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ブータン王国の新生児集中治療室における院内感染対策の 経験

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ブータン王国の新生児集中治療室における院内感染対策の 経験
2013
ヒマラヤ学誌 No.14, 168-179,
ブータン王国の新生児集中治療室における院内感染対策の経験(西澤和子ほか)
ブータン王国の新生児集中治療室における院内感染対策の
経験
西澤和子 1)、Kinzang P. Tshering2)
1)京都大学霊長類研究所国際共同先端研究センター
2)Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital
1.
はじめに
2)ブータン王国の新生児医療提供体制の現状と
1)ブータン王国における新生児死亡の現状
課題
ブータン王国は、アジア諸国の中でも特に、新
ブータン王国でのすべての開発政策は、医療政
生児死亡が依然高い国として知られている。しか
策 を 含 め て 国 民 総 幸 福 Gross National Happiness
し、他の多くの開発途上国と同様に、新生児死亡
(GNH) の 理 念 の も と、Gross National Happiness
の実態は未だ正確には把握されておらず、国連諸
Commission(GNHC)のとりまとめた、5 カ年計
機関が共同でまとめた 2011 年の報告
画に沿って遂行されている。表 1、表 2 に明記さ
1)
によると、
2010 年の新生児死亡率は出生 1000 対 26 と推計
れているように、現在進行中の第 10 次 5 カ年計
されている。また、ブータン政府保健省の発表 2)
画(2008-2013 年)4) でブータン政府は、妊産婦
によると、出生 1000 対 33 と報告されている。保
死亡及び新生児・乳児死亡の低下を目標として掲
健省は、新生児死亡の原因究明とその対策を講じ
げ、その実現に向けての戦略として、施設分娩の
るための情報収集を目的に、全国の医療機関に対
促進、緊急産科ケアの拡大、新生児ケアサービス
して、個々の新生児の死亡(死亡場所を問わず)
の強化を謳っている。
の 詳 細 を 記 載 し た、 新 生 児 死 亡 個 票(Neonatal
一般的に医療施設での分娩は、妊産婦及び新生
Death Reporting Form)の提出を義務づけている。
児の健康上のリスクを軽減するために極めて重要
しかし、仮にこの国連や保健省の推計が正しいと
な要因であることが知られている。分娩時の適時
仮定すると、全国の医療機関から保健省に届け出
適切な医療的介入と衛生的な環境が、合併症や感
られた新生児死亡は、実際のわずか 3 割にしか満
染症のリスクを軽減し、妊産婦及び新生児の死亡
たない計算となり、特に自宅での死亡の多くが、
率や罹患率を低下させると言われている。ブータ
未だ届け出られていない可能性が示唆され、デー
ン保健省もこの原則に則り、これまで施設分娩を
タが実態を反映しているとは言い難いのが現状で
積極的に奨励し、その割合は 63.1% 3)にまで上昇
ある。
してきているが、東西地域ならびに、都市地方間
の比較を示した(表 3)にあるように、都市部で
⴫
⴫㧝㧦VJ(;21DLGEVKXGUCPFVCTIGVUKPTGRTQFWEVKXGJGCNVJ
ᅧ↥ᇚᱫ੢‫ޔ‬ᣂ↢ఽᱫ੢ߩૐਅ߇᣿⸥ߐࠇߡ޿ࠆ‫ޕ‬
表 1 10th FYP Objectives and targets in reproductive health
妊産婦死亡、新生児死亡の低下が明記されている。
VJ(KXG;GCT2NCP 1DLGEVKXGUCPFVCTIGVUKPTGRTQFWEVKXGJGCNVJ
4GFWEGOCVGTPCNOQTVCNKV[
4GFWEGPGYDQTPCPFKPHCPVOQTVCNKV[
+PETGCUGEQPVTCEGRVKXGRTGXCNGPEG
4GFWEGKPEKFGPEGQHEGTXKECNCPFDTGCUVECPEGT
2TQOQVGGXKFGPEGDCUGFTGRTQFWEVKXGJGCNVJUGTXKEGU
― 168 ―
⴫㧞㧦VJ(;25VTCVGIKGUKPTGRTQFWEVKXGJGCNVJ
2TQOQVGGXKFGPEGDCUGFTGRTQFWEVKXGJGCNVJUGTXKEGU
ヒマラヤ学誌 No.14 2013
⴫㧞㧦VJ(;25VTCVGIKGUKPTGRTQFWEVKXGJGCNVJ
ᣉ⸳ಽᇂߩᅑബߣ‫✕ޔ‬ᕆ↥⑼ࠤࠕߩలታ߇᣿⸥ߐࠇߡ޿ࠆ‫ޕ‬
表 2 10th FYP Strategies in reproductive health
施設分娩の奨励と、緊急産科ケアの充実が明記されている。
VJ(KXG;GCT2NCP 5VTCVGIKGUKPTGRTQFWEVKXGJGCNVJ
x
5ECNKPIWRKPUVKVWVKQPCNFGNKXGT[GPUWTKPIUMKNNGFCVVGPFCPEG
CVDKTVJU
x
'ZRCPUKQPQH'OGTIGPE[1DUVGVTKEECTG
'O1%UGTXKEGU
x
+PVGPUKH[PGYDQTPECTGUGTXKEGU
x
+PETGCUG#0%+2%20%EQXGTCIG
x
+PETGCUKPIWPKXGTUCNCEEGUUVQHCOKN[RNCPPKPIUGTXKEGU
x
+ORTQXKPICPFGZRCPUKQPQH2CRUOGCTCPF8+#UGTXKEGU
x
5VTGPIVJGPKPITGUGCTEJECRCEKV[
x
)GPGTCVKQPQHDGVVGT4*FCVCCPFKPHQTOCVKQP
x
+PKVKCVKPIKPHGTVKNKV[OCPCIGOGPV
x
+PVGPUKH[4*CFXQECE[CPFCYCTGPGUU
⴫㧟㧦ಽᇂ႐ᚲߩ࿾ၞ㑆ᩰᏅ ಴ౖ㧦$JWVCP/WNVKRNG+PFKECVQT5WTXG[
ㇺᏒㇱߢߪᣉ⸳ಽᇂ߇ㅴࠎߢ޿ࠆ߇‫ޔ‬࿾ᣇߢߪ߹ߛ߹ߛ⥄ቛಽᇂ߇ᄙ޿‫ޕ‬
⴫㧟㧦ಽᇂ႐ᚲߩ࿾ၞ㑆ᩰᏅ
಴ౖ㧦$JWVCP/WNVKRNG+PFKECVQT5WTXG[
ㇺᏒㇱߢߪᣉ⸳ಽᇂ߇ㅴࠎߢ޿ࠆ߇‫ޔ‬࿾ᣇߢߪ߹ߛ߹ߛ⥄ቛಽᇂ߇ᄙ޿‫ޕ‬
表 3 分娩場所の地域間格差 出典:Bhutan Multiple Indicator Survey 2010
都市部では施設分娩が進んでいるが、地方ではまだまだ自宅分娩が多い。
+PUVKVWVKQPCN&GNKXGT[ 0QPKPUVKVWVKQPCN
FGNKXGT[
+PUVKVWVKQPCN&GNKXGT[ 0QPKPUVKVWVKQPCN
7TDCPCTGCU
FGNKXGT[ 4WTCNCTGCU
7TDCPCTGCU
4WTCNCTGCU
⷏ㇱ࿾ၞߪੱญ߇ㇺᏒㇱߦ㓸ਛߒߡ޿ࠆߚ߼‫ޔ‬ᣉ⸳ಽᇂ߇ᄙ޿‫ޕ‬
西部地域は人口が都市部に集中しているため、施設分娩が多い。
⷏ㇱ࿾ၞߪੱญ߇ㇺᏒㇱߦ㓸ਛߒߡ޿ࠆߚ߼‫ޔ‬ᣉ⸳ಽᇂ߇ᄙ޿‫ޕ‬
+PUVKVWVKQPCN&GNKXGT[ 0QPKPUVKVWVKQPCN
FGNKXGT[
+PUVKVWVKQPCN&GNKXGT[ 0QPKPUVKVWVKQPCN
9GUVGTPTGIKQP
FGNKXGT[ %GPVTCNTGIKQP
9GUVGTPTGIKQP
'CUVGTPTGIKQP
%GPVTCNTGIKQP
'CUVGTPTGIKQP
医療機関は JDWNRH のみであり、全国から重症
は施設分娩が進んでいるが、地方ではまだまだ自
新生児が搬送されてくるため年間入院数は、2010
宅分娩が多く、西部地域は人口が都市部に集中し
年以降 1000 件を超え、その推移を示した(図 1)
ているため、施設分娩が多い。このように地域間
⴫㧠㧦&T-2ߩᣂ↢ఽࠤࠕߩ㧣ߟߩࡑࡦ࠻࡜
にあるように、年々増加しつづけている。ちなみ
格差がまだまだ大きいのが現状である。
⴫㧠㧦&T-2ߩᣂ↢ఽࠤࠕߩ㧣ߟߩࡑࡦ࠻࡜
に、2006,7 年と入院数が減少しているのは、ブー
Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital
(principle) of newborn care
Dr.KP’s 7 Mantra
(JDWNRH)は、国内唯一の
3 次医療施設であり、
タン歴で縁起の悪い年にあたっていたため、出生
6GORGTCVWTGOCPCIGOGPV
Dr.KP’s
7 Mantra (principle)
of newborn care
年間分娩数約 3500
件で、全出生数の約
1/4、全施
数が減ったためである。2008 年から入院数が急
$TGCVJKPI
0GYDQTPTGUWUEKVCVKQP4GURKTCVQT[ECTG
を占める。現在、新生児のケア
6GORGTCVWTGOCPCIGOGPV
増しているのは、新築の建物に移転し、病棟規模
設分娩数の約 1/3
$TGCUVHGGFKPI0WVTKVKQP
を専門的におこなう病棟、いわゆる新生児集中治
が拡大し、保育器などの新医療機器が導入された
$TGCVJKPI
0GYDQTPTGUWUEKVCVKQP4GURKTCVQT[ECTG
療室(Neonatal Intensive
Care Unit: NICU)を持つ
+PHGEVKQPEQPVTQN
$TGCUVHGGFKPI0WVTKVKQP
ためと推察される。
&GXGNQROGPVCNECTGDQPFKPI'OQVKQPCNUWRRQTV
+PHGEVKQPEQPVTQN
5RGEKHKEFKUGCUGOCPCIGOGPV
&GXGNQROGPVCNECTGDQPFKPI'OQVKQPCNUWRRQTV
/QPKVQTKPI
5RGEKHKEFKUGCUGOCPCIGOGPV
― 169 ―
/QPKVQTKPI
ブータン王国の新生児集中治療室における院内感染対策の経験(西澤和子ほか)
人
1200
1058
1092
1000
791
705
800
593
600
563
496
524
400
200
⴫㧟㧦ಽᇂ႐ᚲߩ࿾ၞ㑆ᩰᏅ ಴ౖ㧦$JWVCP/WNVKRNG+PFKECVQT5WTXG[
0
ㇺᏒㇱߢߪᣉ⸳ಽᇂ߇ㅴࠎߢ޿ࠆ߇‫ޔ‬࿾ᣇߢߪ߹ߛ߹ߛ⥄ቛಽᇂ߇ᄙ޿‫ޕ‬
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
年
図 1 JDWNRH 年間 NICU 入院数の推移
+PUVKVWVKQPCN&GNKXGT[
0QPKPUVKVWVKQPCN
2006,7 年と入院数が減少しているのは、ブータン歴で縁起の悪い年にあたっていたため、出生数が減ったためである。2008 年
FGNKXGT[
から入院数が急増しているのは、
新築の建物に移転し、
病棟規模が拡大し、
保育器などの新医療機器が導入されたためと推察される。
7TDCPCTGCU
4WTCNCTGCU
今後この地域間格差を是正し、妊産婦死亡、新
生児死亡の低下に向けて、さらに施設分娩を奨励
働く医療従事者たちにも、新生児ケアの基本を習
得してもらうため、新生児科医が地方に出向いて
⷏ㇱ࿾ၞߪੱญ߇ㇺᏒㇱߦ㓸ਛߒߡ޿ࠆߚ߼‫ޔ‬ᣉ⸳ಽᇂ߇ᄙ޿‫ޕ‬
していくためには、医療施設での産科、新生児ケ
ワークショップや研修会を開催したり、逆に地方
から JDWNRH の NICU に短期間研修生として受
アのさらなる充実が求められるとして、ブータン
保健省は現在緊急産科ケア(帝王切開や輸血)を
け入れる事で、医療機関での新生児ケアの質向上
+PUVKVWVKQPCN&GNKXGT[
0QPKPUVKVWVKQPCN
展開中の地方病院(Comprehensive EmOC Center)
での新生児ケアの質を強化するため、今後これら
9GUVGTPTGIKQP
の病院にも新生児ケアに必要な人材や機材を配備
%GPVTCNTGIKQP
していくことを計画している。
'CUVGTPTGIKQP
3)新生児ケア・7 つのマントラ
ブータン王国では、全ての医療機関で新生児が
生まれる可能性がある事から、こういった地方で
のための継続教育を支援している。これらの機会
FGNKXGT[
をとらえ、ブータン人でただ一人の新生児科医
Dr. Kinzang P. Tshering(Dr. KP)が、ことあるご
とに必ず口にする「新生児ケアの 7 つのマントラ」
(表 4)というのがある。マントラとは仏教用語
で仏の真言を指す。チベット仏教が国教のこの国
では、「基本原則 7 ヶ条」というよりも「7 つの
マントラ」といった方が、受け入れられ易い。
⴫㧠㧦&T-2ߩᣂ↢ఽࠤࠕߩ㧣ߟߩࡑࡦ࠻࡜
表 4 Dr. KP の新生児ケアの 7 つのマントラ
Dr.KP’s 7 Mantra (principle) of newborn care
6GORGTCVWTGOCPCIGOGPV
$TGCVJKPI
0GYDQTPTGUWUEKVCVKQP4GURKTCVQT[ECTG
$TGCUVHGGFKPI0WVTKVKQP
+PHGEVKQPEQPVTQN
&GXGNQROGPVCNECTGDQPFKPI'OQVKQPCNUWRRQTV
5RGEKHKEFKUGCUGOCPCIGOGPV
/QPKVQTKPI
― 170 ―
ヒマラヤ学誌 No.14 2013
JDWNRH の NICU を訪れた研修生は、必ずこれ
であるが、16 人(41%)が 7 未満で胎児仮死の
を最初に聞かれ、答えられなければ、帰るまでに
状態で出生しており、生後 72 時間未満に死亡し
は必ず覚えさせられる。新生児死亡原因の詳細が
た児(16 人)の半数(8 人)が 7 未満であった。
未だ分析できない状況下にあって、これら 7 つの
これらから、生後 72 時間未満の超早期新生児死
どれもが、アウトカムの向上には不可欠であり、
亡の半数が、胎児仮死の影響を新生児期にも持ち
その改善にインパクトがあると言っても過言では
越した末、死亡した可能性が示唆された。
ない。
他方、APGAR SCORE が良好(1 分値、5 分値
とも 7 以上)であった 12 人のうち、7 人(58%)
2.
研究目的
が早産・未熟性・低出生体重が原因で 4 人(33%)
ブータン王国政府の目指す新生児死亡率の低下
は感染症が原因で死亡していた。早産・低出生体
に向けて、JDWNRH の新生児死亡症例を検討し、
重の死因も、その免疫機構の未熟性から、院内感
ブータンの医療施設における新生児ケアの質向上
染によるものが多く含まれていると推察され、こ
のためのボトルネックを明らかにする。また、ボ
れを含めると、胎児期や生まれた時の状態がよく、
トルネックのうちアウトカム向上に極めて重要な
後に何らかの合併症を起こし、死亡したケースの
役割をしめる院内感染対策に着目し、近年問題と
アウトカム改善には、院内感染を含む感染症対策
なっている多剤耐性菌による院内感染に対し、資
が重要である事が示唆された。
源の限られた状況のなかで、何が問題で、それを
また在胎 37 週以降の正期産で、出生体重 2.5
克服するために現地スタッフとともにどのような
対策をとってきたか、今後の課題も含めて経験を
共有する。
8%
3.
研究方法
Male
ブータン政府保健省より就労許可書を取得し、
Bhutan Health and Medical Council に登録の上、ボ
41%
51%
Female
Unknown
ランティア医師として、2011 年 5 月 6 日から現
在 ま で、 首 都 テ ィ ン プ ー に あ る Jigme Dorji
Wangchuck National Referral Hospital の Department
of Pediatrics に所属し、新生児病棟並びに関連す
る部門において、正常新生児並びに病的新生児の
診療をフルタイムで行いながら、職員教育、病棟
図 2 2011 年 JDWNRH 新生児死亡症例の性別(N=39)
入院患児の性別を示す。記載漏れのため性別不明が 8%に及ぶ。
管理業務などを平行して行った。また、保健省の
依頼により、新生児死亡個票を用いて新生児死亡
症例の原因分析に関する検討を行った。
4.
研究結果
31%
0−7
1)2011 年 JDWNRH 新生児死亡 39 例の検討
7−28
2011 年 1 月 1 日 か ら 12 月 31 日 の 1 年 間 に、
69%
JDWNRH の新生児病棟に入院した 1092 人のうち、
日齢 28 日未満に院内にて死亡した 39 人について
検討を行った。39 人中 27 人(69%)が生後 7 日
以内の早期新生児死亡であった。また 15 人
(38%)
が生後 72 時間以内に死亡していた。生後 1 分の
APGAR score は子宮内での胎児の状態を反映して
いると言われ、7 未満は胎児仮死を示唆する所見
図 3 2011 年 JDWNRH 新 生 児 死 亡 症 例 の 死 亡 日 齢
(N=39)
生後 7 日以内の早期新生児死亡が 7 割をしめ、産科管理の影響が推
察される。
― 171 ―
ブータン王国の新生児集中治療室における院内感染対策の経験(西澤和子ほか)
人
8
8
7
6
6
5
5
4
3
2
2
1
2
2 2
1
1
1
0
0
1
0 0
1 1 1 1
0 0 0 0
1
0 0 0
0 0
0
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
22
24
26
28
日
図 4 2011 年 JDWNRH 新生児死亡症例の死亡日齢内訳
生後 7 日以内の早期新生児死亡のなかでも、生後 3 日以内の死亡が半数を占める。
人 16
15
14
12
10
9
8
7
7
<28
28-32
6
4
2
0
37<
33-36
週
図 5 2011 年 JDWNRH 新生児死亡症例の在胎週数
早産例が半数以上を占め、比較的リスクの低い後期早産児も多数含まれている。他方、正期産児
の死亡も多い。
人 9
8
8
7
7
7
7
6
5
4
3
2
1
0
0
<1.0
1-1.499
1.5-2.499
2.5-4.499
4.5<
Kg
図 6 2011 年 JDWNRH 新生児死亡症例の出生体重
2.5 kg 未満の低出生体重児が半数以上を占める。他方、比較的リスクの低いとされる 2.5 kg 以上
の出生児にも死亡例が認められる。
― 172 ―
ヒマラヤ学誌 No.14 2013
い後期早産児も多数含まれている。他方、正期産
児の死亡も多い。図 6 は 2011 年に JDWNRH で死
18%
亡した新生児の出生体重をしめしているが、2.5
Prematurity
39%
Congenital Malformation
15%
Birth Asphyxia
kg 未満の低出生体重児が半数以上を占める。他方、
比較的リスクの低いとされる 2.5 kg 以上の出生児
に も 死 亡 例 が 認 め ら れ る。 図 7 は、2011 年 に
Sepsis
JDWNRH で死亡した新生児の死因を示しており、
28%
早産、先天異常、敗血症、仮死の順番であった。
院内感染は早産、先天異常、敗血症の死因に関連
図 7 2011 年 JDWNRH 新生児死亡症例の死因(N=39)
死因は、早産、先天異常、敗血症、仮死の順番である。院内感染は早
産、先天異常、敗血症の死因に関連している可能性がある。
している可能性がある。
2)JDWNRH の新生児病棟における院内感染の
現状
kg 以上のローリスク群での死因は、先天奇形が 6
JDWNRH では、いまだ院内感染症サーベイラ
人(50%)と最も多く、次いで重症新生児仮死、
ンスは行われていないが、これまで散発的に多剤
敗血症による死亡がそれぞれ 3 人(25%)であっ
耐性菌の出現が観察されていた。しかし、2012
た。図 2 は、2011 年に JDWNRH で死亡した新生
年 3 月以降、入院患者数と重症患者数の増加に伴
児の性別をしめしたものであるが、記載漏れが多
い、 多 剤 耐 性 肺 炎 桿 菌(Klebshiella Pneumoniae)
いため、性差は検討できなかった。図 3 は 2011
が複数の NICU 入院患児の検体から検出され、病
年に JDWNRH で死亡した新生児症例の死亡日齢
棟内アウトブレイクに発展した。
をしめしているが、生後 7 日以内の早期新生児死
図 8 は、2012 年 1 月 ~ 8 月 の JDWNRH NICU
亡が 7 割をしめ、産科管理の影響が推察される。
入院患者の生存率の推移をしめしているが、3 月
図 4 は 2011 年に JDWNRH で死亡した症例の死亡
から 6 月まで生存率が低下しているのは、入院患
日齢の内訳をしめしているが、生後 7 日以内の早
者数の増加による看護体制の窮迫、多剤耐性菌の
期新生児死亡のなかでも、生後 3 日以内の死亡が
蔓延が影響しているものと推察される。
半数を占めている。図 5 は、2011 年に JDWNRH
表 5 は、NICU で多剤耐性肺炎桿菌が検出され
で死亡した新生児症例の在胎週数を示している
た患児の詳細を示したものである。人工呼吸管理
が、早産例が半数以上を占め、比較的リスクの低
に関連する感染が示唆される。
%
100.0
98.9
97.8
97.8
98.0
97.1
96.0
94.0
94.0
94.2
91.8
92.0
90.6
90.0
88.0
86.0
1
2
3
4
5
6
7
8
月
図 8 2012 年 1 月~ 8 月の JDWNRH NICU 入院患者生存率の推移
3 月から 6 月まで生存率が低下しているのは、入院患者数の増加による看護体制の窮迫、多剤耐性菌の蔓延が
影響しているものと推察される。
― 173 ―
ブータン王国の新生児集中治療室における院内感染対策の経験(西澤和子ほか)
⴫㧡㧦,&904*0+%7 ߦ߅ߌࠆᄙ೷⠴ᕈ⢖Ἳ᪝⩶㓁ᕈᖚ⠪ߩ⹦⚦
表 5 JDWNRHNICU における多剤耐性肺炎桿菌陽性患者の詳細
5GZ
5N
/
0Q
(
&CVGQH
CFOKUUKQP
9V
-I
&KCIPQUKU
#UUKUVGF
XGPVKNCVKQP
%WNVWTG
&CVG
8
&%
&%
%WNVWTG
5CORNG
1WVEQOG
2TGVGTO8.$9005
2TGVGTO8.$9005
2TGVGTO.$96YKP660$00,
8
&%
2TGVGTO.$94&5
8
'6DNQQF
&%
/#522*02QUVFCVG
8
$NQQF
&%
0GWTQDNCUVQOC
8
$NQQF
4GHGTVQ+PFKC
005&+%
8
'61)
'ZRKTGF
2TGVGTO.$9660$5GRUKU
%
$NQQF
&%
2TGVGTO
Y8.$94&5005
%
DNQQF
&%
660$
%
$NQQF
&%
2TGVGTO660$
$NQQF
&%
2TGVGTO005
8
'61)
'ZRKTGF
2TGVGTO005
8
'6
'ZRKTGF
005
8
'[G
'ZRKTGF
%
8
5WEVKQP
VWDG
'ZRKTGF
$NQQF
&%
$NQQF
&%
$NQQF
&%
9QWPFDQF[
'ZRKTGF
005&+%
00,005%QPXWNUKQP
/#5
%*&#URKTCVKQPRPGWOQPKC
5CETQEQEEKCN6GTCVQOC
8
'[GDNQQF
&%
2TGVGTO'.$94&5005
8
'61)78%
'ZRKTGF
2TGVGTO8.$94&5005
8
'ZRKTGF
660$
%
8
'61)
%
$#%*&%QPIGPKVCN#PQTOCN[
8
'6
'ZRKTGF
2TGVGTO8.$969+06660$4
&52PGWOQVJQTCZ2&#
8
%
$NQQF
#FOKVVGF
&%
VLBW:
Very low birth weight, ELBW: Extremely low birth weight, TTNB: Transient Tachypnea of newborn,
8.$98GT[NQYDKTVJYGKIJV'.$9'ZVTGOGN[NQYDKTVJYGKIJV660$6TCPUKGPV6CEJ[RPGC
RDS:
Respiratory4&5
Distress
Syndrome,NNS:
Neonatal
sepsis, MAS:Meconium
QH PGYDQTP
4GURKTCVQT[
&KUVTGUU
5[PFTQOG005
0GQPCVCNaspiration
UGRUKUSyndrome,PPHN:
/#5/GEQPKWO
Persistant Pulmonary Hypertension,NNJ:Neonatal Jaundice, DIC:Disseminated intravascular coagulation, C:CPAP,
CURKTCVKQP 5[PFTQOG22*02GTUKUVCPV 2WNOQPCT[ *[RGTVGPUKQP00,0GQPCVCN ,CWPFKEG
V: Mechanical Ventilator,ET:endtracheal tube, OG: Orogastric tube,UVC: Umbilical venous catheter, D/C:
&+%&KUUGOKPCVGF
Discharge
KPVTCXCUEWNCT
EQCIWNCVKQP
%%2#2
8
/GEJCPKECN
8GPVKNCVQT'6GPFVTCEJGCNVWDG1)1TQICUVTKEVWDG78% 7ODKNKECNXGPQWUECVJGVGT
&%&KUEJCTIG
― 174 ―
ヒマラヤ学誌 No.14 2013
3)JDWNRH の新生児病棟における院内感染対
来すため、使用頻度の高い物品に関しては、病棟
策上の問題点
内で簡単な消毒で済まさざるを得なかった。
i. 人員の不足
v. 病棟設計上の問題
看護師の受け持ち患者が規定数を超えると、不
手洗い場の不足
完全な手洗いや擦式手指消毒によって水平感染を
新生児病棟は、病室が 3 つに別れているが、そ
起こしやすくなり、アウトブレイクの誘因となる
れぞれの部屋に手洗い場が配備されておらず、例
可能性があることが知られている。また、重症例
えば NICU 内で患者に接触してから、手洗い場に
を受け持つ場合には担当患者数を減らすべきで、
行くまでに必ずドアノブを触らなければならない
仕事量を考える場合、受け持ちの数的な問題だけ
構造になっている。
ではなく、質的な面にも配慮する必要がある。し
vi. 文化的背景
かし、慢性的な人員不足に悩まされているブータ
ブータンは文化的に、親戚・縁者の絆が強く、
ンの医療現場では、重症度や患者数に応じて、ス
友人知人も含めて、病院にはつねに見舞いに訪れ
タッフの配置を調整する事はほぼ不可能に等し
る訪問者が後を絶たない。ひとりの患者を大勢の
い。手洗い行動や手洗いの質には、看護業務量、
訪問者が取り囲む事も稀ではなく、例え新生児集
忙しさが最も影響を及ぼし、特に人手不足となり
中治療室であろうが例外ではない。病院は患者ひ
やすい夜勤では手洗いや手指消毒が不十分になり
とりにつき付き添い 1 名とし、訪問者は訪問時間
やすいことから、オーバーワークを緩和するには、
を守るよう呼びかけているが、コンプライアンス
病棟の状況に応じて夜勤などの勤務人数を調整で
は非常に低い。
きる柔軟な体制をとるなどの工夫が必要である。
4)アウトブレイク制圧のために実際にとった行動
しかし、24 時間の全身集中治療管理が必要な新
患者隔離:
生児集中治療室を含む 25 床を、12 人の看護師が
感染児と非感染児を出来る限り別々の部屋に収容
3 交代勤務で担当する現在の看護体制では、実施
し、物理的に隔離する事で接触を最小限にするよ
は極めて困難である。
う努めた。
ii. 職員の認識不足
感染源の同定:
NICU に勤務するすべての医療者は、保菌や汚
病棟内の全ての物品並びに環境にいる菌を把握す
染、交差感染のリスクに関する教育を受ける必要
るために、培養のためのサンプリングを行った。
があるが、これまで感染対策はひとりの看護師に
スタッフミーティングの開催:
のみ任されており、感染対策上の適切な行動や手
現状把握と対策の徹底のために、頻回にミーティ
法に関する適切なタイミングでの教育や訓練がな
ングを開き繰り返し警告、啓発に努めた。
されてこなかった。さらに、
感染率やルーチンワー
クのモニタリング結果のフィードバックもなく、
5)JDWNRH 新生児病棟で取り組んだ、再発防
改善策の策定やコンプライアンスの維持がなされ
止のための院内感染対策強化の実際
てこなかった。
1.病棟内 Infection Control Team(ICT)の設置
iii. 消耗物品の不足(ハンドソープ、アルコール
もともと、感染管理担当看護師が各病棟に一名
擦式手指消毒液、ハンドタオル)
ずつ決められていたが、タスクが多すぎて逆にほ
在庫管理や物品調達の予算管理やマネジメント
が不十分で、調達が停滞し、在庫切れがしばしば
発生する事から、感染管理に必要不可欠な消耗品
がしばしば品切れ状態に陥っていた。また予算不
足から、ペーパータオル等の使い捨てが不可能で
あった。
⴫㧢㧦∛᫟ౝ +PHGEVKQPEQPVTQN6GCO
+%6ߩ᭴ᚑຬ
表 6 病棟内 Infection control Team(ICT)の構成員
∛᫟ౝ +PHGEVKQPEQPVTQN6GCO
+%6ߩ᭴ᚑຬ
0WTUGKPEJCTIG
⋴⼔Ꮷ㐳
iv. 不十分な物品の滅菌消毒
&QEVQTKPEJCTIG
ᣂ↢ఽ⑼ක
物品自体の不足と、オートクレーブの器械の不
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足から、滅菌消毒に時間がかかり、診療に支障を
/QPVJN[PWTUG
Ფ᦬੤ઍ
― 175 ―
ブータン王国の新生児集中治療室における院内感染対策の経験(西澤和子ほか)
とんど機能していなかった。これを NICU のロー
生剤の継続投与が必要な場合には、できるだけ近
カルルールとして、表 6 のように病棟内 ICT とし
隣医療機関での外来ベースでの投薬を心がけ、
て組織化し、病棟での感染管理を分担責任とし、
ベッド回転率を上げた。また、定期的に病室消毒
感染看護師の負担を軽減するとともに、一般看護
を行うよう、ベッドコントロールを行った。
スタッフを毎月交代で順番に巻き込む事で、限ら
3.ルーチンの見直しと改善
れた人材のみならずボトムアップを狙って再構築
1)手指衛生法
した。
NIC では、複数の患児に接触する医療従事者が
媒介者となり、ある患児の保菌する菌を他の患児
2.病棟環境の見直しと改善
に容易にうつしうる。しかし全ての所作に対し、
普段から、病院の中でももっとも清潔度の高い
その前後で手洗いをするのは物理的にも時間的に
と評価されていた NICU でアウトブレイクが発生
も不可能である。よって、医療従事者は入退室及
した事から、関係者の落胆も大きかったが、徹底
び汚染処置後の手洗いと、それ以外のコンタクト
した病棟環境の見直しを行ってみると、まだまだ
前後でのアルコール擦式消毒との組み合わせでの
改善点が多々ある事が認識された。具体的には、
手指衛生法を提案し、ルーチンを実際に即したプ
増床時にも保育器間隔を一定以上保つよう、床に
ロトコールに変更した。またもうひとりのケアの
マーキングを行ったり、これまで以上に早期退院、
担い手である、付き添い家族に対しては、複数接
バックトランスファーを促進し、軽快後も静注抗
触がない、時間的余裕がある等の理由により手洗
いのみの手指衛生法とした。また全ての手洗い場
写真 1 医療機器を手作業で洗浄、消毒する病棟係員
(ワードボーイ)
写真 2 長期入院の付き添い家族や実習生、掃除係員(ス
イーパー)等にも手洗い教育を行う病棟看護師長
写真 3 院内感染対策の教育スライドを使った、長期入
院の付き添い家族への講義風景
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ヒマラヤ学誌 No.14 2013
に、手洗いの仕方のインストラクションを掲載し、
NICU は早産・低出生体重児などの易感染性の
それぞれの蛇口に対して個別のハンドソープが絶
患者と、敗血症などの感染性の患者とが混在する
えず置かれる体制を整えた。また供給が滞ってい
病棟である。どの患者が易感染性で、どの患者が
た手指衛生消耗品の調達には、必要経費を捻出す
感染性なのかを一見して判断できるように、保育
るための寄付箱を病棟内に設けて、病院管理に頼
器やラディアントウォーマーの名札に、赤:多剤
らない独自の調達にすることで、迅速に対応でき
耐性菌検出、黄:その他の感染症、青:易感染性、
るようになった。
白:培養陰転化とカラーコーディングをし、これ
2)共有物品の管理
に応じてケアの順番や、ベッド配置、手指衛生法
体温計や電卓、IV セットなどの共有物品は、
の変更、ガウン着用など、リスクに応じた対応に
各病室に同じ物を一セットずつ用意し、ラベルを
即座に変更できるような体制にした。また、各カ
はり、病室間での移動をしないようにした。また
ラーコーディングの児が病棟内に何人いるかを毎
体温計は感染用と非感染用にわけた。またアル
日記録し、また共有掲示板に日々更新して、多剤
コール擦式消毒液は、これまで各病室に 1 つで
耐性菌フリー日数の維持を病棟目標とし、目標達
あったのを、少ない供給分を小分けにして各ベッ
成状況を可視化した。
ドに 1 つずつ個別配置するようにし、全てのコン
7.訪問者の制限
タクト毎に必ずすぐ使えるように体制を整えた。
文化的背景から、ひっきりなしに訪れる訪問者
3)体重測定などのルーチンケアの見直し
を制限するのは忍びない反面、訪問者一人一人の
新聞紙をオートクレーブして、測定時児の下に
感染状況をチェックしたり、病棟内での感染対策
敷き、一患者毎にその場で捨てるようにした。ま
に関する説明をいちいち個別に行う余裕が看護ス
た測る順番を、易感染性の児から、感染症の児と
タッフにも無いため、訪問者を制限せざるを得な
いう順番になるよう工夫した。
い現状がスタッフ間でも共有されていた。
4.5S-TQM の導入
しかし他の病棟と異なり、親と子の絆形成にも
トヨタ生産方式 Total Quality Management の病
配慮が必要な NICU においては、病院の方針とは
院管理への応用に関する事例を病棟スタッフに紹
多少異なるが、病棟スタッフで話し合い、両親の
介し、5S(Set, Sort, Shine, Standardize, Sustain)の
入室に関しては一切制限を設けない代わりに、訪
方法論にのっとり、共有スタンドの物品類の整理
問者来訪を原則的に認めない方針とした。ただど
整頓と位置決めを行い、必要物品が常に揃う体制
ちらかの親が不在であったりするケースもあるた
を整えた。
め、一患児につき 2 枚の付き添い者カードを発行
5.手指衛生教育の徹底
し、病棟内では必ず身に付けるように説明し、カー
病棟看護職員の手指培養からも多剤耐性菌が検
ドを身につけていれば両親以外でも付き添い者と
出された事から、職員への手指衛生教育を徹底す
して認める方針とした。またカードを発行する事
るために、全ての手洗い場に手洗い方法のインス
で、一患児につき付き添い 2 名上限を原則として、
トラクションを掲載し、手荒いチェッカーを用い
それ以上の訪問者を制限するよう努めた。
た実感に訴える手洗い実技教育を、病棟に関わる
全職員及び長期入院の付き添い家族に実施した。
5.今後の課題と展望
また、JDWNRH は国内唯一の保健・医療分野の
院内感染を撲滅するために、まず必要なことは
人 材 養 成 機 関 で あ る Royal Institute of Health and
人員の適正配置である。しかし、それが即座に叶
Science(RIHS)の教育実習施設として、人材育
わないブータンの医療現場にあって、今あるリ
成の拠点となっており、地方病院からも実習生を
ソースを使って、今出来る事から少しずつやって
多数受け入れているため、NICU の感染対策に関
いくしかない。院内感染対策には、病棟内だけの
する実習生のためのオリエンテーションプログラ
自助努力で解決できない事も多々ある。例えば、
ムを開発し、病棟に入り実習を始める前に必ず全
院内サーベイランスや病原菌及び多剤耐性菌検出
員受講するよう義務づけた。
情報の公開と情報共有等、病院をあげてのモニタ
6.カラーコーディングシステムの導入
リングと対策が不可欠である。
― 177 ―
ブータン王国の新生児集中治療室における院内感染対策の経験(西澤和子ほか)
NICU は院内でももっとも脆弱な患者層を抱え
ているように感じる。
る部門として、病院全体の院内感染レベルの向上
に向けて、関連部門に積極的に働きかけ、牽引し
謝辞
ていく必要がある。また病棟内で取り組んで来た
今回のブータンでの新生児診療を支援していた
これら前述の対策はどれも、これからも継続的な
だいた、ブータン保健省並びに JDWNRH 小児科
努力が求められるものばかりである。これ以外に
Dr. Mimi Lhamo Mynak 部長をはじめスタッフ一
も、カンガルーマザーケアや Skin to skin contact、
同、研究において指導に当たって下さった松林公
プロバイオティックスなどの正常細菌叢早期定着
蔵教授(京都大学東南アジア研究所)
、松沢哲郎
促進のための戦略、グラム染色を用いた抗生物質
教授(京都大学霊長類研究所)、瀬戸嗣郎院長(静
の適正使用など、まだまだ着手しなければならな
岡県立こども病院)に心より深謝申し上げる。
い課題が山積である。
なお本研究は、京都大学ブータン友好プログラ
ブータン政府は新生児死亡率の低下を目標に新
ム(霊長類研究所特別経費「人間の進化」
)のフ
生児ケアのユニットを地方病院に拡大するよう計
ルタイムの研究員として支援を受けて実施された
画している。今後、同様の問題が他の病院でも発
ものである。
生する事が大いに予想される事から、対策方法を
まとめてパッケージ化し、啓発していく事が非常
参考文献
に重要であると考える。そのためにも対策内容と
1) Levels & Trends in Child Mortality report 2011,
その効果を、学術的に評価する研究が今後必要に
Estimates Developed by the UN Inter-agency
なってくるであろう。
Group for Child Mortality Estimation, 2011:12
今回の経験を通し、Dr. KP の 7 つのマントラを
2) Reproductive Health Review 2011, Ministry of
もとに、いずれ保健省と協力してまとめる予定の
Health, Royal Government of Bhutan, 2011:56-68
National strategy for Neonatal Care の作成において
3) Bhutan Multiple Indicator Survey 2010, Royal
も、ブータン流の院内感染対策を開発し盛り込ん
Government
でいければと思う。
of
Bhutan,
National
Statistics
Bureau, UNICEF, UNFPA, 2010:123-128
4) Tenth Five Year Plan (2008-2013), Gross National
6.
おわりに
Happiness Commission, Royal Government of
院内感染対策は開発途上国のみならず、どの国
もが抱える共通の課題である。しかし、それぞれ
Bhutan, 2008,76
5) NICU における医療関連感染予防のためのハ
のセッティングや入手可能なリソースによって、
ンドブック第 1 版,平成 23 年 3 月,厚生労
対策の方法は微妙に異なるため、我々の経験を病
働科学研究費補助金事業,新生児における病
院全体、国全体、または同じような資源の限られ
院感染症の予防あるいは予防対策に関する研
た国で共有する事は意義深いと考える。
究班,2011:5-9
かつて先進国では院内感染対策を理由に、厳格
6) Annual Health Bulletin 2012, Ministry of Health,
な清潔操作を強調しすぎるあまり、NICU はある
意味で隔離病棟と化し、母子分離が進んだ歴史的
経緯があった。
「救命率を上げるための感染管理」
と、「親と子そして家族の絆を守る」という、ど
ちらも捨てがたい 2 つの使命を両立させるため
に、力を合わせ知恵を絞る。そしてそれを限られ
た資源の中で実現させてこそ、そこに珠玉の創意
工夫が生まれ、より多くの赤ちゃんに裨益する
「技」が生まれる。そういう「技」が共有されれば、
世界はもっと baby-friendly になるのではないか。
ブータンの新生児医療は、私たちにそう語りかけ
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Royal Government of Bhutan, 2012:1-8
ヒマラヤ学誌 No.14 2013
Summary
Sharing Experience of Infection Control in NICU in Bhutan
Yoriko Nishizawa1), Kinzang P. Tshering2)
1)Primate Research Institute Kyoto University, Center for International Collaboration and
Advanced Studies in Primatology (CICSP)
2)Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital, Thimphu, Bhutan
The neonatal mortality rate (NMR) in Bhutan has remained one of the highest in Asian countries. To achieve
the Millennium Development Goal (MDG) 4 on child mortality (Two thirds reduction from 1990 to 2015), it is
essential to reduce NMR. Royal Government of Bhutan is trying to establish neonatal care units in each
Comprehensive Emergency Obstetric Care (EmOC) Centers to achieve this goal.
Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital (JDWNRH) is currently the only tertiary care center and
the only health facility, which has neonatal ward and Neonatal Intensive Care Unit (NICU) in the country. The
author is the first Neonatologist to work in this country as a full time volunteer.
s experience and challenges faced regarding infection control in managing
This article is to share the author’
neonatal service in a resource-limited country. Nosocomial transmission of drug-resistant pathogens was intense at
NICU in Bhutan; transmission involved mostly drug-resistant gram-negative bacilli. The growing burden of
neonatal mortality associated with hospital-acquired neonatal sepsis in the developing world creates an urgent need
for cost-effective infection-control measures in resource-limited settings. Infection-control interventions are
feasible and are possibly effective in resource-limited hospital settings.
Key words: Bhutan, Neonatal intensive care unit, Infection control, resource-limited setting
― 179 ―
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