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日本語の音読における文末の韻律的特徴の分析と中国語母語話者の

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日本語の音読における文末の韻律的特徴の分析と中国語母語話者の
予稿集原稿
研究発表:言語学と日本語教育
日本語の音読における文末の韻律的特徴の分析と中国語母語話者の日本語習得
―呉方言、粤方言話者の日本語学習―
Analysis of Prosodic Features of Japanese Sentence-final Intonation,
and Acquisition of the Japanese Language for Chinese Speaking Learners
王
伸子(専修大学文学部)
要旨
日本語の音調では、とくに読み上げの場合、文末にかけての基本周波数の曲線に特徴が
あることが観察できた。さらに、学習者の母方言である中国語のうち、今回は北方方言、
呉方言、粤方言の朗読音声を分析し、文末の韻律的特徴を分析した。その結果、母方言の
音調が影響を与えるということが考えられるという結果を得た。
キーワード: 日本語音読;中国語母語話者;呉方言;粤方言;韻律的特徴
1.
はじめに
中国語を母語とする学習者の日本語習得について、とくにその音声習得には中国語の下
位方言である学習者の母方言が影響を与えているという先行研究も、現在では少なくない。
筆者は一貫して中国語を母語とする学習者の母方言の影響を、いわゆる七大方言区のうち
南の方言に焦点をあてて研究してきたが、それらの韻律的特徴である基本周波数を観察す
ることによって、日本語の音声の特徴と学習者の母語である中国語の諸方言の異同を比べ、
何が学習に貢献しているのかということを、従来の研究を踏まえて考察していくことをさ
らに進めて行くため、本研究をおこなった。とくに本研究では、日本における大学などの
高等教育機関において、日本語を使用し、日本語により口頭発表等を行う必要がある上級
レベルの学習者である学部生、大学院生の日本語習得に焦点をあて、より自然な日本語に
よる発表原稿等の音読、あるいは読み上げの実現ができる学習者の音声習得を支援するた
め、音声の分析の観察を行った。
2.
問題の所在
まず、自然な日本語ということであるが、とくに東京方言を前提とすると、全体に不
自然だと感じさせない日本語発話は、とくに朗読、読み上げの場合、文末にその特徴があ
ると判断し、日本語母語話者の文末にかけての基本周波数の曲線とポーズの時間を計測し
た。これについては、すでに王(1997)で述べているとおりである。さらに、自然な日
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予稿集原稿
研究発表:言語学と日本語教育
本語の朗読、読み上げの実現ができる学習者の日本語音声を録音し、同様の分析を行った
結果、やはり日本語の文末にかけてのコントロールを習得しているということが観察でき
た。さらに、それが母語・母方言の影響であるかどうかを観察するため、学習者の母方言
である中国語のうち、今回は北方方言(共通語である普通話)、呉方言(上海方言)、粤
方言(広東方言)、北方方言(共通語である普通話)の朗読音声を分析した。その結果、
呉方言には日本語に近似したピッチ曲線も見られたが、必ずしも同様というわけではない
ことも見て取れた。他の方言では、かなり日本語とは異なるピッチ曲線が観察できた。以
上の分析を考察すると、とくに朗読、読み上げ時の日本語については、正の転移が認めら
れる中国語方言を母語とする場合はそれらの特徴が、そうでない場合も文末の韻律的特徴
の学習が、自然により近い日本語の習得に貢献すると言えるのではないかと観察された。
3.実験
3.1
実験の対象方言
前述したように、まず、日本語東京方言話者の読み上げの録音をおこなった。新聞の
中から記事を選び、それを読み上げる形でおこなったが、本発表ではその一部を分析材料
として使用した。当該部分は、「・・・削減は 1.0%にとどまる。」である。発話者は、
15 歳男性、出生地も生育地も東京である。
中国語呉方言話者として、上海方言母語話者の上海方言による読み上げの録音をおこな
った。人民日報ウェブ版より記事を使用し、本発表では、やはりその一部を分析材料とし
て使用した。当該部分は、 「历史的车轮在驶过 21 世纪的第一个 10 年后,又面临着新的沟
坎。」である。発話者は、55 歳男性、出生地も生育地も上海である。
さらに中国語粤方言話者として、広州方言(香港広東方言)話者の広州方言による読み上
げの録音をおこなった。前述の人民日報ウェブ版の記事をやはり使用した。使用部分も同様
に、「历史的车轮在驶过 21 世纪的第一个 10 年后,又面临着新的沟坎。」である。発話者は、
26 歳男性、出生地も生育地も香港である。
最後に中国語北方方言話者として、北京方言話者の標準語(普通話)による読み上げの録
音をおこなった。使用した記事はやはり前述の人民日報ウェブ版の同じ記事である。使用部
分も同様に、「历史的车轮在驶过 21 世纪的第一个 10 年后,又面临着新的沟坎。」である。
発話者は、35 歳女性、出生地も生育地も北京である。
分析は、当該記事の録音全体に対して行ったが、本発表では、まとまった文章で、なおか
つ文末を含む記事の一部を使用する。
日本語の部分と、中国語のそれぞれの方言の部分は、読み上げる内容は異なっているが、
新聞記事より使用している書き言葉であるという点は共通している。以下にまとめると、読
み上げに使用した文章は、
日本語東京方言:「削減は 1.0%にとどまる。」
中国語呉方言:「历史的车轮在驶过 21 世纪的第一个 10 年后,又面临着新的沟坎。」
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予稿集原稿
研究発表:言語学と日本語教育
中国語粤方言:「历史的车轮在驶过 21 世纪的第一个 10 年后,又面临着新的沟坎。」
中国語北方方言(北京):「历史的车轮在驶过 21 世纪的第一个 10 年后,又面临着新的沟
坎。」
となる。
3.2
実験の手順
まず、それぞれの文章を録音協力者に見せ、母方言で読み上げるための練習をしてもらい、
その後、録音する。録音にはリニアPCM録音機(OLYMPUS Voice-Trek DS-800)を使用し、
非圧縮音声ファイルとして録音・保存をした。その後、音声分析ソフト PRAAT を使用し、音
声分析をおこなった。抽出したのは、主に、音声波形と、基本周波数(F0)で表わされる
ピッチ曲線である。
3.3
実験の結果と数値
・日本語東京方言話者による発話を観察すると、そのピッチは、praat で分析した結果、最大
値と最小値は以下のようになり、そのレンジを表す高低差は 52.5Hz となった。(図1)
119.01 Hz (maximum pitch)(小数点第二位以下は四捨五入、以下同様)
66.51 Hz (minimum pitch)
・中国語呉方言(上海方言)話者による発話を観察すると、そのピッチは、praat で分析した
結果、最大値と最小値は以下のようになり、そのレンジを表す高低差は 85.11Hz となった。
(図2)
128.72 Hz (maximum pitch)
43.61 Hz (minimum pitch)
・中国語粤方言(広州方言)話者による発話を観察すると、そのピッチは、praat で分析した
結果、最大値と最小値は以下のようになり、そのレンジを表す高低差は 245.05Hz となった。
289.63 Hz (maximum pitch)
44.58 Hz (minimum pitch)
・中国語北方方言(北京方言)話者による発話を観察すると、そのピッチは、praat で分析し
た結果、最大値と最小値は以下のようになり、そのレンジを表す高低差は 394.88Hz となった。
427.26 Hz (maximum pitch)
32.38 Hz (minimum pitch)
3
予稿集原稿
研究発表:言語学と日本語教育
0
0
500
500
Pitch (Hz)
削減は 1.0%にとどまる。
500
さくげ ん は、
い
っ
て ん ぜ ろ
ぱーせんとに
と ど
ま
る
Pitch (Hz)
Pitch (Hz)
500
0
0
0
500
図1
0
日本語東京方言
500
0
0
3.384
Time (s)
Pitch (Hz)
Pitch (Hz)
0
500
2.129
Time (s)
Pitch (Hz)
Pitch (Hz)
0
500
500
0
0
2.295
0
(s)
历史的车轮在驶过 21 世纪的第一个 Time
10 年后,又面临着新的沟坎
0
0
500
历史的车轮 在驶过
21 世纪的第一个 10 年后
又面临着新 的
沟
坎
500
0
0
6.167
Time (s)
0
図2
0
中国語呉方言
3.384
Time (s)
Pitch (Hz)
Pitch (Hz)
Pitch (Hz) Pitch (Hz)
0
0
0
3.207
500
Time (s)
历史的车轮在驶过 21 世纪的第一个 10 年后,又面临着新的沟坎
0
第一个
10 年后
0
又面 临 着 新 的 沟 坎
Pitch (Hz)
历史的 车轮在驶过 21 世纪的
0
0
7.381
Time (s)
図3
中国語粤方言
4
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研究発表:言語学と日本語教育
700
历史的车轮在驶过 21 世纪的第一个 10 年后,又面临着新的沟坎
史
的
车轮在驶过 21 世纪的第一个
10
年
后
又
面
临
着新的沟坎
Pitch (Hz)
历
30
0
8.379
Time (s)
図4
中国語北方方言
4.観察
4.1 基本周波数(F0)の数値
まず、日本語東京方言と中国語呉方言を見ると、基本周波数のレンジは、それぞれ
52.5Hz、 85.11Hz であるのに対し、中国語粤方言と中国語北方方言のレンジは、それぞれ
245.05Hz、394.88Hz となっている。つまり、日本語東京方言と中国語呉方言はピッチの上が
り下がりがそれほど目立たず、中国語粤方言と中国語北方方言はレンジが大きい分、はっき
りとした上下差があると窺うことができる。
4.2 基本周波数(F0)の曲線
日本語東京方言と中国語呉方言は、全体的に穏やかな曲線で、文末に向かって数回、への
字のような曲線を描いている。日本語東京方言についてはすでに王(1997)で、ピッチ曲線
の分析(音声分析ソフト『録聞見』を使用)をおこなっているが、中国語呉方言でも同様の
ピッチ曲線が見られる。双方とも、文末に向かって穏やかな曲線を描いている。
5.考察
5.1 基本周波数(F0)の数値から見るレンジとピッチ曲線
ピッチのレンジが日本語東京方言と中国語呉方言とで近いというのは、中国語呉方言には
連読変調があり、一音節ごとの高さの移動である声調が、連続する音節の影響で変化し、日
本語東京方言にあらわれるようなピッチ曲線を描くからだと考えられる。その結果、連続し
た穏やかな曲線になり、同じような印象を持つ高さの移動になると見ることができると観察
される。一方、中国語粤方言(広州方言)や中国語北方方言(北京方言)の場合は、声調が
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予稿集原稿
研究発表:言語学と日本語教育
ほとんどそのまま発話の中で実現されるため、それぞれの声調に表れるピッチの移動がもと
の形で表れるため、なめらかな曲線を描くことはほとんどなく、上がり下がりの多いものと
なる。
5.2 日本語学習の際に影響を与える母方言の韻律的特徴
以上の観察から、中国語を母語とする学習者の場合、母方言の韻律的特徴が日本語発話に
影響を与えるということが容易に観察される。とくに、談話レベルと異なり、文章、原稿を
読み上げるという作業の場合、繰り返し練習することにより得られる熟達度に達していない
学習者がかなり見られ、日本に滞在している学習者であっても、十分なレベルに達していな
い学習者はかなり多い。しかし、母方言を読み上げる際のピッチ曲線が似ている方言を持つ
学習者は、母方言で用いられるようなピッチ曲線で読んでも正の転移が起こり、日本語らし
い読み上げの印象を持つ発話が実現できると考えられる。
6.おわりに
日本語東京方言と近似している読み上げのピッチ曲線を持つ中国語方言話者は、十分な練
習をしなくとも、ある程度の自然さを確保した読み上げができると観察されたが、そうでな
い母方言話者も、一つ一つのアクセントの実現に忠実になるだけでなく、文末に向かって緩
やかに下げるような音調で読み上げるように工夫をすることにより、自然さをある程度保っ
た日本語の読み上げを実現することができると期待することができると思われる。
今回は、日本語学習者の母方言の音調を分析することを中心に観察したが、この研究の結
果を踏まえ、そうした学習者の日本語による読み上げの音調を分析し、さらに今後は、日本
語母語話者による聴取評価をおこないたい。
【参考文献】
王
伸子(1997)「中国語母語話者に対する日本語音声指導の一側面
-中国語方言使
用とその韻律的特徴 -」日本語教育研究論集1、モントリオール大学
――――(1999)「中国母語話者の日本語音声習得を助ける中国方言」『音声研究』第
3号
222,pp.36-42
――――(2002)「複数の中国語方言話者の日本語習得」Quality Japanese Studies
and Japanese Language Education in Kanji-Using Areas in the New Century、香港
日本語教育研究会
6
予稿集原稿
研究発表:言語学と日本語教育
杉藤美代子(1985)「句読点と、発話における連続と区切りー天気予報の朗読に関して
ー」『大阪樟蔭女子大学論集』22
――――(1987)「談話におけるポーズの持続時間とその機能」『音声言語』Ⅱ53-68
平野宏子、広瀬啓吉、河合剛、峯松信明「母語話者と中国語話者の日本語朗読音声の基本
周波数パターンの比較」『日本音響学会誌 』65(2), 69-80, 2009-02-01
平野宏子、広瀬啓吉、河合剛「日本語韻律指導に活かす中国語話者のピッチパターン分
析」『音声研究 』10(1), 109, 2006-04-30
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