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ファイナンス A 講義資料
赤壁弘康
2013 年度春学期
企業の資金調達
1
問 1. 以下の文章の空欄にもっともよく当てはまる用語を答えよ。
企業(株式会社)は必要資金を主にふたつの方法によって調達する。
第一の方法は証券を発行することによって ( 1 ) 市場から調達する方法で、 ( 2 ) 金融と呼ばれてい
る。企業が発行する証券は ( 3 ) と ( 4 ) に大別され、 ( 1 ) 市場はそれぞれ ( 3 ) 市場と ( 4 ) 市場に
分けられる。 3 ) は ( 5 ) 資本と呼ばれ、満期に償還する必要のある借金である。これに対して、 ( 4 )
は ( 6 ) 資本と呼ばれ、返済する必要のない資金である。残念ながら、上場企業でなければこの資金調
達方法は採用できない。
第二の方法は、銀行など金融機関から ( 7 ) を行うことによって必要資金を賄う方法であり、 ( 8 )
金融と呼ばれている。証券を発行することによる ( 2 ) 金融に対して、 ( 7 ) が ( 8 ) 金融と呼ばれるの
は、資金提供者と企業の間に金融機関が介在することに由来する。 ( 3 ) と同様、 ( 7 ) も企業にとっ
ては借金であるので、 ( 5 ) 資本に分類される。金融機関の融資審査に合格すれば、上場企業でなくて
も利用することができる。
第二次大戦後、 ( 1 ) 市場が未整備だったこともあって、わが国の企業は高度経済成長期・バブル期
を通じて ( 8 ) 金融に依存してきた。このことは、「銀行は潰さない」とする大蔵省(現財務省)のい
わゆる ( 9 ) 方式と相まって、 ( 10 ) システムという他の国に見られない独自の金融システムが形成さ
れる要因となった。企業が好調で金利支払いや元本返済に支障がない限り、 ( 10 ) は「もの言わぬ」投
資家となる。しかし、企業の業績が下降して金利支払いや元本返済に支障が出そうになれば、役員を派
遣して経営を立て直す。1 業績が改善されれば再び「もの言わぬ」投資家に戻る。
できる限り融資先企業を ( 11 ) に陥らせないこの ( 10 ) システムは長らく有効に機能してきた。し
かし、バブル期後期になると、金融機関の融資資金不足が目立つようになり、企業は ( 8 ) 金融の方法
では必要資金を調達することが困難になった。さらに、バブル崩壊後、 ( 12 ) 処理に苦しむ金融機関
の貸し渋り・貸し剥がしによってこの傾向はさらに顕著となり、企業は ( 2 ) 金融によって必要資金を
調達する必要に迫られた。同時に国際会計基準の強化もあって、 ( 4 ) の発行も、従来の ( 13 ) 発行
から ( 14 ) 発行に切り替えられることが普通となった。 ( 10 ) システムがうまく機能している間は、
他社や外国人投資家による ( 15 ) (買収・合併の意味)の脅威を別にすれば、自社の ( 16 ) 株式が市
1
通常、 ( 10 ) は担保として融資先企業の ( 4 ) を保有しており、大株主になることが多い。 ( 10 ) が役員を派遣できる
のはこれが根拠となっている。
1
場でどのように評価されているかに関して企業は無頓着であってもさほど支障がなかった。2 しかし、
( 14 ) 発行になれば、必要資金を市場から調達するためには企業(最高経営責任者、すなわち ( 17 ) )
も ( 16 ) 株式がいま市場でどのように評価されているかに敏感でなければならなくなった。
ところで、企業にとっては、 ( 7 ) を含めて ( 5 ) 資本は金利を支払う必要のある有利子負債である
ことが多い。負債の金利支払いは ( 18 ) 税からの控除が認められている。 ( 5 ) 資本と ( 6 ) 資本の合
計は企業の ( 19 ) 価値(簡単に ( 20 ) ということが多い)と呼ばれる。 ( 18 ) 税控除の存在によって、
まったく同じ事業を ( 6 ) 資本 100%で行う場合と比較すると、負債を利用したほうが ( 18 ) 税率 × 負
債額分だけ ( 20 ) が大きくなることが知られている。これは ( 21 ) 効果と呼ばれている。どのような
割合で ( 5 ) 資本と ( 6 ) 資本を組み合わせるかは資本構成と呼ばれる問題であるが、これはファイナ
ンス B の対象範囲である。
表 1: 企業の貸借対照表 V = S + D
負債
( 20 ) V
D
( 6 ) 資本
S
( 4 ) の価格は市場で日々変動し、何人も将来の株式価格を正確に言い当てることはできない。将来
の価格変動は ( 4 ) の収益に対する主なリスク要因を構成し、現在の ( 4 ) の需要・供給(したがって市
場で決定される価格)はこの価格変動リスクを織り込んで決定されていると考えるのが合理的である。
ファイナンス A の講義が対象とするリスクはこの価格変動リスクである。他方、 ( 3 ) には、債務者で
ある企業が ( 11 ) に陥ったり ( 22 ) してしまったりして、投資家が投下資金を回収できなくなるリス
クが含まれる。このリスクは、価格変動リスクと区別して、 ( 23 ) リスクと呼ばれている。 ( 23 ) リ
スクもファイナンスの重要な研究対象となっているが、ファイナンス A の講義では対象外とする。
問 2. 上述したように、株式会社にとって ( 4 ) は投資家に返済する必要のない資金である。では、 ( 4 )
に投資した投資家が投下資金を回収するにはどうすればよいか。少なくとも 2 通りの異なる方法を答
えよ。
答え. 1. ( 24 ) を受け取る。2. ( 4 ) を売る、すなわち市場 ( 25 ) 性を利用する。
投資のパフォーマンスの尺度、割引と現在価値
2
• 投資のパフォーマンス(成果)をなんで測るか、無リスク資産(安全資産)収益率
問 3. 以下の 2 節と 3 節の文章中の ( 1 ) ∼ ( 3 ) には当てはまる用語を、 ( 4 ) ∼ ( 5 ) には当てはまる
数値を答えよ。
2
( 4 ) 市場で取引される ( 4 ) は普通 ( 4 ) と呼ばれる。普通 ( 4 ) 以外にも、議決権のない ( 4 ) や ( 24 ) を受け取る
順序が異なる優先あるいは劣後 ( 4 ) などがあるが、これらは市場では売買されない。
2
儲けの絶対額(利益額)ではなく 1 投資期間当たりの ( 1 ) で測る。
(1) ≡
利益額
元金(投資コスト)
(1)
問 4. ( 1 ) の値が大きいことは、投資のパフォーマンスが良いことを意味するのか、悪いことを意味
するのか。投資のパフォーマンスを儲けの絶対額ではなく、 ( 1 ) で測る意味・必要性を簡単に述べよ。
例 1. 無リスク資産の例―銀行の定期預金(元本 X, 1 期間当たりの利子率を r > 0 の自動継続複利計
算とする)
時刻 0
1
-
価値 X
X(1 + r)
¾
X/(1 + r)
¾
X/(1 + r)2
3···
2
-
X(1 + r)2
-
-
X(1 + r)3 · · ·
X
X
¾
X/(1 + r)3
X
(上の図のように、将来の X を手にするために必要な現在の価値 = 元金を求める方法を ( 2 ) と
いう。)
したがって
X(1 + r) − X
銀行預金の ( 1 ) =
= r(= 利子率)
X
【同一金額 X であっても、現在の価値は将来の価値よりも大きい】
現在の X >「1 期先の X 」=
X
X
>「2 期先の X 」=
> ···
1+r
(1 + r)2
定期預金のようにリスクのない金融資産(これを安全資産、ないしは無リスク資産という)の収益率
は(無リスク資産収益率という)、同じ価値を将来に持ち越すだけの ( 1 ) であるから、 ( 1 ) のうちで
最小と考えられる。したがって、次のことが予想できる。
【リスクのある証券への投資は、無リスク資産収益率(利子率)以上のパフォーマンスを上げなければ、
実行に値しない】
無リスク資産の収益率を r > 0 によって表すことにする。投資家は、r のもとで、必要なだけ資金の
ロング・ポジションとショート・ポジションを取ることができるものとする。3 このとき、「裁定機会
が存在しないように価格付けが行なわれて、市場が均衡する」4 という無裁定均衡を仮定すれば、次の
ことが成り立つ。
【市場の均衡においては、無リスク資産収益率 r は唯一に定まる。】
証明. 簡単化のため、無リスク資産を銀行預金として説明する。いま、銀行 1 が 1 期間当たり r1 の利
子率で、銀行 2 が r2 の利子率で、預金と貸し出しを行なっているとする。r1 > r2 と仮定する。このと
き、裁定機会が存在することを示すために、現在、銀行 2 から X 円の資金を借入、同時に全額を銀行
1 に預け入れるとしよう。以下は、現在のポジションと 1 期後のポジションを比較した表である。
3
銀行預金の場合には、ロング・ポジションは預金の預入、ショート・ポジションは銀行借り入れを意味する。
裁定機会とは、元手をかけずに確実に利得を生み出す投資機会のことを意味する。市場で仮に裁定機会が存在すれば資
産の需給がどちらか一方のみになり、需給が一致するように価格が調整されるので、市場は均衡状態にないことになる。
4
3
現在
銀行 1
銀行 2
合計
1 期後
X
X(1 + r1 ) 預金元利合計
−X
−X(1 + r2 ) 負債元利返済
0(元手ゼロ) X(r1 − r2 ) > 0(プラスの利益)
明らかに、これは裁定機会である。逆に、r1 < r2 のときは銀行 1 から借入れて銀行 2 に預け入れれば、
裁定機会を作り出せる。したがって、資金貸借市場が均衡しているならば、r1 = r2 が成り立たなけれ
ばならない。
上の説明は、r1 , r2 という収益率の無リスク資産のみを考えたが、この議論を拡張すれば、市場均衡で
は、すべての無リスク資産の収益率が等しくなることを示せる。
問 5. 購入した次の期から毎期 X の利益を確実にかつ無限に生む年金があるとする。無リスク利子率 r
を割引率として、この年金の価格がいくらであれば購入に値するか答えよ。
考え方. まず、年金の現在価値を求める。
X
X
X
+
+
+ ···
2
1 + r (1 + r)
(1 + r)3
(
)
1
1
X
1+
+
=
+ ···
1+r
1 + r (1 + r)2
年金の現在価値 =
上式最右辺の括弧内は初項 1、公比 δ = 1/(1 + r) < 1 の無限等比級数であるから、5 年金の現在価値は
年金の現在価値 =
X 1+r
X
= .
1+r r
r
したがって、年金の価格が X/r 以下であれば購入に値し、以上であれば購入に値しない。
ちなみに、このような投資プロジェクトの考え方を DCF 法(Discount Cash Flow 法)、あるいは現
在価値法(PV 法、Present Value 法)という。
問 6. クーポンを一定とすれば、国債の価格が上がれば利回りは下がる(逆は逆)。これを問 6 の結果
と無裁定均衡の考え方を用いて示せ。ただし、簡単化のために、国債には満期はないと仮定する。
考え方. X を国債のクーポン、r を国債利回りとすれば、均衡状態では国債の価格は X/r であるから
明らか。
リスクのある証券(株式)のパフォーマンス: ( 1 ) と ( 3 )
3
問 7. 以下の空欄 ( 6 ) , ( 7 ) に当てはまる用語を答えよ。
A 社株式が現在 p0(円 / 株)、明日 p1(円 / 株)であるとすれば、 ( 1 ) の定義((1) 式)に従って、
A 社株式の ( 1 ) (これを R で表す)は
R=
5
p1 − p0
p0
以下は高校数学の復習。初項 1、公比 δ の等比数列の第 n 項までの和(数列の和のことを級数という)を Sn とすれば
Sn = 1 + δ + δ 2 + · · · + δ n−1 =
|δ| < 1 のとき δ n → 0, (n → ∞) であるから Sn → 1/(1 − δ), (n → ∞).
4
1 − δn
.
1−δ
で与えられる。ただし、簡単化のために、当該株式はこの期間中に配当( ( 6 ) ゲイン)を支払わない
ものとし、純然と ( 7 ) ゲイン(ロス)のみから構成されているものとする。6 しかし、明日の株式の
価格 p1 は不確実であるため、何人も明日の p1 の値を正確に言い当てることはできない。せいぜい、p1
のとりうる値とそれが起こる確率(この対応を確率分布という)がわかるに過ぎない。7 リスクのある
証券のパフォーマンスは、 ( 1 ) ではなく、この確率分布を前提に
( 3 ) = E(R)
を計算することで測る。記号 E は期待値を意味する。
X, Y を確率変数、a, b を定数とすると、aX + bY の期待値 E(aX + bY ) は次の公式で計算できる。
E(aX + bY ) = aE(X) + bE(Y )
他方、確率変数の積 XY の期待値 E(XY ) は、必ずしも期待値の積 E(X)E(Y ) に等しくない
E(XY ) ̸= E(X)E(Y )
ことに注意せよ。8
問 8. A 社株式の現在の価格 p0 を 8000(円 / 株)、明日の価格 p1 の確率分布が以下のように与えられ
ているとする。
確率
p1 の値
( 1 ) (%)
株価上昇
1/2
8200
(4)
株価下落
1/2
7960
(5)
このとき ( 3 ) を計算してみよ。(答 1%)
考え方.
(株価上昇時の収益率)
8200 − 8000
= (4)
8000
同様に、株価下落時の収益率も ( 5 ) のように計算される。したがって、 ( 3 ) は
1
1
( 4 ) + ( 5 ) = 1%
2
2
以下、株式の ( 3 ) = E(R) を µ という記号で表す。
リスクのある証券への投資のパフォーマンスを µ で測るとして、µ の値が大きい証券に投資すればよ
いか。答えは、「リスク」が評価されていないから否、である。
6
通常、配当が支払われると株価は 1 株当たり配当額分だけ下落する。なぜそうなるかは、ファイナンス B で学ぶ予定で
ある。明日の株価 p1 を配当含み株価(配当が支払われる直前の価格)とすれば、上の定義を修正する必要がない。
7
このように、確率に応じてとり得る値が変わるものを確率変数という。したがって、p1 は確率変数であり、同様に R も
確率変数である。
8
X, Y が独立であれば等号が成立する。詳細は後述の脚注を参照せよ。
5
4
リスクのある証券のリスク指標
問 9. 以下の文章の空欄 ( 8 ) , ( 9 ) にもっとも当てはまる用語を答えよ。
ファイナンスでいうリスクとは、価格(価値)の変動幅(ボラタリティ)を意味し、 ( 8 ) で測られ
る。確率変数の ( 8 ) は、 ( 9 ) の正の平方根として計算される。時点 1 の証券価格 p1 に代えて収益率
R を使えば、リスクのある証券の収益率 R の ( 9 ) V (R) は
V (R) = E[(R − µ)2 ] = E(R2 ) − µ2
から求められる。
問 10. 問 8 で与えられた証券の収益率の ( 8 ) を求めよ。(答 1.5%)
考え方. 単位を%表示のままで計算することにする。
確率
( 1 ) (%)
( ( 1 ) − ( 3 ) )2 (%)2
株価上昇
1/2
(4)
( ( 4 ) − 1)2
株価下落
1/2
(5)
( ( 5 ) − 1)2
したがって、収益率の ( 9 ) は
1
1
( ( 4 ) − 1)2 + ( ( 5 ) − 1)2
2
2
(%)2
したがって、収益率の ( 8 ) は
√
1
1
( ( 4 ) − 1)2 + ( ( 5 ) − 1)2 = 1.5
2
2
(%)
ファイナンスでは、収益率の ( 8 ) の大きい証券のほうがリスクがより高いと考える。したがって、同
じ期待収益率をもたらすのであれば、より大きく値を下げそうな証券も、より大きく値を上げそうな
証券も、同様によりリスクが高いとみなすことになる。ここから、「大きなリターンを望むなら、積極
的にリスクを取る必要がある」ということが導かれるのである。
5
ポートフォリオ(様々な証券の組み合わせ)の収益率、期待収益率とリスク
問 11. 空欄 ( 10 ) に当てはまる数値を答えよ。また、空欄 ( 11 ) ∼ ( 14 ) に当てはまる用語を答えよ。
当面リスクのある証券だけに限定し、様々な証券に投資することを考えよう。簡単化のために、現在
価格が p10 と p20 の 2 証券(2 銘柄の株式)に投資することを考える。それぞれ θ1 , θ2 株ずつ組み入れ、
次期まで持ち越したとすると、投資コスト W0 は
W0 = p10 θ1 + p20 θ2
である。この組み入れ数の組 (θ1 , θ2 ) をポートフォリオ、各証券の投資額 pi0 θi (i = 1, 2) を投資コスト
W0 で割った比率 xi = pi0 θi /W0 を各証券の投資ウェイトという。投資ウェイトの和 x1 + x2 は常に
x1 + x2 = ( 10 )
6
になることに注意せよ。9 次期に証券の価格(確率変数)がそれぞれ p11 , p21 となるものとしよう。ポー
トフォリオの価値(確率変数)は
W1 = p11 θ1 + p21 θ2
であるから、ポートフォリオの価値変化 ∆W = W1 − W0 は
∆W = (p11 − p10 )θ1 + (p21 − p20 )θ2
したがって、ポートフォリオの収益率 Rp を定義「利益(損失)額 ÷ 投資コスト」(1) 式に従って ∆W/W0
で定義すれば
Rp =
p1 − p1 p1 θ1 p2 − p2 p2 θ2
∆W
= 1 1 0 0 + 1 2 0 0
W0
W0
W0
p0
p0
= R1 x1 + R2 x2 .
ただし、Ri は第 i 証券の収益率(確率変数)、xi は第 i 証券の投資ウェイトを表している。したがって、
第 i 証券の期待収益率を µi とすれば、ポートフォリオの期待収益率 µp は
µp = E(Rp ) = µ1 x1 + µ2 x2
(2)
一般に、n 種類のリスク証券からなるポートフォリオの期待収益率は
µp =
n
∑
µi xi = µ1 x1 + µ2 x2 + · · · + µn xn
i=1
つまり
【ポートフォリオの期待収益率 =(各証券の期待収益率 × 当該証券の投資ウェイト)の総和】
このように、価格に代えて期待収益率を用いるときには、証券の組み入れ単位を表す元来のポート
フォリオ (θ1 , θ2 , · · · , θn ) ではなく、投資ウェイトの組 (x1 , x2 , · · · , xn ) を用いるほうが便利である。た
だし
x1 + x2 + · · · + xn = ( 10 )
再び、リスクのある 2 証券からなるポートフォリオの例に戻る。ポートフォリオ収益率の分散(これ
を σp2 で表す)は
σp2 = E[(Rp − µp )2 ]
= E[{(R1 − µ1 )x1 + (R2 − µ2 )x2 }2 ]
= E[(R1 − µ1 )2 ]x21 + E[(R2 − µ2 )2 ]x22 − 2E[(R1 − µ1 )(R2 − µ2 )]x1 x2
証券 i の収益率の分散 V (Ri ) = E[(Ri − µi )2 ] を σi2 で表すことにすれば10
σp2 = x21 σ12 + x22 σ22 − 2x1 x2 σ12
(3)
ただし、σ12 = E[(R1 − µ1 )(R2 − µ2 )] は証券 1 と 2 の収益の ( 13 ) と呼ばれる。2 証券の収益の動き
方によっては、 ( 13 ) はプラスの値もマイナスの値もとりうる。正負の値をとる ( 13 ) の存在が、リ
スクを小さくするためにポートフォリオを組むメリットにつながる。つまり
【ポートフォリオの収益率のリスクは、各証券の収益率のリスクを単純に合計したものにはならない。】
9
ポートフォリオの中で投資ウェイトがプラスの証券は「 ( 11 ) ポジション = 買い持ちポジション」、マイナスの証券は
「 ( 12 ) ポジション = 空売りポジション」という。空売りポジションは、その売却代金を他の証券に投資する目的で当該証
券を売ることをいう。
p
10
したがって、証券 i の収益率のリスク V (Ri ) は σi で表される。
7
分散の性質に関する公式
1. X を確率変数、a を定数とするとき
V (aX) = a2 V (X)
2. X を確率変数、c を定数とするとき
X = c ⇐⇒ V (X) = 0
3. X, Y を確率変数とするとき
V (X + Y ) = V (X) + V (Y ) + 2Cov(X, Y )
ただし、Cov(X, Y ) は X と Y の ( 13 ) を表し
Cov(X, Y ) = E[(X − E(X))(Y − E(Y ))]
で定義される。特に、X, Y が独立であるとき11
V (X + Y ) = V (X) + (Y )
証明. 1. E(aX) = aE(X) であるから、定義に従って計算すればよい。
V (aX) = E[(aX − aE(X))2 ] = a2 E[(X − E(X))2 ] = a2 V (X)
2. X = c −→ V (X) = 0 は容易に示せる。X が離散分布の場合に逆 V (X) = 0 −→ X = c を示そ
う。E(X) = µ とし、X のとり得る実現値を x1 , x2 , . . . , xn とすれば、定義より
V (X) = E[(X − µ)2 ] = p1 (x1 − µ)2 + p2 (x2 − µ)2 + · · · + pn (xn − µ)2 ≥ 0
ただし、pk は X = xk をとる確率値を表し、0 ≤ pk ≤ 1, p1 + p2 + · · · + pn = 1 である。各
(xk − µ)2 は非負であることに注意して、k = 1, . . . , n のなかで xm ̸= µ となる m が少なくともひ
とつ存在すると仮定する。このとき V (X) > 0 となって仮定に反する。したがって、V (X) = 0
のとき、X のすべての実現値に対して xk = µ でなければならない。ここで、改めて µ = c とお
けば主張が得られる。
3. X, Y の期待値をそれぞれ E(X), E(Y ) とすれば、定義より
V (X + Y ) = E[{(X + Y ) − (E(X) + E(Y ))}2 ]
= E[{(X − E(X)) + (Y − E(Y )}2 ]
= E[(X − E(X))2 + 2(X − E(X))(Y − E(Y )) + (Y − E(Y ))2 ]
= E[(X − E(X))2 ] + 2E[(X − E(X))(Y − E(Y ))] + E[(Y − E(Y ))2 ]
= V (X) + 2Cov(X, Y ) + V (Y )
11
確率変数の独立性については、木島 (2002,pp.91-94) を参照のこと。確率変数 X, Y が独立であるときは
E(XY ) = E(X)E(Y )
が成り立つ。
8
特に、X, Y が独立であるとき
Cov(X, Y ) = E[(X − E(X))(Y − E(Y ))] = E(XY ) − 2E(X)E(Y ) + E(X)E(Y ) = 0
となる。
問 12. 次の表で与えられる証券 1, 2 の収益率の ( 13 ) を求めよ。
確率
円安
円高
収益率 (%)
証券 1 証券 2
1/2
1/2
10
6
4
8
考え方. 証券 1, 2 の期待収益率はそれぞれ 8%, 6% であるから
1
1
σ12 = (10 − 8)(4 − 6) + (6 − 8)(8 − 6) = −4 (%)2
2
2
問 13. 問 12 の証券 1, 2 から作られるポートフォリオの収益率の標準偏差を最小にするような各証券の
投資比率を求めよ。また、そのときのポートフォリオの期待収益率はいくらか。
考え方. 証券 1 の収益率の分散 σ12 は
1
1
σ12 = (10 − 8)2 + (6 − 8)2 = 4
2
2
(%)2
同様に、証券 2 の収益率の分散 σ22 は σ22 = 4(%)2 。証券 1 の投資ウェイトを x とすると、証券 2 の投資
ウェイトは 1 − x であるから
σp2 = 4x2 + 4(1 − x)2 − 8x(1 − x) = 16x2 − 16x + 4 = 4(2x − 1)2
したがって x = 1 − x = 1/2 のとき σp2 は最小値ゼロをとる。ポートフォリオの期待収益率 µp は
µp =
1
1
× 8% + × 6% = 7%
2
2
問 12 のポートフォリオ x = 1 − x = 1/2 は σp2 = 0 となるので無リスクである。したがって、無リスク
利子率は 7%でなければならない。そうでなければ、先に見たように、裁定機会が生じる。
円安
円高
確率
証券 1
1/2
1/2
10
6
収益率 (%)
証券 2 ポートフォリオ
4
8
7
7
問 14. 期待収益率を縦軸に、標準偏差を横軸にとって問 12 の証券 1, 2 から作られるポートフォリオの
グラフを図示し、投資ウェイトの変化によってグラフ上の点がどのように変化するか考えよ。また、証
券 2 の収益率の分布を《円安時 8%、円高時 4%》に変更すると、グラフはどのようになるか。
9
考え方. 前半の結果のみ示す。
共分散と相関係数
問 12 の証券 1, 2 の例では
σ12 = −σ1 σ2
が成り立っている。また、問 13 の証券 2 の収益率の分布を変更した例では、証券 2 の期待収益率・標
準偏差の値はそのままで共分散 σ12 が 4(%)2 になって
σ12 = σ1 σ2
が成り立つ。これら 2 つのケースを、証券 1, 2 の収益率が完全相関(マイナスの符号の場合を完全負
相関、プラスの符号の場合を完全正相関)するケースという。共分散をそれぞれの標準偏差の積で割っ
た比率 ρ12
σ12
ρ12 =
σ1 σ2
を証券 1, 2 の収益率の相関係数と呼ぶ。完全負相関の場合は ρ12 = −1、完全正相関の場合は ρ12 = 1
となり、一般に |ρ12 | ≤ 1 である。
分散がゼロではないふたつの確率変数 X, Y の相関係数を ρXY とすれば
ρXY = √
Cov(X, Y )
√
V (X) V (Y )
で定義される。常に |ρXY | ≤ 1 が成り立つ。
証明. X̂ = X − E(X), Ŷ = Y − E(Y ) とすれば、定義より
ρXY = √
E(X̂ Ŷ )
E(X̂ 2 )E(Ŷ 2 )
10
であることが容易にわかる。ただし、分散はゼロではないと仮定されているので、E(X̂ 2 ) > 0, E(Ŷ 2 ) > 0
である。ところで、t を任意の実数として確率変数 Z = (tX̂ + Ŷ )2 を考えると、これは確率 1 で非負で
あるから
0 ≤ E(Z) = t2 E(X̂ 2 ) + 2tE(X̂ Ŷ ) + E(Ŷ 2 )
が成り立つ。t に関する上の不等式が常に成り立つために
(
E(X̂ Ŷ )
)2

− E(X̂ 2 )E(Ŷ 2 ) ≤ 0
すなわち
ρ2XY =  √
E(X̂ Ŷ )
E(X̂ 2 )E(Ŷ 2 )
2
 ≤1
が成り立たなければならない。したがって |ρXY | ≤ 1 である。
問 15. 証券 A, B の収益率に関する予想が以下のように与えられている。ただし、シナリオ 1, 2, 3 が
起きる確率はそれぞれ 1/3 とする。また、証券 A と証券 B に分散投資するとき、投資比率を工夫すれ
ばポートフォリオ全体のリスクを 0%にすることができる。このとき、証券 A の期待収益率とリスク、
証券 B のシナリオ 3 における収益率を求めよ。(公認会計士試験過去問題)
シナリオ 1
シナリオ 2
シナリオ 3
証券 A
−4%
11%
5%
証券 B
5%
0%
%
例 2. 証券の収益率が(正負の)完全相関する両極端な 2 ケースを除けば、一般に (2) 式と (3) 式で与
えられるポートフォリオの期待収益率 µp と標準偏差 σp の組を図示すると滑らかな曲線(数学的には
双曲線)
σp2 =
]
[ 2
1
(σ1 + σ22 − 2σ12 )µ2p − 2(σ12 µ2 + σ22 µ1 − (µ1 + µ2 )σ12 )µp + µ22 σ12 + µ21 σ22 − 2µ1 µ2 σ12 (4)
2
(µ1 − µ2 )
が得られる。12
問 16. 3 種のリスクのある証券から作られるポートフォリオの期待収益率 µp と標準偏差 σp の組がどの
ようになるか考えよ。ただし、この 3 証券の収益率はどの 2 つをとっても完全相関しないものとする。
考え方. 以下の図 1 において、それぞれの証券は 1, 2, 3 の点で表されている。この 3 証券のうち 2 つ
を選ぶと、先に見たような曲線が描かれ、結果として傘が描かれる。1 と 2 を結ぶ曲線上のそれぞれの
点は一つのポートフォリオを示しており、これと証券 3 から新しいポートフォリオを作ると、それに対
応した曲線(曲線上のそれぞれの点は一つのポートフォリオに対応)が得られる。この説明から、傘の
内側のいたるところにもポートフォリオが存在するということがわかる。
12
x-y 平面における双曲線の標準形は
x2
y2
−
=1
a2
b2
であり、漸近線は
x2
y2
− 2 =0
2
a
b
すなわち
で与えられる。
11
b
y=± x
a
図 1: 3 証券のポートフォリオの例
さらに、どの 2 種類の証券の収益率も完全相関しない場合、n 種の証券からなるポートフォリオの期
待収益率 µp と標準偏差 σp の組のうち最も左側に位置する曲線は
σp2 =
1{ 2
γµp − 2βµp + α},
D
α > 0, γ > 0, D = αγ − β 2 > 0
(5)
√
のように表され、13 次の図 2 のようになる。すぐ後に、この曲線のうち頂点 (1/ γ, β/γ) より上側に位
置する部分(これをリスク・ポートフォリオの効率的 ( 14 ) と呼ぶ)が重要な意味を持つことをみる。
図 2: リスクポートフォリオの効率的 ( 14 )
13
α, β, γ を経済的に意味づけることが可能である。詳細は、以下の【発展的学習】を参照のこと。
12
リスク・ポートフォリオの ( 14 ) の導出
6
与えられた期待収益率の下で、その収益率の分散が最小になるようなポートフォリオを分散最小化
ポートフォリオという。分散最小化ポートフォリオの期待収益率 µp とリスク σp の関係((5) 式)を導
出してみよう。はじめに、一般の n 種のリスク証券から構成されるポートフォリオの分散を考えよう。
定義 σp2 = E[(Rp − µp )2 ] から
(
)2 
n
∑
(Ri − µi )xi 
σp2 = E[(Rp − µp )2 ] = E 
i=1
(

) n
n
∑
∑
= E
(Ri − µi )xi  (Rj − µj )xj 

= E 
i=1
j=1
n ∑
n
∑

(Ri − µi )(Rj − µj )xi xj 
i=1 j=1
とすることができるから
σp2
=
=
n ∑
n
∑
i=1 j=1
n
n ∑
∑
xi xj E[(Ri − µi )(Rj − µj )]
xi xj σij .
i=1 j=1
ただし
σii = σi2 ,
for i = 1, 2, · · · ,
σij = σji ,
for i ̸= j.
(6)
【発展的学習】
(数学が難しいと思うひとは、この活字の小さい部分は飛ばしても差し支えない。)証券 i と証券 j
の収益率の共分散 σij , i, j = 1, 2, . . . , n をならべた n × n 行列 Σ


σ11 σ12 · · · σ1n
 σ21 σ22 · · · σ2n 


Σ= .
..
.. 
..
 ..
.
.
. 
σn1 σn2 · · · σnn
を共分散行列という。σij = σji であるから Σ は対称行列であることに注意せよ。14 投資比率ベクトル x を
 
x1
 x2 
 
x= . 
 .. 
xn
とすれば
14
正方行列 A が対称行列であるとは
A⊤ = A
が成り立つことを言う。ここで記号 “⊤ ” はベクトルの転置(列ベクトルは行ベクトルに、行ベクトルは列ベクトルに変換す
ること)を表わす。行列の積 AB について
(AB)⊤ = B ⊤ A⊤
が成り立つ。
13
ポートフォリオ分散 σp2 は
σp2 = x⊤ Σx
(7)
と書き改めることができる。また、期待収益率を並べたベクトル µ と各要素が 1 であるベクトル 1 をそれぞれ
 
 
1
µ1
1
 µ2 
 
 
µ =  .  , 1 = .
 .. 
 .. 
1
µn
によって定義しよう。投資ウェイトの総和が 1 であるという条件は
1 = x⊤ 1 = x1 + x2 + · · · + xn
と表される。同様に、ポートフォリオの期待収益率 µp は
µp = x ⊤ µ
によって与えられる。
任意の非ゼロベクトル x と対称行列 Σ に関するスカラー量 x⊤ Σx は 2 次形式と呼ばれる。x⊤ Σx > 0 であ
れば、行列 Σ は正定値であるといわれる。以下では、共分散行列 Σ は正定値であると仮定する。15 Σ の対称性
によって、x に関する 2 次形式 x⊤ Σx の微分は、第 i 成分を
n
∑
∂ ⊤
x Σx = 2
xj σij
∂xi
j=1
とする列ベクトル
∂
(x⊤ Σx) = 2Σx
∂x
で与えられる。
一般に、投資家にとってはポートフォリオは可能な限りローリスク・ハイリターンが望ましい(投資家の期待
効用については後述する)。したがって、ポートフォリオ・セレクションの理論では、最適なポートフォリオの
期待収益率とリスク(標準偏差)の組み合わせにも大きな関心が払われる。このようなポートフォリオ期待収益
率とその標準偏差の組み合わせのうち、投資家にとって意味のある部分をリスクポートフォリオの効率的フロン
ティアという。
リスクポートフォリオの効率的フロンティアの導出 基本的には、ポートフォリオ分散の最小化である。ただ
し、ポートフォリオ期待収益率 µp とリスク σp の関係に関心があるので、ポートフォリオ期待収益率の定義式
µp = x⊤ µ = µ1 x1 + µ2 x2 + · · · + µn xn
が制約条件として付け加えられる。言い換えれば、ポートフォリオ期待収益率を一定水準に保ったまま、ポート
フォリオの分散をどこまで減少させることができるかという問題を考えることになる。
σp2
=
n ∑
n
∑
xi xj σij → min,
i=1 j=1

n
∑


µ
=
xi µ i ,

p



i=1
s.t.
(8)

n

∑



xi = 1.

i=1
各要素 σij ̸= σj σj , −σi σj i, j = 1, 2, · · · , i ̸= j とする。これは共分散行列 Σ が正則である(逆行列 Σ−1 が存在する)
ための十分条件であり、1 次独立性と呼ばれる。いいかえれば、正負の完全相関する証券はないということを意味している。
完全相関している証券が存在するときは縮退問題といわれる。完全相関する証券の一方を落として 1 次独立な証券だけで問
題を構成し直せば、以下のアプローチは修正することなく妥当する。Σ が正定値であれば、n 個の証券は 1 次独立である。詳
細な説明は専門書に譲ることにする。
15
14
このとき、最小化問題 (8) 式は
σp2 = x⊤ Σx → min,

 µp = µ⊤ x,
s.t.
 ⊤
1 x=1
(7′ )
となる。ラグランジュ関数を
L(x, λ1 , λ2 ) ≡
1 ⊤
x Σx − λ1 (µ⊤ x − µp ) − λ2 (1⊤ x − 1)
2
で定義する。16 ところで、目的関数 x⊤ Σx の Hesse 行列は Σ そのものであるから、目的関数 x⊤ Ax は凸である
ことがわかる。このとき、関数 L も x に関して凸になるので、以下の連立方程式

∂L


= Σx − λ1 µ − λ2 1 = 0,


∂x


 ∂L
= µp − µ⊤ x = 0,
(9)
∂λ

1




∂L


= 1 − 1⊤ x = 0
∂λ2
の解 x は元の最小化問題の解となる。17 (9) 式の 3 つの式から
σp2 = x⊤ (λ1 µ + λ2 1) = λ1 µp + λ2
を得る。これよりポートフォリオ分散 σp2 は、λ1 , λ2 が決まれば決まるということがわかる。(9) 式の第 1 式か
ら Σx = λ1 µ + λ2 1。この両辺に左側から逆行列 Σ−1 を掛けて x について解けば18
x = Σ−1 (λ1 µ + λ2 1).
ここで次の事実が成り立つ。
定理 6.1. 正則な正方行列 A が対称行列であればその逆行列 A−1 も対称行列である。A が正定値であればその
逆行列 A−1 も正定値である。
証明. 定義から AA−1 = I 。単位行列 I と A が対称行列であることに注意すれば
I = (AA−1 )⊤ = (A−1 )⊤ A.
両辺の右側から A−1 を掛ければ
A−1 = IA−1 = (A−1 )⊤ .
A が正定値であるから、任意の非ゼロベクトル x に対して
x⊤ Ax > 0.
ここで y = Ax とする。すなわち x = A−1 y 。したがって
0 < x⊤ Ax = (A−1 y)⊤ A(A−1 y) = y ⊤ A−1 AA−1 y = y ⊤ A−1 y.
これは A−1 の正定値性を示している。
したがって解 x を (9) 式の第 2、3 式に代入し、上の事実を用いれば、λ1 , λ2 に関する連立方程式を得る。
{ ⊤ −1
(µ Σ µ)λ1 + (µ⊤ Σ−1 1)λ2 = µp ,
(µ⊤ Σ−1 1)λ1 + (1⊤ Σ−1 1)λ2 = 1.
16
目的関数を実数倍しても最適値には影響しないから、計算を楽にするために 1/2 倍されている。
数学的な詳細については、田中謙輔『凸解析と最適化理論』(牧野書店)等を参考にせよ。
18 −1
Σ は Σ の逆行列を表わす。Σ の逆行列とは ΣΣ−1 = Σ−1 Σ = I が成り立つような行列である。逆行列が存在するた
めの必要十分条件は行列式がゼロでない(det(Σ) ̸= 0)ことである。Σ が正定値、すなわち 1 次独立であれば、この条件は
満たされる。
17
15
ここで、α = µ⊤ Σ−1 µ, β = µ⊤ Σ−1 1, γ = 1⊤ Σ−1 1, D = αγ − β 2 と置くと、この方程式は
( ) (
)( )
µp
λ1
α β
=
.
1
β γ
λ2
となる。先の事実から Σ−1 の正定値性が導かれ、これより α > 0, γ > 0 であることがわかる。さらに
(βµ − α1)⊤ Σ−1 (βµ − α1) = α(αγ − β 2 )
となるから、やはり Σ−1 の正定値性から D = αγ − β 2 > 0 となる。このとき、先の λ1 , λ2 に関する方程式は解
けて
( )
(
)( )
(
)
1
1 γµp − β
λ1
γ −β
µp
=
=
.
λ2
1
D −β α
D α − βµp
したがって (5) 式を得る。
σp はポートフォリオの標準偏差を表し、したがって正値である。このことを考慮して、(5) 式を (σp , µp )
平面で表わせば、µp 軸に対して凸な双曲線を表わすことがわかる。このことを直接的に示すために、
以下のように考える。
{ (
}
)
}
1
1{ 2
β 2 D
2
γµp − 2βµp + α =
σp =
γ µp −
+
.
D
D
γ
γ
標準形にするために、この方程式を変形して
γσp2
γ2
−
D
(
β
µp −
γ
)2
= 1.
√
これは双曲線の方程式を表す。19 また、最小分散ポートフォリオは双曲線の頂点 (1/ γ, β/γ) によって
与えられることがわかる。
投資家は、図 2 のリスク・ポートフォリオの存在領域(双曲線の内部)のうち、どのポートフォリオ
を選べばよいのだろうか。この問題を考えるためには、投資家のリスクに対する態度を考える必要が
ある。
19
双曲線の標準形は
であり、漸近線は
で与えられる。上の方程式より
„
√
x2
y2
− 2 =1
2
a
b
x2
y2
− 2 =0
2
a
b
γ
γσp + √
D
b
y=± x
a
すなわち
«« „
««
„
„
√
β
γ
β
= 1.
µp −
γσp − √
µp −
γ
γ
D
ここから、漸近線は
„
γ
γσp + √
µp −
D
„
√
γ
γσp − √
µp −
D
√
であることがわかる。
16
β
γ
β
γ
«
=0
«
=0
投資家のリスクに対する態度:リスク選好と ( 15 )
7
問 17. ( 15 ) ∼ ( 17 ) に当てはまる用語を答えよ。
同じ期待収益率でリスクの程度が異なる 2 種類の証券がある場合、投資対象としてどちらがより好
ましいだろうか。これは一義的に定まらない。なぜなら、ある証券のリスクがより高いということは、
(可能性が低くてももう一方の証券より)大きく儲けるチャンスがあるということを意味するからであ
り、このような一発勝負に賭ける投資家(リスク愛好者と呼ぶ)も存在するからである。20
しかし、同じ期待収益率であれば、よりリスクの低い証券を選択するほうが経済的に合理的だと考
えてよい。このような投資家のリスク選好を ( 15 ) と呼ぶ。すなわち
【 ( 15 ) 的投資家とはローリスク・ハイリターンを選好する投資家である。】
後に議論する CAPM も市場参加者がリスク回避型の投資家だけの場合を考察する。
より正確には、リスクに対する態度は、投資家個人の期待効用(不確実な財務行動の結果、すなわち
不確実な投資の収益率、に対する効用の期待値)によって議論される。21 まず、その利得の数学的期待
値がゼロであるような賭けを、公正な賭けという意味で ( 16 ) といい、 ( 16 ) には決して参加しない
個人を ( 15 ) 的であるという。ここで、1 期間当たりの無リスク利子率 r で投資資金を借入れ、これを
収益率 R のある 1 種類のリスク証券に投資する投資戦略を考える。
現在
投資戦略
W
−W
0
1 期後投資価値
(1 + R)W
−(1 + r)W
(R − r)W
参加しない
0
0
証券
借入
E(R) = r であれば、この投資戦略はフェアゲームである。
E(R) = r としよう。リスク回避的な投資家はフェアゲームには参加しないのであるから、この投資
戦略をとるよりも投資しないことを選ぶ、すなわち、投資戦略からの利益の期待効用(効用の期待値)
は投資しない場合の効用(= ゼロ)よりも小さいと考えられる。つまり
【リスク回避的な投資家は、同じゼロであっても、不確実なゼロよりは、投資しない場合の確実なゼロ
のほうを好む】
このリスク回避的な投資家に証券投資をさせるためには、証券の期待収益率 E(R) は E(R) > r であ
る必要がある。リスク回避的な投資家が始めて証券に投資をするときの E(R) − r をこの証券のリスク・
√
プレミアムという。リスク・プレミアムはこの証券の収益率の標準偏差 V (R) と関係がありそうだと
予想される。
√
リスク回避的なある投資家が期待収益率 µ1 = E(R1 )、標準偏差 σ1 = V (R1 ) であるリスク証券 1
√
と、µ2 = E(R2 ), σ2 = V (R2 ) であるリスク証券 2 にそれぞれ単独投資した場合に、同じ期待効用を
得るとしよう。同じ期待効用を得るということから、この投資家にとって、2 点 (σ1 , µ1 ), (σ2 , µ2 ) は同
一 ( 17 ) 曲線上に位置する(図 3 の証券 1 と証券 2 を通る破線の曲線)。ここで σ2 > σ1 としよう。こ
のとき証券 1, 2 が同一 ( 17 ) 曲線上に位置することから、µ2 > µ1 でなければならない。そうでなけ
20
宝くじを買う人や競馬の大穴狙いのギャンブラーを考えてみれば、現実の世界でもリスク愛好者が存在することがわか
る。
21
期待効用のアイデアの起源は古く、ダニエル・ベルヌーイまで遡ることができると言われている。経済学で積極的に期待
効用理論を展開したのはフォン・ノイマンとモルゲンシュテルンである。関心のある人は、以下の文献を読むとよい。ピー
ター・バーンスタイン『リスク—神々への反逆—』
(上・下)日経ビジネス人文庫。J. フォン・ノイマン、O. モルゲンシュテ
ルン『ゲームの理論と経済行動』(1,2,3) ちくま学芸文庫。
17
れば、より大きなリスク σ2 > σ1 を負担しているにもかかわらずより低い期待収益率 µ2 < µ1 で同じ
満足が得られることになって、投資家が ( 15 ) 的であることに矛盾するからである。したがって、リ
スク 1 単位当たりの追加的期待収益率(平均代替率)は正
µ2 − µ1
>0
σ2 − σ1
である。これは、 ( 15 ) 的な投資家は (σ, µ) 平面上で右上がりの ( 17 ) 曲線を持つことを示している。
ここで、同じ投資家が、標準偏差は σ2 のままであるが期待収益率は µ3 > µ2 であるようなリスク証券
3 に単独投資することができるとしよう。このとき、証券 3 は証券 1 および 2 よりも高い期待効用をも
たらすことになる。つまり、(σ, µ) 平面上で左上方に位置する ( 17 ) 曲線ほど、高い期待効用をもたら
すのである。これは
【リスク回避的な投資家は、ローリスク・ハイリターンである投資戦略ほど望ましい】
ということを意味する。
図 3: ( 15 ) 者の ( 17 ) 曲線
同じリスク回避的投資家であっても、リスク許容度が高い(追加的なリスク負担に対してあまり大き
な期待収益率の上昇を要求しない)投資家も存在するかもしれない。彼は、σ2 と同じ標準偏差であり
ながら µ2 よりも低い期待収益率 µ4 の証券 4 が証券 1 と同じ期待効用をもたらし、証券 1 と証券 4 が
同一 ( 17 ) 曲線上にあるということがありうる(図 3 の証券 1 と証券 4 を通る破線の曲線)。リスク回
避的な投資家の ( 17 ) 曲線は個人ごとに異なり、証券 1 に対して異なった(限界)代替率、22 したがっ
て異なったリスク許容度を持つのである(図 3 を参照)。
22
ある個人投資家の限界代替率は
dµ
dσ
すなわち、無差別曲線の勾配によって測られる。期待効用理論では、 ( 15 ) 的な投資家は限界代替率逓増、言い換えれば大
きなリスク負担のためにはより大きな期待収益率の増加が要求される。
18
2 次効用関数とリスク許容度
具体的な効用関数の例として、2 次効用関数 U (X) = aX − X 2 , X ≤ a/2 を考えよう。X は不確実
な財務行動の結果を表すのであるが、ここでは 1 円を投資したときの儲け額(したがって R)とする。
この場合、個人投資家ごとに a の値が異なって、異なる効用関数を持つと考えることになる。R の期待
値を µ = E(R)、分散を σ 2 = V (R) = E(R2 ) − µ2 としておく。期待効用は
E[U (R)] = E(aR − R2 ) = aE(R) − (σ 2 + µ2 ) = aµ − µ2 − σ 2
となる。したがって、同じ標準偏差と期待収益率の組 (σ, µ) に直面しても、a の値の大きい個人投資家
ほどリスク許容度が低い(リスクを負担するのにより高い期待収益率を要求する)ことになる。この効
用関数の ( 17 ) は、ある期待効用水準 E[U (R)] に対して中心 (0, a/2)、半径 a2 /4 − E(U ) の円の一部
を表す。期待効用水準が上がれば ( 17 ) の半径が小さくなるので、期待効用が高いほど同心円で表さ
れる ( 17 ) 曲線は左上方に位置することになる(図 4 参照)。
図 4: 2 次効用関数の ( 17 ) 曲線
以上の考察から、リスク回避的な投資家は、図 2 のポートフォリオの存在領域のなかで、できるだけ
期待効用が大きくなる( ( 17 ) 曲線が左上方に位置する)ようなポートフォリオを選択することが望
ましいといえる。つまり
【リスク回避的な投資家にとっては、n 種の証券からなるポートフォリオ集合(ポートフォリオのの期待
収益率 µp と標準偏差 σp の組)のうち、最も左側に位置する曲線の右上がりの部分だけが意味を持つ】
ということになる。なぜなら、この曲線部分は、同じ期待収益をもたらすポートフォリオのなかで、そ
れ以上リスクを引き下げることができない限界的なポートフォリオを示しているからである。この曲
線部分をリスク・ポートフォリオの ( 14 ) という。したがって、リスク証券に投資する ( 15 ) 的な個
人投資家は、自分の ( 17 ) 曲線とリスク・ポートフォリオの ( 14 ) が接するようなポートフォリオを
選択することが最適である。
8
接点ポートフォリオ: 無リスク資産にも投資可能な場合
問 18. ( 18 ) ∼ ( 21 ) に当てはまる用語を答えよ。
19
前節の説明は、リスク回避的な個人投資家がリスク証券だけに投資することができる場合に、どのよ
うなポートフォリオを選択することが望ましいかについて答えたものである。しかし、実際には国債や
銀行預金をはじめとする ( 18 ) 資産が存在し、これら資産にも投資することができる。その場合、リス
ク回避的な個人投資家にとってどのようなポートフォリオが望ましいかを改めて考察する必要がある。
例 3. 例示として、リスク回避的な個人投資家が、標準偏差と期待収益率の組がそれぞれ (σ1 , µ1 ), (σ2 , µ2 )
であるような完全相関しない 2 種類のリスク証券 1, 2 と、無リスク資産収益率が r である無リスク資
産に投資することができる場合を考察する。この 3 種類の資産から構成されるポートフォリオの期待収
益率 µp は
µp = µ1 x1 + µ2 x2 + rx3 , x1 + x2 + x3 = 1
である。これを
µp − r = (µ1 − r)x1 + (µ2 − r)x2
のように変形しておこう。既に説明した分散の性質を用いれば、ポートフォリオの収益率の分散 σp2 は
σp2 = x21 σ12 + x22 σ22 + 2x1 x2 σ12
となる(ポートフォリオのリスクである分散 σp2 はリスク証券 1, 2 に由来し、無リスク資産はリスクに
貢献しない)。リスク回避的な個人投資家は、µp をある値に固定したとき、σp2 を最小にするようなポー
トフォリオを選択すべきである。これは、制約条件つきの最小化問題


min σp2
x1 ,x2
 ただし µ − r = (µ − r)x + (µ − r)x を満たすこと
p
1
1
2
2
となる。この問題を解く(σp2 の値を最小にする x1 , x2 の値を求める)ためには、ラグランジュ関数
L(x1 , x2 , λ) = x21 σ12 + x22 σ22 + 2x1 x2 σ12 − λ{(µ1 − r)x1 + (µ2 − r)x2 − (µp − r)}
を作って、L を x1 , x2 のそれぞれの変数で微分し、その導関数が同時にゼロとなるような x1 , x2 を求
めればよい。実際
∂L
= 2x1 σ12 + 2x2 σ12 − λ(µ1 − r)
∂x1
∂L
0=
= 2x2 σ22 + 2x1 σ12 − λ(µ2 − r)
∂x2
0=
となる。したがって、連立方程式

λ

 x1 σ12 + x2 σ12 = (µ1 − r)
2
λ

2
 x σ + x σ = (µ − r)
2 2
1 12
2
2
を得る。第 1 式、第 2 式の両辺をそれぞれ x1 倍、x2 倍し、辺々加え合わせると
x21 σ12 + x22 σ22 + 2x1 x2 σ12 =
λ
{(µ1 − r)x1 + (µ2 − r)x2 }
2
が得られる。左辺は σp2 、右辺の { } 内は µp − r であるから
σp2 =
λ
(µp − r)
2
20
2 とし、上の連立方程式を解けば
であることがわかる。ここで、D = σ12 σ22 − σ12

λ

 x1 =
{σ 2 (µ1 − r) − σ12 (µ2 − r)}
2D 1

 x = λ {σ 2 (µ − r) − σ (µ − r)}
2
2
12 1
2D 2
これを µp − r = (µ1 − r)x1 + (µ2 − r)x2 に代入して整理すれば
µp − r
λ
=
2
H
ただし H =
}
1 {
(µ1 − r)2 σ12 − 2(µ1 − r)(µ2 − r)σ12 + (µ2 − r)2 σ22
D
が得られる。23 この結果を σp2 = λ(µp − r)/2 に代入すれば次式を得る。
σp2 =
ここで k =
√
(µp − r)2
H
H とおけば
µp = kσp + r
を得る。これは、ポートフォリオの期待収益率が (σ, µ) 平面で r を切片とする右上がりの直線になる
(リスク・プレミアム部分 kσp がポートフォリオ収益率の標準偏差に比例する)ことを示している。
上の関係を
µp − r
k=
σp
と変形してみる。k の値は、ポートフォリオのリスク 1 単位当たりのポートフォリオのリスク・プレミ
アム(期待超過収益率)を表しており、リスク・ポートフォリオの構成だけで決まる。この k の値は
( 19 ) と呼ばれることがある。リスク回避的な投資家は「ローリスク・ハイリターン」が望ましいので
あるから、 ( 19 ) が可能な限り大きくなるようなリスク・ポートフォリオを選択するはずである。し
たがって、直線 µp = kσp + r が双曲線 (4) 式
σp2 =
]
[ 2
1
(σ1 + σ22 − 2σ12 )µ2p − 2(σ12 µ2 + σ22 µ1 − (µ1 + µ2 )σ12 )µp + µ22 σ12 + µ21 σ22 − 2µ1 µ2 σ12
2
(µ1 − µ2 )
に接するような k の値が選択される。
一般に n 種のリスク証券に投資される場合にも、ほぼ同じ議論が当てはまる。
【発展的学習】無リスク証券への投資比率を x0 とすれば、(8) は以下のように書きかえられる。
σp2 =
n ∑
n
∑
xi xj σij = x⊤ Σx → min,
i=1 j=1

n
∑



µp = rx0 +
xi µi = rx0 + µ⊤ x,


s.t.
i=1
n

∑



1
=
x
+
xi = x0 + 1⊤ x.
0

i=1
つまり、「ポートフォリオ期待収益率を一定に保ちながら、ポートフォリオ分散がどこまで最小化できるか」と
いう基本的な問題設定には変更はないが、ポートフォリオ期待収益率の中に無リスク収益率が入り込むことが大
きな変更点である。
詳細は割愛するが、証券 1, 2 の収益が完全相関しない(σ12 ̸= ±σ1 σ2 )という条件から H > 0 であることが言える。後
述の【発展的学習】を参照のこと。
23
21
ラグランジュ関数を
L(x, w, λ1 , λ2 ) = x⊤ Σx + λ1 (µp − rx0 − µ⊤ x) + λ2 (1 − x0 − 1⊤ x)
で定義すれば、x⊤ Σx の凸性から、ラグランジュ関数 L が x に関して凸であることは先と同様である。
このとき (9) は次のように変更される。

∂L


= Σx − λ1 µ − λ2 1 = 0,


∂x




∂L
⊤


 ∂λ = µp − rx0 − µ x = 0,
1
∂L


= 1 − x0 − 1⊤ x = 0,



∂λ2





 ∂L = −rλ1 − λ2 = 0.
∂x0
(10)
これより
σp2 = λ1 (µp − rx0 ) + λ2 (1 − x0 ) = λ1 (µp − r).
また
x = Σ−1 (λ1 µ + λ2 1) = λ1 Σ−1 (µ − r1),
したがって
µp − r = µ⊤ x − r1⊤ x = (µ − r1)⊤ x.
λ1 =
µp − r
.
(µ − r1)⊤ Σ−1 (µ − r1)
σp2 =
(µp − r)2
.
(µ − r1)⊤ Σ−1 (µ − r1)
かくして
ここで Σ−1 の正定値性に注意すれば、2 次形式 (µ − r1)⊤ Σ−1 (µ − r1) > 0 であるから
H = (µ − r1)⊤ Σ−1 (µ − r1)
とおけばフロンティアは以下のように表わされる。
µp = r ± σp H 1/2 .
これは r を切片にする 2 直線を表わしている。傾きがマイナス(リスクのある証券を含むポートフォリオが無危
険証券証券の収益率 r 以下の収益率しか生み出さない)のケースを排除すれば
µp = r + σp H 1/2 .
無リスク資産を含むポートフォリオの効率的フロンティアは
√
µp = r + σp H
であり、n 種のリスク証券のみからなるリスク・ポートフォリオの効率的フロンティアは (5) 式、すな
わち
Dσp2 = γµ2p − 2βµp + α
である。ただし、H = α − 2rβ + r2 γ, D − γH = −(rγ − β)2 が成り立つ。このふたつの効率的フロン
ティアが接することを示そう。直線を
γHσp2 = γp (µp − r)2
22
と変形しておく。したがって
(D − γH)σp2 = 2(rγ − β)µp + α − r2 γ
= 2(rγ − β)(µp − r) + 2(rγ − β)r + α − r2 γ
= 2(rγ − β)(µp − r) + (r2 γ − 2rβ + α)
√
= 2(rγ − β)σ H + H
したがって
√
√
0 = (rγ − β)2 σp2 + 2(rγ − β)σp H + H = {(rγ − β)σp + H}2
β > rγ のとき、24 ふたつの効率的フロンティアは
接点 M
( √
M
H α − rβ
,
β − rγ β − rγ
)
で接する。
この接点 M で与えられる標準偏差 σM と期待収益率 µM
√
H
α − rβ
σM =
, µM =
β − rγ
β − rγ
を持つリスク・ポートフォリオ M を ( 20 ) ポートフォリオという。そこで
無リスク資産を含む効率的フロンティアを改めて
µp = r +
µM − r
σp
σM
(11)
で表すことにする。
図 5: ( 20 ) ポートフォリオ M と効率的フロンティア
24
条件 β > rγ は、リスク証券のみからなるリスク・ポートフォリオの効率的フロンティアの頂点 β/γ が無リスク資産収
益率 r よりも大きいということと同値である。この条件が満たされない場合には、接点ポートフォリオは存在しない。
23
トービンの ( 21 ) :効率的フロンティア上の最適ポートフォリオ選択
リスク証券のみに投資する場合、リスク回避的な個人投資家は、自分の無差別曲線とリスク・ポート
フォリオの効率的フロンティアが接するようなポートフォリオを選択することが最適であった。無リス
ク証券を含むポートフォリオ選択で直線で与えられる効率的フロンティアに直面して、リスク回避的な
個人投資家はどのような投資戦略をとればよいのだろう。
いま、リスク回避的な個人投資家が、ポートフォリオの存在領域内の点 (σX , µX ) で与えられるある
リスク・ポートフォリオ X を選択しこれと無リスク証券に配分投資したとすると、そのようなポート
フォリオは (0, r) を切片とし傾き (すなわち ( 19 ) )
k=
µX − r
σX
の直線上に位置する。しかし、 ( 19 ) の値がより大きくなるような(すなわち、「ローリスク・ハイリ
ターン」を実現する)リスク証券を選ぶことができるので、そのようにリスク・ポートフォリオを組み
替えるだろう。 ( 20 ) ポートフォリオにおける k の値が最大であるから、このようなリスク・ポート
フォリオの調整は、リスク・ポートフォリオとして ( 20 ) ポートフォリオ M が選択されるまで続く。
結局、リスク・ポートフォリオとしては ( 20 ) ポートフォリオのみが選択されることになる。リスク
回避的な個人投資家の効用関数は、(11) 式で示されるように、無リスク資産と接点ポートフォリオの
みで決定される効率的フロンティア上のどの点を選ぶかを決定するだけのことになる。
図 6: リスク許容度の異なる投資家の最適ポートフォリオ
リスク許容度の異なるふたりのリスク回避的投資家(個人 1, 2)が、リスク証券の期待収益率と標準
偏差に対して同じ情報を共有し、したがって同じ効率的フロンティアと接点ポートフォリオ M に直面
しているものとする。図 6 では個人 1, 2 の無差別曲線が効率的フロンティアとそれぞれ点 L, N で接し
ている。リスク許容度の低い個人 1 は、投資資金を接点ポートフォリオ M と無リスク資産にそれぞれ
ロング・ポジションで組み入れることによって、ローリスク・ローリターンなポートフォリオ L で最
適となっている。それに対し、リスク許容度の高い個人 2 は、無リスク資産をショート(空売り)する
ことで、手持ちの投資資金を超えて全額を接点ポートフォリオ M に投資することで、接点ポートフォ
リオの標準偏差 σM よりも大きいリスクを負担するけれども接点ポートフォリオの期待収益率 µM よ
りも大きな期待収益率の(ハイリスク・ハイリターンな)ポートフォリオ N を選択することで最適に
なっている。
24
このように、投資家の効用関数(無差別曲線)は、無リスク資産に対する投資比率とリスクのある n
種証券集合の代表である ( 20 ) ポートフォリオに対する投資比率を決定する。 ( 20 ) ポートフォリオ
(すなわち、リスクのある証券集合内̇部̇の投資比率)は、投資家の効用関数とは無関係に 一義的に決定
される。この意味で、無リスク証券が存在することによって、投資家はリスクのある資産集合内部の投
資比率の決定から解放されるのである。この命題をポートフォリオ・セレクションの ( 21 ) という。25
以上、各リスク証券の収益率(確率分布)を所与として、個人の最適な投資戦略を考察してきた。し
かし、与えられたものとして考えた各リスク証券の収益率は、資本市場で決定されるものである。した
がって次に、資本市場の均衡における市場評価はどうなるかを考察しなければならない。
個人から市場へ: 資本市場線と ( 22 )
9
問 19. ( 22 ) ∼ ( 24 ) に当てはまる用語を答えよ。
リスク証券の市場評価を問題にするには、リスク回避的な個々の個人投資家の評価が市場にどのよ
うに集約されるかを考察する必要がある。
分析に先立って、次のような仮定がおかれる。
• 資本市場の完全性
空売り規制、種々の取引コスト26 がないという意味で、無リスク資産の取引を含む資本市場が完
全であること。
• すべての投資家はリスク回避的、かつプライス・テイカーであり、取引量に制限のないこと。
以上によって、仕手戦などの株価操作が不可能であるということ、無リスク資産を含み自由に空
売りが行えることになり、市場に裁定機会がある限り無限に収益を得ることができるということ
になる。
• すべての投資家の期待の同質性
すべての投資家は資産収益率に関して同一の予想をもつという仮定。
同質的期待の仮定から、すべての投資家にとって、リスク・ポートフォリオと無リスク資産を含
むポートフォリオに対する効率的フロンティアは同一になる。
上記の仮定に加えて、リスク証券の供給量は固定されており、無リスク資産収益率 r は他の証券に先ん
じて決定されているものとする。
したがって、資本市場の「無裁定均衡」は以下のように言い換えられる。
【すべての投資家は接点ポートフォリオ M 以外のリスク・ポートフォリオを保有しようとはせず、逆
に、すべての投資家が M を保有したところで市場は均衡する】
トービンの分離定理から、接点ポートフォリオ M によって表わされるリスク・ポートフォリオ内部
の投資比率はすべての投資家にとって共通のものとなり、資本市場におけるあらゆるリスク証券の市
場価値が反映されたものになる。接点ポートフォリオ M は資本市場を均衡させ、かつ、あらゆるリス
25
元来は J. トービン (1958) による「投資家のリスクのある資産ポートフォリオの選択は、彼のリスク選好とは無関係に決定
される」という定理を意味する。トービンは 1981 年にノーベル経済学賞を受賞している。Tobin, James (1958). ”Liquidity
Preference as Behavior Towards Risk,” Review of Economic Studies, 25.1, 65-86.
26
証券会社に支払う売買手数料・キャピタルゲイン課税など目に見える取引コストと、情報収集コストなど目に見えない
取引コストがある。
25
ク・ポートフォリオを代表する(すべての投資家が選択する最適なリスク・ポートフォリオである)と
いう意味で、リスク・ポートフォリオ M は ( 22 ) と呼ばれる。
市場均衡の観点から、 ( 22 ) M に対する効率的フロンティア (11) 式
µp = r +
µM − r
σp
σM
を ( 23 ) 線という。 ( 22 ) M のリスク(標準偏差 σM )1 単位当たりの期待超過収益率 µM − r
µM − r
σM
を ( 24 ) という。 ( 24 ) は最大のシャープ測度である。
( 23 ) 線上のポートフォリオは効率的ポートフォリオ(ポートフォリオの期待収益率が与えられた
ときポートフォリオ収益率の標準偏差を最小にする)の市場評価を表している。資本市場の均衡におい
ては、このような効率的ポートフォリオには、 ( 24 ) に応じて、ポートフォリオ収益率の標準偏差 σp
に比例するリスク・プレミアム µp − r が支払われる。これを次のように書くこともできる。
µp − r
µM − r
=
σp
σM
【効率的ポートフォリオのシャープ測度は ( 24 ) に等しい】
次の図 7 は、図 5 と同じ内容を、資本市場の均衡の観点から描いたものである。
図 7: ( 22 ) M と ( 23 ) 線
市場均衡と “ ( 22 ) ” ポートフォリオ内の構成
リスク回避的な投資家は効率的フロンティア上にある最適リスク・ポートフォリオ M を選択するの
であるから、M に含まれる株式だけが市場で需要されることになる。M のうち株式 i (i = 1, 2, . . . , n)
の需要比率を XiD で表すことにする。他方、リスク証券の供給サイドを考えると、株式 i の数量(既発
行株式数)Qi を一定とし、i の現在の市場価格を pi0 とすれば、市場における株式 i の供給比率 XiS は
p i Qi
XiS = ∑n 0 i
i=1 p0 Qi
26
となる。27 すべての株式を XiS の比率で含むポートフォリオを考えよう。ポートフォリオ M がこのポー
トフォリオに一致する保証はない。しかし、市場の均衡においては、市場に上場されているすべての株
式は投資家によって過不足なく受容されなければならないので、すべての株式に対して
XiS = XiD
が成り立つようにすべての価格 pi0 が決定されなければならない。この調整は次のようになされる。供給
量 Qi は固定されているので、需要が調整されることによって需給一致が満たされることになる。最適リ
スク・ポートフォリオ M において需要比率が過小な株式 i は、いわば不人気で超過供給状態(XiS > XiD )
になっている。逆に、需要比率が過大な株式は、人気が高くて超過需要状態(XiS < XiD )になってい
る。人気がないからといって供給量を減らしたり、人気があるからといって簡単に追加発行したりする
ことはできないので、将来の価格予想 pi1 に変化がなければ、市場の価格調整により超過供給のときは
現在の価格が下がって(pi0 ↓)、したがって収益率が上がって(Ri = (pi1 − pi0 )/pi0 ↑)投資家の需要が
高まり、超過需要のときは価格が上がり(pi0 ↑)収益率が下がって(Ri = (pi1 − pi0 )/pi0 ↓)投資家の需
要が低下することによって、結果として均衡が達成される。このとき、最適なリスク・ポートフォリオ
∑
M には、すべての銘柄の株式が供給比率 pi0 Qi / pi0 Qi に等しい構成割合で含まれているはずである。
この意味で、最適リスク・ポートフォリオ M を ( 22 ) というのである。
上述したように、理論は投資家が同質的な期待を持つリスク回避者のみからなる場合を対象にして
いる。しかし実際にはリスク愛好的な投資家も存在しており、彼らが果たす役割は決して小さくない。
なぜなら、投資家が同質的な期待を持つリスク回避者のみからなり、あるリスク証券が価格を下げる
(上げる)と予想された場合、すべての投資家が売り(買い)に回るため当該証券の売買が成立せず、
市場で価格が付かない、ということになる。そのとき、市場の大方の予想が間違っていることが明らか
になったときに大儲けするチャンスにかける投機家が市場に参加しておれば、彼らが当該証券の買い
(売り)に回ってくれることによって、当該証券の売買が成立し価格が形成される可能性が生まれるの
である。
収益率の確率分布に関する標準的な仮定と対数収益率
以上の説明では、ポートフォリオ(リスク証券)の収益率の確率分布を特定してこなかった。しか
し、標準的なテキストでは、これらは正規分布に従うものと仮定されることがある。ポートフォリオの
収益率(確率変数)を Rp とし、確率変数 Rp が平均 µp 、分散 σp2 の正規分布 N (µp , σp2 ) に従うものと
すれば
Rp − µp
zp =
σp
は、平均ゼロ、分散 1 の標準正規分布 N (0, 1) に従う確率変数となる。ところで、統計学の知識を援用
すれば
P(|zp | ≤ 1.96) = 0.95, P(|zp | ≤ 2.58) = 0.99
であった。したがって、Rp の値が (µp − 1.96σp , µp + 1.96σp ) の範囲にある確率は 95%であり、(µp −
2.58σp , µp + 2.58σp ) の範囲にある確率は 99%である。たとえば、µp = 10%, σp = 5% であるとすると、
ポートフォリオの収益率 Rp は 97.5%の確率でゼロ以下にならないが、負になることも残り 2.5%程度
の確率であり得るということになる。
27
説明を簡単にするため、すべての株式が市場で取引されるものと仮定しているが、市場で取引されるのは普通株式だけ
P
である。優先株や劣後株など、いわゆる種類株は市場で取引されない。したがって、 pi0 Qi は、正しくは、普通株の時価発
行総額と解釈しなければならない。
27
もちろん、市場ポートフォリオ、すなわち資本市場全体、も例外ではない。上のポートフォリオを市
2 )の
場ポートフォリオ M に限定してみる。すなわち、市場ポートフォリオの収益率 RM が N (µM , σM
正規分布に従う確率変数とする。先に示したように市場ポートフォリオの期待収益率 µM は無リスク資
産収益率 r より大きい。しかし、上で言及した標準正規確率変数 zM ∼ N (0, 1) を用いれば
zM =
RM − r µ M − r
RM − µM
=
−
σM
σM
σM
すなわち
RM − r
µM − r
= zM +
σM
σM
が成り立つ。E(zp ) = 0 であるから、リスク 1 単位当たり市場超過収益率 (RM − r)/σM はもちろん平
均的にはリスクの市場価格に等しい。
(
)
RM − r
µM − r
E
=
.
σM
σM
しかし、正規分布の仮定の下では、以下のように結論される。リスクの市場価格 (µM − r)/σM > 0 が
低い(資本市場線の傾きが小さい)ほど、リスク 1 単位当たり市場超過収益率 (RM − r)/σM の実現値
は負の値をとる確率が大きくなる。同様に、市場全体の収益率 RM が無リスク資産収益率 r 以下にな
る確率はゼロではない。
財・商品に対して負の価値・価格があり得ないとする経済学の前提では、収益率の定義
R=
p1 − p0
0 − p0
≥
= −100%
p0
p0
から Rp ≥ −100% でなければならないが、−∞ < zp < ∞ である(したがって、収益率の値には下限
は存在しない)ので、正規分布の仮定はリスク証券に対して負の価格を認めなければ成立しないとい
う矛盾をあわせ持つ。この矛盾を克服するために、通常の収益率の定義とは違う対数収益率
( )
p1
R = log
p0
が採用されることがある。この定義に従えば、収益率 Rp は負でない価格に対して (−∞, ∞) の範囲内
で値を取るため、正規分布の仮定には矛盾しなくなる。ところが、対数収益率の定義では、ポートフォ
リオ収益率は各証券の収益率の和であるという加法性
R p = R 1 + R2
が成り立たなくなるという欠点を持ち、一長一短である。28
次の問題は、必ずしも効率的であるとは限らない一般のリスク証券の市場評価がどのようになるかを
明らかにすることである。この結果は、CAPM(資本資産評価モデル: Capital Asset Pricing Model)
と呼ばれ、ファイナンスの中心的な結果となっている。
問 20. 投資家 X 氏は投資資金 400 万円のうち 280 万円を無リスク資産に、120 万円を市場ポートフォ
リオに投資しており、その結果この 400 万円には、あるリスク資産 A が 10 万円含まれている。このと
き、投資資金 600 万円のうち 45 万円を資産 A に投資している投資家 Y 氏は、無リスク資産にいくら投
資しているか答えよ。(公認会計士試験過去問題)
28
十分に小さい x に対しては近似的に log(1 + x) = x が成り立つ。この関係を応用して、十分小さい価格変化分 ∆p0 に対
して p1 = p0 + ∆p0 と表すことができるとしよう。このとき
„
«
∆p0
∆p0
log 1 +
=
p0
p0
すなわち、対数収益率の定義と通常の収益率の定義が近似的に一致する、したがって正規分布の仮定とも矛盾しない、とい
う結果が得られる。
28
10
CAPM: 一般のリスク証券の市場評価
問 21. ( 25 ) ∼ ( 31 ) に当てはまる用語を答えよ。
必ずしも効率的であるとは限らない一般のリスク証券 i と市場ポートフォリオ M からなるリスク・
ポートフォリオを考えよう。ただし、リスク証券 i と市場ポートフォリオ M は完全相関しないものと
する。リスク証券 i への投資ウェイトを α とすれば、そのようなリスク・ポートフォリオの期待収益率
µp と分散 σp2 は
{
µp = αµi + (1 − α)µM ,
2
σp2 = α2 σi2 + (1 − α)2 σM
+ 2α(1 − α)σiM
によって与えられることはすでに述べた。上の関係で描かれる σp と µp の関係((4) 式参照、図 8 の jj ′
曲線で示される)は、α = 0(市場ポートフォリオ M への単独投資)において資本市場線と接し、し
たがって接線の傾きはリスクの市場価格に等しい
¯
∂µp ¯¯
µM − r
=
¯
∂σp α=0
σM
ことを利用する。
図 8: リスク証券 i と市場ポートフォリオ M
そこで、第 1 式の両辺を α で微分すれば
∂µp
= µi − µM
∂α
を得る。同様に第 2 式の両辺を α で微分すれば
∂σp2
2
= 2ασi2 − 2(1 − α)σM
+ 2(1 − 2α)σiM
∂α
ところで
であるから
∂σp2
∂σp
= 2σp
∂α
∂α
)
∂σp
1 ( 2
2
=
ασi − (1 − α)σM
+ (1 − 2α)σiM
∂α
σp
29
したがって
(
)
∂µp
∂µp
∂α
)
= (
∂σp
∂σp
∂α
=
σp (µi − µM )
2 + (1 − 2α)σ
ασi2 − (1 − α)σM
iM
ここで、α = 0 のとき σp = σM であることを利用すれば
¯
∂µp ¯¯
σM (µi − µM )
=
2
∂σp ¯α=0
σiM − σM
つまり
σM (µi − µM )
µM − r
=
2
σM
σiM − σM
が成り立つ。これを変形すると
µi = r +
σiM
2 (µM − r)
σM
を得る。これは以下のことを示している。
• リスク証券 i のリスク ( 25 ) µi − r は市場のリスク ( 25 ) µM − r に比例する
• この比例定数を証券 i の ( 26 ) といい
βi =
σiM
2
σM
で与える。これは証券 i と市場ポートフォリオ M の収益率の関係性を反映し、証券 i
2 に占める割合を表している
の存在が市場のリスク σM
• 証券 i の ( 26 ) βi を用いて、先の関係を書き改めると
µi = r + βi (µM − r)
(12)
となる。この関係式 (12) を CAPM あるいは ( 27 ) という。この関係を様々なリスク
証券の期待収益率を縦軸に、その ( 26 ) を横軸にとったものを ( 28 ) 線という(図 9
を参照)。
CAPM は、証券の ( 26 ) がわかればたちどころにその証券の期待収益率がわかる、ということを示
しており、この意味ですべての証券の市場評価を与える関係式となっている( ( 28 ) 線上で、すべて
の証券の市場評価が与えられる)。たとえば、 ( 26 ) が 1 であることがわかれば、追加の情報を一切必
要とせず、そのリスク証券の期待収益率 µi は市場ポートフォリオのそれ µM に等しいことがわかる。
また、たとえリスク証券が価格変動を起こしその標準偏差 σi がゼロではないとしても、収益の構造が
市場と相関しない場合 σiM = 0(したがって βi = 0)であるので、そのようなリスク証券のリスクは
まったく評価されずリスク・プレミアムが支払われない(期待収益率はたかだか無リスク資産収益率 r
しか支払われない)ということがわかる。つまり、CAPM は
30
図 9: ( 28 ) 線
【リスク証券のリスク・プレミアムは、ベータ係数、すなわちその証券の収益と市場の収益との関連性
の強さ、に応じて支払われる】
ということを示している。
リスク証券 i と市場ポートフォリオの相関係数 ρiM を用いて、共分散 σiM を
σiM = ρiM σi σM
のように書き換えてみる。そうすると、CAPM の公式 (12) 式から
µM − r
µi − r
= ρiM
σi
σM
が得られる。左辺はリスク証券 i のシャープ測度、右辺はリスクの市場価格の ρiM 倍であることがわか
る。相関係数の最大値は 1 であるから、あらゆるリスク証券のシャープ測度はリスクの市場価格を超え
ることができない、したがって、リスクの市場価格が最大のシャープ測度であることが再確認される。
つまり、リスク回避的な投資家が望ましいと考える「ローリスク・ハイリターン」の観点から見れば、
リスク証券への単独投資は、分散投資を行なうことによるリスクの分散効果が得られないから、望ま
しいとは決していえないのである。
いま、市場が均衡状態になく、その ( 26 ) に比してあるリスク証券が過大評価されているとしよう。
この証券の将来価格の予想に変化がないものとすれば、これはこの証券の現在価格が割安であることを
示しており、投資家による当該証券の買いを誘発し、当該価格の価格は上昇するであろう。その結果、
当該証券の期待収益率は下落する。反対に、その ( 26 ) に比してあるリスク証券が過小評価されてい
るとしよう。これはこの証券の現在価格が割高であることを示しており、投資家による当該証券の売り
を誘発し、当該価格の価格は下落するであろう。その結果、当該証券の期待収益率は上昇する。このよ
うに、均衡においては証券の市場評価は ( 28 ) 線上で評価されるのである。
CAPM の観点から資本市場線上にある効率的ポートフォリオを眺めてみよう。資本市場線を変形す
れば
σp σM
µp = r + 2 (µM − r)
σM
となる。したがって、資本市場線上にある効率的ポートフォリオは市場ポートフォリオと ( 29 ) する
ことがわかる。これは、効率的ポートフォリオが、無リスク資産と市場ポートフォリオだけで構成でき
31
るため、当然の結果といえる。また、資本市場線の M 以下の部分はベータ係数が 0 以上 1 以下、M 以
上の部分は 1 以上となっていることもわかる。
リスクの分解: ( 30 ) リスクと ( 31 ) リスク
第 i リスク証券(あるいはポートフォリオ)の収益率(確率変数)が
Ri = r + βi (RM − r) + ϵi
のように表せるものとしよう。ただし、RM は市場ポートフォリオ M の収益率(確率変数)であり、ϵi
はこの関係式が成り立つように導入された確率変数である。両辺の期待値を取れば
µi = r + βi (µM − r) + E(ϵi )
となるので、CAPM の公式から E(ϵi ) = 0 であることがわかる。また、Ri と RM の共分散を計算すると
Cov(Ri , RM ) = E[(Ri − µi )(RM − µM )] = E[{βi (RM − µM ) + ϵi }(RM − r)]
2
= βi σM
+ Cov(ϵi , RM )
となる。このことから、βi の定義
βi =
Cov(Ri , RM )
2
σM
を利用すると Cov(ϵi , RM ) = 0 であることがわかる。したがって、Ri の分散 σi2 は
σi2 = E[(Ri − µi )2 ]
= E[{β(RM − µM ) + ϵ}2 ]
2
= βi2 σM
+ V (ϵi )
となり、リスク証券 i の分散がふたつのリスク(分散)項の和に分解できることを示している。最右辺
第 2 項 V (ϵi ) は ( 30 ) リスク(固有リスク、個別リスク)と呼ばれる。このリスクは市場とは無相関で
ある。第 1 項 βi2 σi2 は ( 31 ) リスクと呼ばれ、市場全体のリスクに対応する。ベータで測られるリスク
証券 i の ( 31 ) リスクは他のリスク証券(ポートフォリオ)の ( 31 ) リスクと直接に結びついており、
分散投資によっても残るリスクを示している。
i はポートフォリオと考えても良いので、上の関係から、分散投資によるリスク軽減効果を論じるこ
とができる。ポートフォリオ i の ( 30 ) リスク V (ϵi ) は市場とは無相関なので、十分に分散投資するこ
とによって減らすことができる。しかし、十分に分散投資したとしても、ポートフォリオ i の分散は市
2 に近づくだけで、 ( 31 ) リスクをそれ以上に減らすことはできないので
場ポートフォリオの分散 σM
ある。
ベータの定義 βi = ρiM σi /σM を用いて、先の関係を書き改めれば
1 = ρ2iM +
V (ϵi )
σi2
となる。右辺第 2 項はリスク証券 i の総リスク(分散)σi2 に占める ( 30 ) リスクの構成比であるから、
( 31 ) リスクの構成比は ρ2iM であることがわかる。
32
マーケット・モデル
マーケット・モデルは、個別株式 i の収益率 Ri という被説明変数を、市場収益率 RM という単一説
明変数によって
Rit = αi + βi RM t + ϵit
で説明しようとする実証分析手法である(収益率データとしては、初めから、無リスク資産収益率を引
いた超過収益率がとられることも少なくない)。ただし、t = 1, 2, . . . , n は時刻のインデックスを、誤差
項 ϵit は互いに独立で平均 0、分散 σi2 の正規分布に従うものとする。すなわち
1∑
=
RM t
n
n
ϵit ∼
N (0, σi2 ),
E[ϵit (RM t − R̄M )] = 0,
E(ϵit ϵis ) = 0 (t ̸= s),
R̄M
t=1
この場合、αi , βi の推定値 α̂i , β̂i は単回帰最小 2 乗法によって
∑n
α̂i = R̄i − β̂i R̄M ,
β̂i =
(RM t − R̄M )(Rit −
t=1∑
n
2
t=1 (RM t − R̄M )
R̄i )
1∑
R̄i =
Rit
n
n
t=1
決定されることになる。また、こうして決定された回帰直線の説明力は決定係数で測ることができる。
詳細については統計学のテキストに譲る。
問 22. マーケット・モデルと CAPM の関連と違いを考えよ。
CAPM の限界とその後
ポートフォリオ・セレクションの理論を提唱したハリー・マーコヴィッツと、CAPM を完成させた
ウィリアム・シャープは、1990 年にノーベル経済学賞を同時受賞した。これは、CAPM につながる一
連の研究成果が世界的に認められたことを示している。OPM(オプション評価理論: Option Pricing
Model)の開発によって 1997 年にノーベル経済学賞を同時受賞したマイロン・ショールズとロバート・
マートンの研究も、CAPM の理論的枠組みに依拠している。
CAPM が発表されたのち、研究者は(資本市場が整備されてデータが揃っていた米国では特に)こ
ぞって CAPM の実証研究に着手した。その結果 80 年代までは、CAPM は市場のデータと整合的であ
り、高い説明力を持つと言われていた。しかしその後、CAPM では説明のできない期待収益率の乖離
がみられるようになる。CAPM では説明のできないこのような期待収益率の乖離分をアルファと呼ぶ
ことがある。29
µi − r = αi + βi (µM − r)
ゼロではない αi ̸= 0 が生ずる理由として、いくつかの候補が提唱された。
その一つはマルチ・ファクター分析と呼ばれている。CAPM は市場の期待超過収益率 µM − r のみ
で説明ができるとするので、1 ファクター・モデルと呼ばれる。しかし、リスク証券の期待収益率は、
このファクター以外にも(例えば物価水準や為替レートなどのファクターに)影響を受けるかもしれ
ない。こうしたマルチ・ファクタ―分析から APT(裁定評価理論: Arbitrage Pricing Theory)が誕生
し、1990 年初頭にファクター・モデルの理論はより精緻化されることになった。
APT とは別に、具体的なマルチ・ファクタ―・モデルとして有名なのが、ファマとフレンチによる
3 ファクター・モデルである。彼らの分析は、通常の CAPM のファクターに加え、バリュー&グロー
29
先に説明したマーケット・モデルにおいて、説明変数と被説明変数をそれぞれ市場超過収益率データと第 i 各部式の超過
収益率データとしたときに、多くの株式に対して推定値 α̂i ̸= 0 が観測されたと考えればよい。
33
ス(バリュー株と成長株)の効果、小型株の効果が付加される。3 ファクター・モデルは CAPM より
も期待収益率の説明力が高いという実証研究結果があるが、なぜそうしたファクターを加えるとよい
のかを理論的にうまく説明できないでいる。
このように、マルチ・ファクター分析は有効ではあるのだが、どのようなファクターを加えるべきか
については意見の一致がなく、ファクターを追加するごとに計算コストも大幅に増大する。市場データ
のみからリスク証券の市場評価が(ある程度)できる CAPM は、この意味で、実務の世界でもまだ有
効だとみなされ続けている。
上で見てきたように、CAPM は期待効用仮説に基づいて、リスク回避的な投資家を合理的な経済人
のモデルとしている。しかし、アレのパラドクスによって知られているように、30 現実の人々は期待効
用仮説では説明のできない矛盾した行動を行うことがしばしば観察される。アレのパラドクスは、プ
ロスペクト理論などで知られる行動経済学という研究分野を生み出した。31 ファイナンスの分野でも、
行動ファイナンスと呼ばれる新しい研究分野が創始され、この観点から証券の市場評価を見直そうと
いう動きがある。
問 23. X 社株式の収益率と市場ポートフォリオの収益率の相関係数は 1/2 で、X 社株式の収益率の標
準偏差は 40%、市場ポートフォリオの収益率の標準偏差は 15%であるという。X 社株式のベータはい
くらになるか。また、X 社株式の収益率の非システマティック・リスクの構成比は何%になるか。(証
券アナリスト 1 次試験過去問改題)
問 24. 株式 A はベータ係数が 0.5 であり、投資家はこの株式の期待収益率を 5%と考えている。他方、
株式 B はベータ係数が 1.5 であり、投資家は 7%の期待収益率であると予想している。このとき、市場
の期待収益率 µM と無リスク資産収益率 r を求めよ。
問 25. 株式 A と市場ポートフォリオ M の期待収益率 µA , µM がそれぞれ 10%, 20%、リスク(標準偏
差 σA , σM )がそれぞれ 2%, 4%であるとする。また、株式 A と市場ポートフォリオ M からポートフォ
リオ P を作るものとする。株式 A と市場ポートフォリオの収益率の相関係数が ρAM = 1/2 であるとし
て、以下の問に答えよ。
(1). ポートフォリオ P の収益率の標準偏差と期待収益率(σp と µp )の満たすべき関係式(効率的フ
ロンティア)を導け。
(2). σp を最小にする株式 A に対する投資比率 x はいくらか。また、σp の最小値はいくらか。そのと
きの µp の値はいくらか。
(3). 問 (1) の結果から、効率的フロンティアの接線の傾き
∂µp
∂σp
を µp と σp によって表せ。
(4). 問 (3) の結果を用いて、リスクの市場価格を求めよ。
(5). 問 (4) の結果を用いて、無リスク証券の収益率 r を求めよ。
30
モーリス・アレはフランスの経済学者。1988 年にノーベル経済学賞を受賞している。Allais, Maurice(1953), “Le comportement de l’homme rationnel devant le risque: critique des postulats et axiomes de l’ecole Americaine,” Econometrica
21, 503-546.
31
プロスペクト理論は、1979 年にダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって展開された。カーネマンは 2002
年にノーベル経済学賞を受賞している。Kahneman, Daniel, and Amos Tversky(1979), “Prospect Theory: An Analysis
of Decision under Risk,” Econometrica, XLVII, 263-291.
34
(6). 株式 A のベータ係数 βA はいくらか。
(7). 任意の株式 i の期待収益率 µi を、そのベータ係数 βi を用いて表せ。
(8). ベータ係数が 1/2 であるような株式 B の期待収益率 µB はいくらか。
35
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