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新WDS装置を用いた軟X線発光分光による価電子
新 WDS 装置を用いた軟 X 線発光分光 による価電子状態分析 † †† †† †† ††† 寺内 正己 、高橋 秀之 、飯田 信雄 、村野 孝訓 、小池 雅人 、 ††† ††† †††† †††† †††† 河内 哲哉 、今園 孝志 、小枝 勝 、長野 哲也 、笹井 浩行 、 †††† †††† †††† 大上 裕紀 、米澤 善央 、倉本 智史 † †† ††† †††† 東北大学多元物質科学研究所 先端計測開発センター 日本電子株式会社 周辺機器事業ユニット 原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 株式会社島津製作所 デバイス部光学ビジネスユニット これまで透過型電子顕微鏡用に研究開発されてきた軟 X 線発光分光装置の分光エネルギー領域 を拡張し、TEM だけでなく EPMA/SEM に搭載可能な軟 X 線発光分析システムの開発を行った。 ここでは、50−200eV 用に開発した回折格子 JS50XL を用いた測定例として、単純金属の Mg−L 発光、Li−K 発光、Al−L 発光、Be−K 発光を示す。これらのスペクトル強度分布は、価電 子の状態密度分布とシャープなフェルミ端を明瞭に示した。また、半導体である Si と金属である TiSi2 の Si−L 発光スペクトルの比較、 および、CaB6 と LaB6 の B−K 発光スペクトルの比較を示す。 はじめに 用技術となっている。EELS では、価電子の伝導帯への励 起(Fig. 1の a)スペクトルから、物質の誘電的性質(バン 近年の半導体デバイス等の急速な微細化やナノ粒子等を ドギャップエネルギー、バンド間遷移エネルギー、屈折率 用いた新機能材料の開発段階における評価技術として、顕 など)に関する情報を得ることができる。とりわけ、近年 微鏡技術に基盤を置いた構造・組成評価技術のみならず、 のモノクロメーター電子顕微鏡開発の結果、1nm 程度のプ デバイス機能に直結する元素の状態分析技術が求められて ローブで 0.1eV 程度のエネルギー分解能が実現されており、 いる。物質の機能(物性)は、その物質を構成する原子同士 ナノ粒子の一つ一つから近赤外領域の電子励起の情報が得 の結合にあずかる結合電子(価電子)の電子状態に強く依存 られるようになってきた [4、5]。また、伝導帯の状態密度 している。したがって、高い空間分解能を有する価電子状 の情報を与える内殻電子励起(Fig. 1の b)スペクトルでは、 態の分析技術は極めて重要である。価電子状態分析技術と ナノプローブで得たスペクトルと汎用ソフトでの計算結果 しては光電子分光法が汎用技術となっているが、表面敏感 との比較から、局所的な電子状態と局所構造との関連の研 であるとともに超高真空を必要とする。10 数年前から、表 究が広まってきている。このように EELS では非常に多く 面敏感で無く(バルク敏感で) 、超高真空を必要としない軟 の分光学的情報が得られるが、価電子のエネルギー状態を X 線発光分光(Soft− X− ray emission spectroscopy: SXES) 直接的に測定することはできない。 技術を、高い空間分解能を有する電子顕微鏡に導入する研 元素分析に利用されている蛍光 X 線の内、価電子が浅い 究開発が行われてきた [1、2、3]。 内殻電子へと遷移する際に放出される X 線(Fig. 1 の d)を 電子顕微鏡での分光技術としては、電子エネルギー損失 高分解能で分光すれば、価電子状態密度に関する情報が得 分 光 法(Electron energy − loss spectroscopy: EELS)が 汎 られる。通常、1keV 以下のエネルギーであり、軟 X 線と 呼ばれる。一方、比較的エネルギーの高い放出 X 線は、内 980-8577 宮城県仙台市青葉区片平 2-1-1 殻準位間の電子遷移に起因しており、価電子帯の情報を直 接には含んでいない。 E-mail: [email protected] (11)日本電子ニュース Vol. 44(2012) EELS と SXES を組み合わせれば、価電子帯から伝導帯 (a) Energy CC Conduction band (C.B.) EF a D e- M b CP Valence band (V.B.) Di re ct d X- ra CC D c Inner-shell levels y specimen Grating Mirrors Density of states Fig. 1 電子状態の模式図と、EELS(a、b)および X 線発 光(c、d)にかかわる電子遷移。遷移 d(価電子帯 →内殻準位)に伴って発生する X 線を高分解能で 分光すると、価電子(結合電子)の電子状態の情報 が得られる。 (b) MCP+CCD or Direct CCD ~240mm ~240mm 86⬚ Grating Electron beam position on specimen Fig. 2 (a)汎用透過型電子顕微鏡 JEM − 2010 に搭載した、試作の 広帯域軟 X 線発光分光装置。上側の検出器は MCP と前面 照射 CCD を組み合わせたもので、低エネルギー領域用であ る。下側の検出器は、軟 X 線を直接検出できる背面照射型 CCD であり、主に高エネルギー領域の測定に使用。 (b)実験で使用した回折格子 JS50XL の光学配置。50 − 200eV のエネルギー範囲をカバーする。 までの状態密度分布を実験的に得ることが可能である。さ る。また、検出立体角が小さいため、プローブ電流の小さ らには、価電子の伝導帯への励起スペクトルも得ることが な TEM での実験で十分な S/N を得るのには数十分の測定 可能であるので、電子顕微鏡を用いて EELS と SXES が行 時間が必要となるが、プローブ電流の大きな EPMA/SEM えれば、結晶構造・組成を評価した局所領域の電子状態を などでの測定時間は 1 分以内が可能となる。 総合的に分析することが可能となる [2、6]。 Fig. 2(a)は、今回製作した軟 X 線分光器を装着した汎 ここでは、平成 20 年度から平成 23 年度にかけて(独)科 用透過型電子顕微鏡 JEM− 2010 の外観写真である。この分 学技術振興機構(JST)のプロジェクトで製作した、TEM に 光器は、X 線集光ミラー、収差補正型回折格子ユニットと 装着したテスト用分光器を用いた実験データを紹介する。 検出器から構成されている。X 線集光ミラーは、Au メッキ 表面を有する Ni 薄板で作られており、長さは 14㎝である。 実験装置[7、8] 今回の実験では、4 つの回折格子の内、2 つの回析格子を用 今回の SXES 装置は、これまでと同様に斜入射の平面結 つの検出器が搭載できるように作られている。図の上側の検 いた。また、テスト目的の装置であるため、異なる仕様の 2 像型光学系を採用している。4 つの収差補正型回折格子を 出器は、CsI コート (増感材) したマルチチャネル検出器 (MCP) 用いて、50eV から 3800eV の領域を切れ目なくカバーでき と汎用の前面照射型 CCD を光学レンズで組み合わせたもの るように設計されている。斜入射の分光系の検出立体角は である。MCP 位置に換算した画素サイズは 24μm である。 小さいが、わずかな隙間からでも X 線を取り出して分析す 下側の検出器は、軟 X 線を直接検出できる背面照射型 CCD ることが可能である。そのため、電子顕微鏡の光学系を変 であり、画素サイズは 12μm である。画素の大きな検出器は、 更することなく従来技術との組み合わせが可能となってい 大きなエネルギー分散の得られる 200eV 程度以下の低エネ 日本電子ニュース Vol. 44(2012)(12) ルギー領域に使用し、画素の細かな検出器は、エネルギー い場合は、E -2 を省略して議論する場合も多い。単純金属は、 分散小さな高いエネルギー領域に使用している。 自由電子モデルで比較的よく説明されるものの、それだけ 今 回 の 実 験 で は、50 − 200eV 用 に 開 発 し た 回 折 格 子 では説明できない特徴も Fig. 3(a)のスペクトルに観測さ JS50XL と MCP+CCD 検出器の組み合わせで、Mg− L, Li− れている。金属 Li は 1 価金属(価電子1個 / 原子)であり、 K, Al− L, Si− L, Be− K の測定を行った。JS50XL の平均刻 自由電子モデルでのフェルミ球は第一ブリルアンゾーン内 線密度は 1200 本 /mm であり、表面材質は Au である。また、 にある。したがって、スペクトル強度は価電子帯の底から X 線の入射角度は、回折格子表面の法線方向から 86°で設 3/2 の振る舞いをすることが期待される。ほぼそ EF まで E ’ 計されている。この条件での分光器の検出立体角は、集光 れに従っているように見えるが、矢印で示したように、EF ミラーの効果を考慮すると 2.1msr と評価できる。Fig. 2(b) に、JS50XL の光学セッティングの模式図を示す。同じ分光 系を有する装置を EPMA に搭載し、その性能も確認できて いる [9]。B-K 発光スペクトルの測定には、150-300eV をカ (a) バーする回折格子 JS200N と背面照射 CCD の組み合わせを 2 線密度は 1200 本 /mm、X 線入射角は 87°である。以下の 実験では、TEM の加速電圧は 100kV で行った。試料上で のビームサイズは 0.5 − 5μm であり、試料ダメージがない 事を確認しながら実験を行った。 Mg− L および Li− K 発光スペクトル Intensity (arb. units) 用いた。回折格子 JS200N の表面材質は Ni であり、平均刻 × Mg-L 1 × Fig. 3(a)に、金属リチウムから測定した Li− K 発光(価 EF Li-K 電子帯→ K 殻)スペクトル、および、金属マグネシウムか 0 45 ら測定した Mg − L 発光(価電子帯→ L 殻)スぺクトルを示 す。測定の条件は、ビーム電流量(nA)× 測定時間(min) で、950nA・min(Li − K)、400nA・min(Mg − L)で あ っ た。 金属リチウムは大気中ではすぐに酸化や窒化を起こすので、 EF (b) 50 55 Photon Energy (eV) 60 Glove Box : Ar 金属リチウム試料片の取り扱いと試料ホルダーへ装填は、 Ar 雰囲気のグローブボックス内で行った。使用したグロー ブボックスと、それに接続した試料トランスファーホルダ ー(JEOL− EM050611)を Fig. 3(b)に示す。試料ホルダー Transfer holder の先端部分だけが Ar 雰囲気中に露出するようにしてある。 また、TEM への試料導入の際、真空予備排気系の残留ガ スによる試料劣化が生じうる。これを避けるため、予備排 気系の Ar 置換を十分に行った後に試料導入作業を行った。 Vac. pump その結果、表面が酸化されると観測される 50eV 付近のピ ーク強度がほとんど観察されていない。 それぞれのスペクト強度分布の右端は、シャープなフェ ルミ端が観測されている。その中点(×印)が、フェルミ エネルギー(EF)位置(金属においては価電子の最高占有 準位エネルギー)に対応。Mg− L 発光スペクトルのフェル ミ端で観測されたエネルギー幅から、エネルギー分解能は 0.16eV と評価された。Mg と Li は単純金属である。したが I E )は、 って、EF より低エネルギー側のスペクトル強度分布 ( 双極子遷移則を考慮すると、 1/2 I(E’)Mg-L ∝ E ’ (s 対称性の部分状態密度分布) 3/2 I(E’)L i - K ∝ E ’ (p 対称性の部分状態密度分布) とあらわされることが知られている [10]。E’は、価電子 帯の底から測ったエネルギーである。スペクトル強度分 布を価電子の部分状態密度分布に対応させて細かな議論 をする場合には、遷移行列の放出光子エネルギー依存性 E -2 を考慮する必要がある。注目するエネルギー領域が狭 (13)日本電子ニュース Vol. 44(2012) Tip of the holder (Inside the Box) Built-in transfer capsule Fig. 3 (a)金属 Mg の Mg− L 発光(価電子帯→ L 殻)スぺクトルと、金 属 Li の Li− K 発光(価電子帯→ K 殻)スぺクトル。EF はフェル ミエネルギー(価電子帯の最高占有準位)位置を示す。Mg− L の フェルミ端でのエネルギー分解能は 0.16eV。Li− K 発光の EF 直 下の強度が減少している(矢印)のは、内殻ホール効果によるも のである。 (b)金属 Li を大気にさらさずに TEM 内へ導入すために使用 した、グローブボックスとそれに接続したトランスファーホル 。 ダー(JEOL− EM050611) 直下の強度が減少しているのが観測されている。これは、 上部の状態密度分布はバンド構造の影響を大きく受けてい 価電子の遷移先である内殻準位のホールの影響として理論 る [15]。その結果、ピーク構造より低エネルギー側(価電子 的に解析されている [11、12]。金属 Mg は2価金属(価電子 )L ∝ E ’3/2(p 帯下部)の強度プロファイルはおおよそ I(E ’ 2個 / 原子)であり、その自由電子フェルミ球は Li の場合 対称性の部分状態密度分布)の自由電子的振る舞いで説明 より大きく、ブリルアンゾーン境界との相互作用により EF できるが、ピークからフェルミエッジに近づくに従って強 1/2 直下のスペクトル形状が E ’ からずれる事が議論されてい 度が小さくなってゆく。フェルミエッジの強度は、スペク る。矢印で示したピークに対しては、d 対称性の成分の寄 トルのピーク強度に比べると半分程度と小さい。この結果、 与が指摘されている [13]。また、Li で観測されている内殻 Mg、Li、Al のスペクトル形状に比べると、ピーク位置が ホール効果は、L 発光スペクトルにおいては EF 直下の強度 フェルミ端から低エネルギー側にずれた形状をしている。 を増加させるように働く(Li の K 発光と逆センス)ことが このように、Be − K 発光スペクトルにおいて、フェルミエ 理論的に示されている [11、12]。 ッジと状態密度分布形状を分離して観測できていることは、 本装置の分解能の高さを示している。 Al− L 発光および Be− K 発光スペクトル Si− L 発光スペクトル Fig. 4 に、アルミニウムの Al− L 発光(価電子帯→ L 殻) スペクトルと、ベリリウムの Be− K 発光(価電子帯→ K 殻) Fig. 5 に、Si お よ び TiSi2 か ら 測 定 し た Si− L 発 光( 価 スペクトルを示す。測定条件は、Al− L で 560nA・min、Be 電 子 帯 → L 殻 )ス ペ ク ト ル を 示 す。 測 定 条 件 は、Si が − K で 390nA・min で あ っ た。Be − K の ス ペ ク ト ル で は、 150nA・min、TiSi2 が 300nA・min であった。双極子遷移則 Be-K 発光エネルギー 110eV の半分の位置に 2 次回折光も観 より、スペクトル強度分布は価電子帯の s+d 対称性に対応 測できている。Al-L 発光、Be− K 発光スペクトルの右端に する。Si は、sp3 混成軌道からなる共有結合物質である。し はシャープなフェルミエッジが観測されている。Al − L 発 たがって、Si からのスペクトルは、価電子帯の s 対称成分 光スペクトルのフェルミ端のエネルギー広がりから評価し の状態密度分布を示していると考えることができる。その た分解能は 0.2eV であった。 結果、価電子帯の下部に大きな状態密度が観測される。ス アルミニウムは 3 価金属(価電子 3 個 / 原子)である。自 ペクトル中に縦線で L2’, L1, X4, L3’ と特定した構造は、単 由電子モデルでのフェルミ球は Mg よりも大きく、第 2、 結晶 Si のバンド構造を特徴づける波数空間での特殊点に対 第 3 ブリルアンゾーンまで達している。矢印で示した EF 直 応する記号である [16]。 下のピーク構造は、d 対称成分の寄与として理解されてい TiSi2 は、半導体デバイス、フィールドエミッター、そし る。このピーク構造より低エネルギー側の強度プロファイ て、近年ではメモリーデバイスやエネルギーストレージ分 1/2 ルは、おおよそ I(E ’) L ∝ E ’ (s 対称性の部分状態密度分布) 野での利用も注目されている材料である。Si− L 発光スペク で理解できる。また、価電子帯の底付近では、E ’1/2 からず トルの幅(価電子帯の幅)は、Si 単結晶とほぼ同じである。 れた裾引きがみられる。これは、発光にともなる電子励起 一方、強度分布としては、矢印で示した価電子帯上部の強 過程によると解釈されている [14]。 度が Si に比べて明らかに大きくなっている。金属シリサイ ベリリウムは、2 価金属(価電子 2 個 / 原子)である。フ ドの系統的実験と理論計算との比較より、Ti の 3d 軌道と ェルミ球はブリルアンゾーン境界を超えており、価電子帯 の相互作用に基づく、Si サイトの d 対称性成分と報告され Fig. 4 アルミニウの Al− L 発光(価電子帯→ L 殻)ス ペクトルと、ベリリウムの Be− K 発光(価電 子帯→ K 殻)スペクトル。ともに、シャープな フェルミ端と特徴的な価電子帯状態密度分布を 示している。Al− L は s+d 対称性、Be− K は p 対称性の部分状態密度に対応する。Al− L 発光 スペクトルのフェルミ端での分解能は 0.2eV で ある。Be− K 発光スペクトルの EF 付近の強度 は、バンド構造(固体効果)により Al− L 発光 スペクトルに比べるとかなり小さい。 Intensity (arb. units) 2 × EF Al-L 1 2nd Be-K Be-K × EF 0 60 80 100 Photon Energy (eV) 120 日本電子ニュース Vol. 44(2012)(14) ている [17]。 二つのスペクトルでの最も大きな違いは、価電子帯上端 二つのスペクトルの右端に縦の点線で示したのは、価電 にある。Ca と La は、それぞれ 2 個、3 個の価電子を B6 ク 子帯の上端の位置である。二つの物質でほぼ同じ位置であ ラスターネットワークへ与える。一方、B6 ネットワークは、 る。半導体である Si と金属である TiSi2 では価電子帯上端 その結合軌道を電子で満たすのに 2 個足りないことが知ら の位置の相対的位置は、ΔEB − Eg/2 で評価できる [8]。こ れている。その結果、CaB6 では価電子帯が満たされた半導 こで、ΔEB は、単結晶 Si の L 殻準位の束縛エネルギーを 体となり、LaB6 では伝導帯に電子が存在する金属となる。 (化 基準としたときの TiSi2 の Si−L の束縛エネルギーの変化 LaB6 の価電子帯上端にフェルミエッジが観測されている。 学シフト)であり、0.5eV と報告されている [18]。Eg は単結 このフェルミ準位は、B-2p 軌道と La− 5d 軌道との混成バ 晶シリコンのバンドギャップエネルギー 1.2eV である。よ ンドに位置している [20]。フェルミエッジのエネルギー幅 って、ΔEB − Eg/2 は− 0.1eV となる。実験精度の範囲内で、 から評価したエネルギー分解能は 0.4eV であった。 Si と TiSi2 の価電子帯上端位置は同じとみなすことができ、 使用している分光器は波長分散型なので、波長によって 実験結果とも矛盾しない。 分解能が変化する。Fig. 3(a)の Mg− L 発光(約 50eV)では、 0.16eV と評価した。この数値をもとに Fig. 6 の B − K 発光で B− K 発光スペクトル のフェルミ端(約 190eV)の分解能を見積もると、0.16eV × 190/50= 約 0.6eV となる。実験で予想より高い分解能 0.4eV Fig. 6 は、CaB6(半導体)と LaB6(金属)の B− K 発光(価 が得られた理由は、Mg− L では画素 24μm の MCP+CCD 電子帯→ K 殻)スペクトルを示す。これまでのスペクトル 検出器を用いているのに対し、B − K ではより画素の細かい より数倍の測定条件 1560nA・min で得たため、これまでの (12 μm)検出器を用いたことにある。言い換えると、Mg − L スペクトルに比べ S/N が良い。二つの物質の構造を図中に での分解能評価は、画素サイズが大きく分解能を低く見積も 示す。どちらも、八面体 B6 クラスターの間に、Ca や La が っていたことを示している。したがって、画素が 12 − 300μm 挿入された構造である。Ca、La は価電子を B6 クラスター の検出器で Mg− L を測定すれば、0.1eV 程度が得られるは ネットワークに与え、イオン化していると考えられている。 ずである。 価電子帯は、ボロンの 2s、2p 軌道から形成されている。K 発光スペクトル強度分布は価電子帯の p 対称性成分を反映 まとめ するため、価電子帯の上部で強度が大きくなっている。こ れは、Fig. 5 に示した s 対称性を反映する L 発光強度分布 これまでの透過型電子顕微鏡用に研究開発してきた軟 X と異なる点である。 線発光分光装置を改良し、TEM だけでなく EPMA/SEM それぞれのスぺクトルのメインのピークは、B6 クラスタ に搭載可能なより広い分光領域を有する軟 X 線発光分析シ ーを形成する B 原子間の結合軌道に有来する。縦線で示し ステムの開発を行った。新たに開発した収差補正型回折格 た肩状構造の位置が異なるのは、CaB6 と LaB6 における B6 子 JS50XL により、Li− K 発光スぺクトルを測定できるよ クラスター内の原子間距離の違いに起因しているものと思 うになった。また、単純金属の発光スペクトル測定から、 われる [19]。価電子帯の下部は、B6 クラスター間の結合軌 フェルミエッジと特徴的な価電子状態密度分布を分離して 道に起因している。 観測できることが示せた。この他、化合物形成による Si の Si-L Fig. 5 Si(半導体)および TiSi2(金属)の Si− L 発光(価電子 → L 殻)スペクトル。価電子帯の s+d 対称性部分状 態密度に対応。Si のスペクトル構造のラベル L2’、L1 、X4、L3’は、エネルギーバンド図中の特定波数の状 態に対応する。TiSi2 では価電子帯上部の状態密度が 単結晶 Si よりも大きくなっている。これは、Ti-3d と Si − 2p の混成にともなる d 対称成分が原因とされ ている。 (15)日本電子ニュース Vol. 44(2012) Intensity (arb. units) 2 TiSi2 L2’ L1 1 X4 L3’ Si 0 70 80 90 100 Photon Energy (eV) 110 [6] M. Terauchi, Microscopy Research and Technique , 価電子状態の変化、B6 クラスター物質の金属化に伴うフェ ルミエッジの観測が電子顕微鏡で行えることを示した。こ 69, 531(2006) . のように、電子顕微鏡で組成や結晶性を評価した領域から、 . [7] 寺内正己 , 顕微鏡 , 46, 105(2011) 価電子のエネルギー状態を調べることが可能となった。こ [8] M. Terauchi, H. Takahashi, N. Handa, T. Murano, M. の分析システムが、新機能材料や新素材開発現場での評価 Koike, T. Kawachi, T. Imazono, M. koeda, T. Nagano, 技術として新たな物性情報を提供し、物質開発に貢献でき H. Sasai, Y. Oue, Z. Yonezawa and S. Kuramoto, Journal of Electron Microscopy , 61, 1 (2012). ることを期待している。 [9] H. Takakashi, N. Handa, T. Murano, M. Terauchi, M. Koike, T. Kawachi, T. Imazono, M. Koeda, T. Nagano, 謝辞 H. Sasai, Y. Oue, Z. Yonezawa and S. Kuramoto, Microscopy & Microanalysis , 16(supple.2), 34(2010). 装置の作製に際し、技術的な支援をいただいた東北大学 [10] D.J. Fabian, L.M. Watson and C.A.W. Marshall, Rep. 多元物質科学研究所の技術室スタッフに感謝します。こ Prog. Phys ., 34, 601(1972). の汎用装置開発は、 (独)科学技術振興機構の産学共同シー ズイノベーション化事業(育成ステージ:平成 20 年度 - 平 [11] F.K. Allotey, Phys. Rev ., 157, 467(1967). 成 23 年度)において、 「ナノスケール軟 X 線発光分析シス [12] Y. Mizuno and K. Ishikawa, J. Phys. Soc. Japan , 25, 627(1968). テムの開発」として行われました。また、金属 Li の測定 [13] R.P. Gupta and A.J. Freeman, Phys. Rev. Lett ., 36, に関しては、科学研究費補助金の特定領域研究(課題番号 1194(1976) . 19051002)から一部支援をいただきました。 [14] P.Livins and S.E.Schnatterly, Phys. Rev. B , 37, 6731 (1988) . [15] S.T. Inoue and J. Yamashita, J. Phys. Soc. Japan , 35, 677(1973) . 参考文献 [16] S. Shin, A. Agui, M. Watanabe, M. Fujisawa, Y. [1] M.Terauchi, H.Yamamoto and M.Tanaka, Journal of . Tezuka and T. Ishii, Phys. Rev. B , 53, 15660(1996) Electron Microscopy , 50, 101(2001). [17] P.J.W. Weijs, H. van Leuken, R.A. de Groot and J.C. . Fuggle, Phys. Rev. B , 44, 8195(1991) [2] M. Terauchi and M. Kawana, Ultramicroscopy , 106, [18] Y. Yamauchi, M. Yoshitake and SERD project group 1069(2006). of SASJ, J. Surface Analysis , 9, 432(2002). [3] M. Terauchi, M. Koike, K. Fukushima and A. Kimura, Journal of Electron Microscopy , 59, 251(2010). [19] “The chemistry of Boron and its Compounds ”, ed. [4] Y. Sato, M. Terauchi, M. Mukai, T. Kaneyama and K. by E.L. Muetterties, John Wiley & Sons, Inc., New . Adachi, Ultramicroscopy , 111, 1381(2011) York(1967) , p.119. [5] Y. Sato, M. Terauchi, W. Inami and A. Yoshiasa, [20] S. Kimura, H. Harima, T. Nanba, S. Kunii and T. Diamond and Related Materials , 25, 40(2012). . Kasuya, J. Phys. Soc. Japan , 60, 745(1991) B-K 2 Intensity (arb. units) Ca, La Fig. 6 CaB6(半導体)および LaB6(金属)の B− K 発光(価 電子帯→ K 殻)スペクトル。価電子帯の p 対称成分 に対応。大きなピーク強度は、B6 クラスター内の B 原子間の結合軌道に対応する。LaB6 では、価電子帯 上端にフェルミ端が観測できている。ここでのエネ ルギー分解能は 0.4eV である。 B-B B6 1 B6-B6 CaB6 B-B 0 LaB6 170 EF B6-B6 Mixing with La(5d) 180 190 Photon Energy (eV) 日本電子ニュース Vol. 44(2012)(16)