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沖縄美ら海水族館における展示動物

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沖縄美ら海水族館における展示動物
沖縄美ら海水族館における展示動物小型歯クジラ類の臨床
植田啓一
目
次
緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
第Ⅰ章 小型歯クジラ類に対する内科的アプローチ
序文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第1節
検査方法の改良,開発に関する研究・・・・・・・・・・・・・5
第2節
抗菌剤の血中濃度変化に関する研究・・・・・・・・・・・・・31
第3節
真菌感染症に関する研究
飼育鯨類の真菌感染症例について・・・・・・・・・・・・・・・・39
国内で初めて分子生物学的に診断されたラカジオーシス 2 症例・・・60
小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91
第Ⅱ章 小型歯クジラ類に対する外科学的アプローチ
序文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
第1節
外科手術に関する研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・93
第2節
人工尾びれプロジェクト・・・・・・・・・・・・・・・・・・119
揚抗力測定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・120
遊泳能力解析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・128
QOL 改善のためのリハビリテーション ・・・・・・・・・・・・・ 135
小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・149
総括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・150
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・153
引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・155
緒言
小型歯クジラ類,いわゆるイルカ類の飼育史は,紀元一世紀のローマ
時 代 に 始 ま っ た と い わ れ て い る . 海 で 野 生 個 体 を 捕 獲 し ,大 型 の 水 槽( オ
セアナリウム式の施設)で観客にその生態行動を見せる現在の飼育展示
形 態 は ,1938 年 ア メ リ カ の フ ロ リ ダ に 最 初 に 誕 生 し た . 我 が 国 に お け る
鯨 類 の 飼 育 ・ 展 示 の 歴 史 は ,1930 年 に 始 ま り ,試 行 錯 誤 を 繰 り 返 し な が
ら飼育技術の向上を図ってきたものの,
「客観的データに基づく飼育動物
の健康管理の実践」という意識の導入までにはかなりの時間を要した.
1970 年 に 鴨 川 シ ー ワ ー ル ド が 開 館 し ,シ ャ チ の 導 入 を き っ か け に 飼 育 先
進国であったアメリカとの交流が活発となり,一部の水族館でイルカや
び れ 脚 類 な ど の 血 液 検 査 が 実 施 さ れ 始 め [19] ,そ こ で 蓄 積 し た デ ー タ を
飼育動物の健康管理にフィードバックするようになった.
現 在 日 本 で は 13 種 500 頭 以 上 に の ぼ る イ ル カ 類 が 30 館 を 超 え る 施 設
で飼育展示されており,ショー運営のための飼育技術とともに,健康管
理のための診断法や治療技術も向上している. 現在ではイルカ自身に受
診動作をさせるための日常訓練を実施し検査に伴うイルカと実施者との
負 担 を 最 小 限 に 抑 え る 方 法 も 進 ん で き て い る [19]と は 言 え , 鯨 類 は 水 中
生活を営む大型哺乳動物であり,中・小型の陸上動物に実施するような
保定や処置・管理が難しく,医療技術の導入に関しては,立ち後れてい
ると言わざるを得ない.
こ の よ う な 状 況 を 改 善 す る た め に ,著 者 ら は ,1996 年 よ り 水 族 館 の 獣
医師として飼育動物の疾病の確定診断に積極的に取り組み,その中でも
大型の水生動物の治療に適した医療機器の導入および,メーカーと共同
して内視鏡や超音波診断機器の改良を行い,積極的な治療を試みた.
内科学的治療においては,とくに,イルカ類や海牛類であるマナティ
ー の 真 菌 学 的 検 査 ,診 断 を 行 い [31],太 平 洋 地 域 で は 初 症 例 と な る ラ カ
1
ジオーシスの確定診断を行った.
ま た こ れ ら 内 科 学 的 ア プ ロ ー チ と 並 ん で ,水 族 館 で は 敬 遠 さ れ が ち な ,
外 科 的 治 療 に も 取 り 組 ん で き た [38]. ウ ミ ガ メ の 一 種 で あ る タ イ マ イ
の嘴の整形や烏口骨骨折の内固定,ミナミバンドウイルカの背びれの裂
創に対する成形手術,バンドウイルカの尾びれ成形手術,オキゴンドウ
の胴体背部銛摘出手術,シワハイルカの左頚部リンパ節摘出手術等がそ
の 例 で あ る . 中 で も ,2002 年 10 月 ,1 頭 の バ ン ド ウ イ ル カ の 尾 び れ に 発
症 し た 壊 疽 症 例 に 対 し ,尾 び れ の 約 75% を 切 除 す る と い う 水 族 館 で は 極
めてまれな外科的処置を行ったことは,その後多方面に渡る協力を得て
世界初の「人工尾びれ」の開発にまで発展し,国内外に大きな反響をも
たらした. この外科的症例に対しては,その後飼育員との共同作業によ
って補助装具としての人工尾びれを使った理学療法を試みた. 症例の遊
泳能力は著しく回復し,他個体との共棲,すなわち社会性を再獲得する
に至っている. この試みは,水族館で飼育されている障害を負った展示
動 物 で あ る イ ル カ に 対 し て の QOL の 改 善 を 施 す と い う 新 た な 概 念 を 導 入
することになった.
本研究では,沖縄美ら海水族館において飼育されている展示動物とし
ての小型歯クジラ類に関して,獣医臨床の立場から取り組んできた経緯
について述べる. 第一章では,内科的アプローチについて,各種検査方
法,診断機器である内視鏡や超音波断層装置の改良開発に関する研究,
真菌症感染症に関する研究について報告する. 第二章では,外科的アプ
ローチとして取り組んだ外科手術に関する研究,人工尾びれプロジェク
トに関して述べる. また,それら経緯をふまえ,水族館の役割そして水
族館の獣医師の果たすべき役割についても考察する.
2
第Ⅰ章
小型歯クジラ類に対する内科的アプローチ
序文
水族館での飼育しているイルカ類(小型歯クジラ類)を含む動物の治
療のほとんどが抗菌剤の投与を中心とした内科学的アプローチである.
その理由としては,各々の飼育動物種に対して施される検査が血液検査
のみという場合が多いためであり,加えて国内における飼育頭数が限ら
れているためデータが少ないことが挙げられる. また,我が国の水族館
には臨床を専門に行う獣医師の数が圧倒的に少なかったという歴史的背
景もある. 水族館の飼育動物に対してより適切な治療を行うためには,
血液検査だけでなく,細菌・真菌学的検査の他,種々の画像診検査を駆
使 し て 確 定 診 断 を 導 く べ き で あ る こ と は 明 白 で あ る .し か し な が ら ,検 査
方法が確立しておらず,水中で生活する大型水棲動物であるための困難
さから,これらの検査が実施されていなかった.
本研究では,内科的アプローチとして,①臨床上重要な検査方法の改
良,開発,②抗菌剤の血中濃度変化,③真菌感染症について 3 節に分け
て報告する.
第 1 節の「検査方法の改良,開発」では,従来の血液検査,細菌学的
検査,尿検査,糞便検査に加えて,画像診断を導入することで確定診断
に基づいた治療方針を決定することを目指した. またそれぞれの検査に
沿った受信動作訓練を取り入れることで,より低侵襲に健康管理を実施
可能となった. 受信動作訓練に伴い検査機器の改良や開発にも積極的に
取り組んだ. その結果,動物への負担を減らすと共に,確定診断に基づ
いた適切な治療を施すことに成功したのでその概要について報告する.
第 2 節の「抗菌剤の血中濃度変化」では,イルカ類に対する適切な抗
3
菌剤の投与量を調査したので,その結果を報告する. そもそも感染症の
治療には抗菌剤が多く用いられるが,動物種により薬物の吸収,分布,
代謝および排泄が異なるにも関わらず,水族館での飼育鯨類の投与量は
ヒトや家畜への投与量の体重換算によって決められている場合が多い.
特に完全に水中生活に適応している鯨類は,臓器の構造,機能,生理
値も陸上動物であるヒトや家畜と相違があるにも関わらず,これらに関
する疑問を持ちつつも上記の投与方法を続けてきたのが現状である.
そのため抗菌剤の鯨類への投与に関して,現行のヒト,又は家畜用に
定めた体重換算の適用の可否を探るためニューキノロン系抗菌剤一般名
オ ル ビ フ ロ キ サ シ ン Orbifloxacin(OBFX) の 鯨 類 血 中 動 態 を 調 査 し 検 討
したので報告する.
第 3 節の「真菌感染症」では,近年国内の水族館で報告例が増加して
いる鯨類の真菌感染症について報告する. 全国の水族館で調査された
「水族館における飼育鯨類の罹患症例」
[ 40]に よ る と ,飼 育 感 染 症 25% ,
不 明 75% と い っ た 報 告 が あ り ,1990 年 代 で は 真 菌 感 染 症 に 対 す る 認 識 が
ほ と ん ど 無 か っ た こ と が 伺 え る . 2001 年 に バ ン ド ウ イ ル カ の 前 胃 真 菌 感
染症の確定診断,治療に初めて成功し,それら感染症の原因が,広範囲
抗 菌 薬 使 用 に よ る 菌 交 代 ,耐 性 菌 の 発 現 ,そ の 他 ス ト レ ス 等 に よ る 体 力 ,
免疫力の低下が関係していると推測された. そのため迅速に治療を行う
ために,現場に即した確定診断方法について実施に治療を行った症例の
治療についての概要を記す.また沖縄美ら海水族館にて実施している外
部診療の結果,新興真菌感染症の一種であるラカジオーシスが人畜を通
じて初めて確認された. 本症例は,大西洋沿岸地域に流行するヒトとイ
ルカを宿主とする高度病原性真菌症の一種である. 本症例を飼育してい
る 2 園館より依頼を受けて,診断と治療を試み,臨床症状,病理組織学
的検査および分子生物学的手法により日本近海の太平洋地域に特有な菌
種によるラカジオーシスと診断したので報告する.
4
第 1節
検査方法の改良,開発に関する研究
イルカ類は生活史が水中であるために,健康管理に必要な日常のルー
チン検査はプールサイド,プール底,プール内の浅瀬,水中などの水場
で実施することが殆どである. 実際に当館では,採血,呼気採集や体温
測 定 の 他 に 画 像 診 断 の た め の 検 査 な ど を 積 極 的 に 導 入 し て い る( 図 1).
そ の た め に 採 血 や 多 く の 検 査 や 治 療 を プ ー ル サ イ ド で 行 っ て い る( 図 2).
また様々な器材,器機は,防水加工を施したケースに入れるなどの工夫
をしなければ使用することすら出来ない.
また,彼らの体躯は分厚い脂肪層に覆われている上に,体躯断面が円
型である. さらに上部消化器官においては,口腔から咽頭,食道上部,
食 道 下 部 , 前 胃 ( 第 一 胃 ), 主 胃 ( 第 二 胃 ), 幽 門 胃 ( 第 三 胃 ) の 順 に 続
き,種によってそれぞれの湾曲の程度や幽門の位置も異なっている.
そのため高度医療機器を用いた画像診断検査を行うためには受信動作
訓練の導入,検査機器や検査手技をイルカ類に使用するために改良や開
発が必要であった.
こ こ で は 確 定 診 断 に 有 効 で あ る 内 視 鏡 検 査 ,X 線 検 査 と CT 検 査 ,超 音
波画像診断検査について手技と機器の改良開発について報告する.
【受信動作訓練】
受信動作訓練は,動物に行う検査や治療を円滑に実施するために,類
似動作や類似道具を使用して動物を馴致させることである. 本訓練は,
対象動物,検査や治療方法によってトレーニングの内容や訓練期間が異
な る ( 表 1) . 沖 縄 美 ら 海 水 族 館 で は , 検 温 , 採 血 , 胃 内 容 液 の 採 取 な
どのために受信動作訓練を行っていた経緯があった. 更に医療技術の積
極的な導入を行うためには,受信動作訓練が必須であった.
5
X線検査
CT検査
尿検査
糞便検査
血液検査
細菌学的
検査
超音波画像
診断検査
内視鏡検査
受診動作訓練
図 1. 沖 縄 美 ら 海 水 族 館 の 診 療 モ デ ル
図 2.
プールサイドでの受診動作訓練による採血
6
表 1. 受 信 動 作 訓 練 期 間
種目
侵襲性
期間(日)
呼気採取
−
14-30
検温
+ 14-30
排尿
−
14-60
採血
++
30-90
静脈注射
++
60-120
+ 60-90
超音波画像診断検査
−
14-30
保定器具のランディング
−
14-30
内視鏡検査
7
【内視鏡検査】
体 長 が 2-3m の ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ ,カ マ イ ル カ ,バ ン ド ウ イ ル カ に
対 し て は ,全 長 2200mm,挿 入 プ ロ ー ブ 外 径 11.2mm,鉗 子 チ ャ ン ネ ル 内 径
2.8mm,フ ァ イ バ ー 先 端 の 湾 曲 上 下 角 度 180 度 及 び 左 右 角 度 160 度 の 操 作
機 能 を も っ た 電 子 内 視 鏡 ( VQ−1123A, Olympus Ves, 東 京 ) を 使 用 し て い
る . ま た 体 長 が 3m を 超 え る オ キ ゴ ン ド ウ で は , 全 長 3000mm, 挿 入 プ ロ
ー ブ 外 径 8.6mm,鉗 子 チ ャ ン ネ ル 内 径 2.8mm,フ ァ イ バ ー 先 端 の 湾 曲 上 下
角 度 210 度 ,90 度 及 び 左 右 角 度 100 度 の 操 作 機 能 を も っ た 電 子 内 視 鏡( VQ
−8303A, Olympus Ves, 東 京 ) を 改 良 し , 挿 入 プ ロ ー ブ 外 径 を 11.2mm に
し た も の を 使 用 し て い る ( 図 3) .
検査は,飼育個体であるミナミバンドウイルカ,バンドウイルカ,カ
マイルカ,オキゴンドウを対象に実施している. 検査を行う際には,異
物 誤 嚥 な ど の 緊 急 の 場 合 を の ぞ い て ,検 査 前 12 時 間 以 上 絶 食 さ せ た 状 態
で行う. バンドウイルカとカマイルカでは,プール内の海水を落水した
状態か,クレーンにてプール外に搬出した後,専用担架に載せて浸水ス
ポンジとタオルで体表を覆い,ベルトによる保定を行う. この保定法で
は 1 回 の 内 視 鏡 鏡 挿 入 に つ き 5−20 分 の 観 察 が 可 能 で ,3-5 回 繰 り 返 し 実
施 で き る ( 図 4)[ 5] .
特 に ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ と オ キ ゴ ン ド ウ で は ,事 前 に 10 日 前 後 の 内
視鏡挿入の疑似訓練を行うことで,短時間ではあるが無保定で内視鏡観
察が可能となった. 訓練は内視鏡プローブに見立てたホースや不要にな
った内視鏡プローブを用いて給餌しながら検査に対する馴致を行うもの
である. 訓練完成時期には,飼育員の合図により水中で立位の状態で静
止 さ せ て 内 視 鏡 を 挿 入 す る 方 法 や( 図 5),シ ョ ー ス テ ー ジ 上 に 乗 り 上 げ
た状態(ランディング)で検査する無保定方法での観察が可能となった
( 図 6) . 検 査 時 間 は , 1 回 の 挿 入 に つ き お お よ そ , 水 中 立 位 で 10 分 ,
ランディングで 5 分である. この方法では,食道から前胃,そして主胃
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開口部の観察の他に餌料種の消化速度の観察が可能である.
内視鏡の操作に関しては,内視鏡を実際に操作し観察する検査者と内
視鏡を挿入する助手との 2 名で行う. 助手は被検動物の飼育担当者があ
たり,動物の状態により観察中止の合図を出す. 内視鏡検査保護用のバ
イトブロックを吻部に装着し,バイトブロック中央の挿入孔よりプロー
ブを挿入し,咽頭,食道,前胃,主胃の順に観察を行う. 野外での観察
が主となるので,日差しによりモニター画像が見えにくいことがあるた
め,検査者は内視鏡走査画面が常に観察出来るように内視鏡用眼鏡(ア
イ ト レ ッ ク , Olympus, 東 京 ) を 使 用 す る こ と で 対 応 し て い る [ 5] .
9
図 3. 内 視 鏡 用 ス コ ー プ 沖 縄 モ デ ル
図 4.
保定台に載せてのイルカの内視鏡検査
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図 5.
図 6.
水中で立位の状態で静止させて内視鏡を挿入する方法
ショーステージ上に乗り上げた状態での検査方法
11
【X 線検査】
イルカ類に X 線検査を実施することは,動物をプール外に出して撮影
を行うという非常に制約が厳しい検査であることから,水族館では永ら
く敬遠されてきた. また体躯の断面が円く厚みがあるため,ヒトやイヌ
や ネ コ な ど で の 撮 影 距 離 で あ る カ セ ッ テ か ら 管 球 ま で の 距 離 が 100cm と
いう基本的な条件では,診断に必要な写真を撮影することは出来ない.
しかしながらウミガメの烏甲骨骨折手術やイルカの誤嚥,呼吸器疾患の
診断,治療を経験していく段階で X 線検査が必要不可欠であることを認
識したため,著者らは,積極的にイルカをプール外に搬出し,様々な条
件にて X 線検査が可能であるか否かの調査を実施した.
・撮影機器
動物の移送等の負担を考えると,イルカを対象とした撮影の際に,ヒ
トや伴侶動物で行うような鉛板が埋蔵された専用の室内での X 線撮影方
法 は ,ル ー チ ン の 検 査 に は 不 向 き で あ る . そ の た め ポ ー タ ブ ル タ イ プ( 回
診用小型機器)でより多くの線量を出力できる機種を選ぶ必要がある.
産業動物分野で使用されている,吊り下げ型の小型 X 線撮影機器は,線
量が足りないことと,固定方法がつり下げる事のみであるため,イルカ
の側面方向からの撮影の際に非常にバランスがとりにくく不向きである.
そ の た め , 体 長 250cm, 体 重 200kg の イ ル カ を 基 本 と し た X 線 検 査 の 撮
影条件を構築した.
まず X 線撮影器機であるが,プールに併設した施設を持たないもので
あれば,イルカ類をプール外に搬出して撮影することになるため,回診
型の器機を選択しなければならない. 国内で最も飼育頭数が多いバンド
ウ イ ル カ の 体 躯 の 最 大 幅 が 約 60cm で あ る こ と よ り , X 線 撮 影 管 電 圧 は
100kVp 以 上 ,撮 影 管 電 圧 は 60-200mAs を 出 力 す る 器 機 を 使 用 な け れ ば な
ら な い . 当 館 で は 回 診 用 移 動 型 X 線 撮 影 装 置 AMX-4plus( GE ヘ ル ス ケ ア・
ジ ャ パ ン 株 式 会 社 , 東 京 ) と 更 に 出 力 の 大 き い MOBILETT XP Hybrid( シ
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ー メ ン ス・ジ ャ パ ン 株 式 会 社 ,東 京 )を 用 途 に あ わ せ て 使 用 し て い る( 図
7). そ れ ら の 器 機 の 導 入 に よ り ,体 長 450cm,体 重 600kg の オ キ ゴ ン ド
ウの側面の撮影まで対応している.
・ 撮影方法
イルカの X 線撮影を行う上で,重要なのが散乱線を除去するグリッド
の役割である. イルカの体躯の断面が丸い形をしているため,被写体が
厚くなる. そのため散乱線の発生率が高くなるためので,コントラスト
や 鮮 鋭 度 が 低 下 し , 不 鮮 明 な 画 像 と な る ( 図 8) . こ の 問 題 を 解 消 す る
為に頭部,胸部,腹部の撮影時にはグリッドを使用し,より診断に適し
た 画 像 を 得 る 必 要 が あ る . 当 財 団 で は , 10:1 と 12:1 の 2 種 類 を 撮 影 部
位により使い分けている. またグリッドは歪みが生じると散乱線を的確
に 除 去 し な い た め , グ リ ッ ド ケ ー ス 等 に 入 れ て 使 用 す る ( 図 9) .
X 線検査の撮影を行うにあたっては,水生動物であるイルカを野外の
陸上で撮影するため,ヒトや陸上動物と同様な留意点と,異なる問題点
をよく理解したい上で行わなければならない.
陸上動物と異なり,水生動物は陸上では負重がかかるため,低反発マ
ットレス等の上におく事が必要となる. また撮影の間体表面が乾燥しな
いように水をかけるなどの処置が必要となる. 撮影時間は,動物の状態
を 観 察 し な が ら で は あ る が ,最 長 で 30 分 程 度 と し 撮 影 後 は 迅 速 に プ ー ル
内に戻すものとする. 個体によっては鎮静剤等の投与も考慮する必要が
あ る と 考 え ら れ る . 背 腹 側 ( DV) の 撮 影 に お い て は , イ ル カ の 体 躯 の 厚
み を 考 慮 し て ,カ セ ッ テ( グ リ ッ ド )か ら 160-200cm と し て 撮 影 を 行 う .
但しオキゴンドウの場合においては,現在腹背側の撮影は物理的理由で
行 わ れ て は い な い . 側 面 側 ( LT) の 撮 影 に お い て は , イ ル カ を 保 定 台 に
乗せた状態で行うか,イルカを側臥位にしてカセッテの上に保定するか
の い ず れ の 方 法 で 行 う( 図 10). ま た 肺 野 の 診 断 を 行 う 画 像 を 得 る に は ,
呼吸した直後の撮影を行う必要がある. それ以外の部位については逆に
13
呼吸後の動きの少ないときを狙い撮影を行う.
またイルカの X 線検査を実施するにあたり,陸上動物と大きく異なる
点はユニックなどのクレーンを使用してプールより外に出す作業を安全
に行う事が不可欠となる. またイルカを撮影する際,放射能による被曝
を 避 け る た め 半 径 3m 以 内 に 立 ち 入 ら な い よ う に 境 界 線 を も う け る 事 ,被
曝する恐れがある位置にやむ終えず立ち入る際には,防護服の着用を徹
底しなければならない. 特に保定台を使用して側位側より撮影を行う際
に は ,直 接 照 射 位 置 に 入 る 為 ,絶 対 に 防 護 服 の 着 用 を 忘 れ て は な ら な い .
また撮影時においては,イルカを担架シートから出して,直接体にカセ
ッテ(グリッド)を当てて行うようにして撮影を行う. 担架シートなど
が一緒に画像として取り込まれると,デジタル加工を行った際に診断に
おいて不必要な情報が入るため,読影が困難となる. バンドウイルカ以
上のサイズとなると半切カセットでは左右の肺野を同時に撮影する事が
困難であるために,左右片方ずつ撮影する事が望ましい.
バ ン ド ウ イ ル カ で あ れ ば 肺 野 の 撮 影 条 件 は , 90-120kv, 60-200mAs で
鮮明な肺野や脊椎の写真を得ることができる. これらにより肺野像(図
11), 重 度 肺 炎 像 ( 図 12), 異 物 誤 飲 像 ( 図 13), 脊 柱 横 突 起 変 性 像 ( 図
14) の 確 定 診 断 が 可 能 と な り , ル ー チ ン 検 査 と し て 応 用 出 来 る よ う に な
った.
14
図 7.
図 8.
ポータブル X 線撮影器機
イ ル カ の 肺 野 の DV 像
左:グリッド無しの像,右:グリッド有りの像
15
図 9.
長尺カセッテ用のグリッドとグリッドケース
図 10.
側臥位での撮影風景
16
図 11.
バ ン ド ウ イ ル カ の 肺 野 X 線 像 ( LT)
図 12.
重度肺炎症例の X 線像
17
図 13.異 物 誤 飲 し た コ イ ン の X 線 像 と 取 り 出 さ れ た コ イ ン
図 14.
横突起の骨変性 X 線像
18
【 CT 線 検 査 】
CT 検 査 器 機 は X 線 検 査 で は 確 定 し に く い 画 像 診 断 に は 非 常 に 有 益 で あ
る . 沖 縄 美 ら 海 水 族 館 で は , SOMATOM Spirit( シ ー メ ン ス ジ ャ パ ン , 東
京 )を 導 入 し ,線 量 130kv,100mAs で 撮 影 を 行 い ,イ ル カ の 骨 格( 図 15),
重 度 肺 炎 症 例 像 ( 図 16) 前 述 の Aspergillus. sp に よ る 肺 炎 症 例 の フ ァ
ン ガ ス ボ ー ル 像 ( 図 17) や 脊 柱 横 突 起 変 性 像 の 3D 画 像 ( 図 18) を 得 る
ことができた.
19
図 15.シ ワ ハ イ ル カ の 頭 部 周 辺 の CT 画 像
図 16.
重 度 肺 炎 症 例 CT 像
20
図 17. Aspergillus. sp に よ る 肺 炎 症 例 の フ ァ ン ガ ス ボ ー ル 像
図 18. 横 突 起 の 骨 変 性 CT 画 像
21
【超音波画像診断検査】
90 年 代 ,国 内 に 於 け る 海 獣 類 の 超 音 波 画 像 診 断 検 査 の 報 告 例 は 極 め て
少なく,特に鯨類のものは無かった. その理由としては検査装置を水の
ある現場近くにもっていけなかった事,装置が大型であった事,装置の
取り扱い,画像診断に熟練性が必要だった事などが挙げられえる. しか
し近年装置の小型化が進み,鯨類の飼育技術に伴う保定方法の上達,解
剖学的な知見の蓄積等により以前からの問題点が徐々に解消されてきた
( 図 19). そ の た め 沖 縄 美 ら 海 水 族 館 で は ,県 内 の 超 音 波 認 定 技 師 ,上
江 州 安 弘 技 師 の 協 力 を 得 て 2000 年 末 に バ ン ド ウ イ ル カ の 胎 児 の 妊 娠 成
長過程を超音波画像診断装置で追うことに成功した. その後初期の妊娠
確 定 , 胎 仔 の 運 動 状 態 , 成 育 ( 図 20-21) を 観 察 す る だ け で な く , 胎 仔
の 心 臓 の 血 流 像 の 把 握 が 出 来 た( 図 22). 使 用 す る プ ロ ー ブ は 診 断 部 位
に 併 せ て 3.5MHz と 7.5MHz を 使 い 分 け る . 特 に 3.5MHz コ ン ベ ッ ク ス が
多 く の 臓 器 の 初 期 診 断 に 有 効 で あ る . 使 用 し た 機 器 は , SSD-900( ALOKA
社 , 東 京 ), α —7( ALOKA 社 , 東 京 ) と FAZONE-M( フ ジ フ ィ ル ム メ デ ィ
カル社,東京)であった.
主 な 診 断 部 位 と し て は , 腎 臓 ( 図 23-a), 肝 臓 ( 図 23-b), 眼 球 ( 図
23-c), 心 臓 ( 図 23-d), 腸 ( 図 23-e), 胃 ( 図 23-f) で あ る .
特 に 妊 娠 診 断 に お い て は , 子 宮 内 で の 胎 仔 の 口 腔 の 開 閉 ( 図 24) や 胎
仔 へ の 母 体 か ら の 血 流 を 鮮 明 に 捉 え る こ と に 成 功 し た( 図 25). ま た 肝
変 成 の 状 態( 図 26),腎 盂 腎 炎( 図 27),イ ル カ が 誤 嚥 し た ス ー パ ー ボ ー
ル 像 ( 図 28) を 確 定 診 断 す る こ と も 可 能 と な っ た .
22
図 19. 受 診 動 作 訓 練 で の エ コ ー 検 査
図 20.
妊娠初期の子宮内でのイルカ胎仔の様子
23
図 21.
子宮内でのイルカ胎仔の様子
a)頭 部 , b) 胸 部 と 腹 部 , c) 尾 部
図 22.
胎仔の大動脈弓の血流像
24
図 23.
超音波画像診断写真.
腎 臓 ( 図 23-a), 肝 臓 ( 図 23-b), 眼 球 ( 図 23-c),
心 臓 ( 図 23-d), 腸 ( 図 23-e), 前 胃 ( 図 23-f)
25
図 24. 子 宮 内 で の 胎 仔 の 口 の 開 閉 の 様 子
図 25. カ マ イ ル カ の 胎 仔 の 臍 帯 血 流 像
26
図 26. バ ン ド ウ イ ル カ 薬 物 性 肝 炎 像
図 27. バ ン ド ウ イ ル カ の 腎 盂 腎 炎 像
27
図 28. バ ン ド ウ イ ル カ が 誤 嚥 し た ス ー パ ー ボ ー ル の エ コ ー 像
28
考察
多くの水族館では動物治療のための検査として,血液検査,細菌学的検
査,尿検査,糞便検査を実施し,その結果を元に近隣の医師や獣医師に
治療方針を仰いでいた.著者らは,沖縄美ら海水族館において,それら
の検査に加え画像診断を導入することで確定診断を行い,治療方針を決
定することを目的とした.またそれぞれの検査に沿った受診動作訓練を
取り入れることでより低侵襲に健康管理を行うことが可能となった.
小型歯クジラ類で比較的よく認められる臨床症状の一つに摂餌不良が
ある. 摂餌不良や嘔吐を示す原因には前胃内異物,前胃真菌症,ヘリコ
バ ク タ ー 感 染 症 ,レ プ ト ス ピ ラ 症 ,豚 丹 毒 ,パ ス ツ レ ラ 症 ,潰 瘍 ,腫 瘍 ,
穿 孔 ,ア ニ サ キ ス 症 ,ク ロ ス ト リ ジ ウ ム 感 染 症 な ど が 報 告 さ れ て い る が ,
多 く の 場 合 , 生 前 の 確 定 診 断 に ま で 至 ら な い の が 現 状 で あ る [ 5]. 上 部
消化管内視鏡検査はこれらの疾病の早期診断と治療に有益であった.内
視鏡検査を用いることで,前胃及び主胃の観察だけでなく,バイオプシ
ー 検 査 や 胃 液 採 取 が 可 能 と な り , 空 腹 時 の 正 常 な 前 胃 内 容 液 の pH は pH
= 1-3 で , そ れ 以 上 の 値 を 示 す 際 に は , 更 な る 検 査 と 治 療 を 必 要 と す る
が判明した. また異常所見の早期発見のためには,頻回の定期検査が有
効であるが,受診動作訓練により無鎮静かつ無保定法でも必要な検査が
可能となり,ルーチン検査に応用出来た.
一般の小動物病院では多く用いられている X 線検査であるが,長年イ
ルカ類に対しては導入が困難であった. その大きな理由の一つが,動物
をプール外に搬出する作業の困難さであり,もう一つがポータブル X 線
の適正な線量の把握である. 線量に関しては,イルカ類が厚い脂肪層を
有 す る た め 高 い 線 量 が 必 要 と な る[ 29].そ の た め 当 館 で は ,飼 育 員 の 全
面的な協力のもと,週に1度の搬出作業と X 線の撮影を行い,適正線量
の把握に努めてきた. その結果,バンドウイルカだけでなく更に大型の
オキゴンドウにおいても鮮明な肺野や脊椎の写真を得ることが出来た.
29
それらによりルーチン検査として応用出来るようになった.
加 え て 現 在 で は ,CT 検 査 器 機 の 導 入 を 行 っ た こ と に よ り 骨 の 異 常 や 肺
の内部の構造変性を的確に診断可能となった. しかしながら現機種では,
対象がヒト用であるため,ガントリーの内径幅や架台の加重域がイルカ
を撮影するには明らかに不足しているため,ルーチン検査とするには撮
影部位の選択,スリングを用いた加重の軽減等々の工夫が不可欠で,機
種の変更を含め今後の検討が必要である.
近年,器機の小型化により水族館で一番多く導入されている確定診断
器機が超音波画像診断器機で,用途は妊娠診断,および肝臓,腎臓の疾
患の診断に用いている. 以前は動物をプール外に出して検査を実施して
い た が ,2000 年 に 国 内 の 水 族 館 や 動 物 園 で 初 め て プ ロ ー ブ を 水 中 に 浸 け
ての検査を実施し,診断に適した画像を得ることに成功した. 動物をプ
ール外へ出す必要が無く,かつ受診動作訓練を導入することにより,よ
り簡便に検査が実施出来るようになり,ルーチン検査の中でも初期診断
検査の一つとして有効である.
30
第 2節
抗菌剤の血中濃度変化に関する研究
飼 育 下 の 鯨 類 ( Tursiops truncates ) に お け る 薬 剤 の 血 中 動 態 に 関 し
て の 報 告 と し て は Linnehan et al .(1999) の 他 [ 14 ], シ ロ イ ル カ
( Delphinapterus lucas ) に ア ミ カ シ ン (Amikacin) を 筋 肉 内 注 射 し た 例
[ 22 ], シ ロ イ ル カ と バ ン ド ウ イ ル カ に 対 し て フ ロ ル フ ェ ニ コ ー ル
( Florfenicol)を 筋 肉 内 注 射 し た 報 告[ 2],シ ロ イ ル カ ,シ ャ チ ( Orcinus
orca )お よ び バ ン ド ウ イ ル カ に ア ジ ス ロ マ イ シ ン (Azithroymycin)を 投 与
し た 例[ 3]が あ る . し か し ,い ず れ の 報 告 も T m a x ,C m a x ,t 1 / 2 等 に つ い て
詳細な結果は記載されていない.
そのため,鯨類の抗菌薬の投与量に関する疑問解決への糸口をつかむ
べ く , ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ ( Tursiops aduncus ) 及 び オ キ ゴ ン ド ウ
( Pseudorca
crassidens ) に お け る ニ ュ ー キ ノ ロ ン 系 抗 菌 剤
orbifloxacin( OBFX) の 血 中 動 態 を 測 定 し た .
材料と方法
1.供試動物
沖 縄 美 ら 海 水 族 館 の 飼 育 個 体 , ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ (indo-pacific
bottlenose dolphin) 2 頭 お よ び オ キ ゴ ン ド ウ (False killer whale) 1
頭を実験に供試した. ミナミバンドウイルカは,鹿児島県奄美大島産で
い ず れ も 雄 ,測 定 時 の デ ー タ は ,飼 育 年 数 25 年 ,推 定 年 齢 28 才 で あ り ,
個 体 名 : ム ク , 体 長 お よ び 体 重 は , 258cm/185kg と 個 体 名 : ク ロ ,
259cm/188kg で あ っ た . ま た オ キ ゴ ン ド ウ は , 長 崎 県 壱 岐 産 , 個 体 名 :
ゴ ン ,雌 ,測 定 時 の デ ー タ は ,飼 育 年 数 16 年 ,推 定 年 齢 24 才 ,体 長 406cm,
体 重 582kg で あ っ た .
ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ の 2 頭 は ,直 径 14m ,深 さ 3m ,容 量 480m 3 の
31
円形水槽に収容されており,他の個体を同居させていない. 通常は水中
シ ョ ー に 使 用 し て い る . オ キ ゴ ン ド ウ は 長 径 25m ,短 径 15m ,深 さ 4m ,
容 量 1240m 3 の 楕 円 形 水 槽 で 飼 育 さ れ , 同 居 個 体 は ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル
カ 4 頭 , カ マ イ ル カ ( Lagenorhynchus obliquidens ) 2 頭 で あ り , 通 常
はこれらの個体と共にショーを行っている. 実験時の健康状態は良好で
あり,他の薬剤の投薬は行っていなかった.
2. 供 試 薬 剤
薬剤は,動物専用ニューキノロン系抗菌剤として市販されているオル
ビ フ ロ キ サ シ ン ( ビ ク タ ス S 錠 , 1 錠 中 の 含 量 は 40mg, 10mg, 大 日 本 製
薬)を使用した. 剤型としては前記の錠剤の他,注射液(牛・豚用は筋
肉 内 投 与 , 犬 ・ 猫 用 は 皮 下 投 与 ) が あ る . ( 図 29) に オ ル ビ フ ロ キ サ シ
ンの構造式を示す.
3. 投 与 方 法
実験実施はショー行動が不要な休館日とし,前日及び当日は通常通り
給餌を行い,食餌制限は行わなかった. 通常の1日給餌量は,ミナミバ
ン ド ウ イ ル カ で マ サ バ ( Scomber japonicus ) 4kg , カ ラ フ ト シ シ ャ モ
( Mallotus villosus )5kg で ,オ キ ゴ ン ド ウ は マ サ バ 13kg,カ ラ フ ト シ
シ ャ モ 13kg で あ る . 薬 剤 投 与 は 朝 7 時 実 施 , 前 回 の 給 餌 か ら 約 15 時 間
経過後となる.
オルビフロキサシンの投与量は,犬および猫における用量として承認
さ れ て い る 体 重 当 た り 5mg/日 と し ,体 重 は 前 記 の 数 値 を 採 用 し た . 平 均
全 長 18.4cm,平 均 体 重 40g の シ シ ャ モ の 体 内 に 錠 剤 を 挿 入 し ,経 口 投 与
した. 投与に必要なシシャモはミナミバンドウイルカで 5 本,オキゴン
ド ウ で 15 本 で あ り ,薬 剤 投 与 時 は 他 の 餌 料 は 与 え な か っ た . 投 与 後 し ば
らくの間は動物を観察し,確実に嚥下したことを確認した. その後は7
回 の 採 血 時 毎 に ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ で 約 1.4kg, 計 約 10kg/24 時 間 ,
オ キ ゴ ン ド ウ は 6 回 の 採 血 の 度 に 4.3kg, 計 約 26kg/24 時 間 と 通 常 の 給
32
餌量を与えた.
4. 採 血 と 定 量 方 法
薬 剤 投 与 後 1,2,4,8,12,24 時 間 目 に ヘ パ リ ン( ノ ボ・ヘ パ リ ン 注 ,
ノ ボ・ノ ル デ ィ ス ク )処 理 し た 注 射 筒 へ 21G 翼 状 針 を 接 続 し ,採 血 し た .
落水による取揚げや,担架による保定等を行わない受診動作により毎時
10mL の 採 血 を 行 っ た . な お ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ で は ,上 記 の 採 血 時 間
に 加 え 薬 剤 投 与 後 0.5 時 間 目 に も 採 血 を 行 っ た . 頻 回 採 血 に 起 因 す る と
思われる異常行動は認められず,採血後は直ちに通常の一般行動に戻っ
た.
遠 心 分 離 し て 得 ら れ た 血 漿 は た だ ち に 低 温 冷 凍 庫 ( EBARA LOW-TEMP
ESL-70A) で −70℃ で 凍 結 保 存 し , 凍 結 状 態 の ま ま 大 日 本 製 薬 ( 株 ) ア ニ
マ ル サ イ エ ン ス 部 開 発 研 究 所 に 輸 送 し , Escherichia coli Kp 株 を 指 標
菌とする,生物学的定量法(薄層カップ法)により定量した.
5. 薬 動 力 学 的 分 析
オ ル ビ フ ロ キ サ シ ン の 薬 動 力 学 的 パ ラ メ ー タ は ,以 下 の よ う に 求 め た .
最 高 血 漿 中 濃 度 ( the maximum plasma concentration:C max), 最 高 血 漿
中 濃 度 到 達 時 間 ( time to maximum plasma concentration:Tmax ) は 実 測
値 か ら 求 め た . 消 失 半 減 期 ( half period:t1/2) は 最 小 二 乗 法 に よ る 直
線回帰より算出した.
結果
1.各個体の血漿中濃度の経時的推移
投 与 直 後 か ら 24 時 間 後 ま で の 血 漿 中 オ ル ビ フ ロ キ サ シ ン 濃 度 の 経 時
的 推 移 を 示 し た( 図 30). 表 2 に は 各 測 定 時 点 に お け る 血 漿 中 オ ル ビ フ
ロキサシン濃度を示し,ミナミバンドウイルカでは 2 頭の平均値も示し
た. ミナミバンドウイルカでは,2 頭とも投与 1 時間後に最高濃度(平
均 値 3.81μ g/mL) を 示 し た 後 , 漸 次 減 少 し た . ま た オ キ ゴ ン ド ウ で は ,
33
投 与 2 時 間 後 に 最 高 濃 度 2.21μ g/mL に 到 達 し ,そ の 後 は 同 様 に 漸 次 減 少
した.
2. 薬 動 力 学 的 パ ラ メ ー タ
表 3 に,血漿中オルビフロキサシン濃度の薬動力学的パラメータを示
した. なおミナミバンドウイルカにおいては,2 頭の平均値も示した.
血 漿 中 オ ル ビ フ ロ キ サ シ ン の 消 失 半 減 期 ( t1/2) は , ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ
ル カ で 平 均 7.08 時 間 ,オ キ ゴ ン ド ウ で 4.71 時 間 で あ り ,オ キ ゴ ン ド ウ
の方が短かった. ミナミバンドウイルカにおける各パラメータは 2 頭で
良く一致していたが,オキゴンドウとミナミバンドウイルカの間には差
が見られた.
34
図 29.
図 30.
オルビフロキサシンの化学式
投 与 後 24 時 間 後 ま で の 血 漿 中 オ ル ビ フ ロ キ サ シ ン 濃 度
の経時的推移
35
表 2.
表 3.
各測定時点における血漿中オルビフロキサシン濃度
血漿中オルビフロキサシン濃度の薬動力学的パラメータ
36
考察
飼育下のイルカ類に対する内科学的治療の大部分が抗菌剤の投与である
が ,1990 年 代 以 前 に 国 内 で そ れ ら の 血 中 濃 度 に つ い て 論 じ ら れ た 例 は 無
か っ た . 今 回 測 定 を 行 っ た オ ル ビ フ ロ キ サ シ ン 5mg/kg の 経 口 投 与 の 報
告 で は , 犬 で は Tmax 1.7±0.2 時 間 , Cmax 3.29±0.17μ g/mL, 猫 で は そ
れ ぞ れ 0.9±0.2 時 間 , 2.81±0.13 μ g/mL, 豚 で は 1.0±0.3 時 間 , 1.88
±0.02μ g/mL で あ る[ 15]. こ れ ら と 今 回 測 定 を 行 っ た ミ ナ ミ バ ン ド ウ
イルカおよびオキゴンドウに同量を経口投与した結果とを比較すると,
血 漿 中 オ ル ビ フ ロ キ サ シ ン 濃 度 は 投 与 後 1-2 時 間 に 最 高 値 に 達 し , 最 高
濃 度 は そ れ ぞ れ 平 均 値 3.81μ g/mL,2.21μ g/mL と な り ,陸 上 動 物 と 同 様
の血中濃度を獲得することが明らかとなった. 経口投与されたオルビフ
ロキサシンは投与後餌のシシャモからすみやかに放出され,消化管から
吸収された後,オルビフロキサシンは,血中から主要な臓器・組織内に
高濃度で移行し,その後主に尿中に排泄される. ミナミバンドウイルカ
や オ キ ゴ ン ド ウ に お け る オ ル ビ フ ロ キ サ シ ン の 消 失 半 減 期 は 4.71 時 間
〜 7.34 時 間 で あ り ,こ れ ま で の 陸 上 動 物 で の 検 討 か ら ,犬( 6.51±0.44
時 間 ), 猫 ( 3.49±0.26 時 間 )[ 15] お よ び 豚 ( 5.09±0.31 時 間 )[ 16]
と類似した値であった. これら薬動力学的パラメータの比較により,オ
ルビフロキサシンはミナミバンドウイルカやオキゴンドウにおいても犬,
猫および豚と同様高い組織移行性を示しており,体重比による経口投与
が有効であることが確認出来たことは,投薬プログラムの立案および実
施に有効であると推察される.
ニ ュ ー キ ノ ロ ン は 細 菌 の DNA 合 成 を 阻 害 す る こ と に よ り 殺 菌 的 に 作 用
する. このような作用機序から従来の抗生物質耐性菌にも抗菌活性を示
す. また,組織移行性が良好で生体内で代謝されにくいこと,抗菌活性
が 用 量 依 存 性 で あ る こ と , そ し て 比 較 的 長 い PAE ( post antibiotic
effect;抗 菌 剤 除 去 後 の 細 菌 増 殖 抑 制 作 用 )を 有 す る こ と が 特 徴 で あ る .
37
今回の結果から,若干の種差が認められるものの,鯨類が罹患する多
く の 細 菌 に よ る 感 染 症 に 対 し て 1 日 1 回 の オ ル ビ フ ロ キ サ シ ン 5mg/kg
経口投与で有効な抗菌作用が期待できる.
今後は,更なる薬剤の適正な投与量を明らかにするために,他の鯨種
をも使用し,多くの個体で実験を継続するつもりである.
38
第 3 節:真菌感染症に関する研究
飼育鯨類の真菌感染症例について
1990 年 代 以 降 ,全 国 の 水 族 館 で 報 告 さ れ て い る イ ル カ 類 の 真 菌 感 染 症
のほとんどは,死後の病理解剖による結果報告であり,生存中に確定診
断がなされ,適切な治療が行われた例は非常に少なかった. また飼育個
体において,抗菌剤治療を施しても改善が見受けられない個体が多く診
ら れ た た め ,そ れ ら の 症 例 に 対 し 抗 真 菌 剤 を 投 与 し た 結 果 , 改 善 が 認 め
られた.そこで著者らは,従来のルーチン検査である血液検査や細菌学
的検査に加えて,飼育個体の真菌学的検査を定期的に実施することによ
り , 常 在 真 菌 叢 を 把 握 す る こ と に 努 め た [ 33]( 表 4) .
加えて内視鏡検査や X 線検査等の画像診断を実施することにより確定
診断が可能となった.
ここでは沖縄美ら海水族館においてイルカ類にみられた深在性真菌症
例 ,前 胃 真 菌 炎 症 例 , non- albicans 感 染 症 例 , Aspergillus. sp に よ る
肺炎症例について報告する.
39
表 4.
飼育個体の真菌罹患一覧
Sex, age, and housing periods of dolphins.
40
Animal Name
No.
Animal
specie
Sex
Age (years) and/or
(housing period)
No. of colonies* Fungal species
at Aug. 2006
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
FKW
BD
IOBD
BD
F1
IOBD
FKW
PWD
F1
F1
IOBD
FKW
RTD
FKW
IOBD
IOBD
IOBD
FKW
FKW
PWD
F
M
F
F
F
F
F
M
F
M
M
M
M
F
M
M
M
F
F
F
Approx. 30 (23)
7 (7)
7 (7)
Approx. 36 (30)
9 (died at 21, Aug. 2006)
Approx. 33 (31)
Approx. 12 (2)
Unknown (1)
17 (17)
11 (11)
Approx. 35 (31)
Approx. 11 (2)
Unknown (8)
Approx. 35 (2)
Approx. 35 (31)
Approx. 38 (31)
Approx. 35 (31)
6 (6)
Approx. 4 (2)
Unknown (1)
16
12
9
1
225
4
407
None
2
601
13
None
2
291
None
20
1
None
None
None
Gon
Sky
Sami
Fuji
Kana
Oki
Okigon-4
Kama-2
Cony
Chao
Kuro
Okigon-1
Larf
Okigon-3
Muku
Dan
Poi
Chura
Momo
Kama-1
FKW; False killer whale
(Pseudorca crassidens), BD; Bottlenose dolphin
(Tursiops aduncus), PWD; Pacific white-sided dolphin
C. tropicalis
C. tropicalis
C. albicans
C. albicans
C. tropicalis
C. glabrata
C. tropicalis
--------------C. albicans
C. tropicalis
C. albicans
--------------C. albicans
C. tropicalis
--------------C. albicans
C. albicans
-------------------------------------------
No. of colonies*
at Feb. 2007
Fungal species
1
59
2
1
ND
6
None
None
23
428
2
None
26
2425
None
None
None
None
None
None
C. albicans
C. tropicalis
C. albicans
C. albicans
ND
C. glabrata
----------------------------C. albicans
C. tropicalis
C. albicans
--------------C. albicans
C. tropicalis
-------------------------------------------------------------------------------------
(Tursiops truncatus), IOBD; Indo-Pacific bottlenose dolphin
(Lagenorhynchus obliquidens), F1; F1 offspring between BD and IOBD, RTD;
Rough-toothed dolphin (Steno bredanensis), Approx.; Approximately, *; total numbers of colonies obtained from 2 CHROMagar Candida and 2
赤 字 : Candida albicans , 青 字 : Candida tropicalis
40
材料と方法
症 例 1: 深 在 性 真 菌 症
飼 育 中 の オ キ ゴ ン ド ウ ( Pseudorca crassidens , 個 体 名 : ゴ ン , 雌 ,
体 長 420cm, 体 重 580kg, 1985 年 搬 入 ) に 食 欲 低 下 , 呼 吸 の 異 常 が 認 め
られ,血液検査の結果,赤沈査の亢進がみられたが,体温と白血球数に
顕著な上昇はなく,血液像中のリンパ球数の減少が確認された. 抗菌剤
に よ る 治 療 で は 改 善 が 認 め ら れ ず , 呼 気 と 便 中 よ り 多 量 の Candida
albicans と C. tropicalis が 検 出 さ れ た こ と よ り , 呼 吸 器 ・ 消 化 器 の 深
在 性 真 菌 症 を 疑 い , 治 療 を 開 始 し た ( 図 31) .
治 療 経 過 : 真 菌 の 採 取 に は , CHROMagarCandida 培 地 (日 本 ベ ク ト ン ・
デ ィ ッ キ ン ソ ン 株 式 会 社 )を 使 用 し た . 2008 年 4 月 1 日 の 呼 気 か ら 119
コ ロ ニ ー , 4 月 2 日 の 便 か ら 116 コ ロ ニ ー の C. albicans が 検 出 さ れ た
こ と よ り ,ホ ス フ ル コ ナ ゾ ー ル( F-FLCZ 2mg/kg/day )の 静 脈 内 投 与 を 開
始 し た . 4 月 5 日 の 便 か ら 1000 コ ロ ニ ー 以 上 の C. tropicalis が 検 出 さ
れ た こ と よ り , 4 月 6 日 か ら ミ カ フ ァ ン ギ ン ( MCFG 3mg/kg/day ) の 静 脈
内 投 与 を 開 始 し た . 呼 気 の C. albicans は F-FLCZ 投 薬 後 7 日 目 で 消 失 し
た た め 経 口 投 与 薬 が 存 在 す る フ ル コ ナ ゾ ー ル( FLCZ 2mg/kg/day )に 切 り
替 え た . 便 の C.tropicalis は MCFG 投 薬 後 2 日 目 で 検 出 さ れ な く な っ た
( 図 32). そ の 後 ,一 般 状 態 と 食 欲 の 改 善 し リ ン パ 球 数 が 正 常 値 に 回 復
し た た め ,FLCZ 投 与 7 日 目 ,MCFG 投 与 10 日 目 の 4 月 15 日 に 治 療 を 終 了
し た [ 26] .
41
42
図 31.
深在性真菌治療経過
42
呼気:Candida albicans 治療薬:F-FLCZ, FLCZ
投薬前
投薬3日目
便: Candida tropicalis
投薬7日目
投薬8日目
投薬14日目
治療薬:MCFG
43
投薬5日目
投薬前(呼吸器治療開始時)
投薬前(呼吸器治療3日目)
投薬前日
薬剤感受性キット
ASTY (酵母真菌用)
(極東製薬株式会社)
図 32.
治療経過に伴う真菌数の変化
43
投薬10日目
症 例 2: 前 胃 真 菌 炎 症
水 槽 内 繁 殖 個 体 の バ ン ド ウ イ ル カ ( Trusiops truncatus , 個 体 名 : カ
ナ , 雌 , 年 齢 9 歳 , 体 長 249 cm, 体 重 180 kg, 1998 年 生 ) で , 摂 餌 不
良となり,削痩,体重の減少,摂餌後に嘔吐が認められた. 血液検査お
よ び 内 視 鏡( OYMPUS 社 VQ-11223A 外 径 φ 10.9mm 有 効 長 2175mm チ ャ ン ネ
ル φ 2.8mm) に よ る 前 胃 の 観 察 を 行 い , 内 容 液 を 採 取 し 細 菌 培 養 と PH 測
定を実施した.
治療経過:内視鏡検査により前胃内壁の白色化,肥厚像,収縮運動の
低 下 が 観 察 さ れ た( 図 33). 内 容 液 か ら Candida albicans が 検 出 さ れ ,
内 壁 の バ イ オ プ シ ー 材 料 か ら 真 菌 炎 と 診 断 さ れ た( 図 34). 以 上 の 結 果
よ り , 抗 真 菌 薬 フ ル コ ナ ゾ ー ル ( FLCZ:1mg/kg/day ), H 2 ブ ロ ッ カ ー で
あ る フ ァ モ チ ジ ン ( ガ ス タ ー : 160mg /day), 電 解 質 液 の 静 脈 内 投 与 , 抗
菌 薬 の 筋 肉 内 投 与 お よ び 経 口 投 与 を 開 始 し た( 図 35). 治 療 開 始 約 1 ヶ
月目の内視鏡検査により,前胃壁色調,前胃の運動の改善が認められた
( 図 36). ま た 内 壁 の バ イ オ プ シ ー に よ り 真 菌 感 染 は 確 認 さ れ な か っ た
( 図 37). し か し ,食 道 の 一 部 に 潰 瘍 状 の 病 変 が 認 め ら れ ,前 胃 内 壁 に
も一部発赤部が確認されたことより消化性潰瘍治療薬プラウノトール
( ケ ル ナ ッ ク : 720mg /day) の 投 与 を 行 い , 粘 膜 改 善 を 目 的 と し た 治 療
を 開 始 し た( 図 38). 治 療 開 始 約 4 ヶ 月 目 に 摂 餌 ,一 般 行 動 等 が 正 常 に
回復したことにより治療を終了した.
44
図 33.
発症時の前胃の状態
45
図 34.
前 胃 内 壁 に 観 察 さ れ た Candida albicans
46
47
図 35.
抗菌剤と抗真菌剤の投与経過
47
図 36.
治療1ヶ月後の前胃の状態
48
49
図 37.
消化器改善剤投与経過
49
図 38.
前 胃 内 壁 に は Candida albicans は 認 め ら れ な い
50
症 例 3: non- albicans 感 染 症
飼 育 中 の 既 往 歴 無 し の 水 槽 内 繁 殖 の バ ン ド ウ イ ル カ ( Tursiops
truncatus : 雄 :4 歳 , 体 長 :265cm, 体 重 :220kg, 2002 年 生 ) に , 白 血 球
数の顕著な上昇を伴わない血液像中のリンパ球の減少が確認され,体温
上 昇 ,体 重 の 減 少 ,嘔 吐 が 頻 発 し た . 真 菌 感 染 症 を 疑 い 血 液 検 査 ,呼 気 ,
前 胃 内 容 液 , 糞 便 等 の 真 菌 学 的 検 査 で Candida tropicalis 等 の
non-albicans が 検 出 さ れ ( 図 39), X 線 検 査 で 気 管 支 に 炎 症 像 が 確 認 さ
れ た こ と に よ り non-albicans Candida 感 染 症 と 診 断 し た .
初 期 治 療 薬 と し て フ ル コ ナ ゾ ー ル ( FLCZ : 4mg/kg/day ) 7 日 間 と
2mg/kg/day 3 日 間 ) の 静 脈 内 投 与 を 行 っ た が 効 果 を 認 め ず ( 図 40) . 7
日間の休薬後に,薬剤感受性試験で有効であったミカファンギンナトリ
ウ ム ( MCFG: 3mg/kg/day) の 投 与 を 開 始 し た . 投 与 9 日 目 の 前 胃 内 容 液
で は Candida tropicalis 等 の 菌 量 が 減 少 し ,呼 気 ,鼻 腔 内 ス ワ ブ か ら も
こ れ ら が 検 出 さ れ な く な っ た こ と ( 図 41), 一 般 状 態 が 回 復 し た こ と に
よ り イ ト ラ コ ナ ゾ ー ル( ITCZ:4mg/kg/day)の 経 口 投 与 に 切 り 替 え ,血 液
学 的 検 査 値 が 正 常 と な っ た 投 与 14 日 目 で 治 療 を 終 了 し た ( 図 42) .
51
52
図 39.
治療開始時の前胃の状態と胃液内の真菌
52
図 40.
約 2 週間後の前胃の状態と胃液内の真菌
53
図 41.
約 4 週間後の前胃の状態と胃液内の真菌
53
54
図 42.
抗真菌剤の投与経過
54
症 例 4: Aspergillus. sp に よ る 肺 炎
対 象 お よ び 方 法:症 例 は 水 槽 内 繁 殖 個 体 の ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ( 雌 :6
才 ,体 長 :230cm,体 重 :150kg,1998 年 生 )で ,2004 年 12 月 31 日 よ り 摂 餌
不良となり,削痩,体重の減少,呼吸音の濁音,呼吸孔内壁の白色化が
認 め ら れ た . 血 液 検 査 お よ び X 線 撮 影 装 置 ( GE medical 社 ) と 超 音 波 画
像 検 査 ( ALOKA 社 ) に よ る 肺 野 の 観 察 を 実 施 し た .
治 療 経 過 : 真 菌 学 的 検 査 に よ り 呼 気 ,前 胃 内 容 液 よ り Aspergillus.sp
が 検 出 さ れ た . 呼 吸 時 に 呼 吸 孔 よ り 出 血 ( 図 43), 内 壁 の 白 色 化 が 観 察
さ れ た . 超 音 波 画 像 診 断 検 査( 図 44)に よ り ,肺 の 内 部 に 変 性 が 確 認 さ
れ , X 線 検 査 に よ り 右 肺 に 空 洞 化 が 確 認 さ れ た ( 図 45) . 以 上 の 結 果 よ
り , 抗 真 菌 薬 ミ カ フ ァ ン ギ ン ナ ト リ ウ ム ( MCFG 3mg/kg/day), 電 解 質 液
の静脈内投与を開始し,摂餌が安定後に抗真菌薬イトラコナゾール
( ITCZ:4mg/kg/day)の 経 口 投 与 に 切 り 替 え た . 治 療 開 始 約 120 日 目 の X
線検査により空洞化の消失が認められ,呼気,呼吸孔内壁のスワブ,前
胃内容液より真菌感染は確認されなかったことより治療を終了した(図
46) .
55
図 43.
図 44.
呼吸孔内の出血
肺野の超音波画像診断像
矢印部:変性部位
56
図 45.
肺野の X 線像
矢印:ファンガスボールによる空洞化部
57
58
図 46.
治療経過
58
考察
飼 育 イ ル カ 類 の 真 菌 感 染 症 に 対 し て , 2000 年 以 前 に は Candida
albicans に よ る 真 菌 感 染 症 の み を 治 療 対 象 と し ,抗 真 菌 剤 フ ル コ ナ ゾ ー
ルを経口投与するのみであった. 一般に深在性真菌症においては,特異
的な症状や所見に乏しく,他の疾患とりわけ細菌感染症との鑑別がしば
しば困難な事から,診断の確定には真菌学的検査が必要不可欠となる
[ 39]. そ の た め 著 者 ら は , 飼 育 イ ル カ 類 の 真 菌 感 染 症 を 診 断 す る た め
に,呼気や胃液を採材し,ポテトデキロース培地やクロムアガー培地な
どの真菌学的検査に適した培地を用いて培養し,千葉大学医真菌センタ
ー の 協 力 に よ り 同 定 , 薬 剤 感 受 性 を 実 施 す る こ と に よ り , non- albicans
酵 母 様 真 菌 で あ る Cndida tropicalis や Aspellgils な ど の 糸 状 菌 に つ い
ても感染症の起因菌であることが判明した. それらに対しても薬剤感受
性 検 査 キ ッ ト ( ASTY, 極 東 化 学 , 東 京 ) を 導 入 し て 治 療 薬 剤 の 選 択 を 容
易にした. これらにより水族館におけるイルカ類の真菌感染症の治療は,
細菌感染症と同様の治療レベルまで引き上げることが出来たと考える.
しかしながら野生個体の真菌感染症の罹患率は不明であり,海外で報告
されている新興真菌感染症についても調査が不十分である. 今後は他の
水族館とも協力してイルカ類の真菌感染症についてデータを増やす必要
があると思われる.
59
国内で初めて分子生物学的に診断されたラカジオーシス 2 症例
ラカジオーシスは(旧称ロボミコーシス)は高度病原性真菌症の一種
で ,大 西 洋 沿 岸 の 中 南 米 諸 国 の ヒ ト と イ ル カ の 風 土 病 で ,掻 痒 感 ,熱 感 ,
疼 痛 を と も な う 慢 性 肉 芽 腫 性 ケ ロ イ ド 状 皮 膚 炎 を 特 徴 と す る [ 21] .
本菌種の自然界での生態は明らかではないが,感染源は水源,土壌,
植物等にあると考えられている. またイルカ症例から,自然界の保菌者
としてイルカがあげられる. 現在のところヒトからヒトへの感染は報告
されていないが,オランダでイルカからヒトへ感染したと推定されるイ
ルカトレーナーの症例が確認されていることから人獣共通真菌症でもあ
る [ 27] . 原 因 菌 は Lacazia loboi は 実 験 室 内 で の 培 養 が 困 難 な た め ,
臨 床 症 状 ,病 理 組 織 学 的 手 法 ,近 縁 菌 の Paracoccidioides brasiliensis
との抗原性の共通性を用いた交差反応などにより診断されている.
しかしながら,流行地以外でのラカジオーシス診断は極めて難しく,
症例が発症することを予測することは不可能に近い. 本症が疑われたと
しても,培養が不可能なことから,原因を同定することが出来ない.
そこで著者らは,臨床的特徴,細胞診,組織病理学,免疫学的検査,
分子生物学的検査により,国内の日本海太平洋岸で同時期に捕獲された
ラカジオーシス様疾患を呈したバンドウイルカに 2 例に対して診断を行
った.
症例と方法
症例 1
バ ン ド ウ イ ル カ ( Tursiops truncatus ) の 雄 , 推 定 年 齢 17 歳 は 2007 年
日本近海で捕獲され,国内の水族館で屋外飼育されていた. 死亡時の体
長 303 cm, 体 重 280 kg.
当 個 体 は ,2010 年 3 月 よ り 血 中 テ ス ト ス テ ロ ン 値 が 低 下 し( デ ー タ は
60
示さず),同年 7 月に背部に腫脹が現れた.
同 年 8 月 ,カ リ フ ラ ワ ー 状 の 皮 膚 炎 が 背 部 に 出 現( 図 47). 抗 菌 剤 で
の治療を行ったが無効であった. βグルカン測定を行ったところ陽性
( 22.4 pg/ml: 6 pg/ml 以 上 を 陽 性 と す る ) , 生 体 組 織 に 酵 母 様 構 造 物
が 検 出 さ れ ,外 部 の 検 査 会 社 に よ り 真 菌 性 肉 芽 腫 性 皮 膚 炎 と 診 断 さ れ た .
そ こ で 塩 酸 テ ル ビ ナ フ ィ ン ( 2 mg/kg) を 経 口 投 与 し た が , 効 果 は 見 ら
れなかった.
同 年 10 月 ,病 巣 が 拡 大 し ,触 診 に よ り 痛 み を 伴 う こ と が 判 明 し た . フ
ル コ ナ ゾ ー ル ( ジ フ ル カ ン カ プ セ ル 800 mg, 2.7 mg/kg に 相 当 ) を 投 与
し た が , 効 果 は 見 ら れ ず , 体 温 が 37 ℃ 台 で 推 移 し 微 熱 状 況 が 続 い た .
同 年 11 月 , 体 温 が 35 ℃ 台 前 半 に 低 下 し た . サ ー モ グ ラ フ ィ ー ( 図
48-a) で 病 巣 部 が 局 所 的 に 発 熱 し て い る こ と を 確 認 し た . ま た エ コ ー に
より病巣は皮下結合組織まで至っていたが,筋肉に及んでいないと推定
さ れ た( 図 48-b). ま た 病 巣 部 周 辺 に 多 数 の 小 孔 が 出 現 し た . 生 検 組 織
の細胞診で酵母様構造物が再度検出された. なお白血球の増加が認めら
れ た ( 33,000 /μ l: 通 常 は 5,000 か ら 14,000 /μ l) .
真 皮 の 皮 膚 生 検 サ ン プ ル の ス メ ア を PAS 染 色 , GMS 染 色 を 行 っ た と こ
ろ母細胞から多極性出芽形式で 2 ないし 4 個の細胞を出芽する多数の酵
母 細 胞 が 確 認 さ れ た( 図 49). 酵 母 細 胞 は 円 形 か ら 洋 梨 型 で ,母 細 胞 の
直 径 は 10〜 14 μ m,娘 細 胞 の 直 径 は 2〜 8 μ m,母 細 胞 と 娘 細 胞 の 連 結 部
は 狭 基 底 で そ の 幅 は 1μ m, 長 さ は 0.5μ m で あ っ た .
同 年 12 月 19 日 , 急 激 に 元 気 消 失 し , 呼 吸 速 拍 が 見 ら れ た . 敗 血 症 を
疑 い , 補 液 に よ る 治 療 を 開 始 す る が , 改 善 さ れ な か っ た . 翌 日 12 月 20
日 の 午 後 13:16 に 死 亡 が 確 認 さ れ た .
剖 検 を 行 っ た と こ ろ 肺 , お よ び 血 液 か ら , Stapphylococcus sp. と
Morganella morganii が 分 離 さ れ , こ れ ら を 原 因 と す る 敗 血 症 に よ る 死
亡と診断された.
61
剖検時の皮膚サンプルをポテトデキロース寒天培地とクロムアガー培
地 で 35℃ 培 養 し た が , 4 週 間 後 に 陰 性 の 結 果 を 得 た .
剖検時に得られた皮膚の組織を症例 1 と同様にヘマトキシリン・エオ
ジ ン 染 色 ,PAS 染 色 ,GMS 染 色 を 行 っ た と こ ろ 母 細 胞 か ら 多 極 性 出 芽 形 式
で 2 ないし 4 個の細胞を出芽する多数の酵母細胞が確認された. 酵母細
胞 は 円 形 か ら 洋 梨 型 で , 母 細 胞 の 直 径 は 10〜 14 μ m, 娘 細 胞 の 直 径 は 2
〜 8 μ m,母 細 胞 と 娘 細 胞 の 連 結 部 は 狭 基 底 で そ の 幅 は 1μ m,長 さ は 0.5
μ m で あ っ た . 死 亡 時 の 病 理 組 織 標 本 を Paracoccidioides brasiliensis
の 抗 ウ サ ギ 血 清 を 用 い て 免 疫 染 色 し た と こ ろ , マ ウ ス の 実 験 的 P.
brasiliensis 感 染 組 織 と 同 様 に 陽 性 を 示 し た( 図 50). さ ら に 死 亡 時 の
血 清 は P. brasiliensis 抗 原 に 対 し , 寒 天 ゲ ル を 用 い た 沈 降 試 験 で 弱 い
沈 降 線 を 形 成 し た . ま た , 類 縁 菌 の P. brasiliensis に 特 異 的 な 43kDa
糖タンパク抗原遺伝子検出用のプライマーを用いて,遺伝子検出を行っ
た と こ ろ , P. brasiliensis の 遺 伝 子 配 列 に 極 め て 高 い 相 同 性 を 持 つ 遺
伝 子 配 列 582 塩 基 が 得 ら れ た . 臨 床 症 状 , 病 理 所 見 , 血 清 学 的 診 断 , 分
子生物学的遺伝子検出の結果をあわせてラカジオーシスと診断した.
症例 2
バ ン ド ウ イ ル カ ( Tursiops truncatus ) の 雌 , 推 定 年 齢 5 歳 は 2007
年 症 例 1 と 同 群 ,日 本 近 海 で 同 時 に 捕 獲 さ れ ,2009 年 2 月 ま で 症 例 1 と
同じ飼育施設にて飼育され,死亡するまで現在の飼育施設にて飼育され
て い た . 死 亡 時 の 体 長 は 240 cm, 体 重 は 175 kg で あ っ た .
2011 年 2 月 に ,両 方 の 上 眼 瞼 皮 膚 に 肉 芽 腫 病 変 が 認 め ら れ た( 図 51).
同 年 3 月 に は 病 変 は 拡 大 傾 向 を 示 し た た め , 我 々 は lacaziosis を 疑 い ,
病変部の生検を行った. その結果,病変部のギムザ塗抹標本で酵母様菌
体を確認したが,遺伝子検出,病理組織標本での菌体の検出に至らず,
ま た gp43 も 増 幅 さ れ な か っ た . こ の と き に 呼 気 か ら Candida glabrata
62
が検出された.
同年 5 月に病変部の生検サンプル採集と焼烙処置を行った. 生検組織
の 培 養 お よ び 呼 気 か ら の C. grablata お よ び Aspergillus niger が 検 出
された. そのため患部にケトコナゾールクリームを塗布し,抗真菌剤と
し て ミ カ フ ァ ン ギ ン の 静 脈 内 投 与 や イ ト ラ コ ナ ゾ ー ル 1,000 mg/頭 BID
の経口投与を実施した. また,口腔内にも同様の腫瘤を認めた.
同 年 6 月 以 降 , 経 時 的 に 行 っ て い る β -グ ル カ ン の 値 は 8 - 41 pg/ml と
陽性で推移していた.
同年 9 月,新たな病巣が出現するとともに,過去にサメによる咬傷を受
けた部分にも同様の腫瘤が出現した. これらの病巣を生検,塗抹,病理
検 査 を す る と と も に , 遺 伝 子 検 出 の 材 料 と し た と こ ろ , 生 検 標 本 で L.
loboi に 特 徴 的 な 球 形 で 狭 い 接 着 面 で 連 結 し た 酵 母 細 胞 の 集 団 を 確 認 し
た( 図 52). こ の 症 例 は ,2012 年 の 夏 以 降 7 回 /分 の 高 い 呼 吸 率 を 示 し ,
同 年 12 月 に 突 然 死 亡 し た .
剖検所見は,心臓疾患,重度の肺炎及び腸閉塞が確認された.
63
図 47.
図 48.
カリフラワー状の皮膚炎
患部のサーモグラフィー像および超音波画像診断像
64
図 49.
多極性出芽形式の細胞を出芽する多数の酵母細胞
図 50.
陽性反応像
65
図 51.
図 52.
上眼瞼皮膚に肉芽腫病変像
L. loboi の 酵 母 細 胞 集 団
66
診断方法
βグルカン値
( 1-→ -3)-β -d-グ ル カ ン は 真 菌 細 胞 壁 を 特 徴 づ け る 主 要 な 構 成 成 分 で ,
接 合 菌 ,い わ ゆ る ム コ ー ル を 除 く す べ て の 真 菌 に み ら れ る . し た が っ て ,
血 中( 1-→ -3)-β -d-グ ル カ ン は 侵 襲 性 深 在 性 真 菌 症 の マ ー カ ー と な り ,
極 微 量 の 血 中 ( 1-→ -3) -β -d-グ ル カ ン を 検 出 で き る 本 法 は 侵 襲 性 深 在
性真菌症のスクリーニングテストとして有用である. また,経時的に測
定することにより治療効果の判定もできる. 今回,外注した方法は比濁
時 間 分 析 法( β -グ ル カ ン テ ス ト ワ コ ー )を 用 い て い る 検 査 セ ン タ ー の デ
ー タ を 使 用 し た . 正 常 値 は 11 pg/ml 以 下 と さ れ て い る が , 6 pg/ml 以 上
を注目して,測定値を検証した.
細胞診および病理組織での特殊染色
真皮の皮膚生検サンプルのスメアを真菌細胞の多糖を染色するために
過 ヨ ウ 素 酸 シ ッ フ 法 (periodic acid Schff’ s method: PAS 染 色 )お よ
び真菌の細胞壁を特異的に染色するゴモリ・メチナミン・渡銀染色
(Gomori’ s methenamin
silver staining: GMS 染 色 )を 用 い た . 採 材 し
た 皮 膚 病 変 組 織 は ,10%中 性 緩 衝 ホ ル マ リ ン で 浸 漬 固 定 し ,定 法 に 従 っ て
パラフィンブロックを作製した. パラフィンブロックは 4
m の厚さで
薄 切 し ,ヘ マ ト キ シ リ ン ・ エ オ ジ ン( HE)染 色 ,PAS 染 色 ,GMS 染 色 を 施
した.
病理組織での免疫染色
血清学的交差反応を利用した免疫染色として病理組織標本を用いて
Paracoccidioides brasiliensis の 抗 ウ サ ギ 血 清 に よ る 免 疫 染 色 を 行 っ
た . 陽 性 コ ン ト ロ ー ル と し て 6 週 齢 の 雄 ddY マ ウ ス (SLC, 静 岡 )に P.
brasiliensis の 酵 母 細 胞 10 6 個 を 生 理 食 塩 水 に 浮 遊 さ せ , 静 脈 内 接 種 に
67
よ り 感 染 さ せ た の ち ,28 日 目 に 実 験 を 中 止 し て 安 楽 殺 さ せ て 得 ら れ た 肺
組織を用いた.
抗 ウ サ ギ 血 清 の 作 成 に 用 い た 菌 体 は 1% ブ ド ウ 糖( 和 光 純 薬 ,大 阪 )
添加したブレインハートインフュージョン寒天培地(日本ベクトン・デ
ッ キ ン ソ ン , 東 京 ) ス ラ ン ト を 用 い , 35℃ で 培 養 し た P. brasiliensis
(Pb18 株 と B339 株 )の 酵 母 細 胞 , 2 株 あ わ せ て 約 2 ml 容 量 を 得 た . 2 株
を ほ ぼ 同 一 量 混 合 し た 酵 母 細 胞 は 20 倍 量 の 1% ホ ル マ リ ン ( 和 光 純 薬 )
で 48 時 間 固 定 後 , 滅 菌 蒸 留 水 で 懸 濁 , 3,000 rpm, 20 分 の 遠 心 分 離 を 3
回 繰 り 返 し た . 得 ら れ た 固 定 菌 体 に 70% エ タ ノ ー ル を 入 れ て 1 日 放 置 後
遠 心 し ,100% エ タ ノ ー ル に 入 れ て 同 様 な 処 理 を 行 い ,最 終 的 に ア セ ト ン
に 置 換 し た 後 ,真 空 ポ ン プ で 乾 燥 さ せ ,0.5 ml 容 量 の 乾 燥 菌 体 と し た . こ
こ に Freund の 完 全 ア ジ ュ バ ン ト を 1g 加 え , 滅 菌 流 動 パ ラ フ ィ ン 5 ml
と と も に ガ ラ ス ホ モ ゲ ナ イ ザ ー で 破 砕 し ,こ の 液 を 日 本 白 色 家 兎 ,雄 ,4
キロの皮下に接種した. 接種後,4 週間後に全血を採集し,常法により
血 清 を 分 離 し て , 抗 P. brasiliensis 血 清 と し た . 血 清 は 同 様 の 菌 体 か
ら 抽 出 し た 抗 原 液 と 免 疫 拡 散 反 応 を 行 い ,沈 降 線 が 出 る こ と を 確 認 し た .
抗原液はアセトン処理後,乳鉢にて破砕し,生理食塩水に懸濁し,透析
膜に入れ,硫安にて濃縮後,ミリポアフィルターを通過させた.
なおマウスの感染実験,ウサギの血清の作製は共同研究者
佐野文子
が千葉大学在職中に作製し,動物福祉委員会の審議を得た上で行ってい
る.
免疫染色方法
採 材 し た 皮 膚 病 変 組 織 は , 10%中 性 緩 衝 ホ ル マ リ ン で 浸 漬 固 定 し ,
定法に従ってパラフィンブロックを作製した. 4
mの パ ラ フ ィ ン 切 片 を
脱 パ ラ フ ィ ン し , 抗 原 賦 活 を 行 っ た 後 , 5%ス キ ム ミ ル ク で 非 特 異 反 応 を
ブ ロ ッ ク し ,ウ サ ギ 抗 Paracoccidioides brasiliensis 抗 体( 1:100; Pb-18
68
株 ) と 反 応 さ せ た ( 4°C, 一 晩 ) . そ の 後 , 3%過 酸 化 水 素 水 で 内 因 性 ペ
ル オ キ シ ダ ー ゼ 阻 害 ( 室 温 , 20分 ) を 行 い , 二 次 抗 体 に は ペ ル オ キ シ ダ
ー ゼ 標 識 抗 ウ サ ギ IgG抗 体( ヒ ス ト フ ァ イ ン シ ン プ ル ス テ イ ン ,ニ チ レ イ )
を 反 応 さ せ ( 室 温 , 1時 間 ), 発 色 に は 3,3’ -diaminobenzidine
tetrahydrochroride (DAB) (Vector Laboratories)を 使 用 し た . 発 色 後 ,
ヘマトキシリンにて対比核染色を行い,脱水,キシレン透徹,オイキッ
トにて封入した. パラフィンブロックは4
mの 厚 さ で 薄 切 し ,ヘ マ ト キ
シ リ ン ・ エ オ ジ ン( HE)染 色 ,過 ヨ ウ 素 酸 シ ッ フ( PAS)染 色 ,グ ロ コ ッ
ト染色を施した.
分子生物学的診断法
1) 標 的 遺 伝 子
ロ ボ ミ コ ー シ ス の 原 因 菌 Lacazia loboi は 近 縁 に あ る パ ラ コ ク シ ジ オ
イ デ ス 症 の 原 因 菌 Paracoccidioides brasiliensis の 43 kDa 糖 蛋 白 抗 原
遺 伝 子 ( gp43 ) と 相 同 性 の 高 い 遺 伝 子 の 存 在 が 知 ら れ , GenBank の デ
ー タ ベ ー ス に も L. loboi の 同 遺 伝 子 配 列 が 多 数 登 録 さ れ て い る . こ の 遺
伝子はパラコクシジオイデス症の遺伝子診断に用いられている遺伝子で,
特 異 的 プ ラ イ マ ー も 報 告 さ れ て い る [ 34] . ま た 抗 原 抗 体 反 応 で パ ラ コ
クシジオイデス症とロボミコーシスとの交差反応が知られていることか
ら P. brasiliensis 特 異 的 プ ラ イ マ ー で も L. loboi の 同 遺 伝 子 が 増 幅 さ
れ る 可 能 性 が 考 え ら れ た . そ こ で GenBank に 登 録 さ れ て い る P.
brasiliensis の gp43 配 列( PBU26160,AY005408,AB304681,AB047690)
と L. loboi( AY697436 と EU109947)の 配 列 を 用 い ア ラ イ メ ン ト を と り ,
相同性のある塩基配列の存在を確認するとともにプライマー設計の基礎
デ ー タ と し た ( 図 53) .
69
70
図 53. P. brasiliensis の gp43 配 列 ( PBU26160, AY005408, AB304681,
AB047690 )と L. loboi の gp43 配 列 ( AY697436 と EU109947 )
71
(1) DNA の 抽 出
生検組織,剖検組織および剖検組織をパラフィン包埋した組織を用い
た.
生 検 お よ び 剖 検 組 織 は 70 %エ タ ノ ー ル で 固 定 後 , 約 5 x 5 x 5 cm 3 の
大 き さ に 切 り 出 し , 滅 菌 蒸 留 水 で 洗 浄 後 , 1.5 ml サ イ ズ の 滅 菌 エ ッ ペ ン
チ ュ ー ブ に 入 れ , DEXPAT ( TaKaRa, Ohtsu, Japan) を 0.5 ml 入 れ , プ
ラ ス チ ッ ク ホ モ ゲ ナ イ ザ ー で 粉 砕 し ,100 ℃ で 10 分 加 温 後 直 ち に 氷 水 に
入 れ , 12,000 rpm で 10 分 遠 心 後 , 上 清 を 別 の 滅 菌 エ ッ ペ ン チ ュ ー ブ に
入れ替えた.
さらに上清はエタノール沈殿法により蛋白質などの混雑物を除去した.
上 清 20 μ l に 対 し , 3 M の 酢 酸 ナ ト リ ウ ム ( 和 光 純 薬 工 業 株 式 会 社 , 大
阪 , 日 本 ) 2 μ l を 加 え , そ こ に 100 %エ タ ノ ー ル を 50 μ l 加 え た 後 ,
静 か に 転 倒 混 和 し , 4 ℃ , 15,000 rpm で 10 分 遠 心 し た . さ ら に 上 清 を
捨 て , そ こ に 70 %エ タ ノ ー ル を 200 μ l 入 れ 静 か に 転 倒 混 和 し , 4 ℃ ,
15,000 rpm で 10 分 遠 心 し , 上 清 を 捨 て , 真 空 乾 燥 機 で 乾 燥 さ せ た . こ
こ に 20 μ l の 滅 菌 蒸 留 水 を 加 え ,ボ ル テ ッ ク ス で 混 和 し ,遺 伝 子 検 出 用
の 検 体 と し た .な お ,DNA 量 は イ ル カ 組 織 も 含 ま れ て い る た め ,測 定 は し
なかった.
(2) PCR に よ る gp43 の 増 幅
0.2 ml サ イ ズ の 滅 菌 エ ッ ペ ン チ ュ ー ブ に Ready-to-Go ビ ー ズ( GE ヘ ル
ス ケ ア ジ ャ パ ン , 東 京 , 日 本 ) 1 粒 を 入 れ , 検 体 2.5 μ l, 20 pM 濃 度 の
P. brasiliensis 特 異 的 プ ラ イ マ ー MAE ( 5’ -TGC TGC GGC GGG GTT AAA
CCA TGT C-3’ )お よ び ATO ( 5’ -GTT GTG GTA TGT GTC GAT GTA GAC G -3’ )
を そ れ ぞ れ 2.5 μ l 加 え , こ こ に 滅 菌 蒸 留 水 を 20 μ l 加 え た 後 , 卓 上 遠
心機でスピンダウンし,下記の条件で遺伝子増幅を行った.
95 ℃ 4 分 で 加 熱 後 ,94 ℃ 1 分 間 -50 ℃ 1.5 分 間 -72 ℃ 2 分 間 を 40 サ イ
72
ク ル 行 っ た 後 ,72 ℃ 10 分 間 で 増 幅 さ れ た 遺 伝 子 を 伸 長 さ せ 電 気 泳 動( 後
述)によりバンドが確認できなかったため,さらにエタノール沈殿によ
る 精 製 を 行 っ た 後 , 同 じ PCR 系 を も う 1 回 繰 り 返 し た .
(3) 電 気 泳 動 に よ る 増 幅 産 物 の 確 認
使 用 し た ゲ ル は 1 %の ア ガ ロ ー ス ( 和 光 純 薬 工 業 株 式 会 社 , 大 阪 , 日
本 )と TBE 緩 衝 液( バ イ オ ラ ッ ド ラ ボ ラ ト リ ー ズ 株 式 会 社 ,東 京 ,日 本 )
用 い た . PCR 産 物 ( サ ン プ ル ) を 2.5 μ l と ロ ー デ ィ ン グ ・ ダ イ ( バ イ
オラッドラボラトリーズ株式会社,東京,日本)1 μl を混合させて,
ゲルにアプライした. 遺伝子バンドの指標として,ラダーマーカー(和
光 純 薬 工 業 株 式 会 社 ,大 阪 ,日 本 )を 2 μ l を サ ン プ ル の 左 も し く は 左
右 に ア プ ラ イ し , 100 V で 30 分 間 , 泳 動 を 行 っ た .
Nested -PCR 系 に よ る 遺 伝 子 検 出 の た め の プ ラ イ マ ー 設 計
(1) プ ラ イ マ ー の 設 計
症 例 2 は P. brasiliensis 特 異 的 プ ラ イ マ ー セ ッ ト MAE お よ び ATO を
用 い , 2 回 の PCR に よ っ て も 増 幅 す る こ と が 出 来 な か っ た . そ こ で ,
GenBank に 登 録 さ れ て い る P. brasiliensis の gp43 配 列 と L. loboi と
の ア ラ イ メ ン ト を と り , MAE の 内 側 お よ び ATO の 短 縮 配 列 も し く は 内 側
に プ ラ イ マ ー を 設 計 し た ( 図 54) .
こ れ ら の プ ラ イ マ ー を SUM F1( 5’ -GTC ATC GAT CTC CAT GGT GTT AAG -3’ ),
SUM F2( 5’ -CCA TCC ATA CTC TCG CAA TC -3’ ) , SUM R1( 5’ -GTT GGT
GTG TGT GTC GAT GTA G -3’ ) お よ び SUM R2( 5’ -GGC AGA RAA GCA TCC
GAA A -3’ ) と し た . な お , R は 混 合 塩 基 ( C と T の 混 合 ) を 表 す .
73
図 54(a). GenBank に 登 録 さ れ て い る P. brasiliensis の gp43 配 列 に
基 づ い た Nested-PCR 系 :
MAE お よ び ATO: フ ァ ー ス ト PCR で の プ ラ イ マ ー 位 置 ,SUM F1,SUM F2,
SUM R1, SUM R2: セ カ ン ド PCR で の プ ラ イ マ ー 位 置 .
74
75
(2) Nested -PCR 系 に よ る 遺 伝 子 増 幅
フ ァ ー ス ト PCR は MAE お よ び ATO を 用 い て , 前 述 と 同 じ 条 件 で 増 幅 さ
せ た . フ ァ ー ス ト PCR 終 了 後 , 泳 動 で 増 幅 産 物 を 確 認 し た が 検 出 さ れ な
か っ た . そ こ で フ ァ ー ス ト PCR 増 幅 産 物 を エ タ ノ ー ル 沈 殿 し , セ カ ン ド
PCR は プ ラ イ マ ー セ ッ ト SUM F1 と SUM R1, SUM F1 と SUM R2, SUM F2 と
SUM R1, SUM F2 と SUM R2 を 用 い , ア ニ ー リ ン グ 温 度 は 50℃ と 53℃ の 2
種類を使い,確実に最も長い遺伝子増幅産物を得られるプライマーの組
み合わせを検討した.
上 記 検 討 か ら , セ カ ン ド PCR に SUM F1 と SUM R2 に て 増 幅 さ れ た PCR
産 物 が 最 も 長 い 配 列 が 得 ら れ た こ と か ら( 図 55),こ の プ ラ イ マ ー の 組
み 合 わ せ で 得 ら れ た PCR 産 物 の 配 列 を 決 定 し た .
(3) Nested -PCR で 増 幅 さ れ た 遺 伝 子 の 配 列 決 定
配 列 決 定 の た め の 処 理 と し て , PCR増 幅 産 物 20 μ lを と り , 3 Mの 酢 酸
ナ ト リ ウ ム 2 μ lを 加 え , そ こ に 100 %エ タ ノ ー ル を 50 μ l加 え た 後 , 静
か に 転 倒 混 和 し , 4℃ , 15,000 rpmで 10分 遠 心 し た . さ ら に 上 清 を 捨 て ,
そ こ に 70%エ タ ノ ー ル を 200 μ l入 れ 静 か に 転 倒 混 和 し ,4 ℃ ,15,000 rpm
で 10分 遠 心 し , 上 清 を 捨 て , 真 空 乾 燥 機 で 乾 燥 さ せ た . こ こ に 20 μ lの
滅菌蒸留水を加え,ボルテックスで混和し,遺伝子配列決定用の検体と
し た . こ の と き の DNA量 は PCRバ ン ド と DNA量 指 標 と な る ラ ダ ー マ ー カ ー
の 太 さ か ら お お よ そ の DNA量 を 推 定 し , 20〜 40 ng/μ lに な る よ う に 適 宜
希 釈 し て , 配 列 決 定 用 DNA原 液 と し た .
配 列 決 定 は 6.4 pM の 各 プ ラ イ マ ー と 希 釈 し た 検 体 1 μ l を 加 え ,全 体
量 を 14
μ l と し ,遺 伝 子 解 析 会 社 (FASMAC,神 奈 川 ,日 本 ,ABI PRISM 3100
sequencer (Applied Biosystems)を 使 用 )に 配 列 解 読 用 デ ー タ の 作 製 を 依
頼した.
配 列 の 解 読 は GENETYX-MAC (Ver. 12.1 , GENETYX, 東 京 )を 用 い , ア ラ
78
イ メ ン ト を と り 症 例 1 由 来 配 列 582 塩 基 を 決 定 し , DDBJ に AB811031 と
し て 登 録 す る と と も に , 症 例 2 由 来 配 列 は 382 塩 基 を 決 定 し , 症 例 1 と
100% 相 同 で あ る こ と を 確 認 し た ( 図 56) . な お 配 列 後 半 の 詳 細 に 就 い
ては,今後の論文に記載するため,ここでは割愛する.
79
図 55. Nested-PCR 系 に よ る 遺 伝 子 増 幅
M: マ ー カ ー , 1~4: 50℃ 条 件 , 5~8: 53℃ 条 件 1: SUM F2-SUM R2,
2: SUM F1-SUM R2, 3: SUM F2-SUM R1, 4: SUM F1-SUM R1,
5: SUM F2-SUM R2, 6: SUM F1-SUMR2, 7: SUM F2-SUM R1,
8: SUM F1-SUM R1.
80
図 56. Nested-PCR で 増 幅 さ れ た 遺 伝 子 の 配 列 決 定 結 果
症 例 2 か ら 382 塩 基 を 決 定 し た と こ ろ , 症 例 1 と 100% 相 同 で あ っ た .
81
Nested -PCR 用 プ ラ イ マ ー の 特 異 性 の 確 認
フ ァ ー ス ト PCR 用 プ ラ イ マ ー は P. brasiliensis に 特 異 的 で あ る こ と
は 既 報 で 報 告 さ れ て い る[ 34]. 今 回 設 計 し た Nested-PCR 用 プ ラ イ マ ー
の 特 異 性 を 確 認 す る た め に ,イ ヌ ,ネ コ ,ヤ ギ ,パ ピ ロ ー マ 症 の イ ル カ ,
ヒ ト ,牛 ,豚 ,ラ ッ ト お よ び 主 な 病 原 真 菌 の P. brasiliensis (IFM 41621),
Coccidioides immitis (IFM 59903), Blastomyces dermatitidis (IFM
41316), Histoplasma capsulatum (IFM 41612), Absidia corymbifera
(IFM 40776), Alternaria alternata (IFM 53969), Aspergillus flavus
(IFM 41621), Aspergillus fumigatus (IFM 41621), Aspergillus terreus
(IFM 54306), Aspergillus niger (IFM 54309), Basidiobolus ranarum
(IFM 414131), Candida albicans (IFM 5740), Candida dubliniensis (IFM
41621), Candida glabrata (IFM 5520), Candida kefyr (IFM 51428),
Candida guilliermondii (IFM 5942), Candida krusei (IFM 47973),
Candida parapsilosis (IFM 47375), Candida tropicalis (IFM 49331),
Cladophialophora bantiana (IFM 4807), Cladophialophora carrionii
(IFM 4809), Cokeromyces recurvatus (IFM 47049), Conidiobolus
coronatus (IFM 46067), Cryptococcus neoformans (IFM 5830),
Cunninghamella bertholletiae (IFM 46110), Emericella nidulans (IFM
54308), Exophiala dermatitidis (IFM 4836), Exophiala spinifera (IFM
45990), Exophiala jeanselmei (IFM 54222), Fonsecaea pedrosoi (IFM
54322), Fusarium moniliforme (IFM 54323), Fusarium solani (IFM
54324), Geotrichum candidum (IFM 5806), Hortaea werneckii (IFM
41539), Malassezia furfur (IFM 52635), Malassezia sympodialis (IFM
48109), Mortierella isabellina (IFM 40782), Mucor circinelloides
(IFM 40507), Mucor racemosus (IFM 40781), Neosartorya fischeri (IFM
54311), Paecilomyces lilacinus (IFM 54312), Penicillium citrinum
(IFM 54313), Penicillium griseofulvum (IFM 54314), Penicillium
82
marneffei (IFM 41708), Phialophora richardsiae (IFM 54325),
Phialophora verrucosa (IFM 5089), Prototheca wickerhamii (IFM 5695),
Rhinocladiella atrovirens (IFM 4931), Rhizomucor pusillus (IFM
41621), Rhizopus microsporus (IFM 41621), Rhizopus oryzae (IFM
40786), Rhizopus stolonifer (IFM 41594), Scedosporium apiospermum
(IFM 49731), Schizophyllum commune (IFM 46097), Scopulariopsis
brevicaulis (IFM 54315), Sporothrix schenckii (IFM 41598),
Syncephalastrum racemosum (IFM 40788), Trichophyton mentagrophytes
(IFM53931), Trichosporon asahii (IFM 45429), Veronaea botryosa (IFM
53351), お よ び Zygorhynchus exponens (IFM 40789)に つ い て セ カ ン ド
PCR の プ ラ イ マ ー で の 増 幅 を 試 み た .
各 種 病 原 真 菌 の う ち P. brasiliensis は 約 450 塩 基 サ イ ズ , Candida
albicans で 約 350 塩 基 サ イ ズ の バ ン ド を 検 出 し た 以 外 ,他 の 菌 種 で の バ
ン ド は 増 幅 さ れ な か っ た . な お , 泳 動 は P. brasiliensis と 同 じ オ ニ ゲ
ナ 目 菌 種 に 属 す る 高 度 病 原 性 真 菌 症 原 因 菌 の Coccidioides immitis ,
Blastomyces dermatitidis , Histoplasma capsulatum と と も に 行 い 比 較
し た ( 図 57) .
ま た , 症 例 1 お よ び 2 由 来 の DNA を 直 接 セ カ ン ド PCR 用 の プ ラ イ マ ー で
増 幅 さ せ た が , 増 幅 は 認 め ら れ ず , 哺 乳 類 由 来 の DNA に 対 す る 特 異 性 は
ヒ ト 由 来 DNA で 約 430 塩 基 , イ ル カ の パ ピ ロ ー マ 症 例 由 来 DNA で 約 520
塩 基 の バ ン ド が 検 出 さ れ た 以 外 の 増 幅 は 認 め ら れ な か っ た ( 図 58) .
83
図 57. Nested-PCR 用 プ ラ イ マ ー の 特 異 性 の 確 認
(ロ ボ ミ コ ー シ ス 関 連 菌 種 )
M: マ ー カ ー , 1: SUM F1-SUM R2 の み の 症 例 2 サ ン プ ル , 2:
nested-PCR に よ る 症 例 2 サ ン プ ル , 3: Paracoccidioides
brasiliensis , 4: Coccidioides immitis , 5: Blastomyces
dermatitidis , 6: Histoplasma capsulatum .
84
図 58. Nested-PCR 用 プ ラ イ マ ー の ほ 乳 類 由 来 DNA に 対 す る
特異性の確認
M: マ ー カ ー , 1: イ ヌ DNA , 2: ヒ ト DNA , 3: ネ コ DNA 1,
4: イ ル カ DNA (パ ピ ロ ー マ 症 ),5: ウ シ (食 肉 ),6: ヤ ギ DNA,
7 :ネ コ DNA 2, 8: ラ ッ ト DNA, 9: ブ タ (食 肉 ).
85
分子系統学的解析
症 例 1由 来 の 配 列 と P. brasiliensis の gp43 配 列( PBU26160),関 連 菌
種 の P. lutzi ( XM_002792442) , L. loboi ( EU109947) , お よ び 近 縁 菌
種 の Ajellomyces
drmatitidis ( XM_002624715 ) と A.capsulatus
( XM_001540694) の 配 列 の 相 同 性 を GENETYX-MAC (Ver. 12.1, GENETYX,
東 京 ) [7]を 用 い ,ア ラ イ メ ン ト を と っ て 比 較 し た . そ れ ぞ れ の 相 同 性 は
( 図 59) に 示 し た .
今 回 の 症 例 由 来 配 列 は 既 知 の L. loboi 配 列 と の 相 同 性 は 84.1% , 一 方
P. brasiliensis と は 94.9% , P. lutzii と は 87.7% で , P. brasiliensis
との相同性が高かった. また,これらの配列を用い最大節約法により,
系 統 樹 を 作 成 し た .ア ラ イ メ ン ト は CLUSTALX (Version 1.8) [ 7]で 行 い ,
PAUP v4.0b10 [ 30]に よ り , 最 大 節 約 法 に よ る 系 統 樹 の デ ー タ を 作 成 し ,
Tree View PPC [ 23] (Roderic D. M. Page, Glasgow, Scotland, UK, 1998;
http://taxonomy.zoology.gla.ac.uk/rod/treeview.html)に よ り , 作 図
し た . ブ ー ト ス ト ラ ッ プ 値 は 50% 以 上 を 記 入 し た . そ の 結 果 , 今 回 の 分
離 株 の 分 子 系 統 樹 に 占 め る 位 置 は 既 報 の L. loboi と は 異 な り , P.
brasiliensis に 近 縁 で あ っ た ( 図 60) .
86
PBU26160'(Paracoccidioides*brasiliensis,'B339)
100
Present'case
AB811031)
100
XM_00279244'(Paracoccidioides*lutzii,'Pb01)
69
EU109947'(Lacazia*loboi,'10>RMS)
XM_001540694'(Ajellomyces*capsulatus,Nam1)'
100
10
XM_002624715'(Ajellomyces*derma66dis,'SLH14081)
図 60. 最 大 節 約 法 に よ る gp43 配 列 に 基 づ く 分 子 系 統 樹 .
Tree length = 273
Consistency index (CI) = 0.9377
Homoplasy index (HI) = 0.0623
CI excluding uninformative characters = 0.8988
HI excluding uninformative characters = 0.1012
Retention index (RI) = 0.8786
Rescaled consistency index (RC) = 0.8239
ブ ー ト ス ト ラ ッ プ 値 は 50% 以 上 を 太 線 で 示 し た . 各 デ ー タ は ア ク セ シ
ョン番号,菌種,株名で表した. バーは置換塩基数を示す.
88
考察
各種診断方法に基づいて,新興真菌感染症の一つであるラカジオーシ
スの確定診断がなされた今回の症例は太平洋地域では初めてである. そ
れ以前に日本周辺海域でもラカジオーシス様の症状を呈したイルカ症例
の 目 撃 例 が 報 告 さ れ て い た が [ 34] , 分 子 生 物 学 的 デ ー タ に 基 づ い た 診
断は行われていなかった. 今回の症例から解読された遺伝子配列は,既
知 の ロ ボ ミ コ ー シ ス 由 来 の L. loboi 配 列 よ り も 中 南 米 の 風 土 病 的 高 病 原
性 真 菌 症 の 一 つ で あ る パ ラ コ ク シ ジ オ イ デ ス 症 の 原 因 菌
P.
brasiliensis と の 相 同 性 が 高 い こ と が 示 唆 さ れ た . よ っ て ,今 回 の 原 因
菌の遺伝子型は太平洋地域に限局した特異的な遺伝子型であることが推
測された. さらに,複数例が同じ遺伝子型で発症していたことから偶発
的な発症ではなく,少なくとも,我が国沿岸で生息しているバンドウイ
ルカの中で流行している遺伝子型であることが示唆された. 一方,太平
洋 地 域 で は ,ハ ワ イ の 水 族 館 で の イ ル カ 症 例 が 報 告 さ れ て い る が[ 32],
こちらも分子生物学的診断はなされていないばかりでなく,イルカはフ
ロリダから搬入されたもので,従来の流行地である地中海沿岸地域での
感染と推測されている.
ま た , 真 菌 で は 一 般 に リ ボ ゾ ー ム RNA 遺 伝 子 の internal transcribed
spacer (ITS)-1-5.8S-ITS 2 領 域 の 配 列 の 相 同 性 に 基 づ い て 同 一 種 と 判
定 す る 方 法 が と ら れ て い る . 種 内 多 型 は 一 般 的 に は 98-99%以 上 [ 18] ,
種 内 変 異 が 多 い 菌 種 で も 95%以 上 の 相 同 性 を 示 す と 報 告 さ れ て い る[ 18].
今 回 も リ ボ ゾ ー ム RNA 遺 伝 子 の 検 出 を 予 備 的 に 試 み た が 検 出 に 至 ら な か
っ た . そ の た め GenBank デ ー タ ベ ー ス に 多 数 の 配 列 が 登 録 さ れ て い る 機
能 遺 伝 子 の 43 kDa 糖 蛋 白 抗 原 遺 伝 子( gp43 )に 着 目 し て ,検 出 し た 経 緯
がある.
こ の gp43 配 列 を 比 較 す る と P. brasiliensis と L. loboi 由 来 配 列 は
15%以 上 異 な る も の の , そ れ ぞ れ の 菌 種 の 種 内 変 異 は 2 %以 下 で あ る .
89
一 方 , 今 回 の 症 例 由 来 の 遺 伝 子 配 列 は P. brasiliensis と の 相 同 性 が
94% 以 上 , L. loboi と の 相 同 性 が 84% 以 上 で あ っ た こ と か ら , P.
brasiliensis に よ り 近 縁 な 系 統 学 的 関 連 に あ る こ と が 示 唆 さ れ た . さ
らに 1 症例だけでなく 2 症例から同じ遺伝子型が検出されたことから,
新種を提唱できる可能性がある.
ラカジオーシスは高度病原性真菌症の一種で,我が国では現在までヒ
ト,動物を通じて報告された例は見当たらない. ラカジオーシスはこの
ように稀でかつ危険度の高い病原体による感染症であることに加え,培
養困難であることから,臨床症状,細胞検査,病理組織学的検査と免疫
学的診断法や遺伝子検出による補助診断との総合による診断が必要であ
る. なかでも遺伝子検出による診断は免疫学的診断法と並んで迅速診断
法 と し て 有 用 で あ る . 今 回 設 計 し た nested-PCR 系 に よ る 遺 伝 子 検 出 法
は 遺 伝 子 抽 出 か ら 2 回 の PCR お よ び 泳 動 に よ る 増 幅 さ れ た 遺 伝 子 の 確 認
ま で の プ ロ セ ス が お お よ そ 24 時 間 以 内 で あ る .
プライマーの特異性,検出感度についてまだ改良の余地があるが,現
在のところ,この検出系で遺伝子増幅が認められることにより,我が国
沿岸で発生したラカジオーシスの診断に対応できると考えている.
今 後 は ,近 縁 菌 種 の P. brasiliensis の 迅 速 診 断 と 同 様 に loopmediated
isothermal amplication method (LAMP 法 ) [ 4] を 本 菌 種 遺 伝 子 検 出 に
応 用 す る こ と , な ら び に P. brasiliensis の ゲ ノ ム サ イ ト を 参 照 し て ,
他の遺伝子の検出系も開発し,多遺伝子検出による診断精度の向上を目
指すことが必要であると考えている.
90
小括
内科学的アプローチにおいては,受信動作により種々の検査が低侵襲
に実現可能となった. これは水棲動物である小型歯クジラ類の検査方法
において非常に有益であった. また陸上動物と同様に画像診断が可能と
なり,様々な病気を診断することができた.
抗菌剤の投与については,供試個体が展示動物であるため非常に少な
い例数ではあるが,体重比による経口投与が有効であることが示唆され
た. また現在多くの水族館で問題となっている真菌感染症治療において
は,従来の予防的投与だけでなく,確定診断を行い適切な抗真菌剤の選
択を行うことでより迅速に治療を行うことができた.
更に高度病原性真菌症であるラカジオーシスについても,遺伝子検出
による診断を用いることで免疫学的診断法と並んで迅速診断が可能とな
った.
91
第Ⅱ章
小型歯クジラ類に対する外科的アプローチ
序文
イルカは水棲の大型動物で保定などの扱いが難しいばかりでなく,体
表は分厚い脂肪層を伴った硬い皮膚で覆われており,傷の縫合方法 1 つ
とっても陸上動物とは大きく異なった鯨類の生物学的特質が手術治癒を
さらに困難にさせている. 従って,水族館におけるイルカ類の日常の治
療の多くは保存的治療であり,血液学的検査細菌学的検査に基づいた内
科学的治療が主体に行われ,外科的治療は飼育施設設備や管理上の困難
さにより敬遠されてきた. 沖縄美ら海水族館では,飼育するイルカ類の
健 康 管 理 の 一 環 と し て ,こ れ ま で 超 音 波 診 断 装 置 ,X 線 撮 影 装 置 ,CT 画
像診断装置などを導入して適正診断に心がけ,外科的治療を積極的に実
施してきた.
そのため小型歯クジラ類をはじめとする水棲動物に対する外科的アプロ
ーチの一環として,①外科手術を実施した4症例について②尾びれ成形
手術後に遊泳補助具として開発したバンドウイルカの人工尾びれについ
ての 2 節に分けて報告する.
第 1 節の「外科手術に関する研究」では,背びれの裂創に対する成形
手術,尾びれ成形手術,胴体背部銛摘出手術,縫合を伴うリンパ節摘出
手術の 4 手術例を経験し良好な結果を得たので,術後経過を含めて報告
する.
第 2 節の「人工尾びれプロジェクト」では,株式会社ブリヂストン社
と開発を行った人工尾びれの有益性を検証するために実施した「揚抗力
測 定 」,デ ー タ ー ロ ガ ー と 画 像 デ ー タ よ り 導 い た「 遊 泳 能 力 解 析 」と ,障
害 の あ る 飼 育 イ ル カ に 理 学 療 法 を 施 す こ と に よ り 成 功 さ せ た 「 QOL 改 善
のためのリハビリテーション」について,その詳細を述べる.
92
第 1節
外科的手術に関する研究
我が国の水族館では多くのイルカ類が飼育されているが,イヌやネコ
などの中・小型の伴侶動物などと比較して,健康時のデータや疾病に関
するデータ蓄積が少なく,治療方法に関しても他の陸棲哺乳類のデータ
を参考にして判断する事もある. また,イルカは水棲の大型動物で保定
などの扱いが難しいばかりでなく,体表は分厚い脂肪層を伴った硬い皮
膚 で 覆 わ れ て お り , 傷 の 縫 合 方 法 [ 13] を 1 つ と っ て も 陸 上 動 物 と は 大
きく異なった鯨類の生物学的特質が手術治癒をさらに困難にさせている.
従って,水族館におけるイルカ類の日常の治療の多くは保存的治療であ
り ,血 液 学 的 検 査 細 菌 学 的 検 査 に 基 づ い た 内 科 学 的 治 療 が 主 体 に 行 わ れ ,
外科的治療は飼育施設設備や管理上の困難さにより敬遠されてきた.
沖 縄 美 ら 海 水 族 館 で は ,飼 育 す る イ ル カ 類 の 健 康 管 理 の 一 環 と し て ,
こ れ ま で 超 音 波 診 断 装 置 ,X 線 撮 影 装 置 ,CT 画 像 診 断 装 置 な ど を 導 入 し
て適正診断に心がけ,外科的治療を積極的に実施してきた. 今回,背び
れの裂創に対する成形手術から,縫合を伴うリンパ節摘出手術に至る 4
手術例について述べる.
材料と方法
【 症 例 1】 背 び れ の 裂 創 に 対 す る 成 形 手 術
ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ( Tursiops
aduncus ,個 体 名 : ポ イ ,雄 ,飼 育
歴 26 年 , 体 長 259cm, 体 重 194kg) で あ り , 2002 年 4 月 に 背 び れ が 飼 育
プ ー ル の 金 属 突 起 物 に 激 突 し ,血 管 損 傷 を 伴 う 裂 傷 を 負 っ た( 図 61). 電
気メスにより焼絡し止血したが,遊泳により生じる水圧で裂創部はめく
れ 上 が り , 遠 位 部 が 湾 曲 し て 裂 創 は 癒 合 す る こ と は な か っ た ( 図 62) .
第 33 病 日 目 に 背 び れ 湾 曲 部 の 整 形 手 術 を 実 施 し た . 500t の 円 形 プ ー
93
ル ( 直 径 5m, 深 さ 3m) の 水 を 抜 き ( 落 水 ), そ の 中 で 保 定 台 に 乗 せ て 拘
束 帯 に て 体 幹 を 固 定 し た( 図 63). 背 び れ 近 位 部 に エ ピ ネ フ リ ン 入 キ シ
ロ カ イ ン ( 商 品 名 : キ シ ロ カ イ ン 注 射 液 「 0.5%」 エ ピ レ ナ ミ ン ) を 用 い
た局所麻酔を実施し,めくれ上がった背びれの遊離部を水流の抵抗を軽
減 す る た め に 体 軸 に 対 し て 鈍 角 に 切 除 し た ( 6cm×6cm ) . 切 除 部 は 電 気
メ ス に て 止 血 し た ( 図 64) . 手 術 時 間 は 30 分 で あ っ た .
術後 9 日目までは,1 日 2 回落水し,結合組織の腐敗部分を鈍性剥離に
てデブリードメントし,その後ポピドンヨードで洗浄し,水槽に水を注
入するまでの数十分間はポピドンヨードゲルにショ糖を加えた軟膏を創
部 に 塗 布 し た . 術 後 10 日 目 に は 肉 芽 組 織 の 再 生 が 確 認 さ れ た 為 ,落 水 処
置を停止しイルカショーステージにランディングさせて,同様の処置を
反 復 し た . そ 術 後 62 日 目 で 創 部 は 皮 膚 で 覆 わ れ ,現 在 で は 欠 損 が 確 認 で
き な い ま で に 修 復 し て い る ( 図 65) .
94
図 61. 裂 創 患 部
図 62. 遠 位 部 が 湾 曲 し て 裂 創 患 部
95
図 63. 落 水 し た プ ー ル で の 保 定 方 法
図 64. 手 術 風 景
96
図 65. 完 治 し た 患 部
97
【 症 例 2】 尾 び れ 成 形 手 術
バ ン ド ウ イ ル カ( Tursiops
truncatus ,個 体 名 : フ ジ ,雌 ,飼 育 歴
26 年 , 体 長 270cm, 体 重 220kg) .
細 菌 感 染 お よ び 循 環 不 全 に よ り 尾 び れ が 壊 死 し た( 図 66). 抗 菌 剤 の
投与および輸液により改善を試みたが,尾びれの壊死の進行を阻止でき
なかったため,結合組織が露出して湾曲した壊死部の切除を行った(図
67) .
し か し な が ら 尾 び れ の 壊 死 の 進 行 は 止 ま る こ と は 無 く( 図 68),第 23
病 日 目 に 尾 び れ の 成 形 手 術 を 実 施 し た . 手 術 は ,落 水 し た 500t の 円 形 プ
ー ル( 直 径 5m,深 さ 3m)内 で 体 躯 を 保 定 台 に 乗 せ て 行 っ た . 拘 束 帯 に て
体幹を固定し,尾びれの血行状態をサーモグラフィー検査で確認した後
に ( 図 69), 切 除 部 位 の 近 位 部 に エ ピ ネ フ リ ン 入 キ シ ロ カ イ ン に よ る 局
所 麻 酔 を 施 し ,尾 び れ 両 端 と 後 端 部 ,す な わ ち 尾 び れ 全 体 の 約 75% に 相
当する部分を電気メスで切除すると同時に止血を行った. 創部の縫合は
行 わ ず , 開 放 と し た ( 図 70) . 手 術 時 間 は 30 分 で あ っ た .
術後 2 日目からは,1 日 2 回落水し,結合組織の腐敗部分を鈍性剥離
にてデブリードマンし,その後ポピドンヨードにて創部の洗浄消毒を徹
底 的 に 行 っ た . 術 後 3 日 目 に 肉 芽 組 織 の 再 生 が 確 認 さ れ た( 図 71). そ
の 後 術 後 83 日 目 ま で は 前 述 の 消 毒 処 置 を 実 施 し た . 翌 84 日 目 か ら 174
日目までの間は,摂餌および体調の安定に伴い,受診動作訓練にて尾び
れ を 水 上 で 保 定 し た 状 態 で 1 日 3-5 回 の 頻 度 で ポ ピ ド ン ヨ ー ド を 塗 布 し ,
最 低 3 分 以 上 の 間 , 水 に 浸 け る こ と な く 患 部 を 消 毒 し た . 術 後 174 日 目
患 部 は 皮 膚 に 覆 わ れ( 図 72-73),そ の 後 ,多 く の 専 門 家 の 協 力 を 得 て 開
発 さ れ た 人 工 尾 び れ を 装 着 し ( 図 74), リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン を 経 て , 健
康 個 体 と 同 様 の ジ ャ ン プ な ど が 出 来 る ま で に 回 復 し た ( 図 75) .
98
図 66. 尾 び れ が 壊 死 の 状 態
図 67.
壊死した部分の切除手術
99
図 68.
図 69.
壊死の進行状態
サーモグラフィー検査にて尾びれの血流状態を確認した
100
図 70.
電気メスにて尾びれの切除手術を行った
図 71.
壊死の進行が止まる
101
図 72.
患部の治癒経過
図 73.
患部の治癒経過
102
図 74.
図 75.
人工尾びれを取り付けたバンドウイルカ
人工尾びれを取り付けてのジャンプ
103
【 症 例 3】 胴 体 背 部 銛 摘 出 手 術
緊 急 保 護 し た オ キ ゴ ン ド ウ ( Pseudorca crassidens , 個 体 名 : オ キ ゴ
ン ド ウ No.4, 雌 , 飼 育 歴 3 年 , 体 重 406cm, 体 重 615kg ) で あ り , 2004
年 3 月 の 搬 入 当 時 よ り 背 び れ の 左 前 方 約 10cm に 排 膿 を 伴 う 瘻 孔 が 観 察 さ
れ た . 2005 年 5 月 よ り 排 膿 量 が 著 し く 増 加 し た た め ( 図 76), サ ー モ グ
ラフィー検査,X線検査と超音波画像診断検査を実施したところ,約
10cm の イ ル カ 漁 用 の 着 脱 型 の 突 棒 銛 が 埋 没 し て い る こ と が 確 認 さ れ た
( 図 77) .
診 断 後 第 20 病 日 目 に 胴 体 背 部 銛 摘 出 手 術 を 実 施 し た . 症 例 を プ ー ル
外に搬出して,体躯を低反発マットレス上に保定してイルカ自身の体重
に よ る 内 臓 へ の 圧 迫 を 軽 減 さ せ な が ら 手 術 を 実 施 し た ( 図 78-79) . エ
ピ ネ フ リ ン 入 キ シ ロ カ イ ン に て 創 部 よ り 半 径 10cm を 円 形 状 に 局 所 麻 酔
を行った. 銛の埋没位置を超音波画像検査により確認し,瘻管より外側
に 約 3cm 離 れ た 健 常 部 の 皮 膚 を 銛 の 方 向 に 直 線 状 に 約 10cm 切 開 し た . 創
口 か ら 鉗 子 を 挿 入 し 銛 を 摘 出 し た ( 図 80) . 手 術 創 は USP 5 号 の 針 付 き
ナ イ ロ ン 糸 (ETHILON 2, ETHICON)を 用 い て ク ロ ス パ タ ー ン 法 で 結 紮 縫 合
し た ( 図 81) . 手 術 時 間 は 65 分 で , 個 体 を 水 槽 か ら 出 し て 戻 す ま で は
95 分 で あ っ た . 摘 出 し た イ ル カ 銛 は ス テ ン 性 で 折 れ た 枝 の 一 部 が 腐 敗
し て い た ( 図 82) .
術 後 管 理 : 術 後 10 日 目 ま で は ,1 日 2 回 落 水 し ,縫 合 部 位 に ポ ピ ド ン ヨ
ー ド を 塗 布 し 洗 浄 消 毒 を 行 っ た ( 図 83) . 翌 11 日 目 か ら 抜 糸 を 終 了 す
る 術 後 14 日 目 ま で は , 1 日 1 回 落 水 し 同 様 の 処 置 を 実 施 し た . 術 後 43
日 目 に は 縫 合 部 は 癒 合 し た . 瘻 孔 は 60 日 目 に 閉 鎖 し た ( 図 84) .
104
図 76.
図 77.
オキゴンドウの背部の排膿を伴う婁孔
創部の超音波画像診断像と X 線像
105
図 78.
搬出及び保定方法
図 79.
手術風景
106
図 80.
図 81.
創口から鉗子を挿入し銛を摘出した
クロスパターン法で結紮縫合
107
図 82.
図 83.
摘出したイルカ銛
術後の消毒方法
108
1
5
10
14
40
60
図 84. 術 後 の 患 部 の 治 癒 経 過
109
【 症 例 4】 左 頚 部 リ ン パ 節 摘 出 手 術
1998 年 9 月 に 保 護 し た シ ワ ハ イ ル カ ( Steno bredanensis , 個 体 名 :
ラ ー フ , 雄 , 体 重 250cm, 体 重 164kg) .
搬入時より頚部左下部に手拳大の腫脹が見られた. 1年をかけて腫脹
部 は 次 第 に 大 き く な り ( 図 85), 同 時 に 白 血 球 数 ( 好 中 球 ) の 増 加 が 認
め ら れ た . 腫 脹 部 を 穿 刺 す る と 排 膿 が 回 収 さ れ ,Staphylococcus aureus
が検出された. その後経時的に腫脹部の超音波画像診断検査を行い,内
部の状態を観察し,洗浄,消毒,抗菌薬の投与を行うも腫脹を繰り返し
た. さらに 1 年後,腫脹部がソフトボール大にまで大きくなり,それに
伴い一般状態の悪化が認められたため,X 線検査,サーモグラフィー検
査 と 超 音 波 画 像 診 断 検 査 に よ り ( 図 86-87) リ ン パ 節 の 変 性 と 診 断 し 摘
出を試みた.
手術は,プール外にて担架に乗せ,その両端を三脚で固定する「担架
つ り 下 げ 状 態 」に て 実 施 し た( 図 88). 患 部 に エ ピ ネ フ リ ン 入 キ シ ロ カ
インを創部周辺に局所麻酔して,呼吸数と心拍数のモニタリングを行い
ながら実施した. 切開は,腫脹部 0 時から 6 時までを尾側に円を描く半
円上に切皮し,皮弁を頭側に牽引しその間隙から腫瘤周囲の組織を切離
し 摘 出 し た( 図 89). 皮 下 組 織 は ,USP 0 号 の 合 成 吸 収 糸( PDS, ETHICON )
を 用 い て 単 結 紮 の 埋 没 縫 合 を 行 い , 皮 膚 は USP 5 号 の 針 付 き ナ イ ロ ン 糸
(ETHILON 2, ETHICON)を 用 い て ク ロ ス パ タ ー ン 法 で 結 紮 縫 合 し , さ ら に
かがり縫合を追加した. 特に皮膚縫合においては,切開面のずれや縫合
時の閉め過ぎによる凹凸などにより間隙や段差が生じないよう注意を払
っ て 実 施 し た ( 図 90) . 手 術 時 間 は 90 分 で , 個 体 を 水 槽 か ら 出 し て 戻
す ま で は 125 分 で あ っ た .
術 後 2 日 目 か ら 術 後 36 日 目 ま で は ,1 日 2 回 落 水 し ,縫 合 部 位 及 び 結
合組織の腐敗部分を鈍性剥離にてデブリードマンし,その後ポピドンヨ
ー ド に て 創 部 の 洗 浄 消 毒 を 徹 底 的 に 行 っ た . 術 後 20 日 目 に 抜 糸 を 終 了
110
し た . 術 後 37 日 目 か ら 術 後 70 日 目 に 正 常 部 の 皮 膚 で 覆 わ れ る ま で は ,1
日 1 回落水と受信動作訓練にて患部を水上で保定した状態で 1 日 3 回の
頻度でポピドンヨードを塗布し最低 3 分以上の間,水に浸けることなく
患 部 を 消 毒 し た( 図 91). 摘 出 し た 腫 瘤 は 病 理 検 査 の 結 果 ,化 膿 性 肉 芽
腫リンパ節炎であった.
111
図 85. シ ワ ハ イ ル カ の 左 頚 部 腫 脹 部 位
図 86. 腫 脹 部 の X 線 像 と サ ー モ グ ラ フ ィ ー 像
112
図 87.
腫脹部の超音波画像診断像
図 88. 手 術 風 景
113
図 89.
切開術及びリンパ節の摘出
114
図 90. ク ロ ス パ タ ー ン 法 で 結 紮 縫 合 し , さ ら に か が り 縫 合 を 実 施 し た
115
1
5
15
60
図 91.
患部の治癒経過
116
10
90
考察
日本は世界的に例を見ないほどの水族館保有国であり,飼育している
生物も多種多様である. しかしそれら生物に対する獣医学的な知見や臨
床例は決して多くはない. また水族館の展示の花形であるイルカ類は水
中生活であることにより陸上動物では容易な種々の検査や治療が困難で
ある. このため,外科的治療データは少なく,これまで動物購入による
補充が比較的容易であったことから積極的な外科治療がなされてこなか
った. しかし近年,動物愛護の観点からも適正な飼育管理,健康管理を
行うことが必要不可欠となってきている. 加えて水族館の責務として,
野生個体の新規搬入は可能な限り少なくし,繁殖個体によって必要な飼
育個体を維持することが求められている. こうした状況の元,水族館で
の展示動物飼育の長期化に伴い,日常的な外傷はもとより,より重症度
の高い疾患への外科的対応が必要になってきている.
長年の課題であった皮膚の切離や,皮膚切開による体内病変の摘出,
その後の縫合などの経験を積むことにより,適切な外科的処置による治
療の可能性が示された. また,手術時の保定では,低反発マットや担架
を使うことにより自重による内臓圧迫のストレスを軽減することができ
[ 28],2 時 間 に わ た る 水 槽 外 で の 外 科 的 処 置 が 可 能 で あ る こ と が 明 ら か
となった. 手術部の皮膚の回復には,家畜では通常抜糸は通例 7 日目に
行 わ れ る が[ 10],イ ル カ 類 に 特 有 の 皮 膚 構 造 と 水 棲 動 物 で あ る こ と に よ
り,陸上動物のそれに比べて長時間を要した. この間,創部周囲の壊死
組織を付着させたままにしておくと二次感染の原因や肉芽組織の再生の
妨げになるものと推察されたことから,手術後直後から積極的な創部の
清浄化とデブリードメントを実施した. また周術期においては,通常飼
育 プ ー ル の 塩 素 濃 度 は 0.1ppm で 管 理 し て い る 所 を ,二 次 感 染 を 予 防 す る
目 的 で ,飼 育 員 が 観 察 ,管 理 出 来 る 8 時 間 の 間 ,2-4ppm の 高 濃 度 に し た .
さらに落水処置や受信動作訓練を行うことによって患部を確実に観察,
117
デブリードメント出来る体制を整えることが重要であると考える. 獣医
師や飼育員には水の無い環境で患部を消毒処置することを意識付けし,
また消毒剤の効果が得られる処置後の時間確保が求められる.
我々の経験を踏まえて,今後多くの園館でイルカ類に対する適正な外
科的治療が実施されることを期待している. 数多くの症例を得る事で,
より高度な術式や全身麻酔等による麻酔管理技術も向上していくことと
思われる. また美ら海水族館では,今後飼育動物の高齢化により腫瘍性
疾患の発生も危惧される. このような場合の外科的治療に対処すべく,
各種診断機器の応用,手術時に動物に与える負荷を軽減するための保定
方法と麻酔方法,手術時のモニタリング方法と手術式,周術期の管理方
法等について検討していきたい.
118
第2節
人工尾びれプロジェクト
2002 年 10 月 ,突 然 1 頭 の バ ン ド ウ イ ル カ の 尾 び れ に 壊 疽 が 発 症 し た .
抗菌剤の投薬治療では壊疽の進行をくいとめることが出来ず,尾びれの
約 75% を 切 除 す る と い う 水 族 館 で は ま れ な 外 科 的 処 置 に 踏 み 切 っ た .
飼 育 員 と 協 力 し て 術 後 管 理 に も 工 夫 を 重 ね , 術 後 197 日 目 で 創 部 の 傷 は
完治に至ったが,尾びれの大部分を切除する事による遊泳能力の低下だ
けではなく,遊泳意欲の喪失が顕著となり,同じ飼育水槽にいる他個体
との社会性も失われ孤立した状態が続いた. そのような状況を改善する
ために,世界初の試みである遊泳補助具として有効な「人工尾びれ」を
立案し,遊泳能力の補完はもとより,補助装具を使った理学療法を通じ
て,患畜自身の遊泳能力の向上と社会性の再獲得を諮った.
2002 年 12 月 , イ ル カ の 尾 び れ の 感 触 が 硬 い ゴ ム 様 で あ る こ と か ら ,
ゴム製品の製造に優れた株式会社ブリヂストン社の協力により「イルカ
の遊泳運動能力回復を目的とした補助装具としての人工尾びれの開発」
に 着 手 し た[ 9,35]. 制 作 に あ た り ,人 工 尾 び れ を 装 着 す る こ と に よ り
(1)健 常 な イ ル カ と 同 等 の 遊 泳 動 作 が 可 能 に な る こ と (2)他 の 正 常 個 体 と
の共棲を取り戻すこと,を目標に,イルカを傷つけることなく安全性が
高 く ,,丈 夫 で 遊 泳 時 に 高 い 推 進 力 が 得 ら れ ,着 脱 が 容 易 で あ る こ と を 設
計 条 件 と し た [ 8, 24] .
2004 年 12 月 に 最 終 型 が 完 成 し , 患 畜 は 遊 泳 能 力 も 社 会 性 も 取 り 戻 す
事が出来た. これらの一連の経過を「人工尾びれプロジェクト」と称し
ているが,本小節では人工尾びれの有益性を検証するために実施した,
揚 抗 力 測 定 , 遊 泳 能 力 解 析 , QOL 改 善 の た め の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン に つ
いて述べる.
119
揚抗力測定
人工尾びれの性能を客観的に評価するために,尾びれの形状が飛行機
の 翼 と 類 似 し て い る と い う 事 実 [11-12] か ら 東 京 大 学 大 学 院 工 学 系 研 究
科所有の船型試験水槽にて揚抗力測定の実験を行い,ゴム硬度の違い及
び,バンド装着とカウリング装着との違いの定量的な検討を行った.
材料と方法
材料
1) ク ロ ス バ ン ド 型 ( 図 92)
主 材 料 : 硬 度 40 度 及 び 70 度 シ リ コ ー ン ゴ ム
クッション剤:エバーライトモラン
形 状 : 横 幅 70cm,縦 幅 25cm,重 量 2.2kg
健 常 な バ ン ド ウ イ ル カ の 尾 び れ を CAD ス キ ャ ン し , 可 能 な 限 り 忠 実 に
外形を再現した,人工尾びれ内部には擦過傷防止のため,保水性に富む
FPDM 製 発 泡 ゴ ム ( エ チ レ ン ・ プ ロ ピ レ ン ・ ジ エ ン ゴ ム ,商 品 名 : エ バ ー
ライトモラン
TM
)保護層として採用した. 取り付けは人工尾びれの前縁
部に切り込みを入れてフジの尾びれを挿入し,尾びれ付け根部位の両端
からたすき様にナイロン製のバンドで締めて固定した.
2) カ ウ リ ン グ 型 ( 図 93)
尾 び れ 材 料 : 硬 度 70 度 シ リ コ ー ン ゴ ム
中芯素材:カーボンクロス
カウリング素材:カーボンクロス綾織
クッション剤:エバーライトモラン
形 状 : 横 幅 70cm,縦 幅 25cm,重 量 2.2kg
人 工 尾 び れ 内 部 に CFRP( カ ー ボ ン 繊 維 に よ る 強 化 プ ラ ス チ ッ ク )製 の
ブ ー メ ラ ン 型 中 芯 を 入 れ て 翼 部 の 強 度 を 増 し ,曲 げ 剛 性 を 得 た .ま た 遊 泳
120
時 の 抵 抗 力 を 軽 減 す る た め に ,CFRP 製 の カ バ ー で 尾 び れ 両 肩 の 部 分 よ り
後端までを覆い,後端部をねじとナットで固定した.
方法
実験水槽は,東京大学大学院工学系研究科所有の船型試験水槽を使用し
た ( 長 さ 80m, 幅 3.5m, 深 さ 2.4m) . 図 94 に 示 す よ う に , フ ジ の 尾 び
れ モ デ ル (シ リ コ ン ゴ ム 製 )へ 東 大 保 有 の 計 測 用 具 を 取 り 付 け , そ こ へ ,
人工尾びれを装着し,バンドまたはカウリングで固定する. なお,フジ
の尾びれモデルは,流体抵抗を低減させるため,先端を丸く削ってある
( 図 95) . 上 記 モ ジ ュ ー ル を 3 分 力 計 へ 取 り 付 け , 深 さ 550mm, 規 定 の
迎 角 に 設 定 し た . そ し て ,速 度 2.5m/sec で 曳 航 し ,そ の 時 に 発 生 す る 揚
力および抗力を測定した.
図 96 に 実 験 装 置 の 写 真 を , 図 97 に 測 定 の 概 略 を 示 す .
人 工 尾 び れ モ デ ル は 基 準 面 が な い の で ,概 略 水 平 と 思 わ れ る 面 を 作 り ,
こ こ に 計 測 用 具 を セ ッ ト し た . そ の た め , 迎 角 が 0°の 所 で も , 揚 力 が
発 生 す る 場 合 が あ っ た . そ の 際 は , 迎 角 が 0°で 揚 力 が 0 に な る 様 に 補
正を実施し,揚力データとした. また,計測用具の抵抗分は,補正を行
った.
・ 揚 抗 比 = ( 揚 力 ) /( 抗 力 )
・ 抗 力 係 数 C D = ( 抗 力 ) /( 0.5*ρ *V 2 *S)
・ 揚 力 係 数 C L = ( 揚 力 ) /( 0.5*ρ *V 2 *S)
た だ し , S: 尾 び れ の 平 面 面 積
121
図 92.
クロスバンド型人工尾びれ
図 93. カ ウ リ ン グ 型 人 工 尾 び れ
122
図 94. 実 験 水 槽
図 95.
実験器具に固定させた人工尾びれ
123
図 96.
実験水槽を用いた人工尾びれの流体特性計測
図 97.
測定の概略
124
結果
揚抗比が高い,すなわち抗力係数が低くかつ揚力係数が高いものが翼
性能として良い人工尾びれと考え,下記評価基準で,各人工尾びれでの
実験から得られたを結果をプロットし,比較した. その結果,形状が同
じ尾びれ型を用いて,クロスバンド型とカウリング型との比較をした結
果 ,迎 角 20 度 以 下 の 範 囲 に お い て ,カ ウ リ ン グ 型 の 方 が ク ロ ス バ ン ド 型
よ り 約 2 倍 の 揚 抗 比 を 示 す こ と が 判 明 し た ( 図 98) .
また形状が同じ尾びれ型において,ゴムの硬度の違いの定量的な検討
を 行 っ た 結 果 , 硬 度 40 度 品 , 70 度 品 , カ ー ボ ン フ ァ イ バ ー 性 の 中 芯 を
埋 め 込 ん だ 硬 度 70 度 品 の 3 パ タ ー ン を ,同 一 ク ロ ス バ ン ド 装 着 型 で 比 べ
た 場 合 , 揚 抗 比 は 40 度 <70 度 <70 度 + 中 芯 の 順 と な っ た ( 図 99) .
125
揚抗比
CD係数
8
-20
シリコンゴム(硬度40)
(バンド装着)
4
シリコンゴム(硬度70)
(バンド装着)
2
シリコンゴム(硬度70)
+補強材(バンド装着)
0
シリコンゴム(硬度70)
+補強材(カウリング)
-10
0
10
20
30
40
-2
0.5
シリコンゴム(硬度40)
(バンド装着)
シリコンゴム(硬度70)
(バンド装着)
0.4
シリコンゴム(硬度70)
+補強材(バンド装着)
CD
CL/CD
0.6
6
シリコンゴム(硬度70)
+補強材(カウリング)
0.3
フジの尾びれ
フジの尾びれ
0.2
-4
0.1
-6
0
-8
-20
迎角(°)
-10
0
CL係数
1.2
1
0.8
シリコンゴム(硬度40)
(バンド装着)
0.6
シリコンゴム(硬度70)
(バンド装着)
CL
0.4
シリコンゴム(硬度70)
+補強材(バンド装着)
0.2
シリコンゴム(硬度70)
+補強材(カウリング)
0
-20
-10
0
-0.2
10
20
30
40
フジの尾びれ
-0.4
-0.6
迎角(°)
図 98. 揚 抗 力 比 の 実 験 結 果
126
10
迎角(°)
20
30
40
推進力
16
14
12
10
kgf 8
6
4
2
0
尾鰭なし
図 99.
硬度40
(バンド)
硬度70
(バンド)
硬度70+補強材 硬度70+補強材
(バンド)
(カウリング)
ゴム硬度及び固定方法の違い
127
遊泳能力解析
方法
フジおよび健常イルカの遊泳比較のために,ラグーンプールのメイン
水 槽 (25m×17m×4m,面 積 300m 2 ,体 積 1200m 3 )( 図 100)に て デ ー タ ロ ガ ー
(W190L-PD2GT:直 径 21mm,長 さ 113mm(空 中 )重 量 64g:リ ト ル レ オ ナ ル ド 社
製 ,東 京 )を 使 用 し て 計 測 を 行 っ た ( 図 101) .
遊 泳 速 度 を 0.125 秒 毎 ,水 深 を 1 秒 毎 ,二 軸 の 加 速 度 を 1/32 秒 毎 ,周
辺 の 水 温 (環 境 水 温 )を 10 秒 毎 に 記 録 し た .デ ー タ ロ ガ ー は 吸 盤 で イ ル カ
の 左 体 側 の 背 び れ 下 部 に 固 定 し た ( 図 102) . イ ル カ は ハ イ ジ ャ ン プ の
際 に ,最 大 の 遊 泳 速 度 が 記 録 さ れ る こ と を 想 定 し ,ハ イ ジ ャ ン プ 前 の 潜 水
開 始 か ら ジ ャ ン プ ま で を , 潜 水 開 始 時 (D 期 :Diving 期 ) , 加 速 期 (A
期 :Acceleration 期 ), ジ ャ ン プ 直 前 (J 期 :Jump 期 )の 3 つ に 分 け , そ の
間 の 平 均 遊 泳 速 度 を 算 出 し ,併 せ て 遊 泳 動 作 を ビ デ オ 撮 影 し た( 図 10).
また実験はカウリング型人工尾びれ五輪モデルを使用した.
128
図 100.
図 101.
ラグーンプール外観
データーロガー
129
図 102.
図 103.
データロガーの設置方法
ビデオシステムと水中ハウジング
130
結果
データロガーによりハイジャンプ直前の遊泳パターンは,健常イルカ
で は ,平 均 遊 泳 速 度 4.5m/s,最 高 遊 泳 速 度 7.0m/s,こ の 遊 泳 パ タ ー ン で
の 尾 び れ 平 均 振 動 周 波 数 は 2.0Hz で あ っ た ( 図 104) . 人 工 尾 び れ 装 着
時 で は ,平 均 遊 泳 速 度 4.9m/s,最 高 遊 泳 速 度 6.8m/s,こ の 遊 泳 パ タ ー ン
で の 尾 び れ 平 均 振 動 周 波 数 は 2.3Hz で あ っ た ( 図 105) . 人 工 尾 び れ 非
装 着 時 で は ,平 均 遊 泳 速 度 3.7m/s,最 高 遊 泳 速 度 5.9m/s,こ の 遊 泳 パ タ
ー ン で の 尾 び れ 平 均 振 動 周 波 数 は 2.5Hz で あ っ た ( 図 106) .
D 期 ,A 期 ,J 期 の 平 均 速 度 は , 人 工 尾 び れ 装 着 時 は そ れ ぞ れ 3.10 ±
0.81m/s,4.28±0.57m/s,5.33±0.74m/s,非 装 着 時 は 2.40 ±0.89m/s,3.87
± 0.84m/s,5.01 ± 0.61m/s, 健 常 個 体 は
2.87 ± 1.35m/s,3.88 ±
0.85m/s,5.50±069m/s で あ り ,い ず れ も 非 装 着 時 に 比 べ て 早 く (図 107),
ジ ャ ン プ 直 前 に は 5m/s に 達 し た . 人 工 び れ 装 着 時 に は 3m の タ ー ゲ ッ ト
に到達できたが,非装着時では到達できなかった.
また,フジと健常イルカのハイジャンプの際の水中動作をビデオ解析
し た 結 果 ( 図 108), A 期 の 尾 び れ の 振 幅 動 作 は ,健 常 個 体 が 3 秒 間 に 4
回 で あ っ た の に 対 し , 人 工 尾 び れ 装 着 時 は 4.5 秒 で 7 回 と 長 い 時 間 を か
けて多くのキックを行った.
131
図 104.
図 105.
健常バンドイルカのハイジャンプ直前の遊泳パターン
人工尾びれを装着したハイジャンプ直線の遊泳パターン
132
図 106. 人 工 尾 び れ 非 装 着 時 の ハ イ ジ ャ ン プ 直 線 の 遊 泳 パ タ ー ン
m/s
6.00
5.50
5.00
4.50
4.00
人工尾鰭有
3.50
人工尾鰭無
健常イルカ
3.00
2.50
2.00
D期
A期
J期
図 107. D 期 ,A 期 ,J 期 の 平 均 速 度 の 比 較
133
134
図 108. フ ジ と 健 常 イ ル カ の ハ イ ジ ャ ン プ の 際 の 水 中 動 作
134
QOL 改 善 の た め の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン
材料と方法
Ⅰ .Impairment level
『評価及び問題点』
患部に関しては,対象動物の特性上,人や陸上動物の様に皮膚を寄せ
て縫合することが不可能であったため,開放性とした. そのため,二次
感染の予防を目的とした継続的な抗菌剤の投与と徹底したデブリードを
実施し,早期の断端整復を行う必要があると判断した. また尾びれ遠位
端切断手術後,フジは,尾びれを上下に振るドルフィンキックを行わな
くなり,遊泳時に体躯を変える際にはワニが泳ぐように,尾柄を左右に
くねらすようになった. 同居個体との並泳はもとより,遊泳自体をほと
ん ど 行 わ ず に ,一 日 の 大 半 を 飼 育 プ ー ル の 水 面 で 浮 い た 状 態 で 過 ご し た .
その結果,運動量低下に起因する体重の増加と血液中総コレステロール
値の高値を示し,早急な遊泳意欲と日常運動の回復による体調改善の必
要があると判断し,基本的遊泳動作の再獲得が必要であると評価した.
『アプローチ』
治 療 的 ア プ ロ ー チ と し て ,術 後 2 日 目 よ り 抗 菌 剤 の 投 与 と 2 回 /日 の 徹
底 し た 患 部 の 消 毒 及 び デ ブ リ ー ド を 施 し た . ま た Desability level の 改
善に利用すべく,人で使用されている義足の役割を果たすイルカ用の人
工尾びれの開発に先立ち,飼育員の指示に従って水面で仰臥位,あるい
は 腹 臥 位 を 保 つ「 受 診 動 作 訓 練 」を 実 施 し た . こ の 訓 練 は 術 後 57 日 目 の
2003 年 1 月 3 日 か ら 83 日 目 の 2003 年 1 月 29 日 ま で の 27 日 間 を 要 し た .
これは陸棲の小動物とは異なり,イルカでは水中での保定が困難である
ため理学療法においては必須な訓練である. 引き続き「装具馴致訓練」
を 開 始 し た . そ れ ら は ,術 後 175 日 目 の 2003 年 5 月 1 日 か ら 321 日 目 の
2003 年 9 月 24 日 ま で の 147 日 間 を 要 し た , こ の 時 期 の 目 標 は , 飼 育 員
135
の指示と餌とを結びつけるオペラントによる条件付けを強化し,安定し
てフジ自身を訓練に参加させること,及び人工尾びれ装着に対して忌避
感を持たせないことと,人工尾びれの着脱を容易にし,フジと飼育員の
双方の負担を軽減するための訓練である. 具体的には飼育員に尾びれを
水上で持たせたまま,静止状態を保持する「尾びれ持ち」すなわち受信
動 作 時 間 の 延 長 と ,尾 び れ の 負 担 が 少 な い「 背 泳 」,正 確 な ド ル フ ィ ン キ
ックの回復及びそれを引き出すために,水中で立ち泳ぎの体勢で体躯を
ひねる「回転」の 3 種目に訓練の重点を置いた. 訓練は,訓練がかけや
す い 空 腹 時 の 午 前 中 の 給 餌 時 間 に 併 せ て 15 分 ×2 回 /日 で 実 施 し た .
Ⅱ .DisabilityI level
『評価と問題点』
本 来 の 約 75%と な っ た 尾 び れ に よ り 著 し い 遊 泳 意 欲 , 能 力 低 下 と 遊 泳
速度の低下が認められたため,遊泳補助具を用いた遊泳能力の回復が必
要であると判断した. 人工尾びれの開発に関しては,ゴムメーカである
株式会社ブリヂストンの全面的な協力を得て開発,改良を行うこととし
た.
『アプローチ』
イルカは異物を体に装着することを極端に嫌う動物なので,最初に人
工尾びれ装着に先立ち,布やウェットスーツ生地などで尾びれを覆うな
どして異物に対する抵抗感を減らす「装具馴致訓練」を行った. 患部の
閉鎖と治癒を確認してから,本物の尾びれよりもかなり小さめに作った
ゴ ム 製 の 初 期 型 尾 び れ ( 図 109) を 装 着 し , フ ジ が 装 具 を 拒 否 し な い こ
と,術後初めて尾びれを上下に振る「ドルフィンキック」を行ったこと
を確認した上で,
「 遊 泳 機 能 回 復 訓 練 」を 実 施 し た . 「 ド ル フ ィ ン キ ッ ク 」
を獲得したことを確認の後に,その後遊泳能力の回復に伴い,取り付け
方法をより簡便にし,形状を正常なイルカの尾びれの大きさに近づけた
136
クロスバンド型人工尾びれを開発使用した. それにより装具馴致訓練時
から引き続き,
「 回 転 」時 の 回 数 の 増 加 ,背 泳 を 通 じ た ド ル フ ィ ン キ ッ ク
力 の 強 化 に 加 え て ,目 標 を 設 定 し 誘 導 を 行 う「 輪 運 び 」,立 ち 泳 ぎ に よ る
水 上 20 cm の 「 タ ー ゲ ッ ト タ ッ チ 」 を 取 り 入 れ た . 訓 練 時 間 は 午 前 中 の
給 餌 時 間 に 加 え ,時 間 的 に 余 裕 の あ る 最 終 回 の 給 餌 時 間 に あ わ せ て の 15
分 ×3 回 /日 で 実 施 し た . 訓 練 期 間 は ,術 後 322 日 目 の 2003 年 9 月 25 日
か ら 開 始 し , 2004 年 6 月 11 日 ま で の 261 日 間 で あ っ た .
人工尾びれの開発は,より負担のかかる訓練をこなせるように,また
遊泳時の抵抗力を軽減するために,抵抗の少ないカバーで尾びれ両肩の
部分より後端までを覆い,後端部をねじとナットで固定する「カウリン
グ型」を考案した.
カ ウ リ ン グ 型 人 工 尾 び れ を 開 発 し た こ と に よ り ,訓 練 内 容 は 複 数 種 目( ツ
イスト,ジャンプ他)を組み合わせ,回復具合を勘案しながら少しずつ
負荷をかけていった. これらは頭部あるいは上半身を水面上に出したま
ま行う訓練であるため,水中での遊泳時よりも,より強力なキック力を
必要とすると同時に道具を用いた目標設定下での種目で,遊泳能力の向
上とともに遊泳意欲の回復を意図とした. 人工尾びれを用いてのドルフ
ィンキックの安定強化とターゲットタッチが完成すると同時に,フジが
積極的に訓練に取り組む行動が認められた. しかし健常なバンドウイル
カに比べて遊泳速度は明らかに劣っていた.
カ ウ リ ン グ 型 人 工 尾 び れ を 用 い た 訓 練 は , 術 後 583 日 目 の 2004 年 6
月 12 日 か ら 771 日 目 の 2004 年 12 月 18 日 の 190 日 間 で あ っ た . 主 な 訓
練種目は,ターゲットタッチに加えて,体躯を1m 以上水面に持ち上げ
10 秒 間 保 持 す る 「 ツ イ ス ト 」, 全 身 を 水 上 に 完 全 に 出 し , 弓 な り に ジ ャ
ン プ す る「 ボ ウ ジ ャ ン プ 」,タ ー ゲ ッ ト に 向 か っ て ,垂 直 に ジ ャ ン プ し 体
躯を水上に完全に出す「ハイジャンプ」を導入した. 訓練時間は,全給
餌 時 間 に 併 せ て の 20 分 ×5 回 /日 で あ る .
137
また人工尾びれは,イルカの持ちうるあらゆる動作に対応することが
可 能 と な っ た「 カ ウ リ ン グ 型 オ リ ン ピ ッ ク モ デ ル 」
( 図 110)の 開 発 に 成
功 し た . こ の 尾 び れ の 主 材 料 は 硬 度 40 度 シ リ コ ー ン ゴ ム ,中 芯 素 材 は ガ
ラスクロス+ベクトランクロスとした. 人工尾びれ内部の中心素材に高
弾 性 繊 維( ベ ク ト ラ ン )を 用 い て , 翼 部 の 強 度 を 増 し ,曲 げ 剛 性 を 得 る
と 同 時 に ,全 体 の し な り を 増 し て 水 の 抵 抗 を 逃 が す こ と が 可 能 と な っ た .
カウリングは,装着する際に広げる腹部には柔軟性に富み,強度が高い
ベクトランのみを積層したが,その他の部分については,圧縮性に強い
グラスファイバーとベクトランを併用することで軽さと強度を備えた.
また安全性と耐久性を考慮して,ボルトを固定する埋め込み式ナットに
は海水で腐食しない純チタン製を使用した.
カウリング本体の素材は,カーボンクロス綾織+ガラスクロス平織+
ベクトラン平織を用い,内部クッション剤とエバーライトモランを使用
した.
また遊泳能力の回復を確認するために,
「カウリング型オリンピックモ
デル」用いて,健常なイルカ,人工尾びれ装着時と非装着時の遊泳比較
を行った.
Ⅲ .Handicap level
『評価』
尾びれが著しく小さくなったことにより他個体との並泳が不可能とな
り,また様々なショー種目を行うことが不可能となった. それにより給
餌以外は単独行動となり,他個体との社会行動を行っていないと評価し
た. また耐久性が完璧でない人工尾びれを常に装着することが不可能で
あることから,日常の生活を人工尾びれ無しで過ごせることが必要であ
ると判断した.
『アプローチ』
訓練者は,決して訓練の無理強いをせずに自発的な行動を引き出すま
138
で時間をかけることとし,日常的に飼育員がフジと接触する時間を多く
確保した. さらにターゲット等の器具を使用するなどして,フジの意欲
を 保 つ 努 力 を し た . 加 え て ,一 般 の お 客 様 に 人 工 尾 び れ の 開 発 の 経 過 と ,
人工尾びれを用いての理学療法の様子を披露する「人工尾びれ観察会」
に参加させることにより,フジ自身に日常生活における規則的な目標意
識を自覚させた. また人工尾びれ非装着時においても,
「 ツ イ ス ト 」,
「ボ
ウ ジ ャ ン プ 」,「 ハ イ ジ ャ ン プ 」 な ど の 尾 び れ に 負 担 の か か る 種 目 を 積 極
的に訓練に取り入れた.
期 間 は ,術 後 772 日 目 の 2004 年 12 月 18 日 か ら 2006 年 10 月 4 日 ま で
の 656 日 間 で あ っ た . 主 な 種 目 は , 現 状 の 能 力 維 持 の 為 に 引 き 続 き 「 ツ
イ ス ト 」,「 ボ ウ ジ ャ ン プ 」,「 ハ イ ジ ャ ン プ 」 に 加 え て , イ ル カ シ ョ ー へ
の参加,他個体とペア種目の訓練,水族館の観客に対する人工尾びれ観
察会への参加で,同居個体との共泳,社会復帰を目標とした. 人工尾び
れ 観 察 会 は 20 分 ×1 回 /日 で そ れ 以 外 の 4 回 の 全 給 餌 時 間 に 併 せ て の 20
分 ×4 回 /日 で 訓 練 を 実 施 し た .
139
図 109. 初 期 型 人 工 尾 び れ
図 110.
カウリング型オリンピックモデル
140
結果
本 症 例 に 於 け る 理 学 療 法 の 結 果 は , 以 下 の 通 り で あ る ( 図 111) .
Ⅰ . IMPAIRMENT
LEVEL
第 31 病 日 に は 創 部 辺 縁 に 沿 っ て 肉 芽 が 形 成 さ れ 始 め た . 第 59 病 日 に
は 体 温 や 血 液 性 状 が 正 常 値 で 安 定 し た の で ,抗 菌 剤 の 全 身 投 与 を 中 止 し ,
消 毒 と デ ブ リ ー ド( 2-3 回 /日 )の み を 続 け た と こ ろ ,第 197 病 日 に は 患
部の閉鎖と治癒を確認した.
この間,消毒やデブリードに伴う受診動作の完成も訓練の一環と位置
づ け ,継 続 し た と こ ろ ,フ ジ は ,飼 育 員 が 指 示 し た 際 に 確 実 に 10 分 以 上
の受診動作を保持出来るようになった. また「回転」と「背泳」種目が
完 成 し , 正 確 な ド ル フ ィ ン キ ッ ク を 獲 得 し た . さ ら に 230kg 以 上 で あ っ
た 体 重 は , こ の 訓 練 と 餌 量 の コ ン ト ロ ー ル に よ り 適 正 体 重 で あ る 220kg
前 後 ,訓 練 開 始 前 に 最 高 295mg/ml だ っ た 総 コ レ ス テ ロ ー ル 値 は 200mg/ml
以下に安定させることが出来た.
Ⅱ .Disability level
本訓練を通じて,人工尾びれを用いてのドルフィンキックの安定強化
とターゲットタッチが完成すると同時に,フジが積極的に訓練に取り組
む行動が認められた. 同時に訓練中にタイプの異なる人工尾びれを装着
することに対するフジの忌避行動は一切認められなかった.
ま た 遊 泳 能 力 解 析 結 果 と し て ,ハ イ ジ ャ ン プ を 行 う 際 の 潜 水 開 始 時( D
期 ),加 速 期( A 期 ),ジ ャ ン プ 期( J 期 )の 平 均 速 度 は ,人 工 尾 び れ 装 着
時 は そ れ ぞ れ 3.10 ±0.81m/s, 4.28 ± 0.57m/s , 5.33 ±0.74m/s , 非 装 着
時 は 2.40±0.89m/s, 3.87±0.84m/s, 5.01±0.61m/s で あ り , い ず れ も
非 装 着 時 に 比 べ て 早 く (図 107),ジ ャ ン プ 直 前 に は 5m/s に 達 し た( 正 常
個 体 で は 6-7m/s) . 人 工 尾 び れ 装 着 時 に は 3m の タ ー ゲ ッ ト に 到 達 で き
たが,非装着時では到達できなかった. すなわち,遊泳速度,ジャンプ
141
能 力 に 於 い て ,装 着 時 の 方 が 非 装 着 時 よ り 向 上 し て い る こ と が 判 明 し た .
またフジと健常イルカの「ハイジャンプ」の際の水中動作をビデオ解
析 し た 結 果( 図 108), A 期 の 尾 び れ の 振 幅 動 作 は ,健 常 個 体 で は 3 秒 間
で 4 回 で あ っ た の に 対 し , 人 工 尾 び れ 装 着 時 は 4.5 秒 で 7 回 と 長 い 時 間
かけて多くのキックを行った.
すなわちフジは人工尾びれ装着時においても正常イルカの遊泳能力に及
ば な い こ と が 判 明 し た . し か し ADL(日 常 生 活 活 動 : Activities of Daily
Living)の 向 上 が 明 ら か と な っ た .
しかし人工尾びれ装着時のフジの尾びれと健常イルカの尾びれの振幅
動作をハイスピードで撮影して解析した結果,生体に比べて人工尾びれ
の「しなり」が著しく劣るため,尾柄部の振幅動作と尾びれの先端の動
き が 精 密 に 連 動 し て い な い こ と が 判 明 し た ( 図 112) .
Ⅲ .HANDICAP LEVEL
この回復訓練の結果,ダイナミックな「ハイジャンプ」動作を獲得す
ることが出来,安定したショー種目への参加も可能をなった. また,人
工尾びれの非装着時においても日常的に同居個体との並泳を行い,完全
な ボ ウ ジ ャ ン プ を 安 定 し て 行 う こ と が 可 能 と な っ た ( 図 113) . そ こ で
この訓練期間をもって理学療法の修了とし,その後は他個体と同様の日
常 訓 練 ,シ ョ ー 種 目 参 加 と 継 続 し ,人 工 尾 び れ の 装 着 は 6 時 間 /日 と し て
い る ( 2013 年 11 月 現 在 ) .
142
143
図 111.
フジの理学療法プログラム
143
図 112.
健常イルカと人工尾びれの動作比較
上部:健常イルカ,下部:人工尾びれ. しなりの相違が確認出来る
144
図 112.
人工尾びれ非装着時でのジャンプ
145
考察
遊泳補助具として開発された人工尾びれの有益性を検証するために
実施した揚抗力測定においては,形状が同じ尾びれ型を用いて,クロス
バ ン ド 型 と カ ウ リ ン グ 型 と の 比 較 を し た 結 果 ,迎 角 20 度 以 下 の 範 囲 に お
いて,カウリング型の方がクロスバンド型より約 2 倍の揚抗比を示すこ
とが判明した. これはカウリング型には流体抵抗源になるような突出部
が少ないためで,カウリング型の方が流体抵抗が小さく,尾びれとして
適しているということである. また形状が同じ尾びれ型において,ゴム
の 硬 度 の 違 い の 定 量 的 な 検 討 を 行 っ た . 実 験 の 結 果 , 硬 度 40 度 品 , 7 0
度 品 ,カ ー ボ ン フ ァ イ バ ー 性 の 中 芯 を 埋 め 込 ん だ 硬 度 70 度 品 の 3 パ タ ー
ン を , 同 一 ク ロ ス バ ン ド 装 着 型 で 比 べ た 場 合 , 揚 抗 比 は 40 度 <70 度 <70
度+中芯の順となり,尾びれの翼としての性能は硬度の高い方が良いこ
とが明らかとなった. 揚抗比は目視による遊泳状況の改善度と相関が高
く,この時点で人工尾びれの「補強板(中芯)入りのカウリング型」と
いう基本構造を確定した.
遊 泳 能 力 解 析 に つ い て は ,フ ジ の 人 工 尾 び れ 装 着 時 は ,開 始 時 ,中 盤 ,
直 前 で そ れ ぞ れ 3.10±0.81m/s,4.28 ±0.57m/s,5.33±0.74m/s,非 装 着
時 は 2.40±0.89m/s , 3.87±0.84m/s , 5.01 ±0.61m/s で あ り , い ず れ も
非装着時に比べて早い. 加えてジャンプ直前に非装着時および装着時共
に 5m/sに 達 し て い る が , 装 着 時 に は 3mの タ ー ゲ ッ ト に 到 達 し た が , 非 装
着 時 は 3mに は 到 達 し て い な い . す な わ ち , 人 工 尾 び れ を 装 着 す る こ と に
より,確実に遊泳及びジャンプ能力が向上したことが証明された.
一方健常イルカではハイジャンプ直前に遊泳速度を上げる傾向があり
最 高 遊 泳 速 度 (6.99m/s)も フ ジ の 人 工 尾 び れ 装 着 時 を 上 回 っ て い る .
またフジと健常イルカのハイジャンプの際の水中動作をビデオ解析し
た結果,潜水時の加速を得るために,人工尾びれ装着時は尾びれの振幅
動 作 が 1回 (0.5回 /s)で あ っ た が ,人 工 尾 び れ 非 装 着 時 に は 3回 の 尾 び れ の
146
振 幅 動 作 が 必 要 で あ っ た ( 健 常 イ ル カ で は 1 回 ). ま た 水 中 か ら 体 躯 が 完
全 に 空 中 に 出 る ま で の 振 幅 回 数 は 人 工 尾 び れ 装 着 時 に は 4.5回 で あ っ た .
そ れ に 対 し 健 常 イ ル カ で 3回 で あ っ た .
人工尾びれ装着時のフジの尾びれと健常イルカの尾びれの振幅動作を
ハイスピードで撮影して解析した結果,生体に比べて人工尾びれの「し
なり」が著しく劣るため,尾柄部の振幅動作と尾びれの先端の動きが精
密に連動していないことが判明したが,これらの健常イルカとの遊泳力
の差は,飼育下の日常生活において,大きな障害であるとは考えられな
い た め , 現 状 と し て 問 題 な い と 判 断 し た . ま た 2013年 11月 現 在 に お い て
は,人工尾びれ非装着時においても水面に体躯を出すボウジャンプが可
能となっており,他の同居イルカとともに同等のショー種目をこなして
いる.
QOL の 改 善 の 為 の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン に つ い て は , 運 動 機 能 回 復 の た
めの補助装具として世界初の試みであるバンドウイルカに対する人工尾
びれの研究開発と,人工尾びれ装着訓練等を通じた理学療法を並行して
展開した. 奇しくもそれらは,人の義肢装具の使用目的である①身体部
分の安静,固定や変形矯正などの疾病治療,②失われた身体部分や機能
の 代 償 , ③ 心 身 機 能 の 向 上 を 図 る た め の 訓 練 用 と な る [ 20] に 相 当 す る
アプローチそのものであった.
人工尾びれの開発にあたっては,単なる形状補完ではなく,「遊泳補
助具として機能的な尾びれ」の制作を目標とした. すなわち,人工尾び
れを装着することにより①フジの遊泳能力が向上すること. ②人工尾び
れを理学療法のツールとして用い,術後に衰えたフジ自身の遊泳に関わ
る筋力を回復させることが求められた. 遊泳補助具の開発においては,
株 式 会 社 ブ リ ヂ ス ト ン 社 の 協 力 の 下 ,約 41 ヶ 月 に わ た る 試 行 錯 誤 の 結 果 ,
最終的に人工尾びれの形状は正常なバンドウイルカの尾びれをもとにし,
水中での抵抗を減らすことを目的として装着方法はカウリング型を採用
147
した. また十分な強度と「しなり」を得るために中心に補強板を入れ,
尾びれ自体のゴムの選定を行い,フジの尾びれと人工尾びれが接する部
分 に は ,擦 過 傷 防 止 の た め に FPDM( エ チ レ ン・プ ロ ピ レ ン・ジ エ ン ゴ ム )
製発泡ゴム(ブリヂストン製エバーライトモラン
TM
)を粘着剤で人工尾
びれの内部に張り保護層とした.
飼育プールにおける遊泳速度の測定の結果,人工尾びれ装着時には非
装 着 に 比 べ て 遊 泳 速 度 が 速 い こ と ,垂 直 ジ ャ ン プ の 高 さ が 増 加 す る こ と ,
最高スピードを出すまでの尾びれの振幅回数が少ないことが明らかとな
った. これらは人工尾びれがフジの遊泳能力を向上させるための補助装
具として有益であることを示している. 更に,人工尾びれ装着時に健常
イルカの遊泳スピード,ジャンプ力には及ばないものの,飼育下で生活
する分には全く支障がなく,ツイスト,ボウジャンプ,ハイジャンプな
どの尾びれへの負担がかかる種目における動作も獲得できた.
また人工尾びれ非装着時においても完全なボウジャンプを行うことが
出来るようになり,人工尾びれの装着にかかわらず他個体との並泳動作
など同居個体との社会生活を取り戻すことが出来たために,訓練強化か
ら能力維持を目的とした対応に移行した. すなわち,回復期リハビリテ
ーションから維持期リハビリテーションへの転換期として,飼育員は他
のイルカと同様に日常の飼育管理を行うこととなった.
人工尾びれを遊泳補助具とした理学療法に基づくマネージメントによ
り,訓練を実施した結果,遊泳意欲,遊泳能力,社会性を再び取り戻す
ことが出来た. これは水族館で飼育されている障害を負った展示動物で
あ る イ ル カ に 対 し て の QOL の 改 善 を 施 す と い う 新 た な 概 念 を 導 入 す る こ
とになった.
148
小活
小型歯クジラ類の外科的アプローチに関しては,皮膚の切離や皮膚切
開による体内病変の摘出,その後の縫合などの経験を積むことにより,
適切な外科的処置による治療の可能性が示された.
また障害を負った展示動物であるイルカに対して,人工尾びれが単な
る形状補完としてではなく,遊泳補助具として有益であった. また展示
動 物 の QOL の 改 善 す る た め の 手 段 と し て 「 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン 」 と い う
新たな概念を水族館に導入することができた.
149
総括
鯨類や海牛類などの水中生活を営む大型水棲動物は,陸棲動物とは異
なる取り扱いの難しさもあり,水族館等の飼育下の動物の疾病に対して
行う治療方法としては,経口投与など,内科学的なアプローチに終始す
ることが殆どであった. そのため術後管理にデブリードマンを必要とす
る外科手術については,検討されることも無く,ましてや術後管理とし
ての理学療法を施して低下した機能改善を試みた例は皆無であった. 特
に 沖 縄 県 以 外 の 水 族 館 で は ,飼 育 水 温 を 適 正 水 温 で あ る 25℃ 前 後 に 維 持
するため冬場に加温しなければならず,頻繁にプールの水を抜いて処置
を施すことが難しい. そのため,抗菌剤の投与にあたって,血液等の検
査結果を根拠にするのではなく,摂餌が消失する前に抗菌剤をとりあえ
ず投与し,その後検査を行うという方法が主であった.
しかしながら沖縄美ら海水族館は,飼育水として利用出来る豊富な海
水 を 海 か ら 直 接 汲 み 上 げ て 利 用 す る こ と が 出 来 る た め ,2-3 回 /日 の 頻 度
で飼育プールの水を抜くことが可能である. そのような恵まれた条件を
利用することで,他館では困難であった小型鯨類の臨床に取り組み,特
に確定診断に基づいた治療を施してきた.
大型水棲動物は保定や移動など取り扱いが難しい反面,イルカ類には
トレーニングを経て一定の受診動作を獲得させることが可能である. そ
の性質を利用して,保定することなく肛門からプローブを入れて体温測
定をすること,尾びれの血管から採血をすることなど,ルーチンの健康
チャックができる. 一方,血液検査器機の進歩もめざましく,血液検査
結果を確認してからの薬剤の投与という治療のセオリーをようやく導入
することが出来た. その結果,静脈内投与が治療の中心となり,治療の
幅が大きく広がることとなった. それらは現在,大型魚類である板鰓類
のジンベエザメの水中静脈内薬剤投与や,ナンヨウマンタの水中超音波
150
画像診断検査にまで発展させることとなった.
真 菌 感 染 症 に 関 し て は ,飼 育 個 体 の 約 半 数 の イ ル カ が 呼 気 か ら 病 原 性 酵
母を噴出していることが判明した. 分離された菌種は,一般的な病原性
酵 母 で あ っ た が , 稀 な 菌 種 と し て Pichia rodanensis と Candida
haemulonii が 含 ま れ て い た . 今 回 分 離 さ れ た 菌 種 は ,同 一 個 体 が 同 一 菌
種を保有していることが判明し,これらの菌種と保有状況はイルカの正
常叢を反映していることが示唆された. このように個体毎のデータを取
集し,解析することにより個体毎の健康管理に役立てることが出来た.
加えて,野生搬入個体においても広く調査をする事により新興真菌感
染症の一種であるラカジオーシスを診断することになった. 現在までに
ヒト症例は発生していないものの,ラカジオーシスの病型は軽微な皮膚
炎程度から激しいケロイド状の肉芽腫性病巣まで多種に及び,軽微な症
例は見逃されてきた可能性は否定できない. 本研究を通じてラカジオー
シスの分子生物学的診断法に利用可能なプライマーを設計し,その有用
性 を 確 か め る こ と が 出 来 た [37].
我が国は海洋国家であり,海および水産物との接触を持たない国民は
皆無であると言っても過言ではない. 漁業関係者はもちろんのこと一般
人でも海水浴,釣り,ボートなどのマリンレジャーの後だけでなく,海
産物の取り扱い,海棲動物の展示施設などで海水と接触した後は,洗い
流すなどの注意が必要である.
また水族館で様々な検査,処置やデブリードマンが出来る環境が整っ
たことにより,外科的治療に取り組むことが可能となり,イルカ類では
国内で報告が無かった縫合手術を実施するまでに至った. 現在では麻酔
を使用したイルカ類の抜歯処置を安全に行えるまでになっている. 今後
は,全身麻酔を使用した外科的な処置や腹部の外科的手術の実施等が課
題である.
イルカをはじめとした水棲哺乳類に対する「リハビリテーション」と
151
は,疾病や混獲で保護された野生動物を一時的に水族館等の施設で飼育
し,栄養補給や病気の治療,あるいは寄生虫の駆除等々,状態の改善を
確 認 し た 後 に 再 び 自 然 界 に 戻 す こ と を 表 し [17] ,今 回 の 事 例 の よ う な 補
助具を用いたプログラムを作成して理学療法を用いたものを表すもので
はないとの見解が一般的であった.
失った機能を回復するための補助装具の使用例は,米国でウミガメに
人 工 胸 び れ を 装 着 し た 例 [6] , キ リ ン に 義 足 を つ け る 試 み ( 大 森 山 動 物
園 ),ペ ン ギ ン の 嘴 を 人 工 物 で 補 っ た 例( 川 崎 市 夢 見 台 動 物 園 )な ど ,国
内 外 の 動 物 園 か ら 極 少 数 の 報 告 が あ る も の の [25], い ず れ の 事 例 も 形 状
補完の域を脱しておらず,補助具としての完成度は不十分であると同時
に,システマティックな理学療法を施して機能を回復させるまでに至っ
た例は殆ど認められなかった. もちろんイルカに対する遊泳補助具とし
ての人工尾びれを作製した例は全く無かった. 他分野である株式会社ブ
リヂストン社の協力の下,遊泳補助具としての人工尾びれを開発し,理
学療法に基づくマネージメントにより訓練を実施した結果,遊泳意欲,
遊泳能力,社会性を再び取り戻すことが出来た.
画像診断器機による確定診断,外科手術の実施,人工尾びれの作成と
それを用いた理学療法の実施など,これら全ては水族館に於ける初の試
みであった. すなわち,それら一つ一つが,飼育・展示及び研究を目的
と す る 水 族 館 に “ 新 た な 概 念 ” を 導 入 す る こ と と な っ た の で あ る [36].
これまで敬遠されてきた小型歯クジラ類の診断・治療について,陸上
動物類似の診断法や治療法の積極的応用の有用性が示された. これらの
成果は,水中という特殊環境の中で回復が強く求められる小型歯クジラ
類の臨床において極めて重要であり,今後水族館における展示動物の例
の み な ら ず ,野 生 動 物 の 保 護 動 物 症 例 に 対 す る 応 用 が 十 分 に 期 待 で き る .
152
謝辞
本研究を遂行するにあたり酪農学園大学大学院獣医学研究科運動器・
神経病治療学 泉澤康晴教授に心より御礼申し上げます. 常に有意義な
助言を頂いた先生のご配慮が無ければ研究にとりかかることすら出来ま
せんでした. また,本論文を提出するにあたり,御指導いただいた同獣
医放射線生物学 林正信教授,同分子診断治療学 打出毅教授に深く謝意
を申し上げます.
本研究の真菌感染症診断治療に関して,琉球大学農学部亜熱帯地域農
学科動物生産科学分野家畜衛生学講座佐野文子教授に多大なる御指導を
いただきました,厚く御礼申し上げます.
本研究の理学療法に関して,神戸国際大学リハビリテーション学部理
学療法学科
村上雅仁教授に多大なる御指導をいただきました,厚く御
礼申し上げます.
また人工尾びれ開発にあたり,株式会社ブリヂストンフローテック
加藤信吾氏,ブリヂストン化成品株式会社
ヂストン
齊藤眞二氏,株式会社ブリ
加唐巧氏,原健太郎氏,関亙氏,横井隆氏,株式会社ブリヂ
ス ト ン EMK
藤 川 義 則 氏 ,株 式 会 社 ブ リ ヂ ス ト ン 社 員 皆 様 ,飼 育 動 物 の 健
康管理に御指導,御協力をいただいた沖縄美ら海水族館
内田詮三名誉
館長,宮原弘和館長,柳澤牧央獣医師,スタッフ各位に心より感謝いた
します.
伊藤春香博士には,鯨類に関する色々な知見をご教授頂き,また本論
文を執筆するにあたり多くの励ましとご助言を頂きました. ここに深謝
いたします.
日本大学生物資源科学部海洋生物資源学科
鈴木美和専任講師には,
本論文を執筆するにあたり多くの励ましとご助言を頂きました. ここに
深謝いたします.
153
らむかな製作所及びおやつ工房には,本論文に関わる画像データの処
理 に 関 し て の PCの ご 協 力 を 頂 き ま し た . 看 板 犬 の し し ま る を 含 め , こ こ
に感謝します.
最後に長期に渡り経済的ならびに精神的に支えてくれた妻と二人の娘
達,そして両親をはじめ兄弟に多大なる感謝の意を表します.
154
引用文献
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