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前橋天神山古墳図録
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υ
前橋市教育委員会
はじめに
前橋天神山古墳は、広瀬団地造成にともない記録保存のやむなきにいたったもの
である。
後 閑 町 地 内 に は 30 数 基 の 古 墳 が 所 在 し 、 そ の 数 と 質 と に お い て 、 一 大 古 墳 群 を
なしていた地域である。とくにここ数年来、高度成長をあゆむ経済、社会の発展に
ともなう開発の中で、これら古墳を含めて埋蔵文化財の滅失き損はいちじるしいも
のカfある。
この天神山古墳は、朝倉町の八幡山古墳とならんで規模の大きいものであり、そ
の 保 存 に つ い て 前 々 か ら 措 置 を 講 じ て き た も の で あ る 。 昭 和3
4 年
8 月から調査に着
手し、第 5 次にわたって実施され、その全貌が明かにされた。特に第 3 次以降の調
査では、粘土楠の発見とその遺物のすばらしい出土をみ、この古墳の重要きが再確
認されたのである。
本古墳の調査は、尾崎喜左雄博士をはじめ前橋工業高等学校松島栄治先生、前工
生徒、群馬大学学生の多大の労をわずらわした。特に前橋工業高等学校の歴史研究
部の生徒諸君は、着手以来この古墳の調査に全勢力をなげうってくれたことは感謝
にたえない。
本古墳は、県の補助を受け後円部の一部、主体部を買上げ保存できることになり、
鏡をはじめとする遺物も完全に保存をなしえた。
本市において、かつてみられなかった充実した古墳の発掘調査となったばかりで
なく、貴重な学術的成果を得ることができた。そして、これが契機となって、文化
財保護の上で、市民および
関係者の認識を深めることができたのである。ここに、
調査の結果を図録として記録し、貴重な文化財の保護をはかり、次代への責任を果
たすとともに、きらにこれが活用によって広く社会文化の発展に寄与する資として
いきたいと考える次第である。
昭 和 45 年 3 月
前橋市教育委員会
教 育 長 伊 藤 順
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一
弥生土器散布抱・遺跡
•
土師器散布地・遺跡
図
古
墳(方
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.
古
墳(前方後円績)
古
墳(円
境)
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寺院跡
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古基・古碑(童書)
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指定女化財・史跡
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陶質土器古瓦散布勉
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縄文土器散布地・遺跡
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図版目次
前橋天神山古墳全景(位置図)………...・ ・
.
.1
鏡・出土状態…・ー………・・・…・・...……・・ .
2
2. 天神山古墳より八幡山古墳を望む……… .
.
.
2
.
・ ・
.
.
.
.
.
3
3. 葺石段築(後円部東側卜レンチ) .
.
93
.
04
4.
1
.
24
.
4 葺石(後円部北側トレンチ)………...・ ・ 3
.
5 葺石(後円部北側裾部)…・ ・ ・.
.
.
.
.
.
.
.
.
...
.
4
.
34
銅餓・剣出土状態…・…・・…………・・・… .
.
.
.
.
42
.
44
鉄製斧頭出土状態…・…・・・・・・-…・・・・・・…...・
52
.
54
.
64
.
74
.
84
棒状鉄製品及ぴ顔料内蔵土師埼破片… … .
62
H
.
1 天神山古墳葺石調査……・・
-……・……
2
H
H
H
H
6. 前方部南側葺石根石….....・ ・
.
.
.
.
.
.
・ ・
.
.
.
.・
…4
H
H
7. 前方部北面隅角部根石特殊構造・….....・ ・
"5
8 前方部南側・葺石・根石…・・……・…・・・"5
H
9. 天神山古墳外形実側図…・・….........… 引?込
.
01 後円部・前方部接合(北側〈ぴれ部)・・
6
11.前方部・後円部接合地点土器出土状態… .
.
6
.
21 後円部墳頂石敷(西より東をのぞむ)… .
7
.
31 後円部墳頂敷石(東部)… ……...・ ・
.
.
.
..7
.
41 北西部敷石・・……・……....・ ・...……- … 8
H
H
三角縁四神四獣鏡下における剣の配置一 .
.
.
32
靭上面における剣出土状態 ・ ・
・
・
・
・
・
・
・
…
・
・ ・.
32
H
H
粘土楠西方遺物出土状態…............・ ・
.
..
42
H
半円方格帯画像鏡……・・・…・…………-・
…72
二禽二獣鏡… …・・...・
.
.
.
..
.・ ・-…… … … … .
72
H
・ ・・
82
変形獣形鏡一一...
.
.
.
・ ・-…...
・
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H
H
H
.
.
.・
… … - ・ … … …82
.
94 三角縁神獣鏡 A ..
.
05 三角縁神獣鏡 B ……ー 一 … .
.
.
・
. ・
.
.
.
.
.
92
51.素環万太刀・ 内反)1 太刀 …-…...・ ・
.
.
. 司
,
03
.
25 素環刀・頭部・・・一……ー .
.
.
...……・一 ・・
・13
.
35 直弧文附剣……………...・ ・-・………・....",
13
"
,23
.
45 把部直弧文…………ー…一・……・・ … ・ ・
.
55 鉄製剣 その 1 ・・・…・・・・・…・・・…・・・ ……・・・…33
.
65 鋲製剣 その 2 ・
・
・
・
・
・
・
・ ・・…・・………..
・
. ・
"
33
.
75 鉄製剣 その 3 …・・、………・・・…・........
.
.
.
・
・・
43
.
.・43
.
85 剣杷部外装……・・・…・..…………一・・… .
.
95 銅 餓 03 本…・・…・・・ …
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.・
・
…
・
・
・
・・
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'
53
H
H
H
.
51
.
61
敷石面土器出土状態… …… …
.
.
.
.
.
.
.
.
.
…
……8
H
前方部南側葺石...・ ・
.
.
.
.
.
.
.
.
・ ・-………… .9
H
H
17- .
1 査形土器底部片出土状態 その 1 …・.
9
17- 2. 土器出土状態 その 2 ・
・
・
・
・
・
・ ・
・
・
・
・
・
・
・ …01
.
81 査形土器・顎部及び復口縁部...・ ・..……・ ・01
.
91 査形土器・顎部頭部・・・…・・・…一・・・…・・・・・ .
11
.
02 壷形土器・胴部…-…・・……・・-……・・・…・ …
・11
21.壷形土器・底部穿孔部……・・ー・・ ・
.
.
.
.
… 21
.
22 査形土器・口縁部…....・ ・-・…・…・・…-・… 21
H
H
H
査形土器・底部穿孔部
その 1… ……… …31
査形土器・底部穿孔部
その 2 .
.
.
.
.
・ ・
…・
31
.
32
.
42
.
52
.
62
.
72
.
82
粘土楠全景……・…・...・ ・
.
.
.
.
.
.
.
・ ・
.
.
.
・ ・
.
.… 51
.
92
粘土楠内壁状態・・…・・…....・ ・-…・・…・…・ 61
H
墓拡遠景(中段除土前の状態) .
.
・ ・
・
… …41
H
墓拡中段発掘状況…......・ ・
.
.
.
.
.
・ ・-…… …41
H
H
墓拡全景(南側より) .
.
.
.
.
.
.
.
.
.
・ ・
.
.
.
.
.
.
.
・ ・
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H
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H
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53
.
06 銅銑型式分類・...…・・・・… …-・……・… "
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央
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族
・・・・・-……一・・・・・・……・-……ー・ …… 63
68
.
26 柳葉形鉄餓・・・……・・…・……-…・・……・・…・・
.
36 平根形無茎腹快形式鉄餓一…・・…・・・… .
.
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73
.
46 富
士
宮
族 …・・…一・……・・・…・・・ -……ー・… ・…
・ 73
.
56 餓身部に有孔を持つ錬・・…・・・……・… .83
.
66 鉄を族 その 3 …・・・……・・…………・・-… ,
… υ83
.
76 木部に有子しをもっ無茎平根餓…・・・一一 .
.
.
93
86 ・ 無 茎 撃 頭 形 式 鉄 餓 そ の 1 ・ ・ ・
.
.
.
.
.・ ・
.
.93
.
96 無 茎 撃 頭 形 式 鉄 餓 そ の 2 .
.
…
.
.
.
.
.
.
.
.… .
04
H
H
1 粘土楠外縁部の粘土をたたいた痕跡‘61
30- .
30- 2. 粘土棚外縁粘土状態(南側)…一… ・
.
71
31.粘土楠東端の外縁粘土状態…....・ ・-… ー‘
71
.
23 粘土柵上蓋部鰭状粘土…….....・ ・....…… 81
33- 1. 粘土棉全景・・…・・・…・・… ・
- ・
・・・
・….
81
3- .
2 粘土楠上蓋部の鰭翼状粘土……...
・・
91
.
43 粘土棚内出土遺物配置状態…...・ ・-…… 91
.
.
.
・ ・
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.
.
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.
.
・
.
02
.
53 遺物出土状態(東側より) .
H
H
H
H
H
.
63
.
73
.
83
粘土楠東端附近の遺物群…・・…… …
・
・
・ ..
02
遺物出土状態(紡錘車・鉄餓等)....・ ・
.
.
.
.
.
.
12
H
遺物群北半・遺物群南半出土状態 一 …..
12
H
.
07
H
H
…04
鉄斧頑破片・・…………・・・・・ ・
・
・
・
…
・
・
・
・
…
71- .
1 錨 その 1 …………・・・…… ….
.
・
… ……14
71- .
2 錨 その 2 ……・・・・ー・……・・・・・・……ー '
'
14
24
.
27 削り小刀…………...・ ・-…........…… ー "'
.
37 紡 錘 車 そ の 1 ………......….
.
・ ・
.
.
… …
,24
.
.
.
..
34
.
47 紡錘車 その 2 ・…・・・・・…・-…………… .
.
57 約針………...・ ・...…・……………...・ ・
"
34
・
・
・
・
・
・
・
・ ・……・・・…… ・… '
44
.
67 針状金具 その 1 ・
.
77 針状金具 その 2 …・…・・・・・…・・・・・・・・… ..
.
.
.
4
)
目
1 図 ….5
4
.
87 粘土楠・墓拡及び、遺物出土状態実 j
H
H
H
H
33 断制榔相ヨ嚢川爪聴糧
(公 一
-1 -
1
天神山古墳葺石調査
2 天神山古墳(手前)より八幡古墳を望む(南より)
2 一
3
4 葺石(後円部北側トレンチ)
-3
葺石段築(後円部東側トレンチ)
5 葺石(後円部北側裾部)
6 前方部南側葺石根石
4
7
前方都北面隅角部根石特殊構造
8 前方部南側葺石根石
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一
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司
戸 戸 戸d
-
01
11
後円部前方部接合(北側〈びれ部)
前方部・後円部接合地点土器出土状態
一 6
21
後円部墳頂石敷(西より東をのぞむ)
31
後円部墳頂敷石(東部)
-7-
41
51
敷石面土器出土状態
-8
北西部敷石
61
前方部南側葺石
71 -1 童形土器底部片出土状態
9
その 1 一
71 -2 土器出土状態ーその 2
81 壷形土器
顎部及び復ロ縁部
01
91 壷形土器
顎部及び胴部
02 壷 形 土 器 胴 部
司自A
12 壷形土器
底部穿孔部
22 壷形土器
21 -
ロ縁部
32
壷形土器
42
底部穿孔部
壷形土器
31
その
1
底部穿孔部その
2
62
墓拡中段発堀状況
-14
一
(南側より)
72
墓拡全景
(南側よリ)
82
粘土榔全景(東側より)
EA
唱
Fhυ
92 粘土棚内壁状態
30- 1 粘土欄外縁部の粘土をたたいた痕跡
Ei
唱
nhu
03- 2
粘土榔外縁粘土状態
(南側1)
13
-1
7
粘土榔東端の外縁粘土状態
23
粘土棚上蓋部鰭状粘土
33 粘土榔全景
(遺物出土前)
EA
唱
。
白
3- 2
粘土棚上蓋部の鰭翼状粘土
-19
43 粘土棚内出土遺物配置状態(西より)
53 遺物出土状態
63
(東側より)
粘土榔東端附近の遺物 群
02 -
73
l紡錘車・鉄鍬等)
遺物出土状態
半円方格帯画獣鏡
ニ禽ニ獣鏡 1
↑三角線四神回獣鏡 2
83
遺 物 群 北 半 ニ 禽ニ獣鏡 1
半円方格帯画獣鏡
太 刀 1 仁l
出JI 4 什
欽州、 5三
jJ
遺物群南半三角縁四神田獣鏡 2
内!支リ大刃 1 口
出JI)1 小刀 1
剣 4 仁│
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鉄製剣及び鉄鉱
変形獣形鏡
半円方格帯画象鏡
三角縁四神田
獣 鏡 (2 面)
、
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(
'
.
:
>
鉄鍛
鉄製剣及び削小刀
93
鏡出土状態
ニ禽ニ獣鏡
04
三角織田神田獣鏡下における剣の配置
14 靭上面における剣出土状態
nL
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a
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ー
-
今"_へ
24 粘土槻西方遺物出土状態
白銅倣03 本・剣 4 口・靭 1 個 体
‘
¥
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.
..
.
.
.
.
34
銅鍛・剣出土状態
.
.
.
dAT
nL
44
鉄製斧頭出土状態
nd
rD
54
*剥犬鉄製品及び顔料
内蔵土師柑破片
- 62
64
半円方格帯画像鏡
74 ニ禽ニ獣鏡
-27-
84
94 三角縁神獣鏡 A
経2
.
1
変形獣形鏡
7
棚
82 -
,
同
05 三角縁神獣鏡 B
-2
9
経空 2
.5-
一
15 素環万太刀
内反り太万
qd
A
u
25 素環万頭部接写
35 直弧文附剣
13
45
-3
2 -
把部直弧文
55 鉄 製 剣 そ の 1
嘱扇暗廊理室議
65
33 -
鉄製剣その2
~.
L
75
85
•
鉄 製 剣 そ の3
把部外装
43 -
95
針
長
銅
06
03 本
銅宣族型式分類
J
勺
F吋
υ
16 鉄 鍬
26
柳葉形鉄鍬
-3
6 -
36
平根形無茎腹快形式鉄鍬
46
73
鉄
皇
族
56 鍬身部に有孔を持つ鍬
6
-3
8 一
鉄
舎
族
その 3
76 木部に有孔をもっ無茎平根S
旗
'
86
無茎撃頭形式鉄S旗
その 1
93 -
96
その 2
無茎撃頭形式鉄鍬
07
鉄斧頭破片
04 一
"
'
71- 1
範その1
17 -2
鈍 そ の2
a
a
τ
27
削り小刃
37
紡錘車
その 1 (表)
anT
ηL
47
紡 錘 車 そ の 2 (裏)
57
釣 針
-43-
67
77
-44-
針状金具その 1
針状金具その2
前橋市天神山古墳の出土鏡
尾崎喜左雄
前橋市後閑町字坊山 421
番地に所在する。前橋天神山古墳は前橋市南方の広瀬川(旧利根川)
右岸段丘上に、造営された前方後円墳である。四世紀前半に堆したと堆定される浅間山山噴火の
軽石層を墳丘築造ベースとしている 。主軸は前方部を南西に向け、磁北に 53 度の方向をとり、
その墳形規模は全長 921
米、後円部の径57 米、高き .
95 米、前方部の幅86 米、高き約 .
72 米であ
る
。
後円部墳頂上は挙大の扇平な川原石による平坦な石敷が見られ、その周辺部に赤色顔料で塗彩
された底部穿孔複口縁査形土器が底部を石面に埋設して配列された。
墳丘斜面は大きく二段に築成され、直斜状に葺石が施されている。
埋葬主体部は後円部墳頂石敷面から約 4 米の深さに、上縁で長径約2 米、短径 51 米におよぶ大
規模なきじき状中段を有する墓櫨を掘り込んだ後、墳丘主軸に平行に構築たれた粘土楠であ ったε
粘土榔は内法で長さ 7
.8 米、幅1. 2米、深き 1 米の長大なもので棺は割竹形木棺を使用したもの
と堆定される。
周濠は 04 米以上の帯水濠であったことは判明したが、正確な規模章形状は今後の調査を待たね
ばならない。
第 84 図)、二禽二獣鏡 1 (
第 74
粘土棚内の出土遺物は次にあげる通りである。変形獣形鏡 1 (
図)、半円方格帯面像鏡 1 、三角縁四神四獣鏡 2 (
第 84 図・第05 図)、鉄製素環頭大刀 1 、鉄製
内反り大刀 1 、鉄製直万 3 、鉄製剣 21 、白銅製織 (
03
3 種類)、鉄製鉱 87
(
2 種類)、靭 3 、鉄
製短冊形鉄斧 1 、鉄製有肩形鉄斧 2 、鉄製錨 8 、鉄製撃 3 、鉄製刀子、鉄製削り小刀、碧玉削り
製紡錘車 3 、用石不明紡錘車 1 、鉄製釣針状金具 5 、鉄製針状金具 7 、鉄製棒状製品 4 、土師器
紺 1 (顔料内蔵)
(
)
1 変形獣形鏡(第84 図)、面直径 .
312 糎、縁厚 .
04 糎、鏡面反り .
01 糎、周縁は幅 .
22 糎の素文
平縁。鏡背丈様は径として、その鉦と繰る 2 本の突線からなる円座紐を中心として、その外側に
環状突起を中核とし抽象化された獣形が配置きれている。外区は 2 本の平行線、鋸歯文帯、縦、
横、の繰り返しの波形文様が施され、 一段高い幅広な素文平縁をめくぜらしている。
地金は質、鋳上りともに良好である 。 この鏡は第 74 図および口絵の鏡と相並んで、粘土柳内中
中央部の壁寄りで、壁に平行の直万と、直弧文柄部の剣の 2 口の上に置かれていた。
(
)
2 ニ禽ニ獣鏡
第84 図及ぴ第 74 図の鏡と並べて配置きれていた。出土時にも鏡全体に緑青の鋳着
もほとんど見られず、赤銅色を呈し、鏡体の薄きも加えて、地金質の精良さが窺えた。面直径 81
.
5糎、縁の厚き .
08 糎、鏡面反り .
02 糎を計る。内区の文様は径 .
35 糎の比較的扇平で大形の紐
を中心に、 6 個の小形円座乳と、その各乳聞に施された 6 個の花弁状の文様、数個の小突起から
なる特異な円座がめぐらされ、その外側Ijに 4 個の環状乳と 二禽と 二獣とを交互に配列した対称文
様。外区は素文突帯上に 62 文字の銘帯、櫛歯文帯、鋸歯文帯、複波線文帯、鋸歯文帯、縁の稜線
の見られる素文の外緑部へと続いている。内区の禽獣文様は尾の長い、孔雀を思わせる鳥と、 4
- 45-
ツ足てい大きく口を聞き、吠えているような動的表現をとっている獣形とである。銘文は左行であ
り、左右逆文字、偏、芳の省略された文字も見られたが、
「尚方作鏡大無傷巧刻之成文章和以銀
錫青且明長保二親号」と解読きれた。
(
)
3 半円方格帯画像鏡
面直径 .
613
第6
4 図、第 74 図と同様、鏡背面を
tに向け、直弧丈付剣に載って出土した。
糎、緑の厚き 0
.4 糎、鏡面反り 0.2 糎である。文様は 2.8 糎の円座紐を中心として、
大きく三区分された所謂階段式内区と方形に固まれた 31 丈字と半円の唐草状様が、交互に配列さ
れた銘帯、そして 2 帯の外区とから構成されている。内区は各区間とも神像及び脇侍が 8 体、 4
体、 4 体 と 合 計61 体が鋳込まれている。 8 体が存在する区間では天蓋の下に座した神像が中心と
なり、脇侍と共に紐のある中間区に脚部を置いている。中間区は紐の左右に正座した神像を配し、
それを各々異った拝具を持った脇侍が見守る文様である。他の区聞の丈様配置は以上と逆向きに
なり抽象化された烏を思わせる文様の左右に対称的に神像及び脇侍を 2 体づっ配置している。
銘文は「君宜高官長宜子孫位至三公号」である。外区は櫛歯文帯と、その外側に唐草文様と花雲
とをおり込んだような文様帯とから構成され、外緑は素文平緑である。 地金質は精良であり、鋳
くずれもほとんど認められない良質の白銅鏡である。
(
)
4 三角繰回神田獣鏡
面直径 .
25
糎、縁の厚さ1. 1糎、鏡面反り 0
.3 糎である。内区は作りの良
35 糎の紐の周囲に蛇腹文様の円座を繰らし、さらにその外側に 4 個の円座乳を
い穿孔を有する .
配し、共に並列した 2 つの神像と獣形とを乳聞に置いている。又 2 個の笠松文も日輪形の環状模
様と共に乳間の対称的な位置に配されている。内区の主要様帯の外周は外区に突端を向けけた
鋸歯文帯が繰っている。銘文は抽象化した唐草文を地に鋳込み、その聞に長方形を半分に区切っ
て天・王・日・月と左行に細長の文字で合計 4 箇所に横書ききれている。外区は櫛歯文帯、二重
の鋸歯文帯、複波線文帯、鋸歯丈帯が環周し、所謂三角縁へと続いている。文様は鋭く、外縁と
鮮明で金質も三角縁の光沢ある灰白色に見られるように、全体的に良質の鏡である。第 9
4 図の三
角縁鏡と相並び、第 8
4 図、第 74 図および口絵とは反対の粘土榔内中央壁寄りに、内反り大刀と二
日の上に鏡背面を上部に向け出土した。
(
)
5 三角繰回神田獣鏡
面直径 2.
1 7 糎、縁厚1. 2糎、鏡面反り .
03 糎。第 94 図の鏡と縁を按し合っ
て出土し、第 94 図の鏡に比べてわずかに径が小きいが鏡背面の文様構成は極似している。内区丈
様は 4 個の乳によって大きく、四分きれ、その中心には蛇腹文様の環周した円座をもっ、比較的
作りの良好な、径 .
32 糎の鉦を配する。乳によって 4 分きれた乳聞には像神と獣形とが正面を向
いて、‘二個つ、つ並列され、乳から円座紐までは縦状に笠松丈がある。内区主要文様帯の外側にひ
鋸歯丈帯が続き、銘帯はその鋸歯文帯と櫛歯丈帯の聞に介在し、 4 個の銘文と、その銘文聞を継
ぐ、変形化された獣形とから構成きれている。丈字は幾分形の崩れた長方形を縦横に十丈字に劃
して 4 分し、下段右から横に順に天王、右上段に日月と銘記し、左行に繰っている。外区の三角
縁に至るまて。の丈様配列は挿図第 9
4 図の鋭と同じ配列を繰り返している。重厚きを感じさせる作
りて治責体の一部に白光色を呈する地金肌が露呈し、質の良好きを語っている。
- 64
あ
と
カ
昔
、
き
地 域 開 発 の 進 行 は 、 各 地 で 文 化 財 保護 行 政 に 問 題 を な げ か け て い る 。 就 中 、 埋 蔵 文 化 財 に つ い
ては、その被害甚大である。しかし、開発と文化財保護は、可能な限り両者の協調理解のもとに
進められねばならないであろう。開発も文化財を無視した開発でなく、それを現代の開発の中に
いかに活かした計画をたてるか研究考慮すべきであり、文化財保護行政もすべての保存を固執し、
頑迷におちいっては真に協力を得た保護は全うし得ない。開発か保存か、伝統と将来を考えて、
その接点をもとめて行政を進めていくことが如何に困難なことか、今回の天神山古墳の発掘はそ
れを如実に物語ってくれ、今後のよき指針となった。
天神山古墳の周辺は、昭和四十二年度からの市の区画整理事業に組入れられ、該古墳も平夷さ
れる予定になっていた。平夷前に調査をし、せめて記録保存だけはということても、第一次調査を
昭 和 四 十 三 年 七 月 二 十一 日 に 開 始 し た 。 以 来 第 四 次 調 査 ま で一 年 余 に わ た る 調 査 で 、 そ の 概 要 は
次のとおりである。
0 第一次調査
.
34
7. 12 - 8.
6
墳 丘 現 状実 測 と 後 円 部 葺 石 調査
0 第二次調査
.
34
1.
1 13-1 .
1 6
1
両 側 周 復 調査
・ ・・・・・道路設置に伴い
0 第三次調査
.
4
3. 16- 4.
9
後円部頂上粘土榔調査
0 第四次調査
.
4
7. 21- 8.
2
前方部周復調査
以上の調査は、区画整理事業の進渉に併で、群馬大学史学研究室と前橋工業高等学校歴史研究
部があたり、尾崎喜左雄教授指導のもとに、松島栄治教諭が直接担当として調査にあたった。
しかし、区画整理事業の進度に対し、調査はそう簡単には進まなかった。炎天下連日の発掘作業
は、体力的にも限界があり、また、 学 生の 休 暇 中 と い う 制 限 も あ り 、 予 算 的 に も 追 加 補 正 の 繰 返
しであった。特に、粘土榔出現は、予想外のことであり、前方部平夷後、開発関係のプルによっ
て 前 工 OB 笹 岡 君 に よ り 発 見 さ れ 、 急 ぎ 工 事 中 止 し て 調 査 に と り か か る 始 末 で あ っ た 。 し か も 榔
内からは、五面の鏡ほか多数の遺物が発見され、調査は一層綿密を要し、日程、予算ともに予定
ではすまされなくなってしまった。それとともに、当初平夷予定であったこの古墳を保存するか
否かが論議されてきた。文化財保護の立場にある市教委は、関係諸機関と何度か会議をもったが、
該 地 域 は 既 に 仮 換 地 済 み の 土地であり、 巨 額 の 買 上 げ 予算 を 必 要 と し た 。 こ の 間 、 県 教委 へ も 再
度に及ぶ陳情をし、漸く前例のない未指定文化財に補助金交付が県議会で決定され、最少限てもは
あるが、粘土橋を原位置に保存する目安がついた。その後遺物の整理、土地買収、粘土榔保存等
の仕事が進められ、漸く年度末にいたって保存工事が着手された。
このように、埋蔵文化財保存については、予想されない問題が次々とおこり、一基の古墳をめ
ぐって、昭和四十二年十二月二十二日に申請してから、二か年半にわたりほぼ完了したのである。
以上の問、関係職員の努力は勿論であるが、調査にあたった学生、生徒の方々、指導の尾崎博
士、松島教諭の熱心な協力指導とともに、県教育委員会のご指導、ご協力、市当局の深いご理解
は忘れ得ないことどもである。ここに謹んで各位に感謝申し上げ、今後とも一層のご指導、ご協
力 を 切 に お 願 い し 、 更 に 本書 を 読 ま れ る 方 々 が 、 埋 蔵 文 化 財 保 護 の 容 易 な ら ざ る 仕 事 で あ る こ と
をご理解いただき今後の保護行政にご協力いただければ一層の幸甚である。なお、詳細な研究報
告書が後日刊行されることを期待する次第である。
昭和四十五年五月 三 日
前橋市教育委員会
社会教育課長近藤義雄
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