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格助詞「に」「へ」の分布に関する調査
格助詞「に」 「へ」の分布に関する調査 井手友里子 要 旨 本稿は方向や帰着点を示す助詞「に」と「へ」が、テレビドラマの会話やブログ においてどのような分布で現れているかを調査した報告である。一般的には「に」 は着点を示し、 「へ」は方向を示すが、 二つは置き替え可能であると説明されている。 しかし、実際には「に」に比べ、 「へ」の使用率は低く、疑問を持つ学習者も多い。 そこで、本稿では、特に話し言葉での傾向を調べるため、ドラマの会話部分と話し 言葉に近いブログを取り上げ、「に」と「へ」の分布を調査した。その結果、現代 では「に」が圧倒的優勢を示すことが明らかになった。また、実際に採取された文 を検証したところ、動詞が省略された場合など「へ」が使用されやすい状況も確認 された。教科書では「に」の優勢は説明されていないため、授業で「に」の優勢に ついて言及することも考慮すべきであろう。 キーワード: 「に」、 「へ」、助詞、方向、帰着点 1.はじめに 方向や帰着点を表す格助詞には「に」と「へ」があり、その使い分けについて疑問を持 つ学習者は多い。初級教科書『げんき I 』には、 「に」も「へ」も「動作の到着点」 “goal of movement”と説明され、「へ」は「に」と入れ替えることができるという記述がある。 (Banno ほか 1999:60―61)しかし、学生から「へ」が使われているのをあまり聞かない、 いつ「へ」を使うのか、という質問が出ることも多いように感じる。 そこで、本稿では格助詞「に」と「へ」が、実際にはどのような分布で現れているのか をテレビドラマの会話などを使って検証し、日本語教育においてどのように指導していけ ばよいかを考察していきたい。 2.先行研究:「に」と「へ」の使い分け 2.1. 「に」と「へ」の機能の違い 多くの辞書が「に」と「へ」の機能の違いを説明した上で、その違いが失われつつある 65 国際教育センター紀要 第 12 号 ことを指摘している。例えば、大辞林(三省堂 2006)では、 「に」は動作・作用の帰着点 を静止的に指示し、 「へ」は動作・作用の向かう目標を移動的に指示する傾向が強いが、 平安時代末頃から、「へ」も「に」と同じように「帰着点」や「対象」を指示するのに使 われるようになり、その境界は現在ではあいまいになっていると説明している。また、益 岡・田窪(1978)は、 「に」は着点を表すが、移動の動詞とともに用いられると目的地を 表すと述べている。また、 「へ」は、人や物が動いていく方向を示すと説明した上で、目 的地を示す「に」とほとんど区別なく使うことができると指摘している。 2.2. 「に」と「へ」の地域差 機能の違いの他に、地域差を指摘するものもある。靏岡(1979)は、明治以降の作家の 作品を分析し、方向を示す助詞「に」と「へ」には地域差があり、江戸、東京の出身者は 「へ」を使い、九州出身者は「に」を使う傾向が強いと述べている。しかし、その傾向は 現代の共通語では失われているようである。山西・駒走(2005)は現代の小説や大学生の 文章を調査し、現在は「に」が優勢であると主張している。また、現代の文学作品や日刊 紙の記事において、 「へ」と「に」が同一の作品、記事の中の同一の動詞で併用されてい ることから、 「に」と「へ」の厳密な使い分けの基準はないとも指摘している。以下は山西・ 駒走らが示した日刊紙の記事の例の一つである。 (1)沖縄や福岡のように、空港から市街地が便利なところへ行くのは、…略…。各 種通信が発達し、アメリカに行く飛行機の格安チケットの方がチケットの存在 しない国内の離島に行くより安かったりもする現在、…略…。 (島袋道浩「距離」2004・8・7 夕刊 10 面:山西・駒走 2005:54 による) 新聞記事ということで、 東京を中心とする共通語が使われているが、 関東の特徴である「へ」 の優勢は見られず、出身地による傾向は認めにくい。また、同一動詞「行く」に対して、 「便利なところへ」 「アメリカに」 「離島に」のように、「に」と「へ」は併用されており、 二つの助詞に厳密な使い分けの基準はないと考えられる。 このように、これまでの研究では「に」と「へ」の違いについては、機能の違いや地域 性との関係が指摘されているが、いずれの研究も小説などの書き言葉を調査したものであ り、話し言葉の中では、どのような傾向があるかは検証されていない。そこで、本稿では テレビドラマの会話や、より話し言葉に近いブログを調査し、どのような分布で「に」と 「へ」が現れるか、また「に」や「へ」の使い分けに何らかの傾向が見られるかを検証し ていきたい。 66 格助詞「に」「へ」の分布に関する調査 3.調査方法 本稿は、小説に代表される書き言葉との違いを見るため、テレビドラマの会話部分、話 し言葉により近い文体で書かれているブログを対象とし、調査を行った。ドラマは『金 曜ドラマ・Around 40∼注文の多い女たち∼』(以下『Around 40』)(2008 年 4 月∼ 6 月放 送 各 45 分 全 11 回)と『木曜ドラマ・ホテリアー』(以下『ホテリアー』) (2007 年 4 月∼6 月放送 各 45 分 全 9 回)の 2 本を調査した。『Around 40』は医者、雑誌編集者、 主婦の女性の仕事や家庭などの生活を、 『ホテリアー』はホテルで働き始めた女性の奮闘 ぶりを描いたものである。いずれも、 仕事場のシーン、家族、友人とのシーンがあり、フォー マルな場面、インフォーマルな場面の両方が見られるということで選んだものである。ブ ログについては、日本中を移動することが多いという理由で、ミュージシャンや芸人の ブログの中から人気ブログとして紹介されているものを四つ選び、調査した。ブログ A は 30 代の広島出身の芸人 A、ブログ B は 30 代の東京出身のミュージシャン K、ブログ C は 30 代の栃木県出身のミュージシャン P、ブログ D は東京出身の 30 代の芸人 S のものである。 「に」 、 「へ」またはいずれかが省略されていると考えられる文を抜き出し、調査を行った 時点で最新のものからさかのぼり、初めに出現した 50 個を抽出した。また、比較のため 現代の小説の調査も行った。小説はベストセラーの中から選んだもので、角田光代の『八 日目の蝉』 (2007 年刊 中央公論新社)と大石静の『四つの嘘』 (2004 年刊 幻冬舎)を 調査した。角田光代は神奈川県出身、大石静は東京都出身といずれの作家も関東圏の出身 である。靏岡(1979)が主張する近代における関東圏の「へ」の優勢は、山西・駒走(2005) によれば、現代では薄れているということであるが、本調査を通して現代の関東圏出身の 作家はどのような傾向を見せているかを数量的に調査し、改めて確認したい。ブログと同 じ手順で 100 個ずつ例の抽出を行ったが、会話部分は調査の対象とせず、物語部からのみ の抽出した。 抽出においては、に」 「へ」のどちらを使っても、意味的にも文法的にも変わらないと 判断できるものを対象した。したがって、以下の例(2)のように、単に存在を示したも のや、 (3)のように「へと」 「への」のように「に」と入れ替えられないようなものは対 象から外した。 (2)流し台には、やかんやミルク缶やつぶれたビール缶などが並んでいる。 (『八日目の蝉』) (3)駅とは反対の方向へと向かう。 (『八日目の蝉』) 67 国際教育センター紀要 第 12 号 4.調査結果 以下の表 1 から 3 は、小説の物語部、ドラマの会話部分、ブログにおける「に」 「へ」 、 またはいずれかが省略されていると考えられるものの出現数とその割合を示したものであ る。 「には」 、 「にも」 、「へは」のように、 「は」や「も」などと共起しているものは区別し て数えた。また、「に」または「へ」が省略され、主題の「は」や「って」になっている ものも「に」か「へ」に置き換えられるものは省略の中には入れず、別に数えた。 表 1 小説における「に」と「へ」の使用 に には / にも へ へは 省略 は / って 計 四つの嘘 94(94%) 3(3%) 3(3%) 0 (0%) 0(0%) 0(0%) 100(100%) 八日目の蝉 88(88%) 3(3%) 8(8%) 1 (1%) 0(0%) 0(0%) 100(100%) 計 182(91%) 6(3%) 8(8%) 1(0.5%) 0(0%) 0(0%) 200(100%) 表 1 は現代の小説における「に」「へ」の使用を示したものである。本調査が対象とし た小説においても「に」の優勢は圧倒的で、全体の約 90%が「に」であった。 「へ」は全 体で約 5%と低く、山西・駒走(2005)の調査の結果と同様、現代の書き言葉は「に」が 優勢であることが確認できた。 次に、表 2 にドラマでの「に」 「へ」の出現率を示す。 表 2 ドラマにおける「に」と「へ」の使用 に には / にも へ へは 省略 は / って 計 Around 40 120(71.0%) 7(4.1%) 2(1.2%) 1(0.6%) 37(21.9%) 2(1.2%) 169(100%) ホテリアー 66(75.0%) 8(9.1%) 8(9.1%) 0(0.0%) 6 (6.8%) 0(0.0%) 88(100%) 186(72.4%) 15(5.8%) 10(3.9%) 1(0.4%) 43(16.7%) 2(0.8%) 257(100%) 計 いずれのドラマにおいても「に」の使用は 70%以上と圧倒的に優勢で、『Around 40』は 71%、 『ホテリアー』は 75%であった。一方「へ」はいずれも 10%に満たず、 『Around 40』においては「へ」「へは」をあわせても 1.8%、比較的「へ」の出現率が高い『ホテリ アー』でも 9.1%にとどまった。 「に」「へ」の助詞の省略も多く見られたが、二つのドラ マに差があり、 『Around 40』は 21.9%であったのに対し、『ホテリアー』は 6.8%しか見ら れなかった。会話においても「に」が最も頻繁に選択され、 「へ」はあまり使われないと 言える。助詞省略の出現率も二つのドラマの間に差があったが、これはドラマの設定の違 いによるものであろう。 『Around 40』も『ホテリアー』もともに、フォーマルな場面も、 インフォーマルな場面も描かれてはいるが、 『ホテリアー』の方が接客の場面など、フォー マル度がより高い場面が多いのに対し、 『Around 40』は職場の同僚同士の会話が比較的多 68 格助詞「に」「へ」の分布に関する調査 く、くだけた会話も多い。『げんきⅠ』(Banno ほか 1999)でも説明されているように、会 話の中でも特にインフォーマルな場面では助詞の省略が起こりやすい。そのため、フォー マルな場面が多く描かれていた『ホテリアー』では、助詞の省略が起こりにくかったので はないかと推測される。 最後に、表 3 にブログの結果を示す。 表 3 ブログにおける「に」と「へ」の使用 に には / にも へ へは 省略 は / って 計 ブログ A 44(88.0%) 0(0.0%) 5(10.0%) 0(0.0%) 1 (2.0%) 0(0.0%) 50(100%) ブログ B 39(78.0%) 3(6.0%) 6(12.0%) 0(0.0%) 2 (4.0%) 0(0.0%) 50(100%) ブログ C 26(52.0%) 3(6.0%) 13(26.0%) 0(0.0%) 8(16.0%) 0(0.0%) 50(100%) ブログ D 38(76.0%) 2(4.0%) 7(14.0%) 0(0.0%) 3 (6.0%) 0(0.0%) 50(100%) 計 147(73.5%) 8(4.0%) 31(15.5%) 0(0.0%) 14 (7.0%) 0(0.0%) 200(100%) ドラマ同様、ブログでも「に」が全体で 70%以上をしめ、 「に」が優勢であることがわか る。話し言葉の特徴である助詞の省略も、全体で 7%とドラマよりも少ないものの、認め られた。このことからも、ブログが話し言葉に近い文体で書かれていることが分かる。し かし、 「へ」の出現率は全体で 15.5%と比較的高いという点はドラマと異なる。特に『ブ ログ C』は「へ」の出現率が 26%と他のブログよりも高く、その分「に」が少なくなって いる。これは、ブログに特徴的な「へ」の使用が多かったためだと考えられるが、その使 用については 5 章で考察を行う。 5.考察 上記の調査の結果から、 小説同様、 ドラマ、ブログともに「に」 が圧倒的に優勢であり、 「に」 がデフォルト的に使われていると言えるだろう。しかし、どのような時に「へ」が選択さ れることが多いのか、そこに傾向はあるのかは、まだはっきりしていない。そこで、実際 に採取した例文をみながら、 「へ」がどのような状況で現れやすいのか、何らかの傾向が あるかを検証していきたい。 5.1.動詞の省略 本調査では「に」が圧倒的優勢を見せているものの、 「へ」が選択されている文でいく つか目立った傾向が見られる。まず、移動性がある動詞が省略されていると考えられる場 合は「に」ではなく、 「へ」が使われるという傾向が見られた。この要因は「に」と「へ」 の機能の違いにあると考えられる。 『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』 (庵 69 国際教育センター紀要 第 12 号 ほか 2000)にあるとおり、 「に」は多義的で、帰着点、着点、または目的地だけではなく、 存在、時間、変化の結果、受け手など、様々な機能を持つ。それに対し、「へ」は方向あ るいは、移動の結果としての目的地を示すだけである。つまり、 「に」の場合、動詞が省 略されると、 「に」がつく名詞や文脈から機能を限定できるものの、存在を示すのか着点 を示すのかはわかりにくいのである。しかし、 「へ」であれば、方向を示すことが明らか になるため、移動性を示す動詞が省略されている場合、 「へ」が用いられやすいと考えら れる。 表 4 動詞省略の時の「に」と「へ」の使用 に には / にも へは 省略 は / って 計 ドラマ 4(33.3%) 2(16.7%) 6(50.0%) 0(0.0%) 0(0.0%) 0(0.0%) 12(100%) ブログ 4(16.0%) 2 (8.0%) 19(76.0%) 0(0.0%) 0(0.0%) 0(0.0%) 25(100%) 小 説 0 (0.0%) 0 (0.0%) 0 (0.0%) 0(0.0%) 0(0.0%) 0(0.0%) 0 (0.0%) 計 8(21.6%) 4(10.8%) 25(67.6%) 0(0.0%) 0(0.0%) 0(0.0%) 37(100%) へ 表 4 は動詞が省略されている文の「に」と「へ」の使用を示したものである。小説では動 詞の省略は見られなかったが、ドラマとブログを見てみると、 「へ」の使用は二つの平均 が 67.6%と、 動詞が省略された文においては「へ」が頻繁に使われていることがわかる。 表 1 と比べると、ドラマ全体の「へ」の使用率は 3.9%と非常に低かったが、動詞が省略 された文の中では 50%と「へ」の使用率が高くなっている。ブログに関しては、この傾 向がさらに顕著に現れており、表 2 では、 「へ」の使用率は 15.5%であったが、動詞省略 文の中では、76%にものぼっている。これは、先にも述べたように、ブログに特徴的な動 詞省略文が多く現れていたからではないかと考えられる。以下(4)、 (5)はその例である。 (4)神戸、三宮から高知へ。 (5)トークライブを終えて沖縄へ。 芸能人のブログは一日の行動を記したものが多く、どこに行ったかなどが書かれることも 多い。そのような場合、上記の例のように「行く」という動詞を省略し「(場所)へ」と いう形で、移動を示すという例がブログで多く見られ、19 の例のうち 18 が「行く」が省 略されていると推測されるものだった。また、この傾向はブログだけではなく、ドラマの 会話でも見られる。 (6)左の方へ、左の方へ。 (『Around 40』) 70 格助詞「に」「へ」の分布に関する調査 (7)もう日本へ? (『ホテリアー』) (6)は、お見合いパーティーに参加しているシーンで、司会者が男性に左回りに移動する ように指示している時の司会者の言葉である。 「行く」「移る」など移動性をより強調でき るため、 「に」ではなく「へ」が選択されているものと推測できる。(7)は韓国に来てい た主人公が、 帰り際に現地で出会った男性に話しかけられる場面での言葉ある。これは「帰 る」など、移動性を強調するため「へ」が用いられていると考えられる。 5.2.フォーマルな場面 4 章で指摘したように、ドラマの会話データの間でも「へ」の出現率が異なり、 『Around 40』は、 「へ」と「へは」をあわせて 1.8%、 『ホテリアー』は 9.1%と比較的高い割合を示 した。(表 2) 『Around 40』はよりくだけた会話が多く、 『ホテリアー』はフォーマルな場 面が多いことは前にも述べたが、この違いが「へ」の出現率の違いにも現れているのでは ないかと考えられる。それぞれのドラマで「に」が優勢である中、 どのような場面で「へ」 が使用されているかを例を見ながら検証していきたい。 (8)日本へいらっしゃることがあったら、私が働いているホテルにいらしてくださ い。 (『ホテリアー』) (9)父親の海外赴任でアメリカへ行って以来ですから。 (『ホテリアー』) (10)それでは男性のみなさん、次の方へ移動お願いします。 (『Around 40』) (11)森本様、どうぞ、こちらへ。 (『ホテリアー』) (8)、 (9)は知り合って間もない人同士の比較的フォーマルな会話、 (10)はお見合いパー ティーの司会者の発言であり、どの例もフォーマルな場面で「へ」が使用されている。特 に『ホテリアー』は(11)のように動詞を省略し「へ」を使って客を案内するような場面 がいくつか見られた。この用法は『ホテリアー』の「へ」の使用率が比較的高くなった要 因の一つと考えられる。 このようにドラマの中の「へ」の使用される場面はフォーマルな場面が多く、 「へ」が 使われている 11 例の中で、丁寧体で話されているのは 10 例にものぼった。しかし、これ 71 国際教育センター紀要 第 12 号 は「へ」が使われる場面を見るとフォーマルな場面が多いというだけで、フォーマルな場 面での「へ」の優勢を意味するものではない。したがって、丁寧体での会話でも、依然と して「に」が優勢であることは留意すべきである。また、今回の調査では、「へ」が使用 されてる例の多くがホテルの場面であり、日常ではどのような傾向があるかは明らかに なっておらず、更なる調査が必要である。 このように「へ」は動詞が省略された場合見られることが多いこと、また会話では 「へ」が使われる場面はフォーマルな場面が多いことが明らかになったが、そういった場 合に「に」が全く使用されないわけではない。したがって、「に」と「へ」の使い分けに ついては明確な基準はなく、傾向として捉えるべきであろう。 6.日本語教育の現状 以上で述べてきたように、現代では、書き言葉同様、話し言葉においても「に」が優勢 であると考えられる。しかし、日本語教育では、「に」と「へ」は置き換えが可能だと指 導するだけで、 「に」の方が頻繁に使われることや、「へ」が使われやすい状況については 触れられないことが多いように思われる。そこで、6 章では、初級教科書『げんき』 (Banno ほか 1999) 『なかま』 (Makino ほか 1998―99) 『ようこそ』 (Tohsaku 1994―95)をとりあげ、 それぞれどのように説明されているかを検証したい。また、教科書の会話部分を取り出 し、その中で「に」や「へ」がどの程度使われているかも検証したい。ここで調査した会 話は『げんき』の場合、課の冒頭の会話、 『ようこそ』『なかま』は練習や例として載せら れている会話である。また『なかま』は「へ」が遅れて導入されているため、 「へ」の導 入以降のものを調査の対象とした。結果は、以下の表 5 のとおりである。 表 5 初級教科書の「に」と「へ」の使用 に には / にも へ へは 省略 は / って 計 げんき 32(86.5%) 3(8.1%) 2 (5.4%) 0(0.0%) 0(0.0%) 0(0.0%) 37(100%) ようこそ 57(64.0%) 2(2.2%) 30(33.7%) 0(0.0%) 0(0.0%) 0(0.0%) 89(100%) なかま 49(81.7%) 2(3.3%) 6(10.0%) 1(1.7%) 2(3.3%) 0(0.0%) 60 (0.0%) 計 138(74.2%) 7(3.8%) 38(20.4%) 1(0.5%) 2(1.1%) 0(0.0%) 186(100%) 冒頭でも述べたが、『げんきⅠ』では、「に」は物が移動した到着点を示し、「へ」も同様 に移動の到着点を示すと説明している。また、 「へ」は到着点の意味の場合のみ、「に」と 置き換えが可能であると述べている(Banno ほか、1999:60―61)。表 5 の教科書の会話を 見てみると、 『げんきⅠ』 『げんきⅡ』を通じて「に」が圧倒的に多く、「へ」は二例のみだっ た。これは今回のドラマの会話部文の調査の傾向と近いと言える。 72 格助詞「に」「へ」の分布に関する調査 『ようこそ』は「に」も「へ」も動作の方向を示すと説明している。また、「に」は特定 の場所への移動を示し、 「へ」は動きの大まかな方向を示すが、多くの場合、その違いは あまり問題にならず、 「に」と「へ」は入れ替え可能である場合が多いと述べている(Tohsaku 1994: 186―187) 。会話文での「へ」の使用率は、 『げんき』に比べ高く、33.7%にものぼっ ている。 『なかま』は「へ」が二十二課あるうちの十四課目と、遅れて導入されているのが特徴 的である。 「へ」の導入の際に、 「へ」は方向を示し、 「に」は到着点を示すが、どちらも 許容できる場合は、 入れ替え可能であるとしている(Makino ほか 1998)。会話文では、 「に」 が優勢で、 「へ」は一割にとどまっている。「へ」のほとんどが、 「へ」の導入で紹介され ている会話であり、それ以外のところでは、あまり「へ」は見られない。 以上のように、本稿で扱った教科書には、 「に」と「へ」は入れ替え可能であることは 述べられているものの、 「に」が優勢を示していることには触れられていない。また、会 話例における「へ」の使用率が比較的高いものもあることがわかった。実際には「へ」が 使われることが少ないにも関わらず、教科書には「に」と「へ」は入れ替え可能としか書 かれていないため、学習者が疑問を持つのは当然である。 「へ」の使用の明確な基準はな く、使い分けを指導するこはできないが、疑問を持つ学習者が多ければ、現代「へ」が使 われることが少なくなってきていることに言及してもいいかもしれない。 また、本調査では、移動の動詞を省略する場合、 「へ」が使われやすいという傾向が見 られたが、この傾向について明示的な指導を行うと学習者は基準としてとらえてしまう危 険性がある。そのため、明示的な説明は避け、例を挙げ、用法に慣れさせていくという方 法が有効だと思われる。 この調査で明らかになったことのほかに、 「母への手紙」や「駅へと向かう」などのよ うに、 「に」との入れ替えが不可能な「へ」の使用法があることについても注意すべきで ある。また、新聞や広告コピーなどでは、 「へ」が「未来志向的」に使われることもある。 (杉村 2004、山西・駒走 2005)以下はその一例である。 (12)三洋の白物家電売却へ (『朝日新聞』2011 年 7 月 28 日 夕刊) このような用法は、新聞、ニュースの見出しなどに多く、中上級の学習者であれば目にす ることも多いかもしれない。新聞などの生教材を扱う際にこのような特徴的な「へ」の用 法について指導することも有効だと考えられる。 73 国際教育センター紀要 第 12 号 7.まとめ 本稿では、書き言葉以外での「に」と「へ」の分布を見るため、テレビドラマの会話や ブログにおける「に」と「へ」の使用の実態を調査した。今回の調査では、ドラマの会話 やブログなど会話の文脈や状況、更には数量も限られていたため一般化はしにくいかもし れない。しかし、 「に」が圧倒的に優勢を示す傾向は否定できず、その点に留意して指導 に当たることも必要だと思われる。 今回は、ドラマの会話とブログを対象として調査を行ったが、自然会話とは異なる部分 もあるため、今後は実際の会話データを分析し、 「に」と「へ」の使用の傾向を見ること が課題である。また、母語話者を対象に穴埋めテストなどの実験を行い、母語話者の感じ る「に」と「へ」のニュアンスの違いを調査するのも有効であろう。そういった調査のう えで、 「に」と「へ」をどのように指導すべきかを更に考えていきたい。 参考文献 庵功雄、高梨信乃、中西久美子、山田敏弘(2000)『初級を教える人のための日本語文法ハンド ブック』スリーエーネットワーク 下野香織(2004)「多義助詞「に」の第二言語習得過程:認知言語学的アプローチ」 『言語学と日 本語教育Ⅳ』:87―98.くろしお出版 杉村泰(2004) 「広告コピーに見る格助詞「へ」の用法について―シキシマは、Pasco へ、J- フォ ンは、ボーダフォンへ―」 『言葉と文化』5:181―194. 靏岡昭夫(2002) 「近代口語文章における「へ」と「に」の地域差」 『中田祝夫博士功績記念国語 学論集』:621―641.勉誠社 靏岡昭夫(1979) 「関西以東の「へ」と「に」の分布について ―近代の小説を資料として―」 『計 量国語学』25:341―351. 益岡隆志、田窪行則(1987)『日本語文法 セルフマスターシリーズ 3 格助詞』くろしお出版 松村明編(2006)『大辞林 第三版』三省堂 山西正子、駒走昭二(2005) 「格助詞「へ」と「に」の分担領域 ―時間と空間―」 『目白大文学・ 言語学研究』1:49―66. 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This study attempts to clarify the distribution of ni and e in spoken language and tendency of the usage of the two particles. The result shows that ni is used much more frequently than e in TV dramas and blogs. In addition, through the examination of examples extracted in this study, it can be observed that e becomes more frequent in certain situations, such as cases where the verbs of transfer are omitted. Since Japanese textbooks do not have this explanation, Japanese instructors might have to explain the high frequency of ni in class. Keywords: ni, e, particles, goal of movement, direction 75