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変革を迫られるドイツ企業と株式持ち合い構造

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変革を迫られるドイツ企業と株式持ち合い構造
平成 14 年(2002 年)5 月 2 日 NO.8
東京三菱レビュー
東京三菱銀行
変革を迫られるドイツ企業と株式持ち合い構造
ユーロ圏経済の牽引役となるべきドイツ経済の停滞振りが目立つ。2001 年後半の実質G
DP成長率は2四半期連続でマイナス成長に落ち込み、通年の成長率はユーロ圏 12 カ国の
なかで最低となった。年明け後も、建設業界第2位のフィリップ・ホルツマン、メディア
大手キルヒ・グループの中核であるキルヒ・メディアなど、大手企業の経営破綻が相次ぎ、
景気回復期待に水を差す格好となっている。
こうしたドイツ経済停滞の背景については、相対的に経済が堅調な米国・英国との対比
から、ドイツ特有の諸問題 ――高 い賃金水準、高福祉を支える重税負担、株主利益より雇
用維持を優先する制度と慣行、株式持ち合いに象徴される保守的で閉鎖的な企業文化 ――
などがドイツ企業の活力を損ない、経済の停滞を招いたとの批判が根強い。このような指
摘は、低迷が続く我が国経済が抱える問題にも重なる部分が多いようだ。
そのドイツにおいて、2002 年初めより、企業が1年以上保有した国内企業の株式売却益
(キャピタルゲイン)への課税が廃止された。同改正は、非効率なドイツの株式持ち合い
構造の解消を促し、M&Aを通じた事業再編や業界再編を活発化させるものと期待されて
いる。本稿では、従来、米英などのアングロサクソン型とはある意味対極にあったドイツ
企業の所有構造やコーポレート・ガバナンス、経営スタイルなどが、経済のグローバル化
や欧州の市場統合・通貨統合といった環境変化のなかで、今後どのような方向に向かうか
を展望するとともに、税制改革をはじめとするドイツ政府の諸政策がそこで果たす役割に
ついても検討したい。
1.転機を迎えたドイツ企業とドイツ型経営
ドイツ企業の特徴の第一は、その所有構造にある。金融機関同士、金融機関と事業会社、
事業会社同士が複雑な株式の持ち合い構造を形成し、相互が安定株主となることで、長期
的な視点にたった安定的な経営を可能にするとともに、敵対的買収を防いできた(第1表)。
DAX指数採用の主要 30 社の株式のうち、親会社や持ち合い先などが安定保有する分は、
時価総額の 25%以上にもなるとみられている。ドイツでは銀行の持ち株制限(日本では 5%)
がないこともあって、特に、金融機関が取引先である事業会社の株式を保有し、大株主と
して影響力を行使する例が多くみられる。大手銀行では、寄託議決権(ユニバーサルバン
1
ク制のもとで、銀行が顧客から寄託された大量の株式について、株主による委任にもとづ
き議決権を行使すること)も合わせると、株主総会で過半数の議決権を握ることも珍しく
なく、融資等の提供に加え、企業の最高意思決定機関である監査役会への役員派遣、内部
情報の入手、経営危機時の救済・再建などを通じて、企業の経営に大きな影響を与えてき
た。このような状況は、
「ドイツ株式会社」と称され、我が国の所謂メインバンク制や株式
持ち合い構造とも通じるところが多い。
第1表:ドイツ大手金融機関・事業会社の株式保有例
株式保有企業
アリアンツ(保険)
被保有企業
業種 持株比率(%)
ミュンヘン再保険
保険
24.9
ドレスナー銀行
銀行
21.2
バイエリッシュ・ヒポ・フェラインス銀行 銀行
13.6
ドイツ銀行
銀行
4.6
エーオン
エネルギー
10.6
BASF
化学
11.9
RWE
エネルギー
11.7
バイヤースドルフ
医薬品
38.7
シェーリング
医薬品
11.2
リンデ
機械
12.4
12.0
ハイデルベルガー・ドュリュックマシーネン 印刷機械
マン
機械
12.9
バイエリッシュ・ヒポ
ミュンヘン再保険
保険
13.3
・フェラインス銀行
アリアンツ
保険
6.8
コメルツ銀行
リンデ
機械
10.0
ドイツ銀行
ミュンヘン再保険
保険
9.7
アリアンツ
保険
4.2
ダイムラークライスラー
自動車
12.1
リンデ
機械
10.1
ドレスナー銀行
アリアンツ
保険
10.0
ミュンヘン再保険
保険
7.4
ハイデルベルガー・セメント
セメント
17.1
エーオン(エネルギー) Bewag
エネルギー
49.0
ミュンヘン再保険 アリアンツ
保険
24.9
バイエリッシュ・ヒポ・フェラインス銀行 銀行
5-10
5-10
ハイデルベルガー・ドュリュックマシーネン 印刷機械
RWE(エネルギー) ハイデルベルガー・ドュリュックマシーネン 印刷機械
56.0
ホッホティーフ
建設
62.0
シーメンス(機械) エプコン
機械
12.5
インフィニオン・テクノロジー
半導体
51.0
(注)シーメンスは99年末、その他は2000年末。
(資料)ドイツ銀行リサーチ
第二の特徴は、監査役会と取締役会からなる二層構造のコーポレート・ガバナンス体
制と、従業員が経営参加権を有する「共同決定制度」である。監査役会は、株主側代表と
従業員側代表(人数比は1対1)から構成され、取締役会役員の任免権を握り、重要な投
資・組織改変・合併等の戦略事項の承認、取締役会に対する監視、長期的な経営方針や収
益性等についての情報の伝達、などを行う重要機関である。また、これとは別に、従業員
2
代表からなる「職場委員会」が事業所単位で設置されており、就業規則や従業員の採用・
解雇、福利厚生などについて経営側と協議する権限を持っている。①労使(資)間の協調
をめざし、社会の連帯を重視する戦後の「社会的市場経済」の流れを反映して、従業員の
経営への関与が制度的に保障されていること、②創業者一族や金融機関、親会社、持ち合
い先などの支配的株主が監査役を派遣することによって(派遣元の役員と兼務する場合も
多い)、コンセンサスを重視した意思決定を行い、経営の監視も行うこと、の2点がドイツ
型コーポレート・ガバナンスの特徴となっている。最高経営責任者(CEO)への権限の集
中、経営への評価が株価によって決まる「株式市場による監視」、が特徴とされるアングロ
サクソン型とは対照的である。
第三に、こうしたドイツ特有の株式持ち合い構造やコーポレート・ガバナンスの形は、
ドイツ企業の経営スタイルにも大きな影響を与えてきた。1990 年から 92 年にかけて実施
された日米欧の企業の管理者層を対象とするアンケート調査注1によると、ドイツでの企
業観は、
「会社は株主のもの、配当優先」が徹底する英国・米国とは明らかに異なっており、
日本ほどではないものの、「会社は(従業員、取引先等を含む)全利害関係者のもの、雇用
優 先 」 と の 傾 向 が 強 か っ た ( 第 1 図 )。 ア ン グ ロ サ ク ソ ン 型 資 本 主 義 が “ 株 主 価 値
(shareholder value)重視”であるのに対し、日本・ドイツ型資本主義が“利害関係者
(stakeholder)重視”であると言われた所以である。
第1図:日米欧の企業観(企業管理者アンケート調査)
(%)
(%)
会社は誰のために存在するか
100
100
80
80
60
60
40
40
20
20
0
雇用優先か配当優先か
0
ドイツ
フランス
英国
米国
全利害関係者のため
日本
ドイツ
株主のため
フランス
英国
雇用優先
米国
日本
配当優先
(資料)吉森賢「EC企業の研究」
注1
吉森賢国際大学大学院国際経営学研究科教授らによるアンケート調査。欧州主要国及び日米
の企業経営について、資本主義観、企業概念、企業統治などの観点から比較することを目的とし
て、各国の企業管理者(日本は東証一部上場の製造業企業の管理者、他国はフランスのビジネス
スクール INSEAD の卒業生)を対象に質問票郵送により実施されたもの。
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しかしながら、近年、こうしたドイツ企業やドイツ型資本主義のあり方は転機を迎えて
いる。90 年代以降、自由競争と市場原理を徹底的に追求し、株主利益の創出を最優先する
米国企業が、リストラの断行とIT革命によって飛躍的に生産性を高め、急成長を遂げた
のに対して、ドイツでは、従来ドイツ経済の安定を支えてきた諸要素が逆に足枷となって、
産業の競争力を低下させている ――と の批判が出てきた。①株式持ち合いにより低収益の
株式保有が温存され、投資効率を引き下げている、②監査役会・取締役会の二層構造の統
治体制により、意思決定のスピードが遅れる、③「共同決定制度」の下で従業員の利害が
過度に尊重され、大胆なリストラや事業再編ができない、④一部の支配的株主に経営情報
や実権が集中し、少数株主の利害が十分に反映されない、②株式持ち合いと役員兼任によ
る馴れ合いなどから、監査役会による経営監視機能が低下している、といったものである。
一方、事業会社と銀行の株式持ち合いの戦略的重要性は、従来に比べ低下している。企
業の側から見れば、資本市場の発達により株式・債券の発行による資金調達が容易になり、
間接金融への依存が低下したためである(第2図)。その背景には、①90 年代の3次に渡る
資本市場振興法の施行(有価証券取引税廃止、インサイダー取引規制成文化、連邦証券取
引監督庁設立、国際会計制度採用、自社株買いなどの各種市場規制の緩和など)により資
本市場の制度面の整備が進んだこと、②ドイツテレコムの民営化株放出や政府による株式
絡みの貯蓄優遇策などを契機に、個人による株式・株式投信の保有が急増したこと、③競
争激化のなかで投資銀行業務の強化を図る銀行が、企業の資本市場からの資金調達を積極
的に支援するようになったこと、など様々な要因がある。欧州では、99 年の単一通貨ユー
ロの誕生による金融資本市場の拡大と深化が、こうした変化を促す触媒として働いている。
第2表:日米独の事業会社の資金調達構造
(単位:構成比、%)
借入金
債券
株式
出資金
保険・年金準備金
その他計
91年
46.8
2.5
24.8
12.7
7.1
6.2
ドイツ
99年
33.3
1.3
44.2
10.1
4.9
6.2
変化
- 13.5
- 1.2
+ 19.4
- 2.6
- 2.2
+ 0.0
91年
18.0
9.6
29.7
23.7
米国
99年
12.1
8.2
50.9
15.7
変化
- 5.9
- 1.4
+ 21.2
- 8.0
19.0
13.0
- 6.0
91年
44.3
8.8
18.6
3.7
日本
99年
38.8
9.3
28.7
5.1
変化
- 5.5
+ 0.5
+ 10.1
+ 1.4
24.5
18.1
- 6.4
(注)資金循環統計の負債残高。日本の91年は年度末、その他は各年末の数値。
(資料)日本銀行「国際比較統計」
2.整理・解消にむかう株式持ち合い構造
2000 年 7 月、ドイツでは、2001 年からの法人税率の大幅引き下げと個人所得税の段階
的引き下げを柱とする税制改革法が成立した。2002 年からの企業の株式売却益課税の廃止
も、この改革法の中に含まれている。従来、企業が保有する持ち株の売却益は、事業利益
などと合算されて総合課税となっており、実効税率は 2000 年当時で 50%以上と高率だっ
た。このため、不用な持ち合い株であっても売却には踏み切りにくいのが実状であったが、
4
今後は売却益が非課税となることで、こうした株式の処分が容易になる。
特に影響が大きいのは、大量の持ち合い株を保有する銀行・保険会社などの金融機関で
あろう。フィナンシャルタイムズ紙によれば、国際競争激化で融資先・出資先の選別を急
ぐ金融機関によって本年以降売却されるとみられる株式は、2000 億マルク(約 910 億ドル)
以上に達する。また、事業会社にとっても、重要度が低下した子会社等の株式を売却し、
得た資金をM&Aによる事業の再構築などに利用することができるようになる。その結果、
非効率な株式持ち合い構造が整理・解消されるとともに、ドイツ企業のコア・ビジネスへ
の「選択と集中」が進む、金融機関による産業支配が弱まる、大規模な業界再編が加速す
る、といった変化が予想される。
売却益課税の廃止を見込んだとみられる動きは、金融機関を中心に、同法施行前から
すでに始まっている。昨年、保険最大手アリアンツとミュンヘン再保険は、アリアンツに
よるドレスナー銀行買収の発表を機に、2003 年末までに相互に保有する持ち合い株の比率
を 24.9%から 20%に引き下げることで合意した。併せて、それぞれが重複して保有してい
る銀行・保険会社株を相互に引き受け、一方に集約することで、交錯していた持ち合い構
造を整理することも決まった。アリアンツは、その後も、保有株式への将来の転換を条件
とした他社株転換社債を発行することにより、売却益課税廃止のメリットを生かした実質
的な持ち株の処分を始めている。また、ドイツ銀行は、98 年にDBインベスターを設立し
て持ち株を移管、一括運用させることにより、投資効率を重視した株式保有への転換をい
ち早く打ち出しており、今後、ダイムラー・クライスラー株(約 12%を保有)などの売却
を進めていく方針だ。
2002 年に入ってからは、事業会社による持ち株売却の案件も少しずつ出てきた(第3図)。
1月、エネルギー大手のエーオンは、子会社のVAMアルミニウムをノルウェーのノルス
ク・ハイドロに 31 億ユーロで売却することを発表した。同社は売却資金をコア・ビジネス
であるエネルギー事業に投じる意向だ。また、RWE(エネルギー)も、本年からゼネコ
ン最大手ホッホティーフへの直接の出資比率を 45.64%から 40%未満に引き下げて連結対
象から外し、連結子会社を通じた保有分も段階的に引き下げるとしている。
第3表:最近のドイツ企業による株式売却の例(発表ベース)
発表時期
株式保有企業
2001年 アリアンツ(保険)
アリアンツ(保険)
バイエル(化学)
2002年 エーオン(エネルギー)
RWE(エネルギー)
シーメンス(電機)蘭子会社
シーメンス(電機)
ドイツ銀行
ダイムラー・クライスラー(自動車)
ダイムラー・クライスラー(自動車)
被保有企業
売却先等
ミュンヘン再保険ほか
交錯する相互の持ち合い株を整理
RWE(エネルギー)
他社株転換社債を発行
ハーマン・アンド・ライマー、ラインケミー 売却を発表
VAWアルミニウム
ノルスク・ハイドロ(ノルウェー)へ売却
ホッホティーフ(建設)
出資比率を引き下げ連結対象外に(今後も段階的に引き下げ)
インフィニオン・テクノロジーズ(半導体) 本体と合わせて50%強の出資比率を引き下げ
KMW(戦車)
売却を発表
ニュルンベルガー(保険)
ミュンヘン再保険へ売却
DTP(自動車部品)
ベア(自動車部品)に売却
Temic(自動車部品)
コンチネンタル(自動車部品)に売却
(資料)各種新聞報道など
5
景気減速と株価下落をうけて、一時過熱気味であった欧州企業による域内・域外でのM
&Aも一服しており、足元の動向を見る限りでは保有株式の処分が一気に進む気配はない。
しかしながら、グローバルな競争の激化のなかで、投資効率重視の経営への転換を図りつ
つある金融機関・事業会社にとって、事業戦略の見直しにともなう不用かつ非効率な保有
株式の売却は、不可避な選択肢になるとみられる。今後、株価上昇などにより環境が好転
すれば、持ち合い解消は確実に進展しよう。
3.転換を迫られる経営スタイルとコーポレート・ガバナンス
持ち合いの解消による企業の所有構造の変化は、株式の安定保有を前提としてきたドイ
ツ企業の経営スタイルやコーポレート・ガバナンスにも、影響を与える可能性が高い。持
ち合い株売却の受け皿は、当該事業の拡大を狙う国内外の事業会社に加え、外国投資家や
年金基金等の機関投資家が中心になるとみられる。また、持ち合い株売却により株式が流
動化することから、株価軟調が続けば国内外からの敵対的買収の標的となる恐れがでてく
る。持ち合い解消による安定株主の減少と、「もの言う株主」の影響力拡大、市場からの圧
力は、ドイツ企業に株主価値重視の経営への転換や情報開示の徹底を迫ろう。
厳しい国際競争に晒される大企業は、米国企業の買収やニューヨーク市場上場などを
通じて、すでに外国投資家の影響を強く受けるようになっている。このため、大胆なリス
トラを進めるなど、株式市場や株主価値を重視した経営へと大きく舵を切っており、コン
センサス重視からスピード重視への転換をめざした経営組織改革を行う動きもみられる。
例えば、ドイツ銀行は、1 月、執行役員会を新設することを発表した。実務の場を、利害が
相反する従業員代表が参加する監査役会による監督が及ぶ取締役会から、新設の執行役員
会へと移管することにより、意思決定の迅速化を図るものとみられる。また、ダイムラー・
クライスラーは、クライスラーの合併の際、ドイツに本社を置くことでドイツ型の監査役
会を残した経緯があるが、昨年、監査役会の株主側代表と社外メンバーからなる経営評議
会を新設し、株主を重視したコーポレート・ガバナンス体制の強化を図っている。ただし、
こうした動きに対して、従業員・労働組合側からは、監査役会の権限を弱め、共同決定制
度を形骸化するものだとの批判が出ている。
4.漸進的改革を支援する政府の諸政策
英国ブレア首相の「第3の道」を模して、
「新中道」路線を標榜するシュレーダー政権は、
税負担軽減によるドイツ企業の活性化をめざした 2000 年の税制改革の成功により、従来の
労働組合寄りの左派的政策からの転換を内外に印象付けた。しかし、昨年の「企業買収法」
制定や「経営組織法」改正は、改革路線に逆行するものとして、外国企業や投資家から批
判を受けている。
企業買収法は、EUで審議されていた企業買収指令案が、昨年夏、ドイツ産業界の反発
を背景に欧州議会によって否決されたのをうけて、一足先に国内法として制定された。同
法では、事前に株主総会で4分の3以上の同意を得ておくとの条件付きながら、敵対的買
6
収の標的となった企業に対して、監査役会の承認だけで第三者割当増資による資本増強や
自社株買いなどの対抗手段をとることを認め、EU指令案より現経営側に有利な内容とな
っていることから、外国企業によるドイツ企業の敵対的買収を制限するものだとの批判が
でている。ドイツ政府が同法の制定を急いだ理由は、1999 年末に英ヴォーダフォンが独マ
ンネスマンに敵対的買収を仕掛けたことを契機に、厳しい合理化や人員削減につながりが
ちな外国企業による買収から、ドイツ企業とその雇用を守るべきだとの世論が広がったこ
とに加え、株式売却益課税廃止によって M&A の増加が予想される 2002 年1月までに同法
を発効させ、過度の混乱を抑える意図があったためとみられる。
一方の経営組織法改正は、従業員代表からなる職場委員会の人員を拡充し、権限を強化
することで、ドイツ型経営の特徴である共同決定方式の機能を高めることを目的としてい
るが、企業にとってコスト増になるとともに、経営の意思決定を遅らせるものだとして、
産業界から強い反発を受けた。調整の過程で、原案にあったいくつかの項目は取り下げら
れたものの、シュレーダー政権の支持母体である労働組合への配慮を強くにじませた内容
となっている。
他方、閉鎖的で不透明と批判されることが多いコーポレート・ガバナンスについては、
現在、法整備が進められている。2月には、諮問委員会の提言に基づき、上場企業のコー
ポレート・ガバナンスに関する包括的なガイドラインが法務省から発表された。同ガイド
ラインは、監査役会による経営監視機能の強化、情報公開の改善、株主総会の採択権強化
とメディアを通じた中継の解禁、などの内容からなる。遵守するかは各企業の自主性に任
されているが、一部内容は夏頃を目処に法制化される予定である。今後、持ち合い解消な
どによって、ドイツ企業のコーポレート・ガバナンスの主体が銀行等から株主へと移行す
ることが予想されるなか、現行の監査役会・取締役会の二層体制や共同決定方式の枠組み
を維持しつつ、株主重視・投資家保護を進めるものといえよう。
5.今後の展望∼ドイツ型モデルの模索∼
今までみてきたのは、主にドイツの株式会社を巡る動きである。ドイツでは、大企業
であっても株式会社以外の企業形態をとるケースが比較的多く、95 年時点で、売上高上位
100 位までの企業のうち、株式会社は 66 社にとどまり、残りは有限会社 15 社、合名・合
資会社等 9 社、公法上の企業 10 社、となっている。また、ドイツの雇用者の3分の2を雇
用し、売上高の約半分を占める約 300 万社にのぼる中小企業(従業員 500 人未満、年間売
上高1億マルク未満)は、依然として大企業とは異なる環境におかれている。97 年のベン
チャー企業向け株式市場「ノイア・マルクト」設立により、IT・バイオ・医薬分野を中
心に中小の新興企業でも株式公開による資金調達が可能となったが、伝統的産業に属し、
ローカルな市場を基盤とする中小企業の多くは、同族ないし家族経営の非公開企業であり、
専ら公的金融を含む金融機関からの借り入れに頼っているのが現状だ。これらの非公開企
業では、当面の間、変化は極めて限られたものとなろう。
それでも、すでにみてきたように、近年の大きな経済環境の変化は、ドイツの大手金
7
融機関や事業会社に確実に変革を迫っており、株式売却益課税の廃止も、中長期的にこれ
らの動きを促進することは間違いない。また、先般のホルツマン、キルヒの破綻は、政府・
銀行の企業に対する姿勢が従来とは異なってきたことを示している。99 年秋にホルツマン
が経営危機に陥った際、自ら仲介に乗り出し債権銀行団による救済策をまとめたシュレー
ダー首相だが、今回は静観を続ける模様だ。キルヒについては、同グループへの最大の債
権者がバイエルン州立銀行であり、同行資本の 50%をバイエルン州政府(州首相は、野党
側の首相候補であるシュトイバー氏)が出資するなど、地域経済との関係が密接であるが、
再建に向けた交渉が難航するなか、海外メディアによる救済の可能性もでてきた。雇用維
持の名の下に、政府の介入や銀行による救済で非効率企業を温存するのではなく、市場メ
カニズムによる淘汰に任せる ――という今回の対応は、従来のドイツ型資本主義の限界と
変容を象徴するものといえる。
先にみたドイツ政府の個々の政策は、一見すると、改革と後退、市場原理に基づく競
争の促進と政府の介入・規制による保護、の間で振れながら迷走しているかのような印象
を与える。しかし、コンセンサスを重視し、歴史や文化に根ざす価値観や現行制度の枠組
みを守りながら、その中で市場原理の活用を進め、経済の活性化を図る、という姿勢は一
貫している。ドイツには、「社会的市場経済」を掲げて戦後の奇跡の復興とそれに続く高成
長を達成した成功体験があり、アングロサクソン型(株主価値の最優先、リストラの断行、
CEO と執行役員を軸とする経営)を手放しで徹底することは、政治的・社会的にまだ受け
入れられないという側面もあろう。必然的に、現時点での改革は漸進的なものとならざる
を得ず、アングロサクソン型への同化というよりは、新たなドイツ型モデルを模索する方
向に向かっているようにみえる。
さらに、欧州全体に目を転じると、ユーロ導入によって域内市場の統合が一層深まるな
か、欧州会社法、企業買収法、コーポレート・ガバナンス規制など、EUレベルでの統一
ルール作りが行われている。こうした環境整備が進めば、欧州企業による国境を越えた再
編の動きは今後一段と加速し、結果として経営スタイルやコーポレート・ガバナンスの形
も収斂していくことになろう。ただし、会社法は最初の提起から昨年 10 月の成立までに 30
年を要し、企業買収法案も昨年夏に欧州議会で否決・廃案となって振り出しに戻るなど、
多様な各国の制度を収斂させて欧州型モデルを作る作業は、相当の時間と困難を要するの
が実状である。情報や資本が瞬時に国境を越えて移動する今日の環境下、企業の意思決定
や行動にもかつてないスピードが求められており、欧州流の漸進的な改革が、企業の競争
力強化と経済の活性化に十分につながるかは疑問が残るところだ。長期停滞に苦しみ、市
場から同様の改革を迫られている日本への示唆という観点からも、ドイツ及び欧州の企業
改革の成否が注目される。
(4.12
武南 奈緒美)
当資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、何らかの行動を勧誘するものではありません。ご利用に関しては、すべてお客様御
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