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組込みソフトウェアを用いた 機器におけるセキュリティ (改訂版)

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組込みソフトウェアを用いた 機器におけるセキュリティ (改訂版)
組込みソフトウェアを用いた
機器におけるセキュリティ
(改訂版)
2010 年 3 月
独立行政法人 情報処理推進機構
セキュリティセンター
目
次
1. 背景 ............................................................................................................................................................... 1
1.1. あらゆるものがネットワークにつながる時代 .................................................................... 1
1.2. 脆弱性が狙われている ......................................................................................................... 2
1.3. 本書の狙い ........................................................................................................................... 3
2. 組込み機器に潜む危険性 .................................................................................................................... 4
2.1. 組込み機器が抱えるリスク.................................................................................................. 4
2.2. 組込み機器におけるトラブル事例....................................................................................... 7
3. 組込み機器における情報セキュリティ対策のあり方 ....................................................... 10
3.1. 対策に取り組む姿勢........................................................................................................... 10
3.2. 組込み機器におけるセキュリティ対策の取組み ............................................................... 11
3.2.1. セキュリティ確保のための体制 ................................................................................. 11
3.2.2. セキュリティに関する教育・ルール .......................................................................... 12
3.2.3. セキュリティ評価・監査 ............................................................................................ 13
3.2.4. 事後対応 ...................................................................................................................... 14
3.3. その他の留意点 .................................................................................................................. 17
3.3.1. 法制度.......................................................................................................................... 17
3.3.2. ユーザとのインタフェース ......................................................................................... 18
参考文献 ...................................................................................................................................... 19
1. 背景
1.1. あらゆるものがネットワークにつながる時代
組込み機器の高付加価値化
インターネットは、私たちのビジネスモデルやライフスタイルを大きく変え
ました。さらにネットワークは、コンピュータ間の接続から多様な機器間接続
へと発展しつつあります。今や家電機器や携帯電話、自動車、工場の FA
(Factory Automation)システムまで、あらゆるものがネットワークにつ
ながる時代を迎えていると言っても過言ではありません。
ネットワーク化による負の側面
しかし、多様化・複雑化したネットワーク環境は、新たなトラブルをもたら
しました。コンピュータの世界では、ネットワークを介した攻撃により、サー
ビスの停止やファイルの損壊、情報流出等の被害が生じています。
今後は、組込みソフトウェアを用いた機器(以下、「組込み機器」という)
もネットワーク化が進み、同様のトラブルに巻き込まれるかもしれません。そ
の場合、コンピュータソフトウェアのメーカと同様に、組込み機器メーカにも
何らかの対処が求められると考えられます。さらに、組込み機器メーカはそう
した被害について、製造物責任法(PL 法)の観点から損害賠償責任を問われ
る可能性を考慮すれば、より難しい立場にあると理解すべきでしょう。
ウェブアクセス
ホームページ接続
インターネット
携帯電話
スマートフォン
ウェブアクセス
番組表更新
LAN
HDDレコーダ
カーナビゲーション
システム
IP電話
ディジタル複合機
ゲーム機
ディジタルテレビ
オンラインゲーム
番組表更新
ホームページ接続
IP
インターネットを
利用した電話
LANに接続
LAN:ローカルエリアネットワーク
図 1
HDD:ハードディスクドライブ
ネットワーク機能を備えた組込み機器の利用例
1
1.2. 脆弱性(ぜいじゃくせい)1が狙われている
トラブルの要因
コンピュータシステムを脅かすトラブルの要因には、ハードウェアの敀障や
ソフトウェアの丌具合、誤操作や誤設定等の人為的ミス、さらに、コンピュー
タウイルス2(以下ウイルスと言う)、スパイウェア3、システムへの侵入、サー
ビス妨害攻撃4といった、悪意のある第三者の攻撃などが挙げられます。
悪用される脆弱性と悪意ある攻撃者の存在
数年前から、脆弱性を悪用した攻撃が目立つようになってきました。脆弱性
は、プログラムや設定上の問題に起因する「弱点」です。
悪意ある攻撃者は、こうした脆弱性を利用し、PCに攻撃するのと同様に、
家電機器を標的に攻撃を行い、利用者の情報を盗み出すなどの犯罪的行為を行
う可能性もあります。
インターネットにつながる機器の場合、昨日まで安全であっても、脆弱性が
発見されれば、突如として危険になります。なぜなら、脆弱性の存在が知られ
ると、それを悪用する攻撃プログラムやツールがインターネット上に公開され、
これを搭載したウイルスが登場する可能性が急速に高まるからです。
脆弱性の根絶
脆弱性を根絶することは容易ではありません。しかし、脆弱性を悪用する攻
撃がある以上、安全性向上のために、脆弱性を減らす努力が求められています。
インターネット
脆弱性を攻撃
脆弱性を悪用した不正行為 ・権限の奪取
・情報の盗難・改ざん
・踏み台
・システムダウン 等
悪意のある命令
なりすまし
攻撃者
図 2
1
2
3
4
標的のコンピュータ
悪意ある攻撃者が脆弱性を悪用するイメージ
ソフトウェア等において、コンピュータ不正アクセス、コンピュータウイルス等の攻撃によりその機能
や性能を損なう原因となり得る安全性上の問題箇所。
第三者のプログラムやデータベースに対して意図的に何らかの被害を及ぼすように作られたプログラム
であり、自己伝染機能、潜伏機能、発病機能を一つ以上有するもの。
(通商産業省(当時)告示「コンピ
ュータウイルス対策基準」
(平成 12 年 12 月 28 日最終改定)
)
利用者や管理者の意図に反してインストール(プログラムなどの導入・設定)され、利用者の個人情報
やアクセス(接続)履歴などの情報を収集するプログラム等。
インターネット上のサーバ等に接続要求等の大量のパケットを送り、サーバを機能不全に陥らせる攻撃。
2
1.3. 本書の狙い
コンピュータシステムの世界で深刻化しているセキュリティ問題が、近い将
来、組込み機器においても問題化すると予想されます。組込み機器の分野にお
いて、実際に発生したトラブルの事例はまだ少ないですが、今後頻発する可能
性は否定できません。では、どうしたらよいのでしょうか。
セキュリティ対策は品質向上の一部として適用していくことも可能です。た
だし、従来の品質向上の枠組みにおいては十分にカバーされていなかった領域
であり、今後は強化していく必要があります。
本書の狙いは、組込み機器を提供している企業が、安全なネットワーク社会
の実現と製品の脆弱性等による事業リスクを回避するためになすべき取組みを
ご理解いただくことにあります。
コンピュータシステム
不正アクセス
脆弱性を狙うウイルス
フロッピー等の媒体
経由で繁殖するウイルス
1985
1990
1995
注1
標準プロトコル (TCP/IP)
マルチベンダ化 注2
オープン化
メール添付型ウイルス ボット
ネット 注3
内部犯行
2000
ユビキタス化
汎用PC
ブロードバンド化
携帯電話
ウイルス
1990
独自仕様のデバイス
独自仕様のネットワーク
1995
2000
2005
インターネット接続
(OA,情報家電,携帯電話等)
モバイル
クラウド
新たな
脅威?
2010
開発環境の
オープン化
機能の汎用化・オープン化
(CPU,言語,OS・アプリケーションソフト)
発展動向
注1
注2
注3
2010
インターネット接続
組込機器
1985
2005
脅威の台頭
プロトコル:ネットワークを介してコンピュータ同士が通信をするときの通信規約など。
マルチベンダ:様々な企業の製品から機器等を選んで組合せ、システムを構築すること。
ボットネット:ボットとは外部からの指示を待ち、与えられた指示に従って、内蔵された処理を実行するプログラム(ロ
ボットに似ているからボットといわれている)
。同一の指令サーバの配下にある複数のボットは、指令サーバを中心とする
ネットワークを組む。これをボットネットとよぶ。指令に従い、特定サイトを攻撃したりする。
図 3
コンピュータシステムと組込み機器の発展動向と脅威
3
2. 組込み機器に潜む危険性
2.1. 組込み機器が抱えるリスク
組込み機器の丌具合
経済産業省「2010 年版組込みソフトウェア産業実態調査報告書」5によると、
組込み機器の出荷後に生じた丌具合の主な原因として、ソフトウェアの問題が
58.8%を占めており、組込みソフトウェアの品質が経営基盤を揺るがしかねな
い状況がうかがえます。
また、ソフトウェアの丌具合は 2005 年度の同報告書では 32%と報告され
ていたことと比較して大幅に増加しています。近年ソフトウェアが複雑化して
きたことから丌具合原因に占めるソフトウェアの割合が増加しています。今後
もソフトウェアに起因する丌具合は様々な製品に拡大してくものと思われます。
他製品企画・他システムとの
接続に起因する不具合,
5.7%
取り扱い説明書・表示
等の不具合,
0.2%
操作・使用環境等
使用者に起因する
不具合,3.8% その他,1.3%
製品企画・仕
様の不具合,
10.3%
運用・保守の不具合,
0.6%
その他,
20.4%
製造上の不具合,
7.7%
製品仕様の不具合,
22.2%
ハードウェア設計
の不具合,
11.7%
ハードウェアの不具合,
23.3%
ソフトウェアの不具合,
58.8%
ソフトウェアの不具合,
34.2%
2010年
2005年
(出所:
(左図)IPA「2005 年版組込みソフトウェア産業実態調査報告書」2005 年 6 月、
(右
図)経済産業省「2010 年版組込みソフトウェア産業実態調査報告書」2010 年 7 月)
図 4
組込み機器の出荷後に生じた設計品質問題の主な原因の割合
5
http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/downloadfiles/2010software_resear
ch/10keiei_houkokusyo.pdf
4
製品回収が必要になるケースも
それでは、市場に供給している組込み機器に脆弱性が発見された場合はどう
なるでしょうか。
コンピュータソフトウェアの場合、ソフトウェア製品のメーカ、販売会社(ベ
ンダ)は脆弱性の存在を把握すると、それを修正するプログラム(パッチ)を
開発し、インターネット経由でユーザに配布するという対応が一般化していま
す。
しかし、組込みソフトウェアの場合、コンピュータのソフトウェアのように
パッチをインターネット経由で配布する方法が適用できないケースもあります。
そうした場合、製品を回収し、メモリや基板などのハードウェアを交換するな
ど、その対応に巨額のコストを必要とする可能性があります。具体的には機器
回収にかかる費用は製造者だけでなく、販売店の費用も含まれることから組込
みソフトウェアの改修は経営者にとって留意する必要があります。
さらに、脆弱性を悪用した攻撃の影響が制御系にまで波及し、物理的事敀を
引き起こす危険性もゼロとは言い切れません。そうした事敀が発生した場合、
組込み機器メーカの損害賠償責任を問われることにもなりかねません。
したがって、脆弱性対策は単なるセキュリティ対策の一つというより、組込
み機器メーカの経営を揺るがしかねない経営リスクの一つとして捉えるべきで
しょう。
近年では、放送用電波を用いてパッチを配信してデジタルテレビのソフトウ
ェアを修正するといった方法も行われており、機器の機能や利用環境に合わせ
た自動更新の仕掛けを考えていくことも重要です。
コンピュータソフトウェアの問題修正方法(ネット配信の場合)
コンピュータ
ソフトウェア
メーカ
自社のホームページ
修正
プログラム
インターネット
ユーザが
それぞれ
ダウンロード
して適用
修正プログラムを
自社のホーム
ページにアップ
組込み機器の問題修正方法(機器回収の場合)
組込み機器
メーカ
該当する
組込み機器を
メーカに
出して修理
該当機器を回収
該当機器を返却
回収した
機器を修理
組込み機器の問題修正方法(放送波配信の場合)
組込み機器
メーカ
電波を用いて配信
ユーザが
操作して適用
回収した
機器を修理
図5
コンピュータソフトウェアと組込み機器の問題修正方法
5
技術の進展に伴う危険性に対応した改修の必要性
技術は日進月歩で進展しています。過去に販売された組込み製品のソフトウ
ェアは、技術の進歩に対応すべく改修(バージョンアップ)を行う必要も出て
きていることから新製品だけでなく過去に販売された製品に関しても注意を払
う必要があります。
例えば暗号技術の進展は安全・安心な機器の利用に多大な恩恵をもたらしま
した。現在では PC やサーバだけでなく携帯電話、ゲーム機、情報家電といっ
たネットワークに接続する機器に暗号技術を駆使したソフトウェアが組込みま
れ安全・安心な暮らしを支えています。
一方で計算機能力が向上することで当初安全と思われていた暗号のアルゴリ
ズムが必ずしも安全とは言い切れない状況となりました。このような状況に対
して米国標準技術研究所(NIST)はより安全な暗号への移行を促しており、過
去に使用されていた暗号方式 RSA 10246及びに ハッシュ関数 SHA-17つい
て暗号の利用を中止する方針を打ち出しています。
このように技術の進展によるソフトウェアの改修の必要性が高まっています
が、過去に販売された製品の改修に必要なコストの問題等、技術の進展による
ソフトウェア改修は経営者にとっても重要な課題です。
6
桁数が大きい合成数の素因数分解問題が困難であることを安全性の根拠とした公開鍵暗
号の一つで、暗号やデジタル署名などに使われる。鍵長は 1024 ビットである。
7
SHA((Secure Hash Algorithm)1 は、原データに対して 160 ビットのハッシュ値を生成する関
数で、認証やデジタル署名などに使われる。
6
2.2. 組込み機器におけるトラブル事例
組込み機器の分野でも脆弱性に起因するトラブルは、絵空事ではなく実際に
発生しています。
トラブル事例 1:家庭用ルータ8がボットウイルスに感染する
インターネットに接続するための機器の一つであるルータの脆弱性を利用し
て、ボットウイルスというコンピュータウイルスの一種に感染してしまう事例
が報告9されています。ボットウイルスはコンピュータに感染し、外部からネッ
トワークを通じて操ることを目的としたプログラムです。このボットウイルス
は、指令サーバからの攻撃命令によって感染したルータ等を踏み台とした
DDoS10攻撃を可能としてしまい、感染ルータが加害者になるなどの脅威があり
ます。
このような事例は 2009 年 3 月に組込み機器に感染するボット Psyb0t
がウェブサイト「DroneBL」に DDoS 攻撃をしたとして報告されており、組
込み機器であっても、PC と変わらず、適切な ID/パスワード管理、脆弱性対策
をする必要が有ります。
指令サーバ
①ネットワーク経由で
ボットウイルスに感染
ウィルス感染
ウイルス感染
ルータ
②ボットウイルスに感染した
ルータに攻撃命令
インターネット
ウェブサイトなど
ウイルス感染
ルータ
ウイルス感染
ルータ
ウイルス感染
③DDoS攻撃などをうける
図 6
ルータ
ボットウイルスに感染したときの攻撃
8
ルータとは、ネットワーク上を流れるデータを他のネットワークに中継する機器。ネット
ワーク層のアドレスを読み取り、転送すべき経路を判断する経路選択機能を持つ。
9
http://www.ipa.go.jp/security/vuln/documents/2008/200801_Yamaha.html
10
DDoS(Distributed Denial of Service)。DoS はネット上のトラフィックを増大させることに
より回線やサーバの処理能力を占有して本来の機能やサービスを妨害する攻撃で、DDoS は
分散する大量のコンピュータが DoS を一斉に行う攻撃。
7
トラブル事例 2:スマートフォンの普及により、脆弱性対策の
重要性が一段と高まる
インターネットに接続し様々なソフトウェアをインストールし利用出来るス
マートフォンが登場し普及しています。利用者がインストールしたソフトウェ
アと組込まれていたソフトウェアの両方の脆弱性が報告されています。
2010 年 8 月にスマートフォンの脆弱性を悪用した攻撃の可能性についての
情報が公開11されました。2010 年 8 月時点でこの脆弱性を利用したウイルス
等はありませんでしたが、普及するスマートフォンに対する脆弱性対策の重要
性は高まっています。これまでスマートフォンや携帯電話にはウイルス対策ソ
フトをインストールするといった習慣が無かったことから、脆弱性を利用した
ウイルスが出現した場合、被害範囲が大きくなる可能性があります。
スマートフォンに関するウイルスの報告は、ゲームに見せかけて利用者の位置
情報を第三者に送信するといったものが報告されています。
また、スマートフォンで利用するソフトウェアの開発が利用者によっても行
われるといった利用環境の変化も起こっています。これにより脆弱性を抱える
ソフトウェアが利用者から配信される可能性もあり、そういった場合の対処方
法等も検討課題の一つでしょう。
ソフトウェア開発環境がオープン化されたことで
脆弱性を持つソフトウェアが利用者から
配信される可能性
インターネット
未熟なソフトウェア作成者
スマートフォン
・ウイルス対策ソフトが少ないことから
脆弱性を持つ
被害範囲が広がる可能性
ソフトウェア
スマートフォンにおける脅威
・利用者がインストールするソフトウェアの脆弱性
・あらかじめ組み込まれていたソフトウェアの脆弱性
・悪意のあるソフトウェア
図 7
11
スマートフォンの普及と脅威の可能性
http://www.lac.co.jp/info/alert/alert20100812.html
8
トラブル事例 3:組込み機器の管理用ウェブ画面における脆弱性
近年ネットワーク接続機能を利用する家電製品が増加しています。これらの
家電製品にはネットワークを介してウェブ画面からサービスを利用する製品や、
設定変更を行う機能を有している製品があります。これらのウェブ画面がもつ
脆弱性を利用することで悪意のある者が機器の設定変更が可能になるなど、組
込み機器の機能が多様化する一方で脆弱性とその脅威の種類も多様化していま
す。
2009 年 2 月にはウェブブラウザを利用した映像モニタリング用カメラにお
いて、組込まれていたウェブサーバにアクセスすると利用者側のコンピュータ
において任意の命令が実行される可能性のある脆弱性のあるプログラムがイン
ストールされることが判明し12、製品開発者は対策プログラムを作成、配付を行
いました。
組込み機器(モニタリングカメラ等)
ブラウザ
ウェブ
管理画面
①閲覧
③悪意あるウェブ
ページを閲覧する
インターネット
②閲覧用プラグイン
(脆弱性を持つ
ソフトウェア)
④任意のコードが
実行される可能性
利用者
悪意あるウェブサーバ
図 8
12
組込み機器からインストールしたソフトウェアの脆弱性
http://www.ipa.go.jp/security/vuln/documents/2009/200902_sonysnc.html
9
3. 組込み機器における情報セキュリティ対策のあり方
3.1. 対策に取り組む姿勢
組込み機器のセキュリティ対策を考えるべき時期
現在、PC に何のセキュリティ対策やパッチの適用も施さずにインターネット
に接続すると、わずか数十秒でウイルスに感染すると言われています。そうし
た状況において、組込み機器を無防備にインターネットに接続することは危険
と考えるべきでしょう。
組込み機器のネットワーク接続の流れが本格化しつつある今、組込み機器のセ
キュリティ対策に取り組むべき時期に来ているのではないでしょうか。
対策についての基本的な考え方
組込み機器の脆弱性の問題は、事後対応に要する莫大なコストを考えれば、
潜在する問題点をいかに前工程でつぶすか、企画段階からの対応が重要になり
ます。こうした方向からの安全性の追求は、製品・サービスの全工程において、
品質向上の一環として取り組むことが可能です。ただし、これまでの品質向上
で扱ってきた領域とは異なる専門性が要求される点に配慮する必要があります。
また、開発時のセキュリティ対策の障害となるのはリソース(人、資産)の問
題です。より手間をかけて安全に開発することが商品の価値・価格に必ずしも
直接反映できないわけですが、それでも、自社の社会的責任に鑑み、相応の対
策を行えるよう、トップの判断として必要なリソースを確保すべきでしょう。
さらに、組込み機器の脆弱性が出荷後に発覚した場合には、顧客や消費者が
被害に遭わないようにできる限りの努力をすること、また、万が一、事件・事
敀が発生してもそれが深刻な事態に陥ることのないよう適切な対応をとること
は、メーカとしての責務と言えるでしょう。そのため出荷時に個人情報を消去
するための機能に関するセキュリティ検証を行うことで、利用が終了した後に
入力された個人情報が機器に残ってしまうことを未然に防いでいる事例もあり
ます。
10
3.2.組込み機器におけるセキュリティ対策の取組み
3.2.1. セキュリティ確保のための体制
体制については、いくつかの考え方があります。例えば、脆弱性対策を含む
製品セキュリティの推進を図る専任チームを設置する方向、事業部間を横断的
につなぐ委員会を組織し情報共有と共通認識・合意を形成する方向、既存の組
織(例:品質向上)の新たな使命として付不する方向などが考えられます。い
ずれにせよ、全社的なセキュリティ管理部門や品質管理部門との整合・連携が
必要になります。特に、既存の品質保証体制と、セキュリティ固有の技術問題
に関する比較的新しい知見をうまく組み合わせることが重要です。近年ではセ
キュリティ検証をシステムテストの最終段階で行う部門、部署を設置するとい
った取り組みも行われています。
メーカ A 社では、全社横断的な情報セキュリティの統轄部署を社長直下に設
置し、
「社内の情報セキュリティ」、
「個人情報・営業秘密情報の保護」、
「製品セ
キュリティ」の3つのカテゴリに係る全社的な推進を使命として位置づけまし
た。脆弱性は「製品セキュリティ」の範疇であり、社内分社や子会社を含む全
社的な委員会で推進しています。また、脆弱性情報等の情報展開については、
委員会の下の技術部会で実施しています。さらに、脆弱性も含む技術的な指針、
対策などの検討、出荷前のテストなどは、本社研究開発(R&D)の中のグルー
プで担当しています。
全国を対象に製品セキュリティの推進にあたる部門を設置する、
あるいは、既存組織の新たな使命として製品セキュリティを推進する
経営会議
製品セキュリティ推進部門
経営会議
品質管理部門
製品セキュリティ推進部門
製品開発部門
製品開発部門
横断的な委員会を設置し、部門間の
情報共有と共通認識・合意形成をはかる
開発部門内に責任者や専任の推進担当者
を置き取り組みを実践する
製品開発部門
経営会議
製品セキュリ
ティ責任者
製品セキュリティ
推進委員会
製品セキュリティ
推進責任者(専任)
製品開発部門
セキュリティ検証をシステムテストの最終段階で
第三者的な視点から行う部門・部署を設置する
図9
セキュリティ確保のための体制の例
11
開発担当
3.2.2. セキュリティに関する教育・ルール
開発スタッフは、内包された脆弱性を排除するとともに、そうした取組みが必
要な理由を正しく認識することが期待されます。そのためには、セキュリティ
確保のためのチェックリストや「べからず集」のような指針・ガイドラインを
開発プロセスに応じた形で整備するとともに、その教育を徹底する必要があり
ます。
また、組込み機器の開発は多くの場合、プロジェクト単位で稼動しており、
プロジェクトが終わってチームが解散すると、情報が散逸することがあります。
そのため、後に脆弱性が発見された場合の事後対処に必要丌可欠な各工程の記
録・情報を収集・管理する仕組みや、それを共有し必要に応じて利用するルー
ルが必要になります。
メーカ B 社では、R&D の組織内でセキュリティを専門とする研究者が中心に
なって、組込みソフトウェア開発ガイドラインの作成に着手しています。
また、メーカ C 社では、国際標準 ISO/IEC15408(コモンクライテリア)13
の認証取得および同レベルの開発品質を設定し、開発プロセスの中に脆弱性を
排除する仕様・設計・検査を組み込んでいます。ISO/IEC15408 は、IC カー
ドや複合機などで認証取得が進んでいるだけでなく、政府システム調達要件と
しても位置付けられていることから、有用な取組みと言えるでしょう。
組込みソフトウェアのセキュリティ対策のチェックリスト
脆弱性の発覚
セ
キ
ュ
リ
テ
ィ
に
関
す
る
教
育
商品
企画
設計
実装
検証
保守
運用
廃棄
各工程の記録・情報を集約
プロジェクト記録・関連情報
図10
13
商品
開発
脆弱性対策のための利用
セキュリティに関する教育・ルールの仕組み
IT 製品・システムに関する情報セキュリティの国際標準。これに基づき、IT 製品・システム
のセキュリティ機能や目標とするセキュリティ保証レベルを第三者機関が評価し、その結果を
検証する「IT セキュリティ評価・認証制度」が運用されている。
12
3.2.3. セキュリティ評価・監査
開発プロセスの各工程で適切なレビュー(検査)を実施することで、全体とし
ての大幅な手戻りを削減することが期待されます。実際にどれだけ実施するか
は予算や開発期間との兼ね合いであり、基本的にはプログラム丌具合の修正(バ
グフィックス)など品質向上の取組みと同様な考え方で判断することができま
す。特に、開発部隊とは別の、セキュリティ担当者を含むスタッフによるプロ
ジェクト監査等を実施することは重要です。
例えば、メーカ D 社では、セキュリティ検証をシステムテストの最終段階で第
三者的な視点から行う部門・部署を設置することで、セキュリティ機能が正し
く実装され動作しているか、セキュリティ上の脆弱性が残されていないかを確
認している。このセキュリティ検証は企画段階での脅威分析と対をなし、シス
テムテストの最終段階におけるセキュリティ対策として検証を行っています。
工数見積
要求分析レビュー
システムテストの設計
要求分析
上流工程における具体的なテスト項目を
用いたレビューによって手戻りを減らす
工数見積
基本設計レビュー
結合・機能テストの設計
基本設計
工数見積
詳細設計レビュー
単体テストの設計
詳細設計
実装
図11
システムテストの実施
結合・機能テストの実施
単体テストの実施
コーディングルール
コードレビュー
ツールを利用した静的解析(コーディングミスの検出)
各プロセスにおけるレビューの実施
13
3.2.4. 事後対応
トラブル発生時の事後対応としての改修方法が変化しています。具体例とし
てウェブアクセスによるパッチダウンロード、販売店への持ち込み、放送波
による改修プログラムの配信について紹介します。
対処事例(1)
:ウェブアクセスによるパッチダウンロード
ユーザが事業者から提供されたソフトウェアで改修を行う事例として、ルー
タに対する改修プログラム適用の例を紹介します。メーカ側は、既に数万台出
荷されていた当該製品について、ネットワークを通じた修正プログラムの配布
と並行して、サービスマンがユーザに電話をかけて修正プログラム適用を依頼
する作業を実施しました。この作業ではユーザが修正プログラム(パッチ)を
ダウンロードし、機器に適用するといったユーザが関不する方法が取られまし
た。
後に同メーカでは、本件を品質問題の一つとして捉え、社内告知するととも
に、対策チームを結成し、こうした問題を未然に防ぐためのチェック項目を追
加することとなりました。
ルータ
メーカ
自社のホームページ
修正
プログラム
ルータ
インターネット
ルータ
①修正プログラムを
自社のホーム
ページにアップ
②ユーザが
それぞれ
ダウンロード
して適用
ルータ
ルータ
③サービスマンが
ユーザに電話して
修正プログラムの
適用を依頼
ルータ
ユーザ
サービスマン
図12
ルータの改修方法
14
対処事例(2)
:販売店への持ち込み
事業者が製品を回収しソフトウェアの改修を行う事例として、携帯電話に組
み込まれていたソフトウェアの一つであるブラウザの改修の例を紹介します。
携帯電話のブラウザの改修を行うにあたってサービス会社では、携帯電話の販
売店において、無償でソフトの書換えを実施しました。1 回の書換えに 30 分
~1 時間程度を要したとされます。
携帯電話のように消費者へ大量に普及する製品は、対策適用の実施が容易で
はありません。販売店の店頭における対策の適用は、店舗にも消費者にも時間
的なコストを強いる点で難しい選択であったと考えられます。
また、近年では自動車に関する製品回収も発生しており、リコールの結果と
して発生する費用や企業イメージの低下も懸念となっています。
このような対策は機器がインターネットなどを利用した改修に対応していな
い場合の対処としての改修方法であり、コストがかかりますが、一方で対策の
徹底などは行ないやすくなります。
販売店
メーカ
当該脆弱性の
ある機器
①修正されたソフトウェアへの
書き換えを販売店に指示
②ユーザは書き換えのため
販売店に機器を持ち込み
③ユーザが持ち込んだ
機器に対して販売店
にて書き換えを実施
図13
④ソフトウェア更新済みの
機器を持ち帰り
携帯電話ブラウザの改修方法
15
対処事例(3)
:放送波による改修プログラムの配信
近年新たに見られる事例として、放送波による改修プログラムの配信の例を紹
介します。デジタルテレビには、放送波を通じて、利用者には無料でプログラ
ムのダウンロードが行われる仕組みがあります。これによってソフトウェアの
丌具合などを改修し性能を向上させることができます。インターネットによる
方法は、特定の Web サイトから改修プログラムをダウンロード(プル)して改
修しますが、放送波による方法は、放送局から改修プログラムが送信(プッシ
ュ)される形態となります。
テレビ機器メーカは放送波を利用したファームウェアアップデートを行うこ
とが可能であり、丌具合のある製品のソフトウェアを改修するために改修プロ
グラムを放送波経由で自社製品に配信し、ユーザが利用していない時間帯にア
ップデートを行う機能を備えています。近年では機能改修のためのアップデー
トだけでなく録画したデジタル放送のコピー回数を制限する「ダビング 10」な
どの機能を追加するためのアップデートにも利用されています。
しかしながらこれらのソフトウェアを配信する際に丌具合のあるプログラム
を配信すると、脅威を広げてしまう可能性があります。
放送波による改修
テレビ機器
メーカ
改修プログラム
テレビ機器メーカは、
改修プログラムを
放送波を用いて配信し、
改修したプログラムを
自動的に適用する
放送波を用いて配信
図14
放送波を用いた改修プログラムの配信
16
3.3.その他の留意点
3.3.1. 法制度
(1) 製造物責任法
経済企画庁国民生活局消費者行政第一課「逐条解説 製造物責任法」14 にお
いては、
「ソフトウェア自体については、無体物であり、製造物責任の対象とは
していない。ただし、ソフトウェアを組込んだ製造物については、本法の対象
と解される場合がありうる。ソフトウェアの丌具合が原因でソフトウェアを組
込んだ製造物による事敀が発生した場合、ソフトウェアの丌具合が当該製造物
自体の欠陥と解されることがあり、この場合、その欠陥と損害との間に因果関
係が認められるときには、当該製造物の製造業者に本法に基づく損害賠償責任
が生ずる」と記載されています。
これを踏まえると、脆弱性自体が、
「欠陥」と考えられる場合に、他の要件を
満たせば、損害賠償責任が生じると考えることができます。脆弱性が「欠陥」
と考えられる場合とは、たとえば、提供時15において通常備えられている「セキ
ュリティ」を備えていない状況が挙げられます。ネットワークでの利用が前提
となっている機器については、外部からの攻撃を想定し、それに耐えられるも
のとされるべきと考えてよいのではないでしょうか。
(2) 消費生活用製品安全法
消費生活用製品安全法では、製品事敀情報報告・公表制度が設けられていま
す。この制度は、重大製品事敀(一般消費者の生命又は身体に対する危害が発
生した事敀、または消費生活用製品が滅失し、又はき損した事敀であって、一
般消費者の生命又は身体に対する危害が発生するおそれのあるもの)が発生し
た場合に、消費生活用製品を製造・輸入する事業者が、消費者庁に報告するこ
とを義務化している制度です。
経済産業省「消費生活用製品安全法に基づく製品事敀情報報告・公表制度の
解説~事業者用ハンドブック~」16には、ソフトウェアについて以下の記述があ
ります。
14
出版社: 商事法務研究会 (1995/01)、ISBN-10: 4785706988、ISBN-13: 978-4785706982、発
売日:1995/01
15
製造物責任法上は、
「当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当
該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有
すべき安全性を欠いていることをいう」と定義されている(法 2 条 2 項)。
16
経済産業省ウェブサイト「製品安全ガイド」
http://www.meti.go.jp/product_safety/producer/guideline/download.html 。
17
「ソフトウェアは無体物であり、消費生活用製品に該当しません。通常、ソ
フトウェアの場合、それを組み込んだ製品が消費生活用製品に該当します。」
これを踏まえると、ソフトウェアを組み込んだ家電機器等において、ソフト
ウェアの脆弱性が原因となる製品事敀が発生またはそのおそれがあることを認
識した事業者は、報告義務があるといえるでしょう。
3.3.2. ユーザとのインタフェース
幅広いユーザ層を対象とする組込み機器では、ユーザに負担感や誤解を不える
ことなく、セキュリティに配慮した設定や操作方法を選択するように誘導する
必要があります。また、ユーザが危険な操作・変更を行おうとした場合には警
告画面を提示するなどの配慮も有効です。単に機器そのものの機能だけでなく、
リモコン等を含むユーザインタフェースについても、安全寄りの配慮について
十分に検討しておくことが望まれます。
また、ユーザとメーカの接点であるマニュアルには、ソフトウェアの丌具合や
脆弱性が発覚した際の対処方法、その機器を廃棄する際にユーザが行うべきプ
ライバシー情報の削除方法なども記載しておくことが望まれます。
さらに、トラブルが発生した場合、最初に連絡が来るのはお客様相談窓口で
す。窓口のスタッフに対し、従来の丌具合だけでなく、攻撃によるトラブル発
生の可能性やその際の適切な応対・処理について教育しておく必要があります。
18
参考文献
・ 「組込みシステムのセキュリティへの取り組みガイド(2010 年改訂版)
」
http://www.ipa.go.jp/security/fy22/reports/emb_app2010/
・ 「情報家電におけるセキュリティ対策 検討報告書」
http://www.ipa.go.jp/security/fy22/reports/electronic/
・ 「自動車と情報家電の組込みシステムのセキュリティに関する調査報告書」
(2008 年
度) http://www.ipa.go.jp/security/fy20/reports/embedded/
・ 「複数の組込み機器の組み合わせに関するセキュリティ調査報告書」
(2007 年度)
http://www.ipa.go.jp/security/fy19/reports/embedded/
・ 「組込みシステムの脅威と対策に関するセキュリティ技術マップの調査報告書」
(2006 年度) http://www.ipa.go.jp/security/fy18/reports/embedded/
19
情報セキュリティに関する届出について
IPA セキュリティセンターでは、経済産業省の告示に基づき、コンピュータウイルス・不正ア
クセス・脆弱性関連情報に関する発見・被害の届出を受け付けています。
ウェブフォームやメールで届出ができます。詳しくは下記のサイトを御覧ください。
URL: http://www.ipa.go.jp/security/todoke/
コンピュータウイルス情報
不正アクセス情報
コンピュータウイルスを発見、またはコン
ネットワーク(インターネット、LAN、WAN、
ピュータウイルスに感染した場合に届け出
てください。
パソコン通信など)に接続されたコンピュータ
ソフトウェア製品脆弱性関連情報
ウェブアプリケーション脆弱性関連情報
への不正アクセスによる被害を受けた場合に
届け出てください。
OS やブラウザ等のクライアント上のソフト
インターネットのウェブサイトなどで、公衆に
ウェア、ウェブサーバ等のサーバ上のソフト
向けて提供するそのサイト固有のサービスを
ウェア、プリンタや IC カード等のソフトウェア
構成するシステムに対する脆弱性を発見した
場合に届け出てください。
を組み込んだハードウェア等に対する脆弱
性を発見した場合に届け出てください。
脆弱性関連情報流通の基本枠組み 「情報セキュリティ早期警戒パートナーシップ」
脆弱性関連情報流通体制
ユーザ
ソフトウェア
製品の脆弱性
脆弱性関連
情報届出
脆弱性関連
情報通知
報告された
脆弱性関連情報の
内容確認・検証
発
見
者
Webサイトの
脆弱性
受付・分析機関
調整機関
対応状況の集約
公表日の調整等
脆弱性対策情報ポータル
公表日の決定
海外との調整機関
との連携等
産総研など
政府
企業
ソフト
開発者等
システム導入
支援者等
個人
セキュリティ対策推進協議会等
分析支援機関
脆弱性関連
情報届出
対応状況等
公表
脆弱性関連情報通知
Webサイト運営者
検証、対策実施
個人情報の漏えい時は事実関係を公表
※IPA:独立行政法人 情報処理推進機構、JPCERT/CC:有限責任中間法人 JPCERT コーディネーションセンター、産総研:独立行政法人 産業技術総合研究所
独立行政法人 情報処理推進機構
〒113-6591
東京都文京区本駒込二丁目 28 番 8 号
文京グリーンコートセンターオフィス 16 階
http://www.ipa.go.jp
セキュリティセンター
TEL: 03-5978-7527
FAX 03-5978-7518
http://www.ipa.go.jp/security/
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