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隋ばかなやつ

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隋ばかなやつ
源氏物語評釈
夕顔
四
(最終改訂 2013.4.13)
夕顔
評釈
夕 顔
二
より打つづきたる事の末を結びたるものにて、いといと心ふかくたくみ
ハジメ
なる物なり。其末に「かやうのくだくだしき事は云々」といふよりは、
ノ
スヂ
とし。葵上の事、藤壺宮の事などにほはせたるは、上下の事の脈のおし
ノ
かの帚木の発端の語をむすびたる物なること、そこに委しくいへるがご
旧注 これも竪の并なり。以 二歌并詞 一為 二巻名 一。詞には「かの白くさけ
とほりたるを見せたるのみにて、さして論なし。されど、遠く其線の貫
ト
るをなん夕顔と申侍る」とあり。歌は〽心あてにそれかとぞ見る白露の
きとほれる事をしたどめおくべし。
ノ
ひかりそへたるゆふがほの花、〽よりてこそそれかとも見めたそかれに
○此巻は、なにがしの院のへんぐゑの段を主としてかけるものなる故に、
ヲ
ほのぼのみつる花の夕がほ、などあり。
夕顔の事のみは始より終までいとあやしくゆくりかにめづらかなるさま
ニ
釈 并の巻の事は空蝉巻のはじめにいへるがごとし。しひてかかはりな
にとりなされたり。されば、はじめに「いかなる物のつどへるならんと、
テ
づむべからす。
ただ帚木巻の末より空蝉巻までの事と同じ比の事なるを、
やうかはりておぼさる」と書はじめたるより、所々に鬼物また狐また変
ノ
事のすぢを分たんために別に書分ちたるものとのみ見るべし。但此巻ま
化などの語を挿み、また「あやし」といふ語を眼目としてあやなされた
ノ
では帚木巻より一つらにつづきたる文なることも、上にいへるがごとし。
るなど、いとちからありてめでたく聞えたり。されば、文づらをもそこ
ノ
ノ
評 此巻は、もはら夕顔事をかたるをむねとして、さて玉葛君の事をの
はかとなくまぎらはして、かの段にかかる所まではさまざま打あはぬさ
ヘン
こしおく伏案を立たり。其中に、六条御息所の事をはじめてほのめかし
まなるを、夕顔上のうせて後、右近にかたらせてさることと思ひ合さる
ノ
ヘングヱ
キツネ
出て、つひに葵巻、榊巻にいたりて其事どもを詳にすべき伏線を挿めり。
るやうに書ほどかれたる、いといとめでたし。されど、あまりにあやし
モ ノ
そのよしは上にも下にも委くいへれば、ここには省きつ。さて又惟光朝
く書かすめられたる故にや、なほうちあはぬことどももある事、かの惟
コト
臣の事、大弐乳母の事など、此巻よりはじめてあらはされたり。それも
光がけさうを思ひゆづりたる事がらのきはやかにしられぬ事、また春田
グヱ
何となく物語の中に挟みて、おのづからしらるるやうにかかれたるは例
正鞆が難じたる六条御息所の紀年の打あはぬこと、鈴木朗が咎めたるず
ノ
の法にて、
事をきはきはしくせぬ筆づかひなるべし。又、空蝉の事を所々
ゐじんの顔を見ては忽源氏君としらるべき事、又旧注にもいはれたる、
ノ
挿みてあらはしたるは、夕顔と同じほどに対へ出たる人なるに、かつ雨
夕顔の花をのせたるあふぎに歌かきたるは、夕顔上のおほどかに物はぢ
ノ
夜の物語のなごり、源氏君のかかるくまぐままでものし給ふ事をあへな
する本上にてはかなひがたきよしの事など、すべてたどたどしくあざや
ノ
く絶しめじが為にとり出られしものなるべし。軒端荻は、ただかのもぬ
かならず。それが中にも、何がしの院の変化の事は、八月十五夜のまた
サ
けの夜のかたしろばかりなるを、なほさておかんがあへなくて、とりそ
の夜なれば、正しく八月十六夜也。然るに、かしこのけうとくものおそ
ツバラ
へてあらはされたる也。さて、つひに夕顔の四十九日のわざはてたる所
ろしきけしき、月夜の事としてはいささかあへなく聞ゆべし。さるは、
ノ
ノ
に、伊予介、空蝉をゐて国へ下りゆく事を引合せて、「過にしもけふわ
月の夜はいかばかりあれはてたる所にて、かつ雨風の物すごさを添たり
ノ
ノ
かるるも二道に云々」といふ歌をもて此巻をとぢめられたるは、帚木巻
はかに出給へるなども、いとよく似たり。さて又浮船君の身をなげんと
ノ
とも、事がらさばかりははあらぬものなれば也。されば、猶今すこし引
して物にけどられていざなひ出られたるも、此巻の何がしの院の変化に
フ
トシダテ
はへて闇のよごろの事とせられたらばと、いとあたらしくおぼゆるは、
対へたる物なり。右近といふ女房の名を同じさまに作られたるなどは、
ノ
なほかいなでのひが心にやあらん。案に、これは旧注に引れたる江談抄
此すぢを示せんとてわざと構へられたるものに似たり。猶かしこにいふ
ノ
ノ
の河原院にて、京極御息所を融公の霊のおびやかしたる古物語をしたに
を見てしるべし。
チ
思ひてかかれたるが、かの「入 レ夜月︲明」とあるなどを思はれたるにも
○へんぐゑのくだりは此巻のむねとある所なれば、めでたき事いふもさ
ツクリヌシ
ノ
有べからんか。さらば、あながちに作者の思ひおとされたるにもあらざ
らなれど、なほいとやはらびたる文の詞もて、たとしへなく物すごくむ
ノ
めれど、猶事がらのけしきはあかぬここちぞする。されど、今はたかか
くむくしきさまをあくまでにかかれたる、いといみじともいみじといふ
ひさとられけん心しらひ見えて、作者のざえのほど、かへすがへすもい
ノ
る事をあなぐりいでていはんは、あまりにこちごちしきわざなれば、し
べし。すべて作り物語は、いかさまにも作りなさるべき事なれば、へん
ふせきここちするに、
いやしきあづま声したるものどもばかりのみ出入、
みじく聞えたり。大かた今の世にも出くるあやしき物語どもも、その本
ノハジメ
なぐさめに見るべき前栽の花もなし云々」。又いはく、「ほどもなうあけ
のすぢをせめていひもてゆけば、皆かかるさまの事なるぞおほかる。浮
ノ
ぬるここちするに、鳥などはなかで、おほぢちかき所におほどれたるこ
船君のけどられぬるくだりなどは、殊にさる心してかかれたりと見えて、
ミ
ひていふべき事はあらず。ただそのくだりのいみじきをのみめでくつが
ぐゑのさまもいとおどろおどろしき物のかたちをあらはしいで、またそ
ノ
へるべし。
のあやしびの結びには観音の仏力など引出て、首尾をととのへ書のがる
カ也
○五条の宿のくだり、いとめでたし。さて巻首にもいへりしごとく、夕
るが大かたのならひなるを、さらにさるこうじたる筆の跡をあらはさず、
ノ
ニ
顔上は、浮船君に相照し対へたる書ざまなり。されば、この五条の宿は
ただ一ふしものすごきけしきをとりあつめたる夢の中にをかしげなる女
テ
東屋巻なる三条の家に対へたる也。東屋巻にいはく、「かやうの方たが
のあらはれたる事のみをかかれたる、いはんかたなくめづらしくめでた
第四帖 春田正鞆ノ年立
ノ説、江談抄ノ
河 原 院 ノ 事 ハ、
共ニ余釈ニ挙タ
ルヲ見ルベシ。
へ所と思ひて、ちひさき家まうけたりけり。三条わたりに、ざればみた
し。しかして其事のすぢをいひもてゆく時は、皆ただこなたの心からあ
ノ
るが、まだつくりさしたる所なれば、はかばかしきしつらひもせでなん
らはれたるさまに書かすめられたるなど、もののことわりをいとよく思
ク
ゑして、いかにとか聞もしらぬなのりをして、打むれてゆくなどぞ聞ゆ
いみじき事どもいと多かり。そこにいふを相照して見るべし。さて此夕
有ける云々」
。 又 云、
「たびのやどり
ノ
三条の
はつれづれにて、庭の草もい
家也
る。かやうの朝ぼらけに見れば、物いただきたるもののおにのやうなる
顔上も浮舟君も、あまりに大どき過て立たる心なくただよはしき人なる
ノ
ノ
ぞかしときき給ふも、かかるよもぎのまろねにならひ給はぬここちに、
からに、さるへんぐゑどもにもけどられたるなるべし。詞のうへにさる
テ
をかしうも有けり云々。九月にも有けるを云々。けふは十三日なりけり
事どもは見えねども、さる心してかかれたりと見ゆる事どもいと多し。
ノ
云々」とあるなどを引合せておもふべし。正しく五条の八月十五夜に、
心をつけて見るべき也。
サウジミ
三
三条の九月十三日をむかへたる書ざまなるに、正身を車にかきのせてに
夕 顔
夕 顔
ノ
細 六条御息所の事、はじめて書出たり。帚木巻に、「忍び忍びの御かた
六条わたりの御忍びありき
ノ
スヂ
たがへ所は、あまたありぬべけれど」と有。此語より出たり。
評 細流の御説のごとく、帚木巻の脈なるべし。さて此御息所の事は、
スヂ
ノ
ここにはじめて伏線のはしをあらはしたれど、未だ誰ともしられぬさま
ノ
タヘ
にかきかすめ、次々にも其脈をほのめかしながら、猶かくし置て、葵巻
にいたりて前坊の北方なるよしをほころばしたる筆づかひ、妙なりとも
ノ
妙なるもの也。此事は上にもいへり。猶下にいふべし。
花 源氏のめのと、皇子の例ならば二人たるべき歟。親王のつらならは
大弐のめのと
9
ノ
三人たるべし。下の詞に「はぐくむ人あまたあるやうなりしかど」との
9
給へり。
大弐のさしつぎに左衛門のめのととてあり。
末摘花巻に見えたり。
9
五条わたりなる家
釈 「わたり」三字、余滴に引る異本によりて加へつ。
惟光
ノ
新 大弐のめのとの子なる故に、源氏の家令の如くて在しが、後には民
部大輔といへり。
はじとみ
シトミ
ナカラ
新 蔀は、一間を皆ふたぐべく作りたるを挙おくをいふ。半蔀は、下の
方を板してかためて、半上の方のみひらきあぐるやうにしたるをいふ。
此所は宿の前に長屋をたてて、半蔀して物みる料としたれば、二階めき
て高きなるべし。故に、其内に立てゐる人は、たけ高きやうに外より見
ゆるなり云々。
ア ジロ
御車もいたうやつし給へり
箋 網代車也。前に「御忍びありきの比」と有。網代車は、女などもの
るものなれば、誰ともしらせじとて乗用する也。仍て、路次にて人に対
して礼などもなき也。
さきもおはせ給はず
新 三位已上の人は、必さきおはする也。枕冊子に「大さき・小さき」
湖 警蹕にて、往来の人をとどめいましむる也。これは忍び給ふ故、さ
などいへり。
きをも追せ給はぬ也。
かどはしとみのやうなるを
釈 門は蔀のやうなるを、押明たりといふ意にや。さらば、上へつりあ
げてあくる戸の事なるべし。細流に「をり戸なるべし」とあれど、いか
が有べき。これは、狭き家の門は左右に戸の開きがたき故に、上へつり
上べく作りたるが、蔀を上るさまに似たるをいへるなるべし。さらば、「押
アゲ
アケ
レ
上」とよむべくおぼゆれど、下に「このおしあけたる門に」とあるを思
へば、猶「開」の方にや。
みいれのほどなく物はかなき
アヒダ
釈「ほどなく」は、間なくの意也。外より見入たる所の奥ふかからぬ意也。
故に「ものはかなき」也。
いづこかさしてと
細 世中はいづこかさして我ならんゆきとまるをぞ宿とさだむる
余 古今集雑下。
細 何せんに玉のうてなもやへむぐらはへらん宿にふたりこそねめ
玉のうてなも
余 此歌、六帖巻六むぐらの部に有て、四句「はへらんなかに」とせり云々。
釈 ここの意は、何処かさして我物ならんと思ひなせば、此はかなきす
まひも玉の台も同事也、といふ意にて、「本来無東西、何処有南北」な
どいふ仏語の義をふくめたりと聞ゆ。「あはれに」といふ語に心をつく
べし。
きりかけだつもの
釈 「きりかけ」は、竪の木にきりかけをして、横に板を重ねかけて打
つけたる物也。かりそめに築地のかはりなどに物する也。
釈 「夕顔」といはんとて、まづかく人めきていひ出たる也。いとをかし。
おのれひとりゑみのまゆひらけたる
をちかた人に
河 打わたすをちかた人に物申すわれそのそこに白く咲るはなにの花ぞも
御随身
箋 源氏当官中将也。小随身たるべき也。
湖 品はさふらひ分際の者也。六位までなる也。
夕 顔
* ◆ ン
四
源氏君 ヘ ン 内 裏 中 宿 六条わたりの御しのびありきの比、うちよりまかで給ふなかやどり
湖
* 命乞のため尼になりたるべし に、大弐のめのとのいたくわづらひて、あまになりにける、とぶら
乳 母 尼 △ヲ 訪 イ
*
五条なる家 箋 つ
ヘ ン *
✚
はんとて、五条わたりなる家たづねておはしたり。御車いるべき門
ねは大門をばさしたるべし はさしたりければ、人して惟光めさせて、またせ給ひけるほど、む
△御トモノ〕
令 召 待 ウ チ ム
ミ
つかしげなるおほぢのさまを見わたし給へるに、
此家のかたはらに、
シ ヤ ク シ ヤ ト シ タ 大 路 乳母ノ家 グ ル シ イ ◆
間 ◆ *
檜 垣 新 上 半 蔀 ホ ド ひがきといふものあたらしうして、かみははじとみ四五けんばかり
簾 白 涼 あげわたして、すだれなどもいとしろうすずしげなるに、をかしき
✚
湖 夕顔の家の女ども也簾に見えすく人かげ也 額 透 影 覗 物見ントテ立サワグサマ也 ひたひつきのすきかげ、あまた見えてのぞく。たちさまよふらんし
*
もつかた思ひやるに、あながちにたけたかきここちぞする。いかな
下 方 メ ツ タ ニ セ イ 様 *
集 在 るもののつどへるならん、とやうかはりておぼさる。御車もいたう
✚
やつし給へり、さきもおはせ給はず、誰とかしらんとうちとけ給ひ
手 ガ ル ク シ 前 駈 *
イをナシ △車ノ物見ヨリ〕
門 蔀 押 て、すこしさしのぞき給へれば、かどはしとみのやうなるをおしあ
* *
開 見 コ ミ 間 *◆
*◆
けたる、見いれのほどなく物はかなきすまひを、あはれに〽いづこ
台 かさしてとおもほしなせば、〽玉のうてなもおなじ事なり。きりか
メ ク 葛 蔓 けだつ物に、いと青やかなるかづらの、ここちよげにはひかかれる
己 独 咲 眉 開 *
*
に、白き花ぞおのれひとりゑみのまゆひらけたる、〽をちかた人に
随 身 詞 *
◆
✚
独 言 御 跪 物まうす、とひとりごち給ふを、みずゐじんついゐて、かの白くさ
古今集旋頭歌
五
夕 顔
釈 「顔」といふにつきて、「人めきて」とはいへる也。「おのれひとり」
花の名は人めきて
といへるより、縁の詞あぢはふべし。
あやしきかきねに
評 此巻は、下の変化の段を主としてかける物なる故に、上に「いかな
る物のつどへるならん、とやうかはりておぼさる」といへるを初にて、
ここに「あやしきかきね」といひ、次に「あやしう打よろぼひ」といへ
ノ
る、すべてその脈にて、「あやし」といふを眼目の語として畳みかけて
つかひたる物也。かれ、右旁に ◎点を物して、其しるしとす。心をつけ
てあぢはへ見るべし。
むねむねしからぬ
玉 たしかにそれともなきさまにて、はかなきをいふ。俗言に「しかと
もせぬ」といふ意也。
このおしあけたるかどに
ケ
釈 「この」はかのといふべきをいへる例の詞也。さて、上なるを押上
細 前に「門は蔀のやうなるを、おしあけたる」といひしこと也。
アケ
たるとしては、ここの語勢にかなはず。何れも「開」也。
ざれたるやり戸口に
釈 かくあやしき所ながら、さすがに戸口はしやれて心あるさま也。「や
り戸」は、今いふ引戸也。門よりは内の戸口と聞ゆ。
ツル
玉 夕顔の枝は蔓にて、おほどれはびこりたる物なれば、手よりただに
枝もなさけなげなめる花を
は奉りにくかるべきほどに、此扇にすゑて奉れ、といふ也。
ノ
細 此御随身、花を直に参らすべき事をいかがと思ふ所へ、惟光門をあ
かどあけて云々
釈 此御説よろし。
スル
一
」。
ニハ フ
釈 阿闍梨は比叡山の僧なるよし、末に見えたり。
二
ト
一
余 釈 氏 要 覧「 菩 提 資 糧 論 云、 阿 遮 梨 夜、 隋 言 正 行 。 南 山 抄 云、 能
二
けて参りたるして奉る也。かやうの書ざま、えもいはれぬ所あるにや。
惟光があにのあざり
■
糾 正弟子行 故
︲
評 惟光が伝をなにとなくあらはされたる、例のめでたし。上に「惟光
めさせて」といひ出て、次に「惟光の朝臣の出きたるして」といひ、こ
こに至りて「惟光が兄の」といへるにて、やうやう惟光は御めのとの子
なるよししられたり。心をつけて見るべし。さて此人は、源氏の家令め
きたる人にありげなる名をまうけてつけたる也。もじも光る君の光るに
よせたるなるべし。
たゆたひしかど
釈 御覧ぜらるることのかはらん事をくちをしく思ひて、死がたくあり
しといふ意を、「たゆたひ」といへる也。
9
釈 尼になりて戒を授りたる功徳に、甦生して再び源氏君にあひ奉れば、
いむことのしるしに
五戒の事也。
今は快く身まかるべし、といふ意也。「いむこと」は「いみこと」にて、
夕 顔
*
六
*5
5
5 5
ヘ ン ナ 垣 けるをなん夕がほと申侍る。花の名は人めきて、かうあやしきかき
ねになんさき侍りける、とまうす。げにいと小家がちにむつかしげ
根 ム サ ク ロ シ ゲ
*✚
日本紀
ヨロボフ
5 5 5 5 ✚
✚
拾 徒倚
― ロ ヅ キ
ヨ
ア チ ラ コ チ ラ ヒ
なるわたりの、このもかのもあやしう打よろぼひて、むねむねしか
イな ど 源氏詞 蔓 纏 △見玉ヒテ〕
シ ア ハ セ
らぬ軒のつまごとに、はひまつはれたるを、くちをしの花のちぎり
*
英 折 △随身〕カノ 開 や。一ふさをりてまゐれ、とのたまへば、このおしあけたる門にい
*
入 折 シ ヤ レ ヒ キ ド 黄 生 絹 単 りてをる。さすがにざれたるやり戸ぐちに、きなるすずしのひとへ
袴 着 女 童 ウ ツ ク シ ゲ △ガ △随身ヲ〕
ばかま、ながくきなしたるわらはのをかしげなるいできてうちまね
細 たき物の匂ひにこがしたるなるべし *
白 扇 △出シテ〕
置 サ シ ア ゲ く。しろきあふぎのいたうこがしたるを、
これにおきてまゐらせよ。
* ン えだもなさけなげなめる花を、とてとらせたれば、かどあけて惟光
枝 情 ク レ 門 開 惟光詞 ✚
鑰 置 ワ ス レ の朝臣のいできたるして奉らす。かぎをおきまどはし侍りて、いと
不 便 ふびんなるわざなりや。もののあやめ見給へわくべき人も侍らぬわ
ワ カ チ 分 ✚
ラ チ モ ナ イ 大 路 △恐多キコトニ侍リ〕 オコ
たりなれど、らうがはしきおほぢにたちおはしまして、とかしこま
*
阿 闍 梨 トワリヲ △車ヲ〕
下 婿 三
り申す。ひきいれており給ふ ◎これみつがあにのあざり、むこのみ
かはのかみ、むすめなどわたりつどひたるほどにて、かくおはしま
河 守 来 集 ジ ブ ン △源ノ ヲリフシ ✚
オ レ イ 再 ア リ ガ タ ガ ル 大弐乳母也 またなき事にかしこまる。尼君もおきあがりて、
したるよろこびを、
尼君詞 惜 気 御
をしげなき身なれど、すてがたく思ひ給へつることは、ただかくお
前 △源ニ〕
変 ザ ン ネ ン
まへにさぶらひ御覧ぜらるることのかはり侍りなん事を、くちをし
* * ホトケ う思ひ給へたゆたひしかど、いむことのしるしに、よみがへりてな
ニ 猶 予 甲 験 甦 △我方ヘ〕
乙 コ ソ 弥 陀
ん、かくわたりおはしますを見給へ侍りぬれば、今なんあみだ仏の
ノ 来 迎 ナ リ
スツハリト心ヨク 待 御ひかりも、心ぎよくまたれ侍るべきなど聞えて、よわげになく。
七
かく世をはなるるさまに
ノガ
夕 顔
ハナ
釈 尼になりたるは、世を遁れ離るる也。
なほ位たかく
細 吾昇進などをきはめ給ふべき御末をも見給へ、と也。
ここの品のかみにも
細 九品上品上生なり。「今こそあみだ仏の御光も心清く」といひし返答
に奇特の詞也。
うらみのこるは
湖 一念にても臨終に思ひのこす事ありて此世に執着のとどまるは、後
玉 かやうの「うらみ」は、俗にざんねんなるといふ意なり。
世の障となる心也。
ツキ
メクハセ
玉 詞にはいはで、肩膝などを衝て目くはしをする也、と或抄にいへる
つきじろひめくはす
メクハセ
拾 史記項羽伝「眴」。離騒「目成」。
がごとし。
思ふべき人々の打すてて云々
細 三歳にて更衣にはなれ、六歳にて祖母に離れ給ふ也。
ノ
細 左衛門の乳母におくるること、末摘花巻に見えたり。
はぐくむ人あまたあるやうなりしかど
かぎりあれば
余 此詞は「所せき御身」などいへると同くて、やことなき人の、御身
いせ物
の自由ならで、心やすく出させ給ふことをまかせ給はぬをいへる也云々。
河 世中にさらぬわかれのなくもがな千代もといのる人の子のため
さらぬわかれは
語
9
げに世におもへば
9
釈 世にといふ詞なき本は、おちたる也。さて、本は「げに思へば、世
におしなべたらぬ人の」と有しを、乱れてうつしひがめたるか。例の転
倒の語としても、猶少し穏ならず。
玉 かくまでよにすぐれ給へる源氏君の御乳母となれることは、なみな
みならぬ宿業ぞといふ也。
評 尼君の歎きたるを、上に子どもの笑ひしを、ここにいたりて「打し
打しほたれけり
ほたれ」といへる、抑揚あひかなひて、いとめでたし。
夕 顔
源詞 平 愈 フ ア ン シ ン ニ 八
日ころおこたりがたく物せらるるを、やすからずなげきわたりつる
*
に、かく世をはなるるさまにものし給へば、いとあはれにくちをし
ザ ン ネ ン
*
ニ マ ダ 位 高 △我ヲ〕
*
うなん。命ながくてなほくらゐたかくなども見なし給へ。さてこそ
*
九 上 障 碍 △モ ここのしなのかみにも、さはりなく生れ給はめ。この世にすこしう
ロク
らみのこるは、わろきわざとなんきくなど、涙ぐみてのたまふ。か
デモナイ主人ヲサヘノ意也 乳 母 ヒ イ キ ニ ス ル 人 マツスグ
たほなるをだに、めのとなどやうの思ふべき人は、あさましうまほ
見 成 △コノ尼ハ〕
面 起 ナ レ ナ ジ ミ にみなすものを、ましていとおもたたしう、なづさひつかうまつり
玉
我身も大切におもはるる也 ン タデアラウカラハ 労 ア リ ガ タ ク 不 覚 けん、身もいたはしく、かたじけなくおもほゆべかめれば、すずろ
に涙がちなり。子どもはいと見ぐるしと思ひて、そむきぬる世のさ
*✚
惟光アサリ三河守ムスメナド也 スデニ尼ニナリテステタル世トイフ義也
✚
去 嚬 ツ キ ア ヒ テ
りがたきやうに、みづからひそみ御らんぜられ給ふ、とつきじろひ
✚
めくはす。君はいとあはれとおもほして、
いはけなかりけるほどに、
*
メ ク バ セ ヲ ス ル 幼 ウ チ *
ミマカリ ソ ダ テ ル 数
思ふべき人々の、うちすてて物し給ひにけるなごり、はぐくむ人あ
細 大弐のめのとを
*
多 睦 またあるやうなりしかど、したしく思ひむつぶるすぢは、またなく
ば中にまたなく思給ふと也
4
長 成 限 得 見
なんおもほえし。人となりて後は、かぎりあれば、朝夕にしもえみ
対
*
参 出 ヤハリ 奉らず、心のままにとぶらひまうづる事はなけれど、猶ひさしうた
面 いめんせぬ時は、心ぼそくおぼゆるを、〽さらぬわかれはなくもが
△思フ〕
細 △ナミダヲ〕
なとなんなど、こまやかにかたらひ給ひて、おしのごひ給へる御袖
* のにほひも、いと所せきまでかをりみちたるに、げに世におもへば、
香 狭 薫 満 ナルホド ウ レ イ ナ ラ ヌ
シアハセ
ツ
おしなべたらぬ人の御すぐせぞかし、と尼君をもどかしと見つる子
*
✚
余 斎宮式に哭称塩垂と有 修 法 細 祈りをはじめらる
どもも、みな打しほたれけり。ずほうなど、またまたはじむべき事
九
ソ
ク
夕 顔
ニ
二
ノ
一
余 紙燭也。紙束ともいふ。和名抄云「紙燭。雑題有 紙燭詩 。紙燭、
しそくめして
シ
俗韻之曽玖」。
明 物語などし給ふうちに、日もくれにければ也。
うつり香
新 うつりがといふも、たき物のうつり香なるべし云々。
評 さきに扇は御覧ずべきを、惟光出来り案内して入るに、さわがれて
止給ひし故に、今取出て見給ふ也。さて、初は尼君を訪給ふかた主なり
しを、ここに至りて夕顔のかた主となり、尼君の方客となりたる法也。
いとめでたし。
心あてに云々
玉 源氏君を夕顔の花にたとへて、今夕露に色も光もそひていとめでた
く見ゆる夕顔の花は、なみなみの人とは見えず、心あてに源氏君かと見
奉りぬ、と也。三四の句は、白露の、夕顔の花の光をそへたる也。露の
釈 末句は古写本によりぬ。花の顔を心あてに云々、
といふ語路なれば也。
光にはあらず云々。
にくしとこそ思ひたれな
箋 折節つきなき好色と思ふか、と也。
拾 名くる心を思ふに、只名のみをあげて、まことの介のごとく国務を
ツ
やうめいのすけなりける人の
つかさどる事もなく、権官のごとく禄を得ることもなき故なるべし。
コト
釈 揚名の義、此説のごとくなるべし。「ゐなかにまかりて」とあれば、
任国へ下りたるやうにも聞ゆれど、猶さにはあらず、異事にて田舎へは
ゆきしなるべし。又案に、なりけるとあるは過去の辞なれば、さきに揚
名なりし人の、まことの介になりて国へ下りたるにもあらんか。考ふべ
し。諸説は別にいへり。
玉 これより惟光が源氏君に申す語にて、「きかよふ」といふまでは、や
どもりが惟光にかたりしさまにて、「と申す」は、やどもりがかやうに
まうせるといふ也。
釈 「事このむ」は、ざれたる事を好む意にや。さて案に、上に「この
女なんわかく事このみて
宿もりなる男をよびて」とあるを、旧説に揚名介が家の宿もりと見られ
たれど、もしくは惟光が家の宿もりにはあらじかとぞ思ふ。さるは入て
このといふも、隣の家の人をいふやうに聞えぬうへに、ここに「事好み
て」とあるも、おのがしうの事をいふ語とは聞えねば也。猶考ふべし。
ノ
花 たたう紙に歌かくこと、後撰十九巻の詞にあり。
たたうがみに
夕 顔
一〇
る事也 *
紙 燭 掟 △尼君ノ家ヲ〕 △ヲ などおきての給はせて、出給ふとて ◎これみつにしそくめして、あ
*
りつるあふぎ御覧ずれば、もてならしたるうつりが、いとしみふか
扇 持 馴 移 香 染 深 湖 おもしろくちらし書などにせしなり うなつかしうて、をかしうすさびかきたり。
* ◆ イ 夕かほの花 あてにそれかとぞみるしら露のひかりそへたる花の夕顔。そこ
心オ シ ア テ
ド コ
ト モ ナ ウ 上 ヒ ン ニ ヨ シ メ キ はかとなくかきまぎらはしたるも、あてはかにゆゑづきたれば、い
源詞 オ モ シ ロ ウ 此 西 と思ひのほかにをかしうおぼえ給ふ。惟光に、このにしなる家には
惟光心 住 問 聞 好色ノ方ニハウルサキ
なに
゛人のすむぞ、ととひききたりや、との給へば、れいのうるさき
病 詞 ✚
トイフ意也 サ ウ ハ 此 所 御心とは思へども、さはえ申さで、この五六日ここに侍れど、ばう
者 ざの事をおもひ給へあつかひ侍るほどに、となりのことはえきき侍
看 病 隣 *源詞 フ ツ ガ フ サ ウ ニ らずなど、はしたなげに聞ゆれば、にくしとこそ思ひたれな。され
イ
ね ま ほ し き どこの扇のたづぬべきゆゑありて見ゆるを、なほこのわたりの心し
△ホドノ〕ヨシ ヘ ン 案内 惟光 召 問 カ ノ 下 れらんものをめしてとへ、との給へば、入てこのやどもりなるをの
イ な る
* ◆ 揚 名 男 問 介 細 揚名介の妻也色めかしきなるべし
湖 かの妻の兄弟也
こをよびてとひきく。やうめいのすけなりける人の家になん侍りけ
*
田 舎 ユ キ る。男はゐなかにまかりて、女なんわかく事このみて、はらからな
ホ ウ コ ウ ニ ン 来 通 下 ど宮づかへ人にてきかよふ、と申す。くはしき事はしも人のえしり
源心 ン イいひつる
デ カ シ ガ
侍らぬにやあらんと聞ゆ。さらばその宮づかへ人ななり。したりが
ホ 興 ノ サ メ サ ウ ナ 分 際 衍ナルベシ
ほに物なれていへるかな、と めざましかるべききはにやあらんと
草子地 おぼせど、さして聞えかかれる心の、にくからずすぐしがたきぞ、
*
サ シ ツ ケ テ イ ヒ ス テ オ カ レ ヌ ン 好 色 ノ 方 也
重
畳
紙
れいの此かたにはおもからぬ御心なめりかし。御たたうがみに、い
我御手トシレヌヤウニ也
たうあらぬさまにかきかへ給ひて、
一一
よりてこそ云々
夕 顔
釈 近くよりてこそ、たしかに其人とも見るべけれ。たそかれ時のくら
きにほのぼの見つる夕顔を、よそめに定めてそれかとはいかに、との心
也。細流に、一本に初句「をりてこそ」とある本もありとしるされたり。
それも又あしからず。古写本、此末句を「夕かほの花」とせり。これは
いづれにてもあるべし。諸抄の論は、べちにいふべし。「たそかれ」は、
誰ぞかれはとたどらるるほどの夕ぐれ時をいふ。
まだみぬ御さまなりけれど
新 いまだ見奉らねども、やがて源としるかりければ、えただに過かね
て也。
釈 この所、少しまぎらはし。案に、御いらへも給はでほど経たるがは
あまへていかに聞えんなど云々
したなきに、又かくわざとがましく御歌を返し給はば、女どものあまへ
あなづりて、「いかに聞えん」など随身に相談するやうにいひさわがん
9
かと、随身は心外におもひながら行たり、といふ意にやあらん。さて、
4
結びたるをとと受たるを、写しおとせるか。いづれにしても此侭にては
9
めれどのどは、ばの誤か、もしくはなどの下にこその係辞ありてめれと
いかが也。旧説に「御返事にあまへて、又歌を参らせんと言しろふ也」
といひ、又「参りぬ」と有を「いそぎかへる也」といへるなどは、共に
ひがこと也。
余 古今恋二友則〽夕さればほたるよりけにもゆれどもひかりみねばや人
蛍よりけに
新 「けに」は、万葉に「勝」「異」などの字を書り。この文には、蛍よ
のつれなき
り少しきかたに打かへしてとる也。
拾 六条御息所はいつ比いかにして思ひそめ給へるよし、右に見えず。
御心ざしの所には云々
かやうに打まじへたる文章也。「御心ざしの所」といふにて、浅からず
思ひ給へる事見えたり。
玉 拾遺に、此詞にて「あさからず思ひ給へること見えたり」といへる
はいかが。これは、かの御息所の御方へと心ざしておはしますに、その
道の間にて大弐の乳母、又夕がほなどの所の事をいへる故に「御心ざし
の所」とはいへるにこそあれ。
釈 拾遺の説、小櫛に弁へられたるがごとし。但し、文章に心をとめら
れたるはよし。上にもいへるごとく、こは誰ともなく書もてゆく中に、
御息所の事と後にしるべくほのめかしたる法なるが、ここに至りて貴き
女とはしらるるさまにかかれたり。心を付べし。
うちとけぬ御ありさまの
釈 御やす所の本性をはじめて顕はしたり。此心、終まで貫きて、つゆ
もかはることなし。したどめおくべし。諸抄の説はひがこと也。
あさけの御すがた
アサケノスガタ
孟 わがせこが旦開容よく見ずてけふのあひだをこひくらすかも
拾 万葉の歌、引歌のごとし。第十二の最初に有。又同巻に、〽朝がらす
はやくななきそ我せこがあさけのすがたみればかなしも。又「朝戸出の
すがた」「夜戸出の姿」とも有。
ただはかなき一ふしに
細 かの夕顔の歌を参らせしより御目とまるとなり。
細 惟光は毎日さふらふべきを、病者ゆゑの懈怠なり。
これみつひごろありて
夕 顔
黄 昏 一二
りてこそそれかともみめたそかれにほのぼの見つる夕がほの
源
イ 花 の 夕 が ほ
* ◆ よ
随 身 *
随身心 花。ありつる御ずゐじんしてつかはす。まだみぬ御さまなりけれど、
湖 かたはらめ也源氏のわき顔をいふ也
未 見 著 △源ト 中 側 目 △夕顔ノ宿ヨリ〕 いとしるく思ひあてられ給へる御そばめを見すぐさで、さしおどろ
イ御いらへもなく
いらへ給はで 間 経 フ ツ ガ フ ナ ル △マタ〕
かしけるを、御いらへ給はでほど過ければ、なまはしたなきに、か
* ン
ガ マ シ ホ タ エ ドノヤウニ イ ハ ウ ゾ △女ガ〕タガヒニイヒサワグ くわざとめかしければ、あまへていかに聞えんなどいひしろふべか
ばカ 9
シ ン グ ワ イ ナ △夕顔ノ宿ヘ〕 先 駈 松 明 めれと、めざましと思ひてずゐじんは参りぬ。御さきのまつほのか
○
*
△尼君ノ家ヲ〕
△夕顔ノヤドノ〕
下 ス キ マ ス キ マ にて、いとしのびて出給ふ。はじとみはおろしてけり。ひまびまよ
*
異 り見ゆる火のひかり、〽蛍よりけにほのかにあはれなり ◎御心ざし
の所には、木だち前栽など、なべてのところに似ず、いとのどかに
一 ト ホ リ ノ ヒ ロ ヤ カ ニ
*
オ ク ユ カ シ ウ 住 △女ノ 異
心にくくすみなし給へり。うちとけぬ御ありさまなどの、けしきこ
となるに、ありつるかきねおもほし出らるべくもあらずかし。つと
*
△夕顔ノ〕
翌 朝 少 寝 過 めてすこしねすごし給ひて、日さしいづるほどに出給ふ。〽朝けの
モ ッ ト モ 御すがたは、げに人のめで聞えんも、ことわりなる御さまなりけり
カ ノ 蔀 已 然 トホリ ◎けふもこのしとみの前わたりし給ふ。きしかたもすぎ給ひけんわ
*
チ ヨ ッ ト シ タ 夕顔ノ歌ノコト也 たりなれど、ただはかなき一ふしに御心とどまりて、いかなる人の
*
住 所 往 来 惟 光 すみかならんとは、ゆききに御めとまり給ひけり これみつ日ごろ
尼君 ヤ ハ リ ありてまゐれり。わづらひ侍る人、なほよわげに侍れば、とかく見
惟光詞 給へあつかひてなん、など聞えて、ちかくまゐりよりて聞ゆ。おほ
△エ参ラザリシ〕
隣
せられし後なん、となりの事しりて侍るものよびて、とはせ侍りし
シ カ シ カ ト モ 五 月 かど、はかばかしくもまうし侍らず。いとしのびて、さつきのころ
一三
げにわかき女どもの
夕 顔
玉 「げに」は、「かしづくひと侍るめり」といふへかかれり。上に「さ
月のころほひより物し給ふ人なん有」といへるをうけて、「げに」とは
いへる也云々。
新 こは褶也。褶は令義解に「枚帯也」といへば、裳の腰に又うはもと
シビラ
しびらだつ物かごとばかり
カ ゴト
てひらめなる絹をまとふを、ここは裳を略してその枚帯のみ引かけて在
也。故に「託言ばかり引かけて」とはいふ也。催馬楽に、「上ものすそ
ぬれ下ものすそぬれ」などいへり。
細 裳など引かけたるは、人をうやまふさまにて、同僚計あるとは見え
ぬさま也云々。
きのふ夕日のなごりなく
細 西むきなる所と見えたり。南むきの西かげたるべし。
釈 案に、上に「この西なる家」とあれば、惟光が家の西隣と聞えたり。
されば、女の奥ふかく居たるを、隣家の西より夕日のさし入たる光にて、
9
9
東隣よりあきらかに見たるさまなるべし。
しるく見え侍る
釈 これは「見え侍りし」とありしを、写し誤れるなるべし。尤しかい
はではえあらぬ所なり。
釈「こそ」の辞、一本になきは脱たる也。此こそは、なれにて結びたるを、
おぼえこそおもかるべき
9
どとうけてつづけたる也。
スヂ
評 「かの」とは、雨夜の品定の時、馬頭がいひしをさしていへり。さて、
かの下が下と
ミ
これを引出られたるは、かの雨夜物語の脈をあらはして一つづきなる文
を示せたる法なること、上下にいへるがごとし。
ノ
さてかのうつせみの
釈 上空蝉巻に、「うつせみの身をかへてける」、又「うつせみの羽にお
ナヅ
く露の」などありし歌、又かのもぬけの衣の事などによりて、作者のそ
の女の事とさして名けたる也。心得おくべし。
おいらかならましかば云々
釈 「おいらか」は、じんじやうの意にて、上に見えたる詞也。さて、
空蝉の、じんじやうに従ひ奉らば、かの一夜の事は心ぐるしきあやまち
をしたりと思ひても止ぬべきを、といふ意也。
夕 顔
一四
来 テ 居 ル ヤ ウ ナ レ ド イカナル △ソノ〕
ほひよりものし給ふ人なんあるべけれど、その人とは、さらに家の
うちの人にだにしらせず、となん申す。時々中垣のかいまみし侍る
*
✚◆
サ ヘ ノ ゾ キ メ *
ナルホド 透 影 上 裳 メ ク イ ヒ ワ ケ
に、げにわかき女どものすきかげみえ侍り。しびらだつ物かごとば
* イ のこり ン ホ ド 崇 敬 かりひきかけて、かしづく人侍るなめり。きのふ夕日のなごりなく
△見タレバ〕
居 容 貌 さし入て侍しに、ふみかくとてゐて侍し人の、かほこそいとよく侍
女 房 ド モ 也 泣 しか。物思へるけはひして、ある人々もしのびて打なくさまなどな
9
著 源氏 咲 シリタイモノジヤ ん、しるく見え侍る、ときこゆ。君うちゑみ給ひて、しらばやとお
*惟光心 世ノオモヒナシ 重 分 際 齢 もほしたり。おぼえこそおもかるべき御身のほどなれど、御よはひ
のほど、人のなびきめで聞えたるさまなど思ふには、すき給はざら
愛 △ヲ 好 色 情 モ ノ サ ビ シ 世人 ノ ユ ル サ ヌ んも、なさけなくさうざうしかるべしかし。人のうけひかぬほどに
てだに、なほさりぬべきあたりのことは、このましうおぼゆるもの
サ ヘ ヤハリ サ モ ア リ サ ウ ナ 好 惟光詞 △マシテ源ハシカアルベキハズ也〕
得 ツ イ シ タ を、と思ひをり。もし見給へうることもや侍る、とはかなきついで
消 息 ウド イ けしうは
コ シ ラ ヘ フ ミ 書 馴 つくり出て、せうそこなどつかはしたりき。かきなれたる手して、
口 疾 くちとく返事などし侍りき。いとくちをしうはあらぬわか人どもな
源詞 モチットモ コ コ ロ サ ビ シ
ん侍るめる、と聞ゆれば、猶いひよれ。たづねしらではさうざうし
*
地 イ す て し 下 下 住 かりなん、とのたまふ。かのしもがしもと、人の思ひおとししすま
イ
た ら
所 *
ひなれど、その中にも、思ひのほかにくちをしからぬを見つけたら
ば んは、とめづらしうおもほすなりけり さてかのうつせみのあさま
△イカガハヲカシ 空 蝉 興 サ メ イ
カラザラン〕
*
しうつれなきを、この世の人にはたがひておぼすに、おいらかなら
ホド
違
オトナシヤカ
ジ ン ジ ヤ ウ キ ノ ド ク ナ
止
ザンネンニ
ましかば。心ぐるしきあやまちにてもやみぬべきを、いとねたく、
一五
まけてやみなんを
9
9
夕 顔
9
9
4
玉 これは「まけてやみなんと」と有けんを、やを一つおとし、とをを
に誤れるなるべし。本のままにては語ととのはず。
ノ
釈 負てやむとは、空蝉のつれなきと、源氏君の思ひ給ふとの心くらべ
マケ
に負てなり。「心」の上に御字ありしなるべし。
評 ここにいたりて、品定の照応のすぢをたしかにあらはされたり。心
かやうのなみなみまでは
をつくべし。
いふかしくおもほしなる
湖 中の品下の品にもゆかしくおぼしめす所いできて、弥好色の心くま
なくなりしと也。
釈 いたらぬ所もなく心をかけてもとめ給ふを云。
くまなく
伊与介のぼりぬ
新 まだ任の中に斗帳などの事にて上り参りしなるべし。此下に、空蝉
をゐて下ることあり。
ゆげたはいくつと
湖 伊与の湯桁の事、空蝉巻に出たり。
玉 これはただ伊与国の事どもをとはんとおぼすよし也。必湯げたの事
にはあらず。さて、まばゆくおぼすは、空蝉の事ある故なり云々。
物まめやかなるおとなを
玉 実体なる年ねびたる人を、といふこと也云々。わかく風流なる人な
どならばこそまばゆくも思ふべきことなれ、伊与介がやうなる翁をかく
まばゆくはづかしく思ふはをこがましきこと、とみづからおぼす也云々。
げにこれぞなのめならぬかたはなるべかりけると云々
ノ
釈 此段、諸注説得られたりともおぼえず。今案ふに、「なのめならぬ」
ツカ
といふ語は、一転して〽ナミ大体デハナク、〽ヒトトホリデハナクなどい
ノ
ふ意に用ひたるが多ければ、細流に「なべてならぬ也」とある意に近か
るべし。さて、馬頭がいさめは、花鳥のごとく、帚木に「なにがしがい
やしきいさめにて、すきたわめらん女には心おかせ給へ。あやまちして、
ノ
ミツ ゴト
みん人のためかたくななる名をも、たてつべき物なり、といましむ」と
らであるはなべてならぬ片羽なるべかりけり、と源氏君のおもほすにつ
ある段の事也。「これぞ」とは伊与介をさしたるにて、妻の密事をもし
けて、かの馬頭が「あやまちして、見ん人のため云々」といひしをおぼ
し出て、伊与介をいとほしとおぼすにつけては、空蝉のつれなき心はね
たけれど、此伊与介がためにはあはれなる志也とおぼしなさる、といふ
意也。
拾 「なのめならぬ」は、大形ならぬ意也。「なべてならぬ」とは、すこ
釈 この拾遺の説よろしかるべし。
しかはれり。
ましてにげなきことに思ひて
釈 「にげなき」は、源氏君の御分際と受領の妻の分際と、似合しから
ぬ意也。人の妻たる故の事にはあらず。或抄、ここより空蝉の心と云り。
今更にみぐるしかるべしと
釈 「見ぐるし」は、一たびかけはなれてつれなくもてなしたるものを、
今更に従はんが見ぐるしき也。
夕 顔
* *
地 一六
負 御ノ字脱タルカ
並 々 9
まけてやみなんを心にかからぬをりなし ◎かやうのなみなみまでは
*
おもほしかからざりつるを、ありし雨夜のしなさだめの後、いぶか
繋 不 審
トクトミトド
*
4
しくおもほしなるしなじなのあるに、いとどくまなくなりぬる御こ
ニ 中 下 ノ 品 々 也 ヒ ト シ ホ ア カ ル ク ケタイト 玉
は
ン 此を
オ ク ソ コ モ 待 片 方 軒端荻也
ころなめりかし ◎うらもなくまち聞えがほなるかたつかたの人を、
9
もの誤なるべし △空セミノ〕
居 *
あはれとおぼさぬにしもあらねど、
つれなくてききゐたらんことの、
先 空 セ ミ △後ノコトヨ〕
ウ チ はづかしければ、まづこなたの心見はててとおぼすほどに、伊与の
上 洛 △源ノ方ヘ〕
船 路 少
すけのぼりぬ。まづいそぎまゐれり。ふなみちのしわざとて、すこ
しくろみやつれたるたびすがた、いとふつつかに心づきなし。され
黒 ヤ セ 旅 姿 フ ト ヤ カ ニ ブ フ ウ ナ リ イ ヤ シ ゲ ニ ど人もいやしからぬすぢに、かたちなどねびたれどきよげにて、た
ヒトガラ 種 姓 容 貌 年 タ ケ 清 一
ト ホ リ ナ ラ ズ モ ッ タ イ ラ シ ク 伊与 だならずけしきよしづきてなどぞありける。国の物がたりなど申す
*
に、ゆげたはいくつととはまほしくおぼせど、あいなくまばゆくて、
*
カ シ ク 湯 桁 問 ナ ニ ト ナ ウ ハ ヅ
―
ヒヨ ン ナ ゲ デ ◆
空 セ ミ 軒 端 荻 ナ ド ノ コ ト 也 実 御こころのうちにおぼし出ることもさまざまなり。ものまめやかな
△ハヅカシク〕
ホ ウ ラ シ ウ キ ヅ カ ハ シ イ ナルホド ア
ン
イなめる 大 人 るおとなをかく思ふも、げにをこがましううしろめたきわざなりや。
* ナルホド 大 テ イ ナ ラ ヌ げにこれぞなのめならぬかたはなるべかりける、と馬のかみのいさ
めおぼしいでていとほしきに、つれなき心はねたけれど、人のため
◆
△伊与介ノ〕
△ツケテ〕空セミノ〕
ザン
ナ レ ド
伊与
ネン △ニ
△ナリ 軒端荻 然 空 セ
はあはれとおぼしなさる。むすめをばさるべき人にあづけて、北の
湖 空蝉に逢給ふことはなるまじきか也
ミ 率 △国ヘ〕
空ト軒ト一方ナラヌ意也 怱 忙
方をばゐてくだりぬべし、ときき給ふに、ひとかたならず心あわた
たしくて、今一たびはえあるまじきことにや、とこ君をかたらひ給
*
*
合 サ ヘ カ ロ ガ ロ シ ク へど、人のこころをあはせたらんことにてだに、かろろかにえしも
紛レ入ルコト也
似 気 まぎれ給ふまじきを、ましてにげなきことにおもひて、いまさらに
一七
なげの筆づかひに
夕 顔
拾 ないがしろは、軽慢の意あればかなはず。物をなげやる心なれば、
なほざりの心なるべし。六帖〽あはれをばなげのことばといひしながら
おもはぬ人にかくる物かは。古今春下そせい法師〽いざけふは春の山べ
にまじりなんくれなばなげの花のかげかは。兼盛集〽ことのはをなげな
なげらのよそに見し人の秋風ふけばそれぞ恋しき。
る物と思ひなばなにかは人のつらくしもあらん。曽丹集〽あればありと
余 朗云、「なげ」は「なきけ」にて、軽慢の意にもなり、なほざりの意
にもなる也。
ぬしつよくなるとも
釈 此語、諸抄に説なし。いかが。案に、「ぬし」は夫の事にて、「ぬし
つよくなる」は、夫のしかと定まるといふ意なるべし。右京大夫集に、「ぬ
しつよくさだまるべしなど聞しころ云々」と有。さて、たとひ夫ありと
も、かはらず源氏君に打とけ奉るべく見えしさまなるをたのみて、とい
ふ意也。
釈 上に「さるべき人にあづけて」といへる事也。旧注に「少将に嫁す
とかくきき給へど
るさた也」とあるは、ここにては過たるべし。
湖 いとど物思ひのそふ時なり。
秋にもなりぬ
湖 藤壺の御事、空蝉の事、かたがた心づくし也。
心づくしに
余 木の間よりもりくる月の影みれば心づくしの秋はきにけり 古今秋
上 よみ人しらす
六条わたりにも
釈 なほ誰ともあらぬ筆づかひに心をつくべし。御息所と注するは、や
む事を得ざるのみなり。
とけがたかりし
キ
ソム キ
カ
釈 上に「打とけぬ御ありさまなどの、けしきことなるに」とありし事也。
続て心得べし。
おもむけ
オモ ムケ
釈 面向の意にて、背向たる人をこしらへて、こなたへ向しめ従ふる意也。
玉 上に「いとほしかし」といへるも、冊子地よりいへる也。さてそれ
されどよそなりし御心まどひのやうに
をうけて、いとほしき事なれども、源氏君はさしもおぼさぬはいかなる
ことにか、と也云々。
あながちなる事はなきも
釈 まへつかた、我物とせずよそなりし時、御息所に御心をまどはし給
ひしやうに、あながちにおぼしめさぬはいかなる事にかあらんと見えた
り、と草子地より評していへる也。
評 いまだ誰ともあらはさねども、やうやうにしふねき心ざまを説もて
女はいと物を余りなるまで云々
出られたる、いとあやしくめづらし。
釈 源氏君十七、御息所二十四也。さてこの御息所の紀年に論あり。別
御よはひのほどもにげなく
にいふべし。
玉 けしきにといへるに心をつくべし。よもすがら女の御心のとけざり
ねふたげなるけしきに
し故に、とけてもね給はぬけしきを中将などにもしらさんために、こと
されにねふたげなるけしきをし給ふ也。いたくそそのかされ給ひても、
ねふたきよしにもてなし給ふ也。「名残ををしみて」といへる注は、か
なはず。さて中将がふるまひは、此源氏君の御けしきをいとほしく思ひ
聞えて也。
夕 顔
一八
△サレド〕
絶 忘
みぐるしかるべし、と思ひはなれたり。さすがにたえておもほしわ
すれなんことも、いといふかひなく、うかるべきことに思ひて、さ
憂 然
*
るべきをりをりの御いらへなど、なつかしくきこえつつ、なげのふ
答 チヨットシタ ナ ホ ザ リ ノ 筆 △モ〕
キ メ ウ ニ ナ ツ カ シ サ ウ ニ 目 留 でづかひにつけたることのは、あやしうらうたげに、めとまるべき
加 空セミ グ ア ヒ *
ふしくはへなどして、あはれとはおぼしぬべき人のけはひなれば、
ク チ ヲ シ キ △モノ〕
軒 端 荻 也 つれなくねたき物の、わすれがたきにおぼす。いま一かたは、ぬし
イ
な ア ヒ カ ハ ラ ズ つよくなるとも、
かはらず打とけぬべく見えしさまなるをたのみて、
* *
地 ワ
とかくきき給へど、御心もうごかずぞありける 秋にもなりぬ。人
*
゛共ありて、おほい殿
やりならず心づくしに、おもほしみだるること
ガ 御 心 カ ラ 葵 上 ノ 方 *
地 △出給フヲ〕
*
にはたえまおきつつ、うらめしうのみ思ひ聞え給へり 六条わたり
*
にも、とけがたかりし御けしきを、おもむけきこえ給ひて後、ひき
△女ノ〕
△源ノ *
タ ガ ヘ ナ ホ ザ リ △ソノ始〕 △時ノ〕
かへしなのめならむは、いとほしかし。されどよそなりし御心まど
*
△アラン〕
ひのやうに、あながちなることはなきも、いかなることにかと見え
* 染 ウ マ レ ツ キ たり。女はいと物をあまりなるまでおぼししめたる御こころざまに
*◆
ト シ 似 気 漏 聞 ヒ ト シ ホ ツ レ ナ
て、よはひのほどもにげなく、人のもりきかんに、いとどかくつら
キ 夜 離 き御よがれのねざめねざめ、おぼししをるること、いとさまざまな
*
女房タチニ也 源氏君也 り。霧のいとふかきあした、いたくそそのかされ給ひて、ねふたげ
細
御息所の官女也 格 子
なるけしきに、うちなげきつつ出給ふを、中将のおもと、みかうし
歎 息 御 一 間 上 △女君ニ〕
△イフ心ト〕 ひとまあげて、見奉りおくり給へとおぼしく、御几帳ひきやりたれ
女君也 △花サキ〕 源氏君也
ば、御ぐしもたげて見出し給へり。前栽の色々みだれたるを、過が
一九
しをん色のをりにあひたる
夕 顔
河 普通しをん色の裳と心得るは非也。紫苑色のきぬに薄物の裳也。
レ
細 「をりにあひたる」と句を切てよむべし。河海説、可 然。表すはう、
モエ ギ
裏萌黄也。
釈「をりにあひたる」とは、をりふし秋にて、紫苑のをりにあへるをいふ。
前栽にも咲たるべし。
釈 主の御前なれば、殊に打とけぬ也。
打とけたらぬもてなし
釈 打とけずしてきとしたるありさまを、めざましと見給ふ也。「髪のさ
めざましくもと
がりば」は、髪の下りたる端のみだれずしてある意にていへるなるべし。
さく花に云々
釈 「さく花」は主の女君、「朝がほ」は中将にたとへたり。さて、「さ
く花にうつるといふ名はつつましけれど」といひて、「女君に外へ心の
は打過がたきけさの朝顔」といひて、朝顔に中将の今朝の顔のうつくし
移るといふことはつつみかくせども」とそへていへり。さて、「をらで
きをそへたる也。さて、「いかがすへき」は、歌よりつづけて、朝顔を
いかがすべきといふ意也。
釈 この朝霧のはるる間も待ず出給ふけしきにては、女君に心をとめ給
あさぎりの云々
はぬと見奉る、といへるにて、そはなさけなしといふ意をふくめたり。
「花」は、上の歌によりて女君をたとへたること論なし。
おほやけごとにぞ
釈 私のけさうをばおきて主君の御事にいひなす故に、「おほやけ事」と
はいへるなり。
さふらひわらは
明 源氏のめしつれられたる童也。花鳥に女と云、非也云々。 細同
釈 男といふ説よし。小櫛も男をとられたり。女に「さふらひ」といは
んもいかが。指貫も男の物也。「ことさらめきたる」とは、殊更につく
りたてたるやうなる姿といふ意也。
釈 童の朝顔を折て参るは、「をらで過うき」とある歌を聞ひがめたるさ
朝がほをりて参るほど
ニホヒ
まにとりなしたる余光の文也。
大かたに打見奉る人だに云々
釈 ここよりは、中将に戯れ給ひし事のちなみに、源氏君のめでたきを
世の人の感じたることを語る例の文なり。
花のかげには猶やすらはまほしきにや
釈 此詞を打かへして猶といへる、いとめでたし。たとへたる意は明ら
9
河 古今序「たきぎおへる山がつの、花のかげにやすめるがごとし」。
けし。
あけくれ打とけてしも
玉 これは、この中将などが然思ふべきものぞと、冊子地よりいふなり。
釈 案に、「ましてさりぬべきついでの」といふより、中将がうへにあて
てここの文を結びたるなり。
夕 顔
廊 二〇
ナルホド 方 てにやすらひ給へるさま、げにたぐひなし。らうのかたへおはする
*
紫 苑 に、中将の君も御ともにまゐる。しをんいろのをりにあひたるうす
中将也 色 時 羅 イ さわ 裳 シ ヤ ッ キ リ ト 引 結 腰 シ ン ナ リ ト もののも、あざやかにひきゆひたるこしつき、たをやかになまめき
*
源氏 角 間 引 居 たり。みかへり給ひて、すみのまのこうらんに、しばしひきすゑ給
*
髪 下 端 △アル
へり。うちとけたらぬもてなし、かみのさがりば、めざましくもと
く花にうつるてふ名はつつめどもをらですぎうきけさの朝顔。
カナ〕
見給ふ。
*
さ
*
*
物ナレテ早ク歌ヲヨム也
△中将ノ 中将 馴 疾 いかがすべき、とて手をとらへ給へれば、いとなれてとく、
霧のはれまもまたぬけしきにて花に心をとめぬとぞみる。とお
朝上ニ霧のいとふかきあしたトアル応也
*◆
イ ヒ ナ ス フ ウ リ ウ 侍 童 姿 ほやけごとにぞ聞えなす。をかしげなるさふらひわらはの、すがた
このましうことさらめきたる、さしぬきのすそ露けげに、花のなか
好 △ガ 指 貫 裾 *
絵 にまじりて、あさがほ折てまゐるほどなど、ゑにかかまほしげなり。
*
タ イ テ イ ニ△源ヲ〕
サ ヘ 染 おほかたにうち見奉る人だに、こころしめ奉らぬはなし。もののな
*
賤 ヤハリ 休 息 さけしらぬ山がつも、花のかげにはなほやすらはまほしきにや。こ
△源氏ノ 分 々 憐 の御光りをみ奉るあたりは、ほどほどにつけて、わがかなしと思ふ
若 イ ヒ ガ ヒ ナ ク ハ ナ イ むすめを、つかうまつらせばやとねがひ、もしはくちをしからずと
女 弟 持 有 △奉公〕
思ふ、いもうとなどもたる人は、いやしきにても、猶この御あたり
にさふらはせん、と思ひよらぬはなかりけり。ましてさりぬべきつ
侍 況 シ カ ル ベ キ *
△承リ〕
△モ
少
いでの御ことのはも、なつかしき御けしきを見奉る人の、すこし物
ソ リ ヤ ク ニ
フダンニ
の心をおもひしるは、いかがはおろかに思ひ聞えん。明暮うちとけ
二一
惟光があづかりの
夕 顔
玉 夕顔の宿の事は、惟光に仰せつけてまかせおき給へる故に、かくい
ふ也。俗言に「惟光がうけとりの」といふに同じ。
ながやに
余 万葉には、末句「髪上つらんか」とあり云々。
孟 橘の寺の中屋にわがゐねしうなゐはなりはわが恋まさる
拾 万葉第十六に「長屋」とかけり。「中屋」は誤れり。
釈 ほのかに見たるなれどといふ意なり。
ほのかなれど
いそぎきて
釈 長屋より来て也。
ノ
右近の君こそまづ物見給へ
新 今昔物語に、安部晴明が父に物いふに「ちちこそ」といひかけたる
など、むかし人をあがめていふ語にて、宇治拾遺に地蔵ぼさちを「地蔵
こそ」、大和物語に「西こそ」と西隣の人をいへり。すべてこそてふ辞は、
物の有が中よりとりわきて「是こそ」などいふなれば、おのづから人を
たふとむ語ともせるにや。
湖 こそとは、人をよびかくるとていふ詞なり。下の詞にも「北殿こそ」
とてあり。
釈 右近は夕顔の乳母のむすめなり。まづは一番にといふに近く、他の
女房よりも右近にまづ来て物を見よといふ意也。さるは、頭中将の事に
は右近ぞ第一にあづかるべければ也。心を付べし。此物語は、末をよみ
たる後に立かへりて考れば、かかる事共の用意まで知らるる事也。心得
べし。
てかくものから
カク
釈 手をふりて制するさまの、
物を掻がごとき故に
「手かく」
とはいへる也。
うちはしだつ物を
湖師 かりに打わたしたる廊下也。
いそぎくるものは
急 き 物 見 ん と て く る 物 は、 と い ふ 意 に て、 右 近 の 外 の 女 房 ど も の さ ま
なり。諸抄に右近と見られたるはわろし。小櫛の説もここにはかなはず。
※注釈書の印がないが、おそらく 釈 であろう。
かづらきの神こそ
ノ
新 此橋は嶮岨にあしくしたりといふを、おもしろく書たり。かづらき
のくめぢの石橋は一夜の間にかけんと神の誓ひ給ひしを、ほどなく夜明
てわたしはてずてふ諺の有を、かの中務は歌にもよみたり。此事、金峯
山の縁起にありといへど、縁起は皆偽言なれば、引は中々に愚なるわざ
也。只諺として有べし。
ウツ
釈 打橋よりおちたるまけじだましひをいへるさまに戯れて、女どもの
物見たるさまをいとよく摸しかかれたり。
なにがしくれがしと
釈 名など書べき所なるをさいはぬは、此物語の例也。
ノ
釈 ここに初て頭中将といへり。心をつくべし。
頭中将の
河 小舎人は、童の惣名也。
小舎人童
たしかに其車をぞ見まし
細 それとたしかに見とどくべき物を、と也。
9
玉 「ほかの散なん後ぞさかまし」といへると同じ格の詞也。おほくの
9
本にぞもじなきは、落せる也。拾遺に疑ひて、「まし」の下に「をの字
落たるか」といへるは、よき心づき也。されど「見ましを」とても、猶
よろしからず。一本に「ぞ」もじあるにて、いと明らか也。
もしかのあはれに忘れざりし人にや
細 雨夜の物語の時、頭中将のわすれがたく申されし女かと、源の推し
給ふ也。
湖 惟光もわかき人のあるにいひよりて、それにかこつけて案内をよく
わたくしのけさうも
新此
「ながら」
は、
次の
「はかられまかりありく」
といふへかかる辞也云々。
見たるよしを申出る也。
ケ サウ
釈 源氏の御懸想のみならず、惟光おのがけさうをもして、といへる意也。
へる也。
「わたくしの」といへるは、源氏君に奉公する外なればといふ意にてい
夕 顔
ン 二二
マ チ ド ホ ナ ル イ ヤ ホ ン ニ てしもおはせぬを、心もとなき事に思ふべかめり まことや、かの
* 惟光
惟光があづかりのかいまみは、いとよくあない見とりてまうす。そ
ウ ケ ト リ ノ ゾ キ メ ヤ ウ ス ナ
詞 イ え お ぼ え ニ ビ ト 隠 の人とはさらにえ思ひより侍らず。人にいみじくかくれしのぶるけ
南 半 蔀 しきになん見え侍るを、つれづれなるままに、みなみのはじとみあ
*◆
長 屋 来 ゛共のぞきなど
るながやにわたりきつつ、車の音すれば、わかきもの
イ は べ か め る ン 主 ン ヒソカニ出クルコト也 すべかめるに、このしうとおぼしきも、はひわたる時侍るべかめり。
*
*◆
容 貌 カ ハ ユ ラ シ サ ウ ニ ア ル 日 先 駈 かたちなんほのかなれど、いとらうたげに侍る。ひと日さきおひて
*
ト ホ ル 童 女 急 来 わたる車の侍りしを、のぞきて、わらはべのいそぎきて、右近の君
こそまづ物見給へ。中将殿こそこれよりわたり給ひぬれといへば、
先 コ コ ト ホ リ *✚
右 近 也 ア ア ヤ カ マ シ 手 掻 ド ウ シ テ サ ウ ハ
又よろしきおとな出きて、あなかまと、てかく物から、いかでさは
*
しるぞ。いでみん、とてはひわたる。うちはしだつ物をみちにてな
ド リ ヤ メ ク 路 *◆
△長屋ヘハ〕
急 来 者 衣 裾 んかよひ侍る。いそぎくるものは、きぬのすそをものにひきかけて、
*◆
ヒヨ―ロ ヅ キ
倒 橋 落 ヤ ア 葛 城 よろぼひたふれて、はしよりもおちぬべければ、いでこのかづらき
*✚
嶮 岨 為 置 ハ ラ タ テ テ 興ガ
の神こそ、さかしうしおきたれ、とむつがりて、物のぞきの心もさ
*
サメタトミエタ
頭中将也
直
衣
姿
△ガ
某
めぬめり。君は御なほしすがたにて、御随身どももありし、なにが
*
ノ 随 身 甲 乙 △女童ノ〕
小 舎 人 童 * 源詞 しくれがしとかぞへしは、頭中将のずゐじんそのこどねりわらはを
証 拠 *
なん、しるしにいひ侍りし、など聞ゆれば、たしかにその車をぞ見
まし、との給ひて、もしかのあはれにわすれざりし人にやとおもほ
△中将ノ〕
*惟光詞 繋 想
寄
しよるも、いとしらまほしげなる御けしきを見て、わたくしのけさ
案 内 置
為
うもいとよくしおきて、あないものこる所なく見給へおきながら、
二三
ただ我どちとしらせて
夕 顔
孟 「わがどち」は、われどし也。「わかきおもと」は、夕顔也。是は女
房どものわがどうれいの様に人にしらせて物などいふなり。それをこな
たにはよくしりたれど、わざとしらぬよしに空おぼれしてまかりありく
と、惟光がかたり申すなり。
釈「はかられまかりありく」
は、
謀られたるさまにして行通ふといふ意也。
湖 童などの何ごころなく夕顔に主あへしらひの詞をつかひさうなるを、
ことあやまちもしつべきも
はたのおもとなどがいひまぎらはして、みなわが同輩にて又外に主はな
釈 此説よろし。但し、「はたのおもとなとが」といへるは、いかがあら
きやうにしなす也。
ん。これは惟光がものいひよりたる女などなるべし。
これこそかの人のさだめあなづりし云々
釈 品定をとり出られたる脈也。「かの人」とは、馬頭など也。
その中に思ひの外に云々
湖師 帚木に、「さびしくあばれたらんむぐらのかどに、思ひの外にらう
たげならん人の、とぢられゐたらんこそ、かぎりなくめづらしくはおぼ
えめ」といひしをおぼしあはする也。
釈 源氏君の夕顔にあひ給はん事を謀りていたつきありく意也。
たばかりまどひありきつつ
このほどの事くだくだしければ
評 前後の事のさまを思ふに、源氏君を此宿におはしそめさせんやうを
ツヅ
つぶさにかかんは、極めてむつかしき事なるうへに、いたくわづらはし
かるべければ、此詞にこめて約め省きたる筆づかひ、さらにいとめでた
し。「例の」といへるにて、前後に此法ある事を示したる也。心をつく
べし。余滴に、「六条御息所・藤壺など、すべて通ひそめ給へることを
みなもらしてしるさざれば、ここにも﹃例の﹄とは書たる也」といへり。
氏君ともしらせず、女のうへをも誰とも問給はずして、互に疑ひ給へる
さること也。さて、「女をさして」といふより下は、かよひ給ふ人を源
を始として、やうやうに変化の段におひよせいたる端をおこされたり。
よくよく心得おくべし。
おりたち
釈 車にめすべきを、下立てありき給ふ也。辞の「おりたち」と見たる
説はわろし。下に「わが馬をば奉りて」とあるを思ふべし。
けさう人の
玉 人にけさうする者は、いかにも我身を物々しく見することなるに、
かく歩行にてものげなきさまを見られんはからきこと、とたはふれて申
す也。
玉補 前の夕顔の歌の所とあはせ見るに、いたくしらせじとし給ふこの
夕がほのしるべせし随身
あたりのさまにては、此随身をめしつれ給ふ事、いといふかし。此随身
を見れば、忽源氏君とはしらるべき事なり。
ノ
釈 此説はことわり也。さまざまに助けて考へみれども、解べきよしなし。
作者千慮の一失とやいふべき。
あかつきの道
余 清正集〽みじか夜の残りすくなくふけゆけばかねてものうき暁の道
釈 これは類例也。
夕 顔
玉 夕顔也
* カ 8 二四
✚
ただ我どちとしらせて、ものなどいふわかきおもとの侍るを、空お
9
ド ウ シ △人ニ〕
ト
玉 此下にをもし
あらまほし ぼれしてなんはかられまかりありく。
いとよくかくしたりと思ひて、
ボ ケ 謀 隠 △女ノ *
少 言 過 シ サ ウ ナ ヲ モ ちひさき子どもなどの侍るが、ことあやまちしつべきも、いひまぎ
△別ニ〕
強 らはして、また人なきさまを、しひてつくり侍る、などかたりてわ
源詞 笑 ミ マ イ ノ ゾ キ メ *
らふ。尼君のとぶらひにものせんついでに、かいまみせさせよとの
地
源心 タトヒ仮ノ宿ニテモ也 △夕顔ノ〕
分 限 *
たまひけり。かりにても、やどれるすまひのほどをおもふに、これ
馬頭ナド 慢 下 品 こそかの人のさだめあなづりししものしなならめ。そのなかにおも
オ モ シ ロ キ △妙ナラン〕 ひのほかにをかしきこともあらば、などおもほすなりけり。惟光い
ささかのことも、御心にたがはじと思ふに、おのれもくまなきすき
聊 ソ ム ク マ イ 隈 好 色
しのびて * イ
◆
謀 強 △夕顔ノ方ヘ〕
心にて、いみじくたばかりまどひありきつつ、しひておはしまさせ
* 例 そめてけり。このほどの事くだくだしければ、れいのもらしつ ◎女
始 アヒダ コ ザ コ ザ ト メ ン ダ ウ ナ レ バ 漏 イカナル △モ〕
名 告 をさしてその人とたづねいで給はねば、われも名のりをし給はで、
*
メ ツ サ ウ ニ 姿ヲ手ガロクシ玉フコト也 ツネ 下 立 歩 行 オ ロ ソ
いとわりなうやつれ給ひつつ、例ならずおりたちありき給ふ。おろ
カ △惟光カ〕
△源ニ かにはおぼされぬなるべしとみれば、わが馬をば奉りて、御ともに
*
懸 想 イ ロ ゴ ト シ
ミスボラシイ
足
はしりありく。けさう人のいと物げなきあしもとを、見つけられて
源 メ イ ワ ク ニ ツ ラ ガ レ ド 侍らん時、からくもあるべきかななどわぶれど、人にしらせ給はぬ
*
随 身 案 内 顔 一 向
ままに、かの夕がほのしるべせしずゐじんばかり、さてはかほむげ
にしるまじきわらはひとりばかりぞゐておはしける。もし思ひよる
5 5
ニ △人ノ 童 一 人 ツ レ テ △源氏ト〕 5
*◆
△アル
大弐乳母家
サ ヘ
夕顔
けしきもやとて、となりに中やどりをだにし給はば、女もいとあや
5
△源ヨリノ〕
△マタ〕 暁
源ノ帰玉フ
しう心えぬここちのみして、御つかひに人をそへ、あかつきの道を
二五
夕 顔
釈 つきしたひて伺ふ夕顔がたの人をまどはしてしらせ給はぬ也。
そこはかとなくまどはして
新 恋には実人の乱るる事すらあるを、源氏はいと若うおはすれど、よ
マメ
かかるすぢはまめ人の
くしづめおはせしに、と也。
けさのほどひるまのへだても
新 けさかへりて、夕べはおはすべきそのひるの間のほどだに、おぼつ
かなくおぼす也。
思ひさまし給ふに
新 心にしひて思ひさましてこころみ給ふことをまづいふ也。
あさましくやはらかに
玉 「あさましく」とは、やはらかにおほどきたることの甚しきをいへ
る詞也。やはらかにおほどきたるをさしていふにはあらず。
世をまだしらぬにもあらず
釈 「世」は、男女の道をさしていへり。ひたぶるに若びたる物から、
男せぬ女とも見えぬよし也。
オチ
釈 「まじ」の下にきをなどの辞脱たるなるべし。少しいかがに聞ゆ。
やんことなきにはあるまじ
返々おぼす
湖 前にも「さまで心のとまるべきさまにもあらず」とある故、「かへす
がへす」といふ也。
さまをかへかほをもほの見せ給はず
湖 顔をつつみておはせしにや。
玉 かくまでわりなく忍びかへし給ふことは、いやしき小家に通ひ給ふ
巴抄 昔は覆面して人にあひたると也。
事をふかくつつみ給へば也。
むかし有けん物のへんぐゑめきて
細 三輪の明神の本縁にてよく叶へり。
釈 河海を初として、諸抄みな三輪の故事を引給へり。准拠をいはばさ
もあるべき事なれど、只さやうの事をひろくさしていへりとのみ見てあ
ヘン ケ
るべし。さてここは、「物の変化」とつづけてよむべし。「物」とは、す
モノノケ
ハケモノ
べて目に見えぬおに神の類をさしていふ語にて、万葉集の借字にはやが
ノ
ウシ
ノ
て鬼字をモノと訓たり。物怪・化物などいふ「物」も、同じく大物主と
ノ
いふ神の御名も、さる物の主たる意と聞ゆ。もろこしにも史記などに物
字を変化の事にいへる所あり。
評 ここにはじめて変化といふ事を説出られたり。此脈、下の何がしの
ヌキ
スヂ
院の変化の段まで引とほりて、玉を貫たる緒のごときここちす。いたづ
らに見過すべからず。かれ伏線のあらはれたる所々に、変化第幾段の脈
*
二六
道也 在 所 ド コ ト イ フ コ ト ナ シ ニ △ウカガフ人ヲ〕
うかがはせ、御ありか見せんとたづぬれど、そこはかとなくまどは
しつつ、さすがにあはれに、見ではえあるまじく、この人の御心に
ナ ガ ラ ア ハ ズ シ テ ハ ヰ ラ レ ヌ ヤ ウ ニ 夕顔ガ △源ノ イる フ ツ ガ フ ニ ツラ
かかりたれば、びんなくかろがろしきこととも、おもほしかへしわ
*
ガ リ ナ ガ ラ タ ビ タ ビ△夕顔ノ宿ヘ〕
好 色 ノ ス ヂ 也 実 △心ノ びつつ、いとしばしばおはします。かかるすぢは、まめ人のみだる
5 5
5
*
△源ハ〕
ミグルシカラズ △心ヲ〕 咎 るをりもあるを、いとめやすくしづめ給ひて、人のとがめ聞ゆべき
5
甲
今 朝 アヒダ 昼 間
行 状 △コレマデ〕
フ シ ギ ナ ふるまひは、し給はざりつるを、あやしきまで、けさのほどひるま
乙
ヒトツニハ マ チ ド ホ ニ のへだてもおぼつかなくなど、思ひわづらはれ給へば、かつはいと
*
狂 ソレホドマデ 留 事 様 物ぐるほしく、さまで心とどむべき、ことのさまにもあらず、とい
* みじく思ひさまし給ふに、人のけはひいとあさましくやはらかにお
夕顔 ア ン バ イ キモノツブレタホド 柔 和 ア
*
ド ケ ナ ク 重 後 一 向 若 ほどきて、ものふかくおもきかたはおくれて、ひたぶるにわかびた
*
るものから、世をまだしらぬにもあらず。いとやんことなきにはあ
*
タ ツ ト キ 人 コ ラ ニ コノヤウニマデ るまじ、いづくにいとかうしもとまる心ぞ、とかへすがへすおぼす。
装 束 ワ ザ ト ガ マ シ ウ フ ケ イ キ ナ 狩 衣 いとことさらめきて、御さうぞくをも、やつれたるかりの御そを奉
*
顔 チ ッ ト モ ネ シ ヅ マ
り、さまをかへかほをもほのみせ給はず、夜ふかきほどに人をしづ
イげ
* ✚変 化 ラ セ テ 昔 物 めて、出入などし給へば、むかしありけん、もののへんぐゑめきて、
うたて思ひなげかるれど、人の御けはひはた、手さぐりにもしるき
*
キ ミ ワ ル ク 源 グ ア ヒ ハ マ タ テ ザ ハ リ 著 ――
ヒヨ
ンナゲニ
グ ラ ヰ △ノ人〕
好 色 人 為 わざなりければ、たればかりにかはあらん、猶このすきもののしい
と注して示しつ。さて又、顔だに知れぬ人をかよはせてあひ逢んことは
いとあるまじき事がらなるを、いとよく書まぎらはして、さもありげに
*
5 5 *
二七
丁 △アラン〕
夕顔 フ シ ギ ニ 違 いかなることにかとこころえがたく、女がたもあやしうやうたがひ
5 5
カ リ ニ モ フ ウ ア ヒ カ ハ ラ ズ シ ヤ レ らずがほにて、かけて思ひよらぬさまに、たゆまずあざれありけば、
出 惟 光 也 疑 丙 △惟光ハ〕シヒテ ナ ニ ゲ ナ ク でつるわざなめり、とたいふをうたがひながら、せめてつれなくし
ン *
大 夫 しるされたる作りぬしのいたつきを思ふべし。これ皆、事をあやしくし
て、後の変化をあらはんさんための結構なりとしるべし。
たればかりにかはあらん
湖 誰ほどの位の人ならん、と也。
釈 惟光、時に五位なるべし。
たいふ
釈 此「ながら」の詞は、下の「いかなる事なり」といふへ係る意なるを、
うたがひながら
其間に惟光がありさまを挟みていへる、例の法也。甲乙の点のごとし。
釈 よのつねのけさうとは事がらの違ひたるにつけて、
物思ひするをいふ。
やうたがひたる
夕 顔
夕 顔
秘 細 打向ひてはさらにそむくべきやうには見えざれども、自然ふとい
うらなくたゆめて
づくへも行ては、と思ひ給ふ也。「たゆめて」は、由断させて也。
はひかくれなば
釈 「はひ」は、ひそかにものするをいふ詞なり。
新 「はかり」は許量也。物の度量より出たる辞なり。
いづくをはかりとか
余 後撰秋下・源わたす〽あかからば見るべき物をかりがねのいづこばか
りに鳴てゆくらん
拾 「おひ」は、跡をおひたづぬる也。「まどはし」は、尋ねまどふ也。
おひまどはして
なのめに思ひなしつべくは
湖 たとひゆくへなくなりたりとも、大かたにおぼされぬべくは、と也。
へだておき給ふ
釈 「へだて」は、体言なるべし。とだえをおくといふに同じ。
さるべきにこそは
玉 或抄に「宿業にてこそあらめ也」といへり。これも然るべき宿縁な
るべければ、便なかるべき事なりとも、よしやいかがはせん、といふ意
をこめたる也。
いとかく人にしむことはなきを
シム
釈 「人にしむ」とは、深く思ひの染意也。我御心ながら考へ見給ふるに、
かやうに人に思ひしむことはなきに、いかなる前世の宿縁にや、此夕顔
にはいたく思ひしみ給ふとおぼすよし也。
釈 これより源氏君の詞也。「いざ」は、さそひたつる語也。
いざ
湖 よのつねならぬ也。ゆくへもしらせ給はず、顔をも見せ給はぬをい
よづかぬ御もてなしなれば
ふ也。
釈 よのつねのさまに似つかぬ也。さてここは、かくの給へど、なほあ
やしうよづかぬ、とつづく意也。
釈 「物おそろし」といへるが、あどなく若びたる也。
わかびていへば
いづれか狐ならんな云々
釈 かたみに名のりし給はねば、いづれか人をはかるきつねならんとい
られて共にゆくべき所へ出たち給へ、との意也。「きつねならんな」の「な」
ふ意に戯れてのたまふ也。「ただはかられ給へ」とは、我いふままに謀
は、いひおさふるかたり辞なり。
玉補 夕顔の心ざまをいふ也。
よになくかたはなる事なりとも
釈 たとひ世に又なくかたはなる事なりとも、それをもいとはず、ひた
ぶるに男に順ふ夕顔の心は、いとあはれげなる人と見給ふ、といふ意也。
釈 帚木の品定に、中将のかたられし「うちはらふ袖も露けきとこなつに」
頭中将のとこ夏
とよみたる女にや、とうたがはしく思ひ出られ給ふ也。
しのぶるやうこそはと
釈 身上をつつみてしのぶるには子細あらんとて、あながちにもとひた
だし給はぬ也。
ふとそむきかくるべき
釈 身上を問ずしてさておきたりとも、けしきばみてにげかくれなどす
る心ざまなどはなければ、と也。
夕 顔
*
二八
*
△夕顔ガ〕
オクソコモナウ ユ ダ ン サ セ テ コッソリ たる、物おもひをなんしける。君もかくうらなくたゆめて、はひか
*
くれなば、いづくをはかりとかわれもたづねん。かりそめのかくれ
隠 ド コ ア テ ド △コノ所ハ〕
隠 *
処 モマタ 移 行 がとはたみゆめれば、いづかたにもうつろひゆかん日を、いつとも
*
エ シ ル マ イ △モシ〕逐 惑 大 テ イ ニ しらじとおぼすに、おひまどはして、なのめにおもひなしつべくは、
コ レ ホ ド ナ グ サ ミ 過 追失ヒテ ただかばかりのすさびにても、すぎぬべきことを、さらにさてすぐ
*
△ハ 人 見 隔 置 夜 々 してんとおぼされば、ひとめをおぼしてへだておき給ふよなよなな
コ ラ ヘ 苦 タ レ ト
どは、いとしのびがたく、くるしきまでおもほえ給へば、猶たれと
ノ *
モシラセズテ △世上ノ〕
フ ツ ガ フ ナ ル なくて二条院にむかへてん。もし聞えありて、びんなかるべきこと
*
なりとも、さるべきにこそは。わが心ながら、いとかく人にしむこ
△アラメ〕
△思ヒ〕染 *源詞 前世ノ宿縁 サ ア ズ
とはなきを、いかなる契にかはありけんなどおもほしよる。いざい
5 5 5 夕顔詞 と心やすき所にてのどかに聞えんなどかたらひ給へば、なほあやし
ット ア ン シ ン ナ シ ヅ カ ニ 談 合 マ ダ 5 *
うかくのたまへど、よづかぬ御もてなしなれば、ものおそろしくこ
* 源詞 *
若 ナルホド 含 笑 ド
そあれ、といとわかびていへば、げにとほほゑまれ給ひて、げにい
チ ラ 狐 デ ア ラ ウ ゾ ダ マ サ レ *
づれかきつねならんな。ただはかられ給へかし、となつかしげにの
源ニシタガフ意也
給へば、女もいみじうなびきて、さもありぬべう思ひたり。よにな
ミ グ ル シ キ 一 向 順 くかたはならん事なりとも、ひたぶるにしたがふ心は、いとあはれ
*
ノ △中将ノ〕
げなる人と見給ふに、なほかの頭中将のとこなつうたがはしく、か
*
たりし心ざままづ思ひ出られ給へど、しのぶるやうこそは、とあな
*
先 △アラメ〕
ム リ
イいで
ヤ リ
問
竟
キ モ チ ヲ ミ セ テ
フイト
背
隠
がちにもとひはて給はず。けしきばみて、ふとそむきかくるべき心
△源ヨリ〕
ざまなどはなければ、かれがれにとだえおかんをりこそは、さやう
二九
夕 顔
湖師 源の心ながらも、此人を置て、わきへすこしにても心のうつる事
心ながらも云々
あらんは、哀なる事にてあらん、とまで思ひ給ふなり。
ひまおほかるいたや
拾 君なくてあれたるやどのいたまより月のもるにも袖はぬれけり 六帖
評 此一句、下の事どもをいひおこすべきくさはひなるが、身にしみて
暁ちかくなりにけるなるべし
聞えたり。
なりはひにも
ナ
リ
新 日本紀に「田家」を「なりどころ」、万葉に「業云々」と書て「なり
をしまさね」とあるは、農業をせよといふ事也。
ヨロヅツギ
余 万葉十八長歌「万調まつるつかさとつくりたるその奈理波比を云々」。
釈 「なりはひ」を、諸注共に農業ととられたるは、本の意也。されど、
ここは転りたる末の意にて、ただ家業といふほどの事也。次に「田舎の
かよひも」とあるを思ふに、小商人のうへと聞ゆれば、「なりはひ」も
商買のわざなるべし。
ゐなかのかよひも
釈 京より田舎へゆきて商ひするをいふ。伊勢物語に「ゐなかわたらひ」
といへり。
9
釈 北隣の人を呼かけて、壁ごしに物語するさまなり。案に、「きき給へ
北殿こそきき給や
9
や」とありしを写しひがめたるにや。湖月本には「給や」と、ふもじを
略きて書たり。考べし。
えんだちけしきばまん人は
細 夕顔の天然大やうなる様を云なり。さかしだちたる人ならば、此け
はひを源の聞給ふをば、かたはらいたく思ひてきえも入べき物を、と也。
つらきもうきも云々
釈 或抄に云、「これは今のとなりのありさまを云にはあらず、全体夕顔
の性をいふ也云々」といへり。然るべし。
中々はぢかがやかんよりは
釈 隣の物音をはぢてかがやかしく思はん人よりは、却てつみなく見ゆ、
となり。大どかなる本上をいへる也。
ごほごほとなる神よりも
孟 〽天のはらふみとどろかしなる神も思ふ中をばさくるものかは。蜻蛉
日記にも、「空くらがり松風の音たかくて、神ごほごほとなる」と有。
からうすの音
カラウス
余 和名抄、「祝尚兵切韻云、碓、和名賀良宇須云々」。
釈 本居翁云、「柄碓の意也。
韓碓にはあらず」
といはれたり。
さもやあらん。
評 このわたり小家がちなる所のさまをいとよくうつしかかれたる中に、
源氏のなにのひびきともしらせ給はぬよしをかかれたるは、貴人のさま
ツ
ヲ
をあらはしたるにて、いと心ききたるもの也。
しろたへの衣うつ
ハリ
タヘ
細 北斗星前横 旅
雁 、
南楼月下擣 寒
衣 二
二
一
一
余 これは朗詠集に見えて、劉元叔が詩なり。
タヘ
釈 「白栲」は、白き栲の事にて、下賤の者の衣にせし也。故に、こと
さらにかくいへる也。
夕 顔
*
三〇
△ワガ キ ノ カ ハ ル に思ひかはることもあらめ(。)心ながらもすこしはうつろふこと
チ チ あらんこそ、あはれなるべけれとさへおぼしけり ◎八月十五夜くま
マ デ モ イに *
間 隙 板 漏 来 なき月かげ、ひまおほかるいたやのこりなくもりきて、見ならひ給
*
暁 はぬすまひのさまもめづらしきに、あかつきちかくなりにけるなる
5 5 5 5 賤詞 *
*
隣 賤 夫 目 醒 ア ア べし。となりの家々あやしきしづのをの声々、めさまして、あはれ
* へカ
寒 今 年 家 業 憑 田
いとさむしや。ことしこそなりはひにもたのむところすくなく、ゐ
舎 通 9
なかのかよひも思ひかけねば、いと心ぼそけれ。北殿こそきき給ふ
メ イ メ イ ソ レ ソ レ 世 ワ タ やなどいひかはすも聞ゆ。いとあはれなるおのがじしのいとなみに、
おき出てそそめきさわぐもほどなきを、
女いとはづかしく思ひたり。
起 ザ ワ ヅ キ アヒダ *艶 キ ド リ ブ リ ス ル 消 入 えんだちけしきばまん人は、きえもいりぬべきすまひのさまなめり
*
かし。されどのどかに、つらきもうきもかたはらいたきことも、思
△夕顔ハ〕
笑 止 ナ シ リ 上 ヒ ン ひいれたるさまならで、わがもてなしありさまは、いとあてはかに
用 意 ア ド ケ ナ ク コノウヘナク ヤ カ マ シ イ こめかしくて、またなくらうがはしきとなりのよういなさを、いか
*
*✚
ヤ ウ ス カ ヘ ツ テ 恥 なる事ともききしりたるさまならねば、なかなかはぢかがやかんよ
ナ
ン
ナ
ク
ギ ヤ ウ
鳴
雷
りは、つみゆるされてぞ見えける。ごほごほとなる神よりもおどろ
*
イに イる
サ ン ニ 踏 轟 柄 碓 モ ト おどろしく、
ふみとどろかすからうすのおともまくらがみとおぼゆ。
5
5
5
ア ア ヤ カ マ シ △源ハ〕
△サレド〕
響 あなみみかしがましとこれにぞおぼさるる。なにのひびきとも聞い
5
れ給はず、いとあやしうめざましきおとなひとのみ聞給ふ。くだく
キ ヨ ウ サ メ イ コ ザ コ
*
ザ シ タ
白
栲
砧
音
幽
だしきことのみおほかり。しろたへの衣うつきぬたのおとも、かす
ア
チ コ チ 雁 かにこなたかなたききわたされ、空とぶかりのこゑ、とりあつめて
三一
ほどなき庭にざれたるくれ竹
夕 顔
9
釈 「ほどなき」は、間のなく狭き意也。「ざれたる呉竹」は、おもふき
ニ
ニ
あるさまなるをいふ。さて旧注に引れたるには、「くれ竹の」とのもじ
ノ
ニ
あるあり。もとはしか有しなるべし。
ノ
かべの中のきりぎりす
花 詩七月編「八月在 宇
、九月在 戸
、十月蟋蟀入 我
床下 」
。
一
レ
レ
二
玉 壁の中になくは、屋の内なれば間近きことなるに、それだに間遠に
聞ならひ給へるは、殿の広くてかべもややまどほき故也。然るに、此や
どは狭き故に、庭になく虫どもの声も耳にさしあてて鳴やうに間近くお
ぼす也。
さまかへておぼさるるも
湖師 珍らかにおもしろくおぼす也。
細 志の切なる故也。
白きあはせうす色のなよよかなるを
花 白きあはせのきぬに、うす色のうはぎを着たるべし。
細 紫のうすき色なり。
あな心ぐるしと
釈 物いひたるけしきの余りはかなげなる故に、きく人のきのどくげに
おぼゆるさまを「心ぐるし」とはいへる也。
心ばみたる
玉 俗に気のあるといふ意と聞ゆ。
此世のみならぬ契り
セ
タノマ
釈 此世のみならず、未来までの契をかはして、夕顔にたのませ給ふ也。
「たのめ」は令 憑
の意なり。下の弥勒を引出ん結構なりとしるべし。
レ
右近をめしいでて
評 上に「右近の君こそまづ物見給へ」とのみ有て、ここに「右近をめ
しいでて」とある、いとくすしき書ざまといふべし。かくて、此女の夕
顔の乳母の子なるよしは、遥に下に見えたり。心を付て見るべし。
このある人々も云々
釈 「このある人々」は、夕顔の女房どもなり。かく源氏君の御心ざし
のおろかならぬを見知りて、おぼつかなきものから、夕顔の身上によき
事なるべしと思ひて、たのみをかけてよろこぶさま也。
釈 上に「暁ちかくなりにけるなるべし」とありし首尾也。
あけがたもちかう
夕 顔
三二
端 近 御 座 遣 △アハレノ〕コラヘ
しのびがたきことおほかり。はしちかきおまし所なりければ、やり
*
戸をひきあけ給ひて、もろともに見出し給ふ。ほどなき庭にざれた
開 △夕顔ト〕
間 シ ヤ レ イの 呉 ヤハリ コノヤウナ 如 るくれ竹、前栽の露は、なほかかる所もおなじごときらめきたり。
*
虫 壁 蟋 蟀 サ ヘ 間 むしのこゑごゑみだりがはしく、かべの中のきりぎりすだに、まど
遠 ナ レ ほに聞ならひ給へる御みみに、
さしあてたるやうになきみだるるを、
*
カ ヘ ツ テ △メヅラシク〕
△夕顔ニ〕
なかなかさまかへておぼさるるも、御こころざしひとつのあさから
夕顔ノカタチ也
ン *
△ヨリテ〕
免 白 袷 ぬに、よろづのつみゆるさるるなめりかし。しろきあはせ、うす色
ヤ ハ ラ カ 重 ア イ ラ シ ゲ のなよよかなるをかさねてはなやかならぬすがた、いとらうたげに
あゑかなるここちして、そこととりたてて、すぐれたることもなけ
ハ カ ナ ゲ ナ ル ド コ ワ キ テ *
ヒ ワ ヒ ワ 言 ア ア
れど、ほそやかにたをたをとして、ものうちいひたるけはひ、あな
*
心ぐるしとただいとらうたくみゆ。こころばみたるかたをすこしそ
イ タ イ ケ ナ カ ハ ユ ラ シ ク キ ヲ モ チ 添
△ヨカラン〕
マダモ へたらば、と見給ひながら、なほうちとけてみまほしくおぼさるれ
源詞 サ ア ヘ ン △夜ヲ〕
ば、いざただ此わたりちかき所に、こころやすくてあかさん。かく
夕詞 *
バカリ キ ウ ク ツ ナ リ ド ウ シ テ セ イ キ フ てのみはいとくるしかりけり、との給へば、いかでかにはかならん、
ジ ン ジ ヤ ウ ニ 居 といとおいらかにいひてゐたり。この世のみならぬちぎりなどまで
5 5 5 5 様 ア テ ニ サ セ △夕顔ハ〕
△並々ノ女トハ〕
男
たのめ給ふに、うちとくる心ばへなど、あやしくやうかはりて、よ
ナ レ 憚 なれたる人ともおぼえねば、人のおもはん所もえはばかり給はで、
* 随 身 右近をめし出て、ずゐじんをめさせ給ひて、御車引いれさせ給ふ。
令 召 *
女房タチ也
ソリヤク
オ ボ
このある人々も、かかる御心ざしのおろかならぬを見しれば、おぼ
*
ツ カ ナ キ
明
めかしながらたのみをかけ聞えたり。あけがたもちかうなりにけり。
三三
9
9
夕 顔
スミ
玉 はもじなき本、又てもじを清てよむといへる、皆わろし。下に「た
鳥の声などは聞えで
だおきなびたる声にぬかづくぞ聞ゆる」といへるにて、鳥の声は聞えざ
ることしるきをや。
みたけさうじ
キン ブ
河 「みたけ」は金峯山なり云々。
湖 やまとの金峯山に、千日精進してまゐる事也。其おこなひする人に
やあらん、と也。
細 枕草子に、「哀なる物。よき男のわかき、みたけしやうじんしたる。
定りたる人くしたるも、あはぬよなよなへだつるをばくるしきことにこ
そ思ふべかめるを、ことの外にきびしくへだてなして、ひとりゐてうち
行ひたる暁のぬかのほど、いみじくあはれなり」。
ただおきなびたる声に云々
釈 翁めきたる声にて行法し、ぬかづく音の聞ゆるさま也。さる故に、
立居のけはひたへがたげなる也。行法に拝礼の度ありて、立ては居、立
ては居する事ある也。
あしたの露に
釈 朝露のはかなきに世の道なきをたとふるは、
仏家にいひならへる事也。
河 金剛蔵王は、過去釈迦、現在観音、当来弥勒なり。弥勒の出世の時、
なもたうらいの導師
地にしくべき金を守り給ふ神也。仍て、みたけ精進に弥勒を礼する歟。
キ
ヲ
弥勒は、釈迦の附属をうけて、一生補処の菩薩とぞ。第一減劫のはじめ
レ
に下生し給ひて、成仏して、竜華之樹下にて三会の暁に説 法給ふ故に、
「当来導師」といふ也。
玉 「此礼する声にて、みたけさうじぞと聞知給ふ也」と云注は、ひが
こと也。此名を唱るを聞て来世を祈ることを知給へるにこそあれ。
釈「当来」は未来といふに同じ。「導師」はみちびく師也。弥勒仏の事也。
かれ聞給へこの世とのみは
釈 当来の導師といふを聞給へ、この世のみとは執行者も思はざりけり、
来世はかならず有べきなれば、その来世までかはらぬ契をたがへ給ふな、
といはんとてあはれがり給ふなり。上に「この世ならぬ契までたのめ給
ふに」といへる脈なり。
うばそくが云々
ヲ
テ
ト
河 「うばそく」は、俗ながら仏弟子に入る人也。四部弟子の一也。涅
ク
槃経云、「善男善女受 三
帰依 、
是則名為 二優婆塞 」
。
二
一
一
釈 「うばそく」は、すなはち行法する翁の事也。そのうばそくが行ふ
道をしるべにて来世ある事を知りて、その来世までもふかき夫婦の縁を
ノ
ラハ
ニ クハ ン
ノ
ト
ハ
ニ クハ
たがへ給ふな、と云意なり。かくとかざれは、「しるべにて」といへる意、
詳ならず。諸抄おろそか也。
長生殿のふるきためしは
ン
ノ ト
河 七 月 七 日 長 生 殿、 夜 半 無 レ人 私 語 時、 在 レ天 願 作 二比 翼 鳥 一、 在 レ地 願
為 連
理枝 一長恨歌
二
湖師 玄宗と楊貴妃の契は末とげずなりぬれば、ゆゆしくて、といへり。
ひきたがへて也。
ニ
一
ツ
二
ヲ
一
「はねをかはさんとはひきかへて」とは、かのひよくの鳥といへるには
テ
二
ト
河 従 釈尊入滅 、至 慈尊出世 、隔 五十七倶低六十百千歳 云々。弥
一
みろくの世をぞかね給ふ云々
二
勒下生経には、将来久遠劫、於 此
国界 一成仏云々。
二
コチ タ
釈 弥勒出世の時までをかねて契り給ふと也。故に、
ゆくさきの御たのめ、
いと言痛しといへる也。「こちたし」は、言の多き意也。
* *
○
精 進 三四
*
鶏 御 嶽 ト シ ヨ リ メ キ とりの声などはきこえでみたけさうじにやあらん、ただおきなびた
るこゑにぬかづくぞ聞ゆる。たちゐのけはひたへがたげにおこなふ。
*◆
◆
額 突 起 居 イキヅカヒ 堪 行
朝 異 △ハカナキ〕ニ 貪 いとあはれに、あしたの露にことならぬ世を、なにをむさぼる身の
南 無 当 来 イのナシ 導 師 *
祈 願 △アラン〕
拝 いのりにか、と聞給ふに、なもたうらいのだうしとぞをがむなる、
源詞 *
ア レ バカリ △ミタケ行者モ〕
かれきき給へ。この世とのみはおもはざりけり、とあはれがり給ひ
て、
ばそくがおこなふ道をしるべにてこん世もふかきちぎりたがふ
源 優 婆 塞 *
行 導 来 う
*
旧 例 忌 々 翼 交 ✚
な。長生殿のふるきためしはゆゆしくて、はねをかはさんとはひき
* 弥 勒 かへて、みろくの世をぞかね給ふ。ゆくさきの御たのめいとこちた
*
タ ノ マ セ 言 痛
し。
*✚
きのよの契しらるる身のうさに行末かねてたのみがたさよ。か
顔
夕
* 宿縁 ツ ラ サ 予 さ
✚
ン 不
○
やうのすぢなども、さるはこころもとなかめり。いさよふ月に、ゆ
イは ふカ 意 ウ カ レ ユ カ ン 9
くりなくあくがれんことを、女も思ひやすらひとかくのたまふほど
*
俄 △月ハ〕
フ ツ ガ フ ナ ジブン に、にはかに雲がくれて明ゆく空いとをかし。はしたなきほどにな
湖
夕顔を源のみづから車にいだ
軽 9
9
釈 「いさよふ」は、猶やすらふといはんがごとき意なり。さて「やすらひ」とあるひは誤にて、もとは「やすらふ」と有しなるべし。さらでは
三五
らぬさきに、とれいのいそぎ出給ひて、かろらかにうちのせ給へれ
新 前世の因縁つたなければ現在かくのごとし、今生如此なれば未来も頼む所なしと、今の身のうさをかへりみてよめり。
さきのよの云々
釈 「うさ」は、うかれただよふ身のうさなるべし。
スム
玉 「かやうのすぢ」とは、歌よむ事をいへり。「心もとなき」は、未熟なるよし也。さてかくいへるは、実に此歌の心もとなきにはあらず、例の
かやうのすぢなども云々
紫式部がひげ也。諸抄此意を得ず、ひがこと也。
9
玉 入がたちかけれども、いまだいらで、しばしあるほどの月をいふ。出んとしてしばし出ざるをもいふ。同じ意也。さもじ清言也。さて「女は
いさよふ月に
9
思ひやすらひ」、一本に「女も」とあるぞまされる。「いさよふ月に」といへれば、女もやすらふといふべければ也。
語ととのはず。
巴 仏滅をいふ。悪相也。
にはかに雲隠れて
拾 物にとらるべき前表めきてかけるにや。
釈 案に、ここはただけしきのみにて、右の説のごとき意まではあらざるへし。
夕 顔
ノ
ノ ト
ニ
夕 顔
ノ
ノ
ノ
ノ
ノ
ハ
ノ
河 河原院歟。六条坊門万里小路、坊門南万里小路東、彼院左大臣融公
なにがしの院
ス
旧宅也。又号 六
条院 。
後宇多院御領也。
二
一
釈 准拠をいはば右のごとくならめど、すべて名をかくしてただ「なに
がしの院」といへれば、ただ夕顔の宿ちかきひとつの院と見てあるべし。
源氏君の御別荘めきたる所なり。
あれたる門のしのぶ草しげりて
釈 あれたる院のありさまをいとよくうつしかかれたり。語の脈は点の
評 前々より引もてきたれる変化の脈、つひに此院に係りてものすごき
ごとき意也。「こぐらし」は、木の枝のたれてくらき意也。
けしきをまづあらはしたり。変化第二の脈なり。
評 この以下は、余光にかかれたり。けしきいとしめやか也。
ニホヒ
きりもふかく露けきに
湖 道すがらのさま思ふべし。
抄 「まだかやうなる事をも身にはならはぬを、さてもさても心づくし
まだかやうなる事を
なることにもありけるかな」といふ詞より歌へつづけて、いにしへもか
く人のまどふ道か、といへる也。さて夕顔の上は、かやうの心づくしな
る道になれ給ひたるか、とのたまふを、女のはぢらひたり、といふにや。
新 むかし物語に、女をぬすみ出などして、かかる心ぐるしき事多きを
いにしへも云々
釈 いにしへの人も、恋の道にはかくのごとくにやまどひありきけん、
ふくみたる也。
我はまだかかるしののめごろの道はしらず、との意也。さて歌よりつづ
けて、そこにはならひ給へりや、いかに、と問かけ給ふ故に、女はぢら
ひたる也。
新 夕顔の様、世をしらぬにはあらぬに、かくしのびたるすまひにて在
ならひ給へりや
からはかかるめにもあひけんかし、とおぼすよりとひ給ふなれば、女は
はぢたる也。
山のはの云々
玉 初二句は、源氏君のいかなる心にていづこへゐてゆき給ふこととも
しらで、といふ意のたとへ、「月」は、我身のたとへなり。細流に、「山
の端は月をかくすべき所とはしらで」とある、其意はなし。
新 行末の心もしらでかく随ひゆく身は、おほぞらにしてはぶれやうせ
ん、と此院の物恐ろしきにつけても思ふなり。終にうせなん前つさがを、
かく催すなり。
釈 新釈のごとく、つひにうせ給ん事をほのめかしたる也。下句さやう
に聞ゆ。さて上の「行すゑかねてたのみがたさよ」とある所の箋に、「此
歌ものはかなきさま、早世の前表也。歌の風体よくよく思ふべし」と有。
ナガエ
ここにもかくあるをみれば、げにさる事をふくめてよまれたるなるべし。
ものおそろしうすごげに
湖 この院の体を夕顔の思ふ心也。
評 この語、変化第三の脈なり。
かのさしつどひたるすまひの
細 せばき所にすみつけたるならひと思ひ給ふ也。
釈 すまひは夕顔の宿をさせり。
タイ
にしのたいに云々立給へり
釈 西の方なる対の屋に御座所とりつくらふううち、勾欄に車の轅をひ
きかけて、車の中に立てまち給ふさまなり。この御有様のえんなるを見
9
て、頭中将の事など右近が思ひ出けり、とおしていへる也。
9
玉 河海に経営とある、是なり。えをめといふは、三位を「さんみ」、陰
けいめい
陽を「おんみやう」といふ類也云々。
釈 この院のあづかりが、いたく敬ひて事ども経営するありさまを見て、
この御ありさましりはてぬ
たしかに源氏君也と、右近が知はてたるなり。
御ともに人もさふらはざりけり
きのせ給ふ也 御供ニ相乗スル也 ヘ ン *◆
*
三六
ば、右近ぞのりける。そのわたりちかきなにがしの院におはしまし
アヒダ
荒 垣 衣 つきて、あづかりめしいづる程、あれたる門のしのぶ草しげりて、
着 留 守 ア ヅ カ リ *
イ ハ ウ ヤ ウ モ ナ ク 木 闇 霧 見あげられたる、たとしへなくこぐらし。きりもふかく露けきに、
*
源詞 マ デ 上 △車ノ〕簾
すだれをさへあげ給へれば、御袖もいたうぬれにけり。まだかやう
シ ナ ラ ハ ナ ン ダ モ ノ ヲ シ ン キ ナ なることをならはざりつるを、心づくしなる事にもありけるかな。
にしへもかくやは人のまどひけんわがまだしらぬしののめの
*源 い
*
△ソコニハ〕
道。ならひ給へりや、との給ふ。女はぢらひて、
*
のはの心もしらでゆく月はうはのそらにてかげやたえなん。こ
*夕 山
*
ころぼそくとて、ものおそろしうすごげに思ひたれば、かのさしつ
△コソオボ 凄 ユレ 集 有 五条ノ宿 心 習 入 どへるすまひのこころならひならん、とをかしうおぼす。御車いれ
*
対 勾 欄 させて、にしのたいにおましなどよそふほど、こうらんに御車ひき
西 御 座 粧 ウ チ 艶 既 往 かけて立給へり。右近えんなるここちして、
きしかたのことなども、
*
✚
経 営 イてナシ 人しれず思ひ出けり。あづかりいみじくけいめいしてありくけしき
*
ジ ブ ン △車ヨリ〕
に、この御有さましりはてぬ。ほのぼのと物見ゆるほどに、おり給
細
*
此院の預りの申詞也 △御座ヲ〕
ひぬめり。かりそめなれどきよげにしつらひたり。御ともに人もさ
* 家 司 不 便 侍 フ ツ ガ フ 甲 下 ふらはざりけり。ふびんなるわざかなとて、むつましきしもげいし
三七
乙 △御座所ヘ〕
然 左大臣 御 デ イ リ ス ル にて、殿にもつかうまつるものなりければ、参りよりて、さるべき
評 上に「人にしらせ給はぬままに、かの夕がほのしるべせし随身ばかり云々」とありし首尾也。ここに二たびいはせたるは、此院にても人ずく
なき故をいひ出て、物すごきさまをいふべきしたくみ也。味はふべし。
河 諸大夫也。此院のあづかりが事也。
下げいし
夕 顔
湖 はいぜんなどの人也。
御まかなひ打あはず
夕 顔
玉 「うちあふ」は、もののととのほりそろひたる事也。
おきなが川と
ノ
ノ
河 万葉〽にほ鳥のおきなが川はたえぬとも君にかたらふ事つきめやは
オキ ナガ
釈 息長川の事、拾遺に委し。近江国坂田郡にある川なり。
いといたくあれて云々
ノ
評 院中のけしきをあらはしたり。変化第四の脈。
釈 「はるばると」は、前栽の広きさま也。「木だち云々」は、ここは内
より見たるけしき也。上なるは門前のさま也。委しといふべし。
秋の野らにて
孟 里はあれて人はふりにし宿なれや庭もまがきも秋の野らなる
けうとく
ケ ウトシ
河 気疎。
孟 人げうとげなる也。
所かな
ナ
玉 これは、下に源氏君ののたまへる詞よりまがひて写し誤れる所ある
べし。其故は、同じ語のつたなく重れるうへに、ここは地の詞なれば、「か
な」などいふ言あるべき所にあらざればなり。されば、もとは「いとけ
釈 この説のごとし。但し、あれたることは上にもあれば、いかが也。
うとげにあれたり」などぞありけん。
9
しばらくにもじをも削りて、「けうとげなり」としてさしおく。よき本
を得て正すべし。
べちなふ
玉 河海に「別に建たる屋也。別納にて、大饗おこなはれたる事おほし。
小寝殿也」とあり。細流に「雑舎也」とあるはいかが。
釈 別納の方にあづかりの居るさま也。さて「はなれたり」といひて、
猶人ずくななるさまをあらはされたり。下の段の結構也。
さりともおになども云々
評 此語、いと妙なり。変化第五の脈なるが、みづから誇りて招き給へ
るさまにほのめかされたり。
細 昔はふくめんをたれて面をかくしてありくことある也。
かほは猶かくし給へれど
釈 上に「顔をもほの見せ給はず」とありし首尾也。
夕露に云々
湖師 「ひもとく」は、かくしたる顔をあらはしたる也。「えに」は、縁
也。源の今かく顔をあらはして夕に見え給ふは、かの夕顔の宿をとほり
ノ
がけに見しより縁となりし、となり。
釈 二句は、覆面の紐をとくを、花の「ひもとく」によせたるなるべし。
新釈には、顔をかくし給へるを、扇してかくし給へりといふ旧説をとら
れたれど、車に相乗し給ふほどにては、扇にてかくしはつべき事のさま
ならねば、ふくめんといふ方を用ゐたり。さて「玉鉾」は道の枕詞なる
を、やがて道の事としていへる例の詞なり。
露の光やいかに
新 「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる」と有しをもてとひ給
ふ也。
光ありと云々
玉 さきに光ありと見しはそらめにてぞ有ける、今よく見れば光はなき
物を、とよめるなり。さるは、あくまで光ありと見ながら、ことさらに
逆 ひ て か く そ の う ら を い ふ こ と、 此 た ぐ ひ 今 の 世 に も よ く あ る こ と 也
ノ
云々。
釈 此説、いとよろし。諸々抄のごとくにては、「しりめに見おこせて」
といへるあざれたるさまにかなはず。さて其あざれたるを、をかしくお
ぼしなす也。
玉 此「げに」は、源氏君の歌に「夕露にひもとく花」とよみ、「露の光
げに打とけ給へる
やいかに」との給へるなどをうけていへり。
所がらまいて云々
釈 かくあれはてたる所がらにては、光る君のすがた似つかはしからず
して、いまいましきまでに見え給ふ、と也。まいては、常ざまの所にて
も此君のさまに似つきたる所はあらぬを、まいて、と云意也。「ゆゆしき」
イマ イマ
は「忌々しき」にて、変化の見いるる事を下にふくめたる書ざま也。
へだて給へるつらさに云々
湖 夕顔、源を殊外へだてて名もなのり給はねば、源もあらはさじと思
ひけれど、今あらはせしぞ、と也。
夕 顔
源詞 三八
召 来 隠 処
人めすべきにやなどまうさすれど、ことさらに人くまじきかくれが
もとめたるなり。さらに心よりほかにもらすな、とくちがためさせ
求 ケ ッ シ テ△其方ガ〕
外 漏 口 禁 *
粥 サ ッ ソ ク 取 接 △ノ人〕タ
給ふ。御かゆなどいそぎまゐらせたれど、とりつぐ御まかなひうち
*◆
チ ア ハ ズ 未 知 旅 寝 息 長 あはず。まだしらぬことなる御たびねに、〽おきなが川と契り給ふ
格 子 ジ ブ ン 起 上
より外のことなし。日たくるほどにおき給ひて、かうし手づからあ
*
荒 げ給ふ。いといたくあれて、人めもなく、はるばると見わたされて、
木 立 疎 旧 気 近 こだちいとうとましうものふりたり。けぢかき草木などは、ことに
*
水 草 埋 ゛所なく、みな〽秋の野らにて、池もみくさにうづもれたれば、い
見
*
* * ◆ 別 納 曹 子
とけうとげに なり にける所かな(。
)べちなふのかたにぞ、ざうし
気 疎 ヘ ヤ
ン 源詞 住 西対也 △別納トハ〕
などして、人すむべかめれど、こなたははなれたり。けうとくもな
*
りにけるところかな。さりともおになども、われをば見ゆるしてん
鬼 我 *
イ思ふべけれ
顔 マ ダ 隠 ツ レ ナ シ とのたまふ。かほはなほかくし給へれど、女のいとつらしと思へれ
は カクバカリ相馴テナリ 隔 心 事 違 ば、げにかばかりにてへだてあらんも、ことのさまにたがひたりと
おぼして、
ふ露にひもとく花は玉ほこのたよりに見えしえにこそありけ
*源 縁 ゆ
*
夕顔 ✚
れ。露のひかりやいかにとの給へば、しりめに見おこせて、
*夕 ウハベト云意ヲ含メタリ
黄 昏 見 ゾ コ ナ ヒ かりありと見し夕顔のうは露はたそかれ時のそらめなりけり。
ひ
*
*
とほのかにいふ。をかしとおぼしなす。げに打とけ給へるさま世に
△源ノ
カ ス カ ナ 声 ニ テ オ モ シ ロ イ ナルホド
* 源詞 忌 々 イ ツ マ デ モ なく、所がらまいてゆゆしきまで見え給ふ。つきせずへだて給へる
つらさに、あらはさじと思ひつる物を、今だに名のりし給へ。いと
三九
夕 顔
あまのこなれば
河 〽白波のよするなぎさに世をつくすあまの子なれば宿もさだめず
今
新古
われからななり
河 〽あまのかる藻にすむ虫のわれからとねをこそなかめ世をばうらみじ
古今
新 或云、「あまのこ」と女のいふにつきて、もにすむ虫をとりよせて、
わが今まで顕さざれば、なのり給はぬもことわり也、とうらみ、かつは
又かたらひ給ふ、と也。
釈 案に、これは此所へたばかりてよびとり給ふ事を、右近が惟光にな
右近がいはんこと
げきいはんことのいとほしければ、といふ意也。さるは、此事のもとは
惟光なれば也。下に「うこんたいふのけはひきくに、はじめよりの事、
打思ひ出られてなく」と有をも思ふべし。諸抄いささかづつたがへり。
釈 ずゐぶんによろしきかたちの女ならん、とおしはかる也。
さもありぬべき有さまにこそは
湖 初より惟光がいひよりてわが物にもすべきものを、と思ふなり。
わがいとよく云々
たとしへなくしづかなる云々
ノ
細 なにがし院のさま思ひやるべし。
評 院中の夕ぐれのけしきをあらはし出たり。変化第六の脈也。下に「い
とかよわく、ひるも空をのみ見つる物を」とある所の首尾也。物思ひあ
るさま也。さて、やうやうにくれゆくにしたがひて、けうとく物すごく
なりゆくさま、いはんかたなし。
釈 「夕ばえ」は、夕べになりて物のますますめでたく見ゆるをいふ。
夕ばえを見かはして
ここは「見かはして」とあれば、けしきの夕ばえにはあらで、かたみに
まを云々、よろづの歎きわすれて、すこし打とけゆく」とはいへる也。
うつくしき顔の夕ばえを見かはす意也。さる故に、「女もかかるありさ
もし諸抄のごとくけしきの事とする時は、上に「たとしへなくしづかな
る、夕のそら」とあるに重なるべし。
釈 今までは打とけざりし故に、「すこし」とはいへる也。
すこし打とけゆく
ノ
評 「つと」の語、俄にてめでたし。院中のけしきやうやう物すごくな
つと御かたはらにそひくらして
ソヒフシ
るままに、女のものおぢして源氏君に副臥たる間に日のくれはてたるお
もふき、いとよく書なされたり。かくて男君は、それを中々にらうたき
ものにおぼえ給ひていとほしみ給へる、又さも有べき情なり。此所変化
第七の脈なるが、
やうやうにせまりきて人のうへに及びたり。
心を付べし。
かうしとくおろし給ひて
釈 上に「かうし手づからあげ給ひて」とありし首尾也。ここも手づか
らなるべし。
なごりなくなりにたる
釈 心の中に思ひ残す事なき意を、「なごりなく」といへる也。かくむつ
ましくなりて、心のへだてを残すことと名をあらはさぬを、恨み給ふ也。
うちにいかにもとめ給ふらん
評 ものすごく打しめりゆく院中のけしきに、源氏君もやうやううらが
ヱガ
なしく思ひなり給ひて、帝の御けしきをかしこみ、且六条わたりの事な
ど思ひ出給ふ事、げにさもあるべき人情にて、心もくまぐまを画きたる
がごとし。
うらみいれんもくるしう
釈 かやうの所にしのびありきし給へれば、六条わたりにうらみらるる
もきのどくに尤なり、との意也。
釈 源氏と夕顔とさし向ひといふ意なり。
何心もなきさし向ひを云々
9
拾 此めやすきにくらべて、御息所のあまり心ふかく、見るもくるしき
9
釈 「とりすてばやとぞ」とありしを、ぞをおとせるなるべし。
までなるを、とりすてたき、と也。
夕 顔
キ ミ ガ ワ ル イ *
四〇
むくつけしとの給へど、〽あまのこなればとて、さすがにうちとけ
イめ
源詞 * ン
✚ ぬさま、いとあいだれたり。よしこれも〽われからななり、とうら
ア マ ヘ タ ル 顔 也 マ マ ヨ 我 ユ ヱ ◆
暮 △コノ所ヘ〕
マ ヰ リ 菓 子 みかつはかたらひくらし給ふ。惟光たづね聞えて、御くだ物など参
*
*
キ ノ ド ク △御座 らす。右近がいはんこと、さすがにいとほしければ、ちかくもえさ
*
寄 カ ウ △源ノ〕サグリ △女ノ〕
ふらひよらず。かくまでたどりありき給ふもをかしう、さもありぬ
△アラメ〕
推 量 べきありさまにこそは、とおしはからるるにも、わがいとよく思ひ
△源ニ〕
△我ナガラ〕
イ カ ガ シ ウ
よりぬべかりしことを、ゆづり聞えて、心ひろさよなど、めざまし
*
居 イ ハ ン カ タ ナ ク 静 うぞ思ひをる。たとしへなくしづかなる、ゆふべの空をながめ給ひ
イは て、おくのかたはくらうものむつかし、と女の思ひたれば、はしの
奥 闇 *
5 5
簾 上 ネ コ ロ ビ △互ニカホノ〕
すだれをあげてそひふし給へり。夕ばえを見かはして、女もかかる
5 5
ありさまを、思ひのほかにあやしきここちはしながら、よろづのな
*
*
源ノカタチノ
フ シ ギ ナ メデタキニヨリテ万ノ歎ヲ忘レタル也
カ ハ ユ ラ シ ヒシト げきわすれて、すこしうちとけゆくけしき、いとらうたし。つと御
副 暮 幼 かたはらにそひくらして、物をいとおそろしと思ひたるさま、わか
* 格 子 キ ノ ド ク ナ ハ ヤ ク 下 御 殿 油 う心ぐるし。かうしとくおろし給ひて、おほとなぶらまゐらせて、
源詞 マダヤハリ △ヲ *◆
なごりなくなりにたる御ありさまにて、なほ心のうちのへだてのこ
*
源 心 イ 給 は
5
5 5
内 裏 ドノヤウニ タ ヅ ネ し給へるなんつらき、とうらみ給ふ。うちにいかにもとめさせ給ふ
ん を △御使ノ〕
タヅネユク カタデマニハ△我ナガラ〕
らんをいづこにたづぬらん、とおぼしやりて、かつはあやしのここ
*
ろや。六条わたりにも、いかに思ひみだれ給ふらん。うらみられん
ヘ ン ドノヤウニ ダ ウ リ
キ ノ ド ク ナ ル
一バンニ
出 聞え給
もくるしうことわりなり、といとほしきすぢはまづ思ひ○
*
△夕ノ
△六条ノ〕
ふ。何心もなきさしむかひを、あはれとおぼすままに、あまり心ふ
四一
夕 顔
よひすぐるほどにすこしねいり給へるに
ホコロ
評 此語、さらにめでたし。変化第八の脈なるが、ここにいたりて綻び
て変化を顕はし出されたる筆づかひ、いとめづらか也。さるは、やうや
うに物すごくなりまさりきて、男君も女君もものがなしくしをれ給へる
を、猶けざけざとは顕さずして、すこしねいり給へる夢の中より出し来
ノ
られたるありさま、つゆばかりも透間なきかきざまなり。よくよく味は
ふべし。
いとをかしげなる女ゐて
釈 諸注に、これを六条御息所の怨念なるべく注せられたるは、おしあ
てのひがこと也。そのよしは、余釈に委しく弁へたるがごとし。ただい
とあやしくをかしげなる女の居たることとのみ思ふべし。此院にすめり
けん変化のものの、あらはれ出たるさま也。
かくことなるふる事なき人を
ツレ
玉 ことにすぐれたる所もなき人を也。
ノ
釈 「ゐておはして」は、率て此所へ来給ひて也。
かきおこさんとすと見給ふ
釈 御かたはらに臥たる夕顔君を掻起さんとするさまに、夢に見給ふ也。
釈 「もの」は鬼物をいふ事、既にいへり。上に「夢」といはずして「驚
ものにおそはるるここちして
ワザ
き給へれば」といへるに、さめ給へる意をふくめてまぎらはしたる筆つ
き、いとめでたし。
評 上の「おほとなぶら参らせて」に応ず。変化第九の脈。
火もきえにけり
太刀を引ぬきて
オサ
釈 太刀をぬきて枕上に置給ふは、太刀のいきほひにて鬼物を圧ふる術
なるべし。
わた殿なるとのゐ人おこして
トノヰ
釈 わた殿に、随身・童などの御供の人、此院の預りの子など直宿して
ある事、下にみゆ。
山びこのこたふるこゑ
新 古 今 集 〽打 わ び て よ ば は ん 声 に 山 び こ の こ た へ ぬ 山 は あ ら じ と ぞ 思
ふ。六帖〽つれもなき人をこふとて山びこのこたへするまでなげきつる
かな。
釈「山びこ」は、山響也。ここは山ならねど、いひならへるままにいへり。
手をたたきて人を呼給へば、かなたこなたにひびきて答ふるさま也。変
化第十の脈也。「こたふる」といふに心を付べし。
河 いせ物語に、「みのもかさもとりあへず、しとどにぬれてまどひきに
あせもしとどになりて
けり」。
余 朗云、しとしとの略、今もしとしとといふ。
花 しとどにぬれて也。
釈 心よわく物思ひありげに空を打ながめたる事也。上に「ゆふべのそ
いとかよわくひるも空をのみ見つる物を
らをながめ給ひて」とありし首尾なり。夕顔のさま也。
にしのつまどにいでて云々
釈 西の対より西へ出る渡殿の口の妻戸也。わたどのの火の消たる、い
とものすごし。変化第十一の脈なり。
夕 顔
四二
ぞ脱タルカ
セ ツ ナ キ チ ト 捨 かく、見る人もくるしき御ありさまを、すこしとりすてばやと、思
*
イに ひくらべられ給ひける。よひすぐるほどすこしねいり給へるに、御
◆
宵 過 ジブン *
◆
―
ヨ
ン ナ ゲ 居 己 枕 上 ヒ
まくらがみに、いとをかしげなる女ゐて、おのがいとめでたしと見
*
ナ ン デ モ ナ イ 率 奉るをば、たづねもおもほさで、かくことなることなき人をゐてお
チ ヨ ウ ア イ シ シ ン グ ワ イ ニ はして、ときめかし給ふこそ、いとめざましくつらけれとて、この
*
傍 夕顔 掻 起 △夢ニ〕
魘 御かたはらの人を、かきおこさんとすと見給ふ。物におそはるるこ
*
こちして、おどろき給へれば、火もきえにけり。うたておぼさるれ
*
メ サ メ アヤニクニヒヨンナコトト キ ミ ワ ル ク 4 4
太 刀 抜 置 )
ば、 た ち を ひ き ぬ き て、 う ち お き 給 ひ て、 右 近 を お こ し 給 ふ(。
*
源詞 これもおそろしと思ひたるさまにてまゐりよれり。わた殿なるとの
△御旁へ〕 寄 直
紙 燭 右近詞
宿 起 火ヲサス也 ゐ人おこして、しそくさしてまゐれ、といへ、とのたまへば、いか
源詞 でかまからん。くらうてといへばあなわかわかし、とうちわらひ給
闇 △オソロシ〕
ア ア 若 々 *
手ヲ拍テ人ヲ呼也 響 答 ひて、手をたたき給へば、山びこのこたふるこゑ、いとうとまし。
✚
トノヰ人 夕顔 戦 慄 ド
人はえ聞つけで参らぬに、この女君いみじくわななきまどひて、い
*
ノ ヤ ウ ニ 汗 シ ヤ ウ タ イ ナ キ かさまにせんと思へり。あせもしとどになりてわれかのけしきなり。
右近詞 オ ソ レ アマリナルマデ ウマレツキ 物おぢをなんわりなくせさせ給ふ御本上にて、いかにおぼさるるに
*
源心 △アラン〕
コ コ ロ ヨ ワ ク か、と右近も聞ゆ。いとかよわくて、ひるもそらをのみ見つるもの
詞 起 を、いとほしとおぼして、われ人をおこさん。手たたけば、やまび
このこたふる、いとうるさし。ここにしばしちかくとて、右近をひ
△ヨリテ ヲレ
*
妻
戸
開
西
きよせ給ひて、にしのつま戸にいでて、とをおしあけ給へれば、わ
渡
火
た殿のひもきえにけり。風すこしうちふきたるに、
人はすくなくて、
四三
9
夕 顔
釈 「子の」とあるのもじ、一本になきは、おちたる也。さて此「あづ
此院のあづかりの子の
かりの子」は、院あづかりの子なること論なし。然るを、細流に「前に﹃お
ほい殿にもしたしうつかうまつる﹄などいひし者也」とあるは、たがへり。
御こたへしておきたれば
釈 この「起きる」は、預りの子一人のみなるべし。さらでは「こわづくれ、
とおほせよ」とあるにかなはず。下文もすべて預りの子一人と聞えたる
をや。
湖 弓の弦を打ならせ、と也。悪鬼のおそるる故也。
つる打して
釈 いはゆる鳴弦の術也。上に「太刀をぬきて」とありし照応なるべし。
「こわづくる」は、絶ず声をして人ある事を示すなるべし。
惟光の朝臣の
ニ
ノ
ノ
評 惟光を省きたるは、殊更にあわてさわぎ給ふ事をいはんとてなるべ
し。いと巧みなり。
ノ
新 宮中の滝口てふ所に侍らふもののふ也。
滝口なりければ
二
一
置衆、若十人若二十人、随 時儀 云々」。ここの意は、かく申者は滝口
釈 拾芥抄云、「滝口本所、在 二御所近辺 一。清涼殿艮辺歟。寛平御時、被
レ
の武士なりければ、弓弦をにつかはしく打ならして、といふ意也。預り
ヲ
テ
ク
シ
ハ タ
ソ
源順」
。
がざうしの方へいぬるは、
火を取来んためなる事、
次の文にてしられたり。
火あやふし
ム
河 本朝文粋云、「夜行翁、夜々警 火
旧府中、呼曰火︲危彼誰何
レ
ノ
ノ
釈 今世に火用心といひていましめありくことのごとし。
あづかりがざうしのかたへ
9
カタヘ
4
釈 「かたへに」とある本はわろし。これは預りが曹子にゆきて火を取
来べきためにいぬるなれば、傍にゆきて何をかせん。又「いぬる也」と
あるも言の格たがへり。「いぬ也」と有に随ふべし。
名だいめん
花 亥の一刻に、内豎、時の札を奏す。其後、侍臣のなだいめんあり。
なだいめんとは、名謁を云。殿上に御とのゐしたる侍臣、たがひに名を
シ
謁と同じき也。滝口二十人あるもの也。いづれも亥の刻の事なれば、「い
とはれて名のる也。此次に滝口のとのゐ申あり。とのゐ申といふも、名
たくもふけぬにこそは」とかけり。
細 此火ともしに行たる間に、禁中の事などおぼしやる也。前に「うち
にいかにもとめさせ給ふらんを云々」とあり。此心より、かやうの事に
評 この御説のごとし。物のわびしきにつきて、いよいよ禁中をおぼし
ふれても思ひやり給ふ也。
出る情、さもあるべし。
釈 変化第十二段の脈。
きつねなどやうの物の云々
けおそろしう
湖 けしきおそろしき也。
ひきおこし給ふ
万 右近を引起し給ふ也。
わかびたる人にて云々
湖 心をさなき人にて、気をとられぬる、と也。
釈 「ものに」は、鬼物に也。
夕 顔
侍 寝 *
四四
さふらふかぎりみなねたり。この院のあづかりの子の、むつましく
随 身 つかひ給ふわかきをのこ、またうへわらはひとり、例のずゐじんば
若 男 上 童 一 人 源詞
*
紙 燭 召 起 ト モ シ テ かりぞ有ける。めせば御こたへしておきたれば、しそくさしてまゐ
*
◆
イおと 弦 打 声 イ ヒ ツ ケ ヨ れ。随身もつるうちしてたえずこわづくれ、とおほせよ。人ばなれ
*
キ ヲ ユ ル シ テ 寝 来 △イ
たる所に、心とけていぬるものか。惟光の朝臣のきたりつらんは、
預りの子詞 カガセシ〕問 侍 仰 言 暁 ととはせ給へば、さふらひつれど、おほせごともなし、あかつきに
迎 退 出 御むかへにまゐるべきよし申てなんまかで侍りぬる、と聞ゆ。この
*
如 此 滝 口 弓 弦 ニ ツ カ ハ シ ウ 打
かう申すものは、たきぐちなりければ、ゆづるいとつきづきしくう
*
*
曹 子 イに ちならして、火あやふしといふいふ、あづかりがざうしのかたへい
鳴 危 イ ヒ ナ ガ ラ ヘ ヤ ノ 方 イる 源心 *
対 面 名 過 直 ぬなり。内をおぼしやりて、なだいめんはすぎぬらん。滝口のとの
ゐまうし、今こそとおしはかり給ふは、まだいたうふけぬにこそは。
宿 奏 更 △アル
ラメ
△モトノ所ヘ〕
探 モ ト ノ マ マ ニ 臥 かへりいりてさぐり給へば、女君はさながらふして、右近はかたは
✚
源詞 *
俯 伏 臥 此 何 ア ア 狂 オソレ らにうつぶしふしたり。こはなぞ。あなものぐるほしのものおぢや。
*
荒 狐 気 あれたる所は、きつねなどやうの物の、人おびやかさんとて、けお
怖 オ レ 威 そろしう思はするならん。まろあれば、
さやうの物にはおどされじ、
* 右近詞 △右近ヲ〕
起 ア ン マ リ 俯
゛心ちのあしう侍れば、う
とてひきおこし給ふ。いとうたて、みだり
伏 臥 夕 顔 也 ナサケナイコトニ つぶしふして侍るなり。おまへにこそわりなくおぼさるらめ、とい
源詞 へば、そよ、などかうは、とてかいさぐり給ふに、いきもせず。ひ
ソ レ ヨ 何 如 此 △モノオヂ 掻 探 息 シ玉フ〕
ン
グニヤグニヤト
シ ヤ ウ タ イ モ ナ キ
動
きうごかし給へど、なよなよとして、我にもあらぬさまなれば、い
*
✚
鬼 物
シ カ タ
幼
といたくわかびたる人にて、ものにけどられぬるなめり、とせんか
四五
近き御几帳をひきよせて
夕 顔
湖 源のみづから引よせて、女君をへだてて滝口をめす也。
ツツシ
釈 「つつましさに」は、「慎ましさに」といはんがごとし。恐多さに、
つつましさになげしにも
といふ意也。「長押」は、上段の間のかまち也。
所にしたがひてこそ
湖 礼儀をなすも所によるぞ、と也。
おもかげに見えてふときえうせぬ
此 語、 め で た し。 火 の 光 に つ き て 変 化 の 物 の 立 か く れ た る さ ま 也。 こ
れらすべて、源氏君の御心がらなる理を思ひて「おもかげに」といへる、
ノ
かへすがへすめでたし。心をつくべし。変化第十三段の脈なり。
ノ
釈 旧注に、寛平法皇、京極御息所と河原院にいでましけるに、融公の霊、
むかし物語などにこそ
たたりをなしたる事など引れたれど、例のいかが。只昔物語にかやうの
事はきけ、今の世にはめづらし、といふ意とのみ見てあるべし。下に「法
師などをこそ云々」とあるを、浄蔵が加持したる事にあてられたれど、
それもいかが也。されど、其文は余釈に引出て論じつ。
釈 この段、詞おちたるかと思へど、さしもあらず。例の打かへしたる
いはんかたなし云々
文法とおぼし、試に甲乙丙丁のしるしをつけたるに随ひて、事の意をさ
とるべし。
湖 前に「まろあれば、さやうの物にはおどされじ」との給ひし事也。
さこそ心づよがり給へど
釈 うれひをはらしやるかたなくて也。
やるかたなくて
けはひものうとくなりゆく
釈 夕顔のけはひの生たる人とはかはりてゆくを、「物うとく」とはいへ
る也。諸抄に三魂七魄の事などいはれたる、いといと不用なれば略きつ。
南殿のおにの云々
ニ
湖 此おとどは貞信公也。
河 世継云、「いずれの御時とは覚え侍らず。思ふに、延喜朱雀院の御ほ
どにこそは侍りけめ。宣旨うけ給はらせ給ひて、おこなひに陣の座にお
はします道に、南殿の御帳のうしろのほどとほらせ給に、もののけはひ
して、御剣の石づきをとらへたりければ、いとあやしくてさぐらせ給ふ
なりけり﹄といとおそろしう思しめしけれど、おくしたるやうに見えじ
に、毛はむくむくとおひたる、手の爪ながく刀のはのやうなるに、﹃鬼
と念ぜさせ給ひて、﹃おほやけの勅定承りて、さだめに参る人とらふるは、
紙 燭 四六
ノ ナ イ △預ノ子〕
動 たなきここちし給ふ。しそくもて参れり。右近もうごくべきさまに
*
源詞 もあらねば、ちかき御几帳をひきよせて、なほもてまゐれとの給ふ。
*
近 マ ダ モ△チカク〕
*
ツ ネ 甲
乙 長
れいならぬことにて、おまへちかくもえ参らぬつつましさに、なげ
源詞 しにもえのぼらず。なほもてこや。ところにしたがひてこそ、とて
押 上 マ ダ モ 持 来 ヨ 所 △辞退 モセメ 召 寄 夕顔ノ 枕 モ ト *◆
めしよせて見給へば、ただこのまくらがみに、夢に見えつるかたち
*
イば チヤット 消 失 したる女、おもかげに見えてふときえうせぬ。むかしものがたりな
珍 奇 キ ミ ワ ル 先
どにこそ、かかる事はきけ、といとめづらかにむくつけけれど、ま
イは 夕顔 △ワガ づこの人いかになりぬるぞ、とおもほす心さわぎに、身のうへもし
られ給はず。そひふして、ややとおどろかし給へど、ただびえにひ
コリヤコリヤ
ヱ ラ ヒ エ 副 臥 *
乙
息 ハヤク 丁 えいりて、いきはとく絶はてにけり。いはんかたなし。たのもしく
法 師 *
いかにといひふれ給ふべき人もなし。ほうしなどをこそは、かかる
丙
言 触 方 甲 サウ ゲ ン キ バ リ かたのたのもしきものにはおぼすべけれど、さこそ心づよがり給へ
*
若 △夕顔ノ〕
死タルコト也 遣 方
ど、わかき御心ちにていふかひなくなりぬるを見たまふに、やるか
源詞 イいと ヒ シ ト 抱 吾 君 生 出 カ ナ シ キ たなくて、つといだきて、あがきみいきいで給へ、いみじきめな見
*
冷 入 ケ シ キ 疎 せ給ひそ、との給へど、ひえいりにたれば、けはひものうとくなり
ア ア オ ソ ロ シ ゆく。右近はただあなむつかし、と思ひけるここちみなさめて、な
*南 殿 泣 惑 紫 宸 殿 也 鬼 貞 信 公 也 大 臣 きまどふさまいといみじ。なんでんのおにの、なにがしのおとどを
*
哭 声
ギ ヤ ウ サ ン ナ
アアヤカマシ
夜
急
忙
呆
禁
四七
いさめ給ひて、いとあわたたしきに、あきれたるここちし給ふ。こ
也
らになりはて給はじ。よるのこゑはおどろおどろし。あなかま、と
*
先 蹤 死ルコト
おびやかしけるためしをおぼしいでて、心づよく、さりともいたづ
源詞 何物ぞ。ゆるさずはあしかりなん﹄とて、御太刀を引ぬきて、これが手
0
*
をとらへさせ給へりければ、まどひてうちはなちて、うしとらのすみざ
まへまかりけり云々」。
さりとも
湖 南殿のおにもおとどにけさくなしたれば、源も夕の身くるしからじ、
0
との給ふ也。※「おとどにけさくなしたれば」は不審。湖月抄版本では
「おととにけさゝなしざれは」︵=大臣に祟らなかったので︶と読める。
釈 夜の泣声は高く聞ゆる物なれば、「おどろおどろし」といへり。
よるの声はおどろおどろしく
いとあわたたしきに
湖 右近をばいさめ給へども、源氏の、我もあきれ給ふ也。
釈 「あわたたしき」は、あわてたるさま也。
夕 顔
夕 顔
湖 惟光にはやくまゐれと云付て、人をつかはせ、と滝口にのたまふ詞也。
いへとおほせよ
釈 惟光が兄の阿闍梨と上に見えし人也。「なにがし」は、例の名をいふ
なにがしのあざり
所なるをかくしたる也。「そこに物する」とは、惟光のやどれる所にあ
ノ
らばといふ意也。大弐乳母の家なるべし。さてこれは上の「ほうしなど
をこそは、かかるかたのたのもしきものにはおぼすべけれ」といへる脈
にて、呼来りて加持などせさせんため也。
評 かくあわたたしき事の中に、尼君の思はん所までつつみ給ふさまに
あま君などのきかんに云々
かかれたる、いと委しくいとめでたし。
新 春海考るに、「むくむくし」は「むくつけき」を略して重ねいへる也。
むくむくしさ
「あざやかなる」を略して「あざあざ」といへると同じ。
ハタラ
釈 「略して」といへるはいかが也。「むくつけき」のむくと同語なるが、
活きざまのかはりたる也。
シ
釈 上に「滝口のとのゐ申、今こそ」と有し脈にて、やうやう更行たる
夜中も過にけんかし
さま也。変化第十四の脈。
釈 上に「風すこし打ふきたるに」と有し脈にて「あらあらしう」といへり。
風のややあらあらしう吹たるは
釈 夜のふけしづまれるに、風のあらく吹て松にあたる音は、げにいと
松のひびきこぶかく聞えて
木深くものすごく聞ゆべし。故に「まして」とはいへる也。
ノ
キ
二
ノ
ニ
一
ル
二
ノ
ニ
一
湖 「けしきある」は、ただならず一けしきある也。「から声」は、聞な
けしきある鳥のから声に鳴たるも
シ
リ
河 余 白氏文集第一凶宅詩に、「梟鳴 松桂枝 、狐蔵 蘭菊叢 、蒼苔黄
れずからびたるなり。
ノ
葉地、日暮多 旋
風 、
前主為 将
相 、
後主為 公
卿 一」。
二
二
一
一
二
弄 「山にすむふくろふはこれにや」と河内本に有。面白し云々。
キ
ノ ニ
釈 案に、
「山にすむ」といふ事ありては、中々に此詩にはかなひがたし。
9
など文集にいへる鳥はこれにや」と、始めておぼせるよし也。貴人のさ
猶考ふべし。詩の語を思ひたるかたにていはば、「かの﹃梟鳴 松
桂枝 一﹄
二
4
ま書得られたりと覚ゆ。さて「おぼゆ」と有は、「おぼす」を写し誤れるか。
源氏君の思ひ給ふ事なれば、必しか有べくおぼゆ。
釈 「はかなき」は、人少くあれたる所なる故にものはかなき也。
はかなきやどりは
わななきしぬべし
釈 「わななき」は、ふるふさま也。ふるひ死るかともみゆるばかりな
る意也。
評 「またたき」といへる、めでたしともめでたし。火のあかくくらく
火はほのかにまたたきて
きらめくを、変化の段なる故に「またたき」とたとへたる也。この所、
変化十五段の脈にて、つひに結びはてたる所也。かれ物凄くおそろしき
けしき、いよよますますはなはだし。
クマ
釈 「上」也。「紙」にあらず。屏風の上のあきたる所、隈ありと見えて
屏風のかみ
クマ
おそろしげなる也。「くまぐまし」は、しか隈ありと見ゆるさまをいふ。
例の形容の辞なり。さてここは見ゆるにとある本をまされりとすべし。
「火はほのかにまたたきて」といふ語の末なれば、「見ゆる」といふかた
ことわり也。
物のあしおとひしひしと
拾 万葉長歌に、「この床のひしとなるまでなげきつるかも」。
釈 これはひしといふ事の類例也。さて物の足音ひしひしとふみならし
て、うしろの方よりよりくる心ちするは、むくつけき事のかぎりにて、
いたくわびしきさまを書はてたる也。
うしろよりよりくるここちす
余 朗云、よりのかさなりたるかたよからん。其有様ひとしほ思ひやらる。
源詞 5
5
5 5
預リノ子ノ滝口也 召 フ シ ギ ニ 鬼 魘 四八
のをとこをめして、ここにいとあやしう物におそはれたる人の、な
やましげなるを、ただ今惟光のあそんのやどれる所にまかりて、い
悩 ユ キ *
*
阿 闍 梨 イ ヒ ツ ケ ヨ 其 所 そぎまゐるべきよしいへ、とおほせよ。なにがしのあざり、そこに
細
*
大弐の乳母
来 ヒ ソ カ ニ 尼 君
ものするほどならば、ここにくべきよししのびていへ。かのあまぎ
也 ギ ヤ ウ サ ン ニ シノビアリキ みなどのきかんに、おどろおどろしくいふな。かかるありきゆるさ
心 塞 夕顔 ぬ人なりなど、物の給ふやうなれど、むねはふたがりて、この人を
為 成 △カナシウ ツ ケ *
*
むなしくしなしてんことの、いみじくおぼさるるにそへて、おほか
*✚
細
いふせくおそろしき也 たのむくむくしさ、たとへんかたなし。夜中もすぎにけんかし。風
*
のややあらあらしう吹たるは、まして松のひびきこぶかく聞えて、
荒 荒 木 深 *
けしきある鳥のからこゑになきたるも、ふくろふはこれにやとおぼ
キ キ ナ レ ヌ 枯 声 鳴 梟 △アラン〕
ヒトフシカハツタ すカ 源心 湖 人 気 遠 く 也 ゆ。うちおもひめぐらすに、こなたかなたけどほくうとましきに、
マ ハ ス △モ △モ 疎 *
△モ ド ウ シ テ 悔 *
人声せず。などてかくはかなきやどりはとりつるぞ、とくやしさも
△オソロシサニ〕
ヒタト ヒッツキ やらんかたなし。右近はものもおぼえず、君につとそひ奉りて、わ
*
戦 慄 死 ド ウ ナ ラ ウ 空 △右近ヲ ななきしぬべし。またこれもいかならん、と心そらにてとらへ給へ
*
源 氏 カ シ コ イ フ ン ベ ツ ス ル カ
り。われひとりさかしき人にて、おぼしやるかたぞなきや。火はほ
*
ス カ ピ カ ピ カ シ テ 母 屋 サカヒ 上 のかにまたたきて、もやのきはにたてたる屏風のかみ、ここかしこ
イ おぼえ給ふに イよりナシ
*
隈 々 △ナニヤラ 足 音 メ キ メ キ 踏 鳴 のくまぐましく見ゆるに、もののあしおとひしひしとふみならしつ
* つ、うしろよりよりくる心ちす。これみつとくまゐらなんとおぼす。
後 寄 来 疾 マ ヰ レ カ シ 湖しのびありきなるべし
四九
所
定
ウ チ
明
在
ありかさだめぬものにて、ここかしこたづねけるほどに、夜のあく
釈 もののわびしくむくつけきにつけて、惟光を待かね給ふさま、げにさもあるべし。
とくまゐらなんとおぼす
夕 顔
夕 顔
ちよをすぐさん心ちし給ふ
釈 後 拾 遺 〽く る る ま は 千 歳 を 過 す 心 ち し て ま つ は ま こ と の 久 し か り け
り。此歌などをおもひてかかれたるなるべし。されば、ここの「ちよ」
は、千代の意なり。湖月本「千夜」とかけるはひがこと也。
からうじて鳥の声聞ゆるに
釈 鳥のこゑ聞ゆるにつきて、すこし御心のしづまるにつけて次々の事
を思ひ出給ふさま、げにいとことわり也。
ノ
評 この所、変化の段の終也。そもそも此変化の様、此院中へかかり来て、
らし」と書出られたるより、次々にそのけしきをあらはし、かつ源氏君
「あれたる門のしのぶ草しげりて、見あげられたる、たとしへなくこぐ
のおぼす心などかたみにくはしく書出られたるが、やうやうにあやしく
なりまさりて、つひに夢の中よりへんぐゑの女あらはれたる、其なごり
ますますものすごくして、源氏君のあわて給ふさまのいとせはしきを、
つゆのなんなく書とられたるは、いといとめづらかにめでたき筆つきと
いふべし。よくよく心をつけてよみあぢはふべくなん。
いのちをかけて何の契に
釈 いかなる前世の宿因ありて、命をまでかけてかくくるしきめを見る
事ならん、とおぼすよし也。
おふけなくあるまじき心の
細 藤壺に心かけ給ふ事の空おそろしきむくいか、とおぼす也。
しのぶとも世にある事かくれなくて
釈 かかるぞげに世中のありさまなる。
旧注に中庸を引たるはことごとし。
よからぬわらはべのくちずさみ
釈 後世にいはゆる京童のくちずさみ也。ふるき諺なりしにこそ。
湖 かやうにうき聞え、ありありてのはてはては、と也。
ありありて
イは *
五〇
*
ア ヒ ダ 久 千 世 ヤ ウ ヤ ウ ノ コ ト デ 鶏 るほどのひさしさ、ちよをすぐさんここちし給ふ。からうじてとり
*
◆
の声はるかに聞ゆるに、いのちをかけてなにのちぎりにかかるめを
*
命 繋 宿 縁 △クルシキ〕
好 色 ノ ス ヂ 也 モ ッ タ イ ナ ク 見るらん。わが心ながら、かかるすぢにおふけなくあるまじきここ
*
報 ア ト サ キ ニ ナ イ 例 成 ろのむくいに、かくきしかたゆくさきのためしとなりぬべきことは
ン *
カ ク ス 隠 内裏 あるなめり。しのぶとも世にあることかくれなくて、内にきこしめ
*
世ノヒト 童 されんことをはじめて、人の思ひいはん事、よからぬわらはべのく
ン 口 号 タ ワ ケ ガ マ シ キ ちずさびになりぬべきなめり。ありありてをこがましき名をとるべ
*
かあかつきといはず、御心にしたがへるものの、こよひしもさぶら
ヤウヤウノコトデ 夜 中
きかな、とおぼしめぐらす。からうじて惟光の朝臣まゐれり。よな
評 惟光を帰らしめたるは、源氏君のあわたたしさをつよくかかん為な
からうじて惟光のあそん参れり
暁 順 今 夜 ニ カ ギ リ テ 侍 トラ
5
5
5
チヨットニ
4
4
乙 シ バ ラ ク ハ 留 泣 猶 予 5
ト
△イカニ
比叡山也
*
△ソハ〕
珍 奇 五一
り。まづいとめづらかなることにも侍るかな。かねてれいならず御
例 よといひやりつるは、とのたまふに、きのふ山へまかりのぼりにけ
*
惟光詞 誦経ナドノコト也 立 ヨ ベ ヨ
のことどもせさせん。ぐわんなどもたてさせんとて、あざりものせ
願 阿 闍 梨 ニハカ 為 ある。かかるとみの事には、ずきやうなどをこそはすなれとて、そ
*
誦 経 キ モ ノ ツ ブ レ タ ト 余 ここにいとあやしき事のあるを、あさましといふにもあまりてなん
ける。とばかりいといたくえもとどめずなき給ふ。ややためらひて、
惟光 息 伸 りけるに、この人にいきをのべ給ひてぞ、かなしきこともおぼされ
*
甲
カ シ コ ガ リ △右近ヲ〕
泣 堪 なくを、君もえたへ給はで、われひとりさかしがりいだきもち給へ
*
惟 光 △来リシ〕
最 初 右近たいふのけはひきくに、はじめよりのこと、うち思ひ出られて
*
召 入 ハ リ ア ヒ ナ キ ニ しいれて、のたまひ出んことのあへなきに、ふと物もいはれ給はず。
*
召 マ デ 怠 憎 △ハ はで、めしにさへおこたりつるを、にくしとおもほすものから、め
ること、上にいへるがごとし。ここにいたりて出来らせたるは、末々の
事どもを執せんため也。作者の用意、こまやか也。
ふとものもいはれ給はず
評 源氏君のさま、打見るがごとし。
右近たいふのけはひきくに云々
釈 右近、これみつの来りしけはひをききて、その初、惟光がたばかりて、
源氏君を夕顔の宿へかよはせそめ参らせし事を思ひ出る也。さてその事
どもは、上に「くだくだしければれいのもらしつ」とて略きたる中にこ
もりたる事也。然るを、細流に「惟光がわが懸想人にしてありきし事を
思出たる也」とあるは、いささか違へり。
釈 語脈甲乙のごとし。えたへ給はで、とばかりなき給ふ、といふ落着
えたへ給はで
なる中に、そのさまをいへる也。
此人にいきをのべ給ひてぞ
ノ
釈 惟光が参りしによりて打くつろぎ給ひて、といふ意をかくいへる也。
評 此語、いといとめでたし。今まではとかくしひてさかしがり給ひしを、
惟光にゆづらひたるここちして、かなしきをおぼえ給ふさま、人の情を
ゑがけるがごとし。「とばかり」といひ、「ややためらひて」といへるな
ど、さらにめでたし。
釈 或抄に、「邪気を退けんために経をよまする事也」といへり。かつは、
ず経などをこそすなれ
いき出んためのいのりにも有べし。
きのふ山へまかりのぼりにけり
釈 「山」とのみいふは、すべて比叡山のことなり。これにて、あざり
は比叡山の僧なることしられたり。
細 夕顔の上は、自然かねて違例などせし事の有か、と也。
かねて例ならず
夕 顔
おのれもよよとなきぬ
夕 顔
釈 源氏君の泣給ふを見奉り感じて、惟光も、よにいはゆるもらひ泣を
河 君によりよよよよよよとよよよよとねをのみぞなくよよよよよよと
するさま也。
六帖
釈 「よよ」はなく音也。
カカ
新 万葉に
「ももとせに老舌出てよよむとも」
とよみて、
なく時の口つき也。
ノ
さいへど云々
釈 此「さいへど」は「たのもしかりけれ」へ係る意にて、「云々の人こ
そ、かかるもののをりふしは、さいへどたのもしかりけれ」といふ意に
て、例の文法也。玉小櫛に「必しも上にうくる事なくてもいふ詞也」と
あるは、ひがこと也。上を受る事なくて「さいへど」とはいふべくもなし。
とある事も
玉補 「かかる事も」といふを略きたるなり。
シム
釈 「塩じむ」は、度々事に出あひて功者なる事也。塩の物に染をもて
しほじみぬる人こそ
たとへたり。
くゑんぞく
余 涅槃経云、
「我及眷族」。史記礬噲伝、
「大臣誅 諸
呂須婘属 、
索隠曰、
二
一
婘音眷」。
釈 従類の事也。
釈 或抄云、山寺には死人をあつかふ事多ければ、まぎれんと也。
山寺こそ
釈 惟光のしばらく思案するさま也。いと委し。
思ひまはして
むかし見給へし女房の
カレ
ウツ
釈 此詞、惟光があひたる女のごとく聞ゆれども、下文のさまさはあらず。
いふ意也。
故、見知タルと訳せり。「尼にて侍る」は、尼になりたるが住て侍ると
ちちの朝臣のめのとに侍りしものの
釈 惟光が父の乳母なりし女の、年よりて尼になりて住たる也。
みつはぐみて
巴 此詞、青表紙になしと云々。
ヅ
ハ
サ
ス
河 年ふればわが黒髪もしら川のみつはくむまでおいにけるかな 後撰
ミ
ミツ ハ
新 今昔物語旧本十三増賀法師の事いふ条に云、「美豆波左須やそぢあま
りのおいのなみくらげのほねにあふぞうれしき」。かくもあれば、「三歯
さす」ともいふ也。老て歯のまばらに落て、上のは下のはと、三 ツさし
合ひくみあふやうなるをいへり。三輪と覚えていふ説は、皆誤なり。右
ラ
にも「美豆波」とこそ書たれ。かの檜垣の嫗がよめる事も同じ云々。
釈 新釈の説も、なほいかがあらん。此詞、とにかくに知れがたし。た
だ年老たるさまとのみ心得てあるべし。諸説は余釈にいへり。さて、ひ
がき女が集には、此歌初句「老はてて」、二句「髪は」、末句「なりにけ
るかな」と有。やまと物語には、初句「うば玉の」とあり。
万 かこかことしたるといふ心也。
かこかに
河 四囲ともいふ。かこめる心也。
湖師 今俗に、かんごりとしたるといふ心也。
うはむしろにおしくくみて
ヂキ
ス
テ
ヲ
バ
ム
ササナミ
ヲ
湖 惟光夕顔を直にいだくは、恐ある故に筵にてつつみたる也。
ノ
サ
孟 弘仁八年八月、従三位橘朝臣常子薨。以 席
裏 屍
。
レ
レ
釈 「上席」は、うへにしくむしろ也。
サ
新「ささ」とは惣てちひさきことをいふ。「小竹葉」「小波」などの類多し。
ささやか
釈 源氏君はえいだき給ふまじければ、惟光車にいだきのせたるものか
したたかにしもえせねば
ら、なほ力なくて思ひのままにえとりつくろはぬを、「したたかにしも
えせず」とはいへる也。さばかりの人の、事におりたたれたるさまを、
いとよくうつしかかれたり。
夕 顔
源詞 五二
心ちの物せさせ給ふことや侍りつらん。さることもなかりつ、とて
ノ *
なき給ふさま、いとをかしげにらうたく、見奉る人もいとかなしく
泣 ア イ ラ シ ク 惟光 * ✚
*
4 4
惟光ノ己也 泣声也 フ ケ て、おのれもよよとなきぬ。さいへど年うちねび、世中のとあるこ
* △ カ カ ル コ ト モ 〕 功 者 ナ ル △ カ ヤ ウ ノ 〕 源
ともしほじみぬる人こそ、もののをりふしはたのもしかりけれ。い
氏 モ 惟 光 モ 右 近 モ ノ 意 也 若 ド ウ シ イハウヤウモセウヤウモ づれもいづれもわかきどちにて、いはんかたもなけれど、この院も
✚
フ ツ ガ フ ナ ル 院守 一 人 りなどにきかせんことは、いとびんなかるべし。この人ひとりこそ
*
眷 属 △源氏ニ〕
漏 むつましうもあらめ。おのづから物いひもらしつべき、くゑむぞく
源詞 交 先 マ セ ヨ ジヤトイフテ
もたちまじりたらん。まづこの院をいでおはしましねといふ。さて
惟光詞 これより人ずくななる所は、いかでかあらんとの給ふ。げにさぞ侍
少 ド ウ シ テ ウ イカサマ サヤウデ 細 夕顔ノ宿也 堪 泣 惑 らん。かのふるさとは、女房などのかなしひにたへず、なきまどひ
侍らんに、となりしげくとがむるさと
゛人おほく侍らんに、おのづか
隣 家 繁 咎 里 * * *詞 △世間ニ〕
マダシモ 葬ノ事也 自 然 行 らきこえ侍らんを、山でらこそ、なほかやうのことおのづからゆき
*
雑 紛 シバラク思案シテ也惟光ノ体也 昔 ミ シ リ タ ル
まじり、ものまぎるる事侍らめ、と思ひまはして、むかし見給へし
辺 △住テ〕
東 △夕顔ヲ 拙 者 ガ 父
女房の尼にて侍る、ひんがし山のへんに、うつし奉らん。惟光がち
*✚
ち の 朝 臣 の め の と に 侍 り し も の の、 〽み づ は く み て す み 侍 る な り。
*✚
乳 母 ト シ ヨ リ テ 住 イかこやか △ソノ〕
あたりは人しげきやうに侍れど、いとかこかに侍りと聞えて、あけ
✚
*
ジ ブ ン 寄 夕顔 △源ハ〕
抱 はなるるほどのまぎれに御車よす。この人をえいだき給ふまじけれ
*
ば、うはむしろにおしくくみて、惟光のせ奉る。いとささやかにて、
*
上 席 ツ ツ ミ △車ニ〕
細 小 アイラシゲ
シ ツ カ リ ト モ
髪
疎
うとましげもなくらうたげなり。したたかにしもえせねば、かみは
△車ノ外ヘ〕
目クラミ
メ ツ サ ウ ニ
葬
こぼれ出たるも、めくれまどひてあさましうかなしとおぼせば、な
五三
釈 語脈、点のごとし。
はや御馬にて云々
右近をそへてのすれば
夕 顔
玉 此「れば」といふ詞、下にかかる所なし。いかが。
釈 げに誤脱あるべく見えたり。ればの二もじ、しばらく仮に省きつ。
此所一本に、「かちより、君に馬は奉りて、くくり引あけなどして、か
つは云々」とあり。いづれにしてもみだれたるなるべし。
くくりひきあげ
スソ
釈 さしぬきの裾のくくりといへるかた、よろし。
ノ
ル
ニ
。
云」
云
釈 源氏君の御なげきのいみじきを見奉れば、いとほしくて、我身をす
御けしきのいみじきを
ノ
ててならはぬおくりつかうまつるさま也。
御帳
ハ
釈 和名抄「釈名云、帳、猪高反此間音長、張也。施 張
於床上 也
一
二
釈 同車にてゆくべかりしものを、などてゆかざりつらん、もし生かへ
などてのりそひてゆかざりつらん云々
ちせん」といへるなり。これを夕顔の心と見たる注はわろし。「見すて
りたらば、心ざしの浅かりしとや思はん、と思ひ給ふを、「いかなる心
ていきわかれにけり、とつらくや思はん」とあるが、夕顔の心を思ひや
り給へるなり。
御ぐしもいたく云々
湖 頭痛熱気など、夕顔の愁傷のみならず、もののけの心もあるにや。
釈 下に物のけのなごりにて煩ひ給ふ事をいはんとて、ここに先 ツかく
打いでておく也。事をにはかにせぬ筆づかひ思ふべし。
ノ
9
9
おほいとのの君だちあまた
釈 さもあるべし。
玉補 此上にとてといふ詞あるべし。おちたるならん。
玉 これすなはち、内よりの御使に参り給へる也。下に「さらばさるよ
しをこそ奏し侍らめ」とあるにてしらる。
たちながらこなたに
釈 穢にふれ給へる故に、人を座せしめず立せながら簾ごしにものの給
ふ也。この下に「けがらひありとのたまひて、まゐる人々も、みなたち
ながらまか ンづれば」とあるにて知られたり。
夕 顔
五四
*
惟光詞 ノ リ竟ルサマヲ也 乙
*
りはてんさまを見んとおぼせど、はや御馬にて二条院へおはしまさ
な ん。 人 さ わ が し く な り 侍 ら ぬ ほ ど に、 と て 右 近 を そ へ て の す。
*
甲
△夕顔ニ〕
乗 △夜アケテ〕
ウ チ イを 5
5
5
*
也 引
上
惟 光 歩 行 指 貫 ノ 括 ククリ
れ ば 君 に 馬 は 奉 り て、 わ れ は か ち よ り く く り ひ き あ げ な ど し て 出
5
半 分 ハ オモヒガケナキ ノベオクリ △源ノ〕
オ キ ノ
たつ。かつはいとあやしくおぼえぬおくりなれど、御けしきのいみ
ド ク ナ ウ
じきを見奉れば、身をすててゆくに、君はものもおぼえ給はず、わ
湖
二条院の人々也 ツツトモナキ △二条院ヘ〕
着 カ ヘ リ れかのさまにておはしつきたり。人々いづこよりおはしますにか、
*ミ 御 不 例 サ ウ ニ △源ハ〕
なやましげに見えさせ給ふなどいへど、御帳のうちにいり給ひて、
*
源心 イい 胸 押 カ ナ シ ナ ニ ト テ △車ニ〕
△ハ 往
むねをおさへて、思ふにいといみじければ、などてのりそひてゆか
ざりつらん。いきかへりたらむ時、いかなるここちせん。見すてて
△夕顔ノ〕甦 生 △夕顔ガ〕
往 別 ナサケナク *
いきわかれにけり、とつらくや思はん、とこころまどひの中にもお
イ 給 て ぼすに、御むねせきあぐるここちし給ふ。御ぐしもいたく、身もあ
胸 コ ミ ア ゲ ル 頭 痛 熱 苦 惑 乱 ワ ヅ ラ ヒ つき心ちして、いとくるしくまどはれ給へば、かくはかなくて、わ
ン 5 5
5
ム ナ シ ク 起 れもいたづらになりぬるなめり、とおぼす 日たかくなれど、おき
5 5
上 フ シ ギ 粥 ス ス メ あがり給はねば、人々あやしがりて、御かゆなどそそのかし聞ゆれ
禁裏 使 ど、くるしくて、いと心ぼそくおぼさるるに、内より御つかひあり。
玉補とて*
*
昨 日 △帝ノ 左 大
きのふもえたづね出奉らざりしより、おぼつかながらせ給ふ。おほ
イ
あまたナシ ノ 臣 立 此
い殿の君だちあまたまゐり給へど、頭中将ばかりを、たちながらこ
源詞 なたに入給へとのたまひて、みすのうちながらの給ふ。めのとにて
サ ツキ
方 御 簾 内 乳 母 重
病
侍るものの、この五月ころほひより、おもくわづらひ侍りしが、か
頭
戒
受
験
蘇
生
剃
しらそりいむことうけなどして、そのしるしにやよみがへりたりし
五五
えいであへで
孟 家内を出さずして也。
夕 顔
釈 案に、一本に「いきあへで」とあるかたよろし。
おぢはばかりて
湖 源氏のゐ給ふにより、それをはばかりて日を暮して遅く出したる、
と也。
聞つけ侍しかば
湖 源の聞給はぬは大事なけれども、聞つけ給ふ故穢れたり、と也。
釈「大事なけれども」
といへるはわろし。
聞ぬはせんすべなきにこそあれ。
ノ
花 夕顔上のうせ侍る事は、八月十六日の事也。九月は斎月にて、一日
神事なる比は
ハ
ブ
キ
スレバ チ
ル
より御神事なり。三十ヶ日の穢にふれ給ふによりて、参内かなふまじき
事也。
しはぶきやみ
シ
欠嗽、之波不岐、肺寒則成也」。
余 和名抄「病源論云、咽
亥
シハブキヤミシテ
レ
サワヤカナラ
頼、声音不 徹」。
河 遊仙窟十「娘曰、児近来患咽
釈 今いふ風邪の事也。
ス
細 簾をへだてて申は無礼と頭中将に会釈をし給ふ也。
いとむらいにて
かしこくもとめ奉らせ給ひて
釈 恐多くといふ意也。
玉 或抄に「かたじけなく也」といへる、よろし。
たちかへり
湖師 是頭中将勅使に来ての心入、尤なり。源の内へ参らぬよしをの給
ふ其由は天子へ申さん、といひて立て、さて立かへりてわがざれごとは
の給ふ也。
いきぶれ
ユキ ブレ
万 行ふれ也。何としたるけがらはしき事に行あひ給ふぞや、と也。
釈 行触、体言也。行ぶれの穢といふ意なり。故に「かからせ」といへり。
釈 いひあてられて、はつと肝の潰れたるさまなり。
むね打つぶれ給ひて
かくこまかにはあらで云々
釈 中将にいひあてられ給へる故に、しかこまかにいひても中々にわろ
かめりとおぼしていひ直し給ふさまを、いとよくかかれたり。心を付て
見るべし。
釈 此詞は上にも見えたり。怠々の音といへる説、まづはよろし。ここ
いとこそたいだいしく
は緩怠らしくとのたまふ意にて、委しくいはば帝へ対して却て緩怠らし
く聞えんとの心なるべし。旧注たしかなる説どもなし。
つれなく
釈 さりげなく也。
ノ
蔵人の弁を
釈 頭中将は疑ひ戯れて実ともし給はねば、ただ大かたを奏し給へとい
ひて、さてもろともに来給へる蔵人の弁を召て、かさねて委しく勅答し
給ふさまなり。情景、いといとくはしくめでたし。「まめやか」といふ
詞に心をつくべし。
おほい殿などにも云々
評 しかあるべき情景、いといとくはし。
かかるけがらひありとの給ひて
カ
評 惟光と密に事を語り給はん料に、先 ツ人少きよしをことわりおく也。
かへすがへすくはし。
夕 顔
五六
再 発 弱 一 度 訪
を、このごろ又おこりて、よわくなんなりにたる。今ひとたびとぶ
らひ見よと申たりしかば、いときなきよりなづさひしものの、いま
幼 ナ レ ナ ジ ミ 末 期 刻 ツ レ ナ イ マ ヰ リ はのきざみにつらしとや思はん、と思ひ給へてまかれりしに、その
*
イで 下 病 急 生 亡 家なりけるしも
゛人のやまひしけるが、にはかにえいきあへで、なく
*
△源ニ〕怖 憚 暮 △死屍ヲ〕
なりにけるを、おぢはばかりて、日をくらしてなんとり出侍りける
*◆
* カンワザ フ ツ ガ フ を、ききつけ侍りしかば、神事なる比は、いとふびんなることと思
*
△ソノウヘ〕今
暁 咳 オ ソ レ イ リ 参 内 セ ヌ ひ給へかしこまりて、えまゐらぬなり。このあかつきより、しはぶ
*
無 礼
病 頭 痛 苦 きやみにや侍らん、かしらいといたくてくるしく侍れば、いとむら
△ヨ△ユルシ玉ヘ〕
然 然 有 いにて聞ゆることなどの給ふ。中将さらばさるよしをこそ奏し侍ら
*◆
*
夜 前 遊 オ ソ レ オ ホ ク タ ヅ ネ △帝ノ〕
め。よべも御あそびに、かしこくもとめ奉らせ給ひて、御けしきあ
*
頭中将詞 しく侍りき、と聞え給ひて、たちかへり、いかなるいきぶれにかか
△立カヘルトテ又〕
行 触 繁 細 陳じ給ふ也 陳 真 実 らせ給ふぞや。のべやらせ給ふ事こそ、
まこととも思ひ給へられね、
*
源 *
詞 *
心 委 細 オ モ
といふに、むねうちつぶれ給ひて、かくこまかにはあらで、ただお
奏 ヒ ガ ケ ナ キ 穢 触 ク ワ ン タ イ ラ シ
ぼえぬけがらひにふれたるよしをそうし給へ。いとこそたいだいし
*
ク ナンノヘンモナウ く侍れ、とつれなくの給へど、心のうちには、いふかひなくかなし
湖 御ゆきぶれのよし也
悩 チ ヨ ッ ト モ ア ヒ タ マ ハ
きことをおぼすに、御心ちもなやましければ、人にめも見あはせ給
* 細 頭中将の弟也 ズ 真 実 カ ヤ ウ ナ ワ ケ はず。蔵人の弁をめしよせて、まめやかにかかるよしをそうせさせ
* イ 消 息 給ふ。大殿などにも、かかる事ありてえ参らぬ御せうそこなど聞え
左 大 臣 *
穢
カヤウナ
給 ふ 日 く れ て 惟 光 ま ゐ れ り。 か か る け が ら ひ あ り と の た ま ひ て、
ン
退
出
△惟光ヲ〕
立
参る人々も、みなたちながらまかづれば、人しげからず。めしよせ
五七
夕 顔
湖 もはや蘇生あらじと見はてたるかと也。
今はと見はてつや
ながながとこもり侍らんも
ハウフリ
釈 「こもり」とは、ひんがし山の尼が住所に夕顔の屍をこめておく事也。
長くこもりあらんも便なければ、明日葬をせんといふ也。
日よろしく侍れば
ノ
釈 日がらも相応なれば、と也。葬日の吉凶をいひし事、そのかみはや
くありしと見えたり。陰陽師などの説なるべし。
とかくの事
古今俳
釈 ともしかくもする葬礼の事也。「とかく」などまぎらはしていふは、
アヒ シリ
葬といふ事を忌てなるべし。
あひしりて
釈 惟光と相識て也。
けさは谷にもおち入ぬべく
花 右近、かなしみのあまりに谷に身をもなげんの心也。
諧
河 世中のうきたびごとに身をなげばふかき谷こそあさくなりなめ
細 右近は彼宿へも此よしを告やらんと申す也。
かのふるさとの人に
9
釈 一本のもじなし。
釈 右近は告やらんといふを、しばらく思ひしづまれよ、事のさまをよ
ことのさま思ひめぐらして
くよく思案して告やるべしと、惟光がこしらへおきたり、といふ也。さ
るは、ありのままにいひやらば、彼女房などの悲しみまどひ疑ひて、源
氏君の御ためによからぬ事も出来んかとの用意なるべし。
コシラヘ
こしらへ
湖 御命もあやふきと也。
拾 喩 日本紀
いかなるべきにか
なにかさらに云々
釈 今更に何かさほどに思しめし給ふべき、これも然るべき前世の宿因
事なること、前後に例多し。さて「給ふ」の下にべきの辞、脱たるか。
にこそ侍らめ、といふ意也。「さるべき」とは、然あるべき宿因といふ
かくても聞ゆれど、少しいかにぞや聞ゆ。語脈は点のごとし。
釈 此事を人に聞せじと思へば、惟光みづから葬の事をとりて万事をと
人にももらさじと云々
りまかなひ侍る、といふ也。
さかしさみな思ひなせど
サ
釈「さかし」は「然かし」にて、かしは辞なり。「さみな思ひなす」とは、「さ
るべきにこそ、万の事侍らめ」といへるをうけて、さやうに万事は皆宿
因ぞとおもひなせど、といふ意也。
釈 「うかび」は、おもおもしからずしてかろく浮てただよはしき意也。
うかびたる心のすさびに
俗に「うはうはしたり」などいはんがごとし。さて、しかうかびたる心
のすさびに人をむなしくしなし給へりなど、人のかごとをおはんがから
き、と也。「かごと」は、物によそへて恨をのぶることにて、彼夕顔の
やどの女房をはじめて、此尼君などのいさめまでにわたりて聞えたり。
釈 「少将の命婦などにも云々」との給ふをうけて、それは勿論の事也、
さらぬ法師ばらなどにも云々
コト
さはあらぬ葬所の法師ばらなどにも、みなありさまを異にいひなして、
のばらは、「殿ばら」などいふばらにひとしく、群たる意の言と聞ゆ。
ムレ
源氏君の御名をたてぬやうにはからひたり、といふ意也。「法師ばら」
かかり給へる
細 なぐさむ心なり。
巴 〽霜がれの草のとざしのさびしさも霞にかかる春の山ざと。定家卿の
新 それによりかかりて有をいふ。「子にかかり人にかかりて」などいふ
歌也。此「かかる」といへる、同じ心なり。
カカ
釈 右の説の中に、新釈は少しいかが。これは拘はる義也。上に「いか
も是なり。
なるべきにかとなんおぼゆる」との給ひしを結びてかやうに申すにかか
はりて命をとりとめ給ふ、といふ意なるべし。
夕 顔
源詞 *
末 期 竟 タリヤ 五八
て、いかにぞいまはと見はてつや、との給ふままに、袖を御顔にお
詞 *
しあててなき給ふ。これみつもなくなく、今はかぎりにこそは物し
哭 △コノ世ノ *
*
長 々 フ ツ ガ フ ナ ル 明 日 給ふめれ。ながながとこもり侍らんもびんなきを、あすなん日よろ
* 源詞 葬 式 ノ 事 ナ リ 相 識 しく侍れば、とかくの事、いとたふとき老僧のあひしりて侍るに、
談 託 副 右近 いひかたらひつけ侍りぬると聞ゆ。そひたりつる女はいかに、との
*
生 △夕顔ニ〕
後 給へば、それなんまたえいくまじう侍るめる。われもおくれじとま
*
惑 今 朝 墜 入 サ ウ ニ *
どひ侍りて、けさは谷にもおちいりぬべくなん見給へつる。かのふ
夕 顔 ノ 宿 也 告 暫 時 鎮 るさとの人に、つげやらんと申せど、しばし思ひしづめよ。事のさ
*✚
ま思ひめぐらして、となんこしらへおき侍りつる、とかたり聞ゆる
状 廻 △云ヤラン〕
喩 置 源 詞 悩 ままに、いといみじとおぼして、われもいと心ちなやましく、いか
*
惟光詞 なるべきにかとなんおぼゆる、とのたまふ。なにか、さらにおもほ
*
△アラン ア ラ タ メ テ 万 事 漏
し物をさせ給ふ。さるべきにこそ、よろづのこと侍らめ。人にもも
✚
*
拙 者 フ ミ コ ン デ らさじと思ひ給ふれば、惟光おりたちて、よろづはものし侍るなど
*源詞 サ ウ ジャ サウハナニゴトモ
ウ ハ ウ ハ ト シ タ ナ グ サ ミ 夕顔 申す。さかし。さみな思ひなせど、うかびたる心のすさびに、人を
ム ナ シ ク ウ ラ ミ 負 セ ツ ナ キ いたづらになしつる、かごとおひぬべきがいとからきなり。少将の
細 惟光が妹也
大弐乳母 禁 命婦などにもきかすな。尼君ましてかやうのことなどいさめらるる
*
惟光詞 法 師 口 禁 を、はづかしくなんおぼゆべき、とくちがため給ふ。さらぬほうし
*
ばらなどにも、みないひなすさまことに侍り、と聞ゆるにぞかかり
5
5
等 イヒコシラヘル 異 5 5
チラチラキク
フ シ ギ ヤ
穢
給へる。ほのきく女房など、あやしく何事ならん。けがらひのよし
△惟光ト〕ササヤキ △コトヨ〕
ウ
の給ひて、内にも参り給はず。またかくささめきなげき給ふ、とほ
五九
夕 顔
玉 「さらに」は「のたまへど」といふへかかりて、あらためてのたま
さらに事なく
ふよしなるべし。「ことなく」は「難なく」にて、故障なくといふ意也云々。
なにかことごとしく
玉 葬のほどの事を源氏君のおぼつかなくおぼしめして、「事なくしなせ」
などのたまふ故に、何かはさやうにおぼつかなくはおぼすべき、ことご
としくし侍るべきにもあらざれば心やすし、と申す也。
釈 此段いささか紛らはし。まづは右のごとく心得べし。他の説は余釈
に挙つ。さて語脈は「其ほどのさほうことなくしなせ」といふ意也。
いとかなしくおぼさるれば
釈 惟光がきすくにいひすてて立てゆくを見給ひて、かなしくおぼさる
るなり。夕顔のかぎりと思ひ給ふ故也。
いとたいだいしき
ツカ
釈 怠々の意を転じて、雅語訳解にフススミナといへる意に用ひたりと
聞ゆ。
このごろの御やつれに
カリ
釈 この比夕顔の宿へかよひ給ふとて、やつれたるさまに調じ給へる狩
衣をとり出て、着替給ふ也。仮の御装束と心得るは、わろかめり。
あやふかりし物ごりに
釈 前の夜の変化の事にこり給ひて、いかにせんとたゆたひ給ひながら、
猶かなしさにたへで出立給ふ也。
ただいまのからを見では
ラ
玉 「ただいまの」とは、今夜葬むとするなれば、今のうちに見ずは、
といふ意也云々。
十七日の月
釈 「たちまちの月とよむ」といふ説はいかが。ただ音にて読べし。前
後の例なり。
かはらのほど
湖 鴨川なり。
御さきの火
孟 たいまつ也。
鳥部野のかたなど
湖 とりべのの葬送の地、墓原などあるべきに、平生の心ならば物むつ
釈 尼のすめる東山のへんを、或抄に「今の霊山のあたりならんか」と
かしかるべきを、唯今の御心には何とも思ひ給はぬ也。
いへり。二条院より出てそのわたりへ出たち給ふに、河原のほどより鳥
部野の見やらるるなるべし。
女ひとりなくこゑのみして
評 右近を思はせたる、例のいとくはし。
新 大かたは声を高く仏の御名を唱ふるを、こはいとつぶつぶと唱ふる
わざとの声たてぬ念仏
をいふならむ。一向に無言念仏にはあらじ。さてはいかにともしられじ。
ニ
スレハ
釈 惟光かねてしのびやかにと誂らへたるべければ、わざと声たてずし
ヲ
て 静 に 念 仏 す る さ ま な り。 旧 注 に「 葬 送 以 前 無 言 念 仏 得 二十 五 功 徳 一」
ノ
などいふ事を引れたれど、新釈にいはれたるがごとくなるべし。
寺々のそやも
孟 諸寺初夜後夜の長講とて行ふ也。
ヲ
釈 初夜の行法の声たえてしめやかなるさま、あはれふかし。
テ
清水のかたそ光おほく見えて
スト
河 宝亀十一年初建立、延暦二十四年官符界 二四至 一、以 二田村丸私宅 一寄
附云々。
細 十七日の参詣の人のさまなり。
評 物みなしめやかにあはれなる中に、清水の火の光を挟まれたる、い
とめでたし。
夕 顔
六〇
5 5 5 5 5 *
◆
作 法 ス ウ ス 丁
葬 ノ ジ ブ ン 丙
のぼのあやしがる。さらに、ことなくしなせ、とそのほどのさほう、
惟光詞 *
のたまへど、なにか、ことごとしくすべきにも侍らず、とてたつが
ドウイタシテ ギ ヤ ウ サ ン イ トイフテ 立テユク * 源詞 フ ツ ガ フ ナ いとかなしくおぼさるれば、びんなしと思ふべけれど、今一たびか
のなきがらを見ざらんが、いといふせかるべきを、馬にてものせん
*
惟光心 詞 死 骸 シ ン キ ノ タ ネ ト ナ ル ユ カ ウ キ ニ カ カ ル との給ふを、いとたいだいしき事とは思へど、さおぼされんはいか
フ ス ス ミ ナ 然 ヨ ロ シ カ ラ ヌ イも がせん。はやおはしまして、夜ふけぬさきにかへらせおはしませと
*
✚
装 束 頃 日 シノビデタチ 設 狩 着
申せば、このごろの御やつれにまうけ給へる、かりの御さうぞくき
5
5
5
*
替 ク レ コラヘ かへなどして出給ふ。御ここちかきくらし、いみじくたへがたけれ
5
*
ば、かくあやしき道に出たちても、あやふかりし物ごりに、いかに
危 懲 △行マジキカ〕
ヤハリ ヤ メ ヤ ウ せんとおぼしわづらへど、猶かなしさのやるかたなく、ただ今のか
らを見では、またいつの世にか、ありしかたちをも見ん、とおぼし
骸 △コノ世ニ〕
念 随 身 具 *
*
コ ラ ヘ 惟 光 路 遠 ねんじて、れいのたいふずゐじんをぐして出給ふ。みちとほくおぼ
*
河 原 間 前 駈 カ ス カ ゆ。十七日の月さしいでて、かはらのほど御さきの火もほのかなる
*
に、とりべ野のかたなど見やりたるほどなど、物むつかしきも、何
鳥 部 アンバイ ム サ ク ロ シ キ イ マ イ マ シ キ 4 4
△東山ヘ〕 キ
ともおぼえ給はず、かきみだるここちし給ひて、おはしつきぬ。あ
堂 ン ヘ ン マ デ 凄 板 旁 行 たりさへすごきに、いたやのかたはらにだうたてて、おこなへるあ
尼 住 処 燈 火 影 カ ス カ 透 まのすまひ、
いとあはれなり。みあかしのかげほのかにすきてみゆ。
万 死人をおきたる処也 *
法 師 イのナシ
夜
初
そ の や に は 女 ひ と り な く こ ゑ の み し て、 と の か た に ほ う し ば ら の
*
ネ ブツ
一 人 哭 バ カ リ 外 方 *
*
寺
々
二三人物語しつつ、わざとの声たてぬ念仏ぞする。てらでらのそや
皆
行
竟
ヒ ッ ソ リ
清
水
もみなおこなひはてて、いとしめやかなり。きよみづのかたぞ、光
六一
大とこ
ノ
ク
夕 顔
ヲ
河 粛宗、制、天下名山置 大
徳七人 。
二
一
湖 行功のつもりたるをいふ也。
涙のこりなく
釈 所のさまのいとあはれなるに、たふとげなる声に経よみたるを聞給
ひて、かなしさの心に感じて涙の多く出る也。
火とりそむけて
釈 或抄云、死人の方へは灯をむけずして、そむくるもの也。
玉 「源氏の御出によりて」といふ注はいかが。
ノ
うこんは屏風へだてて
細 夕顔上と屏風へだてて也。
むかしのちぎり
釈 昔の世の契といふ意にて、かの宿縁の事也。
釈 「源氏君をも夕顔上をも誰とはしらぬに」といふ注、よろし。誰と
たれとはしらぬに
はしらず、あやしとは思へど、事がらのあはれなる故にみなみなもらひ
なきをしたる也。
玉 かなしき事はいふもさらなれば、それはそれにて、といふ意也。す
かなしき事をばさる物にて
べて「さるものにて」といふ詞は皆しかり。
湖 右近がしわざといはん、と也。
人にいひさわがれ侍らんが
けふりにたぐひて
釈 火葬の煙にたぐひて右近も夕顔をしたひゆかん、といふ也。
さなん世中はある
玉 世中といふ物は、さやうに頼みに思ふ人に思ひかけず俄に別るるや
うの事、つねにおほくあるならひぞ、と也。そもそも此所の源氏君の語
ノ
はすべて、右近が、夕顔上のにはかに非業なるがごとくにてうせられた
る事を、殊にふかくなげくを、なぐさめんとてのたまへるなれば、其心
を得て解べき也。
玉 たとへば年老て後、よのつねのごと病て死ぬるわかれなどにても、
わかれといふものの
かなしさは同じ事にて、すべて別れにかなしからざるわかれはなければ、
夕顔の事をもさのみ殊にな思ひそ、と也云々。
とあるもかかるも
*
六二
サワグヤウス 尼 君 子 おほく見えて、人のけはひもしげかりける。このあまぎみのこなる
* 徳 大とこの、こゑたふとくて経うちよみたるに、涙のこりなくおぼさ
*
尊 誦 △出ルヤウニ〕
*
細 夕顔上のさま也
△屋ノ内ヘ源ノ〕
取 背 向 臥 テ ア リ る。いり給へれば、火とりそむけて、右近は屏風へだててふしたり。
ド ノ ヤ ウ ニ ツ ラ カ ラ ウ カ ハ ユ
いかにわびしからんと見給ふ。おそろしきけもおぼえず、いとらう
*
ラ シ ゲ 状 △生ル時ニ〕
△源夕顔ノ〕
たげなるさまして、まだいささかかはりたるところなし。てをとら
詞 デ モ 前 世 宿縁 へて、我に今一たびこゑをだにきかせ給へ。いかなるむかしの契に
イ お ぼ え 暫 時 間 かありけん。しばしのほどに心をつくして、
あはれにおもほえしを、
5
5
5
△我ヲコノ世ニ〕
惑 カ ナ シ キ △イヒテ 惜 泣 うちすててまどはし給ふがいみじきこと、と声もをしまずなきたま
*
ふ事かぎりなし。大とこたちも誰とはしらぬに、あやしと思ひて、
ノ 右近詞 サ ア △マヰレ〕
みな涙おとしけり。うこんをば、いざ二条院へとの給へど、年ごろ
をさなく侍りしより、かたとき立はなれ奉らず、なれ聞えつる人に、
幼 稚 片 時 馴 夕顔 *
急 別 帰 成 にはかにわかれ奉りて、いづこにかかへり侍らん。いかになり給ひ
*
*
にきとか人にもいひ侍らん。かなしき事をばさるものにて、人にい
ク ル シ キ 泣 惑 ひさわがれ侍らんがいみじきこと、といひて、なきまどひて、煙に
源詞 *
*
シ タ ガ ヒ △夕顔ヲ〕慕 ダ ウ リ 然 たぐひてしたひまゐりなんといふ。ことわりなれど、さなん世中は
*
別 離 悲 ド ウ シ テ シ ヌ ル モ ある。わかれといふもののかなしからぬはなし。とあるもかかるも、
*
定 命 サ ダ マ リ △ミヅカラ〕
我 おなじいのちのかぎりあるものになんある。思ひなぐさめてわれを
玉 よのつねのやうに病して死るなども、又夕顔のごとく思ひかけぬ事
にて俄に死るも、その別れのやうはさまざまかはれども、いづれもみな
六三
顧
がたになり侍ぬらん。はやかへらせ給ひなんと聞ゆれば、かへり見
源 タ ノ ミ ガ ヒ 明 まじきここちすれ、との給ふもたのもしげなしや。惟光、夜はあけ
地 *
詞 △コノ世ニ〕生 留
憑 諭 如 此 たのめ、との給ひこしらへても、かくいふ我身こそは、いきとまる
地 *
源詞 定まれる命のかぎりある物にて別るるなれば、畢竟は同じことぞ、と也。
われをたのめ
釈 我をたのみにして仕へよ、との意也。
かくいふわが身こそは云々
コシラ
評 上よりいとせちなるかなしひのさまをつくして、つひに右近がうへ
に及び、それをなぐさめ給ふとて源氏君の喩へ給ふ事をいひて結び終り
たるを、又まきほぐしてこの二三句を書添られたる、さらにかなしさの
わき出たるここちして、いはんかたなき余情あり。かへすがへすもいみ
じき文かきなるかな。
評 上に「よふけぬさきにはやかへらせおはしませ」と有。
これみつ云々
夕 顔
いとどしき朝ぎり
夕 顔
湖師 たださへ心まどひの折ふしに、いとど霧に途方を失ふここちし給
ふ也。
ありしながら
釈 夕顔の屍の在世のままにて打ふしたりつるを思ひ出給ふ也。
玉 すべて「かはす」とは、たがひに相交ふるをいひて、衣を打かはすは、
うちかはし給へりし
寝たる時男女たがひにうちかけまじへきる也。さればここは、河原院に
て夕顔と寝給ひたりし時、たがひにまじへ給へりし源氏君の御衣の、夕
顔の死骸の方につきて、そのままにてあるを見給へる也。「きられたり
つる」といふも、たしかに着たるにはあらず、おのづから死骸にまつは
評 この事がら、いといとかなしくして、虎狼もなきつべし。
れて、着たるやうにてある也。
ノ
拾 兼輔を堤の中納言といひ、大和物語に「監命婦のつつみなる家をう
つつみのほどにて
りて」とあり。所の名なり。
釈 「道のそら」は、途中といはんがごとし。「空」は、かかる所なきも
ミチノナカ
かかる道の空にてはぶれぬべき
アブレ
アブ
のなれば、此方へも彼方へもつかぬ間の事を「空」といへるなり。「はぶれ」
は、溢と同じ言にて、在所を放れてただよひゆく事にいへり。水の溢る
といふも、堤をこえて他へゆくにて思ふべし。ここは、源氏君かなしひ
の余りに、途中にてゆくへなくあぶるるやうにおぼえ給ふ意也。諸注く
だくだしくして、げにと覚ゆるもなし。
六四
バ カ リ 心 ヒシト 塞 路 のみせられて、むねもつとふたがりて出給ふ。みちいと露けきに、
* *
源心 いとどしき朝霧に、いづこともなくまどふここちし給ふ。ありしな
マ ヨ フ 在 マ
*
マ ニ テ△夕顔ノ〕 臥 交 我 紅 がらうちふしたりつるさま、うちかはし給へりし、わがくれなゐの
衣 着 宿 縁 △アリケン〕
御そのきられたりつるなど、いかなりけんちぎりにか、と道すがら
シ カ シ カ おぼさる。御馬にもはかばかしくのり給ふまじき御さまなれば、ま
*
副 扶 堤 ア タ リ ✚
た惟光そひたすけて、おはしまさするに、つつみのほどにて、馬よ
*
下 ナカ
りすべりおりて、いみじく御ここちまどひければ、かかるみちの空
✚
△二条院ヘハ〕行 着 にてはぶれぬべきにやあらん。さらにえいきつくまじき心ちなんす
る、との給ふに、これみつもここちまどひて、わが○
身 はかばかし
5
5
5
5
ト ヤ カ ク ト△惟光ニ〕 ノ *
一 向 ニ
弱
帝
六五
祈 祷 方 々 △サワギ〕
祭 くことかぎりなし。御いのりかたがたにひまなくののしる。まつり
*
になりぬるに、むげによわるやうにし給ふ。内にもきこしめしなげ
*
実 臥 苦 ことにふし給ひぬるままに、いといたうくるしがり給ひて、二三日
△似モセズシテ〕
サ グ リ 歎 りしには、いかでかくたどりありき給ふらん、となげきあへり。ま
*
頻 中 悩 ちしきるなかにも、きのふの御けしきの、いとなやましうおぼした
イる 止 ナ コ ト ツネ しきわざかな。このごろ例よりも、しづ
゛心なき御しのびありきのう
フ シ ギ ニ △シノビ〕
笑 条院へかへり給ひける ◎あやしう夜ふかき御ありきを、人々みぐる
*
心のうちに仏をねんじ給ひて、又とかくたすけられ給ひてなん、二
念 センカタ 強 発 ねんじ奉りても、
すべなく思ひまどふ。君もしひて御心をおこして、
念 急 忙 いと心あわたたしければ、川の水にて手をあらひて、清水の観音を
*◆
ラ バ 然 率 △コト〕
くは、さの給ふとも、かかる道にゐて出奉るべきかは、とおもふに、
*
*
補 釈 湖月抄の頭書に引たる文には「わが身」とありて、細流にも「わが
シ ッ カ リ ト シ タ
わがはかばかしくは
身はかばかしくは、此御出をも諫め申てとどむべき物を、と惟光が後悔
9
也」と有。然らば、もとは「わが身」とありけんを、写しおとせるなる
べし。「身」もじなくてはいかが也。
釈 今一たび屍を見にゆかんとのたまふとも、也。
さのたまふとも
川の水にて手をあらひて
釈 観音を念ずるとて手を洗ひ清めたる也。諸抄に古き文ども引れたれ
ど、いたづら也。さて「清水の観音」は、其頃霊験いちじるくいへるに、
けふ其縁日なればとり出たる也。上に「清水のかたぞ、光おほく見えて」
といへる脈に心をつくべし。
釈 「人々」は、二条院の女房たちなどなるべし。「見ぐるしき」は、見
人々見ぐるしきわざかな
て苦しとするかたにて、笑止などいふに近し。
ナヤ
きのふの御けしきの
釈 きのふ悩ましくし給ひし御けしきなりしに、かくしのびありきし給
ふはいかなる事ぞとなげきあへる也。
まことにふし給ひぬるままに
湖師 昨日まではさのみわづらひ給ふ事はなし、物思ひ又はけがらひに
ふれ給へるをまぎらさんとの御わづらひなりしが、けふは真実にわづら
ひ給ふ、と也。
釈 「わづらひ給ふ事はなし」といへるはわろし。きのふもなやましく
し給ひし事、上に見えたり。其外は此説のごとし。
玉 「まことに」は、「くるしがり給ふ」へかかる意也。
よわるやうに
釈 すべて「よわる」といふ詞は、衰弱して頼ずくなくなるやうの意に
つかひたる例也。上下同じ。
まつりはらへ
玉 此ころ病のいのりなどに「祭祓」といふことおほく見えたるは、陰
陽家のおこなふわざ也。
夕 顔
夕 顔
釈 源氏君、世にたぐひなく何事もめでたくおはします故に、却て短命
世にたぐひなく云々
ノ
にやあらんと、天下の人のをしみさわぐこと也。あまりにたらひたる人
は命短きもの也と、今の諺にもいふこと也。
釈 苦しき御ここちの中にも、夕顔のかたみとおぼして右近をめしよせ
くるしき御心ちにも云々
て、局を給ひて御座近くさしおき給ふなり。
釈 これみつ、源氏の御病にここちも騒ぎまどへど、右近がたつきなき
惟光ここちもさわぎまどへど云々
を助けてありつかするなり。
釈 右近、二条院の人々に交りて、をり合たる意也。
まじらひつきたり
ぶくいとくろうして
細 服衣の色深き也。説々あり。不 レ可 用
之歟。
レ
レ
釈 夕顔上のために、右近凶服をきたる也。凶服を着てはえなきうへに、
かたちもよからねど、見ぐるしからぬ若人也、といふ意也。
ノ
釈 右近夕顔上を年ごろたのみてつかへしを、其頼とする人を失ひて、
としごろのたのみうしなひて云々
さぞ心細く思ふらん、其なぐさめに、われもしながらへば、万事につけ
て汝を養育せんと思ひしを、ほどもなく我も夕顔と共に死ぬべく思ふが
くちをし、といふ意也。「たちそひぬべき」とは、火葬の煙にたちそふ
べきと云意をはぶきていへる也。上に右近が「煙にたぐひて」といへる
に同じ。かく省きてもしか聞ゆるは、此頃常にいひならへる詞なる故な
るべし。
修 法 *
六六
祓 尽 比 類 メ デ
はらへずほうなど、いひつくすべくもあらず。世にたぐひなくゆゆ
しき御ありさまなれば、世にながくおはしますまじきにや、とあめ
タ キ 長 天 * 源 下 苦 △ノ中〕
*
のしたの人のさわぎなり ◎くるしき御心ちにも、かの右近をめしよ
局 △御座ヘ〕
侍 せて、つぼねなどちかく給はりてさふらはせ給ふ。惟光ここちもさ
騒 惑 シ ヅ メ 右近 タ ヨ リ ナ シ わぎまどへど、思ひのどめて、この人のたつきなしと思ひたるを、
もてなしたすけつつさふらはす。君はいささか隙ありておぼさるる
マ カ ナ ヒ 助 侍 △病ノ〕
ナ グ サ メ *
△右近ヲ〕
使 交 着 時は、めしいでてつかひなどし給へば、ほどなくまじらひつきたり。
* ◆ 服 5 5
黒 容 貌 ぶくいとくろうして、かたちなどよからねど、かたはに見ぐるしか
源詞5
5
らぬわかうどなり。あやしうみじかかりける御契にひかされて、我
*
若 人 短 △夕顔ノ〕
ン 在 憑 △ヲ 失 △サゾ も世にえあるまじきなめり。年ごろのたのみうしなひて、心ぼそく
思ふらん。なぐさめにも、もしながらへば、よろづにはぐくまんと
△ワレ〕若 存 命 ヤ シ ナ ハ ウ 間 △我モ夕顔ニ〕
ザ ン ネ ン ニ モ こそ思ひしか。ほどもなくまたたちそひぬべきが、くちをしくもあ
いふかひなき事をばおきて
釈 旧注に「夕顔の上の事をば置て」といへるはたがへり。これは「よ
チ
*✚
六七
ガ タ
穢
忌
*
りのこらず、おこたりざまに見え給ふ。けがらひいみ給ひしも、ひ
*◆
重
煩
異
余 波
しにや、二十日あまりいとおもくわづらひ給へれど、ことなるなご
イ二十よ日
△二条院ヘ〕
験 し給ひて、日々にわたり給ひつつ、さまざまの事をせさせ給ふしる
*
リ ガ タ ク シ ヒ テ 左大臣 たじけなくて、せめてつよくおぼしなる。大殿もいみじくけいめい
*
*
経 営 △帝ノ ア
○
よりもけにしげし。おぼしなげきおはしますをきき給ふに、いとか
足 空 惑 内 裡 使 ちの人、あしをそらにておもひまどふ。うちより御つかひ雨のあし
*
ア ヒ サシオキテ 惜 殿 内
かひなきことをばおきて、いみじうをしとおもひきこゆ ◎とののう
ヒ ソ ヤ カ ニ 弱 泣 ハ リ
るべきかな、としのびやかにの給ひて、よわげになき給へば、いふ
*
右近心 ろづにはぐくまん」との給へるをうけて、はぐくむ人なくたのみがひな
9
き事をばさしおきて、まのあたり源氏君のむなしくなり給はん事を惜く
思ふ、といふ意也。「なき給へば」とあるばもじをあぢはふべし。
釈 俗言に「足をさかしにして」といふにあたりて、奔走にいとまなき
あしをそらにて
たとへの語也。拾遺に万葉集の歌どもを挙て類例としたるは、「心の」
空なる例にて、ここにはいかが。
あめのあしよりもけにしげし
拾 兼盛集に、〽君を思ふ数にしとらばをやみなくふりそふ雨のあしはも
ノ
河 しげき事をば「如 雨
脚 」
と詩にも作れり。
二
一
シ
のかは。文章にも、しげき事には「雨のごとし」「林のごとし」などいへり。
ケ
釈 「けに」は「異に」也。旧注に「まさりて也」といへり。
釈 しひて心づよく思ひかへして、みづからつとめ給ふ也。
つよくおぼしなる
けいめいし給ひて
コト
玉 経営也。俗言にていはば「きつう御せわをし給ふ」といふこと也云々。
さまざまの事を
湖 祈祷修法など也。
ことなるなごり
ナゴリ
釈 「ことなる」は、例に異なるにて、即異例也。「なごり」は、其病の
余波也。「おこたり」は、病の怠るにて、快気の事也。
けがらひいみ給ひしも云々
ミチ ハテ
釈 死穢を忌給ひしも、快気し給ふ日も、ひとつに満竟たる夜なれば、
といふ意也。湖月に「夕顔の死給ふは八月十六日なり。然ばここは九月
十六日か十七日の比なるべし」といへり。
玉 「よ」は「夜」也。「内の御とのゐ所に参り給ふ」といふへかけてい
へる也。「世」と心得たるはひがこと也。
夕 顔
わが御車にて
孟 内より致仕大臣の同車也。
ノ
夕 顔
細 葵上の御方にとどめ置奉らるる也。
御物いみなにやかやと
評 舅君の情を見るがごとくうつされたり。「むつかしう」といへる、殊
にめでたし。こは若き源氏君の心になりていへるなり。
釈 全快し給ふ也。
おこたりはて
ながめがちに
アヤ
釈 夕顔の事を思しいでて、物おもはしく空をながめがちに、しのびし
のびなき給ふさま也。
御物のけなめり
ケ
釈 「もののけ」とは、鬼物の気の人の身に入て、さまざま怪しき事い
ふ類ひの事をいへり。他にしらせずひとりねをなき給ふを見て、御もの
のけならんと人々の評ずる也。
孟 これは前に「蜑の子なれば」といひし事を思ひ出給ふ也。
あまの子なりとも
湖師 たとひまことにあまの子にて、宿もさだめず賤しき人なりとも、也。
玉 「しらで」は、俗言に、とんぢやくせずかまはぬ、といふ意也。す
さばかり思ふをしらで
べて雅言には「しらず」といふに、其意なるおほし。心得おくべし。つ
ねにいふ「しらず」の意にしては、聞えぬ所おほきぞかし。
いつのほどにてかは
湖 いつの間にかさやうの俗姓などまで顕はし給はんずるぞ、と也。
なにならぬ
ノリ
釈 何ばかりにもあらぬいやしき名を告給はん、といふ意也。源氏君に
対して、おのが主のうへを卑下したる詞也。
釈 はじめより名をも告ずして逢参らせたるがあやしき也。うつつとも
あやしうおぼえぬさま
おぼえず夢のやうなり、との意也。
御名がくしも云々
湖師 此「御名がくし」とは、源の事をいふなり云々。
玉 「聞え給ひながら」は、夕顔のおしはかりて、源氏君ならん、それ
ゆゑにかかる小屋に通ひ給ふ事をつつましくおぼして、名をば顕し給は
ぬにこそあらめと、詞には申給ひながらも、心の内にはうきことにおぼ
したりし、と語る也。
釈 「なほざりに」は、夕顔をなほざりにおぼす故に、名をあらはさず
まぎらはし給ふ、といふ意也。猶余釈に云。
心くらべ
釈 互に名をあらはさじとしたる事を、「心くらべ」とはの給へる也。「心
くらべ」は、心に思ふすぢをたてあひて、まけじとするをいへり。
人にゆるされぬふるまひ
9
細 しのびありきの事也。
9
ならはぬ事なる
釈 此下にに・をなどのもじおちたるか。
ところせう
トコロセウ
釈 源氏君の御身の重き故に、他よりも重々しくとりなして、軽々しき
御ふるまひのなりがたきを「所狭」といへる也。
夕 顔
六八
満 夜 △帝ノ ヨ ギ ナ ク とつにみちぬるよなれば、おぼつかながらせ給ふ御心わりなくて、
*
内の御とのゐどころに参り給ひなどす。大殿わが御くるまにて、む
宿 直 所 車 迎
*
ワ ヅ ラ ハ シ ウ 令 慎 かへ奉り給ひて、御物いみなにやかやと、むつかしうつつしませ奉
ワ ガ コ コ ロ デ モ ナ ク 世 △イキ〕
* り給ふ。われにもあらず、あらぬよにかへりたるやうに、しばしは
ナガヅキ おぼえ給ふ。九月二十日のほどにぞおこたりはて給ひて、いといた
*
面 痩 カ ヘ ッ テ モ ノ オ モ ヒ うおもやせ給へれど、なかなかいみじうなまめかしうて、ながめが
*
哭 泣 咎 怪 ちにねをのみなき給ふ。見奉りとがむる人もありて、御もののけな
細 ここよりは 二条院にての事也 5
コ コ ロ シ ヅ カ め り な ど い ふ も あ り 右 近 を め し い で て、 の ど や か な る 夕 ぐ れ に、
5 5 5
物がたりなどし給ひて、猶いとなんあやしき。などてその人としら
*
*
ナ ニ ト テ ナ ニ ビ ト ト モ イせ マイ 隠 実 ア レ ホ
れじとは、かくい給へりしぞ。まことに〽あまのこなりとも、さば
*
かりに思ふをしらで、へだて給ひしかばなんつらかりし、との給へ
ド マ デ ニ 隔 心 シ 右近詞 *5
5
5 5
隠 ジ ブ ン ば、などてかふかくかくし聞え給ふことは侍らん。いつのほどにて
* ナ ン デ モ ナ イ 名 告 最 初 フ シ ギ ニ 思ヒガ
かは、なにならぬ御なのりを聞え給はん。はじめよりあやしうおぼ
ケモナイ 現 えぬさまなりし御ことなれば、うつつともおぼえずなんある、との
*◆
隠 源 ホ ド ノ 人 △アラメ〕 給ひて、御名がくしもさばかりにこそは、と聞え給ひながら、なほ
*
△思ヒテ〕
ツライ ざりにこそまぎらはし給ふらめ、となんうき事におぼしたりし、と
源詞 ナ ニ ノ ワ ケ モ ナ カ ツ タ 競 サヤウニ 聞ゆれば、あいなかりける心くらべどもかな。われはしかへだつる
*
こころもなかりき。ただかやうに人にゆるされぬふるまひをなん、
免 行 跡 * *
シ ナ レ ヌ
内 裡
禁
△ソノホカ〕包
まだならはぬことなる。うちにいさめの給はするをはじめ、つつむ
ツ イ チ ヨ ツ ト 戯 言 タ イ サ ウ ニ
事おほかる身にて、はかなく人にたはぶれごとをいふも、ところせ
六九
夕 顔
釈 かの夕顔をりつる夕より逢そめて、後の事までをかねいふ也。
はかなかりしゆふべ
あはれになん又打かへし云々
釈 あはれにおぼゆる中に、又打かへしつらくも覚ゆ、といふ意也。語脈、
点のごとし。よく味はふべし。
玉 これはみづからの事なれば、「給ひ」といふ言いかがなるごとく聞ゆ
あはれとおぼえ給ひけん
れども、然らず。すべて「おぼえ」は「思はれ」といふ言にて、其中に
人に思はるる意なるあり。ここもそれにて、夕顔の我にあはれと思はれ
給ひけん、といふ意なる故に、「給ひ」は夕顔へかかれり。
湖師 これ十三仏を七七日の間にあてて書て、亡者の為に供養する事也。
七日七日の仏かかせても
釈 或抄に、「忌仏とて、七日七日の本尊を絵にかき、又は木像に作りて
供養する事也」といへり。
ミソカ
評 夕顔の事は、密事にてあらはにする事ならねば「心の中にも」とい
心のうちにも
へるにて、俗にいふ、かゆき所へ手のとどくといふべき文勢也。
細 ここより語り出す也。
おやたちは
わが身のほどの云々
湖師 夕顔をいとほしく思ひ給ひて、よき縁にもと思ひ給へりしかど、
位のほどのあさき故心のままならぬをおぼしたる其上に、命さへはかな
くなり給ひし、と也。
釈 「心もとなさ」は、身の分限のはかばかしからぬ故に、行末のおぼ
つかなき意也。
新 頭中将三年かよひ給ふ。二年めに玉かづらの君生れ、三年めにうき
三とせばかり
事ありて外へかくれ、四年めに源のかよひ給へり。此次の年、玉かづら
の四つなるを筑紫へゐてゆく。
細 「嵐ふきそふ秋もきにけり」の歌のころ也。
こぞの秋の比
釈 頭中将の北方、四君の御父なり。物のたよりにつけておどし給へる事、
右のおほい殿
帚木にも見えたり。
ノ
御めのとの
細 揚名介が妻也。
ことしより
釈 よに三年塞りなどいふ方なるべし。「今年より」といふにてしか聞ゆ。
たがふとて
細 方違への為に此五条なる家へ出給ふなり。
おぼしなげくめりし
チ
玉 「めりし」といふ、てにをは調はず。かならず誤有べし。
釈 「こと、と」の下になんの辞脱たるなるべし。
夕 顔
5
5
5
七〇
*
メ イ ワ ク ナ フ ト シ タ コ ト ノ うとりなし、うるさき身のありさまになんあるを、はかなかりしゆ
5
ふべより、あやしう心にかかりて、あながちに見奉りしも、かかる
夕 フ シ ギ ニ ム リ ヤ リ ニ アヒ 如 此 有
*
宿縁 タ
べき契にこそはものし給ひけめ、とおもふもあはれになん、またう
チ カ ヘ リ ツ レ ナ ウ 長 ちかへしつらうおぼゆる。かうながかるまじきにては、などさしも
* △ワガ 染 オ モ ハ レ マダモ 語 心にしみて、あはれとおぼえ給ひけん。なほくはしうかたれ。今は
*
イに 令 書 誰 なにごとをかくすべきぞ。七日七日の仏かかせても、たがためとか
* 右近詞 心のうちにもおもはん、との給へば、なにかはへだて聞えさせ侍ら
△夕顔ノ〕
カクシ 過 亡 ノ チ 口 ア ツ カ マ
ん。みづからしのびすぐし給ひし事を、なき御うしろにくちさがな
*
くやは、
と思ひ給ふるばかりになん。おやたちはやううせ給ひにき。
シ ク △アラハサン〕
マ デ 亡 湖 夕顔の父也 △ガ カ ハ ユ キ △夕顔ヲ 三位中将となん聞えし、いとらうたきものにおもひ聞え給へりしか
*
ど、我身のほどの心もとなさをおぼすめりしに、いのちさへたへ給
分 限 オ ボ ツ カ ナ サ マデ コラヘ タモチ ノ *
フ ト シ タ コ ト ビ ン ギ はずなりにし後、はかなき物のたよりにて、頭中将まだ少将にもの
△夕顔ヲ〕
し給ひし時、見そめ奉らせ給ひて、三年ばかりはこころざしあるさ
*
*
イ 右大臣殿 イ まにかよひ給ひしを、こぞの秋の頃、かの右の大殿より、いとおそ
*
来 オソレ メ ツ タ ニ ろしきことの聞えまうでこしに、物おぢをわりなくし給ひし御心に、
◆
オソレ 西 乳 母 住 せんかたなうおぼしおぢて、にしの京に、御めのとのすみ侍る所に
ヒソカニ 住 なん、はひかくれ給へりし。それもいと見ぐるしきにすみわび給ひ
*
て、山里にうつろひなんとおぼしたりしを、ことしよりはふたがり
5
5
5
5
移 今 年 塞 *
たるかたに侍りければ、たがふとて、あやしき所に物し給ひしを、
*
方 違 五 条 ノ 宿 也 ヤドリ なん脱タルカ △源ニ
似
見あらはされ奉りぬること、とおぼしなげくめりし。よの人ににず、
七一
給ふめりしかと
夕 顔
9
玉 「しか」といふ詞、上にこそといふ言なくていかが。かもじけづる
9
9
べきか。もししかといはば、上を「つれなくのみもてなしてこそ」と有
べし。
ウツナ
釈 案に、かもじをけづりたりとも、上になんの辞なくては、しもじに
かなひがたし。されば、決くこそのおちたるなるべし。此説に依て、今
クハ
は補へ試みつ。
釈 追まどはしの意にて、失ひたる事也。
まどはし
評 此一段、遠く玉かづらの巻を書出べき伏案なり。玉かづらを尋ね出
我にえさせよ
し給はん料に、右近を二条院へのこしとどめ、さてそれにかたらひあつ
らへ給ふ事を先いひて、後に初瀬にて右近が玉かづらにあひし事の不都
合ならぬやうにかまへられたる筆つき、いとたくみなり。見ん人、心を
とどめおくべし。
かの中将にも伝ふべけれど云々
新 頭中将にしらせば、かの隠れたるも源のわざ也とかごとおひなん。
そも世にある人故ならばさてもありなんを、かかる後にはいよいよいふ
ト
カウ
かひなき恨をうけんものと也。されど、さる事のいひわけにも、又女君
玉 「とざまかうざまにつけて」は、夕顔の形見にもあり、又頭中将の
の霊の思はん所につけてもてふを、左につけ右につけ、とはの給ふ也。
ノ
子にて葵上の姪にてもあれば、いづれにつけても外ならねば、と也。
釈「とざまかうざま」の解は、小櫛まさらんか。旧説どもはひがこと多し。
そのあらんめのとなどにも云々
コト
釈 その今幼き人につきてある乳母などにも、何とか異やうにいひなし
て、と也。さるは、源氏君の名をつつみ給ふ故なり。
はかばかしくあつかふ人なしとて
湖 夕顔の方にては、たれもしつかりとそだつる人なしとて、西京にて
やしなふ、と也。
夕ぐれのしづかなるに云々
評 例のけしきをかかれたる筆つき、いとめでたし。秋の末のありさま
を二三句につくされたり。さてこのけしきのいみじきにあはれを催し、
且源氏君の御かたちのいみじきに感じて、右近が思ふ心をうごかし、次
に鳩の事をとり出て、源氏君のかなしびを動かしたる、例のいといみじ
イ
ヘ
バ
ト
ク
き筆なり。けしきのいたづらならぬをあぢはふべし。
竹の中にいへばとといふ鳥の
イヘハト
河 和名抄「本草云、鴿、伊倍八止、頸短灰色也」。
釈 案に、鴿は家にすむ故の名と聞えたれば、つねの鳩なるべし。これ
ノ
ヤ
マ
バ
ト
ノ
は「竹の中になく」とあれば、山鳩と聞えたり。作者たまたま考へそこ
ハ
ねられたるか。和名抄云、「野王按、鳩、音丘、和名夜万八止、此鳥種
シ
類甚多、鳩其惣名也」とあり。
新 かの六条わたりの院などの如き、大きにて人少なる家には、必此は
かのありし院に此鳥の鳴しを
キ
とのすむ物なるを以て、かくいへり。先にはかかで今かくいふも、又文
の一 ツ也。
おもほし出らるれば
新 「おもほし出れば」とは、恋しくかなしく思ひ給ふ故に、くり返し
尋ね給ふなり。
夕 顔
七二
ガ ク シ ミ セ ン 物づつみをし給ひて、人に物を思ふけしきを見えんを、はづかしき
ものにし給ひて、つれなくのみもてなして
こそ 、御らんぜられ奉
源心 ナ ニ ゲ ナ ウ バ カ リ * *
語 サ レ バ コ ソ △中将ノ物語ヲ〕
合 ◆
ればよ、とおぼしあはせて、
り給ふめりしか、とかたり出るに、さ
源詞 幼 ウ シ ナ ヒ 憂
いよいよあはれもまさりぬ。をさなき人まどはしたり、と中将のう
右近詞 一 昨 年 ウ マ レ サヤウジヤ
細 玉かづら也 源詞 △アル〕
問 れへしは、さる人や、ととひ給ふ。しか。をとどしの春ぞものし給
カ ハ ユ ラ シ ゲ △オハシマス〕
何 処 △居玉ヘル〕
へりし。女にていとらうたげになんと聞ゆ。さていづこにぞ。人に
*
サウ 知 △ソノ児ヲ〕得 ナキアトモタシカナラズ カ ナ シ △夕顔ノ〕
像
さとはしらせで、我にえさせよ。あとはかなくいみじと思ふ御かた
*
見 △アルベキ 頭中将 伝 みに、いとうれしかるべくなん、との給ふ。かの中将にもつたふべ
けれど、いふかひなきかごとおひなん。とざまかうざまにつけて、
ヤ ク ニ モ タ タ ヌ ウ ラ ミ 負 *
養 育 セ ン ニ 咎 在 乳 母 別 はぐくまんにとがあるまじきを、そのあらむめのとなどにも、こと
右近詞 ざまにいひなしてものせよかし、などかたらひ給ふ。さらばいとう
様 ツ レ テ マ ヰ レ 西 乳母ガ家也 生 長 オ キ ノ
れしくなん侍るべき。かのにしの京にておひいで給はんは、心ぐる
*
ド ク ニ シ ツ カ リ ト 乳 母 ガ 家 △居玉ヘル〕
かしこになんと聞ゆ。
しうなん。はかばかしくあつかふ人なしとて、
*地 空 秋ノ末ナレバ也 御 前 ニハキ 夕暮のしづかなるに、そらのけしきいとあはれに、おまへの前栽か
枯 々 虫 音 鳴 紅 葉 ソ ロ ソ ロ ジブン れがれに、むしのねもなきかれて、もみぢのやうやう色づくほど、
右近心 *
絵 案 外 オ モ シ ロ
ゑにかきたるやうにおもしろきを見わたして、心よりほかにをかし
キ 交 きまじらひかなと、かの夕がほのやどりを思ひ出るもはづかし。竹
*◆
の中にいへばとといふ鳥の、ふつつかになくをきき給ひて、かのあ
家 鴿 ブ テ ウ ホ ウ ニ 源氏 此
鳥
鳴
△夕顔ノ〕
状
りし院に、このとりのなきしを、いとおそろしと思ひたりしさまの、
源詞
*
カ ハ ユ ク 幾 箇 おもかげにらうたくおもほしいでらるれば、年はいくつにかものし
七三
夕 顔
雅訳 いとわかくて物はかなくよわき意也。
あゑかに
いかでか世に侍らんとすらん
釈 此語まぎらはし。案に、云々の御恩を思ひ出れば、夕顔と共に死ぬ
べき事なるを、かくおくれながらへてあるはつれなき命也、いかでか共
スルデアラウ
に死ずして世にながらへんとはすらん、といひて歎きたるなるべし。「す
らん」とある辞を、よくよく味はふべし。
いとしも人に
孟 〽思ふとていとしも人になれざらんしかならひてぞ見ねば恋しき
湖師 異本「人にむつれけん」と有。
拾 孟津に引れたるは拾遺恋四の歌にて、今の本には「いとこそ人にな
たるたぐひなるべし。
れざらめ」と有。「糸による物ならなくに」を「物とはなしに」と引れ
釈 「いとしも人に」といへるがごとく、初よりなれざらばさてあるべ
きを、かく御恩を蒙りて忝きは、今となりては却て悔し、といふ意也。
物はかなげにものし給ひし人の
釈 物はかなげなる夕顔の心を、年来たのもしき人として打たのみなれ
来りたるがはかなき、との意也。「しかならひてぞ」といふ引歌の句を、
ならひといふ詞にあらはしたり。
孟 右近が前の詞に、「物はかなげにものし給ひし人」といひし詞に付て、
はかなびたるこそ
女ははかなびたるこそよけれと源の宣ふ也。
さすがに物づつみし
玉 孟津に「わが男にはしたがひ、世上には物づつみし」とあるは、た
9
がへり。「物づつみし」は、すべてのやうをいへるなれば、夫に対して
9
も同じ事也。「見ん人の心には」といへるにはは、世上の人に対へてい
ふ詞にはあらず。
このかたの御好みには
釈 今この源氏の仰せらるる方の御好みには、夕顔はもてはなれず御好
のままなりし、と思ひ出るにも残念也、といひてなく也。
空の打くもりて云々
評 くれゆく秋の夕のけしき、いとあはれ也。上に「もみぢやうやう色
づくほど」とありし脈をつぎて、歌のあはれを催す筆づかひ、いとめで
たし。
玉 二の句「けふりと雲を」といはでは事たがへるやうなれど、然らず。
見し人の云々
けふりをあの雲ぞと思ひてながむれば、也。結句「むつかしきかな」と
ある本は誤也。
玉補 「けふりと雲を」といはでかくいへる、をかし。
釈 右近が分をあらはしたる詞。
えさしいらへも聞えず
かやうにておはせましかば
湖師 只今右近が源にちかく馴るやうにして、夕顔の源とおはしまさば
うれしからんと思ふに、かなしき也。
みみかしがましかりしきぬたの音を
シ
ム
白氏文集
一
釈 上に「白たへの衣うつきぬたの音も、かすかにこなたかなた聞わた
キ
され」とありし脈なり。
ニ
河 八月九月正長夜、千声万声無 止
時
二
まさにながき夜
評 ここより二たび空蝉の事を引出て、さきの脈をつぎたり。さてつひ
かのいよの家の小君
に空蝉は国へ下り、夕顔はために仏事をいとなみ給ふにて、しばらく共
にかきはてられたり。此下に「すぎにしもけふわかるるも二道に」とい
へる歌、其とぢめ也。心得おくべし。
夕 顔
5
5
5
5
*
七四
世 似 長 給ひし。あやしうよの人ににず、あゑかに見え給ひしも、かくなが
右近詞 かるまじくてなりけりとの給ふ。十九にやなり給ひけん。右近はな
△アヱカナリシ〕
ワタクシ 亡
△夕顔ノ〕右近ガ母也 △コノ世ニ〕 夕 顔 ノ 父 カ ハ
くなりにける御めのとの、すておきて侍りければ、三位の君のらう
*
ユ ガ リ 三位ノ ヒ ザ モ ト 生 育 たがり給ひて、かの御あたりさらず、おふしたて給ひしを思ひ給へ
*
出 悔 いづれば、いかでか世に侍らむとすらん。〽いとしも人にとくやし
*
△思ヒ玉フル〕
シカトモナゲニ 夕顔 憑 主君也 たのもしき人にて、
うなん。物はかなげにものし給ひし人の御心を、
*
源詞 年 来 馴 △カナ〕
シ カ ト セ ヌ フ ウ ア イ
としごろならひ侍りけること、と聞ゆ。はかなびたるこそ女はらう
細 源の自也
ラ シ 賢 △オシ立テ〕シ タ ガ ハ ヌ △ハ キ ニ ク ハ ヌ たけれ。かしこく人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。みづか
―
らはかばかしくすくよかならぬこころならひに、女はただやはらか
*
ヤ ッ キ リ ト セ ヌ △思フ 柔 和 シ カ シ カ シ
ニハ 衍ナルベシ イ したがはなん
細 夫の心のままに也
ヨ ッ ト シ テ ハ ダ マ サ レ ル ク ラ ヰ ナ ル ガ モ ノ ハ ヂ
ヒ
―
にて、とりはづしては人にあざむかれぬべきが、さすがにものづつ
*右近
みし、見ん人の心には したがはんなんあはれにて、わが心のまま
夫也 従 直 カ ハ ユ ラ シ ウ ソ
にとりなほしてみんに、なつかしくおぼゆべきなどのたまへば、こ
詞 ノ 方 好 △夕顔ハ〕
のかたの御このみには、もてはなれ給はざりけり、と思ひ給ふるに
*
ザ ン ネ ン ニ コ ト 泣 空 曇 も、くちをしく侍るわざかな、とてなく。そらのうちくもりて、風
冷 △空ヲ〕
ひややかなるに、いといたくながめ給ひて、
源
イか * ◆ △アノ〕△カ〕
*
睦 し人のけふりを雲とながむればゆふべの空もむつましきかな、
夕顔 △葬ノ〕
見
*
△右近ハ 答 △夕顔ノ〕
とひとりごち給へど、えさしいらへも聞えず。かやうにておはせま
*
源心 しかば、と思ふにも、むねのみふたがりて、おぼゆ。みみかしがま
*
△ウレシカラマシ〕
塞 耳 ヤ カ マ
誦ン
*
シ 砧 マデガ しかりしきぬたの音を、おぼし出るさへ恋しくて、まさにながき夜
臥 伊 与 小 君 △源ヘ とうちずじてふし給へり かのいよの家のこぎみまゐるをりあれど、
七五
夕 顔
細 今は空蝉に音信給ふ事もなき也。
レ
ことにありしやうなる
うけ給はりなやむを
ツヅマ
釈 此詞約やかにして、味ひあり。源氏君のなやみ給ふを、空蝉の方に
孟 「ことに出てはえこそとはぬ」と、歌へかけて見るべし。
いひうつして「承りなやむ」といへる也。
細 源のなやみ給ふをも空蝉ははばかりて問奉らぬを、源も又などかと
とはぬをも云々
も音信給はで程ふるを思ひみだるる、と也。
ますだは
河 〽ねぬなはのくるしかるらん君よりもわれぞますだのいけるかひなき
マコト
余 拾遺恋四に有。益田の他は大和国高市郡にあり。
釈 「われぞますだの云々」といへるは実にて侍りけり、といふ意也。
上の文の詞の初よりここに至るまで、皆源氏の御なやみを我身にうつし
ていへる、いとたくみ也。心を付べし。
めづらしきにこれも
9
玉 ただ今はひたすら夕顔の事をおぼすころなる故に、「これも」
といふ也。
釈 案に、湖月抄頭注に秘訣を引たる所の文に、「いけるかひなきやいか
いけるかひなきや
に」としるせり。これはさる本の有しを引たるが、本文には脱しなるべ
9
し。かくて意明らかなる故に、今いかにといふ語を補ひつ。玉小櫛補遺
9
に、「物をよび出す詞にて、よに同じきや也」とていへる説あれど、さ
︲
てもなほおだやかならず。さて意は、いけるかひなしといひおこせしは
何事ぞ、と咎めたるにて、俗言にヘン何ノコトジヤヤラといふ意也。「た
がいはましごとにか」とは、そは誰がいふべき事にかあらん、こなたよ
りこそいふべきことなれ、といふ意也。
うつせみの云々
釈 初句は枕詞ながら、猶かのもぬけを含めるなるべし。さて世はうき
物としりはてしを、再びかやうにとはるるにつけて、其言のはに命をか
9
けとどめたるは、といふ意なり。玉小櫛補遺に、「言のは」のはは「蝉
の羽の縁の語也」といへり。さも有べし。
はかなしや
イキ
釈 さる言のはにかかりて生とまりたる命もはかなし、と歌よりつづけ
たる歎息の詞也。
御手も打わななかるるに
釈 御手のわななかるるにみだれかき給へるさま、かへりてうつくしと
いへる也。これかの源氏君をほめたる例の文なり。
かのもぬけをわすれ給はぬを
細 此歌に「空蝉の」とよみ給ふは、猶かのもぬけのの事を忘れ給はぬ
よと思ふ也。
マジラヒ
玉 軒端荻の、すでに男女の交をなしたる事を、少将のあやしく思ふべし、
ノ
あやしやいかに思ふらんと
とおぼす也。さてそれは我ぞといふ事を、少将にもしらせがてらの心に
て、此文はつかはす也。下に「我なりけりと思ひあはせば、さりとも云々」
とあるにて心得べし。「思ひあはせば」は、男女の交をなしたるは源氏
君にてありけりと、此文にて思ひ合すなり。ただ注のままにては、思ひ
玉補 「あやし」とは、様あしく見ぐるしきやうなる事をいふ詞にて、
あはすといふこと聞えず。よく味はふべし。
此女の破瓜の事をさしての給へり。さてそれを少将のいかにいふかしく
思ふらん、と思しめす意也。小櫛のときかたにては、此文意いまだ明ら
かならず。
9
釈 小櫛も補遺も、「あやしや」といふ詞を、少将のあやしと思ふさまに
9
とかれたるは、たがへり。もし其意ならば、「あやしくいかに思ふらん」
などぞいふべきを、やといへるは、さる意ならざる事論なし。少将をか
よはすと聞しめして、源氏君の「あやしや」とおもほすよし也。「いか
に思ふらん」とあるが、破瓜の事也。
玉 「かへり」は、其事をつよくいふ詞也。「きえかへる」「わきかへる」
しにかへり思ふ心は
七六
細
* 空蝉の心也 殊 已 前 ノ ヤ ウ 言 伝 ツ ラ イ 竟 ことにありしやうなることづてもし給はねば、うしとおぼしはてに
けるを、いとほしと思ふに、かくわづらひ給ふをききて、さすがに
煩 サウハイフモノノ
遠 ニ △ナニトナウ〕
△伊与ヘ〕下
うちなげきけり。とほくくだりなんとするを、さすがに心ぼそけれ
*
文の詞 △モハヤ〕
忘 △ガテラ
△御違例ヲ〕
悩 言 ば、おぼしわすれぬるかとこころみに、うけ給はりなやむを、こと
出 にいでてはえこそ。
*
はぬをもなどかととはでほどふるにいかばかりかは思ひみだる
空セミ * ◆
*
ド ウ カ 間 経 と
△侍ル〕
珍 空セミ る。〽ますだはまことになん、と聞えたり。めづらしきに、これも
△ヲ 誰 イ ハ ウ * 文の詞 補 あはれわすれ給はず。いけるかひなきやいかに 、たがいはまし
ごとにか。
言 △アルラン〕
つせみの世はうき物としりにしをまたことのはにかかるいのち
*源 *
ツ ラ イ 復 言 端 カカリテイキトマル う
*
よ。はかなしや、と御手も打わななかるるに、みだれかき給へる、
フ ル ハ レ ル 乱 空蝉心*
ヒ ト シ ホ 美 マダ いとどうつくしげなり。猶かのもぬけをわすれ給はぬを、いとほし
地 オ モ シ ロ ウ 憎 うもをかしうもおもひけり。
かやうににくからずはきこえかはせど、
サウハイフモノノ ナ ン デ モ ナ イ モ ノ ナ ラ ズ ト ハ ミ ラ レ
気 近 △アヒ奉ラン〕
けぢかくとは思ひよらず。さすがにいふかひなからずは見え奉りて
細
軒はの荻也 止 カ タ ッ ホ ウ ノ 人 ハ やみなん、と思ふなりけり。かのかたつかたは、蔵人の少将をなん
*◆
シ ヤ ウ シ ヤ ドノヤウニ デアラウ かよはす、ときき給ふ。あやしや、いかに思ふらん、と少将の心の
軒端荻 キ キ タ うちもいとほしく、またかの人のけしきもゆかしければ、小君して、
*✚
文の詞 七七
しにかへり思ふ心はしり給へりや、といひつかはす。
△イカニ〕 釈 この比病にわづらひ給ひし事を、軒端荻のゆゑなるやうにいひなし給ふ也。
などのごとし。今世の言にもいふこと也。
夕 顔
夕 顔
釈 「ほのか」は、「かすか」といはんがごとし。「軒ばのをぎ」は、軒
ほのかにも云々
近く植たる荻の事、「結ぶ」は、物のさはりにならぬやうに引結ぶ事也。
さて其「結ぶ」に契を結び給ひし事をかねて、かの碁打つる夜、かすか
にも契をむすばずは、露ばかりのうらみをも何が故にかくべきぞ、とい
ふ意也。さてそのかごとをかくるは、少将のかよふといふことをかこつ
意なり。諸注にこれを源氏君の病をとはぬをかこち給ふ意にとかれたる
は、いみじきひがこと也。病をとはぬばかりを、さしもかこつべき事か
玉 「露の」は、「荻」又「むすばずは」の縁にて、意は「いささかの」
は。「しにかへり思ふ」とあるも、皆少将の事なるをや。
といふ意也。「かごと」は、いひぐさなり。
箋 人目をはばからざるよし也。よのつねの義にあらず。
たかやかなるをぎにつけて
釈 此説のごとし。わざと少将に見られんとてのわざ也。これにつけても、
「かごと」は少将の事なるを知るべし。
我なりけりと思ひあはせば云々
釈 軒端荻の、すでに男女の交したるは、源氏君なりけり、と思ひあは
せば、たとひ破瓜の後なりともその罪はゆるすべし、と也。さるは、源
氏君の御勢ひつよく、何事も世にゆるされ給ふ故なるべし。さる故に、
「御心おごりぞあいなかりける」と評じたる也。
少将のなきをりに見すれば
釈 源氏君は少将にも見せまく思ひ給へども、小君とり伝へて少将の居
ぬ時に見せし也。
こころうしとおもへど
玉 源氏君のつれなきを心うくはおもへど也。
さすがにて
釈 さすがにすて置がたくて也。
かごとにて
チ
い ひ ぐ さ に て 也。 歌 は わ ろ け れ ど も、 早 く 出 来 た る ば か り を 申 わ け に
して、といふ意也。申わけは、即其事をいひぐさにする也。
ほのめかす云々
新 忘れぬ物ながら、君は専ら絶給ふと思ひをるに、又かくおどろかさ
せ給ふにつけては、有し御契をすてはて給はぬにやと、猶なかば思ひた
のまれて物思ひのそひ侍る、されどあらはれて色に出べきならねば、下
9
に「むすぼほるる」といふなるべし。且女はもとよりわすれぬを、「風
釈 歌のおもては、ほのめきて吹くる風の寒きにつけても、荻の下葉の
につけても」のもの辞にしらせたり。
なかばは露に結ぼほれゆくといへるにて、折からやうやう寒くなりて、
露もおき荻葉も枯ゆくによせたる也。初句は上の歌に「ほのかにも」と
あるをうけて転したる也。「下荻」は、荻の下葉といふ意なり。
玉「なかばは」
とは、
うれしくもあり又思ひむすぼほれもする意なるべし。
うちとけで
こ れ は 空 蝉 の 事 に て、 う ち と け ず し て 向 ひ ゐ た る 也。 軒 端 荻 の 其 時 の
顔をおぼし出るにつけて、向ひゐたりし空蝉の事をもふとおぼし出て、
思ひくらべ給ふ也。これを軒端荻の事としては、「人は」といへる詞か
なはず云々。 拾 新 同意。
なにの心ばせありげにもなく云々
釈 ここより軒端荻の事也。かく二人の事をむかへてとりどりにいへる
新 「さうどき」は、空蝉巻に「きはきはとさうどけば」とありしこと也。
は、空蝉巻よりの文の体也。
ス
ノ
ニ
源 七八
*◆
の
か
に
も
軒
端
の
荻
を
む
す
ば
ず
は
露
の
か
ご
と
を
な
に
に
か
け
ま
し。
ほチラト デ モ
ドウシテ
ヤウゾ
*
たかやかなる荻につけて、しのびてとのたまへれど、とりあやまち
高 △御フミヲ〕
ヒ ソ カ ニ△ワタセ〕
△小君ガ〕
*
△御フミヲ 源 罪 て、少将も見つけて、われなりけりと思ひあはせば、さりともつみ
*
*
免 ジ マ ン ラチモナイコトナリ ヲラヌ ゆるしてん、とおもふ御心おごりぞあいなかりける。少将のなきを
*軒端心 ココロヅライ りに見すれば、心うしとおもへど、かくおぼし出たるもさすがにて、
*
ヘ ン ジ 口 ハ ヤ キ △小君ニ〕 御かへりくちときばかりをかごとにてとらす。
のめかす風につけても下をぎのなかばは霜にむすぼほれつつ。
*軒端荻 源ノ音信 自身ニ比フ 半 ほ
*◆
書 ヒ ン ガ ナ イ 書 悪 シヤレコバエ
―
てはあしげなるを、まぎらはしざればみてかいたるさま、しななし。
湖 源心也碁打し夜の事也 ほかげに見しかほおぼしいでらる。うちとけでむかひゐたる人は、
火 影 顔 △カノ〕
向 居 空蝉 *
軒端のさまなり 疎 竟 ラ レ ヌ 顔 △ヲ〕
キ ド リ ✚
えうとみはつまじきさまもしたりしかな。なにの心ばせありげもな
*
地 く、さうどきほこりたりしよ、とおぼし出るににくからず。なほこ
ザ ワ ヅ キ △マンザラ〕 ヤハリ ン 懲 ワルジヤレ 夕顔 りずまに、又もあだ名はたちぬべき御心のすさびなめり かの人の
* ◆ * *
装 束 誦 甲
事 省 ヒ ソ カ ニ 比 叡 四十九日、しのびてひえの法華堂にて、ことそがず、さうぞくより
乙
然 巨 細 はじめてさるべきものども、こまかに、ず経などせさせ給ふ。経仏
*
阿 闍 梨 ス
ヲ
コリ
七九
荘 厳 ソ リ ヤ ク 兄 行 徳 ア ル 也 のかざりまでおろかならず、惟光があにのあざり、いとたふとき人
拾 「ま」は、そへたる調也。万葉第十五に「あはずまにして」とよめるも、「あはずして」也。
なほこりずまに
河 こりずまにまたもなき名はたちぬべし人にくからぬ世にしすまへば 古今集
釈 「なき名」を「あだ名」とかへられたる、例の筆つき也。「にくからず」も、此歌の詞より出たる也。「こりずまに」は、夕顔・空蝉などに懲
給ふべきに、なほ懲ずに也。
ノ
釈 ふるく「なななぬか」とよまれたるを、拾遺に音によむべきよしいへるに従ふべし。前後の例也。
四十九日
ひえの法華堂にて
ノ ニ
河在 止
観院西 。
一
二
細 李部王記云、「天慶六正六、藤寛子卒。当 三
七日 、
於 叡
山東法華堂 、
修 諷
誦 云
々」。
一
二
一
二
一
二
釈 法師に布施する装束より始めて、然るべき物、金銀諸具を省略せず沙汰してつかはし給ふ也。「経仏のかざり」は、経巻の軸、表紙、仏像の荘
さうぞくよりはじめて云々
厳などをいふなるべし。
釈 前に見えたる人にて、其縁なり。
惟光が兄のあざり
夕 顔
夕 顔
箋 文章生の輩、学業を経て後、博士になる也。
文章博士
願文つくらせ給ふ
玉補 草稿をかきて見せ給ひて、此趣にてさりぬべく取つくろひしたた
むべきよし仰せらるるをいふ也。下に「ただかくながら云々」と有にて
しるべし。
すぐせのたかさよ
釈 その人とは知れねど、源氏君のかくまでに思しめすは、しあはせの
よき人也、といふ意也。
さうぞくのはかまを
釈 前に見えたる布施物の装束也。これを取よせて歌をかきつけ給ふな
るべし。さて歌のさまを思ふに、「袴」は下袴と聞えたり。
なくなくも云々
ユヒ
カ
釈 いにしへは、男女相かたらひて又人にあふまじき誓に、下袴の紐を
る意をそへたり。今日なきながら我ゆひかたむるこの下紐を、いつの時、
結かはして他人には解すまじく口がためたりと聞ゆ。この歌なるも、さ
9
9
に「打とけて」といふ意をかねたるゆゑに、「とけて」とはいへる也。
何れの世にか再びときて夕顔を打見るべき、といふ意なるを、「とく」
9
「今日は」のはもじはぞとあらまほしげなれど、「今日はなくなくも」と
玉 「とけて見るべき」は、打とけて逢見るべき也。注に解脱の義とい
いふ意なれば、かくてもよろし。
へるは、かなはず。
このほどまでは云々
箋 四十九日の間は中有にただよふ義也。然れば其識の生処、六道の輪
廻いまだ定まらず。仍て造物造経等の善根を修して、善果を得せしめん
と也。中陰経の説なり。
巴 今日の作善に生処定らんと也。
釈 六道の中、いづれの道に定まりて夕顔の魂はおもふくらん、とおも
ほしやる也。
評 玉かづらの君のおひたち給ふ事を頭中将に聞せ給はぬよしを、ここ
かのなでしこの
ノ
にことわりおく伏案、いとめでたし。かくて後にたいめんし給ふ処にか
かれたる事を見るべし。おのづからあぢはひふかし。
かの夕顔のやどりには
孟 五条の宿には夕がほのいづかたへ行つらんと思ふ也。
ハテ
釈 「其ままに」は、源氏君と書給へるままに也。
評 夕顔の事はすでに竟たるを、なほ此一段をあらはして玉葛巻の伏案
をのこせる也。玉かづらの巻の始に〽年月へだたりぬれど、あかざりし
夕がほをつゆわすれ給はず、と書出られたるは、此巻を受継たる詞なる
ことはいふもさらなり。〽其御めのとのをとこ、少弐になりていきければ、
くだりにけり、かのわか君の四つになる年ぞ、つくしへはいきける、と
ある所よりは、此段の脈をつぎたるなり。又「惟光をかこちければ」と
あるは、上に〽惟光云々、いみじくたばかりまどひありきつつ、しひて
おはしまさせそめてけり云々、とあるよりこなたの首尾をあはせて結び
たる也。そこにもいへる如く、源氏君を夕顔の宿へみちびくはいといと
難きわざなる故に、其子細をばはぶきて、ただ惟光のたばかり事にしな
したる也。さるからに、ここにも又「いとかけはなれ云々」といひて、
つひにたばかりてかこちごとを遁れたる意として終りたり。作りぬしの
用意をふかく思ふべきなり。
さばかりにやとささめきしかば
箋 源といふ事を大かたは知る也。
孟 「ささめきし」は、「ささやきし」也。
これみつをかこちけれど
湖 源氏へ媒せしは惟光なれば、其ゆくへをしらんとかこつ也。
湖師 惟光も、もとよりいひよりしにかはらず、私のけさうをする也。
なほ同じごとすきありきければ
しらぬさまを見せんためなり。
もしずりやうの子どもの
ノ
ノ
細 自然受領の子供など夕顔をとりて、頭中将におぢ憚りて国へゐて下
ノ
評 この事ゆくりなきやうなれど、玉葛巻に大夫監を出すべき端をあら
りたるか、など思ふ也。
かづらの事におりたつべき結構なるべし。
はせるなるべし。「この家あるじぞ云々」とあるは、乳母のむすめが玉
夕 顔
八〇
フミ *
文 章 博 *◆
似 無 睦 にてになうしけり。御文の師にてむつましくおぼす。もんざうはか
士 あはれと思ひし人の、
せめして、願文つくらせ給ふ。その人となくて、
召 作 タ レ * 阿 弥 陀 イ 奉る 成 譲 △源ミヅカラ〕
はかなきさまになりにたるを、あみだ仏にゆづり聞ゆるよし、あは
博士詞 ン コ ノ マ マ ニ テ 加 れげにかきいで給へれば、ただかくながらくはふべきこと侍らざめ
源 コ ラ ヘ △カナシト〕
りと申す。しのび給へれど、御なみだもこぼれて、いみじくおぼし
博士心 タ レ △世ニ 如 此 たれば、なに
゛人ならん。その人とは聞えもなくて、かうおぼしなげ
*
宿 世 調 ホ ド シ ア ハ セ 崇 △人ニ ヒ ソ カ ニ かすばかりなりけん、すぐせのたかさよといひけり。しのびててう
*
装 束 袴 ぜさせ給へりける、さうぞくのはかまを、とりよせ給ひて、
くなくもけふは我ゆふしたひもをいづれの世にかとけて見るべ
源
* ◆ な
*源心 セ ツ △中有ニ〕漂 定 趣 き。このほどまではただよふなるを、いづれの道にさだまりておも
念 誦 ノ
ふくらん、とおもほしやりつつ、ねんずをいとあはれにし給ふ。頭
*
細 玉かづら也 ナ ニ ト ナ ウ 生 立
中将を見給ふにも、あいなくむねさわぎて、かのなでしこのおひた
△ヲ ウラミゴト 怖 つありさま、きかせまほしけれど、かごとにおぢてうち出給はず ◎
*
△行玉ヒシゾ〕
5
かの夕がほのやどりには、いづかたに、と思ひまどへど、そのまま
5 5
マ デ ガ フシギナコト 歎 にえたづね聞えず。右近をだにおとづれねば、あやしとおもひなげ
*
ソ ブ リ 源 氏 ホ ド ノ 人 サ サ ヤ キ ア ヒ きあへり。たしかならねど、けはひをさばかりにやとささめきしか
* 惟光 ウ ラ ミ ズット ト バ ナ レ テ 何ノケブラヒモナク *
ば、惟光をかこちけれど、いとかけはなれけしきなくいひなして、
*
なほおなじごとすきありきければ、いとどゆめのここちして、もし
ヤ ハ リ 同 如 好 色 マ ス マ ス 夢 若 受
領
ウ ハ キ ラ シ イ 者
中将
怖
ス グ ニ
ずりやうの子どものすきずきしきが、頭の君におぢ聞えて、やがて
イた
ツ レ テ △国ヘ〕下 △アラン 夕顔ノ宿ノ 主 西 ゐてくだりけるにや、とぞ思ひよりける。この家あるじぞ、にしの
八一
ノ
夕 顔
細 揚名介の妻は嫡女也。一人はつくしに住つきたり。一人は玉かづら
めのとのむすめ
ノ
に付てのぼりき。玉葛巻に見えたり。
三人その子はありて
湖 めのとの子也。
ノ
釈 案に、「その」とさしたるは、めのとのむすめをいへるごとく聞えた
り。さらば、乳母のむすめの揚名介が妻の子三人あり、といふにや。さ
れど、次々に用意あるを思へば、猶めのとの子か。考ふべし。
細 前にいふがごとく、右近は別のめのとの子なり。
うこんはこと人なりけれは
わか君のうへをだにえきかず云々
ノ
評 これは玉葛巻に、〽かの西の京にとまりしわか君をだにゆくへもしら
ず、ひとへに物を思ひつつみ、又、今さらにかひなき事によりて我名も
らすな、とくちがため給ひしをはばかり聞えて、たづねてもおとづれ聞
えざりしほどに云々、とある所へかけて書とどめられたる也。文の詞に
よくよく心とどめてあぢはふべし。皆彼巻の伏案なり。
ゆくへなくて
玉 玉かづらのいかになり給へるもしられぬ也。
君はゆめにだに云々
ミダリ
評 此一段は、上の変化の段の結びなる中に、妖物の故を注釈したる也。
さて夕顔を夢に見んとおもほしたるに、変化の女をさへ見給へりとかか
此段の詞をもても、諸抄に御息所の霊といへる説の妄なるを知るべし。
れたる、いとめでたし。かの段にも夢のうちに見給ひたるを、ここにも
また夢に見給ひて、その妖物のしかりし故をさとり給へるやうにかかれ
たる所、露のあやまちなくしていといとめでたし。
ヘ
釈 ありし院にて見給ひし夢の中に、夕顔に添りし変化の女の同じかた
かの有し院ながら云々
ちにて見えたる也。女の、とよみきりて、さまも云々、と読べし。此詞
どもにては、夕顔をもひとつに見給ひしと聞ゆ。さて「法事し給ひて又
の夜」といへるは、法力によりてさる妖物も退きたる事をにほはせたる
なるべし。
われに見いれけんたよりに
釈 妖物の見入るといふこと、今俗もいふ詞なり。さて源氏君は、太刀
を抜などしてふせぎ給ひし故に、転じて夕顔に祟りたるさまにかきなし
たる也。
いよのすけ神無月の云々
釈 「ついたち比」は、上の十日をひろくさして云例也。
評 この一段は、関屋巻へかけてとどむる結構也。かの巻の初に、〽いよ
の介といひしは、故院かくれさせ給ひて又の年、ひたちになりてくだり
しかば、かのははき木もいざなはれにけり、とあるは、ここの脈を継た
るなり。心得おくべし。
新 介の往反は常なるを、此度は女房具して下らんにはとて、ぬさ、料
女房の下らんにとて
レ
の物など、いとねもころによくし給ふ也。「銭を﹃たむけ﹄といふ」と
シヒ
いへる説は強たり。別には、ぬさ袋にぬさ、其外、扇・きぬなど多くと
り添ると、おちくぼなどにも委し。それをここにはすべて「たむけ」と
いひたる也。さて是は、男のかたへ也。女方へのは、大かた委しく書た
釈 「たむけ」を「餞別の贈物也」といふ旧注も、強たるにはあらず。
シヒ
り。
此女方のに同じさまなる物贈り給ふを、
文をゆづり合せて書たるのみ。
もとは道祖神の祭物のぬさより出たるが、転りて贈物の名となれりしな
り。
くし扇
サ
八二
* *
*
乳 母 女 別 京のめのとのむすめなりける、三人その子はありて、右近はこと人
なりければ、思ひへだてて、御ありさまをきかせぬなりけり、とな
△夕顔ノ 泣 恋 モマタ ヤ カ マ シ ク △乳母等ニ〕
△コト〕 丙 源 きこひけり。右近はたかしがましくいひさわがれんを思ひて、君も
*
玉かづら也 *
丁 若
君
サ ヘ 漏 カ ク シ いまさらにもらさじ、としのび給へば、わかぎみのうへをだにえき
*
キ ヨ ウ サ メ ウ 行 方 △月日ガ〕
△夕顔ヲ〕
かず、あさましくゆくへなくてすぎゆく ◎君は夢にだに見ばや、と
法 事 *
△ノ 翌 夜 カ ス カ おぼしわたるに、このほうじし給ひて又の夜、ほのかにかのありし
様 院ながら、そひたりし女の、さまもおなじやうにて見えければ、あ
*
△サテハ〕
ノ マ マ ニ 添 形 状 同 ノトホリニ 荒 住 妖 物 我 ツ イ デ △夕顔ノ〕
れたりしところにすみけんものの、われに見いれけんたよりに、か
*◆
伊 与 介 くなりぬることとおぼしいづるにも、ゆゆしくなん いよのすけ神
△ナラン〕
*
イ マ イ マ シ ク △オボシ
ケル
上 旬 △国ヘ〕
殊
無月のついたちごろにくだる。女房のくだらんにとて、たむけ心こ
とにせさせ給ふ。またうちうちにもわざとし給ひて、こまやかにを
*◆
ナ イ ブ ン ワザワザト 細 フ
*
ウ リ ウ ナ ル カタチ 櫛 扇 多 幣 かしきさまなる、くし、あふぎ、おほくして、ぬさなどいとわざと
*
小 袿 遣 がましくて、かのこうちきもつかはす。
*
ふまでのかたみばかりと見しほどにひたすら神のくちにけるか
源
* ◆ マ デ ヨ ウ チ 朽 あ
*地 △御文ニ〕
メ ン ダ ウ ナ レ バ △源ノ △ハ な。こまやかなることどもあれど、うるさければかかず。御使かへ
八三
ヘ ン ジ △アトヨリ〕
りにけれど、こ君してこうちきの御かへりばかり聞えさせたり。
巴 「櫛」は、もののとどこほりをとく故なり。「扇」は、「あふ」といふ心なり。いづれも祝したる心也。
ヌ
万 祓麻、旅にて道祖神に手向る故に、是を旅人の贈物に古来しけるなり。
ぬさ
細 前のもぬけを返し給ふなり。
かのこうちきもつかはす
評 此段、空蝉の事をしばらくとぢむる所なる故に、此こうちきをかへして首尾をととのへられたる法、いといとめでたし。
箋 さりとも逢ふ事もやと、それまでの形見にとどめしうす衣の袖くつるまで、我思ひのいたづらになりけるよ、と也。
あふまでの云々
釈 袖の朽るに、涙の故なるよしをおもはせたるなるべし。
こまやかなる事どもあれど
玉 源氏君の御文に也。
湖 伊与介へのおもてむきの使はかへりたる也。
御つかひは
夕 顔
せみのはも云々
夕 顔
タチ
細 もぬけは夏の衣なり。今は冬の衣なる故也。
ネ
カ
釈 蝉の羽のごとく薄かりし衣も、今は裁かへて冬となりたるに、今さ
ら夏衣をかへすを見るにつけても音に泣るる、といふ也。「たちかへて」
といふ中に月日のたちたることをこめ、かつ源氏君の御心のかはりたる
をにほはせたるにも有べし。さてせめて形見とも見給ふべきに返し給ふ
は、思ひ絶給ふなるべければ、さすがにかなし、といふ意也。「かへす」
は衣の縁、「ねなく」は蝉の縁なることは、いふも更なり。
9
4
新 十月更衣の日にはあらねど、今は冬ちかくなりてけの衣などは歌の
とはことなれば、かくよめるにや。
思へど
4
箋 思へども思へども也。深く思ふ時の詞也。
釈 案に、
どはばの誤にや。
此もじ互に相誤れる事多し。
どにては穏ならず。
ふりはなれぬるかな
玉 万水一露に「伊与へ下向の事也」といへる、よろし。
釈 俗言に「ふり切てしまうた」といふ意也。
ノ
釈 もの思ひに一日空をながめて日を暮し給ふ也。
ながめくらし給ひて
すぎにしも云々
細 「過にし」は夕顔上、「けふわかるる」は空蝉也云々。
玉補 これは空蝉と夕顔とをいふはもとよりながら、詞の面は、九月尽
に暮にし秋を「過にし」といひ、けふ立冬にてくれぬる秋を「けふ別る
る」といひたる也。さらでは立冬の事をいへるよしなし。此歌は十月に
なりての事なり云々。
釈 下の句は、夕顔の過ゆくと空蝉のたちてゆくとを、秋のくれゆくに
いひよせたる也。さて意は、過にしとけふ別るるとは二道にゆけど、共
に行方をしらぬ秋の末かな、といふ意にて、みな目に見えず成ぬるをふ
かく歎き給へるなり。巧にして余情かぎりなき歌也。
猶かく人しれぬ事は云々
湖 空蝉の事も夕顔の事も、みな人しれぬこと也。
釈 上の空蝉と夕顔との事を、一つにすべて結びたる詞也。「くるしかり
けり」と「おぼし知ぬらん」とは、心しらひの多くて苦しき事と、これ
らによりて知給ふべしと、地より評じたる也。いといと余情あり。
細 夕顔の上の事、空蝉の事などなり。皆此事をばしるすまじく思ひた
かやうのくだくだしき事は
湖師 かやうの事は、源もあながちにしひて隠ししのび給ひしかば、源
れども、と也。
のためいとほしくてみなもらしかざりしを、と也云々。
釈 外へもらして記すことを止めたるを、といふ意也。
みかどの御子ならんからに
玉 いかに帝の御子なればとて、といふ意の詞也。
八四
*
みのはもたちかへてけるなつごろもかへすを見てもねはなかれ
空せみ *◆
せ
カ
* ば
けり。おもへど、あやしう人ににぬ心づよさにても、ふりはなれぬ
9
キ マ ウ ニ 似 △ツヒニ〕
イは 今 日 立 著 るかな、と思ひつづけ給ふ。けふぞ冬たつ日なりけるもしるく、う
*
時 雨 △空ヲ ちしぐれて、空のけしきいとあはれなり。ながめくらし給ひて、
ぎにしもけふわかるるもふた道にゆくかたしらぬ秋の暮かな。
源
* ◆ す
*地 苦 猶かく人しれぬ事はくるしかりけり、とおぼししりぬらんかし』
*草子地 *
コ ザ コ ザ ト シ タ △源ノ〕メッタムシヤウニ カ ク シ かやうのくだくだしき事は、あながちにかくろへしのび給ひしも、
イ タ ハ シ ク 皆 漏 止 帝 いとほしくて、みなもらしとどめたるを、などみかどの御子ならん
* ◆ からに、見ん人さへかたほならず物ほめがちなる、とつくり事めき
*
マ デ マ ツ ス グ ニ シ テ 賞 作 *
てとりなす人、ものし給ひければなん。あまりものいひさがなきつ
モ テ ア ツ カ フ △ガ ア リ △ノコリナク記シタル〕
ヤ カ マ シ キ 罪
イ ヒ ヤ ブ ル み、さりどころなく。 避 処 △オボエ侍リ〕
ノ
たる跋文のごときもの也。さればいたづらに見過すべきにあらず。なほそのよしを
の世にも聞伝へて、かろびたる名をやながさん、としのび給ひけるかくろへ事をさ
委くいふべし。先 ツかの帚木巻に「光る源氏云々、いとどかかるすき事どもを、末
ちにかくろへしのび給ひしも、いとほしくて」といふに当り、「人の物いひさがな
へ、かたりつたへけん」といへるは、ここに「かやうのくだくだしき事は、あなが
玉 源氏君のふるまひをかたはらより見る人にて、すなはち見て物語をかきたる人
但し、かれは世人の口さがなきをいへるを、これはそれを記す人の口さがなきと転
さよ」といへるは、「あまり物いひさがなき罪、さり所なく」といふにあたれり。
見ん人さへかたほならず
をいふ也。
打つけのすきずきしさなどは、このましからぬ御本上にて」などいへるは、ここに
に、なよびかにをかしき事はなくて云々」といひ、又「さしもあだめきめなれたる、
して結びたり。其次に「さるはいといたく世をはばかり、まめだあち給ひけるほど
ノ
釈 「かたほならず」は、「まほにとりなして」といふ意にて、あしき事をとりつく
ろふを云。
釈 作り事のやうにいひなす人ありければ、やむ事を得ずのこりなくみなしるしつ
とりなす人ものし給ひければなん
「かたほならず物ほめがちなる」と難じたる事にて、源氏君の本性のまめやかなる
しとどむるくせなん、あやにくにて、さるまじきふるまひも打まりじける」といへ
にあたれり。又「まれにはあながちにひきたがへ、心づくしなる事を、御心におぼ
けたり、といふ意也。
釈 のこりなく記しつけたるものから、余りにものいひさがなき罪は記者のうへに
あまりものいひさがなきつみさり所なく
るは、「いとほしくて、みなもらしとどめたるを」といへる事にあたれり。然れば、
の好色の事にもなべてわたる事也。そは次の文に「みなもらしとどめたるを」とあ
然れども、ここは一部の凡例めきたる処なれば、箋にいはれたるごとく、源氏一部
かかれたれば、細流に注し給へるごとく、空蝉・夕顔の事をさしたること、論なし。
評 「かやうのくだくだしき事」とは、上に「かく人しれぬ事は」とあるをうけて
おもふきは、其世にみづから見聞して、心にあまる事どもをにほはせしるしたるな
氏君のかくろへ事をしるすばかりのやうにいひなしたるにはあれど、巻中にいへる
く物語の中に挿みて、きはやかならぬをむねとせられたり。さればここにもただ源
のことわりをしたたかにいふをいとへるからに、いはまほしき事どもをも皆何とな
語は、先達もいはれしごとく、女のさかしだてするをふかく慎みたるものにて、物
ノ
かの序を結びたる跋なる事は、更に論なし。これを一部にわたるといふ故は、此物
る皆といふ詞にて、しか聞えたり。さてここのすべての意は、「かやうの事は、源
れば、よき人のよく見て深く考へあぢははば、世のたすけともなるべき意を含めた
サケ
り。「さり所」は、さけ所といふがごとし。
避ん所もなくおぼゆる、と也。見ん人さるかたにゆるし給へ、などの意をふくめた
氏君のあながちにかくし給ひし事なれば、いとほしくてみな漏し省きて筆を止めた
難をまうけてかかれたるなるべし。さるは、この物語はもとより作り事なれば、作
るをほのめかさんとて、「つくりごとめきてとりなす人、ものし給ひければ」と、
こりのわろき事をも皆しるしたり、といへるに、おのづからさる意とはしられたれ
り事といはんになでふことかあるべきを、作り事也ととりなす人のありし故に、の
ノ
りしを、或人の見て、﹃いかに帝の御子なればとて、傍より見ん人までも共にわろ
てあらはすが、私なきにはあらずや。さればこれは、偽りまうけたる作り事也﹄と
9
き事をかくして、かたほならず物ほめがちにはしるしたるぞ。あしき事はあしきに
やうにとりなしいひければ、せんかたなくて、のこりなく記したる也。されど余り
ば也。然れば、源氏君の「あながちにかくろへしのび給ひし」といふ事は、うつせ
ノ
み・夕がほの類のみならず、藤壺宮・朧月夜君などの事をはじめて、さまざまの事
ノ
に口さがなき罪はさり所もなく皆記者の身におふべし。見ん人さるかたにゆるされ
どもをもとりすべていへるものなるべくおぼゆ。されど、そはみな作りぬしの、世
ノ
よ」といふ意なり。これを細流また湖月抄師説などに、帚木巻の発端にいへること
八五
の首尾なるべくいはれたるは、まことにさることにて、かの小序のごとき文を結び
夕 顔
夕 顔
に見えしらがへるさまをほのかにあらはしたるなれば、罪はまことにさり所なけれ
ども、しるしおきて見ん人の心にまかす、といふ意を含めて結びたるなるべし。さ
るは、わざと詞をかすめて「とりなす人、ものし給ひければなん」といひのこし、「さ
9
りどころなく」とふくめてとぢめなどして、余情をおもはせられたるにて、殊にさ
る意とは知れたり。「さりどころなく」と、くもじにてとどめられたるは殊更にめ
でたく、いといと心ふかき書ざまといふべし。さればこの物語は諷諭なりといふ説
ノ
も、むげに見しらぬ説にてはあらざるべし。されば此意を一部のうへにおしわたし
ここまでは一つづきの事なるを、巻を分ちてさらぬやうにとりなし、つひにここに
て、作りぬしの底のこころをよくよくふかく考へ味はふべき事也。さて帚木巻より
て上文の意をとりすべて結ばれたるは、かへすがへすもいみじき事、上に所々いへ
るがごとし。
嘉永六年癸丑新刻
鹿鳴草舎蔵板
八六
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