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国内債券市場の変化とMBSの今後

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国内債券市場の変化とMBSの今後
特 集
2
マイナス金利下における住宅金融
国内債券市場の変化とMBS の今後
~住宅金融支援機構が結ぶ債券市場と住宅金融〜
新生証券株式会社 調査部長
チーフストラテジスト
江川 由紀雄
(えがわ ゆきお)
住宅金融支援機構が発行しているMBSもSBも、
円建ての債券であり、財投機関債の一種である。財
投機関債とは、政府の財政投融資の対象になる機
関が政府保証に依存せずに市場で発行する債券
のことである。他の多くの債券と同様に、主に金融
1986 年 筑波大学第二学群比較文化学類卒業、日本リース入社。
長銀証券、
日本長期信用銀行(現新生銀行)
、
ムーディーズ、
クレディ
・
スイス証券、
ドイツ証券、日本銀行等での勤務を経て、2010 年 新生
銀行入行・新生証券へ出向。2011 年 4月 調査部長(現職)
。
法制審議会信託法部会委員(2004 年~ 2009 年)
、一般社団法
人流動化 ・ 証券化協議会 顧問(2010 年より)
。著書『サブプライム
問題の教訓―証券化と格付けの精神』
(商事法務)
他
機関を含む機関投資家を対象に販売され、証券会
社が介在する形で流通市場が形成されている。中
でも、住宅金融支援機構の MBS は、旧住宅金融公
庫が発行した分を含め、
残高が11兆円を超えている
(2016 年 9 月末現在で約 11.5 兆円)
。
1. 巨大な国内債券市場と存
在感のある機構 MBS
その住宅金融支援機構が発行するMBS の発行
債券の多くは額面が1億円であり、機関投資家や
いては「フラット35」
の貸出金利に影響している。住
金融機関が中核的な投資家層を構成している。債
宅ローンの利用者にとって、国内債券市場における
券市場は株式市場に比べ知名度が劣るかもしれな
国債やMBSの価格形成(利回形成と言ってもよい)
いが、わが国では、市場規模としては、上場株式より
は大いに関係してくることになる。
も債券の方が大きい。日本取引所の各市場の上場
本稿では、日銀による近時における金融政策の変
株式時価総額は507 兆円(うち東証一部だけで 490
更が国内債券市場に与えた影響について概観し、
兆円)
(2016 年 9 月末、日本取引所公表)であったの
市場における機構 MBS の価格形成の実態を明ら
に対し、市場で売買できる利付国債の残高は917.7
かにする。そのうえで、
MBSの利回の変化と「フラッ
兆円、地方債(債券に限る)の残高は59.4 兆円、財
ト35」
貸出金利の考え方について整理を試みる。
投機関債は35.3兆円、
民間企業が発行する普通社債
(公募に限る)は57.9 兆円等(2016 年 7 月、日本証
券業協会調べ)
と、
その規模の差は歴然としている。
16
利回や、国内債券市場で最大の存在である日本国
債の流通利回りが、機構 MBS の利回に影響し、ひ
2. 日銀の金融政策が債券市
場に及ぼした影響
の資金を確定的にマイナスの利回で運用することは
日本銀行が 2013 年に大量の国債買い入れを含む
3. 国債利回りを基準として秩
序が形成される金利体系と
債券市場
金融政策を導入して以降、国債利回りは顕著に低下
した。日銀が「マイナス金利付き政策」
(2016 年 1 月
決定)
を開始後しばらく経った今年(2016 年)
の半ば
許容し難い。
あたりからは、10 年国債の流通利回りまでがしばし
一般的に10 年国債の流通利回を「長期金利」
と
ばマイナスに陥るようになった。本稿執筆時点(2016
も呼ぶ。
「市場金利」
とか「金利」
と呼ばれるものの多
年 10 月中旬)でも「長期金利」
とも呼ばれる10 年国
くが、その根拠を国債の利回りに置いている。国債
債の流通利回りはマイナス圏に留まっている。
の利回は(あるいは、市場金利は)
、多くの場合に、年
債券の価格評価を行う際には、価格の絶対値より
限(期間)
が短いものは低く、
長いものが高くなる「順
も、満期まで保有した場合の利回で表現することが
イールド」
と呼ばれる秩序が形成される。年利回り
多い。その利回の基準として広く用いられるのが日
で表現して、今から2年後に償還される国債よりも、
7
本国債の流通利回である。
年後に償還されるものの方が、更には、10 年後や 20
地方債や民間企業が発行する社債など、国債以
年後に償還されるものの方がより高い利回りで発行
外の多くの債券の利回りは、1990 年代半ば以降、国
され、市場で取引されるということである。
債利回りにどの程度の上乗せ利回を求めるかという
利付国債であれ、地方債であれ、民間企業の社
観点で価格形成が行われるようになり、そこに一定
債であれ、半年毎利払い、満期に元本一括償還とい
の序列が形成されてきた。ところが、国債利回りが
う、同質のキャッシュフロー特性を持っている。債券
マイナスに陥ることによって、その秩序に多少の混乱
投資家は、同じようなキャッシュフローを得られるから
が生じた。国債以外の円建て債券の利回りは、国債
として、同じ年限ならば、発行体が国であれ民間企
の利回りがマイナスに陥っても、同年限の国債利回
業であれ、同じ利回で満足する訳ではない。発行体
り対比従前同様の上乗せ幅(スプレッド)で市場参
の信用リスクや対象となる債券の流動性リスク(短
加者が満足するかと言うと、
そうはいかないからであ
時間かつ低コストで売却できそうかどうか)などに対
る。マイナス利回であっても、国債は、日銀に売却す
する評価が利回に反映される。信用リスクについて
ることで利益を得ることができるが、国債以外の債
は、市場参加者は格付会社の格付けをそのまま鵜呑
券はそのような収益機会に恵まれていない。債券市
みにしている訳ではない。同じ格付会社による格付
場で大きな存在を占める銀行や保険会社などの金
けであっても、業種やカテゴリ(たとえば、国債か民
融機関は、預金者や保険加入者にプラスの利回りを
間企業の社債か証券化商品か)によって、分析評価
約束して集めた資金を運用している立場であり、そ
の手法が異なり、格付けの水準が揃ってはいないこ
17
特 集
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マイナス金利下における住宅金融
とを市場参加者は鋭く感じ取っている。
こうしたことを背景に、
昨年(2015 年)
は、
国債利回
日本国債は、市場参加者が信用リスクを気にする
りの低下局面で、地方債や社債の「スプレッド」
は大き
必要性に乏しく、大量に発行されていることや、日本
く拡大した。国債以外の債券の発行市場での利回
銀行の適格担保になっていることなどを背景に、円
決定にあたっては、政府保証債を除き、昨年春頃まで
建ての債券の中では一般的に(同じ年限のもの同士
は0.1%が下限として意識されていたものの、最近で
を比較して)最も低い利回で取引される。国債以外
は、マイナスでなければよいという状況になった。本
の債券については、国債との信用リスクや流動性リス
稿執筆時点(2016 年 10月中旬)
、発行段階でマイナ
クの際を意識して、国債対比高めの利回が求められ
ス利回りが市場に受入れられている円建て債券は、
る。国債利回との差異(言い換えれば、同年限の国
国債を除けば政府保証債だけである。
債利回に対する上乗せ幅)
を「スプレッド」
と呼ぶ。
こうした状況下で、住宅金融支援機構が月次で
住宅金融支援機構が発行するMB S は、毎月部
発行するMBS の 10 年国債流通利回りに対するス
分的に元本償還が行われることや、月々の元本償還
プレッド(これを「名目スプレッド」
と呼ぶことにする)
の金額が予め定まっておらず、対応する信託財産に
は、驚くほどに安定的に推移してきた。市場金利が
含まれる住宅ローンの返済状況等に連動する点で、
大きく低下した過去 2 年間程度を振り返っても、新発
利付国債などの一般的な債券とは際立って異なる
回号の発行条件でみると、
「名目スプレッド」は0.4%
特徴を有する。こうしたこともあり、MBSと国債との
前後から0.5%台の範囲で推移してきている。
利回比較の観点では、
信用リスクや流動性リスクに加
え、繰上償還リスクも意識されることになる。
4. 安定的に推移してきた機構
MBS の 「名目スプレッド」
5. 主要な国内債券市場参加
者の特徴とその運用姿勢
債券には、ほぼ例外なく満期がある。日本国内で
発行される円建ての債券の大半は、額面通りの金額
日本国債の利回は、日本銀行が 2013 年に大量の
で満期日に一括で元本を償還し、それまでの間、半
国債買い入れを含む金融政策を開始して以降、一
年毎に一定の利率で利払いを行うことを約定してい
時的な上昇はあれ、趨勢的な低下が続き、2015 年
る。利付国債も、
民間企業が発行する社債の大半も、
には、短期~中期年限で国債利回が 0.1%を下回る
そして、住宅金融支援機構が発行するSB 型の財投
ことが常態化し、更には、マイナス領域へと落ち込ん
機関債もそうである。
だ。なお、債券市場では、慣習的に、2 年程度までを
債券は、発行体が債務不履行を起こさない限り、
「短期」、5 年前後を「中期」、10 年程度を「長期」
と
約定通りの利払いが行われ、やがて額面金額で償
呼ぶ。
18
還される。国内債券市場の主要な参加者には、銀
図表 1 住宅金融支援機構 MBSの利率と名目スプレッド
1.20%
MBS利率
1.00%
名目スプレッド
0.80%
0.60%
0.40%
0.20%
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年3月
2016年4月
2016年2月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年9月
2015年10月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年9月
2014年10月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
2014年1月
0.00%
注: 名目スプレッドは、発行条件決定時に参照された新発 10 年国債の利回りとの格差
出所: 住宅金融支援機構および日本証券業協会による公表情報を基に筆者とりまとめ
行等の預金取扱金融機関や保険会社といった業態
の金融機関が多く含まれる。こうした金融機関が、
6. 住宅ローンとMBS の関係
機構 MBSを含む債券を購入する目的は、預金や保
険金といった自らの顧客から円建てで預かった資金
住宅金融支援機構が証券化支援事業を通じて提
の運用である。必然的にその運用姿勢は、リスクを
供している「フラット35」は、金利が全期間にわたっ
取って大きな収益の獲得を目指すよりは、安全で、そ
て借入れ当初に予め決まっている固定金利型であ
んなに高くなくてもよいのである程度の利回が得ら
る。旧住宅金融公庫が提供していた住宅ローン(既
れるものに重点を置くことになる。預金であれば、預
発の MBS の中でも、
「S 種債」
と呼ばれるものと旧住
金者に支払う利息(利子)、預金保険機構に支払う
宅金融公庫が発行した回号の裏付資産に多く含ま
預金保険料などのコストが、保険料であればその算
れている)も同様に全期間固定金利型である。全期
定根拠となる予定利率といったコストを意識せざる
間固定金利型といっても、全期間にわたって一定の
を得ないため、安全性を重視した資金運用といって
率として約定されているとは限らない。当初 5 年間
も、預金取扱金融機関や保険会社は、マイナス利回
または10 年間、金利引下げ措置の対象になる「フ
りでの運用を許容することは容易ではない。
ラット35」Sなど、期中に貸出金利が上昇するものが
多く含まれるが、
その金利水準が当初に決まっている
ということである。
19
特 集
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マイナス金利下における住宅金融
住 宅 金 融 支 援 機 構 が 発 行 するMBS( 機 構
るとも表現できる。ただし、毎月の償還額は、発行体
MBS)の各回号は、それぞれが全期間固定金利型
の都合ではなく、紐付けされている信託財産の残高
の住宅ローン債権を数百件ないし2万件程度までを
を参照しつつ、一定のルールに従い決定される。属
束ねた信託財産に紐付けされており、対応する信託
性がわかっている住宅ローン債権の集合体に発生
財産の残高減少に連動するように月次で元本償還
するローンの繰上げ返済や長期延滞の発生状況を
が行われる。機構 MBS は全期間にわたり、固定利
予想することで、ある程度合理的に元本償還の予想
率で投資家に対して利払いを行う。月次で元利払
を立てられる。更には、未償還の元本残高が当初の
いがあることや、元本償還スケジュール(予定)はあ
10%以下になった時点以降、発行体の任意で残存
るものの、繰上げ返済等の発生に伴い、元本償還は
元本の全額を繰上げ償還できるとするクリーンアッ
予定通りにはならないといった点で、MBS は多数の
プコールが約定されている。残存元本金額が僅少
住宅ローンの集合体と共通の特徴がある。住宅ロー
になった回号について、完全に償還されるまでの間、
ン債権の証券化商品なので、当然といえば当然のこ
長年にわたり毎月管理することの事務負担を解消し
となのだが、このことは、MBS の債券市場における
ようと思えばそうできることを意図した特約である。
価格形成において、重要な意味を持つ。
このようなMBSを発行することで、住宅金融支援
「フラット35」
を含め、最近では、繰上げ返済手数
機構は、
全期間固定金利型の住宅ローンに内包され
料も徴収せずに、柔軟に部分繰上げ返済と全額繰
る金利リスク(繰上げ返済リスクを含む)の大半を市
上げ返済を認める住宅ローンが多い。ところが、大
場参加者に移転していることになる。この点で、米
半の債券は、発行体の事情が変化して、発行体の任
国のパススルー型のモーゲージ債券と共通である。
意で繰上げ償還できるようには約定されていない。
投資家の立場からは、こうしたリスク負担に対してオ
利用者の都合で自由に繰上げ返済できる住宅ロー
プション料的な対価を求めることになる。市場で形
ンと、発行体の任意による繰上げ償還が禁止されて
成される価格は、発行条件であれ、流通市場で成立
いる(約定されていない)債券が大半となっている債
する取引の価格であれ、突き詰めれば需給で決まる
券市場とをうまく結んでいるのが機構 MB Sを含む
と言ってもよいのだが、機構 MBSを取り扱う市場参
住宅ローンの証券化商品である。
加者は、最終投資家であれ、発行市場や流通市場
に参加する証券会社であれ、それぞれに機構 MBS
7. 機構 MBS の顕著な特徴と
その価格形成
住宅金融支援機構が発行するSB 型の財投機関
債は、一般的な固定利付の債券そのものだが、MBS
は、毎月、部分的に、繰上げ償還が可能な債券であ
20
の特性を踏まえた評価を行っている。
8.「名目スプレッド」 以外の
指標とその特徴
国債利回りのイールドカーブの算定方法にもバリ
エーションがあるので、同じ時点のデータを使うとし
ても、どのようなモデルとデータを用いて算出するか
機構 MBS の特性を踏まえると、その利回りを特
次第で、YCS は異なる値となる。
定の年限の国債の利回りと単純に比較することは、
更には、機構 MBS の利回には、元本償還時期が
ミスリーディングである。それにもかかわらず、機構
予定からはずれるというリスクに対するいわばオプ
MBS の発行時における予想平均残存期間につい
ション料的な要素も加味されるべきであり、YCS か
て、10 年をやや下回ると予想する市場参加者が多
らオプション料相当分を差し引いた値が本来的な意
いため、発行条件決定の際には、便宜的に新発 10
味合いにおける「スプレッド」であるとの考え方もあ
年国債の流通利回りに対する「名目スプレッド」
(
「ノ
る。これを「オプション調整済みスプレッド」
(略して
ミナルスプレッド」
と呼ぶ市場関係者もいるが、同じ意
「OAS」
)と呼び、実際に、OAS の水準を投資判断
味である)を用いて関係者間のコミュニケーションが
に利用している市場参加者もいる。しかし、OAS は、
図られる慣習が根付いている。わかりやすさと計算
YCS 以上に大きなバラツキが出る。
しやすさの点で新発 10 年国債の利回を基準として
そういう点で、
「名目スプレッド」
は、
ミスリーディング
用いているというわけである。
な指標ではあるものの、同じ時点で算出すれば(つ
「名目スプレッド」に替わる指標なり評価基準は存
まり、参照する国債の価格・利回として同じ値を使
在するし、実際に使われている。予想するM BS の
えば)
、誰が算出しても同じ値となる。そのわかりや
元本償還を元に、国債のイールドカーブに対して一
すさ、簡単な引き算だけで求められる単純さ、誰が算
定のスプレッドがあると想定して算出する「イールド
出しても同じ値になる(一意に決められる)ことなど
カーブ・スプレッド」
(略して「YCS」、または、米国市
を背景に、MBS 市場では、コミュニケーションツール
場で使われる用語に倣った「Zスプレッド」)がそのひ
(共通言語と呼ぶ人もいるが)として「名目スプレッ
とつである。機構 MBS の元本は、発行の翌月から
ド」
が使われ続けている。
場合によっては30 年間以上にわたり、満額償還され
「名目スプレッド」
の変化は、イールドカーブの形状
るまでの間、毎月部分的に償還されるものであり、10
の変化を表現しないため、時点を異にする「名目ス
年後に元本が一括で償還される単一の国債と比較
プレッド」の絶対値を単純に比較して拡大しただの
するよりは、短期から超長期にわたるまで、異なる年
縮小しただのと安易に考えるべきではない。先月と
限の国債利回りと比較する方が明らかに合理的で
今月の比較において、
「名目スプレッド」
は拡大したが、
ある。実際にYCSを投資判断に利用している市場
「YCS」や「OAS」は縮小したという逆転現象も起こ
参加者は多い。
り得る。こうした変化が生じた場合は、
「名目スプレッ
ところが、機構 MB S の元本償還の予想は、使用
ド」が拡大したとしても、国債利回りに対する実態的
するモデルと前提によってばらつきが出てくるうえ、
なスプレッドは縮小したと考える方が妥当であろう。
21
特 集
2
マイナス金利下における住宅金融
9. 機構 MBSの発行条件と「フ
ラット35」 貸出金利の関係
するウェブサイト(www.fl at35.c om)上で公表され
ている。
近時における新発機構 MBS の発行条件決定時
機構 MBS は原則として毎月新発債の発行条件
の利率と同月における「フラット35」
(買取型、期間
を決定している。この過程では、複数の証券会社が
21年以上35年以内かつ融資比率90%以下の区分)
多数の市場参加者の需要動向を探る。毎月中旬~
の貸出金利の最低値を比較してみると、
1カ月ずれ
下旬に機構 MB S の発行条件が決定され、その対
てほぼ連動していることが読み取れる(図表2)
。つ
象となる新発債が同月中または翌月上旬に発行され
まり、ある月における機構 MBS の発行条件は、翌月
る。この発行条件は、
「フラット35」の貸出金利(厳
の「フラット35」の貸出金利に反映されているという
密に言うと、住宅金融支援機構が買い取る際の「買
ことになる。翌月の買取基準金利の設定にあたって
取基準金利」)に月次で反映される運用がなされて
は、MBS の発行条件決定時の「名目スプレッド」
と当
いる。
月下旬の国債利回りを参照していると思われる。
「フラット35」の貸出金利は、典型的には、毎月下
このような決定方式では、MBS の発行条件決定
旬に決定され、翌月の1か月間、その金利が適用され
後、当月下旬までの国債利回りの水準変化はある
る。住宅金融支援機構は、取扱機関から、貸出のつ
程度反映されるようにはなっているものの、イールド
ど、
当日付けで貸付債権を買い取る。取扱機関にとっ
カーブの形状変化は反映されていないようにも思え
て、貸出金利(金利引き下げ措置対象部分を除く)
る。ところが、
イールドカーブの形状の変化は、MBS
と「買取基準金利」
との差が、サービシング手数料に
の発行条件決定過程で多数の潜在的な投資家や
相当する報酬となるため、より高い金利で貸し出せ
MBSを販売しようとする証券会社によって、考慮さ
ば、自らの利幅を厚くすることになる。一方で、同業
れ、
発行条件(利率)
の決定に反映されることになる。
他社よりも明らかに高い金利では住宅ローンの申込
みをほとんど集めることができない。貸出金利を「基
「名目スプレッド」の背後には、様々な手法や観点で
の価格評価や投資判断が隠れているのである。
準金利」にきわめて近い水準に設定しておき、顧客
から別途徴収する事務取扱手数料をおもな収益源
としている取扱機関もある。こうしたことから、業界
最低の貸出金利は機構が提示する「買取基準金利」
にきわめて近い水準になっていることが推定できる。
22
10.「イールドカーブ・コントロー
ル」 後の MBS の価格形成
日本銀行は今年(2016 年)9 月に、
「イールドカー
「フラット35」取扱機関が提示する金利については
ブ・コントロール」
(長短金利操作)と呼ぶ政策を含
各取扱機関から一般的に公表されている他、住宅
む新たな金融政策を決定した。これは、
「10 年物国
金融支援機構がとりまとめた情報が同機構が運営
債金利」
が概ね「ゼロ%」程度で推移するように国債
図表 2 フラット35の最低貸出金利と新発機構 MBSの利率
2.00%
MBS利率
1.80%
フラット35貸出金利
1.60%
1.40%
1.20%
1.00%
0.80%
0.60%
0.40%
0.20%
0.00%
注: 貸出期間 21 年以上 35 年以内・融資比率 90%以内の貸出金利
出所: 住宅金融支援機構公表情報を基に筆者作成
買い入れや資金供給オペレーションの運営を行うと
MBSの利回りの変化に対する市場参加者見解を聞
するものであり、
この結果、10年を超える年限の国債
くことで、
「フラット35」の貸出金利の変化の意味合
利回は徐々に上昇するものと思われる。既に同政策
いを把握することができるであろう。
決定後、超長期の年限については国債利回りの上
昇が見られる。
短期から10 年程度の長期年限までの国債流通
利回りに大きな水準の変化がないまま、10 年を超え
11. 債券市場と密接に関係す
る住宅金融
る超長期年限の国債利回りの水準が顕著に切りあ
住宅ローンは、貸出期間が極めて長期にわたり、
がるような局面では、多少なりとも「名目スプレッド」
毎月元利払いが行われるうえ、繰り上げ弁済も発生
の上昇は避けられないものと思われる。また、10 年
する。ある程度の予想は付くとはいえ、毎月、不定額
国債利回りがゼロ% 前後で不変であっても、それよ
で徐々に残高が減少して行く。そうした住宅ローン
りも短い年限ややや長い年限の国債利回りが低下
に特有のリスクを債券市場の参加者が負担するもの
すれば、
「名目スプレッド」が低下することも起きるで
が MBS である。住宅金融支援機構の証券化支援
あろう。機構 MBS は、発行市場においても、流通市
事業を通じて、債券市場と住宅金融とが密接に結び
場においても、多くの市場参加者が多面的に評価し
ついているのである。
た結果を踏まえて価格形成が行われるので、機構
23
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