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五・二進法に基づく一位数と一位数の加算の型分け

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五・二進法に基づく一位数と一位数の加算の型分け
五・二進法に基づく一位数と一位数の加算の型分け
2010/01/05 作成 / 2010/01/23 更新
0.序
一九五二年、アメリカの心理学者ジョージ・ミラー(George Armitage Miller、一九二〇年生まれ)が、“The
Psychological Review”という雑誌に『魔法の数字 7 ± 2:我々の情報処理能力の幾つかの限界』(“The Magical
Number Seven, Plus or Minus Two: Some Limits on Our Capacity for Processing Information”)という論文を発表
した。その中でミラーは、実験の結果として「人間が操作できるチャンク(概念のまとまり)の個数は 7 ± 2 個(五
個以上九個未満)が限界である」と謂っている。
「五・二進法」による加減算の指導、というものがある。そもそもは一九五九年、千葉県で開催された日教組(日
本教職員組合)の第9回の教研集会(教育研究全国集会)で、島根県の人でちえ遅れの子供を教えている人が、
「5の記号としてローマ数字の“V”を使い、“V といくつ”という形で教えたら、ちえ遅れの子供はたいへんよく理解
した」という発表を行なったのに始まる†。つまり、「五のかたまり」というチャンクを “踏み台” に利用して加減算の
指導を行なうということである。ミラーの主張が正しいとするなら、十という数は直感的に把握するには大きすぎる
わけで、その点を改善するために五をある種の“踏み台”あるいは“踊り場”として設けるというアイディアは自然
であるように思える。
さて。現在の小学校の普通学級で、一年生を対象に行なわれている一桁の足し算の指導は十進法によるもの
である。これを「五・二進法」で行なったらどうなるだろうか。
これは効果的であることが経験的に知られているのである。にもかかわらず、現時点(二〇一〇年一月の時
点)において、「五・二進法」による加減算の指導は、教育現場には浸透していない。それは「五・二進法による
一位数と一位数の加算の型分け」が知られていないために、具体的なカリキュラムを組んだり、計算ドリルを作成
したりするのが困難だったのが理由であると考えられる。
本文書は、筆者が独自に「五・二進法に基づく一位数と一位数の加算の型分け」を行なったものである。本文
所の内容については、営利・非営利を問わず、自由にご利用いただきたい。
†『日教組の教研では、第9回の千葉の大会ではじめて実践が発表された。岡田君が わり算の研究をレポートし
たわけです。その大会に、われわれとはぜんぜん関係のない人ですが、鳥取県の人で、知恵おくれの子を教え
ている人が参加していて、そのときに、いま、われわれが〝五・二進法〟といっているのにひじょうに近い方法を
発表した。それは、タイルなんかももちろん使っていないのですが、5としてローマ数字の〝V〟を使った。〝V と
いくつ〟ということで教えたら、知恵おくれの子はたいへんよくわかったというような報告がありまして、なるほど、
これはたいへんいい方法だと思って、5のかたまりを途中で考える方法というのを、そのあたりからやりだしたわけ
です。最初のものよりは、現在のように、5のかたまりを考えるほうがよりいいということは、だいたい証明されてい
ると思います。だから、五・二進法は、ある意味では新しい。』
(遠山 啓『『みんなのさんすう』始末記』、遠山啓著作集、太郎二郎社、数学教育シリーズ、「4.水道方式をめ
ぐって」、「II-水道方式の意義と歴史」、p.80。)
-1 / 29 -
1.総則
〔一位数と一位数の加算〕は、[0 から 9 までの数]+[0 から 9 までの数]の組合せなので、「0 + 0 = 0 」から「9
+ 9 = 18 」まで、全部で 100 通りある。
この 100 通りを、「加数/被加数が 0 か、一以上五未満か、五か、五以上十未満か」「結果が 0 か、一以上五
未満か、五か、五を越えて十未満か、十か、十より大きいか」に着目し、以下のように分類する。
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
0
0+0型 0+4型 0+4型 0+4型 0+4型 0+5型 0+9型 0+9型 0+9型 0+9型
1
4+0型 3+1型 3+1型 3+1型 4+1型 4+5型 3+6型 3+6型 3+6型 9+1型
2
4+0型 3+1型 3+1型 4+1型 4+4型 4+5型 3+6型 3+6型 9+1型 4+9型
3
4+0型 3+1型 4+1型 4+4型 4+4型 4+5型 3+6型 9+1型 4+9型 4+9型
4
4+0型 4+1型 4+4型 4+4型 4+4型 4+5型 9+1型 4+9型 4+9型 4+9型
5
5+0型 5+4型 5+4型 5+4型 5+4型 9+1型 5+9型 5+9型 5+9型 5+9型
6
9+0型 8+1型 8+1型 8+1型 9+1型 9+5型 9+9型 9+9型 9+9型 9+9型
7
9+0型 8+1型 8+1型 9+1型 9+4型 9+5型 9+9型 9+9型 9+9型 9+9型
8
9+0型 8+1型 9+1型 9+4型 9+4型 9+5型 9+9型 9+9型 9+9型 9+9型
9
9+0型 9+1型 9+4型 9+4型 9+4型 9+5型 9+9型 9+9型 9+9型 9+9型
なお、型の命名は、〔ある型における最大の被加数〕を n とし、その型で n が被加数であるときに取りうる最大
の加数を m としたときに、[n + m 型]としている。
これを分りやすいように色分けして表示すると、概ね以下のような感じになる。
0
1
2
3
4
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
-2 / 29 -
5
6
7
8
9
また、これを整理して箇条書きすると、以下のようになる。
【和が五未満の加算】 ― 15 通り
[3 + 1 型]:〔 0 を被加数・加数に含まない加算〕 ― 6 通り
[0 + 4 型]/[4 + 0 型]:〔和が 0 でなく、 0 を被加数・加数に含む加算〕 ― 8 通り
[0 + 0 型]:〔和が 0 である加算〕 ― 1 通り
【和が五の加算】 ― 6 通り
[4 + 1 型]:〔 0 を被加数・加数に含まない加算〕 ― 4 通り
[0 + 5 型]/[5 + 0 型]:〔被加数または加数が 0 である加算〕 ― 2 通り
【和が五を越え十未満の加算】 ― 34 通り
[4 + 5 型]/[5 + 4 型]:〔被加数・加数の一方が五の加算〕 ― 8 通り
[4 + 4 型]:〔被加数・加数がともに五未満の加算〕 ― 6 通り
[3 + 6 型]/[8 + 1 型]:〔被加数・加数の一方が五より大きい加算〕 ― 12 通り
[0 + 9 型]/[9 + 0 型]:〔被加数または加数が 0 である加算〕 ― 8 通り
【和が十の加算】 ― 9 通り
[9 + 1 型] ― 9 通り
【和が十より大きい加算】 ― 36 通り
[5 + 9 型]/[9 + 5 型]:〔被加数・加数の一方が五の加算〕 ― 8 通り
[4 + 9 型]/[9 + 4 型]:〔被加数・加数の一方が五未満の加算〕 ― 12 通り
[9 + 9 型]:〔被加数・加数の両方が五より大きい加算〕 ― 16 通り
※なお、0 の指導については、『水道方式をめぐって』(p.60)に『この 0 についての和差の三用法もよく検討して
みる必要があろう。』とあり、『これらの問題についてのくわしい実験がほしい。』として、以下の十種の課題が挙げ
てある。
A+ 0=
0+B=
+ 0 = C
0 + = C
A + = A
+ B = B
A- 0 =
A- A=
A - = 0
- B = 0
0 を含む加減算を別扱いとするかどうかはかなり重要な問題ではあると思うが、残念ながら、現在においても課
題のままである。
-3 / 29 -
*五は補助単位として適当だろうか?
一位数と一位数の加減算の指導において、五を補助単位とするのは当然であるように思える。
たとえば、現代の日本でも五円玉・五十円玉・五百円玉・五千円札が流通しているわけで、「五をひとつの“まと
まり”として扱うと便利だ」というのは社会通念のひとつであるとして差し支えない。十の半分は五、というのもある
し、人間の指は左右五本づつで計十本、ということもあって、自然な感じは確かにする。
けれど、本当に“五”でいいのか?という疑問もないではない。一では無意味だし六ではしんどそうだ、というの
は認めるにせよ、たとえば二や三や四ではなぜいけないか、という答えにはなっていない。
「1」「2」「3」を漢数字で表記すると「一」「二」「三」となるのを見て分るように、チャンクが三個以下の場合は、直
感的に把握できそうだ。また、チャンクが六とか七になると直感的に把握するのが難しい人が出てくる、というの
がミラーの主張である。
そんな訳で補助単位としては四か五が適当ということになるわけだが、だったら四でもよくないか、という話もな
くはないのである。
たとえば江戸時代の通貨は、四分が一朱で四朱が一両だった。アメリカの通貨にしても、クオーター(25 セント
硬貨)四枚で一ドルとかいった例もある(ついでながら、この下に八分の一ドルである “bit” という単位があった)。
日本で「片手」というと「五」を意味する(戦後の食糧難の時期に、横浜駅前に『片手食堂』という飯屋があって、
全品五十円だったそうな)が、英語圏では“fingers”(指)は四本であって、親指(thumb)は別扱いだったりする。
あるいはパンの焼型は四の倍数が基本であるため、アメリカではホットドッグ用のパンは十二個入りが多い(つい
でながら、ソーセージは重さを基準にしているため十本が一パックであることが多い。その結果、ホットドッグ用の
パンとホットドッグ用のソーセージを使いきろうと思うとホットドッグを60本作らなければならなくなる)。
日本では「四」が「死」に通じるので忌まれる、という話はあると思う。ただし、4 という数はそうでなくてもひとつ
の“まとまり”として考えるには都合のいい数ではないらしい。たとえば、口承民話には「4」という数がそのままの
形で出てくることは少なく、たいてい「3+1」の形で出てくる(記紀にある、イザナギの黄泉からの帰還の場面など
がその例)。海外の例だと、ローマ数字の4は IV であり、IIII と書くのは時計の文字盤に例外的に行なわれるに
すぎない。
これ以外にも、補助単位はあくまで“補助”でしかないので適宜使いわければいいとか、すべての基数の位取
りを理解しなければ位取りを理解したことにはならないとか、いろいろな意見がある。前者についていえば、12進
法というものもあれば、現在のイギリスの通貨のように、硬貨が1ペニー・2ペンス・5ペンス・10ペンス、20ペンス、
50ペンス、1ポンド・2ポンド、紙幣が5ポンド、10ポンド、20ポンド、50ポンドというのもある。そして後者につい
ていえば、情報処理の世界では二進法・八進法・十六進法が混在していて、さらに二進化十進というのもある。
だとすれば、補助単位として五を強制するのはいかがなものか、という意見もあっておかしくない。
結論をいえば、日本の算数指導の入口は、「二・五進法」と「五・二進法」の併用が望ましいと考える。なぜかと
いえば、日本語がそうなっているからだ。
やまとことばには、「一(ひと)/二(ふた)」「三(み)/六(む)」「四(よ)/八(や)」という倍数関係における音韻
調和がある。また、数を数えるときにも、「二(ニ)・四(シ)・六(ロ)・八(や)・十(とお)」「ちゅう・ちゅう・たこ・かい・
な」といった、二の倍数系列による数え方がある。つまり、就学以前に「2 × 5 = 10」「5 × 2 = 10」という構造が、
すでに身についていると思われる。
二の倍数系列は、乗算の指導に移行してゆくのにも好都合でもある。今後、さらに掘り下げて研究されるべき
テーマであろうと思う。
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2.型分けの実際
【和が五未満の加算】 ― 15 通り
すでに述べた〔一位数と一位数の加算〕のパターンのうち、
・ 和が五未満の加算
・ 和が五の加算
・ 和が十の加算
の三つのパターンに関しては、
・ 合成と分解の両方の過程について十分に習熟しておく必要があること
・ 加算の逆演算としての減算の指導に無理なく繋げてゆくこと
を考えて、複数の出題パターンを用意しておくことが望ましい。
たとえば「1 + 2 = 3 」であれば、少なくとも
1+2=
1 + = 3
+ 2 = 3
の三通りを用意するのが望ましいと考える。さらに、これを Result(結果)、Object(目的語)、Subject(主語)の頭
文字を取って、「R 型」「O 型」「S 型」と命名することにしよう。そして、これをたとえば「[3 + 1 型]r」「[4 + 1 型]o」
「4 + 6 型 s」などと表記することにする。なお、添字の r は断りなく省略することがある。たとえば「[3 + 1 型]」は
「[3 + 1 型]r」を意味する。
なお、
3 = 1+
3 = + 2
といった形は、O 型・S 型の左辺と右辺を入れ換えたものと同一のものとして扱うことにした。
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[3 + 1 型]:〔和が五未満で 0 を被加数・加数に含まない加算〕 ― 6 通り
◎[3 + 1 型]r
1+1=
1+2=
1+3=
2+1=
2+2=
3+1=
○[3 + 1 型]o
1 + = 2
1 + = 3
1 + = 4
2 + = 3
2 + = 4
3 + = 4
○[3 + 1 型]s
+ 1 = 2
+ 2 = 3
+ 3 = 4
+ 1 = 3
+ 2 = 4
+ 1 = 4
《 指導にあたっての注意点 》
〔和が五未満で 0 を被加数・加数に含まない加算〕は、直感的に把握することができるものである。塩野氏では
ないが、この部分に関してはそれこそ「詰めこみ」「押しつけ」と言われようと、とにかく正確かつ迅速かつ無意識
に行なえるように繰返し行なうべきものであろう。
なお、この段階で出題形式に慣れさせておくことは重要なので、左右の辺を入れ換えた出題のパターンなども
合わせて訓練させておくことは有効であろう。
[0 + 4 型]/[4 + 0 型]:〔和が五未満で 0 でなく、 0 を被加数・加数に含む加算〕 ― 8 通り
○ [0 + 4 型]r
0+1=
0+2=
0+3=
0+4=
○ [0 + 4 型]o
0 + = 1
0 + = 2
0 + = 3
0 + = 4
○ [0 + 4 型]s
+ 1 = 1
+ 2 = 2
+ 3 = 3
+ 4 = 4
○ [4 + 0 型]r
1+0=
2+0=
3+0=
4+0=
○ [4 + 0 型]o
1 + = 1
2 + = 2
3 + = 3
4 + = 4
○ [4 + 0 型]s
+ 0 = 1
+ 0 = 2
+ 0 = 3
+ 0 = 4
[0 + 0 型]:〔和が 0 である加算〕 ― 1 通り
○ [0 + 0 型]r
0+0=
○ [0 + 0 型]o
0 + = 0
○ [0 + 0 型]s
+ 0 = 0
《 指導にあたっての注意点 》
「 0 を加えても数が変わらない」ことは、一般的な加算とは多少意味合いが異なる。加算というものは、数が増
えるのが普通だからである。それは将来的、「負数を足す」場合にも共通する点である。
被加数・加数に 0 を含まない場合の指導をある程度進めておいて、 0 を含む場合について指導する際に、こ
の段階に戻ってくるのも一つの方法であるように思う。
-6 / 29 -
【和が五の加算】 ― 6 通り
[4 + 1 型]:〔和が五で 0 を被加数・加数に含まない加算〕 ― 4 通り
◎ [4 + 1 型]r
1+4=
2+3=
3+2=
4+1=
○ [4 + 1 型]o
1 + = 5
2 + = 5
3 + = 5
4 + = 5
○ [4 + 1 型]s
+ 1 = 5
+ 2 = 5
+ 3 = 5
+ 4 = 5
◎【変形版】
5=1+
5=2+
5=3+
5=4+
◎【変形版】
5 = + 1
5 = + 2
5 = + 3
5 = + 4
[0 + 5 型]/[5 + 0 型]:〔和が五で被加数または加数が 0 である加算〕 ― 2 通り
○ [0 + 5 型]r
0+5=
○ [0 + 5 型]o
0 + = 5
○ [0 + 5 型]s
+ 5 = 5
○ [5 + 0 型]r
5+0=
○ [5 + 0 型]o
5 + = 5
○ [5 + 0 型]s
+ 0 = 5
《 指導にあたっての注意点 》
「 0 を加えても数が変わらない」ことは、一般的な加算とは多少意味合いが異なる。加算というものは、数が増
えるのが普通だからである。それは将来的、「負数を足す」場合にも共通する点である。
被加数・加数に 0 を含まない場合の指導をある程度進めておいて、 0 を含む場合について指導する際に、こ
の段階に戻ってくるのも一つの方法であるように思う。
なお、「一位数と一位数の加算」からは外れるが、0 と 10 の加算(附録 2 参照)についても指導しておくことは
無駄ではないように思う。
-7 / 29 -
*基礎暗算について
「緑表紙」と通称される第4期国定教科書の編修責任者であり、“反・「水道方式」陣営”の代表者ともいえる塩
野 直道氏は、以下のようなことを述べている。
『 ところが 100 以下の加減の暗算、掛算の九九、とその逆などのようなものは、これはのっぴきならぬものであ
ります。少数分数の四則などもこれに属し、中学校の文字式の表現とその処理、負(マイナス)の数の四則なども
それであります。このようなものは、何としても、どの子供にも徹底的にできるようにしておかないと次へ進んでは
ならないものであります。
このようなものはあらゆる方法で徹底させなくてはなりません。教育学上の指導原理がどうであろうと、そんなこ
とに囚われてはなりません。つめこみであろうが、たたきこみであろうが、おそれることなく、あらゆる手段をつくし
て、習得させる必要があるのであります。
もちろんあらゆる手段のうちで、指導上の原則にあてはまるのがよいにはちがいありませんが、場合によっては、
また子供によっては、強硬手段も止むを得ない。否この強硬手段こそが、その子供にとっては、もっとも教育的
指導法といえると思うのであります。』
(『啓林』、一九五六年十二月号、 啓林館、p.4)
これは確かに正論ではあるのだが、こうしたアプローチはしばしば合目的性というものと乖離してしまい、精神
主義・鍛錬主義に代表される指導者の自己満足に堕してしまうことがままある。
確かに、掛算の九九なんていうのは、ここでいう〝強硬手段〟がもっとも手っ取り早い方法として広く認知され
ている。ただ、それが教育上の重要性や実用性に結びついているとは言いがたい。たとえば教具として「ネピア
の骨棒」を用いるとか、電卓を用いるとかいった方法だってある。
『掛算九九』の重要性は、それ自体が一つの文化として成立している点にある。なにしろ『万葉集』に『十六』と
書いて“しし”、『八十一』と書いて“くく”と読ませる例まであったりする。だから、「交換法則を理解すれば暗記は
半分で済む」とかいったことは考えるだけ無駄であって、「とにかく全部憶えろ」というのが正しいアプローチだ。
『貸そうか、まあ当てにすな、酷すぎる借金』(か(K・Ca)、そう(Na:ソーダ)か、ま (Mg) あ (Al) あ(Zn:亜鉛)て
(Fe:鉄)に (Ni) す (Sn:錫) な(Pb:鉛)、ひ (H:ヒドロニウム・イオン) ど(Cu:銅)す(Hg:水銀)ぎ(Ag:銀)る借
(Pt:白金)金(Au:金)。イオン化傾向)とか、『丁髷笛隠し、ぴぃ』(C・H・O・N・Mg・Fe・Ca・K・S・P。“Fe”を「え
ふえ」と訓むのがミソ。植物に必要な十大元素)とか『ふっくらブラジャー愛のあと』(F・Cl・Br・(J)I・At。沃素の
元素記号は、ドイツ語では“J”。周期律表のハロゲン元素)とか、『シー(Si)オー(O)は歩いて探そうケー(K)エ
ムジー(M g)』(クラーク数)とか、『インダス・アーリア・バラ・カスト・マガダ・コーサラ・マウリヤ・クシャナ・グプタに
バルタナ混乱期』(インドの歴代文明)とか、『エーゲ・クレ・ミケ・ギリ・マケ・アレ・ヘレ・ローマ世界』(地中海地方
の歴代文明)とか、『“Oh, Beautiful And Fine Girl, Kiss Me Right Now!” “Smack!”』(主系列星のスペクトル型)と
か、『マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ伝、使徒・ロマ・コリント・ガラテア書、ピリポ・コロサイ・テサロニケ、テトス・ピレモ
ン・ヘブ・ヤコブ』(新約聖書。節は『鉄道唱歌』)とかも、とりあえず“文化”だとして教え、“文化”だと思って憶える
のが正しいありかたである。
本当に「強硬手段」によるしかない部分というのは、算数においては“基礎暗算”といわれるごく一部である。そ
して、どの部分が“基礎暗算”に当たるかという切り分けについては、慎重な態度が必要である。
-8 / 29 -
【和が五を越え十未満の加算】 ― 34 通り
[4 + 5 型]/[5 + 4 型]:〔和が五を越え十未満で、被加数・加数の一方が五の加算〕 ― 8 通り
◎ [4 + 5 型]r
1+5=
2+5=
3+5=
4+5=
△ [4 + 5 型]o
1 + = 6
2 + = 7
3 + = 8
4 + = 9
○ [4 + 5 型]s
+ 5 = 6
+ 5 = 7
+ 5 = 8
+ 5 = 9
◎【変形版】
6 = + 5
7 = + 5
8 = + 5
9 = + 5
◎ [4 + 5 型]r
5+1=
5+2=
5+3=
5+4=
○ [4 + 5 型]o
5 + = 6
5 + = 7
5 + = 8
5 + = 9
◎【変形版】
6=5+
7=5+
8=5+
9=5+
《 指導にあたっての注意点 》
次項〔被加数・加数がともに五未満の加算〕を参照されたい。
-9 / 29 -
△ [4 + 5 型]s
+ 1 = 6
+ 2 = 7
+ 3 = 8
+ 4 = 9
[4 + 4 型]:〔和が五を越え十未満で、被加数・加数がともに五未満の加算〕 ― 6 通り
○ [4 + 4 型]
2+4=
3+3=
3+4=
4+2=
4+3=
4+4=
《 指導にあたっての注意点 》
通常の「十進法」による指導では、前段の〔被加数・加数の一方が五の加算〕以降の【和が五を越え十未満の
加算】の段階は特別視されることがない。その結果、繰り上がりのある加算の段階へ行って苦労する結果を生む
ことになりやすい。
「五・二進法」による指導では、この段階で
1)「五のかたまり」をどうやって作るか。
2)もう一方の数から借りてきた結果、その数がどうなるか。
といったことを理解することが重要となる。そこで、〔被加数・加数の一方が五の加算〕と〔和が五未満で 0 を被加
数・加数に含まない加算〕の逆操作としての減算を先に指導しておくとともに、〔和が五で 0 を被加数・加数に含
まない加算〕の訓練を徹底して行なうといったことが必要となる。
タイルのシェーマによる指導や、おはじきや棒による数取りが有効になってくるのはおそらくこの段階からであ
ると思うが、どちらも一長一短あって決定版とは謂えないように思う。
-10 / 29 -
【参考:減算の初歩】
引かれる数が二以上五未満で、引く数が 0 より大きく引かれる数より小さい減算は、以下の 6 題である。
4-
4-
4-
3-
3-
2-
3=
2=
1=
2=
1=
1=
引かれる数が五で、引く数が引かれる数である 5 より小さい減算は、以下の 4 題である。
5-
5-
5-
5-
4=
3=
2=
1=
引かれる数が五より大きく十未満で、引く数が 5 である 10 より小さい減算は、以下の 4 題である。
9-
8-
7-
6-
5=
5=
5=
5=
引かれる数が五より大きく十未満で、答えが 5 になる減算は、以下の 4 題である。
9-
8-
7-
6-
4=
3=
2=
1=
-11 / 29 -
[3 + 6 型]/[8 + 1 型]:〔和が五を越え十未満で、被加数・加数の一方が五より大きい加算〕 ― 12 通り
○ [3 + 6 型]
1+6=
1+7=
1+8=
2+6=
2+7=
3+6=
○ [8 + 1 型]
6+1=
6+2=
6+3=
7+1=
7+2=
8+1=
《 指導にあたっての注意点 》
この段階まで修了した時点で、ここまでの過程を俯瞰する形で反復練習を行なうことは有効であろうと思われる。
この段階までの計算に習熟した上で、新たに習熟しておくことが有効と考えられる減算の課題として、以下の
18 題がある。
9-
9-
9-
9-
9-
9-
8=
7=
6=
3=
2=
1=
8-
8-
8-
8-
8-
7=
6=
4=
2=
1=
7-
7-
7-
7-
6=
4=
3=
1=
6-4=
6-3=
6-2=
-12 / 29 -
[0 + 9 型]/[9 + 0 型]:〔和が五を越え十未満で、被加数または加数が 0 である加算〕 ― 8 通り
○[0 + 9 型]r
0+6=
0+7=
0+8=
0+9=
○[0 + 9 型]o
0 + = 6
0 + = 7
0 + = 8
0 + = 9
○[0 + 9 型]s
+ 6 = 6
+ 7 = 7
+ 8 = 8
+ 9 = 9
○[9 + 0 型]r
6+0=
7+0=
8+0=
9+0=
○[9 + 0 型]o
6 + = 6
7 + = 7
8 + = 8
9 + = 9
○[9 + 0 型]s
+ 0 = 6
+ 0 = 7
+ 0 = 8
+ 0 = 9
《 指導にあたっての注意点 》
〔和が五未満で 0 を被加数・加数に含む加算〕 を参照されたい。
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【和が十の加算】 ― 9 通り
[9 + 1 型] ― 9 通り
◎[9 + 1 型]r
1+9=
2+8=
3+7=
4+6=
5+5=
6+4=
7+3=
8+2=
9+1=
○[9 + 1 型]o
1 + = 10
2 + = 10
3 + = 10
4 + = 10
5 + = 10
6 + = 10
7 + = 10
8 + = 10
9 + = 10
○[9 + 0 型]s
+ 1 = 10
+ 2 = 10
+ 3 = 10
+ 4 = 10
+ 5 = 10
+ 6 = 10
+ 7 = 10
+ 8 = 10
+ 9 = 10
◎【変形版】
10 = 1 +
10 = 2 +
10 = 3 +
10 = 4 +
10 = 5 +
10 = 6 +
10 = 7 +
10 = 8 +
10 = 9 +
《 指導にあたっての注意点 》
〔和が五で 0 を被加数・加数に含まない加算〕同様、反復練習を行なって習熟しておくことが重要と思われる。
また、補数の概念を定着させるためにも、減算の指導を併用することは有効であると思われる。
引かれる数が十で、引く数が引かれる数である 10 より小さい減算は、以下の 9 題である。
10 -
10 -
10 -
10 -
10 -
10 -
10 -
10 -
10 -
9=
8=
7=
6=
5=
4=
3=
2=
1=
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*筆算指導のタイミング
ネットで検索して知ったのだが、現在、小学校一年で筆算の指導を行なっている学校はほとんどないらしい。
なお、ここでいう「筆算」とは、以下のような「縦書きの計算」のことをいう。
6
7
+
1
3
9
-
筆算指導のタイミングとしては、少なくとも以下の三つの場合が考えられる。
1.「空位の 0 」が現れる時点に合わせる。すなわち、「10」が出てきた時点に合わせる。
2.「 3 + 8 」の場合のくり上がりなど、位取りの指導に合わせる。
3.「からっぽの 0 」か「 空位の 0 」のどちらかの 0 が現れる時点に合わせる。
個人的には、筆算を教えるタイミングは上記の三つのどれよりも早くていいと考えている。
+
5
+
1
5
+
2
10
3
これで悪いことはないだろう、と思うのである。たとえば、以下のような表を考えてもらえばいい。
五百円玉
百円玉
五十円玉 十円玉
五円玉
一円玉
ここに数字ではなく棒を入れることにし、五百円玉・五十円玉・五円玉は横にした棒、百円玉・十円玉・一円玉
は縦にした棒で表わすことにすれば、升目の列は半分で済む。具体的には、以下のような感じだ。
百
十
一
ついでに正の数を赤い棒、負の数を黒い棒で表わすことにすれば、「黒と赤の棒は帳消し」というルールを元
に減算の指導もできる。
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*「五・二進法」はなぜ普及しないか
「五・二進法」が普及しない理由は、謎とされている。
学習指導要領がそうなっていないから、と勘違いしている人もいる。ところが現在の学習指導要領に「暗算・筆
算・珠算のうちでは暗算を重視する」とか「十の補数の指導を徹底し、五・二進法を用いた指導は行なわない」と
か書いてあったりはしないのである。
教科書がそうなっていないから、というのは一つの事実である。とはいえ実際の授業というのは教科書“だけ”で
行なわれているわけではなく、副教材による部分も少なくない。そして、その副教材にも「五・二進法」は用いられ
ていないのだが、そこに政治的な意図があったりする訳ではない。かつての文部省による水道方式批判の時代
とは違って、現行の小学校の算数の教科書には水道方式の看板ともいえる「タイルによる位取りの指導」が堂々
と載っている。それに、そもそも「五・二進法」は水道方式とは無関係であって、教科書に採用しない理由は見当
たらない。教科書を発行している出版社だって営利企業なのだから、指導に効果があって売れるとなれば採用
しない理由はない。
学校で採用するにあたっては、たとえばあるクラスにだけ試験的に適用する場合に、以下のような心配がある、
という指摘をする人もいる。
1) その学級だけ別の方法でよいか。(学年で統一する必要はないか)。
2) 学年が上がっての学習に支障はないか。別の教員が担任したときに困ることはないか。(学校で教え方を
統一する必要はないか)
3) 転入生、転出生があった場合に差し障りはないか。
4) 保護者の理解は得られるのか。
実際のところ、そんな心配をしていたら、子供を学習塾に通わせることさえできないのである。学習塾が学校と
同じ教え方をする訳ではない。また、その結果学校の勉強についてゆくことができなかったとしたら、学習塾に通
わせる意味がない。いくつかの学習塾で「五・二進法」に基づく指導が効果を上げているという例もあって、「五・
二進法」による指導そのものに、構造的な欠陥があるとは考えにくい。
つまるところ、「五・二進法に基づく一位数と一位数の加算の型分け」をちゃんとやった人がいなかったため、
計算問題を作成しにくいというのが、「五・二進法」が一般化していない最大の理由なのである。実際、遠山先生
は以下のように書いている。
『 今のところ、数学教育はとても技術の段階にまで達しているとは思えないのです。まだまだ他人には伝える
ことのでいないカンやコツが支配しているのです。技術というからには他人にもたやすく伝授できるものでなけれ
ばなりません。
一つの例をあげてみましょう。この研究会にもでてきましたが、一ケタの足し算をどうするかという問題がありま
す。これまでは指を使って1、2、3、……と数えたしでやっていた足し算のやりかたを改めて、一ケタの足し算は
〝5〟を一かたまりにして計算する方法が研究されています。』
(遠山 啓『 教育における科学と生活 』、遠山啓著作集、太郎次郎社、教育論シリーズ 1、「教育の理想と現
実」、「II-教育における科学と生活」、p.114。)
というわけで、以来ずっと研究中だったわけだ。で、やってみて分ったが、確かに面倒臭い。誰も手をつけな
かった、あるいは手をつけたが途中で放り出した理由がよく判った。
とりあえず「五・二進法に基づく一位数と一位数の加算の型分け」を行なうことで、私は一応の責任を果たした
と考えているが、たぶん計算問題集も作れと言われるだろう。考えるだに頭が痛いことである。
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【和が十より大きい加算】 ― 36 通り
繰り上がりのある加算には、一般的にいって二通りのアプローチがある。
たとえば、
8+6=
のような場合、
1.被加数 8 の 10 に対する補数は 2 。
2.加数 6 は 2 より大きいので繰り上がりあり。
3.6 から補数の 2 を引いた値は 4 。
4.したがって、答えは 14 。
という「十進法」アプローチと、
1.被加数 8 は 5 + 3 。
2.加数 6 は 5 + 1 。
3.5 と 5 がくっついて繰り上がり。
4.残りは 3 + 1 で 4 。
5.したがって、答えは 14 。
という「五・二進法」アプローチである。主に小学校で採用されているのは前者の「十進法」アプローチであるらし
そろばん
いが、日本古来の計算器である十露盤や現代の通貨制度を念頭に置くと、「五・二進法」アプローチが当然とい
うことになる。実際、「八円と六円を足すと十四円」という場合であれば、「五円玉二枚で十円玉一枚相当」と説明
するのが普通だろう。
「十進法」アプローチは一度「十」という大きな数をイメージして十との差(十の補数)を求め、さらに引き算をし
て残った数を求める。これはかなりアクロバティックというか空中戦じみたところがあって、たとえば「3 + 9」とか
いった場合には、被加数と加数を入れ換えるとかいった工夫もしているかも知れない。もちろん、そうした工夫が
頭脳の鍛錬になるという意見もあるだろうが、十露盤や電卓や表計算ソフトが普及した今の社会において、当座
有効なのはざっくりした見積や量概念の理解であって、計算テクニックではないように思う。
十との間の行ったり来たりを面倒とみるか、十の補数と五の補数を両方憶えて使い分けるのが面倒とみるかと
いう違いもあるが、すでに述べたように「五・二進法」が養護学校での指導から生まれたという経緯や、十露盤の
普及、通貨との関連から考えると、「五・二進法」→「十進法」といった段階的指導が現実に即しているように思わ
れる。
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[5 + 9 型]/[9 + 5 型]:〔和が十より大きく、被加数・加数の一方が五の加算〕 ― 8 通り
[5 + 9 型]
5+6=
5+7=
5+8=
5+9=
※参考程度に
5 + = 11
5 + = 12
5 + = 13
5 + = 14
※参考程度に
+ 6 = 11
+ 7 = 12
+ 8 = 13
+ 9 = 14
[9 + 5 型]
6+5=
7+5=
8+5=
9+5=
※参考程度に
6 + = 11
7 + = 12
8 + = 13
9 + = 14
※参考程度に
+ 5 = 11
+ 5 = 12
+ 5 = 13
+ 5 = 14
※逆演算としての減算
11 - 6 =
12 - 7 =
13 - 8 =
14 - 9 =
-18 / 29 -
[4 + 9 型]/[9 + 4 型]:〔和が十より大きく、被加数・加数の一方が五未満の加算〕 ― 12 通り
[4 + 9 型]
2+9=
3+8=
3+9=
4+7=
4+8=
4+9=
[9 + 4 型]
9+2=
8+3=
9+3=
7+4=
8+4=
9+4=
[9 + 9 型]:〔和が十より大きく、被加数・加数の両方が五より大きい加算〕 ― 16 通り
6+6=
6+7=
6+8=
6+9=
7+6=
7+7=
7+8=
7+9=
8+6=
8+7=
8+8=
8+9=
9+6=
9+7=
9+8=
9+9=
※逆演算としての減算は以下のようになるが、いずれも典型的な形(たとえば「 34 -21 = 11 」など)をしておらず、
同時に必ず繰り下がりを伴うため、複数桁どうしの減算を学んでいない段階では、かなり難しい。
12 -
13 -
14 -
15 -
6=
6=
6=
6=
13 -
14 -
15 -
16 -
7=
7=
7=
7=
14 - 8 =
15 - 8 =
16 - 8 =
-19 / 29 -
17 - 8 =
15 -
16 -
17 -
18 -
9=
9=
9=
9=
【補:その他の注意すべきパターン】
〔減数が五〕
11 - 5 =
12 - 5 =
13 - 5 =
14 - 5 =
〔減数が五より大きく、差が五未満〕
11 - 7 =
11 - 8 =
11 - 9 =
12 - 8 =
12 - 9 =
13 - 7 =
13 - 9 =
〔減数が五より小さく、かつ被減数の一位が減数より小さい〕
11 - 2 =
11 - 3 =
11 - 4 =
12 - 3 =
12 - 4 =
13 - 4 =
-20 / 29 -
*ブルート・フォース・アプローチ
〔一位数と一位数の加算〕などというものは、つべこべ言わずに全部憶えてしまえばいいのだ、という考え方が
ある。あるいは、頭で憶えるのではなく手で憶えろとか、頭で憶えるのではなく身体で憶えろとかいった意見もあ
る。そもそも掛け算の九九というのがその発想だし、昔は割り算にも九九があった。たとえば、「二一天作の五」
(二で一を割るときは、商として五を立てろ)なんていうのが、割り算九九である。
ついでながら、こういう力任せの手法を、電算業界では俗に「力技」とか「ブルート・フォース・アプローチ」と呼
び、数学の分野では「エレファントな解法」と呼ぶ。ただしこの手法は、古くは十露盤や算木や“ネピアの骨棒”や
計算尺や指矩(さしがね。「指金」「曲尺」とも表記する)といった計算器具や数表、時代は下ってパスカルの計算
器や手回し計算機、現代では電卓やパソコンのスプレッドシート・アプリケーション・プログラム(最近では“Excel”
と言ったほうが早い)といった「飛び道具」を使うことが多い。もちろんインド式計算法とか中国発の快速計算法と
か、それ以外にもフォン・ノイマンやディック・ファインマンのように記憶力と計算テクニックを駆使して計算を行な
う例もあるのだが、一般人にはおすすめしかねる。
まあ、確かに、〔一位数と一位数の加算〕は 100 個しかない。被加数または加数に 0 を含む場合を除き、被加
数と加数を入れ換えたものを同一とみなしたなら、その数は 45 個まで減らすことができる。これなら掛け算九九
と同じように、すべて暗記してしまっても、それほど問題はなさそうに思えるが、この「たし算九九」「加算九九」は、
あまり評判がよろしくない。
『これは日本の算数教育で2度まで試みられて、2度とも失敗したいわくつきの方法なのだ。第1回は明治の初
めのころ、米国人・スコットの指導によってとり入れられた。しかし、この方法は現場から不適当という批判がでて、
数年後には姿を消したのである。
2度目は敗戦直後である。こんどは〝加法九九〟という新しい名称をまとって東條してきたが、内容はまったく
同じであった。1951年の学習指導要領はこの〝加法九九〟を強調したが、こんどもまた現場の教師から反対さ
れて、1958年の指導要領からは姿を消した。』(『水道方式をめぐって』、p.166)
“三度目の正直”に期待する向きもあるかもしれないが、『塵毫記』にも乗算九九と除算九九は入っているが加
算九九は入っていないという点からして止めておいたほうが無難だろう(当然、私は『百ます計算』にも批判的だ。
それより珠算を教えたほうがよさそうに思う)。
けっきょく、ブルート・フォース・アプローチというのは、生まれて初めて算数に出会う子供にとっては結構大変
なのである。たとえば『聖アウグスチヌスは『告白録』のなかで、「私は、子どものとき、文学が好きで、〝一、一が
二〟を怠けていたので、今でも算数がよくできない」という意味のことを言っているが、それは加法九九のことで
ある。』といった話もある(遠山 啓 『水道方式とはなにか』、遠山 啓著作集、太郎次郎社、数学教育論シリーズ、
「3.水道方式をめぐって」、p.58)。ところが、この大変さが、教師を含めた“普通の大人”には、なかなか理解で
きない。
『百ます計算』が成果を上げているという意見もあるかもしれないが、『百ます計算』には正答率を百パーセント
にする指導法が欠けている。やっているうちに憶える、というのでは、加算九九以前に逆戻りすることになる。
『公文式』の弱点は、「適切な指導」や「学習者の自発的な気づき」、あるいは「家庭での学習」や「学校や学習
塾での適切な指導」といった、テスト以外の要因 に期待せざるを得ない点にある。すなわち、理解させるという指
導の部分が欠けているのである。正直、「塾と『公文式』の両方」という子供が多いだけじゃないか、という気もす
るのである。
この点、「理解先行」と云われる『水道方式』はどうだろうか。
『水道方式』には、たいてい「理解一辺倒だからダメだ」という批判がついて回る。ところが、遠山先生は、決し
て習熟を軽視してはいないのである。たとえば、以下のような発言があったりする
-21 / 29 -
『一ケタのたし算は準備として十分に習熟させておく。これらは三ケタのたし算を組み立てているもっとも単純
で基礎的な過程であるから、〝素過程〟とよんでおく。』
(遠山 啓『水道方式とはなにか』、太郎次郎社、遠山 啓著作集、数学教育論シリーズ、「3.水道方式をめぐっ
て」、pp.9 - 10。)
『理想はもちろん理解先行である。しかしその理想のとおりにいかないことがあるから問題なのだ。教材によっ
ては完全な理解の困難なものがある。分数の乗除や負数の乗除がそれである。そのような場合には理解はある
程度にとどめておいて、練習に入り、ある程度習熟してから、ふたたび理解することが必要だ。つまり「浅い理解
―→習熟―→より深い理解」という過程を経るほうがよい場合もある。』
遠山 啓『水道方式とはなにか』、太郎次郎社、遠山 啓著作集、数学教育論シリーズ3、「水道方式をめぐって」、
p.149。)
ついでに言えば、『水道方式』と「五・二進法」の間にはほとんど関連はなかったりする。むしろ、次の発言から
わかるように、おそらく遠山先生は「十の補数」による指導しか念頭に置いていなかったのである。
『そうすると、くり上がりを計算する前に非常に大事なのは10の補数、つまり、何を補ったら10になるかという数
の組み合わせを知っているということです。8の補数は2、9の補数は1、6の補数は4、3の補数は7、こういうこと
を子どもにはっきりとつかませます。これはじゅうぶん時間をかけて、しっかりとわからせることが必要です。』
(IV-量と水道方式の算数1、『たし算』、p.141。)
また、遠山先生は加算と減算は一応別物として教えておいて、後で統合するという方法を考えていた。
『ところが、日本には、そういうことを1年、2年ではあまりやる必要は起こりません。なぜかというと、日常生活の
中には補加法はないからです。日本では、そうではなくて、たし算をおしえたら、ひき算をたし算からはいちおう
無関係の計算として教えておいて、ある程度までいって、二つを結びつけたほうが日本人には適しています。』
(V-量と水道方式の算数2、『応用問題』、p.225。)
現在の小学校学習指導要領では、第1学年の指導内容として「一位数と一位数との加法及びその逆の減法」
を定めている。具体的には、「小学校学習指導要領・算数」の「2.各学年の目標及び内容」の「第1学年」の「2.
内容」の「A.数と計算」で、「(2) 加法及び減法の意味について理解し、それらを用いることができるようにす
る。」という項目のなかで「イ.一位数と一位数との加法及びその逆の減法の計算の仕方を考え、その計算が確
実にできること。」と定められている。補数という発想は減算と不可分に結びついていそうなので、補数表現が出
てきた時点で、加算の逆演算としての減産の指導を行なったほうが適切かと思う。
『水道方式』は、〔多位数と多位数の加算〕の本質は〔三位数と三位数の加算〕によって理解できるとし、そのパ
ターンを分類して網羅的にチェックすることで指導の効率を向上させることに成功した。ここで、〔三位数と三位
数の加算〕は、「0 + 0 = 0 」から「999 + 999 = 1998 」まで全部合わせて百万個( 1,000,000 個)あるため、そこか
らパターンを抽出し、パターンを網羅することには、理解・習熟の効率化に対して大きな意味があった。
『水道方式』では、『まず三ケタの数の計算ができるために、前提となるのはつぎの二つである。』(p.9)として
「位取りの原理」と「一ケタのたし算」が重要であるとした。そして「位取りの原理」についてはタイルのシェーマに
よって説明した。ところが〔一位数と一位数の加算〕については、前述のように『一ケタのたし算は準備として十分
に習熟させておく。これらは三ケタのたし算を組み立てているもっとも単純で基礎的な過程であるから、〝素過
程〟とよんでおく。』としか言及されていない。
あるいは、遠山先生は以下のような発言もされている。
『われわれはこれからの議論を正確に進めていくために、それを〝基礎暗算〟とよび、より高度の暗算から区
別することにしよう。たとえば、基数の加減などは基礎暗算の一部である。この名称に従うと、1947年指導要領
は、基礎暗算さえも否定したのである。
さて、これから先に大きな問題がある。それは基礎暗算から筆算に進むか、高度の暗算に進むかということで
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ある。暗算を計算の基礎としてばかりでなく、中軸とみる暗算中心の考え方からみると、基礎暗算から二位数・三
位数などの高度の暗算に進み、暗算が完全に行きづまるに及んではじめて筆算に移るのである。』(p.59)
(II-水道方式論 I、『暗算と筆算』、p.59。)
ここで、遠山先生は「基数の加減」(=一位数の加減算)は基礎暗算の一部だと書いている。じつのところ遠山
先生は、東工大をお辞めになり、八王子養護学校で実際にちえ遅れの子供の指導を行なうようになるまで、
「五・二進法」を「一位数の加減算もままならない“ちえ遅れの子供”のための、指導上の工夫」と考えていらっ
しゃったらしい。
実際には、一位数の加減算というものは“加算”・“基数”・“「からっぽの 0 」と「空位の 0」”・“位取り”・“繰り上が
り”・“補数”・“加算の逆演算としての減算”・“繰り下がり”といった概念からなる構成物であり、“累加の延長とし
ての乗法”・“文字式”・“方程式”といったより高度な概念への入口である。
力づくで押しこんで済ませてしまうような乱暴な方法を取るのは、正直よろしくないと思う。
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附録 2
〔和が十で被加数または加数が 0 である加算〕― 4 題
10 + = 10
0 + = 10
+ 10 = 10
+ 0 = 10
〔逆演算としての減算〕― 2 題
10 - 0 =
10 - 10 =
【補遺】 20 以下の加減算について
いくつかの学校では、小学校の第1学年の目標として「 20 までのたし算、ひき算ができる」を掲げている。これ
は、「 20 以下の加減算を習得する」ことを目標としている、と言いかえることができる。
ただし、 小学校学習指導要領では、第1学年の指導内容として「一位数と一位数との加法及びその逆の減
法」を定めているだけなので、厳密にいえば「20 以下の加減算」の一部はその範囲から外れることになり、指導
にあたっては注意が必要となる。
小学校第1学年の指導範囲を超える 20 以下の加減算(結果が 20 以下の加算および被減数が 20 以下の減
算)は、以下のものである。
結果が 20 以下で、被加数と加数の一方が一位数ではない加算
[0 + 19 型] ― 9 題
0 + 10 = 10
0 + 11 = 11
0 + 12 = 12
0 + 13 = 13
0 + 14 = 14
0 + 15 = 15
0 + 16 = 16
0 + 17 = 17
0 + 18 = 18
0 + 19 = 19
[19 + 0 型] ― 9 通り
11 + 0 = 11
12 + 0 = 12
13 + 0 = 13
14 + 0 = 14
15 + 0 = 15
16 + 0 = 16
17 + 0 = 17
18 + 0 = 18
19 + 0 = 19
-24 / 29 -
[9 + 10 型] ― 9 通り
1 + 10 = 11
2 + 10 = 12
3 + 10 = 13
4 + 10 = 14
5 + 10 = 15
6 + 10 = 16
7 + 10 = 17
8 + 10 = 18
9 + 10 = 19
[10 + 9 型] ― 9 通り
10 + 1 = 11
10 + 2 = 12
10 + 3 = 13
10 + 4 = 14
10 + 5 = 15
10 + 6 = 16
10 + 7 = 17
10 + 8 = 18
10 + 9 = 19
[8 + 11 型] ― 36 通り
1 + 11 = 12
1 + 12 = 13
1 + 13 = 14
1 + 14 = 15
1 + 15 = 16
1 + 16 = 17
1 + 17 = 18
2 + 11 = 13
2 + 12 = 14
2 + 13 = 15
2 + 14 = 16
2 + 15 = 17
2 + 16 = 18
2 + 17 = 19
3 + 11 = 14
3 + 12 = 15
3 + 13 = 16
3 + 14 = 17
3 + 15 = 18
3 + 16 = 19
4 + 11 = 15
4 + 12 = 16
4 + 13 = 17
4 + 14 = 18
4 + 15 = 19
5 + 11 = 16
5 + 12 = 17
5 + 13 = 18
5 + 14 = 19
6 + 11 = 17
6 + 12 = 18
6 + 13 = 19
7 + 11 = 18
7 + 12 = 19
8 + 11 = 19
-25 / 29 -
1 + 18 = 19
[18 + 1 型] ― 36 通り
11 + 1 = 12
11 + 2 = 13
11 + 3 = 14
11 + 4 = 15
11 + 5 = 16
11 + 6 = 17
11 + 7 = 18
12 + 1 = 13
12 + 2 = 14
12 + 4 = 15
12 + 4 = 16
12 + 5 = 17
12 + 6 = 18
12 + 7 = 19
13 + 1 = 14
13 + 2 = 15
13 + 5 = 16
13 + 4 = 17
13 + 5 = 18
13 + 6 = 19
14 + 1 = 15
14 + 2 = 16
14 + 6 = 17
14 + 4 = 18
14 + 5 = 19
15 + 1 = 16
15 + 2 = 17
15 + 7 = 18
15 + 4 = 19
16 + 1 = 17
16 + 2 = 18
16 + 8 = 19
17 + 1 = 18
17 + 2 = 19
18 + 1 = 19
〔その他の加算〕 ― 4 通り
10 + 0 = 10
20 + 0 = 20
0 + 20 = 20
10 + 10 = 20
-26 / 29 -
11 + 8 = 19
一位数と一位数の加算の逆演算ではない、被減数が 20 未満の減算 ― 45 通り
[19 - 9 型]:差が十である問題 ― 9 通り
11 - 1 =
12 - 2 =
13 - 3 =
14 - 4 =
15 - 5 =
16 - 6 =
17 - 7 =
18 - 8 =
19 - 9 =
[19 - 8 型]:差が十を越え、繰り下がりがない問題 ― 36 通り
12 - 1 = 11
13 - 1 = 12
13 - 2 = 11
14 - 1 = 13
14 - 2 = 12
14 - 3 = 11
15 - 1 = 14
15 - 2 = 13
15 - 3 = 12
15 - 4 = 11
16 - 1 = 15
16 - 2 = 14
16 - 3 = 13
16 - 4 = 12
16 - 5 = 11
17 - 1 = 16
17 - 2 = 15
17 - 3 = 14
17 - 4 = 13
17 - 5 = 12
17 - 6 = 11
18 - 1 = 17
18 - 2 = 16
18 - 3 = 15
18 - 4 = 14
18 - 5 = 13
18 - 6 = 12
18 - 7 = 11
19 - 1 = 18
19 - 2 = 17
19 - 3 = 16
19 - 4 = 15
19 - 5 = 14
19 - 6 = 13
19 - 7 = 12
※以下の形のものは、出題されることがほとんどない。
[19 - 18 型]:十を越え二十未満の二位数同士の減算で、結果が 0 でない ― 36 通り
[19 - 0 型]:十を越え二十未満の二位数同士の減算で、結果が 0 である ― 9 通り
-27 / 29 -
19 - 6 = 11
*遠山啓と「水道方式」に関する誤解
数学者・遠山 啓と「水道方式」に関しては、大きく分けて以下の三つの誤解がある。すなわち、
1.「水道方式」は、遠山によって開発・命名・提唱された。
2.遠山は日教組系の学者であった。
3.現在、「水道方式」は、算数の指導における主流となっている。
である。その誤解は、たとえば以下のような文章に見ることができる。
『数学者である遠山啓氏は、数は量を表すものとして把握されるべきと主張した。そして具体的に量を把握させ
る道具=タイルを使い、量を把握した後は筆算を中心に計算問題をタイプ別に分類して解かせる授業方法を提
唱した。
氏はその授業スタイルを「水道方式」と名付ける。水道設備は水源地となる貯水池が高いところにあり、各家庭
に枝分かれして水がくる。タイプ別に分類した計算問題を並べると、この水道設備に似ているというのだ。標準
型が水源地で、そこで力を蓄え、特殊な問題に枝分かれする。「水道は誰にでも使え、どんな小さな町でも広
がっている。その水道のようにだんだん広がっていってほしい」という願いも込めて水道方式の名がついたという。
戦後間もない頃の水道に対する思い入れが伝わってきて微笑ましいネーミングではないか。
ところが、遠山氏が日教組系の学者だったこともあり、文部省(当時)は当初「水道方式」を目の仇にした。水道
方式を実践しようとする教員達は独自のプリントで学習せざるを得なかった。政治的対立と最も遠いところにあり
そうな算数の授業にまで、当時は文部省対日教組の構図が持ち込まれたのである。そして、皮肉なことに独自
プリントを刷る熱心な教員の姿が親たちに支持され、逆に日教組シンパを増やす結果となった。
これらはすべて今は昔の話だ。現行の算数教科書では、遠山氏が提唱したタイル図や計算棒が当然のように
登場し、「水道方式」の名も知らぬ若手教員がそれに従って授業をしている。
今では遠山氏が提唱した「集合数を数の基本と考える」思想に異を唱える人はいない。数の捉え方を根本から
変えた「水道方式」は、普通学級を越えてますます進化している。』
(森口 朗『授業の復権』、株式会社新潮社、新潮新書 057、pp.45-46。)
遠山さんのファンは多い。が、こういうのは「贔屓の引き倒し」の部類だろう。
ここでは先に挙げた三つの誤解を解いてゆくことにするが、その前に遠山自身が挙げた「水道方式」の四つの
特徴を述べておくことにしよう。すなわち、
ⅰ.量に基づく指導
ⅱ.タイルのシェーマによる位取りの指導
ⅲ.筆算の重視
ⅳ.「一般から特殊へ」の原則による、小学校の四則演算と中学校の文字式の分類
である。
このうち、遠山が重視したのは ⅰと ⅲ であり、 ⅱ は「水道方式」の原点となった教科書・『やさしいさんすう』
執筆時の既定の方針であった。「水道方式」のネーミングの元になったのはこのうちの ⅳ であるが、これは ⅲ
の「筆算の重視」の観点から、問題をいかに配列するかという問題が生じ、そこから分類の要求が生まれたという
経緯があった。そして、この分類作業を行なったのは銀林 浩(ぎんばやし こう)先生である。この件については
「面倒臭い作業は若手に任せた」とか「一週間位の期間ででっち上げた」とかいった話も伝わっている。
「水道方式」というネーミングは『やさしいさんすう』の執筆陣の間での俗称であったが、のちに ⅰから ⅳ まで
の特徴を持った指導法そのものが「水道方式」と呼ばれることになった。「水道方式」は、遠山によって開発・命
名・提唱されたという誤解は、遠山が「水道方式」に対する批判の矢面に立ち論陣を張ったことによる点が大きい。
遠山は日教組系の学者であった、というのは「水道方式」に対する批判の中で遠山に貼られたレッテルに基づ
く誤解である。遠山ら『やさしいさんすう』執筆者グループの活動母体は民間教育団体である数教協(数学教育
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協議会)である。数教協は教育団体のひとつとして日教組(日本教職員組合)の教研集会に協力しており、遠山
先生は講師として教研集会に参加されてもいた。そして教研集会の中でも「水道方式」に対する批判は行なわ
れていたのである。そして、数学者・遠山 啓としては、『数学セミナー』を創刊した人物であり、京都大学名誉教
授・森毅の師匠、というイメージが先行しそうに思う。
最後の誤解も解いておこう。現在、「水道方式」は、算数の指導における主流となっているだろうか。
じつは、ここに興味ある逆転現象を見ることができる。小学校の指導要領は遠山啓が目指したものに近くなっ
ているにもかかわらず、教育の現場には「水道方式」は浸透していないのである。
まずは、量による指導である。現在、小学校の1年と2年には「理科」の時間がない。じつは遠山は小学校の低
学年の理科の授業を廃止して(一九五一年の指導要領には入っていた)、算数の「量に基づく指導」と統合する
ことを提唱しており、結果的にこの意見が指導要領に盛り込まれたことになる。ただし、現行の教科書には、生活
単元学習の考え方に近い記述も多い。そもそも数教協が結成されるきっかけとなったのが生活単元学習に対す
る反対であっただけに、残念なことである。
タイルのシェーマによる位取りの指導は定番化しつつあるが、これは遠山らの『やさしいさんすう』執筆以前から
ずっと続いている話であって、いまさら「水道方式」がどうこうという話ではない。
筆算の重視に関しては、小学校の一年で筆算を教えない学校もあり、必ずしも主流とはなっていない。した
がって、「一般から特殊へ」の原則による、小学校の四則演算と中学校の文字式の分類も普及していない。
すなわち、「水道方式」は、いまだ教育の現場には受け容れられていないのである。
『 しかし、これを子どもに実験してみるまでは実際の効果はわからなかったが、やってみると、予想以上のよい
結果をみた。これでいくと、正答率が平均して 20パーセントくらい上がって 90パーセント近くになり、練習の時
間は従来の 3分の2くらいで済むらしいことがわかってきた。このぶんでゆくと、算数を修了する時間を一年ぐら
いスピードアップすることは困難ではないように思われる
予想外だったことは、この方法はできない子どもに特効があるらしいということである。従来、クラスの何パーセ
ントかはハシにも棒にもかからないものとされてきたが、〝お客さん〟といわれるこれらの子どもたちが算数につ
いてくるようになったのである。』
(遠山 啓『水道方式とはなにか』、太郎次郎社、遠山 啓著作集、数学教育論シリーズ3、「水道方式とはなに
か」、「I-水道方式への招待」、『水道方式とはなにか』、pp.10 - 11。)
『 そのような経路で水道方式が生まれてから 7年がたったのであるが、その間、いくたの改良がほどこされて
きて、今日ではほぼ完成したものになっている。これまで全国至るところで実験されてきた結果によると、クラスの
平均 70点ぐらいを 90点にすることは、あまり経験のない先生でも容易であるし、熟練した先生になると、95点
にすることもできるといわれている。』
(遠山 啓『水道方式とはなにか』、太郎次郎社、遠山 啓著作集、数学教育論シリーズ3、「水道方式とはなに
か」、「I-水道方式への招待」、『自信がつく算数計算法』、p.41)
こうした「水道方式」の威力を知っているだけに、もったいないと思う。1年と2年で行なわれている“タイルによる
位取りの指導”や、3年と4年で行なわれている“テープ図による減算の指導”など、「水道方式」の影響は随所に
見られるので、「水道方式」導入に関して特に問題があるとも思えないのだが。
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