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大学研究(オンライン)
大学研究(オンライン)
University Studies Online
第1号
2012 年 5 月
筑波大学
大学研究センター
Research Center for university Studies
University of Tsukuba
シンポジウム
「大学院における共通的教育 -これまでとこれから」
『大学研究オンライン』第 1 号
目次
開催趣旨 ....................................................................................................................................................... 1
第一部
各大学の取り組み―過去、現在、未来 .................................................................................... 5
「大阪大学大学院での高度な学び―副専攻教育」
「大学院での共通基盤教育の補完的要用性」
中西浩(大阪大学学際融合教育研究センター) .... 7
岡本秀穗(元・九州大学高等教育開発推進センター)
................................................................................................................................................................ 19
「大学院共通科目の取組」
白岩善博(筑波大学
大学院共通科目委員会委員長) ........................... 37
「大学院共通科目の取組~検討開始からの5年間~」
小林信一(筑波大学
大学院共通科目委員会副
委員長) ................................................................................................................................................. 47
第二部
多様な視点から ...................................................................................................................... 53
「学生交流学際融合教育セミナーに参加して」
鈴木美慧(筑波大学生物学類) ............................... 55
「大学院共通科目を受講して」
古田島知則(筑波大学生命環境科学研究科)................................... 63
「国際交渉力強化プログラム」
坪井美樹(筑波大学
国際交渉力強化プログラム統括長) ............. 69
「博士教育の世界的動向~移転可能スキルのトレーニング~」齋藤芳子(名古屋大学高等教育研究セン
ター) ..................................................................................................................................................... 77
「筑波大学における大学院共通科目の再検討」
池田潤(筑波大学人文社会系教授・教育企画室員)
................................................................................................................................................................ 87
第三部
パネルディスカッション「大学院における共通的教育のこれから」 .................................... 95
(パネリスト) 中西浩(大阪大学)
岡本秀穗(元・九州大学)
齋藤芳子(名古屋大学)
白岩善博(筑波大学)
池田潤(筑波大学)
(進行)小林信一(筑波大学)
付録
シンポジウム
プログラム ................................................................................................. 105
開催趣旨
小林信一 1
最近大学院の改革が進んでいます(スライド 1)。特に大きな影響を与えた背景に、2005(平成
17)年の「新時代の大学院教育」(答申)あるいは 2006(平成 18)年の「大学院教育振興施策要綱」
で打ち出された、いわゆる「大学院教育の実質化」と言われている動きがあります。これ以来、
各大学の大学院改革が急速に進んでいると思われます。「大学院教育の実質化」の中で言われて
いたことはたくさんありますが、その中でも教養的なものを重視する、あるいは倫理的なものを
重視するという議論があったので、各大学ともにそれに対応してきました。筑波大学の場合は、
2006(平成 18)年から検討を開始して、2007(平成 19)年から「大学院共通科目」の試行を
始め、2008(平成 20)年度に正式に「大学院共通科目」が始まっています。また、本日お呼びし
ている大阪大学、九州大学、早稲田大学 2と筑波大学の四大学は、2008(平成 20)年に大阪大学
が主催した「高度教養教育シンポジウム」という、大学院における共通的な教育についてのシン
ポジウムに参加した大学で、こうした取組みを早い段階から実施しております。
これまでいろいろな議論が進んできたのですが、2011(平成 23)年 1 月に「グローバル社会の
大学院教育」
(答申)
、8 月にはそれを受けて「第2次大学院教育振興施策要綱」が発表されてい
ます。また、最近では、博士課程教育リーディングプログラムも始動し、新しい段階に入ってき
たと思われます。さらにまわりを見渡してみると、”NATURE”が 2011(平成 23)年 4 月に世界各
国の博士問題を特集したことにも表れているように、博士の育成は世界的に関心を呼んでいます。
私自身も参加していますが、OECD では transferable skills training という共通的能力の開発
について調査を行っており、世界各国が関心を持って、大学院レベルの共通的教育に取り組んで
います。
スライド 1 議論の変遷
1 筑波大学大学研究センター
2
今回のシンポジウムに参加予定でしたが、当日体調不良のため、残念ながら欠席されました。
University Studies Online No.1, 2012
1
本日は「これまでのところ」と「これから変わっていくところ」に分け、第一部ではこれまで
何が行われてきて、どのような状況にあるかということを中心に話を進めていきたいと思います。
早稲田大学は資料もご用意いただいたのですが、残念ながら佐藤先生が体調を崩され急遽欠席に
なりました。大阪大学からは中西先生、九州大学からは3月で退職されるまで担当されていた岡
本先生に来ていただき、お話しいただきます。筑波からは大学院共通科目委員会委員長の白岩と
副委員長の小林が簡単にご紹介いたします。
「これから」に関しては、さまざまな課題が提起されています。「グローバル社会の大学院教
育」
(スライド 2)の中でも個々の専門教育だけでなく、共通的な教育の重視ということが言わ
れています。例えば、質の向上につながる優れた取り組みの支援ということで言えば、「高度な
専門的知識・能力に加えて俯瞰的なものの見方、専門応用能力、コミュニケーション能力、国際性等を
習得させるプログラムや、関連する産業界や研究機関、他大学等との連携による優れた教育方法
や教材開発など大学院教育全体の質の向上につながる優れた取り組みの支援を通じ、国際的にも
魅力ある教育の取組みの普及・発展を図っていく必要がある」
。あるいは学位プログラムとして
一貫した博士課程教育の確立については、
「博士号取得者が大学教員等のみならず高い研究能力
を持って産学官の様々な分野で中核的人材としてグローバルに活躍していくために、専攻する専
門分野の高度な専門的知識・能力に加え、①自らの研究課題を発見し設定できる力、②自ら仮説を立
て研究方法等を構築する力、③他人を説得させることのできるコミュニケーション能力や情報発信力、
④自らの研究分野以外の幅広い知識、⑤国際性、⑥倫理観」といった項目が必要であると挙げら
れています。したがって、大学院における共通的な教育や教養的教育はさらに重要性を増してい
ると思われます。
スライド 2 グローバル社会の大学院教育
最近では、「博士論文研究基礎力審査」が検討されていて、2011(平成 23)年末時点ではパ
ブリックコメントが募集されています。博士前期課程から後期課程に進む学生については修士論
文に代えてそのような審査をしてもいいのではないかいう考え方です。審査の内容としては、専
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2012 年第 1 号
門分野に関する高度の知識・能力だけでなく関連分野の基礎的素養に関する試験や、研究遂行能
力といったものを審査したらどうかと言われています。
さらにキャリア支援も、大学院の共通科目と微妙に違う部分もあるかもしれませんが密接に関
係するもので、答申の中では一層取組みを強化することが必要であると指摘されています。
なお、「文部科学省の公的研究費により雇用される若手の博士研究員の多様なキャリアパスの
支援に関する基本方針」は現在検討中の生々しい話ですが、そこでは、公的研究機関に期待する
取り組みとして、「①機関の長が若手の博士研究員の多様なキャリアパスの確保の支援に取り組
む方針を公表する。②若手の博士研究員の現状や任期終了後の就職状況を把握し、公表する。③
若手の博士研究員の多様なキャリアパスの確保を視点するため、取組みを推進し、若手の博士研
究員へ周知する」などが検討されています。実はポスドクレベルついては 2012(平成 24)年度
から各大学で対応するべしという方向に実質的に話が進んでいます。ポスドクレベルということ
になると博士の話も関連してくるので、この取組みは今後一層重要視されてくるだろうと思いま
す 1。
さらに、”NATURE”が 2011 年 4 月に”Reform the PhD system or close it down” 「改革する
か、さもなければ辞めてしまえ」といった過激な記事(スライド 3)を出しています。その特集
の中で、日本は「制度の危機」だ(” Japan: A system in crisis“)と取り上げられています。タ
イトルは過激ですが、全体の記事の論調は、大学院を改革してもっと頑張らなくてはいけないと
いうものです。特集の一部は日本語に翻訳されて出版いるので見ることができます。
スライド 3 Nature
Rethinking PhDs という記事(スライド 4)では、大学院改革の5つの革新的選択肢として、
①自立性を重視し研究だけさせる(→academic 向け養成)、②MC(PSM:professional science
master)+DC(→non-academic 向け)、③Transdisciplinary PhDs (→non-academic 向け)
、
1平成 23 年 12 月 20 日付で、文部科学省科学技術・学術審議会人材委員会から「文部科学省の公的研究費により雇用
される若手の博士研究員の多様なキャリアパスの支援に関する基本方針~雇用する公的研究機関や研究代表者に求めら
れること~」として、正式に発表されている。
University Studies Online No.1, 2012
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④on-line PhDs(→社会人博士→non-academic 向け)
、⑤PhD なしで就職(→後に DC 進学し
て社会人博士)
、が挙げられています。つまり、新しい大学院の方向性について、社会人の受け
入れも含めて多様な広がりをもったものに変えていくべきではないかといった提案です。
スライド 4 Rethinking PhDs:5 つの革新的選択肢
このような議論が出ていることを踏まえて、シンポジウムの後半では「これから」のことを議
論したいと思います。第 2 部では「多様な視点から」ということで、まず学生の立場からどの
ように考えるか、また特にグローバル化に関連して筑波大学の「国際交渉力強化プログラム」に
ついてご紹介いただき、さらに OECD 等の国際動向などについてもご紹介いただき、最後にパ
ネルディスカッションで「大学院における共通的教育のこれから」というテーマで皆さんと議論
していきたいと思います。
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第一部
「各大学の取り組み ― 過去、現在、未来」
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大阪大学大学院での高度な学び
大阪大学大学院での高度な学び―副専攻教育
中西浩 1
私は 5 年半前まで NTT の研究所におりました。研究所ではいろいろなことをやり、ビジネス
に近いところでもやりましたので、学問一筋ではない立場ということであります。2006(平成
18)年から母校の大阪大学に加わり副専攻的な教育を進めていますので、その現状をお話しし
たいと思います。最後に、副専攻的なものではないのですが、大阪大学の「高度教養教育:知の
ジムナスティックス」の話も差し上げたいと思います。
1.
大学院時代に身に付けたい知識と能力(スライド1)
大学院での高度な学びを通して身につけたい知識と能力は、まずは【専門領域での学び】で、
大学院や国の教育研究機関に行く人も企業の研究所に行く人も、あるいは研究でなく開発に行く
人も、自分の武器になる 1.高度な専門知識と研究能力を身につけてほしい。それとともに 2.科
学する手法や能力を身につけてほしい。何十年も同じテーマを進化しながら続けていくことがで
きないと思うので、いろいろことにトライするときに大学院のときに培った研究する能力・手法
を一般化して応用できるように、そういうものを身につけてほしい。加えて【副専攻的な学び】
で、3.複眼的視野と学際的な視点を養う、4.社会や世界の動きを把握する力を身につける、5.事
象や意見に対する確かな判断力を身につける、といったことをやってほしい。5.は大阪大学の教
育の理念として教養(critical thinking)という形で位置づけているところです。
スライド1 大学院時代に身に付けたい知識と能力
2.
副専攻プログラム/高度副プログラム制度による学際融合教育とその実施状況
1) 学びを通して得られる自己の価値(スライド 2)
私が今進めているのは、副専攻的な学びです。スライド④「学びを通して得られる自己の価値」
とは、社会・企業・団体に参画する人々がどんな貢献をできるかという意味で価値という言葉を
1大阪大学学際融合教育研究センター
University Studies Online No.1, 2012
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使っています。主専攻での高度な学びの価値、それに副専攻での学びの価値をプラスしたものが
自己の価値になるのではないかと思っております。それによって社会・企業・団体に対する自己
の価値が高くなると思っております。学生諸君にそのように意識を持ってもらえたらと思ってい
ます。
スライド 2 学びを通して得られる自己の価値
2) 学問の役割と目的(スライド 3)
工学とは、
『自然科学や数学を基礎とし、ときには人文社会科学の知見を用いて、公共の安全、
健康、福祉のために有用な事物や快適な環境を構築することを目的とする学問』である。これは
学際的というか、いろいろな知識や知見を組み合わせることによって公共の福祉に役立つように
いろいろな理論を作り上げていく学問だと思います。
理学は、現象に対して「なぜそのようになるのか?」を追求することであり、人間科学も「人
間とは何か」を研究しその意味と解釈を科学的に追及することであり、経済学とは「社会がどの
ようになっているのか」
「社会はどうあるべきか」を追求することで、いろいろな学問が組み合
わさっていて学際的です。
スライド 3 学問の役割と目的
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2012 年第 1 号
大阪大学大学院での高度な学び
環境工学とは、
『環境問題を技術的に解決したり、環境を向上させたりする方法を探ろうとす
る工学の一分野』であり、電気・電子工学、化学・応用科学工学、生物工学、機械工学、情報科
学、社会科学等いろいろな学問が関係するものです。細分化された専門分野を活用・融合して環
境問題の技術的解決を目指すもので、まさに環境、持続可能な社会の構築に向けて学生にはまと
まった知識を身につけてほしいと思っています。まとまった知識といっても、いっぱい学んで知
っているけれども、
「それで何?」というふうになってもらっては元も子もないので、主専攻を
学んで PhD を取って研究者としての力をつけて、そしてその周辺で身につけた引き出しの知識
を組み合わせてそのあとにあたっていく、そして社会のためになるように、ということを考えて
います。
研究のデザインを考えると、基礎的研究からシステム的研究まで幅広く大学で行われています。
多くの学術成果の組み合わせでシステムやサービスが成り立ちますが、最近サービス的な研究、
サービス科学が必要であると言われています。私が長年属していたのも情報、通信サービス分野
で、こういう領域を研究することで、社会や人々への貢献が可能になっていくのだろうと考えて
います。研究で必要なのは 10 年後、数十年後に社会や人々にどのように役に立つのだという道
筋を描きながら研究していくことだと思います。
3) 大阪大学の3つの教育理念
大阪大学の教育理念として、基礎学力・専門知識の上に、
「国際性」「教養」「デザイン力」の
3つを掲げています。国際性(transcultural communication)は異なる文化とのコミュニケーシ
ョン能力の育成、教養(critical thinking)は市民の信頼を得られる社会的教養・判断力の育成、
デザイン力(synthetic imagination)はイマジネーション、横断的な構想力、多様な分野の人々を
集めてネットワーキングしていく力という相当幅の広い概念を含んでいます。このような理念を
掲げて、共通的な教育を実施する推進する機構として、コミュニケーション・デザイン・センタ
ー、学際融合教育研究プラットフォーム、グローバルコラボレーションセンター、学際融合教育
研究センターといった組織が共通教育を担っています。
2010(平成 22)年度から始まった第二期中期計画では、「学際融合教育の充実」が掲げられ
ており、中期目標では「高度な専門性と学際性を備えた研究者および職業人の育成」を挙げてお
ります。
4) 大阪大学における学際融合教育への発展的取組み(スライド 4)
学際融合教育への発展的取組みは、2004(平成 16)年から一つの教育プログラムからスター
トしました。教育プログラムは複数の科目で構成され、それらの科目の中から複数選んで履修す
るものです。ナノサイエンス・ナノテクノロジー教育プログラム(2004(平成 16)年開始)、
臨床医工学教育プログラム(2005(平成 17)年開始)、金融・保険教育プログラム(2006(平
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成 18)年開始)
、サスティナビリティ学教育プログラム(2007(平成 19)年開始)が毎年一つ
ずつ増えてきました。2007(平成 19)年には高度副プログラム教育制度を学内の制度として作り
ました。これにより 2008(平成 20)年度に 14 個の高度副プログラムが立ち上がりました。高
度副プログラムの一部は社会人向けの科目等履修生制度で実施されています。副プログラムの数
は 20(2009(平成 21)年)、27(2010(平成 22)年)、35(2011(平成 23)年)と毎年増え
ています。
2010(平成 22 年)度には副専攻プログラム教育制度を作りました。これは 2009(平成 21)
年度から 2013(平成 25)年度まで、文部科学省から特別経費を受けて、学際融合教育研究セン
ターがモデルになるような副専攻教育プログラム制度の実現を目指すもので、主専攻と副専攻を
課程にすることを睨んだ取組みです。
スライド 4 大阪大学における学際融合教育への発展的取組み
大学院高度副プログラムと副専攻プログラムの修了要件(スライド 5)は、博士前期課程の場
合、科目の修了要件 30 単位とは別に、高度副プログラムで 8 単位以上、副専攻プログラム科目
で 14 単位以上取ることです。
ただし、
主専攻の科目とプログラムの科目が重なっている場合は、
半分くらいは重複しても構いません。副プログラムや副専攻プログラムを修了するためには主専
攻を修了し、それに加えて高度副プログラム、副専攻プログラムを修了する必要があります。修
了すれば、総長と副プログラムを実施する実施長の連名による修了証(certificate)が授与され
ます。
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大阪大学大学院での高度な学び
スライド 5 大学院高度副プログラムと副専攻プログラムの修了要件
教育プログラム科目の構成例(スライド 6)を 2011(平成 23)年度から開講している副プロ
グラム「キャリアデザイン」で説明します。副プログラム「キャリアデザイン」は、高度な学び
を続けることが、これから日本の力になる、そういうことを考えるプログラムことです。
「高度
な学びの意味を考える」科目は、学びの意味を考える科目です。「高度な学びの職業への接続を
考える」科目は、博士課程で学んだ後にどんなふうに職業を選択していくかを考える科目です。
「科学技術と社会」科目、
「知価社会論」科目(各 2 単位)や学部の科目(総合科目Ⅲ:キャリア
デザイン)を組み合わせています。これら構成科目から、8 単位以上を修得し、プログラムを修
了します。
スライド 6 教育プログラムの構成例
もう一つ、2011(平成 23)年度から開講している副プログラム「国際標準化」(スライド7)
について説明します。どんな学びをしてほしいか、プログラム全体として学生がどんな知見を得
られるか、という目標を考えて、「知的財産」
「国際ビジネスと標準化」「戦略的思考とコミュニ
ケーション」
「国際標準化」
「戦略的思考とコミュニケーション」といった科目を配置しています。
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 7 副プログラム「国際標準化」の科目構成
2011(平成 23)年度に副専攻プログラム(スライド 8,9)を3つ開講しました。
「認知脳シス
テム学」は、提案部局が基礎工学研究科で人間科学研究科などいろいろなところが関係している。
「金融・保険」は、経済と理学、工学、基礎工学の研究科が参加し、金融数学を中心としたもの
です。
「ナノサイエンス・ナノテクノロジー高度学際教育研究訓練プログラム」は、2004(平成
16)年から始まったものです。ナノといっても物性物理学、デバイスデザイン、化学などいろ
いろな学問領域から確立されています。化学と物理では同じ現象を言うにしても言葉も違うので、
別の学問領域からも学べるというものです。
スライド 8 学際融合教育プログラム①
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大学研究オンライン 2012 年第 1 号
大阪大学大学院での高度な学び
スライド 9 学際融合教育プログラム②
副専攻/高度副プログラムのプログラム数・申請者数の推移(スライド 10)を見ると、プロ
グラム数は折れ線で 14(2008(平成 20)年度)から 36(2011(平成 23)年度)へずっと増え
てきています。2012(平成 24)年度は 43 くらいになる予定です。受講生もプログラム数が増
えるにつれて増えています。
スライド 10 副専攻/高度副プログラムの申請者数・プログラム数の推移
副専攻/高度副プログラム申請者を学年別で見ると、毎年、修士 1 年の学生の申請が非常に
多く、2011(平成 23)年度は、修士 1 年が約 570 名(修士 1 年在籍者の約 26%)が申請してい
ます。
University Studies Online No.1, 2012
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学生の選択の指針として、多いのは、自分の主専門の知識を補強する、専門関連領域のまと
まった知を含むプログラムを選択することです。例えば、
「自分は物性物理の専門であるけれど
も、関連する化学の知識を得たい」とか、
「自分の専門の研究を進めるのに必要な、主専攻で得
た知以外にまとまった知を含むプログラムを選択する」とかです。例えば、認知脳システム工
学の研究者で、人間の発達過程を知能ロボットに入れていきたいので、副プログラム「認知脳シ
ステム学」を学んで心理学、脳科学、認知発達学についてまとまった知を得る、などです。一方
で自分の専門や研究領域を離れ、準専門的なまとまった知識の獲得を目的として、プログラム
を選択する、あるいは自分の専門や研究領域をまったく離れて基盤的な知識の獲得を目的とし
て、プログラムを選択する人もいます。
副専攻/副プログラムを学ぶメリットは何か。(1) 専門とそれに関連する知見を有しており、取
組み課題に対するより広範囲な学際的な視点からのアプローチが可能となり、課題解決の答えに
到達する可能性が高くなる。 (2) 専門とは別の領域について科学的な知見に基づく意見や見解
を語ることができる。国際会議や国際交渉の場に行って、日本人はややもするとパーティーの場
でも国際会議で発表した内容について話をしようとするのに対して、欧米の人達は自分の教養を
語ります。そのように語れるようになる知見を得るということです。(3) 実践的・実務的知識や
能力を有しており、その領域への適応性が高くなる、など様々なメリットがあります。
研究科別の副プログラム申請者数割合(2011(平成 23)年度)を見る(スライド 11)と、人
間科学、経済、医学系(保)、国際公共が多いだけでなく、医学部(医科学)も含めて万遍なく
とっている状況です。
スライド 11 研究科別の副プログラム申請者数割合
所属研究科ごとの学生の受講プログラム数と種類(2010(平成 22)年度)を見ると、理系の
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大阪大学大学院での高度な学び
学生は(赤の)文系科目を融合させたプログラムも取っているが、文系の学生は(青の)理系科
目を融合させたプログラムを取るのはしんどい。文系学生に理系科目を融合させたプログラムを
取る人が増えてきたらいいと思っております。
副プログラム申請状況、修了状況の分析のグラフ(スライド 12)を見ると、2006(平成 18)
年度が特異点です。徐々に増えてきているが、600 人 700 人の受講者に対してまだ 250 人の修
了者しかいない、4 割の修了率しかない。8 単位以上取らなくてはいけないので、その途中の 6
単位とか 4 単位でいいかと考える人もいて、それなりにまとまった知識を取っている学生はい
ます。
スライド 12 副プログラム申請状況、修了状況の分析
副プログラムの選択動機の調査(スライド 13,14)から学生は「まとまった知識を得たい」と
考えていることが分かります。
スライド 13 副プログラムの選択動機①
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スライド 14 副プログラムの選択動機②
3. 学際融合教育を修了し社会人となった受講者へのアンケート結果
「副プログラムを修了し、現在社会人の方々へのアンケート結果」(スライド 15,16,17)では、
2006(平成 18)年から 2010(平成 22)年までに副プログラムを修了して社会人になった人 778
名にアンケートを送付し、20.2%の回答を得られました。回答者は男性 109 名、女性 42 名、修
士修了 131 名、博士修了 19 名です。在籍時の研究科は文学、理学、工学等多岐に亘ります。
スライド 15 副プログラムを修了し社会人となった受講者へのアンケート結果①
現在の職種は研究・開発職にいる人が 50%で一番多く、それ以外は営業・販売・サービス、
工場・生産・現業、事業・経営企画等です。
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大学研究オンライン 2012 年第 1 号
大阪大学大学院での高度な学び
スライド 16 副プログラムを修了し社会人となった受講者へのアンケート結果②
「大学院高度副プログラムを受講したことは何かに役立っていますか」という問いに対して、
「とても役立っている」
(11%)
「どちらかといえば役立っている」(49%)の両方合わせると 60%
くらい。職を得て2-3年しか経っていないのに「役立っている」と言っている。学際融合教育
プログラム、先ほどの副プログラムでは「とても満足」(24%)「やや満足」(56%)で、80%くら
いの人が期待した知識や能力が身についたと言っています。
スライド 17 副プログラムを修了し社会人となった受講者へのアンケート結果③
4.学際融合教育テーマのニーズ調査結果
東証、大証一部上場企業および非上場企業(従業員 300 人以上)3000 社に対して無作為抽出で
「副専攻教育に対する企業ニーズ調査」を行いました(回答社分類:製造業 37%、サービス業
30%)。大学院の学問領域として 26 分野を示し、その中から「主専攻として学んでほしい学問
分野3つと、その主専攻分野に対して副専攻として学んでほしい学問分野3つ」という問いに対
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して、副専攻として経済、法律、統計を学んでおいてほしいといる回答がありました。中には言
語学、社会学を学んでおいてほしいという意見もあります。こういった結果も参考にして、これ
からまた設計したいと思っています。
5.
知のジムナスティックス
大阪大学では、2011(平成 23)年度から 3 年次以上の学部生と大学院学生対象として、
「高
度教養プログラム:知のジムナスティックス」(スライド 18)を開始しました。一定の専門知識
を身につけ、社会に出ていく学生に対して専門教育以外に必要とされる知識や能力を与える教育
を目指しています。
高度教養プログラム科目は、知識習得を中心としたものと多様なスキルの習得を含むものとが
あり、それぞれの科目には、その特色や狙いに応じて、4 種類のキーワードが付してあります。
「世界」世界を舞台に活動する。
「成熟」成熟した市民社会を創る。
「異分野」異分野の融合を社
会に演出する。
「タフ」タフな知性で社会を輝かせる。これらのキーワードを参考に、学生が一
人ひとりの希望や計画にしたがって自由に科目を選択し、独自のプログラムを設計することにな
っています。3 年次以上の学部学生と大学院学生を対象に 46 科目、大学院学生を対象に 175 科
目、合計で 221 科目を開講しています。
スライド 18 高度教養プログラム:知のジムナスティックス
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大学研究オンライン 2012 年第 1 号
大学院での共通基盤教育の補完的要用性
大学院での共通基盤教育の補完的要用性
岡本秀穗 1
私は 2011(平成 23)年 3 月まで九州大学高等教育開発推進センターにおりました。したがい
まして九州大学の「これまで」の部分に限定して、
「これから」については公表された内容のみ
をお話ししたいと思います。共通基盤教育は言い換えて広域専門化教育とも称しています。補完
的要用性とは専門教育に対する補完的で、要用性とは、辞典通り、重要性と必要性ということで
す。
(スライド 1)
スライド 1 大学院での共通基盤教育の補完的要用性
第Ⅰ部 基本的な考え方の中で「1.2 3つの問題点・課題」、「2.1 共通基盤教育とは(教育理
念)」、「3. 今後の課題(共通基盤教育の効果の可能性)」、第Ⅱ部 九州大学における教育試行例
では、
「4.1 経緯概要」
、
「4.4 学内の反応(院生アンケート解析)」の 5 項目について述べたいと
思います。
(スライド 2)
スライド 2 本日の内容
1元・九州大学高等教育開発推進センター
University Studies Online No.1, 2012
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まず、共通基盤教育の専門性への補完効果としての意義(スライド 3)を考えたい。補完的と
はどういうことか。専門教育の内容だけではやっていけないのではないか。従来の専門的な大学
院教育だけではこれからの卒業生はやっていけないのではないか。イメージをつかんでいただく
のが難しいので一つの例を申し上げます。
化学工学を修了した大学院生が、化学企業に就職して何年か後、東南アジアにその企業の工場
長としてプラント建設の任務を負ったと仮定する。私のバックグランドは応用物理のドクターを
出て、32 年弱化学会社に勤務して研究開発を中心にやり、その後京都大学で実験をして、それ
まで縁がなかった九州大学の公募に応募し 5 年弱おりました。化学に関しては多少知見がある
のでこのような例を出します。
「私は化学工学出身なので化学工学しかわかりません」というのは通用しません。現代の学生
さんならTPPのことなどを理解していないといけません。たとえプリミティブな意見でも自分な
りの意見をきちんと堂々と開陳できる、人前で自分のありあわせの知識で話ができることが大事
です。職業となると化学工学の知識だけではとても工場を管理・運営できない。赴任国の文化、
歴史、政治、経済、宗教を背景にしている現地従業員やその社会組織とコミュニケーションを潤
滑に図っていかねばならない。こういう分野は、自分の専門ではないと言ってはいられない。つ
まり、リーダーシップを発揮するには、狭く古い専門知識だけでは無理で、グローバルで革新的
な環境に、自前のありあわせの知恵で柔軟に積極果敢に立ち向かえる気構えが必要である。
大学院共通基盤教育科目を通して、自分が志向する専門分野が社会や世界全体の中でどのよう
な位置づけにあるかを院生に改めて認識させることは極めて重要だと考えます。
スライド 3 共通基盤教育の専門性への補完効果としての意義(例)
20
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2012 年第 1 号
大学院での共通基盤教育の補完的要用性
1.2
3つの問題点・課題(スライド 4)
異論があるかもしれませんが、私が考える問題点は以下の3つです。
(1)
研究の専門化・細分化の進行
研究の専門化・細分化の進行とともに、学問の全体像が見えにくくなり、いわゆる専門バカに
陥ることもあります。一方、社会的課題は複雑多岐に亘っていて、学問に求められる課題は変化
します。したがって、現在の大学院教育の内容が将来、社会で呼応しない恐れがあります。私自
身も学生時代に日本語のワープロを実現することはできないという教育を当時の計算科学の大
家から受けました。その理由は、日本語は同音異義語が多いので当時の技術では不可能だという
ことで、私も納得しました。また別の例として液晶分子の外界に対する応答性、すなわち動的緩
和時間が 1 分半位かかるので、とてもものにならないという話も聞きました。どちらも真面目
な授業で私は納得しました。しかし、社会に入ってからすぐにカシオ fx-101 という関数電卓を
買いましたし、世の中はどんどん変わっています。タイガー計算機なんて言っても今の学生さん
はほとんどわかりません。そのように世の中がどんどん変わっていくので、教えられたことがそ
のまま役に立つことは非常に少ないことではないかと思います。
(2)
大学院の大衆化の傾向
大学院の大衆化によって、大学院時代の専攻と異なる分野での知的な社会活動の必要性が増大
しています。したがって大学院時代に学んだことは金科玉条のものではないと思います。
(3)
専門教育の質の耐用年数
しかも、専門教育の耐用年数(有効性の継続期間)は専門性が高いほど一般的に短くなるだろ
う(特に自然化学、工学分野)と思います。
スライド 4 3つの問題点・課題
「専門知の耐用性(スライド 5)
」を見ると、横軸は専門性、縦軸が耐用期間で、横軸は右へ
行くほど専門性が高い/深い、左へ行くほど低い/浅い、縦軸の耐用期間は上へ行くほど長いこ
とを表します。自然科学ではこのようなカーブ(1)(2-1)(2-2)が一般的には描けると思います。も
ちろん折れ線的になることもあるかもしれません。例えば人文科学の文献考証学では、専門性が
University Studies Online No.1, 2012
21
高くなるほど(3-1)のように右上がりになることがあります。去年もある文献の時代を特定する
際、放射線性同位体による年代測定で約 100 年時代を遡ることがわかったということで(3-2)に
該当するかもしれません。したがって、折れ線のようになることもあるが、一般的に自然科学で
は右下がりになる、すなわち知が狭い領域で専門的であればあるほどその知の耐用期間は短いと
思います。
スライド 5 専門知の耐用性
2.1
共通基盤教育とは(教育理念)
(1) 「共通」とは?「基盤」とは?(スライド 6)
ここで言う「共通」とは、現行の各大学院内(の各専攻)に共通ではなく、文理系大学院間に
共通の教育プログラムを構築・提供するものである。
「基盤」とは、各学問を支える基本的な考
え方や手法のことである。あるいは自ら専門領域を広域化していけるような広域専門職教育とも
換言できる。
スライド 6 共通基盤教育とは
共通基盤教育(高度教養教育)と専門教育の相関関係(スライド 7)を見ると、縦軸は科目を、
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大学院での共通基盤教育の補完的要用性
横軸は専門教育領域のジャンルを表しています。九州大学では文系の大学院、理系の大学院が
19 個あり、従来の大学院はそれぞれ独立に教育カリキュラムを作っていました。それに対して
共通基盤教育によって補完的に横串を入れようということです。
スライド 7 共通基盤教育と専門教育の相関関係
(2) 何のために?(目的)(スライド 8)
共通基盤教育の実際の中身とは、初等教育でいうと読み、書き、そろばんが基本要素であるな
らば、私が考える高等教育の3要素は哲学、歴史、数理であります。将来の自己の専門性を踏ま
えて、何故?どうして?をギリギリ考える訓練を大学院でつけておけば、個別の知識は後でもい
くらでも補えると思います。
スライド 8 何のために?(目的)
①
哲学(スライド 9)
哲学というと、大抵の人はプラトン、ソクラテスからデカルトなどの哲学史をいうが、そのよ
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23
うな哲学史ではなく、モノの考え方を訓練する、いわゆる Critical Thinking(批判的精神)の
ような普遍的なモノの考え方を教育することをいいます。地球温暖化と CO2 の関係が言われて
いるが、あれは本当かと疑って批判的に考えることは非常に大事です。必ずしも今言われている
ことが正しくはないので、そのようなことを考えることが大事です。
②
歴史
歴史も世界史、日本史、東洋史など個別の歴史ではなく、 “汎・時空史”観のような人間の
組織の歴史の基本的な考え方、すなわち歴史学をいいます。
③
数理
数理もいわゆる数学基礎論ではなく、情報科学、統計を含めた数理的なモノの考え方、処理の
方法、統計のウソを見抜く方法が必要だと思います。医学・疫学の統計で非常に怪しいと言われ
ていることがあるが、それが本当かどうかを見極める力が必要だと思います。
スライド 9 高等教育の3要素
共通基盤教育に必要な知識と技法の要素(例)
(スライド 10)を考えると、基本的な知識に加
えて経済・ビジネス、環境関連、知的財産の知識、職業倫理などの基礎知識は必要とされます。
みなさんが言われているように論文作成、表現法、プレゼンテーション、コミュニケーションな
どの表現能力、情報を検索する能力は、当然ながら技法として必要だと思います。
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大学院での共通基盤教育の補完的要用性
スライド 10 共通基盤教育に必要な知識と技法の要素(例)
3.1 今後の課題を取り巻く障壁(スライド 11)
今後の課題を取り巻く障壁を順次挙げていくと、
1.
文系と理系の区別
2.
専門と教養の区別、学際の意義
3.
学問と研究、および教育と研究の区別。
学問と研究がどのように違うのか。学者と研究者はどのように違うのか。今年の不幸な原発事
故は「想定外」と言われたが、
「想定外」という言葉を学者が言うのかどうか。研究者は言って
います。
4.
大学への“商業文化”の浸透。
最近は大学でビジネス用語が多くて、長い間企業にいた私でも少し違和感があります。大学へ
の商業文化の浸透が果たしていいのかどうか。そのあたりも少し問題はあります。これはすべて
良いというのではなくて、諸刃の刃で、稜線をギリギリ歩いていくという感じです。こちらが良
くてこちらが悪いというのではなくて、どちらも並存させることが必要だと思います。そのよう
な意味でこれは議論があると思います。
5.
部局の自治と学問の自由の混同。
カリキュラムを作る上で、学問の自由と部局の自治の混同があります。自分たちは(自分たち
の領域で)学問をやっているので自分たちの部局には介入しないでくれという意識がかなり強い
と思います。
6.
共通基盤教育の運営体制
そういう意味で、大学院共通基盤教育を運営する体制が非常に難しくなっていきます。しかも
共通基盤教育の意義を理論化していかなくてはいけないのに、今はほとんどできていないと思い
ます。
これらはすべて大学院だけの問題ではありません。理系と文系の問題は高校からの課題で、今
高校 1 年生の夏までに進路を決める高校もあります。果たしてそれで一生を決めてしまってい
University Studies Online No.1, 2012
25
いのか。ことに理系から文系へ文転するのは可能でも、文系から理系へ移るのはなかなか難しい。
そのようなやり直しがきかないシステムでいいのか、ということが課題です。したがって、大学
院共通基盤教育だけでなく、高校からの問題、日本の教育制度すべてに関係しているので、単に
大学院だけをいじっていいものではないと思います。
スライド 11 今後の課題を取り巻く問題
3.2 今後の課題
(スライド 12)
欧米の研究者と話していると、大学院共通教育を Liberal arts education in graduate school
という言葉にするとまったく通じない。彼らはこれをする必要がないからです。学部
(Undergraduate)でそれを完了した人が大学院(Graduate school)で学ぶわけで、日本とは
少し違います。しかし、最近アメリカ大学院協議会の人と話しても、アメリカでもコミュニケー
ション力や論理的思考力が落ちているという問題があるとのことです。それはスタンフォード、
ハーバード、MIT などではなく、どちらかというと州立大学です。対策のプログラムを作って
いるようですが、まだ一般化には至っていません。したがって、理論的根拠をきちんと構築する
ことが必要なのだが、なかなか難しくてできません。
スライド 12 今後の課題
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2012 年第 1 号
大学院での共通基盤教育の補完的要用性
先ほど申し上げた「専門知の耐用期間」
(スライド 13)に、共通基盤知を加味した耐用期間を
考えるために一つの例を示します。ある人が大学を卒業して企業に就職する、あるいは官庁の研
究所に行く。そうすると当然「専門知の耐用期間」は先ほどのスキームの通り落ちていきます。
同じ仕事をしている人が、次に違う分野へ行くと、最初は保っていたものがだんだん落ちてくる。
もちろん勉強しないといけないが、このようにしてどんどん知が低下していく。そこに「共通基
盤知」を上乗せすることができれば知の耐用期間は長くなります。(スライド 14)
スライド 13 専門知の耐用性(図 1)
スライド 14 専門知の耐用期間の増大(図 3)
図3を天地逆にして、知の耐用期間を知の深さの積分量に直したものが図4の専門知識の耐用
期間モデル(スライド 15)になります。基本的に前の知識はバラバラではなくて、前の知識が共
通基盤知を通じてどんどん栄養となり、知識は次に活きてくる。したがって、根は深くなってい
く。Rooting Ability(発根力)と私が呼ぶものです。
スライド 15 専門知識の耐用期間モデル(図 4)
University Studies Online No.1, 2012
27
Ⅱ 九州大学における試行例(スライド 16)
4.1 経緯概要
九州大学では 2006(平成 18)年度後期から 5 か年計画で「社会的課題に対応する大学院共通
教育プログラムの展開」が始まりました(予算は前期から、開始は後期から)。私が九州大学に
採用されたのが同年 8 月で、後期授業が始まる 10 月 1 日までの 1 か月余りで全学の教務委員会
なども全部通さないといけない。しかも私にはまったくコネもない。誰も知らない。非常に困っ
たがみなさんに助けていただき、営業マンとして全教員の全シラバスを調査しました。共通教育
の基本思想に合いそうな教員をピックアップし、
「先生、授業をしてください」
「授業したらいく
らもらえるのですか?」
「やったら、どういうメリットがあるのですか?」
「メリットは九州大学
の学生に役に立つのです」
「私は○○系の所属だから、他の所属の学生に教えるのは嫌だ」とい
う教員を説得しました。とにかくやっと作ったのが 10 科目です。しかし、1 回やると全員がリ
ピーターになり、毎年度に数十科目足して、2010(平成 22)年度には 64 科目できました。
「大
学院共通教育の例」
(スライド 20)に科目群が詳しく書いてありますので、ご参照ください。私
は 2011(平成 23)年度は知りませんが、同年 10 月から九州大学は高等教育開発推進センター
を発展的解消して「基幹教育院」に改称しています。主旨は違うが、現在の組織がやっているこ
とは前とほとんど変わらないので、今もこのような感じでつながっていると思っています。
スライド 16 九州大学における試行例
私がイメージする大学院共通教育とは、
“広域専門職教育” (Professional Breadth Courses)
です。大学院での教養教育ではなく、リベラルアーツ教育でもない。単なる知識のための知識で
なくて、将来の専門職を意識した教育ということで、将来の職業を意識した「考える力」の涵養
であると考えています。
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大学院での共通基盤教育の補完的要用性
スライド 17 大学院共通教育のイメージ
九州大学の大学院共通教育科目の目的(スライド 18)は、本学の教育憲章に掲げられている
「人間性(豊かな学識と人間性の育成)」
「社会性(社会的課題への対応)」
「国際性(国政社会へ
の積極的貢献)
」の三つの原則を専門性の原則に付与した教育を行うことでした。大学院共通教
育科目を通して、自分の専門分野が社会全体の中でどのような位置づけにあるかを院生に改めて
認識してもらう。社会生活の基礎をなっている様々な分野の共通知を修得させることで、諸問題
に対して自らの専門性を柔軟かつ広く活かして解決するための強固な基盤を形成する。そのよう
な目的に合った科目をピックアップしました。
スライド 18 大学院共通教育科目の目的
文部科学省には、以下の7つの科目群を構築する、1つの科目群 7~10 の科目を配置するとい
うことで申請しました。しかし、現実的に 2008(平成 20)年度~2010(平成 22)年度に実施
できたのは(*)の3つと共通基盤科目群でした。(スライド 19)
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 19 科目群
それぞれの科目群の実際の科目は「大学院共通教育の例(スライド 20)」を参照して下さい。
スライド 20 大学院共通教育の例
4.4 学内の反応(院生アンケート解析)
大学院生約 7000 人を対象に 2006(平成 18)年、2008(平成 20)年、2010(平成 22)年の
2 年ごとにアンケートをとりました。初回から同じことをやろうとして、質問は同じ内容で聞い
ています。したがって、同じ質問に対してどのような回答の変化があるか、我々の仕事の効果が
どうだったかを定点観測で見ようとしています。回答率は約 3 割でした。代表的な質問を紹介
します。
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大学院での共通基盤教育の補完的要用性
スライド 21 院生アンケート①
Q. あなたは、自分の研究を現在ならびに将来展開していくうえで、あなたの学府で現在開講さ
れている専門科目の種類と内容で十分だと思いますか?(図 1)
「(1)はい」要するに(共通教育科目が)要らないという回答は、71%(2006 年度)、73%(2008
年度)、79%(2010 年度)でした。しかし、この質問自体論理的におかしい。今受けている人に
対してあなたは今の生活に満足していますか?と聞いているのと同じで、ほとんど「(1)はい」
と言うでしょう。
スライド 22 院生アンケート②
Q. 大学院共通教育科目を、専攻教育科目以外に受講することに対して、支障がありますか?
(あるとすればそれは何ですか?)
(図 3)
「 (2) ある(理由:授業時間帯、交通の便、研究室の承認など)」と回答した人が 47%(2008
University Studies Online No.1, 2012
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年度)、56%(2010 年度)と半数位います。
スライド 23 院生アンケート③
Q. 単位として認定されても修了要件にならないのであれば受講しないと答えた方にお尋ねし
ます。それはどのような理由からですか?(図 8)
「(1)自分の専門や研究に集中したいから」と回答した人が 60%(2006 年度)
、65%(2008 年度)
、
64%(2010 年度)います。要らんことはしたくないということです。率直なところだと思いま
す。
スライド 24 院生アンケート④
Q. 共通科目としてどのような内容を希望しますか?(図 9)
「 (4)英語を使ったプレゼンテーション、ディベートなど、コミュニケーション能力を高める
科目」の人気が高いです。
「(1)哲学や倫理学、リーダーシップ論など人間性を高める科目」も人
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大学院での共通基盤教育の補完的要用性
気が高いです。
スライド 25 院生アンケート⑤
Q. 大学院共通教育科目の開講をどこで知りましたか?(図 10)
一番問題なのが、大学院生 7000 人に聞くと、大学院共通教育科目が開講されていることを知ら
なかったという人が 35%(2008 年度)、29%(2010 年度)と約 3 割います。
スライド 26 院生アンケート⑥
大学院共通教育科目に関する院生の認知度
A. 広報手段
①
シラバスを集めた『履修案内』冊子を大学院生各人に配布。
② 大学院共通教育のホームページを 2006(平成 18)年度から開設
③ 毎学期、開講科目に関する情報をポスターにして学内掲示板で公示
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④ 大学院共通教育の紹介パンフレット(A4 見開き 4 頁)を作成・配布
⑤ 各学府専攻のシラバス冊子にもこの大学院共通教育の内容を公示印刷するように依頼
このような広報活動にもかかわらず認知度は 3 割程度です。70 ページ位の『履修案内』を配
布しているはずなのにおかしいとしつこく調べました。個人個人に渡っているところもあるが、
担当の教務がまとめて持っていて学生が請求に来たら渡すというところもあります。知らないと
いうのも当然です。ある学生が前総長に私の手元にないのはなぜかと直訴して渡されていない事
実がわかりました。FD(Faculty Development)の集会に積極的に押しかけて新任の教職員に
対しては説明したが、残念ですがやはり知らなかったという人がいます。
ホームページを開設し告知していますが、ホームページを見ない人もいます。知らない人が 3
割程度います。
B. 院生が受講できない理由:アンケートの自由記述の回答より

共通教育を行う人と研究室のスタッフとの考えに相違がありすぎる。

研究室で、授業に出席して研究時間が削られることにネガティブな雰囲気があるため、興
味があっても受講できない。大学として推進するという後押しがあれば、受講しやすくな
る。

大学院では、研究以外のこと(講義など)をすると、指導教授があまりいい顔をしない。
必要最小限にするようによく言われる。

研究室の教官の方々が共通科目の受講を勧めるシステムにしない受講は難しい。

講義を受ける上で、研究室の教授の承認を得るのが困難なことがある。

研究室の教員の中には、学生が授業に出るよりも、研究をやることを良しと思っている人
がいる。
(単位を必要以上多くとると、叱られたり、授業に出ないように言われる)そうい
う先生たちの考え方をまず変えないと、大学院生たちは安心して授業を受けることができ
ない。

教授から学生に受講を推奨してもらえると学生も受講しやすくなる。

指導教官の顔色を伺うことなく、自主的に登録できるようにしてほしい。
受講できない理由として多かったのが、教員の中にあまり良い顔をしない人がいるということ
でした。伝統的な大学を卒業してその大学で教授になった人は大体そうです。ところが全然違う
部局があって、教員の半分位が他大学出身で、しかもいろいろな企業を回ってきた人がいるとこ
ろは院生に積極的に行け行けと言う。6つに分散しているキャンパスの遠いところから来る院生
もいます。トラブルを避けるために必ず大学院の指導教官の許可を得ることを受講条件にしてい
ます。だから公には問題がないのです。
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2012 年第 1 号
大学院での共通基盤教育の補完的要用性
現在はどうなっているかというと、
「基幹教育院」(スライド 27)を設置しました。ホームペ
ージで見ますと、元の大学院高等教育推進センターを継承している形の学士課程の教育がメイン
です。ただ、特別プログラム推進部(スライド 28)で「大学院教育の実質化に資する共通教育
プログラム」を企画・運営することになっています。
スライド 27 九州大学基幹教育院
スライド 28 基幹教育院の構成
5. 結論(スライド 29)
今後の大学院教育においては、(1)伝統的な専門教育に対して、1/6~1/5 程度の量の補完的
な共通基盤教育を付加することが必要かつ重要(要用)である。
(2)その共通基盤教育の要素
には、Ⅰ知識:①哲学、②歴史、③数理と④基礎知識(ビジネス、知財、環境関連)
、Ⅱ技法:
①表現、②情報検索などを包含させる。
(3)その効果として、(a)学生に対しては、卒業後社会
で遭遇する未知の領域においても、恐れることなく積極果敢に挑戦しうる志と持続心を与えるこ
とができる。 (b) 企業を初め社会に対しては、未知の分野に対しても開拓できるような広域専
門職人材の提供できる。
スライド 29 結論
University Studies Online No.1, 2012
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<補足コメント>
“教養教育”のひとつの理想形
最後に J.S.ミルの『大学教育について』から引用します。
「一つの主題について一般的な知識をもつということは主要な真理のみを知ることであり、
そしてその主題の肝心な点を真に認識するために、表面的ではなく徹底的にそれらの真理を知る
ことです。
小さな事柄は、自分の専門的研究のために必要とする人々に任せればよろしいのです。広範囲
にわたるさまざまな主題について、その程度まで知ることと、何か一つの主題をそのことを主と
して研究している人々に要求される完全さをもって知ることは、決して両立しえないことではあ
りません。この両立できた人こそ、教養ある知識人であります。
」
これは 1867 年名誉学長の就任講演という非常に古いものです。丸山真男さんがミルの言葉と
して、”To know something of everything and everything of something”と言っていました。こ
れは教養教育の一つの理想かと思いました。理想はなかなか実現できませんが。
スライド 30 教養教育のひとつの理想形
[参考文献]
1) 岡本秀穗:「大学院での専門教育に対する共通基盤教育の補完的要用性」、大学教育(九州
大学高等教育開発推進センター),第 16 号, pp.65-78(2011).
2) 工藤和彦,岡本秀穗:「九州大学大学院共通教育プログラムに関する学生アンケートの分析」
大学教育(九州大学高等教育開発推進センター),第 16 号,pp.151-165(2011)
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大学院共通科目の取組
大学院共通科目の取組
白岩善博 1
はじめに
これまでお話しいただいた先生方は教育について深いお考えをお持ちで、それを基盤にそれぞ
れの大学で特徴ある教育的取組を開設されたと理解しています。私自身は、そういうことが必要
な立場になったがためにこの仕事を始めたという、行き当たりばったりの人間であります。
私自身は 2005(平成 17)年に情報生物科学専攻長になり、続けて何年か学系長も兼ねることに
なってそれを 6 年間やって参りました。そういう中で大学院教育をどうするか。自分が預かっ
た専攻の大学院生をどうにかしなくてはいけない。そういう止むを得ない事情があっていろいろ
と始めました。その他に筑波大学が科学技術振興調整費を獲得して実施している「若手大学人育
成イニシアチブ」にも絡んでこの道に入ったわけです。(スライド 1)
スライド1 はじめに
私の専門は、海洋円石藻による炭素固定・隔離の生理機構と地球環境変動との関わりの解析で
す。海で生息している炭酸カルシウムの殻を持った植物プランクトンの光合成、二酸化炭素固定
の研究です。現在も進行中の研究プロジェクトの話は生き生きと何時間でもお話しします。
しかし、今日のテーマは私にとっては非常に重いものですので、小林先生と半分ずつお話する
ことができます。
1. 大学院共通科目の背景(スライド 2)
私が専攻長になった時に、大学院生のパワーが足りないのではないかと危機感を持ちました。
就職活動で会社ばかり廻っていて、ろくな勉強もしないから絶対受からない。大学院「修士」教
1筑波大学 大学院共通科目委員会委員長
University Studies Online No.1, 2012
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育が破たん寸前だと感じました。何とか意識を変える必要があると思っていたところ、文部科学
省が「大学院教育の実質化」を打ち出したわけです。専攻長として工藤副学長(当時)に大学院
教育を何とかしなくてはいけない、専門家教育に偏っていた大学院教育を専門だけでなく知的基
盤レベルを上げるように何とかしたいとアイディアを進言しました。大学院共通科目委員長に任
命してもらい、私の指名する委員を集めて、2006(平成 18)年秋より月 2 回定期的に会合をも
つようになりました。当時筑波大学で開設されていた大学院の便覧の既存科目の中から、大学院
生の知的基盤を強化するのにふさわしい科目を推奨科目として選び、2007(平成 19)年 4 月よ
り大学院共通科目推奨科目と称して始めたのが、筑波大学の大学院共通科目の始まりです。それ
以降、全学に広めるために各研究科から委員を出してもらったがなかなか上手くいかない訳で一
年間で止めにしました。やはり高い意識を持った先生方に集まってもらった方がいいということ
で、再び指名により委員を選ぶ方式を続けて現在に至ります。2011(平成 23)年現在、大学院共
通科目は 70 科目になりました。
スライド 2 大学院共通教育の背景
大学院共通科目をやるにあたって、大学院生が一体どのような力をつける必要があるのかを考
える必要がありました。学部教育では当然どこの大学でも長い歴史があります。その模範となっ
た Liberal Arts は言語三学である文法・修辞学・弁証法(倫理学)、数学四科である算術・幾何・
天文・音楽を教養教育の規範にしています(スライド 3)。岡本先生の話にもありましたように、
基礎的なところは学部で終わっているべきだというのが大学院での考え方でした。しかし、現実
を見ると、とてもまだ習得し終わっていない。大学院だから専門をしっかりやらなくてはいけな
い。しかし、専門をやるための基盤的な力、個人の人間力をつけ、その上に専門を載せていく。
それを基本的な考え方として大学院共通科目を考えたわけです。高い倫理性、十分なコミュニケ
ーション能力、いろいろなことをアレンジするマネジメント能力、世界中どこに行って発表して
も恥をかかない英語力を持ってプレゼンテーションする力、豊かな知的基盤、健康な身体と心と
いった基本的な力をつけた上で、あるいはそれをつけながら自分の研究をやって欲しいというの
38
大学研究オンライン 2012 年第 1 号
大学院共通科目の取組
が、大学院生に対する私からの強いメッセージです。
このようなことをやるにあたって、偶然、教育企画課長の斎野さんが前任地である九州大学で
似たようなことを始めていて、それに関わっていたことを知りました。調べて教えてくれるよう
にお願いしたら、斎野さんが岡本先生にお願いして下さり、岡本先生がわざわざ筑波までおいで
下さりその内容を説明してくださいました。私にとって幸運だったのは、工藤副学長の後任の清
水現副学長も大学院共通科目への理解があり、そのままの形で受け継いでいただき、いろいろな
サポートをして下さったことです。そのことが現在筑波大学の大学院共通科目が国内外でよく認
知されて発展をみている原動力であると考えております。
スライド 3 教養教育の規範
2. 筑波大学大学院共通科目
2011(平成 23)年度の筑波大学大学院共通科目のパンフレットでは、あえて豊かな「人間力」
を涵養するということを強調し、『国際人嘉納治五郎精神に学ぶ』というタイトルにしました。
その言葉「一世の化育遠く百世に及べり」は、我々が規範とすべき、重要な教育の principle(原
則)であると思います。というわけで、山田学長が提唱している「つくばダイヤモンド」も大学
院共通科目の中で担保されなければならないということです。
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スライド 4 筑波大学大学院共通科目
◆2011(平成 23)年度開講科目群
2011(平成 23)年度開講科目群には、例えば「生命・環境・研究倫理科目群」があります。
論文を盗用してはいけない。インターネットから何でも Copy & Paste でレポートを書いてはだ
めだ。生物の学生が海外から植物を持ち帰ることは生物多様性条約に抵触するからできない。国
際ルールを学ばなければ、単に教養があるというのではなく、研究自体ができない。研究をやっ
ているつもりでも犯罪者になる。それをしっかりと倫理科目として学んでもらう。「研究マネジ
メント力養成科目群」では、今の学生に足りないと言われているマネジメント能力を学んでもら
う。
「情報伝達力・コミュニケーション力養成科目群」は、日本語と英語を基準にやっています。
サイエンスコミュニケーションは日本で広まりつつあるが、一人の専門家もいなくても日本のサ
イエンスコミュニケーション教育を引っ張っているのが筑波大学です。それは、この科目群があ
って、それをベースにいろいろなことをやっているということが要因になっています。
「国際性養成科目群」には、清水副学長のお力で実現した、国際研究プロジェクト、国際イン
ターンシップを設置しました。大学院生の海外活動に対して申請書を出させて、最大 30 万円ま
で支援するというものです。2010(平成 22)年度は 200 万円、2011(平成 23)年度は 300 万
円の予算措置をしていただき、2010(平成 22)年度 15 名、2011(平成 23)年度 22 名の大学
院生がキューバ、南アフリカ、オーストラリア、南米、東欧、世界中あらゆるところに行きまし
た。当初私は欧米に偏るかと思いましたが、そうではありませんでした。例えばブラジルへ 3
か月行ってサッカーの指導法を学ぶという学生のサポートもするという、おもしろい科目です。
40
大学研究オンライン 2012 年第 1 号
大学院共通科目の取組
スライド 5 2011(平成 23)年度開講科目群①
スライド 6 2011(平成 23)年度開講科目群②
◆グローバル時代のトップランナー
2011(平成 23)年から始まった『グローバル時代のトップランナー』は新聞が取り上げてく
れました。鉄鋼・ゼネコンでつくる社団法人・日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)が社会
貢献の一環として筑波大学で無料で講義をしてくれるというものです。高藪専務が中心となって
下さり、教育企画室長の石田東生先生の仲介でこういった科目ができました。1 学期は「日本の
University Studies Online No.1, 2012
41
課題と戦略」、2 学期は「次世代を担うグローバル人材とは」、3 学期は「グローバルプロジェク
トで日本が目指すもの」というテーマで産業界・官界のトップリーダーが連続リレーで講義をし
てくださいます。
スライド 7 グローバル時代のトップランナー①
スライド 8 グローバル時代のトップランナー②
来年は新しく 12 科目をプラスして全 82 科目を開講する予定です。新規開講講座には、この
42
大学研究オンライン 2012 年第 1 号
大学院共通科目の取組
JAPIC の「アドバンストディスカッションコースⅠ~Ⅲ」のほか、
「科学史とエピソード」「現
代社会と科学リテラシー」
「宇宙の歴史」
「自然災害にどう向き合うか」”Industrial Relations and
Human Resources Management”, ”Introduction to Management”, “Research Management
and Development” ,“International Education & Learning: Effective communication and
Presentation skill course”, “What’s the University of Tsukuba?” があります。
スライド 9 新規開講 12 科目
◆ “Aim to Communicate: The INTEL Experience”
筑波大学とインテル(つくば市)が協定を結んで実施する「インテル提供のコース」が英語で
実施されます。2011(平成 23)年度トライアル授業をやり、先日テレビ東京で取り上げられま
した。世間が注目する国際企業が筑波大学で無料で大学院生に対して講義をしてくれる、ここま
で筑波大学の大学院教育が進んできたことを我々は認識しなければいけません。
スライド 10 Aim to Communicate: The INTEL Experience
◆“JAXA Mini-Tour”
宇宙航空研究開発機構(JAXA)で向井千秋宇宙医学研究室が主導して、3 年前から英語で筑波
大学の大学院共通科目のために非常にホットな内容を講義してくれています。「昨日宇宙から帰
University Studies Online No.1, 2012
43
ってきた宇宙飛行士の健康状態がどうだという話を誰がほかに聞けるのだ」ということを我々は
もっともっと強調し、アピールしなければいけません。
スライド 11 JAXA Mini-Tour
◆Project 2021
–Society and Science and Technology-
中西浩先生のご尽力で大阪大学の予算で筑波大学の学生 10 名を招いていただき、2011(平成
23)年 10 月に大阪大学と早稲田大学、筑波大学の学生がひとところに泊まり込んでセミナーを
開いてガチンコで議論を交わしたというプログラムです。
スライド 12 Project 2021-Society and Science and technology-
44
大学研究オンライン 2012 年第 1 号
大学院共通科目の取組
筑波大学の国際的人材育成の総合的取組み
筑波大学は今後、国際的人材育成の総合的取組みをさらに進めていかなければなりません。

大学の国際化(留学生・外国人教員の増加)

教員・職員の国際マインドの醸成(教員・職員の FD)

テニュア・トラック制の先導的導入(振興調整費)

大学院生の人材育成・国際マインドの醸成(大学院共通科目)

世界で通用するマインドの醸成(イングリッシュ・カフェ)

国際貢献プログラム(国際科学オリンピック、IBO)

他流試合のすすめ(国際交流プログラム)
アジア‐オセアニア生物系大学院生ネットワーク(AsOBiNet)

留学生の国際化ポテンシャルの活用(City Chat Café)
まだまだ、大学内の先生方、大学の執行部、大学外の方々のお力をお借りしなければいけませ
ん。これからもご協力をお願いしたいと思います。
University Studies Online No.1, 2012
45
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
筑波大学大学院共通科目の取組み
筑波大学大学院共通科目の取組み~検討開始からの 5 年間~
小林信一 1
1. 筑波大学の大学院共通科目
(スライド 1,2)
配布資料の「大学院共通科目の取組み」の資料に添って話を進めていきます。最初の方は事実
関係を中心に書いています。2005(平成 17)年に中教審の答申「新時代の大学院教育」が出さ
れ、2006(平成 18)年に「大学院教育振興施策要綱」の中で「大学院教育の実施化」が打ち出
されました。それから筑波大学では大学院共通科目が始まったという、先ほどの白岩先生の話と
同じです
スライド 1 筑波大学の大学院共通科目①
スライド 2 筑波大学の大学院共通科目②
科目群の構成(スライド 3)は当初 7 つの科目群で、1.生命・環境・研究倫理、2.研究マネジ
メント力養成、3.情報伝達力・コミュニケーション力養成、4.キャリアマネジメント、5.大学院
生としての知的基盤形成、6.心身基盤形成、7.分野共通性の高い研究科定期開講科目セレクショ
ン、でした。
スライド 3 科目群構成
1筑波大学大学院共通科目委員会副委員長
University Studies Online No.1, 2012
47
2011(平成 23)年度から科目群の名称を若干変更しています(スライド 4)。国際性を関連の
科目が増えてきたので独立させましたが、それ以外は大きい変化はありません。実は、2011 年
1 月の「グローバル社会の大学院教育」(答申)でもほぼ同じ項目を取り上げています。筑波大
学がこれまでやってきたことは、大学院部会審議会の新しい答申が取り上げたこととを先取りし
ていたものだったということがよくわかります。
スライド 4 科目群構成(2100 年度)
筑波大学は大学院共通科目の開講日時を把握してもらうために、教育推進部が大学院共通科目
カレンダー(スライド 5)を随時更新してくれています。カレンダーをみると、土曜日に開講さ
れるものも結構あり、日曜日に開講される科目もあります。授業時間の工夫をかなりしていると
ころです。先ほどありましたが、平日だと研究室を抜けられないという学生さんもいるので、そ
ういう工夫は当初から行われています。
48
大学研究オンライン
2012 年第 1 号
筑波大学大学院共通科目の取組み
スライド 5 大学院共通科目カレンダー
2. 大学院共通科目開設状況および受講状況
開設科目数(年度別)
(スライド 6)を見ると、コミュニケーション関係の科目が充実してい
ること、新しく分類された国際性に関するものが充実してきていることがわかります。知的基盤
形成のところもかなり厚くなってきている感じです。2012(平成 24)年度はさらに科目が増え
る見通しです。
スライド 6 大学院共通科目開設科目数(年度別)
履修状況(年度別)(スライド 7)については、申請しても時間の関係で受けられない学生が
いるので、実際受講する人は少ない感じです。今年はのべ 1,300 人弱ですが、学生の中には受講
しても単位は要らないという人もいるので実際にはもう少し多い感じがします。
スライド 7 大学院共通科目開設科目数と履修状況(年度別)
2010(平成 22)年度研究科別受講者数(のべ)
(スライド 8)を見ると、文科系受講者の方が
少なくて、数物系、工学系、生命系等々が多くなるという傾向が見られます。九州大学と同じ傾
University Studies Online No.1, 2012
49
向です。科目はかなり幅広くばらついています。
スライド 8 研究科別受講者数(のべ)平成 22 年度
受講者数、受講科目数、受講科目数別受講者(スライド 9、10)を見て興味深いのは、
7 割位の学生は 1 科目だけを取り、2 割位の学生は 2 科目取ります。ただし、3 年間の累計の数
字を見ると、1 科目で終わる人は全体の 6 割位、2 割位の人は 2 科目までいき、1 割は 3 科目ま
でいきます。大阪大学や九州大学に比べると科目数は非常に少ないのですが、それでも 2 科目 3
科目取る学生が増えているという傾向があります。
スライド 9 受講者数、受講科目数
スライド 10 受講科目数別受講者
3. まとめ<私見>
筑波大学大学院共通科目の特色を私なりにまとめると、

外部講師の参加、多様な分野の大学院生、留学生、社会人学生の参加を通じて、多面的な
交流ができる場を提供している

土曜日、休業期間などに開講し、大学院生が参加しやすくしている

体系的履修、最低履修単位数などの履修要件がないので、学生にとっては受講しやすいが、
逆に履修を促進する条件もない(学生の自発性に委ねている)

ほとんどの科目は、大学院共通科目として新規に開設された
50
大学研究オンライン
2012 年第 1 号
筑波大学大学院共通科目の取組み

筑波大学が体育、芸術、図書館情報学などユニークな分野を有する強みを活かして、それ
ぞれの立場から大学院生のスキルアップを目指した多彩な科目を提供している

筑波研究学園都市に立地しているメリット、東京とのアクセスのよさなどを生かし、近隣
の研究機関や在京の機関と協力して実施する科目を提供している
先ほどの INTEL や JAPIC のように筑波の学園都市内外のいろいろな機関の協力等もあって、
非常に多彩な外部講師が参加してくださっています。これはかなりユニークであると思います。
また、共通でやるのでいろいろな専門の学生が参加する、学生同士も交流できるということで、
非常に良い場を提供できていると思います。通常の専門科目とはそこが違うところだと思います。
筑波大学には体育、芸術、図書館情報学などあり、そのような意味でも多様性がある感じがしま
す。
一方で、今後検討すべきこととしては、

人文社会科学系学生の履修が少ない

もともと現場の教員のボランタリーな活動が全学的な活動へと草の根的に展開した
- 各専攻には履修を認めてもらったが、修了要件に含めるか必須単位とするかは任意
- 結果的に、特段の抵抗はなく実施し、学生に浸透
- 一方では、体系性にかける面も(科目の体系、履修の体系)
最低履修単位数などの履修要件がない専攻がほとんどで、学生にとっては受講しやすいが、イ
ンセンティブもないという側面もある。ですから、学びたい学生はどんどん学ぶが、学びたくな
い学生は最低限、あるいはゼロということになると思います。
また、白岩先生の話にもありましたように、もともと現場の教員がボランタリーな感じで活動
してきています。大阪大学、九州大学と違い予算がなくやっている。そのような意味では非常に
安上がりで熱意だけでやっているようなところもあります。一方で大阪大学や九州大学のような
体系性に欠ける部分もあるかもしれません。
大学院共通科目の効果としては、

汎用的な研究手法、国際性の習得

異分野間のコミュニケーション、研究者以外のステークホルダーとのコミュニケーション
等の能力養成

プロジェクト・マネジメントなどの経験やノウハウの習得

社会人学生、留学生、他大学出身者の増加への対応

キャリアパスの多様化への対応

多様な大学院生の相互的な知的交流の機会
大学院共通科目の副次的な効果として、いろいろな科目が分野間のコミュニケーションの良い
トレーニングになっていることがあります。要するにコミュニケーション科目でなくてもいろい
ろな分野の人とコミュニケーションをする機会を提供している。あとは、いろいろなトレーニン
University Studies Online No.1, 2012
51
グをしてプロジェクト・マネジメントの経験やノウハウを修得することも場合によっては可能に
なっている。社会人学生、留学生、他大学出身者がどんどん増えているわけですが、その人たち
が入口で一緒になる場としても活用できている。そう意味で大学院生の交流の機会にもなってい
るということです。
4. 今後の課題

草の根的で外部資金も利用していない点では、持続可能性が高いだろう

単位認定方式と体系化(履修証明等)の検討

さらなる周知

大学院改革の先導役として
―教員へ、学生へ
今後必要となるとすれば、これをどのように体系化していくのか。例えば大阪大学のように副
プログラムや certificate(履修証明)的なもの、あるいはマイナー(副専攻)的なものにしてい
くことを考える必要があるかもしれません。最大の問題は九州大学と同じで、どうやってもっと
もっと学内で知ってもらうかという問題があります。もう一つは、こういう場は専攻の枠にとら
われず、大学院改革をやりやすいので、そういう役割をさらに担っていかなければならないと思
います。
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
第二部
「多様な視点から」
University Studies Online No.1, 2012
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
学生交流学際融合教育セミナーに参加して
学生交流学際融合教育セミナーに参加して
鈴木美慧 1
今回は平成 23 年 10 月の学生交流学際融合教育セミナーについてご報告します。
1.
Introduction
~セミナー参加まで~
(スライド 1,2)
私の「これまで」について簡単にご紹介したいと思います。筑波大学に入学してからの 4 年
間、サイエンスコミュニケーションに重きを置いて活動してきました。まずは、開局して 3 年
経ったコミュニティーラジオ「ラヂオつくば」で開局後 2 年間、一般向け科学番組作りに携わ
りました。また、大学 1 年生の時、サイエンスカフェ「バイオeカフェ」の運営にも携わりま
した。最近では、筑波大学サイエンスコミュニケーショングループ SCOUT で子供向け出張科
学実験教室のプログラムを作っています。
スライド 1 Introduction ~これまで~
これらのサイエンスコミュニケーション活動を通して私が感じた課題が2つありました。一つ、
サイエンスの情報をより正確に理解してもらうためにどう伝えるのが望ましいのか。二つ、それ
ぞれのコミュニティに合わせたサイエンスコミュニケーションをどのように行うべきか。ラジオ
だったらリスナー、サイエンスカフェだったら参加者、子供向け科学実験教室だったら小さい子
供たちです。それぞれのコミュニティによって科学への理解度、科学に対するバックグランドが
まったく異なります。その彼らと一緒にサイエンスをより楽しく、そしてその理解を納得に繋げ
るにはどのように行動していったらいいか、これが、私が大学 4 年目にしてぶち当たった課題
です。
1筑波大学生物学類在学
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 2 Introduction ~見つかった課題~
2.
Action
~セミナーへの参加~
(スライド 3)
学生交流学際融合教育セミナーは、大阪大学、早稲田大学、筑波大学の学生が参加するという
ので、これはいい機会だと思いました。この筑波から出て他の大学の学生と交流しようと思って
も、陸の孤島の筑波ですから本当に難しいのです。さまざまなバックグランドの学生と学術的に
交流したいと思った時には、こういうセミナーで共通の課題に対してみんなで一所懸命解決を考
えていく時間の共有が必要だと感じました。大学院生が対象のこのセミナーにどうしても参加し
たいと白岩先生に相談したところ、
「やっておいで」と許可をいただき、無事このセミナーに参
加することができました。
スライド 3 Action ~セミナーへの参加~
1) 課題への取り組み
(スライド 4)
テーマは、
「10 年後を想像して持続可能な社会をつくるにはどのような科学技術が必要で、ど
のような社会システムが求められるだろうか」
。この大テーマは、漠然としていて誰も答えが出
56
大学研究オンライン
2012 年第 1 号
学生交流学際融合教育セミナーに参加して
せません。私たちはグループに分かれて、この大テーマに基づいてディスカッションしました。
持続可能とはどのような状態なのか?便利さがもたらすものは何か?科学技術はコミュニケー
ションを良好なものにするか?科学技術が発達したところで心の豊かさは何で測れるのか?
一泊二日のセミナーで私たちに与えられた制限時間は約 10 時間。
夜 8 時から始めて徹夜です。
でも、とても充実した 10 時間です。メディアコミュニケーションというのにふさわしく英語で
自分の意見を述べるというとても貴重な機会を与えていただきました。
スライド 4 Action ~課題への取り組み~
2) 白熱議論
(スライド 5)
議論をする際、学生の意見の数だけホワイトボードにポストイットを張っていきます。1班 5
名で 100 個の意見を出すことを目標にして、”Food“, “Education”, “Health”, “Environment” に
ついてそれぞれのバックグランドに基づいた意見を一人 20 個ずつ出していきました。意見を出
すだけでなく、
「自分たちの班はどこに目標をおいてどのようなまとめ方をするのか」
「ここはこ
うした方がいい」
「こんなふうに伝えないと参加者には伝わらないかもしれない」と、みんなで
向き合いながら議論しました。科学だけでなく、社会学、政治学があり、同じ科学技術という単
語をとっても見方はまったく異なります。まず、同じチームの学生同士でコミュニケーションし
て、そして情報の共有というステップが必要でした。
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 5 Action ~白熱議論~
3) WHAT IS THE FUTURE OF OUR WORLD?
(スライド 6)
私たちの班が出した結論をご紹介します。学生の数だけ「10 年後の世界」の数はあり、8 班
それぞれの結論がありました。私たちの班が考えたのは、10 年後の世界には、第一に全世界的
コミュニケーションを築くシステムが必要だということ。私たちが住んでいる日本だけでなく、
ナイジェリアやアメリカ、国の大きさに関わらず、お互いの顔が見えてお互いが感じられるよう
なシステムが必要なのではないかという結論です。最近インターネットではソーシャルネットワ
ークサービスが充実してきました。フェイスブックを通じて先生方とコミュニケーションできる
学生が増えてきました。でも、相手の顔を見てダイレクトにつながるようなシステムがこれから
の私たちに必要なのではないか、そう考えています。
第二にグローバルな問題をグローバルで共有すること。グローバルな問題に関して私たちは、
さまざまな情報ツールを使って知ることができます。でも、本当に現地の人たちと問題点を共有
できているのでしょうか。第一の全世界的コミュニケーションシステムを構築できれば、ただ情
報としてのグローバルな問題を、私たちは現地の人たちと本当に同じ感覚で共有することができ
ると考えました。
第三に、必要なときに必要なものを必要なヒトに。大量消費と言われる社会ですが、本当に私
たちが今食べているものは、もしくは使っているものは必要でしょうか。本当にそれを必要とす
る人たちに届いているのでしょうか。そういう問題を考えた上で、私たちが行動を起こすときも
必要なときに必要なものを必要なヒトに。もったいないという言葉も出てきたし、みんなでどう
したら必要なヒトに届けられるかというトランスポーティングのシステムを考えようという話
になりました。でも、私たちの最終的な結論は、”THINK GLOBALY, ACT LOCALLY”
です。
世界的な問題に関して考えることが大事です。そして、現地の人たちとその問題を共有すること
も大事です。でも、最初のアクションは私たちがこの一歩から始めなくては何も起こりません。
私がこのセミナーに参加したことも一つのアクションです。このアクションを一人一つ起こして、
そしてチームで一つ起こして、社会で一つ起こしてつなげることが次の未来につながることだと
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
学生交流学際融合教育セミナーに参加して
思います。
スライド 6 WHAT IS THE FUTURE OF OUR WORLD?
3.
CONCLUSION
~セミナーを終えて~
(スライド 7)
今回のセミナーで学んだ大きいポイントです。
“Share the future.” 未来を一緒に考える。
ここにいる筑波大学生、大阪大学生、早稲田大学生だけでなく、そこからさらに外の世界に、よ
り多くの人と私たちの未来を考えていきたい。
“Imagine the future.” アイディアの想像から、創造へ。
アイディアを想像する、そしてそこから自分たちで創る創造へ。
“Take Action.” 周りを巻き込んで行動する。
想像だけでなく、行動しなくては私たちの社会は変わりません。
今年亡くなったスティーブ・ジョブズの動画をみんなで最初に見ました。 “Stay Foolish, Stay
Hungry.”
「突飛なアイディアを恐れずに出していこうよ。どんなに馬鹿にされたって、その
アイディアをもっと洗練していこうよ。
」
大阪大学の学生が言っていた訳ですが、本当にその
通りだと思いました。今考えていることがどんなに馬鹿げていても、周りからは実現不可能だと
言われても、私たちがそれを信じてそのアイディアを実現できると思って洗練していこうと思っ
ていたら必ず実現するとスティーブは教えてくれたと思います。
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 7 CONCLUSION ~これから~
CONCLUSION
~見つかった答え~
(スライド 8)
私が最初に思っていた疑問に対する「答え」です。
◆サイエンスの情報をより正確に理解してもらうためにどう伝えるか。
双方向のコミュニケーションが可能な場所作りが何より。このコミュニケーションは大学の授
業のように先生が講義をし、私たちがノートを取るというものではありません。先生に私たちの
意見を聞いてほしいし、先生は私たちが思っていることをダイレクトに聞きたいのです。そのコ
ミュニケーションの場所は簡単には作れないかもしれません。ですが、分野を超えた、立場を超
えた関係作りがまず何よりも必要ではないかと思いました。
◆それぞれのコミュニティに合わせたサイエンスコミュニケーションをどのように行うか。
そのコミュニティごとの需要を調査し、一緒に課題に取り組む姿勢を私たちは持たなくてはい
けないと感じました。どんなに良い科学実験プログラムを作ったと思っても、子供たちがそれを
通して「わかったぞ。楽しい。もう一回やりたい。
」と思ってくれなかったら、その科学実験プ
ログラムはまったく意味がないです。その子供たちが今何に興味があって、その子供たちにどう
いう絵と言葉を使って伝えたらわかってくれるか、一緒に考えてくれるか、そういう姿勢が必要
なのではないでしょうか。それは子供たちだけでなく、サイエンスカフェの参加者、ラジオのリ
スナーのみなさん全員に当てはまることだと思います。
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
学生交流学際融合教育セミナーに参加して
スライド 8 CONCLUSION ~見つかった答え~
最後になりましたが、今回のセミナーを開催してくださった大阪大学の皆様、私の背中を押し
てくださった白岩先生、私のチームを率いてくださった Rakwal
先生、一緒に参加し時間を
共有した学生のみんなにお礼を申し上げて終わりにしたいと思います。
(スライド 9)
スライド 9 謝辞
University Studies Online No.1, 2012
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
大学院共通科目を受講して
大学院共通科目を受講して
古田島知則 1
今まで私が携わった大学院共通科目をリストアップすると(スライド 1)、意外とたくさん受け
ていて、8 科目を受講、もしくは TA で携わっていました。小林先生のお話にもあった通り、8
科目は筑波大学の中では多い方です。今日は 3 科目に絞って学生の立場からお話ししたいと思
います。
スライド 1 今まで受講したもの、TA で携わったもの
1. 博士と企業(2010 年/平成 22 年に TA)
(スライド 2,3)
どういう科目なのか?:博士号をもつ企業の研究者が、オムニバス形式で授業を行います。特
に博士号を持つことの意味、文字通り博士と企業の関わりについて。
どういうことをやったのか?:吉武先生が TA の役割を重要視される方だったので、PC や配布
資料の準備といった裏方的な作業をするだけでなく、講義内容にも直接関わった形になりました。
2010(平成 22)年の大学院生対象の TA 研究会では、日本では裏方的な仕事がメインだが、欧
米だと TA が自ら授業を行うなど、かなり役割が大きいということだったので、いろいろと勉強
になったと思います。
1筑波大学生命環境科学研究科在学
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 2 博士と企業①
なにが良かったか:演者のバックグランドが多岐に渡ること。受講生のほとんどが修士 1 年生
の学生だったので、修士取得後大学に残るか就職するかで悩んでいるはずだと思います。演者の
方々は、①博士号取得→就職、②就職→論文博士、③就職→社会人入学など、博士号を取得した
経緯は様々で、今後のキャリアパスに良い参考になったかと思います。
なにが悪かったか:授業でなくてもできる?企業の方から話を聞く機会がほかにないので新鮮
ではあったものの、就職活動として個人でもできることともいえます。また、吉武先生、演者の
先生は受講生からの積極的な質問を望んでいましたが、ほとんど質問が出ませんでした。演者の
方に申し訳なかったので、もっと学生さんには積極的にやってほしいと思いました。結局 TA が
一番質問しました。
スライド 3 博士と企業②
2. Special Preparation for TOEFL iBT(2009 年/平成 21 年に受講、2011 年/平成 23 年に TA)
(スライド 4,5)
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
大学院共通科目を受講して
どういう科目なのか?:TOEFL のスコアアップを目指すコース。
東京の TOEFL 予備校、LINGO
LLC 代表の林功先生が来て、毎週 3 時間 5 週間 TOEFL 対策の授業をしてくれました。
どういうことをやったのか?:各自パソコンとヘッドフォンを持参して専用ソフトをインスト
ールします。そのソフトの中にはリスニング、長文などのミニ問題集が入っていて、問題を解い
て先生が解説してくれる。毎週課題が出され、それを持って行き、答え合わせをするという、予
習復習を重視する授業でした。大学院生対象であったけれども、海外留学予定の学類生も受講し
ていました。
スライド 4 Special Preparation for TOEFL iBT①
なにが良かったか:自分の英語力アップにつながったことが一番に挙げられます。留学予備校
の先生ということで、かなり TOEFL に特化した授業でした。
なにが悪かったか:学生側の問題ですが、毎週金曜 3 時間空けるとなると、実験との兼ね合い
があり、時間的に厳しかったです。これは他の大学院共通科目にも共通することです。また、英
語は継続的な学習が必要なので、学生側の個人の問題ではあるが週 1 回の授業では実践するの
が困難でありました。私自身は一時的に英語力が伸びましたが、教材の CD の長文や iTunes の
Podcast で海外のニュースなど生の英語を常に聞いて実践できている人はどんどん英語力の強
化につながっていくと思います。
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 5 Special Preparation for TOEFL iBT②
3. 国際研究プロジェクト(2011 年/平成 23 年に受講)
(スライド 6,7)
どういう科目なのか?:海外の研究室と共同研究をやりたい人、海外へ行きたいという人を支
援するプログラムです。研究計画書を書いて採用されれば、最大 30 万円の旅費(宿泊費を除く)
が支給されるというもの。
どういうことをやったのか?:私の研究計画書が採用され、実際に行ってきました。私の指導
教官経由で海外の研究室にこのような研究をしたい旨のメールを書き、了承をもらい、筑波大学
に研究計画書を出して採用されました(3 月)
。実際にフランス、スイスの国境付近にあるドイ
ツのフライブルグ大学の研究室に 2 週間滞在しました(10 月)
。初めてのヨーロッパで 2 週間英
語漬けの生活で自分の実にもなりましたし、海外の研究室に滞在することが初めてだったので貴
重な経験になりました。帰国後は、レポートの提出が絶対条件になっていて、結構長めの A4 十
何ページかのレポートと短めの HP 掲載用の公開報告書を提出しました。
スライド 6 国際研究プロジェクト①
なにが良かったか:すべてが良かったです。研究計画書が採用された喜び、海外の研究室で武
66
大学研究オンライン
2012 年第 1 号
大学院共通科目を受講して
者修行ができたこと、そして何より旅費が賄えたことが一番良かったことでした。
なにが悪かったか:自分にとって役立った授業だったので挙げるのは難しいが、強いて言えば、
「このような渡航費は必ず国際学会に出る目的で使うな」と言われていたのに、その目的に使っ
た学生が出てきたことです。
スライド 7 国際研究プロジェクト②
4. 全体を通して言えること
なにが良かったか:実験生活だけでは得られない知識を経験が得られたことです。先ほどのオ
ムニバス授業で 4~6 人の先生が来られたが、いろいろな人と接していろいろな話が聞けてたく
さんの人に出会えたのは貴重な経験だったと思います。研究室に籠る実験生活も大事だが、他に
エッセンスとして教養的な知識や一般社会がどうなっているかといった情報を得ることも大事
なことだと思います。ほかには、現実的に単位、TA 代をもらえるのもいい点だったと思います。
なにが悪かったか:時間的な問題が挙げられます。1 単位を取るのに 15 時間かかるが、大学院
生は実験生活が主体なのでその貴重な実験時間を取られるという考え方が必ず出てくると思い
ます。それから、必修科目でないので、受けなくても修了できるので、受けない人も必ず出てく
ると思います。外部から来られる先生もいるが、人気科目と不人気科目の受講人数の差が激しい
ように感じるので申し訳ないと感じます。受講生、学校のためにも、大学院共通科目スケジュー
ル表があれば、受講生の数も増えるのではないかと思いました。
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 8 全体を通して言えること
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
国際交渉力強化プログラム
国際交渉力強化プログラム
坪井美樹 1
1. 国際交渉力強化プログラム(略称:GNP)とは
(スライド 1,2)
国際交渉力強化プログラムとは、正式名称は”Postgraduate Certificate Program in Global
Negotiation Program”のことで、省略して”Global Negotiation Program”といいます。頭文字を
とって GNP という覚えやすい略称にしました。
スライド 1 国際交渉力強化プログラムとは①
運営費交付金特別経費(プロジェクト分)事業として、いわゆる競争型の公募資金ではないが、
特別にプロジェクトとして認められ運営費交付金のお金をいただいています。2011(平成 23)
年度スタートして 2014(平成 26)年度まで 4 年間、予定総額 473,250 千円でやります。事業名
は表題の国際交渉力強化プログラムと微妙に違っていて、
「国際交渉力強化のための人材養成プ
ラットフォーム形成」であり、最終的な事業の目標であります。国際交渉力プログラムは人材養
成プラットフォーム形成に至るまでに試行的に参加している組織間で具体的に動かしている教
育プログラムの名称であります。GNP 自体を広めようというのではなくて、大学のいろいろな
ところで異分野融合型の国際人材養成が起こって、そこでそれぞれ人材育成目標に沿って、専門
に沿って、それぞれのプログラムが考えられればいい。そのプラットフォームを最終的には作り
たいということです。GNP 事業実施主体は3つの組織で、人文社会科学研究科(9 専攻)
、ビジ
ネス科学研究科(国際経営プロフェッショナル専攻の修士課程)、人間総合科学研究科(世界遺
産専攻、世界文化遺産学専攻)です。文科系ではありますがかなり性質が違う分野の 3 つの組
織でコラボレーションというか異分野協働型でやります。
1筑波大学 国際交渉力強化プログラム統括長
University Studies Online No.1, 2012
69
スライド 2 国際交渉力強化プログラムとは②
2. 3 組織による異分野融合型教育
1) 人文社会系の目指す国際人材養成
(スライド 3)
2011(平成 23)年度概算要求のときに、最初は3つの組織がそれぞれ自分の考える人材養成像
の certificate プログラムを開始したいと申請しました。しかし、それぞれの専門を基盤として
共通する国際社会で交渉力を持って具体的な問題解決にあたる、そういう人材を育てたいという
ことで一致しました。先ほど文系には「価値」という言葉にうるさいという話がありました。同
様に、私どもの人文社会科学研究科も妙に言葉にうるさい人が多い領域で、「対話を創造する」
「対話マネジメント能力」といった、もっともらしいけれどもよくわからない言葉で出していま
した。そうしたところ、当時の財務企画課長さんが「3つは同じような感じなので、いっそわか
りやすく『交渉力』で行きなさい。
」と勧めてくれたので『国際交渉力』ということになりまし
た。人文社会科学研究科としては、専門知識だけでは世の中進まないし、研究者だけ作っていた
のではしょうがない。大学という狭い社会だけでなく、実社会、国際社会の中で博士号を活かし
ていろいろな仕事ができるようにしていきたいということです。我々自身がそうではないだけで
なく、育てたことがないので、我々の力だけでなく外部の力も借りて、大学の中の他の部門とも
一緒にやろうということで始めました。我々3 組織が考える OUTPUT 像は、①対話を必要とす
る国際社会の現場で問題解決にあたる人材、②日本語・日本文化を世界に向けて発信する人材、
③国際研究ネットワークを形成し異分野融合研究をリードする研究者、であります。
70
大学研究オンライン
2012 年第 1 号
国際交渉力強化プログラム
スライド 3 人文社会系の目指す国際人材養成
2) 国際人材養成強化を目指す 3 組織の「協働」による異分野融合型教育
(スライド 4)
ビジネス科学研究科(国際経営プロフェッショナル専攻)は有職者対象の夜間 MBA コースで、
東京キャンパスにあり、9 月開講です。それに対して人文社会科学研究科(全 9 専攻)と人間総
合科学研究科(世界遺産専攻・世界文化遺産学専攻)は筑波の中地区、春日地区にあり、性質も
だいぶ違います。人文社会科学研究科は大きくて、5 年一貫制の専攻と前後期区分制並存博士課
程、4 月開講です。人間総合科学研究科は前後期区分制博士課程で 4 月開講というように、学生
の受講サイクルですら合わない。まず手始めに自分と違う異文化の人に出会い、そこからさらに
もっと違う人に出会ってもらうということで、大変だけど何とか 3 組織でやろうということに
なったのであります。
スライド 4 国際人材養成強化を目指す 3 組織の
「協働」による異分野融合型教育
University Studies Online No.1, 2012
71
3) 国際交渉力強化プログラムが目指す異分野融合型教育の工夫
(スライド 5)
通常の座学中心のやり方ではダメ。国際交渉力は話して済む問題ではないだろう。教育方法を
工夫しなくてはいけない。そのように考えて以下の工夫をしています。
◆履修者に最適な個別履修デザイン
それぞれの専攻がディシプリン型であるのに対して、GNP は個別に学習者が中心となって何
をやるか、何を望むか、何を学びたいか、将来どうなりたいかを考える。考えるのを手助けして
相談に乗る。こういうことを勉強したいのであれば、それではそういうことを何とかしよう。教
員側が作ったカリキュラムではなくて、自分自身に履修デザインをしてもらう。プログラム・コ
ーディネーターによる密接な指導・助言・対話によってモチベーションを形成してくようにしま
す。
◆海外との遠隔授業
e ラーニングシステムを使って時間的・空間的制約を乗り越える授業にしていきたい。
◆プロジェクト実習:オンザジョブトレーニング
国際交渉力なので、国際的な現場、海外に出て行く、海外から人を集めて何か日本でやるとい
うことを自分自身で企画マネジメントして実行してもらう。それを教員が支援し、手助けし、指
導する。失敗してもいい。国際シンポジウムをやりたいのであれば、GNP で許される資金を支
援する。ダメでも断られても、実行したことがかみ合わなくても、それはそれで教訓として次に
活かしてもらう。あるいは自分の専門の方にフィードバックして自分の研究を組み立てなおして
もらう。そのようなことを認めていこうというプログラムです。国際的な広がりや現地の政治・
文化状況を把握できるようにしていきます。
◆e ラーニング:オンデマンド学習
e ラーニングシステムで行う授業をみんなが同時に聞けることが少ないので、オンデマンド型
にしよう。オンデマンドは便利だが、それで国際交渉力がつくわけがない。この知識だけに頼ら
れるのが一番怖いので、オンデマンドの脇に必ず教員がついて学生が学んだことを測りながら進
めていくようにしています。
72
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2012 年第 1 号
国際交渉力強化プログラム
スライド 5 国際交渉力強化プログラムが目指す
異分野融合型教育の工夫
4) 国際交渉力強化プログラム(GNP)開講授業科目
(スライド 6)
GNP の開講授業科目は以下の通りです。3 組織が共同で提供し、デジタルアーカイブ化して
オンデマンド配信する授業で、英語のプログラムです。
◆共通必修科目の「戦略的交渉論」(3 単位)で、基本的なモチベーションを 3 組織の学生・教員
の間でお互いに確かめ合います。
◆選択必修科目では、市民社会系、国際ビジネス系、国際協働系のそれぞれ 6 科目、合計 18 科
目の中から 6 科目(6 単位)を選択して履修します。これは、配信型授業・e ラーニング・集中
講義で行います。

市民社会系:市民社会国際交渉学、文明対話学、紛争管理論、異文化コミュニケーション
論、社会技能論、コミュニケーション技能論

国際ビジネス系:”Management of Innovation”, “International Business Negotiation”,
“Regional Management Studies”, “Comparative Organization Behavior”, Presentation
Skills for Global Management”, “Leadership in Organization”

国際協働系:国際機関の役割、世界遺産と国際協力、世界遺産と市民参加、世界遺産と持
続可能性、プロジェクト・マネジメント1、プロジェクト・マネジメント2
◆プロジェクト実習で、インターンシップ、現地調査、国際会議マネジメントなどの実務的なこ
とをやります。2 つの実習を履修しますが、2 つの実習のうち 1 つは必ず自分の所属しないとこ
ろが主に担当する実習を取ります。

市民社会系プロジェクト実習:日本語教育実務者ネットワーク、社会事業起業ネットワー
University Studies Online No.1, 2012
73
ク、国際比較日本研究者ネットワーク、市民社会交渉学

国際ビジネス系プロジェクト実習:ODA 現地調査、地域特定型ビジネスプロジェクト

国際協働系プロジェクト実習:世界遺産と危機管理、世界遺産と貧困削減、世界遺産と持
続可能性、世界遺産と地域アイデンティティ
プログラムの修了要件は、人文社会と人間総合が 15 単位、ビジネス科学は 10 単位です。そ
れを履修すればプログラム修了書を付与されます。様々な工夫で教育の質を保証していこうとし
ています。
スライド 6 国際交渉力強化プログラム(GNP)開講授業科目
5) 国際交渉力強化プログラム履修モデル
(スライド 7)
人文社会科学研究科プログラム生の例で履修モデルを見てみます。例えば社会科学系の国際公
共政策専攻、国際日本研究専攻の院生 A が国際的な環境保護活動に関わる社会的起業の可能性
を考えてみたいと思ったとします。教員と学生の間を結ぶプログラム・コーディネーターとまず
十分議論してもらい、履修デザインを立てて、それが履修できるようにしていく。文明対話
学、”International Business Management”, “Regional management Studies”, “Comparative
Organization Behavior”, “Presentation Sills for Global Management”とプロジェクト・マネジ
メント1を選択します。文明対話学は人文社会で用意する科目ですが、ここではビジネス科学、
社会的起業を考えるということなのでふつうの人文社会ではできないことを、ビジネス科学の学
生たちと一緒に勉強してもらう。プロジェクト実習では、地域特定型ビジネスプロジェクトと社
会事業起業ネットワークを取ります。地域特定型ビジネスプロジェクトでは、ベトナムに行って
模式的にいろいろな企業展開を考えます。
院生 B は、外国で日本語教育に従事しながら日本との文化交流に貢献したいと考えました。
74
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2012 年第 1 号
国際交渉力強化プログラム
市民社会国際交渉学、社会技能論、紛争管理論、異文化コミュニケーション、”Leadership in
Organization”, 世界遺産と国際協力を選択必修科目から選択します。プロジェクト実習では、
日本語教育実務者ネットワークと世界遺産と危機管理を取ります。日本語教育実務者ネットワー
クをメインにただ日本語を教えるだけでなく日本からの発信を行いたいという人に向けてメニ
ューを考えます。
科目とプロジェクト実習の履修内容は、プログラム生の興味とモチベーション、必要に応じて
全部違います。実際には大変ですが、学生も certificate を取るだけで、教員も学位取得までの
責任を取るわけではないから、教員が失敗しても学生が失敗してもお互いそれを糧にしていこう
というスタンスのものであります。
スライド 7 国際交渉力強化プログラム履修モデル
6) GNP における e ラーニングの状況
スライド 8 はオンデマンド配信の画面です。500Kbps,1Mbps,2Mbps の動画を作り、情報量
がどれくらいのが一番見やすいか、オンデマンド配信した場合に学生の端末にいったときに操作
できるか、どれが一番動かしやすいかなど、なかなか苦労があります。
スライド 9 の授業風景①は、個別の選択必修科目をビデオ収録してコンテンツ化するための
授業を行っているところです。プログラム生とプログラム・コーディネーターが映っています。
チュニジアの元駐日大使の方がゲスト講師をしてくださっています。このように相互に乗り入れ
てテーマについて話をして学生もそこに参加をしてくる。画像は3つのソースを映せるのですが、
予算上音声ソースは1つだけなのが悩みです。(スライド 8,9)
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 8 GNP における e ラーニングの状況①
スライド 9 GNP における e ラーニングの状況②
3. 現段階での問題点・反省点・課題
現段階での問題点を書き始めたらたくさん反省点がありましたので、項目だけ挙げました。
(1) 準備活動の問題
(2) 授業収録・配信に関する問題
(3) 既存の諸規定との衝突の問題
(4) 運営体制の問題
(5) 履修上の問題
まだ決してスムースに万端うまくいっているわけではありません。2011(平成 23)年は 1 期
生なので、学生に対して君らはオンデマンドを利用できない、君らがオンデマンドを作るのだと
言って、お互いに苦労しながらやっております。
参考までに人文社会科学系教育・研究の戦略的世界展開構想(スライド 10)です。
スライド 10 (参考)人文社会科学系教育/研究の戦略的世界展開構想
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2012 年第 1 号
博士教育の世界的動向
博士教育の世界的動向~移転可能スキルのトレーニング~
齋藤芳子 1
本日は「大学院における共通教育」というテーマですが、国際的なお話しをするために内容を
博士教育に絞らせていただきます。その中で、世界で注目されている移転可能スキルのトレーニ
ングについてお話しをさせていただきます。移転可能スキルとは何か、なぜ移転可能スキルなの
か、どのようにトレーニングするのかの3つについてシンプルにお話ししようと思います。(ス
ライド 1,2)
スライド 1 博士教育の世界的動向
スライド 2 Outline
1. 移転可能スキルとは何か
1) 移転可能スキルの背景(スライド 3)
一番早く移転可能スキルのトレーニングを考え始めたのがイギリスで、1990 年代からどのよ
うに大学院でトレーニングしたらよいかという問題意識がありました。2001 年には「ジョイン
ト・スキルズ・ステートメント」と呼ばれる声明が発表されております。それがだんだんと展開
されていき、今は VITAE という非営利団体が Researcher Development Framework を作って、
それに基づく教育がかなり積極的に行われています。同じ 2001 年には”Re-envisioning the
Ph.D.”という、アメリカの大学院を専門的に研究しているプロジェクトで、”What concerns do
we have?”というレポートが発表されています。今までのような徒弟制の教育ではなくて、もっ
ともっといろいろなキャリアを考えられるようにすべきという、イギリスと似たような論調でし
た。その後、国際的にも、いろいろなところで大学院の教育が話題となり、産業界にもっと就職
しなければならないなどという話が出てくるようになりました。
例えば欧州科学財団(ESF)では”Research careers in Europe”(2009)という報告書の中で
この Transferable Skills を取り上げています。リストとして 36 項目が挙げられていて、10 か
国位が合意をしています。さらに最近だと、2010 年から OECD で Transferable Skill のトレ
1名古屋大学高等教育研究センター
University Studies Online No.1, 2012
77
ーニングの状況についての国際比較調査が行われています。小林先生の説明にもありましたが、
Nature でも取り上げられました(2011)。大学院教育をどのように進めていくのか、今までと
違う環境条件の中で何をしたらいいのか、という議論があちらこちらで盛んになっているという
印象を受けます。その中で Transferable Skills というのが非常によく出てきますが、あえて日
本語に訳すなら「移転可能スキル」となります。
スライド 3 移転可能スキルの背景
2) 移転可能スキルの定義
欧州科学財団(ESF)の定義は、「一つのコンテクストで学んだことが他のところでも使える
というような知識で、しかもその知識は分野に固有の、もしくは研究に関連したスキルをどこか
他のところで転用することを容易にするものである。
」となっています。
“Transferable skills
are skills learned in one context (for example research) that are useful in another (for
example future employment whether that is in research, business etc.). They enable subject& research-related skills to be applied & developed effectively.” (ESF, 2009)
これは、先ほどの九州大学の説明ととても近い考え方になっていると思います。
3) 移転可能スキルの具体的内容(スライド 4)
移転可能スキルの中身を紹介します。これは 2001 年にイギリスで発表された「ジョイント・
スキルズ・ステートメント」に出ているもので、7つに分けてあります。
A. 研究技能および技術:これは研究のスキルに近いものです。
B. 研究環境:もっと研究環境を知るために、倫理、科学技術システムなども入ってきます。
C. 研究管理
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2012 年第 1 号
博士教育の世界的動向
D. 個人的能率
E. コミュニケーション能力
F. ネットワーキングとチームワーキング
G. キャリア管理
スライド 4 移転可能スキルの具体的内容
イギリスではこれをさらに発展させ、Researcher Development Framework(RDF)をつく
っています。大きく分けて、「知的な能力」、「個人的な能力」、「研究管理」、「engagement と
impact」の4つの項目があり、それらをさらに区分していって詳細な概念図を出しています(ス
ライド 5)。
いっぽう、欧州科学財団では 18 項目を挙げています。どこが出してもよく似た内容になって
いるという印象を受けます(スライド 6)。
University Studies Online No.1, 2012
79
スライド 5 Researcher Development Framework
スライド 6 欧州科学財団が掲げる具体的内容
4) 移転可能スキルの特徴
(スライド 7)
移転可能スキルの特徴の一つは、アカデミアを目指すかどうかによらず必要になるスキルだと
定義されていることです。それから、比較的具体的なスキルリストに落とし込まれている、体系
化されてきているという特徴があります。こんなものが必要だという曖昧な印象だけではなくて、
どういうふうに整理し、表現していくかにかなり力が注がれているという印象があります。それ
から、博士や博士雇用者などへの調査を基にして、何が必要なのかをきちんと調査しようとする
傾向があるかと思います。さらに、先ほどのヨーロッパの例はかなり欧州標準に近い形になって
いるし、OECD でも transferable skills の調査を始めています。このように国際標準に近いも
のになってきていることも、移転可能スキルの一つの特徴かと思います。
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2012 年第 1 号
博士教育の世界的動向
スライド 7 移転可能スキルの特徴
2. なぜ移転可能スキルに注目するのか
1) 博士人材育成の改革の必要性(スライド 8)
移転可能スキルに注目する理由には、現実的な問題と理念的な背景があるのではないかと思い
ます。
現実的な問題として、①博士の数がアカデミックポジションよりすでに多い、そのミスマッチ
をどうするかという問題や、②大学院自体の変容、つまり入ってくる人が増えてくる中でその人
たちのモチベーション、質が変わっているという現象があります。もう一方では大学教育にアウ
トカムやコンピーテンシーが求められるようになったことと同じような流れで、③大学院もアウ
トカム指向、コンピーテンシー指向が強くなり、少し現実的なところで育成の方法を考えなくて
はいけないという外圧に近いものがあるのかと思います。
一方で理念的背景として、④知識基盤社会なのでどこにでも知的人材が必要であり、その中で
⑤モード2のようなトランスディシプリナリーな知的生産の活動が増えていて、異分野融合など
いろいろなことを考えなくてはいけなくなってきていること、さらには⑥オープンイノベーショ
ンなどということもあって、結局社会のイノベーションにどれだけ資するのかということが大事
な理念になっているところがあります。
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 8 博士人材育成の改革の必要性
2) モード 2 型知識生産(スライド 9)
モード2型知識生産では、それぞれのディシプリンに属している人が何かのプロジェクト、何
かの問題解決のために集まってきてそこで全く違う分野の知識を摺合せながら新しい知識を生
み出していこうとします。そうすると馴染みのあるディシプリンとは違う、別の環境に入ってい
くことになります。別の見方をすると、普段いる組織とは別の協働のコミュニティに入らなけれ
ばいけないという部分が出てきます。そうなったときには、異分野をつなぐ力が必要になったり、
自分自身がいろいろな状況や役割に対応しなければいけなくなってきます。そのために、移転可
能な知識、どこに行っても transferable なものが必要だという議論が出てきていると考えられ
ます。
スライド 9 モード 2 型知識生産
3. どのようにトレーニングするのか
どのようにトレーニングするのか。これに関しては各国どこも迷いながら頑張ってやっている
というのが正直なところです。
1) 学習方法についての記述(スライド 10)
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2012 年第 1 号
博士教育の世界的動向
学習方法については、意外と冊子等で記述されていません。
“Transferable skills may be acquired through training or through work experience.” (ESF,
2009)
「移転可能スキルは、トレーニングによって学んでもよいし、就労経験で学んでもよ
い」
「学習支援は、自己研鑽、指導教員による指導、学部の支援、ワークショップ、カンファレンス、
特別講座、正課のコースと正課外の機会など、状況に応じたさまざまなメカニズムの利用によっ
て適切になされることが期待される」
(RCUK, 2001)
「徒弟制以外の指導法」
(Nyquist, 2001)
という表現にとどまり、あまり具体的な様子は紹介されることはありません。
スライド 10 学習方法についての記述
2) 海外のトレーニング動向(スライド 11,12)
実際どのようなことが行われているかを見ていきます。
OECD の調査を見ると、ノルウェーだと duty work を 4 年間のうちの 1 年間に必ず入れると
いうシステムを作っています。Duty work の中に teaching があったり、research administration
があったり、必ずしも大学の外で何かするというのではなく、大学の中でいろいろなことを学ん
でもらう活動も含まれているものです。
ノルウェーやデンマークだと Industrial Ph.D.という、単なる産学連携を越えて企業側にどっ
ぷり浸かるような形の博士養成のプログラムを持っているところもあります。
ドイツでは、最近コースワークがいろいろあります。Research skill だけでなくプレゼンテー
ション、コミュニケーション、キャリアディベロップメント、リーダーシップを入れているコー
スがあります。
韓国は少し形が変わっています。大学で教育するのではなく、一つ機関を立ててその中でまと
めてコースワークをします。6 か月のコースワークを最初にして、その後に 2 か月位オンサイト
でのトレーニングがあるという形を取っています。
ルクセンブルグのように、トレーニング費用として年間いくらかを学生に渡して、その範囲内
で自分でプロジェクトを立てさせ、自分で学ぶようにしている国もあります。
University Studies Online No.1, 2012
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先ほどイギリスでは「ジョイント・スキルズ・ステートメント」や RDF があるとお話ししま
したが、アイルランドも同様の形をとっています。
アメリカでは、直接には transferable skills という言い方をしてはいないものの、それに近い
形のコースワークがあったり、異分野融合の教育プログラムを作ったり、メンタリングも非常に
重視して強調していると思います。
このように各国の取組みをざっと見ると、わりに普通のことをしているというか、日本でもや
っているようなことが比較的多いという印象があります。PBL(プロジェクトをベースにした
学習)などもあり、このあたりは大阪大学が実施しているものに近いかと思います。日本であま
りやっていないものというと、メンタリングが挙げられるかもしれません。
スライド 11 海外のトレーニング動向①
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博士教育の世界的動向
スライド 12 海外のトレーニング動向②
3) 求められる学習スタイル(スライド 13)
では、どういう学習スタイルが求められるのでしょうか。結局どこの国でも参加型学習を重視
している印象があります。モード2を考えたとき、文脈がどうしても外せなくなるので、そうい
う意味で状況的学習(” Situated learning”)といわれるものが必要となっています。もしくは
正統的周辺参加(” Legitimate peripheral participation”)や実践コミュニティ(” Community
of practice”)と言われるように、コミュニティに参加して実際に何かやっていく、居場所をき
ちんと作ってそこのコミュニティの正統なメンバーになっていく、そういうことが大事にされて
いるという印象をもちます。
もう一つは、同じ分野の仲間内で学ぶのではなくて異質な空間に出て行って学ぶということで
す。このあたりはモード2や、オープンイノベーションを考える場合に必要になってくることで
す。分野や学年が異なる、多様性のある集団の中でトレーニングが行われています。
上の2つとは別の意味合いでもう1つポイントがあります。イノベーションを起こす人材とい
うよりはイノベーションを牽引していく人材が必要になったときに、イノベーションが起こりや
すいシステムに変えていけるだけの人材が必要です。そうなると制度学習(”institutional
learning”)と言われる、制度そのもの、組織そのものが変わっていくもの、もしくはその中に
新しいシステムを埋め込んでいける活動が大事になると考えられます。そういう中では、教師が
教え込むという形ではなくて、一緒に新しいもの、価値を作っていける学習スタイルが望まれて
いると思います。
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スライド 13 求められる学習スタイル
4. まとめ(スライド 14)
簡単にまとめます。海外の定義による「移転可能スキル」とは、「異なる文脈に転用できるス
キル」でしかも「専門的な知識をいろいろな場面に応用するのに役立つもの」であるということ
です。移転可能スキルが必要になる背景としては、知識基盤社会、モード2、イノベーションと
いったキーワードが挙がってきます。さらに、どのようにトレーニングするのかといったときに、
参加型であること、異質化された集団が一緒になって学ぶということ、制度学習が進んでいくよ
うなものが望ましい、ということが今までの経験からある程度見えてきているのかと思います。
スライド 14 まとめ
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2012 年第 1 号
筑波大学における大学院共通科目の再検討
筑波大学における大学院共通科目の再検討
池田潤 1
1. 総合知教育基盤検討ワーキンググループ
(スライド 1)
ワーキンググループの共通理解では、総合知とは専門教育によって培われる「専門知」といわ
ゆる generic skills といわれる「汎用知」との間で双方向的な transfer を行う仕組みであると考
えています。齋藤先生の Transferable skills(移転可能スキル)に近い概念だと思いますが、双
方向というのが非常に大切です。専門知を通して汎用知を身につけるという transfer、また汎用
知をさらに専門知に活かすという transfer、その両方を可能にするような大学院の教育の創出を
目指しております。
教育的なツールとして、一番重要なのが大学院共通科目で、ほかに各専攻の専門科目、GNP
(国際交渉力強化プログラム)のような各種教育プログラムの提供する科目などがあります。
スライド 1 総合知教育基盤検討ワーキンググループ
◆総合知とは?(スライド 2)これからの大学院においては、専門知だけでなく汎用知も身につ
けてもらうことによって、アカデミアだけでなく、さまざまなところで活躍できる人材を育てて
いく必要があります。その際、専門科目で専門知を習得し、大学院共通科目で汎用知を習得する
というような役割分担ではなくて、両者を有機的に総合知教育として結びつけることによって専
門知から汎用知への transfer、汎用知から専門知への transfer を可能にしていければと考えて
います。
1筑波大学人文社会系教授・教育企画室員
University Studies Online No.1, 2012
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スライド 2 総合知とは?
◆ワーキンググループの検討課題は、以下の通りいろいろとあります。
(スライド 3)

全学的な標準履修単位数の検討

全学的な履修モデル・パッケージの提案

大学院共通科目、各専攻の専門科目、各種教育プログラムの提供する科目の関係の整理

ステークホルダー(大学院生、産業界・官界)に対する聞き取り調査
最初の3つについては結論が出ておりません。今日は、ステークホルダーに対する聞き取り調
査について報告することで、パネルディスカッションの話題提供とさせていただきます。
スライド 3 ワーキンググループの検討課題
2. ステークホルダーに対する聞き取り調査
調査の動機は、大学院教育が危機にあると言われている中にあって、大学院教育を教員だけの
ものにしておいてはいけないということです。筑波大学生物学類の鈴木さんからも「学生の話を
88
大学研究オンライン
2012 年第 1 号
筑波大学における大学院共通科目の再検討
聞いてほしい」という声がありました。教員はもちろん専門と経験に基づいてベストと思われる
教育を提供するわけですが、それだけでなく受益者である学生さん、雇用主となる企業など、さ
まざまな意見を聞くことによって、よりよい教育ができるのではないかと思い、聞き取り調査を
行いました。
1) 大学院生の意見
(スライド 4)
TGN(“Tsukuba Graduate Network”)という学生組織の代表の大学院生に聞いたところ、以下
の意見が出ました。

ニーズに応じた科目の集合体を「パッケージ化」できると良い。それは、ただ科目がある
のではなく、資格や履修証明、副専攻などの形で目的やメリットを見える化することです。
これは大阪大学の副専攻プログラムに近いものですが、まだ筑波大学ではそのようなこと
ができていません。

修了要件になると履修しやすい。

毎週の授業より集中の方が履修しやすい。

土日開講の科目は履修しにくい。
これら3つは、履修しやすくしてほしいという要望です。土日に開講してほしいという意
見もあれば、土日だと学会などで履修しにくいという意見もあります。

修士の学生は忙しく、博士論文執筆中も余裕がないので、博士課程 1-2 年次が履修しやす
い。

博士課程修了者向けの科目も必要。
博士課程修了後に非常勤講師などをしながら定職を探しているポスドクにもこのような科
目は有益なのではないかと思われます。

大学院生は大学を共創するパートナー。
大学院生はクライアントではなく、大学を共に創るパートナーとして考えてほしいという意
見が TGN の学生から出て、非常に感銘を受けました。
スライド 4 大学院生の意見
University Studies Online No.1, 2012
89
2) 文部科学省出身の本学教員の意見

(スライド 5)
平日は指導教員の目があって、大学院共通科目が履修しにくいという声が多い。
教員の意識改革が必要です。あるいは思い切って「この時間帯は大学院共通科目専用の枠」
というのを設け、それをゴールデンアワーにもってきたりすれば大学の本気度を示すこと
ができるという意見もありました。

もっと外の人間の力を借りるべき。
先ほど小林先生から、この大学院共通科目のために外部の方を講師にお願しているという
お話がありましたが、外の人間の力をもっと借りてもいいと思います。中西先生も岡本先
生も企業の実務経験のある方たちで、いわば「半分外」の人たちです。大阪大学や九州大
学は外の人間の力を借りてこのようなものを作り上げてきたと言えます。座学ばかりでな
く、外に出ていく実践的な授業をもっと増やす必要がありますし、海外と連携した科目も
必要です。筑波大学ももっと外の人間に頼ってもよいのではないか、ある意味で共に創っ
ていくという姿勢が大事だと感じました。
スライド 5 文部科学省出身の本学教員の意見
3) Intel からの意見

(スライド 6)
Intel トライアル授業終了後の感想では、Constructive Confrontation が学生には難しかっ
たようですが、企業では必要なスキルだと言えます。

Intel の採用担当者の意見では、企業としては、○○しかできない「学者」はいらないとの
ことです。専門があるのはいいが、専門に固執されると困る。専門をベースにいろいろな
ことにチャレンジできる人材がほしいという意見もありました。企業が求めているのは専
門をあらゆる業務に応用する力だと言えます。

大学院生が見ているところと会社が求めているところにギャップがあるようです。ギャッ
プを埋めるのにインターンシップは強力なツールだという意見が Intel の方たちから出て
いました。
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
筑波大学における大学院共通科目の再検討
スライド 6 Intel からの意見
4) 社会で活躍する本学 OB・OG の意見

(スライド 7)
社会が敬遠するのは、専門性ではなく専門への執着だという意見が本学 OB/OG からありま
した。

学部卒と違い、大学院を卒業した人にはリーダーとしての資質が求められるので、そうい
うトレーニングを是非してほしいという意見もありました。例として挙がったのが、①
ISO26000 社会的責任規格を学ぶ、②logical thinking を超えた、ぶっ飛んだ発想力が必要、
③マネジメント力や自分と部下のストレスコントロール術も学ぶ必要がある、などです。

企業のコミュニケーションコストを下げてくれるグローバル人材が求められているという
指摘もあり、学部卒との差別化は究極的にはこのあたりにあると感じました。
スライド 7 社会で活躍する OB・OG の意見
5) 実務経験のある本学教員の意見

(スライド 8)
マネジメント人材育成協議会の報告書を見ると、MBA 取得者の力量に関する国際調査では
Presentation, Negotiation, Strategic Thinking, Analytical Thinking といったスキルは期
University Studies Online No.1, 2012
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待以上にあります。しかし、Leadership, Decision Making, Organization については期待
はずれのようです。大学院修了者には、器用なスキル以上のこういった力が求められてい
ると感じました。

企業で重視され、大学関係者が見過ごしがちな能力として、Change agency があります。
これは変革者になる資質のことです。PDCA の中で言うと、Do や Check をすることがで
きる人はいますが、大きなプラン(Plan)を描いて、物事を変えていくアクション(Action)を
起こせる人材は少ないため、そういう力が大学院生に求められています。したがって、Plan
や Action を OJT で学ぶ必要があります。

ビジネスも研究もグローバル化しています。研究を通して身につけた国際性を実務に活か
せるという点で大学院修了者にはアドバテージがあります。(スライド 8)
スライド 8 実務経験のある本学教員の意見
3. 大学院共通科目の方向性
(スライド 9)
まとめると、
1) 双方向的な transfer(専門知⇔汎用知):学生も教員も忙しい中で別の科目をどんどん立てる
のは大変です。すでにある専門科目の中に generic skill を鍛える要素があるはずなので、そ
れを活用していく方が効率的です。さらに generic skill を研究にフィードバックしていくこ
とも重要です。両者をうまく使っていくことが大事だと思います。
2) 学生にとって履修しやすい環境の整備すること:「パッケージ化」など、いろいろ必要にな
ってくるかと思います。
3) 伝授から共創へ:教員が一方的に伝授するではなく、特に大学院共通科目の場合は共創を考
えてもいいかと思います。学生と教員がともに、それから社会とともに、分野を越えて教育
を共創するという考え方(cf. モード2)がこれから非常に大事になってくるかと思います。
4) グローバル人材の養成:今回のヒアリングで痛感したのは、企業はグローバル人材を求めて
いるということです。これが大学院修了者の人材像として一番強調すべきことであり、学卒
と差別化するところです。
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2012 年第 1 号
筑波大学における大学院共通科目の再検討
5) スキル以上の資質を身につける:Leadership, Change Agency, ISO26000 などを身につけ、
オープンイノベーションを起こせる人材が求められています。
スライド 9 大学院共通科目の方向性
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2012 年第 1 号
第三部
パネルディスカッション
「大学院における共通的教育のこれから」
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2012 年第 1 号
大学院における共通的教育のこれから
(パネリスト)
中西浩(大阪大学)
岡本秀穗(元・九州大学)
齊藤芳子(名古屋大学)
白岩善博(筑波大学)
池田潤(筑波大学)
(進行)
小林信一(筑波大学)
【開講時間の工夫】
小林:池田先生にパネルディスカッションのための問題提起となるお話をいただきました。その
中で、例えば大学院共通科目のための時間帯を決めておくといいのではないかという、学
生の意見もありました。大阪大学の例を説明していただけますか。
中西:大阪大学では、「水曜日の午後は、大学院共通科目のために空けておいて」と研究科にお
願いしたりしています。また、授業を外れても、オレンジ・カフェ、サイエンス・カフェ
など、夕方からある場所に集まったり、市民と一緒にある領域のことを学んだり、そこに
コミュニケーション・デザイン・センターの教員が行って議論をするということを結構や
ってます。
小林:科目そのものがいろいろな時間帯に開講されているのですか?
中西:単位が発生する科目としては、コミュニケーション・デザイン科目は水曜の午後や夕方 6
限目に入れるなど、いろいろな工夫をしています。学生たちには、できるだけその時間帯
は空けておいてもらい、水曜の午後や 6 限目には副専攻、副プログラム等の受講に来られ
るように呼びかけております。他の専門科目はその時間帯を外してもらうようにしていま
す。指定された科目の中で取れないものがないように、場合によっては主専攻科目の時間
を移してもらうこともしています。主専攻と副専攻の時間割を最適化するシステムを当セ
ンターで開発しております。
岡本:九州大学では、平日の夜や土日に開講したこともありました。これが困るという学生さん
の意見も一部あるが、やはり助かるということです。取れなかったら仕方がないと、その
あたりは割り切るということです。ただ、キャンパスによってはあまり夜遅くなると教室
の管理が難しくなって、大学に交渉しないと空けてくれないところもあります。基本的に
は平日の夜あるいは土日にしましたが、すべてはそうなってはいません。例えばアメリカ
との遠隔授業などは現地との時差のため朝一番になりますが、そうするとクレームが出ま
す。
小林:今日欠席された佐藤先生の早稲田大学でも海外との授業があって、そのときも時間が大変
だと聞いたことがあります。
池田:時間帯に関しては、学生さんにとって夜はいいようです。朝はキツイと言っていました。
University Studies Online No.1, 2012
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こういうタイプの授業だと、終わった後に食事や飲み会に行ってもっとコミュニケーショ
ンを深めたいという意見も出ていました。
【履修方式の多様性とインセンティブ】
小林:大学院共通科目だけではないが、特に大阪大学のケースはかなりシステマティックで、
certificate(履修証明)的なものからマイナー(副専攻)的なものまでやっている。九州
大学も certificate 的な感じまでいっているのですか?
岡本:3つの共通基盤科目群ではある特定の単位が取れれば修了証明書をあげることになってい
ます。
小林:筑波大学は国際交渉力強化プログラム(GNP)のプログラム修了証はあるが、大学院共
通科目の中ではそういうシステマティックなことはやっていない状況です。
白岩:他にも、筑波大学には学生が企業へ行くときのために大学院共通科目の受講証明書を発行
するシステムは作っていますが、認知されていないのかあまり利用はされていない状況で
す。
小林:システマティックにやると、大阪大学のようにかなり体制を作らないとできないという問
題もあります。筑波大学だとなかなかそこまでいっていないというわけです。
中西:大阪大学では当初、副プログラムの実施組織の長あるいは研究科の科長名を連名にして証
明書を発行していました。2008(平成 20)年度に副プログラム教育制度を作り、総長名
も連名にして入れるようにしたら、学位記と certificate の両方に総長名があるのでいいと
いう評価です。
小林:海外の例を見てみると、最近は faculty や department、school と関係なく学位 program
や certificate program を提供するケースが増えている。それも似たような傾向かと思い
ます。修了証の発行などの問題は、学生から見てどうですか?
池田:学生さんから意見がありました。白岩先生からインセンティブという話がありましたが、
ただ科目が並んでいるだけではインセンティブがないようです。資格が取れる、あるいは
履修証明が出る、副専攻のような形でまとめると、スタンプラリーではないがここまで取
ったらもう少し取るかという感じで、より多くの科目を取るモチベーションになるようで
す。その関係で中西先生への質問です。副プログラムの受講者は多いようですが、副専攻
を取っている人数をお伺いできますか?
中西:プログラム申請者 730 名のうち副専攻は 150 名位が受けています。ですから学意欲の高
い人は受講するのです。そういう学生を相手にしていますから、モチベーションの問題が
あるとはあまり聞きません。
池田:参考までに GNP(国際交渉力強化プログラム)の場合は 15 単位、GNP のビジネス科学
研究科分は 10 単位です。エクストラの単位を取るにもかかわらず、結構人気があります。
受講者はそういう形でまとまっていて何かアウトカムが見えるともっと取りたいものな
のかもしれません。
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
大学院における共通的教育のこれから
中西:こういう事例がありました。就職に苦戦していた学生が、高度副プログラムを取っていた
ことでおもしろい人間だと評価され、専門でなく副プログラムのおかげで採用された例が
あります。それがいいことかどうかわかりませんが、博士の学生さんにとっては良い就職
先が見つかったのでよかったかと思います。
小林:名古屋大学には大学院共通科目がありますか?
齋藤:名古屋大学でも考え始めてはいるのですが、現在提供しているのは英語のアカデミックラ
イティングだけです。それ以外は私たちのセンターで院生向けのセミナーをするなどして
います。
小林:要するに単位にならない活動をやっているわけですね。
齋藤:そうです。
小林:そのような場合、学生は来ないですか?
齋藤:PRの仕方次第です。やはり先生が許可しないと出席しにくいケースもあるようで、指導
教員を通じて案内をするという形を併用しています。単位にならないセミナーでも 30 人、
多いときには 50 人位が来てくれます。
岡本:単位については、単位がほしいから九州大学で大学院共通教育を受講しているという学生
はほとんどいません(1 割程度)。つまり、共通教育科目の単位は、ごみみたいな(小さな)
ものです。修士・博士の修了要件の 30 単位をほとんど専門の科目で取れるわけで、普通
は大学院共通教育プログラムを数単位取るわけです。一人で大学院共通教育プログラムで
7 科目位取っていた人もいますが、そんな人は稀です。その単位がほしいからとか、卒業
したいからというのではなくて、その授業を受けたいから来ているわけで、単位について
非常にシビアな人はあまりいませんでした。単位が要らないが授業を受けているという人
も結構いました。
小林:この問題についてはここで答えを出す必要はありません。ただ、いろいろな学生がいて、
単位がなくても来る学生はいます。一方でマイナー(副専攻)のような形で正式なものと
して修了証を出すと非常に有利になる面もあるし、certificate は certificate でそれなりの
価値があります。履修証明制度ができたとき、日本では意外に大学院 certificate の側面に
ついては言われていなかったが、可能性としてはそういう方向へたぶん行くのだろうと思
います。いわゆる graduate certificate がイギリス初め各国では昔からよくあります。マ
イナーを履修したり、ましてやダブルメジャーとなると、とても大変ですが、certificate
を取るということであれば、知られて来ればだんだん増えてくると思います。
【リーディング大学院への発展】
小林:別の問題で大阪大学にお聞きします。この度、博士課程教育リーディングプログラム(リ
ーディング大学院)のオールラウンド型プログラムを見事に採択されました。本日紹介し
ていただいた副専攻プログラムなどと、内容が非常によく似ていますが、何か関係がある
のでしょうか?
University Studies Online No.1, 2012
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中西:リーディング大学院の提案を出すときに、分野の違う副プログラムを何個か、主専攻とも
違うものを取るという案も検討しました。リーディング大学院で、主専攻に加えて、それ
と同じ位の単位を複数の副プログラムで取る構想です。最終的にはオールラウンド型にふ
さわしい独自のプログラムを作る必要があるということで、プログラム開発を進めていま
す。
小林:今までの経験を踏まえて提案しファンドを獲得したけれども、ファンドを獲得した以上既
存のものの上に何かを載せなくてはいけないという感じですか?
中西:この「超域イノベーション博士課程プログラム」の毎年 20 人の学生のために多くの教員
が関わり、新しいプログラムを作っていきます。
小林:どうもありがとうございました。ここまででディスカッションを区切りたいのですが、こ
れまででご意見ご質問はありますか?
フロア:今までの大学院共通教育ということで、議論は主にカリキュラムの在り方になっていた
が、あえてカリキュラムでない部分で問題提起をさせていただきます。今日の論点の中で、
transferable skills もしくは、人間力が一番守備範囲の広い言葉ではないかと思いますが、
この種類の一般能力の獲得に焦点を当てて2つ問題提起をしたいと思います。一つは、人
間力を育成する機会は大学にもあり、就職後の企業にもあるが、大学であることの良さを
活かした人間力の育成とはどのようなもの、あるいはどの部分なのか?大学におけるコー
スワークや研究と親和性の高い人間力の育成とはどの部分なのかという議論が必要だと
思ったことが一点です。もう一点は、大学教員が大学院生を指導する中で、まず日々の指
導の中でさまざまに学生の人間力を具体的に求めていくことが必要だと思います。例えば
リーダーシップというスキルをリーダーシップという見出しのついた講座で鍛えていく
ことも大事だと思いますが、やはり平常の授業や研究の活動の中で教員がそれを積極的に
求めていく。そうすると教員側に学生の人間力欠如に気づく感知能力が必要になって、そ
の感知能力を活かして実際に補ってみせるという教員側の能力の幅、バランスが必要にな
ってくると感じました。それについて教員がどのように対応できるか議論しないといけな
いと感じました。
白岩:非常に難しいご質問をありがとうございます。ご質問に対するピッタリの答えはないので
すが、大学あるいは大学院で学ぶことの意味とは、まず一つの場所で提供される学びのメ
ニューが非常に多いことを挙げることができます。社会に出たらなんでもあると思われる
かもしれませんが、企業でも役所でも、大学で得られるほどの学びのメニューを、専門に
せよ基礎的なものにせよ、人間力を養うプログラムにせよ、大学以外ではまとまって同時
にかつ同じ場所で得られるケースはまずないと思います。だから、大学でそういうことを
きちっとやることが大事で、それは学部であっても大学院であっても同じです。そういう
考え方に基づいて、筑波大学では大学院共通科目を学部生が受けてもいいというシステム
にして共通のプラットホームを造っています。その場合、単位は、その学生が筑波大学の
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
大学院における共通的教育のこれから
大学院に入ったら認定するという仕組みにしている。企業に行ってからは現場でいろいろ
なことをやりながら学んでいくのが普通のパターンですが、大学院では世の中に出てから
はできないことがたくさんあるということです。企業でも役所でも研究所でも大学ほどの
メニューをそろえることができない。そこが大学の大学たる所以であると認識しています。
小林:中西先生と岡本先生は企業勤務をご経験されていますが、企業と大学の違いや役割分担に
ついてどのようにお考えですか?
中西:大学院でも企業の研究所でも基本的には同じだと感じています。違いがあるとすれば研究
所の中には、研究といいながら開発をやっているところもあり、そのような部分は違うと
思います。アカデミックな論文を書いたりするのは、ほとんど同じではないかと思います。
自分は何をやりたいのだ、こういうアプローチでやるのだということを、NTT の研究所
は活発にやれた組織でした。研究開発の本部長であっても研究者としては同格なのだと言
う風土であったので余計にそのような傾向があるのだけれども、基本的には、大学でも企
業の研究所でもあまり変わるものではないと思います。それから、社会にどう貢献するの
かという点です。企業の研究では、「事業に貢献する」と言うが、事業が栄えるためには
社会に貢献しないといけない。結局社会に対してどのように発信するか、どんなふうに受
け止められるかということを考えないといけない。それは大学の先生方も考えていること
だと思うので、ほとんど変わらないのではないかというのが私の思いです。
岡本:フロアから問題提起された「大学で人間力は育成されるか?」という問題。中西さんが言
われたことと同じで、場所によって違うとは思いますが、企業でもそんなに変わらない。
あえて言うならば、大学では思考が束縛されない環境にあるということ。企業では利潤を
出さないといけないのでそう自由な発想はできない。そういう意味で非常に自由な発想が
できるのが大学だと思います。私が企業にいて 40 歳位のときに、大学時代にはあまり好
きでなかった政治学の授業で板書されたエリック・ホッファーの本を思い出して二冊買い
ました。そういうことを覚えているのは大学の自由な環境の中で新鮮で頭のどこかに入っ
ていたからだと思います。二つ目の「リーダーシップ」に関して私は少し疑問です。リー
ダーシップをスキルと言われていましたが、これは本当にスキルなのでしょうか。九州大
学でもリーダーシップ論という講義がいくつかありますが、私はかなり疑問を持っていま
す。リーダーシップを教えてわかるものなら、そんな簡単なことはないと思います。リー
ダーシップをとれるかどうかは醸成されてくるもので、教えるスキルではないと考えます
ので、二つ目のスキルについて私はお答えできません。
小林:二つ目の質問のリーダーシップは一つの例えだと思います。確かにリーダーシップのトレ
ーニングは大学院共通科目ではあまりやりません。むしろ研究活動その他の活動を通じて
リーダーシップを養成することを目指すという考え方が多いのだろうと思います。もちろ
ん、そうでないケースもあるとは思いますが。むしろご質問の中で重要なのは、そういっ
た能力の育成を日々の指導の中でやらなくてはいけない、またそれを指導できるような教
員がいなくてはいけない、あるいはそういった能力を見抜ける、判断できる教員がいなく
University Studies Online No.1, 2012
101
てはいけない、という指摘です。そちらの方がむしろ重要なポイントだったのではないか
という気がします。
池田:
「transferable」 に関して齋藤先生からコンテクストの違うところにそれを持って行ける
というお話があった際に、最後のところでアカデミックなところで育成されるスキルが現
場に応用できるという方向が前面に出ていましたが、それだけではなく双方向な transfer
が必要で、そういうジェネリックなものとして学んだリーダーシップがあるとすれば、そ
れは研究におけるリーダーシップに戻ってこなくてはいけないのだろうと思います。教員
の能力の問題については、非常に難しい問題です。そういう意味では私たち教員も共に学
ばなければいけないと思います。
白岩:大学院共通科目を始めるにあたって基本に据えた考えは、筑波大学において担当できる教
員はそれなりの認められた者であるべきだということに尽きます。したがって、誰でもこ
の科目を担当できるということにはなっていません。私を含めた委員会できちんと科目の
中身を精査させていただくだけでなく、担当教員のリサーチをもやらせていただいており
ます。私はこの役目に就いているので、コーディネーターをやっている科目は 10 科目位
あるのですが、私が直接講義している科目は一つもありません。それは、私は自分が講義
をする能力はなく、学外学内からふさわしい先生にお願いし、講義を担当していただいて
いるということです。そのポリシーは一貫して 5 年間変わっていません。筑波大学ではこ
の 4 月からようやく大学院共通科目を担当した教員には特別手当を出すという決定がなさ
れました。大学もその方向できちんと認めているということを私は理解しております。そ
のあたりの考え方、今ご質問があった点では、担当した人がすべて見本になるかというと
それはあまりに重すぎる課題です。講義では、その内容とともに話をしている講師の先生
を受講者は見ている、そのために大型の授業ではなくて受講者数を 30 人に区切っていい
という限定をつけております。そのようにして双方向でディスカッションしてもらう。学
生側から質問がないということがないように、それは学生側の問題でもあり、話す側の問
題でもあり、両方がそこを磨くということを望んでいるということです。
小林:十分に問題提起に答えられたわけではないと思いますが、時間が過ぎておりますので、議
論をまとめるために最後に一言ずついただけますか。
池田:今まで教育企画室のワーキンググループなどでも考えてきたのですが、教育は教員だけの
ものではないということを改めて感じました。学生や社会の皆さんと一緒に頑張っていき
たいと思います。
白岩:5 年間大学院共通科目をやってきて、何とかこのようなシンポジウムでお話しさせていた
だく機会が得られたことが一点です。有名な小説家の小説にはそれを研究する人が現れま
す。今日、池田先生が大学院共通科目を分析してくださいましたが、これがそういうよう
な対象になっていくのだとすればさらに進化が期待できると思います。感激するとともに
それを支えてくれた先生方に感謝申し上げたいと思います。
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
大学院における共通的教育のこれから
中西:私は、もう一つの専門領域をもつ副専攻教育と高度教養教育の二つに携わっているわけで
すが、両方とも繋がっていくのだろうと思います。特に、変革しなければいけない、変革
しつつある状況の中で、これからの世の中こうあるべきだと、深く考えて、大胆に言い出
せる人間、高度な専門知識に加えて複眼的視野を持つ人間をどれだけ多く大学院から出せ
るかということを、筑波大学さんなどとともに考えて進んでいきたいと思います。
岡本:私はいま大学を離れていますので個人的な希望ですが、基本的には先ほどから言っている
通り、ありあわせの知識でこれから未来に自分の全然知らない世界で意欲をもってやって
いける、持続して開拓できるという人を育ててほしいと思います。大学には、流動性の高
い、たくさん経験した先生、なるべくたくさんいろいろな分野を経験していろいろな環境
を経験してきた人を採用してほしいと思います。
私から3つ質問があるので、後で教えてください。齋藤先生から European Science
Foundation の話がありましたが、ボローニャ・プロセスとの関係がよくわかりません。
まったく独立なものとして置いているのかどうか。二つ目は学生の古田島さんに対して。
ほとんど質問が出なかったという話がありましたが、先日私が某大学で話をしたときも全
然質問が出ませんでした。「わかっているのか?わかっていないのか?」と聞いたら、質
問して自分がこういうことしかがわかっていないことを他の人に知られるのが恥ずかし
いと言っていました。こういうことは問題で大学院共通教育科目の目標とは全く違うこと
なのです。三つ目は鈴木さんに対する質問です。私は最近理科教室をボランティアで手伝
っていますが、あまり面白いからとかビジブルで見えてわかりやすいことでサイエンスの
ところに子供を引っ張り込むことは少し罪ではないかと感じています。(科学の世界に)
入ってみたらとても泥臭くてコツコツ作業をしないといけないことがあると思うのです。
こんなに面白い面白いとバラ色のように言っておいて失望させるのだったら、真実を見せ
た方がいいと思うのです。
齋藤:ボローニャ・プロセスとは間接的にしか関係がないと思っています。私自身はこの大学院
の共通教育は、今までの伝統的な研究指導とか研究室教育と相補的で相互補完的であるべ
きであると思いますし、そうなってほしいと思います。知識というのではなくて、スキル、
態度を身に付けていく部分が非常に重視される中で、一つの科目の中ではどうしても成し
えないことがたくさんあると考えています。その基礎的な部分が教育コースとして提供さ
れていてそれがその後のさまざまな活動の中でうまく定着していくという、両輪になって
いくのがいいのかと思います。その中で教員がどういうスキルを今身に付けさせたいと思
っているのか、ということを確認するための一つのツールとして、スキルのリストという
ものをうまく使っていくということができるのではないかと思います。
吉武:お集まりいただきました方々、どうもありがとうございました。東京キャンパスの状況は
少しそちらでも映像が流れているかもしれませんが、こちらは筑波大学以外の先生方が中
心で最後まで熱心に聞かれておりました。筑波キャンパスと東京キャンパスがつながって
University Studies Online No.1, 2012
103
このような議論ができたことをとても嬉しく思います。感想として一つだけ申し上げると、
古田島君が私の授業で TA を重視していたという話がありましたが、今年の授業ではその
ときよりはるかに質問が出た、昨年は彼にかなり助けられたのですが今年は我々の工夫も
功を奏し学生が黙っていただけでないということだけ申し上げたいと思います。先ほど白
岩先生がおっしゃったように、私の副学長時代にノーベル賞を取られた江崎玲於奈元筑波
大学学長から「インダストリーに貢献できる Ph.D.を作ることがこれから筑波大学の役割
ではないか。決して研究者にならないということではなく、研究者もよし、インダストリ
ーもよし、あるいは政策立案もよしと、あらゆる分野に適用できる、そういった Ph.D.を
作ることをもっと真剣に考えなさい」と個人的にかなり強く言われました。そのときにじ
っくり考えて私の立場で何ができるのかと思い、「博士と企業」というテーマで授業をや
ったわけです。最終的にはやはり専門をきちんと極めるということだと思っています。専
門の研究教育の中で徹底的に国際的に他流試合をしていく、あるいは考える力、議論する
力、あるいは共同で研究するチームワークというものを学んでいけるのではないかという
気がします。それをどういう形で重層的に共通教育によって補完していくかということで
あります。やはり最後は専門の分野でどこまできちんとした教育や研究ができるのかが課
題であり、それを補完するのが共通教育の役割ではないかという気がいたします。今日こ
こにおられる先生方、外部から来られた先生方で私たちの取組みよりもすばらしい事例を
お持ちの先生方もいらっしゃることと思います。そのような事例について議論する機会を
また是非持たせていただき、私たちも学ばせていただきたいと思います。本日は師が走っ
ていなくてはいけない、師走の忙しい中、長時間おつきあいくださいましたことを感謝申
し上げます。
小林:今回は筑波と東京に分かれて、特に東京はテレビ中継にも関わらず多数の先生方に来てい
ただき、感謝いたします。以上で閉会とさせていただきます。パネルディスカッションの
先生方ありがとうございました。
104
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2012 年第 1 号
付録
シンポジウム「大学院における共通的教育―これまでとこれから」
(筑波大学大学研究センター 第 53 回公開研究会)
主催
筑波大学大学研究センター、筑波大学大学院共通科目委員会
日時
2011 年 12 月 22 日(木)
13 時 30 分~17 時 30 分
会場
筑波大学 筑波キャンパス 大学会館国際会議室
東京キャンパス文京校舎 134 大講義室(テレビ会議システムにより配信)
開催の趣旨
「大学院教育の実質化」は伝統的な大学院像、博士像に変革を求めました。対応策の一つが大学院
における共通的教育であり、筑波大学では 2008 年度に「大学院共通科目」がスタートしました。研究科、
専攻による専門教育以外に、大学院生に対して全学的な教育を提供する試みは、いくつかの大学で先
行的に開始されました。2008 年には、分野を越えた大学院教育を実践しつつあった大阪大学、早稲田
大学、九州大学、筑波大学が集まり、大学院の共通的教育の意義について意見交換をしました。
最近では、分野を越えた大学院教育は国際的、国内的に関心を集めています。Nature は本年 4 月に
世界の博士問題の特集で、大学院教育の改革を訴えるとともに、人材育成目標の多角化(キャリアパ
スの多様化)、分野を超えた育成の必要性、コミュニケーションやチームワークをはじめとする多面的
な能力開発の必要性を訴えています。国内でも「グローバル社会の大学院教育」(答申)、「第2次大学
院教育振興施策要綱」が発表され、国際性など新しい改革目標への調和が求められています。
このような状況の中で、これまで発展してきた大学院の共通的教育をどのようなものへと改革し、ど
のような役割を担わせるべきでしょうか。本シンポジウムでは、これまでの取組みを振り返るとともに、
直面する課題、今後の方向性などを議論します。
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プログラム
(敬称略。所属等はシンポジウム開催時点のもの)
開催趣旨
第一部
各大学の取り組み―過去、現在、未来
「大阪大学大学院での高度な学び―副専攻教育」
中西浩(大阪大学学際融合教育研
究センター)
「大学院における共通的教育」佐藤拓朗(早稲田大学大学院国際情報通信研究科)
「大学院での共通基盤教育の補完的要用性」
岡本秀穗(元・九州大学高等教育開発
推進センター)
「大学院共通科目の取組」 白岩善博(筑波大学 大学院共通科目委員会委員長)
「大学院共通科目の取組~検討開始からの5年間~」
小林信一(筑波大学
大学院
共通科目委員会副委員長)
第二部
多様な視点から
「学生交流学際融合教育セミナーに参加して」 鈴木美慧(筑波大学生物学類)
「大学院共通科目を受講して」
古田島知則(筑波大学生命環境科学研究科)
「国際交渉力強化プログラム」
坪井美樹(筑波大学
国際交渉力強化プログラム統
括長)
「博士教育の世界的動向~移転可能スキルのトレーニング~」齋藤芳子(名古屋大学
高等教育研究センター)
「筑波大学における大学院共通科目の再検討」
池田潤(筑波大学人文社会系教授・
教育企画室員)
第三部
パネルディスカッション「大学院における共通的教育のこれから」
(パネリスト)
中西浩(大阪大学)
岡本秀穗(元・九州大学)
齋藤芳子(名古屋大学)
白岩善博(筑波大学)
池田潤(筑波大学)
(進行)
小林信一(筑波大学)
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大学研究オンライン
2012 年第 1 号
大学研究オンライン
第1号
2012 年 5 月発行
発行
筑波大学大学研究センター
〒112-0012
東京都文京区大塚 3 丁目 29-1
TEL 03(3942)6304
UNIVERSITY STUDIES Online
No.1
May 2012
SYMPOSIUM
“University-wide Courses in Graduate Education”
RESEARCH CENTER FOR UNIVERSITY STUDIES
UNIVERSITY OF TSUKUBA
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