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電波天文学が明らかにした宇宙の姿 そして能動業務との共存へ - ITU-AJ
スポットライト 会合報告 電波天文学が明らかにした宇宙の姿 そして能動業務との共存へ 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所 所長 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所 助教 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所 専門研究職員 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所 さいとう まさ お うめもと ともふみ きぬがさ けんぞう さいとう やすふみ 齋藤 正雄 梅本 智文 衣笠 健三 齋藤 泰文 かめ や 国立天文台 水沢VLBI観測所 助教 おさむ 亀谷 收 電波天文学という受動業務があることは知られていて ていない。最初に宇宙電波を受け、報告したのはベル研究 も、その実態は意外と知られていない。本稿では、電波天 所のジャンスキーである。通信アンテナの雑音を調べてい 文学というのはどのように始まり、どのように宇宙の姿を たジャンスキーは、あるとき空の特定の方向から20.5MHz 明らかにしてきたのか、そして能動業務との関係をどう考 の電波が到来していることを発見した。彼はその後来る日 えているのかを述べる。 も来る日も調べて、その特定の方向が1か月で2時間南中が 1.電波天文学とは 早くなることを見つけ、結局その電波は天の川銀河の中心、 いて座の方向から到来していることを1932年に突き止め 1.1 電波とは た。電波天文学の始まりである。いろいろな幸運が重なっ この雑誌の読者であれば電波を知らない人は少ないだ たともいわれるこの発見だが、彼が製作したアンテナの指 ろうが、天文観測での電波という概念について簡単に説明 向性が高かったこと、彼が未知の電波雑音を粘り強く時間 をする。天文学で電波というのは、電磁波のうち波長が概 をかけて調べたことが成功の要因だったことは疑いない。 ね0.3mmより長いものを通常は指す。波長が1mmより短 その後、世界大恐慌や第二次世界大戦などで電波天文学 いものはサブミリ波、1–10mmはミリ波、1–21cm(Lバンド) の進みはゆっくりであったが、戦後一気に花開いた。天文 あたりまでをセンチ波ということが多く、それより長いも 学でノーベル賞は8個の業績に贈られているが、そのうち のはマイクロ波とかメートル波などと呼ばれる。ミリ波や なんと5個は電波天文学である。 サブミリ波は大気中の水蒸気によって吸収を受けるため、 この波長帯の電波望遠鏡は標高が高く、乾燥した地域に 1.3 宇宙背景放射とブラックホールの発見 建設されることが多い。同じ電磁波の仲間に、目に見える 1960年代に、ベル研のペンジャスとウィルソンは、反射 可視光(0.38–0.78μm)がある。可視光は星やその集まり ホーン型アンテナの雑音源を徹底的に調べていた。そうし の銀河など高温の天体から放射されるのに対して、電波 たところ、あらゆる雑音源を特定したが、絶対温度3度に では主として–250℃程度の低温のガスや塵から放射され 相当する雑音がどうしても残ってしまう。この雑音は日変 る。したがって星や銀河の研究は、ハワイにある国立天文 化も季節変化も方向性もない。ついにはホーンアンテナ内 台の可視光望遠鏡「すばる」が適しているし、星や銀河 のハトのフンまで掃除したが、消えない(これは有名な逸 の材料のガスや塵を調べるためには電波望遠鏡が必要だ。 話だが、著者の齋藤がウィルソン本人に直接確認した) 。 このようにさまざまな波長の電磁波観測はお互いが相補的 宇宙マイクロ波背景放射の発見である。初期のビッグバン になっていて、それゆえに宇宙が良く理解できるのだ。 によって温度が高かった宇宙が、宇宙膨張とともに温度を 下げながら絶対温度数度になっているはずだという予言の 1.2 電波天文学の始まり とおりであった。すなわち、 宇宙マイクロ波背景放射はビッ 電波天文学というのは意外にも新しい天文分野であり、 グバンの直接的証拠であり、それから広くそのシナリオが 初めて人類が宇宙電波を受けてから80年ちょっとしか経っ 天文学者に受け入れられていく。その後のCOBEの観測で、 24 ITUジャーナル Vol. 45 No. 7(2015, 7) 実はこの背景放射に10万分の1程度の揺らぎがあり、その 揺らぎがその後の銀河形成などの種になったこと、そして WMAP、PLANCKと精密な背景放射測定を通して宇宙の 年齢が138億年であること、宇宙の組成が通常の物質4.9%、 ダークマター 26.8%、ダークエネルギー 68.3%であること が分かった。 図2.ブラックホールの発見につながる野辺山45m電波望遠鏡の観測デー タ(下のスペクトル)とブラックホールのイメージ図(提供:国立 天文台野辺山) を行うなど、他波長の天文学に比べても画期的な成果を挙 げている。また、将来にあっても画期的な成果が期待され る天文分野である。 星間空間にある分子の研究は、広帯域な観測装置を備 えた45m電波望遠鏡による新分子の相次ぐ発見などもあり、 現在では180種類を超える分子が発見されている。しかし ながら、生命の素材物質であるアミノ酸については、多く の捜索観測がなされているが未だ発見されていない。アミ 図1.WMAPとPlanckによる宇宙背景放射マップ(提供:ESA and the Planck Collaboration;NASA / WMAP Science Team) ノ酸が宇宙において発見されれば、生命の素材は宇宙に 次に画期的な発見として、巨大ブラックホールの証拠を た画期的な成果となる。昨年、国立天文台を中心とした研 つかんだ研究を紹介したい。この研究は、国立天文台野 究チームは、この成果の先駆けとなる観測成果について発 辺山宇宙電波観測所45m電波望遠鏡での観測成果である。 表した。45m電波望遠鏡による観測によって、アミノ酸の て形成されていることが示唆されることになり、これもま 45m電波望遠鏡は、星間空間に存在する未発見分子から の電波を検出することが観測目的の一つとされていて、建 設時から周波数帯域の広い観測装置が備えられていた。 1991年に近傍銀河M106の中心の水分子が出す電波の観測 をするためにこの観測装置を使ったところ、本来の信号と は別に±1,000km/s付近にあたる波長にも信号があること を発見した。その後行われた他の望遠鏡などの詳細な観 測も踏まえた結果、これは高速で回転するガス円盤があり、 このガス円盤の中心には太陽質量の3,900万倍の質量をも つ巨大ブラックホールがあることを意味するものであっ た。つまり、ブラックホールの確実な証拠を観測的に初め てつかんだのである。現在では、ほとんどの銀河の中心に は巨大ブラックホールがあると考えられている。 このように、電波天文学は宇宙の成り立ちに関する研究 図3.星間分子雲中の物質が収縮することにより星とその周囲に惑星がで きる。生命発生に関する仮説として、分子雲中に含まれていた生命 材料物質の一部は彗星や隕石によって運搬されて惑星に降り積も り、さらに複雑な化学進化を経て最初の生命に至ったという考えが 唱えられている(提供:国立天文台)。 ITUジャーナル Vol. 45 No. 7(2015, 7) 25 スポットライト 会合報告 一つであるグリシンが形成される前の物質であると考えら 国内外の多くの研究者によって成果が生み出されてきた。 れるメチルアミンをいくつかの星形成領域にて発見し、こ また毎年6万人もの見学者が訪れている。 のような領域においてグリシンが生成されているのではな 南米チリ標高5,000mの高地に、日・米・欧の三者で展 いかと推測している。この結果は、アミノ酸発見につなが 開するALMA望遠鏡も観測が開始され、着々と観測の成 るものとして注目されている。生命素材物質が宇宙由来で 果を挙げている。先ごろ、おうし座にあるHL-Tauという あれば、惑星形成過程で彗星や隕石によって惑星に運搬 太陽質量程度の若い星を観測したところ、今まさに惑星系 され、その後の複雑な化学進化を経て生命に至ったと考え が誕生しつつある現場を捉えることができた。これまでも られ、他の惑星系にも生命が存在する期待が高まる。 世界の天文台で観測され、予測されていたとは言え、人間 の視力に換算すると2000あるALMA望遠鏡の偉力をまざ 1.4 国立天文台の電波天文プロジェクト まざ見せつけられた瞬間である。 国立天文台の主な電波望遠鏡として三つあげたい。野 VERAは水沢、入来、小笠原、石垣島の各4局の直径 辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡(図4) 、チリ観測 20mの望遠鏡で構成されており、この四つの観測局を組み 所のALMA、水沢VLBI観測所のVERAである。 合わせて干渉計として観測すると、直径2,300kmの望遠鏡 長野県野辺山高原、標高1350mの高地に直径45mの電波 と同じ性能を発揮する。このVERAは、天の川銀河の電波 望遠鏡がある。標高がそこそこ高く、冬の気温が低い野 を出す星の精密三角測量をすることで、精密な天の川銀河 辺山は、冬季には国内でも最適なミリ波観測場所である。 の3次元地図を作成し、同時に星々の動きを精密に測定す 先に述べた新分子発見やブラックホール発見だけでなく、 る事が主目的である。これまでの観測によって、天の川銀 河の回転速度が太陽付近で従来より約1割早い事が実測さ れた。この成果は天の川銀河中のダークマターの量を推定 する手がかりとなり、天の川銀河の質量が従来考えられて いたより2割大きい可能性が示唆されている。また、遠方 の活動銀河中心のブラックホールから放出される高速 ジェットの研究も進められている。 2.電波天文学(受動業務)と能動業務との共存へ 2.1 電波天文観測の特性 電波天文学というのは電波を受信するだけの受動業務 である。宇宙からの電波は非常に微弱なため、大きな開口 面積、観測システムの雑音を極限まで減らしている。電波 図4.野辺山45m電波望遠鏡(提供:国立天文台野辺山) 天文で使われる電波強度の単位は最初に宇宙電波を発見 したジャンスキーにちなみJyを使うが、これは10-26W/Hz/ str/m2である。こんな単位を使うほど天体からの電波は微 弱なので、初期の携帯電話を月に持っていくと、その送信 周波数では宇宙から到来する電波の強度トップ10に匹敵す るほどである。 2.2 太陽電波観測所と電波干渉 野辺山宇宙電波観測所が運用する太陽電波強度偏波計は いろいろな周波数 で太陽全体から出てくる電波の強さと偏 波をモニタしている電波望遠鏡である。特に、3.75GHzは 図5.ALMA望遠鏡が観測したおうし座HL星の周囲の塵の円盤(左)と、 太陽系の大きさ(右)を比較した図(提供:ALMA(ESO/NAOJ/ NRAO) ) 26 ITUジャーナル Vol. 45 No. 7(2015, 7) 1951年から、60年以上も観測を続け、太陽活動の11年周期 や長期にわたる太陽活動を調べている。太陽活動は地球に も影響するため、宇宙天気予報や長期の気象との関連も調 だけを観測しているわけではない。そこは知っていただき べられている大事なデータである。ところが近年、9.4GHz たい。場所については、共用検討などで適当な距離をとれ 帯のデータに船舶のレーダーなどによる電波干渉が頻繁に ば事実上問題ないレベルであるとなった場合は、観測所周 見られるようになってきた(北條ら2010) 。この周波数帯 辺数kmでは無線実験をしないなどの措置で共存できるで は電波天文に割り当てられていないが、先に述べたように あろう。また、観測所によっては夏は保守のため、天文観 太陽活動を長期にモニタしているため、周波数を少しずら 測を実施しないというところがある。その場合は夏に限っ したり、フィルタを入れたりして観測を継続している。 て、能動業務を実施するなどの工夫ができるであろう。 そして電波天文側としては、早い段階で能動業務側と 2.3 車載レーダー 議論をすることでお互いのリスクを減らすことができると TVで自動車のCMを見ると、ほぼ全てに衝突防止機構 考えている。設計段階でフィルタを入れる、運用にGPSを の説明が入っている。いろいろな種類があるが、 ミリ波レー 使う、天文台の観測周波数を自動で取得するなど、今後ま ダーも主力の一つである。中でも76GHz、79GHzと電波天 すます発展するICT技術を使えば可能なことはまだまだあ 文にとって重要な周波数帯は車載レーダーにも一次業務と る。議論が製作実験の終わった段階であると、工夫できる して割り当てられ、実装されている車がすでに販売されて 範囲が極めて限定されてしまう。能動業務のみなさんには いる。我々は共用検討などで野辺山宇宙電波観測所から 是非ご理解いただきたい。 10km以内はレーダー運用を停止すれば共存可能との報告 3.まとめ をした。現在、どの程度影響がありそうかの試験をしてい るが、近距離ではあきらかに電波干渉が見られている。 天文学は自然科学の一分野であり、中でも電波天文学 は目に見えない宇宙のすがたを描き出すユニークなもので ある。日本には世界に誇る天文観測用電波望遠鏡があり、 そこから多くの研究成果が出ている。失った周波数帯では 2度と電波天文学はできなくなるおそれがあるため、他業 務と共存できる解を早い段階から知恵を出し合い探りた い。 (2015年3月26日 情報通信研究会より) 図6.76GHz車載レーダによる電波干渉例(提供:国立天文台野辺山) 2.4 能動業務との共存のために 国立天文台には、全国の大学、天文、測地の研究者か らなる電波天文周波数小委員会が設置されている。この 委員会は事務局を中心にさまざまな課題の無線業務に関 する作業班や国内及び国際会議で電波天文の立場から発 言をしている(大石 1998、齋藤ら2015) 。そして共用につ いて周波数、場所、時間の三つの観点で考えている。周 波数割当てによる棲み分けを基本としつつも、実際の電波 天文学は一次業務や二次業務に割り当てられているところ 参考文献 ・赤羽、海部、田原、 「宇宙電波天文学」 、共立出版 ・中井、坪井、福井、シリーズ現代の天文学16巻 宇宙の観測 II-電波天文学、日本評論社 ・北條,篠原,関口、2010、国立天文台報 第13巻, 23-44 ・http://www.nro.nao.ac.jp/news/2014/pr0910/0910-preglycine. html ・総務省電波利用ホームページ:http://www.tele.soumu.go. jp/j/adm/freq/search/myuse/use/index.htm ・電波天文周波数小委員会ホームページ:http://veraserver. mtk.nao.ac.jp/freqras/ ・大石、1998、天文月報、91巻5号229-235 ・齋藤、2015、天文月報、108巻に掲載予定 ITUジャーナル Vol. 45 No. 7(2015, 7) 27