...

PM news29_P04-05

by user

on
Category: Documents
7

views

Report

Comments

Transcript

PM news29_P04-05
海洋探検が
も た ら し た
情 報 革 命
18世紀――主に太平洋を舞台に繰り広げられた科学的踏査が、ヨーロッパの近代市民
社会形成に少なからぬ影響を与えました。いくつか事例を紹介しましょう。
博物誌と辞書
かったのです。そこで、科学者は動植物
記録した出版活動でした。
ロジャー・ウッズ『世界周航記』
1718年 印刷博物館蔵
イギリス政府が派遣した海洋探検隊の記録
理書刊行が盛んだったのもうなずけます。
中世の物語に登場する化け物や妖精
複雑な政治的、宗教的な問題を抱え
と違い、小説はわれわれ「人類」が主役
る西ヨーロッパ諸国は、本国のみならず
の散文物語でした。読者はリアリティのあ
18世紀とは――、旅行記、航海記、百
植民先の大陸や島でも戦争に明け暮れ
る虚構世界を旅できるようになったので
科事典、小説などの具体的な出版活動
ます。こうした植民地争奪戦の影には探
す。例えば、有名なユートピア小説『ガリ
を伴いながら、異境からの情報が人々の
検家同士の競争がありました。海洋探検
ヴァ旅行記』
( 初版1726年、ロンドン刊)
。
想像力を刺激しつづけた時代だったの
です。
に学名を付けたり、検索機能を充実させ
百科事典は、知識や概念を有機的に
家たちは、行く先々で得た情報をわれ先
太平洋に浮かぶ島国を舞台に、漂流者
帰国した探検家は、日誌やスケッチを
ます。代表的なものにフランスの『百科全
リンクさせようとした18世紀の象徴です。
に自国に持ち帰ります。携行可能な動植
ガリヴァが繰り広げる奇想天外な物語で
もとに航海記を出版します。目新しい異
書』やイギリスの『ブリタニカ百科事典』が
哲学者デカルトが遺した言葉「明証し、分
物や生活道具は大型帆船に積み込み、
した。虚構であるはずのこう
国の風物は市民を魅了する一方で、知
挙げられますが、特に前者は、当時フラ
析し、総合し、枚挙する」は、さまざまな
帰国後の研究に役立てました。
した島国も、どこか当時のイ
識社会に少なからぬ混乱をもたらしまし
ンスに入ってきたばかりの新技術――、例
知識を体系化し、理念で物事をとらえよ
なかには敵国船からの略奪を認めるイ
ギリスや著者スウィフトの母
た。たくさんの科学情報を整理するため
えば養蜂、タバコやジャガイモの栽培方法
うとする総合百科事典の性格を見事に言
ギリスのような国まで現れます。海賊探検
国アイルランドをイメージさせ
の図鑑が、当時、十分に機能していな
など、――を豊富な挿絵を使って克明に
い表しました。
家ロジャー・ウッズが 敵 国 スペインから
ます。リリパット
(小人国)
にも
奪った戦利品には、最新の地図や地誌
ブロブディンナグ
(大人国)
に
が含まれていました。
も、皇帝や国王が在位し、
言葉も同じです。新情報を正確に把握
するために辞書が必要でした。
〈辞書の金
字塔〉
とされるサミュエル・ジョンソンの『英
異国を知ることは、純粋な好奇心から
語辞典』が誕生したのもこの時代です
ばかりでなく、国益に直結する行為でも
宗教があり、国の制度があ
(1755年、ロンドン刊)
。たくさんの例証を
あったのです。世界周航記や博物誌の
ります。
示し、綴字法を確立した総合的な辞書と
出版に国家が率先して関わった例が多
18世紀の西洋人にとって
して知られます。
いのも、政治的、経済的な問題と無縁で
アジアや太平洋の島々は、
はないことに留意しておく必要があります。
まだまだ現実とも虚構ともつ
植民地争奪戦
5
「タバコづくり」
『百科全書』図版集第5巻 1762年
印刷博物館蔵 フランスへは西インド諸島からタバコ文化招来
境界線上にありました。
文・中西保仁(印刷博物館学芸員)
政党間の権力闘争があり、
かぬ存在だったはず。すると
小説の誕生
大海原を旅した水夫や商人は、目にし
ツンベリー
『ヨーロッパ・アフリカ・アジア紀行』1796年
印刷博物館蔵 日本に自生するキキョウ科などの紹介
生み出したユートピアとは、虚構と現実の
『ガリヴァ旅行記』のような物
語は、まさに仮想現実の世
た情報を地理学者に教え、お金にしてい
探検の成果は他ジャンルにも影響を及
界なわけです。読者はフィク
ました。世 界 中を旅できるわけではな
ぼします。新文学〈小説〉
の誕生です。18
ションの向こうに自分たちと
かった地理学者は、そうした知見をもとに
世紀に生まれた小説(novel)
は「新しい」
似た現実を認め、ユーモア
地誌や地図を作っていたわけです。港を
を意味します。まさに近代の幕開けを祝
を交えながら日常の異常さを
多く抱えるオランダ、イギリス、フランスで地
う文学運動だったといえるでしょう。
見いだします。近代小説が
スウィフト『ガリヴァ旅行記』1882年 印刷博物館蔵 リリパット国での一場面
4
Fly UP