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第1回ひろしま転倒予防セミナー

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第1回ひろしま転倒予防セミナー
転倒予防講演集
−第1回ひろしま転倒予防セミナー−
広島転倒予防研究会
目
次
序 に か え て − 転倒予防教室の重要性について−
広島大学医学部保健学科
1
(9)
吉村 理
(16)
前島 洋
看護における転倒予防と対策
社会福祉法人 あと会
5
新小田 幸一
転倒防止のリハビリテーション
広島大学医学部保健学科
4
(3)
痴呆高齢者の転倒状況と関連要因
広島大学医学部保健学科
3
村上 恒二
人の動きと転倒のメカニズム
広島大学医学部保健学科
2
(1)
(19)
池田 美雪
地域巡回転倒予防教室実施計画
財団法人広島県環境保健協会
(23)
岡田 一彦
大岡 亜由美
広島大学医学部保健学科
車谷 洋
序にかえて −転倒予防教室の重要性について−
広島大学医学部保健学科
身体、精神・神経障害作業療法学講座
村上恒二
転倒の研究が欧米では50年前から積極的に行
しなど日本間での生活が、骨の強化にも役立ってい
われてきたのに対して、我が国ではわずかに10数
たことが明らかになっている。また、食生活でも魚
年前に始まったばかりで、注目されるに至ったのは
やヒジキなどの海藻、植物フラボノイドを含む豆腐
つい最近のことである。これにはいくつかの理由が
や、ビタミン K を多量に含む納豆などの摂取、つま
考えられる。まず、生活様式を反映して、転倒を主
り伝統的な和食が同様の効果をあげている。日本的
な原因とする大腿骨頚部骨折が欧米の1/2∼1/3
習慣が、これまで骨折に予防的に働いていたわけで
と低頻度であったことがあげられる。ついで大腿骨
あるが、最近日本人の家庭で布団からベッドに、和
頚部骨折の背景にある骨粗鬆症が注目されていた
食から洋食にと生活様式が変化してきた。このこと
ものの、直接の原因となる転倒をあつかう専門科が
が日本でも骨折を増やしてきた要因の一つと考え
なかったことも影響している。
られている。
転倒は在宅の高齢者の約20%が経験し、さらに
大腿骨頚部骨折の予防における最も緊急の対策
そのうち2∼3%が何らかの骨折をきたし、大腿骨
は転倒を防ぐことであるが、転倒の原因は実に様々
頚部骨折は約0.2%に発生すると推定されている。
である。神経系や循環器系の病気、白内障による視
2000年度でみると大腿骨頚部骨折は年間約1
力低下。高血圧治療のための降圧剤、不眠治療のた
0万件発生しており、10年前に比べれば70%も
めの睡眠薬など服用薬物が効きすぎたためにふら
増えている。この骨折にかかる手術などを含めた医
ついて倒れることもある。家庭内の小さな段差や滑
療費は高く、一件あたり約200万円近くに及んで
りやすい床なども原因となっている。
おり、10万人の患者に対して年間総計で約二千億
太田らは高齢者における転倒群と非転倒群との
円を要している計算となる。医療費における社会的
身体特性の相違について興味ある結果を述べてい
コストの増加の問題はさておくとしても、大腿骨頚
る 1)。それによると転倒群では、体型、体格につい
部骨折は死亡に至らないまでも脳卒中発作につい
ては BMI すなわち体格指数が大きいこと、ウエス
で「寝たきり」の原因となっていることが大きな問
ト囲、ヒップ囲が大きいこと、体力、運動能力(健
題である。また、たとえ歩行可能となった場合でも、
脚度)については、10m 全力歩行が遅いこと、最
その後に ADL レベルが低下し、転倒に対する恐怖
大1歩幅が小さいこと、40cm 踏み台昇降が出来な
により生活圏が狭まることになる。
いことを述べている。そして血液検査所見について
これら高齢者の大腿骨頚部骨折は転倒によって
は HDL コレステロール値が低いこと、中性脂肪、
引き起こされるものであるが骨粗鬆症に起因する
総コレステロール値が高いこと、動脈硬化指数が高
ものである。これまでの研究から日本人の足腰の筋
いことをあげている。
力強化に役立つ畳での立ち座りや布団の上げおろ
転倒群の体力、運動能力(健脚度)について10
m 全力歩行が遅いこと、最大1歩幅が小さいこと、
なっていると言える。このような観点からみると、
40cm 踏み台昇降が出来ないことは転倒群で健脚
転倒は単に脚力の衰えや視力の衰えなどによって
度の値が低いことを意味しており、脚力および運動
起こるのではなく、「動脈硬化」に象徴される生体
の協調性の衰弱をあらわすものと言える。また、転
の調節機能全体の破綻の表象と考えられる 1、2)。
倒群の高齢者において、善玉コレステロールである
したがって、高齢者の転倒は、中年期からの身体活
HDL コレステロール値が低く、中性脂肪、総コレ
動の質と量、生活習慣の長い積み重ねが最大の原因
ステロール、動脈硬化指数の値が高いことは、日常
である。
生活における運動不足状態と過食の状態を示して
したがって、適切な運動・生活指導および教育に
いると考えられる。そして、運動不足がさらなる体
より、身体機能を活性化させられれば、「生活習慣
力、運動能力の低下と身体機能の衰えを促進し、肥
病」のように高齢者の転倒を予防できると考えられ
満・過体重を生み、運動不足状態を一層助長すると
る 2)。これらの知見は「転倒予防教室」が単なる転
いう悪循環を形成している。また、このような、い
倒予防のみでなく生活習慣病の予防にもつながる
わゆる「生活習慣病」と言われる高血圧症、糖尿病、
重要なものであり、「転倒予防教室」を行うにあた
動脈硬化症、心血管疾患、脳血管疾患との関連も深
っての大きな理論的根拠となるものである。
く、転倒をきたしやすくする基礎疾患の発症の指標
ととらえることもできる。また、体型、体格におけ
るウエスト囲、ヒップ囲、BMI の増大とも関連して
いる 1)。
骨粗鬆症に関連する骨量に関しては20~40才
でピークとなり、以後直線的に減少することが知ら
れているが、加齢とともに軟部組織の石灰化の頻度
は増加する、すなわち、加齢に伴いカルシウムはそ
参考文献
1. 太田美穂他、高齢者の転倒の実際と身体特性と
の関連、日本医事新報、3837、26-32、1997
2. 武藤芳照他、転倒予防教室—転倒予防への医学
的対応—., 日本医事新報社、東京、1999
3. Orimo, H.et al. : J. Nutr. Sci. Vitaminol.
31(Suppl): s33,1985
の分布を変えるという興味ある知見が得られてい
る 3)。このふたつの現象は、加齢とともに骨からカ
ルシウムが遊離し、軟部組織に沈着すると考えれば
理解しやすい。骨粗鬆症の人のレントゲン写真では
なお、本講演集は第 1 回ひろしま転倒予防セミナ
しばしば胸部大動脈や腰部大動脈の石灰化が認め
ーにおける講演内容を編集したものです。ご一読の
られる。骨粗鬆症の人の体内にはカルシウムが減少
うえ、日常の高齢者治療および介護の現場において、
しているにも関わらず、動脈にはカルシウムが蓄積
ご参考にしていただくところがあれば幸いです。
するという奇異な現象であり「カルシウムパラドッ
第 1 回ひろしま転倒予防セミナー
クス」と呼ばれている。動脈壁にはエラスチンとい
日時:平成 13 年 6 月 3 日(日)13:00∼16:00
う弾性に富んだタンパク質があり、このタンパク質
会場:広島大学医学部
にカルシウムが結合しやすく、その結果弾性が失わ
れ動脈壁の損傷部にコレステロールもたまりやす
くなると言われている。すなわち、骨粗鬆症は骨を
弱くするだけでなく、高血圧や動脈硬化の誘因にも
広仁会館2階大会議室
(広島市南区霞1−2−3)
参加者:323名
1
人の動きと転倒のメカニズム
広島大学医学部保健学科
運動・代謝障害理学療法学講座
新小田
アメリカの Shumway-Cook と Woollacott は著書
幸一
かかわらず,健康な被験者として採用してしまい,
の中で,加齢に対する 2 種類の考え方を解説してい
高齢者と若年者には大きな差があるとしたものが
る.図 1 にはこれら A,B2 つの考え方が示されて
ある.しかし,健康な高齢者の定義と被験者として
いる.
の採用基準を厳格にすると,結果として高齢者であ
っても,若年者と明らかな差のない能力も認められ
るのである.つまり図 1 の B の考え方は十分に可能
Aのモデルでは中枢神経系のすべてのレベルで,神経細胞機能は加齢とともに衰える
とする悲観的な見解.Bのモデルでは神経細胞の機能は,特定部位に壊滅的変化が
ない限り亡くなるまで比較的高い機能を持ち続けるという見解.
( Shumway-Cookらによる)
モデルB
モデルA
パーキンソン病
の閾値
ニューロン機能
ニューロン機能
通常の老化
通常の老化
特異な壊滅的変化
や疾患
パーキンソン病
の閾値
である.この考え方に基づけば,高齢者であっても
がんばって運動をしたり,体力をつけたりすれば捨
てたものではないのである.
転倒に関与する因子
転倒を引き起こす因子のいくかについて考えて
年齢
年齢
図1. 神経細胞機能の加齢モデル
みる.身体機能に関するものものとしては,1)関節
可動域の低下,2)脊柱を含む関節の変形と痛み,3)
筋力の低下,4)筋の協同収縮系(必要なときに必要
な筋が,適切な筋の組み合わせによって収縮するこ
A の考え方に従えば,人の体,とりわけ神経細胞
と)の構成障害,5)視覚障害,6)前庭(人の平衡機
機能に関しては,年齢とともに中枢神経系のすべて
能を司る一種の羅針盤のようなもの)の機能障害,
のレベルで,神経細胞の機能は衰えていくという悲
7)認知・判断力の低下などが挙げられる.一方,環
観的なものとなり,B の考え方では神経細胞の機能
境要因としては,段差や障害物など家屋構造の問題,
は,特定部位に壊滅的変化がない限り,亡くなるま
絨毯・カーペットなどのめくれ,滑りやすい路面な
で比較的高い機能をもち続けるという見解である.
どがある.図 2 はこれらの要因をまとめてイラスト
つまり,加齢によっても姿勢や移動動作の制御に関
にしたものである.吹き出しが白地のものは人に起
連する神経系の機能には A)重篤な衰えを示すとい
因するものであるが,網掛けは環境に起因するもの
う見解と,B)あっても大きな変化は少ないという相
であり,住環境の改善を施すことにより,要因を容
異なった見解があるのである.
易に取り除くことができる.
これまでに報告された多くの研究の中には,健康
図 3.には変形の起こりやすい関節を挙げてある.
な高齢者として扱う際に何らかの病変があるにも
これらはすべて姿勢の調節には重要な関節であり,
これらの関節の可動性を確保することが転倒防止
とであり,たとえば,図 4 のように立位では,両側
へとつながる.特に高齢者の姿勢は骨盤が後傾し,
の足裏と
脊柱は後彎した姿勢となることが多い.図 3 に示し
をもって立てば,足裏,杖,さらに外周の
を加えた部分が支持基底面である.杖
と
た関節の変形と図 4 に示す支持基底面,その面内に
を合わせたものが支持基底面となりより広くな
落ちる重心線と姿勢の安定性の関係をみれば,関節
る.そしてこの面中にその人の重心から下ろした線
の可動性の重要性が認識できる.
(重心線)が落ちれば安定した姿勢を保つことがで
きるが,逆にこの面からはずれると姿勢を保持する
認知,判断力の低下
不十分な照明
壁側に手すり
がない
とっさに手すり
を握れない
視覚,視力
障害
のが難しくなるので,足や杖の位置を変えて重心線
を受け入れられる新たな支持基底面を作るか,自ら
の姿勢を変えることにより,重心線を支持基底面の
中に引き戻すことが必要となる.
下肢抗重力筋の
筋力低下
肥満
膝の変形,痛み
膝伸展筋力低下
滑りやすい床面
• 支持基底面とは
立位,坐位,臥位等の姿勢で床(地面)と接している部分
で作られる面
杖
立位の場合の支持基底面
斜線部 +足底面
杖を使うと,斜線部 +足底面+ +杖
図2. 転倒に至る諸因子
• 姿勢の変化と支持基底面
支持基底面内にその人の重心線があればが姿勢は安
定している.支持基底面からはずれると逆にバランスを
崩し転倒し易い
脊柱の変形と
可動性低下
図4. 重心と支持基底面
過度の胸椎後彎
股関節伸展制限
膝関節屈曲(伸展制限)
加齢と姿勢変化
加齢現象の現れの一つとして,脊柱を始めとする
足関節背屈制限
(洋式トイレ普及の影響?)
関節の変形を考えてみる.図 5 には骨盤が後ろに傾
き,脊柱が丸まって重心線が後方に移動している様
図3. 変形の起こりやすい関節
子が示されている.重心線が後方にずれることによ
り,後ろへ転倒しやすくなるのは容易に理解できる.
そして足首付近を通る重心線をみてみると,大きく
バランスを崩すような外からの力が働いたり,床面
支持基底面と姿勢
が不安定であったりしない限り,通常,人の姿勢調
支持基底面とは,立った姿勢(立位),坐った姿
節は足首の関節を中心として行われる.後方に移動
勢(坐位),寝た姿勢(臥位)をとったとき,床(地)
してしまった重心線を前方に引き戻すには,足首の
面と身体が接している部分で囲まれる外周面のこ
関節の,特に,前方への可動性が必要になる.
重心線の後退
れば通常は足関節でバランスをとれることが多い
が(足関節戦略),筋力が落ちたり,足関節の動き
重心線
の制限などのマイナス面が顕著となれば,股関節も
後彎
動員してバランスを取ることが必要になる(股関節
戦略).それでもだめなときは足を踏み出して(踏
骨盤の後傾
み直り戦略)
,新しい支持基底面を作り出してバラ
ンスを整える.図 7 の右に示した高齢者は足関節戦
略で対応できる範囲が狭くなっていることが分か
る.
若年者 高齢者
図5. 加齢と姿勢変化
踏み直り反応
股関節戦略
図 6 のように,足首の関節の軸である踝から爪先ま
での距離と踵の後縁までの距離では,明らかに爪先
足関節戦略
までの方が長い.つまり,重心線が踝より前方にあ
重心
る方がバランスを取るのには好都合である.このこ
前方
とを考えると,足首の関節の可動性を高め,後ろに
移動しがちな重心線をより前方にもってくること
は,高齢者の姿勢調節上非常に重要であることが分
健常高齢者 病変をもつ高齢者
後方
図7. バランス戦略 (Horakら)
かる.
足関節軸を中心として前後方向のバランスをとるとき,重心線が後方
にあると後方転倒の危険性が高くなる
重心線
足関節軸
筋反応
たとえば,立位で不意に後ろに押されたとき,正
常な筋の反応があれば,
図 8 のように体の前にある,
しかも体より末梢にある筋から順に反応(収縮)が
始まり,中枢の筋へと移って行く.このように,姿
勢調節に必要な筋の組み合わせを筋の協同収縮系
支持基底面の前後長
図6. 支持基底面と重心線
という.高齢者になると,筋の収縮順位が逆になっ
たり,筋の組み合わせが協同収縮系に従わず,体の
前後の筋が一緒に収縮してしまい,関節を固めて姿
勢を整えようとするために,倒れるときは丸太が倒
れるような転倒様式となることが多い.
図 7 には高齢者のうち健康な人と何らかの病変をも
つ人の姿勢調節の様式を示した.健康な高齢者であ
無理な矯正という考え方は禁
後彎が少なく,腰背部や股関節伸
展筋の筋力が弱く,腰部で前傾し
て重心が前方にある例では,ナッ
プザックを背負い,重心線を後方
へずらすことにより,脊柱を伸ばす.
(渡辺らによる)
前脛骨筋
腓腹筋
大腿直筋
外側広筋
内側広筋
協同収縮系の筋反応は前脛骨筋に始まり,大腿四頭筋,腹筋へと続く
図9. 脊柱の可動性改善
図8. 筋反応と筋協同収縮系(急激に後ろに倒されたとき)
筋力低下の影響
もっとも姿勢保持に必要な抗重力筋(重力に逆ら
ってまっすぐな姿勢を保つための筋)の筋力低下が
あると,椅子からの立ち上がり,椅子への着座,階
段の昇り降り,床の上の物を拾う,高いところにあ
る物を取るなどの動作は,いずれも抗重力筋の働き
が重要であり,これらの動作で転倒しやすいという
報告が多い.
足関節の可動性はアキレス腱のストレッチを行
うことで可能である図 10 のように,足首の関節の
背屈角度を広げることである.具体的には図 11 の
ように,足首を上に引き上げる運動であり,足を前
後に開いて壁の前に立ち,両手で壁押しをして後ろ
側になった足のアキレス腱を引き延ばす.また,
30cm 四方の板の片側を上げて角度をつけ,この上
に背中を壁にして立てば,自分の体重でアキレス腱
を引き伸ばすことができる.
転倒予防のための運動
脊柱の可動性の改善は,前傾姿勢の改善には効果
的である.しかし,高齢者の変形は,長い年月をか
けて現在の変形した状態になったのであるから,一
腓 腹 筋
(内 側 )
腓腹筋
(外 側 )
挙に無理やり矯正してしまうという考え方は禁忌
である.図 9 のように,ナップザックを背負い,中
に詰める物の重さを調節して脊柱の曲がりを徐々
に戻して行く手法がある.
ヒラメ筋
(内 側 )
ヒラメ筋
(外 側 )
アキレス腱
支持基底面を有効にするには背屈角度を確保
図 10. 重 要 な 足 関 節 の 可 動 性
とにより難易度をつける.二つ目は椅子からの立ち
足関節
アキレス腱のストレッチ
上がり動作と,椅子への着座動作である.とくに立
高齢者であることを考慮し,マイルド
ち上がり動作では,支持基底面は最初の足底,大腿
後面,臀部という広い面から,最終的には足裏だけ
な方法を用いる
という急激な狭い面へ変化する動作である.重心移
動も上方,かつ前方へと複雑な姿勢制御を要するの
足関節の背屈
で,筋力をつけると同時に,バランスの再獲得の練
高さを徐々に上げる
習にもなる.
図11. 足関節可動域の改善
1.またぎ動作
最初は何かにつかまって行い,徐々に障害物の高さを変えて
難易度に変化をつける
筋力強化は図 12 のような方法で抗重力筋を中心
に行う.このときの注意点として,足の挙上(大腿
四頭筋の強化)では,挙げる側と反対側の足は膝立
て位にして,腰への負担を少なくすること,ブリッ
2.椅子からの立ち上がり動作,着座動作
足底,大腿後面,臀部という広い支持基底面から足までという
急激な狭い支持基底面へ変化する動作である.重心移動も上方,
かつ前方へと複雑な姿勢制御を要する
ジ運動(股関節を伸ばす筋の強化)では背中と大腿
部が一直線になる程度にとどめ,弓なりになるまで
図13. 日常の動作練習の取り入れ
はしないことである.
• 下肢の抗重力筋の強化を中心に
まとめ
高齢者の加齢現象は一人ひとりで異なり,障害が
あってもそのレベルには差がある.このため,高齢
者の転倒防止プログラムも心理面,生活様式や文化
も考慮し,個別の状況に応じて組み立てる必要性が
大腿四頭筋 前脛骨筋 下腿三頭筋 ハムストリングス ある.また,転倒には内的要因と環境要因のあるこ
とを考慮する.内的要因の排除には,運動などをと
膝を伸ばして足上げ 爪先の引き上げ 爪先立ち ブリッジ
(反対側は膝立位にする) (帯紐などを利用) (弓なりまではしない)
図12. 筋力強化
おした各自の努力が必要である.しかし,「自分は
努力してここまでやったのに....なぜまだこんな
に危ないことが多いのかな」という疑問をもつ人は
少なくないと思われる.すべての能力において,若
次に日常の動作に取り入れた 2 つの例を図 13 に
示す.一つ目はまたぎ動作である.初めは何かにつ
かまって行う.またぐ物の高さと奥行きを変えるこ
い人と全く同じ機能に戻れる訳ではないという認
識も必要である.重要なのは,いかにして倒れない
ようにするかである.そのためには内的な要因だけ
でなく,環境要因の除去という,ちょっとした手を
加えるだけで転倒の危険性を排除できる環境整備
も同時に考えることである.つまり二本立ての対策
である.段差のない部屋への改造や,カーペットの
めくれへの対策,危険箇所への手すりの取り付けな
どが環境整備にあたる.
個別に検討した上で適切なアプローチを開発し,
今後はその長期的効果の検証を行う必要がある.
参考文献
モーターコントロール
運動制御の理論と臨床
応用,田中繁,高橋明 監訳,医歯薬出版,東京,
1999.
2
痴呆高齢者の転倒状況と関連要因
広島大学医学部保健学科
運動・代謝障害理学療法学講座
吉村
理
転倒は全年齢層で起こるが加齢に伴い頻度は高くなり、大腿骨頸部骨折など日常生活動作
の低下をまねく以外に転倒恐怖により活動性が低くなりやすいのも高齢者の特徴といえる。
高齢社会は、痴呆者の増加という面を持ち、痴呆老人こそ最も転倒しやすい。老人病院痴
呆病棟の入院患者を対象に転倒の発生状況と関連要因を調査した。
Situations and factors related to falls in the elderly with dementia.
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.対象
高齢者は身体機能の低下等により転倒の頻度が
老人病院痴呆病棟の入院患者 110 名(男性 20、
高くなる。場合によっては骨折などの外傷を引き起
女性 90)を対象とした。年齢は 81±6.8 歳であった。
こし、その後の ADL の低下を招く結果となる。ま
調査期間は 1998 年 4 月 1 日より同年の 9 月 30 日
た軽微な外傷ですんでも転倒を経験すると、転倒す
までの 6 ヶ月間とした。対象患者の痴呆の内訳は
ることやそれに伴う疼痛や骨折に対する恐怖心な
Alzheimer 型痴呆(Alzheimer Dementia:以下 AD)
に陥る
患者 38 名(男性 8、女性 30)、脳血管性痴呆(Vascular
ことも少なくない。そういった転倒のリスクの一つ
Dementia:以下 VD)患者 40 名(男性 11、女性 29)、
に痴呆があげられる。その症状である見当識障害や
および混合型痴呆(Mixed Alzheimer and vascular
徘徊等は転倒の原因 2)3)となるとされている。痴呆
dementia:以下 MIX)患者 32 名(男性 1、女性 31)
どにより活動性が低くなり、転倒後症候群
の罹病者数は加齢とともに増大する
1)
。特に 80 歳
4)
であった。
以上の高齢者における年間発病率は Aevarsson ら
5)によると
9.1%(男性 6.1%、女性 10.3%)と報
告されている。超高齢社会に伴い、痴呆による転倒
者はますます増加し、それにかかる医療費も莫大な
ものになると予想される。
これまで、地域の高齢者や施設入所者等を対象に
様々な観点から転倒因子について研究されてきた 2)
Ⅲ.方法
1. 転倒調査
転倒に関する情報は事前に作成した調査用紙に
より収集した。その内容としては、①転倒時の時間、
②場所、③転倒時の状況、④外傷の有無という項目
から成り、以下の場合看護士が記入した。
が、痴呆を持つ高齢者に関しては、ほとんどがレト
・職員が転倒現場を目撃した場合。
ロスペクティブなデータ収集である。そこで本研究
・対象者が床に横たわった状態で発見され転倒
では、老人病院の痴呆患者を対象に転倒の発生状況
と、関連要因についてプロスペクティブに調査し、
検討を行った。
以外の原因が考えにくい場合。
・対象者本人あるいは周囲の人間から転倒発生
の申告があった場合。
転倒は Gibson6)の定義に従い「自らの意志によらず、
足底以外の部分が床、地面に着いた場合」とした。
差はなかった。
年齢では転倒群が 82.3±6.5 歳、非転倒群が 80.6
±7.1 歳で有意差は認められなかった。(表1)また
2.関連要因
60 歳代に対するオッズ比を求めたところ表 2 の結
転倒との関連が予想される種々の要因について、
果となった。
カルテ及び看護記録と直接評価を行い情報を収集
した。調査項目は、①性
呆
⑤身体機能、動作
②年齢
③合併症
④痴
11∼15回
⑥内服状況である。④、⑤
6∼10回
5 % (5 )
において痴呆に関しては AD,VD,MIX の3分類につ
2 % (2 )
16回以上
1 % (1 )
いては頭部 CT と病歴などにより判定した。また認
知機能の評価は改訂長谷川式簡易知能評価スケー
3∼5回
1 5 % (1 6 )
ル(以下 HDS-R)で行った。また平成 10 年度高齢
0回
4 4 % (5 0 )
者ケアサービス体制整備支援事業調査票(以下ケア
(以下ケア
サービス調査票と略す)を用い身体機能、身体動作
1∼2回
3 3 % (3 6 )
に関する設問のうち転倒と関連のないと思われる
ものを除く 14 項目についてさらに問題行動に関す
n=1 1 0
%(人数)
る設問 21 項目についてデータを収集した。
図1 転倒回数
3.統計学的処理
調査期間の6ヶ月間に転倒経験のある者(以下転
倒群)と転倒経験のない者(以下非転倒群)の 2 群
に分け、2 で述べた予想される転倒の関連要因につ
いて比較を行った。統計学的処理は Mann-whitney's
表1 転倒群と非転倒群における年齢、HDS-R の得点
転倒群
非転倒群
統計学的検討
N.S
80.6±7.1
年齢(歳) 82.3±6.5
N.S
6.8±7.1
6.8±6.8
HDS-R
U test、 HDS-R、年齢は対応のないの t 検定を行っ
た。また痴呆別、年齢群による比較はχ2 値よりオ
ッズ比と 95%信頼区間を算出した。
Ⅳ.結果
1.転倒調査の結果
①転倒者の割合
表 2 年齢による転倒群と非転倒群の比較
年齢
60-69
70-79
80-89
90-97
転倒率(%)
3(50.0)
11(36.7)
40(62.5)
6(60.0)
非転倒群(%)
3(50.0)
19(63.3)
24(37.5)
4(40.0)
オッズ比
1
0.58
1.67
1.50
95%信頼区間
−
0.33-1.02
0.95-2.93
0.86-2.63
χ2=5.671,N.S
*60-69歳に対するオッズ比を求めた。
6ヶ月間の調査期間中に報告された転倒の回数
は 184 回であった。全転倒患者数は 60 名で、転倒
者の割合は 54.5%であった。また 60 名中 39 名が 2
回以上転倒した。回数の多い人は同じ状況で転倒す
る傾向であった。(図 1)
性別では男性 12 人(60%)、
女性 48 人(53%)で男性に高率にみられたが有意
②転倒場所
日中の大半を対象者が過ごしているホール内で
の転倒(42%)が最も高い割合を占めていた。次に
廊下(21%)、居室(17%)と続いていた。(図 2)
45%
42%
40%
35%
転
倒 30%
発 25%
生 20%
の
割 15%
合 10%
その他
3%(6)
21%
移乗時
3%(6)
座り損ねる
7%(12)
17%
11%
4%
5%
2%
2%
1%
1%
立位時
10%(19)
0%
ホール
居室
不明
5%(9)
観察室
脱衣場
その他
歩行時
44%(82)
坐位時
12%(22)
立ち上がり
16%(29)
図2 転倒場所
③転倒時刻
n=184
%(件数)
転倒は 10 時代を最高に 20 時、13、18 時の時間
帯で高頻度に発生していた。(図 3)
図4 転倒状況
25
件
21
20
⑤傷害
16
転 15
倒
件
数 10
13
10
8
6
5 4 3
6
7
3
7
2
4
3
転倒による傷害について、受傷なしが全体の 59%
13
11
10
6
3
9
7
5
3
で最も高かった。受傷しても打撲、擦傷など治療を
要さないものが大部分を占めていた。骨折は 0 件だ
4
った。
(表 3)傷害部位としては、頭部(33.0%)、顔面
0
0
3
6
9
12
図3 転倒時間
15
18
21
不明
(31.8%)で両者を合わせて傷害部位全体の 64.8%
時刻
を占めた。 (表 4)
④転倒状況
歩行時が全体の 45%を占め最も多く、以下立ち上
がり時(16%)、坐位でバランスを崩して(12%)
と続いていた。(図 4)
表3
外傷と件数
外傷
件数(%)
なし
109 (59.2)
打撲
42 (22.8)
擦傷
10 (5.4)
腫脹
8 (4.3)
裂傷
7 (3.8)
表皮剥離
3 (1.6)
発赤
2 (1.1)
その他
3 (1.6)
合計
184(100)
表4
外傷部位と件数
部位
頭部
件数
・頭頂部
・側頭部
・後頭部
小計
顔面
上肢
3
7
19
29
28
表 5 痴呆別による転倒群と非転倒群の比較
%
3.4
8.0
21.6
33.0
31.8
・肩
・上腕
・肘関節
・前腕
・手関節
・手指
小計
4
2
2
2
3
1
14
6
1
4.5
2.3
2.3
2.3
3.4
1.1
15.9
6.8
1.1
・大腿
・膝
・下腿
・足趾
小計
合計
2
6
0
2
10
88
2.3
6.8
0.0
2.3
11.4
腰背部
臀部
下肢
2.転倒要因の結果
HDS-R において、転倒群と非転倒群の比較では
有意差を認めなかった。
(表 1)
既往歴・現病歴として脳血管疾患のある人、痴呆
のうち VD 患者において転倒が多い傾向がみられた。
(表 5)
転倒との関連要因においては、評価者の指示を理
解出来ない等の理由により、要因調査が実施できた
のは、75 名(男性 10 名女性 65 名)であった。年
齢では転倒群が 82.6±5.9 歳、非転倒群が 80.6±5.9
歳で有意差は認められなかった。この 75 名の内 45
名が転倒し、その割合は 60%であった。各要因と転
倒との関連を検討したところ麻痺のある人、寝返
り・立ち上がり・片脚立位・歩行において自立度の
低い人が有意に転倒と関連した。その他の項目は転
倒と有意な関連を示さなかった。(表 6)
AD
VD
MIX
表6
転倒群(%)
非転倒群(%)
オッズ比
95%信頼区間
17(44.3)
26(65.0)
17(53.1)
21(55.3)
14(35.0)
15(46.9)
1
2.29
1.40
−
1.31−4.10
0.81−2.47
転倒の有無と各要因の関連
項目
*
麻痺
評価
なし
あり
転倒群(%)
50.7(35)
100.0(6)
非転倒群(%)
50.3(34)
0.0 (0)
寝返り*
自立
半介助
不可
48.3(28)
73.3(11)
100.0(2)
51.7(30)
26.7 (4)
0.0 (0)
立ち上がり**
自立
半介助
不可
43.2(19)
69.2(18)
80.0 (4)
56.8(25)
30.8 (8)
20.0 (1)
片脚立位**
自立
半介助
不可
28.6 (4)
56.5(26)
73.3(11)
71.4(10)
43.5(20)
26.7 (4)
歩行*
自力歩行
介助歩行
歩行不可
46.9(23)
83.3 (5)
65.0(13)
53.1(26)
16.7 (1)
35.0 (7)
*p<0.05 **p<0.01 n=75(欠損値除外)
その他の項目については有意差なし
Ⅴ.考察
1.転倒調査について
6 ヶ月間の調査において対象者の 54.5%が転倒
していた。施設入居者高齢者における年間転倒率は
13%から 50%前後と幅広く分布している
2)。調査
法や対象者の身体状況の違いがあるために単純に
比較する事は難しいが今回の結果は比較的高率で
あった。朝田ら 7)によると痴呆を持つものはない者
に比べて 3∼6 倍転倒しやすい。今回の結果はそれ
を支持するものとなった。
年齢については高齢になるほど転倒しやすいと
いうわけではなかった。先行研究でも、前期高齢者
と後期高齢者間で転倒頻度に有意差が認められな
い 2)8)とする報告がある。これは超高齢者ではさま
ざまな原因で活動量が低下するため転倒の機会も
減るためと考えられる。
転倒発生場所はホールが最も多かった。居室で最
も転倒が発生するという報告
9)10)があるが、今回
て低い傾向であるものの有意差はなかった。
AD 患者において痴呆
の研究で、居室での転倒は 17%で、ホール、廊下に
Buchner
次いで 3 番目であった。本痴呆病棟では夜間の就寝
の重症度と転倒は関係なく、久保ら 18)においても老
以外はできるだけ居室ではなく、ホール内で過ごし
人で入院していた中枢神経疾患患者において転倒
ていただくという方針をとっている。そのためにホ
と痴呆においては有意な差を認めなかったとして
ール内での転倒が多かったと考えられる。また、発
いる。一方栗田ら
生時刻は日中が多く、その中でもアクティビティへ
において MMS の得点が低い群ほど転倒率、骨折率
の準備や居室、食堂間の移動、就寝準備時間帯に特
が高くさらに、MIX 群のほうが AD 群に比べて転倒
に多い。これらのことから対象者の活動量が多い場
率が高かったと報告している。本研究では痴呆重症
所でかつ時間に転倒の危険が高まるといえよう。こ
度と転倒との関係は認められなかったが、対象に
れらの認識は転倒防止の観点から極めて重要であ
VD 患者も含まれ、身体機能の影響もあり、認知機
る。
能障害と転倒との関係に焦点が当たらなかった可
転倒による傷害に関しては軽傷例がほとんどで
17)らは地域在住の
19)は施設入所中の
AD,MIX 患者
能性もある。
あり、幸いにも骨折には至らなかった。地域の高齢
転倒の有無と関連したのは、麻痺、寝返り、立ち
者や施設入居者でも、転倒しても外傷にいたらなか
上がり、片脚立位、歩行であった。片麻痺が転倒の
11)がある。今回
危険因子であることはよく知られている 20)∼22)。本
も同様の結果となった。しかし一般的には転倒者の
研究でも、転倒群のうち麻痺を有するものはすべて
約 5%が骨折を招く
12)とされている。池田ら 13)は
片麻痺であった。それに関連して AD に比べて VD
骨折前に歩行自立者(71.7%)だったのが大腿骨頸
や MIX 群の方が転倒しやすい傾向にあったのも、
部骨折後の歩行自立者は 16.9%に減少し、また林 14)
後者は麻痺等の身体状況が影響しているもの考え
は病院や施設入居者の転倒術後の経過が順調な例
られる。
ったのが最も多かったとする報告
は 30%にとどまると報告している。さらに痴呆患者
次に身体動作に関して、寝返り動作が要介助もし
の骨折の治療は、理解力の低下やリハビリテーショ
くは不能で転倒した人の転倒状況をみると、寝返り
ンが十分に行えない状態により、ADL の低下や寝
時におけるベッドからの転落ではなく、坐位時にバ
15)
。このことからも転倒によ
ランスを崩して転落というケースが多い。寝返りが
る事故を未然に防ぐことが重要である。転倒予防の
自立できないほど身体能力が低下している場合、ほ
一手段として身体抑制も考えられるが、抑制により
とんどの動作において介助が必要である。介助によ
16)もあり、人権面から
って坐位などの姿勢変換や動作を行った時に、坐位
も推奨されない。転倒経験者やそれが予想されるケ
保持能力の低下により転倒にいたるのではないか
ースについてはむしろ活動は制限せずに、大腿骨骨
と考える。坐位バランス能力低下者においては座り
折予防プロテクターの使用や屋内の環境整備、衝撃
直しや椅子等の工夫が必要となってくる。
たきりに移行しやすい
転倒が増加するという報告
Campbell20)は椅子からの立ち上がりのできない
緩和床材の使用等を行い転倒・骨折防止に努めるこ
とが重要となるのではないか。
ことが転倒に有意な関連があると指摘している。小
島
23)によると高齢者の立ち上がりパターンは、動
2. 関連要因調査について
作低下群において、動作時間の延長、身体重心の最
HDS-R のスコアは転倒群の方が非転倒群に比べ
大水平速度の低下、離殿時期における体幹屈曲角度
の増加という特徴が見られたと報告している。立ち
られなかった。今後転倒を繰り返すケースに注目し、
上がりは身体重心移動において離殿時期に生じる
痴呆高齢者の転倒要因について検討していきたい。
推進力を利用して行うが、これを制御できないと転
本研究にあたりナカムラ病院スタッフの皆様の
倒する。身体コントロールが不良なために、転倒状
御協力に感謝いたします。
況においても立ち上がり時の転倒は歩行時に次い
で2番目に多いことからも、坐位からの姿勢の変換
参考文献
1)
でのバランスの評価が重要である。
と転倒の要因.
片脚立位について、高齢者のバランス能力では、
増大
17 )
ら
2)
はロンベルク徴候陽性が転倒と有意に関連する
7)
とし、また徳田
は片足起立試験と転倒頻度の間に
Visser
25)
3)
石川正晃、井上哲郎:大腿骨頸部骨折の
疫学.臨床リハ:2(9)
:701-705、1993.
4)
江藤文夫:痴呆の発症数、罹病者数の推
移と将来の予測.
によると痴呆患者はバランス障害が有
意に認められるということからも、片脚起立試験は
転倒リスクアセスメントとして活用できると考え
安村誠司、新野直明:高齢者の転倒因子.
理学療法:14(3):199-204、1997.
は対応関係があり、中でも3回以上の転倒経験者で
は起立時間が著しく短いと報告している。また
臨床リハ:7
(3) :243-247,1998.
片足立ちの体重心動揺は加齢とともに軌跡距離が
24)し、片足保持時間も短縮する。Buchner
眞野行生、中根理江:高齢者の歩行障害
(7)
5)
総 合 リ ハ : 26
:699-701,1998.
Aevarsson O: A population based
study on the Incidence of dementia
る。
disorders between 85 and 88 years of
歩行時の転倒が多いことも推察できる結果とな
った。上記の結果より、痴呆高齢者の転倒は、認知
age.
障害によって、自己の身体(移動)能力に相応した
44:1455-1460,1996.
活動が学習できないことに起因する場合がほとん
6)
J
Am
Geriatr
Soc
Gibson MJ: Falls In later life. In :
どだといえる。転倒状況をみても介助歩行レベルで
Improving the Health of Older People;
あるにも関わらず独力で歩行しようとする結果ふ
A world View. New York, Oxford
らつき、転倒するケースが圧倒的に多かった。また、
University Press, 1990,pp 296-315.
転倒を繰り返すこともこのことが原因であろう。痴
呆高齢者の転倒原因について Naylor
7)
26)
のいうよう
に痴呆者における脳全体の委縮に起因する姿勢調
朝田隆. 痴呆性疾患と高齢者の転倒.
骨・関節・靱帯:9(7)
:751-759、1996.
8)
徳田哲夫、林玉子、高橋徹 他:高齢者
節能の低下が多くあげられる。しかし,その上に行
の転倒事故とその身体特性に関する調
動の自重や危険回避行動の低下が加わり、高頻度な
査 研 究 .
転倒を生じさせることをこの研究は示唆している。
26
予防にもそのような観点での対策が必要であろう。
今回の転倒調査において高齢痴呆者の転倒発生率
は高く、また複数回転倒者も多く、複数の転倒関連
要因も認められた。しかし、薬物と転倒の関係
や、徘徊などの問題行動との関連
8)27)
2)は本研究で認め
9)
Geriat
Med :
:999-1008,1988.
江藤文夫:老年者と転倒.Geriat
Med:
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a
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他:立位
variables
which
increase the relative risk of elderly
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289-2931997
Med35(3):
3
転倒予防のリハビリテーション
広島大学医学部保健学科
運動・代謝障害理学療法学講座
前島
洋
今日、高齢者における転倒は大腿骨頚部骨折等
転倒予防という Active Safety の面のみならず、
の外傷、更に、それに起因する寝たきりの原因と
仮に転倒した際の傷害の予測、転倒時の傷害防止
して重視されている。このため、高齢者を中心に
の検討という Passive Safety の面にも配慮する
多職種間の連携による転倒予防に対するリハビ
必要がある。
リテーションの取り組みが必要とされている。
転倒予防のリハビリテーションは、まず始めに
転倒の危険因子の評価に始まり、その要因に対す
転倒予防の内的要因に対するリハビリテーシ
ョンの取り組みとして運動療法と転倒予防に配
慮した日常生活動作の実際についてご紹介する。
るアセスメントを通して、危険因子の改善を図る。 転倒予防のための運動療法として、ストレッチン
危険因子はケース自身の心身の状態に起因する
グ、筋力増強、静的・動的バランス機能改善を目
内的要因とケースを取り巻く環境要因である外
的とする運動療法について紹介する。
的要因に分類できる。具体的な内的要因として、
まず始めに、ストレッチングにはケース本人の
筋力低下、協調性低下、骨関節疾患、アライメン
随意的運動によって筋を伸張させる自動的スト
ト変形、心肺機能低下等の運動要因、固有感覚・
レッチングと他者によって伸張される他動的な
表在感覚低下、前庭・迷路機能低下、視力障害等
ストレッチングの2種類がある。ストレッチング
の感覚要因、更に認知障害、痴呆、薬物の影響等
の効果として、柔軟性の向上、拘縮の防止、リラ
の高次要因に分類される。また、外的要因として、
クゼーション、筋反応性の向上、筋・腱損傷の防
床の状況、段差、手すり、ベッドや椅子の高さ、
止が挙げられる。また、ストレッチング実施に際
照明等の居住環境、履物の形状や素材、更に杖、
しての原則として、ゆっくりと引き伸ばす、痛み
車椅子、歩行器装具といった介助器具による要因
のない範囲でおこなう、しばらくその姿位に保持
が挙げられる。従って、転倒予防のリハビリテー
する、自然にリラックスしておこなう、1つの筋
ションにおいては以上の内的要因・外的要因とい
肉ごとにおこなう、全身の筋肉についておこなう、
う危険因子に対して、転倒の予測、転倒防止方法
運動の前後におこなう等が挙げられる。特に下腿
の検討というアセスメントを通して、両要因の改
三頭筋、ハムストリングス、大腿四頭筋、内転筋
善を図る。
群等の下肢筋のストレッチングは転倒防止上、重
事故に対する安全性には、事故を未然に防止す
要と考えられる。
るための安全性(Active Safety)と事故が生じた
筋力増強法は、筋の長さの変化を伴わずに筋線
際の被害を最小限に留めるための安全性
維収縮をおこなう等尺性筋力増強法(Isometric
(Passive Safety)という2つの考え方がある。
Exercise)と筋の長さは変化するが筋の張力を一
高齢者の転倒においては、アセスメントにおける
定にしておこなう等張性筋力増強法(Isotonic
Exercise)に分類される。例えば、大腿四頭筋を
測等、静的バランスの評価に留まっていた。しか
例にとると、Isometric Exercise は膝関節を固定
し、転倒の予防を考える時、運動時や身体動揺時
して膝伸展させる運動であり、Isotonic Exercise
における動的バランス機能の定量的評価が重要
はケースの下腿に定重量の重錘を負荷し、膝伸展
と考えられる。そこで私たちは床面の水平移動・
させる運動である。それぞれの筋力増強法の利
傾斜による身体外乱に対しての立ち直り反応時
点・欠点として、Isometric Exercise は関節運動
の全身筋反応、足底中心の軌跡を調べることによ
を伴わない筋収縮のため、変形・拘縮・疼痛のあ
り、動的バランス機能の定量的評価を試みている。
る場合に有効である。しかし、呼吸・循環系のリ
身体動揺時の転倒防止の身体機構として、動揺に
スクが高く、高血圧患者に対しては配慮が必要で
より逸脱した体重心を基底支持面内に戻そうと
ある。Isotonic Exercise は関節運動を伴うので関
する身体全体姿勢反応である立ち直り反応と、立
節可動域訓練としても有効であり、呼吸・循環系
ち直り困難な速くて大きな体重心の逸脱に対し
におけるリスクが比較的低い。このため、変形・
ては下肢や上肢を転倒方向へ振り出す保護伸展
拘縮・疼痛を伴わない高齢者には適した運動法と
反応が誘発される。これらの反応を有効に出力さ
いえる。ここでは具体的な転倒防止に重要な運動
せるため、協調性の改善、固有感覚入力、他動的
機能とその主動作筋について紹介する。立位にお
な外乱による身体動揺に対する姿勢反応の促通、
ける骨盤の安定性に関わる筋として、脚を広げる
足底感覚入力と足指把握訓練等が有効とされて
筋でもある中殿筋、脚を後ろに伸ばす筋でもある
いる。
大殿筋、身体を屈める筋でもある腹直筋、体をね
一方、転倒防止に配慮した日常生活動作の獲得
じる筋でもある腹斜筋が重要である。立ち上がり
が重要である。椅子からの立ち上がり時の転倒を
動作において大切な筋として、膝を伸ばす筋であ
防止するための安全な立ち上がり法として、立ち
る大腿四頭筋、体を伸ばす筋である脊柱起立筋が
上がり前の座位においては極力お尻を座面前端
挙げられる。歩行時の加速・減速に大切な筋とし
に移動させ、膝を直角以上に屈曲させ、お辞儀姿
ては、脚を前に出す筋である腸腰筋、膝を伸ばし
勢をとることにより、体重心を前方に移動させた
て脚を前に出す筋である大腿四頭筋、脚を後に伸
上で、まず膝を伸ばし、次に体を伸ばすことによ
ばす筋である大殿筋、踏み返しや背伸びをする筋
り、安全な立ち上がりが可能である。また、高齢
である下腿三頭筋が挙げられる。動揺時の体の立
者の症状に応じた歩行方法の獲得も重要である。
ち直りに重要な筋としては、体が前に倒れたとき
一般の杖なし歩行の場合、振り出した足を反対側
の立ち直りのための筋である下腿三頭筋、逆に後
の足と同じ位置に着地するそろえ型歩行と、反対
に倒れたときの立ち直りのための筋である前徑
側の足よりも前方に着地する交互型歩行に分類
骨筋が挙げられる。
できる。交互歩行はそろえ型歩行に比べて、速さ
ヒトのバランス調整は、前庭迷路系、視覚系、
は速いが安定性においては不安定である。杖歩行
筋腱や関節・頚部の固有感覚入力が中枢で統合さ
の場合、以上の足の接地位置に加えて、歩行サイ
れ出力されることにより、体の重心を支持基底面
クルにより杖と反対側脚を同時に振り出す2動
面からの逸脱を防ぐように筋が作用することに
作型と別々に振り出す3動作型の組み合わせか
より行われる。従来、定量的なバランス機能の評
ら、3動作そろえ型、3動作交互型、2動作そろ
価法として、静止立位における足圧中心軌跡の計
え型、2動作交互型に分類される。3動作そろえ
型は速さでは最も遅いが、安定性では最も優れて
とする多職種からなるスタッフの連携により成
いる。一方、2動作交互方は最も速いが最も不安
り立つ。そのため、ケースを中心とするスタッフ
定である。これらの歩行法の違いを踏まえ、ケー
間でのコミュニケーションが十分に行われてい
スの歩行能力に配慮して適切な歩行法を選択、指
る必要がある。職種間で専門知識を共有すること
導する必要がある。
により、多面的な転倒予測と対策が可能となり、
転倒予防のための身体機能向上を目的に、グル
ープ活動の利点を生かしたレクリェーションの
参加も有効である。レクリェーションの特性とし
て、グループ活動、楽しみながらの活動であるこ
と、リズムのある活動、全身的な活動、適度の運
動強度、適度の重心移動を伴う活動が望ましい。
転倒の外的要因に対するリハビリテーション
として、段差、手すり、照明、床材の適切な選択、
家具・日常生活道具の適切な配置等の住宅環境制
御が重要である。また、身体と支持基底面を結ぶ
唯一の媒体となる履物と補装具の適切な選択が
重要となる。履物に関して、私たちは衝撃干渉足
底素材と裸足において床面外乱による身体動揺
に対する立ち直り反応を測定したところ、衝撃干
渉足底素材装着時には裸足時に比べて動揺も大
きく、立ち直りに要する時間も長かった。この衝
撃干渉足底素材にしっかりと甲を覆う覆いをと
りつけたところ、裸足との有意な違いは認められ
なくなった。この結果から、衝撃干渉足底素材は
膝関節症患者等の接地荷重時の疼痛軽減には効
果があるが、動的バランス面においては裸足に比
べて良好ではなかった。しかし、覆い等の形状の
工夫によりそのマイナス面を補うことが可能で
あることを示している。従って、高齢者の疾病症
状、運動機能、更に生活環境を十分配慮した上で、
履物の素材、形状、履きやすさを考慮して適切な
履物を選択することが極めて重要である。また、
転倒発生時における骨折・外傷防止に配慮した床
材や家具の選択。ヒッププロテクター等の装着の
検討も必要となる。
最後に、リハビリテーションとはケースを中心
転倒予防に大きく寄与すると考えられる。
4
看護における転倒予防と対策
社会福祉法人あと会
池田
1. 施設概要
施設統括部長
美雪
あと会では平成 7 年より高齢者ガイドライン(図1)
社会福祉法人あと会は平成5年特別養護老人ホ
を基にケアプランに取り組んでいる。アセスメント
ームくにくさ苑を開設以来高齢者に対し日々の生
をし詳細検討を行い問題点を特定する。カンファレ
活の中に「喜び」をもって「豊か」な「やすらぎ」
ンスにてケアプランを策定しプランの実行・評価・
を感じて生活をおくっていただきたいという「3Y
再アセスメントを繰り返し行う。カンファレンスに
の心」の法人理念の基事業の展開をおこなってきた。
は
事業内容として特別養護老人ホーム100名・老人
養士が参加する。個人、相手を知ることはより多く
保健施設80名・通所サービスとしてデイサービ
の情報を得る必要がある。家族知人、医療保健関係
ス・デイケアサービス・訪問系サービスとして訪問
者などの細かい情報がケアに結びつく。
介護・訪問看護・訪問入浴・地域総合相談窓口とし
そして個人の求める生活につながる。生活様式もそ
て在宅介護支援センター・居宅介護支援事業所・ま
の1つである。
医師、リハビリスタッフ、看護、介護、ST、栄
たグループホーム・配食サービス・地域診療所と多
くの高齢者とのかかわりをもっている。その中で本
セミナーのテーマに「転倒予防」とあるがどれだけ
注意をし、気をつけても転倒はありそれにともない
骨折をされる方もいる。100%の予防は残念なが
らできないが今回当法人の転倒予防のための取り
組み(努力)、また事故がおきた場合の対応、再転
倒を繰り返さない為にどうしているかと言う点を
報告する。
2.個々の<生活を保障>する為に
図1
特別養護老人ホーム、老人保健施設は大型施設で
ある。その中にいても皆一人ひとり人格があり個性
がある。性格も価値観も生きてきた歴史そして生活
様式も異なる。一人ひとりの利用者を支えるには、
その方が何を望んでいるかを理解したうえで適切
に応じる‘個別ケア’が求められ、利用者を集団的
にとらえるのではなく個人として支えることが必
要である。
3.施設生活は在宅の延長線上に
高齢者の住宅内の事故として、日本建築学会の調
査によると「転倒」が最も多いと報告されている。
その中で発生頻度の第 1 位は「同一平面上の転倒」
と示されている。また転倒の原因として高齢者自身
に起因する内因的なものと環境や治療等による外
因的なものがある。
1つの例であるが自宅で畳、布団の生活だった方が
ファーができ離床につながっているケースもある。
施設でベットを使ったとたん転落ということもあ
自分一人では移乗は無理だと思っていた方がいつ
る。この様なことを防ぐために私たちは利用者を知
のまにかソファーに座られニコニコされている光
る努力をする。そして利用者に即した環境に施設を
景もみられる。いつも自由と危険は背中合わせの様
変えていく必要があり、在宅での生活とあまりかけ
ですがハラハラ、ドキドキのこともあるがその中で
はなれない様にすることが大切である。利用者にあ
いかに気をつけ、その方のリズムを知るかが大切で
わせ居室、デイルームを畳に変えることもある。今
ある。QOL を考えた穏やかな生活と言うのは決し
施設は変わりつつある。生活環境の見直し。その1
て空気が止まっているのではなくゆっくりだけど
つが現在厚生労働省からも言われているユニット
確実に空気の動きがある事だと思う。空気が流れて
ケアグループホームである。より家庭的に小単位の
も良い環境を作っていくこと、寝たきりにさせない
なじみのグループで人の温もりを感じることので
環境を作る事が必要と思う。
きる寄りそうケア。家具もその1つである。私たち
次に高齢者においては転倒と食事時間との関係
は今まで利用者が歩く廊下には障害となる物があ
も考えておく必要もある。食後の血圧低下も予測で
っては危険だとおもっていた。しかし自宅には色々
きる。以前は食堂で 50 名が食事をしていた。食後
な家具、道具がありそれをつかまりながら移動して
もゆっくり座っていようかと言う雰囲気は感じら
いる。施設の広い廊下は真っ直ぐに歩くには手すり
れなかった。しかし現在は改装し20名の方の食堂
もあり不自由はないようだが、反対側に移動しよう
としソファー、家具調こたつ等を置きリビングの様
とすると何もつかまる所はない。「家では何とか歩
に変化させた(図3)。家庭でも食後の団欒がある。
けていたのに施設に来ると歩けない」といったこと
施設だから特別ではなく自分たちの生活と変わら
がある。あと会では今デイルーム、居室、廊下等に
ない。私たちもいずれ高齢者になる、今の生活の延
利用者とともに買い物にいき、家庭にあるような家
長線上にその生活がくるということである。
具〔ソファー、テーブル、チェストなど〕を配置し
どこにでも腰掛られ休まれるようにしている(図
2)。その結果車椅子だった方が自分でソファーに
座り少し歩いてはまた座りと歩行が可能となった。
利用者が環境にどう馴染んでいるかを観察する必
要がある。それを考えながら利用者のトランスファ
ー、ADLの観察も大切である。しっかりと観察を
することで環境要因の解決方法が見出せる。
また車椅子より立ち上がろうとして転倒をする
ということがある。車椅子は移動する手段の物であ
り決して長時間座りゆったりと安楽に過ごす手段
の物ではない。当施設では、車椅子よりソファーに
できるだけ座りかえていただいている(全介助の方
も)。車椅子よりソファーに座り変え落ち着かれた
り、ベッドでの生活が主だった方がお気に入りのソ
図2
接遇の講義もある。またカンファレンスの場にもな
る。転倒の原因として薬剤の影響も切り離せない。
薬の勉強、副作用、薬効なども理解する必要がある。
皆で勉強をし意識を高めることにより自然にチー
ムワークもできる。チーム全体で利用者を観察をす
る目も養える。例えば調理員が「あの方〔利用者〕
、
最近足どりが弱々しくなられた。」とか、「歩くとき
前傾姿勢よ」とか事務員が「傾いた歩き方だったの
で少し喫茶で休んで、水分をとっていただいていま
す。」とか、利用者にかかわるすべての職員がいか
図3
に利用者に関心を持つかということが気配り、目配
り、心配りにつながる。職員の集中力も養え利用者
4.専門的知識、技術、職業的判断の統一と向上
を囲む良い人的環境作りにもなる。以上のように職
以上のことは環境設定の為のユニットケア、グル
員の専門的知識、技術、職業的判断の統一と向上は
ープホームのケアはすべて個別ケアのための方法
ケアにとって欠かせないものであり重要なことで
である。私たちは皆自己の領域で生活をし管理、判
ある。
断をしている。ただしその領域はひとり一人持って
いる能力に応じたもので皆異なっている。その異な
った領域を持った利用者が施設という空間で生活
を続けている。施設はひとり一人の利用者のニード
に適応する環境を整備するよう努め、ケアの提供も
しなければならない。そのためにも職員ひとり一人
の専門的な知識、技術、そしてプロとしての判断が
直接利用者のケアひいては QOL につながるその知
識、技術を利用者にかかわるすべての職員が向上さ
せプロとしての意識の統一をはかる必要がある。あ
・勉強会の充実
・意識の統一、豊かな人間性
・チームアプローチ
と会では定期的に勉強会を設けている。(図4)介
護、看護、接遇、身体機能、栄養などケアに関する
ことを繰り返し勉強していく。これにはすべての職
図4
員が事務員も調理員も参加する。「個人の勉強会フ
ァイル」もひとり一人持っている。知識、技術を高
めることにより人としてのステイタスを高めてい
5. リスクマネジメント(図5)
しかしたとえどんなに注意をしても事故はおこ
く。そして心の豊かな職員になるよう努力している。
る。椅子からずり落ち、ベッドより転落される方も
そうすることにより人は自分を振り返るゆとりが
いる。事故の再発防止のため原因をしっかりとアセ
できプロとしての自覚もめばえる。時には医師の講
スメントする。客観的に状況をとらえ原因、対応を
義、PT、ST による実技、在宅職員、事務職による
しっかりとみつめ振り返る。事故検討委員会をすぐ
に行い本人家族への対応を早い時期に明確にし誠
意をつくすようする。検討委員会には施設長、部長、
主任などで組織されカンファレンス、勉強会にても
報告し職員全員が自分のこととして考えていくこ
とが重要である。
以上のことはあくまでも生活の場としての目的
をもった施設における環境の設定である。今施設は
大きく変わろうとしている。大型施設がユニット化、
グループホーム化しいかにひとり一人に沿ったケ
アができ環境の提供ができるかを考えている。
図5
地域巡回転倒予防教室実施計画
財団法人 広島県環境保健協会
岡田
一彦
広島大学医学部保健学科
大岡
亜由美
運動・代謝障害理学療法学講座
車谷
洋
1. 目 的
能を総合的かつ簡潔に評価するために、健脚度及び
高齢者の転倒骨折を予防するために、転倒予防の知
平衡機能検査を行う。
識の向上を図り、正しい運動の生活習慣化を通して、
転倒しない体づくりを行う。
同時に地域の実情をふまえ、地域巡回教室による
集団指導を円滑に実施するためのシステムを構築
し、普及に努める。
①健脚度
a.10m全力歩行
転倒する原因の一つに、歩行能力あるいは歩行速
度の低下が挙げられる。その意味からも速く歩ける
という能力が転倒予防にとって重要であると考え
2.対象者
介護予防の見地から50才より前期高齢者まで
られることから、10m の直線距離を最大努力で速
く歩いた時の所要時間を測定する。
で運動制限のない人(約20名程度)を対象とする。
後期高齢者についても指導内容はほぼ同様と考え
b.最大1歩幅
るが、より密度高く安全に実施する必要があるため
最大1歩幅は、両脚をそろえた状態から最も大き
に、介護サービス施設等での個別指導を想定する必
く片方の脚を踏み出し、反対側の脚をその横にそろ
要がある。
える。その最大の距離を左右両脚について測定する。
日本家屋の特徴として敷居や様々な段差があげ
3.転倒予防教室の内容とスケジュール
転倒予防教室全体の内容と流れ【表1】の特色を
られ、こうしたものにつまずいて転倒することが少
なくない。高齢者にとってはそうした障害物を余裕
順を追って説明する。
を持ってまたぐ能力が重要である。
1)問診票【表2】
②平衡機能
通常の身体状況及び運動の可否判定に関わる質
a.起立−歩行検査
問に加え、転倒に関係する向精神薬及び睡眠剤の服
椅子から起立して3m 歩き、方向転換して戻って
用の有無、歩行の状態、転倒歴に関する質問を設け
くる時間を測定する。本手法は歩行動作の遂行能力
た。
にタイミングの要素を加えたもので、高齢者のバラ
ンス能力を簡単に検出するスクリーニング技法と
2)歩行に関する身体機能の評価
簡単な身体測定とともに、歩行に関連した身体機
して用いた。
b.機能的リーチ検査
簡単に行える内容のものを指導する。
脚部を肩幅に開いて起立し、上肢を90度屈曲位
腹筋、背筋、殿筋、大腿四頭筋、下腿三頭筋、前
に挙上する。脚部を動かさずにバランスを維持でき
脛骨筋について、上述の方針にそった筋力トレーニ
る限界まで、できるだけ前方に上肢を伸ばしその距
ングを指導する。
離を測定する(下図)。本手法の信頼性は立証され
ており、高齢者に起こる転倒についての高い予測性
を示すとされている。
③ストレッチ
関節、筋肉、腱の柔軟性が低下すると、身体動作
が不自由になることから転倒しやすくなる。また、
転びかけたときに防御動作を上手に行えないとい
う弊害も生じる。身体の柔軟性の維持向上のために、
ストレッチを習慣化することは重要なポイントで
ある。個々人の柔軟性を考慮しながら腹斜筋、広背
筋、股関節、ハムストリングス、下腿三頭筋につい
て自宅で簡単に行える内容を指導する。
4.事業の評価
図
機能的リーチ検査(文献 2)より引用)
A 足は肩幅で立ち、上肢拳上(90 度屈曲位)
B できるだけ前方へ上肢を伸ばす
1)運動実施記録
教室を実施する間、及びフォロー期間において、
健脚度・平衡機能測定の記録(初回と最終)や、教
室以外で実施した運動を、自分でチェックシートに
3)運動指導
記録することにより、運動への理解と生活習慣化を
①歩行指導
図る。同時にこの記録を集計処理し、事業全体の評
歩行の姿勢や脚の運び方が悪いと、小さな段差な
価につなげる。
どでつまずく原因となる。とくに高齢者はすり足気
味になるため転倒しやすい。そのため、転倒予防の
ための脚の運び方、運動強度、靴選びなど、知識の
提供及び、よりよい歩き方の指導を行う。
2)定量的評価【表3】
教室の1回目と4回目に健脚度(10m全力歩
行・最大1歩幅)、平衡機能(起立−歩行検査・機
能的リーチ検査)を測定しその変化を定量的評価と
②筋力トレーニング
する。
筋力トレーニングを行なうことで、関節が安定し、
関節可動域が広くなる。同時に反射神経も賦活され
るなどの効果により、転倒予防能力の向上が得られ
3)定性的評価【表3】
教室の1回目と4回目に運動状況アンケートを
る。転倒予防を目的とした筋力トレーニングでは、
行い、参加前と参加後の運動状況の変化をみる。ま
通常の筋力強化とは異なり、歩行に必要な筋力に戻
た、教室の4回目に最終アンケートを行い、参加す
すことを目的に行う。そのため、特殊な器具を使用
る前と比べての心理的・身体的・行動の変化をみる。
せず、自重を用いたトレーニングで、しかも自宅で
これらを定性的評価とする。
5.考 察
転倒予防の研究は、欧米ではかなり歴史があるが、
本邦でも最近になってみるべき業績が示されるよ
うになった。 Dargent ら(1996)の報告では、大
腿骨頚部骨折の発生は、骨密度の低さと同程度に、
転倒しやすさとの強い関係が示唆されている。
武藤(2001)は最近の知見を要約して、転倒しや
すさの身体的特性として肥満傾向、健脚度の低下、
動脈硬化症の3点を指摘し、転倒は身体機能の部分
的衰えの結果ではなく、動脈硬化症に象徴される生
体調節機能全体の破錠の表れであり、適切な指導に
よる身体機能の活性化によって予防することが可
能な状態であると主張している。
我々も、筋力と柔軟性の維持・向上を念頭におい
た身体不活動の是正を目的としたプログラムを作
成したが、さらに事業評価へのフィードバックをも
重視し、今後時間とともに、より適切なプログラム
へと発展することを期待している。
参考文献
1)武藤芳照、黒柳律雄、上野勝則、大田美穂編
転倒予防教室 −転倒予防への医学的対応−
日本医事新報社、東京、1999
2)田中繁、高橋明監訳
モーターコントロール
運動制御の理論と臨床応用、医歯薬出版株式
会社
3)Dargent-Molina P.et al,Fall-related
factors and risk of hip fracture, EPIDOS
prospective study.,lancet 384,145-149,
1996
4)武藤芳照、CLINICIAN, 48(501),66-71,2001
編集後記
1. 骨粗鬆症への医学的対応から転倒予防へ
「 骨粗鬆症から寝たきり」というテーマは、長寿社会が深化しつつある我が国では、
古くてなお新しい問題といえます。当初は 骨粗鬆症への身体的、医学的対応に力点が
おかれていましたが、今回のセミナーにありますように、骨折の直接的要因、すなわ
ち転倒そのものを予防することが今日的課題となっており、高齢者のQOLの向上に
も資する介護予防事業としての取組みが求められています。
2. 転倒予防の今後の展望
広島大学医学部保健学科と広島県環境保健協会は、転倒予防教室の地域への展開を
図り、平成12年度より同教室の企画開発を行ってまいりましたが、今回提示した実
施計画はその成果といえます。その課程でより多くの方々のご意見を頂く場を設ける
必要性を痛感し、今回のセミナーを開催させて頂く運びとなりました。
多くのご賛同とご協力のもとに 323 名ものご出席を頂きましたことは望外の極みで
あり、今後も継続的にセミナーの開催と転倒予防教室の地域展開を推し進めていく所
存です。
介護予防を充実し、「健やかに老いる」社会を実現するために、重ねて皆様のご支援、
ご参加をお願い致します。
財団法人 広島県環境保健協会
健康クリニック
青木 陽一郎
編集・発行
広島転倒予防研究会
代表
事務局
村上 恒二
財団法人広島県環境保健協会 健康科学センター内
TEL 082-293-1513 FAX 082-293-2214
〒730-8631 広島市中区広瀬北町9−1
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