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生涯学習におけるICTを活用した

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生涯学習におけるICTを活用した
大山・吉村・福永・三好:生涯学習における ICT を活用したファカルティ・ディベロプメントの試み
生涯学習における ICT を活用した
ファカルティ・ディベロプメントの試み
ICT Supported Faculty Development for
Education of Lifelong Learning
大山輝光
吉村正明
要
福永勇二
三好邦男
約
教育への ICT (Information and Communication Technology) の導入は,単に授業にコンピュータやプレゼンテーショ
ンソフトを導入するのみではなく,急速に進展する ICT 技術の特性を理解した上で,どのようなものが教育力の開
発と向上に有効であるかを考え続ける必要がある. 本論文では,ICT を活用した教育を推進するために組織した研
究会において,少子高齢化社会に対応した生涯情報教育システムの構築を目的として行ったファカルティ・ディベ
ロプメントへの取り組みについて述べる.
取組の中で特色ある優れたものを選定し,広く社会に情報
はじめに
提供しながら共有することで高等教育の改革促進を目指す
ことを目的としている(6),(7).
情報処理センターでは教員の研究と教育活動,そして学
さらに平成 16 年度より,大学・短期大学独自のテーマに
生の研究と学習活動を支援するために,通信基盤設備の整
沿って新たな大学教育改革を図ろうという取組を支援・活
備や研究紀要・学生論集の電子化など,幅広い活動を行っ
性化するため,
「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」が
ている.これらの活動の中で,主に社会人を対象として夜
実施されている(表2)(8).
このような状況下で,教育への ICT の導入は,単に授業
間に実施している
「基礎から学ぶコンピュータ講座」
では,
開始当初から教員の教育力の開発・向上に向けたファカル
表 1 平成 16 年度特色ある大学教育支援プログラム(7)
ティ・ディベロプメント (Faculty Development ,以下 FD)
テーマ
への取り組みを積極的に続けている (1),(2).
1990 年代初期に大学設置基準の大綱化が定められたこ
採択/申請
1. 主として総合的取組に関するテーマ
11/ 99
2. 主として教育課程の工夫改善に関するテーマ
17/156
3. 主として教育方法の工夫改善に関するテーマ
11/102
とによって活発化した FD 活動は,進学率の上昇や少子化
4. 主として学生の学習及び課外活動への支援の
などの影響によって,その重要性を更に増している.FD
5. 主として大学と地域・社会との連携の工夫改善
7/ 64
工夫改善に関するテーマ
12/113
に関するテーマ
とは,授業方法や授業内容を吟味して教育力の開発・向上
6. その他のテーマ
に当たる活動であるが,最近では特に,情報処理センター
0/ 0
※平成 16 年度平均採択率 10.9%(採択 58/申請 534)
や教育研究センターなどを中心に ICT (Information and
表 2 平成 16 年度現代的教育ニーズ取組支援プログラム(8)
Communication Technology)を活用した FD への取り組みが
テーマ
積極的に行われている(3)∼(5).
1. 地域活性化への貢献
2. 知的財産関連教育の推進
一方,文部科学省では平成 15 年度より,大学及び短期大
3. 仕事で英語が使える日本人の育成
採択/申請
36/246
5/ 22
13/ 74
学が継続的に行っている教育改善への取り組みの中で,顕
4. 他大学との統合・連携による教育機能の強化
著な実績を挙げている特に優れたものを選定して支援する
5. 人材交流による産学連携教育
11/ 71
6. ITを活用した実践的遠隔教育(e-Learning)
15/108
「特色ある大学教育支援プログラム」を行っている.この
6/ 38
※平成 16 年度平均採択率 15.4%(採択 86/申請 559)
制度は,表1に示すような大学教育の改善に対する様々な
47
大山・吉村・福永・三好:生涯学習における ICT を活用したファカルティ・ディベロプメントの試み
表 3 先端情報技術の教育への応用(9)
情報共有支援
協調活動支援
自己学習支援
・ バーチャルミュージアム/ギャラリー
・ テレビ会議システム
・ マルチメディア CAI
・ VOD (Video On Demand)
・ シミュレーション
・ 学習情報の組織的ライブラリ
・ 映像情報の事例ベース推論 (CBR : Case
・ ビデオ・バーチャル・クラスルーム
・ 自己学習環境デザインシステム
・ 協調フィルタリング
・ シミュレーションツール,CAD などの ILE
Based Reasoning)
・ 3-D オーサリングツール
・ データマイニング
・ 協調フィルタリング
・ コーディネーション/議論支援システム
・ 教育情報/授業実践事例データベース
・ 学習コンパニオンシステム
(Interactive Learning Environment)
・WWW based ITS (Intelligent Tutoring System)
にコンピュータやプレゼンテーションソフトを導入する段
また,ボトムアップ的に行われてきた,個々の教員の工
階ではなく,全教育プログラムの中での授業の位置づけや
夫による FD への取り組みには表5のようなものがある.
表 5 ボトムアップ的 FD
学習・教育目標,評価基準や方法の明確化や,それらの学
1) 学生の多様性を考慮して教材や資料を準備する
生への提示プロセスなどにおいても,ICT による支援は不
2) 学生の自発的な学習意欲を喚起するような教材や資
可欠のものとなっている.また,そこで利用可能な ICT 技
料,教育方法の工夫
術も急速に進展しているため,その特性を理解した上で,
3) 授業時間外の教育指導
どのようなものが教育力の開発と向上に有効であるかを考
4) 教員の相互協力によるティーチングチームの組織化
このような個人レベル及び組織レベルの取り組みを統合
え続ける必要がある(表3)(9)∼(11).
し,教育力を向上させるためには,一部の教員のみ工夫・
本論文では,特色ある教育支援プログラムにおける「主
努力ではなく,全教員が参加することが不可欠である.
として教育方法の工夫改善に関するテーマ」と,現代的教
育ニーズ取り組み支援プログラムにおける「IT を活用した
個人の取り組みを組織がバックアップすることで,ボラ
実践的遠隔教育(e-Learning)
」において採択されたテーマ
ンティアではない複数教員によるティーチングチームや,
を参考にしながら,本学情報処理センターにおいて ICT を
職員や学生アシスタントによる効果的なサポートが得られ
活用した教育改革を推進することを目的に組織した研究会
れば学生に対する教育効果は格段にアップする.また,市
(以下,ICT-FD 委員会)において,少子高齢化社会に対応
販の教科書だけで対応することが困難な現在の学生に向け
した生涯情報教育システムの構築を目的として行った FD
た大学独自のテキスト・教材作成を支援する.さらには,
への取り組みの実践について述べる.
授業時間外まで学習したくなるような意欲を喚起する環境
を整備することで,学習困難な学生に対する時間外の指導
1 FD の概要
のみではなく,特に優れた人材の育成が期待できる.
1.2 ICT を活用した FD の必要性
1.1 従来の FD への取り組み
これまでに多くの大学において組織主導で行われてきた,
我が国の大学では,教員の採用や評価を行う場合,研究
トップダウン的な FD への取り組みには表4のようなもの
業績のみを重要視し,教育力については軽視される傾向に
がある.
あった.しかし大学設置基準の大綱化以降,文部科学省も
表 4 トップダウン的な FD
学生への教える能力を重視し始めている.また,近年の大
1) 学内に FD を推進する組織を作り,FD に関する講演会
学の自己点検評価・相互評価や第三者評価においても,授
や研修会を実施する
業等での学生の満足度を高めることが求められている.さ
2) シラバスの作成
3) カリキュラムの点検
らに,国際競争力の高い人材の教育・育成という観点から
4) 学生による授業評価
も,国の競争力の源泉となる大学及び短期大学の教育力強
5) 授業参観
化が急務である.そしてそのためには,大学・短期大学,
6) 内部評価(同僚による評価)と外部評価
さらには国家レベルで組織的に行うトップダウン的な教育
7) TA 制度による複数スタッフによる指導
力強化の取り組みに加え,個々の教員が行ってきた様々な
8) CAI システムやグループウェアの導入
48
大山・吉村・福永・三好:生涯学習における ICT を活用したファカルティ・ディベロプメントの試み
工夫を全ての教員が共有することによる,トップダウンと
このようなICT 活用の利点として次のようなものが考えら
ボトムアップ両方向から教育改善に取り組む必要がある.
れる.
・ 高度な教育環境と電子化教材を活用することで,
このような FD の取り組みの一つとして,1990 年代前半
学習への関心と意欲の喚起が期待できる.
には,授業に関する詳細な計画書であるシラバスの整備が
・ 電子メールや掲示板などによる教員と学生との知
活発化した.シラバスには表6に示すような目的を達成す
的コミュニケーションが可能である.
るため,授業目的と内容,指導方法,使用する教科書や参
・ 携帯電話などを利用することで迅速な情報提供が
考書,指導計画,そして評価基準などが示されている.ま
可能となる.
た現在では,高等学校においても広くシラバスが作成され
(12),(13)
ている
・ 学生の習熟度に応じた教材の訂正や追加が容易で,
.
開発効率も良い.
表 6 シラバスの主な目的
・ 授業評価とフィードバックが容易化される.
1) 計画的・主体的に学ぶために必要な情報を示すことに
よって学習意欲が喚起される.
・ シラバスなどが社会に公開されることを教員が意
2) 教育内容を積極的に社会に公開することによって理解
識することにより,内容の充実が期待できる.
と信頼が得られる.
・ シラバスなどを社会に公開することで社会的ニー
3) 教育内容が明確化されることにより,教員,大学双方
ズや反応を教員が把握することにより,内容の充
にとって教育改善への評価基準になる.
実が期待できる.
さらに 1990 年代後半には,
授業内容や方法などに対する
以上の特性を利用することにより,より優れた FD への
学生側からの授業評価が始まった.またその間,学内に FD
取り組みが実現できる.
に取り組む組織を作り,講演会や研修会を実施する取り組
みが続けられてきた.
2.1 授業評価システムの構築
しかし,これらの方法だけでは,少子化によって急激に
ICT-FD 委員会では,まず,生涯学習に対応した授業評価
変化する学生の教育ニーズを的確に把握し,それに基づい
システムの構築に取り組んでいる.
て全ての教員が授業改善の努力を行って教育力を向上する
コンピュータ講座では現在,学生 TA ではなく専任教員
ことは難しい.また,少子高齢化が急速に進む中,社会か
3名∼5名のティーチングチームを組織して指導を行って
らの要求に応えて行う大学・短期大学の生涯教育において,
いる.その中で,通常の授業評価に加え,授業運営に中心
大学生を対象として行われてきた従来のシラバスや評価方
的な役割を担当する講師と補助的な役割のアシスタントと
法をそのまま利用することは困難である.
の連携や,講師とアシスタントの説明技術などに対する評
そのため,ICT の利点を生かしてより迅速かつ効果的な,
価を行う.この評価結果を検討し,将来,学生 TA 向けマ
そして学生・受講生の変化に柔軟に対応できる FD の取り
ニュアルの作成を行う予定である.
組みが求められている.
通常の授業評価の場合,評価シートを配布して記入し,
回収・集計して授業終了後に結果をフィードバックする.
2 ICT を活用した生涯学習 FD の取り組み
しかし,生涯学習講座においては,授業が放課後や夜間に
行われることや,受講生の多くが社会人や高齢者であるこ
世界規模でのコミュニケーションを可能にした最近の ICT
と,そして講座が終了すると受講生との連絡が難しくなる
技術の進展は,
教員と学生の枠を超えた学習を可能にした.
ことなど,従来の方法による授業評価が困難である.その
ICT を活用した学習では,教員が講義を通じて知識を伝達
ため,時間的・身体的制約の少ない授業評価方法が必要と
するという従来型の学習方法とは異なり,教員と学生,そ
なる.そこで,講座に対する受講者の意見を迅速に把握で
して学生同士が相互に学び合うことが可能となる.また,
きるよう,図1のような Web での授業評価シートを作成し
役立つ情報を提供し合うこと,さらには高校生が大学の授
た.この評価シートは,5段階の選択肢からなる質問項目
業を受講するなど世代を超えた学習方法が実現できる.
と自由記述フォームから構成されており,回答は電子メー
49
大山・吉村・福永・三好:生涯学習における ICT を活用したファカルティ・ディベロプメントの試み
図 2 Web によるシラバス
図 1 Web による授業評価シート
や参考書などを Web で公開した(図2)
.
ルで担当者に自動送信される.
このシステムを利用すれば,受講生は講座修了後も大学
システムを Web 上に構築することで情報処理演習室の
または家庭の PC を利用して,インターネットを介して授
パソコンはもちろん,インターネット接続環境が整ってい
業評価シートを作成し送信することができる.そして担当
れば学外からも利用することができる.また,電子メール
者は,テキストファイルとして回答を受信することできる
による受講生とのコミュニケーションや,電子化されたマ
ため,表計算ソフトなどによって即座に集計することが可
ルチメディア教材や資料の提供なども可能となっている.
さらに,このシステムでは講座の実施計画に加え,講座
能となる.
したがって,本システムによる集計の容易さや即時性に
で配布するデータファイルや資料など,受講生が必要とす
よって,通常は授業終了時のみに実施される授業評価を授
る情報を受講生に提供できるようにした.これによって受
業毎に実施することができる.これによって受講生の理解
講生はいつでも,どこでも,主体的に学ぶために必要な情
度や,講座に対する考え,意見などが常に把握できる.そ
報を得ることができる.
して,授業内容の追加や修正,さらには講師やアシスタン
考察とまとめ
トの教授方法の修正などを講座期間中に実施することが可
能となる.
本稿では,ICT を活用した教育を推進するために組織し
2.2 シラバスの電子化
た研究会において,少子高齢化社会に対応した生涯学習シ
コンピュータ講座において従来から課題となっていたシ
ステムの構築を目的として行った FD の実践について述べ
ラバスの電子化を行い,授業内容,計画,使用する教科書
た.インターネットを利用した本システムの特徴は,講師
50
大山・吉村・福永・三好:生涯学習における ICT を活用したファカルティ・ディベロプメントの試み
理,Vol.39,No.7,pp.627-632,1998.
と受講生との双方向コミュニケーション機能,授業に対す
(10) 上野晴樹:インターネットを利用した高等教育,Vol.39,
る受講生の理解度や意見などを迅速に把握する機能,そし
て授業以外の自学自習をサポートできる機能にある.今回
No.7,pp.633-637,1998.
(11) 玉城幹介,桑原恒夫,山田光一,武藤正幸,志村彰敏:
作成した授業評価システムと電子化シラバスに加え,今後
は,受講生の自学自習意欲を喚起するようなマルチメディ
ヒューマンインタラクションを重視した e-Learning 技
ア教材の充実と,予習・復習をサポートする機能を追加す
術動向,電子情報通信学会誌,Vol.86,No.11,pp.826-833,
る予定である.
2003.
(12) 神奈川県立総合教育センター:高等学校シラバス例示
もちろん,このような教育の ICT 化のみで教育力が向上
集,2004.
するのではない.ICT 技術の特性を理解した上で大学と教
(13) 岐阜県総合教育センター:高校におけるシラバスの作
員双方が協力し,トップダウン/ボトムアップの両方向か
成について,2004.
ら教育改善に幅広く取り組む必要があり,今後も全学的な
取り組みへ展開していきたいと考える.
謝辞 本研究の一部は,文部科学省「私立大学教育研究高
度化推進特別補助」
,
及び財団法人和歌山県医学振興会医学
研究助成金の補助を受けて行われた.
参考文献
(1) 大山輝光,三好邦男,森一郎,宇都宮洋才,室みどり,
畑中雅英:情報教育の高齢化社会への展開に関する一
考察,情報処理教育研究集会論文集,pp.131-134,2004.
(2) 大山輝光,三好邦男 他:音楽とキーボード練習との相
関性,情報科学技術フォーラム論文集,pp.373-375,
2003.
(3) 牛島和夫:ファカルティ・ディベロプメント,情報処
理,Vol.45,No.1,p.84,2004.
(4) 山中馨:創価大学のファカルティディベロップメント
活動と IT 活用,大学教育と情報,pp.7-9,2004.
(5) 通商産業省機械情報産業局情報処理振興課監修,情報
処理振興事業協会(IPA)編集:Learning Web Project
学びのデジタル革命―21世紀の学びを拓く最先端の
教育の情報化プロジェクト,学習研究社 (2000).
(6) 文部科学省 特色ある大学教育支援プログラム,
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/tokushoku/shien.htm
(7) 平成 16 年度「特色ある大学教育支援プログラム」審査
結果について,http://www.mext.go.jp/a_menu/
koutou/tokushoku/04072801/001.htm
(8) 文部科学省 現代的教育ニーズ取組支援プログラム,
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/needs.htm
(9) 岡本敏雄:初等中等教育と先端情報技術応用,情報処
51
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