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異世界支配のスキルテイカー ∼ ゼロから始める

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異世界支配のスキルテイカー ∼ ゼロから始める
異世界支配のスキルテイカー ∼ ゼロから始める奴隷
ハーレム ∼
柑橘ゆすら
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
異世界支配のスキルテイカー ∼ ゼロから始める奴隷ハーレム
∼
︻Nコード︼
N0822CL
︻作者名︼
柑橘ゆすら
︻あらすじ︼
スキルを奪って成り上がれ!!
武術の天才︱︱近衛悠斗が召喚されたのは、奴隷たちが売買され
る異世界であった。
悠斗はそこで倒した魔物のスキルを奪い取る︽能力略奪︾という
チート能力を使って、100人の奴隷ハーレムを目指しながらも悠
々自適な異世界ライフをスタートさせる! 1
*コミカライズがスタートしました! ニコニコ静画、水曜日のシ
リウスにて無料で読めます。エブリスタにも投稿しています。
2
異世界に召喚される
近衛悠斗は極々普通の高校生である。
唯一、普通の高校生と違う点を挙げるのであれば彼が幼少の頃よ
り、︽近衛流體術︾という特殊な武芸を身に付けていたところであ
ろう。
近衛流體術とは﹃世界各国に存在する全ての武術の長所﹄を取り
入れることで、︽最強︾を目指すというコンセプトを掲げている異
流武術である。
そのため。
幼い頃より悠斗は父親に命じられ、世界各国の多様な武術を学ん
できた。
﹁いってぇ。あの糞親父が⋮⋮﹂
ベッドの上で横になりながらも恨めしげに悠斗は呟く。
ばっこ
悠斗としてはどうしてこの平和な日本で、そんな物騒な武術を修
める必要があるのか甚だ疑問であった。
ちみもうりょう
仮にこれから先、魔王が世界を支配し、魑魅魍魎が跋扈する︽異
世界︾にでも召喚されることがあれば、この技術も役に立つかもし
れないが、当然そんな予定がある訳もなく︱︱。
3
まどろみ
今日も今日とて、激しい修行による筋肉疲労によりその手足を痙
攣させていた。
悠斗の意識はやがて、ベッドの中で深い微睡の中に落ちて行く。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
ふと意識が戻ったとき悠斗は異世界に召喚されていた。
目の前にいたのは、いかにも柄の悪そうな十人を超える男たちで
あった。
悠斗がこの場所を異世界であると判断した理由︱︱。
それは目の前にいる男たちが、豚の頭を持ったオークという種族
であったからに他ならない。
﹁⋮⋮チッ。なんじゃ。男か﹂
オークたちの中でも、ひときわ大柄な彼らの﹃ボス﹄と思わしき
人物は悠斗の顔を見るなり露骨に舌打ちをして続ける。
﹁どうじゃ。クレイン。そやつの固有能力は? 奴隷としてどれほ
どの価値が付きそうじゃ?﹂
クレインと呼ばれるメガネをかけたオークは深々と溜息を吐く。
ユニークスキル
﹁旦那様。残念ながら今回は﹃ハズレ﹄にございます。そこにいる
男は何一つとして固有能力を持っていない無能力者にございます﹂
4
﹁無能力者じゃと⋮⋮? 異世界から召喚した人間は強力な固有能
力を持っているのではなかったのかっ!?﹂
オークのボスは驚きで目を見開く。
﹁はい。私もこのような経験は初めてで少々驚いています。しかし、
私の持つ︽魔眼︾の固有能力は絶対です。私の︽魔眼︾の能力で見
アンノウン
通せない固有能力など⋮⋮それこそ御伽噺のような話になりますが、
レアリティが詳細不明のものくらいしかないでしょう﹂
アンノウン
﹁クソッ! 詳細不明⋮⋮!? そんなもの⋮⋮実在するかも分か
らぬ空想の産物じゃろうが!﹂
オークのボスは地団駄を踏むと、ただでさえ醜悪な顔を更に歪ま
せた。
﹁クレインよ。例えばその男が今後何らかの拍子にレアな固有能力
を身に付けるという可能性はないのか?﹂
﹁それが不可能であることは旦那様もご存知のはずでは? 固有能
力とはあくまで⋮⋮天より選ばれし生物のみに与えられる︽先天的
︾な力ですから﹂
﹁⋮⋮チッ。胸糞悪い。あれだけ大枚を叩いて購入した︽召喚の魔
石︾が何の役にも立たない無能力者を呼び出してしまうとは⋮⋮話
が違うではないか!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悠斗はこれまでの男たちの会話から、自分の置かれた状況を冷静
5
に分析していた。
さて。
どうやら自分は元いた世界とは、別次元に存在する世界に召喚さ
れてしまったらしい。
悠斗は現実と夢の世界の区別が付かないほど耄碌としているつも
りはなかった。
視覚・嗅覚などの五感から得た情報から総合的に考えるに﹃異世
界に召喚された﹄と推測するのが最も合理的だろう、と悠斗は判断
したのであった。
運の悪いことに︱︱。
異世界召喚と言えば、美少女召喚術士によって呼び出されるもの
だと相場は決まっているのだが、どうやら悠斗を呼び出したのは醜
悪な豚男たちであるらしい。
︵召喚された先が豚小屋の中っていうのは⋮⋮あんまりだよな⋮⋮︶
会話の内容もあまり穏やかなものではない。
これまでの会話から察するに、自分が平穏にこの場を脱すること
の出来る確率は限りなく低そうである。
頭の中で様々な思考を巡らせていると、メガネをかけたオークが
ボスに向かって進言する。
﹁⋮⋮無能力者とは言え、健康な若い男ならば労働力として価値は
あるでしょう。一応は、商品として市に流すのが賢明な判断かと﹂
6
﹁ふん。男の奴隷など売っても二束三文だろ。ワシは今、猛烈に怒
っておる⋮⋮どうせ金にならぬなら⋮⋮今ここで首を刎ねてくれる
わ! 殺れ!﹂
オークのボスがそう啖呵を切った次の瞬間。
槍を持ったオークの雑兵たちが悠斗に向かって突進する。
﹁⋮⋮ゴヴォ!?﹂
異変が起きたのは︱︱オークの手にした槍が、悠斗の心臓に突き
刺さる寸前であった。
カエルの潰れたような悲鳴が部屋の中に響き渡る。
悠斗の人差し指は豚男の喉元に突き刺さり、肉を抉るようにして
食い込んでいた。
貫手。
さながら自身の腕を一本の︽槍︾のように見立てて突くこの技は、
世界各国の幅広い武術で使用されているものである。
︵まさか⋮⋮こんなところで学んできた武術が役に立つとはな⋮⋮︶
もっとも⋮⋮悠斗のように相手の肉体を抉るような威力で貫手を
放てるものなどそうはいない。
オークたちにとっての最大の不幸は︱︱近衛悠斗という少年が世
7
間より千年に一人の逸材と称されるほどの武術の天才であったとい
うことである。
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした︽近衛
流體術︾を習得するためには欠かせない︱︱﹃他人の技を盗む技術﹄
にかけて悠斗は、天性の素質を持って生まれていた。
今現在︱︱。
悠斗が体得している武術は、レスリング、ボクシング、サバット、
合気道、柔道など古今東西で優に60種類を超えている。
それは長きに渡る近衛家の歴史においても悠斗が、︽最強︾の素
質を持って生まれたことを何よりも証明するものであった。
悠斗が鋼のように固い指を男の喉から抜いた次の瞬間。
大量の血飛沫を上げて、オークの一匹は絶命した。
まさか無能力者から反撃を受けるとは思わなかったのだろう。
残ったオークたちは何が起きたのか分からずに唖然としていた。
その隙を悠斗は見逃さない。
悠斗は襲ってきたオークたちが落とした槍を素早く奪う。
直後。
勢いよく助走を付けてオークの槍を敵集団に向かって投擲する。
﹁﹁ぎゃわ!?﹂﹂
8
刹那。
オークたちは2匹同時に脳天を貫かれていた。
︽近衛流體術︾とは基本的に武器を持たない戦闘を想定して作られ
た体術であるが、﹃敵から奪った武器を利用する﹄ということすら
念頭に入れている愚直なまでに実用性を重視した流派であった。
そのため。
悠斗は幼少の頃より、剣術・槍術・弓術などの多種多様な武器の
扱いに関して学んでおり、それぞれの分野で達人級の腕前を誇って
いた。
そこから先は︱︱戦闘というよりも一方的な虐殺であった。
心底楽しそうな笑みを浮かべながらも悠斗は、オークたちを勝手
気ままに蹂躙する。
現存する格闘技の中でも極めて稀な1対多の戦闘を想定して作ら
れたロシアの軍隊格闘術︱︱︽システマ︾を極めた悠斗であれば、
集団戦もお手の物である。
システマ特有の相手に狙いを定めさせない流麗な足運びは、オー
クたちを翻弄し続けた。
﹁ハアアアァァァ!﹂
タイの国技にも指定されている︽ムエタイ︾を極めた悠斗の飛び
9
膝蹴りは、オークたちの頭蓋骨を粉々に砕くのに十分な威力を秘め
ていた。
﹁ごぼっ!?﹂
人体の中でも﹃膝﹄は最も鋭利かつ頑強な部位とされており、そ
こに体重を乗せた﹃飛び膝蹴り﹄という技は、人間が繰り出す技の
中でも最大級の威力を誇るとされている。
悠斗の放つ膝蹴りには、まるで小型のトラックが衝突したかのよ
うな破壊力があった。
︵やべぇわ⋮⋮。これは超楽しいな︶
悠斗がそう考えるのも無理のない話であった。
何故ならば、現代の日本ではいかに武術の鍛練を積んだところで
それを実際の戦闘に活かすチャンスに全く恵まれないからである。
従って。
心の何処かで悠斗は、自ら学んだ武道を活かすための﹃実戦﹄を
渇望していたのだった。
生き残ったオークのボスに向けて歩みを進める。
﹁き、貴様何者じゃ⋮⋮!?﹂
10
オークのボスは恐怖で尻もちをつきながらもそんな言葉を口にす
る。
﹁俺の名前は近衛悠斗。何処にでもいる極々普通の男子高校生だ﹂
オークのボスが﹁お前は一体⋮⋮何を言っているんだ?﹂という
疑問の言葉を口にしようとした時には、既に彼の喉は悠斗の貫手に
よって潰されていた。
そしてこの瞬間こそが︱︱。
後のトライワイドで︽魔王︾と呼ばれ、後世に恐れられる一人の
男が誕生した瞬間であった。
11
能力略奪
﹁⋮⋮あー。派手に殺っちまったな﹂
床の上に転がっている死体を目の前にして悠斗は呟く。
これまで︽家庭の事情︾により全国各地の様々な武術を学んでい
た悠斗であったが、その技術を活かして人型の生物を殺したのは初
めての経験であった。
悠斗にとっての不幸中の幸いは、オークたちが﹃人﹄と呼ぶには
あまりに醜悪な姿をしていたことにあった。
もし仮に彼らが自分と同じ︱︱人間の姿をしていたら戦闘を躊躇
していたことだろう。
﹁うーん。なんだろうこれは⋮⋮﹂
死体が転がった部屋で悠斗は首を傾げていた。
悠斗の視界には、ゲームのウィンドウ画面を見ているような説明
文がそこら中に散見された。
オークの槍@レア度 ☆
オークたちが装備していた槍にはそんな説明文が浮かび上がって
12
いた。
そしてこの文章は道具に止まらずオークたちの死骸の上にも書か
れていた。
ギルディア・メサイエティ
種族:オーク
職業:奴隷商人
固有能力:なし
説明文によると豚男のボスはどうやらギルディア・メサイエティ
という名前をしているようだ。
︵⋮⋮顔に似合わず格好良い名前をしているな︶
というのが率直な感想である。
﹁オークって言えば⋮⋮エロゲーとかに出てきて女騎士を犯す種族
だよな? 異世界とは言え実在していたのか⋮⋮﹂
悠斗は自身の偏った知識からそんな言葉を口にする。
職業が奴隷商人であることから察するにどうやら男たちが、悠斗
を奴隷として売り飛ばす算段であったことは間違いないようだ。
そしてこのウィンドウ画面はどうやら悠斗自身にも浮かんでいる
ようであった。
近衛悠斗
13
スキルテイカー
種族:ヒューマ
職業:無職
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 悠斗は自身の説明文を見て戸惑いを覚えた。
︵あれ⋮⋮? どうして固有能力が3つもあるんだろう?︶
固有能力とはこの世界で生まれた人間が︽先天的︾に所持してい
るスキルである。
そのことは先程のオークたちの会話から窺い知ることが出来た。
これでは話の辻褄が合わない。
何故ならば、オークたちの会話によれば悠斗は﹃固有能力を持た
スキルテイカー
ないハズレ﹄だったはずだからである。
けれども。
この疑問は能力欄にある︽能力略奪︾に浮かび上がったウィンド
アンノウン
ウ画面を見るなり解決することになる。
スキルテイカー
能力略奪@レア度 詳細不明
︵倒した魔物の能力を奪うスキル︶
アンノウン
﹁なるほど⋮⋮俺の能力が増えていたのはこの能力が原因って訳か。
しかし、レア度が詳細不明ってもしかしてスゲー当たりを引いたん
じゃないか?﹂
14
アンノウン
悠斗の予測はそのものズバリ的中していた。
レアリティ︽詳細不明︾とは、現在設定されている中で最高ラン
クの︽固有能力︾である。
悠斗の呼び出された異世界︱︱トライワイドでは外の世界から召
喚された人間は一人の例外なく︽固有能力︾を授かることになって
いた。
けれども。
そのレアリティにはバラつきがあり、個人の育った環境&生まれ
持ったが素質が色濃く反映される仕組みになっている。
スキルテイカー
能力略奪。
倒した魔物の能力を奪うそのスキルは、﹃他人の技を盗むこと﹄
にかけて天武の才を持っていた悠斗だからこそ取得できた最高峰の
レアスキルであった。
スキルテイカー
そんなことはツユ知らずに悠斗は、︽能力略奪︾の効果により奪
った能力の説明にも目を通すことにした。
隷属契約@レア度 ☆☆☆
︵手の甲に血液を垂らすことで対象を﹃奴隷﹄にする能力。奴隷に
なった者は、主人の命令に逆らうことが出来なくなる。契約を結ん
だ者同士は、互いの位置を把握することが可能になる︶
15
魔眼@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
ンノウン
ア
︵森羅万象の本質を見通す力。ただし、他人が所持するレア度が詳
細不明の能力に対しては効果を発揮しない︶
ここで悠斗が注目したのは︽魔眼︾の能力である。
どうして唐突に視界に説明文が散見されるようになったのか?
ここで悠斗はその訳を理解した。
スキルテイカー
つまりこの不可解な現象は、メガネをかけたオークが持っていた
︽魔眼︾の力を︽能力略奪︾の力で奪った結果なのだろう。
︵⋮⋮なるほど。これは便利だ︶
いきなり異世界に召喚されて命を狙われた時はどうなることかと
思ったが、どうやら天はまだ自分のことを見捨てていなかったらし
い。
森羅万象の本質を見通す︽魔眼︾のスキル。
これから暫く異世界で生活するに当たり、これ以上に心強い能力
はないだろう。
16
戦利品
オークたちとの戦闘を終えた直後。
悠斗は自身の長期的な目標を﹃元の世界に帰る方法を探すこと﹄
にしようと心の中で決めていた。
悠斗は異世界に召喚されたという状況に対して少なからず胸を躍
らせていた。
何故ならば、この世界ならば自分の学んできた武芸を活かす﹃戦
いの場﹄に困ることはないと判断したからである。
けれども。
だからと言って元の世界に帰る方法が見つかるに越したことはあ
るまい。
この世界の医療水準がどの程度のレベルなのかは定かではないが、
少なくとも魔物という存在が確認できる以上、現代日本よりも高い
ということはないだろう。
例えば、この先︱︱。
異世界で生活している最中、現代日本に戻らないと治療できない
病気を患らうというのも十分に有り得る。
そういう可能性を考慮すると、元の世界に戻るという選択肢は、
持っておいて損はないだろう。
17
どちらの世界に生活の基盤を置くかは、この世界をゆっくりと見
て回ってから考えても遅くはあるまい。
﹁⋮⋮さて﹂
そうと決まれば当然、﹃先立つもの﹄が必要になってくる。
ベッドの上で寝ている途中に異世界に召喚された悠斗は、寝間着
にしているジャージ以外、何一つとして身に付けていないのだ。
幸いなことにこの場には十を超えるオークの死体が転がっている。
﹁何か価値のある物が見つけられれば良いんだけどな⋮⋮﹂
過度な期待をしないように心がけながらも、悠斗はオークたちの
身ぐるみを剥ぎ始めるのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから十分後。
﹁⋮⋮おぉ。これは思ったよりも収穫があったかもしれないな﹂
悠斗は想定外の収穫に胸を躍らせていた。
まずはオークたちが所持していた通貨から整理していく。
鉄貨 × 45枚
18
︵トライワイドの共通貨幣。1枚につき10リアの価値がある︶
銅貨 × 19枚
︵トライワイドの共通貨幣。1枚につき100リアの価値がある︶
銀貨 × 7枚 ︵トライワイドの共通貨幣。1枚につき1000リアの価値がある︶
金貨 × 5枚
︵トライワイドの共通貨幣。1枚につき10000リアの価値があ
る︶
魔眼による解説が確かであれば、この時点でオークたちから59
350リアの資金を巻き上げたことになる。
果たしてここの数字がこの世界でどれほどの価値を持つのかは定
かではないが、十人を超えるオークたちの所持金を全て合算したの
だから、相応の額になっているものだと信じたい。
次にオークたちが持っていた武器を整理していく。
オークの槍@レア度 ☆ ×9本
︵オークたちが好んで使用する槍。安価な素材で製造されているた
め、その性能は低い︶
19
オークの杖@レア度 ☆ ×1本
︵オークたちが好んで使用する杖。安価な素材で製造されているた
め、その性能は低い︶
﹁うーん。全部ランク1か⋮⋮﹂
収穫量こそ多いものの、一体どれほどの価値が付くのかは現時点
では不明である。
オークの杖は眼鏡をかけたインテリのオークが所持しているもの
であった。
杖という武器が存在しているということは、この世界には魔法と
いう概念が存在するのだろうか?
もしかしたらあの戦闘は、︽魔法︾を目にすることが出来る機会
だったのかもしれない。
﹁⋮⋮クソッ。もう少し戦闘時に泳がせておくべきだったか。失敗
だ﹂
悠斗は悔しそうに臍を噛みながらも次の収穫物に目を移す。
キセル
コボルトの煙管@レア度 ☆☆☆
︵コボルトたちが好んで使用する煙管。吹かすと煙草に独特の風味
が加わるため、愛好者は多い︶
20
魔法のバッグ@レア度 ☆☆☆☆
︵アイテムを自由に出し入れできる便利な鞄。制限容量は100キ
ロまで︶
レアリティから考えれば、これらのアイテムは間違いなく当たり
だろう。
ちなみにこれらのアイテムは全てオークのボスから奪い取ったア
イテムである。
しっかりとレアリティの高いアイテムを所持しているあたり⋮⋮
オークとは言っても流石は奴隷商人のボスと言ったところだろうか。
特に注目するべきは︱︱この︽魔法のバッグ︾である。
俄かには信じられないが、魔眼による解説文によると制限容量1
00キロまで自由にアイテムを出し入れすることができるらしい。
悠斗は試しに地面に転がっている︽オークの槍︾をバッグの中に
入れることにした。
﹁おぉ⋮⋮﹂
直後、長さ1メートルは超える槍がバッグの中に吸い込まれるよ
うにして入っていく。
これに味を占めた悠斗は、手に入れたアイテムを次々にバッグの
中に納めていく。
21
その結果︱︱。
手持ちのアイテムを全て︽魔法のバッグ︾の中に入れることに成
功した。
9本もあるオークの槍をどうやって持ち運ぶか途方に暮れていた
ところだったので、この収穫は嬉しい限りである。
﹁⋮⋮これは便利なものを手に入れたな。このバッグさえあれば屋
敷のものを盗み放題だろ!﹂
周囲にオークたちの亡骸が散乱する部屋で悠斗は、思わずそのテ
ンションを上げるのであった。
22
魔法のバッグ
その後も悠斗の略奪行為は続いた。
家主が死んでいることを良いことに悠斗は、オークたちの屋敷の
中を自由きままに闊歩する。
偶然入った部屋の1つに雑多な衣服が吊るされているのを発見。
冒険者の服@レア度 ☆
︵駆け出しの冒険者が好んで着る服。肌触りが良く動きやすい︶
最初に悠斗が目を付けたのは着替えの服である。
この世界の文化がどうなっているかは分からないが、少なくとも
オークたちの返り血に染まったジャージ姿で外を出歩くのは得策で
はないだろう。
どうしてオークたちの屋敷に人間用の服が?
等と一瞬だけ疑問に思った悠斗であったが、人間を商品として扱
う奴隷商人たちにとっては、これらも商売道具の1つなのだろう。
悠斗は部屋に吊られていた手頃な男物の服を見つけると、ジャー
ジを︽魔法のバッグ︾の中に仕舞って、︽冒険者の服︾に着替える
ことにした。
︵もしもの時に備えて⋮⋮予備の服も必要だよな⋮⋮︶
23
悠斗は部屋の中にある男性用の衣服を次から次へと魔法のバッグ
に詰め込んでいく。
﹁お。これは貰っておこう﹂
蝙蝠のマント@レア度 ☆☆
︵ジャイアントバッドの皮をなめして作られたマント。風魔法に対
する耐性に優れている︶
悠斗は魔眼による説明文に目を通すや否や、さっそく︽蝙蝠のマ
ント︾を身に付けることにした。
この装備はこれから長く重宝することになるかもしれない。
蝙蝠の皮で作られたらしい黒色のマントは、夜戦時に闇の中に紛
れるには最適な色合いをしている。
今はまだ効果を実感することは出来ないが、これから先、手に入
れた武器を隠し持つのにも都合がいい。
結局。
悠斗はこの部屋で︽蝙蝠のマント︾に加えて︽冒険者の服︾を合
計で15枚も手に入れることに成功した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
24
伝説のオークの宝剣@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵かつてオーク族の英雄が使用していたとされる剣の中の一振り。
多様な宝石がちりばめられており、この剣を所有することはオーク
族にとっては、その地位を誇示するためのステータスになる︶
﹁なんか凄そうなアイテムきたー!!﹂
屋敷の廊下を歩いている最中。
悠斗は一際レアリティの高そうなアイテムを発見する。
﹁しかし、なんだろうこの胸の中に残るやるせない気持ちは⋮⋮﹂
せっかく格好良い名前のアイテムなのにオークという単語が全て
台無しにしている感じがある。
伝説のオークとは一体⋮⋮。
悠斗はそんなことを考えながらも、壁に飾られている︽伝説のオ
ークの宝剣︾を手に取ると平然とした顔で魔法のバッグにそれを収
納する。
﹁⋮⋮ッ。やけに重くなったな﹂
直後、︽魔法のバッグ︾が一気に重量を増したのを感じた。
どうやらこのアイテムは制限容量である100キロをオーバーし
てしまうと、それ以降の重量をそのまま反映させてしまう仕様らし
い。
25
﹁⋮⋮流石に色々と盗み過ぎたか﹂
外に出ていたオークたちが帰ってくるリスクを考えるとあまり長
く、屋敷に止まるのも危険だろう。
そう判断した悠斗は、意気揚々と屋敷の外に出るのであった。
26
魔物との戦闘
悠斗が屋敷の外に出るとそこには鬱蒼と茂る木々が広がっていた。
斜面を下ったずっと先には、ぼんやりと街の灯りが見える。
これらの事実から推測するにオークの屋敷は山の中に立てられて
いたようだ。
ひとまず悠斗は、この世界の情報を手に入れるためにも街に向か
うことを決意した。
﹁うわ⋮⋮。なんだよ。こいつ⋮⋮﹂
レッドスライム 脅威LV1
その道中、赤色をしたゲル状の生物に出くわした。
体長はおよそ1メートルほどだろうか。
ゲームの世界では可愛らしくデフォルメされていることが多いス
ライムという魔物だが、現実で見るとその外見はグロテスクの一言
に尽きる。
体が半透明のため中の臓物が丸見えであった。
↓ 戦う 27
逃げる
悠斗の脳内にはそんな選択肢が浮かび上がっていた。
︵⋮⋮まあ、魔物との戦闘に慣れておくことも重要だよな︶
魔眼スキルの判定によれば敵の脅威ランクは1。
︽近衛流體術︾を修めた悠斗であれば、素手でも勝てそうな相手で
はあるが、用心するに越したことはあるまい。
魔法のバッグの中から︽オークの槍︾を取り出すと、遠距離から
レッドスライムを討伐しようと試みる。
と。
悠斗が魔物との距離を5メートルにまで詰めようとしたそのとき
であった。
﹁⋮⋮うお!?﹂
レッドスライムはその粘着質な体からは想像も出来ないような素
早い動きで、こちらに向かって飛びかかってくる。
悠斗は咄嗟に身を躱すと、宙に浮いたレッドスライムを槍で串刺
しにする。
絶命したレッドスライムはその体を黒色に変えていた。
﹁⋮⋮あれ? 特にアイテムとかがドロップする訳ではないのか﹂
少しガッカリである。
28
仮にこれがゲームの世界であれば、︽経験値︾&︽通貨︾&︽ド
ロップアイテム︾の三重取りが出来そうなところではあるが、現実
はそう上手くいかないものらしい。
﹁⋮⋮いや。待てよ﹂
悠斗はそこで自らのステータス画面を確認することにした。
近衛悠斗
スキルテイカー
種族:ヒューマ
職業:無職
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼
特性 : 火耐性LV1︵1/10︶
﹁やはりそうか⋮⋮!﹂
スキル テイカー
ステータス画面には新たに︽火耐性︾という項目が追加されてい
た。
おそらくこれは倒した魔物のスキルを奪う能力略奪が働いた結果
なのだろう。
火耐性LV1というスキルがどれほど有用なものなのかは現時点
では不明であるが、所持していて邪魔になるものではあるまい。
そうと決まれば、この能力についてもっと検証したい。
都合よく2匹目のレッドスライムを発見したので、その討伐を試
みる。
29
﹁今度は戦い方を変えてみるか⋮⋮﹂
先程は5メートルまで近付いた時に跳びかかってきたので今度は、
より安全に戦うため遠距離からの攻撃を検証する。
レッドスライムとの距離を7メートルまで縮めた悠斗は、近場に
あった手頃なサイズの石を拾い上げる。
現代日本と違って塗装された道が少ないトライワイドでは、投石
に適したそれを見つけるのは容易であった。
武術だけに止まらず戦闘に役に立ちそうなスポーツがあれば、何
でも吸収してきた悠斗は︽野球のピッチング技術︾にも精通してい
た。
針の穴に糸を通すようなコントロールで常時150キロ近いスト
レートを投げることが可能な悠斗は、スリークォーターのフォーム
から高速で石を投擲する。
綺麗な直線の軌道を描いたそれはレッドスライムの体を貫通し、
内部の液体をぶちまける。
﹁ぴぎゃぁッ!?﹂
レッドスライムは断末魔の奇声を上げて体を赤黒く変色させる。
すかさずステータス画面を確認。
30
近衛悠斗
特性 : 火耐性LV1︵2/10︶
2匹目のレッドスライムを倒しても特に追加されたスキルはない
ようだ。
けれども、火耐性の横に書かれている項目が︵1/10︶から︵
2/10︶に変化している。
この数値は一体何を意味するのだろうか?
試しに同じ要領で三匹目のレッドスライムを倒してみると、今度
は火耐性の横の数字が︵3/10︶に変化していた。
︵つまりはこの数値はスキルの経験値を意味するみたいだな。後7
匹のレッドスライムを倒せば⋮⋮特性のレベルがアップするってこ
とか︶
悠斗は悩んでいた。
もう少しここで時間を使って魔物を倒して能力を上げることに専
念するか、それとも早く街を目指すべきか。
︵まあ⋮⋮冷静に考えると後者を選ぶべきだよな︶
そろそろ日が落ちて当たりが暗くなる。
周囲が木々に囲まれたこの空間で視覚による情報を失えば、それ
が命取りになりかねない。
魔物の討伐は日を改めて行うことにしよう。
そう決意した悠斗は足取りを早くして街を目指すのであった。
31
32
王都エクスペイン
それから。
かれこれ二時間ほど歩いただろうか。
道中、何匹か魔物に出くわしたものの街を目指すことを最優先に
掲げていたので悠斗は、それらを無視して歩みを進めていた。
悠斗が街に着いたころには、辺りはすっかりと暗くなり、視界が
悪くなっていた。
︵⋮⋮危なかった︶
欲をかいて魔物の討伐を続けていれば、日が落ちるまでに街に着
くことは困難だっただろう。
︽ロードランド領 王都エクスペイン︾
街の入口にはそんな看板が掲げられていた。
書かれていた文字は日本語ではない︱︱全く見覚えのない言語で
あったが、どういう訳か悠斗はそれを読むことが出来た。
︵きっと⋮⋮この世界に召喚された時に翻訳魔法でもかけられたの
だろう︶
悠斗は都合の良いように脳内補完をすると本日の寝床を探すこと
にした。
33
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
宿屋︽宵闇の根城︾
暫く街を探索した後。
悠斗はそんな名前の宿屋を選ぶことにした。
理由は単純に最初に見つけたのがこの店だったからだ。
1泊するだけの宿を選ぶのに時間をかけていても仕方がないだろ
うと、悠斗は判断したのであった。
﹁いらっしゃいませ。こんばんは﹂
中に足を踏み入れると一人の少女が悠斗のことを出迎えてくれた。
スピカ・ブルーネル
種族:ライカン
職業:女中
固有能力:なし
歳の頃は15歳に満たないくらいだろうか。
身長は150センチを少し超える程である。
頭からピョコンと生えた犬耳が愛らしい少女であった。
惜しむべきは彼女の外見が、あまりにもみすぼらしいところだろ
34
うか。
長い間、手入れをしていないのだろう。
頭髪は全体的にバサついており、その前髪は彼女のクリクリとし
た二重の双眸を隠すほどに伸びきっていた。
ぼろ
着用している衣服は、襤褸としか形容できないほど薄汚れており、
一種の哀愁さえ感じられる。
︵うーん。勿体ないな︶
身なりさえキチンと整えれば、かなりの美少女に変貌を遂げそう
な逸材であるのに本人にその気が見られないのが惜しいところであ
る。
﹁旅のお方でしょうか? 当店のご利用は初めてでしょうか?﹂
﹁ああ。今晩泊まれる宿を探しているのだが⋮⋮1泊すると幾らに
なるのか聞いてもいいか?﹂
﹁はい。個室での宿泊を御希望でしたら一泊400リアで朝食付き
になっています。相部屋での雑魚寝でよろしければ1泊100リア
になります﹂
﹁⋮⋮なるほど。では個室の方を頼む﹂
いくら節約になるとは言っても、知らないオッサンと寝床を共に
するのは勘弁願いたい。
﹁かしこまりました。ただいま鍵の方を用意しますのでこちらの書
35
類にお名前を御記入下さい﹂
スピカは愛想よく笑顔を浮かべると犬耳をピコピコと動かしなが
らも悠斗の元を離れて行く。
︵一泊朝食付きで400リアか︶
鞄の中にはオークたちから奪い取った59350リアの資金があ
る。
つまりは他に浪費がなければ5カ月近くは宿に滞在することが可
能である。
もっとも⋮⋮異世界で生活するには何かと他に必要経費が発生す
るだろう。
このまま稼ぎがないと意外と直ぐに資金は底をついてしまうので
はないかと悠斗は予想する。
﹁お待たせしました。こちらは203号室の鍵でございます﹂
﹁有難う。かなり細かくなるけど、支払はこれで﹂
悠斗は鉄貨40枚を魔法のバッグから取り出して支払を済ませる
ことにした。
﹁かしこまりました。枚数を確認しますので少々お待ちください﹂
スピカは1枚1枚丁寧に鉄貨の枚数を数えていく。
40枚分の鉄貨を取り出したことにより魔法のバッグからは幾分、
重さがなくなっていた。
36
﹁確認が終了致しました。400リアちょうどになります。どうか
ゆっくりと御くつろぎ下さいませ﹂
スピカから鍵を受け取った悠斗はさっそく階段を上がり指定され
た部屋の中に入ることにした。
﹁うわ⋮⋮。これは酷いな⋮⋮﹂
部屋の中は個室と言えば聞こえが良いが、六畳ほどの空間の中に
ワラ布団が敷かれただけの質素なものであった。
日本という国で生まれ育ちフカフカのベッドに慣れていた悠斗に
とってこの環境は些か厳しいものがあった。
けれども、今更不満を言ったところで仕方あるまい。
悠斗は岩のように固い床の上でゴロンと横になる。
自分で思っていたよりも体に疲れが溜まっていたからだろうか。 悠斗の意識が闇に落ちるまでにそれほど時間はかからなかった。
37
スピカ・ブルーネル
﹁おはようございます。御朝食をお持ちしました﹂
翌朝。
悠斗は聞き覚えのある一声で目を覚ます。
部屋のドアを開けると犬耳の少女︱︱スピカがお盆の上に食事を
乗せて203号室の前に立っていた。
﹁ああ。どうもありがとう﹂
その日の朝食はライ麦パン、玉葱のスープ、羊乳のヨーグルトで
あった。
お世辞にも食欲をそそる食事とは言い難いものではあるが、この
世界に来てからというもの何も口にしていない悠斗にとっては十分
過ぎるほどの御馳走に思えた。
﹁そう言えば昨日は受付にいたみたいだけど⋮⋮キミがこの宿を取
り仕切っているのか?﹂
﹁あははっ。そんなはずありませんよ。私は単なる雇われの女中に
過ぎません。女将さんは今、厨房で朝食を作っている最中ですよ﹂
﹁へー。折り入って少し聞きたいことがあるのだけど大丈夫かな?﹂
38
﹁はい。私に分かることであれば何でも仰って下さい﹂
﹁仕事を探しているんだ。この街で日雇いアルバイトとかを募集し
ている店に心当たりはないかな?﹂
オークたちから奪った資金が想像以上の額であったため、当面の
生活の目途は立ったものの、このままでは所持金は目減りする一方
だろう。
そのため。
悠斗は次なる目標を安定した﹃収入源﹄を見つけることに定める
ことにした。
﹁仕事⋮⋮ですか。失礼ですが、お客様は何か特技などはお持ちで
すか?﹂
﹁⋮⋮いや、特に。強いて言えば、小さい頃から武術を習ってきた
ことくらいかな。たぶんだけど、それなりに腕は立つ方だと思う﹂
悠斗の言葉を聞いたスピカはピコンと犬耳を垂直に立てる。
﹁でしたら街の冒険者ギルドに向かうことをオススメします! こ
の街で日雇いの仕事を扱っている所と言うと⋮⋮そこくらいしか思
い浮かばないですね。冒険者ギルドに行けばお客様の能力次第で稼
ぎの良い仕事を見つけることが出来ますよ﹂
﹁えーっと。ちなみにその⋮⋮冒険者ギルドっていうのは身元の保
証とかが無くても仕事を与えてくれるのかな?﹂
39
﹁はい。その点に関しては問題ないと思いますよ。冒険者ギルドに
行けば登録証を発行して貰えますし、その登録証は今後の身分証替
わりに利用できます﹂
﹁⋮⋮ありがとう。恩に着るよ。実は俺、田舎から出てきたばっか
りでさ。ギルドの仕組みとか、よく分からなくて﹂
﹁いえいえ。大丈夫ですよ。お客様のような方はこの宿では珍しく
ありませんから﹂
﹁へー。そうなのか﹂
思いがけずもこの宿を選んだのは正解だったと悠斗は思う。
いかにも安さだけがウリなこの宿には、それ相応の﹃訳あり﹄な
人間が集まるのだろう。
おかげで多少は非常識なことを尋ねても、怪しまれずに済む環境
にあるらしい。
寝心地はお世辞にも良いとは言い難いが、この宿には今後も暫く
世話になるかもしれない。
﹁それじゃあこれ。少ないけど取っておいて﹂
そう言って悠斗は、チップとしてスピカの掌に銀貨を一枚握らせ
る。
悠斗としては軽い礼のつもりであったのだが、手の中の銀貨を見
これは鉄貨とお間違えではないでしょうか
るなりスピカは眼を丸くする。
﹁⋮⋮お客さま!? ?﹂
40
﹁えーっと。別に間違えた訳でないのだが⋮⋮﹂
︵しまった。銀貨1枚というのは少し多過ぎたかな⋮⋮︶
スピカの反応を見てから失敗に気付く。
トライワイドに召喚されてから日が浅い悠斗は、この世界におけ
る通貨の価値基準を全く知らないでいたのだが︱︱。
宿屋の住み込み仕事をしているスピカにとっての銀貨1枚は、彼
女の1週間分の給料に相当していたのだった。
﹁さ、流石にこんなには頂けませんよ!﹂
慌てて銀貨を返そうとするスピカ。
﹁いや。せっかくだし取っておいてよ。一度渡したものを突き返さ
れるっていうのは、男として格好が付かないし﹂
﹁ですが⋮⋮﹂
﹁ならこうしよう。その銀貨はキミの身だしなみを整える資金とし
て使ってくれ。キミはもう何日か風呂に入っていないんだろ?﹂
﹁⋮⋮!? これは失礼しました。もしかして私⋮⋮そんなに臭っ
ていましたか!?﹂
スピカは慌てて自らの体をクンクンと嗅ぎ回す。
その仕草がなんだか子犬のように可愛らしかったので悠斗は思わ
ず苦笑する。
41
﹁ごめん。言い方が悪かったね。そういう意味で言っている訳では
ないから。俺はただ⋮⋮せっかく可愛い顔をしているのだから、も
う少し身だしなみに気を遣わないと勿体ないと思っただけだよ﹂
悠斗の言葉を受けたスピカは、銀貨を受け取った時以上の狼狽振
りを見せる。
﹁か、可愛い!? もしかするとそれは⋮⋮私を形容する言葉とし
て使われているのですか!?﹂
﹁うん。というかこの部屋には俺とキミ以外にいないよね﹂
﹁⋮⋮可愛い。そんな⋮⋮私が可愛いだなんて⋮⋮っ﹂
瞬間、スピカの頬はカァァァッと熱くなる。
スピカにとっては面と向かって異性から﹁可愛い﹂という言葉を
かけられたのは、初めての経験であった。
付け加えて言うのであれば︱︱。
トライワイドでは悠斗のような黒髪黒眼の人間は、周囲からの羨
望の的になりやすかった。
何故ならば、今から500年以上前。
強大な力を持った魔の者たちによって支配されていたトライワイ
ドを窮地から救った英雄︱︱アーク・シュヴァルツがこの世界では
非常に珍しい黒髪黒眼の青年であったからである。
現代日本においては、悠斗のルックスは特出して秀でている訳で
はない。
42
良くも悪くも中の上くらいのレベルである。
けれども。
黒髪黒眼の人間に対して特別な感情を抱いているトライワイドの
住人たちから見れば、悠斗の容姿はハイレベルな美男子そのもので
あった。
スピカが過剰な恥じらいを見せた理由の一端には、そのような事
情が存在していた。
﹁⋮⋮それじゃあ、俺はもう行くから﹂
﹁えっと⋮⋮あの⋮⋮はい﹂
羞恥心のあまり相手の顔を直視することが出来ない。
朝食を食べ終わり悠斗が冒険者ギルドに行くために部屋を出た後
も、スピカは暫く魂が抜けたように茫然としていた。
43
冒険者ギルドを利用しよう
街の至るところに地図が貼り出されていたからだろう。
宿屋を出てから悠斗が冒険者ギルドに到着するまでには、そんな
に時間はかからなかった。
冒険者ギルドは周囲にある石造りの建造物の中でも一際、大きな
ものであり、内部は大勢の人間でごった返していた。
彼らは一様にして剣や斧などの武装をしており、いかにも冒険者
然とした風貌をしていた。
﹁こんにちは。冒険者の方でしょうか?﹂
悠斗が受付の前に立つと綺麗なお姉さんが応対してくれた。
宿屋で出会ったスピカと比べると、比較することが失礼なくらい
に、清楚で気品の溢れる女性であった。
おそらく何処か高名な家系の御令嬢なのだろう。
彼女の佇まいからは、至るところに育ちの良さが滲み出ていた。
エミリア・ガートネット
種族:ヒューマ
職業:ギルド職員
44
ザ・ブレイカー
固有能力:破壊神乃怪腕
ザ・ブレイカー
破壊神乃怪腕@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵左手で触れた物体の魔力を問答無用で打ち消すスキル︶
前言撤回。
︵このお姉さんTUEEEEE!︶
ユニークスキル
思いがけず主人公っぽい固有能力を発見してしまい悠斗は絶句し
ていた。
﹁⋮⋮い、いえ。実はここに来るのは初めてなのですが。何か俺に
できる仕事ってありませんか?﹂
﹁⋮⋮了解しました。お客様の相談にお乗り致します。当施設の利
用には冒険者カードの発行が必須になっております。カードの登録
には300リアの費用がかかりますが問題ありませんか?﹂
﹁はい。大丈夫です﹂
﹁それではこちらの用紙にサインをご記入下さい﹂
手渡された紙に名前を記入した後、エミリアにそれを返す。
﹁⋮⋮コノエ・ユウト様でいらっしゃいますね。ギルドのご利用は
初めてということで簡単にこの施設の説明をさせて頂きます﹂
45
慣れた口調でエミリアは続ける。
﹁冒険者ギルドとは⋮⋮簡単に説明致しますと、国や個人が依頼し
たクエストを冒険者の方々に斡旋する施設となっております。
クエストポイント
クエストの内容は魔物の討伐から、行方不明の飼い猫の探索まで
様々で、達成後、冒険者の方々に難易度に見合った報酬とQPが支
払われる仕組みとなっています﹂
﹁⋮⋮すいません。QPというのは?﹂
クエストランク
﹁QRを上げるために必要なポイントという風に解釈をされて結構
です。QRというのは、当施設がユウト様の信頼度を数値化したも
のになっています。
QRを上げることによりユウト様はより高い難易度のクエストを
受注することが可能になったり⋮⋮信頼度に応じて銀行から融資を
受けることが可能になったりします﹂
﹁なるほど。分かりました﹂
冒険者ギルドが身元を保証してくれる⋮⋮と聞いたときはムシが
良すぎる話だと思ったがこれで合点がいった。
この世界で暮らしていくために必要な信頼は、コツコツとクエス
トをこなして積み重ねて行かなければならないものであるらしい。
﹁ギルドカードの発行が完了しました。早速、クエストの受注を行
いますか?﹂
﹁お願いします﹂
46
﹁はい。ユウト様のQRで受注できるクエストの一覧になります﹂
☆討伐系クエスト
●レッドスライムの討伐
必要QR:LV1
成功条件:レッドスライムを10匹討伐すること。
成功報酬:200リア&10QP
繰り返し:可
●ブルースライムの討伐
必要QR:LV1
成功条件:ブルースライムを10匹討伐すること。
成功報酬:200リア&10QP
繰り返し:可
●バットの討伐
必要QR:LV1
成功条件:バットを10匹討伐すること。
成功報酬:400リア&20QP
繰り返し:可
47
☆探索系クエスト
●迷子の子竜の探索
必要QR:LV1
成功条件:迷子の子竜を発見し、冒険者ギルドに持ち帰ること
成功報酬:8000リア
繰り返し:不可
﹁あの⋮⋮討伐系クエストなのですけど、魔物を倒したことってど
うやって証明すれば良いのですか?﹂
﹁詳細はクエスト受注後にお渡しする小冊子にも載せているのです
が、基本的には倒した魔物の部位を剥ぎ取って持ち帰る必要があり
ますね。
例えばレッドスライムの場合は、︽レッドスライムの核︾と呼ば
れるアイテムをこちらで納品する必要があります﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
︵しかし、思ったよりも討伐系クエストの報酬は低めだな︶ 額面通りに判断するのであれば、仮に討伐系クエストを3種類こ
なすことに成功しても、得られる報酬は800リア。
昨晩のボロ宿で2泊すれば、1日分の稼ぎが全て吹き飛んでしま
う。
﹁これらのクエストは全て無期限になっています。ユウト様さえよ
48
ろしければ同時に全てを受注することが可能ですが如何なさいます
か?﹂
﹁なら一括して全て受注させて下さい﹂
﹁承知致しました。それとこちらは初めてギルドに登録した方に差
し上げることになっている︽初心者支援セット︾になります。よろ
しければ自由にお使い下さい﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁後の手続きはこちらで進めておきます。ユウト様の旅が良きもの
であるよう、お祈り申し上げます﹂
どうやらこれで冒険の準備は一通り整ったらしい。
エミリアから︽初心者支援セット︾を受け取った悠斗は、一礼を
してから冒険者ギルドを後にする。
︵これが俺の⋮⋮異世界生活での初仕事になるんだな︶
悠斗の胸中には、興奮と不安の感情が半々に入り混じっていた。
49
素材を剥ぎ取ろう
冒険者ギルドから受け取った資料によると、今回の討伐対象であ
るレッドスライム・ブルースライム・バットは、全てラグール山脈
︵初級︶という地域に生息しているようであった。
地図の通りに進んで行くとそこは何処か見覚えのある道であった。
︵どう考えてもこの先は、オークの屋敷があったところだよな︶
悠斗は念のため︽オークの槍︾を鞄から取り出すと再び歩みを始
めて行く。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
バット 脅威LV2
﹁⋮⋮っと。さっそく発見だ﹂
脅威LVは2。
レッドスライムよりも1ランク上の魔物であるらしい。
体長はおよそ六十センチくらいだろうか。
全体的には丸っこい可愛らしいシルエットをしているが、口の中
から覗く大きな牙は、なかなかの殺傷能力を持っていそうである。
50
﹁キッ! キッ!﹂
バットは悠斗の姿を発見するなり甲高い声を浴びて突進。
当然と言えば当然の話だが、スライムと比較すると圧倒的にその
動きは速い。
並みの反射神経の人間では、今の攻撃は避けられなかっただろう。
︵⋮⋮よし。まずは1匹目︶
けれども。
悠斗の手にした槍の先端には、キッチリと串刺しにされたバット
の姿があった。
相手から奪った武器を使用することを想定した近衛流體術を修め
た悠斗は、槍術に関しても1流の腕前を誇っている。
この程度の魔物であれば、鼻歌を唄いながらでも仕留められる実
力が悠斗にはあった。
︵えーっと。なになに︶
ギルドで受け取ったガイドブックによるとバットの討伐の証はこ
の魔物の牙であるらしい。
使い捨てのナイフ@レア度☆
︵冒険者ギルドが無料で配布しているナイフ。耐久性が低いため戦
闘用の武器には適さない︶
このナイフは冒険者ギルドの受付で受け取った︽初心者支援セッ
ト︾に入っていたものである。
51
初心者支援セットの中にはナイフの他にも水筒や手袋、街の周辺
地図などの旅の必需品が詰められていた。
悠斗は︽使い捨てのナイフ︾を使ってバットの死骸から牙を剥ぎ
取ることにした。
︵⋮⋮しかし、この作業は地味に時間がかかりそうだな︶
バットの口腔を開き、使い捨てのナイフによって歯茎の肉を地道
に削り落としていく。
これがゲームの世界であれば、魔物が煙のように消失した後、ア
イテムだけがその場に残る便利仕様になっているところだが現実は
世知辛い。
﹁よし。1本目﹂
バットの牙@レア度☆
︵特定の薬を調合するための素材。討伐クエストでは2本で1体分
とカウントされるため注意が必要︶
作業に区切りが付き悠斗が一息吐こうとしたそのときであった。
突如して轟音。
﹁⋮⋮ッ!?﹂
振り返って現状を確認。
52
先程の衝撃の正体がバットの群れが放ってきた︽風魔法︾である
ことに気付くまでに悠斗は、幾分の時間を要した。 バットの風魔法は遠距離から放ったこともあり、悠斗の体に命中
することはなかった。
けれども、完全に不意を突かれる形になったため、悠斗は額から
冷や汗をかく。
敵の数は八体。
まさかいきなり魔物の群れと遭遇することになるとは予想外であ
った。
﹁﹁﹁キッ! キッ!﹂﹂﹂
仲間の亡骸を目の当りにしたバットたちは悠斗に対して怒りの炎
を燃やしているようであった。
﹁⋮⋮おっと﹂
瞬間、バットたちは連続して風魔法を放つ。
今度はかなり余裕を持ってそれを回避することが出来た。
先程まで悠斗がいた場所は、風魔法がぶつかった衝撃で軽く地面
が抉られていた。
攻撃が命中したからと言って即座に命の危機に陥るようなもので
はないが、確実に無傷では済まない威力だろう。
﹁人が作業に集中しているときに⋮⋮やってくれるぜ﹂
53
悠斗は槍を手に取るとすぐさま臨戦態勢に入る。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
バットの群れとの戦闘は存外、呆気なく終了した。
元より不意打ちにさえ気を付ければ、武装したオークの集団を相
手に無傷で勝利する悠斗が手を焼くような相手ではないのである。
バットたちは卓越した悠斗の槍術により串刺しの団子のようにな
っていた。
けれども、悠斗はここで討伐クエストを甘く見ていたことを思い
知る。
もしかしたら未だに何処かこの世界のことをゲーム感覚で見てい
たのかもしれない。
︵このまま1人で戦闘していたら⋮⋮直ぐにでも壁にぶつかりそう
だ︶
最低でも1人はクエストを手伝ってくれる仲間が必要になってく
るだろう。
さもなければ素材を剥いでいる時は、どうしても無防備な姿を晒
してしまうことになる。
こんな戦い方を続けていれば、いずれは命を落とすことになるか
もしれない。
54
今回の経験を通じて悠斗は、﹃仲間﹄の必要性を痛感するのであ
った。
55
魔法を使ってみよう
討伐したバットの群れの解体作業は、なるべく見晴らしの良い場
所で行うことにした。
悠斗は常に周囲の警戒を怠らないようにしながらもバットの牙を
剥ぎ取っていく。
︵はぁ⋮⋮ようやく終わったか︶
9体分の素材の剥ぎ取りは結構な重労働であった。
戦闘が一瞬で終わってしまう分、地味で時間ばかり食うこの作業
は悠斗にとってこたえるものがあった。
近衛悠斗
スキルテイカー
種族:ヒューマ
職業:冒険者
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼
魔法 : 風魔法 LV1︵9/10︶
特性 : 火耐性 LV1︵3/10︶
素材の剥ぎ取りが終われば、お待ちかねの時間である。
どうやらバットを倒した時に得られるスキルは︽風魔法︾である
らしい。
56
よもや自分が魔法を使用できる日が来るとは思いもしなかった。
職業欄が︽無職︾から︽冒険者︾になっているのは、おそらくギ
ルドで会員登録を済ませたからだろう。
風魔法 LV1
使用可能魔法 ウィンド
ウィンド
︵風属性の基本魔法︶
魔眼スキルによる説明によると風魔法のLV1では、ウィンドと
いう魔法しか使うことが出来ないらしい。
今後レベルを上げて行けば、使用可能な魔法が増えていくという
ことだろうか?
その辺りのことは後々、検証していくことにしよう。
﹁⋮⋮ウィンド!﹂
右手を翳しながらも呪文を唱える
直後。
ヒュルルルッと。
悠斗の掌からは一陣の風が吹き抜ける。
﹁⋮⋮え? これだけ?﹂
57
その威力は想像していたよりもかなり低かった。
この風量では強のボタンを押した扇風機に勝てるかどうかも怪し
い。
殺傷能力も何もあったものではない。
﹁うーん。スキルレベルが足りないということなのかな﹂
そう判断した悠斗は、バットを探すことにした。
何故なら、悠斗の推測が正しければ、あと1匹でもバットを討伐
すれば、風魔法のレベルが2に上がるはずなのである。
だがしかし。
ゲームの世界と同様に探している時に限って目当ての魔物は出て
こないものであった。
どうやら物欲センサーという概念は異世界にも適用されるもので
あるらしい。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
結局。
悠斗が十匹目のバットを探し当てることに成功したのは、レッド
スライム4匹とブルースライム二匹を討伐し終えた後のことであっ
た。
目当ての魔物を討伐した悠斗は、すかさずステータス画面を確認。
58
近衛悠斗
スキルテイカー
種族:ヒューマ
職業:冒険者
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼
魔法 : 風魔法 LV2︵0/20︶
特性 : 火耐性 LV1︵7/10︶
水耐性 LV1︵2/10︶
風魔法のLVが2に上がっている。
それと同時に数字が︵0/20︶に変化していた。
︵⋮⋮やはりそうか︶
悠斗はそこで自らの推測が正しかったことを確信する。
つまりは左側の数字 = 現在の経験値
右側の数値 = 次のレベルまでに必要な経験値
という認識でほとんど間違いがないだろう。
疑問が晴れたところで今度は魔法の検証作業に移る。
﹁ウィンド!﹂
今度は左手を翳しながらも呪文を唱える。
結果︱︱。
どうやら魔法は右手からでも左手からでも放つことが可能らしい。
59
そして⋮⋮LV2になると僅かではあるが、風魔法の威力が上が
っているようであった。
これならば歩いている女子高生のスカートを合法的に捲ることく
らいなら出来るかもしれない。
﹁⋮⋮でもまあ、戦闘で使えるレベルには程遠いよな﹂
常識的に考えれば、武の道に邁進している身でありながら戦闘で
魔法を使う行為は非常識であると言えよう。
けれども、﹃使える技術があればその全てを使って戦闘に勝利す
みな
ること﹄を信条に掲げている近衛流體術においては、﹃魔法﹄とい
う概念すらも﹃武術﹄の一部として見做すのが自然な考え方であっ
た。
︵魔法の扱いに関しては、もう少し考えてみる必要があるな︶
スキルテイカー
いつの日かバンバンと魔法を放ち、魔物を討伐してみたいものだ。
そのためには能力略奪を活かして、どんどんスキルレベルを上げ
ていく必要があるだろう。
60
装備を整えよう
魔法の検証を終えた悠斗は、クエストの完了報告をするために一
度ギルドに戻ることにした。
慣れない魔法を使ったせいか体にどっと疲れを感じている。
この問題は今後、繰り返し魔法を使って行けば解決するのだろう
か?
今日は今後の課題について色々と浮彫になってきた1日であった。
なまじ卓越した武術の才があるばかりに悠斗は、異世界での生活
について少し侮っていた面があった。
明日、討伐クエストに出かける際は、装備を充実させた万全の状
態で挑むことにしよう。
﹁おめでとうございます。こちらがバット討伐クエストの報酬であ
る400リアになります﹂
﹁⋮⋮どうも﹂
﹁同時にユウト様には20QPが付与されることになります。これ
によりQRがレベル2に昇格致しました。明日からは更に難易度の
高いクエストに挑戦することが可能になっています﹂
﹁分かりました﹂
61
悠斗は更新されたギルドの登録カードを確認する。
近衛悠斗
QR2
QP︵10/20︶
どうやら後10PでQR3に昇格するらしい。
QRの昇格は結構だが、現状のままではイマイチ難易度の高いク
エストというのは気乗りがしない。
今は難易度の低いクエストでコツコツと資金と経験を貯めるのが
得策だろう。
﹁お渡しした報酬の使い道ですが⋮⋮よろしければ帰り道にギルド
公認商店で装備を整えるのに使用して下さい﹂
﹁え? そんなものがあるのですか!?﹂
﹁はい。詳しいことはお渡しした小冊子の中に書かれていたと存じ
ますが﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵そういう重要なことは口頭で伝えてくれよ!︶
ユニークスキル
等と思わない訳でもなかったが、悠斗は言葉を胸の中に押し込む
ザ・ブレイカー
ことにした。
破壊神乃怪腕の固有能力を所持しているエミリアを怒らせると後
が怖い。
62
それに出かける前にしっかりと小冊子に目を通さなかった自分の
方にも非はあった。
エミリアと別れた悠斗は、装備を整えるためギルド公認商店に向
かうのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁いらっしゃい。おや。初めて見かける顔だね﹂
アドルフ・ルドルフ
種族:ヒューマ
職業:ギルド職員 固有能力:鑑定
鑑定@レア度 ☆
︵装備やアイテムのレア度を見極めるスキル。魔眼とは下位互換の
関係にある︶
店の中に足を踏み入れるなり悠斗のことを出迎えてくれたのは、
無精髭を生やした筋骨隆々の中年男性であった。
﹁冒険者の方かい? クエストに出かけるのだったら装備を整える
のも良いが、まずは酒場でパーティーを組んだ方がいい。1人で討
伐クエストに出向くなんて自殺行為も良いところだからな。ガッハ
ッハッハ!﹂
63
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵だから⋮⋮そういうことは早く言ってくれよ!︶
今回のクエストは武芸を積んだ悠斗だから何とかなったものの、
全くの戦闘未経験者がソロで挑むのは無謀に過ぎるものだろう。
しかし、そう考えると冒険者という職業はいよいよ怪しくなって
きた。
ただでさえ報酬金額は低めなのに、2人でパーティーを組めばそ
の収入は2分の1にまで落ち込んでしまう。
それとも⋮⋮何処の世界も日雇いの仕事なんてそんなものだとい
うことなのだろうか?
底辺労働者は搾取されるしかないということなのだろうか?
悠斗は改めてここが現実の世界であるという事実を痛感する。
﹁装備を買いに来たっていうのなら、まずは初心者にオススメした
いのがこいつだな!﹂
冒険者のナイフ@レア度 ☆
︵駆け出しの冒険者が好んで使用するナイフ。使い捨てのナイフと
比べると切れ味が格段に増している︶
﹁⋮⋮あー﹂
64
言われてみれば納得である。
ギルドから貰った︽初心者支援セット︾の中に入っていたナイフ
は切れ味が悪い。
ナイフを専用のものに買い換えれば、素材を剥ぎ取る時間を短縮
できるに違いない。
﹁こいつの定価は700リアだが⋮⋮兄ちゃんは良い男だからな。
今回は特別に600リアに負けておいても良いぜ﹂
︵値段的には⋮⋮妥当なところかな︶
異世界生活が2日目を迎えたところで悠斗は、大体この世界の貨
幣価値を理解してきた。
おおざっぱに言うと1リア≒10円くらいで間違いないだろう。
切れ味の良い冒険者用のナイフであれば、定価がおよそ7000
円で売られていることは不自然な話ではない。
ロングソード@レア度 ☆
︵駆け出しの冒険者が好んで使用する武器。使用感に癖がなく誰に
でも扱いやすい︶
﹁この剣はいくらですか?﹂
店の中に飾られている剣を指差して質問する。
﹁ふむ。そいつの定価は1500リアだな。兄ちゃんは剣の腕に覚
えがあるのかい?﹂
65
﹁⋮⋮ええ。まあ、多少は﹂
使用するシチュエーションを選ばないという意味では、メインと
して使う武器は槍よりも剣の方を選びたい。
﹁それならさっきのナイフと合わせて合計2000リアでどうだ?
兄ちゃんは良い男だからな。今回は特別だぜ∼﹂
﹁買います﹂
悠斗は即決した。
値段的にも妥当なところだと感じたし、何よりもここはギルド公
認店である。
個人が経営している店では、ぼったくられるリスクが付きまとう
が、この店ではそういう事態は起こり得ないと考えても良い。
それに︽鑑定︾の固有能力を所持しているアドルフなら見当違い
な値段を付けられる可能性も低いだろう。
︵1つ不満を挙げるのなら⋮⋮この人が俺を見る視線が妙に熱っぽ
いところだが⋮⋮︶
それに関しては気にしたら負けだろう。
何処の世界にも変わった性癖を持っている人はいるということだ。
﹁ちなみにクエストで手に入れたアイテムってこの店で売ることも
出来るのですか?﹂
ギルド公認店の利点を踏まえた上で、悠斗は相談を持ちかけるこ
とにした。
66
﹁ああ。物にもよるが値段の付きそうなアイテムなら買い取るぜ﹂
﹁では鑑定の方よろしくお願いします﹂
そう前置きした悠斗は、魔法のバックから次々にアイテムを出し
て行く。
オークの槍 ×7本
オークの杖 ×1本
伝説のオークの宝剣 ×1本
コボルトの煙管 × 1本
冒険者の服 ×11着
これで鞄の中のアイテムは大体、出し尽くしただろう。
今後のことを踏まえて、オークの槍2本と冒険者の服4着は売ら
ずに取っておくことにした。
﹁おいおい。ランク6!? 兄ちゃん。こいつを何処で⋮⋮﹂
アドルフは言いかけた所で口を噤む。
﹁⋮⋮っと。これはマナー違反だったな。一応この店では冒険者が
持ち込んだアイテムに対して詮索をしないっていうのがルールにな
っているんだ。俺たちの商売は信用が第一だからな。忘れてくれ﹂
﹁いえいえ。別にやましい物ではありませんよ。ちょっと知り合い
から譲り受けまして﹂
67
悠斗は平然とした口調で誤魔化すことにした。
﹁そうだな。オークの槍は1本800リア。杖は1100リア。冒
険者の服は一着200リアで買い取ることが出来るが⋮⋮他のアイ
テムに関しては、此処で買い取ることは出来ないな﹂
﹁⋮⋮それは値段が付かないという意味ですか?﹂
﹁いや。そうじゃねえ。むしろ逆だ。高価な品だからこそ、買い取
りが難しいってこった。こっちで買い取っても構わないが、一般的
にレア度がランク3以上のアイテムは競売に掛ける方が高値が付く
場合が多いぜ。
⋮⋮と言っても︽鑑定︾の固有能力がない兄ちゃんには、分から
ない話だろうが。ギルド公認店では競売の出品に関する仲介も執り
行っている。もしよければコイツは俺が預かってやろうか?﹂
﹁なるほど。では︽伝説のオークの宝剣︾と︽コボルトの煙管︾に
関しては、競売にかけて貰えますか?﹂
﹁あい。分かった。それじゃあこれが、今日渡す分の8900リア﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁競売品の落札期間は48時間っていうのがギルドの取り決めにな
っている。つまりは明後日には換金されていると思うぜ﹂
﹁分かりました。色々と有難うございます﹂
悠斗が店を出ようとするとアドルフは意味深に笑う。
68
﹁俺は職業柄これまで沢山の冒険者を見てきたが⋮⋮兄ちゃんは只
者ではないね。なんというか⋮⋮大物になる雰囲気があるよ。今後
の活躍、楽しみにしているよ﹂
﹁⋮⋮それはどうも。けれど、あまり期待しないで下さいね﹂
悠斗は角の立たないように適当な言葉を返す。
︵⋮⋮良かった。ひとまずこれで盗品に関する懸念は片付いたな︶
クエスト報酬の400リアと比較すると8900リアの臨時収入
は途方もなく大きい。
これで悠斗の所持金は64950リアにまで膨れ上がった。
更にここに競売品の収入が加わることを考えると、今後の生活に
大きな余裕が生まれたことは確かだろう。
銀貨8枚と銅貨9枚を鞄の中に入れると悠斗は意気揚々と店を出
るのであった。
69
お金で揉め事を解決しよう
クエストを完了させた悠斗は、本日の寝床を探すべくエクスペイ
ンの街をぶらつくことにした。
﹁あの⋮⋮離して下さい!﹂
悠斗が街を彷徨っていると、少女の声が聞こえてきた。
声のした方に目をやると、見目麗しい1人の美少女が2人の暴漢
に絡まれている最中であった。
スピカ・ブルーネル
種族:ライカン
職業:女中
固有能力:なし
﹁あの子は確か⋮⋮宿屋にいた子か⋮⋮﹂
魔眼のスキルがなければ絶対に気付くことが出来なかっただろう。
悠斗から銀貨を貰ったスピカは、律儀に約束を守り、小綺麗な服
を購入して、その身だしなみを整えていた。
理髪店と風呂屋にも足を運んだのだろう。
毛先が痛みバサついていた髪は見違えるように綺麗になり、元々
70
美しかった彼女の容姿を際立たせていた。
﹁テメェ。コラ! 大人しくしやがれ!﹂
﹁嫌です! 誰か⋮⋮誰か助けて下さい!﹂
1人の少女が助けを求めているにも関わらず街行く人々は、見て
見ない振りの様子である。
その事実はこの世界の治安レベルを如実に表していた。
﹁えーっと。何かあったのですか?﹂
顔見知りの女の子が助けを求めているにも関わらず、素通りする
のも後味が悪い。
だから悠斗は男たちに声をかけることにした。
﹁はぁ!? なんだよ⋮⋮テメェは⋮⋮﹂
﹁ゆ、ユウトさん!?﹂
どうして自分の名前を知っているのだろう?
と、疑問に思う悠斗であったが、よくよく考えてみれば宿に泊ま
る前に名前を書いていたことを思い出す。
﹁なんだよ。知り合いか? 悪いけど、これは俺たちの問題なんで
ね。部外者は引っ込んでいろよ﹂
﹁まあまあ。そう言わずに。何があったのかくらいは、教えてくれ
てもいいじゃないですか﹂
悠斗の無言の威圧感に気圧された暴漢は、図らずもその事情を吐
露することになる。
71
﹁べ、別に俺たちは何もやましいことはしてないぜ? これはただ
⋮⋮貸した金を回収しにきただけだ。ちなみにこれがその借用書。
その女の死んだ父親は、俺たちから5万リアを借りていたんでね﹂
﹁なるほど。しかし、5万リアなんて大金をその子が持っているは
ずがないと貴方たちも分かっているのではないですか?﹂
﹁ああ。だからその女を奴隷商に売り飛ばして回収することにした
のですわ。獣臭いライカンなんて金にはならねえと思っていたが、
身だしなみさえ整えればなかなかの値打ちもんだということに気付
きましてね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵ああ。そうか。この子は俺が銀貨を渡したばっかりに⋮⋮︶
そこで悠斗は自分が原因でスピカに災難が降りかかってしまった
ことに気付く。
﹁知り合いのアンタには悪いけど、筋はこっちにあるからな。文句
があるのならアンタが5万リアを払ってくれるのかい?﹂
﹁分かりました。払いましょう﹂
悠斗は即決した。
元を正せば、この騒動の原因は自分にある。
5万リアを失うことは悠斗にとって相当な痛手であるが、それで
1人の女の子を救えるのなら安いものだろう。
﹃可愛い女の子には優しく、そうでない女子はまあそれなりに扱う
72
こと﹄
というのが悠斗が幼少期の頃より、近衛流の師範である好色家の
祖父から教えられてきた言葉であった。
誰もが振り返るような美少女であるスピカは、悠斗にとって優し
く扱うに足り得る逸材であったのだった。
悠斗は鞄の中から金貨を5枚取り出すと、男の掌にそれを置く。
﹁﹁⋮⋮はい?﹂﹂
男たちは掌に置かれた金貨を見て茫然と立ち尽くしていた。
無理もない。
格差社会の進んだこの世界の低所得者層たちにとって5万リアと
いう資金は、途方もない大金であったのである。
﹁これで文句はないだろ? その子のことを解放してやってくれな
いかな﹂
﹁⋮⋮あ、ああ﹂
﹁分かったらその借用書はこっちに渡して貰えないか?﹂
﹁ま、毎度あり!﹂
男たちはそこで1つの誤解をしていた。
5万リアという大金を即座に払った経緯から、悠斗のことをさぞ
かし著名な冒険者であると考えたのである。
73
その絶対数こそ多くはないものの、高名な冒険者は時として、王
族とのパイプを持つとさえ言われているのである。
ここで悠斗に逆らうのは得策ではない。
そう判断した二人の男たちは悠斗に借用書を手渡した後、蜘蛛の
子を散らすように去って行く。
︵⋮⋮さて。どうしたものかな︶
スピカを助けたことに対する後悔はないが、今回の一件で資産の
大半を使い果たしてしまったこともまた事実である。
今回の一件で悠斗の所持金は14950リアにまで減ることにな
った。
すっかり寂しくなってしまった懐のことを考えると、悠斗は小さ
く溜息を吐くのであった。
74
一人目の仲間
暴漢たちとのやり取りによって衆目を集めてしまったため、悠斗
たちは人気のない裏路地に足を運ぶことにした。
﹁あの⋮⋮有難うございます。あ。申し遅れました。私の名前はス
ピカ。スピカ・ブルーネルと申します。本当にもう⋮⋮この度はな
んとお礼を申し上げて良いのやら⋮⋮﹂
悠斗にピンチを助けられたスピカはその場で深々と一礼をする。
﹁いや。別に気にする必要はないよ。元はと言えば俺に原因があっ
たみたいだし﹂
﹁そんなことはありません! 元を正せば私が⋮⋮私の父の残した
借金を返せなかったのが悪いのです。ユウトさんに助けて頂けなけ
れば、どうなっていたことか⋮⋮。ユウトさんは私の大切な恩人で
す! あの⋮⋮貸して頂いたお金はこれから一生掛けてでも返しま
すから! もしよければそれとは別に⋮⋮私に何か恩返しをさせて
は頂けませんか?﹂
﹁⋮⋮恩返し?﹂
悠斗が尋ねるとスピカは決意の光が宿った眼差しで。
75
﹁ええ。具体的には⋮⋮私をユウトさんの奴隷にして下さい!﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
スピカの提案があまりも突飛なものであったので悠斗は、思わず
ポカンと口を開けてしまう。
﹁も、申し訳ございません! 私のような若輩者が、ふてぶてしく
もユウトさんの奴隷になりたいだなんて⋮⋮頭が高いにも程があり
ましたよね! ごめんなさい! 調子に乗りました! 今の発言は
忘れて下さい!﹂
︵⋮⋮なんか色々と台詞が支離滅裂になっているな︶
悠斗は心の中でツッコミを入れつつも。
﹁いや。別にそういう意味で言っている訳ではないのだが⋮⋮理由
を聞いても良いか?﹂
悠斗が尋ねるとスピカは真剣な表情で自らの想いを吐露する。
﹁私は物心が付いたときから父が残した借金を返すためだけに生き
てきました。
と言っても私の稼ぎでは⋮⋮毎月の利息を返すだけでも精一杯で
借金の額はちっとも減らすことが出来なかったのですが⋮⋮。
借金の返済という大きな目的に一段落が付いた今⋮⋮改めて自分
のやりたいことを考えた結果⋮⋮ユウトさんに付いて行きたいと思
76
ったのです﹂
﹁⋮⋮どうして俺なんかに?﹂
﹁私はこれまで職業柄⋮⋮沢山の冒険者の方を見てきましたので人
を見る目は確かだと思うのです。ユウトさんは不思議なオーラを持
った方です。
きっとこの先⋮⋮誰も成し得なかった偉業を達成するに違いあり
ません! だから私はユウトさんについて行って貴方の人生を誰よ
りも傍で見ていたいと思ったのです﹂
この時、悠斗は知らなかったのだが︱︱。
トライワイドにおいて高位の冒険者は、複数の奴隷を連れ歩くの
が一般的であった。
絶対に自分を裏切ることがないという保証の取れている奴隷とい
う存在は、冒険者にとって様々な面で重宝する存在であったのだ。
﹁⋮⋮買い被り過ぎだよ。俺はキミが思っているような立派な人間
じゃない﹂
﹁いいえ。ユウトさんは凄いお方です。現に私が一生かかっても完
済できそうにない途方もない額の借金を一瞬で返してくれました! 奴隷として御傍に置いて頂けるのであれば、私は貴方のために何
だって致します! だからお願いします! 私を奴隷としてコキ使
ってやって下さい!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵⋮⋮打算で考えるなら断る理由はないんだよな︶
77
効率的に討伐クエストを行うには、この先どうしても信頼できる
仲間が必要になってくるのは目に見えている。
たとえ冒険に連れて行くことが出来なくてもこの世界のことを何
も知らない悠斗にとっては、現地の人間と接点を持っておくことに
大きな意味があった。
そして何より︱︱。
身だしなみを整えたスピカは、悠斗の見込み通りに格別な美少女
であった。
そんな子が﹁奴隷にして下さい!﹂とお願いしているのだから、
男であれば断る理由はないのである。
﹁よし。分かった。ただし俺に付いてくるからには、色々と危険が
付き纏うと思うからそこは覚悟しておいてくれよ。俺が肩代わりし
た借金分の働きは期待するからな﹂
﹁本当ですか!? ありがとうございます!﹂
スピカはパァッと花が咲いたような笑みを浮かべる。
喜びの感情とリンクしているようにピコピコと動く犬耳が可愛ら
しかった。
78
79
隷属契約を使用しよう
﹁それで今更こんなことを聞くのはアレなのだけど⋮⋮スピカを奴
隷にするのに必要な手続きみたいなのってあるのかな?﹂
﹁はい。奴隷としての契約を結ぶには奴隷商館に行く必要がありま
す。そこで︽隷属契約︾という固有能力を持った方に仲介して貰え
ば契約が結ばれます。もっとも⋮⋮仲介して貰うにはそれなりに手
数料がかかってしまうのですが⋮⋮﹂
﹁隷属契約⋮⋮か﹂
そこで悠斗は自らのステータス画面を改めて確認する。
隷属契約@レア度 ☆☆☆
︵手の甲に血液を垂らすことで対象を﹃奴隷﹄にする能力。奴隷に
なった者は、主人の命令に逆らうことが出来なくなる。契約を結ん
だ者同士は、互いの位置を把握することが可能になる︶
︵⋮⋮やはり持っていたか︶
以前に倒したオークたちの中に固有能力を持っている者がいたの
だろう。
図らずとも悠斗は、スピカを奴隷にするためのスキルを既に所持
80
している状態であったのだった。
﹁スピカ。試したいことがあるから手の甲を出してくれ﹂
﹁? はい。分かりました﹂
スピカは不思議そうな顔をしながらも手を差し出す。
悠斗は親指の先を噛み切ると、スピカの手の甲に自らの血液を滲
ませるようにそれを押し付ける。
﹁こ、これは⋮⋮!?﹂
直後。
スピカの手の甲は眩い光に包まれて、やがてそこには幾何学的な
模様の︽呪印︾が浮かび上がる。
﹁す、凄いです! ユウトさん⋮⋮いいえ。これからはご主人さま
と呼ばせて頂きます! ご主人さまはスキルホルダーでいらっしゃ
ったのですね!﹂
﹁そんなに凄いことなのか。これって﹂
尋ねるとスピカは興奮気味に語り始める。
﹁はい。それはもう凄いなんてレベルではありませんよ! この世
界では固有能力というのは何にも代えがたい成功者の証と言われて
います! たとえそれがどんな能力であれ、固有能力を持って生まれた人間
81
は、それだけで一生食べて行くことには困らないと言われているく
らいです! 所謂、勝ち組です!﹂
﹁⋮⋮ふーん。そうなのか﹂
たった1個の能力を見せただけで此処まで驚かれるとは思わなか
った。
現時点で3個。
今後も更に固有能力が増えていく可能性がある悠斗は、勝ち組を
超越した存在ということなのだろうか。
﹁これでスピカは俺の命令に逆らうことが出来なくなる訳か﹂
﹁ええ。無理に命令に逆らおうとすれば、呪印から全身に痛みが走
り最悪の場合は死に至ります﹂
﹁⋮⋮物騒な話だな﹂
そんな厳しい制約があるにも関わらず自ら進んで奴隷になりたい
と言い始めることからも、スピカの覚悟が相当なものであることが
推し量れた。
﹁隷属契約を結ぶと、互いの位置を把握することも出来るらしいが
⋮⋮これはどうやるんだ?﹂
﹁⋮⋮ええと。私も噂でしか聞いたことがないのですが、相手の姿
を頭に思い浮かべるだけで出来るようになるそうです﹂
﹁なるほど。試してみるか﹂
82
悠斗はそこでスピカの姿を頭の中で思い浮かべる。
目の前に本人がいることもあってイメージすることは容易であっ
た。
瞬間。
悠斗の手の先からは赤い線が浮かび上がる。
どうやらその線はスピカの手の甲にある︽呪印︾と繋がっている
ようであった。
﹁確認した。これで何時でもスピカの位置を把握できるわけだな﹂
﹁はい。私も確認できました﹂
携帯電話などの文明の利器が普及していない異世界においては、
互いの位置を把握できるというメリットは凄まじいものがあるだろ
う。
これならば仮にスピカと冒険中に離れてしまっても、直ぐにでも
再会が果たせそうである。
﹁それじゃあ。スピカ。今度は命令の方が正常に出来るか確認して
みたいんだが、大丈夫か?﹂
﹁はい。ご主人さまの命令であれば二十四時間どんなものでも受け
付けます!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
スピカの言葉に悠斗はどうしようもなく嗜虐心をそそられてしま
う。
83
武術の嗜みがあるとは言っても悠斗は、年頃の男子高校生である。
目の前の美少女が﹃何でも命令して下さい!﹄と言うのなら悪戯
心の1つでも起こすのは無理のない話であった。
﹁そうか。なら︻スカートをたくし上げて。パンツを見せてくれ︼﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
間の抜けた声を上げるスピカ。
直後。
スピカの両手は悠斗の命令通りスカートをたくし上げていた。
スカートの中から見えたのは、中央にリボンをあしらった可愛ら
しい桃色の下着である。
どうやらこの世界の女性用下着は、現代の日本とさほど変わらな
いデザインをしているらしい。
どうして異世界に女性用下着が?
と、一瞬だけ疑問に思った悠斗であったが、異世界召喚というイ
レギュラーがある以上、文化の水準に偏りが生じるのは不自然な話
ではない。
︵⋮⋮きっと過去に名のあるパンツ職人が、異世界から召喚されて
84
この世界に女性用下着を浸透させてくれたのだろう︶
悠斗は脳内でそんな、勝手な設定を補完する。
﹁偉いぞ。スピカ。俺の言いつけ通り、キチンと身だしなみを整え
てくれたみたいだな﹂
﹁だって⋮⋮その⋮⋮ご主人さまの頼みでしたから﹂
﹁でもまさか下着まで新しいものを買っていたなんて思わなかった
ぞ。スピカはいやらしい女だな﹂
﹁うぅぅ。ご、ご主人さま。いきなりこんな⋮⋮エッチな命令をす
るなんて酷いです!﹂
口ではそう言うものの、喜びの感情と連動しているらしいスピカ
の犬耳がピコピコと動いている。
何やら満更でもない様子であった。
自ら奴隷にしてくれと言ったことから﹁もしかすると?﹂と思っ
ていたのだが、どうやらスピカにはマゾ気質な部分があるらしい。
これからは折を見つけて言葉攻めプレイをしていくことにしよう。
﹁よし。︻もういいぞ。︼よくやったスピカ。偉いぞ﹂
キチンと命令を聞いたご褒美にスピカの頭を撫でてやる。
﹁⋮⋮はう﹂
85
悠斗に頭を撫でられている最中、スピカはずっと恍惚とした表情
であった。
どうやらスピカは頭を撫でられるのが好きなようだ。
この辺りは犬の習性を引き継いでいるということなのだろうか。
﹁これから一緒に生活するにあたり俺が出す命令は2つ。︻俺を裏
切るな︼、︻俺の能力に関する情報を他人に口外するな︼。⋮⋮以
上だ﹂
﹁承知致しました。これからは誠心誠意、ご主人さまのために身を
粉にして働かせて頂きます﹂
悠斗は思う。
たったの5万リアでこんなに健気で可愛らしい奴隷を手に入れる
ことが出来たと考えれば、結果的に自分の判断は正しかったのだろ
う。
色々な意味で今夜が楽しみである。
86
夜の営みをしてみよう
隷属契約を用いて悠斗の奴隷として生きる覚悟を決めたスピカは、
﹁冒険に備えて荷物の整理をしてきますね!﹂と言い残して以前の
職場である︽宵闇の根城︾に足を運んでいた。
節約のため常に必要最低限の所持品しか持っていなかったスピカ
の荷物は、手提げバッグ1つに収納できてしまうほど少なかった。
﹁ご主人さま。よろしければ今後の生活の資金に充てて下さい﹂ 宿から出てきたスピカは、悠斗の掌に銀貨を3枚握らせる。
﹁えーっと。これは?﹂
﹁退職金として女将さんから頂いた3000リアです。えへへ。4
年も働いていた割には大した額にはなりませんでしたが﹂
﹁おいおい。⋮⋮そんな大切なもの受け取れないよ﹂
﹁いいえ。そんなことを言わず。貰って下さい。私は御主人さまの
奴隷です。これからは私の全てはご主人様のものになるのですから﹂
美少女が自分のことを慕ってくれるシチュエーションというのは、
悠斗とて悪い気はしない。
87
︵ぬう⋮⋮。可愛いやつめ︶
ここで銀貨を突き返したとしても、彼女の心を傷つけてしまうだ
けで何もメリットはない。
この資金はスピカの借金の返済に充てた費用として、有難く使わ
せてもらうことにしよう。
銀貨を3枚掌に握り締めながらも悠斗は、そう心に誓うのであっ
た。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
その日の晩はスピカがオススメする宿屋で一晩を過ごすことにし
た。
蛇の道はヘビとは、良く言ったものだろう。
4年間の女中生活により、この街の宿屋事情に精通していたスピ
カがオススメする宿屋は1泊朝夜の食事付きの値段が600リアと
いうリーズナブルな価格であった。
部屋のクオリティも現代日本のホテルと比較しても遜色がないく
らいに贅を尽くした作りになっている。
スピカ曰く。
本来であればこの部屋は一泊の価格が1500リア以上するのだ
が、幽霊が出るという根も葉もない噂が立っていることにより格安
で泊まれることになっているらしい。
︵異世界にも訳あり物件っていうのはあるのだな⋮⋮︶
88
更に驚いたことにこの部屋には、シャワールームまで備え付けら
れていた。
悠斗は2日振りに浴びるシャワーに感涙を流さずにはいられなか
った。
水道という概念が存在しないにも関わらず、蛇口を捻ると水が出
るのは︽ブルースライムの核︾を素材にして作られた︽水の魔石︾
というアイテムの恩恵であるらしい。
︵おそらく⋮⋮この水の一滴一滴が冒険者たちの苦労の結晶なのだ
ろうなぁ︶
悠斗はそんなことを考えながらも、着替えてシャワー室を出る。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁⋮⋮ご、ご主人さま﹂
ベッドの前には先にシャワーを浴びて部屋の備品であるセクシー
なネグリジェに身を包んだスピカがいた。
巷で言う﹃着痩せするタイプ﹄というやつなのだろう。
ネグリジェ越しに見るとスピカの胸は意外に大きいことが判明し
た。
﹁申し訳ありません。私⋮⋮こういう時にどうしたら良いのか分か
らなくて。ご主人さま。もしよければ⋮⋮私に対して好きに﹃命令﹄
をして頂けませんか?﹂
89
悠斗はゴクリと固唾を飲む。
正直に言えば⋮⋮欲望の赴くままにスピカのことを押し倒してし
まいたい。
︵⋮⋮いや。ダメだ︶
だがしかし。
悠斗は鉄の理性で以て己を律することにした。
何故ならば悠斗は、万が一のことが起きてしまった場合に責任を
取れる立場ではないからである。
悠斗とて健全な男子高校生。
薄々とこうなる事態は期待していた。
そこで恥を承知で宿屋の店員に﹁すいません。避妊具を置いてい
る店って近くにありませんか?﹂と確認を取ったのだが、そこで返
ってきたのは﹁⋮⋮はて。ヒニング? とは一体何のことでしょう
か?﹂という衝撃的な回答であった。
悠斗は愕然とした。
トライワイドには﹃避妊具﹄という概念が浸透していないため。
宿屋の店員は、悠斗の言葉を理解することが出来なかったのであ
る。
悠斗は遊びたい盛りの16歳。
90
欲望の赴くままに行動したいという気持ちはある反面、若くして
父親になる覚悟などあるはずもなかった。
﹁スピカ。こっちにおいで﹂
悠斗はベッドで横になり、手招きをする。
﹁⋮⋮はい。ご主人さま﹂
スピカは頬を赤らめて悠斗の傍に近づいた。
悠斗はそこでスピカの小さくて柔らかい体を抱き締めた。
﹁大丈夫。これ以上は何もしないよ。今日はもう疲れた。だから暫
くこの状態のまま⋮⋮寝かせてくれ﹂
スピカは残念なようなホッとしたような複雑な笑みを浮かべる。
﹁⋮⋮分かりました。ご主人さま﹂
女の子特有の甘い香りが悠斗の鼻孔をくすぐった。
なんとなく手持ち無沙汰になった悠斗は、スピカの体を抱き寄せ
たまま彼女の犬耳に触れることにした。
﹁はう⋮⋮﹂
スピカの口から悩ましい吐息が漏れる。
スピカの犬耳はプニプニとして非常に触り心地が良い。
何ならこのまま一生、犬耳を撫でまわしていたいくらいであった。
91
けれども。
流石に何時までもスピカの体に触れているわけにもいかない。
︵うーん。これは慣れるまで寝付けそうにないなぁ︶
悠斗は人生で初となる﹃女の子と同じベッドで眠る﹄という一大
イベントを噛みしめながらも、瞼を閉じて強引に眠りに入ることに
する。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
ところで。
トライワイドには避妊具という概念が存在しない代わりに︱︱。
高位の呪属性魔法の中に一定時間、対象の生殖機能を停止させる
﹃避妊魔法﹄というものがあった。
悠斗がそのことに気付いてショックを受けるのは、随分と後のこ
とになる。
92
追加されたクエストを確認しよう
﹁おはようございます。ご主人さま﹂
スピカの一声により目を覚ます。
昨夜はドキドキしてあまり寝付けなかった。
けれども、それはスピカの方も同じらしく、寝惚け眼を擦りなが
らも小さく欠伸を噛み殺していた。
本能に従うのであれば、二度寝をしていたい気分ではあったが、
懐の事情を鑑みるにそう悠長なことは言っていられない。
宿屋のルームサービスで朝食を済ませると二人は、さっそく冒険
者ギルドに向かうことにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁こんにちは。ユウト様のQRは2に昇格しています。本日から新
たに受注が可能になったクエストをご覧になられますか?﹂
﹁はい。お願いします﹂
悠斗が肯定するとギルドの受付嬢のエミリアは分厚い冊子を捲る。
93
☆討伐系クエスト
●グリーンスライムの討伐
必要QR:LV2
成功条件:グリーンスライムを10匹討伐すること。
成功報酬:200リア&10QP
繰り返し:可
●フェアリーの討伐
必要QR:LV2
成功条件:フェアリーを10匹討伐すること
成功報酬:500リア&20QP
繰り返し:可
☆探索系クエスト
●連続誘拐事件の犯人を捕まえろ
必要QR:LV1
成功条件:巷で噂の連続誘拐事件の犯人を捕まえること
成功報酬:200000リア
繰り返し:不可
94
どうやらQRが2に上がっても、討伐系クエストの難易度には大
した変化がないようだ。
それにしても気になるのは、新たに追加された探索系クエストで
ある。
異世界に来てまで探偵染みた仕事をするのは気が進まないが、成
功報酬が20万リア⋮⋮というのは魅力的である。
﹁すいません。この連続誘拐事件っていうのは何のことでしょうか
?﹂
﹁はい。こちらは本日からQRを問わず全ての冒険者の方々が受注
可能になっています。ユウト様はエクスペインの街で起こっている
連続誘拐事件についてご存知ないのですか?﹂
﹁⋮⋮ええ。全く﹂
この世界にやってきてから3日目の悠斗には知る由もないことで
あった。
﹁ここ2カ月くらいの事でしょうか。エクスペインの街では﹃10
代の女性﹄ばかりを狙った誘拐事件が多発しているのです。
これまでは王都直属の騎士団が捜査に当たっていたのですが、犯
人の行方は一向に掴める気配がなく⋮⋮ついには国王直属の命によ
り冒険者ギルドにその仕事が依頼されたという経緯になっています﹂
﹁なるほど⋮⋮﹂
95
どうやら思った以上に大きい事件であったようだ。
このクエストに関してはあまり深く首を突っ込まない方が良いだ
ろうと、悠斗は判断をする。
何故ならば、何かの間違いでこのクエストを解決してしまったの
ならば一躍、この街の有名人になってしまう可能性が高いからだ。
異世界から召喚されたという特殊な境遇にあることを考えると、
無闇に目立ってしまうのは考えものである。
悠斗は探索系クエストを保留にして新たに追加された討伐クエス
トだけを受注すると、意気込みを新たにしてラグール山脈︵初級︶
に向かうのであった。
96
仲間と一緒に戦おう
それから1時間ほど歩いたところでラグール山脈︵初級︶に到着
した。
悠斗としては結構な速度で歩いていたと思うのだが、スピカは泣
き言1つ言わずに付いてきてくれた。
聞けばライカンという種族は、基礎的な体力に優れていて1日に
40キロくらいなら子供でも平気で移動できるということらしい。
女の子を冒険に連れまわすことに懸念を覚えていた悠斗であった
が、これで肩の荷が一つ降りた。
﹁そう言えば聞いていなかったな。スピカはこれまで魔物との戦闘
経験っていうのはあるのか?﹂
﹁いえ。実を言うと特にありません。私は街の外に出た経験という
こと自体がほとんどありませんでしたから﹂
﹁うーん。そうか⋮⋮﹂
スピカは物怖じした表情で悠斗のことを見つめていた。
何故ならば、魔物との戦闘経験がないことを理由に悠斗に愛想を
尽かされてしまうのではないかと、不安な気持ちを抱いていたから
である。
97
﹁えーっと⋮⋮その。大丈夫です! ご主人さまが命じるのでれば
私だって魔物と戦うことくらい出来ますよ! 刺し違える覚悟で臨
めば⋮⋮私だってスライムの1匹くらい!﹂
﹁いや。まあそう言ってくれるのは有難いけど⋮⋮刺し違えて貰っ
ちゃ困るよ。スピカは俺の大切な奴隷だからな﹂
﹁はう⋮⋮﹂
悠斗がそう言ってスピカの頭を撫でてやると、スピカはいつにな
く幸せそうな笑みを零す。
元より悠斗が期待していたスピカの役割は見張り役である。
素材を剥いでいる時はどうしても無防備な姿を晒してしまうため、
自分の眼の代わりになってくれる人材を探していたのだ。
そのため。
戦闘経験の有無はさしたる問題ではないだろう。
﹁あ! ご主人さま! さっそく向こうに魔物がいるみたいですよ
!﹂
スピカは木々の隙間を指差した。
悠斗はスピカの言葉に反応して目を凝らしてみる。
と。
ここから四十メートルほど離れた地点にレッドスライムが1匹だ
けノソノソと動いているのが見えた。
98
﹁偉いぞ。スピカ。それじゃあ、さっそく今日の1匹目を倒してみ
るか。今から俺がスライムの効率的な倒し方を実演するよ﹂
﹁はい。ご主人さま。頑張って下さい!﹂
悠斗は道端に落ちている石ころを拾うとレッドスライムのいる方
向に進んでいく。
﹁えーっと。ご主人さまは弓を使わないのですか?﹂
﹁? どうしてだ?﹂
﹁いえ。宿屋で働いている時に冒険者の方に伺ったことがあるので
すが⋮⋮スライムを倒すために最も効率的な武器は﹃弓﹄なのだそ
うです。スライムは視力が低く、本能のみで生きている魔物ですの
で、遠距離からの攻撃であれば確実に先制攻撃を仕掛けられるとそ
の方は仰っていました﹂
﹁なるほど。弓⋮⋮か﹂
悠斗は弓という武器が、あまり好きになれなかった。
何故ならば、使用する状況を選ぶものであるし、どんなに腕を磨
いてもその威力にあまり変化が見られないからである。
悠斗は決して弓の扱いが苦手という訳ではない。
更に言えば、旧石器時代より現代に至るまで使用されている弓と
いう武器に対して敬意を払っているつもりであった。
だがしかし。
99
同じ遠距離からの攻撃であれば、手裏剣などの投擲武器の方が、
攻撃に入るまでの時間が短いため︱︱。
せっかちな悠斗の性分には合っていた。
﹁ありがとう。今後の参考にさせて貰うよ。けれど、遠距離からの
攻撃という意味ではコイツでも十分だから安心しておいてくれ﹂
﹁???﹂
悠斗の言葉を受けたスピカは首を傾げる。
何故ならば、悠斗が手にしているのは、何処からどう見ても何の
変哲もない石コロであったからである。
そんなスピカの疑問を他所に悠斗はレッドスライムに接近してそ
の距離を7メートルにまで縮める。
そして、いつもそうしているようにスリークォーターのフォーム
から手にした石を投擲する。
ブウォン、と。
凄まじい風切り音が鳴った。
﹁ぴぎゃ!?﹂
綺麗なジャイロ回転のかかった石コロはデタラメとも言える速度
でレッドスライムの体に命中し、その体液を飛散させる。
レッドスライムは絶命して体を赤黒く染めていく。
100
﹁⋮⋮え?﹂
スピカは一連の出来事を目の当りにして呆然と立ち尽くしていた。
しかし、それも無理のない話である。
たしかにスライム系の魔物は最弱とされているが、それでも石コ
ロを投げてスライムを倒す冒険者なんて聞いたことがない。
まるで隕石が衝突したかと錯覚してしまうような衝撃。
悠斗の投げた石は素人目に見ても、明らかに異常な速度であるこ
とが即座にして理解できた。
﹁⋮⋮ご、ご主人さま! 凄いです! 凄すぎます!﹂
﹁そうか? でもまあ⋮⋮確かにスライム1匹倒すのにいちいち石
コロを探していたら時間を食うよな。あまり気は進まないけど弓の
使用を検討してみるか。あ、でもバッグの中に石コロを入れておく
という選択肢もあるのか⋮⋮迷うな﹂
未だに底知れない悠斗の潜在能力を目の当りにして︱︱。
悠斗に対するスピカの心情は︽尊敬︾から︽崇拝︾に変化してい
た。
﹁これからスピカに任せたい仕事は1つだ。俺が魔物の素材を剥ぎ
取っている最中、敵が来ないか見張っていてくれ﹂
鞄の中から購入したばかりの︽冒険者のナイフ︾を取り出すと悠
斗は、素材の剥ぎ取り作業を始めようとする。
101
﹁ま、待って下さい!﹂
寸前のところでスピカは悠斗の手を止める。
主人が素材の剥ぎ取り作業をしている一方で自分は周囲の景色を
眺めているというのは、スピカにとって我慢のならないことであっ
たのだ。
﹁無礼を承知で意見を述べさせて下さい。こういうのは普通、役割
が逆だと思うのです! 本来の主従関係から言うと、ご主人さまが
魔物を倒している間、私がその素材を剥ぎ取るというのが適任では
ないでしょうか﹂
﹁うーん。まぁ、たしかにその方が効率的ではあると思うけど、ス
ピカに出来るのか? 結構な重労働だぞ。これ﹂
﹁⋮⋮出来ます! 出来るはずです! 私は4年間も宿屋で働いて
いたので包丁の扱いには自信があります! ナイフだってたぶん⋮
⋮似たようなものです! 貸して頂けませんか?﹂
﹁分かった。そこまで言うならお願いするよ﹂
スピカは悠斗から冒険者のナイフを借り受けると、レッドスライ
ムの体にスッと刃を通す。
直後。
レッドスライムの体内からは粘着質な液体が噴出する。
102
普通の女の子であれば悲鳴の1つでも挙げそうなところであるが、
スピカの表情は至って冷静であった。
ナイフを使ってスライムの体を解体して行き︱︱。
ついには目的である素材の剥ぎ取りに成功する。
レッドスライムの核@レア度 ☆
︵レッドスライムの心臓部。炎の魔石を製造するための原材料とし
て用いられる︶
﹁ご主人さま! 出来ました!﹂
﹁ああ。よくやったスピカ。偉いぞ﹂
頑張ったご褒美にスピカの頭を撫でてやる。
犬耳をピコピコと動かしながらも、幸せそうなスピカの表情を見
ていると癒されるものがある。
今後は素材の剥ぎ取り作業はスピカに任せることにしよう。
ナイフの扱いに関しては若干不慣れな部分を感じるが、これから
経験を積んで行くことで問題は解決していくだろう。
クエストの効率化に手応えを感じた悠斗は、次なる獲物を探しに
山の斜面を登って行くのであった。
103
狩りを効率化してみよう
1匹目の魔物を討伐してから5分後のこと。
﹁ご主人さま。ここから西北に60メートルの地点にレッドスライ
ムの群れがいます。数はたぶん⋮⋮5体くらいだと思います﹂
突如としてスピカはそんな言葉を口にする。
悠斗は咄嗟に西北の方向に視線を向ける。
けれども。
周囲は木々に囲まれており、先が見通せない様子であった。
﹁全く見えないけど⋮⋮どうしてそんなことが分かるんだ?﹂
﹁はい。先程の戦闘でレッドスライムの﹃臭い﹄を覚えたので間違
いないと思います。私たちライカンという種族は生まれつき嗅覚に
優れていますから。目では分からなくても臭いで分かるのです﹂
﹁おいおい。マジかよ⋮⋮﹂
訝しりながらもスピカの言う方向に歩みを進める。
104
と。
たしかにそこにはレッドスライムが群れを成していた。
数も5体。
スピカの言っていた通りである。
︵もしかしたらこれは⋮⋮とんでもなく効率的に狩りが出来るよう
になるかもしれないな︶
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
悠斗の予想はそのものズバリ的中していた。
元々、悠斗の能力はここら一帯の魔物を相手にするにはオーバー
スペックとも呼べるものであり、戦闘そのものは常に一瞬で終了し
ていたのである。
だがしかし。
見通しの悪い山では思うように魔物を見つけることが出来ないた
め、悪戯に時間を浪費することが多かった。
スピカの嗅覚は、最大で半径100メートルまでの魔物を探知す
るほど優れたものである。
これにより魔物とのエンカウント時間を劇的に短縮することに成
功したのだった。
レッドスライム×18体
ブルースライム×23体
105
バット ×32体
今日一日で倒した魔物の数である。
﹁いやー。それにしても今日は凄い収穫だったな。偉いぞ。スピカ。
全部お前のおかげだよ﹂
スピカが魔物の群れを見つけ、悠斗がそれを倒す。
倒した魔物からスピカが素材を剥いでいる最中、悠斗が別の魔物
を倒す。
二人の間にはいつしかそんな暗黙のルールが成立していた。
﹁と、とんでも御座いません! ご主人さまが凄すぎるのです! ハッキリ言ってご主人さまの強さは異常です。私はこれまで沢山の
冒険者の方々の話を聞いてきましたが⋮⋮たった一日で60匹の魔
物を倒した人なんて聞いたことがありません!﹂
その言葉はスピカにとって嘘偽りのない本音であった。
ひたすら、桁違い。
ただただ、規格外。
職業柄、これまで多くの冒険者たちを目の当りにしてきたスピカ
であったが、悠斗の﹃強さ﹄は、比較対象が見当たらないほど常軌
を逸したものであった。
特に悠斗が単身でバットの巣である洞窟の中に突入し、殲滅させ
た時は、自らの眼を疑わずにはいられなかった。
106
バットという魔物は強力な風魔法を有し、集団で行動することが
多いことから冒険者の中では﹃初心者殺し﹄として悪名高い存在で
あった。
スピカは単身でバットの巣の中に入って行く悠斗を引き留めよう
と必死になったのだが、悠斗は﹁大丈夫だから﹂の一点張りで聞く
耳を持とうとしなかった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
しかし、その5分後。
スピカは自らの心配が杞憂であったことに気付く。
何食わぬ顔で洞窟の中から出た悠斗は、﹃暗闇の中では解体でき
ないから﹄という理由で、バッグの中から戦利品である、20体近
くのバットの死骸を並べて見せたのであった。
武術だけに止まらず戦闘に役に立ちそうなスポーツがあれば、何
でも吸収してきた悠斗は︽ブラインドサッカー︾の技術にも精通し
ていた。
ブラインドサッカーとは、世にも珍しい﹃視覚を遮断して行うス
ポーツ﹄であった。
元々は視覚に障がいを持つ人のために考案された経緯を持ったブ
ラインドサッカーであるが、アイマスクを着用することで幅広い層
の人間がプレイすることが可能になっている。
107
人間は普段、日常生活の中での情報の8割を視覚から得ていると
言われているが、ブラインドサッカーを極めた悠斗であれば、聴覚
のみを頼りに暗闇の中で戦闘を行うことが可能であった。
そのため。
洞窟の中にいても悠斗は、一騎当千の戦闘能力を誇っていた。
視界の利かない暗がりの中であるにも関わらず︱︱。
オーバーヘッドキックやボレーシュートの技術を応用した蹴撃を
炸裂させた悠斗は、バットたちをまるでサッカーボールのように扱
い、蹴散らしたのであった。
﹁ご主人さまは本当に⋮⋮何から何まで凄すぎます⋮⋮﹂
今回の出来事により悠斗に向けるスピカの視線は、更にその熱っ
ぽさを増していた。
近衛悠斗
魔法 : 風魔法 LV3︵12/30︶
特性 : 火耐性 LV2︵15/20︶
水耐性 LV2︵15/20︶
スキル テイカー
悠斗はそこでおもむろにステータス画面を確認。
当然のことながら︽能力略奪︾の能力により全体的にスキルレベ
ルがアップしている。
108
特に風魔法のLVが3に上がっているのが気になるところであっ
た。
どの程度威力が上がったのかを調べるために早く検証作業に入り
たい気持ちはあるが、魔法を使用すると異様に疲れが溜まってしま
うことは確認済みである。
魔法の検証作業は、時間と体力のある時に行えば良い。
悠斗はそう判断すると足取りを軽くして街に戻るのであった。
109
新しい魔法を使ってみよう
その日の冒険者ギルドでは、ちょっとした騒動が起こっていた。
﹁⋮⋮おいおい。まさかあのルーキーあれだけの素材を1回の探索
で手に入れたって訳じゃないよな?﹂
﹁そんなはずはねえ。おそらく10日分くらいの収穫を一度にまと
めて納品しているのだろう﹂
﹁⋮⋮いや。でも確かアイツ昨日初めて此処に来て、登録手続きを
していた男だぜ?﹂
﹁ならQRを上げるために誰かから大量に素材を買い取ったのだろ
う。別に禁止されている訳ではないが、たまにそういう狡い真似を
するやつがいるんだよ﹂ 一度に60個以上の素材を持ち帰った悠斗たちは、想定外の注目
を集めることになっていた。
冒険者たちの口から様々な憶測が飛び交う中、悠斗は手短に受付
を済ませ、報酬を受け取ることにした。
総額にして2000リア。
110
日本円に換算すると、今日一日の稼ぎは2万円前後と言ったとこ
ろだろうか。
スピカと2人で分ければ1人当たりの稼ぎは日給1万円。
昨日に比べると見違えるような額ではあるが、それでも労力に見
合った報酬かと問われれば微妙なところである。
﹁本日のクエストによりユウト様にはQP100が付与されること
になります。これによりユウト様のQRが昇格致しました﹂
悠斗は更新された登録カードを確認する。
近衛悠斗
QR5
QP︵20/50︶
報酬金額は満足な額とは言えないが、QRの方は順調に上がって
いるようであった。
QR2からQR5に一気にランクアップである。
QRもかなり上がったことだし、明日からはもう少しだけ難易度
の高いクエストに挑んでみても良いかもしれない。
悠斗はそんなことを考えながらも、冒険者ギルドを後にすること
にした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
111
クエストの報告を終えた後は魔法の検証作業である。
悠斗はなるべく人の気配がない街外れの岩場を探して魔法の訓練
を行うことにした。
スピカには一足先にホテルに戻って体を休めて貰っている。
魔法の検証作業については、1人で集中して行いたいという想い
があったからだ。
風魔法 LV3
使用可能魔法 ウィンド ウィンドボム
ウィンドボム
︵高威力の風属性魔法︶
ステータス画面を見ると使用できる魔法が増えていた。
どうやら魔法のスキルレベルを上げると使える種類が増えるとい
う仕様らしい。
さっそく新しく追加された魔法の試し打ちを行ってみる。
︵⋮⋮ウィンドボム︶
右手を翳しながらも、心の中でそう唱える。
112
直後。
悠斗の掌からは直径10センチほどの球体が出現する。
ゆっくりとしたスピードで移動を続けるそれは1メートルほど飛
んで行ったところで︱︱突如として破裂。
凄まじい爆発音が聞こえたかと思うと、球体の周囲に暴風が吹き
荒れる。
﹁うぉ⋮⋮!? これは⋮⋮思ったよりも強烈な威力だな⋮⋮﹂
現状ではスカート捲りくらいにしか使えそうにない︽ウィンド︾
と比較すると、その殺傷能力は雲泥の差であった。
この威力であれば、人間1人くらい訳なく吹き飛ばすことが出来
るだろう。
けれども。
実戦ではその射的距離の短さがネックになってきそうであった。
この問題については魔法のレベルを上げることで解決するのだろ
うか?
たったの1メートルの範囲しか届かないのであれば、近づいて物
理で殴る方が悠斗にとってはずっと建設的であった。
︵結局⋮⋮この魔法も当面はお蔵入りか︶
113
残念ではあるが、致し方があるまい。
新しく覚えたばかりの魔法よりも、物心を覚えたときから長年に
渡り鍛え上げてきた体術の方が有用なのは、ある意味では当然の結
果と言えるだろう。
︵⋮⋮いや。待てよ?︶
悠斗はそこで魔法の利用法についてのアイデアを思いつく。
︵魔法をそれ単体で捉えるのではなく⋮⋮体術を活かすための補助
という形で扱ってみたらどうだろうか?︶ それは全ての格闘技の長所を相乗させるという︽近衛流體術︾を
修めている悠斗だからこそ得た発想であった。
たとえば現状、魔法は掌からしか出していないのだが⋮⋮これが
足の裏から出せるようになればどうだろうか?
悠斗は手始めに︽ウィンド︾を使用してテストを行う。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
検証結果。
どうやら魔法は足の裏から頭の上まで何処からでも放つことがで
114
きるらしい。
もっとも⋮⋮元々の威力が低い︽ウィンド︾では魔法を放つ位置
を変えたところであまり意味のないことであった。
けれども。
これが高威力の︽ウィンドボム︾になれば事情は変わってくる。
たとえば、地面を蹴るのと同時に︽ウィンドボム︾を重心の乗っ
た軸足から出してみればどうだろうか?
従来のスピードに爆風による加速が付与され、一時的に高速で移
動することが可能になるに違いない。
悠斗の中の武人としての血が騒ぐ。
魔術と武術の融合。
それはこの世界における悠斗のライフワークに位置付けるに値す
るアイデアであった。
︵そうと決まれば⋮⋮さっそく試してみるか︶
悠斗は胸に手を当てて深呼吸をした後。
地面を強く蹴り、足の裏からウィンドボムを発動させる。
瞬間、轟音。
115
﹁︱︱︱︱ッ!?﹂
気が付くと悠斗の体は、爆風により10メートル先の岩場まで吹
き飛んでいた。
それは人間の限界を明らかに超えた衝撃的なスピードであった。
胸の動悸を抑えることが出来ない。
︵ははっ⋮⋮。これは⋮⋮思っていた以上だな⋮⋮︶
ひょうきゃく
悠斗は風魔法による高速移動技術を︽飆脚︾と名付けることにし
た。
今後、実戦でこの技を使うための課題は大きく分けて2つである。
1つ目は靴装備を頑丈なものに買い替えなければならない。
ウィンドボムによる衝撃をモロに被ったせいでオークの屋敷で手
に入れた革靴は、ボロボロに引き裂かれ、見るも無残な形になって
いた。
帰り道は何処かで適当な靴装備を買っておく必要があるだろう。
二つ目は風耐性スキルのレベルを上げることである。
今現在、悠斗の右足は血まみれであった。
まさか異世界に召喚されてから初めて受けるダメージが自分の魔
法によるものだとは思いもよらなかった。
けれども。
116
新たな魔法の活用法を見出した悠斗に後悔はなかった。
傷だらけの右足を引きずりながらも悠斗は、満足気な笑みを浮か
べて宿屋に戻るのであった。
117
異世界人
帰り道。
適当な露店で︽皮の靴︾を200リアで購入した悠斗は宿屋に戻
ることにした。
﹁ご、ご主人さま!? そのお怪我はどうなされたのですか?﹂
血まみれの足を引きずりながら帰ってきた悠斗を見るなりスピカ
は、目を丸くして取り乱している様子であった。
﹁いや。別にたいしたものではないよ。ちょっと外に出ている時に
擦りむいちまって﹂
﹁うぅぅぅ。誰ですか! ご主人さまを傷つけたのは!? 許せま
せん! 地獄の果てまで追い回して成敗してやります!﹂
︵俺のため俺を成敗するってどういうことだろう⋮⋮︶
スピカの言葉を聞いた悠斗は苦笑する。
この傷が自分の魔法によるダメージであるということは、黙って
おくことにしよう。
﹁とにかく! 今直ぐお怪我の治療を! そこのベッドに腰掛けて
足を伸ばして下さい!﹂
118
﹁ん。こうかな⋮⋮?﹂
スピカはすかさず悠斗の足を手に取ってズボンの裾を捲り上げる。
直後。
スピカの掌からは淡い光が放たれ、悠斗の傷口を癒していく。
︵これは⋮⋮傷口が塞がっていく⋮⋮?︶
その魔法の正体が︽回復魔法︾であることに気付くまでに多くの
時間はかからなかった。
﹁驚いたよ。スピカは魔法が使えたのか﹂
﹁魔法⋮⋮と言ってもそんなに立派なものではありませんよ。︽聖
属性︾魔法の初歩の初歩です。トライワイドの住人なら魔法は誰も
が使えるものですし﹂
﹁? そうなのか?﹂
﹁⋮⋮ええ。ご主人さまは知らないかもしれませんが、この世界の
住人は︽火︾・︽水︾・︽風︾・︽聖︾・︽呪︾の5系統の魔法の
中から1つを生まれながらに所持しているのです。もっとも⋮⋮ご
主人さまにこの例は当てはまらないのかもしれませんが﹂
﹁なるほど。そうだったのか﹂
これは有益な情報を手に入れたかもしれない。
119
現在のところ悠斗が所持している魔法は︽風属性︾だけであるが、
今後その種類が増えた場合。
人前で二種以上の魔法を使うのは避けた方が良さそうである。
﹁それより⋮⋮いつから気付いていた?﹂
尋ねるとスピカは神妙な面持ちで語り始める。
﹁最初から何処か不自然だなと思っていたのです。ご主人さまはこ
の世界の常識についてあまりにも知識がなさすぎます。けれども、
疑惑が確信に変わったのは先日の討伐クエストのことです。
ご主人さまの問答無用の﹃強さ﹄はハッキリ言って常軌を逸した
ものでした。それこそ︱︱異世界から召喚された方々が持っている
とされるレアリティの高い︽固有能力︾を所持しているものだと仮
定しなければ説明が付かないほどに﹂
﹁⋮⋮そ、そうだったのか﹂
スピカの推理はものの見事に的中していた。
ただ1点。
訂正しなければならないのは、現時点での悠斗の強さの大半は︽
固有能力︾とは無関係の部分にあるということであるのだが。
そのことを説明しても余計に話を複雑にしてしまうだけなので悠
斗は、黙っておくことにした。
﹁それならば話は早いな。スピカ。教えてくれ。別に急いでいる訳
ではないが⋮⋮俺は今、元の世界に帰る方法を探している。何か手
120
掛かりになりそうな情報はないか?﹂
悠斗の言葉を受けたスピカは表情に影を落とす。
﹁⋮⋮さぁ。私もそこまでは。異世界から召喚された人間は1人の
例外もなく、何処かの国の王族たちの奴隷にさせられて﹃戦争のた
めの道具﹄として使われると聞いたことがあります。
私のような平民には及びも付かないことですが、一国の権力者た
ちならば何か知っているかもしれません﹂
﹁そうか。ちなみに俺みたいな異世界人がそういう権力者たちとの
コネクションを持てる可能性ってあるのか?﹂
﹁⋮⋮1つだけ方法が﹂
﹁それはどんな?﹂
﹁信頼度の高い冒険者は、王族の方々から直々にクエストを依頼さ
れることがあると聞いたことがあります。つまりは今後⋮⋮地道に
QRを上げて行けば何か手がかりを得るチャンスを掴むことが出来
るかもしれません﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
悠斗が冒険者という職についたのは、他に仕事がなかったからと
いう消極的な理由であったのだが、図らずともそれは﹃元の世界に
戻る手掛かり﹄に繋がっていたらしい。
121
現在の悠斗のQRは5。
どの程度のQRがあれば、王族からの依頼が入るのかは定かでは
ないが。
思った以上に先の長そうな話であった。
︵⋮⋮しかも、スピカの話を聞く限り。俺が異世界から召喚された
人間であるということが発覚すれば奴隷にされる危険性もある訳か︶
自分が異世界人であるということを隠しながらも異世界に戻る方
法を探すのは、非常に難易度が高そうである。
﹁ご主人さま。1つだけ私の願いを聞いて頂いても宜しいでしょう
か?﹂
上目遣いの不安気な眼差しでスピカは尋ねる。
﹁ああ。どうした急に﹂
﹁ご主人さまさえよければ、1つだけ約束して下さい。仮にこの先
⋮⋮ご主人さまが元の世界に戻ることがありましたら⋮⋮そのとき
は私も一緒に連れていって頂ける⋮⋮と﹂
﹁⋮⋮別に構わないが、お前はそれで良いのか? スピカが俺の世
界で暮らすとなると⋮⋮色々と苦労すると思うぞ﹂
頭から犬耳が生えた少女が現代日本で生活をする。
122
具体的にそれが⋮⋮どの程度の苦労を背負うことになるのかは定
かではないが、様々な面で不自由な目にあわせてしまうことは間違
いがないだろう。
﹁はい。どんな辛い目に遭おうとも構いません。元より⋮⋮ご主人
さまの奴隷になると心に決めたときから覚悟は出来ているつもりで
す﹂
スピカの言葉が決して誇張ではないことは、彼女の真剣な眼差し
から推し量ることが出来た。
﹁ああ。分かったよ。お前がそうしたいなら自由にすれば良い。約
束する。元の世界に帰るときはスピカも一緒だ﹂
スピカの頭を撫でながらも悠斗は返事をする。
悠斗の言葉を聞いたスピカは、パァッと花の咲いたような笑みを
浮かべる。
﹁はい! ありがとうございます! 私は何処までもご主人さまに
お仕えさせて頂きます!﹂
そのとき悠斗の脳裏を過ったのは、現代日本の人里離れた片田舎
でスピカと二人暮らしをしている光景であった。
悠斗は思う。
トライワイドで大量の金貨を獲得した後︱︱。
123
それらを日本に持ち帰ってスローライフ⋮⋮というのも案外悪い
ものではないかもしれない。
︵⋮⋮まあ、どっちの世界で暮らすか考えるのは、元の世界に帰る
という選択肢を手に入れてからでも遅くはないよな︶
悠斗はそう心に決めた後、深い眠りに入るのであった。
124
安息日
翌朝の悠斗の目覚めは普段と比べて遅かった。
それと言うのも昨夜スピカに﹁最低でも明日一日は絶対に体を酷
使するようなことはしないで下さい! 約束ですよ!﹂と釘を刺さ
れてしまったからである。
どうやらスピカの回復魔法では傷口を塞ぐことは出来ても、怪我
そのものを完治させることは出来ないものらしい。
︵スピカのやつも⋮⋮心配性だよな︶
悠斗としては戦闘に支障が出るほどの痛みは感じていないのだが、
スピカの気遣いを無下にするのも気が引ける。
このような経緯を経て︱︱。
休養を取ることを決めた悠斗は、討伐クエストに行かずに街をぶ
らつくことにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
125
以前にオークの屋敷で手に入れたアイテムを競売にかけてから既
に48時間が経過している。
悠斗はその代金を受け取りにギルド公認商店に訪れていた。
アドルフは悠斗の姿を見かけるなり気さくな口調で声をかける。
﹁おう。久しぶり。兄ちゃんのことをずっと待っていたのよ﹂
﹁競売に出した品なのですが⋮⋮換金できています?﹂
﹁おうよ。バッチリさ! 兄ちゃんは運がいいね。たまたまその日
は他に目ぼしい品がなくて沢山の問い合わせがあったのよ﹂
すかさずアドルフはテーブルの上に金貨を1枚置いて。
﹁まずは︽コボルトの煙管︾の落札額の1万リアだ。こいつはまあ
⋮⋮およそ相場通りってところだな。成金趣味のオヤジたちに愛好
家が多いから価格が安定しているんだ﹂
﹁⋮⋮おぉ。ありがとうございます﹂
たかだか煙管1個に1万リアの値段が付くとは思わなかった。
悠斗は思わずそのテンションを上げる。
﹁そして次に︽伝説のオークの宝剣︾だが⋮⋮こいつは滅多なこと
では市場に出回らないレア装備でね。どうなることかヒヤヒヤした
が⋮⋮最終的には70万リアの値段が付いたよ﹂
﹁70万!?﹂
126
悠斗はテーブルの上に積まれた70枚の金貨を目の当りにして驚
きで声を上げる。
けれども。
それも無理のない話であった。
日本円に換算すると700万円に相当する額がたった1個のアイ
テムに付いたのである。
伝説のオーク⋮⋮侮りがたし。
﹁これだけの金が一気に手に入ったんだ。装備を整えるのも良いが、
俺としては奴隷を買うことをオススメするよ﹂
﹁奴隷⋮⋮ですか﹂
﹁ああ。稼ぎの良い冒険者たちは、奴隷を連れてクエストに出かけ
ることが多いのは知っているかい? 奴隷をパーティーに加えれば
色々なクエストが効率的になるからね。それに酒場でパーティーを
組むのと違ってアイテムのドロップに揉める必要がない﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
既にスピカという奴隷がいることについては、アドルフには黙っ
ておくことにした。
何故ならば、つい一昨日まで初心者用の装備を買っていた人間が、
奴隷を連れ歩いているのは不自然に思われるのではないかと危惧し
たからである。
スピカには事情を話して宿屋で待機して貰っている最中であった。
127
﹁奴隷を買うならギルド公認の店をオススメするよ。奴隷ビジネス
は闇が深いから信頼の置ける店に行くのが良い﹂
﹁⋮⋮!? ギルド公認の店なんてあるのですか!?﹂
﹁ああ。それだけ冒険者にとって奴隷っていうのは需要が高いって
こった﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悠斗は日本とのカルチャーギャップに驚愕していた。
公の施設が奴隷の売買を公認するなど日本では考えられないこと
である。
けれども。
この世界ではそれが認められている。
︵ならば金さえあれば⋮⋮合法的に美少女たちとの奴隷ハーレムを
築くことが出来るということなのか!?︶
悠斗の元々の手持ちは18550リア。
ここに競売品の売却収入を加えた72万8千550リアが現時点
での悠斗の全財産であった。
これだけの額があればスピカのような逸材を買うことが出来るか
もしれない。
悠斗は奴隷としてのスピカに不満がある訳ではない。
128
最近ではむしろ何処までも健気なスピカに対して深い愛情を感じ
ていた。
けれども。
それとこれとは別問題。
異世界でハーレムを築くことは何ものにも代えがたい男のロマン
であるのだ。
︵⋮⋮いや。そもそも別に俺は後ろめたいことをしている訳ではな
い。パーティーの人員を増やせばそれだけ安全に討伐クエストをこ
なすことが出来る。これは⋮⋮他でもないスピカのためでもあるの
だ︶
悠斗は自分自身にそう言い訳すると︱︱。
︵目指すは⋮⋮100人の美少女との奴隷ハーレムだ!︶
アドルフに紹介された奴隷商館にダッシュで向かうのであった。
129
奴隷ハーレムを拡大しよう
冒険者ギルドから徒歩で5分ほどの距離のところにアドルフに教
えられた奴隷商館があった。
︵⋮⋮普通こういう商売は人目に付かない場所でやるべきなのでは
?︶
悠斗がそんな疑問を思うほどに奴隷商館は街の中心部に堂々と聳
え立っていた。
﹁いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてでしょうか?﹂
ジル・アンダーソン
種族:ヒューマ
職業:奴隷商人
固有能力:隷属契約
悠斗が店内に足を踏み入れると、カイゼル髭を生やした小柄な中
年男が声をかける。
﹁ああ。冒険者ギルドの紹介できたのだが﹂
﹁これはこれは⋮⋮冒険者の方でしたか。当店は会員制になってお
130
ります。何か身分を証明できるものをご提示の上、こちらに名前を
記入して頂けないでしょうか?﹂
﹁了解しました﹂
悠斗はギルドの登録証を見せると書類にサインをした。
﹁ありがとうございます。コノエ・ユウト様⋮⋮でいらっしゃいま
したか。
当店では先日、屈強なドワーフの男衆を仕入れたばかりでして。
討伐クエストに連れて行くにはうってつけの逸材だと思います。ど
うです? 遠征のお供にお1人、如何ですか?﹂
悠斗が会員登録を済ませるや否や。
ジルはさっそく営業トークに移る。
ジルが指を指した先には、身長150センチ程度の小男たちがと
ぐろを巻くようにして屯していた。
彼らはみな一様にして顎に長い髭をたくわえており、悠斗の姿を
見るなり、敵意の籠った眼差しを向けていた。
奴隷と言っても鎖で繋がれている訳ではなく、それぞれ好き勝手
に動いているようである。
悠斗は推測する。
この辺りは隷属契約の効果によって﹃建物の中から出られない﹄
よう命令が下されているのだろう。
﹁⋮⋮いや。1人目に契約している奴隷が女性なので。出来れば二
131
人目の奴隷も女性が良いと考えているのですが﹂
悠斗が告げるとジルは苦い笑みを浮かべた。
﹁申し訳ございません。女奴隷となるとこの時期はオススメできま
せんね。2カ月ほど前でしょうか。実はさるお方がこの街の女奴隷
を買い占められておりまして相場が跳ね上がっているのでございま
す﹂
﹁⋮⋮さるお方?﹂
﹁私共も信頼商売ですが故。流石にお名前までは教えることが出来
ませんが、高名な貴族の方でございます。しかし、そういった事情
がある以上⋮⋮この街で女奴隷を買うことをお客様にはオススメし
ておりません﹂
﹁なるほど。そうでしたか﹂
どうやらタイミングが悪かったらしい。
かといってジルが勧めるような︱︱ドワーフの男衆を購入する気
は全く沸かない。
自分より年上の小さなオッサンたちを連れ歩くのは、悠斗にとっ
て罰ゲームにも等しかった。
けれども。
このまま引き返すのも気が引ける。
﹁一応、どんな人がいるか見せて貰っても良いですか? 今後の参
考にしたいので﹂
132
﹁了解致しました。ただいま商品をお持ちしますのでお客さまは、
どうか向こうの部屋に入ってお待ち下さい﹂
悠斗はジルの言葉に従って、指定された個室の中に入る。
部屋の中はテーブルが1つと椅子が2脚並べられるだけの簡素な
造りになっていた。
︵もしかしたら今日にでも⋮⋮二人目のハーレムメンバーを手に入
れることになるかもしれないのか⋮⋮︶
椅子の上に腰を下ろすと悠斗は、ソワソワした心持でジルの到着
を待つのであった。
133
二人目の仲間
﹁こちらが現在、当店で最もオススメできる商品でございます﹂
1人目にジルが連れてきたのは、身長180センチは超えようか
という大柄な女であった。
アカシア・ヴェルトレイ
種族:ドラゴニュート
職業:奴隷
固有能力:なし
︵⋮⋮これはアカン︶
というのが悠斗の率直な感想である。
悠斗は別に身長が高い女性が嫌いという訳ではない。
むしろスタイルの良い女性は好みであった。
けれども。
アカシアの体は全身がボディビルダーのようにムキムキである。
額には謎の斬撃痕。
そのルックスは歴戦の戦士と言った雰囲気をした風貌であり、可
134
愛いとかブサイクとかそういう次元の問題ですらなかった。
﹁どうでしょうか? 彼女はドラゴニュートという屈強な種族でし
てウチの商品の中でも戦闘能力はピカ1かと存じます。
更にこのアカシアは以前、冒険者として生計を立てていた経験も
あり、戦闘用奴隷としては逸材だと考えています。こちらの商品は
下限価格7万リアから取り扱っております﹂
﹁⋮⋮下限価格というのは?﹂
﹁これは失礼致しました。説明がまだでございましたね。私共の店
では基本的に競売によって商品をお客様に売っております。
つまり下限価格とは最低入札額という認識で頂いて結構です。入
札後、48時間以内に他に購入希望者が現れなかった場合にのみ、
お客さまに奴隷を受け渡す手はずになっております﹂
﹁なるほど。分かりました﹂
戦闘能力が高く、以前に冒険者として生計を立てていたという肩
書は魅力的ではあるが、奴隷として買い取るならばルックスの良い
女性を選びたい。
値段や能力に関しては文句なしではあるが、アカシアは悠斗が思
い描くハーレムメンバーの一員としては厳しいものがあった。
﹁他の候補を見せてくれないか?﹂
﹁承知致しました。少々お待ち下さい﹂
紹介した奴隷が悠斗の気に召さなかったことを悟ったジルは、ア
135
カシアを連れて部屋の外に出る
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから2分後。
次にジルが連れてきたのはスピカと同じライカンの少女であった。
︵⋮⋮うーん。有りか無しかで言うと有かな︶
歳の頃は17歳くらいだろうか。
そのルックスは客観的に判断すると中の上。
全体的に地味な雰囲気は拭えないものの、他の条件次第では奴隷
として購入しても良いと悠斗は判断した。
﹁こちらの商品は下限価格8万リアになっております﹂
﹁⋮⋮先程のドラゴニュートの女性よりも高いんですね﹂
﹁ええ。この程度の商品であれば普段なら5万リアを割る価格で提
供させて頂いているのですが。
先程もお話しした通り、さるお方が買い占めているため現在、性
奴隷になりそうな美しい女性の価格が高騰しているのです﹂
﹁なるほど。悪くはないんですが⋮⋮他の女性と比べてから考えた
いです。別の候補を見せて貰えませんか?﹂
﹁左様でございますか。ただいまお持ちしますので少々お待ちくだ
136
さい﹂
ジルは一礼をするとライカンの少女を連れて席を立つ。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから。 悠斗は5人の女性と面会をした。
けれども。
条件の面では1人目の女性を超えるものはなく、ルックスの面で
は2人目の女性を超えるものはいなかった。
﹁申し訳ございません。現在、当店で取り扱っている女性の奴隷は
次で最後の1人になります。しかし、彼女には大きな問題がありま
して⋮⋮﹂
﹁と、言うと?﹂
﹁はい。こちらの商品には既に70万リアの入札が付いているので
す。従ってお客様の予算によっては、面会する時間が無駄になって
しまう可能性があるのですが⋮⋮﹂
ジルは遠まわしに悠斗の懐状況を窺うような言葉を述べる。
﹁いえ。ギリギリ手の届かない範囲ではないです﹂
競売品の売却収入により悠斗の手持ちには72万8千50リアが
137
ある。
生活費のことも考慮すると限度額スレスレと言った感じになって
しまうが、背伸びをすれば入札することは出来なくもない。
﹁⋮⋮!? 左様で御座いましたか。ただいま商品をお持ちいたし
ますので少々お待ちください﹂
悠斗の言葉を受けたジルは驚きの表情を浮かべるが、冷静さを取
り繕って部屋を出る。
︵70万リアか⋮⋮逆にこれは期待を持てそうだな⋮⋮︶
ジルの話が真実であれば、これまでに面会した女性と比較して1
0倍近い値段が付いていることになる。
一体どんな理由で、これほどの値打ちが付いているのだろうか?
もしかしたら貴重な固有能力を持った人間という場合も考えられ
る。
それから暫くして。
悠斗の前に現れたのは、未だかつて出会ったことがない程の絶世
の美少女であった︱︱。
138
シルフィア・ルーゲンベルク
﹁こちらが最後の商品になります﹂
シルフィア・ルーゲンベルク
種族:ヒューマ
職業:奴隷 固有能力:なし
悠斗は思う。
入札価格70万リアと聞いたときは少し驚いたが、これほどの美
貌を持った少女であれば、むしろ安いくらいなのではないだろうか。
歳の頃は悠斗とそう変わらない16歳くらいだろう。
金髪のストレートヘアーは、日本人なら誰もが一度は憧れるよう
な欧州貴族のような雰囲気を醸し出している。
着ている服が他の奴隷のものよりも目に見えて質が高いのは、商
品としての彼女の価値を底上げるするためだろう。
そして何より目を惹いたのは、今にも零れ落ちそうなサイズの彼
女の胸である。
139
スピカの胸も決して小さいという訳ではないのだが、両者を比べ
るとエベレストと高尾山くらいには明確な差があった。
けれども、何故だろう。
彼女の表情からは人間らしい何かがスッポリと落ちてしまったか
のようであり︱︱。
人形のように無感情であった。
﹁こちらのシルフィアはかつて王家に仕えていた高名な騎士の家系
で生まれ育っておりまして、幼少期よりその教育を受けてきました。
故に剣の腕には覚えがあるものと存じます。
そして何より彼女の希少性を高めているのはこの美貌です。私は
かれこれ20年は奴隷商人という職業を営んでおりますが、これほ
どの美貌を持った女性を奴隷として扱うのは初めての経験になりま
す﹂
﹁⋮⋮!?﹂
ジルの言葉を聞いた悠斗はハタと気付く。
︵王家に仕えていた騎士だと⋮⋮!? もしかしたら彼女なら元の
世界に戻る方法について何か知っているのではないか?︶
以前にスピカに話を聞いたところ。
元の世界に戻る方法を知る人間がいるとすれば⋮⋮それは王族と
のコネクションを所持する人間しかいないだろうとの話であった。
140
現状。
QRをコツコツと貯めていくしか方法がなかった元の世界に戻る
手がかりを入手するための道のりが、グッと近づいたような気がした
﹁ところで彼女はどうして奴隷に?﹂
﹁はい。彼女は半年ほど前、我々ロードランドに戦争で破れ、属国
となったルーメルという小国の生まれなのでございます。
ルーメルの人間は敗戦後、その大半が殺されるか奴隷として売ら
れることになったのですが、彼女は運良く逃げ延びて、山奥に身を
潜めていたのです。そこで我が国の兵士に捕えられて、奴隷として
売られることになったという経緯になります﹂
﹁なるほど。それは彼女にとっては気の毒なことだな。しかし、彼
女が70万リアというのは少々安いのではないか?﹂
﹁とんでもございません! いくら美しくても性奴隷としての価値
が大半を占める商品に50万リアを超える値段が付くことは滅多に
ございませんよ。
それに彼女はその⋮⋮性格にも多少の難がありまして。これまで
沢山のお客様に失礼を働き、なかなか買い手を見つけられずにいた
のです﹂
﹁⋮⋮なるほど。だから彼女は﹃感情を表に出すこと﹄を隷属契約
によって禁止されているのか﹂
悠斗の察しの良さを受けてジルは驚きで目を見開く。
﹁はい。ユウト様の御察しの通りで御座います。シルフィアには他
の奴隷に与えている命令とは別に、喋ること。感情を表情に出すこ
141
と。
この2点を現在、禁じております。さもなければ彼女は酷い暴れ
方をしてしまうので﹂
﹁そうだったのか﹂
感情を表に出すことですら禁止に出来ることを聞き、悠斗は隷属
契約の能力の恐ろしさを思い知る。
﹁彼女と二人きりで話をしてみたい。暫くの間、彼女を自由にして
やってくれないか?﹂
﹁⋮⋮いえ。しかし﹂
﹁おいおい。まさかこの店では彼女がどんな人格の持ち主なのかを
隠したまま客から金を取ろうと考えていた訳ではないだろうな?﹂
悠斗の追及を受けてジルは一瞬、言葉に詰まる。
﹁⋮⋮分かりました。しかし、1つだけ忠告させて下さい。彼女が
お客様にどのような無礼を働いたとしても私共は一切の責任を負い
かねます故にご了承下さい﹂
﹁元よりそれは了承の上だ﹂
﹁⋮⋮10分ほど席を外します。ユウト様は心置きなく彼女との対
談に臨んでください﹂
隷属契約による命令内容の上書きを行うためだろう。
ジルはシルフィアの耳元で何か言葉を耳打ちすると、足早に悠斗
142
の元から立ち去った。
︵⋮⋮さて。ここからが正念場だな︶
果たしてシルフィアは元の世界に戻る手掛かりを知っているのだ
ろうか?
知っているとした場合。
どうすればその情報を引き出すことが出来るのだろうか?
ジルが部屋から出るまでの一瞬の間に︱︱。
悠斗は頭の中で様々な策略を巡らせるのであった。
143
交換条件
﹁⋮⋮これは一体なんの真似だ?﹂
開口一番。
シルフィアの口から出たのはそんな言葉であった。
﹁この程度のことで私に情けをかけたつもりか? 優しさを見せれ
ば私が貴様に心を開くとでも? 笑わせる。これから自分のことを性奴隷として慰みものにしよう
という男に対して心を許す女など何処にいるというのだ﹂
シルフィアは強い憎悪と軽蔑の視線を悠斗に対して向けていた。
﹁何か色々と誤解をしているようだが⋮⋮第一に俺はお前のことを
性奴隷として買うつもりはない﹂
﹁フンッ。誰がそんなことを信じる! 貴様たちロードランドの人
間はいつもそうだ。自らの利のためなら他者を欺くことを憚らない
外道ではないか!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ここまでは大方、悠斗の予想通りの展開であった。
自らの故郷を破滅に追いやった国の人物に対し、シルフィアが憎
144
悪の感情を抱くのは当然の理である。
問題はどうやってシルフィアの心を開かせるかであるが︱︱。
これについては一筋縄では行きそうにもない。
そこで悠斗はリスクを取って賭けに出ることにした。
﹁あー。ちなみに俺は別にこの街で生まれ育った訳ではないし⋮⋮
そもそもこの世界とも無関係だから﹂
﹁な⋮⋮に⋮⋮!? どういうことだ⋮⋮?﹂
﹁俺は異世界から召喚されてこの世界にやってきた。お前のことを
買おうと思ったのは、お前なら元の世界に戻る情報について何か知
っているのではないかと踏んだからだ﹂
シルフィアは驚きで目を見開く。
﹁⋮⋮バカなっ!? 仮に貴様の言葉が事実だとして⋮⋮どうして
それを私に漏らす? この世界における異世界人の扱いがどうなっ
ているのか、貴様も知らない訳ではないだろう!﹂
﹁戦争のための道具として奴隷にさせられて国に利用されるのだろ
? 知っているよ。
けれども、だからこそだ。相手から信用を得るためには自分の﹃
弱み﹄を晒すのが1番手っ取り早いだろう?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
付け加えて言うのであれば︱︱。
145
これまでこの商館で数々の前科を持ったシルフィアであれば、自
分の秘密を漏らされても周囲の人間は戯言としか思わないだろう。
という打算的な思惑が悠斗にはあった。
﹁なるほど。どうやら私は誤解をしていたらしい。これまで私はロ
ードランドの男は1人の例外もなく脳内が淫猥な思考で埋め尽くさ
れたクズだと思っていたが⋮⋮。貴様はクズの中でも上澄みの⋮⋮
マシなクズということか﹂
﹁⋮⋮酷い言い草だな﹂
マシなクズ⋮⋮という言い回しについては色々とツッコミを入れ
たいところではあるが、どうやら多少は信用を獲得することに成功
したらしい。
﹁それで⋮⋮貴様の目的は何だ? 自身の素性を明かしたというこ
とは、私と何か取引をしたいということなのだろう?﹂
﹁ああ。単刀直入に聞こう。シルフィアは異世界人が元の世界に戻
るための方法を知っているか? 仮に知っているとすれば、俺はこ
れからお前に入札しようと考えている。
俺が1番欲しいのは元の世界に帰るための情報だ。提供してくれ
た情報次第では、お前のことを奴隷身分から解放してやっても良い
と考えている﹂
﹁なるほど。それは⋮⋮この上ないほどに私にとって魅力的な取引
だな﹂
シルフィアは大きな胸の下で腕組みをしてそう呟く。
146
彼女の双眸には僅かにだが、希望の光を宿っていた。
﹁︱︱それでは結論から話すことにしよう。私は貴様の知りたい情
報の一端について知っている﹂
大きな胸を張って堂々とシルフィアはそう述べた。
︵⋮⋮どうやら見事に勘が的中したようだな︶
王族に仕えていた騎士の家系で生まれ育ったシルフィアならば何
か知っているのではないかと期待していたのだが︱︱。
こんなにも早く日本に戻る手掛かりを手に入れられるとは予想外
であった。
﹁⋮⋮そうか。ありがとう。それなら帰りがけに入札を掛けておく
ことにするよ﹂
﹁私の言葉を疑わないのか?﹂
﹁ああ。だって嘘を吐くメリットがないだろう? 俺がシルフィア
を買った後は、隷属契約により無理やり情報を吐かせることが出来
る。
仮に嘘を吐いていたことが発覚した場合、俺はお前をいくらでも
酷い目に遭わせることだって可能な訳だ。嘘を吐いて俺の恨みを買
うことはシルフィアにとって不利益でしかないからな﹂
﹁ふふ。たしかに考えてみればその通りだな﹂
147
シルフィアは口元を押さえて微笑する。
折しもそれは彼女がこの日︱︱初めて見せた笑顔であった。
﹁なあ。差し支えなければ貴様の名前を聞かせてもらっても良いか
?﹂
﹁近衛悠斗だ﹂
﹁コノエ⋮⋮ユウト⋮⋮﹂
シルフィアは言葉の響きを確認するように繰り返し。
﹁抜け目のない男だ。個人的には貴様のことを気に入ったよ。それ
こそ⋮⋮貴様のような男の下であれば、奴隷として仕えるのも悪く
ないと思ってしまう程度にはな﹂
﹁⋮⋮それはどうも﹂
シルフィアの言葉は悠斗の理性を揺るがすのに十分なものであっ
た。
正直に言えば︱︱。
悠斗は大金を払ってまで手に入れた奴隷を手放してしまうのは、
惜しいと考えていた。
だがしかし。
可愛い女の子には優しく、そうでない女子はまあそれなりに扱う
こと。
148
という祖父から教えられてきた言葉は、悠斗の胸の中に深く根付
いている考えである
主人の立場を利用して嫌がる女の子を無理やりハーレムメンバー
に加えるのは、悠斗の信条に反することであった。
かと言って。
このまま入札をしなければ、シルフィアは何処かの男の性奴隷と
して一生を過ごすことになるだろう。
悠斗にとってそれは絶対に許せないことであった。
正義感からではない。
むしろその逆。
悠斗が大金を払ってまで貫きたいと思ったのは﹃自分が目をかけ
た美少女を他の男に穢されたくない﹄という利己的な思想に他なら
ない。
そのことを自覚して尚。
1人の美少女の自由と元の世界に戻るための情報を同時に得るこ
とが出来るのなら︱︱。
この投資は決して高くはないと悠斗は考えたのであった。
149
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
シルフィアと別れた後。
悠斗はシルフィアの入札手続きを行うことにした。
﹁ありがとうございます。71万リアの御入札ですね。ではこちら
の書類にサインをお願い致します﹂
ジルは一礼をして悠斗に書類を差し出した。
書類には競売のシステムに関するルールが記されていた。
入札の意志表示をしたにもかかわらず提示した金額を期日までに
払えなかった場合は、冒険者ギルドの出入を禁止されるなどの厳し
い処置が取られるらしい。
せっかく獲得した71万リアという大金であるが、シルフィアを
落札すると決めたからには手を付けない方が良さそうである。
それから間もなくして。
入札手続きを済ませた悠斗は、奴隷商館を後にするのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁おかえりなさいませ。ご主人さま﹂
宿屋に戻ると留守番をしていたスピカが出迎えてくれた。
150
﹁今日は競売品で得た資金を受け取りにいっていたのですよね? どれくらいの額になったのですか?﹂
﹁ああ。71万リアになったよ﹂
﹁な、71万リア!? それで⋮⋮そのお金はどうしたのですか?﹂
﹁全部使った﹂
﹁使った!?﹂
﹁ダメか?﹂ ﹁い、いえ。ダメではないですが⋮⋮ご主人さまはお金の使い方が
ダイナミック過ぎると思います﹂
151
魔法の訓練を始めよう
﹁えーっと。ご主人さま。この下着は一体⋮⋮?﹂
﹁プレゼントだ﹂
﹁どうして私に? こんな上質な品を⋮⋮﹂
﹁それは萌えるからだ﹂
﹁⋮⋮萌え?﹂
﹁なるほど。スピカが理解するには早かったか﹂
どうやらこの世界には﹃萌え﹄という概念が浸透していないらし
い。
奴隷商館では性奴隷という商材を扱っているためか、下着以外に
も様々な性的好奇心を煽るグッズが販売されていた。
都合良くセール中の下着を発見した悠斗は、そこで厳選した数点
を購入しスピカにプレゼントしていた。
ついでに自分の下着が不足していたことに気付いた悠斗は、そこ
で至ってノーマルなトランクスを補充した。
152
他にも奴隷商館にはメイド服やバニースーツなど様々なグッズが
販売されていたものの⋮⋮これについては涙を呑んで我慢すること
にした。
悠斗は現在シルフィアに対して71万リアの入札を掛けているが、
他の入札者が現れないとも限らない。
下着程度であれば問題ないだろうが、無闇に散財するのは避ける
べきだろう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁これから魔法の訓練を行いたいと思う﹂
﹁訓練⋮⋮ですか? もしかしてご主人さまが私に下着をプレゼン
トして下さったのは⋮⋮魔法の訓練と何か関係が?﹂
﹁当然だろう。スピカはそこで気をつけの姿勢で立っていてくれ﹂
﹁こ、こうでしょうか?﹂
﹁ああ。良い感じだ﹂
悠斗はそう述べると、ベッドに腰を下ろし。
﹁⋮⋮ウィンド!﹂
153
声を大にして唱える。
直後。
フワリと風を孕んでスピカのスカートが捲れ上がる。
﹁ひゃっ!?﹂
可愛らしい悲鳴を上げるスピカ。
奴隷商館で購入したばかりのヒラヒラとしたレースのついたパン
ツを視界に捉えた悠斗は、満足気な笑みを零す。
﹁なんだ。その男を誘っているかのような下着は? 奴隷の分際で。
スピカはスケベな女だな!﹂
﹁はう⋮⋮。だ、だってこれは⋮⋮ご主人さまが穿いてくれと⋮⋮﹂
言葉責めに弱いスピカは、恍惚とした表情を浮かべる。
悠斗はそんなスピカの性的嗜好を理解した上で、あえて辛辣な言
葉を口にする。
﹁なに⋮⋮? 奴隷の分際で口答えをするつもりか!﹂
﹁い、いえっ。滅相も御座いません!﹂
﹁ふんっ。出来の悪い奴隷には、お仕置きが必用みたいだな。こう
してくれる! ウィンド!﹂
154
﹁ひゃんっ!﹂
今度はより強い風を起こしてスピカのスカートを捲る。
︵やはりニーソックス+ガーターベルトの組み合わせは鉄板だな⋮
⋮︶
等と考えながらも悠斗は、様々な検証を行っていた。
どうやらウィンドの威力は、自由に強弱を付けられるものである
らしい。
そして風の力を1点に集約させれば威力が上がり、範囲を広げる
ほど威力が下がるという法則を発見する。
試しに範囲を絞って自らにウィンドを放った結果。
着ている服の表面くらいなら余裕で裂くことが出来た。
スキルレベルを上げていけば、それなりに殺傷能力を上げていく
ことが出来るかもしれない。
スピカに協力をしてもらったのは正解であった。
魔法の訓練というものは単調になりやすいが、美少女のパンツを
見ながら行えば訓練も捗るというものだろう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
155
﹁⋮⋮そろそろきつくなってきたか﹂
悠斗が魔術の修行を開始してから10分後。
思っていたよりも早くに限界が来た。
体内の魔力を出し尽くした悠斗は、そのまま気絶するようにベッ
ドの上に倒れ込む。
﹁ご、ご主人さま!? 大丈夫ですか!?﹂
﹁ああ。大丈夫だけど。魔法を使った後は直ぐに体がダルくなるん
だよなぁ。どうにかならないものか﹂
﹁ええと。それは単純にご主人さまが魔法を使い慣れていないから
だと思います﹂
﹁そうなのか?﹂
﹁はい。一日に使える魔法の量というのは、毎日魔法を使って行く
ことで徐々に上がって行きます。毎日ランニングをすれば、体力が
少しずつ上がって行くのと同じような原理です﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
そんな単純な理屈だったのか。
﹁それなら今日から毎日このスカート捲りの訓練を続けていこうと
思う﹂
﹁ま、毎日ですか!?﹂
156
﹁不満か?﹂
﹁いえ。ご主人さまが望まれることであれば何でも受け入れますが
⋮⋮﹂
︵どうしてご主人さまは⋮⋮私に手を出してこないのでしょうか。
もしかしたらご主人さまは私より⋮⋮私の穿いている下着の方が好
きなのでしょうか?︶
先に寝床についた主人の姿を見ながらもスピカは、そんなモヤモ
ヤとした想いを抱くのであった。
157
新しい狩場に行ってみよう
﹁おはようございます。ご主人さま﹂
﹁おはよう。スピカ﹂
悠斗は軽く関節を伸ばして、体の調子を確かめることにした。
魔法の訓練で消費した体力は1晩で全回復している。
昨日までは足にあった違和感もスッキリと治っていた。
今日からは討伐クエストを再開して行くことにしよう。
そう判断した悠斗は、スピカと共に冒険者ギルドに向かうのであ
った。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁おはようございます。ユウトさまのQRは5に昇格しています。
本日から新たに受注が可能になったクエストをご覧になられますか
?﹂
﹁はい。お願いします﹂
悠斗が肯定するとエミリアは分厚い冊子を捲る。
158
☆討伐系クエスト
●シザークラブの討伐
必要QR3
成功条件:シザークラブを10匹討伐すること
成功報酬:600リア&20QP
繰り返し:可
●コボルトの討伐
必要QR5
成功条件:コボルトを10匹討伐すること
成功報酬:800リア&30QP
繰り返し:可
QRが5に昇格したことにより報酬額の高い討伐クエストが増え
ていた。
特にこのコボルトという魔物の成功報酬は魅力的である。
初期のスライムと比べて報酬額は4倍にまで跳ね上がっていた。
︵しかし、いきなりランク5のクエストに向かうのは考えものだな︶
159
ランク2のフェアリーとランク3のシザークラブの討伐クエスト
が終わっていないので、まずはそちらを済ませるのが先決だろう。
難易度については段階を踏んでステップアップして行きたい。
幸いなことにフェアリー・シザークラブ。
そして未だに遭遇経験のなかったグリーンスライムは︽オルレア
ンの森林︾という地域に生息しているらしい。
悠斗は地図を片手にオルレアンの森林︵初級︶に向かうのであっ
た。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
オルレアンの森林︵初級︶は、エクスペインの街から徒歩で60
分ほどの距離に存在していた。
傾斜がない分、ラグール山脈︵初級︶と比べて、移動時の体力的
な負担は少なそうである。
﹁ご主人さま! さっそく何かの魔物の臭いがします。嗅いだこと
のない臭いなので流石に種類までは分かりませんが﹂
﹁⋮⋮いや。十分過ぎる。偉いぞ。スピカ﹂
木々に覆われたこの地域では、魔物を探すことには骨が折れる。
スピカの嗅覚には、このエリアでも頼りにすることになりそうで
あった。
160
フェアリー 脅威LV3
シザークラブ 脅威LV4
木々の間を掻い潜り視界が開けた場所に出る。
直後。
本日の目当ての魔物が2種類同時に現れた。
フェアリーが3体。
シザークラブが5体。
なんとも幸先の良いスタートである。
﹁ご主人さま。気を付けて下さい。シザークラブは動きこそ速くは
ないですがそのハサミは、人間の手首くらい訳なく切断するほど強
力なものらしいです﹂
﹁⋮⋮ああ。あのハサミはいかにもヤバそうだな﹂
シザークラブは体長60センチほどの蟹であった。
そのハサミは右側の部分だけが異様に発達していた。
﹁フェアリーは直接的な戦闘能力こそ低いですが、後衛で魔物を回
復させることがあるらしいです。近づくと逃げてしまうので遠くか
ら弓で討伐するのが有効らしいです﹂
161
﹁⋮⋮逃げる? そういうタイプの魔物もいるのか。スピカは物知
りだな﹂
﹁いえ。全てこの冒険者ギルドで受け取った小冊子に書いてある情
報なのですが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ご主人さま。もしかしてこれまでキチンと目を通さないで討伐を
?﹂
悠斗はどちらかと言うと説明書を読まないでゲームを進めるタイ
プの人間であった。
付け加えて言うと︱︱。
スピカと一緒に冒険するようになってからの悠斗は、討伐クエス
トで苦労した経験がなかったので情報収集を行う必要がなかったの
である。
﹁まあ、そんなことより今は目の前の敵に集中だ!﹂
悠斗は露骨に話題を逸らしてお茶を濁すことにした。
妖精と言えば聞こえが良いが、目の前の敵は断じてそんな可愛い
ものではない。
フェアリーは人間の顔に蜂の体を足したかのような体長30セン
チほどの魔物であった。
162
︵これまでは特に計画性なく戦ってきたが⋮⋮今後は戦略的な立ち
回りが要求されそうだな︶
RPGで培った経験から判断するに、こういう場合は後衛の回復
役から叩くのがベストだろう。
そう判断した悠斗は、鞘の中からロングソードを抜くとフェアリ
ーに向けて走り出す。
しかし、その直後。
後衛のフェアリーたちを守るために悠斗の行く手を5匹のシザー
クラブが塞いだ。
﹁ぬお! 邪魔だ! コノヤロウ!﹂
そんなことはお構いなしに悠斗はフェアリーに向けて突進する。
悠斗は邪魔する敵をロングソードで薙ぎ払う。
シザークラブたちは悠斗の一撃によって蹴散らされ︱︱そのまま
直線上に吹き飛んだ。
勢い良く周囲の木に衝突したシザークラブはそのまま口から泡を
吹いて倒れていた。
一連の事態から絶望的な戦力差を悟ったフェアリーたちは、それ
ぞれバラバラの方向に向けて逃げ始める。
163
﹁おら。待てよ! コラ!﹂
悠斗は逃げるフェアリーを追って1匹目のフェアリーを背中から
袈裟斬りにする。
1匹目のフェアリーが息絶えた頃には︱︱。
既に2匹のフェアリーは悠斗との距離を20メートルほどは離し
ていた。
走って追いかけては、スピカのことを1人にしてしまうかもしれ
ないと判断した悠斗は、手にしたロングソードを投擲。
当然のことながらロングソードは投擲用に作られた武器ではない。
けれども。
精密機械のようなコントロールを有する悠斗の一投は、確かにフ
ェアリーの背中を捉え、串刺しにすることに成功した。
﹁すまん。スピカ。せっかく見つけてくれたのに1匹逃しちまった﹂
3匹目のフェアリーは既に悠斗たちの前からその姿を消していた。
﹁⋮⋮い、いえ﹂
スピカは理不尽過ぎる悠斗の強さを目の当たりにして呆然として
164
いた。
そもそもの前提からして。
強靭な外殻を持ったシザークラブという魔物は、一撃で倒せるよ
うな魔物ではない。
ギルドから受け取った小冊子には﹃シザークラブは斬撃耐性に優
れているが、打撃耐性が低いため、鉄槌を持った前衛が2人以上で
戦うことを推奨﹄との記述があるくらいである。
それをまるで紙屑でも千切るが如き速度により、ロングソード1
本で蹴散らして行く悠斗の戦闘能力は明らかに異常なものであった。
更に言えば。
フェアリーは人間のスピードでは絶対に追いつけないため。
弓による遠距離からの討伐が推奨されている魔物であった。
生身の状態で追いかけて背中を切り裂くなんて芸当ができるのは、
悠斗くらいのものなのではないかとスピカは思う。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁ご主人さまの戦い方は⋮⋮何もかもが滅茶苦茶過ぎます⋮⋮﹂
本日の冒険を終えたスピカは思わずそんな台詞を口にする。
その言葉は彼女の心からの本音であった。
165
シザークラブ ×31体
フェアリー ×15体
グリーンスライム ×24体
今日一日で倒した魔物の数である。
このような経緯を経て。
悠斗たちはこの日も大量に魔物を討伐することに成功する。
スキルテイカー
能力略奪による成果が楽しみであった。
166
水魔法を使ってみよう
クエストの完了報告を済ませた悠斗は、ひたすらに上機嫌であっ
た。
本日の報酬は2700リア。
日本円にして約2万7000円である。
スピカと一緒に冒険するようになってからというもの、見違える
ように報酬額が増えてきた。
このまま稼ぎを増やしていけば、生活にも随分と余裕が生まれる
に違いない。
近衛悠斗
QR7
QP︵10/70︶
QRの方も目に見えて上昇している。
これにより割の良いクエストが追加されれば、明日からは更なる
収入アップを期待できるに違いない。
近衛悠斗
魔法 : 水魔法 LV3︵1/30︶
167
風魔法 LV3︵12/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
特性 : 火耐性 LV2︵15/20︶
水耐性 LV2︵15/20︶
風耐性 LV2︵14/20︶
悠斗は宿屋に帰った後、おもむろにステータス画面を確認。
グリーンスライムが風耐性。
フェアリーが聖魔法。
シザークラブが水魔法
という具合にそれぞれ取得できるようであった。
風耐性はかねてより悠斗が欲していた特性である。
ひょうきゃく
風魔法による高速移動技術︽飆脚︾をマスターするには、この特
性のレベルを上げることが必須であると考えていたからだ。
けれども。
スキルレベル2程度でどれだけダメージを軽減できるかは不明で
ある。 本格的に︽飆脚︾の訓練をするのは、もう少し風耐性のスキルレ
ベルを上げてからでも遅くはないだろう。
次に水魔法。
168
水魔法 LV3
使用可能魔法 ウォーター ウォーターボム
ウォーター
︵水属性の基本魔法︶
ウォーターボム
︵高威力の水属性魔法︶
今日だけで一気にLV3まで上がっていたので使用できる魔法が
2種類に増えていた。
LV3でボム系の魔法を取得できるというのは、全ての魔法で共
通することなのだろうか。
悠斗はシャワールームに置いてあった桶を寝室に持ってくると水
魔法の実験を行うことにした。
﹁ご主人さま。何をされるのですか?﹂
﹁ああ。ちょっと魔法の修行をしようと思って﹂
悠斗が告げるとスピカは頬を染める。
﹁あ。ということは⋮⋮今日もスカートを着る必要ってあります?﹂
﹁いや。今日は必要ないかな﹂
169
﹁⋮⋮はう。そ、そうなのですか﹂
スピカは心なしか少し残念そうな表情をしていた。
そんなスピカの複雑な心情を他所に、悠斗は水魔法の検証を開始
する。
桶の上に水を垂らすようなイメージで呪文を唱える。
﹁⋮⋮ウォーター!﹂
直後。
宙に不可視の蛇口が出現したかのように水が落ちる。
その量はなかなかのものであり、1回の魔法で5リットルほどの
容量がある桶が満タンになるまで注ぐことが出来た。
︵⋮⋮なるほど。これは便利かもしれないな︶
悠斗たちが泊まっている宿屋では、︽水の魔石︾から採取できる
無料の飲み水が配布されている。
従って。
基本的には、討伐クエストの際に有料の水を購入する必要はない。
けれども。
170
仮に遠征中に遭難したときは最低限の水をこの魔法で確保するこ
とが出来る。
戦闘で役に立ちそうなスキルではないが、いつでも水を出せると
いうのは異世界生活においては何かと役に立ちそうであった。
﹁ご主人さま! 凄いです! ご主人さまは2種類の魔法を操るこ
とが出来るのですか!﹂
﹁そんなに凄いことなのか? これって?﹂
﹁ええ。同時に2系統の魔法を操る人間は︽デュオ︾と呼ばれてお
りまして1万人に1人の確率で生まれてくるそうです。
ちなみにその上の︽トリニティ︾は100万人に1人。︽カルテ
ット︾は1億人に1人⋮⋮と、言った具合にその希少度は100倍
増しに上がっていくそうです﹂
﹁なるほど﹂
スピカの話が正しければ、︽水︾・︽風︾・︽聖︾という3系統
の魔法を使用できる悠斗は現時点で100万人に1人の逸材という
ことになる。
更に言えば。
この分だと同時に5系統の魔法を使えるようになり、100億人
に1人の人間になる日も遅くはなさそうである。
そこまで聞いたところで悠斗は、次なる魔法の検証作業に入る。
171
﹁ウォーターボム!﹂
右手をスピカの方に向けて呪文を唱える。
直後。
悠斗の掌からは直径10センチほどの球体が出現する。
﹁スピカ! 早く逃げないとその球体は爆発するぞ!﹂
﹁なっ。え。ちょ!? ご主人さま!?﹂
﹁おい!? 早く逃げないと手遅れになるぞ!﹂
﹁えええええぇぇぇ!?﹂
悠斗から忠告を受けたスピカは、そんなに広くもない室内の中を
必死に逃げ回る。
﹁逃がすか!﹂
悠斗は巧に球体を操作しスピカの背中を追いかける。
昨晩の修行により悠斗は魔法のコントロール技術を磨くことに成
功していた。
172
﹁びえええぇぇぇ!﹂
壁際に追いつめられたスピカは、涙目になりながらもヘナヘナと
その場に腰を下ろす。
当然ながらスピカの安全を考えて魔法の威力は最小限にコントロ
ールしている。
万が一の場合に備えて、爆発する手前にスピカのことを追いかけ
回すのを辞めて魔法をその場に留めておく。
瞬間、轟音。
破裂した水の球体は周囲に凄まじい量の水を撒き散らす。
球体から5メートルの距離にいて巻き添えを食らったスピカは、
シャツを濡らして純白の下着を露わにしていた。
﹁すまん。スピカ。やっぱり今晩も着替える必要がありそうだな﹂
﹁うぅぅ⋮⋮。酷いです。ご主人さまは横暴です﹂
涙目で訴えるスピカ。
けれども。
その姿は悠斗の中の嗜虐心を余計に増長させるだけのものであっ
た。
173
﹁正直、少し反省している。ここは俺が片づけておくからスピカは
着替えておけよ﹂
﹁そ、そういう訳には行きません! 濡れてしまった床は私が掃除
しておきますから、ご主人さまは先にベッドで横になっていて下さ
い﹂
﹁⋮⋮ん。そうか﹂
たとえそれがどのような事情であれ、スピカとしては自らの主人
に掃除をさせるなど許せないことなのだろう。
そんな心情を悟った悠斗はベッドの上にゴロンと転がると、懸命
に布きれを絞って後片付けをするスピカの様子を見守っていた。
︵⋮⋮自分で思っていたよりも俺は、ドSなのかもしれないな︶
スピカに悪戯をするのは楽しい。
今回は流石にやり過ぎた感があるが、今後も折を見てスピカへの
悪戯は継続して行くことにしよう。
ベッドの上に寝転びながらも悠斗は、そんなことを考えるのであ
った。
174
175
吸血鬼
翌朝。
悠斗はシルフィアの様子を窺いに奴隷商館に向かうことにした。
﹁ご主人さま⋮⋮ここは一体⋮⋮?﹂
﹁ああ。奴隷商館だが?﹂
﹁そんなことは見れば分かります! 私が聞きたいのは、どうして
ご主人さまが奴隷商館に向かわれているかです!?﹂
﹁新しい奴隷を買おうと思っていてだな﹂
正直に告げるとスピカの表情は、ズーンと沈んだものになる。
﹁⋮⋮そ、そうですよね。ご主人さまにとって私は不要な存在です
よね。薄々とそんな気はしていたのです。
私はちっとも戦闘ではお役に立てていませんし。夜のお勤めすら
満足に行うことのできないダメ奴隷です。ご主人さまが私に愛想を
尽かして、他の奴隷を買おうとするのは当然のことですよね﹂
スピカは自分勝手な解釈をしてネガティブな言葉を口にする。
﹁おいおい。スピカ。勘違いするなよ。これは全てお前のためを思
ってのことだ﹂
176
﹁え、え⋮⋮?﹂
﹁俺はスピカにばかり負担のある仕事を押し付けてしまっているこ
とを反省しているんだ。2人目の奴隷を買えば、スピカの仕事はそ
れだけ軽減するだろう? それにパーティーの人員を増やせばそれ
だけ安全に討伐クエストをこなすことが出来る﹂
﹁すいません。私ったら勝手に早とちりをしてしまいまして⋮⋮。
まさかご主人さまが⋮⋮そこまで私のことを思っていてくれていた
なんて光栄です! 私のような奴隷にこのような幸せがあっても良
いのでしょうか?﹂
﹁当然だろう? スピカは俺の大切な⋮⋮可愛い奴隷なのだから﹂
﹁はう⋮⋮﹂
悠斗が頭を撫でるとスピカは例によって恍惚とした表情を浮かべ
ていた。
︵いくら何でもこの子⋮⋮チョロ過ぎるだろ⋮⋮︶
内心では浮気を咎められないかヒヤヒヤしていたが、杞憂である
ことを悟る。
悠斗はホッと胸を撫で下ろすと奴隷商館の中に足を踏み入れるの
であった。
177
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
ギーシュ・ベルシュタイン
種族:吸血鬼
職業:無職
固有能力:警鐘
警鐘@レア度 ☆☆☆☆☆
︵命の危機が迫った時にスキルホルダーにのみ聞こえる音を鳴らす
スキル。危険度に応じて音のボリュームは上昇する︶
商館の中に入るなり悠斗の目に留まったのは、長身痩躯のハンサ
ムな男であった。
悠斗がその男に注目した理由︱︱。
それはレアな固有能力を所持していたというのもあるが、それ以
前に吸血鬼という種族が初めて見かけるものであったからである。
﹁ほう。驚いたよ。最近の冒険者は性奴隷を連れて歩くのだな﹂
ギーシュは悠斗の視線に気付くなり他者を見下したような口調で
そう呟く。
﹁そ、そんな⋮⋮性奴隷だなんて⋮⋮。私とご主人さまはまだそん
な関係では⋮⋮﹂
178
﹁おい。スピカ。お前は性奴隷扱いされて喜ぶなよ⋮⋮﹂
スピカのドM振りは留まることを知らないようであった。
﹁やや! アンドレア卿。これは失礼致しました。こちらの冒険者
の方は、先日より当店の会員になったばかりのコノエ・ユウト様で
ございます⋮⋮﹂
奴隷商人のジルは、ギーシュの顔色を窺うようにしてそう述べる。
﹁ふむ。コノエ・ユウトか﹂
頷くとギーシュは悠斗の全身を眺めまわして。
﹁よく見るとキミは⋮⋮随分と見事な肉体をしているね。何か武道
の嗜みでも?﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
﹁あー。すまない。僕は鍛え上げられた人間の体を観察するのが趣
味なのだよ。ふむふむ。見事⋮⋮としか形容がないな。これほどま
でに強靱な肉体の持ち主と出会うのは初めてかもしれぬ⋮⋮﹂
﹁あの⋮⋮アンドレア卿?﹂
ギーシュの奇行を制止するようにジルが声をかける。
179
﹁いや。これは失敬。キミの肉体があまりにも見事なものだったの
でつい見惚れてしまっていたのだよ。まあ良い。用が済んだので、
私はこれで失礼するよ﹂
ギーシュはそう言い残すと奴隷商館を後にする。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁なんだか、とても変わった方ですね。しかし、初見でご主人さま
の素晴らしさを見抜いたことから察するに只者ではなさそうです﹂
思わず毒気を抜かれるほど能天気な発言をするスピカ。
一方で。
悠斗はギーシュという男に対して言われようのない薄気味の悪さ
を感じていた。
﹁⋮⋮さっきの人は誰なんですか?﹂
﹁へい。あの方はこの街の高名な貴族でいらっしゃるアンドレア・
スコット・マルニッシュ様でございます﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ジルの言葉を聞いた悠斗は怪訝な表情を浮かべる。
どうにも様子がおかしい。
魔眼スキルにより表示された名前とジルが口にする名前が一致し
180
ない。
そうするとギーシュという男は、何らかの目的で偽名を使ってい
るということになる。
︵⋮⋮いや。有名な貴族の名前を騙っても直ぐにバレるはずだよな︶
ならば偽名を使っているというより、吸血鬼が人間に成りすまし
ていると考える方が自然だろう。
﹁もしかすると⋮⋮さっき出て行ったあの男がこの街の奴隷を買い
占めているっていう人なんですか?﹂
悠斗が問い詰めると、ジルは観念したかのような表情を浮かべ。
﹁⋮⋮ここから先は他言無用でお願いします。ユウト様のお察しの
通りでございます。アンドレア卿がここ2カ月ほどで街の女奴隷を
買い占めているということは、我々の業界内での専らの噂になって
おります﹂
﹁なるほど﹂
なんとなく話が見えてきた。
人間に成りすましている吸血鬼。
2カ月前から奴隷を買い占めている男。
そして冒険者ギルドでエミリアから聞いた、探索クエストで手配
中の﹃連続誘拐事件の犯人﹄。
181
これらが全て同一の人物だとしたら色々と説明が付く部分がある。
どうして吸血鬼が奴隷を買い占めたり、人間を攫ったりするかに
ついては想像するに難くない。
︵おそらく⋮⋮単なる食事目当てなんだろうな⋮⋮︶
もちろん先程の男が連続誘拐事件の犯人であるという証拠はない。
今回の推理も悠斗が魔眼のスキルを所持しているからこそ成立し
ているものであって、他人にそれを聞かせても納得はしてもらえな
いだろう。
︵どちらにせよ⋮⋮面倒事に巻き込まれるのは御免だな︶
ギーシュという男にはなるべく関わらないようにしよう。
悠斗がそんな決意を胸に抱いた矢先であった。
﹁そこで⋮⋮大変申し上げにくいのですが、ユウトさまに1つ報告
をしなければならないことがあります。アンドレア卿より新規の入
札がありました。シルフィアの価格は現在72万リアにまで上がっ
ております﹂
﹁はぁ⋮⋮。そうだったのですか﹂
182
前言撤回。
シルフィアが絡んでいる以上、吸血鬼の男と関わらないという訳
にはいかなさそうであった。
﹁ちなみにこの店では入札する額にも最低金額が定められているん
ですか?﹂
﹁はい。シルフィアの最低入札単位は1万リアからとなっています。
つまりアンドレア卿が72万リアという金額を入札したことによっ
てユウト様は、最低でも73万リアの資金を入札して頂く必要がご
ざいます﹂
﹁分かりました﹂
︵⋮⋮まあ。当然と言えば当然だよな︶
こういう商売では下限を設けないと1リア単位のイタチごっこが
発生してしまう。
悠斗はそこで魔法のバッグに入っている所持金を確認。
現在の資金は15050リア。
いざとなれば手持ちのアイテムをギルド公認店で売却するという
手段もある。
残り48時間で最低入札額までの5千リアを集めるのは、何かト
ラブルでも起きない限り達成できそうな感じであった。
︵⋮⋮一度シルフィアに会って現状の報告をしておこうかな︶
183
悠斗はそう判断するとジルに頼んで、シルフィアとの面会を取り
付けてもらうことにした。
184
スピカとシルフィア
﹁なるほど。このままでは私の主人は⋮⋮そのアンドレア・スコッ
ト・マルニッシュという貴族になってしまうわけだな﹂
﹁ああ。けど、安心してくれよ。お前のことは必ず手に入れてみせ
るからさ﹂
悠斗はシルフィアに吸血鬼の一件を黙っておくことにした。
何故ならば︱︱。
言ったところで信じてもらえるか分からない上に、彼女のことを
余計に不安にさせてしまうのではないかと考えたからである。
﹁スピカ殿⋮⋮と言ったか。貴公の眼を見て確信がいった。スピカ
殿は主人に大切にされているのだな﹂
﹁⋮⋮はい!?﹂
唐突に話題を振られたスピカはしどろもどろになる。
﹁た、たしかに私は毎日⋮⋮ご主人さまには良くして頂いています。
けれども、どうしてそのようなことが分かったのですか?﹂
185
スピカが尋ねるとシルフィアは瞳に影を落とし。
﹁こう見えて私はこれまで⋮⋮沢山の奴隷を見てきたからな。傲慢
な主人を持った奴隷は、一目で分かるのだよ。自傷行為を禁じられ
ている彼らは⋮⋮自らの意思で死ぬことすら出来ず⋮⋮命が擦り切
れるまで過酷な労働を強いられているからな。そのような者たちは
⋮⋮みな同じ色の眼を持つようになる﹂
﹁そんな! ご主人さまはたしかに少しだけ鬼畜なところはあるか
もしれませんが⋮⋮本気で私が嫌がっていることを命令するような
方ではありませんよ!﹂
﹁⋮⋮だろうな。故に私はスピカ殿が大切に扱われていると思った
のだ﹂
決意の光が宿った真剣な眼差しでシルフィアは続ける。
﹁ユウト殿。1つ私の願いを聞いてはくれないだろうか﹂
﹁どうした急に?﹂
﹁一連の出来事が片付いた後は⋮⋮私を奴隷として貴公の傍に置い
てはくれないだろうか?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
悠斗は驚きで目を見開く。
何故ならば︱︱。
当初の取り決めでは﹃異世界に戻る手がかり﹄を聞いた後は、シ
186
ルフィアのことを自由にする約束であったからだ。
大金を払っておいて勿体ないという気持ちはもちろんあったが、
嫌がる相手を無理やり奴隷にするというのは悠斗の信条に反するも
のであった。
﹁⋮⋮シルフィアはそれでいいのか?﹂
﹁ああ。情けない話、私とて最初から理解はしていたのだ。何の後
ろ盾も持たない女が1人で生きていけるほどこの世界は甘くはない。
それに⋮⋮仕えるべき主人がいてこそ騎士は騎士たりえる。私は
悠斗殿のことを生涯掛けて仕えるに足り得る男だと判断した﹂
﹁買被り過ぎだよ。俺はキミが思っているような立派な男ではない﹂
﹁いいえ! シルフィアさんの判断は正しいと思います!﹂
悠斗の言葉をスピカは強く否定する。
﹁ご主人さまは素晴らしいお方です! 肉体や精神的な強さはもち
ろんのこと! 誰にでも分け隔てなく接することのできる大きな器
を持っています! 断言します! 私の人生における最大の幸福は、
ご主人さまの奴隷になれたことです!﹂
﹁⋮⋮ふむ。よもや自らの奴隷にこのような言葉をかけられるとは
⋮⋮私は益々、ユウト殿のことを気に入ってしまったよ﹂
シルフィアの言葉を受けたスピカは何を思ったのか感動の涙を流
187
していた。
﹁うぅぅ。私は今、初めてご主人さまの素晴らしさを心から理解し
合うことの出来る方に会ったかもしれません! シルフィアさん!
もしよければ⋮⋮私の奴隷仲間になって下さい!﹂
︵⋮⋮奴隷仲間ってなんだよ!︶
スピカがシルフィアと情熱的な握手を交わしている傍。
悠斗は心の中でそんなツッコミを入れていた。
﹁仲間⋮⋮か。随分と久しくその言葉の響きを聞いた気がするよ。
どうだろうか? ユウト殿。私を貴公の奴隷にして欲しいという件
に関しては⋮⋮考えてみてくれたか?﹂
﹁それに関しては反対する理由が見つからないな。一緒に冒険に行
ける仲間は1人でも多い方がいい﹂
悠斗が告げると、シルフィアはパァッと花の咲いたような笑みを
浮かべる。
その笑顔があまりにも可憐なものであったため、悠斗は胸の鼓動
を早めていた。
﹁恩に着る。この一件が片付いた後は︱︱我が身の全てを捧げて主
君に仕えさせて頂こう﹂
188
﹁ああ。そう言ってくれると心強い。よろしく頼むよ﹂
騎士の家系で生まれ育ち剣の腕に覚えがあるシルフィアであれば、
冒険の役に立ってくれるだろう。
現状のパーティーは戦闘要員が1人のため何かと不安定なものが
ある。
戦闘可能なメンバーが増えることは、パーティーの安定化に繋が
るに違いない。
︵そうと決まれば⋮⋮早く資金を稼がなければならないな⋮⋮︶
この競売対決に敗れてしまえば、シルフィアが危険な目に遭う危
険性が極めて高い。
とにかく今は少しでも多くの金額を稼いでおくことが、シルフィ
アの安全にも繋がるだろう。
そう判断した悠斗は、奴隷商館を出た後。
討伐クエストによる報酬を得るために冒険者ギルドに向かうので
あった。
189
緊急クエスト
﹁こんにちは。ユウトさまのQRは7に昇格しています。本日から
新たに受注が可能になったクエストをご覧になられますか?﹂
﹁⋮⋮はい。お願いします﹂
悠斗が肯定するとエミリアは分厚い冊子を捲る。
☆討伐系クエスト
●スケルトンの討伐
必要QR:7
成功条件:スケルトンを10匹討伐すること
成功報酬:1000リア&40QP
繰り返し:可
☆緊急クエスト
●大量発生したコボルトを討伐せよ
190
必要QR:5
成功条件:コボルトを10匹討伐すること
成功報酬:4000リア&30QP
繰り返し:可
悠斗の眼に止まったのは緊急クエストの項目であった。
︵たしか⋮⋮コボルトの討伐クエストの報酬は800リアだったは
ずだよな⋮⋮?︶
通常のクエストに比べて報酬額が5倍増しになっている。
﹁すいません。この緊急クエストというのは何でしょうか?﹂
﹁はい。こちらは国王が直々に冒険者ギルドに依頼したクエストに
なっています。ここのところコボルトが街の人間を襲う被害が急上
昇しています。
そこで事態を重く見た王政が、これ以上の被害が出る前に冒険者
の方々にコボルトの討伐を依頼したという経緯になっています﹂
﹁はぁ⋮⋮。それは何でまた?﹂
﹁一説によるとラグール山脈を支配していたオーク族のボス、ギル
ティア・メサイエティが、何者かの手により暗殺されていたことが
関係しているのではないかと噂されています。
コボルトたちにとってオークは天敵ですから、これを機会に勢力
を伸ばそうとしているのではないか? というのが専門家たちの出
191
した予想になっています﹂
︵あれ⋮⋮? もしかしてこれって⋮⋮俺のせいなの⋮⋮?︶
ギルティア・メサイエティというのは、悠斗をこの世界に召喚し
たオーク族のボスであった。
場の成り行きで殺してしまったのだが、まさかそのことがコボル
トの大量発生という余波を発生させているとは想定外の展開であっ
た。
︵いや。あくまで予想は予想! 俺とは無関係に決まっている!︶
悠斗は楽観的にそう決めつけると、頭の中を切り替える。
現代日本とは何かと価値基準が違う異世界生活では割り切る気持
ちが大切だろう。
これくらいのことで罪の意識に苛まれていてはキリがない。
︵それにしてもこれは⋮⋮どう考えてもチャンスだよな⋮⋮︶
シルフィアを落札するために悠斗は、少しでも資金を集めなけれ
ばならないのである。
経緯がどうであれ一攫千金のチャンスが巡ってきたことには変わ
192
りはなかった。
︵コボルトの生息地の中でここから一番近い場所は⋮⋮︽岩山の洞
窟︾ってエリアか︶
地図に書いてある情報からそう判断すると悠斗は、コボルトたち
の生息地である︽岩山の洞窟︾に向かうことにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
けれども。
このとき悠斗は知らなかった。
岩山の洞窟は、︽ネームドモンスター︾と呼ばれる強力な魔物が
存在しているため。
事情を知る冒険者であれば、誰もが近づかない危険地帯であるこ
とを︱︱。
193
緊急クエスト︵後書き︶
194
ネームドモンスター
エクスペインの街から徒歩で50分ほどの距離に︽岩山の洞窟︾
はあった。
﹁岩山の洞窟はかつて人間たちが開拓した﹃洞穴式住居﹄に魔物た
ちが住み着いたエリアらしいですね。
洞窟の中は陽の明かりが入るようになっていますが、視界が悪い
ので注意が必用だとギルドから貰った冊子には書いてあります﹂
﹁なるほど﹂
岩山の表面には穴の開いたチーズのように無数の洞窟が存在して
いた。 悠斗は近くにあった洞窟の中でも一際大きなそれに足を踏み入れ
る。
洞窟の中はアリの巣のように入り組んでいた。
﹁コボルトは知能が高く、集団戦を得意とする魔物です。ナイフに
よる接近戦はもちろん。遠距離からの投石による攻撃にも注意する
必要があるそうです﹂
﹁ふーん。どうやらマジみたいだな﹂
﹁⋮⋮え?﹂
195
コボルト 脅威度 LV5
その数は優に50体を超えているだろう。
岩場の影から次々に現れたのは体長60センチほどの土色の肌を
した小人であった。
洞窟の中に入ってから1分と経っていないにもかかわらず︱︱。
コボルトの集団に囲まれていた。
その事実は、相手が周到に冒険者を迎え撃つ準備を行っていたこ
とを意味するものであった。
﹁人間よ。我々は無益な殺生を好まない。今すぐに手持ちの武器と
アイテムの全てを置いて行けば、命まで奪うつもりはない﹂
リケルト・ローディアス
種族:コボルト
職業:族長
固有能力:透過
透過@レア度 ☆☆☆
︵自身とその周囲の物体を透明に変えるスキル。使用中は行動速度
が激減する︶
196
一際大柄な彼らのボスと思しきコボルトは、悠斗たちを見下ろし
ながらも宣言する。
﹁へぇ。驚いた。コボルトっていうのは魔物の癖に人間の言葉を扱
えるんだな﹂
﹁⋮⋮ご、ご主人さま。それは違います﹂
スピカの顔色は青白いものであった。
﹁あのコボルトは︽ネームドモンスター︾と呼ばれる特別な魔物で
す!﹂
﹁ネームドモンスター?﹂
﹁ええ。ネームドモンスターは突然変異により生まれた魔物です。
人間と同じように知能を持ち、加えて強力な︽固有能力︾を所持し
ているものさえいると言われています。
その戦闘能力は⋮⋮強力無比の一言で、王国の騎士団が1個小隊
掛かりで相手にしても手に負えないことさえあるとされています﹂
﹁ふーん。なるほどね﹂
悠斗はそこで自身が召喚された時のことを思い起こす。
その場にいたオークたちの中には、2匹だけ喋ることの出来るも
のがいた。
1人はオークのボス、ギルティア・メサイエティ。
197
もう1人は︽魔眼︾のスキルを持ったメガネをかけたインテリオ
ーク。
今思えば彼らも︽ネームドモンスター︾と言われる存在だったの
だろう。
戦闘そのものが一瞬で終わってしまったが故に。 彼らの戦闘能力まで思い出すことが出来ないのが残念であった。
﹁ご主人さま。ここは一旦引きましょう。流石のご主人さまでも︽
ネームドモンスター︾が相手では分が悪すぎます!﹂
スピカは悠斗の服の袖を引っ張り警告する。
﹁おいおい。スピカ。なに寝言を言っているんだ? この状況はま
さに⋮⋮夢にまで見た一攫千金のチャンスじゃねーか!﹂
緊急クエストによりコボルトの討伐報酬は5倍にまで膨れ上がっ
ている。
周囲にいるコボルトたちの数は優に50体を超えていた。
仮にこの場にいる全てのコボルトを討伐すれば、合計で2万リア
の収入になる。
悠斗の視界には周囲の魔物たちは、金の山にしか映っていなかっ
た。
﹁ふん。強欲な人間め! そんなに死にたいのであれば望み通りに
198
殺してくれる!﹂
リケルトがそう告げると、周囲にいる50人を超えるコボルトた
ちは一斉に投石による攻撃を開始する。
直後。
流星群の如き無数の岩石が降りかかる。
誰の目から見ても戦況は絶望的に映っただろう。
けれども。
その中にいても只一人。
悠斗だけは不敵な笑みを零していた。
199
コボルトを討伐しよう
﹁スピカ! ︻伏せろ!︼﹂
コボルトからの投石から身を守るため︱︱。
悠斗は隷属契約による命令の力を利用してスピカに指示を飛ばす。
﹁は、はい!﹂
スピカは咄嗟に身を屈めて地に伏せる。
武術だけに止まらず戦闘に役に立ちそうなスポーツがあれば、何
でも吸収してきた悠斗は︽テニス︾に関しても世界のトップと比べ
て何ら遜色のない腕前を誇っていた。
時速200キロを超えるサーブからでも悠々とリターンエースを
連発することが可能な悠斗にとっては、コボルトの投石などは蠅が
止まるようなスピードに見えた。
﹁おらぁぁぁっ!﹂
悠斗は手にしたロングソードで石礫を弾き返していく。
当然。
闇雲に打ち返して行くだけでは、50匹を超えるコボルトの投石
200
を防ぎ切ることは出来なかっただろう。
けれども。
悠斗はその卓越した動体視力により、コボルトたちの投石の中で
も﹃危険度の高いもの﹄だけを見極めて打ち返していたのであった。
﹁ごはぁ!﹂
﹁ひぎぃ!﹂
﹁ふぐぅ!﹂
悠斗の打ち返した石礫は、コボルトたちの額に次々に命中。
ロングソードによって打ち返した投石は1匹⋮⋮また1匹とコボ
ルトたちを屠っていく。
﹁な、なんじゃあの男は⋮⋮﹂
リケルトは戦慄していた.。
何故ならば︱︱。
攻撃を行えば行うほど、コボルト陣営の戦況が悪化の一途を辿っ
ていたからである。
高い指揮能力を誇り、これまで幾多の冒険者を討ち取ってきたリ
ケルトは、部下たちからの信頼も厚く、周囲からは名将と称えられ
ていた。
201
だがしかし。
そんな百戦錬磨のリケルトの目から見ても、悠斗の戦闘能力は全
く得体の知れないものであった。
﹁退け! 退け!﹂
この状況は全くの想定外。
リケルトは咄嗟に部下であるコボルトたちに撤退命令を下す。
コボルトたちはリケルトの指示により、緊急の事態に備えて洞窟
の中に退避用の通路を作っていた。
撤退命令が出るや否や。
コボルトの集団は直径50センチにも満たない小さな穴の中に消
えて行った。
先程までの激しい攻防から一転。
周囲は静粛な空気に包まれていた。
悠斗はそこで自らのステータスを確認。
近衛悠斗
魔法 : 火魔法 LV2︵6/20︶
水魔法 LV3︵1/30︶
風魔法 LV3︵12/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
特性 : 火耐性 LV2︵15/20︶
202
水耐性 LV2︵15/20︶
風耐性 LV2︵14/20︶
どうやらコボルトを倒したときに取得できるのは︽火魔法︾のス
キルであるらしい。
これで使える魔法の種類は合計で4種類になった。
数字から逆算するに先程の攻防で倒したコボルトの16体である
ようだ。
仮にもし。
リケルトの撤退判断が後数秒ほど遅れていたら、この程度の犠牲
では済まなかっただろう。
そういう意味ではリケルトの判断は適切だったと言える。
ただ一点。
手を出した冒険者が悪かったという点を除いては︱︱。
﹁スピカ。コボルトの金になる部位は何処だ?﹂
﹁は、はい! ええと。コボルトの素材は彼らが持っているナイフ
になります﹂
﹁へー。そりゃ剥ぎ取り作業が楽でいいや﹂
コボルトのナイフ@ レア度 ☆
︵希少な鉱物を研いで作られたコボルトのナイフ。人間が使うには
203
小さ過ぎるため武器としては適さない︶
悠斗は岩場に登ると倒れたコボルトからナイフを1つずつ奪って
いく。
﹁ご主人さま! ここは私たちも一旦引きませんか? 向こうは明
らかに冒険者がこのエリアに来ることを見越した上で作戦を立てて
います。
このまま闇雲に奥に進むのはあまりにも危険過ぎます!﹂
﹁いいや。悪いが、その気はない。俺の勘が正しければこの先には
おそらく⋮⋮とんでもないお宝が眠っているぜ﹂
悠斗はそう告げた後。
悠々と洞窟の奥に歩みを進めるのであった。
204
一攫千金
スピカの予想通り。
洞窟の中には、トラバサミや落とし穴と言った冒険者たちを対象
としたトラップが幾重にも仕掛けられていた。
けれども。
類まれな運動神経を持った悠斗は、それらを嘲笑うかのように回
避して洞窟の奥に進んで行く。
コボルトたちとの戦闘は洞窟の奥に行く度にその頻度を上げてい
た。
他の魔物には見られない統率の取れた集団戦を仕掛けるコボルト
たちであったが、悠斗にとっては有象無象の存在である。
アリの群れがゾウには勝てないようにコボルトたちの大群は、次
々に蹴散らされて行く。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁スピカ。コボルトのボスの臭いは近いか?﹂
﹁はい。おそらくはこの先の突き当たりだと思います。かなり臭い
205
が強くなってきました﹂
スピカの嗅覚は相変わらずに優秀であった。
悠斗の力だけでは、ボスの場所までは辿り付けなかっただろう。
﹁あれ⋮⋮? おかしいですね。臭いは確かにこの先にあるのです
が⋮⋮﹂
突如として行き止まりにぶつかったスピカは、怪訝な表情を浮か
べる。
悠斗は勝利を確信したかのような笑み零して。
﹁こういう場所には隠し扉があるものだって相場が決まっているん
だよ﹂
勢い良く目の前の壁を蹴り破る。
悠斗の予想していた通り、壁を壊した先には小さな隠し部屋があ
った。
そこあったのは宝の山としか形容のできない貴重なアイテムの数
々である。
︵やはり⋮⋮! 冒険者たちから奪った装備を随分と貯め込んでい
たみたいだな︶
206
最初にコボルトたちに遭遇したときから︱︱。
悠斗はこうなる事態を薄々と予感していた。
リケルトは部下であるコボルトたちを使って悠斗たちを取り囲み
﹁手持ちのアイテムを全て置いて行け﹂と命令していた。
その一連の動作は手馴れており、これまでに何度も同様の手口を
使っていたことは明白であった。
そのため。
これまで冒険者たちから奪ったアイテムが、この洞窟の何処かに
存在している可能性が高いと悠斗は考えていたのである。
﹁ご主人さま。姿は見えませんが、あの壁の隅からコボルトのボス
の臭いがします﹂
﹁ああ。大丈夫。俺には見えているよ﹂
リケルト・ローディアス
種族:コボルト
職業:族長
固有能力:透過
おそらく透過の固有能力を使用しているのだろう。
その姿こそ見えないが、︽魔眼︾のスキルにより悠斗はリケルト
の体から浮かび上がったステータス画面を確認していた。
207
﹁なあ、リケルトさんよ。観念したらどうだ?﹂
悠斗が問い詰めるとリケルトは透過を解除してその姿を現す。
リケルトは透過のスキルが通じないと判断するや否や。
頭を地面に擦りつけて土下座の姿勢を取る。
﹁参った! ワシの負けだ! この通り⋮⋮持っている宝は全てお
前に譲渡する。だからせめて⋮⋮仲間の命だけは助けてやってはく
れないか?﹂
﹁ふーん。自分の命よりも仲間が大切ってことか?﹂
﹁ああ。ワシにはここら一帯のコボルトたちを統括する族長として
の責務がある﹂
﹁分かったよ。俺の目的は宝だけだ。お前らに敵意がないと言うの
ならこれ以上は、この場を荒らしたりしねえよ﹂
﹁⋮⋮すまない。恩に着る﹂
リケルトは悲痛な面持ちで再び頭を下げる。
悠斗の興味は敗軍の将から、目の前の宝にシフトしていた。
部屋の中にある大きな樽の中を覗きこむ。
﹁おぉ! スピカ。こいつを見ろよ! レアなアイテムが山のよう
にあるぜ!﹂
悠斗が興奮気味に叫んだそのときであった。
208
﹁クハハハ! 死ね! 糞ガキがアアアァァァ!﹂
リケルトは腰に差したナイフを鞘から抜き︱︱。
ネームドモンスターに相応しい凄まじいスピードで悠斗の背中に
飛びかかる。
﹁ご主人さま! 後ろです!﹂
スピカが叫んだ直後。
悠斗の放った回し蹴りは、リケルトの頭蓋を砕く。
﹁ぶごっ!﹂
瞬間、リケルトの体は洞窟の岸壁に衝突し︱︱。
地震が起きたかのように洞窟の中が揺れる。
砕かれた頭蓋の一部が脳に突き刺さった結果。
リケルトは、そのまま絶命していた。
それは王国の騎士団ですら恐れる︽ネームドモンスター︾と戦っ
ているとは思えない︱︱。
あまりにも呆気のない幕切れであった。
209
﹁ご主人さまは⋮⋮この魔物が約束を破ることを予想していたので
すか?﹂
﹁ん。まあな﹂
いくら悠斗が戦闘の達人とは言え︱︱。
事前に想定をしていなければ、先のようなタイミングで反撃をす
ることは叶わなかっただろう。
﹁理由を聞いても良いでしょうか?﹂
﹁簡単に言うとコイツが⋮⋮それなりに優秀なリーダーだったから
だよ﹂
﹁⋮⋮?﹂
悠斗の言葉を受けたスピカは頭上にクエッションマークを浮かべ
る。
﹁逆にコボルトたちを率いるリーダーの立場になって考えてみれば
分かるよな。宝を渡せば俺が他の仲間を見逃すって保証が何処にも
ないだろう? 頭の切れる奴ならそんな口約束に頼るような真似は
絶対にしねえよ﹂
﹁⋮⋮あっ﹂
﹁結局。こいつらが平穏を得るための道は、危険分子である俺たち
を排除するより他はなかったんだ。だから口約束なんて破って当然。
別にそれが卑怯なんてこっちも思っていないし﹂
210
悠斗はさもそれが当然のことのような平然とした口調で。
﹁逆に俺がこいつの立場だったら仲間を守るために同じことをした
と思うぜ? 仲間の命を守るためなら汚れた手段も厭わない。それ
が人の上に立つ者としての当然の責務ってやつだろう?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悠斗の主張はスピカの胸の中にスッと落ちる。
そしてスピカはこのとき悠斗の中にある﹃人の上に立つための器﹄
を見出していた。
さだめ
︵もしかすると⋮⋮ご主人さまは、この乱世の時代に終止符を打つ
ための﹃王﹄たる運命を持って、異世界から召喚されたのではない
でしょうか⋮⋮?︶
自らの胸の動悸を抑えることが出来ない。
今回の一件を経たスピカは、悠斗の中に未知なる可能性を見出す
のであった。
211
戦利品の整理をしてみよう
相当な数の冒険者たちからアイテムを奪ったのだろう。
岩山の洞窟で得た戦利品は、悠斗の想像を絶するほどのものであ
った。
まずは武器関連から整理してみる。
ミスリルブレード@レア度 ☆☆☆☆
︵希少な金属で加工した刀剣。その切れ味は岩をも裂くと言われて
いる︶
ミスリルダガー@レア度 ☆☆☆☆
︵希少な金属で加工した短刀。その切れ味は岩をも裂くと言われて
いる︶
冒険者のナイフ@レア度 ☆ ×5
︵駆け出しの冒険者が好んで使用するナイフ。使い捨てのナイフと
比べると切れ味が格段に増している︶
ロングソード@レア度 ☆ ×5
︵駆け出しの冒険者が好んで使用する武器。使用感に癖がなく誰に
212
でも扱いやすい︶
ランク4のミスリル製の武器が2本も手に入ったのが嬉しいとこ
ろである。
汎用性の高いロングソードと冒険者のナイフが5本ずつ手に入っ
たのも朗報だろう。
店で購入すると、これらも地味に高値が付く。
悠斗は以前から使用しているロングソードとミスリルブレードと
見比べて、今後どちらの武器をメインとして使用して行くか頭を悩
ませていた。
単純な性能だけを考えるのであれば、間違いなくミスリルブレー
ドの方が優秀と言える。
けれども。
刀身の厚いロングソードの相手を﹃叩き潰す﹄かのような感覚は、
悠斗の手に良く馴染んでいた。
︵まあ、今の武器に不満がある訳ではないし。ここは現状維持でも
良いか︶
コボルトの投石を打ち返しても壊れないほど強固な耐久性は、ミ
スリルブレードにない利点だろう。
悠斗はそう決意するとミスリルブレードを鞄の中に仕舞うことに
213
した。
次に手に入れた防具を整理していくことにする。
エレメントアーマー@レア度 ☆☆☆☆☆
︵魔法耐性に優れた特殊な鉱物を用いて製造された鎧。使用者の体
型によりサイズが自動で調整される︶
身代わりの指輪@レア度 ☆☆☆☆
︵死に至るようなダメージを一度だけ肩代わりしてくれる指輪。効
果の発動後は指輪が破壊される︶
黒宝の首飾り@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵他人が所持する︽魔眼︾スキルの効果を無力化する︶
武器と比較しても防具のレアリティは一段と高いものであった。
今後の冒険の役に立ちそうなアイテムが目白押しである。
中でも悠斗が特に注目したのは、︽黒宝の首飾り︾であった。
︵ここで︽黒宝の首飾り︾を手に入れて居なければ⋮⋮何処かで詰
んでいたかもしれないな︶
スキルテイカー
悠斗は︽能力略奪︾のスキルにより複数の固有能力を所持してい
る。
214
そしてこの固有能力は、今後の戦闘次第では更に増えて行く可能
性がある。
黒宝の首飾りを手に入れる前に︽魔眼︾スキル所持者に出会った
らと考えると⋮⋮背筋が凍るような想いであった。
﹁ミスリルダガーと身代わりの指輪は、スピカが持っていろよ﹂
﹁⋮⋮え? でも高価な武器を奴隷である私が所持していても良い
のでしょうか﹂
﹁当然だろ。スピカに何かあった時、困るのは俺だ﹂
﹁ありがとうございます。大切に使わせて頂きます!﹂
身代わりの指輪は今後、機会があれば大金を積んででも複数手に
入れておきたいアイテムであった。
何が起きるか分からない戦闘において、1回分のダメージを肩代
わりしてくれるメリットは凄まじいものがあるだろう。
エレメントアーマーについては、これと言った使い道が見つから
なかったので魔法のバッグの中に保管しておくことにした。
鎧という装備は何よりも柔軟性を重視する︽近衛流體術︾とは相
容れないものであったし、小柄なスピカに装備させて歩かせるのも
酷である。
そして最後に今回の戦利品の中で最も意外なアイテムについて整
理していく。
215
コボルトのナイフ@ レア度 ☆ × 120本
︵希少な鉱物を研いで作られたコボルトのナイフ。人間が使うには
小さ過ぎるため武器としは適さない︶
﹁ご主人さま。このナイフはどうしましょうか﹂
﹁もちろん冒険者ギルドに届けるに決まっている。GPと報酬を大
量ゲット! こんなに美味しい話はないだろう?﹂
﹁え。でもそれってズルなのでは⋮⋮?﹂
﹁スピカは真面目で偉いな。そんなスピカには俺が元いた世界の言
葉を贈ろう。いいか? バレなきゃ犯罪じゃないんだ﹂
﹁えええぇぇぇ⋮⋮﹂
今回の冒険で手に入れたコボルトのナイフは172本にも達する
ことになった。
悠斗の計算によれば、今回の冒険だけで68000リアの報酬を
手に入れることになる。
︵とりあえずはシルフィア落札に向けて⋮⋮大きく前進したかな︶
216
ひとまず悠斗は、戦利品である︽黒宝の首飾り︾を装備する。
レアなアイテムだけに人目を惹く可能性があるので、服の内側に
入れておく。
大量の収穫を手にした悠斗は、程なくして︽岩山の洞窟︾から立
ち去るのであった。
217
ブロンズカード
﹁おいおい。冗談だろ⋮⋮!?﹂
﹁あの坊主。1日で何体のコボルトを倒したんだ⋮⋮!?﹂
今現在。
悠斗は冒険者ギルドにいる人々の視線を釘付けにしていた。
何故ならば︱︱。
優秀な冒険者たちが徒党を組んでも1日に取得できる素材の数は、
せいぜい50本くらいが限度とされていたからである。
そのため。
1日にして172個の素材を持ち帰った悠斗は、異例中の異例の
存在として脚光を浴びていた。
﹁いやいや。以前から素材となるアイテムを貯めこんでいただけだ
ろ﹂
﹁んでも⋮⋮コボルトの緊急クエストが受注可能になったのって今
朝のことだろ? タイミングが良すぎやしないか?﹂
冒険者ギルドの中には様々な疑問の声が飛び交っていた。
普段は冷静な受付嬢のエミリアも今回の事態には、困惑した面持
218
ちであった。
﹁え、えーっと。本日のクエストによりユウト様には510のQP
が付与されることになります。これによりユウト様が昇格致しまし
た﹂
悠斗は更新された登録カードを確認する。
近衛悠斗
QR10
QP︵0/20︶
クラス ブロンズ
手渡されたカードの一部分には円形の銅の塗料が施されていた。
その見栄えは、気持ち豪華な仕様に変わっている。
﹁すいません。このブロンズというのは何なのでしょうか?﹂
﹁はい。ブロンズというのはQR10を超えた冒険者の方々に贈ら
れる称号です。
ブロンズの冒険者の方々は、銀行から10万リアまで無利子で融
資を受けられる他、QR9までの討伐クエストの報酬が50パーセ
ント増しになる等の特典を受けることが可能になっています﹂
﹁⋮⋮ちなみにそれって今日から適用されるのですか?﹂
﹁もちろんです。こちらが本日のユウト様の報酬でございます﹂
219
エミリアはテーブルの上に金貨を8枚と銀貨を6枚積み上げる。
本日の稼ぎは86000リア。
日本円に換算すると約86万円。
緊急クエストという追い風はあったが、たったの1日でこれだけ
稼げれば上出来すぎる。
当初の見立てでは68000リアの稼ぎを予想していたのだが、
上昇分はブロンズクラスになったことが活きたのだろう。
﹁今後ブロンズクラスの冒険者の方は、QR9以下の依頼を達成し
てもQPが付与されなくなるので気を付けて下さい﹂
﹁⋮⋮分かりました﹂
QRは10に昇級すると、QR9以下の報酬が50パーセント増
しになる代わりにQPが付与されなくなる仕様であった。
今後はリスクを取ってQPを上げていくか、討伐報酬目当てに難
易度の低いクエストを受けて行くか悩ましいところである。
破格の報酬を手にした悠斗は、足取りを軽くして冒険者ギルドを
後にするのであった。
220
透過
冒険者ギルドを出た悠斗が向かった先は奴隷商館である。
シルフィアの現在の入札価格は72万リア。
悠斗はそこに5万リア上乗せした77万リアを入札して奴隷商館
を後にした。
いきなり5万リアも上乗せしてしまうのは勿体のない気がするが
︱︱。
1万リア毎に上乗せして不毛なイタチごっこを繰り返してしまえ
ば、結果的に余計に損をする可能性がある。
ここは一気に勝負を付けた方が良いと悠斗は判断をしたのであっ
た。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV3︵1/30︶
風魔法 LV3︵12/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
221
特性 : 火耐性 LV2︵15/20︶
水耐性 LV2︵15/20︶
風耐性 LV2︵14/20︶
宿屋に戻った悠斗はおもむろにステータス画面を確認する。
今日1日で52匹のコボルトの討伐に成功したことにより︱︱。
火魔法の経験値が一気に上がっていた。
そして何より注目するべきは新たに追加された固有能力だろう。
以前にオークの集団を倒した時と同じように、ネームドモンスタ
ーを討伐すれば新しい固有能力が手に入るようであった。
透過@レア度 ☆☆☆
︵自身とその周囲の物体を透明に変えるスキル。使用中は行動速度
が激減する︶
透過。
それは男ならば、誰しもが憧れる能力。
透明人間になって女子更衣室を覗いたり⋮⋮女の子に悪戯したり
という妄想は、誰もが一度は経験するものだろう。
﹁俺は今から⋮⋮夢を叶えるぜ!!﹂
222
悠斗は誰もいない部屋で自らの決意を口にする。
今現在。
スピカは脱衣室で着替えをしている最中であった。
悠斗はスピカが着替えている間に透過の能力を用いて、彼女に悪
戯をしようと考えていたのである。
︵うお⋮⋮これは体が一気に重くなった気がするな︶
透過の能力を使用した悠斗はそんな感想を抱いていた。
体感的には行動速度が3分の1まで落ちている感じであった。
自身の体を透明にするこの能力は、奇襲攻撃を行う際などに便利
である。
けれども。
これほどまでの速度の低下は、使い方を誤れば自滅しかねないデ
メリットであった。
﹁ご主人さま。着替え終わりました⋮⋮あれ?﹂
脱衣所から出てきたスピカは、そこにいるはずの悠斗の姿を目視
することが出来ずに呆然としていた。
︵ふふふ。透明人間に犯される恐怖を味わうが良い!︶
悠斗はこっそりとスピカの背後に回り込むとスカートの裾を捲り
223
上げる。
色は黒だった。
︵黒⋮⋮か。黒の下着と言えばセクシー系のお姉さんが着るのが鉄
板とされているが、清純そうな美少女が着用している黒下着にもエ
ロエロな倒錯感があって⋮⋮それはそれで情緒があるよな︶
スカートの中のパンツを熱心に選評する悠斗。
スピカはそんな悠斗の様子を不思議そうな眼差しで見つめていた。
﹁ご主人さま⋮⋮。何をしているのですか?﹂
﹁なに⋮⋮!? どうして俺だと気付いた!?﹂
﹁気付きますよ。私たちライカンは嗅覚に優れた種族ですし﹂
﹁⋮⋮!?﹂
どうして透過の能力が使えるようになっているのか?
という疑問についてはスピカは、あえて口にしないことにした。
悠斗が隷属契約を使用して下した数少ない命令の1つは﹃他人に
自分の能力に関する情報を漏らしてはならない﹄ということであっ
た。
言い換えればそれは﹃自分の能力を秘匿にしたい﹄という主人の
意向の表れであると判断したからである。
224
悠斗は愕然としていた。
透明人間プレイの醍醐味は、﹃女の子に気付かれない﹄ことに他
ならない。
匂いで位置がバレてしまっては、今回の計画が色々と台無しであ
った。
﹁スピカ。お前はもう少し空気を読めるようになろうか﹂
悠斗は透過を解除すると呆れたような眼差しをスピカに向ける。
﹁あの⋮⋮ご主人さま。ど、どうして私は怒られているのでしょう
か⋮⋮﹂
﹁うるさい! 罰として今日は一晩中スカート捲りの刑に処してや
る!﹂
﹁一晩中!?﹂
今晩は試していなかった︽火魔法︾と︽聖魔法︾の鍛練に時間を
当てるつもりであったのだが、悠斗の気は変わっていた。
徹底的にスピカに悪戯をしてやりたい気分であったのだ。
﹁ウィンド!﹂
225
悠斗が呪文を唱えるとスカートが風を孕み、黒い下着が露わにな
る。
﹁グヘヘ。こんなエロエロな下着を穿いて⋮⋮スピカはいやらしい
女だな!﹂
﹁うぅ⋮⋮。ご主人さま⋮⋮酷いです⋮⋮﹂
その後。
魔法の訓練を兼ねた悠斗たちのソフトSMプレイは、1時間に渡
り続いたという。
226
ギーシュ・ベルシュタイン
同刻。
陽が落ちて闇に沈んだエクスペインの街を歩く1人の男がいた。
彼の名はギーシュ・ベルシュタイン。
古の時代より人間たちから畏怖される強力な魔物の総称である︽
魔族︾の中でも、とりわけ強大な力を持つとされる︽吸血鬼︾の末
裔であった。
今現在。
ギーシュはエクスペインの名門貴族であるアンドレア・スコット・
マルニッシュという男の肉体に自らの精神を移していた。
吸血鬼は一般的に︽不死︾の生物としてその名を知られているが、
実際は人間と同じように歳を取る。
けれども、吸血鬼の魂は肉体ではなく、血液に宿るという性質が
あった。
そのため。
彼ら︽吸血鬼︾は自ら血液を他の生物に注ぎ込むことにより、﹃
その精神を乗っ取る﹄ことを可能にしていたのであった。
肉体が老いないという訳ではない。
227
吸血鬼たちは使い古した肉体を乗り換えていくことにより、︽不
死︾の生物として人々から畏怖されているのであった。
︵そろそろ⋮⋮この街から離れなければな︶
吸血鬼は他の生物の血液を食糧として摂る習性のある魔物であっ
た。
血液であればどんな種類のものでも吸血鬼にとっての食糧となり
得るのであるが、個体によりその好みは千差万別である。
ギーシュは吸血鬼の中でも人間の⋮⋮若く美しい女の血液をこよ
なく愛していた。
これまでにギーシュは、エクスペインの街で50人を超える女性
の血液を吸い尽くし彼女たちを殺害していた。
奴隷として購入してから殺したものもいるし、街で攫ってから殺
したものもいる。
足が付かないように細心の注意を払ってきたつもりではあるが、
この辺りが引き際だろう。
︵さあ。これが最後の晩餐になるだろう︶
ギーシュが向かった先は、以前より利用していた奴隷商館である。
シルフィア・ルーゲンベルク。
228
ギーシュが以前より目をかけていた奴隷の女の名前である。
ギーシュは様々な男たちの肉体を乗っ取り、500年以上の時を
生きていたのだが︱︱。
シルフィアの容姿はこれまで出会った女性の中でも3指に入るレ
ベルの美しさであった。
この街で摂る最後の食事に相応しい逸材だろう。
﹁やや。これは⋮⋮アンドレア卿。残念ながら当店は閉店の時間で
して⋮⋮﹂
﹁入札していた奴隷を受け取りにきた﹂
ジルの言葉に対して全く気にする素振りを見せずにギーシュは淡
々と述べる。
﹁へい。申し訳ありません。実は本日、ユウト様よりシルフィアに
新規入札が入っておりまして、価格が77万リアにまで上がってお
ります﹂
﹁なに⋮⋮﹂
ギーシュは言葉に詰まった。 これまで寄生した宿主の財力に物を言わせて数々の奴隷を購入し
てきたギーシュであったが、散財の果てにその資産は底を尽きかけ
ていた。
屋敷の中のアイテムを売り払えば、資金を用意できなくもないが、
わざわざ店に足を運ぶのも億劫である。
229
﹁⋮⋮そうか。やってくれたな。あの時の見事な肉体を持つ少年か﹂
ギーシュは脳内には悠斗の姿を浮かんでいた。
近衛悠斗。
一目見たときからギーシュの記憶からは、悠斗の肉体が頭から離
れなかった。
500年という歳月を生きたギーシュであるが、悠斗の肉体は過
去に前例がないレベルに鍛え上げられたものであった。
︵なるほど。可能であれば彼を次の宿主に選びたいと考えていたの
だが⋮⋮これは予想外の幸運だったな︶
﹁あの⋮⋮アンドレア卿?﹂
突如として薄ら笑いを浮かべるギーシュに対して、ジルは困惑の
面持ちであった。
その直後。
突如としてギーシュはジルの脇腹に対して勢い良く拳をぶつける。
﹁⋮⋮ぐばっ!﹂ 不意の一撃を受けたジルは激しく体を机に当てて口から血を流し
230
ていた。
﹁おい。そこの奴隷商人。今直ぐ僕の女を持ってこい! そして今
この場で隷属契約の譲渡を行え﹂
﹁そ、そんなことが出来るはず⋮⋮﹂
﹁ふむ。ならば仕方がない。この場で首を刎ねられても文句はある
まいな?﹂
ギーシュはそこで腰に差した刀を抜く。
何らかの魔力的な加護を受けた業物なのだろう。
その刀身は禍々しい黒い光を発していた。
﹁⋮⋮ひぃ﹂
ギーシュの放った殺気に気圧されたジルは、渋々と指示に従うこ
とにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁お望みの通り⋮⋮シルフィアを連れてまいりました。隷属契約の
譲渡を執り行いますので、命だけは助けてくだせえ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ギーシュは無言のまま自らの親指の先を噛み切った。
231
隷属契約とは、生物の血液から人間の行動を縛る︽呪印︾を作る
能力である。
ジルはギーシュから受け取った血液をシルフィアの手の甲に付着
させると新たなる︽呪印︾を作成した。
︵これは一体どういうことだ⋮⋮?︶
シルフィアは困惑していた。
目の前にいるのは怪我をした奴隷商人と刀を抜いた高名な貴族。
何やら只事ではないことが起きているのは確かなようだが、シル
フィアが自ら置かれた状況を把握するには情報が少なすぎた。
﹁そうだ。コノエ・ユウトがこの店に来たら伝えてくれ。お前の女
はこのアンドレア・スコット・マルニッシュが預かった。返して欲
しければ僕の屋敷に1人で来るように⋮⋮とな﹂
﹁⋮⋮へい。承知致しました﹂
悠斗の強靱な肉体を手に入れることが出来れば、自らの戦闘能力
を飛躍的に高めることが出来るに違いない。
﹁⋮⋮ふふ。夜が明けるのが楽しみだ﹂
ギーシュは口内の鋭い牙を露わにしながらも不敵な笑みを浮かべ
232
るのであった。
233
奪還
翌朝。
目を覚ました悠斗は、ルームサービスで朝食を摂るとスピカを連
れて外に出る。
悠斗たちは冒険者ギルドに向かう前にシルフィアの様子を見るた
めに奴隷商館に寄ることにした。
﹁これはこれは⋮⋮ユウト様。お待ちしておりました﹂
﹁その怪我はどうしたんだ?﹂
骨折でもしたのだろうか?
ジルの左腕は、包帯でグルグルに巻かれていた。
﹁この傷は⋮⋮昨晩アンドレア卿に殴られた時に負ったものになり
ます。アンドレア卿は御乱心です。私の店の商品を無理やり奪って
行ったんです﹂
﹁⋮⋮おいおい。まさかその商品って﹂
﹁ユウト様の御察しの通り⋮⋮シルフィアで御座います﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
234
悠斗は困惑していた。
向こうは連続誘拐事件の犯人である可能性が高い吸血鬼であり、
目立った行動は避けるはずだと悠斗は推測していた。
故に力ずくでシルフィアが連れ去られる展開は予想外のものであ
った。
﹁⋮⋮貴族っていうのはそんな横暴なことをして許されるのか?﹂
﹁いえ。許されるはずもありません。現在は王都の騎士団に交渉中
です。諸々の調査が終わり次第、アンドレア卿の身柄は拘束される
はずでしょう﹂
﹁ちなみにそれは何時頃になりそうなんだ?﹂
﹁さぁ⋮⋮。犯罪者とは言え向こうは1国の大貴族。冤罪などはあ
ってはならないことでしょうから、最短でも1週間は取り調べに時
間がかかると予想しています﹂
﹁1週間⋮⋮か⋮⋮﹂
今こうしている間にもシルフィアが危険な目に晒されているのか
もしれないというのにそんな時間を待っている余裕はない。
﹁悪いが⋮⋮アンドレア卿の自宅を教えてくれないか? 直接会っ
て話したいことがある﹂
﹁⋮⋮承知致しました。実を言いますとアンドレア卿からユウト様
にこのような伝言を預かっております。女を返して欲しければ、自
235
分の屋敷まで来るように、と﹂
ジルの言葉を聞いた悠斗は困惑した。
一体そんな伝言を残して向こうにどんなメリットがあるというの
だろうか。
︵⋮⋮いや。今はそんなことを考えていても仕方がない︶
とにかく一刻でも早くシルフィアの元に向かうのが先決だろう。
そう判断すると悠斗は足取りを早くして奴隷商館を後にするので
あった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁ご主人さま! シルフィアさんの様子は如何でしたか?﹂
奴隷商館から出ると外で待機していたスピカが悠斗のことを出迎
える。
﹁ああ。うん。そのことだけど少し、事情が変わってな。スピカは
先に宿舎に戻って待機をしていてくれないか?﹂
﹁⋮⋮えっ﹂
スピカは言葉を失っていた。
正直に言って状況は全く呑み込めない。
だがしかし。
236
いつになく真剣な表情を浮かべる悠斗の姿を目の当たりにして、
何やら只事ではない事態が起きているということだけは朧気に理解
することが出来た。
﹁⋮⋮承知致しました。けれども、1つだけ教えて下さい。ご主人
さまは何処に向かわれるのですか?﹂
主人の無事を祈るかのような不安気な眼差しでスピカは尋ねた。
﹁なに。大した用事ではないさ。ちょっとばかし⋮⋮攫われた女を
奪い取りにな﹂
そう告げると悠斗は無言のままスピカの元から離れて行く。
何が起きているか詳しいことは分からない。
けれども。
これから自らの主人が危険な場所に赴くのだろうということは、
なんとなく推し量ることが出来た。
︵ご主人さま⋮⋮絶対に生きて帰って来て下さいね⋮⋮︶
去りゆく悠斗の背中を見つめながら︱︱スピカは切に願うのであ
った。
237
VS 吸血鬼1
悠斗は奴隷商館で聞いた情報を頼りにギーシュのいる屋敷に向か
うことにした。
﹁⋮⋮ここか﹂
アンドレア・スコット・マルニッシュの住居は、エクスペインの
郊外に存在していた。
大貴族の屋敷というだけあってその外観は壮大である。
水の魔石を贅沢に使用して作られた庭の噴水は、現代日本でもな
かなかお目に掛かれないほど見事なものであった。
︵⋮⋮念のため透過のスキルを使っておくか︶
庭に通じる門の前には見張りの人間などはいないようであるが、
用心するに越したことはない。
悠斗は透過のスキルを使用すると重くなった足を引きずり、屋敷
の中に潜入することにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
︵⋮⋮妙だな︶
238
屋敷の中は人気がなく物静かなものであった。
これだけの大豪邸であれば、最低でも10人以上は使用人がいそ
うなものであるが、今のところ全くその気配はない。
悠斗はそこで場違いなピアノの音色を耳にする。
閑散とした屋敷の中は、ピアノのメロディがよく響いた。
音のする方に歩みを進めた悠斗は、屋敷の中でも一際大きな扉を
発見する。
トラップが仕掛けられている危険性を考慮した悠斗は、そこで透
過のスキルを解除する。
扉を開けると目的の人物はそこにいた。
﹁コノエ・ユウトくんだね。待ちくたびれたよ﹂
ギーシュ・ベルシュタインは、ピアノの演奏を止めて悠斗のこと
を出迎えた。
部屋の中には縄によって椅子の上に拘束されたシルフィアの姿が
あった。
﹁丁寧に呼び出してくれてありがとよ。けれども、まさかテメェの
コンサートに招待するためにこんな真似をした訳じゃないよな?﹂
﹁はは。安心していいよ。この演奏はちょっとした儀式みたいなも
のだから﹂
239
﹁儀式?﹂
﹁ああ。キミは家畜に音楽を聞かせると肉質が向上するという話を
聞いたことはあるかい? だから僕も時々きまぐれで⋮⋮食事の前
は贄となる女性にとびきりの演奏を聞かせてやることにしているん
だ。もっとも⋮⋮音楽を聞かせてやっても彼女たちの味にさしたる
変化は見られないのだけどね﹂
﹁⋮⋮いい趣味してるぜ﹂
悠斗はそこで吸血鬼にとって人間という生物は、家畜と同様の存
在でしかないのだということを悟る。
﹁∼∼∼∼っ!﹂
︵ユウト殿! 逃げてくれ! その男は一介の人間が太刀打ちでき
るような相手ではない⋮⋮!︶
シルフィアは悠斗の姿を見るなり縛られた手足を目一杯に動かし
て危機を伝えようとする。
魔族の中でも強力な戦闘能力を有する吸血鬼という生物は、王国
の騎士団100人掛かりで戦って討伐できるかどうかという強敵と
してその名を知られていた。
そのため。
シルフィアはなんとかして悠斗に対して逃げるようにメッセージ
を伝えようとしていた。
﹁随分と回りくどいやり方をするんだな。隷属契約を利用すれば、
240
わざわざ手足を縛る必要はないんだろ?﹂
﹁ふむ。まあ、合理的に考えればそうなるな。けれども、それでは
味気ないだろう? 自らの意思を持たない傀儡を嬲ることは⋮⋮自
慰行為にも等しい﹂
ギーシュは下卑た笑い表情に張り付ける。
﹁あまり認めたくはないが⋮⋮その部分に関しては同感だな﹂
隷属契約によって手足や言語の自由を奪ってしまうのは簡単であ
るが、緊縛された奴隷少女というものには特別な趣があった。
それが金髪碧眼の巨乳美少女というのであれば尚更である。
︵やりにくいんだよな⋮⋮趣味の合う人間とは⋮⋮︶
悠斗は近い性癖を所持するものとして、吸血鬼の男に不思議な親
近感を抱いていた。
﹁さあ。ユウトくん! 見せておくれよ。キミの力を!﹂
ギーシュはそこで腰に差した妖刀を鞘から抜く。
悠斗はその動きに呼応するかのように自身の相棒であるロングソ
ードを抜刀する。
人間 VS 吸血鬼。
241
その決戦の火蓋が切られようとしていた。
242
VS 吸血鬼2
﹁ああ⋮⋮! イイ⋮⋮! やはりキミは良いよ! それでこそ僕
の見込んだ男だ!﹂
ギーシュの妖刀と悠斗のロングソードが激しく衝突。
外部の世界から隔離されたかのような錯覚さえ受ける静粛な屋敷
の中には、2つの金属音が錯綜していた。
︵これは一体⋮⋮どういうことだ? まさか吸血鬼と此処まで戦え
る人間が実在していたとは⋮⋮?︶
両者の攻防を目の当りにしていたシルフィアは愕然としていた。
シルフィア・ルーゲンベルクは幼少の砌より父親から古よりルー
メルに伝わる宮廷剣術を習得しており︱︱。
剣を握らせれば、屈強な冒険者たちをも圧倒する卓越した腕前を
誇っていた。
けれども。
そんなシルフィアの眼から見ても尚。
悠斗の剣捌きは過去に比肩する者が皆目、見当が付かないほどの
実力を秘めているように思えた。
243
﹁ふふ。まさか魔族である僕と互角に刃を交える人間がいるとはね。
少し驚いたよ﹂
剣戟の最中。
ギーシュはそんな台詞を口にして悠斗との距離を取る。
﹁おおかた肉体強化系の固有能力を所持しているのだろう? けれ
ども、残念だったね。キミは100パーセント僕には勝つことは出
来ないよ。今からその理由を教えてあげようか?﹂
﹁おう。タダで教えてくれるなら聞いておいてやるよ﹂
﹁⋮⋮ふふ。キミが僕に勝つことの出来ない理由は3つある﹂
あくまで余裕の笑みを崩さない悠斗。
そんな悠斗の態度に対して怪訝な表情を浮かべながらギーシュは
続ける。
﹁1つ目は種族の差だ。僕は魔族の中でも取り分け生命力に優れた
吸血鬼という種族でね。人間とは基本的な体の構造からして違うの
だよ。キミたち人間は心臓を刀で貫かれただけで絶命してしまうの
だろう? まったくもって⋮⋮同情してしまうよ﹂
﹁ふむふむ。それで⋮⋮?﹂
﹁2つ目は装備の差だ。我が愛刀は魔族の間でもその雷名を轟かせ
ている業物でね。たったの1回の攻撃でキミの体に致命傷を負わせ
244
ることが出来るのだよ﹂
﹁なるほど、なるほど﹂
悠斗は既に魔眼スキルを使って敵対する相手の装備を見透かして
いた。
従ってギーシュの言葉は、悠斗に驚きを与えるものではなかった。
簒奪王の太刀@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵攻撃した相手の﹃自由﹄を奪うことの出来る刀剣。斬り付けた相
手を麻痺状態にする効果がある︶
貴族のタキシード@レア度 ☆☆
︵防具としての性能には乏しいが、装飾性に優れている︶
貴族のブーツ@レア度 ☆☆
︵防具としての性能には乏しいが、装飾性に優れている︶
﹁3つ目は準備の差だ。僕はキミが来ることを事前に予測して、と
あるトラップを用意させて貰っている。
このトラップは僕の意思1つで何時でも作動できる。仮に作動す
れば、ただでさえ限りなく0パーセントに近かったキミの勝率が完
全に0になるという算段なのさ﹂
﹁ふーん。そのトラップって言うのは⋮⋮あのシャンデリアのこと
か?﹂
245
沈黙の灯火 レア度@ ☆☆☆
︵照らされた人間の固有能力、及び魔術の使用を禁止するロウソク。
火を灯した人間には効果が及ばない。レアリティ詳細不明の固有能
力は無効にすることが出来ない︶
悠斗は魔眼のスキルを用いてギーシュの仕掛けたトラップを一瞬
で看破した。
﹁⋮⋮!? 貴様⋮⋮まさか︽魔眼︾のスキルホルダーか!?﹂
ギーシュは戦慄した。
森羅万象の本質を見抜く︽魔眼︾のスキルは、その汎用性の高さ
から非常に希少価値の高い固有能力としてその名を知られていた。
相手が︽魔眼︾のスキルを所持している以上、こちらの固有能力
は既に知られてしまっていることを意味していた。
﹁そんなことはどうでもいいからさ。早くそのトラップっていうの
を作動して見せてくれよ。まあ、どうせ勝負の結果は変わらないん
だろうけどさ﹂
﹁ふん。後悔するなよ! 人間風情がっ!﹂
ギーシュが激昂した次の瞬間。
魔眼のスキルを封じられた悠斗は、先程まで見えていたステータ
246
ス画面が途端に確認できなくなった。
試しにウィンドの魔術を使用しようと試みるもこれも失敗。
どうやら︽固有能力︾と︽魔法︾を封じるという沈黙の灯火の効
果は、正常に作動しているようであった。
﹁⋮⋮バ、バカな。ありえん。ありえんぞっ!﹂
だがしかし。
自ら仕掛けた罠に相手を追い込んだにもかかわらず。
取り乱しているのはギーシュの方であった。
﹁なあ。お前がどうして焦っているのか当ててやろうか?﹂
悠斗はそこで以前に確認したギーシュの所持する固有能力につい
て思い出す。
警鐘@レア度 ☆☆☆☆☆
︵命の危機が迫った時にスキルホルダーにのみ聞こえる音を鳴らす
スキル。危険度に応じて音のボリュームは上昇する︶
﹁もしかして⋮⋮さっきからお前の頭の中でピーピーと警鐘が鳴っ
ているんじゃねえのか?﹂
﹁⋮⋮!?﹂
﹁大方トラップさえ発動させれば音が消えるとでも思っていたんだ
247
ろう? けれども、その様子だと相変わらず警鐘のスキルは発動し
続けているみたいだな﹂
図星を突かれたギーシュは言葉を失った。
けれども、一体何故?
固有能力と魔法を封じたにもかかわらず警鐘のスキルが反応する
のか︱︱。
ギーシュには理解が出来なかった。
﹁ああ。どうやら僕はまだ⋮⋮キミのことを過小評価していたよう
だ﹂
そう告げるとギーシュの肉体は吸血鬼としての本来の姿に形を変
えていく。
背中からは巨大な蝙蝠の翅が現れ、口からは獣のように鋭い牙が
生える。
﹁悪いが⋮⋮ここからは先は、本気で殺らせてもらおう﹂
妖刀︽簒奪王の太刀︾を握り締めたギーシュは、天井に届くよう
な勢いで跳躍。
2枚の翅を羽ばたかせ、空高くより悠斗に攻撃を仕掛ける。
人の姿を捨てたギーシュの剣圧は、明らかにその威力を増してい
248
た。 悠斗は咄嗟に攻撃を手にしたロングソードで受け止める。
勢いよく金属が擦れ合い火花が散る。
両者の戦いは更にその激しさを増していった。
249
VS 吸血鬼3
﹁クハハハハ! どうした! キミの実力はそんなものか!﹂
悠斗とギーシュの剣戟は、素人目には何が行われているか見当が
付かないほどのスピードで行われていた。
︵ユウト殿⋮⋮!!︶
シルフィアの目からは、勝負の形勢は制空権を有するギーシュの
方が優位であるように映った。
流石の悠斗も自由に空を飛び回る相手から、剣撃の嵐を浴びせら
てしまえば防戦一方である。
﹁感謝するよ! キミの体を奪えば僕は⋮⋮魔王にすらなれるかも
しれない!﹂
固有能力と魔術を封じられ⋮⋮純粋な身体能力のみで吸血鬼と戦
うことの出来る人間が果たして過去に存在しただろうか?
これから先。
悠斗の肉体を自らのものにした後のことを考えると、ギーシュは
胸の内より湧き上がる笑いを堪えることが出来なかった。
250
バキンッと。
突如としていう金属音が屋敷の中に響き渡る。
悠斗の手にしたロングソードは、ギーシュの脅威的な剣圧に押さ
れ真っ二つに折れることになった。
﹁ふふ。どうやら勝負はこれまでのようだね﹂
勝負の決着が付いたことを悟るとギーシュは、地面に足を付けて
穏やかな口調でそう述べる。
﹁ああ。そろそろ決着を付けようか。魔族が使う剣術に興味があっ
たのだが⋮⋮とんだ期待外れだったみたいだな﹂
﹁⋮⋮なに?﹂
ギーシュは怪訝な表情を浮かべる。
何故ならば︱︱。
手にしていた唯一の武器を失ったにもかかわらず、悠斗の表情か
らは動揺が見られなかったからである。
そして彼の態度が決して強がりである訳ではないということをギ
ーシュは、警鐘の固有能力で理解していた。
﹁お前を相手にするには折れた刀で十分だ﹂
悠斗は折れたロングソードを向けてギーシュを挑発する。
251
﹁抜かせっ!﹂
この男は一体どこまで魔族をバカにすれば気が済むのか?
激昂したギーシュは、吸血鬼の身体能力をフルに活かして地面を
蹴る。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
実のところ。
戦いの最中に悠斗は︱︱ずっと落胆をしていたのであった。
何故ならば悠斗は、可能であればギーシュの剣術を盗んで自分の
ものにしたいと考えていたからである
けれども。
ギーシュが見せる剣撃は自らの身体能力に頼っただけの粗雑なも
のであり、剣術と呼ぶには烏滸がましいものであった。
﹁ハアアアァァァ!﹂
ギーシュは叫声を上げながら手にした︽簒奪王の太刀︾を振りか
ざす。
悠斗は折れたロングソードの鍔でその攻撃を受け止める。
その直後。
252
悠斗が見せたのは長きに渡る︽近衛流體術︾の中でも自分1人だ
けが体得している究極奥義であった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
古来より︽近衛流體術︾には︽剛拳︾と︽柔拳︾という二種類の
拳術が存在していた。
空手の︽正拳突き︾などに代表されるような相手の体を外側から
破壊する攻撃を︽剛拳︾。
中国武術の︽浸透勁︾を代表する相手の体を内側から破壊する攻
撃を︽柔拳︾と呼んでいた。
戦況に合わせて︽剛拳︾と︽柔拳︾を巧みに扱うことが︽近衛流
體術︾に求められる技術であった。
けれども。
悠斗は幼少の頃より疑問に思っていた。
どうして人体を破壊するのに︽内側︾と︽外側︾を分ける必要が
あるのだろうか?
同時に壊してしまった方が効率的なのではないだろうか?
その疑問は歳を重ねる毎に大きくなる一方であり︱︱。
やがては自分だけのオリジナルの拳技を開発するまでに至ってい
た。
破拳。
253
人体の︽内︾と︽外︾を同時に破壊することをコンセプトに作っ
たこの技を悠斗は、そう呼ぶことにしていた。
高速で拳を打ち出しながらも、インパクトの瞬間に腕全体に対し
てスクリューのように回転を加えるこの技は、悠斗にとっての︽奥
義︾とも呼べる存在であった。
標的の体内にその衝撃を拡散させるこの技は、生物の骨格・臓器・
筋肉の全てを同時に破壊することを可能にしていた。
左腕から放たれた悠斗の︽破拳︾がギーシュの脇腹を捉える。
﹁グガアアアアァァァ!?﹂
屋敷の中に吸血鬼の男の叫喚が響き渡る。
刹那。
ギーシュの全身には、意識が飛ぶような激痛が走った。
ギーシュの体は部屋の壁を突き破り、屋敷の廊下に投げ出された。
全身の骨が砕け、内臓に突き刺さり、人間が生きていくための機
能がことごとく停止していた。
悠斗の放った一撃により、ギーシュはその全身を血ダルマに変え
ていた。
ギーシュにとっての失敗は、本来の力を発揮するために人の姿を
捨て、吸血鬼と成り替わったことにあるだろう。
254
もし仮に︱︱。
ギーシュが人間の姿のまま戦闘を行っていれば、悠斗も人の姿を
した相手に全力をぶつけるのを躊躇したことだろう。
悠斗はそこでギーシュの傍に歩みより彼の生死を確認する。
﹁⋮⋮きッ。ぎざまはッ﹂
何か言葉を口にしようとするものの吐血が激しくギーシュは、上
手く言葉を紡ぐことが出来ないでいた。
﹁驚いた。まだ生きてやがったのか﹂
流石は吸血鬼と言ったところだろうか。
利き腕を使用しなかったとはいえ︽破拳︾を用いても一撃で倒せ
ない生物が存在することは、悠斗にとって些かショックなことであ
った。
けれども、相手は既に虫の息。
これならば︽破拳︾を使用しなくても止めを刺すことは可能だろ
う。
﹁ぎざまは⋮⋮一体⋮⋮何者だ?﹂
満身創痍のギーシュとは対照的な余裕の笑みで悠斗は告げる。
255
﹁俺の名前は近衛悠斗。何処にでもいる極々普通の男子高校生だ﹂
ギーシュが﹁お前は一体⋮⋮何を言っているんだ?﹂という疑問
の言葉を口にしようとした時には、既に彼の喉は悠斗の貫手によっ
て潰されていた。
256
戦いの後に
沈黙の灯火の範囲外に出たからだろう。
屋敷の廊下に辿り付くと魔眼スキルが使用できるようになってい
た。
ギーシュ・ベルシュタイン
種族:吸血鬼
職業:無職
固有能力:なし
ギーシュの固有能力の欄からは警鐘が消えていた。
今度は逆に自身のステータスを確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV3︵1/30︶
風魔法 LV3︵12/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
特性 : 火耐性 LV2︵15/20︶
水耐性 LV2︵15/20︶
風耐性 LV2︵14/20︶
257
能力略奪のスキルが発動して警鐘が取得できていた。
このことから悠斗はギーシュの命が尽きたことを理解した。
﹁⋮⋮慣れない技は使うものではないな﹂
悠斗はダラリと力なくぶら下がった左腕を押さえていた。
強靭な生命力を誇る吸血鬼にすら致命傷を与えることが可能な︽
破拳︾であるが、その反動は自身の筋繊維をズタズタに傷つけるほ
ど強烈なものがあった。
聖魔法 LV2
使用可能魔法 ヒール
悠斗はそこで習得したばかりの聖魔法を使用する。
直後。
淡い色をした光が左腕を包み込む。
初めて使う魔法だったので不安はあったものの、ヒールの使用後
は痛みが和らいだような気がした。
なんとか無事に勝負の決着が着いたことを悟ると悠斗は、ホッと
胸を撫で下ろすのであった。
258
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
信じられない光景を目にしてしまった。
悠斗とギーシュの戦いを間近で見ていたシルフィアは、率直にそ
んなことを思った。
1人の人間が吸血鬼を打倒する。
それは前代未聞の出来事であり、後世に末永く伝えられる伝説に
成り得るほどの偉業であった。
悠斗の戦い振りは、今から500年以上前。
魔族たちによって支配されていたトライワイドを窮地から救った
伝説の大英雄︱︱︽アーク・シュヴァルツ︾を彷彿とさせるもので
あった。
﹁シルフィア。怪我はなかったか?﹂
﹁⋮⋮かたじけない。貴公に受けた恩は私の生涯を掛けて返してい
くつもりだ﹂
﹁はは。シルフィアは大袈裟だな﹂
﹁冗談で言っているつもりはないぞ。私は本気で⋮⋮貴公に対して
我が身の全てを捧げたいと考えているのだ﹂
シルフィアは悠斗に打ち明けると自身の出生について回想を行う。
259
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
小国ルーメルに存在していたとある騎士の家庭で育ったシルフィ
アは、幼少の頃より常日頃から疑問に思っていることがあった。
それは、自分が何のために生きているか? である。
もっともそれは思春期の男女であれば誰しもは一度は考えること
かもしれない。
けれども、シルフィアは人一倍強くそのことを疑問に思ってきた。
シルフィアは剣術・槍術・馬術・学問などの各領域において卓越
した才能を持ってこの世に生を受けていた。
そして自身の才能に溺れることがなく、何に対しても直向き努力
することが出来る彼女は、誰もが認める才媛にと成長を遂げていた。
しかし、自分が何のために剣を振るうのか⋮⋮?
シルフィアはその理由を見出すことが出来ずにいた。
現代日本と比較して、トライワイドにおける女性の地位は格段に
低いものである。
どんなに優れた才能を持って生まれたところで女では、国を治め
る領主になることは出来ないし、家を継ぐことすら出来ない。
そのため。
シルフィアは心の何処かに言いようのない違和感を抱えたまま、
これまでの人生を過ごしてきた。
260
ロードランドとの戦に敗れて、山奥での逃亡生活を送っている最
中も彼女の心境は変らない。
与えられた才能を何に活かすでもなく︱︱。
毎日を漫然と生きているだけの空っぽの日常。
けれども、今この瞬間。
悠斗の戦いを目の当りにしたシルフィアはようやく自分の人生に
おける﹃生きる意味﹄を見出せたような気がした。
天から受け継いだ自分の才は︱︱。
これまで培ってきた武芸や学問は︱︱。
全て目の前の男に捧げるために得たものだと解釈をすれば、不思
議と納得することが出来た。
シルフィアの空虚な心は、たった1人の男の存在によって満たさ
れていたのである。
﹁ユウト殿。さっそくで悪いのだが⋮⋮私と隷属契約を結んではく
れないだろうか? 私はこれからの生涯を全てユウト殿に捧げると
誓った身。それ故に一刻も早く⋮⋮この忌々しい呪印を貴公のもの
に上書きしたいのだ﹂
﹁ああ。それは別に構わないぞ﹂
﹁感謝する。それではこの館から出た後はさっそく奴隷商館に⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いや。その必要はない﹂
悠斗はそっとシルフィアの手を取る。
261
﹁な、な、な。何をするのだ!?﹂
突如として悠斗に体を触れられたシルフィアは赤面していた。
厳粛な騎士の家庭で生まれ育ったシルフィアは、男に対する免疫
が全くと言ってよいほどなかったのである。
﹁いいから。少しじっとしていてくれ﹂
悠斗は自らの親指の先を噛み切ると、滲み出た血液をシルフィア
の手の甲に垂らす。
直後。
シルフィアの手の甲は眩い光に包まれて、やがてそこには幾何学
的な模様の︽呪印︾が浮かび上がる。
﹁これは⋮⋮?﹂
シルフィアは驚きで目を丸くする。
﹁ユウト殿⋮⋮いいや。これからは主君と呼ばせて頂こう。主君は
隷属契約のスキルホルダーであったか﹂
﹁ん。まあな﹂
シルフィアの反応はスピカと隷属契約を交わしたときのそれに近
いものがあった。
それだけこの世界において︽固有能力︾というのは貴重な存在な
262
のだろうと悠斗は解釈をする。
﹁これから一緒に生活するにあたり俺が出す命令は2つ。︻俺を裏
切るな︼、︻俺の能力に関する情報を他人に口外するな︼。⋮⋮以
上だ﹂
﹁承知した。ルーメルの守護精霊、シルフィードに誓って約束しよ
う。これから先⋮⋮私の全ては主君のモノだ。主君の命令があれば
⋮⋮私はどのような指示にでも従おう﹂
シルフィアは片膝を突いて永久なる忠誠を誓う。
その表情はこれまでの人生の中で彼女が見せたどんな笑顔よりも、
晴れやかなものであった。
263
女騎士のたしなみ
戦闘を終えた悠斗は、騒ぎが大きくならない内に屋敷を後にする
ことにした。
その際にギーシュの装備を奪っておくことも忘れない。
簒奪王の太刀@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵攻撃した相手の﹃自由﹄を奪うことの出来る刀剣。斬り付けた相
手を麻痺状態にする効果がある︶
貴族のタキシード@レア度 ☆☆
︵防具としての性能には乏しいが、装飾性に優れている︶
貴族のブーツ@レア度 ☆☆
︵防具としての性能には乏しいが、装飾性に優れている︶
元を正せば先に略奪行為を働いたのは相手の方である。
装備を手に入れるくらいの役得があっても罰は当たらないだろう。
以前にレアリティがランク6の︽伝説のオーク宝剣︾が70万リ
アで落札されたことから推測するに︱︱。
264
今回のランク7装備︽簒奪王の太刀︾は、競売に掛ければ相当な
値段が付くに違いない。
今後の冒険における貴重な軍資金にさせてもらうとしよう。
貴族のタキシードと貴族のブーツに関しては残念であるが諦める
ことにした。
全体が血だらけで少し洗ったくらいでは落ちそうにない。
奪ったところでランク2の装備には、それほどの価値は付かない
だろうと悠斗は判断したのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁ああ。そうだ。シルフィアにも装備を渡しておこうかな﹂
ミスリルブレード@レア度 ☆☆☆☆
︵希少な金属で加工した刀剣。その切れ味は岩をも裂くと言われて
いる︶
エレメントアーマー@レア度 ☆☆☆☆☆
︵魔法耐性に優れた特殊な鉱物を用いて製造された鎧。使用者の体
型によりサイズが自動で調整される︶
悠斗は︽岩山の洞窟︾で手に入れたアイテムを魔法のバッグから
265
出してからシルフィアにそれらを手渡す。
﹁これは一体⋮⋮!? どこでこのような希少なアイテムを⋮⋮?﹂
騎士の家系で育った経緯もあり、シルフィアは装備の価値につい
て理解していた。
性能の高いミスリル系の武具は騎士たちにとって憧れの装備の1
つであり、間違っても地位の低い女騎士などに与えられる代物では
なかった。
﹁⋮⋮すまない。主君の奴隷という立場である以上、このような高
価な装備を受け取る訳にはいかない﹂
﹁まあまあ。そう言わずに受け取ってくれよ。このままだとバッグ
の中で腐らせるだけだしさ﹂
﹁しかし⋮⋮﹂
﹁それならこうしよう。高価な装備を与える分、シルフィアはそれ
に見合った働きを俺に返してくれ。俺にとってはそれが一番嬉しい
ことだからな﹂
悠斗が強引に勧めると、シルフィアは遠慮がちに首肯する。
﹁⋮⋮承知した。主君がそこまで言うのであれば有難く受け取るこ
とにしよう﹂
266
仰々しく頭を下げると、シルフィアは悠斗から受け取った装備を
身に付け始める。
ミスリルブレートとエレメントアーマーを装備したシルフィアは、
すっかり騎士らしい風貌になっていた。
︵⋮⋮うん。悪くないな︶
使用者の体型によりサイズが自由に調節される効果のあるエレメ
ントアーマーはたわわに実ったシルフィアの乳房をピッタリ覆うサ
イズに変化して、何とも言えない色気を漂わせていた。
スピカの胸が小さいという訳ではないが、やはりシルフィアの胸
は別格である。
頑強な金属鎧と柔らかそうな女体の組み合わせのギャップには、
男のロマンが詰まっていた。
そして。
紆余曲折を経たものの︱︱。
悠斗はここでシルフィアに対し、元の世界に戻るための方法を尋
ねることを決意するのであった。
267
元の世界に帰るには
﹁そう言えば⋮⋮まだ大切なことを聞いていなかったな。シルフィ
ア。俺が異世界から召喚された人間だっていうことは前に話したよ
な? どんな些細なことでも良い。お前の知っている手掛かりを教
えてくれ﹂
様々な事態が重なり有耶無耶になっていたものの。
元を正せば、悠斗がシルフィアを奴隷商館で購入しようと決意し
たのは、彼女が﹁元の世界に戻る手掛かりを知っている﹂と口にし
たからであった。
﹁⋮⋮承知した。しかし、それについて語るにはまずは私の生まれ
育ったルーゲンベルクの家について話さなければなるまい﹂
シルフィアはそう前置きして自らの出生について語り始める。
﹁私の家は代々、王家に仕えていた騎士の家系だった。ルーメルの
王︱︱ガリウス様はとても気さくな方でな。
幼少の頃より王宮に出入りすることを許された私は、ルーメルの
姫君であるウルリカ様に懇意にして頂いていた。だからこそ⋮⋮異
世界召喚についての情報を知ることが出来たというわけだ﹂
複雑な面持ちでシルフィアは続ける。
﹁とある日のことだった。ウルリカ様と密会するために王宮に忍び
268
込んだ私はそこで偶然⋮⋮発見してしまったのだ。ガリウス様が⋮
⋮︽魔族︾と密会している場面にな。
その魔族は自らを︽マモン︾と名乗った。マモンは言った。近い
内にルーメルはロードランドとの戦争になるだろう。その前に︽召
喚の魔石︾を購入した後︱︱異世界人を奴隷として戦争のための道
具として使うと良いと。
もちろん誇り高きルーメルの王は魔族の誘いを断ち切った。もっ
とも⋮⋮今にして思えばそれが原因でロードランドとの戦に敗れた
のかもしれないがな﹂
﹁⋮⋮そうだったのか﹂
表情に出しはしなかったもののシルフィアの言葉の端からは、計
り知れない程の無念の感情が見え隠れしていた。
﹁更にその魔族はこうも言った。異世界人を呼び出すための︽召喚
の魔石︾を製造するための技術を持ち得ているのは自分たち魔族だ
けであると。
つまりもし仮に⋮⋮元の世界に戻る方法を知っている者がいると
すれば⋮⋮それは現状、魔族だけということになる。私の知ってい
る情報はこんなところだ。申し訳ない﹂
﹁いやいや。凄く助かったよ。ありがとな。シルフィア﹂
シルフィアの言葉を聞いた悠斗は1つだけ後悔の念に捕らわれて
いた。
︵⋮⋮あそこで吸血鬼の男を倒したのは失敗だったか︶
ギーシュは自らのことを魔族と名乗っていた。
269
戦いの最中であったため、悠斗は大してそれを気に留めていなか
った。
今にして思えばギーシュに問い詰めれば、何らかの情報を得るこ
とが出来たのかもしれない。
﹁それと。もう1つ聞きたいんだけど。その魔族っていう連中は一
体何なんだ? 何処に行けばそいつらに会うことが出来る?﹂
﹁⋮⋮ふむ。主君は本当に我々の世界のことを知らないのだな﹂
シルフィアはそう前置きした上で。
﹁魔族とは⋮⋮今から500年以上前に人類を支配していた者たち
の総称だ。魔族が何処で暮らしているのか⋮⋮それを知る者はいな
いだろう。
彼らは人類との戦争に敗れた後、各地に身を潜め人間との接点を
断っている。先の吸血鬼のように我々に対して害を成す者など極め
て異例の存在なのだ﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
シルフィアの話を聞いた悠斗は、朧気ながらも次に自分がしなけ
ればならないことについて理解する。
大枠の目標としては︽召喚の魔石︾について知っている魔族を捕
らえて、その情報を問いただすこと。
特にシルフィアの言ってた︽マモン︾と名乗る魔族については、
他に知っている人間がいないか調べてみる必要があるだろう。
270
そして次の課題は、悠斗自身の戦闘能力の強化である。
戦闘に勝利こそしたものの、吸血鬼の生命力は悠斗の想像を遥か
に上回るものであった。
これから先より強力な魔族と戦闘になる可能性がある以上︱︱戦
闘能力の強化は必須だろう。
幸いにも悠斗は倒した魔物のスキルを奪う︽能力略奪︾の固有能
力を所持していた。
この能力を駆使すれば効率的な戦闘能力の底上げを行うことが出
来るだろう。
決意を新たにした悠斗は、シルフィアを連れスピカの待っている
宿屋に戻るのであった。
271
エピローグ ∼ 暫定的ハッピーエンド ∼
それから程なくして。
エクスペインの街で騒がせた連続誘拐事件は予想外の形で解決す
ることになる。
街の大貴族であるアンドレア・スコット・マルニッシュの屋敷か
ら男女合わせ100名を超える遺体が発見されたのであった。
その大半が女性のものであり1滴残らず血液が存在しないミイラ
のように干からびた状態で発見されたことから、今回の騒動が吸血
鬼の犯行であることが明白であった。
だがしかし。
騎士団のメンバーがアンドレア卿の屋敷に入ったときには既に吸
血鬼は絶命していた。
そこで1つの謎が残る。
それは⋮⋮果たしてこの吸血鬼は誰が倒したのか?
ということだった。
吸血鬼の死因と思われる傷跡は前代未聞のものであった。
脇腹に槌で殴られたかのような打撃痕がある他は、目立った外傷
がないのだが、奇妙なことに内部の骨格と臓器は激しい損傷があっ
272
た。
事件の重要参考人として悠斗の元にも王国の騎士団が取調べにき
た。
けれども。
悠斗は何も知らないという一点張りで彼らを追い返すことに成功
した。
騎士団の側も元より吸血鬼という生物が1人の冒険者の手に負え
るものではないと考えていた。
そのため。
悠斗の容疑は存外直ぐに晴れることになったのである。
結局。
魔族同士の内部抗争に巻き込まれたのではないか?
という曖昧な憶測以上の結論を出すことが出来ず︱︱。
今回の出来事は、謎が謎を呼ぶ怪事件として後世に末永く語り継
がれることになったという。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
宿舎に戻るとスピカが悠斗とシルフィアを出迎えた。
悠斗の衣服は多量の返り血に染まっており、只事ではない事態が
273
起きていたことは明白であったが、スピカはその件に関して何も追
及をしなかった。
悠斗が無事に戻ってきてくれたこと。
只それだけでスピカにとっては満足であったのであった。
﹁おかえりなさいませ。ご主人さま﹂
﹁ああ。ただいま。スピカ﹂
待ちわびていた主人の帰りを目の当りにして︱︱。
スピカはとびきりの笑顔を浮かべていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから数時間後。
﹁ユ、ユウト殿⋮⋮。この格好は何処か⋮⋮変ではないだろうか?﹂
シルフィアはホテルの備品であるのセクシーなネグリジェに身を
包んでいた。
紆余曲折を経たものの︱︱。
シルフィアのことは無事に奴隷商館にて購入することができた。
悠斗は吸血鬼に攫われた後、自力で脱出しようとしたところを見
つけられたということでシルフィアと口裏を合わせていた。
274
︵この光景を拝めただけでも⋮⋮異世界に召喚された甲斐があった
気がするな︶
セクシーなネグリジェを着用したシルフィアは、その見事な胸を
惜しげもなく露わにしていた。
﹁いいや。そんなことはないぞ。スゲー可愛いと思う﹂
﹁か、可愛い!? もしかするとそれは⋮⋮私を形容する言葉とし
て使っているのか!?﹂
﹁お、おう。そうだけど﹂
﹁⋮⋮可愛い。そんな⋮⋮私が可愛いだなんて⋮⋮っ﹂
瞬間、シルフィアの頬はカァァァッと熱くなる。
︵⋮⋮気のせいだろうか。以前にも同じようなリアクションを見た
ような気がするぞ︶
幼少期より厳格な騎士の家庭で育ち英才教育を受けていたシルフ
ィアは、色恋沙汰とは無縁の生活を送っていた。
そのため。
男性から褒められることに対する耐性が全くと言って良いほどな
275
いのであった。
二人のやり取りを見て焦りを覚えたのはスピカである。
﹁ご、ご主人さま! 私は!? 実は私も今回新しいネグリジェを
着てみたのですが⋮⋮﹂
﹁ああ。うん。スピカの方も⋮⋮まあまあ可愛いと思うぞ﹂
﹁まあまあ!?﹂
予想外に微妙な評価を受けたスピカの面持ちはズーンと沈んだも
のとなる。
実のところ。
悠斗としては、スピカとシルフィア。
それぞれに甲乙付けがたい魅力があると考えていた。
シルフィアが誰もが憧れる高嶺の花であるとすれば、スピカには
野に咲くヒマワリのように親しみやすい美しさがあった。
悠斗が微妙な評価を付けたのは、単純に嗜虐心を起こした結果。
スピカの落ち込んだリアクションが見たかっただけであったので
ある。
︵う∼。シルフィアさん。負けませんよ!︶
276
だがしかし。
そんな事情があったとはツユ知らず︱︱。
この日の悠斗の発言を境にして。
スピカは同じ女としてシルフィアに対して密かな対抗心を燃やす
のであった。
︵さて。明日からはどうしようかな⋮⋮︶
悠斗にとって当面の目標は、現代日本に戻る方法を探すことであ
る。
けれども、慌てる必要はない。
せっかくこれだけ可愛い二人の奴隷と暮らせることになったのだ。
だから、もう暫くの間は︱︱。
悠々自適に異世界ライフを楽しむことにしよう。
二人の美少女と同じベッドの上で眠れる幸せを噛みしめながらも、
悠斗はそんなことを考えるのであった。
277
エピローグ ∼ 暫定的ハッピーエンド ∼︵後書き︶
●お知らせ
WEB版、1章をまとめて異世界支配のスキルテイカー第1巻が
好評発売中です!
イラストレーターは大人気、蔓木鋼音先生!
書籍版の1巻にはおまけ短編﹃スピカのご奉仕﹄を掲載していま
す∼。
こちらも宜しくお願いします。
278
異世界で住居を購入しよう
近衛悠斗が魔物たちの跋扈する異世界、トライワイドに召喚され
てから1週間ほどの時が過ぎようとしていた。
この1週間で悠斗は二人の美少女と隷属契約を結ぶことに成功し
た。
1人目の仲間は犬耳の少女、スピカ。
2人目の仲間は孤高の女騎士、シルフィア。
今現在。
悠斗の隣には見目麗しい二人の美少女が歩いている最中であった。
﹁ああ。そう言えば⋮⋮冒険者ギルドに行く前にギルド公認雑貨店
に寄ろうと思っているんだが問題ないか?﹂
﹁了解しました﹂
﹁主君の望むままに﹂
二人の確認を取った悠斗は、バッグの中から1本の刀を取り出す。
漆黒の鞘に納められたそれは外から見てもレアアイテム然とした
雰囲気があった。
279
簒奪王の太刀@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵攻撃した相手の﹃自由﹄を奪うことの出来る刀剣。斬り付けた相
手を麻痺状態にする効果がある︶
このアイテムはエクスペインの住人たちを虐殺した吸血鬼︱︱ギ
ーシュ・ベルシュタインが所持していた業物である。
自分で使用する⋮⋮という線も考えたが、悠斗はこのアイテムを
競売に掛けることに決めていた。
何故ならば悠斗は、武人であって剣士ではないからである。
強力な武器というものは、時として自らを破滅に追い込んでしま
うものであると悠斗は考えていた。
1つの武器に頼った戦い方に慣れてしまえば、万が一その武器が
取り上げられるような事態が発生した時に想定外の窮地を招くこと
になる。
何よりも臨機応変な戦闘を重視する︽近衛流體術︾にとってそれ
は是が非でも避けなければならないことであった。
スピカとシルフィアという二人の仲間と生活するからには、これ
から何かと資金が必要になってくることもあるだろう。
高価な武器を集めるよりも今は生活資金を確保したい。
悠斗がアイテムの売却を決めた経緯にはそんな思惑が存在してい
た。
280
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁お、おぉ⋮⋮。ランク7の刀剣か。兄ちゃん。こいつはスゲー装
備を手に入れたなぁ!﹂
アドルフ・ルドルフ
種族:ヒューマ
職業:商人
固有能力:鑑定
鑑定@レア度 ☆
︵装備やアイテムのレア度を見極めるスキル。魔眼とは下位互換の
関係にある︶
無精髭を生やした筋骨隆々の中年男性。
アドルフは悠斗から受け取った装備を見るなり驚愕する。
﹁兄ちゃん。本当にコイツを競売にかけちまって大丈夫かい? ラ
ンク7のアイテムなんて一度手放したら早々買い戻すことなんか出
来ないぜ?﹂
﹁ええ。大丈夫です。それより⋮⋮︽簒奪王の太刀︾って大体どれ
くらいの相場か分かりますか?﹂
﹁そうだな。俺はかれこれ20年ほどは競売市に顔を出しているか
281
ら過去に三度ほど同じアイテムが出品されているのを見たことがあ
る。そんときゃ確か⋮⋮どれも軽く200万リアを超えていたと思
うぜ﹂
﹁200万リア!?﹂
トライワイドの1リアとは、現代日本の10円とおおよそ同価値
である。
つまりはアドルフの言うことが正しければ、たった1本の刀に2
000万円以上の値が付くことになる。
﹁どちらにせよ家の2軒や3軒くらいなら余裕で買える額にはなる
だろうな。売却益の使い道についてはよく考えてみることだな﹂
﹁家の2、3軒って⋮⋮。この街では幾らあれば自分の家を購入で
きるんですか?﹂
﹁ん∼。そうだな。贅沢を言わなければ、30万リア以内で買える
ところも結構あると思うぜ﹂
﹁⋮⋮!? そうなんですか。色々と有難うございます﹂
30万リアで家が買えるということには驚いたが、よくよく考え
てみればそれも不自然な話ではないだろう。
どちらかと言うと現代日本の地価が高すぎるだけで、海外に行け
ば300万以内で買える家は山ほどある。
︵⋮⋮家か。そろそろ考えてみても良いかもしれないな︶
282
シルフィアと隷属契約を結んだことにより、悠斗が寝泊まりして
いる宿屋も手狭になっていた。
今現在。
悠斗はスピカの紹介により1泊600リアという格安価格で宿屋
に滞在している最中である。
けれども。
長期的に考えれば30万リアで自家を購入した方が、安上がりに
なるに違いない。
︵いずれにせよ⋮⋮競売が終わってから考えれば良いか︶
悠斗はそこでシルフィアが使うための水筒を100リアで購入し
た後。
本日の討伐クエストを遂行すべく、ギルド公認雑貨店から出るの
であった。
283
守護騎士シルフィア
冒険者ギルドに到着すると受付嬢のエミリアが対応してくれた。
エミリア・ガートネット
種族:ヒューマ
ザ・ブレイカー
職業:ギルド職員
固有能力:破壊神の怪腕
破壊神の怪腕@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵左手で触れた物体の魔力を問答無用で打ち消すスキル︶
悠斗にとってエミリアは色々と謎の多い人物であった。
一見すると気品の溢れる美しい女性なのだが、所持している固有
能力が物騒過ぎる。
﹁こんにちは。ユウトさまのQRは10に昇格しています。本日か
ら新たに受注が可能になったクエストをご覧になられますか?﹂
﹁⋮⋮はい。お願いします﹂
悠斗が肯定するとエミリアは分厚い冊子を捲る。
284
☆討伐系クエスト
●リザードマンの討伐
必要QR10
成功条件:リザードマンを10匹討伐すること
成功報酬:1200リア&10QP
繰り返し:可
●ウッドヘッドの討伐
必要QR10
成功条件:ウッドヘッドを10匹討伐すること
成功報酬:1200リア&10QP
繰り返し:可
QR10で追加されるクエストは2種類であった。
初期の頃のスライム討伐クエストが200リアだったことを考え
ると随分と報酬の良いクエストが増えてきた。
けれども。
つい先日シルフィアがパーティーに加入したばかりだと言うのに、
いきなり難易度の高いクエストを行うのは考えものである。
今日の遠征は肩慣らしということで難易度の低いクエストを選ぶ
ことにしよう。
285
そう判断した悠斗はラグール山脈︵初級︶を目指すのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
ラグール山脈︵初級︶に生息する魔物はバット、レッドスライム、
ブルースライムの3種類である。
悠斗が知る中で出てくる魔物の脅威度が最も低いのがこの地域で
ある。
﹁ご主人さま! さっそく向こうの方にバットがいるみたいですよ
! 数はたぶん、3体くらいだと思います﹂
﹁よし。それじゃあ、さっそく向かうか﹂
スピカの嗅覚レーダーは相変わらずの大活躍であった。
頭に犬耳を生やしたライカンという種族は、悠斗たちヒューマと
比較して数十倍の嗅覚を所持している。
そのため。
一度戦った魔物であれば、その臭いから居場所を探知することが
可能であった。
バット 脅威LV2
スピカの指示した方角に付いて行くと目的の魔物に遭遇する。
286
数も3体。
スピカの予想通りであった。
﹁シルフィア。お前がどれだけ戦えるか見てみたい。ここは任せて
も良いか?﹂
﹁⋮⋮承知した。この程度の相手であれば、主君の手を煩わせる必
要はない。私1人でも十分だろう﹂
シルフィアは腰に差したミスリルブレードを抜いて戦闘態勢に入
る。
幼少期より剣術の修行を行っていたという言葉に偽りはないらし
く、騎士らしい堂の入った構えであった。
﹁キッキッ!﹂
シルフィアの姿を捉えた3匹のバットたちは、統率の取れた動き
で突進。
鋭い牙を露わにしてシルフィアの体に飛びかかる。
﹁ハッ!﹂
シルフィアはそれを正面から迎え撃つ。
刀身の薄いミスリルブレードによる一刀は、まるで風を斬るかの
ように鮮やかなものであった。
287
刹那。
一筋の斬閃がバットたちの体躯を斜めに走る。
﹁ピギャァッ!﹂
バットたちは断末魔の声を上げた直後。
その肉体を二つに分断させていた。
﹁シルフィアさん⋮⋮凄いです! 今の動き⋮⋮全く目で追うこと
が出来ませんでした!﹂
﹁ああ。正直⋮⋮期待以上だったよ! これなら安心して冒険に連
れて行くことが出来るな﹂
シルフィアの剣技は、腕に覚えのある男の冒険者と比較しても頭
一つ抜き出るほどに卓越したものであった。
強いて難点を挙げるとするのであれば︱︱。
変則的な武術を修めている悠斗からすれば、少々﹃教科書的﹄に
過ぎる面はあったが、それを指摘するのも野暮というものだろう。
﹁⋮⋮いや。私の剣など主君に比べれば、児戯にも等しいレベルだ
よ﹂
その言葉は一切の謙遜が含まれていないシルフィアの本音であっ
288
た。
つい先日。
吸血鬼を圧倒するかのような悠斗の桁外れの戦闘能力を見た後で
は、自分の剣技を褒められても素直に喜ぶことが出来ないでいた。
﹁これからの冒険でシルフィアに頼みたい役割は1つだ。俺が戦闘
している間は、どうしてもスピカの方が無防備になっちまうだろう
? 俺としてはそれがずっと気がかりだったんだ。だから今後シルフ
ィアに与える最優先の役割は、俺が戦っている最中に﹃仲間を護る
こと﹄だ﹂
﹁仲間を護る⋮⋮か⋮⋮﹂
シルフィアは悠斗から受けた言葉を繰り返す。
﹁まあ、もちろん⋮⋮敵の人数によっては一緒に戦ってもらうこと
もあるかもしれないし、剥ぎ取り作業も任せることもあるかもしれ
ないがな。その辺は3人しかいない訳だし、臨機応変にやって行こ
う﹂
﹁承知した。これからも主君のために全力で尽くす所存だ﹂ 一連の戦闘が終わった後に悠斗はふと疑問に思う。
スキルテイカー
︵あれ⋮⋮そう言えばシルフィアが倒した魔物に対して能力略奪の
効果って発動するのかな⋮⋮?︶
289
アンノウン
能力略奪@レア度 詳細不明
︵倒した魔物の能力を奪うスキル︶
能力略奪とは悠斗がトライワイドに召喚されたときに授かった固
有能力である。
魔眼のスキルを発動してステータス画面を確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV3︵1/30︶
風魔法 LV3︵15/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
特性 : 火耐性 LV2︵15/20︶
水耐性 LV2︵15/20︶
風耐性 LV2︵14/20︶
結論。
風魔法の数字が︵12/30︶から︵15/30︶に上昇してい
た。
これはつまりシルフィアが倒した魔物に対しても能力略奪の効果
が発動していることを意味していた。
290
︵能力略奪は⋮⋮俺が倒した魔物以外にも働くっていうことなのか
?︶
この辺りについては少し検討をしてみる必要がある。
ラグール山脈︵初級︶では、1日中狩りを行ったところで得られ
る収入は微々たるものである。
今回の冒険の目的は、疑問の検証と割り切ってしまっても良いだ
ろう。
そう判断した悠斗は、次なる獲物を探して歩みを進めるのであっ
た。
291
検証作業
﹁ご主人さま。ここから北東に30メートルほどの距離にブルース
ライムがいます。数は1体だけだと思います﹂
﹁了解﹂
敵の数は1匹。
能力略奪の検証作業にはうってつけの相手だろう。
﹁スピカ。シルフィア。少し試したいことがあるから今回は⋮⋮二
人で戦ってくれないか? 俺はここで待っているからさ﹂
﹁分かりました﹂
﹁承知した﹂
二人に指示をすると悠斗は岩場に腰かけて彼女たちの帰りを待つ
ことにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから5分後。
292
﹁お待たせしました! ご主人さま!﹂
ブルースライムの核を手にしたスピカが悠斗の元に到着した。
当然シルフィアも一緒である。
遠距離攻撃の手段を持ち合わせていなかったからだろう。
シルフィアの体には、斬撃の際に飛び散ったと思われる粘着質な
ブルースライムの体液が付着していた。
すかさずステータス画面を確認。
近衛悠斗
特性 : 火耐性 LV2︵15/20︶
水耐性 LV2︵16/20︶
風耐性 LV2︵14/20︶
水耐性の数字が︵15/20︶から︵16/20︶に上昇してい
た。
︵どうやら能力略奪の効果は、俺の視界に入っていないところでも
発動するようだな⋮⋮︶
危険度の低い魔物と戦うことのできるこの場は、能力略奪の発動
条件について調べるにはうってつけだろう。
そう判断した悠斗は、同じ要領で徹底的に検証作業を繰り返すこ
とにした。
293
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
検証結果。
悠斗が導き出した結論は以下の通りである。
・能力略奪の効果は半径およそ50メートルの範囲の﹃倒した魔物﹄
にのみ適用される
能力略奪の効果に距離制限があることは、試行錯誤の末に確認し
た情報である。
武術だけに留まらず戦闘に役に立ちそうなスポーツがあれば、何
でも吸収してきた悠斗は︽投槍術︾についても精通していた。
助走を付けて投げれば100メートル近くまで槍を投げることが
可能な悠斗であれば、およそ60メートルの範囲内であれば遠距離
からスライムを狙って仕留めることが可能であった。
槍投げによって検証を試みた結果。
能力略奪の効果はおよそ50メートル以内の﹃倒した魔物﹄には
適用されるが、それを超えると効果を得ることが出来なかった。
ここで重要になってくるのは、隷属契約を結んだ仲間が﹃倒した
魔物﹄にも能力略奪の効果は適用されるということである。
294
何故か?
その理由について悠斗は﹃隷属契約を結んだ人間は、自身の道具
の一部として認識されるから﹄という仮説を立てることにした。
人間を道具と同一視するのは抵抗はあるが、そういう仕様になっ
ている以上は仕方がないだろう。
投げた槍とシルフィア。
どちらも50メートルを超えると能力略奪の効果を得ることが出
来なくなるという点について結果が共通していた。
﹁凄いです! ご主人さま! まさか槍という武器があんなに遠く
まで飛ばせるものだとは思いもよりませんでした!﹂
﹁恐れ入ったぞ! まるで手から放たれた槍が天に吸い込まれて行
くようであった!﹂
トライワイドには投槍術という概念が浸透していないため。
悠斗の技を目の当たりにしたスピカとシルフィアは目を丸くして
驚いていた。
今回の検証作業から導き出される結論としては︱︱。
有能な人材がいれば、パーティーのメンバーはどんどん増やして
行くべきだということである。
ただし能力略奪の効果を活かすためには、隷属契約を結ぶことが
必須だろう。
魔物を倒してもスキルレベルが上がらないのでは、戦闘を行うメ
リットが半減してしまう。
295
悠斗はひとまずそう結論付けた後。
かねてより気になっていた未使用の魔法の試し打ちを行うことに
した。
296
レッドスライムの逆襲
現時点で悠斗は︽火︾・︽水︾・︽風︾・︽聖︾の4種類の魔法
を扱うことが可能である。
この中でも悠斗は︽火属性︾の魔法に関して、未だに使用した経
験がなかった。
理由は単純に他の属性に比べて︽火属性︾は、気軽に試し打ちが
出来るものではなかったからである。
悠斗はこれまで基本的に魔法の訓練を宿屋の部屋の中で行ってい
た。
使い方を誤って火事を起こしてしまえば大惨事である。
火魔法 LV3 使用可能魔法 ファイア ファイアボム
火属性の魔法は︽水︾・︽風︾と同様にLV3になるとボム系の
魔法を放てるようであった。
どうせなら魔物に対して、どの程度ダメージを与えることが出来
るかも検証してみたい。
よくよく考えてみれば、これまで魔法を使って魔物を討伐した経
験がなかった。
297
﹁ご主人さま。このまま正面を歩いて行ったところにレッドスライ
ムが1体だけいるみたいです﹂
﹁よし。分かった。今度は俺1人で戦ってみたいから2人は手出し
しないでくれ﹂
悠斗は二人の承諾を得るとスピカが示した方角に向かう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
レッドスライム 脅威LV1
暫く歩くと目的の魔物に遭遇した。
数は1体。
魔法の試し打ちを行うには、おあつらえ向きの相手である。
スライム系の魔物は視力が極端に低いため、5メートルの距離ま
で近づかなければ襲ってこないという習性を持っていた。
悠斗はスライムに気付かれないギリギリの範囲で距離を詰める。
それから。
右手を翳して心の中で呪文を唱える。
298
︵⋮⋮ファイアボム!︶
直後、悠斗の掌からは直径10センチほどの球体が出現する。
ボム系の魔法は威力が高いが、射程距離が短いのがネックであっ
た。
悠斗は爆発に巻き込まれないために念のため、3歩ほど後ろに下
がってから様子を窺うことにした。
ゆっくりとしたスピードで移動を続ける魔法球は、1メートルほ
ど飛んで行ったところで破裂。
激しい爆発音が聞こえたかと思うと、辺り一帯に凄まじい熱風が
吹き荒れる。
﹁おぉ⋮⋮!﹂
その威力は悠斗の予想を遥かに上回るものであった。
同じボム系の魔法でも︽水属性︾や︽風属性︾に比べて殺傷能力
は桁外れに高い。
これ程の爆風が直撃すれば、人間の頭くらい訳なく吹き飛ばすだ
ろう。
ボム系の魔法の宿命なのか射程距離は致命的に短い。
日々の特訓の成果により魔法のコントロール技術が向上している
299
からだろう。
以前に比べれば多少は、飛距離が伸びたような気がする。
それでも尚。
レッドスライムにダメージを与えるには程遠かったらしく︱︱。
﹁ピキー!﹂
攻撃を受けていることに気付いたレッドスライムは悠斗に向かっ
て飛びかかる。
鳴き声だけはやたらと可愛いが騙されてはいけない。
中の臓器が透けて見えるスライムという生物はグロテスクの一言
に尽きる。
﹁⋮⋮おっと﹂
悠斗は余裕をもってそれを躱す。
︵シルフィアはともかく⋮⋮男の俺がネバネバの体液を被っても誰
得だろう⋮⋮︶
このままポケットの中に入った石を投げて倒すのも良いが、せっ
かくなので別の魔法も試してみる。
右手を翳して呪文を唱える。
︵⋮⋮ファイア!︶
300
悠斗の掌の先からは激しい炎が放出される。
その火炎量は悠斗の予想を遥かに上回るものであった。
これならば人間相手に撃ってもかなりの火傷を負わすことが出来
るに違いない。
︵炎属性の魔法は全体的に殺傷能力が高そうだな⋮⋮︶
レッドスライムの体は紅蓮の炎に包まれる。
悠斗としてはそのままレッドスライムを焼き尽くす︱︱。
つもりであった。
レッドスライム 脅威LV8
﹁ぬおっ!?﹂
悠斗は驚きのあまりバックステップを踏む。
激しい炎を浴びたレッドスライムはその体積を3倍ほどに増加さ
せていた。
脅威LVも1から8にアップしている。
脅威LV8というのはこれまで戦った魔物の中でも最大であった。
﹁ご主人さま! 気を付けて下さい! レッドスライムは炎を浴び
ると一時的にパワーアップするみたいです!﹂
301
﹁マジかよ⋮⋮﹂
迂闊であった。
能力略奪で取得できる能力が︽火耐性︾であることから、火魔法
に強いことはなんとなく予想していたのだが。
まさか炎を浴びると強くなるとは予想外である。
﹁⋮⋮!?﹂
そのとき悠斗は何処からともなく﹁ピー!﹂という小さな音を耳
にすることになる。
その音が先日手に入れたスキルによる効果であることを理解する
までには、少しだけ時間を要した。
警鐘@レア度 ☆☆☆☆☆
︵命の危機が迫った時にスキルホルダーにのみ聞こえる音を鳴らす
スキル。危険度に応じて音のボリュームは上昇する︶
音のボリュームは、非常に微弱なものである。
それはつまり⋮⋮目の前の相手の危険度が悠斗にとってそれほど
高くないことを意味していた。
︵でもまあ⋮⋮俺の命を脅かす可能性のある相手っていうのは間違
いないんだよな︶
脅威LV1のスライムと脅威LV2のバットと戦っている時は、
302
一切の音が鳴らなかった。
従って。
目の前のレッドスライムが警戒するべき魔物であることは確かな
のだろう。
﹁ビ∼ギ∼!﹂
肥大化したレッドスライムの鳴き声は低音になっていた。
﹁⋮⋮っと﹂
悠斗はレッドスライムの攻撃を軽く躱す。
体が大きくなった分、スピードはかなり落ちているようであった。
︵しかし、どうしたものかな⋮⋮︶
これまで悠斗はスライムとの戦闘の際は落ちている石コロを投げ
て対応していた。
だがしかし。
流石にこれだけ大きくなると石コロを投げて一撃で討伐⋮⋮とい
う訳にもいかなそうである。
︵まさか初めて警鐘が発動する相手が⋮⋮レッドスライムになると
303
は思わなかったぜ⋮⋮︶
思いがけずも出現してしまった難敵に対して悠斗は、頭を悩ませ
るのであった。
304
弱点属性を見極めよう
﹁ご主人さま! レッドスライムの弱点は水魔法です! 水魔法を
使えばそこにいる魔物を倒せるかもしれません!﹂
火魔法を吸収して肥大化したレッドスライムを指差してスピカが
指摘する。
﹁なるほど⋮⋮﹂
スピカの指摘を受けた悠斗は右手を翳して呪文を唱える。
︵ウォーター!︶
直後。
悠斗の右手からは勢いよく水が噴射される。
魔法のコントロール技術を向上させた悠斗はその威力を最大に調
整していた。
﹁ビ∼ギ∼!﹂
305
水魔法を浴びたレッドスライムは、モクモクと白煙を上げらなが
らも断末魔の悲鳴を上げる。
結果。
最終的にレッドスライムの薄皮とその中心である核だけが、その
場に残った。
戦いに決着が付いたことを悟り悠斗はホッと胸を撫で下ろす。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁驚きました。ご主人さまは︽火属性︾の魔法も使うことが出来た
のですね!﹂
﹁恐れ入ったぞ! 主君は︽火属性︾と︽水属性︾の魔法を同時に
扱いこなす︽デュオ︾の魔術師であったのか!﹂
戦いの様子を窺っていたスピカとシルフィアは悠斗に対して尊敬
の眼差しを送っていた。
何故ならば︱︱。
トライワイドにおいて1人の人間が使用できる魔法は基本的に1
属性と定められているからである。
例外的に2属性の魔法を操る人間はデュオと呼ばれており、1万
人に1人の確率で生まれてくるとされている。
更に言えば︱︱。
306
3属性の魔法を扱う人間、トリニティは100万人に1人。
4属性の魔法、カルテットは1億人に1人。
といった具合にその希少度は100倍増しになっていく。
﹁ああ。うん。そのことなんだが⋮⋮﹂
こういうのは口で説明するよりも実際に見せた方が早いだろう。
そう判断した悠斗は︽ファイア︾・︽ウォーター︾・︽ウィンド
︾・︽ヒール︾の4種類の魔法を次々に使って見せることにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁﹁⋮⋮!?︳﹂﹂
スピカとシルフィアは自らの眼を疑わずにはいられなかった。
まさか自らの主人が1億人に1人の割合でしか生まれてこない︽
カルテット︾の魔術師であるとは思いも寄らなかったからである。
﹁凄いです! ご主人さま! 凄すぎです!﹂
﹁⋮⋮恐れ入ったぞ! まさか生きている内に︽カルテット︾の魔
術師に出会うことがあるとは思っていなかった﹂
307
二人の言葉からは興奮の色が窺えた。
﹁まあ。今のところ戦闘には役に立ちそうにないのだけどな﹂
悠斗が苦笑しながら告げるとシルフィアは即座に否定する。
﹁そんなことはないぞ! 特に炎属性の魔法は、5大属性の中でも
一番戦闘で役立つことで知られている。たしかに主君の武術は凄ま
じいものがある。
けれども、相手の弱点属性次第では、単純な物理攻撃よりもダメ
ージを期待出来る魔物もいるだろう﹂
﹁弱点⋮⋮か⋮⋮﹂
先程のレッドスライムとの戦闘で痛感した。
今までは全く意識していなかったが、これからは少し考えてみる
必要があるのかもしれない。
﹁ああ。そう言えば聞いていなかったな。シルフィアは何属性の魔
法を使うんだ?﹂
﹁私の属性は︽風︾だな。魔法属性は両親から遺伝する場合が多い
から⋮⋮私の場合は一族揃って︽風属性︾だ﹂
シルフィアの言葉の隅からは自嘲の念を感じ取ることが出来た。
﹁もしかして︽風属性︾の魔法って、この世界ではハズレだったり
するのか?﹂
308
悠斗が尋ねるとシルフィアはコクリと首肯する。
﹁ああ。風属性には⋮⋮炎属性のような攻撃力も、水属性のような
汎用性も、聖属性のような利便性も、呪属性のような希少性もない
からな﹂
言ってシルフィアは腰に差した刀を抜く。
シルフィアが剣を振るった直後。
その先からは鋭い風の刃が発生する。
︵これは⋮⋮俗に言うソニックブームっていうやつか⋮⋮︶
半月の形状をしたソニックブームは7メートルほど飛んで行った
ところで消滅。
その威力はシルフィアの体から離れるほど落ちているようであっ
た。
﹁私が使える魔法はこのくらいだな。見ての通り⋮⋮魔物を一撃で
屠るような威力はない。使い道と言えばせいぜい1対1での戦闘に
おける牽制程度だろう﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
どうやら風魔法はそれ単体では、色々と使いどころが難しいらし
い。
4種類の魔法を所持している悠斗ならともかく、生まれ持った魔
法が風属性の1種類だけだと不満の1つでも零したくもあるだろう。
﹁ああ。でも飛び道具から身を護るには風魔法って何かと便利なん
309
じゃないか?﹂
尋ねるとシルフィアはおもむろに首を縦に振る。
﹁たしかに⋮⋮攻撃性能は低い分、防御魔法として風魔法は優秀か
もしれないな。敵の放った弓矢くらいなら強引にその軌道を曲げる
ことが出来る﹂
﹁なら問題ないな。元々このパーティーの攻撃役は俺だ。言っただ
ろ? シルフィアの役目は仲間を護ることだった。風魔法⋮⋮シル
フィアにはピッタリじゃないか﹂
﹁⋮⋮!? そうか。たしかにそういう考え方も出来るな﹂
悠斗の言葉はシルフィアの胸にストンと落ちる。
﹁主君には感謝せねばならないな。私は今しがた⋮⋮生まれて初め
て風魔法を授かって良かったと思うことが出来たよ﹂
シルフィアは憑き物が落ちたかのような晴れやかな笑みを浮かべ
ていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから悠斗たちは適当にダラダラと狩りを続けた後。
本日の遠征を終えることにした。
310
バット ×8
レッドスライム ×8
ブルースライム ×7
今日一日で討伐した魔物の数である。
検証目的で遠征をしていた分、討伐数は低めであった。
最終的なステータスは下記の通りである。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV3︵1/30︶
風魔法 LV3︵20/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
特性 : 火耐性 LV3︵1/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV2︵14/20︶
火耐性と水耐性のレベルが2から3に上昇していること以外は取
り立てて変化は見られない。
討伐した魔物の数と習得した経験値が一致しないのは、能力略奪
の発動条件を検証していたからである。
本格的な金策は明日から開始することにしよう。
311
そう判断した悠斗はエクスペインの街を目指すのであった。
312
二人のメイドさん
﹁お疲れ様でした。こちらが本日のクエスト報酬になりますね﹂
﹁どうも。ありがとうございます﹂
冒険者ギルドの窓口で悠斗は討伐クエストの報酬金額を受け取っ
た。
本日の遠征で完了させたクエストは以下の3種類である。
●レッドスライムの討伐
必要QR:LV1
成功条件:レッドスライムを10匹討伐すること。
成功報酬:200リア&10QP
繰り返し:可
●ブルースライムの討伐
必要QR:LV1
成功条件:ブルースライムを10匹討伐すること。
成功報酬:200リア&10QP
繰り返し:可
313
●バットの討伐
必要QR:LV1
成功条件:バットを10匹討伐すること。
成功報酬:400リア&20QP
繰り返し:可
本来であれば今日の収穫だけでは規定の討伐数である10体に到
達していない。
けれども。
悠斗の鞄の中には以前の遠征で手に入れた下記のアイテムが残っ
ていた。
・レッドスライムの核 ×2
・ブルースライムの核 ×5
・バットの牙 ×2
そのため。
3種類のクエストを同時に完了させることが出来たという訳であ
る。
更に悠斗のQRは10に昇格してブロンズの称号を獲得している
ので報酬が50%増しである。
314
︵結果的に⋮⋮上手く端数分のアイテムを消化出来て良かったかな︶
悠斗は本日の稼ぎである1200リアを手にした後。
満足気な表情で冒険者ギルドを出るのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
帰りがけ。
悠斗は奴隷商館でスピカとシルフィアに着せるためのメイド服を
購入することにした。
値段はニーソックス・ガーターベルト・カチューシャなどを含め
て合計で2000リアであった。
高価な品ではあるが、上質で触り心地の良い素材を使用している
ため相応の価値はあるのだろう。 以前にもメイド服を購入しようか悩んだことがあったのだが︱︱。
そのときはシルフィアの落札のために資金が必要だったので涙を
呑んで我慢していた。
早くメイド服を着た二人の姿が見たい。
悠斗はそこで2着のメイド服、新しい下着、呪印を隠すのに使え
そうな手袋を購入した後。
足取りを早くして宿屋に向かうのであった。
315
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁⋮⋮クッ。主君は鬼畜なのか。騎士である私に⋮⋮家政婦の真似
事をさせるとは⋮⋮なんという屈辱⋮⋮﹂
宿屋に戻った悠斗は、さっそくスピカとシルフィアにメイド服を
着せることにした。
メイド服を着せられたシルフィアは、スカートの押さえながらも
恨めしそうにしていた。
﹁シルフィアさん。とってもよく似合っていますよ﹂
一方のスピカは元々、宿屋で女中の仕事をしていたからなのかメ
イド服に対してそれほど抵抗はない様子である。
﹁ああ。正直これは予想以上だった﹂
スピカとシルフィア。
二人のメイドに囲まれた悠斗は充実感に溢れていた。
悠斗は思う。
獣耳の美少女。
金髪碧眼の巨乳美少女。
二人の外見は同じ美少女でも趣が異なるのだが、どちらにも萌え
てしまうあたりメイド服の万能感は凄い。
316
︵やっぱり⋮⋮メイド服の似合わない美少女なんていないんだよな
ぁ︶
悠斗はそんなことを考えながらもニーソックスとスカートの間の
絶対領域をジックリと眺めて堪能する。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁それじゃあスピカ。そろそろ魔法の特訓を始めようか﹂
ひとしきりメイド服を着た二人を堪能したところで悠斗は提案す
る。
﹁え。でも。そんな⋮⋮。シルフィアさんのいる前で⋮⋮﹂
スピカは頬を紅潮させ、しどろもどろになる。
﹁シルフィアは関係ないだろ? それに俺たちは別にやましいこと
をしている訳ではない。あくまでこれは魔法の訓練なんだからな﹂
﹁⋮⋮はい。分かりました。ご主人さまが望まれるのであれば﹂
﹁???﹂
二人のやり取りを前にしたシルフィアは頭上にクエッションマー
クを浮かべていた。
何故ならば︱︱。
317
二人の様子はどう見てもこれから真面目に魔法の訓練を行おうと
いう雰囲気ではなかったからである。
けれども。
そんなシルフィアの疑問は直ぐに解決することになる。
悠斗は右手を翳して呪文を唱える。
﹁⋮⋮ウィンド!﹂
直後。
部屋の中に何処からともなく一陣の風が吹き込んだ。
スピカのスカートは風を孕み、フワリと捲れ上がる。
本日のスピカのパンツの色はというと︱︱。
﹁⋮⋮ひゃっ!﹂
﹁水色か﹂
スピカの可愛らしい悲鳴を聞いた悠斗は、満足気な笑みを浮かべ
る。
俺は知っているぞ。スピカ
﹁ふん。あざとい悲鳴を上げやがって。清楚な印象を与える下着を
履いて俺の目を欺いたつもりか!? が四六時中いやらしいことばかり考えているエロい女だってな!﹂
318
﹁うぅぅ。酷いです。ご主人さま⋮⋮﹂
﹁この雌犬がっ! そら! 休んでいる暇はねえ! とっととパン
ツを見せやがれ! ウィンド!﹂
﹁⋮⋮ひゃっん!﹂
スピカは無抵抗のまま悠斗の風魔法を受けて下着を露わにする。
一連の流れを目の当たりにして唖然としたのはシルフィアであっ
た。
﹁な、な、な⋮⋮なんなのだ!? これは!?﹂
﹁なにって。見ての通り魔法の訓練だけど?﹂
﹁⋮⋮訓練!? こんな破廉恥な訓練があるかッ!﹂
頬に朱を散らしてシルフィアは激昂する。
騎士の家庭で生まれ育ち潔癖な生活を送っていたシルフィアにと
って、二人のやり取りは刺激が強過ぎるものであった。
﹁なあ。シルフィア。良かったらお前も参加してみるか?﹂
﹁な、何をバカなことを! 騎士である私がそのような破廉恥な催
しに参加できるはずがないだろう!?﹂
口では否定しているが、悠斗は既にシルフィアの心情を察知しつ
つあった。
319
物心付いたときからサディスティックな性癖の持主であった悠斗
だからこそ察知することが出来た。
おそらくシルフィアは⋮⋮スピカと同じマゾ気質な性癖の持主な
のだろう。
悠斗は推測する。
厳格な騎士の家庭で育っているばかりにシルフィアは、自分に正
直になれないのではないだろうか?
︵ならば⋮⋮俺がシルフィアの背中を押してやらないとな︶
﹁ふーん。で⋮⋮︻本音を話してみろよ︼﹂
謎の義務感に駆られた悠斗は、隷属契約による強制力を用いてシ
ルフィアに命令を下す。
﹁ふえぇぇぇ。二人ばかりイチャイチャしてズルい! 私も仲間に
入れて欲しいよぉ。⋮⋮ハッ!﹂
シルフィアは額から汗を流しながらも咄嗟に口を押さえる。
﹁ち、違う! 今のは無し! 冗談だッ!﹂
320
羞恥心のあまりまともに目を合わせることが出来ない。
シルフィアはこれまでの人生の中で過去最高と言っても差し支え
ない程に狼狽していた。
﹁ふーん。もしかしてシルフィアって⋮⋮他人から苛められるのが
大好きなドMだったりするのか?﹂
﹁ふざけるな! いくら主君の言葉とは言え今の言葉は聞き捨てな
らないぞ! 訂正を要求する! 主君は⋮⋮誇り高きルーゲンベル
クの家を愚弄する気か!﹂
﹁ふーん。で⋮⋮︻本音を話してみろよ︼﹂
﹁はい! シルフィアはご主人さまに無理やり犯される妄想を毎日
のようにしている変態ドM奴隷でございます。⋮⋮ハッ!﹂
図らずとも恥ずかしい本音を口にしてしまったシルフィアは、体
をプルプルと震わして涙目になっていた。
︵流石にやり過ぎたか⋮⋮︶
まさかシルフィアがそんな妄想をしているとは予想外であったた
め。
悠斗は言われようのない罪悪感を覚えていた。
﹁あー。大丈夫だ。最近耳の調子が悪くてな。俺は何も聞こえなか
ったぞ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
321
﹁うん。それにこれは単なる魔法の訓練だから。何もやましいこと
はないんだぞ。シルフィアが訓練を手伝ってくれると俺としてはス
ゲー助かるんだけどなぁ﹂
このままではシルフィアの心を傷つけてしまうかもしれないと判
断をした悠斗は、それとなくフォローを入れることにした。
﹁⋮⋮そ、そうか。訓練か。たしかに訓練であれば⋮⋮やましいこ
とは何もないのか﹂
シルフィアは自分自身に言い訳するように呟いた後。
﹁で、あれば仕方がないな。主君の訓練を手助けを行うのは騎士と
して当然の務め。私も付き合うことにしよう﹂
恥じらいながらもそんな言葉を口にする。
︵おぉ⋮⋮。もしかしてこれで毎晩シルフィアのパンツを見放題に
なるのか!?︶
シルフィアの参加表明により悠斗は思わずテンションを上げる。
二人の美少女の参加により︱︱。
その日の魔法の訓練は、色々な意味で捗ることになる。
ちなみにシルフィアのパンツの色は純白であった。
322
323
堕天使
翌日。
悠斗は新規追加されたQR10の討伐クエストを遂行すべくオル
レアンの森林︵中級︶を目指していた。
オルレアンの森林︵中級︶の出現魔物はスケルトン・リザードマ
ン・ウッドヘッドの3種類である。
地図によると片道1時間30分という長距離を歩かなければなら
ないらしい。
オルレアンの森林に限らず、難易度の高いエリアほど街から離れ
た位置に存在していた。
往復3時間程度であれば今はまだギリギリ許容できる範囲である
が、今後更に高難易度のエリアに行くことを考えると何かしらの対
策を立てる必要があるかもしれない。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
その男との出会いは何の前触れもなく唐突に︱︱。
思いがけないタイミングで訪れた。
324
ルシファー
種族:堕天使
職業:七つの大罪
固有能力:魔眼 影縫
金剛
再生
魔眼@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵森羅万象の本質を見通す力。ただし、他人が所持するレア度が詳
細不明の能力に対しては効果を発揮しない︶
影縫@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵影の中限定で高速移動を可能にする力︶
金剛@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵斬撃・刺撃・打撃に対する耐性を上昇させる力︶
再生@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆☆
︵自身の心臓が残る限り、傷付いた体を瞬時に再生する力︶
オルレアンの森林を目指し、エクスペインの街の西門を通ろうと
した折。
1人の男が街の外からエクスペインに入ってくるのを発見する。
その背丈は190センチ近くあるだろう。
トライワイドに召喚されてから悠斗が出会った者の中で間違いな
325
く最大である。
顔立ちは彫が深く整ったものであり、幻想的な色合いをした銀髪
によく映えていた。
悠斗がその男に注目した理由はもちろん単純に身長が大きかった
からという訳ではない。
︵固有能力4個持ち⋮⋮だと!?︶
悠斗はこれまで自分以外に複数の固有能力を所持している人間を
見たことがなかった。
そもそも固有能力を所持している人間自体が稀であり、その比率
は100人に1人いるかどうかと言った感じであった。
前代未聞の4つの固有能力を所持する男。
しかも︽魔眼︾を始めとして1つ1つが非常にレアリティの高い
強力なものであった。
﹁? ご主人さま。どうしました?﹂
﹁⋮⋮ああ。いや。何でもない﹂
間違いない。
目の前の男は以前に戦った︽吸血鬼︾と同じ︽魔族︾と呼ばれる
類のものだろう。
326
そのことは魔眼スキルから入手した情報により推し量ることが出
来た。
悠斗は︽魔族︾を追っていた。
何故ならば︱︱。
元の世界に戻るための手掛かりを握っているのは︽魔族︾である
ということがシルフィアから得た情報により発覚したからである。
︵⋮⋮どうする。今この場で戦うか?︶
幸いなことに向こうは、こちらに対してさほど警戒心を持ってい
ないらしい。
そのことは警鐘の固有能力が発動していないことからも窺えた。
固有能力を4種類も所持する相手である。
向こうに敵意があれば、間違いなく警鐘の効果が発動するはずだ
ろう。
黒宝の首飾り@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵他人が所持する︽魔眼︾スキルの効果を無力化するネックレス︶
以前に手に入れた装備を身に付けていたのが幸いした。
こちらからは︽魔眼︾の効果で相手の情報が分かるが、向こうか
らはそれが出来ない。
327
もし仮に。
黒宝の首飾りを手に入れていなかった時のことを考えるとゾッと
する。
悠斗は考えた末︱︱。
ルシファーとの戦闘を見送ることにした。
第一に街の外れとは言っても此処は市街地である。
戦闘になれば確実に多くの人の目に止まることになり悪目立ちす
ることになるだろう。
付け加えて︱︱。
悠斗は現在スピカとシルフィアを連れている。
悠斗は元の世界に戻る手掛かりを探してはいるが、その優先順位
は仲間を命の危険に晒してまで得たいと思える程は高くなかった。
すれ違いざま︱︱。
ルシファーは悠斗の姿を一瞥するなり、意味深な笑みを浮かべる。
悠斗の脳裏には、銀髪の男の笑みが張り付いて離れなかった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
七つの大罪とはトライワイドに存在する魔族の中でも︽最強︾と
の呼び声が高い7人の傑物たちのを指す。
328
傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、暴食、色欲、怠惰の7項から成る、七
つの大罪。
その中でも︽傲慢︾を司るルシファーは、総勢100人近い部下
を持つ最高権力者の1人であった。
﹁どうしたの? 今日はやけに機嫌が良いみたいだけど?﹂
此処は周囲に人気のないエクスペインの郊外にある廃墟。
ルシファーの隣にいたのは女性であった。
彼女はルシファーと同じ七つの大罪の1人。
名をレヴィアタンと言った。
彼女は七つの大罪の中でも︽嫉妬︾を司る魔族である。
﹁⋮⋮いや、ここに来るまでの途中。久しぶりに面白い人間に出会
ってな。人間にしておくには惜しいほどの強者の雰囲気があった﹂
ルシファーの言葉を聞いたレヴィアタンは露骨に不機嫌になる。
﹁なによそれ! 私と会っている時に人間なんかの話をしないでよ
ね!﹂
レヴィアタンの起こした癇癪をルシファーは余裕を以て躱す。
﹁まあ。そう言うな。我々は痴話喧嘩をするために此処に来た訳で
はないだろう?﹂
329
﹁そうだったわね。これから探さなきゃならないのによね。ベルフ
ェゴールのオヤジを⋮⋮﹂ ベルフェゴール。
それは七つの大罪の中でも︽怠惰︾を司る魔族であった。
﹁ああ。早急に叱ってやらねばなるまい。あの怠け者、マモンから
受け取った︽召喚の魔石︾で遊ぶのに夢中で部下の管理を疎かにし
ている。吸血鬼、ギーシュ・ベルシュタインの暴走を許してしまっ
たのも彼の不手際によるものだろう﹂
﹁あのバカ⋮⋮今度会ったらとっちめてやるんだから! 計画の遂
行中は目立つ行動を避けることっていうのがウチらの絶対の掟だっ
ていうのに﹂
悠斗の預かり知らぬ水面下にて︱︱。
最強と謳われた7人の魔族たちが動き出そうとしていた。
けれども。
悠斗が彼らと衝突するのは、もう少し先の話になる。
330
オルレアンの森林︵中級︶
片道90分という長旅の末。
悠斗たちはオルレアンの森林︵中級︶に到着した。
ラグール山脈と比べると移動時の傾斜が少ないからだろう。
体力の消費は思っていた程ではなかった。
オルレアンの森林は、耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえてくる
美しい自然に囲まれたエリアである。
悠斗は思う。
魔物さえ出てこなければ、のんびりとピクニックでもしたい気分
であった。
︵けどまあ、そういう訳にはいかないよな︶
到着してから間髪容れずのエンカウントである。
スケルトン 脅威LV7
リザードマン 脅威LV10
331
数はそれぞれ1体ずつ。
スケルトンはその名の通り人骨の形を成した魔物であった。
︵なんというか⋮⋮小学校の理科室にあった骨格標本を思い出すな︶
異なる点を挙げるとするのならば、右手に骨を研いで作られた棍
棒を持っているという点だろうか。
全体的に夜道では会いたくない⋮⋮薄気味の悪い魔物であった。
一方でリザードマンは2足歩行になった巨大トカゲと言った感じ
の魔物である。
スケルトンと違い武器は持っていないが、代わりに鋭い鉤爪を両
手に有していた。
その全身は硬そうな鱗に覆われている。
攻守を両立したバランス型の魔物と言ったところだろうか。
﹁ご主人さま! 気を付けて下さい! 中級エリアから出現する魔
物は初級エリアのそれとは比較にならないほど強くなっているそう
です!﹂
ギルドから受け取った小冊子を片手にスピカは忠告する。
このところ魔物に関する解説は、すっかりとスピカの役割になっ
332
ていた。
﹁え? なんだって?﹂
だがしかし。
スピカの解説が終わる前には既に︱︱。
悠斗の足元にスケルトンとリザードマンの亡骸が転がっていた。
﹁あ⋮⋮れ⋮⋮?﹂
小冊子に目を通すことに集中していたスピカは、何が起きたか分
からずに呆然と立ち尽くしていた。
戦闘の一部始終を見ていたシルフィアですら、悠斗の早技を全く
眼で追うことが出来ずにいた。
﹁いや∼。やっぱり人型の魔物が相手だと戦いやすいな。スライム
なんかより俺としては断然こっちの方が弱く感じるよ﹂
その言葉は一切の誇張が含まれていない悠斗の本音であった。
全ての格闘技の長所を相乗させるというコンセプトを持った︽近
衛流體術︾を修めるため︱︱。
レスリング、ボクシング、サバット、合気道、柔術など古今東西
333
で優に60種類を超える格闘技を習得している悠斗であるが、その
中には不定形の生物と戦うものは存在しない。
それでもこれまで戦ってこれたのは悠斗の卓越した戦闘センスの
賜物であるが︱︱。
元来︽近衛流體術︾の効果を最大限を発揮することが出来るのは
対人戦なのである。
スケルトンやリザードマンと言った魔物は、人体と近い構造をし
ているため、悠斗がこれまで培ってきた対人用の武術を遺憾なく発
揮することが可能であったのだ。
スケルトンには相手の身体を外側から破壊する︽剛拳︾という打
撃が有効であった。
筋肉の上からでも人骨を砕くほどの︽剛拳︾を有する悠斗にとっ
ては、剥き出しの骨を折ることなど赤子の手を捻るよりも容易いこ
とである。
反対にリザードマンには相手の身体を内側から破壊する︽柔拳︾
が有効であった。
いかに強固な鱗に覆われていようとも、体内の臓器を破壊されて
しまえば関係のないことである。
剛拳と柔拳。
悠斗はタイプの異なる二種類の打撃を刹那で放つことにより、周
囲が唖然とするような神速の討伐を可能にしたのであった。
334
﹁流石はご主人さまです! 正直⋮⋮凄すぎて何とコメントすれば
良いのか分かりません!﹂
﹁恐れ入ったぞ! 主君の武術はもはや神の領域に達していると言
っても過言ではないだろう﹂ ﹁⋮⋮んな。大袈裟な﹂
美少女たちから褒められるのは悠斗とて悪い気はしない。
けれども。
いつまでも浮かれていても仕方がないだろう。
そう判断した悠斗は、素材の剥ぎ取り作業を完了させた後。
次なる獲物を探しに森の中を彷徨い歩くのであった。
335
未知との遭遇
1回目の戦闘が終わってから5分後。
悠斗は歩きながらも、ステータスを確認してみる。
近衛悠斗
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV3︵4/30︶
風魔法 LV3︵20/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV1︵1/10︶
特性 : 火耐性 LV3︵1/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV2︵14/20︶
﹁おぉ⋮⋮﹂
変化したステータスを目の当りにした悠斗は、思わず感嘆の声を
上げる。
注目すべき点は2点あった。
まず1点目は水魔法の経験値が︵1/30︶から︵4/30︶に
上昇していることである。
336
これまでは魔物1匹に付き経験値が1ポイントしか入らない仕様
であったが、一気に3ポイントの獲得に成功していた。
次に2点目。
新たに︽呪魔法︾の項目が追加されていた。
悠斗はこれで全種類の魔法を扱えるようになった。
﹁なあ。スピカ。たしか4種類の魔法を使える人間は︽カルテット
︾って呼ばれているんだよな? ならその上の⋮⋮5種類の魔法を
使える人間はなんて呼んでいるんだ?﹂
﹁えーっと。たぶん特に名前は付けられていないと思います﹂
﹁? それはどうしてだ?﹂
自信のなさそうなスピカの代わりに答えたのはシルフィアであっ
た。
﹁ふむ。それは一重に5種類の魔法を扱える人間が過去に存在しな
かったためだろう。特に︽呪魔法︾の使い手を探すことは︽デュオ
︾の魔術師を探すことよりも遥かに難しいとされているからな。
理論上は不可能ではないが、確率的な問題で︽火︾・︽水︾・︽
風︾・︽聖︾の4種類が人間が持ち得ることの出来る魔法の限界と
されている﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
︵となると俺は⋮⋮この世界で初となる全属性の魔法が使える人間
になる訳か⋮⋮︶
337
けれども。
現時点ではそこまで大それた恩恵は預かっていないような気がし
た。
何故ならば︱︱。
魔法の威力や使用可能量はスキルレベルだけではなく、修行量に
よっても左右されるものであるからだ。
トライワイドに召喚されてから日が浅い悠斗の魔法は、現地の住
人たちが使用するそれと比べて威力が出ない。
この問題については毎晩の魔法の訓練により地道に解決していく
しかないだろう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それからも悠斗の討伐は堅調な成果を上げていた。
元々、オルレアンの森林はラグール山脈に比べて起伏がないため
探索が容易である。
付け加えて︱︱。
出現する魔物が人型ばかりのため効率的な討伐を可能にしていた。
1つ気がかりなことがあるとすれば3種類目の魔物。
ウッドヘッドに全く遭遇しないということだろうか。
338
﹁なあ。スピカ。ウッドヘッドなんだけど⋮⋮本当にこの地域に生
息しているのか?﹂
﹁⋮⋮えーっと。ギルドから貰った資料によると間違いないみたい
です。ウッドヘッドは普段、樹木に擬態をしていまして見つけるこ
との難しい魔物なのだそうです。更に自分より強い冒険者が近寄る
と逃げる習性があるため高レベルの冒険者ほど討伐に苦労すると書
いてあります﹂
﹁なるほど。そういう魔物もいるのか﹂
一度出会ってしまえばスピカの嗅覚で探知が可能だろうが、その
1匹を探すまでに骨が折れそうであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
かれこれ3時間ほどは探索を行っただろうか。
相変わらずウッドヘッドには遭遇出来ないが、替わりにリザード
マンとスケルトンの討伐数が勢い良く増加していた。
﹁少し歩き疲れたな。そこにある水辺で10分くらい休憩を取るか﹂
﹁分かりました﹂
﹁承知した﹂
二人の確認を取り、木々を掻き分け水辺に到着したそのときであ
339
った。
ブレアドラゴン 脅威LV32 状態 ︵テイミング︶
その全長は頭の上から尻尾の先まで加えれば優に8メートルを超
えているだろう。
1匹の巨大竜が水を飲んでいる最中であった。
340
魔物使い
初めての﹁竜﹂との遭遇に悠斗は色々な意味で衝撃を受けていた。
中でも驚いたのは、魔眼スキルにより浮かび上がったステータス
画面である。
︵脅威LV32⋮⋮だと⋮⋮!?︶
これまで戦った魔物の過去最高のLVが10であったことを考え
るとパワーインフレも甚だしかった。
そして気になるのは魔眼スキルにより確認できる﹃状態 ︵テイ
ミング︶﹄の文字である。
今後のことも考えると、テイミングの状態が何を意味するかを是
非とも確認しておきたいところであった。
﹁主君。今直ぐこの場から離れた方が良い⋮⋮﹂
﹁? どうしてだ?﹂
悠斗が尋ねると取り乱したスピカが代わりに答える。
﹁相手がドラゴンだからですよ! 野生のドラゴンは現存する魔物
341
たちの中でも︽最強種︾としてその名を知られています! いくら
ご主人さまとは言っても単身でドラゴンと戦うのは無謀に過ぎます
!﹂
﹁なるほど。最強種⋮⋮か⋮⋮﹂
だがしかし。
スピカの忠告は悠斗の好奇心を煽る逆効果のものであった。
﹁ご主人さま!?﹂
﹁主君!?﹂
二人の少女の心配を余所に︱︱。
悠斗は意を決してドラゴンに近づくことにした。
もちろん何の考えも無しに好奇心だけで危険を冒したという訳で
はない。
警鐘スキルが発動していないことから推測するに︱︱。
悠斗はブレアドラゴンに近づいても、命の危機に陥いるような事
態にはならないだろうと考えていたのであった。
﹁ズギャァァァ!﹂
ブレアドラゴンは咢を広げて巨大な牙を露わにする。
けれども、悠斗は動じない。
この時点で悠斗は、警鐘のスキルを抜きにしても相手が敵意を持
っていないことを直感的に理解していた。
342
ブレアドラゴンは長い舌を使って悠斗の頬をペロリと舐める。
﹁ふにゅ∼。パナいのです! レアちゃんがわたし以外の人間さん
に懐くなんて⋮⋮。くーぜん絶後の大事件なのです﹂
サーニャ・フォレスティ
種族:ケットシー
職業:魔物使い
固有能力:懐柔
懐柔@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵魔物と心を通わし、使い魔にすることを可能にする力。懐柔に成
功した魔物は﹃状態 ︵テイミング︶﹄と表示される︶
大きなドラゴンの影に隠れていたことにより気付かなかった。
ブレアドラゴンの隣には身長140センチにも満たない少女がペ
タンと地面に腰を下ろしていた。
歳の頃は10歳前後だろうか。
頭の上に生やした猫耳と、大きなリボンで結ったツインテールが
印象的な美少女であった。
﹁キミは⋮⋮? どうしてこんなところに?﹂
魔眼スキルによって少女の所持している固有能力﹃懐柔﹄の効果
を知り︱︱。
343
悠斗は大まかに状況を掴んでいた。
俄かには信じられない話だが、このドラゴンは彼女のペットのよ
うな立場であるらしい。
﹁サーニャはレアちゃんのお散歩中なのです﹂
舌足らずで幼い印象を与える声音でサーニャは答える。
﹁散歩って⋮⋮﹂
正直に言ってツッコミたい部分は山ほどある。
けれども。
少女が﹃散歩﹄と公言しているので悠斗はそれ以上を言及は避け
ることにした。
﹁でも。キミみたいな小さい子が森の中をうろつくのは危ないんじ
ゃないかな? だってほら。この辺りは魔物が出現するし﹂
﹁大丈夫なのです。サーニャの住んでいる村はここから直ぐのとこ
ろにありますし﹂
﹁えーっと。本当に?﹂
悠斗は少女の言葉を俄かに信じられずにいた。
何故ならば︱︱。
オルレアンの森︵中級︶から一番近いエクスペインの街まで片道
90分の距離が存在するのである。
344
ギルドで貰った地図にも森の中に村があるとは書かれていなかっ
た。
﹁おそらく彼女の言っていることは本当だろう﹂
悠斗たちの会話にシルフィアが割って入る。
冷静さを取り繕っているが、巨大ドラゴンに対する怯えを隠しき
れていない様子が垣間見えた。
﹁彼女たちケットシーは独自の文化を築いていることで知られてい
る。文明に触れることを良しとせず⋮⋮森の中でひっそりと暮らす
のが彼女たち種族の特徴なのだ﹂
﹁なるほど。そういう種族もいるのか﹂
シルフィアの説明は悠斗の胸にストンと落ちる。
何故ならば︱︱。
悠斗の元いた世界でも大量消費型の物質文明を忌避して、人里離
れた場所で暮している民族は数多く存在していたからである。
﹁そういう訳なのです。あ! サーニャの村がこの近くにある⋮⋮
という話はくれぐれも秘密にしておいて欲しいのです。ソンチョー
が言っていたの。村の場所がバレてしまうと怖い人たちがやってき
て⋮⋮サーニャのことをパクリと食べてしまうって⋮⋮﹂
345
﹁ああ。うん。それは分かったけど⋮⋮﹂
︵そんな大切なことをフツーに話してしまって大丈夫なのか?︶
けれども。
そんな悠斗の心配を余所にサーニャの様子は、非常にマイペース
なものであった。
﹁それでは冒険者さん。サーニャは村に戻ることにします﹂
サーニャはそう告げると、ツインテールをはためかせてブレアド
ラゴンの背中に飛び乗った。
﹁この辺りは暗くなると魔物さんたちの行動が活発になるので危険
だとソンチョーは言っていたのです。冒険者さんもお気をつけて﹂
直後。
ブレアドラゴンはサーニャを背中に乗せたまま空高くに飛翔。
そのまま悠斗たちの視界から消えて行った。
サーニャ・フォレスティ。
その少女は悠斗が出会ったどの人間よりもマイペースな性格であ
った。
︵この世界にはまだまだ⋮⋮俺の知らないことがあるんだなぁ︶
346
身長140センチにも満たない幼女と巨大ドラゴン。
世にも奇妙な組み合わせに遭遇した悠斗はそんなことを思った。
今回の出来事をきっかけに︱︱。
悠斗たちがケットシーの一族と関わり合いを持つようになるのは、
それから少し先の話になる。
347
オリジナル魔法を開発しよう
初めて行ったオルレアンの森︵中級︶は、移動時間も加算すると
結構な長旅であった。
途中で冒険者ギルドで購入した軽食を取りながら休憩を取ったも
のの、流石の悠斗も体内に疲労を蓄積させていた。
本日の冒険で討伐した魔物は下記の通りである。
リザードマン × 22体
スケルトン × 24体
結局。
ウッドヘッドは最後まで見つけることが出来なかった。
樹木に擬態することが多いらしいので積極的に︽魔眼︾スキルを
使用したのだが、これと言って成果を得られなかった。
残念ではあるが、討伐出来なかったからと言って何か問題が発生
する訳でもない。
魔物の討伐数で判断するのならば上々の成果だろう。
348
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁本日のクエストによりユウト様にはQP40が付与されることに
なります。これによりユウト様のQRが昇格致しました﹂
悠斗は更新された登録カードを確認する。
近衛悠斗
QR11
QP︵20/40︶
クラス ブロンズ
QRが10から11に上昇していた。
QR10からはQR9以下の討伐クエストではQPを取得できな
い。
従って現状では、リザードマンとウッドヘッド以外の魔物を討伐
してもQRを上げることは不可能であった。
︵暫くはオルレアンの森に通うことになりそうだな⋮⋮︶
本日のクエスト報酬は5400リア。
その内訳はリザードマンが20匹で2400リア、スケルトンが
349
20匹で3000リアと言った具合である。
ブロンズクラスに昇格したことにより、難易度が低いスケルトン
の討伐クエストの方が高報酬になっている。
けれども。
こちらはQPを手に入れることが出来ないため一長一短と言った
ところだろう。
エミリアから報酬を受け取った悠斗は冒険者ギルドを後にするの
であった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
宿屋に戻った悠斗はステータス画面を確認。
近衛悠斗
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV4︵37/40︶
風魔法 LV3︵20/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV2︵13/20︶
特性 : 火耐性 LV3︵1/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV2︵14/20︶
350
水魔法 LV4
使用可能魔法 ウォーター ウォーターボム
どうやら水魔法はLV4に上がっても新規に取得できる魔法はな
いらしい。
リザードマンから取得できる経験値が従来の魔物の3倍もあるか
らだろう。
水魔法の成長だけが頭一つ抜けるようなステータスになった。
次に呪魔法を確認。
呪魔法 LV2 使用可能魔法 ルード
ルード
︵対象の性的感度を上昇させる魔法︶
︵いきなり⋮⋮凄い魔法がきたな︶
というのが悠斗の率直な感想であった。
果たしてこの魔法は試し撃ちして良いものなのだろうか?
悠斗は不安に思いながらも右手を翳して呪文を唱えてみる。
351
︵⋮⋮ルード!︶
直後。
悠斗の右手からは黒色のモヤが放出される。
今のところ体調に目立った変化は見られない。
この黒色のモヤに触れることで効果が発揮されるということなの
だろうか?
そう判断した悠斗は、自身の左手の指で黒色のモヤに触れてみる。
﹁⋮⋮⋮⋮ッ!?﹂
刹那。
悠斗の全身にゾワゾワとした得体の知れない快楽が走る。
︵危ねえ!? 思わず⋮⋮自分の喘ぎ声を聞いちまうところだった
ぜ!︶
一瞬ではあるが呪魔法の恐ろしさを知るには十分過ぎる経験であ
った。
︵この魔法については⋮⋮念入りに検証をしてみる必要がありそう
だな⋮⋮︶
352
具体的に言えば、今直ぐにでもスピカやシルフィアに試してみた
い。
けれども。
悠斗の中にはとっておきの魔法であるが故に﹁ココゾ!﹂という
タイミングで披露したいという思いもあった。
︵水魔法のレベルが4に上がったのでこっちも確認してみるか︶
気兼ねなく魔法の検証を行うため、悠斗は宿屋の浴室に移動する。
右手を翳して呪文を唱える。 ︵⋮⋮ウォーター!︶
悠斗の右手からは勢い良く水が放出されてる。
出てくる水の量が若干ではあるが増えたような気がする。
けれども。
いくら量が増えたところで水は水。
レッドスライムのような弱点持ちの魔物ならば活かしようがある
が、対人戦においては役に立つはずがないだろう。
353
しかし、次の瞬間。
悠斗の脳裏に1つのアイデアが浮かぶ。
︵待てよ。例えばこれが⋮⋮熱いお湯ならば牽制くらいには使える
んじゃないか?︶
短い間ではあるが訓練を重ねて悠斗は、トライワイドにおける魔
法の本質を理解しつつあった。
大切なのはイメージである。
︵威力の強弱が付けられるんだから⋮⋮温度の調節だって出来るは
ずだ⋮⋮!︶
悠斗はそう確信して再び水魔法の検証作業に入る。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
検証結果。
悠斗の予想通りに水の温度については、ある程度の調節が可能で
あった。
正確な数値は定かではないが、およそ0度から40度くらいまで
の範囲であれば自由に操作することが出来た。
354
戦闘に利用できるかはさておき温度の調節が出来れば何かと便利
になるだろう。
そして意外だったのは水の﹃温度﹄だけではなく﹃質感﹄までイ
メージ次第でアレンジ出来るということであった。
﹁おぉ⋮⋮これは凄いな⋮⋮﹂
ゲル状の質感を持ったドロドロの水を右手から出しながらも悠斗
は呟く。
実のところ。
水の質感が訓練次第で調節出来るということは、トライワイドで
は既知の事象であった。
けれども。
この訓練を進んで行おうとする者は、全くと言って良いほどいな
かった。
何故ならば︱︱。
トライワイドの住人たちは水の質感をゲル状に変えたところで、
そこに何1つとして有用性を見いだせなかったからである。
︵おいおい。もしかしたら俺は⋮⋮とんでもないアイデアを閃いて
しまったかもしれないぞ⋮⋮!︶
355
その発想は︱︱。
現代日本のサブカルチャーによって特殊な性癖を植え付けられた
悠斗だからこそ得たものであった。
魔法の合成。
これ自体は︽デュオ︾以上の魔術師たちであれば一度は試してみ
るものであるが︱︱。
悠斗の考えたそれはトライワイドの歴史で初となる前代未聞の組
み合わせであった。
︵もし仮に⋮⋮このゲル状の液体に︽ルード︾の魔法を流し込むこ
とが出来たら⋮⋮︶
悠斗はゴクリと固唾を飲みこみそれを試す。
直後。
ルードの魔法が流れ込み黒色に変化したゲル状の物体を出すこと
に成功する。
長さは10センチにも満たない短いものではあるが、今後の訓練
次第では更に大きなものを作れるに違いない。
﹁⋮⋮クソッ! これはかなり⋮⋮体力を消耗するみたいだな﹂
合成魔法は従来の魔法と比較して格段に魔力を消費することで知
356
られていた。
過剰に魔力を使用してしまった悠斗は、息切れを起こしてその場
に倒れ込む。
けれども。
悠斗は自らが思い描いていた魔法を作り出すことに成功していた。
︽触手魔法︾。
それこそが悠斗が編み出したオリジナル魔法の正体である。
︵自由自在に触手を操るのが⋮⋮子供の頃からの夢だったんだよな
⋮⋮︶
今回の検証に手応えを感じた悠斗は、暫くの間︽触手魔法︾の開
発の着手を進めることを決意するのであった。
357
休暇
悠斗が夜更かしをして︽触手魔法︾の開発に明け暮れていた翌日。
この日の討伐クエストは行わないことにした。
本人たちは不満を零さないが、昨日の遠征でスピカとシルフィア
の様子からは疲労の色が窺えた。
毎日のように討伐クエストに連れ回して体を酷使させるような真
似はしたくない。
適度に休暇を挟んで二人を労ってやることは必要だろう。
それに今日は待ちに待った︽簒奪王の太刀︾の落札結果が判明す
る日であった。
悠斗はスピカとシルフィアを宿屋に残したままギルド公認雑貨店
に向かうことにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁おう。久しぶり。兄ちゃんのことをずっと待っていたのよ﹂
アドルフは悠斗の姿を見かけるなり気さくな口調で声をかける。
358
﹁競売に出した品なのですが⋮⋮換金できています?﹂
﹁おうよ。バッチリさ! 兄ちゃんは運がいいね。俺が扱っている
品の中では今年1番の値段が付いたぜ﹂
アドルフはそう前置きするとパンパンに膨れ上がった麻袋を取り
出す。
﹁あいよ。240万リア!﹂
240枚の金貨が詰められたそれは、テーブルの上に置かれるな
りドスンという景気の良い音を響かせる。
﹁おぉ⋮⋮!?﹂
悠斗はテーブルの上に置かれた麻袋の中から垣間見える黄金の輝
きを目の当りにして感嘆の声を漏らす。
予想していた200万リアよりも40万リア高い。
日本円に換算すると400万円の臨時収入である。
この差については、額が額だけに途方もなく大きいだろう。
﹁そう言えば兄ちゃんは家に興味があるんだよな?﹂
﹁ええ。まあ⋮⋮﹂
﹁もしよければ俺が知り合いの不動産屋を紹介してやろうか? 兄
359
ちゃんみたいな田舎者は悪徳業者のカモになりやすい。俺の紹介す
る店ならば、絶対にそういうことにはならないって断言できるぜ﹂
﹁本当ですか!?﹂
アドルフの提案は悠斗にとって願ってもないことであった。
今の宿屋は3人で暮らすには手狭である。
遅かれ早かれ生活の拠点を移す必要があると悠斗は考えていたの
だった。
﹁ほいよ。それじゃあコイツがその店の地図だから﹂
﹁何から何までありがとうございます﹂
悠斗が一礼するとアドルフは豪快な笑みを浮かべる。
﹁いいってことよ。良い男にはついつい⋮⋮手取り足取り色々なこ
とを教えたくなっちまうんだよな。兄ちゃんも罪な男だぜ﹂
﹁ハハッ⋮⋮﹂
ネットリと絡みつくようなアドルフの視線を素知らぬフリをして
受け流す。
︵これさえなければ⋮⋮本当に良い店なんだけどなぁ⋮⋮︶
悠斗は渇いた笑みを貼りつけながらもギルド公認雑貨店を後にし
た。
360
目指すはアドルフに紹介してもらった不動産屋である。
361
選択
﹁ほい。いらっしゃい﹂
リカルツ・レオハルト
種族:ヒューマ
職業:商人
固有能力:なし
目的の不動産屋に到着するなり悠斗のことを出迎えたのは、筋骨
隆々の男性であった。
︵⋮⋮うわ。またガチムチの人だよ︶
その外見は年齢が多少若いことを除けば、アドルフに重なる部分
が多い。
野熊のような体型をした見るからに特殊な性癖を持っていそうな
男であった。
﹁すいません。ギルド公認雑貨店のアドルフさんの紹介で来たので
すが﹂
﹁なに!? アドルフ兄貴からの紹介だと⋮⋮!?﹂
362
アドルフの名前を聞いた途端。
リカルツの表情は急に真剣なものに豹変し、悠斗の足の爪先から
頭のてっぺんまで眺め回す。
直後。
何やら満足気な笑みを浮かべて。
﹁⋮⋮なるほど。良い男だな﹂
そんな意味深な言葉を口にする。
一体、何が﹁なるほど﹂なのか悠斗には理解できなかった。
﹁えーっと。実はこの辺りで住居を買いたいと思っているのですが﹂
﹁ふむふむ。んで。一戸建てとアパートのどっちが良いの?﹂
﹁それはまだ決めていません。色々と見て回りたいなと﹂
﹁ほうほう。予算はどれくらいあるの?﹂
﹁240万リアくらいは⋮⋮﹂
﹁ぬっ⋮⋮!?﹂
悠斗の言葉を受けたリカルツは眼を見開いて驚いた。
﹁なるほどね。兄ちゃんは見たところ冒険者だが⋮⋮その歳でこれ
だけの額を稼ぐとは大したもんだ。アドルフの兄貴が目をかけるの
363
も頷けるよ﹂
﹁はぁ⋮⋮。それはどうも﹂
﹁よしきた! 全て俺に任せてくれ! この街の最高の物件を兄ち
ゃんに紹介してやろうじゃないの!﹂
リカルツは自らを鼓舞するかのようにバシリと己の尻を叩きなが
らも宣言する。
︵色々とツッコミたいところはあるけど⋮⋮ヤル気になってくれた
みたいだし結果オーライということにしておこう⋮⋮︶
悠斗はそう判断するとリカルツに連れられるままオススメの物件
を見て回ることにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
1軒目。
リカルツが紹介したのは、小綺麗なアパートの一室であった。
部屋は広い。
これならばスピカとシルフィアの3人暮らしにはちょうど良いく
らいの広さだろう。
そして何より︱︱。
冒険者ギルドから徒歩2分の位置にあるのが魅力的であった。
364
﹁どうだい? ここはゴールドクラスの冒険者たちが愛用している
高級アパートだ﹂
﹁良い感じです。特に冒険者ギルドに近いところが気に入りました。
ちなみに幾らくらいするんですか?﹂
﹁そうだな。本来の相場は70万リアってところだが⋮⋮兄ちゃん
は良い男だからな。特別に60万リアでいいぜ﹂
﹁⋮⋮あ、ありがとうございます﹂
以前に何処かで聞いたことのある台詞であった。
ギルド公認雑貨店と同様にこの不動産屋にも﹃良い男割引﹄は適
用されるものらしい。
︵そんな意味不明な理由で10万リアも値引きして大丈夫なのかよ
⋮⋮!?︶
等とツッコミを入れたい気持ちはあったものの、安く購入できる
ことに越したことはない。
悠斗はリカルツに連れられるまま次の物件に向かうことにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
2軒目。
リカルツが紹介したのは、閑静な住宅街に位置する一戸建てであ
った。
365
新築2階建てのその家は見るからにリッチな雰囲気を醸し出して
いた。
家の中も3人で暮らすには十分過ぎるほどに広い。
加えて。
冒険者ギルドまでの距離が徒歩10分以内の位置にあるのも魅力
的である。
﹁この家は幾らになりますか?﹂
﹁そうだな。本来の相場は90万リアってところだが⋮⋮兄ちゃん
は良い男だからな。特別に80万リアでいいぜ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
良い男割引が適用されることについては気にしないことにした。
1軒目と2軒目。
どちらの物件も悠斗にとっては魅力的であった。
けれども。
悠斗は何故か心のどこかで引っ掛かりを覚えていた。
その違和感の正体に気付いた悠斗はポンと手を叩く。
︵そうだよ。俺の目標は⋮⋮異世界で100人の美少女とのハーレ
ムを築くことだったはず⋮⋮!︶
366
ならば100人の美少女と同居が可能な住宅を購入するのがベス
トだろう。
手持ちの予算は240万リア。
この程度の資金では到底そんな豪邸は購入できそうにないが、そ
のときはそれで良しとしよう。
今後の討伐クエストにより、地道に稼いでいけばいいのだから。
﹁あの。こんなことを聞くのは非常識かもしれませんが⋮⋮100
人くらいが同時に住めるような豪邸って何処かに心当たりはありま
せんか?﹂
﹁なに⋮⋮!? 100人だって⋮⋮!?﹂
悠斗のリクエストを受けたリカルツは、驚愕しながらも頭の中か
ら候補を絞り出す。
﹁1つだけ⋮⋮心当たりがある。もっともソイツは⋮⋮俺の知り合
いが管理しているものでな。割引は利かなくなっちまうし、色々と
難ありの物件でもあるが⋮⋮それでも良いって言うなら見ておくか
い?﹂
﹁お願いします!﹂
悠斗の中に断る理由は存在しなかった。
リカルツに連れられるまま悠斗は、次なる物件に向かうのであっ
た。
367
368
訳あり物件
3軒目。
リカルツが紹介したのは、街の外れにある超豪邸であった。
︵これはもう⋮⋮家って言うよりも屋敷って感じの雰囲気だな⋮⋮︶
100人どころか200人でも300人でも住めそうな外観であ
った。
それに輪をかけるように庭も広い。
自宅で農作業をすれば、一財産を築けてしまえそうな規格外の敷
地面積である。
﹁色々と訳があってな。この物件は諸々の必要経費を込みで、20
0万リアで売りに出ているぜ﹂
﹁200万!?﹂
リカルツの言葉は悠斗にとって衝撃的であった。
何故ならば︱︱。
リカルツの提示した価格は、悠斗の予想の10分の1にも満たな
いものであったからである。
﹁⋮⋮どうしてそんなに安いんですか?﹂
369
﹁兄ちゃんはこの街の大貴族だったアンドレア・スコット・マルニ
ッシュという人物を知っているかい?﹂
﹁⋮⋮ええ。まあ﹂
アンドレア・スコット・マルニッシュ。
その人物は悠斗とは決して浅からぬ縁を持った人物であった。
突如としてエクスペンの街に襲来した吸血鬼︱︱ギーシュ・ベル
シュタインによって肉体を乗っ取られたアンドレアはその生涯を終
えることになる。
ギーシュはアンドレアの資金力を利用し、街の奴隷たちを買い漁
り自らの贄としていた。
その最中に悠斗との死闘を繰り広げたギーシュは、命を落とすこ
とになったのであった。
﹁なら話は早いな。この屋敷はアンドレア卿の別荘で生前は、かな
りの頻度で使用していたらしいんだ。アンドレア卿の怪死事件は今
も尚、その真相が明らかになっていない。特にアンドレア卿に寄生
していた吸血鬼の死因ときたら奇天烈なものでな。
何でも⋮⋮外的な傷がほとんどないにも関わらず、全身の骨や内
臓がズタズタに破壊されていたらしいんだ。恐ろしいぜ⋮⋮﹂
﹁そ、そうなんですか﹂
実はその吸血鬼を倒したのは悠斗本人であるのだが、そんなこと
370
は口が裂けても言えるはずがなかった。
﹁そういう事情があって⋮⋮この屋敷の傍には誰も近寄ろうとはし
ないんだ。だってそうだろう? あの事件に関することは実質的に
何も分かっていないんだ。
下手に近づいて⋮⋮魔族同士の抗争に巻き込まれでもしたら悲惨
だろ? だからこそ⋮⋮200万リアという破格の値段で売りに出
されているという訳だ﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
リカルツの言葉を聞いた悠斗は、内から湧き上がる笑みを必死に
堪えながらも平静を取り繕っていた。
︵⋮⋮これはラッキーだっ!︶
何故ならば︱︱。
悠斗は吸血鬼の事件の真相を知る数少ない人物であったからであ
る。
吸血鬼の死因についても自分のオリジナルの拳技によるものだと
分かっている以上、何も不安な点はない。
﹁まあ。そう言った事情が気にならないのであれば、これ以上の物
件はないと思うぜ。高価なものこそ外に持ち出されてしまったが、
必要最低限の家具は残っているし。暮らそうと思えば、明日からで
も住めるだろうな。何よりこの敷地面積は⋮⋮エクスペインでも1
位、2位を争うもんだろうよ﹂
371
﹁⋮⋮なるほど。この家に決めました。買わせて頂きます﹂
悠斗は即決した。
諸々の条件を聞いた上で、これ以上の物件は存在しないと考えた
からである。
﹁おいおい。良いのかよ!? 兄ちゃんは魔族が怖くないのかい?﹂
﹁ええ。まあ。そういう理由で安く買えるのならば運が良いな、と
思いました﹂
﹁⋮⋮な、なんという豪傑! 流石はアドルフの兄貴が目を付けた
男だぜ! どうしたもんかな。俺は益々、兄ちゃんのことを気に入
っちまったぞ⋮⋮﹂
リカルツは頬を赤く染めながらも熱っぽい視線を悠斗に対して向
けていた。
﹁⋮⋮と、ところで。どうだい? 今夜辺りでも。兄ちゃんの新居
購入祝いということで一杯付き合ってくれないか?﹂
﹁いえ。結構です﹂
悠斗はリカルツの誘いを適当にあしらった後︱︱。
屋敷の購入手続きを済ませて宿屋に戻ることにした。
スピカたちの驚く顔が楽しみである。
372
家の中を見て回ろう
翌朝。
悠斗は﹁お前たちに見せたいものがある﹂と言って、スピカとシ
ルフィアを連れて新居に赴くことにした。
その際に﹁荷物をまとめて出るように﹂と言われたので、二人は
不思議そうな表情で互いに顔を見合わせていた。
新しい家を買ったということについてはギリギリまで黙っておく
ことにしたい。
こういうのは口で何か言うより直接見せた方が、驚かせることが
出来るだろう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから歩くこと二十分。
悠斗たちはついに目的の新居に到着した。
﹁えーっと。ご主人さま。此処は一体⋮⋮?﹂
﹁見たところ此処は、貴族の屋敷だろう。一体こんなところに何の
用があるというのだ?﹂
373
スピカとシルフィアは悠斗の意図が分からず次々に疑問を口にす
る。
﹁今日から此処が俺たちの家だ﹂
悠斗は得意気な顔でそう言った。
﹁びえええええっ!?﹂
﹁⋮⋮主君!? それは確かなのか!?﹂
スピカとシルフィアは驚愕で目を丸くしていた。
二人のリアクションは至極当然のものであった。
目の前の屋敷は、どう考えても一介の冒険者に買えるような代物
ではない。
それどころか名の知れた貴族ですら手が出ないような規模のもの
であった。
﹁ああ。運が良くて安く買えたんだ。とにかく今日から此処が俺た
ちの拠点だから。遠慮せず好きな部屋を使っていいぜ﹂
悠斗はそう述べると屋敷に向かって歩いて行く。
庭の敷地面積が面積だけに到着するまで一苦労であった。
374
﹁ご主人さま! 見てください! 魚が! 池の中に魚が泳いでい
ます! どうして家の中に魚が!? 凄い!﹂
﹁ああ。金持ちっていうのは、いつでも好きなタイミングで食べれ
るように自宅の池で魚を飼っているものなんだ﹂
﹁そうなんですか!? 凄い! お金持ちって凄いです!﹂
﹁今晩は特別にスピカも好きなだけ食べて良いぞ。金持ちだけが食
べれる高級魚だ﹂
﹁た、たしかに言われてみると凄く美味しそうな色合いをしていま
す⋮⋮﹂
池の中の観賞魚を見つめながらもジュルリと涎を垂らすスピカ。
﹁⋮⋮スピカ殿。念のために言っておくが、その魚は観賞用で食べ
られないやつだからな﹂
二人のやり取りを目の当たりにしたシルフィアは、呆れた表情で
ツッコミを入れるのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
屋敷の中に入った悠斗たちは、屋敷を隈なく探索することにした。
3階建ての建築物の中には大小合わせて100近くの部屋が存在
していた。
375
その全てを見て回るのは、想像以上に骨が折れる。
結局。
悠斗たちが1通り屋敷を見て回った頃には到着してから3時間以
上が経過していた。
﹁ふぅ⋮⋮。思った以上に広かったな﹂
一息を吐いた悠斗はベッドの上に横たわりながらもそんな言葉を
口にする。
部屋の分配は存外スムーズに決めることが出来た。
悠斗が中央。スピカが右隣り。シルフィアが左隣りと言った具合
である。
トライワイドに召喚されてからというもの︱︱。
1人で寝床に就くというのは悠斗にとって久しいことであった。
なんだか寂しい気はするが、せっかくの大屋敷なのに部屋を使わ
ないのは勿体ないだろう。
屋敷の中を歩き回った結果。
悠斗が見出した課題は以下の二点である。
・広すぎる屋敷の手入れを行うために家政婦を雇うこと。
376
・不審な人物が入らないように門番となる人員を雇うこと。
どちらも今直ぐという訳ではないが、後々は対策をする必要があ
るだろう。
悠斗はそんなことを考えながらも、ベッドの上で体を休めること
にした。
休憩が終わった後は魔法の修行の時間である。
377
水魔法を応用してみよう
その夜。
悠斗は屋敷の庭で魔法の訓練を行うことにした。
周囲に塀が建てられたこの敷地であれば、外の目を気にせずに思
う存分と魔法の訓練に打ち込むことが出来る。
悠斗がこの屋敷を即決で購入したのにはそのような理由も存在し
ていた。
︵⋮⋮ウォーター!︶
心の中で呪文を唱えると、悠斗の右手には氷の球体が握られてい
た。
最初の内は水の温度を下げることしかできなかったが、今では自
在に氷を生成することができる。
水魔法の固体化︱︱。
それは連日の魔法の訓練により取得した新たなる技術であった。
悠斗は︽野球のピッチング技術︾を応用して氷の球を勢い良く投
げる。
378
狙った先は庭で一番の大木の幹である。
瞬間。
バリンと、氷の砕ける音。
大木の幹は悠斗の投げた氷塊の衝撃により大きく窪んでいた。
︵これくらいの威力なら⋮⋮十分実戦で使って行けそうだな⋮⋮︶
これまで悠斗は、遠距離攻撃の手段として拾った石を投げるとい
う原始的な方法を取っていた。
だがしかし。
今回の検証を鑑みると今後は氷塊を代用して行くことが出来そう
である。
鞄から石を取り出すというモーションを必要としないところは、
水魔法特有のメリットだろう。
そして更に︱︱。
水魔法の利点はそれだけではない。
︵今度は形を変えて⋮⋮︶
悠斗は心の中で呪文を唱えると︱︱。
先端の尖った氷柱の形状をした氷塊を具現化する。
379
悠斗は棒手裏剣の要領でそれを投擲。
手元から放たれた氷柱は、大木の幹に深く突き刺さる。
水魔法は様々な投擲武器に姿を変えることが可能であった。
この汎用性の高さは、他のどんな種類の武器にもない利点だろう。
︵よし。次⋮⋮︶
結果に満足した悠斗は次なる投擲武器を具現化させる。
外側を鋭利に尖らせた円形の氷塊は、チャクラムをイメージして
作ったものである。
悠斗は氷のチャクラムを大木に向かって投擲。
狙った先は大木から生えた枝の1本である。
手元から放たれたチャクラムは木の枝を斬り裂く。
バサバサという葉音を立てながらも、斬られた枝葉は地面に落ち
る。
︵どれも実用性は高そうだな⋮⋮︶
状況に応じて、打撃。刺撃。斬撃。
という3種類の遠距離攻撃手段を得たのは大きな収穫だろう。
380
何よりも﹃戦況に左右されない柔軟性﹄を重視する近衛流體術に
とって、水魔法による投擲武器の具現化には、代えの利かない利点
があった。
遠距離攻撃の検証を一通り済ませた悠斗は、︽触手魔法︾の訓練
に移る。
合成魔法という難易度の高い魔法に挑戦しているからだろう。
こちらはまだまだ課題が多い。
触手の本数・長さ・持続時間などに改善の余地がありそうであっ
た。
﹁待っていろよ。スピカ。シルフィア⋮⋮﹂
悠斗は持前の武術で鍛えた集中力とエロに対する執着により︱︱。
驚異的なスピードで触手魔法をマスターして行くのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
修行が終わった後は入浴の時間である。
屋敷の探索を行ってからというもの悠斗はこの一時を心待ちにし
ていた。
これまで悠斗が寝泊まりしていた宿屋には、シャワーはあっても
381
浴槽がなかった。
そのため。
トライワイドに召喚されてから風呂に入るのは悠斗にとって初め
ての経験であった。
この屋敷には大浴場・中浴場・小浴場の3種類が存在していた。
お湯を沸かす方法は︽水の魔石︾と︽炎の魔石︾を消費すること
で可能になっている。
スピカ曰く。
各種魔石はギルド公認雑貨店を始めとして街の様々な場所で購入
することが出来るが、それなりに値段が張るものであるらしい。
大浴場を使ってリッチな気分に浸りたい気持ちはあったものの、
多くのお湯を沸かせばそれだけ早く魔石を消費することになってし
まう。
悠斗は小浴場に入ると疲弊した体を休めるのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
入浴が終わった後は就寝の時間である。
魔法の訓練が思っていた以上に長くなってしまったからだろう。
すっかり夜が更けていた。
スピカとシルフィアには事情を話し、先に風呂を済ませて各自の
382
部屋で寝るように言っていた。
久しぶりに体を温めた悠斗は、寝間着のまま自室に戻る。
﹁あれ⋮⋮? どうしたんだ。二人とも?﹂
スピカとシルフィアは何故かネグリジェを身に付けた状態で悠斗
の部屋にいた。
﹁申し訳ございません。ご主人さま。広い部屋に1人でいるのは⋮
⋮どうしても落ち着かなくて﹂
﹁こ、これには別に深い意味はない。主君の身を守るのが騎士であ
る私の役目だと思ったからだ!﹂
﹁そうか。それじゃあ、せっかくだし今日は3人で一緒に寝るか﹂
悠斗が提案すると、二人の美少女は眩しい笑顔を見せる。
結局。
どんなに広い家に引っ越したところで、3人同じベッドで寝るの
は変わらなかったらしい。
383
競売でアイテムを落札しよう
翌朝。
目を覚ました悠斗はさっそく遠征の準備に取り掛かることにした。
ここのところ何かと忙しく、思ったように時間を取ることが出来
なかったからだろう。
冒険者ギルドに出向くのは実に2日振りのことであった。
生活の資金を稼ぐ意味でも、自身の能力を強化する意味でも討伐
クエストをこなすことは必須である。
悠斗はこれまでの遅れを取り戻すべく、足取りを速くして家を出
ることにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁おや。いらっしゃい﹂
本音を言えば一刻も早く討伐クエストをこなしたいところではあ
るのだが、悠斗は冒険者ギルドに向かう前に雑貨店に立ち寄ること
にした。
何故ならば︱︱。
384
鞄の中には競売品の売却益である40万リアという大金が残って
いるからだ。
この資金で悠斗は、生活・冒険に必要なアイテムを補充しようと
考えていたのであった。
﹁リカルツから話は聞いているよ。兄ちゃん。新しく家を買うこと
になったんだって?﹂
﹁はい。おかげさまで。この度は色々とありがとうございました﹂
﹁いいってことよ。そんで今日はウチに何の用だい?﹂
﹁えーっと。この店で売っている魔石を見せて貰えませんか﹂
﹁なんだ。魔石かい? 了解、了解﹂
アドルフは鼻歌を唄いながらも上機嫌にテーブルの下から箱を取
り出す。
中を開けると、そこには3種類の魔石が入っていた。
火の魔石 レア度 ☆
︵レッドスライムの核を元に作られた魔石。火の力を秘めている︶
水の魔石 レア度 ☆
︵ブルースライムの核を元に作られた魔石。水の力を秘めている︶
385
風の魔石 レア度 ☆
︵グリーンスライムの核を元に作られた魔石。風の力を秘めている︶
大きさは直径5センチくらい。
それぞれ赤、青、緑の色をした宝石のように綺麗なアイテムであ
った。
﹁水の魔石と火の魔石の値段は1個500リア。風の魔石に関して
は100リアで売っている。まあ、この3種に関しては何処で買お
うがそんなに値段は変わらないだろうな﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
スピカの話によると︱︱。
水の魔石1個で小浴場を5回分ほど張り替えることが出来るとい
うことらしい。
そうなると水の魔石だけで月に3000リア。
実際は水を温めるために火の魔石を消費するため更なる費用がか
かるだろう。
風の魔石の値段が他の2つよりも安いのは需要の問題だろうか?
︵風呂代だけで毎月3万以上かかるんじゃ⋮⋮たしかに一般人には
なかなか手が出ないよな︶
けれども。
今後の生活において魔石は欠かせないアイテムである。
386
屋敷を探索したところ。
キッチンや洗面所と言った場所にも魔石を嵌め込むスペースが存
在していた。
風呂だけに限らず魔法石というのは、トライライドにおける必需
品を考えた方が良さそうである。
﹁水の魔石を10個と火の魔石を10個を頂けますか?﹂
﹁あいよ。了解﹂
アドルフは要望を受けると魔法石を麻袋に入れて悠斗に手渡した。
総額にして1万リア。
生活必需品のアイテムとは言え、手痛い出費である。
︵⋮⋮今後は風呂の水は、魔法で入れた方が良さそうだな︶
他にも探せば魔法を用いることで、魔石の節約を行える場面があ
るかもしれない。
全属性の魔法を扱えるというのは、戦闘以外にも何かと利点が多
そうであった。
﹁ウチで扱っている魔石に関してはこの3種類だが、何か希望があ
れば他の雑貨店から取り寄せることも出来るぜ﹂
﹁えーっと。他にどんな魔石があるか教えて貰って良いですか?﹂
﹁ふむ。代表的なところで言えば、︽呪の魔石︾や︽聖の魔石︾に
なるかな。他にも通常の魔石より効果が強力な︽高純度の魔石︾な
387
んかもあるぜ。もっとも⋮⋮レアリティの高い魔石に関しては、競
売で落札するくらいしか入手手段はないだろうがな﹂
﹁⋮⋮なるほど。ちなみに競売って俺でも参加が出来るもんなんで
すか?﹂
﹁ああ。直接アイテムを落札するには、︽商人ギルド︾で資格を取
らなきゃならないが、代理人を立てることで間接的に参加すること
が出来るぜ。何か欲しいアイテムがあるなら俺が代わりに落札して
おいてやろうか?﹂
﹁本当ですか!?﹂
﹁ああ。本来なら落札価格に10パーセントの手数料を上乗せして
いるんだが⋮⋮兄ちゃんは良い男だからな。特別に5パーセントに
負けておいても良いぜ﹂
﹁ど、どうもありがとうございます﹂
思いがけないところで良い男割引が発生。
せっかく値引きをしてくれるというのに素直に喜ぶことが出来な
いのは何故だろうか。
﹁えーっと。それじゃあ、身代わりの指輪をお願い出来ますか?﹂
身代わりの指輪@レア度 ☆☆☆☆
︵死に至るようなダメージを一度だけ肩代わりしてくれる指輪。効
果の発動後は指輪が破壊される︶
388
アドルフの提案を受けて一番最初に思い浮かんだのがこのアイテ
ムである。
以前にコボルトの生息する洞窟を探索した折。
偶然1個だけ手に入れたものであるのだが、戦闘時における保険
という意味でパーティーの人数分を揃えておきたい装備であった。
﹁身代わりの指輪か。1個10万リアあれば落札出来ると思うが⋮
⋮どうするよ?﹂
﹁出来れば2つ。お願いします﹂
悠斗の手持ちには簒奪王の太刀で得た売却額がまだ40万リア残
っている。
仮に2個落札したとして必要額は20万リア。
まだ後20万リアの資金が余る計算になる。
﹁それと種類は何でも良いのですが⋮⋮頑丈で動きやすい靴装備が
あったら落札しておいて貰えませんか? 予算は20万リア以内で﹂
ひょうきゃく
ここで悠斗がリクエストした理由は、風魔法により高速移動技術
︽飆脚︾をマスターするために、頑丈な靴装備が必要だったからで
ある。
ひょうきゃく
︽飆脚︾をマスターすることが出来れば、今後の冒険が楽になる
に違いない。
﹁⋮⋮靴装備か。あいよ。了解﹂
389
﹁足のサイズとか⋮⋮此処で測っておいた方がいいですか?﹂
﹁いいや。その必要はねえ。高価な防具にはサイズを自動で調節す
る魔法が掛けられているからな。よほどのことがない限り、使用者
の体格は問題にはならねえんだよ﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
アドルフの言葉を受けた悠斗は、以前に手に入れた装備の1つを
思い出す。
エレメントアーマー@レア度 ☆☆☆☆☆
︵魔法耐性に優れた特殊な鉱物を用いて製造された鎧。使用者の体
型によりサイズが自動で調整される︶
言われてみればシルフィアが装備している防具にも同じ機能が存
在していた。
サイズが自動で調整されるということは、仲間内での使い回しが
可能であることを意味している。
これまでは特に気に留めていなかったが、資金に余裕が生まれた
ら防具を揃えて行くのも良いかもしれない。
悠斗はそんなことを考えながらも︱︱。
競売の代理の手続きを済ませると、冒険者ギルドに向かうのであ
った。
390
391
疑惑の盗賊退治
﹁こんにちは。ユウトさまのQRは11に昇格しています。本日か
ら新たに受注が可能になったクエストをご覧になられますか?﹂
﹁⋮⋮はい。お願いします﹂
悠斗が肯定するとエミリアは分厚い冊子を捲る。
☆探索系クエスト
●タナカ・カズヤを討伐せよ!
必要QR:LV1
成功条件:タナカ・カズヤを生け捕りにして、冒険者ギルドに持
ち帰ること
成功報酬:300000リア
繰り返し:不可
追加されたクエストを見た悠斗は、思わず吹き出しそうになるの
をグッと堪えていた。
︵誰だよ!? タナカ・カズヤって!?︶
392
魔眼スキルを所持する悠斗は、トライワイドに召喚されてから多
くの名前を目にしてきたのだが︱︱。
此処まで日本人っぽい名前を見たのは初めての経験であった。
﹁あの⋮⋮新しく追加されているクエストなんですけど﹂
悠斗が尋ねるとエミリアは説明を始める。
﹁はい。こちらは本日からQRを問わず全ての冒険者の方々が受注
可能なクエストになっています。タナカ・カズヤとは最近巷を騒が
せている盗賊団のボスになっています。
自身の身体能力を高める強力な固有能力を所持しているらしく、
討伐に向かった騎士団を返り討ちにした経緯から懸賞金が掛けられ
ることになりました﹂
﹁盗賊⋮⋮ですか⋮⋮﹂
﹁はい。ちなみにこちらが目撃者の条件によって作成されたタナカ・
カズヤの似顔絵になっています﹂
エミリアが手渡した冊子には、人相の悪い茶髪の男が描かれてい
た。
︵やはり⋮⋮何処となく日本人に見えるな⋮⋮︶
強力な固有能力を所持しているらしい、というエミリアの証言も
393
タナカ・カズヤが日本人であるという推測に説得力を持たせている。
トライワイドに召喚された異世界人は、程度に差はあれど1人の
例外なくレアリティの高い固有能力を所持しているというのが通説
になっていた。
︵この世界に召喚されてから初めて出会う俺以外の現代人か⋮⋮。
気になるな︶
一体どういう経緯で異世界に召喚されるに至ったのか?
可能性は低いが、元の世界に戻る手掛かりについて何か知ってい
るということも考えられる。
悩んだ挙句に悠斗は、タナカ・カズヤの討伐クエストを受注する
ことにした。
とにかく今は些細な情報でも欲しい。
冒険者ギルドでは、クエストを受注すると、その詳細について記
述された小冊子が手に入ることになってた。
﹁騎士団から受けた情報によれば、タナカ・カズヤは、主として人
攫いを生業としています。ターゲットになるのは、若く、美しい少
女。または、珍しい固有能力を持った人間になることが多いそうで
す。
攫われた者たちを足の付かないように異国の奴隷商人に売るのが、
彼ら盗賊団の手口だそうです﹂
﹁⋮⋮なるほど。了解しました﹂
394
ギルドから新しい小冊子を受け取った悠斗は、冒険者ギルドを後
にする。
盗賊団の話は気になるが、今するべきことは変わらない。
ひとまず今日は、資金の調達とスキルレベルの向上を優先するこ
とにしよう。
目指すは、以前に魔物を手懐ける珍しい固有能力を保有したケッ
トシーの美少女と出会った場所。
オルレアンの森︵中級︶である。
395
森の中の出来事
頭の上から猫耳を生やしたケットシーの少女︱︱。
リリナ・フォレスティは迷路のように入り組んだ森林の中を掛け
ていた。
背後からリリナのことを追いかけるのは、10体は優に超えるで
あろうウッドヘッドの集団である。
︵⋮⋮クソッ。迂闊だった!︶
村の結界の外に1人で出てはならない。
それは幼い頃より村の大人たちから忠告されていた言葉であった。
事の発端はリリナが森の中で山菜を集めている最中に起こった。
結界の中は魔物が寄り付かない故に安全である一方。
食糧となりそうな山菜は村人たちの手によって取りつくされてい
たのであった。
そのとき。
リリナの視界に入ったのは結界の外の景色︱︱。
まだ村の誰もが手に付けていない豊富な山菜の数々であった。
396
家に帰れば、育ち盛りの妹がお腹を空かせて待っている。
リリナの妹、サーニャは悠斗が森の中で出会った魔物使いの少女
である。
︵少しだけ⋮⋮少しだけなら⋮⋮︶
リリナはそんな甘い誘惑に魅了されて結界の外に飛び出した。
その結果が今の状況である。
リリナが夢中で山菜を取っている最中。
ウッドヘッドたちは水面下で狩りの準備を進めていたのであった。
リリナは思う。
仮に相手が単体であれば、自分の所持する︽火魔法︾を用いて煙
に巻くことが出来たかもしれないが、これだけ数が多いと反撃する
だけ無意味だろう。
﹁⋮⋮ッ!﹂
そんなことを考えていた矢先であった。
何かに足を取られたリリナは転倒して体を地に伏せる。
躓いたものの正体が地中から巡らされた﹃ウッドヘッドの根﹄で
397
あることに気付くまでに、そんなに時間はかからなかった。
ウッドヘッドは別名︽森の悪魔︾と呼ばれるほど狡猾で危険な魔
物であると知られていた。
自分より強い相手には徹底して近づかない反面。
確実に狩れる相手に集団で襲いかかる。
そのため。
1度ウッドヘッドに襲撃されたが最後。
彼らの養分になる以外の運命は残されていない。
先程の転倒で足を挫いてしまったのだろう。
なんとかして逃げ出したいが、立ち上がる力が湧かない。
︵ごめんな。サーニャ⋮⋮︶
目の前にいるのは、夥しい数のウッドヘッドの集団である。
リリナが自らの死を悟り目を閉じようとしたそのときであった。
﹁グフォッ!?﹂
突如としてウッドヘッドの1体が盛大に吹き飛び周囲の木に激突
した。
その飛距離は目算にして20メートル近いだろう。
398
攻撃を受けたウッドヘッドは一撃で絶命してその場からピクリと
動かなくなった。
リリナは目の前の光景を疑わずにはいられなかった。
一体どんな魔法を使えばウッドヘッドを一撃で倒せるのかと思い
きや︱︱。
リリナの窮地を救った少年の攻撃手段は、ただの﹃蹴り﹄であっ
たからだ。
それはリリナが未だかつて遭遇したことのないほどの︱︱。
黒髪黒眼の少年であった。
﹁うおおおお! ラッキーだぜ! まさか初めて戦うウッドヘッド
と、集団で遭遇できるなんて!﹂
黒髪の少年は叫びながらもウッドヘッドの集団に神速の武術を叩
き込む。
リリナは悠斗の持つ圧倒的な戦闘力に驚愕していた。
通常ウッドヘッドは、強い打撃耐性を所持することで知られてい
た。
主として用いられる討伐方法は、火魔法か剣を持っての斬撃攻撃
である。
それを目の前の少年は、まるでリリナが山菜を引っこ抜くかのよ
うな感覚で次々と素手で打ち倒して行ったのである。
399
たった1人の少年との絶望的な戦力差を悟ったのだろう。
ウッドヘッドたちは黒髪の少年から離れて逃げの体勢に入る。
﹁主君! 加勢するぞ!﹂
凛々しい声のした方に目をやるとそこにいたのは金髪碧眼の美し
い少女であった。
金髪の少女は、少年が仕留め損ねた逃げ回るウッドヘッドたちを
次々に斬り伏せて行った。
その剣捌きは華麗の一言に尽きる。
自分とそう歳の変わらない女性が果敢に魔物を戦闘を行う様子は、
リリナに大きな衝撃を与えるものであった。
﹁あの⋮⋮大丈夫でしょうか? 見たところ足を怪我しているみた
いですが﹂
そう言ってリリナに話かけたのは、頭から犬耳を生やしたライカ
ンの少女であった。
﹁えっと。お前たちは一体⋮⋮?﹂
400
唖然として問いかけるリリナ。
﹁その前にまずは怪我の治療を!﹂
犬耳の少女はそう前置きをして自身の掌から淡い光を放つ。
直後。
リリナの右足からは徐々に痛みが引いて行く。
その魔法の正体が聖属性の基本魔法である︽ヒール︾であること
は直ぐに分かった。
︵なんなんだ。こいつらは⋮⋮。今までに出会ったことのない⋮⋮
不思議な奴らだな⋮⋮︶
リリナは目の前の3人の少年少女たちをそんな感想を抱いていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁⋮⋮終わったか。2、3匹、逃がしちまった気がするけど仕方な
いか﹂
黒髪の少年の目覚ましい活躍により、先程までの絶望的な状況が
嘘のように︱︱。
401
ウッドヘッドの集団との戦闘は一瞬で終了した。
戦闘が終了した直後。
少年が見せた笑みは一切の邪気が見えない純粋なものであった。
本来であれば周囲からケットシーの村は、周囲から秘匿とされて
いる存在であるため。
外部の人間を招き入れるのは、原則として禁止とされていた。
けれども。
自らの命を救って貰った手前。
何も恩を返さないというのも不義理である。
︵大丈夫。この人たちなら⋮⋮信用できるはず⋮⋮︶
だからリリナは、自ら受けた恩義に報いるため︱︱。
悠斗たちをケットシーの村に案内することを決意するのであった。
402
ケットシーの村
オリヴィア・ライトウィンド
種族:ケットシー
職業:村長
固有能力:なし
﹁なるほど。お前さんがリリナの命の恩人という冒険者かい?﹂
ケットシーの村に招待された悠斗が最初に向かった先は彼らの村
長の家であった。
年の頃は20代後半くらいだろうか。
瑞々しい弾力のありそうな豊満なバストは、悠斗の視線を思わず
釘付けにするほどのものであった。
村長という言葉のイメージからは想像が付かないほどの若々しく、
しかも美しい女性である。
﹁⋮⋮そういうことになっているみたいですね﹂
自分の置かれた状況がいまいち分からずに悠斗は生返事をする。
︵⋮⋮まあ。猫耳の美少女にお礼がしたいと言われて付いて行かな
403
い方が無理だよな︶
仮にもし。
リリナが何処にでもいる凡百な容姿をしていたとしたら︱︱。
悠斗はわざわざケットシーの村に足を運ぶこともなかっただろう。
けれども。
ポニーテールで中性的な顔立ちをしたリリナの容姿は、悠斗の琴
線に響くものがあった。
﹁お前さんが戸惑うのも無理はない。我々ケットシーは、外部の人
間を村に招き入れるようなことは原則として禁止しているからな。
しかし、命の恩人ともなれば話は別だ。受けた恩義に報いること
を我々の一族は何よりも重んじているからな﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
︵ケットシーというのは、ネコの癖に義理堅い種族なのか⋮⋮︶
オリヴィアの言葉を受けた悠斗は、心の中でそんなツッコミを入
れていた。
﹁今晩はフォレスティ姉妹の家に泊まっておくと良い。その間に私
がお前さんの冒険に役立つアイテムを用意しておこう﹂
﹁⋮⋮! それはどうも。ありがとうございます﹂
404
どの程度のアイテムが手に入るかは定かではないが、貰えるもの
は貰っておくことにしよう。
もしかしたら思いがけないレアアイテムが手に入るかもしれない。
悠斗がそんなことを考えていると、オリヴィアは声のトーンを落
として。
﹁リリナは幼い頃に両親を亡くしていてな。今は妹と二人暮らしを
している最中なのさ。お前さんが客人として家に泊まることになれ
ば、彼女たちも喜ぶだろう﹂
﹁⋮⋮そうだったのですか﹂
見たところリリナは15歳にも満たない年齢であった。
︵若くして両親を亡くして妹と二人暮らし⋮⋮か︶
そこにはきっと自分には想像できないような苦労があったのだろ
う。
何か彼女たちの力になってやれることはないだろうか?
二人の境遇を知った悠斗は、そんなことを考えていた。
︵⋮⋮さて。そろそろ戻らないとな︶
村長との面会は原則として1人で行わなければならないという取
405
り決めがあるらしく、現在、悠斗は外にスピカとシルフィアを待た
せていた。
二人のことを考えた悠斗は、早々に話を切り上げて村長の家を後
にすることにした。
406
フォレスティ姉妹
﹁あ! ユウトか。よく来てくれたな﹂
リリナ・フォレスティ
種族:ケットシー
職業:家政婦
固有能力:なし
フォレスティ姉妹の家に到着するなり悠斗たちの目に飛び込んで
きたのは︱︱。
刃渡り40センチを超える巨大包丁を持ちながらもニッコリと微
笑むリリナの姿であった。
その全身には、赤黒い血が付着しており︱︱。
ついさっき人を殺して来たと言っても信じてしまうような雰囲気
であった。
﹁⋮⋮リ、リリナさん!? その血は一体どうしたのですか!?﹂
大変なものを見てしまった。
と言った面持ちでガタガタと恐怖で震えながらもスピカは質問す
る。
407
﹁おぉ。悪い悪い! ついさっきユウトたちの歓迎にということで、
近所の人たちから森豚を1頭丸ごと貰ったんだ。この赤いのはその
解体作業をしていたときに付いていたんだよ﹂
﹁⋮⋮なるほど。そうだったのか﹂
リリナの言葉を聞いた3人はホッと胸を撫で下ろした。
悠斗は思う。
包丁を持ちながらも返り血を浴びた美少女というのはヤンデレ的
な魅力があると考えていたが、それは2次元に限るのだろう。
現実で目の当たりにすると、不気味以外の言葉が出てこなかった。
﹁それにしても驚いたよ。その歳で豚を丸ごと1体解体しちまうな
んて。リリナは意外に逞しいんだな﹂
﹁別に。褒められるようなモノでもないぜ。オレは妹と違って昔か
ら⋮⋮料理とか家事くらいしか取り柄がなかったからな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵こいつ⋮⋮オレッ娘の癖に家事万能スキル持ちだと!?︶
等と疑問に思う悠斗であったが、冷静に考えると失礼極まりなか
ったので喉まで出かかったツッコミをグッと押し殺すことにした。
﹁⋮⋮? どうして冒険者さんがウチにいるのですか⋮⋮?﹂
408
サーニャ・フォレスティ
種族:ケットシー
職業:魔物使い
固有能力:懐柔
ブレアドラゴン 脅威LV32 状態
︵テイミング︶
声のした方に目をやるとそこには見覚えのある1人の幼女と1匹
の竜がいた。
﹁あれ。どうしてキミが⋮⋮?﹂
疑問を口に出した途端、悠斗はその理由に気付く。
リリナとサーニャのファミリーネームが﹃フォレスティ﹄で共通
している。
つまりそれは、彼女たちが姉妹であることを意味していた。
﹁⋮⋮おいおい。もしかしてユウトはウチのサーニャと既に知り合
いだったのか!?﹂
﹁えーっと⋮⋮。話すと長くなるんだけど。これには色々と事情が
あって﹂
何処から話せば良いものやら。
409
悠斗はサーニャと出会った時のことについて1から事情を説明す
ることにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから2時間後。
悠斗たち一向はフォレスティ姉妹の自宅にて夕食を御馳走になっ
ていた。
﹁⋮⋮しかし、驚いたな。皆がウチの妹と面識があったなんて﹂
﹁まあ。知り合いと言っても偶然1回会っただけなんだけどな﹂
暖かいスープを口に運びながらも悠斗は答える。
﹁ところで、ご主人さま。こうしてテーブルを囲んでみると、随分
と女性の比率が高い食事になりましたね﹂
パンを齧りながらもジト目で追及するのはスピカである。
スピカの浮気を疑う恋人のようなトゲトゲしい口調は悠斗の耳に
やけに残った。
それから。
4人の美少女に囲まれて、ハーレム気分を味わいながらも食事は
進んで行った。
本日の夕食は、ライ麦のパン。キノコのスープ。山菜のサラダ。
410
そしてメインデュッシュに森豚の姿焼きであった。
︵こんなに美味い飯を食べたのは何時以来かな⋮⋮︶
素材が良いというのもあるのだろうが、それだけでは此処までの
味を出すことは出来ないだろう。
家事が得意と自称するだけの料理の腕前がリリナにはあった。
これまで悠斗は、他のことで手一杯で食事にまで気を回していな
かった。
けれども。
毎日の食事も体作りの鍛練の一環である。
栄養バランスのことを考えると、リリナのような優秀な家政婦に
なってくれそうな人材は早めに雇っておいた方が良いのかもしれな
い。
思い掛けない御馳走に舌鼓を打ちながら︱︱。
悠斗はそんなことを考えるのであった。
411
初めての触手 ☆修正アリ
夕食が終わった後は就寝の時間である。
悠斗たち一向はフォレスティ姉妹の家の客室に寝床を作っていた。
布団を敷き終わった後。
なんとなく手持無沙汰になったのでステータスを確認。
近衛悠斗
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV5︵18/50︶
風魔法 LV3︵20/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV2︵18/20︶
特性 : 火耐性 LV3︵1/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
本日の討伐数は下記の通りである。
リザードマン ×7
ウッドヘッド ×14
スケルトン ×5
412
リリナとの一件により冒険が中断されたからだろう。
普段と比べて討伐した魔物の数は少なかった。
上がった数字から逆算すると︱︱。
ウッドヘッドから取得できる能力は風耐性+3であるらしい。
次にスキルレベルの上がった水魔法を確認。
水魔法 LV5
使用可能魔法 ウォーター ウォータボム ウォーターシールド
ウォーターシールド
︵水属性の防御魔法︶
新しく使用できる魔法の種類が増えていた。
けれども。
自宅ならともかく、他人の部屋で新しい魔法の試し打ちを行うの
は考え物である。
新規に追加された魔法に関しては別の機会に検証することにしよ
う。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
413
﹁スピカ。シルフィア。起きているか?﹂
周囲の人間たちが寝静まった深夜。
悠斗は泊まり先の部屋で唐突に声をかける。
﹁はい。なんでしょうか。ご主人さま﹂
﹁うむ。起きているぞ。主君﹂
二つの返事が上がったことを確認して悠斗は満足気な笑みを浮か
べる。
﹁これから魔法の訓練を行おうと思う﹂
悠斗が告げるとスピカとシルフィアは頬を赤く染める。
何故ならば︱︱。
魔法の訓練 = 性的なこと。
という認識がこれまでの経験により二人の中に刷り込まれていた
からだ。
﹁⋮⋮いや。しかし、主君。リリナ殿とサーニャ殿が起きてしまう
のではないか?﹂
﹁問題ない。むしろ、だからこそだ!!﹂
414
リリナとサーニャが起きてしまうかもしれないという状況に対し、
悠斗は気持ちを昂ぶらせていた。
今日はこれまで開発に時間をかけてきたオリジナル魔法を披露す
るのに絶好のタイミングである。
﹁よし。二人とも。︻そこに並んで立っていてくれ︼﹂
悠斗は隷属契約の効果を発揮して有無を言わさず準備を整えた後。
試行錯誤の連続により︱︱。
なんとか納得の行くクオリティに仕立て上げた触手魔法をスピカ
とシルフィアの前で使用する。
﹁﹁⋮⋮!?﹂﹂
直後。
ニュルニュルと黒いゲル状の物質が悠斗の体から具現化される。
その数は6本。
これが現時点で維持できるギリギリの本数であった。
﹁ご主人さま⋮⋮そのウネウネした物体は一体⋮⋮?﹂
怯えたような面持ちでスピカは尋ねる。
﹁良い質問だ! その答えはこれから⋮⋮お前たちの身を持って理
415
解させてやろう!﹂
︵諸事情により文章のカットを行いました︶
何はともあれ、初めての触手プレイは大好評のようであった。
これからも触手魔法については改良を重ねて、二人には実験に付
き合ってもらうことにしよう。
それからも暫く︱︱。
3人の眠れない夜は続いた。
416
初めての触手 ☆修正アリ︵後書き︶
●お知らせ
R18警告を受けたため文章のカットを行いました。
R18の警告を受ける恐れがあるシーンは書籍版にのみ収録して
おります。
417
スラムの王
此処はエクスペインの中でも一際、治安の悪い︽スラム︾と呼ば
れる地域である。
ガリガリに痩せ細ったストリートチルドレン。 麻薬のトリップにより呆けた表情で、地面で寝転がっている中年
男。
複数の性病を併発させているボロを着た売春婦。
などなど。
スラムの中は、奴隷商人たちにもソッポを向かれるような人間た
ちで溢れかえっていた。
スラムの中は常に動物の腐った臭い立ち込めている。
この場所で野垂れ死んだ人間がいたとしてもそれらを片づける者
はいない。
彼らの亡骸は野犬の餌になり、残った骨は土に還るまで放置され
ることになる。
そんなスラムの中心部に貴族の屋敷と見紛うほどの豪邸が存在し
ていた。
その寝室のキングサイズの天蓋ベッドに寝転ぶのは1人の魔族で
ある。
418
彼の名はベルフェゴール。
七つの大罪の中でも︽怠惰︾を司るベルフェゴールは、仲間内か
らも自堕落的な性格をしていることで知られていた。
だらしなく贅肉の付いた体は、とても武闘派とは思えない。
昼間から好んで酒を飲むベルフェゴールの周囲には、ひょうたん
を加工して作った酒入れが散乱していた。
けれども。
七つの大罪の1人であり、強力な魔力と固有能力を有する彼はそ
の外見からは想像できないような戦闘能力を秘めていた。
実際。
ベルフェゴールは王国の騎士団ですら手を焼くような盗賊団がひ
しめくスラムをたったの3カ月で統治し︽王︾として君臨していた。
更に言えば。
3カ月という時間を有したのも彼の怠惰な性格に由来する部分が
多い。
本来の力を発揮すれば3日でスラムを統治することも可能だった
だろう。
﹁⋮⋮ボス。それで要件というのは何でございましょう﹂
ベルフェゴールが寝転んでいるベッドの傍で跪く男の名前は、田
419
中和也。
スラムの盗賊団の中でも最大派閥の一角とされている︽緋色の歪
︾のリーダーを務めている彼は、現在ギルドの探索クエストで指名
手配中の人物であった。
﹁⋮⋮生憎とベルフェゴール様は御就寝中におられる。その件に関
しては、私から話すことにしよう﹂
ベルフェゴールに替わって答えたのは、インプと呼ばれる下級魔
族であった。
体長30センチほどの小柄な体躯で空を飛びまわることが可能な
インプたちは、ベルフェゴールの手足となり彼の身の回りの世話を
行っていた。
﹁お前に新しい仕事を任せたい﹂
﹁⋮⋮と、言うと何か新しいお宝が見つかったんですかい?﹂
﹁宝の定義を﹃価値のあるもの﹄と捉えるのであれば、そういうこ
とになるな。ランク6の固有能力﹃懐柔﹄のスキルホルダーが見つ
かった﹂
﹁なるほど。つまりは⋮⋮人攫いということですか﹂
和也の問いに対してインプはコクリと首肯する。
420
﹁詳しいことは追って連絡しよう。ターゲットの村には、高度な結
界が巡らされていてな。侵入するには煩雑な手順を踏む必要がある﹂
﹁分かりやした。ちなみにその﹃懐柔﹄のスキルホルダーですが⋮
⋮奴隷商に引き渡したときの売却益の分配についてはどうしましょ
う?﹂
﹁いつもの通りお前に全額預けよう。その替わり⋮⋮﹂
インプはそう前置きした上で邪悪な笑みを零す。
﹁邪魔する者は、攫って、犯し、殺し回れ! 人間たちの発する負
のエネルギーこそ我々にとって至高の価値がある!﹂
﹁はいよ。了解﹂
和也は短く頷いた後。
ベルフェゴールの屋敷から立ち去ることにした。
﹁全く⋮⋮この世界はサイッコーだぜ!﹂
屋敷の外に出た後。
和也は自らの胸の内より湧き上がる笑声を堪えることが出来ない
でいた。
ベルフェゴールが用いた︽召喚の魔石︾により、異世界に召喚さ
れてからの和也は現代日本では味わえないようなスリルと快楽に酔
いしれていた。
421
この世界では、和也が求めていたものが幾らでも手に入った。
それと言うのもトライワイドに召喚された際に得た固有能力に起
因するところが大きい。
この世界では誰も自分のことを止めることができない。
邪魔する者は己の力で返り討ちにするだけである。
﹁⋮⋮クハッ! クハハハハッ!﹂
暴力という名の快楽に取りつかれた和也は、魔族ですら怖気が走
るほどの歪な笑みを零すのであった。
422
森の結界
﹁おはようございます。ご主人さま﹂
スピカの一声により悠斗の意識は鮮明になる。
その日の悠斗の目覚めは、正午を過ぎた時刻であった。
﹁ぬ。ヌルヌルは⋮⋮ヌルヌルだけは勘弁してくれ⋮⋮﹂
シルフィアは未だに目を覚ましていないようだ。
何やら悪夢にうなされているような声を発していた。
︵昨夜の触手攻めで⋮⋮1番ハッスルしていたのがシルフィアだも
んな⋮⋮︶
暫くはソッとしておいた方が良さそうである。
それから。
悠斗たちはリリナの作った昼食を取りながらも今後の予定を話し
合っていた。
﹁⋮⋮神樹?﹂
423
﹁ああ。神樹というのはケットシーの村で祭られている木のことだ。
神樹からは色々な種類のレアなアイテムが収穫できるって話だぜ。
ユートはこの村の大切な客人だからな。今日1日だけ、自由にアイ
テムを取っても良いという約束を取り付けてきた﹂
﹁おお! マジか!﹂
﹁あの⋮⋮サーニャも神樹を見たいのです! 冒険者さん。サーニ
ャも一緒に連れて行って欲しいのです!﹂
﹁別に構わないが、サーニャは何時でも見れるものじゃないのか?﹂
尋ねるとリリナは首を振り。
﹁いや。神樹の付近は、特別な事がない限り村人たちも出入りが禁
止されている。神樹から収穫できるアイテムはこの街の貴重な収入
源になっているから、こういう機会がないと立ち寄ることが出来な
いんだよ﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
村全体に利益を与える木の実とは一体どのようなものなのだろう
か?
リリナの話を聞いた悠斗は、神樹の存在に対して益々と興味を抱
いていた。
5人で昼食を取った後。
悠斗たちは神樹の植えられている村の深部を目指すことにした。
424
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁なあ。リリナ。この地面から立ち昇っているモヤモヤした物体は
何なんだ?﹂
神樹に向かって歩いている最中。
悠斗は不可思議な物体の存在に気付く。
﹁ああ。それは村全体を覆っている結界だよ﹂
﹁結界って言うと⋮⋮。このモヤモヤには魔物を寄せ付けないため
の効果があったりするのか?﹂
﹁大体そんな感じだ。こういうのは口で説明するより1度外に出て
みる方が早いと思うのだが⋮⋮﹂
リリナの言葉を受けた悠斗は名案を閃いたかのようにポンと手を
叩く。
﹁良いこと思いついた! スピカ。試しにお前が結界の外に出てみ
ろよ!﹂
﹁わ、私ですか!?﹂
唐突に話を振られたスピカは動揺していた。
425
﹁おう。そうと決まったら早く早く!﹂
﹁なっ。えっ。ちょっ!? ご主人さま!?﹂
悠斗は強引に背中を押してスピカを結界の外に追い出した。
二人のやり取りを見たリリナとシルフィアは、悠斗に対して白い
視線を送っていた。
その場のノリでスピカのことを結界の外に追い出したものの︱︱。
悠斗たちの側からは特にこれと言った変化が見られなかった。
﹁⋮⋮あれ? ご主人さま? ご主人さまは一体どこですか!?﹂
一方でスピカの方は別である。
結界の外に出たスピカは、すぐ傍にいるはずの悠斗たちの姿を完
全に見失っていた。
その原因が結界の外に出たことにあると判断したスピカは、元い
た場所に戻るために森の中をフラフラと彷徨い回る。
︵⋮⋮妙だな︶
スピカが森の中の隅々を歩き回っていたのだが、不思議なことに
結界の中に辿り着くことはなかった。
﹁これで分かっただろ? 結界の外にいる人間は内側の人間を認識
することが出来なくなるんだ。中に入るには、こういうネックレス
が必要になる。つまりはこの結界の中にいる限りオレたちは絶対に
426
安全というわけさ﹂
解封の魔石@レア度 ☆☆
︵結界の内側に入るために必要な魔石。石に特定の文字を刻むこと
で鍵としての役割を果たす︶
﹁⋮⋮なるほど﹂
リリナの説明を聞いた悠斗は冷静に頷く。
一口に魔石と言っても様々な種類のものが存在しているらしい。
﹁うぅぅ。ご主人さま⋮⋮シルフィアさん。⋮⋮何処でしょうか?﹂
一方のスピカは半泣きであった。
森の中をフラフラと彷徨い歩いているが、その足取りに力はなか
った。
﹁びえぇっ。びええ⋮⋮﹂
10分近く森の中に放置されたスピカは、その場にうずくまり泣
き崩れてしまう。
ネガティブ思考のスピカは悠斗に見捨てられたのではないかと考
えたのであった。
﹁大丈夫。俺は此処にいるぞ﹂
427
流石に放置し過ぎたかと判断した悠斗は、その場にいた誰よりも
先に結界の外に出る。
﹁ご、ご主人さま!?﹂
﹁悪かったよ。少し悪戯の度が過ぎた﹂
﹁め、滅相も御座いません! こうしてご主人さまに、声をかけて
頂けるだけで私は幸せです!﹂
﹁よしよし。可愛いやつだな﹂
﹁はぅ⋮⋮﹂
悪戯をした後のアフターケアとして悠斗は、スピカの頭を撫でる
ことにした。
すると、先程までの絶望的な表情から一転。
スピカは途端に幸せそうな表情を浮かべていた。
﹁不思議なのです。どうして冒険者さんは⋮⋮スピカお姉ちゃんに
意地悪をするのでしょうか?﹂
﹁知らねえよっ! んなもんオレが知るかっ!﹂
サーニャの純真な質問を受けたリリナは取り乱していた。
昨日の夜。
隣の部屋から聞こえてくる悠斗たちの声をこっそりと聞いていた
428
リリナは、そのことを思い出して、一層と顔を赤くする。
﹁⋮⋮おそらく。サーニャ殿も大人になれば知るときがくるだろう﹂
﹁ふにゅ∼。なんだか釈然としないのです﹂
悠斗とスピカの不可解なやり取りを目の当りにして、サーニャは
小首を傾げるのであった。
429
レアなアイテムを採取しよう
﹁おぉ⋮⋮。これが神樹か⋮⋮﹂
悠斗は神樹の植えられている場所に到着するなり感嘆の声を漏ら
す。
透明の実@レア度 ☆☆☆☆
︵自分と周囲にいる者の姿を透明に変える。効果時間は1時間︶
消臭の実@レア度 ☆☆
︵自分と周囲にいる者の体臭を消す。効果時間は1時間︶
子供の実@レア度 ☆☆
︵年齢が−5歳になる。効果時間は5時間。多用すると体調を崩す
ことがある︶
大人の実@レア度 ☆☆
︵年齢が+5歳になる。効果時間は4時間。多用すると体調を崩す
ことがある︶
430
若返りの実@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵実年齢を1歳若返らせる。効果時間は永続︶
木製の柵に囲まれている以外は、普通の木と比べてこれと言った
違いはない。
けれども。
魔眼スキルを保有している悠斗は、神樹に実った様々なアイテム
に目を奪われていた。
その中でも特に悠斗の目を引いたのは、黄金に輝く林檎のような
外見をしていた︽若返りの実︾である。
レアリティのランクは7。
同ランクの武器が240万リアで売れたことから判断するに︱︱。
凄まじい価値のあるアイテムに違いない。
﹁とりあえず今日の時点で実っているアイテムに関しては⋮⋮全て
取っても良いって話だぜ﹂
﹁⋮⋮マジで!?﹂
悠斗はおそるおそると言った様子で︽若返りの実︾を指差して。
﹁もしかしてそれは⋮⋮あそこになっている金色の実も含まれてい
たりするのか?﹂
﹁ああ。当然だろ。神樹から採取できるアイテムはレアリティにバ
ラつきがあるらしいから、もしかすると良いアイテムが手に入るか
431
もな﹂
さもそれが当たり前のことであるかのようにリリナはサラッと言
ってのける。
︵⋮⋮そうか。この中で︽若返りの実︾の価値に気付いているのは
俺だけなのか︶
魔眼のスキルを所有していない悠斗以外の4人は神樹に対して、
さほど興味を示していなかった。
﹁リリナお姉ちゃん。これが神樹なのですか? なんか⋮⋮思って
いたよりショボいのです﹂
マイペースなサーニャは思わずそんな言葉を口にする。
﹁こら! なんて罰当たりなことを言うんだ! お前は!﹂
﹁はうっ!﹂
リリナのデコピンを受けたサーニャは可愛らしい悲鳴を上げる。
氷塊をチャクラムに変化させて投擲した方すれば素早く収穫が可
能ではあるが、神樹を傷つけるような真似は控えるべきだろう。
悠斗は神樹によじ登りアイテムを収穫する。
結果。
手に入れたアイテムは下記の通りであった。
432
透明の実 ×1
消臭の実 ×2
子供の実 ×5 大人の実 ×4 若返りの実 ×1
中でも悠斗が注目したのは︽子供の実︾と︽大人の実︾である。
︵このアイテムさえあれば⋮⋮スピカやシルフィアを幼女にして合
法的にロリっ子に悪戯できたり、禁断のおねショタプレイが実現す
るのでは⋮⋮?︳︶
ロマン溢れるアイテムを入手した悠斗は、夢を膨らませるのであ
った。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁着いたぞ。この先にケットシーの村がある﹂
悠斗が神樹からアイテムを採取している同刻。
433
盗賊団︽緋色の歪︾のリーダーである田中和也は、20人を超え
る部下たちを引き連れてケットシーの村の付近にまで足を運んでい
た。
﹁この先? 村なんて何処にも見えねえが﹂
﹁それは奴らの張っている結界により我々の目が欺かれているから
だ﹂
ベルフェゴールの部下であるインプの1人は和也の疑問に答えた
後。
﹁この結界の中に入るには⋮⋮特殊な加工を施した︽解封の魔石︾
を押し当てる必要がある。こんな風にな﹂
手にした魔石を空に向かって押し当てる。
直後。
先程までは何もなかったはずの﹃無﹄の空間に大きな穴が出現し
た。
﹁へー。そいつはスゲーや﹂
さほど関心がなさそうに呟くと、和也は部下を引き連れて穴の中
に入って行く。
和也の表情はこれから起こる悲劇を暗示するかのような︱︱。
ドス黒い邪悪に染まっていた。
434
盗賊団の襲撃
﹁ご主人さま。何かが焦げたような臭いがします﹂
神樹からアイテムを収穫した帰り道、スピカは不意にそんな一声
を発した。
﹁ん。そうかな?﹂
その臭いは初め微かなものであったが故に、気付いたのは嗅覚に
優れたスピカだけであった。
けれども。
村に近づくにつれて悠斗たちは、その異変に気付くことになる。
﹁いや。いやあああぁぁぁ!﹂
﹁だ、誰か! 助けてくれ!﹂
何処からともなく村人たちの悲鳴が沸き上がる。
村全体からモクモクと白煙が上がっているのが分かった。
その正体が民家が焼かれて発せられているものだと気付くまでに、
多くの時間はかからなかった。
435
﹁だ、だずげで⋮⋮﹂
悠斗の視界に入ったのは、ふくよかな体形をした中年女性であっ
た。
刃物で刺されたのか、その脇腹からは激しく出血をしていた。
中年女性は、よろよろと覚束ない足取りで呻き声を上げていた。
﹁あの⋮⋮何があったんですか?﹂
﹁⋮⋮盗賊たちが突然現れて⋮⋮私のお腹にナイフを⋮⋮﹂
﹁盗賊、ですか⋮⋮﹂
ヒールの魔法を用いて、中年女性の止血を行いながらも悠斗は思
案する。
︵もしかして⋮⋮冒険者ギルドで手配中の盗賊がこの村に⋮⋮?︶
その可能性は否定できない。
だとしたらこの状況は、自分以外の日本人と出会う絶好のチャン
スとも言い換えられる。
﹁リリナ。どうして御家が燃えているのでしょうか?﹂
幼いサーニャはこの村に何が起きているのか理解していないよう
であった。
436
﹁大丈夫⋮⋮。サーニャは何も不安に思うことはねえよ﹂
気丈に振る舞ってはいるが、リリナの表情からは怯えの色が垣間
見えた。
﹁シルフィア。この場はお前に任せたい。サーニャたちのことを⋮
⋮守ってやってくれないか?﹂
さっそく神樹で採取したアイテムが役立つ時がやってきた。
悠斗は魔法のバックの中から︽透明の実︾と︽消臭の実︾を取り
出すとそれをシルフィアに手渡した。
﹁主君。これは一体⋮⋮?﹂
﹁そっちの青色の木の実は、自分と周囲にいる人間の姿を透明に変
える効果がある。んで、もう片方の赤色の木の実は、自分と周囲に
いる人間の臭いを消す効果がある。身を潜めておくのに役立つだろ
う﹂
﹁⋮⋮承知した。して主君は一体どこに向かうというのだ?﹂
アイテムを受け取ったシルフィアは、悠斗の身を案じるかのよう
な不安気な声音でそう尋ねる。
﹁大した用じゃない。ちょっとばかり⋮⋮盗賊狩りに行ってくる﹂
﹁ご主人さま! いくら何でもそれは⋮⋮﹂
悠斗の言葉を受けたスピカは咄嗟に主人のことを引き留めようと
437
する。
﹁なら。このまま黙って村人たちを見殺しにしろって言うのか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
実のところ。
スピカは悠斗が1度心に決めたことを覆すような人間でないこと
を最初から分かっていたのであった。
﹁大丈夫。俺は死なねえよ。戻ったら今晩もたっぷりと魔法の訓練
に付き合ってもらうからな﹂
﹁⋮⋮はい。分かりました﹂
普段通りの悠斗の冗談めいた口調はスピカに深い安堵を与えるも
のであった。
﹁リリナとサーニャも心配すんな。お前たちの村は俺が守ってやる
からさ﹂
悠斗はそう告げるとスピカたちの元を後にする。
4人の美少女たちは、戦いに向かう悠斗の背中を不安気な眼差し
で見つめていた。
438
隠密行動
悠斗はスピカたちと別れた後。
単独で盗賊団を討伐することを決意した。
透過@レア度 ☆☆☆
︵自身とその周囲の物体を透明に変えるスキル。使用中は行動速度
が激減する︶
こういうタイミングで役に立つのが透過のスキルである。
悠斗は自身の姿を透明に変えると村の中を歩き回る。
﹁いや∼。ちょろいもんだぜ﹂
﹁ああ。これで今夜も美味い酒が飲めそうだ﹂
悠斗が最初に目を付けたのは、5人組の盗賊であった。
中には銅貨や鉄貨が入っているのだろう。
5人はパンパンに膨れ上がった麻袋を片手に上機嫌の様子であっ
た。
︵⋮⋮ウォーター︶
439
悠斗は心の中で呪文を唱えると、先端が尖った氷塊を右手に具現
化させる。
狙うは身長180センチは超えるかという5人組の中でも一番大
柄な男であった。
武術だけに止まらず戦闘に役に立ちそうなスポーツがあれば、何
でも吸収してきた悠斗は︽ダーツ︾の技術についても精通していた。
悠斗が手にした氷塊は、ダーツの矢をイメージして作ったもので
ある。
透過の能力を解除してから手にした氷矢を投擲。
肘から先の力だけで投擲する︽ダーツ︾の技術を極めた悠斗であ
れば、テイクバック動作からリリースまでの時間が1秒にも満たな
いものであった。
直線の軌道を描いたそれは、男の足首を抉るようにして突き刺さ
る。
﹁⋮⋮ガッ! い、痛てえっ!﹂
男の悲鳴が上がった。
盗賊の1人は立っていることすら困難になり、イモムシのように
地面を転がり回る。
﹁誰だッ!?﹂
突如として奇襲を受けた盗賊団たちは一様にして警戒の姿勢に入
る。
440
だがしかし。
氷矢の飛んできた方角には一切の人影がなかった。
透過の能力を発動させた悠斗の姿を盗賊たちは捉えることが出来
なかったのである。
悠斗は盗賊たちの視線から自分の姿が外れたことを見計らって透
過の能力を解除し、次の攻撃動作に移る。
今度は先程とは、別方向から飛んできた氷矢が次の男の足首を捉
えた。
﹁⋮⋮グハッ!﹂
盗賊たちは慌てて振り返るが、矢張りそこに人の気配はない。
姿の見えない襲撃者相手に盗賊たちは完全にパニックに陥ってい
た。
︵よし⋮⋮。良い感じだ︶
透過の能力には、体の動きを著しく重くする副作用がある。
従って、通常の人間であれば透過の能力を維持したまま戦闘を行
うことは困難を極める。
だがしかし。
ダーツを極めた悠斗はその高速投擲技術を活かして、攻撃の瞬間
にのみ透過の効果を解除することによって、盗賊たちに一方的な攻
撃を与えることに成功していたのであった。
441
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
結局。
悠斗が5人の盗賊たちを無力化するまでにかかった時間は、2分
にも満たないものであった。
氷矢によって機動力を削いだ悠斗は、そのまま盗賊たちの頭を足
蹴りして意識を奪う。
その際にアイテムを剥いでおくことも忘れない。
盗賊のナイフ レア度 ☆☆
︵刀身が大きく反り返った殺傷能力の高いナイフ。盗賊たちが好ん
で使用する。素材の剥ぎ取りには向かない︶
5人の盗賊たちは共通して︽盗賊のナイフ︾という武器を所持し
ていた。
ランク2のアイテムでも5本もあれば、そこそこの値段で売るこ
とが出来るだろう。
少なくとも10体の素材を集めなければ金銭と交換できない魔物
を討伐するよりは、ずっと金銭効率は良さそうであった。
︵⋮⋮いや。別に俺は金儲けのために盗みを働いているわけではな
い。あくまでこれは村人たちの安全を守るためだ!︶
442
武器を剥いでおけば、仮に盗賊たちが意識を取り戻しても戦闘能
力を大幅に削ぎ落とすことが出来るだろう。
悠斗は自分にそう言い訳すると︱︱。
次なる金づるを求めて村の中を闊歩するのであった。
443
VS 異世界人1
﹁お前か? 村長っていうのは﹂
現代日本から召喚された青年、田中和也はケットシーの村の長、
オリヴィア・ライトウィンドの自宅に乗り込んでいた。
﹁⋮⋮いかにも。私がこの村の村長だが﹂
オリヴィアは努めて平静を取り繕って返事をする。
和也を含めた7人の男たちがオリヴィアの周りを囲んでいた。
男たちは一様にして鋭利なナイフを装備している。
その双眸は欲望にまみれ、血走ったものであった。
﹁取引をしよう。この村はすでに俺の部下である30人の男たちが
占領している。俺が欲しいのは、この村にある全ての資産と、魔物
使いとしての適性を持った女だけだ。それさえ渡すっていうのなら、
村人の命は助けてやらないこともない﹂
和也の提案を受けたオリヴィアは口を噤む。
取引に応じたとして、目の前の男たちが約束を守るとは到底思え
なかった。
そして不幸なことにオリヴィアの予想は的中していた。
444
和也たち︽緋色の歪︾の男衆は、性奴隷になりそうな少女がいれ
ば攫うし、邪魔するものが容赦なく斬り伏せる。
オリヴィアとの口約束など、最初から守るつもりはなかった。
﹁⋮⋮悪いが、今直ぐに返事が出来ない。少し考える時間をくれな
いか?﹂
考えた末にオリヴィアが導き出した最善の行動は﹃返事を先延ば
しにする﹄ということであった。
とにかく今は1秒でも長く和也をこの場に留めておくことが、結
果的に村人たちの命を救うと判断したのである。
﹁なるほどな。頭の良い女は嫌いじゃないぜ﹂
オリヴィアの思惑に気付いた和也は下賤な笑みを浮かべる。
﹁いいだろう。俺たちの暇つぶしに付き合ってくれるっていうんな
ら、お前の要求を呑んでやろう﹂
﹁暇つぶし⋮⋮だと⋮⋮!?﹂
予想外の言葉を受けたオリヴィアは思わずその顔をしかめる。
﹁なあに。難しいことはない。ちょっとした余興だよ。お前は今か
ら俺たちの前で1枚ずつ服を脱いで行くんだ。服を脱いでいる間は、
お前の望んでいる考える時間ってやつをくれてやろう﹂
445
﹁⋮⋮⋮⋮ッ﹂
和也の提案はオリヴィアにとって当然、受け入れがたいものがあ
った。
けれども。
男たちの注意が自分に集めれば、それだけ村人たちが助かる可能
性が高くなる。
﹁分かった。その要求を受け入れよう﹂
自分が肌を晒すことで1人でも多くの仲間の命を救うことに繋が
るなら︱︱。
そう判断したオリヴィアは、出来るだけ時間をかけながらも自ら
の上着を1枚、脱ぎ去った。
真紅の下着に包まれた乳房が露わになる。
瞬間、男たちの下卑た歓声が上がった。
﹁どうした。ほら。次だ﹂
和也に催促されたオリヴィアは自らのスカートに手をかける。
オリヴィアがスカートをずり下ろし、盗賊たちの視線が彼女の下
半身に集中していたそのときであった。
バリバリバリッっと。
部屋の中にガラス窓の砕ける音が響き渡る。
突如として野球ボールサイズの氷の塊が、盗賊たちに向かって次
446
々に強襲した。
﹁グハッ!﹂
﹁フギッ!﹂
﹁フゴッ!﹂
頭部に強い衝撃を受けた男たちは、鈍い叫喚を上げて意識を喪失
する。
その場にいた誰よりも早く危機を察知した和也は、咄嗟に身を伏
せて氷塊による攻撃を回避する。
けれども。
思い掛けない奇襲攻撃を受けた部下の盗賊たちは、完全に伸びて
いた。
﹁何もんだ!?﹂
和也が目をやると窓の外からは1人の少年の姿が見えた。
﹁良い女が人前で肌を晒すんじゃねーよ。そういうのは俺の処女厨
センサーにビンビン引っかかるんだ﹂
﹁君は⋮⋮!?﹂
オリヴィアは驚愕した。
そこにいたのは先日、ケットシーの村に来訪してきたばかりの幼
い少年であったからだ。
447
田中和也
種族:ヒューマ
職業:盗賊頭
固有能力:獣化
獣化@レア度 ☆☆☆☆☆
︵自身の身体の一部を獣に変化させる力。使用中は体力の消耗が増
加する︶
魔眼のスキルにより和也のステータス画面を確認した悠斗は、目
の前の人間が冒険者ギルドで指名手配中の男であることを確認する。
﹁オッサン。ちょっくら俺とキャッチボールでもしようぜ﹂
悠斗は挑発的な笑みを浮かべた後、思い切り氷塊を投げつける。
スリークォーターのフォームから放たれた氷の塊は、150キロ
近い速度により和也の顔面を強襲する。
けれども。
驚いたことに和也は、右腕1つで氷塊をガードする。
獣化の固有能力を使用した和也は、人間の限界を超えた反射神経
を身に付けていた。
﹁⋮⋮チッ。舐めやがって﹂
448
忌々しく呟く和也の全身は狼男、としか形容できないものに変貌
していた。
その体躯は優に3メートルを超えているだろう。
赤褐色の体毛に覆われた和也の容貌は、人間とも魔物とも言えな
い、薄気味の悪いものであった。
︵この男⋮⋮獣化のスキルホルダーか⋮⋮!?︶
オリヴィアは外気に晒された乳房を両手で隠しながらも、突如と
して目の前に現れた狼男に対して恐怖を抱いていた。
けれども。
相手の変身を悠長に待っているほど悠斗は御人好しではない。
﹁⋮⋮ウグッ﹂
悠斗は臆すことなく氷矢を投擲。
間髪入れずに放たれた氷矢は和也の右脚に命中する。
﹁ほら。かかってこいよ。田中のオッサン﹂
﹁コノヤロウ。ざけやがって⋮⋮!﹂
この時点で既に和也は、怒りで我を失っていた。
下着姿の美女には目もくれず殺気の籠った眼光は、悠斗1人に向
けられている。
背を向けて立ち去ろうとすると、和也は獣化の力によって脚力で
悠斗の後を追いかける。
449
︵⋮⋮よし。ここまでは作戦通りだな︶
首尾よく想い通りに事を運んだ悠斗は思わず笑みを浮かべる。
元より悠斗が望んでいたのは、和也との1対1の対話であった。
けれども。
日本人同士が互いのことを話すためには、人目の付かない場所に
和也のことを誘導する必要があったのである。
﹁ユウト君。一体キミは⋮⋮何者なんだ⋮⋮?﹂
自らの胸の動悸を抑えることが出来ない。
絶体絶命の窮地を救ってくれた悠斗に対して、オリヴィアは熱っ
ぽい眼差しを向けていた。
450
VS 異世界人2
﹁⋮⋮チッ。逃げ足の速いやろうだな﹂
和也のことを引き連れて悠斗が向かった先は、ケットシーの村の
外れにある雑木林の中であった。
獣化の固有能力を使用した和也は、単純な移動スピードだけで言
うと悠斗のそれを上回っていた。
道すがら。
和也は悠斗に対して何度も拳を振りかざしてきた。
けれども、柔よく剛を制すとはよく言ったものだろう。
悠斗の体捌きは、まるで宙を舞う花びらのように捉えどころがな
い。
完全に命中したと思った攻撃を繰り返し躱され続けた和也は、怪
訝な表情を浮かべていた。
﹁さて。この辺りで良いか﹂
雑木林の中をある程度、進んだところで悠斗は不意の立ち止まる。
451
﹁⋮⋮ハッ! ようやくオレに殺される気になったか﹂
和也はそう啖呵を切ると、悠斗に向かって飛びかかる。
﹁お前、日本人だろ?﹂
悠斗の言葉を聞いた途端。
和也の動きがピタリと止まった。
﹁⋮⋮あ?﹂
﹁その反応。どうやら図星みたいだな﹂
悠斗は自らの予想が正しかったこと確信すると矢継ぎ早やに質問
をぶつける。
﹁なあ。教えてくれよ。お前をこの世界に召喚したのは誰なんだ?﹂
﹁⋮⋮ッ。知らねえよ! んなもん!﹂
和也は明らかに動揺した素振りを見せるが、グッと感情を抑え、
悠斗に向かって大きく拳を振りかざす。
獣化の固有能力を発動させた和也の打撃は、岩すら砕くような強
烈なパワーを秘めていた。
だがしかし。
次の瞬間、和也の身体は大きく宙に投げ出された。
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした︽近衛
452
流體術︾を習得した悠斗は、︽柔道︾についても非凡な腕前を誇っ
ていた。
その中でも悠斗が最も得意としていたのは︽空気投げ︾と呼ばれ
る技である。
足腰にはまったく触れずに、体の捌きだけで、相手を投げ飛ばす
この技を実践的に使いこなすことが出来るのは、一部の達人に限る
とされている。
﹁ウグッ!﹂
獣化のスキルにより3メートルを超える体躯にまで巨大化した和
也は、背中から勢い良く落下して呻き声を上げる。
和也は自分が一体何をされたのか分からなかった。
気が付くと、視界がグルリと回転して、空を見上げていた。
﹁なら質問を変えようか。お前はどういう経緯でこの世界に召喚さ
れたんだ?﹂
仰向けに伏せた和也のことを見下しながらも悠斗は告げる。
﹁うるせえええぇぇ!﹂
激昂した和也はすぐさま体勢を立て直して反撃に移る。
453
そこから先は何度やっても同じ結果であった。
攻撃を仕掛ける和也に対して悠斗の︽空気投げ︾が炸裂。
和也の巨体は、繰り返し再生の動画を見ているかのように宙に舞
い続ける。
単純な身体能力だけで言えば、獣化の固有能力を発動された和也
は悠斗にも勝る部分が多い。
けれども。
いくら力が強くても武道の基本を理解していない相手を翻弄する
のは、悠斗にとって赤子の手を捻るほど容易なことであった。
﹁⋮⋮クソッ!﹂
獣化の固有能力は身体能力を大幅に向上させることが出来る反面。
体力の消費が増大するというデメリットがある。
十数回に渡り地面に叩きつけられた和也は、獣化を維持すること
が敵わなくなり、人間の姿に戻る。
﹁お前⋮⋮その右腕⋮⋮!?﹂
これまでは獣化のスキルにより体毛に覆われていた故に気付かな
かった。
454
悠斗はそこで和也の右腕に︽隷属契約︾の固有能力により発現さ
れる︽呪印︾を発見する。
そのとき。
悠斗の脳裏に1つの疑問が浮かび上がる。
これまで悠斗は、複数回に渡り和也に対して異世界に召喚された
経緯に関する疑問を投げかけてきた。
けれども。
どんなに質問をしたところで和也からまともに返答をされたこと
はなかった。
もしこれが﹃言わない﹄のではなく﹃言えない﹄のだとしたら︱
︱。
隷属契約の強制力を用いれば、奴隷となった人間に特定の情報を
漏らさせないようにすることは容易である。
だとしたら一体、誰が情報の隠蔽を行っているのか?
悠斗が一連の事件の裏に潜む人物の存在に気付きかけたそのとき
であった。
﹁んだよ。お前かぁ。人の玩具をゴロゴロと転がして遊んでいるっ
ていうのは⋮⋮﹂
ベルフェゴール
種族:悪魔
455
職業:七つの大罪
固有能力:転移 懐柔 口寄せ 代眼 隷属契約
1人の魔族が欠伸を噛み殺したような面持ちで悠斗の前に現れた。
456
VS 怠惰の魔王1
転移@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵自分と周囲の物体を指定ポイントに瞬間移動させる能力。地面の
上に血液を垂らすことで最大5箇所まで指定ポイントを作成するこ
とができる︶
懐柔@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵テイミング︶﹄と表示される︶
︵魔物と心を通わし、使い魔にすることを可能にする能力。懐柔に
成功した魔物は﹃状態
口寄せ@レア度 ☆☆☆☆
︵手懐けた魔物を召喚する能力︶
代眼@レア度 ☆☆☆☆
︵隷属契約を結んだ人間と視界を共有する能力︶
隷属契約@レア度 ☆☆☆
︵手の甲に血液を垂らすことで対象を﹃奴隷﹄にする能力。奴隷に
なった者は、主人の命令に逆らうことが出来なくなる。契約を結ん
だ者同士は、互いの位置を把握することが可能になる︶
457
︵固有能力5つ持ちだと⋮⋮!?︶
単純な能力数だけで言うならば、以前に出会ったルシファーすら
も上回っている。
驚くべきは、固有能力の数だけではない。
悠斗はベルフェゴールから強者特有の雰囲気を感じ取っていた。
果たして全力で戦って勝てるだろうか?
それすらも疑わしくなるほどにベルフェゴールの戦闘能力は、底
の知れないものがあった。
﹁ベ、ベルフェゴール様!?﹂
自らの主人を目の当たりにした和也は、途端にその表情を青ざめ
させて行く。
﹁これはその⋮⋮任務に失敗したというわけではないのです⋮⋮。
俺はまだ戦えます!﹂
縋るような物言いでベルフェゴールに訴える和也。
けれども。
和也を見つめるベルフェゴールの眼差しは、ゴミを見るときのそ
れに酷似したものであった。
﹁残念。仕事に失敗したお前はもう用済みなんだわ。︻これからは
一切の呼吸をすることを禁止する︼﹂
458
﹁そ、そん⋮⋮ッ。ゴポポッ﹂
隷属契約の強制力により呼吸することが叶わなくなった和也は、
口から泡を吐いて言葉にならない言葉を紡ぐ。
和也がそのまま命を落とすまでに多くの時間はかからなかった。
むご
︵⋮⋮酷いことをする︶
同じ日本人である和也の死に対して思わないことがないわけでは
なかったが、率先して聞いておきたいことは別にあった。
﹁1つ聞きたい。お前はマモンという魔族について何か知っている
か?﹂
マモンとは︽召喚の魔石︾を人間に売り歩いている魔族のことで
ある。
この情報は以前にシルフィアから入手したものであった。
同じ魔族であるベルフェゴールなら、マモンのことを何か知って
いるのではないかと悠斗は考えたのである。
﹁ブハハ! なんだ。お前さん。マモンの知り合いなのか﹂
﹁⋮⋮!?﹂
期待していなかったと言えば嘘になる。
だがしかし。
459
まさかこんなにも早くマモンに関する足がかりを掴めるとは思っ
ていなかった。
﹁ああ。実は俺はマモンとは古い付き合いでね。彼の行方を追って
いる。何か手掛かりになるような情報があれば教えて欲しい﹂
悠斗の嘘を瞬時に見抜いたベルフェゴールの眼差しは冷ややかな
ものであった。
﹁嘘、だな。あの偏屈屋が人間なんかと関わるものか。やつが信頼
するのはこの世でたった1つ。カネだけさ。大方お前さんは、マモ
ンに恨みを持った復讐者か何かだろう。そんな輩に仲間の情報を売
れるものか﹂
﹁そうか。教える気がないならそれでも良い﹂
悠斗はそう告げると足の裏に力を溜めて。
﹁力づくで聞き出すまでだ!﹂
ベルフェゴールとの距離を一瞬で詰める。
続けざま、悠斗が放ったのは空手で言うところの下段蹴りである。
一部の隙も無い全力の攻撃。
総合格闘技なのでは機動力を奪うために使われることが多いこの
技も悠斗が用いれば、相手の足腰を砕く必殺の一撃となる。
460
﹁⋮⋮ぬっ!﹂
ベルフェゴールは咄嗟に後ろに跳んで回避する。
通常の人間ならば眼で追うことすら難しい神速の蹴りだが、魔族
の中でも最上級の戦闘能力を所持するベルフェゴールならば避けら
れないほどでもなかった。
けれども。
此処までは悠斗の思惑通りの展開であった。
ベルフェゴールが後ろに跳ぶことを事前に予想していた悠斗は、
大きく地面を踏み込んで最大限に力を込めた剛拳を放つ。
100%回避不能なタイミング。
︵⋮⋮もらった!︶
悠斗が確実に先制攻撃を成功させたと確信したそのときである。
たしかに捉えたはずのベルフェゴールの体が悠斗の目の前から消
失。
気付くとベルフェゴールの体は悠斗の後方10メートルの地点に
移動していた。
この一連の出来事が︽転移︾の固有能力によるものだということ
に気付くまでに多くの時間はかからなかった。
﹁驚いたよ。ブヨブヨの腹の癖に随分と素早く動けるんだな﹂
461
﹁はぁ⋮⋮。やれやれ。面倒な相手に絡まれちまったなぁ﹂
悠斗の挑発を受けたベルフェゴールは大きく溜息を吐く。
こと戦闘において悠斗とベルフェゴールは真逆の価値観を有して
いた。
悠斗が実力のある相手と積極的に戦いたいと考えるタイプである
ならば︱︱。
ベルフェゴールは実力のある相手とは、極力戦闘を避けたいと考
えるタイプである。
仮に悠斗が取るに足らない雑魚であれば、ベルフェゴールも自ら
の作戦を邪魔するものを排除しようとしただろう。
だがしかし。
先の一連のやり取りで悠斗の戦闘能力を認めたからこそ、ベルフ
ェゴールの中にあった殺気は完全に消失していた。
﹁そんなに戦うのが好きなら幾らでも相手にしてやるよ﹂
ベルフェゴールはそう告げると︽口寄せ︾の固有能力を発動する。
口寄せの能力によって召喚されたのは、1匹のウッドヘッドであ
った。
﹁おいおい。まさかソイツを身代わりにしてこの場を離れようって
気ではないだろうな?﹂
﹁ブハハ! 面白くない冗談だなぁ。教えてやるよ。お前さんを殺
すのにオレが自ら出向くまでもないんだわ﹂
462
その直後。
堕落の魔王の地位を有するベルフェゴールが使用したのは、レア
リティ︽詳細不明︾の6番目の固有能力であった。
463
VS 怠惰の魔王2
闇堕ち。
その能力こそがベルフェゴールの所持する6つめの固有能力であ
り、彼の切り札と言えるスキルであった。
ベルフェゴールは︽闇堕ち︾の能力をウッドヘッドに使用する。
その直後。
ウッドヘッドの体は途端に膨張して巨大化していく。
﹁⋮⋮ぬお。なんだこりゃ!?﹂
レアリティが詳細不明の能力は魔眼のスキルによって存在を認知
することができない。
そのため。
悠斗は目の前で何が起きっているのか正確に判断することができ
なかった。
ウッドパスカル
種族:ウッドヘッド
職業:なし
464
固有能力:成長促進
成長促進 レア度@☆☆☆☆☆☆☆
︵植物の成長を加速させる能力︶
ただ1つ分かったことは、目の前にいた何の変哲もないウッドヘ
ッドが巨大化して︽ネームドモンスター︾に進化を遂げたというこ
とである。
﹁お前さんマモンに関する情報が欲しいんだって? 良いだろう。
オレ様の自慢のペットを倒すことが出来たら特別に教えてやるよ﹂
﹁ははっ。そりゃあどうも﹂
﹁⋮⋮という訳で。いけ! ウッドパスカル! そいつを叩き潰せ
!﹂
ベルフェゴールが命令するとウッドパスカルは全長20メートル
を超える巨体を動かし始める。
鞭のようにしなる木の蔓が悠斗に向けて強襲。
悠斗は持前の身体能力でなんとかそれを回避する。
けれども。
ウッドパスカルの攻撃は止まらない。
合計16本の巨大な木の蔓を同時に操るウッドパスカルは、息を
吐く暇もなく悠斗に攻撃を仕掛け続ける。
465
﹁っと!﹂
悠斗が攻撃を回避すると、木の蔓の1つが和也の死体に突き刺さ
った。
直後。
和也の肉体は養分を吸い取られてミイラ化して行く。
﹁⋮⋮おいおい。マジかよ﹂
一度でも攻撃があたれば、それが致命傷になりかねない。
干からび上がった和也の肉体を目の当たりにして悠斗の緊張感は
更に増して行く。
︵⋮⋮どうする。どうやってコイツを仕留める?︶
本来であれば悠斗の目的はベルフェゴールからマモンについての
情報を聞き出すことであり、目の前の相手と戦う理由はない。
けれども。
ウッドパスカルは16本の蔓の内の8本をベルフェゴールを守る
ために使っていた。
ベルフェゴールに接近するには、どうしてもウッドパスカルを撃
退する必要がある。
︵⋮⋮やるしかないか︶
悠斗は決意を胸に秘めると、木の蔓の隙間を縫うようにしてウッ
ドパスカルとの距離を詰める。
466
相手が即死級の攻撃を有している以上、戦闘を長引かせるのは得
策ではない。
そこで悠斗が使用したのは︽破拳︾と呼ばれる技であった。
人体の︽内︾と︽外︾を同時に破壊することをコンセプトに作っ
たこの技は悠斗にとって切り札とも言える存在である。
﹁おらあああっ!﹂
拳に力を込めて全力の︽破拳︾をウッドパスカルの巨体に捻り込
む。
瞬間、轟音。
ウッドパスカルの体は︽破拳︾による衝撃をモロに受けて木の葉
が無数に舞い落とす。
﹁嘘⋮⋮だろ⋮⋮!?﹂
﹁ブハハ! 人間にしてはスゲー攻撃だが⋮⋮生憎だったな﹂
けれども。
驚いたことに吸血鬼すら一撃で屠るこの技を見事に耐え切って見
せた。
その原因となったのは人体と樹木の身体構造の違いにある。
破拳の効果を最大限に発揮するには、対象となる物体に多量の水
467
分が含まれていることが不可欠になる。
人間の体は60パーセント以上は水分であり、破拳による衝撃を
拡散するのに適した構造をしている。
それに比べてウッドパスカルの体に含まれている水分量は人体の
半分以下であった。
そのため。
ウッドパスカルの巨体を一撃で倒すほどの威力を発揮することは
叶わなかったのである。
だがしかし。
悠斗の表情に焦りの色は見られない。
﹁⋮⋮仕方がない。アレを使うか﹂
その直後。
悠斗が使用したのは︽破拳︾すらを凌駕する︽近衛流體術︾の究
極奥義であった。
468
VS 怠惰の魔王3
悠斗は破拳の反動によりダメージを負った右腕を聖属性のヒール
で回復させながらも、昔のことを回想していた。
人間は自身の潜在能力を10パーセントも引き出せていない。
悠斗はとある少年漫画に書いてあったこの理論を、幼い頃より信
じていた。
その漫画によれば、人間の脳というのは10パーセントしか使用
していないために残りの9割を使うことが出来れば、人間の限界を
超えた力を引き出すことが出来るらしいということであった。
けれども。
この説はフィクションの世界だからこそ成り立つ俗説であり、人
間が100パーセントの脳を稼働させることなど不可能なことだろ
う。
ならば、どうすれば人間は眠っている潜在能力を引き出すことが
できるのか?
そこで悠斗が目を付けたのは、人間の体に刻まれた遺伝子であっ
た。
日常生活の中で人間が﹃リミッター﹄を掛けているのは疑いよう
469
のない事実である。
人間は自身の﹃生きようとする本能﹄には逆らうことが出来ない。
たとえば、自殺志願者が死ぬまで走り続けようと決意をしても、
何時か何処かで自分の意思とは無関係に足を止めてしまう。
理性では死にたいと願っていても、本能が生きたいと願ってしま
うのである。
悠斗はそこで、人間の遺伝子に刻まれたリミッターである﹃生存
本能﹄を意図的に解除出来ないかと考えた。
そのために悠斗は、祖父の保有する高層ビルの屋上で毎日﹃死﹄
と向き合う訓練を行った。
高さ100メートル。
落ちれば間違いなく即死という状況下で悠斗は、毎日鉄棒にぶら
下がって懸垂を行った。
1日16時間を懸垂に費やして、終われば死んだように眠る日々。
そんな生活を繰り返す内に何時の間にか悠斗は、次第に﹃死﹄を
恐れないようになっていた。
極限まで時を圧縮したかようような過酷な訓練により、悠斗の中
の生存本能は極限まで希薄なものになって行ったのである。
この訓練を行ってから暫く経った後。
悠斗は任意のタイミングで人間の潜在能力を100パーセントを
470
引き出すことを可能としていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
以上が﹃遺伝子情報の人為的な書き換え﹄というテーマの小学5
年生の夏休みに行った悠斗の自由研究である。
︵なに⋮⋮!? こいつ⋮⋮いきなりプレッシャーが跳ね上がった
⋮⋮!︶
ベルフェゴールは戦慄していた。
何故ならば︱︱。
目の前の少年から放たれる威圧感は、明らかに人間の限界を超え
たものであったからである。
︽鬼拳︾。
戦闘に不要な︽生存本能︾というリミッターを意図的に解除する
この技を悠斗はそう呼んでいた。
己の身体能力を格段に上昇させるこの技は、使い方を誤れば命を
失いかねないキケンな技でもある。
﹁悪いが、一瞬で終わらせてもらう﹂
悠斗はそう告げると、ウッドパスカルの近くに接近。
471
近くにあった蔓の1つを手に取った。
﹁なっ。お前さん。一体何を⋮⋮!?﹂
てっきり先程のように打撃攻撃で正面突破してくるものだとばか
り考えていたベルフェゴールは困惑していた。
けれども、その直後。
ベルフェゴールの表情は途端に青ざめたものになる。
﹁おらあああっ!﹂
悠斗はウッドパスカルの巨体を力一杯、地面に向かって叩き付け
る。
瞬間、轟音。
その一撃により地面はひび割れ大きなクレーターが出現する。
﹁なにぃぃぃ!?﹂
大きく地面が揺れてベルフェゴールが腰に巻き付けた酒瓶は落下。
パリンと音を立てて内容物をぶちまける。
﹁まだまだ!﹂
悠斗の猛攻は止まらない。
勢いに乗った悠斗は、同じ要領でウッドパスカルの巨体を幾度と
なく地面に叩き付ける。
472
通常の人間ならば、体長20メートルを超えるウッドパスカルの
巨体を持ち上げるなど到底不可能だろう。
何故ならそれは人間の限界を明らかに超えた、人間の生存本能に
逆らう行為だからである。
けれども。
鬼拳によって覚醒した悠斗の肉体は、不可能を可能にして見せて
いた。
﹁がっ、がああああっ!﹂
度重なる攻撃を受けたウッドパスカルは地鳴りのような断末魔を
上げる。
しかし、その声も攻撃を繰り返すことで小さくなって行き︱︱。
12回目の攻撃によりウッドパスカルはピクリとも動かなくなっ
た。
すかさずステータス画面を確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV5︵18/50︶
風魔法 LV3︵20/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV2︵18/20︶
特性 : 火耐性 LV3︵1/30︶
473
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
固有能力に︽成長促進︾が追加されていた。
即ちそれは目の前の敵が既に命を落としていることを意味してい
た。
﹁さぁ。雑魚は倒したぜ。次はお前が相手をしてくれるんだろう?
ベルフェゴールさんよ﹂
悠斗が挑発をするとベルフェゴールは舌打ちをする。
﹁チッ。止めだ止め。今回のところは正直に負けを認めるよ。誰が
お前さんみたいな面倒な相手と戦うものかね﹂
自信がないというわけではない。
が、七つの大罪の内︽怠惰︾を司るベルフェゴールは、進んで強
敵と戦うような性格ではなかった。
﹁ところでお前さん。これはほんの好奇心なのだが⋮⋮よければ名
前を教えてはもらえないかね?﹂
﹁近衛悠斗だ﹂
474
﹁ふむ。コノエ・ユウトか⋮⋮。500年振りくらいだろうか。久
しぶりに面白い人間に出会えたような気がするよ﹂
ベルフェゴールは独り言のように呟いたの後。
﹁それではオレはこの辺りでお暇させて貰う。悪いが⋮⋮これから
昼寝の時間なんだわ﹂
欠伸をしながら悠斗の視界から消え去った。
指定したポイントに自在に移動できる︽転移︾の固有能力。
魔眼のスキルによりその効果を知っていた悠斗は、ベルフェゴー
ルを追うようなことはしなかった。
﹁さぁ⋮⋮。そろそろ俺もスピカたちの元に戻らないとな﹂
戦いが終わり鬼拳を解除したそのとき、体の節々に激痛が走る。
︵少し⋮⋮長く使い過ぎたか︶
自らの生存本能を破壊することで身体能力を向上させる鬼拳とい
う技は、長時間使用すれば命を落とす可能性もあるキケンな技でも
ある。
自らの体に後遺症を残さない範囲で維持できる時間はせいぜい3
分が限度。
30秒程度でも全身が激しい筋肉痛に見舞われたような症状が起
こる。
475
︵この世界で生きて行くためには⋮⋮もっと強くならなくちゃいけ
ないな⋮⋮︶
今回の一件からそう心に決めた悠斗は、ヨロヨロとした覚束ない
足取りでケットシーの村に戻るのであった。 476
村長からのプレゼント
﹁ユウト君。この度は本当に良くやってくれた。なんとお礼をすれ
ば良いのやら⋮⋮かける言葉が見つからないよ﹂
和也たち盗賊団がケットシ︱の村を襲撃してから1日が経った。
その被害は今も凄惨な傷跡を残している。
負傷者は数十人に上り、僅かではあるが死者も出た。
けれども。
この程度の被害で済んだのは、偏に悠斗の活躍があったからだと
オリヴィアは考えていた。
﹁⋮⋮そんなに頭を下げないで下さい。俺としても色々と収穫があ
って満足していますから﹂
盗賊のナイフ レア度@☆☆
︵刀身が大きく反り返った殺傷能力の高いナイフ。盗賊たちが好ん
で使用する。素材の剥ぎ取りには向かない︶
今現在、悠斗の手持ちには武装解除という名目の元、盗賊たちか
ら奪ったナイフが32本あった。
477
1本1本に大した額は付かないだろうが、これだけのまとまった
数があれば、それなりの額で売却できるだろう。
成長促進 レア度@☆☆☆☆☆☆☆
︵植物の成長を加速させる能力︶
付け加えて。
今回の戦闘により新たに︽成長促進︾の固有能力を習得すること
ができた。
︵もしかすると⋮⋮さっき手に入れた木の実に︽成長促進︾の能力
を使えば、自宅で神樹を育てることができるんじゃないか⋮⋮!?︶
悠斗のバッグの中には︽若返りの実︾を始めとする、ケットシー
の村で採取したレアな木の実が入っていた。
幸いにも新しい住居を購入したばかりであり、樹木を育てる場所
には事欠かない。
自宅に帰ったらさっそく試してみることにしよう。
﹁まずはリリナのことを救ってくれた件についての礼がまだ済んで
いなかったな。これは私たちの村からユウト君に対する感謝の印だ
よ。是非とも受け取って欲しい﹂
478
魔法のバッグ︵改︶ レア度@☆☆☆☆☆☆
︵アイテムを自由に出し入れできる便利な高性能のバック。制限容
量は4000キロまで︶
オリヴィアが用意したアイテムの効果を魔眼のスキルで確認する
なり、悠斗は目の色を変える。
﹁ありがとうございますっ! 助かります!﹂
悠斗が現在使用しているバッグは制限容量が100キロまでしか
なかったが故に何かと不便な点も多かった。
制限容量が4000キロにも達する新しいバッグは、これからの
冒険に必ず役立ってくれるに違いない。
レアリティが2段階アップの効果は伊達ではないということなの
だろうか?
デザイン的には今まで使っていたものとそれほど変わりがないよ
うな気がするが、その容量は驚きの40倍である。
家に戻ったらさっそくバッグの中身を入れ替えておくことにしよ
う。
﹁そして次にこの村を救ってくれたお礼だが⋮⋮残念ながらこの村
には、キミを満足させられそうなアイテムや資金はなくてね。そこ
で村の人間たちで色々と話し合ったのだが⋮⋮リリナとサーニャを
奴隷としてキミの傍に置いてはくれまいか?﹂
479
﹁⋮⋮はい?﹂
オリヴィアの提案があまりにも意外なものであったので、悠斗は
思わず間の抜けた声を上げてしまう。
﹁いやいや! どうしてそこであの二人を奴隷にするという話にな
るんですか!?﹂
﹁ふむ。それについては、なかなか込み入った事情があるのだが⋮
⋮﹂
いつになく真剣な面持ちでオリヴィアは説明を始める。
﹁捉えた盗賊の1人に今回、村を襲った理由を問いただしたところ、
どうやら彼らの目的は、サーニャを奴隷として売り払うことにある
らしくてね。珍しい固有能力を保有する奴隷は、場合によっては数
千万リアという額で取引されることがあると言われているのだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
そこまで聞いたところで悠斗は、オリヴィアが唐突な提案をして
きた理由について大まかに理解することができた。
﹁なるほど。つまりこの話は2人のためでもある訳ですね﹂
﹁その通り⋮⋮察しが早くて助かるよ﹂
悠斗の頭の回転の早さに感心しながらもオリヴィアは続ける。
﹁キミの察している通り、今回の一件によりフォレスティ姉妹に対
480
する村人たちの心象は最悪なモノになっている。正直に言うと、再
び村が襲われることを考え、彼女たち二人を村から追い出すべきと
いう考えが多数派になっているくらいだ。
けれども、何の身寄りも持たない女二人が生きて行けるほどこの
世界は甘くはない。従って今回の提案は、私からの願いでもある。
フォレスティ姉妹には事情を説明して合意済みだ。どうだろう。彼
女たちを傍に置いてやってはくれまいか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵⋮⋮断る理由は、1つもないよな︶
先日、悠斗はエクスペインの街に豪邸を買ったばかりである。
リリナとサーニャが寝泊まりする部屋を用意するくらいなら直ぐ
にでも出来るだろう。
﹁分かりました。そういう事情があるのでしたら任せて下さい﹂
﹁有難い。二人のことを宜しく頼むよ﹂
オリヴィアは何処か物憂げな眼差しで、感謝の言葉を口にする。
﹁⋮⋮私もあと10年若ければ、キミのところに付いて行きたかっ
たのだけどな﹂
﹁あの? オリヴィアさん。何か言いました?﹂
﹁ふふふ。何でもない。年寄りの独り言さ。忘れてくれたまえ﹂
オリヴィアは﹁リリナとサーニャのことを宜しく頼んだ﹂という
481
念押しの言葉を残すと静かに席を立つことにした。
オリヴィアには守らなければならないものが沢山ある。
何もかも投げ出して男に付いて行くには、少し歳を取り過ぎた。
まずは手始めに、盗賊団に襲撃されて傷を負った村の復興活動に
励まなくてはなるまい。
やらなければならないことは山積みである。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
その晩、オリヴィアは珍しく1人で酒を飲んだ。
酒の力を借りて辛いことを忘れることが出来るのは、若い娘には
できない大人の特権である。
早く結婚して、自分だけの幸せを掴もう。
そうすればもう、こんなに辛い想いはしなくてすむのではないだ
ろうか?
体中にアルコールが回り、朦朧とする意識の中でオリヴィアはそ
んなことを考えるのであった。
482
邪神復活
一方同刻。
此処はエクスペインの中にあるスラムの廃墟。
その中に魔族たちの間にその雷名を轟かせている2人の傑物の姿
があった。
﹁ベルフェゴールよ。ここ最近のお前の行動には目が余るものがあ
る﹂
1人は巨大な刀剣を背負った銀髪痩躯の男。
七つの大罪の︽傲慢︾を司るルシファーであった。
﹁んあ? ルシファーの旦那。わざわざそんなことを言うためにオ
レに会いにきたのかい?﹂
もう1人は、腰にひょうたん型の酒ビンを身に付けた、だらしの
ない体型をした中年の男。
七つの大罪の︽怠惰︾を司るベルフェゴールである。
﹁その通りだ。お前は以前からスラムを根城にして人間たちと接触
しているようだな。忘れたか? 人間との関わりと持つことは、我
々魔族にとって禁忌であることを︱︱﹂
鋭い眼差しで問い詰めるルシファー。
483
﹁ふん。別に忘れちゃいないさ。たださ、最近気付いちまったんだ
わ。︽死戒の宝玉︾に力を貯めるには、人間同士を争わせるのが1
番効率が良いってな﹂
そう言ってベルフェゴールが懐から出したのは灰色に濁った水晶
玉であった。
このアイテムは︽死戒の宝玉︾と呼ばれており、七つの大罪に属
する魔族のみが所持することを許されるレアアイテムである。
死戒の宝玉は人間たちの恐怖や絶望と言った︽負の感情のエネル
ギー︾を集めことで驚異的な魔力を蓄えることが可能であり︱︱。
七つの大罪のメンバーは、このアイテムを利用して、かつてこの
世界に君臨していたとされている︽邪神︾を現世に蘇らせようと計
画していたのであった。
この邪神復活計画は500年前に人類との戦争に敗れて、辛酸を
舐めている魔族たちにとって起死回生の策といえた。
﹁ルシファーの旦那。どうしたんだい? 傲慢を司るお前さんらし
くないじゃないか。大体その取り決めは、オレたち魔族が人間との
争いに敗れた直後に作られたものだろ? 500年前ならともかく今は条件が違う。オレたち魔族はここ1
00年で相当な力を蓄えてきた。今更どうして人間を恐れる必要が
ある?﹂
邪神が復活して魔族たちが再びトライワイドを支配するようにな
484
った暁には、︽死戒の宝玉︾の中に貯めたエネルギーに応じて、七
つの大罪のメンバーの間で領土を分配するという取り決めになって
いる。
そのため。
ベルフェゴールは人間たちを利用して、他のメンバーを出し抜こ
うと考えていたのであった。
﹁⋮⋮驕りが過ぎるぞ。ベルフェゴールよ。人間は確かに個々の力
では我々魔族には及ばないが、繁殖力や結束力では我々の遥か上を
行く。かつて我々が人間との争いに敗れたのは、彼らの力を侮って
いたからに他ならない﹂
﹁ブハハ! 驕りが過ぎるって! まさかお前さんの口からそんな
言葉が出てくる日が来るとは思わなかったわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
仲間からの忠告も何処吹く風と言わんばかりにベルフェゴールは
笑い飛ばす。
慢心を抱く仲間の姿を目の当たりにしたルシファーは不吉な予感
を抱いていた。
︵計画は全て予定通りに進んでいるはず。しかし、なんだ⋮⋮? この胸の内から湧き上がる言われようのない不安は⋮⋮?︶
このときルシファーの頭に過ったのは、エクスペインの街で偶然
に見かけた1人の少年の姿であった。
485
ルシファーの脳裏にはその少年の姿が焼き付いて離れなかった。
何故ならば︱︱。
黒髪黒目の精悍な顔立ちをしたその少年は、500年前に人間た
ちを率いて魔族を滅ぼした英雄︱̶アーク・シュヴァルツの姿と重
なるものがあったからである。
︵⋮⋮フッ。ベルフェゴールの言うことにも一理ある。たった1人
の人間に恐れを抱くなど私もどうかしているな︶
自分としたことが、ガラにもないことを考えてしまった。
そう判断したルシファーは、廃墟の中で自嘲的な笑みを零すので
あった。
486
猫耳姉妹との契約
オリヴィアからフォレスティ姉妹の世話を任せられた悠斗は、長
らく開けていた自宅に戻ることにした。
﹁リリナ。サーニャ。今日から此処がお前たちの暮らす部屋だ﹂
悠斗は二人に屋敷の部屋を貸し与えることにした。
姉妹で一緒の部屋が良いというリリナの希望に沿って、二人には
大きめの部屋を用意している。
﹁ふにゅ∼。パ、パナいのです!?﹂
﹁おいおい。冗談だろ⋮⋮?﹂
フォレスティ姉妹は、高級スイートルーム顔負けの贅を尽くした
部屋を前に目を丸くして驚いているようであった。
﹁冒険者さん。凄いのです! フカフカなのです! 感動なのです
!﹂
テンションを上げたサーニャはもふんっ! と、ベッドの上にダ
イブしてピョンピョンと跳ね回る。
﹁あ、こら! サーニャ! そんなことをしたらユート様に失礼だ
ろうがっ!﹂
487
リリナは慌ててサーニャを止めようとする。
﹁別に俺は構わないぞ。ただ1個、注文を付けるなら、冒険者さん
と呼ぶのは辞めて欲しいかな﹂
﹁どうしてなのですか?﹂
﹁んー。これから一つ屋根の部屋で生活をするわけだし、あまり他
人行儀なのも味気ないだろう﹂
﹁なるほど、なのです⋮⋮﹂
サーニャは何かを考え込むように暫く俯いていたかと思うと唐突
に顔を上げて。
﹁では改めまして。お兄ちゃん♪ これからよろしく、なのです﹂
﹁⋮⋮お、おう。よろしくな。サーニャ﹂
唐突に﹁お兄ちゃん﹂と呼ばれて驚く悠斗であったが、年齢差を
考えればそれほど不自然でもないだろうと判断をする。
これからは同じ家で生活をするわけだし、他人行儀に過ぎるより
は良いだろう。
﹁サ、サーニャ。ユート様になんて失礼なことを言うんだ!?﹂
﹁いや。俺のことは好きに呼んでくれて構わない。リリナも﹃ユー
ト様﹄なんて無理して言ってないか? 前みたいに﹃ユート﹄って
488
呼び捨てでも良いぞ﹂
﹁んでも。それは流石に不自然だろ⋮⋮。オレたちはユート様の奴
隷になったのに⋮⋮﹂
リリナとサーニャの右手の甲には作成したばかりの呪印が浮かび
上がっていた。
悠斗は既に﹁自分を裏切らないこと﹂﹁自分の情報を他人に口外
しないこと﹂という二つの命令をフォレスティ姉妹に行っている。
隷属契約の能力にはお互いの位置を把握したり、能力略奪の効果
を共有するメリットがある。 今後のことを考えると利用しないという選択肢はないだろう。
﹁そこは別に気にしないでくれよ。リリナのことは頼りにしている
し、色々な仕事を任せたいと思っているんだ﹂
﹁⋮⋮その、仕事って?﹂
﹁具体的にはこの家の掃除、家事全般を任せたいと思っている﹂
悠斗が告げると、リリナの表情はパァッと明るくなる。
﹁こんなに広い屋敷を!? オレ1人で掃除しても良いのか!?﹂
﹁⋮⋮ああ。随分と嬉しそうだな。今後は人員を増やすかもしれな
いし、リリナには家事部隊の隊長をやってもらいたいと考えている﹂
﹁当たり前だろ! こんな場所で1日中家事をしていられるなんて
489
夢のようだぜ!﹂
リリナの双眸は、新しい玩具を買い与えられた子供のようにキラ
キラと輝いたものであった。
﹁お兄ちゃん。リリナは昔から三度のご飯よりも家事が好きなので
す。気にしたら負け、なのです﹂
﹁そ、そうだったのか﹂
﹁よし。そうと決まれば⋮⋮まずはこの屋敷の全体を調査して掃除
の計画を立てなくてはな! ユート。悪いが、オレはさっそく仕事
に移らせてもらうぜ﹂
﹁うん。そこは任せるよ﹂
悠斗が許可するとリリナはポニーテールを翻して颯爽と部屋を後
にした。
家事が得意であるというのは事前に聞いていたが、まさか仕事を
与えて喜ばれるとは予想外であった。
﹁お兄ちゃん。リリナの仕事が家事なのは分かったのですが、サー
ニャの仕事は何なのでしょうか?﹂
﹁サーニャの仕事⋮⋮か﹂
悠斗の当面の目的は家政婦となる人間を雇うことであったので、
そこまでは気が回っていなかった。
490
けれども。
懐柔のスキルホルダーであるサーニャならば、何か適任となる仕
事がありそうな気がする。
﹁今のところ特にこれと言って任せたい仕事はないから、暫くはリ
リナのサポートに回ってくれないか?﹂
悠斗が告げるとサーニャは、ぷっくりと頬を膨らませる。
﹁ふにゅ∼。分かりました。けれども、何か釈然としないのです﹂
これ以上ないくらいにサーニャにハマった仕事が見つかるのは、
それから僅か数日のことになる。
491
エピローグ ∼ 拡大する奴隷ハーレム ∼
﹁びえっ。びえええええっ!﹂
翌朝。
スピカの悲鳴により悠斗は、目を覚ますことになる。
慌てて階段を降りて声のした方に向かってみると、屋敷の庭で驚
︵テイミング︶
いて腰を抜かしたスピカの姿を確認することができた。
スケルトン 脅威LV7 状態
スピカが悲鳴を上げるのも無理はない。
悠斗の視界に入ったのは、ウジャウジャと庭の中を埋め尽くすよ
︵テイミング︶﹄の表記から
うに居座るスケルトンの大群であった。
﹁う∼。ご主人さまぁ⋮⋮﹂
状況は正確に掴めないが、﹃状態
この騒動を引き起こした人物については当たりを付けることができ
た。
﹁あ。お兄ちゃん。おはようございます、なのです﹂
問題の人物︱︱。
492
サーニャ・フォレスティは相棒であるブレアドラゴンの背中に跨
り、呑気に挨拶をする。
﹁⋮⋮サーニャ。ここにいるスケルトンたちはお前が連れてきたん
だな?﹂
﹁はい、なのです。折り入ってお兄ちゃんに頼みたいことがあるの
です﹂
﹁よし。なんとなく嫌な予感がするが⋮⋮言ってみろ﹂
﹁実を言いますと、此処にいる60匹のスケルトンさんたちは、ケ
ットシーの村で生活していたときからのお友達だったのです。
けれども、最近は新しい魔物さんの出現により住処を無くしてし
まって、とっても困っているらしいのです。お兄ちゃんのことを話
したら、何でも仕事をする代わりにこの家に住まわせてくれないか、
とお願いされたのです。お兄ちゃん。お願いします。スケルトンさ
んたちを助けて上げてはくれませんか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
サーニャの提案を聞いた悠斗は頭を悩ませていた。
打算で考えるのならサーニャの持ち掛けたこの話は、悠斗にとっ
てこれ以上のないほど好都合なものであった。
悠斗は以前から留守中の屋敷の警備をしてくれる人間を探してい
た。
スケルトンたちは警備の仕事を請け負ってくれるのであれば、人
件費は格段に浮かすことができるだろう。
493
だがしかし。
悠斗の目標はあくまで100人の美少女との奴隷ハーレムである。
どんなに優れた適性を持っていても人外を雇うということには抵
抗があった。
そんな心情を知ってか知らずか、サーニャは悠斗の頭を混乱させ
るかのような言葉を口にする。
﹁ちなみに此処にいるスケルトンさんたちは、全員、女の子、なの
です﹂
﹁マジでか!?﹂
悠斗は悩んでいた。
︵性別が♀ということは此処にいる60匹のスケルトンたちは、ギ
リギリ魔物娘の範疇なのか⋮⋮?︶
仮に此処でスケルトンたちを仲間に加えれば、目標である100
人の美少女との奴隷ハーレムに大きく近づくことになるだろう。
生前がどんな容姿であったかが不明な以上、スケルトンたちが美
少女である可能性も否定できない。
シュレティンガーのネコ理論である。
494
﹁よし。分かった。スケルトンたちは警備員としてウチの屋敷で雇
うことにするよ。その代わりサーニャがしっかりと面倒を見ること。
これからはサーニャを警備隊長に任命する!﹂
﹁本当ですか!?﹂
だからというわけではないが悠斗はサーニャの提案を受け入れる
ことにした。
困っている美少女の願いであれば極力叶えてあげたいという想い
が、悠斗の中にはあったのである。
目標である100人のハーレムにスケルトンたちを入れるべきか
は、保留にしておくとしよう。
﹁お兄ちゃん。大好き、なのです!﹂
サーニャが甘えた声を出した直後。
周囲の人間たちが唖然とするようなことが起こった。
何を思ったのかサーニャは、悠斗の首筋に手を回して強引に唇を
奪ったのであった。
﹁⋮⋮⋮⋮!????﹂
ちなみにこれは悠斗にとってファーストキスであった。
初めてのキスの相手が10歳の少女という衝撃に打ちひしがれて
た悠斗は、魂が抜けてたかのように呆然としていた。
495
そんな悠斗の様子に不安を覚えたのかサーニャは申し訳なさそう
な表情になる。
﹁あの⋮⋮サーニャ、なにか変なことをしたのでしょうか? 女の
子は好きな男の人にはチューをするものだと村長から聞いたことが
あったのですが﹂
﹁ああ。うん。俺は構わないんだけど⋮⋮﹂
どちらかというとショックが大きかったのは、当事者である悠斗
よりも騒ぎを聞きつけて集まってきた女性たちであった。
﹁ご、ご、ご、ご主人さま!?﹂
﹁恐れ入ったぞ! 悠斗殿は小児性愛者であったか!?﹂
﹁ユートッ! 人の妹に何てことをしてくれているんだお前はさ!
?﹂
スピカ、シルフィア、リリナの3人の美少女たちは、それぞれ三
者三様のリアクションで驚いていた。
︵やれやれ。人数も増えると⋮⋮色々と気苦労が増えそうだな︶
けれども、不思議と嫌な気分はなかった。
それどころか、彼女たちの主人という立場にある人間として、女
496
の子たちを幸せにしてやろうというヤル気が湧き上がってくるよう
である。
4人の美少女と60匹のスケルトンによるハーレムライフは、こ
れからも騒がしいものになりそうであった。
497
エピローグ ∼ 拡大する奴隷ハーレム ∼︵後書き︶
●お知らせ
書籍版の2巻にはおまけ短編﹃シルフィアのプレゼント﹄を掲載
しています∼。
こちらも宜しくお願いします。
498
新しい日常
とある日の朝。
窓の外から入ったうららかな日差しが、ベッドの上にいる1人の
少年と2人の少女の顔を照らし出していた。
少年の名前は近衛悠斗。
つい先日まで、現代日本で暮らしていたごくごく普通の高校生で
ある。
悠斗は布団を捲り上げて、状態を起こすと両隣にいるネグリジェ
姿の少女の方に目を向ける。
右隣で寝ているのは犬耳の少女、スピカ。
左隣で寝ているのは孤高の女騎士、シルフィア。
昨晩は遅くまで魔法の訓練に付き合わせてしまったからだろう。
スピカとシルフィアは主が起きたことに気付かずに熟睡していた。
︵そろそろ起きる時間だけど。もう少しだけ⋮⋮この幸せを味わっ
ておくか︶
悠斗は両手を使いスピカとシルフィアを抱き寄せながらも、二度
寝をすることを決意する。
499
庭の木に止まった小鳥たちは、仲睦ましい様子でチュンチュンと
さえずっていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁お! ユート。やっと起きたのか﹂
﹁おはよう、なのです。お兄ちゃん﹂
階段を降りて、1階の居間に脚を運ぶとそこには、既に見覚えの
ある猫耳の姉妹がいた。
キッチンに入り朝食の準備をしているポニーテールの少女が、リ
リナ・フォレスティ。
姉から受け取った料理をテーブルの上に運ぶツインテールの少女
が、サーニャ・フォレスティ。
つい先日。
悠斗はこのケットシーの姉妹を屋敷の使用人として雇ったばかり
であった。
﹁ユート。起きるのが遅いから先に料理の準備を始めちまったが、
構わなかったか?﹂
﹁ああ。何も問題ないよ。ありがとう。さっそく熱心に仕事をして
くれているみたいだな﹂
500
﹁へへっ。良いってことよ。家事のことなら何でもオレに任せてく
れ!﹂
悠斗に褒められたリリナは、照れくさそうに頬を掻く。
リリナ・フォレスティは男勝りな口調に似合わず、料理を始めと
する家事スキルに優れた少女であった。
﹁そう言ってくれると心強いよ。どういう訳かウチの女性陣は、壊
滅的に料理がダメダメだったからな⋮⋮﹂
悠斗が白い眼差しを送るとスピカ&シルフィアは、しどろもどろ
になる。
﹁ぬぅっ。悠斗殿。そのような目で見てくれるな! 騎士である私
に女中の真似事など出来るはずがないだろうっ!﹂
﹁うぅっ。申し訳ありません。宿屋で働いていたころ、料理はずっ
と女将さんの仕事だったのです⋮⋮﹂
外見だけなら非の打ちどころのない美少女と言える初期メンバー
の二人だが、意外なことに彼女たちの女子力は低かった。
その代わり運動能力は異様に高いようで、冒険時には悠斗の陰で
八面六臂の活躍を見せている。
︵⋮⋮まぁ、リリナのこともあるし、人は見かけによらないという
ことなのだろう︶
悠斗は適当にそう結論付けると、朝食の並んだテーブルの席に腰
501
を下ろすことにした。
﹁それで、ご主人さま。本日の予定は如何なされますか?﹂
それから。
悠斗、スピカ、シルフィア、リリナ、サーニャの5人は朝食のテ
ーブルを囲んで本日の予定について話し合っていた。
﹁そうだな。特に何もなければ、討伐クエストに行こうかと考えて
いるんだが。何か用事のある奴はいるか?﹂
﹁なあ。ユート。大した用でもないんだけど、オレから1つ提案し
ても良いか?﹂
悠斗が尋ねると、リリナは遠慮がちに声を上げる。
﹁ああ。何でも言ってくれ﹂
﹁市場に行って色々と買い足したい食材があるんだ。今朝、初めて
この家の食糧庫の中を見たんだが。なんというか、その⋮⋮﹂
﹁確かに。ウチの食糧庫にはロクなものが入っていないからな⋮⋮﹂
今まではどうせ料理をする人間がいないからと、即席で食べるこ
との出来る、乾パンや干し肉などの保存の利く食材ばかりを購入し
ていた。
せっかく立派な食糧庫があるのに宝の持ち腐れという感じである。
けれども、せっかく優秀な家政婦を雇ったのだ。
502
これからは積極的に食糧事情を改善して行くべきだろう。
﹁よし。分かった。なら今日は俺とリリナの二人で市場に行くこと
にしよう﹂
﹁⋮⋮ふ、二人でか!?﹂
﹁ああ。そのつもりだったんだが、もしかして嫌だったか?﹂
悠斗がリリナと二人で出かけることを決めた理由は、あまりゾロ
ゾロと女の子を連れて街の中を歩くべきではないと考えていたから
だ。
何か直接的に損をするというわけではないのだが、可能な限り悪
目立ちをするような行動は控えた方が良いだろう。
﹁べ、別に。嫌というわけじゃないんだが﹂
﹁お姉ちゃんとお兄ちゃんが二人でお出かけ! それってなんだか
デートみた⋮⋮﹂
﹁シャラップ!﹂
﹁ふにゅ∼。ふぐぐぐ!﹂
サーニャが何かを言いかける寸前。
リリナは妹の口の中にテーブルの上のパンを突っ込んだ。
﹁? どうしたんだ。リリナ﹂
503
﹁いやいや。何でもないんだ! ユートは気にしないでくれ!﹂
妹の体を羽交い絞めにしながらもリリナは不自然な作り笑いを浮
かべる。
︵デート。オレとユートが二人きりでデートか⋮⋮︶
火が出るように顔が熱い。
なるべく意識しないようにしていたのだが、妹の発言により自然
と悠斗のことを考えてしまう。
リリナにとって悠斗は、自らの主人であり、命の恩人であり、初
めて憧れを抱いた異性であったのだ。
それからというもの︱︱。
リリナは暫く、緊張で味のしなくなったトーストをモグモグと口
の中に運ぶことになるのであった。
504
異世界で食材を購入しよう
﹁おおぉ! スッゲー! やっぱり王都の市場は規模がスゲーな
!﹂
それから2時間後。
悠斗とリリナはエクスペインの市場を訪れていた。
屋台に並んだ新鮮な食材を目の当たりにして、リリナはその両目
を輝かせていた。
﹁あ! あそこにあるのはフルフル茸じゃないか!﹂
目ぼしいものを見つけたのか、リリナは脇目もくれずに屋台に突
撃していた。
﹁オジサン。そこにあるキノコ! 1つ頂けませんか?﹂
﹁おっ。嬢ちゃんは可愛いいねー!﹂
﹁えー? 私なんて全然そんなことないですよー﹂
﹁いやいや。嬢ちゃんほどの可愛い子は、この街では滅多に見られ
ないよ。特別にオジサン、サービスしちゃおうかな﹂
﹁わー! 本当ですか? 私とっても嬉しいです﹂
505
﹁へへっ。嬢ちゃんが喜んでくれるならオジサンも嬉しいよ﹂
普段の男勝りな態度から一転。
リリナは借りてきたネコのように大人しい様子であった。
いつのまにか一人称も﹃オレ﹄から﹃私﹄に変化している。
﹁ククク。こんなに安くフルフル茸を買えるなんて今日はラッキー
だぜ﹂
全てが﹁計算通り﹂とばかりに黒い笑みを零すリリナ。
何時も以上にリリナが女の子らしく見えたのは、あわよくば店の
人におまけをしてもらおうという魂胆があったからなのかもしれな
い。
家事万能スキルは値引き交渉にも適用されるようであった。
﹁初めて見るキノコだけど、そんなに美味しいものなのか?﹂
﹁ああ。ケットシーの村じゃ、なかなか手に入らない珍味なんだけ
ど、これが絶品なんだよ。ウチのサーニャの大好物なんだ﹂
﹁リリナは本当に妹と仲が良いんだな﹂
﹁アハハ。まぁ、あんな妹でもオレにとってはたった1人の家族だ
からな﹂
506
妹の話題を振った途端、リリナは屈託のない笑みを浮かべていた。
﹁そう言えば、ユートには兄妹っていないのか?﹂
﹁俺か? まあ。俺にも⋮⋮妹が1人だけいるぞ﹂
心なしか気まずそうな口調で悠斗は答える。
﹁本当か!? それで、そのユートの妹はどんなやつなんだ!?﹂
﹁一言で言うと滅茶苦茶なやつだな﹂
﹁⋮⋮滅茶苦茶なやつ?﹂
﹁あー。うん。やっぱりこの話題は止めにしよう。実を言うと俺に
とって妹は、あまり思い出したくない存在なんだ﹂
﹁そ、そうか。悪いな。変なことを聞いちまって﹂
﹁いや。気にしないでくれ。それより、ほら! あそこに変な肉が
置いているみたいだぞ! 見に行こう﹂
﹁ああ!﹂
露骨に話題を逸らすと、悠斗はリリナをリードするように先を歩
く。
近衛愛菜という妹は、悠斗にとって天敵と呼べる存在であった。
507
容姿端麗。成績優秀。
おまけに優れた武術の才能を有しているため、一見して非の打ち
どころのない美少女なのだが、その内面は異質の一言に尽きる。
彼女の存在は、これまで悠斗に多くのトラウマを植え付けてきた。
︵⋮⋮まあ、幸いなことに此処は異世界。俺が日本に戻らない限り、
アイツとは二度と会うことはないだろう︶
悠斗はそう結論付けると、ひとまずはリリナと買い物を楽しもう
と決意するのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
暫く市場を歩き回って、判明したことがある。
それは現代日本とエクスペインの物価の違いであった。
エクスペインでは、野菜・果物・穀物などは安く売られているが、
肉類は総じて高価な食材として扱われていた。
リリナ曰く。
トライワイドでは牛肉や豚肉と言った食材は、一般市民にはなか
なか手が出ない高級品ということらしい。
それというのも肉を1キロ生成するには、その何倍もの穀物が必
要となってくるからである。
508
日本と比較して、文明のレベルが低いトライワイドでは、まだま
だ肉は嗜好品という認識が強いらしい。
﹁なあ、リリナ。肉が高いのは分かったんだけど、それにも増して
魚が高いのはどうしてなんだ?﹂
﹁ああ。それはエクスペインが港町から離れた場所にあるからじゃ
ないか? 新鮮な魚を街に運んだりするのが大変なんだ。途中で魔
物に襲われたりする事件が後を絶たないしな﹂
﹁⋮⋮なるほど。そういう事情があったのか﹂
日本では1尾100円以下で買うことの出来たアジやイワシと言
った大衆魚も、トライワイドでは優に10倍を超える値段で売られ
ていた。
﹁それなら魚は諦めるしかないかな﹂
﹁いや。そうでもねーぜ。たしかに海の魚は高級品だが、川の魚は
普通に安く買うことが出来るだろ?﹂
﹁あー。でも川の魚は⋮⋮﹂
たしかに川魚ならば輸送コストを削減できる分、安く手に入れる
ことはできるだろう。
けれども。
以前に何度か宿屋で食べたことがあったが、この世界の川魚は人
間の食物ではないというのが悠斗の中の認識であった。
509
泥の味と魚特有の生臭さが合わさって、食べている途中に何度か
戻しそうになったくらいである。
﹁まあ、川魚は苦手っていう人も多いけどさ。そこは料理人のオレ
に任せてくれよ。工夫次第では苦手な人でも美味しく食べれるよう
になるからさ﹂
﹁そうか。リリナがそう言うのなら期待してみようかな﹂
﹁おう! 大船に乗ったつもりでいてくれよ!﹂
こうして悠斗たちは肉、魚、野菜、果物、各種調味料、と。
大量の食材を手に入れることになる。
︵食事の時間がこんなにも待ち遠しく感じるのは何時以来だろうな
⋮⋮︶
トライワイドに召喚されてからというもの何かと慌ただしい日々
を送っていたからだろう。
悠斗はこれまで自身の食事に拘っている余裕がなかった。
けれども。
せっかく異世界に召喚されたのである。
これからはもう少しゆっくりと異世界の食文化を楽しんでも良い
のかもしれない。
510
行きかう人々の活気と食物の匂い満ち溢れた市場の中。
悠斗はそんなことを考えるのであった。
511
成長促進
それから。
市場から食材を持ち帰った悠斗は、自宅の庭の中でステータスを
確認していた。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV5︵18/50︶
風魔法 LV3︵20/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV2︵18/20︶
特性 : 火耐性 LV3︵1/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
ウォーターシールド
︵水属性の防御魔法︶
成長促進 レア度@☆☆☆☆☆☆☆
︵植物の生長を加速させる能力。1つの植物に対して使えるのは1
度まで︶
512
中でも悠斗が注目したのは、新規に取得したばかりの魔法と固有
能力である。
悠斗は周囲に誰もいないことを確認して、心の中で魔法を唱える。
敷地面積が広いこの庭の中では、魔法の修行場所に事欠かない。
︵ウォーターシールド!︶
直後、悠斗の周囲をテント状の分厚い水の膜を覆った。
不思議なことに水の膜は空中に固定されたかのような状態で、地
面に零れることがなかった。
︵あれ。もしかして俺、閉じ込められていないか?︶
等と思った悠斗であったが、直ぐにそれが杞憂であったことに気
が付く。
魔法の解除をイメージした次の瞬間。
周囲を覆っていた水の膜は、地面に向かって垂直に落ちる。
︵⋮⋮なるほど。その名の通り、水のバリアーという感じの魔法だ
な︶
360度を水の膜で覆うことが出来るこの魔法は、火魔法で攻撃
されそうになったときなどは役に立つかもしれない。
513
けれども。
魔法を解除した後に服がビショビジョに濡れてしまうのが難点で
ある。
次に︽成長促進︾の固有能力の方を試してみる。
どうせなら育ったときに美味しく食べられる植物で実験した方が
良いと判断した悠斗は、市場で色々な種類の果物を購入していた。
リンゴ、モモ、キュウイ、ラフランス、カキ、ブドウ、オレンジ、
その他、トライワイド固有種など、その数は10種類以上にも及ぶ。
成長促進の固有能力が上手く機能すれば、あっという間に果樹園
の完成である。
悠斗は事前に用意したリンゴの種を地面に埋めると、さっそく成
長促進を使用してみる。
﹁⋮⋮うおっ!﹂
瞬間、リンゴの種は凄まじいスピードで成長して、1本の生木に
変貌を遂げる。
更に嬉しいことにリンゴの樹には、既に無数の果実がなっている
状態であった。
試しに実っているリンゴの1つを手に取って齧ってみる。
﹁⋮⋮うん。美味い!﹂
514
口の中に仄かな酸味と甘さが広がった。
日本で食べているリンゴと変わらない味である。
︵もしかしたら⋮⋮俺はとんでもない能力を手に入れたんじゃない
のか!?︶
何故ならば︱︱。
この能力を使えば、無限に果物を生成できるのではないかと考え
たからである。
1個の種を元手に複数の種が手に入れば、永久機関の完成である。
これに味を占めた悠斗は、手持ちの種を使って、次々に実験を繰
り返してみる。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから1時間後。
結論から言うと悠斗の予想は、半分当たっていて、半分は外れて
いた。
たしかに︽成長促進︾の能力を用いれば、沢山の果物を収穫する
ことは出来るのだが、その数は決して無限ではなかった。
問題点は2つある。
515
1つは地中から吸い上げる養分の問題。
成長促進の能力を使用すると地中に存在する養分を一気に使用し
てしまうことが判明した。
この養分が足りていないと成長促進の能力を使用しても、植物が
途中で枯れてしまって、上手く果物を採取することが出来なかった。
成長促進を使用した植物の周囲にある土は、パサパサとした赤黄
色のものになる。
この状態の土では2本目の樹木を育てることは出来なかった。
2つ目は環境の問題。
成長促進を試した果物の中には、上手く育つものと育たないもの
が混在していた。
上手く育てることが出来なかった果物について、悠斗はその果物
に合った環境を用意できなかったことに原因があると考えていた。
果物の中には当然、気温・湿度など、それぞれに合った条件の環
境というものが存在する。
今回、悠斗が育成に成功した果物は、リンゴ、モモ、カキ、ブド
ウ、オレンジの5種類である。
その他の果物は何らかの条件を満たしていなかったのか、上手く
栽培することが出来なかった。
成長促進により栽培した木は合計で四十本ほど。
516
これで庭全体の八分の一ほどの面積を果物園にしたことになった。
育てようと思えば、種は無限に手に入れることは出来る。
けれども。
今後、育てたい植物を見つけることもあるだろうし、地中の栄養
は残しておいた方が良いだろう。
︵⋮⋮よし。最後にダメ元でアレを試してみるか︶
そこで悠斗が魔法のバッグの中から取り出したのは、先日、ケッ
トシーの村にある神樹から採取した珍しい木の実である。
成長促進の能力を使用すれば、自宅で神樹を栽培することが出来
るのではないだろうか?
このアイデアはウッドパスカルから能力を奪った時から考えてい
たものであった。
悠斗は試しに﹃子供の実﹄を地面に埋めると、成長促進の能力を
使用してみる。
﹁⋮⋮おいおい。マジかよ﹂
直後、悠斗の足元から1本の樹木が生え始める。
そして他の果物の樹と同じようにしてレアなアイテムを実らせる
517
ことに成功した。
まさか此処まで思惑通りに事が運ぶとは予想外であった。
悠斗は思わずそのテンションを上げる。
︵⋮⋮しかし、流石は神樹と言った感じだな。地面から吸い上げる
養分も桁違いに多いみたいだ︶
目算にして消費する養分は、神樹1本で普通の果物の樹50本分
と同程度と言った感じであった。
調子に乗って植え続けると、庭の土は一瞬で砂漠と化してしまう
だろう
透明の実 ×1
消臭の実 ×1
子供の実 ×3 大人の実 ×2 今回、悠斗が2本の神樹から手に入れたアイテムは上記の通りで
ある。
残念ながら今回は、以前に偶然手に入れた実っているのを見つけ
たレアアイテム﹃若返りの実﹄を手に入れることは出来なかった。
518
若返りの実@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵実年齢を1歳若返らせる。効果時間は永続︶
けれども、それも仕方のないことだろう。
そんなに︽若返りの実︾を量産することが出来たら、簡単に不老
不死が実現してしまう。
前回、手に入れたときが運が良すぎたのである。
しかし、今後、何かの間違いで再び︽若返りの実︾を手に入れる
チャンスが巡ってくるとも限らない。
これからも定期的に2本の神樹にアイテムが実っていないか確認
することにしよう。
今回の検証結果に満足した悠斗は、足取りを軽くして、屋敷の中
に戻るのであった。
519
リリナズキッチン
その日の夕食は、悠斗にとって物珍しい料理が並んでいた。
コイの洗い、フナの甘露煮、ナマズの蒲焼、などなど。
市場で買ったばかりの新鮮な川魚のフルコースである。
﹁ぬおっ。これは⋮⋮﹂
川魚には苦い思い出しかない悠斗は、一瞬、苦悶の表情を浮かべ
る。
けれども。
美少女が自分のために作ってくれた料理であれば、男として食べ
ないわけにはいかない。
意を決した悠斗は、おそるおそると言った手つきで箸を伸ばす。
︵あれ⋮⋮? 意外に臭わないぞ︶
川魚特有のクセはあるのだが、食べることには全く支障のないレ
ベルである。
﹁ユート。味の方は、どうだった!?﹂
520
自分の作った料理が受け入れられるのか不安なリリナは、何処か
ソワソワとした表情であった。
﹁ビックリしたよ。川魚ってこんなに美味しかったんだな。これな
ら毎日でも食べられそうだ﹂
﹁私も。こんなに美味しい魚料理は初めて食べました!﹂
﹁恐れ入ったぞ! リリナ殿の腕前は、ルーメルの宮廷料理人にも
引けを取らないものだろう﹂
﹁⋮⋮そ、そうか。みんなにそう言って貰えると嬉しいよ﹂
料理の腕を認められたリリナは照れ臭そうに頭を掻く。
それから。
夕食に舌鼓を打った後はデザートの時間である。
悠斗はたった今、収穫したばかりの新鮮なフルーツをテーブルの
上に並べることにした。
﹁わぁ⋮⋮。これはまた贅沢な果物が沢山ありますね﹂
﹁うむ。これほどまでの御馳走は、ルーゲンベルクの家でも滅多に
食べることは出来ないぞ﹂
﹁パナいのです! サーニャは甘いものには目がないのです!﹂
テーブルの上のデザートを見て、3人の女の子たちはキラキラと
521
目を輝かせていた。
中でも好物ということもあり、サーニャは今にも目の前のモモを
丸齧りしそうな雰囲気である。
けれども。
只一人、リリナだけは悠斗に対して怪訝な眼差しを送っていた。
﹁なあ。ユート。今日の市場ではこんなに果物を買っていないよう
な気がするんだが、オレの思い過ごしか?﹂
﹁⋮⋮まあ、細かいことは気にしないでくれよ﹂
突如として出現した果物園に対し、リリナたちが驚くのは、もう
少し先の話になる。
﹁それよりリリナ。そこにあるフルーツを食べやすい大きさにカッ
トしてくれないか?﹂
﹁はいよ。了解﹂
リリナは頷くと、おもむろにテーブルの上のリンゴに手を伸ばす。
何処からともなく包丁を取り出すと、見事な手際でリンゴの皮を
剥き始めた。
﹁﹁﹁﹁おぉぉ⋮⋮﹂﹂﹂﹂
そのあまりに華麗な包丁捌きを目の当たりにして、悠斗たちは感
嘆の声を漏らす。
時間にして5秒を切るかというほどの超スピードであった。
522
﹁なんというか、本当にリリナがウチに来てくれて良かったよ。リ
リナは将来、良いお嫁さんになりそうだよな﹂
﹁お、お嫁さん!? バカ言うな! オレにはそんなもん似合わね
えよ!﹂
﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂
スピカ&シルフィアは口の中に果物を頬張りながらも、とあるこ
とに気が付く。
︵︵もしかして私たち⋮⋮食べてばかりで何も役に立っていないの
では!?︶︶
二人に複雑な心境を抱かせたのは、先程から主人に絶賛されてい
るリリナの存在である。 容姿が美しい上に家事万能スキルを所持するリリナは、男が理想
とする女性像なのだろう。
けれども。
先に契約を結んだ自分たちが、後から奴隷になった者に女として
の魅力で負けるわけにはいかないのである。
仮にこの先︱︱。
主人からの寵愛をリリナが一身に引き受けるようなことになれば
目も当てられない。
523
﹁シルフィアさん。これは私たちも何か手を打った方がいいのでは
?﹂
﹁⋮⋮うむ。今夜あたりで何か策を弄することにしよう﹂
悠斗に聞こえないように声のトーンを落として二人は密談を開始
する。
想定外の強力なライバルの出現を受けて、スピカ&シルフィアは
焦りを覚えるのであった。
524
波乱のバスタイム ☆修正アリ
﹁ふぅ⋮⋮。やはり自分の魔法で作った風呂は格別だな﹂
食事が終わった後は入浴の時間である。
屋敷の中で1番、面積の狭い小浴場を使っているとは言っても浴
槽の中に湯を満たすのは、かなりの重労働である。
けれども。
この作業だけは他人に任せることは出来ない。
風呂を用意するのは骨が折れるが、この作業にはメリットも多い。
沢山、魔法を使えばそれだけ訓練にもなり、何より魔石を節約す
ることもできる。
魔法を使って疲れた体を風呂の中で休めると、なんだか少し得を
した気分にもなった。
﹁ご主人さま。失礼します﹂
﹁主君。邪魔をするぞ﹂
声のした方に視線を向けると、そこにいたのはスピカ&シルフィ
525
アがいた。
悠斗は自らの眼を疑った。
何故ならば︱︱。
バスタオルこそ体に巻いてはいるが、二人ともそれ以上は何も身
に着けていない状態であったからだ。
二人は桶で湯を組んで体にかけると、悠斗の両隣を占領する。
右隣にスピカ、左隣にシルフィア。
夜寝る時と同じポジションであった。
﹁どうしたんだ。二人とも。今日は何時にも増して積極的じゃない
か﹂
悠斗にとって二人と同じベッドに入ることはあっても、一緒に風
呂に入ることは初めての経験であった。
﹁申し訳ありません。なんだか無性にご主人さまに甘えたくなって
しまって⋮⋮。迷惑でしたでしょうか?﹂
スピカは上目遣いに尋ねながらも、全身を使って悠斗の右腕をし
っかりと抱きかかえる。
﹁いいや。全然迷惑なんかじゃないぞ。なんというかこっち方面に
関しては、俺から攻めるばかりだったからな。たまには攻められる
のも悪くない﹂
﹁えへへ。ありがとうございます。嬉しいです﹂
526
喜びの感情に連動しているのか、お尻から生えたスピカの尻尾は
上下に揺れ動く。
湯船の中で勢い良く尻尾を振るのでパシャパシャと水飛沫が舞っ
た。
﹁ズ、ズルいぞ! スピカ殿!﹂
悠斗とスピカが体をくっつけていると、左隣にいたシルフィアが
声を荒げる。
そして。
言うが早いか、スピカと同じ要領で、悠斗の左腕をしっかりと抱
きかかえる。
﹁どうしたんだ。シルフィア。もしかしてお前も無性に甘えたい気
分になったりしたのか?﹂
﹁ち、違う! これは違うのだっ!﹂
茶化すような口調で尋ねると、シルフィアは首をブンブンと振っ
て否定する。
2人が積極的にアピールするようになった原因は、リリナという
強力なライバルの出現にある。
けれども。
プライドの高いシルフィアは、頑なにそのことを口にしようとは
しなかった。
527
﹁主君も知っているだろう? 人間が最も無防備になるのは、この
入浴の時間なのだ! 私は主君に仕える騎士として、主君の護衛任
務を全うするべく今日この場に馳せ参じたのだ!﹂
﹁⋮⋮お、おう。そうなのか﹂
護衛とか言っている割には何も武器を付けていない全裸の状態な
のだが、それで一体どうやって戦うというのだろう?
などと疑問に思わないわけでもなかったが、それを口にするのも
野暮なので、黙っておくことにした。
﹁それじゃあ。さっそく。3人で体を洗いっこしようか﹂
﹁び、びええええ!?﹂
﹁不満か?﹂
﹁と、突然何を言い出すんだ!? そんな破廉恥な行為はできるは
ずがないだろう!﹂
悠斗の唐突な提案は、シルフィアの一言によって却下される。
︵諸事情により文章のカットを行いました︶
528
それから。
3人の楽しいバスタイムは続くのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
大変なものを見てしまった。
悠斗たちのやり取りを扉の隙間からこっそり覗いていたリリナは、
胸の内より湧き出す動揺を抑えきれずにいた。
ケットシーの一族は他の種族と比較をして優れた聴覚を有してい
る。
従って、魔法の修行と称して、悠斗たちが夜な夜な怪しいことを
しているのは知っていた。
けれども。
直接その行為を目にするのはリリナにとって初めてのことであっ
た。
主人からの寵愛を受けるスピカとシルフィアに対して嫉妬の気持
ちがないわけでもない。
だがしかし。
リリナの中では嫉妬の感情よりも性的な興奮が勝ったのである。
どうしよもなく体が熱い。
529
試しに服の上から触れてみると、体中の至る部分が敏感になって
いるのが分かった。
︵こんなこと。ダメだって分かっているはずなのに⋮⋮︶
はしたない行為だと自覚しても尚。
リリナは自らの欲求を抑えることができないでいた。
勘の鋭い悠斗に気付かれているとも知らずに︱︱。
リリナの淫らな行為は続いた。
530
波乱のバスタイム ☆修正アリ︵後書き︶
●お知らせ
R18警告を受けたため文章のカットを行いました。
R18の警告を受ける恐れがあるシーンは書籍版にのみ収録して
おります。
531
冒険の準備を整えよう
エミリア・ガートネット
種族:ヒューマ
ザ・ブレイカー
職業:ギルド職員
固有能力:破壊神乃怪腕
ザ・ブレイカー
破壊神乃怪腕@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵左手で触れた物体の魔力を問答無用で打ち消すスキル︶
翌朝。
冒険者ギルドに足を運んでアイテムを納品した悠斗は、新規に追
加されたクエストを確認するために受付嬢エミリアの元を訪れてい
た。
﹁こんにちは。ユウトさまのQRは12に昇格しています。本日か
ら新たに受注が可能になったクエストをご覧になられますか?﹂
﹁⋮⋮はい。お願いします﹂
悠斗が肯定するとエミリアは分厚い冊子を捲る。
☆討伐系クエスト
532
●オークの討伐
必要QR12
成功条件:オークを10匹討伐すること
成功報酬:2000リア&10QP
繰り返し:可
●ワイルドベアーの討伐
必要QR12
成功条件:ワイルドベアーを2匹討伐すること
成功報酬:2000リア&10QP
繰り返し:可
●ホワイトバードの討伐
必要QR12
成功条件:ホワイトバードを2匹討伐すること
成功報酬:2000リア&10QP
繰り返し:可
新規に追加された討伐クエストは3点。
このうち戦ったことのない魔物は2匹であったが、どちらも名前
から外見が想像しやすいネーミングをしていた。
﹁今回、クエストに追加されたワイルドベアーとホワイトバードは
533
ローナス平原という地域に生息している魔物になります。ローナス
草原はエクスペインから徒歩にして4時間以上の距離があります。
冒険に出かける前は、馬車などの乗り物を利用することをオススメ
します﹂
﹁馬車ですか⋮⋮﹂
これは面倒なことになってしまった。
これまでもクエストの難易度が上がるほど移動時間のかかる地域
に足を運ばなければならないことが多く、何かと苦労をしていたの
だが、ついには乗り物を推奨するレベルにまで来てしまったらしい。
馬車に乗ること自体は吝かでもないのが、討伐クエストに乗車料
金を取られてしまっては痛い出費になる。
何か解決策はないものかと頭を巡らせながらも、悠斗は冒険者ギ
ルドを後にすることにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁おぉ! あんちゃんか! 悪いね。今取り込み中で﹂
アドルフ・ルドルフ
種族:ヒューマ
職業:商人
固有能力:鑑定
534
鑑定@レア度 ☆
︵装備やアイテムのレア度を見極めるスキル。魔眼とは下位互換の
関係にある︶
次に悠斗が向かった先は、アドルフが店長を勤めるギルド公認雑
貨店である。
﹁あれ。今日は何をしているんですか。アドルフさん﹂
アドルフは普段、会計テーブルの前の椅子に腰を下ろしているこ
とが多いのだが、今日は大きなスパナを持って、何やら機械をいじ
っているようであった。
﹁あはは。これかい? これはエアバイクといって、風の魔石を動
力にしている乗り物だよ。ちょいと知り合いから依頼されちまった
もんで、こうして修理しているってわけよ。まったく⋮⋮俺は便利
屋じゃないんだけどな﹂
アドルフは苦笑しながらもテーブルに移動すると、そこから麻袋
を取り出して見せる。
袋の中に入っていたのは1足の靴装備であった。
竜皮の靴@レア度 ☆☆☆☆☆
︵竜の皮を鞣して作成したブーツ。火、風耐性に優れている︶
535
﹁あ。頼んでいた競売品の落札ができたんですね!﹂
悠斗は以前に街の吸血鬼、ギーシュ・ベルシュタインから奪った
︽簒奪王の太刀︾の売却益を利用してアドルフに競売品の落札を依
頼していたのであった。
﹁おおともよ! そんでこっちが身代わりの指輪﹂
身代わりの指輪@レア度 ☆☆☆☆
︵死に至るようなダメージを一度だけ肩代わりしてくれる指輪。効
果の発動後は指輪が破壊される︶
﹁手数料込みで3点で合計25万リアってところかな。持ち合わせ
があれば、ここで装備しても構わないぜ﹂
﹁ありがとうございます。大切に使わせて頂きます﹂
悠斗はバッグの中から金貨を取り出すと、支払いを済ませて、竜
皮の靴を身に着けることにした。
悪くない。
現在、身に着けている安物の靴装備とは比べものにならないくら
い快適な履き心地である。
﹁ところでアドルフさん。そのエアバイクという乗り物なんですが、
誰にでも運転できたりするんですか?﹂
﹁ああ。運転するのに免許なんかはいらねえが⋮⋮。なんだい。兄
536
ちゃん。エアバイクに興味があるのかい?﹂
﹁ええ。はい。初めて見たんですけど、格好良いなぁ、と思いまし
て﹂
エアバイクは悠斗がこれまで見たどの乗り物とも似ていないSF
映画に出てくるような外見をしていた。
まず、バイクと言いながらも車輪が付いていない。
風の魔石を動力源に動くこの乗り物は、地面から浮遊した状態で
空中移動する作りになっていた。
動力源が﹃風﹄ということもあり、車体の至るところに軽量化が
施されており、そこがまた男心をくすぐるようなデザインになって
いた。
﹁おお! この良さが分かるとは、兄ちゃんもなかなか目が高いね
! エアバイクは、初期投資こそ必要だが、馬車なんかよりもずっ
と早く、快適に移動できるからね。高ランクの冒険者には愛用して
いる人間も多いのよ﹂
﹁⋮⋮なるほど。そうだったんですか﹂
これは良い情報を入手したかもしれない。
今後は討伐クエストの難易度が上がるにつれて、遠出をしなけれ
ばならない機会も増えてくるだろう。
毎回、馬車に乗車料を払うくらいなら、いっそのこと最初からバ
イクを買ってしまうというのも選択肢の1つだろう。
537
﹁もし興味があるっていうのなら俺の知り合いが経営している店を
紹介してやろうか? 俺の紹介っていうことを話せばバイクも安く
買うことが出来ると思うぜ﹂
﹁本当ですか!?﹂
ここはお言葉に甘えて、アドルフの誘いを受けることにしよう。
以前にアドルフに紹介してもらった不動産屋には、良い物件を紹
介してもらった経験もある。
それから。
悠斗はケットシーの村で入手した盗賊のナイフを売却して、7枚
の金貨を入手すると、アドルフに教えられた店を目指すのであった。
538
移動手段を確保しよう
ベン・マックルガー
種族:ヒューマ
職業:商人
固有能力:なし
目的の店に到着するなり悠斗のことを出迎えたのは、筋骨隆々の
男性であった。
︵⋮⋮うわ。またガチムチの人だよ︶
その外見は年齢が多少若いことを除けば、アドルフに重なる部分
が多い。
野熊のような体型をした見るからに特殊な性癖を持っていそうな
男であった。
﹁すいません。ギルド公認雑貨店のアドルフさんの紹介で来たので
すが﹂
﹁なに!? アドルフ兄貴からの紹介だと⋮⋮!?﹂
アドルフの名前を聞いた途端。
ベンの表情は急に真剣なものに豹変し、悠斗の足の爪先から頭の
てっぺんまで眺め回す。
539
直後。
何やら満足気な笑みを浮かべて。
﹁⋮⋮なるほど。良い男だな﹂
そんな、意味深な言葉を口にする。
一体、何が﹁なるほど﹂なのか悠斗には理解できなかった。
そして悠斗は、自身の中に激しいデジャヴを覚えた。
﹁えーっと。今日はエアバイクを探しにきたのですが﹂
﹁ガハハ。エアバイクの品揃えならウチの店はロードランドでも1
番だからね。ゆっくり見ていってよ﹂
﹁⋮⋮分かりました﹂
ベンの言葉通り、この店には様々な種類の乗り物が並べられてい
た。
店の商品は悠斗がこれまで見たことのないデザインのものも多い。
中でも取り分け目を惹いたのは、店の中央に展示されている奇怪
な外見をした自動車であった。
﹁すいません。バイクとは関係ないんですけど、あの自動車は一体
⋮⋮﹂
540
これまでにも女性用下着など、異世界っぽくないアイテムの存在
に驚いていた悠斗であったが、、まさか自動車まであるとは予想外
であった。
﹁おお! 自動車を知っているなんて兄ちゃんは物知りだね! ソ
イツはエアバイクと違って、屋根がある分、雨が降ってもお構いな
しに走れるし、最大で5人まで搭乗可能なスゲー乗り物なのさ!﹂
﹁⋮⋮いや。それはまあ、見れば分かるんですが、どうしてそんな
に便利な乗り物があるのに普及していないのかなって﹂
悠斗が疑問を投げかけると、ベンは腕を組んで。
﹁ふむ。まあ、理由は色々あるんだが、1番の問題はコストパフォ
ーマンスが悪いっていうところにあるのかな。その自動車は、火の
魔石を動力源にしているのだが、火の魔石は、風の魔石に比べて需
要が高いから値が張るんだ。車体が重いから燃費も悪いし、こいつ
をまともに扱うことの出来るのは、よほどの金持ちしかいないだろ
うな﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
なかなか説得力のある理由であった。
火の魔石と水の魔石は、既に悠斗にとっても生活必需品と呼んで
差支えのないアイテムである。
反面、風の魔石はあまり使用用途がパッと浮かばない。
エアバイクの動力源になるくらいしか使い道がないから、安く買
うことが出来るのだろう。
541
﹁ついでに言うと、1番金を持っていそうな貴族の連中は、考えが
保守的で、未だに長距離の移動には馬車を使うことが雅なものだと
考えている。そういうわけで現状で自動車を持っているのは、よっ
ぽどの変わり者しかいないってわけよ﹂
﹁そういう事情があったのですか⋮⋮﹂
自動車に対して興味がないわけではないのだが、差し当たって必
要なのはエアバイクである。
ベンの説明を受けた悠斗は、店に並べられているエアバイクをく
まなく調べることにした。
それから20分後。
思ったよりも早くエアバイクの購入候補を絞ることができた。
それというのも悠斗が希望していた車種は、スピカとシルフィア
を加えた、3人で乗ることの出来るタイプのものであったからだ。
この店にあるバイクの中で3人乗りが可能なものは、サイドカー
の付いている1種類だけあった。
値段は1台、9万リア。
日本円にしておそよ90万円である。
なかなか良い値段で売られているような気がするのだが、これで
もアドルフの紹介ということで特別価格ということらしい。
542
高純度の魔石︵風︶ レア度 ☆☆
︵風の魔石を加工して作った高純度の魔石︶
﹁それとこれはおまけだな。兄ちゃんは良い男だからな。高純度の
魔石を3個ほどサービスしておくよ﹂
﹁⋮⋮あ、ありがとうございます﹂
例にとって﹃良い男割引﹄は、適用されるようである。
なんだか複雑な気分ではあるが、貰えるものは貰っておくことに
しよう。
高純度の魔石は、一般的な魔石と比較して10倍以上の魔力を秘
めており、値段は1つ1000リア。
エアバイクを動かすためには、このアイテムが必需品ということら
しい。
それから。
悠斗はエアバイクの運転方法についてベンから説明を受けると、
バッグの中に購入したバイクを強引に仕舞い、店を後にするのであ
った。
543
エアバイク
﹁主君。その乗り物は一体?﹂
﹁ふむ。それについては今から説明をしようと思う﹂
屋敷に戻った悠斗は、ます最初にエアバイクの試乗を行うことに
した。
こういう時は、庭が広くて本当に良かった。
この庭の中でなら人目を気にすることなく、存分にエアバイクを
試運転することが出来るだろう。
悠斗はバイクの運転席につくとアドルフに教わった手順通りに、
鍵を入れて、レバーを上げる。
﹁⋮⋮ッ!?﹂
瞬間。
エアバイクの高度が徐々に上がって行くのが分かった。
︵自分の目で見るまでは俄かに信じられなかったが⋮⋮これは便利
だな⋮⋮︶
地面から既に10メートル以上は離れているだろう。
この高度ならば通行人との衝突や、地上にいる魔物たちとのエン
544
カウントを避けることができるに違いない。
﹁凄いです! ご主人さまが、もうあんなに遠くに!﹂
﹁恐れ入ったぞ! 主君はについに空を飛ぶことすら可能としたの
か!﹂
地上ではスピカとシルフィアが何やら興奮気味に叫んでいるよう
であったが、動力源である風の音が強くて悠斗はその言葉を聞き取
ることが出来なかった。
﹁そういうわけでこれから討伐クエストに行くときは、エアバイク
を活用していこうと思う。準備が出来たら、スピカはサイドカーに。
シルフィアは俺の後ろに乗ってくれ﹂
レバーを下げて、バイクを着地させた悠斗は二人に対して指示を
する。
悠斗の言葉を受けた二人は、指定の位置に付き、バイクを浮き上
がるのを待った。
﹁す、凄い! これは凄いぞ! 主君! 私は今、空を飛んでいる
のか!?﹂
バイクが高度を上げて行くと、シルフィアは興奮気味に声を上げ
る。
体のバランスを保つためにシルフィアの両腕は、自然と悠斗の背
中に回る。
異変が起きたのは、その直後であった。
545
ポヨヨン、と。
シルフィアの豊満すぎる胸が、その形を変えながらも悠斗の体と
密着した。
このとき。
悠斗の表情がだらしなく緩んだものになるのをスピカは見逃さな
かった。
﹁⋮⋮あの、ご主人さま。1つ質問をしても良いでしょうか?﹂
サイドカーに座るスピカは、表情に影を落としながらも声を上げ
る。
﹁ああ。なんだよ。スピカ﹂
﹁今回の配置に対して、なんと言いますか⋮⋮拭いようのない悪意
を感じるのですが、私の思い過ごしでしょうか?﹂
﹁⋮⋮悪いな。スピカ。これは適材適所というやつだ﹂
悠斗は何処か憐憫を含んだ眼差しで、スピカの頭にポンと手を乗
せる。
︵⋮⋮な、なんですか!? 結局、男の人は胸ですか!?︶
シルフィアの胸に骨抜きにされた主人の様子を目の当たりにして、
スピカは唇を強く噛みしめるのであった。
546
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
結論から言うと、エアバイクの購入は大成功だった。
体感にして時速は40キロくらいは出ているだろうか。
思ったよりもスピードは出ていないような気がするが、現代日本
と違い悪路の多いトライワイドにおいては空を飛んで移動できると
いうメリットが大きい。
これならば目的地までの時間を大幅に短縮していくことができる
だろう。
風を動力源に走るエアバイクの速度と燃費は、乗せている人間た
ちの重量により大きく変化をする。
悠斗の購入したエアバイクもサイドカーを取り除いて1人で乗れ
ば、倍近いスピードが出るらしい。
︵⋮⋮パーティーを組んで遠征に行くなら馬車を使う方が利点が多
いというわけか︶
魔法のバッグなどの便利アイテムを持たない人間が遠征をする際
には、手荷物だけで、かなりの重量となってしまう。
547
荷物の輸送などには、馬車が未だに使われ続けているのには、エ
アバイクのそういった特性が起因していた。
﹁ご主人さま! この乗り物に乗っていると、なんだか凄く気持ち
が良いですね﹂
﹁ああ。そうだな﹂
速度は大したことがなくても全身に風を受けながら空を飛ぶエア
バイクは、乗車時の爽快感が強い。
﹁欲を言うともう少しスピードがあれば良かったんだけどな⋮⋮﹂
独り言のように呟いたその直後。
悠斗の脳裏に1つのアイデアが浮かぶ。
︵⋮⋮待てよ。動力源が風ということは、俺の魔法でもバイクを動
かすことができるんじゃないか?︶
魔法というものは、自分のイメージによって様々な応用が効く。
そのことは︽触手魔法︾を始めとした、これまでの魔法の訓練で
身に染みて理解していた。
現在の動力源は、エアバイクの中に嵌め込んだ︽高純度の魔石︾
のみになるが、ここに魔法を加えることによって、スピードを増す
ことが出来るのではないだろうか?
そう判断した悠斗は、試しに魔石の中に流し込むようなイメージ
でウィンドの魔法を使用する。
548
すると、その直後。
エアバイクは爆発的に加速した。
﹁びえっ! びえええええっ!?﹂
﹁主君!? これは一体どういうことだ!? 急にバイクのスピー
ドが跳ね上がったぞ!?﹂
魔石に風魔法を流し込んだことが功を奏したのだろう。
エアバイクは凄まじい風音を立てながらも、加速を続けて行く。
正確な数値を測定することは出来ないが、使用前の倍近くの速度
は出ているのではないかだろうか。
﹁シルフィア! スピカ! しっかりと掴まっていろよ! 特にシ
ルフィアは俺の背中にしっかり掴まっていろよ!﹂
魔法による加速を試して正解であった。
これならば風魔法の訓練を続けることで、課題であったエアバイ
クの移動スピードをどんどん上げて行くことができるだろう。 魔法の検証作業に手応えを掴んだ悠斗は、そのまま一直線にロー
ナス平原を目指すのであった。
549
狩猟エリア
調子に乗って風魔法を使い過ぎたからだろうか?
長時間遠泳をしたかのように悠斗は、全身に疲労を感じていた。
目的地に到着する前から体力を使い果たしては本末転倒である。
次からはもう少しペース配分を考えることにしよう。
バイクのレバーを下げた悠斗は、ゆっくりと地面に着地する。
﹁おー。ここがローナス平原か﹂
平原という言葉から見渡す限り一面の草原と言った光景をイメー
ジしていたが、実際には湖や林と言った地域も含んでいるようであ
った。
地図を見る限り、その敷地面積はこれまで探索をしてきた地域の
中でも最大である。
﹁ローナス平原はロードランド領の最南端にある地域で、出現する
魔物の種類も多いみたいです﹂
ギルドから渡された小冊子を眺めながらもスピカは説明を始める。
ローナス平原に生息する魔物は今回追加されたワイルドベアー、
550
ホワイトバードに加えて、リザードマン、スケルトン、レッドスラ
イム、ブルースライム、グリーンスライムの合計7種類であるらし
い。
﹁ローナス平原に生息するワイルドベアーとホワイトバードは、個
体数が少なく見つけることが困難な魔物であるそうです﹂
﹁なるほど。だから成功条件が2匹に設定されているわけか﹂
﹁はい。ちなみにこの2匹の魔物は解体して、お肉にしてしまって
も絶品です。冒険者ギルドに持ち帰れば、高値で買い取ってくれる
みたいです﹂
﹁なんだとっ!?﹂
スピカの言葉を受けた悠斗は、途端にそのモチベーションを上げ
て行く。
リリナと二人で市場を見て回って分かったことなのだが、この国
では肉と魚の値段がやたらと高い。
今回の討伐クエストで肉を調達することが出来れば、食卓は一気
に贅沢なものになるだろう。
本日の夕食のメインディッシュを獲得するべく︱︱。
悠斗たちはさっそく探索を始めることにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
551
それから4時間後。
思うように討伐クエストを進めることが出来ないことに焦りを感
じた悠斗は、大きな溜息を吐く。
﹁う∼ん。まさかこんなに苦戦することになるとはな⋮⋮﹂
これまでに倒した魔物は、リザードマンが10匹にスケルトンが
7匹。
3種のスライムに関しては、倒しても大したカネにならないので
発見しても無視をしている。
成果だけを見れば悪くない数字ではあるのだが、今回のメインタ
ーゲットであるワイルドベアーとホワイトバードを1匹も討伐でき
ていない。
ワイルドベアーは普段、地中の奥深くに身を潜めている習性を有
しているらしく、発見事態が困難である。
1度、見つけさえしてしまえばスピカの嗅覚レーダーに頼ること
が出来るので討伐は容易だろうが、そこに至るまでが問題であった。
ホワイトバードに関しては逆に、見つけることは容易だが、討伐
することの難しい魔物と言える。
空高くを飛行するホワイドバードに対しては、どんなに武術を極
めた人間であろうとも無力であった。
水魔法を利用して作成した氷の塊を使って撃ち落とす作戦も考え
たが、距離が離れすぎていて簡単に避けられてしまう。
552
こちらはなまじ見つけることが容易なだけに、歯がゆい想いを強
いられる結果になってしまっている。
﹁主君。そろそろ日も落ちてくる。夜になると魔物の動きも活発に
なり危険が増す。今日はもう、屋敷に戻った方が良いだろう﹂
﹁⋮⋮そうだな。仕方がない。ここは1度、屋敷に戻って対策を考
えるとするか﹂
そう判断した悠斗が、諦めて踵を返そうとしたそのときであった。
﹁﹁﹁⋮⋮!?﹂﹂﹂
突如として、視界が揺れる。
体のバランスを崩したスピカとシルフィアは地面に立っているこ
とが困難になり、反射的に身を屈める。
︵もしかしてこれは⋮⋮地震か!?︶
それもかなり強い。
悠斗がこれまでに経験したことのない強い地震であった。
更にそこで、不運は続く。
ワイルドベアー 脅威LV 13
553
地震に驚いて、巣穴から出てきたのだろうか?
スピカの背後には、体長2メートルを超える巨大熊が敵意をむき
出しにした状態で立っていた。
554
ワイルドベアー
﹁スピカ! 後ろだ!﹂
咄嗟に注意をする悠斗であったが、地震に動揺するスピカに悠斗
の声は届かなかった。
考え得る限り、最悪のタイミングでのエンカウント。
ワイルドベアーはその巨大な爪で今にも背後からスピカの小さな
体を引き裂きそうな構えであった。
スピカにはゴブリンの巣穴で入手した身代わりの指輪を装備させ
ている。
1度きりなら攻撃を耐えるかことは出来るだろうが、そんな悠長
なことは言っていられない。
︵⋮⋮ウィンドボム!︶
普通に攻撃をしても、ワイルドベアーの攻撃までに間に合わない
かもしれない。
ひょうきゃく
そう判断した悠斗は以前に開発した風魔法による高速移動技術、
︽飆脚︾を使用することにした。
555
地面を強く蹴るのと同時に足の裏からウィンドボムを発生させる
この技は、風魔法を利用することにより、人間の限界を超えた加速
を可能にする。
以前はウィンドボムの衝撃により靴がボロボロに破けて、皮膚が
裂けてしまうというデメリットがあった。
けれども、新しく競売で落札した︽竜皮の靴︾により、既にこの
欠点は克服している。
﹁ぶごぉっ!﹂
︽飆脚︾により勢いの乗った悠斗の拳はワイルドベアーの頭に命中。
2メートルを超える巨体は宙を舞い、そのままワイルドベアーは
意識を途絶えさせる。
﹁ご、ご主人さま!?﹂
遅れて自らの危機的な状況に気付いたスピカは目を丸くして驚い
ているようであった。
﹁⋮⋮主君。すまない。本来であればスピカ殿の護衛は私の役目だ
というのに⋮⋮。地震の揺れに驚いて意識が散漫になってしまって
いた﹂
﹁まぁ、結果的に無事だったんだから良しとしようぜ﹂
今回のピンチは2つの不運が重なった結果が招いたものである。
シルフィアを責めるのは理不尽に過ぎるというものだろう。
556
﹁今日みたいな強い地震って、この世界では割と起こることなのか
?﹂
﹁⋮⋮い、いえ! 話には聞いたことがあったのですが、そもそも
地震なんて初めて経験しました!﹂
﹁私もスピカ殿と同じだな。地震など滅多なことで起こるものでは
ない﹂
﹁⋮⋮なるほど。そうだったのか﹂
これほどの地震は、現代日本でも100年に1度あるかどうかだ
ろう。
どうにも引っかかる。
果たして今回の地震は、偶然に起こったものなのだろうか?
悠斗は胸の中に拭いようのない疑問を抱えながらも、仕留めた熊
をバッグの中に入れ、本日の遠征を終えるのであった。
557
クマ鍋
あれほど大きな地震があったにもかかわらず、エクスペインの街
は不気味なほどに静かであった。
どうやら地震があったのはローナス平原の一部だけで街の人間た
ちは、地面が揺れたことにすら気付いていないらしい。
悠斗の中の疑問は、胸の中でますます膨れ上がって行く。
﹁おお! こいつはまた⋮⋮スゲー大物を仕留めたな!﹂
帰りがけ。
冒険者ギルドで素材を換金した悠斗は、屋敷に戻ってワイルドベ
アーの体を庭の上に置く。
自力で解体することも考えた悠斗であったが、下手なことをして
大切な夕食を台無しすることは出来ない。
血抜きの仕方1つでも肉の味というものは変わってくるのである。
﹁リリナ。こいつの解体作業を任せても大丈夫か?﹂
﹁おうよ! 任せてくれ! 解体作業はオレが最も得意とする家事
の1つだ!﹂
﹁⋮⋮そ、そうか。頼もしい限りだよ﹂
558
果たして熊肉の解体作業を家事の範疇に収めても良いものだろう
か?
等と疑問に思う悠斗であったが、それを口にするのも野暮だと判
断して、黙っておくことにした。
熊の毛皮 レア度 ☆☆
︵ワイルドベアー毛皮。衣服の材料として需要がある︶
熊の胆 レア度 ☆☆
︵ワイルドベアーの胆嚢。特定の薬を調合するための素材。討伐証
明部位としての価値がある︶
熊の肉 レア度 ☆
︵ワイルドベアーの肉。濃厚な旨み成分を有しており、魔物肉の中
でも特に人気が高い︶
果たして何処で身に付けた技術なのかは定かではないが、本人が
得意と豪語することもあり、リリナの解体作業は非常にスムーズに
進んで行った。
熊の毛皮に関しては、特に使い道がないので、魔法のバッグに仕
舞っておくことにする。
後でギルド公認雑貨店に買い取ってもらうことにしよう。
559
スケルトン 脅威LV8 状態
︵テイミング︶
今回の解体作業をスムーズに行うことができたのは、60匹のス
ケルトンたちが総出でサポートに回ってくれたからだろう。
﹁﹁﹁ホネー! ホネー!﹂﹂﹂
﹁ファイ、オー! ファイ、オー! なのです!﹂
解体した熊肉はスケルトンたちの手によって次々に︽水の魔石︾
によって冷気の利いた食糧庫に運ばれて行く。
リリナが食べることの出来ないと判断した廃棄部位は、スケルト
ンたちが掘ってくれた穴の中に埋めることにした。
重労働のできないサーニャは、スケルトンの応援役として頑張っ
てくれているらしい。
笑顔で巨大熊を解体する美少女と、その肉を運ぶスケルトンたち。
彼らの活躍により熊肉の解体作業は驚異的なスピードで完了する
のであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
560
この日の夕食は、仕留めたばかりの新鮮な素材を使った熊鍋であ
る。
テーブルの上に置かれた土鍋の蓋を開けると、部屋の中に食欲を
そそる香りが立ち込めた。
﹁おぉ⋮⋮。こいつは旨い!﹂
強いて言うのなら味は牛肉に近いだろう。
野菜をたっぷりと入れた味噌仕立てのスープは、溶けだした熊肉
の旨みが凝縮されており、独特の風味がある。
皿を上ですきやき風の溶き卵に絡ませて食べると、涙が零れるほ
ど美味であった。
せっかく貴重な食肉を入手する機会が巡ってきたのだ。
更なる熊肉の獲得を目指すべく、明日の討伐クエストも気合を入
れて挑むことにしよう。
こうして悠斗は大満足の内に夕食を終えるのであった。
561
飛行魔法
夕食を終えた後は、魔法の訓練の時間である。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV5︵48/50︶
風魔法 LV3︵20/30︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV3︵5/30︶
特性 : 火耐性 LV3︵4/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
上がったステータスから逆算をすると、ワイルドベアーから取得
できる能力は、火耐性プラス3であるらしい。
一気に3ポイント上がるのは良いのだが、まとまった数を討伐す
ることが困難なワイルドベアーはスキルのレベルを上げる相手には
向かないだろう、
次に、スケルトンを倒したことによって、呪魔法のレベルが3に
上がっていた。
562
呪魔法 LV3
使用可能魔法 ルード ラクト ルード
︵対象の性的感度を上昇させる魔法︶
ラクト
︵対象の重量を下げる魔法︶
呪魔法のレベルが上がったことにより新規に魔法が追加されてい
た。
︵⋮⋮これはまた、面白そうな魔法を覚えたな︶
以前に取得したルードの魔法といい呪魔法には、悠斗の好奇心を
くすぐるものが多いようだった。
今回の魔法も色々と応用が利きそうである。
︵そうだな。まずは試しにあそこにある岩に使ってみるか︶
おそらく前の家主が観賞用に購入したのだろう。
悠斗は庭に飾られた重量300キロは超えるであろう岩に対して
ラクトの魔法を使用する。
そして、おもむろに岩を持ち上げてみた。
563
︵これは凄い!? まるで発泡スチロールでも持っているみたいだ
!︶
ラクトの魔法の効果は、期待以上のものであった。
これほどの効果があれば、自力では動かすことの出来ない障害物
を撤去するタイミングなどで役に立ってくれるだろう。
更なる検証を行うために悠斗は、自分の体にラクトの魔法を使用
する。
︵⋮⋮!? これはまた随分と妙な感覚だな⋮⋮︶
体から体重が抜けたことによりフラフラになり足元が覚束ない。
まるで体がペラペラの紙にでもなったかのような感覚であった。
強風に吹かれれば、踏ん張りが利かずに今にでも空高くに飛んで
いってしまいそうである。
︵⋮⋮待てよ。この状態で風魔法を使えば、自由に空を飛ぶことが
出来るんじゃないか?︶
スキルレベルと体内の魔力量を上げた成果だろう。
魔法を覚えたての頃は、扇風機程度の威力しか出すことの出来な
564
かったウィンドの魔法であるが、今では人間1人をのけぞらせるほ
どの強風を出すことができる。
悠斗は全身の力を抜くと、自ら生み出した風に体を預けるような
イメージでウィンドの魔法を使用する。
すると、その直後。
悠斗の体は狙い通りに宙に浮かび、風の吹く方向に飛ばされる。
夢のような魔法の開発の糸口を掴んだ悠斗は、胸の内より湧き出
す喜びを押さえることができなかった。
︽飛行魔法︾。
悠斗は呪属性と風属性の魔法を織り交ぜたこの魔法をそう名付け
ることにした。
だがしかし。
今の段階では﹃体を宙に浮かすことに成功した﹄というだけで、
︽飛行魔法︾と呼ぶには烏滸がましい部分がある。
自由に空を飛んでいるというよりも、現状では風に吹き飛ばされ
ているだけという感じであった。
今後は優先的に︽飛行魔法︾の精度を上げて行くことにしよう。
検証作業に確かな手応えを感じた悠斗は、新たに開発した︽飛行
魔法︾の訓練を始めるのであった。
565
女子高生魔王、参上!
時刻は悠斗が飛行魔法の開発に着手する5日ほど前までに遡る。
エクスペインの中心街に目を惹く、1組の男女がいた。
﹁あっ! ねえ、あそこ! あそこを見て! あの屋台に売ってい
るスイーツ、超美味しそうだよ! アスモ! あのスイーツなんて
言うの!?﹂
クルリと緩いパーマのかかった身長150センチほどの美少女は、
珍しい屋台を指差して無邪気にはしゃいでいた。
その少女、ベルゼバブは道行く人々の視線を釘付けにする奇妙な
格好をしていた。
ベルゼバブが身に付けているのは、現代日本の女子高生が着るよ
うな学生服である。
この衣服は異世界から召喚された少女が着ていたものに感銘を受
けて、自らの固有能力で作り出したものであり、今では彼女の普段
着になっていた。
﹁⋮⋮あの菓子は異世界から持ち込まれた技術を用いて作られたも
のだな。名をクレープという。小麦粉に、牛乳、バター、卵、砂糖
などを加えて作った生地にフルーツや生クリームを入れた食物だ﹂
566
そう答えたのは身長2メートルを超えようかという巨漢の男、ア
スモデウスである。
全身が筋肉の鎧に包まれたアスモデウスは、ベルゼバブとは違っ
た意味で衆目を引きつけて止まなかった。
﹁クレープ!? あのスイーツ、クレープっていうんだ!? おに
ーさん! クレープ1つ下さい!﹂
﹁あいよ。ところで嬢ちゃん。ウチの店は中に入れる具材の種類の
数がウリなんだ。基本となる生クリームの他に、この中12種類の
中から好きなものを入れられるけど、どうするんだい?﹂
﹁わ! 凄い! こんなに種類があるんだ!? え∼っと⋮⋮え∼
っと﹂
ベルゼバブはキラキラと目を輝かせながらもメニューに書かれて
いる具材を確認する。
イチゴ、バナナ、マンゴー、チョコレートソース、ヨーグルト⋮
⋮等々。
メニューに書かれている具材はどれもベルゼバブにとって魅力的
なものであった。
﹁決めた! おにーさん。ここにある具材を全部入れて下さい!﹂
﹁ええっ!? そりゃまあ、出来ないことはないけど⋮⋮。嬢ちゃ
ん、そんなに食べられるのかい?﹂
﹁はい。大丈夫ですよー﹂
567
心配をする屋台の男とは対照的にベルゼバブはニコニコと笑う。
七つの大罪の中でも︽暴食︾を司るベルゼバブは、無尽蔵の食欲
を有していることで知られている。
﹁ん∼。美味しい! クレープ、めっちゃ美味しい!﹂
12種類の具材が入った特注の巨大クレープを頬張りながらもベ
ルゼバブは屈託のない笑みを浮かべていた。
﹁⋮⋮フッ。流石は暴食を司る魔王。その食べっぷりを見ていると
貴様の父親の全盛の姿を思い起こすよ﹂
﹁う∼。アスモ。アタシが﹃暴食﹄って呼ばれることが嫌いなの、
教えていなかったっけ? 嫌なのよね。暴食って可愛くないネーミ
ング﹂
﹁失礼。そうであったな﹂
﹁あ∼あ。神様は残酷よね。どうしてアタシみたいなキュートな女
の子が暴食で、アスモみたいなオッサンが色欲なんだろう。ねえね
え。アタシの﹃暴食﹄と貴方の﹃色欲﹄を交換しない? せめて色
欲だったらセクシー路線で行けたのになぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
父親から﹃暴食の魔王﹄の名前を引き継いだベルゼバブは、自分
の名前に対して嫌悪感を抱いていた。
568
一口に魔族と言ってもその性格は様々である。
ベルゼバブはスイーツとオシャレが大好きで、恋に対して興味深
々の乙女であった。
そんな彼女の振舞いは、周囲の魔族たちからの評判が芳しくない。
今日のように魔族の有力者が集まる催しが開催される際は、七つ
の大罪の中でも最古株のアスモデウスが面倒を見ることが多かった。
﹁? ねえ。アスモ。あそこにある変わった形をした建物は何なの
?﹂
﹁ああ。あれは冒険者ギルドと言ってな。国が腕に覚えのあるなら
ず者たちに仕事を斡旋する施設だ﹂
﹁へー。ちなみにそれって誰でも利用することが出来るの?﹂
﹁そういうことになる。冒険者の仕事は、仕事に就けなかった人間
たちの最後の受け皿という側面があるからな。体1つあれば誰でも
ギルドに登録することができるだろう﹂
﹁⋮⋮ふーん。そうだったんだぁ﹂
︵もしかしてこれは⋮⋮良い情報をゲットしたのかも?︶
暴食の魔王の地位に就任してから日が浅いベルゼバブは、常日頃
から刺激を求めていた。
冒険者ギルドを利用すれば魔族として生活する上では味わえない
経験ができるのではないだろうか?
569
﹁何をボーッとしている。早く行くぞ。ルシファーたちが首を長く
して待っている﹂
﹁あ。ちょっと。アスモ。待ちなさいよね!﹂
ベルゼバブは小走りで先を歩くアスモデウスの大きな背中を追い
かける。
今回ベルゼバブが冒険者という職に興味を抱いたことが、後に、
悠斗の運命を大きく変えることになるのだが︱︱。
それはまだ、暫く先の話である。
570
リベンジマッチ
翌日の朝食は、リリナお手製のフルーツジュースである。
収穫したばかりの果物をふんだんに使用したフルーツジュースは、
女性メンバーに大好評であった。
突如として庭に出現した果樹園に対して、当初は怪訝な表情を受
かべていたスピカたちであったが、今ではすっかりと馴染んでいる
ようである。
雑草の駆除、害虫の退治など。
基本的に果樹園の世話はスケルトンたちが行ってくれるので、何
も気に掛けることがない。
飲まず食わず&不眠不休で働いてくれるスケルトンたちは、労働
力として最強と言っても過言ではない。
外見が不気味な点は玉に瑕ではあるが、スケルトンたちは今やす
っかり欠かすことの出来ない存在となっていた。
朝食が終わった後は、遠征の準備である。
昨日覚えたばかりの﹃対象の重量を下げる﹄ラクトの魔法は、風
を動力源に動くエアバイクとの相性が抜群であった。
571
事前に予想していた通り。
どうやら呪魔法でエアバイクを軽量化をすると、移動スピードを
アップさせることが可能なようであった。
﹁おお⋮⋮。こいつはいいや⋮⋮﹂
風と呪。
悠斗はこの2つの魔法を組み合わせを使うことにより、エアバイ
クの燃費効率を劇的に改善することに成功するのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁さて、今日の課題だが⋮⋮。昨日は狩り損ねたホワイトバードを
重点的に倒して行こうと思う﹂
ローナス平原に到着するなり悠斗の提案を受けたスピカとシルフ
ィアは、互いに不思議そうに顔を見合わせる。
﹁えーっと。たしかにホワイドバードの臭いは覚えたので、探すこ
とはできると思うのですが⋮⋮﹂
﹁大丈夫。昨日1日で空を飛んでいる魔物を倒す方法はバッチリ考
えてきた! 生まれ変わった俺の力をしかと目に焼き付けてくれ!﹂
悠斗は力強く宣言をすると、ホワイトバードの探索を開始する。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
572
﹁ご主人さま。さっそくホワイトバードの臭いがします。数は3匹
です。南西の方角からこちらに向かって飛んでくるみたいです﹂
﹁⋮⋮おっと。さっそくお出ましか﹂
ホワイドバードとのエンカウントは楽に達成することができた。
元々、ワイルドベアーと比較をすると個体数が多く、見つけるこ
と自体は楽な魔物なのである。
しかし、24時間ほとんど休むことなく長時間の飛行を可能にし
ているホワイトバードは弓の達人ですら仕留めることが困難な魔物
とされていた。
悠斗はタイミングを見計らって自分の体にラクトの魔法をかける
と、風魔法を使って素早く地面を蹴り上がる。
ホワイトバード 脅威度 LV4
昨日取得したばかりの飛行魔法を駆使して50メートルほど宙に
上がるとホワイトバードの姿をハッキリと目で捉えることができた。
﹁へぇ。近くで見ると、こんな姿をしていたのか﹂
動きは思っていたより早くない。
573
体は程よく肥えており、見るからに美味しそうな外見をしていた。
全体的には空飛ぶ巨大ニワトリという表現がしっくりとくる。
﹁﹁﹁コケー! コケケー!﹂﹂﹂
ホワイトバードたちは絶叫していた。
何故ならば︱︱。
まさか自分たちのテリトリーである空で冒険者と遭遇するとは思
いもよらなかったからである。
ひょうきゃく
悠斗は足の裏からウィンドボムを放ち、空中版︽飆脚︾とも呼べ
る動作でホワイトバードに向かって突進。
腰から抜いたロングソードでホワイトバードの1匹を串刺しにし
た。
﹁⋮⋮さて。次はどいつを剣の錆にしてやろうかな﹂
邪悪な笑みを零す悠斗。
空の上でのんびり暮らしていたホワイトバードにとって、今回の
一件は寝耳に水を受けたかのような感覚であった。
ひょうきゃく
長らく天敵が不在で、肥え太ったホワイドバードと︽飆脚︾を駆
使する悠斗とでは、そのスピードは天と地である。
574
空高くから地面に向かって無数の羽毛が舞い落ちる。
残った2体のホワイトバードは、悠斗の剣撃によって、あっとい
う間に蹴散らされる結果となった。
﹁凄いです! ご主人さま! 凄すぎます! ご主人さまが凄いの
は当たり前だと思っていましたが⋮⋮それでも流石に空まで飛べる
とは思っていませんでした! 予想外です!﹂
﹁恐れ入ったぞ! 主君に恐れ入るのは何時ものことだか⋮⋮今日
は何時にも増して恐れ入ったぞ!﹂
悠斗の戦いぶりを地上から見ていたスピカとシルフィアは、驚き
を隠せないでいるようであった。
しかし、飛行魔法にはまだまだ課題も多い。
ホワイトバード程度の魔物であれば、問題はなかったが、地上で
の戦闘と比較して、かなり動きが制限されるので、飛行能力を有し
た強力な魔物との戦闘を想定すると心もとないところがある。
もっと自由に空中戦闘を行うためにも、飛行魔法の訓練は欠かせ
ないものになってくるだろう。
決意を新たにした悠斗は、次なる獲物を探すべく歩みを進めるの
であった。
575
邂逅
それから7時間後。
﹁ふぅ⋮⋮。なんというか今後10年くらいは、肉には困らないよ
うな気がするよ﹂
﹁⋮⋮そうですね。昨日の熊肉だけでも食糧庫に物凄い量が余って
いるような気がしますし﹂
期待以上の収穫を得た悠斗は、満足気な表情を浮かべていた。
本日の討伐結果は以下の通りである。
ワイルドベアー × 5匹
ホワイドバード × 18匹
リザードマン × 4匹
スケルトン × 7匹
飛行魔法を覚えたことにより、ホワイドバードを討伐できるよう
になったのに加え︱︱。
昨日の遠征でスピカがワイルドベアーの臭いを覚えたので、こち
らに関しても大きな成果を上げることが出来た。
576
﹁流石にこれほどの肉は食べきれないな。余った分は何処かで売っ
てしまおう﹂
﹁そうですね。それが良いと思います﹂
屋敷で待っているリリナたちに良い土産が出来たようで何よりで
ある。
食糧の解体を得意とするリリナならば、今回の作業も喜んで引き
受けてくれるだろう。
ケットシーの村で、魔法のバッグを高性能なものにバージョンア
ップしていて本当に良かった。
制限容量100キロまでのバッグに、今回の収穫で得た肉を収納
するのは色々と無理がある。
悠斗はそこでステータス画面を確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔法 : 火魔法 LV3︵22/30︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV3︵12/30︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
577
ホワイトバードから取得できるスキルは風魔法プラス3であるよ
うだ。
風魔法のレベルが上がれば、エアバイクを用いた移動も格段に楽
になるので好都合である。
﹁さて。今日はもう日が落ちるし、上がりにするか﹂
悠斗がそう告げて、バッグからエアバイクを取り出そうとした、
そのときであった。
突如として、視界が揺れる。
周囲の木々たちが振動をして、けたたましく葉音を立て始めた。
﹁⋮⋮ッ!? また地震か!?﹂
しかも、昨日にも増して、揺れが強い。
振動に耐えきれなくなった木々たちがミシミシと音を立てて、倒
れていくほどの震度である。
﹁スピカ! シルフィア! ︻伏せろ!︼﹂
悠斗は隷属契約の強制力を用いて二人に命令すると、前回と同じ
過ちを犯さないように周囲を警戒しながらも地震が落ち着くのを待
った。
578
すると、次の瞬間。
地震の音とは、異なる地面が裂けるような奇妙な音がした。
﹁なん⋮⋮だよ⋮⋮。これ⋮⋮﹂
音のする方に目を向けると、地面から巨大なピラミッドが天に向
かって伸びて行く最中であった。
これが悠斗がトライワイドに召喚されてから初めて目にする︱︱
︽ダンジョン︾との邂逅であった。
579
ダンジョン出現
﹁ダンジョンだ﹂
天高くに聳え立つ建築物を目の当たりにしたシルフィアはおもむ
ろに呟いた。
﹁えーっと。ダンジョンっていうとあのダンジョンだよな? 中に
は魔物とかお宝がわんさかあるという⋮⋮﹂ ﹁ああ。主君の認識に間違いはない。実を言うと私も実際に見るの
は初めてなのだが⋮⋮。このサイズの建物が突然現れるということ
はそれくらいしか考えられないからな﹂
﹁⋮⋮なるほど。そういうものなのか﹂
昨日からの地震は悠斗にとって不可解な点が多かったが、それが
ダンジョンの出現の予兆であったと仮定すると納得の行く部分があ
った。
﹁あのさ。ということは俺たちって、もしかして凄い発見をしたこ
とになるんじゃないか?﹂
﹁ご主人さま。もしかしてまた危険なことを考えているのでは⋮⋮
?﹂
580
﹁失礼な。俺はちょっくら先にダンジョンに潜入して、中のお宝を
独り占めしようと思っただけだ!﹂
﹁やっぱりです!?﹂
誰よりも主人に振り回されることの多いスピカは、段々と悠斗の
思考パターンを把握しつつあった。
﹁そいつは止めておいた方がいい﹂ ラッセン・シガーレット
種族:ヒューマ
職業:冒険者
固有能力:読心
読心@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵対象の心の状態を視覚で捉えることを可能にするスキル︶
声のした方に目をやると、1人の女性がそこにいた。
歳の頃は18歳くらい。
オシャレな皮ジャケットとお尻が見えそうになるくらい短いパン
ツを履いたワイルド系の美人であった。
神秘の火銃 レア度@☆☆☆☆☆
︵大気中の魔力を吸収して火属性の魔法を射出する武器︶
581
ラッセンの腰に巻き付けられたホルスターには、何やら高価な武
器が入っていた。
︵あのおっぱい⋮⋮シルフィアとどっちが大きいだろう︶
﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂
悠斗がラッセンの胸元に視線を送っていると、隣にいたスピカと
シルフィアの眼差しが険しくなる。
﹁⋮⋮自己紹介が遅れてしまったね。アタシの名前はラッセン。ラ
ッセン・シガーレット。情報屋だ。肩書きは一応キミと同じ冒険者
ということになっているが、こっちはオマケくらいに思ってくれて
構わない﹂
ラッセンはそう前置きすると、胸の谷間に挟んでいたギルドカー
ドを取り出した。
カードに銅の塗装が施されていることから、ラッセンがブロンズ
ランクの冒険者であることが分かった 本職は情報屋で冒険者はオマケという話であったが、冒険者とし
ての高い実力を有しているらしい。
﹁これは御丁寧にありがとうございます。俺の名前は⋮⋮﹂
﹁知っているよ。コノエ・ユウトくんだろう﹂
ラッセンはニヤリと笑って悠斗の名前を言い当てる。
582
﹁ああ。これは失礼。しかし、キミはアタシたちの業界では既にち
ょっとした有名人だからね。わざわざ名乗ってもらうのも申し訳な
いと思ったのさ﹂
﹁えーっと。俺ってそんなに有名人だったんですか?﹂
なるべく悪目立ちをしないように努めてきた悠斗にとって、ラッ
センの言葉は些かショクなものがあった。
﹁ああ。なんと言ってもキミは、冒険者ギルドに登録してからたっ
たの1週間足らずでブロンズランクに昇格した期待のルーキーだか
らね。今では同業者たちの間でキミの名前を知らない人間はそうは
いないよ﹂
﹁そうだったんですか﹂
悠斗としては目立ってしまうのは不本意なことであったが、美人
から褒められるのは悪い気はしない。
﹁さて。自己紹介も済んだところで本題に移ろうか。キミは先程、
ダンジョンに入ろうとしたね?﹂
﹁⋮⋮もしかすると禁止されていることだったんでしょうか?﹂
﹁いいや。別に禁止されているわけではないのだが、ギルドの依頼
を受けずに勝手にダンジョンに入ることは推奨はされていない。
実を言うとアタシはローナス平原に出現するダンジョンを報告す
るクエストをギルドから任されていてね。明日にはブロンズランク
以上の冒険者に対して﹃ダンジョン攻略クエスト﹄の依頼が来るだ
583
ろう。クエストを受注してからでないと、ダンジョンを攻略しても
報酬は出ないから、もう1日ほど時間を置いてから挑んでみてはど
うだろう?﹂
﹁⋮⋮分かりました。そういうことでしたら日を改めることにしま
す﹂
目の前にあるダンジョンに入れないのは残念であるが、せっかく
の美人の忠告なので此処は素直に従っておくことにしよう。
推奨されていないということは、出現したばかりダンジョンを攻
略してしまうことは、他の冒険者の恨みを買ってしまう行為なのか
もしれない。
﹁そう言ってくれると嬉しいよ。アタシはこう見えてキミのことを
高く買っているんだ。1人でダンジョンに入って死なれるとこちら
としても寝覚めが悪い﹂
ラッセンはそれだけ告げると、踵を返して悠斗の元から立ち去っ
た。
﹁情報屋ラッセン。只者ではなさそうだな⋮⋮﹂
神妙な台詞を呟きながらも悠斗は、ショートパンツに食い込んだ
ラッセンの尻肉を凝視する。
﹁そうですねー。おっぱいが大きかったですからねー﹂
584
﹁⋮⋮恐れ入ったぞ! これだけの女性を囲っていて尚、他の女性
に目移りをするとはな!﹂
スピカとシルフィアは主人に対して、とことん冷めた眼差しを送
っていた。
585
Wピース ☆修正あり
﹁な、なんだよこれ!?﹂
その日の夕方。
庭に並べられた大量の魔物を目の当たりにして、リリナは絶句し
た。
ワイルドベアーが5匹とホワイトバードが18匹。
実際に置かれているのを見ると凄まじいインパクトがあった。
﹁今日の収穫なんだけどリリナ。解体作業を任せられるか?﹂
﹁⋮⋮やれるだけやってはみるけど、流石に1日で全部は無理だよ。
あまり期待しないでくれ﹂
﹁いや。出来るところまでやってくれれば大丈夫だよ﹂
解体作業が終わらなかったものについては、魔法のバッグに入れ
ておけば腐敗の心配もない。
バッグの容量を圧迫してしまうことは間違いないが、そこは仕方
ないと割り切るしかないだろう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
586
その日の夕食は、昨日捌いた熊肉をふんだんに使用したシチュー
であった。
差し詰めそれは、ビーフシチューならぬベアーシチューと言った
ところだろうか。
悠斗たちが遠征している間にリリナはずっと夕食の下準備をして
いた。
トロトロになるまで鍋の中で煮込んだ熊肉は、昨日食べたものと
はまた違う旨さがあった。
﹁リリナ。邪魔をするぞー﹂
夕食を終えた悠斗は、風呂に入ってからリリナのいる部屋を訪れ
ていた。
﹁ああ。どうしたんだよ。ユート。お前の方から呼び出すなんて珍
しいじゃないか﹂
﹁⋮⋮いや。何時も家の仕事を頑張ってくれているリリナに労いが
必要かな、と思ってさ﹂
﹁はぁ? それは一体どういう意味だよ﹂
﹁もしかして⋮⋮気付いていないとでも思っていたのか? 昨日リ
リナが俺たちが風呂に入っている間に何をしていたか。俺は全て知
っているんだぜ﹂
587
﹁⋮⋮ッ!?﹂
悠斗の指摘を受けたリリナはカァァァッと顔を赤くする。
﹁ま、待ってくれ! あれはそのっ! 若気の至りというか⋮⋮魔
が差しただけで違うんだ!﹂
﹁いやいや。照れなくてもいいんだぞ。水臭いじゃないか。欲求不
満なら俺が魔法を使って何時でも解消してやるのにさ。こんなふう
に﹂ そこで悠斗が使用したのは、対象の性的感度を上昇させるルード
の魔法。
その効果が絶大であることは、スピカとシルフィアの体で既に検
証済みである。
﹁ユ、ユート⋮⋮。これは一体⋮⋮?﹂
これまで自分を慰めることでしか快楽を知らなかったリリナにと
ってルードの魔法は、凄まじく刺激の強いものであった。
未曾有の快楽に飲み込まれたリリナは、腰が砕けてヘナヘナと床
に腰を下ろす。
︵少し強引な気はするが⋮⋮。こうでもしないとリリナが自分の気
持ちに素直になれないだろうしな︶
悠斗はそんなことを考えながらも水魔法と呪魔法をブレンドした
︽触手魔法︾を発動する。
588
最初に試したときは6本までしか出すことの出来なかった触手で
あるが、今では最大で10本まで出すことが出来るようになってい
た。
﹁大丈夫。リリナは体の力を抜いて楽にしていてくれよ。悪いよう
にはしないからさ﹂
悠斗はそう前置きすると不敵な笑みを零すのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
夜。
リリナの部屋から奇妙な音を聞いたサーニャは目を覚ます。
︵この声はリリナのものでしょうか⋮⋮?︶
不審に思ったサーニャは、寝惚け眼を擦りながらもリリナのいる
部屋を訪れる。
︵諸事情により文章のカットを行いました︶
﹁大丈夫、なのです! 何も見ていないから、安心して欲しいので
す。む、むしろお兄ちゃんとお姉ちゃんが仲良くしているみたいで、
589
嬉しいのです! はい!﹂
露骨な作り笑いを浮かべて、サーニャはそっと扉を閉める。
実の妹に気を遣われた。
その事実はリリナの理性を一瞬の間、取り戻すのに十分なもので
あった。
﹁あああっ。なんてこと。なんてことだっ!?﹂
悠斗は一抹の罪悪感を覚えながらも、せめてもの報いにルードの
魔法を強めて、嫌なことを忘れさせてやろうとする。
︵⋮⋮サーニャ。ごめんな。本当。ダメなお姉ちゃんで本当ごめん︶
本来ならば死にたくなるほど、情けないことなのに︱︱。
実の妹に痴態を見られたという事実は、リリナの興奮を高めるも
のであった。
翌日。
シラフに戻ったリリナは、自分の中の変態性に気付き、激しく落
ち込むことになるのだが︱︱。
それはまた別の話である。
590
ダンジョン攻略会議
翌日。
冒険者ギルドに赴いた悠斗は、職員の女性に勧められ、建物の別
室に案内されることになっていた。
﹁皆様。お集まり頂きありがとうございます。それではこれよりロ
ーナス平原に出現したダンジョンの攻略会議を始めようと思います﹂
マイクを片手に司会役を務めていたのは、ギルド職員と思しき中
年の女性である。
室内には悠斗の他に20名近い冒険者たちが集められており、そ
れぞれピリピリとした緊張感を纏っていた。
﹁今回ギルドが定めたボス攻略報酬は200万リアになっています。
難易度はE1。期限は2カ月。期限を過ぎると超過ボーナスが支払
われますが、私共としては迅速な攻略を希望しています﹂
ギルド職員が報酬金額を口にした次の瞬間。
周囲にいる冒険者たちのテンションが異様に上がって行くのが分
かった。
﹁ふーん。E1のダンジョンに対して200万リアか。随分と奮発
したものだね﹂
591
悠斗の隣にいたラッセンは、ウェスタンキャップのツバをいじり
ながらも意味深に呟いた。
﹁今回のクエスト報酬って相場より高かったりするんですか?﹂
﹁ああ。難易度E1と言えば10段階中、下から2番目のダンジョ
ンだ。報酬の相場で言えば100万リアくらいが妥当なところだろ
う。
ローナス平原は隣国との貿易において、重要地点だからな。ロー
ドランドとしては少しでも早くダンジョンを撤去したいということ
なのだろう﹂
それから悠斗はラッセンからダンジョンに関する基本的な情報を
教えてもらうことにした。
ダンジョンとはモンスター・アイテム・トラップなどを無限に生
出する空間のことを指す。
今回のローナス平原に出現したものは、巨大なピラミッドの形を
していたが、時には森の中一帯や、何の変哲もない只の草原がダン
ジョン化することもある。
ダンジョンの奥には、ガーディアンと呼ばれる強力なモンスター
が存在している。
このモンスターを倒すまでダンジョンは、少しずつ大きくなって
行き、難易度を上げて行くのだという。
﹁⋮⋮なるほど。超過ボーナスが設定されているのはそのせいなの
か﹂
592
指定された期限を過ぎてダンジョンを攻略すると追加で報酬が発
生する、という話を聞いたときは妙だと思ったのだが、これで納得
が行った。
ギルドの側からするとダンジョンの難易度が上がれば、報酬を吊
り上げざるを得ないという理屈である。
﹁私共からは以上です。こちらのテーブルの上にはギルドの方から、
ダンジョン攻略の際に必要な最低限のアイテムを用意させて頂きま
した。
よろしければご自由にお使い下さい。それでは皆様の御武運をお
祈り申し上げます﹂
ギルド職員の説明が終わると、周囲にいた冒険者たちはノソノソ
と移動を開始する。
ベルゼバブ
種族:悪魔
職業:七つの大罪
固有能力:なし
﹁⋮⋮ん。あれは?﹂
そのとき悠斗の眼に止まったのは、日本の女子高校生が身に付け
るような学生服を着た1人の美少女であった。
どうして異世界で学生服を?
と考えないわけでもなかったが、その疑問は魔眼スキルにより彼
593
女のステータスを確認した途端に吹き飛ぶことになる。
︵⋮⋮間違いない。あの子は魔族だ︶
悠斗はこれまで彼女の他にも﹃七つの大罪﹄という職業を持つ2
人の魔族に出会ったことがあった。
雰囲気で分かる。
固有能力こそ所持していないようだが、彼女もまた他の魔族に引
けを取らない強者の1人だろう。
594
ダンジョン攻略会議︵後書き︶
595
告白
﹁なぁ。いいだろう? 嬢ちゃん。俺たちのパーティーに入りなっ
て。悪いようにはしないからさ﹂
﹁もう。しつこいなぁ。アタシはソロで挑戦するから放っておいて
よー﹂
﹁そう言うなって。こう見えて俺は腕が立つ。今回この部屋に集ま
ったヘボたちを見ろよ! どいつもこいつもブロンズランク以下の
クズばかりじゃねえか。
その点、俺はシルバーランクなんだぜ? な? 俺に付いて来る
のが、賢明な判断ってもんだろうよ﹂
ロビン・クルーガー
種族:ライカン
職業:冒険者
固有能力:なし
ロビン・クルーガーは頭に犬耳を生やした身長160センチほど
の小柄な男であった。
短足で頭が大きく、その風貌は何処かブルドックを彷彿とさせる。
﹁はぁ⋮⋮。ロビンのやつ。また、パーティーに誘うことを口実に
596
してナンパをしやがって﹂
﹁その、ロビンっていう人、強いんですか?﹂
﹁ああ。正直この部屋に集まった冒険者の中では実力はピカ1だな。
単純な戦闘能力も高いが、かれこれ10年以上も冒険者稼業を務め
ているベテランだ。今回のダンジョン攻略クエストにおける最有力
候補と言って良いだろう﹂
﹁しかし、見たところ素行には色々と問題はありそうですね﹂
﹁まあ、冒険者をやっている人間は誰だって大なり小なり問題を抱
えているもんなんだよ。
特にダンジョン攻略クエストのような大きな仕事には曲者が揃っ
ているみたいだな。あそこにいる男を見てごらん﹂
ロビンに引き続きラッセンは、今回の参加者の中から注目の人物
の紹介を始める。
﹁先程、今回のクエスト攻略の最有力候補はロビンだと言ったが。
アタシとしては、あそこの壁に寄りかかっている男がダークホース
になりそうな気がしている﹂
黒宝の首飾り@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵他人が所持する︽魔眼︾スキルの効果を無力化する︶
ラッセンの視線の先に目をやると、そこには全身黒ずくめの長身
の男がいた。
597
﹁なるほど。たしかに只者ではなさそうな感じですね﹂
ここに集まっている冒険者とはケタが違う。
黒のフードで覆われているのでその顔つきまでは分からないが、
悠斗の目から見ても黒服の男からは強者特有のオーラを感じること
ができた。
﹁あの黒フードの男はここ最近、エクスペインの冒険者ギルドに通
うようになったのだが、他人に対して全く自分の情報を開示しよう
としないんだ。アタシの勘が正しければ、あの男はかなりの手練れ
だね﹂
﹁たしかに。身に付けている装備も高価な感じがしますね﹂
自分以外に黒宝の首飾りを装備している人間を見たのは、悠斗に
とって初めての経験であった。
レアリティがランク7の黒宝を首飾りを装備していることからも
その男の実力の程が窺える。
﹁⋮⋮しつこいなぁ! いい加減にしてよね!﹂
パシン、と。
突如として、強く手を払う音が部屋の中に鳴り響く。
音のした方に目を向けると、何やら先程の女子高生のような外見
をした魔族と冒険者ロビンが険悪な雰囲気になっていた。
598
﹁⋮⋮チッ。もう頭に来たぜ! 人が下手に出れば良い気になりや
がって! どうしてシルバーランクの俺様がお前のような小娘に袖
にされなきゃイカンのだ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ロビンの言い分は、傍から見ても支離滅裂なものであった。
言葉を吐く事にテンションを上げて行くロビンとは対照的にベル
ゼバブの表情は、薄暗く、静かなものになって行く。 ﹁ええ? この野郎! なんとか言ったらどうなんだ! おい!﹂
怒りに身を任せたロビンは、そのままベルゼバブの顔面に向けて
拳を振り下ろす。
︵⋮⋮危ない!︶
その直後、悠斗はベルゼバブの放った殺気からロビンの死を確信
した。
このままロビンが目の前の少女に拳を振り下ろせば、間違いなく
彼は少女からの反撃を受けて死ぬことになるだろう。
ロビンが殺されたところで悠斗にとっては何の痛手もないのだが、
599
それでも目の前に救える命があるのならば、助けておかないと寝覚
めが悪い。
﹁その辺にしておきましょうよ﹂
悠斗は背後からロビンと手を掴んで、二人の間に割って入る。
﹁はぁ? 何だお前? お前に何の関係があるんだっつーの!﹂
﹁いや。関係はないかもしれませんが⋮⋮﹂
︵⋮⋮このまま放っておくとお前が死んでいたかもしれないんだよ
!︶
という説明をしたところで理解してもらえるはずもなく︱︱。
悠斗は二の句を継げないでいた。
﹁何を黙っている! 意味分からないこと言ってんじゃねーぞ! この雑魚⋮⋮﹂
顔をタコのように赤くして激昂するロビンであったが、悠斗の顔
を見た途端、その表情を青ざめさせて行く。
600
﹃凄い新入りが入ったらしい﹄
今から半月ほど前からだろうか。
エクスペインの冒険者ギルドにそんな噂が頻繁に飛び交うように
なっていた。
何でもその新入りは1回の冒険で平均して50以上の素材を持ち
帰り、僅か1週間足らずの内にブロンズランクに昇格したという話
である。
ロビンは自分の戦闘能力に対して過大な評価はしていない。
新人からブロンズランクに昇格するまで1年はかかった。
ブロンズランクからシルバーランクに昇格するまで10年はかか
った。
ここまで成り上がることが出来たのは、決して危ない橋を渡ろう
とせず、常にパーティーを組んで魔物と戦い、堅実な成果を上げて
いたからに他ならない。
ここで悠斗を敵に回すのは得策ではない。
冒険者でありながらも慎重な性格の持ち主であるロビンは、悠斗
を見てからそんな判断を下すことにした。
﹁⋮⋮ふん。興が削がれた。行くぞ。野郎ども﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂
601
︵やれやれ。人が親切で助けてやったのに︶
ロビンは捨て台詞を吐くと、ゾロゾロと仲間を引き連れて、冒険
者ギルドを後にする。
﹁⋮⋮王子様﹂
ポツリ、と。
目の前にいた制服姿の少女がキラキラとした眼差しで呟いた。
﹁え?﹂
﹁ようやく見つけた! アタシだけの王子様! 好きです! この
手は二度を離しません! 離しませんからねっ!﹂
ベルゼバブはガシリと悠斗の腕を掴みながらも情熱的にアプロー
チをする。
﹁えええぇぇぇ⋮⋮!?﹂
魔族に殺されそうになっていた冒険者を救ったと思ったら、何故
か魔族から愛の告白を受けることになっていた。
予想外の斜め上を行く展開の連続に、悠斗は頭を抱えるのであっ
た。
602
603
女子高生
﹁キャッ
よ﹂
ユートさまったら。ホッペにクリームが付いています
﹁⋮⋮あれ。何処だろう?﹂
﹁ここです。ここ! 今、取ってあげますね!﹂
それから30分後。
すったもんだの末にベルゼバブは、すっかりと悠斗に懐いている
様子であった。
︵どうして俺は⋮⋮魔族の女の子と、2人でクレープを食べている
のだろう?︶
ベンチに腰をかけながらも悠斗は、ぼんやりとそんなことを考え
ていた。
﹁ス、スピカ殿。あの女は一体何処の誰なのだ!?﹂
﹁知りませんよ。そんなこと! まったく⋮⋮ご主人さまは次から
次へと女の子を誑かして! まったくもう!﹂
604
ポケットの中から取り出したハンカチを噛みしめながらもスピカ
は、涙目で訴える。
冒険者ギルドの前で主人の帰りを待っていたスピカとシルフィア
さっきの続きなんですけど、アタシの恋人になっ
は、木陰から悠斗の様子を窺っていた。
﹁ユートさま
て欲しいという話、考えてくれましたか?﹂
﹁えーっと。ベルゼバブさん﹂
﹁水臭いですね。ベルでいいですよ﹂ ﹁なら、ベル。悪いけど、キミの話は受け入れられないよ﹂
﹁⋮⋮? どうしてですか?﹂
不思議そうに小首を傾げながらもベルゼバブは尋ねる。
その様子は、自分が振られる可能性を頭の片隅にも置いていなか
ったようであった。
﹁あ! 分かりました! 既に恋人がいるんですね? もしかする
とお相手は、あそこの木の陰でコソコソとしている2人ですか?﹂
﹁⋮⋮いや。あの2人は恋人ではなくて奴隷だから﹂
悠斗が正直に答えると、ベルゼバブはポンと手を叩いて。
﹁なるほど! 奴隷とかよく分からないけど、アタシは3人目でも
605
全然OKですよ
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
これ以上、彼女のペースに乗せられてはダメだ。
そう判断した悠斗は、思い切って話題の転換を図ることにした。
﹁ところで、ベルは魔族なんだろ?﹂ ﹁はい? どうしたんですか突然?﹂
﹁隠さなくても良いよ。俺は魔眼のスキルホルダーだから、ベルの
素性について最初から知っていたんだ﹂
﹁⋮⋮ふーん。なるほど。そうだったんですか﹂
ベルは人差し指で唇に触れながらも、小悪魔的な笑みを浮かべる。
﹁それでユート様はアタシのことをどうするつもりなんですかー?
王国の騎士団に突き出しますか? それとも秘密を盾に脅迫して、
エロいことを強要するつもりですか?﹂
﹁いや。そんなことはしない、ただ1つだけ聞きたいことがあるん
だ﹂
﹁⋮⋮聞きたいこと、ですか﹂
悠斗の提案を受けたベルゼバブは、不思議そうに首を傾げる。
606
﹁ああ。もしかしたらベルなら異世界から召喚された人間が、元の
世界に戻る方法を知っているんじゃないかなって思ってさ。何か知
っていることがあるなら教えて欲しい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ここまで聞いたところでベルゼバブは、悠斗が異世界から召喚さ
れた人間であることに察しを付けていた。
異世界から人間を召喚する方法ならともかく、召喚された人間が
元に帰る方法に対して興味を持つ人間など限られる。
また、異世界からトライワイドに召喚された人間は、1人の例外
もなくレアリティの高い固有能力を授かることで知られていた。
目の前の少年が魔眼のスキルホルダーであると打ち明けたことも、
ベルゼバブの推理に説得力を持たせていた。
﹁ふ∼ん。なるほど。そういうことですかぁー﹂
ベルゼバブは意味深な言葉を吐くと、不敵な笑みを浮かべる。
﹁え∼っとー。たとえばの話なんですけど、その情報をユート様に
教えてアタシに何かメリットってあるんですかぁー?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
この子はドSだ。
607
たぶんウチの子にはなれない。
悠斗はなんとなく直感的にそんなことを悟った。
﹁分かった。じゃあ、こういうのはどうだろう。ベルが教えてくれ
た情報が確かなものだったら、俺は1日だけ何でもキミの言うこと
を聞いてあげるよ﹂
﹁ふーん。それはなかなか魅力的な条件ですね。何でもって言いま
すと、たとえばアタシがユート様に性的な御奉仕をさせる、なんて
いうことも可能なのでしょうか?﹂
﹁⋮⋮ああ。まあ、それくらいなら構わないぞ﹂
﹁ふふ。約束ですよ﹂ 制服姿の美少女に性的な御奉仕は、むしろ御褒美と考えるべきだ
ろう。
﹁そうですねー。心当たりはあるんですが、この情報を漏らすと、
アタシの立場も危うくなるので簡単に言うわけにはいかないんです。
そういうわけでユート様、アタシと取引しませんか?﹂
﹁⋮⋮取引?﹂
﹁はい! ユート様は今回のダンジョン攻略クエストに参加するん
ですよね? でしたら、そのクエストをクリアーできた方のみ、そ
れぞれの願いを叶えられるというのはどうでしょう﹂
﹁うーん﹂
608
悠斗は悩んでいた。
本来であれば、直接、情報を聞き出せれば手っ取り速いのだろう
が、彼女も彼女で安易にそれが出来ない理由があるようだ。
強引に聞き出して、偽の情報を掴まされたりしたら眼も当てられ
ない。
﹁分かった。その条件を受け入れよう﹂
悠斗が首肯すると、ベルゼバブはパチリとウィンクを飛ばして笑
顔を見せる。
﹁その言葉⋮⋮覚えていて下さいね!﹂ ﹁ああ。約束するよ﹂
﹂
﹁それではユート様。たった今からアタシたちは、敵同士です! また近い内に、何処かで会いましょう
ベルゼバブはそれだけ言うと、踵を返して、悠斗の元を後にする。
刹那。
一陣の風が舞い込み、ベルゼバブのスカートをフワリと捲り上げ
る。
これが凡人であれば、スカートが捲りあがったことにすら気付け
ないでいただろう。
だがしかし。
609
1000年に1人の武術の天才と称される卓越した悠斗の動体視
力は、ベルゼバブの履いているライトグリーンの下着を的確に捉え
ていた。
︵異世界の美少女が最高であることに異論はないけど⋮⋮日本の女
子高生にも捨てがたい魅力があったよなぁ⋮⋮︶
思い掛けない幸運イベントに遭遇した悠斗は、ふと、日本を懐か
しむのであった。
610
悪食
﹁よぉ⋮⋮。さっきはよくも俺様に恥をかかせてくれたな﹂
シルバーランクのベテラン冒険者、ロビン・クルーガーは人目の
付かない裏路地にいた。
先程の冒険者ギルドでの一件は、ロビンのプライドを傷つけるも
のであった。
このまま袖にされたまま引き下がるわけにはいかない︱︱。
そう判断したロビンは仲間と共に、ベルゼバブのことを連れ出し
て、彼女を慰み者にしようと考えたのであった。
﹁言っておくけど、お前が悪いんだぜ? 大人しく俺のパーティー
に入っていれば、せめてもの救いに気持ち良くはしてやったのによ
ぉ﹂
ベルゼバブを前にしてロビンは下卑た笑みを浮かべる。
ロビンの悪行は、エクスペインの冒険者たちの間では広く知られ
ていることであった。
自分のパーティーに入った女冒険者に対して、乱暴を働いたこと
611
は1度や2度ではない。
仲間と共に強姦に及んだ女冒険者は、魔物の群れに放り込み、口
封じを行うというのが彼らの常套手段であった。
﹁えーっとー。もしかしてオジサンたち。これからアタシのことを
乱暴なことをしようとしているんですかー?﹂
ベルゼバブは自らのスカートを捲りあげて、太股を見せながらも
挑発的な笑みを零す。
ロビンの仲間たちは興奮で息遣いを荒くする。
﹁ハハッ。それだけで済むと思ったら大間違いだぜ! お前はこれ
から俺たちに犯されてから、魔物の餌になって、惨めに一生を終え
るんだよ﹂
﹁あああっ。もう我慢できねえよ。ロビンさん! なあ、もう始め
ちまっていいだろう?﹂
﹁構わねえが、最初に楽しむのは俺だぜ? まずは手始めにバカみ
てえに短いスカートをひん剥いてやりな﹂
異変が起きたのは、ロビンの部下たちが、ベルゼバブに近づこう
とした直後であった。
﹁⋮⋮はい?﹂
何が起きているか分からずにロビンは間の抜けた声を上げる。
612
突如としてロビンの視界は、鮮やかな赤に染まった。
自分の周囲を覆う赤い液体が、部下たちの体から出た血飛沫であ
ることに気付くまでにロビンは幾分の時間を要した。
﹁⋮⋮ッ!?﹂
ロビンは腰に差した剣を抜き、周囲の様子を窺った。 が、上半身を丸々失った部下たちの死体以外に不審な点は何もな
い。
﹁あははー。どうしたんですか? アタシに乱暴なことをする予定
じゃなかったんですかー?﹂
コツコツ、と。
学生靴で地面を叩く音を響かせながらも学生服の少女はロビンの
元に歩み寄る。
﹁お前⋮⋮一体何を⋮⋮!?﹂
﹁残念でした。食べられちゃうのはオジサンたちの方でしたねー﹂
何か薄気味の悪い気配を覚えて、ロビンがふと視線を上げると、
得体の知れない生物が、そこにいた。
﹁な、な⋮⋮。何だ、この化物は⋮⋮!?﹂
613
体長はおよそ2メートルくらい。
全身が黒色に塗り潰されたかのようなその生物は、人間とも魔物
とも言い難い奇妙な形状をしていた。
上下の唇は縄のように太い糸で何重にも縫われており、口を開く
ことはできない。
替わりに、腹部には歯の付いた大きな口が存在している。
先程、部下たちを殺したのはこの化物なのだろう。
腹部に開かれた口内からは、ベットリとした赤黒い血が垣間見え
た。
目の前の生物の正体が、ベルゼバブの所有するレアリティ、詳細
不明の固有能力︱︱。
︽悪食︾により召喚された魔神であることロビンは知る由もなか
った。
﹁この野郎っ!﹂
ロビンは意を決して手にした剣で、目の前の魔神に切りかかる。
が、完全に捉えたはずの斬撃は、魔神の体をすり抜けて行くかの
ように虚しくも空を斬った。
︵こいつ⋮⋮っ!? 実体がないのか⋮⋮!?︶
614
死の間際にそんなことを思った、ロビンであったが、彼の推理は
外れていた。
すり抜けたかのように見えたのは、単純に魔神のスピードが常軌
を逸したものであったからである。
﹁ラヴ。そいつも食べちゃって﹂
ベルゼバブの言葉に反応した魔神は、腹から開いた大きな口を使
ってロビンの体を丸のみにする。
それはおよそ勝負とは言い難い︱︱呆気のない幕切れであった。
シルバーランクの冒険者、ロビン・クルーガーとその仲間たちは、
何1つとして反撃する暇もないまま、魔神の餌となった。
﹁はぁ∼。つまんないのぉー。ラヴ。クレープをちょーだい﹂
主人の命令を受けたラヴは、腹の中にある口内から、クリームの
たっぷり入ったクレープを取り出して、ベルゼバブに手渡した。
ベルゼバブの︽悪食︾は、主人の﹃ワガママ﹄を何でも叶えてく
れる魔神を召喚する、世にも珍しい効果を持った固有能力である。
叶えられる﹃ワガママ﹄については制限がない。
615
ラヴの口内は異空間と繋がっており、その中から主人が望むもの
を何でも取り出すことが可能である。
若干15歳にして、この少女が暴食の魔王の名を世襲することが
出来たのは、魔族の歴史の中でも史上最強という評価を受けている
︽悪食︾の固有能力の存在が大きかった。
﹁⋮⋮と、いけない。アタシはこんなことをしている場合じゃない
んだった!﹂
ベルゼバブは先程の悠斗とのやり取りを思い出し、思わず頬を緩
ませる。
生まれながらにして規格外の固有能力を所持していたベルゼバブ
は、周囲の魔族から恐れられ、ひとりぼっちの生活を送っていた。
幼少の頃より友達と呼べる者はおらず、自らの固有能力で召喚し
たラヴだけが、彼女の話相手となっていた。
自らの胸が高鳴るを抑えることができない。
ベルゼバブにとって悠斗は、初めて自らのピンチに対して身を挺
して庇ってくれた男性であったのだった。
﹁ふふふ。待っていて下さいね。ユートさま。アタシは必ず貴方の
ことをモノにしてみせますよ﹂
616
周囲に誰もいない街の裏路地にて。
ベルゼバブは1人、不敵な笑みを零すのであった。
617
死のダンジョン
一方、同刻。
悠斗・スピカ・シルフィアの3人はエアバイクを走らせてローナ
ス平原に出現したダンジョンまで脚を運んでいた。
﹁うーん。改めて見ると凄い建物だなぁ﹂
ピラミッド型のダンジョンを目の当たりにした悠斗は、思わず感
嘆の声を漏らす。
広大な敷地面積を誇り天に向かって伸びていくダンジョンは、圧
巻の存在感を放っていた。
﹁なんでしょう。建物の素材はレンガに近い形をしていますが、表
面がツルツルとしています。見たことのない材質です﹂
ダンジョンの扉の前に立ちながらスピカはそんな感想を漏らす。
﹁⋮⋮まあ、ここで悩んでいても仕方がないし、とりあえず中に入
ってみようぜ﹂
﹁分かりました﹂
618
﹁了解した﹂
ローナス平原に移動するまでの時間で、スピカとシルフィアには
ベルゼバブと交わした約束の内容について話をしていた。
最初は何となく物見遊山の気分でダンジョンを探索をする予定で
あったのだが、事情が変わった。
今回のダンジョン攻略クエストを誰よりも早くクリアすることが
出来れば、現代日本に戻るための有力な手掛かりを掴める可能性が
高い。
そういう意味では悠斗にとって今回のクエストは是が非でも、ク
リアしなければならないものであった。
悠斗たちは足並みを揃えて、ピラミッド型のダンジョンの入口に
足を踏み入れる。
異変が起きたのは、その直後であった。
﹁おいおい。なんだこりゃ⋮⋮﹂
まず最初に悠斗たちのことを出迎えたのは、噎せかえるような血
の臭いであった。
臭いのする方に目をやると、ダンジョンの通路の中心部に無数の
死体が転がっているのが見えた。
619
﹁これは⋮⋮酷いな。死体の状況から判断するに時間はそう経って
いないだろう。おそらく彼らは我々と同じように今日になって初め
てダンジョンに足を踏み入れたばかりの冒険者たちだ﹂
﹁そうみたいだな﹂
おそらくシルフィアの予想は当たっているのだろう。
死体をよく観察してみると、何人かは冒険者ギルドで見たことの
ある顔があった。
﹁⋮⋮ご主人さま。何か様子がおかしいです。これほどまでの血の
臭いを建物の中に入るまで全く感じることが出来ないだなんて﹂
﹁ああ。それは俺も思っていた﹂
疑問に思った悠斗が後ろを振り返ると、奇妙なことに気付く。
先程までは存在していたはずのダンジョンの入口が何処にも見当
たらない。
扉が閉まったとか、そういった次元の話ではない︱︱。
物理的に入口が綺麗サッパリ悠斗の目の前から消失していたので
ある。
﹁⋮⋮どうやら俺たちはこの建物の中に閉じ込められたらしい﹂
今にして思えば、このダンジョンは冒険者が足を踏み入れると同
620
時に、特定の別空間に転送させる仕組みになっていたのかもしれな
い。
そう仮定すると、スピカの嗅覚が血の臭いを知覚できなかったこ
とにも納得が行く。
﹁⋮⋮主君。私は詳しく知らないのだが、ダンジョンというものは、
冒険者たちを閉じ込めるトラップが搭載されているものだろうか?﹂
﹁いや。少なくとも俺はそんな話は聞いていなかったな﹂
仮にそんな危険なトラップがあるのならば、冒険者ギルドから何
かしら忠告があるはずだろう。
不自然な点はまだある。
それは周囲に転がっている冒険者の死体だ。
冒険者ギルドから受けた説明によると今回、出現したダンジョン
のランクはE1。
難易度としては下から2番目のものらしい。
まだ入口だというのに、これほどまでの死人が出るものはおかし
な話である。
﹁先に進もう。なんとなくだけど⋮⋮ここに留まっておくのは危険
な気がする﹂
621
とにかく今は少しでも情報が欲しい。
ダンジョンの奥に進んで生存者に出会うことが出来れば、今回の
異変についての情報を得ることができるかもしれない。
主人の意見に従い悠斗たちが、通路を進んで次の部屋に入った直
後であった。
﹁クソッ! このトカゲ野郎がっ!﹂
突如として、聞き覚えのある声が部屋の中に鳴り響く。
サラマンダー 脅威LV 24
瞬間、悠斗の視界に飛び込んできたのは二つの影であった。
1つは全長8メートルにも達しようかという巨大な赤竜。
そしてもう1つは︱︱。 竜と対峙し満身創痍の女冒険者、ラッセン・シガーレットであっ
た。
622
VS サラマンダー
﹁スピカ。シルフィア。下がっていろ!﹂
サラマンダーに睨まれ今にも捕食されそうなラッセンの姿を目の
当たりにした悠斗は、即座に戦闘態勢に入る。
そして風魔法による高速移動技術、︽飆脚︾を使用すると一瞬で
サラマンダーとの距離を詰める。
しかし、巨大な体躯の割にサラマンダーのスピードは早かった。
サラマンダーは首を捻って振り返ると、悠斗に向けて灼熱のブレ
スを吹きかける。
︵⋮⋮ウォーターシールド!︶
避けようと思えば避けられるタイミングではあったが、後ろにい
るスピカとシルフィアがダメージを受けるのだけは避けたい。
そう判断した悠斗は、取得したばかりの水属性の防御魔法を駆使
して炎のブレスを中和する。
瞬間、部屋の中に夥しい量の水蒸気が立ち込める。
623
﹁⋮⋮キミは!?﹂
ラッセンは2属性の魔法を巧みに操る悠斗の姿に驚愕する。
何故ならば︱︱。
2属性の魔法を同時に扱える魔術師は︽デュオ︾と呼ばれており、
1万人に1人の割合でしか生まれてくることがないと言われている
からである。
けれども。
先輩冒険者としてのプライドが直ちに彼女の中の冷静さを取り戻
させる。
﹁ユートくん! サラマンダーの弱点は尻尾だ! やつの痛覚は尻
尾に集中している!﹂
﹁⋮⋮尻尾ですか。了解しました﹂
トカゲのような外見をしているにもかかわらず、尻尾が弱点とは
意外であった。
ラッセンに言われなければ、気付くことはなかっただろう。
悠斗はサラマンダーの背後に回るために強く地面を蹴る。
だがしかし。
624
外見に似つかわしくないスピードを誇るサラマンダーは、自らの
弱点を理解しているのか、常に悠斗と向かい合わせになるように移
動する。
﹁面倒臭えっ!﹂
痺れを切らした悠斗は、至近距離から︽飆脚︾を使用してサラマ
ンダーの正面に突っ込んだ。
﹁な、何をバカな真似を!?﹂
自殺行為とも見える悠斗の行動に糾弾するラッセンであったが、
直ぐに自らの心配は杞憂であったことに気付く。
破拳。
人体の︽内︾と︽外︾を同時に破壊することをコンセプトに作っ
たこの技を悠斗は、そう呼ぶことにしていた。
空手の︽正拳突き︾と中国武術の︽浸透勁︾の性質を併せ持った
この技は、サラマンダーの全身の空前絶後の衝撃を与えて、その巨
体を優に10メートルほど吹き飛ばす。
625
﹁怪我はなかったですか? ラッセンさん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ラッセン・シガーレットはエクスペインの中では、トップクラス
の実力を有した冒険者であった。
ラッセンの本職は情報屋であり、彼女自身も﹃真の実力者は己の
能力を隠すもの﹄という信条を有していることから、肩書きこそブ
ロンズランクに甘んじているが︱︱。
本来の実力はゴールドランクに比肩するものがある。
その証拠にラッセンの実力は、エクスペインの王族たちからも絶
大な評価を受けており、彼女の営んでいる情報屋は政界にまで顔が
利くほどであった。
今回サラマンダーを相手に遅れを取ったのもダンジョンに入って
からの連戦による疲弊が響いたものである。
彼女が本来の実力を出せば、サラマンダー相手に不覚を取ること
もなかっただろう。
けれども。
そんな百戦錬磨のラッセンの眼から見ても尚︱︱。
悠斗の実力は得体の知れないものであった。
全身が強靭な鱗に覆われたサラマンダーを素手で倒す冒険者など
626
常識の埒外の存在である。
が、しかし。
自分より年下で、冒険者としての経験の浅い新人の実力を素直に
認められるほどラッセンの精神は成熟してはいなかった。
﹁⋮⋮ふふ。ユートくん。驚いたよ。以前から度々、噂になっては
いたが、キミは本当に強いんだね﹂
﹁いえいえ。俺なんてまだまだですよ﹂
﹁けれども、キミが勘違いするといけないから1つだけ忠告してお
こう。
実を言うと、アタシの実力はゴールドランクの冒険者にも引けを
取らないものでね。キミが助けに入らないでもサラマンダーの1匹
くらい1人で倒すことが出来たのだよ。だから、アタシのことを助
けたなどと思い上がらないで頂きたい﹂
﹁⋮⋮あの。もしかしてラッセンさん。怒っています?﹂
﹁怒ってなどいない!﹂
明らかに怒っている口調で、怒っていないと否定された。
女冒険者として自立して生きていることに対して高いプライドを
持っているラッセンにとって、異性から命を救われたという事実は
是が非でも認めがたいものであった。
︵⋮⋮何か俺、悪いことをしたのだろうか?︶
627
相変わらず女心はよく分からない、と悠斗は1人嘆くのであった。
628
レジェンドブラッド
一方、同時刻。
暴食の魔王ベルゼバブは既にローナス平原に出現したダンジョン
の地下6Fにまで歩みを進めていた。
﹁う∼ん。ダンジョン探索ってもっと面白いモノだと思っていたん
だけど、意外と退屈だったのね⋮⋮﹂
彼女の周囲には先程、悠斗が倒したものより更に1回り大きなサ
ラマンダーの死骸があった。
どんなワガママでも叶えることが出来る︽悪食︾の固有能力を以
てすれば、ダンジョンの中に潜んでいる魔物やトラップを突破する
ことは容易であった。
﹁ラヴ。そいつのことを食べたら先に進むからねー﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悪食の能力によって生み出された魔神ラヴは、凄まじいスピード
でサラマンダーの死骸を捕食していた。
ラヴがワガママを叶えるためには1つだけ条件があった。
それは魔力を保有する生物を食べて、体内にその魔力を保存しな
ければならないということである。
629
そのワガママが実現困難なものであるほど消費する魔力が増える。
ラヴの得意分野は﹃破壊﹄と﹃創造﹄であり、それ以外のワガマ
マになると燃費効率が悪くなるという傾向があった。
ベルゼバブとしては、てっとり早く最下層に到着したいところで
あったのだが︱︱。
一気にダンジョンを攻略するためのワガママを叶えることが出来
るだけの魔力がラヴの体内には保存されていなかったらしい。
それ故。
こうして魔力を補給しながらの地道な攻略作業を余儀なくされて
いたという訳である。
﹁あーあー。退屈だなぁ。早くユート様に会いたい。とにかくこん
な辛気臭いダンジョンなんて、さっさと攻略しちゃおうー﹂
ラヴが食事を終えたのを見計らって、ベルゼバブが次の部屋に移
動しようとした、そのときであった。
ベルゼバブの前に全身黒装束の1人の男が立っていた。
相手の︽魔眼︾スキルを無効化するレアアイテム﹃黒宝の首飾り﹄
を身に付けたこの男は、冒険者ギルドで悠斗が見かけた男と同一人
物であった。
悠斗をして﹁只者ではない﹂という評価を受けた男はフードの下
で不敵な笑みを浮かべる。
630
﹁⋮⋮待ちくたびれたぜ。暴食の魔王﹂
﹁あはは。もしかして、お兄さんってストーカーさんですか? こ
んな狭苦しい部屋の中でアタシのこと待っていてくれたとかー?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
男は無言のまま黒のフードを外して、研ぎ澄まされたナイフのよ
うに鋭い視線をベルゼバブに向ける。
彼の持つ、金色に輝く髪と燃えるように赤い眼は、トライワイド
における大英雄の1人を彷彿とさせるものであった。
男の名は、ミカエル・アーカルド。
今から500年以上も昔、︽アーク・シュヴァルツ︾と共に魔族
によって支配されていた世界から人類を救った勇者の子孫である。
かつて大英雄、アーク・シュヴァルツは、魔術師・賢者・武闘家
という構成から成る3人の仲間を引き連れて魔王討伐の偉業を成し
遂げたとされていた。
伝説的な活躍を遂げた4人の英雄の子孫たちは︽レジェンドブラ
ッド︾と呼ばれ、世界の中枢を担う重要なポストに就いている。
﹁あれ⋮⋮? 貴方の顔、何処かで見覚えがあるような⋮⋮﹂
631
ミカエルは金髪赤目という特徴的な外見をしていた。
世界各国に絵画・彫刻などが飾られる史上最強の魔術師の容姿は、
ミカエルに色濃く引き継がれていていたのである。
この特徴的な外見は魔術師としての最強の血統の証でもあり︱︱。
下級の魔族などは金髪赤目の人間を見るだけで逃げ出すほどのも
のであった。
﹁惜しいな。魔族でさえなければ結構、好みの顔をしているのに﹂
レジェンドブラッド随一の優男であるミカエルは、ベルゼバブの
肢体を舐めるように眺め回す。
﹁何ですか? ナンパですか? 止めて下さい。ごめんなさい。ア
タシには既に心に決めた人がいるんです﹂
﹁ハハッ。ナンパだって? 冗談を言うなよ。オレはキミを殺すた
めに遠路はるばる派遣されてきたんだぜ?﹂
男は懐の中から大きな宝石が嵌め込まれた杖を取り出すと、ベル
ゼバブに対してそれを向ける。
﹁そんじゃま。残念だけど、世界の平和のためにキミには此処で死
んでもらう﹂
ベルゼバブはミカエルの動きに呼応するようにして悪食の固有能
632
力を使用し、魔神ラヴを召喚する。
﹁⋮⋮残念なのはそっちでしょ。何処の誰かかは知らないけど、ア
タシにちょっかいを出したのが運の尽きでしたね﹂
暴食の魔王の地位に就く少女と、かつて人類を救った大魔術師の
子孫。
悠斗の預かり知らぬところで今︱︱。
500年前の戦いが再現されようとしていた。
633
勘違い
サラマンダーを倒した悠斗は、自らのステータスを確認していた。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV3︵12/30︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
火魔法の熟練度が一気に20ポイントも上昇している。
脅威レベルが24の魔物ともなると、獲得できるスキルのポイン
トが桁違いになっているようだ。
﹁さて。ユートくん。まずは我々が置かれている状況を整理してみ
ようか﹂
先輩冒険者に相応しい落ち着いた口調でラッセンは続ける。
634
﹁まず、我々が入ったダンジョンについてだが、冒険者ギルドでは
難易度はE1。つまりは下から2番目であるという説明を受けたこ
とを覚えているね?﹂
﹁はい。そういう風に聞いていました﹂
﹁ダンジョンの難易度はその建物の大きさに比例して上がって行く
とされている。今回ローナス平原に出現したダンジョンは、比較的、
小さな規模なものだったからギルドの査定も低かったのだろう。⋮
⋮ところが、あそこを見たまえ﹂
ラッセンが指をさす方向には、地下に続く階段があった。
﹁あれ。このダンジョンって地下に降りて行くタイプのものだった
んですね。俺はてっきり登っていく感じのものだと思っていました
よ﹂
﹁⋮⋮ああ。ここに我々の誤算があった。つまりアタシの推測はこ
うだ。我々が外側から見ていたものは、実はピラミッド型の建物の
ほんの先っぽの部分に過ぎなかったのだろう。
本体の大部分は地中の深くに埋まっていたのだとすると、今回の
不可解な現象についても色々と説明が付く﹂
﹁つまりギルド側がダンジョンの難易度を計り間違えたいたのです
か?﹂
﹁そういうことになる。アタシの見たところによると、今回のダン
ジョンの難易度はB2からB1クラスはある。本来ならばゴールド
ランク、プラチナランクの冒険者が束になってようやくクリアでき
るかという難易度のものだ﹂
635
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
入口で大量の死人を発見したときから何かがおかしいと思ってい
た。
ラッセンの言う通り。
ダンジョンの難易度がギルド側が提示したものと比較して格段に
高かったとすれば、これほどの死者が出ることにも説明がつく。
﹁⋮⋮しかし、ギルドが難易度を計り間違えるなんてことが有り得
るのですか? 少し調べれば直ぐに分かると思うのですが﹂
﹁滅多なことでは起こらないな。通常であればギルドの担当者が中
に入って調査するのが規則とされている。
けれども、我々の業界では、有り得ないということは有り得ない
のだよ。何処の組織にも仕事で手を抜きたがる輩というものはいる
ものさ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ラッセンの言葉からは、これまで彼女が経験してきた冒険者とい
う仕事の苦労が甲斐見えた。
﹁さて。ここまで説明したところで我々には2つの選択肢がある。
ここに止まって助けが来るのを待つか、先に進むかだ。
幸いなことにこのフロアにいた魔物たちの殲滅は既に終わってい
る。この階で待機していれば、暫くの間は身の安全を確保できるだ
ろう﹂
636
﹁⋮⋮仮に待ったとして、助けに来るまでにかかる時間はどれくら
いですか?﹂
﹁これはアタシの推測になるが⋮⋮。おそらく1週間か、それ以上
の時間は要するだろうな。
不幸なことに今回のダンジョンには、入口閉鎖トラップが仕掛け
られている。我々には、このダンジョンのガーディアンを討伐する
以外に外に出る手段がない。中の危機が外に伝わるまでには相当な
時間がかかるだろう﹂
﹁なるほど﹂
そこまで聞いたところで悠斗の中で答えは固まっていた。
悠斗にとって今回のクエストは、元の世界に戻るための情報を得
るための最大のチャンスと言っても過言ではないものである。
従って、難易度が想定していたものと違っていたとしてもやるこ
とは変わらない。
﹁それなら俺は先に進むことにしますよ。そのガーディアンってや
つを倒せば、外にも出れて、クエスト報酬も貰える。一石二鳥じゃ
ないですか﹂
﹁⋮⋮はい? いや、しかしだな!﹂
悠斗の脳天気な発言を受けて、ラッセンは困惑していた。
普通に考えれば此処は助けが来るのを待つのが、最善の策である
637
と言えた。
今回のクエストを受諾する際に冒険者ギルドから受け取ったアイ
テムの中には、簡易的な寝具や携帯食料などが含まれている。
食事の配分を考えれば、1週間くらいの滞在は不可能ではない。
﹁⋮⋮キミたちはそれでも構わないのか? 最悪の場合は命を落と
すことになるんだぞ﹂
そこでラッセンは、悠斗の後ろにいたスピカとシルフィアにも意
見を尋ねることにした。
﹁えーっと。もちろん私はそのつもりでいました﹂
﹁愚問だな。主君の無理に付き合わされることは何時ものことだ﹂
ラッセンの保有する固有能力︽読心︾は、対象の心の状態を視覚
で捉えることを可能にするスキルである。
スピカとシルフィアの心からは動揺の色が視られない。
主人に全幅の信頼を寄せ、運命を共にすることを覚悟した様子で
あった。
︵⋮⋮なるほど。彼はそれほどまでに信頼の置ける人物なのか︶
638
ラッセンは暫く何事かを考えていたかと思うと、やがて、何かを
決意したような眼差しで。
﹁⋮⋮よし。そういうことならアタシもユートくんに付いていくこ
とにしよう﹂
﹁その⋮⋮大丈夫ですか? 無理に俺に付き合わなくても良いんで
すよ﹂
﹁⋮⋮勘違いするな。こういう不測の事態に陥った時は、バラバラ
に行動する方が危険なのだ。アタシはアタシの身の安全を守るため
にキミについて行くことを決めたに過ぎない﹂
﹁分かりました。そういうことでしたら、よろしくお願いします﹂
なんだか言葉にトゲが含まれているのが気になるが︱︱。
そこは彼女の照れ隠しであると信じることにしよう。
こうして新しい仲間に加えた悠斗は、ダンジョンの地下2階へと
歩みを進めるのであった。
639
意外な抜け道
ダンジョンの地下2Fに足を進めた悠斗たちは、次なる地下階段
を探していた。
﹁ユート君。ストップだ﹂
悠斗はラッセンの言葉に従い歩みを止める。
主人の後ろを歩いていたスピカとシルフィアもそれに倣って動き
を止めた。
﹁この先にはおそらくトラップが仕掛けられている。あそこの床の
タイルを見てみろ。僅かにだが、周囲のものと色合いが違うだろう﹂
﹁⋮⋮本当だ。あそこだけ新しい感じがしますね﹂
ラッセンはそこでバッグの中から鉄鉤の括りつけられた縄を取り
出すと、色の違う床に向かって勢い良くそれを投げつける。
その直後。
ぶつかった鉄鉤に反応して、床にポッカリと穴が開いた。
﹁やはり落とし穴があったか。やれやれ。アタシが付いてきて本当
に良かったよ﹂
640
﹁⋮⋮ありがとうございます。ラッセンさんがいてくれて助かりま
したよ﹂
﹁ふふふ。やはりこういう時にものを言うのは経験だな。気をつけ
ろよ。ユートくん。この先には同じようなトラップが幾つもあるみ
たいだからな﹂
先輩冒険者としての威厳を取り戻すことが出来たのか、ラッセン
は得意顔であった。
﹁あ! 良いこと閃きました! あの落とし穴の中に入れば、階段
を使わないでも下の階に行けるんじゃないでしょうか?﹂
悠斗の発言を聞いたラッセンはジト目になる。
﹁⋮⋮もしかしてキミはアホなのか? ダンジョンの落とし穴がそ
う都合よく下の階に繋がっているはずがないだろう﹂
﹁そうですか。なら床の壁を拳でぶち破って、下の階に移動するっ
ていうアイデアはどうですか?﹂
﹁何を無茶なことを。そんなバカなことが出来るわけ⋮⋮ええええ
えぇぇぇ!?﹂
バキリッという凄まじい音が響いたかと思うと、悠斗の拳はダン
ジョンの床を粉々に砕き大きな穴を作っていた。
641
ラッセンは自らの眼を疑った。
実を言うと、ダンジョンの壁を壊して探索する実験は、以前から
国が総力を挙げて取り組んできた課題でもあったのだ。
けれども。
ダンジョンを構成する物質はその難易度に応じて、強力な硬度と
再生力を有しており、労力に見合った成果を上げることは叶わなか
った。
先程のサラマンダーとの戦いからも窺える。
悠斗の戦闘能力はラッセンの眼から見て、常識の範囲を逸脱した
規格外のものであった。
﹁⋮⋮ま、まぁ、古典的ではあるが、悪くはない手段だな。アタシ
も今しがたそれを試そうと思っていたところだ﹂
額から汗を流しながらもラッセンは頷く。
せっかく先輩気分を浸っていたのに、台無しにされた気分であっ
た。
﹁えーっと。この床、放っておくと、どんどん再生して行くみたい
なんですけど。ボーッとしていると先に行きますよ?﹂
ポッカリと開いた床の穴から顔を出して悠斗は言う。
﹁ま、待つのだ! アタシを置いてかないでくれたまえっ! 置い
642
てかないでくれたまえ! ユートくんっ!?﹂
ここで悠斗の姿を見失ってしまうと、最悪の場合は命を落としか
ねない。
そう判断したラッセンは、恥を忍んで悠斗たちの後を追う。
半ば裏ワザとも呼べる手段を得た悠斗は、驚異的なスピードでダ
ンジョンの深部に進んで行くのであった。
643
VS レジェンドブラッド1
一方、同刻。
ダンジョンの地下6Fで勃発した魔王と勇者の戦いは、ワンサイ
ドゲームと呼ぶに相応しい展開を迎えていた。
﹁ハハッ! 意外と呆気ないもんだったなぁ。暴食の魔王と言って
もこんなものか。500年前の俺たちはこんなやつらに支配される
立場だったのか。情けねえ﹂
今現在。
ベルゼバブはミカエルの作り出した巨大な氷の柱によって磔にさ
れていた。
氷の枷によって手足を封じられたベルゼバブは、身動きを取るこ
とができないでいた。
自らの体温を根こそぎ奪われた少女は、徐々に意識を朦朧とさせ
ていく。
﹁ラヴ! アタシのことを助けなさいよ! お願いだから!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ベルゼバブの必死の呼び出しにもかかわらず︱︱。
644
魔神ラヴは沈黙を貫いていた。
﹁ククッ。固有能力を使おうとしても無駄だぜ。言ったろ? この
部屋にはお前の能力を封じ込める結界を設置しているって﹂
﹁⋮⋮ッ﹂
結界とは魔法石に特殊な刻印を施すことで作り出すことが出来る
トラップのようなものである。
時間さえかければミカエルにとって相手の固有能力を封じ込める
結界を作るのは造作もないことであった。
魔族を総べる長である﹃魔王﹄という存在は、強力な固有能力を
所持しているケースが多い。
勇者の子孫であるミカエルは、魔王を討伐するために必要な結界
を張るための技術を幼い頃から学んできたのであった。
ミカエルが戦いの場に選んだ今回のダンジョンの一室を選んだ理
由は2つある。
1つ、この部屋が相手の固有能力を封じ込める結界を設置するの
に手頃な広さであったこと。
2つ、ダンジョンの深部ならば他人の目を気にすることなく全力
で魔法を放つことができるからだ。
﹁そんじゃま。一思いに殺っちまうか。それが俺から愛しいキミに
645
出来る最大限の優しさってやつだ﹂
次の瞬間。
ミカエルが放ったのは水属性魔法の中でも最上級の取得難易度を
誇るとされている︽ウォーターストーム︾という魔法であった。
水属性の基本魔法ウォーターの強化版とも言えるこの魔法は、一
撃で巨竜をも屠る殺傷能力を有していた。
ミカエルの杖から召喚された巨大な氷の刃がベルゼバブの体に向
けて飛来する。
その質量は優に10トンにも達しようかというサイズである。
これほどの一撃が直撃すれば、魔族であっても即死は間逃れない。
﹁ラヴ! どうして!? どうして出てきてくれないのよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ベルゼバブの敗因を挙げるのならば、彼女が生まれながらにして
強力過ぎる固有能力を持ってしまったことにあった。
彼女は生まれてから只の1度も戦闘の訓練を行ったことなどなか
った。
何故ならば︱︱。
相手がどんな手練れであっても、︽悪食︾のスキルを使用すれば、
紙屑のように蹴散らすことができたからだ。
646
固有能力を封じられたベルゼバブの戦闘能力は、他の魔族と比べ
ても大きく劣るものである。
故に彼女は、命の危機に瀕しても呼び出すことのできない魔神の
力に頼ることしかできなかった。
︵どうして! なんで!? アタシ⋮⋮こんなところで死んじゃう
の!?︶
自らの敗北を悟ったベルゼバブが、そっと瞼を閉じようとした瞬
間であった。
ベルゼバブの背後から﹃野球ボール﹄サイズの氷塊がジャイロ回
転で飛来する。
氷塊は勢い良くミカエルの作り出した氷の刃にぶつかり、強引に
その軌道を捻じ曲げる。
直後。
質量10トンを超える氷の刃は、大きく軌道をズラしてベルゼバ
ブの体の横を通り抜けた。
﹁なんだ⋮⋮? いま何が起こった?﹂
氷の刃の軌道が逸れた原因は、明らかに外部から飛んできた攻撃
によるものだ。
647
けれども、腑に落ちない。
相手の放った魔法は、ミカエルのウォーターストームで作った氷
の刃と比べて一万分の一にも満たないサイズのものである。
一体どれほどパワーを込めて魔法を放てば、自分の魔法の軌道を
ズラすことが出来るというのだろうか?
ミカエルは2体目の魔王の出現を警戒しながらも、魔法が飛んで
きた方角に目を向ける。
﹁よぉ。なんか楽しそうなことをしているじゃねーか。俺も交ぜて
くれよ﹂
けれども、ミカエルの予想に反して︱︱。
彼の視界に飛び込んできたのは、不敵に笑う1人の少年の姿であ
った。
648
VS レジェンドブラッド2
﹁人間⋮⋮だと⋮⋮?﹂
悠斗の姿を目の当たりしたミカエルは驚きで目を見開く。
勇者の子孫として生まれ、幼少の頃より魔族を倒すための訓練を
積んできたミカエルは魔力の性質の違いから人間と魔族を見分ける
技術を習得していた。
しかし、相手が人間であるということは同時に自分の魔法は同じ
人間の魔法に競り負けたということを意味していた。
それは世界最強の魔術師を自負するミカエルのプライドを深く傷
つけるものであった。
﹁ユート⋮⋮さま⋮⋮?﹂
まさか1日に2度も人間に助けられる日がくるとは思わず、ベル
ゼバブは呆然としていた。
しかも、今回の一件は以前に冒険者ギルドでシルバーランクの冒
険者、ロビン・クルーガーに襲われたときとは訳が違う。
649
正真正銘、命を助けられることになったのだ。
以前から悠斗に対して並々ならない好意を抱いていたベルゼバブ
であったが、今回の一件を経て彼女の眼差しはより熱っぽさを増し
ていた。
﹁驚いたよ。さっきの魔法はキミが放ったものだったのか﹂
﹁ああ? まあ、そうだけど﹂
床をぶち抜いて下の階に移動するという裏技を発見した悠斗は、
スピカ・シルフィア・ラッセンの3人と共にダンジョン攻略を進め
ていた。
けれども。
地下6Fにまで進んだところで悠斗たちは、ミカエルの放った水
魔法による轟音を耳にすることになる。
不審に思った悠斗が、スピカたちを安全な場所に待機させて、単
身で音のする部屋の様子を見に行った結果︱︱。
今に至るというわけである。
﹁1つ、聞いてもいいかな。一体どんな手品を使えばさっきのよう
なパワーで魔法を放つことが出来るんだい?﹂ ﹁別にそんな大したことはしてねーよ。俺はただ思い切り投げつけ
ただけだ﹂
﹁投げつける⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮こういうのは実際に見せた方が早いんだろうな﹂
650
悠斗はそう前置きすると、水魔法を使用して掌に野球ボールサイ
ズの氷塊を生成。
スリークォーターのフォームからミカエルの方に向けて氷塊を投
げつけた。
ビュオンッ、と。
凄まじい風切音を立てながらも悠斗の投げた氷塊は、ミカエルの
コメカミを掠めた。
﹁その子から離れてくれないか? 次はお前の頭を狙うぜ﹂
悠斗の滅茶苦茶な戦い振りを目の当たりにしたミカエルは、自ら
の内から湧き上がる笑いを抑えることが出来ないでいた。
悠斗の使用した水魔法の威力それ自体は、驚くべきものではなか
った。
真に驚くべきは、驚異的なスピードで氷塊を投げることを可能に
する腕力と正確無比なコントロールである。
ミカエルは未だかつて魔法の威力を肉体で補う、というスタイル
を取る人間を知らなかった。
﹁フハハハ。面白い。実に面白い! キミのような人間がいたとは、
この世界も捨てたものじゃないな﹂
651
﹁⋮⋮はぁ。それはどうも﹂
﹁これは失礼。俺の名前はミカエル。ミカエル・アーカルドだ。よ
ければキミの名前を教えてくれないか?﹂
﹁近衛悠斗だ﹂
﹁ふむ。コノエ・ユートくんか﹂
ミカエルは悠斗の言葉の響きを確認するかのように繰り返した後。
﹁ところでユートくん。キミは1つ重大な思い違いをしているよう
だから言っておく。可愛い女の子を守りたいという気持ちは、俺と
しても共感できるものがあるのだが、実を言うとそこにいる子は魔
族なんだ﹂
﹁知っているよ﹂
﹁まあ、キミが驚くのも無理はない。魔族たちは500年前に人類
に敗れた後は、各地を転々としながら人間たちの目に留まらないよ
うに生活をしていたからな﹂
そこまで言ったところでミカエルは会話が微妙に噛み合っていな
いことに気付く。
﹁⋮⋮って、なにィィィ!? よもやキミ⋮⋮その子が魔族だと知
っていて、俺の邪魔をしたというのか!?﹂
652
﹁⋮⋮ああ。そうだけど、何か悪かったのか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悠斗の言葉はミカエルを絶句させるのに十分なものであった。
トライワイドの人間たちは長きに渡り魔族に支配されていた過去
がある故に、魔族に対して強い畏怖と怨嗟の感情を抱いている。
魔族に虐げられてきた歴史は、親から子に、子から孫にと伝えら
れていき︱︱。
500年の時が流れても色褪せることなく語り継がれている。
人間が魔族のことを庇うことなど、普通に考えると有り得ないこ
とであった。
﹁⋮⋮悪いことは言わん。考え直せ。キミにだから言うが、俺は5
00年前に魔王を倒した勇者の子孫でな。
近い未来に起こるであろう﹃邪神復活﹄の預言を受けて、魔族殲
滅の旅に出ている最中なのだ。魔族を守るということは、俺たち人
類を⋮⋮レジェンドブラッドのメンバーを敵に回すということなの
だぞ?﹂
これが最後の警告とばかりに詰め寄るミカエルであったが、悠斗
の考えは変わらない。
﹁人間とか、魔族とか、そんなことは俺にとってはどうだっていい
653
んだよ。いつだって俺は可愛い女の子の味方だ!﹂
﹁⋮⋮クレイジー。どうかしているぜ﹂
レジェンドブラッド随一の色男を自称するミカエルは、女性に対
してはとことん甘いフェミニストとして知られていたが︱︱。
それでも魔族の肩を持とうなどという狂った発想には至らなかっ
た。
﹁仕方ない。生憎と俺はバカにつける薬を持ち合わせているわけで
はないんでな⋮⋮﹂
悠斗の実力を買っていたミカエルは、話がまとまれば悠斗のこと
を自分の部下として引き込もうと考えていた。
しかし、どんな実力を有していようとも魔族の肩を持つような人
間を仲間にすることはできない。
ミカエルは手にした杖を掲げると、ウォーターストームの魔法を
発動させる。
世界最強の魔術師と謳われるミカエルの魔法は、精度・威力共に
規格外のものであった。
ミカエルの周囲には1000本を超える氷の刃が出現し、部屋の
温度を急激に下げて行く。
654
﹁そんじゃま。お前には世界の平和のため消えてもらうぜ!﹂
ミカエルが杖を振りかざした次の瞬間。
ウォーターストームで作られた数千個の氷の礫が前後左右、あら
ゆる角度から飛来する。
けれども。
傍目に見ると窮地に追い詰められている状況にもかかわらず︱︱。
悠斗の表情には、平静時と変わらない余裕があった。
655
VS レジェンドブラッド3
︵⋮⋮大した威力だが、見切れないスピードではない︶
ミカエルの放った氷の礫を目の当たりにした悠斗は、そんな感想
を抱いていた。
悠斗は冷静にロングソードを取り出すと、ミカエルの魔法を打ち
破るべく、氷の礫の弾道を見定めていた。
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした︽近衛
流體術︾を習得した悠斗は、︽ビリヤード︾についても天才的な腕
前を誇っていた。
︵⋮⋮そこだっ!︶
悠斗はビリヤードで培った技術を駆使して、迫り来る礫をロング
ソードで弾き返す。
息を吐く間もないほどの連撃は、氷の礫に次々と命中して行く。
﹁無駄だ! その程度の攻撃で俺の氷が防げるものか!﹂
656
自身の勝利を確信するミカエルであったが、そこで異変に気付く。
﹁こいつ⋮⋮っ。弾いた氷を利用して⋮⋮!?﹂
ただ闇雲に氷を弾くだけではない。
ビリヤードを極めた悠斗の斬撃は、打ち返した氷で、次の氷を弾
くよう精密な弾道計算がされたものであった。
全ての氷を防いだ悠斗は、武術で培った驚異的な脚力で以てミカ
エルとの間合いを一瞬で詰める。
﹁これで終わりだ!﹂
標的を捉えた悠斗が、手にした剣をミカエルの体に振りかざそう
とした瞬間であった。
足元がグラつき、視界が揺れる。
バランスを崩した悠斗の斬撃は、虚しく空を斬った。
﹁な、なんだ⋮⋮。こいつは!?﹂
予期しない形で不意を突かれた悠斗は、思わず感嘆の声を漏らす。
657
クリスタルゴーレム
種族:ゴーレム
職業:ガーディアン
固有能力:魔力精製
魔力精製 レア度@☆☆☆☆☆☆
︵体内の魔力の回復速度を上昇させるスキル︶
その全長は優に20メートルを超えるだろう。
これまで悠斗が出会った魔物の中では間違いなく最大である。
突如として床をぶち破り地下から出現したのは、巨大な水晶の体
を有した1匹の魔物であった。
﹁俺としたことが⋮⋮予想外だぜ。こんな浅い階層からガーディア
ンが現れるなんてな﹂
クリスタルゴーレムを目の当たりにしたミカエルは、次なる一手
を模索していた。
通常ダンジョンの守護者であるガーディアンは、最下層にのみ出
現する魔物と言われている。
高威力の魔法を連発して騒音を立ててしまったことが、ガーディ
アンを怒らせることになったのだろうか?
658
今回のような低階層でガーディアンと出会ってしまったことは、
事故としか言いようのない事態であった。
﹁⋮⋮仕方がない。まずはコイツから片づけるか﹂
ミカエルは手にした杖を掲げると、自身が所持する魔法の中で最
大威力のものを発動させる。
エクスプローション。
火属性魔法と風属性魔法の複合させて作ったこの魔法をミカエル
はそう呼んでいた。
5属性の中で最も殺傷能力が高い火属性の中でも一際、破壊力に
富んだファイアーストームという魔法は、ミカエルにとっての切り
札と呼べる存在である。
更にミカエルはこの魔法にウィンドストームの魔法を織り交ぜて、
火力を飛躍的に上げる技術を会得していた。
︵何か⋮⋮来る!?︶
エクスプローションの魔法の危険性に気が付いた悠斗は、咄嗟に
ミカエルと距離を取り地面に体を伏せる。
次の瞬間。
部屋の中は眩い閃光に包まれ、クリスタルゴーレムの体は激しい
659
爆炎の渦に包まれた。
自信の勝利を確信したミカエルであったが、そこで異変に気付く。
エクスプローションの魔法を直撃させたにもかかわらず︱︱。
クリスタルゴーレムは無傷であった。
﹁まさかこいつ⋮⋮。魔法耐性スキル持ちか!?﹂
ミカエルは推測する。
どうやら目の前にいる水晶のゴーレムは、極めて優れた魔法耐性
を有している魔物であるらしい。
今度はクリスタルゴーレムの攻撃。
クリスタルゴーレムは長い腕を使ってミカエルの体を振り払う。
﹁⋮⋮グッ﹂
シンプルながらも自らの体格を最大限に活かしたこの攻撃は、想
像を絶する威力を秘めていた。
咄嗟に氷の壁を使って致命傷を回避したミカエルであったが、自
らの脇腹に鈍いダメージを受けることになった。
﹁⋮⋮こいつはまずい。この魔物は、魔術師の俺とは相性が悪すぎ
660
る!﹂
エクスプローションで先制攻撃を仕掛けたことが仇になった。
クリスタルゴーレムの注意がミカエルに向いていることは明らか
である。
﹁どうしてこう⋮⋮次から次に!﹂
ミカエルは自らの不運を呪った。
自分の仕事は、暴食の魔王を討伐することだけだったはずなのに、
何故、人間と魔物にそれを邪魔されなければならないのだろうか。
﹁⋮⋮!?﹂
そのときふと、ミカエルの脳裏に1つのアイデアが浮かぶ。
ミカエルは風魔法を使って部屋の出口にまで移動すると、満足気
な笑みを浮かべる。
自から手を下すまでもない。
今回のダンジョンのガーディアンであるクリスタルゴーレムは、
レジェンドブラッドのメンバーが戦っても1対1では歯が立たない
ような難敵である。
﹁⋮⋮計画は変更だ。あとはお前たちで勝手に潰し合ってくれ。俺
661
はここらでお暇させてもらう﹂
ミカエルはそれだけ言い残すと、体中の魔力を絞り出し部屋の出
口という出口を氷漬けにしていく。
﹁な、なんなのよ!? こいつは!﹂
攻撃対象を見失ったクリスタルゴーレムは、次なる標的を1番近
くにいたベルゼバブに向けていた。
氷の柱に捕えられたベルゼバブは足をジタバタと動かして抵抗を
見せる。
けれども。
ミカエルの作った氷の枷は彼女の手足を縛って離さない。
クリスタルゴーレムは大きく拳を振りかぶり、氷柱もろともベル
ゼバブの体を押しつぶそうとする。
﹁∼∼∼∼っ!﹂
ベルゼバブが声にならない声を漏らし、瞼を閉じた次の瞬間であ
った。
暖かい。
人肌の温もりが氷の柱に磔にされて、冷え切ったベルゼバブの体
を癒す。
662
﹁ユートさまっ!﹂
何処か落ち着く匂いがする。
目の前の少年の背中を目の当りにしたベルゼバブは、直ぐに自分
の置かれた状況を理解した。
間一髪のところでベルゼバブを救い出した悠斗は、少女のことを
背負いながらも疾走していたのである。
︵凄い⋮⋮! 人間なのにこんなに早く走れるんだ⋮⋮!?︶
目の前の少年の温もりに包まれながらもベルゼバブは素直に驚い
ていた。
鬼拳を発動させた悠斗の身体能力は、上位の魔族すらも軽々と凌
駕するものがあった。
﹁しっかり掴まっていろよ。キミには死なれたら困るからな﹂
﹁⋮⋮はいっ!﹂
凍傷を負って手足がロクに動かないことを察してくれたのだろう。
ベルゼバブは目の前の少年の優しさに心を打たれ、緊張した声音
で返事をした。
663
先程の爆発の魔法が直撃してもダメージを受けなかったクリスタ
ルゴーレムの耐久力は、底の知れないものであった。
生半可な攻撃では体力を消耗するだけで有効なダメージを与える
ことはできない。
チャンスは1度きり。
これから試そうとする技は、絶大な威力を誇る反面、身体にかか
る負担が大きすぎる。
攻撃を外せば即座に敗北に繋がりかねない事態になるだろう。
けれども、不思議と負ける気はしない。
何故ならば、可愛い女の子が見ている手前で失敗をするわけには
いかないからだ。
決意を新たにした悠斗は、学生服の美少女を背負いながらも、反
撃の狼煙を上げるのであった。
664
VS レジェンドブラッド4
︽鬼拳︾
それは自らの体に刻み込まれた﹃生存本能﹄を極限まで希薄にす
ることで身体能力を大幅に向上させる悠斗にとって、切り札とも呼
べる技である。
現在、悠斗が︽鬼拳︾を維持していられる時間は3分間だけであ
った。
つまりは3分以内に勝負を付けなければその時点で自動的に敗北
が決定してしまうことになる。
女の子を背負いながら戦うというハンデも加わり、状況は絶望的
なものと言ってもよい。
﹁ユートさま。アタシのことならお気遣いなく。もっと乱暴に扱っ
てくれてもへっちゃらですよ? こう見えてアタシは魔族ですから
体は丈夫にできているんです﹂
自分の体を気遣いスピードを落としているのではないか?
という疑問にかられてベルゼバブは悠斗に対してそんな言葉をか
ける。
﹁そうか? なら、お言葉に甘えて。こっちも余裕がないからな﹂
﹁∼∼∼∼ッ!?﹂ 665
︵凄い⋮⋮まだ速くなるの!?︶
悠斗はそこで︽鬼拳︾のギアを1段上げると、クリスタルゴーレ
ムの背後に回り込もうとする。
その速度は既に音速の域に達しており、ベルゼバブが身に付けて
いた学生服はそのスピードに耐えきれずビリビリに破けてしまう。
あられもない姿になったベルゼバブは、振り落されないように必
死で悠斗の背中にしがみつく。
﹁グガガガガ!﹂
己の危険を察したクリスタルゴーレムは、体内に貯蔵した魔力を
水晶の形に変えて、全方位攻撃を仕掛ける。
ゴーレムの放出した水晶弾は部屋中に巻き散らかされて、部屋の
至るところに巨大なクレーターを出現させる。
︵こいつ⋮⋮ゴーレムの癖に飛び道具かよ!?︶
クリスタルゴーレムが有する意外な攻撃手段に一瞬だけ狼狽えた
悠斗であったが、︽鬼拳︾で向上した反射神経を駆使して、なんと
かそれを回避する。
666
悠斗は一通り水晶弾を避けた後、足の裏に力を込めて、全力で跳
躍する。
狙うは、クリスタルゴーレムの頭部。
︽破鬼︾。
鬼拳により身体能力を上げた状態で破拳を打つというこの技は、
単純な威力だけで考えれば悠斗の所持する技の中で最大と言っても
過言ではないものである。
けれども。
体に対する負担の大きい︽破拳︾と︽鬼拳︾を同時に用いるこの
技は、1度放てば暫くの間は腕が上がらないことを覚悟しなければ
ならないものであった。
悠斗は︽鬼拳︾のギアを最大まで上げると、高速で拳を打ち出し
ながらも、インパクトの瞬間に腕全体に対してスクリューのように
回転させて、クリスタルゴーレムの体内にその衝撃を拡散させる。
﹁グガアアアアァァァ!﹂
会心の一撃。
クリスタルゴーレムの体は程よく水分が混じっていたらしく、︽
破鬼︾のダメージを全体に行き渡らせることができた。
しかし、完全に勝負が付いたと思われたその直後。
667
悠斗の脳裏に死の予兆が過る。
﹁こいつ⋮⋮。自爆する気か!?﹂
クリスタルゴーレムの体内からは夥しい量の魔力が漏れ出してい
る。
体の水晶にはヒビが入っており、今にも爆発を始めようかという
雰囲気であった。
︵どうする⋮⋮!? どうやって切り抜ける!?︶
鬼拳によりギアをマックスに入れた悠斗が全力で走れば、爆発の
範囲外まで逃げ出すことは可能かもしれない。
けれども。
全力のスピードで走れば背後にいるベルゼバブの肉体が、負荷に
耐えきれずに張り裂けてしまうだろう。
悠斗が頭を悩ませていると、後ろにいるベルゼバブが指の先で悠
斗の頬をちょこんと突く。
﹁ユートさま。大丈夫です。どうやらアタシの能力はたった今、戻
ったみたいですから﹂
﹁⋮⋮?﹂
668
悠斗がベルゼバブの発言の意図を探ろうとした直後。
クリスタルゴーレムの体は眩い光を発しながらも激しい爆炎を上
げる。
︵⋮⋮ダメだ。もう間に合わない︶
鬼拳のギアをマックスまで入れた悠斗が、一か八か部屋の外に脱
出しようとしたそのときであった。
突如として、目前に異形の生物が出現し悠斗の周囲を光の膜のよ
うなもので覆う。
瞬間、轟音。
クリスタルゴーレムの体は大爆発を起こして、ダンジョンの一室
を灰燼に変える。
その威力は想像を絶するものであり、ミカエルの作った氷の塔す
らも一瞬で蒸発させる。
﹁⋮⋮助かったのか?﹂
ところが、奇妙なことに悠斗の周囲だけは爆発前と変わらない平
穏を保っていた。
その原因が目の前にいる未知の生物の作り出した、光のシールド
にあることは直ぐに分かった。
669
勝負に一区切り付いたことを悟った悠斗は、ステータスを確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV3︵12/30︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
魔力精製 レア度@☆☆☆☆☆☆
︵体内の魔力の回復速度を上昇させるスキル︶
固有能力の欄には新たにクリスタルゴーレムから奪った︽魔力精
製︾の項目が追加されていた。
征服者の証@レア度 詳細不明
︵ダンジョンを守護するガーディアンを討伐したことを証明する宝
石。このアイテムに触れるとダンジョンは消失し、中にいる人間は
強制的に外に飛ばされる︶
670
爆発したクリスタルゴーレムは光の粒子となっていき、その場に
1つのアイテムを残す。
どうやらこの︽征服者の証︾というアイテムが、クリスタルゴー
レムの討伐証明部位にあたるものらしい。
戦いが終わったことを知った悠斗は、ホッと胸を撫で下ろすので
あった。
671
戦いの後に
﹁ラヴ。アタシたちの傷を治しなさい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ベルゼバブの言葉に反応した魔神ラヴは、悠斗たちのいる方向に
手を翳すと淡い光の魔法を発した。
その魔法の正体が治療系の魔法であることは直ぐに分かった。
しかし、驚くべきはその効果である。
ラヴの出した回復魔法は、最低でも丸1日は使い物にならなくな
ると踏んでいた悠斗の右腕とベルゼバブの凍傷を1秒と経たない間
に全快させた。
﹁これは⋮⋮キミの能力なのか?﹂
﹁はい。さっきの魔術師の人が張った結界で今の今まで使うことが
出来なかったのですが⋮⋮ギリギリ間に合ったみたいで良かったで
す。
たぶんですけど、さっきのゴーレムが暴れた衝撃で結界が上手い
感じに壊れくれたみたいです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
672
悠斗は目の前の少女の能力を測りかねていた。
魔眼により効果が見透かせないところから察するに︱︱。
彼女の能力もまた︽能力略奪︾と同じようにレアリティ︽詳細不
明︾のスキルなのだろう。
1つだけ言えることは、先程の爆発から身を守ったシールドとい
い、一瞬で怪我を完治させた魔法といい︱︱。
この固有能力は凄まじく汎用性の高いものであるようだった。
﹁ところで怪我も治ったみたいだし、そろそろ降りてくれないか?﹂
先程の戦いでスピードを出して走り過ぎたことにより、ベルゼバ
ブの身に付けていた学生服はビリビリに破けて、ライトグリーンの
下着を露わにした状態になっていた。
戦闘中は気にならなかったが、下着姿の美少女に密着されて冷静
でいられるほど悠斗の理性は強くなかった。
﹁えー。嫌ですよー。もしかしてユート様はアタシのことが嫌いな
んですか?﹂
﹁⋮⋮いや。そういう訳ではないんだけど﹂
﹁なら良いじゃないですかー。戦いも終わったことですし、このま
まアタシと気持ち良いことしましょうよー﹂
ベルゼバブは艶っぽい声でそう述べると、悠斗の首に手を回し、
673
器用にクルリと1回転して見せる。
何時の間にやら悠斗は、ベルゼバブのことをお姫様抱っこするよ
うな体勢を取らされていた。
正面から見るとベルゼバブのプロポーションがよく分かる。
体型は全体的にスレンダーな感じで、その肌は見ているだけで吸
い込まれそうになるほどきめ細かい。
取り立てて胸が大きいというわけではないのだが、言葉では説明
し難い妖艶な色気が彼女にはあった。
﹁ご主人さま! ご無事ですか!?﹂
﹁すまない! 主君には待機を命じられていたが、居てもたっても
いられなくなってしまったのだ!﹂
悠斗がベルゼバブの体をマジマジと見つめていると、部屋の外側
から懐かしい声が聞こえてきた。
これはマズイ。
自ら置かれた危機的な状況を察した悠斗は、ベルゼバブのことを
抱えたまま物陰に隠れようとしたのだが︱︱。
クリスタルゴーレムの爆発が起こった部屋の中には、隠れられそ
うな場所など何処にも見当たらなかった。
674
﹁⋮⋮ご主人さま。暫く戻らないと思っていましたら⋮⋮こんなと
ころで一体何をしていたのですか?﹂
﹁⋮⋮恐れ入ったぞ。主君の性欲は、発情期の兎以上なのだな﹂
スピカとシルフィアの眼差しは感情の色が抜けたかのように虚ろ
なものであった。
︵このままでは俺の主人としての威厳が損なわれてしまう!?︶
最初からそんなものはなかったのでは?
という疑問に駆られないわけではないのだが、悠斗は必死にその
場を取り繕う言い訳を考え始める。
ベルゼバブは慌てふためく悠斗の様子を目の当たりにしてクスリ
と笑う。
そしてお姫様抱っこの姿勢から、自らの両脚で悠斗の体を挟み密
着度を向上させる。
アタシからの感謝の気持ちを受け取
それは、俗に言う﹃だいしゅきホールド﹄の体勢であった。
﹁ユートさま。大好きです
って下さい﹂
ベルゼバブは大胆な告白の言葉を口にすると、悠斗の頬に自らの
675
唇を触れさせる。
﹁⋮⋮な、なななな﹂
﹁どうです? ユートさまが望まれるのであれば、もっと気持ちの
良いこともしてあげられますけど?﹂
ショックで愕然とするスピカたちを挑発するかのような口調でベ
ルゼバブは提案する。
﹁は、破廉恥な! 場を弁えよ! ベルゼバブ殿!﹂
﹁そうですよ! 大体、貴方はご主人さまの何なんですか!?﹂
﹁アタシですか? アタシはユートさまの恋人ですけど?﹂
﹁嘘です! ご主人さまに恋人など出来るはずがありません!﹂
﹁スピカ殿の言う通りだ! ハーレム願望が強すぎる主君に特定の
恋人など作れるはずがない!﹂
﹁お前ら⋮⋮さりげなく凄まじく失礼なことを言っていないか?﹂
もう少し言葉を選んでくれても良かっただろうに。
﹁⋮⋮やれやれ。爆発の音に驚いて来てみれば⋮⋮とんだ茶番に付
き合わされてしまったみたいだな﹂
676
遅れてやってきたラッセンは悠斗たちの痴話喧嘩を目の当たりに
して、ゆっくりと溜息を吐く。
こうして突如としてローナス平原に出現したダンジョン騒動は、
人知れずに幕を下ろすのであった。
677
伝説の体現者
神聖都市マクベール。
それはトライワイドで最多の人口を誇る大国である。
他を寄せ付けない圧倒的な軍事力と経済量を併せ持ったこの国は、
500年前から今日に至るまで覇権国家の地位を築いている。
そんな神聖都市の中枢部に教会の中に︽レジェンドブラッド︾の
拠点はあった。
﹁⋮⋮それで貴方は暴食の魔王の討伐をダンジョンの魔物に任せて、
みすみすとこちらに逃げ帰ってきたというわけですか﹂ ﹁あ∼! 悪かったよ! でもさ、仕方ないだろう? まさかその
コノエ・ユウトっていうやつが単独でガーディアンを倒しちまうほ
どの強者だって思わなかったんだからさ﹂
今現在。
エクスペインの街からマクベールに帰ったミカエルは、同僚の少
女にコッテリと説教を受けていた。
小柄な体躯の修道服を着た彼女の名はソフィア・ブランドール。
500年前に魔王を討伐したパーティーの人物の1人である大賢
678
者の血を引く少女である。
スコア
﹁⋮⋮せっかくの神託を無駄にして。そんなんだから貴方はレジェ
ンドブラッド最弱と揶揄されるんですよ。このポンコツラーメン﹂
﹁ポンコツラーメン!?﹂
外見だけで判断するのでれば純粋無垢なシスターにしか見えない
ソフィアであったが、仲間内からはその毒舌を恐れられていた。
﹁それでその貴方の報告に出てきたコノエ・ユウトという人物です
が⋮⋮本当にそんな人物は実在するんですか?﹂
﹁⋮⋮ソフィ。もしかしたら俺のことを疑っているんじゃないだろ
うな?﹂
﹁いえ。たしかにミカエルがどうしようもないポンコツラーメンで
あることは疑いようのない事実ですが、私たちに虚偽の報告をして
スコア
もメリットはありませんからね。
ただ、私の神託ではミカエルの話すような第三者の存在は確認で
きませんでした。そこが気がかりです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ソフィア・ブランドールは世にも珍しい未来を予知する能力を有
していた。
今回、暴食の魔王がローナス平原に出現したダンジョンに現れる
679
ことは、ソフィアのスキルによって得た情報であり︱︱。
七つの大罪が秘密裏に推し進めている邪神復活の計画を知り得たの
も彼女の功績によるところが大きかった。
﹁ボス。貴方の意見を聞きたいです﹂
ソフィアは教会の椅子に腰かける黒髪黒目の少年に声をかける。
驚くべきことにその少年は、﹃英雄の子孫﹄で構成されたレジェ
ンドブラッドのメンバーにおいて只一人、英雄本人であった。
スコア
﹁⋮⋮計画に変更はない。次の預言が、来るまで俺たちは此処で待
機していればいい﹂
﹁分かりました。それが貴方の考えならば私はそれに従うまでです﹂
アーク・シュヴァルツ。
500年前に伝説的な活躍を以て魔王軍を打ち破った彼が未だ存
命であることは、神聖都市マクベールの中でも限られた人物しか知
り得ないトップシークレットである。
悠斗と同じように過去に日本から召喚されたアークの固有能力は
︽転生︾。
肉体が死んでも魂を別の器に映すことで蘇ることのできるスキル
680
を持った彼は、実に1000年以上も昔からトライワイドで生活を
送っていた。
︵魔族に加担し、ソフィアの神託でも感知できない少年⋮⋮コノエ・
ユウトか︶
自身の固有能力により1000年以上の月日を生き長らえてきた
アークは、この世界に飽いていた。
地位も、名誉も、女も、彼にとっては遊び飽きた玩具のような存在
である。
彼が仲間と共に邪神復活の計画を阻止を目論んだのも、言うなれ
ば単なる暇つぶしに過ぎない。
死にたくても、死ぬことができない︱︱。
不死身のスキルを持ってトライワイドに転生されたアークは常に
新しい刺激に飢えていた。
︵⋮⋮面白い。暇つぶしのための玩具は、多ければ多い方がいい︶
今回の一件を経て、悠斗は魔王と勇者たちの戦いのド真ん中に巻
き込まれることになったのだが︱︱。
当の本人は未だその重要性を知らないでいた。
681
682
クエスト報酬
悠斗たちがローナス平原に出現したダンジョンを攻略してから2
日の時が過ぎようとしていた。
この2日の間。
悠斗たちは、ギルドの方との報酬交渉で揉めに揉めていた。
元々ギルド側が提示していた報酬額は200万リアであったのだ
が、もちろんこれは難易度E1ランクと想定した場合の計算である。
実際にダンジョンに入った冒険者たちの証言から、今回の難易度
は最低でもB1クラスのものであることが判明している。
当然、200万リアの報酬では割りに合うはずがなかった。
今回のギルド側との報酬交渉を率先して行ってくれたのは、道中
に悠斗たちのパーティーと合流したラッセンである。
情報屋稼業を営んでいるラッセンは、ギルド職員と冒険者たちに
対して顔が利く。
彼女が熱心に交渉に臨んでくれたおかげで、最終的に悠斗は当初
に設定した数値の10倍の金額である2000万リアを手にするこ
とになったのであった。
683
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁あの、ラッセンさん。やっぱり悪いので半分くらい受け取ってく
れませんか?﹂
﹁何を言うか。ユートくん。今回のボスはキミが1人で討伐したも
のだろう? だったら今回の報酬はキミが受け取るべきだ﹂
﹁⋮⋮いえ、しかし﹂
今回の報酬金額である2000万リアは、現代日本では2億円に
相当する大金である。
流石の悠斗もこれだけの大金を前にすると狼狽え気味であった。
﹁ふふ。案ずることはない。今回の冒険を通じてアタシは既にキミ
という最良のパートナーと出会うことができたのだからな。報酬と
してはそれだけで十分だよ﹂
﹁えーっと。それは俺に対する愛の告白と受け取ってもいいんです
か?﹂
﹁⋮⋮は?﹂
﹁すいません。冗談です﹂
本気で嫌そうな顔をするラッセンの様子を目の当たりにした悠斗
は、悲しい気持ちになった。
684
︵⋮⋮この人のアンチ・チョロインっぷりには堪えるものがあるな︶
ここ数日、彼女と共に行動をして分かったことがある。
露出度の高い痴女スレスレの衣服を身に付けているラッセンであ
るが、男性に対するガードは異様なほどに堅いらしい。
﹁それではユートくん。アタシはこの辺りで失礼するよ﹂
それから。
ラッセンは只の一度も報酬金額の分配を要求することはなかった。
女身1つで生計を立てていることに誇りを持った彼女は、男に頼
って生きることを良しとしない︱︱。
独自の価値観を持った冒険者なのである。
︵前から薄々と思っていたけどラッセンさんって⋮⋮実はとんでも
ないミーハーなんだよなぁ︶
彼女のショートパンツからはみ出た尻肉を見送りながらも悠斗は、
そんなことを思うのであった。
685
新たなる旅立ち
家に戻った悠斗はスピカたちに相談することにした。
﹁に、2000万リアですか!?﹂
﹁ああ。俺もイマイチ実感が湧かないんだけどな。どうやらそうい
うことになっているらしい﹂
悠斗はそう前置きをした上で冒険者ギルドから受け取った白金貨
を20枚取り出すとテーブルの上にそれを積み上げる。
﹁ス、スゲー。これが噂に聞く白金貨っていうやつか。まさか生き
ているうちにコイツを拝めることになるとは思わなかったぜ!﹂
﹁パナいのです! お兄ちゃんはお金持ち、なのです!﹂
フォレスティ姉妹は、両目を輝かせながらもテーブルの上の白金
貨をマジマジと観察していた。
﹁シルフィアは割と落ち着いているみたいだな?﹂
686
﹁いや。私とて驚いている。しかし、2000万リアと言えばロー
ドランドの上級貴族の貯蓄額に相当する。ここで舞い上がって使い
道を誤るわけにはいかないからな。私だけは冷静でいようと考えて
いるのだ﹂
﹁なるほど。まあ、たしかに大金だよなぁ。シルフィアの落札価格
が70万リアくらいだったからシルフィア28人分の額だもんな﹂
﹁ぬっ。主君、気色の悪い喩え方はしないでもらえるか!?﹂
﹁スピカの場合、1人5万リアだったから400人は買えるな﹂
﹁酷いです!?﹂
スピカ400人分という例を挙げた悠斗は、そこでようやく20
00万リアという金額の凄みを知ることができた。
﹁お兄ちゃん! サーニャは!? サーニャの場合は何人分なので
すか!?﹂
﹁ん∼。サーニャとリリナの場合は別に金銭的な問題は絡まなかっ
たからプライスレス!﹂
﹁プライスレス、なのです! やったのです!﹂
﹁サーニャ。んなアホな会話で喜ぶなっていうの!﹂
687
何はともあれこれだけの大金を手に入れることが出来たのである。
今後は当分の間、金銭的な心配をする必要がなさそうであった。
︵⋮⋮さて。次にやるべきことは決まっているな︶
悠斗はそこでダンジョンの中でベルゼバブが口にした言葉を思
い起こす。
﹃ユート様。もし異世界人が元の世界に戻る方法があるとすれば、
アタシたちの仲間⋮⋮強欲の魔王、マモンなら何かを知っている可
能性が高いはずです。マモンは︽召喚の魔石︾を用いて異世界人を
呼び出す実験を行っているみたいですから﹄
マモンという魔族が戦争の道具として人間に︽召喚の魔石︾を売
り付けていることは以前にシルフィアから聞いていたことであった。
﹃そして肝心のマモンの居場所ですが⋮⋮ごめんなさい。アタシも
そこまでは知らないです。あのヒキコモリは滅多なことではアジト
の外に出ないんですよねー。
ただ1つ確実に言えることは、アタシたちはリーダーの招集によ
ってエクスペインの街に集まっているということです。なのでアイ
ツも近い内に⋮⋮というか1カ月以内には絶対、この街にやってく
ると思いますよ。
あ! もしよければマモンのやつが街に来たらアタシが連絡を入
688
れましょうか? たぶんその方が確実ですし。住所を教えてくれれ
ばアタシが直で教えにいきます﹄
﹄
隠している情報というわけでもないので、悠斗はそこでベルゼバ
ブに屋敷の住所を教えることにした。
﹃ふふふ。ラッキー! ユートさまの住所ゲットです
ベルゼバブは住所の書かれた紙切れにキスをしながらも、名残惜
しそうに悠斗の傍を離れることにした。
どうやら彼女もまたこの街で用事を残していたらしい。
﹄
﹃暫くは離れ離れになってしまいますが、アタシが見ていないから
って他の女の子に目移りしてはダメですからね
彼女の言葉が何処まで本気のものなのか︱︱。
それは他ならぬ悠斗自身が測りかねていることであった。
悠斗は今までの異世界での冒険の記憶を辿りながらも感無量の想
いに耽る。 ︵⋮⋮ようやくこれで元の世界に帰る方法が分かるのか︶
689
今まで手に入れたどんな情報よりも、今回のそれは﹃元の世界に
帰る方法﹄に近づいているという実感があった。
悠斗が異世界に召喚されてから既に一カ月近くの時が経過してい
る。
まだまだやるべきことは山積みであるが、当面の目標はこれで定
まった。
次なる目標は強欲の魔王︱︱マモンとの対面である。
690
新たなる旅立ち︵後書き︶
●お知らせ
書籍版の3巻ではリリナのWピースがイラスト化!
また! 受付嬢、エミリア・ガートネットを主役とした外伝が収
︵ザ・ブレイカー︶の固有能力を持ったエミリア
録されています!
破壊神の怪腕
さんの秘密に迫る!?
こちらも宜しくお願いします。
691
ほのぼの異世界ライフ
とある晴れた日の午後。
ごくごく普通の高校生、近衛悠斗は異世界で、購入した自宅でま
ったりと寛いでいた。
﹁スピカー﹂
﹁はい。何でしょうか﹂
﹁暇だなぁ﹂
﹁そうですねぇ﹂
﹁今日は天気が良いなぁ﹂
﹁お日様が気持ち良いですねぇ﹂
頭から犬耳を生やした美少女、スピカ・ブルーネルは主人の言葉
に返事をする。
故あって悠斗は、この少女のことを奴隷として家に迎え入れてい
た。
今現在。
692
悠斗はスピカの膝の上に頭を乗せて、屋敷の縁側で呑気に日向ぼ
っこを楽しんでいる最中である。
何時も通りであれば、この時間は冒険者としての仕事をこなすた
めに遠征に出ているのだが︱︱。
ここのところ悠斗は外出を控えていた。
何故ならば︱︱。
悠斗は先日のダンジョン攻略の報酬としてギルドから2000万
リアもの大金を手にしていたからである。
トライワイド
悠斗が召喚された異世界で言う2000万リアと言うと、現代日
本の貨幣価値に換算すると約2億円の価値があった。
つまりは当面の期間は、働かなくても食べていくものには困らな
い。
そういう事情もあって、悠斗の中の労働意欲はここのところ低下
の一途を辿っていたのである。
﹁アハハ! お兄ちゃんってば赤ちゃんみたい、なのです﹂
悠斗がスピカの膝枕を楽しんでいると、偶然に通りがかったケッ
トシーの少女、サーニャ・フォレスティが無邪気な笑みを浮かべる。
﹁コラッ! サーニャ! お前はオレたちの主人になんてことを言
うんだ!﹂
693
﹁⋮⋮はうっ!﹂
妹の無礼な言葉を聞きつけたケットシーの少女、リリナ・フォレ
スティはサーニャの頭にチョップを食らわせる。
﹁ご、ごめんな。ユート。サーニャには後でオレの方から言ってお
くから﹂
﹁⋮⋮いや。別に気にしないでいいよ﹂
︵たしかにここ数日の俺は、全く働いていないわけだからな︶
自宅で自堕落的な生活を送っている悠斗とは違って、フォレステ
ィ姉妹は仕事で忙しそうな様子であった。
リリナは主に屋敷の家事全般、サーニャは主に警備・雑務を担当
する魔物たちの管理の仕事ををそれぞれ務めている。
﹁なあ。スピカ。そう言えばシルフィアの奴は何処にいるんだ?﹂
﹁えーっと。シルフィアさんでしたら庭の奥で剣の稽古をしている
はずですよ﹂
﹁⋮⋮今朝からずっとか?﹂
﹁はい。何でもシルフィアさんは剣を握って修行していないと落ち
着かないみたいです﹂
﹁そうか。シルフィアは真面目だな﹂
694
孤高の女騎士、シルフィア・ルーゲンベルクは悠斗が休暇を取っ
ている間もずっと剣の鍛錬に時間を割いていた。
それというのも、シルフィアは焦っていたのである。
ここのところ自分は、主人の持っている圧倒的な戦闘能力に驚く
ばかりで全く役に立っている実感がない。
主人が休んでいる間は、少しでも実力差を縮める絶好のチャンス
だと考えていたのであった。
﹁実を言うと最近は私もシルフィアさんに剣術を習っているんです
よ﹂
﹁えっ。スピカがか!?﹂
﹁はい。⋮⋮出過ぎた真似だったしょうか? 私も何時までもご主
人さまとシルフィアさんに守られているわけにはいきませんし。
最低でも自分の身は自分で守れるくらいにはならなくてはならな
いのかなぁ、と思いまして﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ライカンという種族の持っている嗅覚と体力を買われて、悠斗の
冒険に付き添っているものの︱︱。
宿屋の女中として働いていたスピカには戦闘で役に立つような能
力は何もなかった。
スピカもまたシルフィアと同じように、何時も守られてばかりい
695
る現状に対して危機感を覚えていたのである。
﹁ダメっていうわけじゃないんだけど⋮⋮剣の稽古なら俺が付けて
やってもいいんだぞ?﹂
﹁えっ。ご主人さまが⋮⋮ですか⋮⋮?﹂
﹁ああ。剣だけではなく、馬術・槍術・棒術・弓術なんでもオッケ
ーだ。俺がスピカに︽近衛流體術︾のイロハを叩き込んでやろう﹂
﹁えーっと。それは遠慮しておきます﹂
﹁遠慮された!?﹂
即座に断られた悠斗はショックを受けていた。
どんなに真似をしたところで悠斗の強さに近づけるイメージがわ
かない。
スピカが遥か雲の上を突き抜けた場所にいる悠斗よりもシルフィ
アに剣を習いたいと考えるのは、ごく自然な思考の流れであった。
︵そうか。みんな頑張っているんだな︶
奴隷であるスピカ・シルフィアが頑張っているというのに自分が
頑張らないわけにはいかない。
悠斗は心地の良い日差しの中で伸びをしながらも︱︱。
696
明日から真面目に仕事をしようと決意するのであった。
697
温泉発掘!?
﹁大変なのです! お兄ちゃん!﹂
夕方。
日課である魔法の訓練をこなしている、悠斗の元にサーニャが現
れる。
﹁ん。サーニャか。どうしたよ。急に﹂
﹁とにかく来て欲しいのです!﹂
悠斗はサーニャに手を引かれるがまま、庭の中を歩く。
エクスペインでも1位、2位を争う敷地面積を誇る屋敷の庭は、
端から端を歩くだけでも一苦労である。
﹁な、なんだこれは!?﹂
目的の場所につくなり悠斗は絶句した。
悠斗の視界に入ったのは、クジラが潮を吹くようにして地面から
湧き出した大量の水である。
698
﹁﹁﹁ホネー! ホネー!﹂﹂﹂
スケルトン 脅威LV8 状態 ︵テイミング︶
水の周りには悠斗と同じように動揺しているスケルトンたちの姿
があった。
その気になれば不眠不休で働くことが可能なスケルトンたちは、
屋敷の警備・雑務を一手に引き受ける心強い存在である。
︵ゴミを埋めるために掘った穴から湧き出したのか⋮⋮︶
周囲の状況から悠斗は推測をする。
屋敷で出たゴミの処理は、庭に掘った穴に埋めるという方法が採
用されていた。
スケルトンたちが掘った穴の中が偶然、水脈に繋がっていたとし
たら今回の状況にも納得が出来るものがある。
﹁⋮⋮主君。これは只の水ではないぞ。私も俄かに信じがたいが⋮
⋮どうやら温泉が湧いているみたいだ﹂
騒ぎを聞き付けたシルフィアは、悠斗より一足早く現場に駆けつ
けていた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
699
シルフィアの指摘を受けた悠斗は、おそるおそる湧き出した水に
手を伸ばす。
結構、熱い。
おそらく温度は50度くらいだろうか。
このまま入るには少し熱過ぎる気もするが、時間が経てば丁度良
い温度になるのかもしれない。
﹁温泉か⋮⋮。自宅で温泉が満喫出来たらなぁ⋮⋮﹂
口で言うのは簡単だが、実現するには骨が折れそうであった。
泥と混ざって茶色く濁っている温泉をどうやったら綺麗に出来る
か全く想像ができない。
﹁ふふ。ユート。困っているようだな﹂
あまりに唐突な展開に悠斗が途方に暮れていると、何処からとも
なくリリナが現れる。
﹁家で温泉に入れるようにしたいならオレが力を貸すぜ﹂
﹁出来るのか!?﹂
﹁言っただろ? 家事のことなら何でもオレに任せておけって。流
700
石に温泉を引くの初めてだが、村の大工さんの付き添いで家を建て
た経験はあるからな。浴室を作るのはオレが最も得意とする家事の
1つだぜ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
フォレスティ姉妹が暮していたケットシーの村は、都会と違って
仕事の分業制が全く進んでいない環境にあった。
出来ることは全て村の中で賄わなければならなかったのである。
村でも1番器用だったリリナは、様々な仕事の手伝いをこなすう
ちに専門家顔負けのスキルを身に付けていたのであった。
︵こんな専門的な作業を果たして家事に分類して良いものだろうか
⋮⋮?︶
リリナと一緒に生活するようになってからというもの彼女のスキ
ルには、驚かされてばかりである。
﹁ちなみにどれくらいの時間があれば作ることが出来るんだ?﹂
﹁そうだなぁ。単純な作業をスケルトンたちに手伝ってもらったと
して⋮⋮ザッと1カ月ってところかな。それだけあれば立派な露店
風呂を作ることが出来ると思う﹂
﹁よし! これよりリリナを温泉隊長に任命する! 温泉の管理は
リリナに任せることにしよう﹂
701
﹁本当か!? そう言ってくれるとやりがいがあるってもんだぜ!﹂
こうして悠斗は自宅に温泉を作る計画をスタートさせる。
新しい仕事を任されたリリナは、喜びで頭の上の猫耳をピコピコ
と動かすのであった。
702
有名人の苦悩
翌朝。
悠斗はリリナから頼まれた、温泉作りの材料の買い出しを行うこ
とにした。
魔法のバッグ︵改︶ レア度@☆☆☆☆☆☆
︵アイテムを自由に出し入れできる便利な高性能のバッグ。制限容
量は4000キロまで︶
総重量4000キロまでのアイテムを入れることが出来る魔法の
バック︵改︶があれば、買い出しも思うがままである。
午前中に必要な石材・木材の調達を済ませた悠斗は、実に3日振
りになる冒険者ギルドを訪れていた。
﹁こんにちは。ユウトさまのQRは13に昇格しています。こちら
が前回のクエストによって更新されたカードです﹂
﹁どうも。ありがとうございます﹂
近衛悠斗
QR13
703
QP︵60/80︶
クラス ブロンズ
前回QPを受け取ったクエストでは、ホワイトバードとワイルド
ベアーの乱獲に成功したはずなのだが︱︱。
意外なことにQRは1レベルしか上昇していなかった。
新規に追加されたクエストもないのでQRを上げるためには、暫
くローナス平原に通ってホワイトバード&ワイルドベアーを討伐し
続けなければならないらしい。
︵⋮⋮どうするんだよ。流石に家の中に肉はもう入り切らないぞ︶
ブロンズランクに昇格してからというもの、QRの上昇スピード
が目に見えて落ちているような気がする。
何か手っ取り早くQRを上げる方法ないものだろうか?
そんなことを考えながらも悠斗は、冒険者ギルドを後にするので
あった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁ご主人さま。本日は何処に行くのでしょうか?﹂
704
﹁ああ。今日もローナス平原だな。この分だと暫くはローナス平原
に通うことになりそうだ﹂
﹁ふむ。また鳥と熊を退治するのだな。異存はない﹂
ギルドの前で待機していたスピカ&シルフィアと合流した悠斗は、
何時ものように街の外に向かって歩く。
それから2分後。
悠斗の前に1人の女性が現れた。
﹁すいません。⋮⋮コノエ・ユートさんで間違いないですか?﹂
歳の頃は20代前半くらいだろうか。
その女性は男受けしそうな清楚でいて露出度の高い服を着ていた。
胸が大きくスレンダーな体つきをしている相当な美人である。
﹁はい。俺がそうですけど﹂
﹁実はわたくし⋮⋮貴方の大ファンなんです! よろしければ一緒
にこれから御食事など如何でしょうか?﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
﹁すいません。驚かせてしまいましたよね。私はこの街の宿屋で女
中として働いている者なのですが⋮⋮ユートさんのご活躍の噂は聞
705
いていました。率直に言って⋮⋮貴方と仲良くなりたいのです﹂
﹁いや。えーっと。突然そんなことを言われても⋮⋮﹂
﹁まあまあ。募る話は店に入ってからにしましょうよ。実はわたく
し⋮⋮美味しいお酒を出す店を知っているのです。御馳走しますわ﹂
その女性は自身の胸を腕に押し付けながらも腕組みをする。
ハッキリ言って状況は全く分からない。
けれども。
美人の胸の感触を味わうことが出来るので悪い気はしなかった。
﹁待って下さい﹂
悠斗が鼻の下を伸ばしていると、突如として女性の声が聞こえた。
声のした方に目をやると、そこにいたのは見覚えのない女性であ
った。
1人目の女性ほどではないが、こちらもなかなかの美人である。
﹁ユートさま。騙されてはいけませんわ! その女はユートさまの
財産目当てで近づいてきた卑しい女です﹂
﹁えーっと。貴方は⋮⋮?﹂
﹁申し遅れました。私はこの街に古くから続く由緒正しい貴族の子
706
女にございます。この度はユートさんとお近づきになりたくて屋敷
から飛び出して参りました﹂
2人目の女性は高級感の溢れる上品な服を着ていた。
1人目の女性ほど美人ではないが、顔立ちには何処か気品があっ
た。
﹁ユートさん。騙されてはいけません! 何が貴族よ。貴方は妾と
の間に生まれた味噌っかすじゃない! 調子の良いことを言ってい
るんじゃないわよ!﹂
﹁はぁ? 貴方こそ! 何が宿屋の女中よ! やっていることはエ
ロい格好をしてオッサン共の相手をするコンパニオンじゃない!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
そこまで聞いたところで悠斗は、自分の置かれた状況を朧気なが
らも理解する。
要するに彼女たちは、自分が受け取ったクエスト報酬である20
00万リアを目当てに近づいてきたのだろう。
今更言うまでもなくトライワイドにおける2000万リアは大金
である。
彼女たちは女の武器を利用して、そのお零れを貰いに来たのだろ
う。
﹁すいません。俺には既に心に決めた女性が2人もいるのので﹂
707
悠斗はそう言い残すと、スピカ&シルフィアの元に戻ることにし
た。
﹁ま、待って下さい!﹂
﹁話だけでも! 話だけでも聞いて下さいまし!﹂
悠斗は振り返らなかった。
美人2人を袖にするのは勿体のない気がしたが、お金目当てで近
づかれるのは良い気分はしない。
﹁ご主人さま⋮⋮。良かったのですか⋮⋮?﹂
喜びと不安が入り混じった眼差しでスピカは尋ねる。
﹁当たり前だろ。俺にはお前たちがいる。それだけで十分だ﹂
キリッとした凛々しい顔つきで悠斗は答える。
﹁ご主人さま⋮⋮!?﹂
﹁主君⋮⋮!?﹂
708
スピカ&シルフィアは、感動のあまり目を潤ませていた。
何故ならば︱︱。
これまで二人は、悠斗の女癖の悪さに散々悩まされてきたのであ
る。
主人に仕える奴隷としてこれ以上に光栄な言葉はない。
悠斗から大切に思われていることを実感したスピカ&シルフィア
は、思わず天にも昇りそうな喜びに浸っていた。
﹁コノエ・ユートさんですね?﹂
二人の女性の誘惑を振り切った、その直後。
悠斗の前に3人目の女性が現れる。
︵な、なんだ⋮⋮。この絶世の美少女は⋮⋮!?︶
その少女は前の2人など比較対象にならないほど可憐な容姿をし
ていた。
少し目つきがキツいところが気になるが、その凛とした美しい顔
立ちはスピカ・シルフィアに負けずとも劣らないものがある。
709
どういうわけかその少女は、体のラインがハッキリと分かる日本
の﹃忍者﹄のような衣装を身に纏っていた。
その風貌を一言で表現するならば、﹃ネコミミ忍者娘﹄という言
葉が相応しい。
﹁失礼します。貴方に頼みたいことがあるんですが﹂
﹁分かりました。俺に出来ることがあれば何でも言ってください﹂
悠斗はキリッとした凛々しい顔つきで即答した。
﹁本当ですか!? ありがとうございます! では⋮⋮募る話もあ
りますので何処か店の中に入りましょうか﹂
﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂
先程までの感動の言葉は何だったのか。
スピカ&シルフィアは、初対面の美少女にホイホイと付いていく
主人に対して、白い目線を送るのであった。
710
ネコミミ忍者娘の依頼
ルナ・ホーネック
種族:ケットシー
職業:冒険者
固有能力:隠密
隠密 レア度@☆☆☆
︵自らの気配を遮断するスキル︶
ネコミミの忍者、ルナに連れられて向かった先は荒くれ者の冒険
者たちが集う酒場であった。
店内にはムワッとした男の汗の臭いが立ち込めていた。
﹁おい。見ろよあれ⋮⋮﹂
﹁あそこにいるのは︽武神︾ルナじゃねえか?﹂
どうやらこのルナという少女は、冒険者としても相当に腕が立つ
らしい。
酒場にいた冒険者たちは、ルナの姿を見るなり口々に驚きの言葉
を漏らしていた。
711
﹁話というのは他でもありません。ダンジョンを単独で攻略したと
いう貴方の実力を見込んで頼みたい仕事があるのです﹂
テーブル席に着いてから暫くすると、ルナはマグカップに注いだ
ホットミルクを片手に本題を切り出した。
﹁仕事⋮⋮ですか﹂
﹁はい。実を言いますと、私の故郷の村が凶暴なグールたちによる
人攫いの被害に悩まされているのです。ユートさん。単刀直入に言
います。私と一緒にグールの殲滅を手伝ってくれませんか?﹂
﹁⋮⋮どうして俺の力が必要なんですか? そのグールっていう魔
物はそこまで強力な魔物なんでしょうか?﹂
グールという魔物はゲームの世界では、序盤から中盤に出てくる
雑魚モンスターというイメージがある。
﹁はい。出現するのが通常のグールであればユートさんの力を借り
るまでもなかったと思います。しかし、どういうわけか私の故郷に
出現するグールたちは不自然なほどに強いらしくて⋮⋮。並の冒険
者では全く歯が立たないのです﹂
﹁なるほど。それは妙な話ですね﹂
トライワイドにおいてグールという魔物は悠斗のイメージに違わ
ず、それほど強力な種族ではなかった。
712
初心者が倒すには骨が折れるが、経験を積んだ冒険者であれば苦
戦することはないとされている。
楽に倒せる割には、生理的嫌悪感を催すルックスから討伐任務に
人気がないのも特徴の1つであった。
﹁しかし、どれだけ強くても所詮グールはグールです。グールを討
伐してもギルドは雀の涙ほどの報酬しか出しません。だから誰も⋮
⋮彼らたちの暴走を止めることが出来ないのです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
なかなかに現実味のある問題であった。
冒険者たちも別に人助けのためにモンスターを倒しているわけで
はない。
どんなに困っている人がいようとも、割の合わない仕事は引き受
けたくはないのだろう。
﹁どうでしょう? 手伝っては頂けないでしょうか? もちろんタ
ダでとは言いません。無事にグールの討伐が成功した暁には相応の
報酬はお支払いするつもりです﹂
ありがとうございます!﹂ ﹁⋮⋮分かりました。その依頼、引き受けましょう﹂
﹁本当ですか!? 713
悩んだ挙句に悠斗は、ルナの依頼を引き受けることにした。
理由としては大きく分けて二つある。
1つはグールという魔物が不自然に強化されているルナの話が気
になったからである。 仮にその原因がレアな固有能力によるものだとしたら︱︱。
あわよくば︽能力略奪︾を発動させて、そのスキルを入手できるか
もしれない。
もう1つは言うまでもなく、ルナが美少女であったという点であ
る。
可愛い女の子が困っているのに放っておくという選択肢は悠斗の
中になかった。
﹁流石はご主人さまです! 綺麗な女性に対しては何処までも優し
くなるんですねー﹂
﹁恐れ入ったぞ! 依頼の詳細も聞かずに快諾してしまうとはな⋮
⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
スピカ&シルフィアの視線が痛かった。
﹁まずはユートさんを私の故郷であるケットシーの村に案内しよう
714
と思います。詳しい話はそこで行いましょう﹂
﹁ん⋮⋮? ケットシーの村⋮⋮?﹂
なんだろう。
前にも同じような展開があったような気がする。
悠斗はそこでルナの言葉に対して激しいデジャブを覚えるのであ
った。
715
ケットシーの村に
結論から言うと、悠斗の予感は的中していた。
ルナ連れられて向かってみると、以前に訪れたものと同じケット
シーの村があった。
この村は現在悠斗の屋敷で仕事をしているリリナ&サーニャ姉妹
の故郷でもある。
﹁おい! あそこにいるのはルナじゃねえか!?﹂
﹁村でも1番腕が立つアイツが戻ってきてくれたからには、グール
たちに怯える必要はねえな!﹂
どうやらルナは村の中でもかなりの有名人らしい。
悠斗たちが村の中に足を踏み入れると、大勢の村人たちが歓迎ム
ードで駆け付けてくれた。
﹁ルナよ。そちらの方は?﹂
﹁村長の要望で腕の立つ冒険者を連れてきた。こちら助っ人で参戦
してくれることになったコノエ・ユートさんだ﹂
﹁お前⋮⋮今なんと⋮⋮?﹂
716
ルナが紹介を済ませた途端。
駆け付けた村人たちはザワザワとし始める。
﹁もしやこの方が⋮⋮たった1人で千人の盗賊団を壊滅させたとい
う⋮⋮?﹂
﹁私は拳1つで伝説のドラゴンを殴り倒したと聞いているわ⋮⋮﹂
﹁村を救った英雄が来てくれたからには安心だ!﹂ どうやら悠斗の活躍は尾ひれが付いて村人たちに伝わっているら
しい。
村人たちは興奮した口調で眉唾ものの武勇伝を上げていた。
﹁ま、まさか! 貴方が⋮⋮リリナのことを村の外に連れ出したと
いう⋮⋮?﹂
ケットシーの村を救った英雄の話は、エクスペインに生活の拠点
を置いているルナの耳にも届いていた。
だがしかし。
ルナはその人物が悠斗と同一人物であることを今の今まで知らな
かったのである。
﹁ああ。リリナなら俺の家で家政婦の仕事をしているよ﹂
﹁そうか。そういうことか⋮⋮。この人が⋮⋮私のリリナのことを
717
⋮⋮﹂
何故だろう。
盛り上がる村人たちとは対照的にルナの表情は冷たかった。
﹁これからユートさんのことを村長の家に連れていきます。そこで
依頼の報酬についての詳しい説明があると思いますので⋮⋮そのつ
もりで﹂
口では平静を取り繕っているようであったが、ルナの態度は途端
に不機嫌になっているような気がした、
︵何か気に障ることでもしたのだろうか⋮⋮?︶
全く身に覚えのない悠斗は、頭の上に疑問符を浮かべるのであっ
た。
718
再会
オリヴィア・ライトウィンド
種族:ケットシー
職業:村長
固有能力:なし
ケットシーの村の中で1番大きな村長の家に足を踏み入れると、
見覚えのある顔がそこにあった。
﹁キ、キミは⋮⋮?﹂
悠斗の顔を見た途端。
オリヴィアは読んでいた本を咄嗟に床に落とすほどの衝撃を受け
ることになる。
﹁えーっと。お久しぶりです。オリヴィアさん﹂
﹁そ、そんなことは見なくても分かる! どうしてキミが此処に!
?﹂
ケットシーの村の村長︱︱オリヴィア・ライトウィンドは、悠斗
に対して淡い恋心を芽生えさせていた。
719
それというのも盗賊団︽緋色の歪︾のリーダーであるタナカ・カ
ズヤから暴行を受けそうになっていたところを悠斗に助けてもらっ
た経歴があるからである。
悠斗と離れてからもオリヴィアの恋心は消えることはなかった。
だがしかし。
村を守るためのリーダーである村長という職業である自分が、各
地を転々と渡り歩く冒険者という職業の男と結ばれるのは難しい。
そういった事情もあってオリヴィアは、村に籠りながらも自らの
気持ちを抑えていたのである。
﹁まさかキミ⋮⋮私のことを貰いに来てくれたとでも言うのか⋮⋮
?﹂
混乱したオリヴィアは悠斗に向かって突拍子のない言葉を口にす
る。
﹁落ち着いて下さい! 俺が来たのはグール退治の助っ人のためで
すよ!﹂ 想定外の方向に暴走を始めるオリヴィアに対して、悠斗はツッコ
ミを入れるのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
720
﹁そうか⋮⋮! そういうことだったか! しかし、キミがきてく
れるとは夢にも思わなかったよ⋮⋮!﹂ それから。
悠斗から詳しい経緯を聞いたオリヴィアは、平静を取り戻すこと
になった。
﹁ユウトくん。詳しい話は、ルナから聞いていると思うが、我々の
村は未曾有の窮地を迎えている。突如として現れたグールたちによ
って村の人間が何人も攫われてしまっているのだ。
実を言うと奴らの巣については既に目星がついている。ユウトく
んには明日にでもルナと二人でグールたちの討伐に向かって欲しい﹂
﹁⋮⋮分かりました。えーっと。とこでそのルナのことなんですけ
ど﹂
何が原因なのかは定かではないが、悠斗はルナから嫌われている
ことを確信していた。
明日の仕事に向けて一つでも不安は解消しておきたい。
悠斗はそこでルナ・ホーネックという少女についてオリヴィアに
色々と尋ねることにした。
﹁そうか⋮⋮。そんなことがあったのか﹂
721
悠斗から事情を聞いたオリヴィアは、何処か納得した面持ちであ
った。
﹁しかし、ルナがユウトくんのことを嫌うのも無理はない話なのか
もしれん﹂
﹁⋮⋮どういうことですか?﹂
﹁ああ。我々の村は見ての通り子供が少なくてね。ルナにとって同
世代の子供はリリナしかいなかったんだ。彼女からしてみればユウ
トくんは、大切な友人を奪って行った憎き相手ということなのだろ
う﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
付け加えるのであれば︱︱。
ルナが冒険者を志すようになったのは、リリナのことを村の外に
連れ出してやりたいという想いがあったからである。
逆恨みとは分かっていても、悠斗に対するルナの心証は芳しいも
のではなかった。
﹁けれども、キミの心配には及ぶまい。ルナはあれでいて素直な良
い子だからね。きっとユウトくんとも直ぐに打ち解けることが出来
るさ﹂
﹁だといいんですが﹂
悠斗としてはせっかく善意で受けた仕事に水を差された気分であ
った。
722
﹁⋮⋮と、ところでユウトくん。今日はこの後、何か予定があるの
かね?﹂
﹁いえ。特にないですが﹂
﹁そうか。そうか。もう日も暮れている。今夜は是非とも我が村に
泊まっておくといい﹂
﹁分かりました。御言葉に甘えさせて頂きます﹂
オリヴィアの言う通り今日はもう遅い。
夜の森を歩くのは危険が付きまとうので泊まっていった方がいい
だろう。
悠斗が快諾すると、オリヴィアは妙にソワソワとした覚束ない様
子になるのであった。
723
オリヴィアの宴 ☆修正アリ
その日の夜。
悠斗は﹁個人的に話したいことがある﹂と言われオリヴィアに呼
びされることになった。
特にすることもないので悠斗は、スピカ&シルフィアを置いてオ
リヴィアの待っている村長の家に訪れる。
﹁お∼。ユウトくん。待ちくたびれたぞ∼﹂
家の中にはアルコールの臭いが充満していた。
オリヴィアの顔は仄かに赤みが差しており、普段と比べて衣服も
着崩れている感じであった。
﹁酔っているんですか?﹂
﹁むむ⋮⋮。私は酔ってなどいにゃい!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
明らかに呂律が回っていない口調で否定された。
724
周囲に転がっている無数の酒瓶からも彼女が酔っていることが分
かった。
︵知らなかった。オリヴィアさんにもこんな一面があるんだな︶
悠斗にとってオリヴィアは﹃真面目で気が利く村長﹄というイメ
ージであったが、今回のことで印象がガラリと変わった。
みたまえ! 酒もつまみも十
どうやら彼女にも年相応にルーズな一面はあるらしい。
﹁さぁ! ユウトくん! どんどん
分に用意したからな!﹂
﹁はい。それでは頂きます﹂
現代日本とは異なりトライワイドでは、未成年の飲酒を禁止する
法律は存在しない。
そういう事情もあって悠斗は、この世界に召喚されてから何度か
酒を飲んだ経験があった。
︵うん。これは美味いな︶
水と蜂蜜を発酵させて製造された蜂蜜酒は、トライワイドにおい
て男女問わず人気の飲物であった。
725
中でも酒に煩いオリヴィアの家に置かれていた蜂蜜酒は絶品のも
のであり︱︱。
あまり飲み慣れていない悠斗の舌を満足させるほどのものであっ
た。
﹁ユートくん! 良い飲みっぷりじゃないか!﹂
酒が入って勢いついたオリヴィアは、大胆にも悠斗の背中に手を
回す。
その直後。
悠斗の背中に大きい二つの胸が押し当てられた。
︵⋮⋮でかいッ!?︶
オリヴィアの胸の感触を味わうことになった悠斗は最初にそんな
ことを思った。
そのサイズはシルフィアと同格と言って良いだろう。
だがしかし。
サイズは同じでも二人の胸は全く正反対の性質のものである。
シルフィアの胸が若く瑞々しいメロンだとしたら、オリヴィアの
それは成熟して甘みを増したメロンである。
726
たわわに実ったオリヴィアの胸には、男のロマンがたっぷりと詰
まっていた。
﹁ちょっ! 何をやっているんですかオリヴィアさん!?﹂
年上の女性の色香に対する耐性のない悠斗は、思わず上擦った声
をあげてしまう。
﹁おや∼。おやおや∼。もしかしてユウトくんは⋮⋮こんなオバサ
ンの体に反応しているのかなぁ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
オバサンと言いながらもオリヴィアはレッキとした20代である。
悠斗にとっては﹁オバサン﹂というよりも﹁お姉さん﹂と呼ぶべ
き年齢であった。
﹁当たり前ですよ。オリヴィアさんは綺麗ですし。この状況で興奮
するなという方が無理な相談です﹂
﹁⋮⋮嬉しいことを言ってくれるじゃないか﹂
727
悠斗の言葉を聞いたオリヴィアは、妖艶な笑みを浮かべる。
そして何を思ったのか、オリヴィアは唐突に自らの服を脱ぎ始め
た。
その直後。
上品な真紅の下着に包まれたオリヴィアの裸体が露わになる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悠斗は無言であった。
何故ならば︱︱。
オリヴィアの裸体が、あまりにも美しく見惚れてしまっていたか
らである。
気が付くと、悠斗はオリヴィアの胸を下着越しに揉んでいた。
﹁いいのかい? それ以上先に進むと後には引き返せなくなるぞ?
若い娘と違って⋮⋮私の性欲は底知れないからな﹂
﹁構いませんよ﹂
悠斗は短く返事をすると、自身の掌から呪ルードの魔法を発動さ
せる。
728
ルード
︵対象の性的感度を上昇させる魔法︶
﹁そっちこそ⋮⋮俺を挑発したことを後悔しないでくださいね﹂
対象の性的感度を上昇させる効果のあるルードの魔法が女性に対
して絶大な効果を発揮することは、過去の経験により確認済みであ
る。
︵な、なんだ⋮⋮この感覚は!?︶
オリヴィアの体内に走った快楽は、これまでの彼女の人生の中で
他に比較対象が見当たらないレベルのものであった。
ルードの魔法をかけられたオリヴィアは、次第にその意識を薄れ
させていく。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
一方、その頃。
ネコミミの忍者娘︱︱ルナ・ホーネックはオリヴィアの家に向か
っていた。
729
︵私としたことが⋮⋮無礼なことをしてしまったな︶
ルナはずっと悠斗に謝りたいと考えていた。
そもそも危険度が未知数な今回の依頼を受けてくれたのは、完全
に悠斗の善意に他ならない。
それなのに自分は勝手な私情を持ち出して、相手に対して不愛想
な態度を取ってしまった。
冷静に考えると悪いのは、どう考えても自分の方である。
︵どうすれば上手く仲直りすることが出来るのだろうか⋮⋮?︶
こういった場合は頼りになるのは年上の女性である。
幼い頃からルナは、困ったことがあると何かにつけてオリヴィア
に対して相談を持ち掛けていたのであった。
﹁村長。明日のこと相談したいことがあるのですが﹂
家の外から呼びかけてみるが返事はない。
オリヴィアとの付き合いが長いルナは、無言のまま玄関に上がる。
﹁なっ⋮⋮!?﹂
730
部屋の扉を開けた時、ルナは絶句した。
︵諸事情により文章のカットを行いました︶
﹁コノエ・ユート⋮⋮私は貴方のことを絶対に許しません!﹂
ルナはそれだけ告げると勢いよくドアを閉めて家の外に飛び出し
た。
一体どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
仲直りするどころか更に嫌われてしまった悠斗は、頭を抱えるの
であった。
731
オリヴィアの宴 ☆修正アリ︵後書き︶
●お知らせ
R18警告を受けたため文章のカットを行いました。
R18の警告を受ける恐れがあるシーンは書籍版にのみ収録して
おります。
732
トラブル発生
﹁おはようございます。ご主人さま﹂
﹁ああ。スピカか。おはよう﹂
翌日の朝。
悠斗の意識は先に起きていたスピカの一言によって覚醒する。
﹁昨夜は随分と遅い帰りだったようですね。何処に行っていったの
ですか?﹂
表情は笑っているが、目だけは笑っていない。
スピカの表情は、夫の浮気を追及する新妻のようなものであった。
﹁あはは。ちょっと明日の仕事のことで会議があってだな﹂
﹁なるほど。会議ですか。ご主人さまが会議と言うのならそうなの
でしょうね。服の上にベットリと女性の匂いが付いていたので⋮⋮
てっきりオリヴィアさんのところに行っていたと勘違いしておりま
した﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
733
頭から犬耳が生えたライカンという種族は、悠斗たちヒューマと
比べて嗅覚が発達している。
おそらく今回のこともスピカには全てお見通しなのだろう。
﹁まあ。そう拗ねるなよ。今夜はスピカのことを1番に可愛がって
やるから﹂
﹁む∼。約束⋮⋮ですよ?﹂
悠斗からフォローを受けたスピカは、ぷっくりと頬を膨らませる
のであった
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁⋮⋮え? ルナがいないんですか?﹂
﹁すまない。ユウトくん。私が行ったときには既に彼女は、置手紙
を残して1人でグールの討伐に行ってしまったようだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
思い当たるフシは1つしかない。
悠斗としては昨夜のこともあるので、あまりルナのことを強く責
める気にはなれなかった。
734
﹁どうやら彼女は昨日のことについて色々と誤解をしているらしい。
私からも説明したのだが、思い込みの激しいあの娘を説得すること
は叶わなかったよ。本当に申し訳ない。私のせいでユウトくんには
迷惑をかけてしまったな﹂
﹁気にしないで下さい。オリヴィアさんが悪いわけではないんです
から﹂
昨日のことは調子にのって呪属性の魔法まで使い始めた自分にも
非がある。
様々な不運が重なって起こった事故なのだろう。
﹁ユウトくん。ここは1つ彼女のことを探してはくれないだろうか
? あの子は冒険者としての実力は確かだが⋮⋮感情のコントロー
ルが下手なところがあるからね。
今回の仕事で助っ人の冒険者を付けようと思ったのも、彼女を1
人で行かせるのが不安だったからなんだ﹂
﹁分かりました。出来るだけのことはやってみようと思います﹂
想定外の展開ではあったが、悠斗としては今回のトラブルについ
て好都合に捉えていた。
相手のスキルを奪い取る︽能力略奪︾を有してる悠斗は、現時点
で7種類の固有能力と5属性の魔法を有している。
部外者が近くにいない方が、自分の能力を隠さずに全力で戦うこ
とが出来る。
735
一緒に行動する美少女が1人減ってしまったのは悲しいが、そこ
は気にしたら負けだろう。
736
不死王の凱旋
一方その頃。
此処はローナス平原の最北部に位置するとある洞穴の中である。
ネコミミの忍者娘︱︱ルナ・ホーネックは、炎の魔法で周囲の暗
がりを照らしながらも洞穴の奥に歩みを進めていた。
道中、噂になっていた強化型のグールに遭遇したが、︽隠密︾の
スキルを持っているルナにとっては敵ではなかった。
こちらから攻撃するまでは相手に気付かれることがない。
自身の気配・体臭・魔力の流れを完全にシャットアウトすること
が可能な︽隠密︾のスキルは、視力に頼った戦い方をできないモン
スター相手には無敵の性能を誇っている。
恵まれた固有能力と身体能力を有していたルナは、エクスペイン
の冒険者の中でも歴代最速で、シルバーランクに昇格した経歴を有
していた。
︵⋮⋮最初から私1人でやれば良かったのです。あんな変態から力
を借りようとしていた私がどうかしていました︶
737
ルナの脳裏に焼き付いて離れないのは、昨夜のオリヴィア乱れた
姿である。
幼少期を外界から隔絶されたケットシーの村で育ち、冒険者とな
ってからは仕事一筋の生活を送っていたルナの人生は色事とは完全
に無縁のものであった。
昨夜のことを思い出すだけで顔が熱くなり、不思議と股の辺りが
ムズムズとする。
︵ッ。どうして昨日のことなんか⋮⋮っ︶
こうなってくるとエクスペインで働いているリリナのことが心配
だった。
しっかり者のリリナのことである。
軽薄な男の毒牙にかかり両手でピースサインを作るような事態は、
100パーセント起こり得ないはずであるが︱︱。
用心することに越したことはない。
一刻も早く仕事を片付けて、リリナのことを助けに行かなければ
とルナは奮起する。
︵それにしてもこの洞穴⋮⋮やけに広いみたいですね︶
738
洞穴の奥に進むほど出現するグールの数は増加していた。
ルナは思う。
生まれながらにして︽隠密︾のスキルを持ってる自分だからこそ
助かってはいるが、普通の冒険者が入ったら一瞬で彼らの餌となっ
ていたに違いない。
更に歩みを進めていくと︱︱。
ルナは不意に開けた空間に行きつくことになった。
その空間はまるで何かを祭っていた跡のように祭壇が置かれてい
た。
﹁ほう⋮⋮。まさか此処に辿り着く人間がいるとはな⋮⋮﹂
洞窟の中に不気味な声が響く。
声のした方に目をやると、巨大な骸骨のモンスターがそこにいた。
﹁なっ﹂
明らかに普通のモンスターとはレベルが違う。
目の前の化物が名のあるネームドモンスターであることは直ぐに
739
分かった。
﹁我が名は︱︱タナトス。深淵の闇より生まれし支配者よ﹂
冒険者を目指すものなれば誰しも一度はその名を聞いたことがあ
るだろう。
不死王タナトスが猛威を振るったのは今から500年以上も昔の
ことである。
﹁タ、タナトスだとッ!?﹂
人間をアンデッドに変える固有能力を有したタナトスというモン
スターは、史上最悪のネームドモンスターとして長年語り継がれて
きた。
﹁嘘です! 不死王タナトスは500年も昔にレジェンドブラッド
に封印されたはずです! 騙されるものですか!﹂
﹁ククク。ハハハハハハ!﹂
ルナの発言を受けたタナトスは、口の骨をカタカタと響かせなが
らも高笑いをする。
740
﹁⋮⋮貴様こそ可笑しなことを言う。この祭壇がワシを封印してい
た場所だと何故気が付かない?﹂
タナトスの発言を受けたルナは、視線を移して周囲の状況を窺っ
た。
おそらく冒険者が金目になるものを探していたのだろう。
魔力の込められた札は剥がされ、祭壇の何個かはひっくり返され
て倒されていた。
︵500年という歳月を経て⋮⋮結界が機能しなくなったのですか
⋮⋮︶
タナトスほどのモンスターを封印した洞穴となれば、何人たりと
も中に入れることは許されない。
おそらく当時は、集められる最強の魔術師たちの手によって結界
を張ったはずなのだが︱︱。
月日が経って結界が弱まったところに冒険者が入り、封印を解い
てしまったのだろう。
︵この魔物は無理⋮⋮。私では絶対に倒せない!︶
741
絶望的なまでの力さの差を悟ったルナは、戦闘を放棄して一目散
に駆け出した。
刹那。
ルナの足首に激痛が走った。
﹁カハッ⋮⋮﹂
タナトスの鎌により足首を斬られたルナは、勢いよく地面に転が
った。
﹁︱︱まあ、そう急くな。久しぶりに骨のある相手と出会えたのだ。
人間よ。立ち上がり、剣を握り、ワシのことを楽しませてみせよ﹂
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
絶体絶命の窮地に陥ったルナの眼には、自然と涙が溜まっていた。
742
不自然なグール
オリヴィアから新たな依頼を受けた悠斗は、エアロバイクを走ら
せてローナス平原の最北部にまで移動していた。
風属性の魔法を原動力に動くこのバイクは搭乗者が魔力を流し込
むことによりそのスピードを上げることを可能にしている。
魔力精製 レア度@☆☆☆☆☆☆
︵体内の魔力の回復速度を上昇させるスキル︶
以前までは、バイクから降りた時に魔法を使ったことによる疲労
感を覚えていたのだが︱︱。
クリスタルゴーレムから︽魔力精製︾のスキルを手に入れてから
というもの体に疲れを感じない。
新しく手に入れたスキルのおかげで、以前にも増してスピードを
出せるようになっていた。
﹁ご主人さま! 敵です!﹂
グール 脅威LV 24
743
バイクから降りて暫くすると、さっそく敵にエンカウントする。
相手の脅威LVは24。
ローナス平原に出現する他の魔物と比べると、不自然なまでに戦
闘能力は高いようである。 数は4体。
グールという魔物は、人間の腐乱死体がそのままモンスターにな
ったかのような不気味な外見をしていた。
並んで歩くとそのインパクトは3倍増しである。
﹁主君。気を付けろ⋮⋮? あのグール。何かが違う!﹂
不吉な予感を覚えたシルフィアは、悠斗に対して注意を促す。
そのグールは得体の知れないおどろおどろしいオーラを纏ってい
た。
通常のグールであれば、束になって襲ってきたところで剣の達人
であるシルフィアの敵ではない。
だがしかし。
目の前の相手は全力の自分でも勝てるかどうか分からない。
不死王タナトスによって製造されたグールは、シルフィアにそう
744
思わせるだけのパワーを秘めていた。
﹁え? なんだって?﹂
だがしかし。
シルフィアが注意を促したその直後。
4体のグールたちは、悠斗が手にしたロングソードによって頭と
胴体が分離されていた。
一体目の前で何が起こっているのか︱︱。
悠斗の動きを全く目で追うことが出来なかったシルフィアは、唖
然としてその場に立ち尽くしていた。
決して敵が弱かったというわけではない。
それどころか目の前の敵は並の冒険者では、到底太刀打ちできな
い戦闘能力を秘めていたように思える。
︵なんてことはない⋮⋮。我らが主が相手を圧倒するだけの力を持
っていたということなのだろうな︶
想定外の事態を受けたシルフィアは、改めて自らの主人の力を思
い知ることになるのであった。
悠斗はそこで自身のステータスを確認する。
745
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV3︵21/30︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
呪魔法の項目が︵9/30︶から︵21/30︶に上昇していた。
グールから獲得できるスキルは呪魔法プラス3であるらしい。
︵ということは⋮⋮グールをバンバン倒していけばルードの威力を
高めていけるということなのか⋮⋮!?︶
対象の性的感度を増幅させるルードの魔法は、悠斗にとっては既
になくてはならない存在となってた。
最初にグールのグロテスクな姿を見た時は、依頼に対するモチベ
ーションを下げていた悠斗であったが︱︱。
746
今回のことで状況は変わった。
悠斗は今まで以上に夜の営みを充実させるべく︱︱。
モチベーションを上げてグールの討伐任務を開始するのであった。
747
洞穴探索
﹁よし。この辺りのグールは一通りやっつけたかな﹂
それから。
悠斗のグール討伐任務は普段以上にハイペースで進んで行くこと
になる。
それと言うのも今回の依頼はギルドから受けたものと違って討伐
証明部位を剥ぎ取る必要がない。
倒した魔物は放置して次の魔物と戦うことが出来るからである。
1つ気になったのは、これだけ歩き回ってもルナの姿を何処にも
見つけられなかったという点である。
グールたちは生きた人間を巣に持ち帰る習性があるという情報も
入ってきているので、ルナのことが心配である。
﹁ご主人さま! あの中から凄い数のグールの臭いがします!﹂
﹁⋮⋮なんだって?﹂
暫くグールを探していると、スピカは剥き出しになっている岩壁
748
に出来た洞穴を指差しながらも声を上げる。
その洞穴は直径およそ1メートルくらい。
身を屈めれば何とか入ることが出来るかという小さなものであっ
た。
﹁⋮⋮なるほど。つまりはこの中がグールの巣ってわけか﹂
中に入れば捕まった村人たちを助けることが出来るかもしれない。
依頼を完遂するにあたりこの洞穴は、無視することが出来なそう
である。
﹁主君! そこの木の枝を見てくれ!﹂
シルフィアに指摘されて、視線を移すと、洞穴の近くの木に見覚
えのある色合いの布が結び付けられていた。
﹁あれは⋮⋮ルナさんが来ている服と同じものでしょうか。あの布
からは少しだけルナさんの匂いがします﹂
﹁なるほど。つまりルナが洞穴に入る時に目印を作ったということ
か﹂
洞穴の木に結び付けられた布は、ルナが着ている忍者装束と同じ
色をしていた。
749
このとき悠斗は知らないでいたのだが︱︱。
魔物の住んでいる洞窟を探索する際に匂いの染みついた衣服の一
部を残しておくのは、冒険者が自らの生存率を上げるための手段の
1つとして知られていた。
﹁よし。そうと決まったらさっそく中を探索しようか﹂
ギルドから受け取った︽初心者支援セット︾には、暗闇を照らす
ことの出来る魔石が入れられていた。
悠斗は魔法のバッグの中から魔石を取り出してスピカ&シルフィ
アに手渡すと、洞穴の中に入っいく。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
グールの巣である洞穴の中は悠斗が想像していたよりも広く、入
り組んでいたものであった。
悠斗は足場の悪い道を降りて洞穴の奥に歩みを進める。
先に入ったルナが討伐したのだろう。
道中には時折、首を斬られたグールの死体が転がっていた。
悠斗はそこで改めてステータスを確認する。
750
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV5︵6/50︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
洞穴の中には住んでいたグールは思っていた以上に多く、悠斗の
呪魔法は急速に成長していくことになった。
呪魔法 LV5
使用可能魔法 ルード ラクト レクト
ルード
︵対象の性的感度を上昇させる魔法︶
ラクト
︵対象の重量を下げる魔法︶
レクト
︵対象の重量を上げる魔法︶
751
呪魔法のレベルが上昇したことによって新しく使用できる魔法が
追加されていた。
対象の重量を上げるレクトの魔法は、以前に取得したラクトの魔
法と正反対の性質を持っているらしい。
ルードを始めとして、呪魔法には悠斗の気を引く種類のものが多
い。
屋敷に戻ったら直ぐにでもレクトの魔法の検証作業を始めたいと
ころであった。
﹁ん。ここで行き止まりか﹂
それから暫く歩くと、悠斗の目の前には高く聳え立つ壁が出現す
る。
何処かでルートの選択を誤ったのだろうか?
悠斗の眼にはこれ以上は先に進めないように見えた。
﹁いいえ。ご主人さま。どうやら壁を登れば道があるようです。上
の方からルナさんの匂いがします﹂
﹁なるほど。上か﹂
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした︽近衛
752
流體術︾を習得した悠斗は、︽ロッククライミング︾の技術にも精
通していた。
幼くして︽ロッククライミング︾を極めた悠斗にとっては、この
程度の高さの壁を登ることは造作もないことである。
﹁スピカ。シルフィア。お前たちが先に登ってみろよ。俺は後から
付いていくからさ﹂
﹁ふむ。それは構わないが⋮⋮意外だな。てっきり主君は何かに付
けて先に進みたがるタイプだと思っていたのだが﹂
﹁まあな。普段ならそうなんだけど今回は別なんだよ。お前たちが
落ちてケガをする可能性もあるだろう? 俺が後から行けば、二人
が落ちた時に受け止めてやれると思うんだ﹂
キリッとした凛々しい顔つきで悠斗は答える。
﹁ご、ご主人さま⋮⋮。そこまで私たちのことを考えて⋮⋮!?﹂
﹁恐れ入ったぞ。主君の持つ慈愛の心は、天上に住まう女神たちの
域に達しているだろうな⋮⋮﹂
悠斗の言葉に感動を覚えたスピカ&シルフィアは、ジンと瞳を潤
ませる。
﹁分かりました。それではこの不肖スピカ・ブルーネル! 先陣を
切って登らせて頂きます!﹂
753
﹁ふむ。それではスピカ殿の後続は私が務めることにしよう﹂
﹁ああ。いってこい﹂
自分の思い通りに事を運んだことを確認した悠斗は、二人の見え
ないところで黒い笑みを浮かべる。
悠斗が二人を先に行かせた理由には、彼女たちの怪我を防ぎたい
という目的とは別に隠された思惑が存在していた。
︵おお。バッチリ見える!︶
悠斗が視線を上げると、先行して壁を登る二人のパンツを確認す
ることが出来た。
その気になれば何時でも二人から﹃下着を見せてもらう﹄よりも
凄いことしてもらえる立場にあるのだが、悠斗にとってこういうシ
チュエーションは別腹であった。
何故ならば︱︱。
見せてもらう、と、盗み見る、では嬉しさのベクトルが異なるか
らである。
悠斗は岩壁を登ることに集中するあまり、無防備になった二人の
スカートの中を眺めていた。
けれども、その直後。
754
悠斗にとって想定外の事態が起こった。
﹁⋮⋮きゃっ﹂
不運にも脆くなっていた岩壁が掴んでしまったスピカは、バラン
スを崩して落下してしまう。
﹁スピカ殿!﹂
慌ててスピカを助けと手を伸ばしたシルフィアであったが、彼女
の行為は余計に事態を悪化させてしまうものであった。
足場が不安定な場所で人間の体重を支えることは容易ではなく︱
︱。
仲間を助けようとしたシルフィアはスピカに巻き込まれるような
形で落下してしまう。
流石の悠斗でも足場が不安定な場所で、二人の体を抱きかかえる
のは困難を極める。
︵それなら!︶
次に悠斗が使用したのは、︽風魔法︾のウィンドと︽呪魔法︾の
755
ラクトを組み合わせることによって編み出した︽飛行魔法︾である。
飛行魔法を使った悠斗は、落下する二人の体を素早くキャッチす
ることに成功する。
﹁ケガはないか? 二人とも﹂
﹁⋮⋮す、すまない。恩に着るぞ。主君﹂
不覚にも主人に助けられることになったシルフィアは、申し訳な
い気持ちと照れくさい気持ちが入り混じった表情を浮かべる。
﹁⋮⋮ご主人さま。そもそも飛ぶことが出来るのなら最初から壁を
登る必要はなかったのでは?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
シルフィアに比べて勘の鋭いスピカは、ジト目でツッコミを入れ
るのであった。
756
VS タナトス1
それから。
無事に岩壁を登り切ることに成功した悠斗たちはついに洞穴の最
深部にまで到達していた。
﹁ご主人さま。この通路の奥からルナさんの匂いがします﹂
スピカに言われるがままに探索すると、不意に開けた空間に辿り
着くことになった。
周囲には何かの儀式に使われていたと思しき祭壇が置かれている。
﹁ルナ!﹂
奥に歩みを進めると、十字架に吊るされたルナの姿がそこにあっ
た。
﹁⋮⋮ユートさん⋮⋮早く⋮⋮逃げて下さい⋮⋮﹂
声をかけると、ルナは悲痛な面持ちで返事をする。
遠目に見てもルナの体は衰弱していることが分かった。
757
﹁や、奴が来る前に⋮⋮手遅れになっても知りませんよ⋮⋮﹂
自身の持っている残り少ない力を振り絞って警告をするルナであ
ったが︱︱。
悠斗の背後にいる﹃それ﹄の姿を確認するなり絶望の表情を浮か
べる。
﹁クククク。フハハハハハハハ!﹂
突如として不気味な笑声が洞穴の中に木霊する。
タナトス
種族:スケルトン
職業:なし
固有能力:魂創造 影縫
魂創造 レア度@☆☆☆☆☆☆☆☆☆
︵器に魂を込めるスキル︶
影縫@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵影の中限定で高速移動を可能にする力︶
758
声のする方に目をやると、巨大な鎌を手に持った骸骨のモンスタ
ーがそこにいた。
︵レア度⋮⋮ランク9だと!?︶
悠斗は驚愕する。
所持している固有能力こそ1つであるが、レア度を示す9という
数字は初めてたものであった。
警鐘@レア度 ☆☆☆☆☆
︵命の危機が迫った時にスキルホルダーにのみ聞こえる音を鳴らす
スキル。危険度に応じて音のボリュームは上昇する︶
悠斗の頭の中に鳴り響く︽警鐘︾のボリューム音は過去最大レベ
ルのものである。
だがしかし。
そのモンスターが強大な力を秘めていることは、警鐘のスキルな
ど使わなくても分かることであった。
﹁そこにいる小娘を生かしておいたのは正解だったわい。これはと
んだ大物が釣れたらしい﹂
759
悠斗の姿を目の当たりにしたタナトスは上機嫌な笑みを浮かべる。
﹁殺してグールに変えるのはちと惜しいな。百年に1人⋮⋮いいや、
千年に1人の素体ではないか!﹂
タナトスの保有する固有能力︽魂創造︾は、人間の死体からグー
ルを作成するスキルである。
グールたちに人攫いをさせていたのは、新しいグールを作るため
の材料を欲していたからであった。
﹁お前は⋮⋮何者だ⋮⋮?﹂
﹁ククク。我が名は不死王タナトス! 深淵の闇より生まれ出し⋮
⋮ゴバァッァッッッ!﹂
先手必勝。
悠斗の放った︽破拳︾がタナトスの顔面に直撃する。
タナトスの口内からは折れた歯が飛び散った。
﹁お前が何者かなんてどうでもいい! 俺は⋮⋮俺が気に入った美
少女を傷をつける奴は絶対に許さねえ!﹂
760
目が覚めるような渾身の一撃。
破拳を受けたタナトスはバキリという鈍い音を体内に響かせなが
らも10メートルほど体を吹き飛ばす。
直後。
ズゴゴゴゴ! という轟音を上げながらも岩壁に激突をしてめり
込んで行った。
﹁グッ⋮⋮グフゥッ⋮⋮﹂
だがしかし。
驚くべきことにタナトスは、悠斗の全力の一撃を受けても立ち上
がってみせた。
﹁こ、このガキッ! 殺す! 絶対に殺してやるっ!﹂
激昂したタナトスは手にした巨大鎌を振りかざし臨戦態勢に入る。
タナトスが纏ってた魔力量は、悠斗の想像を絶するものであった。
﹁シルフィア。スピカを連れて何処か安全なところに隠れていてく
れ﹂
761
二人には神樹から採取した︽透明の実︾と︽消臭の実︾を持たせ
ている。
安全な場所に避難することが出来ればグールたちから襲われるこ
ともないだろう。
﹁⋮⋮承知した﹂
悠斗の指示を受けたシルフィアは、スピカの手を引いて疾駆した。
シルフィアは思う。
悔しいが、今回の戦いでは役に立てることがないだろう。
敵の戦闘能力が既に自分の手に負える範疇を超えていることは、
火を見るより明らかであった。
﹁ぐふふ⋮⋮。小僧。ワシに一撃を食らわせたのは高く付くぞ⋮⋮﹂
久しく﹃狩りがいのある相手﹄に出会ったタナトスは、巨大鎌を
構えながらも不敵な笑みを零すのであった。
762
VS タナトス2
﹁⋮⋮さて。まずはワシの掌の中で踊ってもらおうか﹂
タナトスは宣言すると、自らの固有能力︽魂創造︾を使って地面
の中に魔力を注ぎ込む。
すると、その直後。
地面の中に埋めていた人間の死体は、魂を持ってグールとして生
まれ変わる。
肉体に魂を宿す︽魂創造︾のスキルは死体と魔力があれば無限に
グールを生成することを可能にしている。
生み出されるグールの戦闘能力は、生前の人間の力に依存する。
そういう事情もあってタナトスは、自らの野望を果たすべく常に
優れた肉体を持った人間を求めていた。
﹁﹁﹁グルルル﹂﹂﹂
気が付くと、囲まれていた。
763
タナトスは殺した人間を地面に埋めて腐敗させることで、グール
の力を高めていたのである。
﹁殺れ!﹂
タナトスが命令を下すと、地面の中から出現した20体を超える
グールたちが一斉に悠斗に飛びかかる。
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした︽近衛
流體術︾を習得した悠斗は、ロシアの軍隊格闘術、システマの達人
であった。
現存する格闘技の中でも極めて稀な1対多の戦闘を想定して作ら
れたシステマを極めた悠斗であれば、集団戦もお手の物である。
システマ特有の相手に狙いを定めさせない流麗な足運びは、集団
で襲い掛かるグールたちを翻弄し続けた。
﹁はぁぁぁ!﹂
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした︽近衛
流體術︾を習得した悠斗は、︽柔道︾においても非凡な才能を有し
ている。
764
その中でも悠斗が最も得意としていたのは︽空気投げ︾と呼ばれ
る技である。
足腰にはまったく触れずに、体の捌きだけで、相手を投げ飛ばす
この技を実戦的に使いこなす悠斗はグールたちの猛攻をいなし続け
る。
︵す、凄い⋮⋮!? これが本当に私たちと同じ⋮⋮人間の動きだ
というの⋮⋮!?︶
初めて悠斗の動きを目の当たりにしたルナは戦慄していた。
若くしてシルバーランクの地位に上り詰めたルナは、周囲から︽
武神︾と呼ばれるほどの実力を有していた。
けれども。
そんなルナの目から見ても悠斗の戦闘能力は、比較する対象が全
く見つからないほどのものであった。
﹁ふん! ちょこまかと!﹂
それから数分後。
戦いの均衡はタナトスの手によって破られることになる。
頼りの無いグールたちに痺れを切らしたタナトスは、自身の保有
する︽影縫︾のスキルを用いて影の中に溶けていく。
765
︵消えた⋮⋮!?︶
悠斗は突如として視界から消えたタナトスのことを警戒しながら
も、グールたちからの攻撃を防ぐ。
﹁死にさらせ!﹂
影縫のスキルによって悠斗の背後を取ったタナトスは、手にした
鎌を振り上げて悠斗に向かって斬りかかる。
巨大な体躯に寄らずタナトスの動きは機敏であった。
﹁クッ⋮⋮﹂
タナトスの攻撃が、悠斗の肩を掠めて血しぶきを上げる。
反撃を試みようとする悠斗であったが、肝心のタナトスは影の中
に溶けていき姿を現すことはない。
︵⋮⋮これは厄介だな︶
自身の身体能力を大幅に向上させる︽鬼拳︾を使用すれば、タナ
766
トスのスピードに負けることがないだろう。
だがしかし。
悠斗の︽鬼拳︾は長時間使用すれば、自らの命を落としかねない
キケンな技でもある。
せっかく︽鬼拳︾を発動しても、影の中に隠れられてしまうと余
計に事態が悪化しかねない。
︵⋮⋮仕方がない。勝つために手段を選んでいられる状況ではない
よな︶
悠斗はタナトスを倒すための道筋を頭の中に描きながらも、襲い
掛かるグールの攻撃を躱し続けるのであった。
767
VS タナトス3
﹁フハハハ! 小僧! 先程までの威勢はどうした!?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
それから。
なかなか反撃の糸口を掴むことができない悠斗は防戦を強いられ
ていた。
不死王タナトスは、トライワイドに召喚されてから悠斗がこれま
で戦った相手の中でも過去最強と呼べる存在である。
戦闘に適した固有能力である︽魂創造︾&︽影縫︾のコンボ攻撃
には、悠斗に反撃の機会を与えない。
﹁ユートさん⋮⋮!?﹂
自身が生み出したグールごと切り裂く豪快な一撃は、ジリジリと
悠斗のことを追い詰めていく。
体に付けられた傷も1つや2ではない。
ルナの目から見ると、悠斗が受けたダメージは既に立っていられ
768
るのが不思議なくらいのものであった。
﹁これで終わりじゃぁぁぁぁああああ!﹂
自身の優勢を確認したタナトスは、手にした巨大鎌を大きく振っ
て止めを刺しにいく。
﹁グッ⋮⋮﹂
辛くも攻撃を受け止めた悠斗であるが、既に鎌は悠斗の脇腹に深
く食い込んでいた。
どこか内臓を痛めたのだろうか?
悠斗は喉から湧き上がる血をグッと飲み込んだ。
だがしかし。
ここまでは悠斗の計算通り。
作戦が上手く行ったことを悟った悠斗は俯きながらも笑みを零す。
﹁⋮⋮どうした? 苦痛で頭が狂ったか?﹂
﹁ハハッ。肉を斬らせて骨を断つって言うのは⋮⋮まさにこのこと
だな﹂
769
﹁貴様⋮⋮何を言って⋮⋮﹂
タナトスが悠斗の口にした言葉を理解したのは直後のことである。
﹁なっ⋮⋮重⋮⋮っ﹂
先程までは振り回すことが出来ていたはずの鎌を持ち上げること
が出来ない。
それもそのはず︱︱。
悠斗は攻撃を受ける替わりに対象の重量を上げる︱︱取得したば
かりのレクトの魔法をタナトスの鎌に使用していたのであった。
レクト
︵対象の重量を上げる魔法︶
この隙を悠斗は見逃さない。
︽破鬼︾。
鬼拳により身体能力を上げた状態で破拳を打つというこの技は、
単純な威力だけで考えれば悠斗の所持する技のだけで最大と言って
も過言ではないものである。
770
振り下ろすように放たれた︽破鬼︾は、タナトスの体を深く地面
にめり込ませる。
﹁ぐご! ぐごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!﹂
直後、タナトスの口から出たのは断末魔の悲鳴であった。
破鬼による衝撃はタナトスの全身を駆け巡り、その肉体を粉々に
砕いていく。
﹁まさか⋮⋮このワシが! いずれ魔王として世界に名を馳せるは
ずだったワシが⋮⋮こんなところで⋮⋮!﹂
今から約500年前︱︱。
1万を超えるグールを率いてトライワイドに君臨していたタナト
スは、︽七つの大罪︾に肩を並べるほどの力を持っていた。
かつて最強の座を恣にしていたタナトスの敗因は二つある。
1つは500年越しの封印から目覚めたばかりのタナトスは、己
の力を限界まで引き出せるほどのコンディションになかったこと。
2つは魔族すら凌駕する戦闘能力を秘めた奇跡の少年と出会って
しまったことである。
771
悠斗はそこで自らのステータスを確認する。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製 魂創造
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV2︵5/20︶
呪魔法 LV6︵3/60︶ 特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
ステータスの固有能力の欄に新しく︽魂創造︾の項目が追加され
ていた。
タナトスが倒れるのと同じタイミングで周囲にいたグールたちは
魂を失いバタバタと地面に倒れて行くことになる。
取得していたスキルに︽影縫︾の項目がなかったことから察する
に、相手の固有能力が2つ以上保有していた場合︱︱︽能力略奪︾
で奪えるスキルは同時に1つまでであるらしい。
︵ふぅ⋮⋮。ようやく勝てたかぁ︶
772
悠斗としては最も勝てる可能性の高い作戦を選んだつもりだった
のだが︱︱。
検証作業を済ませていない魔法を使用してしまった今回の戦闘は、
あまり気持ちの良い勝ち方とは言えなかった。
ドッと体に疲れを感じた悠斗は、回復魔法の︽ヒール︾を使用し
ながらも地面に片膝をつく。
︵そういえばこの骸骨⋮⋮一体何者だったのだろう??︶
既に粉々になってしまったタナトスの骨を見下ろしながらも、悠
斗はそんなことを思うのであった。
773
戦いの後に
﹁びえっ。びええええええええっ!﹂
﹁主君! 主君⋮⋮主君!!﹂
戦いに決着がついたことを確認したスピカ&シルフィアは、勢い
よく悠斗の体に抱き着いた。
﹁どわっ! その声は⋮⋮スピカとシルフィアか!?﹂
悠斗は︽透明の実︾と︽消臭の実︾を食べていた二人の姿を確認
することが出来ずに動揺していた。
﹁怖い! お前ら怖いって!﹂
﹁ご主人さま⋮⋮。ご無事で⋮⋮ご無事で良かったです⋮⋮﹂
﹁恐れ入ったぞ! あのような怪物を相手にして1人で打ち勝って
しまうとはな⋮⋮﹂
見えない相手に体を触れられるというのは、此処まで恐怖心を煽
るものなのだろうか。
774
悠斗は夜な夜な︽透明人間プレイ︾と称して屋敷の女の子の寝込
みを襲うことがあるのだが︱︱。
今後は控える方針にしようと決意する。
︵信じられません。あのタナトスを⋮⋮たった1人で倒してしまう
なんて⋮⋮︶
拘束から解放されたルナは、未だに自分が夢の中にいるような錯
覚に陥っていた。
﹁ユ、ユートさん⋮⋮﹂
けれども。
何時までも浮かれていては仕方がない。
そう判断したルナは意を決して以前から﹁言わなくてはならない﹂
と思っていた言葉を口にすることにした。
﹁この度は数々の非礼⋮⋮誠に申し訳ありませんでした。ユートさ
んには謝っても謝りきることはできませんし、感謝してもしきれま
せん﹂
﹁いや。俺にも反省しないといけないこともあったし別に気にしな
いで⋮⋮﹂
775
﹁そういうわけにはいきません! 私はユートさまから受けた恩を
一生をかけて返して行くつもりでいます!﹂
ルナは悠斗の言葉を遮って、ギュッとその手を握る。
近くでルナの顔立ちを目にした悠斗は改めて思う。
吊り目がちなクリクリとした眼を持ったルナは、10人の男がいた
ら10人とついでに2、3人が振り返るような美少女である。
そんな美少女にこれだけ感謝をされるのは、男冥利に尽きるものが
あった。
﹁ユートさん! 何か私に出来ることがあれば何でも申し付けて下
さい。ケットシーは義理堅さを誇りとした種族なのです! 受けた
恩をそのままにしておくことは私たちのプライドが許しません﹂
﹁なるほど。ちなみにその何でもっていうのは当然エッチな命令も
含まれているんだよな?﹂
﹁⋮⋮え? ⋮⋮え?﹂
悠斗から予想外の質問を受けたルナは、思わず言葉を詰まらせる
ことになる。
幼少期を同世代の男がいないケットシーの村で育ち、冒険者にな
ってからは︽武神︾と呼ばれて恐れられてきたルナは異性に対する
耐性がなかったのである。
﹁そ、それはその⋮⋮私は別にそういう意味で言ったわけでは⋮⋮﹂
776
﹁ご主人さま⋮⋮﹂
﹁主君⋮⋮﹂
主人の下心に気付いたスピカ&シルフィアは、悠斗に対して呆れ
た視線を送る。
﹁⋮⋮ゴホンッ。もちろん今の言葉は冗談だ! 忘れてくれ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
その場の空気に居たたまれなくなった悠斗は場を濁す。
だがしかし。
ルナの脳裏には悠斗の言葉が焼き付くことになるのであった。
777
四獣の塔
それから。
時刻は8時間ほど先に進むことになる。
ここはローナス平原から東に200キロほど離れた場所に位置す
る、︽四獣の塔︾と呼ばれる建物の中である。
その最上階︽黄金の間︾から悠斗とタナトスの戦いを眺める1人
の魔族の姿があった。
﹁彼か。不死王タナトスを1人で倒した少年というのは⋮⋮﹂
その魔族の名は︽マモン︾と言った。
七つの大罪の中でも︽強欲︾の名を冠するマモンは、他を寄せ付
けない圧倒的な財力と兵力を併せ持っていることで知られていた。
水晶玉に映し出された戦闘の映像を見ながら、マモンは優雅にグ
ラスに注がれたワインを口に含む。
﹁︱︱ハッ。この映像はつい先日に記録されたものになっています。
どうやらこのコノエ・ユートという男は、魔族の世界でも名を上げ
ているようにございます﹂
778
下級魔族のインプはマモンに対して深々と頭を下げながらも報告
をする。
﹁どうやらそのようだね。たしかに人間にしては大した戦闘能力だ。
ルシファーたちが目をかけるのも頷けるよ﹂
強力な魔族やネームドモンスターを打ち倒し、快進撃を続ける悠
斗の存在は魔族たちの間でも知られるようになっていた。
﹁しかし、タナトスが死んだのは予想外だったね。彼を抱き込むこ
とが出来たら︽四獣︾に次ぐ実力者として厚遇しようと考えていた
のだが⋮⋮期待外れだったようだ﹂
マモンが個人で保有する兵力は、魔族・モンスターを含めると1
万を超えていた。
その戦力層は非常に厚く、仮に史上最悪のネームドモンスターと
謳われたタナトスが入隊していてもマモンの部下の中では戦闘能力
5番手以降だっただろう。
﹁マモン様。如何なさいましょうか。恐れながら進言します。コノ
エ・ユートという男⋮⋮このまま野放しにしておくにはあまりに危
険に過ぎる存在だと存じます﹂
﹁しかし、これだけの力を発揮する彼の肉体が興味深くもある。⋮
779
⋮そうだね。彼の亡骸をボクの元に連れてきた者には1億リアの報
奨金を取らせることにしよう﹂
﹁い、1億⋮⋮ですか!?﹂
トライワイドにおける1億リアは、現代日本で言うと10億円の
価値に相当するものがある。
その金額はたとえ魔族であっても簡単に手にすることが出来ない
ものなのだが︱︱。
︽召喚の魔石︾の独占販売を始めとして数々の裏稼業で成功を収め
ているマモンにとっては、1億リアですらも端金に過ぎないもので
あった。
﹁ふふふ。コノエ・ユートか。何処の誰だかは知らないが、我々に
歯向かったことを後悔させてやることにしよう﹂
空になったグラスにワインを注ぎながらもマモンは不敵に笑う。
史上最悪のネームドモンスター︽不死王タナトス︾を倒したこと
を発端として︱︱。
水面下で新たなる火種が生まれようとしていることを︱︱悠斗は
まだ知らないでいた。
780
781
意外な報酬
それから数日後。
想定外の強敵を打ち倒してグールの討伐依頼を済ませた悠斗はケ
ットシーの村に戻っていた。
﹁ユウトくん。詳しい話はルナから聞いている。重ね重ね⋮⋮キミ
には本当に感謝をしている。今この村にこうして平和があるのは、
全てキミの活躍があってこそと言うものだろう﹂
﹁いえいえ。オリヴィアさんはお気になさらず。俺としてもお役に
立てたみたいで嬉しいです﹂
不死王タナトスを封印していた洞穴の奥には、ケットシーのみな
らず様々な種族の人間たちが生け捕りにされていた。
その数は、総勢50人を超えている。
中には衰弱をして命の危機に瀕しているものもいたが、結果とし
て悠斗の行動は多くの人間の命を救うことになった。
﹁ところでユウトくん。村を救ってくれた英雄であるキミに対して
⋮⋮こういうことは非常に言いにくのだが⋮⋮﹂
オリヴィアは申し訳なさそうにして金貨の入った袋をテーブルの
782
上に置く。
袋の中には金貨が20枚ほど入れられていた。
﹁生憎と私たちの村には伝説のネームドモンスターを倒したキミの
活躍に見合う報酬を用意するだけの余裕はなくてね。村の中をかき
集めてもこれっぽっちの資金しか用意することが出来なかったのだ
よ﹂
金貨20枚という額は、決して裕福とは言えないケットシーの村
が悠斗払えるギリギリのものであった。
﹁あ。いえ。お金を受け取るつもりはありません。色々と事情があ
ってお金には全く困っていないんです﹂
﹁な⋮⋮。し、しかしキミ!? そういうわけにはいかないだろう﹂
悠斗の言葉を受けたオリヴィアは動揺していた。
幼少の頃よりオリヴィアは祖父から﹃武勲を立てた者に対しては、
十分な対価を支払らわなければならない﹄という教えを受けてきた。
カネの切れ目は、縁の切れ目。
相手の厚意に甘えて報酬を惜しんでしまうと、人の心は知らない
間に離れていくのである。
﹁大丈夫です。報酬なら既に受け取っていますから﹂
783
﹁⋮⋮? それは一体どういう⋮⋮?﹂
悠斗の言葉を聞いたオリヴィアは不思議そうに小首を傾げる。
﹁しかし、意外でした。オリヴィアさんが男とキスもしたことがな
い生娘だったなんて⋮⋮﹂
﹁∼∼∼∼っ!?﹂
言葉の意味を理解したオリヴィアはカァァァァッと頬を赤らめて
いく。
たしかに自分はある意味、カネよりも大切なものを悠斗に対して
差し出した。
だがしかし。
真剣な交渉の場でその話題を切り出すことは、オリヴィアにとっ
て不意打ち以外の何物でもなかった。
﹁そ、そういうことなら遠慮はせぬぞ。たしかにキミは、私が27
年も守ってきた大切なもの奪って行ったのだからな!﹂
半ば開き直った態度でオリヴィアは答える。
まさか恋焦がれた相手が、行き遅れた自分の体にそれほどの価値
784
を付けてくれるとは思わなかった。
オリヴィアの胸は今までの人生で味わったことのない多幸感で満
たされていく。
﹁それでキミ⋮⋮。本当に明日にでも村を出るつもりなのだな?﹂
﹁ええ。家の中ではリリナとサーニャが待ってくれているので。ず
っとこのまま滞在するわけにはいきません﹂
﹁⋮⋮ならばこれを受け取っていくがいい。そのアイテムこそが今
回のキミの働きに対する報酬に相応しいものだろう﹂
オリヴィアはそう前置きをした上で悠斗に対して小さな石を投げ
渡す。
解封の魔石@レア度 ☆☆
︵結界の内側に入るために必要な魔石。石に特定の文字を刻むこと
で鍵としての役割を果たす︶
﹁これは⋮⋮?﹂
﹁その石があれば何時でも村の結界を抜けて私に会いにくることが
出来る。⋮⋮よ、夜伽の相手なら何時でも受けてやろう! 私のこ
とは気兼ねく現地妻のように扱ってくれて構わないからな!﹂
785
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
伝説のネームドモンスター討伐と引き換えに美人の現地妻を手に
入れてしまった。
この村で手に入る報酬としては最も価値のある品だろう。
オリヴィアの一言により︱︱。
悠斗は時間を見つけて定期的にケットシーの村を訪れようと心に
決めるのであった。
786
魂創造
それから。
悠斗が史上最悪のネームドモンスター︽タナトス︾を討伐してか
ら、5日ほどが過ぎた。
先日の死闘が嘘のように悠斗の元にはまったりとした平穏が訪れ
ていた。
﹁はぁぁぁっ⋮⋮! 現れよ! 我がしもべよ!﹂
今現在。
悠斗は屋敷の庭でタナトスから奪った︽魂創造︾のスキルを検証
している最中である。
魂創造 レア度@☆☆☆☆☆☆☆☆☆
︵器に魂を込めるスキル︶
悠斗が池の中に魔力を変換して作った魂を注ぐ込むと、やがてそ
こには1匹のモンスターが出現する。
787
水の化身 脅威LV1 状態
﹁プク! プク!﹂
︵テイミング︶
悠斗が作成した︽水の化身︾は、その名の通り水の体を持ったモ
ンスターである。
その体長はおよそ10センチほど。
2足歩行で立っていて何処か妖精のような雰囲気がある。
﹁ふぅ∼。こんなところかぁ﹂
暫く作業を続けて、合計で30匹の︽水の化身︾を生み出すこと
に成功した悠斗はホッと一息を吐く。
自身の魔力を魂に変換する効果のある︽魂創造︾のスキルは、慣
れていないと必要以上に魔力を持っていくらしい。
初日は5体の︽水の化身︾を作るだけで息切れしていたことを考
えると、随分と成長したものである。
︵生み出しておいてアレだけど⋮⋮こいつらの使い道は本当に見当
たらないんだよなぁ︶
悠斗の検証によれば︽水の化身︾が姿を維持していられる時間は、
788
今のところ2時間が限界であった。
つまりは放っておくと、姿が劣化していき2時間ほどで普通の水
に戻ってしまうのである。
修行を重ねてもう少し体を維持していられるようになれば、屋敷
の警備を任せられることもあるかもしれないのだが︱︱。
今のところ︽水の化身︾の使い道は、︽魂創造︾の練習以外には
無さそうではあった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁よし。休憩だ。木の化身! リンゴを分けてくれ﹂
︵テイミング︶
一息ついたところで悠斗は、地面に腰を下ろして意味深な言葉を
口にする。
木の化身 脅威LV13 状態
﹁モソ⋮⋮モソ⋮⋮﹂
悠斗の言葉を受けた︽木の化身︾は、自身の体からリンゴを落下
させる。
この︽木の化身︾は悠斗が昨日、リンゴの木に対して︽魂創造︾
789
のスキルを使用したことで生み出されたモンスターであった。
その外見は普通の木と比較をして目と口のようなものがプラスさ
れた以外に、特に違いはない。
︵水の化身と比べて木の化身は⋮⋮全く劣化しないみたいだな︶
ここ数日の間に︽魂創造︾のスキルの検証して分かったことがあ
る。
このスキルは物体に魂を込めて生物を作りだすことを可能にする
効果があるが、適当な器を選んでも戦力になってはくれない。
何故ならば︱︱。
長く魂を定着させるのには、それに適した器を選択しなければな
らないからである。
今にして思えばタナトスが人間の死体を収集していたのは、人の
体というものが魂を留めておくのに適した器だったからなのだろう。
何の変哲もない池の水からでは、スライムより弱くて直ぐに死ん
でしまう︽水の化身︾しか生み出すことが出来ないというわけであ
る。
﹁ご主人さま! リリナさんが夕飯の準備が出来たと言っていまし
たよ∼!﹂
790
突如として馴染みのある声が聞こえてくる。
﹁これはまずいっ﹂
悠斗は焦っていた。
何故ならば︱︱。
自由に生物を生み出すことが出来る︽魂創造︾のスキルは、人間
の禁忌に触れているのではないかと考えていたのである。
そういう事情もあって悠斗は、これまで︽魂創造︾のスキルを検
証している場面を絶対に他人に見られないようにしていたのだった。
﹁なっ⋮⋮﹂
スピカは絶句した。
悠斗の周囲には既に30匹の︽水の化身︾がウロウロと彷徨い歩
いている。
屋敷の中に見慣れないモンスターが大量に発生していたのだから、
当然のリアクションであった。
﹁ご主人さま。これは一体⋮⋮?﹂
791
﹁ククク。どうやら貴様は絶対に触れてはならない⋮⋮禁忌に触れ
てしまったようだな⋮⋮!﹂
見られてしまったからには仕方があるまい。
そういうわけで悠斗は開き直ってスピカをいじって遊ぶことにし
た。
﹁身の程を弁えない娘が⋮⋮。貴様は絶対に開けてはならないパン
ドラの箱を開けてしまったのだ!﹂
﹁えーっと。ご主人さま⋮⋮何を言っているのでしょうか?﹂
﹁かかれ! 水の化身よ! そいつをひっ捕らえろ!﹂
﹁﹁﹁プク! プク!﹂﹂﹂
悠斗から命令を受けた︽水の化身︾はスピカに向かって一斉に飛
びかかる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悠斗は予測する。
こういうシチュエーションではスピカなら﹁びえっ。びええええ
ええええっ!﹂という奇妙な悲鳴を上げて逃げ回ってくれるに違い
792
ない︱︱。
悠斗は事あるごとにスピカをイジってリアクションを見るのを趣
味としていた。
﹁たぁ! えいやぁぁぁ!﹂
だがしかし。
今回に限っては、悠斗の期待は大きく裏切られることになる。
先程までシルフィアと剣の稽古を行っていたのだろう。
スピカは手にしたロングソードを鞘から抜くと、器用に操り︽水
の化身︾は蹴散らせてみせた。
﹁なに⋮⋮!? スピカが強いだと⋮⋮!?﹂
元々、運動神経が良かったのだろう。
スピカの剣技は初心者とは思えないほど様になっており、合計で
30匹もいた︽水の化身︾は次々に姿を消していくことになった。
﹁や、やりました! 私、生まれてから初めてモンスターを倒すこ
とが出来たのかもしれません!﹂
人生初の快挙を成し遂げたスピカは、眩いばかりの笑顔を浮かべ
793
る。
自分で生み出したモンスターを倒しても︽能力略奪︾によりスキ
ルを取得することは出来ないことは既に検証済みである。
︵水の化身は⋮⋮スピカの剣の稽古の相手には良いのかもな︶
想定外のトラブルを経験した悠斗は、︽水の化身︾に対して新た
な有効活用法を見出すのであった。
794
華麗なる侵入者
﹁えーっと。ユートくんの家はたしかこの辺りだったな﹂
悠斗が︽魂創造︾のスキルを検証していたのと同刻。
凄腕の情報屋、ラッセン・シガーレットは、地図を片手に悠斗に
家を探していた。
胸元が大胆に開いたジャケット&お尻が見えそうになるくらい短
いパンツを履いたラッセンは道行く人々の視線を釘付けにしていた。
彼女が歩く度に大きな胸と尻はポヨポヨと揺れる。
﹁おいおい。なんだよ。あのエロいねーちゃんは⋮⋮!? 声をか
けに行こうぜ﹂
﹁バカッ! 止めとけって! 知らないのか!?﹂ ﹁なにがだよ﹂
﹁あの女⋮⋮ラッセン・シガーレットは凄腕の冒険者で半端なく強
いんだぜ? 加えて、大の男嫌いなんだよ。どうやらつい先週も声
をかけにいったマフィアの男衆が半殺しにされたらしい⋮⋮﹂
795
ラッセンが歩くところにはそんな不穏な話題が絶えなかった。
ウェスタンハットを目深に被った彼女は、男たちの視線を大して
気にも留めずに道の真ん中を堂々と歩く。
﹁ところで先輩は⋮⋮ユウトさんの家にどんな用事があるんですか
?﹂
ラッセンの隣を歩く少女の名前はルナ・ホーネック。
頭からネコミミを生やして忍者装束を身に纏った少女である。
﹁ああ。アタシはギルド局長のオスワンさんからユートくんに伝言
を頼まれているのだよ。どうやら彼はここ数日、ギルドに顔を出し
ていないみたいだから。彼と面識のあるアタシに白羽の矢が立った
というわけさ﹂
﹁そうだったのですか﹂
ルナとラッセンは、1年ほど前から一緒にパーティーを組んで討
伐任務をこなす間柄であった。
何かと体力が物を言う冒険者という職業は、極端に女性の比率が
低いことで知られている。
更に言うと、女性でありながら︽ブロンズ︾以上の称号を持った
一流の冒険者は極めて稀な存在といえる。
796
女同士でパーティーを組んだ方が何かとリスクを減らすことが出
来るので、二人がつるむようになったのは自然な流れであった。
﹁そういうルナくんはどうしてユートくんの家に?﹂
﹁私の友人がユウトさんの家で家政婦をやっているのです。以前か
ら訪ねたいと思ってのですが⋮⋮彼の家が何処なのか分からなくて﹂
﹁なるほど。それでアタシに付いてきたというわけか﹂
ラッセンの情報網を以てすれば個人の住所を特定するのは容易い
ことである。
偶然にギルドで会ったラッセンが悠斗の家を尋ねるということで
ルナは、一緒に行きたいと申し出たのであった。
﹁む。なんだこの家は⋮⋮!?﹂
目的の家についた時、ラッセンは絶句した。
何故ならば︱︱。
目の前の豪邸は、とても10歳とそこらの少年が保有することが
出来るような代物ではなかったからである。
﹁驚きました。大きいですね⋮⋮﹂
797
﹁ああ。事前に聞いてはいたが、それでもこれは予想以上であった﹂
﹁ユウトさんはこの家の中でどんな生活をしているんでしょうね﹂
﹁⋮⋮ふむ。たしかに気になるところではあるな﹂
ラッセンは思案する
よくよく考えてみると、近衛悠斗という少年は色々と謎が多い人
物であった。
冒険者としてのキャリアは1カ月程度だが、一部ではその実力は
ゴールドランクの冒険者に比肩すると称されている。
突如としてラッセンの中の情報屋の血が騒ぐ。
一体、彼はどこからやってきたのか? どうやってその強さを身に付けたのか?
純粋に興味が湧いてきたのである。
﹁よし。ならば我々で調べに行こうではないか﹂
﹁えっ! どういうことですか!?﹂
﹁こういうことだ。ついてこい﹂
ラッセンは人目の付かない屋敷の側面に回り込んで、おもむろに
バックの中から愛用の鉤縄を取り出した。
798
﹁どうやら情報屋としてのアタシの隠密スキルが活かされる時が来
たようだな﹂
その直後。
ひゅるひゅるという風を切る音を立て鉤縄を回し、遠心力を利用
して鉄の鉤を塀の上に引っかける。
﹁先輩! まずいですよ! これって立派な不法侵入⋮⋮﹂
﹁ルナくんの心配には及ぶまい。今夜は霧が強いし、雲で月も隠れ
ている。我々が屋敷に侵入するにはまたのない絶好のチャンスでは
ないか﹂
﹁そういう問題ではないですよ!?﹂
正義感の強いルナは、ラッセン腕を取って彼女の暴走を引き止め
ようと試みる。
﹁ルナくんは気にならないのか? ユートくんが屋敷の中でどんな
生活を送っているのか﹂
﹁それは⋮⋮気になりますけど⋮⋮﹂
799
特に気になるのが、親友のリリナがこの家でどんな扱いを受けて
いるのかということである。
そういう情報は客人として招かれても得ることはできない。
悠斗の日常生活を自分の目で知るには、ラッセンの言う通り屋敷
の中に忍び込むしかないのである。
﹁もたもたしていると置いて行くぞ。アタシはあまり気の長い方で
はないんだ﹂
﹁あ! 待って下さい! 先輩!﹂
ラッセンはルナの手を振り切ると、1人で縄を辿って壁をよじ登
って行く。
﹁待っていろよ。ユートくん。情報屋⋮⋮ラッセン・シガーレット
がキミの正体を暴いてやろう﹂
ラッセンは得意顔になりながらも、縄を辿って屋敷の塀を華麗に
登るのであった。
800
受難
屋敷の中に入るなりラッセン&ルナは、改めてその敷地面積の広
さに驚くことになる。
霧の立ち込めた夜に訪れたこともあって屋敷の中は不気味な雰囲
気が漂っていた。
﹁なんだ⋮⋮ここは⋮⋮﹂
﹁まるで森林型のダンジョンのようですね﹂
敷地の中は何処までも見渡す限りの果樹が広がっていた。
貴族たちの中には戯れで自宅にブドウの樹を栽培する者もいると
いう話も聞いたことがあるが、ここまで本格的な果樹園を保有して
いる家をラッセンは知らなかった。
﹁立ち止まっていても仕方がない。さっそく探索に乗り出そうでは
ないか﹂
ラッセンは屋敷を目指して庭の中心に向かって進んで行く。
801
﹁なんだ⋮⋮? この樹は⋮⋮? 見慣れない果実がなっているよ
うだが﹂
そこでラッセンの目に止まったのは、ケットシーの村から持ち帰
ったアイテムから栽培した︽神樹︾である。
若返りの実@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵実年齢を1歳若返らせる。効果時間は永続︶
ランク7のレアアイテム︽若返りの実︾を始めとする珍しい木の
実を付ける神樹は、情報屋を営んでいるラッセンの琴線に触れるも
のであった。
﹁えーっと。これは神樹といってケットシーの村に伝わる伝説の木
ですね。元々は私たちの祖先がダンジョンの奥から持ち帰った種を
植えたことで生えたと言われています。
色々と高値で売れるアイテムを実らせるので、ケットシー村では
欠かせない収益源になっているみたいです﹂
﹁⋮⋮ちょっと待て! どうしてそんなものがユートくんの家の庭
に生えているのだ!﹂
﹁さぁ⋮⋮。私にもそこまでは﹂
802
屋敷の中に忍び込めば何か分かるかと期待していたのだが︱︱。
ラッセンの中の悠斗に対する謎は深まるばかりであった。
﹁﹁﹁ホネー!﹂﹂﹂
﹁⋮⋮しまっ﹂
気が付くと、ラッセン&ルナは囲まれていた。
普段の二人であれば魔物の気配を察することが出来たのだが、周
囲の木々に目移りをして油断していた。
彼女たちの周囲にいたのは総勢20匹を超えようかというスケル
トンの大軍である。
﹁どうしてこんな所に魔物が⋮⋮!?﹂
﹁詳しい話は後にしよう。まずはこの包囲網を突破しなければなる
まい﹂
神秘の火銃 レア度@☆☆☆☆☆
︵大気中の魔力を吸収して火属性の魔法を射出する武器︶
ホルスターの中からピストルを取り出すと、ラッセンはスケルト
ンの足元に向けて発砲する。
803
ランク5のレアアイテム︽神秘の火銃︾から放たれた火炎球は、
スケルトンたちを怯ませる。
﹁たぁぁぁぁぁ!﹂
半月の魔刀 レア度@☆☆☆☆☆
︵三日月のように刀身の反り返った刀。込められた魔力によって切
れ味が強化されている︶
ルナは自身の愛刀である︽半月の魔刀︾を鞘から抜くと、素早い
身のこなしでスケルトンたちを斬り付けていく。
﹁⋮⋮クソッ! 次から次に!﹂
﹁先輩! これではキリがありませんよ!﹂
屋敷の中を警備するスケルトンたちの数は50匹にも達していた。
付け加えてアンデッドであるスケルトンたちは、骨の中にある︽
核︾を剥ぎ取らなければ何度でも復活する習性があるので始末に負
えない。
﹁撤退しよう。どうやら我々は⋮⋮踏み込んではならない魔境に足
を踏み入れてしまったらしい﹂
804
﹁⋮⋮了解です!﹂
こうなってしまっては既に情報収集どころではない。
そう判断したラッセン&ルナはスケルトンたちの包囲を掻い潜り、
屋敷からの脱出を試みる。
﹁ズギャァァァ!﹂
だがしかし。
全長8メートルを超える巨大な竜がラッセン&ルナの行く手を塞
いだ。
﹁ド、ドラゴンだと⋮⋮!?﹂
現存する魔物たちの中でも現存するドラゴンという生物は、最強
種としてその名を知られていた。
中でも強力な炎のブレス攻撃を有するブレアドラゴンは、他のド
ラゴンと比較しても強力な戦闘能力を有していた。
ラッセンはすかさず手にした︽神秘の火銃︾でドラゴンに向かっ
て発砲する。
が、しかし。
805
立て続けに射出された火炎球は、虚しくもブレアドラゴンの鱗に
阻まれる結果となった。
炎のブレス攻撃を得意とするブレアドラゴンは、火属性に対する
耐性値も異常に高かったのである。
その直後。
突如としてラッセンの視界は暗転することになる。
自身の体がブレアドラゴンの口の中に閉じ込められていることに
気付いたのは、それから少し後のことになる。
﹁クッ⋮⋮! なんなんだ⋮⋮ここは!?﹂
ブレアドラゴンの口内は、息を吸うことができないほどの酷い臭
いであった。
そのあまりに強烈な臭いをかぎ続けることになったラッセンは、
次第に意識を薄れさせていく。
﹁このっ! ドラゴン! 先輩を離せ!﹂
ラッセンの窮地を目撃したルナは、すかさず︽半月の魔刀︾を手
にしてブレアドラゴンに向かって斬りかかる。
が、しかし。
806
直後に彼女の体を植物の蔓が覆った。
タナトスから奪った︽魂創造︾のスキルによって生み出された︽
木の化身︾は、蔓を使ってルナの首を締め上げていく。
﹁い、息が⋮⋮﹂
刀で蔓を切断しようにも肝心の武器が、既に蔓によって取り上げ
られている。
︵な、なんでしょう⋮⋮この魔物は⋮⋮。全く見たことがない種族
です⋮⋮︶
薄れゆく意識の中、最後にルナはそんなことを思うのであった。
807
囚われの女冒険者
夜。
悠斗が騒ぎを聞きつけて庭を出ると満身創痍の状態で植物の蔓で
縛られているラッセン&ルナの姿があった。
﹁あの⋮⋮お二人とも何をやっているんですか?﹂
裸のまま木の上から吊るされたラッセン&ルナの姿は、非常に男
心をそそるものがあった。
﹁クッ⋮⋮殺せ﹂
﹁いえ。殺しませんけど﹂
混乱したラッセンの言葉に対して悠斗は冷静にツッコミを入れる。
ムッチリとした肉付きの良いラッセンの体には、スピカ&シルフ
ィアとは違った色気がある。
ラッセンの零れんばかりの胸と尻は、︽木の化身︾の蔓によって
食い込んでいて、そこがまたなんとも言えない趣を醸し出していた。
808
﹁な、何をジロジロと見ているんですか! この変態っ! 変態変
態っ!﹂
裸を見られたことに動揺したルナは木の蔓によって縛られたまま
ジタバタと暴れ回る。
だがしかし。
この行動が軽率であった。
せっかく木の蔓によって良い感じに隠れていたルナの局部は、ポ
ロリと見えてしまうことになる。
﹁ひっ。いやぁぁぁぁぁっ!﹂
これがアニメの世界なら謎の光が入るところだが、当然ここは現
実なのでそんなことは起こり得ない。
局部を見られてしまったルナは狼狽して、更に手足をジタバタと
動かしたのだが︱︱。
彼女がもがけばもがくほど悠斗の視界には、眼福ものの光景が広
がることになった。
﹁えーっと。まあ、こういう状況になっているってことはなんとな
809
く想像がつくんですが⋮⋮。庭の警備をしていたモンスターたちに
捕まってしまったんですよね?﹂
悠斗は自宅を警備するモンスターたちに﹁不審者を見つけた場合
は無力化して拘束すること﹂という命令を下していた。
悠斗としては別に悪気があったわけではないのだが︱︱。
おそらく彼らは﹃無力化する﹄という部分を﹃裸にして縛ってお
く﹄という風に解釈したのだろう。
﹁⋮⋮ふふふ。あはははは!﹂
悠斗の言葉を受けたラッセンは、何を思ったのか突如として高ら
かに笑い始める。
﹁何がおかしいんですか?﹂
﹁ユートくん。私のことを見くびってもらっては困るよ。ブロンズ
ランクという肩書きに甘んじてはいるが、アタシの実力は本来ゴー
ルドランクの冒険者にも比肩すると言われているんだ。
そのアタシが⋮⋮スケルトンのような下級モンスターたちに後れ
を取るはずがないだろう?﹂
﹁えっ。ならどうしてそんな状態に⋮⋮?﹂
﹁これは趣味だ﹂
810
﹁趣味!?﹂
﹁⋮⋮アタシは人の家の庭で裸で縛られることに対して性的な興奮
を覚えるのだ。何か文句があるか?﹂
普段の男勝りの態度から一転。
視線を逸らし頬を赤く染めてながらもラッセンは告げる。
当然、彼女の言葉は嘘である。
ラッセンにとっては、庭を警備するに負けたという事実を打ち明
けるくらいなら露出狂の変態と思われる方がマシであったのだった。
﹁せ、先輩! 何を言い出すんですか!? 生憎と私たちにそんな
趣味は⋮⋮﹂
﹁ハッハッハ! ルナくん。何を言い出すかと思えば! アタシた
ちは共に同じ趣味を分かち合う露出仲間だろう﹂
﹁ユ、ユウトさん! これは違います! 先輩の言っていることは
全てテキトーなんです! 信じて下さいっ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
想定外の疑惑をかけられることになったルナは涙目で無実を訴え
る。
︵この人⋮⋮どんだけプライドが高いんだよ!?︶
811
予想外の行動を続ける先輩冒険者に対して悠斗は、心の中でツッ
コミを入れるのであった。
812
伝言
﹁ご主人さま。お茶が入りました﹂
﹁ありがとな。スピカ﹂
それから。
悠斗はラッセンの縄を解いて服を返すと、改めて彼女を家の中に
招き入れることにした。
﹁あれ? そう言えばルナのやつは、何処にいったんだ?﹂
﹁えーっと。ルナさんでしたらリリナさんに用があるので遅れてく
ると言っていました﹂
﹁なるほど。まぁ、積もる話もありそうだしな﹂
今現在。
悠斗とラッセンは、屋敷の中でも最大の広さを誇る客室の中にい
た。
屋敷の中には大きなシャンデリアとテーブルが用意された豪華な
客室があったが、実際に使用するのは初めてのことである。
813
﹁ところでユートくん。キミの家は一体なんなのだ⋮⋮? 魔物が
いるわ、見かけない植物が植えられているわ、温泉が出ているわ。
全く意味が分からないぞ!﹂ 悠斗はそこで暫くラッセンから理不尽な説教を受けることになっ
た。
もちろん正直に全てを話すわけにはいかないので適当に誤魔化し
ておく。
異世界から召喚された際に倒した相手のスキルを奪い取る︽能力
略奪︾を手に入れたということは、スピカ・シルフィアにも教えて
いない秘密であった。
﹁ところでラッセンさん。何か俺に用事があったんですか?﹂
﹁失礼。そうであった! アタシはキミ宛ての手紙を預かっていた
のだった﹂
悠斗はそこでラッセンから1通の手紙を預かることになった。
﹁何でもウチのギルドの局長がキミに会って話したいことがあるそ
うだ﹂
﹁局長⋮⋮ですか﹂
814
﹁まあ、そう身構えることはない。普通に気の良い方だからキミも
直ぐに打ち解けることが出来るさ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
今回の話は、悠斗にとって素直に喜べないものがあった。
偉い人に目をかけてもらえたと言うと聞こえは良いのだが︱︱。
現代日本から召喚された立場のことを考えると、出来るだけ目立
った行動を取りたくないと考えていたからである。
けれども。
明日からは真面目に働くと決めた手前、ギルド局長のことを無視
するというわけにはいかないだろう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから。 小一時間ほど客室で談笑していると、ラッセンはおもむろに席を
立つ。
﹁話が長くなってしまったな。それではアタシはこの辺で失礼する
よ﹂
﹁えーっと。今日はもう遅いし泊まっていったらどうですか? 部
815
屋なら沢山空いていますよ﹂
﹁まさか。後輩であるキミにそこまで甘えるわけにはいかないよ﹂
﹁ならせめて⋮⋮送っていきますよ﹂
﹁必要ない。キミを信頼しないわけではないのだが⋮⋮駆け出しの
冒険者だった頃に色々と苦い経験をしていてね﹂
﹁苦い経験⋮⋮ですか﹂
﹁ああ。遠征が終わってアタシが家に帰ろうとしたところ⋮⋮一緒
にいた男たちが送り狼に豹変したことがあったのだよ。それ以来、
家に帰る時は絶対に1人でいるように心掛けているのさ﹂
﹁そうだったのですか。それは災難でしたね⋮⋮﹂
﹁ま。その男たちは二度と悪さを出来ないようにコテンパンにして
やったのだけどね。信用していた仲間だっただけにショックは大き
かったのさ﹂
ラッセンはそれだけ言い残すと、荷物をまとめて屋敷を後にする。
悠斗は推測する。
女身一つで冒険者になることは、男の視点からは想像できないよ
うな苦労が絶えないのだろう。
︵この人の男嫌いは⋮⋮色々と根が深そうだなぁ︶
816
ラッセンのショートパンツからはみ出した尻肉を眺めながらも、
悠斗はそんなことを思うのであった。
817
疑惑
それから。
ラッセンを玄関まで送った悠斗は、ルナの様子を見るためにリリ
ナの部屋を訪れていた。
扉を半開きにして中の様子を窺うと、そこには桃色の光景が広が
っていた。
﹁リリナ⋮⋮。リリナ⋮⋮。会いたかったよっ⋮⋮﹂
﹁ったく。ルナは仕方のねえやつだな﹂
今現在。
ルナはリリナの膝の上に頭をのせて甘えた声を出していた。
普段の不愛想な態度から一転。
リリナと一緒にいるルナは体中からハートマークを出しているか
のようであった。
︵もしかするとルナには⋮⋮リリナのことが好きなのかな?︶
818
今回のこともそうだが、ルナはラッセンとはまた違った理由で男
と線を引いているように見えた。
凄腕の冒険者でありながも、何処か乙女チックな言動の多いルナ。
家事万能スキルを持ちながらも、男勝りな性格のリリナ。
よくよく考えると二人は、お似合いのカップルなのかもしれない。
﹁ねえ。リリナ。大事な話があるんだけど﹂
﹁ん。どうしたんだよ。急に﹂
﹁私が知らないところでユウトさんにエッチなことをされなかった
? もしユウトさんがリリナに酷いことをしているなら私がガツン
と言ってやるんだからっ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ルナの質問を受けたリリナは、気まずそうに視線を逸らす。
事実を話すならば、彼女の体は悠斗の︽触手魔法︾によって毎日
のように開発を受けている最中である。
だがしかし。
真実を話すことが決して人を幸せにする訳ではないと悟ったリリ
ナは、適当に誤魔化すことにした。
819
﹁あはは! 何を言っているんだよ。ユートの周りには他に魅力的
な女性が沢山いるからな。オレなんて全く相手にされるわけないじ
ゃねーか﹂
﹁そ、それならいいんだけど﹂
親友の口から聞きたかった一言を確認することが出来たルナは、
ホッと胸を撫で下ろす。
﹁む∼。けれども、それはそれで腹が立つわね。リリナはこんなに
可愛くて格好良いのに⋮⋮それに気づかないなんて﹂
﹁なんだよ∼。どっちなら良かったんだよ∼﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵こうして見るとまるで本当の姉妹みたいだな︶
リリナが長女、ルナが次女、サーニャが三女と言われても違和感
はなさそうである。
そこで悠斗はふと前の世界に残してきた妹のことを思い出す。
近衛愛菜という妹は、悠斗にとって天敵と呼べる存在であった。
容姿端麗。成績優秀。
おまけに優れた武術の才能を有しているため、一見して非の打ち
どころのない美少女なのだが、その内面は異質の一言に尽きる。
820
彼女の存在は、これまで悠斗に多くのトラウマを植え付けてきた。
︵⋮⋮まあ、幸いなことにここは異世界だし。俺が日本に戻らない
限り、アイツと会うことは二度とないんだけどな︶
女同士で募る話もあるだろう。
部屋の中に入り辛い空気を感じ取った悠斗は、リリナ&ルナに気
付かれないようにソッと扉を閉めるのであった。
821
キマシタワー ☆修正あり
それから。
ルナと一緒に夕食を取った悠斗は風呂に入ってから就寝の準備を
することになった。
久しぶりに親友と再会できたのが嬉しかったのだろう。
ラッセンと違ってルナは、悠斗の﹁泊まっていかないか?﹂とい
う提案に対して二つ返事で快諾していた。
今現在。
色々と事情を察した悠斗の計らいでルナは、フォレスティ姉妹の
部屋に泊まっていた。
﹁ユート。入るぞ?﹂
暫くすると、ノックの音と一緒に聞き覚えのある声が部屋に響く。
扉を開けると、そこにはセクシーなネグリジュを身に着けたリリ
ナがいた。
﹁どうしたんだ? リリナ﹂
822
﹁⋮⋮それをオレの口から言わせる気か? 例の⋮⋮夜の勤めをや
りにきたんだよ!﹂
﹁ああ。そういえば今日はリリナが当番の日だったか﹂
悠斗は同年代の男子と比較しても性欲が旺盛な自覚はあるのだが、
それでも毎日みんなで同じ布団に入ると色々と大変である。 そういう事情もあって最近では悠斗と同衾する女性は、日ごとに
ローテーション制が採用されていた。
即ちそれは︱︱。
1日目、スピカ。
2日目、シルフィア。
3日目、リリナ。
4日目、全員。
と言った感じである。
幼女ということもあって遠慮していたが、近い内にサーニャにも
のローテーションに加わってもらうと考えている。
その日の気分によって変更があったりするのだが、基本的にはこ
の布陣を崩さないように心掛けていた。
﹁でも良かったのか? 友達が泊まりに来てくれる日くらいは、当
番を休んでもいいんだぞ? リリナだって積もる話があったんだろ
823
?﹂
﹁バカを言うな! 今日を逃したら悠斗を独り占めできるのは4日
後だろ? オレはもう⋮⋮そんなに待つことはできねえよ﹂
股の辺りをモジモジとさせながらもリリナは言う。
ここ数日の触手魔法による開発の結果︱︱。
どうやらリリナはすっかり淫乱な娘になってしまったらしい。
﹁そうか。リリナは仕方のないやつだなぁ。そこまで言うなら今夜
はたっぷりと可愛がってやろうじゃないか﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
悠斗に頭を撫でられたリリナは、トロンと惚けた表情を浮かべる。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
一方、その頃。
猫耳の忍者娘︱︱ルナ・ホーネックはベッドの上で不意に目を覚
ます。
824
﹁⋮⋮サーニャちゃん。リリナのことを知りませんか?﹂
トイレにでも行ったのだろうか?
目を開けると、先程まで隣で寝ていたはずのリリナの姿がどこに
もなかった。
﹁ふにゅ∼。サーニャも不思議なのです。リリナお姉ちゃんは時々、
夜、急にいなくなってしまうことがあるのです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮!?﹂
サーニャの言葉を聞いたルナの脳裏に不吉な予感が過った。
リリナがいなくなった原因について思い当たる節は1つしかない。
部屋を出たルナは大急ぎで悠斗の部屋に向かう。
スピカから事前に屋敷の案内をされていたルナは、簡単に悠斗の
部屋を見つけることが出来た。
︵リリナ⋮⋮どうか無事でいて⋮⋮!︶
ルナは心の中で神に祈りながらも部屋の扉を開ける。
その直後。
ルナの視界に飛び込んできたのは、壁に手を当てて尻を突き出し
825
ているリリナの姿であった。
どういう訳かリリナは、悠斗から鞭のような物で尻を叩かれてい
た。
その鞭の正体が︽触手魔法︾を応用して作った悠斗特製のもので
あるということは、ルナにとって当然知る由のないことである。
﹁な、な、な⋮⋮。一体⋮⋮何を⋮⋮!?﹂
幼馴染が男に尻を叩かれているというのに見過ごすわけにはいか
ない。
そう判断したルナは、勇気を振り絞って部屋の足を踏み入れる。
︵諸事情により文章のカットを行いました︶
﹁⋮⋮なあ。ユウト。今晩はルナも一緒に魔法の訓練の相手をして
くれないか?﹂
826
リリナの提案を受けた悠斗は驚きで目を見開く。
﹁俺は構わないけど、ルナはそれでもいいのか?﹂
﹁⋮⋮ユウトさんの好きにして下さい﹂
絶対に断られると確信した質問だったのが、意外なことにルナは
悠斗の提案を受け入れた。
タナトスとの戦闘で命を救われて以来、ルナは﹃悠斗の命令であ
れば何でも言うことを聞こう﹄と心に誓っていたのである。
﹁ユウトさんには命を救って頂いた恩がありますし⋮⋮私に拒否権
はありませんから﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
まさか冗談半分で聞いた﹃エッチな命令をしてもよいか?﹄とい
う質問が有効だとは思わなった。
相手の善意に付け込んでいるようで気が引けるのだが︱︱。
ベッドの上で体を重ね合わせてタワーを作っている2人の美少女
を前にして我慢していられるほど枯れてはいない。
︵百合カップルを2人同時に丸ごと頂くのが⋮⋮小学生の頃からの
夢だったんだよなぁ︶
827
こうして悠斗は二人の美少女と一緒に楽しい﹃魔法の訓練﹄を始
めるのであった。
828
キマシタワー ☆修正あり︵後書き︶
カットした部分は書籍にて収録しております。
●カットした部分の大まかな話の流れ
夜中に異変に気付いて悠斗の部屋に向かうルナ。
扉を開けると、そこにあったのは触手のムチによって尻を叩かれ
ているリリナの姿であった
糾弾するルナであったが、悠斗の毒牙にかかり、
2人まるごと魔法の訓練に付き合わされることになるのであった。
829
新たなる依頼
翌朝。
悠斗が目を覚ますと、そこにいたのはベッドの上で身支度を整え
ているルナの姿であった。
﹁ユートさん⋮⋮。昨日はお世話になりました﹂
悠斗に対して背を向けて、下着のホックを留めながらもルナは告
げる。
その後ろ姿は妙に艶めかしいものがあった。
﹁もしかして怒っている?﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
悠斗から予想外の質問をされたルナは動揺していた。
﹁お、怒ってません! どうして私が怒っていると思ったのですか
!?﹂
830
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悠斗としては心当たりがあり過ぎて答え辛い質問であった。
﹁ユートさんにはむしろ感謝してもし切れないくらいです。たしか
にきっかけは強引なところがあったかもしれませんが⋮⋮昨日の夜
は大好きなリリナと初めて一緒に過ごすことが出来て⋮⋮私の人生
の中でもかけがえのない時間になりました﹂
﹁意外だったな。てっきりルナは俺のことを嫌っているんじゃない
かと思っていたんだけど﹂
恨まれこそされても感謝されるとは思わなかった。
最悪の場合は夜道で刺されるのではないか?
と考えていた悠斗にとってルナの発言は予想外のものであった。
﹁⋮⋮何を言っているんですか。私がリリナの好きな人を嫌いにな
るわけがないじゃないですか﹂
仮にリリナの意思に反して無理やり夜の営みを強要しているのだ
としたら︱︱。
ルナは絶対に悠斗のことを許さないつもりでいた。
だがしかし。
831
リリナが悠斗を愛していると知ったルナは、悠斗に対する評価を
一変させていたのである。
﹁ユートさん。もしユートさんがよければ⋮⋮これからも3人で一
緒の時間を過ごして頂けませんか?﹂
﹁ああ。何時でも歓迎するよ﹂
悠斗は思う。
人間の愛の形は人それぞれということなのだろう。
愛する人が愛する人まで﹃好き﹄でいることが出来るルナは、思
っていた以上に器の大きい人間なのかもしれない。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから。
昨晩ラッセンの伝言を受けた悠斗は、ギルド局長と面会を済ませ
るために指定された酒場まで足を運んでいた。
オスワン・マルチネス 種族:ヒューマ
職業:ギルド職員
固有能力:なし
832
﹁コノエ・ユートくんだね。キミの活躍は伺っているよ﹂
ラッセンから伝え聞いていた通り︱︱。
ギルド局長のオスワンは、何処にでもいそうなごくごく普通のオ
ジサンであった。
昔はシルバーランクの冒険者としてエクスペインの街にその名前
を轟かせていたらしいのだが、全くそんな面影は残っていない。
頭髪は歳相応に薄く、お腹も歳相応にポッコリとしている。
﹁さっそくで悪いのだが、今回キミを呼び出したのは他でもない。
ユートくんには是非ともシルバーランクの昇格試験を受けて欲しい
と思ってだな﹂
﹁昇格試験⋮⋮ですか⋮⋮?﹂
﹁ああ。聞くところによるとキミは高難易度のダンジョンをたった
の1人で攻略してしまったそうじゃないか。そのような人材をブロ
ンズランクに留めておくことは、ギルドとしても損失なのだ。
冒険者ギルドには優秀な人材を確保するための特別な昇進制度が
ある。キミにはこれを利用して是非ともシルバーランクの冒険者と
して働いて欲しいのだよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
オスワンの提案は悠斗にとって魅力的なものがあった。
833
シルバーランクに昇格すれば、ブロンズランク以下の依頼の報酬
が50パーセント増しになる。
これまではコツコツとポイントを貯めることでしかギルドランク
を上げることが出来なかったのだが、別に抜け道を用意してくれる
と言うのであれば有難い。
﹁それで⋮⋮具体的に俺は一体何をすればいいんですか?﹂
﹁話は簡単だよ。まずはキミの実力を見せてもらいたい。シルバー
ランクの冒険者の狩場になっているミミズクの鉱山というエリアが
あるのは知っているかな? その奥に合格証代わりのコインを幾つか隠しておいた。キミには
そのコインを探してきて貰いたい﹂
﹁分かりました。コインを探してくればいいんですね﹂
話を聞く限りでは、そう難しい試験でもないようである。
何か問題が起きたら、その時にでも引き返してくれば良いだろう。
こうして悠斗は、オスワンの勧めによりシルバーランクの昇格試
験を受けることを決めるのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
834
時刻は悠斗がミミズクの鉱山を目指してから少し後のことになる。
﹁キヒヒヒ。人間にしては首尾よく事を運んだじゃねーか﹂
今現在。
冒険者ギルドの局長室には1匹の魔族が不敵な笑い声を漏らして
いた。
魔族の名前はアマルダと言った。
伸びきった前髪と鼻に付けられたピアスが特徴的な男である。
﹁⋮⋮ああ。約束は守った。コノエ・ユートくんは当初の予定通り
にミミズクの鉱山に向かったはずだよ﹂
﹁どうやらそうみてーだな。ついさっきオレの仲間から連絡が入っ
た﹂
﹁だからお願いだ⋮⋮どうか娘だけは! 娘の命だけは助けてやっ
てくれ!?﹂
オスワンは悲痛な面持ちを浮かべながらもアマルダに懇願する。
﹁なぁに。心配いらねーさ。俺っちは約束を守る男よ。コノエ・ユ
ートをぶっ殺すことが出来たらお前さんの娘は必ず解放してやるっ
835
て﹂
アマルダは気の無い返事を適当に返すと、心の中で黒い笑みを浮
かべる。
︵⋮⋮チッ。うぜぇ野郎だぜ。お前の家族なら今頃、俺っちの仲間
の腹の中だろうに︶
悠斗が史上最悪のネームドモンスター︽不死王タナトス︾を討伐
してから、既に一週間近い時間が経過している。
かつてトライワイドの支配者として君臨していた︽不死王タナト
ス︾を打ち倒した悠斗は、魔族たちの中でも次第に存在感を増して
いた。
アマルダはこの状況を自分の名を上げる最大のチャンスと捉えて
いた。
︵キヒヒ! 人間1人をぶっ殺せば2000万リアと武勲が手に入
るんだ。こんなに美味しいことはねーぜ!︶
人間を相手に自分が不覚を取ることはあり得ないが、準備をする
に越したことはない。
アマルダは勝利を絶対のものにするためにギルド局長の娘を人質
836
に取り、悠斗のことを︽ミミズクの街道︾に誘いこんだのである。
︵これでマモン様も⋮⋮俺っちのことを認めてくれるに違いない!︶
強欲の魔王マモンの元に仕えるアマルダは、不敵な笑みを零すの
であった。
837
ミミズクの街道
ミミズクの鉱山はエクスペインの街から東に20キロほど離れた
場所にあった。
どうやらこの鉱山は以前までは貴重な魔石が発掘されるというこ
とでエクスペインの商人たちに重宝されていたのだが︱︱。
魔石が掘り尽された後は、誰も寄り付かなくなり、そのまま魔物
たちの住処となってしまったらしい。
﹁それにしても⋮⋮主君とこうして二人で出掛けるのは久しぶりだ
な!﹂
エアロバイクの後部座席に乗ったシルフィアは上機嫌に呟いた。
今回の探索ではスピカを屋敷の中に留守番させている。
シルバーラ
それというのもリリナが主導で行っている﹃温泉作り﹄が佳境を
迎えて、どうしても人手が欲しいと言われたからである。
ンク
今回のミミズクの鉱山は、悠斗が初めて訪れることになる適性水
準の狩場であり出現する魔物の脅威レベルも上がっている。
838
そういう経緯もあって今回の探索は、悠斗&シルフィアの二人で
行われることになっていた。
﹁今日は他でもないこの私が主君のこと守ってみせるぞ! 主君は
大船に乗った気持ちでいるといい﹂
﹁ああ。期待しているぞ﹂
シルフィアは思案する。
ここ最近の自分は悠斗に守られていてばかりで全く良いところが
ない。
二人きりで高難易度の狩場に向かう今日こそ、自分の実力を主人
にアピールできる最大のチャンスである。
気分が高潮したシルフィアは、前座席にいる悠斗の体をギュッと
抱きしめるのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁ようやく来たか。待ちくたびれたよ﹂
悠斗がミミズクの鉱山の入口まで足を運ぶと、見覚えのある女性
がそこにいた。
839
︵なっ。どうして貴女がここに⋮⋮?︶
その女性︱︱ラッセン・シガーレットの姿を見たシルフィアは不
機嫌な表情を浮かべる。
せっかくの悠斗と二人の遠征だというのに水を差された気分であ
った。
﹁どうしてラッセンさんがいるんですか?﹂
﹁ふふっ。キミの昇格試験を手伝ってやろと思ってね。ユウトくん
がミミズクの鉱山を目指していると聞いたから先回りをしたのだよ﹂
﹁感動しました⋮⋮。そこまで俺のことを想って⋮⋮!?﹂
﹁気色の悪いことを言ってくれるな。キミには以前のダンジョン探
索で受けた借りがあるからな。ここの辺で一度、貸し借りを清算し
たいと思っていたのだよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵相変わらずブレない人だなぁ⋮⋮︶
ラッセンの言動は﹁そろそろフラグが立っても良いでは?﹂とい
う悠斗の期待をことごとく裏切るものであった。
﹁それにしてもユウトくんはラッキーだよ。アタシが来たからにど
840
んな脅威からもキミを守ってやるからな。大船に乗ったつもりでい
るといい﹂
ラッセンの放った何気ない一言はシルフィアの神経を逆撫でする。
﹁⋮⋮必要ない﹂
﹁ん? えーっと。キミはたしか⋮⋮?﹂
﹁私の名前はシルフィア・ルーゲンベルク。誇り高きルーゲンベル
クの家に生まれた騎士である!﹂
﹁⋮⋮クク。アハハハハ!﹂
シルフィアの言葉を聞いてラッセンは何を思ったのか唐突に笑い
始める。
﹁何が可笑しい?﹂
﹁いや∼。すまない。ユウトくん。キミの奴隷は随分と面白い冗談
を言うんだね﹂
﹁冗談だと⋮⋮?﹂
﹁だってそうだろう? ユウトくんの腰巾着でしかないキミが﹃騎
士﹄を名乗るなんておかしな話じゃないか﹂
841
﹁き、貴様⋮⋮!﹂
苛立ちがピークに達したシルフィアは、ラッセンに向かって掴み
かかる。
﹁やれやれ。ユウトくんもユウトくんだ。奴隷の教育も出来ていな
いようでは︽シルバーランク︾の冒険者にはなれないよ﹂
おそらくラッセンも悪気があって言っているわけではないのだろ
う。
男に頼らず﹃女1人で自立して生活していること﹄に対して、プ
ライドを持っているラッセンがシルフィアを見下す言動を取ってし
まうのは分からない話ではなかった。
﹁私だけならいざ知らず⋮⋮主まで愚弄するというのか。今すぐに
武器を取れ! いざ尋常に決闘しようではないか!﹂
﹁ほう⋮⋮。面白い。よもやキミは奴隷の分際でアタシに勝つ気で
いるのかな?﹂
﹁おい。二人とも! 落ち着けって﹂
悠斗はシルフィアとラッセンの間に入り込んで仲裁する。
842
﹁しかし、主君! このままバカにされたまま引き下がるわけには
⋮⋮﹂
﹁だからって仲間同士で争っていても仕方がないだろう! 俺たち
の敵は鉱山の中にいるモンスターなんだからさ⋮⋮﹂
﹁しかし、ユウトくん。ここまで大口を叩かれたからにはアタシも
簡単に引き下がるわけにはいかないよ。アタシにもプライドという
ものがある﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ラッセンの言葉は尤もである。
主としての命令権を行使してシルフィアに謝罪をさせることは簡
単であるが、そんなことをすれば絶対に尾を引く結果になってしま
う。
事態を穏便に修めるには﹃決闘﹄に代わる何かしらの対案が必要
であった。
﹁ならこうしよう! 今回の探索では俺はピンチになるまで手を出
さない。どっちが﹃俺のことを守れるか﹄勝負ってことで⋮⋮どう
かな?﹂
悠斗の放った苦し紛れの提案は、意外にも二人に受け入れられる
843
ことになる。
﹁その勝負、引き受けた!﹂
﹁異論はない。主君を愚弄したことを後悔させてやろう﹂
ラッセン&シルフィアはそれぞれ互いに顔を向き合わせながらも、
バチバチという火花を散らしていた。
こうしてシルバーランクの昇格試験は一転して、女同士の熾烈な
バトルに発展するのであった。
844
シルフィアの剣技
﹁それでは事前に勝負のルールを確認しようか。私たちは、これか
ら入る﹃ミミズクの街道﹄でユウトくんの前に現れる魔物たちを倒
していく。どちらがより多くの魔物を狩ることが出来るかを競うと
しよう﹂
﹁⋮⋮うむ。それで異論はない﹂
﹁ほう⋮⋮。大した自信だな。少しはアタシのことを楽しませてく
れよ﹂
エクスペインの冒険者たちの中でもトップクラスの実績を誇って
いるラッセンにとってシルフィアの存在は取るに足らないものであ
った。
冒険者として自立をしている自分が、奴隷という立場に甘んじて
いる相手に敗北することなどありえない。
少なくともラッセンは、この時点では自らの勝利を1パーセント
も疑っていなかった。
﹁それでは先に進もうか。この辺りはアタシも昔狩場として使って
いたことがあるからね。案内をしようじゃないか﹂
845
ラッセンは洞窟探索の必需品である暗闇を照らす魔石をバックの
中から取り出すと、悠斗に先駆けて暗闇の中に足を踏み入れる。
悠斗&シルフィアはラッセンのプリプリとした尻の後を追うので
あった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
オーク 脅威LV15
ピクシー 脅威LV13
暫く歩くと、さっそく敵とエンカウントする。
敵の編成は、前衛にオークが3体、後衛にピクシーが1体であっ
た。
オークという魔物は、豚の頭と人間の体を持った種族である。
悠斗にとっては、この世界に召喚されるきっかけを作った馴染み
深いモンスターであった。
ピクシーという魔物は、以前に出会ったフェアリーという魔物を
一回り大きくしたような外見をしていた。
しかし、手には弓を携えいることからフェアリーのような回復魔
法だけが取り得の魔物ではないことが推測される。
846
﹁さて。まずはお手並み拝見と行こうじゃないか。先手はくれてや
ろう﹂
ラッセンはホルスターの中から︽神秘の火銃︾を抜くと、被って
いたウェスタンハットのツバを整える。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
シルフィアは無言のままミスリルブレードを抜くと、オークの群
れに向かって突進していく。
︵やはり素人か。オークとピクシーを相手に正面から戦いを挑むと
は⋮⋮既に底が割れてしまったな︶
冒険者としてのセオリーによると、こういった状況においては後
ろに回り込んでピクシーから叩くのが最善の手段であった。
ピクシーを先に倒さないことには、前線で戦うオークたちに回復
手段を与えてしまう。
前衛にいるオークから戦ってしまうのは、ルーキーに陥りがちな
初歩的なミスと言えた。
﹁はぁぁぁ! たあっ!﹂
847
だがしかし。
結論から言うとラッセンの予想は大きく外れていた。
シルフィアはオークたちの槍をミスリルブレードで軽くいなすと、
︽風魔法︾を発動させて大きく跳躍する。
﹁﹁﹁ぶごぉぉぉぉぉっ!﹂﹂﹂
その直後。
オークたちの首筋に斬線が走り、断末魔の悲鳴が聞こえた。
﹁なっ⋮⋮﹂
シルフィアの剣技を目の当たりにしたラッセンは絶句した。
何故ならば︱︱。
彼女の剣技は、今までにラッセンが目にしたどの剣技よりも美し
いものであったからである。
風を斬るように素早いシルフィアの剣技は、オークたちに回復さ
せる時間を与えない。
︵⋮⋮最近、何時にも増して稽古に時間をかけているのはこういう
ことだったのか︶
848
悠斗は感心していた。
シルフィアの剣技に対する悠斗の評価は、﹁基本に忠実過ぎるが
故に隙も大きい﹂というものであった。
だがしかし。
シルフィアの剣技は︽風魔法︾を取り入れることより、急激な進
化を遂げていたのである。
シルフィアは背を向けて逃げるピクシーの後を追う。
風魔法により移動速度を上昇させたシルフィアは、﹁絶対に追い
つくことが出来ない﹂と評されるピクシーのスピードを凌駕するも
のであった。
﹁そこっ!﹂
﹁キキィィィッー!﹂
その結果︱︱。
現役のシルバーランクの冒険者でも討伐に骨が折れると言われて
いるピクシーを討伐することに成功するのあった。
﹁な、なるほど。シルフィアくんと言ったか。なかなかどうして楽
しめそうじゃないか⋮⋮﹂
自分から煽っておいて敗北を喫するわけにはいかない。
849
今回の一件で急激に余裕をなくしたラッセンは、額から汗を流す
のであった。
850
ラッセンのデレ
ピクシー&オークを討伐した悠斗はおもむろにステータスを確認
する。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製 魂創造
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV2︵8/20︶
呪魔法 LV6︵3/60︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
悠斗の保有する︽能力略奪︾の固有能力が、隷属契約を結んだ仲
間が倒しても効果を発揮することは以前に検証済みである。
状況から推測するにピクシーから得られるスキルは聖魔法プラス
3らしい。
851
︵あれ⋮⋮オークからは何もスキルを奪えないのか⋮⋮︶
ステータス画面には聖魔法以外に上昇した数字は見られない。
思い返してみると、悠斗がトライワイドに召喚された際にもオー
クを大量に討伐したのだが、何もスキルを得ることは出来なかった。
魔物たちの中には、稀にそういう種類のものも存在するというこ
となのだろう。
戦果を確認した悠斗は気を取り直して鉱山の奥に歩みを進める。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから。
ラッセン&シルフィアの快進撃は続いた。
前衛をオークたちはシルフィアの剣で、後衛のピクシーをラッセ
ンの銃で︱︱。
それぞれ倒していく二人のコンビネーションは、鉱山の奥に進む
につれて輝きを増していく。
︵⋮⋮驚いた。彼女の実力はシルバーランクの冒険者と比較しても
全く遜色がないだろう︶
852
戦闘を重ねるほどラッセンの中のシルフィアの評価は、上昇の一
途を辿っていくことになる。
﹁シルフィアくん⋮⋮と言ったか。1つ聞いても良いか?﹂
無言で首肯するシルフィアを確認したラッセンは続ける。
﹁キミはそれほどの力がありながらどうして奴隷という立場に甘ん
じている? キミがその気になれば男に頼らずとも1人で生きてい
けると思うのだが﹂
﹁⋮⋮愚問だな。私は何度も主君に命を救って頂いた身。私の命は
ユウト殿と共にあるのだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
磨き上げた力を自分のために使いたいと考えるラッセンと、他人
のために使いたいと考えるシルフィア。
二人の価値観は正反対のものであった。
何処か納得の行かない面持ちのラッセンを目の当たりにしてシル
フィアは口を開く。
﹁それにこの強さも自分だけのものではない。私の剣は⋮⋮誰より
853
も近くで主君のことを見ているから身に付けられたものなのだよ﹂
元を正せばシルフィアの急成長を支えた自らの剣技に︽風魔法︾
を活用するというアイデアは、悠斗の︽飆脚︾から着想を得たもの
であった。
だがしかし。
風魔法による高速移動技術である︽飆脚︾は、天性の動体視力を
有する悠斗だから成立するものであり︱︱。
普通の人間には絶対に真似ができないものであった。
単純に悠斗のアイデアを借りたというわけではない。
シルフィアは女性ならではの﹃軽やかさ﹄に自身の風魔法を合わ
せることで、オリジナルの剣技を編み出したのであった。
﹁⋮⋮シルフィアくん。どうやらアタシはキミに謝罪をしなければ
ならないみたいだ﹂
ラッセンは気まずそうにウェスタンハットのツバをいじりながら
シルフィアの方を向く。
﹁前言を撤回しよう。アタシの目から見てもキミは立派な騎士だよ。
先程は無礼な発言をしてすまなかった﹂
854
シルフィアに対して手を差し伸べながらもラッセンは謝罪の言葉
を口にする。
﹁⋮⋮私の方こそムキになってすまない。無用な争いをしてしまっ
たな。貴公の銃の腕前には目を見張るものがあったよ﹂
ラッセンの言葉を受けたシルフィアは照れくさそうに握手に応じ
る。
互いに実力を認め合った二人の間には、女同士の友情が芽生えて
いた。
﹁⋮⋮ラッセンさん。そのデレを俺の方にも少し回してもらえませ
んかね?﹂
855
魔族の罠
それから。
無事にシルフィア&ラッセンによる内輪揉めを解決した悠斗はオ
スワンから依頼されているコインを求めてミミズクの鉱山の奥に進
んで行く。
暫く歩いたところでステータスを確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製 魂創造
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV3︵12/30︶
呪魔法 LV6︵3/60︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
聖魔法 LV3
使用可能魔法 ヒール フラッシュライト
856
フラッシュライト
︵聖なる光で周囲を照らす魔法︶
聖魔法のLVが上昇したことによって新しい魔法が追加されてい
た。
新しく覚えた︽フラッシュライト︾の魔法は、今まさに悠斗が欲
していた効果を有していた。
これまでは魔石を使って周囲を明るくしていたのだが、︽フラッ
シュライト︾を取得したことによって道具に頼る必要がなくなった。
﹁この奥に行けば鉱山の最深部に到着するよ。この辺りから出現す
る魔物のレベルも上がっているから気を引き締めていくように﹂
ラッセンに案内されるがままに歩いていくと、悠斗はそこで開け
た空間に辿り着くことになった。
﹁クハハハハ! ようこそ! 俺っちの城へ!﹂
耳障りな男の声が鉱山の中に木霊する。
気がつくと、囲まれていた。
悠斗の周囲を取り囲んでいたのは、マモンの部下であるアマルダ
が率いる軍勢である。
857
その異様な風貌から周囲にいる存在が普通の人間ではないという
ことは直ぐに分かった。
﹁魔族だと⋮⋮!? どうして魔族が此処に!?﹂
ラッセンは戦慄する。
冒険者としてそれなりにキャリアのあるラッセンにして、魔族と
遭遇するのは初めてのことであった。
魔族たちは人類との戦争に敗れた後、各地に身を潜め人間との接
点を断っている。
稀に人間に接触をして悪事を働く者もいるが、そういう存在は極
めて少数派であった。
﹁教えてやろう。お嬢ちゃん。俺らの目的はズバリ⋮⋮そこにいる
男をぶっ殺すことにあるんだわ!﹂
素早い身のこなしで岩壁から飛び降りながらもアマルダは続ける。
﹁コノエ・ユートと言ったか。お前にはこれから俺っちが用意する
ゲームに付き合ってもらうことにする﹂
﹁ゲームだと⋮⋮?﹂
﹁ああ。俺らの世界ではお前はちょっとした有名人なんだわ。ここ
858
に集まった魔族は、みなお前を倒して名を上げたいと考えている奴
らばかりよ。
だから俺っちは⋮⋮お前に1対1での戦いを提案する! ただし
お前の勝利条件はこの場にいる魔族を全て倒すことだけどな﹂
﹁滅茶苦茶だ⋮⋮﹂
アマルダの提案を受けたシルフィアは絶望する。
少なく見積もっても鉱山に集まった魔族たちの数は30を超えて
いた。
魔族と人間では生まれ持った身体能力も魔力量も違う。
その上、数の上でも不利となれば状況は絶望的であった。
﹁う∼ん。付き合ってもいいけどさ。そのゲームに勝ったら俺に何
かメリットでもあるのか?﹂
﹁キヒヒ。んなもんあるわけねーだろ! お前は此処で死ぬんだか
らな!﹂ 耳障りな笑声を漏らしながらもアマルダは続ける。
﹁ただまぁ、そっちの方がモチベーションが上がるっていうなら何
か用意してやってもいいぜ? こっちとしても本気のお前を倒した
方が箔が付くからな﹂
859
﹁そうか。んじゃあ、俺が勝ったら何でも1つだけ俺の質問に正直
に答えてくれ﹂
﹁おいおい。そんな条件でいいのか!? どうせならそこはもっと
夢のある報酬を提案しろよ﹂
﹁⋮⋮必要ない。そんじゃまぁ、約束は守ってもらうからな﹂
アマルダの出した条件は、悠斗にとって色々と好都合なものであ
った。
悠斗は魔族の行方を追っていた。
中でもマモンという魔族は、︽召喚の魔石︾に関する情報を握っ
ている最重要人物であり︱︱。
悠斗は以前からその存在を追っていたのであった。
﹁それで最初の相手は誰なんだ? 沢山いるんだから早く戦いたい
んだが﹂
﹁⋮⋮ちょっと待ってろ。戦う順番は今からカードで決めるからよ
ぉ﹂
アマルダは下卑た笑みを浮かべながらも、仲間たちの元に走って
いく。
860
﹁主君。大丈夫なのか? 相手は魔族で⋮⋮あれだけの数だぞ!?
流石の主君でも今回は分が悪いのではないだろうか⋮⋮﹂
﹁大丈夫。このゲームには必勝法があるんだ﹂
悠斗から心強い言葉を受けたシルフィアはパァッと表情を輝かせ
る。
﹁恐れ入ったぞ! 簡単に敵の提案を受け入れたから不思議に思っ
ていたのだが⋮⋮キチンと作戦を考えていたのだな。ちなみにその
必勝法とやらの内容を聞いても良いだろうか?﹂
﹁ああ。要するにここにいる魔族たちをぶっ飛ばせばいいんだろ?
出てくる魔物を臨機応変にケースバイケースで倒していけば絶対
に負けないっていう寸法よ!﹂
﹁何も考えていなかった!?﹂
悠斗の作戦を耳にしたシルフィアは、胸の中の不安を倍増させて
いく。
マッドロブスター
種族:魚人
職業:なし
固有能力:なし
861
﹁ヒャッハッー! 最初の相手は俺様だー!﹂
それから数分後。
悠斗の前に現れたのは巨大なエビの化物であった。
862
魔族の罠︵後書き︶
●お知らせ
重大発表
・
・
・
・
・
・ ・
・
異世界支配のスキルテイカーのコミカライズが決定しました!
ニコニコ静画﹃水曜日のシリウス﹄で、
2016年6月22日より連載開始予定です!
漫画家は笠原巴さんとなります。
コミカライズすることが出来たのは、
ここで応援してくださった読者のおかげです。
ありがとうございます。
863
VS マッドロブスター
悠斗の前に現れたマッドロブスターは人間とエビの性質を併せ持
った魔族であった。
その全長は尻尾から頭まで含めると3メートルにも達している。
エビの悪魔というだけあってその全身は赤黒い。
2本の巨大なハサミは岩すら切断するパワーを秘めていた。
﹁おいおい。初戦からいきなりマッドロブスターさんかよ⋮⋮﹂
﹁あの人間も運がねーな。人間如きがマッドロブスターさんに勝て
るはずがねーじゃないか﹂
周囲にいた魔族たちは、マッドロブスターの勝利を信じて疑わな
い様子であった。
﹁ククク。人間よ。クジに当たって俺様は凄く機嫌が良い。今から
泣いて謝るっていうなら特別に痛みを感じる暇なく殺してやっても
いいぜ?﹂
﹁ああ。そういうのいいから巻きでお願いします﹂
864
﹁なっ⋮⋮﹂
あくまで余裕を崩さない悠斗の態度を目の当たりにしたマッドロ
ブスターは、怒りで顔を赤くしていた。
﹁フフフ。小癪な人間め。俺様を誰だと思っていやがる? いいか。
俺様は魔族の中でも高名な⋮⋮ギャバッ!﹂
突如としてマッドロブスターの視界は上下に反転した。
自分の頭が胴体の分離されていることに気付いたのは、それから
暫く後の話であった。
あまりの早業に周囲にいた魔族たちは、口を半開きにして呆然と
その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
﹁よし。まずは1匹目! 次に俺と戦いたいやつはいるか?﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂
悠斗の誘いを受けた魔族たちは恐怖で硬直していた。
何故ならば︱︱。
2本のハサミによる強力な攻撃手段を有したマッドロブスターは、
865
レッドカードシ
魔族たちの間でもそれなりに名の通った人物だったからである。
ュリンプ
巨大な体の割にはスピードも速く、周囲の魔族からは︽暴速の甲
殻類︾と呼ばれ恐れられていた。
マッドロブスターが倒れたことにより魔族たちは、遅蒔きながら
も悠斗の戦闘能力に気付くことになる。
﹁どけ! 雑魚ども! 俺がやる!﹂
グレータデーモン
種族:悪魔
職業:なし
固有能力:魔力圧縮 身体強化 巨大化
魔力圧縮 レア度@☆☆☆☆☆☆
︵体内の魔力を圧縮するスキル︶
身体強化 レア度@☆☆☆☆☆
︵自身の身体能力を向上させるスキル︶
巨大化 レア度@☆☆☆☆
︵自身の体を大きくするスキル︶
先程までの余裕の態度から一転。
恐怖で怯える魔族たちの中から出てきたのは、羊のツノを持った
1匹の悪魔であった。
866
867
VS グレータデーモン
︵おー。今度のやつは少しはまともそうだな︶
グレータデーモンの姿を目の当たりにした悠斗はそんな感想を抱
いた。
体長3メートルを超える巨躯を誇るグレータデーモンからは強者
のオーラが感じられる。
固有能力を3つ持っているのは悠斗にとって何かと都合が良い。
この魔族を倒せば︽能力略奪︾が発動して、相手の固有能力を1
つ奪うことが出来るだろう。
﹁おいおい。あれってグレータデーモンさんじゃないか?﹂
﹁嘘だろ⋮⋮!? どうしてそんなビッグネームがこんな所に⋮⋮﹂
3つの固有能力を巧みに操り、王国の騎士団100人を無傷のま
ま虐殺したこともあるグレータデーモンの名は魔族たちの間でも広
く知られているものであった。
﹁小僧。悪いが俺は出し惜しみするのが嫌いでな。最初から全力で
868
いかせてもらう!﹂
グレータデーモンはそう前置きすると、自身の固有能力である︽
巨大化︾を発動。
直後。
グレータデーモンの体はみるみると膨張して10メートルにも達
するようになる。
﹁死にさらせぇっ!﹂
更に自身の固有能力である︽魔力圧縮︾と︽身体強化︾を同時に
発動させたグレータデーモンは悠斗の体を踏みつける。
﹁うぐっ⋮⋮﹂
攻撃を正面から受け止めた悠斗の体は、ジリジリと地面にめり込
んで行くことになる。
グレータデーモンの強さは決して固有能力の数だけではない。
真に恐るべきは、保有する3つの固有能力が全て直接的な攻撃能
力を上げる方向に統一されていることにあるのあった。
﹁主君!﹂
869
今にも踏み潰されそうになっている主人の姿を目の当たりにした
シルフィアは、悠斗の元に駆け付けようとする。
﹁ダメだ! シルフィアくん! 今出て行ったらキミまで命を落と
すことになるのだぞ!﹂
﹁∼∼∼∼っ!﹂
ラッセンは決してシルフィアの力を過小評価してはいない。
彼女は強い。
だがしかし。
あくまでそれは人間レベルでの話である。
どんなに修行を積み重ねたところで︱︱。
今回のような人外レベルの戦闘においては、シルフィアが無力で
あることをラッセンは悟っていたのであった。
﹁主君! 生きてくれ!﹂
ラッセンの忠告を受けたシルフィアは、悔しさで唇を噛み締めな
がらも悠斗を応援することにした。
彼女の声援はグレータデーモンの足元にいる悠斗の耳にも確かに
870
届くことになる。
︵可愛い女の子に心配されて負けるわけにはいかないよな!︶
悠斗はそこで自身の切り札である︽鬼拳︾を発動。
連戦のことを考えると、︽鬼拳︾を発動しないで勝利するのが最
善であったのだが︱︱。
そこまで考えていられるだけの余裕はなかった。
﹁な、なにッ!? 押し返されただと⋮⋮!?﹂
その直後。
悠斗の怪力によってグレータデーモンの体は僅かにだが、押し戻
されることになった。
グレータデーモンとしては踏み潰したはずのアリが自分の体を持
ち上げられている気分である。
﹁クソッ! くたばり損ないが!﹂
グレータデーモンは︽魔力圧縮︾のスキルで足元に力を入れると、
悠斗の体をグリグリと踏みつける。
871
だがしかし。
正面からの力比べでは︽鬼拳︾のギアを最大まで上げた悠斗には
敵わなかった。
﹁おりゃぁぁぁ!﹂
悠斗は体長10メートルを超えるグレーターデーモンの体を持ち
上げて宙に浮かせると、すかさず反撃を開始する。
︽破鬼︾。
鬼拳により身体能力を上げた状態で破拳を打つというこの技は、
単純な威力だけで考えれば悠斗の所持する技のだけで最大と言って
も過言ではないものである。
悠斗は高速で拳を打ち出しながらも、インパクトの瞬間に腕全体
に対してスクリューのように回転させて、グレータデーモンの体内
にその衝撃を拡散させる。
﹁ぐばあああああああああああああああっ!﹂
どうやら今回の相手に︽破鬼︾はオーバーキル気味だったらしい。
悠斗の︽破鬼︾を受けたグレータデーモンは、ミキサーにかけら
れたかのようにその体を肉片に変えていく。
872
﹁うわあああああああああ!﹂
﹁なんだよあの化物⋮⋮話が違うじゃねーか!﹂
悠斗の戦いを目の当たりにした魔族たちは、そのあまりに理不尽
な強さに戦慄していた。
自分たち下級魔族では100人、1000人が束になったところ
で絶対に勝つことが出来はしない。
絶望的な戦力差を悟った魔族たちは、蜘蛛の子を散らすようにし
て逃げだしていく。
﹁さぁ⋮⋮。残るのはお前1人のようだな⋮⋮﹂
﹁す、すまなかった! 俺っちの負けだ! だから命だけは⋮⋮命
だけは助けくれ!﹂
この状況では逆転の手段がないことを悟ったアマルダは、頭を地
面にこすりつけて土下座をする。
﹁安心しろ。命まで取りはしねーよ。ただ約束は守ってもらうぜ﹂
﹁ああ。何でも言ってくれ。俺が知っていることなら全て話す!﹂
873
﹁お前はマモンという魔族を知らないか? 故あって俺はマモンっ
ていうやつを探している。居場所を知っているなら教えて欲しい﹂
悠斗の質問を受けたアマルダは頭を悩ませる。
アマルダはマモンの居場所を知っていた。
だがしかし。
仮にマモンの情報を人間に売ったことがバレることになれば自分
の命はない。
そう判断したアマルダは、悠斗に対して嘘を吐くことにした。
﹁マモン? だ、誰だそいつは⋮⋮。俺はそんな名前の魔族は知ら
ないぜ。他を当たってくれよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
返事を聞いた悠斗はガックリと肩を落とす。
アマルダが嘘を吐いている可能性も考慮したが、結局のところ悠
斗にはその真偽を確かめる術がない。
かと言って戦意のない相手に拷問をかけるような行為は、悠斗の
美学に反するものであった。
874
﹁その男は嘘をついている﹂
途方に暮れる悠斗を前にして、ラッセンはそんな言葉を口にする。
﹁テメェ! 女! コラ! 何を適当なことを言ってやがる!﹂
﹁ご愁傷さま。アタシに嘘は通用しない。アタシの︽読心︾のスキ
ルがあれば貴様の考えていることなどお見通しだ﹂
読心@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵対象の心の状態を視覚で捉えることを可能にするスキル︶
他人の嘘を見破る︽読心︾の固有能力の存在は、アマルダも知っ
ていたことであった。
自らの命の危機を感じ取ったアマルダの表情は蒼白いものになっ
ていく。
﹁そうか。お前⋮⋮俺に嘘を吐いていたのか﹂
﹁ははは⋮⋮。嫌だなぁ。今のは俺っちの小粋なジョークですよ⋮
⋮ぎゃばああああああっ!﹂
875
このまま許すのは相手を調子付けせてしまうだけだろう。
そう判断した悠斗は、アマルダの鼻ピアスを引き千切ることにし
た。
﹁次にテキトーなこと言ったらお前の体についているピアスを全て
千切るから覚悟しておけよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
次に嘘を吐いたことがバレると命が危ない。
そう判断したアマルダは、自らの上司であるマモンの居場所を洗
いざらい喋るのであった。
876
魔力圧縮
﹁ユウトくん! この度は私の勝手な事情によりキミを危険な目に
遭わせてしまった! 本当に申し訳ない!﹂
それから。
冒険者ギルドに戻った悠斗は局長のオスワンから今回の経緯につ
いて詳しい事情を聞くことにした。
マモンの情報を入手した悠斗はオスワンから依頼を受けたコイン
を探していたのだが︱︱。
鉱山の奥に隠されていたのは、どういうわけかコインではなく人
間の女の子であった。
﹁キミには娘の命まで助けてもらって⋮⋮かける言葉が見当たらな
いよ﹂
これは後にアマルダに問い詰めて判明した話であるのだが︱︱。
どうやら魔族たちは、悠斗と戦って勝利した者に攫った娘を食べ
させるつもりであったらしい。
偶然にも魔族たちがギャンブル好きであったことが、局長の娘の
877
命を取り留めたのであった。
﹁せめてものお詫びと言ってはなんだが⋮⋮私に罪滅ぼし出来るこ
とがあれば何でも言ってくれ。私が差し出せるものがあればユウト
くんに全てを奉げよう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
仮にオスマンが美少女であれば﹃エッチな命令も可能か?﹄とい
うお約束の質問をするところなのだが︱︱。
流石の悠斗もビール腹の初老の男にまでは手を出すことは出来な
かった。
﹁えーっと。そういうことなら1つだけお願いしてもいいですか?﹂
悠斗はそこで自宅にて行っている﹃温泉作り﹄に必要な資財の調
達をオスワンに申請する。
以前に買い出しに行った際に大抵の素材は入手していたのだが︱
︱。
一部の専門的過ぎる素材は、悠斗の力では入手することが出来な
かったのである。
﹁分かった。事情は分からないが⋮⋮これくらいのことはお安い御
878
用だよ!﹂
ギルド局長というポストについていることもあり、オスワンの交
友関係は非常に広い。
今回の件で悠斗に対して頭の上がらなくなったオスワンは、提示
された素材の調達を快く引き受けるのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから。
自宅に戻った悠斗はさっそくグレータデーモンから取得した固有
能力を検証することにした。
魔力圧縮 レア度@☆☆☆☆☆☆
︵体内の魔力を圧縮するスキル︶
悠斗が魔力圧縮のスキルを使用した次の瞬間。
体内の魔力が掌に向かって集まっていくのを感じた。
︵なんだ⋮⋮どんどん体が熱く⋮⋮!?︶
魔力とは本来、体の隅々にまで浸透していなければならないもの
879
である。
掌付近に魔力が圧縮されたことによって悠斗の体内は魔力が枯渇
して、新しい魔力を生み出すためのエネルギーを消費していた。
︵この状態で魔法を使ったら⋮⋮どうなるんだろう⋮⋮?︶
悠斗の脳裏に焼き付いて離れないのは、前に出会ったレジェンド
ブラッドのメンバー︱︱ミカエルが使用した魔法の数々である。
単純な威力で言うとミカエルの魔法は、悠斗の使用する魔法と比
べて数十倍近い威力を誇っていた。
あれくらい強力な魔法が使えれば討伐クエストも楽にはなるので
はないか?
と悠斗は以前から考えることがあったのである。
︵よし⋮⋮ここは限界まで魔力を圧縮して⋮⋮︶
悠斗の指先に集まった魔力は、通常時と比較して10倍近い濃度
になっていた。
︵⋮⋮ウォーター!︶
880
これ以上は魔力を圧縮できないと確信したところで悠斗は、庭の
木に向かってウォーターの魔法を使用する。
その直後。
悠斗の指先からは氷の弾丸がショットガンのようにして射出され
た。
﹁うおっ⋮⋮!?﹂
その威力は通常のウォーターと比較して優に5倍以上のパワーは
出ているだろう。
氷の弾丸によって蜂の巣にされた木は、グギギギギという音を立
てて大きく傾くことになった。
︵流石にこれは⋮⋮予想以上だな⋮⋮︶
以前と比較して魔法の威力が格段に上がっている。
1つ欠点を挙げるならこのスキルを使うと燃費効率が著しく悪化
することだろうか。
通常のウォーターなら100回使っても全く疲れを感じないが、
今回の魔法は1回撃っただけでも足元がフラフラであった。
881
だがしかし。
これから訓練に時間を割くことでその辺りの問題は改善していく
ことになるかもしれない。
そう判断した悠斗は、魔力圧縮を使った訓練を再開するのであっ
た。
882
シルフィアの願い
途中に夕食を挟みながらも夢中になって︽魔力圧縮︾の検証作業
を重ねていると、すっかり日が沈んでいた。
その日の夜空には満月が浮かんでいた。
﹁⋮⋮すまない。主君。少し時間をくれないだろうか?﹂
声のした方に目をやると、そこにいたのはシルフィアであった。
その表情は何時にも増して真剣であり︱︱。
瞳の奥からは、覚悟の色が垣間見えた。
﹁どうしたんだよ。改まって﹂
﹁主君は明日、マモンの元に向かうのだろう?﹂
﹁ああ。そのつもりだよ﹂
﹁足手纏いであることは分かっている。しかし、一生のお願いだ!
私のことを連れていってくれまいか?﹂
883
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悠斗としては明日の決戦では誰1人として仲間を連れていく予定
はなかった。
これまでの戦いで︽七つの大罪︾に属する魔族が、それぞれ強力
な力を持っているのは理解している。
明日のマモンとの戦いは、間違いなく過酷なものになるだろう。
悠斗としてはそんな危険な場所に仲間たちを連れていきたくはな
いと考えていたのであった。
﹁お前の気持ちは分かったよ。理由を聞かせてくれないか?﹂
尋ねると、シルフィアは悲痛な面持ちで口を開く。
﹁主君には以前話をしただろう? マモンという魔族が私の故郷で
あるルーメルの王と接触していたことを⋮⋮﹂
﹁ああ。聞いていたな﹂
シルフィアの故郷であるルーメルは戦に敗れて、現在はロードラ
ンドの属国となっている。
マモンは戦争が起こる直前にルーメルの王に接触して︽召喚の魔
884
石︾を売り付けようとしたことがあったのだった。
﹁実を言うとルーメルとロードランドが、どうして戦争をしなくて
はならなかったのか⋮⋮その原因は未だに謎に包まれている部分が
多い。
私はどうしても⋮⋮その真相を確認したいのだ。我が国と関わり
のあったマモンなら何か知っている可能性がある。だから私はどう
してもマモンと会って話をしなくてはならないのだ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
シルフィアの言葉を聞いた悠斗は頭を悩ませていた。
仲間の安全を考えるならば断わっておくのが、間違いなく最善の
選択と言えるだろう。
だがしかし。
シルフィアの真剣な眼差しを目にした悠斗は、自らの考えを改め
る。
﹁よし分かった。けれど、マモンの所に行くなら1つだけ約束をし
てくれ﹂
﹁⋮⋮本当か!? ああ。何でも言ってくれ!﹂
﹁自分のことを足手纏いなんて卑下するのは辞めろよ。俺にとって
シルフィアは隣にいてくれるだけで勝利の女神なんだ。だからお前
885
は難しいことは考えないで⋮⋮ずっと俺の傍にいてくれるだけでい
いんだよ﹂
その言葉は悠斗にとって嘘偽りのない本心であった。
今日のグレータデーモンとの戦闘でも悠斗が勝利できたのは、シ
ルフィアの声援があってこそである。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
悠斗の言葉を聞いたシルフィアは感動していた。
何故ならば︱︱。
シルフィアは﹁自分のような弱者が主人の隣にいて良いのか?﹂
と、ずっと不安に思っていいたからである。
自身の存在を肯定されたシルフィアはジワリと目に涙を溜めるこ
とになる。
﹁⋮⋮主君っ!﹂
勢いよく悠斗の体に抱き着いて胸に顔を埋めるシルフィアは、普
段とは違って何処か子供っぽい雰囲気があった。
﹁⋮⋮ったく。シルフィアは仕方のないやつだな﹂
886
﹁うぅ⋮⋮。なんて勿体のない言葉⋮⋮! 主君のような人間に仕
えることができた私は果報者だ⋮⋮。この恩は一生忘れない! 忘
れないからなっ!﹂
シルフィアの慟哭は夜空に響き渡る。
その日のシルフィアとの夜の営みは、何時も以上に激しさを増す
のであった。
887
決戦の舞台に
翌日。
ついにやってきたマモンとの戦いの日。
朝早く起きた悠斗は、庭に泊めていたエアロバイクを取りに屋敷
の外に出る。
﹁おはようございます。ご主人さま﹂
目的の場所にたどり着くと、そこには布でエアロバイクを磨くス
ピカの姿があった。
風を動力源にして走るエアロバイクは、車体に泥が付きやすいの
で定期的にスピカがメンテナンスを行う取り決めになっている。
﹁あれ。スピカ。もう起きていたのか﹂
﹁はい。ご主人さまが大切な戦いに行かれると思うと⋮⋮居てもた
ってもいられなくて⋮⋮﹂
直接戦いに参加できない自分が主人のために出来ることは何だろ
888
うか?
悩んだ挙句にスピカが導き出した最善のアイデアは、バイクをピ
カピカに磨いておくことだったのだ。
﹁あれ? なんか座席の方が妙に温かい気がするのだが﹂
バイクに触れた悠斗は違和感を覚える。
普段であれば庭に出しっぱなしにしておくとバイクの座席がキン
キンに冷たくなっているのだが︱︱。
今日は何故か生暖かった。
﹁えーっと⋮⋮。実を言いますと、私が自分の体を使って温めてお
きました﹂
﹁えっ。スピカがか!?﹂
﹁はい。⋮⋮出過ぎた真似だったしょうか? ご主人さまがお体を
冷やすといけませんし。そのことが戦いに影響しないとも限らない
とも思いましたので﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵こいつ⋮⋮豊臣秀吉みたいなやつだな⋮⋮︶
スピカの言葉を受けた悠斗は、心の中でツッコミを入れる。
889
﹁いや。全然ダメじゃないよ。ありがとな。スピカ﹂
﹁はう⋮⋮﹂
感謝の証にスピカの頭を撫でてやる。
自分に出来ることは全てやった。
最後に残された仕事は主人の無事を祈ることのみである。
︵ご主人さま⋮⋮どうかお気をつけて⋮⋮!︶
悠斗の後ろ姿を目に焼き付けながらもスピカは、心の中で切に祈
るのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから3時間後。 ここはローナス平原から東に200キロほど離れた場所に位置す
る︽四獣の塔︾と呼ばれる建物の中である。
その最上階、︽黄金の間︾には優雅に読書を嗜む1人の魔族の姿が
あった。
890
﹁⋮⋮マモン様! 恐れながらも報告が御座います!﹂
マモンの部下である諜報員のインプが黄金の間の扉を叩く。
﹁この時間は研究で忙しいと言わなかったか? 手短に話せ﹂
﹁ハッ! 以前にも話題に上がりましたコノエ・ユートという冒険
者と連れの女が現在、我々の領内に侵入している模様です。どうや
ら奴らは我々のアジトの存在に気付いている様子でした﹂
﹁ふーん。それで?﹂
﹁⋮⋮ハッ。どうやら連中は、我々の張った結界に対抗する手段を
持っていないようでありました。しかし、用心するに越したことは
ありません。念のため結界のレベルを引き上げておくのが最善かと
思われます﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
部下の報告を受けたマモンは思案する。
悠斗がここにたどり着いたということは、自分が秘密裏に送った
刺客であるグレータデーモンは既に倒されているということを意味
していた。
891
︵ふむ。どうやらタナトスを倒したのは偶然という訳ではないよう
だね︶
マモンの中の好奇心が騒ぎ始める。
只の人間が一体どのようにして魔族を倒したのか?
純粋に興味が湧いてきたのである。
﹁逆だな。結界を解除して今すぐ彼をボクの領土に案内しよう﹂
主人の提案を受けたインプは自らの耳を疑った。
﹁はい!? いえ、ですが⋮⋮それはあまりにもリスクが⋮⋮﹂
﹁ごちゃごちゃと煩いぞ。殺されたいか? お前たちは黙ってボク
の言うことを聞いていればいい﹂
﹁⋮⋮承知致しました。全ては主の意のままに﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
普段のマモンならば結界を解除して冒険者を中に入れるなどとい
うことは、絶対にしないのだが︱︱。
今回は違った。
892
3つの固有能力を自在に操るグレータデーモンという魔族は、マ
モンの部下の中も序列15位の地位に就く実力者である。
グレータデーモンを倒した実績からマモンは、悠斗のことを︽四
獣の塔︾に挑戦する資格のある実力者であると判断したのであった。
︵久しぶりの挑戦者だ。少しはボクのことを楽しませてくれよ⋮⋮
?︶
塔の最上階から景色を見下ろしながらもマモンは不敵な笑みを零
すのであった。
893
こんにちわ
ローナス平原に建てられた︽四獣の塔︾の最上階である︽黄金の
間︾の玉座にはワイングラスを持ったマモンが座っていた。
︵さてと⋮⋮。ユウトくん。果たしてキミは、何階までボクの城を
攻略できるのかな?︶
この︽四獣の塔︾は、長い年月と膨大な資産をつぎ込んで作成し
たマモン自慢の牙城であった。
全長300メートルにも及ぶこの塔は、元々︽ダンジョン︾とし
て発生した建築物を改造して作られたものである。
全50階から構成されている10階ごとに︽玄武︾・︽白虎︾・
︽朱雀︾・︽青竜︾の4つの魔族から成る︽四獣︾というボスが防
衛に当たっている。
1∼10階の︽玄武︾が守護するフロアーは、侵入者を翻弄する
複雑な地形がコンセプトとなるエリアである。
このフロアーは迷路のように入り組んでおり、設置されているト
894
ラップの数も他フロアーと比べて最多である。
1万を超えるパターンの分かれ道が、侵入者の体力と精神力を削
る、過酷なフロアーとなっている。
11∼20階の︽白虎︾が守護するフロアーは、厳しい﹃寒さ﹄
がコンセプトとなるエリアである。
このフロアーは室温が氷点下40度を下回り、吐き出した息がそ
のまま凍結する環境になっている。
21∼30階の︽朱雀︾が守護するフロアーは、前のフロアーと
は対照的に厳しい﹃暑さ﹄がコンセプトとなるエリアである。
このフロアーの室温は70度を上回り、一歩道を踏み外すとその
ままマグマの中に落下するようなトラップが無数に散りばめられて
いる。
31∼49階の︽青竜︾が守護するフロアーは、これまでのエリ
アとは趣向が異なり、複雑な地形・過酷な環境が存在しない。
このフロアーを守護するのは、マモンの直近である武闘派の魔族
たちである。
純粋な﹃力﹄のみが求められるこの階層を突破することが出来る
のは、真の強者のみである。
﹁仮に順調にフロアを攻略したとして⋮⋮最上階にたどり着くのは
7日後というところかな﹂
もっともマモンは悠斗が最上階に辿りつくことは絶対にないと踏
895
んでいた。
これまでに侵入者が到達した最高記録は3Fである。
どんなに運が良くても、10Fを守護する︽玄武︾に人間が勝利
することは有り得ない。
7つの固有能力と老獪な戦術を巧みに駆使する︽玄武︾は、魔族
の中でもトップクラスの戦闘能力を有しているのである。
﹁まあ、気長に楽しませてもらうとしよう。グレータデーモンを打
ち破ったキミの実力には期待しているよ﹂
塔の各階には、映し出した景色を映像として記憶︽投影の魔石︾
が設置されている。
このアイテムによってマモンは、最上階にいながらにして侵入者
の動向を知ることが出来た。
﹁ふぅ⋮⋮。やはり下々の頑張りを見下ろしながら飲むワインは最
高だな﹂
気分を良くしたマモンがワインが口にした直後であった。
︵誰だ⋮⋮? インプたちには立ち入りを禁止しているはずだが?︶
896
何処からともなくコツコツと床を叩く聞こえてきた。
部下の誰かが訪ねてきたのかと思ったのだが、それにしても様子
がおかしい。
この部屋の入口となる扉は未だに閉ざされたままである。
音のした部屋には小さな﹃窓﹄が1つある以外には、外部との接
触手段は何もない。
相手が高度な﹃飛行能力﹄でも有していない限り、全長300メ
ートルを超える︽四獣の塔︾の窓から部屋に入るなどという芸当は
不可能なことである。
﹁こんちゃーす。お、お前がマモンかぁ﹂
﹁ブーッ!!﹂
その少年︱︱近衛悠斗の顔を見た瞬間。
マモンは口の中のワインを吹き出すのであった。
897
VS 強欲の魔王1
時刻はマモンがワインを口から吹き出す10分ほど前まで遡る。
塔の中に足を踏み入れようとした悠斗は今まで体験したことのな
いほど大ボリュームの、アラーム音を聞くことになる。
警鐘@レア度 ☆☆☆☆☆
︵命の危機が迫った時にスキルホルダーにのみ聞こえる音を鳴らす
スキル。危険度に応じて音のボリュームは上昇する︶
﹁どうした主君? 中に入らないのか?﹂
﹁あー。シルフィア。やっぱり玄関から入るのは止めにしよう﹂
どうやら塔の中には侵入者を殺すための仕掛けが幾つも容易され
ているらしい。
そうでもなければ警鐘のスキルがこれほど大きな音を鳴らすはず
がないだろう。
﹁しかし、主君。マモンに会いに行くにはこの扉から入らないこと
898
には⋮⋮他に方法がないぞ﹂
﹁いいや。1つだけ方法はある⋮⋮!﹂
突如として悠斗はお姫様抱っこの要領で腕に抱える。
﹁なっ。ななな!? 主君⋮⋮何をするのだ!?﹂
﹁いいから。舌を噛まないように口を閉じていろよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮!?﹂
悠斗はそれだけ言うと呪魔法と風魔法を合成して編み出した︽飛
行魔法︾を発動して、グングンと最上階に近づいていく。
四獣の塔には空からの外敵を排除するトラップが幾つか用意され
ていたのが︱︱。
︽魔力圧縮︾の効果で飛行スピードを上げていた悠斗に攻撃が届く
ことはなかった。
このような経緯により︱︱。
悠斗は2分としないうちに最上階の︽黄金の間︾に辿り着くこと
に成功したのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
899
マモン
種族:堕天使
職業:七つの大罪
固有能力:読心 隷属契約
読心@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵対象の心の状態を視覚で捉えることを可能にするスキル︶
隷属契約@レア度 ☆☆☆
︵手の甲に血液を垂らすことで対象を﹃奴隷﹄にする能力。奴隷に
なった者は、主人の命令に逆らうことが出来なくなる。契約を結ん
だ者同士は、互いの位置を把握することが可能になる︶
羊の角を頭から生やしたマモンという魔族は、この世界ではあま
り見かけないメガネをかけていた。
その風貌を一言で表すなら﹃インテリヤクザ﹄という言葉が相応
しい。
保有している固有能力の数は2つだけに見えるが、油断してはな
らない。
魔眼の能力ではレアリティ︽詳細不明︾のスキルまでは看破する
ことが出来ないのである。
﹁なっ。貴様は一体どうやって⋮⋮?﹂
900
﹁あー。玄関から入ると上の階に着くのが大変そうだったからな。
空から侵入させてもらったよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ッ!?﹂
マモンにとっての誤算は、悠斗が人間でありながらも︽飛行魔法
︾を有していたからに他ならなかった。
﹁それで一体ボクに何の用だというのだ? 遠路はるばるこの塔を
訪れたということは何か訳があったのだろう?﹂
動揺していないと言うと嘘になる。
けれども。
魔族の頂点に君臨するマモンは不測の事態を前にしても平静を取
り繕っていた。
マモンの中には﹃人の上に立つものは下々に動揺を見せてはなら
ない﹄という確固たる信条が存在していたのである。
﹁俺はこの世界とは違う世界から来たんだが⋮⋮元の世界に帰る方
法を探している。もし何か知っていることがあれば教えてくれ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
901
︵どうやら⋮⋮嘘は言っていないようだな︶
マモンは他人の心の状態を把握する︽読心︾のスキルを有してい
る。
嘘を吐けば少なからず心に乱れの色が見られるものだが、眼の前
の少年にはそれが見られない。
﹁なるほど。要件は分かった。そこで待っていろ。貴様の用事なら
直ぐにでも終わるだろう﹂
マモンは思案する。
異世界から召喚した人間を元の場所に戻す︽帰還の魔石︾という
アイテムは、所有する鉱山から偶然に発見したものである。
希少価値でいうと︽召喚の魔石︾の数百倍は下らないが、珍しい
というだけで自分が所持していても持て余すだけである。
ならばここは素直に︽帰還の魔石︾を引き渡して、大人しく出て
行ってもらう可能性に賭けるべきだろう。
﹁貴様が探していたのはこのアイテムだろう﹂
マモンは金庫の中から目当てのアイテムを取り出すと、悠斗に対
902
して投げ渡す。
帰還の魔石@レア度 詳細不明
︵異世界から召喚された人間を元の世界に戻すアイテム。魔力を込
めることで次元の扉が開かれる。このアイテムで元の世界に戻るこ
とができる人間は1人まで︶
そこで悠斗が眼にしたのはトライワイドに召喚されて以来、探し
続けてきた﹃元の世界に帰る方法﹄そのものであった。
903
VS 強欲の魔王2
魔眼によって︽帰還の魔石︾の効果を確認した悠斗はあることに
気付く。
どうやらこのアイテムで元の世界に帰ることが出来るのは1名ま
でらしい。
即ちそれはこの魔石で元の世界に戻ることになれば、仲間たちを
トライワイドに残しておかなければならないということである。
﹁ちなみにこの魔石って1つしか在庫がないのか?﹂
厚かましいことを聞いている自覚はあったが、こちらはマモンの
部下に命を狙われた立場である。
少しくらいは強気に出てもバチは当たらないだろう。
﹁ああ。それは間違いないよ。その魔石はボクの所有する鉱山から
出た希少な品でね。かれこれ20年は鉱山の運営に関わっているが、
出てきたのはそこにある1つだけだよ﹂
﹁そうだったのか⋮⋮﹂
904
悠斗は思う。
おそらくマモンの言葉は事実だろう。
この︽帰還の魔石︾というアイテムが、マモンにとっては利用価
値の低いものである可能性は高い。
そうでなければこれほどまでにアッサリと渡せるはずがないのだ
から︱︱。
ならば嘘を吐いてまで︽帰還の魔石︾を出し渋る必要はないだろ
う。
﹁分かった。俺からの要件は以上だ。邪魔をして悪かったな﹂
﹁貴様⋮⋮本当に要件はそれだけか? ボクの命を狙いにきたので
はなかったのか?﹂
カネにものを言わせて現在の地位を築き上げてきたマモンは人間・
魔族を問わずに敵が多い。
マモンにとっては自分のことを殺す絶好のチャンスを見逃そうと
する悠斗の言動は、腑に落ちないものであった。
﹁ああ。元々、俺は魔族と人間の争いなんかには全く興味がねーん
だ。どちらか一方の肩を持つ気もサラサラねえ。
905
いわゆる﹃絶対中立主義﹄ってやつだ。そっちに戦う気がないんな
ら、俺からお前に危害を加えることはないだろうよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵どうやら嘘は言っていないようだ。やれやれ⋮⋮どうやらボクの
悪運は尽きていなかったらしい︶
魔族たちの中でも最強の兵力&財力を有するマモンであるが、本
人の戦闘能力は特別に高いというわけではない。
何より頭脳派と称されるマモンにとっては、1対1の直接戦闘な
ど避けるに越したことのないものであった。
﹁マモン。私もお前に聞きたいことがある⋮⋮﹂
﹁えーっと。キミは⋮⋮?﹂
﹁私の名前はシルフィア・ルーゲンベルク。誇り高きルーゲンベル
クの家に生まれた騎士である!﹂
シルフィアの姿を見たマモンは顔をしかめる。
︵なんなんだ? この雑魚は⋮⋮?︶
906
人間にしては体を鍛えているようだが、何か特別な力を持ってい
るようには思えない。
マモンの眼から見てシルフィアの実力は、明らかに場違いも甚だ
しいものであった。
﹁えーっと。こいつは俺の仲間なんだけどマモンに聞きたいことが
あるらしい。よかったら少し時間をくれないか?﹂
﹁⋮⋮やれやれ。仕方がない。乗りかかった船だ。ボクは忙しいか
ら手短にお願いするよ﹂
悠斗に促されたマモンは観念して椅子に座る。
︵やはり飛び抜けて強いのは⋮⋮この少年か⋮⋮︶
1万人を超える部下を保有するマモンは、相手の戦闘能力を見抜
く技術において他の追随を許さないものを持っていた。
グレータデーモンを打ち破ったのも頷ける。
武闘派ではない自分が戦ったところで勝つことは困難だろう。
マモンの眼から見て悠斗の戦闘能力は、︽四獣︾と比較しても遜
色のないものであった。
907
﹁貴様はルーメルという国のことを覚えているか?﹂
﹁⋮⋮ルーメル。はて。そんな国があったかな﹂
﹁惚けるな! 私は貴様とルーメルの王⋮⋮ガリウス様が接触した
現場を目撃しているのだ!﹂
﹁ガリウス⋮⋮ああ。その名前を聞いて思い出したよ。ルーメル。
はいはい。あのバタ臭い田舎のことだね﹂
﹁クッ⋮⋮﹂
自らの祖国を侮辱されたシルフィアはギリギリと唇を噛み締める。
﹁第13代国王ガリウス⋮⋮。ボクの命令に従っていれば命を落と
しはしなかったものを⋮⋮。まったくもって愚かな男だったよ﹂
﹁貴様⋮⋮? それはどういうことだ⋮⋮?﹂
﹁強力な固有能力を持った異世界人は、現代戦争にとっては必須の
人材だ。だからボクは各国の王族に︽召喚の魔石︾を売却するビジ
ネスの指揮を取っているのだよ。
しかし、あの頭にカビが生えた男はボクの取引に応じないばかり
か⋮⋮無礼にもボクの部下を国から追い返したんだよ﹂
﹁当たり前だ! 誰が好き好んで魔族と取引をするものか!﹂
﹁はははっ。だからボクはロードランドの王族たちをけしかけて、
908
国ごと滅ぼしてしまったよ。
いや∼、実に滑稽だったね。目の前で娘がオークの兵たちに犯され
た時のガリウスの表情は⋮⋮!
大人しくボクの言うことを聞いていれば猿山のボスを気取っている
ことが出来たのにね﹂
﹁∼∼∼∼っ!﹂
ルーメルの王女ウルリカは、幼き日のシルフィアのたった1人の
親友とも呼べる存在だった。
予想外のタイミングで最愛の友の最期を聞いたシルフィアは、シ
ョックで呆然としていた。
﹁それでシルフィアくん⋮⋮と言ったか。キミは一体、滅びた国の
何が知りたいというのだい?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵こんな気持ちになるのであれば⋮⋮真実など知るべきではなかっ
たのか︶
最愛の友の無念を想うと涙を抑えることができない。
分かっている。
本来であれば自分のするべきことは、親友が受けた屈辱を晴らす
べく今すぐに剣を抜くことなのだろう。
909
だがしかし。
シルフィアの体には不思議と気力が湧き上がらなかった。
彼女の中に芽生えた感情は怒りではなく、悲しみの方が強かった
のである。
﹁なんだい? 急に泣き出して? これだから人間という生物は好
かないね。あんな愚かな王が統治する国は滅びて当然だというの⋮
⋮グハァッ!﹂
突如として悠斗の拳がマモンの頬にめり込んだ。
マモンの体は大きく宙に舞って黄金で作られた部屋の壁に激突す
る。
﹁ゴボォ⋮⋮ゴボッ。ゴボォォッ﹂
折れた肋骨が内臓に刺さったのだろう。
マモンの口の中からは泉のように血が溢れて出る。
︵⋮⋮痛い! 痛い。痛い痛い! な、なんだよ。どうしてボクが
こんな目に遭わなくてはならないのだ!︶
戦闘に慣れていないマモンは、今にも意識を飛ばしそうな激痛に
910
耐えながらも黄金の床の上に蹲っていた。
﹁⋮⋮クズが。俺はお前みたいな外道には容赦しねえ!﹂
マモンが視線を上げるとそこにいたのは、怒りの形相を浮かべる
悠斗の姿であった。
﹁貴様ァッ⋮⋮。先程言った⋮⋮﹃絶対中立主義﹄の信念はどこに
いった⋮⋮!?﹂
色々とツッコミたいことはあったが、マモンの口から最初に出た
のはそんな疑問であった。
﹁関係ねえ! 男には⋮⋮己の信念を曲げても成し遂げなければな
らねえことがあるんだよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
マモンは戸惑っていた。
スキルを使って確認したが、悠斗の言葉に嘘はなかった。
先程の﹃絶対中立主義﹄という言葉に嘘はないが、今回の﹃信念
を捻じ曲げても成し遂げなければならないこともある﹄という言葉
911
も真実である。
︵理解不能だ! こ、こいつの思考回路は一体どうなっている!?︶
心の中でツッコミを入れるマモンであったが、今は相手の思考を
分析している場合ではない。
悠斗に胸倉を掴まれたマモンは、絶体絶命のピンチに陥っていた
のである。
﹁テメェ⋮⋮よくもウチのシルフィアを泣かしてくれたな?﹂
﹁ひぃっ!?﹂
この状況では流石のマモンも大物振っていられる余裕はなかった。
助かるためには手段を選んでいられる状況ではない。
﹁⋮⋮わ、分かった! カネだろ? カネが欲しいんだろ? 幾ら
だ? 幾らほしい? それともアイテムか? ボクの金庫の中には
この世界のありとあらゆるお宝が入れられている! どうだ? そ
いつを1つやるからここは穏便に手を打たないか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
912
悠斗は無言だった。
自ら力を持たず、カネで何でも解決できると考えているような男
に仲間を傷つけられたことに怒っていたからである。
﹁そんなにカネが好きなら金の中に沈んでいろ!﹂
そこで悠斗は黄金で作られた床の上にマモンの頭を叩き付ける。
﹁アギャバッァ!?﹂
その直後。
黄金の床は砕け、マモンの体は下の階に目掛けて落ちていく。
︵バカな⋮⋮! 魔族の頂点に君臨するボクが⋮⋮こんな奴に⋮⋮
!︶
落下の勢いは留まることを知らず︱︱。
49F⋮⋮48F⋮⋮と次々に床をぶち抜いていってマモンの体
はついに悠斗の視界から消失した。
悠斗の一撃によって頭蓋骨が砕かれたマモンは次第に意識を消失
させていく。
913
﹁帰るぞ。シルフィア。みんなが待っている﹂
戦いに一区切りついたことを悟った悠斗は、泣き崩れていたシル
フィアに手を差し伸べる。
﹁⋮⋮すまない。主君。この借りは何時か必ず﹂
たとえ怒りに任せて斬りかかっても自分の力では、マモンを倒す
ことが出来なかっただろう。
自分の代わりに仇を取ってくれた悠斗に対して、シルフィアは更
なる忠誠を誓うのであった。
914
VS 強欲の魔王2︵後書き︶
915
エピローグ ∼ 異世界で混浴ハーレムを始めました ∼
それから。
悠斗が強欲の魔王を打ち破ってから暫くしてからのこと。
﹁ユウト! ついに温泉が完成したぞ!﹂
リリナの弾むような声に誘われて庭を出ると、そこには立派な露
店風呂が出来上がっていた。
﹁おおー!﹂
完成した温泉を目にした悠斗は感激の声を漏らす。
周囲が石で囲まれたその温泉は、全体的に﹃和﹄の雰囲気を感じ
るシンプルな作りになっていた。
﹁へへっ。どうだ。ユウト。素人仕事にしてはなかなか立派なもん
だろ?﹂
心なしか得意気な表情でリリナは続ける。
916
﹁個人的に特に気を遣ったのは、温泉の周りにある木の柵かな。や
っぱり温泉っていうのは1人でゆっくり落ち着いて入りたいだろ?
しっかり柵で囲んでいるから覗き対策はバッチリだぜ!﹂
温泉を囲っている柵が強固な作りになっているのは、スピカ&シ
ルフィア&リリナの要望を強く反映したものであった。
3人としては悠斗に裸を見られるのは吝かではないのだが︱︱。
意中の相手に裸を見られていることを思うと、緊張して温泉を楽
しむことが出来ない。
せっかくの温泉なので落ち着いて入浴がしたいと考えていたので
あった。
﹁なるほど。分かった! ならさっそく今日から混浴パーティーを
始めようか!﹂
﹁全く分かってねえ!?﹂
だがしかし。
そんな事情があるとはツユ知らず︱︱。
家主の提案によってその夜は、混浴パーティーの開催が決定され
るのであった。
917
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
︵これは⋮⋮なんという絶景なんだ⋮⋮!︶
それから。
スピカ&シルフィア&リリナ&サーニャの4人と一緒に温泉に入
った悠斗は、それぞれの女の子の裸に見惚れていた。
﹁はぁ∼。苦労して作った甲斐がありました。良いお湯ですね∼﹂
まず、スピカ。
最近は剣の稽古を欠かさず積んでいるということで以前と比べて
体が引き締まっている見える。
胸はちょうど掌の中に納まるサイズのおわん型で、セクシーとい
うよりは可愛らしい雰囲気である。
﹁ふにゅ∼! パナいのです! お家の中に温かい池が出来ている
のです!﹂
﹁こら! サーニャ! 風呂の中で泳ぐのは行儀が悪いだろ!﹂
次のフォレスティ姉妹。
918
温泉の中を泳ぐサーニャの体は相変わらずツルツルであった。 成長期だというのに全く胸の発達が見られないのは些か心配であ
るが、これはこれでマニアックな魅力があるので良しとしておく。
一方でリリナの体は日が経つごとに丸みを帯びて女性的になって
いた。
ケットシーの村にいた頃と比べて栄養価の高い食事を取っている
からだろうか?
出会った頃と比べて胸や尻が目に見えて大きくなっているような
気がする。
﹁⋮⋮主君。邪魔をするぞ﹂
最後にシルフィア。
改めて見比べてみると、やはり圧倒的にでかい。
他の女性メンバーとのレベルの違いを見せつけるかのようにシル
フィアの胸は、1人だけ湯の中でぷかぷかと浮いていた。
﹁あの⋮⋮今日は何時にも増してご主人さまとシルフィアさんの距
離が近くないでしょうか⋮⋮?﹂
ちゃっかり悠斗の隣を独占するシルフィアに対して、スピカは白
919
い眼差しを向ける。
スピカが不満に思うのも無理はない。
マモンとの戦いが終わってからというものシルフィアのスキンシ
ップは日が経つごとに大胆なものになっていた。
﹁⋮⋮おい。シルフィア。まずいって。スピカが疑っているぞ﹂
﹁すまない。主君。しかし、私は一秒たりとも主君と離れたくない
のだ﹂
シルフィアはこっそり悠斗の手を握っていた。
白濁とした湯の中だから良いが、スピカにバレることになれば何
を言われるか分かったものではない。
︵何ですか! シルフィアさん⋮⋮他の皆を差し置いて正妻気取り
ですか!?︶
幸せそうに悠斗の隣に寄りかかるシルフィアの様子を目の当たり
にしたスピカは、黒い感情を抱くのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁ふにゅ∼!? 大変、なのです! お兄ちゃん!﹂
920
それから。
30分ほど温泉を満喫していると、突如としてサーニャが大きな
声を上げる。
﹁ん。どうしたんだ。サーニャ﹂
﹁えーっと。上手く説明できないからこっちに来て欲しいです!﹂
リリナの作った温泉は、悠斗の﹃100人の美少女と同時に入れ
る﹄という要望を取り入れた結果、とんでもなく巨大なサイズにな
っている。
サーニャに連れられるがままに温泉の裏に回ると、信じられない
光景がそこにあった。
﹁な、なんだこれはー!?﹂
﹁ホネー! ホネー!﹂
スケルトン 脅威LV16
そこにいたのは50匹を超えるスケルトン⋮⋮ではなく50人を
超える美少女であった。
921
彼女たちの容姿はシルフィアのような巨乳から、サーニャのよう
なツルペタまでバリエーションが豊かである。
美少女に変貌を遂げたスケルトンたちの脅威LVは上昇していた。
﹁サーニャ。状況を説明してもらえるか?﹂
﹁ふにゅ∼。サーニャもよく分からないのですが、スケルトンさん
たちが温泉に入った途端に人間になっていたのです!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵となると怪しいのはやはり温泉か⋮⋮?︶
サーニャの言葉から辺りを付けた悠斗は温泉に向かって︽魔眼︾
のスキルを発動させる。
進化の湯 レア度@☆☆☆☆☆
︵特定の魔物を別形態に進化させる湯︶
温泉の上に表示された説明文を読んだ悠斗は、スケルトンたちの
変化について大まかに理解した。
全ての原因は﹃特定の魔物を別形態に進化させる﹄効果のある︽
進化の湯︾にあったのだろう。
922
1つ腑に落ちないのは、どうしてスケルトンたちが美少女になっ
たのか?
という点についてだが、それに対して悠斗は深く考えないことに
した。
おそらく神様がという自分の願いを叶えてくれたからに違いない。
﹁スケルトンたち! ︻俺の周りに集まってくれ!︼﹂
﹁﹁ホネー! ホネー!﹂﹂
奴隷が契約した魔物は配下として見なされるということなのだろ
う。
隷属契約の﹃命令権﹄がスケルトンたちにも及ぶということは既
に検証済みである。
﹁おおー! スゲー! 普通におっぱいも柔らかい!﹂
元がスケルトンのせいか表情が乏しいのが珠に傷であるが、肉体
の方は人間の少女と全く差異はないようである。
今回の一件により︱︱。
悠斗の屋敷にいる女性メンバー、スピカ・シルフィア・フォレス
ティ姉妹にスケルトン︵美少女︶により合計で60人を超えること
になった。
923
最初は途方もなかった100人の奴隷ハーレムという野望にも随
分と現実味を帯びてきた気がする。
︵この分だと⋮⋮思ったよりも早く100人の奴隷ハーレムを実現
することが出来るかもしれないな⋮⋮!︶
目標の実現に確かな手応えを感じた悠斗は、美少女となったスケ
ルトンたちの体を堪能しながらも束の間の休息を楽しむのであった。
924
エピローグ ∼ 異世界で混浴ハーレムを始めました ∼︵後書
き︶
●お知らせ
これにて第4章は終わりです。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
次話からは3話ほど主人公が変わる予定です。
925
復讐のマモン
一方、同刻。
悠斗の攻撃により深刻なダメージを負ったマモンであるが、宝物
庫の中に保管していた高価な秘薬を使用することによってなんとか
一命を取り留めていた。
︵⋮⋮コノエ・ユート。ボクは絶対に貴様を許さない︶
杖を付きながらもマモンが向かった先は、︽四獣の塔︾の地下施
設である。
マモンはこの場所に最強の部下である︽四獣︾を集結させて、新
しい戦力を確保しようとしていた。
﹁ふぉふぉふぉ。ワシらが集まるのは何時以来かのぉ? 白虎﹂
﹁ああん? ボケているのか? ジジイ。俺たちが集まったのは5
0年前のレジェンドブラッド戦以来だろうが﹂
今現在。
上司から緊急招集を受けた︽四獣︾はマモンの元に集まっていた。
926
先に到着した10階層の守護者︽玄武︾と20階層の守護者︽白
虎︾は、互いにけん制し合っていた。
﹁騒がしいぞ。偉大なるマモン様の御前で⋮⋮恥を知らないか﹂
﹁ちょっと青竜∼。玄武の言う通り久しぶりに集まったんだから堅
いことはナシにしましょうよ∼﹂
後からやってきたリーダー格の︽青竜︾が注意を促すと、メンバ
ーの紅一点である︽朱雀︾がそれをたしなめる。
魔族の中でも七つの大罪に匹敵する力を有している︽四獣︾が集
結したことにより塔の地下施設は、超高濃度の魔力が充満すること
になった。
﹁あー。今日キミたちに集まってもらったのは他でもない。久しぶ
りに︽召喚の魔石︾を消費しようと思ったのでボクが︽隷属契約︾
を使うまでの間の護衛を頼みたいのだよ﹂
四獣が集まったタイミングを見計らってマモンは告げる。
生まれながらにして敗北を知らないマモンにとって悠斗から受け
た屈辱は、筆舌に尽くしがたいものがあった。
異世界から召喚された人間は強力な固有能力を有しているケース
が多い。
927
マモンは確実に悠斗を倒すための戦力として奴隷となる異世界人
を欲していたのである。
﹁おいおい。マモン。冗談きついぜ。まさか人間1人呼び出すため
に俺たちを呼び出したわけじゃねーだろーな?﹂
この言葉に最初に異議を唱えたのは、四獣の中でも最も気が短い
︽白虎︾であった。
﹁白虎。キミの反応は予想済みだよ。まずはこれを見て欲しい﹂
マモンはそう前置きすると、懐の中から︽召喚の魔石︾を取り出
した。
﹁おおー。なんとなんと⋮⋮﹂
﹁ふんっ。そういうことかよ。最初から言えや!﹂
﹁マジでビックリ! こんな綺麗な石があるんだねー﹂
﹁流石はマモン様。これほどの魔石を用意しているとは⋮⋮﹂
928
召喚の魔石を目の当たりにした四獣はそれぞれ感嘆の声を漏らす
ことになる。
何故ならば︱︱。
マモンが取り出した︽召喚の魔石︾は、薄暗い地下室を明るく照
らすほどの輝きを放っていたからである。
異世界から人間を召喚する効果のある︽召喚の魔石︾であるが、
呼び出す人間の能力と魔石の純度には相関関係が存在することで知
られていた。
中にはこの例に当てはまらないケースもあるのだが︱︱。
一般的に純度の高い︽召喚の魔石︾を使って呼び出した人間は、
強力な固有能力を有していることが多いのである。
﹁たしかに⋮⋮それだけの石を使えば面白い人間を召喚できそうだ
な。しかし、マモンよ。それにしたって俺たち︽四獣︾を集めるの
は過剰戦力じゃねーか? どんなに強い固有能力を持っていようと
相手は人間だろ?﹂
﹁過剰戦力であることは認めるよ。けれどもまあ、用心することに
越したことはないだろう。なにぶんボクもこれほどの魔石を使うの
は初めての経験だからね﹂
相手が人間だからと言ってタカを括ると、意外なところで足元を
すくわれることなるかもしれない。
そのことは悠斗との一戦で身に染みて経験したことである。
929
マモンの見立てによれば悠斗の戦闘能力は、︽四獣︾と同等か、
それを上回る程度である。
部下たちを一斉にけしかければ敗北することはないが、こちらも
大きな被害を受けることになる。
そういう事情もあってマモンは、多少のリスクを被っても新しい
部下を欲していたのである。
﹁さて。鬼が出るか蛇が出るか⋮⋮﹂
マモンは新たなる戦力を期待しながらも︽召喚の魔石︾に自身の
魔力を込める。
その直後。
パリンッという音と共に魔石が砕けて次元の扉が開かれる。
﹁なんだこいつは⋮⋮? 本当に人間⋮⋮なのか?﹂
中から現れた﹃それ﹄を見るなりマモンは絶句する。
そこにいたのはこの世のありとあらゆる﹃絶望﹄を体現したかの
ような︱︱禍々しいナニカであった。
930
最凶の刺客
悠斗には今年で中学3年生になる妹がいた。
彼女の名前は近衛愛菜。
容姿端麗。成績優秀。
おまけに自らの才能を鼻にかけない謙虚さを持ち合わせていたの
でクラスの男子たちは、﹃天使﹄と称して愛菜のことを崇めたたえ
ていた。
﹃私、大きくなったらお兄さまのお嫁さんになりたいです!﹄
優しくて頭の良い妹の唯一の欠点︱︱。
それは日常生活に支障をきたすほどの重度のブラコンであった。
悠斗は﹃大きくなったらお兄様のお嫁さんになりたい﹄という台
詞を子供の戯言だと笑って聞き流していたのだが︱︱。
彼女の想いは日を重ねるごとに増幅していくばかりで立ち消える
気配がない。
血の繋がった妹から好意を向けられる日々に対して悠斗は、辟易
とした毎日を送っていたのである。
931
﹁どうしたら私をお兄さまのお嫁さんにして頂けますか?﹂ ﹁実は俺⋮⋮自分より強い女の子しか好きになれないんだ。だから
愛菜が俺よりも強くなったら結婚してあげるよ﹂
もちろん嘘である。
妹の想いが絶対に成就するものでないと知っていた悠斗は、愛菜
に対して無理な条件を出して諦めさせようと試みたのである。
﹁分かりました! それでは不肖、近衛愛菜⋮⋮。お兄さま好みの
女性となるため⋮⋮絶対に強くなってみせますね!﹂
こうして愛菜が武道を始めるようになったのは小学3年生の頃で
ある。
嘘を吐いたのは、妹に真っ当な人生を送って欲しいという悠斗の
優しさであったのだが︱︱。
数年後。
まさか妹が現代日本に残る最強の武術︽心葬流︾を極めて、自分
を脅かすほどの力を手に入れるとは︱︱。
当時の悠斗は夢にも思っていなかった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
932
ここは東京都大田区に建てられたとあるアパートの一室である。
そのアパートの302号室に近所でも評判の良い気立ての良い1
人の少女が住んでいた。 悠斗が異世界に召喚されてからというもの愛菜を取り巻く環境は
一変することになる。
今現在。
愛菜は誰もが振り返るような愛くるしい容姿を完全に失っていた。
彼女の体は不気味なほどにやせ細り、クリクリとした大きな目玉
が顔の中から今にも飛び出しそうになっている。
飲まず食わずで垂れ流しにしていた結果、下半身は糞尿にまみれ、
ボサボサに伸びきった髪の毛には大量のシラミが湧いていた。
いずこ
﹁お兄さま⋮⋮何処に⋮⋮﹂
愛菜が今のような状態になってしまった原因は、偏に兄である悠
斗の失踪にあった。
物心がついた頃より愛菜は、血の繋がった実の兄に対し偏執的と
も呼べる恋愛感情を抱いていた。
愛菜にとって悠斗の存在は、自らの﹃世界﹄そのもの。
悠斗を失うことは愛菜にとって世界の消滅と同義であった。
933
﹁お兄さま⋮⋮お兄さま⋮⋮会いたい⋮⋮会いたい⋮⋮﹂
愛菜は呆然自失の状態でアパートの壁に飾った悠斗の写真を見つ
めていた。
アパートの中には、写真の他に、悠斗の姿を模した人形、悠斗の
体毛で編んだマフラー、悠斗の部屋のゴミ箱からくすねたティッシ
ュペーパー⋮⋮などなど彼女の宝物が並べられている。
﹁もう死のう⋮⋮。お兄さまのいない﹃世界﹄なんて生きていても
仕方がない⋮⋮﹂
生まれながらにして常軌を逸した勘が鋭さを持っていた愛菜は、
この世界に悠斗がいないことを薄々と理解していた。
兄がいないならばこれ以上、生きていても仕方がない。
強くなるために体を鍛えたところで意味がない。
愛する人間を失った世界は愛菜にとっては、ただただ虚しいだけ
のものであった。
︵ああ。ついに迎えが来たのかしら⋮⋮︶
突如として目の前に眩い光が差し込んだ。
考えてみれば自分は既に1カ月以上、飲まず食わずの状態を続け
ていた。
934
どんなに武術を極めても飢餓には勝てないということなのだろう
か?
愛菜は虚ろな眼差しで、光の中に誘われるようにして入っていく。
935
心葬流
﹁なんだこいつは⋮⋮? 本当に人間⋮⋮なのか?﹂
次元の裂け目から現れた﹃それ﹄を見るなりマモンは怪訝な表情
を浮かべる。
最初は手違いでグールか何かを召喚してしまったのかと思ったが、
どうやらそういうわけではないらしい。
その生物が纏っている気配は魔物とは異なるものであった。
何はともあれ用心するに越したことはない。
そこでマモンが懐の中から取り出したのは、︽ジュエルレンズ︾
というアイテムである。
装着した人物に︽魔眼︾のスキルを付与する効果のあるこのアイ
テムは、世界に二つと存在しない貴重な品であった。
コノエ・アイナ
種族:ヒューマ
職業:無職
固有能力:なし
思った通りに目の前の生物は、グールではなく人間ということで
間違いがないらしい。
936
所持する固有能力は﹃なし﹄と表示されているが、希少な魔石を
消費して召喚した人間がスキルを持っていないとは考えにくい。
魔眼のスキルでは見通すことの出来ないレアリティ︽詳細不明︾
の固有能力を保有している可能性が高いだろう。
だがしかし。
マモンが最も注目したのは、︽詳細不明︾の固有能力よりも彼女
の名字であった。
﹁もしかしてこの生物は⋮⋮コノエ・ユートと縁のある者なのか?﹂
マモンが悠斗の名前を口にした次の瞬間。
これまで微動だにしていなかった愛菜の体がピクリと動く。
﹁お兄さまのことを知っているのですか?﹂
先程までのまるで生気の感じられなかった様子から一転。
愛菜には活力が宿り、その体内からは底の知れない禍々しいオー
ラが湧き上がる。
﹁マモン様! 下がっていて下さい!﹂
愛菜の変化に最初に気付いたのは、四獣の中でも最強という評価
937
を受けている︽青竜︾である。
﹁この人間の中には⋮⋮何やら得体の知れない悪魔が潜んでいるよ
うです! マモン様。どうかお気を付けて!﹂
青竜は自身の愛刀であるランク8のレア装備︽黒迅の魔刀︾を鞘
から抜いてマモンの前に庇うようにして立つ。
﹁はぁ? なにビビっているんだよ青竜﹂
この異様な状況に不満を呈したのは白虎である。
魔族としてのプライドの高い白虎にとって、青竜が人間の少女に
恐れをなしている状況は我慢のならないものであった。
﹁寝言は寝て言えよ。こんな汚いガキに俺たちが⋮⋮﹂
﹁貴様に用はないです。静かにしていて下さい﹂
﹁ヴォハアアアアアアアアアアアァァァッ!﹂
愛菜が呟いた次の瞬間。
ドゴォォォォン! という轟音と共に青竜の体は地下室の壁に激
突する。
938
身の丈2メートルを超える青竜の体からは内臓が飛び散り、見る
も無残な肉の山を築いていた。
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮!?﹂﹂﹂﹂
周囲にいた残りの四獣たちは、何が起こったのか理解することが
出来ずに呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
ただ1つ分かることがあるとすれば、青竜が命を失う直前に少女
がブツブツと何事か呟いたということだけである。
﹁貴様ァァァ! 何をしたァァァ!?﹂
白虎の咆哮が地下室の中に響き渡る。
自らの好敵手である青竜の死は、白虎にとって到底受け入れがた
いものであった。
﹁私は影⋮⋮。蠢く影⋮⋮﹂
愛菜が何事か呟いた次の瞬間。
マモンたちの視界から愛菜の気配が消失した。
﹁﹁﹁⋮⋮消えたっ!?﹂﹂﹂
939
自らの体を部屋の中の﹃影﹄と同化させた愛菜は、一番近くにい
た朱雀の後ろに回り込む。
﹁私は槍⋮⋮砥がれた槍﹂
﹁⋮⋮カハッ!﹂
次の瞬間。
後ろから心臓を刺された朱雀は、息を吐く間もなく絶命すること
になった。
﹁バカなっ!? 固有能力が発動しないじゃと!﹂
四獣最年長の玄武は動揺していた。
朱雀の保有するレアリティ︽詳細不明︾の固有能力︱︱︽超再生
︾は現存するスキルの中でも最強と呼んで差支えのないものである。
この能力を保有する朱雀は、寿命以外の手段で命を落とすことは
ない。
通常であれば体がバラバラになろうとも、一秒と経過しない内に
元の状態に戻ることが出来るのである。
﹁気をつけろ! 白虎よ! この娘を倒すには⋮⋮ワシらが力を合
940
わせないとまずい⋮⋮!﹂
﹁分かっている! ジジイ! ちょいとばかし背中を借りるぜ⋮⋮﹂
目の前の少女の脅威を悟った玄武&白虎は、互いに背中合わせに
して相手の出方を窺がっていた。
二人は姿の見えない敵を相手にするには、死角を無くすことが最
優先であると考えていたのであった。
﹁私は巨人⋮⋮雲穿つ巨人⋮⋮﹂
﹁なっ。上か⋮⋮!?﹂
相手の殺気に気付いて視線を上げた瞬間、玄武は絶句した。
何故ならば︱︱。
そのとき玄武の視界に映ったのは、身長160センチほどの少女
の姿ではなく︱︱。
直径5メートルを超えようかという巨大な﹃足の裏﹄だったから
である。
﹁アギャバァッ!?﹂
愛菜に踏みつけられた玄武の体は、トラックに轢かれたカエルの
941
ように惨たらしい肉塊に姿を変える。
﹁うわ⋮⋮。うわああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああ﹂
仲間を失った白虎は戦意を喪失して地上に続く階段を駆け上がっ
ていく。
それは︱︱長きに渡り魔族の頂点に君臨し続けた四獣のあまりに
呆気ない最後であった。
それぞれ︽詳細不明︾の固有能力を保有して最強の座を恣にして
きた四獣は、たった一人の少女の手によって敗北を喫することにな
ったのである。
︵なんだ⋮⋮何が起こっている⋮⋮!?︶
信頼の置ける部下を次々に失ったマモンは、自ら置かれた状況を
理解することが出来ずに混乱していた。
固有能力が発動しない状況もそうだが、何よりマモンが恐れたの
は愛菜の取得している得体の知れない武術である。
それもそのはず︱︱。
愛菜の取得している︽心葬流︾という武術は、現代日本において
︽近衛流體術︾と双璧を成すかのように稀有な性質を有するもので
あった。
942
心葬流の性質を一言で表現するのならば︱︱﹃思い込み﹄の武術
である。
人間の心というのは未だに科学では解明できない部分が多い。
たとえばそれはプラシーボ効果と呼ばれるものであったり︱︱。
たとえばそれはゴーレム効果と呼ばれるものであったり︱︱。
人間の﹃想い﹄というのは、時として物理的な事象に対しても多
大な影響を及ぼすものなのである。
四獣のメンバーが愛菜の存在を視認できなくなったのは、彼女が
自分のことを﹃影﹄であると思い込んでいたからに他ならない。
体重30キロにも満たない少女に踏みつけられて玄武が圧死した
のは、彼女が自分のことを﹃巨人﹄であると思い込んでいたからに
他ならない。
心葬流を極めた愛菜は、この世の物理法則に対して干渉すること
が出来るのである。
﹁答えて下さい。貴方がお兄さまについて知っていることについて
全て﹂
﹁ひぃっ!?﹂
邪魔者を排除した愛菜は、マモンに向かって歩みを進める。
943
愛菜の放つ圧倒的な邪悪のオーラに胆を抜かれたマモンは、床に
尻を突きながらもガタガタと歯を鳴らすことになる。
﹁き、貴様は一体⋮⋮何者だ⋮⋮?﹂
マモンは湧き上がる恐怖心に抗いながらも、やっとの思いでそん
な言葉を口にする。
﹁⋮⋮近衛愛菜。ごくごく普通の女子中学生です﹂
思いがけずも先に質問を受けることになった愛菜は、ニコリと笑
顔を浮かべて答えるのであった。
944
心葬流︵後書き︶
●お知らせ
次話より第5章です。
書籍版の4巻のおまけ短編は、オリヴィアさんのコスプレ回にな
っております。
こちらも宜しくお願いします。
945
変わらない日々、変わっていく日々
﹁⋮⋮⋮⋮朝か﹂
とある日の朝。 窓の外から入ったうららかな日差しにより1人の少年は目を覚ま
す。
少年の名前は近衛悠斗。
つい先日まで現代日本で暮らしていたごくごく普通の高校生であ
る。
﹁う∼ん。眠いなぁ⋮⋮﹂
このところ悠斗は考え事が多く眠れない日々が続いていた。
それというのも悠斗は先日、強欲の魔王マモンの根城で、とある
アイテムを手に入れたからである。
帰還の魔石@レア度 詳細不明
︵異世界から召喚された人間を元の世界に戻すアイテム。魔力を込
めることで次元の扉が開かれる。このアイテムで元の世界に戻るこ
とができる人間は1人まで︶
946
このアイテムは悠斗が長らく探していた﹃元の世界に帰る方法﹄
そのものであった。
悠斗はそこで何気なくベッドの上で眠るネグリジェ姿の2人の少
女に目を向ける。
﹁むにゃ⋮⋮むにゃ⋮⋮。ご主人さま。こんなに小さくなってしま
われて⋮⋮可愛いです。私が抱っこして差し上げますね﹂
右側で寝ているのは少女の名前はスピカ。
頭から犬耳の生えたライカンという種族のスピカは、悠斗に付き
添う仲間の中でも最古参のポジションにあった。
﹁すぅ⋮⋮すぅ⋮⋮。恐れいったぞ⋮⋮。これほど欲望を吐き出し
ても衰えないとは⋮⋮。やはり主君の性欲は馬並みなのだな⋮⋮﹂
左側で寝ている少女の名前はシルフィア。
スタイル抜群の女騎士であるシルフィアは、故あって悠斗の冒険
に協力する立場にあった。
﹁お前ら⋮⋮揃いも揃ってどんな夢を見ているんだよ⋮⋮﹂
昨晩は遅くまで魔法の訓練に付き合わせてしまったからだろうか?
947
スピカとシルフィアは悠斗が起きたことにも気づかずに無防備に
寝言を口にしていた。
︵⋮⋮やっぱり俺が日本に帰るっていうのは考えられないよなぁ︶
家の中にいる女の子たちを残してまで日本に帰る理由が見当たら
ない。
元の世界に帰ることより今の生活を優先することは決定事項であ
ったのだが︱︱。
1つだけ気掛かりな点があった。
︵愛菜のやつ⋮⋮元気でやっているのかなぁ︶
近衛愛菜という妹は、悠斗にとって天敵と呼べる存在であった。
容姿端麗。成績優秀。
おまけに優れた武術の才能を有しているため、一見して非の打ち
どころのない美少女なのだが、その内面は異質の一言に尽きる。
彼女の存在は、これまで悠斗に多くのトラウマを植え付けてきた。
︵まぁ、心配したところで仕方がないか。俺はこっちの世界の住人
なんだ︶
948
悠斗はひとまずそう結論付けると、ベッドに戻って頭の中を切り
替えるのであった。
949
変わらない日々、変わっていく日々︵後書き︶
本日より第五章スタートです。
この章が1章から続いた﹃七つの大罪編﹄クライマックスの予定
になっております。
950
ランクアップ
﹁おめでとうございます。悠斗さんは、本日付けでシルバーランク
に昇格しました﹂
冒険者ギルドに到着すると、受付嬢のエミリアが対応してくれた。
エミリア・ガートネット
種族:ヒューマ
職業:ギルド職員
固有能力:破壊神乃怪腕
破壊神乃怪腕@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵左手で触れた物体の魔力を問答無用で打ち消すスキル︶
悠斗にとってエミリアは、色々と謎の多い人物であった。
一見すると気品の溢れる美しい女性なのだが、所持している固有
能力が物騒過ぎる。
﹁こちらは新規に発行されたカードになっています﹂
951
﹁どうも。ありがとうございます﹂
そこで悠斗は銀色の塗装が施されたカードの内容を確認する。
﹁あれ? QRが書いていないみたいですが⋮⋮﹂
﹁はい。シルバーランクの冒険者にはQRのシステムが採用されて
いないのです。悠斗さんがゴールドランクに昇進するためには実績
を積み重ねて、ギルド役員3名以上の推薦を受けなければなりませ
ん﹂
﹁どうしてそんなシステムに?﹂
﹁ゴールドランクともなりますと政府から直接依頼を受けることが
多くなりますし、それだけの信頼が必要なのです。従来のQRのシ
ステムでは冒険者さまの実績は測ることが出来ても人格を見ること
は出来ませんから﹂
﹁なるほど。そういうことでしたか﹂
どんなに腕があっても人格が破綻した人間に政府の仕事を回すわ
けにはいかない。
実力だけで成り上がれることが出来るシルバーランクまでという
ことなのだろう。
﹁あ! もちろん悠斗さんの人格を疑っているわけではありません
952
よ? ここだけの話にして欲しいのですが、当ギルドでは適切なタ
イミングで悠斗さんをゴールドランクに推薦するつもりでいます﹂
﹁なるほど。それを聞いて安心しました﹂
このときエミリアは説明を省いたのだが︱︱。
悠斗をゴールドランクに押し上げるのは、エクスペインの冒険者
ギルド局長︱︱オスワンの意向でもあった。
魔族に誘拐された自分の娘を救ってもらったことによりオスワン
は、悠斗に恩義を感じていたのである。
︵まぁ、当然と言うと当然だよな。良くも悪くも平凡な性格をして
いるところが俺の長所であり短所であるわけだし︶
悠斗は冷静に自己分析を済ませると、冒険者ギルドを後にするの
であった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
ギルドの外に出た悠斗は、同行しているスピカ&シルフィアに今
回の事情を相談することにした。
﹁なるほど。これからは難易度に縛られずに自由にクエストを受け
953
ることが出来るのですね﹂
﹁そういうことになるのかな﹂
これまではランクを上げるために、それなりに難易度の高いクエ
ストを受注していたのだが︱︱。
今日からはその必要もなくなった。
幸いなことに悠斗の懐には、2000万リアという大金がほとん
ど手つかずのまま残っている。
報酬のために危険な依頼を引き受ける必要もないだろう。
﹁⋮⋮して主君はこれからどのような依頼を受けていくのだ?﹂
﹁そうだな。今日から暫くは﹃妖精狩り﹄をしていこうと考えてい
る﹂
悠斗はそこでステータス画面を確認する。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製 魂創造 魔力圧縮
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
954
聖魔法 LV3︵12/30︶
呪魔法 LV6︵3/60︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
今回の﹃妖精狩り﹄を理由はただ1つ。
難易度に囚われずにクエストを選べるようになった今は、獲得で
きる﹃スキル﹄を優先して依頼を受けていくのが合理的だと考えた
からであった。
現在のステータスの中で特に優先的にレベルを上げたいのが、フ
ェアリー、ピクシーと言った妖精系の魔物を倒すことで入手できる
聖魔法である。
何かの拍子に大ダメージを受けてしまった時に強力な回復魔法が
あると心強い。
﹁妖精狩りか⋮⋮。となると少し遠くなるが、リシャールの花園な
どが向いているのではないか﹂
﹁ん? 有名な場所なのか?﹂
﹁ああ。リシャールの花園は、妖精族のモンスターにとって聖地と
呼ばれるエリアだからな。沢山の花が咲き誇るその絶景はトライワ
イドに伝わる様々な物語の元ネタになったらしい﹂
﹁ご主人さま。是非ともリシャールの花園に行きましょう! 私も
955
1度行ってみたかったです!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
リシャールの花園に思いを馳せるスピカ&シルフィアの眼差しは、
キラキラとしたものになっていた。
悠斗としては聖魔法のレベルを上げられるのであれば何処のエリ
アでも構わない。
目的を明確した悠斗たちはエクスペインの街を後にするのだった。
956
妖精の国
王都を出た悠斗たちが向かった先は妖精族のモンスターの聖地と
呼ばれるリシャールの花園であった。
このエリアは悠斗たちが拠点を置いているエクスペインから、1
00キロほど離れた地点にある。
本来であればエクスペインの冒険者たちが活動する場所ではない
のだが、エアロバイクを保有する悠斗にとっては苦もなく来ること
ができた。
﹁ここか⋮⋮!﹂
目的の場所についた悠斗はエアロバイクを止める。
﹁凄いです! 噂と違わず綺麗な場所ですね﹂
﹁うむ。これで魔物が出てこなかったら茶会の1つでも開きたいと
ころなのだがな⋮⋮﹂
辺り一面には色とりどりの花が咲き誇り、耳を澄ませば小川のせ
せらぎが聞こえてくる。
957
女性陣は唸るのも頷ける。
リシャールの花園は悠斗がこれまで見たことがないような絶景ス
ポットだった。
フェアリー 脅威LV7
﹁お。さっそく1匹発見!﹂
悠斗はそこで花に止まって蜜を集めているフェアリーを発見する。
フェアリーという魔物は人間の顔に蜂の体を足したかのような体
長30センチほどの魔物であった。
︵気のせいかな? 以前に戦ったフェアリーと比べると脅威LVが
上がっている気がするぞ⋮⋮︶
悠斗がトライワイドに召喚されてから初めて出会ったフェアリー
の脅威LVは3であった。
やたらと素早かったが、後衛から回復魔法を使用するだけで特に
危険な魔物ではないという印象が残っていた。
﹁ご主人さま! 気を付けて下さい! このエリアにいるフェアリ
ーは凶暴みたいですから! 毒を塗った武器で積極的に冒険者を襲
ってくるそうです!﹂
958
﹁なるほど。そういうことだったか﹂
よくよく見ると今回発見したフェアリーは小型の槍を構えていた。
妖精種以外のモンスターが生息しないリシャールの花園では、フ
ェアリー自らが前衛を務めなければならないだろう。
﹁そんじゃ。まずは1匹目といきますか!﹂
そこで悠斗が使用したのはウォーターの魔法である。
掌の中に野球ボールサイズの氷塊を具現化させた悠斗は、ワイン
ドアップのモーションを開始する。
武術だけに止まらず戦闘に役に立ちそうなスポーツがあれば、何
でも吸収してきた悠斗は︽野球のピッチング技術︾にも精通してい
た。
針の穴に糸を通すようなコントロールで常時150キロ近いスト
レートを投げることが可能な悠斗は、スリークォーター気味のフォ
ームから高速で氷塊を投擲する。
綺麗な直線の軌道を描いた氷塊は、フェアリーの体を貫通し、内
部の液体をぶちまける。
﹁凄いです! 早すぎて何が起きたのか全く分かりませんでした!﹂
﹁恐れ入ったぞ! 何時ものことながら主君の戦い方には本当に驚
959
かされる!﹂
悠斗の型破りな戦闘を目の当たりにした2人は、熱っぽい眼差し
で賞賛していた。
︵まぁ、多少は脅威レベルが上がったみたいだけど⋮⋮。俺たちの
敵になるような相手ではないよな︶
そう考えた悠斗が討伐証明部位を剥ぎ取るためにフェアリーに近
づいた瞬間だった。
ブォンブォン、と。
羽虫が飛ぶような音が聞こえてきた。
その直後。
悠斗の頭の中にピーという電子音が鳴り響く。
警鐘@レア度 ☆☆☆☆☆
︵命の危機が迫った時にスキルホルダーにのみ聞こえる音を鳴らす
スキル。危険度に応じて音のボリュームは上昇する︶
フェアリー 脅威LV7
ピクシー 脅威LV18
960
﹁おいおい。これは一体どういうことだ⋮⋮?﹂ その数は100匹近くいるのではないだろうか?
突如として悠斗の前に現れたのは、仲間を殺され怒り狂ったフェ
アリー&ピクシーの軍勢であった。
961
大量討伐
妖精軍団は見るからに敵意を剥き出しにしているようであった。
﹁まずい! 矢がくるぞ!﹂
小型の弓だがこれだけの数になると威力はバカにならない。
悠斗が新しく覚えた防御魔法を使用しようとした直後であった。
﹁主君! ここは私に任せて欲しい!﹂
妖精軍団の前にしたシルフィアは悠斗の前に庇うように立つ。
瞬間、妖精軍団たちの構えた弓から次々に矢が放たれる。
﹁ウィンドシールド!﹂
シルフィアが呪文を唱えると悠斗たちの周囲を風の膜が覆い始め
る。
妖精軍団の放った矢はシルフィアの風魔法によって完全に無力化
されることになる。
962
︵ナイスだ! シルフィア!︶
仲間が頑張ってくれているのに自分が動かないわけにはいかない。
そう考えた悠斗は、先日手に入れたばかりの新しいスキルを使用
することにした。
魔力圧縮 レア度@☆☆☆☆☆☆
︵体内の魔力を圧縮するスキル︶
マモンの部下であるグレータデーモンから取得した︽魔力圧縮︾
のスキルは、魔法の威力を飛躍的に高める効果があった。
その反動として燃費が悪く、多用できないのがネックになってく
るのだが︱︱。
今は後のことを考えていられる余裕はない。
悠斗は限界まで魔力を圧縮すると掌から魔法を射出する。
ショットガン。
限界まで魔力を圧縮した後に放たれる氷弾の魔法を悠斗はそう命
名していた。
魔法で作られた100個を超える氷弾は、妖精たちの群れに向け
963
て加速していく。
その威力は絶大で通常のウォーターと比較して10倍近い威力を
秘めていた。
﹁﹁﹁ピキー!﹂﹂﹂
無数の氷弾を受けた妖精たちは阿鼻叫喚の悲鳴を上げる。
ある者は体に氷弾を受けて即死し、ある者は羽根を失い地面の上
を転げまわる。
形勢の不利を悟った妖精たちは一瞬にして悠斗たちの前から離れ
ていく。
﹁ふう⋮⋮。なんとかなったか⋮⋮﹂
悠斗はそこでステータスを確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製 魂創造 魔力圧縮
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV5︵28/50︶
呪魔法 LV6︵3/60︶
964
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
先程の一撃で30匹近い妖精たちを仕留めることが出来たからだ
ろう。
聖魔法のステータスがメキメキと上昇していた。
﹁凄いです! たったの一撃でフェアリーたちが逃げていきます!﹂
﹁恐れ入ったぞ! 主君の魔法は既に宮廷魔術師レベルを遥かに凌
駕しているだろうな!﹂
考えてみると、魔法を使ってこれほどまでに効率的にモンスター
を討伐できたのは悠斗にとっても初めてのことであった。
スキルも揃ってきたので、今後は対モンスターの討伐方法を武術
主体から魔法主体の切り替えていくのも良いかもしれない。
確かな成長の手応えを感じた悠斗は探索を再開するのであった。 965
意外な再会
それから。
悠斗の探索は、順調に進んでいった。
妖精の群れに遭遇したのは最初の1回限りで、それ以降は各個撃
破という形になったが目的である聖魔法のスキルアップは進んでい
る。
そろそろ日が暮れてきたので、悠斗が家に帰ろうとした直後であ
った。
エンジェル 脅威LV1
﹁あれは⋮⋮?﹂
空の上に浮かんでいる見慣れないモンスターを発見する。
エンジェルというモンスターは、フェアリーの頭の上に天使の輪
を浮かばせているかのような外見をしていた。
﹁もしかしてあそこにいるモンスターはエンジェルでしょうか?﹂
﹁知っているのか?﹂
966
﹁ええ。エンジェルというモンスターはリシャールの花園でも滅多
に出会えないことで知られています。頭の上に浮いている輪は高価
な薬の原料となっていますのでギルドに持っていくと凄い高値で買
い取ってもらるそうです﹂
﹁なんだって!?﹂
﹁私も聞いたことがある。個体数が低い割には戦闘能力も低いので
冒険者たちの間では﹃ボーナスモンスター﹄と呼ばれているらしい
ぞ﹂
魔眼のスキルによると敵の脅威LVは1。
悠斗がこれまで出会ったモンスターの中では間違いなく最弱であ
る。
エンジェルを1匹討伐しただけで多額の報酬を得ることが出来る
のなら美味し過ぎる仕事だろう。
﹁それならさっそく!﹂
何時もの要領で野球ボールサイズの氷塊を召喚すると、エンジェ
ルに向かって投げつける。
﹁ピキャァッ!?﹂
967
脅威レベルが低いこともあって相手のスピードは遅かった。
無警戒に空を飛んでいたエンジェルは即座に肉塊に変わることに
なる。
しかし、悠斗の卓越した動体視力は全く同じタイミングで別方向
から飛んでくる氷弾を見逃さなかった。
﹁テ、テメェは⋮⋮?﹂ 声のした方に目をやると、金色に輝く髪と燃えるように赤い眼を
持った1人の少年がそこにいた。
黒宝の首飾り@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵他人が所持する︽魔眼︾スキルの効果を無力化する︶
少年の名は、ミカエル・アーカルド。
今から500年以上も昔、︽アーク・シュヴァルツ︾と共に魔族
によって支配されていた世界から人類を救った勇者の子孫であった。
968
魔術師と賢者
﹁あ∼。お前はたしか⋮⋮あの時のダンジョンで会った!﹂
悠斗はそこで頭の奥底から男に関する記憶を引っ張り出す。
卑劣なトラップで女子高生魔王ベルゼバブを一方的に攻撃してい
たミカエルに対して悠斗は一戦を交えたことがあった。
﹁コノエ・ユート⋮⋮どうして此処に!? お前はエクスペインの
冒険者だろうが!﹂
﹁どうしてって⋮⋮。俺は冒険者として真面目にコツコツと討伐ク
エストをこなしているだけだが﹂
悠斗はミカエルの言葉を聞き流しながらも、エンジェルの頭の上
にある輪を採取する。
﹁ちょい待ち! テメェこら! 何をやっているんだよ!﹂
﹁ん?﹂
﹁そのモンスターはオレが仕留めたものだろうが! 勝手に人の獲
物を横取りしているんじゃねー!﹂
969
﹁いやいや。言い掛かりは良くないぞ。この魔物は100パーセン
ト俺が投げつけた氷塊で倒したものだ﹂
間一髪のタイミングではあったが、そこに関しては自信を持って
言い切ることができる。
悠斗はそこでステータス画面を確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製 魂創造 魔力圧縮
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶
聖魔法 LV6︵37/50︶
呪魔法 LV6︵3/60︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
エンジェルを倒す前と比較して聖魔法が1ポイント上がっていた。
︵う∼ん。やっぱり俺が倒したことは間違いないんだが⋮⋮︶
970
ここで能力略奪のスキルを根拠に自分の正当性を主張するのはバ
カバカしい。
エンジェル討伐の報奨金を得るために自分の能力を喋るのは割に
合わない計算である。
﹁ミカエル! 何をやっているのですか!﹂
黒宝の首飾り@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵他人が所持する︽魔眼︾スキルの効果を無力化する︶
声のした方に目を向けると、修道服を着た少女がそこにいた。
綺麗な銀髪をしたツリ目の少女は、遠目に見ても容姿が整ってい
ることが分かった。
﹁ミカエル。その人は⋮⋮?﹂
﹁ああ。ソフィには話したよな。こいつが前に言ったコノエ・ユー
トだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮!?﹂
ミカエルの言葉を受けた銀髪の少女は驚きで目を見開く。
﹁紹介が遅れました。私の名前はソフィア・ブランドール。レジェ
971
ンドブラッドの﹃賢者﹄と言った方が話が早いでしょうか﹂
﹁ご丁寧にどうも。エクスペインの街で冒険者をやっている近衛悠
斗です﹂
﹁なぁ。ソフィ! お前からも何か言ってくれよ! そこの盗人⋮
⋮俺が倒した魔物を横取りし⋮⋮﹂
ミカエルが己の正当性を主張しようとした直後であった。
﹁ふんどりゃぁぁぁっ!﹂
額に青筋を立てたソフィアは、ミカエルの腹に向けて勢い良く拳
をめり込ませる。
﹁げぼぉっ!?﹂
この世界の﹃賢者﹄は、近接戦闘にも長けているのだろうか?
様々な武道を極めた悠斗の目から見てもソフィアのパンチは、非
の打ちどころのないものであった。
﹁このポンコツラーメンが! 騒ぎを大きくしてどうするのです!
? 私たちは任務の最中なのですよ!?﹂
972
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
返事はない。
ただの屍のようである。
ソフィアの本気の拳を受けたミカエルは、内臓の一部を機能停止
に追いやられるほどの重傷を負っていた。
﹁ユウトさん。この度はウチのバカが失礼しました﹂
﹁いえいえ。えーっと⋮⋮それよりもあの人⋮⋮大丈夫なんですか
?﹂
ミカエルの体からはドクドクと血が流れ花畑を赤く染めている。
悠斗の目から見てミカエルの負ったダメージは、取り返しのつか
ないレベルのものに見えた。
﹁はい。私はレジェンドブラッドの﹃賢者﹄ですから。仮に死んで
いたとしても魂さえ離れていなければ生き返らせることくらいは容
易です﹂
ペタンコの胸を張りながらもソフィアは説明する。
決して伊達や酔狂で言っているようには思えない。
どうやら彼女は本当に死人を生き返らせることが出来るらしい。
973
︵おいおい! この世界の連中は⋮⋮流石に人間離れが深刻過ぎな
いか!?︶
死人を生き返らせることなど前の世界では考えられないことであ
る。
ソフィアの発言を受けた悠斗は底知れないショックを受けていた。
﹁それはそれとして私は個人的に貴方に対して興味があります。よ
ろしければこちらを受け取って下さい﹂
﹁これは⋮⋮?﹂
﹁はい。そこに書かれているのはマクベールにある私の家の住所に
なります。もしユウトさんがマクベールを訪れる機会がありました
ら是非ともウチに来て下さい。今回のお詫びもかねて食事でもご馳
走しますよ﹂
﹁ありがとうございます。機会があれば是非ともお邪魔させて頂き
たいです﹂
表面的には平静を取り繕ってはいたが、悠斗は内心の興奮を抑え
きることで精一杯であった。
︵うおっしゃああああ! 可愛い女の子の住所ゲットしたぁぁぁ!︶
974
性格がキツかろうと、胸が小さかろうと、問題ない。
外見が美少女でさえあれば、大抵の欠点を受け入れることが可能
な器の大きさが悠斗にはあった。
﹁⋮⋮流石はご主人さまです。このパターンは頻出過ぎてツッコミ
を入れる気力すら湧きません﹂
﹁⋮⋮恐れ入ったぞ。人類最強の﹃賢者﹄にすら劣情を催すとは⋮
⋮主君は一体どこに向かっているというのだろう﹂
初対面の少女に対してデレデレする悠斗の様子を目の当りにした
スピカ&シルフィアは、主人に対して白い目線を送るのであった。
975
補助魔法を使ってみよう
屋敷に戻った悠斗はさっそく今回取得した魔法を確認してみるこ
とにした。
ハイヒール
︵聖属性の中級魔法。対象の自然治癒力を大幅に上昇させる︶
ドライク
︵聖属性の中級魔法。対象の防御力を上昇させる︶
どうやら聖魔法がLV6に上がって使用可能になったのは上記の
2種類の魔法であるらしい。
スキルの名前から推測するにハイヒールの魔法はこれまで使用し
ていたヒールの魔法の強化版と考えるのが妥当だろう。
しかし、気になるのはドライクの魔法である。
魔眼で表示されている通りに防御力アップの効果が得られるので
あれば、頼もしいスキルであることには違いないのだが︱︱。
果たしてそんなに上手く行くものなのだろうか。
976
︵よし。それじゃあまずは⋮⋮ハイヒールの方から試してみようか
な︶
他の生物を使うことでも代用は出来るが、いざという時に備えて
自分の体で試しておきたい。
そう考えた悠斗は自らの手刀によって左右の腕に同じような傷を
作ることにした。
︵ハイヒール︶
心の中で呪文と唱えてみる。
すると、どうだろう。
悠斗の掌からは癒しの光が放たれて1秒と経たない内に傷口を塞
いでいく。
同じようにヒールを使って傷口を塞いでみたところ、こちらは4
倍以上の時間がかかることになった。
︵⋮⋮なるほど。地味だけど確実に役に立ってくれそうなスキルだ
な︶
悠斗の取得している近衛流體術には、︽破拳︾・︽鬼拳︾と言っ
た肉体的な負担がかかる技が多い。
977
ハイヒールによって回復力を高めていけば、リスクの高い技を発
動できる機会も増えていくに違いない。
︵さて。こっちはどうだろう︶
悠斗が次に使用したのはドライクの魔法である。
試しに自分の体に光を当ててみたが、これと言って体調に変化は
見られない。
︵これならどうだ!︶
ここまで来たら考えているよりも実際に体を動かしてみる方が早
いだろう。
そう考えた悠斗は、庭に置かれていた巨大な岩に向かって思い切
り拳をぶつけてみることにした。
︵⋮⋮おかしいな。全く効果が得られていないぞ︶
このスキルは欠陥品だったのだろうか?
今まで通りに岩を粉々に破壊することに成功した悠斗であったが、
特に拳の威力が上がった実感を得ることができなかった。
978
﹁ん? ユート。そこで何をやっているんだ?﹂
頭を悩ませる悠斗の前に現れたのは、ケットシーの少女︱︱リリ
ナ・フォレスティである。
悠斗と隷属を結んだリリナ・サーニャのケットシー姉妹は、屋敷
の警備・家事を任される立場にあった。
﹁おお! リリナ! 良いところにきた! 魔法の検証作業をやっ
ていたんだ。よければ手伝ってくれないか?﹂
﹁⋮⋮構わないが、やましい魔法ではないだろうな?﹂
身の危険を感じたリリナは体を手で隠しながらも悠斗の元から一
歩離れる。
過去に﹃魔法の検証作業﹄という建前により︱︱。
リリナは対象の性的感度を上昇させるルードの魔法を嫌というほ
どかけられたことがあったのである。
その時、妹のサーニャに醜態を晒してしまったことはリリナの中
に今もトラウマとして残っていた。
﹁安心しろよ。今度のは本当にエロいものじゃないから﹂
悠斗は前置きしながらもドライクの魔法をリリナにかけてみる。
979
すると、どうだろう。
リリナの体は眩いばかりに光を放ち始める。
﹁な、なんだこの感覚は⋮⋮!? 体の奥底から力が溢れてくるぞ
⋮⋮!﹂
リリナは自らの体に宿った新しい力を前にして戸惑いの感情を抱
いていた。
﹁凄い! 凄いぞユート! 体の強度が以前とは段違いだぜ! 掌
の中で小石を握りつぶすことが出来たぞ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
劇的なパワーアップを遂げたリリナは、テンションを上げながら
も次々に庭の石を砕いて行った。
︵もしかしてこの魔法って⋮⋮元々の肉体強度が高い人には効果が
なかったりするのかな?︶
結論から言うと悠斗の結論は当たっていた。
ドライクの魔法は対象の肉体を一定水準の強度にまで高める効果
980
があるのだが︱︱。
常日頃から肉体を鍛えている人間には効果が薄いというデメリッ
トが存在していた。
その後の検証により︱︱。
悠斗は屋敷の中にいる女の子たちに次々にドライクの魔法を使用
してみたのだが、同様の効果を得ることに成功した。
︵1度の使用で2時間ほど効果が持続するみたいだな︶
今回の一件により悠斗は、冒険の安全性を向上させるためにも随
時、同行する女の子には随時ドライクを使用していこうと決意する
のであった。
981
深夜の健全タイム
魔法の検証作業をしていると、すっかりと日が落ちて夜になって
いた。
﹁⋮⋮よし。スピカたちは寝ているな﹂
慎重に。
なるべく音を立てないように。
悠斗は周囲にいる女の子たちが寝静まったことを確認して部屋の
外に出る。
﹁⋮⋮ふふふ。機は熟した。今夜はようやく﹃アレ﹄を試せそうだ﹂
無事に誰に気付かれることなく屋敷の庭に出ることに成功した悠
斗は、不敵な笑みを浮かべる。
今からすることは絶対に他人に知られるわけにはいかない。
悠斗は以前から今夜の計画を心待ちにしていたのであった。
982
﹁みんな集まってくれ!﹂
そこで悠斗が声をかけたのは、屋敷を警備しているスケルトンた
ちである。
庭の温泉から湧き出した﹃進化の湯﹄の効果により︱︱。
スケルトンたちは1人1人が人間の女の子の肉体を持つことに成
功していた。
﹁﹁﹁ホネー! ホネー!﹂﹂﹂
スケルトン 脅威LV18
肉体を持ったことが関係しているのだろうか?
以前に見た時と比較してスケルトンたちの脅威LVは更に上昇し
ているようであった。
ちなみに彼女たちには、悠斗の趣味で特注のメイド服を着せてい
る。
知能レベルに進歩が見られないことは残念であるが、スケルトン
たちの外見は美少女メイドとしか形容が出来ないものであった。
﹁おおー。こうして並べるとスゲー迫力だな﹂
屋敷の大広間の中にスケルトンメイドたちを集めることに成功し
983
た悠斗は、興奮で口調を荒くする。
その数、総勢60人以上。
これだけの美少女が一堂に会することは、アイドルのイベントに
行っても滅多にはないだろう。
﹁総員! 服を脱いで床の上に寝転がってくれ!﹂
﹁﹁﹁ホネー! ホネー!﹂﹂﹂
悠斗の命令を受けたスケルトンたちは、何の疑問も持たずに次々
と服を脱ぎ去っていく。
性格が従順なスケルトンたちは、隷属契約による命令権を使用し
なくても素直に言うことを聞いてくれることが多かった。
﹁よーし! 今晩は弾けていくぞ!﹂
目の前に広がるのは圧倒的な女体の花畑の光景である。
悠斗は服を脱いで下着姿になると、そのままスケルトンたちの体
の上をゴロゴロと転がり回る。
︵おお⋮⋮! この幸福感⋮⋮! 最高だぜ⋮⋮!︶
984
大・中・小、と。
スケルトンたちの胸サイズは様々である。
そんな彼女たちのバラバラの大きさの突起が肌を撫でる度に悠斗
は、天上に誘われるかのような気持ちになった。
﹁そーれ!﹂
ゴロゴロ。
ゴロゴロ。ゴロゴロ。
何度転がっても飽きることはない。
悠斗が新しく開発した﹃女体マットプレイ﹄には男のロマンがつ
まっていた。
﹁⋮⋮お、お兄ちゃん、なのですか!?﹂
声のした方に目を向ける。
と、そこにいたのは寝間着姿のサーニャであった。
﹁あの⋮⋮。サーニャは⋮⋮サーニャは⋮⋮。ごめんなさい。スケ
ルトンさんたちの声がしたので起きたのですが⋮⋮﹂
985
どうやら幼女のサーニャにとって﹃女体マットプレイ﹄は、刺激
の強すぎるものであったらしい。
こちらに向けるサーニャの眼差しは完全に不審者を見るかのよう
なものであった。
﹁お兄ちゃんは﹃お楽しみ中﹄だったのですね! 大丈夫、なので
す! サーニャは何も見ていないから、安心して欲しいのです。は
い!﹂
無垢な幼女から軽蔑の視線を受けた悠斗は、以前にWピースをし
ているリリナの前にサーニャが現れた時のことを思いだす。
このとき悠斗は当時のリリナの気持ちが少しだけ分かったような
気がした。
986
魔族会議
此処はエクスペインの中でも一際、治安の悪い︽スラム︾と呼ば
れる地域である。
ガリガリに痩せ細ったストリートチルドレン。 麻薬のトリップにより呆けた表情で、地面で寝転がっている中年
男。
ボロを纏った薄汚れた売春婦。
などなど。
スラムの中は奴隷商人たちにもソッポを向かれるような人間たち
で溢れかえっている。
そんなスラムの中心部に貴族の屋敷と見紛うほどの豪邸が存在し
ていた。
七つの大罪の1人︱︱。
怠惰の魔王ことベルフェゴールの屋敷である。
﹁⋮⋮ったく。ルシファーの旦那も酷いことするぜ。よりにもよっ
てオレの家を集合場所に選ぶことはねーじゃないか!﹂
﹁すまんな。ベルフェゴールよ。七つの大罪を招集するには、スラ
ムという環境は何かと都合が良いものでな﹂
987
今現在。
屋敷の中には最強の魔族集団︱︱7つの大罪の内、6人の魔族が
集結していた。
傲慢の魔王、ルシファー。
憤怒の魔王、サタン。
嫉妬の魔王、レヴィアタン。
怠惰の魔王、ベルフェゴール。
暴食の魔王、ベルゼバブ。
色欲の魔王、アスモデウス。
個人主義者の七つの大罪が一度にこれだけ集まるのは、500年
前のレジェンドブラッドとの戦闘の時以来であった。
﹁テメェ! コラ! ルシファー! マモンの野郎はどうした!?
あのキザ野郎⋮⋮何時になったら現れるんだよ!﹂
何時まで経ってもマモンが顔を見せない状況に痺れを切らしたの
はサタンであった。
整髪料により逆立てた頭髪とシルバーのアクセサリーを付けたサ
タンの外見は、スラムをうろつくゴロツキたちと大差がない。
988
しかし、外見に騙されてはならない。
魔族として日々の鍛練を欠かさないサタンは七つの大罪の中でも
一二位を争う武闘派として、その名を知られていた。
﹁マモンは死んだ。先日、四獣の塔で遺体として発見されたよ。今
日の集まってもらったのは他でもない。その事後対応の話をしよう
と考えていたのだ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮!?﹂﹂﹂﹂﹂﹂
ルシファーから仲間の死亡報告を受けた他の5人の魔族たちは、
驚愕のあまり言葉を紡ぐことが出来ずにいた。
﹁ちょっとルシファー! それどういうこと!? たしかにアイツ
の戦闘能力はウチらの中では貧弱だった方だけど⋮⋮。そう簡単に
殺られるような玉ではなかったはずよ! その報告⋮⋮間違いなん
じゃないの!?﹂
この報告に対して最初に異議を唱えたのは、ルシファーの右腕と
して魔族たちを纏める立場にあるレヴィアタンであった。
七つの大罪一の美女として名を知られているレヴィアタンには、
年齢を重ねた女性にしか出せない妖艶な色気があった。
﹁⋮⋮レヴィアに同意する。そもそも奴の周りには﹃四獣﹄がいる。
989
レジェンドブラッドクラスの相手が現れたところで遅れを取るはず
もなかろう﹂
レアヴィアタンに同調するように声を上げたのは、メンバーの中
でも最古参のアスモデウスである。
普段は寡黙な武人として名を知られているアスモデウスであった
が、この時ばかりは声の中に動揺の色が混じっていた。
﹁私も最初聞いた時は何かの間違いだと考えていたよ。しかし、実
際にこの目で確認した。残念だがマモンの死は紛れもない事実⋮⋮﹂
﹁ふざけるな!﹂
ルシファーの報告を遮るようにサタンは怒気を孕んだ声を上げる。
﹁マモンが死んだだと⋮⋮!? んなもん簡単に信じられるかよ!
オレは絶対に信じねぇ! この眼で確認するまでは⋮⋮絶対に信
じねーからな!﹂
感情に身を任せたサタンはそんな言葉を残すと、無言のまま部屋
を後にする。
﹁ちょっと! サタン! 貴方⋮⋮どこにいくのよ!?﹂
990
﹁放っておけ﹂
﹁でも⋮⋮﹂
﹁最初から分かっていたことだ。言葉で何か言ったところで奴を納
得させることは出来ないだろう﹂ ルシファーにとって此処までの事態は想定の範囲内である。
軽薄なようでいて誰よりも仲間の輪を重んじていたサタンが、マ
モンの死を受け入れるようになるまでには暫く時間がかかるだろう。
﹁さて。今後のことを決めておこうか。まずはマモンを殺した犯人
の特定だが⋮⋮これについてはレヴィアタンとベルフェゴールに任
せたいと思っている。レヴィアの能力があれば犯人の能力を割り出
すことは容易だろう﹂
﹁了解﹂
﹁⋮⋮チッ。なんでオレが﹂
ルシファーの予想が正しければマモンを殺した犯人は、過去に対
立したどんな相手も凌駕するほどの難敵である。
能力の相性を考えるとレヴィアタンは当然として、不測の事態に
備えて七つの大罪の中でもルシファーに次ぐ実力を持っているベル
991
フェゴールは外せない。
﹁アスモデウスとベルゼバブは失踪したマモンの部下の行方を追っ
てくれ﹂
部下から受けた報告によれば、マモンの死亡を契機に四獣の塔か
ら宝を持ちだして逃亡中の魔族がいるらしい。
地道な作業になるが、最古参のアスモデウスの人脈があれば居場
所を割り出すことも出来るだろう。
メンバー最年少のベルゼバブは、仕事の内容に依らず経験豊富な
アスモデウスとコンビを組んで仕事をすることが多かった。
︵ヤッバ∼。もしかしてマモンを倒したのはユートさまなのかな?
でもアタシはまだマモンの情報を教えていないしなぁ︶
悠斗がマモンの行方を追っていたのは部屋の中にいた魔族の中で
は、ベルゼバブのみが知っている情報であった。
ベルゼバブは以前にマモンの居場所が分かり次第、悠斗に報告を
する約束を交わしていたのであった。
もし仮に︱︱。
マモンと悠斗が接触するような事態が起きたのならば、二人が戦
闘に入る可能性は十分に考えられる。 992
︵あ∼あ。どうしてアタシがこんな退屈な作業を⋮⋮。早くユート
さまに会いたいなぁ︶
仕事の説明を聞いていても内容が全く頭の中に入ってこない。
悠斗に対して情熱的な恋心を抱くベルゼバブは深々と溜息を吐く
のであった。
993
2度目の再会
翌日。
悠斗は昨日と同じようにリシャールの花園にやってきた。
﹁う∼ん。流石に1度に大量に討伐しすぎたのだろうかな? さっ
きからモンスターの気配が全くしないんだけど⋮⋮﹂
かれこれ30分くらいは探索を続けただろうか。
少し移動する度にエンカウントした昨日とは打って変わり︱︱。
目当てのモンスターが出現する気配を全く感じ取ることが出来な
かった。
﹁妙ですね。モンスターの臭いが全くしなくなっています﹂
﹁そういえばこんな話を聞いたことがある。妖精種の魔物は常に何
カ所か生活拠点を持っている、と。ドラゴンなどの天敵となるモン
スターが住み始めると群れを作って別拠点に移住をするそうだ﹂
﹁待ってくれよ。このエリアには元々、妖精系しかいなかったんだ
ぜ? その話は関係ないんじゃないか?﹂
994
﹁えーっと。つまり⋮⋮シルフィアさんはこう言いたいのだと思い
ます。妖精種たちはご主人さま1人を天敵と認定して、リシャール
の花園から逃げ出してしまったのではないでしょうか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
結論から言うと、シルフィアの推測は当たっていた。 悠斗の存在を恐れた妖精種のモンスターは、﹃このままリシャー
ルの花園に留まるのは危険﹄と判断して一夜にして大脱走を図った
のであった。
ちなみに妖精族のモンスターが1人の人間を天敵と見做して拠点
を移すのは前代未聞のことであった。
﹁⋮⋮まぁ、せっかく遠出して来たんだからもう少し探してみよう
か。もしかしたら偶然見つけられていないだけの可能性もあるし﹂
片道2時間のコストをかけているので手ぶらのまま帰るのも忍び
ない。
そう考えた悠斗は再び探索を開始するのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
それから。
995
根気強く周囲を歩き回った悠斗たちであったが、やはり妖精種の
モンスターを見つけることは叶わなかった。
何事も﹃やり過ぎ﹄は逆効果ということだろうか?
今回のことは悠斗にとって色々と教訓になる経験であった。
﹁テ、テメェは⋮⋮! コノエ・ユート⋮⋮!﹂
目当てのモンスターを見つけることは叶わなかったが、意外な男
との再会を果たすことは出来た。
レジェンドブラッドの魔術師︱︱ミカエルは悠斗の姿を見るなり
怒気の籠った声を上げる。
﹁なんだよ。またお前か。というか昨日は聞きそびれちまったけど
お前は何の目的があってこのエリアに来ているんだ?﹂
﹁ハッ! 誰がテメェなんぞに教えるか! 悪いが俺たちは極秘中
の極秘任務を遂行している最中で⋮⋮﹂
﹁ミーーーカーーーエーーールーーーー!﹂
﹁ぶごうっ!?﹂
ミカエルが迂闊に口を滑らせようとした直後のことである。
恐ろしく鋭い飛び蹴りがミカエルの背中を襲った。
996
﹁ゴバッ⋮⋮。テメェ⋮⋮この脳筋賢者! オレを殺す気かよ!?﹂
﹁当然、殺すつもりで蹴りました。死んだところで私が生き返らせ
るのですから問題ないでしょう?﹂
突如として悠斗たちの前に現れたのはレジェンドブラッドの賢者
︱︱ソフィアである。
例によってソフィアの打撃攻撃は凄まじい威力を秘めているよう
であった。
﹁大体テメェは何時もそうだよな? 何でもかんでも暴力で解決し
ようとする。女なんだから少しは慎みを持てっつーの!﹂
﹁⋮⋮はい? 性別は関係ありませんよね?﹂
﹁関係大有りだよ! そんな短いスカートを履いてピョンピョン跳
ねまわりやがって。コノエの野郎がエロい眼でお前のことを見てい
たらどうするんだよ!?﹂
﹁ど、何処見ていやがるんですか!﹂
﹁ふごっ!?﹂
ソフィアの回し蹴りがミカエルの顔面にヒットする。
997
︵こうして見ると2人とも悪い奴らではなさそうだなぁ⋮⋮︶ 2人の会話を見ていた悠斗は思い切って踏み込んだ質問をぶつけ
てみることにした。
﹁その、機密って? もしかして2人は何か重要な仕事があってリ
シャールの花園に来ているのか?﹂
﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂
悠斗が尋ねると、ミカエル&ソフィアは気まずそうに沈黙を貫い
ていた。
﹁俺に手伝えることって何かないかな? モンスター討伐目当てに
来ただけど、この通り妖精たちが何処かに消えてしまったみたいで
手持無沙汰になっているんだよな﹂
﹁⋮⋮よろしいのですか? 我々に着いてくることになれば、少な
からず貴方も危険に晒されるリスクがありますが﹂
﹁大丈夫ですよ。こう見えて俺は腕っぷしには多少自信があります
ので﹂
998
せっかく遠出をしたのに何の収穫も無しに帰るわけにはいかない。
ここでレジェンドブラッドのメンバーに対して恩を売っておけば、
後々になってそれが役に立つ可能性もあるだろう。
﹁ハァ!? テメェ⋮⋮何を言っているんだ!? お前はレジェン
ドブラッドの敵だろうが!﹂
﹁ん? 何時から俺がお前の敵になったんだ?﹂
﹁⋮⋮忘れたとは言わせねぇぞ? お前は俺が人類の敵! 暴食の
魔王、ベルゼバブと戦った時は魔族側に付いていただろうが!﹂
﹁ああ。そんなこともあったか。ミカエル。お前は1つ勘違いして
いるぞ﹂
﹁なに⋮⋮!?﹂
﹁人間とか、魔族とか、そんなことは俺にとってはどうだっていい
んだよ。いつだって俺は可愛い女の子の味方なんだから﹂
ミカエルの疑問を受けた悠斗は、キリッとした凛々しい顔つきで
答えるのであった。
999
VS インプ
それから。
レジェンドブラッドから事情を聞いた悠斗は、彼らの任務に協力
することにした。
ソフィア曰く。
このリシャールの花園にはとある大物魔族が潜伏しているらしい。
この情報を獲得出来たのは、彼女が取得しているレアリティ詳細
不明の固有能力︱︱︽予知夢︾によるものである。
予知夢 レア度@詳細不明
︵未来の光景を夢の中で見ることを可能とするスキル︶
今回の討伐対象である﹃白虎﹄と呼ばれる魔族は、強欲の魔王︱
︱マモン部下であり、魔族たちの中でもトップクラスの実力を有し
ているのだと言う。
﹁なるほど。ということはまず、リシャールの花園に潜んでいる白
虎と呼ばれる魔族を見つければ良いんだな﹂
﹁いいえ。その必要はありません。白虎の居場所については、今朝
1000
の神託で確認済みですから﹂
ソフィアの固有能力である︽予知夢︾の欠点は、ある程度の狙い
は付けられても得られる情報を完全にコントロールすることが不可
能という部分にあった。
昨日の内に決着を付けられたかったのは、最初に見た夢の内容か
らだとターゲットがリシャールの花園に潜伏しているというところ
までは判明しても、細かい場所までは分からなかったからである。
︵しかし、何故でしょう。昨日といい今日といい、私の予知夢のス
キルでは彼についての情報を掴むことが出来ませんでした︶
そもそもにして悠斗の存在は様々な点で不可解であった。
以前のベルゼバブ戦の時もそうである。
ソフィアの予知夢によれば、暴食の魔王ベルゼバブはミカエルの
仕掛けたトラップによって討伐されている予定であった。
予知夢のスキルは100パーセント確定した未来の情報を獲得す
るタイプのものではない。
逆に言うと、改変可能な未来だからこそ価値があるとソフィアは
考えていた。
だがしかし。
こうまで連続してイレギュラーな事態が発生することは過去に前
1001
例のないことであった。
︵コノエ・ユート⋮⋮。今日ここで私が貴方の真価を見極めてあげ
ますよ︶
悠斗に仕事を手伝ってもらおうと考えたのは、レジェンドブラッ
ドの戦力が不足していると判断したからではない。
白虎が塒にしている洞窟に向かう最中にソフィアは、ひっそりと
笑みを零すのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁なるほど! ということはソフィア殿とミカエル殿は所謂、幼馴
染の関係だったのだな﹂
﹁ええ。誠に不本意でありますが、そう呼ばれることに対して否定
はしません。私とミカエルは互いに物心ついた時から親戚を交えて
の付き合いをしていましたから﹂
﹁びえ∼! なんだかそういう関係って憧れます。物語に出てくる
恋人同士のような関係ですね﹂
﹁それについても否定しません。相手があのミカエルでなければの
話ですが⋮⋮﹂
1002
悠斗たち一向は白虎が潜伏しているリシャールの花園内の洞窟に
まで足を延ばしていた。
前を歩くスピカ・シルフィア・ソフィアの3人はガールズトーク
に花を咲かせている。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
盛り上がる女子たちとは対照的に無言だったのは、悠斗&ミカエ
ルの男子コンビであった。
元々ミカエルは悠斗に対して好意的な感情を抱いていない。
悠斗としても自分に敵意を剥き出しにしている相手と会話をして
も仕方がないので、2人の男子の間には険悪な雰囲気が漂っていた。
﹁ご主人さま! この奥から魔物の臭いがします!﹂
スピカが声を上げた直後のことである。
インプ 脅威LV19
目の前にコウモリの羽を背中から生やした小人を発見する。
1003
洞窟の中ではあるが、リシャールの花園で妖精系以外のモンスタ
ーとエンカウントするのは初めてのことであった。
1004
人の女に手を出すやつは人間のクズ
﹁インプか。こいつらが現れるってことは白虎の野郎も直ぐ近くだ
な﹂
﹁注意して下さい。体が小さくても相手は魔族の血を引いているモ
ンスターです。舐めてかかると痛い目にあいますよ﹂
魔族との戦いに慣れた2人はインプの出現に対しても落ち着き払
った様子であった。
インプというモンスターには魔族の下に付いて仕事をする﹃使い
魔﹄としての役割を担っていることが多い。
中には知性を持って下級魔族として認定される個体も存在してい
るのだが︱︱。
その多くはモンスターと魔族の中間として位置付けられていた。
﹁ソフィ。ここはオレに任せてくれ﹂
ミカエルは杖を構えて前に立つと、悠斗たちの周囲に無数の氷弾
1005
を出現させる。
水属性魔法︱︱︽イージス︾は世界で唯一人ミカエルだけしか使
用することの出来ないオリジナルである。
イージスで展開される氷弾は、1つ1つが高度な制御魔法によっ
てコントロールされており︱︱。
ミカエルが敵と認識した存在に対して自動で飛んでいく性質があ
った。
﹁﹁﹁ピギャッ!﹂﹂﹂
インプたちの断末魔が洞窟の中に木霊する。
数の有利を活かして次々に突撃するインプたちであったが、ミカ
エルのイージスを攻略することが出来ずに玉砕されていくことにな
る。
﹁凄いです⋮⋮! これほどまでに高度な魔法は見たことがありま
せん⋮⋮﹂
﹁流石は世界最強の魔術師と呼ばれるだけのことはある。氷弾の1
つ1つがまるで自分の意志を持っているかのように動いているぞ⋮
⋮!?﹂
初めてミカエルの魔法を目の当りにしたスピカ&シルフィアは驚
きの声を上げていた。
1006
﹁お怪我はありませんか? 美しいレディたち﹂
インプたちとの戦闘が終わったことを確信したミカエルは、ニィ
と白い歯を浮かべてスピカ&シルフィアの前に立つ。
﹁それにしても驚きましたよ。貴方たちのような可憐なレディをコ
ノエのような野蛮な男のものにしておくのは勿体ない﹂
﹁えっ。えっえっ!?﹂
混乱したスピカは動揺で上擦った声を漏らしていた。
悠斗以外の男に口説かれた経験のないスピカにとってミカエルの
言葉は、理解したがいものであった。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
一方で瞬時に相手の下心を見抜いたシルフィアは、冷めた視線を
送っていた。
幼少時には貴族のパーティーに出席することも多かったシルフィ
アは、軽薄な男から口説かれた経験も多かったのである。
1007
﹁すまないが、他を当たってはくれまいか? 我々は既に身も心も
主君に捧げると誓った身。他の男に心変わりすることなど絶対にあ
りえないのだ﹂
﹁そ、その通りです! 他を当たって下さい! 私たちの全てはご
主人さまのものなんです! 他の男の人に付いて行くことなんて考
えられません!﹂
見事なまでに誘いを拒絶されたが、ミカエルの笑顔が崩れること
はなかった。
ここまでは計算通り。
一途で献身的に尽くしてくれる女性でなければ狩り甲斐がない。
レジェンドブラッド一の色男を自称するミカエルは、女性を口説
き落とすまでの過程を何より楽しもうとするタイプであった。
﹁いやいや。そんな堅いことを言わずに。絶対に後悔はさせません
から。コノエのいないところでキミたちのことをよく知りた⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
生命の危機を感じたミカエルは、それ以上の言葉を紡ぐことが出
来なかった。
殺気のした方に目をやると、無言の圧力を放つ悠斗の姿がそこに
あった。
1008
﹁ミカエル。1つだけ忠告しておく﹂
ミカエルの肩にポンと手を置きながらも悠斗は告げる。
﹁⋮⋮例外はない。人の女に手を出す奴は人間のクズだ。悪いが俺
はクズ相手には容赦しねぇ﹂
悠斗の言葉の端々からは有無を言わさないプレッシャーが含まれ
ていた。
﹁⋮⋮わ、悪かったよ。ほほほ、ほんの冗談のつもりだったんだよ。
だ、だからほら、そんなに怒るなって﹂
ここで開き直りでもしたら︱︱殺される。
そう判断したミカエルは恐怖で声を震わせながらも謝罪の言葉を
口にする。
﹁⋮⋮しまっ﹂
1009
インプの残党がパーティーの最後尾にいるソフィアを襲ったのは
そんな時であった。
ミカエルのイージスは攻防一体の優れた性質である反面、常に万
全の集中力でいなければ発動しないという欠点があった。
故に悠斗の殺気に気圧された状態では、ソフィアを守ることが出
来なかったのである。
だがしかし。
これまで数々の魔族と戦ってきた悠斗にとってはインプのスピー
ドは、ハエが止まるかのようなレベルであった。
﹁おっと﹂
悠斗は小さな槍を持って突撃してくるインプをデコピンで弾く。
﹁ピギャァッ!﹂
その気になれば大木すら薙ぎ倒すことを可能にしている悠斗のデ
コピンを受けたインプは、そのまま直線上に吹っ飛んでいくことに
なり︱︱。
洞窟の岩壁に体をめり込ませて瞬時に絶命することになる。
悠斗はそこでステータス画面を確認。
1010
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製 魂創造 魔力圧縮
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶
水魔法 LV6︵10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶ 聖魔法 LV6︵37/50︶
呪魔法 LV6︵6/60︶
特性 : 火耐性 LV3︵19/30︶
水耐性 LV3︵0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
どうやらインプを倒して獲得できるスキルは呪魔法プラス3であ
るらしい。
対象の性的感度を増幅させるルードの魔法は、悠斗にとっては既
になくてはならない存在である。
予想外な場面で呪魔法の経験値を獲得できたことは悠斗にとって
は嬉しい収穫であった。
﹁信じられません。まさかインプを指1本で仕留めてしまうだなん
て⋮⋮﹂
その小さな外見から侮られがちではあるが、インプというモンス
1011
ターは決して楽に倒せる種類のものではない。
駆け出しの冒険者パーティーがたった1匹のインプに勝てずに半
壊するなどという話はザラに聞くものである。
﹁怪我はありませんか? ソフィさん﹂
キリッとした凛々しい顔つきで悠斗は尋ねる。
﹁はい。流石はユウトさんです。どこぞのポンコツラーメンとは違
います﹂
﹁それは良かった。ところでどうでしょう。この戦いが終わった後
は互いに親睦を深めるために2人で食事にでも⋮⋮﹂
﹁ちょっと待ったあああぁぁぁぁぁ!﹂
自然にソフィアを口説こうとする悠斗の言葉を遮ったのはミカエ
ルである。
﹁おい! テメェ! こらっ! 人の女に手を出すやつは人間のク
ズじゃなかったのかよ!? 言っていることが矛盾しているぞ!?﹂
正確に言うとミカエルとソフィアは恋人関係にあるわけではない。
1012
だがしかし。
本人は決して認めようとしないところではあるが︱︱。
実のところミカエルはソフィに対し、淡い恋心を抱いていたので
ある。
﹁ん? まぁでも、それはそれ、これはこれだろ?﹂
それがたとえ他人の女だろうと関係ない。
俺のものは俺のもの。
他人のものは俺のもの。
悠斗の中では﹃自分の女に手を出されて怒ること﹄と﹃他人の女
に手を出すこと﹄は全く矛盾していなかった。
﹁ク、クレイジー。本当にお前の頭の中はどうなっているんだ⋮⋮
?﹂
全く悪びれる素振りを見せずに謎理論を展開する悠斗を前にした
ミカエルは、思わず呆気に取られるのであった。
1013
VS 白虎
それから。
悠斗たちパーティーは白虎の潜んでいる洞窟の探索を順調に進ん
で行くことになる。
道中には白虎の使い魔であるインプたちが大量に待ち伏せていた。
﹁フハハハ! オレ様の魔法に挑もうなんて100億万年早いっつ
ーの!﹂
﹁﹁﹁ピギャッ!?﹂﹂﹂
白虎を守るために果敢に攻め込んでくるインプたちなのだが︱︱。
調子を取り戻したミカエルの魔法が付け入る隙を与えない。
︵クソッ。ミカエルのやつ⋮⋮余計な真似をしやがって⋮⋮︶
悠斗としては≪能力略奪≫のスキルを発動させるためにも率先し
てインプ討伐したいところだったのだが︱︱。
あまり不自然に戦闘を望もうとすると、理由について詮索されか
1014
ねない。
夜の営みを充実させるための好機を逃してしまった悠斗は、心の
中で悪態を吐く。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
更に暫く進んで行くと、インプたちは姿を現さなくなる代わりに、
大きく開かれた空間が見えてくる。
その中心部分に目的の魔族はいた。
﹁テメェらか。オレの塒を荒らしている不届きものの人間たちは⋮
⋮!﹂
白虎
種族:魔獣
職業:なし
固有能力:魔眼 不眠 再生 免疫 巨大化
魔眼 レア度@☆☆☆☆☆☆☆
︵森羅万象の本質を見通す力。ただし、他人が所持するレア度が詳
細不明の能力に対しては効果を発揮しない︶
再生 レア度@☆☆☆☆☆☆☆☆
︵自身の心臓が残る限り、傷付いた体を瞬時に再生する力︶
1015
不眠 レア度@☆☆☆☆☆☆☆
︵睡眠を取らずに活動することを可能にする力︶
免疫 レア度@☆☆☆☆☆
︵あらゆる毒を無効化する力︶
巨大化 レア度@☆☆☆☆
︵自身の体を大きくするスキル︶
白虎という魔族は、悠斗が名前から抱いていたイメージとは全く
異なる外見をしていた。
全身の毛が綺麗サッパリ抜け落ちてしまっているからだろう。
そこには野生動物から感じられるような力強さは何処にもない。
薄ピンク色の肌を晒している白虎の様子は何処か情けないものが
あった。
﹁予知夢のスキルで見た通り! やはり白虎は弱っているようです﹂
何かストレスのかかる出来事があったのだろうか?
ソフィアは思う。
詳しい事情は分からないが、叩くなら今が最大のチャンスである
ことは間違いないだろう。
1016
﹁さぁ。ミカエル。当初の予定通り最大威力のエクスプローション
を白虎にぶち込んで下さい﹂
﹁おうよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁どうしたのです!?﹂
﹁すまん。どうやらイージスの魔法を維持しすぎて魔力切れらしい﹂
﹁∼∼∼∼ッ! この⋮⋮ポンコツラーメン!﹂
﹁ハハハッ。可愛い女の子たちが見てると思うと、ついつい張り切
ってしまっていけねぇな﹂
どうやら戦力ダウンしていたのは敵サイドだけではなかったらし
い。
白虎討伐の切り札を失ったソフィアの顔色は、みるみると蒼白に
なっていく。
﹁死に晒せぇぇぇええええええええええええ!﹂
1017
そうこうしている内に白虎の攻撃が始まった。
白虎は︽巨大化︾のスキルを使用して、己の体格を5メートル近
くにまで拡大すると、勢いよく地面を蹴った。
狙いはメンバーの中で最も動揺の激しかったソフィアである。
﹁しまっ⋮⋮﹂
この時、ソフィアは自らの死を覚悟した。
何故ならば︱︱。
戦闘時におけるソフィアの役割は聖属性魔法とスキルによるサポ
ートが中心で、攻撃魔法の類を全く使うことができないからである。
数少ない攻撃手段である体術の稽古は詰んでいたので、武闘家と
しても一流の技術を身に付けてはいたのだが︱︱。
格下相手には通用しても人外同士の戦闘においては、気休め程度
にしかならないのである。
﹁させるかよ﹂
だがしかし。
1018
白虎の巨大な拳がソフィアに命中する寸前。
悠斗の攻撃が白虎の脇腹を捉えた。
破拳。
人体の︽内︾と︽外︾を同時に破壊することをコンセプトに作っ
たこの技を悠斗は、そう呼んでいた。
高速で拳を打ち出しながらも、インパクトの瞬間に腕全体に対し
てスクリューのように回転を加えるこの攻撃は、近衛流體術の中で
も悠斗が主力としている使用している技である。
標的の体内にその衝撃を拡散させるこの技は、生物の骨格・臓器・
筋肉の全てを同時に破壊することを可能にしていた。
﹁ぐばあああああああああああああああっ!﹂
悠斗の全力の︽破拳︾を受けた白虎は、大量の粉塵を巻き上げな
がら体を岩壁に激突させる。
ドガガガガッ! と。
地震が起きたかのように洞窟全体が振動する。
1019
﹁き、貴様ァ⋮⋮!﹂
だがしかし。
本来であれば即死級のダメージを受けたにも拘わらず︱︱。
白虎はピンピンとした様子で立ちあがって見せた。
魔眼のスキルから得た情報により悠斗はそこで今回、白虎に止め
を刺しきれなかった原因が相手が保有する︽再生︾のスキルにある
ことを理解する。
このスキルを保有する相手を倒すには心臓を狙わなければならな
い。
けれども、厄介なことに巨大化のスキルを使用した白虎の体格は
優に5メートルを超えている。
あの分厚い胸板を貫いて心臓にダメージを与えるのは、一筋縄で
はいかなそうである。
︵う∼ん。思ったよりもこいつは持久戦になりそうだな︶
意外なシナジ︱効果を発揮する︽巨大化︾+︽再生︾を前にした
悠斗は、思わず頭を悩ませるのであった。
1020
VS 白虎2
悠斗の予想は、そのものズバリ的中していた。
弱体化しているということもあって白虎の攻撃そのものは、悠斗
にとって注意をしていれば簡単にいなせるものであった。
当初の予想通りに脅威となったのは、白虎の保有する︽再生︾+
︽巨大化︾のスキルである。
元々、悠斗が好んで使用する技は短期決戦用のものが多く、どち
らかというと持久戦は不得手であった。
先程放った︽破拳︾よりも更に威力を上げた︽破鬼︾で強引に突
破する手段もあるのが︱︱。
その場合は失敗した時のリスクが大きすぎる。
結果。
悠斗は基本的な武術のみで応戦するしか選択肢はなくなり、両者
の戦闘は膠着状態を維持することになった。
︵凄い⋮⋮! これが本当に私たちと同じ人間の力だというの⋮⋮
!?︶
1021
悠斗の苛烈な戦い振りを目の当りにしたソフィアは、1秒たりと
も両者から目を離すことが出来なかった。
多少なりとも武術を嗜んでいる自分だからこそ理解できる。
悠斗の戦闘スタイルは、単一の流派に拘らずに古今東西の様々な
武術の長所が組み込まれた特殊なものである。
ソフィアは今ここに人類が誰1人として到達することが叶わなか
った︱︱﹃武術の完成形﹄を見たような気すらした。
自らの肉体1つで強大な魔族を圧倒できる存在に出会ったのは、
ソフィアにとっては悠斗が2人目であった。
﹁ミカエル! 貴方の魔力はまだ戻らないのですか!? 部外者の
ユウトさんはこんなに頑張っているのですよ!?﹂
﹁うぐっ⋮⋮。すまねぇ。最大威力のエクスプローションを撃つに
は、最低でも後5分は時間がかかりそうだ﹂
それにしても肝心な時に役に立たないのはパートナーの魔術師で
ある。
本来であれば何時ものように殴り殺してやりたいところだが、今
は1秒でも時間が惜しい。
この膠着状態を打破する唯一の方法は、ミカエルの全力の魔法し
1022
かないのだから︱︱。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
第三者の視線から見ると悠斗VS白虎の戦闘は、均衡しているか
のように見えたのだが︱︱。
当事者たちが抱いていた感想は違っていた。
︵畜生⋮⋮! なんだってんだ!? どいつもこいつも⋮⋮!︶
これで再生のスキルが発動するのは17回目のことである。
心臓さえ守ることが出来れば半ば無敵に近い再生のスキルである
が、そこには1つだけ致命的な欠点が存在していた。
それは再生のスキルが発動には膨大な魔力を消費することである。
初期の頃と比較をすると白虎の回復力は徐々にだが鈍りを見せて
きている。
そのことに気付いた悠斗は、以前までの時間を稼ぐことに重点を
置いた戦闘スタイルから一転。
リスクを最小限に抑えながらも、着実にダメージを蓄積させる方
向に舵を切っていた。
1023
︵まただ⋮⋮! どうして攻撃があたらねぇ!?︶
相手の攻撃を先読みして裏をかこうにも戦術の幅が膨大過ぎて、
まるで対策を立てることが出来ない。
悠斗と拳を交える度に白虎は、まるで実態のない透明人間を相手
にしているかのような錯覚に苛まれることになった。
︵よくよく考えてみると⋮⋮似ている⋮⋮のか⋮⋮?︶
その時、白虎の脳裏に映ったのはあの日︱︱。
四獣の塔で起こった悪夢の光景であった。 気の置けないライバル。
積み上げてきたプライド。
絶対的な権力者によって守られてきた地位。
異世界から召喚された﹃近衛愛菜﹄という少女は、白虎の全てを
一瞬で奪って行った。
両者の風貌には何処か共通点が多かった。
1024
﹁もしかしてお前⋮⋮コノエ・アイナという女の血縁者なのか⋮⋮
?﹂
白虎が何気なく尋ねた次の瞬間。
ズキンッ!
悠斗の心臓は痛いほど脈打つことになった。
﹁お前⋮⋮今なんて言っ⋮⋮!?﹂
胸の動揺を抑えきることが出来ない。
頭がフラフラとして眩暈もしてきた。
近衛愛菜という少女が与える影響度は、悠斗が自分で考えていた
以上のものがあった。
﹁ハァァァアアアアアアアア!﹂
この隙を白虎は見逃さない。
体内の魔力は既に底を尽きている。
おそらくこれが最後のチャンス。
次にダメージを受ければ︽再生︾のスキルが発動することはない
だろう。
1025
白虎が最後の力を振り絞って悠斗の頭に牙を突き立てようとした
直後であった。
﹁旋風キ∼∼∼∼∼∼クッ!﹂
底抜けに明るい少女の声が洞窟の中に鳴り響く。
﹁ぶごおっっっ!﹂
背後から後頭部を蹴り飛ばされた白虎は地面の上を転げ回る。
結局、その一撃が決め手となり白虎は、そのまま息を途絶えさせ
ることになった。
黒宝のイヤリング@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵他人が所持する︽魔眼︾スキルの効果を無力化する︶
これは一体どういうことだろう?
突如として白虎の頭を目掛けて見事な蹴りで仕留めたのは、身長
150センチくらいの紅髪をした少女であった。
1026
﹁サリー! テメェ今まで何処に行っていたんだよ!?﹂
﹁ごめんごめん。花畑にごっつ綺麗なチョウチョが飛んでいたんや。
ソイツを追いかけとる内に皆のことを見失ってもうて﹂
﹁⋮⋮呆れてものが言えねぇ。だからお前はレジェンドブラッド1
のバカ娘と揶揄されるんだよ﹂
﹁悪かったよ∼。せやけど、間に合ったから別にええやんか﹂
サリーと呼ばれる少女は、チロリと悪戯っぽく舌を伸ばす。
﹁紹介します。彼女の名前はサリー。サリー・ブロッサム。レジェ
ンドブラッドの武闘家にして、私たちのパーティでは前衛職を務め
ています。見ての通りに腕は確かですが、頭が少し足りないのが難
点です﹂
﹁ううっ。酷いよ∼っ! ソフィちゃんまでウチのことをバカって
言うた!? バカって言うた!?﹂
仲間内から立て続けに酷評を受けたサリ︱は涙目になる。
﹁レジェンドブラッド⋮⋮か。なかなか侮れないやつらだな﹂
1027
魔術師・賢者に続く3人目のレジェンドブラッドと出会った悠斗
は神妙な口調で呟いた。
﹁たしかに。どの方々もその道の達人! という雰囲気で凄そうな
オーラを感じます﹂
﹁うむ。流石は人類最強と言ったところだろうか﹂
﹁えーっと。俺が言ったのは女の子のレベルが高いなぁ、という意
味だったのだけど?﹂
﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂
この期に及んで女の子ばかり見ている悠斗に対してスピカ&シル
フィアは、軽蔑の眼差しを送るのであった。
1028
ラッセンの訪問
悠斗がレジェンドブラッドのメンバーとの共闘により、白虎を打
ち破ってから数日が過ぎた。
あれからというもの悠斗は何時もと何ら変わらない平穏な日常を
過ごしている。
自宅のベッドの上で横になりながらも、悠斗は物思いにふけって
いた。
︵それにしても⋮⋮どうして白虎は愛菜の存在を知っていたのだろ
う︶
事情を聞こうにも、白虎は既にこの世にはいない。
いっそのことソフィアに頼んで蘇生してもらえば良かったのだろ
うか?
ハッキリとした情報を掴むことが出来ずに悠斗の胸の中には、モ
ヤモヤとした感情だけが残っていた。
︵ん⋮⋮? なんだろう。これ⋮⋮?︶
1029
人の気配を感じ、ふと視線を上げる二つの球体がそこにあった。 試しに両手を伸ばして掴んでみようと試みる。
︱︱が、激しい殺気を感じたので寸前のところで思い留まること
になった。
よくよく見てみると、そこにあったのは女性の大きな胸であった。
ラッセン・シガーレット
種族:ヒューマ
職業:冒険者
固有能力:読心
読心@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵対象の心の状態を視覚で捉えることを可能にするスキル︶
﹁自宅だからと言って少々だらけ過ぎでないか? キミらしくない。
私が暗殺者だったら今頃キミは地獄行きだな﹂
﹁俺みたいな善人を捕まえて何を言っているんですか。せめてそこ
は天国と言って下さいよ﹂
﹁⋮⋮キミの場合、本気でそう思っていそうだから性質が悪いな﹂
1030
﹁???﹂
ウェスタンハットを被った女性の名前はラッセン・シガーレット。
悠斗とはエクスペインの冒険者として先輩・後輩の関係を築いて
いる。
冒険者という肩書とは別に凄腕の情報屋でもある彼女には、悠斗
もこれまで様々な面で助けられてきた。
﹁珍しいですね。ラッセンさんが家に遊びに来るなんて﹂
﹁いや。なに⋮⋮ちょうど近くを立ち寄る用事があってね。せっか
くだからキミの様子でも見ておこうかと思ったのだよ﹂
﹁どうして俺なんです?﹂
﹁聞くところによると近頃のキミは全く元気がないそうじゃないか。
スピカ君やシルフィア君がキミのことを心配しているよ﹂
﹁あ∼⋮⋮﹂
痛いところを突かれてしまった。
このところ悠斗は愛菜のことが気になってしまい、何事に対して
も無気力な日々が続いていたのである。
聞くところによればスピカとシルフィアは、ラッセンと休日に3
1031
人で遊びに出かけることもあるらしい。
いわゆる女子会というやつである。
何時も屋敷の中に閉じ込めておいてもストレスが溜まってしまう
だろうし、たまには自分のいないところで羽を伸ばす時間も必要だ
ろう。
悠斗としてはラッセンが同行してくれるならば、悪い男が近づか
ないだろうという思惑もあった。
﹁ルナだってそうだ。このところキミは冒険者ギルドにも顔を出し
ていないそうじゃないか﹂
﹁面目ない。色々な人に迷惑をかけちゃったみたいですね﹂
十分に休暇も取ったことだし明日あたりからは、冒険者としての
活動を再開していくことにしよう。
﹁ところでコイツは私からの土産だ。受け取ってくれ﹂
﹁ん? なんだこれ⋮⋮?﹂ そこでラッセンが悠斗に手渡したのは1枚の紙切れである。
︻エクスペイン主催! 武術トーナメント参加チケット!︼
1032
チケットにはそんな文章が書かれていた。
優勝賞金は驚きの100万リア。
現代日本に換算すると1000万円近い額になる。
賞金の規模から考えても大きな大会であることは間違いなさそう
であった。
﹁キミのことだ。元の調子に戻るには戦いの中に身を置くのが良い
と思ってね。出場予定だった知り合いが欠場したので余ったチケッ
トを貰っておいたのだよ。
ちょうど明日から予戦が始まるみたいだし、暇があるならキミも参
加してみてはどうだろうか?﹂
﹁おお⋮⋮! 面白そうですね!﹂
チケットに書かれている詳細によると、この大会には古今東西か
ら様々な流派・種族の武人たちが集まり鎬を削る合うらしい。
近衛流體術の継承者としては、興味をそそられる内容であった。
﹁ククク。さてはキミ。既にもう大会で優勝した気になっているな
?﹂
1033
悠斗の綻んだ表情を目撃したラッセンは、ジト目になりながらツ
ッコミを入れる。
﹁いえ。そういうわけではないのですが⋮⋮﹂
﹁簡単に優勝できるなどとは思わない方がいい。なんと言っても今
回の大会には︽無敗の拳法家︾︱︱ジャック・リーが参戦するそう
だからね。いくらキミが強くてもリーの強さには及ぶまい﹂
﹁誰です? それ?﹂
﹁まさかキミ⋮⋮。武闘家のくせにリーの名前も知らないのか﹂
悠斗の質問を受けたラッセンは驚きと呆れが入り混じったような
表情を浮かべる。
ワールド・コロシアム
﹁ジャック・リーは、トライワイドで4年に1度だけ開催される武
術の祭典︱︱世界武術決闘大会で3連覇中の武闘家だよ。
その絶対的な力は見るものを魅了し、リーの開いた道場には毎年
多くの若者が訪れている﹂
﹁へぇ。そんな人がいるんですね﹂
悠斗の中では﹃強い武人﹄というのは、﹃可愛い女の子﹄の次く
らいに興味を引かれるフレーズである。
1034
ラッセンにそこまで言わせる人物がいかほどのものなのか︱︱。
悠斗は大会に対して益々と興味を抱いていた。
﹁でも俺も負けないですよ。絶対にそのリーって人に勝ってラッセ
ンさんをギャフンと言わせてみせます﹂
﹁ふんっ⋮⋮。やっと何時ものキミらしくなってきたじゃないか。
やはりキミは少し不遜なくらいの態度が1番似合っていると思うぞ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
その時、悠斗は今回の一件が全て自分を元気つけるためにラッセ
ンが計画したものであることを朧気ながらも理解する。
︵本当に面倒見が良いんだよな。この人⋮⋮︶
ラッセンの気遣いを受けた悠斗はポカポカと温かい気持ちになっ
ていた。
﹁色々と心配してくれて有難うございます。もしかしてラッセンさ
んって俺のこと好き⋮⋮﹂
﹁は?﹂
﹁ごめんなさい。調子乗りました﹂
1035
あまりに本気で嫌そうな顔をするので思わず真面目に謝罪してし
まう。
︵ラッセンさんのアンチ・チョロインっぷりは相変わらずだなぁ⋮
⋮︶
可愛がってくれているのは間違いないはずなのだが、ラッセンと
だけは男女の関係になるビジョンが湧かない。
どうやら彼女とフラグが立つ日はまだまだ先の話らしい。
1036
武術トーナメント︵予選︶
翌日。
ラッセンに武術大会の参加を勧められた悠斗は、冒険者ギルドを
訪れていた。
今回の武闘トーナメントは、冒険者ギルドが管理している﹃闘技
場﹄という施設にて行われる予定になっている。
予選は16人1グループの乱闘戦で、勝ち残った1人が本戦トー
ナメントの出場権を獲得するシステムであった。
︵随分と大雑把な選別方法だな⋮⋮︶
スキル・魔法の使用も可能。
武器を持たなければ道具の持ち込みも認めている。
武術トーナメントと謳いながらも、なんでも有りな試合ルールを
確認した悠斗は思わず苦い笑みを零していた。
﹁あの⋮⋮ユートさん!﹂
1037
ルナ・ホーネック
種族:ケットシー
職業:冒険者
固有能力:隠密
隠密 レア度@☆☆☆
︵自らの気配を遮断するスキル︶
声のした方に目を向けると、見知った顔がそこにいた。
猫耳の忍者娘︱︱ルナ・ホーナックは悠斗と同じエクスペインの
街に活動拠点を置く冒険者である。
小柄な女性でありながらも﹃武神﹄と称されているルナは、若く
して悠斗と同じシルバーランクの称号を持っていた。
﹁おおー。ルナか。久しぶり!﹂
﹁久しぶり! じゃないですよもう! ずっとギルドに来なかった
から心配していたんですよ!?﹂
史上最悪のネームドモンスター︽不死王タナトス︾との戦闘で窮
地に陥っているところを助けてもらったルナは、悠斗に対して底知
れない恩義を感じていた
当初は悠斗のことを気嫌いしていたルナであったが、今では幼馴
染のリリナに向けているものと同じくらい悠斗に対して愛情を向け
るようになっていた。
﹁ラッセン先輩から聞きましたよ。武術トーナメントに参加するん
1038
ですか?﹂
﹁ああ。ついさっきそこで受付を済ませてきたばかりだよ﹂
﹁⋮⋮気を付けて下さい。今回の大会にはジャック・リーが参加す
るらしいです。たしかにユウトさんは強いです。けど、いくらユウ
トさんが強くてもジャックだけは油断ならない大敵です﹂
﹁またその名前か⋮⋮﹂
ラッセンに続いてルナまでもジャック・リーという武闘家を警戒
しているらしい。
立て続けに同一の名前を聞くことになった悠斗は、増々リーに対
する興味を深めていた。
﹁私はユートさんの強さを目標に頑張ることに決めたんです! 負
けたら承知しませんから!﹂
﹁俺が目標って⋮⋮。シルバーランクに昇進したのはルナの方がず
っと先じゃないか﹂
﹁ラ、ランクのことは今はどうでもいいです。とにかく頑張って下
さいね﹂
﹁分かったよ。ルナも時間があったら応援の方よろしくな﹂
﹁任せて下さい!﹂ それから少しだけ世間話を交えた後。
1039
悠斗は冒険者ギルドを後にして闘技場に向かうことになる。
悠斗の背中を見送りながらもルナは思う。
︵待っていて下さい。絶対に貴方の背中を追いかけてみせますから
!︶
おそらく悠斗がシルバーランクに止まっている期間はほんの一瞬
だろう。
何故ならば︱︱。
悠斗が早くもゴールドランク昇進の候補に早くもピックアップさ
れているという噂が、ギルドの中で上がっていたからである。
ゴールドランクの冒険者ともなれば王族からの依頼が中心となり、
一般クエストを受ける機会は激減する。
当然そうなれば悠斗と接点が薄らいで行ってしまうだろう。
︵それだけは嫌です。絶対に阻止しなくてはなりません︶
ルナの新しい目標。
それは悠斗と時期を同じくしてゴールドランクに昇進して、悠斗
のことを支えてやれる立場になるということである。
決意を新たにしたルナはギュッと拳に力を入れるのであった。
1040
1041
予選開始
冒険者ギルドで大会の登録を済ませた悠斗は、さっそく闘技場に
まで足を運んでいた。
﹁おおー。この街にこんな施設があったんだなー﹂
その外観はなんとなく古代ローマのコロッセオを彷彿とさせる。
闘技場の中にはA会場とB会場があり、参加者は総勢250人を
上回っているという。
﹁コノエ・ユートさん。Fブロックの予選がまもなく開始されます。
中に入って準備をしていて下さい﹂
受付の女性が名前を呼んだ。
悠斗は静かに席を立って、指定されたA会場に向かう。
﹁おい。聞いたか? あいつが例の⋮⋮﹂
﹁知っている。こっちは作戦通りにいくぞ﹂
﹁へへっ。悔しがるアイツの顔が今から楽しみだぜ﹂
1042
悠斗がA会場に到着した頃には、既に予選に出場する残りの15
人の参加者たちが準備を始めていた。
彼らはそれぞれ悠斗に対して敵意を剥き出しにした眼差しを向け
ていた。
︵なるほど。狙われているな。しかし、一体どうして⋮⋮。どこか
でも恨みを買ったのかな?︶
悠斗としてはこれまで極力、目立たないように行動してきたつも
りなのだが︱︱。
予選参加者たちは完全に結託した雰囲気を見せていた。
﹁あの野郎⋮⋮ラッセン様と親しくしやがって﹂
﹁くぅ∼。あのエロい体を独占しているかと思うと殺意がこみ上げ
てきたぜ﹂
﹁それより許せねぇのは我らが大天使! ルナちゃんと仲良くして
いることだ!﹂
﹁まったくだ⋮⋮。ルナちゃんは我々エクスペインの冒険者にとっ
ては希望の星なのだ⋮⋮。ああ。ルナちゃんをオレの娘にしたい⋮
⋮﹂
男たちの密談に聞き耳を立てた悠斗は、そこで自ら置かれた状況
1043
について理解することになる。
目的を同じくして一致団結した人間ほど怖いものはない。
参加者たちの個々の能力はさほど高くないようだが、警戒してお
くにこしたことはないだろう。 ﹁はぁ? ルナ? あんなチンチクリンのどこがいいんだよ? お
前たち⋮⋮頭湧いているんじゃねーのか?﹂ ﹁お前こそあんな⋮⋮尻デカお化けの何処がいいんだよ!? ルナ
ちゃんのちっぱいこそ至高だろうが⋮⋮!﹂
﹁なんだと⋮⋮。今直ぐに取り消せ!﹂
﹁お前こそ! 今直ぐ取り消すのだ!﹂
﹁ああん?﹂
﹁おおん?﹂
前言撤回。
ラッセン派とルナ派の冒険者たちはそれぞれ犬猿の仲であるらし
い。
本人たちの仲は良好なのにファンたちが険悪なパターンであった。
﹁それではこれよりFブロックの予選を開始します。試合⋮⋮開始
1044
!﹂
ベルの音と共に決戦の火蓋は切られた。
次の瞬間。
悠斗が取った予想外の行動に周囲にいた人間たちは度肝を抜くこ
とになる。
﹁﹁﹁なっ﹂﹂﹂
何を思ったのか悠斗は、会場のコーナーにまでゆっくりと1人で
歩いていったからである。
この試合の勝利条件は2つ。
それ即ち︱︱相手の背中を地面につけさせるか、相手の体をリン
グの外に追い出すかである。
﹁よく分からねぇが⋮⋮チャンスみたいだな⋮⋮﹂
﹁ああ⋮⋮! 一斉飛びかかって場外に押し出してやろう﹂
事前に停戦協定を結んでいた15人の男たちは、悠斗のことを隅
に追いやるようにして取り囲む。
1045
﹁へへっ。悪く思うなよ。コノエ・ユートは俺が仕留める!﹂
自身の勝利を確信した男は悠斗を場外に押し出すために突進する。
﹁なっ﹂
だがしかし。
確実に有利な状況であったにも拘わらず︱︱。
どういうわけか場外にいたのは突撃していった男の方であった。
参加者の男たちは何が起きたのか全く目で追うことが出来ず、シ
ンと水を打ったように静まり返っていた。
﹁お前ら⋮⋮抜け駆けなんてバカな真似を考えるんじゃねぇぞ。こ
いつは全員で力を合わせないとまずい﹂
﹁⋮⋮そうみたいだな﹂
目の前の相手との圧倒的な実力差を悟った参加者たちは、体勢を
整えて、悠斗の周囲を包囲する。
﹁ここは3・2・1のタイミングで一斉に飛びこむことにしよう﹂
1046
﹁﹁﹁了解﹂﹂﹂
相手がどんな達人であっても数の暴力には敵うまい。
先程の男が敗れたのは無謀にも1人で突撃していったからだろう。
この時、予選参加者たちはそんな風に考えていた。
﹁いくぞ! 3・2・1!﹂
攻撃開始の合図と共に男たちは、リングの隅にいる悠斗に向かっ
て同時に突撃する。
﹁え?﹂
﹁はい?﹂
﹁なんで?﹂
だがしかし。
14人の一斉攻撃にも拘わらず、最後までリングの上に残ってい
たのは悠斗の方であった。
訳が分からないまま敗北を喫した他の男たちは、ポカンと口を半
開きにしていた。
1047
うっちゃり。
それこそが悠斗が使用した技の正体である。
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした︽近衛
流體術︾を習得した悠斗は、︽相撲︾の技術にも精通していた。 幼くして角界入りを有望視されていた悠斗が最も得意としていた
のは、この﹃うっちゃり﹄という決まり手であった。
土俵ぎわで腰を落としバネをきかせながら、相手の体を左右いず
れかに振り捨てるこの技は、小兵の力士が大型力士に対抗しうる逆
転の一手として知られていた。
悠斗はあえて自分からフィールドの隅に立つことで、最高効率で
他の参加者たちを場外に追いやることに成功したのである。
︵相撲はなぁ⋮⋮。裸の男との密着がなければもう少し続けたかっ
たんだけど⋮⋮︶
競技としては奥深く、気に入っていたのだが︱︱。
汗まみれの男との密着だけが、どうしても耐えることが出来なか
った。
今にして考えるともう少しだけ続けても良かったかもしれない。
悠斗は相撲に関してはある程度の技術を吸収した後、スッパリと
1048
辞めてしまったのである。
︵そうか! 良いこと閃いた! 男がダメなら女の子たちと相撲を
取ればいいんだ!︶
流石に本物のまわしは用意できないだろうが、フンドシを履かせ
て恥じらうスピカ&シルフィアと相撲を取るのは、さぞかし楽しい
に違いない。
名案を閃いた悠斗は、家に帰った後にさっそく詳細な計画を練る
ことにした。
1049
祝賀会
﹁帰ったぞ∼﹂
無事に予選を勝ち上がった悠斗は、本選トーナメントの説明を受
けてから屋敷に戻ることにした。
﹁お兄ちゃん。お帰り、なのです﹂
﹁ユート! 話は聞いたぞ! 楽勝だったらしいじゃねーか!﹂
玄関に戻ると、最初に悠斗を出迎えたのはフォレスティ姉妹であ
った。
彼女たちはどういうわけかメイド服に身を包んでいた。
﹁ん? 二人がメイド服を着ているのは珍しいな﹂
﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂
悠斗が呟くと、フォレスティ姉妹はモジモジと恥ずかしそうな仕
草を見せていた。
1050
﹁主君。いつもながら見事な戦いぶりであった﹂
﹁流石はご主人さまです。この調子なら本戦トーナメントでも順調
に勝ち進めそうですね﹂
後からやってきたスピカ&シルフィアも同様にメイド服を着てい
た。
4人の姿を目の当たりにした悠斗は首を傾げる。
これは一体どういうことだろう。
悠斗は趣味でスピカ・シルフィア・リリナ・サーニャのメイド服
を特注で用意していたのだが︱︱。
これまで4人は悠斗が頼まない限りは、自発的にメイド服を着る
ことはなかった。
﹁みんなで揃ってメイド服なのか。何かあったのか?﹂
﹁はい。本日はご主人さまの予選突破の祝賀会を開こうと思いまし
て⋮⋮﹂
﹁祝賀会?﹂
﹁主君のメイド服好きは筋金入りのようだからな⋮⋮。少しでも主
君の疲れを癒せるよう我々も準備していたのだよ﹂
1051
﹁なるほど。そういうことだったのか﹂
この時、シルフィアは説明を省いていたのだが︱︱。
悠斗が夜な夜なスケルトンメイドたちを使って淫らな行為をして
いることは、その場にいる女性陣に筒抜けになっていた。
4人がメイド服を着ていた理由の中には、スケルトンたちに対抗
意識を燃やしていたこともあった。
﹁そういうことなら早くその祝賀会っていうのを始めようぜ! 御
馳走の準備は出来ているのか?﹂
﹁ええ。本日ご主人さまに召し上がって頂く料理は私たちになって
います﹂
﹁はい⋮⋮?﹂
スピカの言葉を受けた悠斗は何を言われているか分からずポツン
と棒立ちしていた。
しかし、次の瞬間。
スピカがメイド服のスカートをたくし上げたことによって、自ら
置かれた状況を理解することになる。
﹁主君。今夜は無礼講だ。我々は主君の勝利を祝うため⋮⋮どんな
1052
命令でも聞き入れる覚悟をしている﹂
そう言って語るシルフィアもまた自ら手でスカートを捲り上げて
いた。
﹁ユート。オレはもう⋮⋮これ以上は我慢できねーよ﹂
﹁⋮⋮実を言うとサーニャもお兄ちゃんとエッチなことをしたかっ
たのです﹂
﹁リリナ⋮⋮!? サーニャまで!?﹂
リリナの性欲が強いのは以前から知ってのことであったが、サー
ニャの方は意外であった。
サーニャに関しては心と体が未成熟だと判断して、全く手を出し
ていなかったのである。
︵クッ⋮⋮。こんなに可愛い女の子たちに我慢させちまうなんて⋮
⋮男として失格だな⋮⋮︶
悠斗は推測する。
このところ愛菜の件ばかりが気になっていて、魔法の訓練の方が
ご無沙汰だった。
祝賀会というのは後付けで、彼女たちはそれぞれ体を火照らせて
1053
悶々とした日々を過ごしていたのだろう。
﹁︱︱よし。お前ら覚悟しろよ! 今夜は寝かせないからな!﹂
女の子たちからの誘いにテンションを上げた悠斗は、メラメラと
闘志を燃え上がらせるのであった。
1054
祝賀会︵後書き︶
●お知らせ
具体的に祝賀会で何をしたのか? については、規制回避のため、
書籍版にて大幅に加筆して収録する予定です。
イラストと合わさってシリーズ史上、1番エロいシーンになると
思います。
書籍版の方にも興味を持って頂けますと非常に助かります。
何卒よろしくお願いします∼。
1055
忍び寄る影
一方その頃。
時刻は悠斗が武術トーナメントの予選を突破してから半日程後に
進むことになる。
ここはエクスペインの街から西方に10キロほど離れた街道であ
る。
この街道はゴブリン・スライムと言った低級モンスターしか出現
しないため、駆け出し冒険者にとっては格好の狩場となっていた。
しかし、今現在。
この街道には平和なエリアには相応しくない2人の魔王の姿があ
った。
﹁おい。レヴィア。本当にここで待っていればマモンを殺った﹃怪
物﹄っちゅーのは来るんだろうな?﹂
男の名前はベルフェゴール。
怠惰の魔王の地位に付く七つの大罪の中心人物の1人である。
何事に対しても無気力なのが珠に傷であるが︱̶。 引き受けた依頼に関しては絶対に失敗することはない。
1056
その能力に関してはルシファーから絶大な信頼を得ていた。
﹁当然でしょ。私の能力を疑う気? マモンを殺したやつは凄いス
ピードでエクスペインの街に向かっているわ。まるで何か﹃好物の
獲物﹄を見つけた獣のようにね﹂
女の名前はレヴィアタン。
七つの大罪の中では決して武闘派タイプではないが、その能力の
ストーキング
特性から情報収集の任務を任されることが多かった。
スナイプ・
﹁私の固有能力、︽運命の出会いは恣意的に︾に間違いはないわ。
忌々しい赤い糸は直ぐそこまで来ているはずよ﹂
﹁ぶはは。相変わらず気持ちの悪い能力だな。まぁ、今回ばかりは
ストーキング
お前の能力には助けられたわ﹂
スナイプ・
運命の出会いは恣意的に レア度@詳細不明
︵対象の肉体の一部を体内に取り入れることで運命の赤い糸を紡ぐ
能力︶
四獣の塔で発見されたマモンの死体は、何者かに食い散らかされ
た跡のように白骨化していた。
レヴィアタンは遺体から何者かの﹃唾液﹄を体内に取り入れるこ
とで、マモンを殺した犯人と赤い糸で繋がることに成功していたの
1057
であった。
﹁ん。なんだ? 急に降り出してきたな⋮⋮﹂
突如として降り始めた雨は嘘のように勢いを増して行く。
ゴロゴロッ。
バリバリバリバリッ。
激しい落雷が2人の近く降りかかる。 それはまるで︱︱これから起こり得る不吉を表しているかのよう
であった。
やがて赤い糸の先は透明な﹃何か﹄に繋がれたまま2人の前に現
れる。
﹁気をつけて!? そこに⋮⋮その地面の中に何かいるわ!?﹂
最初に異変に気付いたのはレヴィアタンであった。
﹁どうした? 何があった!?﹂
﹁分からない。急に赤い糸が切れたの。こんなことは初めてよ⋮⋮
! 固有能力が全く発動しなくなったの!﹂
1058
﹁なんだと⋮⋮?﹂
ベルフェゴールは試しに固有能力の発動を試みる。
︱︱が、やはり同じように全く発動する気配がない。
まるで何者かに能力を吸い取られているかのようであった。
パーフェクト・ドレイン
完全無敵の搾精 レア度@詳細不明
︵視界に入った生物の固有能力を無効化する力︶
今回の不可解な出来事が、近衛愛菜という少女が保有する︽完全
無敵の搾精︾という能力にあることは2人とって知る由もないこと
であった。
﹁私は槍⋮⋮砥がれた槍﹂
何者かの声が聞こえたかと思うと、突如としてベルフェゴールの
脇腹に鋭い痛みが走った。
﹁⋮⋮グハッ!﹂
1059
﹁ベルフェゴール!?﹂
内臓の一部を痛めたのだろう。
ベルフェゴールの口からは鮮血が湧き上がる。 ︵バカな⋮⋮! こんな⋮⋮こんな小娘が⋮⋮マモンの死肉を貪っ
たというのか⋮⋮!?︶
意外というより他はなかった。
死体の状況からマモンを殺した犯人を﹃怪物﹄と断定していたの
だが︱︱。
そこにいたのは黒髪黒眼をした︱︱外見だけで判断するなら見目
麗しい美少女であったからである。
異世界に召喚された直後の愛菜は悠斗を失った悲しみから食を断
ち、骨と皮だけが印象に残るみすぼらしい姿をしていた。
だがしかし。
四獣の塔で殺した魔族の死肉を貪り食らった愛菜は、すっかりと
栄養状態を回復させていたのである。
﹁驚きました。殺すつもりで攻撃をしたはずなのですが⋮⋮﹂
体を半分だけ影の中に隠した愛菜はポツリとそんな言葉を口にす
1060
る。
愛菜の取得している︽心葬流︾という武術は、現代日本において
︽近衛流體術︾と双璧を成すかのように稀有な性質を有するもので
あった。
心葬流の性質を一言で表現するのならば︱︱﹃思い込み﹄の武術
である。
愛菜は自分を影であると思い込むことによって、周囲から身を隠
すことを可能にしていた。
ビール
﹁ふんっ。悪いがオレの麦酒腹は、嬢ちゃんのような小娘に突破さ
れるほど柔じゃないんでね﹂
その言葉はベルフェゴールにとっての精一杯の強がりであった。
四獣たちが手も足も出なかったのは頷ける。
固有能力に頼った戦い方しか出来ない四獣では、この少女の相手
は務まらないだろう。
﹁レヴィア。今直ぐオレを置いて逃げろ。ルシファーの旦那に今回
のことを伝えるんだ﹂
﹁え⋮⋮?﹂
1061
﹁こいつは⋮⋮この怪物はヤバイ⋮⋮! 七つの大罪の総力を挙げ
て戦わないと相手にならん﹂
﹁わ、分かった! 絶対に伝えるわ! だからアンタも⋮⋮絶対に
生きて帰りなさいよ!﹂
ベルフェゴールの忠告を受けたレヴィアタンは、背中を向けて全
速力で愛菜の元から離れていく。
﹁なるほど。自分を犠牲にして女性を先に逃がすとは⋮⋮見上げた
人格者ですね。またまた驚きました﹂
これまでに出会った雑魚たちとは明らかに格が違う。
ベルフェゴールの能力を目にした愛菜は素直に感心していた。
﹁良いでしょう。貴方に敬意を表して⋮⋮私の最大奥義を見せてあ
げます﹂
愛菜の中には一度殺意を向けてきた相手を﹃見逃す﹄という選択
肢はなかった。
戦闘において﹃出来ることなら殺したくない﹄と考える悠斗とは
違って、愛菜はどこまでも非情な選択を取ることが出来るのである。
﹁私はお兄さま⋮⋮親愛なるお兄さま⋮⋮﹂
1062
﹁こ、こいつは⋮⋮!?﹂
次にベルフェゴールが見た驚愕の光景は、彼を更なる絶望に叩き
落とすのであった。
1063
VS ジャック・リー
チュンチュンチュン。
予選トーナメントが終わってから翌日の朝。
悠斗は窓の外から聞こえてくる小鳥たちのさえずりによって目を
覚ます。
﹁ご主人さま⋮⋮! 流石にそこまで太いのはダメですよ⋮⋮!﹂
﹁ヌルヌルは⋮⋮ヌルヌルだけは勘弁してくれ⋮⋮!﹂
﹁ふにゅ∼。お兄ちゃん⋮⋮パナいのです⋮⋮﹂
﹁ユート⋮⋮。お願いだ⋮⋮もっとオレのことを滅茶苦茶にしてく
れ⋮⋮﹂
声のした方に目を向けると、着崩れたネグリジュを身に付けて、
ベッドの上で倒れているスピカ&シルフィア&サーニャ&リリナの
姿があった。
流石に昨夜は、やり過ぎだっただろうか?
武術トーナメントに参加して完全に今までの元気を取り戻した悠
1064
斗は、今まで以上にハードな魔法の訓練を行ってきたのである。
﹁あ。ヤバイ﹂
何気なく時計を見てみると、既に時刻は本戦受付時間を5分ほど
過ぎていた。
ここで不戦敗でも喫しようものなら、参加チケットを手配してく
れたラッセンの顔に泥を塗りかねない。
﹁スピカ! シルフィア! 今直ぐ起きて準備しよう! ここまま
だと完全に遅刻だぞ!?﹂
本戦トーナメントではスピカ・シルフィアが駆けつけてくれるこ
とになっていた。 ちなみにリリナ・サーニャも応援に来たかったらしいのだが、2
人は仕事を残しているということなので今回は留守番を頼んでいる。
自らの置かれた状況に気付いた悠斗は、大急ぎで闘技場に向かう
のであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
一方その頃。
ところ変わって此処は、闘技場のA会場である。
1065
その観客席には先に到着したラッセン&ルナの冒険者がコンビが
いた。
﹁先輩⋮⋮。ユウトさん⋮⋮遅いですね﹂
﹁ああ。とっくに受付時間が過ぎているというのに⋮⋮彼は何をし
ているのだろう﹂
既にA会場の第一試合は始まってしまっている。
悠斗の第一試合は後の方にあるのだが、流石に本人が会場に到着
していない状態は色々と問題がありそうだった。 ﹁しかし、ユウトくんは本当に奇特な星の下に生まれたのだね﹂
﹁まったくです⋮⋮。まさか初戦の相手があのジャック・リーなん
て﹂
そんな会話を交わしている内に刻一刻と時間は過ぎて行く。
﹁えー。それではこれよりA会場1回戦の第4試合を行いたいと思
います。東ゲートから登場する選手は御存知! 無敗の拳法家ジャ
ック・リー選手。
対して西ゲートから登場する選手は期待の大型新人︱︱コノエ・
ユート選手です。両選手の方々は入場をお願いします﹂
1066
審判を告げる男が声を上げると、先に現れたのはジャック・リー
である。
齢50を超えながらも鍛え上げられた鋼のような筋肉を有するリ
ーの体からは、歴戦の猛者たるオーラを感じさせるものであった。
﹁すいません! 遅れました!﹂
リーが登場してから30秒くらいの時間が流れただろうか。
西ゲートから現れたのは、額から汗を出しながらも走る悠斗の姿
であった。
黒宝の指輪@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵他人が所持する︽魔眼︾スキルの効果を無力化する︶
悠斗がギリギリで試合会場に到着すると、鋼のような肉体を持っ
た初老の男の姿がそこにあった。
黒宝装備を身に着けているため相手の素性までは確認することが
出来ない。
これで悠斗が確認した黒宝シリーズの装備は首飾り、イヤリング、
指輪と合計で3種類目である。
﹁お前⋮⋮何者だ⋮⋮?﹂
1067
咄嗟に疑問の言葉を口にする。
これまで黒宝装備を身に着けていた人物は、自分を除くとレジェ
ンドブラッドのメンバーだけである。
レアリティの高い装備を身に着けていることからも、目の前にい
る相手が只者でないことが推し量れた。
﹁ふぉふぉふぉ。まさか武術の道に邁進する若者の中にワシの名前
を知らないものがいるとはのう⋮⋮﹂
悠斗の疑問を受けたリーは、顎から伸びた白ヒゲを整えながらも
不敵な笑みを浮かべる。
﹁若造よ。後学のために覚えておくと良い。ワシの名前はジャッ⋮
⋮ブフォォッ﹂
リーが名乗りを上げようとした次の直後。
悠斗の拳がリーの顔面にヒットする。
﹁お前が何者かなんてどうでもいい⋮⋮。俺は俺を応援してくれて
いる女の子たちのために負けられねえんだ﹂
1068
悠斗の拳を受けたリーの体は5メートルほど吹き飛んで行き︱︱。
そのままピクピクと体を痙攣させて意識を途絶えさせることにな
る。
試合終了。
この試合だけを見ると勘違いをする人間が現れるかもしれないの
だが︱︱。
ジャック・リーという老人は強かった。
その気になれば1人で10人を超える成人男性を相手に出来るし、
武器を使わずにドラゴンを倒したこともある。
だがしかし。
いくら強くても所詮それは人間レベルでの話である。
体術のみで魔族すら圧倒できる悠斗の敵でないことは自明であっ
た。
﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂
前代未聞の大番狂わせを目の当りにした観客席にいる人々は一瞬、
何が起きているか理解することが出来ずに無言でいることしか出来
なかった。
しかし、それから暫くすると︱︱。
1069
ポツリポツリ、と所々から拍手の音が鳴り、やがて場内は割れん
ばかりの喝采に包まれる。
︵⋮⋮それにしても全く手応えがなかったな。早く優勝候補のジャ
ック・リーっていう人と戦いたいぜ︶
周囲のリアクションなど物ともせずに︱︱。
勝ち名乗りを上げられている間も悠斗は、呑気にそんなことを考
えるのであった。
1070
VS 伝説の武術家
それから。
無敗の拳法家︱︱ジャック・リーを打ち破った悠斗は、破竹の勢
いでトーナメント戦を勝ち進んで行くことになる。
︵う∼ん。このところ強い魔族との戦いも多かったし⋮⋮ちょっと
期待し過ぎだったかな︶
これで賞金が貰えることを考えると美味しい仕事であるとも言え
るのだが︱︱。
強い相手との出会いを期待していた悠斗にとっては色々と肩透か
しの面も強かった。
﹁会場の皆さん! 大変なことが起こりました! なんと今大会の
決勝のカードは双方共に初出場の選手になります!
東ゲートから登場するのはこれまで全ての対戦相手を瞬殺してき
た期待の大型新人︱︱コノエ・ユート選手! 対して西ゲートから
登場するのは今大会の紅一点! サリー・ブロッサム選手です。両
選手の方々は入場をお願いします﹂
審判に呼ばれて決闘アリーナに足を踏み入れると、何処かで見覚
1071
えのある紅髪ショートカットの少女がそこにいた。
﹁﹁あっ﹂﹂
サリーと悠斗が声を上げたのは、ほとんど同時のタイミングであ
った。
一瞬ではあるが、2人は白虎討伐の際に顔を見せ合ったことがあ
ったのである。
﹁お前はたしか⋮⋮名前は忘れたけどアークが目をつけているやつ
や! ハハハ! 良かった∼。ようやくこれで少しは面白そうな相
手と戦えるやん!﹂
大会に肩透かしを食らっていたのはサリーの方も同じであった。
試合会場こそ違えど、2人はこれまでの試合を全て一撃KO勝ち
で進んできたのである。
︵おかしいぞ。俺の予想では、決勝戦の相手はジャック・リーって
いう奴になる予定だったはずなのだが⋮⋮︶
豪快な笑顔を浮かべるサリーと対照的だったのは悠斗である。
戦いたかったライバルと最後まで戦うことが出来なかった悠斗は、
怪訝な表情を浮かべてた。
1072
ピコーン、と。
突如として悠斗の脳裏に1つのアイデアが浮かび上がる。
﹁そうか! 分かったぞ! お前が無敗の拳法家︱︱ジャック・リ
ーだったんだな!﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
悠斗から謎の疑いをかけられたサリーは自然と首をかしげる。
﹁ふふふ。隠さなくても良い。まさかジャック・リーが女の子だっ
たとは意外だったぜ!﹂
﹁何を言っているんか分からんなぁ。リーはお前が倒したんやろ?﹂
﹁???﹂
﹁???﹂
体を動かすことは得意でも細かいことを考えるのが苦手な2人は、
頭の中にクエッションマークを浮かべていた。
﹁まぁ、えっか。せっかく大会に参加したんや。少しはウチのこと
を楽しませてくれよ∼!﹂
1073
サリーはそう前置きすると、悠斗に向かって自慢の飛び蹴りを浴
びせにかかる。
﹁うおっと﹂
これまでの対戦相手とは明らかに次元が違う。
予想以上に鋭い蹴りを目にした悠斗の口からは感嘆の声が漏れて
いた。
﹁ふ∼ん。今のを避けるとは⋮⋮流石やなぁ﹂
サリーの連撃。
紅髪の少女は悠斗がこれまで見たことがないような独特のフォー
ムから蹴撃の嵐を浴びせにかかる。
︵なんだこの子⋮⋮! まるでタコみたいな動き方をするな⋮⋮!︶
よく曲がる軟体動物のような手足から繰り出される攻撃は、悠斗
の眼からも新鮮なものがあった。
﹁ワハハハハ! 避けてばかりじゃウチには勝てへんよ!﹂
1074
悠斗が反撃しようとしなかったのは、決して苦戦をしていたから
ではない。
見たことのない武術を自在に操るサリーの動きを観察したかった
からである。
︵⋮⋮仕方がない。そろそろ終わらせてやらないと舐めプと思われ
るかもしれないし⋮⋮決着を付けておくか︶
いくら真剣勝負とは言っても女の子の体は出来るだけ傷つけたく
はない。
そう考えた悠斗は出来るだけ手加減をしてサリーの足を払うこと
にした。
﹁∼∼∼∼っ!﹂
けれども、その直後。
悠斗の脛に激痛が走る。
努力でなんとか出来るレベルを超えている。
サリーの肉体強度は、常識の範囲外のものであった。
﹁へへーん。ウチの︽幻鋼流︾は柔剛自在! 魔族の攻撃にだって
1075
耐えられるんや!﹂
先程までの﹃柔﹄を活かした戦闘スタイルから一転。
サリーは﹃剛﹄を活かしたパワーとスピード重視の戦い方に切り
替えていく。
﹁⋮⋮クッ﹂
これまで見たことのない未知の武術を前にして悠斗は防戦一方の
展開を強いられていた。
柔と剛を織り交ぜたサリーの動きは悠斗に狙いを絞らせない。
︵おかしいな。ウチの全く攻撃が当たらへん⋮⋮?︶
一方で攻めているはずのサリーは、頭の中に拭いきれない違和感
を覚えていた。
絶対に不可避のタイミングで攻撃を仕掛けているにも拘わらず︱
︱相手の体を捉えきることができない。
上級魔族にすら通用するはずの連撃を悠斗は余裕でいなして見せ
たのである。
︵⋮⋮手段を選んでいられる状況やないか︶
1076
相手が一体どんな手段を用いて自分の攻撃を見切っているのかサ
リーには分からない。
だがしかし。
出し惜しみをしていては到底勝つことが出来ないということは、
本能で理解することが出来た。
﹁仕方がない。これからキミにはウチの奥義を見せたげる﹂
人間を相手に本気を出すのは何時以来だろうか。
次にサリーが見せたのは、対魔族用に開発した彼女の究極奥義で
あった。
1077
VS 憤怒の魔王1
﹁おい⋮⋮!? 何をやっているんだよ⋮⋮!?﹂
﹁ワハハハ! これがウチの奥義︽火轟︾やっ!﹂
サリーの奥義を目の当りにした悠斗は驚きで目を見開く。
何を思ったのかサリーは火属性の魔法を使用して自分の体に炎を
灯し始めたのであった。
彼女が身に付けている服は特別製で表面のみが燃えやすい材質で
作られている。
結果。
サリーの体からは激しい火柱が上がることになった。 ﹁⋮⋮いや。なんの意味があるんだよ?﹂
﹁分からんかなぁ﹂
悠斗の言葉を受けたサリーはニヤリと白い歯を見せる。
1078
﹁このままじゃ⋮⋮火傷で死んじまうぞ?﹂
﹁正解! つまり⋮⋮そうなる前に決着を付ける必要ができたいう
ことやっ!﹂
﹁うおっと﹂
次にサリーの放った飛び蹴りは僅かに悠斗の体を掠めることにな
る。 その時。
悠斗は直感的にサリーの奥義の意味を理解することになる。
︵⋮⋮なるほど。原理としては︽鬼拳︾と同じ構造か︶
人体というのは不思議なもので、生命の危機に瀕した時に最高の
力を発揮することがある。
つまり彼女は自分から﹃早期に決着を付けなければ焼死する﹄と
いう状況に身をおくことにより、自らの潜在能力を引き出している
のだろう。
︵⋮⋮厄介だな︶
奥義を発動させたサリーの能力は、悠斗の予想を遥かに上回るも
のであった。
1079
流石の悠斗も現在のサリーを正面から戦って組み伏せるのは骨が
折れる。
かといって長時間放置をしていたら今度はサリーの命が危ない。
彼女は文字通りの意味で﹃命を燃やして﹄戦闘能力を底上げして
いるのである。
ここは手段を選んでいられる状況ではない。
﹁ウォーター﹂
そう考えた悠斗は掌から勢い良く水魔法を繰り出して、サリーの
体に灯っている火を消しにかかることにした。
悠斗の攻撃を受けたサリーは、寝耳に水をかけられたかのような
表情を浮かべる。
﹁なっ。ちょっ! 卑怯やぞっ!﹂
﹁卑怯なはずがあるか。この試合には魔法の使用を制限したルール
はなかったはずだぞ﹂
元はというとサリーの︽火轟︾も魔法を使用して発動したもので
1080
ある。
水魔法を使って阻止したところで非難を受ける謂れはない。 ﹁それに自分の好みのタイプの女の子が危ないのに放っておけるは
ずがないだろう﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
自分が口説かれていることに気付いたサリーは、ボンッと! 頭
の上からヤカンのように蒸気を上らせる。
﹁なななっ。卑怯やぞっ!﹂
前と同じ台詞を今度は違う意味で言う。
幼少の時からサリーは、トライワイド最強の武術︽幻鋼流︾の道
に邁進しており、同年代の男子と会話する機会に恵まれていなかっ
た。
アークたちと出会ってからは多少の改善はしたのだが︱︱。
サリーは異性に対する免疫が少なかったのである。
悠斗はこの隙を見逃さない。
知らぬ間にフィールドの隅に立たされていたサリーは悠斗に優し
く押されて、大きく体のバランスを失うことになる。
1081
﹁はい。俺の勝ち﹂
場外に体を出されたサリーはポカンと呆気に取られた表情を浮か
べる。
﹁ひ、ひきょ⋮⋮﹂
3度目の台詞を言うことは憚られた。
何故ならば︱︱。
今回のことでサリーは、完全に相手の方が一枚上手だったことを
痛感してしまったからである。
これにて試合終了。
勝負の決着を受けて会場が割れんばかりの喝采に包まれたその時
だった。
突如として闘技場の壁に爆弾が落ちたかのような穴が開くことに
なる。
サタン
種族:悪魔
1082
職業:七つの大罪
固有能力:なし
﹁見つけたぞ。テメェがマモンを殺った⋮⋮コノエ・ユートだな﹂
壁の中から現れたのは禍々しいオーラを纏った1人の魔族であっ
た。
1083
VS 憤怒の魔王2
﹁うわああああああ! 魔族だ! 魔族が出たぞぉぉぉおおおおお
おおおおおおおおおおお!﹂
500年前に勇者との戦いに敗れた魔族は、現代となっては滅多
なことで人前に現れないことで知られている。
闘技場の観客たちは突如として魔族の襲撃を受けたことによりパ
ニック状態に陥ってた。
﹁へぇ。魔族の方から会いに来てくれるなやんて⋮⋮これは手間が
省けたなぁ!﹂
狂乱する人々とは対照的に、冷静なのはサリーである。
魔族討伐というレジェンドブラッドの役割を果たすため︱︱。
サタンに対して鋭い蹴りを浴びせにかかる。
﹁旋風キ∼∼∼∼∼∼クッ!﹂
﹁ほう⋮⋮。人間にしては大した蹴りだな⋮⋮﹂
1084
﹁なっ﹂
だがしかし。
渾身の蹴撃はサタンの右腕によって受け止められることになる。
もし仮に︱︱。
彼女が万全の状態であればサタンにも多少はダメージを与えるこ
とが出来ただろう。
けれども、奥義︽火轟︾によって体力を消費した後の攻撃がサタ
ンの体に到達することはなかった。
﹁テメェに用はねぇよ。出直してきな﹂
﹁∼∼∼∼っ!?﹂
相手の足首を手にしたサタンは、天高くに向かって彼女の体を放
り投げる。 サリーの小柄な体は、闘技場の外に大きく投げ出されることにな
った。
﹁コノエ・ユート。オレの目的はお前だけだ。オレは⋮⋮オレの仲
間を⋮⋮マモンを殺したお前のことを絶対に許しはしねぇ﹂
サタンは1つ大きな思い違いをしていた。
1085
悠斗はマモンを殺してはいない。
仲間を言葉で傷付けたことに対する報復のために顔面を殴りはし
たが、殺すまでには至らなかったのである。
︵う∼ん。絶対に勘違いなんだけどなぁ︶
その証拠に︽能力略奪︾によって奪ったスキルの中にマモンのも
のは入っていない。
もっともサタンに対して無実を説明したところで時間の無駄だろ
う。
相手が説明を聞き入れられる状態ではないことは、憤怒に染まっ
たサタンの表情から窺い知ることが出来た。
﹁くらえ! 暗黒武闘拳!﹂
サタンの攻撃。
大きく足を踏み込んだサタンは全体重を乗せた拳を悠斗に対して
浴びせにかかる。
﹁∼∼∼∼っ!﹂
サタンの攻撃をガードした悠斗は、そのまま5メートルほど吹き
1086
飛ぶことになる。
攻撃そのものは取り立てて変わったところのないシンプルなもの
であったが、特筆するべきはその威力であった。
︵⋮⋮面白れぇ。やはり戦いはこうでないとな︶
魔族の体は人間のそれとは作りが違う。
サリーのような例外もいるが、既に悠斗は人間との戦闘では興奮
を覚えない体質になりつつあった。
﹁さぁ。好きなだけ殴ってこいよ。仲間の死を弔いたいんだろ?﹂
﹁⋮⋮殺す!﹂
悠斗の挑発を受けたサタンは、こめかみに青筋を浮かべる。
王都で開催された武術トーナメントは、何時の間にか人外同士の
バトルに発展するのであった。
1087
VS 憤怒の魔王3
それから。
悠斗とサタンの戦いは、佳境を迎えようとしていた。
︵強いな。今まで戦ったどんな敵より⋮⋮︶
悠斗がこれまでに戦ったことのある過去最強の敵︱︱タナトスで
すらサタンと比べると、足元にすら及んでいないだろう。
だがしかし。
いかにサタンが強大な力を持っていようと、不思議と負ける気が
しなかった。
︵⋮⋮そうか。敵が弱いんじゃない。俺の方が強くなっているんだ
!︶
そこで悠斗は1つの答えに辿り着く。
考えてみれば当然のことであった。
トライワイドに召喚された当初の悠斗は﹃技術﹄はあっても命の
やり取りを伴う戦闘をまったくしてこなかった。
1088
もし仮に︱︱。
トライワイドに召喚された直後にサタンと戦闘することがあれば、
勝負にならなかっただろう。
けれども。
これまでに数多の強敵と戦った経験が、悠斗の戦闘能力を飛躍的
に引き上げていたのであった。
﹁クソッ⋮⋮。何故だ⋮⋮。どうしてオレの攻撃が通用しねぇ﹂
先に地面に膝を突いたのはサタンの方であった。
憤怒の魔王︱︱サタンは七つの大罪としては異例の固有能力を持
たない魔族であった。
しかし、生まれ持った才能はなくてもサタンは挫けなかった。
ストイックな修行の日々を送ってきたサタンは、魔族の中でも肉
弾戦においては最強クラスの実力を身に付けることに成功したので
ある。
﹁オレの⋮⋮オレの暗黒武闘拳は完璧だったはず。800年に渡っ
て1日も欠かさずに研鑽を積んできた。なのに⋮⋮どうしてお前に
敵わねぇんだ﹂
﹁だからだよ。たったの800年だから勝てねぇんだ﹂
1089
片膝を突きながらも息を乱すサタンを前にして悠斗は宣言する。
いま
﹁︱︱近衛流體術は世界の歴史そのものだ。俺の拳には、宇宙誕生
からの現在に至るまでの140億年の重みが込められている﹂
このときサタンは、言葉の意味を正確に理解できたわけではない。
そもそも地球と比較して科学の進歩が進んでいないトライワイド
では、﹃宇宙﹄という存在を認識している者はいないのである。
しかし、なんとなくではあるが自身の敗因について理解すること
は出来た。
︵最後まで﹃個﹄に対する拘りを捨てきれなかったオレと、﹃個﹄
を捨て﹃集合知﹄の中に身を置くことで強くなったアイツ⋮⋮。こ
の敗北はその差かよ⋮⋮︶
何故だろう。
サタンの中にあった悠斗に対する憎しみは何時の間にか消失して
いた。
今はただ1人の武人として、強敵と巡り合えたことに対する喜び
の方が強かったのだろう。
﹁へっ。憤怒の魔王である俺をこんな気持ちにさせやがるとはな⋮
⋮。コノエ・ユート。お前はどうっ⋮⋮﹂
1090
サタンが最後に残した言葉を知る者はいない。
何故ならば︱︱。
突如として悠斗の前に現れた﹃それ﹄は、サタンの首を手刀で以
て無造作に跳ね飛ばしたからである。
﹁お兄さま! 会いたかったです⋮⋮!﹂
噎せ返るような血の臭い。
悠斗に数々のトラウマを思い起こさせる猫撫で声。
近衛愛菜
種族:ヒューマ
職業:無職
固有能力:なし
声のした方に目を向ける。
そこにいたのは黒髪黒眼の︱︱悠斗にとって世界で唯一の天敵で
あった。
1091
光と影
﹁あ、愛菜⋮⋮!?﹂
実の妹との久しぶりの再会を異世界で果たした悠斗は感嘆の声を
漏らす。
﹁はい。愛菜はここにおります。お兄さまに会いたくて⋮⋮会いた
くて⋮⋮次元の壁を突き破って参りました﹂
白虎から妹の名前を聞いた時点で悠斗は、今回の可能性について
考えていないわけではなかった。
﹁なるほど。マモンを殺したのはお前だったのか⋮⋮。ようやく話
が繋がってきたよ﹂
﹁申し訳ございません。マモンというのは、どちらの方でしょうか
? この世界に来てからは色々な方を殺してきたので⋮⋮名前まで
憶えている余裕はなかったのです﹂
﹁⋮⋮そうか。お前の方は相変わらずみたいだな﹂
1092
善悪に対しての頓着がまるでない。
彼女の中にあるのは﹃実の兄に対する偏執的な愛情﹄だけである。
逆に言うと、そんな愛菜だからこそ︽心葬流︾という特殊な武術
を極められたとも言える。
周囲に迎合せずに己の心のみを鍛え上げることが、心葬流を極め
る上で必要な素質だったのである。
﹁お兄さま⋮⋮お慕いしておりました!!﹂
﹁うおっ﹂
念願の再会を果たした愛菜は、感極まって悠斗の体に抱き付いた。
ここで下手に拒絶をすると絶対に取り返しのつかないことになる。
そう考えた悠斗は、ひとまず妹の体を優しく抱きしめることにし
た。
﹁主君。これは一体どういうことだ!?﹂
﹁まったくです⋮⋮。私たちがいながら⋮⋮また新しい女性ですか
!?﹂
ヤバイ、と悠斗は思った。
過去に何度か同じようなイベントが起きたことはあったが、今回
1093
のそれはシャレにならない最悪のタイミングと言っても良い。
サタンが出現してからというもの闘技場にいた人々たちは、ラッ
セン&ルナの指示によって次々に避難していった。
悠斗の身を案じたスピカ&シルフィアだけは、決死の覚悟で2人
の戦いの行方を見守っていたのある。
﹁初めまして。私は悠斗の妹の近衛愛菜と申します﹂
スカートの端を摘まみながらも、愛菜はペコリと頭を下げる。
スピカ&シルフィアは思う。
悠斗がよく口にする﹃美少女﹄という言葉は、彼女を形容するた
めにあるのだろう。
まるで天使でも見ているかのような愛菜の笑顔は、同性であって
もドキリとさせるほど美しかった。
﹁驚きました。アイナさんはご主人さまの妹だったのですね﹂
﹁疑ってすまなかった。主君にこれほど可憐な妹がいたとは知らな
かったよ﹂
血の繋がった妹との再会ということであれば互いに体を抱きしめ
ることくらいはするだろう。
1094
予想外に丁寧な対応を受けた2人は、恐縮した様子であった。
﹁ところでお二人はお兄様とどういった関係なのですか?﹂
あくまで笑顔を崩さずに愛菜は尋ねる。
一見すると非の打ちどころのない笑顔に見えるのだが︱︱。
悠斗は愛菜の表情の裏に隠された異常性を知っていた。
この笑顔は相手に対して全く興味がないからこそ、作ることが出
来る歪なものなのである。
﹁えーっと。話せば長くなるのですが、私たちはご主人さまと同じ
家に住まわせてもらっています﹂
﹁⋮⋮ご主人さま﹂
﹁うむ。主君は多少強引ではあるが、あれでいて優しいところもあ
ってだな。奴隷という立場にある我々に対しても常に分け隔てなく
接してくれる﹂
﹁⋮⋮奴隷﹂
悠斗はその瞬間︱︱。
愛菜の完璧な笑顔が僅かに乱れたところを見たような気がした。
1095
﹁そうですか。つまり貴方たちは⋮⋮お兄さまの周りにたかるハエ
なのですね﹂
﹁⋮⋮え?﹂
どちらが先でも良かった。
愛菜は手始めに1番近くにいたシルフィアに接近する。
咄嗟に異変に気付いたシルフィアは、自身の周りを風で覆って攻
撃をガードしようと試みる。
﹁⋮⋮⋮⋮カハッ!﹂
だがしかし。
愛菜の拳は風のシールドを破っても尚、シルフィアを死に至らし
めるのに十分な威力を誇っていた。
﹁おやっ。確実に殺したはずなのに不思議です。この世界では、こ
ういったことがよく起きるみたいなんですよね﹂
愛菜の拳を受けたシルフィアは、そのまま体を10メートルほど
1096
吹き飛ばすことになる。
かろうじて一命を取り留めはしたが、全身血だらけになったシル
フィアは既に意識を失っていた。
身代わりの指輪@レア度 ☆☆☆☆
︵死に至るようなダメージを一度だけ肩代わりしてくれる指輪。効
果の発動後は指輪が破壊される︶
絶望的なダメージを負ったにも拘わらず︱︱シルフィアが助かっ
たのは︽身代わりの指輪︾という装備の効果によるものであった。
もし仮に︱︱。
悠斗からこのアイテムを授かっていなかったら、シルフィアは今
の一撃で絶命していた。
﹁えっ。えっ﹂
自分の身に何が起きているのか分からない。
スピカはあまりに現実味のない出来事に対してあたふたしている
ことしか出来なかった。
﹁⋮⋮スピカ。1つ頼みがある。シルフィアを連れて逃げてくれ﹂
﹁あ、あの⋮⋮。しかし、それでは⋮⋮﹂
1097
スピカは﹁それではご主人さまが⋮⋮﹂と言葉を続けようとした
ところで、考えるのを止めることにした。
ゾゾゾゾゾゾゾッ。
スピカの背中に悪寒が走る。
﹁⋮⋮愛菜は俺が殺る﹂
スピカはかつてこれほどまでに﹃怒った﹄悠斗を見たことがなか
った。
仲間の中で最も付き合いの長いスピカは、感情のスイッチが一度
オフになった悠斗を止める手段がないことを知っていたのである。
1098
光と影︵後書き︶
●お知らせ
おかげさまで異世界支配のスキルテイカーの累計ランキングが1
03位まで上昇していました!
夢の100位内まで後僅か!
長年の目標まで@500ポイントです。
いつも評価/ブクマの支援ありがとうございます。
今後とも応援よろしくお願いします∼!
1099
光と影2
﹁ふふふ。愛菜⋮⋮分かってしまいました。ここにいるハエたちが
お兄さまを狂わせているのですね!﹂
﹁まったく⋮⋮仕方がありません。やはりお兄さまは愛菜が見てい
ないとダメなんですね﹂
﹁本物のお兄さまは愛菜のことを﹃殺る﹄などと言いません。本物
のお兄さまは世界でただ1人! 愛菜だけを愛してくれていますか
ら!﹂
﹁安心して下さい。少し痛いかもしれませんが⋮⋮それだけです。
愛菜が今直ぐにお兄さまのことを正気に戻して差し上げます﹂
先手を仕掛けたのは、愛菜であった。
﹁私は影⋮⋮。蠢く影⋮⋮﹂
愛菜は自らを影と﹃思い込む﹄ことによって悠斗の前から姿を消
1100
した。
影に溶け込んでから高速で悠斗の背中に回り込んだ愛菜は猟奇的
な笑顔を浮かべる。
︵ふふふ。こんなに簡単に背後を取れるなんて⋮⋮お兄さまともあ
ろう方が腕が鈍ったのではないですか?︶
この一撃で全て決める。
まずは悠斗の意識を奪い、周りにいる女を一人残らず根絶やしに
する。
そんな意気込みで仕掛けた愛菜であったが、寸前のところで振り
返った悠斗と目があった。
︵読まれていた︱︱!? 以前までは索敵するだけで精一杯だった
はずなのに︱︱!?︶
相手の技を盗むことに特化した︽近衛流體術︾を用いれば、︽心
葬流︾の原理を理解して、次に相手がどう動くか予想することは可
能である。
もっとも⋮⋮いかに︽近衛流體術︾を極めた者であっても︽心葬
流︾を完全に真似することは不可能だった。
それというのも両武術が光と影のように対極の関係にあるからで
ある。
1101
近衛流體術が﹃広く浅く﹄であるならば、心葬流の基本理念は﹃
狭く深く﹄を基本理念としていた。
故に近衛流体術を極めれば極めるほど、心葬流の道からは遠のい
てしまうのである。
﹁私は風⋮⋮たなび⋮⋮﹂
﹁させねぇよ﹂
奇襲を読まれた愛菜は自身の体﹃風﹄に︽変態︾しようと試みる
が、それより速く悠斗が拳を叩き込む。
﹁︱︱︱︱グッ!?﹂
間一髪のところで攻撃をガードする愛菜であったが、体が芯から
痺れるようなダメージを受けることになる。
︵この攻撃⋮⋮! 以前までのお兄さまとは完全に別人⋮⋮!︶
人間の持っている思い込みの力により自分を﹃別の何か﹄に置き
換える︽変態︾という戦闘スタイルを得意とする︽心葬流︾であっ
たが︱︱。
1102
1つだけ致命的な欠点が存在していた。
それは同時に2つのものに︽変態︾することが不可能であるとい
う点である。
つまりは相手の行動を先読みして、相手の変態前にタイミングを
合わせて攻撃することが︽心葬流︾の基本的な攻略方法となるので
ある。
﹁ふふ。流石はお兄さまです。そうでなくては面白くありません﹂
日本にいた頃の悠斗と愛菜の実力は、ほとんど互角と言っても差
し支えのないものであった。
愛菜は推測する︱︱。
ならば勝敗を分けるのは、どちらがより強力な﹃奥の手﹄を隠し
持っていたかだろう。
﹁私はお兄さま⋮⋮親愛なるお兄さま⋮⋮﹂
次に愛菜が変態したものを目にして悠斗は絶句することになる。
何故ならば︱︱。
そこにいたのはまるで鏡に映したかのような︱︱悠斗とウリ二つ
の外見を持った少年の姿だったからである。
1103
光と影3
近衛愛菜という少女には二つ違いの兄がいる。
彼の名前は近衛悠斗。
日本に残る最強の武術︽近衛流體術︾を習う自慢の兄である。
実家が道場という環境に生まれながらも病気がちだった愛菜は、
畳の上にいるよりも病院のベッドにいることが多かった。
体調が良かった時は祖父から︽近衛流體術︾の指南を受けたこと
もあったが、絶望的なまでに愛菜の気質と合わずに1カ月もしない
内に辞めてしまった。
︵どうして色々なことが出来るようにならなくちゃいけないの? 私はずっと1つのことだけをやっていたいのに⋮⋮︶
そもそも愛菜は︽近衛流體術︾に基本理念である﹃広く浅く﹄の
考え方が嫌いだった。 なんだかそれは進んで複数の女性と関係を持とうする軽薄な男を
見ているようで、嫌悪感すら覚える。
そんな愛菜にとっての楽しみは、毎日のように病院の見舞いに来
1104
てくれる兄との会話だけであった。
武術家の娘として生れながらも体が弱く、親戚たちから白い目で
見られる自分を気にかけてくれるのは悠斗だけである。
当時まともに外を出歩くことすら出来なかった愛菜にとって兄の
存在は︱︱世界の全てであった。
﹃私、大きくなったらお兄さまのお嫁さんになりたいです!﹄
とある日の午後。
だから愛菜は悠斗に対して思い切って告白をしてみることにした。
﹃どうしたら愛菜をお兄さまのお嫁さんにして頂けますか?﹄ ﹃実は俺⋮⋮自分より強い女の子しか好きになれないんだ。だから
愛菜が俺よりも強くなったら結婚してあげるよ﹄
悠斗の言葉は優しさから出た嘘であった。
当時の悠斗は愛菜に対して絶対に達成不可能な条件を出すことで、
妹からの恋愛感情を絶ちきろうと考えたのである。
﹃分かりました! それでは不肖、近衛愛菜⋮⋮。お兄さま好みの
女性となるため⋮⋮絶対に強くなってみせますね!﹄
1105
近衛流體術と対を成す存在である心葬流を選んだのには、特別な
理由はなかった。
強いて理由を挙げるのならば心を鍛えることに特化した︽心葬流
︾ならば、病院の中にいても好きなだけ修行が出来ると考えたので
ある。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁前々から強い相手と戦いたいとは思っていたが⋮⋮。まさか⋮⋮
自分と戦うことになるなんてな⋮⋮﹂
いかに心葬流を極めた者であっても、他人に︽変態︾することに
成功した事例など聞いたことはない。
﹁ふふふ。これこそが私がお兄さまの強さを超えるために編み出し
た︱︱究極の奥義です!﹂
愛菜は宣言すると、自ら悠斗の元に接近する。
貫手。
さながら自身の腕を1本の︽槍︾のように見立てて突くこの技は、
1106
世界各国の幅広い武術で使用されているものである。
愛菜の放った貫手が悠斗の頬に命中して肉を抉る。
﹁︱︱︱︱ッ!?﹂
愛菜は悠斗が得意とする打撃攻撃を悠斗を超えるスピードで放っ
てみせた。
あと一瞬タイミングが遅れていたら喉を破壊されていた。
愛菜の攻撃を目にした悠斗の額からは、ジワリと嫌な汗が滲み始
める。
﹁気が付きましたか? もちろん単純にコピーしただけではありま
せんよ﹂
﹁近衛流體術に存在した欠点を8カ所ほど克服し⋮⋮上方修正させ
て頂きました﹂
﹁近衛流體術︵改︶﹂
﹁それこそがお兄さまを超えるために出み出した最強の奥義です!﹂
1107
光と影4
それから。
勝負の行方は、悠斗の不得手とする持久戦に持ち込まれることに
なった。
第三者の目からは2人の力量はほとんど互角に映ることだろう。
だがしかし。
愛菜の開発した近衛流體術︵改︶は、近衛流體術にあった欠点を
改良し、僅かにそれを上回ることに特化させた武術である。
結果︱︱。
勝負が長けば長引くほどに2人の優劣は、受けたダメージの量に
現れることになる。
﹁︱︱さぁ! 認めて下さい﹂
﹁愛菜は⋮⋮お兄さまよりも強くなりましたよ?﹂ ﹁これでお兄さまの愛は私だけのものですよね?﹂
自らの勝利を目前にした愛菜は、興奮気味の口調で疑問を投げる。
その言葉は悠斗をハッと我に返らせるものであった。
1108
︵そうか。元はと言うと⋮⋮全て俺が撒いた種だったんだよな⋮⋮︶
大事な仲間を傷つけられて、怒りで我を失っていた。
全ての元凶は悠斗自身の無責任な嘘にあった。
過去に何度か﹃自分より強い女性が好き﹄という言葉が嘘である
ことを告白してみたものの︱︱。
愛菜はまるで自分の言葉を信じてはくれなかった。
しかし、それも当然の話である。
一度信じたものは死ぬまで信じ続けるのが愛菜の生き様なのだか
ら︱︱。
︵︱︱ならせめて俺がお前の暴走を止めてやらないとな︶
覚悟を新たにした悠斗は、自然体のまま愛菜の攻撃を受け入れる
ことにした。
﹁︱︱これで終わりです!﹂
これが最後の攻撃。
自らの勝利を確信した愛菜は貫手を浴びせにかかる。
1109
﹁なっ⋮⋮﹂
だがしかし。
気が付くと、視界がグルリと回転して、空を見上げていた。
︱︱全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした︽
近衛流體術︾を習得した悠斗は、︽柔道︾についても非凡な腕前を
誇っていた。
その中でも悠斗が最も得意としていたのは、足腰にはまったく触
れずに、体の捌きだけで、相手を投げ飛ばす︽空気投げ︾と呼ばれ
る技である。
﹁ど、どうして⋮⋮﹂
もちろん悠斗に︽変態︾した愛菜は︽空気投げ︾の原理を知って
いた。
けれども。
だからこそ腑に落ちない。
何故ならば︱︱。
柔道において︽空気投げ︾という技は、自分より格上の相手に決
まることがほとんど無いとされている技だからである。
﹁どうしてって顔をしているな? 教えてやろう﹂
1110
﹁お前の武術に存在した欠点を23カ所ほど克服して⋮⋮上方修正
させて貰った﹂
﹁他人の技をコピーするのは︽心葬流︾だけじゃない。近衛流體術
の十八番だ﹂
悠斗はそこであえて愛菜が口にした︽近衛流體術︵改︶︾の名前
を出そうとはしなかった。
何故ならば︱︱。
近衛流體術にとっては、新しく発見した武術の長所を取り入れて
日々進化を重ねるのは当然のことだからである。
常に改良を重ねることを前提とした武術に︵改︶の文字は相応し
くない。
わざわざ意味を重複させる必要もないだろう。
1111
光と影5
﹁︱︱︱︱クッ﹂
しかし、いくら言葉で説明されたところで勝負を諦める愛菜では
なかった。 愛菜は︽変態︾により、悠斗の姿を維持したまま攻撃を繰り返し
ていく。
︵⋮⋮迂闊でした。たしかにお兄さまの動きは先程までのものとは
桁違いです︶
決着を付けようと思えば、幾らでも付け入る隙はあったのだろう。
けれども。
悠斗は︽空気投げ︾以外の技を頑なに使用しようとしなかった。
︵︱︱逆転の目はあります。ここで更に︽変態︾を使って﹃現在﹄
のお兄さまの姿をコピーすれば良いのです︶
相手の技のコピーして上方修正をするというループが発生すれば、
1112
ランニングコストの低い︽近衛流體術︾の方に分があるだろう。
チャンスがあるとしたら︱︱悠斗が自身の勝利を確信して油断し
ている今この瞬間だけである。
︵どうして⋮⋮︶
だがしかし。
一秒でも早く︽変態︾を完成させなけばならない状況下に置かれ
ているにも拘わらず︱︱。
愛菜は全くその攻略の糸口を掴めずにいた。
何故ならば︱︱。
心葬流の奥義である︽変態︾は、相手のことを注意深く﹃観察﹄
して﹃理解﹄することで初めて成り立つものだからである。
︵分からない⋮⋮。お兄さまの気持ちが全然分からないっ!?︶
愛菜はトライワイドに召喚されてからの悠斗のことを全く知らな
い。
相手を理解できなければ︽心葬流︾による︽変態︾は成り立たな
いのである。
﹁⋮⋮もう気が済んだか? お前にはもう⋮⋮俺の姿をコピーする
ことは出来ないだろう?﹂
1113
プツリ、と。
愛菜の中で何かが弾け飛んだ感覚がした。
自分の狙い︱︱更にそれが不可能であるまで見透かされてしまっ
ては勝ち目は残っていない。
もともと思い込みの力によって自らの能力以上の力を引き出す︽
心葬流︾は、︽近衛流體術︾以上に体力の消耗が激しい武術であっ
た。
自身の限界を迎えた愛菜は、フラフラの足取りのままジワリと目
に涙を浮かべる。
﹁どうして⋮⋮どうして愛菜のことだけを見てくれないんですか!
?﹂
血の繋がった兄妹だからという理由だけではない。
そんな程度で冷めるほど悠斗の中の﹃美少女に対する愛﹄は軽い
ものではなかったのである。 ﹁好きなんですっ! 愛菜には⋮⋮お兄さまがいなければダメなん
です! お兄さまいつもそうっ! どうして愛菜の﹃好き﹄を受け
入れてくれないんですか﹂
1114
吐き出された感情は決壊したダムのように流れ始める。
愛菜は叫ぶことを辞めることができなかった。
﹁︱︱その理由は、他でもないお前が誰よりも知っているはずだろ
?﹂
悠斗の言葉を受けた愛菜は、ジワリと涙を滲ませる。
心葬流は対象の性質をくまなく理解することで初めて効果を発揮
するものである。
だから愛菜は悠斗の気持ちが決して自分1人に向くことはないと、
心の底では理解していた。
﹁神さまってやつは残酷だよな。俺たちはたぶん光と影のように﹃
対﹄の関係になるように生まれてきたんだ。だから一緒になること
は出来ないんだよ﹂
恋愛観を1つ取ってもそうである。
1度に複数の女性を同時に愛することに幸せを感じる悠斗。
1人の男性だけをひたすらに愛することに幸せを感じる愛菜。
結ばれたところで絶対に両方が幸せになれる選択肢など存在しな
い。
1115
﹁こいつは俺からお前に送るせめてもの弔いだ⋮⋮。愛菜。暫く目
を閉じていてくれないか?﹂
愛菜の固有能力︽完全無敵の搾精︾は、視界に入った対象の固有
能力を無効化する力である。
悠斗は戦闘の最中に愛菜の能力とその発動条件に気付いていたの
であった。
親指の先を噛み切ると、悠斗は愛菜の手の甲に自らの血液を滲ま
せるようにそれを押し付ける。
隷属契約@レア度 ☆☆☆
︵手の甲に血液を垂らすことで対象を﹃奴隷﹄にする能力。奴隷に
なった者は、主人の命令に逆らうことが出来なくなる。契約を結ん
だ者同士は、互いの位置を把握することが可能になる︶
その直後。
愛菜の手の甲は眩い光に包まれて、やがてそこには幾何学的な模
様の︽呪印︾が浮かび上がる。
トライワイドに召喚されてから隷属契約のスキルを使用するのは、
スピカ・シルフィア・リリナ・サーニャに続き5人目のことであっ
た。
1116
﹁俺から出す命令は1つだけ。︻俺のことは忘れて幸せに生きてく
れ︼﹂
﹁お兄さま⋮⋮それはどういう⋮⋮?﹂
愛菜が質問を返した頃には、既に彼女の体は次元の裂け目の中に
落ちていた。
帰還の魔石@レア度 詳細不明
︵異世界から召喚された人間を元の世界に戻すアイテム。魔力を込
めることで次元の扉が開かれる。このアイテムで元の世界に戻るこ
とができる人間は1人まで︶
考えてみると、このアイテムは異世界での生活を決意した悠斗に
は既に必要のないものである。
故に悠斗は愛菜と戦いを始める前から、︽帰還の魔石︾は彼女の
ために使おうと決めていた。
﹁これで⋮⋮これで良かったんだよな⋮⋮﹂
自分の選択を後悔するつもりはないが、その後の愛菜の人生を考
えると心を痛めずにはいられない。
ただ1つ確実に前進したと言えることは︱︱。
愛菜と決別を果たしたことにより、悠斗の中の元の世界に対する
1117
未練は完全に消失していたということだった。
1118
新たなる強敵
一方。
時刻は悠斗と愛菜の戦闘が終了してから3日ほど先に進むことに
なる。
ここは世界に3つしかない︽冥府の扉︾を開けた先にある﹃魔界﹄
と呼ばれるエリアである。
魔界の中でも最も立派な建築物である︽アインヴィッシュの城︾
という場所がある。
その中には、2人の大物魔族がいた。
﹁︱︱報告は以上にございます。ハーディス様﹂
1人は︽傲慢の魔王︾こと︱︱ルシファーである。
七つの大罪の中でもリーダーとしての地位に就いているルシファ
ーは190センチを超える体躯と銀色の髪を持った美男子であった。
﹁ふぉふぉふぉ。大損害よのう。まさか七つの大罪の内の4名が数
日としない内に消え失せることになろうとは⋮⋮﹂
1119
もう1人の男の名前は︽悪魔宰相︾︱︱ハーディスである。
七つの大罪を指揮する立場にあるハーディスは、魔界の最高権力
者として魔族たちの中でも頂点に君臨していた。
﹁⋮⋮して。計画の︽死戒の宝玉︾にはまだ十分な魔力が貯まって
いないのじゃろう? 今後はどうやって計画を進めていくつもりな
のじゃ?﹂
この︽死戒の宝玉︾と言うのは、七つの大罪に属する魔族のみが
所持することを許されるレアアイテムである。
死戒の宝玉は人間たちの恐怖や絶望と言った︽負の感情のエネル
ギー︾を集めることで驚異的な魔力を蓄えることが可能であり︱︱。
七つの大罪のメンバーは、このアイテムを利用して、かつてこの
世界に君臨していたとされている︽邪神︾を現世に蘇らせようと計
画していたのであった。
﹁︱︱ハッ。まずは七つの大罪を立て直すのが最優先だと存じまず。
我々は一刻も早くマモン、ベルフェゴール、レヴィアタン、サタン
の欠員となる人物を補充しなければなりません。そのための候補者
たちは既にピックアップして参りました﹂
まさか最強の魔族集団がたった1人の少女の手によって半壊する
とは、ルシファーにとっても予想外であった。
しかし、最強の障害であった愛菜は既にトライワイドには存在し
1120
ない。
故にルシファーは、新しいメンバーを補充することで体勢を立て
直すことは可能だと考えていた。
﹁その必要はないかのう。もう直ぐ邪神様はお目覚めになられる。
お前たちの努力は無駄ではなかったのじゃ﹂
﹁⋮⋮なんですと!?﹂
﹁真のことよ。︽深淵の穴︾の中を覗いてみれば分かることじゃ﹂
深淵の穴とは邪神が封印されると噂される次元の裂け目のことで
ある。
魔族たちは中にエネルギーを最大まで貯めた︽死戒の宝玉︾を収
めることによって、邪神復活を目論んでいたのだった。
﹁︱︱︱︱ッ!?﹂
ルシファーが穴の中を覗こうとした直後。
驚くべきことが起こった。
何を思ったのかハーディスは、背中を押してルシファーの体を次
元の裂け目の中に落としたのである。
﹁︱︱ハーディス様。一体何を!?﹂
1121
﹁分からんのか? お前たちはもう用済みじゃて。せいぜい邪神様
の餌となるのがお似合いじゃ﹂
ハーディスは思案する。
七つの大罪が早期に瓦解することになったのは、想定外であるが
計画に変更はない。
既に七つの大罪に代わる存在︱︱︽精霊王︾に邪神復活計画は引
き継がせてある。
魔族という枠を超えた︽精霊王︾たちならば、確実に計画を遂行
することが出来るだろう。
﹁ふぉふぉふぉ。邪神様が復活し︱︱人間共が絶望に明け暮れるそ
の日が楽しみじゃわい﹂
穴の中に落ちていく同胞の姿を見つめながらもハーディスは、邪
悪な笑みを零すのであった。
1122
新たなる強敵︵後書き︶
●お知らせ
ほとんどの店で品切れになっていたコミック版の異世界支配のス
キルテイカーですが、
今日あたりから書店での補充が始まるみたいです。
書店で見かけた際は是非是非、手に取ってみて下さい。
何卒よろしくお願いします。
1123
エピローグ ∼ こうして俺は異世界で暮らすことを決めた ∼
チュンチュンチュン。
耳を澄ませば窓からは、小鳥たちの囀りが聞こえてくる。
激動の戦いが終わり日常が戻ってきた。
闘技場での連戦により疲労が蓄積されていたのだろう。
愛菜との決別が終わってから悠斗はバタリとその場に倒れ込んだ。
愛菜が元の世界に帰ったことにより︱︱。
悠斗は憤怒の魔王、サタンを倒した英雄としてロードランド領の
人間たちから褒め称えられることになる。
ギルド局長のオスワンから﹃王都の凱旋パレードに出席してくれ
ないか?﹄と打診を受けた悠斗であったが︱︱。
その提案については謹んで断わりを入れることにした。
パレードに出席することよりも今は、身近にいる女の子たちとイ
チャイチャすることを優先したかったからである。
現代日本から続く妹との因縁に決着がついたことにより、元の世
界に対する未練は立ち消えた。
つまりそれは異世界の女の子たちを好きなだけ愛する資格を得る
ことが出来たという意味でもある。
1124
﹁ご主人さまぁ⋮⋮。んちゅっ⋮⋮ちゅっ⋮⋮﹂
そういう訳で悠斗はついに朝から晩まで常時﹃キス﹄を解禁する
ことにした。
海外ドラマで家族同士がするライトなものとは訳が違う。
唾液の交換を目的とした濃厚なものである。
﹁ズ、ズルイぞ! スピカ殿! 私も主君ともっと接吻を交わした
い⋮⋮﹂
﹁分かった。次はシルフィアの番だな﹂
結論から言うと、キスを解禁したのは大正解だったらしい。
今では朝から女の子たちが悠斗を巡ってキスの順番待ちの行列を
作るくらいである。
﹁ユート! オレの方も⋮⋮我慢できねぇよ⋮⋮﹂
﹁ふにゅ∼。サーニャも! サーニャもお兄ちゃんともっとチュー
したいのです!﹂
どうやらシルフィアが終わった後は、フォレスティ姉妹の番らし
い。
1125
﹁ご主人さま。リリナさんとサーニャちゃんが終わったら次は私の
番ですからね?﹂
﹁無限ループかよ⋮⋮﹂
今朝は何ラウンド相手にすれば解放されることになるのだろうか。
日によっては女の子たちとキスしているだけで午前が過ぎてしま
うこともザラにあった。
﹁⋮⋮それにしても主君。どうして我々とキスをする気になったの
だ? 今までは魔法の訓練と称して夜な夜な卑猥なことをしても⋮
⋮キチンとそこは線引きしていたはずなのだが⋮⋮﹂
﹁う∼ん。男としてキチンと責任を取れるようになったからかな?
元の世界に戻るための︽帰還の魔石︾を妹に対して使っちまった
んだ﹂
﹁えっ。あのアイテム⋮⋮使ってしまったのですか? ご主人さま
がずっと探していたものだったじゃないですか!?﹂
﹁⋮⋮良かったのか? これでもう⋮⋮主君が元の世界に戻る手段
はなくなってしまったのだろう?﹂
﹁これで良かったんだよ。俺にはお前たちがいる。愛する女を残し
たまま1人で帰れるはずがないだろう﹂
1126
﹁ご主人さま⋮⋮!﹂
﹁主君⋮⋮!﹂
周囲にいた少女たちは主人からの頼もしい発言を受けて眼に感動
の涙を滲ませる。
悠斗の放った一言により︱︱。 その日のキス大会は一層激しさを増すのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ 一方その頃。
トライワイドから地球に逆召喚された愛菜は、以前に住んでいた
アパートの中で目を覚ますことになる。
﹁私は⋮⋮一体何を⋮⋮?﹂
ここに至るまでの記憶を上手く思い出すことが出来ない。
何か︱︱。
何か重要なことが記憶から抜け落ちているかのようであったが、
愛菜にはそれが何のか思い出すことは出来なかった。
1127
﹁これは一体⋮⋮?﹂
そこで愛菜が注目したのは、︽隷属契約︾のスキルにより手の甲
に刻まれた︽呪印︾である。
呪印を眺めていた愛菜の脳裏には、忘れていた記憶の一部が蘇る。
﹁私としたことが⋮⋮どうしてお兄さまのことを!?﹂
愛菜は愕然としていた。
何故ならば︱︱。
世界で一番大切にしていたはずの悠斗との記憶を忘却するなど愛
菜にとっては、天地が入れ替わることより有りえないことだったか
らである。
﹁︱︱︱︱ッ!﹂
その時、愛菜の全身に激痛が走る。
隷属契約によって悠斗が下した命令は、﹃俺のことは忘れて幸せ
に生きてくれ﹄であった。
この痛みは命令違反によるペナルティによるものである。
1128
悠斗のことを覚えている間は、この痛みが体を蝕み続けるのであ
った。
﹁⋮⋮クッ﹂
少しでも気が抜けば、悠斗に関する記憶が頭の中から全て抜け落
ちてしまうかのようであった。
この記憶だけは︱︱。
世界で1番大切なこの記憶だけは絶対に忘れるわけにはいかない。
ビチャリ。
ビチャリ。ビチャリ。
愛菜は自らの台所から持ってきた包丁により自らの腹を掻き切っ
た。
﹁これで⋮⋮これなら⋮⋮﹂
アパートの壁に自らの血で書いていくのは、悠斗に対する愛の言
葉である。
1129
好き。大好き。お兄さま。大好き。好き。愛している。お兄さま。
愛している。好き。大好き。愛している。好き。お兄さま。大好き。
好き。好き。大好き。お兄さま。大好き。好き。愛している。お兄
さま。愛している。好き。大好き。愛している。好き。お兄さま。
大好き。好き。好き。大好き。お兄さま。大好き。好き。愛してい
る。お兄さま。愛している。好き。大好き。愛している。好き。お
兄さま。大好き。好き。愛している。好き。好き。好き。愛してい
る。大好きなの。お兄さま。お兄さま。お兄さま。お兄さま。お兄
さま。お兄さま。お兄さま。
言葉を書き綴っていく度、命令違反のペナルティによる痛みが強
くなっていくのが分かる。
しかし、愛菜は止まらなかった。
痛みが送られてきた分だけ悠斗の存在を感じることが出来る。
︵この痛みは⋮⋮お兄さまが愛菜にくれる﹃愛の証﹄です︶
壁の表面が血文字で一杯になった頃には、流石の愛菜もフラフラ
であった。
貧血を起こして、思わずアパートの床に倒れ込むことになる。
﹁⋮⋮私はお兄さまの思惑には従いません。お兄さまを諦めること
をとっくに諦めているのですよ﹂
1130
その言葉は愛菜にとっての精一杯の強がりであった。
不意に愛菜の瞳からは、とめどなく涙が溢れ出る。
﹁ふぇ⋮⋮。ふえええええぇぇ﹂
その日、愛菜は涙が枯れるまで泣いた。
大粒の真珠のような涙がポロポロと頬を伝う。
﹁うぅぅ⋮⋮。お兄さま⋮⋮。愛菜は⋮⋮愛菜はぁ⋮⋮﹂
どんなに泣いたところで手を差し伸べてくれる最愛の人は、もう
この世界にはいない。
そのことを考えると余計に悲しくなって、涙を止めることができ
なかった。
一体どれくらいの間、泣き続けただろうか?
涙で瞼を赤く腫らした愛菜の意識は、やがて、ゆっくりと闇の中
に落ちていく。
それから。
愛菜が悠斗のことを思い出すことは2度となかった。
1131
1132
エピローグ ∼ こうして俺は異世界で暮らすことを決めた ∼
︵後書き︶
●お知らせ
これにてスキルテイカーの5章が終了です。
5章は途中から好き勝手に書き過ぎて申し訳ありません。
6章からは暫く平常運転のスキルテイカーに戻っていく予定です。
愛菜がその後、どうなったのか? が気になる人は、
小説5巻の書き下ろし短編﹃愛菜のその後﹄を読んで頂ければと
思います。
もはや、どれくらいいるか分からないのですが、愛菜好きだった
人は必見です。
それでは次話より6章です。
評価/ブクマ入れて頂いた方はありがとうございます。
今後とも応援よろしくお願いします。
1133
悠斗フィーバー
近衛悠斗はごくごく普通の高校生である。
唯一、普通の高校生と違う点を上げるのであれば彼が幼少の頃よ
り︽近衛流體術︾という特殊な武芸を身に付けていたところであろ
う。
近衛流體術とは﹃世界各国に存在する全ての武術の長所﹄を取り
入れることで、︽最強︾を目指すというコンセプトを掲げている異
流武術である。
﹁ユウトさま! ユウトさまがきたぞー!﹂
﹁キャー! ユウトさまよー!﹂
﹁素敵! 今日も黒髪が美しいわ!﹂
そんな普通の高校生であるところの悠斗であったが、このところ
は何故かハリウッドのスターのような扱いを受けていた。
それというのも悠斗は、以前にエクスペインで行われた武術トー
ナメントで優勝してしまったからである。
1134
更には︽七つの大罪︾と呼ばれる強力な魔族を打倒したものだか
ら、エクスペインの街での悠斗の知名度は上昇の一途を辿っていた。
﹁あの⋮⋮悠斗さん! よろしければ私と握手をしてくれませんか
?﹂
﹁こっちはサイン! サインをお願いします!﹂
悠斗の前に駆けつけてきたのは、年頃の若い町娘たちである。
もともと異世界トライワイドでは悠斗のような黒髪黒目の少年は、
美の象徴であるかのような扱いを受けていた。
彼女たちは強さと、美しさに惹かれ、すっかり悠斗の虜となって
いる。
悠斗の似顔絵の書かれたウチワを持って熱狂する街娘たちは、ま
るでアイドルの追っかけのようであった。
﹁アハハッ。参ったなぁ∼。押さないで。押さないで。サインなら
幾らでも書くから﹂
女の子たちに囲まれた悠斗は、至福のハーレム気分を味わっていた
3度の飯より女性が好きな悠斗にとって、現在の状況は当然、吝
かではないものである。 1135
異世界人という立場もあって、これまでは出来るだけ目立たない
ように行動していた悠斗であったが、流石に今後は難しそうであっ
た。
﹁何故でしょう。この胸の奥から湧き上がるモヤモヤとした感情は
⋮⋮﹂
鼻の下を伸ばしている主人の様子を複雑な気持ちで見つめる少女
の名前は、スピカ・ブルーネル。
頭から犬耳を生やしたスピカは、訳あって悠斗の奴隷として仕え
ていた。
﹁完全に天狗になっているな⋮⋮。何か良からぬことが起こらなけ
れば良いのだが⋮⋮﹂
スピカに同調する少女の名前は、シルフィア・ルーゲンベルク。
金髪碧眼でスタイル抜群のシルフィアもまた、訳あって悠斗の奴
隷として仕えていた。
﹁まったく⋮⋮異世界は最高だぜ⋮⋮!﹂
1136
そんな仲間たちの想いを知らずに悠斗は、人生史上最高の﹃モテ
期﹄を満喫するのであった。
1137
悠斗フィーバー︵後書き︶
●お知らせ
あけましておめでとうございます。
本日より6章スタートです。
コミック版1巻は重版して、全国の書店に出回り始めていますの
で、
こちらまだ入手していない人は買って頂けますと、凄く助かりま
す!
今年もよろしくお願いします。
1138
ラッセンの誘い
ラッセン・シガーレット
種族:ヒューマ
職業:冒険者
固有能力:読心
読心@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵対象の心の状態を視覚で捉えることを可能にするスキル︶
﹁ユートくん。随分な人気みたいじゃないか﹂
﹁ラッセンさん!?﹂
ファンの女性たちを掻き分けて進んでいくと、見知った冒険者が
そこにいた。
歳の頃は18歳くらい。
ラッセン・シガーレットはオシャレな皮ジャケットとお尻が見え
そうになるくらい短いパンツを履いたワイルド系の美人である。
﹁いやー。あははは。まさか俺にファンの女の子ができるなんて思
いもしなかったですよ﹂
1139
何処か浮ついた面持ちの悠斗に対し、ラッセンは冷ややかな視線
を送っていた。
﹁舞い上がる気持ちは分かるが、もう少しキミは気を引き締めた方
が良い。たしかにキミは武闘家として前代未聞の偉業を成し遂げた。
けれども、冒険者の仕事はどんなに強くても⋮⋮いや、強くあるが
故に命を落とすことがあるのだよ﹂
自身の経験を交えて語るラッセンの言葉は悠斗の胸の奥に突き刺
さる。
﹁キミが死んでしまうと、キミを頼りに生きている子たちが不幸に
なるということを忘れないで欲しい﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます。ラッセンさんのおかげで目が覚めた
みたいです﹂
周囲からちやほやされて浮かれている場合ではない。
今優先してやらなくてはならないことはなんだろう? と悠斗は
自問する。
︵そうだよ⋮⋮。俺にはまだ﹃100人の美少女との奴隷ハーレム﹄
1140
という達成していない野望があるじゃないか!︶
ファンの女性たちのレベルがあまり高くなかったのが不幸中の幸
いであった。
危なかった。
もし周りにいたのがハイレベルな美少女であったら、浮かれて目
標を失っていたかもしれない。
﹁そんなユートくんに朗報だ。1時間ほど前、シルバーランクの冒
険者に緊急招集がかかった。依頼を受けるかは自由だが、キミの緩
んだ気持ちを引き締めるにはちょうどいいんじゃないか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ッ!?﹂
ラッセンの言葉を受けた悠斗はメラメラとヤル気の炎を灯らせて
いた。
このところの悠斗は魔族との戦闘にかかりきりで、冒険者として
の仕事が疎かになっていた。
ここは今一度原点に立ち返って、冒険者としての仕事を率先して
こなしていくべきなのではないだろうか?
そう判断した悠斗は、ラッセンと共に冒険者ギルドに向かうので
あった。
1141
彗星世代
エクスペインの冒険者ギルドには大きく分けて2つの施設がある。
1つ目は1階の依頼斡旋所。
悠斗が普段利用しているこの施設は駆け出しからベテランまで多
くの冒険者たちが利用している場所である。
2つ目は2階の会議室。
今回足を踏み入れたこの施設は、緊急クエストの発生時や、高ラ
ンク冒険者が利用する場所だった。
﹁知らなかった⋮⋮。冒険者ギルドの中にこんな立派な施設がある
んですね⋮⋮﹂
﹁そうか。悠斗くんは特別会議室に来るのは初めてだったな﹂
中でも2階の特別会議室は、冒険者たちにとって特別な意味を持
っていた。
この部屋に入ることが許されているのは、冒険者たちの中でもシ
ルバーランク以上の資格を持っている者たちに限定されている。
ギルド屈指のVIPルームというだけあって備え付けの家具は、
1142
貴族が使用するものと同ランクの高級品であった。
﹁おや∼。おやおや∼! そこにいるのはデカ尻ラッセンちゃんじ
ゃねぇの!﹂
黒宝の指輪@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵他人が所持する︽魔眼︾スキルの効果を無力化する︶
悠斗がソファのフカフカ具合に驚いていると、全身に包帯が巻か
れたミイラのような風貌の男が声をかけていた。
黒宝装備により情報が伏せられているが、その異様な風貌から只
者でないことは分かった。
﹁もしも∼し! ちょっと∼! 無視は酷いんじゃない? オイラ
ってばラッセンちゃんのデカ尻の大ファンなんですけど∼!﹂
﹁ギリィ。アタシの尻を見ながら会話するんじゃない。次に舐めた
真似をしてみろ。その異臭を放つ口の中に銃口をぶち込んでやる﹂
﹁うひょ∼! こえ∼! でもまぁ、デカ尻ラッセンちゃんの罵倒
はオイラにとっちゃ御褒美なんだけどな!﹂
ギリィと呼ばれる謎の男は、口元を緩ませながらも渋々と引き下
がる。
1143
席に着いてからもギリィは、ラッセンに対して下卑た視線を送っ
ていた。
﹁あの人は?﹂
﹁やつの名前は﹃百面相ギリィ﹄。冒険者としての実力は確かだが、
見ての通りスケベ心丸出しで女性冒険者に対するセクハラが酷い。
ギルドからは問題児扱いされている﹂
﹁⋮⋮女性に対するセクハラですか。個人的には1番許せないタイ
プです。反吐が出ますね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
自分のことを全力で棚に上げる悠斗に対して、ラッセンは冷やや
かな視線を送っていた。
﹁あ、あの! お久しぶりです! ユートさん!﹂
ルナ・ホーネック
種族:ケットシー
職業:冒険者
固有能力:隠密
隠密@レア度 ☆☆☆
1144
︵自らの気配を遮断するスキル︶
声のした方に目を向けると、見知った顔がそこにあった。
猫耳の忍者娘︱︱ルナ・ホーナックは悠斗と同じエクスペインの
街に活動拠点を置く冒険者である。
小柄な女性でありながらも﹃武神﹄と称されているルナは、冒険
者として目覚ましい実績を上げていた。
﹁あれ。ちょっと雰囲気が変わったか?﹂
以前に見た時と比べると、着ている服の露出度が僅かに上がった
ような気がした。
﹁ええ。少しだけ装備を変えてみました。おかしいでしょうか?﹂
﹁いや。そんなことないよ。普通に色っぽいと思う﹂
﹁色っぽい!? そ、それはラッセン先輩ではなく私に対して言っ
たのですか!?﹂
﹁当たり前だろ⋮⋮。どうしてそこで間違えるんだよ﹂
﹁だだだ、だってその⋮⋮私そういう風に言われたの初めてで⋮⋮
どういう反応をすれば良いのか分からなくて﹂
1145
悠斗に褒められたルナは分かりやすく動揺しているようであった。
史上最悪のネームドモンスター︽不死王タナトス︾との戦闘で窮
地に陥っているところを助けてもらったルナは、悠斗に対して底知
れない恩義を感じていた。
当初は悠斗のことを気嫌いしていたルナであったが、今では幼馴
染のリリナに向けているものと同じくらい悠斗に対して愛情を向け
るようになっていた。
﹁あれれ∼? なんだよ。今日はロビンのオッサン来てねぇじゃん﹂
﹁知らないのか? ﹃掃除人ロビン﹄ならローナス平原に出現した
ダンジョン攻略クエスト以来、行方不明になったそうだ﹂
﹁なんだよそれ∼。あのオッサンをイジめてやるのがオレっちの唯
一の楽しみだったのに﹂
﹁まぁ、そう言うな。元よりアヤツは他人の手柄を横取りすること
でランクを上げた男。遅かれ早かれこうなる運命だったのさ﹂
ジンバー・ルッカス
種族:レプラコーン
職業:冒険者
固有能力:昆虫操作
昆虫操作@レア度 ☆☆☆☆☆☆
1146
︵昆虫を操るスキル︶
ドルトン・ヒューマッハ
種族:ハーピィー
職業:冒険者
固有能力:重量変化
重量変化@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵物体の重さを変化させるスキル︶
ルナの後に入ってきたのは、やたらと身長差のある冒険者コンビ
であった。
﹁あの2人は﹃蟲使いジンバー﹄に﹃鳥人ドルトル﹄。2人とも悠
斗くんより一足早く、シルバーランクに昇進した期待のルーキーだ﹂
﹁⋮⋮なるほど。独特のオーラがありますね﹂
どうやらシルバーランクともなると、固有能力を持った冒険者が
多くなってくるらしい。
特に黒宝装備を身に着けたギリィに関しては、どんな能力を持っ
ているのか分からない以上、警戒する必要がありそうだった。
﹁それにしてもシルバーランクの冒険者っていうのは、それぞれ通
1147
り名みたいなものがあるんですね。ルナなんか︽武神︾とかいう恰
好いい名前で呼ばれているみたいだし﹂
﹁そ、それを言わないで下さいよ! ユートさんがいる手前で﹃武
神﹄を名乗るなんて恥ずかしいです⋮⋮﹂
﹁む。もしかしてユートくんは知らないのか? シルバーランクに
なるとギルドから二つ名がもらえるようになる。キミの場合もギル
ドカードの裏面に書かれていると思うぞ﹂
﹁初耳ですよ!?﹂
悠斗はそこで取り出したカードの裏面を注意深く確認してみる。
︻彗星のユウト︼
よくよく見ると、カードの隅にはそんな言葉が書かれていた。
﹁あの⋮⋮この﹃彗星のユウト﹄ってどういう意味なのでしょうか
?﹂
﹁﹁⋮⋮⋮⋮!?﹂﹂
悠斗の言葉を聞いた次の瞬間。
ラッセン&ルナの表情に戦慄が走る。
1148
﹁これは驚いた。ユートくんに対するギルドの期待は、我々が思っ
ている以上のものであったということか﹂
﹁凄いです! ユートさん! まさか﹃彗星﹄の通り名を与えられ
るなんて⋮⋮凄すぎます!﹂
﹁いや。だからどういう意味なんですか!?﹂
これは後になって知る話になるのだが︱︱。
エクスペインの冒険者ギルド設立以来、悠斗たちの代の若手冒険
者は、かつてないほど粒揃いという評価を受けていた。
その偶然はおよそ1000年に1度あるかないかの確率なのでは
ないかということで、悠斗たち若手冒険者は何時しか﹃彗星世代﹄
と呼ばれるようになっていた。
ギルドが悠斗に﹃彗星﹄の通り名を与えたのは、悠斗こそが﹃彗
星世代﹄の中心人物であると認めたからに他ならなかった。
﹁失礼いたします﹂
エミリア・ガートネット
種族:ヒューマ
職業:ギルド職員
固有能力:破壊神の怪腕
1149
破壊神の怪腕@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵左手で触れた物体の魔力を問答無用で打ち消すスキル︶
最後に部屋に入ってきたのは、受付嬢のエミリアであった。
悠斗と視線が合うとエミリアは、ニコリと愛嬌たっぷりの笑顔を
浮かべる。
﹁驚いた。まさかエミリア嬢が直々に説明にやってくるとはな。こ
れは思っていたよりもハードな仕事になりそうだ﹂
﹁エミリアさんのことを知っているんですか?﹂
﹁︱︱﹃狂犬エミリア﹄。それが冒険者時代の彼女の通り名だよ。
今は一線を引いて、ギルドの職員の仕事をしているが、昔の彼女は
数多の偉業を達成した冒険者だったらしい﹂
﹁さ、流石にそれは何かの間違いだと思いますけど⋮⋮﹂
普段の清楚なイメージがあって、エミリアが﹃狂犬﹄と呼ばれて
いる場面を想像することができない。
保有している固有能力こそ物騒であるが、外見だけで判断すると、
エミリアは全ての男の理想を突き込んだかのような淑やかな美少女
だった。
1150
﹁時間になりました。それでは緊急クエストの内容を説明したいと
思います。今回の呼びかけに集まって下さった方は、﹃情報屋ラッ
セン﹄・﹃彗星のユウト﹄・﹃百面相ギリィ﹄・﹃武神ルナ﹄・﹃
蟲使いジンバー﹄・﹃鳥人ドルトル﹄。以上、6名で間違いありま
せんね﹂
エミリアはそう前置きすると、今回の招集の理由について説明を
始めるのであった。
1151
パーティー結成
﹁つい先日のことです。︽岩山の洞窟︾に向かった冒険者パーティ
ーが行方不明になる事件が発生しました﹂
岩山の洞窟とは悠斗が以前にコボルトたちを討伐したエリアであ
る。
王都エクスペインからは徒歩圏内の距離に位置するので、駆け出
しの冒険者が日銭を稼ぐ際に重宝していた。
﹁不審に思ったギルドは特別にチームを組んで調査を行いました。
その結果⋮⋮厄介なことに洞窟にオーガたちが住み着いていること
が判明したのです﹂
﹁はぁ!? オーガって⋮⋮あのオーガか?﹂
﹁俄かには信じた難いな。オーガというと、人里離れた山奥にしか
生息しないと言われているのだぞ﹂
エミリアの言葉は集まった6人の冒険者に対して衝撃を以て迎え
入れられることになった。
1152
﹁ラッセンさん。その⋮⋮オーガっていう魔物はそんなに強いんで
すか?﹂
﹁ああ。高い知能。身長3メートルを超える巨体。何を取っても厄
介なオーガは冒険者殺しの魔物として悪名高い﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
となると気になってくるのは、どうして︽岩山の洞窟︾にオーガ
が住み着いたのか? ということである。
一般的にモンスターの脅威度は、街に近いほど弱まっているとさ
れている。
オーガのような強力な魔物が大都市の近くに巣を作るなど異例の
ことであった。
﹁ギルドでは現在、岩山の洞窟に住み着いたオーガの生態に関する
本格的な調査を始める予定でいます。しかし、その前にみなさんに
は⋮⋮﹂
﹁なるほど。つまりオイラたちの仕事はオーガの数減らしっていう
わけか﹂
﹁その通りです。ギリィさん。ギルドではオーガ1体につき20万
リアの報奨金を設定しました。
ここに集められたのは︽彗星の世代︾の中心となる実力派の方々
1153
です。どうか皆様の力を合わせてないでしょうか?﹂
スライムを倒して宿代を貯めていた日のことが懐かしい。
1体につき20万リアという報奨金を聞いた悠斗は、感慨深い気
分に浸っていた。
﹁なぁ。エミリアさん。カネのことはどうでもいいんだけどよぉ⋮
⋮。もしこの依頼で1番に功績を挙げたら、オイラのことゴールド
ランクに推薦してくれよ?﹂
エミリアの提示した条件に対して唯一不満を零したのは︽百面相
ギリィ︾であった。
冒険者として数多の実績を上げながらも、素行の問題でゴールド
ランク昇進が絶望的なギリィは自らの境遇に不満を抱いていたので
ある。
﹁そ、それは⋮⋮﹂
﹁おかしいよなぁ。不公平だよなぁ。こー見えてオイラ、けっこー
な実績を上げているはずだぜ? なのにどうして⋮⋮何時まで経っ
てもゴールドランクに上がることが出来ないんだろうなぁ﹂
困惑したエミリアに対してギリィは下卑た視線を送っていた。
1154
ゴールドランク昇進はエミリアの一存で決められる話ではない。
ギリィはそのことを知った上で無茶な条件を振っていたのである。
﹁大丈夫ですよ。エミリアさん﹂
どんな状況であれば美少女が困っている姿を見過ごすことはでき
ない。
そう判断した悠斗は静かに席を立った。
﹁︱︱俺がいます! 絶対に俺が1番になって見せます! ギリィ
の要求が通ることはありませんよ!﹂
﹁ユ、ユートさん!?﹂
果たして自分より年下の少年に助けられたのは何時以来だろうか?
悠斗から力強い言葉を受けたエミリアは、悠斗に対してキラキラ
とした眼差しを向けていた。
﹁はああぁぁぁん!? 何を調子こいているんだよテメェ! ち∼
っとばかり強いからって良い気になるんじゃねーよ! 勘違いする
な! 力だけでなんとかなるような仕事は、シルバーランクにはね
ぇんだよ!﹂
1155
ギリィの言葉はあながち間違いでもなかった。
経験。知識。判断能力。協調性。
ギルドから斡旋されている仕事は、その難易度が高まるにつれて、
冒険者としての総合的な能力が求められる傾向にある。
いかに戦闘能力が高くとも︱︱。
否。
戦闘能力が高いが故に己の力を過信してしまい、命を落としてし
まうこともあった。
︵まったく⋮⋮本当にキミは無茶なことをするんだな⋮⋮︶
悠斗の言葉を聞いたラッセンは感慨深い想いに浸っていた。
︱︱自分の気に入った女性を守るためなら手段を択ばない。
その一本筋の通った行動は、超が付くほどの男嫌いのラッセンす
らも感銘を与えるものであった。
﹁⋮⋮ユートくんだけではないぞ。アタシがいる! 彼に足りない
経験はアタシが補ってやるとしよう﹂
﹁私もいます! 私の力では微々たるものかもしれませんが、ユー
1156
トさんのことを精一杯サポートします!﹂
いかに自分の力に自信を持っているとは言っても3対1では分が
悪い。
立て続けに非難を受けたギリィは、押し黙ることしかできなかっ
た。
︵ケッ⋮⋮。気に入らねぇぜ。コノエ・ユート。今に見ていろよ!
オイラがテメェのこと地獄の淵に叩き込んでやるぜぇ⋮⋮!︶
エミリアに対する嫌がらせを邪魔されたギリィは、密かに復讐の
炎を燃やすのであった。
1157
VS オーガ
今回説明を受けたオーガに関する情報は、シルバーランク以上の
冒険者にしか伝えることができないトップシークレットである。
そういう事情もあって悠斗は、スピカ・シルフィアに対して事情
を説明して自宅で待機してもらうことにした。
﹁私、今でも信じられません。まさかこの3人でパーティーを組む
ことがあるなんて⋮⋮﹂
﹁ふふふ。アタシは、何時かこういう日も来るんじゃないかと思っ
ていたぞ﹂
こうやってスピカ・シルフィア以外の女性たちとパーティーを組
むのは、悠斗にとって新鮮なものであった。
普段と違う美少女たちとの冒険は、楽しみな面もあるが、不便な
点もある。
スキルテイカー
能力略奪の能力に関しては、可能な限り周囲に情報を漏らしたく
はない。
いかに能力を使わずにオーガを盗伐することが出来るかは、今回
1158
のクエストにおける悠斗にとっての大きな課題であった。
﹁⋮⋮お二人とも。お手柔らかにお願いします﹂
差し当たって今回の遠征の目標は、オーガの討伐数でギリィを上
回るということである。
最低限ギリィに勝つことが出来れば、エミリアが妙な難癖をつけ
られることもないだろう。
﹁あ。さっそくこの奥に1体いるみたいですよ﹂
オーガ 脅威LV27
ルナに言われて洞窟の奥に進んでみると、体長3メートルほどの
人型のモンスターがそこにいた。
頭からツノを生やしたその魔物は、フィクションの世界で見るよ
うな︽鬼︾に近い風貌をしている。
肌の色は赤黒く、人間と比べると異様に長い腕を持っていた。
敵の数は1体。
数は少ないが、魔物の中でも取り分け大きな体を持ったオーガは
迫力十分であった。
1159
﹁凄いな。どうして分かったんだ?﹂
﹁私たちケットシーは耳が良いのです。特に洞窟の中は、音が響き
やすいので特定はしやすいですね﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
つまりはスピカの嗅覚レーダーの聴覚バージョンというわけなの
だろう。
これは意外な収穫であった。
索敵のできる仲間が1人いるかどうかで、探索の効率というのは
大きく変わってくる。
悠斗が欠かさずスピカを連れて冒険に出かけるのも高い索敵能力
を買ってのことであった。
﹁どうします? 敵はまだ俺たちの方に気付いていないみたいです
けど﹂
﹁ふふふ。こういう時はアタシに任せて欲しい。遠距離からの攻撃
であればユートくんよりアタシの方に分があるだろう﹂
神秘の火銃@レア度 ☆☆☆☆☆
︵大気中の魔力を吸収して火属性の魔法を射出する武器︶
1160
ラッセンはそう告げると、右腿に装着したホルスターの中からピ
ストルを取り出した。
正確無比な射撃により︽神秘の火銃︾から放たれた火炎球はオー
ガの眼に直撃する。
﹁グギャアアアアアアァァァ!﹂
攻撃を受けていることに気付いたオーガは、身の毛のよだつよう
な咆哮を上げる。
﹁ダメです! 凄い硬さです! 瞼で弾丸を弾かれました!﹂
﹁ふふ。ならばこれならどうだ!﹂
魔境の氷銃@レア度 ☆☆☆☆☆
︵大気中の魔力を吸収して氷属性の魔法を射出する武器︶
次にラッセンが取り出したのは、左腿のホルスターの中に入って
いた︽魔境の氷銃︾という武器であった。
目にも止まらないクイックドロウ。
眼球に次々と炎と氷の弾丸を当てられたオーガは、両目の機能を
1161
停止させられることになる。
﹁グギャアアアアアアァァァ!﹂
﹁⋮⋮チッ。タフなモンスターだな﹂
だがしかし。
両眼を破壊された程度ではオーガの戦意は喪失しない。
オーガは視力を失いながらも敵の気配を敏感に探知して、悠斗た
ちの方向に向かって突進してくる。
﹁⋮⋮これで終わりです﹂
半月の魔刀@レア度 ☆☆☆☆☆
︵三日月のように刀身の反り返った刀。込められた魔力によって切
れ味が強化されている︶
ルナは自身の愛刀である︽半月の魔刀︾を鞘から抜くと、素早い
身のこなしでオーガの体を背後から斬りつけていく。
隠密@レア度 ☆☆☆
︵自らの気配を遮断するスキル︶
1162
視力を失ったオーガでは、︽隠密︾のスキルを保有するルナを捉
えることは出来なかった。
両手両足の腱を切断されたオーガは、粉塵を巻き上げながらも地
に臥せることになる。
﹁やるではないか。ルナくん。どうやらまた腕を上げたようだな﹂
﹁ラッセン先輩こそ。二丁拳銃なんて聞いていませんよ!﹂
もともと冒険者としてストイックに鍛錬をしていた2人であった
が、悠斗の登場によって、その傾向は一層に顕著なものになってい
た。
後から冒険者になった悠斗の躍進は、2人の実力を少なからず引
き上げていたのである。
﹁2人とも! 後ろです!﹂
﹁なにっ⋮⋮!?﹂
﹁えっ⋮⋮﹂
悠斗が叫んだその直後。
ラッセン&ルナにとって予想外のことが起こった。
1163
完全に仕留めた手応えがあったにもかかわらず︱︱。
どういうわけか2人に襲い掛かってきたのである。
︵⋮⋮ウィンドボム!︶ 普通に攻撃をしても、オーガの攻撃までに間に合わないかもしれ
ない。
そう判断した悠斗は以前に開発した風魔法による高速移動技術、
︽飆脚︾を使用することにした。
地面を強く蹴るのと同時に足の裏からウィンドボムを発生させる
この技は、風魔法を利用することにより、人間の限界を超えた加速
を可能にしている。
﹁ふぎゃぉっ!﹂
バリバリと頭蓋骨の砕ける音が洞窟の中に鳴り響く。
オーガの巨体は宙を舞い、そのまま意識を途絶えさせることにな
った。
悠斗はそこでステータスを確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
1164
魔力精製 魂創造 魔力圧縮
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶ 水魔法 LV6︵
10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶ 聖魔法 LV6︵
37/60︶
呪魔法 LV6︵6/60︶
特性 : 火耐性 LV3︵24/30︶ 水耐性 LV3︵
0/30︶
風耐性 LV4︵6/40︶
火耐性のスキルの項目が上がっていた。
どうやらオーガから獲得できるスキルは火耐性+5であるらしい。
﹁やれやれ。これでまたキミに対して借りが出来てしまったな﹂
﹁今のは風魔法でしょうか? 凄すぎます! あまりに速過ぎて、
何が起こっているのか全く分かりませんでした!﹂
悠斗の早技を目の当たりにした2人は、それぞれ目を丸くして驚
いているようであった。
﹁それにしても、先程のオーガは何だったのでしょうか。たしかに
急所は突いたはずだったのですが⋮⋮﹂
﹁原因が分かったぞ。こいつを見てくれ﹂
1165
ラッセンはそこで剥ぎ取ったオーガの角をルナに向かって投げ渡
す。
オーガの角@レア度 ☆☆☆
︵多量の魔力が詰まった角。様々なアイテムの調合素材として利用
されている︶
﹁こ、これは⋮⋮!﹂
角を受け取ったルナは絶句した。
何故ならば︱︱。
今回入手したオーガの角は、通常のものと比較をすると2倍近い
重量だったからである。
﹁オーガ系のモンスターの角のサイズは、その戦闘力に比例して大
きく成長していくとされている。どうやらこの洞窟のオーガは、極
めて戦闘能力が高いようだな﹂
﹁そんな⋮⋮!? 一体どうして⋮⋮!?﹂
﹁さぁ。詳しいことは現時点では何も言えないな。とにかく奥に進
んでみよう。そうしたら何か分かることがあるかもしれん﹂
1166
ラッセンンの一言により3人は洞窟の奥に歩みを進める。
︵なんだろう。この違和感⋮⋮? アタシの勘が正しければ何か⋮
⋮何かとてつもなく悪いことが起こる前触れではないだろうか⋮⋮︶
3人の中で冒険者としてのキャリアが最も長いラッセンは、心の
中でそんなことを思うのであった。
1167
VS オーガ︵後書き︶
●お知らせ
最近、更新が不定期になっていたので、
予約投稿機能を使うことにしました。
次話以降は、安定して毎週木曜日に投稿できると思います。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
みなさまのおかげで10万ポイントの大台まで@5000ポイン
トまで到達できました。
今後ともスキルテイカーをよろしくお願いします。
1168
ギリィの罠
それから。
悠斗たちパーティーの快進撃は続いた。
異常なまでに打たれ強いオーガたちを倒すのには時間がかかった
が、息の合ったチームワークによってその後は危なげなく討伐数を
重ねていくことになる。
2時間ほど探索をした頃には、集まったオーガの角は7本にも上
っていた。
﹁気を付けて下さい。この奥に何かいます⋮⋮!﹂
ルナの警告を受けて慎重に通路を進んでいく。
すると、そこにあったのは意外な光景であった。
﹁うおおおお! チクショォォォー! イテェ! イテェよぉぉぉ
!﹂
﹁お、お前は⋮⋮!?﹂
1169
洞窟の天井が崩れたのだろうか?
シルバーランクの冒険者︽百面相ギリィ︾は、巨大な岩の下敷き
になっていた。
﹁い、いいところに来た! 彗星のユート! 頼む! 一生のお願
いだ! オイラの体を引っ張り上げてくれ∼﹂
目に涙を浮かべながら訴えるギリィ。
以前までの挑発的な態度から一転。
無様に助けを求めるギリィを前にした悠斗は完全に拍子抜けして
いた。
﹁ユートくん。無視していいぞ﹂
﹁そうですね。先を急ぎましょうか﹂
﹁ぎゃわあああぁぁぁ! この人でなし! 鬼! このままじゃオ
イラ⋮⋮オーガのやつに食べられちまうよ∼!﹂
素通りしていく悠斗たちを目の当たりにしたギリィは、声のボリ
ュームを上げて命乞いを始める。
﹁あの、やっぱり私⋮⋮あの人のことを助けたいんですけどダメで
しょうか?﹂
1170
﹁甘いぞ。ルナくん⋮⋮。先に挑発をしてきたのはギリィの方だ。
わざわざ敵に手を差し伸べる必要もあるまい﹂
﹁けど、私⋮⋮このまま本当にギリィさんがオーガに食べられるよ
うなことになったら⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
いかに気に食わない相手とは言っても困っている人を見過ごすこ
とはできない。
3人の中で最も純真なルナにとっては、ギリィを見殺しにするこ
とは我慢できないことであった。
﹁仕方がないですね。俺が助けますよ﹂
セクハラの常習犯であるギリィに女性たちを近づけるわけにはい
かない。
そう判断した悠斗は拳で岩を破壊することにした。
﹁ほら。これで立てるだろ?﹂
﹁すまねぇ⋮⋮。岩の下敷きになって足の骨が折れているみたいな
んだ⋮⋮。よければ体を起こしてくれねぇか?﹂
1171
﹁ったく。仕方ないな﹂
﹁すまねぇ⋮⋮。すまねぇ⋮⋮﹂
瞬間、悠斗は背筋に何とも言えない悪寒を感じることになる。
その時、悠斗はギリィの口角が釣り上げるのを見逃さなかった。
﹁んじゃまぁ、オーガの討伐はお前たちに任せたぜぇ。悪いが、オ
イラは戦えるコンディションじゃないんでね⋮⋮﹂
ギリィはそんな台詞を残すと、出口に向かって歩いていく。
ケガした足を引きずるギリィの足取りは覚束ないものであった。
︵なんだ⋮⋮? 俺の思い過ごしか? 結局、何もしないのかよ︶
不可解なギリィの言動を目にした悠斗は、思わず小首を傾げるの
であった。
1172
VS アオオニ
思いがけないライバルの途中離脱を受けて悠斗たちパーティーは、
少しペースを落として探索を再開していた。
﹁気を付けて下さい⋮⋮! この通路の奥からオーガの気配を感じ
ます⋮⋮!﹂
そこから暫く歩くと、大きく開けた空間にたどり着くことになる。
アオオニ
種族:オーガ
職業:なし
固有能力:影縫 透視
影縫@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵影の中限定で高速移動を可能にする力︶
透視@レア度 ☆☆☆☆☆
︵遮る物体をすり抜けて状況を視認するスキル︶
空間の中央に立っていたのは一際目立つ青色の肌をしたオーガで
1173
あった。
背は低い。
通常のオーガが3メートルくらいだとしたらアオオニのサイズは、
その半分くらいのものだろう。
︵透視⋮⋮だと⋮⋮!?︶
だがしかし。
アオオニの風貌など今はどうでもよいことであった。
悠斗の関心を何より惹いたのは、アオオニの持っている︽透視︾
のスキルである。
︵このスキルがあれば⋮⋮女の子の裸を見放題なのでは⋮⋮!?︶
是が非でも欲しい。
邪魔な衣服を透けさせることができる透視は、男ならば誰しもが
1度は憧れる能力だろう。
﹁ラッセン先輩⋮⋮! あれって⋮⋮!﹂
﹁間違いない! ネームドモンスターだっ!﹂
1174
2人が叫んだ次の瞬間。
アオオニの巨体は不意に闇の中に溶け込んでいく。
﹁﹁消えたっ!?﹂﹂
厳密に言うとアオオニの体は消えたわけではない。
スキルを使って影の中に潜伏をしているのである。
﹁危ないっ!﹂
以前の不死王タナトスの一件で︽影縫︾のスキルホルダーとの戦
闘は心得ている。
近くにある影の揺らぎを察知した悠斗は、ラッセン&ルナの体を
抱きかかえ、大きく地面を蹴って跳躍する。
ズガガガガガッ!
洞窟の中に地面が抉れる音が木霊する。
体が小さいからと言って侮ってはならない。
アオオニのパワーはオーガを遥かに凌駕するものである。
危なかった。
1175
もう少しタイミングが遅れていたら、今頃はアオオニの拳が体に
めり込んでいただろう。
﹁︱︱気を付けて下さい。奴は影の中に潜ります。2人はこの光の
中から決して出ないで下さい﹂
フラッシュライト
︵聖なる光で周囲を照らす魔法︶
そこで悠斗が使用したのは、以前に取得したばかりの︽フラッシ
ュライト︾という魔法である。
影が強く出ている場所でなければ︽影縫︾のスキルで通ることは
できない。
そのことは前回のタナトスとの一戦で検証済みであった。
﹁しかし、ユートくん1人で戦わせるわけには⋮⋮﹂
﹁そうですよ! 危険過ぎます!?﹂
﹁ごめんなさい。ワガママ言って。けど、影に潜る相手に1番慣れ
ているのは俺です。どうかここは俺に格好付けさせてくれないでし
ょうか?﹂
﹁﹁⋮⋮⋮⋮ッ!﹂﹂
1176
キリッとした凛々しい顔付きで悠斗は言った。
ドキドキドキドキ。
自らの胸の動悸を抑えることができない。
果敢に女性を守ろうとするその姿勢は、男嫌いのラッセンですら
も魅了させるものであった。
︵⋮⋮ぐへへ。ぐへへへへ︶
だがしかし。
悠斗が2人を安全地帯に置いたのは、﹃女性を守る﹄という理由
とは別に重要なもの1つがあった。
︵絶対に⋮⋮絶対に俺が止めを刺してやるぜぇ⋮⋮!︶
ここ最近の戦闘では、せっかく良スキルを持っている敵に巡り合
えても、別の人間に止めを刺されてしまうケースが多かった。
確実に︽透視︾のスキルを入手して、﹃美少女たちの裸を見放題
!﹄という環境を作るためには、どうしてもアオオニと1対1の状
況を作る必要があったのである。
当然のことながらラッセン&ルナは、悠斗が美少女の裸について
1177
思いをはせていることを知らない。
﹁そこだぁぁぁ!﹂
至高の戦利品を目の前にブラ下げられた悠斗の気合は十分であっ
た。
悠斗はアオオニが影から浮き上がるタイミングを完全に見極める
ことに成功する。
﹁⋮⋮ギョギッ!?﹂
攻撃を躱され、利き腕を取られたアオオニは驚愕の声を漏らす。
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした︽近衛
流體術︾を習得した悠斗は、︽合気道︾に関しても達人級の腕前を
誇っていた。
単純な腕力では、アオオニの方が数段勝っているだろう。
だがしかし。
もともと合気道という武術は、力の弱いものが、強いものに対抗
できるようにと作られた武術である。
右腕の関節を極められたアオオニは、苦悶の表情を浮かべながら
も影の中に潜ろうとする。
1178
﹁逃がすかよ⋮⋮!﹂
絶対に影の中に潜られるわけにはいかない。
そう判断した悠斗は、フラッシュライトの魔法を使用して周囲の
影を消し去った。
﹁ギギオオオオオィィィッ!﹂
右腕。左腕。右足。左足。
次々と悠斗に身体を壊されることになったアオオニは悶絶の声を
漏らす。
四肢の自由を奪った悠斗は、すぐさまアオオニのマウントを取っ
た。
﹁オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!﹂
ラッシュに次ぐ猛ラッシュ。
アオオニの自己治癒速度は凄まじく、拳を打ち込んでいる間にも
ダメージがどんどん回復していく。
1179
だがしかし。
悠斗の拳は止まらなかった。
美少女の裸を見放題! という野望を果たすためにも心を鬼にし
てラッシュを続ける。
その結果︱︱。
100を超える打撃を重ねた頃には、アオオニの体はピクリとも
動かなくなっていた。
﹁うおっしゃあああぁぁぁっ!﹂
戦闘が終わったことに対して、これほど喜びを感じたのは何時以
来だろうか。
悠斗はそこでステータスを確認。
近衛悠斗
固有能力: 能力略奪 隷属契約 魔眼 透過 警鐘 成長促進
魔力精製 魂創造 魔力圧縮 影縫
魔法 : 火魔法 LV4︵12/40︶ 水魔法 LV6︵
10/60︶
風魔法 LV5︵4/50︶ 聖魔法 LV6︵
37/60︶
呪魔法 LV6︵6/60︶
特性 : 火耐性 LV4︵29/40︶ 水耐性 LV3︵
0/30︶
1180
風耐性 LV4︵6/40︶
影縫@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵影の中限定で高速移動を可能にする力︶
ステータス画面には新たに獲得したスキルが追加されていた。
︵デ、デスヨネー⋮⋮︶
なんとなく途中からこうなるような気はしていたので特に驚きは
ない。
記念すべき10個目の固有能力にもかかわらず、素直に喜べない
のが悲しいところであった。
能力略奪にはレア度の高いスキルから優先して奪う性質があるの
だろうか?
過去にも同様のケースがあったことから、悠斗はそんな疑問を抱
くのであった。
1181
ブレイクモンスター
凄まじい光景を見てしまった。
悠斗とアオオニの戦闘を間近で目の当たりにしていたラッセン&
ルナはそんな感想を抱いていた。 特にマウントを取ってからの悠斗の猛攻は圧巻であった。
音速に近いスピードで繰り出される拳は、周囲に激風を巻き起こ
すほどのものであった。
﹁えーっと⋮⋮。こっちは一応終わったみたいです﹂
先程までの鬼神のような形相から一転。
あどけない笑顔を浮かべる悠斗を目の当たりにした2人は、背筋
にゾクリと悪寒を走らせることになる。
︵まったく⋮⋮。ユートくんが﹃味方﹄でいてくれて本当に良かっ
たよ⋮⋮︶
百戦錬磨のラッセンの眼を以てしても、冒険者としての﹃器﹄の
底が未だに知れない。
悠斗が敵に回った時のことを考えると、恐怖で思わず身震いして
1182
しまう。
﹁ラッセン先輩。このモンスターが、オーガたちを引き連れてきた
のでしょうか?﹂
﹁強力なネームドモンスターの中には、配下となるモンスターを持
った個体もいる。今回も同様のケースである可能性は高いだろうな﹂
ラッセンが呟いた直後であった。
悠斗の中にけたたましい電子音が鳴り響く。
警鐘@レア度 ☆☆☆☆☆
︵命の危機が迫った時にスキルホルダーにのみ聞こえる音を鳴らす
スキル。危険度に応じて音のボリュームは上昇する︶
この現象は悠斗が保有する︽警鐘︾のスキルが引き起こしたもの
である。
音のボリュームは過去に経験した中でも最高レベルのものであっ
た。
それ即ち︱︱悠斗にとっての命の危機が差し迫っている現れであ
る。
ゴールデンオーガ 脅威LV ???
1183
エラーメッセージ
︵この魔物の情報を表示することができません︶
﹁な、なんだあいつは⋮⋮!?﹂
洞窟の奥から1匹のオーガが現れる。
どういうわけかそのオーガは、洞窟の暗がりを照らすかのような
黄金の肌をしていた。
﹁⋮⋮ユートくん。これはまずいことになったぞ﹂
オーガマスター 脅威LV 32
気が付くと、囲まれていた。
オーガマスターという魔物はオーガより一回り大きい、2本のツ
ノを生やした鬼のモンスターであった。
その数は、10、20、30⋮⋮あるいはそれよりも多かった。
﹁し、信じられません。私の聴覚では、全く気配を感じ取れません
でした!﹂
﹁おそらく我々の存在を感知して、闇の中で息を潜めていたのだろ
う﹂
1184
結論から言うとラッセンの嫌な予感は的中していた。
先程のアオオニとの戦闘で終わっていれば、単なる﹃ネームドモ
ンスターの出現﹄という言葉で片付けられていただろう。
だがしかし。
今回の襲撃は、それ以上の﹃ナニカ﹄を感じさせるものであった。
﹁断言する。連中は我々の手に負える相手ではない。ここは一旦引
いて、ギルドの指示を待とう﹂
正体不明の金色のオーガ。
周囲を取り囲んでいる30匹を超えるオーガマスター。
いかに悠斗の力を以てしても分が悪い戦闘であることは明らかで
あった。
﹁ラッセン先輩っ! でも⋮⋮どうすれば!?﹂
﹁2人とも。今すぐに両目を閉じろ! アタシが良いというまで絶
対に目を開けるんじゃないぞ!﹂
ラッセンはそう前置きすると、ポケットの中から閃光弾を取り出
した。
冒険者としてのキャリアの長いラッセンは、逃走用のアイテムを
1185
常備していたのである。
﹁今だ! 出口に向かって走れええええ!﹂
洞窟の中に生息するモンスターには、光による攻撃が有用となる
ケースが多い。 閃光弾を使ってオーガたちの目を奪うことに成功した悠斗たちは、
一目散にその場を後にするのであった。
1186
イノベーション
命からがら洞窟を脱出した悠斗たちはグッタリとした足取りでエ
クスペインの街を目指していた。
帰り道。
2匹のオーガを討伐にしたことにより本日の討伐数は9匹にも上
ることになった。
オーガの頑強さを考えると、かなり健闘した数字と言えるだろう。
少なくとも途中でリタイアしたギリィに数字で負けることはなさ
そうである。
﹁お疲れ様です。ユートさん。今回も凄い成果ですね!﹂
盗伐証明部位であるオーガの角を届けると、受付嬢のエミリアは
悠斗に対してキラキラとした目を向けていた。
ちなみに彗星世代のそれぞれの戦果は以下の通りであった。
悠斗 ↓ 9匹
ジンバー ↓ 3匹
1187
ドルトル ↓ 3匹
ギリィ ↓ 0匹
悠斗の戦果がラッセン&ルナを含めていることを考慮すると、討
伐数は3匹で横並びであった。
流石は彗星世代ということだろうか。
他人の力を借りずに単独で3匹のオーガを倒したジンバー、ドル
トルの実力は侮れない。
それにしても不気味なのはギリィであった。
いくら途中で事故に巻き込まれたからと言って討伐数がゼロとい
うのは不自然に感じる。
このままギリィが素直に引き下がるとも思えなかった。
﹁本日は報酬の180万リアになります。念のためギルドカードを
お預かりしますね﹂
﹁⋮⋮あれ?﹂
﹁どうなされましたか?﹂
﹁⋮⋮ごめんなさい。ギルドカードなんですけど、何処かで落とし
てしまったのかもしれません﹂
出かける前はポケットの中に入れていたと思っていたのだが、ど
れだけ探してもカードを見つけることができない。
1188
﹁大丈夫です。カードであれば何時でも再発行可能ですから。よろ
しければ手続きをしておきましょうか?﹂
悠斗はエミリアにカードの再発行を依頼すると、ギルドの外に出
て天を仰ぐ。
久しぶりに長時間の遠征をしたせいか思っていたよりも体が疲労
していた。
こういう時は女体に触れて癒されるに限る。
屋敷で待っている女の子たちのことを考えると、悠斗の足取りは
少しだけ軽くなるのだった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
屋敷に戻って夕食を済ませた悠斗は、さっそく本日獲得したスキ
ルの検証作業に入ることにした。
影縫@レア度 ☆☆☆☆☆☆
︵影の中限定で高速移動を可能にする力︶
透視のスキルを獲得できなかったのは残念であったが、単純なレ
ア度で言うのであれば影縫のスキルに軍配が上がる。
両者とも有用なスキルであることは変わりなかった。
1189
﹁うおおおっ! これはスゲー!﹂
スキルを使用して影の中に入った悠斗は思わず感嘆の声を漏らす。
てっきり影の中では視界が効かないものだと思っていたのだが、
キッチリと周囲の景色を見渡すことができる。
雲で月明りが翳った夜は、影縫の移動範囲も広くに渡っていた。
試しに影の中を走ってみる。 シュッ。
シュババババッ。
地上にいる時と比べて何かが変わったようには思えない。
魔眼による説明によると、高速移動が可能と書かれているのだが、
これは一体どういうことなのだろうか。
﹁プハッ⋮⋮。もう限界だ⋮⋮﹂
どうやら影の世界というのは、水中と同じように人間が呼吸でき
ない場所らしい。
ここだけは本当に気を付けなければならない。 長居してしまうと、影の中で呼吸困難を起こして、そのまま孤独
死という事態にも陥りかねない。
1190
﹁たぁ! えい! やぁぁぁ!﹂
暫く影の中を散歩していると、聞き覚えのある声が影の世界に入
ってくる。
声のした方に目をやると、懸命に剣の稽古に明け暮れるスピカの
姿がそこにあった。
︵あれ⋮⋮? 気のせいかな。影の中から見るとスピカの動きが少
しだけ遅く見えるぞ⋮⋮?︶
悠斗はそこで説明欄にあった﹃高速移動﹄の意味を理解すること
になる。
どうやら影の世界というのは、地上に比べると時間の進み方が遅
くなるらしい。
この時間差こそが﹃高速移動﹄の正体だったのである。
﹁ふぅ⋮⋮。疲れました。少し休憩にしましょうか﹂
剣を収めたスピカは木陰に入って体育座りをする。 周囲に他人の視線がないので油断しているのだろう。
何時もよりも少しだけ足を広げて座るスピカのスカートの中は無
防備な状態であった。
1191
︵ぬおっ! もしかしてこれは⋮⋮パンチラが拝み放題なのでは!
?︶
すかさず悠斗はスピカの足元に移動しようと試みる。
だがしかし。
寸前のところで思い止まった悠斗は、スカートの中を覗くことな
く引き返すことにした。
︵︱︱バカか俺は! スピカのパンチラなんて他に見られる方法は
いくらでもあるじゃないか! 発想のレベルが小学生から進化して
いねえ!?︶
悠斗は決してパンチラを軽く見ているわけではない。
むしろパンチラに対するリスペクトは人一倍持っているつもりで
あった。
けれども、今回は少しだけ条件が違う。
せっかく新スキルを獲得したのだから普段とは趣のことなるプレ
イをしていくべきだろう。
︵巻き起こしてやるぜ! エロのイノベーション!︶
1192
決意を新たにした悠斗はメラメラと闘志を燃やしていた。
﹁よぉ。スピカ。訓練、頑張っているみたいだな﹂
﹁ご、ご主人さま!?﹂
悩んだ挙句に悠斗は、影の中から出て普通に声をかけることにし
た。
不意に声をかけられたスピカは、驚きのあまりピクリと肩を震わ
せる。
﹁はい。何時までもご主人さまに守られているわけにはいかないで
すから! 私、どんどん強くなりますよ!﹂
もともとの筋が良かったからだろう。
悠斗の眼から見てもスピカの剣技は面白いように上達しているよ
うに思えた。
最初は完全な素人であった剣筋も今では鋭さを覗かせている。
現段階でも街のゴロツキくらいならば、スピカ単独の力で撃破で
きそうであった。
﹁なぁ。スピカ。ちょっと新しいスキルを覚えたからさ。実験に付
き合ってくれよ﹂
1193
﹁なななっ。新しいスキルですか!?﹂
通常、固有能力とは生物が先天的に保有しているものであり、努
力で身に付く類いのものではない。
だからこそスピカは、次々に新スキルを獲得していく悠斗に対し
て崇拝の眼差しを送っていた。
﹁︱︱︱︱ッ!?﹂
悠斗が︽影縫︾のスキルを使用した次の瞬間。
スピカは思わず目を擦って先程まで悠斗が立っていた場所を二度
見してしまう。
透過@レア度 ☆☆☆
︵自身とその周囲の物体を透明に変えるスキル。使用中は行動速度
が激減する︶
以前に悠斗が使用した︽透過︾のスキルとは訳が違う。
影の中に姿を隠した悠斗は、スピカの嗅覚レーダーからも外れて、
完全に気配を遮断することに成功していた。
﹁ご、ご主人さま⋮⋮? 何処にいるのですか?﹂
﹁フハハハ! スピカよ。俺なら此処にいるぞ!﹂
1194
﹁???﹂
スピカは思わず自身の足元に視線を落とす。
悠斗の声はまるで地面の中から聞こえてくるかのようであった。 ﹁分からないのか? ここだよ! ここ!﹂
﹁ままま、まさか⋮⋮﹂
下半身に違和感を覚えたスピカは自らのスカートをそっと捲って
みる。
﹁正解。よく分かったな﹂
スカートの中に目を移すと見慣れた顔がそこにあった。 探していた悠斗の顔はスカートの中にあった。
あまりに想定外の展開を前にしたスピカは、現実を受け止められ
ずにいた。
︵ふふふ。俺は今⋮⋮スピカのパンツと合体している!︶
1195
悠斗は感動していた。
小学生の卒業アルバムの﹃将来の夢﹄の欄が﹃美少女のパンツ﹄
だった悠斗は、今まさに自らの夢を叶えようとしていた。
﹁びえっ! びえええええええっ!?﹂
まさか自らの主人がパンツと合体するとは思いもしなかった。
トラウマものの光景を目の当たりにしたスピカは、衝撃のあまり
口から泡を噴き出したまま失神するのだった。
1196
イノベーション︵後書き︶
●新連載のお知らせ
別サイトにて新連載をやっております。
タイトルも変わって内容も大幅リニューアル中!
現代を舞台にした究極の学園デスゲーム!
おかげさまで読者さまからの評価も上々です。
下記にリンクを貼っております。
こちらも読んで頂けますと非常に嬉しいです。
1197
出現! 偽悠斗!︵前編︶
翌日。
朝早く起きた悠斗は、さっそくオーガ討伐クエストのリベンジを
果たすべく冒険者ギルドを訪れていた。
﹁えっ。中止ですか!?﹂
﹁⋮⋮はい。申し訳ございません。先日の調査により持ち帰った情
報を精査したところ、今回のクエストはゴールドランク以上の方で
なければ討伐は難しいと判断させて頂きました。
現在この街で手の空いているゴールドランクの方はおりませんか
ら、ギルドとしては︽岩山の洞窟︾のクエストを停止しようと考え
ております﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
残念ではあるが、納得の感情が先にきた。
どう楽観的に考えても、︽岩山の洞窟︾のオーガたちを6人の冒
険者で駆逐するのは厳しそうであった。
特に最後に姿を見せた﹃ゴールデンオーガ﹄については別格であ
る。
1198
悠斗は推測する。
その実力は史上最悪のネームドモンスターと謳われた︽不死王タ
ナトス︾すら軽々と凌駕しそうであった。
︵⋮⋮参ったな。いきなり暇になっちまったぞ︶
本日はラッセン&ルナと一緒にギルドに集まってオーガ退治を続
行するつもりだったのだが、完全に予定が狂ってしまった。
手持無沙汰になった悠斗が頭を悩ませながらもギルドの外に出た
直後であった。
﹁探しましたよ! ユートさん!﹂
エナ・マスカルディ
種族:ヒューマ
職業:ウェイトレス
固有能力:なし
何処か見覚えのある人物に声をかけられる。
﹁えーっと⋮⋮。キミはたしか⋮⋮!﹂
1199
普段は店の制服を着ているので気付くのが遅れてしまった。
そこにいたのは、悠斗が時折利用していた小料理屋の看板娘であ
る。
少し垢抜けない顔立ちが魅力的なエナは、悠斗が密かに気にかけ
ている人物であった。
﹁どうしたの? エナちゃん﹂
﹁うぅぅ⋮⋮。昨日のこと、忘れたとは言わせませんよ! 私の体、
散々モテ遊んだ癖に!﹂
﹁はい⋮⋮?﹂
身に覚えのない非難を浴びせられた悠斗は、ポカンと口を半開き
にしていた。
﹁私、信じていたんですよ⋮⋮? ユートさんになら私の初めて、
渡してもいいなって思っていたのに⋮⋮﹂
﹁ちょっと待ってくれよ。何を言っているのか分からないよ!?﹂
﹁とぼけないで下さい! ユートさんはいきなり私の体を抱きしめ
て、お尻を触ってきたじゃないですか!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
1200
事情は分からないが、﹃可愛い女の子には優しく、そうでない女
子はまあそれなりに扱うこと﹄というのが幼少期の頃より、近衛流
の師範である祖父から教えられてきた言葉である。
悠斗にとって現在の状況は看過できないものであった。
﹁私のこと⋮⋮遊びだったんですね?﹂
﹁そ、そんなこと⋮⋮﹂
﹁なら、私のお尻を触った責任、取ってくれますよね⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 怒涛の追及に思わず口をつぐんでしまう。
悠斗は自他共に認める女好きである。
それは疑いようのない事実であった。
だがしかし。
悠斗はこういう女性の生々しい部分に関しては大の苦手だった。
逆に言うと、こういう修羅場を回避したいからこそ、今日まで不
特定多数の女の子と一線を越える行為を我慢できたとも言える。
一体何がどうなっているのだろうか?
悠斗は狐につままれたような気分に陥っていた。
1201
﹁ククク。見∼つ∼け∼た∼ぞ∼!﹂
アドルフ・ルドルフ
種族:ヒューマ
職業:商人
固有能力:鑑定
鑑定@レア度 ☆
︵装備やアイテムのレア度を見極めるスキル。魔眼とは下位互換の
関係にある︶
聞き覚えのある声に連れられて視線を移すと、そこにいたのは意
外な人物であった。
ギルド公認雑貨店の主人であるアドルフ・ルドルフは、悠斗にと
っては付き合いの長い知人である。
少々ボディタッチが激しいのが玉に瑕であるが、面倒見の良いア
ドルフには様々な場面で助けられたことがあった。
﹁ア、アドルフさん!? どうしたんですか?﹂
﹁どうしたもこうしたもあるかっ!﹂ 普段温厚な人間ほど怒ると怖いのだろう。
1202
アドルフの怒りの表情は、悠斗すら圧倒させるものであった。
﹁オレはよ。兄ちゃんのことを高く買っていたんだぜ? 悲しいぜ
! まさか兄ちゃんに店の商品を盗まれる日が来るとはよっ!﹂
﹁待ってください! 俺は何も盗んだ覚えがありませんよ!﹂
﹁しらばっくれるんじゃねぇ! 許さんぞ! こちとら証拠は挙が
っているんだ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
これ以上は何か弁明しても無駄だろう。
事情は分からないが、アドルフは悠斗が犯人であると確信してい
るようであった。
﹁ククク⋮⋮。許さんぞ! 盗んだ分の代金は⋮⋮キッチリ兄ちゃ
んのケツ穴で払ってもらうからな!﹂
﹁ひぃっ!﹂
童貞を卒業する前に違う童貞を卒業するわけにはいかない。
身の危険を感じた悠斗は全速力で逃げ出した。
1203
﹁待ちやがれ!﹂
﹁待ってください!﹂
エナ&アドルフは悠斗の後を追う。
2人の形相に萎縮されてしまった悠斗は、完全に撒くことが出来
ないでいた。
﹁あ! 見つけたぞ! コノエ・ユートだ!﹂
﹁ウチの家宝の刀を返して下さい!﹂
﹁テメェッ! よくもオレの娘を泣かせてくれたなっ!﹂ どうやら悠斗に対して恨みを持っていたのは2人だけではなかっ
たらしい。
騒ぎを聞きつけた人間たちは次々と悠斗の後ろに列を作り、痴話
喧嘩から始まった事件は気が付くと大騒動となっていた。
﹁いい加減にしてくれよ! 神に誓ってもいい! 俺は女の子を泣
かせるようなことも、他人のものを盗むようなこともしてねえよ!﹂
もちろん悠斗は走りながらも必死に無実を主張していた。
しかし、脇目も振らずに追ってくる人間たちの耳には届くよしも
なかった。
1204
﹁あ! ラッセンさん! ちょうど良いところに!﹂
渡りに船とはこのことだろう。
エクスペインの街を一周して冒険者ギルドに戻ってくると、頼れ
る先輩冒険者の姿を発見することができた。
﹁聞いて下さい! ラッセンさん! 街の人たちの様子がおかしい
んです! どういうわけか俺のことを悪者扱いするんですよ!?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
助けを求める悠斗であったが、ラッセンの表情は晴れなかった。
︵おいおい。まさかラッセンさんまで⋮⋮!?︶
悠斗が嫌な予感を覚えた直後であった。
ペシンッ!
1205
ラッセンのビンタが悠斗の頬に炸裂する。
1206
出現! 偽悠斗!︵後編︶
﹁見損なったぞ! アタシは男を信用しない。けれど、キミだけは
⋮⋮世界で只一人キミだけは⋮⋮信じられるような気がしていたの
だぞ⋮⋮﹂
知らなかった。
普段の辛辣な態度から誤解をしていた。
こんなことは初めてだった。
男勝りなラッセンは普段絶対に人前で涙を見せたりしないのであ
る。
ラッセンの目から零れ落ちる涙は、これまで2人の間で積み上げ
てきた信頼の証︱︱。
それだけに悠斗は行き場のない憤りを感じていた。
﹁おや。もしかしてキミは⋮⋮本物のユートくんなのか⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮どういうことですか?﹂
1207
ラッセンの言葉を聞いた悠斗は小首を傾げる。
本物も何も近衛悠斗という人間は世界に只一人だけである。
誰かが変装をしようにも、黒髪黒目という特殊な外見をした悠斗
を真似るのは不可能に近い。
﹁⋮⋮分からない。ただ、キミは先程アタシの体を触ってきたユー
トくんとは別人な気がするんだ﹂
ラッセンの言葉を聞いた悠斗は考えを改める。
たしかに現在起こっている不可思議な現象は、﹃もう1人の自分﹄
が意図的に悪事を働いていると納得できる部分があった。
物理的な変装は不可能でも、特殊な︽固有能力︾を使用している
というケースも考えられる。
﹁ラッセンさん! 信じてくれるんですね! ようやくデレ期に入
ったんですね!?﹂
嬉しかった。
詳細は分からないが、偽物の自分は相当精緻な変装を施している
可能性が高い。
にもかかわらず一瞬で本物だと信じてくれたのは、偏に愛の賜物
だと考えたのである。
1208
﹁いや。それは違う。先程出会ったユートくんの左肩はアタシが銃
で打ち抜いている。だからこそ、この短期間で傷口が治っているの
が信じられないのだ﹂
いくら体を触ってきたからと言って相手に発砲したりするだろう
か。
︵ほ、本当にこの人は俺のことを信用していたのだろうか?︶
一歩間違えていたら打ち抜かれていたのは自分だったかもしれな
い。
今後ラッセンには絶対にセクハラしないでおこうと悠斗は心に誓
う。
﹁見つけたぞ! お前が偽物のオイラだな!﹂
黒宝の指輪@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆
︵他人が所持する︽魔眼︾スキルの効果を無力化する︶
聞き覚えのある声に反応して目を向けた悠斗は絶句した。
何故ならば︱︱。
1209
そこにいたのは自分と完全にウリ二つの︱︱﹃もう1人の自分﹄
としか形容できない人物だったからである。
﹁どういうことだ⋮⋮? やはりユートくんが2人!? ユートく
ん。キミはどこかで分裂したとでもいうのか!?﹂
﹁違いますよ。見て下さい。アイツの肩からは血が出ています﹂
偽物の悠斗の肩からは出血の痕跡があった。
回復魔法で処置を施したのだろうが、着ている服にはベッタリと
血液が付着していた。
﹁なるほどな。そういうわけか。﹃本物の﹄ユートくん。先程は唐
突に殴ってしまい、すまかった。このことは1つ貸しにしておいて
くれないだろうか﹂
﹁いえ。いいんです。ラッセンさんのおかげで偽物が判明したのは
確かですから﹂
そうこうしている内に悠斗の背中を追ってきた住民たちが到着す
る。
﹁どういうことだ? 兄ちゃんが2人いるだと⋮⋮!?﹂
﹁アドルフさん。違いますよ。あの肩に血が付着している俺は偽物
1210
の俺です! 今回の騒ぎは全てのアイツが起こしたものだったんで
すよ!﹂
﹁う∼む。たしかにアイテムだけを見ると、こっちの兄ちゃんが本
物に見える。本物の兄ちゃんが身に着けていたのは﹃黒宝の首飾り﹄
だ。向こうの兄ちゃんが装備しているのは、﹃黒宝の指輪﹄だもん
なぁ⋮⋮﹂
希少価値が高く、個人情報を守るために重要な役割を果たす﹃黒
宝装備﹄は、滅多なことでは手に入らないことで知られていた。
どうやら偽悠斗は、他の装備は真似できても﹃黒宝の首飾り﹄ま
では用意することができなかったみたいである。
﹁アドルフさん! 違いますよ! 本物のユートはオイラです! 偽物の言葉には惑わされないで下さい!﹂
﹁いい加減にしろよ偽物! そんなに言うなら証拠を見せてみろよ
!﹂
﹁証拠⋮⋮証拠ねぇ⋮⋮。なら、これならどうです?﹂
不敵に笑う偽悠斗は懐の中から1枚のカードを取り出した。
﹁なっ⋮⋮﹂
1211
悠斗は絶句した。
何故ならば︱︱。
偽悠斗の手に握られていたのは、先日悠斗が紛失したはずのギル
ドカードだったからである。
﹁なぁ。偽物さん? あんたが本物だって言うならよ。その証拠に
ギルドカードを見せてくれよ﹂
﹁グッ。そ、それは⋮⋮﹂
悠斗のギルドカードは現在エミリアの元で再発行の手続き中であ
る。
ギルドカードを奪われたのは痛かったが、今回の一件で悠斗は、
偽悠斗の正体について目星をつけることができた。
昨日のことを思い返して考えてみる。
悠斗に接近してギルドカードを奪うことができた人物というと心
当たりは1人しかいない。
﹁ラッセンさん。1つ聞いて良いでしょうか? ちなみにラッセン
さんが触られたのは、体の何処ですか?﹂
﹁何故、そのようなことを聞くのだ?﹂
1212
﹁いいから答えて下さい。偽悠斗の正体を知るために必要なことな
んですっ!﹂
悠斗の真剣な表情に根負けしたラッセンは、恥ずかしそうに視線
を泳がせながらも口を開く。
﹁尻⋮⋮だが⋮⋮﹂
これでハッキリした。
エナに続いて被害者の共通点が、﹃尻を触れられた﹄という部分
にあることから偽悠斗の正体はまず︽百面相ギリィ︾と見て間違い
ないだろう。
何故か?
普通の男ならば最初に目が行くのはラッセンの巨乳のはずである。
しかし、偽悠斗はあくまで尻に拘った。
この異様な言動は、執拗なまでにラッセンの尻に拘っていたギリ
ィの性的趣向と一致する。
﹁︱︱参ったな。身に着けている装備で考えると右側の兄ちゃんが
本物だが、ギルドカードを持っているのは左側の兄ちゃんだ。これ
は本格的にどちらが本物か分からなくなってきたぞ⋮⋮﹂
対照的に周囲に集まった人間たちは、どちらが本物の悠斗か見極
1213
めることが出来ずに困惑していた。
﹁本物を見極める方法が1つだけあるぜ﹂
﹁なにっ。それは本当か!?﹂
不敵な笑顔を零しながらも偽悠斗は言う。 ﹁ああ。本物のコノエ・ユウトは冒険者として他の追随を許さない
実力を持っている。だからオイラとお前、どちらかが強いかで決着
を付ければいいんだよ﹂
﹁直接対決っていうなら話は早い。その提案、乗らせてもらうぜ﹂
﹁まぁ、そうせくなよ。せっかくだから︽岩山の洞窟︾でどっちが
多くのオーガを倒せるかで競おうぜ。それなら冒険者ギルドに貢献
もできて一石二鳥だろ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ここで偽悠斗の提案を無視して殴りかかるのは簡単である。
しかし、その場合、果たして周囲の人間たちは、自分が本物であ
ると認めてくれるのだろうか?
最悪の場合、卑怯者と揶揄されて、周囲の反感を買う可能性もあ
1214
る。
﹁︱︱分かった。その条件、呑んでやるよ﹂
これまでの悪評を完全に消し去るのは、相手の提示した条件で勝
利する方が確実だろう。
そう判断した悠斗は、不本意ながらも偽悠斗の提案を受け入れる
のであった。
1215
PDF小説ネット発足にあたって
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異世界支配のスキルテイカー ∼ ゼロから始める奴隷
ハーレム ∼
2017年3月28日07時06分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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