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論点4 自衛隊が他国の戦争に参加していくのか

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論点4 自衛隊が他国の戦争に参加していくのか
論点4
自衛隊が他国の戦争に参加していくのか
集団的自衛権の本質は、「他衛」である。たとえ「限定的」であれ、日本が集団的自衛
権の行使を容認すれば、他国で起こる戦闘で自衛官が死傷、あるいは他国の将兵や住民を
殺傷するリスクが飛躍的に高まることとなる。 そうした任務に自衛官を送り出すには、政府や国会はもとより、国民全体でその覚悟を
持つことが不可欠である。その意味でも、日本の安全保障にとって集団的自衛権の行使が
どうしても必要であるならば、憲法改正手続きに則って国民投票を行ない、国民にその覚
悟を問うべきである。閣議決定による憲法解釈の変更は、国民に覚悟を問うことのないま
ま、殺し殺される危険性の高い任務に自衛官を就かせることを意味する。 海外での戦闘で自衛官の死傷者が出た場合の影響も考慮しなければならない。旧防衛庁
で人事教育局長や官房長を歴任した竹岡勝美氏は「集団的自衛権の行使を認めれば、米兵
を守るために相手国の兵士と殺し合わなければならない。外地で戦う米兵を守るために殺
されたとなれば、その自衛隊員の家族は黙っているだろうか。自衛隊員の離隊が続出し、
志願者が激減するだろう」1と述べている。 自衛隊初の海外派兵となった湾岸戦争後のペルシャ湾への掃海艇派遣やカンボジアPK
Oへの派遣時に防衛庁で教育訓練局長を務めた小池清彦氏(現新潟県加茂市長)も「集団
的自衛権を認めれば、米国並みの派兵を要求され死屍累々になる。危険さが分かれば、だ
れも自衛隊に入隊しなくなる」と警鐘を鳴らしている2。 実際、2003年7月にイラク特措法が制定され陸上自衛隊をイラクに派遣する方針が
決まると、陸上自衛隊への志願者が大幅に減った。「任期制自衛官」は、前年度に比べ、
海上自衛隊が約670人、航空自衛隊は約870人志願者が増える一方、陸上自衛隊だけ
が約1260人減らしている。 国の防衛を使命とする自衛隊は、部隊の精強性を維持するために、毎年1万数千人の若
い新隊員を採用している。しかし、日本では急速に少子化が進んでおり、自衛官募集の対
象となる18~26歳の人口は、ピーク時の1994年に約1700万だったのに対して、
2012年には約1100万人と40%も減っている。少子化が今後いっそう進むことは
確実で、「自衛官の募集環境はますます厳しくなっている」(防衛白書)というのが防衛
省・自衛隊の認識である。 こうした中で、国民や社会全体の理解や覚悟がないまま集団的自衛権の行使を容認し、
海外での戦闘で自衛官に死傷者が出た場合、適質な自衛官の確保がいっそう困難となり、
防衛力の人的基盤そのものが崩壊する可能性がある。 そうなった場合、自衛官を確保するためには、徴兵制を導入するほかないとの指摘もあ
る。石破茂自民党幹事長は、「自衛隊のイメージが良くなったこともあり、自衛隊は人気
の就職先になっている。どのような角度から見ても、徴兵制を採用する合理的な理由が存
在しない」と述べている3。 だが、自衛隊志願者の志願理由をみると、任期制自衛官の場合「自分の能力や適性が生
かせる」「他に適当な就職がない」「将来の人生設計に有利」といった志願理由が多く、
「国の平和に貢献したい」と答える者はけっして多くない。非任期制自衛官でも、「国家
公務員で安定している」「技術の習得ができる」「心身の鍛錬ができる」といった理由が
多く、近年は災害派遣で貢献したいと志願する者が増えている。そのため、自衛隊の募集
担当者の会議では「災害派遣だけがクローズアップされ、武力集団たる自衛隊の本質が希
1
2
3
竹岡勝美ほか『我、自衛隊を愛す 故に、憲法九条を守る』(かもがわ出版)
「東京新聞」2014年5月16日付
石破茂『日本人のための「集団的自衛権」入門』、新潮新書
薄化している」といった意見が出される状況となっている。 こうした実態から見ても、海外での戦闘で死傷者が出たのちの自衛隊が、なお「人気の
就職先であり続ける」という見通しは楽観的すぎるだろう。 5月15日の会見で安倍首相は、「国民の命と暮らしを守る」を連発した。赤ちゃんを
抱いた母親の絵をさして「命を守らなくていいのか」と問われれば、多くの人は「防衛が
必要だ」と答えるだろう。しかし、首相が会見で語った中で、より本質的だったのは以下
の部分である。 「他国の戦争に巻き込まれるとの批判があります。……巻き込まれるという受け身の発
想ではなく、国民の命を守るために何を成すべきかという能動的な責任がある、と私は思
います。」 つまり首相は、自衛隊が能動的に戦闘に参加していく責任があり、国民はその責任を自
覚すべきだと語っているのである。しかし今のところ、自衛隊員の命を危険にさらすとい
う現実に真剣に向き合った国民的議論が行われているとは到底言い難い。 1950年、朝鮮戦争において北朝鮮軍が朝鮮半島沖に仕掛けた機雷を除去する極秘任
務に海上保安庁の一員として派遣され、機雷に接触して「戦後唯一の戦死者」となった青
年がいる。中谷坂太郎氏(当時21歳)である。その兄の中村藤市氏は現在の集団的自衛
権論争について、次のように警鐘を鳴らしている。 「国民不在のまま、理屈だけで話が進んでいる。戦死者が出るだけではなく、自衛隊が海
外で人を殺すことになるかもしれないという覚悟が全ての日本人にあるのでしょうか」4
4
朝日新聞五月一七日付。
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