Comments
Description
Transcript
平成24年度予備試験 論文式問題解析講座 第1日目科目
司法試験予備試験 平成24年度予備試験 論文式問題解析講座 第1日目科目 0 001212 127141 LL12714 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・憲法 憲法 20**年**月に,衆議院議員総選挙が行なわれる。その際に,日本国憲法第79条第2 項ないし第4項及び最高裁判所裁判官国民審査法(以下「国民審査法」という。同法について は,資料1参照)に基づき,最高裁判所裁判官の国民審査も行なわれる。国民審査法第15条 によれば,審査人は,罷免を可とする裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対する記載 欄に自ら×の記号を記載し,罷免を可としない裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対 する記載欄に何らの記載もしないで,投票しなければならないとされている。 国民審査法第53条及び同条に基づき規定された最高裁判所裁判官国民審査法施行令第2 6条(資料2参照)によれば,審査公報に掲載されるのは,審査に付される裁判官の氏名,生 年月日及び経歴並びに最高裁判所において関与した主要な裁判その他審査に関し参考となる べき事項である。 今回の国民審査で審査権を有するAは,審査公報に挙げられていた主要な裁判について,そ の判決文にまで当たって審査の対象となる各裁判官の見解を調べ,さらに,各裁判官の経歴等 も調べた。その結果,各裁判官に対するAの評価は,最高裁判所裁判官として適格と判断した 裁判官,不適格と判断した裁判官,そして適格・不適格いずれとも判断できなかった裁判官に 分かれた。Aは不適格と判断した裁判官に対する記載欄には×の記号を記載し,適格・不適格 いずれとも判断できなかった裁判官に対する記載欄には何も記載せずに投票した。Aは,適格 と判断した裁判官に対する記載欄には○の記号を記載したかったが,国民審査法第15条の規 定によって何も記載しないで投票せざるを得なかった。 Aは最高裁判所裁判官に対する国民審査制度を設けた憲法の趣旨に照らし,現行の制度には 幾つかの問題があると考えた。Aは現行の国民審査法を合憲とする1952年の最高裁判所大 法廷判決を知っていたが,国民審査法第36条に基づく訴訟を提起して,上記最高裁判所判例 の変更の必要性も憲法上の主張の一つとして主張しつつ,現行の国民審査制度の是正を図りた いと思った。 以上のことを前提として,以下の各設問に答えなさい。 〔設問1〕 あなたがAの訴訟代理人になった場合,国民審査法第36条に基づく訴訟において,訴訟代 理人としてあなたが行なう憲法上の主張を述べなさい。 〔設問2〕 設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述 べなさい。 【資料1】最高裁判所裁判官国民審査法(昭和22年11月20日法律第136号) (抄録) 略 【資料2】最高裁判所裁判官国民審査法施行令(昭和23年5月25日政令第122号) (抄録) 略 解答のポイント 最高裁判所裁判官の国民審査という,教科書でもあまり詳しくは検討されていない部分である。国民審査の性 質に関しては,問題文にも言及のある最大判昭和27.2.20民集6巻2号122頁があり,同判決は解職制度と解してい る。判例の立場によると,罷免の適否は積極的に罷免を可とする者とそれ以外の者との比較によることになる。 これに対しては,国民審査制の本質を裁判官の任命の可否を問う制度と解する見解から,任命を可とする者と否 とする者との比較によって決しなければおかしいという違憲論が唱えられている(小嶋和司(2004)『憲法概説』信 山社465頁)。Aとしてはこのような主張を組み立てるしかなかろう。 Aと国との対立点を考えるにあたっては,Aは国民審査を『権利』すなわち一種の参政権として構成し,厳格な 審査密度を求めるという方向性が良かろう。これに対して国側は,国民審査は『制度』の問題であり,立法府の広 範な裁量が認められるという方向性で反論するという筋である。ここでは,一連の議員定数不均衡訴訟(最大判平 成16.1.14民集58巻1号56頁他)や,戸別訪問(最判昭和56.7.21刑集35巻5号568頁),婚外子差別違憲訴訟(最大決平 成7.7.5民集49巻7号1789頁)における『権利』の論理と『制度』の論理の対立を知っていると良かったかもしれな い。小山剛(2011)『憲法上の権利の作法(新版)』尚学社160頁以下が参考になる。 判例の事案では,思想良心の自由や表現の自由も上告理由になっているが,そこまで検討しなくてもよかろう。 1 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・憲法 解答例 解答例 第1 1 設問1について Aとしては,最高裁判所裁判官国民審査法15条1項は, 罷免を可とする裁判官の欄に×をつけるという旨を規定す るにとどまり,罷免を否とする裁判官と可否いずれでもな い裁判官についての国民の判断を反映させることができな いこととなっている点において,憲法79条2項及び憲法 15条1項の趣旨に反すると主張することが考えられる。 2 憲法79条2項は,最高裁判所裁判官の国民審査を規定 する。最高裁判所裁判官は公務員であり,かつ司法権(憲法 76条1項)の担い手として違憲立法審査権を最終的に行 使する(憲法81条)等,国民の人権保障を全うするために 特に重大な役割を担っているということができる。 従って,憲法79条2項は,最高裁判所裁判官について, 国民の民主的なコントロールの下にあることを特に保障す べく制定されたものであると解すべきであり,同条は個々 の国民に対して一種の参政権(憲法15条1項)を定めたも のと解するのが相当である。 3 そうすると,憲法79条2項の趣旨を受けて具体的な国 民審査の制度を構築するに当たっては,国民の意思を可及 的に忠実に反映させることが必要であるというべきであ る。具体的には,(ア)罷免を可とする意見,(イ)罷免を否 とする意見,(ウ)どちらでもないという意見とが存在する 中で,(ア)の得票数と(イ)の得票数を積極的に比較するこ とによって,その任命の適否を審査するものでなくてはな らないものと解するのが相当である。 4 これを本件についてみるに,国民審査法15条1項は, (ア)の得票数と(イ)(ウ)の得票数の合計とを比較して, 前者が後者を上回る場合にのみ罷免するものとしており, (ウ)の意見を有する者は積極的に当該裁判官を支持するわ けでもない棄権票であるにもかかわらず,罷免を否とする 方向で数えられることとなっている。かかる手法は,国民 による最高裁判所裁判官の選任の意思を忠実に反映させる ものとは到底いうことができない。 以上から,国民審査法15条1項は憲法79条2項,1 5条1項の趣旨に反し無効である。最高裁判所は憲法の趣 旨を受け,1952年最高裁大法廷判決を変更することに より,国民審査法の改正を国会に義務付けるべきである。 第2 設問2について 1 被告の主張 被告としては,憲法79条2項は個々の国民に一種の参 政権を付与したものではない,憲法79条2項の趣旨を受 けていかなる制度を設計するかという点については,立法 府の広範な裁量が認められており,国民審査法15条1項 はその範囲内であると反論することが考えられる。 2 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・憲法 2 自己の見解 思うに,憲法79条2項は,個々の国民に一種の参政 権を付与したものではなく,最高裁判所裁判官の解職を 制度として規定し,これを要求するにとどまるものと解 するのが相当である。 ⑵ なぜなら,憲法79条3項は, 『投票者の多数が裁判官 の罷免を可とするとき』と規定しており,裁判官に対す る積極的な国民の支持を要求していないし,同条2項が 任命直後に審査を行うことを必ずしも予定していないこ とからも,すでに選任された裁判官の解職を行うものと みるのが素直だからである。 また,同条4項は,審査に関する事項を法律で定める ものとしており,具体的にいかなる制度を設計するかと いう点については,立法府の裁量が認められ,右裁量権 を逸脱濫用したものと認められない限り,当不当の問題 は格別,憲法79条2項違反の問題は生じないと言うべ きである。 ⑶ これを本件についてみるに,国民審査法15条1項は, 原告主張の通り罷免を可とも否ともしないとした得票を 反対票に数える制度となっているが,解職という制度の 性質上,積極的に罷免を可とする者とそうでない者との 多寡によって罷免の適否を判定するのは至極当然のこと ⑴ である。また実際上も,現実には任免に無関心な国民も 多いことから,原告主張のような制度では少数の国民の 意見によって裁判官の地位が左右されることになりかね ず,いわゆるサイレント・マジョリティの意見が却って 無視されることになり不合理である。同法53条及び同 法施行令26条は国民審査に際して必要な情報を記載す ることを定めている以上,にもかかわらず棄権するとい う有権者意思も十分参酌されなければならない。 ⑷ 以上からすると,国民審査法15条1項の規定は,未 だ国会の裁量権を逸脱濫用するものではない。従って, 憲法79条2項,15条1項の趣旨には何ら反しないか ら,原告の主張は理由がない。 ⑸ なお,最高裁判所の違憲判決は直ちに国会に特定の制 定改廃義務を課するものではなく,その他国会に直接的 な法的拘束力を有するものではない。従って,判例変更 の必要性をいう原告の主張は前提において失当である。 以 上 3 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・憲法 ・ 最高裁判所裁判官の国民審査制 最高裁判所の裁判官の任命は,その任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際に国民審査に付し, その後10年を経過した後,初めて行われる衆議院議員総選挙の際に再び審査に付し,その後も同様と する(79Ⅱ)。そして,国民審査の結果,投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは,その裁判 官は,罷免される(79Ⅲ)。 1 趣旨 その中心を「内閣による恣意的な任命の危険の防止」(野中)に置くか,「司法権への民衆参加の 要請の具体化」(伊藤)に置くか,といった点に若干の違いはあるが,「裁判官の任命を国民の民主 的コントロールの下におく」趣旨である点に争いはない。 2 国民審査の法的性質についての学説 ⑴ リコール=解職制度と捉える立場(判例,通説) (理由) ① 79条3項の効果は「罷免」である。 ② 任命後,審査を受けるまでの裁判官の地位につき,何ら憲法上規定がないことは任命行為 により任命は完結していることの現れである。 (批判) ① 国民が積極的に罷免手続を開始できないのにリコール制度といえるかは疑問である。 ② 任命後初めての審査は,任命されたばかりでほとんど裁判をしていない裁判官も対象とな りうるが,その場合,国民は審査のための十分な判断材料をもたない。 ⑵ 任命行為の完結・確定と捉える説 (理由) 79条2項の文言は「任命は…審査に付し」とある。 (批判) 任命後から国民審査までの裁判官の地位を合理的に説明することが困難である。 ⑶ 不適任者の罷免と適任者への民意による地位強化と捉える説 (理由) 制度趣旨(民主的コントロール)から ① 不適任者を民意に基づき罷免し, ② 適任者については,民意によりその地位を強化する制度と捉えるべきである。 (批判) 根拠②を否定するわけではないが,適任者に対しても罷免の制度であることは否定できない はずである。 ⑷ 罷免制度であると同時に任命の事後審査と捉える説 (理由) (判例・通説に対する批判②をクリアする観点から)任命後初めての審査が任命されたばか りの裁判官を対象とすることがありうるので,特に第一回の審査は,内閣の任命行為に対する 事後審査と捉えるべきである。 (批判) ① 解職制度と捉える以上,国民は何の理由もなく裁判官を罷免できるから十分な判断材料を もたない段階で審査・罷免することも認められうる。 ② 「事後審査」という概念は不明確である。 4 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・憲法 3 審査方法 最高裁判所裁判官国民審査法によれば,審査対象となる裁判官の氏名を記載した投票用紙に, 罷免を可とする裁判官に×をつけ,そうでない場合には無記入とするとされる。そして,×印の投 票が過半数を超える場合にのみ罷免が成立する。この方法は,罷免の可否がわからず何の記入もせ ずに投票した者に「罷免を可としない」という法的効果を付与するもので,事実上,棄権の自由を 認めない点で違憲ではないかが問題となる。 ※(参考) 最高裁判所国民審査法32条 罷免を可とする投票の数が罷免を可としない投票の数より多い裁判官は,罷免を可 とされたものとする。但し,投票の総数が,公職選挙法第二十二条第一項又は第二項 の規定による選挙人名簿の登録が行なわれた日のうち審査の日の直前の日現在にお いて第八条の選挙人名簿に登録されている者の総数の百分の一に達しないときは,こ の限りでない。 ⑴ 当然説(判例,通説) (理由) ① 国民審査制度の本質を解職の制度から論理必然的に,国民審査においては積極的に罷免を 可とする人数がわかればよい。よって,棄権について考慮する必要はない。 ② 実際上の効果として,投票者の棄権の自由を妨げられる結果になることはしかたがない。 (批判) ① 現行制度が憲法上許される唯一の方法とは考えず,「罷免を可とする場合は×印,不可と する場合は○印,無記入は棄権」と扱う方法も可能であり,むしろその方が合理的であり, 国民審査が解職制度であることと矛盾しない。 ② 国民審査の投票は衆議院議員総選挙の投票と同時に行われるため,国民審査の投票用紙を 受け取らないことが選管の通知により認められ,棄権の自由が認められたが,反面,国民審 査の投票の秘密が侵害される。 ◆ 最大判昭27.2.20/百選Ⅱ[第5版][197]) 国民審査を「その実質において所謂解職の制度と見ることが出来る」と述べ,この制度は積 極的に罷免を可とする者とそうでない者との二つに分け,前者が後者より多数であるかどうか を知ろうとするものであり,いずれともわからないものは積極的に罷免を可とする意思をもた ないものとして後者に入れるのは当然である,とした。 ⑵ 投票方法修正説(有力説) (理由) ① 国民審査の制度趣旨を不適任者の罷免と適任者への民意による地位強化と捉える立場か ら,国民審査の民主的コントロールの側面を重視する。 ② 罷免についての賛否を明示する投票方法をとれば,一部の裁判官についてのみ罷免の意思 を明らかにして,その他の裁判官については棄権することが可能になるので棄権の自由が最 大限保障される。また,衆議院議員選挙は投票するが国民審査は棄権するということも投票 の秘密を害されることなく可能となる。 (批判) ごく少数の者の投票のみにより,罷免される可能性が生ずる。 (反論) 最低有効投票数を高く設定することで防止できる。 5 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・憲法 -MEMO- 6 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・行政法 行政法 Aは,甲県乙市に本店を置く建設会社であり,乙市下水道条例(以下「本件条例」 という。)及び乙市下水道排水設備指定工事店に関する規則(以下「本件規則」と いう。)に基づき,乙市長(B)から指定工事店として指定を受けていた。Aの従 業員であるCは,2010年5月に,自宅の下水道について,浄化槽を用いていた のをやめて,乙市の公共下水道に接続することにした。Cは,自力で工事を行う技 術を身に付けていたため,休日である同年8月29日に,乙市に知らせることなく, 自宅からの本管を付近の公共下水道に接続する工事(以下「本件工事」という。) を施工した。なお,Cは,Aにおいて専ら工事の施工に従事しており,Aの役員で はなかった。 2011年5月になって,本件工事が施工されたことが,乙市の知るところとな り,同年6月29日,乙市の職員がAに電話して,本件工事について経緯を説明す るよう求めた。同日,Aの代表者が,Cを伴って乙市役所を訪れ,本件工事はCが 会社を通さずに行ったものであるなどと説明したが,同年7月1日,Bは,本件規 則第11条に基づき,Aに対する指定工事店としての指定を取り消す旨の処分(以 下「本件処分」という。)をした。本件処分の通知書には,その理由として,「Aが, 本市市長の確認を受けずに,下水道接続工事を行ったため。」と記載されていた。 なお,Aは,本件処分に先立って,上記の事情説明以外には,意見陳述や資料提出 の機会を与えられなかった。 Aは,本件処分以前には,本件条例及び本件規則に基づく処分を受けたことはな かったため,本件処分に驚き,弁護士Jに相談の上,Jに本件処分の取消訴訟の提 起を依頼することにした。Aから依頼を受けたJの立場に立って,以下の設問に解 答しなさい。 なお,乙市は,1996年に乙市行政手続条例を施行しており,本件処分に関す る手続について,同条例は行政手続法と同じ内容の規定を設けている。また,本件 条例及び本件規則の抜粋を資料として掲げてあるので,適宜参照しなさい。 〔設問〕 Aが本件処分の取消訴訟において主張すべき本件処分の違法事由につき,本件条 例及び本件規則の規定内容を踏まえて,具体的に説明しなさい。なお,訴訟要件に ついては検討しなくてよい。 【資料】 ○ 乙市下水道条例(抜粋) 略 ○ 乙市下水道排水設備指定工事店に関する規則(抜粋) 略 解答のポイント 本問は,処分の取消訴訟において主張すべき処分の違法事由につき,法の規定内容を踏まえて具体 的に説明させる問題である。処分の違法事由については,実体法上の違法事由と手続法上の違法事由 に分けて検討すべきである。 本問における実体法上の違法事由としては,事実誤認と比例原則違反が挙げられる。処分を受けた Aが最も主張したいのは本件工事の主体がAではなくCであるということだから,解答においても事 実誤認を中心に論述すべきである。その際には,問題文一段落目で挙げられている事情を使って,な ぜ事実誤認があるといえるのかを具体的に説明したい。 比例原則違反については,Aは,本件処分以前には,本件条例等に基づく処分を受けたことがなかっ たという問題文三段落目で挙げられている事情を使って,なぜ比例原則に違反するといえるのかを具 体的に説明したい。 手続法上の違法事由としては,聴聞の手続が採られていないことが挙げられる。その際には,本件 処分をする際に聴聞の手続が必要とされる根拠につき条文を丁寧に指摘して説明したい。あわせて, 手続の瑕疵が違法事由になるかどうかも忘れずに検討すべきである。 7 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・行政法 解答例 解答例 第1 1 実体法上の違法事由 事実誤認の主張 ⑴ まず,Aとしては,本件工事を行ったのはCであり, Aが会社として行ったものではないから,本件処分には 事実誤認があると主張する。 ⑵ 確かに,排水設備の工事は一定の技術を要するもので, その指定や取消しには専門的・技術的判断が求められる から,行政庁の処分には一定の裁量が認められる。 もっとも,①重要な事実の基礎を欠くか,又は②社会 通念上著しく妥当性を欠く場合は,裁量権の逸脱濫用と して違法事由となる(行政事件訴訟法30条) 。 ⑶ 本件では,処分通知書に記載されているように,乙市 は「Aが,本市市長の確認を受けずに,下水道接続工事 を行った」として,下水道接続工事の主体はAだと認定 している。 しかし,Cは,Aにおいて専ら工事の施工に従事して いる従業員ではあるものの,Aの役員ではないのだから, Cの行為を当然にAの行為と同視できるものではない。 そしてCが工事を行った対象は自宅で,かつ休日にな されているから,本件工事はCが業務として行ったもの ではなく,A会社とは無関係である。 とすれば,本件工事はCが個人としての立場で行った ものであり,その主体はAではなくCである。 そうすると,行政庁の判断には事実誤認がある。 そして,この事実誤認は規則7条2項6号該当性を判 断するための重要な事実にかかるものであるから,①重 要な事実の基礎を欠くものとして違法事由になる。 2 比例原則違反の主張 ⑴ 次に,Aとしては,仮に,本件工事の主体がAである という乙市の判断を前提としたとしても,指定取消処分 は過度に重い処分であるとして,比例原則違反を主張す る。 ⑵ 確かに,指定工事店は,「誠実に排水工事を施行しなけ ればならない」(規則7条1項)ところ,市長の確認を受 けずに工事に着手したAの責任は重いとも思える。 ⑶ しかし,Aは本件処分以前には,本件条例及び本件規 則に基づく処分を受けたことはなく,これまでは「誠実 に排水工事を施行」してきたのである。 それにもかかわらず,一度の違反のみで指定取消処分 をすることは,社会通念に照らし過度に重い処分である。 むしろ,条例40条1号の過料にとどめ,Aの反省を 促せば,本件条例の目的は十分に達成される。 とすれば,本件処分は,②社会通念上著しく妥当性を 欠くものとして,違法事由になる。 8 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・行政法 第2 1 手続法上の違法事由 さらに,Aとしては,意見陳述や資料提出の機会が十分 に与えられなかったことが,手続法上の違法事由になると 主張する。 2 指定工事店としての指定を取り消す処分は,特定のAに 対して,直接に,排水設備の新設等の設計及び工事をする 権利(条例11条)を制限するものとして,「不利益処分」 (行政手続法2条4号)にあたる。 そして,本件処分は,「許認可等を取り消す不利益処分」 に該当するため,聴聞の手続きをとる必要がある(行手1 3条1項1号イ,乙市行政手続条例は行政手続法と同じ内 容の規定を設けているため,以下では「行手○条」として 指摘する)。 具体的には,行政庁は,聴聞期日までに相当な期間を置 いて,名宛人に,不利益処分の内容等必要事項を書面によ り通知し(行手15条1項),聴聞期日においては,当事者 に意見を述べさせ,証拠書類を提出させる等の機会を与え なければならない(行手20条2項)。 3 しかるに,本件では,乙市の職員がAに電話して,工事 の経緯を説明するよう求め,Aの代表者を呼び出して経緯 を説明させているにすぎない。 そうすると,本件では,聴聞の手続が採られていなかっ たといえ,行手13条1項に違反する。 そして,聴聞の手続を採っていれば,行政庁も本件工事 の主体がCであると認識するなどして,処分が変わる可能 性もあったのだから,上記手続の瑕疵は,処分の違法事由 になると考える。 以 上 4 9 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・行政法 第1 不利益処分手続について 不利益処分とは,行政庁が法令に基づき,特定の者を名宛人として,直接にこれに義務を課し, または,その権利を制限する処分をいう。不利益処分は,「特定の者を名宛人」とするものであり, いわゆる一般処分はここでいう不利益処分の対象からは除外されることになる。 行政庁が私人の権利・利益を侵害する不利益処分を行う場合には,行政庁の恣意・独断により 私人に損害を及ぼすことのないよう,処分に先立って相手方に弁明の機会を提供し,相手方の権 利保護を十分確保する必要がある。この観点から,①聴聞手続と②弁明の機会の付与手続が置か れた。 ①聴聞手続では,私人側・行政庁側両当事者がおり,行政庁の指名する主宰者が,聴聞を主宰 し,裁判官の役割を果たしながら,両当事者の言い分を調整する。聴聞手続には,聴聞通知,文 書閲覧請求権,聴聞の主宰,説明要求,意見陳述など手続の詳細に関する規定,聴聞調書・報告 調書,聴聞を経て行われる不利益処分の決定などの規定がある。 ②弁明の機会の付与手続は,聴聞手続を必要とする不利益処分以外の不利益処分を行う場合を いい,聴聞手続よりも簡易な手続になっている。弁明の機会の付与手続は,原則として文書(弁 明書)を提出して行う。 第2 聴聞と弁明の機会の付与の差異 聴聞 方針 弁明の機会の付与 重大な不利益,慎重な手続 軽微な不利益,簡易な手続 主宰者 あり(19) なし 参加人の関与 あり(17) なし 文書閲覧権 あり(18Ⅰ) なし 口頭意見陳述権 保護されている(20Ⅱ) 異議申立て 制限あり(27Ⅱ) 10 行政庁が認めた時(20Ⅰ) なし LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑法 以下の事例に基づき,甲,乙及び丙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。) 。 刑法 1 甲は,中古車販売業を営んでいたが,事業の運転資金にするために借金を重ね,その返済に窮 したことから,交通事故を装って自動車保険の保険会社から保険金をだまし取ろうと企てた。甲 は,友人の乙及び丙であれば協力してくれるだろうと思い,二人を甲の事務所に呼び出した。 甲が,乙及び丙に対し,前記企てを打ち明けたところ,二人はこれに参加することを承諾した。 三人は,更に詳細について相談し,①甲の所有する普通乗用自動車(以下「X車」という。)と, 乙の所有する普通乗用自動車(以下「Y車」という。)を用意した上,乙がY車を運転して信号 待ちのために停車中,丙の運転するX車を後方から低速でY車に衝突させること,②その衝突に より,乙に軽度の頸部捻挫の怪我を負わせること,③乙は,医師に大げさに自覚症状を訴えて, 必要以上に長い期間通院すること,④甲がX車に付している自動車保険に基づき,保険会社に対 し,乙に支払う慰謝料のほか,実際には乙が甲の従業員ではないのに従業員であるかのように装 い,同事故により甲の従業員として稼動することができなくなったことによる乙の休業損害の支 払を請求すること,⑤支払を受けた保険金は三人の間で分配することを計画し,これを実行する ことを合意した。 2 丙は,前記計画の実行予定日である×月×日になって犯罪に関与することが怖くなり,集合場 所である甲の事務所に行くのをやめた。 甲及び乙は,同日夜,甲の事務所で丙を待っていたが,丙が約束した時刻になっても現れない ので,丙の携帯電話に電話したところ,丙は,「俺は抜ける。」とだけ言って電話を切り,その後, 甲や乙が電話をかけてもこれに応答しなかった。 甲及び乙は,丙が前記計画に参加することを嫌がって連絡を絶ったものと認識したが,甲が丙 の代わりにX車を運転し,その他は予定したとおりに前記計画を実行することにした。 そこで,甲はX車を,乙はY車をそれぞれ運転して,甲の事務所を出発した。 3 甲及び乙は,事故を偽装することにしていた交差点付近に差し掛かった。乙は,進路前方の信 号機の赤色表示に従い,同交差点の停止線の手前にY車を停止させた。甲は,X車を運転してY 車の後方から接近し,減速した上,Y車後部にX車前部を衝突させ,当初の計画どおり,乙に加 療約2週間を要する頸部捻挫の怪我を負わせた。 甲及び乙は,乙以外の者に怪我を負わせることを認識していなかったが,当時,路面が凍結し ていたため,衝突の衝撃により,甲及び乙が予想していたよりも前方にY車が押し出された結果, 前記交差点入口に設置された横断歩道上を歩いていたAにY車前部バンパーを接触させ,Aを転 倒させた。Aは転倒の際,右手を路面に強打したために,加療約1ヶ月間を要する右手首骨折の 怪我を負った。 その後,乙は医師に大げさに自覚症状を訴えて,約2ヶ月間,通院治療を受けた。 4 甲及び乙は,X車に付している自動車保険の保険会社の担当者Bに対し,前記計画どおり,乙 に対する慰謝料及び乙の休業損害についての保険金支払を請求した。しかし,同保険会社による 調査の結果,事故状況について不審な点が発覚し,保険金は支払われなかった。 解答のポイント 判例の事案そのもののようで,よく眺めてみるとそうではないという,悩ましい事案である。まず,保険金詐欺を 目的として甲乙が自動車事故を起こした点につき,乙に対する傷害罪を検討することになる。ここでは乙の同意が あるが,判例(最判昭和55.11.13刑集34巻6号396頁)によれば,傷害罪の成立を肯定することになろう。これに対して は反対説(大谷實,西田典之,井田良,山口厚他)も有力である。解答例は有力説に従った。判例の立場だと自分を 傷害した乙の罪責の検討が悩ましい。 次にAに対する傷害についてどうするかという問題になり,傷害罪の故意が認められるのか問題になる。乙に対 する傷害罪を肯定した場合,判例・通説である(抽象的)法定符合説によって容易に傷害罪とできよう。有力説に従っ た場合は『人』をどのように見るかという問題が残るが,解答例は故意を否定した。その場合でも自動車運転過失傷 害罪は成立する。 最後に,保険金を請求した点であるが,判例(大判昭和7.6.15刑集11巻859頁)の趣旨からすると,保険金の請求時点 で実行の着手を認めてよいと思われる。 丙の罪責であるが,甲乙の右行為について,共犯者としての罪責を負うかという点が問題になる。丙は『俺は抜け る』といっており,いわゆる着手前の離脱として離脱を肯定するという考え方もありえるし,丙の役割の重大性に鑑 みて離脱を否定するという方向でも良い。離脱を否定した場合,Aの傷害や保険金の請求が共謀の射程内にあるか否 かを検討する必要がある。 罪数処理も忘れないように。対乙(認めるなら)と対Aは観念的競合,保険金は併合罪だろう。 11 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑法 解答例 1 乙同意による違法性阻却を肯定・A傷害結果につき過失犯成立・丙の離脱を否定 解答例 第1 甲乙の罪責について 1⑴ 甲乙は,共謀の上,×月×日,交差点において甲運転の X車を乙運転のY車に衝突させ,乙は加療約2週間を要 する頸部捻挫の怪我を負っている。従って,人の生理的機 能を障害したものとして,傷害罪(刑法204条)の構成 要件に該当する。 ⑵ もっとも,右一連の行為から傷害結果が生ずることに つき被害者である乙自身が同意している。かかる事情が 行為の違法性を阻却するのではないかが問題になる。 ⑶ この点,判例は本件類似の事案につき,①承諾の同意・ 目的,②創傷の部位・程度,③手段・方法等の社会的相当 性を考慮して決すべきとする。 しかしながら,被害者の同意によって違法性阻却を導 く根拠は,同意による法益の要保護性の減少に求められ るに他ならないのであり,社会的相当性のごとき要件を 付加するべきではない。そのように解しないと,公序良俗 違反自体を実質的に罰することになるし,同意に際して より社会的に有用な行為をすること,といった余分な要 件を求めることになるからである。従って,生命に重大な 影響を与えるような傷害であれば格別,そうでない限り, 同意によって違法性は阻却されると解すべきである。 これを本件についてみるに,乙の傷害が上記程度の軽 微なものにとどまる以上,その同意により違法性は阻却 されるから,この点について両名に犯罪は成立しない。 2⑴ 次に,上記行為によってAは加療約1ヶ月を要する右 手首骨折の怪我を負っており,同様に傷害罪の成立が考 えられる。しかし甲乙はAを負傷させることの認識はな かったことから,Aに対する故意が認められるのかが問 題になる。 ⑵ そもそも,故意犯の場合,刑罰の根拠たる反対動機の 形成可能性は,行為者の認識した事実についてのみ問い うるので,「およそ人を傷害する意思」という抽象化する ことには疑問がある。法益主体(被害者)の相違は捨象 し得ない重要性を備えたものであるから,ある人に対す る故意があることにより,それと異なる別人に対する故 意を認めることはできないと解する(具体的符合説)。 ⑶ これを本件についてみるに,乙に対する傷害について 故意が認められるとしても,乙とは異なるAに対する傷 害の故意は否定される。 但し,甲乙は『自動車の運転上必要な注意を怠り,よっ て人を死傷させた』として,自動車運転過失致傷罪(刑 法211条2項)が成立する。 3 最後に,X車に付していた自動車保険の保険会社の担当 者Bに対して,自作自演の交通事故をもとに虚偽の慰謝料 12 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑法 及び休業損害の請求をしたが,結局支払われず目的を遂げ なかった点につき,『人を欺い』たものとして1項詐欺未遂 罪(刑法250条,246条1項)が成立する。 実行行為とは構成要件的結果を発生させる現実的危険性 を有する行為であるから,実行の着手は法益侵害の危険が 実質的客観的に発生した時点においてこれを認めるべきで あり,本件のごとき保険金詐欺の事案では,保険金の支払い を請求した時点でこれを認めるのが相当だからである。 第2 丙の罪責について 1 丙は,甲乙の上記一連の行為について,その謀議に参加し ていたものであり,共同正犯(刑法60条)としての罪責を 負わないかが問題になる。 もっとも,丙は途中で甲乙に『俺は抜ける』などといっ て実際の犯行には参加しておらず,共犯からの離脱が認め られるのではないかとも思われる。 2 共同正犯の本質は,2人以上の者が意思連絡のもと相互 に行為を利用補充し合って犯罪を行う点にある。 従って,共犯からの離脱を認めるには,①当初の謀議にお ける役割の重大性と②離脱に際してなされた行為とを相関 的に検討した上で,自ら共謀によって作出した法益侵害へ 至る危険性を積極的に除去する必要があると解すべきであ る。 3 これを本件についてみるに,①丙は当初の計画では自動 車の運転の実行犯として重大な役割を担い,報酬も甲乙と 均等な額を分配されることとなっていた。②しかるに丙は 甲乙に一方的に離脱の意向を伝えただけで,それ以上に甲 乙の犯行を阻止する手段を何ら講じていない。従って,離脱 は否定すべきである。 4 だとしても,ア.Aの傷害とイ.保険金の詐取について,共 謀の射程内にあるといえるか問題になる。この点について は,当初の謀議に照らし,合理的に想定可能と認められるか 否かによって決すべきである。 5 本件では,ア.については,夜の交差点で自動車事故を作 出するという計画がされていたものであるが,かような見 通しの悪い時間に人や車の通行の多い場所で事故を起こせ ば,付近にいる人にいかなる傷害が生じてもおかしくない というべきである。従ってAの傷害も当初の計画に照らし, 合理的に想定可能であるといえる。 イ.については,当初の計画と何ら変わるところはないか ら,肯定すべきである。 第3 以上を総合するに,甲乙丙には,それぞれAに対する自動 車運転過失傷害罪,保険会社に対する1項詐欺未遂罪の共 同正犯(刑法60条)が成立し,両者は併合罪(刑法45条前 段)となる。 以 上 13 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑法 解答例 答例 2 乙同意による違法性阻却を否定・A傷害結果につき乙に傷害罪成立・丙の離脱を肯定 第1 1 甲の罪責について 乙に対する傷害罪(刑法第204条)の成否 ⑴ 甲は,自動車衝突により乙に加療約2週間を要する頸 部捻挫を負わせており,傷害罪の構成要件に該当する。 ⑵ もっとも,右一連の行為から傷害結果が生ずることに つき被害者である乙自身が同意している。かかる事情が 行為の違法性を阻却するのではないかが問題になる。 ⑶ この点,違法性の本質は,結果無価値のみならず行為 無価値にもあり,被害者が身体傷害を承諾した場合の傷 害罪の成否は,承諾の存在という事実だけでなく,承諾 を得た動機,目的,身体傷害の手段,方法など諸般の事 情に照らして承諾に基づく行為の全体を社会的相当性の 見地から判断して決すべきである。 ⑷ 本件では,同意は保険金詐欺の行為の一部としてなさ れ,目的の違法の程度が高い。それに加えて,傷害の手 段方法が自動車を相手に衝突というそれ自体極めて危険 性が高いから,承諾に基づく当該行為は社会的相当性を 逸脱する。よって違法性は阻却されず,乙に対する傷害 罪が成立する。 2 Aに対する傷害罪の成否 ⑴ 甲の衝突行為により,Aに加療約1ヶ月を要する骨折 を負わせた点も,以下の理由により,傷害罪が成立する。 ⑵ 甲は,乙以外の者に怪我を負わせることを認識してい なかったので,「罪を犯す意思」(38条1項)を欠くと も思えるが,甲の認識は「人」への傷害行為であり,現 実に発生したのも「人」への傷害行為である以上,故意 が認められると解する(法定的符合説) 。また,甲は乙一 人を傷害するつもりであったが,故意の対象を抽象化す る以上,故意の個数は観念できない(数故意犯説)。 3 保険会社に対する詐欺未遂罪の成否 甲が,自動車保険会社の担当者に対して,虚偽の慰謝 料・休業損害の請求をしたが,支払われず目的を遂げな かった点につき,1項詐欺未遂罪(刑法250条,246 条1項)が成立する。保険金の支払いを請求した時点で法 益侵害の現実的危険性があり,実行の着手が認められる。 第2 乙の罪責について 1 乙は甲との事前謀議に基づいて甲とともに犯罪を実行し ているので,共同正犯として,①乙および②Aに対する傷 害罪,③保険会社に対する詐欺未遂罪の罪責を負わないか。 2 まず,①について,傷害を承諾した乙は,傷害の被害者 であると同時に傷害行為の共同正犯でもある。乙にとって は自傷行為にすぎず,構成要件該当性がない。よって,乙 は乙自身に対する傷害罪の共同正犯の罪責は負わない。 3 では,②Aに対する傷害罪の共同正犯の罪責を負うか。 14 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑法 ⑴ 乙は,甲とともに,自動車衝突行為によりAに怪我を 負わせており,傷害罪の構成要件の客観面に該当する。 ⑵ もっとも,乙は,「罪を犯す意思」(38条1項)を欠 くのではないか。乙は自傷行為を行う認識しかなく,錯 誤に関する法定的符合説の立場からも,Aに対する故意 は認められないとも思える。 ⑶ この点,乙は甲らとともに,夜間の交差点にて自動車 の衝突事故を起こすことを計画している。かような見通 しの悪い時間に人や車の通行の多い場所で事故を起こせ ば,その衝突の程度を限定制御することは困難であるか ら,付近にいる乙以外の人に傷害結果が生じることは認 識・認容しえたといえる。よって,乙には乙自身以外の およそ「人」に傷害結果が生じることへの認識・認容が 認められ,Aに対する傷害罪の故意が認められる。 以上より,乙は,Aに対する傷害罪の共同正犯(20 4条,60条1項)の罪責を負う。 4 そして,乙は,甲と共同して保険会社に対する保険金請 求をしており,③詐欺未遂罪の共同正犯が成立する。 第3 丙の罪責について 1 丙は①ないし③の共同正犯として罪責を負わないか。丙 は甲に「抜ける」と表明し,実際の犯行に不参加であり, 共犯からの離脱が認められないか,問題となる。 2 この点,共犯の処罰根拠は,共同正犯者を介した結果と の因果性にある。それゆえ,着手前の離脱行為によって結 果との因果性が遮断された場合には,離脱者は罪責を負わ ない。具体的には,離脱の意思表明と了承があることを中 心に,全体として物理的心理的因果性を解消したと評価し うる場合には,離脱が認められると解する。 3 本問では,丙は甲に電話で離脱を表明し,甲らは何ら意 見を述べていないが,甲乙丙3名で実行することはあきら めていると評価できる。離脱について他の共犯者は了承し ている。また,本件一連の犯罪行為の首謀者は甲であり, 丙は実行行為の一部を分担する予定,かつ利益を山分けす る謀議が成立していたが,犯行に使われた自動車は甲乙所 有であって,犯罪遂行の不可欠な道具を提供しているわけ ではない。丙の離脱行為によって,丙の物理的心理的因果 性は解消されたといえる。以上より,丙は甲乙らとの共犯 関係からの離脱が認められ,何ら罪責を負わない。 第4 甲には,①乙に対する傷害罪,②Aに対する傷害罪,③ 詐欺未遂罪が成立し,①と②は観念的競合(54条1項後 段),これと③が併合罪(45条前段)となる。 乙には②及び③が成立し,併合罪となる。甲乙の②Aに 対する傷害罪と③保険会社に対する詐欺未遂罪は共同正犯 (60条1項)となる。 以 上 15 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑法 【刑法】 受けててよかった!ズバリ・論点的中!! ハイレベル論文答練 2ndステージ・第3クール 以下の事案における甲乙丙の罪責を論ぜよ(特別法違反は除く。)。 遊び仲間である甲乙丙は,遊ぶ金もなかったため,集まって何をするともなく時間を持て余し ていたところ,乙は,以前に甲が「俺がアルバイトをしている工場の警備がずさんで驚いた」と 言っていたことを思い出し,甲がアルバイトをしていた工場(以下,「工場」という。)に何か金 目のものを盗み取ろうと甲丙に提案した。乙の話に甲は当初乗り気でなかったが,乙が話を進め, 丙もすっかりその気になっていたことから, 「じゃあ,やるか。」と応じて,乙に言われたとおり, 工場の所在地,侵入経路,侵入方法などの情報を乙丙に提供した結果,甲乙丙は工場から銅線を 盗むことを合意した。 犯行当日深夜,工場から数百メートル離れた待ち合わせ場所に乙丙が到着すると,甲の姿はな かった。乙丙がしばらく甲を待っていたところ,乙の携帯電話に甲からのメールが届き,そこに は「今回はパスさせてもらう。すまん。」と書かれていた。乙が丙にメールの内容を伝えると, 丙は「甲なんて放っておこうぜ。」と言い,工場に向かって歩き始めたので,乙は甲宛に「わかっ た。」とメールの返信をして,丙の後について工場に向かった。丙は,甲から夜は工場が無人で あると聞かされていたので,何ら凶器になるものを持参していなかったが,乙は,銅線を盗むこ とに成功した後,万が一発見され捕まりそうになったときには相手を脅して逃走するために使用 するつもりで,甲と丙には内緒で折りたたみナイフをポケットに忍ばせていた。 工場に到着した乙と丙は,工場を取り囲むフェンスを乗り越え,やすやすとその敷地内に立ち 入ると,甲に教えられたとおり,工場建物の裏手に回り,裏口の扉を破壊し,工場建物内に侵入 した。真っ暗な工場建物内で乙と丙が建物内の銅線置き場のすぐ手前まで来たとき,工場長Aが 工場建物に入ってきて,工場建物内に照明が灯った。乙と丙は,想定外の事態に驚き,銅線に手 を触れることなく,建物裏口から逃走した。工場前を東西に走る道路を乙と丙は左右二手に分か れて逃走したところ,Aは丙の後を追いかけた。工場の敷地から300メートルほど離れた地点 で,Aは丙に追いつくと,丙の左腕に手をかけた。丙は捕まるまいと思って,とっさに左腕を大 きく振りAの手を振り解こうとしたところ,Aは転倒して,その場にあった電信柱に頭を打ちつ けて全治2週間の傷害を負った。それを見た丙は,その場から逃走した。その後,丙は乙と落ち 合ったが,2人とも何も手にしていなかった。 16 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑事訴訟法 次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。 【事 1 刑事 訴訟法 例】 警察官Kは,覚せい剤密売人Aを取り調べた際,Aが暴力団組員甲から覚せい剤 の購入を持ち掛けられたことがある旨供述したので,甲を検挙しようと考えたが, この情報及び通常の捜査方法のみでは甲の検挙が困難であったため,Aに捜査への 協力を依頼した。Aは,この依頼を受けて,事前にKから受け取ったビデオカメラ をかばんに隠し,平成24年3月10日午前10時頃,喫茶店において,甲に「覚 せい剤100グラムを購入したい。」と申し込み,甲は, 「100グラムなら100 万円だ。今日の午後10時にここで待つ。」と答えた。Aは,Aと会話している甲の 姿及び発言内容を密かに前記ビデオカメラに録音録画し,Kは,Aからその提供を 受けた。 2 Kは,同日正午頃,Aから提供を受けた前記ビデオカメラを疎明資料として裁判 官から甲の身体及び所持品に対する捜索差押許可状の発付を受け,甲の尾行を開始 したところ,甲が同じ暴力団に所属する組員の自宅に立ち寄った後,アタッシュケー スを持って出てきたため,捜索差押許可状に基づく捜索を行った。すると,甲の所 持していたアタッシュケースの中から覚せい剤100グラムが入ったビニール袋が 出てきたことから,Kは,甲を覚せい剤取締法違反で現行犯逮捕した。 〔設 問〕 【事例】の中の1記載の捜査の適法性について,問題点を挙げ,論じなさい。 解答のポイント 本問は,おとり捜査の適法性とビデオカメラによる録音録画の適法性について,問題点を挙げて論じ させる問題である。 まず,全体的な注意点として,本件捜査が強制処分にあたるか任意処分にあたるかを認定することを 忘れないようにしたい。 次に,それぞれが任意処分にあたるとした上で,その許容性について検討する。 おとり捜査については,著名な判例(最決平16.7.12刑集58巻5号333頁)があるところなので,判例 に従って論述をすることが考えられる。判例に従う場合も,別の規範を立てる場合も,本件事実関係の 下では,おとり捜査は適法であると考えられる。 ビデオカメラによる録音録画については,形式的にはAが撮影録画していることをどう捉えるかがポ イントとなろう。捜査機関による依頼によって,警察官から借りたビデオカメラを使って撮影録画して いることに着目すれば,実質的には捜査機関によってなされたものと考えることができよう。 そのように考えた場合は,通常の,任意捜査としてのビデオ撮影の適法性を検討する枠組みで考える ことになる。必要性や相当性など,自分が立てた規範に従って,丁寧にあてはめをすることが求められ る。 17 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑事訴訟法 解答例 解答例 第1 1 おとり捜査の適法性 本件では,捜査機関の依頼を受けた捜査協力者Aが,そ の意図を相手方甲に秘して覚せい剤譲渡を働き掛け,相手 方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等 によりこれを検挙しようとしているから,これはおとり捜 査にあたる。 2 まず,本件おとり捜査は捜査協力者による働き掛けはあ るものの,被疑者は最終的には自分の意思で行動している から,重要な権利・利益の制約はなく「強制の処分」(19 7条1項但書)にあたらない。 3 としても,おとり捜査は捜査の公正を害するおそれがあ るから,無制約に許されるものではない。 とはいえ,少なくとも,①直接の被害者がいない薬物犯 罪等の捜査において,②通常の捜査方法のみでは当該犯罪 の摘発が困難である場合に,③機会があれば犯罪を行う意 図があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは, 197条1項本文に基づく任意捜査として適法であると解 すべきである。 4 本件捜査は,覚せい剤取締法違反事件を対象としており, 直接の被害者がいない薬物犯罪の捜査である(①) 。また, 捜査協力者Aからの情報及び通常の捜査方法のみでは甲の 検挙が困難であり,犯罪の摘発が困難である場合であった (②)。さらに,甲は,Aに覚せい剤の購入を持ちかけるな ど,既に覚せい剤の有償譲渡を意図して買手を求めていた のであるから,甲は機会があれば犯罪を行う意図があると 疑われる者に該当する(③)。 したがって,本件捜査は任意捜査として適法である。 第2 録音録画の適法性 1 本件では,警察官KがAに捜査協力を依頼し,Aはこの 依頼を受けて,事前にKから受け取ったビデオカメラをか ばんに隠し,甲の姿及び発言内容を密かにビデオカメラに 録音録画している。 このように,捜査機関に依頼されて私人がした行為は, 形式的には私人によりなされていても,実質的には捜査機 関によりなされたものと評価できる。 そこで,本件の録音録画は実質的には捜査機関によりな されたものとして,その捜査の適法性を検討する。 2 まず,本件録音録画は公衆が自由に出入りできる喫茶店 においてなされているから,厳密な意味でのプライバシー という重要な権利・利益の侵害はなく, 「強制の処分」には あたらない。 3 もっとも,「強制の処分」にあたらないとしても,何らか の法益を侵害し,または侵害するおそれがあるのであるか ら,無制約に許されるものではない。 18 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑事訴訟法 そこで,①必要性と②被侵害法益を比較衡量した上,具 体的状況の下,相当と認められる限度においてのみ適法で あると解する。 4⑴ 本件では,おとり捜査の際に甲の姿及び発言内容を密 かにビデオカメラに録音録画しているところ,甲は機会 があれば犯罪を行う意図があると疑われる者に該当する から,Aの働き掛けによって覚せい剤を譲渡する旨の発 言をする可能性が高い。 そしてこの発言は,将来の公判を維持するための証拠 となるから,これをビデオカメラによって録音録画する 必要性がある。 また,覚せい剤譲渡事件においては,覚せい剤引渡し の際に捜索差押許可状によってこれを差押えることが犯 人検挙のための有力な手段であるところ,売買契約成立 後,覚せい剤の引渡しまでには本件のように時間的間隔 が短いことも多い。 とすれば,ビデオカメラを疎明資料とすることによっ て,速やかに裁判官から令状の発付を受けるという必要 性も認められる。 加えて,対象犯罪は,営利目的覚せい剤譲渡罪という 重大犯罪であり,取引量も100グラムという大量であ り,かつ,暴力団として組織的に行われているものだと 考えられるから,捜査の必要性は高いといえる。(以上 ①)。 ⑵ 次に,被侵害法益については,本件では喫茶店という 公衆が自由に出入りできる場所で録音録画がなされてい るから,厳密な意味でのプライバシー侵害はない。 もっとも,喫茶店においては他人から容ぼう等を観察 されること自体は受忍せざるをえないとしても,発言内 容まで事細かに録音されないという期待は存在する。 とはいえ,本件発言が喫茶店においてなされているこ とからすると,その期待はそれほど高いものとはいえな い(以上②)。 ⑶ 以上より,①必要性と②被侵害法益を比較衡量すると, 本件捜査は具体的状況の下,相当と認められる。 したがって,本件捜査は適法である。 以 上 19 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑事訴訟法 ・ビデオ撮影の適法性 ビデオ撮影の法的性質は,写真撮影と基本的に同様と考えられている。 そのため,写真撮影の論点に関する応用問題になる。しかし,ビデオ撮影は写真撮影と比較して, 取得される情報量が多く,①犯罪発生前からの継続撮影であること,②常時稼働状態で設置され, 連続的な記録を行うテレビカメラであることなどの考慮が必要になる。 1 判例 ⑴ 写真撮影の適法性に関する判例 京都府学連デモ事件(最判昭44.12.24/百選[第8版][9]) 事案: 被告人は,デモ行進に参加し,先頭集団の列外最先頭に立って行進していた。その 行進の許可条件違反などの状況を視察,採証の職務についていたA巡査は,右許可条 件に違反した状況を現認し,違法な行進の状況や違反者を確認するため,被告人の属 する集団の先頭部分の行進状況を撮影した。 判旨: 「何人も,その承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有す るものというべきである。」しかし,「現に犯罪が行われもしくは行われたのち間がな いと認められる場合であって,しかも証拠保全の必要性および緊急性があり,かつそ の撮影が一般的に許容される限度を超えない相当な方法をもって行われるとき」は裁 判官の令状がなくても警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されると判示した。 ⑵ ビデオ撮影の適法性に関する判例 ① 山谷テレビカメラ監視事件(東京高判昭63.4.1/百選[第9版][10]) 「①当該現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合であり,②あら かじめ証拠保全の手段,方法をとっておく必要性及び緊急性があり,かつ,③その撮影,録 画が社会通念に照らして相当と認められる方法でもって行われるときには,現に犯罪が行わ れる時点以前から犯罪の発生が予測される場所を継続的・自動的に撮影,録画することも許 されると解すべき」であるとした。 ② 東京地判平17.6.2/平18重判[1] 「本件ビデオカメラによる撮影は,……公道に面する被告人方玄関ドアを撮影するという プライバシー侵害を最小限にとどめる方法が採られていることや,本件が住宅街における放 火という重大事案であることに鑑みると,本件ビデオカメラの撮影が,弁護人が指摘するよ うな犯罪発生の相当高度の蓋然性が認められる場合にのみ許されるとするのは相当ではなく, また,被告人に罪を犯したと疑うに足りる相当な理由が存在する場合にのみ許されるとする のも厳格にすぎると解される。むしろ,被告人が罪を犯したと考えられる合理的な理由の存 在をもって足りると解すべきである」。そして,本件では,犯罪の嫌疑,撮影の必要性,緊急 性,相当性が認められるとして,ビデオテープの証拠能力を肯定した。 ③ 最決平20.4.15/百選[第9版][9],平20重判[1] 事案: 本件は,金品強取の目的で被害者を殺害し,キャッシュカード等を強取し,同カー ドを用いて現金自動預払機から多額の現金を窃取するなどした強盗殺人,窃盗,窃盗 未遂事案である。捜査の過程で被告人が本件にかかわっている疑いが生じ,警察官は, 公道上及びパチンコ店内において,被告人の容ぼう等をビデオ撮影した。 決旨: 各ビデオ撮影は,防犯ビデオに写っていた人物の容ぼう,体型等と被告人の容ぼう, 体型等との同一性の有無という犯人特定のために重要な判断に必要な証拠資料を入手 するため撮影したものであり,いずれの場所も通常,人が他人から容ぼう等を観察さ れること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである。以上からすれば,これ らのビデオ撮影は捜査目的を達成するため,必要な範囲において,かつ,相当な方法 によって行われたものといえ,捜査活動として適法なものというべきである。 20 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑事訴訟法 2 学説 写真撮影の法的性格 ア 任意処分説 (理由) 写真撮影は,物理的強制力を用いたり,人の自由意思を制圧したりするものではないから, 強制処分とはいえない。 (批判) 強制処分を直接強制・間接強制によるものとし,肖像権の侵害という個人にとって重大 な利益を損なうことを考慮しないのは疑問である。 イ 重要利益侵害説(田口) (理由) 撮影態様によって任意処分と強制処分とを区別し,重要なプライバシー権が侵害される 場合を強制処分としたうえで,公道でのプライバシーは住居内のそれに比べて保護の期待 権が減少していることから,公道上での写真撮影は任意処分とする。もっとも,一定のプ ライバシー権の侵害はあるのであるから,写真撮影の必要性,緊急性,相当性が認められ ない場合は違法となる。 ウ 強制処分説(田宮) (理由) 写真撮影は,被撮影者のプライバシー権などを侵害するので強制処分である。 ⑵ 強制処分法定主義との関係 ア 強制処分である写真撮影が許されるには法文上の規定が必要であり,218条ないし220条の 場合以外は許されないとする説(三井) (批判) 写真撮影の許される根拠をこのように厳格に解すると,捜査の現実的要請を無視してい る。 イ 218条2項,220条1項2号を類推適用する説(光藤) 実質的に逮捕できる状況がある場合には,証拠保全の必要性から認められると解する。 (理由) 写真撮影は,既存の強制処分(検証)と近似した性格をもつので,検証に準じた扱いが 許される。 (批判) 逮捕を伴わない緊急検証を認めることになり妥当でない。 ウ 「新しい強制処分」説(田宮) (理由) 197条の「強制処分」とは,立法時に予定された古典的強制処分を意味するから,写真撮 影のような新しいタイプのものはその中に含まれない。しかし,強制処分の一種として令 状主義の精神にそって,解釈・構成される必要がある。したがって,①犯罪の嫌疑が明認 される場合,②証拠としての必要性が高く,③緊急事態であり,④撮影方法が相当である 場合には許されるとする。 ⑶ ビデオ撮影の適法性 学説は,写真撮影に関する上記にあげる京都府学連事件判決(最判昭44.12.24)の射程をど う理解するのかについて,同判決が示した要件(特に現行犯性)をみたす限りにおいて認めら れるとする見解(限定説)と,事案が異なればこれと異なる要件でも認められるとする見解(非 限定説)を両極として対立しているが,裁判実務上は非限定説が採られている。最決平20.4.15 では,公道上・パチンコ店内におけるビデオ撮影を,現行犯性とは関係ない場面で適法として いる。 ⑴ 21 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・刑事訴訟法 【刑事訴訟法】 受けててよかった!ズバリ・論点的中!! ハイレベル論文答練 2ndステージ・第1クール 次の記述を読んで,後記の設問に答えなさい。 警察官Aは,商社に勤務しているBから腕時計を奪われたという強盗の被害届があったこと から,Bを被害者とする強盗事件(以下,「本件強盗事件」という。)について捜査していた。 Aが,犯人の容貌について,唯一の目撃者でもある被害者Bに尋ねたところ,Bは,「顔につ いては,はっきりとは思い出せないが,身長は170センチくらい,やや太り気味で,足を引 きずるような歩き方をしていた。あのような歩き方をする人物は知り合いにはいない。」と述 べた。 その後Aは,古物商から,盗品の疑いがある財物が持ち込まれたとの通報を受けた。Aが聞 き込みをしたところ,古物商に持ち込まれた財物が,Bが強取されたと述べていた腕時計と同 一のものであり,また,古物商の防犯ビデオに映っていた当該腕時計を持ち込んだ人物(以下 「甲」とする。)の身長が170センチ程度であり,やや太り気味であったので,Aは,甲が, 本件強盗事件の犯人である可能性が高いと考えた。 そこで,Aは,甲が犯人であるかどうかの確認をBに求めるため,令状の発付を受けること なく,繁華街の公道上を歩いていた甲の容貌及び挙動等を,手提げかばんに隠したデジタルビ デオカメラを用いて,通行人を装いつつ,前後左右から5分間撮影した。撮影に際して,Aは, 常に甲から2メートルほどの距離を保つようにしていた。 〔設問1〕 Aが行ったビデオ撮影は強制の処分か。 〔設問2〕 仮に,Aが行ったビデオ撮影が強制の処分ではないとして,このビデオ撮影は適法か。 22 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・一般教養 以下の2つの文章を読んで,後記の各設問に答えなさい。 資料文 一般 教養 省略 〔設問1〕 [B]の筆者が,下線部にあるように,社会科学においては「文化事象を「客観 的」に取り扱うことには意味がない」と主張する理由について,文化事象(社会 現象と同義。設問2においても同じ。)の具体例を挙げつつ,10行前後で説明しな さい。 〔設問2〕 [A]で示唆されている科学観から,[B]の下線部に対して反論しつつ,社会科 学においても「文化事象を「客観的」に取り扱うことには意味がある」とする立 論を10行前後で記述しなさい。 解答例 第1 設問1について 英国の産業革命の歴史の法則を客観的に把握し、その法則を 理解しても、その法則はそのまま、ドイツの産業革命の歴史の 理解には使えない。なぜなら、社会科学の論理は、その時代・ その国民の生活の現実が持つ、価値理念に基づく文化の意味・ 意義によって異なる。自然科学の論理は、自然の要素である素 粒子を対象とする実証科学である。その法則は、時代・国民に よって異なる結論をもたらさない。イギリスでもドイツでもそ の法則は正しい。このように、社会科学における客観と自然科 学における客観とは異なる 第2 設問2について 自然・物質を研究対象とした実証科学が自然科学である。検 証された論理は、だれでもどこでも、同じ結論をもたらす。 「正 しい」結論と「命題」が獲得できる。この意味で社会科学は(狭 い意味での)科学に値しないと言える。 経済学もこの点で同じである。しかし数学の論理を使って、 たとえば比較優位の原理を体系化すれば、それは数学の論理で あるから、人の価値・主観によっても結論が異ならない。自然 科学と同じ結論となるので、国際貿易という文化事象を客観的 に取り扱う意味がある。 以 23 上 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1 2 3 4 5 6 7 8 9 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・一般教養 解答のポイント 一 はじめに 本問は、一般教養の問題である。ここでは「教養」は専門の対句として使われている。正確には、 教養こそ、領域が深く、その定義が漠然としており、把握が難しい。その点で、専門科目より深く、 高度で、専門的である。 しかし、解答が、10行(1行約28字)前後という限定があるので、おのずから絞りがかかる。 二 前提知識 この課題を理解するには、次の基礎知識が前提となる。 1.科学とは何か。その定義。 2.自然科学と社会科学との相違。 3.数学は厳格には、科学ではない。 4.経済学に数学が使われるようになって、近代経済学が応用数学となった。その点で、社会科 学のなかで、経済学が、まず自然科学のような科学性を取得した。その代表者の一人がポー ル・サミュエルソンである。比較優位はその成果の1つ。 三 各論 1.科学の定義 ⑴ デカルト的定義 対象が自然現象。特に物資・自然。要素還元主義によって、細分化して分析を進める。 仮説を作る。それを実験試験で繰り返す。同じ条件で同じ結果(自分の仮説)が検証され得 る時、その仮説は科学となる。 これにより、現在は、物質は素粒子と言われ、①物資を形づくりフェルミオンと、②力を伝 えるボソンという、二種類のグループにまとめられる。共に6種類の素粒子が存在する。フェ ルミオンはクォーク6種と、レプトン6種があり、ボソンは、グル―オン、ウィークボソン、 光子、グラビトンの4種である。最近、ヒッグス粒子が発見されたというニュ-スがあった。 この立場では社会科学は、厳密には、科学ではない。では社会科学のいう科学は何か。 ⑵ 社会科学的定義――マックス・ウエーバーの定義 [B]の中で述べられている。経験的なものを「法則」に還元すること。 参考文献:マックス・ウエーバー著「宗教社会学論選」(みすず書房) 大塚久雄著「社会科学の方法」岩波新書 ⑶ カール・ポパーの科学 対象で分けないで、分析方法で分ける。社会科学も含む。ある理論なり言明が「科学」的なも のであるためには、①反証可能なもの、②反駁ないしテスト可能なものでなければならない。 科学と非科学の境界基準は、この「反証可能性」、「反駁可能性」、「テスト可能性」である。自 分の仮説としての命題が、1つの事実(反証という)で否定されれば、その仮説は科学にならな い。自分が検証した(基礎づけた)証拠によって論証されることが「科学」化を意味するのでは なく、他人が事実をもって反証・反駁できることが「科学」の意味である。 参考文献:関雅美著「ポパーの科学論と社会論」勁草書房 ⑷ 法律学者の科学の定義 ここは少しく詳しく学ぼう。今後出題される可能性がある。文献を上げる。 参考文献:来栖三郎教授の1953年の秋の学会報告。その著「解釈と法律家」私法第11号 1954年・川島武宜著「科学としての法律学」1958年。弘文堂。 24 LEC・平成24年度司法試験予備試験論文式試験・一般教養 論点: ①法解釈は価値判断を含むか。 ――含む・しかし、それは規制(裁判・判例等)の枠内での価値判断であって、解釈者 の自由な価値判断ではない。 ②価値判断の混入は主観性の導入を伴うか。 ○客観説(川島等)――価値判断の混入は、必ずしも法解釈の主観化を伴わない。 ○主観説(来栖等)――価値判断の混入は、その限りで、法解釈の主観化を招く。 ③法解釈の主観性はいかに対処するか。 ――詳しくは、碧海純一著「法学における理論と実践」135p以下。学陽書房。 2.自然科学と社会科学の相違 前述の通り、簡単に述べた。 3.数学は科学か。 定義にあてはめると、科学ではない。厳格な意味で。その仮説が論証されていない。反証されて いない。だから科学ではない。しかし、通常は科学とされている。 それは、数学は論理の展開が、正確であり、明晰であることを、特色としている。この長所を取 り上げて科学としている。しかしこれは正確な意味では科学ではない。 数学の論理は、いわば、音楽や絵画のように作者の純粋な主観の創造物である。 その美しさや出来栄えを、他の証拠物で実証はできない。反証もできない。ただ感じるだけ。脳 で感じるだけ。右脳という。 たとえば、1+1=2からスタートする論理。1+2=1からスタートする論理。どれも論理的 に展開できる。また、ユークリッド幾何学においては、平行線が①交わらない。しかし、これを平 行線が、②先で交わる。③先で広がる。という論理がある。どれも正確・明晰な論理である。 応用数学 ――この3つのうち、どの数学を使うかは、自分の仮説を説明するのに、どの数学の論理が使 えるかで決まる。赤道に立って、北の方向を仮説とする事例の場合は、②の幾何学を使う。 北極に立って赤道方向に問題を展開する人は、③の幾何学を使う。どれも応用数学となる。 サミュエルソンは、自分の経済の問題を正確・明晰に論ずるために、当時の数学を使った のである。 ★欧米では、経済学は理系である。日本は文系だが、これは例外。 サミュエルソンの経済への応用数学 ――マクロの総需要管理政策によって経済を完全雇用水準に導いた(ここまではケインズ)後、 新古典派ミクロ理論の価格メカニズムの資源配分や所得分配機能(ここは新古典派理論) が回復する、という論理。ケインズ派と新古典派を架橋する理論。それゆえ、彼の学説は、 新古典派総合という。この架橋・連続性を数学を使って組み立てた。彼以前には、すでに、 パレート・ヒックス・ワルラスが数学を経済に導入した。経済現象を数学の手法で説明を した。この応用数学の流れをすすめたのが、サミュエルソンである。 以 25 上 著作権者 株式会社東京リーガルマインド (C) 2012 TOKYO LEGAL MIND K.K., Printed in Japan 無断複製・無断転載等を禁じます。 LL12714