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新WDS装置を用いた軟X線発光分光による価電子

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新WDS装置を用いた軟X線発光分光による価電子
新 WDS 装置を用いた軟 X 線発光分光
による価電子状態分析
†
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寺内 正己 、高橋 秀之 、飯田 信雄 、村野 孝訓 、小池 雅人 、
†††
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河内 哲哉 、今園 孝志 、小枝 勝 、長野 哲也 、笹井 浩行 、
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大上 裕紀 、米澤 善央 、倉本 智史
†
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†††
††††
東北大学多元物質科学研究所 先端計測開発センター
日本電子株式会社 周辺機器事業ユニット
原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門
株式会社島津製作所 デバイス部光学ビジネスユニット
これまで透過型電子顕微鏡用に研究開発されてきた軟 X 線発光分光装置の分光エネルギー領域
を拡張し、TEM だけでなく EPMA/SEM に搭載可能な軟 X 線発光分析システムの開発を行った。
ここでは、50−200eV 用に開発した回折格子 JS50XL を用いた測定例として、単純金属の
Mg−L 発光、Li−K 発光、Al−L 発光、Be−K 発光を示す。これらのスペクトル強度分布は、価電
子の状態密度分布とシャープなフェルミ端を明瞭に示した。また、半導体である Si と金属である
TiSi2 の Si−L 発光スペクトルの比較、
および、CaB6 と LaB6 の B−K 発光スペクトルの比較を示す。
はじめに
用技術となっている。EELS では、価電子の伝導帯への励
起(Fig. 1の a)スペクトルから、物質の誘電的性質(バン
近年の半導体デバイス等の急速な微細化やナノ粒子等を
ドギャップエネルギー、バンド間遷移エネルギー、屈折率
用いた新機能材料の開発段階における評価技術として、顕
など)に関する情報を得ることができる。とりわけ、近年
微鏡技術に基盤を置いた構造・組成評価技術のみならず、
のモノクロメーター電子顕微鏡開発の結果、1nm 程度のプ
デバイス機能に直結する元素の状態分析技術が求められて
ローブで 0.1eV 程度のエネルギー分解能が実現されており、
いる。物質の機能(物性)は、その物質を構成する原子同士
ナノ粒子の一つ一つから近赤外領域の電子励起の情報が得
の結合にあずかる結合電子(価電子)の電子状態に強く依存
られるようになってきた [4、5]。また、伝導帯の状態密度
している。したがって、高い空間分解能を有する価電子状
の情報を与える内殻電子励起(Fig. 1の b)スペクトルでは、
態の分析技術は極めて重要である。価電子状態分析技術と
ナノプローブで得たスペクトルと汎用ソフトでの計算結果
しては光電子分光法が汎用技術となっているが、表面敏感
との比較から、局所的な電子状態と局所構造との関連の研
であるとともに超高真空を必要とする。10 数年前から、表
究が広まってきている。このように EELS では非常に多く
面敏感で無く(バルク敏感で)
、超高真空を必要としない軟
の分光学的情報が得られるが、価電子のエネルギー状態を
X 線発光分光(Soft− X− ray emission spectroscopy: SXES)
直接的に測定することはできない。
技術を、高い空間分解能を有する電子顕微鏡に導入する研
元素分析に利用されている蛍光 X 線の内、価電子が浅い
究開発が行われてきた [1、2、3]。
内殻電子へと遷移する際に放出される X 線(Fig. 1 の d)を
電子顕微鏡での分光技術としては、電子エネルギー損失
高分解能で分光すれば、価電子状態密度に関する情報が得
分 光 法(Electron energy − loss spectroscopy: EELS)が 汎
られる。通常、1keV 以下のエネルギーであり、軟 X 線と
呼ばれる。一方、比較的エネルギーの高い放出 X 線は、内
980-8577 宮城県仙台市青葉区片平 2-1-1
殻準位間の電子遷移に起因しており、価電子帯の情報を直
接には含んでいない。
E-mail: [email protected]
(11)日本電子ニュース Vol. 44(2012)
EELS と SXES を組み合わせれば、価電子帯から伝導帯
(a)
Energy
CC
Conduction band
(C.B.)
EF
a
D
e-
M
b
CP
Valence band
(V.B.)
Di
re
ct
d
X-
ra
CC
D
c
Inner-shell levels
y
specimen
Grating
Mirrors
Density of states
Fig. 1
電子状態の模式図と、EELS(a、b)および X 線発
光(c、d)にかかわる電子遷移。遷移 d(価電子帯
→内殻準位)に伴って発生する X 線を高分解能で
分光すると、価電子(結合電子)の電子状態の情報
が得られる。
(b)
MCP+CCD
or
Direct CCD
~240mm
~240mm
86⬚
Grating
Electron beam position
on specimen
Fig. 2 (a)汎用透過型電子顕微鏡 JEM − 2010 に搭載した、試作の
広帯域軟 X 線発光分光装置。上側の検出器は MCP と前面
照射 CCD を組み合わせたもので、低エネルギー領域用であ
る。下側の検出器は、軟 X 線を直接検出できる背面照射型
CCD であり、主に高エネルギー領域の測定に使用。
(b)実験で使用した回折格子 JS50XL の光学配置。50 −
200eV のエネルギー範囲をカバーする。
までの状態密度分布を実験的に得ることが可能である。さ
る。また、検出立体角が小さいため、プローブ電流の小さ
らには、価電子の伝導帯への励起スペクトルも得ることが
な TEM での実験で十分な S/N を得るのには数十分の測定
可能であるので、電子顕微鏡を用いて EELS と SXES が行
時間が必要となるが、プローブ電流の大きな EPMA/SEM
えれば、結晶構造・組成を評価した局所領域の電子状態を
などでの測定時間は 1 分以内が可能となる。
総合的に分析することが可能となる [2、6]。
Fig. 2(a)は、今回製作した軟 X 線分光器を装着した汎
ここでは、平成 20 年度から平成 23 年度にかけて(独)科
用透過型電子顕微鏡 JEM− 2010 の外観写真である。この分
学技術振興機構(JST)のプロジェクトで製作した、TEM に
光器は、X 線集光ミラー、収差補正型回折格子ユニットと
装着したテスト用分光器を用いた実験データを紹介する。
検出器から構成されている。X 線集光ミラーは、Au メッキ
表面を有する Ni 薄板で作られており、長さは 14㎝である。
実験装置[7、8]
今回の実験では、4 つの回折格子の内、2 つの回析格子を用
今回の SXES 装置は、これまでと同様に斜入射の平面結
つの検出器が搭載できるように作られている。図の上側の検
いた。また、テスト目的の装置であるため、異なる仕様の 2
像型光学系を採用している。4 つの収差補正型回折格子を
出器は、CsI コート
(増感材)
したマルチチャネル検出器
(MCP)
用いて、50eV から 3800eV の領域を切れ目なくカバーでき
と汎用の前面照射型 CCD を光学レンズで組み合わせたもの
るように設計されている。斜入射の分光系の検出立体角は
である。MCP 位置に換算した画素サイズは 24μm である。
小さいが、わずかな隙間からでも X 線を取り出して分析す
下側の検出器は、軟 X 線を直接検出できる背面照射型 CCD
ることが可能である。そのため、電子顕微鏡の光学系を変
であり、画素サイズは 12μm である。画素の大きな検出器は、
更することなく従来技術との組み合わせが可能となってい
大きなエネルギー分散の得られる 200eV 程度以下の低エネ
日本電子ニュース Vol. 44(2012)(12)
ルギー領域に使用し、画素の細かな検出器は、エネルギー
い場合は、E -2 を省略して議論する場合も多い。単純金属は、
分散小さな高いエネルギー領域に使用している。
自由電子モデルで比較的よく説明されるものの、それだけ
今 回 の 実 験 で は、50 − 200eV 用 に 開 発 し た 回 折 格 子
では説明できない特徴も Fig. 3(a)のスペクトルに観測さ
JS50XL と MCP+CCD 検出器の組み合わせで、Mg− L, Li−
れている。金属 Li は 1 価金属(価電子1個 / 原子)であり、
K, Al− L, Si− L, Be− K の測定を行った。JS50XL の平均刻
自由電子モデルでのフェルミ球は第一ブリルアンゾーン内
線密度は 1200 本 /mm であり、表面材質は Au である。また、
にある。したがって、スペクトル強度は価電子帯の底から
X 線の入射角度は、回折格子表面の法線方向から 86°で設
3/2
の振る舞いをすることが期待される。ほぼそ
EF まで E ’
計されている。この条件での分光器の検出立体角は、集光
れに従っているように見えるが、矢印で示したように、EF
ミラーの効果を考慮すると 2.1msr と評価できる。Fig. 2(b)
に、JS50XL の光学セッティングの模式図を示す。同じ分光
系を有する装置を EPMA に搭載し、その性能も確認できて
いる [9]。B-K 発光スペクトルの測定には、150-300eV をカ
(a)
バーする回折格子 JS200N と背面照射 CCD の組み合わせを
2
線密度は 1200 本 /mm、X 線入射角は 87°である。以下の
実験では、TEM の加速電圧は 100kV で行った。試料上で
のビームサイズは 0.5 − 5μm であり、試料ダメージがない
事を確認しながら実験を行った。
Mg− L および Li− K 発光スペクトル
Intensity (arb. units)
用いた。回折格子 JS200N の表面材質は Ni であり、平均刻
×
Mg-L
1
×
Fig. 3(a)に、金属リチウムから測定した Li− K 発光(価
EF
Li-K
電子帯→ K 殻)スペクトル、および、金属マグネシウムか
0
45
ら測定した Mg − L 発光(価電子帯→ L 殻)スぺクトルを示
す。測定の条件は、ビーム電流量(nA)× 測定時間(min)
で、950nA・min(Li − K)、400nA・min(Mg − L)で あ っ た。
金属リチウムは大気中ではすぐに酸化や窒化を起こすので、
EF
(b)
50
55
Photon Energy (eV)
60
Glove Box : Ar
金属リチウム試料片の取り扱いと試料ホルダーへ装填は、
Ar 雰囲気のグローブボックス内で行った。使用したグロー
ブボックスと、それに接続した試料トランスファーホルダ
ー(JEOL− EM050611)を Fig. 3(b)に示す。試料ホルダー
Transfer holder
の先端部分だけが Ar 雰囲気中に露出するようにしてある。
また、TEM への試料導入の際、真空予備排気系の残留ガ
スによる試料劣化が生じうる。これを避けるため、予備排
気系の Ar 置換を十分に行った後に試料導入作業を行った。
Vac. pump
その結果、表面が酸化されると観測される 50eV 付近のピ
ーク強度がほとんど観察されていない。
それぞれのスペクト強度分布の右端は、シャープなフェ
ルミ端が観測されている。その中点(×印)が、フェルミ
エネルギー(EF)位置(金属においては価電子の最高占有
準位エネルギー)に対応。Mg− L 発光スペクトルのフェル
ミ端で観測されたエネルギー幅から、エネルギー分解能は
0.16eV と評価された。Mg と Li は単純金属である。したが
I E )は、
って、EF より低エネルギー側のスペクトル強度分布 (
双極子遷移則を考慮すると、
1/2
I(E’)Mg-L ∝ E ’
(s 対称性の部分状態密度分布)
3/2
I(E’)L i - K ∝ E ’
(p 対称性の部分状態密度分布)
とあらわされることが知られている [10]。E’は、価電子
帯の底から測ったエネルギーである。スペクトル強度分
布を価電子の部分状態密度分布に対応させて細かな議論
をする場合には、遷移行列の放出光子エネルギー依存性
E -2 を考慮する必要がある。注目するエネルギー領域が狭
(13)日本電子ニュース Vol. 44(2012)
Tip of the holder
(Inside the Box)
Built-in transfer
capsule
Fig. 3 (a)金属 Mg の Mg− L 発光(価電子帯→ L 殻)スぺクトルと、金
属 Li の Li− K 発光(価電子帯→ K 殻)スぺクトル。EF はフェル
ミエネルギー(価電子帯の最高占有準位)位置を示す。Mg− L の
フェルミ端でのエネルギー分解能は 0.16eV。Li− K 発光の EF 直
下の強度が減少している(矢印)のは、内殻ホール効果によるも
のである。
(b)金属 Li を大気にさらさずに TEM 内へ導入すために使用
した、グローブボックスとそれに接続したトランスファーホル
。
ダー(JEOL− EM050611)
直下の強度が減少しているのが観測されている。これは、
上部の状態密度分布はバンド構造の影響を大きく受けてい
価電子の遷移先である内殻準位のホールの影響として理論
る [15]。その結果、ピーク構造より低エネルギー側(価電子
的に解析されている [11、12]。金属 Mg は2価金属(価電子
)L ∝ E ’3/2(p
帯下部)の強度プロファイルはおおよそ I(E ’
2個 / 原子)であり、その自由電子フェルミ球は Li の場合
対称性の部分状態密度分布)の自由電子的振る舞いで説明
より大きく、ブリルアンゾーン境界との相互作用により EF
できるが、ピークからフェルミエッジに近づくに従って強
1/2
直下のスペクトル形状が E ’
からずれる事が議論されてい
度が小さくなってゆく。フェルミエッジの強度は、スペク
る。矢印で示したピークに対しては、d 対称性の成分の寄
トルのピーク強度に比べると半分程度と小さい。この結果、
与が指摘されている [13]。また、Li で観測されている内殻
Mg、Li、Al のスペクトル形状に比べると、ピーク位置が
ホール効果は、L 発光スペクトルにおいては EF 直下の強度
フェルミ端から低エネルギー側にずれた形状をしている。
を増加させるように働く(Li の K 発光と逆センス)ことが
このように、Be − K 発光スペクトルにおいて、フェルミエ
理論的に示されている [11、12]。
ッジと状態密度分布形状を分離して観測できていることは、
本装置の分解能の高さを示している。
Al− L 発光および Be− K 発光スペクトル
Si− L 発光スペクトル
Fig. 4 に、アルミニウムの Al− L 発光(価電子帯→ L 殻)
スペクトルと、ベリリウムの Be− K 発光(価電子帯→ K 殻)
Fig. 5 に、Si お よ び TiSi2 か ら 測 定 し た Si− L 発 光( 価
スペクトルを示す。測定条件は、Al− L で 560nA・min、Be
電 子 帯 → L 殻 )ス ペ ク ト ル を 示 す。 測 定 条 件 は、Si が
− K で 390nA・min で あ っ た。Be − K の ス ペ ク ト ル で は、
150nA・min、TiSi2 が 300nA・min であった。双極子遷移則
Be-K 発光エネルギー 110eV の半分の位置に 2 次回折光も観
より、スペクトル強度分布は価電子帯の s+d 対称性に対応
測できている。Al-L 発光、Be− K 発光スペクトルの右端に
する。Si は、sp3 混成軌道からなる共有結合物質である。し
はシャープなフェルミエッジが観測されている。Al − L 発
たがって、Si からのスペクトルは、価電子帯の s 対称成分
光スペクトルのフェルミ端のエネルギー広がりから評価し
の状態密度分布を示していると考えることができる。その
た分解能は 0.2eV であった。
結果、価電子帯の下部に大きな状態密度が観測される。ス
アルミニウムは 3 価金属(価電子 3 個 / 原子)である。自
ペクトル中に縦線で L2’, L1, X4, L3’ と特定した構造は、単
由電子モデルでのフェルミ球は Mg よりも大きく、第 2、
結晶 Si のバンド構造を特徴づける波数空間での特殊点に対
第 3 ブリルアンゾーンまで達している。矢印で示した EF 直
応する記号である [16]。
下のピーク構造は、d 対称成分の寄与として理解されてい
TiSi2 は、半導体デバイス、フィールドエミッター、そし
る。このピーク構造より低エネルギー側の強度プロファイ
て、近年ではメモリーデバイスやエネルギーストレージ分
1/2
ルは、おおよそ I(E ’)
L ∝ E ’ (s 対称性の部分状態密度分布)
野での利用も注目されている材料である。Si− L 発光スペク
で理解できる。また、価電子帯の底付近では、E ’1/2 からず
トルの幅(価電子帯の幅)は、Si 単結晶とほぼ同じである。
れた裾引きがみられる。これは、発光にともなる電子励起
一方、強度分布としては、矢印で示した価電子帯上部の強
過程によると解釈されている [14]。
度が Si に比べて明らかに大きくなっている。金属シリサイ
ベリリウムは、2 価金属(価電子 2 個 / 原子)である。フ
ドの系統的実験と理論計算との比較より、Ti の 3d 軌道と
ェルミ球はブリルアンゾーン境界を超えており、価電子帯
の相互作用に基づく、Si サイトの d 対称性成分と報告され
Fig. 4
アルミニウの Al− L 発光(価電子帯→ L 殻)ス
ペクトルと、ベリリウムの Be− K 発光(価電
子帯→ K 殻)スペクトル。ともに、シャープな
フェルミ端と特徴的な価電子帯状態密度分布を
示している。Al− L は s+d 対称性、Be− K は p
対称性の部分状態密度に対応する。Al− L 発光
スペクトルのフェルミ端での分解能は 0.2eV で
ある。Be− K 発光スペクトルの EF 付近の強度
は、バンド構造(固体効果)により Al− L 発光
スペクトルに比べるとかなり小さい。
Intensity (arb. units)
2
×
EF
Al-L
1
2nd Be-K
Be-K
×
EF
0
60
80
100
Photon Energy (eV)
120
日本電子ニュース Vol. 44(2012)(14)
ている [17]。
二つのスペクトルでの最も大きな違いは、価電子帯上端
二つのスペクトルの右端に縦の点線で示したのは、価電
にある。Ca と La は、それぞれ 2 個、3 個の価電子を B6 ク
子帯の上端の位置である。二つの物質でほぼ同じ位置であ
ラスターネットワークへ与える。一方、B6 ネットワークは、
る。半導体である Si と金属である TiSi2 では価電子帯上端
その結合軌道を電子で満たすのに 2 個足りないことが知ら
の位置の相対的位置は、ΔEB − Eg/2 で評価できる [8]。こ
れている。その結果、CaB6 では価電子帯が満たされた半導
こで、ΔEB は、単結晶 Si の L 殻準位の束縛エネルギーを
体となり、LaB6 では伝導帯に電子が存在する金属となる。
(化
基準としたときの TiSi2 の Si−L の束縛エネルギーの変化
LaB6 の価電子帯上端にフェルミエッジが観測されている。
学シフト)であり、0.5eV と報告されている [18]。Eg は単結
このフェルミ準位は、B-2p 軌道と La− 5d 軌道との混成バ
晶シリコンのバンドギャップエネルギー 1.2eV である。よ
ンドに位置している [20]。フェルミエッジのエネルギー幅
って、ΔEB − Eg/2 は− 0.1eV となる。実験精度の範囲内で、
から評価したエネルギー分解能は 0.4eV であった。
Si と TiSi2 の価電子帯上端位置は同じとみなすことができ、
使用している分光器は波長分散型なので、波長によって
実験結果とも矛盾しない。
分解能が変化する。Fig. 3(a)の Mg− L 発光(約 50eV)では、
0.16eV と評価した。この数値をもとに Fig. 6 の B − K 発光で
B− K 発光スペクトル
のフェルミ端(約 190eV)の分解能を見積もると、0.16eV ×
190/50= 約 0.6eV となる。実験で予想より高い分解能 0.4eV
Fig. 6 は、CaB6(半導体)と LaB6(金属)の B− K 発光(価
が得られた理由は、Mg− L では画素 24μm の MCP+CCD
電子帯→ K 殻)スペクトルを示す。これまでのスペクトル
検出器を用いているのに対し、B − K ではより画素の細かい
より数倍の測定条件 1560nA・min で得たため、これまでの
(12 μm)検出器を用いたことにある。言い換えると、Mg − L
スペクトルに比べ S/N が良い。二つの物質の構造を図中に
での分解能評価は、画素サイズが大きく分解能を低く見積も
示す。どちらも、八面体 B6 クラスターの間に、Ca や La が
っていたことを示している。したがって、画素が 12 − 300μm
挿入された構造である。Ca、La は価電子を B6 クラスター
の検出器で Mg− L を測定すれば、0.1eV 程度が得られるは
ネットワークに与え、イオン化していると考えられている。
ずである。
価電子帯は、ボロンの 2s、2p 軌道から形成されている。K
発光スペクトル強度分布は価電子帯の p 対称性成分を反映
まとめ
するため、価電子帯の上部で強度が大きくなっている。こ
れは、Fig. 5 に示した s 対称性を反映する L 発光強度分布
これまでの透過型電子顕微鏡用に研究開発してきた軟 X
と異なる点である。
線発光分光装置を改良し、TEM だけでなく EPMA/SEM
それぞれのスぺクトルのメインのピークは、B6 クラスタ
に搭載可能なより広い分光領域を有する軟 X 線発光分析シ
ーを形成する B 原子間の結合軌道に有来する。縦線で示し
ステムの開発を行った。新たに開発した収差補正型回折格
た肩状構造の位置が異なるのは、CaB6 と LaB6 における B6
子 JS50XL により、Li− K 発光スぺクトルを測定できるよ
クラスター内の原子間距離の違いに起因しているものと思
うになった。また、単純金属の発光スペクトル測定から、
われる [19]。価電子帯の下部は、B6 クラスター間の結合軌
フェルミエッジと特徴的な価電子状態密度分布を分離して
道に起因している。
観測できることが示せた。この他、化合物形成による Si の
Si-L
Fig. 5
Si(半導体)および TiSi2(金属)の Si− L 発光(価電子
→ L 殻)スペクトル。価電子帯の s+d 対称性部分状
態密度に対応。Si のスペクトル構造のラベル L2’、L1
、X4、L3’は、エネルギーバンド図中の特定波数の状
態に対応する。TiSi2 では価電子帯上部の状態密度が
単結晶 Si よりも大きくなっている。これは、Ti-3d
と Si − 2p の混成にともなる d 対称成分が原因とされ
ている。
(15)日本電子ニュース Vol. 44(2012)
Intensity (arb. units)
2
TiSi2
L2’
L1
1
X4
L3’
Si
0
70
80
90
100
Photon Energy (eV)
110
[6] M. Terauchi, Microscopy Research and Technique ,
価電子状態の変化、B6 クラスター物質の金属化に伴うフェ
ルミエッジの観測が電子顕微鏡で行えることを示した。こ
69, 531(2006)
.
のように、電子顕微鏡で組成や結晶性を評価した領域から、
.
[7] 寺内正己 , 顕微鏡 , 46, 105(2011)
価電子のエネルギー状態を調べることが可能となった。こ
[8] M. Terauchi, H. Takahashi, N. Handa, T. Murano, M.
の分析システムが、新機能材料や新素材開発現場での評価
Koike, T. Kawachi, T. Imazono, M. koeda, T. Nagano,
技術として新たな物性情報を提供し、物質開発に貢献でき
H. Sasai, Y. Oue, Z. Yonezawa and S. Kuramoto,
Journal of Electron Microscopy , 61, 1 (2012).
ることを期待している。
[9] H. Takakashi, N. Handa, T. Murano, M. Terauchi, M.
Koike, T. Kawachi, T. Imazono, M. Koeda, T. Nagano,
謝辞
H. Sasai, Y. Oue, Z. Yonezawa and S. Kuramoto,
Microscopy & Microanalysis , 16(supple.2), 34(2010).
装置の作製に際し、技術的な支援をいただいた東北大学
[10] D.J. Fabian, L.M. Watson and C.A.W. Marshall, Rep.
多元物質科学研究所の技術室スタッフに感謝します。こ
Prog. Phys ., 34, 601(1972).
の汎用装置開発は、
(独)科学技術振興機構の産学共同シー
ズイノベーション化事業(育成ステージ:平成 20 年度 - 平
[11] F.K. Allotey, Phys. Rev ., 157, 467(1967).
成 23 年度)において、
「ナノスケール軟 X 線発光分析シス
[12] Y. Mizuno and K. Ishikawa, J. Phys. Soc. Japan , 25,
627(1968).
テムの開発」として行われました。また、金属 Li の測定
[13] R.P. Gupta and A.J. Freeman, Phys. Rev. Lett ., 36,
に関しては、科学研究費補助金の特定領域研究(課題番号
1194(1976)
.
19051002)から一部支援をいただきました。
[14] P.Livins and S.E.Schnatterly, Phys. Rev. B , 37, 6731
(1988)
.
[15] S.T. Inoue and J. Yamashita, J. Phys. Soc. Japan , 35,
677(1973)
.
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Kasuya, J. Phys. Soc. Japan , 60, 745(1991)
B-K
2
Intensity (arb. units)
Ca, La
Fig. 6
CaB6(半導体)および LaB6(金属)の B− K 発光(価
電子帯→ K 殻)スペクトル。価電子帯の p 対称成分
に対応。大きなピーク強度は、B6 クラスター内の B
原子間の結合軌道に対応する。LaB6 では、価電子帯
上端にフェルミ端が観測できている。ここでのエネ
ルギー分解能は 0.4eV である。
B-B
B6
1
B6-B6
CaB6
B-B
0
LaB6
170
EF
B6-B6
Mixing with La(5d)
180
190
Photon Energy (eV)
日本電子ニュース Vol. 44(2012)(16)
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