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組織別海難の特徴とその潜在的要因に関する研究

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組織別海難の特徴とその潜在的要因に関する研究
第134回講演会(2016年5月19日,5月20日) 日本航海学会講演予稿集 4巻1号 2016年4月20日
組織別海難の特徴とその潜在的要因に関する研究
学生会員○松江
奈海(神戸大学)
学生会員
正 会 員
畑本
古莊
郁彦(神戸大学)
雅生(神戸大学)
要旨
海難審判庁海難レポート(1974 年~2007 年)によると、海難発生隻数は経年的に減少傾向がある。しかし
海上保安レポート(2008 年~2015 年)船舶事故の現況によると、船舶事故隻数に大きな変動はない。船舶事
故発生原因の約 77%(平均)がヒューマンファクターによるものとされ、原因の大部分を占めている。本研
究は、内航海運会社(A 社)、海上自衛隊及び海上保安庁という 3 つの組織におけるそれぞれの海難を海難審
判庁裁決録、運輸安全委員会船舶事故調査報告書および会社作成報告書を元に調査する。本研究の目的は斎
藤が示した海難論に基づく海難曲線やヒューマンファクターに起因するヒューマンエラーに着目し、海難種
類別発生状況、月別海難曲線、時刻別海難曲線、潜在的要因を分析し、海難の組織別特徴や各組織内の潜在
的欠陥を明らかにすることである。
キーワード:事故,ヒューマンファクター, 海難曲線,潜在的欠陥
1.はじめに
1.1
海上輸送における商船は、船舶を安全に運航し、
背景
効率的・経済的に貨物を運ぶ責務が大きく日本経済
1974 年~2007 年、海難審判庁の理事官が認知し
を支える意義は深い。ロシアタンカーナホトカ号沈
た海難発生件数及び海難発生隻数は、わが国商船隊
没・油流出事故(1997 年)では約 6,230KL の C 重油
の船腹数(日本籍船及び外国用船)の増加傾向とは
が流出し、また油送船ダイヤモンドグレース乗揚海
異なり減少している。(図 1)
難(1997 年)では原油約 1,620KL が流出した(4) 。
海難審判庁が指定した戦後 70 年
(1945 年~2015 年)
の重大な海難は計 40 件で、
海上自衛隊は 1988 年(潜
水艦なだしお)と 2008 年(護衛艦あたご)の 2 件が
指定された。ひとたび事故が発生するとその被害は
大きく、社会的影響も大きい。さらに、海上交通の
安全の確保を任務とする海上保安庁は、2006 年に 6
件の座礁事故があり、追跡補足中における巡視船艇
図 1 海難発生状況とわが国商船隊の船腹数の経年変化
の座礁事故分析や事故防止策が研究されている(5)。
(海難レポート(1)、日本の海運 SHIPPING NOW
最近の海難の傾向から、ヒューマンファクターの研
(2)
から筆者作成)
究が国際海事機関 IMO(International Maritime
(3)
2008 年~2015 年、海上保安レポート によると船
Organization)、諸外国、国内では運輸安全委員会や
海難研究者によって長期にわたり注目されている(6)。
舶事故隻数に大きな変動はなく、また船舶事故原因
のうち、ヒューマンファクターによる事故は約 77%
1.2
(平均)と大部分を占めている。
目的
本研究は、
内航海運会社 A 社は会社作成報告書を、
海上自衛隊と海上保安庁は海難審判庁裁決録と運輸
安全委員会船舶事故調査報告書(以後、3 資料を報
告書と表記する。)を調査し、海難の発生状況、海
難論に基づく海難曲線(7)やヒューマンファクターに
起因するヒューマンエラーに着目しながら分析する。
図 2 海難発生状況とわが国商船隊の船腹数の経年変化
研究の目的は、海難の組織別特徴や各組織内の潜在
(海上保安レポート日本の海運 SHIPPING NOW からら筆者作成)
50
的欠陥を明らかにすることである。
第134回講演会(2016年5月19日,5月20日) 日本航海学会講演予稿集 4巻1号 2016年4月20日
2.調査方法
ら衝突(船舶)、衝突(船舶以外)及び乗揚げを抽出)
海事組織の中で特殊とされる海上自衛隊と海上保
を比較分析する。2016 年 1 月現在、内航海運会社(A
安庁については、先行研究が少なく、海難レポート
社)は約 160 隻、海上自衛隊は約 135 隻、海上保安
や海上保安レポートにおいては公用船として扱われ、 庁は約 450 隻の船舶を保有管理し、年間を通し各組
それらの海難特徴は示されていない。そこで本研究
織一定以上の船舶運航日数がある。
で特徴を明らかにするため、調査対象組織等を表1
2.3
に示す。
表1
組織
内航海運会社
(A 社)
対象
タンカー
期間
2009~2012 年
4 年間
資料
事故報告書
会社作成
事故
件数
45 件
1869年にロンドンに設立された船主責任相互保
調査対象組織等
防衛省
海上自衛隊
艦船・艦艇
国土交通省
海上保安庁
険組合として有名なUK P&I(United Kingdom
Protection & Indemnity)クラブは、
「ヒューマンエラ
船舶
ーは防ぎようがない。しかしいつどこで起こるか予
2000~2015
年
16 年間
海難審判庁裁決録(8)
運輸安全委員会船舶事故報告書(9)
1983~2015 年
33 年間
44 件
潜在的欠陥
測し、どのようにして我々の命と生活を守るか学び、
災害を防止することはできる。」と考えている。イ
ギリスとオランダの調査チームは、船舶事故の直接
的な原因を「直接的過失(Active Failure)」、根本の
68 件
原因を「潜在的欠陥(Latent Failure)」とし、事故の
海難の特徴を探るため、表 1 に示す資料を①裁決
矢面にある直接的過失のみに非難の矛先は向かいが
(事故)番号②海難種類③発生年(西暦)④発生月
ちであるが、
災害や事故の脅威は潜在的欠陥にあり、
⑤発生日⑥発生場所(地名港湾名)⑦緯度⑧経度⑨
潜在的欠陥が作り出す状況こそが直接的過失を誘発
船名⑩船種⑪総トン数(基準排水量)の計 11 項目か
し被害を拡大することを突き止めた。UK P&Iクラブ
ら構成される一覧表を作成する。さらに以下に示す
は、さらなる調査で、損失や障害が起きる前にそれ
3 点の調査を行う。なお、海難審判庁裁決録では「海
らを探知するため組織内の複雑な仕組みを11個の潜
難」、運輸安全委員会の船舶事故調査報告書では「船
在的欠陥要因として示している(10)。(表2)
舶事故」と表記しているが、ここでは資料元の表記
表2
は異なるものの同一の意味として扱い、両者「海難」
潜在的欠陥要因
Procedures(手順)
と統一して表記する。
(1)
標準化された手順に従っているか
例)見張り不十分、船位確認不十分、警告信号を行わない
(2)
Hardware(ハードウェア)
2.1
海難種類別発生状況
船舶と装備は万全か
例)電源喪失、制御不能
Design(設計)
各組織がどの種類の海難を多く発生させる傾向
(3)
があるか、また 1980 年~2007 年までの海難審判庁
設計ミスが危険な行動を生んでいないか
例)フェアリーダーの配置が他船と比較して外側にある
Maintenance(保守点検の管理)
理事官が認知した海難の種類別発生状況とどれだけ
(4)
メンテナンスの遅れや計画ミスはないか
例)ナットが脱落、海図未記入
Error enforcing conditions(エラーを引き起こす状況)
析する。
(図 3、図 4)
(5)
時間的プレッシャー、疲労、情報不足、過度の情報
劣悪な労働環境、低い士気
例)居眠り、漁獲物の選別作業に専念
2.2
(6)
Housekeeping(整理整頓)
異なるかを明らかにするため海難発生状況を比較分
海難曲線
地球上のある一点から他の一点に船を進める時、
(7)
船は自然に包まれ、ある時にはこれと戦っている。
整理整頓不足
例)移動物を固縛していない
Incompatible goals(矛盾する目的)
自然力とは自然界の種々な変化で海難の発生に及ぼ
安全と生産性、手順書と現場の慣習、職務と個人的事情
例)当直中に書類作成
Communication(情報伝達)
(8)
す影響力を意味する。太陽による昼夜の別がその代
表例である。自然力は一定の周期で変化し、海難に
必要情報を発信しているか、理解を得ているか
例)報告をしなかった、報告を誤認
Organization(組織)
(9)
最も直結し、1 日と 1 年を周期とする変化(昼夜、
皆が貢献したくなるような組織であるか
例)溺水により死亡
Training(教育訓練)
春夏秋冬の繰り返し)が特に重要である。組織別に
(10)
特徴を得るため、斎藤の海難曲線(1927、1929~1932
年に発生した乗揚と衝突 1,285 件から集計作成)と
船員は必要な技術を身につけているか、現場の指導は充
実しているか
例)機側操作の経験がない、通航経験がない
Defenses(防御措置)
(11)
作成した月別海難曲線、時刻別海難曲線(一覧表か
51
危険を制御し阻止する手段を講じているか
例)救命胴衣未着用
第134回講演会(2016年5月19日,5月20日) 日本航海学会講演予稿集 4巻1号 2016年4月20日
3.2
海難の根本原因である潜在的要因を明らかにす
海難曲線
ることによって組織の安全対策策定の指針となる。
組織別の潜在的要因の発生度を以下のように数量化
する。報告書に示された海難の原因として、大きく
関係する場合は「2」
、事故等の経緯や参考に記載が
ある場合は「1」、記載が無い場合は「0」という 3
段階の評点を付け、集計データに基づいて分析する。
3.分析結果
3.1
海難種類別発生状況
海難レポート(1980~2007 年)から海難審判庁理事
図5
月別海難曲線
官が認知した海難種類別発生件数を合計し、図 3 に
示す。
月別海難曲線は、海上自衛隊のみ斎藤の海難曲線
と類似している。海上保安庁は 8 月・9 月の海難発
生件数が他に比べ多く、2 月は皆無である。
図3
海難レポートによる海難種類別発生状況
衝突および乗揚は全海難の 54%と半分以上を占
める。遭難の海難割合は 30%を示すが、2000 年の遭
難数は 2510 隻で公用船は 0 隻であることと、
遭難の
定義が「海難の原因、様態が複合していて他の海難
の種類の一に分類できない場合又は他の海難の種類
図6
の一に分類できないもの」とされ、内航海運会社 A
社の報告書には該当がないため、遭難は言及しない。
各組織の海難種類別発生状況を図 4 に示す。
内航海運は衝突(船舶以外)が他の組織に比較し
2 倍以上の発生率を示す。
時刻別海難曲線
時刻別海難曲線は各組織とも斎藤の海難曲
線に反して海難数は日中に多く夜間は少ない。
三者とも 8 時の海難が多い。内航海運会社は
12 時の海難発生件数が多い。
海上自衛隊は衝突(船舶)が他の組織に比べ約 1.5
3.3
倍の発生率を示す。また、それらの衝突(船舶)26
潜在的欠陥
件中 9 件(35%)が全長 100m 以上で基準排水量 1500
トン以上の自衛艦(潜水艦を含む。
)と全長 16m 以下
で総トン数 19 トン未満の小型船との衝突であり内 2
件は相手船に死者が発生している。また、5 件(20%)
が掃海艇の衝突である。
海上保安庁は乗揚 28%転覆 9%で合計が 37%と他
の組織の 3 倍を示す。
図4
海難種類別発生状況
図7
52
潜在的欠陥割合
第134回講演会(2016年5月19日,5月20日) 日本航海学会講演予稿集 4巻1号 2016年4月20日
2 章 3 節に示す調査方法により各組織の潜在的欠
時の出入港時の衝突である。この組織の潜在的欠陥
陥割合を図 7 に示す。それぞれの組織は、
「手順」と
は「手順」や時間的プレッシャーにより「エラーを
いう潜在的欠陥最も多く約 4 割を占め、次いで「エ
引き起こす状況」である。
ラーを引き起こす状況」が約 3 割、3 番目の「教育
(2) 海上自衛隊海難の組織的特徴は特に大型自衛艦
訓練」が1割である。
と小型船舶の衝突である。この組織の潜在的欠陥は
操縦性能に由来する「エラーを引き起こす状況」で
4.考察
ある。
(1)内航海運会社(A社)
(3) 海上保安庁の組織的特徴は日中業務における乗
海難種類別発生状況(図4)、時刻別海難曲線(図6)
揚転覆である。この組織の潜在的欠陥は任務上の「手
から出入港時における衝突(船舶以外)が多い。ま
順」や労働環境が「エラーを起こす状況」である。
た潜在的欠陥割合(図7)から出入港の標準化された
各組織別の海難特性と潜在的欠陥を各組織自身
手順に従わない、時間的プレッシャー、情報不足に
が把握し、それに対し有効な安全対策を講じていく
よるエラーを引き起こす潜在的欠陥が示される。こ
ことが海難防止の第一歩である。
れらは着岸三原則(減速・一旦停止・岸壁平行)や船
長、船首責任者、船尾責任者との情報不足に関して
参考文献
シミュレーターを使った訓練や時間的なプレッシャ
(1) 海難審判庁:海難レポート,1979-2008.
ーを与えない組織としての運航体制を構築すること
(2) (財)日本海事広報協会:日本の海運 SHIPPING
が安全対策の一助となる。
NOW,1986-2015.
(2)海上自衛隊
(3) 海上保安レポート(海上保安白書)2007-2015
海難種類別発生状況(図4)から大型自衛艦と小型
http://www.kaiho.mlit.go.jp/doc/hakkou/report/top.h
船の衝突について抽出する。この場合、図7から両者
tml,2015.3.
の手順において、
「衝突のおそれ」を認知する時機、
大型自衛艦の乾舷の高さや艦橋からの見え方、操縦
(4) 佐々木邦昭:ロシアタンカーN号からの油流出事
故について,日本航海学会誌141巻pp.52-56,1999.
性能のよさから直前での避航になるというエラーを
(5) 西村知久:追跡中における巡視船艇の座礁事故分
起こす状況を操艦者に周知させ、汽笛吹鳴、探照灯
析と事故防止策,海上保安大学研究報告,理工学
での照射、国際VHFでの呼び出し等のあらゆる手段の
系第57巻pp.25-33,2014.
教育が必要である。
(6) 阪本義冶、竹本孝弘:諸外国における海難調査と
(3)海上保安庁
英国における衝突海難の現状:人的エラーに関す
海難種類別発生状況(図 4)、
月別海難曲線(図 5)、
る調査について,Navigation:日本航海学会誌第
時刻別海難曲線(図 6)から海上保安庁は漁船やプ
168号pp.69-76,2008.
レジャーボートの海上交通量が増える 9 月・10 月の
(7) 斎藤浄元:復刻版海難論pp.14-68,成山堂,
日中の業務時間内に海難発生件数が多い。これは海
2007.9.
上保安庁の任務が警備救難や航行安全業務であり
(8) 海難審判所海難審判裁決録
(11)
、交通量の多い海域や霧中時、強風時に巡視船艇
http://www.mlit.go.jp/jmat/,2015.3.
が時間的なプレッシャーや劣悪な労働環境でエラー
(9) 国土交通省運輸安全委員会船舶事故報告書及び
を起こす状況に置かれ、乗揚転覆につながると推察
船舶インシデント報告書
される。任務の手順や巡視船の保守整備、ハードウ
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/ship/index.php,2015.3.
ェア、設計に着目した安全対策を講ずる必要がある。 (10)No Room For Error-UK P&I(DVD)
http://www.ukpandi.com/loss-prevention/dvds/no-ro
5.結論
om-for-error,2015.3.
本研究の目的は、海難の組織別特徴や各組織内の
(11)松本宏之:海上衝突事件研究(海難審判・裁決取
潜在的欠陥を明らかにすることである。それぞれの
消請求事件)第26回貨物船明和丸巡視艇ぬのびき
組織における海難種類別発生状況、海難曲線、潜在
衝突事件,海上保安大研究報告,法文学系第57
的欠陥は以下のとおりである。
巻pp.31-61,2012.
(1) 内航海運会社の海難の組織的特徴は、8 時・12
53
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