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老健施設における薬剤の処方
特集 June Vol.27 No.3 概論 老健施設における薬剤処方の 実態と今後のあり方 ~介護老人保健施設における薬物治療の 在り方に関する調査研究結果より~ 老健事業で薬物治療の実態把握 適正な投与方法を検討 平成 22 年厚生労働科学研究費補助金による 適正な投与方法の検討を行った。特に、睡眠薬等 の向精神薬、降圧薬、抗血栓薬(抗凝固薬、抗血 小板薬) 、糖尿病薬に注目して実態を把握し、老 健施設管理医師の機能としての薬剤マネジメント 老健施設における薬剤の処方 ■調査方法と回答者の属性 下図のとおり、全老健全会員施設の管理医師および各施設 5 名程度の利用者に対し、郵送によ るアンケートを実施した。利用者については入所時と入所 2 か月後または退所時の2回の調査を 行った。調査時期は平成 27 年 8 月~平成 28 年 1 月。 (1)老健施設管理医師調査 ①管理医師調査 ・全老健会員の老健施設 (3,598 施設 ) を対象に郵送にて送付・ 回収した。 ※①調査の集計対象数:770 件 ※集計対象 のあり方について検討を行った。 ②個別調査(初回調査(入所時およ では、高齢者が慢性疾患や老年症候群を複数有し ここでは、この調査において得られた老健施設 び入所 1 か月後調査))および③個 ていることから、多剤併用とそれに伴う薬物有害 における減薬の実態と今後について紹介する。 別調査(入所 2 か月後または退所 「高齢者に対する適切な医療提供に関する研究」 事象およびノンアドヒアランス(薬を正しく飲ま ない)のリスクを抱えていることや、優先順位の 低い薬剤を減らす等の適切な薬剤使用が必要であ ることが明らかにされた。 薬剤名と医薬品をアンケート マッチングシステムの構築 アンケート調査において、薬剤の使用状況を把 また、入所後には、食事や気温など療養環境の 握するためには、まずアンケートにより得られた 変化とアドヒアランスの改善により、生活習慣病 薬剤名をデータとして処理する必要があるため、 等の病態改善が見込まれ、減薬が必要となるケー 利用者が服用している薬剤名については、特定多 スも多いと考えられる。 数の医師による手書きの回答やレセプト等のコ 時調査)の集計対象は、①管理医師 調査を含めた3つの調査のすべてに 回答したサンプル (1,375 件 ) のみ を対象としている。 (2)老健施設利用者の調査 ②個 別調査(初回調査(入所時および入所 1 か 月後調査) ) 管理医師調査(①)に回答した 770 施設にお いて、平成 27 年8月~ 10 月上旬に入所した利 用者5名程度を対象に、入所時および入所1か 月後の薬剤の使用状況等について郵送でアン ケート調査を行った。 ③個別調査(入所 2 か月後または退所時調査) さらに同じ利用者に対して、入所2か月後ま たは退所時の薬剤の使用状況等について郵送で アンケート調査を行った。 ※②および③調査の集計対象数:1,375 件 〇回答者の属性 2 回の利用者調査の回答者の平均年齢は 84.9 歳、入所前の居場所は地域の一般病床が最も多く、 次に自宅であった。一方退所先は自宅が最も多かった。今回調査した疾患別(複数回答)にみる と、高血圧の割合が最も高く 56.8%で、次いでアルツハイマー型認知症(30.3%) 、脳梗塞 老健施設においては、高齢者の入所を契機とし ピー等をデータ入力しなければならない。しかし て、その利用者の病歴、薬剤服用歴や生活全般を ながら、これらの入力結果を、薬価基準点数早見 把握できることから、入所者の多剤併用、重複投 表をもとにしたデータベース(医薬品マスター) 与による有害事象を是正できる可能性が高いと考 に検索をかけても、入力結果とマッチングできる ターとのマッチング率は 47.7%から 94.6%に到 えられた。 ものは半数以下(47.7%)にとどまる。 達した。つまり、管理医師による回答の 95%近 そこで、全老健では、平成 27 年度老人保健健 すなわち、統計処理が可能なデータは、得られ くを統計処理の対象とすることができた。 康増進等事業(老人保健事業推進費等補助金) た回答の半数以下となってしまう。その原因とし なお、このマッチングシステムを構築したこと 「介護老人保健施設における薬物治療の在り方に ては、調査票に記載した医師の癖やオペレータに により、今後、同様の薬剤に関する調査を実施す まず、老健施設利用者における使用薬剤数をみ 関する調査研究事業」により、老健施設における よる人為的ミス等が考えられるが、今回の調査で る際の活用はもとより、不特定多数により記載さ ると、入所時の使用薬剤は平均 5.89 剤であった 薬剤使用の実態を把握した。また、老健施設入所 は、マッチングの精度を高めるために入力結果を れた薬剤名をデータとして扱う際に、より精度の が、入所 1 か月後には 5.05 剤程度まで減り、 2 時に投与されていた薬剤に関して、入所中の変更 複数の検索方法により統計処理が可能なデータと 高いデータを得ることが可能となる。なお、医薬 か月目には 5.35 剤とやや増えていた。この 2 か やその考え方についての実態を把握し、多剤投与 するための独自のシステムを構築した。このシス 品マスターは定期的に更新されるため、将来的に 月後の増加については症状に応じた治療がなされ が多くみられる薬剤について老年医学の観点から テムによりマッチングを行った結果、医薬品マス 新薬や新製品が発売された際にも常に新しい薬剤 ているためと推察される。 10 ●老健 2016.6 010-013特集 概論(七)0517.indd 11 (28.5%) 、糖尿病(16.9%) 、心房細動(11.9%)の順であった。 名への対応が可能となった。 使用薬剤は減少傾向 ジェネリックは増加傾向 老健 2016.6 ● 11 2016/05/17 11:19:46 特集 June Vol.27 No.3 ■老健施設入所による使用薬剤、薬価およびジェネリック薬の割合の変化について 老健施設における薬剤の処方 不十分なため正確ではないが、入所後一旦減少し、 く、必ずしも薬剤によるものとは断定できないが、 その後 2 か月目には再び増加する傾向があった。 老健施設入所中は、減薬や増薬に伴う有害事象を この傾向は高血圧および認知症を有している利用 観察、報告することが可能であるため、入所中に 者に目立った。 薬剤の種類を減らし、さらにジェネリック薬に切 老健施設管理医師による 薬剤管理と今後について り替えることが、外来よりも安全に行い得ると考 えられた。 一方、減薬したことについての診療情報の提供 前述のとおり、今回の調査結果から、老健施設 はまだ十分とはいえない。例えば約 2 割の管理医 管理医師は、利用者の入所後から症状を確認しつ 師が薬の変更の内容をかかりつけ医に十分伝えら つ、薬の増減を行っていると考えられた。 れておらず、その結果、薬剤がまた増えてしまう 多剤併用や多重投与を減らす 1 つの試みとし ということが課題としてあり得ると考えられた。 て、日本老年医学会は平成 24 年より、老健施設 今回、処方せんをベースにしたデータの解析精 管理医師に対する研修制度を開始し、また平成 度を向上させ、これまでは約半分以下しかマッチ 27 年に『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』 ングできなかった処方内容を 9 割以上マッチング を出版したところである。今回の研究結果では老 可能にしたことで、老健施設管理医師の入所から 健施設管理医師は、薬剤の減量を積極的に行って の減薬パターンを明らかにした結果、本事業は薬 いることが浮き彫りにされたといえるであろう。 剤の重複投与や多剤投与に対して老健施設が大き なお、薬剤の増加に伴う有害事象と減少に伴う な役割を果たし得ることを示すことができた。 有害事象と考えられるものが、それぞれ 3 ~ 4 % さらにマクロ的な視点からみると、要介護高齢 程度生じていることが報告された。有害事象とし 者が老健施設に入所することにより、薬剤に関連 てあげられたもののなかには、転倒やせん妄が多 する医療費の削減が期待できる。 ■今回の調査結果をもとにした提言 今回の調査結果により、老健施設管理医師が薬剤の減量を積極的に行っている一方で、老健施 設退所後の利用者における薬剤の使用に課題があることを踏まえ、以下を提言としてまとめた。 薬価については、今回の分析対象となった薬剤 患により内服する薬剤の見直し方法が異なるため の単価のみの合計価格(服用回数は反映せず)を と考えられた。 み る と、 入 所 時 は 平 均 326.9 円、 1 か 月 後 で 今回の調査では、医薬品マスターとマッチング 207.4 円、 2 か月後には 220.1 円と、一度減った できている薬剤の名称からその薬剤がジェネリッ ものがまた少し増えていた。疾患別に増減をみる ク薬かどうかを判別できるため、利用者が使用し と、糖尿病、心房細動は 2 か月ともに減少する傾 ている薬剤に占めるジェネリック薬の割合が把 向があったが、アルツハイマー型認知症と高血圧 握できる。 は、 1 か月目は減少するものの、 2 か月目にはや 入所期間中ジェネリック薬の割合をみると、入 や増えている傾向があった。このように疾患群に 所時から 1 か月後、 2 か月後と増える傾向があっ より、増減の傾向が違っているのは、おそらく疾 た。薬価の分析は服薬数の換算が今回の報告では 12 ●老健 2016.6 010-013特集 概論(七)0517.indd 12-13 1.高齢者において薬物有害事象が起きやすいのは6剤以上とされている。老健施設入所をきっ かけに高齢者の使用する薬種が約6剤から5剤に減ることから、老健施設入所をきっかけと して、高齢者の状態を配慮した結果、減薬されたものと考えられる。 2.また老健施設入所中は、薬剤による有害事象を把握することが容易である。 3.しかしながら、老健施設退所後に薬剤が再び増えることもあると報告されている。また一部 の医師は薬物の変更をかかりつけ医に十分伝えていない可能性がある。今後、老健施設管理 医師の研修や、情報提供方法の改善が望まれる。 4.この目的のためにも、日本老年医学会が実施する老健施設管理医師研修会などの周知および 充実が望ましい。 5.減薬およびジェネリック薬への変更は、薬剤費への影響も大きく、医療費削減が期待される。 老健 2016.6 ● 13 2016/05/17 11:19:46