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停滞が続くインドへの資本流入

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停滞が続くインドへの資本流入
みずほインサイト
アジア
2012 年 7 月 9 日
停滞が続くインドへの資本流入
アジア調査部シンガポール駐在
背景にある政策不信はようやく緩和の動き
+65-6304-1935
小林公司
[email protected]
○ 3月以降、インドへの資本流入が停滞し、ルピーが急落。世界的なリスク回避や国内経済の悪化の
みならず、キャピタルゲインに関する税制変更等で投資家の政策不信が強まったことも大きな要因
○ 6月末になり政府は、投資家から批判を受けた税制変更をようやく修正する動き。税制の混乱を避
けていた投資家が市場に戻ることで、当面の資本流入は底入れし、ルピーも下げ止まる可能性
○ 今後、資本流入を持続させるには、政策への不信を信頼に転じる必要。シン政権は、2014年に見込
まれる次回総選挙までに残された時間の中で、改革を着実に実行して投資家の信頼を回復すべき
筆者は、みずほインサイト「不安定化するインドへの資本流入」(2012年2月14日発行)で、2011年
後半にインドへの資本流入が停滞し、これを反映してルピー相場は急落したことを分析した。その後、
資本流入は2012年1~2月に盛り返したものの、同インサイトで指摘した通りその実態は不安定なもので、
果たして3月以降は再び停滞している。ルピー相場も、年初の小康を経て3月以降に再び急落しており、
本稿執筆時点では対ドルで55ルピー台と史上最安値圏にある(図表1)。
本稿では、2月のインサイトをフォローし、インドへの資本流入の動向を改めて分析する。シンガポ
ールを拠点にインド投資を行っているヘッジファンドと
の議論を織り交ぜながら、資本流入が停滞している現状
と背景、実体経済への影響、今後の展望を論じる。
図表1
対ドル相場(月中平均)
(2011年1月=100、逆目盛)
90
95
1.資本流入の現状
(1)年初は証券投資を中心に一時的に盛り返す
100
まず、国際収支統計により、財サービス、資本の対外
105
取引について全体像を整理する。同統計は、2012年1~3
110
月期まで公表されている。
通
貨
安
ユーロ
115
財サービス等の取引を示す経常収支は、昨年初から赤
字の拡大が続いている。経常赤字の名目GDP比は、昨年10
~12月期の4.4%から今年1~3月期は4.5%となり、中央
銀行のインド準備銀行(RBI)が持続可能と位置づける
1
ルピー
韓国・ウォン
120
125
2011/1
タイ・バーツ
マレーシア・リンギ
12/1
(資料)米連邦準備制度理事会
6 (年/月)
3.0%を上回る水準で推移している。1~3月期は、財貿易収支がGDP比▲10.6%と大幅な赤字となり、高
水準の経常赤字につながった。通関統計で財貿易の詳細をみると、財輸出は世界経済を反映して停滞し
たのに対し、財輸入は原油を中心に堅調に推移した。インド国内では公定燃料価格が国際市況よりも低
く維持されるため、国際市況が今春まで高水準だったにもかかわらず燃料需要は旺盛に推移し、原油輸
入額(≒国際市況×需要量)の膨張をもたらした。
一方、経常赤字をファイナンスする資本流入については、資本収支黒字(=純流入)が10~12月期の
GDP比1.7%から1~3月期は同3.4%と3期ぶりに拡大した。内訳をみると、証券投資の流入が急増したが、
直接投資は3期連続で縮小し、その他は横ばいだった(図表2)。
(2)3 月以降は再び低迷
次に、国際収支統計以外の関連指標から足元までの状況を確認する。まず、通関統計をみると、貿易
収支は5月まで高水準の赤字を続けていることから、経常収支も大幅な赤字が継続しているとみられる。
一方、外国機関投資家(FII)の証券投資は、昨年12月から今年2月まで流入幅が急速に拡大しており、
国際収支統計と整合的な動きをみせている(図表3)。その背景には、停滞する資本流入をてこ入れす
る目的で、インド政府が時限措置としてFIIの債券投資上限枠を12月から2月まで引き上げたことがあっ
た1。この措置が呼び水となって債券を中心としてFII証券投資が一時的に盛り上がった。しかし、3月以
降、FIIの証券投資は以前の水準まで落ち込んでおり、時限措置の終了に伴って息切れしたことが確認
できる。
また、FII証券投資以外の資本流入関連指標をみると、対内直接投資(暫定値ベース)と対外商業借
入(ECB)が4月まで概ね横ばいにとどまっている。
以上の通り、経常収支は高水準の赤字が続いているとみられる一方、資本流入は政策効果により年初
に証券投資を中心に一時的に盛り返したものの、3月以降に再び低迷している。その結果、経常赤字を
ファイナンスする資本流入が不足し、3月以降のルピー安がもたらされたと考えられる。
図表2
10
国際収支(名目 GDP 比)
(%)
直接投資
その他
経常収支
図表3
80 (億ドル)
70
60
50
40
30
20
10
0
▲ 10
▲ 20
2011/10
12/1
証券投資
資本収支
資本流入
経常黒字
5
0
資本流出
経常赤字
▲5
2008
09
10
11
資本収支関連指標
12 (年)
(注)対内直接投資は暫定値ベース
(資料)RBI、インド証券取引委員会
(資料)RBI
2
FII証券投資
対内直接投資
ECB
↑
流
入
4 (年/月)
流
出
↓
2.資本流入停滞の要因
(1)世界的なリスク回避、国内経済のファンダメンタルズ悪化、インドの政策に対する不信
インドへの資本流入が停滞した背景として、主に以下の3点が指摘されている2。
第一は、世界的な投資家のリスク回避姿勢(リスクオフ)である。欧州債務問題を引き金に安全資産
と目されるドルや円が選好されており、相対的にリスクの大きいルピーをはじめとする新興国通貨建て
の資産は敬遠されている。もっとも、ユーロや主要アジア通貨に比べて、ルピーの対ドル相場の下落ぶ
りは突出している(前掲図表1参照)。したがって、投資家のルピー資産離れには、インド固有の要因も
あると考えられる。
第二は、インド経済のファンダメンタルズ悪化である。1~3月期の実質GDP成長率は4期連続の減速で
前年比+5.3%にとどまり、2008年のリーマンショック時をも下回る7年ぶりの低成長となった。一方、
5月の卸売物価指数は前年比+7.5%に高止まり、RBIが適切とする+4.0~4.5%を上回る。さらに財政
収支も2012年度予算では名目GDP比▲5.1%と赤字が見込まれ、前述の経常赤字とともに「双子の赤字」
となっている。
第三は、インドの政策に対する不信である。本稿冒頭で紹介した2月のインサイトでは、総合小売業
への直接投資解禁が僅か11日間で撤回されたこと(昨年12月)、2008年に実施された携帯電話周波数の
事業者割当を無効として再入札を命じる最高裁判定があったこと(今年2月)など、重要な決定が覆さ
れるイベントが表面化し、インドの政策に対する投資家の不信が高まったことを指摘した。3月以降も、
後述する通り、税制を中心に政策不信に拍車を掛ける動きが相次ぎ、資本流入の停滞をもたらしたとみ
られる。
筆者が駐在するシンガポールは、①インド系企業や住民が多く、インド関連の経済情報を入手しやす
い、②インドとの租税条約に基づき、居住者にはインド投資からのキャピタルゲインについてゼロ%税
率が適用されるなどのメリットがあるため、インドに投
資するファンド(インドにとってのFII=外国機関投資
図表4
3 月以降の政策展開
家)が多い。そこで筆者は、シンガポールに所在する複

大型地方選挙で与党敗北
数のインド特化型ファンドと面談し、上記3つの要因につ

2012 年度予算演説で、従来の財政赤字
いての見解を聴取した。果たして、これらファンドの見
削減計画を 1 年間先送り。総合小売業
解は、3つの要因が絡み合うなかで、特に政策不信の影響
の直接投資解禁や、土地収用法の見直
が大きいというものだった。
しなど、改革への決意表明も不十分
また、RBIが今年4月に公表したレポートでは、最近の

2012 年度財政法案を公表。過去の間接
直接投資停滞の要因を実証分析しており、ファンダメン
取引で生じたキャピタルゲインへの
タルズよりも政策不信の要因が強いとの結論を導いてい
遡及課税、一般的租税回避規定(GAAR)
る3。
を盛り込む
(資料)各種資料により、みずほ総合研究所作成
3
(2)3 月以降、投資家の政策不信に拍車
以下では、投資家の不信に拍車をかけた今年3月以降の政策展開を振り返る(図表4)。既に、みずほ
インサイト「インドの大型地方選と予算案が示唆する経済改革の行方」(2012年3月21日発行)におい
て、①シン政権が3月6日の大型地方選挙に敗れて指導力を低下させたこと、②同16日の2012年度予算演
説では従来の財政赤字削減計画を1年間先送り、総合小売業の直接投資解禁や土地収用法の見直しなど、
経済改革への決意表明も不十分だったことを指摘した。
その後、さらに政策不信に拍車を掛けたのは、3月16日提出の2012年度財政法案に盛り込まれた二つ
の税制変更だった。
第一に、インド資産の間接移転という取引形態に関して、所得税法を1962年の施行時に溯って改正し、
過去の間接移転で生じたキャピタルゲインに遡及課税することが提案された。この背景には、2007年に
英国ボーダフォンが、ケイマン諸島法人の持株会社を買収したことにより、持株会社傘下のインド携帯
電話企業もボーダフォンに間接移転したケースがあった。ボーダフォンにケイマン諸島法人の株式を売
却した香港ハチソンには、キャピタルゲインが生じている(図表5)。インド税務当局は、このように
外国株を介した間接移転をインド資産の取引とみなし、ボーダフォンに対して約22億ドル(1,760億円)
のキャピタルゲイン税を源泉徴収の形で納付するよう求めていた。今年1月の最高裁判決で、間接移転
はインド資産の取引に相当せず、課税対象にならないと結論された。これに対してインド政府は、その
2カ月後、間接移転をインド資産の取引として課税できるよう、所得税法の遡及改正案を提出したので
ある。財政法案は国会審議を経て5月に可決され、間接移転への遡及課税も原案通り承認されている4。
特殊な形態の取引に限定されるとはいえ、最高裁判決を覆す法改正が行われたことは、「インドの税制
全般に同様の遡及変更リスクがあるとの懸念を世界中に広げた」(シンガポールのファンド関係者)。
第二に、一般的租税回避規定(General Anti Avoidance
Rule、以下GAAR)を、今年4月1日から導入することが提案
された。インドの課税を逃れる目的で、①税法の濫用、②
図表5
間接取引の事例
ボーダフォンはハチソンのキャピタルゲイ
ン税を源泉徴収してインドに納税すべき?
実態を伴わないペーパーカンパニーの設立、③通常の目的
では用いられない取引、④通常の取引では存在しない権利
の捏造という4条件のうち、いずれか一つを犯したケース
ボーダフォン
株式代金
ハチソン
を「容認できない租税回避行為」と認定して課税強化する
という内容だ。インドはモーリシャスやシンガポールなど
と二重課税排除の租税条約を結んでおり、GAARは同条約の
濫用を狙い打ちした措置とみられている。投資家がモーリ
持株会社
(ケイマン法人)
株式取得
シャスやシンガポールからインド資産を取引すれば、イン
ドの課税を回避して両国のゼロ%キャピタルゲイン税率
を享受できるからだ。実際に、インドへの投資は両国を通
じて行われるケースが多く、直接投資の累計額は1位がモ
ーリシャスの38%、2位がシンガポールの10%だ5。FII証
4
携帯電話
企業
(インド法人)
(資料)各種報道により、みずほ総合研究所作成
券投資についても、50%程度がモーリシャス経由との見方がある。こうしたなか、各国の投資家からは、
「容認できない租税回避行為」の4条件が曖昧であり、税務当局は恣意的にGAARを発動しうるとの懸念
から、インドに安心して投資をできないとの批判が上がった。このため、財政法案のうち、GAARについ
ては導入を1年先送りして2013年4月からと修正した上で、国会で可決された。しかし、規定が曖昧なこ
とに変わりはなく、筆者が面談したファンドの間でも解釈が割れるなど6、GAARを巡る混乱は最近まで続
いた。
3.資本流入停滞による経済への影響
(1)国際収支危機のリスクは小さい
資本流入の停滞に伴ってルピーが下落したことに対し、RBIは下落ペースを緩和する目的でルピー買
い介入を行っている。この結果、インドの外貨準備は縮小し、外準が輸入額の2週間分に枯渇した1991
年の国際収支危機が再来するのではないかとの議論が国会でなされた7。
しかし、外準は今年1~3月期時点で月間輸入額の6.3倍であり、健全レベルの目安とされる3倍を超え
る。短期対外債務に対する外準の比率も昨年10~12月期時点で1.6倍であり、適正規模の目安とされる1
倍を上回っていることから、突然の債務引き揚げリスクにも対応できる(図表6)。為替政策が固定制
だった1991年当時は、ルピー安を止めるために大規模なルピー買い介入を行う必要があった。これに対
し、現在は管理フロート制であり、急変動を緩和する程度の介入しか行わないため、外準が一気に枯渇
するリスクは小さい。
(2)インフラ投資に必要な資金の不足や、ルピー安を通じた物価上昇などのリスクには要注意
しかし、資本流入の停滞に全く問題がないわけではない。月間輸入額や短期対外債務に対する外準の
比率は徐々に低下する傾向にあり、国外資本を取り入れて外準のレベルを適切に保つ必要がある。
また、インドはインフラ等の固定資本投資を行うための資金を必要としており、国内資金で不足する
部分は国外に頼らねばならない。マクロ的には
図表6
国内貯蓄-国内投資=経常収支
外貨準備
(倍)
15
14
13
12
収支は赤字となり、そのファイナンスには国外資本の流
11
10
入(もしくは外準の取り崩し)が必要となる。RBI(2012b) 9
8
7
は、今年度からの第12次5カ年計画の期間中、国内投資が
6
5
国内貯蓄を上回って名目GDP比3.3%の経常赤字となり
4
3
(期間平均)、これをファイナンスし、かつ外準も積み
2
1
増すには同3.8%の資本流入が必要だと見積もる。これに
0
対し、2011年度(2011年4月~12年3月)の資本流入は同
2005 06
外準/月間輸入額
の関係が成り立ち、国内投資が国内貯蓄を上回ると経常
3.6%にとどまり、四半期別では10~12月期に同1.7%へ
落ち込む局面があるなど不安定に推移した(図表7)。前
5
6.3
外準/短期対外債務残高
1.6
07
08
09
10
11 12
(年/四半期)
(注)短期対外債務残高は残存期間ベース
(資料)World Bank、インド統計計画実行省
述の通り、年度明けの4月以降も資本流入は停滞しており、安定的なインフラ資金の確保には不安があ
る。
資本流入の停滞に伴うルピー安についても、ムカジー財相(当時)が「大変心配なことだ」と発言し
ているように8、その経済的影響を無視できない。
マクロ的には短期対外債務を十分にカバーする外準があるとはいえ(前掲図表6参照)、個別企業レ
ベルではルピー安によって外貨建て借入の返済に苦しむ企業が出てくると懸念される。2007年に急増し
たECB等の外貨建て企業借入が5年程度の満期を迎えつつあり、2012年度は140億ドル規模の償還が見込
まれている。景気減速で企業収益が悪化している上に、昨年来のルピー安で外貨建て借入の返済負担は
増しており、既に債務不履行に陥る企業が現れ始めたとの報道もある9。
また、ルピー安は、インフレ圧力を強める要因にもなる。RBI(2011)は、主要通貨に対してルピー
が10%下落すると、WPIは短期的に+0.6%、長期的には+0.9%高まるとの実証分析結果を示している。
筆者が昨年11月にRBI幹部と面談した際にも、この実証分析を踏まえて、「為替レートが10%下落する
とインフレ率は1%上昇する関係にあり、為替からインフレへのパススルー効果は大きい」との見解が
聞かれた。ドルを含む主要36通貨に対するルピーの名目実効レートは、最新のデータが得られる5月時
点で前年比14.2%の下落であり、WPIを+1.4%程度押し上げると見込まれる。
以上より、持続的に資本流入を取り込み、ルピー安に歯止めを掛けることは、インドのマクロ経済運
営上、喫緊の課題といえる。
4.今後の展望
(1)6 月末に政策不信を緩和する動きがようやく現れ、当面の資本流入は底入れの可能性
3月以降の資本流入停滞をもたらした要因のうち、6月末になって政府は政策不信の問題にようやく取
り組み始めた。きっかけとなったのは、ムカジー財相が7月19日の大統領選に立候補するため辞任し、
シン首相が財相を兼任したことだ。6月27日、シン首相
は財務省高官を集めて、様々な要因から投資家のマイン
図表7
ドが悪化して資本流入が干上がったと総括し、要因の筆
頭として前述の税制の問題を指摘した10。これを受けて、
翌28日、内容が曖昧と批判されていたGAAR(一般的租税
回避規定)について、財務省は運用ガイドラインのドラ
資経
本常
流黒
入字
フトを公表している11。「容認できない租税回避行為」
の明確な定義は示されなかったものの、21の具体例で
GAARの運用を説明しており、透明化に向けて一歩前進し
たと評価できよう。今後、ドラフトに対する一般からの
意見を受け付けた上で、シン首相が最終的にガイドライ
ンを決定すると声明されており、投資家の間では一層の
透明化が進むとの期待が高まっている。
6
資経
本常
流赤
出字
国際収支の現状と 5 カ年計画
6
(%)
5
4
3
2
1
0
▲1
▲2
▲3
▲4
▲5
2011/4-6
5カ年計画(平均)
資本収支
その他
証券投資
直接投資
経常収支
12/1-3 (年/四半期)
(注)5カ年計画は2012~16年度
(資料)RBI
この結果、税制の混乱を避けていた投資家が市場に戻り、当面の資本流入は底入れすることが考えら
れる。また、原油の国際市況が5月から軟化しており、経常赤字が縮小に向かう兆しとなっている。資
本流入の回復と相まって、ルピー相場も持ち直す可能性が出てきたといえよう12。
(2)今後、資本流入を持続させるには、改革を実行して政策への不信を信頼に転じる必要
今後1~2年を展望すると、世界的な投資家のリスク回避姿勢が大きく改善することは望めない。した
がってインドの経済ファンダメンタルズや政策運営にも投資家の厳しい目が注がれるだろう。
こうした中、インドが資本流入を持続的に回復させるには、自らの問題に取り組むことがカギとなる。
とりわけ、資本流入の停滞に大きく作用した政策への不信について、改革の実行を通じて投資家の信頼
を取り戻す必要がある。改革の実行は、インド経済のファンダメンタルズ改善にもつながるだろう。あ
るヘッジファンドは、「インド政府には期待を裏切られ続けたが、あと1回だけ改革のチャンスを与え
る」と筆者に語った。厳しいコメントではあるが、インド政府が投資家の信頼を回復する可能性は残さ
れているとも解釈できよう。
これまでのシン政権は、総合小売業の直接投資解禁や、土地収用法の見直しといった大型改革を打ち
上げても、既得権益層の反対に直面して改革を棚上げし、投資家の失望を招くパターンを続けた。今後
については、2014年5月までに行われる次回総選挙が近づくにつれて、大型改革は一層難しくなると考
えられる。
今後の改革の進め方について、ファンド関係者と議論したところ、「シン政権は大型改革のアドバル
ーンを打ち上げるのでなく、小規模な改革でもいいから実行力を見せて欲しい」との意見が共通して聞
かれた。また、報道によれば、政府は総合小売業の直接投資解禁に再チャレンジしており、今回は反対
の根強い州を対象外として、一部の州で部分的に解禁する手法を探っているという13。
シン政権は取り組みやすい部分から改革を逐一実行することにより、残された時間の中で着実に投資
家の信頼を回復していく展開を期待したい。
【参考文献】
小林公司(2011)「回復が遅れる対インド直接投資」(みずほ総合研究所『みずほアジア・オセアニア
インサイト』
)
―――(2012a)「不安定化するインドへの資本流入」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』
)
―――(2012b)
「インドの大型地方選と予算案が示唆する経済改革の行方」
(みずほ総合研究所『みず
ほインサイト』)
ICICI(2012)“Where is the Rupee headed”, May 24th
Press Information Bureau(2012a)“PM meets Finance Ministry officials to chalk out plan for
Economic Revival”
7
―――(2012b)“CBDT Issues Draft Guidelines Regarding Implementation of General Anti Avoidance
Rules(GAAR) in Terms of Section 101 of the Income Tax Act 1961”
RBI(2011)“Annual Report”
―――(2012a)“Foreign Direct Investment Flows to India”
―――(2012b)
“Report of the Working Group on Savings during the Twelfth Five-Year Plan (2012-13
to 2016-17) ”
1 FII による投資上限枠について、国債は 100 億ドルから 150 億ドル、社債は 150 億ドルから 200 億ドルに引き上げられた。各
50 億ドル分の増加枠内で、国債の場合は 12 月 1 日から 45 日間、社債の場合は 90 日間に限り、FII による追加投資が認められ
た。詳細は、インド証券取引委員会の告知(CIR/IMD/FIIC/20/2011)を参照。
2
例えば、インド民間最大手銀行 ICICI(2012)など。
3
RBI(2012a)
4
外国株であっても、その株価がインドに存在する資産の価値を実質的に反映する場合、その株はインドの資産としてみなすと法
改正した。なお、5 月 29 日、財務省の直接税中央委員会が遡及課税の対象を明確化するレター(F.No.500/111 12009-FTD-1(Pt.))
を公表し、対象は税務当局と係争中の間接取引に限定する(今年 4 月 1 日までに税務当局から指摘を受けなかった間接取引は不
問)とした。したがって、ボーダフォンのケースは遡及課税の対象になるというのが政府の認識だ。これに対し、ボーダフォン
側はさらなる法的措置を検討している模様である。
5
直接投資で設立したインド子会社の利益を、配当の形で親会社に還流させる場合、配当税を源泉徴収してインドに納税しなけれ
ばならない。これに対し、モーリシャスやシンガポールの親会社から株式を買い戻す形で還流させれば、親会社のキャピタルゲ
インとして扱われるため、モーリシャスやシンガポールのゼロ%キャピタルゲイン税率を享受できる。
6
例えば、GAAR によるシンガポールのファンドの取り扱いについて解釈が割れた。シンガポールのファンドは、インドとシンガ
ポールの租税条約を濫用する目的で設立されたと見なされ、
「容認できない租税回避行為」に認定されることを懸念する意見があ
った。これに対し、ペーパーカンパニーが多いモーリシャスのファンドは GAAR の発動対象となりやすいが、シンガポールのフ
ァンドはオフィスや従業員などの実体を伴うことが一般的なため、
「容認できない租税回避行為」と認定されるリスクは低いとの
見方もあった。
7
Times of India 紙“Oppn fears repeat of 1991 as rupee touches record low”(5 月 16 日)など。
8
Financial Express 紙“Falling rupee a matter of concern”(5 月 20 日)など。
9
Business Standard 紙“Falling Re to hurt FCCB redemption”(6 月 27 日)など。
10
Press Information Bureau(2012a)
11
Press Information Bureau(2012b)
12
6 月 25 日には、インド政府と RBI が、昨年 11 月に続く資本流入規制の追加緩和策も公表している。主な内容は、国債投資に
ついて、FII の上限枠が 150 億ドルから 200 億ドルに拡充された。また、政府系ファンド(SWF)や、国際機関、年金基金、保
険会社、各国中央銀行にも国債投資の門戸が新たに開放され、これら合計で FII と別枠に 200 億ドルの投資枠が設定された。ま
た、ECB について、外貨収入のある製造業やインフラ関連企業が、設備投資資金として過去に借り入れたルピー建て債務を返済
する用途、および新規のルピー建て設備投資をする用途について、新たに 100 億ドルを上限に許可することとした。昨年 11 月の
規制緩和と同様、一定の効果はあると思われる。
13
Economic Times 紙“States opposing FDI in multi-brand retail have constitutional right to do so: Anand Sharma”(6 月 29
日)
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
8
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