面には弾性散乱されたビーム粒子が検出器に入射 するのを防ぐために、5μm 厚のアルミ箔が取り付けられている。また、検出器は 実験中約 5 ℃の冷却水によって冷却されている。 ターゲット周りの様子を図 18 に示す。ターゲットホルダーは上部と下部に分離 でき、Li 標的作成時には上部だけを取り外す。ターゲットホルダー上部の材質に は、Li と合金を作らず比較的熱伝導率のよいモリブデンを使用した。ターゲット ホルダー下部にはビーム電流読み出し口、熱電対、セラミックヒーターが取り付 けられている。 ターゲットの上側にあるエンドミルは Li 表面をクリーニングする際に用いる。 35 図 16: 真空槽内のセットアップ 図 17: 図 16 の左側から見た検出器の様子。 36 図 18: ターゲット周りの様子 37 5.1.3 測定回路系 図 19 に、実験で使用した測定回路系を示す。 Si 検出器からの信号を pre-Amp.(ORTEC 社製 142B) に通し、さらに Amp.(ORTEC 社製 935) を用いて増幅した。Amp. の unipolar 出力を CAMAC-ADC(ORTEC 社 製 AD811) に入力し Si 検出器のエネルギー情報を得た。CAMAC-ADC の gate 信 号 (4μsec) には 2 つの検出器の CFD 出力の論理和を用いた。 ビームの入射量は、ターゲットに流れる電流を Current-Intergrator(ORTEC 社 製 439) に入力し、そのデジタル出力を CAMAC-Scaler に入力することによって 1 イベント毎に得た。 各イベントの時間情報は、Pulser の 50Hz 信号をを Discriminator に入力し、そ の出力を CAMAC-Scaler に入力することによって得た。 また、計算機によるデータ収得時間 (250μsec) の間は CAMAC-ADC の gate 信 号と CAMAC-scaler1 に veto(inhibit) をかけた。ただ、CAMAC-Scaler2 には veto をかけず、生のデータを取り込めるようにしている。CAMAC-Sacler2 には、上記 2 つの信号に加え、Discriminator 出力の論理和の信号も入力されている。 これら CAMAC での測定以外に、ビームスポットの温度を測るために Impac 社 製の放射温度計 (IP 140 型) を用いた。この放射温度計は熱輻射によって発生する 特定波長 (2.0∼2.8μm) の光の強度によって対象物の温度を測る装置である。測定 可能範囲は 75∼550 ℃で、測定スポットの有効面積は 2.4mmφ である。この装置 からの温度情報は、CAMAC 系とは別の計算機に1秒毎に取り込まれている。 放射温度計を用いて温度の絶対値を正しく測定するには対象物表面の放射率 を知る必要がある。放射率とは熱輻射の全エネルギーと物体が実際に放出するエ ネルギーの比を表したもので、黒体で =1、完全反射体で =0 となる。一般的に 光沢のある金属の放射率は 0.1 以下となる。このことから、金属表面の温度の絶 対値を放射温度計を用いて精度良く測定することは非常に難しい。また、この放 射率は表面状態に強く依存して変化する。今回標的に用いた Li 金属は ビーム粒 子である水素、重水素と化合物 (LiH、LiD) を生成してしまうため、ビームスポッ トでの放射率は刻々と変化する。このことも、標的温度の絶対値測定を難しくし ている。このような理由から、標的温度としては熱電対によって測定された値を 用いることにする。 熱電対での測定温度は計算機への取り込みは行わず、測定開始時と終了時、ま たはその間に確認し記録している。 38 図 19: 測定回路系 39 5.2 Li 標的 今回標的として 6 Li(d,α)4 He 反応測定の場合に濃縮 6 Li ( 6 Li 95 % ) を、7 Li(p,α)4 He 反応測定の場合にナチュラル Li ( 7 Li 92.4%、6 Li 7.6% ) を用いた。以下に Li 密 度の温度変化と Li 標的の作成方法を示す。 5.2.1 Li 密度の温度変化 固体ナチュラル Li の密度は 293 K で 0.534 g/cm3 である [54]。Li 原子の数密 度に直すと 4.63×1022 atoms/cm3 となる。固体ナチュラル Li 密度の温度依存性は 体膨張率 β=1.62×10−4 [K−1 ][54] を用いて計算することができ、 ρsol Li (T ) = 4.63 × 1022 1.62 × 10−4 (T − 293) + 1 [atoms/cm3 ] (68) となる。 液体 Li 密度の温度変化は Shimizu 等 [55] によって測定されている。 Shimizu 等は ナチュラル Li ( 7 Li 92.5 at.%、6 Li 7.5 at.%)、濃縮 6 Li (95.95 wt.%)、濃縮 7 Li (99.82 wt.%) を用いて液体状態でのモル体積の温度変化を求めた結果、実験誤 差 0.2 % 内で同位体依存性がないことを示している。このことから、固体 Li の場 合も同様に同位体依存性はないと考えられる。彼らが求めた液体 Li のモル体積は VM = 2.208 × 10−3 T + 12.44 [10−6 m3 mol−1 ] (69) である。このモル体積から液体 Li 密度の温度依存性を求めると、 ρliq Li (T ) = 6.022 × 1023 2.208 × 10−3 T + 12.44 [atoms/cm3 ] (70) liq となる。Li の融点 T=453 K での ρsol Li と ρLi を求めてみると、それぞれ、 22 ρsol Li = 4.51 × 10 ρliq Li = 4.48 × 10 22 [atoms/cm3 ] 3 [atoms/cm ] (71) (72) となり、固体から液体への相変化に伴う密度変化は約 0.3% と非常に小さい。ま た、今回の実験での 標的温度 (Tsol ∼ 310 K、Tliq ∼ 510 K) に対して計算すると、 22 ρsol Li = 4.62 × 10 ρliq Li = 4.44 × 10 22 [atoms/cm3 ] 3 [atoms/cm ] となり、固体状態と液体状態で約 5 % の密度変化となる。 40 (73) (74) 5.2.2 Li 標的の作成 今回標的に用いた Li は空気中で素早く反応し、化合物 (LiOH、LiO、LiH など) を作る。そこで、Li 標的の作成は Ar ガスで置換されたグローブボックス (図 20) 内で行った。以下、Li 標的の作成方法を詳細に説明する。 1. グローブボックスを Ar ガスで置換 グローブボックス内を真空ポンプで 0.5 気圧まで減圧し、その後 Ar ガスを 入れて 1 気圧にする。湿度が 20%以下になるまでこの作業を繰り返す。 2. Li のターゲットホルダーへの詰め込み (ナチュラル Li の場合) 直径 10 mm 程度の棒状になっているナチュラル Li(図 21) の表面の化合物を カッターを用いて取り除き (図 22)、3 cm 程度の長さに切り出す (図 23)。ター ゲットホルダーの直径 17 mm 程度になるように押し潰し、表面の化合物を 取り除いた後 (図 24)、ターゲットホルダーに入れ、シャコマンを用いてしっ かりと押し込む (図 25)。作業中にできた化合物を取り除き完了 (図 26)。 (濃縮 6 Li の場合) 濃縮 6 Li は油づけにされているため、取り出した後にろ紙で油を拭き取る。 直径 40 mm 程度の円柱状になっている濃縮 6 Li をターゲットホルダーの容積 程度に切り出す。その後ナチュラルリチウムと同様、化合物を取り除いた後 にターゲットホルダーへと押し込み、表面の化合物を取り除く。 3. 真空散乱槽への移送 グローブボックス内で Li 標的を袋に入れて封をする (図 27)。あらかじめ真 空散乱槽を Ar ガスで置換した後、Ar ガスを流しながらフランジを開けて素 早くグローブバックを取り付ける (図 28)。袋詰めにした Li 標的をグローブ バックの中へ移したら、グローブバック内の空気を押し出して Ar ガスに置 換する。この置換作業は3回程度繰り返す。グローブバック内が置換された ら、袋から Li 標的を取り出し、真空散乱槽内に移す。その後、フランジを閉 めて真空に引く。 4. Li 表面のクリーニング 真空に引けたらヒーターを使って Li を液化する。この状態では Li 表面が化 合物の膜で覆われている。標的上部に取り付けられたエンドミルに化合物を 付着させて取り除き、Li 表面がきれいな鏡面になったら Li 標的の完成であ る (図 29)。固体標的の場合はヒーターをオフにし、Li を固化させる。 41 図 20: グローブボックス 図 21: ナチュラル Li 図 22: カッターを用いた化合物の除去 図 23: 3cm 程度に切り出された Li 図 24: ターゲットホルダーのサイズ に成形された Li 図 25: ターゲットホルダーへの詰め 込み 42 図 26: ターゲットホルダーへ詰め込 まれた Li 図 27: 袋詰めにした Li 標的 図 28: 真空槽内への移送 図 29: 液体 Li 標的 43 5.3 磁石による 2 次電子の抑制 ビームがターゲットに入射すると、その表面から 2 次電子が放出される。本実 験のようにターゲットに流れる電流を測定することで入射粒子数を決定する場合、 2 次電子の量を正しく見積もる必要がある。しかし、リチウム標的では固体・液体 の違い、または、表面状態によって 2 次電子の放出量が変化することがわかった。 そのため、あらかじめ 2 次電子の放出量を見積り、後で電流値を補正するといった 方法がとれない。そこで今回、ターゲットの周りに磁石を置き、その磁場で 2 次 電子の放出を抑えることを試みた。実験に用いた磁石の形状を図 30 に示す。途中 から Si 検出器を 2 つに増やしたため、2 種類の磁石を用いた。ビームスポット付 近の磁場は setup1、setup2 それぞれ約 100mT と 55mT であった。 この磁石を用いた場合に 2 次電子の放出を抑えられているか確かめるため、ファ ラデーカップを用いて測定した場合の電流値との比較を行った。ファラデーカップ の様子を図 31 に示す。ファラデーカップの前面には -500V の電圧がかけられてい る。ファラデーカップはビームラインから出し入れ可能で、電流値の測定をター ゲットとファラデーカップ交互に行った。このようにして測定した結果を図 32 に 示す。縦軸はファラデーカップ/ターゲットの電流値の比で、横軸は重陽子ビーム のエネルギーである。Li ターゲット温度は 40 ℃、120 ℃、240 ℃の 3 点、重陽子 ビームのエネルギーは 30keV、50keV、80keV の 3 点で測定を行った。各データ点 はファラデーカップ電流、ターゲット電流を交互に 10 回程度測定し、その平均値 をとった。誤差は標準偏差を用いた。グラフからわかるように、電流値の比は誤 差の範囲内で 1 となった。この結果から、磁石を置いたことで正しい電流値を測 定することができるようになったと判断した。 図 30: 実験に用いた磁石。ビームスポット付近での磁束密度は setup 1 で約 100mT、 setup 2 で約 55mT であった。 44 図 31: ビーム電流値測定に用いたファラデーカップの様子。 1.2 1.15 Solid Li target Solid Li target Liquid Li target T=40˚C T=120˚C T=240˚C 1.1 1.05 1 0.95 0.9 0.85 0.8 25 50 75 25 50 75 25 50 75 Ed (keV) 図 32: ファラデーカップ電流とターゲット電流の比。縦軸は電流値の比で横軸は 重陽子エネルギー。 45 5.4 測定条件 今回の実験では標的として、6 Li(d,α)4 He 反応測定の場合に濃縮 6 Li(6 Li 95%、 7 Li 5%) を、7 Li(p,α)4 反応の場合にナチュラル Li(7 Li 92.4%、6 Li 7.6%) を用いた。 反応収量のエネルギー依存性の測定は、7 Li(p,α)4 反応の場合にビームエネルギー Ed =25∼70keV の範囲で、7 Li(p,α)4 反応の場合には Ep =22.5∼70keV の範囲で 2.5 keV 刻みで行った。ビーム電流は I=4∼12 μA の範囲で入射熱量が約 300mW と なるよう、各エネルギーで調整した。ターゲット温度は固体リチウムで 35∼50 ℃、 液体リチウムで 220∼260 ℃であった (Li の融点は 180 ℃)。これら測定条件は表 5 にまとめてある。 リチウムはビーム粒子と化合物 (LiH) をつくる。そこで化合物の生成による影 響を見るため、6 Li(d,α)4 He 反応では 60keV、7 Li(p,α)4 He 反応では 70keV での測 定を定期的に行っている。重陽子ビームを用いている場合は d(d,p)t 反応の収量 からある程度リチウム中の重陽子密度を見積もることができる。液体 Li 標的の場 合は d(d,p)t 反応収量から見積もられる Li 標的中の重陽子密度が Li 密度に対し て 0.5 % を越えないよう、定期的に表面のクリーニングを行った。陽子ビームを 用いているときは汚れの指標がないので、測定時間が2時間を越えないような間 隔で 70keV での測定を行い、7 Li(p,α)4 He 反応収量が減少した場合にクリーニン グを行った。固体 Li 標的の場合は全測定が終わるまでクリーニングは行わなかっ た。d(d,p)t 反応から見積もった固体 Li 中での重陽子密度は Li 密度に対し 3%以 下であった。 ターゲット ビームエネルギー ビーム電流 入射熱量 温度 ナチュラル Li 濃縮 6 Li Ep =22.5∼70keV Ed =25∼70keV I=4∼14 μA ∼300mW 35∼50 ℃ 220∼260 ℃ 表 5: 測定条件 46 6 6.1 測定結果 測定されたスペクトル 今回測定された ADC スペクトルについて説明する。 図 33 に濃縮 Li+d 実験の典型的な ADC スペクトルを示す。(a) は 6 Li(d,α)4 He 反 応からの α 粒子 (10.9 MeV) 、(b) は 7 Li(d,α)n4 He 反応からの α 粒子 (7 Li(d,α)5 He のピークで 7.7 MeV)、(c) は 6 Li(d,p0,1 )7 Li 反応からの proton (p0 4.3 MeV、p1 3.9 MeV)、(d) は d(d,p)t 反応からの proton (2.9 MeV) である。今回注目している 6 Li(d,α)4 He 反応からの α 粒子はエネルギーが高く、他のイベントから十分に分離 されており、バックグランドの影響は無視できる。 図 34 にナチュラル Li+p 実験の ADC スペクトルを示す。(e) は 7 Li(p,α)4 He 反 応からの α 粒子 (8.5 MeV)、(d) は 6 Li(p,3 He)4 He 反応からの 3 He 粒子 (2.2 MeV) である。7 Li(p,α)4 He 反応からの α 粒子もエネルギーが高く、バックグラウンドの 影響はほとんどない。 図 35 から図 38 に代表的なエネルギーでの ADC スペクトルを示す。固体と液 体の濃縮 6 Li+d 反応のスペクトル (図 35 と 36) を比べると、d(d,p)t 反応からの proton 収量が大きく異なることがわかる。固体状態ではビーム照射によって重陽 子がターゲット表面に堆積するため標的重陽子密度が大きくなるが、液体状態で は重陽子がすぐに拡散するのため標的重陽子密度は固体状態に比べて小さくなる。 この重陽子密度の違いが d(d,p)t 反応収量の違いとして表れてくる。 47 6 Liquid enriched Li + d 10 3 counts/5ch (d) (c) 10 2 (a) (b) 10 1 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000 channel 図 33: 濃縮 6 Li+d 実験の ADC スペクトル。(a) は 6 Li(d,α)4 He 反応からの α 粒子、 (b) は 7 Li(d,α)n4 He 反応からの α 粒子、(c) は 6 Li(d,p)7 Li 反応からの proton、(d) は d(d,p)t 反応からの proton である。 10 4 counts/5ch 10 3 (f) (e) 10 2 10 1 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000 channel 図 34: ナチュラル Li+p 実験の ADC スペクトル。(e) は 7 Li(p,α)4 He 反応からの α 粒子、(d) は 6 Li(p,3 He)4 He 反応からの 3 He 粒子である。 48 6 Liquid enriched Li + d 10 3 Ed=70keV 10 2 10 counts/5channel 1 10 3 Ed=50keV 10 2 10 1 10 3 Ed=25keV 10 2 10 1 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000 channel 図 35: 液体濃縮 6 Li 標的を用いたときの Li+d 反応のスペクトル。ビームエネル ギーは上から 70keV、50keV、25keV である。 49 6 Solid enriched Li + d 10 3 Ed=70keV 10 2 10 counts/5channel 1 10 3 Ed=50keV 10 2 10 1 10 3 Ed=25keV 10 2 10 1 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000 channel 図 36: 固体濃縮 6 Li 標的を用いたときの Li+d 反応のスペクトル。ビームエネル ギーは上から 70keV、50keV、25keV である。 50 Liquid natural Li + p 10 2 Ep=70keV Ep=70keV Ep=50keV Ep=50keV Ep=22.5keV Ep=22.5keV 10 counts/5channel 1 10 2 10 1 10 2 10 1 0 500 1000 1500 2000 0 ADC1 channel 500 1000 1500 2000 ADC2 channel 図 37: 液体ナチュラル Li 標的を用いたときの Li+p 反応のスペクトル。ビームエ ネルギーは上から 70keV、50keV、22.5keV である。 51 Solid natural Li + p 10 2 Ep=70keV Ep=70keV Ep=50keV Ep=50keV Ep=22.5keV Ep=22.5keV 10 counts/5channel 1 10 2 10 1 10 2 10 1 0 500 1000 1500 2000 0 ADC1 channel 500 1000 1500 2000 ADC2 channel 図 38: 固体ナチュラル Li 標的を用いたときの Li+p 反応のスペクトル。ビームエ ネルギーは上から 70keV、50keV、22.5keV である。 52 6.2 積分範囲とバックグラウンドの除去 反応収量を決定するための ADC スペクトルの積分範囲とバックグラウンド除去 の方法を説明する。 6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 両反応からの α 粒子は比較的エネルギーが高く、他 のイベントと十分に分離されている。よって、積分範囲は α ピークを十分におお える領域とし、入射エネルギーによらず一定とした。このようにして決定した積 分範囲を表 6 に示す。 今回バックグラウンドとして、ビームを照射せずに取得したデータを用いた。 Si 検出器の温度が影響する可能性を考慮し、標的リチウムを液体状態に保った 場合と固体状態に保った場合での測定を行った。ビーム照射時は低 channel 領域 のバックグラウンドが増加するが、α イベントには全く影響しない。バックグラウ ンドの測定は、最小のビームエネルギーでの測定時間 (最も測定時間が長かった) 以上の時間行った。このようにして測定したバックグラウンドを各入射エネルギー での測定時間で規格化し、差し引いた。積分範囲とバックグラウンド除去の様子 を 6 Li(d,α)4 He については図 39 に、7 Li(p,α)4 He については図 40 に示す。入射エ ネルギーはそれぞれ Ed =25keV、Ep =22.5keV で各反応測定での最小エネルギーで ある。グラフは上から (a) フォアグラウンドスペトクトル、(b) 測定時間で規格化 されたバックグラウンドスペクトル、(c) フォアグラウンドからバックグラウンド を差し引いたスペクトルである。グラフからわかるように、バックグラウンドの 影響は無視できる程に小さかった。 イベント Li(d,α)4 He 7 Li(p,α)4 He ADC1 7 Li(p,α)4 He ADC2 6 積分範囲 1150ch ∼ 1290ch 1500ch ∼ 1750ch 1550ch ∼ 1800ch 表 6: 積分範囲 53 6 Liquid enriched Li + d 60 (a) Ed=25keV 40 20 counts/5ch 0 (b) background 40 20 0 (c) subtracted 40 20 0 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000 channel 図 39: 6 Li(d,α)4 He の積分範囲とバックグラウンド除去。(a) ビームエネルギー 25keV でのスペクトル、(b) 測定時間で規格化されたバックグラウンド、(c) (a) か ら (b) を差し引いたスペクトル。 54 Liquid natural Li + p 20 (a) Ep=22.5keV 15 10 5 counts/5ch 0 (b) background 15 10 5 0 (c) subtracted 15 10 5 0 0 500 1000 1500 2000 adc1 channel 500 1000 1500 2000 adc2 channel 図 40: 7 Li(p,α)4 He の積分範囲とバックグラウンド除去。(a) ビームエネルギー 22.5keV でのスペクトル、(b) 測定時間で規格化されたバックグラウンド、(c) (a) から (b) を差し引いたスペクトル。 55 6.3 反応収量に見る Li 標的相変化の影響 Li 標的の相変化が与える影響を定性的に調べるため、Li 標的の温度を連続的に 変化させながらの測定を行った。典型的な結果を図 41 に示す。この測定は Li 標的 温度を徐々に上げながら行った。上図は放射温度計によって測定された Li 標的温 度、下図は d(d,p)t 反応からの proton 収量である。グラフの横軸は測定開始時点 からの経過時間である。放射温度計のグラフを見ると、温度が一定になっている 領域があるのがわかる。この領域で液体から固体へ相変化していると考えられる。 よってこの領域の前を固体状態、後を液体状態とみなすことができる。下段のグ ラフを見ると、固体から液体への相変化に伴い、d(d,p)t 反応収量が変化している ことがわかる。この原因は、標的重陽子の Li 中での拡散速度が液体と固体で違う ためだと考えられる。固体状態では拡散速度が小さく、Li 中での重陽子密度は大 きくなるが、液体状態への相変化に伴い拡散速度が大きくなるので、逆に重陽子 密度は小さくなる。その結果、d(d,p)t の反応収量も小さくなる。 また、6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 反応収量も Li 標的の相変化に伴い変化すると いう結果が得られた。Li 標的を液体状態から固体状態へと連続的に変化させなが ら測定した反応収量変化を図 42、43 に示す。青線の右側が固体状態、赤線の左 側が液体状態、青線と赤線の間は固体と液体の混合状態である。6 Li(d,α)4 He 反応 E=75 keV では液体から固体への相変化に伴い、約 10%程反応収量が減少してい る。7 Li(p,α)4 He 反応 E=60 keV では液体から固体への相変化に伴い、約 20%程反 応収量が減少している。 この様な比較的エネルギーの高い領域で液体と固体の反応収量比が1から非常 に大きく増大することは予期していない発見である。そのことを確認するために、 E=40∼75 keV の領域で同様の測定を何回も行った。その結果、全エネルギーで液 体状態での反応収量が固体状態に比べて大きくなっていることが確認された。単 純に考えられる固体と液体の違いは密度であるが、密度変化は Yliq /Ysol < 1 を予 想する。この測定方法では固体状態になっていると思っても、ビームスポットで は完全に固化しきれていないなどの問題があるため、反応収量変化の定量的な議 論はできない。反応収量の定量的な議論は後で述べる。 56 Target Temperature Temperature (˚C) 260 240 220 200 180 160 140 120 Solid Liquid 100 Yield (counts/mC) 8000 d(d,p)t 7000 6000 5000 4000 3000 2000 Solid Liquid 1000 0 0 10 20 30 40 50 60 Time (minutes) 図 41: Li 標的の相変化に伴う d(d,p)t 反応の収量の変化。上図は標的温度、下図は d(d,p)t 反応からの proton 収量である。グラフの横軸は測定時間。固体から液体へ の相変化に伴い、反応収量が変化していることがわかる。d(d,p)t 反応の場合、標 的重陽子の Li 中での拡散速度が液体と固体で違うため、標的重陽子の密度が変化 し、反応収量の違いとして表れる。 57 8 7.8 6 Li(d, )4He 75 keV -yield (couts/µC) 7.6 Solid 7.4 7.2 7 6.8 6.6 Liquid 6.4 6.2 6 0 1000 2000 3000 time(sec) 4000 5000 図 42: Li 標的の相変化に伴う 6 Li(d,α)4 He 反応収量の変化。ビームエネルギーは 75 keV。グラフの横軸は測定時間。青線の右側が固体状態、赤線の左側が液体状 態、青線と赤線の間は固体と液体の混合状態である。 3.4 7 4 Li(p, ) He 60 keV -yield (couts/µC) 3.2 Solid 3 Liquid 2.8 2.6 2.4 0 500 1000 1500 2000 time(sec) 2500 3000 3500 図 43: Li 標的の相変化に伴う 7 Li(p,α)4 He 反応収量の変化。ビームエネルギーは 60 keV。グラフの横軸は測定時間。青線の右側が固体状態、赤線の左側が液体状 態、青線と赤線の間は固体と液体の混合状態である。 58 6.4 60keV、70keV での反応収量の変化 金属 Li はビーム粒子である陽子、重陽子と LiH(LiD) 化合物をつくる。ビーム 照射により生成された化合物の反応収量に与える影響を見るため、6 Li + d 反応で は Ed =60keV で、7 Li + p 反応では Ep =70keV での測定を定期的に行った。その 結果を図 44∼図 47 に示す。グラフの縦軸は 6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 反応からの α 粒子の収量で、横軸は run No. である。 図 44 は液体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応の結果である。測定エネルギーは 60 keV である。グラフ中の点線全実験値の平均値である。反応収量は ±10 % の範囲に収 まっている。重陽子ビームを用いた場合は、ターゲット表面の重陽子密度を d(d,p)t 反応の反応率から見積もることができる。測定中、重陽子密度がある程度増加し たらターゲット表面のクリーニングを行うことにした。6 Li(d,α)4 He 反応の場合は クリーニングの前後で α 粒子の収量に有意な差は見られなかった。 図 45 は固体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応の結果である。測定エネルギーは 60 keV である。点線は実線以降の実験値の平均値である。固体の場合、測定を始めた直 後は収量が大きく、その後減少してほぼ一定の値となるという結果となった。こ のため、グラフ中の実線より前にとった実験値はは使わず、収量がある程度一定 になった後のデータのみを解析に用いた。 図 46 は液体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応の結果である。測定エネルギーは 70 keV である。グラフ中の点線は全実験値の平均値である。反応収量は ±15 % の範囲に 収まっている。7 Li(p,α)4 He 反応では、表面のクリーニングの前後で反応収量が変 化することが観測された。 図 47 は固体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応の結果である。測定エネルギーは 70 keV である。点線は実線以降の実験値の平均値である。6 Li(d,α)4 He 反応の時と同様に、 測定を開始後しばらくは反応収量が減少し、その後ほぼ一定となる。そこで、グ ラフ中の実線より前にとったデータは解析に用いなかった。 59 2.5 yield [counts/µC] 2.25 2 1.75 1.5 1.25 1 0.75 0.5 0.25 0 0 5 10 15 20 25 30 35 run No. 図 44: 液体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応率の変化。測定エネルギーは 60 keV である。 ピンクの点線は全実験値の平均値である。 2.5 yield [counts/µC] 2.25 2 1.75 1.5 1.25 1 0.75 0.5 0.25 0 0 5 10 15 20 25 30 35 run No. 図 45: 固体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応率の変化。測定エネルギーは 60 keV である。 赤の実線以降の実験値を解析に用いた。ピンクの点線は解析に用いた実験値の平 均値である。 60 10 9 yield [counts/µC] 8 7 6 5 4 3 2 1 0 0 5 10 15 20 25 30 35 40 run No. 図 46: 液体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応率の変化。測定エネルギーは 70 keV である。 ピンクの点線は全実験値の平均値である。 10 yield [counts/µC] 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 run No. 図 47: 固体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応率の変化。測定エネルギーは 70 keV である。 赤の実線以降の実験値を解析に用いた。ピンクの点線は解析に用いた実験値の平 均値である。 61 6.5 反応収量のエネルギー依存性 ( Thick Target Yield ) 前節までに説明した解析方針を基に求めた反応収量のエネルギー依存性を図 48、 49 に示す。グラフの縦軸が反応収量で、横軸がビームの入射エネルギーである。図 48 が 6 Li(d,α)4 He 反応、図 49 が 7 Li(p,α)4 He 反応の測定結果である。入射エネル ギーの減少に伴い反応収量は指数関数的に減少しているのがわかる。7 Li(p,α)4 He 反応の反応収量の方が入射エネルギーに対して緩やかに減少しているのは 重心系 でのエネルギーの違いによる。反応収量の統計誤差は、もっともエネルギーの低 い測定でも 10 % 以下であった。図中で統計誤差が確認できないが、これは統計 誤差が小さく丸点に隠れてしまっているからである。これらの図ではわかりにく いが、全測定点で液体状態での反応収量が固体状態に比べて大きくなっている。 これらのデータを基に遮蔽ポテンシャル Us を求める。 62 10 6 4 Li(d, ) He Thick target yield ( counts/µC) 1 10 10 10 -1 -2 -3 (b) Solid (a) Liquid 10 -4 20 40 60 20 Ed [keV] 40 Ed [keV] 図 48: 6 Li(d,α)4 He 反応収量のエネルギー依存性。 63 60 10 7 4 Li(p, ) He Thick target yield [counts/µC] 1 10 10 10 -1 -2 -3 (a) Liquid 10 (b) Solid -4 20 40 60 20 Ep [keV] 40 Ep [keV] 図 49: 7 Li(p,α)4 He 反応収量のエネルギー依存性。 64 60 6.6 固体・液体間の反応収量比 今回の実験結果から液体状態での反応収量が固体状態よりも大きくなるという 結果が得られている。固体・液体間での反応収量変化を定量的に調べるため、全 節で求めた反応収量のエネルギー依存性から液体状態と固体状態での反応収量比 Yliq /Ysol を求めた。図 50、51 に Yliq /Ysol 反応収量比を示す。グラフの縦軸が収量 比、横軸がビームの入射エネルギーである。四角の点が 7 Li(p,α)4 He 反応、丸点が 6 Li(d,α)4 He 反応の収量比である。反応収量比は大きいところで 約 40% となって いる。7 Li(p,α)4 He 反応ではエネルギーが大きい程、収量比が大きくなっている。 6 Li(d,α)4 He 反応では低エネルギー側で再び収量比が大きくなっている。 反応収量比 Yliq /Ysol を核子あたりのエネルギーを横軸に取り、6 Li(d,α)4 He 反応 と、6 Li(d,α)4 He 反応の実験値を同時にプロットしてみる。その結果を図 52 に示 す。図 52 を見ると、横軸を E/m にすることで 6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 両反応の 収量比が連続的に結合されている。このことは、反応収量比がビーム粒子速度の 関数となっている事を意味する。阻止能もビーム粒子速度の関数であることから、 エネルギーの高い領域での反応収量変化は阻止能が固体状態と液体状態で変化し ていることが原因だと考えられる。一方エネルギーの低い領域での増大は、固体 と液体で遮蔽ポテンシャルに違いがあるためだと考えられる。 65 1.6 1.5 Yliq/Ysol ratio 1.4 1.3 1.2 1.1 1 20 30 40 50 60 70 Ed [keV] 図 50: 6 Li(d,α)4 He 反応の液体/固体収量比。グラフの縦軸が収量比、横軸がビー ムの入射エネルギーである。 66 1.6 1.5 Yliq/Ysol ratio 1.4 1.3 1.2 1.1 1 20 30 40 50 60 70 Ep [keV] 図 51: 7 Li(p,α)4 He 反応の液体/固体収量比。グラフの縦軸が収量比、横軸がビー ムの入射エネルギーである。 67 1.6 1.5 YLiq/YSol Ratio 1.4 1.3 1.2 1.1 1 0 10 20 30 40 50 60 70 80 E/m [keV/amu] 図 52: 液体/固体の反応収量比。横軸が核子あたりのエネルギー。四角の点が 7 Li(p,α)4 He 反応、丸点が 6 Li(d,α)4 He 反応の実験値である。 68 7 解析 7.1 反応収量の計算 反応収量を計算する手順を以下に示す。 2.1 節で述べたように、遮蔽効果がある場合の反応断面積 σs は遮蔽効果ない場 合の反応断面積 σb 、増幅率 f 、遮蔽ポテンシャル Us を用いて σs (E, Us ) f (E + Us ) · σb (E) = S(E) exp{−2πη(E + Us )} E (75) と表される。ここで σb は遮蔽効果が無い場合の反応断面積である。 低エネルギービームを用いた実験では、ターゲットに入射したビーム粒子はター ゲット内部で徐々にエネルギーを失い、いずれ静止する。静止するまでの間、入 射したビーム粒子と Li 原子核との間で反応を起こす確率がある。エネルギー Eb の 粒子がターゲット中を距離 dx だけ進む間に核反応を起こす確率は、単位立体角あ たり、NLi (dσ(E(x))/dΩ)lab dx と表せる。ここで NLi はターゲット中での Li 原子 核の数密度であり、(dσ(E(x))/dΩ)lab は実験室系での微分断面積である。よって、 エネルギー Eb でターゲットに入射した粒子によって得られる単位ビーム粒子数当 たりの反応収量の計算式 YT hick (Eb , Us ) は次式で表せる。 YT hick (Eb , Us ) = NLi 0 ΩLab = NLi X ΩLab Eb dσs (E(x), Us ) dΩ 0 dσs (E, Us ) dΩ dΩLab dx Lab Lab dE dx −1 dΩLab dE. (76) ΩLab は検出器の覆う立体角、X はターゲット中でのビーム粒子の経路長、dE/dx は入射粒子に対するターゲットの阻止能である。ここで、 ΩLab dσ dΩ dΩLab = Ωcm Lab dσ dΩ Lab dΩLab dΩcm = dΩcm Ωcm dσ dΩ dΩcm (77) cm であるから、式 (76) は YT hick (Eb , Us ) = NLi Ωcm Eb 0 dσs (E, Us ) dΩ cm dE dx −1 dΩcm dE. (78) となる。Ωcm は重心系における立体角である。後で示すが、今回の実験では重心 系での微分断面積の角度分布が無視できるので、 Ωcm dσ dΩ dΩcm = cm dσ dΩ Ωcm (79) cm であり、よって式 (78) は YT hick (Eb , Us ) = NLi 0 Eb Ωcm dσs (E, Us ) dΩ 69 cm dE dx −1 dE (80) となる。また同様に、 σ= 4π dσ dΩ dΩcm cm dσ = 4π dΩ (81) cm であるから、 dσ dΩ = cm σ 4π (82) となるので、式 (80) はさらに、 YT hick (Eb , Us ) = NLi Eb 0 σs (E, Us ) Ωcm 4π dE dx −1 dE −1 NLi Eb dΩLab dΩcm dE = Ωcm · σs (E, Us ) dE 4π 0 dΩcm dΩLab dx −1 ΩLab Eb dΩcm dE σs (E, Us ) dE = NLi 4π 0 dΩLab dx (83) となる。式 (83) が入射エネルギー Eb での反応収量の計算式である。反応収量の 計算式の中に含まれる S-factor、角度分布、実験室系と重心系での立体角比、ビー ム粒子の Li 中での阻止能については次節以降で説明する。 7.1.1 S-factor 第 3 章で示したように、6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 両反応の S-factor は今までい くつかのグループによって報告されている [19, 40, 38, 39]。それらの中から今回の 解析には Engstler 等が直接測定を用いて求めた S-factor[19] を用いた。彼らが求 めた S-factor は 2 3 S6 Li(d,α)4 He (Ecm ) = 17.4 − 54.2Ecm + 61.7Ecm − 23.9Ecm (84) S7 Li(p,α)4 He (Ecm ) = 0.0587 − 0.191Ecm − (85) 2 0.352Ecm + 3 0.234Ecm である。単位は MeV·barn である。今回のエネルギー領域での S-factor を図 53 に 示す。グラフの横軸は実験室系での入射エネルギーである。この領域での S-factor はエネルギーに対して緩やかに変化していることがわかる。トロイの木馬法を用 いて測定された S-factor[38, 39] と、Kim 等が Engstler 等の実験値を再解析して求 めた S-factor[40] に対しては系統誤差として後で評価する。 7.1.2 角度分布 6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 両反応は同種粒子を生成するので、微分断面積の角 度分布は検出角 90 °の平面に対して対称である。よって、微分断面積の角度分布 70 20 S-factor (MeV b) 6 17.5 4 Li(d, ) He 15 12.5 10 7.5 5 2.5 0 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 Ed (keV) 0.1 0.09 7 S-factor (MeV b) 0.08 Li(p, )4He 0.07 0.06 0.05 0.04 0.03 0.02 0.01 0 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 Ep (keV) 図 53: 解析に用いた S-factor。実験室系でのエネルギー E ≤ 100 keV の領域で示 してある。 W (θ) は Legendre 関数 Pl (cosθ) の偶数次の項だけを用いて次式のように表される。 W (θcm ) = 1 + a2 P2 (cosθcm ) + a4 P4 (cosθcm ) + · · · . (86) さらに、今回の実験のエネルギー領域では、微分断面積の角分布は、0 次及び 2 次 の Legendre 多項式の重ね合わせで十分に近似でき、さらに、0 次の項が支配的で あることが報告されている (a1 ∼0.1)。図 54 に Engstler 等 [19] が求めた角度分布 を示す。 これらの事をふまえ、実際に今回の検出角度 θLab =125 °での角分布を計算して みる。まず、2 次の Legendre 関数 P2 (cosθcm (Ed , θLab )) は、 P2 (cosθcm (25keV, 125°)) = P2 (cos(125.86°)) = 1.47 × 10−2 , P2 (cosθcm (70keV, 125°)) = P2 (cos(126.40°)) = 2.83 × 10−2 . 71 (87) となる。よって、角分布 W (θcm ) は、 W (θcm ) = 1 + a2 · P2 (cosθcm ) 1 + 10−1 · 10−2 1. (88) と近似する。この結果から、6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 両反応に対する角度分布の 補正は行わなかった。 図 54: Engstler 等 [19] が測定した角度分布 7.1.3 実験室系と重心系での立体角比 検出器が覆う重心系での立体角は、入射粒子のエネルギーによって変化する。 よって、重心系で物事を考えるときは、この重心系での立体角の変化を考慮しな ければならない。重心系での立体角 Ωcm は、実験室系の立体角との比 dΩcm /dΩLab を用いて、 Ωcm = dΩcm ΩLab dΩLab (89) と表される。立体角比 dΩcm /dΩLab は運動学的に一意に決まる値である [45, 58]。 図 55 に、θLab =125 °方向での 6 Li(d,α)4 He、7 Li(d,α)4 He 反応の立体角比を示す。 この計算値を用いて、実験室系での立体角に対して補正を行った。 72 1.02 6 d cm/d Lab 1.01 Li(d, )4He 1 0.99 0.98 0.97 0.96 0.95 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 Ed (keV) 1.02 7 d cm/d Lab 1.01 Li(p, )4He 1 0.99 0.98 0.97 0.96 0.95 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 Ep (keV) 図 55: θLab =125 °方向に於ける重心系と実験室系の立体角比 73 7.1.4 固体リチウムの阻止能 今回の解析には固体 Li の阻止能として Ziegler 等が実験値を基に半経験的にも とめたものを用いる。第 4 章でも述べたように、 Ziegler 等は物質中の電子によ る阻止能 Se を低エネルギー領域での阻止能 Selow と高エネルギー領域での阻止能 Sehigh を用いて Selow (E) · Sehigh (E) Selow (E) + Sehigh (E) Selow (E) = a1 E a2 a3 a4 Sehigh (E) = ln(1 + + a5 E) E E Se (E) = (90) (91) (92) である。[51] パラメータ a1 ∼ a5 は実験値をフィットすることで求められる。ここ で E は粒子のエネルギーを質量で割った keV/amu で表される。最新の実験結果ま でを用いて求められた Se (E) は彼らが作成している阻止能計算プログラム SRIM [59] に採用されている。実際に解析に用いた阻止能の様子を図 56 示す。グラフの 横軸は入射粒子のエネルギーを質量 (amu) で割ったもの、縦軸が阻止能となってい る。E=40 keV/amu 付近で阻止能が最大値を取っている。SRIM からはパラメー タ a1 ∼ a5 の値を知ることができないので、SRIM によって出力される阻止能を式 (90) を用いてフィットし a1 ∼ a5 の値を得た。得られた a1 ∼ a5 の値は a1 = 1.828 a2 = 0.5883 a3 = 689.9 a4 = 186.8 a5 = 0.04392 (93) である。フィッティング結果を図 57 に示す。 原子核による阻止能 Sn は極めて低いエネルギー領域でしか寄与せず、今回行っ た実験のエネルギー領域では、この Sn が反応収量に与える影響は無視できるほど に小さい ( 10 keV/amu で 電子的阻止能の 1% 以下)。よって今回の解析では Sn は考慮せず、 dE Se (E) dx とした。 74 (94) 図 56: SRIM[59] の固体 Li の阻止能。図の上段が阻止能で、2組の実験値が示さ れている。実線が実験値をフィットしたものである。下段が実験値と理論値の比を 取ったものである。横軸は核子あたりのエネルギーである。 75 12 Stopping Power [eV/1015atoms/cm2] 10 8 6 4 2 0 10 2 10 E/m [keV/amu] 10 3 図 57: SRIM で計算された固体 Li の阻止能。横軸が核子あたりのエネルギー。実 線が計算値を (90) 式でフィットした結果である。 76 7.2 実験値からの遮蔽ポテンシャルの導出 遮蔽ポテンシャル Us は反応収量のエネルギー依存性から求める。フィッティン グ関数は式 (83) で表される反応収量の計算式 YT hick (Eb , Us ) に絶対値の補正係数 A 乗じたもの、 Yf it (Eb ) = A · YT hick (Eb , Us ) −1 ΩLab Eb dΩcm dE = A · NLi σs (E, Us ) dE 4π 0 dΩLab dx (95) とした。(95) 式を用いて実験値を χ2 フィットすることで絶対値の補正係数 A と遮 蔽ポテンシャル Us を同時に求める。 入射エネルギー Ei の場合の計算値を Yf it (Ei )、実験値を Yexp (Ei )、統計誤差を ΔYexp (Ei ) とすると、χ2 は χ2 = Σ {Yexp (Ei ) − Yf it (Ei )}2 (ΔYexp (Ei ))2 (96) となる。χ2 が最小となる Us と A を探し、それぞれの最確値とした。Us の統計誤 差 ΔUs は χ2 (Us ± ΔUs ) = χ2 + 1 (97) となる値とした [57]。 7.3 固体状態での遮蔽ポテンシャル 前節で述べた方法で遮蔽ポテンシャルを求めた。まず固体状態での解析結果に ついて述べる。 フィッティング結果を図 58 に示す。グラフの左側が 6 Li(d,α)4 He 反応、右側が 7 Li(p,α)4 He 反応の結果である。グラフの上部が α 粒子の収量、下部が反応収量の 増大率 (Yield Enhancement) のエネルギー依存性である。増大率は実験値を Us =0 eV での計算値で割った値である。グラフ中の実線は求められた遮蔽ポテンシャル を用いた場合の計算値である。6 Li(d,α)4 He 反応では実験値が計算値でよく表され ているのがわかる。しかし、7 Li(p,α)4 He 反応では高エネルギー側で実験値が計算 値よりも大きく、逆に低エネルギー側では実験値の方が小さくなっている。 χ2 が最小となる Us は 6 Li(d,α)4 He : Usol = 399 ± 50 eV : A = 1.030 : reduced χ2 = 0.938 77 7 Li(p,α)4 He : Usol = 1017 ± 50 eV : A = 0.680 : reduced χ2 = 8.28 となった。2 つの反応で遮蔽ポテンシャルに約 600 eV の大きな違いが見られた。 6 Li(d,α)4 He 反応の結果は Engstler 等 [19] が LiF 標的を用いて求めた Us = 380±250 eV と同程度となった。しかし、Cruz 等 [42] が 固体金属 Li 標的を用いて求めた 7 Li(p,α)4 He 反応の遮蔽ポテンシャル Us = 1280 ± 60 eV に比べて非常に小さく なっている。一方、7 Li(p,α)4 He 反応の結果は Cruz 等が求めた遮蔽ポテンシャル に近い値を示した。 reduced χ2 を見ると、6 Li(d,α)4 He 反応はおよそ1となっており、フィッティン グ関数で実験値が良く再現されている事がわかる。しかし、7 Li(p,α)4 He 反応では 1 よりも遙かに大きくなっており、実験値をうまく再現できていない。また、絶対 値の補正係数 A も 1 から大きく離れている。 この理由として固体 Li の阻止能が考えられる。今節の解析には、固体 Li の阻止 能として SRIM を用いた。SRIM の阻止能は実験値を基に半経験的に求められてい る。図 56 を見ると、参照されている実験値は2種類しかなく、十分に調べられてい るとは言えない。且つ、2つの実験値は 100 keV/amu 以下で食い違っており、この 領域の阻止能は信頼性に乏しい。本実験のエネルギー領域は約 10∼70 keV/amu な ので、解析に使用した SRIM の阻止能が正しくないという可能性は十分に考えら れる。 そこで、今回は固体の反応収量の実験値から阻止能と遮蔽ポテンシャルを同時 に求めることを試みる。 78 10 Thick Target Yield [ counts/µC] 6 7 4 Li(p, ) He 1 Yield Enhancement 4 Li(d, ) He 10 10 10 -1 -2 -3 1.8 1.6 1.4 1.2 1 20 40 60 20 Ed [keV] 40 60 Ep [keV] 図 58: フィッティング結果。グラフの左側が 6 Li(d,α)4 He 反応、右側が 7 Li(p,α)4 He 反応の結果である。グラフの上部が α 粒子の収量、下部が反応収量の増大率 (Yield Enhancement) のエネルギー依存性である。増大率は実験値を Us =0 eV での計算 値で割った値である。グラフ中の実線は求められた遮蔽ポテンシャル Us =399 eV ( 6 Li(d,α)4 He )、Us =1017 eV ( 7 Li(p,α)4 He ) での計算値。 79 7.4 反応収量の近似 前節の解析に使用した SRIM の阻止能は正しくないと考えられる。そこで、実 験値から遮蔽ポテンシャルと阻止能を同時に求める事を考える。 7.1 節で示したように、反応収量 YT hick は、 −1 ΩLab Eb dΩcm dE YT hick (Eb , Us ) = NLi σs (E, Us ) dE 4π 0 dΩLab dx −1 ΩLab Eb dΩcm dE S(E) NLi f (E, Us ) dE exp{−2πη(E)} 4π 0 dΩLab E dx Us f (E, Us ) = exp{πη(E) } E (98) (99) と表される。実験値から阻止能を求めようとする場合、阻止能が積分の中に含ま れていると、解析が非常に複雑になる。そこで、比較的エネルギー依存性の小さい 増幅率 f (E, Us )、S-factor S(E)、阻止能 dE/dx を積分の外に出して解析を行う。 これらを積分の外に出した反応収量 YT∗hick は、 YT∗hick (Eb , Us ) ΩLab f (E, Us )S(E) Eb dΩcm exp{−2πη(E)} = NLi dE dE 4π dΩLab E 0 (100) dx となる。 この方法が有効かどうか調べるため、増幅率、S-factor、阻止能を積分の外に 出した場合の反応収量 YT∗hick と、積分の中に入れた場合の反応収量 YT hick の比 YT∗hick /YT hick を計算した。図 59 に 6 Li(d,α)4 He 反応に対する計算結果を示す。6 Li(d,α)4 He 反応の場合は YT∗hick /YT hick の値が∼0.95 とほぼ一定値となった。このため、YT∗hick を用いて求められる遮蔽ポテンシャルと YT hick を用いて求められる遮蔽ポテンシャ ルとが同様の値を示すことが期待できる。図 60 に 7 Li(d,α)4 He 反応に対する計算結 果を示す。7 Li(d,α)4 He 反応の場合は, YT∗hick /YT hick の値が ±5%以下で変化してい る。このため多少近似の悪さが出るものの、その影響はこの程度だと考えられる。 解析に用いる実験値として、反応収量の実験値を YT∗hick の式 (100) 中の Li 密度、 立体角、積分の部分で割った Yreduced を定義する。Yreduced は Yreduced (Eb , Us ) ≡ = Lab NLi Ω4π Eb 0 YT hick dΩcm exp{−2πη(E)} dE dΩLab E f (E, Us )S(E) dE dx (101) と表される。 6 Li(d,α)4 He 反応の Yreduced の実験値を図 61 に示す。Yreduced の単位は keV・barn/eV/1015 atoms/cm2 である。実線は Yreduced に絶対値の補正係数 A を 80 かけた、 A · Yreduced (Eb , Us ) = A · f (E, Us )S(E) dE dx (102) を用いてフィットした結果である。絶対値の補正係数 A と遮蔽ポテンシャル Us を パラメータにしてフィッティングを行った。阻止能には SRIM を用いている。図 62 に増大率 f を示す。実線は求められた Us を用いたときの計算値である。得られた Us と A は 6 Li(d,α)4 He : Usol = 411 ± 50 eV : A = 1.073 ± 0.003 である。YT hick を用いて得られた Us = 399 eV とは 12 eV の違いがあるが、統計誤 差の範囲内で一致している。この事から、増大率、S-factor、阻止能を積分の外に 出す近似が有効であることが明らかとなった。以後この近似を用いて解析を行う。 81 1.4 Y* Thick/YThick Ratio 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 10 20 30 40 50 Ed [keV] 60 70 80 図 59: 固体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応に対する Thick Target Yield YT hick と近似式 YT∗hick の計算値の比較。縦軸は YT∗hick /YT hick で、横軸は入射エネルギーである。 82 1.4 1 0.8 0.6 Y * Thick/YThick Ratio 1.2 0.4 0.2 0 10 20 30 40 50 Ep [keV] 60 70 80 図 60: 固体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応に対する Thick Target Yield YT hick と近似式 YT∗hick の計算値の比較。縦軸は YT∗hick /YT hick で、横軸は入射エネルギーである。 83 15 2 Reduced Yield Yreduced [keV·barn/eV/10 atoms/cm ] 5000 4500 4000 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500 0 10 20 30 40 50 Ed [keV] 60 70 80 図 61: 固体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応の Yreduced 。横軸は入射エネルギー。実線は Usol =411 eV での計算値で、点線が Us =0 eV での計算値。 84 1.5 1.45 1.4 Enhancement Factor 1.35 1.3 1.25 1.2 1.15 1.1 1.05 1 10 20 30 40 50 Ed [keV] 60 70 80 図 62: 固体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応の増大率 (Enhancement Factor)。横軸は入 射エネルギー。Enhancement Factor とは反応収量を Us = 0 eV での計算値で割っ たものである。実線は Usol =411 eV での計算値。 85 7.5 固体-液体相転移に伴うの遮蔽ポテンシャルの変化 本実験では、液体状態での反応収量が固体状態に比べて常に大きくなるという 結果が得られた。その結果を図 63 に示す。図を見ると、横軸を E/m にすること で 6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 両反応の収量比が連続的に結合されている。このこ とは、反応収量比がビーム粒子速度の関数となっている事を意味する。阻止能も ビーム粒子速度の関数であることから、エネルギーの高い領域での反応収量変化 は阻止能が固体状態と液体状態で変化していることが原因だと考えられる。 一方、低エネルギー側での反応収量比の増大は遮蔽ポテンシャルの違いによる ものだと考えられる。このため、液体状態での遮蔽ポテンシャルを求める際には 阻止能の変化を考慮した解析を行う必要がある。 1.6 1.5 YLiq/YSol Ratio 1.4 1.3 1.2 1.1 1 0 10 20 30 40 50 60 70 80 E/m [keV/amu] 図 63: 液体/固体の反応収量比。横軸が核子あたりのエネルギー。四角の点が 7 Li(p,α)4 He 反応、丸点が 6 Li(d,α)4 He 反応の実験値である。 86 反応収量比の高エネルギー側の振る舞いは阻止の変化に起因すると考えられる ので、固体と液体の阻止能の比を、 dE dx Sol dE dx liq Eb Eb = A0 + A1 · + A2 · mb mb 2 (103) と2次式で近似する。Eb と mb は、それぞれ、入射粒子のエネルギーと質量であ る。よって、(103) は核子あたりのエネルギーの関数となっている。理論的には、 非常に低エネルギーの阻止能は電子密度 ρe の 1/3 乗に比例しているため [48, 49]、 電子密度が Li 密度 NLi に比例しているとすると、A0 は 1 A0 = Sol 3 ) (NLi 1 Liq (NLi )3 = 4.62 × 1022 4.44 × 1022 1 3 1.013 (104) となる。 この関係式 (103、104 式) と (101) 式で定義した Yreduced を用いると、液体/固体 の反応収量比 R は R = Liq Yreduced (Eb , Us ) Sol Yreduced (Eb , Us ) = Liq f (E, Uliq )S(E) NLi dE dx Sol Sol NLi f (E, Usol )S(E) dE dx liq Eb ΔUs Eb = exp{πη(E) + A2 · } · A0 + A1 · E mb mb Eb ΔUs ≡ exp{πη(E) }F E mb 2 Liq NLi · Sol NLi (105) と表される。ここに ΔUs は、液体と固体の遮蔽ポテンシャルの差 Uliq − Usol であ る。全体の補正関数 F (Eb /mb ) は、阻止能の相対変化のエネルギー依存性 (103) 式 と Li の数密度比の積である。すなわち、 F( 2 Eb Eb Eb ) = a0 + a1 · + a2 · mb mb mb ai = 0.961 × Ai (i = 0, 1, 2) (106) (107) となる。(105) 式には、核反応の S-factor、遮蔽ポテンシャル、及び、阻止能等、反 応率を支配する物理量の絶対値には関係しないため、固体と液体の遮蔽ポテンシャ ルと阻止能の変化に関しては、信頼性の高い情報が得られることになる。よって、 反応収量比の実験値を (105) 式を用いて再現するようにパラメータサーチを行い、 ΔUs と a1 、a2 を求める。 反応収量比の実験値をフィッティング結果と共に図 64 に示す。四角の点が 7 Li(p,α)4 He 反応、丸点が 6 Li(d,α)4 He 反応の収量比である。求められた ΔUs と補正関数 F を 用いた計算値を、7 Li(p,α)4 He 反応に対しては実線で、6 Li(d,α)4 He 反応に対して 87 は点線で示してある。一点鎖線は補正関数 F の計算値である。得られた ΔUs 、と 補正関数 F は F ΔUs = 162 ± 35 eV Eb Eb 2 Eb = 0.974 + 3.04 × 10−3 · + 4.63 × 10−5 · mb mb mb (108) となった。固体-液体間の阻止能の比を図 65 に示す。実線が今回得られた阻止能比、 dE dx Sol dE dx liq −3 = 1.013 + 3.16 × 10 Eb Eb · + 4.82 × 10−5 · mb mb 2 (109) の計算値である。 この解析方法で得られた ΔUs は、S-factor や阻止能などの絶対値の不確定さに は全く影響を受けない。よって、今回得られた結果は非常に信頼性の高いもので あり、固体-液体間で遮蔽ポテンシャルに違いが存在することが明らかとなった。 88 1.7 1.6 1.5 YLiq/YSol Ratio 1.4 1.3 1.2 1.1 1 0.9 0.8 10 20 30 40 50 E/m [keV/amu] 60 70 図 64: 液体/固体の反応収量比。横軸が核子あたりのエネルギー。四角の点が 7 Li(p,α)4 He 反応、丸点が 6 Li(d,α)4 He 反応の実験値である。求められた ΔUs と 補正関数 F 用いた計算値を、7 Li(p,α)4 He 反応に対しては実線で、6 Li(d,α)4 He 反 応に対しては点線で示してある。一点鎖線は補正関数 F の計算値である。 89 1.7 1.6 (dE/dx)Sol/(dE/dx)Liq 1.5 1.4 1.3 1.2 1.1 1 0.9 0.8 10 20 30 40 50 E/m [keV/amu] 60 70 図 65: 液体/固体の阻止能比。横軸は核子あたりのエネルギー。四角の点が 7 Li(p,α)4 He 反応の実験値で、丸の点が 6 Li(d,α)4 He 反応の実験値である。実線は 実験値をフィットして得られた阻止能比である。 90 7.6 固体状態での遮蔽ポテンシャルと阻止能 まず、固体状態についての遮蔽ポテンシャルと阻止能を、7 Li(p,α)4 He のエネル ギー領域にわたって、全ての実験値が矛盾しないように求める。解析は Yreduced 、 Yreduced (Eb , Us ) = f (E, Us )S(E) dE dx (110) を用いて行う。 遮蔽ポテンシャルの初期値として、6 Li(d,α)4 He の実験値と SRIM の阻止能を用 いて求められた Usol =411 eV を採用し、阻止能の実験値を求める。実験値の絶対 値の補正は、核子当たりのエネルギーが 35 keV 以下の領域の実験値を、SRIM の阻止能へ合わせることで行っている。このようにして得られた阻止能の実験値 を SRIM と同様の関数系、 dE Slow (E) · Shigh (E) = dx Slow (E) + Shigh (E) : Slow (E) = a1 E a2 a3 a4 : Shigh (E) = ln(1 + + a5 E) E E (111) を採用でフィットし、a1 ∼ a5 を求める。フィットを行う際は、実験値の無い高エネ ルギー領域の振る舞いをある程度固定させるため、E/m=800、900、1000 keV/amu での SRIM の計算値を参照値として、フィッティングに参加させた。その際、SRIM の計算値に 1%の誤差をつけている。その後、新たに求められた阻止能を使い、遮 蔽ポテンシャル Usol を求め直した。 解析によって新たに求められた阻止能を図 66 に示す。横軸は核子当たりのエネ ルギーである。四角の点が 7 Li(p,α)4 He 反応の実験値で、丸の点が 6 Li(d,α)4 He 反 応の実験値である。実線が実験値をフィットして得られた阻止能で、点線が SRIM での計算値である。得られた係数は a1 = 3.4683 ± 0.5203 a2 = 0.33237 ± 0.00435 a3 = 1.0413 × 105 ± 0.093 × 105 a4 = 9.0851 ± 1.0251 a5 = 1.9211 × 10−5 ± 0.1842 × 10−5 (112) である。この阻止能を用いて遮蔽ポテンシャルを求めた。遮蔽ポテンシャルは 6 Li(d,α)4 He、7 Li(p,α)4 He 両反応で共通とし、2つの反応の実験値を同時に用い てフィッティングを行った。6 Li(d,α)4 He 反応の Yreduced と増大率を、それぞれ、図 67 と図 62 に示す。7 Li(p,α)4 He 反応の Yreduced と増大率は、それぞれ、図 68 と図 70 に示してある。図の横軸は入射粒子のエネルギーである。図中の実線は求めら 91 れた遮蔽ポテンシャル Usol を用いた場合の計算値で、点線は Us = 0 eV での計算 値である。得られた遮蔽ポテンシャル Us と絶対値の補正係数 A は Usol = 417 ± 35 eV A(6 Li(d,α)4 He) = 1.071 ± 0.003 A(7 Li(p,α)4 He) = 0.880 ± 0.003 である。 得られた Usol は Engstler 等が LiF 標的を用いて求めた Us =380±250 eV と誤差 の範囲内で一致する。一方、Engstler 等が固体金属 Li を標的に用いて得られた 7 Li(p,α)4 He 反応の遮蔽ポテンシャル Us =1280±60 eV とは大きく異なる。 得られた絶対値の補正係数 A には、6 Li(d,α)4 He 反応と 7 Li(p,α)4 He 反応で約 20%の違いがある。この原因としては、2つの反応を測定した際のセットアップが 異なることや、Li 表面の盛り上がり具合の違いなどによる立体角の誤差と、S-factor の誤差が考えられる。 92 20 18 15 2 Stopping Power [eV/10 atoms/cm ] 16 14 12 10 8 6 4 2 0 10 10 2 10 3 E/m [keV/amu] 図 66: 固体 Li の阻止能。横軸は核子あたりのエネルギーである。四角の点が 7 Li(p,α)4 He 反応の実験値で、丸の点が 6 Li(d,α)4 He 反応の実験値である。実線が 実験値をフィットして得られた阻止能で、点線が SRIM での計算値である。 93 15 2 Reduced Yield Yreduced [keV·barn/eV/10 atoms/cm ] 5000 4500 4000 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500 0 10 20 30 40 50 Ed [keV] 60 70 80 図 67: 固体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応 の Yreduced 。実線は Usol =417 eV を用いて 計算された値。点線は Usol =0 eV での計算値。 94 1.6 Enhancement Factor 1.5 1.4 1.3 1.2 1.1 1 10 20 30 40 50 Ed [keV] 60 70 80 図 68: 固体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応の増大率 (Enhancement Factor)。横軸は入 射エネルギー。実線は Usol =417 eV を用いて計算された値。 95 2 Reduced Yield Yreduced [keV·barn/eV/10 atoms/cm ] 12 15 10 8 6 4 2 0 10 20 30 40 50 Ep[keV] 60 70 80 図 69: 固体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応 の Yreduced 。横軸は入射エネルギー。実線は Usol =417 eV を用いて計算された値。点線は Usol =0 eV での計算値。 96 1.6 Enhancement Factor 1.5 1.4 1.3 1.2 1.1 1 10 20 30 40 50 Ep [keV] 60 70 80 図 70: 固体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応の増大率 (Enhancement Factor)。横軸は入 射エネルギー。実線は Usol =417 eV を用いて計算された値。 97 7.7 液体状態での遮蔽ポテンシャル 前節までに求めた固体の遮蔽ポテンシャル Usol と固体-液体間の遮蔽ポテンシャ ルの差 ΔUs を用いて液体の遮蔽ポテンシャル Uliq を求める。液体の遮蔽ポテンシャ ル Uliq は Usol と ΔUs を用いて、 Uliq = Usol + ΔUs (113) Uliq = 579 ± 50 eV (114) と表される。得られた Uliq は である。この Uliq を用いて絶対値の補正係数 A をフィットし直した。6 Li(d,α)4 He 反応の Yreduced と増大率を、それぞれ、図 71 と図 72 に示す。7 Li(p,α)4 He 反応の Yreduced と増大率は、それぞれ、図 73 と図 74 に示してある。図の横軸は入射粒子 のエネルギーである。図中の実線は求められた遮蔽ポテンシャル Uliq を用いた場 合の計算値で、点線は Us = 0 eV での計算値である。求め直された A は、 A(6 Li(d, α)4 He) = 1.025 ± 0.003 A(7 Li(p, α)4 He) = 0.846 ± 0.002 である。 98 15 2 Reduced Yield Yreduced [keV·barn/eV/10 atoms/cm ] 5000 4500 4000 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500 0 20 30 40 50 Ed [keV] 60 70 図 71: 液体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応 の Yreduced 。横軸は入射エネルギー。 実線 は Uliq =579 eV を用いて計算された値。点線は Uliq =0 eV での計算値。 99 2.4 2.2 Enhancement Factor 2 1.8 1.6 1.4 1.2 1 20 30 40 50 Ed [keV] 60 70 図 72: 液体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応の増大率 (Enhancement Factor)。横軸は入 射エネルギー。実線は Uliq =579 eV を用いて計算された値。 100 2 Reduced Yield Yreduced [keV·barn/eV/10 atoms/cm ] 12 15 10 8 6 4 2 0 20 30 40 50 60 70 Ep[keV] 図 73: 液体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応の の Yreduced 。横軸は入射エネルギー。実線 は Uliq =579 eV を用いて計算された値。点線は Uliq =0 eV での計算値。 101 1.6 Enhancement Factor 1.5 1.4 1.3 1.2 1.1 1 20 30 40 50 Ep [keV] 60 70 図 74: 液体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応の増大率 (Enhancement Factor)。横軸は入 射エネルギー。実線は Uliq =579 eV を用いて計算された値。 102 7.8 系統誤差 今回求めた遮蔽ポテンシャルに対する系統誤差を見積もる。系統誤差としては、 ビームエネルギーの誤差に起因するもの、S-factor の違いによるもの、阻止能の不 確かさに起因するものの3つが考えられる。 7.8.1 ビームエネルギーの誤差による系統誤差 本実験を行った後、実験に用いた大強度イオンビーム照射装置の加速エネルギー の誤差が調べられた。その結果、加速エネルギーと制御板に表示されている読み 値との関係が、 E = α(Eread + β) [keV] (115) α = 0.95 ∼ 1.05 β 0.2 (116) という関係になっていることがわかった。今回の解析には加速エネルギーの読み 値 Eread を用いている。そこで、(115) 式中の α が α=0.95、1.05 の場合の加速電圧 を用いて遮蔽ポテンシャルを求めた。固体 Li に対しては Usol = 452 eV : α = 1.05 Usol = 392 eV : α = 0.95 となった。加速電圧の読み値を用いて求められた 417 eV とは +35 eV、-25 eV の 違いがある。よって、系統誤差を ±35 eV とした。また、液体と固体の遮蔽ポテ ンシャルの差 ΔUs を求めてやると、 ΔUs = 181 eV : α = 1.05 ΔUs = 150 eV : α = 0.95 となり、読み値から求められた 162 eV と +19 eV、-12 eV の違いが得られた。よっ て、系統誤差を ±20 eV とした。 7.8.2 S-factor の違いによる遮蔽ポテンシャルの変化 前述したように、S-factor の値はいくつか報告されている。今回の解析では Engstler 等 [19] が直接測定から求めた 6 Li(d,α)4 He : Sb (E) = 17.4 − 54.2E + 61.7E 2 − 23.9E 3 (117) 7 Li(p,α)4 He : Sb (E) = 0.0587 + 0.191E − 0.352E 2 + 0.234E 3 (118) を用いた。単位は MeV·barn である。 103 Spitaleri 等 [38] と Lattuada 等 [39] はトロイの木馬法によって S-factor を求め、 6 Li(d,α)4 He : Sb (E) = 16.9 − 39.95E + 26.067E 2 (119) 7 Li(p,α)4 He : Sb (E) = 0.055 + 0.21E − 0.31E 2 (120) と報告している。単位は MeV・barn である。この S-factor を用いて Usol を求め てやると、 Usol = 487 eV (121) となり、直接測定から求められた S-factor を用いた場合の 417 eV に比べ 70 eV 大きな値となった。一方、ΔUs は固体と液体の反応収量比 R = exp{πη(E) ΔUs }· E dE dx Sol dE dx liq (122) から求められるため、S-factor の違いの影響を全く受けない。 Kim 等 [40] は、直接測定によって測定された Engstler 等の反応断面積を用い て、遮蔽ポテンシャルが理論値の Us =161.6 eV となるように S-factor を求め直し ている。彼らが求めた S-factor を用いて Usol を求めると Usol = 149 ± 50 eV (123) となった。この値は Kim 等が採用した Us =161.6 と良い一致を示した。Kim 等 が求めた S-factor から得られた遮蔽ポテンシャルは、系統誤差と見なされるもの ではないが、参考のために求めてみた。よって、S-factor の違いによる遮蔽ポテン +70 eV と見積もられる。 シャルの変化は、 −268 7.8.3 阻止能の不確定性による系統誤差 阻止能の不確かさによる系統誤差の見積もりは非常に難しい。核子あたりのエ ネルギーが 35 keV/amu よりも高い領域で SRIM の阻止能と今回得られた阻止 能と大きく食い違っているためである。しかし、核子あたりのエネルギーが 35 keV/amu よりも低い領域では SRIM と今回得られた阻止能とは大きな差なく、得 られた遮蔽ポテンシャルも、 SRIM を用いた時に 411 eV、新たに求められた阻止 能を用いたときに 417 eV とほぼ同じ値を示した。。また、本実験での絶対値の誤 差は、大きく見積もっても 20% 以下であると考えられる。 そこで、核子あたりのエネルギーが 35 keV/amu 以下である 6 Li(d,α)4 He 反応 の実験値のみを使い、阻止能の関数 dE Slow (E) · Shigh (E) = dx Slow (E) + Shigh (E) : Slow (E) = a1 E a2 a3 a4 : Shigh (E) = ln(1 + + a5 E) E E 104 (124) 中の係数 a2 を 変化させ、絶対値が ± 20% となる領域で遮蔽ポテンシャルがどうな るか求めてみた。図 75 に 6 Li(d,α)4 He 反応の阻止能を示しす。青の実線が本研究で 求められた阻止能で、ピンクの点線は、核子あたりのエネルギーが 35keV/amu で 阻止能 ±20 %となる阻止能の値を示している。a2 の値は a2 =0.33237 ± 0.05 と し、図中に緑の実線で示してある。 この方法で系統誤差を求めると ± 90 eV となった。ΔUs については S-factor の 時と同様に阻止能による影響を全く受けない。 14 2 Stopping Power [eV/10 atoms/cm ] 12 15 10 8 6 4 2 0 5 10 15 20 25 30 35 40 E/m [keV/amu] 図 75: 6 Li(d,α)4 He 反応の阻止能。横軸は核子あたりのエネルギー。青の実線が本 研究で求められた阻止能、緑の実線が阻止能の係数 a2 =0.33237±0.05 としたとき の計算値。ピンクの点線は、核子あたりのエネルギーが 35keV/amu で ±20 とな る阻止能の値を示している。 105 7.8.4 近似による系統誤差 本研究の解析では、Thick Target Yield、 YT hick (Eb , Us ) −1 ΩLab Eb dΩcm dE S(E) exp{−2πη(E)} f (E, Us ) dE (125) = NLi 4π 0 dΩLab E dx Us f (E, Us ) = exp{πη(E) } (126) E 中の増幅率 f (E, Us )、S-factor S(E)、阻止能 dE/dx を積分の外に出して、 YT∗hick (Eb , Us ) ΩLab f (E, Us )S(E) Eb dΩcm exp{−2πη(E)} = NLi dE dE 4π dΩLab E 0 (127) dx と近似し、 reduced Yield を、 Yreduced (Eb , Us ) ≡ = Lab NLi Ω4π Eb 0 YT∗hick dΩcm exp{−2πη(E)} dE dΩLab E f (E, Us )S(E) dE dx (128) と定義し解析を行った。この近似の妥当性を 7.4 節で議論したが、本研究で新たに 固体 Li の阻止能を求めたので、再び議論する。 近似を用いた YT∗hick の計算値と近似を用いない YT hick の計算値を本研究で求め た固体 Li の阻止能を用いて比較した。Usol =417 eV とした固体状態での計算結 果を図 76 と図 77 に示す。図 76 が 6 Li(d,α)4 He 反応に対する計算値で、図 77 が 7 Li(p,α)4 He 反応に対する計算値である。縦軸は YT∗hick /YT hick で、横軸は入射エネ ルギーである。YT hick と YT∗hick の計算値は約 5%以内で一致し、7.4 節で見積もった 値と同様の結果となった。 106 1.4 Y* Thick/YThick Ratio 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 10 20 30 40 50 Ed [keV] 60 70 80 図 76: 固体状態での 6 Li(d,α)4 He 反応に対する Thick Target Yield YT hick と近似 式 YT∗hick の計算値の比較。縦軸は YT∗hick /YT hick で、横軸は入射エネルギーである。 Usol =417 eV として計算している。 107 1.4 Y* Thick/YThick Ratio 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 10 20 30 40 50 Ep [keV] 60 70 80 図 77: 固体状態での 7 Li(p,α)4 He 反応に対する Thick Target Yield YT hick と近似 式 YT∗hick の計算値の比較。縦軸は YT∗hick /YT hick で、横軸は入射エネルギーである。 Usol =417 eV として計算している。 108 7.8.5 系統誤差のまとめ 以上のようにして見積もられた系統誤差をまとめたものを表 7 に示す。固体 Li と液体 Li の遮蔽ポテンシャルの絶対値は S-factor や阻止能の影響を受けるため、 ある程度の不確かさが存在する。一方、固体と液体の遮蔽ポテンシャルの差 ΔUs は S-factor と阻止能の影響を全く受けないために非常に信頼性のある値となって いる。 系統誤差 (eV) Usol ΔUs ビームエネルギー S-factor (THM) (Kim) 阻止能 ±35 +70 -268 ±90 ± 25 0 0 0 表 7: 求めた遮蔽ポテンシャルに対する系統誤差 109 8 考察 本研究で求められた固体・液体 Li の遮蔽ポテンシャルと阻止能について考察を 行う。 8.1 固体状態での遮蔽ポテンシャル 本研究では固体 Li の遮蔽ポテンシャルが、 Usol = 417 ± 50 eV (129) と求まった。この値と理論的に見積もられる遮蔽ポテンシャルの値とを比較して みる。 固体金属 Li の場合、2 個の束縛された軌道電子による遮蔽効果と伝導電子によ る遮蔽効果が考えられる。軌道電子による遮蔽ポテンシャルを断熱近似によって 求めると UA =186 eV となる。伝導電子による遮蔽ポテンシャルは Thomas-Fermi の遮蔽距離 F 6πe2 ne (130) Ze2 = 70 eV λF (131) λF = を用いて、 Uce = と求められる。ここで Z=3、ne = 4.62 × 1022 cm−3 、F =4.72 eV とした。よって 固体 Li の遮蔽ポテンシャルは √ 2 = Usol = UA2 + Uce 1862 + 702 = 199 eV (132) となる。このようにして見積もられた遮蔽ポテンシャルに比べて、実験により求 められた固体状態での遮蔽ポテンシャルは 約 220 eV 大きな値を示している。 今回得られた固体 Li の遮蔽ポテンシャルは Cruz と Rolfs 等によって求められた 固体金属 Li 中での 7 Li(p,α)4 He 反応の遮蔽ポテンシャル Us = 1280 ± 60 eV に比 べて非常に小さいものとなった。彼らは遮蔽ポテンシャルを求める際に SRIM[59] の阻止能を用いている。本研究でも SRIM の阻止能を用いた場合、7 Li(p,α)4 He 反 応の遮蔽ポテンシャルは Us = 1017 ± 50 eV と大きな値を示した。よって、彼らの 遮蔽ポテンシャルが大きくなっているのは、SRIM の阻止能が正しくない為だと考 えられる。 一方、Engstler と Rolfs 等 [19] が LiF 標的とガス標的 (H2 、D2 ガス) を用いで求 めた 6 Li(p,α)3 He、7 Li(p,α)4 He、6 Li(d,α)4 He 反応の遮蔽ポテンシャルの平均値は、 LiF 標的を用いたときに Us =420±120 eV、ガス標的を用いた場合に Us = 350 ± 80 110 eV となっている。ガス標的の場合は逆反応である。これらの値は本研究で得られ た固体 Li の遮蔽ポテンシャルと誤差の範囲内で一致する。このことから、金属中 の伝導電子による遮蔽効果では、 Thomas-Fermi の見積もりと矛盾しない。しか し、LiF、Li1+ を標的に用いた場合に、理論的に見積もられた束縛電子による遮蔽 ポテンシャルと合わないのは依然として謎である。 8.2 液体状態での遮蔽ポテンシャル 本研究では液体 Li の遮蔽ポテンシャルが、 Uliq = 579 ± 50 eV (133) と求まった。この値と理論的に見積もられる遮蔽ポテンシャルの値とを比較して みる。 液体金属 Li の場合は軌道電子と伝導電子による遮蔽効果に加え、自由に動ける + Li イオンによる遮蔽効果が考えられる。Li+ イオンによる遮蔽ポテンシャルは Debye の遮蔽距離 λD = kB T 2 4πnion Zion e2 (134) Uion = Ze2 = 584 eV λD (135) を用いて、 と求められる。ここで T = 510 K、nion =4.62×1022 cm−3 、Zion = 1、Z=3 とし た。よって、液体状態での遮蔽ポテンシャルは Uliq = 2 2 Usol + Uion = √ 1992 + 5842 = 617 eV (136) となる。この値は本実験で求められた Uliq =579±50 eV と良い一致を示している が、固体では実験値と理論値が合っていないので、単純には比較できない。 次に実験値から Uion を求め、理論値と比較してみる。Uion の実験値は Uion = √ 5792 − 4172 = 402 ± 81 eV (137) と求まる。Uion の実験値は Debye 遮蔽より求めた 584 eV よりも 約 180 eV 小さ な値となった。その理由として、液体状態ではイオンが完全に分離しておらず、あ る程度クラスターを作っていることが考えられる [60, 61]。イオンがクラスター状 になっている場合、イオンの流動性が押さえられ、遮蔽効果が小さくなることが 予想される。現在、液体 Li 標的に超音波振動を加えながら遮蔽ポテンシャルを測 定する実験が計画されている。もし、超音波振動によってクラスターが細かく分 111 離され、個々に運動できるイオンの数が増えれば、Uion の値も大きくなることが 考えられる。 このように Uion の理論値と実験値の間には約 180 eV の違いがみられた。系統 誤差の節で述べたように遮蔽ポテンシャルの絶対値についてはある程度の不確か さが存在する。しかしながら、固体-液体間の遮蔽ポテンシャルの差 ΔUs に関して は不確定さが非常に小さく、固体と液体の遮蔽ポテンシャルに違いがあることは 疑いのない事実である。よって、本研究において、自由に動きまわれる Li+ イオ ンによる遮蔽効果の存在が実験的に初めて確認された。 8.3 金属中で起こる d+d 反応に対する議論 金属中で起こる d+d 反応の遮蔽ポテンシャルは金属中の重陽子密度が小さい程 大きくなるという結果が報告されている [26, 56]。金属中の重陽子は電子を束縛す ることができず、イオンの状態で存在する。よって、金属内部で重陽子イオンが動 きやすいほど、遮蔽効果が大きくなると考えられる。そこで、金属中で起こる d+d 反応が起こる場合の遮蔽ポテンシャルを、イオンによる遮蔽効果で説明できるか 考察してみる。今回は文献 [56][26] で求められている Pd 中での遮蔽ポテンシャル Us =310 ± 10 eV を例に挙げて議論する。 金属中の伝導電子による遮蔽ポテンシャルは、前述したように、Thomas-Fermi の遮蔽距離、 λF = F 6πe2 ne (138) を用いて、 Uce = Ze2 λF (139) と求められる。Pd の場合には Pd Uce = 61 eV (140) となる。ここで F =2.66 eV、ne =1.97×1022 cm−3 とした [34]。重陽子イオンによ る遮蔽ポテンシャルは Debye の遮蔽距離 λD = kB T 2 4πnion Zion e2 (141) Uion = Ze2 = 93 eV λD (142) を用いて、 112 と求められる。ここで T=200 K、重陽子密度 nd =4×1021 cm−3 とした [26, 56]。 よって、Pd 内部で d+d 反応が起こる場合の遮蔽ポテンシャルは、 UP d = (612 + 932 ) = 111 eV (143) となる。実験値とは 200 eV 程度の違いがみられる。しかし、今回計算に用いた重 陽子密度は平均値であるため、もし、局所的に密度が高い領域があれば Debye 遮 蔽による計算値が大きくなる可能性がある。また、Debye の遮蔽距離を導出する 際に、試験電荷の周りのイオンの密度変化 δρ(r) δρ(r) = n0 exp[− Zion eϕ(r) ] − n0 kB T (144) を |− Zion en0 ϕ(r) | 1 kB T (145) を仮定して指数部分を 1 次で展開し、 δρ(r) − Zion en0 ϕ(r) kB T (146) と導出している。ここで n0 は試験電荷が存在しない場合のイオンの一様密度であ る。しかし、本実験で用いた液体 Li の密度と温度では、上記の1次の近似は適応 できない。よって、もっと高次の項まで考慮してイオンの遮蔽効果を見積もる必 要がある。高次の項まで考慮した計算を行えば、理論値と実験値の差がもっと小 さくなる可能性がある。また、遮蔽ポテンシャルのホスト金属依存性については、 重水素(水素)の金属中での拡散速度を考慮した考察が必要だと考えられる。 8.4 固体・液体 Li の阻止能 本研究では、固体 Li の阻止能に SRIM を採用した場合、7 Li(p,α)4 He 反応の反応 収量の実験値をうまく再現することができなかった。この事から SRIM の阻止能 が正しくないと考え、今回の得られた実験値から固体 Li の阻止能を求めた。阻止 能の関数系には SRIM と同じもの、 dE Slow (E) · Shigh (E) = dx Slow (E) + Shigh (E) : Slow (E) = a1 E a2 a3 a4 : Shigh (E) = ln(1 + + a5 E) E E 113 (147) を使い実験値をフィッティングする事で係数 a1 ∼a5 を求めた。求められた係数は、 a1 = 3.4683 ± 0.5203 a2 = 0.33237 ± 0.00435 a3 = 1.0413 × 105 ± 0.093 × 105 a4 = 9.0851 ± 1.0251 a5 = 1.9211 × 10−5 ± 0.1842 × 10−5 (148) である。 また、固体-液体相転移に伴い反応収量が変化することが明らかとなった。この 固体-液体の反応収量比が核子あたりのエネルギー(粒子速度の関数)に依存して いたことから、高エネルギー側の反応収量変化が阻止能の変化に起因すると仮定 した。この仮定の基、反応収量比の実験値から液体と固体の阻止能比を求めた。求 められた阻止能比は dE dx sol dE dx liq −3 = 1.013 + 3.16 × 10 Eb Eb · + 4.82 × 10−5 · mb mb 2 (149) である。 このようにして求められた阻止能を図 78 に示す。青の四角の点と丸の点は、そ れぞれ、固体での 7 Li(p,α)4 He 反応と 6 Li(d,α)4 He 反応の実験値から Usol =417 eV を仮定して求められた阻止能である。赤の四角の点と丸の点は、それぞれ、液体 での 7 Li(p,α)4 He 反応と 6 Li(d,α)4 He 反応の実験値から Uliq =579 eV を仮定して求 められた阻止能である。青の実線が SRIM と同様の関数形を仮定して実験値を再 現するように求めた固体の阻止能、赤の実線は、求まった固体の阻止能に液体中 での補正関数 F を乗じることにより求めた液体の阻止能、青の点線が SRIM の阻 止能である。当然のことであるが、図 78 にプロットした実験値から求めた阻止能 の点は、液体の最低エネルギーのデータ点が大きく下回っているのみで、ベスト フィットを与えるように決定された阻止能のカーブと良く一致する。また、既に 指摘したが、35 keV/amu 以下に着目する限り、固体の阻止能は SRIM の値を使用 し、6 Li+d 反応の実験データについてのみ解析する限り、高エネルギー領域での阻 止能が SRIM とは異なるとする今回の解析結果とほぼ同様の結論が得られる。問 題は、35 keV/amu 以上の領域での SRIM の値と大きく異なっている点である。今 回の実験では、thick target yield を解析しているため、導出された阻止能は、核反 応断面積を記述する S-factor と遮蔽ポテンシャル Us の値に依存している。もし、 SRIM で採用している阻止能が正しいとすると、7 Li+p 反応の S-factor に問題があ ることになる。このエネルギー領域での S-factor を確定するために、注意深い再 実験が必要である。 一方、固体-液体の阻止能比については S-factor の影響を全く受けないため、信 頼性は非常に高い。従って、固体の阻止能が確定すると液体の阻止能についても 確定することになる。液体の阻止能についてはこれまでに報告がない。 114 阻止能の極大値付近の振る舞いについては、既に 4.3 節で述べたように、理論的 予想は非常に難しい。今回の thick target 法は、核反応の S-factor と遮蔽効果が 完全に理解されているならば、低エネルギー領域の阻止能に関して信頼できる情 報を与えるものとなる。 固体と液体の阻止能の違いに関して、Kasagi は以下のように考察している [62]。 4.1 節で考察した高エネルギー領域での (56) 式で導入された入射粒子と電子との impact parameter の最大値 bmax は bmax = V ω (150) で与えられる。ここで ω は電子の周期運動の角周波数である。原子のイオン化エ ネルギーを 10 eV と仮定し、陽子に対して bmax を計算すると、Ep =0.1、0.5、1.0、 5.0 MeV に対し、それぞれ、bmax =0.29、0.64、0.91、2.03 nm となる。最も遠い 電子と陽子との間には、100 keV においても原子約 3 層が、5.0 MeV では、原子約 20 層が存在することになる。つまり、高エネルギー近似に於ける電子へのエネル ギー移行は、1 MeV 以下の低いエネルギーから distant collision とみなされ、媒 質の誘電率を考慮しなければならない。一方、低エネルギー近似が適用できる領 域では bmax は 1 pm 以下であり、close collision により電子へエネルギー移行が行 われる。よって、誘電率を考慮する必要がない。しかし、低エネルギー領域では 阻止能は電子密度の 1/3 乗に比例する。 liq ) と高エネルギー極限 以上のことから、液体の阻止能を低エネルギー極限 (Slow liq (Shigh ) に分けて記述し、二つの極限をつなぎ合わせると liq Slow = liq Shigh = S liq = ρliq ρsol sol liq 1 3 sol sol Slow = αSlow (151) sol low Shigh = βShigh (152) 2 liq liq · Shigh Slow liq liq Slow + Shigh (153) となる。α は Li 密度から 0.987 となる。β は本研究の結果から約 0.8 程度となる。 つまり、液体 Li の誘電率が固体に比べて約 1.1 倍となっていることを意味する。自 由になった Li+ イオンが誘電率に影響することはあり得ると考えられるが、この ような大きな差を与えることになるかについては、液体金属に関するさらなる考 察が必要である。 115 14 2 Stopping Power (eV/10 atoms/cm ) 12 15 10 8 6 4 2 0 10 20 30 40 50 60 70 E/m (keV/amu) 図 78: Li の阻止能。横軸は核子あたりのエネルギーである。青の四角の点と丸の点 は、それぞれ、固体での 7 Li(p,α)4 He 反応と 6 Li(d,α)4 He 反応の実験値から Usol =417 eV を仮定して求められた阻止能である。赤の四角の点と丸の点は、それぞれ、液 体での 7 Li(p,α)4 He 反応と 6 Li(d,α)4 He 反応の実験値から Uliq =579 eV を仮定して 求められた阻止能である。青の実線が SRIM と同様の関数形を仮定して実験値を 再現するように求めた固体の阻止能、赤の実線は、求まった固体の阻止能に液体 中での補正関数 F を乗じることにより求めた液体の阻止能、青の点線が SRIM の 阻止能である。 116 9 9.1 まとめと今後の課題 まとめ 本研究では液体金属 Li を標的に用い、低温・高密度プラズマが低エネルギー核 反応に与える影響を調べた。この様な低温・高密度プラズマ中での低エネルギー核 反応を調べるのは、本研究が初めてである。低温・高密度プラズマが低エネルギー 核反応に与える影響を調べるため、固体・液体金属を標的に用いた 6 Li(d,α)4 He、 7 Li(p,α)4 He 反応測定を行った。 実験ではビームエネルギー Ed =25∼70 keV、Ep =22.5∼70 keV の領域で 6 Li(d,α)4 He、 7 Li(p,α)4 He 反応からの α 粒子を Si 検出器を用いて検出し、その反応収量を測定し た。測定された反応収量は液体状態の方が固体状態よりも常に大きくなることが わかった。Li 標的の温度を連続的に変化させながら行った測定でも Yliq > Ysol と なることが確かめられた。この原因として、高エネルギー側は阻止能の変化、低 エネルギー側では核反応断面積の変化であると仮定し、解析を行った。 固体状態では、固体 Li の阻止能として SRIM の阻止能を用いて解析を行った結 果、SRIM の阻止能が正しくない事が示唆された。そのため、遮蔽ポテンシャルと 固体 Li の阻止能を反応収量の実験値から同時に求めた。その結果、固体 Li の遮蔽 ポテンシャルは、 Usol = 417 ± 35 eV となった。固体状態での遮蔽ポテンシャルは、軌道電子と伝導電子による遮蔽効 果を考慮した場合の計算値 Us = 199 eV よりも大きな値となったが、ガス標的と LiF 標的を用いて実験的に求められた Us =420 ± 120 eV [19] と誤差の範囲で一致 した。 液体状態では、阻止能が固体に比べて小さくなっていることが示唆されたため、 Yliq /Ysol の実験値から固体-液体相転移に伴う遮蔽ポテンシャルの差 ΔUs = Uliq − Usol と阻止能の比を同時に求めた。得られた遮蔽ポテンシャルの差は ΔUs = 162 ± 35 eV となり、固体 Li の遮蔽ポテンシャルに足し合わせることで、液体 Li の遮蔽ポテン シャル Uliq = 579 ± 50 eV が得られた。 液体状態と固体状態での遮蔽ポテンシャルの違いが自由に動けるようになった + Li イオンによる遮蔽効果が要因であると仮定し、実験値から Li+ イオンによる 遮蔽ポテンシャル Uion を求めた。その結果 Uion = 402 ± 81 eV 117 となった。Debye の遮蔽距離から理論的に計算した Uion = 584 eV よりも小さな 値となったが、固体状態と液体状態で遮蔽ポテンシャルに違いがあることが明確 となり、これまでプラズマ中での遮蔽効果に対する理論的な議論では考慮されて いなかった、イオンによる遮蔽効果の存在が実験的に示唆された。 9.2 今後の課題 今後の課題として、以下の事が挙げられる。 今回、イオンによる遮蔽効果を理論的に見積もる際に Debye 遮蔽を用いた。こ の Debye 遮蔽は温度と密度に依存する関数である。よって液体 Li の遮蔽ポテン シャルの温度依存性を調べることで、液体 Li の遮蔽ポテンシャルが固体に比べて 大きくなる原因がイオンによる遮蔽効果によるものか検証を行うことができる。 金属中で d+d 反応が起こる場合に遮蔽ポテンシャルが大きくなる原因が、イ オンによる遮蔽効果なのか、金属中の伝導電子による遮蔽効果なのかをより明確 にするためは、Ta2 O5 を中での d+d 反応の遮蔽ポテンシャル測定が有効である。 Ta2 O5 は電子に対しては絶縁体であるが、水素イオンに対しては導体である。こ のため、Ta2 O5 は Mg-Ti 合金などの水素を吸蔵すると透明になる物質を利用した スイッチングミラーに使用されている [63]。Ta2 O5 中での遮蔽ポテンシャルが大き くなれば、金属中の大きな遮蔽ポテンシャルが伝導電子ではなくイオンによる遮 蔽効果に起因するということが明確となる。 本研究で、固体 Li の阻止能が核子当たりのエネルギーが 35 keV / amu よりも 高い領域で SRIM の阻止能と大きく異なること、さらに、液体状態の阻止能が固 体状態に比べて小さくなることが示唆された。より正確に固体・液体 Li の阻止能 を求めるためには、より高エネルギー領域までの測定が必要である。また、本研 究で核反応を用いた阻止能の測定法がある程度有効であることが示された。現在、 私が所属している研究室に水素とヘリウムイオンを 500 keV まで加速可能な加速 器が導入される予定である。この加速器を使用し、最大エネルギー 500 keV まで の固体・液体 Li の阻止能を、本研究と同様に 6 Li(d,α)4 He 反応と 7 Li(p,α)4 He 反応 を用いて測定することを考えている。 118 謝辞 本論文の作成に当たり、多くの方々に御協力頂き大変感謝しております。 低エネルギーグループの大学院生、鳥谷部祐氏、菅原崇宏氏、Fang Kai Hong 氏、吉田英二氏には、過酷な長時間の測定や、実験準備を手伝って頂きました。お 陰で良いデータを取得することができました。また、日頃の議論や雑談などでも お付き合い頂き、ありがとうございました。 同グループの卒業生の方々にも、実験真空槽の製作から実験データ取得まで様々 なお手伝いを頂きました。ありがとうございます。 東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンターの結城秀行氏には、加 速器の調子が悪いときなどに貴重なアドバイスを頂きました。お陰で無事、実験 を行うことができました。ありがとうございます。 また、東北大学原子核理学研究施設の教官、技官、事務及び学生の方々には普 段の雑談から、雑誌会などでのアドバイス、幅広い物理に関するご指導をして頂 きありがとうございました。 特に、加速器グループ研究員の宮原房史氏には、データ取得プログラムの作成 にあたって、非常にお世話になりました。ありがとうございます。 技術職員の松田一衛氏には、数々の実験器具を製作して頂きました。無理な要 望にも必ず応えて頂き、ありがとうございました。また、人生についても様々な アドバイスを頂き、ありがとうございました。 また、論文審査委員の小林俊雄教授、大槻勤准教授、中村哲准教授、萩野浩一 准教授には、一年という長い間、私の論文審査を担当して頂き、ありがとうござ いました。その間、様々なご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫びいたしま す。特に中村哲准教授には、論文の中身だけでなく、細かい記載ミスまでチェック して頂きました。本当にありがとうございます。 現在私が所属している東京大学生産技術研究所の福谷克之教授には、私の博士 論文か終わらないために、大変なご迷惑をおかけいたしました。それだけでなく、 博士論文の執筆に当たり、様々なアドバイスを頂きました。本当にありがとうご ざいました。 最後に、指導教官の笠木治郎太教授には、非常に興味深い研究テーマを与えて 頂き、幅広い物理に関する事から、実験、解析に対する取り組み方、研究者とし てのあり方など様々なご指導を頂き、ありがとうございました。また、論文執筆 がなかなか進まない中、私の精神状態を理解して頂き、最後まで辛抱強くご指導 して頂いた事に、深く感謝しております。 119 参考文献 [1] J. 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