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がん薬物療法 マネジメント ブック

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がん薬物療法 マネジメント ブック
外来治療をサポートする
がん薬物療法
マネジメント
ブック
南 博信
神戸大学大学院医学研究科
腫瘍・血液内科学分野 教授
監修
平井みどり
神戸大学医学部附属病院
薬剤部長・教授
1
総 論
1 患者面談の目的・意義
相次いで創出されるエビデンスや分子標的薬などの新薬の登
場によって,がん薬物療法は複雑化し高い専門性が必要となっ
てきた。がん薬物療法を受ける患者の多くは治療による副作用
症状に加え,がんやがんに罹患したことによる身体的・精神的・
社会的なさまざまな苦痛を経験する。がん薬物療法患者の苦痛
を最小化するためにも診療には細心の注意を払わなければなら
ないが,がん薬物療法の外来移行が進む昨今,医師が限られた
外来診療時間内で,診断や治療方針の決定,インフォームド・
コンセント,苦痛症状への対応を十分に行うことは非常に困難
となってきた。
患者の QOL の向上,および質の高い治療を提供する方法と
して,複数の医療職種が協働・連携するチーム医療の活用が推
進されている。がん薬物療法に精通した薬剤師は,薬学的な視
点を中心として包括的に患者を観察し,臨床検査値や全身状態,
副作用の発現状況を確認し,施行基準や減量基準との照合,支
持療法の処方検討を行い,医師や看護師への提案や情報提供を
通してチーム医療への貢献が期待される。わが国では 2008 年
以降に先進的施設において診察前面談方式の薬剤師外来が稼動
し始めており,効率的で質の高いがんチーム医療の実践に寄与
している 1-4)。
2 面談の流れ
薬剤師による患者面談には,治療導入時に実施する初回面談
と,治療期間中に行う継続面談がある。
初回面談は,医師による治療方針説明後から治療開始までの
間に実施するのが一般的である。薬剤師は,インフォームド・
コンセントの徹底を目指したレジメン説明,アドヒアランスと
2
2
効果的な患者面談スキル
1 面談に向けた準備・姿勢
1
身だしなみ
面談の対象は患者とその家族であるため,幅広い年齢層にも
不快感を与えず,清潔な印象を与える身だしなみに心がける。
頭髪・化粧:清潔感があり,好感が持てるナチュラルなイメー
ジにまとめる。
ユニフォーム:汚れやシワのない清潔な白衣を着用し,名札を
必ず付ける。白衣の下に着る衣服は華美なデザインのものを
避ける。
履物:動きやすく,華美でないデザインのものを選択し,汚れ
や臭いに気をつける。サンダルは着用しない。
マスク:コミュニケーションの妨げとなるので基本的には着用
しない。
2
感染対策
がん薬物療法患者は,骨髄抑制やステロイド使用により易感
染状態である場合が多いため,医療関連感染予防に関する一層
の配慮が必要である。また,フィジカルアセスメントを通して,
患者の体液に接触する可能性も高いので自身の罹患予防にも留
意する。
自身が感染症に罹患,あるいは感染が疑われる症状を有する
場合は,症状が改善するまで面談を担当しない。
ワクチン接種:医療関連感染症の罹患予防および感染拡大防止
のために,ウイルス抗体検査を行い,必要に応じてワクチン
接種を受ける 1)(表 1)。
手洗い:面談開始前には流水と石鹸を用いた手洗いを行い,
フィジカルアセスメントの際に患者との接触があれば,面談
中であっても手技終了後には速乾性消毒薬または流水と石鹸
を用いた衛生的手洗いを行う。
8
1
治療継続を評価するための指標
1 治療の目的と患者の希望
がん薬物療法の目的は,固形がんの治癒率向上を目指した術
前・術後補助療法,治癒を目指した血液がん治療,延命や症状
緩和を目指した切除不能進行・再発治療,緩和的治療に大別さ
れる。いずれの治療も副作用を伴うため,支持療法や用量調整
を駆使して,有害事象を最小限に止めるよう注力するが,治療
継続の判断は治療の目的により異なるため,随時,患者の希望
と照らしながらマネジメントしていく(表 1)。
■ 表 1 がん薬物療法の目的と特徴
分類
目的
治療期間
治癒率の向上
進行・再発
治療
延命・症状緩和 断続的に継続
QOL の維持
緩和的治療
症状緩和
随時終了
体調と患者の希望
血液がん
治療
治癒
治療効果に応じ 治療効果
て終了
1
計画的に終了
最優先事項
術前・術後
補助療法
計画投与量の完遂
術前・術後補助療法や血液がん治療
・予定治療期間内に計画投与量を施行することによって,今後
一切の再発を招かない“治癒”を目指すため,支持療法を徹
底し,安易な減量や延期を行うことなく完遂したい。
・治療苦により患者が治療継続を拒否した場合は,苦痛の主た
る要因を把握し,チームで苦痛の改善に向けた検討を行うと
ともに治療目的を再指導し,可能な限り治療の継続を促す。
・対症療法や適切な減量を施しても改善しない耐えがたい苦痛
や臓器障害が生じた場合のみ,補助療法としてのエビデンス
が保証された代替レジメンへの変更を検討する。
22
2
H
がん種別の特徴的な所見
前立腺がん
1
初期
・早期の前立腺がんは無症状であり,検診時の前立腺特異抗原
(prostate specific antigen:PSA)測定などで発見されるこ
とが多い。
2
進行期
局所浸潤:排尿障害,排尿痛,血尿,腎後性腎不全,両側水腎
症。
骨転移:骨痛(腰痛,坐骨部痛など),骨折,脊髄麻痺。
・他の悪性腫瘍と比較すると進行が緩徐であり,進行例でも比
較的予後がよい。
・腫瘍の増大により前立腺内の尿道が圧迫されるため,排尿困
難,残尿増加,膀胱刺激などの下部尿路症状が生じる。
・血尿や尿路感染を伴うことがある。
・リンパ節転移により下肢の浮腫が出現することがある。
・骨転移により腰痛や坐骨部痛などの骨痛や歩行障害などが出
現することがある。
2 検査所見
1
腫瘍マーカー
● 前立腺特異抗原(PSA)
・ PSA は前立腺上皮細胞より分泌される前立腺に特異的なプ
ロテアーゼであり,前立腺がんや前立腺炎などによる組織の
ダメージにより血中へ逸脱し高値を示す。
59
がん種別の特徴的な所見
2-2
1 身体所見
3
A
検査所見
有害事象のスクリーニング
に役立つ検査値
1 全血算(CBC)
るかを確認する。
・以前の採血があれば,血算の変化を確認する。
・ヘモグロビン(Hb)が低下している場合には平均赤血球容
積(mean corpuscular volume:MCV) を 確 認 し, 正 球 性
か小球性か大球性かを判断する。骨髄での赤芽球の産生能の
指標になる網赤血球数(Ret)を確認して増加していれば,
まず急性出血や溶血といった病態を疑う。
・白血球が低下している場合には,白血球分画の中のどれが増
加・減少しているかを確認する。
・桿状核球や分葉核球は絶対的に増加するが,単球は相対的に
減少し,リンパ球は相対的・絶対的に減少する。
・血小板の減少を来す機序は,①骨髄での産生低下,②末梢で
の破壊亢進,③脾臓での貯蔵の 3 つである。
・既往歴や身体所見,その他の検査の所見と総合して考える
(例:脱水があり,補液を行った後では希釈による Hb 低下
などがよく見受けられる)。
・二系統以上の血球減少が認められた場合には,専門医への相
談が必要であり,骨髄検査を検討する。
2 白血球分画
・白血球の主な働きは,細菌やウイルスなど異物に対する生体
防御である。
・白血球数は変動要因が非常に多く,食事などによっても上昇
67
2-3
検査所見
・白血球,赤血球,血小板のうちどれが一番異常値となってい
3
B
検査所見
画像所見
2)異常所見画像
1 各臓器の腫瘍画像
2-3
脳腫瘍(膠芽腫)
● CT(図 1)
左前頭葉内側に腫瘤(↓)を認め,側脳室を圧排している。
Midline shift もみられる。周囲には浮腫性変化(▼)を伴って
いる。
● MRI(図 2〜5)
左前頭葉に Gd-T1WI にて造影効果を有する腫瘤(↓)を認
め,周囲脳実質には,T1WI で低信号,T2WI・FLAIR で高信
号を呈する浮腫性変化(▼)を認める。
図 1 CT
101
検査所見
1
第 2 章 がん薬物療法のマネジメントに役立つ情報と活用法
図 21 腹部造影 CT 動脈相
図 22 腹部造影 CT 門脈相
図 23 腹部造影 CT 平衡相
110
第 2 章 がん薬物療法のマネジメントに役立つ情報と活用法
■ 付表 1 抗悪性腫瘍薬の体内動態パラメータと B/P 値
Pharmacokinetic Parameters
Drug
F
Ae
fuB
(%)
CL tot B/P
Vd(L)
(mL/min)
殺細胞性抗悪性腫瘍薬
Aclarubicin
Actinomycin D
Amrubicin
Arsenic Trioxide
Azacitidine
Bendamustine
Bleomycin
Busulfan
Cabazitaxel
Capecitabine
Carboplatin
Carmustine
Cisplatin
Cladribine
Clofarabine
Cyclophosphamide
Cytarabine
Cytarabine Ocfosphate
Dacarbazine
Daunorubicin
Docetaxel
Doxifluridine
Doxorubicin
Enocitabine
Epirubicin
Eribulin
Etoposide
Fludarabine
Fluorouracil
Gemcitabine
Gimeracil
Hydroxycarbamide
Idarubicin
Ifosfamide
Irinotecan
150
1(iv) 3
1(iv) 20
1(iv) 1
1(iv) 22
0.91
(sc) ―
1(iv) 2
1(iv) 68
0.70
(po) 2
1(iv) 2
―(po) ―
1(iv) 77
―(*) ―
1(iv) 15
1(iv) 38
1(iv) 61
0.90
(po) 10
1(iv) 7
―(po) ―
1(iv) 23
1(iv) 6
1(iv) 3
0.42
(po) 19
1(iv) 7
1(iv) 0
1(iv) 6
1(iv) 8
―(po) 36
0.56
(po) 47
0.28
(po) 10
1(iv) 10
―(po) ―
―(po) ―
1(iv) 2
1(iv) 53
1(iv) 18
―
―
0.03
―
0.92
0.05
―
0.97
0.08
0.46
1.00
0.20
1.00
0.80
0.82
0.82
0.87
―
0.80
―
0.04
0.63
0.17
―
0.23
0.50
0.10
0.76
0.90
0.90
0.68
―
0.06
1.00
0.63
3,316
―
54
944
53
18
16
36
5,456
―
14
195
13
1,170
165
46
73
―
38
2,220
263
45
1,440
19
2,784
122
11
12
23
25
―
―
1496
20
193
4,013
―
307
708
1,389
432
72
160
760
―
90
3,360
726
520
466
121
2,125
―
924
2,950
544
749
1,007
51
1,070
50
34
235
777
2,283
―
―
857
9.9
447
―
―
1.00
―
0.73
0.69
―
―
0.97
0.71
―
―
―
―
2.17
―
―
―
―
―
0.69
0.78
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
1
A
副作用
悪心・嘔吐
アプローチのポイント
・がん化学療法による悪心・嘔吐は,治療することではな
く発症を予防することが原則である。
・悪心・嘔吐の発現頻度は抗がん薬の種類によって異なる。
催吐リスクに応じた予防対策が必要である。
・悪心・嘔吐を引き起こす患者関連因子が知られている。
抗がん薬投与前に,個々の患者におけるリスクを評価し,
患者にあった制吐対策を実施する。
・悪心は主観的な症状であるため,患者の自己申告や食事
摂取量などを利用して評価をする。
・がんや合併症,心因性機序による抗がん薬以外の悪心・
嘔吐の鑑別を行う。
1 定義
有害事象共通用語規準 v4.0 日本語訳 JCOG 版において,悪
心は「ムカムカ感や嘔吐の衝動,嘔吐は胃の内容物が口から逆
流性に排出されること」と定義されている 1)。
抗がん薬による悪心・嘔吐は,5-HT 3 受容体およびニュー
ロキニン NK 1 受容体を介した経路が主たる機序と考えられて
いる。また,化学受容器引金帯や嘔吐中枢にはドパミン D 2 受
容 体,5-HT 3 受 容 体, ム ス カ リ ン 受 容 体, ニ ューロ キ ニ ン
NK 1 受容体,ヒスタミン H 1 受容体などさまざまな受容体が存
在し,抗がん薬によって遊離されたさまざまな神経伝達物質,
ケモカイン,サイトカインなどの伝達物質による直接的な受容
体刺激作用も悪心・嘔吐の発現に関与している。さらに,嘔吐
166
3
薬剤性以外の有害事象
E
イレウス(腸閉塞)
アプローチのポイント
・適切な問診と理学所見の確認によって薬剤師でも十分に
発見可能である。
・排便・排ガスの停止,腹部膨満,嘔吐の 3 徴候を確認
すれば,腹部 X 線検査を提案するべきである。
・成因は,腸管の機械的閉塞あるいは運動障害のいずれか
に大別される。
・疼痛の有無と程度,腸蠕動音,吐物の確認は,病態の鑑
別に重要である。
1 定義
何らかの原因により腸内容が肛門側へ通過しない病態。わが
国では“イレウス”と“腸閉塞”が混同して用いられるが,海
外 で は, 機 械 的 イ レ ウ ス を 腸 閉 塞(intestinal obstruction/
bowel obstruction),イレウス(ileus)は機能的イレウスを指
して区別している。
■ 表 1 イレウスの分類と病態
分類
機械的イレウス
病態
腸管の閉塞や狭窄によって腸内容の通過が妨げられる
病態
単純性イレウス 腸管の血行障害がなく腸内容の通過障害だけが起きる
絞扼性イレウス 腸管の通過障害と腸間膜の圧迫による血行障害を合併
する
機能的イレウス
腸管の運動機能障害により腸内容が停滞する病態
麻痺性イレウス 腸管の麻痺によって腸内容が停滞する
痙攣性イレウス 腸管の痙攣によって腸内容が停滞する
295
薬剤性以外の有害事象
3-3
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